雨の日の過ごし方

作品集: 最新 投稿日時: 2008/10/05 08:40:57 更新日時: 2008/10/07 23:40:57 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00

 いつの間にか、外では雨が降っていた。
 雨の勢いは強くもなく弱くもなく、風もろくに吹いていない。
 ただ降り止むことだけはなく、今でも変わりなく空から滴を落とし続けている。
 いつもまばらだが、今日はまず鳥が鳴くだろう。
 それならばいっそ、と。
 今日は、こうして過ごすことにしよう。


 カチリ、カチリ、カチリ、カチリ、……。
 
 壁に掛けられた時計が小さく音を立てている。時計の音は雨樋を伝わり落ちていく雨の音と共に一定の感覚で時を刻み続けている。
 部屋の中は暗い。部屋全体を照らすような灯りはなく、灯りの代わりにいくつか設置された窓からの光も、太陽が雲に遮られている為、その役目を充分に果たしていない。そもそも、その内のいくつかは乱雑に棚に積み重ねられた物達によってその表面を埋め尽くされ、既に役目を果たせるような状態では既に無くなっている。その為、例え日が出ていたとしてもこの部屋の暗さは殆ど変わることはないだろう。
 そもそもこの建物がある森は一年を通して薄暗く、湿気が多い。そこに更に日の光まで遮られたならば例え森の入り口付近で中でも比較的明るい場所であったとしても、昼間であっても夜のような暗さになるのは、致し方がないことなのだ。正直前提としての場所が悪いのだ。
 しかしそんなことは部屋の奥で蝋燭――部屋の中で唯一の確かな光源の側にいるその部屋の主には気にならないことらしい。
 本来ならば夜のような部屋の中で、蝋燭の火だけが置かれた机と彼自身を照らし出していた。
 どこからか風が入っているのか、時たま揺れる蝋燭の炎は彼がかけた眼鏡に照り返され、その奥の瞳は、もちろん蝋燭ではなく、手元の本に向けられていた。
 見開き一杯に羅列された文章。
 それを目で追い続け、終わったのならば次の頁を開く。雨が降り始めて暫くしてから繰り返している行為。その回数は既に百を超えていた。
 口を真一文字に結び、目を顰めるように書面を覗いている。が、かといって不機嫌や苦痛を感じているわけでもなく、内容に対して何の感情も浮かべることなく。
 ただ彼は真剣に「本を読む」という行為に没頭していた。一頁、一行、一文字に至るまで彼はただひたすらに多くの単語からから成る文の羅列をしっかりと頭に刻み込んでいく。
 時たま紙が擦れる音が、雨や時計の音に混じって部屋に響く。
 その頁を最後まで読み終えてからめくり、次の頁を読み始める前に彼は本から目を離した。栞を挟み込み、本を閉じる。
「……、ふぅ」
 彼――森近霖之助は眼鏡を外すと、目尻を抑えながら立ち上がり、体をほぐすように少し動かしてから椅子にもたれ掛かった。
 椅子に座ってからも暫く首や方を回したりしていたが、程なくして視線を今迄読んでいた本へと戻す。本は変わらずにそこにあり、蝋燭の光を受けてそばに置かれた眼鏡と共に影を机の上に落としていた。時折揺らめく火に応じてその影も形を変え、元に戻る。
 そんな目の前の光景を何気なく見つめながら、彼は感慨に浸る。
 少し前に、彼の知り合いの少女が持ってきた書物。
