天然に見る風景

作品集: 最新 投稿日時: 2009/05/09 23:39:39 更新日時: 2009/05/09 23:39:39 評価: 18/18 POINT: 80 Rate: 1.11
『……と、このように我が社の合成食品は製造されております』

 ビデオの無機質なナレーションが、講堂に響き渡る。
 スクリーンに映し出されているのは、シンプルな二つの螺旋。そこから引いた映像は、最後に筍となった。その他、様々な食品に差し変わっていく。現代日本で最もメジャーな合成食品会社のプロモーション映像だ。だだっ広い講堂でなくとも、企業にアクセスすればいつだって見ることができる。

(……つまらん)
(もう出ちゃう? 私たち、必修じゃないんだし)
(そうしようか……)

 ここは、秘封倶楽部の二人が通う大学。映像は、そこで開催されているシンポジウムの一部である。蓮子の超統一物理学、メリーの相対性心理学とは全く関係がない。同大学の経済学生向けのシンポジウムで、二人はなんとなくの参加であった。外部の参加者も交えているため、後部に陣取った二人から見ればかなりの壮観である。

『次に、我が社の取組みについて……』

 映像からスライドショーに切り替わる一瞬の暗転を期に、二人は外に向かって移動を開始した。真面目にメモをとる学生と、舟を漕ぐ学生の間を縫って忍び足。講堂の出口付近には、職員もいるが二人はお構いなし。真っ暗の講堂では、顔も覚えられまい。
 扉の隙間を抜ける直前、メリーは振り返ってスクリーンを見た。
 そこには、原色のような緑の森が映し出されている。中央には「我々は自然に追いついた」のテロップがある。

「私には、ビルと同じ灰色にしか見えないけれど……」
「メリー! 早く!」
「今行くわ」

 静かに、ドアは閉まる。







 夜明け前の幻想郷。まだ薄暗くとも、博麗大結界まで良く見える。
 この分なら、千里眼など使わなくても見張りはできるだろう。ここまで空気が澄むのも、春では珍しい。山の中腹付近からでも、滝つぼの水底が見えるようだ。そして、そこで翻弄される河童の子供も見える。親も近くにいるようだし、出張ることはないだろう。
 何より、稜線にかかる朝日は見事の一言。早朝の哨戒は、これ目当てにやっているようなものだ。物好きだとよく言われるが、この楽しみがわからないとはなんと無粋。滝つぼで頭を冷やすと良いでしょう。
 ところで、千里眼の感覚は人間でいう望遠鏡に近い。目玉がそこに寄る、といえばいいだろうか。どこぞのスキマ妖怪でもないし、天魔様のように強大でもない。この力を使っているうちは、周囲に気が回らなくなる。気づいてからでも間に合う烏天狗の速度や、意に介さずともよい頑強さもない。文字通り注目している間は、隙だらけなわけで。

「いい天気ですね」

 突然話しかけられると、びっくりする。足場から、滑って落ちるくらいには。
 完全なる不注意である。滝つぼまでの落下はないものの、若干打ち身をした。ひどい有様だ。このように、千里眼は近付かれることに弱い。それでも、ここまで気付かないほどとは衰えたか。それとも、彼女が山の頂点に近い神であるからか。
 彼女は、申し訳なさそうな顔をした。が、落ちたのは私のせいである。互いに詫びあって不毛なやりとりをした後、自然と会話が途切れてしまう。
 私は会話が得意な方ではない。それは、鴉天狗の領分であって、白狼天狗の領域ではなかった。中には得意なのがいても、極まれだ。むしろ文様がおかしい。

「綺麗ですね」

 突然、風祝(巫女と違うのかは、わからない)の彼女は口を開いた。主語がないため、何が綺麗なのかは不明。目をやると、彼女は前だけを見ていた。尋ねはしなかったが、幻想郷の風景を見ているのだろう。確かに、綺麗ではある。が、見慣れた私にとっては、特別な感動はない。滝を流れる水も、遠く晴れた空も、里の営みも、寂れた神社も、遥かかなたに見える巨大な決壊も、いつもの姿だ。会話の中でも、彼女はずっと幻想郷を見ている。憧憬か、諦観か、それとも私の知らない何かか。

