水の羽衣

作品集: 最新 投稿日時: 2008/10/05 08:59:38 更新日時: 2008/10/07 23:59:38 評価: 0/0 POINT: 0 Rate: 5.00

 魔法使いは貧乏である。
 己が為の研究であるがために収入は雀の涙であり、貴重な物が必要になることも多いために支出は膨大。
 明らかに成り立たない方程式は、血と汗と涙の滲む副業によって支えられていた。
 例えば、顔から火が出そうになるのを必死に抑えながら公衆の面前で人形劇を演じたり。
 例えば、パトロンをひっ捕まえてその従者との駆け引きに火花を散らせたり。
 例えば、本気で怒らせないギリギリの綱渡りを繰り返しながら人生終了までの借り入れを了承させたり。



「パチュリー様」
「あら咲夜、呼んだ覚えはないのだけれど」
 思いがけない咲夜の出現に、パチュリーは眉一つ動かしていない。視線は本に吸い込まれたまま動こうともせず、本を支える両手はページを捲る以外の機能を有していないかのよう。
「一つ、重要な決定がなされましたので報告に参りました」
「手短にね」
「はい」
 ふぅ、と細く息を吐く音がパチュリーの鼓膜を震わせる。躊躇うなんて珍しいな、と思考の割合を僅かに咲夜の方へと傾けたパチュリーは、
「明日から魔法の実験材料のための費用が出ないことになりました」
「……ッ!?」
 慌てて立ち上がろうとして腿をしこたまテーブルにぶつけて一瞬の呼吸停止を余儀なくされた。
「それでは失礼します」
「するな!」
 トランプをばら撒いて後は消えるだけだった咲夜をギリギリのところで呼び止める。
 脂肪が極端に少ない腿にテーブルはあまりに固く、両手でさすりながら悶絶したいところであったが今はそれどころではない。
「何か」
 感情という感情が排された、限りなく事務的な声。
 それを冷たいと思うのは普段の彼女の声が立場に則さないほどに感情豊かだからだろうか――そんなことをパチュリーは思う。
 唐突な言葉に思考を支配されようと、腿の痛さに思考を乱されようと、システムグリーンで稼動する思考回路は無くならない。
「何かじゃない。そんな話聞いてないわ、過程を飛ばさないできちんと説明しなさい」
「手短に、との要求はパチュリー様からのものでしたが」
「っ……そんなもの上書きよ。くだらないことはいいから早く」
 音も無く真横に立っていた咲夜の胸倉を掴み、狼狽を隠そうともせず咲夜に説明を促す。
「では語りましょう。パチュリー様の与り知らぬところで密かに進行していた、海より深く山より高い壮大な真実の物語を」
「無駄な語りはいらないから」
「三日三晩にわたる感動のドラマが三分で終わってしまいますがよろしいのですか?」
「つべこべ言わないの」
 ねめつけるような視線と共に声を荒げるパチュリーの前で、咲夜の表情は声と同等以上に色が無い。
 それが珍しく狼狽するパチュリーに対して笑い出さないようにするための対処であると、果たしてパチュリーは気付いているだろうか。
 珍しく、本当に珍しく、知識の魔女が冷静な思考を完全に失っているのかもしれない。
 魔法使いは貧乏である。収入源の消失は、存在そのものを揺るがす大問題なのである。



 それから、瞬く間に二週間ほどが経った。
 普段以上に引き篭もっていたパチュリーは、フラリと現れてはちょっかいを出してくるレミリアを気分転換にしつつある物を完成させる。
「となると、だ――」



「それで、今日はどうしたのかしら。わざわざあの子を使いに寄越すくらいだもの、それなりに緊急な要件なんでしょう?」
 どこからともなく発生した毛玉を追い回している小悪魔に、アリスは視線を流す。
 大勢集めて袋に詰め込んでベッドにすると気持ち良いとは小悪魔の弁。以前パチュリーが勧められるままに横になってみた際は、もぞもぞと蠢く感触があまりに気持ち悪くて袋ごと焼き尽くしている。小悪魔は泣いた。パチュリーも涙目だった。お互い無かったことにした。
「まあそんなところよ。ネズミが付いてくるのは予想外だったけど」
「好奇心はネズミをも動かすんだぜ」
 紅魔館を出ることがあまりない小悪魔が、アリスを引き連れて紅魔館へと飛んでいる。そんなところに遭遇したならば、その日の予定をすっ飛ばしてでも合流するに決まっているのだ。所詮霊夢の所に食事をたかりに行く程度の予定である。いつでも出来ることであり、優先度は高くない。
「まったく、貴女って人は。……いいわ、どうせ後から呼ぶつもりだったんだし」
「何だ、そうなのか」
「そうじゃなかったら追い返してるっての――小悪魔!」
「はいなー」
 捕獲まで秒読みに追い詰めていた毛玉をあっさり放置し、小悪魔は一直線に飛んで来る。
「相変わらず素直なんだな」
「いくら使い魔とはいえ、あそこまで従順な悪魔って珍しいわよね」
 魔理沙とアリスに豊富な対悪魔経験がある訳ではない。訳ではないが、小悪魔の従順さが異常なことは分かりすぎるくらいに分かる。
 我の強い者ばかりが巣食う幻想郷においては、真っ当な上下関係すら珍しい。それも実質的にどちらが上なのかがあやふやなケースが多く、型に嵌ったそれはレア中のレアなのだ。
「……アレが使い魔? 馬鹿言わないで、私の格が落ちるわ」
「お?」
「え?」
 何となく零した言葉に酷く不機嫌な感情をぶつけられ、何のこっちゃとパチュリーを見つめる二人。きょとんとした顔が二つ並んでいるのが何となく気に食わなくて、パチュリーは深々と溜息をつく。
「あんな性質の悪い妖精みたいのを使い魔にする気なんて無いわ。私は……ソレとは波長が合わないの」
「と言うわけで、私はパチュリー様の使い魔ではありませんよ。契約なんて一切無い、ただの押し掛け女房です」
「…………ッ!?」
 パチュリーの言葉を次いだ声の発生源は二人のほんの数十センチ後ろ、けれども完全な不意打ち。寝ている耳元で大声を出されたかのような唐突さが、二人の全身をびくりと震わせた。
「こあ……くま? お前、いつの間に」
「全然気付かなかったわね……。特に気を張ってた訳でも無いとはいえ」
 よろしくないなと腕を組んだアリスとは違い、早鐘を打つ心臓を守るように胸に手を当てて小悪魔から一歩距離を取った魔理沙には余裕が感じられない。こういった咄嗟の動作がいちいちか弱いから嫌われないんだろうな、と小悪魔は思う。十分すぎる実力と不敵な態度が常であるだけに、一皮剥いた際の儚さが必要以上に保護欲を掻き立てるのだ。
「パチュリー様がアシストしてくださったおかげですよ。どんなものでも穴がないということはありません。私は開かれた穴を突いただけ」
「ふうむ」
「奇襲の基本だけど……突き詰めると深そうね」
 哀れな被害者は、どこまでも真剣に定められた舞台を踊る。自らが操り人形であることにも気付かずに、最善を目指して最悪へと沈んでいく。嘆きを喜び憎しみを栄養とする悪魔と魔女の十八番。
「それにしても、お二人の注意を引くためとはいえ随分と酷いことを仰っていたようですが」
「事実だもの」
「うふふ、そんなに照れなくても大丈夫ですよ。パチュリー様の気持ちはよーく分かっていますから」
 にこにこと楽しそうな小悪魔に、パチュリーは深々と溜息をつく。
「何か楽しそうだな」
「色々大変そうね」
「胸中お察しします」
「お前が言うな」

