レヴィアタン

作品集: 最新 投稿日時: 2008/10/05 06:52:48 更新日時: 2008/10/07 21:52:48 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00
 この国にはこのような言葉がある。

“水に流す”

 これは、過去の遺恨を無かったことにして決着をつけるという意味の言葉だ。
 この言葉が意味する通り、水には物だけではなく、想いすら溶かし、洗い流してくれる作用があると信じられていた。
水を以て、社会を形成する上で障害になる想いを洗い流す。
 ある女も、自らの想いを洗い流す為に橋の下で川の流れにその身を浸していた。
 彼女を惑わし、縛り付けている想い。
 それは、嫉妬だった。


 嫉妬を抱いたきっかけは、彼女の想い人の裏切りによる物だった。だが、その想いは次々と増殖する嫉妬の中
に取り込まれ、もはや彼女の想いの核心ではなくなっていた。
 
 添い遂げた恋人達が妬ましい。
 友の多い隣人が妬ましい。
 褒賞を得た同僚が妬ましい。
 
 嫉妬は増殖し、雪だるま式に連鎖していく。
 他人の些末な幸せすら、彼女にとっては嫉妬の炎を燃え上がらせる燃料の一つに過ぎない。彼女は嫉妬狂いで
あった。
 しかし、彼女は己の嫉妬狂いに身を委ねる事はなく、むしろ、自らの嫉妬狂いを心底厭んでいた。

 添い遂げた恋人達は素直に祝福してあげたい
 友の多い隣人とは良き友でいたい
 褒賞を得た同僚は賞賛してあげたい
 
 人間であるならば、社会に身を投じる人間ならば、誰もが普通に考える事だ。他人の幸福を喜び、分かち合う。
 それが、彼女には出来ない。
 妬んでしまう。憎んでしまう。
 外面の作り笑いを暴けば、彼女は鬼となってしまうだろう。妬ましい想いを隠す事もなく負の想いを撒き散ら
し、人の世に災いをもたらす。それは、彼女が好ましく思う人たちとの、今生の別れか、それ以上の別離を導く
事となるだろう。
 だからこそ、彼女はその炎を鎮める必要があった。静かにそよぐ川の流れに、自らのドス黒い執念が溶けて流
れていくのを心地よく感じ、目を閉じる。前々から、彼女はこの闇夜の時間に身を濯ぎ、自らの炎を鎮めていた。
 だが、その周期はだんだんと短くなってきている。日常に生まれる黒い想いを必死に抑え、人知れぬ闇夜に河
の流れに身を浸し、嫉妬の炎を鎮める。その繰り返し。

 それは……無間地獄ではないのか。

 心は嫉妬の炎で黒く焦がされ、疲れ果てているというのに、炎だけは疲れを知ることなく無意識に燃えさかる。
このような責めを、いつまで耐え続けなければならないのだろう。この河の流れですら、炎を鎮められなくなった時、
彼女は自ら守り続けた日常の中で、その火の粉を撒き散らすことになるのだろうか。
 恋人達に、隣人に、同僚に。抑えきれない自らの執念の肩代わりをさせるというのか。自らはそんな事を全く
望んでいないというのに……

 「……くっ!」

 愚かな自分を冷笑しようと口元を歪めるが、口から出てきたのは、自らへの怨嗟の音だった。川の水を手に取
り、顔を拭う。その様はドス黒い執念にまみれた気持ちを流してくれる事を願う様であり、歪んだ自らの顔を
誰にも見せぬよう、顔を覆っているようにも見えた。

「お困りですか?」

 河口側より声をかけられ、彼女は顔を上げた。いつの間にか、様々な形の人形が、暗い川を流されるまま緩やかに
流れていた。木を削りだして作られた体に、色とりどりの鮮やかな和紙の服を身にまとっている。
 人形(ヒトガタ)である。
 人に降りかかる厄を代わりに引き受け、厄と共に流される人間の身代わり。川上の集落から流れてきた物だろ
うか、川の流れに任されるままだった人形は彼女の周りを囲うように流れる向きを変え、その場に静止した。

