《明日ハレの日》∽《ケの昨日》

作品集: 最新 投稿日時: 2009/11/18 00:28:41 更新日時: 2010/01/20 22:48:07 評価: 27/29 POINT: 195 Rate: 1.57
 大学の構内をジャーナリストと思しき連中が我が物顔で歩いていた。
 メリーは眉をひそめつつ、連中とすれ違いやや急いでカフェへと向かう。蓮子との待ち合わせの時間に遅れてしまうからだ。もっとも、蓮子のことだから時間ぴったりに来ることなど考えられないのだが。
 案の定、メリーが到着して10分経過してからようやく蓮子は顔を出した。

「遅いわよ」
「いや、ナンパされてさ。彼氏待たせているからって言っておっとり刀で駆けつけてきたつもりなんだけど」
「私、そんなに雄雄しいかなぁ。しかし蓮子がナンパされるなんて珍しい」
「失礼ね。まるで私に声をかける男の趣味が悪いと言わんばかりだわ」
「もしかしてそのナンパしてきた男、この学校の関係者以外だった?」
「そうだけど……」

 蓮子を異性として扱うには少々偏屈に過ぎることをこの大学に通う男性諸君は知っていて当たり前とは言わないが、しかし確率的には低いことは確かである。それに、たとえ蓮子の男勝りな行動力と弁舌を知らずともメリーとしょっちゅう行動を共にしている所を見れば、男は自然寄りつこうという気が失せるだろう。
 ならば、そういった蓮子に対する知識が全くない男――つまり大学関係者以外が話しかけてきたと考えた方が無難である。

「個人でニュースサイトを経営しているっていう男でさ。こいつの話題がつまらないことつまらないこと」
「そういえばさっき、そんなのと似たような雰囲気の連中とすれ違ったわ。今日、ウチで何かあったっけ?」
「講演会があるのよ。あっちこっちのニュースサイトが中継しにやってきてるんでしょ」
「へぇ。誰がするの」
「名前は忘れたけど、ほら、結界に関する法律作った奴の一人」

 メリーと蓮子が属する二重の意味の幽霊サークル、秘封倶楽部は結界を暴いては別の世界を覗いて回るという、大っぴらにできない活動を行う不良サークルである。
 蓮子はその活動の上で、万が一公安に見つかった場合に供えて罰則やらなんやらについて詳しく調べているのだ。しかし法律を作った者たちについてまで詳しいとは、メリーは知らなかった。

「政治家としては表向きとっくに引退済みだけど、日本の文化を我々自国民に再認識をさせた立役者の一人よ」
「そうは言われても私たちの世代、ましてやギリシャ人の私にはいまいちピンと来ないわねぇ」
「まぁそこらへんは大学上がるまでに詰め込まれる知識だからね。日本はね、WW2の敗戦以来、神道文化を必要以上に自粛しちゃったのよ。おかげで天皇がこの国の運営でどういう意味を持っているのかすら知らない国民が結構いたそうだわ」
「今日の講演会に来る人はその認識を改めさせたっていう人なのね」
「そうよ。この国はWW2の敗戦から復活するためにあまりに多くの自国文化を捨てすぎて経済に頓着し過ぎたの。もしそのまま突き進んでいたら、とても天皇が京都に帰ったりヒロシゲのカレイドスクリーンが実現したりなんかはしなかったでしょうね」
「ふうん」

 物知り蓮子のおかげでメリーの日本知識は深まるばかりである。いかんせん蓮子の言うことなので話半分にしか聞かなければならないのが難点だが。
 カフェの窓からメリーは外を眺めた。年配の、あまり大学に似つかわしくない雰囲気を纏う見慣れない女性を見つけたからである。

「ねぇ蓮子。その問題の人って、あれ?」
「いや、顔までは覚えちゃないわよ。うわぁ、結構もう年だってのにすごいシャキシャキしているわね。見てよメリーあの背筋。鉄筋コンクリートでも入っているんじゃないかしら」
「うん……ね、それより蓮子。あれ何?」