「ご入用の物はこれですね?」
 小悪魔は、スカートのポケットから一掴みの何かを取り出す。魔理沙とアリスの視線が刺さる中、開かれた手には拳骨ほどの黒い球体。
「二人とも、何となく分かってるとは思うけど」
 差し出されたそれを受け取ったパチュリーは、二人に正対して自慢げに薄く微笑む。
「これは私が作ったマジックアイテム。名を――」
 黒い球体から透明な水のような何かが溢れ出し、見る間にパチュリーを包み込んでいく。呆気に取られる二人の前で、首から下をすっかり覆われたパチュリーがそれの名前を口にした。
「――水の羽衣」
 透明、極薄。正に水で織られた衣服のようなそれを、二人は興味深そうに凝視する。
「これは……ただの水じゃないな。もうほとんど別物だが」
「魔法の森の湧き水ね。そうか、こんな使い方もあるんだ」
 二人が呟いた言葉に、パチュリーは小さく息を吐く。二人にとっては馴染み深い物を主材料にしているとはいえ、一瞬で見抜かれるとは思っていなかったから。
「想像の通り、これは森の湧き水を百倍に圧縮して手を加えたものよ。性質は流動と保持、そして遮断。効果は雨除けに虫除け、防暑に防寒」
 二人の実力を少々上方修正しながら、そんな内心はおくびも出さずにパチュリーは言葉を続ける。
「……は?」
 ぶつぶつと呟いていた二人がぴたりと固まるのは予想通り。素直すぎるくらい素直である。
「日陰の魔法使いが作ったにしては妙な効果だな」
「そうよねぇ。てっきり簡易結界の類だと思ったけど、そんな性能は無さそうだし」
 上海人形を介したレーザーはおろか、適当に撃った弾でも簡単に貫通するだろうな、とアリスは思う。
 手が込んでいる割に使い道が無い。空を己が物と駆け回る魔理沙ならそれなりに便利だろうが、地下に篭る知識の権化には明らかに必要の無い代物だ。
「良いのよ、私が使うわけじゃないんだから。レミィの気紛れのせいでちょっと売り物を作らなきゃいけなくなってね」
「売り物……? 何だ、商売でもするつもりなのか?」
「ご名答。話が早くて助かるわ」
 おみごとー、と手を叩く小悪魔。冗談から正解が出てびっくりな魔理沙。
「そんな訳で、貴女たちには売り子を頼みたいの。もちろん報酬は出すわ」
「報酬、ですって?」
 眉をひそめて、怪訝を声色に乗せてアリスが問う。
「ただ働きしてくれるならそれで構わないけれど」
「しないぜ」
「でしょう」
「……まあいいわ、続けて」
 上手く形にならずにもやもやとする疑問を頭の中に押し込んで、アリスは先を促す。疑問の正体が何であるのかはっきりさせるためにも、少しでも情報が欲しい。
「サンプルとして二種類、三つを作ってみたわ。大サイズがこれ一つ。用途は見ての通り衣服ね。ただし、頭まですっぽり覆うと窒息するから注意」
 上に向けた掌の上に水が集まり、元の黒い球体へと戻っていく。明らかに体積が小さくなっているが、それも性質の一つであった。ついでに質量も減っている。どんなに便利な物でも、重くかさばるようでは二流の評価しか受けられない。
「それと小サイズが二つ。用途としては鍋掴み辺りかしら。うちのメイドたちに使わせてみたら喜んでた」
 小悪魔のポケットから再び出現、水の羽衣の素。大サイズと呼ばれたパチュリーの掌の上のそれよりも随分と小さく、おおよそゴルフボール程度。
「鍋掴みって、なあ」
「パチュリーが口にするとは思えない言葉ランキングの十指には入りそうね」
 一つずつ受け取った魔理沙とアリスは早速それを眺めてみるが、それよりもパチュリーが鍋掴みなる言葉を口にしたことが気になって仕方が無い。台所に立つ姿があまりに想像できないだけに、存在を知っていたことすら驚きである。
「良いことじゃない。作ってくれる人が居るってことだもの」
 魔法使いは知識の追求に生きる者。それ以外はしないに越したことは無い。本を読むのに疲れたら別の本を読むような生活が理想であると、パチュリーは常々思っている。
「たまには咲夜を労ってやれよ。それはともかく使い方を教えてくれ。さあ早く――」
「――羽衣っていうより膜ね、これ。薄いおかげで感覚が鈍らないのは良いんだけど、ちょっとイメージとは違ったかも」
 元気良くパチュリーに詰め寄ろうとした魔理沙の隣で、アリスは既にロンググローブの如く羽衣を展開させて手を開いては握っている。
「な、なな」
 信じられないものを見た気がした。というか全然信じられない。何故が支配する思考はぶつぶつと断線を繰り返し、何一つとしてまともな命令が伝わらない喉は意味の無い音を吐き出すばかり。
「でしょう? だから私はウォーターフィルムにしようって言ったんだけど」
「水の羽衣っていう名前を考えてくれた人に感謝なさい。これは商品なんだから、名前は性質を端的に表せばいいってものじゃないわ」
「そんなもんかしら」
「そんなもんよ」
 黒い玉を握り締めてぷるぷる震える魔理沙の横で、アリスは手袋にしてみたり袖にしてみたりと楽しそうだ。が、一番楽しそうなのは魔理沙の後ろで笑いをこらえている小悪魔である。声を出すと八つ当たりされそうなので口元を手で押さえている。
「思った以上に細かく弄れるのね、これ。魔理沙は――あれ? 何やってるの?」
「私に言わせればお前が何やってんのだよ……くそぅ」
 大きく肩を落としたせいか、語尾が地面の方へと消えていく。アリスはよく分からずに首を傾げた。概ね状況を把握しているパチュリーは大きく溜息をついた。小悪魔は口元だけでなく腹まで押さえていた。