「何のつもり……?」

 冷たい彼女の問いかけに、一体の人形が囲いの中から飛び出してきた。

「私たちは厄を引き受け、浄化することを担う物です。もし、宜しければ貴方の厄災も全て引き受けましょうか」

 人形からの突然の提案に、思わず女は目を丸くする。

「私に、厄が取り憑いているというの?」

 これは、ただの嫉妬だというのに、ただの一個人の気の迷いに過ぎないというのに。彼女の問いかけに、人形
は答える。

「はい、あなたのその澱んだ黒い感情は間違いなく厄の一つ。私たちがその厄を引き受けることで、あなたの悩み
を消し去ることは私たちにとっても本懐とするところ。是非、引き受けさせていただきたいのです」

 心からそうである、と言わんばかりに言葉を返す人形に女は思わず笑みをこぼした。今度はちゃんと笑うこと
が出来た。

「私の、この収まりのつかない感情が厄だというのなら、それを好き好んでため込むあなた達は何なのかしら?」

 前々から疑問に思っていた。人間から望まれない厄を背負い、ただ河に流されていく。そのような仕打ちを
人形はどう感じているのだろうかと。厄はこれほどまでに心苦しく耐えられない物であるというのに、それを
強制的に転嫁させられた人形達は何を考え、何を想っているのか、と。
 対する人形の声は明快だった。

「確かに厄は恐ろしい物です。その力は人間の手に余り、やがて恐ろしい厄災をもたらす事になるでしょう。
しかし、だからこそ人ならぬ私達が背負い、濯ぐのです」

「何故?」

 彼女の問いに、人形ははにかんだような気配がした。

「それが、私たちに与えられた役目だからです」

 返事を聞き、彼女は成る程、と思う。
 例え、それがどんなにおぞましい事であっても、文字通り、身を粉にする行為だったとしても、誰かから必要
とされる事を存在理由として与えられたのだ。

「だから、何も気にする事はありません。さぁ、貴女も私達に全てを委ねて……」

 それは人形にとって、とても誇らしいことなのだろう。人形に限らず、人間ならば誰しも誇らしく感じること
ではないだろうか。それに比べ、自らの想いはなんと人間離れしていることか。

「どうしました? さぁ……」

 今もそうだ。この自分よりも人間らしい人形達に抱く想いは……ああ、共通項を見つけてしまった。そうだ、
この人形といい、恋人達といい、隣人といい、同僚といい、どいつもこいつも。何故、そんなに……
 そんなに、楽しそうなのだろう。


 妬ましい。


 彼女は、人形達を全て拾い上げ、川岸に打ち上げた。これ以上、人形が川に流れていかないように。

「や……やめて! 一体何を……!」

 彼女は橋の川岸に積み上げられた廃材より錆びた古釘を取り出した。そして……

「え……? いや、やぁぁぁ!」

 石で、橋桁に人形を打ち付けた。

「楽しそうなのが妬ましい!
 役目を果たせるのが妬ましい!
 人形の癖に、人間らしい人形であることが妬ましい!」

 彼女が人形を打ち付ける理由など、幾らでも作れるのだ。

「お前達に、この河は下らせないわ!
 下させてなるものですか!」

 打擲。
 また打擲。
 釘を打ち付ける度に、人形達の叫びが聞こえる。絶望を感じる。

 実に楽しい、嬉しい。

 彼女たちが夢見た希望を摘み取るのが、とても、楽しい。
 自信を帯びていた声が、惨めな嘆きの声に代わり、橋桁へ無様に打ち付けられた姿を見るのが、とても嬉しい。
 ひとしきり打ち据えた後、私は河に身を委ね、磔の人形達を満足げに見上げた。
 鬱屈した気持ちを久しぶりに発散することが出来た。とても晴れやかな気持ちだ。流れる水の冷たさが心地良い。
 心の淀みを、水は洗い流し…

「なんていうことを……」

 心を覆った闇が濯がれ、封じられていた悔恨が姿を現した。
 目を持たぬ人形達の視線を感じる。大切に作られた服は無惨に裂け、露出した木の肌を醜い古釘が痛々しげに
蹂躙していた。ある物は首に、ある物は頭に、ある物は二体まとめて。