 木陰で休みつつ、端末を操作して地図でも呼び出しているらしいその女性の手元には、何やら古ぼけたキーホルダーのようなものがぶら下がっていた。
 何やらなんらかの生物をデフォルメしてマスコットキャラクターにしたものだとはわかる。しかしそのセンスがメリーの生まれる数十年前のものであるのと、そもそもそんなキーホルダーっぽいものを端末にくっつけるという行為自体がメリーの理解から第二宇宙速度で突き抜けていた。

「あれはストラップよ。昔々の携帯端末の性能が、まだ通話機能とちょっとしたオマケくらいしか無かった時代に流行ったアクセサリの一種ね。でも別にストラップそのものは時代遅れってわけでもないわよ? まああのセンスは……ちょっとだけど」
「骨董市にでも出したら案外すごい値が付くかもしれないわね」
「お金で買えない価値があるんでしょう。それより、そろそろ活動を始めましょ?」
「せっかく禁止しても、私たちみたいなのが結界暴きまわっていちゃあ、あの人が作った法律も意味が無いわね――うん?」

 窓の向こうで女性が携帯端末をスリープ状態にしてバッグの中に戻した。

「どうしたのメリー?」
「いや……一瞬、境界に揺らぎが見えた気がしたんだけど。すぐに消えたわ」










《明日ハレの日》∽《ケの昨日》












 明日過去になった今日の今が奇跡
 涼宮ハルヒの憂鬱 オープニングテーマ 冒険でしょでしょ? より













 ――11月1日



 ちっこくちこく〜と器用に食パンを咥えたまま疾走する少女などこの世にはいない。
 いるとしたら、そういう少女は空を飛んでいる。

「遅刻〜っ!」

 博麗霊夢の飛行は他の生徒と比べても特別安定している。しかしそれ故に速度が出ない。後ろから風切り音を鳴らしながら追い抜いて行った霧雨魔理沙に追いつけるわけもなく、えっちらおっちら自転車のようなのんびり速度で飛行中である。
 だが本人はそれなりに必死だ。魔理沙がマジックミサイルの斉射による反動で飛行速度の勢いを殺し、盛大に砂埃を撒き散らしながら校門に着地。風紀委員の魂魄妖夢は煙たそうに顔を袖で覆うや、腰に差した二本差しを音も無く抜刀した。砂埃が斬り払われ、校門前は清浄な空気に戻る。
 予鈴は既に鳴り終えた。あと一分で校門を潜らなければ、霊夢も砂埃と同じよう綺麗に斬り払われることだろう。
 秒針は刻一刻と12の数字盤向けて行進中である。霊夢の飛行速度は上がらない。10の数字盤に秒針が辿り着いた時、妖夢は腰を屈め楼観剣の鯉口を切った。暗転してから1フレームで発生する全身無敵打撃スペルカード、悪名高き未来永劫斬である。人の身でこれを見てから避わすのはあまりにも酷だ。
 霊夢の顔が青くなった。秒針と妖夢が10秒を刻み、鐘が鳴った瞬間、神速の居合いは解き放たれた。
 楼観剣は空を切った。いつのまにか霊夢は校門の内にいた。

「間に合った!」

 霊夢、万歳。唖然としながらも納刀した妖夢は、こほんと咳払いして気を取り直し、鞘に収めたままの長物を振り回す。

「間に合っていません! 早く教室に行く!」
「わかってるわよ、も〜」

 霊夢は再びふよふよ浮いて、教室の窓、一部始終を眺めていた早苗の方へと寄ってきた。
 早苗は窓の鍵を開け、霊夢を迎え入れてやる。幸い、まだ担任は来ていない。

「ふぅ。ギリギリだったわ〜」
「ギリギリといいますか、間に合っていなかったように見えますが」

 早苗の目には、妖夢が居合いを放つ前後を境に、霊夢が瞬間移動したように見えた。だが本人に自覚は無いのか「間に合ったのは間に合ったんだからいいじゃないのよ〜」と呟きつつ、鞄を机の上に投げ出して席につく。
 その荷物の中に、早苗は足りないものを見つけたので親切に指摘してあげることにした。