「使い方なんて大層なものは無いわ。ただ作りたい形をイメージするだけ」
「手袋になーれ」
 投げ槍に呟いた魔理沙の目の前で、球体が見る間に水の手袋へと変貌する。
「おお、簡単だな」
 底を付くに飽き足らずガリガリと掘り進んでいた魔理沙のテンションが、見る間に地面から顔を出して空に舞い上がる。普段から軽快に空を飛んでいるだけに、揚力を与えられれば翼を取り戻すことなど造作も無い。
「でもどうして使い方が分かったんだ?」
 水の手袋をはめた右手で箒を振り回しながら魔理沙。どう見ても人にモノを尋ねる態度ではないが、いちいち気にしては毎日が堪忍袋大解放デーである。世の中慣れと諦めが肝心なのだ。
「頭の中でイメージした通りになる、っていうのが一番簡単でしょう。妖精が容易に扱えるんだからそれくらいシンプルでもおかしくないわ。魔法の魔の字も知らない人間が使う、ということを考えてもね」
 答えるアリスも、魔理沙の方を見ようともせず右手の先のファッションショーに夢中。無礼には無礼で返す。決して行儀のいい行いではないが、そんなことを気にするほど遠くも近くも無い。
「それで試してみたんだけど、まさか本当に思考するだけで形になるとは思わなかった。それもこんな高い精度で」
「他人ながら大したもんだよな」
 一通り試し終えた二人は、羽衣を元の球体へと戻す。アリスは小悪魔へと返却し、魔理沙は自然な動作で裏ポケットの中へ。即座にパチュリーの右腕が唸りを上げた。
「くぁぁっ、角はやりすぎだろ……!」
「使用感覚を味わってもらったけど、どうかしら。引き受けてくれる?」
「さあね。条件次第よ」
 魔女相手に二つ返事で了承など愚行以外の何物でも無い。後から後から条件が湧いてきて、立ちすぎた死亡フラグに押し潰されるのがオチだ。
「さすがにレミィみたいに簡単にはいかないか」
「子供を嵌めて面白がってるようじゃ性格疑われるわよ。……あれ、力尽くで反故にしないの?」
「しないしない。種族柄約束には律儀だし、それ以前にそんなに無粋じゃないわ。見た目相応に幼く見えはするけど、あれだっていくらかはポーズだし」
「ポーズ? そんなことして何かメリットがあるのかしら」
「悪魔の頭の中は突然変異の渦。どれだけ一緒に居たって理解なんて出来やしない」
「ふぅん」
 呻き続ける魔理沙の頭を撫でている小悪魔を見ながら、こいつもそうなんだろうかと思うアリス。確かにどこからどこまでが本気なのかはさっぱり分からないけれど。
「それはともかく、条件の話だったわね」
「だったわ。そろそろ本題に入りましょう、気を逸らそうったって無駄よ」
 睨むように、まっすぐに見つめる。経験的にも性格的にも、舌戦では分が悪いことは承知していた。だからこそ気は抜かない。そんな意思表示。
 うーん、と腕を組みながら首を傾げるパチュリー。どちらかといえば普段以上に気を抜いているように見える。尤も、頭の中がどうなっているかは全く分からない。
「売り上げの五分でどう?」
「却下」
「なめてもらっちゃ困るぜ」
 白々しい営業スマイルでのファーストコンタクトは、まるで示し合わせていたかのようにノータイムで決裂。
 いつの間にか立ち直った魔理沙も参戦している。どうせなら意識まで刈り取っておくべきだったか、とパチュリーは密かに嘆息した。
 味方がいる、というのは非常に大きな支えになるものだ。麻薬にじみた強力な心理作用であり、対する側としては非常に厄介なのである。
「材料費その他を全部こっちで持ってるから言葉の響きほど悪い条件じゃないのよ。もうちょっと考えてみない?」
「それならレシピと製造法を全て寄越しなさい。貴女が嘘をつく可能性がゼロでない以上、言葉だけじゃ判断材料に入れられないわ」
 明らかに少なすぎる売り上げ配分を提示したパチュリーに対し、アリスの要求は独占権の放棄。互いに首を縦に振るなどとは微塵も思っていない。交渉という名の腹の探り合いは、得てしてありえないところから始まるものだ。要求を小さくすることは簡単であるが、大きくするのは不可能に近い。何かの間違いで相手が折れた時のために、足跡を残しておかないと後悔する羽目になる。
「それこそ却下よ。ブラックボックスを自分から開ける訳がないでしょう。仕方ないわね、原価は考慮から外してあげる」
 互いに最初の足場を確保し、舞台に上がった一人と二人。鍔迫り合いはここから。

