スペクトル屋敷

作品集: 最新 投稿日時: 2009/05/09 17:23:18 更新日時: 2009/06/15 21:39:38 評価: 20/21 POINT: 101 Rate: 1.20
 塵の積もらない緩い勾配の屋根、どこまでも続きそうな木張りの廊下、一様に同じ高さの塀、内側からの行灯の光でぼんやりと浮かび上がる障子、変わること無く月光が照らし続けるその住宅を見て私はこう思った。





 この屋敷には色が無い。



 そういう点で私には良い環境かもしれない。











 私がここ、永遠亭に転がり込んだのはつい二日目のこと――いや、正確にはもう日にちが変わっているから三日前か――なのだが、ようやっと落ち着いたという感じだ。


 月への人間の攻撃から逃げ去ってからどれだけ経っただろうか。その間の私はその日の生活を送るのに精一杯だった。着の身着のままで飛び出した私には蓄えがなかったので、食糧と金銭はいつでも悩みの種ではあったのだ。
 地上の淀んだ空気は私には馴染めなかった。私が最初にたどり着いたのは地上の都市部だったらしいのだが、呼吸をするたびにねっとりと塵が口腔に入り込み、煤けた空気が呼吸器官を常に痛めつけていた。
 満身創痍と言う程ではないが、とにかく環境の変化に適応もできずにいながら、私は毎日一つの目標に向けて行動を続けていた。地上の楽園とか噂されている、幻想郷に入ることだ。
 第一次月面戦争で存在を知っていたので、始めから私は幻想郷に来るつもりだった。あそこならば月に住む兎などと言う、非常識な存在でも受け入れてもらえるだろうという算段があった。
 しかも聞いたところによると,幻想郷の環境は経済発展前の地上とほぼ同じそうじゃないか。
 そこならば、私も目一杯――否,口一杯空気が吸えるだろう。私は人の目につかないよう耳を帽子で,目をサングラスで隠しつつ、さらには冬でもあるまいに体全体を覆う暑苦しいコートまで羽織って賤しき地上を足速に歩いていた。仲間を見捨ててまで己が身を匿うことを選んだ、そんな薄情な私の居場所を求めて。
 しかし目立たないようにしていたのだけど、随分と視線を感じたのはどうしてだろう。

 幻想郷への入り口は唐突に、あっけなく、それでいて多大の苦労を伴った結果に見つかった。
 あの日はいつもと同じく食糧を求めて徘徊していた時のことだった気がする。
 当時の私は、服装の制約がない仕事を半日だけ臨時でこなし、一日毎に住処を転々しながら目的地を探すといった定型化した生活を送っていた。正体が割れないようにするためと、より広範囲を探しまわりたかったためだ。何しろ月では幻想郷に関する情報が殆ど無かった。いや、あったのかもしれないが、私はまさか自分が探すはめになるとは思いもしていなかったので、そんな月に攻め込もうとする野蛮な種族のことなど興味が無かった。

 ある日の事、私は仕事中に、正体がばれた。
 随分と下らない露呈だった。作業中に月兎からの通信が入り、帽子が唐突に振動しだしたのだ、それを同僚が見咎めて帽子を外したら得体の知れぬ兎耳と、これでは語る気にもならない終わりだった。とにかく私は一目散にそこから逃げ出した。同僚の掌中の帽子を失念したまま。

 通行人の視線を一身に受けながら走る。妙な風体の女を捕まえようとしていたやつもいた。既に十分な騒ぎが起こってしまった。もうこの一帯にはいられないだろうと思い私は人間の少ない場所へ少ない場所へと駆け込んだ。
 急な運動の所為で脚が不自然に痛み、息が苦しい。人間がいない分空気が澄んでいるのが,せめてもの救いだった。
 これからどうしようかなどと思考しているうちに瞼が落ちてくる。疲れているのだろうが、ここで眠る訳にもいかない。と、立ち上がった時、私は自分がどこにいるのか認識した。


 そこにあったのは廃墟ですらない、風化してあるのかないのかすら一目では分からないような一つの社だったのだが、問題はその周辺を取り巻く空気であった。
「えーと……」
 位相がずれている
 それは即ち、そこから先の空間が
「まさか、これが当たり?」
 そう、まさしくそれが幻想郷への入り口だった。唐突に現れた社へ踏み込むと、景色が一変し、今までの苦労を浄化するかのような爽やかな大気が体を満たした。




 今から思うに、あれは偶然ではなかったのだろう。私が人間に正体がばれて、生活を続けられそうもなくなってから、突然あの社が目の前に現れたのだろう。恐らく幻想郷とは,そういう場所なのだ。



 だから私がそこでかつての月の民達に出会ったのも、ただの偶然ではなかったのだろうと思える。










「あら、ここにいたのね、鈴仙」

 ふと、我に帰ると、知的に輝く銀色が視界に入った。
 その冷たく美しい銀髪に見とれると同時に、先ほどからバカみたいに新居を眺めて勝手に回想に耽っていたことを恥じる。
「すいません、まだ馴染めそうもなくて」
「馴染めなければ帰りなさい。貴方は郷に入ったのよ?」
 さらりと言ってのける。歓迎されてないのは間違いないが、初対面からからこういった辛辣な言葉を浴びせられ続けては疲れる。それも相手があの月の天才、八意永琳だと言うのならなおさらだ。
 永遠亭について最初に出迎えに現れたのがこの人だった。
 彼女は作り物のようだと思った。
 彫刻のように鋭く整った顔も、優しげな瞳も、身に纏う冷ややかな空気も、全てがどこか嘘のようだ。さっきの言葉のうちに見せたように、時折除く陰が、きっと彼女にとって本質とも言うべきものなのだろう。彼女の受け答えはその一時一時で変化しているような気がする。まるで相手を弄ぶように。
 正直、少し苦手だ。こっちの話すこと全てが見透かされているようで落ち着かない。互いの立場の問題もあるし。