「霊夢さん、傘を忘れていますよ」
「げ。今日雨降るの?」
「降ります。午後からぽつぽつと。ちょうど、下校時間に重なりますね」
「じゃあ構わないわ。どうせ、日が暮れるまで準備するんだし。その頃には止んでいるんでしょ?」
「まあ、一時的に」

 霊夢が空を飛ぶ程度に、この学園に通う生徒は皆それぞれ特技の一つや二つは持っているものだ。早苗はその中でも特別地味な能力である。
『向こう数日間の天気が予測できる程度の能力』。それが早苗の能力だ。歩くお天気お姉さんである。
 早苗の家系は神代の頃から伝わる一子相伝の秘術を口伝で伝えてきた一族だが、その奇跡を行使する力は既に失われ、現在の長子ができる奇跡はラジオのウェザーインフォメーションと同レベルである。
 魔女の宅急便の主人公、キキは母の代ではまだ生きていた『魔法の薬が作れる程度の能力』を失い『箒で空を飛ぶ程度の能力』しか所持していなかったが、それでも現代の科学技術で造れる個人飛行装置は箒ほど手軽でもコンパクトでもない。早苗の能力に比べれば幾分かマシだろう。
 とは言っても、早苗も幼い頃はもっと色々な奇跡を起こせた気がする。水面に浮いたり、空を飛んだり、蛙を降らせたり……。いずれにせよ、過去の話だが。
 がらっ、と教室のドアが開かれた。担任の上白沢慧音は教壇の前まで歩き、出席簿を置く。

「みなさん、おはようございます」

 多くの生徒の挨拶が返ってきた。慧音は満足気に頷く。
 
「待ちわびた童祭も残りあと二日で開催です。みなさん、各自準備に忙しいと思いますが、学生の本分は学業。それを決して忘れずに、今日も健やかに過ごしましょう。まあ、そんなこと言っても明日は全時限オール準備だけどな。じゃ、出席を取ります。アリス・マーガトロイド――」

 明後日の童祭を間近に控えたグラウンドは混沌としていた。
 童祭――いわゆる文化祭である。多くの学校と同じように、この学園もまた固有の名称でもって文化祭を『童祭』と呼び、他校の文化祭と区別していた。
 来るべき童祭に向けて様々な出し物に必要な物資が運び込まれ、雑然と横たわっているグラウンドは日常の姿からはかけ離れていた。午後からは雨が降るので濡れて困るものは昼休みの間にでも運び込まないと困るだろう。幸い、童祭当日は素晴らしい秋晴れになることが早苗にはわかっていた。
 そうは言っても、早苗は特にどこの部活にも所属していないいわゆる帰宅部なので、あまり関係のないことなのかもしれない。やるのはせいぜいクラスの出し物を手伝う程度。明日はさぞかし暇な一日になるだろう。

 早苗の予測通り、東の空から暗雲がこちらに漂ってきた。台風が掠るのだ。今夜はやや荒れる。



 ――1日目



 翌日、早苗が登校すると学園は朝から騒然とした雰囲気に包まれていた。
 秋姉妹の姉のスカートが一年でもっとも美しい彩りとなるくらいに秋も深まってきた昨今、早朝は息を吐けば靄となるくらいに冷える。にも関わらず、汗をかきそうなほどの熱気が学園中を覆っていた。
 誰も彼もが手に道具や書類に資材を持ち、学園狭しと飛び回っていた。その中でも飛行速度の速い天狗たちがあちこちでフラッシュを焚き、写真を撮るものだから目も眩む。アルコールも無しに酔いそうな光景だ。
 ただでさえ忙しい最終準備日に重なって、昨夜の雨に濡れたグラウンドを整備し、大急ぎで屋外展示物を出さなければいけないからだろう。これは徹夜組が大量生産されるかもしれない。
 とりあえず、早苗は自分の荷物を教室に置きに行った。だがいつもはかしましいくらいに少女たちの会話がうるさい教室は、三、四人程度の生徒が居座る非常にもの寂しい空間に変わっていた。

