七賢人のアルケー

作品集: 最新 投稿日時: 2008/10/04 09:54:19 更新日時: 2008/10/07 00:54:19 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00

 その魔女の図書館は地下にあるが故に、常に湿気とカビの匂いがする。

 となると、必然的に蔵書のいくつか(というよりも大多数)にもカビが蔓延っていたりするので、水曜日はいつもお手入れの日と決めている。
 日に当てても大丈夫な本は日光に晒し、日に当てるとまずい本は虫干し。
 カビのひどい本は薬品を使って一枚一枚ページを消毒。薬品を使うとインクが落ちてしまう本もあるため、よく注意しなければならない。
 終わったあとにはハーブを挟み、予防措置をとっておくのを忘れずに。こういう細かな気配りが本を長く持たせる秘訣なのです。
 手間暇のかかる作業ではあるけれど、本を読むために生きているような主人が喜ぶ顔が見られるので不満はない。
 蔵書目録を一旦完成させて以来、最近の仕事はもっぱらそういった本の手入れと蔵書目録への追記――そして、忌々しい白黒により盗まれた本の目録、すなわち盗書目録の作成。
 今日も棚の隙間を覗き、盗書目録に書き込んでいく。書いてある題名を数えるとため息が出てしまう。なぜならばその数は既に百を超えているからだ。
 どうにかして取り返さないとなあ……しかし、敵は人間ながら信じられない強さである。
 自分如きが太刀打ち出来るかと聞かれれば……どうしても首を横に振らざるをえないのが悲しいところ。
 主人が万全の体調であれば問題なく撃退出来るはずなのだけど、持病の喘息が災いしてしまっている。
 本の手入れをするとともに掃除もきちんと行っているので、少しは喘息の改善に役立てば良いのだけど。
 そんなことを思いながら、棚から棚へ一つ一つ丁寧に見回っていく。
 五分の一ほど点検が終了した辺りで、主人が本を読んでいるところに出くわした。
「何を読んでいるのですか? パチュリー様」
「ん、ちょっとね、あの白黒に痛いお灸を据えてやろうと思ってね」パチュリー様はページをぱらりとめくった。「それはもう、痛いお灸を」
 主人はこちらに顔を向けることもなく、黙々と文字を追っている。いつも通りで何よりです。
「はあ……」
 えっと、題名は『水マニアックス』か。
 行儀が悪いのは分かっているのだけど、気になったので題名を覗いてみた。
「本から察するに、水符ですね?」
「ええ、これはこの前手にいれたばかりの外の書物でね。なかなか興味深いものなの」
「他にもあるの」と言って、指さした方向を見ると「火マニアックス」「土マニアックス」「木マニアックス」「金マニアックス」と書かれた本が重ねられていた。
 他にもいくつかあったが、それは符とは関係ないようなので、ずいぶんとおざなりに扱われている。
 それにしても、最後のは「きん」と読むのか「かね」と読むのか、非常に興味がそそられます。機会があれば、今度見せていただきたいです。
「実に喜ばしい限りです。では、泥棒白黒も容易に撃退出来そうですね。さすがに見たことのないスペルを簡単にはかわせないでしょうし」
「そうでしょうそうでしょう。ふふ、白黒がどういう顔をするか楽しみなの――ああそうだ、小悪魔?」
 主人は言葉を切ると同時に顔をこちらに向け、視線を合わせてきた。
「はい、なんでしょうかパチュリー様」
 うっ、凄く嫌な予感が。
「貴方、今日はもう片付けなくていいわ。ちょっと実験台になりなさい。万全を期しておきたいから」
「か、かしこまりました」
 万全どころか、私にとっては万難ですよ……あ、いや、水難が正しいのかな……。

