ジャパニーズサムライ・ミーツ・ガール1590

作品集: 最新 投稿日時: 2008/10/05 04:06:14 更新日時: 2008/10/07 19:06:14 評価: 26/38 POINT: 219 Rate: 1.81





 世に数ある秀峰奇峰。九州であるなら雲仙普賢であったり阿蘇であったりが名高いが、ここ桜島もまた優美さ雄々しさにおいて劣るところ些かもなし。
 錦江湾に屹立するその姿は威厳に満ちて見事であり、時に冠雪でもしようものなら、見た者誰しもが思わず感嘆の声を上げるのである。

 その岩肌には流麗な凹凸が深く刻まれ、遠く対岸からでも並々ならぬ名峰であることが見て取れるのだが、麓まで近づいたなら、かの山の異質さをよりよく理解できるだろう。
 真っ黒でカチカチの特異な土壌は熔岩が冷えて固まった物。すなわち、桜島はいまだ隆盛たる活火山なのだ。
 地表を覆うのが硬い火山岩だからであろうか、他の山ならシイやらカシで山肌が覆われているものだが、そういった樹木を見つけることは出来ない。
 ならば生気の無い殺伐とした光景が広がってようにも思えるが、実際はそうでもなかった。
 やはり、草木にも変わり者とは存在するようで、松とハゼ、そしてススキが黒い大地に彩りを与えている。

 さて、暦は緑眩しき葉月の頃。桜島のゴツゴツとした岩肌を、荷物を背負い登る一人の男があった
 獣道ですら存在しえない急な傾斜であるからして、もし足を踏み外したなら悲惨な事になるだろうが、彼の身のこなしは軽く、足取りもしっかりしている。
 遠目には痩躯に見える六尺の肉体はその実引き締まった筋肉そのものであり、万力の力強さとばねの瞬発力を兼ね備えているからだ。
 年の頃は三十路に至らずといったところだろうか。しかし実年齢以上に老成して見えるのは、尋常ならざる程に鋭い眼光のせいである。
 数多の死線を潜り抜けてきた経験が彼をそう形作ったのだ。修練に修練を重ねた生涯を物語るように頬がこけている。

 腰に佩いているのは武者の誇りにして、命を預ける分身である一振りの刀。
 そこには銘も無く、装飾も無く、ただ無骨さだけがあった。
 しかし播磨の良質な砂鉄を源とし、数えるのが馬鹿らしい程の層を重ねた粘り気のある刀身は、正に質実剛健の体現。
 男が己の哲学の具現として、堺の刀工に特注した逸品なのだ。

 なるほど、時は乱世。
 故に刀とは大切な物である。武術の一つも嗜んでいなければ立身出世は儘ならない。
 それに、もし、より高尚な道を求めるならばやはり道具には気を使うべきであろう。
 例えば彼がそうであるように、剣の道を極めようなどという壮大な野望を達成させるにはだ。

 東郷藤兵衛重位。それが彼の名前である。薩摩の大名、島津龍伯が家臣であり、家内屈指の剣客であった。








 がつり。がつり。

 そんな音が夕暮れの桜島に響いていた。
 それは樹木が殴打される衝撃音であり、樹皮と年輪が徐々に削り落とされる音であった。

 立ち木打ち。
 聳立する樹木に木刀をひたすら振るい続ける剣術稽古である。
 既に幹には多くの傷が入っている。木刀が音を鳴らすたび、ぱらぱらと木屑が落ちた。
 力ずくという訳ではない。そうであったなら最初の一太刀で木刀はへし折れてしまったであろう。
 重位は膂力に技術を併せて樹木を打っている。

 袈裟斬りであった。次は逆袈裟斬り、そして袈裟斬り。これを繰り返す。
 タイ捨流は袈裟斬りに特色ある流派であった。重位は十代で免許皆伝を受けている。
 若かりし頃より剛勇で知られていた。

 重位の生まれは永禄四年という。武田家の山本勘助が川中島で討死にしたのが丁度この年である。
 初陣を飾ったのは齢十八の頃であった。耳川の戦いである。薬丸壱岐守に付き従い、見事首級を挙げた。
 この頃の島津と言えば、大友、竜造寺との九州三国志が真っ只中であったが、耳川の戦いはその均衡を打ち破る一戦であった。
 その後、豊臣秀吉に島津が膝を屈してからは、聚楽第造営のため上洛した主に付き従っている。京では金細工の技術を会得したという。

 薩摩に帰国してからはそれまで以上に剣術に励むようになった。幾つか野心と呼べる物ができたからだろう。
 一つは大名お抱えの剣術師範の座が見えたからという事である。剣術に頼って立身を志すなら最上の身分であった。
 現在の剣術師範を立ち会いの上打ち倒さねばならぬが、実力を鑑みれば決して不可能ではないと思えた。

 もう一つは己独自の流派を開きたいという願いであった。
 大きな道場と多くの門弟、そして唯一無二の流派が銘打たれた看板。剣術家なら誰しもが憧れる事である。
 家中ではまあ安泰と言ってよい身分にある重位であるから、前者に比べるとこちらの欲求が大きかった。








 がつり。がつり。
 日が沈む。

 既に樹皮は剥がれ落ちてしまった。幹の太さも最初の八割程まで細くくびれてしまっている。
 しかし重位は立ち木打ちを止めない。ひたすら打ち続けている。
 無心でありたかった。さもなくば煩悶を直視しなければならない。それはこの上なく重位の心を苛むのだ。

 重位は悩んでいる。真面目な人間であるからだ。
 重位は悩んでいる。気質が硬骨であるからだ。

 重位はタイ捨流と天真正自顕流、二つの流派で免許皆伝を受けている。
 ならば道場を開くに資格は十分であるし、新たな看板を掲げても文句を言う人間はそういない筈だ。
 しかし生来の生真面目さが是としなかった。

 己が流派は借り物ではいけないのだ。もっと高みを目指さねばならない。
 師より授かりし剣術を飛び越え、独自の刀に至らねばならない。
 剣術を極めるとはそういう事の筈だ。
 重位の思想である。
 他人が聞けば高慢に思うかもしれないそんな哲学に、重位は大真面目に苦悩していた。

 不甲斐無し。
 苦しい修練にも耐えてきた。合戦や立ち会いで実戦経験も積んできた。
 それだけの自負がある。重位は己を信頼していた。

 しかし、京より帰ってからの重位は己を裏切り続けた。
 逸る心。見えぬ道。我武者羅に木刀を振るう日々。
 環境を変えればもしやと思い、数日の暇をもらって山篭りなど始めてみたが、収穫と呼べる物は何一つ無かった。
 焦りばかりが大きくなる。
 木刀を振ってなお掻き消えぬ悩みが体積を増しつつある。重位の表情は沈んでいた。

 斬った人数が足りないのかと思う。
 重位は斬り慣れている人間だ。一々覚えてはいないが真剣勝負の経験なら両手両足の指で数えられる回数を優に超えるだろう。
 戦場で叩き斬った足軽どもを含めればもっと多い。
 刃が筋繊維を別つ感触もよく心得ているし、どれだけの剣勢があれば骨を断てるかも知っている。

 しかしまだ不足なのかも知れない。
 聞くところによると、新当流の開祖塚原卜伝は三百人斬ったという。
 流派を興すまで己を啓くには、それほどの経験が必要だというのだろうか。

 重位は師の顔を思い浮かべた。
 善吉和尚は天真正自顕流の使い手である。
 重位とは京の地で出合った。重位に厳しい修行を課し、半年後に皆伝を与えている。

 和尚は俗名を赤坂政雅と言ったが、思うところあって天寧寺の僧となった人であった。
 尊敬に足る人物であった。腕の冴えも重位の上を行く。
 しかしそんな和尚も、出家する以前はやはり数え切れない程の人を斬ったという。

 重位の元々険しい顔がますます難しくなる。
 斬る事が怖い訳ではない。
 形振り構わず斬って、その後何も得るものが無かった時が怖いのだ。

 重位は裂帛の気合を込めて一際強く木刀を振り下ろした。木片がぱらぱら落ちた。
 答えは出ない。








 くびれが幹の半分ほどの太さになって重位は立ち木打ちを止めた。
 息が上がっている。胃がむかつく。あと一回二回木刀を振るえば嘔吐してしまうだろう。
 そこまで己を追い込んだ。

 しかし、昔の自分は例え吐瀉物に塗れても刀を放さなかったのでは無いか?
 剣の道が見えぬのも、案外自分に甘えているだけなのかもしれない。ぼんやりそんな事を考え重位は苦笑する。
 稽古をすぐ再開する気にはなれなかった。

 空を見上げる。
 いつの間にか月が出ていた。殆ど満月である。
 雲は無いが、薄く空を覆う火山灰のせいで心なしかぼやけて見えた。
 残念だと呟き木刀を地面に突き刺す。

 水が飲みたかった。荷物は少し離れた場所に置いてある。
 あまり溌剌としない足取りで重位はそこへ向かう。

 竹で出来た水筒の栓を抜いた。
 口を付ける。勿論ぬるいが気にはならない。
 植物がそうである様に、乾けば人も水を吸うのだ。小さくない水筒が一気に空となる。
 ぷはあと息を吐き、口元より漏れた水滴を袖で拭った。

 意識が冴えていくのが分かる。
 長時間の厳しい修行は意識を朦朧とさせる。ごく当然な事を重位は再認識して水筒を地面に置いた。
 閑静な山地である。
 しかし、先程までは気付けなかったが、こうやって冷静になるとその実多くの音が存在する事に気付く。
 風が空気を揺らす音、その風が木々をざわめかせる音、夏の虫の鳴き声に、遠く波の砕ける音。
 神経を逆撫でしない程度の音量が心地よいと、重位は目を瞑り耳を澄ました。

 そこで重位は不思議な音を聞く。
 風に流されて来たのだろう。酷く微かで途切れ途切れだったが重位は武道を志す故に識別する事が出来た。
 しゅっ、しゅっという、ある種の法則性を持った風切り音。
 重位が聞き慣れた音によく似ていた。すなわち太刀風の音である。

 しかし、なぜ。
 重位は軽く眉間に皺を寄せた。訝しげに思ったのである。

 基本的に山肌は人が住むに向かない。平らな土地の方が生活する上で何かと都合が良いのだ。ここ桜島も例外ではない。
 麓に下りれば集落もあるが、険しい傾斜が折り重なるこの様な場所では小屋一つ建てるだけでも難しい。
 すなわち、夜となれば人の気配などするはずが無い。
 しかし、なら、この音は一体何だというのだろう。

 山賊の類か?
 最初重位はそんな事を思ったが、すぐに否定した。
 桜島を根城にする山賊など聞いた事が無いし、何より賊どもが略奪以外で刀を振る事などあるまい。
 重位と同じく山篭りしている武辺者か、或いはまた別の何かか。

 ともかく、実際見て確かめればよい。
 そう考えた重位は瞼を開き、慎重に音を辿リ始めた。
 左手で握った愛刀の鍔を軽く親指で押す。問題なく鞘より抜ける事を確かめたのだ。
 正体が不明なのである。いざという時に即応できねばなるまい。最悪斬り合いとなるかもしれないのだから。

 存外距離はあった。しかし近づけば大きくなるのが音である。目標を失う事は無かった。
 腰を低くし、物音を立てないよう注意しつつ足を運ぶ。手は刀に添えられていた。
 太刀風の音が間近となる。重位は藪の影より音の方向を覗き見た。

 人影がある。一人刀を振るっていた。
 緩急のはっきりした動き。間違いなく演舞である。
 概ね重位の予想通りだが、しかしその顔つきは驚きを孕んでいる。
 すなわち、その人物の容姿が想像していたものとかけ離れていたからだ。


 特異な髪色がまず眼に入った。
 銀髪。
 月下に青白く輝くそれは、さしずめ白金を細く紡いだよう。

 肉体からは成長期特有の若々しさが漲っている。せいぜい十代半ばであろう。負けん気の強そうな瞳が印象的だ。
 少年とも少女とも思えた。中性的な顔立ち。しかし、いずれにしても秀麗である。
 体形はかなり小柄で、痩せ型と言えそうだ。僅かにあばらが浮いて見える。

 小袖より覗く胸に巻かれたさらし。
 汗が滲んだそれの下に、ささやかながらも確かなふくらみを見つけて、重位は少女である事を知った。


 しかし何故?
 こんなに幼い少女がこのような所に? 
 重位の脳裏に当然の疑問が浮かぶ。

 だがその疑問を声に出す事も出来ない。
 口を開く事も、瞬きをすることすら失念した。
 心奪われでもしたように、重位は少女の演舞から目を離す事ができないでいる。


 ぶん。
 銀の髪がふわりと膨らむ。空気が断たれた音がする。
 少女は膝を大きく前に突き出し、右手に持った刀を地面すれすれまで振り下ろした。
 幅広で重厚な片刃。大陸造りの柳葉刀である。

 どん。
 珠となった汗が飛ぶ。月明かりを受けてきらめく。
 少女は震脚と共に左手に構えた丸盾で殴打を繰り出した。
 鉄製の団牌。これもこの国ではあまり見ない物である。装飾として楓の形に朱漆が塗られていた。


 美しい。重位はそう思った。
 少女の演舞は猛々しく、野趣に溢れている。
 その迫力は剣を振るった瞬間、彼女の矮躯が何倍にも大きくなったと錯覚させるほどであった。

 重位が見るは野生である。人間が智慧と引き換えに失った原初の力強さなのだ。
 しかし、それだけでは無い。
 そう、それだけなら重位の心はこれ程まで動かされはしない。

 そもそも剣術とは荒々しさと無縁であるはずだった。感情の昂ぶりは刀を曇らす故にである。
 感情を制し、理を究める事をどれだけ徹底できるかが達人と凡骨の分かれ目なのだ。
 少なくとも重位はそう考えている。己の経験が物語っていた。

 ――しかし、果たして彼女はどうだろうか?

 半回転させた体より柳葉刀が横薙ぎに振るわれた。空気が揺れる。
 呼応して周りの木々がざわついた気がした。

 獣性を剥き出しにしたままの一閃。
 しかし、それにもかかわらず太刀筋は磨き上げられ、洗練されているとすら言える。
 一見大振りにも見えたその動きは体全体の筋肉を効率よく動員した結果であり、想像を絶する剣速を可能にするのだ。
 そして、残心のぶれは極端に少ない。足腰と体幹がしっかりしているのだろう。

 重位は彼女に斬りかかり、そして両断される敵の姿を見た気がした。
 おそらく彼女にも、その実際には存在しない敵の姿が見えているのだろう。
 仮想の敵を容易に想像させる剣捌き。それだけ実戦に則した挙動であり、その本質は徹底した合理性なのだ。

 蛮力は蛮力のままに、しかし剣術の理性を貪欲に取り込んだ演舞は、さしずめ、獰猛にしてしたたかな狼の狩りである。
 荒々しさが昇華され剣術にまで至った姿が確かにそこにはあった。
 図らずして感嘆が重位の口より漏れる。


 ――人ならざる者。
 重位はそんな仮説に思い至っている。

 実際その様な存在と邂逅した経験は重位にないのだが、世の中はこの手の噂で満ち溢れているので嫌でも耳に入る。
 それによると妖怪変化の類は人より遥かに長い寿命を持つのだという。
 そして高位の者ともなれば、その姿は人の形をとり、中には学問武芸を嗜む者すら存在するのだと。

 なるほど。それなら合点がいく。
 そもそも、銀の髪など南蛮にでも行かなければ拝めない代物。鉄製の大刀も盾も少女の細腕で扱うには重すぎる。
 そして何より、彼女の腕前は十年そこらの修行で身に付くそれではなかった。

 老練。

 これほど幼き少女に似つかわしくない言葉もそうはあるまい。
 しかし、彼女にはこの表現が驚くほどしっくり来た。
 間違いない。少女は人と種を異にする何かだ。

 重位は確信する。


 途端背中に何かひやりとしたものを感じた。
 少し驚き、そして理解する。冷や汗だ。
 急激に意識が冷めていく。心音が激しくなり、目玉がきょろきょろと忙しなく動き始める。

 気付いてしまったからだ。
 気付いてしまったが故に重位は平静でいられなくなった。
 
 恐怖。
 そう、単純な話怖いのだ。

 人の道理が通じるとも思えぬ物の怪の目と鼻の先に重位はいるのである。
 人間相手なら如何なる相手であれ、愛刀片手に果敢に闘い、そして斬り伏せてみせる自信がある重位でも、やはり未知の存在は怖いのだった。

 固唾を飲む。
 幼い頃父より聞かされた話が、重位の頭の中で繰り返し再生されていた。
 それは、夜出歩く悪い子供は妖怪に縊り殺されるという、腕白な少年を躾ける為の明らかな作り話。

 しかし、今この場においては妙な現実味を持っていた。
 息を殺す。
 見つかってはならない。重位は石にでもなったつもりで、体の細動を押さえ込んだ。
 筋肉を不自然に使うが、幸いにして重位は鍛えていたので常人よりも長くこの体勢を続ける事が出来る。

 一体どれ程の時間をそうしていただろうか。
 長くは感じた。月の角度変化を見るに実際それなりの時間が経っている。
 重位は体に痺れを覚え始めた。その頃になって少女はようやく演舞を終了した。

 息を整えつつ体の汗を拭っている。軽く赤みがさした顔には未成熟とは思えぬ色気があった。
 ここで重位は気付く。
 確かな怖れを抱きながらも、未だ彼女から一瞬たりとも目を離せない自分がいる事を。

 何故あの時逃げ去る事をしなかったのか。この場に留まる事を選んだのか。
 動かない事が危険を低減させる最良の方策と判断したというのは、その実建前でしかない。
 恐る恐るでも彼女の姿を見ていたかった。それこそが本音であったのだ。

 だからであろう。少女がこの場を去るような仕草を見せた時、重位はほっとした反面、どこか寂しいと思ってしまった。
 声を出せる状況にあったなら、きっと残念だと呟いていた事だろう。
 背中を向ける彼女に向ける視線も何と無く名残惜しいような、そんな不思議な感情を孕んだ物であったのだが――。


 ゆっくり少女が振り返った。眼光が妙に眩しく見える。重位は一際強い緊張を感じた。

「なあ、人間。あんまりこそこそするな。いい気分はしないぞ」

 心臓を捉まれたような気がした。ガクンと体に衝撃が走ったのだ。
 見た目に不相応なほど少女の声は落ち着いていた。実際の声質よりも低く聞こえたのはそのためだ。
 決して空耳などでは無い。少女の目は重位の隠れる藪に真っ直ぐ向けられている。

 重位がここで無様に飛び上がらずに済んだのは、生き死にの境界線を幾度も綱渡りした半生で、太い胆が培われていたからである。
 故に、少なくとも表面上は平静を装ったまま、重位はその場に立ち上がる事が出来た。
 藪の葉っぱが髪の毛にくっ付いていたが、気にする余裕は無かった。

「別に隠してるわけじゃあない。見物したいのなら堂々と見ればよいではないか」

 訝しげな目つきのまま少女は重位に近づいてくる。

 重位は斬り合いとなった場合の事を考えた。
 月光を反射して柳葉刀の刃が鈍く輝く。距離が詰まると、団牌は思っていたより大きく、威圧感を伴っている事に気付いた。

 厳しいかもしれない。そう思った。勝機が見えない。
 脳内で何度も模擬線を繰り返すが、その中の重位は刀を盾に防がれた上に、大刀ではらわたをざっくり裂かれる結末が常なのだ。
 そして現実では、そんな脳内の想定よりも上手くいきそうに無い。
 体が動かないのだ。すっかり少女に射竦められてしまっている。

 切れ長の目が不機嫌そうに細められていた。
 肉食獣に追い詰められた兎の気分とは、この様なものなのだろうか。半ば諦め気味に重位は思った。
 既に少女は重位の一歩前まで迫っている。

 機なら完全に逸した。近すぎて、もはや刀を抜き放つ事も能わない。
 少女の大刀を持った手が上がるのが見えた。重位は静かに瞼を閉じた。
 案外あっさり覚悟は出来た。今まで幾度と無く同じ覚悟をしてきたため、慣れてしまっているのかもしれない。
 大刀が己を斬り殺すその瞬間を重位は待っている。

「……まったく、子供じゃあるまいし」

 ふわり。その様な感触であっただろうか。
 重位が感じたのは冷たく重い刃が肉を抉るそれではなかった。
 恐る恐る目を開く。
 少女は爪先立ちになって重位の頭へ腕を伸ばしている。そして大刀を持ったその手で髪の毛に付いた葉っぱを払い落としているのだ。

「面が良くないのだから、身嗜みくらい気を遣え」

 呆れたように少女は呟く。
 細められた目は相変わらずであったが、敵意は窺えなかった。
 その瞳の色というのは存外に知的であり、理性的でもあり、なるほどと重位は恥じ入る。

 そもそも何故斬り殺されるなどと思ったのか?
 盛大な勘違い。先入観とは恐ろしきもの。
 ただ彼女が人にあらざるというその一点のみに重位は恐怖を抱き、物騒な取り越し苦労をしたのだ。

 冷静さが戻る。
 彼女が理不尽に暴力を振り撒く理性無き存在では無いことに気付いたからだ。紳士的な話し合いが望める相手だと気付いたからだ。
 未だ彼女の大刀が脅威である事には変わりないが、少なくとも未知の存在では無くなった。ならば恐怖はぐっと薄れる。
 頬の緊張がふっと緩むのが分かった。

 そんな重位に少女は目を合わせる。
 重位は身の丈六尺の偉丈夫であるから、少女からは見上げる形になる。
 これだけの身長差があると怯んだりするものなのだが、少女はそんな素振りも見せず、腕組みして真っ直ぐ重位を見つめている。
 堂々たる態度であった。

「別に襲って喰らおうという訳じゃない。あんまりビクビクされると傷つくぞ」

はぁ、と一つ溜め息を吐くと少女は小さくそう言った。やはり呆れたような声色だった。

「……非礼お許しくだされ」

 重位の中ではだんだん申し訳ない気持ちが大きくなっている。
 一方的に慄き、一方的に死を覚悟した。そのつもりが無い彼女に対して正に非礼である。
 頭を下げた。少女の背丈よりも深くである。

「非礼か。まったくだ人間。非礼甚だしいぞ。狩るつもりならお前が山に登ったその時に襲っている。
 そもそも我々は無闇に人に害為したりは……いや、まあ、ともかく私は面白半分にそういう事はしない」

 少女の表情が少し緩んだ気がした。
 言っている内容の割りに、口調はそれほど怒っているように聞こえない。
 いや、そもそも彼女は最初から怒ってなどいない。全ては重位の勘違いである。

 相変わらず目は細められたままだが、些かきつめの表情が平素の彼女であるのかもしれない。
 瞳より窺えるのは強者としての余裕であった。
 しかしそれを驕りと呼ぶには幾らか澄み過ぎているような、そんな色をしていた。きっと根が真面目なのだろう。

 そして何処となく滲んでいる憂いからは気苦労が多いらしい事が推測できる。
 そんな妙に大人びたところが彼女の幼い顔に不釣合いに思えて。
 いや、彼女は妖怪変化であるから見掛けなど大した意味も持たず、ついでに恐らくは重位よりも年長であるのだが……。

 どくり。心臓がそんな音を立てた気がした。
 重位は胸の内の感情が大きくなるのを感じている。それは未だ酷く曖昧で正体も判然としない感情であったが、不快なものではなかった。

「ふむ……着ている物の素材はいいな。牢人には見えん。大方島津の侍といったところだろう」
「……その通りにございます」

 島津家臣である素性を一目で看破され、重位は少し驚く。
 彼女は妖怪変化の中でも相当に知的な種族であるのだろう。
 訊ねる言葉がすっと口をついた。

「……して貴方様はもしや天狗様でありましょうか?」

 重位には十分な論拠があるわけではなかった。何分人外と会話するなど初めての経験なのだ。
 しかし、それでもこのように具体的な問いとなったのは、重位が心のどこかで答えがそうある事を願っていたからなのかもしれない。

「まあ、わざわざ剣を嗜む酔狂な妖怪は天狗くらいのものだろう。
 牛若丸に剣術を授けた鞍馬山の大天狗様の代よりこの伝統は変わっていない。
 いかにも私は天狗だ。もっとも、下っ端の白狼天狗だがな」

 少女は本物の天狗であった。
 それを知った重位の心に畏れと喜びが交錯する。
 古来より剣術家にとって天狗とは、そういった感情の対象なのだ。

 源義経が鞍馬天狗より剣術を教わったという伝承は広く流伝している。
 また、天狗より秘剣を授かったという偉大な剣の先達たちの逸話も多い。
 勿論、今を生きる剣術家の多くは半信半疑である。中には眉唾であるとばっさり切り捨てる者もいる。