「みんなはりきってるのねぇ……」
「せっかくの祭りだ。同じアホならなんとやら、だよ。早苗もアホか?」

 鍵の閉まった窓を謎のテクニックで開錠した魔理沙は空中から教室に入ってきた。朝から人をアホ呼ばわりする態度にはいけ好かないが、指を咥えて見ているのが一番退屈なのも事実である。早苗は問いかけた。

「何か面白いことでもあるんですか?」
「おう。それがな、工学部が明日何出すか、知っているか?」
「工学部と言えば河童だらけですからね。お皿でも出てくるんでしょうか」
「巨大ロボットだとよ」

 その時早苗に電流走る。
 勇ましいドラム音と共に勇壮なトランペットのイントロが早苗の脳裏に流れ出した。影山ヒロノブの熱いヴォーカルが血を滾らせた。嗚呼、ぼくらの非想天則。パイルダー・オン。

「是非、今すぐ、速やかに、行きましょう」
「おいおい今日は起動実験だけだぜ」
「ガンダム大地に立つという名シーンをご存知ないのですか」

 早苗の目は最早魔理沙を映していなかった。その70年代に流行した無闇に熱いロボットアニメの主人公のような瞳には、鉄人28号の系譜を受け継ぐ全ての巨大ロボットに対する慈愛のみが存在した。何せこの東風谷早苗、故横山光輝先生の代表作といえば鉄人28号が真っ先に出て、次いでバビル2世が飛び出すような女子学生である。サリーちゃんとか目ではない。
 巨大ロボへの愛の引力が早苗を工学部部室へと導いた。
 河童が主な部員を占める工学部部室はどこからどうやって学園から部費をふんだくったのか、校舎から大分離れた僻地に設置された、カマボコ型の巨大倉庫兼工場である。1ヘクタール近くの土地を占有する恐るべき部室という名の秘密基地ではあるが、地上から見えるのは氷山の一角に過ぎず、地下にはアリの巣もかくやという別世界が広がっているという噂もあった。森隊員が迷い込めば隊長から「落ち着け! パニックを起こすな!」と叱責を送られること間違いなしであろう。
 そのカマボコ型倉庫から、一台の巨大貨物車両がのっそりと這い出てきた。騒ぎを聞きつけた、割と暇な学生たちが倉庫の入り口を取り囲んでおり、次々にどよめきが沸き起こる。作業服を着込んだ河童の部員たちが黄色と黒の縞模様が入ったテープを張って、必要以上に近付かないよう警告を呼びかけていた。
 山あり谷ありの日本ではお目にかかれない、メリケンのトラック野郎が荒野を乗り回すために生み出された巨大貨物車両の背中にはコンテナのかわりにモスグリーンの鉄巨人が積まれていた。
 ヘルメットのように素っ気無い頭頂部。それに続き、未だ眠りを続けるモノアイ。首部の動力パイプ。左肩の三本パイクが取り付けられたショルダーアーマーが、秋の朝日を浴びて美しい。東風谷早苗、ただ今ヘブン状態。

「ザクU……!」

 国力に劣るジオン公国が地球連邦軍に対して壊滅的打撃を与えた立役者が現代の日本に蘇っていた。型式番号MS-06。歴史上初めての正式量産型モビルスーツ、ザクTの改良型であり、一年戦争でもっとも大量に量産された傑作MS。
 劇中では連邦の白い悪魔にばったばったと薙ぎ倒される哀れなやられ役ではあるが、量産型ロボヲタの多くを生み出した歴史上、もっとも記念すべき巨大ロボットの一つと言っても過言では無いだろう。
 きっちり注意書きのマーキングが施されていることに、早苗は感動の涙を大地に零した。

