夢想草子

作品集: 最新 投稿日時: 2008/10/05 08:59:07 更新日時: 2008/11/08 22:28:23 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00


 “透明”で“冷たく”、“癖も無く”、それでいて“生命に必要”なモノ。
 私は水として作られた……のかもしれない。




 仕事を離れると大してすることが無い、自分は忙しい場所に身を置いていたほうが無駄が少ないのだと夢子は今現在、感じている。

「結局は作り物、自分では何もできない」

 部屋にいても、汚れてもいない部屋を掃除し始めるだけである。これも職業柄ということか、それともそう設定されて作られているのか?
 考えたところで答えは出ないし、答えを欲している訳でもないので夢子は取り敢えず外に出てみることにした。



 そもそも夢子が暇を持て余しているのには理由がある。

「夢子ちゃんにも休暇って必要だと思うのよ」
「はあ」
「魔界にも労働基準法というのがあって、超過労働は法で禁止されているの」
「それを取り決めたのは」
「当然、私。決めたのも今」
「別に疲れているわけでは」
「体を壊されては私も困るのよ、主の好意は素直に受け取ること」
「顔が……近いです」
「分かった? なら、私はアリスちゃんの所に行ってくるわね」

 髪の毛を揺らしながら神綺は夢子の部屋から出て行く。
 残された夢子は神綺の姿が見えなくなってから「はぁ」と体に溜まった空気を吐き出すのだった。



 三時間前の話である。
 つまり、今に至るまでの三時間を無意義に過ごしていたということだ。
 なんとか現状打破のために無為散策を始めたが、何かが劇的に変わるわけでも無い。
 誰かがいたりすれば退屈しのぎにはなるのだがと思い、夢子は辺りを確認する……そして自己の姿を死角になる場所へ隠した。
 自分と同じように周りを伺いながら歩いている姿と我関せずな姿の二人、ユキとマイである。
 マイはやましいことは何も無いといった具合で歩いている。よって対照的の態度のユキの挙動不審っぷりが際立って見えることになる。
 二人の性格を大体知っている夢子からすれば、何か良からぬことを画策していることを感知するには容易いことだった。
 時間も十分に余っていることだし、もし神綺に害をなす行為を企てているとしたら見過ごすことは出来ない、止める者が必要である。夢子の脳内に現状の目的が上書きされていった。
 気配を消し、姿を隠しながら尾行する。
 自分達の住んでいる屋敷を離れて森の奥へ、奥へと。
 木々の密度が増加していき、日光までもが遮られていく。夢子からすれば相手は視界も取りづらく、隠れる場所も豊富、気付かれないように追うのには苦労がいらない場所である。
 難点といえば薄暗くなった森では太陽の位置からの時間の把握が難しいことか。
 いつものように屋敷内で仕事を行っていれば慣れからか仕事の内容で時間が分かってしまう、狂いない生活リズムの賜物である。だが、体内時計も仕事をしていないと正常に動作はしてくれない。
 二人はどこへと向かっているのか? どうして人目を気にしているのか?
 真相を知るために夢子はついていった。なんとなく浮かぶ……嫌な予感を、頭の奥に押し留めながら。

「ここは?」

 森の中だが一時的に視界が晴れ、太陽光が戻ってきて夢子を照らしつける。
 滝に河原、流れの速い川。夢子はこの場所に何度か来たことがある、一人でではなく必ず神綺と一緒にだ。
 一人でここに近寄らない理由、滝裏にある洞窟には世界と世界を繋ぐ結界があり、神綺により許可無く立ち入りを禁止されているからである。つまり、二人の目的は、
 夢子の中にあった嫌な予感は確信へと変わった。
 水が滝壷へと落下する音の中に足音が小さく混じる。夢子は洞窟の中に踏み入った。
 炭酸カルシウムの地面は水を含み滑りやすく、天井には氷柱の様な鍾乳石が侵入者をただ見つめている。
 横にはリムストーンに区分けされたプールが存在し、道は緩い下り坂になっている。
 所々、石筍に塞がれた道を進みながら、夢子は二人の真意に迫っていった。








「やめとこうよ、マイ。神綺様にしかられるって」
「…………」
「いたっ! 無言で叩かないで」
「…………」
「でもさ、マイに何かあったら心配だしさ」
「…………」
「分かった。分かったから置いていかないでよ!」
「…………」

 ユキが結界に畏怖を示すのは神綺にここに連れられてきた時の話にある。
 魔界は他界からの防衛のために神綺の力によって一方通行にされている。
 簡潔に言えば、行きは良い良い帰ってこられず、ということだ。
 加えて結界付近は境界面であるために場が乱れやすく、故意でなくても結界に取り込まれる可能性がある。
 神綺が皆をここへと連れてきたのは事故による神隠しを予防するためである。しかし、逆に興味を与えることにもなりかねなかった。
 マイは神綺の話を鵜呑みにしていない。行ける道があるのに帰ってこられないのは合理性に欠ける理論で、ただの脅しに過ぎないと感じていた。

「ここに来たって結界を解く方法も分からないしさ」
「……壊す」
「そ、それはヤバいって! お仕置きで済まないから!」
「……全部ユキのせいにする……」
「えっ、ええ〜!!」

 そろそろ出ていってもいいだろう、と夢子は思う。
 いい加減に止めておかないと本当に結界に手をかけて取り返しがつかないことになってしまうかもしれない。
 夢子にも結界がどういう仕組みでどう直すかなんて全く分からないのだから。
 わざと立てた足音は洞窟の最深層、地底湖に大きく響く。
 良からぬ事を企んでいた二人の心拍数を急激に上げる音に成り得たのだろう。

「ゆ、夢子さん!? どうして!」
「!?」
「私のことはどうでもいいわ、それよりも貴方達が立入禁止のここで何をしているか、でしょ?」

 夢子の厳しい目つきは全てを知っていることを示唆するのと同じようなものである。
 ユキはその目に睨まれて怯え、マイは目を合わさず他人事。
 同者ともに一瞬で自分が窮地に立たされていると感じてはいた。

「この結界には近づくな、と神綺様から言われている筈ですが?」
「行くなって言われると行きたくなる性格なんですよ、私もマイも」
「だから開けてはいけない結界を開こうと?」
「ただの見回りですって。戻ってこられないのなんて嫌だし」

 マイは黙っているままだけれど、ユキは夢子の問いに状況が一変しないように余計な口を挟んでくる。
 まだ自分が悪いことをしたのを認めるつもりはない。いいや、これは責任の軽減のつもりだろう。決めるのは夢子ではなく神綺だというのに。
 神綺に従順な夢子に許しを請うことは何の意味もない。

「この事は神綺様に自分達の口で報告をしてもらいます」
「そこを何とか……」
「できません。自分の言葉で話して下さい。私も少しはフォローを入れますから」
「そんなぁ〜」

 ユキは数時間後の楽しいお仕置きタイムを覚悟したようである。
 一方マイは、

 沈黙が破られる。



「結局貴方は神綺様、神綺様。自分では何も考えられない人形じゃない。優秀っていかに服従しているかって意味かしら」



 夢子にとっても聞き逃すことのできないマイの一言で状況が一変し、空間の空気が神経質なものになる。

「自分の非も認めず、しまいには神綺様への悪口ですか? 悪ふざけにしては度が過ぎますね」
「論点はそこじゃない。私は自分で考えて外に出たいと思った、命令しかこなせない人形のあんたとは違う」
「私の体は神綺様のためにある」
「私も確かに作られた体、でも私は私のために存在する」
「…………」
「貴方の存在の意味は何? 自分を透明にでもして神に仕えること? ならなんで中途半端な感情を持っている?」

 夢子にとって自分は神綺のために存在すること、それは定義であり信じて疑ってはいけない概念でもある。
 それが崩れかけている今、同様に夢子の心も微かに揺れている。
 自分のここにいる存在意義について、脳が考えろと強要してくる。
 命令は絶対であり、逆らうことができない。
 そんな夢子の精神的な隙をマイが見逃すわけがなかった。
 羽を広げることで封じられた魔力を開放し、彼女の目的である結界へと向けられる。
 当てることではなく、破壊することを主に置いたエネルギーの塊が彼女の両手を合わせた掌から射出される。
 結界までマイの弾幕を遮るものは存在しない。生半可な妨害ではエネルギーの推進力の糧に成り果てるだけである。
 夢子も口車に乗せられた形で反応が遅れ、結界への魔力衝突は避けられない。
 そして……水面が砕けた。

「えっ、なにこれ! まぶしっ……」
「…………」

 暗かった洞窟を閃光が駆け抜ける。光が無い空間での猛烈な白は視界を完全に掌握する。
 続いて爆音、マイの魔力が何かに干渉した音である。
 誰も自分に何が起こっているのか理解できない、する術が無い。
 視覚と聴覚の奪取は冷静な判断力をも失わせる。こうなっては回復を待つしかないのだ。
 次第に音は止み、白が少しずつ本来の暗色を取り戻していく。
 そして気付くことになる。もう手遅れであると。
 恐る恐る目を開けるユキと結界を見つめたままのマイ。
 水面(みなも)は穏やかにして、緑色の澄んだ水がそこにはある。さっきと何も変わらない。
 夢子の姿は消えている事以外は何も変わらない。

「あれ、夢子さんは……もしかして」
「…………」
「これって……すっごくまずくない?」

 マイは何も言わないが、普通にここにいないという事は、結界に取り込まれた以外に考えられない。
 変えられない現実を認識するたびにユキの顔が青くなっていく。
 自分達のせいで、ここに来てしまったために、神綺様の忠告を無視して……無理もなかった。

「戻ろう、マイ。神綺様に報告しないと」
「…………」

 ユキに引き摺られるように結界のある最深部からマイは去っていく。
 彼女は再び沈黙の中へ、考えていることは先程と違うのだろうか。














「ここは……森?」

 開いた目に最初に入ったのは針葉樹林である。森の中に自分の身体は置かれているようである。
 立ち上がり、手で雑に汚れを落とす。全部は取れないだろうけど、少しはマシになった。
 辺りを見渡して現状の把握を……する前に走り出す。
 後方から悲鳴が聞こえた。声の聞こえ方から距離はそこまで遠くはない。
 自分が置かれている立場も考えないまま、声に惹かれるままに。



「こ、こないで下さい!」
「こないでと言われると行きたくなる性格で」
「リグルも性根曲がっているよねぇ」
「妖怪なんだから少しくらい曲がっていたほうがいーの」

 追われている紫髪、花の髪飾りが印象的な少女をわざとゆっくり追い回しているのはリグル・ナイトバグとミスティア・ローレライである。人を驚かせることが何よりの楽しみである二人は今日も獲物を見つけてはゲラゲラと笑いながら追い回すのである。
 そしていつもなら巫女に粛清されるのだが……今回は色々と運が無かったようだ。

「はあ……はあ……、もう駄目……」
「もう疲れちゃったのー? だから人間は脆くて駄目なんだよ」
「じゃあ楽しい物色タイムに入るとしましょうか。まずは、その籠から」

 リグルはへたれこんでいる少女から手にぶら下げていた籠を取り上げる。
 抵抗も「あっ……」という一言のみ、妖怪に対抗できる手段など一般人は持ち合わせていない。

「本にキノコ?」
「そ、それは食べては駄目です! 絶対に!」
「こんな変な色のキノコを食べる奴がいる……よ、ここに」
「駄目と言われるとつい」

 ミスティアは異物を頬張っているリグルを見て若干引いた、キノコを所有していた少女もである。
 ゴクリとリグルの喉が動き、モノは内蔵に輸送される。
 深く考えずに完食してしまったリグルにすぐ変化が現れた。

「アハ、アハハハハハハハハハハ」
「リ、リグル?」
「…………?」
「何で急に止まるのよ、というか何所の何をみているのよ」
「アハハハハハハハハハハ」

 定期的に笑いと沈黙を繰り返すリグルの様子にミスティアは困惑する。それを見て少女はクスクスと笑っている。
 ミスティアにとっては獲物にコケにされるのはいたく気に入らない。
 コケにするのは力を持つ妖怪が弱い人間に対してのみでなければならないのだ。

「ちょっとあんた、何笑っているのよ」
「編集した通りだったもので。“頭の弱い妖怪さん”なこと」
「その言葉、鳥目にされても同じこと言える?」

 挑発に乗る形でミスティアが襲い掛かってくる。
 戦闘能力を持たないただの人間では万が一にも敗北は無いとミスティアは結論付けた。
 ミスティアに迷いは無い、そしてそれは……少女にも言えた。
 わざわざ少女は妖怪を怒らせ襲いに来させた。こちらに速度を持って飛んでくる、射程内に敵を入れることが最終条件だった。

「えいっ!」
「……なっ」

 少女を包み込むように壁が出現し、勢いのままに迫ってきたミスティアはそのまま衝突。くしくも自己の持つ自慢のスピードが攻撃力に変わった。
 村の賢者、上白沢慧音から護身用にと貰った結界である。少女は守りではなく、攻撃として切り札を使用した。
 しかし、所詮は護身用。威力と効果に過度な期待を持てなかった。

「いたたたた……」
「まだ動けるの!?」
「うぅ〜、もう怒ったわ! リグル、あの人間をやっつけるよ!」
「アハハハハハハハハハハ」

 逆鱗に触れ、ますます窮地になっていく。もう少女から打てる手も無い。
 手を合わせて祈ることくらいしか、できることは無かった。
 弾幕は壁の防御をゴリゴリと削っていく。
 このままでは三十秒ももつ事は無いだろう。
 万策はもう尽きて絶体絶命、介入なくして状況の変化は起こらない。
 誰でもいいから助けて欲しい。でも、こんな森の中に都合良く助けが来るとはおも……。

