カラー夜雀

作品集: 最新 投稿日時: 2009/05/09 23:03:10 更新日時: 2009/05/09 23:03:10 評価: 25/27 POINT: 133 Rate: 1.22
 籠と呼ぶべきか、檻と呼ぶべきか。
 衛生的とはいえない、四方を鉄網に囲まれた直方体の中には、赤子の姿をした色とりどりの夜雀が詰め込まれている。
 半畳ほどに十と数匹。
 あるものは隅に固まって、羽毛を擦りあい互いを温める。あるいは僅かな隙間を四つん這いで這い回るものもあり、時折身体を震わせている。
 厳密には、夜雀は雀や鶏といった鳥の種類を表す語ではない。
 少なくともこの幻想郷では夜雀とは、ミスティア・ローレライという名を持つ妖怪の別名である。
 だから、籠に入った夜雀はみな一様に、ミスティア・ローレライの顔をしている。






 祭りに一人で行くか、大勢で行くかと問われたら、霧雨魔理沙は意外にも一人で行くと答える種類の人間だ。
 祭り囃子に、魔理沙は鼻歌を合わせた。
「んんん・んー・ん、ゆめた・がー・え、」
 気分が乗るほどに、即席の歌詞も付いてきた。
 連れと喋りながら歩くのも悪くないが、それでは鼻歌を楽しめないだろうと、問われたら本気でそう答えるかもしれない。

 だいいち、連れてくる必要なんてない。
 どうせ歩いていれば一人や二人どころでない知り合いと会う事になるのだ。
 通行人はもとより、下手をすれば露店の的屋が知り合いだったりする。
 今、気が付けば左手で、いつもの紅白が目出度い和装ながら、いつもとは少し印象の違う格好をして、商売をしているのがまさにそうだった。

「やあ、霊夢。今年も的屋の真似事か? ヤクザでもあるまいに」
「うっさいわね。的屋って実は神職とかなり近い存在なのよ。だから私がやるのが本当で、ヤクザがやるのは紛い物」
「その割にはノリノリの格好だがな」
 紅のスカートはいつもと同じ。しかし上の衣は肩にひっかけ、上半身に着るものは実質晒し木綿一枚ときた。嫌らしい視線を遣るのはいいが、匕首を抜かれても文句は言えぬ。侠気溢れる格好である。
 縁日の境内でやりとりされる金は、すべからく信仰による、賽銭と同質のものであるべし。
 凄い理屈といえば凄い理屈だが、霊夢だけでなく神社関係者は皆こう考えているとの事だ。
 当然のごとく、祭りの度にやる気満々の霊夢である。

 霊夢の店の後ろには大きな鉄籠が、積まれ並べられ全部で6個。
 魔理沙はその中の一つを覗き込んだ。

「また夜雀か、飽きもせず」
「これがいちばんお手軽なのよ。金魚すくいや鉄板焼きはセッティング大変じゃない」

 幻想郷では、夜雀売りも縁日の風物詩である。
 籠の中いっぱいの夜雀も、すっかり見慣れた光景だった。
 と思ったが、魔理沙はある事に気付いて顔を一段近づけた。

「お、この夜雀、なんか普通のと違わないか?」
「分かる? 綺麗でしょ」

 普通の夜雀籠は一色の地味な色合いに塗り潰されているものだ。
 しかし今日の霊夢の籠には赤・青・黄と原色系の、それぞれ異なる色の髪や羽毛をした夜雀が入り乱れている。
 例えるなれば、極楽鳥のショーといった具合か。

「綺麗というか、目に毒というか。突然変異か?」
「いや、染めたの」
「染めた?」
「アリスが人形の布地や髪を染めるのに使ってる奴をね、分けてもらったのよ」
「ちょっと待て、あれって鉱物や変な植物から作ってるから、体にかなり悪いんじゃなかったか? 染めてる最中は換気が欠かせないとか」
「確かに、ちょっと体力を消耗するのが欠点ね。大丈夫、売っちゃえばそれまでなのは変わらないから」
「おいおい」

 言われてみれば、少し元気がないように見える。のだろうか。
 実のところ、大抵の夜雀は露天に並べられるまでに粗雑な扱いをされているため、状態というのはどこでも似たり寄ったりである。

「毎度思うけどさ、こうやって生き物を売り物にするのはどうかと思うぜ」
「そんな事言ったら肉屋さんはどうやって商売するのよ」
「分かってるよ。生き物はみんな他の生き物を蹴落としながら生きるもの、こんな言い草はただの偽善に過ぎない。けどな」