「さて、それじゃどれからやろうかしら」
 楽しそうにページをめくるパチュリー様の姿が、なぜか死刑執行人に被って見える不思議。
 最後に言いたいことは? と問うてこないだけの違いしかないように思えます。
「出来るだけ痛くないのが良いんですが……」
「大丈夫大丈夫、痛くなんかないわよ。それにあらかじめどういうものか教えるから、頑張って回避しなさい」
「なるほど、それなら私でもかわせそうですね。では、出来る限り頑張ります」
「まあ、ちょっとは隙を作ったりとかしておかないとね。スペルカード戦じゃなくなっちゃうしね」
「ご期待に添えられれば」
「期待しているわ。さてそれじゃ説明ね。えーと、最初のは直線的に飛ぶだけだから、そんなに難しくはないわ」
「直線的な軌道、ですね。ということはパチュリー様が展開する魔方陣からの動きを見て左右避けといったところでしょうか」
「その通り。飲み込みが早くて助かるわ――さ、それじゃ始めましょう」
 言葉とともに、青い魔方陣が次々と展開されていく。
 紡がれる口上は空気を切り裂く速度。
 一言にこもる魔力が、空間を浸食するように広がっていく。
 青、もはや世界は水の底。魔女の調べで満たされた世界。
「――水符」
 風の音が魔方陣を中心に唸り出す。
 どつどど、どどうど、どどうど、どどう。
 これは凄まじい。いったいどんなスペルなのだろう。
 パチュリー様の指先はほの青く輝き、柔らかな光線を作りいく。
 なぞった空間に幾重もの青が抜け、その軌跡が糸筋となって網の目のように重なり、ギリギリと引き絞られるように収束していく。
 魔方陣と融けて、光を放ちながら美しく出来上がっていく青の宝珠。
 膨らみきった末に魔方陣を満たし、次に訪れたのは静寂、そして、「――ウォーターカッター!」青い閃光が大きく揺らめき、弾けた。
 瞬間、私の横を抜けるように透明な何かが振り下ろされ、大理石の地面が裂けた。
「え?」
 速すぎて、さっぱり見えなかった、よ? しかもこの威力は……。
「こういう感じね。次は休みなくやるから」
 いやいやいや、待て待て待て待て、待って! 待って! 待ってお願い!
「ストップ! ストップです! パチュリー様ストップ!」
「え、なに? 聞こえないわよ? もっと早く?」
「違いますっ! もっと遅く! もっと遅く! スロースロースロー! というか止めてください!」
 こんなの当たったら「こんなの当たったら死んじゃいますよ!」死んじゃいますよ!
 思考した瞬間に言葉が出ちゃった! だって本当に死んじゃうし!
「えー?」
 実に不満げな表情を浮かべながらも、パチュリー様は術の詠唱を止めてくれた。
「あ、あ、あのですね! パチュリー様!」
 言いたいことがヤマほどある(いやいや違った、地獄の裁判官じゃない)――山ほどある!
 あれ? 別にヤマでも良い気がする。あの口うるさいと評判の方ぐらい、実際言いたいことがあるし!
「どうしたの? 何か問題でもあったの? ……ああ、もしかして」
「気づいてくれましたか……」
 私の魂が危うく閻魔様のところに逝こうとした事態に。
「スペルカード名があんまり格好良くないのが、貴方も気になったの?」
「は?」
 スペルカード名?
「確かに捻りがないわよね、ウォーターカッターなんて。もっとこう……」
「まてーい! 違いますからっ! そんな理由じゃないですからっ!」
「そんな理由……? ほう、スペルカード名をそんな理由と……?」
 また魔方陣が! 青い! 青い! ちょちょちょ、ちょっとまってまって!
「違うんです、パチュリー様。確かにスペルカード名は重要です。ええ、はい、わかります。パチュリー様はスペルカード名にも一家言あると」
「そうよ。よく分かっているじゃない」
「長年お側に居ますから、そこは理解していますとも。で、確かにスペルカード名は重要ですけれども……」
「けれども?」
 くっそ、小首傾げて言うの可愛いなぁっ! さっきまで悪気も意図もなく私を殺そうとした方なんだけどなぁっ!
「あのーちょっと、そのですね、大変言いにくいのですが……このスペルカードはそのままだと当たると死んじゃうかなーとですね」
 ずんばらりと斬られて死ぬのはさすがに嫌すぎます。そもそも死にたくない。
 それと……痛くないって言ってませんでしたか? もしかして、痛みを感じる暇もないって意味ですか?