「ギャッ!」
「……アハハ、ハ?」

 突然、彼女の脅威であった妖怪達は倒れた。助かったのだ。
 よく見ると銀製のナイフが地面と足元に結構落ちている。
 少女の持つ膨大なデータから銀のナイフの投擲で戦うものは一人だけ、紅魔館のメイド長を勤めている人間、

「十六夜……? あれ?」

 メイド服であることには変わりはないのだが、紙は金髪で長く、作られた人形のように美しい。
 手にはナイフ、彼女以外に誰かの姿は見られない。
 彼女のデータにも入っていない謎のメイド、アンノーンである。
 自分を救ってくれたこと、纏う雰囲気、どちらも少女にとって悪く感じるものではない。
 加えて本気で襲ってきた妖怪の意識が完全に遮断されている。この芸当が瞬時に行える、ただ者ではないことが見て取れる。

「あの、ありがとうございます! 危ない所を助けてもらって……」
「問題ないです。この手のやからは痛い目を見ないと懲りないでしょうから」
「えっと……私は稗田阿求と言います。もしよかったら、お名前を教えてもらえませんか?」
「私ですか? 私の名前は」



「私は、私は……誰だ?」
「えっ?」



 幻想郷に迷い込んだ夢子はやっと自分に起こった異変を認知し始めるのだった。












   夢 想草 子












 私は名すら失った存在。信用できるのは私がダガーの取り扱いに長けているということ、メイド服を着ていたという事実のみである。
 森の中で妖怪に襲われていた少女、稗田阿求に会い、そして自分が世界から置いていかれた存在であることを知った。
 記憶の障害では考えても解決にはならないし、森の中に留まっていても新手の妖怪が現れるだけである。
 結局、少女に連れられて村にまで下りてきた。彼女の住む場所であるようだ。

「村落ですか」
「はい、私はこの村に住んでいます。そして村の人の顔は大体把握しています」
「つまり私がここに住んでいた可能性は低いという事ですね」
「そうです。でも、万が一もありますので」

 万が一も……無いだろうと私の身体が疼く。
 私のいるべき場所、いた場所はこんなのどかな空気とは根本的に異なる気がした。
 もっと静かで冷たく、私は水のようにただそこに、

「メイド姿ってことは……どっかのお屋敷の方だと思うのですが、村でメイドさんを雇っている屋敷は……三つくらいしか思い浮かばないなぁ。取り敢えず行ってみましょう」
「阿求、さん」
「気を使わなくて“阿求”でいいですよ」
「なら阿求、別に私のことなど放置しておけばいいと思うのですが?」
「質問を質問で返すようですいませんけど、記憶の無い貴方が私を助けたことに意味はあったんでしょうか?」

 私と阿求は偶然に出会っただけであり、私だって助けたくて助けたわけではない。
 悲鳴の先に彼女がそこにいたから助けた、襲われていたから助けた、深い意味は無い……と思う。

「なら私も同じです。記憶の無い人がいるから助けたい、それでいいじゃないですか?」
「でも迷惑では……」
「なら、救ってもらった恩返しとでも思ってください。任侠ですよ、任侠」
「分かりました。では今しばらくお世話になります」
「じゃあ大きな屋敷にごー、ですね」

 収穫は無いだろうと頭が決め付けてくる。
 肝心なことは覚えていないくせに何故この先に何も無いと確証を持っているのか自分のことながら疑問である。
 この場所、この村に私は来たことがあるからなのか?
 考えたって情報記録はフォーマットされ、メモリーもクリーン。
 分かることは今の自分が頼りにできるのは目の前を走っている少女だけということ。



「駄目でしたね」

 家主に聞いても、メイドに聞いても私のことを知るものはいなく、予想通り過去の情報は何一つ入らずじまいだった。そして、私達は一旦阿求の家へと戻ることになった。
 大地主に取り計らってもらえるほどの人物であり、着物の質も素人の私が見ても高そうに見えていた。だからメイドがいてもおかしくないくらいの大きな屋敷であっても驚くことは無い。
 門から玄関までは綺麗に削られた石の道となっており、距離にして十五尺ほど。右手方向には赤や白の鯉が泳ぐ池があり、左手方向には職人によって剪定された見事な松が私を迎え入れてくれる。敷地の面積は訪れた三軒の方が大きかったけれど、落ち着ける家としての手入れの丁寧さでは他を圧倒しているというのが私の印象だ。
 中へと入っても品の良さに歪みは無い。「コ」の字型の平屋になっており、外側は回廊、内側は庭園になっている。靴を脱ぎ歩く廊下も板ではなく畳になっており、柔らかい感触といぐさの匂いが外から帰ってきたものを優しく包んでくれる。たまに開いている障子から見える部屋も祝儀敷きの緑の畳が敷き詰められている。
 あそこにあるのは確か「ししおどし」って言ったっけ?
 今でこそ本来の役目を果たしていると言いがたいが、あれは名前通り灌漑の中に組み込まれ、鳥や獣を威嚇し近付かせないためのものである。妖怪や妖精には何の効果も無いだろうが。

「お帰りなさいませ」
「はい、帰ってきました」
「そちらの方は?」
「私の客人です。くれぐれもご丁重に」
「かしこまりました」

 メイドの代わりにいるのは女中とでもいうのか、和服の女の人である。
 建物もそうだし少女も着物であることから、洋装である私はずいぶんと浮いた格好に見えるのだろう。
 しかし懸念事項は格好でも記憶でもなく阿求のことである。何故これだけの家柄のお嬢様が危険な森の中を一人で行くことになったのだろうか? 腕利きの付き添いが一人でもいてもおかしくはないし、そもそも行かせないほうがいいと思う。
 考え事のせいで突き当たり正面の壁にぶつかりそうになり、阿求に過度に心配される。精進不足だ。
 左へと曲がってすぐに阿求の部屋があるようだ。
 私の中では玄関から100mくらい歩いた気がする。

――でも、私のいた屋敷よりは。

「っ!!」
「だ、大丈夫ですか!?」
「平気です。頭の中で声がしただけなので」
「冷たいお水取ってきますね!」

 阿求は私より落ち着かないまま早急に部屋から出て行く。そんなに急ぐと危ないと自分よりも阿求への心配のほうが大きかったり。

「きゃあ!」
「お、お嬢様!?」
「だ、大丈夫です!」

 やっぱりだ。転んでいる映像が頭に浮かんでしまい、クスリと笑ってしまった。
 私の頭痛は彼女の微笑ましい光景によって消えていくのだった。



「何か思い出しましたか?」
「残念ながら……」
「いえ、無理はしなくていいと……すいません、無責任なことを言って」

 自分の名前すら思い出せないとは我ながら情けない。
 相手も呼ぶときに困ると思うし、何とかしたいのだけれど。

「別に重々しく言わなくていいです。お互いに」
「そ、そうですね。では、これからは気兼ねなく話させてもらいますね」

 美しく整った身だしなみの割には結構軽い少女であるようだ。そうでなければ一人で森なんかに立ち入ったりはしないだろう。
 無防備な部分ばかりが目に入ってしまい、将来が心配である。

――私にもいたでしょ? そんな子。名前は……。

「アリス……?」
「……何か言いましたか?」
「いえ、別に……凄い本の量だと思ったので」
「好きなんですよ、読書」

 好きだからといって本をここまで集められるとは思えない。
 棚や収納にまで並んでいる本の数は趣味の範疇は超え、常軌をも逸している。自分の部屋というより小さな私用図書館とでも言った感じだ。
 好き以外にも何か理由があるのだろうか?

「検討違いだったらすいませんけど、あんまり深刻そうじゃないのですね。冷静すぎる気がしますし、失ったものが戻ってこなくてもいいと思っているように見えます」
「もしかしたら自分についてよく考えて生活していなかったのかもしれませんね。それとも、失う前から自分のことに興味が無かったのかも」
「…………」
「失いたいと願ったから失った記憶、極悪人だったのかもしれないですね」
「自分を卑下にするのは良くないです!」

 メイド服にナイフ、これで過去を考察しろというのが無理な話である。
 一般人がメイドの服を着て歩くわけではないだろうし、自分がそんな非常識な者であってほしくない。
 有力なのはメイドにして用心棒? どこの仮想世界の話だ?

「んしょ、ふうっ……」

 先程から部屋の中をちょろちょろと歩き回っていた阿求は何かの本を探していたようだ。
 分厚い本が二冊、私の前の卓上へと置かれる。

「ここには幻想郷の人妖問わず詳細な情報がまとめてられています。眺めていれば何かが思い出せるかもしれません」
「幻想郷……」

 私からすれば“幻想郷”という言葉の時点で喉へとつっかえて胃に届かない気がしてならない。
 人々の活気や話し声、陽気な雰囲気、何も残っていない筈の身体が否定するのだ。
 私がいた芭蕉はもっと無機質で、私はただの道具でしかなくて……、

――人間、そんな完璧な存在と欠陥品を置き換えるなよな。
――まともな五感を持っている“ふり”をするので精一杯なんだろ、お前は。

「……だま、れ……」
「無理はしないで下さい! 無いものを引き出そうとしても自身の脳を傷付けるだけです」
「ええ……そうですね……」
「水到りて魚行く、焦ってもいいことはありません」

 阿求に背中をさすられる。これで頭痛が治るとは思えなかったが、彼女が私に触れているだけで落ち着きを取り戻すことができた。
 考えてみればこの稗田阿求という少女は何者なのだろう?
 本には一人では到底まとめきれないほどの量の情報が筆録されている。
 このページ数では活版印刷もされてはいないだろう。
 それほどの貴重な文献がここにある、普通の金持ちの一言では言い切れない。
 この子は歴史編纂者か何かなのか、それにしては若すぎる。人間であるのだから姿と年齢は一致する筈だ。
 両親がその仕事についている? そして彼女が後に引き継ぐ、と考えれば合致する。
 運命付けられた未来でも、彼女は受け入れるのであろう。人間とはそういう生物だ。
 頭痛が消えたところで自分の事に考えを戻そう。
 早速“資料まとめ”と書かれた本の適当なページを開いてみる。

   “ルーミア”
 日中でも闇を纏ってふらふら移動しているのはルーミアである。不自然な闇が中に存在していた場合はルーミアと見ていいだろう。
 本人も周りが良く見えないのか木に衝突している場面の目撃例もある。石を投げても大丈夫であろう。

   “リリーホワイト”
 季節の移り変わり、冬から春への到来を告げる妖精である
 春が来ると発情しているのか、危険な攻撃を見栄え無しに仕掛けてくる場合も少なくない。
 鬱憤を晴らすには秋ぐらいが適当であると思われる。


 なんだこれは?
 特徴が書いてあるには書いてあるのだが、所々で“一般人にもできる逆襲法”が書いてあるのは遊び心か、本人の趣味なのか? 妖怪等に生身の人間が挑もうとするのは私から見れば命に関わる危険極まりない行為に取れるのだが。

「こんなこと書いていいのですかね?」
「何が……ですか?」
「無責任な攻略法」
「堅苦しいものばかり世に残すのは良くないと思ったので」
「真に受けて事件に発展することもあるかと」
「人間も妖怪にずっと負けっぱなしでいるわけにもいきませんから」

 傍若無人な妖怪の振る舞いが全て受け入れられるような世界でもないのだろう。
 もしそうだとしたら、この世界に人間が残っているわけがない。
 誰かが人間と妖怪のバランスを保っているわけであり、それが。

「博麗……霊夢?」
「結界を守るヘンテコな戦巫女さんです。今回は特に変人らしくて」

 言葉が頭へとこべりつき、口にするたび脳内がぎしぎし軋む。
 もしかしたらこの言葉は脳から元の居場所を捜しているのかもしれない。
 つまり私は “博麗霊夢”と会った事がある?
 何らかの影響で吹き飛んだ記憶の格納庫を覗いたって、まるまる空き容量が残っているだけ。
 じゃあ、会ってみれば?

「霊夢さんに会うのですか?」
「何となく引っかかるんです」
「あの人は顔が狭いようで広いですからね、他者からの一方通行ですけど。もしかしたら、霊夢さんともスペルカード合戦をしていたりして」
「“スペルカード”? それは魔法かなにかですか?」
「“スペルカード方式”を知らないのですか!?」

 誰かと誰かが本気で戦い、命を落とすようなことが無いように巫女が定めたルールがスペルカード方式であるらしい。
 幻想郷の誰もが知っているらしい知識“戦いの根本的な決め事”を私が知らないのは、記憶の消失とは異なる症状ではないだろうか。
 私は自分のこと、自分に関わる記憶が抹消しているだけで常識的な欠如は今までに無かった。例えば、“一日に三食食べるのが健康の基本”のような常識の脳区画には損失は無いと思われた。
 ならば、元の私も知らなかったと考えるのが合理的?

