そして、残されたのは……

作品集: 最新 投稿日時: 2008/10/05 08:57:22 更新日時: 2008/10/07 23:57:22 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00
 原因は3つの些細な事であった。
 その3つは全て些細な事であったが、それらが複合した事により……怪異は生まれ出でた。

        ***************

 天を雨雲が覆っていないならば満天の星空が見えたであろう時間帯、紅魔館の厨房ではメイドたちが夕食に使用した食器を洗っていた。
「まったく、朝からずっと太陽が拝めないってのは気が滅入るねぇ?」
 この日は朝から雲が空を覆い一度も太陽が顔を見せておらず、昼過ぎからは強風を伴う雷雨となっていた。
「ケイト、無駄口叩いてないで洗い物に集中しなさいよ」
「そう?たまにはこういう天気の日もアリだと思うのだけれども。そもそも、吸血鬼の住まう館なんだし日光溢れるってのもどうかと思うわよ」
「マーガレットも話に乗らないでよ」
 3人の中でも最も古株のリアは、すすぎ終わった皿を流し台の横へと置きつつ2人を嗜めた。
 しかしこの程度の忠告では、膨大な数の食器の山をひたすら洗い続けることにルーティンワークのマンネリさを感じ始めていたマーガレットとケイトの横道会話を止めるまでには至らなかったのだった。
 紅魔館にいる人数(厳密には人ではない者が大多数なのだがそれはさておき)を考慮すると、1回の食事に使われる食器の数が相当の数になるのは当然の帰結である。
「う〜……夕食でパン食べ損ねた所為で、自分で言うのもなんだけど私今ちょっとカリカリしてるんさね。コレくらい勘弁してよ」
「まぁまぁリア、私たちもいい加減この手の作業も慣れてきたことだし多少会話する程度じゃ作業効率は落ちたりしないわよ」
「む……それはそうかもしれないけど…………でも、気を抜くとミスするわよ?」
「あ、もしかしてチズコの事?」
「ケイトも誰かから聞いたの?あの話」
「なになに?チズコが何かやったの?」
「…………やっぱり、リアもこの作業そろそろ飽きてきてたんでしょ?」
「う゛」
 世間話へと食いついてきたリアに対し、マーガレットが痛い所を指摘した。
 とは言え、紅魔館で働くメイドたちは皆少女である。女の子としてこういう話に反応してしまうのはある意味仕方ないことかもしれない。
 ちなみにこの間も3人の手は休む事無く洗い物を処理し続けていたりする。
「あら、随分と耳が早いのね」
 ビクリ、と。3人の誰でもない声を聞き、3人は肩を震わせた。
 しかしそれは、声の人物が不明だからではない。声の人物は3人もよく知っている人物だった。
「メ、メイド長。厨房に何か御用でしょうか」
 リアが手を止めつつ振り向き返事をした。
 残りの2人も少し遅れて振り向き、3人は揃って紅魔館のメイド長たる十六夜咲夜に軽くお辞儀をした。
「そうびくびくしないでもいいわよ、私語を注意しに来たわけじゃないから。少し早いけどお嬢様のティーセットを、器だけ準備しに来ただけだから」
 タオルで頭を拭きつつ、咲夜は畏まっている3人に対し軽い感じで話しかけた。
 怒られるわけではない。3人はそれを聞いて、ほっと胸を撫で下ろした。
「よ、よかったぁ〜お仕置きされるのかと……」
「単純作業の繰り返しで集中力が削がれてミスする方が痛いから、作業効率が極端に落ちない限りそれくらいは許すわよ」
「ありがとうございます……ところで、そちらの準備に手伝いは必要でしょうか?」
「カップとかを出すだけだから気持ちだけ受け取っておくわ。みんなは引き続き洗い物を続けていて頂戴」
「「「了解しました」」」
 そして3人は食器洗いに戻り、咲夜は棚からカップ等を取り出しその一つ一つに汚れがないかを確認する作業に入った。
 お墨付きを貰ったものの、上司のすぐ横で世間話というのも度胸が要るものである。
 結果、咲夜から滴る水が直径1mほどの水溜りを作るくらいの間は食器をこする音とすすぐ音、3人および咲夜の食器を置く音、そして外に吹き荒れる嵐の音だけが厨房に響いたのだった。



 カツーン
「……あり?」
 無言のルーティンワークがしばらく続いた後、ケイトがふと手を止めた。
「どうかした?ケイト」
 振り返りキョロキョロしているケイトにリアが尋ねた。
「いや、メイド長どこ行った?」
 頬をカリカリかきつつケイトが発した言葉を聴いて、マーガレットとリアは顔を見合わせた。
 気がつけば厨房内に咲夜の姿は無く、ただテーブルの上にティーセット一式が並べられているだけだった。
「誰かさ、メイド長が厨房から出て行くの見た?」
「見てないし出て行く気配も感じてないけど……メイド長のことだから時間を止めて出て行ったんじゃないかしら?」
「さっきも髪を拭いていたわけだし、まだ外に用があるのかもしれないわよ」
「確かにリアの言う通りかもしれないわね。用があって外に出た場合は、時間を止めてても空間に雨粒がある以上は濡れちゃう訳だし」
 マーガレットとケイトが推測を述べたが、ケイトはまだ腑に落ちない表情でティーセットの置かれた台へと向かった。
「覚られること無く出て行くのは別にいいんだけどさ……これはメイド長らしくないと思ったのよ」
 台の下へとしゃがみこんだマーガレットは、ケイトたちの位置からは死角となる床からあるものを拾い上げた。
 それは奇麗に磨き上げられたフォークであり、ティーセットとして台上に置かれているスプーンの対となる1本であった。
「そのフォーク……そこに落ちてたの?」
「うん、そう。うちのメイド長は完全で瀟洒なメイド長、だぜ?こんなミスするかなーって思ってさ」
「落とした食器をそのままに残して出て行く……確かにらしくないわね」
「ん〜〜それを拾っていく暇もないくらいに火急の用事が発生したとか」
「でも、入ってくるときはそう急ぎという不意でもなかったよね」
 フォークを机の上に置き。
「「「うーーーん」」」
 3人で首を捻ってみたものの、諺の様に文殊の知恵は降臨することなく。
 結局、『後で咲夜自身に聞こう』と結論付けて3人はまた食器の山の処理に取り掛かったのだった。
 そして、机上にフォークが残された。

        ***************

「ったく、なんて酷い雷雨だ!天で誰か暴れてるんじゃなかろうな」
「ありがとう。でも大丈夫?イクコ……」
 土砂降りの外から屋内へと帰ってきたイクコは、雨が入らぬ場所に来るなり真っ先に雨合羽を脱ぎ捨てた。
 床に落ちる雨粒すら忌々しい、とでも言いたげなイクコに対し、チヅコは手拭いを渡しながら労いの言葉をかけたのだった。
「ん、サンキュ……問題ないよ。ちょっと寒気するけど」
「えぇっ!?」
「冗談冗談。イッツジョーキング」
 イクコはカラカラと笑いながら、本気でびっくりしている表情のチヅコの背中を叩いた。
 しかしそれを気にするでもなく、チヅコはイクコとの会話を再開した。
「もう、からかわないでよ……はい、温かいお茶とおにぎり」
「おっ、冷えた体にはうれしいねぇ。ありがたやありがたや」
 イクコは手渡された手拭いで顔や腕を拭き、お茶を一気に飲み干した。
 これでようやく人心地ついたのか、イクコはようやく相好を崩し、さっきまで自分の居た場所に疲れたような視線を向けた。
「しっかし、こんな天気の中で時計台の雨漏りを直す事になるとはねぇ」
「ご、ごめんね。お仕事代わってもらっちゃって」
「いいっていいって。確かチヅコ昼食食べ損ねちゃったんでしょ?そんな状態であんな仕事無理だっての」
「で、でもその後で残り物のこれとか頂いたし……」
「水が漏り始めてたんじゃ、そんな時間でも惜しかったっての」
「でも……」
「…………あぁもう判ったよ!これはアンタに貸しひとつだ。今度なんかあったら助けてくれ。それで良いな?」
「……うん、わかった」
 どうしても納得できず一歩も引かない風のチヅコに対し、イクコの方が折れる形となってしまった。
 貸しをつけた側の方が折れたというのも、よくよく考えれば妙な話ではあるのだが。
「で、早速その貸し消費。もう一杯熱いお茶頂戴な。完璧かどうかもういっぺんさっきの場所様子見てくるから」
「すぐ持ってくるね!」
「おにぎりはここに置いておいてくれな。見てきたらここで食べながら待ってるから……先に来ても食べるなよ?」
「わ、わたしはそこまで意地汚くないわよ!」
 そんな軽口を交わして。
 チヅコはお茶を淹れに行き、イクコは再び雨合羽を羽織り外へと飛び出していった。
 その為、洋風の室内に似合わぬおにぎりだけがその場所へと置いていかれたのだった。



 ザァザァザァザァザァ
「……あら?」
 チヅコが再びお茶を持ってきたとき、そこには誰もおらず、ただおにぎりが先ほどと同様に所在無く鎮座しているだけだった。
 修復予定の箇所を見てくるだけなら、チヅコの往復とお茶組みに要した時間よりよっぽど早く終わるはずなのに、である。
 おにぎりの横にお茶を置き、チヅコはイクコが不在の理由について思索してみた。
 見て戻ってきたらばすぐ食べ始める旨の発言をしていたので、食べずにどこかへ行ったとは考えにくい。
 そもそも、チヅコがまたここに来ることを承知しているのだから待っていてもよさそうな物である。
 つまりイクコはまだチェックから帰ってきていないということになる。
 あるいは、さらに修復箇所が見つかり直しているのかか……と、そこまで考えたところで。
「あ、チヅコ。ちょっと手空いてる?」
「え?あ、はい。一応は」
 背後から別のメイドに声を掛けられた。
「……よかった」
「よかったね、キャロン」
「どうしたの?ヘレナ、キャロン」
「いやね、ちょっち今門番隊の方が人手足りてないんよ……夜番のクロレッタ達も何故かいないし」
「夜番が全員いなかったの?もう起きて食事済ましたくらいの時間と思うけど……まだ寝てるとか?」
 夜に門番を守る勤務の者は、昼間寝て夜起きる昼夜逆転生活を送っている。
 勤務時間に正確ならば、チヅコの言うとおりの筈である……のだが。
 チヅコの問いかけに、ヘレナは首を横に振って回答した。
「それが、どこにもいないんよ……寝室にも食堂にも、誰も。それでさぁ、悪いんだけど手ぇ貸してくんない?」
 チヅコはしばし逡巡した。
 本音を言えば、イクコが帰ってくるのを待っていたかったが、それは個人的な我侭である。
 紅魔館のメイドである以上、メイドの仕事があるのならそちらを優先せざるをえない。
「わかった。でも、ちょっと待って……」
 チヅコはメモ用紙に『お茶、ここに置いていくね』と書きそれを添えてヘレナ達と共に門番詰め所に向かった。
 そして、メモの添えられたお茶とおにぎりが残された。