「死ねば良いじゃない」

「嫌ですよ!」

 無垢な瞳で何言っているんだこのパチュリー! 悪魔ですか! 魔女ですね! でも私なんかよりよっぽど悪魔が似合いますよ! 悪魔女!
「え? そういうのも兼ねてるわよね? 避けきれるかどうかとかで」
 ……ああ、思い違いしているのですね。これはまずい。このお互いの意識の差を縮めなくては。
 このコミュニケーションプロブレムは、ちょっと踏み外すだけで偉い有様ですからね。現在進行形で。
「比喩とか、当たって倒れる、っていうレベルで使う死ぬって言葉じゃないんです。真っ二つで右半身と左半身が死に別れですよ……」
「あー、そういうことなの? なるほどなるほど」
 ぽんっ、と手を打って理解する仕草も可愛い。一生お仕えしたいですパチュリー様。ええ、もちろん死なない限りは。
「分かった。今後は少し調整しておく。あ、でも、白黒にだったら全力でやっていいわね」
「駄目です!」
 いくら盗人といえども、その斬殺体を見たくはありませんし、しかもそれ片付けるのきっと私じゃないですかっ!
「むきゅー」
 あーもう! 可愛いなあ! 思わずうっかり「良いですよ」って言ってしまいそう!

「で、次のなんだけど」
「はい、次のはどんな感じのですか」
 五分前までの行動を気に留めた様子もなく、ぱらぱらとページをめくるパチュリー様。
 続いてのスペルカード実験も実に不安。冷や汗が止まらない。うう、シャツが張り付く。
 また、殺傷力に溢れた奴だったらどうしよう。どうにか対策ぐらいは使わなくては。
「今度のは上から降り注ぐ、広範囲を対象にしたスペルカード」
「それはまた避けづらそうですね」
「白黒もスペルカードを使って回避しないといけないレベルね」
「では、私も防御用にスペルカードを使わせてもらいます」
 良かった。これなら、自然な流れで「盾」を使える。
「あら、スペルカード使えたの?」
「攻撃するものではなく、耐える為のスペルカードですが」
 そうでなくては毎度の紅白や黒白の攻撃を受け続けられない。あんなのを生身で受ければ一撃で落ちてしまう。
 特に大した名前もつけていないスペルカードだけど、これは間違いなく私の持てる唯一の「盾」。
「ふーん。たぶん削りきるかもしれないから、危なくなったら止めてちょうだい」
「かしこまりました。では、準備をどうぞ」
「既に万全。じゃ、行くわよ」
 またしても、言葉とともに青の世界。
 蝋燭の灯火によって色づけられた赤い世界を上書きしていく。染まる図書館、隙間なく。
 今度は口上がつぎはぎながら聞き取れる。どうやら、このスペルカードは本当に実験段階のようだ。
 そうでなければ、一言一言噛みしめるように、パチュリー様はゆっくりと歌わない。
「偉大なる青にして青の王――」
 響く声が魔術の着火点となり、魔方陣をいくつも生み出していく。
「我は王の悲しみを和らげるために鍛えられし一振りの剣」
 およそ数にして十六、それが空中八つ、地上八つに分かれ、私を囲んでいく。
「ただの人より現れて、歌を教えられし一人の魔女」
 パリパリ、と音が耳に届く。見れば、空に浮かぶ魔方陣に傍目で分かるほど強烈な魔力が注がれている。
「我は招聘する精霊の力、我は号する天空を砕く人の拳」
 パチュリー様は開いた右手を天に突き出すように掲げ、強く強く握る。
 その姿はある種の美しさすらある。お見事です、パチュリー様。
「我が拳は天の涙、我が拳は天の悲しみ」
 だが、その美しさとは裏腹の、途方もないほどの魔力の昂ぶりが、私の背筋を凍らせる。
「完成せよ」
 来る!
「――水符――」
 空気が歪む、世界が変わる。なにもかもが青にして空色、染まりきる。
「――アシッド――」
 うわ、これは心底やばそうだ! 逃げろ私!
 即座に「盾」を詠唱し、上下に展開。体勢が整ったと同時に、全速力でのバックダッシュ。
