夢現、北斎百景夢百景

作品集: 最新 投稿日時: 2008/02/11 08:59:30 更新日時: 2008/03/05 16:41:46 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00


 渓流のような荒々しい人波に揉まれながら、一方で意外にゆっくりとした足取りが面白い。行き先の列車が全席指定席であることをまず主原因として、そもそもはしゃぐほどのことでもないというのが副原因。このイベントも、その程度の案配なのだろう。毅然として振るわれる駅員の人員整理は今ひとつ用を為しておらず、しかしそれが無くとも客足の列は乱れることなく、改札口の方へ大人しく吸い込まれていた。
 大規模な通勤族のために建設された酉京都駅の構内を、平日の朝とさほど変わらない数の人間が、いつもよりちょっとだけ砕けた足取りで進んでゆく。今日は、ちょっとだけ特別な日曜日である。通勤の大動脈として機能する最新鋭の新幹線も今日一日だけは、やはりちょっとだけ、肩肘の張らないオフの雰囲気を醸し出している。
 それが良いか悪いかは別として、である。

「あ! 携帯忘れてきたわ蓮子」
「まあ、どうせ樹海の下じゃ繋がらないんだし。……正しくは、繋がるようにしていないだけどね」 
  
 卯酉遷都の年月日が初めて社会科の試験問題に!と先日朝刊がはやし立てて、あぁ、そういう時間の計り方もあるのだなあ――と、妙に感心した覚えがある。
 普通に指折り数えるよりはちょっとお洒落でヴァーチャルな計時法だと思った。過去を測る物差しとして、それに思わず頷かされてしまったから面白い。
 すったもんだの末の大遷都――そこから更に時は流れ流れて、生きている者は皆初体験であった遷都という一大事件と、そしてひどく泥縄の印象が強かったこの新幹線と――それらも溶け込んでしまえば、意外とあっさり時代の一角に居座ってしまうものであった。巷の人間の記憶を垣間見れば、正確な遷都号令の施行年月日はおろか、その一大国策へ首を賭した政治家御歴々の名前すら既に忘れがちである。拳を振りかざして力説をしていた政治家達の、誰が立役者で誰が失脚者かなど、ここで今ふたり歩く大学生ですらも定かな記憶を失している。その程度の有様なのだ。
 ……いや、それは単に日頃の浅学がもたらした無惨な結末なのかもしれないが、そんな人名などはそれこそ、歴史の片隅にも居座れずにただ流れ去っていって、それが集合体的に変化して十把一絡げの歴史と称されていれば良いのである。功績にせよ罪過にせよ、彼らは卯酉遷都の人柱として、歴史家の頭脳へ後世に至るまで名を刻む。彼らも本望だろう。だから構わない。自分達が考え直してみたところで、やはり興味も湧かないのに違いはなかったのだ。
 ホクサイ・デー。
 卯酉東海道建設10周年記念のセレモニーは、あくまで日常の延長線のように、駅のホームの向こうで待っているのだった。人足をはしゃがせるほどの力も無いささやかな祝賀は、ある意味で、大きな変化を遂げた日本というこの国が、既に「時代」として受け容れられたその象徴であるようにも見える。
 透明なパイプラインを貫いて走る新幹線の車外に、江戸の富士を描き出す。そんなメルヘンチックな発案が実現した科学の時代、その10年目という特別な日に鉄道会社が用意したイベントはこうだ。
 ヒロシゲの五十三次に代わり、北斎の三十六景でいつもと違う卯酉東海道をお楽しみください――

