そして普通の魔法使いはいなくなった

作品集: 最新 投稿日時: 2008/10/05 08:39:58 更新日時: 2008/10/07 23:39:58 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00



 地下の部屋には一人の吸血鬼の少女と、一人の魔法使いの少女がいた。



 §



 よく霧が掛かる湖の畔に佇む紅いお屋敷、紅魔館。
 五百歳あまりの吸血鬼姉妹や百年ものの魔女、ナイフ使いの切り裂きメイドが住むその館に、普通の魔法使いにして人間の霧雨魔理沙は入り浸っていた。
 ある日はレミリア・スカーレットとお茶を飲み、またある日はパチュリー・ノーレッジと魔法について語り合う。
 さらにある日は十六夜咲夜と世間話に花を咲かせる――と、連日のように悪魔の館へ通い、誰かしらと何かしらして楽しんでいた。

 そして、今日はフランドール・スカーレットのところへ遊びに来ている。

 フランドールの部屋は地下にありながら、暗さも窓の無い狭苦しさも感じさせず、当主の妹という身分に相応しい上品な調度で飾られていた。
 レミリアの部屋が力を誇示するような印象を与える判りやすい豪奢さで飾られているのに対し、こちらは見るものを圧倒する事なく、寛げる雰囲気に整えられている。
 二人の間には白いクロスの掛けられたテーブルがあり、紅茶と茶菓子といったお茶の支度一式が広げられていた。
 少女たちは紅茶の入ったカップを傾け、皿に盛り付けられたスコーンを口にし、楽しげに談笑していた。
 喋っているのはもっぱら魔理沙だ。紅魔館から出られない身のフランドールは、外について知りたがる事が多く、今日も「お話を聞かせて」とねだってきたのである。
 おねだりに応じていつものように語り部となった魔理沙は、用意してきたお話を次から次へと披露していった。

 ――例えば妖怪の山に登ったときの話。

「驚く無かれ滝の先には神社があった」
「神社? 神社って霊夢の住んでるところ?」
「そうだ、霊夢のところも神社の一種だ。んでだな、その山の神社は外の世界から来たらしい」
「おぉー」
「でもって懲らしめにやってきた私にそこの風祝――巫女みたいなもんだな――が立ちはだかった。『神社に来て暴れるとは何事なの!』ってな」
「それでそれで?」
「『悪い神様を懲らしめに麓からヒーローが来たぜ』って言ってやったぜ。そしたらあちらさん、東風谷早苗は『懲らしめられるのは貴女です!』って来た」
「そして弾幕ごっこね?」
「おうさ。弾幕ごっこだ。私は即座に霊撃を二発ぶっ放して高速飛行に移った」
「わくわく」
「そして私の両翼に一機、正面に一機でオプションが展開する。……あとは判るな?」
「わぁい、チートレーザーだね」
 魔理沙は大きく頷いた。
「大口叩いた割にゃあ一分と持たなかったな」
「ふふふ。その人さいなーん」

 ――例えば緋色の雲が立ち込めたときの話。

「妖怪の山を越えて私は雲の海に飛び込んだ。雲海はひどい荒れ模様だったが、私にはさしたる障害にはならなかった。だがその中でな、私は障害物っぽいやつに出会った」
「障害物っぽいやつ?」
「触覚みたいなリボンの付いた帽子を被って、大蛇みたいな長さの羽衣を纏った女で、名前は永江衣玖。竜宮の使いらしい」
「ああ、うちのお姉様をコテンパンにぼこしていったふわっとしたお姉さんね」
「知ってるのか?」
「うん。うちのお姉様がもうね、『テーレッテー』って聞こえそうな勢いでボコボコにされてた」
「うへえ……」
「でもここで話すってことは魔理沙はやっつけたのよね」
「まあな。全身放電の鎧には手古摺らされたが。ああ、他にも羽衣を伸ばして巻き付けて電撃流してきたぜ」
「あは。それじゃリュウグウノツカイじゃなくてデンキウナギだよ。海ヘビだよ」