 全てその髪のように勝手気ままに反射する銀色。そんな人だった。
「それなら、さしずめ貴方は、灰色かしら? 徳のある者であろうとしながら自分の罪も十分に自覚してる、矛盾だらけの憐れな迷い兎」
「はは、また手厳しいですね……って私、声に出てましたか?」
「それはもう」
 気味が悪い程完璧な笑みだった。その笑みのまま、彼女は私の肩に手を置いた。
「それでね、貴方もここの一員になったからには、他の兎達と同じように仕事をするべきだわ。そうしないと疎外されちゃうわよ。彼女達は結束力があると言うより意地悪だから」
 そう、私が初めて永遠亭の兎達に挨拶をした時、私は割と酷い目にあった。しかもその手口がしょーもないものばかりであった。
「ええ、ご忠告ありがとうございます」
「忠告と言うよりは助言ね。貴方は別にいじめられても良いと思っているみたいだから」
「何ですか、それは。妙な趣味者の様に言わないで下さい」
「貴方は自分の犯した罪をどうにかして償おうと思っている。その為にどんな状況にあろうとも受け入れようと、どんな罰も厭わないとしているみたいね。貴方が今更侮辱されようが気にするとは思えないわ」
「……」
 今までのどんな言葉よりもその言葉が心にこたえた。これだから天才は。
 当たっている。殆ど違わず。確かに私は,これから私を取り巻く環境がどう変化しようと、私は絶対に心から不満を持つまいと、そう決めている。

 何を今更。そんなことは百も承知だ。だからこれは、ただの自己満足なのだろう。

「いいえ、私は罪を犯しましたからね。これからは真面目に働くことにしたんです」
「あら、殊勝な心がけね。ところで,貴方に提案があるのよ」
「提案?」
「ええ、提案。貴方、私の下で働かない? 弟子と言う形で」
 薮から棒に妙なことを言い出した。私のことは嫌いだったのではないだろうか。
 彼女は相も変わらず笑みを浮かべていて、その心情は私なんかには計り知れなかった。
 こういう時は素直に聞くに限る。
「どうしていきなり、そんな提案を?」
「貴方が月の民だから、という理由じゃ不満? 少なくとも他の兎達より遥かに教養がありそうだからね」
 嘘をついている訳ではない。でも何か、隠しているような気もする。それは彼女に対する私のイメージがそう思わせているだけなのかもしれないけど。
「まあすぐにとは言わないわ。もしその気になったら私の元に来なさい。弟子になった暁には、特別に素敵なニックネームをつけてあげる」
 嬉しくない。そもそも本名を越える名称なんて実在するんだろうかと思った。
「それともう一つ、言い忘れていたことがあったわ」
 まるで今思い出した様子だが,限りなく白々しい。
「もう兎達は夕餉の時間よ。早く行かないと無くなってるかも」











「食事がとれなかった? そりゃああんたが悪いよ。うちらはいつだって飢えと隣り合わせなんだから、悪く思わないでね」
 またしょーもない。
 ここは永遠亭の一室、机と座布団意外には何も無い質素な部屋で、私と、因幡てゐは向かい合って座っていた。
 あれから急いで兎達の食堂に走り込んだ私だが、米粒一つ残らず綺麗に皿は空だった。
 というわけで、別に失ったご飯が返ってくるとは思っていなかったが,この屋敷に住む兎達のリーダーらしいてゐに文句の一つでも言ってやろうと談判しに行った。
 リーダーというくらいだから根のしっかりした誠実なやつだろう、とか希望的観測丸出しで文句を言いに行った私を殴ってやりたい気分だ。
 にやにやと、薄ら笑いを浮かべながらてゐは言う。背は私の方が遥かに高いのに、飽くまでも大きい態度は崩さず、無知な客を前にした役人のような小馬鹿にした笑みを浮かべている。
「でも中には嫌いな物残してる兎もいたじゃない。そういう奴がなんで人の分まで盗るのかしら」
「足りないから、って理屈じゃ駄目? 皆それで動いてると思うんだけど」
「あんた以外皆そうなの?」
「きっとねー。私は腹八分目を越えるなんてバカなことはしないから人参を丁度十分の一頂いたわ」
 こいつが一番タチが悪い、そう思った。
「とにかくね、あんたが悪い」
 堂々と人を指差しながらてゐは断言する。
「集団で生きる上で、遅刻っていうのは重罪なの。あんたはその罰として、夕食抜きという目に遭った」
 最初にこの言葉を言っていたらまだ納得できていたと思う。
「そもそも何で、まだ使いっ走りの仕事すら請け負わないあんたが遅刻なんてするのさ。寝坊? 体調不良? それとも」
――密通?
「……」
 密通、か。一応私がここに来ることになった経緯は話したつもりだったのだが、まだ信じてもらえていないということか。ある意味当然だけど。そしてそんな私に仕事をさせる訳が無い。これも当然。
――仕事と言えば
「……ちょっと永琳様と話をしていたのよ」
「おや」
 そこでてゐは初めて表情を崩し、驚いたような顔をした。
「永琳様が直々に、そりゃあ珍しい。よっぽど興味があるんだねー」
 後半部分は投げやりだった。てゐは興味が無いらしい。
 私はひとまず、先ほどの出来事を話す事にした。永琳様が弟子にしたがっていたという話をすると、てゐはますます目を丸くさせた。
「へぇ! 永琳様の弟子かぁ。さぞかし大変そうだねえ」
「……どういう意味? 確かに人使いは荒そうだけど」
「さあ、接点が無いから。私たちのここでの日課に当番制の掃除っていうのがあるんだけど、永琳様の部屋と姫様の部屋だけは入れてもらえないのよね。あの部屋日当りが良かったんだけどなー」
 姫様――月の都では知らない人はいないであろう蓬莱山輝夜――には私はまだ会った事が無い。
「……あんた達は、ここに住まわせてもらってるんじゃないの?」
 私がそう言うとてゐはうんざりしたように笑った。
「公正な取引で勝手に借りてるだけよ。だから本来上下関係なんてものは無いの。私はあいつらの言う事なんて聞く義理は無いし、多分あの二人も何も思ってない。兎の事なんて興味ないのよ、あいつら」
 さっきまで様を付けて呼んでた人をあいつ呼ばわりするてゐ。
「だって、気味悪いじゃん。あの二人」
 心底嫌そうに、てゐは悪態をつく。
「あんたは知ってるんだっけ? あの二人、年をとらないのよ。私が初めて見たときと全く変わらないの。しかもやってることが理解できない。ずっとずっと暮らしてて、考えている事の一つも分からない。だから私は、あの二人について何か考えようというのをやめたの」
「……」
「あんたもいくら出身地が同じだからって,弟子になんかならない方が良いわよ。きっと百年は意味の分からない事を延々とやらされるんだから。しかもきっと死ぬ程の激務よ。死なない基準で物事を考えてそうだから」