「一割で手を打とうじゃないの。ただ売るだけの簡単な仕事よ、これでいいでしょう」
「人件費がたかが一割だと? こっちは二人いるんだぞ、四割はくれないと割に合わないぜ」
「ならどちらか一人でやってもらっても構わないわよ? 私は売れさえすればいいんだもの」
 むしろその方が平和的にまとまりそうね、と続けるパチュリーはかすかに口元が緩んでいる。
 それを見て小さく舌を打った魔理沙を、アリスは横目で睨みつけた。
「言っておくけど私は引かないから」
「私だって引く気はないぜ」
 魔法使いは貧乏である。毎日の食に困るような惨めな生活を送るようなことはないにしろ、資金はいつだって足りていない。そんな二人に降って湧いたアルバイトは渡りに船であり、多少条件が悪くても断るつもりなど無かった。
「二人とも断る気は無い、と。じゃあ二人いることは意識しないで提示させてもらうから、配分はそっちで勝手にやって頂戴ね」
「…………」
 魔法使いの経済状況なんてどこも似たり寄ったりであり、二人が引かないことなどパチュリーも承知の上ではある。が、それを相手の口から言わせたというのは決して小さくない。
「とはいえ、さすがに一割は少ないか。私も鬼じゃないし、二割まで妥協してあげる」
 そして追撃の妥協案。立場の良いこっちがここまでしてやっているのだからさっさと折れろ、という言外の圧力。
「三割よ。これ以上は譲らない」
 凛としたアリスの声が、言外と言えるかどうかも怪しい程に強い要求を切って捨てる。
 それを聞いたパチュリーの表情が僅かに引きつった。元々表情に感情が現れないパチュリーだけに、内心が知れるというものである。
「何だ、よく分かってるじゃないか。二割で良いなんて言い出したらはっ倒してやろうと思ってたのに」
「私はお呼ばれで来たの。こっちの事情がどうであれ、引いてやる義理は無いわ」
 アリスの疑問は、何故報酬を払ってまで自分たちを売り子にしたがるのかということであった。
 人件費を抑えたいのであれば身内を売り子にすれば良い。年中外に立っていることが仕事の美鈴ならばそのまま実演販売が可能であり、人々の評判も上々。正にうってつけ。
 その美鈴に拒否権があるとは考えられない以上、魔法使い二人を売り子にしなければならない理由があるのだと考える方がしっくり来る。
 それ以前に、本当に立場が良いのであれば妥協などする必要は無い。さっさと交渉を決裂させて、次の相手へと話を持ちかけた方が良いに決まっているのだから。
「……紅い館の地下に住む魔女は、得体の知れない畏怖の対象である必要があるの。こんなお役立ちグッズを売って変に好感を持たれては困るのよ」
 難儀なものよね、と溜息をつく。
「だから、水の羽衣の製作者は貴女たちという触れ込みをして欲しいの。それが貴女たちを売り子にしたい理由」
「なるほどな」
「外面なんて気にしてないと思ったけど、そうでもないのね」
「私自身をどう思おうと勝手だけど、紅魔館そのものに――ひいてはレミィに影響を与えるわけにはいかないの。私はどう言い繕っても居候、恩は恩で返さないと」
 俯いたまま言葉を紡ぐパチュリーが、ヒートアップしていた空気を急速に冷やしていく。焼け付くような緊張感から一転、しんみりした空気が辺りを包む。
 よもやこんなことになろうとは――昂ぶらせた心が酷く場違いな気がして、魔理沙とアリスは次の手に迷っていた。
 相手の事情など考慮する必要は全く無い。むしろ弱みが出来たのであれば徹底的に突くべきだ。
 けれど。
「まあ、その、何だ。最初からそう言ってくれれば、協力することもやぶさかじゃないんだぞ」
 交渉は情を持った生き物がするものである。求めるものは満足のいく結果であって最大の成果と必ずしもイコールではない。
「二割で受けてやるよ。怖い怖い冷血魔女さんがぽろっと見せた顔に免じてな」
「いいの?」
「ダメに決まってるじゃない」
 頷こうとした魔理沙は思わず固まってしまう。まるで予想外の言葉、苛立ちと怒りを帯びた声はすぐ隣から。
「何を言ってるんだお前は。少しは空気を読め」
「魔理沙は人の思惑ってものを少しは読みなさい。全く、いつもいつも人のことなんて考えない癖にこんな時だけ甘いんだから」
「思惑、だって……?」
 盛大に疑問符を浮かべる魔理沙を見て、アリスは大きな大きな溜息を一つ。
「商売をしようという始まりはレミリアの気紛れ。そうよねパチュリー」
「……ええ」
「それなら全ての決定権はレミリアにあるはずよ。紅魔館の存在を隠したいのもそのために私たちを売り子に選んだのも、パチュリーではなくレミリアっていうこと」
 例えパチュリーの言をそのまま採用したとしても、最終的に決めるのはレミリアなのである。それを自身の意志のように語るのは事実の捻じ曲げであるし、そんな捻じ曲げられたものは当然交渉の材料にもなり得ない。
「なるほど……うん……?」
 一通り説明を受け、何度も頷いていた魔理沙が不意に首を捻る。
「いや、それはおかしいだろ」
「何が」
 まだ納得できないのかこいつは。もう放っておいてパチュリーをやり込めようかと思ったアリスは、続く言葉で自らも甘いことを思い知ることになる。
「パチュリーが作った物を私たちが売って、それがレミリアにとって何になるんだ? 里の人たちは大喜びで、私たちは評判と金を得て、レミリアの手に残るのは金だけじゃないか。レミリアが金なんて欲しがると思うか?」
「言われてみればそうね。……その辺り、詳しく説明してもらおうかしら」
「っ……」
 一歩後ずさるパチュリー。二歩前進する二人。
「……嫌だと言ったら?」
「四割寄越すなら全部忘れて頷いてやる」
「もしくは交渉決裂ね。私たちにとってはプラスが消えるだけよ、残念ではあるけど痛手は何も無い」
 断らないと断れないはまるで違う。マイナス要因が無ければ無かったことになるだけだが、あるのであれば多少不利でも成立させないとマイナスだけを背負う羽目になる。
「もう諦めましょうパチュリー様。どう頑張っても誤魔化すのは限界ですし、決裂したら後味の悪さばかりが残ってしまいます」
「小悪魔……そうね。ここまでね」
 傍らに心配そうな顔を向ける小悪魔に浅く微笑み、パチュリーは視線を上へと投げた。
 光をも吸い込む高い高い天井に何を見ているのか、魔理沙にもアリスにも、小悪魔にも分からない。
「ねえ、一つ約束してくれないかしら」
 虚空を見上げたまま、独り言のような小さな声。
「声を出さずに聞いて欲しいの。とても、大切なことだから」
「……分かった」
「約束するわ」
「……ありがとう」
 くすり、とパチュリーの唇から微笑が零れ落ちる。
 それは二人への感謝か、自身への嘲笑か。
 どうでも良かった。パチュリーの言葉を聞き取ることだけに、全ての神経が集中し始めていた。
「実はね」
 まっすぐに見つめてくる二人をまっすぐに見つめ返す。
 どこまでも真剣な二人が嬉しかった。まず疑ってかかるという魔法使い間の常識を知らないかのように振舞う二人が眩しかった。
 ただ若いだけだろうと呟く自分を踏み潰して、晴れやかな表情で、言った。

