東の空の、ゴールデンエイジ

作品集: 最新 投稿日時: 2009/05/09 17:01:51 更新日時: 2009/05/09 17:01:51 評価: 25/27 POINT: 171 Rate: 1.51
 東の空のゴールデンエイジ。



 



《T》
 十二時間ほど眠っていたらしい。
 寝床から起き上がると、とうに昼餉の済んでもおかしくない時間だったので、これには些か驚かされた。もう、何年ぶりかの経験だった。昨日、赤葡萄酒を飲みすぎたのか。寝ぼけ眼を擦る。公孫樹の葉と枝が擦れあうざわめきが、耳を心地よく擽る。
 毛布に足を突っ込んだまま、二十分ほど呆けていた。
 しじまは、この部屋から森全体にまで横溢するしじまは、あてどなく、またどこまでも際限がなかった。それは自分を含めたあらゆる生類を引き付ける、何か一種の依存性に似たものを放っていた。一切の人や生類との繋がりから距離を置くため、このしじまを求める者が、広漠と茂る森の一角に、小屋を建てて暮らすのだ。かくの如き人々はこの森の中に散在して、息を潜めて暮らしている。決して相見えることは無く、何となしに彼等の息遣いを遠くから感じる程度なのだ。
 そんな生活を私は味わうようにして、日々の営みをこなしている。臓腑の底から湧き上がる幸せすら感じている。
 いつの頃からか、私は殆ど外に出なくなり、里の人形舞台もしなくなった。元々引き篭もりがちだったけど。何となしに近づきがたいのだ。時代と共に変わってしまったのだ。
 窓の外に文字が流れる。
《大事件、魔女頓死!常識を超えた守矢神社の絶品スイーツ!永遠亭がタイムマシンの新機能を開発……このニュースは佐々木機械の提供でお送りしました》という随分物騒で、一方では暢気なニュースだった。
 河童が開発したと言う『微風日報』である。これは絶えず幻想郷に騒然をもたらすのであった。確か人里に『日報』の発信基地があった。人里の発展、そしてエンジニアの河童連に投資、確実にこの郷は変わっていた。
新聞はメディアの役割を『微風日報』に渡そうとしているらしい。新聞の部数の遁減はそれを物語る。
 嫌だな。今度天狗に文句を言わなきゃ。『微風日報』森には入ってこないようにと言っていたじゃない。誰にも邪魔されず静かに暮らしたいものだ。
 私を取り囲む調度は、陽光に照らされ、どれも楚々とした色を発し、床に長い影を引いていた。壁に飾った絵画は、どこかの空を描いたものだった。多分、流行のものではないだろう。それでも何故か気に入っている。題名は《金の空》。製作者は語彙が少なすぎたのだろう。その乏しい感性を少し哀しく思う。その空には一人の黒い翼を持つ何かがぽつんと描かれている。それが何を意味するのかは判然としない。製作者が何の意味を込めたのかは見るものに委ねている。画家の手から離れ、完全に孤立した一つの抽象画は、巷を流民の如く漂浪し、ただその色彩に隠された意味を見るものに問い続け、最後は芸術に関しては盲目同然の私が住むこの狭い家に飾られたようだ。誠に絵画にとっては不運と言うしかない。
 いつも通りの閉ざされた風景が、そこにあった。
 そして判然としないものがまだあった。それは居間とベッドルームを繋ぐ扉だったかもしれないし、その脇の、こげ茶色のクローゼットかもしれない。魔なるものの、感覚というべきか。何となく近づき難い。 
 まぁいい。忘れてしまおう。
 尤も、この心地よい一人暮らしも、最初こそ恐怖を感じたのだ。初めて我が屋たる安普請を与えられ、母との決別を言い渡されたとき、一晩母が恋しいと泣き明かした。揺籠の中で見守られた蜜月と言うものから、私は切り離されたのだ。
 今ではそんなかけがえ無かっただろう母も、漠とした影法師であった。はっきりとした顔や口調、人柄……そんなものは忘れてしまった。必要ないからだ。
とにかくその温もりが二度と得られないものになって数十年たった。
 魔なるもの同士の交配によって与えられたものの宿命なのか、他人の情念や思索や企てに拘泥しない世界を、私を含めた魔なるものは歩む。人間で言うところの恣意的な生き物なのだ。

 その気になれば、魔女の想像力という闇は、時として魂を練成すると言う。激しい情動と常軌を逸した狂気は、私達の魔術の資源にして生の原動力である。

 だからだろうか。友達もいないし、恋人もいない。昔はいたかもしれないけれども、いたとしてもそれは打算の上の、恣意の存在でしかないのだ。魔法を使役する者は総じて個人主義者だ。人形がお盆に乗せた紅茶とパンを運んできた。

「どうです。ぐっすり寝て、幸せでしょう」

 私の仕立てた人形は、私の思い通りに動く。私に与えられた力である。ただ残念ながら私の人形は自己存在に悩むこともない。それどころか私が命令しなければ料理の一つもこなせない。無論、お喋りなどもっての他である。
 私は自分の人形が何を考えているのか、想像するのが楽しい、とここに書いておく。楽しいと感ずること事態が珍しいことだ。心象の揺籃は極めて珍しいことだ。それでも私は楽しいのだ。つまりこれより先、目の前の人形が話すことがあったら、それは私の妄想の類だと思っていただきたい。
 この人形はちょっぴり生意気な奴だね。皮肉そうな笑顔を、その小さな体をふわふわと宙に浮かせながら、満面に滲ませているではないか。
「頭が痛いわ」
「そんなら頭痛薬も持ってまいりますわ」
 小さな羽根を動かして、人形は背を向けた。
「今日はお客さんの予定、あったかしら?」
「鈴蘭のお人形さんが」
 戸棚をあさりながら、人形は応えた。
「確か修理のご依頼であったと思います。夕方ですね。道具などは全て用意しておきました。まだ時間もありますから、アリスはゆっくりしていて下さい」
 時折、こうして客人がやってくる。本当に、一年に数回だが。
「貴方は優秀ね上海」
 そう言うと、人形は笑みを隠し、頬を紅く染めた。照れている。でも本当は昨日自分が用意したのだが。上海という名の人形はぶっきらぼうに薬を、投げつけるように私に渡すと外に出た。照れ隠しだろう。それか花に水をやりに行ったのだ。
 作業台の上に道具が並べてあった。縫い針から鋏、キリ、人形の硬質な部品を削るやすり、魔力で動くミシンに似たフライス盤、ボール盤が整然と私の使用を待っている。人形造りを止めて久しいが、職人の悲しき性、何故か道具の手入れは怠ったことは無い。
 三時間、考え事で適当に時間を潰すと、その人間大の人形が扉を開け入ってきた。珍しい、自分の意思を持った人形だから、彼女、といったほうが妥当か。《メディスン》と、呼ばれている。打ち捨てられた人形が鈴蘭の毒を浴び続け、偶然というか幸運にも何らかの化学反応が内部にて惹起し、自律機能を有するに至ったという。非常に興味深い話だ。毒というのは時として生を無に与えるというのか。私の人形達も、こんな風に話してくれれば面白いのに。
「アリスちゃんこんにちは」
「はい、こんにちは。今日はどうしたの」
「腕が」
 右腕を、彼女の左手が差し出すようにおずおずと、掲げて見せた。あぁ、遊んでいるうちに取れてしまったのだろう。目に涙を浮かべている。私は少女の腕を取り、考え込んだ。
「右腕は寿命かもしれないね」
「そんな……嫌だよぅ」
「かなり痛んでいるし取替え時よ。明日には出来ると思うから今日は我慢してちょうだい。今日は帰ってもいいから」
 しくしくしながら、彼女は応えた。
「はぁい」
 ふうっと彼女が溜息を付いた。材料なら確か余っていた。眼鏡をかけ(別に視力は落ちていないのだが、まぁ、つまり、作業時には気分で眼鏡をかけるのだ。それに作業によっては目にも良く無い)腕を作業台の上に置き、本来なら手術用の鋏を使い、腕の間接部から皮膚を切り裂いていく。滑らかな皮膚の簡易な機械部分に目を通し、設計の見等をつけた。
「あのぉ」
「なぁに?」
「その腕なんですけどね」
 バラバラにしてしまった腕を彼女が指差した。
「後で持って帰っていい?」
 おかしな事を聞く。
「でも、もうばらばらになってしまったよ。それでもいいのかな?」
「いいよ!もちろん」
 特殊なプラスチックを人形が持ってきた。このプラスチックは女の腕力ではとてもではないが細工が難しい。しかし、強度は良い。持て余していた近くの蒐集家から引き取ったのだ。それをフライス盤の上に乗せる。偶然にも、彼女の腕に足りるくらいの分量はあった。魔力で回転するカッターが見当通りのサイズに切り出していく。魔力のカッターで無駄な部分を切り取る。それなりの大きさにして、ペンチやハンマーを使い、加工を施す。中々難しい作業ではあるが、人形には任せて置けない、重要でやりがいのある作業である。
 加工を施しながらその可愛らしい《彼女》の目をちらりと見た。というか、まだ居たのかと。感慨一つ起こらない。

「その右腕ね」
 彼女が突然話し出した。
「思い出が沢山詰まっているの」
 へぇと頷き、自分の作業に集中する。
「あの時だって、ずっと一緒だったのよ。ほら、覚えているかしら。花が沢山咲き乱れた……」
「花?森にはいつだって花が咲いているよ」
「そうじゃなくてさ……。ほら、私が始めて魔理沙とか霊夢に会った日の話だよぅ」
 彼女は、故障するたびに自分の工房にやってくる。割とここにやってくる。そのたびに私は体のパーツを用意する。しょっちゅう換装しているから、きっと《あの時》とやらパーツは、彼女の体にはもう残されていない。
 しかし、魔理沙だの霊夢だの、彼女、意外と交友関係が広いようだ。人形のくせに、随分楽しそうに語りだした。
「あれは……いつのことだったかね。もう何十年も前の話かな。ほら幻想郷中の木という木、野原という野原に桜やひまわり、野菊、桔梗。そんなものが一斉に咲いたじゃないか。私みたいな妖怪は嬉しくて嬉しくて、そのへん飛びはねたんだよ。でもその一斉開花をめぐって、人間や妖精、妖怪、果ては死神と閻魔様まで出はって来て、ちょっとした悶着があったのさ。私もそのお祭りみたいな有様に首を突っ込んだんだ。だってここに起きる事件と来たら、どれも楽しそうで、首を突っ込みたくなるというものだからね。そこであの暢気で、いい加減で、粗暴で、それでもとっても魅力的でチャーミングな人間達に出会ったというわけ。あれ、アリスちゃんはあの時居なかったんだっけ?」
「その時は居なかったと思うよ」
「あぁ。そういえば居なかったねぇ。でも楽しかったんだ」
「ふぅん。あ、一.四ミリのドリルを持ってきて」
 人形が用意する間、道具箱の中の歯車やその他の部品を取り出す。今もっているサイズでは代用が効かないので、適したサイズに削りだすのだ。
 ドリルを受け取ると今度はボール盤の上に載せる。ドリルを取り付ける。そして手送りでドリルを部品に密着させて、足踏み機に力を入れる。力の加減でドリルは回転数を変える。強く踏めば回転数が増すし、話せば低減する。
 小さな火花を飛ばしながら、ドリルは部品を削りだしていく。
「器用だねぇ」
 感心したように彼女が言った。
「伊達も何年もしてないよ」
 人形にほめられても、悪い気はしないね。ずっとボール盤に集中しているから、彼女の顔を見ることが出来るはずも無いのだが、何故か自分の労働に、彼女は感動すら覚えているような気がしてならなかった。
「ねぇ。貴方も何かお話してよ……。何だっていいからさ」
「頼むから話しかけないで。気が散ってしまう」
「ちょっとで良いんだよ。ちょっとで。じゃあさ、貴方が大好きだった魔理沙の話をしてよ。魔理沙はどんな子だったの。いや、たまに会っていたから、判らないわけでは無いのだけれども。でもね、貴方から見た魔理沙の印象みたいなものを聞いてみたいなって」
 作業の手を止めた。止まったというべきだろうか。脊髄反射的に、自分の神経を電気が走った。それは一種の危険信号であり、またあまり良く無い心象の揺籃であった。
「あぁ、楽しいやつだったね。私も苦労したんだ」
 知ったかぶりというのは、自分を不利にするだけだが、文脈から判断してそんなことを言った。
そうでもしなければ、自分の胸を押しつぶしてしまうような、この湧き上がる情動を抑え切れなかった。苦しい。それは一種の不快感と伴っていた。
「他には?」
 私は自分の脳髄に意識を巡らしてみたけれども、何も無い。本当に何も無いのだ。
「仲……よかったんでしょうに。一番仲が良かったんでしょう。そんな人のことを忘れてしまうの?」 
 何も言わず作業を続けた。メディは下を向いたり、部屋を見渡したりしていた。
「もう帰っていいよ。明日また来てくれればいいから」
 片手のままの彼女が当惑した面持ちで、私が包んだ腕を持って出て行ってしまった。また私は独りになった。しかし、この森のしじまは、私を包んでくれなかった。私の動悸と困惑を見抜いていた。
 霧雨魔理沙という人物の記憶が無い。元々知らない人かもしれないが。そこだけぽっかりと。奇妙であると思うと同時に、何か作為のようなものを感じた。何か良くないものの干渉のような気がしたのだ。
「気に成りますか?」
 上海が片付けをしながら、そんな事を言った(様な気がした)。
「貴方は魔理沙という人間を覚えているかしら?」
「存じ上げませんね」
「あの子の悪戯かしら?」
「さぁ……。私はアリスのお手伝いで精一杯ですから」
「手伝い?あの子の修理とかかしら」
「いいえ。もっと重要なことです。貴方が生涯追い求めてきたもののお手伝いです。あ、それとお手紙が入ってました」
 それは人形作りの催促の手紙であった。最近裕福になった里のものがこうしてしばしば、里から手紙が来る。
 手紙をうっちゃっておいて私は寝間着に着替えた。
 しかし今日の上海はお喋りだ。私の無意識が作り出す錯覚なのに、信じられない言葉が紡ぎだされていく。
「貴方は、ずっと作業を止めてしまっておられる。そして多分それをお忘れになってしまった。理由は私にも判らないのです」
「判らない?」
「それは自分の与り知らないことでもあります。それに主人の機微などを忖度する機能を私は持ち合わせておりませんし」
 慎み深い、この血の通わぬ僕従の頭をなでてみる。彼女は嬉しそうに目を細めた。
「貴方が思い出すのは、きっともうすぐです。何故かは知らないですが、そんな気がするのです」
「人形らしくないことを言うのね」
 その日は上海を抱いて寝た。お陰でよく眠れた。遠くからお囃子が聞こえる。夜に祭りだろうか。妖精がパレードをするというのは聞いたことがあった。それも段々小さくなり私は眠った。祭事で心が弾むには、自分はきっと歳を取りすぎたのだ。
 ただ上海を抱いて寝たのがいけなかったのか。
 夢を見た。黒尽くめの人間が箒に乗って空を飛んでいる。黒い三角帽子が夜風に揺れる。私はそれを追いかけている。箒に近づこうと懸命な私を尻目に、決して速度を緩めない。私はポケットに入っていたハンマーを投げつける。それが人間の頭に当たる。箒から地面に落ちる人間。私は泣きながらその軌跡を追う。そんな簡単に落ちるとは思わなかったから。
 地面に叩きつけられた人間を抱きしめた。そして顔を覗いた。何故か能楽の子面の仮面を付けていた。それを引き剥がす。私は絶句する。言葉も出ない。そこには顔が無かったからだ。禿げ上がった球体が胴体の上に乗っていた。引き剥がした能面の口がパクパクと開いた。
「早く造って貰えないかしら。それに壊れちゃったじゃないの」
 悲鳴を上げながら後ずさり、目を瞑って頭を抱えた。自分をじっと見つめる人形の視線に脅えていたのだ。無い筈の眸から発せられる弾劾に震えながら、私は朝を待った……。