「ああ……」

 とても、酷い姿だ。
 あの人形達を、こんな酷い姿に変えたのは、一体誰だ。

「あああ……」

 私だ。そして、人形を酷い姿に変えている時、私は何を感じた。

「あああああ!」

 楽しいと、感じた。
 人形達から避けるように視線を河の水面に移す。水面に写るは既に女の姿ではなく、



 緑の光を宿した……鬼の姿をしていた。



 鬼は、両手で顔を隠す。自らの顔を見せぬように、自らの顔を見ないように。

「何と、恐ろしい、恐ろしい、恐ろしい」

 鬼はただ一人、川に身を委ね、いつまでもすすり泣いていた。






 橋に磔られた人形は、周辺の土地に厄災をもたらした。
 日照りによる干ばつである。作物は枯れ、付近一帯に住む人間達は、移住か、朽ち果てる事を強制された。
 厄災は、恋人達にも、友の多い者にも、褒賞を受けた者にも、等しく降りかかった。彼らは、思い思いに恨み言
を吐き捨てて、この土地を離れていった。
 やがて、河の水も枯れ、鬼の黒い執念を洗い流す物は何もなく。






 渡る者の途絶えた橋には、嫉妬に狂う鬼だけが残った。
 御題が水と決まった時、「またにとりか」と言われて、嫉妬が約1.3倍(当社比)ほど深くなってる水橋パルスィさんにお越しいただきました。名前にも水って付いてるのにねぇ。
 しかしながら、そのおかげで、テーマが嫉妬だか水だか、よく分からないものになってしまいましたが、軽く見逃してくださるとありがたいです。
 タイトルは嫉妬の悪魔より頂きました。某Fゲームとか、お馴染みですね。

没タイトル:イケナイ事だと知りながらも、ガマン出来ずについヤッちゃうの☆
  没理由:考えた自分が情けなくなったから。

 短い内容で、なおかつ季節違いですが、秋の夜長に少しヒヤリと楽しんで頂ければ幸いです。
vol
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投稿日時:
2008/10/05 06:52:48
更新日時:
2008/10/07 21:52:48
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1. 4 慶賀 ■2008/10/05 13:20:45
テーマはなんだろう。こわやこわやな内容ですね。
なんかメッセージ性はあると思うんですけど、
自分如きではよく分かりませんでした。
2. 1 小山田 ■2008/10/07 10:05:45
嫉妬という感情に対して、表現の不足を感じました。
鬼の元となった人格。その滾る情念を読み手に叩きつけるのがこの構成を成立させる肝だと思うのですが、説得力へ至るほどの重みがなかったのが残念です。
「ブチ切れた人が、なぜか鬼になっていた」という感想をもってしまいました。
3. 4 #15 ■2008/10/07 21:57:01
タイトルが深い
4. 4 twin ■2008/10/08 23:06:45
 狂気の表現が直接的で、読んでいて何か、ずしりと来るような感覚を覚えました。後書きにあるように、ひやりと楽しめたと思います。

 ただ、三人称が突然一人称になったところで、あれと思いました。空行を何行か開けるなりした方が、読み手にもそのサインを感じさせやすいですし、何らかの前振りが欲しかったです。また、終始パルスィの一人称でも良かったのではないかと思います。
 そうすれば突然激昂したパルスィの心情も読み易いと思いますし、物語の幅を広げる事が出来たのではないでしょうか。

