雛符『雨と紅白の巫女−神様のキモチ−』

作品集: 最新 投稿日時: 2008/10/04 09:59:57 更新日時: 2008/11/06 02:59:01 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00


「……意外と似合うじゃない」

 そう言われた雛は緋色の袴の裾をつまみ、嬉しそうにくるくると回る。

「これ、昔からのお衣装の一部なの。これなら紅白の二色でしょう?」

 そう言って笑う雛が着ている衣装は緋色の袴に純白の単……それは雛人形の、三人官女の衣装だった。
 もちろん正式な巫女装束ではないが霊夢の出した「紅白」という条件は満たしていたし、
 楚々としたそれは一見すると、むしろ霊夢の衣装より巫女らしいことさえも確かだった

「まあ形はそれで十分ね。でも、形だけでは巫女としてはまだまだだわ。
 巫女としての言葉遣い、所作も覚えてもらうから、そのつもりでいて」

 そう言って霊夢は腰に手を当てた、巫女らしからぬいつもの姿勢で雛に講釈を続けていく。
 巫女の言葉の作法から、歩く時は叉手して歩くこと、など云々――。

 普段は祀られる側の神である雛にとっても珍しい内容であり、
 紅白の衣装で熱心に聞き入り実際に試しては、霊夢の指導を素直に受けている。

 春の日差しの中、神に講釈を垂れる巫女と、巫女まがいの格好で講釈を受ける神。
 通りすがりの妖精さえ、その光景を物珍しそうに眺めていた。

 そもそも霊夢と雛がなぜこんなことをしているかと言うと、話は少し前に遡る。

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「あんたは他の衣装を持っていないの?」

 山の麓にある厄神様の祠を訪ねてきた博麗の巫女が唐突にそんなことを言い出したのは、
 山の騒動が一段落してから半年ほどした、春が終わりかける季節のある日のことだった。

「……何の話?」

 きょとんとした厄神様こと鍵山雛が思わず訊ねると、博霊の巫女――霊夢は
 そんなこと決まってるじゃないと言いたげに答える。

「そんなこと決まってるじゃない。来週私の用事で神社を空けるから、留守番を探してるのよ」
「そんなの、初耳だわ」
「言ってないからね」

 霊夢はなぜか自慢げに胸をそらすが、雛にはまだ話が見えない。
 麓の博麗神社の留守番を探しているのと、自分の衣装がどう関係あるのだろうか。

 表情に疑問符を浮かべ小首をかしげてしまう雛に、霊夢はじれったげに言葉を募らせる。

「じれったいわね。あんたに留守番をして欲しいって言ってるのよ。分からない?」
「……私が? 麓の神社のお留守番?」

 思わず目をぱちくりする雛に、そう言ってるでしょうと言いたげな霊夢は続けた。

「だからそう言ってるでしょう。私の知合はなぜか変人や変な妖怪ばっかりで、
 留守番を任せられそうなのがロクにいないからあんたに頼みに来たんだけど……
 博麗の巫女は紅白の二色と決まっているから、その格好じゃ困るのよ」

 突如訪れてきて一方的に衣装について文句を言われたところで、神様としても困ってしまうしかない。

「紅でも白でもどっちだっていいんだけど、……私、いちおう神様なんだけど……」
「あら、神様が神社にいて何かおかしいことがある?」

 ここまで言われると雛も苦笑するしかなかった。
 そして、数少ない人間の友達 ――少なくとも雛はそう思っている―― が困っているのなら、
 厄神として力になってあげたいと思ってしまうのが雛の性格だった。

 数日後、衣装棚の中から昔の衣装を取り出し手入れをした雛は、
 三人官女の衣装を手直しした白の単に緋の袴の姿で博麗神社を訪れたのである。

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 雛の着てきた紅白の衣装に満足した霊夢は、それから数日を掛けて雛への研修を行った。
 しかし霊夢は決して一定以上、雛に近寄ろうとはしなかった。

「これくらい出来れば留守番には十分ね。はいお茶」

 出かける当日の朝、薄曇りの空の下で雛の応対を一通り試し満足げに言った霊夢は、
 茶を淹れた湯飲みを縁側の片隅に置くと、そして自分はそこから畳一つ分以上も離れた場所に座った。
 紅白の衣装を着た雛は霊夢が湯飲みを置いた場所にちょこんと座り、温かい湯飲みを取る。

「お茶、美味しい?」
「すこし、しょっぱいわ」
「んー、梅こぶ茶だからね。そういうお茶なのよ」

 隣あってと言うにはあまりに離れて座ったまま、二つの紅白はゆっくりとお茶を飲んだ。
 飲み終わった霊夢はまとめてあった荷物を取ると、縁側から降りながら、雛に声を掛ける。