「何の話をしているのかしら」

 びくりとてゐが肩を強張らせる――と思った。
 何故ならそこにやってきたのは、今さっきまでてゐが悪口を言い続けていた八意永琳本人だったのだから。
 しかし実際にはてゐは汗一つ掻かずにこやかな笑顔で振り向いただけだった。反対に私だけが縮こまっていた。
「いやあ、この新入りに永遠亭でのルールを説明していただけですよ。夕餉は時刻通りに来ないと無くなるという規則を知らなかったようなので」
「あら、結局食べられなかったのね」
 楽しそうに会話をする二人に、軋轢があるようには見えなかった。
「彼女は月兎。私と同じ同郷だから、早く受け入れてあげて頂戴ね」
「お任せください。一から十まで、頭に叩き込んでおきますよ」
「――ああそうだ、てゐ。少し頼まれて欲しい事があるのだけど、ちょっと私の部屋まで来てくれない?」
「え」
 思わず二人の会話に口を挟んでしまった。
 今なんといった? 自分の部屋? 確か兎達は、二人の部屋には入れないんじゃ
 てゐは無視して応えた。
「はい分かりましたー。また調剤の手伝いですか? 最近多いですね」
「面白い植物を見つけたのよ。永い間生きた所為で妖力を持ち始めている大木よ」
「はあ、まるで私みたいだ。木霊ってやつですね。それじゃあ、参りましょうか」
「あら、新人教育はもう良いの? なら行きましょう」
 そう言って、二人は早々に立ち去ってしまった。話の飲み込めない私は、ただ二人の背中を見つめる事しかできなかった。


 私が現状を認識したのは、二人の姿が見えなくなる直前に、てゐが振り返り,にこやかに手を振ってきた時だった。
「あの兎ィ……!」
 つまり私は、騙されたのだ。完膚なきまでに。
「お前なんか真っ黒だ」
 悲しくなるくらいの負け惜しみは,無色の静寂に吸収された。











「よろしくお願いします、師匠」
 正直に言うと,見栄だった。てゐの言う通りにするのが癪なだけだったのだ。
 あれほどの見事に出し抜かれて,今更見栄も何もあったものじゃないのかもしれないが、今の私がてゐにできる仕返しと言えば、忠告を無視する事くらいだった。
 てゐの言っている事がどこまで嘘なのか私には分からなかったし、私の印象で八意永琳は厳しそうな方だった。だからきっとこれもてゐの思惑通りなんじゃないかとも思った。
 私は騙されやすいみたいだ。

 そして弟子入りしてすぐ,最初の後悔が襲ってきた。
「ええ、よろしく、ウドンゲ」
 うどんげ
 うどんげ?
「……ウドンゲ?」
「ええ、私が考えたニックネームよ。優曇華院、略してウドンゲ」
「はあ……あの、何で略するんですか?」
「お前はリモコンのことをリモートコントローラーと言うの?」
「質問に質問で」
 と問い詰める程の勇気はなかった。
「はあ、つまり長いから略したと」
 ニックネームの意味が無い。
 偽装の為にわざわざ本名に当て字をしたというのに、更に意味不明なニックネームまで与えられてしまった。レイセンはどこへ行ってしまったのだろう。
 これも嫌がらせなのかな。

 師匠からの指示は、意外と簡単なものだった。初歩的な薬の調剤や植物の採集、後たまにデータ整理くらいだろうか。師匠の部屋はとてもきっちりと整理されていて,掃除の必要も殆ど無いようだった。
 ただ、それ故に退屈だった。毎日毎日同じ事の繰り返しで、新鮮味も何もあったものじゃない。この屋敷の素っ気なさによる拒絶感も相まって、私は日に日に存在が空虚になっているのを感じる。
 仕事が始まると、自然と頭が楽をしようと仕事用の状態になるのだ。何も考えずとも勝手に手が動く。本当の私の思考はそこから少し離れたところで月のように見つめている、と言ったところだろうか。
 かつては師匠が一人でこんな作業を繰り返していたのだと思うとやはり驚かずにはいられない。それも一月や二月ではない、何百年もの間,ただ一人で、試行錯誤を繰り返していただなんて。
「あ、一人じゃないのか」
 蓬莱山輝夜。
 永遠を生きる月の姫。
 彼女に私はまだ会っていない。
 住居には持ち主の性格が出るという。
 この屋敷の主は、どんな色をしているのだろうか。








 よく、天才を指差して「お前の脳を見てみたい」とか言う事があるが、見てどうするのだろう。凡人が見てもきっと何の差異も見受けられないだろうし、並の専門家が見てもその仕組みを完璧に理解する事はできないだろう、ましてや復元して後世に移植して活かす事など最高の技術を以てしてもできる訳がない。
 つまり何が言いたいかというと、天才に物的証拠なんて存在しない無いということ。それでもそう呼ばれる天才とは圧倒的に天才なのだ。
 師匠は「あら、私ならできるわよ。私の脳の量産」などと嘯いていたが、分からない。最近、この人は嘘をついた事が無いのではないかと疑い始めている。
 そんな師匠の事だ、私の考えている事などお見通しだったのだろう。
 私が姫様に会いたいと言おうとしたまさにその時、師匠は私を姫様の元に使わした。
 普段は地上の兎達が交代でやる姫様への朝の食事運びを、この日に限って私にやるよう指示した。
 なんて事は無い仕事だが,条件があった。てゐ(と念のため訊いておいた他の兎二名)曰く、
「姫様の部屋は札が掛かっているからすぐに分かるよ。入り口から声をかけて,絶対部屋の中に入らないようにね。怒られるから。食事は部屋の前に置いといて、挨拶だけして帰るように」
 とのこと。
 本音を言えばそれではあまり姫に会う意味が無いのではないかと思ったが、姫様は滅多に外に出ないとのこと。何をしているのかは知らないが、普段他人と会いたがらない。てゐも滅多に見る事は無いそうだ。怪しいものだが。