        ***************

「美鈴様、援軍はまだですか〜〜!?」
「まだ諦めるには早い!優秀なうちの子達はちゃんと援軍を連れてきてくれるはず!」
 紅魔館へ侵入しようとする輩に対し即時対応できるよう門のすぐ近くに建てられた詰め所、そこは今悲惨な状況にあった。
 倒壊した樹が直撃し天井と壁が大破してしまっていたのである。
 その所為で、嵐が吹き込み内装や備蓄品のほとんどが現在進行形で手酷いダメージを受け続けている状況だった。
「これ絶対あの白黒魔女の所為ですよ!今日の嵐が本格化する前に来たときの!」
「あー……多分、それは当たりね。おそらくあの時の弾幕勝負の流れ弾で、樹にダメージがあった」
「そしてダメージを受けた樹が嵐に耐え切れず倒れてきた!完全に人災ですよ!」
 この時、詰め所跡(と呼称した方がむしろしっくり来る有様)では紅魔館の門番である紅美鈴とメイドのローズマリーが無傷な品のサルベージにいそしんでいた。
 比較的損傷軽微な品物をどうにかして保守しようと、残された壁や破材を使って作った簡易シェルターにそれを避難させるのである。
「……そ・し・て!アイツラはいつまでかかっとるんじゃ!」
 ローズマリーは、端的に言えばイライラしていた。
 かような労働をさせられたのではそれも当然といえるのだが、彼女の憤懣の理由はそれだけではなかった。
「本館に応援を頼みにいったのが一人も帰ってこない!いじめか!?職場で孤立させて自主退職させようってのか!?!!」
「落ち着いて!」
「はい、落ち着きました」
 あまりの落差に思わずつんのめる紅美鈴。
 このローズマリーという少女、熱しやすく冷めやすい性格なのであった。
「それにしても、本当に遅いですねぇ」
「向こうの方でも、雨漏りとかしてるのかもね。それで人手が足りてないとか」
「う〜……今日は厄日だ。職場いじめは受けるし……」
「まぁまぁ。この中華饅頭食べても良いから。このお饅頭美味しいんだよ?私も夕食にこっち食べたし」
「元がよくても、今じゃ濡れててあんまりおいしくないですよう……」
 と、そんな絶望の地に風雨を掻き分けメイド(複数)がやってきた。
「ただいま戻りました美鈴様」
「ほらローズマリー、援軍来たよ」
「よっしゃ待ってたぜヘレナにキャロン!何人連れてきた?」
「あ、あの……一人でごめんなさい」
 カクン、と。ローズマリーは膝から崩れ落ちた。
「あ、あのー」
「おーい、大丈夫かー?」
「大丈夫なわけあるかーーーー!!!!」
 そして再起動。
 ローズマリーはヘレナの首根っこを掴んでガクガクと揺すりながら絶叫を上げた。
「こんだけ待たせて援軍一人!?ってかキャロンどこだ!アイツがいないんじゃ1人減って1人増えてのプラマイゼロじゃないか!!」
「痛い痛い痛い!!離してほしいんよ!!」
「キャロンと同じく、今日あの白黒に吹っ飛ばされ気絶してる間に夕食別の人に取られてたな!その恨みか!?アタシはその件に加担してねーぞ!!」
「ちょ、落ち着いて落ち着いて」
「これが落ち着いていられグェ」
 いつの間にか背後に回った美鈴が、ローズマリーの延髄にチョップを与えていた。
 数瞬の後、再々起動。
「皆さんご迷惑をおかけしました」
「ま、良いわよ。今掴んできたのも、疲労で頭が麻痺してたってことにしてあげるよ」
「うんうん、これで仲直り……と。さて」
 美鈴がパンと手拍子を打った。仕切り直しである。
「それでヘレナ、これはどういうこと?本館に行った筈の他のみんなは?」
「えっと、どう話した物か……状況をまとめるからちょっと考えさせて欲しいんよ」
「問題が始まったところから話し始めて、現在まで話したところで止めれば良いんじゃないかな」



 ゴゥゴゥゴゥゴゥ、ゴロゴロゴロゴロ
「メイド達が、他に誰も見つからなかった?」
「はい……キャロンは本館で他のメイド達を探しているはずです」
「ふむ……」
 とりあえず、嵐を避けられるまでに復旧した門番隊詰め所跡改め臨時シェルター内に座り、全員で状況確認を行うことにした。
 外では風の唸りと雷音が喧しいが、シェルター内部ならば会話が不可能という程のことでもなかった。
 メンバーは美鈴、ローズマリー、チヅコ、ヘレナである。
「お嬢様や妹様、パチュリー様は?」
「まだ確認していません。ただ別れる時、キャロンが様子を見に行くと言ってました」
「……これって、結構ヤバい状況なんじゃないですかね?」
 真剣な面持ちで、ローズマリーは呟いた。
 誰もが脳裏によぎらせながら口にできなかったことをローズマリーが呟いた瞬間、メイド達の表情に恐怖の色が浮かんだ。
 皆それぞれの表情で固まり痛いほどの沈黙が場を支配してしまった。
 シェルター内が静寂に包まれた為、豪雨が壁を叩く音とほとばしる雷鳴、そして吹き荒れる颶風の轟音が彼女たちの聴覚を支配し、より不安へと誘っていった。
「……と・り・あ・え・ず!何が起きているにせよ、私たちで何らかの行動を起こしましょう」
 一様に顔を曇らせ黙ってしまったメイド達を見かねて、この中で一番上の立場である美鈴が行動指針を決定した。
 沈黙が破られたことによってかメイド達の表情にもある程度明るさが戻ってくるのを確認して、美鈴は言葉を続けた。
「誰が何をするかの前にはまずヘレナとチヅコに聞いておきたいんだけど、今紅魔館内の空間はどうなっているの?」
「空間、ですか?……空間は至って通常通りで……あっ!」
「メイド長の能力は未だに続いている訳ですね」
「少なくとも、咲夜さんは居るはずか……となると咲夜さんが居ながらそんな事態に?」
 回答を聞き、美鈴は腕を組んで頭を捻った。疑問をひとつ解いたら、もうひとつ疑問が生まれてしまったのだ。
「美鈴様、居るとしたら図書館あるいはお嬢様の私室でしょうか?」
「それが妥当だとは思うけど……こればっかりは実際に行って見ないと判らないわね」
「つまり、本館に行って確認する必要があるということですね」
「そういうことになるわね。ただ、キャロンと行き違いになっちゃうかもしれないけれども」
「あ、じゃあ私がここに残りますよ。ヘレナとチヅコは本館から来たわけだけど、私はそうじゃないから」
「判ったわ……(パン)それじゃ、各自の行動確認!」
 美鈴が手拍子を打ち、全員が美鈴に注視した。
「ローズマリーはここに残り、キャロンを待つ。キャロンと合流したら、引き続きここで侵入者および逃亡者に備える」
「了解しました!」
「……逃亡者、とは?」
「何が起きていているのか、何あるいは誰が原因かは分からないけど、誰かが何かを起こした場合主犯が逃亡する可能性もあるから念のためね」
「なるほど」
「そして、私とヘレナとチヅコは本館に向かい状況を把握する……さしあたって、まずは図書館に向かう。いい?」
「「はい!」」
 美鈴はシェルターの入り口を開け、本館がある方向を見上げた。
 だが紅魔館本館は漆黒の帳の向こうに隠され姿を見ることは叶わなかった。
 さながら、そこには何も無いかのように……
「いくよ!」
「「はい!」」
「いってらっしゃいませ!お気をつけて!!」
 美鈴を先頭に3人は闇の中へと駆け出して行き。
 そして、ローズマリーがそこに残された。

        ***************

「お、キャロン!!」
 廊下をマーガレット・リアと一緒に歩き回っていたケイトは、ようやく見つけた自分たち以外のメイドに声をかけた。
 洗い物を終え、心に引っかかった小さなトゲのような疑問、咲夜の行方を捜して3人は館内を当ても無く行き来していたのだった。
「ケイト、マーガレット、リア……あの」
 キャロンの方も3人に気づき、3人に向き直り何かを言おうとした。
「メイド長を見なかった?」「クロレッタ達を見かけなかった?」
「え?」
「ん?」
「はい?」
「あら?」



「……つまり、そちらも人が居なくなったわけなのね?」
「はい、クロレッタ達夜番が誰も見つからず……」
「こっちはこっちで、メイド長が急に居なくなってたんで探してたんだよ。なぁマーガレット?」
「えぇ。それに、厨房にはメイド長のほかにチヅコが2回来たけれども、厨房を出てからは誰にも会えていないし」
 何かがおかしい。
 そう感じた4名のメイドは、ひとまずその場で互いの情報を交換する事にした。
「つまり、クロレッタ達はおろかチヅコと私たち以外のメイドも誰にも会っていない……と」
「はい」
 リアがまとめ、キャロンがそれを肯定した。
 だがこのまとめは、事態の解決につながる総括ではなく異常事態を再認識するだけの結果に終わってしまった。
「ところで、キャロンってば何してたの?」
「これ、みてた」
 キャロンが指を差した先の床には、屋内であるにもかかわらず水溜りができていた。
 落ちてきた雫が波紋を作っていたのでそれを辿って天井を見上げると、天井部分には濡れたしみが広がりそこから雨漏りが発生していた。
「あちゃー、これは酷い。直さないと」
「私、バケツもって来るわね。すぐそこの部屋においてあるはずだし」
 そういって、マーガレットは3mほど離れた場所にある部屋へと入っていった。
「本当ならすぐ直しに行くところだけど、今はそれ所じゃないわね」
 一同は顔を見合わせ、同時に頷いた。
「確かに」
 雨漏りは確かに問題だが、今は消えた仲間たちの方が重要問題である。
「でも、これからどうする?」
「少し前に、ヘレナがチヅコを連れて門番詰め所に向かった。美鈴様もそこに居る筈」
「なら、まずはそこに合流だな。リア、異論は?」
「ないわ。マーガレットが来たら早速向かいましょう……それにしても、マーガレットったら遅いわね」
 リアはマーガレットが入っていった扉に視線を移し、それに釣られるように2人も視線をそちらに移した。
 視線の先からは、未だにマーガレットが出てくる気配が一向にしなかった。
「…………まさか」
 バネが撥ねるようにキャロンは駆け出し、件の扉に手をかけた。
 リアとケイトも一瞬遅れてそれに続き、扉の両サイドを固めた。
 ノブに手をかけたキャロンがリアとケイトにアイコンタクトを取り、2人はすぐにでも弾幕を放てる体勢を取ってからそれに首肯を返した。
 2人の準備を確認したキャロンは、力いっぱい扉を開け放った。
 結論を言えば、室内にはバケツが1つ雨漏りの水溜りに転がっている以外に不自然な点はなく、不審者は影も形も存在しなかった。
 誰も、存在しなかった。
 部屋に入ったはずのマーガレットまでも。
 中を確認してみたが、窓の少ない紅魔館によくあるようにこの部屋には窓が無く、壁に壊れた形跡もない密室であった。
 ……そして、沈黙が残された。