 だが、それでも心のどこかでは羨んでいるのだ。
 秘剣を授けるに相応しいと超常の頂たる天狗に認められる。そんな空想に剣術家は憧憬を抱いているのだ。

 重位のように暗礁に乗り上げている剣術家であるなら、その思いは一層強い。
 だからこそ重位が少女に跪いたのは自然な事であった。
 片膝を立て、頭を垂れ、恭しく一礼する。
 よもや、本物の天狗に謁する事ができるなど考えてもいなかったのだ。ゆえに最大限の敬意を込めた。

「……そうかしこまるな。言っただろ、私はあくまで下っ端の白狼だ。
 妖術も得意でないし、風を操る事もできない。
 お前たち人間より優れているのは体の丈夫さと、千里を見通すこの瞳くらいだ」

 重位を見下ろしながら、少女はまた一つ溜め息をついた。

 口調は淡々としている。
 謙遜というわけでは無い、しかし自虐という風でも無かった。

 少女は正直者であったから、平素より考えている事をそのまま語っただけである。
 控えめな自己評価に滲むのは謙虚さであった。
 己の実際を客観的に眺め、そして認める度量が彼女には備わっている。
 清々しいまでに真っ直ぐな瞳であった。
 その色は赤銅色である。

 ――千里眼。

 読んで字の如く、千里先の情景ですら自在に瞳に映す異能である。
 少女はそれほど大したものでも無い様な口ぶりだったが、士分として情報の重要さを知る重位にとって、驚嘆すべき能力であった。

 重位は体をそのままに面を上げた。
 好奇心が首をもたげる。幾つか聞いてみたい事があった。

「天狗様はここ桜島に居を構えているので御座いましょうか?」

 素朴な疑問であるが、桜島は所謂霊山の類ではない。天狗伝承とは縁の無い土地である故に、重位は不思議に思っていたのだ。

「いや、住居は別の山だ。もっと北の方に我々の暮らす集落はある。
 ここ薩摩の地にいる理由は観光……いや、違うな。先輩の観光の付き添いだ。生憎今ここにはいないが」

 少女の声に元気がなくなる。瞳に少し諦観の色が混じった気がした。

「……三日前から消息不明でな。書置き一つ残して一人観光へ出かけられたのだ。
 九州の何処かにはおられると思うのだが……」
「それはまた……」

 最初の見立てどおり彼女は気苦労を背負わされる類の性格らしい。烏滸がましいと思いつつも、重位は天狗の少女に少し同情した。
 しかし同時に新たな疑問が浮かんでいた。少女にはこのような状況で役立つ能力があったではないかと。

「……しかし、天狗様の千里眼があれば見つけ出すのも容易いのでは?」
「不羈奔放にして捉えどころのない風を見る事など出来ると思うか?」

 即答であった。
 だが、少し考えれば道理である。

 九州の広大さに比べれば、探し人の大きさなど極々微小なもの。
 すなわち、その先輩を千里眼で見つけ出すのは、だだっ広い砂丘より形の違った一粒の砂を見つけるようなものである。
 それでも少女の回答より推察するに、例えば、その先輩が何か目立った行動を取っていたなら見つける事もできるのかもしれない。
 しかし目的が観光だというなら、きっと大人しく人に紛れて寺社でも回っているのだろう。なら見つけるは至難だ。

 瞳の諦観が強くなる。少し寂しげにも見えた。

「少々奔放が過ぎる方でな、一度興が乗ると周りの事など気になさらないのだ。
 放ったまま私一人で帰る訳にもいかないし……つまり有り体に言えば私は置いてけぼりを食らっているところなわけだな」

 はぁと、また溜め息をついた。三度目である。

「いかんな……あんまり溜め息をつくと惨めな気分になる」

 ふるふるとかぶりを振った少女は再び重位に目を合わせる。

「何しろ退屈なのが良くないのだ。やる事がないと詰まらぬ事も考える。
 千里眼でぐるりと周りを見渡してみたが、都合よく面白いことなど転がっていないし、あんまり使い過ぎると疲れるし。
 修行に励むのも、一人で剣を振り回すだけだと張り合いが無くて三日で飽きる。
 我々のように寿命が長い存在にとって退屈は何よりも恐ろしい敵だぞ。
 ……ところでお前は武辺者だろ?
 松を木刀で叩くのを見ていた、腕に自信がありそうじゃないか。
 どれ、一つ試してやる。刀を抜け」
「刀を……ですか?」

 重位は緊張で少し体が固くなるのが分かった。
 本物の天狗に会えたのだ。稽古をつけてくれるというのなら、それは内心重位が望んでいた事である。
 しかし、もしそうなったなら振るうのは木刀だと思っていたのだ。
 柳葉刀が鈍く光る。こめかみの辺りに汗が滲むのを重位は感じていた。

「あー、言い方が悪かったか。別に命のやり取りをしようというわけじゃない。
 お前の実力がどの程度か試すだけだ。ぶっちゃけると私の退屈しのぎだから気楽にやってくれていい」

 重位の不安を感じ取ったらしい少女は、そう言うと大刀と盾を地面に置いた。
 真剣勝負でない事を知り重位はほっとする。しかし同時に新たな心配が生まれた。

「しかし、これでは天狗様は無防備ではありませんか。
 このような事を言うのは失礼に当たるやもしれませんが、それがしは丸腰のおなごに刃を向けるは抵抗があります」

 重位の懸念。しかし少女は、ふふんと面白そうに鼻を鳴らした。

「舐めるなよ人間。創傷一つでどうにかなる柔な体じゃないし、むざむざ斬られてやるつもりもない。
 お前は自分自身の心配をしておけ。案外人間はあっさり死んでしまうものだからな」

 少女はしゃがみこむと何かを探し始めた。

「柳葉刀はお前を測るに適さんからな。……ふむ、これでいいか」

 拾い上げたのは適当な長さを持つ枯れ枝である。木刀の代わりに使うつもりなのだろう。
 軽く二回三回素振りをし、そして正眼に構える。

「ところで私は真剣勝負を見るのが好きでな。
 男と男の矜持がぶつかり合い火花を散らす様は、実力の如何にかかわらず美しい。
 幸いにしてこの能力だ、多少遠くの勝負も邪魔する事無く見物できる。
 そして見物後、彼らの剣術を真似るのは実益を兼ねた私の趣味だ。
 ……さて、この構えだが、京八流吉岡憲法より借りた。
 彼が当理流宮本無二斎と相対した時のものだな。
 その勝負で吉岡憲法は破れるが、彼の流派が弱かったわけでは無い。
 京八流は、面白みに欠けるが堅実さを持ったいい流派だ。
 お前を測るには丁度いいだろう」

 なるほど。今の彼女はその吉岡某の剣術を模倣しているらしい。
 証拠に先程見せたような猛々しさが彼女の構えより窺えない。代わりに理詰めの冷徹さがあった。
 まるで周囲が板張りの道場にでも変質したような、そんな錯覚を重位は覚えている。
 それだけ彼女の模倣が堂に入っているのだ。

 しかし、それでも少女が持っているのは枯れ枝である。重位は真剣を使うのを正直躊躇っていた。
 とはいえ、それを言うと天狗の少女はきっと機嫌を損ねるだろう。
 当てなければいい。そう結論づけ重位も刀を構えた。
 天狗と剣を交える事ができるのだ、名誉に思わないといけない。

 少女は興味に満ちた目で重位を見ている。
 小石を星空へ蹴り上げ、合図だと彼女は言った。
 数秒の後、熔岩土が硬質な音を反響させる。



 剣劇が開始された。
 斬撃を応酬しあう二人。

 少女の太刀筋は鋭かった。
 重位の体に紙一重なところを枯れ枝が幾度も通過する。
 お手本通りと言ってもよい。基本を正しく履行するが故の堅実な強さ。

 しかし重位はその実あまり脅威を感じていない。易くすら感じている。
 完璧に基本通りな太刀捌きであり、意表をつく部分がない。案外御しやすいのだ。

 更に言うなら、重位には京八流の闘い方について幾らかの知識があった。
 京に道場を置く流派であるから、上洛の折何度か出稽古に行き、そこの門弟と木刀を交えた経験があるのだ。

 故に重位はそれ程苦もなく決着の一撃を放つことができた。
 少女の切り落としを回避し、白刃をすっと伸ばす。
 喉元を狙った突きである。

 刃が少女に達しようとして、しかし重位が寸止めするよりも早く刀は勢いを止めた。
 白刃取り。そう呼ぶには余りに理不尽な気もするが、この手の技の呼び方を重位は他に知らない。
 少女は切っ先を指先で摘まんでいる。僅か指数本の力にもかかわらず、刀はぴくりとすら動かない。万力にでも挟まれたようだった。

「頭を狙えば尻尾に絡まれる。尻尾を狙えば頭が出てきて噛み付かれる。胴を狙えばその両方が迎え撃つ。
 お前の剣は大蛇に似るな。正直驚いたぞ。人の身でよくここまで練り上げたものだ。
 もしこれが道場での試合であったなら、お前の勝ちだったのだからな」

 感心したような表情で少女は枯れ枝を投げ捨てた。

 天狗と勝負し、そして一応ではあるが勝利した。大変名誉なことであるはずだが、重位は素直に嬉しがる事ができない。
 あくまで少女の剣術は借り物であった。他人の剣術を良し悪し含めて完全に模倣したものである。
 元の剣術家である吉岡某には間接的に勝利したと言えるかも知れないが、少女に勝ったとはとても言えないのだ。

 少し複雑な思いを抱く重位の前で、少女は何か考えているようだった。

「しかし、どこかで見た事のある太刀筋だ……」

 そして何か思い当たったようにぽんと手を叩く。

「……もしかしてお前、京にいた事がなかったか? 二年前か三年前の事だ」
「はい。確かにその頃それがしは京の地におりましたが。しかし何故それを?」

 重位は不思議そうな表情を浮かべる。
 少女の言うとおり、重位が主君島津龍伯に付き従い上洛したのはその時期である。
 京は大きな都市であるから当然人も多い。
 多くの出会いがあった滞在であり、少女との邂逅もその一つかと思ったが、しかし重位には京で少女を見た記憶が無いのだ。

「ほう……やっぱりそうか。実は私はたまたまお前の果し合いを見ていたのだ。
 寒い日だった。場所は京の郊外の草原。真剣での勝負で、結果はお前が一太刀で決めた。確かそうだったな?
 東郷藤兵衛重位。そう名乗っていた。ふむ、そこそこ名の知れた剣客じゃないか。強いはずだな」

 納得したように少女は頷く。
 そして地面より盾と大刀を拾い上げた。

「中々面白かった。
 お前は才ある人間だ。今の調子で鍛錬に励むがいい。
 九州で五指くらいなら問題なく目指せるだろう」

 盾を腕にはめ、大刀を背負う。少女がこの場を去るつもりである事を重位は悟った。

「では、私は場所を移すことにしよう。
 私のような怪異が近くにいてはお前も集中できんだろうからな。
 もう二度と会うことは無いだろうが、刀を交えた縁だ。
 お前の剣術の大成を心の隅で応援する程度のことはしておいてやろう」

 最後の表情は微笑みであった。
 少女がきびすを返す。
 重位はその後姿を眺めていた。



 ――幸運であった。

 伝説にしか顔を出さぬと思っていた天狗と出会い、剣を交える事をしてもらった。
 天狗に勝ったという栄誉ももらった。その上名前まで覚えてもらっている。
 大変な幸福であり名誉である。

 ならばそれで満足するべきではないのか?
 重位の理性はそう言っていた。道理に適う意見であった。

 しかし、ならどうして――

 重位の瞳は高速で後に流れ去る桜島の木々を映している。

 ――どうして、この足は勝手に駆けているのだろう?

 立ち去る少女を追いかけ、ついには追い越し、彼女の正面に躍り出るような真似をしているのだろう?
 気付けば頭を下げていた。

「天狗様、お願いがありまする!」

 恥も外聞も無い土下座である。
 重位自身もよく理解できていない。しかし胸の内の激情が突き動かした。
 このまま何もせず彼女を見送る事を良しとできなかったのだ。
 重位は切実な、そして自分自身ですら驚くほどの強い願望に気付いた。

「それがしを弟子にしてくだされ!」

 少女に剣を学びたい。重位はそれを望んでしまったのだ。心の底からである。

「はあ? 何と言った。人間」

 少女の口調に少しばかりの驚きと戸惑いが混じった気がした。
 きっと予想していなかったのだろう。

「どうか、それがしを弟子に取っていただきたいのです!
 それがしは足掻いておるのです。己が剣の道の糸口すら掴めぬと苦悩しているのです。
 しかし、天狗様に出会ったとき、それがしは光明を見た気分でありました。
 きっとこの方に付いていけば、境地に至ることができるに違いないと確信したのです。
 高慢にして自分勝手な願いであることは重々承知しております。
 しかし、それでもそれがしは天狗様の下、剣術を学びたいのです。
 どうか、どうかお願いいたします!」

 重位は簡単にこの願いが叶うとは思っていない。
 そもそも最初から成算など考えもしなかった。
 殆ど感情のまま頭を下げたのである。

 だが不可なら不可でよかった。彼女の言葉で願いを打ち砕かれるならそれで良かった。
 きっと生涯で一度だけの出会い。それを易々と終わらせてはきっと後悔すると思ったのだ。

 重位を見つめる少女は、難しい顔付きで思案している。
 暫くの沈黙があった。小さく夏風の音だけが聞こえていた。
 そして険しい顔のまま、ついに少女が口を開く。

「お前は馬鹿者だろ。
 私は才ある身じゃないし、血統も上等じゃない。
 師と仰がれるなど器ではないと思っていたが……」

 口元が釣り上がる。
 少女は細い目をさらに細め、相好を崩した。そして声を上げて笑い始める。
 斜面に反響するその声は、大層愉快そうであった。

「ははは、案外気分がいいものだな。
 いいぞ人間。きっと先輩が神社巡りに飽きて帰るには、まだ少しかかるだろう。
 暫くはどうせ暇だ。その間だけなら付き合ってやっていいぞ。
 私も年季だけは積んでいるからな、お前に教えられる事もあるだろう。さあ、お師匠様と呼ぶがいい」

 表情を一変させ、重位の弟子入り志願を快諾してみせた少女。
 重位は礼を述べるべきなのだろう。しかし口が動かなかった。
 余りにあっさりと了承された為である。

 何と無くこれが夢であるような錯覚を重位は覚えていた。
 意識がふわりふわりとして口や体を動かす事に気が回っていない。
 少女はそんな重位の手前まで近づく。

「ほら、面を上げんか馬鹿弟子」

 そして、いまだ土下座を続ける重位を、軽く足蹴にして転がした。
 仰向けにさせられる重位。少女は見下ろしながらにっこり笑っている。

「犬走椛。私の名前だ。覚えておけ」

 背景には大きな月。まるで後光が差しているように見えた。
 神々しい。少女の素敵な笑顔を前に重位はそんな事を思った。

















 日が頭を覗かせた。空は澄み渡り、どこかで小鳥が囀る。
 爽やかな早朝であった。
 桜島斜面。太刀風の音が鳴っている。

 椛はまだ暗いうちから目を覚まし、叩き起こした重位に早速稽古をつけている。
 時折響く大きな音は、木刀が肉を打ち据える音であった。
 
「どうした? そんなに簡単に背後をとられるな」

 椛の手には柳葉刀ではなく普通の木刀が握られていた。
 重位が持ってきていた何本かの一つである。普段の武具は近くの松の根っこに纏められていた。

 既に重位の体には所々痣ができている。
 椛も本気で打っている訳ではないが、それでも痛みは感じる程度の強さだ。そうでなければ稽古にならない。
 一方の椛の肌は綺麗なままである。重位が遠慮しているわけでない。
 単純な実力差によって、未だ重位は一度たりとも椛に木刀を当てることができていない。

「まだ硬い。相手の動きに柔軟に対処しろ」

 椛の剣術は柳葉刀を日本刀に持ち替えてなお重位の常識に無いものである。
 背丈が低い事は確かなのだが、それ以上に基本となる構えの体勢が異様に低い。
 地を這うような。そういった表現が適切に思える。

 そして、動きが非常に多かった。すばしこく虚実交えた動きが重位を翻弄する。
 故に重位はまるで四足獣と相対しているかのような錯覚に陥る。
 今まで習得した剣技を駆使し何とか捉えようとするが、椛はそんな重位の狙いの悉く裏を突く。

「ほら、足元が隙だらけだ」

 前転で重位の斬撃を回避した椛は、起き上がりざまに足首目掛けて木刀を振るった。
 足をすくわれた重位は綺麗に尻から転ぶ。そして一瞬の後、尾骨に痛みを感じる頃には首筋に木刀が当てられている。

 存分に狡猾な剣術であった。
 隙があればすかさず手首足首を狙う。

 どれ程の達人であれびっこを引いたまま刀を振るう術など知りはしない。隻腕の場合も同様である。
 ならば次の斬撃で首を刎ねるは容易い。
 一対一の真剣勝負では必ずしも一撃必殺にこだわる必要は無いのだ。椛はそれをよく心得ている。

 しかし、同時に大層大胆な剣術でもあった。
 踏み込みの思い切りの良さは重位が知る限り、他のいかなる流派にも勝る。
 体の末端を斬られる事を恐れて、消極的に構えると、その隙を突かれて豪快に胴を叩き斬られるのだ。

 単純な話、椛は強かった。

 しかし重位もただ打たれるだけではない。
 勿論木刀を当てるにはまだまだ遠いが、粘れる時間が少しずつ延びてきている。
 上達しているのだ。
 幾度かの休憩を挟み、正午を過ぎたあたりとなると、その動きは早朝のそれと比べ違いが明らかであった。

 然り。ここ一年の重位はまともな打ち合いができる相手がいない故に、どうしても一人での稽古が多かった。
 しかし椛という技量で勝る剣士との出会いは、重位を大いに刺激しているのだ。
 重位は確かな喜びを感じている。確かな腕の上達を久方ぶりに感じる事ができているのだから。



 日が大分西へ傾いた。
 朝から体を動かしっぱなしである。体力的にはつらくなってきている。
 しかし技の冴えはますます磨かれていく。

 重位の木刀が椛の髪に触れたのはそんな時であった。
 掠めただけであるから髪が落ちる事はない。しかし重位にとって今日一番の成果である。
 もちろん椛は本気でないし、残りの紙一重の距離を詰める事が何より難しい事も知っている。

 それでも重位はこの成果を喜んだ。
 故に少し気持ちがおろそかになっていた部分があるかもしれない。
 追撃の一太刀を放つ前に椛は大きく後に飛び去った。
 その顔つきは少し怪訝そうだった。表情を変えず大きく刀を振りかぶる。

「……今から意表を衝く。油断があるなら全て捨て去れ」

 言葉の終止と共に椛の手が振り下ろされる。

 違和感。

 何故この距離で? 重位はその疑問の正体を知り表情を驚きに変える。
 椛は他でもない木刀を重位目掛け放り投げたのだ。
 剣士の身命に等しい刀を投げつけるなど予想できるはず無い。

 強引に身体を捻り何とか躱す事が出来たが、結果、随分と不恰好な体勢になってしまう。
 目が離れた一瞬で、既に椛はかつての位置にいない。

 ――見失った。

 重位の心に焦りが生まれる、まだ重心を安定できない今の重位は無防備である。
 椛の姿を捉えようと首を横に回そうとしたその時、重位は何かが腕に触れるのを感じた。

 目が青空を映している。体が浮いたのが分かった。
 虚を突いたやわら。椛の大外刈りである。

 天狗としての強い腕力に頼らない、完全に技術のみの投げであった。重位は碌に受身も取れず背中より地面に叩きつけられる。
 一瞬、意識が暗転する。

 視界が元に戻ると、椛は重位に跨り、その喉に軽く握った拳を置いていた。
 本来その手に握られるべきは短刀。つまり真剣勝負なら死んでいたと椛は言いたいわけだ。
 なるほど確かにその通りなのだが、しかし重位には納得できない部分がある。

「不満か? 私のした事が邪道だと思うか?」

 重位は正直な人間である。表情に出ていたらしい。
 立ち上がった椛は木刀を拾いながら言葉を続けた。

「しかしだ。一歩の踏み込みではとても詰めきれぬ五間の距離を、投じられた刀は無視できる。
 そこに十分な勝機を見出せたなら、私はやるぞ」
「……左様でございますか」

 やはり重位は納得できないような表情をしている。
 重位は剣客であるからして、刀にはある種の信仰に近い思いを抱いているのだ。

「まあ、私の言う事が必ずしも道理に適うかというとそうでもないがな。
 ほいほい刀を放るような癖を付けていては、その内致命的な間違いを犯すだろう。
 お前のそんな渋い顔の理由も理解しているつもりだ。
 だが聞け。肝要なのはどんなに突飛な行動にも臨機に対応できる。その心構えを身に付けることだ。
 真剣勝負は奇麗事じゃない。蔓延る巧妙な手を卑怯と罵るだけでは野垂れ死にする他ないのだ。そうだろ?」

 椛はそこで言葉を区切ると、少しばかり離れた松の根っこへ歩きだす。そこには彼女の武具一式が置かれているのだ。

「手裏剣、短刀、含み針。遠くからの弓矢の狙撃。小石も場合によっては立派な武器だ」

 目的地に着いた椛は盾を拾い上げた。上体を起こして重位はその様子を見ている。
 椛の手元で何かが一瞬きらめいた。殆ど時を同じくして重位の背後の樹木よりストンという快い音が響く。
 はらりと舞い落ちたのは髪の毛数本。椛の手は真っ直ぐ重位の方へ向けられている。

 団牌の裏側に投擲武器を隠し持つのは大陸では決して珍しくないという。
 椛は盾の裏に誂えた鞘より短刀を抜き放ち、勢いそのままに投げつけたのだ。

「な? どこから何が飛んできてもおかしくはないだろ?」

 重位は飛来する短刀に反応できなかった。心のどこかにあった隙に気付く。今まで人間同士の真剣勝負では不敗だった故の隙だ。
 椛は重位のその驕りを最初から分かっていたのかもしれない。
 気付かせるために敢えて木刀を投じたのではなかったか。
 重位は己の未熟を恥じるとともに、幼き少女の姿をした師に改めて畏敬の念を抱いた。

「……お師匠様。それがしが未熟であったようです。もう一本お相手願えますか」
「当然だ。余裕を気取るなどお前にはまだまだ早い。時間が許す限り徹底的に鍛えてやる」

 太刀風が再び空気を揺らし始める。その音は途切れる事無く夕刻まで続いた。








 西空が赤く染まる。どこで鴉が鳴いていた。
 重位は心地よい疲労を感じている。汗と泥で汚れていたが顔付きは爽やかであった。

「……さて、そろそろいい時間だな。今日の稽古はここまでにするか」

 椛は仄かに汗ばんでいるという程度だった。格下の重位に合わせているので、そこまで疲れはしないのだ。
 木刀を置き、しかし、そこで何か思い出したように彼女は重位の方を振り向いた。

「ところでだ。夕飯は何か持ってきているか? 私は昼食べたあれで最後だ」
「それがしも同様です」

 それを聞いた途端椛の表情が渋くなる。
 さすっている腹から可愛らしい音が聞こえた。

「むう……不味いぞ不味いぞ。
 “軍に輜重なければすなわち亡び、糧食なければすなわち亡ぶ”
 つまり腹が減っては戦はできんと昔の偉い人も言っている。
 ……仕方あるまい。日が沈む前に何か捕るぞ」

 重位もその実腹が減っている。
 椛の提案に反対する理由は何一つ無かった、と言うよりも最初からそのつもりであった。
 そもそもが山篭りである。もとより食料が尽きたなら適当に兎やら魚やらを捕って腹に収めるつもりであったのだ。
 故に重位は賛成の意を伝える。

「でありますな。……しかし、わざわざそこで孫子を引用するのは少々大袈裟では?」
「ほう? 孫子と分ったのか。見た目によらないな」

 椛は心底意外そうな顔をした。重位の事を剣術一辺倒な男だと思い込んでいたらしい。

「一応は士分であります。孫子呉子始め武経七書には目を通しております故」
「なるほど。感心感心。しかし体を動かせばもっと感心だぞ。
 孫武はこんな事も言っている“兵は拙速を聞く”。
 あれこれ言ってる暇があればとっとと動けという事だ。
 さあ、海へ行くぞ。油の乗った魚が私達を待っている!」