《U》
 次の日はきちんと朝に起き、歯を磨き、顔を洗い、洗濯をして、私の一日が始まった。早々にメディの腕を作り上げ、することが無くなった。
 時計は十時を回っていた。
 自分の頭に引っかかる、魔理沙という固有名詞。上海が言わずもがな、私はとても『気になって』いるのだ。
 上海に上着を持ってこさせた。
「外はまだ冷えますから」
 久し振りの日差しは、随分乱暴なものだった。春だというのに、眩い光芒が私の目を焼き、瑞々しい草花に反射して照り返した。辺り一面、輝きで燃え上がるような条理を見せていた。
 私は意識を足の裏に集めた。小さな風が集まり、蠢動する。
 重力から逃れる方法を、幻想郷の生類は持っている。私も持っている。それは空を飛ぶということ。
 ブーツが震え、私の体が三十センチ、宙に浮いた。そのまま蒼穹へ、上海と共に、風は私を誘った。ゆっくりと左へ旋回する。
 飛行のコツは地平線に目標を置き、それを見ながら旋回したり、速度の緩急をつけることだ。地平線でなくとも、大木や山などを目印に、飛行の調節をする。
 その時また『微風日報』が流れてきた。私の目の前を《人里に泥棒!煙草値上げ!蒸気機関車関係、北方路線開通!イワナ養殖大打撃!妖怪の山、人里の自殺者合わせて三百人、これからも増加の勢い!……以上のニュースは佐々木機械の提供でお送りしました》
 しかし何にでも《!》を付けるのはどうなのだろう。
 森の一角の湖は、清張で生命の気配というものを豊潤に湛えた冷水をなみなみと湛えていた。その中ノ島に紅魔館という、豪奢な建物が屹立している。その地下の図書館で、一人の魔女が本を読み続けている。彼女なら何か知っているかもしれないと思った。
 華僑の出自らしい門番に一声かけた。ヘッドフォンのような機械を頭につけ壁に凭れて寝ていた。
「ちょっと図書館の魔女に用事があるのだけれども」
 ぱちりと目を覚まして、機械を外した。
「はいはい。ご案内しますね」
 陽気な門番は大きな門を開き、中へいざなった。悠々と庭を横切り、紅魔館の中に入る。一切の光が遮断された館の中は、蝋燭の炎が揺らめいて、常世の沈黙を吸収し、内包しながら、その壁や床に染み付いて離れないのは、何者かに施された奇妙なまでの清潔感と排他性だった。外から切り離された世界を、執拗なまでの徹底で作り上げた何者かの意思を、私は感ずるのだった。
 しかし妖精の女中達の奮闘空しく、どこか頽廃を認めないでもなかった。例えばホールの天井画。修繕するものが居ないのか、所々朽ち果て、色褪せていた。それはギリシャの伝説的詩人オルフェウスの冥界における悲劇を描いたものであった。掟を背き彼が後ろを振り返ったため、彼の妻は永遠に冥界の常闇の下、暮らさねば成らなくなったのだ。失意の中、その後詩人は嫉妬深い女神達に虐殺される。
 地下へ続く石造りの階段を二人で下って行く。
「あのヘッドフォンは何?」
「あれは永遠亭のお医者様が開発したものです。タイムマシンっていうんですよ」
「タイムマシンねぇ」
「つまり過去の人に会えるのです。昔はいいですよ。昔は。アリスさんは、今日は何か調べ物ですか?」
「まぁね」
「何だか、かび臭い場所ですね」
「我慢して。上海はおりこうさんにしているのよ」
 門番に聞こえないように、そっと上海に耳打ちをした。
 案の定、門番が訝しい色を浮かべた。
「どうかしました?」
「なんでもないよ。そういえばここの上にも『日報』が流れていたね」
「そうなんですよ。お嬢様が出資しているんです。私なんか最近やっと見慣れてきて……」
「自分の家の広告を?」
「そうそう。今度紅魔館見学会を開催して、それから高級ホテルにでもして、儲けようとしているみたいですよ。財テクって言うんですかネ」
 その臈たけた魔女の気配はどこまでも、秘匿の布地に隠されていた。それはこうして相対しても、彼女の存在というものは朧である。また隠されているが故、かえってその美しさを見るものに強く訴えかける。
彼女は咳混じりにこんなことを言っていた。
「ここにある本は」
 洋燈の下照らされた美貌を古書に落とし、魔女は言った。天井まで届く本棚には間隙無く、本は何かしらの言語で記された、一つ一つが稀少な知識の塊だった。辛気臭さを消すためだろうか、所々に絵画が飾ってある。印象画、空の風景、ギュスターヴ・モローの複製画(本物がある訳ないから、多分複製画だ)。絵のちょっとした色彩も、この沈黙の前に霞む。それ程濃い静けさだった。蝋燭でのみ支えられた、視界の中、彼女は積まれた本によって埋葬されているようだった。
「全部私のものだからね……ごほ」
 それは挨拶というよりは、思わず一人ごちたといった感じだった。現に私達の入室すら知らぬといった様相で、懸命に頁を手繰っている。
「パチュリー様。お客様でございます」
「何だ、アリスじゃない」
 門番が階段を上っていく音が響いた。
 知識に心を奪われた生に、どんな自由があるだろう。想像してみて欲しい。
 目の前の魔女などは、既に知識の奴隷となって、知識への奉仕を続けている。いわば一種の倉庫であって、永遠に知に捕らわれ知を溜め込み続ける宿命を自らの意思で嚥下した悲しき知識人であった。そして知識人が持つ悲劇というものを、その蒼白い肌から滲ませている。悲しき哉、彼女は知識を有用に世の中に敷衍するする術を持たない、完全な活字の信仰者なのだ。世の中を知らない。剰え自分の知識が全てだと思っている。それが全てだと信じきっている安逸。彼女の聡明が無意識に演繹する、それの否定。自家撞着という名の諸手で押しつぶされそうな危うさを抱いていた。
「まず人と人が会ったらすることがあるでしょ」
「私もあんたも、人間じゃないけれども。こんにちは、アリス」
 小さな唇を撓め、そんなことを言うのだった。辛うじて、白磁のような頬に皺が走る。それは笑みであった。余りに表情が乏しいのだ。
「今日はどうしたのかしら?」
「霧雨魔理沙について」
 あぁ、と胸の底から漏れた溜息を吐いた。
「しかし、あれか。健忘症かね。あんた達はずっと一緒にいたじゃないか。私よりもずっと、あんたは霧雨魔理沙のことを結構、知っているはずだ。そう私よりも」
「判らない。私もずっと考えていたのだが、昨日以来ずっと忘れていたの。ちょっとしたきっかけで、その名前を聞いたのだけれども、一体誰なのか思い出せないの。何だか異常なのよ。彼女が実在していたなら、私が壊れたか……」
「誰かの作為によって記憶を消された……と。しかし魔なるものが、たかが人間一人に拘泥すること事態、異常だね。至高の人間の精神は鏡のようなものである。何一つ捕らえないし、排斥もしない。受け入れるはするが温存はしないと荘子先生も仰っているじゃない」
「私達は人間じゃないけどね」
 言われなくとも知っている。魔なるものが拘泥するとき、悲劇が生まれる。私は後にそれを改めて知ることになる。
「何故かは判らない。確かに何かを忘れてしまうのはずっと私達の習性のようなものだと思う。でも、その霧雨魔理沙っていうのはどうも、気になるのよ」
「霧雨魔理沙ねぇ。しかし酷い名前だ」
「……」
「まるで人間ながら、魔なるものの道歩めよと、宿命付けられたようじゃないか」
 ふふと、含み笑いが魔女の口から漏れた。
「まぁ私だって余計な記憶はどんどん流れてしまうから、余り覚えてないけど、どんな人間かと言えば、まぁ明るい女の子だったよ。性格に若干の問題があったかもしれないが、それは人間同士の話であって、私達と付き合うには、あれくらいがいいのかしら」
「他には?」
「幻想郷の英雄だった。あらゆる魔族、亡霊、果ては神まで圧倒する力を持っていた。それでいて、美しかった。彼等が気まぐれで起こす異変を力で鎮圧した。力そのものだった」
「それで」
「明朗快活、些か暴力的、男勝り。その他はそうね、あらゆる物を憎んでいたかもしれないね」
「憎んでいた?」
「自分を取り巻くあらゆる物さ。だから決して彼女は決して人間の社会というものに近寄らなかったし、また博麗神社の巫女以外には人間の友達が居なかったというし。つねに彼女の意識は《こちら側》に向いていた気がする。魔なるものの世界にね。魔なるものが一人でいるのは人が生んだ社会や共同体を恐れ憎んでいるからだ。空を飛ぶのは重力を厭わしく感じて、やっぱり憎んでいるからだ。あんただって心当たりがあるでしょう?」
「かもね」
「あとは、そうだね。たまに図書館に来ていたっけ。それで本が盗まれたりね」
「さっきの一人ごとはそういうことか」
 パチュリーがふと顔を上げて私を見た。それは思いかけないといわんばかりの驚きに満ちていたよう気がする。顔を真っ赤に染めた。
「私、そんなこと言ってたの?」
「言ってた言ってた」
 私は何となく、目の前の魔女をからかいたくなったのだ。
「さっきから貴方随分言っているけど、ひょっとして、魔理沙のこと好きだったんじゃないの?ずっと盗みに《来てくれるのを》待っていたんじゃないの?きっと今までの舌鋒の鋭さも、その裏返しじゃないの?」
「馬鹿いわないで」
 思いっきり頭を降った。
 それきり、書物に目を落としたまま何も言わなくなってしまったので、私は帰る事にした。
「最後に聞きたいんだけど、魔理沙は何の本を盗んだのさ」
「魔法の本よ。あぁ……」
 その時のパチュリーが浮かべた笑みを私は未だに忘れることが出来ない。それは諧謔に満ちた、笑みというよりは、この世でまだ誰も名状することの出来ない、奇妙な表情だった。
「そういえば、記憶を操る術も書いてあったな、あの本。あんた、随分嫌われていたみたいじゃない」
 どこか勝ち誇った声色が轟くのを、私は聞いたのだ。
「その本は返してもらった?」
「魔理沙が墓まで持って行った」
「そう」
「あとアドバイス。そんなに魔理沙に執着するのなら、病院にでも行けばいい。魔術とはいえ、記憶喪失は立派な病気よ、貴方。ホホホ」
「パチュリー様、お手紙が届きました」
 門番が大儀そうにやってきた。その手には一通の封筒が握られている。それを受け取った魔女の顔色が曇った。
「何それ?」
「里からだよ。出費するから魔法を工場で使わせて欲しいんだって」
 封筒には佐々木機械と書かれている。『微風日報』にも多額の投資をしており、急成長を見せているらしい。魔女はその手紙をランプに焼べた。紙の焦げる匂いが漂った。
「そういえば、貴方人形作りは捗っているの?」
「もう人形は造って無いんだ」
「ふぅん。貴方の提唱した永久機関の論理、中々興味深いものがあったから楽しみだったんだけどね」

 得られたものは少なく、その日は一人の寂しい魔女の叫びのようなものを聞いたのみだった。家に帰るとメディが膝を抱えて待っていた。そこに二人、ぱりっとした背広を着込んでいる肥った男がいた。艶々と油で顔が輝いている。もう一人の痩せぎすはじっと日差しの中、立っていた。肥った方はメディと何か話しをしていたらしい。
「ねぇ腕は?」「どうもどうも」
 二人が一緒に声をあげた。どうぞお入りください。あとごめんね、と彼女の片腕を取って家に入った。男はにこにこして揉み手をしながらドアを潜った。
「今日はどこに行っていたの?」
「紅魔館に」
「へぇ紅魔館。どうして?」
「魔理沙のことを聞きにね。私、どうも魔法で記憶を消されていたらしいの。魔理沙に関する記憶」
「誰に?」
「多分、魔理沙本人」
 腕を装着すると、彼女は嬉しそうに辺りを飛び跳ねた。
「軽くていいねぇ。この腕。ありがとう」
 魔理沙のことなんか、どうでも良くなってしまったのか。満面の笑顔を向けた。ここまで喜ばれると私も飛び跳ねたくなってしまう。
「どういたしまして」
「あとさ、アリスちゃんって、動物でも飼っているの?」
「いいえ」
 ふぅん、と言った。じゃあ、鼠かぁ。かさかさ音がしたのよ。ドアの向こう側から。
 そして洋服から包みを取り出すと私に握らせた。
「お代なんていいのよ」 
「受け取って。これ特別な花なのよ。あと鼠には気をつけてね」
 人形少女を見送った後、男の話を聞くことにした。
「何の御用?」
「何のて、ああた、お手紙差し上げたやないですか」
 パタパタと扇をはためかせた。
「わいは佐々木金属の社長しとるもんです。是非人形の件で、直接依頼しようと思いまして。こうしてお邪魔したんですわ。こっちは秘書兼、ボデーガードですわ」
 痩躯の男が頭を垂れた。
「ずっと返事がないから心配しとったんです」
「それは失礼。でもここ最近は人形を造って無いからね」
 流石にここまで足を運んでくれた人に、そっぽを向くわけにいかないと思いもあったが、人形を手がけるつもりは無かった。何故か私はある日を境に人形を造らなくなったのだ。
「そこを何とか……。わいの人形。つまりわいそっくりのやつを造って頂けないかと……」
 一瞬、自分の耳を疑った。
「貴方の形そのものの人形を造る、と」
「はい」
「何故?」
「つまり、あんた、それはわてが永遠に生きるちゅうことですからな。わいが死んでしまった時、魂の入れ物を用意しとくんです」
 言っている意味が判らない。一体、目の前の良く肥えた人間は何を言っているのだろうか。
「勿論、お金は幾らでも差し上げますよ。幾らでも」
「ちょっと待って。そういう人形は造れないわ。確かに貴方の形をした人形なら造れる。でも、自立駆動する人形は無理だわ。まして魂の入れ物なんて……」
「そこを何とか。やっぱりお金ならなんぼでもありますから。なんと言っても、今幻想郷はインフラの確立、経済の発展で黄金の時代、《ゴールデンエイジ》ですからの。アリスさんに投資しますよ。研究してください。貴方は最高の人形遣いだ。貴方なら出来ますわ。永久に動く人形……」
 恍惚とした表情を浮かべた。
 何とか男を説得して帰って貰った。そして人形達を総動員して掃除を始めた。私は甲斐甲斐しく働く上海達を眺めながら、ワインセラーに眠っていた赤ワインを取り出して飲み始めた。そこそこに寝かした、とっておきのやつ。
 瓶の中身が半分になるまで、パチュリーとのちょっとした会談を脳裏に思い浮かべていた。
 霧雨魔理沙が私に施したという、記憶の術が私に作用しているのだ。
 何故そんな術を私にかけたのだろう。判らない。自分のことを忘れてほしかったのだろうか。魔理沙の機微など判る術も無い。
「上海、貴方も飲む?」
「少しだけなら、付き合いましょう」
 自分のグラスを持って人形が飛んできた。空になった自分のと、上海のグラスに並々と注ぎ、私はそれを少しずつ飲んだ。上海はじっとワインの赤色に魅せられたように、小さく揺れる液体を見ていた。決して口に含まない。腕を組んだまま、じっと深い赤色を観察している科学者といった感がある。いや、どうしていいか判らないのだ。それは余りに滑稽であった。いい酒を前に、こんなことをする人間がいたら、それこそ滑稽だ。いけない、少し酔って来た。
 まぁ当たり前か。人形が酒を嗜むはずも無く、人形の前で顔を紅くした飲んだくれこそ、きっと最悪の冗談だ。
「上海、やっと判ったね」
「えぇ。しかし何でアリスに魔法をかける必要があったのでしょうか」
「判らない」
「あの陰気臭い魔女の言うとおり、病院にいってみてはいかかですか。診察してもらうのです」
「そうしよう」
 でも、あんた、私のこと嫌いだったのかしら。忘れて欲しいくらい、嫌いだったのかしら。
 でも友達だったんでしょう。私達。私、友達が欲しいなんて思ったことは余り無いんだけれども、それでも友達だったのでしょう。その時の私はどんな気持ちだったんだろう。幸福を感じていたのだろうか。
 何となく嫌な気分になり、勢いでワインを一本空けた。朦朧としてきたので思考を打ち切り、ベッドに横になった。上海が毛布を掛けてくれた。すっかり草臥れてしまった。重い眠りというやつが、体に圧し掛かってきて意識が無くなった。

 この駄文を読んでくださる読者諸兄に心当たりがあれば幸いなのだが、大酒を飲むと一時的に深い眠りがやってくる。しかしその覚醒は非常に早い。私は案の定、近くから流れるお囃子によって安らかな眠りから引き戻された。
 笛の音、太鼓の音、輻輳としながらも一種の調和によって、辛うじて音楽となり得ている奇妙なお囃子。音の奔流はこちらに近づいている。窓から提灯の柔らかな明かりが差している。窓から覗くと、山車を曳きながら練り歩く一団があった。数多の子供達に見えるのは、妖精だ。笛を吹き、飛び跳ねている。山車の太鼓には誰も乗っていないのに、どんどこと激しい音が鳴る。昨日の囃子はこれだったのだ。厭離穢土と書かれた幟を担ぎ、妖精が笑っている。恐ろしい怪物を象った山車が真っ赤に発熱していた。
「これは、何なの?」
 窓から声をかけると、囃子がぴたと止んだ。静寂が飲み込んでしまった。一斉に妖精たちがこちらを向いた。
「これはパレードさ」
「厭離穢土って何。あんたたち、どういうことなの?」
「あの人達は、逝ってしまったんだろう。この郷から出て行きたくて逝ってしまったんだ。ここが狂ってしまっているから」
「あの人って?」
 再びお囃子が鳴り出した。私が呆然と見守る中、行列は森の暗闇に溶け込むように去っていった。妖精が仲間の死を悼むというのは珍しいことだが、人間とは。しかし森に住んで妖精のパレードを見たのは初めてだった。聞いたことがあっても、見たことは無かったのだ。誰の死を悼んでいたのだろう。その時何故か《霧雨魔理沙》という名を私は思い出した。



 

 
 
 
《V》
 また昼過ぎに起きて、夢幻を漂っているような鈍い痛覚が頭の奥で根を張っていた。ベッドから這い出た。そういえば、花の種。植えて置かないと。花壇の一角にその向日葵のものらしい小さな種子を蒔いた。普通の向日葵とは何が違うのだろうか。
 その日、小さな楽しみが出来た。楽しみだな、と私は笑う。それは人形を殆ど造らなくなった私の、珍しい生産的な行いというやつあった。地上を遍く照らす太陽をこれ程愛おしく思ったことは無い。照らせ太陽、我が花を。しかし頭痛が続く。そこに、激しい羽音を響かせて一人の天狗が舞い降りた。
 名前を射命丸文といった。
 郷の天狗は大半が新聞屋である。目の前の烏天狗も、他人の生活の息を除き見、そしてそれを切り取り、時には虚構を交えた下らない文章を手がけることを快楽とする。またそんなもので自身の顕示欲を開放するのを快楽とする陋劣な天狗であった。そんな彼女でも、役に立つことがある。だから今日来て欲しいと、予め連絡を取っておいたのだ。
「今日はどういったご用件ですか」 
「写真持ってないかしら。つまり、霧雨魔理沙のやつ」
 ははぁと腕組をした。
「何に使うんです?」
「何だっていいでしょう」
 つれないなぁ。さもつまらないといった風に顔をしかめた。
「まぁ思い出に親しむといったところですか」
「そうね」
「でも貴方、意外ですね。ずっと人形みたいな女性だと思っていましたからね!」
「人形?私が?」
「ええ。一人で暮らし、決して他人に拘らない。無口で何を考えているのかまるで見当もつかない。しかし美人だ。これは、つまり、ねぇ、幻想小説みたいじゃないですか。森の中で生きる孤独で美しい人形。彼女は長年、誰にも知られずそうして暮らしていたが、そこに一人の人間が現れる。それは人形とは反対で、活発な女の子だった。そして二人の奇妙な友情が始まる……」
「その三文小説、貴方の新聞にでも載せるの?」
「どうだっていいじゃないですか。ま、わけて差し上げなくても構いませんがね、条件がありますよ」
 やはりこの天狗、何か腹に隠していた。
「何?」
「決まっているでしょうに。取材ですよ」
 そうだと思った。でも……人様の興味を引くようなスキャンダルも、痴情の縺れとかいうやつもない。多分。
「最高峰の人形師について色々調べさせて下さいな。貴方の人形のファンも多いし、きっと面白いものが出来ると思うんです。いや、勿論できる限りで結構ですから。あと何故人形造りをやめたのかも聞きたいですね」
 まぁいいわ、と二つ返事で承諾した。
「ありがとうございます。感謝します。では後日写真を持参してまいりますので、そのときはよろしく。あと最近、随分物騒だから、お気をつけて」
「いつでも物騒でしょ、ここは」
 どうだっていいのだ。そんなこと、私には何の関係も無いから。
「まぁ、そうですが。そうですね、やっぱりいつも通りです」
「あと家の前に『日報』流さないでよ。迷惑だからさ」
「申し訳ない。『微風日報』は私の管轄じゃないのです」
「貴方はあの『日報』やらないの?」
「私にはペーパー・メディアが一番合っています。あと、これ見本です。読んでください」
 自分で刷った新聞を一部私に押し付けると天狗はどこかへ飛んで行ってしまった。懐古主義と言うか、新聞と言う形にそれなりの拘りがあるのだろう。新聞の発行部数を、『微風日報』の放送部数が上回った今でも、彼女は仲間に馬鹿にされながら、原稿用紙と格闘しているのだろう。
 その厚みがあり、しっかりと印刷された新聞の一面には、妖怪の山に関するニュースが載っていた。その隣には風刺漫画、下には広告が連なっていた。ページを捲りながら、ある記事を見つけた。


《魔法の森に殺人鬼出現。犠牲者は三人に》
 一週間前、森の中に住む魔女が他殺体となって発見された。遺体の額には直径一センチほどの穿孔が見つかったが、直裁の死因は不明。第一発見者は新聞配達のアルバイト天狗のA氏(匿名希望)で、当時の惨状を生々しく語った。
『一面血の海で、とてもひどい匂いがした。今思い出しても恐ろしい。さらにホトケさんは野犬にあちこち喰われていて、とても正視できる状態ではなかった』
 死体は野生動物に喰われ、一部欠損していたものの、犯人が捕食した形跡は見られなかった。
この事件を機に、さらに魔術に精通した老人と、やはり森に住む仙人が同じように頭に穴を穿たれた状態で発見された。二人とも強力な術者であった。妖怪の山当局は、同一犯の仕業と見ているが、そもそも管轄が違うため、中々調査に踏み込めない様子である
 この事件に関して、社会学者のある識者は次のように語った。
『この郷がおかしくなっている。狂いだしている。使い古された言葉で言うところの、モラル・ハザードかもしれない。数十年前から、危機管理が曖昧になり始め、住民達の意識や精神にドストエフスキ的悪魔が宿りだした。自分の恣意的要求を公共のためという大層な大義名分に昇華し、実践している。昨今の事件を見ているとそのような印象を受けた。我々は、自分達を正常に繋ぎとめておく幻想を喪いだした最初の世代かも知れぬ。現に博麗の巫女も今回の事件には、手古摺っているらしい。全く未知の殺人鬼を追求する検事ポルフィーリィは現れないのだろうか』


 巫山戯けている。ラスコーリニコフか。罪と罰か。
 だが確かに危殆すべきかもしれないな、と私は新聞をテーブルに置いた。あの時天狗は、私の機嫌を損なわないよう、あくまで阿諛的な頷きを零したのだった。
 こんなことは今まで無かったと思う。喰うためでもない、そうなれば愉快犯の一種と考えるのも間違いではなかった。まして森に住む魔女や仙人を襲うのは、尋常な精神状態ではないだろう。それこそ命を溝に捨てるような真似だ。
 このラスコーリニコフのやり方からは計画性を感ずる一方、奇妙な感慨に私は捕らわれた。場当たりで、しかし衝動的に、殺しを実行している印象を受けた。彼はそれを行う力も持っている。
 定めし自分の行為に愉悦を覚え、そして楽しんですらいるのだろう。それは魔なるものの感覚の推測であり、一種の共振でもあった。
 窓の外には、豊饒な緑と木漏れ日があり、いつも通りのしじまがのびのびと広がっていた。この森のどこかで殺人鬼ラスコーリニコフは獲物を探し回っているのだろうか。
 窓の鍵をしっかり掛けた。多分、こいつはその気になれば我が家に平気で入ってくるだろうが。
 あやふやな危殆は脇に置いておいて、紙とペンを取り出して永遠亭の医師に手紙を書いた。それは次のようなものに仕上がった。
 