 それから二つ三つの話を聞かせ終えた魔理沙は、喉の渇きを覚えて紅茶を口にした。しかしカップには三割ほどしか残っていなかった。
 これでは口を湿らせることはできても喉の渇きは癒せない。
 物足りない魔理沙はおかわりを求めてティーポットを持ち上げた。重みがない。念のためと空のカップに傾けるが、やはり中身は既にない。舌打ちして魔理沙はポットを置いた。
「紅茶、もうないの?」
「ああ、残念ながらな」
「ふぅん……」
「話をして喉が渇いたぜ。水でいいから飲み物が欲しいな」
「じゃ、私の血をあげる」
「は?」と魔理沙が聞き返すよりも早く、フランドールは自らの左腕を裂いた。
 右手の爪が細い腕を縦に切り、割れ目から赤いものが溢れ出した。血は瞬くに滴り始め、テーブルを赤く汚していく。
「わああああああ何してんだバカ!」
 大慌てで魔理沙はフランドールの腕を掴んで傷口を押さえた。だが流血は止まらない。
 フランドールの爪は血管を割っていた。体温程度の湯につければそのまま自殺できる切り方だ。リストカットどころではない出血量は圧迫止血では止められない。
「え? 魔理沙が喉渇いたっていうから飲み物を」
 対照的にフランドールは落ち着いた様子で不思議そうに小首を傾げた。痛みを感じていないのだろうか。
「血は飲み物じゃないぜ! ああくそ!」
 魔理沙は手早くエプロンを外すとそれで傷口を強く押さえた。白いエプロンが瞬く間に血で染まっていく。
「フラン、傷を治せ!」
「えぇー?」
 吸血鬼には再生能力がある。意識すればこの程度の傷、手品のように治す事が可能だった。しかしフランドールは不服そうな顔をして傷を治そうとしない。
 既に魔理沙のエプロンは一部の白も残さず赤く染まっていた。完全に血浸しである。
「見てるこっちがクラクラするんだよ! 早く止めてくれぇ!」
 血の気が引いた顔で魔理沙は言った。微かに震える身体といい、その顔といい、これではどっちが流血しているのかわからない。
「しょうがないなー」
 エプロンを飽和させ、テーブルクロスを紅く濡らしていた流れが止まる。
 魔理沙は震える手をおそるおそる離した。そして脱力したように、知らずのうちに乗り出していた身を椅子に預けた。
 肩を落として大きくため息をつく。肩から指先までに違和感があった。貧血を起こしているらしい。
「……おまえな……」
「ん?」
 文句の一つも言ってやろうと顔を上げた魔理沙はそこで硬直した。
 ――フランドールが、血でひたひたになったエプロンを唇で食み、吸っていたのだ。
「な、何してるんだ……」
「血、吸ってる」
 もったいないじゃない、とフランドールはエプロンを音を立てて啜る。
 信じられないものを見るような視線を向ける魔理沙に、フランドールはあ、と何かに気づいたようにエプロンから口を離した。
「魔理沙も飲む? 美味しいよ?」
「飲めるか……」
 魔理沙は疲れた声で言った。フランドールが首を傾げる。そしてはたと気づいて手を打った。
「あ、エプロンからじゃヤなんだね」
 そうでなくて、と言おうとした魔理沙はぎょっとした。
 フランドールが再び左腕に爪を向けていたのである。
「飲む! 飲むから切るの待て!」
 咄嗟の言葉が凶行を止めた。
「あ、そう? じゃ、はい」
 ずいと魔理沙の目の前に今だに血を多分に含んだエプロンが突き出された。
「う……」
 にこやかな表情で笑むフランドールに、今更飲まないとは言えなかった。
 魔理沙は恐る恐る受け取り、血の臭いに躊躇しながらそっと口付けた。吸うつもりはなかったが、ひたひたになったエプロンは軽い接触で血を溢れさせ、魔理沙の唇へと流し込んだ。
 ほんのわずか一雫。
(これは……)
 鉄錆のような味ではなく、もっと別の味が広がった。
 ――それは、この世のものとは思えない美味。
 無意識のうちに魔理沙はエプロンを吸っていた。吸う毎に未知の美味が広がっていく。
「クランベリーのムースみたいでしょ。甘くてトロッとしてちょっとすっぱくて」
 その言葉は魔理沙の耳には届いていなかった。魔理沙は一心不乱に血を啜っている。
 フランドールの形容に近く、しかしそれだけではない味に魔理沙は魅了されてしまっていた。
「は、ぁ……」
 ほどなくして魔理沙はエプロンから口を離した。たっぷりと含まれていた血は吸い尽くされ、エプロンは湿り気を帯びるばかりとなっている。
「もう、ないのか?」
 熱病に浮かされたような声で言う魔理沙。
「まだ……喉が渇いて……」
 その頬は赤く、息も荒い。目もややうつろに見えた。
「まだあるよ」
 そう言ってフランドールは左の手のひらを切った。斜めに走った傷からじわと血が流れ出す。
 テーブルの上に差し出された手を、魔理沙は身を乗り出してつかみ、口付けた。
「くすぐったいよ」
 手の上を繰り返し這う魔理沙の舌にフランドールが笑う。
「はっ、はっ、はっ、はぁっ……」
 魔理沙は息荒く、犬のようにフランドールの手を舐める。フランドールが頭を撫でても気づく様子もない。
 手のひらの傷は浅く、流血が止まり、傷がふさがるまで大した時間は掛からなかった。
「あ……」
 甘露の出なくなった手から魔理沙は顔を上げた。フランドールは手を引くと傷があった場所を自分の舌で撫ぜる。
 とろんとした魔理沙の眼がフランドールを見つめる。視線を感じたフランドールは姉に似た笑みを浮かべた。
「ねえ、もっと欲しい?」
「あぁ……」
「じゃあね……ここにキスしていいよ」
 ちょん、と自分の首筋を示すフランドール。そこは魔理沙の視線を感じた場所。――魔理沙がそこから血を飲みたいと望んだ場所。
 魔理沙がフランドールの傍に寄る。
 紅い瞳が見つめ合い、魔理沙は示されたそこへ唇を落とした。
「んっ。ふふっ、くすぐったぁい……」
 そして、気づかぬうちに尖った牙を、フランドールの肌へ突き立てた。