        ***************

「……遅いわね」
「遅いですねぇ」
 広大なる図書館の奥地にある部屋で蔵書の整理をしていたパチュリー・ノーレッジと小悪魔はボヤきあった。
 夕食を届けてくれるはずのメイドがまだ来ていないのである。
「これを所定の場所においたらこちらから出向きましょうか……あ、魔理沙さんが今日持ち出した本のタイトルはこちらにメモっておきました」
 小悪魔から手渡されたメモを見て、パチュリーは目に見えて不機嫌になった。
「水神クタアト、幽霊客船殺人事件、ジェ・ハバカク・ジェフスンの遺書、ツァラトゥストラはかく語りき……他にもこんなにたくさん」
「ジャンルもバラバラですねぇ……あ、どうやらメイドの方がいらしたようですよ」
「…………まぁ、後でどつくにせよリベンジするにせよ魔法の実験台にするにせよ、後で考えるとしてまずは食事にしましょう」
 さしあたって食欲が勝ったのか、パチュリーはこめかみを痙攣させるのをやめ扉へと向き直った。
 食事を持って入ってくるメイドを期待してのことだったが、しかして入ってきたのは手ぶらのメイド2人と門番をしているはずの紅美鈴だった。
「パチュリー様、ご無事でしたか」
「……どういう事?」
「さぁ……」



「館のメイド達が消えた……?」
 食事が届かなかった件を不愉快に思いつつも、状況が切羽詰っていると感じたパチュリーは大人しく話を聞くことにした。
 美鈴は椅子に座って、対面にいるパチュリーと小悪魔に状況説明を行う形式を取った。ちなみに、チヅコとヘレナは美鈴のすぐ後ろに立っていた。
 先の言葉は、説明に対するパチュリーの返答第一声である。
「はい、どうやらそのようなのです……ただし、私は直接この件を確認していません」
「それはどういう事ですか、美鈴様?」
「報告を受け館内に着てからは、まっすぐこの図書館に向かいましたので……ただ、その途中でも誰にも遭遇しませんでした」
 小悪魔の問いに、美鈴は真剣な面持ちで答えた。
 その様にこれは冗談でも作り話でもないことを感じ取り、パチュリーは先ほどと違う理由で眉をひそめた。
「確かに妙ね。で、レミィとフランの安否はまだ確認できていないわけね」
「はい」
「ならまずは、レミィとフランのことを確認に行きましょう。今のままでは情報が少なすぎてなんとも言えないわ」
「この場合、全員で纏まって行動するべきでしょうか」
 この瞬間、2人のメイドの表情が微かに変化したのをパチュリーは見逃さなかった。
 その表情は恐怖に彩られていたが、一縷の強い感情をパチュリーは読み取ることができた。
 強い感情、すなわち原因を突き止め仲間を助けたいという想いを。
「もちろん全員で、ね」
 答えつつパチュリーは立ち上がり、手に持っていたメモを机においてから帽子を被り直した。
「さっき美鈴が語ったチヅコとイクコのケースを聞くに、単独行動がどうやら危険なようだし。それに直接状況の細部も聞きたいしね」
 そういうが早いか、宙に浮き図書館の入り口へと移動を開始した。
「あ、もう少しスピード落としてくださいよ!」
「パチュリー様、美鈴様、置いて行かないで〜」
「行くよ、チヅコ」
「う、うん!!」
 慌てて残る4名も後を追い。
 そして、メモだけが残された。

        ***************

「……何事も無く、到着しちゃいましたねぇ」
 小悪魔の言の通り、一行はなんら特異事態に遭遇せずにレミリア・スカーレットの私室前へと到達した。
 周囲を警戒しつつ今日の各々の行動を確認するという作業をしながら移動していたのだが、結局何も起きなかったのである。
「むしろ不気味なくらいに何も起きなかったわね」
「で、この後はどうしましょうか」
「とりあえずはお嬢様の安否を確認するべきかと……」
 全員がそれに頷き、言いだしっぺであるチヅコがドアをノックした。
「入りなさい」
 どうやら無事であるらしい。
 レミリアの声を聞き一同は安堵し、チヅコは「失礼します」と言いながら扉を開けた。
「来るのが遅いわっっ!!」
 ヒュゥゥガチャン!!
 そして、飛来した1mほどの花瓶の直撃を受け昏倒した。



「咲夜を筆頭にメイド達の殆どが消えた?まさか」
「残念ながら事実よ、レミィ」
 レミリアは信じられないという表情で呟いたが、パチュリーは事実であると念を押した。
 ちなみに、レミリアとパチュリーはレミリアの寝床に並んで座っており、美鈴と小悪魔は扉の前で周辺の警戒をしていた。
 そしてケイトは室内側の扉の傍らで花瓶直撃により気絶したチヅコの介抱をしていた。
「唐突は承知で訊くけれども、レミィ。何か気づいたこととかはないの?」
「私はつい今しがた起きたばっかりよ。で、起きた時にも呼んでも咲夜が来ないからイライラしていた」
「で、遅れてやってきた咲夜に花瓶を投げつけたつもりだった……と」
「そういう事。咲夜ならアレくらい容易く対処すると思ったんだけど、別のメイドが来るのは計算外だったわ」
「ふむ……」
 パチュリーは頭を抱えた。
 つまり、レミリアは事件が起きていたことすら気づいておらず状況について何も知らないという事になる。
(てっきりレミィなら何か知ってるんじゃないかと思ってたけど……勝手にこっちが思い込んでたわけだから逆ギレする訳にもいかないわね)
 と、そこまで話した所で美鈴と小悪魔が室内に入ってきた。
「ダメですね。メイド達が居ない以外は何も不自然な点がありません」
「何かあるなら、そこから手懸りが掴めるかとも思えたのですが……」
「そう……」
 言うなれば、手詰まりである。
「ところで、残っているのは何名なんだ?」
 ここで、レミリアは尤もな質問をした。彼女はまだ現状を把握できていないのだから当然の質問である。
「まず、レミィと私。そして小悪魔と美鈴とそこに居るメイド2名」
 一人ずつ指で指し、パチュリーは数え上げた。
「妹様はまだ未確認です。あとは……メイドのキャロンが捜索のために館内のどこかに、ローズマリーが門番詰め所に居るはずです」
「いえ、それは違うみたいです」
 美鈴の補足の言葉を否定したのは、扉の外から聞こえてきた声だった。
 全員が身構える中扉が開かれ……そこにいたのは、ずぶ濡れのキャロンとリアとケイトの3人であった。
「キャロン、無事だった!?」
「はい、美鈴様。実は先程詰め所に立ち寄ったのですが……」
「そこは無人でした」
「そして図書館にも寄ったのですがそこも無人でして……こちらに来た次第で」
 新たに加わった面々は、口々に経緯を説明した。
「リアとケイトはどういう経緯で?」
 ヘレナの問いにリアとケイトは顔を見合わせ、消えた咲夜を探しているうちにキャロンと合流したことを伝えた。
 そして、合流後にマーガレットがいずこともなく消えてしまっていたことも。
 確実に人数が減っていることを改めて思い知らされ、室内を無言が支配した。
「と・に・か・く!!」
 それを払拭するかのように、強い口調でレミリアは喋った。
「またメイド消えた、という訳ね」
 レミリアは苦々しそうに言った後、パチュリーに向き直った。
「さて、紅魔館の問題解決係としてこれからどうする?パチェ」
「……まずは、まだ居るか居ないかが判っていないフランの部屋に行きましょう。絶対に単独行動はせず、集団で」
 そう言って、パチュリーは全員を見回した。どうやら全員異論はないようだった。
 その意識を取り戻したチズコも方針を聞き異論を唱えなかったため、9名はフランドール・スカーレットの部屋へと向かうことにした。
 そして、無人の部屋が残された。

        ***************

「ところでパチェ、原因は分からないの?」
「何かが起きているは分かっているけれども……ただ、それが何かは分からないわ」
「それは残念」
「情報が少なすぎるのよ。一を聞いて十を知る自信はあるけれども、流石に一を聞いて千を知るのは無理だわ」
「……フランは、居ると思う?」
「それも分からないわ。吸血鬼だから、雨の日だし大人しくしているだけとは思うけど……っ!!」
 外では相変わらず嵐が猛威を振るっている中、フランの居る地下室へと移動しながらレミリアとパチュリーは言葉を交わしていた。
 だが、幾つ目かの十字路に通りかかったとき、パチュリーは会話を打ち切り進行方向に対して警戒をあらわにした。
 横ではレミリアも臨戦態勢を整えており、先頭を任されていた美鈴は鬼気迫る顔で今すぐにでも前方にダッシュできるように身構えていた。
 しんがりを務めるメイド達と小悪魔も警戒態勢を整えているのを魔力の変化で感じ取ったパチュリーは、全員が気づいていることに少しだけ安堵した。
 すぐそこの十字路に、誰かが居る。
 その次の瞬間、何者かが角から飛び出し弾幕を放ってきた。
 応ずるべくレミリア弾幕を放ちパチュリーもそれに追従しようとして……やめた。
 相手の放ってきた弾幕は余裕で避けられるほどに密度が薄く、おまけにどこかで見たような氷柱が混じっていたのである。
「…………美鈴」
「はい、既にこの通り」
 パチュリーの疲弊しきったような声に、弾幕を確認するや相手に向かい突進して行った美鈴が弾幕で発生した煙の向こうから返答した。
 煙の向こうから姿を現した美鈴の手には、パチュリーの予想通りの姿があった。
 レミリアの弾幕をしこたま喰らい気絶したチルノの姿が。