「じゃあ後はお願いね……そうそう、最後に言っておくけど」

 振り返った霊夢は一つの制約を雛に課した。

「留守番の間はスペルカードはもちろん、弾幕も禁止ね。
 つまり、あんたは神ではなく巫女に徹すること。分かった?」
「弾幕禁止?」
「うーん、弾幕ごっこなんかされてどっか壊れても修理するお金なんて無いし、それにもし、
 うちの放蕩神が帰ってきた時に別の神様が力を使っている真っ最中だと、また拗ねるからねえ」

 言われて思い出した雛も、霊夢の言いようについ苦笑する。

「そういえば、ここも神社なのよね」
「神様、いないんだけどね」

 雛自身も八百万分の一の神だから、他の神の社で力を使ってほしくないというのは分かる。
 それでもちょっと気になる雛は、苦笑いする霊夢に一言だけ確認することにした。

「分かったわ。……でも、人間を守る為でも禁止?」
「んー、そうねえ。まあもし人間に危害が及びそうな時には守ってあげて。無いと思うけどね」
「分かったわ。お友達のお願いだし、約束するね」
「……友達?」

 その言葉を聞いた霊夢が一瞬、立ち止まる。

「あんたがそう思うのは勝手だけど……忘れたの?
『妖怪は私の敵、あんたは妖怪。』前にそう言ったはずよ」

 振り返りもせず背中越しにそう言い放つと、そのまま霊夢は出かけていった。
 言葉を失い、霊夢の背中を見送る雛の視界に雨が降り始めていた。

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「……本当に、誰も来ないのね」

 降り続ける春の長雨を眺めながら、雛はぼんやりとつぶやいた。

 一日目と二日目は張り切って言葉遣いの練習をしたりしながら参拝客を待っていた。しかし誰も来なかった。
 三日目と四日目は神社の掃除をしたりしながら参拝客を待っていた。しかし、やっぱり誰も来なかった。

 五日目ともなるとすでに物珍しさも薄れ、縁側でぽーっと座っているしかやることが無かったのだ。

――……せっかく、お衣装も準備してきたのにな……。――

 白い袖を上げ、姿見に自分の姿を映してみる――自分でも、悪くないと思う。
 そもそも手伝いの為に持ち出した衣装、誰かに見てもらうつもりで準備したわけではなかったが、
 霊夢以外の誰にも見てもらえないままというのは、やはり少し残念な気がしていた。

 異変のたびに霊夢が飛び出してくる理由が、雛にも何となく分かった気がする。
 つまり、博麗の巫女という立場はとても退屈なのだ。噂には聞いていたが、
 神社を気軽に離れるわけにもいかない立場が、こんなに暇で退屈だとは思ってもいなかった。

 しかし雛が憂鬱になっている理由は、それだけではなかった。

『妖怪は私の敵、あんたは妖怪。』

 霊夢の言葉を思い出す。雛は何度目かのため息をついては、雨に閉ざされた外の景色を眺める。

――やっぱり、私は人間には嫌われてしまうのかしら。――

 雛は厄神として、人間の身に降りかかる厄災を集め人間たちを守り続けてきた。
 彼女自身も人間たちが好きだったし、今回のことでも自分のところに来た霊夢を友達だと思っていたように、
 良く言えば純粋で、悪く言えば人間との関係に不慣れなところがあった。

 だが ――厄神様は厄を集め厄を纏う―― いかなる妖怪も人間も雛に近づきすぎれば不幸は免れられない。
 霊夢が決して雛に触れようとも、近づこうとさえしなかったのもそのためだろう。

 実際に、人間そして彼女自身の不注意でそうした悲劇は何度か起こり、
 いつしか里の人間たちは厄を持ち去る益神として崇めると同時に厄をもたらす祟り神として、
 雛のことを恐れるようになっていた。

 雛が今の目立つ衣装を纏う様になったのはそれからだ。
 自分がただ人でないことが、遠目でもすぐ分かるように。
 ただの不運や不注意が、人間にとっての不幸になってしまわないように。

 他者を避ける日々を仕方ないと思いながら、それでもやはり寂しく感じることもあった。

――だけど、彼女みたいな人間とならお友達にはなれると思ってたのに……。――

 見つめる空に立ち込めた雲は厚く、静かに空を閉ざす雨もまだいつやむとも知れなかった。

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 そんなことを考えていた昼下がり、雨音に混じり境内から騒がしい声が聞こえてきた。