 重厚に装訂されているが、紙が乾いているほど古くもなく、インクの匂いが漂うほど新しくもない。それなりに分厚いそれの内容は彼も読んだことが無く、かつ彼の店にも置かれていない物であった。
 といっても、魔術的な物ではなく、それ以上に危険や価値があるような物でもない。
 中身は単なる娯楽としてのものであり、内容は短すぎる訳でもなく、冗長に長いわけでもなく、適度な長さで纏まった作品である。
 こういった物に馴染みがそれ程ある訳ではない彼であっても、一気に読むのは無理にしろ、読むのを途中で止めようと考えさせない程度には面白いものであると、彼自身は思っていた。
 しかし、これを持ってきた彼女にとっては期待していた内容ではなかったらしく、ツケの代わりと半ば無理矢理置いていったが、見るからに、いや彼女の性格と悪癖を鑑みれば、それは彼女の所有物ではなく、どこからか持ってきた物であるということは明らかだった。
 本来ならばすぐに返さなければならないだろうが、生憎誰の物かも解らない。
 例え解っていたとしても――そう、表紙の返しの部分に流暢な文字で「Patchouli Knowledge」と書かれていたとしても――だ。
 雨が降っている中をわざわざ真犯人の代わりに咎められる危険を冒してまで、それをしてやる義理も甲斐性も彼には無かった。そもそもその際にこの本自体が損なわれる可能性まで考慮すると置いていった知り合いが次に来た時に帽子の中に押し込んででも自分で返しに行かせるのが常道であろう。
 持ち主には悪いが、雨が降り出したこともあり、彼自身今日も来客は無いだろうと踏んで早々に店じまいをしてしまった為、持て余してしまった暇を潰すために利用させて貰っているのである。
「まあ……。今日中には読み終わるだろう」
 ぽつりと一人呟き、燭台を手に取って立ち上がる。
 喉の渇きを覚えた為だ。我慢出来ないわけではないが、本を読むのを焦る必要もない。本の持ち主が自力ここまで本を取り返しに来るならともかく。それにその場合まずは知り合いの彼女の所に行くだろう。こっちに来るまではまだまだ時間がある。
 自分にそう言い聞かせて納得し、霖之助は本から目を離し、奥の居間へと向かった。
 奥の居間で急須の中身を確認するとあるのは出涸らしの茶葉と少しの水だけだった。お茶がないのなら、別に水でも構わなかったのだが、茶を飲むつもりで来たのだから、水ですませるのは少し気が引けたので彼は炊事場に足を運び、出涸らしになった茶葉を処理し、急須を濯いでおく。
 知り合いに渡した物のスペアとして作っておいたミニ八卦炉を最低出力で起動し、その上に薬缶をかける。
 水が沸く少しの間、何となく話の続きが気になった。
 残りの頁数からいって話はまだまだ続く。後の内容はまだ解らないが、恐らくは今の所が最も盛り上がる所なのだろう。まさか話の主人公はあんな事をしでかすとは。これ以上の見せ場があり得るのだろうか? いやしかし、こんな展開が待っているとしたらどうだろう。もしくはこんな……、それとも想像だにしない、予想を遙かに超える展開が待っているのだろう?
 考えが「もしかしたら、戻ったら本が無くなってるかもしれない」というところまで至ったところで、彼は薬缶から水が沸く音で思考を引き戻された。
 八卦炉を止め、急須に新しい茶葉を入れ、軽く蒸らす。それから急須にお湯を注ぎながら、霖之助は軽く頬を緩ませた。
 