 永遠亭 
 八意永琳様
 
 ご多忙の中、このような手紙をお送り申し上げるのは、非常に憚られたのですが、現在私が犯されている非常に厄介な病魔について、是非助言を頂きたく思い今回ペンを執りました。
 ご存知かと思いますが、私にはある人間の友達がおりました。しかし誠に奇妙な話なのですが、その友達に纏わる思い出だけを全て忘れてしまったのです。
 私はその友達の記憶を絶対に取り戻したいのです。またそれには第三者の企ての疑いもあります。
 もし宜しければ、そちらに伺い、診察をお願いしたい次第でございます。日程などは全て八意さまにお任せしますが、近日中にお伺いできれば有難いです。それでは、お返事をお待ちしております。
                      
                                                                          Alice Margatroid


 それを上海に持たせて、永遠亭まで届けさせた。
 上海が一通の手紙を携えて帰ってきた。
『永遠亭はいつでも誰でもどんな病気でも、お困りの患者さんを見放しません。一緒に楽しく治療しましょう。最高のスタッフがお待ちしております』
 手紙というよりは広告だった。その隅に綺麗な字で、《三日後に来てくれると幸い》と書かれてあった。
 

 夜の帳が下りた。従容と濃密なしじまが満ち始めた。
 私は身支度をした。上着を被り、籠にお土産の甘い白葡萄酒を入れる。貴腐ものの定説通り、ちゃんと冷やしておいたものだ。ついでに干し肉とパンも持って行くことにした。準備を終え、籠を上海人形に持たせ、暗い森の中を歩き出す。今日は祭囃子が聞こえない。全くと言っていいほどの無音が続いていた。空に電光掲示板のような『日報』が流れていく。《また森で殺人!》
 ただし見つけるのにはそう骨を折らずに済みそうだと思った。あんなに派手な行列を見逃すことが出来るだろうか。
 夜空を滑空しながらその一団の発する灯りを探した。夜に空を飛ぶのは危険極まりない。何せ視界も利かないし、目印となる物と言えば真上に輝く畸形の月のみだ。夜風が強い、剰え気温も低いものだからぶるぶると凍えだした。漸くパレードの灯りを見つけた。滑走路の光のようにそれは暗闇の中、一の字に輝いている。
 その傍に降り立つ。妖精達は見向きもせず、わいわいと幟を手に騒いでいた。
「今晩は」
 一人の妖精がこちらにやってきた。昨日少しだけ話をした妖精であった。青い服を着ている。
「あらあら。人形遣いさん。今日も見学ですか?」
「そうね。見学」
 食べ物と酒の入った籠を渡すと、相好を崩して私の手を握った。「ははは。歓迎します」と言ってからパレードの中へ案内した。どうやら作戦は成功したらしい。鼻薬ならぬご馳走の効き目は抜群であった。
「長老を紹介して頂きたいのだけれども」
「ハイ、勿論」
 妖精とは自然の美しい顕現である。それは人という最も非効率ではっきりとした形をしている。
「大妖精さま、差し入れを頂きましたよ」
 半透明の羽に灯りが当たり、虹色の輝きが揺らめいている。シャボン玉の表面のように薄く儚い。触れれば割れてしまいそうな不確かさと柔らかさを感じた。四角い箱のような、古びた腰掛にちょこりと座っている。私を見ると訝しそうに表情を曇らせた。
「いけませんねぇ。関係者以外立入り禁止ですよ。ここは」
 青い服の妖精が耳打ちをしてから、そっと籠を渡した。
「これはこれは……。大事なお客様。ゆっくりしていって下さい」
 薄緑の硝子瓶を恭しく掲げた。目元を緩ませている。
「このパレードはいつから始まったの?」
「いつからと言うと、そうねぇ。しいて言うならずっと昔からです。森の生き物のために私達はこうしてパレードを行いますから」
「私、知らなかったわ。だって昨日初めて見たんだもの」
「ほう、そうですか。まぁ存分にご見学下され。今日は人間の魔法使いの百回忌ですから」
「ひょっとして……」
「左様。霧雨魔理沙その人でございます。御覧なさい」
 彼女が指を刺した。少女の人差し指はまるで老人のそれの如く、不可思議な説得力を有していた。
「パレードはその生き様を示しております。彼等の仮装は西行法師の娘である亡霊、紅魔館の吸血鬼、山の神様、強力な妖怪、そんなものを表しているのです。あれは全部霧雨魔理沙がやっつけてきた者達です。貴方は良くご存知でしょう」
 それが彼等の弔い方なのだ。仮装は確かに似ている気がする。この郷の恐るべき支配者達に、である。
「あれ?あれはひょっとして貴方様ではないですか」
 青い洋服が驚いたように言った。一人の妖精の仮装に私は目を瞠った。小奇麗な洋服の周りに人形を釣り糸で垂らしている。直ぐそこに本物がいるとは知らず、厚顔でぴょんぴょんと跳ねている。
 大妖精が恥ずかしそうにごほんと咳払いをした。
「この人間の半生は非常に色鮮やかですね。妖精の身ながら羨望を禁じえません。ほらあそこにはかつての博麗の巫女がいます」
 妖精が限りない頌賛を送った。赤い装束を纏った妖精がふわふわと浮いているのを認めた。
「知っていますか。実は霧雨魔理沙はこの郷にある魔法を残したのです」
「魔法?どんな」
「残念ですが、お教え出来ません。それを全て話すのは本人が望んでいなかったようです。だから話してはいけないんです。私が出来るのは求める人にちょっとだけルール違反をしてヒントを上げるだけです」
「ヒントって?」
「ヒントは貴方です。貴方が全て知っています」
 謎の微笑みが闇夜に映えた。さっぱり意味が判らない。心当たりがあるとすれば、私にかけてある魔法のことだが。求めているのは間違いないけど。彼女のかけた魔法のせいで記憶が欠如してしまった。それを私は知りたいのだ。
 ふと昨日の夢を思い出した。魔理沙の人形が歩き回っている。そんな幻視じみた想像を巡らせる。その想像には言葉に出来ない確信のようなものが伴っていた。それは魔法によって機動しているのだろうか。
《人形=魂の入れ物》
 どこかで聞いた方程式だ。
「昨日は殺された魔女の葬列を組んだのですが、しかしこれ程色鮮やかではありませんでした」
「貴方達はどうしてこれほど多くを知っているの?」
「簡単です。森は全て知っているのです。森において全は個、個は全です。そして私は森の顕現ですからね。《それこそ森は全てを一人称で語るのですよ》。森と共に生きるとはそういうものなのです。森は自分の記憶をこうして振り返るのです」
 にっこりと大妖精が笑った。屈託の無い笑顔であった。「貴方の葬列もきっと鮮やかなものになります」
私は赤面を隠そうとして顔を背けた。恥ずかしいじゃないか。
「昨日の魔女はどんな人だったのかしら」
「何年も生きた大変な偉人であり、同時に人間の敵でした。何か異変を引き起こそうとしていました。怖い生き物を召還しようとしていたのですから」
 昨日の怪物の山車が脳裏に浮かんだ。
「しかし彼女を殺した犯人は、もっと恐ろしい」
「知っているの?」
「詳しくは判りません。しかし恐ろしい賊です。決して痕跡を残さず、簡単に魔女や仙人を屠ってきました。何者なのかまるで判りません。妖怪か人間か、それとも神か……」
「人形なら出来るかしら」
「何か言いました?」
 大妖精が訝しげに質した。この人は何を言っているのだろうと言った感じだった。
「何でもないわ」
 夢の中に現れたあの人形。疑惑がどんどん膨らんでいく。
「兎に角お気をつけて下さい。どうもこの郷がおかしいことになっています。喰うために殺すでもなく、今までのような異変でもない。異変の如き遊び心なんて微塵も感じない。まるで森そのものを喰ってしまうような、そんな欲望を感じます」
「気をつけるわ」
 魔理沙。もし貴方が人形になってこんな馬鹿らしいことをしているのだとしても、私は貴方に会いたい。色々聞きたいことがある。会いたいんだ。それは私の静かな叫びなんだ。
「あの厭離穢土というのは?」
「あれは何と言うか、妖精たちが勝手にやっているのです。覚えたことを直ぐに使いたがるから」
「そうなの」
「でも強ち間違いでも無いかもしれません。確かにこの郷は変わってしまった……私はいつからか、ここのことを、《この郷》などと言う様になってしまいました。本当の名前を、《幻想郷》と言わなくなってしまいました……」
 古き良き時代と定義して、老人は絶えず時代を論ずる。彼女もそんな年老いた妖精なのだろうか。
「そして貴方は何か恐ろしげなことを考えてらっしゃる」
「……間違っているかしら」
「どう考えるかはその人次第です。恐ろしいのは、考えの自由を奪うものです。問題とされるのはその表現法であり、またそれに対する反論の自由でもあります。ですからその考えも可、とだけ申し上げておきます。ただ、信じてあげて欲しい。この目の前の色豊かな人生を描いた魔法使いを。私の願いです。貴方達は最高の親友同士だったから」 
 目の前のパレードがまた動き出した。私はそれを見送るとただ茫漠とした感慨を抱いて、家に帰った。信じるか否かは、これから決める。そうでしょう?
 しかし異変は既に私の自宅で始まっていた。帰ってみると、壁に赤いペンキがぶちまけられている。奇妙で美しいパレードを見てから感傷に浸っていた私に、それは深い衝撃を与えた。
「こんなもの、家を出る前は無かったですよ」
 上海は言った。それに頷きながら私はそっとペンキを撫でてみる。指先にぬるりとした暖かな感触が起こる。人差し指に付いたペンキをハンカチで拭うと家に入った。家の周囲にも家の中にも生類の気配を感じなかったが、念のため部屋中を見回った。無論殺人鬼はいない。だがあのペンキは先程撒かれた物だ。その時数日前脳髄に湧き上がった不快を思い出した。あのベットルームで感じたものだ。ベットルームに行き、ベッドに座りながら考える。
 次に狙われているのは自分らしい。こんなスリラーじみた真似をする奴はそういない。これは直感でしかないが、これは犯人の伝言だ。そして自分は偶然命を免れたらしい。
 あの朝感じたあの判然としない魔なるものの勘。そっとクローゼットを開ける。何も無い。ほっと肩を下ろすのも束の間、身の回りのものを集めて、十分警戒しながら私は家を出た。
この殺人鬼を倒すのは自分では難しいかもしれない。残念ながらそれは認めなければなるまい。不意打ちなら絶対に勝てるが、正体も判らぬ異常者の不意を付くのは無理である。
 しかし目的は何なのだ。森の賢者を屠ってどうしたいのだ。 
 家から少し離れた、洞窟に私はやって来た。あの家には当分帰れないからここで待つしかない。待ちながら機会を窺うしかないのか。
 
 

 
 




 《W》
 洞窟には毛布を持ち込んでいたものの、寝心地は最悪であった。近くの泉で水浴びをして、持ち込んだ干し肉とパンを食べた。空には『日報』が流れる。思わず声を出して瞠目した。

《AMへ。お前を待っているから。会いたい。家に戻ってきて。お話をしようよ。霧雨魔理沙より》

 一体どういうことなのだ。《AM=アリス・マーガトロイド》か?何故『微風日報』に私の名前が載っている。何故霧雨魔理沙が名乗りを挙げた。死んだ人間が何故。
 私は動かねばならなかった。被害にあった魔女や仙人の家を見ることにした。危機は自分の喉仏に突き刺さろうとしているような気がしてならなかったのだ。思い過ごしではあるまい。森をうろつく何者かは、森で獲物を探している。
 ただ血の匂いが余りに激しく、襲って来る吐き気を堪えながらラスコーフニコフのよすがを探らなければならない。愚か者が物色していったのか、部屋は驚くほどがらりとして、何も無かった。壁に書かれた奇妙な落書きを除けば。

爾時大會有一明王 是大明王有大威力 
大悲徳故現紅白形 大定徳故座金剛石 
大智慧故現大火焔 執大智剣害貧瞋痴
持三昧策縛難伏者 無相法身虚空同體 
無其住處但住夢想 転生之中

 聖不動経の経文の一部であった。大知慧の故に大火焔を現ず。ただそれが何なのだ。誰が残したのだろうか。新聞にはこれについて何も記していなかった。後から誰かが悪戯書きをしたのだろうか。一応それを頭の片隅に刻み込む。それ以外は特に、何も無かった。それから他の被害者の家々を回ったが、やはり何も無かった。

 次に向かうべき場所は、里であった。『微風日報』について調べようと思ったのだ。行くのは久し振りである。
 里はこの数十年、劇的な変化を遂げたのだ。あちらこちらに工場が立ち並び、高く空に突き抜ける煙突から黒煙が延々と伸びている。住宅街に雑然と立ち並ぶのは、煉瓦や石造りの立派な二階建て、三階建てであった。工場の一つに『微風日報 人里支部』の看板が掲げられていた。
 その工場のここらで一際長い煙突から文字が流れる。《絶品スイーツ企画第二段!》
 私が歩いていた工員に話をつけ、工場長と『日報』の話をすることになった。初老の男性は天狗であった。私は会議室のような小奇麗な場所に通された。お茶碗が二つ、目の前のテーブルに置かれた。中は安っぽいほうじ茶であった。
「つまり、今日の『日報』の依頼人を知りたいのですね」
「そうなの。態々霧雨魔理沙の名を使い、私に呼びかけたのは誰なのか」
「残念ながら、個人情報をお教えするわけにはいかないのです」
「でも私はその《依頼者》に命を狙われたの」
「ご事情はお察しします。でも規約は規約なんですよ、はい」
「……しかし」
「いやぁ、残念です」
 初老の天狗は同情するように頷いた。人の機微に触れまいとするよう、柔和な笑みを浮かべている。手を組んでせわしなさそうに指を動かしている。
「他にその《依頼者》から、広告の依頼は来て無いの?」
「お教えすることは出来ません」
 むかむかしながら、私は天狗を睨みつけた。煙草に火をつける。重たげな紫煙を燻らせながら、私の澱の如く溜まった憤激を知ってか知らずか、阿る様にニコニコ笑っている。
「私の名前を出されたのよ。これは恥よ、貴方」
「申し訳ありません。ただ当方、貴方が実在するとは思いませんでしたので。何しろアリスさんはずっと人里に出てきてらっしゃらないとお聞きしました。それにAMだけでは貴方とも限らないでしょう……」
 確かに私が幾ら訴えても、彼等は自意識過剰、妄想の類で片付けるだろう。こちらの事情も知らないで。
「ただ例外が御座います」
「どんな?」
「実はご依頼の方から、さらに広告のご依頼が来ております。それを取り消すことが出来ますよ……お金さえ払っていただけたら」
 灰皿に煙草を押し付けると、算盤をはじき出した。
「依頼者様から頂いた料金は、こんなもので御座います」
 算盤を見て、唖然とした。
「随分高いじゃない。こんなの、払えないわ」
「申し訳有りません。ただそうしないと弊社に大変な打撃を被るのです。『日報』だってインスタントに放送出来るのではありませんからね。要はお金ですよ」 
 まるで話にならない。憮然たる思いで『日報』工場を後にした。
 里は見ないうちに大変な変貌を遂げていた。里というには巨大で猥雑な社会の有り様が展開していた。豊かになったのだ。そう言われる。自分もそう思う。
 製紙工場と岩魚の養殖場に挟まれる形で小さな公園があった。生臭さが横溢する中で肉体労働者達が屯して、駄弁ったり、賭けカルタをして遊んでいた。その一隅で四,五人の男共が集まっている。一人があの、紅魔館の門番が付けていた『タイムマシン』を頭に載せ、ぼうっと空を見ている。それを物欲しげに、他の連中が囲んでいた。やがてマシンを取ると他の男にそれを渡した。使いまわししているらしい。作業着の男は煙草を咥え、にっこり笑うとマシンのスイッチを入れた。途端に呆然と上を見上げた。煙草の灰が作業着を焦がした。そんな薄汚い景色に一瞥をくれ、私は食い物の饐えた匂いと黒煙が立ち込める里を後にしたのだ。
 
 それから二日経った。洞窟暮らしが辛くなってきた。時折家と洞窟を行き来した。射命丸は現れない。写真を探しているのだろう。
 再び宙に身を預け、私は滑空している。空は渺茫と広がり、今日は雲霞が東から西にゆっくりと流れている。永遠亭は東北方面に立っている。私は進路を帰るため、ゆっくりと右に旋回する。
 飛行というのは非常に危険が伴うものだ。一見すれば簡単に見えるが、地上と違って迷いやすいし、気流の乱れにぶつかれば、自分のバランスを喪って墜落することも無いわけではないのだ。現に今日は風が強い。私は目標を東の地平線に立つ一際大きな木に据えた。それを見ながら、旋回をし、高度を落としていく。
 しかしあんな巨木が立っていただろうか。覚えていないだけだろうか。やはり自分は病気かもしれないと思った。
 竹林が青々と茂る中に、永遠亭はあった。
 月からやってきたという、風変わりな医者が経営する奇妙奇天烈な診療所である。まぁこの郷に普通を求めるのは無理か。聞いた話によると、どんな病でも治すことが出来るんだとか。健康体という名の、完きを得るとは永劫を夢見る人間の所業のようなものだが、今日私はその所業を背負いに行く。霧雨魔理沙の縁、それを求めてに行くのだ。
 再び空を飛び、竹林の中に降り立つ。
 鬱蒼と覆いかぶさる竹藪のトンネルを通り、意外と質素な造りの診療所が見えた。そこに里の者だろう、豪奢な衣服で飾った男女が言い争っている。

――あんた何ぼ払ろうたんや、わいはこんだけや。
――そんなもので威張っちゃいけません。私が先です。
――永遠亭には随分お世話になっているから、つまり私が……。
――や、森の人形遣いさん。いやお恥ずかしい。実は診察の順を決めていたんですわ。
――え、最後でいい。とんでも御座いません。貴方みたいな人は郷の財産ですから、どうぞお先に。
――そうです、そうです。私らに構わずお入りなさい。それで佐々木さんの次に私の人形を造って下さい。
――んじゃ、わい達は順番決めますんで。良し、人形遣いさんの次はわいです……。