 ブオォォォォォォン、ブオォォ
「で?この非常時に何し来たのあんたは」
「うるさい!アンタ達こそ大ちゃんをどこにやったのよこの吸血鬼!!」
「ほほぅ?」
「い、痛い!手に力籠めるなあたいの頭が割れちゃう!!」
「割ってやろうかこの氷精!」
「まぁまぁレミィ、ひとまず落ち着いて。それじゃ情報聞き出せないわよ」
 このまま行くと本気でチルノの頭を割りかねないレミリアをパチュリーは何とか宥めて引き離した。
 代わって、一番面識のある美鈴が涙目のチルノから話を聞きだすことになった。
「それで、なんで館の中に?」
「何言ってんのよ!アンタ達が大ちゃんを閉じ込めてるんでしょうが!!」
「閉じ込めて?」
「あたいはちゃんと見てたんだからね!!大ちゃんが館に入っていくのを!!」
「ちょ、ちょっと待って。それ、いつの話?」
「今日の夜よ!あたいは放っとけば良いって言ったのに、大ちゃんはやっぱり無視はできないって教えに行った!恩をアタタタタで返しやがって!!」
「恩を仇、ね」
「美鈴、どういう事?」
「さぁ、私は通した覚えがないのですが……」
 パチュリーの問いかけに美鈴は首を捻った。
 と、そこにフォローが入った。
「あ。その件は伝聞ですが私達が把握しているんよ、ねぇキャロン?」
「ハイ」
「端的に説明しなさい」
「えっと……」
 レミリアの命令を受けてキャロンとヘレナが説明するところによると。
 今日、夕食中の門番詰め所に大妖精がやって来たのだという。
 大妖精は魔理沙の絡みでパチュリーに用があるらしく、通して欲しいとの事だった。
 魔理沙が湖上を飛んでいる時に、何か本のような物を落としたのを見かけたというのだ。
 本の関係した話なら、という事で門番たちは通すことにし、その際通報のご褒美として余っていた夕食のパンを大妖精にあげたのだという。
 以上のことが、美鈴の不在時発生した事態であった。
 美鈴はこの時、魔理沙にやられ本館に運ばれその時まだ臥せっていた部下のヘレナとキャロンを見舞いに本館に居た。
 ……との事だった。
「実は、余っていたパンというのが美鈴様と私とキャロンの分だったんよ……ねぇ?」
「そう。その所為で、私たちは起きてすぐに詰め所に向かったけど夕食を食べ損ねてしまった」
「その報告、私には届いてないわよ?」
「おそらく、報告を任された誰かが美鈴様に報告する前に消えてしまったのではないかと……」
「確かにありうるね」
 美鈴の疑問に、チヅコとケイトが理屈を考えていた。
 一方、レミリアはパチュリーに尋ね事をしていた。
「パチェ、図書館には来てないの?」
「私は見ていないわね……小悪魔は?」
「私も見ていませんね」
「じゃあ、どこに行ったのよ!!」
「こっちが聞きたいくらいよ!!こっちも咲夜を含めてメイドが殆ど消えちゃってるんだから!!」
「レミィ、抑えて抑えて。彼女と同レベルはどうかと思うわよ」
 癇癪を起こしかけたチルノに、レミリアもキレかけた。パチュリーは何とかレミリアを諌めた。
「どういう意味よ!!……へ?他にいないの?」
「そうよ、フランを除けばここに居るのが全員。あんたもここに来るまで誰とも会ってないんでしょ?」
「そういえば、門にも誰も居なかったわね。道理ですんなり通れた訳だわ」
 チルノの一言に、ローズマリーの不在を改めて認識させられ美鈴・キャロン・ヘレナの3名は顔を曇らせた。
「そっか、メイドはここに居る4人だけなのね」
「は?どうした数も数えられないのか。5人だろ」
 これだから氷精は、とでも言うかのようにレミリアはやれやれと首を振った。
「え?え?いち、にぃ、さん、し……4人じゃん」
「?」
「!」
 パチュリーは慌てて辺りを見回した。
「キャロン、ヘレナ、チヅコ、ケイト……リアが居ない!?」
 事ここに至って、全員がようやく把握した。それぞれが辺りを見回すが、どこにもその姿を確認することができなかった。
「馬鹿な!さっき部屋を出たときは」
「た、確かに居たはずです!」
「……一度、レミィの部屋に戻りましょう」
 一行は踵を返しレミリアの部屋に向かった。
 そして、チルノが残され――
「あたいをこんなトコに一人で置いて行くなぁ!!」
 チルノは残されず、後を追った。



「やっぱり、居ませんね……」
 部屋まで戻ってみたがやはりリアの姿は無く、結果戻ったことはほぼ徒労と終わってしまった。
 花瓶の欠片と中に入っていた水そして花が散らばる入り口から室内を覗き込んでみたが、やはりそれでも無駄だった。
「また一人消えたか……だが、どういうことだ?部屋を出るときは間違いなく一緒に居たはずだ」
「なのに、ずっとそばに居たはずの私たちに争うような気配も感知させること無くいつの間にか消えていた……」
「パチュリー様、どう思いますか?」
 小悪魔に指名されたパチュリーに、全員の視線が集中した。
 9人の視線を受けたパチュリーは口元に手を当てしばし思案し、数秒後に口を開いた。
「まずはフランと合流を図りましょう。それを確認したら話すわ」
「何よ、ケチ!」
「まだ考えている途中なのよ。フランの状況如何によっては変わるかもしれないから」
「では、妹様の部屋に向かいましょう。全員が全員をできるだけ意識して、途中で誰か消えないようにお互い意識しつつ」
「あと、移動中注意力が欠けない程度に今日の事を話して頂戴。何かヒントがあるかもしれないから」
 美鈴がまとめパチュリーが注文をつけ、先程とは少し構成の違う一行は再びフランドールの居る地下室を目指しレミリアの部屋を出発した。
 そして、再び無人の部屋が残された。

        ***************

「……そしてまた今回も無事に着きましたね、パチュリー様」
「そうね」
 有り体に言ってしまえば、会話しつつも警戒した甲斐もあってか一行は何事も無くフランドールの部屋の前に到達した。
「フラン、入るわよ」
「あらお姉さま、珍しいわねわざわざ会いに来るなんて」
 そしてフランの健在もあっさりと確認することができた。
 それぞれに安堵と肩透かし感と不安がない交ぜとなった表情で、一人また一人と部屋に入って行った。



「なにそれ」
 状況の説明を聞き、フランドールの発した第一声がそれだった。
「それは私も言いたいことだわ……さてパチェ。全員が揃ったことだし、今のあなたの意見を聞かせてもらえるかしら」
 レミリアに請われ、パチュリーはゆらりと立ち上がり、車座になっている9人の中心に立った。
 そしてレミリア、フランドール、美鈴、小悪魔、チルノ、ケイト、チヅコ、ヘレナ、キャロン全員が居ることを確認してから喋り始めた。
「意見を言う前に、何人かに確認をしておきたいのだけれど……いいかしら?」
「えぇ、いいわ」
「まずフラン、今日の貴女の行動を教えてくれるかしら?」
「どうって……起きてから特に何もしてないわよ」
「食事も?」
「してないわよ。まだ起きたばっかりだったし」
「分かったわ……次に美鈴。貴女は夕食をどうしたの?」
 フランドールに続いて、パチュリーは美鈴に質問をした。
「えっと……少し早めに、以前手に入れた中華饅頭を食べました」
「その後で、本館のキャロンとヘレナの様子を見に?」
「はい、大妖精さんはそのときに通ったんだと思われます」
「そして大妖精はキャロンとヘレナの分の夕食のパンを貰った、と」
「伝聞ですが、そのはずです」
「なるほど。次にチヅコ、ケイトが言うには貴女は今日ミスをして夕食を食べていないという事だけれども?」
 急に話を振られチヅコはビクビクしながらも、応答を始めた。
「あ、はい……その、魔理沙さんが帰られた後メイド長に塩を撒いておけといわれたのですが、その」
「塩を袋単位で湖にぶちまけたんだっけ?」
 どもりかけたチヅコに対し、ケイトが先を促した。
「はい、その事についてメイド長に表で叱られて……その間に夕食の時間が過ぎてしまい、食べ損ねてしまいました」
「厨房で咲夜が濡れていた理由はそれね……それで?」
「パンとかおかずは余りとして既にみんなに食べられていまして……そのまま雨漏り修理に向かいました」
「その後仕事をイクコに代わってもらい、イクコの為に温かいお茶を取りに行った厨房でおむすびを貰った……あってるわね?」
「はい」
「……最後にケイト、貴女は夕食の時に何かあったそうね」
「あ、はい。夕食中にリアのおかずを取ろうとして……で、失敗した挙句に仕返しにとパンを取られました」
「なるほど……となるとやっぱり」
「何か分かったの、パチュリー!?」
「今から説明するわ、フラン」
 勢い余って立ち上がったフランを制し、パチュリーはひとつ咳払いをしてから自分の意見を述べた。
「ここに居る以外の全員は、争った形跡も無くどこかに消えている。これはまず間違いない事実ね」
 忌々しいといった表情のレミリアを始め全員がそれに同意した。
「そしてここに居るメンバーは消えていないわけだけれど……ここに居る全員には共通点があるわ」
「紅魔館の住人である……って、この氷精は違うわね」
「あたいはここに住んでないわよ!大ちゃんも!」
「……パンか!」
 レミリアが手を叩いて叫んだ。
「そうよ。私、レミィ、フラン、小悪魔、チルノ、ヘレナ、キャロン、チヅコは夕食自体を摂っていない。美鈴、ケイトは夕食をとっていたけど、パンを食べていない」
「確かに……」
「もし、パンを食べた者に催眠をかけるような細工がしてあったとしたら……自発的に消えることになるから、争った形跡が無いことにも説明が付くわ」
「……つまり、どういうこと?」
「つまりですね、チルノさん。おそらくパンに何らかの原因があったってことになるんよ」
 ヘレナが、首を捻るチルノの補足をした。
「となるとパチュリー様、消えた皆はいったいどこへ……?」
 美鈴の質問に、パチュリーはしかし頭を振った。
「それはまだ分からないわ……ただ」
「ただ、何ですか?パチュリー様」
「小悪魔は覚えてる?厨房で咲夜が消えた時、密室でマーガレットが消えた時、レミィの部屋の前でリアが消えたときの共通点」
「……水溜り、ですか」
「えぇ。おそらく」
 咲夜の足元には咲夜自身から滴りたまった水溜りが、マーガレットの時には雨漏りの水溜りが、リアの時には花瓶の中身であった水溜りが存在していた。
「パチェ」
 しばらく何事かを考え込んでいたレミリアが、パチュリーに声をかけた。
「今までの消えたメンバーは、パンを食べて消えた。しかし私達は私たちはパンを食べていない」
「ええ」
「この場合……外敵が居るとしての前提だけど……パンを食べていない私達にそいつは何をしてくると思う?」
「目的が何かによるけれども」
「…………」
「もし私達を消すことが目的であるならば、何かしら別の手を使ってくるでしょうね」
「いいじゃん!力づくで来るんだったらそれはそれでねじ伏せちゃえばさ!!」
「フラン、人質が居るであろうことはわかっているのか?空間操作が解除されていないという事は、咲夜は少なくとも生きて――」
「きゃああぁぁぁぁぁ!!!!」
 フランの能天気な提案に対する否定は、絹を裂くような悲鳴によって遮られた。



「どうした!!」
「あ、あ、あ……」
 悲鳴を上げた主、ヘレナは美鈴の問いかけに答えずただ震えて扉の方を指差していた。
 美鈴がその方向を見やるとその部分では床の色が暗く変色していた。
 否、扉の隙間から水が少しずつながら確実に染み込んできてたのだった。
「パチュリー様、これって……」
 ケイトの疑問に、パチュリーはつばを飲み込んでから答えた。
「おそらく来るわよ。みんな気をつけて」
 言われるまでもなく、パチュリーを含めて全員が戦闘態勢を整えて扉下に広がる床の染みを見つめていた。
 そして、それ故に気づかなかった。
 反対側の壁から染み出した水が、音も無く床に広がっていたことを。
「うあぁ!!」
 彼女達が己の失態に気づいたのは、一番扉から離れていたケイトが攻撃を受けてからだった。
 振り向いた先では、ケイトが水面から体を伸ばした丸太ほどの太さの蛇のような生物に足首を噛まれていた。
「ケイトっ!!」
 一番近くに居たキャロンが手を伸ばしたが、その手が届くよりも早くケイトの体は水面に引きずり下ろされ……
 そして、地面に広がって居るだけの薄い水の膜であるにもかかわらず、あたかもそれが深き湖であったかのようにケイトの体は水面に引き込まれ消えてしまった。
「これが、人間消失の種か!!」
「マーガレットが密室から消えられた理由ね!!」
 レミリアとパチュリーはこの瞬間、消えた理屈を把握した。
 消えていった者たちは、自発的に水溜りへと身を沈めていったのだろう。
「お嬢様、パチュリー様!!」
「こちらからも!」
 美鈴とヘレナの叫びに気がついてみれば。
 ケイトの方に気をとられた一瞬で、扉下から染み出してきていた水も十分な量が溜まったのか層を形成し、そこから同様の蛇が複数頭を伸ばしていた。
「挟み撃ちのつもりか?」
「レミィ、油断しないでよ」
「分かっている!!」
 レミリアは吼え、周囲に複数の魔力塊を発生させた。