「私がここのものでないと、ということも考えられるのでしょうか?」
「外来人の記憶喪失。しっくりは来るんですけど……戦闘能力を備えている方は稀なんですよね。青い巫女さんとか神様とかくらいしか……」
「そもそも“外”という概念は一つなのでしょうか。構成世界が二つのみという証明は成されているのですか?」
「……いえ……ということは……もしかしたら……」

 阿求が私の質問攻めを慣行したせいで長考に入る。
 “別の外来”世界に冠する知識が複数存在しているみたいだ。
 幻想郷という言葉に対して馴染みを感じられなかった私、スペルカードというルールを知らなかった私。
 一人で迷走していれば気がつかなかったことも人と話すから色々な情報が出てくる。私は阿求に会えたことは幸運だったのだ。
 私は何者なのだろう。
 哲学的な疑問ではなく誰もが知る単純な問い、それに“別の私”が答えの一例を示す。

――お前は“水”だよ。ただそこに存在するだけ。
(水……それはどういう意味だ)
――何も持たずにただ法に従い流れていく、法に縛られ事為す。それがお前の使命。
(私にだって生物らしさはある。泣いたり笑ったりする)
――だから水として不十分。よって捨てられた。欠陥品。下水ってことか、くくっ。
(違う! 欠陥品なんかじゃ……)
――記憶も目的も無く、流れ去る様に消えいくがいい。私よ。

 耳障りな存在は最後まで適当なことばかり脳に残して消えていった。
 記憶が無いのに落ち着き、冷静に自己を分析している時点で私は生命に似つかわしくない存在であるのかもしれない。
 自分の記憶が元に戻った時、どんな感情が最初に頭に浮かんでくるのだろう。
 嬉しい、ではないのかもしれない。

「……えーと、こういう時はなんと呼べば……」

 私も長考に入ってしまっていたため、相手の一手に気が付けなかった。
 加えて私には今は名が無い。阿求から話しかけるのは困難な模様だ。

「すいません、考え込んでいたようで。二度手間になって申し訳ないですがもう一度話してくれませんか?」
「はい、大丈夫ですよ」

 阿求の声へ耳を傾け、眉をひそめながら聞く素振りに入った。
 気負いすぎにも見えるかもしれないけど、ものは心構えからだと思っているので。
 彼女の話は過去を落としてしまった私にとっても十分有意義であり、阿求も歴史語りが好きなのか素人が聞いていても昔話のように楽しめるものであった。



 阿求が定義した外とは、天国や地獄、平行世界などさまざまな可能性が上げられている。中でも通称魔界と呼ばれている幻想郷から隔絶された世界が存在しているという記録が残っているそうだ。
 相互的に結界で遮断されている、いわば互いに封印されている世界というわけだ。
 現状は出入りが不可なこの世界も、結界さえ弱まれば道となる。

「私がそこから来た確率は?」
「低いと思います。なんせ八雲と創造者が守る結界ですからね」
「八雲? 創造者?」

 無知の私にも分かるように説明を求める。
 八雲とは現在の妖怪側結界管轄者、八雲紫を表す。彼女は幻想郷世界の概要を構成したといわれる空間と境界を操る妖怪のことらしい。
 阿求とも顔を知る中のようで、彼女のことを「紫様」と呼んでいる。
 なんとなくだけれど……気に入らない。
 後者である創造者とは、魔界の全てを作り上げた存在で、いわばその世界の神である。
 戦闘能力などの詳しいことは不明であり、分かっているのは名前くらいのものである。

「文献には……ええと」
「神綺様ですね」
「えっ!?」

 驚いているのは阿求だけでなく言葉を発した私もである。
 なんとも自然にその名前が本も何も見ていない私の口から出てきてしまったのだ。
 文献を詳しく調べてみると確かに神綺(しんき)、と書いてある。

「これは……ビンゴかもしれませんね」
「ええ、こうなっては疑う余地が無いですから」
「もう少し……魔界について調べてみますね」
「私は……その霊夢っていう巫女に会ってきたいんですけど」
「道も分からない状態じゃあ迷っちゃいますよ。だから、私の信用している人に同行を頼んでみます」

 相手が八雲紫、ではないことを祈る。









「……記憶喪失か。私でも失われた歴史を復元することはできないんだ。すまない」
「そっちではなくて」
「同行だろ? 困っているのだから手を引っ込める必要など無いだろう」

 「そこまで困っているわけではない」と、私の口からロクでもない言葉が出てきそうになるから困りもの。
 阿求が紹介してくれた彼女、“上白沢慧音”は歴史の管理を任されるハクタクの血が半分混じっている人妖だ。
 私の第一印象では人が良さそうに見え、自分が背負わなくても良いものまで背負ってしまう人柄に見える。こういう者はいつか爆発して豹変するものだが……いかに。

「ん? なんか変か?」
「いえ、何でも」

 私の疑問持ちの視線を気にかけたようだ。
 初対面で人の事をじろじろと見るのは態度が良いとはいえないだろう。
 反省&学習。

「じゃあ慧音さん。頼みます」
「安全に送り迎えするとしよう」

 私は幼児か?
 扱われ方に不満が残ったまま、手を振る阿求を置いて空へと舞い上がった。
 私が普通に飛んでいることが奇抜なのか、相方は目を丸くしている。

「人間の大半が空を飛ぶ日も近いかもな」
「ここの人々は空を飛ばないのか?」
「違う、“飛べない”んだよ」

 飛ぶという行為に対して疑問や抵抗を持ったことは無い。
 私がいた世界の人々は誰でも飛んでいたのだろうな。

「一つ聞いていいか?」
「答えられることならば」
「お前の種族はなんなんだ? いまいち判別できなくてな」
「私は……なんなのでしょう?」
「人間もまれに空を飛ぶのだが。普通は妖怪だろう」
「貴方から見れば?」
「判断できないから聞いてみたんだ」

 自分が再び曖昧になっていく気がした。
 種族すらあやふや、不安定にして誰からも過去の自分の存在を証明してもらえない。
 私はあの倒れていた森で生まれたとさえ思えてくる。

「余計なことを考えさせてしまったな。聞いた本人が言うのも変な話だが、深く考えないほうがいい」
「いえ、自分に向き合えるいい機会だと思っているので」
「その自分が不明点だらけでは本末転倒だろう」

 こんな素行どころではないくらいに謎な私に案内をしてくれるように取り計らってくれた阿求には頭が上がらない。
 口には出せないが阿求も相当の変わり者である。
 私は彼女のことを聞いてみることにした。

「年相応な仕草だったり、妙に大人っぽい言動だったり、よく分からないだろ?」
「天才肌にも見えますね、あの歳での保有知識量は。感服に値します」
「教職についている私が言ってよいものとは思わんが、勉学ばかりで人付き合いが薄くてな」

 「勉強は間に合っている」と同年代の子達が通っている寺子屋とかいう場には顔を出していないようだ。
 私も同じように何かに対して興味を注いでいたから自分にすら興味を失っている、のか? 私の深層にいるあいつはそんな素振りを見せていなかったけど。
 私と阿求が決定的に違うように、私は人間というカテゴリーには入らない、そんな気がしてならなかった。
 同じという事実により複数のものを括りつけ、違うという事実により複数のものをソートしていく。
 私がいる箱には他に誰がいるのだろうか?

「勉強と教養は違うものなのだけど、阿求は分かってくれなくてな」
「苦労しているんですね」
「もう聞きたいもことはないな」
「特には……」
「なら言ってくるといい。私はここにいるから」

 雑談をしているうちに目的地へと到着していたようだ。
 石段に大きな鳥居、これが神社ですと言わんばかりのいでたちである。
 立派な石造りの階段には悪いが、足を着くことなく最上まで飛んでいく。
 段の終わりにも鳥居があり、その奥が本殿となっている。
 建物はなんとも“由緒がある”とでも言うべきな感じに見える。
 でも村から来るにしては徒歩では遠い、立地も丘の上なので良くはない。
 こんな辺鄙な所に立てなくてもいいのに、というのが私、そして他多くの印象だろう。
 「ごめんください」などと言うのにも、神社では間違っている気がしたので、私は無言のまま裏へと回った。
 すると巫女の格好をした者が手水舎(てみずや)にて清めている。彼女が博麗霊夢なのか?
 姉妹が存在する可能性も十二分にある。だからここは素直に、

「あの……博麗霊夢さんですか?」
「んっ? そうだけど誰あんた?」

 巫女の第一声をしっかりと耳に収めて、私は敬語の不採用を採択した。

「あなたは私のことを知らない?」
「有名人なの、あんた? もしかして咲夜の刺客とか?」
「咲夜? 誰のことかしら」
「あんたと同じ格好をしている悪魔に仕える物好きメイド、ちなみに人間」

 そのまんまの意味ならば妖怪を主としているメイド、いや奴隷か? 物好きがつくということは自分の意思で仕えている?
 なんて深く考える必要が無い事である。私と接点がありそうなのは巫女霊夢と魔界であるのだから。
 彼女との会話から重要な部分を抽出すると、彼女は私についての情報を何も持っていない。
 本を見たときに妙な感覚を持ったのはただの偶然? いや、早合点する必要は無い。
 だからまだ聞くべき事はある。

「あなたに聴きたいことがあってここまで来たのよ」
「それはご苦労様。言うだけ言ってみれば? 話すのはタダだし」
「あなたと魔界、何か関係ある?」

 正直なところ、私と巫女の関係が皆無になったために期待は持っていない。
 それでも0%ではないし、彼女の言うように答えるかどうかは別に聞くのはタダである。
 つまり、答えを得るためには料金が掛かるのか?

「答えは……Yesだと思う」
「何故自信を持って言わない?」
「魔界と幻想郷が繋がっていた時に、私は確かに魔界の動向を探るために魔界へと侵入し、何者かと戦った」
「名を覚えていないのか?」
「最後に魔界を統べる神に会って戦い、話をした結果、互いの存続のためにも一線を引き封印すべきという結論に至ったわけ」
「封印……」
「特にうちのほうにやたら好戦的な奴がいてね、魔界のほうも過度に警戒していたんだと思う」

 具体的な顔と名前を覚えていないのは魔界側がここでの行動と記憶の消去を条件に入れたからであって、好戦的な奴以外は受け入れたらしい。巫女曰く、「どうせ必要無い記憶だし」だそうだ。
 どうでもいいことであっても、覚えているということは資本だ。記憶を失っている私がそう思うのだから間違いないだろう。
 巫女の言う“必要無い記憶”も、今実際に私が欲している。不必要ではなかったということだ。

「んで、あんたはアリスと同じように魔界から来たわけ?」
「さあ、どうなのかしらね? ところでアリスとは?」

 私はこの名をひとりでに呟いたことがある。前にいる巫女のように、私と会ったことがあるかもしれない人物にアリスという名はエントリーされている。
 アリスという彼女と巫女の言う好戦的な奴、この二人こそが昔の私への手がかりを持っていると言えそうだ。
 アリスと言う者は魔族に分類されているらしく、もしかしたら私の種族もそれなのかもしれない。
 住んでいる場所は魔法の森と呼ばれる森林地帯。常時騒がしいのは苦手なようである。私もそういうのはごくたまににして欲しい。
 目的とする者はもう一人いるので、そちらについても尋ねてみる。
 うわ……露骨に面倒臭そうな顔したよこの人。
 めげずに「教えてくれませんか?」と真摯な態度で聞きなおすと、彼女は観念したかのように溜息をついた。
 続いて左手でお金マークを作り始める。神のお告げも金次第とは嫌な世の中になったものである。
 生憎、私は無一文。無いものは無く、ご期待には副えられそうにない。貨幣一つ持たず記憶無しで私に引き継ぐとは、以前の私は自分勝手なものである。
 私が銭無しの貧乏人だと知ると、隠すことなく先程よりも大きな溜息、彼女も彼女なりに苦労をしているのだろう。
 神社などの施設は地域からの寄進等もある筈なので金銭によって生活に支障が出ることは少ないと聞いたことがあるのだが、実情はいかに? さすがに聞けないというものだ。
 結局、代償もなくもう一人のキーマンについて彼女は語り始めた。 意外にいい人?
 名は風見幽香、我一番といった性格をしているみたいで、強そうな相手を見つけては自分の強さを見せびらかしているらしい。強いかどうかは知ったことではないが、やっていることからは小物臭がする。
 花、即ち植物の黄金期を操る妖怪で、攻撃的な性格と合わせてここ近辺では一番相手にしたくない妖怪だという。「あんたも注意したほうがいいわよ」と釘を刺された。こんな奴とまともな話し合いを望む私が哀れな気がする。
 花を使用するため花好きなのか、一年中花が咲いている場所へと移動する。特に夏には向日葵が咲き渡る“太陽の畑”という場所に頻繁に出没する。そいつさえいなければ観光名所にでもなりえる場所なのだろうに。

「こんなところでいいかしら?」
「有用な情報、感謝します」
「それはいいんだけど……あんた、何でこんなことを聞くわけ?」
「自分を探すためですかね」
「?」

 特にすることもないからただ漠然と過去の自分を探す。自分のためより阿求のため、そんな気さえする。
 阿求は「自己が描いてきた軌跡は重要なものです」と言っていたけれど、水が描いた軌跡を探し当てることは難しいだろうし、それに意があるとも思えなかった。
 意味を見出せない行動には実行力が伴わないもの、しかし皮肉にも私は真実へと近づいている。

「記憶が消えるねぇ? まあ、頑張って」

 逆にやる気が無くなる応援である。
 他人事で全く気が入っていないのなら言わなければいいのに、実際に私に対して全く興味が無いのだろう。
 私にしても手に入れたいものは彼女から全て吸い取ったと思うし、新しい道も開けている。
 互いに用は無くなっただろう、元から巫女は私に用など無いだろうし。

「では私はこれにて」
「あんたさあ、その魔界に戻りたいとは思わないの?」
「戻りたくとも戻れないのでは?」
「道が閉じているなら開ければいいじゃない?」
「一つの選択肢として考えさせてもらいます」