 長い長い廊下を一定の歩幅で歩き続ける。姫の部屋は日当りの良い南端にあり、食堂からは遠い。
 静かだ。
 ひどく朽ちたように見える木張りの廊下を歩いていても、まるで音が立たない。
 更には景色が変わらない。ずっと同じような景色が続き、たまに自分が前進しているのか後退しているのか分からなくなったり、真っ直ぐなはずの道が波打つように曲を描いたりして見える。
 確かなのは盆に抱えた饂飩の香りだけだ。姫というからどんな物を食べるのかと思ったら、案外庶民的な嗜好を持っているようだ。
 一歩一歩儚い歩を進めながら、私は部屋を目指す。

 どれほど歩いたか
 どれほど歩けばいいのか
 どれほど時間が経ったのか
 どれほど時間が必要なのか
 永遠でも須臾でも、どっちでもいい気がしてきた。




 
 脳が仕事モードになっていたようだ。気がつけば蓬莱山輝夜と札の掛かった部屋の前に来ていた。
 部屋の入り口は他のものと変わらない。多分そこに掛かっている札を『営業中』に取り替えたら兎達がひっきりなしに通いそうだ。
 しかし雰囲気が違いすぎる。私は、その部屋の発する空気に息を飲んだ。
「……」
 無人の部屋とは比べ物にならない、岩のように重厚な風格を持っていた。この空虚な屋敷の中で,その部屋だけが異質の存在感を保っていた。
 威圧感とでも言うのだろうか、その部屋の向こう側から発せられる押し潰すような圧力は、他の部屋とは比べ物にならなかった。あの中にいたら,恐らく張りつめた空気の所為で部屋が狭く感じられるのではないだろうか。
「……?」
 というか、実際明らかに狭い気がする。
 よくよく見ると、障子の色がうっすらくすんでいる。それは生活感の現れかと思ったのが、違った。
 物影だ。入り口の向こうに、障子全体を覆うような何かとてつもなく大きい物が鎮座している気がする。
 勿論輝夜姫が実は巨人だった、なんて事も無いだろうから、これは姫の私物なのだろう。そう納得する事にした。私の仕事は勘繰る事ではない。
「輝夜様、朝餉をお持ちしました」
 しかし仕事を果たそうと呼びかけても返事は無かった。無意味な静寂が威圧する灰色の影とともに私を拘束する。重苦しい。
「輝夜様?」
 もう一度呼びかけるが返事どころか物音一つ立たない。まるで部屋の中には始めから誰もいないかのような……

 まさか
 私は急いで壁にぶら下がっている『蓬莱山輝夜』の札を手に取り,ひっくり返してみた。

 の部屋は三件隣だよ   てゐ

 とあった。




 何だかいいように扱われている気がする。
 あの部屋の中身は見ていないけれども、あんなでかい物を部屋に詰め込むのは、恐らく相当な労力を要しただろう。そこまでして私をからかいたいのか、その辺りは理解に苦しむが,後で問い詰める事にしよう。
 今度こそ私は目当ての部屋に辿り着いた。部屋札もちゃんと確認した。間違いない。ここは蓬莱山輝夜の部屋だ。先と同じく、この部屋の雰囲気は他と一線を画していた。しかし先ほどの岩のような拒絶感と言うより、こちらからつい避けてしまうような、そんな気品が溢れ出していた。
 ぼんやりと幽かな行灯の光に縁取られるよう、不明瞭な人影が浮かび上がっていた。この威圧感の正体。大罪を犯した姫が、なおも気高くそこにいる。
「……輝夜様、朝餉をお持ちしました」
「遅いわよ」
 ふわりと、拗ねたような声色で柔らかな声がした。
 彼女に向かって遅れたのは私の所為ではない、と言う程の勇気はなかった。
「すいませんでした。ここに置いておきます」
「待ちなさい。貴方、新入りね?」
 突如呼び止められた。決して鋭くはないのだが,有無を言わせない感じだった。誤魔化しようがない、そもそも質問と言うより確認の様だったから誤魔化す必要も無いのだけど。
「はい、そうですけれど」
「ああ、じゃあ貴方が例の月からやってきたっていうイナバね」
「イナバ?」
「私は兎達を総称してそう呼んでいるの。名前なんて覚えられないから」
「……はあ」
 いまいち意図が読めない。話し振りから見るに永遠亭在住の兎達の動向になんてまるで興味が無さそうなんだが、何かを欲しているようにも聞こえる。私に月の話をしろと言っているのだろうか。確かに気にはなるだろう。今自分を追放した土地がどうなっているかということは。
「はい、私が月の戦争から逃げ延びてきたレイセンです。以後,お見知りおきを」
「そう,地上民が侵略とは……ちょっといい、イナバ?」
 名前を覚える気はないらしい。
「はい、なんでしょう」
「貴方が来てから、今日で何日目?」
 見当違いの質問をされて私は少々面食らってしまった。
「はっきりとは覚えていませんが、一月ぐらいでしょうか」
「じゃあそろそろね」
「何が,ですか?」
「あら、貴方まだいたの?」
 あんまりだ。流石姫、傍若無人という噂は間違いない。
 私は言われたまま帰ろうとした。
「ああ、やっぱり待ちなさい、イナバ。訊いておきたい事があるわ」
 そろそろ腹が立ってきた。
「……はい」
「見たところ私の事を知っていたようだけど,月での私はそんなに有名?」
「あー……いえ、実はそうでもないですよ。内容が内容だけに極秘扱いされています。一般の人たちは存在を知っていません。随分昔の事とされていますし」
「あら、そうなの……」
 何故か,姫は残念そうに言った。私の感覚ではそれはむしろ喜ぶべき事だと思うのだけれど。
「饂飩ありがとう」
 突如礼を言われ,今度こそ私は面食らってしまった。
 どうやらこれで話は終わり、という意味らしい。私は「失礼します」とだけ言ってその場を後にした。