 言うや否や椛は浜辺へ向かい駆け出した。楽しそうに笑い声を響かせている。
 重位は苦笑すると荷物より銛を取り出し、彼女の後を追いかけたのだった。









 ぱちりぱちりと焦げた木片が火花を撒いていた。
 すっかり夜色に染まってしまった世界でここだけが明るい。
 朱色の炎のすぐ側では、串に刺された小魚と小鳥がじっくり熱を吸って、食欲を誘う匂いを醸し出している。
 火を囲んで二人は胡坐をかいていた。

 魚は重位が捕ったものだ。銛を扱ったのは初めてだったが、案外どうにかなった。
 鳥は椛が食べたいと言い出したものである。何でも普段は例の消息不明な先輩に気を遣って食べる事ができないらしい。

 隊列を組んで飛ぶ鳥に椛は一石二鳥と嘯きながら石を投げた。
 本当に二羽同時に仕留めたのは彼女の豪腕のおかげであるが、それ以上に偶然の要素が大きい。
 もちろん重位はそんな事に気付かないので流石お師匠様と感嘆していた。
 椛は自慢げに鼻を鳴らしたが、その実一番驚いたのは彼女自身であったという。

 しかし上機嫌ではあった。
 ふうふうと熱がりながらも、鳥の丸焼きに椛は舌鼓を打っている。
 重位は何と無く微笑ましく思いながら、焼けた魚を手に取った。
 磯の香りと柔らかな歯ざわりに、素直に美味しいと思う。
 満足そうに魚を咀嚼しながら、重位は椛との話題を探した。ぱっと口より出たのはやはり剣術の話であった。

「お師匠様は日本刀を扱っても大した腕前なのですな。
 しかし、それだけの腕がありながらどうして柳葉刀などを。勿体無く存じます」

 重位にとっては不思議に思う事なのである。
 勿体無いなどと言ったのは、重位が日本刀に特別な思いを抱いているからなのだが、確かに柳葉刀自体はこの国で見ない代物。
 どうしてこのような武器を扱っているのか、疑問に思うのは当然とも言えた。
 椛は重位の問いに目を細めると、一端食事を中断させた。

「いいか馬鹿弟子。私の剣術を高く評価してくれるのは嬉しいが、お前は何にも分かっていない。
 天狗社会では、私程度の日本刀の使い手は掃いて捨てる程いるのだ。
 上には、大天狗鞍馬山僧正坊様始め、私如きでは掠り傷一つ負わせられぬ達人がずらりと名を連ねている。
 そんな中で才なき私が少しでも認められるには他と違った事をするしかなかった。
 幸いというか、この国では盾と片手刀の組み合わせは珍しくてな、闘い慣れている者など殆どいないのだ。
 お陰で、相手が少々格上程度なら、いい勝負ができるようになった」

 椛が柳葉刀を使う理由は、勝負を優位に運びたいという至って合理的なものであった。
 ほうほうと重位は頷く。
 それにだ――そう言葉を繋いだ椛は手前に置いてあった柳葉刀を持ち上げ、刀身を軽く指先でなぞる。

「日本刀は手入れが億劫でな。どうも私の気性に合わん。
 その点、これなら多少錆びても殴り倒すには十分だし、何より修理が楽チンだ。
 曲がったり欠けたりしても、適当に叩いて研げば大体元通りになる」

 半分は本当で、もう半分は照れ隠しに近い感情だったのかも知れない。
 柳葉刀が実に丁寧に整備されている事を重位は知っている。刀身の輝きに霞みがないからだ。
 椛はおそらく盾と片手刀の使い手である事に誇りを持っている。しかし面と向かって話題とされるのは好むところで無かったのだろう。

「さあ、食べたら寝るぞ。明日は早い。お前ら人間の時は限られているのだから効率よく稽古せんとな」

 少し苦いような笑いを浮かべた椛は、大刀を置くと鳥に再び齧りついた。肉の減りは速い。
 重位はそれ以上椛に何か訊ねる事をしなかった。師に合わせるように魚を食む速度を上げている。

 体の疲れは心地よい。食べ終わったならすぐに寝入る事ができるだろう。
 重位は明日の厳しい稽古に期待を抱きつつ、そんな事を思った。

















 数日の時が経った。
 朝起きて、修練をして、寝る。その繰り返しである。
 しかし重位は充実感を感じていた。未だ椛より一本も取れないが、それでも修行が身になっていく様をはっきり体感できているからである。

 さて、ところで薩摩は温泉処である。
 指宿や霧島などは全国的に有名であるが、桜島周辺にも名湯と呼べる物が点在していた。
 火山の恩恵である。

 ただし、その存在を知る人は余りいない。理由は至極単純。険しい地形ゆえに誰も寄り付こうとしないのだ。
 正に秘湯である。
 湯に浸かりながら錦江湾を一望できる素晴らしい景観であった。
 時は夕暮れであり、橙と紫が交じり合う幻想的な空色がまた美しい。

 今日も厳しい修練を終えた東郷重位、犬走椛の両名はこれより疲れを癒すべく温泉に浸かろうとしていた。
 獣しか知らぬようなこの湯を発見したのは椛である。千里を見通す瞳は何かと便利であった。
 先に湯に入ったのは重位の方だ。男と女である。配慮しなければと考えたのだ。
 故に背後で湯がちゃぽんという音を立てても振り返る事をしなかった。いやできなかったと言うべきか。生来生真面目なのだ。

「……なあ、馬鹿弟子。背中を向けるな。寂しいだろ。
 折角の温泉だし、楽しく語り合いたいじゃないか」

 背後より師の声。
 気遣いは不要。椛はそう言っている訳だが重位としては、やはりそういう訳にはいかないと思っている。

「お師匠様の肌を見るなど畏れ多くて」
「自分で言うのもあれだが、恥ずかしがる程の体じゃないぞ。
 童女趣味があるわけでもあるまい。そこまで気にすることは無いと思うがな。
 それに、湯の色を見てみろ。心配せんでも見えはしない」

 椛が言うとおり、この温泉は鉄を多く含むため呈する色は赤褐色である。透けて見えることは無い。
 ここまで言われて頑なに背を向け続けるのも、師をがっかりさせるものかもしれない。重位はそう思い始めた。
 内心複雑であるが、意を決した。ゆっくりと重位は体の向きを変える。

 振り返った先の椛は満足そうな顔をしていた。
 弟子が言う事を聞いた満足と、温泉の気持ちよさから来る満足と、おそらくその両方なのだろう。
 椛が言った通り、隠すべきところは赤褐色の湯に隠れている。故に重位は目を逸らさずに済んだ。
 しかし、仄かに上気した肌と、華奢な鎖骨が妙に色っぽく思えて、しかもその下が一糸纏っていないと考えると、重位はどうしても恥ずかしくなってしまうのだ。
 存外にうぶであった。

 そんな重位の事を知ってか知らずか椛は距離を縮める。
 重位を異性として見ていないのか。あるいは、そもそも異性自体に興味が無いのかもしれない。
 だが重位はそうでないのだ。ぶわっと顔が赤くなった。

 椛は、どうした? のぼせたか。等と見当違いな心配をしている。
 湯はそれ程熱くない。長く入るに適した温度だ。本当にのぼせてしまうにはまだまだ時間が要りそうだった。



「……さて、何から話すか」

 重位が椛を真正面より見る事に慣れるには少々の時間を要した。
 いや、慣れたというよりも意識的に無視する事にしたと言った方が正しいだろう。
 赤い湯に隠れた若々しい裸体を、考えないように考えないように頑張っているのだ。

「やはり、お前の剣の事だな」

 そんな重位の内心には気もくれず、湯の中で腕組みしながら椛は頷いた。

「ここ数日お前の相手をしてきて分かったことがある。
 未だ私より一本も取れないでいるが、それは気にするところじゃない。年季が違うのだ。
 技術なら、とても高い水準にあるものをお前は持っている。肉体の強靭さも人間としては十分過ぎるだろう。
 しかし問題があるとすれば……それはおそらく心技体の心の部分なのだろうな」

 重位の表情が翳る。
 実は重位としても薄々感付いてはいた事だが、やはり他人より指摘されるのは衝撃があったのであろう。
 椛への不躾な感情がもっと大きな感情に塗りつぶされてしまった。
 重位は、はっきりと心の曇りを実感している。

「わだかまりがあるのだろう。それがお前の太刀筋を鈍らせている。
 だが、それさえどうにかできたなら、お前の剣は唯一無二のものになる素質がある、私はそう見ている。高く評価しているのだ。
 だから、よければ聞かせてくれないか。可愛い初弟子だ。力になりたい」

 なんと誠実で、優しい瞳であっただろうか。
 天狗の身である師が人間である己にこれ程まで気をかけてくれていると知って、重位は胸の内が熱くなるのを感じた。
 しかし同時に申し訳なく思った。師の厚意に応えられない事を知っているからである。

 このもやもやした物は重位本人ですら、その正体が判然としないのだ。
 故に、弱々しく重位は首を横に振った。

「ふむ……まあそうだろうな。この手の悩みは往々にして本人にもよく分からないものだ」

 落胆されるかと思ったが、椛の表情はそうでもない。何か思い当たる節があるのかもしれなかった。

「……参考になるかは分からないが、私はお前と雰囲気の似た剣豪を知っている。
 新陰流上泉伊勢守。お前なら当然知っているな」
「無論にございまする。剣聖と名高きお方ですから。
 それがしが印可を受けたタイ捨流も、遡れば伊勢守様に至ると聞き及んでおります」
「うむ。その上泉伊勢守だが、元は箕輪城の長野業盛に仕える侍だった事を知っているか?
 彼は剣豪であるだけでなく、優れた兵法家であり、上州の一本槍と称えられた勇猛な武人でもあったのだ。
 さて。彼が仕えていた長野家が武田信玄に滅ぼされた時のことだが、その際伊勢守は信玄より仕官の誘いを受けている。
 武田の精鋭達ですら舌を巻く戦上手であったから、きっと喉から手が出るほど欲しかったのだろう。
 しかし伊勢守はその誘いをあっさり蹴っている。果たして何故か?
 結局は剣を極めんとする事と士分を果たす事の二足の草鞋が苦痛だったのだ。
 その後、伊勢守は新陰流を広める事と武者修行の為に弟子と共に旅に出ている。
 ……どうだ? この線でなにか心当たりは無いか?」

 正に慧眼であった。
 はっと重位は気付いたのだ。目が覚めたようでもあった。
 椛の話が重位の悩みの極めて近いところを刺した故にである。

「流石はお師匠様……その瞳は千里だけでなく、心の中までも見通すというのでしょうか」
「……恥ずかしくなるような持ち上げ方は止めい」
「それがしのわだかまり、お師匠様が言われた如きのものに相違ありませぬ。
 勿論、伊勢守様の苦悩がそれがしにそのまま当てはまる訳ではないのですが、士分故の苦悩である事は間違いなさそうなのです。
 思えば心にこの様な靄がかかったのは、我が主君島津義久様が剃髪し龍伯と名を改められたとき。
 すなわち我が島津家が豊臣秀吉に膝を屈したその時でありました。
 ああ、つまりそれがしは信じたくなかったのです。
 我が島津こそが天下に相応しい唯一無二の存在だと確信してきたというのに、圧倒的な物量の前にはなす術もなかった現実を。
 そして、未だ心のどこかでそのことを女々しくも引きずっているのです。
 龍伯様が天下を制するその日を夢見ているのです。
 正に邪念でありましょう。これがそれがしの刀を曇らせているに違いありませぬ」

 重位は心情を吐露している。一度そうと気付けばすらすら口をついた。
 椛は難しそうな表情をしている。

「……お前は忠臣なのだな。
 嫌いじゃないぞ。こんな時代にあっては一層清々しく思える。
 しかしだ。きつい言い方だが、愚かでもある。
 過去は美しく希望で満ちている。しかしそれを盲的に信奉するだけでは進歩はあるまい」

 表情を変えずに椛は続ける。

「武経七書は嗜んでいると言ったな……。
 “占わずして之れを避くる者六あり”。
 占うまでもなく、争いを避けなければならない六つの場合とは。そもさん?」
「一つ、敵国の土地が広大であり、民草が多く、また富んでいるとき。
 二つ、敵国の上に立つべき人が、下々を愛し十分な恵みを施しているとき。
 三つ、敵国の信賞必罰が適切に履行されているとき。
 四つ、敵国が有能な人材を積極的に登用しているとき。
 五つ、敵国の軍隊が大きく、その装備が一級であるとき。
 六つ、敵国の事を多くの隣国が助けようとしているとき」
「ふむ……大体分かっているじゃないか……。
 個人的には嫌いだが豊臣は強いぞ。その六つ全てが当てはまっている。
 仮に島津が反旗を翻したなら、最初に相手となるのは毛利と長宗我部だ。
 つまり豊臣に降った全国の大名全てが敵となるのだ。勝てはしない。
 “一人の奮死は以って十に対うべし”。
 命を投げ出す気概があれば、一人の力で十の敵に対抗できると韓非子はそんな事を言ったが、例えば敵が十人より多ければどうすればいい?
 敵もまた必死の覚悟であったならどうすればいい?
 天下の移り変わりは幾万の人が為す不可解な連鎖反応が成すもの。現実は非情だ。お前一人が悩んでどうにかなるものでもない」
「承知しております。
 ならば、それがしが天下に座する龍伯様の姿に憧れるなどという小忠、まさに大忠の賊でしょう。
 しかし、我が主は聡明にして英断の人でありますから、それがしが何を言おうとも蒙昧なる野心を通す愚は冒しますまい。
 それでよいのです。そして、そうあるべきなのです。しかし……」
「理屈では分かっていても、お前の頑迷な部分が納得しないと?」
 
 重位は頷いた。
 椛は一つ溜め息をついた。

「……そうだろうな。私は自分の不甲斐無さを感じるよ。
 行方を眩ませている先輩ならあるいはと思うが、私の舌ではお前の心を理で明け渡らせる事はできそうにない。
 ……難しいな」

 椛は重位の苦悩の不合理を説いたわけだが、そもそも重位はこの苦悩が不合理なことを言われずとも理解している。
 それでも苦悩するのはこれが感情の支配する部分にあるからだ。

 椛はきっと自分にこの悩みを正しく理解することはできないだろうと考えている。
 自分の事を所詮暢気な天狗道の住人であると思っているからだ。

 しかし、それでもこの弟子に煩悶からの突破口を見出させる事を望むなら……。
 椛はあれこれ考え、重位になくて己にあるもの。すなわち己の出自に頼ることにしてみた。

「……お前の悩みとは性質を異にするが、私にも昔酷く悩み苦しんだ時期があってな。
 私は天狗だが出自は狼だ。
 誇り高さが過ぎて高慢な獣だった。だが当時はその高慢さも当然と思っていたのだ。
 何しろ狼に敵う獣などこの国にはいないのだから。時には力を誇示する為、腹も減っていないのに他の獣を殺めた事すらあった。
 しかしだ。ある時を境に状況は一変する。
 ……つまり、怪我をしてしまってな。満足に狩りができなくなった。
 あの時は惨めだった。野兎にすら嘲笑われるのだ。
 死も覚悟した。食べなければ生き物は死んでしまうものだからな。
 しかし、今こうやってお前と喋ることができているのは、私の心境を一転させる決断があったからだ」

 椛は岩に背中を預け、空を仰ぐ。
 昔を懐かしむような微笑みをしていた。そしてそのままの体勢で言葉を続ける。

「……死肉を食んだ。猪だったと思う。もっとも蛆が酷くて面影など一切残っていなかったが。
 この決断には時間を要した。私には頑愚なまでの矜持があって、それが死肉を喰らうことをずっと拒んでいたのだ。
 それをしてしまえば私は誇り高い狼でなくなってしまうとな。ふらふら山を彷徨い、悩み続けた。
 しかし結局私は喰らった。生きたいという感情に最後は膝を屈したわけだ。
 だが変な話、それがまた美味くてな。気がつけば貪るように喰らっていた。
 そして気がついた。煩悶がずっと小さくなっている事に。
 感情に身を任せてしまったのが良かったのだろう。
 結果、生きる為死肉を食うのは合理的な行為だと思える余裕ができたのだから。
 考えれば、あの経験があるから私は天狗となることができたのだろうな」

 空より重位へ視線を戻した椛は、ゆっくり重位の側へ近づいた。赤の湯が小さく波立つ。
 そしてしっかりと目を合わせた。

「“兵の形は水にかたどれ”……私が孫子で一番好きな言葉だ。
 軍隊は水の如く動くべし、最も効果的な攻め手を適切に選択できる臨機応変な用兵を心がけよという事だな。
 本来は兵法について述べたものだが、剣術を志す者にとっても肝要な部分だ。
 実際手合わせしていただいた経験があるから分かるのだが、我々天狗の達人と呼ばれる方々の剣術は正に水なのだ。
 剛直にして柔軟。虚にして実。捉え所が無い。そして気付けば術中に頭までどっぷり浸かっているのだ。
 心構えの問題だが、お前にはこの境地まで至って欲しいと思っている。
 お前の剣術は水である事の触りの部分は心得ているが、如何せん澄み渡りの程度が足らないのだ。
 だからこそ、乗り越えて欲しい。澄んだ水の境地まで至って欲しい。期待しているんだ。
 どうにかお前が煩悶を合理的に処理する事ができたならな。
 お前が剣を極めれば島津の為になる。そう考える事ができたなら。
 悩みを度外視してまで身を任せるに足る、そういった感情に一度でもまみえる事ができたなら、あるいはとも思うのだが」
 
 いつの間にか椛の手は重位の肩を掴んでいた。
 しかし重位はそちらへ気を向ける事ができない。椛の赤銅色の瞳がいつになく真剣であったからだ。

「例えば、楽観論ではあるが……。
 “国に常強なく、常弱なし”。韓非子の言葉だ。
 国の支配者なんて永久不変のものじゃない。一つの支配体形が続くのは長くても精々数百年程度。
 つまり必ず代替わりの時が来るという事だ。
 そして島津がそれまで存続する事が出来たなら、次の天下人を選定する闘争に再び挑む事が出来る。
 その時にだ。お前が編み出した最強だと自信を持って言える剣術を、兵士の全てが会得していたらと考えてみろ。
 壮観だろ? ならばお前が今剣を振るのは存分に合理的だと言えるのではないか。
 後の島津の天下の為に尽くすこととなるのだから」

 肩を掴む椛の手にぐっと力が入る。

「ああ、確かにその時お前は生きていないだろう。
 だが安心しろ。私が見届けてやる。お前の剣が時代を突き動かすその瞬間をな」

 そう言って椛はにっこり笑って見せた。
 その笑顔は眩しく、そして素敵に思えて……。

 椛の言葉は弟子を想う温かいものである。重位の心を動かし、一種の感激すら呼び起こすものである。
 しかし重位は気付いた。それとはまた性質の異なる、どうも説明しづらい感情が重位の胸の内に渦巻いている事を。
 そして、それが煩悶とせめぎあっているのだ。
 もしかすると呆けたような表情をしていたかも知れない。

「ん? のぼせたか?」

 そうじゃないと重位は言いたかったが、結局言えなかった。
 覗き込む椛の顔が余りに近くて、平静を保てそうに無かったからだ。

「すまんな、長く話しすぎたようだ。基本的に喋りは苦手でな。どうしてもだらだら長くなってしまう。
 ふう……私も少しのぼせてしまったらしい。悪いが先に上がらせてもらうぞ」

 肩より手を離した椛は赤い顔を傾け微笑むと、温泉のへりまで移動した。
 背後からの水音を聞きながら重位は自分の肩を撫でている。
 椛が掴んでいたそこには赤い手形がついていた。
 仄かに痛かったが、それ以上に重位はいとおしいような感情を残る感触に抱いている。

 重位が湯より上がるのはもう暫く後。斜陽が振り撒いていた橙色が完全に消え去った頃。
 手形が消え、意識が本格的にフラフラしてからであった。







 夜。
 静かな夜だった。そして明るい夜だった。

 重位は煌々と照る丸い月をぼんやり眺めている。
 体は地面に預けていた。
 隣から可愛らしい寝息が聞こえる。椛が寝付いたのは重位よりもずっと早かった。

 その椛の隣には酒壷が転がっている。
 元は重位の荷物の中にあった物だが、酒があると知った時の椛のきらきらした瞳を見てしまっては封を切る他無かった。
 とは言え重位としても久しぶりの酒はとても旨く思えたし、何より椛が喜んでくれたので満足だった。

 体が火照っている。まだ少し酒が残っているのかもしれない。
 強い酒である。今日の就寝が少し早かったのはそういう理由なのだろう。
 椛は見た目によらず鯨飲する。天狗とは皆そうなのだという。気付けば酒壷は空になっていた。

 ほんのり赤く染まる頬がつやつやとした輝きを放っている。無防備な寝顔であった。
 それを見る重位はどうも切ないような、堪えるような何とも言えぬ不思議な感情を抱いている。

 少しばかり気が大きくなっていたのかもしれない。
 起き上がった重位はゆっくり椛の側へ寄る。
 気が付けば覗き込むようにして彼女の寝顔を眺めていた。

 心臓が高鳴る。落ち着かない感情。しかし確かな幸せと充実感を感じている。同時に切なさも大きくなった。
 複雑怪奇な胸の内の激流。
 重位はこの感情を説明できない。

 椛の顔立ちは整っている。当然可愛らしく思う。
 己の雄が彼女を欲しているのではと重位は思ったが、どうやらそれは違うらしい。
 重位にはそれをする事に絶対的な否定の意志があった。穢してはならない。頑なにそう信じているのだ。
 その固い意志に邪な気持ちが入り込む隙間は無い。
 ただじっと重位は椛を見つめる事だけをしていた。

「……んん……」

 椛が寝返りを打った。小さく瞼が開いた。

「ん……まだ起きていたのか……」

 眠たげに椛はそう言った。
 重位は驚き、しかし何か胸に電流が流れたような不思議な痺れをこの時感じた。

「……寝付けなくてですな……少々素振りをして参ります」
「ん……そうか……感心かんし……」

 最後まで言葉を紡ぐ事無く、椛は再び眠りに落ちた。
 重位の心臓はバクバクと、これまでにない速さで拍を刻んでいる。
 思わぬ椛の目覚めがその原因であったが、しかし重位はそれが原因の全てでない事に気付いた。
 なるほど、もっと高尚な理由こそが本質であったのだ。

 重位は木刀を拾い上げ、山を下るように駆け出す。
 しばらく行くと川が見えた。逡巡なく飛び込む。大きな水飛沫。
 腰まで水に浸かった。目の前の水面には月が浮かんでいる。
 重位は木刀振り上げ、力いっぱいの激情を叩き付けた。

 水柱。
 想いが迸った。

 今、重位の頭の中にあるのは、椛の笑顔ただ一つである。
 彼女は剛毅である。御転婆でもある。そして勇猛な戦士だった。
 然り。彼女は猛々しき白狼。誇り高き天狗。
 人の身には余る存在。

 だが、しかし――

 今一度重位は木刀を振るう。先よりも大きい水柱が重位を濡らした。

 ――彼女の事を尊敬していた。人と妖。そんな相違が些細に思えるほどの魅力を感じていた。

 今一度重位は木刀を振るう。水面の月が完全に掻き消えた。

 ――彼女は純粋であった。その笑顔はひたすら眩しく、そして美しかった。

 四振目。力任せに叩き付けた為、ついに木刀が音を上げた。破片が飛び散る。
 肩が呼吸のたび上下している。肺を出入りする空気には濁音が混じっていた。
 僅か四度の素振りで重位の息は上がっていた。

 水びたしのまま空を仰ぎ見る。月は十五夜であった。
 眩しそうに重位は目を細める。

 ――今思えば一目惚れであった。

 重位は確かめる為にここへ来た。そして確信出来たのだ。

 ――ああ、何たること。

 己は所詮矮小な人間であるというのに。
 生きる時間も文化も異なるというのに。
 ああ、それだというのに。

 東郷重位は彼女に相応しい男でありたいと思ってしまったのだ。
 東郷重位は彼女に弟子以上の何かと認められたいと願ってしまったのだ。

 握った柄を重位はぽいと放り投げた。小さく水飛沫を上げ、ぷかぷかと下流へ流れていく。
 確信の余韻を何にも邪魔されたくなかった。重位はそれを一瞥する事も無く踵を返す。