 守るべきほうの者としては過激な考えの持ち主である。
 彼女もいざとなれば力で押し込めるタイプの人間なのかもしれない。

「そのかわり開けたら自分で閉めてね。私の仕事が増えるから」

 自分の仕事が増えるのだけは納得がいかないらしい。
 面倒事が嫌いな性格が垣間、いや丸見えである。

「あともう一つ」
「はい」

 まだ“土産”があるらしい。

「幽香に殺されないでね」

 たいそうな置き土産だった。









 新しい中継点を見つけて私はずいぶんと待たせてしまった慧音の所へと戻った。
 「森の歴史を見ていた」と言う彼女は「枝打ちや間抜の重要性により綺麗な森、十分な水の浄化能力を保てる森になる」とその後も熱く語っている。待たせてしまって申し訳ない気持ちはプチ知識が公開されるごとに薄れていく。

「すまん、どうも喋りすぎてしまったようだ。それでそっちはどうだったんだ? 満足いったのか?」
「宝の地図の元が新しい宝の在り処、そんな感じです」
「よく分からんぞ」

 うまく伝わらなかったので私は巫女に新しい人物を紹介されたことを話した。
 その内の風見幽香の名を挙げた時、彼女はひきつった表情を浮かべ、

「アリス・マーガトロイドはともかく、風見幽香はちょっと……な」
「そんなに評判悪いのかしら?」
「なんというか、強いという情報が一人歩きしていてな、いまいちよく分かっていないんだ。強い奴に対しては見栄えなく戦闘を試みるとか」
「巫女にも命の大切さを説かれました」
「つまりは本物のやっかいなものなのだろう。それでだ、このまま会いに行くのか?」
「そうね。悪いけど阿求にはもう少し遅れると伝えてくれるでしょうか?」
「場所は分かっているのか?」
「名前だけは」
「それなら最後まで付き合おう。放っておいて迷子になられたら気持ち悪いからな」
「お節介ですね」
「こればかりは性分なんだ……直る気がしない」
「じゃあ、もう少しお付き合いお願いします」
「よろしく頼まれた」









 空白の欠片は魔界から来たアリスという少女により数ピース埋まることになった。
 その一つが名前である。

「ノックしてからそのまま入ってこないってことは魔理沙ではないわね。どちら様……って、夢子さん!?」

 目をパチクリさせて、人形のような少女は私がこの場にいることに驚きを表す。
 同様に私も驚いている。私の故障した頭はもっと年齢の低い姿を想像(妄想?)していたみたいで、姿の差異により脳へ刺激が与えられた。

「アリスさん、ですよね?」
「私も大きくなったでしょ? 夢子さんが来ているという事は……お母さんも? いや、いるならアレは真っ先に入ってきて抱きついてくるだろうし。ということは夢子さん一人で?」
「えっと、その……」



   かくかくじかじか



「記憶障害に空間転移、そして夢子さんの性格を考慮すると……事故で結界のひずみに取り込まれた、というのが有力だと思う」
「結界とは魔界とここを繋ぐ?」
「そう。もしかしたら魔界で何かの事件があったのかも。まあお母さんのことだから心配ないと思うけど」

 私では彼女の脳内思考についていけない。魔界と私、彼女の立ち位置があやふやだからである。
 一旦、彼女の中の情報を整理して記憶の無い私にも分かるように説明してもらいたいところだ。
 考えているところ悪いが口を開かせてもらった。

「いくつか質問していいでしょうか?」
「ああ、ごめんなさい。一人で先に進んじゃって」
「まず、私とアリスさんの関係について」
「簡潔に言えば……元、主従関係」
「元、ですか?」
「私は自分の意思で魔界から外へと出てきたから。お母さんの直属である夢子さんとの契約も切れていると考えるのが普通」
「お母様、とは」
「そこも覚えていないんだ……」

 本来の私の契約者はアリスさんではなく、彼女の言う“お母さん”であるようだ。
 もしかしてその人は、

「魔界の創造者にして統一者……」
「神綺様、ですね」
「夢子さんはお母さんが一番信頼している部下、だから理由無くこっちに来るとは思えない」

 私という像が少しずつ形を整えていき、今の私の知りえない別の自分を作り上げていく。
 正直なところ、自分が知らない自分など、ただの恐怖対象にしかなりえない。
 神の手足となって働いている姿が全く想像できず、偶像の産物にしか感じない。

「これはあくまでも夢子という昔の人物像を知っている私の意見だけど、夢子さんは戻れるのならば戻ってお母さんに会ったほうがいいと思う。戻れば何か頭に浮かぶかも知れないし」
「お気使いありがとうございます、アリス様」
「私は魔界からいなくなった時点でアリス・マーガトロイドになったわ。だから今はただのアリス。気を使わなくていいの」
「はい、アリスさん」

 アリスさんから貰えた情報は今までに比べると、具体的かつ有用なもので、過去の自分と向き合えるほどのものだ。
 実感は湧いてこないのも私が魔界にいないからなのかもしれない。
 私は戻るべき場所へと帰るべきなのだろうか?
 外れてしまったパーツは元の場所に戻されるのが道理というものだ。
 水はどこに行っても舞い戻る。でも私は水であるのだろうか?





 続けざまに今度は問題児の所へと行くことになる。
 巫女やアリスさんの時と異なり、慧音さんが身の安全のために付き添うことになった。
 風見幽香という存在はどれだけ危険視されているんだ?
 これから会う妖怪にも興味が湧きながら、私達は丘の花畑を進んでいく。
 そして運良くか、運悪くか……彼女はそこにいた。

「あの傘を持っている奴が」
「厄介者ってわけね」

 嫌というほどのプレッシャーを感じる、並の妖怪ではないことはここに入った時点で感じていた。
 彼女はやっとここまで来た私達を笑顔で迎え入れる。
 この妖怪ほど笑顔が似合い、笑顔の本質とミスマッチしている者はいないと思う。
 笑いが従来示している意味を彼女から汲み取ることができないのだ。
 感情が表情に出ないのではない。感情と表情が独立の機関になっている、とでも言えば伝わるだろう。

「珍しいわね、こっちに出てくるなんて。それで上司はどこにいるのかしら? ぜひ親友として“ご挨拶”したいわ」
「上司とは神綺様のことでよろしいのかしら?」
「掛け持ちで働いているってわけじゃないでしょ?」

 慧音さんの睨みが利く中で、私は平和的手段のよって彼女に私がイレギュラーな存在であることを伝えた。
 興味無さそうな顔をしっぱなしの彼女も最後まで静聴してくれたんだから驚きである。

「それで私のところまで辿り着いたわけ?」

 まあそうなるのだが、自己に対する必要情報は大方アリスさんから得ている。
 これ以上に重要な情報を得られるとも思えない。
 つまりのところは、私は幻想郷の強き者がどんな奴であるのか確認してみたかった。記憶の無い割には私的な理由なことである。

「アリスや霊夢には会っているんでしょ? ならわざわざ私の所にまで来なくてもよかったと思うんだけど?」
「ええ、会って色々教えてもらいました」
「嬉しそうではないわね。過去に囚われるのも良くないけど、過去を気に留めないのもどうかと思うわ」
「気にしていないわけでは」
「記憶を失ってからあんたに何があったかなんか知らない。どう足掻いても記憶の断片を拾ったあんたには二つの道しか無いんだから。言わなくたって……ねえ?」

 “戻る”過去への道と“残る”新しい道。どちらを選ぶも自由……などとは言えない。
 昔の私は魔界の側近の役割を行っている。ならば、戻るのが道理というものではないだろうか?
 理解しているのに迷っている自分がここにいる。頭に彼女の顔と声が残るのだ。

「困惑一つ浮かばなかった人生よりは悩み抜くほうがよっぽどまともな生命らしいと思うけど? 魔界のあんたは思うことがあるようには見えなかったからねぇ」

 何も考えていなかったのか、考える必要が無かったのか。
 どちらにしても私は自立型人形と変わりなかったんだ。
 起こりうる全てのイベントに意味があるとするならば、やはり失われて当然の記憶だった?
 悩む私の顔を彼女はいたく気に入っているようで、ニヤニヤしながら見ている。趣味が良いとは言えない。

「もう一つヒント。湖の屋敷にあんたと同じようなのがいるから会ってみるといい」
「私と同じ? 元知り合いか?」
「さあね。でも、きっと気に入ると思うわ。殺しちゃいたいくらいにね」

 何か重要なことを知っていたとしても開示せずに本人の趣味に走ることを教える。知らないほうが良かった快楽を伝えるかのように。
 私が興味でここに来たのと同じで、こいつも自分の興味があることだけを話している。
 つまりは、その鋭い二つの目で私の奥深くを覗き込み、私の反応を楽しんでいるのだ。
 戦わずとも評判が良くない理由が嫌というほど分かる。

「私の希望としてはこっちに残ってほしいわね。あなただったら本気でやっても壊れなさそうだから」
「私もあなたのことが気に入らない。ぜひ機会があれば叩きのめしたいわ」
「“次に会う”のを楽しみにしているわ」

 彼女は最後にもニヤッと笑ってみせた。この上ない不気味さである。
 慧音さんの「もういいか?」の言葉をきっかけに彼女は目を外して背を向けたので私も同じようにした。
 昔の私もあいつと勝負をしたのだろう、きっと。










 ここ数時間で予想以上の収穫を得られたのは奇跡的といえる。
 これも私が阿求と出会った“最初の奇跡”が招いた必然とも言えるだろう。
 彼女の存在は生きていた時間よりもとても大きい気がしてならない。

「そういえばあの子のことで話していないことがあったよ」
「阿求のこと、ですね」
「そうだ。あの子の能力と特殊な存在についてだ」
「能力と……存在?」

 これから話すことは周囲の人々も詳しく知らないことで、既知者にも口を紡ぐように強制力が働いている。
 そんなこと記憶すら持っていない住所不定、名前も最近判明した私になど話していいものなのか?

「これでも目が利くほうだと自負している」
「じゃあ今日を機に疑ったほうがいいですね」
「話した後に考えるとしよう」

 知りたいと言い出したのも私だし、ごちゃごちゃ言っても何にもならないから反論はここまでにする。
 私が静かになったのを確認すると慧音さんはゆっくり語り始めた。



 阿求は特別な存在なんだ、幻想郷にとってのな。
 彼女の家には代々科せられている使命がある。幻想郷の全てを記していくことだ。
 稗田家が始まってから彼女の仕事は現在までずっと続いている。

「人間は長くとも百年で体の機能が停止すると聞いたことがありますが」
「だから自分という他者を作り出した」
「どういうことですか?」
「魂の行き先を予め稗田家に決定させる、即ち転生だ」

 初代、阿礼は自らの使命を果たしていくために閻魔様と契約を交わしたと言われ、一部では秘術の扱いとされているそうだ。
 そもそも生命が尽き魂と化した時、全ては徳により数値化されそれに応じた転生先を閻魔様により任意に選択される。
 阿礼に関してはそのルールを逸脱し、必ず稗田家に生まれるように運命づけられている。
 水の循環にそれは似ているな。川から流れていき、やがて天を昇る水蒸気となり、時を経て雲を構成する要素となったら再び雨となりて地上へと落ちる。
 当然、法を越えた行為の取引には、楔となる罰が彼女の背中に取り付くことになる。
 一つ目は時間。普通の人間よりも命が短く、およそ三十年で命果てる。その間にも記載という徳を積んでいかなければならない。加えて転生の準備は生きているうちにも行わなければならないことがある。自由な時間は限りなく少ない。
 二つ目は引き換えの徳。足りない徳は霊魂時に地獄で仕える事で加えられていく。死んですぐに転生できる訳ではない。
 要するにリスク、損ばかりする契りということだ。因果律に逆らうとはそういうことなのだろうな。

「阿求はそれでも望んだ?」
「ここから先は不確かなことだ。阿礼から引き継いで持つ能力“全てを忘れない”というものなのだが、この能力は万能ではないらしい」
「詳しくお願いします」
「お前と同じことだ。“知識”は引き継げても、“記憶や思い出”は全てを水泡、性格も別のものということだ。あったとしても体は覚えていない。アカの他人の記憶に感じるのだろうな」
「転生を望んだのは阿礼だけで、阿求は巻き込まれただけということですか?」
「本人ではないから一概には言えないが、望もうと望まないと阿求の指名と運命は定められている」

 だからこそ阿求には笑顔でいてほしいんだ。
 彼女には不釣合いな荷をずっと背負っていかなければならないのだから。



「今日会った人に話す内容とは思えないのですが」
「喋る相手もいないだろ?」
「それは……ふふっ、確かに」
「それにあの阿求が拾ってきた奴だからな。期待をしてしまうよ」

 慧音さんはわざとらしく笑った後で再び真剣な面持ちになる。

「お前が妖怪で魔界から来たとしても、阿求を大切に思ってくれるのなら私は何時でもお前の味方になろう」
「…………」
「とは言っても私も人妖の身だがな」

 茶化すように言葉を紡いだ慧音さんの顔を夕日が照らした。








 我が家ではないけれど、戻るべき場所がある。
 私が扉を叩いて帰宅報告をするのがこっ恥ずかしいのを察してくれたのか、慧音さんが話を通してくれた。かたじけない。
 お手伝いさんが家に戻るとすぐに阿求が出てきて私のことを迎えてくれた。
 飛び跳ねながら「魔界についての新しい情報が入りました」とじゃれてくる。それを見て慧音さんはうんうんと頷いている。何故故?
 色々と不都合が生じそうだったので私はとりあえず掛衿を掴んで阿求を引き剥がした。
 残念そうな顔をされたが気にしない。

「話は家の中でしましょう。私にも報告事項があるので」
「ひゃい」
「慧音さん。本日はお世話になりました」
「いろんな者と話すのは楽しいものだ。私からも礼を言おう。楽しかったよ」