 一方、ケイトを沈めた水面からは再び蛇もどきが鎌首をもたげ、今度はキャロンを狙った。
 しかし今度は、先程のようには行かなかった。
 キャロンに噛み付く前に、フランドールの放ったか魔力弾が蛇もどきの顔面部分を一撃で破壊していた。
「これでどう……えっ!?」
 破壊された蛇もどきは急速に色を失い透明となり、液体のように形を失い地面へと広がった。
 そしてそこから再び元の形となって発生していた。
「フ、フランドール様!再生しちゃいましたよ!!」
「こいつ、不死身か……?面白い!!今度は耐えられるかな!?!!」
 フランドールはレーヴァテインを構え突進し、蛇もどきをたてに一刀両断した。
 チヅコとキャロンが別れたそれぞれの身に対し弾幕を発生させ叩きこみ、止めとばかりにフランドールが水面に対し魔力を叩き込んだ。
 だが、水の一部は確かに破壊されたのかもしれないが、殆どはそのままの状態で残ってしまった。
 むしろ攻撃の衝撃で広がり、床における水の領域が拡大してしまっていた。
「ちょっとお姉様!こいつ等埒があかないわよ!!」
「分かってるわよ!コッチも似たような状況なんだから!!」
 レミリアの方も、同じく終わらない状況となっていた。
 どれだけ弾を撃ち込み砕いても、またすぐに再生してしまうのである。
 ただ、流石にチルノの能力を受け凍りついた時は動きが止まるため、やっとどうにかなっている状況だった。
 業を煮やしたレミリアは、パチュリーに叫んだ。
「パチュリー、火の魔法で蒸発できない!?」
「やってみるわ!」
 パチュリーの魔力によって炎が生みだされ、それは一番手近に居た蛇もどきへと投げつけられた。
 さしもの水なる蛇もこの熱量には耐え切れなかったのか、蛇もどきは形を維持できず蒸発し霧となった。
 しかし霧は不自然に動き……美鈴の周囲へと集結していた。
「え?」
「美鈴様、危ない!」
 とっさにヘレナが美鈴を突き飛ばし。
 結果として、ヘレナが切りに飲み込まれてしまった。
「ヘレナ!!」
 パチュリーが急ぎ風を操り霧を吹き散らしたが。既にヘレナの姿はそこから忽然と消えうせていた。
「熱系統の術は使うな!!発生する霧に飲まれても消されるぞ!!」
「どうしろって言うのよ、お姉さま!!」
「ひとまず逃げるわよ!!」
 レミリアが撤退の意を決してグングニルを構え扉に向かって駆けた時。
 事態は更に悪化した。



「な……雨?」
「そんな馬鹿な!室内なのに!!」
「しかもしょっぱい?」
 地下室であるにもかかわらず、天井から大量の塩辛い水が室内に降り注いできたのだ。
 美鈴が慌てて天井を見上げると、いつの間にか天井は真っ黒に濡れ染まっていた。
 壁面および床の水に気をとられている内に天井から水分が染み出し、それが風呂場の結露のように許容量を超え降り出してきたのである。
「しまった、レミィ!フラン!」
 パチュリーが叫んだが、とき既に遅し。
 吸血鬼にとって流れる水はタブーである。
「ぐ……この、離せ!」
「フランドール様!……くぅ……っ」
 フランドールは、新たに出現した蛸のような触手に胴体を掴まれていた。
 フランドールを救おうとしたキャロンもまた別の触手に捕らえられ……二人諸共に水面へと引きずり込まれてしまった。
 一方、レミリアの方も状況は深刻であった。
 現在彼女は美鈴に背負われ、美鈴が絡みつかんとする水の蛇を全て避けていた。
 そしてパチュリーだが、彼女もまた危機的な状況にあった。
 呪文の連打に加えて水に打たれ続けた状況の所為で、喘息の症状が誘発しかけていたのである。
 故に彼女もまた回避に専念せざるを得なくなり、小悪魔とチヅコのフォローで辛うじて蛇たちの猛攻を凌いでいる状況であった。
 事ここに至っては、床は既に全て水に覆われており飛行を余儀なくされ、更にその水位も徐々に上昇していた。
 さらに小型の竜巻のような物まで発生し、飛行をおおいに妨げてくれるという念入りな状況だった。
 だが、ここでひとつの光明が差した。
「開いたわよ!」
 いつの間にかチルノが扉周辺の蛇もどきを全て凍らせ、重い扉を開け放ち廊下へと出ていたのだ。
 廊下もまた床は水に覆われていたが、雨は降っていないようだった。
「全員、外ゴホゴホッ、外へ!!」
 パチュリーの叫びを聴くまでもなく、開け放たれた扉へと飛翔していた。
 小悪魔に肩を貸してもらったパチュリーが、チヅコそしてが外に出ることに成功したが、またしても問題が起こった。
 天井の水皮膜から高速で伸びてきた触手が、レミリアの羽を捕らえたのだ。
 美鈴は咄嗟に、追撃の蛇もどきが迫っているのにも構わずそれを引きちぎろうと手を上に伸ばしたが、それよりも早く。
 レミリアが美鈴を扉へと蹴り飛ばしていた。
「お嬢様!!」「レミィ!ゴフ……ゲフッ」
「人手は多い方がいいでしょうに……さっきのままじゃ、二人とも消されてたわ。パチュリー、後は頼んだわよ」
 そう言い残し、レミリアは天井へと引きずりこまれて行った。
「ちょ、ちょっとどうするのよ吸血鬼も連れて行かれちゃったわよ?それに廊下の水面からもまた蛇みたいなのが!」
 チルノの言う通り、廊下の水面からもまた蛇のような存在が幾つも生えてきていた。
「ここから避難を……グフッゲフゲホン!」
「美鈴様、パチュリー様をお願いします」
「さぁパチュリー様、捕まってください」
「行き先は図書館で!喘息の薬があります!」
 美鈴が未だ発作治まらぬパチュリーを背負い、小悪魔、チルノ、チヅコと共に図書館へと向かった。
 そして、鎌首をもたげる数多の水蛇と蛸のような『何か』が残された。

        ***************

「パチュリー様、大丈夫ですか?」
「ええ……もう大丈夫よ」
 図書館内は、幸いにもまだ水に汚染されていなかった。
 パチュリーは美鈴から降り薬を飲むことで、ようやく人心地がついたようだった。
 彼女は薬を置き、自分の椅子に座った。
 美鈴とチルノも手近にあった椅子を引き寄せ座ったが、疲れた表情を隠そうとはしなかった。
「それにしても、何なのよアレはいったい……」
 座るや否や、チルノは愚痴り始めた。
 考えてみればチルノは巻き込まれたような物なので、それも仕方の無いことだが。
「アレが大ちゃんの消えた原因ってのは分かるけど……」
「あれはおそらく、多少デフォルメされた『幻想』かその類の何かよ」
 この一言をパチュリーが言った瞬間、全員が吃驚した表情でパチュリーを見つめた。
「パチュリー様、アレの正体に気づかれたのですか?」
 代表するような形で美鈴がパチュリーに質問をした。
 皆、固唾を呑んでパチュリーの次の言葉を待った。
 パチュリーはパチュリーで、慎重に言葉を選ぶようにゆっくりと続きを喋り始めた。
「ここ、幻想郷は外の世界で幻想となった存在が来る場所よ。そして、来るのは実体ある存在だけではないわ」
「と、仰いますと?」
「幻想となった概念や事象が来ることもあるのよ」
「それが『幻想』、ですか」
「例えば燃素とか、ね。あるいは、魔力的な力を解して書物の内容を一部擬似的に具現化することもできるわ」
「そんなこともできるんですか?」
「専門的且つ大規模的な魔術が必要だけど……理論上は可能ね。これも実際にない事件や事象を具現化するという意味では広義で今回の件の『幻想』に当てはまる」
「訳わかんないから理屈はいいわよ!!で、大ちゃんを助ける手はあるの?」
 激高したチルノに対し、パチュリーはあくまで冷静に答えた。
「概念・情報的な存在だから、殺すことは実質不可能よ。例え眼前の『幻想』を壊しても、その『幻想』の概念・伝承が生きている限り何回でも蘇る」
「フランドール様の能力でも、ですか?」
「外の世界も含めて、それに関する記憶を持つ人・本・情報媒体を全て消せば概念自体が消えるけどそれはまず不可能でしょうね」
「じゃあ打つ手無いじゃないの!!」
「……そんなことないわ。『幻想』が『幻想』であるためには、ある種のあいまいさが必要なのよ」
「あいまいさ?」
「もしも理詰めでその存在が否定されたならば、それはありえたかもしれない『幻想』ではなく『ただの嘘・誤情報』に成り果てるの」
「つまり?」
「その『幻想』が何なのかを見極め、それを否定すれば『幻想』は『幻想』であることを維持できず、消え去るわ」
「よく分からないのですが……」
「本の記述だとしたら、『お前は単なる本の記述だ』と言えばそれでいいのよ。それだけで、現実に存在を維持できず本の記述つまり単なる情報に戻る」
「伝承であったならば?」
「伝承であったならば、伝承の『幻想』は否定されることで『ただの嘘』に、核心を突かれることで『単なる情報』に戻ることになる」
「やっぱりよく分からないわよ!!」
「なら、『アレを消す秘密の呪文がある』ってだけ覚えておけばいいわよ」
「パチュリー様、アレの正体にお気づきなんですか?」
「『人間消失』『パンを食べて消えた人』『オオウミヘビとオオダコ』『竜巻』『しょっぱい水』……心当たりがあるわ」
「何かが、来ます!」
 チヅコの叫びを聞き、パチュリー達はチヅコの指差した方向を見た。
 その方向からは、直径5mほどの円盤状な何かが飛来してきていた。
「『UFO』……これもまたあの『幻想』の一部ね」
 UFOはゆっくりと浮遊してこちらに接近し、パチュリー達の頭上へと陣取った。
 チズコが試しに弾を撃ってみたが、やはり水に向かって撃ったような音を残すのみで破壊することはできなかった。
 頭上に陣取ったUFOが高度を下げ始めた時、パチュリーは空想を砕く言葉を発した。
「『デイ・グラシア号の乗員は食べかけの朝食なんて見つけていない』」
 効果は、劇的だった。
 言葉を聞かされたUFOは墜落するように図書館の床に落ち、攻撃を受けたわけでもないのに自壊を始めた。
「これで、終わりなんでしょうか?」
 背後から声をかけられた美鈴の声に対し、パチュリーは振り向いて答えた。
「私の推測どおり、この幻想があの船の――」
「パチュリー様、危ない!!」
 ガウン!