 以上、侃侃諤諤。
「すいません。手紙をお送りしたものです。先生に診てもらいのだけれども」
 小さな兎が出迎えた。鼻をひくひくと動かして、ついてこいと言いたげに、颯爽と走り出した。尤も、私のような鈍足でも歩いて追いつけるくらいであったが。
 その後を追って、やがて診察室のような場所に辿り着いた。
「いらっしゃい」
 この八意永琳なる複雑怪奇な人物は、私を人目見るなり謎の笑顔を向け、一応歓迎の意を表した。
「珍しいお客さんだ」
「外にもお客さんがいるけど」
「あれねぇ」
 ふぅと溜息を付いた。机の上には沢山の札束が置かれている。
「一度に三人は見られないですから、順番を決めて欲しいって言ったら……。しょうがないね。全く。まぁお金さえくれればいいのだけれども」
「お金?貴方はお金を取らない主義じゃないの」
「お金が無いと、もう郷じゃ生きていけないわ。それで貴方は何の用だっけ」
「手紙に書いた通り、ちょっと頭の中を覗いて欲しいの」
 指で自分の頭を指して見せた。すると彼女は顔色を曇らせた。
「本当に頭がおかしくなったのかしら」
「だから記憶喪失らしいのよ」
「らしい、とは結構。素人にはよくいるのよね。クランケが勝手に病気だと決め込んでしまうの。しかし記憶喪失とはね、珍しいケースだわ」
 まるで実験動物を見るように、不穏と疑惑と好奇心の入り混じった目で見ている。胸にむかつくものを感じ、私は反駁した。
「私の錯覚とかじゃないわ。魔理沙が私に魔法をかけたらしいの。それで彼女に関する記憶が……」
「消された、と?」
「いかにも」
 何か機械を引っ張り出してきた。消毒液の匂いがたち込め、正直不快な場所だった。早々と立ち去りたい要求が募り、私は自分の森のしじまを心に取り戻そうとしていた。念じながら、静かな森を思い浮かべた。しかしそれは遠ざかる。ここには決して呼び寄せられない、永遠亭の不可視の高い壁が、それを拒むのだ。
「そこに寝て。効くかどうか判らないけどやってみましょう。副作用とか出ても責任取れないけど、いいの?」
「いいわ。でもあんた、どんな病気でも治せるのでしょ」
「魔法は少し管轄違いかなぁ」
 何故か照れたように笑った。ベッドの異常なまでに吸い込まれるような白いシーツの上に体を横たえた。永琳は機械のボタンを押してこちらにやってきた。額に吸盤のようなものをくっつけた。吸盤から線が延びていて、機械と繋がっていた。
「初めてこの永遠亭に来たことも忘れてしまったのね」
「何となく覚えているけど」
「あの時は大変だったよ。二人で屋敷の中荒らしまわって、もうぐちゃぐちゃ。後片付けがもう大変で」
「早く治療してもらえないかしら」
「もう始まっています。これからゆっくりと、《昔の世界に接続》していくの。でも少し時間が掛かるから、こうしてお話でもしてましょう」
 肘をついて私の眼を覗き込んだ。しかし不思議である。記憶を取り戻すのに何故記憶を整理しなくてはならないのだろう。
「やれやれ」
「魔理沙が死んでしまったことは知っているのよね」
「それはそうでしょうよ。人間は寿命があるし」
「悲しくないの?」
「別に」
「そう」
「私と魔理沙は友達だった?」
「そうね。見た感じは少しギクシャクしていたかもしれない。でも友達だったと思うよ」
「何で魔理沙は私に魔法をかけたのだろう」
「私に聞いてどうするの?」
「いや、何となく」
「ねぇ、聞いて。もしこれで本当に記憶が戻ったとして、貴方は本当にそれで満足?」
「……」
「つまり人間も妖怪も魔法使いも、それぞれの脳は良く出来ているものなの。その中で忘れるって、一種の防御手段みたいなものなの。記憶って時には毒にもなるのよ。トラウマとか聞いたことないかしら」
「それは私が自分の意思で魔理沙を、忘れてしまったということ?」
「可能性はある。魔法の効果も否定できないが、それと相乗して貴方の意志が働いたと見ても不思議は無い。ひょっとしたら貴方思い出したら苦しむかもしれない」 
「そうか」
「それに記憶を得てどうするつもりなの?」
「どうするって……」
 どうするのだろうか。考えてみれば、記憶を取り戻した後、一体私に待つのは何なのだろうか。
「森の殺人は知ってる?」
「あぁ一応」
「あれの犯人が魔理沙かもしれない」
 呆れたように彼女が言った。
「魔理沙は死んだのよ。死んでしまった人間は何も出来ないよ。私でも死者を蘇らせるのは無理だわ」
 確かにそうだが、その疑惑を打ち消すことが出来ない。まるでそうだと私に思わせるように、様々な事実が集まっているのだ。そしてそれを上手く伝えることができない。私は話の方向を変えることにした。
「ねぇ、あの子の最期はどんなんだった?」
 私は始めて、彼女から優しい笑みが零れるのを見た。
「忘れてしまいたくなるくらい、潔くて素敵だった」
「そうなの。そんならいいわ」
 何が良いと言うのか。自分にも判らない。まぁ惨い死よりましだ。
「しっかり天寿を全うしました。でも残される側というのは辛いものだね。私だってそれなりに悲しかったのだよ、あの子がおばあさんになって死んでしまった時は。それに私は不死だから誰かを看取ることは出来るけど、誰も私を看取ってはくれないし」
「そうだったわね」
 八意永琳。永遠の命と、終ることの無い孤独を約束された天才が、そこにいた。
「ええ。昔犯した罪のようなものね」
 もし彼女が話すことが全て真実なら、彼女は愛するものと孤独を共にするため、永遠の命を得たのだ。その昔、竹取物語の主人公輝夜姫が月の都で嚥下した蓬莱の薬。永遠の時間という穢れを持つことになった女性の後を追って、やはり月からやってきたという八意永琳。彼女も薬を服用し、その穢れを背負った。その真意を推し量るのは、自分には出来なかった。まるで大きな深淵を目の前にしたような、意味不明のスケールであった。
「でも……私も悲しかったのかしら……」
 八意医師の手が私の頬を撫でた。
「きっと悲しかったんでしょうね。だって貴方今、泣いているもの」
 涙を拭った指を、八意医師がぺろりと嘗めた。何故かその親しみに異常な憎しみを抱いた。自分の域に入り込もうとする厚かましさに、生理的な嫌悪を覚えたのだ。
 そこに入っていいのは、多分あんたじゃ無いんだよ。でもそれは彼女の労わりだったのかもしれない。確かに彼女の優しさだった。
「汚いじゃない」
「汚くないわ。私も、自分の死を悼んでくれる友達が欲しいって思うときがある。魔理沙のために泣いた人も少なくなかったけど、貴方もその一人だったのよ多分。その後、魔理沙の後を追って死んでしまった人もいる中で、それでもこの世には貴方がいる。ずっとあの子の友達だった貴方がいる。それは本当に幸せなことなの。お互いにね」
「うん。あなた優しいのね」
 壁掛け時計に眼をやった。
「ところで、これってどんな治療なの」
 奇妙な機械を指差して言った。
「これは鏡です。鏡は貴方の心象を映し出し、貴方の目の前に心象のスケッチを描くでしょう。そして貴方が求めているものも、そうでないものも、貴方は相対するでしょう。純粋な客体は、もっとも深い場所にある」
 私の胸に手を置いた。
「良くわからないわ」
「貴方は何故人形を造るの?お金?」
「お金じゃないわ。造りたいからよ。昔の話だけど」

「あぁ、今はもう造ってないのね。でも最近読んだ本に書いてあったけど。あらゆる創作動機は、三つの柱で支えられているのだそうよ」
「ふぅん」
「柱の一つ目。その歴史の言葉。これはその時代を反映する倫理とかルールに基づいているのね。言葉や美学の共有財産っていうのかな。次は個人の記憶。積み重なった言葉、母の手料理の匂い、友達との思い出。どんなに忘れてもそれは心の深い場所に名を刻む。今から行うのはその名前を探すの。その本をヒントに私が作った機械なんだ。これ」
「里で流行っている『タイムマシン』のことね」
「そう。本当はタイムマシンは個人の意識に潜って映し出す装置なんだけど、この鏡はそれの改良版よ。混淆とした世界に負荷をかけて、貴方が望む情報を集めるの。そうそう、タイムマシン、貴方もお一ついかが?今ならあっちの世界で好きなものになれるよ。魔理沙の代わりに異変を解決することも出来るし……」
「遠慮しとく」
「あぁそう。でも最近は貴方みたいに心を病んだ人が多いからね。就中、薬学に頼らない医療の実現ね。画期的でしょ。人間、逃げ場所が必要だし」
「因みに最後の一つの柱は?」

「それはその時代に積極的に生きようとする意志。その時代に進んで生きる人たちと思い出を積み重ねるということ。その世界を愛すると言うこと。つまり、《時代に接続すると言うこと》」

 段々と霞が掛かったように、視界が利かなくなる。眠りが近いのだ。
「治療、始めるよ。もうじき眠くなるから。でもね、もし逃げたくなったら、いつでも逃げていい。貴方が探すべき記憶は、自ずからやってくる。そして貴方はそれを手に入れる。それは具体的な形で貴方の前に映像となって現れると思う。辛いかもしれない。でも、貴方が求めるものが見つかるといいね。じゃあお休み、アリス・マーガトロイド」
 私は最後に、不安げに顔を歪める上海を見て、深い眠りに落ちていく。幻覚茸を服用したかのような眩暈がした。そういえば最近、食べて無いな……。

 
 気が付くと自分は白く長い廊下の途中にいた。
 定間隔に並ぶ灯炬があり、飾り気の無いベンチが一つある。ずっと純白が続き、その先に深淵がぽっかりと口を開けていた。森のしじまがそこにあった。
 ベンチに腰を下ろし無為に時間を潰した。ブーツに付いた汚れを見ていた。
 暫くして、廊下に足音が響きだした。深淵の中で徐々に輪郭が浮かび上がる。一人の女が姿を現した。
「やぁ暫く」
 見たことのある顔だった。確か紅魔館で従事していたメイドだった気がする。
 正直、驚きよりも恐ろしさを感じた。そして今更のように一つの疑問符が浮かんだのだった。ここはどこだ。何故彼女がいる。私と彼女が出会った時の、肉体が最もよく動き、よく働いた時の面影であった。美しい銀髪が、明かりを吸収して、一層映えて見えた。
「お嬢様は元気かしら」
「最近会って無いの。だから判らないわ」
 恐々たるものがこみ上げ、口元が震えた。
 そう、と失望に憂色を深めた。
「紅魔館はどう?妖精メイド共は、しっかり掃除しているかしら」
「紅魔館は綺麗だったよ。本当に。貴方が最後に手入れをしたままだった」
 知る良しも無いことを、私は平気で口にした。口から出任せとはこのことだった。
「天井画は?修繕は?」
「多分、大丈夫」
「それはよかった」
 にっこりと笑った。
 そして彼女はそのままベンチを通りすぎてしまった。
 次にやってきたのは、やはり若き日の博麗霊夢であった。博麗の巫女。郷の守護者。害なす魔なるものを討伐する巫女。尤もそのスタンスは中立を貫いたものである。人間と魔の間で彼女は佇んでいた。博麗の巫女こそこの郷を支えていた。
「お久し振り、元気?」
「まぁ……そこそこに」
「本当かしら。顔色が悪い」
「ここはどこなの?」
「あんたの頭の中。そして私はあんたが作り出した虚像。死者と生者の交わり。言わば夢想転生の中だね」
 そう言われても、納得し難い。
「でも本当は自分の心象に鏡を当てるなんて、恐ろしいことだわ。普通なら心象が生み出す混沌で、気が狂ってしまう。あんた目を覚ましたら精神病院に入れられるよ」
「……ここで待っていたら、魔理沙が来ると聞いていたから」
「来るだろうね。きっと」
「何だか懐かしいわ。何となく思い出した、貴方との思い出」
「大体喧嘩をしていたじゃないの、私達。それを思い出ねぇ」
 そうであった。大体私達は喧嘩していた。巫女と人形遣いは割と仲が悪かった。
「いいじゃない別に」
「まぁね。もうちょっとお話したいけど、私行かなきゃ」
「さっき紅魔館のメイドも来たのよ」
「そして行ってしまったのね。私も今からそこに行くのだけれども」
「どこに行くの?」
「さぁ、よくわからないけど」
 背を向けると、彼女は歩き出した。赤と白の装束がゆっくりと反対側の濃い闇の中へ溶けていく。全てが消えてしまうまで目を離す事ができなかった。
 それから暫く、色んな人間や妖怪が過ぎ去って行った。少し話をしたり、また私のことなど無視してやはり廊下の深淵へ歩き去っていく。
 それは自分の記憶であった。死者達の記憶であった。あの医者の言っていた《古き世界への接続》とはこういう意味であったのだ。求めるものに相対するとはこういうことであったのだ。私は確かめるように、彼等の貌を見て、話をして、思い出していく。彼等の思い出、彼等の人柄、そんなものをだ。
 楽しいことではなかった。決して思い出を語り合うなどといった話ではなかった。私が蔑ろにした彼等との時間と、向き合うからだ。それをするのも、ただ霧雨魔理沙と出会うためだ。
 そして私は霧雨魔理沙と対峙した。







 
《X》
「金色だよ」
 黒服の少女が革靴を鳴らし、目の前にぴょんと現れた。目の前の少女は絵本に出てくる魔女とは程遠い、人間を煮て喰う鬼婆の如き、怪物ではない。瑞々しい肌としなやかに動く体を持つ人間の少女だ。
「……忘れちまったんだね。何もかも。でもほら、見ての通り、私の髪の毛は金髪だ。それよりも、どうだい。驚いたろ?」
「さっきから驚きっぱなしよ」
「幻想郷じゃ、マネキンにだって捨てられた人形にだって魂が宿るんだ。珍しいことじゃない。真性の魔に誰かの魂が宿っても、おかしくない」
 その気になれば、魔女の想像力という闇は、時として魂を練成すると言う。激しい情動と常軌を逸した狂気は、私達の魔術の資源にして生の原動力である。そう言えば、そうだったね。
 あまりに粗野な声だった。でもそれは聞きなれた音楽のように、私の耳を擽った。森のしじまと同じ音がした。草木の揺れる音、風の舞う音、鳥や動物の楚々とした営みの音、そして魔理沙が発する少し乱暴な音。
「でも馬鹿だね、あんたは。記憶を消したのは私じゃない。消したのはあんた自身さ」
「あぁ……」
「本当は覚えていたんじゃないのか?」
「いいえ。何もかも忘れたのよ。ねぇ、本当に今更だけれども、貴方との思い出を取り戻したいのだけれども、何かお話してちょうだい。貴方と過ごしてきた時間の話」
 虚像の魔理沙は楽しそうに話し出した、夢物語のような、二人の時間。あぁ、私は沢山の物語の主人公であって、魔理沙と共に歩みつづけた旅人で、また魔理沙から見ればやけに人間くさい魔法使いだったのだ。それを語る彼女の可愛らしさ。
 初めてあった日のこと。
 郷で起こった奇妙奇天烈な事件に、二人で首を突っ込んだこと。
 何故か魔理沙が我が家に泊まりに来たこと。
 博麗神社で大酒を喰らって大騒ぎしたこと。
 全部、それは魔理沙の記憶であり、また自分の記憶であった。不思議なことにその記憶の中で、全て自分は笑っていた。魔理沙や他の死んでしまった者達と、頤を決したように、馬鹿みたいに笑っていた時代が、自分にあった。
 私は記憶を取り戻したようだった。厳密に言えば、教えてもらったと言うべきか。あの奇妙奇天烈なる機械によって、私は魔理沙の魂と邂逅した。そしてその言葉は私の奥底に刻まれていく。魔理沙の手によって。
 思わず自分の胸に手を当てる。これだけでも、最高の財産だった。未来永劫、その記憶だけで幸せになれる気がした。
 そして私は大変な愚か者であった。こともあろうに魔理沙を疑っていたのだ。残虐な殺人鬼に仕立て上げようとしていた。それを証明するために私はこの邂逅を望んでいたのだ。本当に愚かだ。
「本当に馬鹿だね。全部忘れることも無かったんだ」
「馬鹿馬鹿いうもんじゃないわ。馬鹿っていった人が馬鹿なの」
「ねぇアリス」
「なぁに?」
「私のこと好き?」
「どっちかっていうと嫌い」
「やっぱり、そうか。私達は出会って五分で憎しみを覚えたからな」
「労りを覚えたのは、貴方が死ぬ直前のことだったかしら?」
「違いない」
 大口を空けて彼女が笑った。
「私は割りと好きなんだけどねぇ。あんたのこと」
 私だってあんたのこと、割と好きさ。
 純粋で美しい友情なんてありはしない。憎しみがあってこそ芽生える友情があることを。そして憎しみがあって相手を思う気持ちがこの世に存在することを私はこの女と出会って知った。それを否定しようとしたのは他ならぬ自分なのだが。
「で、何で消したんだい?話してごらんよ。話すと記憶の整理になるよ」
 魔理沙が私の顔を見つめている。
「絶対に魔理沙の生き写しなんて造らなくてもいいように、消したの」
「……」
「寂しかったからね」
「そうか。でも……」
 
 自分が言っているのは、一つの不器用な、人に語るようなことでは無い話だ。自分の友情のあり方であった。いつもそうだった。魔理沙と自分は隠微な距離感を保ちながら、ずっとお互いを見続けていた。出会いすぐに憎しみを学び、共に歩むにつれて奇妙な信頼関係を学んだ。魔なるものが知ったのは、微妙な間隙をお互いに作りながら付き合っていく人間の友情だった。渇望を超越した、平衡の世界だった。

「ねぇアリス」
「なぁに?」
「記憶を消すときは辛かった?」
「それは、凄く辛かった」
「あと私との思い出は、やっぱり毒?」
「毒にもならない」
 宝物だよ。本当は。
「なら、もう消さなくていい」
 そう言った。
「いいじゃない。別に。あったって」
「またあんたの人形造ってしまうかもよ」
「いいや。そうやって言っているうちは造らない。私はあんたを信用するから、あんたも記憶を消すな。絶対いい事有るからさ」
「判った。消さない」
 多分、消してしまうけど、私は嘘を付いた。
「そっか、それなら良かった」
 魔理沙が少しだけ笑った。それは遠い昔、喧嘩をした後、お互いに仲直りしたときの、照れくさいような笑顔だった。
 ふっと廊下もベンチも、魔理沙のようなものも、光となって消えてしまった。


 気が付くと、ベッドの上で、私は四肢を拘束されていた。革のベルトが手足に食い込んでいる。頭を動かして周りを見渡す。まだ自分の精神の中なのか。
 既にしじまは、消え去っていた。窓の外に大きな木が立ち、窓から差し込む午後の木漏れ日が私の顔をちらちらと撫でた。ここは現実の世界であった。
「誰か居ないの」
 部屋の中には私とベッドと、パイプ椅子しか無い。
 ドアが開き、入ってきたのは八意医師であった。助手の兎族の娘と一緒に、ベッドに近寄ってきた。白衣を纏い、カルテを持ち、厳かな様子で私を俯瞰している。
「入院患者、壱百八拾九号、十四時三十一分、覚醒。意外と早かったわね」
 兎族の少女がカルテにすばやく書き込んだ。
「貴方、何なのこれ?」
「うどんげ、反応しては駄目。こいつに応えてはいけない」
 先程の朗らかさは今の能面のどこにも求められなかった。侮蔑と峻嶮の攪拌によって鈍く光る眼差しをこちらに向けていた。まるで危険物を扱うような緊張が柱となって彼女を覆っていた。
「壱百八拾九号、自分の名前は言えるか」
「上海、早くこれを外して」
「情緒不安、甚だしいわ」
 当惑しながら永琳が言った。
「あと言語能力に若干の異常アリ」
 はっと、夢の中の霊夢のことを思い出した。懇願するように言った。
「私は気違いじゃない、本当よ」
「異常な人ほど、そう言うものよ。壱百八拾九号。貴方自分の意思でここに診察に来たんじゃないの。これが証拠よ」
 私が書いた手紙を取り出した。
「心当たりがあったのでしょう。それで案の定、診察の結果はクロ。善意だと思ってちょうだい。治るまでしっかり入院して頂きます。うどんげ、ちょっと出て行って貰える?」
 椅子を引っ張ってきて、近くに座った。彼女が口を伸ばせば、自分の唇にふれることのできるような、異常な距離だった。
「ごめんなさいね。でもこれは貴方のためなのよ」
 囁くように話し出した。誰かに聞こえるのがまずいといった感じだった。八意医師の吐息がかかる。これほど腹の底で、深い怒りを感じたことは無かった。澎湃とどこにもぶつける事の出来ない憎悪が沸騰した。 
「これ貴方のお人形さんね?」
 見せびらかすように、上海の服を摘んで持ち上げた。
「上海、助けて」
「本当に病気かしらね。こんな人形喋るわけ無いじゃないの」
 そう囁くとベッドの脇に上海を座らせた。何故か動かすことが出来ない。
「ここでは魔法は使えないわ。残念だけど」
「殺してやりたい」
「私も出来るなら貴方に殺されたいわ」
「……?」
「言ったでしょう。私だって自分の死を見届けてくれる友達が欲しかったの。月日は経てども、私の眼はけぶることなく、生死のあわいを知ることなく、生きてきたわ。でも限界かな。ここにいるのは私を師と仰いでくれる者と、自由気ままなお姫様だけ。腹蔵なく話せる友達が欲しかったの。貴方は里の守銭奴とも違う。知的で可愛いし」

