TEACHER GETS ANNOYED

作品集: 最新 投稿日時: 2008/10/02 09:01:49 更新日時: 2008/10/05 00:01:49 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00


「先生、授業だよ」

 生徒の一人が、思索にふけっていた慧音の肩を叩く。
空想から引き離された慧音はなるべく無表情を装い、咳払いして帽子を被り直す。

「号令を」

 それぞれの席に座っている11,12才の生徒の内、一番元気の良い少女に号令をかけさせてその間教科書をでたらめに開き、慧音はようやく今日教えるべき箇所に行き当たった。

「うむ、今日教えるのはことわざである」

 でかでかと「ことわざ」の文字を板書した。
生徒達の反応は無い。
「ことわざ」の文字を消す。

「ことわざというのはだな、昔の人が作った言葉で、一つ一つ、普通とは違う意味を持っている」

 いつも、この辺りの説明に難儀する。
基本事項を理解させるのが難しい現代文の中においてことさら分かりにくい。

「まあ、いい。例えばこれだ」

 黒板に「犬も歩けば棒に当たる」と書いた直後、生徒達が騒ぎ出した。

「何だ、うるさいぞ。何がおかしい」

 一様に外を向いている生徒達を習って、外を見た慧音の目が点になる。
 この教室は一階にあるため、通常の学校同様、南側がすぐ広い庭となっており非常に健康的な構造をしているのだが、その庭に面したガラス窓の向こう、窓際の生徒からすれば目と鼻の先に犬走椛が立っていた。

「あっ」

 慧音を見て、嬉しそうに椛の尻尾が揺れる。
 慧音が口をパクパクさせている間に、椛は背を向けて一目散に走り始め、庭の隅に植えてある杉の木に頭から激突した。
そして、きゃいんと鳴いてひっくり返った。
 生徒の一人がガラス窓の鍵を開けようとしたが、慧音は急いで止めた。

「先生、本当に犬も歩けば棒に当たるだったよ」

 一番、椛の近くにいた生徒が興奮して慧音に訴えた。

「いや、違うんだ。そういう意味ではなく」

 再び、視線を窓の外にやると、椛はいつの間にかいなくなっていた。
もう秋だというのに、慧音は懐からハンカチを取り出して汗を拭い、再び板書を始めた。

「鬼の目にも涙」

 再び生徒達が騒ぎ出す。

「あっ、ああ」

 伊吹萃香が、またもや窓の外、窓際の生徒からすれば目と鼻の先に立っていた。
慧音が驚愕のあまり、帽子の上の飾りを振り回している間にも、鬼は自らの目に目薬を差して泣き始める。

「先生、鬼だよ鬼。すごい、本当に泣いてる」

「すげえ、オレ初めて見た」

 慧音は教壇の上で地団駄踏む。

「違う、違う。違うんだ」

 生徒が深い感銘を受けたように目を輝かせた。
 慧音は、やり切れずに頭を教卓に擦り付けた。
今日が満月でないことが悔やまれる。
 さて、教科書通りに進めば「鬼に金棒」が次に来る。
どうしたものか。
 「鬼」まで書いて外を見ると杉の木の陰から金棒を持った萃香が様子を窺っているのに気付いて、急いで消した。
窓の外の萃香もいなくなった。

「これじゃない」

「先生、何で消すの」

 教科書に書かれている内、残りのことわざは3つだ。
慧音は教科書を疑った。ともすれば、この教科書が誰かの手に渡って自分は手の込んだいたずらを受けているのではないか。
 教科書を使わずにやってみよう。これならば、何も起きない。起きたら私は死ぬ。