 夜雀の一匹が、籠の外の生き物である、魔理沙の存在を認めた。
 針金に指を掛け、ちっ、ちっ、と、口の中で小さく舌を鳴らしている。
 それは救いを求めるにも、降り掛かる世の摂理を呪うにも見えなくない。
 しかしそう主張するには、その目には苛烈さが決定的に欠けている。
 ただ白痴的に、上目遣いで魔理沙の方を見上げる。
 魔理沙の方から目を逸らした。

「同じ人の姿をしているモノを、こういう扱いするのはなあ」
「幻想郷では何だって人の姿をしているわ。だから特別扱いする方が却って良くない事なのよ」
「どこまでも正論かよ」

 魔理沙はそれだけ言って、踵を返してしまった。

「ちょっとぉ、冷やかし? 寄ったんだから買ってきなさいよ」
「気分が乗らない。同じ金を使うなら、綿菓子でも買って帰るさ」

 金の使い道を一人で決められるのも一人の特権だしな、と魔理沙は一瞬後には不快感を忘れ、元通り祭り囃子と炭焼きの匂いの中に埋没していった。






 果たしてその夜も又それからも、夜雀売りは祭りの花形の一つであり続けた。

 親子連れは大抵、親が夜雀を胸に抱いている。
 その足元を、お面をつけ金魚やヨーヨーをぶら下げた子供が駆け回る。
 中には持参した襷で夜雀を背中に括り付けたまま射的に挑戦する猛者もいる。

 霊夢考案のカラー夜雀はそれから、ちょっとした流行になった。
 染めた色がいずれ褪せてしまう事はすぐに知られたが、文句を言う者はなかった。
 もとより、色褪せるまで長生きする夜雀は全体の一握りなのだ。

 祭りのピークは秋で、その後には厳しい冬が来る。
 大抵の夜雀は、耐えられない。
 だからその年から幻想郷には、夏の終わりから色が増え始め、晩秋を境に減少に転じ、冬が終わるまでには元通りになるという、新しいサイクルが一つ増えた。






 庵の外でその朝、萌黄色の夜雀は手足を縮こめ冷たくなっていた。
 藤原妹紅はそれを見て頭の後ろを掻いた。

「ま、結構保った方か。勝負には勝ったし、いいな」



 思い返せば納涼の祭り、妹紅は仇敵輝夜及び永遠亭の一行と鉢合わせしたのだった。
 気が大きくなっていた妹紅だったが、それは輝夜も同様で、さっそく決闘開始となるところ、ハレの日に周りに被害を出す訳にもいかないとの八意永琳のとりなしで、ひとまずその場は矛を収めた。
 とはいえ不満は消えず、いつの間にか永遠亭勢に混ざった妹紅、輝夜と睨み合いを始め険悪ムード漂う中、因幡てゐは提案した。

「今ここで、夜雀を一匹ずつ買って、それを長生きさせた方が勝ちっていうのはどうでしょ?」

 それならこの場のみならず、当分の間二人の直接対決は避けられる。永遠亭の仕事も半減。一石二鳥、いよっ天才と取り巻きの兎たちに囲まれポーズを取るてゐであった。
 蓋を開けてみればその瞬間から、少しでも状態のいい夜雀を探すため、二人の不死者が血走った目で境内中で籠という籠をひっくり返すというそれはそれで迷惑な事態となり、てゐは上司の月兎からげんこつ一つ頂戴する事になってしまったが、それはさておき。

 奇しくも同じ色の夜雀を選んだ二人、結論を言えば勝負は数日前に妹紅の勝利という形で決着した。



「けりが付いたら焼き鳥にすれば二度美味しい、と思ってたけど、それだけは残念」

 飼う目的の大部分が消えてしまったのを自ら弁えるかのように。
 決着が付いた日の晩に、夜雀は突然震え出し激しい下痢をした。
 与える物をすべて吐き戻し、艶を失った身体は異臭に包まれていた。捌こうにも食べる気がしなかった。
 こうして死骸になった方がまだ綺麗だ。

 腐られても迷惑であるから妹紅は死骸の始末を始めた。
 といっても何という事はない、畑仕事用の鍬で穴を掘り、同じ鍬で死骸を穴にかき落とし、土を戻しておしまいだ。

「あっけないもんだねえ」

 妹紅にとっては殊更に、それは特別な事ではなかった。
 永劫たる時の流れからすればどの生物も大差なく、生まれ育ち老い死んで朽ちる。

 妹紅は秘蔵の一升瓶を、庵の棚から取ってくると、埋め返され色の違う土の上に少しだけ垂らした。
 してやる事はそれっきり、墓標を建てる気などはない。
 鼻をくすぐる酒精の香気。そのままぐいっとやりたくなるのは山々だが。