 ――東郷藤兵衛重位齢二十九。白狼天狗の少女に恋をした。









 小さく足音を立て、重位は寝床へ戻っている。

 その様子を藪よりこっそり覗き見る人影があった。
 重位ほどの達人となれば、人の気配にも敏感なのだが、一切気取らせなかった辺り相当の手練である。

「ふふふ……ちょっと見ない内に何だか面白い事になってるじゃない」

 人影は怪しく微笑むと、ばさりと翼を広げ麓へ飛び去った。人影は超常の類である。
 重位は気付かない。物音にも一陣の風が吹いた程度としか考えなかった。

 遠く噴火の爆音がした。火山灰に名月が霞み薩摩の大地を陰らせた。

















 有村の集落は桜島を南に下ったそこにある。島内では最も賑やかな一帯だ。

 重位の右手には酒壷。これを買う為山より降りてきた。椛にはそう言ってある。
 日は既に高く上がっていた。
 実は酒なら朝一で手に入れたので、早く山に登ればよさそうなものだが、重位はそれをしない。

 重位は待っているのだ。
 山を降りた折、待機させていた槍持を国分にある屋敷へ遣わした。
 重位は一家の長であるから、それなりの数の配下がいるのだ。
 国分は大隅半島の付け根に位置する郷である。桜島より距離はあった。
 急ぎ馬を走らせても往復には時間を要する。ここに到着するのは昼過ぎになるはずだ。

 大切な用件である。遣いの到着まで待っていたかった。
 気が逸っている。

 しかし幾ら気を揉もうとも、それで馬の速力が上がったりはしない。
 手持ち無沙汰の重位はうろうろと集落内を歩き回ることで午前中の暇の大半を潰した。
 何も知らぬ島民が見ても分かる程に重位の気持ちは落ち着いていない。

 ともかく昼飯時である。
 重位の腹も丁度そういう具合であった。
 一膳飯屋の戸をがらがらと引く。
 やはりそういう時間帯であるからだろう。既に結構な人が入っていた。

 空き席を探し重位はぐるりと店内を見回す。
 見たことのある顔と目が合った。友人の類では無い。

 千場右馬之介。
 桜島の近くに垂水という土地がある。その辺りの無頼を纏める子悪党だ。

 背丈は低い。しかし人目を引く筋量の持ち主。
 それは重位から見れば実戦で役に立たぬ無用な筋肉である。
 だが人生の半分をハッタリで生きている彼の様な人種にとって、無知な大衆を威圧する力瘤というのは中々に大切な商売道具なのだ。

 顔は丸く愛嬌がある。人に好かれる類の造形だ。しかし下卑た半生のせいか、軽薄さが隠しようも無いほどに滲んでしまっていた。
 尊大さを誇示する机に足を投げ出し、伊達を気取るように三尺三寸の長太刀を担いでいる。
 周りで騒いでいるのは彼の子分たちだろう。右馬之介一味に店内は殆ど貸し切りの状態であった。
 
 右馬之介はさして興味が無いように重位より視線を外した。重位も同じようにした。
 そう、友人などではないのである。

 重位は右馬之介の子分を何人か無礼討ちした経験がある。
 商売を邪魔された右馬之介としては内心憎々しげに思っているはずだが、重位は薩摩大隈を支配する大名島津が家臣にして、音に聞こえた剣客。
 軽々しく手を出せないのだ。故に関わろうとしない。
 重位の方も右馬之介と誼みを結ぶ気などはさらさら無かった。
 無頼は所詮無頼である。敢えてそのような事をして不利益を被る事も無いのだ。

 殆ど互いに無視しあう形の中、重位は近くの空席に腰掛けた。
 壁際である。斬るか斬られるかを幾度となく経験した剣客人生。後に人がいると何と無く落ち着かないのだ。
 店主に飯を注文する。すぐに運ばれてきた。
 白飯に味噌汁、魚を煮付けた小鉢が一つ、加えてお新香が二枚添えられている。

 思っていたよりも結構な献立に重位の頬が少し緩んだ。箸を手に取り小さくいただきますと言う。
 味も悪くなかった、もぐもぐと順調に茶碗の中を消費していく。
 おかずの量が半分くらいになった頃である。右馬之介の隣の人物が席から立ったのを、重位は視界の端に認めた。

 黒髪を肩の辺りで揃えた女である。
 彼女は真っ直ぐ重位の席へ向かってきた。

「お隣宜しいですか?」

 回答を待たず女は重位の隣に座り、意味深な笑みを浮かべる。重位の睨むような視線も気にしている様子が無い。

 『文』と名乗った彼女の事を最初重位は“そういう女”だと思った。
 右馬之介の収入の何割かが、女に客を取らせる事で儲けたものだと知っていたからである。

 しかし、それにしては格好が簡素に見えた。
 柄の無い黒色の生地は大層地味であったし、通常よりも短く切られた袖も男に色目を使うというより、動きやすさを優先した造りに見えた。

「おじさーん。お酒二人分お願いします」

 あやの注文に初老の店主は徳利二つを机に置いた。

「安心してください。奢ってもらうとかそんなのじゃ無いですから。支払いは私が持ちます。
 私は貴方とお近付きになりたいだけなのです」

 にこにこと屈託の無い笑みを浮かべながら文は徳利を傾ける。
 どうにも訝しげな気持ちを隠し切れない重位であったが、さあさあと何度も勧めてくる文に根負けして杯を差し出した。
 とくとくと音を立てて酒が注がれていく。重位はここで初めて正面より彼女を見た。

 驚くほどの美少女である。
 化粧は薄い。必要が無いのだろう。
 それだけ素材がいいのだ。整った目元鼻筋からは快活で気品ある魅力が溢れていた。

 しかし好色そうでもある。そういう唇をしていた。仄かに伽羅の香りがする。
 男から見てそそる女だ。きっと祇園でも何処でも人気者になれるだろう。
 分不相応に地味な服装は、もしかしたら余りに個性的な美貌を隠すためのものなのかもしれない。

「こっちは暑いですねぇ。私なんかは普段もっと北の方に住んでいるものですから、この暑さはなんだか新鮮です」

 そう言って、見せた肌は新雪を思わせるように白い。
 彼女が右馬之介の女である線はいよいよ無くなったと重位は思った。
 垂水のような田舎に納まっているのが相応しい女ではない。右馬之介のような小物と釣り合う女でもない。
 故に重位は心の中の疑念を消すことが出来ない。

 妙な居心地の悪さを感じているのだ。胸騒ぎである。
 文は笑顔を絶やさない。杯が空になると嬉しそうに酌をする。

 話し好きであるらしく、重位が食事をしている間ずっと喋っていた。噂話や身の上話である。
 一方的に話しかけているにもかかわらず不快な印象を与えない。弁舌の才能があるのだろう。聞き手を退屈させないのだ。
 重位のように基本無口な人間からすれば、気が楽な相手であるはずなのだが、しかし重位の胸騒ぎは時が経つにつれ大きくなるばかりであった。

 何倍目かの杯が空になった。茶碗の中も既に空である。
 酌をしようとして、しかし徳利の中が無くなった事に気付いた文ははにかむ様に微笑んだ。
 その顔を見て重位は胸騒ぎの理由を悟る。
 彼女の人懐っこい笑顔。しかしその瞳には底が無く、余りに得体が知れない。

「……聞きましたか。そろそろ秀吉さんの前に北条も膝を屈しそうだと」

 徳利を机の上に戻した文が急に話題を変えた。心なしか声の調子も低くなっている。

 北条家は豊臣秀吉に最後まで抗った大名であり、その征伐には秀吉に降った全国の大名が参戦している。
 ここ薩摩からも島津義弘の息子久保が参じているので、北条の近い終焉は重位の知るところであった。
 しかし、今ここで話す話題であろうか。重位の眉間の皺が深くなる。

「……それがどうした?」
「いやですね。いよいよ乱世も終わっちゃうんだなぁと。そんな事を思いましてね」

 文は何か含むようにクスクスと笑った。重位にはそれが酷く危険なものに見えて……。

「……もはや天下を手に入れようなんて思う人は随分少なくなりましたが、それでも権力闘争が終わったわけじゃないのです。
 多くの大名の目は天下のその先に向けられているのですよ」
「何が言いたい?」
「島津は立派な大名でした。力と智慧を臨機応変に使い分け実に上手く立ち回りましたから。
 ……でも、あんまり鮮やかだと嫉妬されちゃいますよね。
 だから、ほら。そろそろ大人しくなってもいい頃合だと思うのです。
 貴方もそうは思いませんか? ね? 島津家臣の東郷重位さん」
「貴様!?」

 文が小さく首を傾けた。ぎりりと何かがしなる音が近くで聞こえる。
 重位は勢いよく椅子より転げた。弓を絞る音だと気付く事ができたからだ。
 落下しながら重位は鈍く光る一筋が眼前を通過するのを見届ける。

 間一髪であった。先程まで背中を預けていた壁に矢が刺さっている。
 右馬之介の子分が文の合図で放った矢であった。

 受身を取りつつ、重位は刀を抜き放つ。そして身を低くし、周りの様子を窺った。

 甲高く悲鳴を上げた飯屋の店主が、店の隅で小さくなっている。
 無理も無い。今や店内は白刃で溢れかえっているのだから。
 矢が放たれると同時に、右馬之介の子分たちが刀を抜き放ったのである。
 その数は桁一つで足りない。

「嵌められたか……」

 ぼそりと重位は呟く。
 どうやらその声が聞こえたらしい文は、ニィと楽しくてたまらないという風な笑みを浮かべた。
 心中に孕む嗜虐性が透けて見えるような、そんな瞳の色をしている。

 思わず背中にぞっとしたものを感じた重位だったが、思考は冷静に現状の分析をしていた。

 そもそもである。右馬之介一派の姿をこの土地で見た時におかしいと気付くべきであった。彼らは簡単に垂水の地を離れたりしないのだ。
 何故桜島などにいるのか。大方、文にそそのかされたのであろうと重位は想像する。
 仕返しの機会は今だと、そういった具合に甘く囁かれたのだ。
 右馬之介が重位に抱く恨みというのはその実大変大きいので、文の魅力的な提案に即断で乗っかかったわけである。

 ここまで推測して、重位は文の素性について、どこぞの大名に雇われた忍びだろうと見当をつけた。
 重位が桜島にいることを知っているのも、無頼を焚き付けて重位を亡き者にしようとするのも、そう考えれば納得がいくのだ。
 何しろ島津は敵が多い。家臣を暗殺して力を削ごうと考える輩がいても何ら不思議ではない。

 状況を整理した重位は、打開策を練り始める。
 現状は芳しくない。右馬之介の子分たちは武術に長けているわけではないが、とにかく数が多い。
 真正面から斬り合うのは避けたかった。

 ちらりと出入り口を一瞥する。刀を構えた男の後ろで、矢をつがえる男が見えた。
 重位にとって幸運だったのは、右馬之介の子分の中で弓使いが彼一人だけであった事。
 そして彼が扉の前に位置していたことである。
 重位は方針を固めた。

 一足飛び。

 扉の前で刀を構えていた男は、何も分からないまま袈裟に斬られた。所詮素人である。
 男が血を吐いて地面に倒れこむのを待たず、重位は返す刀で弓使いの腕を断ち斬った。
 長さが不揃いになった両腕に弓使いは叫び声を上げるが、重位は無視する。
 止めを刺すこともしない。弓矢を扱えなくさせれば十分だった。それに放っておいても出血多量でいずれ死ぬのだ。
 右馬之介一味に対する奇襲気味の反撃である。拙速が何より尊ばれた。

 重位は最適と判断した打開策、すなわちこの場よりの逃走を完成させるべく出入り口の扉を蹴った。
 安普請だったのだろう。驚くほど容易く扉は破壊された。勢いそのままに重位は店外へ転がり出る。
 ぎらぎらとした太陽に一瞬目が眩んだ。しかし体は既に起き上がっている。隙は無い。

 通りのどちらに逃げるべきか判断しようとして、しかしそこで重位の眉間に皺がよった。
 どちらへ逃げる事も叶わぬと知ったからである。

 一膳飯屋からの逃亡は文にとって想定の範疇であったのだろう。思っていた以上に彼女は周到であった。
 重位を囲むは各々得物を手にした男たち。店の外にも多くの無頼が配されていたのだ。
 背後の壊された扉より、ぞろぞろと右馬之介の子分が出てくるのが気配で分かった。
 無頼の数は合計すると三十を超えるだろう。重位の顔つきが更に険しくなる。

 ――是非もなし。

 重位は覚悟を決め、刀を構える。
 状況は圧倒的に不利だが、勝算は無い事も無いと重位は考えている。

 敵は素人ばかりだ。最初の何人かを容赦なく、かつ残虐に斬り殺す事ができれば、慄いて逃げ去る者も出るだろう。
 それが何人かという事である。半分逃げたなら十分勝機が見える。
 実際、無頼の中には既に怯んでしまっている者が何人もいた。脳裏に先の弓使いの最期がちらついているのだ。

 ここは迎え討つよりも自ら斬り込んで行った方が得策かもしれない。
 そう思い重位は、ぐるりと周りを見渡す。

 文の相変わらずな笑顔が目に入った。その隣で右馬之介もニヤニヤしている。
 右馬之介を斬るのも一つの手だと重位は考える。
 隣の文の得体が知れなくて不気味であるが、右馬之介さえ斬り殺してしまえば案外あっさりこの場は退くのではないか、そういう気がしていた。

 体を反転させ重位は右馬之介へ刃を向ける。
 右馬之介はそんな重位を面白そうな目つきで見ていた。重位の意に反して長太刀を構えることもしない。
 何かたくらみがあるのか? そう重位が思ったのと同時に右馬之介は口を開いた。よく通る高い声だった。

「まあまあまあ。東郷の藤兵衛さん。そんなにいきり立たないでくだせえ。
 いきなり手を出したあっしらが無礼なことは十分承知しておりやす。
 藤兵衛さんからすれば大層腹立たしいでしょう。ええ、よく分かりますとも。
 しかしですぜ、藤兵衛さん。あんたも方々から結構な恨みを買ってる事をちぃっとは自覚していただきたいものですなぁ。
 昔あんたに斬り殺された子分たちはあっし子飼いの面々でして、過去のこととして忘れるってわけにはいかないんでさぁ。
 まあ、しかし、あんたとまともにやり合えばあっしも多くの子分を失うでしょうな。それは本意じゃありやせん。
 そこでですよ、幸いあんたに恨みを持ち、是非とも一対一でやり合いたいっていうのがいるんでさ。
 こいつとひとつ果し合いしていただけやせんかね?」

 言い方としては同意を求めているが、実際は有無を言わせずしての真剣勝負に持ち込んだのである。
 重位に拒否権は無い。

 右馬之介の後方より長身の男が歩み出た。
 長く伸ばし後ろで一本に束ねて垂らした艶めく黒髪。切れ長の目。整った輪郭。
 男娼屋で客を取れそうな優男だ。
 しかし、掌の皮は分厚い。

 ゆらりと正眼に構えた刀。一分の隙も窺えない。一朝一夕の鍛錬で至れる境地では無かった。
 剣客と呼べる実力者。それを悟った重位は、真剣な面持ちで刀の柄を握りなおす。
 実は重位は彼の顔に見覚えがあるような気がしていたが、思い出すには至らなかった。
 しかし、彼はそうでないようだ。

「お久しぶりです。私です。鈴木雪之助ですよ。
 ……やはり覚えてはいませんか。
 仕方ありませんよね。何十という人を斬った貴方だから、それの一々を記憶に留めておくなんて事しませんよね?」

 はははははと乾いた笑いが空に響く。
 しかしそれは、次の瞬間にパタリと止んだ。雪之助は先の涼しい表情では無い。そこに居たのは怒気を燃え上がらせた一体の鬼であった。

「巫山戯るな! 忘れたなんて言わせない!
 天正十五年の師走を貴様は覚えているはずだ! 京で貴様と立ち会い斬られた我が兄を覚えているはずだ!
 人殺しめ! 憎き仇め!
 俺は貴様を斬る為だけにこの数年を生きてきた。貴様の首を叩き落す事だけを考えて昼も夜も刀を振り続けた。
 だから貴様は死ぬべきだ! 俺に斬られて死ぬべきだ!」

 激情である。重位は思わず気圧された。
 強烈な怨恨をまともに向けられ、少し気持ちが落ち込む。
 それは心の隙間であった。割って入る声がある。

「重位さんは悩んでいるんですよね。剣の道が見えないって。
 でもそれは当然なのです。だって重位さんは決して強くありませんもの。
 今まで沢山人を斬ったようですけど、所詮自分より弱い人ばかりじゃないですか。
 弱い者虐めをして、それで自分は強いはずだなんて、思い上がりです。
 卑怯者の重位さんには刀を握る資格なんてないのです。恥じてください。
 復讐されるのが当然です。ちっぽけな自尊心を満たす為だけに一杯人を殺したのですから。
 それともまた斬り殺すのですか? 醜く生に縋るのですか? 最期くらい潔いところを見せてください。
 斬られちゃえば楽になりますよ。もう悪行三昧の生涯に心痛めずともよいのです」

 文の声である。呟く程度の音量であるはずなのに、重位の耳にははっきりと聞こえた。

 毒言。
 甘い囁きであった。脳を溶かすほどに妖艶な声であった。

 悪意に満ちた非難である。しかし重位には説得力があるように聞こえてしまった。
 もしそうであったらと、重位が心の奥底で恐れていた事を、文は魔性を伴う声で穿り出したのだ。

 迷いが生じる。
 己の剣術の価値に対する信頼が揺らいでいるのだ。

 ふっと力が抜けた。
 殺意に満ちた雪之助はその隙を逃すことをしない。
 袈裟の斬り下ろし。
 
 速い一撃であった。人を斬り殺した事がある人間だけが持てる躊躇の無さであった。
 雪之助は復讐の為なら手段を選ばなかったのだ。
 思わず重位は刀で以ってその斬撃を受け止めた。

 何とも重い一太刀である。
 特注ゆえの肉厚な刀身が幸いした。さもなくば刀は容易く圧し折られ、重位は致命傷を負ったであろう。
 軽く痺れる手の感触に重位は顔を顰めた。



 鈴木雪之助は相模国小田原の人間である。

 生来は大層な痩せ型であり、刀を振るえばその重さで逆に自分が振り回されるような非力さであったという。
 彼にはかつて兄がいた。幼い頃より怪力で知られた自慢の兄だ。
 小田原に幾つかある道場の一つで、若くして師範代となった。一刀流の道場である。

 重位が主に従い上洛した折、雪之助とその兄もまた京の地にいた。
 三名の邂逅は洛中の酒場。
 きっかけは些細な諍いだったという。もしかしたら一目見たときよりお互いが気に喰わなかったのかもしれない。
 ともかく腕に自信のある者同士、ならば刀で以って白黒付けんと、真剣での果し合いと相成ったのは自然な流れだったのだろう。

 ひゅうひゅうと冷たい風が吹いていた。
 斜陽と一本松が見守る中、白刃が閃く。
 鮮血。
 一刀で勝負は決する。返り血を浴びる事すらせず悠々とその場を立ち去ったのは重位であった。

 その場に一人残された雪之助。
 恐怖を感じる間も無く落とされた故に、兄の首は生前の表情をそのまま留めていた。
 その余裕溢れる笑顔を目の前にした雪之助の悲痛は如何ばかりだったろうか。

 そして、この日より雪之助は修羅となった。
 正に地獄が如き修練が脆弱な腕に鋼を宿らせた。足りぬ才能は流した汗と血で補った。
 僅か数年で中目録に到った異例も故あっての事なのだ。

 ――なるほど。重い筈である。

 彼をここまで駆り立てたのはひたすらどす黒い怨念。
 復讐という最も分かりやすい殺意。

 吐血する程苛烈な練磨に耐え切ったのも、相模の地を離れ、九州の南端で馬の合わぬ悪党の用心棒などに身をやつしたのも全てはこの時が為。
 憎き東郷重位に十死の一太刀を浴びせるが為。
 その切っ先の何と迷いの無い事よ。
 重位は感嘆する。

 もはや雪之助は死兵である。逃げ道を顧みない人間の激情とはかくも恐ろしきものなのだ。
 重位は押されていた。その表情には僅かに諦観が混じっていたかも知れない。

 鈍った切っ先。臨機に動く事を沈んだ心がさせてくれなかった。
 自在性を失った水にどれ程の力があろうか? 
 幾ら巨大な氷塊であれ、ひとたび濁流に飲まれてしまえば、なす術も無く流れに身を任せるしかないのだ。

 雪之助の斬り下ろしが右の重位の上腕を掠める。
 創傷。
 痛いというより熱く感じる。

 意識が一瞬そっちへ行ったのが不味かったのだろう。後退する足が地を這う蔦に絡め取られた。
 なす術も無く転倒する重位。致命的な隙であった。
 雪之助の刀は上段に構えられている。このまま無防備な重位を叩き斬るつもりなのだ。
 今や重位を支配するは完全な諦めである。斬られてもいい。そうとさえ思った。

 ぐるぐると過去の記憶が重位の脳内を回る。
 戦場の事、主君の事、御家の事、配下の事、剣術の事。

 しかし、その中にあって最後まで輝いていたのは、慕うに足る白狼天狗の少女の笑顔であった。
 こればかりは未練が残りそうだと苦笑する。
 いよいよ最期に至るというのに、未だ忘れられない程に強く恋焦がれているのだから。

 ああ、こんな事になるなら思いの丈を伝えておくべきだった。
 近づく秋水のきらめきに重位はそんな事を思った。

「――お前は馬鹿か!?」

 何かが飛んで来たのが見えた。次の瞬間、金属が骨を砕く音が聞こえた。
 雪之助の顔面にめり込んでいるのは、見覚えのある盾である。

 ぐらりと体勢を崩す雪之助。痛みに思わず顔面を押さえる。
 美しかった容貌はすっかり崩れてしまっていた。先の激突によって左の頬骨と鼻骨を砕かれたのだ。
 左目の視力も失われている。網膜が剥離したからである。

 刹那的に生起した事象に混乱し、呆けた様な顔をしている雪之助。
 命取りの一瞬。しかしすぐさま我に返った。
 盾が地面に落ち銅鑼を鳴らしたような音を響かせたからだ。

 未だ重位は尻餅を付いている。
 挽回。次の一太刀で憎き存在を確実にしとめてみせる。
 必殺の意志を以って雪之助は太刀を振りかぶり、重位目掛けて力一杯振り下ろした。
 顔面の痛みなど感じてはいない。深い怨恨の前では、痛みなど枷となりようが無いのだ。

 刃に手応えを感じた時、復讐を達成した喜びに感涙する。雪之助はそう信じていた。
 だが、彼は大切な事を失念している。

 突如飛来した盾。雪之助は何故それを捨て置いたのか? 疑問に思うべきでは無かったのか?
 だと言うのに雪之助は未だ健在な仇敵を亡き者にする事を何よりも優先した。
 蒙昧な判断である。
 復讐は刃を鋭くさせるが、その分視野が狭くなる事を心得ていなかったのだ。

 故に彼は、左の死角、すなわちかつての視界より斬り込んで来た人影に気付けない。
 雪之助の表情が驚愕に変わる。重位は血飛沫を浴びながらその瞬間を見た。
 
 吹き飛んだ雪之助の両手首。叩き斬られた骨の断面が生々しい。
 切れ味鈍く重量ある柳葉刀である。組織が酷く破壊される為、綺麗な断面とならなかったのだ。
 惰性で下まで振り下ろされた雪之助の両腕。動脈から噴出した血液が重位を更に赤くした。濃密な鉄の臭い。
 銀の髪が靡く。放たれた第二撃。首の骨を圧し斬った嫌な音がして雪之助の頭部が飛んだ。

 凄まじき怨恨は道理を超越するという。
 空中にある雪之助の首が常識で考えられぬ角度に方向を変えた。その瞳は未だ憎悪に燃えて重位を見据えている。
 首だけになって尚、口を大きく開き重位を噛み殺そうとした雪之助の怨みは天晴れというべきなのだろう。

 しかしその目的が達せられる事はない。
 重位に至るよりも遥かに早く、返す刀が雪之助の顔面を割ったからである。
 白の小袖が返り血で濡れていた。

 地面に叩きつけられ、ついに物言わぬ物質と成り果てた雪之助。血と他の体液が混じったものが土にべっとり跡を残している。
 止めは柳葉刀の背によるもの。すなわち斬撃ではなく殴打であった。故に惨たらしい。
 両の目玉は飛び出し視神経が露になっている、前歯は砕けていた。
 斜め一直線の深い陥没が刻まれた顔面に、かつての美男雪之助の面影はない。残ったのは最期の最期まで抱き続けた真っ黒い怨念のみである。