 師匠もそうだったが,あの人は更に掴み所が無い。
 投げつけられる言葉の一つ一つが、私のとはまるで違う波長をしているようで,全然実体が見えてこない。本当はあの部屋の中に人はおらず、行灯で照らされる影と会話をしていたのではないか、そう思える程に不明瞭だった。
 彼女の色は――不可視だ。眼の閾値を超えたインフラレッドのような、確かにあるのだけれど知覚できない、何らかのインチキをしないと、認識する事すら,敵わない。

 何かきっかけがなければ。私は彼女について分かりようも無いだろう。

 別にそれでもいいか。
 今の私は現状に満足している。

 これ以上に、望む物など










 帰り道にまた同じく長い廊下を歩いた後,私は最初にてゐの元へ行った。
「それであの部屋はなんだったの?」
 今度は先手を打つ事にした。前回はこちらの経験が浅かった所為もあっていいように弄ばれたが、こちらから押すように問い詰めれば向こうも窮するだろう。
 こっちの立場も大幅に上がったし。
 しかしそれでもてゐはどこ吹く風でいつもの笑いを浮かべている。
「結局中は見てないけど、何にせよ相当手間がかかったと思うのよね、あんな部屋の偽装」
 部屋の出入り口よりも大きい物を運び込むのは,どう頑張っても一人では出来そうにない。私のために複数で偽装をしたのだとすると最早呆れを通り越して面白い。特に私が中を見ていないところが面白い。
 しかしてゐは首を横に振った。
「いやあ、そんなに面倒な事は私はしないよ。効率が悪すぎるからね。そんな手間をかけるなら、もっといい方法はいくらでもあるわよ。あれは元々、部屋にあった物を利用しただけなの。私がした事は掛け札を取り替えただけ。しかもそのまんまにしてあるから。毎回新入りが引っかかるのよね」
 成る程、確かにそれだけならば手間はかからない……ってちょっと待て。
「……結局あれ,何なの? 随分大きい物に見えたけど」
「岩」
 実に簡潔に答えてくれた。
「岩ぁ?」
 奇妙な返答を聞いて奇妙な声が出てしまった。
 いや、岩自体は別に奇妙でもなんでもない。しかしそれが『元からあった』とはどういうことか。
 でも、うん。確かに、岩だとしたら『運び入れた物ではない』のは当然だ。入り口以上の直径の物体を入れられる訳が無い。
 だが、そこで納得できたところで到底岩だと言う事実で納得できる物ではない。俄には信じがたい。
「嘘でしょう?」
「あんたにバレる嘘をどうしてつかなきゃいけないのよ」
 生意気だが、これがてゐの作戦だと言う事を私は今までの生活で見抜いていた。相手の冷静さを奪い,判断を鈍らせるという作戦。こいつは嘘でも本当でもおんなじ台詞を語るけど。
「嘘だと思うんなら,さっきの部屋に戻って見て来なよ。苔むした岩が要石みたいに鎮座してるから」
「長い廊下は遠慮しておくわ。逆に聞くけど、仮に岩だとして,何でそんなもんが部屋に元からあるのよ。あれ入り口より大きかったわよ」
 と、そこでてゐは少々意外な顔をした。
「あれ、なんだ。まだ聞いてなかったの?」
 てゐは思わせぶりな事を言った後、少し躊躇ってから「まあどうせ後で聞くだろうし」と呟き、話し始めた。

 てゐの話を要約するとこうだ。
 この屋敷には現在ある術が施されている。主に師匠に、そして少しだけ姫の気質で施された術である。
 術の内容は外界の時間の流れから遮断するというもの。つまり、いくら時間を経ようとも、永遠亭とその周辺の土地は変化しない。決して朽ちる事が無い。何年経っても、最初と変わらずそこにある。
 そして何らかの外的作用によって永遠亭に損傷が生じても、姫の能力を活用した再生能力で自動で元に戻るというものらしい。
 私がここに来た時に感じた奇妙な虚無感はそれだったのだ。
 風格だけはあるのに生活感や歴史が微塵も無く、作り物であるかのようなちぐはぐな雰囲気。そう、丁度、博物館における復元物のようなものだ。私たちは本来鑑賞するための場所で暮らしている。


「まあそれさえ話せば分かるでしょ? つまりあの岩は昔永遠亭のあの部屋の頭上に落ちてきて、天井を突き破って部屋まで落ちてきたんだけど、あとから天井が再生されて今のような状態になってるわけ。ボトルシップってあるでしょ? 中の物を覆うようにして瓶を製造したオブジェと同じよ。幸い部屋は持て余すくらいあるから、壁をぶち抜いて取り出したりとかもしないで済んでるのよね」
「ごめん全然分かんない」
 余計嘘くさくなっただけだ。
 ついでに言うと瓶を先に作る。
「だから、そもそも何で岩が降ってくるのよ。地震が起きた様子も無いし、あんな大きいものが突然降ってくるなんてあり得ないでしょう。あんたは意図的なのか、そこの説明をしていない」
「う〜ん……別に隠す程の事でもないんだけど、話せば長くなるし、話したところで絶対やっぱり嘘くさいって言うからね」
 それは分かる気がした。そもそもこの幻想郷は非常識な事が多すぎる。
「まあ、そのうち分かるよ」

「心配しなくても、大した事じゃないんだよ。あんたが考えてる程ね」














 『そのうち』は割とすぐに来た。大体三日くらい後だっただろうか。


 夜遊びに疲れた兎達も床につこうという丑三つ時辺りだったろうと記憶している。
「敵襲ー! 敵襲ー!」

 地震かと思った。

 一羽の兎のかけ声と、突然の轟音とともに建物全体が振動し始めた。異常を察知して即座に目が覚める。『敵襲』という言葉がいやに私の耳に響いた。
 まずは誰かと会わなければ。消去法でリストアップした結果、師匠と姫は恐らくセットになるだろうと思えたので、ひとまずはてゐに会おうと思った。他の兎達と比べててゐは格段に頭が良いし、この揺れの正体を知っているのかもしれないから。
 緊張を解かずに周囲に耳を研ぎ澄ますが、しかし程なく違和感に気づく。先ほど確かに敵襲と号令が掛かったはずなのに、部屋の様子が落ち着きすぎているのだ。
 動揺や警戒の色ではない、諦観や無精、更には歓喜まで入り混じっている。
 間違いない、今が『そのうち』なのだ。岩が降ってくる時なのだ。私は再び耳を傾け,皆の動向を聞き分けた。どうやら殆どが外に出ているらしい。