 雛は急いで衣装を調えると、傘を差し外に出てみる。すると驚いたことに、二人の参拝客がいた。
 二人は若い男であり、話している内容から里の人間だろうと知れた。

「うぜえ雨ン中わざわざ来たってのに、しょぼいなここ」
「だーかーら、行くだけムダっつったんだよバカかテメー」
「あ? だったらお前も来てんじゃねえよ」
「っせーな、つーかここ誰もいねーのかよマジふざけてね?」

 神社に来てくれた人間だというのに、彼らからはどうも神への敬意や畏れを感じられない。
 思っていたのとは違う参拝客の態度に雛は少し戸惑いながらも、霊夢に教わった通りに挨拶する。

「ようこそお参り下さいました。本日はご参拝ですか?」
「おいおい、参拝ですか、だってよ!」
「なにこれ、マジ萌えるっつの?」

 何か周囲に悪態をついていた男達は、声に振り返り雛の姿を見ると声を上げた。
 人間達の反応に苦笑しながら雛が歓迎の言葉を述べると、男達はますます騒ぐ。

「ここの巫女ってクソ電波とか聞いてたけど可愛くね?」
「ヤベーよオレ、マジボレしそー」

――人間って、色んな人がいるのね。――

 境内に降る雨の音より騒がしい男達の声を聞きながら、雛はそう思った。

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 男達に請われるまま、雛は雨の中、博麗神社の境内を案内して回る。
 と言っても話す内容は霊夢の受売りばかりだったが、彼らは興味があるのか無いのか、
 特に質問も無かったので失敗もせず案内が出来、雛は内心で安堵していた。

 さして広くもないが境内を一回りして表に戻ってきた頃、男達は雛に声を掛けてきた。

「ねー巫女さん、ここってオレら以外にいないの?」
「ひょっとしてさー、今オレら三人だけ?」
「……あ、はい。今は、私だけでお留守番をしていますから……あら?」

 その時、雛は雨の中に見慣れない者がまたいることに気づいた。
 雛より先に気づいていた男が汚いものを見るように吐き捨てる。

「……妖怪のガキじゃねえか。さすがは妖怪の神社だな」
「本当……。なんでこんなところに」

 それは、まだ誕生して間もないと思われる妖怪の小さな女の子だった。
 一見すると人間のようだが、その瞳は光を反射して人ならざる色に輝き、人間でないことは明らかだった。

 ただ迷い込んだだけか、それとも人間の神社が珍しく見に来てみただけなのか。
 いずれにせよ女の子に害意は無いらしく、雨の中を傘も持たずに物珍しげな表情で雛達を見つめていた。

「こんにちは。今日はお参りですか?」

 雛は膝を折り、傘を差しかけながら女の子の目線に合わせ微笑んで話しかけてみる。
 すると、雨に打たれ小さく音を立てている傘を女の子は見上げ、興味深そうに眺めている。

「……傘、珍しいの?」

 その様子を微笑ましく感じた雛は女の子の目線のまま、にこにこと問い掛けてみた。
 女の子は雛の問にこくんと頷くと、つと雛を振り返りそっと手を伸ばしてきた――

 しかし、雛にはその手を取ることが出来なかった。

「ごめんね……でも、私は駄目だから……」

 雛は小さな胸の痛みを感じながら、一歩さがる。
 だが女の子は不思議そうな顔をしてそのまま手を伸ばすと、胸元で髪を束ねた雛のリボンを小さな手に掴んだ。

 結ばれた赤いリボンがほどける。

 戒めから解かれた豊かな髪がはらりとこぼれると、冷たい雨水に打たれた碧い葉がひとひら舞い落ちた。

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 ――その瞬間。

 男の脚が動いたかと思うと、手にリボンを掴んだまま、小さな身体が横向きに吹き飛ぶ。
 脇腹を思い切り蹴飛ばされた女の子は、苦痛の声を上げながら石畳の上にうずくまる。

「……チッ、丈夫な奴だ」

 人間の子供であれば無事では済まないほど強く腹を蹴られた妖怪の子は、涙を流し咳き込みながら動けない。
 言いながら男はうずくまった女の子に近寄ると、力ずくに小さな身体を踏みしだき、その背を踏み折ろうとした。

「何をするの!!」

 突然の事に一瞬呆然としていた雛は、叫びながら夢中で男にしがみつき、女の子から男を引き離そうとする。
 雛の手から落ちた傘は水たまりに落ち、小さな水たまりは大きな波紋に揺れた。

「何って、妖怪を退治してるに決まってるだろ。どけよ」
「でも、まだこんなに小さくて、人間を襲っているわけでもないのに!!」
「今は小さくてもすぐに他のと同じになるんだよ!」