 しかし、彼女がそれを見る目は至って冷静であった。無感動とも言えるだろう。
 彼女にとっては結局他人事。己に矛先が向けられぬ怨恨にまでわざわざ感じ入ってやるほど優しくないのだ。

「……仮にも私の弟子だろ。あんまりあっさり散られると私の面目が立たん」

 呆れ顔で彼女は盾を拾い上げた。
 どうやら助かったらしい。見上げる先を見て重位はそう思う。
 逆光のその小さな体が、とても大きく見えた。
 犬走椛。最期を覚悟したその時まで瞳に焼きついて離れなかった彼女が重位を救ったのである。
 
「……命を助けられましたな」

 椛は重位の手を握り引き起こす。そして懐より取り出した手拭で血を拭っていった。

「まったく。馬鹿弟子が。復讐か何か知らぬが、何故そんなものを哀れんで刀を鈍らす。
 所詮醜い逆恨みだろう? 真剣を握るとは斬られる覚悟と同義。両者同意の上での果し合いなら尚更だ」

 すっかり血を吸った手拭いを絞りつつ、椛は一つ溜め息をついた。

「まあ、途中から見ていたから、お前が何を吹き込まれたかは知っている。
 あの方の言葉は蠱惑的な猛毒だ。お前の心を惑わすなど易いだろう。
 しかしだ。聞け。お前の剣は決して安っぽくない。
 今の今まで矜持を保ってきたのだ。今の今まで一度たりとも卑しきに流れる事なかったのだ。
 いいか。己が剣の正当性を疑うな。
 私が認めてやる。お前は何一つ悪くない。弱いくせに刀を持てば斬られるのは当然だ。斬られた奴らが全て悪い」
「はは……然りですな」

 重位は斬りたいという理不尽な欲求を無抵抗な民草へ押し付ける事はしなかった。無辜な女子供を襲う事もしなかった。
 今まで斬ったのは刃持つ者のみである。すなわち真剣な命のやり取りである。故に椛は正当だと言ったのだ。

 重位の鬱屈した感情はもはや問題にならない程度に萎んでいる。
 彼女の「悪くない」という一言で重位は救われた気になったのだ。
 そして、何とも自分勝手だが、密かに想いを寄せる彼女が心配してくれたのが嬉しかったのだ。
 この心音の高まりに比べれば、今まで奪ってきた命に道徳や倫理が己を謗る声など、一顧の価値も無いちっぽけなものに思えた。
 体が軽くなった。心より重しが落ちたのだ。柔軟に流れる水の型。そこにいるのは本来の重位である。

 だから切っ先は臨機に動いてくれた。
 何の気無しに後方へ放たれた重位の突き刺し。
 ぐぇと蛙の潰れたような呻きが聞こえた。

 貫いたのは右馬之介の喉である。
 右馬之介は油断しているように見えた重位の背後を狙おうとしたのであり、この辺りの抜け目の無さが彼の人望の所以でもあるのだが、如何せん相手が悪かった。
 重位は背中を向けたまま片腕で刀を横に凪ぐ。それは基本から完全に逸脱した剣の扱いであった。
 刀身の丈夫さと、膂力の強い事にのみ頼った粗野な一撃である。

 しかし右馬之介の技量を鑑みるならそれで十分だった。重位は最も少ない動きで目的を達成できる手法を選択したのだ。
 首の骨を刀の峰でへし折られ、右馬之介は敢え無く絶命した。
 振りかぶられていた三尺三寸の物干し竿が音を立てて落下する。

「……何だ。いい動きをしているじゃないか。さっきまでのは何だったのだ?」
「お師匠様の前で格好悪いところは見せられませぬ故」

 精悍な顔つきが重位に戻っていた。椛はやはり呆れたような表情であるが、声色には満足げなものが確かに混じっている。

「しかしお師匠様。山におられると思っておりましたが、一体何故?
 もしやそれがしを助ける為にわざわざ?」
「まあ結果としてはそうだな……、実はお前が飯屋に入る少し前より山を降りて様子を窺っていた。
 もちろん理由はあるのだが、説明は後だ。まずは手近な問題を片付けよう」

 椛は手拭いを投げ捨てると、体勢を低くし、血に濡れた大刀を構えた。重位も椛に合わせて正面に刀を構える。

 無頼連中は顔を見合わせていた。右馬之介の死に逡巡しているのだ。
 しかしお互い頷き合うと各々の得物を重位たちへ向けた。一斉に襲い掛かろうというつもりらしい。
 一番体格のいい男が奇声を上げた。それに呼応して別の男たちも声を張り上げ、そして重位たち目掛け殺到する。

「さて、残党退治と参ろうか。背中は任せるぞ」

 椛は冷静に重心を少し後に移動させた。いつでも跳躍できる体勢を作ったのだ。
 そしてニヤリと笑う。それはそれは楽しそうな笑顔だった。

「なあ馬鹿弟子。いい時に生まれたと思わんか?
 世の中が悪党で溢れ返っている。斬り放題だ。剣を極めるならこの時代を置いて他に無いぞ」

 重位もニヤリと笑い、そして答えた。

「然りですな」

 その言葉の終止が合図。二人は同時に飛び出し、手近な無頼漢の前を駆け抜けた。

 抜き胴。

 男の一人が腹を抱えてうずくまった。重位に裂かれたそこより腸が漏れ出していた。
 男の一人は目玉をひん剥いて体を真半分に折った。椛に背骨を断たれ支えを失ったのだ。
 上体が吹き飛ばなかったのは、皮一枚で下半身と繋がっていたからである。

 二の太刀。

 首筋より血飛沫が上がる。重位の袈裟斬りにまた一人絶命した。
 真っ二つになった刀の切先が虚しく地面に刺さる。刀は打ち合いに向かない。守りに構えれば容易く折れる。

 時を同じくして椛は地を舐める低さより逆袈裟に斬り上げた。
 絶叫。骨盤をばっさりやられ、男が血溜まりの中でのたうつ。
 即死とならなかったのは不幸せであった。命消えるまでの短くない時間、半身損壊の激痛が彼を襲うのだ。

 第三撃。

 三叉槍の突き刺しを重位は僅かに体をぶらす事で回避した。次の踏み込みで槍を持つ男の懐へ潜り込む。
 槍の広い間合いは弱点でもある。近接を許した時点で彼の命運は決定的となった。
 じゅぷりと音を立てて腹に刃が埋まる。そして切っ先が背中より出でた頃合で、重位は男を蹴り飛ばすようにしてそれを引き抜いた。
 血に混じってぽとりと飯粒が落ちる。未消化の昼食が穿たれた胃袋より零れ出たのだ。

 少し離れて、金属が衝突する音がした。振動する鉄の団牌が空気を震わせている。その下に男が倒れこんでいた。
 椛の盾に吹き飛ばされたのだ。高く宙を舞うのはやはり盾に弾かれた彼の刀。
 斬鉄は高等技術である。丸みを帯びた鉄盾を両断するのはたとえ達人でも至難。素人に毛が生えた程度の彼ではどうにもならなかった。
 椛は地に臥す彼に追撃の一太刀を浴びせる事をしない。脳内の血管が破れている。もはや助かる見込みが無い事を知っているからだ。

 怒濤。
 二人の勢いは正にそれである。
 足軽崩れが殆どの無頼共では相手になるはずが無かった。

 そもそもである。
 中目録まで剣術を修めた雪之助。長太刀を少なくとも無様にならない程度には扱えた右馬之介。
 この両名が死した時点で無頼共は烏合の衆と変わりない。

 多少なり頭の回る連中は既に逃げ去っている。残ったのは数に頼ればどうにかなると勘違いしてしまった連中のみである。
 短気な性格のものには、こんな状況に自分たちを追い込んだ存在へ向かい恨みをぶつける人間もいた。

 土門辰次郎は右馬之介の子分の古株である。
 六尺を超える大男であり、その面構えは大層獣じみていた。

 右馬之介が交渉事に臨む時には好んで彼を同席させた。
 勿論弁舌などには期待してはいないが、彼の威圧感は交渉を美味しく纏めるのに役立つのだ。
 彼はその悪人面を必要以上にいかめしくして文を詰問している。

「ど、どうしてくれるんだ。右馬之介の兄貴も死んじまった。
 お、お前は絶対上手くいくって言ったじゃねえか。や、約束だってしただろ」

 怒りの為、少々ろれつが回っていないが声は大きい。迫力は十分であった。
 しかし当の文は涼しい顔である。薄ら笑いすら浮かべてさらりと言い放った。

「あれ? 何喋ってるのか良く分からないですねぇ」
「お、おまえ!」

 あからさまに馬鹿にされた辰次郎の顔は茹蛸のように真っ赤である。
 彼は理性などとは随分離れた場所で生きてきた人間であった。
 すなわち感情を御するなどという発想とは無縁なわけで、故に彼が次に取った行動は不思議でも何でもない。

 辰次郎は得物の八角棒を、文の頭目掛け力任せに振り回した。
 素材は硬い樫であり、人の頭蓋程度なら容易くかち割れる破壊力を持っている。

 文は避けない。表情を変えることもしない。
 とっさの事に反射神経が追いつかなかったのだろうか?
 否。椛が眉をひそめた。

 ――遅すぎる。

 目でそう語った彼女の瞳は辰次郎に宛てられている。
 八角棒が文の顔面に肉薄した。そこで文は初めて表情を翳らせた。

「……駒の癖に。うざいなぁ」

 爆裂音が大気に轟き、辰次郎が爆ぜた。
 血肉を飛び散らせ、内臓をばら撒いて爆ぜた。

 当然の如く即死である。
 比較的顔の損傷が少ないのが唯一の幸いであった。身元の分からぬ屍骸と処分されずに済むからである。
 身体の八分を欠損させたその様は、さしずめ爆薬の炸裂を至近で浴びたようであった。

 文はさして興味も無さそうに辰次郎を一瞥すると、一歩前へ足を進める。
 高く拵えられた下駄の歯に、転がり出た辰次郎の眼球が潰され、ぷちゅっという音がした。
 重位は言いようの無い不気味さを感じている。

 ――臭いがしない。

 辰次郎が爆死だというなら、硝煙と肉の焦げる異臭が混じったものを鼻に感じなければおかしいのだ。
 そして、もっとおかしい存在がある。文だ。
 あれだけの衝撃が間近であったにもかかわらず、彼女に一切損害は無く、血の一滴すら付着していない。

 仮にだが、黒色火薬より爆風のみを抜き取る事が出来たとすれば……。そしてその指向性を支配する事まで出来るとすれば?
 しかしそんな芸当ができる人間など存在するだろうか?
 重位は今まで彼女の事を忍びだと思っていたが、もしかすると、もっと恐ろしい何かかも知れないと考え始めていた。

 辰次郎のあんまりな最期に僅かに残っていた無頼連中が逃げ去り始める。
 それを横目で見ながら、椛は重位に呟いた。
 
「……私が山より降りてきた理由だがな、私の能力は説明しただろう? 
 捉え所の無い風を見ることは出来ないが、それが黒雲と雷雨を伴っているなら話は別だ」

 そう言った椛の声に幾分かの真剣さが含まれている事に重位は気付いた。
 彼女の視線は血の海の上でクスクス笑う文の方へ移っている。

「もしや彼女が例の消息不明な“先輩”ですか?」
「その通りだ」
「天狗様……やはりそうでありましたか」

 椛は重位に付いてくるなと盾を持った手で制し、数歩前へ進み出た。

「……文さん、一体これはどういう真似で?
 悪ふざけなのは分かりますが、それにしても少々度が過ぎているのでは?」
「どういう真似? うーんそうですねぇ。
 椛が人間の弟子を取ったとか聞いたから、ちょっかい出しにきたと。
 そんな感じの理由にしておきましょうか」
「文さん、真面目に答えてはくれないのでしょうか?」
「私はいつでも真面目ですよ」

 クスリと文は笑い、重位の方を向いた。

「天狗の私として重位さんに会うのは初めてですね。
 自己紹介くらいしましょうか。
 姓を射命丸。名を文。妖怪山に居を構える鴉天狗なのですよ。
 今日はちょっと私の戯れに付き合ってもらおうと思いましてね。
 これより貴方と椛の事を私自身の手で襲うつもりなのです。
 今までの調子で頑張ってください。あっさり死んだりしないようお願いしますね」

 文は唇の端を更に釣り上げる。その楽しげで不気味な笑みは、小動物を虐めて喜ぶ童のそれを髣髴とさせた。
 彼女の背中より、何やら黒いもの広がる。
 翼。そう認識できた時には、既に文は重位の視界の外である。

「……消えた?」

 重位が呟く。
 あの瞬間爆音が響いた。しかし文の姿が消えた以外何も起きない。残ったのは不気味なまでの静寂だった。

「意図が見えない……恐らく本気ではないだろうが、覚悟はしておけ」

 椛は眉間に皺を寄せ、いつも以上に目付きを鋭くしていた。
 重位は消えた文の姿を捉えようと、注意深く周辺の様子を窺っている。

「きょろきょろしても無駄だ。この周辺にはいない。
 ……大丈夫だ。私には見えている。私の言う通りにしろ。
 海の方を向け……そうだ」

 椛の指示に従い重位は体の方向を変えた。しかし視線の先に遮蔽物など一切無い。この方向に彼女が隠れる場所があるとは思えなかった。
 不思議に思い横目で見た椛も海際を向いている。構えは盾で可能な限り体を覆う防御的なものであった。

「守りに構えろ。多少はましなはずだ」

 椛の指示の意図を掴めていない重位だが、何か理由があるのだろうと素直に刀で防御の姿勢を作る。
 それを確認した椛が口を開いた。

「その体勢を崩すな。耳だけ傾けろ……。
 いいか、烏天狗とは我々天狗族の中でも傑出した俊足を持つ種族だが、文さんはその中でも特別だ。
 私は文さんほど速さに執着する天狗を他に見たことが無い。
 そしてだ。初対面のお前でも分かるだろうが、難儀な性格をしているだろう?
 昔から白眉とか駿才とか呼ばれて、ちやほやされてきたからだ。
 決して貴種というわけじゃない。それ程までに才能が傑出していたのだ。
 そして速さへの病的なまでの欲求。それを満たす為、有り余る才能を惜しむ事無く注ぎ込んだ文さんは果たしてどうなったと思う?
 すなわち、我々の誰もが追い着く事能わぬ神速を身に付けたのだ。誰かが文さんの事を風神少女と呼んだが、決して大袈裟ではない。
 断言するぞ。日ノ本において、文さんより速い存在は無い。
 ……この先十里の海上。今の文さんはそこから私達の様子を窺っている」
「十里? 今そう言われましたか?」

 椛が頷く。重位の表情が険しくなる。
 文が想像以上の化け物だと知ったからである。

 桜島から十里といえば、錦江湾の入り口であり、殆ど薩摩半島の先端に達する距離である。
 道理。見えるはずが無い。

 しかし、この遠すぎる距離を文は余りに僅かな時間で移動したと言うのだ。
 文の姿を重位が見失って一分と経っていない。正しく神速であった。
 重位の握る刀に力が入る。じっとり汗が滲んでいた。
 横目でその様子を見る椛の胸中は複雑であった。

「……なあ馬鹿弟子。こんな事いうのもあれだが文さんの事を悪く思わないでくれ。
 あれで結構面倒見はいいんだ。こんな私を可愛がってくれるし、公私に渡り何度も救っていただいている。
 本当に突飛なところさえなければと常々思うのだが」

 椛が呟くようにそう言う。口調は少し申し訳なさそうであった。
 責任を感じているのだ。
 弟子が文に今から襲うなどと宣言されたのは、結局は師である自分が文と近い関係であったからだ。

 文の事をよく知る椛であるが、時折その行動原理が読めなくなる。
 命までは奪わないと思っているが、確信には至らない。
 今日の文は自らの手で一人を殺め、多数の人間を死地へ誘い込んだ。
 普段は笑顔の影に潜ませている残虐性を憚る事なく振り撒いているのだ。

 文はまだ若く血気盛んな妖怪である。弱者相手には力を誇示し驕る事を当然と考えている節もある。
 故に確信に至らない。
 重位を弟子とした事に後悔は無いが、そのせいで可愛い弟子が戯れに命散らすとしたなら……。

 それは椛の望むところでない。

「……尊敬しておられるのですな」

 重位より返って来た言葉は少し意外なものであった。
 辛辣な皮肉の一つでも返されるものだと思っていたからだ。

 しかし、少し考えて椛は納得する。この厳しい面の弟子は自分と同じくらい、いや、もしかしたらそれ以上に不器用なのだから。
 朴訥ゆえにそんな事思いつきもしないのだ。
 少しおかしくて椛は笑った。


「ああ、もちろん尊敬している。憧憬も抱いている。
 ……いや、しかし遠慮をしてはならないな。今は文さんと真剣に刃交えなければいけない時なのだから。
 いいか馬鹿弟子。文さんはありえないほどに強いぞ。
 未だ私は一度も一撃を浴びせた事が無い。できなかったと言うべきだな。速さは勿論、闘争の勘も天性のものだ。
 だが今日は何だがそれができる気がする。何と言っても二対一だ。
 聞け馬鹿弟子。お前はできる男だ。
 文さんの暴虐はもしかしたらお前の想像を超えるものかもしれん。しかし怯むな。
 無理をする必要はない、無闇に刀を振り回す事もしなくていい。
 だが誇りは高く持て。心で絶対に負けるな。萎えた心は文さんの大好物だ。付けこまれる隙を与えるな。
 分かったな。大丈夫だ。お前ならできる。
 文さんも完璧じゃない。いっぱい欠点がある。私は知っているのだ。
 文さんは極度の変人で、根性がひん曲がっていて、空気を読めなくて、何より――」

 椛は千里眼を目一杯見開く、文の姿が掻き消えた。
 十里の助走をつけた突進。それが今から来る。どれだけの破壊力を持つかは想像も出来ない。
 だが、椛は牙を覗かせるようにして凶悪に笑んだ。
 自信があるのだ。今の自分なら受け切れると。
 
「――何より、優しく無い!」

 重位の視界から椛の姿が消えた。一瞬遅れて空気を轟かす衝撃音を聞く。
 とっさの反応で重位は後ろを向く。
 べっこりへこんだ盾が見えた。椛は前方より飛んできた文と衝突したのだ。

 しかし椛は地に臥してはいない。しっかり両の足で大地を踏みしめている。
 轍のように刻まれた椛の下駄の跡が、衝突の瞬間の我慢を物語っていた。
 弟子の前で格好の悪いところは見せられないという思いも強かったのだろう。
 そう、椛は十里を数瞬で駆けた神速の突進を耐え切ったのだ。

 少しばかり意外だったらしく文は驚いたような顔をしていた。
 しかし、すぐ捉えどころのない笑顔に戻ると翼をはためかせ、空へ跳躍する。
 かつての文の立ち位置を柳葉刀が裂いた。

 椛はこれが命中するとは思っていない。狙いは次の一撃である。
 横に薙いだ大刀の勢いをそのままに体を一回転させると、宙に浮く文目掛けて斬り上げた。
 握るのは持ち手の先端である。片手刀の狭い間合いを広げる目的があった。すなわち一種の奇襲である。
 文から見れば、柳葉刀の刀身が伸びたかのような錯覚を覚えるはずだ。

 しかし、大刀は紙一重で文の脛を逃した。
 椛は舌打ちする。紙一重であったからだ。
 すなわち文は椛の奇策を看破し、その上でぎりぎりの回避をして見せたのだ。余裕の表れである。

 流石に強い。椛は素直にそう思う。文の高慢さは故なきものでないのだ。
 実力差は絶対的。しかしまだ諦めるには早すぎる。
 最低限一太刀浴びせる。その目標がある。
 それに易々と倒れてしまえば弟子に文の牙は向かうだろう。それは困る。可能な限り粘って、闘争に満足してもらわないといけない。

 椛の瞳には闘志が宿っている。獰猛でしたたかな狼の瞳だ。
 奇襲の第一手は不発に終わったがいずれ機会はあるはず。それを周到に狙うべく椛は柳葉刀を構えなおした。



 重位は天狗二人の闘争より少し距離を取っている。
 介入するのは荷が重そうだった。
 重位は人間である。どうにか目で追える速度で攻防を展開する文と椛の闘争は、人間のそれの枠に収まっていない。
 無闇に斬り込んでも師の足手纏いになるだけだと重位は知っている。

 だが、闘争に無気力な訳ではない。構える刀には力強さが漲っている。
 椛は二対一と言った。つまり椛は重位が斬撃を放つに十分な隙を用意するため奮闘しているのだ。
 機会はそう多くない。もしかしたら一回限りかもしれない。
 だからこそ重位は十分な集中力を以って臨んでいる。たった一度の機会を物にするために。



 傍目には互角に見えるかも知れない闘争。しかしもちろん椛にとってはそうでない。
 斬撃は全て嘲笑うように紙一重で躱され、紙一重で回避できる程度の攻撃が文から繰り出される。
 完全に掌の上で踊らされていた。

 しかし椛はこれでいいと思っている。文には思うように場を支配しているこの状態に慣れてもらわないといけない。
 意表を突くにはそうなってもらう事が必須だった。

 そして、程無くして椛は反撃の糸口を見つける。

 文は武器を持たない、徒手空拳である。それで十分だからだ。
 椛に対して鋭い手刀が放たれる。通常考えられる対処は体を捻って回避するか、盾で受け流すかである。
 しかし椛はそれをしなかった。乾坤一擲の一手を打ったのだ。

 受けるのは大刀を以って。刃の部分を手刀に合わす。文は少し不思議そうな顔をした。
 確かに素手で刃に触れれば切り傷を負う。それは当然の事である。
 しかしこの二人の間において、それは当然でない。もしそうであったなら椛は最初から刃で攻撃を受け止めている。
 だが、それは今までできなかった。

 柳葉刀より火花が上がる。金属が切断される摩擦熱によるものだった。
 すなわち文は風を扱う。
 その素手に纏われているのは如何なる金属よりも鋭い不可視の刃だ。
 いまや大刀は半分まで切断されている。

 しかし、なぜ椛は柳葉刀を自ら棄てるような真似をしたのか。
 刀が完全に焼き切れたその時、椛は解答を行動で示す。
 文の手刀。椛は未だ風を纏うそれを握った。皮膚が切り裂かれ出血したが構わず掴み続ける。

 何とかして文を捕まえる。その目的の為椛は敢えて刀を棄てた。
 肉が浅く裂かれた程度で済んだのは、柳葉刀を切断する過程で破壊力が大きく奪われたからである。
 そしてそれは椛に必要なことであった。文の手刀をまともに握り締めたなら傷は骨まで達しただろう。

 背負い投げの体勢。案外文は簡単に投げ飛ばされてくれた。
 文が地面に落下しようとして、椛は刀を上段に構える弟子に目配せをした。



 椛の刀が半分になった時、重位は機を悟った。
 師が愛刀を棄ててまで作り出した機会である。無駄にするわけにはいかなかった。
 躊躇なく駆け出し刀を振り上げる。

 日本刀とは斬撃に特化した武器である。
 上段からの振り下ろしともなれば大概のものは両断できるはずであった。
 そして恐らくは妖怪の文にも十分な傷を負わせることができる。

 間も無く文の背が地面に着く、同時に重位の刀も彼女の体に触れる。そのはずだった……。
 この場に及んで文は笑っていた。場違いなまでに楽しそうな笑顔だった。

「――息ぴったりじゃないですか。ちょっと嫉妬しちゃいますよ」

 重位はその笑みの理由が分からなかった。
 砂埃が舞い上がるのを見て、文が全身に風を纏った事に気付く。防壁とするつもりなのだ。

 だが所詮は風である。形持たぬ空気である。日本刀の勢いに抗う事などできはしない。
 重位はそう信じ、力一杯の振り下ろしを止めない。

 しかし、その表情は余りに険しかった。
 今までの己の常識が覆された事を知ったからだ。
 すなわち、これ程までに風が硬質だとは思っていなかったのだ。
 まさかと思った。しかし認めざるを得ない。
 刀は弾かれてしまった。

 重位は胸に衝撃を感じた。高下駄がめり込んでいる。ぼきりと嫌な音がした。
 天狗の力で蹴り飛ばされたのだ。六尺の体がびっくりするほどの勢いで吹き飛ぶ。

 殆ど頭から落ちた。
 頸骨が折れなかったのは、常人よりも丈夫な首の筋肉と、とっさの反応で取った受身のお陰である。
 それでも打ち付けた部分は内出血で膨らんでいた。
 痛みは感じない。戦いのさなかである。脳味噌が極端に興奮しているのだ。
 今に限ればありがたい事だった。吹き飛ばされながらも刀を手放さなかった、その事もまた幸いであった。