 木張りの廊下に傷は無い。外に生えるの草花は一月前に見た景観と寸分違わず、虫の気配はしない。呼吸が出来ない空間なのだろうか。照らす月の光は死んでいて、庭先もまた、無色の静謐を確保し続けていた。


 縁側から塀の向こうに長い長い竹林が臨める。兎達は庭先で敵とやらを待ち構えている……ようには見えない。だらしなく縁側に寝そべって二度寝を試みている者、悪戯がバレて追い回されている者、垂直跳びをしている者、どれもこれも暢気だが、そんな場合じゃないと思う。


 時間の流れる屋敷の外,その竹林が、煌煌と紅い炎に染められているのだから。

「輝夜ぁ!」
 背中に大きな炎を纏いながら,敵らしき者はかなりの速度でこちらに近づいてくる。腰よりも長い銀髪の随所でリボンで飾っていて、移動のしやすさを重視したよなもんぺを身につけている、双眸はその背に背負う炎のように紅く睨みを利かせており、その気魄を見て私は少し圧倒されてしまう。
「ほらほら、何しているの、撃退なさいな」
 気がつくと,師匠も外に降りてきていた。非常事態とは思えない程いつも通りの調子で微笑んでいる。その命令を聞き、兎達は口々に文句を言いながらも立ち上がり,迫る炎に向き合った。
 かけ声も無く、兎の集団は思い思いに標的へと弾を散らす。ある物は追尾,ある物は拡散。てんで無秩序に弾幕が展開されているため,逆に見定めるのが難しい。
 しかし敵は接近する速度を緩めずにかわし続けている。真正面から見たらさぞかし恐ろしい光景だろう。
「毎回毎回前座を用意するな! 早く出てこい輝夜!」
 どうも姫の敵らしい銀髪の少女は、反撃に弾幕を張ってきた。赤、青二色の札が永遠亭目掛けて飛来してくる。その何枚かは兎に当たって吹き飛ばし,またあるものは屋敷の障子に穴をあけた。
「あー……これでも数日後には元通りなんだ」
 とりあえずてゐの言っていた意味が分かった。
「あいつは逆恨みの宿敵よ、ウドンゲ」
「逆恨み,ですか」
「ええ、逆恨み」
 それ以上話してはくれないのか。
「輝夜、この恨み、今日も晴らさせてもらうぞ!」
「五月蝿いわねえ、眠れないじゃないの」
 一瞬誰が喋ったのか分からなかった。
 突然、その人は現れた。
 溢れんばかりの漆黒の髪と、移動に不便そうな桜色の着物を着込んだ彼女は――姫は――悠然と、しかし楽しくて仕方が無いと言った様子で笑みを浮かべ、ひょいと遊びに行く少女の様に庭先へと飛び出した。
「相変わらず良い身分だな。日頃寝続けておきながらまだ眠り足りないというのか」
「あら失敬。私にだってちゃんと仕事はあるのよ、主としてね」
「主というのは側近の薬剤師のことだと思っていたよ」
「あらあら、そんな事も知らなかったの? 主は私。薬剤師さんはその実やりたい事しかやっていないのよ」
「お前が統制しているようには見えないさ」
「嬉しいわ、今日もその口を利けなくしてあげられるのだから」
「それはこっちの台詞だ、その減らず口を、口が裂けても叩けなくしてやる!」

 取り残されてしまった。
 最初の五分程、状況を認識しようと思ったが,ついていけない事が判明したので誰かに質問することにした。
「あいつは定期的にやってきては輝夜様と喧嘩しにくるのよね。藤原妹紅だったっけ、そんな名前。よっぽど因縁があるらしいよ。そのくせ後片付けは私たちがやるってんだから,良い迷惑だわ」
 てゐの言葉を受け、私は改めて中空で対峙する二人を見た。
 何というか、以前朝食を運んだ時に感じたあの奇妙で超越的ともいうべき風格はそこには無く、ただ一つ、楽しみによってのみ突き動かされているようなそんな無邪気な子どものようだった。
 分からない。ますます蓬莱山輝夜という人物が私には掴めなかった。
「まあでも、月一程度の頻度なら、満更でもないんだけどね」
 私がその意味を問おうとした時


 竹が取り囲む無色の月夜に、突如、極彩色の花が咲いた。




 飛び交う花火の様に、或は序列の無い星の瞬きの様に、夜空に眼が眩む程の光が飛び散った。
「そんな弾幕で捕らえられるとでも思ってるのか?」
 自分に向かって飛んでくる弾を素早く動かしながら、敵は言う。
「思ってなんかいないわ、だって折角の永い夜ですもの。もっと楽しまなくちゃ」
 そう言うと姫は、おもむろに袖から一枚のカードを取り出した。

「難題「龍の頸の弾 -五色の弾丸-」」

 宣言とともに、眩い五色の光線が夜を裂く。それは撹乱なのかお遊びなのか、てんで的外れなところにまで展開され、竹林のイルミネーションとなっていた。
「何回目だそのカード? 流石に、飽きた」
 敵はそう言い捨てると、何と横には避けずに、姫のもとへ突進して行った。光線と光線の僅かな隙間に身を滑らせて,全てを躱し切っていた。
 敵と姫との距離はもう腕が届く距離になっていた。弾幕の展開で一瞬反応が遅れた姫に,敵は強烈な蹴りをかました。姫の小柄な身体が吹き飛び,竹を大きくしならせながら止まった。だが姫はすぐに体勢を立て直す。
「体術で戦うなんて優雅じゃないわね」
「お前だって前回の闘いの時竹槍を使ったじゃないの」
「あれを作ったのは私じゃないわ」
「……今度はこっちの番だ」