「ねぇ蓮子、どう思う?」
「?」
「どう考えてもこのイベント、安上がりな予算と安上がりな発想で出来てるわ」
「否定はしないけどね、否定は」

 安上がりというか、ちょっと風変わりというか。
 何だか不思議な気がする。ヒロシゲ、という名を冠した新幹線の十年目に、どうして広重を追いやるようなイベントをするのだろう。
 メリーは少しだけ深く考えたが、しかしすぐにその思考を捨てた。割と、どうでも良いことであるような気がしたからである。
 広重や北斎の江戸時代が遠い過去であるのと同じように、この新幹線が走り始めた十年前もまた、今となっては過去の一片でしかない。数値にして何十倍という差がそこに横たわるとしても、生きる人々の中でリアリティの重みを失ったその時代は、等しく過去なのだった。数値ではない時間の過ぎ去り方こそ、まさにヴァーチャルというに相応しいのではないか。
 改札口を予約席チケットで抜けるとそこには、おまけ程度のトレインマークとラッピングを施された特別仕様のヒロシゲが、出番を待っていた。ホームではそれなりの人出でごった返し、各々が手に、波裏富士のプリントされたきっぷを持って指定の車両番号を探している。
 宇佐見蓮子とマエリベリー・ハーンの二人は、右往左往の人々が波裏を為すホームをくぐり抜ける。
 指定の車両に逃げ込み、指定の座席へと座った。その短い丁場ですれ違った人波の、その寂しいまでの大人しさが、メリーには印象に残った。

「思えば……蓮子、」
「何?」
「東京の方に行くのも、何だか久しぶりね」 

 まだ動き出さぬ窓外をメリーは眺める。構内放送が、遠く小さく細く聞こえる。先程まで揉まれていた人波は、今や窓を隔てて向こう側の世界になる。そしてこの窓は、間もなく江戸の富士を映しだすスクリーンになる。現在-いま-の忙しないプラットフォームの光景が江戸の富士へと変わるまで、あと三分を切った。
 同じ窓に映される二つの光景を、メリーは思う。
 あの退屈にしか思えない卯酉東海道ご自慢・東海道五十三次の絵巻と、そしてこの人間模様と――
 そこにリアルとヴァーチャルの境界線を引くとして。
 それは一体果たしてどっこい、どちらか片方に寄るものなのだろうか。
 
「……ねえ、蓮子」
「もうさっきからどうしたのよメリー。今日は随分と、寂しがり屋さんじゃない」

 蓮子が茶化す。ちょっとだけむっとし、だけど、案外そうかもしれないとメリーは思った。
 寂しいと思っていた訳ではないだろう。自分は、久々の二人旅に浮かれているのだろうか。
 それとも――

「……何か、ね」

 どうにも心が落ち着かない。
 
 車両の後ろの方で、扉の閉まる音がする。喧噪はいよいよ遠く、自分の座る場所が五十三分間への支度を調えた。
 静かに進む時間の中で、この得体の知れない不安は、一体何が運んできているというのだろう。
 この先に待ちかまえている、非日常たる富士の光景か。静かすぎた人々の声か。
 それとも窓の向こうでプラットフォームが見せた、名状しがたい、得体知れぬ焦燥感のせい――だったろうか。


■ ■



 見渡す旅路に、多くの商人が行き交う。風来坊のような旅人の姿も見えた。
 天気は快晴である。初夏の日差しであった。
 非常に空気の澄んだ日だった。前の日には雨が降ったのかもしれない。向こう側に見える山肌の、急峻に切り立った岩の襞ひとつひとつの刻みまでが黒くくっきりと見えて、文字通りの青嶺は空に混ざり合って消えてしまうのではないだろうか。抜けるような快晴の朝である。そして、その下に広がる景色は圧倒的なコントラストと彩度でもって、眼前を覆いつくしているのである。
 そんな鮮やかな街路の一番向こうに――メリーは、霊峰富士の姿を認めていた。
 その姿は雄々しくも小さく、鮮やかなれども近くなく、遠い地平の上から脇役のようにそっと往来をのぞき込んでいる。
 さらに次の瞬間、光景は――ふ、と消えた。