 状況はのっぴきならない。上半身のばねで重位は跳ね起き、再び刀を構えた。
 椛はうずくまっている。重位が蹴られると同時に彼女もまた鳩尾に一撃をもらったのだ。
 重位のそれよりずっと強く蹴られたらしい、丈夫な体のはずだが、立ち上がる素振りを見せない。
 苦しげにぜいぜい息を吐いている。

 文は重位に一歩一歩近づいてきていた。表情は相変わらずである。
 笑ってはいるが何と無く能面のようだと重位は思った。

「悪い発想ではなかったですよ。他の天狗相手だったなら成功していたかもしれません。
 でも私相手じゃ駄目ですよ。だって卑怯で狡猾な手は私の得意分野ですから」

 文が重位の間合いに入った。
 ずかずかといった具合の足取りで、間合いなど全く気にしていないのであろう。
 重位は刀を袈裟に振るった。
 後の先などを考えている場合ではない、ともかく刀が有利な距離を保っているうちに斬撃を放つ必要があった。

 しかし、それは達成されない。
 文の姿が霞んだと思った次の瞬間に手首を掴まれてしまったからだ。
 視覚で捉える事のできる限界を超えた速力で文は踏み込み、重位の斬撃を中断させてしまったのだ。

「今から重位さんの事をぐうで殴りたいと思います。歯を食いしばってください。脳が揺れるのが多少ましになります」

 重位は確かな殺気を感じた。文の握り拳の照準は重位の顔面に合わせられている。
 文の徒手空拳の殺傷力を重位は心得ている。何といってもこの拳は目の前で柳葉刀を真っ二つにしてしまったのだ。
 腰の入った殴打が重位の頭蓋を粉砕するその時が迫っている。

 しかし、間一髪でその攻撃は中止された。文が飛来物をかわすことに意識を回したからだ。
 重位を救ったのは分厚い鉄片である。

 椛が半分になった柳葉刀を思いっきり投げつけたのだ。
 未だ立ち上がるには体が下半身がいう事を聞かないが、それでも瞳の闘争心は失われていない。

 鼻先を掠めた鋼に、文は小さく舌打ちをした。
 椛の方へ体の向きを変える。

「華麗に優美に疾走いたしましょう。私はそれで十分ですから。
 単純に速いという事は、単純に何よりも破壊力に満ちているという事なのです」

 少しばかり不機嫌そうな声に聞こえた。
 文のこの宣言は、つまり椛に対して十分な速さを伴う突進を仕掛けようという事である。
 ようやく呼吸も落ち着き、盾を構える事もできるようになったが、立ち上がるにはもう暫くかかりそうだ。
 万全でない。すなわち絶体絶命である。


 実力差は圧倒的。しかしこのまま放っておいていいのか重位は思いをめぐらせ、そして即座によくないと決断する。
 ゆえに足は勝手に動いた。
 文と椛の丁度真ん中その位置に割り込むように入る。

「あれ? 重位さんいいんですか? そこにいるとついでに轢いちゃいますよ?」

 重位は小さく頷く。
 惚れた女の危機に体を張れぬのであれば、それは男ではない。

「馬鹿弟子! 何をしている。そこをどけ! 死ぬ気か!」

 椛の声が後から聞こえる。必死な口調が重位には嬉しかった。
 おそらく椛が重位に抱く感情は恋とかそういうものでない。あくまで師と弟子だ。
 だが、それでもこんなに心配してもらえる事が嬉しかったのだ。

 ならば、例え盾となり散ったとしても本望であった。しかしそれだけでは、師である椛に申し訳が立たないとも思った。
 振り返った重位は椛に向かい笑顔を送る。

「……馬鹿弟子」

 椛は重位の決意を読み取る事ができた。
 もし、それが単に盾となり命と引き換えに椛を守るといった決意であったなら、椛は無理に体を起こしてでも重位をこの場より引き離したかもしれない。
 しかしそれをしなかったのは、剣客としての己をここに賭すという決意こそが重位のそれであったからである。
 すなわち一刀を持って文の突進を防ごうというのだ。

 常識的に考えて無謀である。文の突撃の理不尽さを椛はよく心得ている。
 しかし、それでも最後まで止めることができなかったのは、今から死の綱渡りをしようというのに、重位があんまりにもいい笑顔過ぎたからだろう。

「馬鹿弟子……やれるのか?」

 重位は頷き視線を正面に戻す。

「そうか、ならやってみせろ。奇跡を私に見せてくれ。
 私はお前を信じる。何といっても私はお前の師だからな」
 
 椛の応援を背に重位は正眼に刀を構える。
 やり取りを見ていた文が唇を歪めた。壮絶な笑顔である。
 足が踏み出される。目視が可能な程の風を纏い、文の加速が始まった。

 ぞっとしたものを重位は背中に感じている。
 恐怖であった。
 捕食者を前に獲物が抱く絶望。人間が久しく忘れていた感情。

 しかし、重位の心は屈すること無かった。
 恐怖なんかよりもっと重大な感情が重位を支配しているからである。
 今の重位は、椛の事を守るべき一人の少女として見ている。密かに慕情を寄せる愛しき乙女として見ている。

「……兵の形は水にかたどれ」

 文が迫り来る。衝突まで時間は無い。
 しかし重位は考え無しに刀を振り回す事をしなかった。

 状況は極限である。極限であるからこそ重位はそれをしなかった。
 背後で痛みを堪える気高き少女。彼女を守護する責務。その一点が重位を軽率にさせない。

 人間にあるまじき集中力。
 この瞬間、重位は最も臨機であるすべを模索した。

 ――防ぐ、いなす、逸らす。

 否。不可である。風はそれ程に桁違いの突貫力を有していた。

 ――ならば――

 重位は真っ直ぐを見据えた。

 ――叩き落すしかあるまい!

 重位は刀を天へ真っ直ぐ向け、右耳の横まで持ち上げた。八双の構えである。
 そこから更に一寸の高さを加えた。歯車がカチリと噛み合った音を聞いた。しっくりする構えを生涯で初めて知った。

 高さとは力である。
 重力という無尽蔵の資源を積極的かつ効率的に利用する手段なのだ。
 高き峰の頂に貯えられた万鈞の水量。ひとたび堰を切れば瀑布となる。重位はこの一太刀に己の限界を賭した。

 文の突進が目の前に迫り――

「チェスト!」

 それは極めて単純な動作であった。

 振り下ろし。ただそれだけである。
 しかし、その何と美しく強烈無比な事か。

 重位は必死であった。少女に対する恋慕故にである。
 しかし同時に酷く冷静でもあった。今までに習得した剣技の裏打ち故である。

 無形の水が熱情を伴った。心を縛っていたわだかまりを慕情の熱が融かした。
 今や重位はもっとも自由で澄み切った水である。堰が切れた。そこには積水を千仭の谷に決した激流があった。
 結果生まれた機能美の極み。重位の剣術が集大成。

 その型はひたすら剛直。臨機な水でありながらその勢い巨岩をも砕く。否、水であるからこそ巨岩を砕ける。

 “――薩摩人と立ち会うならば初太刀は外せ”

 後世の剣士にそう恐れられる秘剣に重位はついに開眼したのだ。
 ならば、もはや恐れるものは何も無い。

 縦一文字。
 その切っ先が及ぶ範囲において、重位に抵抗しうる物質は存在しえないのだから。

 笹の葉を斬った様な感触がした。拍子抜けするほど些細な手応え。
 しかし、文の表情は確かに驚きだった。左手首の少し上を右手で押さえるようにしている。
 十分な手応えであった事を重位は知った。

 文の突進より勢いが消えている。元の速度のままであったなら、重位の刀は彼女の脳天を捉えていたはずだった。
 重位の一太刀が彼女を躊躇させた。
 快挙である。この刹那、桜島は無風であった。

「よくやった馬鹿弟子!」

 刀が地面に達し土壌にめり込む。重位の頬を掠めるようにして背後より何かが飛来した。
 太陽光を反射して一瞬眩くきらめいたそれが文の腹部に刺さる。
 見覚えのある柄。風の防壁が消えた一瞬を、椛は盾の裏の短刀を投じる事で物にしたのだ。

 血液が滲んだ小袖。それを一瞥した文は何故かニヤリと満足げな笑みを浮かべると地面を蹴った。
 どうやら飛翔したらしい。推測である。あまりに速すぎて見ること能わなかった。

 その先を重位はよく覚えていない。

 文の姿が消えたその時に遅れること一瞬。かつての彼女の立ち位置より円状に広がった衝撃波に吹き飛ばされ、全身をしたたかに打ち付けたからだ。
 霞みゆく意識の中、覗き込む椛の輝くような笑顔が最後に映った。多分褒めてくれていたのだろう。












「はっ! お師匠様?」

 重位はびくりと体を震わせ目を覚ました。
 見えるのは青空ではなく、天井の木目である。
 果たしてこれは一体どのような状況であろうか。痛む頭でそんな事を考えつつ、体を起こそうとした重位は胸にずきりとした痛みを感じた。

「……あまり動かない方が宜しいかと」

 落ち着いた声がした。聞き慣れた声である。重位は首だけをそちらへ向けた。痩身の男がいた。

「あばらが数本折れているご様子ゆえ」
「……治衛門か」

 瀬戸口治衛門は少々血が遠いが、重位と内戚の関係にある若者だ。
 東郷家に槍持ちとして仕えている。今朝がた屋敷へ向かわせた遣いが彼であった。

「治衛門……ここは何処だ?」
「手当ての為近くの民家の一室を借りております」

 重位に水差しを渡しつつ治衛門は答えた。襖の隙間より好奇心で満ちた瞳で様子を窺っているのはこの家の住人なのだろう。

「……良くぞご無事で。住人より聞きました。何でも妖魔の一味と一戦交えたとか。
 私が現場に駆けつけた時には、既に死屍累々といった有様でした。あの場で生きておられたのは藤兵衛様一人だけです」

 水差しを口に含んでいた重位は、それを聞いて眉間に皺を寄せた。

「一人だけだと……他に誰もいなかったのか」
「はい。私が到着した際、藤兵衛様を介抱している娘がおりましたが、他の屍に目もくれていなかったのは既に手遅れであると知っていたからでしょう。
 私も少し検分してみましたが、助からぬと一目で分かる者ばかりでした」
「娘? その娘についてもう少し詳しく教えろ」
「申し訳ありませんが、仔細につきましては……。
 何分、私が藤兵衛様の身を引き受けた途端、礼を述べる間も無く娘は走り去ってしまったものですから。
 頭を布で覆っていたため、顔つきもよくは……。
 島の娘でしょうから、近くの民家を虱潰しに当たれば探し出すことは可能だと考えます。手配いたしましょうか?」
「……いや、その必要は無い」

 難しい顔のまま重位は治衛門に視線を戻す。

「……治衛門。例の物は持ってきてくれたか」
「はい。しかしこの様な物を如何になさるので」

 治衛門は白い布で包まれた“例の物”を差し出した。大きさの割りに大層軽い。
 重位はそれを受け取ると治衛門の問いかけには答えずに上体を起こす。
 ぎしりとあばらが痛みを訴えたが重位は無視した。今は痛みに気を遣っている場合でないのだ。

「……治衛門、ご苦労だった。半日急ぎ馬を走らせるのはさぞ疲れたであろう。国分に戻りしばし骨を休めるがよい」
「藤兵衛様?」

 治衛門が止める間も無かった。

 跳ね起きた重位は、布団の傍らに置かれていた刀を手に取ると怪我人とは思えぬ勢いで民家の外へ飛び出したのだ。
 急ぎ追いかけるが、既に小道には重位の姿がない。あばらを折った人間にあるまじき俊足であった。

「……藤兵衛様」

 取り残された治衛門は小さくそう呟く他無かった。






 桜島の斜面を登る。体が揺れるたび胸がずきりと痛んだが気にはならなかった。
 心が昂ぶっている。
 視界を左右に振り、重位は探していた。愛しき師の姿をである。

 桜島は広い。感情のまま歩き回って簡単に見つかるものでない。
 そもそも椛がいまだ桜島に滞在しているとも限らないのだ。
 椛は彼女を置いてけぼりにしていた先輩天狗と再会した。
 もし、文が薩摩の地より去る事を決めたなら、椛はそれに従うだろう。
 もう会う事叶わないかも知れない。だが諦め切れなかった。

 必死で山を登る。既に家屋が見えなくなる高さであった。
 やはり体は相当参っているらしい。何という事ない木の根に足を取られた。
 つんのめる。斜面に体が叩きつけられそうになって、だが途中で転倒は停止させられた。
 掴まれた襟首によって体が支えられている。

「……まったく、馬鹿弟子が。本当にお前は大馬鹿者だ。
 大人しく寝ていないと治るものも治らんぞ」

 いつものようにぶっきら棒な口調。
 しかし重位がもっとも聞きたかった声。
 襟首を引っ張り重位と正対した彼女、犬走椛。
 重位はある種の感動を覚えている。

「うれしゅう御座います。またこうしてまみえる事ができようとは。
 てっきり帰られてしまったのかと」
「帰るか……ああ、確かに私は帰らなければならない。文さんがそのつもりだからな。
 しかし私はお前に礼を言わなければならなかったのだ。それまでは帰れん。
 いずれ屋敷を訪ねようと思っていたのだが、嬉しいぞ。
 お前は痛みをおして私にわざわざ会いに来てくれたのだな」

 上機嫌であった。椛も重位との再会を喜んでいるらしい。

「文さんに褒めていただいた。
 どんな手であれ、一太刀浴びせる事が出来たのだ。
 私にとって大きな一歩だぞ。お前のお陰だ」

 椛は嬉しそうにそう言った。片手に持つ短刀は、あの時文の腹を抉ったそれに他ならない。

「そして私もお前を褒めてやらないといけない
 ――見事な一撃だった。正直びっくりしたぞ。あの文さんを止めたのだからな。
 あの瞬間私はお前に澄み切った流水を見た。
 私の言いつけを守り、そして体現してくれた嬉しいぞ」

 思い出すような笑みを浮かべて、椛は重位の肩を掴んだ。

「わだかまりを乗り越えたようだな。さっぱりした顔をしている。
 たまには感情的になってみるのも悪くないだろ?
 一瞬でも憂悶を忘れる事ができたなら、次からも案外上手くいくものだ。
 お前の苦悩は苦悩で残るだろうが、もはやそれが剣を鈍らせることはあるまい。
 何といっても、もはやお前は縛られていないのだから。
 この苦悩にしても、いずれ、お前は己自身の理で以って解決できるだろう。
 今のお前にはそれだけの余裕があるはずだからな」

 まるで自分の事のように椛は重位の成長を喜んでいる。
 弟子の成長は師の誇りであるのだ。

「受け取れ。感謝の気持ちだ」

 椛が差し出したのは短刀である。
 彼女自身にとっても記念となる物のはずであり、重位は遠慮するが、椛は半ば強引に握らせた。

「ほら、師匠の命令だ。妖怪の鍛えた刀剣など簡単に手に入る物じゃないぞ。
 お前を弟子にとって良かったと思っているのだ。その証だ。素直に喜べ」

 短刀はずっしり重い。きっと鉄の重みだけではないのだろう。
 あの投擲に至るまでの血の滲むような修練が染み付いているのだ。
 重位は深々と頭を下げた。可愛い弟子だと思われている事が嬉しかった。

 そして、重位にも椛に伝えねばならない想いがある。

「お師匠様に見ていただきたい物がございます」

 重位は抱えていた“例の物”の包まれた布を解く。
 そして出会った時のように、片膝を付いて跪き、白布の中身を差し出したのであった。

「これは? 振袖か?」

 椛が言ったとおり、中身は可愛らしい振袖であった。
 上質の絹に橙色の染め。紅葉の柄が描かれ、細部の意匠まで丁寧に仕立てられている。

「随分上等な代物だな。しかしこんな物を私に見せてどうするつもりだ?」

 椛は少々困惑顔だ。

「お受け取り下され」

 椛の顔の困惑が濃くなる。
 着物を贈られるなど初めての事だったのだ。
 彼女は身なりに気を遣うような性格でなかった。女らしさに欠けると自分で勝手に思っている。
 故に、この様な女の子女の子した振袖を見せられると困ってしまうのだ。

「贈られることは嬉しいが、私は見ての通りの容姿だ。似合いはしない――」

 椛としては受け取らないつもりであった。
 この振袖は自分などではなく、もっと華のある娘を飾るが相応しいと思ったからだ。
 しかし、断りの台詞は最後まで紡ぐ事ができなかった。重位が余りに真剣であったからだ。
 顔を俯け、微動すらせずに腕を突き出している。
 椛には何故これほど重位が必死なのかは理解できない。ただ断れば、この一直線な弟子はさぞがっかりするだろう。そう思った。

「――似合いはしないが。……まあ、今の私の小袖を見てみろ。
 浴びた血が固まって酷い有様だ。ちょうど代わりになる物が欲しいと思っていた。
 ありがたく受け取らせてもらおう。感謝するぞ」

 ――うれしゅうございます。

 重位はそう言った。顔は俯けたままである。師の素肌を見る事など許されない。重位の意志は頑迷である。
 するすると帯が解かれる音がした。椛は肌触りに少し驚く。平素の麻とは大違いであった。
 こうも装飾的な衣類に袖を通した経験が少ない為、少しばかりの気恥ずかしさを椛は感じているが、存外悪い気分では無かった。
 帯が再び結ばれる。

「……少々大きいが、ゆったりしていていい」
「よう似合って御座います。
 それがしも二十九年の生涯で様々なおなごを見て参りましたが、今のお師匠様ほどに美しい娘など見たことありませぬ」
「歯の浮くような世辞を言うな」
「まさか、それがしはお世辞を述べられるような器用な男ではありませぬ」
  
 面を上げた重位は感嘆した。
 事実、今の椛は美しかった。気品すら漂う。

 彼女が己の容姿を過小評価するのはひとえに飾ることをしないからである。
 しかし、その凛とした立ち振る舞いは町娘などには決して真似できぬ天性の物。
 振袖が似合わぬわけがないのだ。

「少し恥ずかしいぞ。こう、くすぐったいと言うかな。
 ……しかし馬鹿弟子。どうして私にこんな物を?」

 椛の問いに重位は再び頭を下げた。立てていた片方の膝も地面に付ける。
 重位が土下座するのはこれが二回目。しかし前回よりとは比べものにならない程大きな意味を持っていた。
 搾り出すようにして、必死の懇願を重位は椛に宛てる。

「お慕い申しております」
「……は? 何と言った?」

 椛の顔の困惑が、今まで無いほどに強くなる。

「お師匠様の事、一目見た時よりお慕い申しておりました。
 もちろんお師匠様とそれがしは師と弟子の関係。思い上がりも甚だしい事承知してございます。
 いや、何よりそれがしは卑小な人間。お師匠様は誇り高き天狗。
 どう足掻いても釣り合わぬお師匠様に、このような思いを抱くなど決して許されざる事でありましょう。
 しかしそれがしの胸中が孕む熱はそれを不敬と知って尚、恋慕の情を激しく焚き付けるのであります。
 ああ、何たる高慢な願いでありましょう。しかしそれがしは今ここで思いを伝えなければ一生後悔するのであります。
 聞いてくだされ、お師匠様。
 願わくは……もし願えるならば、我が東郷家へ嫁いでいただきたいのです。
 それがしの嫁となっていただきたいのです。
 それがしも島津家臣としてそれなりの禄を食む身。決して不自由はさせませぬ。
 そして、もしそれが叶わぬのなら……お師匠の側に置いてはいただけませぬか。
 もちろん、お師匠様とは生きる時間の異なること心得ておりまする。しかし戯れでよいのです。
 ああ、どうか、どうか、天狗様に恋した愚かな人間に少しばかりの慈悲を」

 重位の表情は真剣である。
 椛はやはり戸惑っていた。異性より告白される事など初めてだったからだ。
 しかも、それが自分の弟子である。まさかそんな想いを抱いていたとは思いもしない。

 しかし頭は思いのほか冷静であった。
 取り乱すには長く生き過ぎている。無様な姿を見せずに済むと、椛はそのことに少し感謝した。
 何と答えたものか考えを整理する。

 椛が重位に抱く感情は決して悪いものではなかった。
 好意と言っても差し支えない。満更でもない、そう思っている部分があるのは確かだった。

 脳裏に奔放な先輩天狗の姿が過ぎる。
 あの方なら長い生の暇つぶしと言って平気で結納をとりかわしそうだ。そんな風に思った。
 つまるところ人間の家に天狗が嫁いでも不合理はない。
 天狗は戯れとして人間を愛し、人間は本気の愛情を天狗に捧げる。
 温度差はあれど両者満足がいく関係を構築してきた天狗を何人か椛は知っていた。

 ならば、重位の想いに応えてやるのも、そんなに悪いことではないのだろう。
 しかし、結局椛がそうしなかったのは、彼女が優しく真面目な天狗であったからだ。

「馬鹿が。年の差を考えろ。
 こんな婆に手を出すより、もっと若い娘に求愛した方が賢いぞ。
 お前なら選り取り見取りだろう。女は強い雄を好むものだからな。
 ……ああ、もちろんお前の告白は嬉しいと思っている。
 私も女だ。好きだと言われて悪い気はしない。
 だが、私は不器用だからな。人間と混じり、人間の様式で暮らすのは難しいだろう。
 何しろ老いる事ができないのだ。私が不気味がられるだけなら良いが、その累はお前まで及ぶ事になるぞ。
 そして、お前を天狗社会に迎えるのもまた難しいだろう。生身の人間が生きるには厳しい世界だ。
 それに何よりお前には仕えるべき主君と養うべき配下がいるではないか。
 彼らを無責任に放り出させる真似は私には出来ん」

 不器用な弟子である。あの告白がどれほど気力を振り搾った行為であったか椛は知っている。
 だが、いい加減な気持ちで受け入れてはならないと、そう思った。
 椛にとって重位は可愛い弟子であった。自慢して恥ずかしくない弟子だと思っていた。
 だからこそ、戯れでその人生を弄ぶ事を良しとできなかったのだ。

 口調は淡々と、理で以って諭す。
 重位は動かない。動けない。

 夢破れた事を知ったからだ。体から力が抜ける。
 妙に意識は冴えていた。この結果を十分予測できたからかもしれない。
 想いは潰えた。しかし後悔は無かった。好いた女が椛であって良かったと心の底より思っているからだ。

 椛は重位の事を、身の程をわきまえろと断ずる事ができたはずである。
 しかし、それをしなかった。

 不器用ながらも、あくまで重位を気遣う断り方であった。誠実さと優しさの滲み出る断り方だった。
 重位はそれが嬉しくて、ありがたくて、しかし、だからこそ悲しくて、思わず顔を歪ませる。

 涙は見せたくないと、そんな事を思った重位は、この時になってようやく頭を掴まれている事に気付いた。椛の手である。
 掴む手にぐっと力が入り、重位の顔を地面から正面に向ける。
 赤銅色の瞳が真っ直ぐ重位の瞳を見つめていた。

「そんな顔をするな。涙が似合う面じゃないだろ?
 まったく……お前は私の自慢の弟子だ。可愛くないはずが無いだろ。
 ……ちょっと目をつぶれ」

 そう言った椛は重位の瞼に手を伸ばし、殆ど無理やり目をつぶらせる。


 ――これは特別だからな。


 そんな声がして、重位は頬に柔らかいものが触れるのを感じた。
 小さく水音が聞こえて重位は理解する。途端かぁっと顔が赤くなった。
 時間にして数秒だっただろう。
 しかし重位にとっては、一瞬にも永遠にも思える数秒であった。


 感触が離れる。
 名残惜しくも重位は目を開いた。
 椛の顔も少し赤かった。重位と目が合い、そして視線を逸らす。

「……私の唇は安くないつもりだからな、自慢に思って欲しいぞ」

 いつもより若干高い、もしかしたら上ずっていたのかもしれない、そんな声。
 気恥ずかしさを隠し切れないその顔は見かけ相応の少女のそれである。
 始めて見る表情に、重位はどうしたらいいか分からず、張り裂けるような心臓の拍動を感じる他なにもできなかった。

「ああ! まったく、恥ずかしいことを言わせるんじゃない。
 ……じゃあ私は行く。何分文さんは足が速い、急がないとまた置いてけぼりを食ってしまうからな。
 心配はするな、今生の別れというわけじゃあ無い。
 お前の剣の行く末を見届けると約束しただろ。
 では、またいずれ会おう。その時には、さらに腕に磨きをかけたお前と会える事を期待する」