「あの」
「何ですか?」

ささいな興味で、私は尋ねる。

「外って、どんなところだったのですか?」







 シンポジウムを自主早退したからといって、蓮子とメリーには予定はない。なんとなく市街地に繰り出し、いつもの店でお茶をしばいていた。
 行き先が思いつかないときは、いつも祇園にあるこの店だ。常連すぎて、注文をしていなくとも飲み物が出てくる。

「で、今日の議題は?」
「もちろん、天然について」
「ここにある天然物っていうと、私たちの眼くらいしかないわ」
「それが今後、クローンとなる可能性も否定はできない」
「誰も、こんな気味悪い目を量産しようと思わないわよ」

 明らかに、喫茶店での会話ではない。
 しかし、意味が通じるわけでもない。周囲の数少ない客にとっては、意味不明な専門用語が飛び交っているように感じるのだろう。
 奇妙な目を持っている二人だけの、暗号のような会話だから。

「天然っていうと、あの竹林よね」
「ああ、いつぞやの筍?」
「ええ。合成物じゃない筍なんて、後にも先にもアレだけよ」

 メリーは一度、幻想郷を見た。
 彼女自身、その体験が現であったか夢であったか。今となっては定かではない。あまりにも鮮やかな月夜の竹林、赤い目をした獣、焼けた鳥。そして、天然物の筍。
 日常から離れすぎた世界。彼女らが求めていた場所ではあったが、あまりにも唐突過ぎた。二人がそろっていたなら、あるいは冒険もできたかもしれない。

「ないわね」
「そんな危険だったの?」
「すごい熱かったもの。赤かったもの」
「赤は確かに危険だわ」

 信号とか、火とか、血の意味で。
 
「私も、一度見てみたいけどなぁ」
「……まぁ、お化け屋敷じゃ味わえないわ。あの怖さは」
「そんなに?」
「食べられるかと、思った」
「ふーん。犬に噛まれるのと、単位落とすのと、ソレとどれが一番怖い?」
「愚問よ」
「へー」

 蓮子は、気のない返事をしながら琥珀色の液体を飲み干した。濃い目の番茶である。
 思い出すだけで、メリーは震えを覚える。二人が住む新京都では、あのような恐怖を味わうことはないだろう。学問が発展し、謎が駆逐されていく過程で彼らも姿を消した。
 ゆめかまぼろしか。彼女が感じた恐怖だけは本物だった。

「さて、出ましょうか。この後はどうする?」
「んー。いっそ宇治まで足伸ばそうか……」
「じゃあ、竹林の話題も出たし嵯峨野に行きましょう。もしかしたら、また見えるかも」
「えー……せめて白兎がいいわよ」
「そういえば、兎の目も赤よね」
「やめてよー」
「あはははは」






 外がどんな場所だったかと言えば、湖と神社とその向こうに見える灰色の建物。
 私の人生は、まだ普通の人とは変わらない。現人神といっても、力を借りることができるだけで、力とかならむしろ弱いほうになる。単に、八坂様の直属というだけで位としては末席もいいところでしょう。
 そんな、湖のただ中にある神社から見える人間の営みは正直言って、羨ましく思えました。八坂様が語る昔ほど、神が猛威を振るう時代ではありません。特に、この国では西洋ほど神への執着はありませんでした。あらゆる意味で、私たち神の時代は終わったのでしょう。
 だから私たちは、彼の地を捨てて幻想郷に移り住んできたのです。そう、一切の未練もなく。
 そんなわけで、私から見た外の世界はこちら以上に向こう側でした。神が忘れられた場所で、かつての領地が拓かれていく様を見ているのは辛いことだと八坂様は言いました。

「……なるほど。神様も悲しむんだね」

 基本的に、人間や妖怪と同じですよ。まぁ、私は当時を知らないのでわかりませんが。
 
「その割には、麓の巫女に脅しをかけたりと大胆に動きましたね。いつぞやは」

 外では、結構それで潰れたところもあったようですから、こっちでも効くかなーと。逆に乗り込まれるとは、思ってもいませんでした。やはり、外の常識が通用しない場所なんですね。
 