『次は六番目、深川万年橋下よりの図です――』

 そして、次の一枚が浮かび上がる。
 絵が切り替わるたび、スピーカーの中から女の人が喋る。学術書を丸写ししたような文面と、学術書が喋っているような抑揚のない口調だ。メリーは、どうしても気に入らなかった。
 逐次説明を挟まれてもあまり聞いておらず、また単調な声音が鄙びた観光地のガイドマシーンのようでいかにも安っぽく、雰囲気を損なう邪魔っ気ばかり鼻について仕方なかった。ヒロシゲの時は、こんなガイドなどついていなかったと思う。
 そうやって一度気分を掻き混ぜられてから自分を宥め落ち着かせる。そして、残った時間で絵画を楽しむ。
 どう考えても勿体ないのだが、しかし結局の所メリーはといえば、一喜一憂しながらも窓外にきっちりと心を奪われているのだった。
 ……美しい。
 メリーは純粋に、素直に、窓外の富士を貪るように眺めていた。
 幾度と無く利用したヒロシゲから見た富士の、あの日常見ている絵は、この国の文化に確かに相応しい独特のタッチを感じさせた。それでもメリーは、――自分が異国の人間であるという点を差し引いても尚、ヒロシゲの絵があまり好きになれないでいる。
 嫌いではない。だがすぐに飽きてくるのだ。一番最初に乗った時でさえ、最後は飽きてポケットから小説を広げた。
 蓮子の呆れた顔を、メリーはふと思い出した。
 だが今回は違う。
 一枚切り替わるごとに違う絵が見えてくる。本当に違う絵だ、目を捉えられ、めくるめく富士の光景にすっかり心酔してしまう。一枚一枚が、心に突き刺さるような色彩でもって表現されている。正誤とか優劣とかで測れない、確かな違いを持ちながらそれが一つひとつの絵画として存在している。本物の個性がある。同じ山を映して尚、同じ山が一つとしてない。青というひとつの色をとっても、少しずつ違う青がある。

「素敵……」

 素人目にも、歌川広重の浮世絵とはまったく異なる、鮮やかで透明感のある色彩だった。
 山の色空の色、土の色木々の色と、すべてが心を掴んでくるように迫ってくる。掴むその強さや質も一つひとつ違っていて、その多様さでもってまたメリーは縛り付けられる。

「メリーはどうやら、広重よりも北斎の方が気に入ったみたいね」
「ええ。参加して良かったと思うわ」

 蓮子への返答もそぞろになるほどの魅力で、メリーは深い心地に包まれる。彼女はヒロシゲの五十三次を退屈だと考えた。そして北斎に今魅了される理由と共に、退屈の原因をメリーは思う。
 ヒロシゲの絵は絵画だ。だけど、今眺めている絵は風景と呼べる。そして過去の風景である。
 過去は過ぎ去った現実である。過ぎ去った現実はヴァーチャルである。ヴァーチャルであるが過去だから、ただ虚構に終わらぬ、確かな存在のヴァーチャルなのである。
 それがメリーを、我知らず安堵させていたのかもしれなかった。
 
「メリー。面白い話を一つ、してもいいかしら」
「うーん……できれば、あとがいいかな」
「今の方が良いわ」

 蓮子が身を乗り出してメリーに言った。メリーは面倒くさげに、窓から視線を切らない。

「広重の絵の方が退屈だって、メリーは思ってる」

 蓮子が言った。
 メリーは振り向くこともなく、否定も肯定もしなかった。友人の第六感が自分の内心を見透かしたところで、会話に肯んじる理由を生まなかった。メリーは、窓外の富士の光景に夢中であった。
 
「ダメよ、広重さんが悲しむじゃないの」

 富嶽の絵がまた次の絵に切り替わる。その瞬きの瞬間にメリーは少しだけ、富士から目を離して蓮子を一瞥する。
 小さく視線で詰問した。メリーは、また視線をカレイドスクリーンへ戻す。窓に映った蓮子に、メリーは喋りかけた。

「広重が見た富士と北斎が見た富士。おかしいくらい違うわね」
「見た富士が違うんじゃなくて、描いた富士が違う――という、考え方はどうかしら」
「個人的嗜好によりパス。そんなつまらないこと無いわ」
「まぁ、私も賛成だけどね。さして大きな違いでもないし」
「いえ、大きな違いだと思うけど――」

 乗せられて口が滑らかになりかかったが、メリーはこれに気付いたから口を噤んだ。万華鏡のスライドショーを、一枚も見逃したくないという気持ちが強い。
 見る、と、描く、の違いは、感性の能動性の違いである。描くというのは、外部の色をアウトプットする受動であり、見る、というのは、外部の色を受け止めに行く能動である。
 蓮子は些事と笑った。メリーは笑うことが出来ない。それはつまるところ、ヴァーチャルとリアルの境界線に他ならなかったのである。
 
「広重の夢、か。卯酉東海道が、富嶽三十六景の四十六枚絵を採用しなかったのは、北斎の狂おしさを認めることが出来なかったからだけど――」
「蓮子、」
「いいじゃないの。そっちの方が夢があるわ」
「馬鹿。夢が崩れるわよ」