 没タイトルには笑ってしまいましたw
 あれに決めていたら間違いなく内容とタイトルにギャップがありすぎたと思いますw それではこの辺で。
5. 8 人形屋 ■2008/10/10 20:13:04
うんまい。水に流す、にかけて、渡る者の途絶えた橋につなげる発想。
また、文章とストーリーのつながりに不自然さがないです。
人形と厄、流し雛で、雛の登場と思ったら、でてこなかった。
う〜雛との掛け合いがでたら、もっと良かったかな・・・
6. 6 yuz ■2008/10/12 16:33:07
ダークな雰囲気がいい。
オレの黒歴史も水に流してやってくれ。
7. 7 三文字 ■2008/10/13 22:03:56
妬ましいでパルスィかと思ったら人形が出てきて雛かと思ったらやっぱりパルスィだった。
人形にまで嫉妬するシーンが迫力があって、鬼気迫るものがありました。
8. 5 神鋼 ■2008/10/15 20:24:40
きっと昔の橋でこんな事してたらバレバレですよね。
でもみんな見て見ぬフリ……妬ましい……
9. 4 deso ■2008/10/23 22:50:08
序盤の嫉妬の理由が説明だけなので、主人公に感情移入できませんでした。
もっと具体的な回想シーンなどがあれば、後半が映えるのではないかと思います。
10. 3 詩所 ■2008/10/26 20:43:58
短くて内容がごっそりと抜けている感があります。
あと水も……薄いです。
11. 2 ミスターブシドー ■2008/10/27 00:54:13
何にでも嫉妬する、という存在はツライな。
妖怪らしいと言えなくもないけど。
ゲーム本編だと割と爽やかに妬んでるけど、実情はこんな感じかも。
12. 4 眼帯つけた兎さん ■2008/10/30 06:40:16
まだ悔恨を抱く心があるうちに鬼と成り果てるとは……パルスィかわいいよパルスィ。
……あれなんか違うな。
13. 3 つくし ■2008/10/30 20:55:59
 冒頭から数行の文章が面白くないです。冒頭はまず読者の目に付くところなのでここをどうにかすれば勝ったも同然です。せっかく後半が面白いのにもったいない。しかしキャラ描写だけで人作品とするには少々物足りない感じも。そしてレヴィアタンっつーとこう世界の終末とか無駄に壮大な意味が付随してしまうのでこのタイトルはやめといた方がよかったかもです。
14. 5 PNS ■2008/10/30 21:46:39
ヒヤリというかグニャリとしました。
恐怖を覚えたというより、ちょっと近付きたくないコワいものを見たというか……。
これが1.3倍の効果ということなのでしょうか。
15. 4 じらふ ■2008/10/31 21:45:25
後書きを読んでタイトルに納得…でも没タイトルも素敵だったかもしれないです(笑 
もしかしたらそこで為されていたのは単なる流し雛ではなく、厄神さまの通り道で…「彼女」によって行き場を失った厄が「彼女」を鬼としてしまったのかな、とか考えたり…。

「彼女」が川に至るまでの理由部分が少し弱かったかな、と。出来れば「彼女」の身の上を詳しく語って欲しかったかなあ、と個人的には思えましたっ。
16. 1 今回は感想のみ ■2008/11/01 14:34:42
背伸びして、それっぽい文章を並べましたという感じ。
まず、基本的な技量をあげていったほうがいいですよ。
17. 5 八重結界 ■2008/11/01 18:46:58
全く水に流せていないところは、さすがパルスィと言うべきなんでしょうか。
それにしても、このパルスィは嫉妬深くて良いです。
18. 3 藤ゅ村 ■2008/11/01 20:09:00
 病んでるなあ。
 内容に関しては、あんまりよくわかりませんでした。言ってることはわかるけど、投げっぱなしもいいとこの終わり方なんで、読み終わった後に残るものがないというか。もうちょっと、形に残るはっきりとした締めの方が印象には残ったかも。
19. 3 木村圭 ■2008/11/01 22:00:43
自分の心持ち一つとはいえ、それが出来ないこそ自分も周りも苦しい訳で。
悪循環の無限ループ、解決策はどこにある?
20. 7 リコーダー ■2008/11/01 23:02:23
叫ぶ雛に、何か背徳的な高揚感を感じてしまった。
いいぞもっとやれ、は禁句?
21. 6 blankii ■2008/11/01 23:03:14
短編ながら異質、そして印象的。
今作読んで、パルスィ可愛いよパルスィ、と言いたくなる私は根性腐っているのでありましょうか。
個人的に、嫉妬は最も人間らしい感情とも思えます。向上心と紙一重の嫉妬心は、社会的動物としての人間には必須なのでしょうし。
そんあ訳で、パルスィにヤキモチ焼かれてみたい私です。でも結果はきっと、ヤンデレツンギレ。アーッ。

……没タイトルだったら、ぷらす一点(嘘)。
22. 2 つくね ■2008/11/01 23:31:49
なんとなく橋に打ち付ける水橋さんを微笑ましく思ってしまった。……いかん、人形やら妖精やらがヤラレ役的思考はいかん。でもヤッちゃった(キラッ
23. 5 時計屋 ■2008/11/01 23:51:15
短く簡潔ですが、切れ味の鋭いSSでした。
24. 3 Id ■2008/11/01 23:54:30
いろいろな意味で情が深すぎる感があります。激昂の描写が強いとは言っても少々安易に思われ、なんだか単に当り散らしているように見えなくも無かった。緩急の緩にもう少し重点を置いたほうが良かったかもしれません。
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