 空の湯呑茶碗と急須を手に、机へと戻る。
 机の上には変わらずに眼鏡と本が鎮座している。蝋燭の火と共に揺らめく影もそのままで、霖之助は椅子に腰掛けつつ、少しだけ残念だと思い、直ぐに良かったと思い直した。
 湯呑茶碗に急須から、茶を注ぐ。茶碗から上がる湯気が、蝋燭の火に照らされてながら周りの暗闇に消えていく。
 入れたてのお茶を一口口に含み、その熱さと美味さと喉の渇きが癒されていくのを感じながら嚥下する。
 眼鏡をかけ直す。
 本を開き、栞を取り出し、また休憩する前のような表情で一文字一文字読み進めていく。しかし、少しだけ休憩する前にはなかった物が今の自分にはあるように感じていた。
 それがどうなのかは、彼自身解らない。ただ一つ、彼に解っていることは、
「こんな風に過ごすのも悪くはないな」
ということだけだった。

 暗い部屋の中には、時を刻む時計の音と外から聞こえる雨の音と紙の擦れる、幽かな音が響いていた。
御津
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投稿日時:
2008/10/05 08:40:57
更新日時:
2008/10/07 23:40:57
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1. 5 慶賀 ■2008/10/05 13:13:25
テーマは日常でしょうか。凄い無難だと思いました。
 うっすらとしたものが伝わるんですが、やはり別の人が
別の形でやって頂いているというか。
 個人的にこの作品を基準点に置かせて頂いています。
2. 1 小山田 ■2008/10/07 13:06:05
テーマが水ではなくて雨ですね。
あと、文章が若干ぎこちなかい部分があり、何度か読み返しました。。
3. 4 #15 ■2008/10/07 21:30:07
こういうショートも有りだと思う
4. 5 佐藤 厚志 ■2008/10/09 04:50:31
まったりとしたお話でしたね。
幻想郷の日常を切り取ったような、よいssだったと思います。
5. 2 yuz ■2008/10/10 23:13:48
いい雰囲気です
6. 6 三文字 ■2008/10/12 17:12:43
何ともこーりんらしい話ですね。
この本のように、当たり前にあるものがあるというのは、実は結構幸せなことなのかも。
7. -1 神鋼 ■2008/10/20 20:09:01
短いけれど読み難い。捻りが無いのでなんとも思えない。
8. 3 deso ■2008/10/23 22:40:32
雰囲気を楽しむには、やや文章が読みにくいと思います。
無駄にまわりくどいというか。
例えば『中身は単なる娯楽としてのものであり〜』のあたりなど、幾つか文を区切った方が良さそうなところがあります。
ついでに言えば、『冗長に長い』みたいなところも直してほしいです。
9. 1 ミスターブシドー ■2008/10/27 01:05:38
起承転結で作られていないタイプの話、というか霖乃助が主役なら動かない話でも妥当か。
10. 4 詩所 ■2008/10/29 00:29:34
雨の日の休日はSSを読むの推奨。
たまに水をディスプレイにかけてしまう惨事にもなりえるけど。
11. 4 PNS ■2008/10/29 20:16:17
雰囲気はよく書けているとは思うんですが、ストーリ性がゼロに近い(と読めました)。
せっかくだから、何かちょっとした事件が欲しかったです。これでは物足りません。
12. 2 眼帯つけた兎さん ■2008/10/30 06:35:37
彼は彼らしく、日々を生きている。
と、不変的な物語、という感想を抱きました。
単体で大きな感動を与えるのは難しいのですが、長編を書くときにこういった穏やかな箸休め的な段落は役に立つでしょう。
恐れながら、拙い私が指摘するとすれば、文の繋ぎに違和感を覚える箇所。同じ単語を一文の中に重複して使っているところ、でしょうか。
13. 3 つくし ■2008/10/31 12:10:25
 話の構造的に文章技術で魅せるタイプのSSですが、正直まだその領域にはないように見えます。例えば「壁に掛けられた時計……」以前の文章などバッサリと切ってしまっても問題ない、むしろスリムになって文章の切れ味が増すでしょう。他にも余計な言葉を書いてしまったために輪郭がぼやけた部分があります。言葉選びは計画的に。香霖が本がなくなっているかも、と考えたりするあたりはちょっと洒落てて良かったのですが。
14. 5 じらふ ■2008/10/31 21:48:45
雨の日にお茶飲みながら読書とか良いですよね、個人的にはこれに音楽が加わると完璧なんですが(笑
香霖堂のある一日を上手く切り取っていた感じがして好みでした。
15. 5 リコーダー ■2008/11/01 09:16:01
この長さですし。
ちょっと良い気分になったので、その時点で御の字かな。
16. 4 八重結界 ■2008/11/01 18:55:42
静かな雰囲気が私好みでした。
盛り上がりには欠けますけど、こういう話もいいかもしれません。
17. 3 藤ゅ村 ■2008/11/01 21:03:58
 ほのぼの。
 というような感想しか思い浮かびませんでした。こういう雰囲気の作品も好きなんですけど、もうちょっと内容が欲しかった。霖之助の日記、という感じ。
18. 2 木村圭 ■2008/11/01 22:05:07
正しく静かに落ち続ける雨のような、落ち着いた雰囲気を堪能させていただきました。
ただ、これだけで満足出来るほど雅な感性は持っておらず。
ここをプロローグに何かしらを物語を作り上げて欲しかったなぁと思います。
19. 3 blankii ■2008/11/01 23:35:05
雰囲気が素敵です。やっぱり霖ちゃんには孤独とかそういった単語が似合う。
個人的に面白かったのは、『娯楽用の本』にパチュリーさんが記名していたこと。名前を書くってのはお気に入り(というか私有物なのかな? 大図書館の本全てに名前は書くまい)なのだし――などと想像が膨らみます。
20. 5 774 ■2008/11/01 23:47:49
こういう雰囲気は非常に好みなのですが、
お話としてもうちょっと何かあっても…という気がしました。
でも、こんな作品があっても悪くはないのかな、と思いました。
21. 2 時計屋 ■2008/11/01 23:54:26
雨の日にできることはたいがい晴れの日にもできます。
でもこういうことは何故か「雨の日にしか出来ない」と思わせてしまいますね。
22. 1 つくね ■2008/11/01 23:58:17
ちょっとした日常の一コマ、ということで癒されました。こういう日々の過ごし方は良いものだ。
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