 葛飾北斎という画家は、その八十余年に及んだという長い生涯の中で、数十とも言われる号をとっかえひっかえ用いたとされる。自分を排斥する行為であった。自傷趣味にも似た改号を繰り返した北斎の心証に、歴史のスポットライトは残酷な結末を与えた。
 北斎の絵は、ヴァーチャルを映し出している。メリーは今、北斎の絵を眺めつくしながら思う。
 彼は、リアルを追い求めたのか。ヴァーチャルを求めたのか。
 その土俵に考えた時に、改号が自然な形で、収まりの良い回答を得る。
 そしてメリーを、また焦躁に落とすのである。浮世絵に浮かんだ超特急が、そのまま江戸の夢の中へと、走り込んでしまうような気配である。

「蓮子。現実、って、絵描きに描けるものだと思う?」
「思うわね。現実ってのは、仮想現実の集合体なんだから」
「……馬鹿」 

 メリーは、窓外の富士から視線を外し、目の前の親友を眺めた。
 そこに確かにある少女の姿と、不遜な懊悩を弄しているマエリベリー・ハーンがある。カレイドスクリーンを楽しみ続ける無辜の客。
 そこにあるものを現実と言うのなら、北斎の絵がくれた安堵は何だった、というのだろう。
 メリーは例によって、深く考える必要がないことだろうと思った。それは、しつこく尾を引いてきた。断ち切ることが出来ない。自己矛盾を起こした部分が、エラープログラムのように警告音を鳴らし続けていた。
 仮想現実の集合体の中で、メリーは、友の意地悪な言葉に視界を霞ませた。
 ほっそりとした少女の姿が、眩暈に襲われて輪郭を崩す。

「……列車酔いした」
「は?」

 メリーは力なく、蓮子にそう言う。雑念に苛まれながら零した戯れ事にしては、機転の利いたことを言ったと思った。
 歌川広重と葛飾北斎、二人の画家が実は同一人物であったという知識は、既に近代社会史の常識として教科書にも載る時代となっている。
 こんなにも鮮やかなヴァーチャルを生み出す北斎は、あんなにも現実味だけを醸し出す広重の一面でしかないという事実が、メリーと蓮子、秘封倶楽部の土壌を決定的に揺るがすかもしれない。
 メリーははっきりと知覚している。乗車前に蟠った焦躁は、恐怖感と置き換えても良いものであった。

「蓮子とも、いつかお別れするのよねえ」
「するわねえ」
「大学が終われば、秘封倶楽部も消えてゆくんだし」

 メリーは、北斎の絵を今、漠然と眺めている。ヴァーチャルは心象風景として、抵抗無くメリーの胸に受け容れられる。
 北斎が改号を繰り返した理由も、広重の絵があんなにも現実的だった理由も、今の史学が解明してしまった。少なくとも表面上、そこに謎は残されていない。

「北斎の絵は、広重の夢だった」

 与えられた結論である。
 広重は、ヴァーチャルを追い求めたのだ。北斎は、ヴァーチャルを描き出すことのできる画家として存在した。広重が生涯、東海道五十三次から富士三十六景まで富士を追い続け、成し遂げられなかった夢を、葛飾北斎が踏破していった。
 広重と北斎が同一人物であった暁は、ヴァーチャルとリアルが、感性の能動であることを示していた。
 秘封倶楽部としては歓迎すべき事象だったのかもしれないが――
 それは同時に。

「蓮子は、ずっと、私の友達で居てくれるのかしら」

 目の前の親友は、押し黙ったままであった。
 散発的に発せられるメリーの言葉を、理解しているのかしかねているのか、そこに表情も、返答も紡がれることはない。
 揺るがぬ現実を探すメリーの前で、友人は押し黙る。ヴァーチャルの浮世絵が、一枚また一枚と、飛ぶようにめくり獲られてゆく。

 

『次は、第三十一番――』


 バン、という音が車内に響いた。メリーは驚いて顔を上げた。上げた先に色がない。視界は唐突に闇で覆われた。カレイドスクリーンも暗転している。車内灯も点灯しない。急激な前のめりの力が働き、メリーは座席から転がり落ちる。
 