 狂っているのは、目の前の女か。
「出て行くわ。あんたの冗談に付き合っている暇ないから」
「それに推薦状も出ているの。パチュリーさんの冷静なレポートが」
 ポケットから一枚の紙切れを取り出した。
「入院手続きも彼女がしたわ。貴方の代理で」
「出て行く」
「それにやっぱり貴方のためでもあるのよ。森に何だか訳の判らない異常者がうろついているらしいじゃない。折角の友達をそんな馬鹿のために失ってたまるものですか」
「自分の身ぐらい守れる」
「だめ、先生のいうことちゃんと聞くの。楽しく過ごしましょうよ。お金も沢山あるから好きなもの買ってあげる。あと五十年くらいで私死ぬかもしれないから、それまで我慢。いい子にしていたら、明日にはベルトも外してあげるから」
「五十年?」
「自分に特性の毒を打っておいたの。効くかどうか、五十年後までのお楽しみね。それまでしっかり生きてもらわないと。それで私のために涙を流して、私の名前を呼んで」
 細い指が私の髪をそっと梳る。そのおぞましさ。ぞっと青褪めたに違いない。悔しさと忸怩で、身が千切れそうになった。








《Y》

(これより先、この物語は一時的に三人称に変わる。お許しいただきたい。これは私が下手糞な所為である。三人称の理由を強いて挙げるなら、この物語の主人公はアリス・マーガトロイドだけで無いということだ……)

 射命丸がアリス宅の戸を叩いた。やはり反応が無い。
 ちっと舌打ちをした。わざわざ約束を守って、らしくもない苦労をして(彼女は整理整頓が苦手なので、何百枚もの写真を見ながら、探したのだ)写真を引っ張り出してきたのに、これではいい面の皮だった。何となくつまらない矜持が傷つけられた感じだった。かれこれ二週間、毎日通っている。お陰で天狗の仲間の間でつまらない噂が立ってしまった。貧乏くじを引いたと思った。
 判っています、神様。これって人の私生活を覗いていた罰ですか。まぁ、何です、悪いとは思っていますし。
 まぁこれが人の役にも立ったことなんて余り無いですけど。
 そんな懺悔とも諧謔ともいえる思いを巡らせながら、ついつい事件性を感ずると、首を突っ込みたくなるのだ。
 窓を覗いてみたものの、ひと気はない。生活感そのものが消え失せてしまっていた。
 頭の中に《人形師、謎の失踪》の見出しが浮かんだ。三面記事かな。
 どうしようかな、窓をぶち破って中に入ろうかしらと悩んだが、今後のことを考えるとあまり精粗な真似は出来まいと、その日も後にすることにした。
 ふと庭先に目を向けると、向日葵が咲いていた。この時期にしては随分早い。しおれ気味であった。雨が久しく降っていないのだ。射命丸の踏みしめる土は乾ききっている。
(しかし、あの几帳面な女性が花を放って置いて、どこかへ出かけるだろうか)
 そして自分の手がけた今日の新聞の見出しを思い出した。
《森の殺人鬼、また出没。妖怪惨死》
 まさかと思ったときには、窓ガラスを叩き壊して中に滑り込んでいた。
「アリスさーん!生きてますか!」
 中はがらんと静まり返っていた。しかしこの森の静けさは何だろう。落ち着くといえば落ち着くが、気味が悪いのだ。生きているものの気配を飲み込む特異な空気。体に纏わりつく粘着質の何かの存在。この部屋にも横溢していた。
 天狗は社会的な生き物だ。組織を作り、共同体を作り、階級を作る。そして戒律を作る。そのような精神構造が、この森の神秘性を厭わしく感じさせたのだった。森に広がる不可視なるものの横溢を嫌らしく感じた。
尤も社会性の誕生によって、異常なまでの排他性と他の生類に対する一種の優越感と差別のような感情を生んだのも事実だ。
 部屋という部屋を探ってみたが、それらしいものは見つからない。頭の中に描いていた惨状は、杞憂だったようだ。
――ごとり
 静寂の中、物音がした。反射的に振り返る。何も無い。
 寝室につづく扉以外は。

 ドアを蹴破り、中に入る。
 きっちりとされたままのベッドが横たわっている。先程調べたまま、誰もいない。脳髄に危険信号が走り、咄嗟に扉の近くのクローゼットを見た。
 中に何かいる。しかしさっきは調べなかった。自分は避けていたのだ。妖怪の第六感が、無意識にそれを忌避したのだ。 

 射命丸は身が竦み、飛び去ることも出来ないでいた。何だこの感覚。
 いや、こんなことでどうする。最悪の場合、自分が殺人鬼を倒さねばなるまい。それくらいの正義は持っているぞ。
 意を決し、クローゼットを開け放った。

「何だ、これ……?」
 洋服が所狭しとハンガー吊りになっていた。アリスの趣味らしいワンピースやドレス。射命丸の視線はクローゼットの下部に向けられた。一片六十センチくらいの正方形の形に切り出された掩蓋に向けられた。
 地下か。
 キッチンのワインセラーの他に、こんなものがあったとは。
 この中から、得体の知れない、気が発せられていた。恐怖より記者としての好奇心がうずき始めた。悪い病気だ。先程の正義感など放っておいて、頭の中は取材一色になっていた。重みのある蓋を取り去ると、土の香りがした。余りに濃い腐葉土の匂いだった。狭い入り口から下へ長く伸びる梯子をつたって、地下空間に降り立った。
 四方を木材で簡単に補強してある地下室だった。六畳ほどの密室。見たところ、何もいない。
 その真ん中に巨大な穴が空いている。そっと覗いてみると、結構な深さの穴だった。まるで爆弾で吹き飛ばしたように、彎曲した様相を呈していた。
 その傍らに一冊の本が落ちていた。ボロボロになった頁を捲ってみた。辛うじて記憶を操る術に関する書物だと判った。しかし魔女というのは残酷なことを思いつく。こんなことに血道を上げる。線を引き、付箋を貼って、人の記憶を操ろうとするのだ。
 本を読んでいると、頭に土が振ってきた。
 土砂崩れか、と上を見る。
 射命丸は自分の迂闊をとことん怨んだ。自分はまんまと入り込んでしまったのだ。《こいつ》の巣に。
「こんにちは」
 射命丸の顔にぱらぱらと土が降りかかる。
 地下室の天井に蜘蛛の如く張り付いている《それ》が、にやにやしながら言った。驚かそうと待ち構えていたあどけない表情だった。そして確かに人間の言葉で、日本語で言ったのだ。
「貴方、とっくの昔に死んだでしょう」
 この事態に恐ろしいまでに冷静な自分に驚きながら、射命丸が言った。
「それなのに、戻ってきちゃ駄目じゃないですか」 
「異変だからな」
 蠢動し、身震いした《それ》は天狗の前に降り立った。 
「異変は解決しないと」
 アリスに知らせなければ。射命丸は蹌踉とした足取りで、出口を目指した。眩暈で足取りが覚束無く、とうとう途中で倒れこんでしまった。
 体に力が入らない。恐怖ではない。別の力が働いている。
 どうにか、いざり歩きながら梯子にすがりついた。渾身の力を振り絞り、梯子を上っていく。必死でクローゼットから這い出た。

「精が出るわね。新聞記者さん」
 一瞬、紅魔館に来たのかと感じた。目の前に図書館の魔女、パチュリー・ノーレッジが立っていた。
「少し、眠っていてもらいましょうか」
 異国の言葉が彼女の口から音楽のように、流れた。古き時代の韻律を感じた。射命丸はそのまま意識を失った。パチュリーは彼女の体を引きずり、ベッドに寝かしておいた。
 地下に下りる。そこには嘗て自分の図書館の一隅に納まっていた魔術所が転がっていた。どういった経緯で魔理沙の基からこの地下室に流れ着いたのか、それは不明だが唯一つ判然となった。魔女の頭脳に錐が買っていた疑問が晴れていく。
 そうか。あいつ、自分で記憶を消したのだ。友情とやらに絆されて。人間の尊厳とやらにあたったのだ。
《それ》と一緒に地下室から出た。
「外は気持ちいいね」
《それ》は始めてみた外の世界に視線を巡らせていた。成功したか。魂は無事、人形に灯された。禁断のなる魔法。無に生を与える魔法だった。
「純粋な客体は、もっとも深き場所にある」
 魔女にとって召還とは、即ち記憶という書物を読み解くことだ。その中から欲するものを呼び出すのである。魔女は求めるべきものを持っている。魂すら想像で生み出せる。後はそれをどう表現するかなのだ。魔の本質とはそこにある。魔なるものが術を用いるのは、それを媒介にこの世に、自分の作品を残すため。そのため術の獲得や勉強を繰り返す。なんら不思議なことは無いのだ。人間が文学という表現するのと同じである。彼等は魔術の変わりに文字をもって表徴する。
 邪魔者はいない。人形遣いは既に永遠亭に軟禁状態だ。
 彼女が《それ》の存在を知ったのは、少し昔の話であった。
 人形遣いが取り付かれたように何かを作り始めたのは、魔理沙の死後数年といったところだった。使い魔からの情報だった。
 アリス。最高の人形師。パチュリーの脳髄に一つの数式が現れた。《人形=霧雨魔理沙》。突拍子すぎる彼女の直感を裏付けるように、人形は徐々に霧雨魔理沙の似姿へ近づいた。その最高の頭脳によって作り上げられる永久機関の顕現はあの安普請の地下から始まっていた。
 しかし、人形遣いは呆気なくそれを放棄した。それどころか、魔理沙の記憶を消したのだ。自分の意思で消したのだ。判っている。あの下らない友情とやらのため、つまり人間の尊厳とやらのため。そんなの、魔なるものからすれば、きちがいじみた真似だ。自分には理解できない。魔なるものならそれらしく自分の欲しいものを作り、手に入れればいいではないか。尤も、自分が欲しかったのは自分の力で作り上げることの出来ないものだったが。
 まぁ女なんて複雑でいつも故障している機械みたいなものだ。一人の女に気を病むこともあるまい。

 そのままアリス・マーガトロイドを始末して自分だけのものに出来たかもしれぬ。無論多大な損害を出してだが。図書館の魔女は、ずっと機会が到来するのを待ち構えていた。
「あんた、誰?」
「貴方のお母さん」
「そっか。まぁよろしく」
「うん、じゃ、一緒に行こうか。異変解決に。昔みたいに」
「うん、行こう行こう!私達、家族!」
「そうだねぇ。ずっと一緒にいようねぇ」
 嬉しそうにはしゃぐ《それ》を見て、何か言おうとし、魔女は言葉をかみ殺した。彼女にかける必要な言葉など無かった。ただそこにいてくれれば良かったのだ。
 やっと会えたね、会いたかったんだ。だって貴方は私の、陰画だった。私が絶対になれないものの陰画だった。憧憬であり、憎しみであり、また偶像だった。だから私は貴方が生きている時、触れることが出来なかった。出会った瞬間から、拒絶しながら自分達は話してきた。少し手を伸ばせば、柔らかな肌に触れ、存分に愛撫できたのだ。死の間際でも、何もすることが出来なかった。
 種族の懸隔がそうさせたのかもしれない。後悔は永遠の別れの後、従容と襲ってきた。かける言葉だって、あったのだ。魔理沙に言うべき沢山のテクストが頭の中で反芻して消えていった。
 そして人間というものに異常な恨みを抱いた。余りに脆弱で、すぐに消えてしまう、その存在自体を怨んだ。

 でももう、ずっと一緒にいよう。ねぇ、魔理沙。恨んでなんかいやしないさ。
 パチュリー・ノーレッジが指を弾いた。すると禿げ上がっていた《それ》の頭にたっぷりとした金髪が生えて来た。この日の為に、全ての知を動員して、完成させた流麗な魔の術。本物とは少し違うかもしれないが、まぁいい。《それ》が不思議そうに自分の髪を撫でたり、匂いをかいだりしていた。
「あとね、貴方にお洋服も持ってきたのよ」
 お世辞にもお洒落とはいい難い、黒装束。魔女なら黒なんて、誰が決めたのだろう。素っ裸の《それ》に着せてやると、随分窮屈がった。
「似合うから、我慢よ」
 本当に似合っている。本当に生き写しだ。
 そして二人は気が付かなかった。森の上に流れる『微風日報』にはこう書かれていた。