 §



 地下の部屋には一人の吸血鬼の少女と、一人の魔法使いの少女がいた。
 魔法使いの少女は水を飲みすぎていなくなり、地下の部屋には吸血鬼の少女が二人になった。



 §



 吸血鬼にとって喉の渇きを癒すものは水ではなく、血液。
 ゆえにフランドールは自らを傷つけ、流れる血を魔理沙に振舞ったのである。
 それが親愛の情を相手に示す行動と思って。
 ――価値観の相違。
 見目が人のそれとほぼ同じでも、妖怪は人ではない。人とは異なるものだ。人とは異なった論理と常識を持つ生き物なのだ。
 その事を忘れてはならない。
 さもなくば。
 彼女のように人とは異なった論理と常識を持つものへと成り果てるだろう。


                                                      パチュリー・ノーレッジ
 ただいま魔理沙とフランドールが半裸でお互いの血を吸い合っております。
 レミリア様はそのまま廊下でお待ちください。
kt-21(対SSこんぺ型)
http://titanaluminiden.web.fc2.com/
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1. 6 慶賀 ■2008/10/05 13:14:11
テーマは価値観の違いでしょうか。短編としては
綺麗に纏められていて羨ましいです。
 後は評価とは別で、失礼な話もう完全に個人的な意見になるんですが、
妹様のネタに最近食傷気味で……。
2. 5 小山田 ■2008/10/07 12:16:00
短いながらもパンチが効いてますね。
周囲のリアクションも気になるところですが、下手にいろいろとつけないからからこそ、このエピソードにインパクトがるのかもしれません。
3. 6 #15 ■2008/10/07 21:33:25
後書でダイナシだっwwww
4. 2 うふふまりさ ■2008/10/08 22:31:53
えええええええ〜〜〜〜!!!これって夢落ちって奴だと信じたい・・・

>フランドールが再び左腕に爪を向けていたのである。
>「飲む! 飲むから切るの待て!」
>咄嗟の言葉が凶行を止めた。

・・・って本物の魔理沙なら、もっと別の方法でとめていると思うのですが。
ここが唐突過ぎる感があります。
5. 5 佐藤 厚志 ■2008/10/09 05:51:34
フラマリは官能的ですね。
6. 5 yuz ■2008/10/10 23:22:15
オレも吸う。吸うよ。
7. 7 三文字 ■2008/10/12 17:23:20
あとがきの二人がけしからんので、止めに行ってきますね。いやいや、そんな邪な考えはありませんです、はい。
この後、魔理沙はどうなるのか……
紅魔館の新たな住人となるのか、それとも……
8. 5 あずまや ■2008/10/13 13:31:39
魔理沙それを飲んじゃだめだああああああ(壞