「あ、ちょっとー、それ以上近付くと踏み潰されるよー。はい、下がった下がったー」

 スパナ片手に握った河童に早苗は押され、テープの外に戻された。嗚呼、なんと近くて遠い距離。明日の童祭当日には真っ先にここへ行き、なんとかして乗せてもらえるよう交渉しよう。たとえここで一日潰したとてなんの不満も無かった。いや、むしろ至福であった。
 トラックの助手席に乗っていた河童がザクへと乗り移る。彼女はジオン軍のパイロットスーツを着込み、ヘルメットに『2-T 河城にとり』と名札を貼っていた。
 大勢の学生たちとザクを作り上げてきた河童たちに見守られながら、にとりは手を振りつつコクピットに乗り込んだ。
 ハッチが閉じられ、部員の河童たちがざわついた。オペレータたちが指示を出し、早苗にはさっぱりわからない単語が飛び交いまくる。そうこうしているうちに動力源に火が入る気配が伝わり、徐々にザクの機体から駆動音が聞こえ始めた。モノアイが真紅の輝きを帯びた。右左とその動作を確かめる。
 トラックに積まれた巨大なジャッキのような装置が作動し、ザクの背中を押し上げて上半身を起き上がらせた。
 金属同士が触れ合う硬質な響き渡り、ザクは片足をトラックから離して接地する。もう片足も。軽トラ二両で運ばれてきた補助具を両手で掴み取り、遂に直立歩行体勢へと移行する。
 その時の感動を、早苗は末代まで伝えようと深く決心した。
 ザク、大地に立つ。
 凄まじい光景であった。台風一過の蒼天は突き抜けるように高かったが、それすらもザクの頭頂を見上げれば手が届きそうに思える。17.5メートルの巨身に及ぶ構造物は学園に見当たらず、校舎ですらザクの足元にしか及ばない。
 河童たちの歓声が沸き立った。だが、その興奮も冷めやらぬ間にオペレータの担当するノートパソコンからにとりの通信が入る。

『これより歩行実験を試みる』
『了解』

 動力パイプを伸縮させながら膝部を折り曲げ、見事にザクは一本足立ち体勢をコンマ数秒維持した。振り下ろされた、それ自体が一つの校舎ほどもありそうな巨大脚部が大地に叩きつけられ、軽い地響きと凄まじい土煙を巻き起こす。
 さらにもう一歩。ザクは歩いていた。早苗の感動は有頂天を極め、失神しないよう気を張るだけで精一杯だった。もちろん土煙が起こるほどの風でスカートがめくれそうなことなど全く彼女は気にしていない。

「河城、よくやった。起動実験は成功だ。帰投せよ」

 だが、オペレータのその一言だけは聞き逃さなかった。そして続くパイロットの一言も。

『えー。まだザクのスペックはこんなものじゃ……』

 早苗がいつの間にかテープを潜り抜けていたことを河童が気づけなかったのも仕方あるまい。彼らが苦心して生み出したザクは今、自由自在に方向転換までして歩いているのだ。その感動を味わいたいがために連日徹夜までしたのだから。彼女らに罪は無い。
 罪があるとしたら、オペレータのヘッドフォンを横からぶんどってこう叫んだ東風谷早苗(2-C 出席番号12番)である。

「走りなさい! この地上のどの生物よりも速く! 時速160kmの性能を見せつけなさい!!」

 周囲の河童たちの目が点になった。こちらに帰投する体勢に入っていたザクの機動が止まった。
 エンジン機動音が数十メートル離れているはずの早苗たちの耳にも、はっきりとわかるほど上昇する気配が伝わってきた。