「レミィからお金出してもらえなくなったから自分で調達しなきゃいけなくなったのよ」
 時が止まる。何言ってんだコイツと聞き間違いに違いないが交錯し、とにかく声を出してはいけないという一つだけが生き残る。
「このところ大掛かりな魔法ばかり使ってたせいかしら。月まで行こうっていうんだもの、相応の費用もかかるわよね」
 腹の底から湧き上がってくる何かを、拳を握って爪を食い込ませることで縫い止める。それでは足りないと悟って、背中に両手を回して思い切りつねった。
「レミィはこの件に関しては何も関与してないわ。貴女たちに白羽の矢を立てたのは私の独断。理由は話した通り」
 咄嗟の防衛策は瞬く間に打ち破られ、喉まで競りあがってきた何かは全力で噛み締められた奥歯がギリギリで食い止めた。一部に異常に力の入った顔が変に歪んでいることなど気にする余裕も無い。
「笑っちゃうわよね。資金不足を隠して矛盾した話ばかりして論破される魔女なんて」

 そう。笑っちゃうんだ。

「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!!!!!!!」
 溜められるだけ溜められただけに、一旦溢れ出た笑い声は止めようにも止められない。瞬く間に運び手たる酸素が不足し、生産者たる腹筋がオーバーロードを訴え始める。
 それでも笑い声は止まることが無く、最早止めようと思うことも出来ず、ただただ笑い続けるだけの存在となって。
 ぶちんと、パチュリーの中で何かが切れても抑止力にならなくて、まあ殺されはしないだろうと結界を展開させることさえ放棄した。
 薄暗い図書館が光に染まる。狂ったような笑い声が光に飲み込まれるのはすぐのことだった。



「どうもすみませんでした」
 深々と頭を下げる魔理沙とアリス。どことなく煤けているが、大した怪我も無いらしい。パチュリー・ノーレッジ、何だかんだで手加減はしている。
「声を出さないでって言ったでしょう」
「無理だ」
「無理ね」
「もう一発いっとく?」
「ごめんなさい」
 謝罪の声がぴたりと重なる。仕方ないとは思ったが、一応約束を破ったのはこちらなのだ。どれだけ謝っても謝り足りないということはない。
「とにかくそういうことなの。レミィに迷惑はかけられないし、適当なところで頷いてくれると助かるんだけど」
「一割で良いよ。なあアリス」
「ええ。どうせ売れるって分かりきってる品物だし」
「……いいの?」
 パチュリーにとっては破格の条件であっさり頷いた二人を、パチュリーはかえって怪しんだらしい。目には疑問が宿り、声色はどことなく不安そう。
「気にしないで。困った時はお互い様よ」
「恩は売っておくに越したことは無いしな。私たちに何かあったらその時にはがっつり働いてもらうが」
 見返りなど期待していない、形だけのギブアンドテイク。それはいかにも人間染みていて、魔女の身としては嘲笑しなければならないのにどうしようもなく居心地が良かった。
「何も無いことを願ってるわ」
 それなりに魔女をしてきたつもりだが、まだまだ自分も甘いらしい。
 口元が緩んでいることを自覚する。けれど引き締めようという気にはなれなかった。
「そこは何かあることを願ってくれ」
「丁重にお断りするわ」
 柔らかな笑い声が響き渡る。紆余曲折はあったものの、一対二の交渉劇はハッピーエンドで幕を閉じることとなった。

「確認するわよ。貴女たちにはこの水の羽衣を人里で売ってもらうわ。報酬は売り上げ高の二割」
「うむ」
「ある程度量産しなきゃいけないし、ついでに宣伝なんかもやって舞台を整えるから少し時間がかかるわ。決行は一週間後でどう?」
「了解」
「じゃ、サンプル三つは貴女たちにあげるわ。売っても懐に入れても構わない」
「へえ、気前が良いんだな」
 せいぜい貸し出す程度だと思っていただけに、魔理沙もアリスも驚きを隠せない。機嫌は魔女をも別人に変えるのか、と。
「気分が良いのよ」
「いつもこうだと嬉しいんだけど」
「今日だけよ」
 ですよねー、の三部合唱。
「小悪魔、お前もか」
「私に対するパチュリー様は常に冷たいのでございます」
「置いてやってるだけでもありがたく思いなさい」
「このように」
「大変だな」
 大変なのは誰なんだろう。アリスは真剣に首を傾げる。
 答えはきっとばらばら。でも、みんな嫌がってはいないのだろう。嫌そうな顔をしていないのが何よりの証だ。
「それじゃ、早速羽衣の精製に入るわよ。手伝いなさい小悪魔」
「あいあいさ!」
「じゃあ私たちは帰るか」
「そうね。羽衣の性能テストもやっておかないといけないし」
 ふわりと浮いた二人と二人、別れの挨拶はいつかにお預け。すぐにまた会えるから。