《アリスへ。どこにいるの。会いたい。昔みたいにお話しよう。死ぬほど愛してあげるから。》
 







《Z》
 一日目は忸怩たるものにまみれ、どうしようもなかった。やがて八意医師がやってきて注射をうった。私は眠った。
 二日目になると拘束は外れていた。眠っている間に外したのだ。出された食事には手をつけようとも思わなかった。本来自分には食事はいらないものだ。あの記者が言うまでもなく、私は人形のようなものなのだ。生まれた時から既に完成された機能を完遂する人形こそが、魔なるものだ。あくまで食事や酒は嗜むものにすぎない。目の前の流動食じみた物体を、胃は受け付けない。まずそうだし。
 三日目。部屋の中を調べてみたものの、抜け出せそうな隙間は無かった。当たり前か。
 四日目。ずっと窓の外から外を見ていた。それが飽きたら部屋の中をうろついた。他にすることがないのだ。
 五日目。壁を殴ったり、叫んだりして、部屋を歩き回った。気が狂いそうだった。
 六日目。ずっと風呂に入っていないから、自分の匂いが気になりだした。流動食の入ったお椀を壁にぶつけて気を紛らわせた。大きな音がして、うどんげが飛んできた。ざまぁ見ろと思った。
 七日目。永琳が盥を持ってきた。お湯が張ってあった。
「体綺麗にしてあげるね」
 服を脱がせてもらって、体を拭いてもらった。その隙に彼女の首を絞めようとしたが、逆に組み伏せられた。
「本当に華奢ねぇ」
 余計なお世話だ。上に圧し掛かられたまま、乱暴にタオルで体を擦られた。お陰で肌が赤くなった。
 それから同じような日々が続いた。お椀を叩き割り、永琳に組み倒され、壁を殴る。そんな日々だった。お椀はやがてプラスチックのものに変わり、壁ばかり殴っていると時折あの革ベルトで拘束された。
 私はこうして床に臥している。そしていつかの新聞記事に思いを巡らせた。
 狂い出している。私の周りが狂いだしている。
 一人の女性が病室を訪れた。それは古の時、八意医師とともにこの地にやってきた、月の姫君だった。
「ごめんね、永琳の暇つぶしにつき合わせてしまって。助けてあげたいけど、どうしようもないの。だって永琳が望んでいるのだから」
 それがこの人の優しさなのか。見ていることが優しさなのか。見守ることが愛なのか。いい迷惑なのだが。
 ある日、再び女医がやってきた。今日は盆に飯と味噌汁と、香の物だった。
「あんた、狂ってるよ」
 そんな言葉を女医に吐いた。
「こんだけ長く生きているとね、変わるわよ」
「変わったんじゃない。狂っている」
「姫様とともに、ここに来たときから、私は狂っている。あの人も穢れを背負った瞬間、覚悟はしていたのよ。お互いの狂気を見詰め合おうとね」
 口を撓め三日月のような笑顔を見せた。
 こいつに死ぬ気なんて、無いのだ。私は所詮こいつの遊び道具に過ぎない。一時の暇つぶしにしか過ぎない。そうか、八意医師も魔なるものだった。こいつの悪鬼はこいつの本質だった。
 二週間と一日が過ぎた。
 逼塞とした部屋の中で、ただ只管、魔理沙のことを考えた。今日はいつもより一層部屋が静かだった。いつもの時間になっても食事の配給はやってこない。
 放任主義に方向性を変えたのか。
 扉の向こうに女医の気配がした。漂浪とした足取りで扉の窓に映った彼女の顔は、半分に欠けていた。
 恐怖で部屋の隅に逃げ出した。重傷を負った彼女への慮りより、グロテスクに変貌した美貌が何より恐ろしいものに映ったのだ。鍵を開け中に入ってくる。
「逃げたほうがいいわ」
 小さな声で告げると、そのまま床に倒れ込んだ。倒れた衝撃で頭に空いた穴から血と脳漿が溢れ出た。自分の足まで流れてくる程の量だった。彼女の肢体が痙攣を始めていた。よく見れば体中に無数の穿孔が空いている。そこからも夥しい血が流れ出している。
 私は上海を抱きしめると、病室から走り出した。無機質な廊下を進んだ。暫く運動していなかったので、どうしても縺れてしまうが、徐々に慣れてきた。これではリハビリだな。
 誰にも会わなかった。皆避難してしまったのだろうか。ふと脳裏にラスコーフニコフの記事が思い出された。
 よりによって、どうして永遠亭に来たんだ。そして永琳を倒した?そんなことがありえるのか。
 思考が混淆して、堂々巡りをする。何も判らないからだ。目線の先の床が小さく膨れ、弾けとんだ。たまらず展んでしまう。何かの攻撃だった。振り返ると遠くに、太陽を背にして一つの影絵が浮かんでいた。
 筒のようなものを構えた、一人の女だった。
 こちらに近づいて来た。それは女というより、まだ年端もいかない少女だった。問題はこいつが何者なのかということだった。
「あなた何者?」
「ラスコーフニコフ、新聞に書いてあったでしょ」
 見たことも無い、あどけなさを残す少女が言った。低い声であった。頭の赤いリボンが揺れる。構えているのは、多分銃だが本で見たことのあるものとは少し違う形をしていた。その銃からは細い管が生えていて、少女が背負ったボンベ(?)と直結していた。金属製の表面に日光が鈍く照り返す。
 銃口をこちらに向けた。だが潔く終るにはまだ早いんだ。
 魔力によって私の手を離れた上海が、永琳の白衣からメスをくすんで少女の背後に回っていた。
「今やっつけますから」
 あぁ貴方の声、久し振りに聞いたな。私にしか聞こえない声。小さな眸をぱちりとしてみせた。ウインクのつもりだろうか。
 上海がメスを手に少女に突っ込んだ。銃口が一瞬私の目の前から消え、刹那、上海の体が四散した。後ろに向かって銃を打ったのだ。音も無く一瞬の出来事だった。綿や服だった布地とともに、メスが地面に転がり落ちた。
 ボンベがぷしゅうと音を立てた。武器も何も無くなってしまった。
「最後に聞かせてよ」
 私には時間を稼ぐことしか出来ない。
「その銃変わってるね」
空気、とぼそりと呟いた。空気を飛ばすの。
そうか。あれで八意女史を打ちまくったのか。お互い心底驚いただろう。無差別に打って来る年端もいかない少女と、いくら打っても立ち上がる女医の姿が目に浮かぶ。
「どこで買ったの?」
「河童に造ってもらったの」
「何でそんなものを使うの」
「身元が割れないから」
「郷には警察とか無いでしょう。調べる人なんか居ないじゃない」
「里の人にばれたら、駄目だもん」
「何で私の居場所が判ったの?」
「貴方の家にこれがあった」
 懐から紙片を取り出す。それは永遠亭からの手紙であった。
 一方で私はその少女の面影に、私は過去の人間を重ねていた。そしてこの間あったばかりの人間。大悲徳故現紅白形。但住夢想転生之中。何故気が付かなかったのだ。あの聖不動経は改変されていた。少女の顕示欲は確実に一つの答えに導かれていた。あの落書きは彼女がしたものだ。
「貴方、博麗の巫女でしょう。霊夢の跡継ぎでしょう」
 右肩に痛みが走った。空気の塊が私の体を貫通したのだ。
「それにそっくりなのよ……霊夢に」
「霊夢なんて知らないよ」
「『日報』にメッセージを残したのも貴方ね」
「歴史に残っているもの。貴方と霧雨魔理沙は仲が良かったって。今の郷は金があれば何でも出来るわ」
 腐っている。そんなことに利用するなんて。
「何でこんなことするの?霊夢は意地悪だったけれども、みんなに愛されて、誰とも仲良くしていたのに」
 金属のそれを思わせる光を、眸の中に走らせた。あからさまな殺意だった。
「森の中から邪魔者を《いっそうする》の」
 一掃する。そう言った。
「あんた達みたいな魔法使いとか妖怪が異変を起こすたび、人間が困るのよ。私、霊夢みたいに中立な立場になんて居られない。人間が妖怪に喰われる度、私悲しくなるの。目の前で子供が食べられても、黙ってなきゃいけない。だってその妖怪にとって人間を食べるのは当たり前だから。自然の摂理だから。それにお腹を空かしていたから。貴方には判らないでしょうね」
「あなたが頑張っても、妖怪は居なくならないの」
「それにこれは総意なの。里の人間の総意なの。貴方達みたいに、森に引き篭もって怪しいことばかりしている妖怪が怖いのよ、あの人たちは」
 確かに怖かろう。金で何でも叶うと考えている連中には、怖かろう。
「別に急いでいるわけじゃないし、強い妖怪を殺すのが私の目的なのよ。そうすれば見せしめになる。予定外だったけど、八意永琳も倒した。そして貴方。森の《セイアツ》が終ったら、次は紅魔館。だからさようなら」
「餓鬼が」
「何?」
「永琳の言った通り、馬鹿な餓鬼だな。お前は」
 このお喋りの間に、魔力と称される、磁力によって家から呼び寄せた無数の人形たちが、窓を突き破り永遠亭に侵入した。手にハンマーや錐、果てはキッチンから持ち出した包丁やフライパンなどを手にしている。私を囲むように八体の人形が陣を形成した。魔力の糸が指から無数に伸びて、人形と繋がっているのだ。私は体勢を低く、博麗の巫女を最大の侮蔑と敵意をもって睨みつけた。
 銃を構えようとする少女の腕にナイフが突き刺さった。苦痛に泣き叫びながら後方に飛び退った。その足に他の人形が包丁を投げつけた。間一髪でそれを避けた先にハンマーの攻撃を仕掛けた。少女の足にめり込んだ。親指と人差し指がつぶれる感触が魔力を通して伝わった。
 ボンベと銃を投げ捨て、博麗の巫女が外に飛んだ。宙に浮かび、こちらを睨みつける貌には既に余裕などというものは感じられず、涙に汚れていた。腕を押さえて出血を辛うじて止めている。焦燥で童顔を醜く歪ませていた。その時少女を掠める巨大な熱線が、宙に紅く引かれた。
 新手か?私もその後を追って、空を飛んだ。
 そこに、信じられないものがいた。博麗の巫女が驚愕を浮かべ、それを見つめている。
 パチュリー・ノーレッジと共に、《それ》がいた。 
 霧雨魔理沙の人形。封印したはずの人形だった。
「あら、アリス……」
 当惑しながら、パチュリーが言った。
「もう退院したの?」
「お陰さまで。貴方は魔女から泥棒に鞍替えかしら?」
 パチュリー・ノーレッジの魂、安らかれ。彼女も決して済度されない魔女だった。霧雨魔理沙を追い続け、永遠に穢土をさまよい続ける可愛そうな存在。その挙句、魔理沙の生き写しに心を奪われた。図書館の会見で見せた動揺は、嘘ではなかった。
《魔理沙の人形》がパチュリーの袖を引っ張った。
「ねぇママ、あいつが異変の犯人?」
「そうよ。魔理沙がやっつけていいのよ」
 しかしどうしてこの場所が判ったのだろうか。魔理沙の人形に内蔵されている機関に、異変を察知するものなど私は取り付けていないのだ。
 この場所が判るとしたら、パチュリー・ノーレッジ。つくづく残酷な魔女だ。今までの巫女の凶行を知った上で、密かに機会を窺っていたのだ。調査を重ねた上で。恐らく犯人像の目星もついていたのだ。その証拠に人形は鮮やかに動き、巫女を翻弄する。
 《人形》が襲い掛かった。
 人形が腕を伸ばすと、空間が陽炎の如く歪み、物質化された弾丸が発射される。それを巧みに少女が交わす。
 だが人形はその動きを読み切っていた。交わした少女の懐に入り込むと、両肩をがっしりと掴んだ。
「つーかまえた!」
 顎が外れた。一瞬そう思った。大開の口から鋭い歯が光った。そのまま少女の華奢な首筋に噛み付いた。
 ぎゃあぁぁと叫び、振りほどこうとするが人形は決して離れなかった。
 訳の判らない悲鳴を上げながら、漸く人形を引き剥がした。
 パチュリーはその様子をにこにこしながら見つめている。まるで授業参観の親御である。
「うん、いいよ。魔理沙。一回戻りなさい。殺しちゃ駄目だから」
「うん、判ったよ、ママ」
 最後に肉を食いちぎり、口の周りを血で染めた人形が魔女の結界内へ飛んでいった。結界は戦争で称するところの陣地である。そう簡単に踏み込むことは出来ない。パチュリー・ノーレッジは母親が子供にしてやる如く、その人形の口をハンカチで拭ってやった。
 博麗の巫女は出血が酷い。このままでは死が待っている。背を向けると一目散に逃げ出した。その様子を見て、パチュリー・ノーレッジがにやりと口を撓めた。
「もっと闘いたいよぉ。ママ。ねぇ、いいでしょう」
 魔女の腕を取り、駄々を捏ねて見せた。
「よしよし、じゃあ、ママのところに、あの女の右腕を持ってきて、あ!勝手に飛び出しちゃ……」
 太陽に重なるように人形が宙を蹴って跳躍した。その進路を塞ぐように私は魔理沙の人形と対面した。人形の指と指の隙間からナイフが飛び出した。私はそれをすり抜ける。
 パチュリーが滑らかな額に青筋を立てた。
「邪魔するなら殺すわよ。アリス・マーガトロイド……」
「やれるならやって御覧なさい」
「ねぇママ、こいつ屠殺していい奴?」
「やっておしまい」
 人形の尋常で無い速さ。だが直線的なそれを避けるのは余り難しいことではないのだ。私に目掛けて魔理沙の人形が飛び掛った。私は糸を張り、簡易の結界でそれを防いだ。
「あんた、知っているかね?あんたの記憶を消したのはあんた自身さ」
 嘲笑が響いた。パチュリー・ノーレッジの陣地から放たれる熱エネルギーの放射をやり過ごした。
「そして目の前の魔理沙を造り上げたのも、あんた。あんたは自分のわが子を殺せるのか。いや、私の子だけれども」
「壊わしやしない。ただ人殺しを止めるだけだよ」
 宙に小規模の爆発が起こる。魔法により生じた軋轢が光り輝き、あちこちで華の様に開いた。そうさ、壊す。私は魔女だ。好きなようにする。その後罪を背負って地獄に行く。それだけだ。
「何で記憶と一緒に魔理沙の人形を壊さなかった?やっぱりあんたも魔理沙がほしかったんだ」
 爆発の風圧を利用して、一気に宙を横断した。魔女の焦燥。魔術を唱えようとするが、咳づいてしまう。何しろここらは空気が悪いのだ。私の周囲を固める従僕共が、前方に集中。仕込んでいた火薬が火を噴いた。一斉放火がよってパチュリーの結界に叩き込まれた。光とともに裂傷が縦十メートル走った。間隙が生まれる。そこに侵入する。
「認めるよ。私が愚かだったから。諦めが付かなかった。その時は、だけど」
 魔女が私の従僕の突きつけた鋏を忌々しく睨みつけた。私達は距離にして数十センチの懸隔を保ったまま、空に浮いていた。パチュリーの首もとの鋏を見て、魔理沙の人形が唖然としている。
「何でだ……何で」
「だからこんな人殺しなんてさせる訳にはいかないでしょ」
「エゴじゃないか。あんたが産んだ子だぞ、あの子は」
「魂を入れたのは私じゃない。それで憎かったら、何時でも殺しに来るといい」

 思いもかけぬ事態が発生した。博麗の巫女が瀕死であるにも関わらず、こちらにやって来たのは誤算であった。覚悟を決めたのか。符《アミュレット》を投げ出した。それが《人形》の体に張り付いた。
 一瞬、《人形》と目が合った。それは狂ったような笑顔を貼り付けたまま、宙で爆発した。
 さようなら。ごめんね。人形の破片や体液が雨のように落ちてきた。
「え?え?……何すんのよぉぉぉ!私の魔理沙に!」
 私を突き飛ばし、眦を決したパチュリーを止めることは出来なかった。咳き込みながらスペルを諳んじた彼女の口からは、血の混じった反吐が吐き出された。人形が壊れて一瞬の間隙無く光線が幾筋も、巫女の体を貫通した。魔女はそこで愚か者の生命を奪うほど、冷静さを失っていなかった。微妙に急所を外していた。落下する巫女を私は人形に受け止めさせた。地面に放り出すと、激痛で身を小さくして、この後自分の身に起こる未来に脅えていた。赤子の如く。
 泣きながら魔女が《人形》の残骸を必死に集めた。そしてそれに縋り付いた。
「アリス、後生だからまた造ってちょうだい。魔理沙の人形造ってよ!幾らでもお礼はするから!あんたの欲しいもの全部あげるから」
「もう無理よ。材料も何も、無いから」
 作る目的も無いから。服が人形の体液で汚れるのも構わず、地面を抱きしめるようにしていた。
「魔理沙が居ないと、生きていけないよぉ……何で急に飛び出すの。ちゃんと私の言う事を聞いていればいいのよ……」
 突っ伏してまま、しくしくと泣いている。
 顔に包帯を巻いて応急措置を施した永琳女医がのっそりと歩いてきた。流石は不死。しかし相変わらず頭から噴水のように血潮が湧いていた。最早喜劇だった。包帯の意味が無い。何故か巫女の空気銃を持っていた。
「何だか煩いわね」
「無事だったの?」
「死にかけたけど」
 恥ずかしそうに頭をかいた。体中の出血は既に止まっていた。
「治療が必要ね、貴方とそこの人」
「治療なんて必要ないよ。そこの女は、私が図書館に連れて帰る」
 魔女が静かに言った。涙は枯れたらしい。
「駄目駄目、私がじっくり治療してあげるって」
 憎悪を滾らせて、女医が言った。空気銃を巫女の耳に押し当てると、刹那、右耳が弾け飛んだ。少女は失神した。
「また怪我が増えちゃいましたからねぇ」 
 残念ながら、自分に巫女の運命を決める権限は無い。
「殺さないほうがいい。彼女は博麗神社の巫女よ」
 その助言はせめてもの礼だった。私の役目を彼女が請け負ってくれた形に収斂したのだから。《人形》を壊してくれた。それに博麗の巫女の死はこの郷に無用の混乱を招くであろう。この郷は巫女と言う名を捨てるほど成熟していないのだ。本当はどうだっていいのだけれども。
 私は立ち上がり、永琳に「帰る」というと、空を飛んだ。女医は何も言わなかった。言ったところで諍いになるし、今なら簡単に私が永琳を倒せるだろう。何となく永遠亭に関わるのはごめんだったから治療は自分ですることにした。パチュリーの顔は見ていない。余りに辛そうだったから。
 家に帰るのだ。久し振りの我が家に。

 帰ってみると、ベッドで天狗が大の字をかいて、気持ちよさそうに寝ていた。自分の傷に特性の軟膏を塗り、包帯を巻いた。幸いにも、思ったよりは軽症だった。

 こうして私は元の生活に戻っていくのだ。また独りの、しじまを取り戻したのだ。
 そして後は魔理沙の記憶を消すのみだった。方法はこれから考える。パチュリーには当分会えない気がするし、永遠亭には二度といかないと決めた。どうしよう。すると夢の中の少女の悲しそうな貌が浮かんだ。気のせいでは無いだろう。しかし魔なるものとは難儀な生き物だ。テーブルに座ると、どっと疲れが波のように押し寄せてきた。
「疲れちゃった」
 テーブルに突っ伏して、思いを巡らせる。思い出。昔、私が生きていた時代。
 それは私が行きたい世界だった。私が飛んで生きたい物語の世界であった。そこは霊夢がお茶を飲みながら、咲夜が吸血鬼と散歩しながら、そして私は魔理沙と共に夜の空を飛びながら、笑っている。私は里で時折、人形劇をする。あぁ、うっかり忘れていた。私は人形劇を見る子供の懸命な顔が好きだったのだ。手品の種を見破ろうとする子供の純粋な顔だ。季節ごとの祭りでは幻想郷の生き物達から亡霊までが集まって朝まで騒ぐ。
 何を考えているのだ。子供のようなことを考えていた。
 私の今の世界は、厭わしい『微風日報』が家の前を流れ、工場が立ち並ぶ里であり、金が至上の価値を得てしまったのだ。タイムマシンとやらで夢見る人々で溢れる世界。それが私の住むべき世界なのだ。そこに魔理沙や霊夢は居てはいけないのだ。
 戻れるわけが無いんだ。瞼が熱い。拭っても拭っても涙が止まらない。あの時代はもう遠く、彼岸の物語となったのだ。
「疲れちゃったよ、魔理沙」
 戻りたい。ただそれだけなんだ。今の私の願いはそれだけなんだ。そして魔理沙に会いたいだけなんだ。
「だってこんな場所に居たくないんだもの」
 女医の言葉を借りるなら、この時代に接続したくない。里にとって自分は化け物同然なのだ。今更のように自分は孤独なのだと実感する。我侭だと揶揄していただきたい。
 他人事のように『日報』は流れている。
《タイムマシン誤作動か?相次ぐ事故、麻薬並みの依存性問題について!一方永遠亭は沈黙!……このニュースは……》
 
 慰みに天狗のそばに落ちている鞄を開いてみる。手帳の他に一枚のアルバムが入れてあった。それをそっと開いてみる。
 最初はお花見の写真だった。霧雨魔理沙が私の肩を抱き、大口を開いて笑っていた。私は心底邪魔そうに、ぎこちなく笑っていた。霊夢が後ろのほうで眠り、紅魔館の主の吸血鬼がそれに接吻しようとしていた。こんなところでも健気に給仕しているのは、夢の中で出あったメイドだった。名前は十六夜咲夜。ちらちらと吸血鬼の方を気にしている。
 次は突然変わって正月の写真だった。やはり酒を飲んでいるのか、皆顔を火照らせている。嘗て博麗神社に住み着いていた鬼の子や亡霊が映っている。三枚目の写真で私は思わず驚いた。私の寝顔がアップで写っていたのだ。
 そして次は思わず声を上げた。地底の温泉に浸かっている私や魔理沙、それに何故か河童の少女がいた。アングル的に盗み撮りだろうか。私はそれを自分のポケットに入れた。
 色んな魔理沙がいた。どの魔理沙も元気そうだった。金髪を靡かせて、走り回る少女の面影があった。私が決して作り出せなかった、微妙なバランスと平衡によって世界に生み出されたふわりと流れる黄金色の髪。
 最後の一枚を手に取った。新聞の切り抜きも一緒に挟んであった。一人の老婆が映っていた。美しい金髪を後ろに結い、恬淡と安楽椅子に身を預けている。調度や壁に架かっている絵画に溶けるように、老婆はそのアンティークと一体になり、朗らかな笑顔をこちらに向けていた。恐らく、その部屋の全てとともに老婆と老いて、色あせ、朽ちていくのだった。
 この人、会ったことがあるわ。これは、霧雨魔理沙だ。あの憎むべき、そして愛すべき霧雨魔理沙。
 私はこの頃の魔理沙と殆ど会っていない。お互い、顔を合わせるのが辛かったのだ。私は老いた魔理沙を見るのが、魔理沙は変わらない私を見るのが。
 
《特集対談、我らが英雄、霧雨魔理沙の今》

 結婚してから、何故か今日まで沈黙を守っていた英雄、霧雨魔理沙。嘗ての異変を本人と共に振り返ると共に、本日はその貴重な本音をお届けしたいと思う。 

「如何です、今の生活は?」
「それは、あなた、だいぶ落ち着きましたよ。若い頃と比べればね」
「成程、ご主人も優しそうだから」
「そうですねぇ」
「昔を振り還ってみて、どうです。随分無茶したでしょう?」
「貴方とも随分遊んだわね」
「はは……ゴカンベンを」
「貴方を見ていると、昔を思い出すわ。でも一方で少し哀しくなるの。だって貴方はずっと変わらないままだし。時間の残酷さというものを感じるわね」
「貴方は素敵ですよ。年を取っても」
「ありがとう。お世辞でも嬉しいわ(笑)」
「お世辞じゃないですって(笑)。でも沢山の友達も出来たでしょう」
「そうね、貴方を含めて、人間や妖怪や妖精、亡霊、宇宙人、それに魔法使いの友達ね。死神や閻魔様とかもいたね。今考えると非常にバラエティーに富んでいるわね」
「彼等に何か、お話したいことがあると窺いましたが?」

「そうなのよ。ゴホン(咳払い)。皆さん、お元気でしょうか。霧雨魔理沙です。随分勝手に生きてきました。その報いでしょうか。私はもうじき天からお迎えが来ます。でも七十年の人生で私は貴方達に出合って、本当に僥倖でした。何故なら私の人生をとても豊かで鮮やかな色に染めてくれたからです。だから私はとても幸せです。こんな人生は他に無いと、断言できます。外の世界にも、天国にも、無いでしょう。あるとしたら恐ろしい混沌にあるでしょう。それほどここは色んなものが混じっておりました。だから楽しかった。私はそんな混沌たる皆さんにお礼がしたい。私を見送ってくれるだろう貴方達に、お礼がしたいのです。そう考えたのが二十代の頃、まだ体の自由が利いていたころです。私をあるプレゼントを用意しましたが、でも当時の私はいたずらっ子で、それを隠してしまったのです。ただでやるものかと考えていました。そして五十年経ち、私はやっぱりずっといたずらっ子です。ただではあげません。見つけた人に差し上げます。もう先に逝った霊夢や咲夜と相談して決めたものです。何かは内緒。皆さん頑張って探してくださいね!」

「さぁ、英雄、霧雨魔理沙から挑戦状です。皆さん一生懸命探しましょう。ところで魔理沙、ヒントくらい下さい」
「あぁ、そうだったね。ヒントは幻想郷で一番の人形遣いが持っているわ。あの無口で美しい人。そして《憎むべき、そして最も愛すべき人形遣い》がね!」
「楽しみですねぇ!では早速、過去の異変について話しましょう。まず、赤い霧の物語をお願いします」
「そうねぇ、あれは私が始めて異変に挑戦した時の話ね……」








《[》
 私は探している。魔理沙が残したらしいものを。またあれから何日かたっていた。
 霧雨魔理沙という人物は、郷の偶像だったのかもしれない。博麗の巫女とは違う、愛し方があって愛され方をされたのだろう。私もその一人だった。パチュリー・ノーレッジもその一人だった。
 残された私達と、そして逝ってしまった魔理沙にとってそれは蜜月のような時代だった。私達は今立っているこの時代と比較して、陳腐な言葉で称するだろう。「黄金の時代」と。私は隠微な距離感によって齎される快楽を、図書館の魔女は決して届かないものに恋焦がれ、見つめ続けるある意味至福の時間を、楽しんだのだ。それが健全な恋愛か否か、関係は無い。文学や人間の世界の尺度で私達を忖度することは難しいことだし、愚かだ。それを何人の知識人というなの愚者が挑戦して蹉跌してきた歴史がある。私達を計るなど、愚かだ。
 その日、上海を作り直し、私はまた出かけなければならなかった。メディスンのいる鈴蘭畑へ。
 そこは一面、紫の花が押し広げたように咲いていた。
「あれ、アリスさん」
「こんにちは」
 ぺこりとお辞儀をした。
「今日は、こういうことなんだけど」
 射命丸から貰った新聞の切抜きを彼女に見せた。
「あちゃ、ばれたか」
「最初から魔理沙のことを聞くつもりだったのでしょう。まさか腕は自分で壊した訳じゃ……」
「そんなことない!だってアリスさんだって寿命って言ってたじゃない」
「判ってる」
 こちらが笑うと、メディも安心したようだった。
「それでどう、見つかった?魔理沙が隠したプレゼント」
「ぜーんぜん。さっぱりなの」
 本当に残念そうだった。
 射命丸が発行する『文々。新聞』は部数事態が少なくなかったものの、何故か関心を持った者は殆どいなかったらしい。そのため死後数十年たって漸くチャレンジャーが現れる始末だった。
「アリスさん。ここら当たりないの?」
「無いからこうして来たの」
「どうだろう。魔理沙に貰ったものとか、何か無いの」
「貰ったものなんて……ねぇ貴方はプレゼントを何に使いたいの?」
「売って資金にして、人形の革命に使うの。もっと人形に自由を!」
 胸を逸らして、そんな主張をするのであった。
「見つからないとどうしようもないねぇ」
「そうだねぇ。私も当分鈴蘭を売って資金を集めないと」
 彼女も立派な商売人であった。私はがっくりと項垂れるふりをして、踵を返した。
「今日はもう帰るね」
「うん、また来てね」
 純粋な彼女は何も知らず、ニコニコしながら手を振っていた。
 貰ったもの。あるじゃないか。メディ、残念だけどあんたにはあげないよ。