「不死「火の鳥 -鳳翼天翔-」」

 火の鳥が咆哮のような轟音を発しながら敵の背中から飛び立った。紅い鳥は直線軌道で姫の元に突っ込む。
 姫は素早く身を動かして横に躱す。しかし背中のダメージが響き,逃げ遅れたのだろう、その先にはもう一羽の炎が既に尾を残して弾幕を展開しており、姫は火の鳥に挟まれる形になった。
 姫の顔がわずかに引きつるのを見て,敵の顔は邪悪に歪んだ。

「滅罪「正直者の死」」

 あれは、どうやって避ける?
 もの凄い勢いで射出された光線が,右から左へ一閃され、どこに逃げようと直撃するかのような軌道を描いた。
 当然その軌道上、ど真ん中にいた姫はその光線を直撃し、

 姫の口が裂けた。



「姫!」
 そのあまりの光景に、つい足を踏み出したが,それはてゐに肩を押さえられる事で止められた。
「まあ待って待って。知ってるでしょ。あいつら死なないんだって」
「でも」
「今飛び出したら、一番危ないのはアンタだよ。姫様は「口が裂けたー」なんて冗談に出来るけど、あんたの口は裂けたらくっつかないんだよ?」
 そこまで言われて,漸く私は出した足を引っ込め,縁側に座った。
「あれで,無事なの? 痛みは?」
「さあ。分かる訳無いじゃん,そんな事」
 てゐは肩をすくめる。
「それにね、面白くなるのはこれからだよ」
「面白くって――




「今程私が嘘つきならば良かったと思った事は無いわね」
 裂けた口はくっついていた。
「ふん、この弾幕は必要条件でしかない。嘘つきでも、バカなら引っかかってくれるのよ」
「そんな挑発に乗るとでも思っているのかしら。今度は私の番ね」
 ノリノリじゃん。

「神宝「ライフスプリングインフィニティ」」

 昼と見紛うてもおかしくないルクスが夜を照らし出した。
 周囲に夜明けの太陽の如く輝く光輪が輝き、皮肉のような星形の弾が不思議な軌道を描きながら空間を流れる。その密度は先ほどの比ではない。
 光,光,光。どこを見ても光ばかりだ、もっと自己主張しない弾幕の方が当てやすいんじゃないだろうか。この弾幕を避ける自信なんて私には微塵も無いけど。
「ふん、このまま無傷で終わるかもな」
 だが敵は当たらない、当たらない。どこを避けているのか、遠目からでは当たっているようにしか見えないのに、服を擦過するだけで、決して敵はダメージを受けない。
「それは困ったわね」
「……!?」
 敵の顔が驚愕に染まる。
 敵の挙動をはらはらしながら見ていて,姫の動きを完全に見逃していた。恐らく敵も、姫本体の確認をする程の余裕は無かったのだろう。
 姫は先ほど掲げ上げたスペルカードを破り捨てた、光の線は消滅し、互いが互いを殴り合えるような距離まで詰まった二人が残った。
 慌てて敵は体勢を立て直すが、既に準備をしていた姫に間に合うはずも無く

「永夜返し -待宵-」

 新たな弾幕を宣言した瞬間、敵の身体が吹き飛んだ。
 圧倒的な量の刃のように鋭い弾幕が容赦なく敵を捕らえ、ノンストップで運んで行く。
 止まったのは、全ての弾幕が敵の身体を貫通し終えた後だった。数十の空洞が作られた敵は、しかしすぐに口を開いた。

「「リザレクション」」

 蘇る。
「……やはりお前は嘘つきだよ、まだ殺し足りない、覚悟しろ」
「あらあら、貴方がバカだったのにその言い方は無いわね。遊び足りないのは私の方よ」
 今度は同時に,カードを取り出した。



「蓬莱「瑞江浦嶋子と五色の瑞亀」」
「新難題「金閣寺の一枚天井」」


 駄目だ,数えたくない。
 赤、黄、青、緑、白、灰色、水色、また青,紫、金?
 色が
 子どもの抽象画のように
 ぶちまけられた色が




――「インペリシャブルシューティング」
――神宝「蓬莱の玉の枝 -夢色の郷-」










――デタラメだ。
 それは夢の色。虹なんてもんじゃない。
 ありとあらゆる色が解放され、交錯し、咲き乱れている。


 弾が放たれるたび、二人がそれを躱すたび、そして当たるたびに歓声が上がる。
 いつの間にか庭は宴会になっていた。

 兎達がはしゃぐ。浮かれた兎達はいつのまに用意されたのかお酒を飲み,肴を食い、果ては仲間同士で弾を撃ち合って遊んでいた。
 師匠も珍しく見て分かる程上機嫌にしながら縁側に腰をかけてお酒を飲み、時たまさりげなく弾幕を張って兎の邪魔をしたり、こっそり姫の加勢をしたりしていた。

「どう? これが落石の正体。別に心配する事なんて無かったでしょ?」
「……」
「貴方がどうだったかなんて知らないけれど,私たちにとって戦いなんてそんなものなのよ。単なるお祭り騒ぎなの」
 戦い
 お祭り騒ぎ
 私の中でその二つの要素はどう頑張っても等号で結ばれそうになかった。
 師匠は、観戦を再開した。



 私にとって戦いなんて何も生まなかった。
 思い出すのは倒れていく仲間達。幾つもの星のついた旗。
 ただ謝罪の言葉を繰り返しながら撤退していった私の事を、誰も,何も言ってくれない。後に残ったのは喪失感と大きな被害だけだったというのに。



「貴方は私が貴方の事を嫌っていると思っているけど、それは違う。私は貴方の矛盾だらけのくすんだ色が嫌なだけ。この場所に、恐怖も不安も持ち込む必要は無いのよ」





 全く
 どうやら私はとんだ勘違いをしていたらしい。
 無色故に、どんな色も溶け込む空間。
 永遠亭とは、かくも色鮮やかな場所だったのか。




 空には満月を背に飛び交う美しき極彩色の弾。
 地にはそれを眺める銀色、灰色、黒、白の賓客達。



 ああ、確かにここは地上の楽園なのかも知れない。



 こんなにも楽しく戦争をしている彼女達を見ると、自分があまりにも下らなく思えてきて

 ひとまずはこの宴会を楽しむ事にした。
 そしてフィールドウルトラバイオレットでさらにド派手な宴会に。



 色で最初に思いついたのが、いろんな人の視力低下に大いに貢献したであろう輝夜の弾幕でした。
 読んで下さってありがとうございました。
 他、言いたい事はまた後日で。