 ちらりと魔方陣のチェックをする。……ああ、これは絶対にそのままでは受けきれない。
 せめて当たる箇所を少なくし、逃げ切らないと!
「逃、が、さ、な、い」
 ちょっと! 殺気こもった台詞出さないでください! ひぃっ! 魔方陣が私を追って!
「――ディポジション――」
 パチュリー様が拳を振り下ろすとともに、「ざあっ」という音が降り注ぐ。
「ぎゃわー! ……って、あれ? 雨?」
 このスペルカード、雨を降らすだけなんですか? というかスペルカードっぽくない攻撃ですね?
 な、なんだー。あー、驚いて損し――目の前の絨毯と大理石が凄まじい勢いで溶け出しているっ!?
 うおお、私の盾もよく見たら! まずいまずい! あんな尋常じゃないスピードで溶かす雨を直撃したら死ぬ!
「ストーップ! ストーップ! パチュリー様ストーップ!」
「これで貴方を崩しきれば、スペルカードゲットね!」
「何言っているんですか! 私のなんて取る価値もないスペルカードですよ!」
 しかも本来、攻撃する側はそっちじゃないですか! 興奮しすぎです!
「うわ、もう本当耐えきれないので、止めてくださいよパチュリー様!」
 ああもう、さっき詠唱する姿を美しいなんて思わなければ良かった!
 まったくとんだ死神だよ! 悪魔以上だよ! 心底異常だよ!
「えー?」
 また小首を傾げる仕草。しかも今度は右の人差し指を頬に当ててるし。
 うわーかーわーい……だ、騙されないぞっ! そんな、う、う、かわ、い、い、いややっぱり命には代えがたい!
「ギブ! ギブアップです。お願いします。このスペルカードは取れません」
「はいはい、とりあえず止めるわ」
 おお、雨が上がった。室内なのに、なんだか晴れ晴れとした気分。
 そして地面を見るとボロボロになった絨毯と床。うあー、あとできちんと片付けないと咲夜様に怒られてしまう。
「根性なしね、貴方は根性なしよ小悪魔」
「根性でどうにかなる問題ではないかと……」
「外の書物によると、根性があればどうにでもなるのが一般的だそうよ」
 精神論の化身みたいなのが一般的なんて、外の世界はどうなっているんですか。まったくけしからんです。
「ところで質問があります」
「ん? ああ、これは結構スペルカード名が良いわよね?」
 まだそこにこだわっているのですか。
「あ、ええ、それは確かに。で、疑問に思ったのですが」
「何かあるかしら?」
「あのー、最初のウォーターカッターは外の兵器とかそういうのの技術だと分かるんですが、今のはどういうものですか?」
「本によると、外では一般的な自然現象らしいわよ」
「こ、こぁー」
 大理石や絨毯を簡単に溶かしきるような酸が雨のように降り注ぐとか、外の世界はどうなっているのでしょう。ありえない。
「外の人間って、思ったより丈夫に出来ているんですかねえ」
 あんなの当たったら、いくら小悪魔系の私でも大惨事間違いなしなんですが。
「森も枯れるらしいし、どうなっているのかしらね」
「そんな危険なもの試さないでくださいよ……普通に試さなくても分かるじゃないですか」
「好奇心を抑えられなくて」
 好奇心、小悪魔を殺す(未遂)。
「わっざわざ精霊の力まで借りてやるものじゃないですよー」
「貴方なら大丈夫だと思って」
 過大評価過ぎます。小悪魔風情には無理です。
「さて、そろそろ次の行きましょうか」
 え。
「まだやるんですか?」
「だってまだまだあるもの」
 本当に嬉しそうな顔をしているパチュリー様を見るのは喜ばしい。
 でもどうしてかしら。私の顔がどんどんこわばっていくのは。
「い、いくつぐらいですか」
 紅茶に入れるお砂糖の数を聞くのとは、あらゆる意味で重みが違います。
「……嫌そうな顔ね。じゃ、今日はあと一つだけ」
 なんという慈悲! パチュリー様の神に匹敵するが如き慈悲、卑しい小悪魔めの五臓六腑に染みいります。

