雨音すなる秋の縁(或ひは、泡沫の想)

作品集: 最新 投稿日時: 2008/10/05 02:18:39 更新日時: 2008/10/07 17:18:39 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00




 長月 廿九日はつかあまりここのか

 そこはかとなく物憂く、縁より庭をながむれば、雨降れり。時ごとに降りまさり、あなたの西行妖もけむりて見ゆ。てすさびに、歌してむ、弦してむ、となむ、ものくさし。さればいたづらに西行妖をながむ。妖忌の縁に出でて、「気色けしきしく見え給へば、いかに」と云へば、わらは、「ことにもあらず」とこたふ。妖忌、うち笑ひて、「されば、水菓子ここにてあり。聞こし召せ」とて、盆をすゑたり。盆に、三つ四つなるちひさき×××××。ひとつばかり摘みて食へば、うまし。妖忌、ひとつ食みて「甘し」とてうち笑ふ。妾もうち笑へば、おもひなぐさめり。



   ● ● ●



 雨の日は庭仕事ができない。雲の上にあるはずの冥界に降る雨とは、釈迦如来の慈悲か知らん、しかし雨を恵まれて喜ぶのは命ある者達である。桜の幽霊たちはひでりになろうが野分のわきが吹こうが平気な顔ですくすくと枝を伸ばし、春には花をつけ、散り、夏には葉をつけ、今は葉の色を変えつつある。いつもは好き勝手に飛んでいる幽霊たちも冷たい雨粒を避けるように枝葉の下や白玉楼の軒下に隠れてしまい、灰色の風景はどこか物悲しい。ふと、この雨は誰かの涙だ、と思った。誰のものかはわからない。

 昼を過ぎたころ、紫様が訪ねていらした。幽々子様の部屋にすとんと落ちてきて、最初からそこにいたように話をするのは、何回見ても慣れない。私は二人にお茶を差し上げると、幽々子様の部屋を辞し、剣道場で素振りをした。特に仕事もなかったからだ。ふと、祖父の姿を思い出す。雨の日は部屋で書を読んでいた。祖父の目を盗んでそれを読もうとしたことがあったけれど、「方丈記」というタイトル以外何を書いているのかさっぱり分からなかった。

 幾らか汗をかいて、そろそろ八つどきか知らん、と、汗を拭き拭き道場を這い出で、きざはしから仰ぎ見ると、やはり雨は冥界の空をしとどに濡らしていた。耳を撫でる通奏低音。向こうに見える西行妖の吹きさらしの枝葉が、灰色にけぶりながら、風も無いのにぶるぶると震えているように見えた。

 お勝手でお茶を淹れ、お茶請けに黄身時雨を添えて、幽々子様の部屋へ向かう途中、縁側に幽々子様が座って、雨の降る庭をどこかそぞろな雰囲気で眺めていた。私はちょっと考えて、お勝手に引き返すと、黄身時雨と別のお菓子を交換して、また幽々子様の元へ向かった。

「紫様はどうされました?」
「……あら、妖夢」

 幽々子様は少しこちらに顔を傾ける。
 私はお盆を置くと、幽々子様の隣に座る。

「紫は帰ったわよ」
「おやつをお持ちしたのに」
「食べたければ戸棚からくすねてでも食べるでしょう」

 幽々子様は微笑みながら、庭の方を眺める。私にはその笑顔がなんだか儚く見える。軒の向こうの空間は雨に濡れていて、巨大にそびえているはずの西行妖は霞がかったように、消え入るようで、どこか所在無さげだった。

「あの、幽々子様」

 私はお茶と、お皿に乗せた水羊羹みずようかんを差し出した。

「水菓子です」

 幽々子様は私の顔を見て、呆けたようにしていたと思うと、袖で口を押さえて、くくく、と笑った。わけがわからず、今度は私のほうがぽかんとしていると、ひとしきり笑い終えた幽々子様は、ぽかりと私のおでこを叩いた。

「いけない子ね、人の日記を勝手に見るなんて」

 あっ、と私は思った。

「ご、ごめんなさい」

 私がしお れていると、幽々子様はも一度、くくく、とお笑いになって、目じりの涙を袖で拭いた。

「幽々子様が、その、気分が優れないようでしたので」
「くふふ。いいのよ、わかってる」

 そうして、幽々子様は楊枝で羊羹を切り分けると、桜の花のような唇をちょっとほころばせるようにして、召し上がった。

「甘い」

 そうして、ちょっとした悪戯を告白するように、おっしゃった。

「ねえ妖夢。あの日記、読めない部分があったでしょう」
「はい」

 紙が傷んで、文字が消えているところがあった。

「あの時妖忌がくれたのはね……無花果いちじくだったのよ」

 水菓子というのはね、くだもののことなのよ、と。
 私はただただ恥じ入って、赤面をちょっとでも隠そうとうつむいていた。ふわりと、頭にやわらかな感触が触れたと思うと、幽々子様に撫でられていた。