 一週間後。



「よう、来たぜ」
「準備は出来てる?」
「おっけーですよ」
 一抱えの箱をぽんぽん叩きながら小悪魔。
「そっちこそ、きちんと性能を把握してきたのかしら」
「耐久性以外は問題ないぜ。これ風除けにも使えるな、下手なアンチスペルより余程高性能だ」
 冬の浪漫飛行が楽になりそうだ、とご機嫌な魔理沙。既に手放すつもりは無さそうである。
「稗田に話を通したから、里の入口で待ってくれてるはずよ。後は稗田に従って頂戴」
「話って?」
「舞台を整えるって言ったじゃない。貴女たちも了解したはずよ」
 そういえばそんなことも言ってたなぁ、と今更のように思い出す二人。その前のインパクトが強すぎてすっかり忘却の彼方だったのだ。
「そんな訳で、アリスにはこれ」
 どことなく嬉しそうに、パチュリーは黒いひらひらを手渡す。
「何、これ――」
 ひょいと受け取った弾みに、絡まっていたそれが重力に引かれて解ける。そして、それが何なのかがその場に居る全員に認識された。

「…………水着?」

 ぱーふぇくとふりーず。

「そう、水着。アリスにはこれを着て舞台に立ってもらうから」

 そして時は動き出す。

「ちょっと待ちなさいよこんなの聞いてないわよ!?」
 今にも火を噴いて暴れだしそうな剣幕でパチュリーに掴みかかる。顔は燃えるように真っ赤だ。
 水着は弾みで放り投げた。鳥の羽のようにふわりと舞ったそれを、小悪魔が難無くキャッチ。アリスが投げ捨てることは予想出来ていただけに、地面に落ちる前に掴むことなど造作も無い。
「聞かれなかったもの」
 胸倉を掴まれながら、それでもパチュリーは冷静さを崩さない。何しろ全くの予定通りである。どんなホラーとて知っていればただの茶番だ。
「私は『この水の羽衣を人里で売ってもらう』ことを了解したの! そう言ったわよねパチュリー、言ったでしょう!?」
「言ったわ」
「だったら!」
「さっきも言ったけど、舞台を整えるって言ったじゃないの。そして貴女はそれを了解したわ」
 堂々巡り開始。既にパチュリーの掌の上で踊っていることに過ぎないことにアリスは気付いていない。
「だったら何よ! 舞台って言ったらステージのことでしょう!?」
「違うわ、筋書きも出演者もその衣装も、全てを含めて舞台。貴女は舞台を見に行くって言ってただの木の塊を見に行くの?」
「そ、それだったら最初からそう言いなさいよ! 言ってれば反対したのに!」
「聞かれなかったもの」
 今更何を言おうとも、アリスが了解したことは事実である。これは絶対にひっくり返ることは無く、故にアリスの敗北も覆ることは無い。
 そもそも、紅魔館の存在を知られたくないからといって必ずしも魔理沙とアリスしか選択肢が無い訳ではない。水の羽衣は掛け値無しのマジックアイテムであるが、それがマジックアイテムだと分かる人間は少数である。大多数にとっては得体の知れない便利な物であり、だから売り子が上白沢慧音であっても何一つ問題は無かったのだ。慧音なら事情を話したところで吹聴するような性格はしていないし、羽衣自体が人間にとって非常に有益なものであるためアルバイト料も格安で済む。交渉次第では逆に払わせることも不可能ではない。
「無駄だって分かってるだろうに頑張るなぁ。もしかして集合時間がこんな朝早くなのもこれを見越してなのか?」
「それは私には分かりません」
 にこにこと笑う小悪魔の内心がさっぱり読めない。
「ってことは何だ、最初から最後までパチュリーの掌の上だった訳か」
 怖いね、と呟く魔理沙は苦笑顔。今更ながらにパチュリーが生粋の魔女であることを思い出す。おまけに悪魔を友とし悪魔を従属させている身だ。半分人間のような魔法使い二人では太刀打ち出来るはずが無い。
 喚き続けるアリスは背を向けてカットした。聞くだけ無駄。
「おや、分かりますか」
「パチュリーの狙いは私たちを安い額でこき使うことじゃなくて、舞台を整えるってことに関して注意を払わせないことだったんだろう? そしてお前もグルだった、と」
「うふふ」
 魔女相手に二つ返事で了承など愚行以外の何物でも無い。それを知っているアリスに愚行を行わせるには、無様な茶番劇を演じて見せてでも注意力を徹底的に削ぐ必要があったのだ。そのための、二段重ねのブービートラップ。一段目は思惑通りに回避され、本命の二段目が直撃。パチュリーの筋書き通りである。
 人の心を揺さぶるには情を用いるのが一番簡単で効果が高い。自分勝手が服を着て歩いているような妖怪には効果が薄いが、丸ごと人間の魔理沙と魔法使いの癖に妙に人間臭いアリスには抜群に効くのであった。
「しかし黒いビキニとはなぁ。そりゃあアリスも真っ赤になるってもんだ」
 小悪魔が手に持った水着を眺める。ビキニの基準で考えれば布面積は決して少ない方ではないが、そもそもビキニ自体の布面積が圧倒的に少ない。
「水の羽衣だけに、下が水着の方が映えるんですよ」
「なるほど、確かにそうかもなぁ。でもおかしくないか?」
「何がでしょう」
「わざわざアリスをはめる理由が無いだろ。まさかパチュリーがアリスを脱がせたいって訳でもないだろうし」
「――それはね」
 魔理沙と小悪魔の会話に入り込んでくる第三の声。
「およ、パチュリー。もう片付いたのか」
「同じことを五回くらい繰り返したら飽きてくれたわ」
「絶対復讐してやるんだから……夜道には気をつけなさいよ……」
 涼しい顔のパチュリー、後ろで息も絶え絶えで膝に手をついて腰を折り曲げたアリスは諦め顔。顔が上気しているのは疲労のためらしい。
「レミィの頼みでね。アリスを公開処刑してくれって」
「…………レミリア、ですって?」
「……ちょ、ちょっと!?」
 息も整わないまま腰を折ったまま、パチュリーの肩を掴む様は血色の良いゾンビそのものだ。
 これにはパチュリーも驚いた。想定外の対応にはそこまで強くない。
「離して、離して、とにかく落ち着きなさいってば!」
「聞き捨てならないわよ、早く説明しなさい!」
 とにかく引き剥がそうともがくパチュリーと、そうはさせじと引っ掴むアリスがぐねぐねと絡み合う。本人たちは必死だろうが、顔が上気しているせいでどこか艶かしい。
 程無くしてパチュリーが押し倒され、冷静に戻ったアリスが平謝りして場は落ち着きを取り戻す。色々と無駄に時間が過ぎているのに、まだまだ余裕があるのは何かの間違いにしか思えなかった。