「蓮子!」
「メリー!?」

 すべての灯りが消えていた。前のめりはやがて収まり、鋭い金属音が、止む直前になって耳に届いた。ただいま電気系統のトラブルが、等と、車内放送が慌てた調子で叫んだ。車掌が放送を繰り返す。
 お客様は、今居られる場所から、絶対に動かないでください。
 メリーは、暗中に手を伸ばす。
 お客様は、今居られる場所から、絶対に動かないでください。
 お客様は、今居られる場所から、絶対に動かないでください。
 車掌が喋っている。
 お客様は、今居られる場所から、絶対に動かないでください。

「蓮子!」

 暗闇に振り回す腕が、椅子だとか壁だとか、床だとか、様々な固い物にぶつかる。非常灯の一つもつかないのか。おかしいじゃないか。外に景色もない。急ブレーキで新幹線は止まったのか。私はどこにいる。暗闇で何も見えないここは、本当にまだ、卯酉東海道の中か。近未来の、超特急新幹線の中なのか。
 宇佐見蓮子は、どこだ。
 
「メリー!」

 振り回した手が、柔らかいものに触れた。

「蓮子!」

 接触のまま離れてしまった対象に、メリーはもう一度、同じ向きで腕を振るった。二度三度と当たる気配。翻る掌を掴まれる感触。掴まれる。別の手で、掴まれる。

「大丈夫」

 友人に掴まれた掌。暗闇、何も見えない向こう側から、あたたかい掌が掴んでいる。自分の手を掴んでいる。

「……私は、ここにいるわ」

 北斎も広重も消えた。
 ここにあるのは黒い闇でしかない。
 メリーは思った。広重も北斎も、きっと大好きだ。同じ人でも、違う人でも良い。
 消えてしまう世界があったとしても。
 今見ている現実が、たとえ、正気と狂気の狭間で揺れている、吊り橋のようなか細い場所だとしても。

「ごめん、蓮子。今日は本当に、甘えん坊みたい」

 今ここにあるリアルが、壊れないでほしい。

 灯りが戻り始める。
 車内灯が点灯する。カレイドスクリーンが、ERRORの文字を明滅させながらブルーバックで蘇る。
 暗順応の瞳が、一気に白転した車内に灼かれた。
 そして目を擦る。目を開く。
 眩しすぎた現実の向こう。エラーを表示し続けるカレイドスクリーン。
 そして、明るくなってもまだ、繋いだ手を離さないでいてくれた友達の笑顔。
 メリーは救われた。
 リアルの脆さとヴァーチャルの脆さの狭間に、樹海が横たわる。
 両端の朽ちた吊り橋から、正義のヒーロー・宇佐見蓮子は、たったひとつの掌で、マエリベリー・ハーンを掴んでくれていた。



 復旧までの間ヒロシゲが再出発を見合わせており、メリーは暇な時間を過ごしている。
 エラーを吐いたカレイドスクリーンは、今、原因不明の中断が挟まる時見せようとしていた絵を表示し、そのまま固まって、乗務員ならびに新幹線の管理室を悩ませていた。
 表示されているのは、凱風快晴。
 俗に言う、赤富士であった。

「ねぇ蓮子」
「何?」
「結局、何だったのよ、この故障」
「いや――私に聞かれても」

 蓮子は困った顔をした。メリーは、ぷっ、と吹き出した。
 大方、通常と違う上映プログラムを再生するにあたって、何かしらの誤作動を起こした程度のことだろう。車両の安全点検では問題がなく、再出発はまもなくです、と、車掌が放送で知らせてくれた。
 
「ヒロシゲとホクサイは、本当に同一人物だったのかしら? 蓮子」
「どっちでもいいかもしれないわね。私は、自分なりに考えてることがあるけど」
「何?」
「言わない」
「えー」

 蓮子は笑っている、ひとまず二人が無事だったことに、メリーは安堵するのである。
 その次に、世界が無事だったことに安堵した。
 何のことはない。マシンが夢を見たのだ。
 車内は、カレイドスクリーンの映像のせいで真っ赤に染まっていた。誰もが見たことのない、真っ赤な富士の姿が、カレイドスクリーンに浮かび上がって動かない。
 誰も見たことのない富士を描き出した、葛飾北斎という人物。現実の富士を描き続けた、歌川広重なる絵描き。

 マエリベリー・ハーンは、この国この小さな世界が、素敵なヴァーチャルで満ち溢れていることを、嬉しく思うのである。
 あたたかさの残った掌をそっと、頬に当てる。
 北斎の絵は、快晴である。
 