 雛は引き剥がそうとする男に必死でしがみつき、女の子を庇おうとする。
 妖怪の女の子は弱々しく顔を上げると、怯えた表情で雛たちを見つめていた。

 もう一人の男も雛に飛び掛り力ずくで引き剥がそうとするが、雛は夢中でしがみついたまま離れない。

「邪魔だ! こいつら妖怪は敵なんだよ!!」
「――っ……今のうちに逃げて……、早く!」

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 男が雛の襟首を乱暴に掴んで引き剥がすと、雛は小さな悲鳴を上げて雨に濡れた境内に転がった。
 それを見ていた女の子はよろよろとしながらも立ち上がると、雨空に舞い上がり逃げていく。

 男たちはその後姿に怒声を浴びせるが、すでに手の届かない場所に逃げられてはどうしようもない。

――良かった……――

 雛はその姿を見て、ほっと安堵する。
 しかし『妖怪退治』を邪魔された男達は明らかに感情を害していた。
 彼らは振り返ると、暗い怒りを満たした目で雛を睨んだ。

「こいつ……邪魔しやがって……」
「えっと……、ご、ごめんなさい……でも、いきなり退治するのも、かわいそうで……」

 言いながら雛もこの後をどうしたものかと、思わずしゅんと身を縮めてしまう。

 しかし、今の騒ぎで乱れた雛の単からは、人形のように白い肌と娘らしい胸元があらわになっており、
 苛立っていた男たちの目はそこに吸い寄せられていた。

 人間の原始的な攻撃衝動、自己中心的な怒りと不条理な苛立ちは、ないまぜになり、
 ――そしていとも簡単に別の欲望に転化される。

 雨の中、自分を見つめる男の視線に気づいた雛ははっと単の合わせを抑え、後ずさって距離を取ろうとする。
 だが後ろにさがろうとした雛は、いつの間にか後ろに回り込んでいたもう一人の男に捕まえられてしまった。

 男達はニヤニヤとした表情で顔を見合わせると雛に近づき、
 雛の身体を捕らえている一人は馴れ馴れしく雛の肩に手を回してきた。

「……妖怪にもやさしいんだねえ巫女さんは」
「ジャマして悪いと思ってるならさあ、オレら人間にもやさしくしてくれよ」

 言いながら雛の身体を強く抱き寄せ、身体を雛に押し付けてくる。

「その……さっきのことは……。でも、こういうのは……あの、困ります……」

 雛はそれとなく男の手を払おうとするが、男は離れるどころか肩に廻した手をそのまま雛の胸元に伸ばし、
 単の合わせから手を入れようとする。同時に背にももう一人の気配を感じた――と思う間もなく、
 緋色の袴の上から脚を撫でられる感触に、雛は身の毛がよだった。

 雛の身体は男達に前後から挟まれる形になっており、彼らは無遠慮に雛の身体を探ろうとしていた。
 雛は小さく悲鳴を上げ、身体を離そうともがく。しかし、男達はその身体を強く捕えたまま離そうとしない。

 巫女としての作法は霊夢が雛に教えてくれた。
 だけど、こういう時にどうしたらいいかは教えてもらっていなかった。

――弾幕さえ、使えれば――

 それでも、留守番の間は神ではなく巫女に徹すること、そして弾幕禁止だと霊夢と約束している。
 その約束を破ることは神の一柱として、そして

『お友達のお願いだし、約束するね。』
『あんたがそう思うのは勝手だけど……』

 霊夢は、雛が霊夢を友達と思うことは否定しないでくれていた。
 もし本当に霊夢にとっての雛が敵であっても、せめて約束をしている間は霊夢を友達だと雛は思いたかった。
 雛にとって霊夢との約束は神が人間と、そして鍵山雛が友達とかわした大切な約束だったから……。

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 風が吹き始め、雨の勢いも増していく。
 横殴りの雨は乾いていた軒下にも吹き込み、雨粒は砕けると黒い染みとなり周囲を汚した。

 どうしたらいいのか混乱してしまった雛の態度をどう受け取ったのか、一人が雛の顔に顔を近づけた――
 雛の、まだ誰にも触れられたことの無い唇へと。

「やめてください、離して!」

 反射的に雛は叫ぶと、全身の力を込めて身をよじり、自らを捕らえる男達の手から逃れようとする。

 しかし。

「おっと、どこに逃げようとするんだよ?」
「ダメだろー、巫女さんがお客を放り出そうとしちゃー」
「嫌です! 離して、もう触らないで下さい!!」

 雛は必死に身をもがくが男達の腕をほどけず、空に逃げることも出来ずに捕まってしまう。
 三人の足元の水溜りは踏みしまれて水面が泡立ち、澄んだ水は泥が撒き上げられ不透明に濁った。