「まだ時間もあるし、最初から話しましょう」
 乱れた服を調えながら、パチュリーは一つ深呼吸。激しい運動の直後に長話は楽ではない。
「アリスは祭りの度に人形劇やってるわよね」
「ええ」
「あれをレミィが好きでね。よく見に行ってるらしいのよ」
「光栄ね。……子供向けなんだけど」
「子供向けのストーリーじゃなくて人形の動きが好き、だそうよ」
 どこまで本当なんだか。場の全員が思ったが口にはしなかった。武士の情けである。
「それでね、いつもいつも悪者とされた側がぼこぼこにされるのが公開処刑みたいで気に入らないんだって」
 やっぱりストーリーじゃないか。全員がそう思ったが口にはしなかった。言っても無駄である。
「それでたまにはアリスを公開処刑にしてくれと」
「物凄い論理の飛躍だな」
 思い切り子供である。五百年以上生きてるだなんてとても信じられない。
「言ったでしょう。悪魔が何を考えてるかなんて理解出来やしないって」
「そもそもそんなヒーロー物はあまりやってないのに……」
 悪魔のフィルターは都合の悪いものだけを引っ掛ける。例え確率が低かろうが、完全無欠の百パーセントとして刻まれるのだ。事実など関係ない。自らの思考が真実であった。
「そのうち良いことあるさ。世の中全体はそれなりのバランスで成り立ってるもんだ」
 がっくり落とした肩に、魔理沙の手が暖かい。魔理沙に慰められるほど無様なのかなぁ、と思うとより気分が沈んでいくアリスである。
「まあ、いい宣伝にはなるでしょうね。貴女綺麗だし」
「……ほぇ?」
「あら、自覚は無いのかしら。貴女を形容するなら――生気に満ちた人形ってところ? 酷い矛盾ね」
 唐突に始まった誉め言葉マシンガンに顔を上げるアリス。その顔には、とても胡散臭いですとはっきり刻まれている。
「そんな世辞はいらないわ、私がどうであろうと恥ずかしいことに変わりは無いんだし」
「思ってることを言ってるだけよ。この件を考えたのも私、理由は貴女の水着姿を見たかったから」
「……え?」
「レミィの要求は貴女を何らかの方法でぎゃふんと言わせること、よ。別に脱がせろと言った訳じゃないわ」
 アリスの顔に疑問符が浮かんでいき、それが少しずつ羞恥へと変わっていく。
「……ここまで鮮やかに変わると壮観だな」
「なかなか見られるものではないですよね」
 外野の声は届かない。一つずつパチュリーの言葉が頭の中に吸い込まれていき、その度に恥ずかしさで顔が沸騰していく。
「お願い、世辞だって言ってパチュリー。恥ずかしすぎて死ぬ」
「私は世辞なんて言わないわ。短い付き合いじゃないんだからそれくらい分かってるでしょう」
 ぼん。
 そんな音がするくらいに、アリスの顔が爆発的に朱に染まる。熱を測ったら確実に重病人認定されるだろう。
「おー、これ以上無い殺し文句だ」
「パチュリー様は天然ですから」
 無自覚だけに言葉に偽りが無く、それ故に性質が悪い。
 アリスはもう泣きそうである。見つめ続けるパチュリーから目を逸らさないだけでも大したものだ。
「ま、そんな訳だから自信持って行ってきなさい。大丈夫、貴女なら男だろうと女だろうと関係なく魅了出来るわ」
「分かった、分かったからもう何も言わないで。不特定多数に見られるよりきついの」
 ついに耐え切れず、普段の全速を凌駕する速度で扉へとすっ飛んでいく。アリス・マーガトロイドが誰にも見せない本当の全力が、他人の目に触れた稀有な瞬間だった。
「あー、荷物持ちは私か?」
 一抱えの箱が二つ、大サイズと小サイズの水の羽衣。そこまでの重量は無いが、一人で持っていくには少々無理のある量だった。
「今のアリスさんにそんな冷静さを求めるのは酷ですよ。私も手伝いますからそっとしておいてあげましょう」
「助かるぜ」
「自覚が無いのは勿体無いわね……」
「お前はもう喋るな」



 繰り返された前宣伝により、売り子二人の想像を超えた人が集まっていた。
 急ごしらえであろうステージはそれなりのもので、費用はどこから出ているのだろうと疑問に思わずにはいられない。
「気分は大丈夫か? 無理そうなら立っててくれればいい、全部私が済ませるから」
「大丈夫。何かもうどうでも良くなったわ」
 アリスの目が据わっている。これは必要以上に頼りになりそうだ。
「行くわよ魔理沙。性悪の悪魔と魔女なんかに負けてやるもんですか」