「ねえ妖夢、無花果ってね、蓬莱柿とも言うのよ」
「え、あの……はい……」
「妖忌ったら、ひどいと思わない? 私にそんなもの食べさせるなんて」

 そうして、幽々子様は笑った。その笑いがさっきまでより全然明るくて、私もつられて笑ってしまう。幽々子様に蓬莱柿をお持ちしたのは、祖父なりの冗句であったのかもしれない、と思う。祖父の背はまだ遠い。修行しなくてはいけない。

 私は幽々子様に撫でられたまま楊枝で水羊羹を食べる。

「甘いですね」
「ええ、甘いわね」



 雨が静かに、冥界を包む。







一粒の慕情。

つくし
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投稿日時:
2008/10/05 02:18:39
更新日時:
2008/10/07 17:18:39
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1. 9 慶賀 ■2008/10/05 13:33:32
テーマは慕情ですよね。やられた!
 この分量でこう作り込まれると、愛さざるをえないとか
変なことを感じさせられたりなんたりかんたり!
スゲェ好きです。一人よがりに成りすぎていない感じがたまらない。
2. 7 小山田 ■2008/10/07 01:11:43
日常の一場面を切り取った私好みの作品ですが、さらに薀蓄も効いていてますます好み。
この短さにも関わらず、妖夢の可愛らしさや幽々子の感情の仄めかし、妖忌の一面を表現していることにため息がでます。
3. 7 佐藤 厚志 ■2008/10/11 03:53:20
この短さがいい。
簡潔であって、美しささえこのssは持ち合わせていますね。

4. フリーレス twin ■2008/10/12 02:05:00
 しとしとと降る雨を背景に、二人話している光景が浮かんでくるようです。
 最初の古文には敬服しました。私には古文の文法云々は分かりませんので、そういったところに批評は付け加えられないのですが、ふり仮名も振ってあって、それが意味する所は分からなくとも、雰囲気だけで楽しめました。

 起伏の少ない物語ではありましたが、短い中に濃い情景が詰まっていて、特に雨の描写が上手いと思います。雨の強さ、その雨を受けた周りの様子、それらがしっかりと伝わってきます。

 一番いいと思ったのは最後の場面です。
 妖忌の後をしっかりと受け継いだ妖夢が庭師として幽々子に認められたのかな、と勝手に思ってしまいました。
5. 6 twin ■2008/10/12 02:05:27
 すいません、点数入れ忘れです。
6. 3 神鋼 ■2008/10/13 22:51:18
最初の日記部分が、逆に少し浮いてる気がします。
7. 6 deso ■2008/10/23 23:06:45
じんわりと沁みる良い雰囲気です。
8. 6 大崎屋平蔵 ■2008/10/24 07:35:13
む、難しい……私には良く判りませんでした。
でもなんか雰囲気が好きです♪

古文書ける人いいなぁ。
9. 3 詩所 ■2008/10/26 20:30:00
わざと読みにくく書いているような気がします。
手法なのかもしれませんが正直分かりにくかったです。
10. 7 ミスターブシドー ■2008/10/27 00:34:43
たった数キロなのにここだけで完結している。
なんというか、世情(コンペ)から切り離された冥界そのものをみているような気分になってくる。
ここの二人には下界のことなど意味を為さないのか。
妖夢の未熟、妖忌の洒落っ気、幽々子の艶っぽさ。
11. 10 三文字 ■2008/10/30 03:31:43
短いながらも、ぴんと張った雰囲気が心地よい作品でした。
雨の白玉楼と二人の描写が、厳かでただ静かに書かれていますが、その文章の一つ一つがひしひしと心に沁み入ってきます。
短く、深閑とした作品ですけど、くっきりと心に残るそんな作品でした。
やはり、日本語は美しい。
12. 5 眼帯つけた兎さん ■2008/10/30 06:47:50
素敵な日常。描写から感じる淡い色合いは幻想郷の色が強い。淡いのに強い?
短いながらのんびりとできるものでした。
適切な長さ、というのはこういうものですかね。うん。
13. 7 PNS ■2008/10/30 21:36:16
冒頭で面食らいましたが、最後まで読んでホッとため息。
二人の日常が上品に描かれていますね。お題の使い方もお上手。
14. 10 じらふ ■2008/10/31 21:39:07
ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず…まこと甘やかな、しかしどこか切ない一粒でございました。