しかし、この吸血鬼からは逃れられませんね。
いつか未来に紅魔館に潜入した誰かがこれを読むんでしょうか。
9. 7 名々死 ■2008/10/13 14:34:32
後書きで色々ぶち壊しw
魔理沙なら吸血鬼の血を飲んだら吸血鬼になる事くらい
わかるはず もう一度腕を切ろうとした程度で血を飲むのは
少し変だと思います けど面白かったです GJ
10. 5 神鋼 ■2008/10/20 20:05:22
そかはかとないエロス、お嬢様もお入り。
11. 4 deso ■2008/10/23 22:41:25
捻りが足りないかなあ。
もっとネタを膨らませてほしいと思います。
12. 1 ミスターブシドー ■2008/10/27 01:03:32
あー、まあ、なんと言うか、人ならざる種のもつ魅力というか。
これもBADENDのひとつだろうか
お題の消化や吸血種の解釈にムリがあるか。
13. 4 詩所 ■2008/10/29 00:28:42
ちと水がこじつけぽかったかな。
これも価値観の相違ですかね?
14. 5 PNS ■2008/10/29 20:12:29
むむむ、これはホラーですね。そして、エロティック。
「水」というお題の裏をついた、ということでしょうか。
なかなかの変化球でした。話はバッドエンドっぽいですけど。
15. 2 眼帯つけた兎さん ■2008/10/30 06:36:02
魔法使いなんだから気づこうよ魔理沙。
それにしてもあとがきのお嬢様……せつない。
16. 4 つくし ■2008/10/31 12:04:24
 それで、あとがき内容の執筆はいつですか?
 シチュエーション的には大好きで魔理沙の描写もいいんですがちょっと切れ味に欠けるような。このシチュエーションを通して、読者を恐がらせたいのか、ブキミな感じを与えたいのか、えろい印象を抱かせたいのか、というのを絞ってその方向に尖らせるべきでありました。
17. 3 じらふ ■2008/10/31 21:48:27
半裸で血を吸い合ってるって…(ごくり
承諾したからと言って血を飲む魔理沙が少し不用意すぎる気がしました。その辺りもう少し理由なり欲しかったかも知れません。
18. 6 リコーダー ■2008/11/01 09:16:30
百合とかマリフラとか余り興味なかったんですけど。
血がとても美味しそうでした。
ごちそうさま。
19. 1 今回は感想のみ ■2008/11/01 15:13:47
血で水というテーマを満たそうとするのは、ちょっと違和感。
作品はただ「こうなりました」という内容で、それ以上の進展、それゆえの葛藤や影響もなく投げっぱなしなので、あれ終わってしまったぞという感想しかもてませんでした。
20. 4 八重結界 ■2008/11/01 18:55:08
ちょっとあっさりしすぎて、読み足りなかったです。唐突でもありました。
21. 3 藤ゅ村 ■2008/11/01 20:52:43
 うーん。
 書かんでもいいとこ書いてる気が。前半のネタ臭が強すぎ、かつ後半が比較的本題に沿って進行しているので、そのあたりの切り替えがあまりスムーズに行ってなかったかなという印象。
 魔理沙が吸血鬼に堕ちた、のはいいとしても、起承転結の起の部分にしかなっていないので、これをなんとかオチとして使ってほしかったな、と。魔理沙が吸血鬼になりましたー、てだけで終わってしまってるので。
22. 1 木村圭 ■2008/11/01 22:04:41
タイトルと1行目でオチがありありと。奇をてらうネタじゃないから構わないとは思いますが。
個人的に、こういう考えられないほどの迂闊さが前提となっているSSは好きになれません。
人生終了フラグなのは魔理沙だって分かっているんだから、余程どうしようもない理由が無い限りはどこの馬鹿だよ、と冷めた目で見てしまいます。
23. 4 blankii ■2008/11/01 23:32:17
こいつは、すんごくエロイな!!

好きかと聞かれれば、勿論好きと答えます。

考えてみれば血液も唾液も精液も、体液の一部。それを相手に与える意味は一緒なのかもしれませんね。つまるところ、貴方を、私にしたい。

廊下でお顔真っ赤ながらうずくまってふぅふぅ言ってるお嬢様可愛いよ!
24. 6 774 ■2008/11/01 23:49:46
ある意味ベタなのですが、展開がキレイで良いと思いました。
んで、あとがきw
25. 2 時計屋 ■2008/11/01 23:54:12
血液は水分のみならず塩分・たんぱく質をも摂取できる飲み物だとキートン先生も仰っておりました。
26. 1 つくね ■2008/11/01 23:56:27
ただ彼女らにとっての血液は食事という認識が強いですね。水という考えはあまり無いにせよ、ちょっと考えるところもあり。
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