 半ば投げ槍に愛嬌を振りまくアリスは、人々の間でしばらく語り継がれることになる。
 当のアリスは話が出る度に後悔する羽目になるのだが、それはいくらか未来の話。
「なあ、パチュリー」
「うん?」
「私は、その、どうだ?」
「……十年経ったらまたおいで」
「うぐぅ」
木村圭
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2008/10/05 08:59:38
更新日時:
2008/10/07 23:59:38
評価:
0/0
POINT:
0
Rate:
5.00
1. 8 三文字 ■2008/10/05 02:52:52
アリスが可愛いくて仕様がないのですが。
この胸の動悸は……恋っ!?
最初の交渉場面でのちょっとした緊張感と、ラストのアリス可愛いよアリス、なギャップがなんとも。
にしてもパッチェさんひでえw
デスノばりの心理戦に思わず笑いました。
2. 6 あずまや ■2008/10/05 12:19:18
紅魔館にもコストカットの波が来るとは予想外でした。
最後までパチュリーがなんだかんだ言って狡猾に貶めていってて面白かったです。
3. 5 慶賀 ■2008/10/05 13:03:11
テーマは魔法使いの日々、でしょうか。パチュリーが味のあるキャラクターで
楽しかったです。
 個人的には、物語の起承転結の内の起承だけで終わってしまったみたいな
感覚を覚え、物足りなく感じました。里で一悶着起きて盛り上がる、
と勝手な先読みをしてしまっていたもので。
またはお金がないそのものをオチにしたらまとまりが
あったんじゃないかなと思いました。
4. 2 #15 ■2008/10/07 15:42:05
どんまい魔理沙w
5. 3 小山田 ■2008/10/08 09:38:30
最後のアリスは非常にかわいらしかったのですが……
だらだらとしたキレのないやり取りの連続で、ひたすらに冗長さを感じました。
悶えるアリスが書きたかったんだろうなーと感じつつ、ならばもっとその破壊力を発揮できるよう構成の練り込み(主に面白さに通じないところの切り捨て)が必要になるかと。
6. 6 歩人 ■2008/10/08 19:01:29
いいですね〜。
面白かった。
7. 4 yuz ■2008/10/09 14:11:33
所々の小ネタが好き
8. 7 べにc ■2008/10/11 00:58:45
楽しく読ませていただきました。
場面がわかりやすく、始めからオチまでペースが乱れず読み易かったです。
9. 8 kt-21(対SSこんぺ型) ■2008/10/13 04:56:36
読み易く、読み手を引き付ける上手い作りでした。
策士にして天然なパチュリーに栄光あれ。
10. 8 謳魚 ■2008/10/21 14:14:26
ラストのラストでパチュアリ風味とは。
いやはやまんまと殺られましたな。
しかもパッチュさんが天然たぁ分かっていらっしゃる。
水の羽衣はやはりあのゲィムでしょうか。
11. 7 deso ■2008/10/23 22:20:04
楽しいお話でした。
ほのぼの加減が良い感じです。
オチがやや弱いかなあ。
それだけがちょっと物足りなかったです。
12. 3 ミスターブシドー ■2008/10/27 01:21:00
財政難。
でも東方における経済活動ってどうなんだろう。
キャラが立っていて、パチュリーの交渉や小悪魔の減らず口がいい感じだ。
話の主題は水の羽衣を巡る案件だが、内容にはあまり関わってきていない。
もっと言うならお題が水でなくても成立しそうな気がしなくも無い。

水着云々のくだりも会話は楽しいが必要かと言えば疑問符が。
13. 7 神鋼 ■2008/10/28 23:41:33
紅魔館の魔女とはかくも恐ろしいものでありました。
14. 4 詩所 ■2008/10/29 00:36:50
作品も半ばなげやりに見えます。
強制終了……投稿時間から「えいや」で時間に間に合わせたように見受けられました。
15. 6 眼帯つけた兎さん ■2008/10/30 06:27:59
ぱちゅりー まじ てんねん。
少し起伏が少ない感じ。小さな笑いはあるけど衝撃的なものは感じられなかったかな。
落ちは少し弱め。
16. 5 PNS ■2008/10/30 22:33:54
「ここから話は始まる! 水の羽衣が原因で引き起こされるコメディパニックが! 楽しみだな!」
と期待していたのに、あっさり終わってしまって残念です。
17. 4 つくし ■2008/10/31 13:13:21
 前半あたりとか、もうちょい地の文を使って文章のテンポをあげると良かったかもです。そしてこれ別に水の羽衣じゃなくてもよくね?と思ったのでしたがアリスの水着ショーと聞いてそんなことはどうでもよくなったぼくなのでありました――
18. 4 じらふ ■2008/10/31 21:53:21
あー、水製だから中がすけすけなんですね。えちぃ、何とえちぃ一品か! アリスの裸エプロンならぬ裸水の羽衣をきb(ストロードールカミカゼ
あと現状でも水着魔理沙は大歓迎d(ファイナルスパーク
19. 6 リコーダー ■2008/11/01 09:31:39
パチェ>売り子を頼みたいの。
俺>へえ。でアリスはいつ脱ぐんですか?

思わずESPに目覚めてしまった。
期待を寸分たがわぬサービスっぷりに大変満足であります。
水→水着という事で。
心理戦の辺りは若干派手さに欠けたけど、それでも退屈はしないで読めた。
20. 2 今回は感想のみ ■2008/11/01 16:49:47
あー、書きたい状況があるってことだけはわかります。
ただ、そこにいたるまではもうちょっと話の組み立てようがあったような。
21. 7 八重結界 ■2008/11/01 19:00:01
パチュリーの必死さに思わず涙が。そして照れるアリスに何か言いようのないものがこみ上げてきました。
それにしても、この小悪魔は良い小悪魔ですね。性格悪そうだけど。
22. 4 藤ゅ村 ■2008/11/01 23:10:36
 何故……水着があるのにお披露目シーンがない! と私は血の涙を流して訴えよう。
 やっぱり最後の方は尻切れとんぼでした。惜しい。
23. 9 774 ■2008/11/01 23:34:29
パチュリーさんひでぇw

登場人物それぞれのキャラが立っていて
展開も軽快で非常に面白かったです。
ちょっと締めが唐突な感じがしたのですが、
それも文章のテンポの良さがなせるわざでしょうか。
24. 3 時計屋 ■2008/11/01 23:58:24

文章・構成共に面白みが欠けている気がします。
水の羽衣という奇抜なアイテムもいまいち生かされていなかったのではないでしょうか。
25. 3 Id ■2008/11/01 23:58:29
三人の話が、誰が話しているのかわかりにくく、それが物語を殺している感じです。また、結末部分も流れるように終わってしまって消化不良のような。ギャグだったらもっとギャグに専念したほうがよいでしょう。
26. フリーレス つくね ■2008/11/04 23:07:33
感想期間には間に合わなく申し訳ありません。ですがせめて感想だけでもと思い、ここに述べさせて頂きたく。
お題をダイレクトに使い、それで商売話などに絡めるのは面白かったです。ですが中盤のやり取りからもう少し長い作品と思っただけに、その後が描かれていないのは消化不良の感じです。
まぁつまり要約すれば、ショーのシーンは!? 写真はどこだ、ヤフ○クか! 責任者を(ry
27. フリーレス 名無し ■2008/11/05 03:01:30
続きが読みたいです…
名前 メール
評価 パスワード
<< 作品集に戻る
作品の編集 コメントの削除
番号 パスワード