 美鈴に応答するためUFOに背を向けた。それがパチュリーの失敗であった。
 そのためUFOの割れ目から伸びた黒い人間の腕に気づかなかったのだ。
 黒い手には拳銃が握られており、銃口はパチュリーへと向けられていた。それに気づいた小悪魔は叫びつつ腕に向けて弾を撃った。
 結果、引き金が引かれる直前に小悪魔の弾が腕にあたり拳銃の弾はパチュリーから外れた。
「ちょっと、どういう事なのよ!?!!」
「パチュリー様、『幻想』はまだ壊れていません!」
「そ、そんなまさか……」
 一瞬の狂騒と自失。
 その隙を突き、UFOであった物は動き間合いを詰めてきた。
 親指以外の指が欠けた黒い右腕はパチュリーの胸元に伸び……しかしそれは美鈴が叩き落とした。
「こんのぉ!!」
 チルノの氷結を受け、UFOの残骸はようやく行動を停止した。
「パチュリー様、しっかりしてください!」
「馬鹿な、ありえない。要素は全てあの船のことを示していた。なのに……」
「パチュリー様!!」
 パシン
 小悪魔は、読みが外れた自失から帰ってこないパチュリーの頬を叩いた。
「……小悪魔」
「お嬢様に頼まれたじゃないですか!しっかりしてください!!今の状況を救えるのはパチュリー様しか居ないんですよ……ッッ!!」
 ドン、と。
 パチュリーは小悪魔に突き飛ばされた。
「小悪魔っ!」
「パチュリー様ならこの謎をきっと解けます……後をお願いします」
 いつの間にか床を這って来ていた水面、そこから伸びた蛸足が小悪魔の体を絡め取っていた。
 状況を把握したパチュリーが立ち上がり救助の行動を起こすよりも早く。
 小悪魔の体は水面へと消えていった。



 小悪魔が水に飲み込まれた時、チルノ達もまた劣勢に立たされていた。
 先程より一回り小さいものの、数多くのさっきより早いUFOが飛来してきたのだ。
 撃ち落しても撃ち落してもやってくる上、破片から発生した水溜りからは地下室のときと同じように蛇もどきが発生してくるのだ。
 上と下からの挟み撃ちは、時間が経つに連れ更に過激さを増していった。
「あーもうどうするのよコレ!」
「このままじゃジリ貧ですね……」
「…………美鈴様、チルノさん」
 チヅコの意を決したような声に、美鈴とチルノは応戦しながらも耳を傾けた。
「後のこと、お願いできますか?」
「どういう意味よ」
「あの空飛ぶ奴等、真上に着てから降りてきます。つまり、降りてくるにはタイムラグがあります」
「地面を走れば抜けられるって事?」
「おそらくは……ですから、パチュリー様を連れていったん引きましょう」
「……でも、ここを逃げ切った後はどうするのよ」
 チルノが苦言を呈した。
「あの紫魔女、当てにならないじゃないの!あいつ、失敗した!偉そうな事言って結局大ちゃんを助けられなかった!!」
「パチュリー様も、神様じゃないんです。失敗することもあるんです……もう一度、私の行動に免じて賭けていただけませんか?」
「行動って……え?」
 言い終えたチヅコは、無防備に高度を下げていった。
 蛇もどきの群れの中へと。
 チヅコの姿はあっという間に群がられて、見えなくなってしまった。
「私が、一番弱いですから……だから、こいつ等は私が引き受けます。その隙に……」
「メイドっ!?」
「くっ……」
 美鈴は躊躇無く左手でチルノの襟を握り、一気にパチュリーの傍らまで行くとパチュリーの腕を掴んだ。
 その状態から美鈴は机と椅子を足場に水蛇集合体のすぐ横を駆け抜け、UFOの群れの下を一気に通過し図書館の出口へと向かっていった。
 かくして犠牲を払いつつ3名は図書館奥地を脱出し。
 そして、かすかな希望が残された。

        ***************

「……今度こそ、大丈夫なんでしょうね」
「ええ、今度こそは。このメモのお陰で」
「何なの?そのメモ」
「さっき、美鈴の靴に引っかかってたのよ。これと貴女の証言のお陰で、アレの正体が完全に分かったわ」
「アタイの証言?大ちゃんの行動についての?」
 パチュリーとチルノは、嵐の中紅魔館の門上空に浮いていた。
「あのメイドの心意気に免じて、1回失敗したアンタをもう1回だけ信用してあげるんだからね」
「ありがとう」
「もしまた失敗したら、水に消える前にあたいがアンタをぶちのめしてやるんだから」
「そうならないように努力するわ……それより、貴女も全力で手を貸してくれるわよね」
「手を貸さなきゃ大ちゃんを助けらんないってんでしょ?ならあたいも全力を尽くすわよ」
「…………来たわ。雨の中じゃうまく飛べないのか、UFOは居ないみたいね。手間が省けるわ」
 チルノが真下を見ると、確かに蛇もどきと蛸もどきが発生していた。
「ほんの数秒で良いから、全力全開で頼むわよ。塩水は雨で薄くなるから、より凍らせやすいはず……」
「あたいは、大ちゃんを、取り返すんだから!!完全に凍れ!!!!」
 パチュリーの指示に従い、チルノは高度をさげ地面に着地し、『幻想』達の中央にて力を解放し全力で凍らせにかかった。
 結果、全ての『幻想』達は数秒の間動きを封じられることとなった。
 この数秒が、勝敗を決した。
「貴方のいた大西洋上には、氷なんて無かったでしょう?さて……」
 パチュリーもまた地上に降り立ち、そして地面に手を付いた。
「大地よ、起き上がりなさい!!」
 土を操ることで、パチュリーは自分の立つ部分を基点に大地の表面を90°起き上がらせた。
 それにより巨大かつ薄い土壁が門を塞ぐように発生した。
 もちろん、壁面には氷結した『幻想』の膜を付着させた状態で。
「今よ、美鈴!!!!」
 即座にその場所から逃れたパチュリーは、美鈴の名を叫んだ。
「はい……覇っ!!!!」
 門番詰め所跡改め臨時シェルターの中でスタンバイしていた美鈴は、パチュリーの合図と共に自分の目の前にある物体を思い切り殴りつけた。
 それは、パチュリーが詰め所にあった金属と金を操る力を用いて作り上げ、準備していた物だった。
 有り体に言えば、水に浮かべるボートを3つ重ねた物であった。
 殴られた3重ボートは飛ぶ途中でぶれて散弾となり。
 壁へと、ひいては壁表面の『幻想』の膜へと直進していった。
 パチュリーはボートの飛来を確認した時点で、詰めの1歩手前となる幻想を殺す言葉を紡いだ。
「『救命ボートはなくなっていた』」
 ギシリ、と。
 音を立てて氷結『幻想』はひび割れた。
 そこに3つのボートがぶち当たり……
 『幻想』は砕け散り、霧の湖上に着水した3艘のボート内にはいつの間にか消えたはずの皆が寝かされていた。



「大ちゃん、大ちゃん!」
 ボート内に大妖精の姿を確認したチルノはボートに駆け寄ろうとしたが、パチュリーに掴み止められた。
「忘れたの……?まだよ、まだ終わってはいないわ」
 言われて、チルノは思い出した。
 そう、図書館ではここで油断したがために酷い目にあったのだ。
 パチュリーの言葉の通り、崩れ去ったはずの『幻想』の欠片の山の中から黒い腕が現れた。
 そしてその腕を基点にして、残骸の中から鷲の様な鼻と黒っぽい目を持つ男が現れた。
 チルノは弾を撃とうとしたがパチュリーはそれを止め、弾の代わりに決着の言葉を黒い男に投げかけた。
「『J・ハバクク・ジェフスンなる人物は架空の人物でしょう?Mr.セプティミアス・ゴアリング』」
 この言葉を聞いたとたん、ゴアリングといわれた男は硬直し……そして、空気に溶ける霧のように虚空へと消えてしまった。
 男が消えた後には、1冊の本が落ちていた。
「……今度こそ、決着ですか?」
「ええ。今度こそ本当に終焉よ」
 濡れた地面に落ちた本を拾い上げ、パチュリーはボートの方を見た。
 既にチルノが大妖精を起こそうと頬をペチペチと叩いていた。
「さぁみんなを運ぶわよ、美鈴。特にレミィとフランは早く流れ水のない館内に運ばないと」
「了解!」
 嵐はまだ止みそうになかったが、戦いは終わった。
 そして、勝利が残された。