「猫が顔を洗うと雨」

 慧音がそこまで書いた時である。
庭の隅の方から八雲紫とお供の動物たちが登場し、窓ガラスの所まで近づいて来た。

「ああ、駄目だ」

 慧音が、教壇の上に尻餅をつく。
 どこに持っていたのか藍がタライを取り出すと、これまた、どこからともなく紫が水を注ぎ、橙が顔を洗い始めた。

「橙、気持ちいい?」

「にゃあ」

「あら、やだ。雨」

 紫がわざとらしく傘を広げた。
ぽつり、ぽつりと雨が屋根の上に落ちる音がしたかと思うと、晴れていた空があっという間に曇り土砂降りになった。

「帰りましょう、帰りましょう。みんなでお家に帰りましょう」

「待て」

 慧音が外に飛び出した時には一家は既に隙間の中へと姿を消していた。

「すっげえ、雨だ」

 子供達もガラス戸から外に出てこようとしたが、慧音に押し返されて不満を述べた。

「いいか、絶対に外に出るな。何かがおかしい。非常に嫌な予感がする」

 慧音は広い庭の隅から隅まで見渡したが、植え込みと数本の杉の木以外何も見当たらない。
腑に落ちぬまま、教室へ戻った。
 また、すぐに止むだろう、と思われた雨であるが、止まなかった。
どうして、止まないのか。

「授業、続行だ」

 慧音は尻に付いていた埃を払い、力無く白墨を握った。
もう、教科書通りに進めてさっさと終わらせてしまうに限る。
雨はさらに勢いを増し、庭のあちこちに水たまりを作った。
また、先ほどから庭、庭と言っているが、一般的な、小学校のグラウンドを想像していただいて差し支えない。

「今日は遊べないや」

 子供達が不機嫌そうに脚をばたつかせた。
死相の浮いた慧音が再び板書を開始する。

「河童の川流れ」

「わ」

 慧音は叫んだ。
爆音と共に猛烈な勢いで、大量の水が庭を横断して右から左へと流れて行く。

「ひゃっほう」

 その激流に乗って、河城にとりがバタフライしつつ視界を駆け抜けていった。

「違う、違う」

 今までは、それなりにことわざに準じた内容であったが、今回のこれは明らかに違う。
降り続く雨同様、川は無くならず、どんどん水かさが増していき、先ほどまで何の変哲も無かった地面がえぐれ、5メートルほど先には、濁った川が出来上がっているという実に奇妙なことになった。
生徒達はざわめき、更に歓声を上げた。概して子供は川が好きである。

「喝。静かにしろ」

 ざわめきを抑えたはいいものの、恐らく最も動揺しているのは自分であろう。と慧音は自己嫌悪に陥る。
こんな異変が起きているというのに一体、博麗の巫女は何をしているのか。

「蛙の子は蛙」

 けろけろけろけろ。

 投げやりに庭を見る。ほら、いた。
窓ガラスの向こう、数メートルの所を洩矢諏訪子と東風谷早苗が手を繋いで歩いていた。

「先生、あれって親子なの?」

「知らん」

 けろけろけろけろ。

「私をみんなしてからかってるんだ。愚鈍な牛女が教師なんかやるなって言ってるんだ」

 慧音は教壇の上で泣き出してしまった。

「先生、頑張って」

 子供達が励ます。

「先生は立派だよ」

「本当か」

「うん。僕、牛乳大好きだよ」

 やっぱり、からかっているんだ。
慧音は、さらなる人間不信に陥ってしまう。

「先生、授業終わらないよ」

 慧音は一つだけ残ったことわざが、何であるか知っていた。
残念なことに「井の中の蛙、大海を知らず」である。
ちらり、と窓の外を見ると川の淵に立った二人がにやつきながら、こちらを窺っていた。
何が起きるか大体見当が付く。