追記
というわけで皆様お疲れ様でした。結果発表がこんなに緊張するものだとは。
ともかく、素敵な体験をさせて頂きました。ありがとうございます。
評価を下さった皆様方もありがとうございます。特に的確な指摘は一言一言が身にしみる思いです。
今回一つショックだったとすればそれは評価の数の少なさでした。マイナスでも良いから評価が欲しかった。

そしてお詫びを。
どうも後から見るとかなり採点基準を揺らがせてしまいました。一度全て読んでから採点と言う方式をとったのですが、簡素なメモ書きで感想をまとめていたため、その作品をしっかり噛み砕けずに採点してしまった感じがあります。言い訳ですね。申し訳ございませんでした。

では、また出直してきます。誰もが忘れた頃に創想話やこんぺでお目にかかるかもしれません。それって明日か。いや、今日かも。
気の所為
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2009/05/09 17:23:18
更新日時:
2009/06/15 21:39:38
評価:
20/21
POINT:
101
Rate:
1.20
1. 6 名前が無い程度の能力 ■2009/05/14 15:29:23
レイセンは自分の居場所見つけられましたかね
2. 3 パレット ■2009/05/18 00:23:02
悪戯ウサギでだけどちょっと冷めてるところもあるてゐが、なんだかそれっぽくて良かったです。
設定に突っ込むのはわりと野暮な気がするけど、ウドンゲが永遠亭に転がり込んだのはスペカ制度成立よりかなり前ってことにされてた気がすると一応。
3. 4 神鋼 ■2009/05/19 18:38:49
ちょっと全体的に流しぎみに感じましたが面白かったです。
4. 4 As ■2009/05/24 14:41:34
輝夜の弾幕は綺麗ですから、やはり色があっての弾幕なのでしょうね。
5. 7 三文字 ■2009/05/29 20:35:01
姫様の弾幕は確かに目に悪い……だからこそ綺麗なんですけどね。
前半の若干色のない味気ないような描写、そしてその後の弾幕戦。そのギャップが面白かったです。
やっぱ、姫様はこういう不思議な雰囲気が素敵だ。
6. 6 佐藤厚志 ■2009/06/06 04:35:20
これ程心が躍る宴会はないでしょう。素敵な描写でありました。
あぁ、お酒が飲みたい。ハイネケン。
7. 7 有文 ■2009/06/08 01:28:33
良い感じで優曇華が、馴染むのが良い感じですた。
この幻想郷のこまけぇことはいいんだよ! なノリは素敵ですねぇ。
8. 5 ふじむらりゅう ■2009/06/11 01:02:38
 長らく鬱々としていたわりには、締めのところで鈴仙がなるほど! というタイミングがやけに早くて、急いでたかなーという印象。理解した根拠はわからないでもないんですが、ほんとラスト直前だったからなあ。
 それまで鈴仙の心情にはあまり触れてこないで、なんかいきなりこじつけ気味に鈴仙を納得させて終わったので、ちょっと肩透かし。というか不完全燃焼。
9. 5 so ■2009/06/11 07:38:33
むむ。
筆主様が何を伝えようとしているかはわかるのですが、それが今一つ伝わってこなかったという感じです。
10. 6 八重結界 ■2009/06/12 17:03:52
ウドンゲの過去ものは暗くなりがちですが、これは実に良いほのぼの永遠亭。
当人からしてみれば、慣れるのに一生懸命でほのぼのなんて言ってられないのかもしれませんが。
それにしても、てゐが良いキャラしてました。このてゐになら騙されたい。
11. 7 ぴぃ ■2009/06/12 17:37:46
SS全体に流れるしっとりとした空気が好き。
てゐの悪戯にもクスリとさせられましたw
12. 5 moki ■2009/06/12 19:15:53
不憫な鈴仙可愛いです。実にらしい感じで、綺麗にまとまっていて良かったです。
13. 6 どうたく ■2009/06/12 20:23:00
 幻想郷にもし、初めて訪れたら、数々の驚きを感じることでしょう。
 その中でもスペルカード戦は色彩豊かで美しく、思わず呆然としてしまうのでしょう。
 そんなうどんげの、心情を上手に書いた文章だと思いました。
14. 8 リコーダー ■2009/06/12 21:30:56
色彩感覚としては揺らぎを持たせたニュートラル、最後は極彩色にまでふれる。
ストーリーとしての狙いと文章が上手くかみ合っていたと思います。
15. 2 ハバネロ ■2009/06/12 22:28:08
まぁ、そうかもしれない
ムダが美である事もある
16. 3 時計屋 ■2009/06/12 22:33:32
 頑張って書こうとしているのは分かりますが、文章は粗も多く、読みやすいとは言い難いものになっています。
 弾幕ごっこも文章力がまだ追いついていない印象です。動きの多いシーンをそのまま文章に落とすのは困難ですので、本当に書きたい弾幕だけに絞ってみてはどうでしょうか。
 お話のほうは起承転結がはっきりせず盛り上がりに欠けているように感じました。
17. 4 つくし ■2009/06/12 22:58:50
申し訳ありません、時間が差し迫っているため、採点のみにて、感想本文は後ほど改めて。
18. 4 K.M ■2009/06/12 23:27:15
アレは確かに目に悪そうだ。「あんた意外」→「あんた以外」ですか?
19. 5 渦巻 ■2009/06/12 23:33:59
描写は惹かれる部分もあるが、強引な展開のように感じました
時間と根気があれば良い作品になりそうなだけに残念
20. 4 つくね ■2009/06/12 23:49:14
可もなく不可もなく点数通りといったところでしょうか。もう少し削ぎ落としても良かったかもしれません。
21. フリーレス udngta ■2011/12/15 16:43:55
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