 頭を下げた私同様に丁寧な会釈をした後に手を一度挙げてから慧音さんは稗田亭から立ち去っていく。
 几帳面だとか、神経質だとかにしか見えなかった彼女も一緒にいることでこの温かい幻想郷の者であるのだと今は感じていた。

「夜は冷えるようになってきましたので早く家に入りましょう」
「そうですね……」

 私は橙色に染め上げられた空に浮かぶ黒い姿を目にしてから阿求に続いた。



 今日二回目の来訪という事で女中さんの目線が先程よりも深く刺さる。
 メイド服を着ているから、一度見たら何となく覚えてしまうのだと思う。
 目に付く衣服というのも困りものということだ。
 私の緊張は阿求の部屋へと入るまで続くことになった。

「どうかしましたか?」
「少し疲れてしまって」
「そうですね。意外と時間も掛かっていたようですし、脳も本調子ではないですからね」

 理由を口にしていないだけで嘘はついていない。
 つまりは屁理屈である。

「じゃあ私から……」
「いえ、こちらからでお願いします。重要なことがいくらかありますので」
「なら、先にどうぞ」

 話すことは沢山あった。
 今日だけで事態が都合良く進みすぎたせいでもある。
 自分の名が分かったことや、予想通り魔界から来たということ。魔界の神に仕えていたこと。そして……私が妖怪であることである。

「これで……報告を終わります」

 今の自分の顔がどうなっているのか知りたい。
 ちゃんと内面を隠せているのだろうか? 悲しそうな顔をしてしまってはいないだろうか?
 そんな顔のまま阿求の顔を見ると、彼女はきょとんとしていた。

「えっと、どうかしましたか?」
「私は妖怪ですよ? 怖くはないのですか?」
「その前に……夢子さん、ですし」

 阿求は恥ずかしそうに私を名前で呼んでみせた。
 私の希望とかそういうものではない。顔を見れば嘘をついてはいないことくらいすぐに分かることだ。
 だからこそ、私の心に響くほど嬉しかった。

「今は妖怪の方々も人を襲わなくなってきましたし、ずいぶんと友好的に接してくれるようになりました。だから私達も門戸を開いて変わっていかないといけないと思うんですよ。ですから……」

 説明口調で胸を張って話す彼女は微笑ましいの一言に尽きる。
 顔を見ているとどうしても私も笑ってしまう。

「むっ! 何で笑っているんですか! 今いいところなんですよ」
「いえ、何と言うか……ふふっ」
「また。少しばかり腹が立ちます!」

 私の腹を立てさせる笑顔を見たまま阿求は人間と妖怪に対する自分なりの見解を述べつつ、続いて私が出かけている間に済ませた調べ物へと話を変えていった。
 彼女は話を相手に聞かせるのも得意であるようだ。

「魔界は幻想郷と相互封印の関係にあるために互いに通じていないそうです」
「私もアリスさんからそう聞きました」
「でも夢子さんがこちらに迷い込んできたことで結界、特に魔界側に何らかの問題が発生した可能性が高いです」

 アリスさんの推測と同じ場所へと阿求も至った。
 なんせ二つの世界を繋ぐ道は一つしかないのだ。行き着くのは一つであろう。

「向こうが開かれてしまったのなら何か使者が一人くらい入ってきてもいいと思うのですが」
「こちらが開かれていなかったら帰りに困るから、ではないでしょうか?」
「でも夢子さんは魔界にとって重要な人物です」
「神がいる限り代わりならいくらでもいると思います」

 創造者なら私の代理くらい簡単に作成できるのだろう。
 なんたって言葉の通り神綺様は神である、因果に逆らう存在とも言える。
 そう、所詮は使い捨てにしか過ぎないということだ。

「世界を零から作り出した方ですからね。夢子さんの言う通りなのかもしれません」

 私は楔から解き放たれた人形にでも例えられるのではないだろうか?
 人形だったら次から次へと生産することができるからだ。
 私と同じ顔をした他人が魔界でもう働いている、その可能性も否めない。
 気味が悪くなってきたので想像するのをやめた。

「こちらの結界がどうなっているのか確認できればいいのですが」
「場所だけなら本に記載されて……いました。博麗神社の裏山にある洞窟です」
「なら明日、行ってみましょう。神社の場所はもう覚えましたから」
「あともう一つ……重要なことが」
「はい、何でしょう。阿求」
「魔界の扉は……数年前にも開いているようなんです。もしかしたらその時……にも迷い人がいたのかも……」
「私と同じような?」
「引き続き調べてみますね……」

 全てを話すべきことを終えたであろう阿求の体がふらつく。
 足だけでは自分を押さえきれず、思わず倒れそうになった阿求の体を私は咄嗟に支えた。
 近くで彼女の顔を見ればいつもと様子が異なることは明らかだった。
 赤くなった顔は発熱を表している。触るまでもないことだ。
 どうして今まで気が付けなかったのか、自分のことしか考えてなく盲目になっていたということなのか。

「ちょっと……疲れちゃいました」

 寄りかかられて彼女の軽さと小ささを改めて感じる。
 私はこんな潰れてしまいそうな背中に体を預けてしまっていたのか。
 恩人だとか言われているけれど、私は“自分の意思”で彼女に何かをしてあげたことは一度も無い。
 だから今回は“力になりたい”という明確な理由を持って頭と体を動かす。
 まず始めに失礼ながら押入れを開き、布団を引いて阿求を寝かせた。
 続いて通りすがったお手伝いさんに声をかける。
 いきなり客人に話しかけられたために少々の戸惑いが見られるけれど、私の顔を見てから立ち止まってくれた。

「いかがいたしましたか?」
「阿求が倒れました。手を貸してほしいのです」
「阿求様が……また!? すぐに皆を呼んでまいります」

 短命と運命付けられている。だから阿求は体が弱いのでは?
 人間として生まれても人間として生きられない、人である意味すら無いように思えてくる。
 なんてこと考えている時間が惜しい。今、私にできることをしよう。
 庭に見えるのは井戸で桶も置いてある。タオルの代わりならいくらでもある。
 底から持ち上げるのには女手では苦労するかもしれない水汲みも、私にとってはなんてこともなく迅速に行える。今ばかりは頑丈に作ってくれた魔界の神様に感謝するとしよう。
 自分の服を破いて桶に入った冷たい水に浸し、絞ってから阿求の頭へと乗せる。タオルほどは水気を含まないけれど、無いよりはいいと思う。

「夢子さん……」
「はい。何なりと申しつけ下さい」
「手を握ってくれますか?」
「了解しました」

 差し出された小さな手を私の両手が柔らかく包み込む。
 阿求の手は思っていた以上に冷たく、おそらく体も冷え切ってしまっている。
 そんな無茶をすることは望んでいない。

「記憶が無いこと本当に辛いことです」
「……」
「だから探しましょう。夢子さんの記憶を」
「ええ、一緒に。だから元気にならないと駄目ですよ」

 私の言葉を聞いた後で阿求はゆっくり瞳を閉じた。

 この後のことだが、水や薬を持ったお手伝いさん達が複数入ってきて、目を丸々としていたのが印象的だった。
 どうやら私の対応が早かったことに驚いていたようだ。
 彼女達は私に薬と林檎を渡すと早々に部屋から出て行ってしまう。任せられたと考えていいのだろうか?
 結局、阿求は朝になるまで手をぎゅっと握ったまま眠り続けるのだった。





 座ったまま眠ってしまった私を多くの頭を猛烈に下げながらの無数の「ごめんなさい」が襲いかかり、はっきりと目が覚めた。
 この様子から昨日の夜よりは体調がいいのではないだろうか?
 ともあれ無理をすればぶり返すし、阿求は無茶をしたがるだろうから、横になって薬を飲むように私は言う。

「夢子さんも皆さんと同じことを言うのですね。がっかりです」
「当たり前のことですから」
「言い方もなんか気に入らないです」

 苦そうな薬を水で流し込む阿求の表情はコロコロと変わる。私とは違ってスムーズに変化していくのだ。
 よく自分に素直になるなんて言葉を聞く。私は自分に素直ではないから変化に乏しいということなのか?
 そもそもこの言葉の定義が分かっていなかったりする。
 自分を失っている者が考えることではないな。

「夢子さん、障子を開けて欲しいのですけど」
「体が冷えますよ?」
「お布団温かいですから」

 聞き入れてくれそうにないので仕方なく外が見えるように近くの障子を開放する。
 温められていた空気は逃げていき、代わりに秋のほんのり冷えた風が部屋へと循環して逃げていく。

「今日は少し寒いですね」
「では閉めましょう」
「いえ、もう少し……雨の音を聞いていたい」

 秋の雨は長く続くと聞いたことがある。
 長いがどれくらいの期間を指すのかは思い浮かばないが、来る日も来る日も空が灰色では気分は良くはないだろう。
 そんな私の思いとは異なる感情を阿求は持っていたようだ。

「雨の日は嫌いじゃないです」
「外に出にくいじゃないですか?」
「大地を豊かにする恵みに比べたら些細なことです。干ばつほど生命にとって恐ろしいことはないですから」

 昔はよく飢饉に見舞われていたと本には書いてあるらしい。
 根本的に世界に存在する水分の量が少ないのだろうか?

「外の世界にはミネラル分を含む膨大な水を溜め込む“海”というものが存在するようですよ」
「ここには海が無いのですか?」
「ということは魔界にはあるのでしょうね」

 阿求の言うことは正しいと思う。
 私の中には明確な海のイメージ、知識が存在している。
 海無くして生態系が成り立っているというのも凄い気がしないでもない。なんたって生命の誕生は海からと言うくらいだし。

「海ってどんな感じなのでしょう?」
「一面が水平線になるくらいの広さはゆうにあるかと」
「水は食用として使えるのでしょうか?」
「塩分が効いていてしょっぱいですよ。だから使い道は限られてしまいます」
「三途の川の水と同じですね。あそこも食用にするには勇気がいるみたいなので」
「三途の川……ですか? どんなところなのでしょうね」
「なら今度一緒に見に行きましょう。約束です」

 約束……悪くない。
 阿求が元気になったのなら、彼女の望みにできるだけ応えてあげたい。彼女の時は貴重なものなのだから。
 でも、私は「はい」とは安易に言えなかった。
 話題を逸らすように私は手元に置いてあった林檎を取り出したナイフで剥き始める。
 ナイフはあらゆる場所に潜ませているのでどこでも包丁いらずである。全く自慢にならない。
 シュルシュル、と一本の赤い線が伸びていくのを阿求はじっと見つめている。
 特に珍しい光景でもない気がする。

「夢子さんは料理も得意なのですか?」
「一通りはできると思います」
「魔界郷土料理とかはあるのですか!?」
「あるにはあるのですが……材料がこちらにあるのかどうか」

 レシピなどは頭から失われていないのだから不思議なものである。
 脳の構造の解析は難しそうだ。

「卸しましょうか?」
「大丈夫です。結構元気なんですよ」

 阿求は体を起こしてから、楊枝が刺さった林檎を取り上げて小さな口で頬張る。
 口にはできないが、食べる姿は私から見ると小動物に見えてしまうほど可愛らしい。
 「美味しい」ともう一つ八等分された林檎を刺して口にする。

「食欲があるのなら朝食を済ませた方が健康的にも良いと思いますよ」
「うん、そうしたほうがいいかもです。夢子さんもどうですか?」
「私はこの家の者ではありませんし」
「客人だからおもてなしをするんですよ」
「え、あの……あっ」

 開放された入口から出て廊下に。
 今日は一日中、雨になりそうだ。







 秋の雨は“塵も積もれば山となる”とでも言うべきか、少ない雨量で長期間断続的に降り続ける。
 出掛けたいと思う者にとってはさぞかし心苦しいことだろう。

「心苦しい!」
「と言われましても」
「出掛けたいです」
「雨が降っていますので」
「やっぱり雨は嫌いです」

 私は阿求の熱烈な支援もあって手伝い見習いとして居候をさせてもらっている。
 仕事は昔と変わりないのか、特に指導もされることなく仕事をこなしている。
 伊達でメイド姿をしていたわけではないみたいで、ある人は仕事の速さと緻密さにびっくりだとか。
 こうして、阿求の家に留まっているのも雨による足止めである。
 少しは焦ったりしたほうがいいのかもしれないけれど、居心地が良いために「雨が止むまで」と思ってしまうのだ。
 そしてもう一週間が経っていた。

「折角元気になったのに」
「雨を呪っても仕方ないですよ」
「気候操作ができたら便利なのになぁ」
「操るという概念は支配であり争いの切欠や道具になります。私は自然に干渉する行為は愚かかと思います」
「でも毎朝灰色の空を見ていると私も灰色になってしまいそうで」

 花曇の空から霧雨が降り続けている。
 行雲流水なんて言うけれど、ここ最近は全く行雲には見えない。

「こうなったら傘を持って」
「駄目ですと昨日も言いました」
「体も濡れないし、服を着込めば」
「駄目です」
「時間を大切にしたいんです。えっと、その……美人薄命と言いますし」
「恥ずかしいのなら言わなくてもいいのでは?」

 ふくれっ面なろうが、泣き真似をしようが、拗ねようが駄目なものは駄目だ。
 体調は回復に向かっているとはいえ、元から体は強くないのだから無理するのは良くない。
 加えて外に行きたい理由が「楽しそう」だからでは。
 私だって阿求と出かけたい気持ちはある。それよりも体を大事にしてほしいという気持ちが大きいだけだ。