「外の常識がどんなものか、私は知りませんがね。聞いたところ、そんなにいい場所でもなさそうですが」

 住めば都、ですよ。今はとてもじゃないですが、妖怪が住める環境ではありませんが。
 それに、外でも綺麗な時はありましたよ。外で、私が一番綺麗だと思った時が。

「ほう。それは?」

 幻想郷でも、よく見れますよ? 山から見るよりは、少し離れた麓から眺めたほうがより綺麗です。
 






「嵯峨野って、意外と距離があったわね」
「うん」

 嵯峨野からのバスの中、メリーはデジタルカメラで撮影した竹の写真を見る。青々と、まっすぐに伸びた竹に、風に揺れる笹。そして、僅かに芽を出す筍。
 午前中の映像よりも、遥かに美しい。やはり、まだ天然には追いつけていないようだ。自然は、そんなにたやすいものではない。……そんな収穫があったにも関わらず、二人は沈んでいる。それは何故か。

「でも、博物館っていうのはないわ……」
「昔の資料だと、山のように竹が生えていたらしいわ」
「それにしても、保護のために囲うってのはどうなの。あれで天然っていうのはないわね」
「まぁ、確かにないわ。おこわも合成だし」

 嵯峨野の竹は、まごうことなき天然であった。しかし、種の保護とやらの名目でガラスに囲われている始末。意気込んでいた秘封倶楽部は、探究心をすっかり萎えさせてしまった。想像と全く違い、さらに料金まで取られてしまった。学生には辛い出費である。

「もう、天然なんて夢のまた夢なのかしら」
「もう一度、メリーにあっち行ってもらうしかないかもね」
「いやよ怖いもの」
「……今、確実にある天然っていうとアレくらいかしら」
「どれ?」
「ん」

 蓮子は、山を指差す。

「午後六時五十一分ジャスト。一番星」






 日が暮れる。
 山の椛さんはお帰りになり、湖には私一人。八坂様と洩矢様は、社で酒盛りをしておられます。幻想郷に来て思うのは、全く威厳を感じなくなったことでしょうか。山の信仰集めはこうやるんだと、喰っちゃ寝食っちゃ寝です。今頃、座布団に根でも張っていることでしょう。ざまあみるといいのです。
後々、腰周辺にたまった何かに恐怖すると良いでしょう。
 そんな守矢神社を眼下に見る、御柱の上。雲とお天道様を除いた、幻想郷で最も高いところ。以前は、稜線に沈む夕陽が一日の終わりを告げていました。それは今も変わらず、代わりに地平線に沈む太陽を眺めている私。この夕焼けだけは、外も幻想も同じものでした。
 夜の目前、静寂の時間。御柱の長い影が、宵闇に呑まれていく。時折姿を見せていた天狗の方々も、寝床に戻られたようです。水面には波一つなく、まるで取り残されたかのような感覚を覚えます。寂寥感というか、一抹の不安といいますか。夜が怖いなんて、本当に懐かしい。本当にここは、忘れられた場所なのかもしれません。
 西は紅く染まり、東の空は星が攻め込んでまいりました。ここからは、人にあらざる者たちの時間です。私も、家に帰るとしましょう。

 かみさまがよぶから、かえりましょう。

「さなえー」

 はい、ただいま。
 今日も、一日が終わる。そういえば、あちら側も夕暮れなのでしょうか。ちょっとだけ、後ろ髪を引かれながら夕餉の卓へと赴くことに。
 さて、願わくば明日も――――






「……まさか、市内で渋滞につかまるとは思っても見なかったわ」
「さすが週末ねー」

 とっぷりと日が暮れた、新京都市内。二人は烏丸を歩いていた。手には、先ほど露天で購入した饅頭が握られている。
 初夏も近いとはいえ、夜はまだ冷える。見事な夕焼けから一転して、雲が出てきたからだ。風もまだ冷たい。二人は、それなりに家路を急ぐ。

「今日の活動のまとめって、何かしら」
「活動って言えないじゃない……竹見ただけよ?」
「それもそうね」
「これは……天然物かしら」
「気にしちゃキリがないわ、おいしいならそれでいいじゃない」
「まぁね、そんなことを気にするのは人間だけか」
「そうよ、どうせ夜になれば真っ黒だもの」
「メリー、確かにそれはそうだけど……」
「天然は、あっちに行けた時の楽しみにしましょ」

 メリーは、親指と人差し指で輪を作り、空を覗き込む。
 ちょうど、雲の切れ目と重なって瞳に月を映す。
 
「そうね、天然の筍がどんな味か楽しみにしておくわ!」
「蓮子は本当に好きね……過度な期待は、肩透かしの時ひどいわよ?」
「夢見るだけなら、タダよ」
「じゃあ、夢を見るために月にお願い事でもしましょうか。アレも天然物だし」
「何のお願い?」
「そうね……じゃあ」