「残念だ、今日は終わりにしよう」

 慧音は、帽子を被りなおした。

「家まで、送って行ってあげるから」

 子供達は、何となく不満気な顔をした。

「えー、もっとやろうよ」

 馬鹿か。こいつらは一度、海に沈められないと分からないらしい。

「良い子だから、今日は帰れ。怒るぞ」

 慧音が語調を強めると、子供達が渋々帰り支度を始めた。
が、しかし、その時誰かが呟いた。

「井の中の蛙、大海を知らず」

 本当に、好奇心とは恐ろしい。
たちまち、天から海水が降り注ぎ、外を満たし、遂にガラス窓が割れた。

「うわあっ」

 意外にも慌てているのは慧音だけで、生徒達は押し流され吹っ飛ばされながらも少数が声を上げているだけだ。
 冷たい。下半身から上半身までずぶ濡れになっていく。早く消えてくれ。もう、勘弁してくれ。
私が悪かった。ごぼごぼごぼごぼ。








「先生、授業だよ」

 生徒の一人が教壇に突っ伏していた慧音を揺り起こした。
夢から覚めた慧音はなるべく無表情を装い、咳払いして帽子を被り直す。

「先生、うなされてた」

 慧音はほっと息を吐く。

「うむ、号令」

 意味の分からぬ、おかしな夢であった。
 死ぬかと思ったぞ。私は。
 慧音は立ち上がろうとしたが、中腰のまま青冷めた。

「先生?」

 慧音の額から嫌な汗が流れる。
 ようやく、納得した慧音は嘆息した。何もおかしいことなどなかったのだ。強いていえば、夢の中で感じた危機感と不安だけは正しかった。
 諸悪の根源は他の誰でもなく、昼食時コーヒーをがぶ飲みした自分であった。

「ああ」

 慧音は寝小便を漏らしていた。
恐らく、涙も雨も川も海も、全ては小便であったのだ。
 幸か不幸か、授業開始の鐘が鳴る。

 「覆水、盆に返らず」
 
 いい勉強であった。
 また一つ利口になった慧音は一種の爽やかさを感じつつ、晴れ渡る秋空を見上げた。



 最初チョロチョロ、もう止まらない。



ここまでお付き合いくださった皆様、ありがとうございます。
水の夢を見た時はね、結構な確率で漏れてますよ。
yuz
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1. 5 慶賀 ■2008/10/05 13:14:34
テーマは慧音いじりでしょうか。諺は良いギミックだなと感じました。
しかしオチが人を選びますねぇ。オレ?ギリギリセーフ!
2. 6 no name ■2008/10/05 19:12:04
何という夢オチww流石にこんな夢見たくないなwww
3. フリーレス めるへん☆きっく ■2008/10/05 19:17:45
頭角して知り隠さず。
お後がよろしいようでw
4. 5 小山田 ■2008/10/06 23:32:06
オチはともかく、展開の素直な面白さが楽しめました。
5. 6 佐藤 厚志 ■2008/10/07 03:48:18
オチが下品(笑)。
某SF巨匠を髣髴させる、荒唐無稽なイメージで描かれた(いくら幻想郷でもありえない)、どこか潔さに溢れたssでしたね。途中まで凄く面白かったのですが、最後もう一ひねりほしいところです。ここまで来たらみんなで笑って、幻想郷を崩壊させるくらいやってもいいかもしれません。
6. 9 神鋼 ■2008/10/08 21:05:44
荒唐無稽な夢のような話だと思っていたら本当に夢でした。
この後の慧音のことを考えると涙が止まりません。
7. 8 大崎屋平蔵 ■2008/10/15 21:44:17
まさかのおもらしw
登場する妖怪がファンキーだなぁと思ったら、まさかのオチでw
この後の慧音先生が気になります。
8. 6 #15 ■2008/10/18 12:21:35
にとりんが印象的でしたw
9. 6 deso ■2008/10/23 23:36:52
何綺麗にまとめようとしてるのw
シュール好きなので面白かったです。
表現がもう少しこなれてたらもっと良かったと思います。
10. 4 詩所 ■2008/10/26 20:18:45
にとりのバタフライ……見たいw
11. 4 ミスターブシドー ■2008/10/27 00:13:53
ふははははは! 途中で泣き出す先生が可愛い。そしてオチでおっきした俺は歴史ごと消されていい。
とりあえず、このお題でこの「水」を選んだ貴方に敬意を。
12. 6 PNS ■2008/10/28 14:13:49
オチがひどいwww
コーヒーのがぶ飲みは、体によくありませんよ。
それで眠ってしまうんだから、よっぽど疲れていたのかもしれませんね。
授業頑張ってください、けーね先生w
13. 6 三文字 ■2008/10/28 21:28:35
寝ションベンした状態なのに、やけに先生冷静だw