この作品に関して色々語るのはどうにも無粋に思えるので、点数を以って賛辞とさせて下さい。
短い文と会話の中に色々な思いが凝縮されていてお見事でした。
15. 1 今回は感想のみ ■2008/10/31 22:33:51
上手そうな文章なのに、読み通すと言葉がただ小器用に配置されているだけの印象。
で、水は? 文章にそっと忍ばせたり、背景に配置したりしても、テーマを消化していることにはなりませんよ。
16. 5 藤ゅ村 ■2008/11/01 18:07:40
 水ヨカーン。
 なるほどと思わせるお話でした。
 これぞ掌編といった感じ。
17. 7 八重結界 ■2008/11/01 18:40:03
読み終えた後の清涼感が、何とも心地よい話でした。
インパクトには欠けますが、それを補うだけの文体がまた見事。
間をおけば、また読みたくなるような中毒性があります。
18. 2 つくね ■2008/11/01 20:38:46
詩的な感じですね。雨の情景というものを上手く表現していると思います。
19. 5 blankii ■2008/11/01 22:22:06
漂わせる雰囲気がスバラシイ。
我が家に生っているイチジクを食べても、あんまり甘くないなぁ、としか思わない私は、圧倒的に風情が欠けていると思いました。
行間から匂ってくるような、微かな甘みがとても良い感じのSS.
20. 6 時計屋 ■2008/11/01 23:45:38
水菓子ってのは元々は果物の意味ですが、最近は羊羹なのでしょうね。
古語で文章かけるのは本当にすごいなぁ、と感心しました。
短いながら他には無い雰囲気がでている良作でした。
21. 6 リコーダー ■2008/11/01 23:48:38
甘いです。
そして清涼感がグッジョブです。
22. フリーレス つくし ■2008/11/03 17:33:43
 ご読了ありがとうございました、つくしです。
 今回は太宰治の掌編に「満願」という小説がありまして、そういう感じのを書きたいなあと思ったのでありました。
 ひとまずレス返し仕ります。

>慶賀様
 俺の大好きなサザンオールスターズの歌詞に頻出するのがこの「慕情」という言葉でありまして、この二文字には特別深い思い入れがあります。

>小山田様
 和菓子ちっくな仄かな甘みが醸せていればこれ僥倖であります。

>佐藤 厚志様
 さっくり読める掌編小説が好きです。短くて濃厚なのが目標であります。

>twin様
 擬古文は雰囲気だけ伝われば幸いでありまして古文を本気で読める人が分析するとゴニョゴニョになる可能性大であります。ときどき背伸びする妖夢はかわいいと思います。

>神鋼様
 確かになんか変な断絶が生じているのでもうちょっとスムースな手法を考案したいです。

>deso様
 あったかい緑茶を飲んだ後に出るため息みたいな小説を書きたいです。

>大崎屋平蔵様
 ハッタリだけでその実あたまのわるい小説なので、何も考えずに楽しんで頂ければ。

>詩所様
 読者様の想像力に負んぶに抱っこのSSでありました。その想像力を掻きたてられなかったならばつくしの手落ちであります。

>ミスターブシドー様
 幽々子様の浮世離れした感じが好きです。幽世(かくりよ)ではよくあること。

>三文字様
 読者様の心の通奏低音としてこの小説が流れますように。

>眼帯つけた兎さん様
 水墨画とか良いですよね。幽玄なかんじ。

>PNS様
 正直冒頭でパスされることも考えなくもなかったですがそれはそれで。

>じらふ様
 方丈記の無常観はステキであります。読み進めるとちょっと鬱になる描写とかありますけど。

>今回は感想のみ様
 言葉をきれいに見せるのを目指しました。お題についてはいくらか解釈が成り立つようにしましたが最終的には読者様の想像に頼ることにしました。

>藤ゅ村様
 たなごころの小説、という響きがステキですよね。

>八重結界様
 読後にため息の出る小説が好きなのでそういうのを目指しました。

>つくね様
 散文詩とかあこがれます。

>blankii様
 なんとなくバナナとかは散文的な果物、イチジクとかは詩的な果物のような気がします。

>時計屋様
 記録よりも記憶に、と言っておけばかっこいい気がしましたが気のせいでした。
 ところで最近、逆引き古語辞典(現代語から古語を引く辞典)を買いました。

>リコーダー様
 すずしい文章が書けていたならこれ幸いであります。


 以上、ご清聴ありがとうございました。つくしでした。
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