「もう魔界関連の本は家に無いし」
「情報は揃っていますし行く場所も分かっていますから調べる必要もないです」
「夢子さんは結界の場所へ行ったら……」
「…………」

 阿求は途中で口を止めてしまい、部屋は雨の音が支配的となる。
 もう阿求は私の気持ちを察しているのだろうか?
 彼女は私に悲しそうに笑いかけるのであった。







「雨が止みました。いざ外へ」
「夜です」
「別に朝でも夜でもなんでもいいじゃないですか。私は気にしないよ」
「危ないので」
「夢子さんが守ってくれるでしょ?」
「すいませんが私には別件がありますので、少し出掛けてこなくてはなりませんので」
「自分だけ? ずるい」
「重要な用なので」

 結界を訪れる前にすることがある。
 風見幽香が口にした人物、彼女に会わなければならない。

「その言い方も……ずるいです」
「私の本来の性格なのかもしれませんね」
「分かりました。でも、無茶はしないで下さいね」
「はい」
「あと……絶対に戻ってきて下さい」
「大丈夫です。今の用は結界にあるわけではないので」

 久しぶりの月、星も瞬き夜空を歓迎している。
 そんな闇夜の空に合わない私の姿が混じっていった。

 湖のある場所は事前に慧音さんから聞いている。
 聞くには力を持つ妖怪や妖精が出て来るそうだ。うまくいなせればいい。
 辺りに気を配って飛んでいるが、誰かが出てきそうな気配はない。なんて思っているうちに湖を渡り終えてしまった。拍子抜けである。
 あまり飛んでいた実感が無いのは意識をきっちりと持っていなかった証拠だろう。今から引き締めていこう。
 反対岸に見えてきたのは人の屋敷とは比較にならないくらいの大きな石作りの建物である。
 圧倒的な存在感を誇るこの屋敷には危険な妖怪に分類されている吸血鬼の姉妹が住んでいる、と本に書かれていた。
 そしてその主に仕えているのが、

「今夜は久しぶりの良い夜ね。月見草も“浴後の美人”みたいに咲き乱れているでしょ?」

 十六夜咲夜である。
 巫女とあいつが言っていた奴はこいつだ、確信を持って言える。
 金と銀、隠しているナイフ、メイド姿、無関心な表情、私達は似すぎている。
 きっと私が今感じている感情を彼女も共有しているのだろう。

「あなたと私、初対面かしら?」
「さあ……どうだと思う? “夢子”さん?」
「なっ!」

 容易く相手に背中を取られていた。
 目は離さなかった。気配はずっと捉えていた筈なのに、気配が先程いた場所から切れることなく彼女は移動してみせたのだ。
 何かの手品か、それとも、

「何であなたのことを知っているのかしら? 不思議ね」
「こっちが聞きたいわね!」

 後方へと飛んで距離を保つと今度は追ってこなかった。
 カラクリを解析してやろうと挑発しても乗ってこない。深追いはしてこない。

「もし私の置き忘れた記憶があるのなら原因を知れるのかしらね」
「あなたも記憶が?」
「ええ、でもお嬢様に仕えている私にとって捨てられた昔になんて価値は無いわ。だからあなたが何者であっても関係無い」

 相手は手に何も持っていないし、構えてもいない。かといって油断すればまた奇術か何かで背後を取られる。

「十六夜咲夜。あなたが記憶を失ったのは結界を通ったからよ。おそらく私達は記憶を持っている時に出会っている」
「それで? 要らないから失われた、ならばそれを取り戻し復元することに意味があって?」

 今度は前方で彼女が消えたことを察知できた。
 移動は間違いなくしていない。刹那で体が空間から空間へと置き換えられている。
 テレポーテーションの能力か、それとも別に?

「あなたは魔界で“人間”として創造され、何かの理由で外へと出てしまった」

 アリスさんよりも先であると予想できる。
 何故なら、アリスさんは私に魔界人の可能性が高い十六夜咲夜についての明言を避けている。
 わざとであるとは思えない。おそらくは神綺様がアリスさんを送り出す時に……。

「で、私はお嬢様の所へと至った? なら大いに結構よ。私にとって過去など現在に干渉するものではない」
「あなたは過去よりも大事なものをもう掴んでいるのね」
「変えることのできない過去なんて選択肢の無いただの映像、石ころ以下でしょ?」

 私のように中途半端に囚われてはいない。
 大事なものが何であるのか分かっている彼女は私の何倍をも優秀である。
 結局、私は心ががらんどうの妖怪で何一つ手には持っていなかった。何かに縋る権利すら持っていない。
 今の私になってからずっと心に残っていることは彼女のことだけだ。
 阿求と一緒にいたいと思うことは私が望んでもいい希望なのだろうか?

「葛藤しているの?」
「私は自分すら理解できていない。欠陥品だから」
「間違っているわね。何も持たないのなら、何も考えないし考えることで苦しんだりしないわ」

 大いに悩み、考えろとでも言いたいのか?
 風見幽香もそんなことを言っていた気がする。

「だいたい、あなたはこんな下らない事を言いにここまで来たわけ? しまいには自分が悩み始めるし」
「あなたに会ってみたかった、では駄目かしら?」
「ファンはお断りよ。ちやほやされるのも好きじゃないし、ロクなことがないでしょ?」
「安心して。似たような者には魅力を感じないわ」

 興味とは違いの解析とでも言っていい。
 自分にはできないから、自分よりも優れているから惹かれるのだ。
 私が阿求に惹かれるのも自分には持っていない温かさを所持しているからだと思う。

「似た者同士なら……区別しないといけないわね!」

 ついに口以外からの攻撃が飛んでくる。
 彼女に背を向けた私の眼前に無数の銀の刃が現れた。
 何も無かった場所が、ナイフの群れへと変化したのだ。

「見た目で判断しづらいのなら、強さで分けるっていうのはどうかしら?」

 油断無い私への不意打ちに、顔や足、腕が鋭利な刃物に裂かれた。
 反射的に致命傷となりえる部分を防御できたのは体に刻まれた経験の賜物だろう。
 傷は運動に支障が無い程度、戦闘を行うことは可能である。
 私自身も前に佇んでいる存在と手を合わせてみたいと願っている。退く意味が無いのだ。
 自分がぼやけていたとしても同属嫌悪、特異なオリジナリティを主張したい。いや、ただ考えるより暴れるほうが得意なだけかな。

「それは良い考えかと。私も最初、運動不足で困っていたので」
「しばらく運動を控えるような体にしてあげるわ」

 タネ無し手品により、今度は四方八方からのナイフが私を囲み込む。
 まあ今度は想定していたことであり、焦る必要は無い。
 かわすスペースがない、だから私に刺さるまでの一秒で襲い掛かるナイフを同量で打ち落とす以外にない。
 そう、手段があるのなら冷静に行えばいいだけ。私には一秒すら長く感じた。
 ナイフの刃は一つとして私へと届かない。絶対に。

「さて、仕掛けは瞬間移動だけか、それとも時にまで影響を及ぼしていることやら」
「残念ながら後者よ」

 背後からの蹴りは靴に刃を仕込んだ首を狙う殺意こもる一撃だ。
 当たったら運悪ければ死ぬかもしれない。だからこそかわすことができる。

「驕りね。時を止められるのなら勝負だってすぐに決着をつけられるじゃない?」
「楽しみよ。あと、ズルは良くないでしょ?」

 今度は二つのナイフが不自然に加速していき私へと襲い掛かる。おそらくは物質の時を早める行為を施したのだろう。
 アクセルをいれたようにナイフは一定の加速度を貰い続けて速度を増す。進む距離は二次的に伸びる。
 でも、それだけである。
 その二本のナイフを私は素手で止めてみせた。
 手に切り傷がついたのはナイフの速度が普通ではなかった証拠だ。単にそれだけのことだが。
 止めた二本を軽く投げ返して私は不快感を口にした。

「戦い方も殺気も温いわね。やる気あるのかしら?」
「なら見本を見せてほしいわね? あなたの戦い方を」
「あら、見ていなかったのかしら? 私がナイフを投げたところ」
「!」
「今度は見えるように投げてもいいわよ?」

 断続的に時を止められても、私の行動が見えていなければ全てを停止させる守備も役目を果たさない。
 ノーモーションスロー、死角からの跳弾、かわせない攻撃、手段はいくらだってある。私のナイフが彼女のスカートやヘアバンドに刺さっているように。

「次は心臓、狙うわよ?」
「ふふ、怖い怖い」

 彼女の瞳の色が赤へと変化する。今度こそは本気になったか。
 なら私も自分の本気というものがどれくらいなのか探らせて貰うとしよう。

「来な。満月崩れと新月の僕!」
「後悔するな。夢も見れない人形!」










 私が帰る頃には月も沈み、青々とした空と目を侵すほどの朝日が闇を退かせ、境界を造り始めていた。
 見るも無残な衣装に成り果てた服とは裏腹に、私の頭の中はいい意味で空っぽになった。
 何も考えずに思うがまま暴れたことで頭がすっきりしてしまうあたり、私は根っからの馬鹿であったようである。
 考えすぎて行き詰まり、息詰まるよりはよっぽどいいな。
 ちなみに勝負は……いや、私と咲夜の中で分かっていればいいことだ。
 そうそう、私が朝帰りとなってしまった等の理由により、阿求には色々と実弾を飛ばされた。
 例としてあげる。ちなみに全て笑顔である。

「朝帰りなんて夢子さんは大人なんですね」
「服が破れてしまうほどはしゃいできたのですか? ぜひ見たかったです」
「よく見ると怪我だらけじゃないですか。無茶しないでと私は言いましたよね?」

 怒られているのに褒美を貰っている気がするのだから困り者である。
 そんなおしおきタイムを経た後で私は身支度を済ませた後、阿求と共に出かけることになった。
 行き先は……そう、博麗神社だ。
 私が述べた行き先に阿求は一瞬、顔をこわばらせた。
 先送りにしていれば、きっと今よりも良くないことになる。逃げていてはいけない。
 阿求に何を言われても行くつもりだったが、彼女の反応は意外なものだった。

「私も行きます!」

 そして今へと至る。
 外へ行く準備として私は阿求が用意した和服を着る事になった。外に出せるような格好ではないと阿求に言われたからだ。
 着てみるとなんというか無駄な布地が多くて動きにくい。ナイフを隠せても取り出しづらそうである。
 阿求は「綺麗です」「似合っています」と言っているけれど、実用性を考えるとなんとも言えない。
 もはや服でなくなった布を着るわけにもいかないので今日はこの落ち着かない格好でいるとしよう。阿求にも褒められたことだし。実は嬉しかったり。



 さて、出発である。
 村から神社までは徒歩ではきつい距離なので、馬車等の足を用意したほうがいいのではないかと発言する。
 「今日は久しぶりの晴れで絶好の散歩日和ですね」、速攻で却下される。
 彼女はけっこうな頑固者なので、私が口すっぱく言っても変えることはない。
 私も傍らにいることだし、会った時みたいな危険は無いだろう。

「分かりました。今日はお嬢様の警備をするとしましょう」
「用があるのは私じゃないけど」
「そうですね。私の重要な用事です」

 決断する時はもう迫っている。
 モラトリアムを延長することは良いことではない。
 今の自分が過去を見つけた上での判断を下さなければならないのだ。

「それでは行くとしましょう」
「ゆっくり歩いてくださいね」

 夜は冷え込むので、日が落ちる前には、と思う。



 歩き始めてから阿求はずっと私に話しかけてきた。
 阿求の独壇場になるような話題や、魔界における常識の聞き込み、日常のふとした出来事、阿求は明日話せばいいことでも話していた気がする。
 歩いていこうと言ったのも馬車よりも長い間、話すことができるという理由が一番だったのかもしれない。
 そう、私が向かっているのは魔界への結界、つまりは二つの分岐点になっている。
 選ぶ道によっては一生の別れとなることだろう。
 そして阿求は私の選ぶ先を……知っている。

「えいっ」

 ぺちん、と頭を阿求に叩かれ思考が凍結する。当然痛みはない。
 ぼーっとしたまま、声を受け流していた私に阿求は不満なようだ。

「人の話はちゃんと聞くのが礼儀です」

 阿求は今、笑ってくれている。私が消えてしまったのなら、彼女は悲しんでくれるのだろうか?
 そうであったら……嬉しいな。

「夢子さんは馬じゃないんですから。馬耳東風では他の人を困らせますよ」
「そうですね。でも、もう神社ですから」
「あっ……」

 考え事をしてしまったものの、阿求のおかげであっという間に目的地へと着いてしまった。
 名残惜しくてもここが終着点であることには変わりない。
 阿求の足は石段を前にして止まる。
 階段の先を見ようとしない。顔を上げようとしない。

「行きましょう。結界のある場所へ」

 私の言葉に口では何も言わない。代わりに石段を一歩、また一歩と足を進めてくれた。
 阿求は下を見たまま上がっている。さっきまで元気に話していたのに俯いている。
 私のせいだ。私が今の阿求の顔を作り出してしまった。
 それでも、足を止めることはしなかった。二人とも。
 巫女は家の中でぐったりしていて、魔界の結界がある洞窟へと行きたいと言うと、首で奥のほうを示すジェスチャーをした後、再び私達に興味を無くした。適当さ具合が身に沁みる。
 ぐるりと建物を回ると原始的で未開な森が広がる神社裏に繋がり、すぐにそれらしき場所は見つかった。
 一応祠に見えるような装飾は施されている。巫女を偉いと褒めてやろう、先代の仕事だったりするかもしれないけど。
 中へと入ると水滴がポタリ、ポタリ、と落ちる音が空洞に響いている。
 湿った空気と苔が付着した岩はこの道の奥に湖があること示している。