「さ! 最後のスペルカードやりましょう!」
「これで終わりと決まったら元気ね」
 そりゃもう。いつドサリと逝くか分からないチキンレースは続けられません。
「ラストスペルで、必ず仕留めるわ」
 うわ、握り拳まで作って……。
「あの、目的が変わっていますよ」
「些細なことじゃない」
 私の命、些細なんですか?
「アイヲカンジザルヲエマセン」
「弾幕は愛だと仮定すればあながち間違っていないわね」
 お互い変に疲れてきて、会話がどうでもよくなってきている。
 さっさと終わらせて片付けして、お風呂にでも入りたい。
 パチュリー様もきっとそう思っているに違いない。
「で、最後のはどんな感じなんですか?」
「最後はせっかくだから何も知らせないわ」
 何言ってるんだ、このパチュリー野郎。
「パチュリー様?」
「小悪魔なんて天井までぶっ飛んでしまえばいいのよ」
 私の耳が悪くなったのかな。とても本気っぽい声色だった気がする。
「パチュリー様?」
「――水符――」
 また青が……この人、本気で殺る気だ!
「パチュリー様!?」
 逃げ――

「――レストパルSX――」

 詠唱早ぁっ! このスペルは既に実用だんか――うぉぉおおおお、身体が水流で持ち上げられるんですけど!
「ぎゃわー! めちゃくちゃお尻が痛いです−!」
「怒濤の勢いで吹き出す水が臀部を直撃するのだから、それは当然よ」
 どんなスペルですかっ!? おい、外! どんなのを本に記しているんだ!
「いたたたたたっ! いやに的確な角度で本当にいたいいたい!」
「あちらの世界の言葉を借りるなら、ウォシュレットって奴らしいわよ」
 畜生! 痛い! 冷静な面で解説しやがって! 痛い! 止、め、ろ、よ!
「でもこれスペルカードとしては使えそうにないわね」
 そんな初めからわかりそうなもの私にやらないでも! 割れる割れる! 何がとは言いたくないけど割れる!
「元から割れているから問題なんてないわよね。ちなみに六十秒耐久スペルなの、それ」
「六十秒なんて耐えられない! お嫁にいけなくなる!」
「根性なしも根性なしねえ……わかったわかった、今止めう――げほぉっけほっ」
 咳? 喘息の発作?
 あれなんか嫌な予感。あ、なんか水流の勢いが弱くなったような。
「けほっけほっ」
 むしろ勢いが完全に止まって……でも水はまだ私の下に……って、崩れ落ちる!?
 飛んで逃げないと――翼が水に濡れて重っ!

「けほっ……あ?」
「わわわ、落ちる落ちる!」

 耳に聞こえたのは、ゴオンという音、ごつんという音。
「いたぁ……たんこぶできてる……いや、それはそれとして、えーと」
 痛みを我慢しつつ周囲を見回すと、どこもかしこも水浸し。もちろん私も。
「パチュリー様?」
 パチュリー様も私と同じようにスペルカードの崩壊に巻き込まれたようで、偉い有様になっていた。
 帽子はどこかに吹っ飛んで、紫の髪も何もかも濡れ鼠。おまけに目を回しているし、私と同じようにたんこぶもこさえてしまっている。
 さっきの音はきっとあれなんだろうなあ……。
「むきゅー」
 でもまあ、これって天罰だと思うんですよね。
「……とりあえず」
 周りの惨事を再び見て、今後の予定を考える。
 濡れた本はあとで乾かして、掃除もして、あれもやってこれもやって……。
「パチュリー様起こして、大丈夫そうだったらお風呂入って、それからやろう!」
 結局、手入れをするだけだったはずの水曜日は命を賭けたドタバタだけで終わってしまった。