 急いで戻り、壁に架けてある絵画《金の空》を手に取った。天狗の絵の意味が判ったぞ。額の裏を見ると『Marisa.K』と書かれてある。どうして気が付かなかったのだろう。初めから、ここに答えがあったのだ。額縁を外し、絵をとくと調べた。裏にはこう書いてある。

《無口で愛すべき、紫のよく似合うパチュリー・ノーレッジに聞けばいいと思うよ》

 紅魔館の門番は、壁に尻を引っ掛けて昼寝をしていた。あのタイムマシンを付けている。寝言で『咲夜さん、ごめんね』等にやにやしながら言っている。少し気持ち悪い。
「図書館の魔女に用があるのだけれども」
 目を覚ました。慌てて取り繕って身を正した。
「あぁ、はいはい。ご案内しますね。でも今は留守でねぇ。帰ってくるまでお茶でも飲んでゆっくりして下さいな」
「珍しいね。外出なんて」
 嬉しそうに中国人の門番は言った。
「そうなんです。お嬢様も喜んでおられます。パチュリー様は最近活発になったと」
件の巫女が永遠亭で可愛そうな目にあっていることを、聞いたことがある。永琳の実験に付き合わされてぼろぼろになった後、パチュリーの背徳的な愉悦と称する拷問の犠牲になっているとか。永琳の実験は治療を兼ねているらしいが、パチュリーの拷問は何の意味も無い気がした。
「それは何より。ところでそれ、大分危ないらしいじゃない」
 タイムマシンを指差した。門番が申し訳ねぇと頭を掻いた。
「判っているけど、止められなくてねぇ。煙草とおんなじですよ。咲夜さんに怒られるのが懐かしいなんて馬鹿げていますけど」
 はっと私は気が付いてしまった。この門番も妖怪だから人間よりずっと長生きをする。しかしその相貌に、陰りを認めた。それは醜くさえある、老いであった。
 巨大な食堂に入ると、妖精メイドがお茶を入れてくれた。それとチョコレートケーキが出てきた。ザッハ・トルテ。しっかり杏のジャムが挟んである。
 食堂はとても綺麗で、整理整頓がしっかりされていた。永遠亭の夢の中、十六夜咲夜の言葉が蘇り、そして消えていく。
 もしレミリア・スカーレットに出会ったら、まずその見た目の幼さに驚かされる。そして彼女が纏う高圧的で気高い空気に驚かされる。そして彼女が持つ数多の伝説に驚かされる。五百年に及ぶ彼女の歴史に、ただ圧巻される。吸血鬼が歩んだ足跡は、常に血と鉄錆の匂いを孕みながら、腫瘍の如く苦痛に満ちている。彼女が授かった天稟たるものは、情動や破壊で人々を動かすものだ。きっと帰る場所は戦場なのだろう。とてもではないが、射命丸の持っていた写真とは別の人物だ。見せたら割腹するかもしれない。それでも彼女も郷の平和を何故か愛する。それに逆らうように平和を噛み締めている。
背中から突き出た二本の翼は、ぴんと緊張感に漲っていた。そうして悠然と食堂に入ってきた。
「パチェに用があるのでしょ」
「でも貴方に用は無いのよ」
「つれないねぇ」
 私にもお茶を、とメイドに促した。ティーポットから陶器の美しい碗に赤い液体が注がれた。
「お嬢様、今日は何点でございましょうか」
「香り良し、味良し、しかしエグミが若干残る。七十点」
 眉に小さな皺を寄せ、吸血鬼が注がれた紅茶を啜った。しょんぼり肩を落としてメイドが退室した。
「パチェなんだけどね」
 吸血鬼は紅茶にミルクを入れ、スプーンでかき混ぜた。
「あの子大丈夫かしら」
「私に聞かれても……」
「ここ最近は、工場のお陰で随分空気が汚れて、あの子の喘息も酷くなってね。最近は落ち着いているけど」
「ふぅん」
「頼みがあるの。貴方、パチェのことを見てやって欲しい。今は外に出たりして無理をしているみたいだけど、このままじゃあの子、死んでしまいそうで。つまり、私はね、まるっとお見通しなの」
 吸血鬼が指をレンズのようにして見せた。彼女は喘息のことだけを言っているのではない。もっと根源的な話をしている。
「それは貴方の役目でしょう。紅魔館の当主さん」
 ふうと溜息を付いて、肩を下ろした。
「私には近づけない域がある。どんなに一緒に暮らしても。それは貴方が良く知っているはずよ」
「職務放棄?」
「何とでも言いなさい。いや、どうか、この通り」
 お見通しなのか。この吸血鬼の前では。一連の騒動で、ある意味最も恐ろしい出来事であった。
「判りました」
「ありがとう」
「でも、いつも綺麗ね、この屋敷は」
「お陰さまで。メイドたちが良くやっているの。機械的だけど」
「機械?」
「咲夜の言うとおりにやっているだけなの」
 少し自虐的にそう言った。まるで自分の指導が足りないと言っているようだった。
「あの子ね、メモを残していたわ。それには掃除とか炊事とか洗濯とか、全部書いてあったの。それで最後に『お嬢様、お部屋の掃除くらい自分でしてください』って。笑ってしまう」
 少し意外な感じがした。レミリアの思い出を語る特異な表情に、暖かさが宿ったからだ。
「そういえば咲夜に夢であったわ」
「ほぅ。何か言っていたかしら?」
「お嬢様は元気か、紅魔館は大丈夫か、とか」
「あの子らしいわ」
 くすくす笑う。私も笑う。
「寂しくないの?咲夜がいなくて」
「寂しくないよ」
 紅茶を飲み言った。
「残してくれたものもあるし、何故かは判らないけど絶対寂しく無いんだ。紅茶の入れ方はまだまだだけれども。じゃあね。私、仕事有るから」
 パチュリーの薬を買わなきゃいけないから。馬鹿にならないのよ、薬代って。それに門番の美鈴は給料上げてなんてほざくし。老後がどうのこうのってさ。そう言って席を立ち食堂を後にした。
 嘘だね。きっとあんたは寂しいのさ。だって最後に少し泣いていた気がするけど、あれは私の気のせいかしら。あんたも知っているんだ。どんな人も妖怪も人形も、何かの変わりにならない、と。それとも彼女の奥底から色んな物が溢れ出したのかもしれない。パチュリーのことや諸々のこと。
 それでも私達は縋り付くのだね。亡き人が残したものに。良き時代の遺産に。今を生きるために。狂っている時代でもそれがあれば生きていけるという余りに儚い確信。多分。あんたは紅魔館に、私は……何だろう。これから探しに行くのだけれども。
 それは依存なんかじゃないんだ。多分。次に踏み出すための何かなんだ。
 あんたは何回、五百年のうちにそれを経験してきたのだろう。今度聞いてみようか。酒の席で。素面だと臍を曲げそうだから。
「あの人少し泣いてましたね」
 誰も居なくなり、悪戯っぽく、完全に復活した上海が言った。
 私は上海を抱きしめた。こんな生き方もあっていいのか。その日私の心象に生起した小さな化学反応であった。


 図書館に行くと、いつものようにパチュリーが本を読んでいた。一仕事終えて、すっきりしたような、それでいて吐き出す当ての無い情動を未だに溜め込んだような奇妙な空気をかもし出していた。
 追い出されるかもしれないと思っていたが、案外すんなりと入れてくれたのであった。
「何の用?」
「絵を見せて欲しい」
「勝手にどうぞ。そういえば、永遠亭の女医がね、まだ貴方のことは諦めないからねだって」
 そうして私は広大な図書館の中を探し出した。
「人形は造らないの?」
「あんただって判っているでしょ。魔理沙の代わりなんて、いないの」
 魔女から返答は無かった。
 やがて一枚の絵を探し当てた。レンブラントの隣の、もう一つの《金の空》だった。綺麗な額縁に収められている。それには夕焼けの空に、一本の木が屹立していた。
「それに触んないで。魔理沙の絵なの」
「少し黙ってて」
 別のどこかの空が描かれている。額縁を外し、その裏を覗く。小さな鍵が貼り付けてある。

《見つけたね。じゃあ行こうか。東の空に。そこの一際大きな木を目指せ》

 パチュリーの手を取り、引っ張って、私は歩き出した。
「何すんの?」
「良いから来なさい」
「痛いから、離してよ」
 そんな言葉を無視して、私は構わず階段をずいずい上り、紅魔館の玄関を潜り、門を通り抜け、一気に空を目指した。門番が目を丸くした。魔女の喘息のことも忘れていた。

 空は快晴だった。ここまで高く高度を取れば、スモッグも『微風日報』も届かない。今日の蒼穹は熱を孕み、私の体を程よい熱が包み込んだ。嘗て私と魔理沙が天翔けた空はいつの時代も清浄で、どんな生き物も飲み込みそうな貪婪さを描いていた。魔法が使えるのが、何なのだ。知識があるのが何なのだ。空の中で全ては平等に、ただ広漠と我々を包み込む。それが私と魔理沙が愛する世界の、幻想郷という世界の掩蓋だ。
 パチュリーの方は鬱々と俯いて何か呟いている。きっと心にぽっかり穴が空いている。失ったものが大きかったのだ。手は冷たいままだった。その冷たい手を握り、彼女の虚ろな体を曳航して私は東の空の目印を見つけた。
 東に空路を取り、その大きな木を目指した。永遠亭に飛んだ時、私の目標だったものだ。

 鬱蒼と茂る森の中に私達は着陸した。 
一体どんな魔法を使ったのか。魔理沙が若い日に植えた木は、普通なら樹齢何百年といったところだった。それ程大きかった。
「ここに何があるの。つまらない物だったら、許さない。殺す」
 私はちっとも怖く無い。今の彼女には虫一匹殺せない。
 木を登り、枝の一本一本を隈なく探した。その様子をずっとパチュリーが軽蔑した目で追っている。木の虚を探し、漸く一つの宝箱を見つけ出した。やけに大きい。虚の奥底にそれはずっと探し当てられるのを待っていたのだ。正直期待していなかった。誰か持っていったとかそんな想像をしていたので、驚きと期待が新たに生まれた。
「何これ」
「魔理沙のプレゼントだ」
 私は新聞の切り抜きと二枚の《金の空》を渡した。
 私は絶対パチュリーの顔を見ない。一心に新聞記事を読み、《金の空》を見つめる彼女の顔を見ない。何となく恥ずかしいのだ。ただ手から伝わりだした微かな熱と震えは、何だろう。私はもう一枚の《金の空》を彼女にあげように思った。そしてこの宝物もあげようと思った。パチュリーならきっと、大切にしてくれるから。もし持ち運びが出来るなら、だけれども。

 魔なるものが、決して届かないものに拘泥するとき、悲劇が生まれる。もうパチュリーは自分の拘泥を背負って生きていくしかない。死者の面影を引きずり生きていく。彼女は自分の記憶を弄ることはしないだろうからだ。
 
 告白すれば私もまた魔理沙の思い出を背負い、生きたいのだ。冥界でたった一度の誘惑に駆られ、全てを失ったオルフェウスの如くである。紅魔館の当主を見てそんなことを思った。あんな風に、人前では毅然と死者を称え、生を歩むことが自分の最大の義務のように感じた。しかし一方で私はやはり魔理沙の記憶を消してしまおうか、と考えている。自分は馬鹿だから、同じことを繰り返してしまう。だからこそパチュリーに目の前のプレゼントをあげようと思った。そうすると別の方からそれは逃避であると反駁が上がる。結局迷っている。赤き吸血鬼のように拘泥を背負ったままの中途半端な魔なるものの生を歩くのか、完全な魔なるものとしてしじまと共に森の中で機能していくのか。答えは、この贈り物とやらを見て決める。取り敢えず、今はそれでいい。どうか私を優柔不断と指を刺していただきたい。
 虚から箱を取り出した。また手を繋いだ。私は彼女の熱を感じたままだ。人間と繋がりを持ってしまったばかりに、取り残されてしまった愚かで迷える魔なるもの。《生半可な魔なるもの》の人形遣いと魔女がそっと鍵を刺し込み、時計回りにひねった。
「ほら。じゃあ、開けるよ」
 状況を上手く消化しきれない魔女が、慌てて蓋に手を掛けた。パチュリーが「せーの」と小さい声で合わせる。二つの柔らかく小さな手に力が入った。ぱかりと、余りにも呆気なく、その蓋が開いた。
 私達は頬を寄せ合って中を覗き込む。期待と不安を抱き、目を見開いた。上海が空から私達を見守っている。
 
 どこかで祭囃子が聞こえる。きっとあのパレードだろう。もうそんな時間なのだ……。今日は誰の魂を悼んでいるのか。赫奕と燃える夕日が世界を紅く染め上げる、そんな時間だった。

 そして、図書館の魔女が、豊饒たる幻想郷の森の一角で、溜息とともに宝石のような笑みを零した。
「魔理沙らしい……」
「そうね。やられた」



























 





 森における膨大な伝承の中の一幕。そして魔理沙の悪戯について一言。





《0》
 雪が降っている。私は編み物に掛かりっきりだから、外が真っ白に染まったのを知らなかった。彼女がドアを叩くまで、編み棒を交差させたりして、いつの間にか時間は過ぎていたのだ。
「アリスいるかい?」
 戸を叩く音がする。約束どおりの時間であった。
「お入り」
「お邪魔するよ」
 黒い衣服を纏った女の子がやって来た。少女がコートに付いた雪を払う。徐にブーツを脱ぎ捨てソファーに身を埋めた。何かリボンと包装紙で施された何かを抱えている。結構な大きさだった。それを頭の上に掲げた。
「プレゼント」
「見れば判る」
 幻想郷に雪が降り始め、雪女が山から下りてきて一ヶ月、ちょうどクリスマスを迎えたのだった。私の中の出来かけの編み物に彼女の視線が送られた。
「それもプレゼント?」
「そういうこと」
 にっこりと彼女が笑う。私も笑って見せた。彼女はグラスを二つと、ワインセラーから取って置きの一本を取り出してきた。そして食料置き場からパンやチーズなどを出して小さな晩餐を作り上げた。
 やがて編み物が終わり、私もテーブルに付いた。彼女は勝手にワインを飲んでいたので、私も習ってグラスに並々と赤を注いだ。
「あんたのプレゼント見せなよ」
 私はと言うと、酩酊していた。
「恥ずかしいな」
 彼女も顔を真っ赤にしていた。赤葡萄酒は恐ろしい。従容と手足の感覚を奪うが如く、アルコールは体を回っていた。ふらふらしながら彼女のプレゼントとやらを受け取った。自分で包装したのだろう。些か適当の感があったが、私は丁寧にそれを解いて行く。
 それは十五号くらいのサイズの、絵画であった。お世辞にも上手いとは言えない。抽象画を気取っているのだろう。だが目の前の少女には近代絵画の到達は無縁であろう。そんな感じの絵であった。夕焼けの中の天狗。
「だから恥ずかしいと……」
「ありがとう。飾っておくわ」
 それを壁に掛けて置く。陰鬱な冬の気配を払拭していく気がした。下手糞だが、その絵は名状しがたい暖かいタッチで施されていた。離れてみると、まぁ悪い絵ではないな。
「はい、あんたに」
 私はそう言って編みたてのマフラーを手渡した。おおサンキュ、と嬉しそうにはしゃいだ。それぞれ思い思いの格好で、私は安楽椅子に座って、彼女はソファーに寝転んでワインを飲み、話をした。彼女はマフラーをしていて、私は時折絵を見ながらぼんやりしていた。
「ねぇ魔理沙」
「なんだい」
「ワイン美味しい?」
「美味いよ」
「それは何より」
 雪が絶えず降り続いている。窓の外には子供が埋まってしまいそうな程の白雪が、積もっていたのだ。雪かきが必要だな。朝したばかりなのに。
「ちょっと遊んでくるよ」
 彼女は立ち上がり、玄関から花火みたいに飛び出していった。雪達磨を拵えていた。余りに必死に雪の玉を転がしているものだから、何となく微笑ましかった。それから三十分、彼女を放っておいて簡単に後片付けをしていると、外から彼女が私を呼んだ。家の先には、懐かしい大きなかまくらがあった。雪だるまは姿を消していた。この真冬日にも関わらず、彼女は汗だくだくになってこんなものを作っていたのだ。
「蝋燭持ってきて」
 コートを羽織り、言われるまま蝋燭一本を手にかまくらに走る。かまくらの入り口から彼女の手がこっちこっちと手招きしている。中は結構広く、四人ぐらいは入れそうであった。蝋燭に火をともすと瞬く間にかまくらは暖かくなった。
 彼女がいつの間にか持ち込んだ火酒のビンで、また酒宴が始まった。交互に喉が焼けそうな火酒を煽り、何事か話し合った。
「暖かいね」
「私も吃驚だ。かまくら、いいね」
「ねぇ魔理沙」
「なんだい」
「貴方の人形造ってもいい?」
「いいけど、何で」
「あんたが死んでしまったら、退屈になると思うの」
「うん」
「だから、お喋りの相手にいいかなぁと」
「お前、酔っているね」
「酔わなきゃこんな話できるか」
 彼女の肩にもたれかかった。
「よし。造ればいいさ」
 漫画のようにぐいと男らしく彼女が私の肩を抱いて、火酒を飲んだ。しかし珍しく、彼女が困ったような、そんな表情を浮かべている。随分自分は熱っぽくなっていたのだ。ちょっと冗談のつもりだったのだが。意外であった。本当に酔いに任せて、冗談のように言った積もりだったのだが。
 雪が降り続いている。このまま埋めてくれればいい。ずっと一緒にいられたらいい。そんなことを思いながら、絶え間なく落ちる雪を二人で見ていた。全部、白く染まってしまえばいい……。