 私も同一人物であると信じて疑わない。
 広重だけに、歌川ない。
反魂
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2008/02/11 08:59:30
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1. 5 カシス ■2008/02/11 01:00:38
メッセージに吹いたwww
これはいい秘封倶楽部ですね。二人のやり取りがいい味出しています。
夢だから美しいのか現実を捨てればいいのか、ちょっと考えさせられます。
最後の二行がとてもいいです。
2. 1 俄雨 ■2008/02/11 20:55:45
北斎でヒロシゲだった。うーん。
3. 3 #15 ■2008/02/12 18:30:51
正直、広重だ北斎だというのには興味が無いのですが、伝えたい事はなんとなく分かりました。あくまでなんとなくですが。
4. 4 飛び入り魚 ■2008/02/14 00:05:18
なんという技巧派。ただ少々とっつき難かったかも。
5. 9 名無しの37番 ■2008/02/14 20:08:30
リアル、ヴァーチャル、過去、未来、嘘と本当と闇と光彩と。
抽象的なイメージを曖昧なままに表現されて、つかみどころのない、それでいてなぜか読後感のすっきりした一作でした。
絵という文章での表現が難しい題材、秘封の二人が電車に乗ってるだけという状況、このような組み合わせでこれだけのSSが書けるのだなと変に感心してしまいました。
ただ、お題がどこにあるのか探すのがちょっと難しかったと思いました……わざとか。樹海ですね。
6. 3 あまぎ ■2008/02/24 18:52:02
自分の無知さが非常によく分かる作品でした。ちょっとヘコむ(褒め言葉)。
これって、実際にあったイベントなのかな、と思った自分は田舎物ですはい。東京とか、未知の世界。
ググってみればなるほど、音楽CDの内容を書いたものなんですね。

語り口は非常に見事で、また車内放送の表現も見事でした。
しかし「マエリベリー・ハーンって?」と思うくらいに低レベルな自分にはこれもまた、東京くらい未知のお話でした……。
あと北斎とか広重とかも全然詳しくなくてもう異世界。

いやあ、メリーと蓮子、その能力と、どんなキャラか程度なら分かりますが。
しかし基となる設定が分からない以上、評価するのも難しい……。
ところで、お題はどこにあるのでしょうか。
全体的に機械、が一番近い……のかな……?
7. 7 ■2008/02/27 22:43:19
北斎も広重も消えたけど蓮子はいつも傍にいる……二人の手がつながった瞬間にグッときました。
終わり方もスッキリしていて、メリーのワクワクする気持ちが伝わってきました。
ただ途中の説明にある北斎と広重の違い(ヴァーチャルと現実)がちょっと分かりにくかったです。
8. 5 ■2008/02/28 20:53:47
広重と北斎がどうとか知らないので、ちょっと置き去り感が。
でも、見えていたものと外へ出したいものがそれぞれ違う、という説は面白い。
人の多面性? 精神の境界? 虚と実?
31/36という事は、だいぶ東寄りの地域。そこにはまだ本物があるのか。
読めない話だが、読後のスッキリ感はなんだろう。
9. 4 たくじ ■2008/02/28 22:47:24
ごめんなさい。私には何が言いたいのかがよくわかりませんでした。
10. 5 椒良徳 ■2008/02/29 00:09:58
>広重だけに、歌川ない。
おい貴方! 何てことを! 下手な洒落はいいなしゃれ! 
文章はうまいし、語られる雑学も面白いのですが、娯楽としては三流ですね。
11. 3 時計屋 ■2008/02/29 01:05:07
文章は丁寧に書かれていると思うのですが、
逆に読みにくくなっている箇所もありました。

ちょっと共感しづらいお話でした。
12. 3 ZID ■2008/02/29 01:46:17
やろうとした内容は見当付くけど、伝わってこない。そんな印象。資料調べに時間をとりすぎて、肝心の文章と物語の構成がおろそかになってるんじゃないかって気が。投稿時間を考えると、かなりギリギリでまとめ終えた可能性が高いですが。
13. 8 床間たろひ ■2008/02/29 02:44:14
え、北斎と広重って別人じゃなかったの――?
思わず読んでる最中に調べてしまったじゃないか。