 男は雛が暴れた拍子に乱れた着物の合わせから手を突っ込むと、露骨に少女の胸をまさぐる。
 さらに後ろの男は、袴の隙間から手を入れ、直接に内腿を撫で回し始めていた。

 雛はその感触に寒気を覚え、本能的な恐怖に身体が震えた。

「いいじゃねえか、サービスだよサービス。お客さん、増えるよ?」
「そーそー、オレら帰ったら宣伝してダチもっと連れてきてやるからさあ」
「やめて……いやです、こんなこと、もうやめてください……」

 声を震わせた雛の願いも、男達の劣情を悦ばせる結果にしかならなかった。
 男達は下卑た笑みを浮かべながら雛の身体を弄び、紅白の衣装を乱暴にはだけさせようとする。

 激しさを増した雨が乱れた衣装の隙間から肌に当たり、流れた雫は衣装の隙間に染みていく。
 縛めから逃れようと身をよじり、袴の裾が濡れた地面に触れるとその部分にはたちまち泥水がしみていく。

「濡れたままだとカゼ引いちまうよ? 早く着替えないとねえ」
「そーそー、濡れたままガマンするのは、カラダに良くないからねー」
「おいおい、もう濡らしてるってのかよ、しょうがねえなあ」
「んじゃケッテー、ごきゅーけー」
「…………嫌……こんなの……いや……もう、許して……」

 逃げることも出来ず、なされるがままに人間達に身体を弄ばれ、雛はついに涙を流しながら嗚咽し始める。
 だが欲望に焦る男達は全く意に介さず、泣く雛を強引に引きずり神社の社殿に向けて連れ込もうとした。

 その時。

「何やってんのよ」

 降り続ける雨より冷たい声が響く。
 境内を激しく打ちつける雨の中、傘を差して霊夢が立っていた。

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「ハア? 何この腋なチビ」
「オレら今から巫女さんとごきゅーけーだから。マジお呼びじゃないっつの」
「腋なんか見せて欲求不満なんじゃね?」
「胸もシリもねーから他に見せるもんもねーんだろ」

 振り返った男達はそこにいるのが小柄な少女一人だと知ると、
 恐縮するどころか口々に勝手なことを並べ立て霊夢を嘲笑する。

 しかし男たちの言葉を完全に無視し、霊夢は言い放った。

「私は面倒なのが大ッ嫌いだから一回だけ聞くわ。死ぬ? それとも賽銭入れてとっとと帰る?」

 そしてそのまま雛を捕らえている男達を見据える。
 神や鬼との戦いを何度も経験してきた、その瞳で。

 男達はその迫力に一瞬怯んだかのようだったが、浅薄な虚栄心と汚れた欲望は簡単に薄汚い憤怒へと変わる。
 男の一人は雛から身を離すと、相変わらずニヤニヤしつつも苛立ちを隠そうともせず霊夢に近づいた。

「んッだよお前も相手して欲しいのか? ……だったら、黙って待ってろチビ!」

 男がいきなり踏み込み霊夢に殴り掛かろうとすると同時に、霊夢は手の傘を投げ捨て素早く後ろにかわす。
 そしてそのまま弾幕を張ろうとするが、男はすぐに前に間合いを詰め、霊夢に弾幕を張らせない。

 霊夢は意外な速さに驚きつつも男の攻撃を受け流し、さらにさがって機会を伺おうとするが、
 休み無く続けざまに踏み込んでくる拳をかわさざるを得ず余裕が作れない。

 両者の足元で水が跳ね上がり、小さいが鋭い水音が続けざまに響く。

「さっきの威勢はどうしたんだよチビ!」

――たかが人間。痛い目に合わせて叩き出すくらいわけはない。――

 霊夢はそう思っていたが、男は意外に戦い慣れ隙が無い上、身のこなしも速く弾幕を張る余裕が作れない。
 考えてみれば気まぐれで妖怪の神社に行こうなんて思い立つような連中だ。腕に覚えはあるのだろう――
 もしかすると妖怪退治の経験もあるのかもしれない。

 機先を制された上に体格も体力も劣る霊夢はさばく一方になり、次第に追い込まれていった。

――妖怪相手の霊力勝負とは違う……人間相手に使いたくはなかったけど――

 手加減できる余裕はないと判断した霊夢は、内心でひとつの覚悟を決めた。
 同時に可能な限りの間合いを取り、常人の身体など一撃で貫く封魔針を構えようとする。

 すぐ間近に迫った男が霊夢の顔面に拳を、霊夢が封魔針を男の胴体に叩き込もうとした、その時。

「疵符『ブロークン・アミュレット』!!」

 突如、スペルカードが発動されると同時に、二人の間に大量の弾幕が殺到した。
 驚いた霊夢は男の攻撃がやんだ隙にすかさず後ろに飛びずさる。

「それ以上は私が許しません……あらゆる不幸から人間を守る為に」

 そこには残った男を振りほどいた雛が、涙に濡れた目で雨の向こうからきっと睨みつけていた。

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「チッ、こいつら何必死になってんだよバカみてー」
「いこーぜなんかマジしらけた」