        ***************

「それで、昨晩のどのような経緯だったのですか?」
 台風一過のような快晴の翌朝、庭に机と椅子を持ち出してまで堪能していたパチュリーの優雅なモーニングは不躾な訪問者によって破られてしまった。
 ちなみに、美鈴とパチュリー、そして捕らえられていた時間が短かったチヅコと小悪魔を除く紅魔館の面々は未だに床へ臥せっている。
 そしてチヅコは館内のもろもろを一手に担い働いているため、このモーニングの準備をしたのはすべて小悪魔である。
「……ずいぶん耳が早いのね、天狗」
「いやぁ、湖上で氷精が武勇伝をおおっぴらに叫んでいましてねぇ。それで、どのような事件だったのですか?」
 厚かましくも目の前にやって来て対面に座った射命丸文を見て、パチュリーは軽く嘆息した。
 彼女の腰の粘り強さは折り紙つきであり、実害がないならば追い払うよりも満足するような情報を与えた方が楽……というのは、ある意味常識のように知れ渡っている。
 閑話休題。
 今度はネタ帳と筆記用具を持ち机の上にズズズィっと身を乗り出してきた文を見てパチュリーはもうひとつ溜め息をついて、今回のあらましを文に説明し始めた。
「原因は3つの些細な事だったわ」
「3つ、ですか?」
「そう、3つ。その3つは全て些細な事だったけど、それらが複合した事により……怪異は生まれ出でたの」
 1つ目は、図書館の蔵書達の魔力の相互干渉によりある本が魔力を持ってしまった事。
 2つ目は、一度に大量の本を慌てて持ち出した魔理沙が1冊の本を落としそれに気づかなかった事。
 3つ目は、塩を撒いておいてくれと頼まれた一人のメイド(チヅコ)がうっかり湖に塩の袋を落としてしまった事。
 以上の3つが原因要素だった、とパチュリーは説明した。
「ふむふむ、なるほど……つまり魔理沙さんが図書館から持ち出した本が原因で此度の事件は起きたという事ですね。ただ」
 帳面にメモを取りながら、文は質問を続けた。
「3つ目の要因の意味がよく分からなかったので説明していただきたいのですが」
「それは……あ、ちょっと待ってもらえる?」
 パチュリーが逸らした視線の先には、小悪魔が紅茶とビスケットを持ってきていた。
 小悪魔が注いだ紅茶を一口飲んでから、パチュリーは文の方へと向き直り説明を再開した。
「前提として聞いておきたいのだけれども、貴女は『海』を知ってるかしら?」
「海、ですか……?」
 予想外の事を聞かれ、さすがの文もメモする手を一瞬止めざるを得なかった。
「以前早苗さんから聞かせていただいたので、基本的なことぐらいは」
 しかしそこは百戦錬磨の新聞記者。その一瞬で質問を把握し回答を行うことに成功した。
「ならそれを踏まえて話させてもらうわ……事件の元凶はこれよ」
 そう言ってパチュリーは足元から本を手に取り、文へと手渡した。
 文は手渡された本をしばらくためつすがめつし、中をパラパラと確認した後でパチュリーへと返却した。
「これは……異国の言葉の本のようですね」
「ええ。原文では『J. Habakuk Jephson's Statement』、和訳するならば『ジェ・ハバカク・ジェフスンの遺書』あたりが妥当かしらね」
「ほうほう、何やらそれっぽい名前ですねぇ」
「この本の内容の具現化が、今回の事件の真の中枢といえるでしょうね」
「それで、この本はいかなる魔術書だったので?」
「魔術書じゃないわ。幾らか曰くはあるけれども、アーサー・コナン・ドイルという外世界の作家が書いた単なる娯楽小説よ」
「………………はい?単なる小説、ですか?それが、あんな事件を?」
 歴戦の新聞記者である文といえど、流石にこれは理解の範疇を超えているらしく、文は手帳を取り落とし茫然自失といった風になった。
「単体としては、単なる小説よ。ただ、図書館に並べられた魔力の干渉で妙な力を持つようになってしまったのよ」
「『妙』を具体的に述べると?」
「『自身にまつわる幻想の具現化』ね。この本についてさっき言った言葉覚えてる?」
「えっと、『幾らか曰くがある』ですか?」
「その通り、よ」
 ここまで喋って、パチュリーは再び紅茶に口をつけた。
 馥郁たる香りをじっくりと堪能し、頭を多少だがすっきりさせてからパチュリーは再び説明を開始した。
「今回の事件は、『幻想と現実と創作の複合』だったのよ」
「またややこしそうなはなしですね……」
「実際にややこしいのよ。まず、一番の本質は『メアリー・セレスト号』という船よ」
「船、ですか」
「そう、船。海に浮かぶ船よ……これで、3つ目の要因の意味が分かったんじゃないかしら?」
「大量の塩が1箇所で溶かされたことにより、海の水と同じような溶液が発生し、それに本が触れたことで……」
「海水にまつわっている、小説の内容の具現化が起きた。私はそう考えているわ」
「興味深い展開ですね」
「で、『メアリー・セレスト号』について説明をすると……判り易く言ってしまえば『船舶関係では、もっとも有名な神隠し事件の起きた船の名前』になるわね」
「神隠し?」
「外の暦や地名を使って説明するけど、そこは勘弁ね」
  1872年12月5日、リスボン沖700kmほどの海上でデイ・グラシア号という船がふらふらと海上を漂っている不審な船を発見した。
  その不審な船の名前こそが『メアリー・セレスト号』。
  デイ・グラシア号のモアハウス船長は部下に船を調査させたが、その船内は実に奇妙な状況であった。
  船内に荒らされた形跡は無く、積荷も日用品も貴金属類も救命ボートも全て普通に存在していた。
  だが、デッキにも船室にも舳先にも艪にも、どこにも誰も居なかったのである。航海日誌に拠れば10人居るはずの人間が、誰も。
  さらに奇怪なことに、各所には『ついさっきまで人が居た』形跡が残されていたのである。
  船長室には食べかけの朝食と思しき物が残されていた。
  飲みかけのまだ温かいコーヒー、2つに着られたゆで卵、皿に盛られたオートミール等々。
  ある船室には子供が遊んでいた形跡があり、ある船室ではミシン用機械油の細いビンが(揺れる海上にもかかわらず)まっすぐに立っていた。
  つまり、ある瞬間に人が忽然と消えたとしか思えないような状況だったのである。
「まさしく、まさしく神隠しですね!」
 興奮した文は、メモ帳に長い文章を書きつつ叫んだ。
 しかし対照的にパチュリーは極めて冷めた表情で、次の言葉を続けた。
  積荷のアルコール類や金品は無事だったから、海賊――つまり、海の上で活動する強盗に襲撃された訳ではない。
  となると、何があったのだろうか?
  パンに付いた麦角菌というばい菌が出した毒素に汚染されたパンを食べた乗組員・乗客が発狂して全員海に身投げしたんじゃないか?
  海の魔物である巨大ウミヘビやオオダコに襲われたんじゃないか?竜巻で人だけが吹き飛ばされたんじゃないか?
  UFOにさらわれたんじゃないか?バミューダやサルガッソーのような、人を飲み込む異次元を通過してしまったんじゃないか?
  あるいは、船長船員乗客全員がグルで保険金詐欺を働いたのではないか?
  様々な説が出ているが、未だに真相は不明である。
「……と、以上が『幻想』よ」
 ピタリ、と。
 この言葉を聴いたとき文は手を止めた。
「つまり、先ほどのは全て作り話であると?」
「作り話は一部、よ。『デイ・グラシア号がメアリー・セレスト号を見つけた』というのは事実」
「となると?」
「デイ・グラシア号はメアリー・セレスト号を連れて陸に帰り、徹底的に調査されたわ。関係者も事情聴取された」
「……それで?」
「実は、食べかけの朝食なんてそもそも無かったのよ」
「は?」
「そして、救命ボートも消えていた。これが『幻想』に覆われていない『現実』よ」
「な、何なんですかそれは!!じゃあ救命ボートに乗ってどこかに避難しただけと考えるのが妥当じゃないですか!!さっきのおどろおどろしい話は……」
「後の世の人が話を面白おかしくするために作った脚色、という訳。その脚色による『幻想』が、外の世界では一人歩きしているようなのよね」
「そんなオチだったんですか……あ、ボートで貫いたとき消えた人たちが出てきたのはそういう理屈ですか」
「そういう理屈よ」
「なるほどなるほど」
「メアリー・セレスト号の名は、消失事件の代名詞ともなっているそうよ。飛行機――外の世界の空飛ぶ乗り物5機がある海上で消えた事件は『空のメアリー・セレスト号事件』と呼ばれているとか」
「多くの人は、真実よりも興味を引く空想を求めているというべきですか……新聞記者としては複雑な心境です」
 話が一区切り付いたところで、パチュリーは再び紅茶を口にした。
 文は話の内容をネタ帳に書き留めていたが、不意に手を止めしばし悩んだ後パチュリーに質問をした。
「先ほどの本は、この件とどう絡んでくるのですか?」
 その言葉を受けて、パチュリーはポンと手を打った。
「そういえばまだ話してなかったわね。この『J. Habakuk Jephson's Statement』という小説は、例の事件を下敷きとした創作小説よ」
「『創作』、ですか」
「著者のドイルは『マリー・セレスト号における人間消失は、実はセプティミアス・ゴアリングなる黒人が引き起こした白人虐殺事件である』としたのよ。それを、ジェイ・ハバクク・ジェフソンなる唯一の生存者の視点から書き表した」
「『マリー・セレスト号』ですか?『メアリー・セレスト号』ではなく?」
「小説として、少し改変したのでしょうね。でも、当時この事件はあまりに有名だったから殆どの人はすぐ『メアリー・セレスト号』と分かった」
「ふむふむ」
「この時まだ事件は調査中だったから、事件担当者が『小説とはいえでたらめを書かれると困る』とコメントしているわ」
「これもまた、真実よりも好奇心を満たす何かに惹かれる結果といえそうですね」
「この一件でアーサー・コナン・ドイルは有名となったわけだけど……それはさておき」
「先ほど『幻想と現実と創作』と仰った意味が推測できましたよ。つまり、メアリー・セレスト号の『現実』を下敷きとした『創作』であるその本が」
「海水に近い水に触れ、内容の具現化が起きた。しかし幻想の住まう幻想郷では、『創作』よりも『幻想』の方が強かった」
「故に、事件の核は『創作』であるにもかかわらず『幻想』に従って事件が起きた」
「外枠の『幻想』はメアリー・セレスト号の真実で存在消滅するが、核である『創作』はメアリー・セレスト号の真実では消えない。なぜならメアリー・セレスト号ではなくマリー・セレスト号だったから」
「そして、外枠を剥いだ後に現れる核である『創作』を潰さねばまた『幻想』を纏って再生する……ホントにややこしい話でしたね」
「もうこりごりよ。とりあえず、今日の午後は魔理沙をとっちめてやるつもりなんだけど、手を貸してくれるかしら?」
「記事にしてもいいですか?」
「助勢してくれるなら、いいわよ……あら?」
「ん?」
 2人は同じ方向を見上げた。
 そちらの方から叫び声が聞こえてきたからである。
 叫び声の元はまっすぐにこちらに飛行しているようで……小悪魔が机をずらすと同時に、その場所へと着陸した。
 尤も、着陸というよりは墜落と言った方が近いような風であったが。
「噂をすれば影、ね。ちょうど貴女に用があったのよ」
 大地に激突した人物は、ある意味今回の元凶とも言える霧雨魔理沙だった。
 着陸の拍子に地面にコケた魔理沙は立ち上がると、パチュリーに対し泣きそうな顔で叫び声を上げた。
「さすがにあんなのは酷いぞ!!蔵書を死ぬまで借りてるのは確かに恨んでるとは思うが、あんな罠仕掛けるのはあんまりだぜ!!!!」
「え?」
「パチュリー様、何かしたんですか?」
「何もしてないわけじゃないけど、ここまでの事態になるようなことは流石に……?」
「しらばっくれるなぁ!本気で死に掛けたんだぞ!!」
「まぁまぁ、ひとまず落ち着いてくださいよ」
 困惑する小悪魔を無視してパチュリーになお詰め寄ろうとする魔理沙を押し留めたのは、文だった。
「どうにも、事件のようですが……何かあったのですか?」
「…………今朝、朝食を摂っていたら家が壊れたんだ」
「はい?」
「今朝はご飯を炊いて味噌汁で朝食を取ってたんだ。その時、手が滑って昨日持って帰ってきた本に味噌汁を零しちまったんだが……」
 ピキッとパチュリーのこめかみに青筋が浮かんだがそれはさておき。
「本からいきなり馬鹿でかい何かが出てきて、しかもそいつら幾ら攻撃しても水みたいになって効かなくて……」
『どぉぉりゃぁぁぁぁ!!』
 上空から轟いた怒号に上空を見上げると。
 湖上で巨大な5つの『何か』が飛行していた。
「美鈴様が、あれと戦っているようですね」
 冷静に状況を把握する小悪魔だったが、その後ろではパチュリーが涙目の魔理沙の首根っこを掴んで詰問していた。
「魔理沙、その味噌汁は味濃いのかしら?」
「み、味噌は多めに使ったから多分濃いと……」
「つまり、塩分多めのしょっぱい液体だったわけね」
「『海水のような』味噌汁を本が浴びたという事は……」
 文とパチュリーは顔を見合わせ、お互いに同じことを考えていることを察知した。
 すなわち『同じ事件が発生した』と。
「それで、なんというタイトルの本に掛けてしまったのかしら?」
「まだ読んでない本だったんだ……確かバムーダがどうとか」
 深く。
 深くパチュリーはため息をついた。
「とりあえず魔理沙、アレは本が悪いんであって私が貴女に対して仕掛けた罠じゃないわよ」
「……本当か?」
「本当、よ。アレは私が何とかするから、元凶として美鈴と一緒に少し時間を稼いでなさい」
「わ、分かったぜ」
 そして魔理沙は5つの飛行物体へと飛び立っていった。
 騒々しさが一区切りした所で、文はパチュリーに疑問を呈した。
「ところで、アレは何なんですか?」
「あれは、『空のメアリー・セレスト号』よ」
「あ、もしかして先ほど話に出た……」
「そう。挿絵で見たからまず間違いないわ。晴天のバミューダ海域に『方角が分からない』『白い水に突入する』と言い残して消えたはずの存在よ」
 端的に文に説明してから、パチュリーは呼吸を整えてから喘息が誘発しないよう慎重に戦場へと向かった。
 『1945年12月5日に跡形も無く消息を絶った5機のアベンジャー雷撃機の幻想』の元へと。
 そして、後には文による記録が残された。