 早口で捲し立てた椛は重位に背中を向ける。
 振り返りざまにちらりと見えた表情はまだ赤らんでいたが、確かに笑顔だった。彼女が飛翔する。
 空に小さくなる椛を見つめながら、重位はまだ感触と湿り気の残る頬を指でなぞっていた。
 そう言えば最後に気の利いた別れの言葉一つも述べる事ができなかったなと、ぼんやりした頭で考えながら。





 ふっと一際強い風が吹いた。
 余韻を邪魔され重位は振り返る。
 その視線の先に、今ここにはいない筈の存在を認めて重位は刀を抜いた。

「あやややや……振られちゃいましたか。
 結構満更でもなさそうな感じだったのですが……」

 何やら呟きながら、何故か残念そうに歩み寄ってくる天狗の少女。射命丸文。

 重位は怪訝な顔付きをしている。
 椛と彼女が懇意であることは知っているが、重位にとっては敵対していた記憶しかない。
 その瞳には相変わらず底が無く、何を考えているのか全く窺えなかった。
 自然と体が警戒する。

「あやや、そんな顔しないで下さい。
 ほら刀も収めて……ええ、今回は私も悪ふざけが過ぎたと反省しているのです。
 あの後、椛にもたっぷり窘められてしまいましたし。
 私は貴方に謝る為ここに来たのです」

 すぐ重位の手前まで近寄った文は、勢いよく頭を垂れた。

「ごめんなさい。射命丸文の名と責任の下、私は貴方に謝罪します。
 ……信用はしてくれて結構です。私は大切な場面では誠実な天狗なのですよ」

 謝罪の言葉を述べた文は上目遣いに重位の反応を窺っている。
 憐憫を誘うような表情をしていた。
 何処までが本気かは判然としない。彼女は狡猾であったし、感情を読み取れない瞳は今も変わっていないからだ。

 しかし重位を戸惑わせるには十分であった。
 重位は女子に対して、その言動の誠心を疑える性格ではないのだ。故に重位は刀を鞘に収めた。
 それを見て文の顔がぱあっと明るくなる。

「よかったぁ。流石重位さん。器が大きい。
 話せば分かると信じていましたよ」

 不敵な笑みを浮かべる。
 文は収められた刀を以って謝罪が受け入れられたと解釈した。
 もちろん勝手な解釈だが、重位本人にもまるでそれが正当な事であるかのように思わせる快活な口ぶりであった。
 とは言え重位としても、彼女と敵対するのは避けたいのが本音であるので、その実互いの利害が一致したやり取りであったのかもしれない。

「いや、実はですね。私は少しばかりワクワクしていまして。
 私にこんな感情を抱かせた重位さんには、やっぱり一言伝えておかないとなあと思っていたのです
 これで心置きなく伝えることができますね」

 にこにこと喜色を滲ませながら文は左手を差し出した。
 そして、巻かれた包帯をくるくると解いていく。

 見せられたものに重位は顔をしかめた。文は相変わらず笑っていた。
 文の左手首の少し上、そこには一筋の溝が走っている。
 文はその断面を少しずらしてみせた。中途半端にくっ付いた筋繊維が糸を引いている。

「骨までばっさりいってましたよ。まあ、断面が綺麗なのですぐに繋がるとは思いますが」

 重位が文の勢いを殺したあの斬撃。傷は深く腕は皮一枚で両断を免れていた。
 わざわざこのようなものを見せるという事は、実は内心相当怒っているのかもしれない。
 重位はそんな想像をする。嫌な汗が滲むのを感じた。
 しかし当の文は笑顔を途切れさせることも無く、実に機嫌良さそうである。

「天狗に傷を負わせたのです。大いに驕ってください。
 もしかしたら、手加減した私相手では名誉にならないと考えるかもしれませんが、それは勘違いです。
 私は幾ら手を抜いても、格下には絶対傷を負わされないように闘うのです。
 つまりあの瞬間の重位さんは私の想定を完全に逸脱していたという事ですね。
 大変に久しく、新鮮な感覚でした。なので私はとても嬉しく思っているのです」

 文はそう言うと、包帯を巻きなおし、背中より一本の脇差を取り出した。金箔で装飾されたきらびやかな造りである。
 重位の表情がまた険しくなる。
 口で友好を訴えながら、右手で心臓を突き刺す、文はそういう事ができる女だと思っているからだ。

「中々の業物です。
 あの時貴方が斬り殺した足軽が持ってたのを盗ってきちゃいました。
 まあ、元が盗品でしょうし構いやしませんよね。
 私は出自が鴉なものですから、こういう綺麗な物を見つけると思わず拾っちゃうんですよ。
 はは……そのせいで部屋が片付かないんですけどね」

 苦笑していた文は、難しい顔をしている重位を見て、小さく首を傾けた。表情の理由を察したらしい。

「安心してください、貴方と斬り合おうという心算じゃありません。
 基本的にですよ、私は刀は好かないのです。重くて速さが殺がれますから。
 それに何より私は、紫電の速度で翔ける己自身が何よりも鋭利な刃である事を知っていますので。
 ただ、私は、きっと自分のした事を良く分かっていない重位さんに説明してあげないと気が済まないだけなのです。
 こう見えて結構お節介焼きな性質でしてね」

 文は口に脇差の鞘を咥え、器用に右手だけで刃を抜き放った。
 かつんと鞘が地面に落ち、文は言葉を続ける。

「まあ、実際見てもらうのが一番手っ取り早いでしょう。
 あや? また訝しげな顔をしていますね。
 いや、重位さんのその疑念は分かるつもりですよ。
 ついさっき刀が好かないとか言ったのに、舌の根も乾かぬうちに私はこうして刀を握っている。
 そんな私に、刀をまともに振るう技量があるのか疑わしく思うのはまったくもって道理です。しかし、ちょっと聞いてください。
 私の同輩に司箭院興仙って名前の山伏天狗がいるんです。
 宍戸司箭家俊と言った方があなた方人間には通りがいいでしょうか」
「……確か古流剣術貫心流の祖がその様な名であったと記憶しております」
「その通り。半将軍こと細川政元に剣術や修験道を吹き込んでみたり、大天狗様の剣術に勝手に名前を付けてみたりした愛宕山きってのお調子者です。
 それなりに仲はいいので、京を訪れた折には彼の稽古に付き合ってあげるのですよ」

 文は重位より少し距離をとり、脇差を持った右手を振り上げる。その表情には少しだけ真剣なものが混じっていた。

「お陰で、別に望んだわけじゃないですが、専門外の剣術も嗜む程度には扱えるようになってですね」

 そして頭上の高さから斬撃が放たれる。空気が切断された。
 脇差とは言え鉄塊であるから軽い物ではない。
 それを片手で過不足無く扱えるのは天狗の腕力によるものであった。
 しかし太刀筋は鋭く淡白で実にそつがない。正に才能の剣であると重位は納得した。

「これが音の速さの一歩手前です……そしてこれが――」

 文は再び脇差を頭の上まで持ち上げる。
 そう思った刹那、脇差は既に下段まで振り下ろされていた。近くを舞っていた落ち葉がばちりと音を立てて弾ける。
 尋常の剣ではなかった。目で追うこと叶わぬ速さであったのだ。

「――音を超えた剣速です。この領域まで至った人間は私の知る限り、重位さんを含めても両の指で足ります。
 大いに自信を持っていただいて結構です。私が太鼓判を押しましょう」

 そう言ってにっこり微笑んだ文は、鞘を拾い上げると、また器用に片手で刀を収めた。
 文は重位の剣術にお墨付きを与える為に、わざわざ怪我をした肉体で刀を振るったのだ。
 重位は彼女の誠心を感じている。

 彼女の笑顔も、先程までのように得体が知れない軽薄なものとは思わなくなった。
 素直に表情どおりの喜色と考えられるようになった。

 価値を認めた対象には十分な尊重を以って接する。それが彼女の性質だと理解したからであろう。
 そう考えると大変に光栄な事であった。剣術家として天狗に認められたのだから。
 重位は礼儀を失しないよう敬意を込めて頭を下げた。

「射命丸様に認めていただけるとは、大変な名誉にございます」

 文は満足そうにうんうんと頷いている。

「やっと、難しい顔をやめてくれましたね。
 今の私は襲うつもりなんて無いのに重位さんたら、ずっとむすっとした顔してるんですもの。
 まあ、前科が前科だけに仕方ないとも思ってますが、でも可愛い後輩である椛の弟子です。
 私が貴方に悪い感情を抱いてるはずないじゃないですか」

 文の言葉に左様でございますかと返した重位だったが、内心釈然としない部分もある。
 彼女と刃交えたあの時感じたのは確かに殺気だったからだ。
 幾つかの幸運が無ければこうやって五体揃った状態で語り合うことはできなかったと思っている。
 そんな重位の疑念を察したかのように文は口を開いた。

「まあ、貴方はそう感じなかったでしょうが。
 あの時の私は状況をかき回す事を純粋に楽しんでいましたので。
 それで元々の目的がちょっと疎かになった部分もあったかなと。
 ……そう言えば私がああいう事した目的は話して無かったですね。興味があるならお話しますが」

 重位は頷いた。そんな重位に文はクスリと意地悪そうな笑みを浮かべる。
 彼女はゆっくり歩み寄った、そして耳元に顔が近づく。妖艶にして甘ったるい毒言。
 かつて重位を殺害しかけたあの声で文が囁く。

「……椛ですけど、あの子可愛いですよね?
 重位さんもそんな風に思ってるみたいでしたし、折角だからくっ付けちゃおうかなと。
 月下氷人を気取ってみたのですよ。失敗しちゃいましたけどね」
「な! 何を言われる!?」

 全く予想外の言葉に重位は慌ててしまう。
 重位が抱いていた慕情を文はずっと前から知っていて、しかもその為に行動していたなど知るはずも無いのだ。

「何と言うか、あの子は“まだ”なんですよ。
 妹みたいに可愛い後輩ですから、悪い虫がつかないようにずっと見張ってたからってのもあるんですが。
 そもそも、そういう事にあんまり興味が無いみたいで。
 でも、あの子もいい年ですからね。未だ経験が無いってのは不味いだろうと思いまして。
 貴方には満更でもなさそうだったので、もしかしたらと思ったのですが……」

 肩を竦めつつ、文はふうと溜め息をついた。

「……やっぱり真面目でしたね。
 共に死線を越えた男女は、きっと特別な感情を共有するに違いないと私は踏んでいたのです。
 で、実際にやってみると、二人とも予想外の奮闘を見せてくれてですね。
 特に貴方が私の突撃を止めるなんて男気を示してくれた時には、ちょっとこれ成功したんじゃないとか思ったのですが。
 しかし結局あの子は、自分が師匠で貴方は弟子で、そうある関係を望んだわけです。
 まあ、面白半分で人の色恋を弄くるべきではないって事が結論なのでしょうね」

 恥ずかしさで俯いてしまっている重位に、文は幾らか神妙な表情をつくった。

「しかしです。今回の事はあの子にとっても大きな経験になったと思うのです。
 振ったり振られたりする経験って大切だと思うのですよ。
 貴方にとっては素直に同意できないところもあるかもしれませんが。
 ……でも、勘違いはして欲しくないのです。
 椛は貴方を好いています。それが弟子に向ける親愛であり、恋情とは異なるものであったとしてもです。
 だからあの子を嫌わないで欲しいのです。
 そして、宜しければこれからもあの子の事を師と呼んであげて欲しいのです」

 文は重位に乞うた。その瞳は可愛い後輩の事を心より大切に思う慈愛に満ちたものであった。
 始めて見る文の表情に重位は応えようとする。

「無論にございまする。恋慕絶たれし今もお師匠様への尊敬、一片も揺らぐ事ありませぬ……」
「ありがとうございます」

 椛への恋情からの決別と、師に対する忠義を誓う重位に、文は優しげな笑みを浮かべた。
 しかしそこで重位はぐったり座り込む。
 そう言えば怪我人であった事を今更重位は思い出した。

 自分から恋破れた事を認めてしまった事で、張り詰めていた緊張がぷっつり切れたのだ。
 胸を締め付ける痛みが蘇り、そして際限無く大きくなるのを重位は感じている。

 ――なるほどこれが失恋か。

 実感が迸り出す。
 何と切なく儚く空しく寂しく、そして何と美しく誇りに満ちた感情であっただろうか。

 琴線が掻き鳴らされた。

 重位は頭の先まで余韻に浸り、彼女との思い出を回想している。
 その中で椛は、今までよりもなお一層輝かしい微笑みを浮かべていた。
 そして椛の笑顔が素敵になればなるほど、重位は己の顔がじわりじわりと歪んでいく事を知った。

 ぼんやりと力なく座り込み、動く事もしない重位に文が声をかける。

「そう言えば骨折してるんですよね。そりゃ動くのも辛いですよね。
 折ったのは私ですし、宜しければ謝罪の意味も込めて麓までお送りしますが」

 文の提案に重位は俯いていた顔を上げるが、その提案を受ける気持ちにはなれなかった。
 ぽつりぽつりと言葉を返す。

「お心遣い感謝したしますが。しかし遠慮させていただきたく存じます。今しばらく余韻を味わっておりたいのです」
「そうですか。ふふ、酔狂な人ですねぇ」

 文は面白そうに笑っている。

「でも嫌いじゃないですよ。そういうの。
 言いふらしたりはしませんから、我慢はしなくていいです」

 間も無く日が沈む。いつに無く澄んだ空に、大きな橙色の太陽が妙にまぶしく思えた。

 ――ああ、振られたのだなあ。

 声に出し、ようやく重位は実感を噛み締める事ができた。

「……射命丸様」
「はい」
「恋とは、良いもので御座いますなあ」

 頬に一筋の涙が零れた。何とも悲しく、そして清々しい涙であった。












 そして時代は移り変わり――












 鹿児島城一階。畳敷きの大広間。

 ずらりと並んだ武士の注目は部屋の真ん中で刀を構える男に注がれていた。
 痩身にして背の丈は六尺。いまや薩摩藩の剣術師範となった東郷重位である。
 これより、薩摩藩主島津忠恒御前のもと剣術演舞が執り行われようとしているのだ。

 重位の前に用意されたのは碁盤である。
 日向産のカヤを切り出して造られた、最上の品であった。

 その厚さ実に一尺。斬れるはずがない、多少剣を嗜むものなら皆そう思う。
 しかし重位の態度は実に堂々とし、自信に溢れている。斬れないはずがない。そう確信しているのだ。
 重位が八双に構えるのを観衆は見た。次の瞬間刀は消えていた。振り下ろされたのだ。

 刀とは地面に近づけば近づくほどにその勢いが失われるが道理である。
 しかし重位の刀は足元の碁盤を容易く両断し、切っ先はその下の畳、更には床板まで及んでいた。
 どよめく観衆。

 虚飾を省き、ひたすら質実を高めた無骨さ。
 一の太刀に身命の全てを賭すその剛毅さ。
 正に薩摩隼人のあるべき姿なり。
 藩主忠恒は天晴れと重位を褒め称える。重位は主君の賞賛に深々と頭を下げ、そして部屋を後にした。



 ここ二十年で天下の様相は大きく変化した。幾つかの大きな波乱が、確定的と思われた豊臣の世を否定したのである。

 天下分け目の関ヶ原にて島津は西軍に属した。
 すなわち天下人、徳川家康に刃を向けたのだが、島津義弘の歴史に残る壮絶な退き口と、当時の君主龍伯の粘り強い交渉により、江戸の世になった今も島津は安泰を保った。
 本領安堵という異例の裁定を、剛勇と智慧を以って家康より引き出したのである。実に島津らしかった。
 薩摩藩と新たな名前は付いた。主も代替わりした。しかしそれでも島津は外様大名とは思えぬ権力を有し、後世の日本史に大きく関わっていくことになる。

 そして、重位を取り巻く環境も大きく変化した。
 重位はかつての剣術師範を試合で打ち破り、その役職を実力で手にしたのだ。
 その試合で見せた強烈無比な初太刀。
 それを核に重位が体系化した剣術は示現流と呼ばれ、今では薩摩より門外不出の扱いを受けている。

 城下町には大きな道場と立派な看板。そして多くの門下生。
 重位が剣術家として望んでいた願いが叶ったのだ。



 鹿児島城の長い廊下を重位は歩いている。
 後から声をかけられた。振り向く先には僧衣の老人。
 南浦文之。重位の剣術に示現流の名を授けた人物である。

「見事だったぞ藤兵衛。流石の腕前じゃ。碁盤斬りを成し遂げる剣客は日本広しと言え、二人とおるまいて。
 ……ところでじゃ藤兵衛、少し気になる噂を聞いてな。
 何でも天狗より授かりし剣術などと喧伝しておるそうではないか。
 名声欲しさの野良武辺者とは違ってお前の剣は本物なのだから、そのようなインチキ臭い謳い文句で無理に箔をつける事もなかろう?」
「ははは……そうですな」

 重位は曖昧に笑った。
 同じ事をよく言われるので、その時にはこう対応する事にしている。歳を重ねて少しだけ器用になった重位であった。
 これより出かける場所がありますのでと重位は軽く頭を下げ、怪訝そうな文之に別れを告げる。
 出入り口の大門へ向かう足取りは軽い。屋敷に戻れば既に出発の準備は整っているのだ。




 何分歳をとった。
 白髪も多くなったし妻も息子もいる。

 しかし、重位はこの二十年で天狗の少女への失恋を忘れる事ができたかと言うと、そうではなかった。
 むしろ時を経るごとに想いは強くなっていったと言うべきだろう。
 今やその想いは、恋慕を大きく通り越し、殆ど崇拝に近い。

 夏。この時期になると重位は数日の暇をもらう。
 携えるのは刀と、ここ一年で見つけた一番良い酒だ。

 家族には山篭りと言ってある。嘘はついていない。
 妻は何か感じ取っているようだが、深くは追求しない。中々にできた女だった。
 故に毎年笑顔で重位を送り出すのだ。

 重位が向かうは桜島。少女と初めて会ったあの場所である。
 若い頃より筋肉は衰えたが傾斜を苦とは思わない。求めるものが先にあるからである。

 中腹まで上り、そして刀を抜いた。
 強めの風にぱたぱたと小袖が煽られている。安心する。今年もまた会えたと。

 背丈は全く変化していない、背中を向けているので見えないが、顔付きもきっとそうなのだろう。
 去年までと同じように、楽しげで自慢げで、そして誠実な笑みを浮かべているに違いないのだ。
 想像して重位も笑みを溢した。

 ゆっくり彼女が振り向く。赤銅色の瞳が美しく輝いていた。

「よう馬鹿弟子。今年も稽古を付けにわざわざ来てやったぞ。
 どれ、真面目に修練を積んでいたか試してやろう。全力で斬りかかって来い!」











 ……何とか間に合ったー。いや、もう最高に眠いです。
 そうそう、忘れずテロップを貼っておかないと……。

『この作品はフィクションです。
 実在の人物をモデルにした登場人物が出てきますが、大幅な脚色が加えられている事をご了承ください。
 時代考証もいい加減です。正しい歴史を調べられると私が泣きます』

 以下後書き!

 ワンコじゃない椛! カコイイ椛! そんなのを書きたかった!
 尖がった射命丸! 卑怯が絵になる女射命丸! そんなのが書きたかった!
 ……ごめんなさい、ちょっと落ち着きます。
 主人公が東方キャラでない。オリキャラも一杯出てくる、舞台が幻想郷でない、無理に時代物っぽく見せようとしてると、正直ビクビクな作品です。
 なので最後まで読んでいただいた事、深く感謝いたします。
 本作品で主役として登場して貰った東郷重位ですが、ご存知わが国を代表する剣豪の一人です。
 示現流、或いは示現流を祖とする剣術とその精神を学んだ薩摩の志士が明治維新の中核となった事を考えると、歴史上の意義も大きい剣豪と言えるかもしれません。
 そんな彼なのですが、自分の剣術を天狗より教わったと言っていたと、そんな事を小耳に挟んだのがそもそもの始まりでした。
 当時の武辺者がそういう事を吹聴するは珍しいことでは無かったと思うのですが、私のイメージの中の東郷重位という剣豪は朴訥な人物であり、そんないい加減な事を言わないと勝手に思い込んでいたものですから少しばかり驚いた覚えがあります。
 しかしです、もし本当に天狗から教わったと仮定したならそれは面白い妄想が出来るなと、つまりはカコイイ椛を……。
 最後に、拙作をここまで読んでいただいた全ての人に重ねて感謝を述べたいと思います。
 ありがとうございました。皆様のよき東方ライフを心より祈念しております。
ねじ巻き式ウーパールーパー
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2008/10/05 04:06:14
更新日時:
2008/10/07 19:06:14
評価:
26/38
POINT:
219
Rate:
1.81
1. 10 慶賀 ■2008/10/05 13:32:28
凄い読み手を選ぶssだと思いますが、あなた様の独特の
東方の視点と文章の迫力、椛の匂い立つ色香、示現流!
ほんまめっちゃ好きです!恐らく作者様は私が東方にのめり込む
きっかけとなった司馬漬け海苔氏でしょう。
もうなんだろう、大ファンです!贔屓になるのを御容赦下さい。
違ってたら恥ずかしいけど、作品に対する評価は変わりません。ドツボ。
畜生、コレ読んだ後他の文章読めねーッス!
2. 1 小山田 ■2008/10/07 01:32:25
書きたいことを書ききったという内容で、嫌いではありません。
ただ、文章がそれっぽい文句を並べるばかりで読むのが苦痛になったのでこの点数で。
剣豪小説や時代小説は祖父が多数所有しており、読みふけった時期もあったのですが……
3. 10 なんて名前にしようか ■2008/10/07 11:50:57
いや〜、椛カッコ可愛い!いいですね、この椛。
SSでは情けないというか頼りない印象の椛ですけど、こうまでかっこいいのは初めて見る気がします。温泉とか振袖のシーンは可愛いですし、キスのところで悶えましたよ。これが萌えなんですねw
そして主役の重位さん。こう人が壁を乗り越えて成長する話とか大好きです!んで、この人が椛のことを思い悩む場面。悶えてしまって言葉が出ませんよ。これは萌えなんですかね?
4. 10 名無し ■2008/10/08 22:52:23
あややがえろいぜ
5. 10 歩人 ■2008/10/09 02:00:54
ぶっちゃけ素晴らしい。ただその一言。堪能させていただきました。
6. 7 佐藤 厚志 ■2008/10/11 03:07:43
格調高い文体から、並々ならぬセンスを感じました。
また歴史に対する深い洞察が生かされた、読ませるssであったと思います。
特に殺陣のシーンは圧巻の一言でしたね。
7. 10 神鋼 ■2008/10/14 19:15:09
最初、固くて長そうで読むのがキツイかと思っていましたが、
重位や椛の愚直なまでの真面目さでかえって率直な感情が伝わってくるため、
最後まで心の奥底で静かな興奮が絶えませんでした。

この作品を読めたことにお礼を言わせて下さい。
「ありがとうございました」
8. 10 deso ■2008/10/23 23:03:37
いやあ、面白かった!
なんてかっちょいい話を書きなさる!
文句なしです。サムライ万歳!
9. 10 詩所 ■2008/10/26 20:32:39
私の中では2ボム確定な椛なのですが、これだけ大人で魅力的な椛の話を読むのは初めてです。
格好良過ぎます。四面中ボスとは思えない。
後書きの通り、作者さんの書きたかった椛が文字から伝わってきます。脱帽です、ホント。
文の扱いに不満がある方もいるとは思いますが、妖怪と人間のバランスが一方敵だった幻想郷成立以前の時代を考慮すれば「純粋に娯楽を楽しむ」妖怪に不備があるとも思えません。
何より展開に強弱があるにも関わらず飽きが来ない文体と展開の混合、丁寧な描写からもくどさを感じない、感服する限りです。
でも、ちょっと水がテーマで苦悩した感がありますね(笑)。

素晴らしい作品を作り上げた作者さんに敬意を込めてこの得点とさせていただきます。
10. 8 ミスターブシドー ■2008/10/27 00:41:33
んー、青春だ。
なにか普通に伝奇物を読んでいる気になってきた。
多少設定が小うるさい所はあるが、「水」に繋げるにはある程度必要なので「良し」としよう。
下地があるからこそのカタルシス。ああ、長い話はこれがあるから困る。
文も椛も既存のイメージを飲みつつ、独自の清々しい媚び(やな表現だが)がある。
時勢を読みきった天狗の発言も、歴史を俯瞰している筆者の視点を天狗という超常の存在に語らせる事で上手く利用出来ていると思う。
音速超過の斬撃を実際に超音速の存在にぶつける事で表現するとかもう堪らんね。
流れは王道極まりないボーイミーツガール物(しかも女子が人外)なんだが、一風変わった素材とくどくならない匙加減によって、甘すぎず苦くもならず、すらすらと読める。
素材の妙もあるが、筆者の腕前による所が大きいのだろう。
惜しむらくは話の個性がしっかりしすぎていて「東方度」が薄い事か。
なんというか、テレビシリーズに対する2時間スペシャル番組とか劇場版とかそんな感じ。
11. 7 #15 ■2008/10/27 19:57:34
>カコイイ椛!
確かに良いものですね、この椛も

どうでもいいですけど、示現流というと、某悪を断つ剣の御仁を連想してしまう私はダメでしょうかw
12. 10 PNS ■2008/10/29 21:36:01
おーもーしーれー!!
 