 邪魔者に加え、雛までが思わぬ強い力を持っていることが分かると、
 割に合わないと判断した男たちは捨て台詞を吐き、虚勢を張りながら神社を出て行った。

 霊夢は無言でそれを見届けると、雛の元に戻り少し離れた場所から声を掛ける。

「参拝客なんて滅多に来ないのに、まさかあんなのが来るなんて……」
「いいの……私、厄神だから……。
 人間が時々どんなにひどいかくらい、よく知っているから……」

 それでもやはり、ショックだったのだろう。雛は降りしきる雨の中に傘も拾わず、
 その場にへたり込んだまま動こうとしない。

 伏せた顔から水滴がしたたる。乱れ雨に濡れた純白の単は張り付いて肌の色が透け、
 地面に広がった緋の袴は散り落ちた花のように泥水にまみれ汚れていた。

 霊夢は少しためらった後、雛に数歩近づくと腕を伸ばし、傘を差し掛ける。

「ほらもう、本当に風邪引いちゃうわよ……って、あら?」

 霊夢は不審げな表情で、俯いたままの雛と、男達の去った方向を交互に眺めやる。
 階段を下りていった彼らの背中はもう見えない。

「……ま、自業自得ね。ほら、立って」

 いつの間にか激しさを失いながらも、それでもまだ降り続ける雨の音より小さい声でつぶやくと、
 霊夢は雨に冷え、小さく震える雛の白い手をそっと取った。

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「はい、五日間留守番してくれたお礼」

 雛を社務所に上がらせ、雨に濡れた髪と身体を拭いて乾かし、服も着替えさせた後。
 霊夢はお茶を淹れた湯飲みを縁側で雛に手渡すと、自分も雛のすぐ隣に腰を下ろした。

「あんた、どうして――」

 言い差した霊夢は途中で言葉を切ると、顔を伏せたままの雛と、雨の降る空を見つめた。
 そして軽く頭を振ると、そのまま雨の降る景色を眺めながらゆっくりとお茶を飲む。

「お茶、美味しい?」
「……すこし、しょっぱいです……」
「そう? 今日は普通のお茶なんだけど」

 しばしの沈黙の中、雨の音だけが静かに響く。
 屋根の軒先に溜まった水が溢れて軒下にこぼれ、着替えた雛のスカートにもぽたりと一しずく、水滴がこぼれた。

「……雨、降ってきましたね」
「さっきからずっと降ってるわよ」
「……そうでしたっけ……」
「あんた、その言葉使いもうやめていいわよ」

 霊夢は苦笑して手ぬぐいを出すと、そっと雛に渡す。
 気づけば、わずかずつ雨の音も小さくなってきていた。

「……また、お茶を飲みに来ていい?」
「厄を落としてある時ならね」

 霊夢の言葉を聞いた雛はびっくりしたように顔をあげ、すぐ横に座る霊夢を見つめた。
 横を向いたまま隣で茶を飲んでいる霊夢の近さにようやく気づくと、慌てて手ぬぐいで目元を拭く。

 雨が少しずつ上がっていくと、雲間から日が差し空がゆっくりと明るくなってきた。

「……ありがとう」

 まだ涙の残る目で、しかし嬉しそうに微笑む雛をちらと横目で見ると、霊夢はほんの少しだけ口をほころばせた。
 不器用に、誰の耳にも届かないほど小さく、だけど今はそれを伝えたいと思って。

――こちらこそ、ね。――

 梢に残っていた透明なしずくがぽつん、と落ちた。

 並んで座る二つの影の前で、雨上がりの博麗神社の境内は久々の日の光を受けて輝いている。
 すっかり聞こえなくなった雨の音に代わり、誰かの声が表から聞こえてきた。


〜Fin〜


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――その後の里では、妖怪の神社に行った者は厄にまみれ恐ろしい不幸に襲われるという噂が広まり、
そして同時に妖怪の間では博麗の神社は忌まわしい厄を祓ってくれたという噂が広がり、
神社を訪れる人間がますます減ると同時に、妖怪はますます増えたという――

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#もう1つの作品とレス共通化しています。

感想くれた方、ポイントくれた方々、ありがとうございました。

本当はひとつずつレスを返すのが筋であるとは重々承知ですが
今は何を書いても言い訳になってしまいそうなので
まとめてのレスとさせて頂くこと、どうかご容赦ください。

たくさんの厳しいご指摘、ありがとうございます。
何というか、情けなく悔しい思いをしております。

ただ指摘内容は自分でも納得できる内容ばかりなので
やはりそこは自分の実力不足…以外に言いようがないかな、と。

まさにここは精進するしかない、そして自分が納得するまで推敲を重ね続け、
文章が長くなることなんて恐れず伝えたいことが伝わるようになったと思えるまで
必死に文章を練るしかない、と痛感いたしました。