「慧音んち、行くかな」

 死者を出した家で飲む気はしなかった。
 慧音は寺子屋だから、昼の間は留守だろう。という事は一人飲みをしても差し支えないという事だ。
 帰ってきたら頭突きは必死だが、今日という日はそれも構わないと思った。







 あるときは野犬に襲われて、残るのは羽根と血痕だけ。


 またあるときは皮膚病に冒され、気持ち悪いからと死期を待たず捨てられて。


 出来損ないの夜雀はそうやって、染料と同じくらいに泥と手垢と死に染められる。


 幸いな夜雀は、大事に育てられて肉屋の店頭に並ぶ。


 そうやって、わたしの身体は幻想の郷を循環する。






 冥界では、ここ暫くは夜雀を買っていない。
 既に間に合っているからだ。

 草木の香が鼻をつく頃。
 主、西行寺幽々子が湯飲みを置くのに合わせるように、鳴き声が聞こえて来た。
 彼女は頬をほころばせた。

「妖夢」
 庭師の妖夢は仕事のすがら、丁度外を通りかかった所だった。
「あの子、長いわね。何年目だったかしら」
 妖夢は部屋に上がろうとしたが、土のついた己の装いを確かめて思い留まり、仕方なく縁側に手をついて答えた。
「5年目ですね。それほど長いという訳ではないでしょう。妖怪に決まった寿命はありませんから、運がよければいつまでも生きますよ」
「そう、世話頑張ってね」
「うへえ、と言いたい所ですが、冥界には派手な気候変動もなければ外敵もいませんし。食事を一人分余計に作る位ですね、手間といえば」
「そうよねえ。本当に、それだけの事なのよね」

 夜雀の鳴き声には、綺麗に節がついていた。
 鳥は聞いた音を覚える。定期的にプリズムリバー楽団が演奏を行う事もまた、ここが夜雀を住まわすのに適する場所である一因だ。

「みんなは知らないのよね。大切に育てた夜雀は、歌を歌うって」
「言っても、信じないでしょう」

 これほど澄んだ歌声を、他では知らない。



「鎮魂歌、なのでしょうか」
「ふふ」
 妖夢が一言を呟き、主にはそれだけでも何が言いたいのかを理解したふうだった。
「意味なく生き、ただ死んでいく仲間たちへ、この場所から手向けの歌を……」
「想像力が豊かなこと。あの子にも分けてあげたらどうかしら」
「は?」
「聞けば分かるでしょう。ほら、この歌はそんなモノではないわ」
 そう言われて妖夢は真顔で耳を傾け、そして諦めた。
「すみません、私には感じられません」
「正解。この歌は、何も考えてない歌よ」
「……幽々子様、茶化さないで下さいよ」
「怒らない。能天気なあの子を見習いなさいな」
「あの能天気さなら何とか見習えそうな気はしますね。貴女のに比べれば」
「酷いわあ」






 色に染められるようになった事は、幸いだったのだと思う。


 自分が綺麗なのは、嬉しいから。


 赤、青、黄色。オレンジ、緑、白に黒。


 祭り囃子に、哄笑に乗って。巡るわたしはとめどなく。


 ここは幻想郷、極彩色の世界。
ゆめたがえ
ゆめたがえ
リコーダー
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2009/05/09 23:03:10
更新日時:
2009/05/09 23:03:10
評価:
25/27
POINT:
133
Rate:
1.22
1. 8 ユッキー ■2009/05/10 09:09:41
ああ、なんだろうかこの不思議な感じは
己の語彙が足りない
2. 7 名前が無い程度の能力 ■2009/05/12 00:20:26
冥界が一番環境が良いとは何という皮肉。

人の形しているってだけなのに、妙にもやもやした気分になった。
でも意味深で面白かった。
3. 8 名前が無い程度の能力 ■2009/05/13 08:52:59
なんともかんとも
4. 8 名前が無い程度の能力 ■2009/05/15 14:01:01
残酷な話だなあと思いました。
みすちーかわいそうどすえ
5. 10 三文字 ■2009/05/17 21:42:11
大切にするからミスチー一匹頂戴!! なんて言えないんですよねぇ、この話読むと……
縁日とかの金魚やカラーヒヨコって、体が弱いんですよね。
金魚すくいですくった金魚は結構長生きしましたけど。
にしてもここまで扱いの酷いミスチーも珍しい。
でも、本人達はそんなことも分からず、能天気に生きてるんだろうなぁ。ああ、なんか無常だ。
6. 3 パレット ■2009/05/18 00:43:42
幻想郷をめぐるミスティア。なんだか不思議な感じ。
7. 2 名前が無い程度の能力 ■2009/05/18 14:04:42
魔理沙に激しく同意
8. -1 神鋼 ■2009/05/30 15:24:39
一言で言えば「気持ち悪い」
9. 7 名前が無い程度の能力 ■2009/05/31 03:26:29
なんだろう…タイトルで吹いて、読んだらすごくしんみりとした気分になった。
あの日見たヒヨコ達もこんな風に…
10. 4 As ■2009/06/01 01:48:48
まぁ、ヒヨコのこともありますが人間なんて勝手なものですからね。
しっかりと締められていると思いますが、少し気分が悪くなるようなお話でした。
自分がしていることを再認識して気分が悪くなること自体が勝手なのでしょうが。
11. 7 気の所為 ■2009/06/03 06:02:22
最初大量のミスティア顔が犇めく状態を想像して、てっきりギャグかと思ってしまいました。
しかし読んでみたらなんとまあ健気な。
飼ってみたいと一瞬思ってしまったけど、きっと死んだらやるせなくなるので思い直すのでありました。