 それから一週間たってのこと。

「ねえ、次はこの火マニアックスで得た知識を試させてよ」
 懲りてないパチュリー様が今日も私にせがむ。
「嫌ですよ! だって、殺傷力のなさそうな水符であんな酷い目に遭ったんですよ?」
 それが「火」になるですって? 間違いなく、今晩の夕食は小悪魔の丸焼きです。真っ黒焦げの炭風で。
「そんな風になる訳ないじゃない」
 この前のこと忘れていません?
「え、じゃあちょっとどういうのやろうとしているか、スペルカード名言ってみてくださいよ」
「ボイリング・リキュード・エクスパンディング・ヴェイパー・エクスプロージョン」
「……次は」
「ダンテズ・ピーク」
「……ちょっと本を読ませてもらいます?」
 パチュリー様の手から本を受け取り、ページをめくってみる。
「げ」
 思わず声も出る。
 ひとつ目のを要約すると大爆発。すると図書館木っ端微塵。もちろん私も。
 ふたつ目のを要約すると大噴火。すると図書館は溶岩の下。もちろん私も。
「私と図書館に恨みがあるんですか?」
 両方、消えてなくなりますよ? このスペルカード。
「ただの好奇心よ」
 好奇心、小悪魔を殺す(予定)。
「今まで聞いた言葉で、もっとも心臓が痺れる七文字だと思います」
「照れるわ」
「……はー、もうどうしようこの人」
「前のことなんて水に流してよ」
「命がけだった過去はそんな簡単に流れませんよ!」
 もう辞めようかなあ、この職場。
 でも、一度交わした契約を破棄するのってこちら側からはしんどいんですよねえ。
 どうしたものかしら……。

「よう、本借りていくぜ」

 退職検討中に声がしたので振り返ってみると、箒に乗りながら本を袋詰めしている白黒が居た。
 なんて不届き者だ。やっぱり、この人間にはきつい罰が必要だと思う。私に降りかかる理不尽の分も込みで。
「という訳で、パチュリー様お願いします! 前は生温いこと言いましたが、全力でぶっ放してかまいません。後片付けは私がします」
 この際、斬殺体でも……嫌ですけど……嫌ですけど……その、なんとかします。あ、でもやっぱりできればそれ以外で!
「ちょうどいい。外で七賢人とか呼ばれる人間をヒントにしたスペルカードでお仕置きするわ」
 いつの間にそんなスペルカードが。この前試せなかった奴ですか。
「七賢人ねえ。さぞたいそうなものらしいが、当たらなければなんともないんだぜ?」
 あ、パチュリー様、全力でやって良いそうです。あと全力で当ててください。
「その顔、泣き顔に変えてあげる。涙をぼろぼろ流して謝るといいわ」
「お前が本持って行かないでーと泣くだけだと思うがな、今回も」
 うわあ、パチュリー様の表情があんなに黒い笑顔になるのなんてそうそうないだろうなあ。

「ま、私はスペルカード戦なら誰にも負ける気がしないけどなっ」
「そう……よくぞ言ったわ白黒。覚悟しなさい、水符――」











 ――この結果、まさか図書館が水没するなどとは、この時の私には想像も出来ていなかったのだった。
ボルヴィックとエビアンについて語るSSの予定でしたが見送られました。
でもきっと参加者の誰かが書いてくれていると信じています。
むしろそれが大多数ネタと願っています。読むのが楽しみです。
萩ほとり
http://huiuti.blog48.fc2.com/
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作品集:
最新
投稿日時:
2008/10/04 09:54:19
更新日時:
2008/10/07 00:54:19
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1. 5 慶賀 ■2008/10/05 13:20:21
テーマは小悪魔いじりでしょうか。パチュリーさんはっちゃけてますねぇ。
個人的な意見としては、オチが弱いような気がしました。いつ終わっても
良いという場面の流れがあればオチはなくてもいいとは思うんですけど、
やっぱり切り方が弱いかな、と思います。
2. 2 小山田 ■2008/10/07 00:13:19
小悪魔が可愛らしく、楽しげでよかったです。
3. 3 佐藤 厚志 ■2008/10/07 06:22:07
こぁー。かわいいよ。
4. 7 神鋼 ■2008/10/09 18:55:55
小悪魔逃げてー!!このパチュリーはもうダメかもわからんね。
5. 3 #15 ■2008/10/18 19:04:11
>ボルヴィックとエビアンについて語るSS
見てみたかったw
6. 7 deso ■2008/10/23 23:31:12
面白かったです。
ノリもいいし、小悪魔も可愛いw
7. 8 大崎屋平蔵 ■2008/10/24 07:25:00
なんかもう馬鹿なパチュリーがかわいかわいです。
小悪魔も落ち着けとw