どちらも書きたいことを書くと分量が倍以上になってしまうので
むしろ切り詰める方向で書いたことを心底から後悔しています。

SSを書く上で一番大切なことは何かが、分かっていなかったと思っています。

お褒めの言葉・励ましの言葉を下さった方々、本当にありがとうございます。
実は投稿した後=頭が冷めた後に後悔しまくっていたのですが
暖かいお言葉を頂けたことで、参加して良かったと思えています。

今回は本当に良い勉強をさせて頂きました。

色々と後悔はありますが今は言い訳を重ねるよりも
頂いたこれらの感想を糧に、いつか人に見せられる作品を書いて
返すことが出来たらいいなあ…と思っております。

最後に、改めてありがとうございました。
名前募集中
作品情報
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最新
投稿日時:
2008/10/04 09:59:57
更新日時:
2008/11/06 02:59:01
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1. 4 慶賀 ■2008/10/05 13:22:06
テーマはなんだろう。すいません、何故あ〜れ〜ご無体な〜。
今回雛さん大人気ですね。
2. 2 小山田 ■2008/10/07 00:33:15
悪役として出したキャラクターの造詣が適当すぎてちょっと冷めてしまいました。
エピソードをつくるためだけの使い捨ての人物を配置するのは、個人的な美意識に合いませんでした。そんな個人的な信条により点数を引かせてもらいます。
文章自体はよかったですよ。
3. -3 神鋼 ■2008/10/09 19:13:59
呼ぶ時は神扱いで出掛ける時は妖怪扱い、接点の薄い相手に留守番をさせるのに霊夢の行動が無茶苦茶です。
男達の台詞や行動もまるでエロ漫画誌のようにチープで、そのうえお題も全く活かされていませんでした。
妖怪の女の子も、そのあとの男達の雛への扱いのために取って付けたような存在でした。
4. 2 deso ■2008/10/23 23:28:11
正直、私には合いませんでした。
雛を留守番にすえる流れが不自然に見えたこと、いかにもなチンピラが出てくるところなど。
例えば、霊夢が留守にする理由や、妖怪の女の子が出てくる理由などが伏線となって生きてくるなら、まだしもとは思うのですが……。
5. 5 詩所 ■2008/10/26 20:24:38
コンペということで二つの作品は独立のものとして評価させていただきます。
水がなんとなくおざなりになっているかなと感じました。
雨が降っている、それだけのように。
もし他に何らかの意味があったのなら……ごめんなさい、読み取れませんでした。
6. 2 ミスターブシドー ■2008/10/27 00:26:01
スタートに疑問。なぜ雛。
風神録以後なら普通に八坂が出入りしているわけで、それこそ早苗さんの出番でもいい気が。
わざわざ山からひっぱってくる理由がない。神社に勧請するにしても強引さが抜けない。
弾幕禁止の理由も分からん。
諏訪子戦の会話を見るに、神の弾幕は遊びの色がある。神社で神が弾幕禁止はちょっと無理がある気も。
事件、も、なぁ。どうなのさ。雛のモノローグが焦点なら他に表現方法があったような。
夢●●こちの本じゃあるまいし。
霊夢の格闘戦能力にしても、緋を見るに結構ひどいことになりそうな。対人装備がどうだか知らんけどな。
7. 5 三文字 ■2008/10/30 00:03:08
むう、人間の醜さというより、この男達はただの荒くれ者って感じしか受けませんでした。
こういう浅薄で下品なキャラはスカッとぶっ飛ばした方がすっきりするかと。
なんというか、イライラした読後感が残りました。
そしてそのイライラのせいで、後のお茶のシーンもキチンと頭に入ってこず……
8. 1 眼帯つけた兎さん ■2008/10/30 06:51:57
思ったのは落ちが薄めということ、本当に留守番していただけのような気も……うーん
あとは五日間の留守の理由などの説明も欲しかったかな。そこに雛を絡ませてみたり。
例えば、えーと……溜め込んだ厄の後始末に行ってたとか?
上手くつなげれば二人の関係を彩る描写ができるかも。
最後に、幻想郷にこんな言葉を使う人間居ないだろうなーと思いながら、少し読むのを苦痛に思いました。
人間の醜い部分を描くなら妖怪に対する偏見と暴力だけでもいいかな。
脳味噌の足りない現代の極一部の男性像は、幻想郷という世界観には大分そぐわないと思うので。
言葉使いなどで嫌悪感を煽るのがあまり好みではないだけかもしれない……。
9. 5 つくし ■2008/10/30 17:02:53
 ぶっちゃけ良くも悪くも胸クソわりー話でございまして悲劇を作るために悲劇を起こしているというワザトラシサが否めないのも確かですがこういう話が書きたいんだという情熱だけは受け取りました。
 ところで悪意から生まれる醜さってあんまり酷いものでもないと思うんです。悪意ないところから醜さが生まれるからこそ醜さというものは引き立つのでありまして。
10. 5 じらふ ■2008/10/31 21:35:44
雛の純粋さと霊夢のほのかな優しさが染みますね。
お茶の話や最後の落とし方のような小ネタの使い方が上手かったです。