でもそれって事実かどうかは兎も角、夢のある話ですねぇ。
名前を変えて夢を書く――なんだ、俺たちと一緒じゃないかw
14. 6 とら ■2008/02/29 09:18:39
全体的に丁寧に書かれていて、作中の雰囲気はよく伝わってきました。ただ、少し冗長かなと思う箇所もいくつかありました。
15. 7 らくがん屋 ■2008/02/29 11:24:30
あーちくしょう、最後で台無しだw でも好き。
16. 8 つくし ■2008/02/29 13:59:44
これは良い秘封。卯酉東海道の内容を上手く発展させた感じです。ヴァーチャルとリアルを繋ぎとめる絆としての秘封倶楽部、というテーマは何回も見てきましたがやはりいいものだー。
17. 7 as capable as a NAMELESS ■2008/02/29 15:06:01
ラストで台無し、なんて言いませんとも。
18. 1 中沢良一 ■2008/02/29 15:26:26
話が小難しくて理解するのにつかれました。結局理解はできませんでした。伝えたいことは何なんでしょうか? 描写は綺麗でも文章がつらつらと書かれているので、ごちゃごちゃとした印象しかなかったです。
19. 5 K.M ■2008/02/29 18:20:04
蓮子とメリーの間の、一言では言い表しにくい空気が楽しかったです。
しかしあとがきコメントで色々飛びましたw
20. 7 ルドルフとトラ猫 ■2008/02/29 19:03:22
取り違えてはいけないこと、言葉遊びひとつで崩れるのだから
純粋に面白かったです
21. 1 ☆月柳☆ ■2008/02/29 20:04:40
文中の言葉を借りるなら、個人的嗜好で…。
自分は楽しめなかったけど、問題もなさそうな気がするし、好きな人は好きそうな内容だし、何とも点を付けにくい。
22. 8 八重結界 ■2008/02/29 20:59:14
文章もリズム良く、ともすればメリーに感情移入してしまうお話でした。
おかげで事故のシーンでは、こちらまで暗闇の中にいたようで不安になってしまいました。
そしてあとがき。誰がうまいことを(ry
23. 5 O−81 ■2008/02/29 21:18:56
 誰がうまいこと(略
 秘封っぽい悩みが秘封っぽい雰囲気でまとめられていて素敵でした。
24. 6 只野 亜峰 ■2008/02/29 21:33:44
少々文章が歪かな。冗長的な部分もちょこちょこ感じられて場面を把握しずらい部分もちらほら。
一人称的な感情を表した文章と三人称的に場面を表す文章がごっちゃになってるのもその要因かと。
間を置くための――の多様も少し多いかな。肝心なところが薄れちゃうので。完成は感性の誤字かな。
逆に余計に文章を区切ってるところも。推敲する時間が無かったのかな。
山場の心理描写をもう少し細かく追っていけたら良かったかなと思います。
25. 5 BYK ■2008/02/29 22:21:50
誰が上手い事を言えとw(褒め言葉<後書き
秘封の二人は、大学を出た後もヴァーチャル/リアルの狭間を追い続けているように思います。互いに掌を掴みあえる程に固い絆で結ばれた二人が、そう簡単に別れたりしないと思うから。
26. 4 つくね ■2008/02/29 23:21:55
後書きに座布団一枚。
北斎の見た赤富士は実在するものですが、確かに幻想的な風景です。現実にある虚構と常に現実にある富士。この二つは根っこが同じだとすれば、この二人が同一人物であっても、面白いですね。
27. 7 綺羅 ■2008/02/29 23:23:00
しっかり原作の空気を醸し出しながらもただの原作コピーにならず、きちんと二次創作しているのは大変良いと思われました。貴方はきっと秘封倶楽部が大好きなのでしょうね。
28. 4 冬生まれ ■2008/02/29 23:46:18
作者メッセージがw
いや、評価はちゃんと作品自体の物ですけどw
29. 3 moki ■2008/02/29 23:46:38
狂気を排除し合理性を推し進めていった世界になってしまうのでしょうか。
30. 10 blankii ■2008/02/29 23:58:26
『描くとは――受動、見るとは――能動』の一文にメロメロです。ホクサイとヒロシゲの共存を私も望む。

31. フリーレス 反魂 ■2008/03/02 16:39:56



 みなさまたくさんのコメントありがとうございました。
 レス返しはこちらの方でさせていただきましたので、よろしければごらんください。

http://www.little-wing.org/kotatsu/index.htm


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