   パチュリー・ノーレッジ ○ -- ● アベンジャー(5機)
     決まり手:真実「そもそもその時間帯は悪天候であった」
               「故に、残骸が見つからないのも当然である」
               「『白い水に突入』なんて通信は行われていない」
               「通信によれば、彼らは方角を理解していたが位置を間違えていただけである」
               「以上により、超常現象にこじつけずとも説明できる」

  勝利者インタビュー
「資料によるとバミューダ海域の遭難事故は嵐の日に多い。そして他の海域に比べ事件の数が格別多いわけではなく、残骸が見つかることも多い。これもまた人口に膾炙するよう、好奇心を煽るよう作られた『幻想』ね」
幻想を殺すのは、いつだって現実だ。
幼き日に夢見た怪奇現象は、大人になり資料を調べる事を覚えた所為で死んだ。
それが、現実だ。

ちなみに、メイド達の名前は全て由来があります。
 『フォックス姉妹』『念写』『透視』『近代オカルティズムの母』
 『リストの亡霊』『箪笥と瞬間移動』『聖痕』
全て分かった人は、きっと幻想を愛していた人でしょう。

  参考文献:
怪奇全百科/小学館 佐藤有文
トンデモ超常現象99の真相/洋泉社 山本弘+志水一夫+皆神龍太郎
新・トンデモ超常現象56の真相/太田出版 山本弘+志水一夫+加門正一
ドイル傑作集U−海洋奇談編−/新潮社 コナン・ドイル(延原謙 訳)
K.M
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2008/10/05 08:57:22
更新日時:
2008/10/07 23:57:22
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1. 5 慶賀 ■2008/10/05 13:06:06
テーマはミステリーでしょうか。すんごい作り込んでるのか
朝飯前だったりするのか、あやふやなのか細かいのか、作者様の話を自分が
一方的に納得することも出来ませんでした。理解力がなくすいません。
 うーん、実に東方くせー。
2. 7 三文字 ■2008/10/06 03:28:26
なんとも幻想郷的なお話ですね。
メアリー・セレスト号やバミューダは有名な怪異ですが、なるほどそんな話があったとは……
最初の段々と人が消えていく場面はもう本格的なホラーですね。読んでいてドキドキしました。古典的展開ではあるけど、それ故に面白い。
ただ、水の触手?が出てきたあたりで怖さが半減した感じがします。
怪異とは姿が分からないが故に怪異ではないかと。具体的な形を持たせずにそのまま行って欲しかったというのが、個人的な感想です。
それでも、触手に引きずり込まれる恐怖とかはよく書けていたかと。
3. 7 あずまや ■2008/10/06 23:21:55
緻密に構成された謎がだんだん解かれて、展開されていくのがとても面白かったです。
4. 6 小山田 ■2008/10/07 14:51:30
異変のきっかけは強引ですが、物語の謎には些細なことをはねのける面白さがありました。
5. 10 #15 ■2008/10/07 16:09:40
素晴らしい。賛辞を送らせていただきます。
6. 5 佐藤 厚志 ■2008/10/08 17:12:54
2,3回読み返したのですが、中々難解ですね。ドイルの文学を使った着想が面白かったです。
ただ展開が遅いので、ちょっと中だるみしてまっている気がします
7. 5 yuz ■2008/10/09 14:35:38
大変面白い発想でした。
8. 5 あじゃこ ■2008/10/14 12:18:51
なかなかわくわくしながら読ませてもらいました。
文章が全体的に堅いなあと思いました。
9. 7 名無し ■2008/10/14 17:33:56
メイドの名前が覚えにくいこと以外
問題なし面白かった
10. 6 べにc ■2008/10/23 09:13:15
コナンドイルの小説は読んだことありませんが、上手く内容を表現していて面白かったです
最初はフランが登場していなかったので「そして誰もいなくなるか?」を題材としてると思いました
最後まで飽きずに読めたので、楽しかったです
11. 5 deso ■2008/10/23 22:24:02
面白いB級でした(褒め言葉)
戦闘に入ると今ひとつ安っぽい感じだったのですが、B級としてはそれもまた良し。
何より、ネタが私好みでした。
12. 5 神鋼 ■2008/10/25 18:06:13
面白い切り口でした。ただ、メイド達の動きが判り難く、状況の把握に苦労しました。
13. 4 ミスターブシドー ■2008/10/27 01:14:48
ミステリー仕立てなのだが不安を煽るにしても、少し長すぎる気がする。
事態が進まないから途中でイライラしてきた
ネタバレまでが長かったが、それなりに面白かった。
解決までのパッチェ先生の手探り感がいい感じだ。対策がわかればあとは蹴散らすだけ。
14. 9 詩所 ■2008/10/29 00:34:45
お題の使い方が秀逸、水をSSに出てくるだけのものにせず上手く使っていると思いました。
これを読んでお題の「水」って難しいな、と再認識しましたよ。

バミューダトライアングルは知っていましたけど、実際のメアリー・セレスト号と創作のマリー・セレストの知識は皆無、だから余計に楽しめた気もします
それにしても、人間は水物の噂が大好きですねぇ。
15. 6 PNS ■2008/10/29 20:36:26
名前の由来には気がつきませんでした。
内容に関してですが、事件としては幻想郷っぽくて面白いと思いました。
ですが、せっかく最初がミステリー調なのだから、最後までミステリーにしてほしかったです。
なぜかモンスターパニックになってます。途中で興ざめしてしまいました。
元ネタを全て知っていれば、楽しめたのかもしれませんが……。
16. 7 眼帯つけた兎さん ■2008/10/30 06:30:19
水であり、幻想郷らしいお話。
ああ、幻想を愛した素敵な物語でした。
17. 6 つくし ■2008/10/31 12:58:18
 幻想涙目。いろいろ面白いのですがどうもへんに情報量が多すぎて(モブキャラの名前とか話の展開とか)読むのがしんどかった感じです。
18. 6 じらふ ■2008/10/31 21:52:12
サー・アーサー・コナン・ドイルも罪作りな真似を。
ソッチ方面は結構良い年齢になるまで大好きで読み倒してましたけど、後書き読んでもメイドの名前一部しか分からなかったのはやや不覚(笑

まこと幻想を殺すのは、いつだって現実。
でも現実に居ても、幻想を楽しむ心さえあればそれは己の内には生き続けるのです。そしてそれはきっと、とっても幸せな事だと思いますね。
19. 7 リコーダー ■2008/11/01 09:12:57
「乗組員」だの「消えた○○」だの、言葉の響きだけでワクワクしてくるのはミステリの醍醐味ですな。
結局は戦闘と、正解を言葉で言うという安直な手段に収斂してしまったのがマイナスではある。
20. 3 今回は感想のみ ■2008/11/01 16:40:43
ごちゃごちゃして、幻想をなくすというネタバラシの効果がいまいち薄くなっちゃっています。
無理してメイド出す必要あるのか、自己満足以上の意味があるのか、ただでさえ必要以上に間延びした構成上にちりばめることについて、ちょっと疑問でした。
とはいえ、自己満足は創作意欲の重要な部分なので、自分が満たされるからというのは立派な理由なのですが。
21. 6 八重結界 ■2008/11/01 18:58:53
幻想に対抗しうるのは現実。真実を突きつけることで、創られた幻想は消える。
設定は面白かったのですが、いかんせんメイドの数が多すぎて状況を把握しきれませんでした。それが残念。
22. 6 木村圭 ■2008/11/01 22:08:39
一時的、限定的とはいえ湖を海に変えるほど塩をぶちまけたのも凄いですが、そこに落ちてくる本も凄い気がします。
外の世界で空想と成り果てて幻想郷にやってきても、所詮架空は架空なのですね。幻想の郷もそこまでは面倒見切れないか。
元ネタは存じませんでしたがわくわくしながら読ませていただきました。
23. 5 藤ゅ村 ■2008/11/01 22:54:58
 幻想殺し。
 キャラの名前把握するのがちょい面倒でした。まあ元ネタうんぬんは別にして、新人の名前がばーっとたくさん出てきていきなり彼女らの行動全部把握しろって言われても難しい。幸い、ちゃんと把握しなくても読むのに支障ありませんでしたけど、あれだけ出したのなら新人さんの名前やら何やらが伏線になっててもよかったような。元ネタ以上の意味はないのかもしれないですけど。
 その意味で、謎解きの要素が若干詰め甘かったような気がしないでもない。総じてバランスが悪いのかな……いや解けませんでしたけど謎。幽霊船とかバミューダトライアングルとか、そのへんの名前だけは知ってましたが。
24. 6 時計屋 ■2008/11/01 23:57:41
まぁ大人になってから子供の頃の不思議の種明かしをしていくのもまた一興かと。

お話の構成は良く出来ていて面白いと思います。
古き良き王道ミステリーの匂いがしました。
ただそれ故か、描写や台詞が説明的なものに終始しているように感じられました。
あとは登場キャラが多すぎてごちゃごちゃしているのも気にかかりました。
妖精たちに名前を付けたのは逆効果だった気もします。
25. 2 Id ■2008/11/01 23:57:46
作者の努力はひしひしと伝わってくるのですが、冒頭の怒涛の如き場面移動とオリジナルの登場人物名羅列に面食らって、誰が何をどうしているのか良くわからないまま読み終えてしまいました。読者に理解力を求めすぎな感があります。チズコとチヅコは単なるミスでしょうか。また、地の文が行動の説明に終始していて背景や心情の描写に欠け、素っ気無いものとなっています。もう少し読者の立場に立つと、もっとよいものが出来ると思います。
26. フリーレス つくね ■2008/11/04 21:47:32
感想期間は終わってしまいましたが、せめて感想だけでもと思いまして。ここに述べさせて頂きたいと存じます。
さて、こういう次々と人が消失していくというのは昔からよくあるミステリーですが、まさかこういったオチになるとは……幻想郷だからこそ起きたものですねぇ。味噌汁で発生する幻想も可哀想ですがw
導入部がやや読みづらくもありましたが、その後はトントンと進んでいけた感じです。最後の解説部分がありがたかったですが、最後のネタ晴らしといった風にも感じました。中盤〜あたりで徐々に明らかになっていき、統括として最後に短く纏めるという風でしたらこの感じは薄れるように思いますが……このあたりは人によって感じ方がばらけそうです。
27. フリーレス ■2009/02/08 12:22:14
採点期間は過ぎていますがとても感動したので書かしていただきます東方と有名な怪異を組み合わせてミステリーにするというあまりみないタイプのSSでしたがとてもおもしろかったです。
名前 メール
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