実に素晴らしい! 読了感がすがすがしくて最高です。
剣劇が大好物な私にとっては、直球ど真ん中の作品でした。
重位と椛の淡い恋物語も良い!

ただ気になった点もありました。
文の剣の説明や、水の使い方、後半の主体がころころ変わる部分などに、わずかに違和感を覚えてしまいました。

しかし、その指摘が野暮に感じてしまうほどの面白さ!
このカコイイ椛を見てくれ! という作者の熱い思いが伝わってきます。
私にも言わせてください! 椛カコイイ!
13. 10 眼帯つけた兎さん ■2008/10/30 06:46:30
熱い、作品でした。
14. 10 つくし ■2008/10/30 18:08:07
 ああもう! ああもう!
 全てのキャラがイキイキと活躍する様にやられた! 100KBを超える分量、まったく飽きなかった! 萌えと燃えの直球勝負のエンターテインメントで圧倒してくれたことに敬意を表して満点を捧げます。幻想と武士の魂がクロスした瞬間には鳥肌立った。もうこの椛と重位のイチャイチャぶりをずっとみていたい。
15. 10 三文字 ■2008/10/31 00:44:10
椛カッコいいよ凛々しいよ椛。
あややクーガー兄貴だよクーガー兄貴。速さへの信奉がもはやクーガーの兄貴並みなあややにぞくぞくしました。
いやあ、何より東郷重位という朴訥で剛健な漢が素晴らしいです。
こんな漢に、男は憧れるものですよね。
そして、弄られキャラじゃない椛を始めてみましたね。ええ、お師匠様と呼ばせて欲しい。
常にピンっと線が張り詰めているような、そんな作品でした。
おかげで終始ワクワクドキドキと読ませてもらいました。ありがとうございます。
16. 10 あずまや ■2008/10/31 18:10:11
戦国時代と東方のリンクは予想外でした。
二人が出逢って、過ごしていくのが読んでて、とても楽しかったです。かっこいい椛が生き生きと書かれてていいですね。
とても楽しかったです。ありがとうございました。
17. 10 じらふ ■2008/10/31 21:40:28
椛や文だけでなく、重位を筆頭に人間側の仇役までも魅力的に描かれていて、剣豪小説のような武侠小説のような…そういう方面の味わいも全然損なわれていない作りだったので、長さにも関わらずわくわくしながら最後まで読みきってしまいました。
椛と重位の無骨同士のほのかな恋模様も、読んでてニヤニヤが止まらなくなるくらい良い雰囲気でしたね。後日談もお見事…ああもう素敵すぎてたまらない作品ありがとうございました!

あと>時は夕暮れであり、橙と紫が交じり合う幻想的な空色がまた美しい。を「ちぇんとゆかりんが交じり合う」と読んだ私は藍さまの尻尾で包まれ殺されても文句は言えない(笑
18. 1 今回は感想のみ ■2008/10/31 22:46:34
珍妙な文章で最後まで書ききったことに敬服。
19. 9 リコーダー ■2008/11/01 09:22:24
用事につき読むのを途中で中断したら、続きが読みたくて取るもの手につかなかった。
こういう感覚をSSで味わうのは大変に久々です。
ただ、お題という面からいくと……どうなんでしょう。
示現流といえば叫びながら突っ込んでくる流派という印象が強く、それをひっくり返して「水の如き剣」というイメージに嵌めてくるかな、と思ったらそういうコンセプトの話ではなかった。
型に嵌まらない実戦派、高所から打ち下ろす水、などはある意味「言うだけならタダ」であって、これをもってお題消化となるかはちょっと微妙です。
あとは後半で無意味に血が流れすぎたのと、時代がかった口調のなかで浮いてる「文さん」という呼称が引っ掛かりますか。
20. 5 藤ゅ村 ■2008/11/01 18:18:15

 一世一代の告白。無骨な男は嫌いじゃない。
 その時代について調べてはいるのでしょうけど、いまいち雰囲気がまとまっていない気が。
 あと「チェスト!」て。いや文が言ったのかもしれませんが。
 長いわりには、展開が少なかった。いい話で、失恋話は告白のシーンを入れなければ嘘だっていう個人的なお約束にも則っていましたが。贅沢言うなら、重位と椛の絆みたいなものをもうちょっと長く尺取ってもよかったような。こんだけ長いのにこれ以上尺取れないってのもわかるんですが、こんだけ長いのにその部分に尺取らないでどうすんだって思いました。後半は斬り合いのみでしたしね。
 あと雑魚キャラが適当すぎる感が。適当なら別に名前つけなくても。
 椛が去った後、文が重位と語るところも、ちょっともたもたしてました。引き際はもっと鮮やかでもよかったような。
 その後も頻繁に椛が重位のところにやってくるところは、非常に心惹かれるものがありました。こいつら素敵すぎる。
21. 10 八重結界 ■2008/11/01 18:41:38
面白かったの一言です。
飄々とした文も良いけれど、妖怪らしい文というのもなかなか味があるものですね。椛も人を教える立場になることで、普段と何か違った自分になることができたように思えます。
水=剣術という発想も斬新でした。もっとも、主人公が強くなれたのは鍛錬と心を磨くことだけでなく椛に恋したことなんでしょうけどね。
げに恐ろしきは、恋心。
22. 9 つくね ■2008/11/01 21:51:10
――東郷藤兵衛重位齢二十九。白狼天狗の少女に恋をした。
この一文に特にやられました。
23. 9 木村圭 ■2008/11/01 21:55:25
このロリk
これだけの量で中だるみした印象が全く無いのは素晴らしいの一言に尽きます。
作中の空気が良くも悪くも東方らしくないので点数に迷いましたが、理屈を捏ね回すのは好きじゃないので感じたままを。
辰次郎を思い切り蔑み躊躇い無く消し飛ばす文がどうしようもなく魅力的に見える私は色々と救えないと思う。
24. 10 blankii ■2008/11/01 22:31:52
面白かったーー。感想を一言で言えば、コレしかない。
描写の的確さとかお話のまとまりとか褒めるべき(そして、見習うべき。なんだか偉そうでスミマセン)点は一杯ありますが、時代小説風の中でもキャラクターの魅力が(重位さんを含めて)全く損なわれず、むしろ一層に増していたのが何よりスバラシイのだと思います。

というわけで、「椛カッコイイよ椛!!」
25. 6 時計屋 ■2008/11/01 23:46:58
椛も生真面目さにも惚れましたが、文の悪辣さ加減にはそれにも増して心奪われました。
ああ、俺も弄ばれてぼろぼろにされてみたい……。

文章は丁寧で卒が無く、一本筋の通ったまっすぐなお話も好感がもてます。
当時の剣術事情にも触れており、その辺の歴史小説を読んでいる人であれば、にやりとするだろう描写もありました。
総じて読み応えのあるSSだと思います。

ただ前半部分を読んでいて、文章に面白みがかけるように思いました。
特に説明や解説がくどく、そこでどうやって読んでいる人を飽きさせないか、または興味を引き付けるか、という工夫が足りないように感じます。
またオリジナル色の強さ、お題の薄さも気にかかります。
もっと短いSSであればさほど気にかかることもなかったかもしれませんが、
これだけの長文を読んでいますとどうしてもそこが引っかかってしまいます。

しかし終盤、特に示現流開眼のシーンの活写はそんな靄を一時吹き晴らしてしまうほど素晴らしいものでした。
点数こそ辛めですが、純粋な読み物としては十分楽しませていただきました。
ありがとうございました。
26. 7 Id ■2008/11/01 23:51:46
無骨の太刀が如き力作です。かための文語で形成された地の文が豪儀。生々しさを出そうとするゆえか、人斬りにあたり人体の描写が現代的過ぎて一寸文体から浮いてしまった気が。御題の使い方が、あまり物語に深く入ってない気も、これは御題のせいもあるのかもしれませんが。精神的なものだと、じゃあ水の変わりに火では駄目なの?とかいろいろ難しい。
27. フリーレス ねじ巻き式ウーパールーパー ■2008/11/03 21:47:08
丁寧なコメントを数多く頂き、大変嬉しく思っております。
もう感無量というか、本当にありがとうございます。
そして採点の方参加できず申し訳ありませんでした。ヘタレです。ほんとすいません。



>>慶賀様
贔屓とか言われちゃってどうしましょう(あんまり褒められ慣れていない)。いや、もうありがとう御座います。
司馬漬けさんは私も大好きな作家さんです。
あの独特の匂いと色っぽさを持つ文章は、いつか辿り着きたいという目標であり、その氏を引き合いに出していただいた事は大変な光栄であります。
そして、氏の書かれるあややは大変エロいです。憧れです。

>>小山田様
この作品はおそらく剣豪物の何たるものかを知る人にとっては酷い作品なのかなと思います。
何しろ、告白してしまうと私自身あまりその手の本を読まないもので。
ともかく、読ませる力が無かった事、口惜しく思います。
次は、高い評価をいただけるよう、精進していきたいと思います。

>>なんて名前にしようか様
実は重位、かなりヘタレなんじゃないかと思ったりして。
作者がヘタレなので多分男を書くと誰も彼もヘタレになってしまうんだろうなと。
しかし、そこを可愛いと感じてくださるなら、きっとそれは嬉しい誤算です。
温泉は無理にでも入れたかったシーンです。時代劇のお約束として。
ただ、あの長回しは冗長が過ぎたのと、温泉である事を生かし切れなかったので心残りがある部分でもあります。
でも、椛可愛いよ、それでもってカコイイよ椛。

>>名無し様
YES。あややはエロいです。それでもってサドいです。んでもってビッチです。間違いない。
東方エロクイーンの称号を個人的にあげちゃいたいです。

>>歩人様
ありがとう御座います。
素晴らしいの一言は大変励みになります。

>>佐藤 厚志様
時代考証はいい加減なのですが、それっぽく感じてくれたなら嬉しい限りです。
殺陣のシーンは一番気合入れて書いたところです。
やはりチャンバラは時代劇の花形だと思っていますので。……ちょっと悪乗りし過ぎたかなという気がしないでもないですが。

>>神鋼様
こちらこそありがとう御座いました。
短いのを書くのは苦手で、気が付けば100kb超とかいう事になってしまいました。
思えば恋愛物を書いたのはこれが初めてで、あれこれ表現に悩みながらの執筆だったのですが、お気に召していただき幸いです。

>>deso様
実はこの作品、剣劇描写は純正の時代劇というより、ハリウッドテイストなつもりだったり。
なのでタイトルがカタカナでサムライなのです。
王道にストレートに、そして熱くというのが一つのコンセプトだったので、かっちょいいという言葉は最高の賛辞です。
いやもう、素直に嬉しいです。

>>詩所様
きっと椛はかっこいいはずなのです。だって狼ですもの。はい。……かくいう私も4面は2ボム確定ですが。
あややは私の中では、悪い意味で妖怪らしいというか、とにかく傲慢で愉快犯で自己中なキャラクターです。でも大好き。
ただ、今回のようにひたすら外道な文が受け入れられるかは不安もあったのですが、思ったより反応はよくて、ほっと胸を撫で下ろしているところです。
お題は……なんて言うかすいません。完全にこじつけです。

>>ミスターブシドー様
ある意味で、いい年したおじさんの遅い青春話でもあるのでした。
劇場版と言いますか、映画的と言いますか、そういうのは意識した部分はあります。と言うより書き方がそうなので。
執筆中の自分は、脚本家であり、カメラマンであり、監督であり、そういう気分です。
キャラクターに簡単な台本を渡して、その動きを撮影していくという、そんなイメージで。
無茶な振りにも東方キャラは結構応えてくれるので、そこが書いていて面白い部分であり、東方というジャンルの凄いところだと思ったりします。
ただ、監督はじめどの役職もへっぽこなので、もし気に入っていただいた部分があるなら、それはきっとキャラクターの演技が光っていたところなんだろうなと思います。

>>#15様
こんな椛もアリじゃないと感じていただけたなら幸いです。
東郷重位をぐぐると、何でも新・子連れ狼の中心人物らしいですね。
子連れ狼に続編ってあったのか、そーなのかーと。

>>PNS様
文パートは何というか酷いですね。
しかし、「何も考えてないけど、とりあえず話の収拾付けてきて」という、作中最大の無茶振りに応えてくれた文ちゃんは凄いと思います。
お陰で何とか作品自体は完成しましたから。
あれはもう完全に脚本のミスですね。あと監督とカメラマンの怠慢ですね。意図の無い長回しとか読者舐めてるのかと。
魅せる描写に出来なかったのは完全に力不足で、反省しなければと思うところであります。
そして、椛ですね。クールなのに本当にいい子で、書いてる内に椛株がストップ高しました。
畜生! 椛カッコイイよ! って想いが伝わったなら、大変嬉しく思います。

>>眼帯つけた兎さん様
熱いという一言がとても嬉しいです。
椛にしろ、重位にしろ、真っ直ぐなところを描写するのは、成功できたのかなと。

>>つくし様
娯楽小説として楽しんでいただけたなら、大変光栄なところであります。
何分、思想的な部分ではとても薄っぺらい作品なので……。
二の太刀要らずの斬撃vs疾走優美はプロットの段階からあった構想で、
導入まではもたもたした部分がありましたが、振り下ろしのカットそのものは個人的に結構お気に入りだったり。
文ちゃんが空気を読んでくれて、猿田彦とか幻想風靡をかまさなかったお陰ですね。
それされると、多分あのシーンの分量が3倍くらいになっただろうなと。むしろ重位死んだなと。

>>三文字様
名前があって男キャラ。しかも強くて、弾幕少女に傷を付けたり、キスされたりと、
地雷踏みまくりな重位が、思いのほか受け入れられたようで、安堵しています。
カッコイイと感じていただけたなら幸いです。
あややの速さはちょっとやりすぎかなと思ったりしたのですが、
てやっ、もうGOサイン出しちゃえと。マイジャスティス駄々漏れです。

>>あずまや様
戦国時代は好きなのです、KOEIに洗脳されたせいです。
あの会社はオロチとか作らず、とっとと太閤立志伝の新作を出すべきだと思います。はい。
やはり椛にしろ文にしろ、天狗ですから、乱世を鳥瞰するのが絵になるキャラクターじゃないかと。
そんな風に思っています。違和感なく読んで頂いたなら、嬉しいところです。

>>じらふ様
よく筆致が硬いと言われるのですが、時代物というジャンルでは相性よく行ってくれたのかなと、そんな風に思っています。
恋模様については、実はほぼ勢いです。決めていたのは、「椛は絶対に重位の事を名前で呼ばない」これだけでした。
重位がどれだけ恋焦がれようとも、椛にとってはただの弟子に過ぎないと。
それだけに、キスまでいっちゃったのは書いてる方も驚きだったり。
しかし、お陰で物語としてはいい感じに終わることが出来たかなと。
いや、ほんと椛はいい子です。きっちり空気を読み切ってくれました。

>>今回は感想のみ様
文体はまだまだ模索中の段階ですね。
言外に匂わす、そんな描写に憧れているのですがまだまだです。精進ですね。

>>リコーダー様
お題の使い方は、強引にこじつけようとしたのが見え見えですね。
手元にあった古典の資料適当にパラパラ捲って、あんまり深く考えず、よし水=孫子でいこうと軽く決めた時、こうなる事が決定してしまったように思います。
最初の練り込みが圧倒的に足りてないです。反省点です。
血が無意味に流れ過ぎたというのは、確かに自己満足が過ぎた部分であったと思います。
出てきた敵キャラは全て椛、文、重位の踏み台で、特に雪之助とか報われないなぁと。
そういう意味では可哀想な事をしたと思います。
また、「止めは柳葉刀の背によるもの……」や「血に混じってぽとりと飯粒……」といった描写は別に無くてもいい描写です。
過剰に残虐さを強調するだけの趣味に偏った描写なので、不快にさせたこと申し訳なく思います。

>>藤ゅ村様
楽屋話になるのですが、当初案では温泉のシーンの前に潜りのシーンを入れるつもりでした。
(重位が銛を持っていたり、季節が夏なのはその為だったり)
ただ、これ以上冗長にしてどうするねというのと、時間的な問題で没にした経緯があります。
(今思うと没にした時点で秋に書き換えるべきだったなとそんな事も思ったり)
その結果椛と重位の触れ合いというのは薄くなってしまったかなと、そういうのは感じています。
ザコキャラはもう自己満足の世界ですね。
そしてご指摘の文のパートは、もうちょっとどうにかならなかったかと自分でも思うところです。
解説と伏線回収を強引に一本の長回しでやってしまったので、もう粗が目立つ目立つ。その上テンポも悪いと。
ここだけじゃないですね。他にも長回しになった箇所は拙い部分が全面に出る仕上がりとなってしまいました。精進します。
最後の椛と重位の距離感は、図らずも上手く収まってくれたかなと。
いや、ひとえにキャラクターの力量ゆえなのですが。本当に椛は脚本以上の動きをしてくれたなと。

>>八重結界様
かくして椛もエロ天狗への道の第一歩を踏み出したのであった……いやいや。
でも私の中だと椛は純真とエロスを兼ね備える稀有なキャラクターだったり……いやいやいやいや。
人に剣術を教える天狗というのは予てから書いてみたい話でありました。
キャスティングを椛にしたのは、文のような天才タイプ(と勝手に思っている)の天狗よりも、
人間目線で物を考える事ができるだろうという判断だったのですが結果として正解だったのかなと。

>>つくね様
あの一文の周辺はかなりすらすらと筆が進んだ場所で、自分でもちょっとお気に入りです。
しかし、人生五十年とか言ってた時代。二十九とかもうおっさんですな重位。

>>木村圭様
椛はロリくないよ! 童女と少女の真ん中たる青い林檎のような瑞々しさとほろ苦さに、熟れた石榴のエッセンスを一滴……。ああ! 伝わらない! もどかしい!
東方らしくないというのはご指摘の通りです。
本来開き直っちゃいけないところを開き直って、一番犠牲にしちゃいけない所を犠牲にした。
そういう意味では大きく課題の残る作品であったと思います。
あと、あの文ちゃんが良かったと言うのであれば、それはきっと同志です。握手しましょう。
ぶっちゃけ自分変態です。映画キルビルで栗山千明が笑いながら男の腹を掻っ捌いたあのシーンで酷く興奮(ry
あっ……そんなにドン引きしないで……。

>>blankii様
幻想郷から離れた場所、時代が舞台と設定はかなり無理があったのですが、その中にあって、椛と文は本当によく動いてくれたと思います。
東方のキャラクターは馬力が半端ないなという事を改めて実感した作品でありました。
お陰で半分オリキャラの重位も浮かずに済んだのかなと思っております。
そして椛をカッコイイと感じてくれたなら、それはとても嬉しい事です。

>>時計屋様
文というキャラクターは、悪役にするにあたって最も魅力的な要素を備えていると個人的に思います。
今回は過去話という事で悪辣さが特に強調された役柄となりました。
狡猾で計算づくで、引き際と空気を読む読まないのタイミングを心得ていて、決断が早く容赦がない。
決して優しくないけど、傷が浅いうちに頭だって下げられるから、余計なしこりも残さない。そんなイメージですね。
もちろん、今回のような戯れで暴虐を振り撒く文像が誰にでも受け入れられるとは思いませんが、
ただ、文だったからこそ書けた描写でもあったと思います。
つまりはあの天然サディスト気質が……ああ、もう、文ちゃんに蹂躙されたいよう。
……はいごめんなさい。
説明のくどさは何と言うか申し訳ないです。
面白い文章を書くという、最も単純にして大切な事なのですが、力量が足りなくて。

>>Id様
生々しさは痛そうな感じを出したかったというのもあるのですが基本的に趣味です。とても悪趣味です。
血が絡むと余計な言葉を足さないと気が済まないみたいです。
文ちゃんがチンピラを爆殺したシーンとかその最たるものです。
でも、文ちゃんになら爆破されても本望かも! とか思ってたのは内緒です。
お題は確かにそうなんですよね。
示現流の猛々しさなら、同じこと書くにしても、激情の烈火が心を焦したみたいに、炎にした方がらしくなるというのは確かにそうなんですよ。



今回のコンペで拙作を高く評価していただいた事に改めて感謝の意を。ありがとう御座いました。
そして、もしこの物語が少しでも心に残るような作品であると感じてくれたり、出てくるキャラクターに魅力を感じていただけたなら、
或いは椛や文の事をもっと好きになってくれたなら、物書きとしてとても幸せな事であります。
では、気の利いた言葉一つ言えませんでしたが、この結果に慢心する事無く、筆力の研鑽に務めていく所存でありますので、
今後とも、厳しい目で見守っていただけたらとお願いするところであります。
ありがとうございました。ウーパールーパーでした。
28. フリーレス 謳魚 ■2008/11/07 09:18:41
何で点数入れられた時に読まなかった自分……!
椛っちゃんはカコイイ。
椛っちゃんは漢前で乙女。
そう、椛っちゃんはにとりんのむk(ry
途中しーちゃん(重位)にちょっと萌えました。示現流はあやを断つ刃なり。
この文ちゃん本当に全部引っ括めて『イイ』です。
速さに傾倒する文ちゃんの方が文屋の文ちゃんより好きという好みの為贔屓している気もしますが気にしない。
もし点数入れられるなら惑う事なく8or10点。
29. フリーレス H2O ■2008/11/08 01:33:22
悔やまれる。非常に悔やまれる。
何故採点期間中にこの大作を読まなかったんだこの愚図な私は。

構図、まとまり、地の文、描写、そしてオチ。
全てが今まで読んできた作品中最高でした。

言いたい事は山ほどありますが言葉足らずな私が言えるのはこれだけです。

この作品を有り難う。
そして椛カッコイイよ!
30. フリーレス 渋茶 ■2008/11/16 08:30:52
うおー、おもろかったーっ
高得点過ぎる作品は自分に合わないと創想話での経験上思っていたので、読まず嫌いしてました。今頃すみません。
椛がイメージ通りでした。剣を持ってるのは伊達じゃないんだぜ。
二人で夕飯獲って一緒に食べてるとことか可愛いなあ、もう。
二人ともすごい誠実で、相手のことを本気で考えてて、心が洗われました。
示現流は知ってても開祖は知らないという半端知識な私ですが、今回は知らなかったおかげで更に楽しめた感じです。
幻想郷成立が明治維新後なので、椛も心置きなく幻想郷に来れたんでしょうね。よかった。
今も初弟子のことは椛の心の中に。
31. フリーレス 単鬼夜行 ■2008/12/15 17:41:36
私は普段から相当量の文字を読む人間ですが、それでもここまで時を忘れさせてくれた小説は久し振りです。在野の作家さんが書かれたものとは思えない。
久々の至福でした。いいものを見せていただいて感謝します。
32. フリーレス cat ■2009/01/11 22:58:37
すばらしい。
もう言葉も出ません。

33. フリーレス em ■2009/02/03 22:19:53
ああくそ、泣いてしまった。
ファンになります。
34. フリーレス m ■2009/02/11 09:51:54
鳥肌が止まらない...!
35. フリーレス 名無し ■2009/03/01 14:16:17
久しぶりに感動しました!
36. フリーレス 餅子 ■2009/03/11 01:12:27
東方のSSとしてはあれかもしれないけど、ひとつの読み物として見たら名作だと思いました。
テーマ、時代考証、序盤での若干のもたつきなどの部分で問題点は確かにありましたが、
それを差し引いても「東方を知らない人」を含めて多くの人に読んで見てほしい一編。
(多くのSSが「知っている事」を前提にしてしまっていて、逆にこういう攻め方が新鮮で楽しかったです。)

今更ですが、ごちそうさまでした。
37. フリーレス 小三元 ■2010/10/29 17:57:21
これはイイモノだ!
38. フリーレス 名無しさん ■2012/03/26 23:04:25
ssてホントにいいものですね
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