――向こうと同じ、鏡面世界。
  世界を繋ぐ橋に相応しい姿。



 水による磨食は進んでいて、角が落ちている岩や石が多く見られる。
 洞窟も下り坂になっているので、雨が降ると水が入り込み溜まっていくのだろう。
 その結果が私達の前に広がる湖である。

「ここが……世界を結ぶ結界なのですね」
「ええ、おそらくは」

 綺麗な水には神聖な力が宿ると聞いたことがある。
 滝にうたれたり、水で身体を洗うことは心身ともに清めることになるのだろう「身滌」と「禊ぎ」をかけたのか……なんてどうでもいいことが湖面に映る自分の顔を見ることで言葉として蘇ってきたのだった。
 私は自分の手でその透明な水面に触れてみる。
 弾くような張力があった。それ以外はただの水である。これが結界と言えるのか?
 波紋が消え透き通る水にまた私の姿が映りこむ。
 水は昔、自分を映すための道具、鏡の代用として使われた。
 鏡と透明な水、二つは私達が住む世界から別世界へと繋がる道であると考えられたこともあるそうだ。
 その曇りなき姿から人間にそう思わせるのだろう。
 そしてまさしくここがその場所である。
 結界、どのような仕組みになっていることやら。



「こちらの結界は八雲紫が作り出したものだ。だからよく分からんよ」



「神綺……様?」
「貴方が……世界を創り上げた」
「ああ、凄い神だよ。サインはいるかしら?」

 茶目っ気に隠しきれていない恐ろしい力、これこそが神になりえる存在なのか。
 その目には嘘を通さない力があり、その口には絶対的な服従能力があり、その髪には……引っ張りたくなるようなものが付いている。

「事故とはいえ夢子ちゃんが外に言っちゃうなんて驚いたわ。そのせいで屋敷が大変なことに」
「誰も掃除していないのですか?」
「していないじゃなくてできないのよ。困ったことに」
「相変わらずのようですね」

 考えずとも言葉が勝手に出てくる、普段通りのように。脳も問題なく働いている。
 私が私であるような言葉遣いは、ピースが元の場所に戻ったのと同じ。
 私はやはり神に仕えていて……神に仕えるべきなのだろう。

「夢子ちゃんは戻るためにここに来た、ということでいいのよね?」
「はい」
「なら……彼女に挨拶しなさい。世話になったのでしょ?」

 私に温かさを教えてくれた彼女に最後の言葉をかけなければならない。
 温かくなった水も水とは呼ぶ、されど人はそれに“お湯”と名前をつけることで差異を生じさせた。即ちお湯は水ではない。
 だが、湯になったとしても戻る手段はあるのだ。冷たい場所、元いた場所に戻れば水へと帰ることもできるだろう。
 私は水のままでいるべきだ。温かさが伝わりにくく、彼女から熱を奪ってしまうから。

「阿求……」
「分かっていました。夢子さんがどこかへと行ってしまうことくらい鈍感な私でも分かっていましたよ」
「…………」
「外出したいとか我が侭を言いましたけど……ただの嘘です。だって雨が上がってしまったら夢子さんはきっといなくなっちゃいますから。ずっと降っていればいい、魔界のことなんて忘れてしまうまで降り続けてほしいと思っていました」
「私もですよ。止まなければいいと思ったことがありました。でもそれでは駄目だと、曖昧なままではいけないと知りました」

 一週間という期間で私は悩んだ。
 失った欠片を拾い、集めてできた実感の無い自分と向き合って答えを探し、決めた。
 だから後悔はしない。

「そしてもう一つ、私は夢子さんに嘘を付きました」
「…………」
「霊夢さんに会いに行く時には夢子さんがどこの何者であるのか……すべて知っていました。でも私は言葉にしなかった」
「えっ……」
「過去を知る権利を失ってしまった人に手を貸すフリをしていました。全てを知ったら二度と会えなくなってしまうかもしれない、だから教えたくないという自分勝手な理由で」

 流石にこれは気が付いていなかった。
 私は阿求から決定的な情報を手にしないまま巫女に会いに出て行っていたとは。

「愚かですよね。帰ってきた夢子さんは全てを知ってしまっていたのですから。結局、私の自分勝手な我が侭は何の意味も無かったんです」
「私は阿求のことを責めませんよ。私のことで誰かが悩んでくれる、嬉しいことです」
「夢子さんはきっと昔も優しい方だったと思います。だって今も、こんなにも……優しいのですから」
「恐縮です」

 阿求は三歩分あった私達の距離をゼロにして、私のことを抱き込む。
 感触を忘れないように私もしっかりと抱いてあげる。
 本当に小さな体だ。手で背中を抱え込んでいるからいつも以上によく分かる。身を任せるのも躊躇われるくらいに。
 支えてやりたい。決めていたのに頭は心に忠実だ。

「これから言うのは独り言です。聞き流してもいいので」

 阿求の体は震えていた。抱きかかえているからこそ体を通して伝わった。

「私は……、私は夢子さんと一緒にいたい! ずっと、もっと話したいし、どこかに行きたかった!!」
「あ……きゅう?」
「私にとっても夢子さんにとっても少しの時間を共有したに過ぎない、でも私は夢子さんを求めてしまった! あなたの優しさの欠片を感じてしまった!」
「あなたは……」
「卑怯って言われてもいい! 汚いと罵られてもいい! それでも私は……ゴホッ、ゴホッ……私は夢子さんが傍にいてほしいと願った!!」

 顔は見ることはできない。彼女の細い腕がギュッと私を拘束している。
 私の左肩が彼女の零す何かで濡れていた。

「そんな些細な願いを、決められた運命から逃れられない私が……私が望んではいけませんか! 望んでは……ううっ……ッヒック、ううっ……」
「ごめんなさい……私のせいで苦しめてしまって……」
「……く、う……」

 阿求の握力は抜けて、背中から腕が離れる。
 私も阿求の発熱した背中に回していた腕を下げた。
 彼女の顔はぐちゃぐちゃだったけど、笑顔だった。私に一度も泣き顔を見せることは無かった。
 最後まで笑って見送ってくれる、彼女の強さだと思う。

「さよならです……夢子さん」
「はい、阿求も……お元気で」
「はいっ!」

 私のために泣いてくれた、叫んでくれた。もう十分である。
 彼女の笑顔を焼き付けて脳の一番大切な場所に置いておくこと、私にできる唯一の行いだ。
 背中を向けて神綺様の横へとつく。過去の私と未来の私の居場所だ。
 さあ、魔界へと戻るとしよう。

「行きましょう……神綺様」
「…………」
「神綺様?」
「夢子ちゃん……泣いているの?」
「えっ……?」

 目元に手をやり、拭いてみる。
 私の右手には一滴の水が付着していた。
 涙……なのか?
 未練は残していない。阿求だって歯を食いしばって笑顔で居続けた。
 私は今起きている出来事を否定するように袖でそれをふき取る。

「どうして……やだ、止まらない……」
「夢子ちゃん……あなたも……」

 拭いても拭いても……止まることはない。
 壊れてしまったようにとめどなくそれは流れ出て頬を伝っていくのだ。

「神綺様……どうすれば止まるのですか? 私には……分からないです」
「止め方、そうね。知っているわ」

 情けない姿を晒す私に目線を合わせて神綺様は話しかけてくる。

「夢子ちゃん、貴方は嘘をつけない性格なの。だから私に一度も嘘を付いたことは無い。そして貴方は一度だって私に我が侭を言ったことが無かった。忠実に命を従ってきた。じゃあ、貴方の性格を考慮してこれから出す問題に答えなさい」
「もん……だい……」
「嘘と我が侭、どちらかを貴方は取らないといけないとしたら。貴方はどちらを望む?」
「その問いには……答えがありません」
「そうよ。だから貴方は悩んで、自分を傷付けてまでして答えを出そうとした」
「私は神綺様への忠義を……」
「夢子ちゃん。私は嘘ってすごく嫌いなの。加えて貴方の嘘は見ているほうも辛くなってしまうわ」
「でも、でも私は、私は貴方の忠実な僕! 無理を通さなければいけない時も……」
「その前に貴方は私の子供よ。子供は親に我が侭を言うもの、じゃないと逆に心配になっちゃうじゃない?」
「神綺様……」

 彼女の前では自分自身に付いた嘘さえも見抜かれてしまう。
 そもそも嘘を付いたことがないものが嘘を貫こうというのが無茶である。
 私の心底を掬う神綺様の言葉は嘘の雁字搦めで固められた私の気持ちをゆっくりと取り出した。

「言いなさい、夢子。貴方がしたいこと、貴方の望むことを貴方の口で、言葉で」

 心を覆っていた雲は無くなり、目から出ていたそれももう止まった。
 最後の一押しを神綺様にしてもらっているあたり、私もまだまだ精進が足りないものである。
 もう……迷わない。
 最初で最後の我が侭、自分の意思でそれを言葉にする。



「私は……帰りません。一緒にいたい人がいますから」
「よくできました。夢子ちゃん」



 神綺様は笑顔で私の上に手を置いて撫ぜた。
 お母さん、と呼んでしまいそうな気持ちを抑えて私は振り返った。続いて神綺様も私に倣う。

「阿求と言ったわね」
「稗田阿求です。こちらの世界の歴史書管轄を行っています」
「そう。貴方の願い、神である私の名において叶えましょう」
「えっ?」
「相思相愛の二人を引き裂くようなことを神はしないわ」
「じゃあ、夢子さんは……」
「夢子ちゃんのこと、よろしくね。真面目すぎるのが玉に瑕だけど、そこも可愛いところなのよね〜」

 私の上司は本当に神と呼ぶに相応しい人だ。
 真実を見定め、不可能だと思っていたことも可能にしてしまう。
 記憶を無くす前の私も彼女の元にいて……本当に幸せだったのだろう。

「さて、私は帰りますか。本当はアリスちゃんの様子を見に行きたいけど、私がこっちにいると八雲や博麗が出てきそうだからね。特に風見幽香なんか出てきたら……ああ、怖いわ」
「彼女、よろしくと言っていましたよ?」
「じゃあきっちり結界を張っておかなくちゃいけないわ。魔界を守るのは私だから」

 湖の中央へと移動すると神綺様の姿は徐々に光へと変わっていく。
 美しい光は目に優しく、優しく瞬く。

「こっちが落ち着いたらこっそりと遊びにいくわ。アリスちゃんにも伝えといてね」
「お掃除してくださいよ」
「善処するわ」

 肩の高さで手を振ったまま神綺様は光へと飲まれて、この空間から消え去った。
 最後に口が動いていたけど、なんと言っていたのだろう?


「子供の巣立ちはいつも慣れないものね、です」


「阿求?」
「なんか私、プロポーズしに来た男の人みたいです」
「じゃあこれからは末永くお付き合いお願いします」
「はい。でも夢子さんが私を守ってくださいね」

 洞窟の出口からは太陽の光が入ってきている。
 さあ私達もお天道様の下に戻るとしよう。

























   〜小春日和〜



 手に持っているものはバスケットにシーツに隠しナイフを少々。
 ちなみにいつものメイド姿である。
 紅魔館のメイドさんから気前良く強奪したものだ。
 その時にメイド長である十六夜咲夜と一勝負あったのは言うまでもないことである。
 阿求には悪いけど自分にはやっぱりこの服が一番似合っていると思う。

「釣り人はやっぱりいないですね」

 三途の川に沿っている道を私達は並んで歩いている。
 守れないと思っていた阿求との約束は今、こうして果たすことができた。
 嬉しいことこの上ない。

「船を沿岸につけて寝ているのはサボリーで有名な小野塚小町さんですね」

 あはは、と笑う彼女の笑顔は私の宝物である。
 何があっても守らなければならない。
 我が侭を通した私の誓いでもある。

「こんなところに浮遊霊さんが」
「阿求」
「はい、何でしょう。夢子さん」
「三途の川とはこんなに危険な所だと分かっていて連れて来たのですか? 彼岸花は咲いているし、霊は沢山いるしで健康的とは思えません。ましてやここで昼食など」
「浮遊霊さんから髪飾りを貰いました」
「阿求」
「大丈夫ですよ。今日の私は行け行けモードですから」
「意味が分かりませんし、根拠もありません」
「なんたって夢子さんが隣にいますから、絶対安心です」
「っ……」

 分かっているのに服従せざるを得ない、絶対能力の言葉を阿求は使用し、私は黙り込む。
 最近、阿求にいいように操られている気がする。
 私の性格を手玉にしている腹黒さ、出会った時には見せなかった一面を見せてくれるようになった。
 これも私に信頼を置いてくれている証なのだろうか?