ただ妖怪の女の子の逃げた後の描写がなかったのと、男たちがステロタイプな三下だったのが残念かも、とも。
(特に後者。作者さんの筆力ならば、もっと彼らの(悪人ならば悪人としての、調子に乗った凡人なら凡人なりの)人物像を描けたのではと…)

別作品と合わせて考えるなら、心の中で+1点。良いお話ありがとうございました。
11. フリーレス 今回は感想のみ ■2008/10/31 21:40:50
あまりにチープで適当な悪役。
かと思ったら、雛や霊夢の作者に台詞を言わされているだけのチープな存在に見えました。
もうちょっと何とかならないかなー。
湖と水色の巫女と同じ理由でフリーレス。
12. 5 PNS ■2008/10/31 22:03:58
オリキャラの参拝客が小物すぎます。
話としてもありきたりなものになってしまっているのが残念です。
13. 4 藤ゅ村 ■2008/11/01 17:18:12
 悪役の男たちがなんかあまりにも典型的な悪役過ぎてちょっと。
 おんなの子のおなかけるやつはゆるさないよ! あと強姦よくない。
14. 2 八重結界 ■2008/11/01 18:35:52
霊夢が雛に留守番を頼む必要性が全く感じられませんでした。
厄神に巫女を頼むのだから、それ相応の必要性が無いと読んでて違和感しか覚えません。
15. 4 つくね ■2008/11/01 19:16:12
厄と言いますか穢れのようなものを表現する、そして雛と霊夢の物語にそれを組み込むというのはいいのですが、表現的には難しい所ですね。これぐらいは私は許容範囲だと思いますが、そこは他の方でも結構言及しそうですね。
表現の倫理はさておき。話としては正統派の部類で難なく読めました。しかし例えば、途中の妖怪の子供の役割がさらなる危機を招くだけで終わってしまったりと、いくつかの細かい点が気になってしまったのが残念です。
16. 3 blankii ■2008/11/01 21:58:21
途中があまりにもエロスで吹いた。人間の醜さを書く、という点では成功しているような。奴らの言動には純粋に腹が立ったというか何と言うか。
でも彼らの言葉遣いがあまりにも現代のそれだったのが少し違和感も感じました。
雛の立ち位置の切なさ、みたいなものは良く感じられました。
17. 3 時計屋 ■2008/11/01 23:38:47
一つの文章が長すぎるのが気にかかりました。
もう少し分かりやすく区切った方がよいのではないでしょうか。

たとえば下の文章。

>出かける当日の朝、薄曇りの空の下で雛の応対を一通り試し満足げに言った霊夢は、
>茶を淹れた湯飲みを縁側の片隅に置くと、そして自分はそこから畳一つ分以上も離れた場所に座った。

三つの動作が一つの文章に押し込まれており、何に着目すればよいのかよくわかりません。
・雛の応対を一通り試した。
・茶を淹れた湯飲みを縁側の片隅に置いた。
・そこから畳一つ分以上も離れた場所に座った。
文章の情報を抜き出すとこのようになりますが、これはそれぞれ別の文章にしたほうが良いのではないでしょうか?
ここから情景描写を肉付けすれば、より深みのあるシーンになると思います。

お話の方は、分かりやすい悪役、分かりやすい和解とあまりに型どおりの展開になってしまっている気がします。
どうすれば自分なりの色や味をSSに出せるか色々と試行錯誤してみてください、って自分で言ってて耳が痛いですが。
18. 5 リコーダー ■2008/11/01 23:58:40
すいません、コメントは後ほど
19. フリーレス リコーダー ■2008/11/03 14:33:41
劣情を煽られた私は間違いなくチンピラの同類。
うーん、霊夢との絡みの微妙な百合臭とか、書きたいものを書いているなと思う反面、自己完結していてこちらに伝わってこない感じ。
ディテールなどに凝ってあって、退屈しなかったのがプラスではあります。
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