 そして。少し時間がたつ。春。
 私がアリス・マーガトロイドを信用しているといえば、それは嘘になるかもしれない。
 目の前にはパチュリーのところからくすねて来た魔術書。記憶の改竄のやり方は覚えた。
 しかし……私はどうしても躊躇する。いや確かに自分の死後、同じ格好をした自分そっくりの人形がいること、それ自体が恐るべき嫌悪だった。霧雨魔理沙は一人でいい。あの雪の日、自分もつい首肯してしまったが、実際は嫌だ。人間のソンゲンというやつだよ。自分はいい加減な奴だけど、譲れない物だって持っている。
 だが一方私はこう考える。あの時はまぁ酔った勢いも手伝ったのだ。アリスも今頃後悔しているに違いない。あれは嘘なのだ。嘘でなくとも、信じよう。そうだ、放っておこう。
 迷いは続く。アリスの一言が頭から離れない。馬鹿な女だ、自分は。彼女を信頼すべきか否か。それは信頼すべきなんだけど……。
 それ程、アリスの一言には説得力があった。酔ってはいたのだろうが、決して人間が理解し得ない魔なるものの地金を見せつけられた。
 多分、アリスは私にちょっと特別な感情があるのだ。それは私も同じだけど。種族を超えて、私は彼女に惚れてしまっている。彼女はどうかな。人間と殆ど同じ愛情みたいなものを私は良く感じる。
 二律背反に苦しみながら、結局私は信頼することにした。自分らしいといえば自分らしい。何しろそれ以上考えるのは面倒だ。もう死んだ後は生き残った奴で勝手にしてくれ。アリスも馬鹿じゃないから、人間の尊厳とやらを考えてくれるだろう。私が死ぬまでにその気がありそうだったら、実行ということになった。そうだ、遊びに行こう。神社行って、里で買い物。それからアリスをからかいに行こう。
 それからいつものコースを辿る。箒で空を飛び、ぶらぶらと遊ぶ。霊夢の神社でお茶をのみ、里の店を見て周る。特に目ぼしい物が無かったから、そのまま直行でアリスの家に向かう。
 だがアリスのことを考えると、自然に笑みが零れてしまう。《見つけたね。じゃあ行こうか。東の空に。そこの一際大きな木を目指せ》。我ながら悪くない文句だ。尤もこの企てが実現する頃、自分は多分墓の中だが。生を存分に満喫して、死まで楽しむ。これぞ霧雨魔理沙さ。
 今もまだ準備段階で、色々と飛び回っている。ただ複雑な気持ちが生じていた。アリスにだってこの悪戯に付き合って貰いたい。皆に私という存在を覚えていてほしいというちょっとした願いから計画したのだ。しかしただ私はあのクリスマスの彼女の一言にすっかり動揺してしまっている。そのためパチュリーから本まで盗んでしまった。赤線を引いてノートを取り勉強していたのだ。まぁいいか。さっきも言ったが、あいつが私の人形を造ろうとしたら健忘症にしちまえ。
 アリスの家はしんと静まり返っている。いつものことだ。中に入ると人形を造っていた。フライス盤に集中している。私は暫くそれを見ていた。
 こちらを向いた。
「遊びに来たよ」
「いらっしゃい」
 いつも通り、お茶を入れてくれる。
「今はどんな人形を造っているの?」
「上海の友達」
「いいね、友達。私達友達」
 私は手を差し出した。アリスがその手を何故か仕方がなさそうに握る。
「馬鹿じゃないの」
「ねぇ、アリス。ちょっと聞きたいことがあるのだけれど」
「なぁに?」
 私はやはりクリスマスのことを思い出していた。
「人は死んだらどうなるのだろうね」
 でもアリスはそんなの、忘れてしまっていたらしい。クリスマスのことなどおくびにも出さず、こんなことを言ったのだ。
「魔なるものは、死んでしまった大切な人の魂を、自分の精神の中に作り出すと言われている」
「へぇ」
「昔母が言っていた気がするわ。本当かどうかは知らないけど」
「そうか。私って大切な人かね?」
 アリスが頬を赤く染めた。
「あんたがくたばったら、真っ先にあんたにまつわる記憶を消してやる」
 どきりとなった。これでは計画が台無しだ。何度も言うが、私のゲームは目の前の女に参加してもらってこそ意味がある。何故か知らないけど、やはりアリスには私のことを覚えていてほしいのだ。しかしここでメロドラマ宜しく、やめてやめてそんなの嫌よ、と泣きながら騒ぐのは私らしくない。
「馬鹿野郎。忘れないくらいの凄まじい思い出を残してやる。体でな!」
 アリスが益々赤くなった。これではメロドラマのジゴロだ。
「本当に、馬鹿!」
「うん、まぁ、死んでもしっかり探せよ」
「何の話?」
「なんでもなーい」
 またアリスが作業台に集中した。あれは、どうせいつもの戯言と決め込んでいる顔である。私は作業の音を聞きながら、その背中に念じる。私が死んでも、ちゃんと探せよ。楽しみにしてるんだから。
 その小気味良いリズムを聞いていると、眠くなって来た。このまま寝てしまおうか……寝てしまえ。ソファーに横になると目を瞑る。眠るまで、私は自分に待ち受ける日々のことを考えた。変わらない日常。永遠に続く日々。そこには霊夢がいて、沢山の友達がいて、そしてアリスがいる。友達なのか良く判らないけど、心を許せるこの人形遣い。そんな茫漠とした夢想に身を任せるように、眠った。
――好きだぞ。アリス。




 それから魔理沙の死後の、アリス・マーガトロイドの心情について、何故か森の顕現たる妖精達は殆ど話そうとしない。話したくないし、幼いながらにアリスの心中を察しているのだ。
 例えば。
 霧雨魔理沙が死んだ後、アリスが廃屋同然の霧雨家を訪れたのは何故か。ひょっとしたら人形造りに行き詰った彼女は、魔理沙の縁を求めていたのかも知れぬ。そして、ガラクタが積み重なる中、そこに残された魔術書を見つけたとき、何を思ったか。それをアリスが持ち帰り、記憶を消すまで如何なる逡巡があったのか。そしてどういった心象の変化が、彼女のライフワークである人形造りを止めさせることになったのか。霧雨魔理沙の形をした人形をもう作りたくないと考えているのは確かなのだが。
 そもそも、霧雨魔理沙の死後、彼女が霧雨魔理沙の人形を造ろうとした理由は何か。
 そういうものは誰も知ることは出来ないし、その資格もない。誰だってこの一人称の物語でそれを語ることはしたくないのだ。何故なら、一人称の物語でそれをするのは、演劇風なる恐れがある。あまりにヒステリックになりそうだから。またアリス・マーガトロイドという魅力的な女性を貶める結果に終るからだ……。



《それこそ森は全てを一人称で語るのですよ》


 思索を一旦終え、大妖精は空を見上げる。古い時代から遡り最近起こった異変につながるまでの経緯を考えていた。考えれば考えるほど変な出来事だった。日が落ちていく。やがて、原始の時代より変わらぬ濃密な闇としじまが辺りを包み込んだ。生類達を捕らえて離さぬしじまによって一つとなった森の声に、大妖精は耳を澄ませた。今日も平和である。唯一つ、今日はやけに東の空が仄かに明るく輝いている。ほんの僅かだが、豊饒とした生命の輝きを認めた。
 ほう、見つけたようだ。
「しかし彼女達はいつになったらここに辿り着くのでしょうね。霧雨魔理沙さん」
 アリスから貰ったワインを飲み(少しずつ大切に飲んでいた)、そんな独り言を零した。アリスとパチュリー、彼女達のたった一つの誤算。ゴールは東の空の大木にあらず。それは始まりに過ぎない。魔理沙が幻想郷中に配って歩いた謎の宝箱は数知れない。それこそ大妖精の管轄外の妖怪の山や、地獄の底、或いは天上界のどこかで、宝箱は誰かの到着を待っているらしい。中身は暗号やらパズルやら、人をおちょくったものとしか思えない。霧雨魔理沙には少し知り合いが多すぎた。一体何を考えていたのか、実は大妖精にも良く判っていない。霧雨魔理沙はこの郷を休む暇なく飛び回っていたのだ。
「人形遣いさんは当分、魔理沙さんのこと、忘れられないでしょうねぇ」
 探し回る誰かの周章狼狽を見たかったのか。まぁ死んでしまったけど。そしてこの果てしなきリレーの先に何があるのか、最早大妖精には与り知らぬ世界である。それこそ魔理沙の今の居場所、あの世まで続いているのではないか。
「らしいといえば、貴方らしい。まぁ気長に待ちますか」
 大妖精を乗せた山車が動き、命のパレードは始まる。彼女の古びた腰掛が宝箱であることを、今のところまだ誰も知らない。
感想などお待ちしております。大したSSじゃないけど。



東の空の、ゴールデンエイジ

第一章 東の空のゴールデンエイジ。
第二章 森における膨大な伝承の中の一幕。そして魔理沙の悪戯について一言。
佐藤厚志
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2009/05/09 17:01:51
更新日時:
2009/05/09 17:01:51
評価:
25/27
POINT:
171
Rate:
1.51
1. 5 名前が無い程度の能力 ■2009/05/13 21:01:05
誤字がひどいくらいに多すぎる。推敲はきっちりと。

何だか終わりが見えた幻想郷って感じですね。荒涼とした中で
過去に生きる魔女たちが切なかった。
2. 5 名前が無い程度の能力 ■2009/05/15 12:07:09
なんだかパチュリーが痛々しい…
3. 8 パレット ■2009/05/18 00:22:18
しばらく未来にいろんなものが変わってなくなって壊れちゃって、そんなちょっぴり狂いっぷりと、だけど変わらないいくつかのものと、やっぱりついつい懐かしむ昔と、そのあたりの描きっぷりが自分的にすごくツボに来ました。素晴らしく面白かったです。
4. 2 神鋼 ■2009/05/19 18:34:27
終始違和感がありましたがよく練りこまれた話だと思いました。
ただ作中でこの作品自体を貶めるようなことを書くのがどうにも白けました。
5. 10 トルコタイル ■2009/05/20 01:30:02
少しでも貴方の心に、永く生き続けよう。
6. 2 As ■2009/05/24 14:37:25
二次創作ですし、設定の年代が原作から離れてることもあるのでしょうが、
登場キャラたちの性格に違和感ばかりがありました。
7. 10 三文字 ■2009/06/01 02:57:09
昔というのは美化されがちなものです。
それはもう決して見つからないものだからなのか、決して手に入らないものだからなのか……
数十年くらい生きた人間でさえ、そうなのだから数百年以上生きる彼女達には過去がどれほど美化されるのか、想像もできませんね。
まあ、お金で買えない価値がある、とかそんな感じ。
でも、魔理沙の宝を探している間はアリス達も昔に戻れていそうな気がします。
キャラの口調とかが微妙に違和感がありましたけど、行動や言動に説得力がありましたのでまあ、許容範囲。
結構な文量だったのに、一気に読み進められて世界に引き込まれました。
過去を引きずりながらも生きていくアリス達の姿、ありがとうございました。
8. 7 気の所為 ■2009/06/01 06:21:01
凄く作り込まれていますね。大したSSです。
東方らしく ない、だがそれがいい。まさに都会派に似合う街の臭いを感じさせて頂きました。
しかし魔理沙は死んでも相変わらずだ。
9. 8 有文 ■2009/06/08 01:29:29
非常に霧雨魔理沙らしい終わり方であったと思います。終わることによって始まるという事が、二人の魔女によって救いとなったのが良いですね。
10. 9 nig29 ■2009/06/11 00:37:34
とても面白かったです。雰囲気が凄く素敵です。
年寄りじみた妖精の造詣が好きです。
危殆とか渺茫とか、同じ意味の語彙が他にいくらでもあるのに、わざと難しい単語を使っているのがちょっと引っかかりました。
11. 8 so ■2009/06/11 07:40:09
「世界」を見事に描ききっていると思います。
その想像力と表現力には脱帽するばかりです。

お題との絡みも非常に良いと思います。
まさに、「ゴールデンエイジ」という言葉に相応しい描写が為されていると思います。

ただ、キャラに関してですが、その口調に些か違和を感じました。
そのせいか、誰が台詞を吐いてるのかわからないという事態が何度かありました。

あと、アリスを完全なる「妖怪」と描いている点にも首を捻りました。
12. 5 ふじむらりゅう ■2009/06/11 23:07:54
 誤字脱字を含めて結構粗があるのですけど、書きたいことは伝わってきました。まとまりはなかったですが。
 魔理沙の人形の話と、巫女の暴走の話が別々に展開されていたこともあって、ちょっとごっちゃになったかも。それが上手い具合に連鎖していれば、あるいは……と思ったんですが、あんまり上手く絡んでもいなかったですし。巫女の方は途中で退場しますし、話の本題からは若干反れてるような気もしました。
 レミリアの生き方が素敵。そう考えると魔法使い側はわりと弱く書かれることが多い気もしますね。
13. 10 ぴぃ ■2009/06/12 03:38:44
一番評価に困りました! ストーリーについては、時間が無いので触れられません、ごめんなさい。
感想を一言にするならば、なんとも「ひどい」設定を、なぜか美しく仕上げているという印象でした。ある種突き抜けた面白さというのは、こういうのをいうのではないのでしょうか。
誤字が目立ち、冗長に思える文も多いです。しかし、こんぺにおける私の評価は、その作品を読んでどれだけ心を動かされたか、が一番の要素です。
そういう意味で、このSSは10点に値します。どうか受け取ってくださいませ。
14. 9 リコーダー ■2009/06/12 11:21:16
荒削りながら、凄さがビシビシ伝わってきた。
書いてる事が凄いだけに、過剰気味の描写がかえってよかった。
アリスやパチュリーが故人にここまで入れ込む理由が足りていたとは言い難いが、変わり果てた幻想郷と妖精パレードが印象的だったので9点で。
15. 7 八重結界 ■2009/06/12 17:02:49
何もかもが変わっていく中、年老いて死んでしまった魔理沙だけ変わっていないというのは何とも皮肉な話。
でも、それがとても魔理沙らしいと言えばらしいです。
宝物は、探している時が一番楽しい。
16. 8 木村圭 ■2009/06/12 21:30:05
嬉しくて寂しくて懐かしくて悲しくて、ごちゃごちゃしてよく分からないままに漠然と良いなあ、と思っているわたくし。
このごちゃごちゃを拙い言語でもって外に出そうとしても色褪せてしまう気しかしないので、胸の中でゆっくりと消化することにします。
感想としてこれ以上無いほど不適切になってしまって申し訳ない。とりあえず明確に形にできる点数というものに感謝。
17. 6 ハバネロ ■2009/06/12 22:27:03
魔理沙の遺産は、ある意味で残酷だとおもう。
過去を忘れるなと、金色に煌いていた時代を思い出せと、くすんだ世界に呼びかける。
時間の経過を書くには唯一の人間に近い連中がふさわしい。アリスやパチュリーの歪さが愛おしい。
18. 7 時計屋 ■2009/06/12 22:31:39
 おお、なんだこのどことなくアメリカ文学っぽいSSは。
 読み終えたときなんとも言えない読後感がありました。
 戻らない過去に対して、各人がどう向き合っていくのか。彼女たちは最後まで魔理沙の残したものを追っていくのでしょうか。色々と考えてしまいます。

 お話は霊夢や魔理沙が死んだ後の幻想郷という割とよくある設定だったのですが、古いものや価値観が死んで新しいものがとって代わっていくという、どこか退廃的な雰囲気がよく出ていたと思います。まあ一部キャラに対しては変わりすぎだろ、という心の突っ込みも無きにしもあらずでしたが。
 
 文章は必要以上に叙情的になることなく、ほどよい距離感を保っていたと思います。筆力のある方とお見受けしますが、一部誤字・脱字も散見されたのが残念です。

 後はお題分がちょっと薄いかな、と感じました。
 そんなわけで点数は少し辛めですが、良作であった思います。
19. 7 moki ■2009/06/12 22:35:09
まさに異色。
独特の文章(翻訳小説テイスト?)に、独創的なストーリー。謎や変わった世界が提示されてぐいぐいと先へ興味を持たされました。
しかし同時に東方のSSとしては違和感も。描かれている未来の幻想郷の姿は今のものから大きく離れていて、個人的にその姿が違和感あるということと、そうする必然性があったのかが少し疑問です。魔理沙の生きていた黄金時代を鮮明にするためなのでしょうが、大元の話の筋だけで言えばこうした世界にしなくとも紡げたのではないかと思います。無論、変わってしまった幻想郷がこの作品に欠かすことは出来ないピースで、それもまた作品の魅力の一つなのですが。ところで、お題は?
20. 9 つくし ■2009/06/12 22:58:27
申し訳ありません、時間が差し迫っているため、採点のみにて、感想本文は後ほど改めて。
21. 10 名前が無い程度の能力 ■2009/06/12 23:19:56
アッという間に読めた。
時間が気にならないくらい面白かった。
22. 6 K.M ■2009/06/12 23:26:35
途中が、こ、怖かった……
23. 9 渦巻 ■2009/06/12 23:34:49
べっとりとした気味の悪さの間に突き抜けるような爽快さの混ざったお話でした
登場人物の描写も丁寧で、話の展開にも文句のつけようがありません
24. 6 つくね ■2009/06/12 23:48:41
コメントはすみません後ほど。
25. -2 名前が無い程度の能力 ■2009/06/12 23:49:56
うーん。
アリスを主人公にして魔理沙を軸にして他のキャラと絡めるとやっぱりパチュリーがこういう扱いになりますか。
正直割と似たような作品を何度か見ているので目新しさはありませんでした。
26. フリーレス 佐藤厚志 ■2009/06/14 05:54:40
レスです。

1さんへ
誤字、ごめんなさい。ぎりぎりまで推敲していたのですが、集中力不足です。
切ない、ですか。そうですか。

2さんへ
パッチェは大好きなのですが、何故かこうなりました。

パレットさんへ
面白かったですか!ありがとうございます。
でもね、正直私はまだ人間が未熟で、過去を思うっていうことが上手くかけなかった気が
するのですよ。

神鋼さんへ
後書きじゃなくて、作中で作品を貶めるような既述?
そんなのありましたっけ。

トルコタイルさんへ
少しでも貴方の心に、永く生き続けよう。
素晴らしい文章です。私の言いたいことを、しっかりと表現してくださった。

Asさんへ
違和感、ですか。
貴方の書き込みを見て、何故かにこにこしました。

三文字さんへ
美化かぁ。その辺もうちょっと書いておけばよかったかな、と思ったりしました。
でも10点、ありがとうございました。

気の所為さんへ
東方らしくない。そう言って頂き、私はとてもにこにこしています。
それが一番の狙いでした。どうやら大成功だったようです。

有文さんへ
テーマは、救いでした。それとどこまでキャラクタを汚く書けるかもテーマでした。

笊さんへ
アドバード!そう正にアドバード!
『日報』のアイディアはあれから取ったんですよ!
まだアラスジしか読んでないのですが。

nig29さんへ
厨二病とでも言うのでしょうか。
ついつい変な漢字を使ってしまいます。

soさんへ
基本的に題名をつけるのは、クソ苦手なのですが、そうですか、よかったぁ!
違和感。そうですか。他の人と別のものを書きたいと思っていたので、少し複雑です。

ふじむらりゅうさんへ
誤字、すいません。
まとまりを欠いてしまったのは、多分私がやりたいことをぶち込んでしまったから。
次こそは、気をつけますさかい。

ぴぃさんへ
確かに受け取りました。ありがとうございます!

リコーダーさんへ
妖精パレードは、恩田陸さんの小説の題名から。小説は読んだことがありません。
貧乏なので、本が買えません。買えない時はいつもそうして、どんな本かなぁと想像して楽しんでいます。


八重結界さんへ
そうなんです。
子供の頃、宝探し遊びをしていた自分。それがこの小説を書くキッカケになりました。

木村圭さんへ
そんな感想を下さっただけで、私、感無量でございます。

ハバネロさんへ
無垢で、残酷です。そんな彼女を、書きたかった。

時計屋さんへ
アメリカ文学。最近ドン・デリーロという作家に興味を持っています。

mokiさんへ
異色。独創的。最高のほめ言葉。
お題ですか?題名で使ったということでゴカンベンを。

つくしさんへ
楽しみにしてモニタの前で、待っております。

22さんへ
ありがとうございます!

K・Mさんへ
怖かったですか!私はというとこの一ヶ月、ずっと怖かったです!

渦巻さんへ
そういわれると、涙が出そうです。
嬉しいです。小説書いていて良かったと思います。

つくねさんへ
楽しみにして、待っています。

26さんへ
ごめんなさい。


焼酎を飲みながら、どきどきして結果発表を待っていたのです。
結果発表。
思わず焼酎を床にこぼしました。
嬉しくて本当に、こぼしたのです。
丁寧な感想をくれた方々に感謝の一言でございます。本当にありがとうございました。
27. フリーレス つくね ■2009/07/10 14:26:03
コメントが遅れて申し訳ありません。
さてと、どこかしら本場の近未来絶望系SFを読んでいるような感じで不思議な浮揚感がありました。設定自体はよくあるものの各々のキャラクターが大胆に味付けされていて、一歩間違えればただの歪みになってしまう所が上手いこと物語に補完されなんともいえない味わいです。お題については「ゴールデンエイジ」ということで根底に流れてはいるものの、作品として捉えると微妙な所です。
名前 メール
評価 パスワード
<< 作品集に戻る
作品の編集 コメントの削除
番号 パスワード