明日も、良い天気でありますように。
生竹林って落ち着く!
ふしぎ!
S.vespar
http://www.geocities.jp/snowtic_road/
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2009/05/09 23:39:39
更新日時:
2009/05/09 23:39:39
評価:
18/18
POINT:
80
Rate:
1.11
1. 6 三文字 ■2009/05/12 01:22:30
自然いいよね自然。
自然の写す色には人間は勝てません。それどころか追いつくことも難しい。
ああ、嵯峨野に行きたくなってきた……
2. 4 パレット ■2009/05/18 00:52:23
秘封の二人と幻想郷の二人の会話が、それぞれいい味出していたと思います。
「天然」のたどりつくところを両者ともで空に持ってきて、最後の一文で締める流れが鮮やかでした。
3. 5 名前が無い程度の能力 ■2009/05/19 13:01:45
幻想郷からみた夕陽はさぞ綺麗でしょうな
4. 4 気の所為 ■2009/06/03 17:30:26
幻想郷側のキャラクターももっと書いた方が良かったのではないかと感じました。天然というキーワードをもっとそちら側でも回す事が出来たら深みが増すと思うのです。
5. 4 神鋼 ■2009/06/03 18:56:02
早苗さんからいい感じの毒が染み出してました。じわじわと。
6. 3 As ■2009/06/07 13:04:39
外でも幻想郷でも綺麗なものは存在するんでしょうね。
お題の「色」が表現しきれていないような気がしました。
7. 4 有文 ■2009/06/08 00:11:24
今日も明日も良い天気の方が良いですね。
8. 6 佐藤厚志 ■2009/06/10 03:21:14
まったりした小説でございました。
幻想郷のシーンで、幼い日の夕焼けを思い出しました。何故か母親のカレーも思い出しました。
9. 5 ふじむらりゅう ■2009/06/11 22:13:15
 全体的にほのぼのとしていい雰囲気でした。
 ストーリー性とか展開とかはないですけど、よかったです。秘封がちゃんと大学生してましたし。
10. 5 名前が無い程度の能力 ■2009/06/12 02:36:41
結界の向こう側に憧れる秘封倶楽部と、実際にその向こう側に行ってしまった早苗かぁ。それでも、天然の空に願うことは同じなんですね。

でも生竹林って蚊が多いよ!
11. 6 ぴぃ ■2009/06/12 05:00:40
早苗さんの地の文に笑いましたw
天然の風景が幻想郷だけのものになってしまいませんように。
明日も、良い天気でありますように!
12. 3 moki ■2009/06/12 18:42:09
少女たちの見る日本の原風景ってやつですかね。綺麗と思うのは遺伝子レベルの刷り込みなのか。
13. 6 八重結界 ■2009/06/12 19:07:22
秘封倶楽部と早苗の側が交互に入れ替わっても、そこに流れる温かい空気は変わらないようで。
それがとても心地よかったです。
14. 2 木村圭 ■2009/06/12 21:54:02
夢違た世界なら人工の太陽を飛ばしたりしてそうな気がする。皮膚ガンとか無くなりそうだし。
そういえばそんな世界でも星は見えてるんだなぁ。訳分からないくらい科学が進歩したから空気も綺麗になったんだろうか。
15. 3 K.M ■2009/06/12 23:08:18
近場に竹林がありますが、確かに癒されますね。中に入らずとも道路の反対側から見ているだけで和むというか。
それにしても神様も太るのか。色々在ってちょっと「色」成分が薄れた気がするのでこの点数で。
16. 3 時計屋 ■2009/06/12 23:15:16
 嵯峨野はいいなぁ。行って見たい。生竹林もいいけど生筍も食べたいよ、生筍。
 と、それはさておき。
 天然と人工物という興味深いテーマだったのですが、じゃあ天然の素晴らしさはどこにあるのか、っていうか天然っていったい何なのか、というところがあまり語られていなかったのが残念でした。天然だから素晴らしい、というとブランド信仰みたいになっちゃいますしね。私が読み取れていないだけだったらごめんなさい。
 あとお題はどこだったんだろう……。風景かな?
17. 7 つくし ■2009/06/12 23:16:12
申し訳ありません、時間が差し迫っているため、採点のみにて、感想本文は後ほど改めて。
18. 4 ハバネロ ■2009/06/12 23:22:53
簡潔だがするりと入ってくる話

のどごしの良いうどんのような
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