さて、それはそうと本作品の霊夢がヤバいです。
サラシのみとか男勝りすぎる。その恰好のまま睨まれたい。しかも台詞だけは普段と変わらないとこがいかにも霊夢らしくていい。あー、匕首持った姿も見たい。
失礼しました。
12. 4 ■2009/06/07 18:50:18
ふむ、要するにここに出て来る夜雀を全てミスティア顔で想像しろと……凄い光景が浮かびました。
これは――夢か幻か。
13. 7 有文 ■2009/06/08 00:42:35
良いです、実に面白い。さらりと流れる無情な生死観、それは幻想郷の一つの原点のような気がします。
14. 5 佐藤厚志 ■2009/06/10 02:57:56
何故か怖い感じでした。
そして焼き鳥が食べたくなった私は、何なんでしょう。
15. 7 ふじむらりゅう ■2009/06/11 00:41:46
 タイトルで判断してギャグかと思いきや、まさかでした。悔しい。
 あれこれ考えさせられるような気もするけれど、あまり深く考えなくてもいいような気もします。
 ただ、聞こえる歌に耳を傾けていればいいだけのことかもしれない。
16. 5 上泉 涼 ■2009/06/12 02:29:51
好きか嫌いかで問われたら、正直この話は嫌いの部類に入ります。ただ、だからと言ってすっぱりと切り捨てることも出来ないのですが……。
まあ、こんな風にアレコレと変に考えてしまうこと自体、きれいごとが入っているのかも知れません。
17. 6 ぴぃ ■2009/06/12 04:42:05
テーマが斬新です。気になるといえば、斬新すぎる点でしょうか。
とても丁寧に書かれているのですけど……。
18. 6 八重結界 ■2009/06/12 18:41:55
ああ、命は儚い。
19. 7 moki ■2009/06/12 18:51:02
金魚だろうとひよこだろうと同じなのでしょうが、それがミスチーの顔をしてるとより残酷に感じてしまう。幻想郷で夜雀であるのはこちらでひよこであるのと等価なのでしょうが。何にせよ、後段の妹紅のシークエンスがあって救われました。世の中そんなもんと言われても、それを当然のものとしてしまう人にはなりたくないもんです。
さて、屋台でカラーひよこ売ってるのって見たことないんだけど、実際にあるんだろうか。
20. 2 木村圭 ■2009/06/12 21:50:48
幻想郷にはこうなって欲しくないなぁ。
21. 3 どうたく ■2009/06/12 22:14:58
 夜雀の扱いが悪いww
 話のテーマが見えませんでした。申し訳ないです。
 最初のミスティアの件を引っ張ると思ったので、予想外の展開でびっくりしました。
22. 7 時計屋 ■2009/06/12 23:03:01
 カラーひよことはまた懐かしい。
 もうすっかり見なくなりましたし、幻想郷入りも納得ですね。
 さて。
 様々な視点から他愛の無い命の流転が描かれる。実に不可思議な話だったと思います。
 写実的な語り口も実に好みです。短かったですが、色々と考えされる、印象的なSSでした。
23. 1 ハバネロ ■2009/06/12 23:09:39
夜雀とはそもそも鳥に生まれ鳥として育つのだろうか

その疑問が喉にささる
24. 7 つくし ■2009/06/12 23:10:33
申し訳ありません、時間が差し迫っているため、採点のみにて、感想本文は後ほど改めて。
25. 3 K.M ■2009/06/12 23:22:02
カラーひよこは最近は見た記憶が全然ないなぁ。他の町のお祭りではあるんだろうか。
あ、だから幻想に……?
26. フリーレス 匿名評価
27. フリーレス ■2017/01/29 11:02:07
これは凄い作品だ…
うまく言えないが
名前 メール
評価 パスワード
<< 作品集に戻る
作品の編集 コメントの削除
番号 パスワード