個人的には会話のテンポが好きでした。
ボルヴィックとエビアンについて語るSS……どんなだ!w
8. 4 詩所 ■2008/10/26 20:23:02
あとがきで本気出すなw
9. 4 ミスターブシドー ■2008/10/27 00:22:37
あー。水曜日な。
スタートはともかく料理のしかたが上手い。軽妙な文章はサクサクと読めるし、小悪魔が可愛い。
苦労してんだろうなー、とか微笑ましい。
当人はいい迷惑だろうけど。
10. 5 PNS ■2008/10/29 21:42:13
うーん、ちょっとテンポが悪い気がしますね。
話ももう一捻り欲しかった気がします。

ちなみに私はボルヴィック派です。
あの適度なまろやかさと飲みごこち。エビアンなんて目じゃないぜ。
……はっ、私が書くべきでした。申し訳ない。
11. 4 眼帯つけた兎さん ■2008/10/30 06:52:50
ギャグ方面のジャンルにしては落ちが弱いかも。
――この結果、という終わり方だとオチを放棄したように……ううむ。
やはり消え入るようなものよりは盛り上がってくれた方が自分は好きですね。
それにしてもテンション高い小悪魔は可愛いなあ。
12. 4 つくし ■2008/10/30 15:40:21
 コミカルなノリであっさり読めるんですがインパクト不足な感じです。ポップスで言うならずっとAメロみたいな。
13. 2 今回は感想のみ ■2008/10/31 21:29:48
小悪魔の一人称ですが、途中で物語を進めていくのを会話文に任せて、あとはひたすらリアクションというのを繰り返していますね。
盛り上げどころも無く、延々と続いて終わってしまって、ちょっと拍子抜けです。
14. 3 じらふ ■2008/10/31 21:34:56
ドSとドMつーか割れ鍋綴じ蓋つーか、良いコンビですねー。
とりあえず地上を核の炎ならぬ万物始原の水で包まないでください>パチュリーさま
15. 9 77号 ■2008/10/31 22:14:00
私はエビアン派。
小悪魔の語りが流れが良くて素晴らしいです。
狂科学者ばりに、好奇心の赴くままにスペカを試しまくるパチェも凄く動いていました。
いやー、面白かった!
16. 7 藤ゅ村 ■2008/11/01 17:14:47
 流石はパチュリーだ、誤変換でもおあちゅりーだぜ。
 パチュリー野郎ふいた。
 水曜日、ここで来たかと手を叩きました。上手い使い方だなあ、と。ところどころに光る小悪魔の突っ込みも素晴らしい。
 ボルヴィックとエビアンについて語り合う話が読みたい。
 あと小悪魔にスプラッシュしてたウォシュレットの水になりたい。
17. 5 八重結界 ■2008/11/01 18:35:01
水である必然性を感じられませんでした。テーマを無理して消化しようとした感があります。
でも、この二人は可愛いな。本当に。
18. 5 つくね ■2008/11/01 18:55:50
ハイテンションな感じで終了。オチが無いのは続きものを彷彿とさせる終わり方故か。
色々元ネタ知っていると楽しめるという感じですね。でもこれなら知らない人でも楽しめるので良い感じです。
19. 4 木村圭 ■2008/11/01 21:50:01
最後のも水マニアックスに載ってたとしたら――どんだけカオスな本なんですかと。水の歴史っちゃあ歴史ですが。
それにしても命懸けの漫才は見ていて和みますね。当人が必死なところが特に頬を緩ませてくれます。
20. 6 blankii ■2008/11/01 21:52:01
こんな可愛いパチュリーさんのためなら死ねなくもなくない。
小気味良い地の文で「ああもう可愛いなぁ」とかそんな気持ちが倍化されます。ホント罪作りな小悪魔ね!
21. 1 時計屋 ■2008/11/01 23:36:20
今一つ笑えませんでした。
22. 6 Id ■2008/11/01 23:47:44
非常にテンポがよく、好感が持てます。些細なことなのですが、「〜だ」と「〜です」が地の文に混じって少し引っかかりました。
23. フリーレス リコーダー ■2008/11/03 14:49:20
期間内に入れられなくてすいません。
なんか元ネタあるのかな、分からない人は対象外? というのが一回読んだ感想でした。
二回目とか読んでみたら結構いろいろ笑えたのですが、やっぱりまだもやもやが抜けないかな。
24. フリーレス 萩 ほとり ■2008/11/04 00:59:20
評価・感想ありがとうございます!