14. 8 つくし ■2008/10/29 17:44:41
 オチwwwww上手いこと言ったwwwwwwwwwさいあくだばかやろうwwwwwwwwwでもなんかだいすきだwwwwwwwwwwwww
 切れ味鋭い一発ネタというのはこういうことをいいますね。ごちそうさまでした。
15. 3 眼帯つけた兎さん ■2008/10/30 06:54:47
慧音ぇぇぇえええ!
さておき幻想郷の連中は現実としてこのような悪戯をやりかねない。
にしても、二段落ちは夢が現となる、かと思えば予想外なキャラ壊し。びびった。
読後、早苗と諏訪子のにやにや笑いを鮮明に思い浮かべてまた吹いた。
16. 8 藤ゅ村 ■2008/10/31 17:47:19
 なに爽やかに締めてんだ おのれ 超笑った
 短い分量でよくぞここまで。ところどころ表現にもたついてた箇所もありましたが、それでも慧音先生の苦悩がよく出ていたと思います。同じような展開を短いうちに何度も被せる構成は、これくらい短い分量の方が映えるんじゃないかと。
 まあ最後下ネタだけどね!
17. 4 今回は感想のみ ■2008/10/31 20:51:54
肩の力が抜けていい具合に振り切っている作品でした。
後はことわざが実現するその現象をむすぶオチがきっちりとあれば
今の倍は確実に点数を入れてました。
18. 6 じらふ ■2008/10/31 21:32:36
コーヒーが誘い水となるとは想像もしていなかったのですね。寝耳に水な出来事にも明鏡止水な慧音が素敵。
…ボキャブラリー貧弱なのに何とか上手い事言おうと必死な私は、かなり年寄りの冷や水ぽいですが(汗

「うん。僕、牛乳大好きだよ」に吹きました。ちなみに私は牛乳が出てくるおっきな部位もだいs(葵符「水戸の光圀」
19. 6 リコーダー ■2008/11/01 09:24:43
例えば、電車に乗っていて対面のOLさんが作中の慧音先生と同じ事になったとしたら、下手すると電車が止まりかねない大惨事な訳ですよ。
そう考えると、いくらフィクションとはいえちょっとこれは笑えなかった。

……けど笑った。
20. 2 つくね ■2008/11/01 13:08:36
牛乳と聖水をもらえると聞いて歩いてきました。
さて、夢の中でことわざの通り世界の模様が創られていくというのはなかなか面白いと思いました。オチの慧音は可哀想だけどw
21. 2 八重結界 ■2008/11/01 18:32:30
多少、纏め方が強引だったように思えます。
単純な夢オチで無い点はインパクトがありましたけど。
22. 3 blankii ■2008/11/01 21:37:59
うむ。そうすると最初の椛(「犬も歩けば〜」)が説明つかないかな(水と関係ないような)、と思ったりする次第であります。でもあれですね、こんな慧音先生はアリだ。
23. 2 木村圭 ■2008/11/01 21:47:26
けーねせんせー、あーたいったいおいくつですか。
どう落とすか楽しみでしたが、夢オチはちょっと残念。覆水盆に帰らず、は上手いと思うんですけれども。
24. 5 時計屋 ■2008/11/01 23:28:36
え、えええ!? せ、先生……?
夢の中の出来事よりそっちの方がびっくりです。
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