「分かりました。彼岸花が咲いていない場所を私が探しますのでそこでお昼にしましょう」
「はい。任せます」
「っと、その前に」

 霊がこれだけいれば、悪霊だって中にはいる。
 悪霊は人間に取り付き、苦しみを糧に力を増殖させていくなんともサドな成長法になっている。
 滅多に生きた人間が通らない三途の川では人間は大人気というわけだ。
 つまり私達はすでに悪霊に囲まれている。

「夢子さん。私、お腹空いちゃいました」
「しばし我慢を。この程度なら一分でカタをつけられます」

 バスケットを阿求に預け、変わりにナイフを手にする。
 360度、悪霊に囲まれてしまっているため私は阿求を守りながら戦わないとならない。
 だから……どうしたというのか?
 私にとっては手段さえ見つければ達成は容易である。
 間違いを起こさずにそれを行えば良いだけの話であるから。

「私の背中、頼みますね」
「承知しています!」

 嗚呼、今日は本当にいい天気、太陽の光も優しく暖かい。
 私は温かい場所に……いる。
 出会いとは0%に近く、別れは100%に近い。
 出会った二人の別れが出来うる限り伸びることを願う。

 11月5日
祭りもこれにて終了、結果という儚い花火を見ながら感慨深く……どうでもいっか。詩所です。
まず最初にこの場を借りてコンペの場を作ってくださったGhyC5ycmBY氏、素晴らしい作品を提供してくれた作者の皆様、長い文を最後まで読んで下さった読者の皆様に深く感謝。
書くまでもビクビク、書いた後もビクビク、感想もビクビク、発表一日前もビクビク、二ヶ月間ずっと落ち着かなかったのですが、今は妙に落ち着いていたり。
嘘です。特に感想は見当違いなことや、「こいつは何を言っているんだ」的な感じじゃないかとビビりまくり。
そして他の作者さんの感想も読んで、考え方の違いに脱帽したり、唸ったり。
コンペの醍醐味ですね。

ということで作品のほうに。
テーマは水面と境界ですかね。
私達の住む場所と別の世界が存在するなら水の中かなぁ、と。
湖に入水すれば幻想郷にいけるかもしれない、ちょって逝ってくる。
そして湯、湯って水に入りますよね?
あと循環、こじつけって言われても泣かない、頑張る。

別の世界→旧作→じゃあ夢子さんなのですが、これも誰とも被らなそうかなというビビりから。
皆さんのイメージが固まっていないと思う分、無理させてしまいました。
彼女のBGMの名は『悲しき人形』。
ならどうやったら笑顔にできるだろう、人形ではなくなるだろう? そんな感じでできちゃいました。

個人的に気になっていたのが誤字と咲夜の扱い。
誤字は自分で見直しても中々見つけられないんですよね、コツとかあったらご教授願いたいものです。
咲夜に関してはなんか月の民らしいですね。
儚月抄は……ね、すいません。



ということでレス返しをば

>Id氏
台詞回しでしか場景を構成できないのは正に実力不足露呈。精進。
>時計屋氏
自分が書きたいこと+お題をおざなりにしない+人にも楽しいと思える伝え方。全てを達成できればいいんですけどね……難しいです。
>リコーダー氏
伏線の回収の仕方なんかは他の作品を見て脱帽します。
自分も上手く回収できればいいんですけど、どうも猪突猛進気味だし、隠しきれていないw
>藤村氏
拙い文章の中から何かを感じてもらえたなら幸いです。
自分も見当違いでなくきっちりした感想が書けるようになれば、文章を書くほうも何か変われるかも。
>木村圭氏
ユキとマイには……ほんとゴメンナサイ。
完全に説明キャラ化しています。
もっと魅力あるふたりだと思ってはいるんですけど。
>八重結界氏
少なくとも人間は好きな人と長く一緒にいたいと思い、妖怪側もそうであって欲しいと思います。
私は人間ですからね。
>今回は感想のみ氏
毎度ながら肉付けが下手で悠長になってしまうんですよね。
”つなぎ”の部分も苦無く読めるような書き方が出来ればいいんですけど。
>じらふ氏
掃除とかのツケはきっとサラにw
>つくし氏
コメントを見て目からイックサーン……、いや鱗です。
同じこのテーマで書いたなら間違い無く氏のほうが魅力的に書けると思います。
構成も臨機応変ってことですね。
>PNS氏
夢子さんは主従というより指導係な感じになると思いますね。
>眼帯兎氏
私は東方に関しては公式に多くを設定せずに想像が膨らむことも魅力の一つだと思います。
故にこんな出会いもありかな、と。
まあ読者を納得させる展開と言葉が必要で、私にはまだそれが備わっていないと思いますけど、自覚はありますよ。
>ミスターブシドー氏
水が前面に出てくる話ではないのでやっぱりお題が生かしきれていないんですよね。
どうせならお題を練り込むより、お題を生かした話を書いてみたいです。
>神鋼氏
短い言葉を取捨選択して物語をスムーズに進める、私には難しいことです。
違和感を感じたら長い文章を読むのは只の苦痛ですからね。
>deso氏
これで幾分内容を絞ったなんて言えないw
>べにc氏
甘いとかは全く意識していなかったんですけどね。
本来交わらない者同士の繋がりを感じてくれたのなら作者冥利に尽きます。
>yuz氏
少しでも旧作キャラのよさが伝わったのなら純粋に嬉しいです。
>乙羽氏
面白かった、この一言だけで参加した価値はあったと思えました。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
>小山田氏
線でなく点のように気持ちが変化しているって事ですよね。
上手く書けていなかったことは今後の課題です。
>三文字氏
当然メイド兼指導者的な関係で。
言われて読み返してみると終わり方がどうにも中途半端になっている気がしてきました。
ああ、恥ずかしい。
>慶賀氏
私も……よく分かりませんw



課題だらけ(笑)
だからこそ書く事を止められないんですけどね。
ショックだったのは感想をいくらか貰えなかったことですね。
純粋に面白さ、魅力を欠いていた文章だから評価やコメントに値しないという一つの感想ですから、これも真摯に受け止めたいと思っています。
でも厳しい言葉をもらえる(ドM?)、面白いと言ってもらえる(正常?)ことは嬉しいですし、私にとって貴重な機会であったことは確かです。
皆さんの言葉で一喜一憂できる限りは大丈夫でしょう。
という事で行数も増えてきたことですし、ここらへんで。
あっ、ねじ巻き式ウーパールーパー氏、おめでとうございます。
シショー
http://kansantosyokan.web.fc2.com/
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2008/10/05 08:59:07
更新日時:
2008/11/08 22:28:23
評価:
0/0
POINT:
0
Rate:
5.00
1. 6 慶賀 ■2008/10/05 13:05:38
テーマは旧作でしょうか。すんげー親切な文章ですね。
 それでもよくわからない自分は読み手として失格だ……。
 何がよくわかってないかわからないんです……。
2. 7 三文字 ■2008/10/06 01:02:15
友人と言うには大袈裟過ぎるし、百合というには何か違う……
ん〜、なんて言えばいいのか分からない関係ですね。
最後に、夢子さんが魔界に帰らなかったのはちょっと意外でした。
これはこれでハッピーエンドなのかな?
個人的にはもう少しアリスや神綺様との絡みを見たかったなぁと、思いました。
3. 3 小山田 ■2008/10/07 15:11:57
どうしても冗長に感じてしまいます。
さらにこれだけの長さを費やして、阿求や夢子の心の移り変わりの印象を受けることができず、最後が唐突に感じてしまいました。
4. 10 乙羽 ■2008/10/08 19:54:51
雰囲気が素敵ですね。
光景が想像しやすく、巧い文章だと思います。
始まりから落ちまでしっかりしていて、非常に面白かったです。
5. 8 yuz ■2008/10/09 14:26:27
旧作ほぼ知らない私でも、楽しめました。
旧作の話しを見るたびにビクビクです。
6. 9 べにc ■2008/10/21 15:21:21
旧作一通りやったので設定もよくわかり面白かったです
最初何故阿求が一人で出歩いていたのか気になるとこですが、最後の甘々感が凄く良かったです
台詞も感情がわかるようで頭に光景が浮かびました
あぁ、授業中なのにニヤニヤが止まらない…w
7. 3 deso ■2008/10/23 22:23:27
文章や展開が単調で、どうにも入り込めませんでした。
もっとテーマを絞って、話をぐっと短くした方がいいかもしれません。
8. 1 神鋼 ■2008/10/26 16:38:31
解釈にやたらと強引なところが多く、それを当然のように話を進めるので読みづらく、
また、お題も無理に組み込んだように見えました。
9. 3 ミスターブシドー ■2008/10/27 01:17:25
記憶喪失と求聞史記、なるほど面白い
水の可変性と循環を取り込んでいるんだが、それがなくても成立する話のような……
割とあっさり神が独立を認めたのは、アリスの時と同様、自我に目覚めた「子」を止めるようなことはしない、とかそんなクチだろうか。
こういう話があってもいいと思う。
阿求があとどれくらい生きられるか判らないが(縁起を書き終えてるし)、転生しても待っている人がいるのは幸せかもしれない。
十番目が夢子の事を忘れていないといいね。
10. 8 眼帯つけた兎さん ■2008/10/30 06:29:50
元来二次創作において、決められた立ち位置を逸脱するのは苦手です。
しかしこの物語、なんとも魅力的に感じました。
阿求の軽快な表向きと内面。どちらも素敵。
夢子の葛藤と決断。予想された道を覆しながら、それに違和感を覚えませんでした。
それにしても、面々の性格が良い味出してますね。咲夜とか。
ああ、あっきゅんかわいいようふふ。
11. 7 PNS ■2008/10/30 22:18:41
私には想像すらできなかった、新たなカップルでした。
祝福してくれる神綺様も素敵。
12. 4 つくし ■2008/10/31 13:05:37
 これはなんとも面白い組合せ。
 しかし最初に魔界のエピソードを持ってきたのは失敗でした。読者にこの名無し主人公が「夢子」であることがわかり、何が原因でこうなったか分かってしまうと、今後の展開が予定調和に見えてしまいます。魔界のエピソードはどこか途中に挿入し、いきなり記憶喪失の夢子さんを持ってきたほうが色々スッキリしたような。あとこの好奇心で妖怪をからかいに行くようなあっきゅんの性格がちょっと違和感……。そして被創造物の苦悩あたりもちょっとわざとらしさが抜けない感じです。
13. 7 じらふ ■2008/10/31 21:52:37
水は熱を得てお湯になった、と。
二人の居る暖かい場所が永く長く平穏に在り続ける事を祈ります。

タイトルの付け方、咲夜さんとの邂逅の台詞回しなど、小技が秀逸でした。神綺さまのお母さんっぷりも非常に好みで良かったです。
…しかしパンデモニウムの掃除の件だけは、どうにもならなくて一騒動ありそうな気がする(笑
14. 6 今回は感想のみ ■2008/11/01 16:44:39
おそらくはこれまで、誰も考えていなかった組み合わせ。
それがラストで違和感がなくなるのは作者さん力量の賜物ですね。
ただ、途中までの無理やり感がひどくて最後まで読みきれるまで意欲が持つか、不安になってしまいました。
そんなわけで、唯一の不満点は構成だけでした。
15. 7 八重結界 ■2008/11/01 18:59:18
いずれは別れるとわかっていても、一緒にいる時間が延びるというのは嬉しいことで。
夢子さんと阿求も、出来るだけ長くいられたら良いなと思わせる作品でした。
16. 8 木村圭 ■2008/11/01 22:09:05
ナチュラルに詰め込まれている独自設定がするすると頭に吸い込まれていくのは完成度の高さ故なのでしょう。
や、実にお見事。お題も十二分に活きていると思いました。特に水と湯のくだりはもう。
重箱の隅ですが、マイが夢子に疑問を突きつけるためだけに登場したのが少し引っかかってます。
最後までフォローを入れないのなら(入れても読後感の邪魔になりそうですが)面倒でもユキマイを出さずに何とかした方が良かったんじゃないかなぁと。
そしてお約束ながら言わせていただきたい。たくましいなは引っ張るものじゃねぇ!
17. 9 藤ゅ村 ■2008/11/01 22:55:38
 ああ……でも、やっぱり好きだ。
 誤字脱字が多いのはちょっと気になりますが。
 阿求さん可愛いよ阿求さん。
 夢子と咲夜の違いがちゃんと分けられていて、夢子が夢子としての結論を出していて、素敵でした。
 最後はやっぱり魔界に帰るんだろうなあと思っていましたけど、夢子が阿求のために幻想郷に残ったことは、実を言うとかなり意外ではありました。でも、やっぱり、そうであった方が好き。物語としての美しさより、やっぱり彼女の我がままを貫いて欲しかった。
 神綺が出したのは答えなんてない問いでしたけど、夢子がそうであることを選んだのは、それでいて魔界にいた頃の自分も否定しなかったのは、きっと素敵なことだと思います。それが夢子なりの瀟洒さなのかな、とかよくわからないことを思ったりなんだり。
 面白かったです。
18. 7 リコーダー ■2008/11/01 23:11:59
>私と同じ顔をした他人が魔界でもう働いている、その可能性も否めない。
咲夜の件の伏線になってる? やられた。
旧作分からないけど楽しめました。
19. 4 時計屋 ■2008/11/01 23:57:56
出会いがあるからこそ別れもまた愛しいのだと。
なんだかしんみりとするよいお話でした。
文章もお話も丁寧で丹念な作りで好感が持てますが、それだけに点在する誤字が気にかかりました。
あとはやはりそのボリュームゆえに冗長に感じたこと、そしてその分お題が薄く感じたことが残念でした。
20. 3 Id ■2008/11/01 23:58:02
台詞が説明的過ぎる気が、情報の伝達を台詞に頼りすぎているのかもしれません。苦言になりますが、文章に人をひきつけるような要素が私に対しては弱く感じられ、読み進めるのに異様に疲れました。キャラの知名度の低い旧作であることがそれを助長してしまい。
21. フリーレス つくね ■2008/11/04 22:21:20
夢子と阿求の組み合わせがあったっていいじゃないか。人間だもの。
ほのぼのあり戦闘あり涙ありと、一つの物語として非常に高いレベルで完成されているように思います。それだけに誤字脱字関係が非常に残念です。
今回は感想期間に間に合わず申し訳ありません。
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