>リコーダー様
い い の よ 。
一回読んでもらえただけでも十分極まりない。
元ネタとかは……まあ実在の現象名とか商品名とか。
あと全く東方に関係ないのを一つぐらいですかねー。

>Id様
テンポがお気に召したのなら何より。
地の文のは申し訳ない。精進します。

>時計屋様
感想ありがとうございます。
すんごい致命的ですねえ……。
もっと練り込みに練り込んで、次回こそは笑わせてみせます。
次回もこんな作風なのかは不明ですが……もしそうだったらという事で。

>blankii様
しかし真っ二つで死に別れ。
罪作りな小悪魔……良い響きですね。

>木村圭様
水にまつわる全てが記されたのが水マニアックス。
だから今回は出なかっただけで、最後のも書かれているのです。
主に広告欄に。

>八重結界様
必然性……確かに!
そこを考えると、早苗がひたすら水ごりする話とかの方が良かったかしら。

>藤ゅ村様
ボルヴィックとエビアンが幻想郷入りするまでお待ち下さい。
その間、ボトル詰めされた小悪魔スプラッシュ水をお楽しみ下さい。

>77号様
ちなみに私はボルヴィック派です。エビアンは固すぎませんか。
狂化学者……ああ、それ的確ですねー。確かに確かに。

>じらふ様
タレースもこんな使い方したら大激怒だと思います。

>今回は感想のみ様
思うまま書いて落としきれなくて真に申し訳ありません。
次回を書く際はもう少しそこら辺を考えていこうと思います。

>つくし様
Aメロだけでは曲じゃないですよねえ……本当頑張ります。
ちょっと楽な方向に流れすぎました。

>眼帯つけた兎さん様
何で沈んだかってのをタイトルに記してみて、よし落としたとか頭悪すぎました。
盛り上がりのままかー、なるほどなあ。

>PNS様
う、引っかかる部分があったようでごめんなさい。
話も安直でごめんなさい。
私もボルヴィック派ですね。
今からでも遅くありません。書きまし(ry

>ミスターブシドー様
水曜日で一応スタートさせて、その他色々突っ込んでみたいな安直野郎です。
小悪魔を可愛いと言ってもらえたのが救い。

>詩所様
仕方がない、仕方がなかったんや……。

>大崎屋平蔵様
本読んだら試さずにいられないパチュリーさんというのが、最初に思い浮かんだ事でした。
会話のテンポが好きと言ってもらえて嬉しいです。
ボルヴィックとエビアンSSは……あのほら、早苗さんとかが幻想郷来る前とかでどうか一つ。

>deso様
楽しんでいただけたのなら何よりー。
小悪魔が可愛いと言っていただけたのも、ほんにありがたい限り。

>#15様
早苗さんと神様二柱がなんか激論を交わすお話で。
真面目人間の早苗さんはエビアン好きで、ああ硬水だからとかそういうのに見立てて。
神様はボルヴィック派な……やっぱりこれ書かなくて良かったと思ってきた。

>神鋼様
小悪魔は契約とかなんかそういうアレで逃げられず。
この危険なパチュリーに毎度毎度振り回されていると良いなあ……とかなんとか。

>佐藤 厚志様
こ、こぁー。こういう小悪魔でも良しと言っていただけるだけでありがたし。

>小山田様
今度はパチュリーも可愛く書くよう頑張ります。
(……そういう問題か?)

>慶賀様
おおむねそんな感じで。
落ちは……まあ落ちていないので……。
もう少し切り方とか考えに考えないといけないなあと思いました。

二度目ですが、本当にありがとうございました。
次回がありましたら、またなにとぞよろしくお願いします!
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