『おっけー!! にとり、いっきまーーーーーすっ!』

 歩行と走行の違いは、その体勢維持の難しさにある。
 歩行は必ず片足を地面に付けた状態で、浮かせた一歩を地面に付ける。それから次の一歩を踏み出すのである。
 反して走行は、瞬間的にだが両足が地面から浮いた跳躍状態が断続的に存在する。その姿勢維持の難しさたるや、生半可なものではない。数々のリアル系ロボットアニメの中には、その問題を解決するため走行状態でも事実上、歩行と変わらない体勢である機体も存在するくらいだ。日曜の朝から上半身を直立体勢の不動状態で固定し、下半身の人工筋肉を伸縮させてがしゃこんがしゃこん競歩の如く走るロボットの不気味さに震えたバカはそんなにいなくてもいい。
 ザクは走った。
 どんなアンディファインド・ファンタスティック・テクノロジーな機能を詰め込んだのか、はたまたミノフスキー粒子の成せる業か、ともかく、ザクは走った。
 一歩、また一歩、踏み出される度に早苗の血流は揺さぶられ、36トンの超質量を支える足が地面に叩きつけられる度、圧搾された大気が吹きつけてくる。その、一つ一つの動作はゆっくりだが人間の最高走行速度とは比べ物にならない凄まじい速さで向かってくるザクの姿に河童たちの元から青めの表情がペプシの缶並みに真っ青になっていった。

「総員、退却しろーーー! 踏み潰されるぞーーーー!!」

 あらゆる観測に必要な機器に軽トラ、貨物車両などを放り出し、河童をはじめとした観客たちはザクに背を向け空中に逃げ出した。しかし、その中でただ一人飛行能力も持たず、生命力も一般的な人間並みな早苗は逃げなかった。恍惚の表情を浮かべていた。
 ケロちゃんプリントの入ったぱんつを惜しげもなく砂嵐に晒し、早苗はザクを仰ぐ。ザクはそんな早苗に敬意を払うように彼女を跨いで通り抜けると、先ほどまで自分が納められていた倉庫めがけて突進した。

「ちょっと待てにとりいいぃぃいいぃっ! 貴様、何してんだこらあああぁぁあぁっ!!」
『ザクの機動力はこんなものではない! ジオニック社のテクノロジー、包み明かさず見せてくれる!』
「ウチらは河童だああああ!」

 オペレータの叫びもなんのその、ザクは倉庫の目前に一歩踏み出すと、跳躍した。36トンの質量が空を飛ぶ。最早万有引力の法則とか色んなものを無視した清清しい光景であった。
 天高く、ザク跳ねる秋。その一足飛びで倉庫を跳び越えたザクは、パイロットにとりの高笑いを通信機に残したまま走り去って行った。ジーク・ジオン! などという叫びもオマケにして。

「な、なんとかにとりのバカを止めないと!」
「でも相手はモビルスーツだよ! いくら妖怪ばっかのここの生徒でも歯が立たないわ!」
「ええい、巨人には巨人よ! こうなったら萃香さんに……」
「鬼の姐御たちにこんなヘマ知られたらどんなカミナリ喰らうかわかったもんじゃないでしょう!?」

 河童たちは大混乱していた。呆然とザクが走り去ってゆく図を見ていたヤジ馬たちも、このまま学園中を走り回られたら自分たちの出し物が破壊される可能性に気づいたらしく、協力的な妖怪が幾人か河童の緊急会議に参加する。
 そんな地上の瑣末事など、早苗は全く気にしていなかった。地震と土埃でぼさぼさになった髪も、身格好も気にせず、ひたすらザクの後ろ姿を視線で追い続けていた。そんな早苗の肩を、何者かがとんとんと叩いた。

「アレの弱点、知ってるかしら?」
「弱点? ザクの弱点ですか? そりゃああの剥き出しの動力パイプですよ。悲しきザコの役回りとして、何度あのパイプを引きちぎられて破壊されたことやら」
「どちらかというと、弱点となる対象物を指定してもらいたいんだけど」
「連邦の白い悪魔ですね」
「ふむ」

 早苗の肩を叩き、質問を浴びせた知識人、パチュリー・ノーレッジは大混乱する河童たちもうっとりする早苗にも興味を見せず、眼鏡のズレを直した。
 パチュリーのクラスでは喫茶店をやる。あのままザクが大暴れを重ね、地震でカップの一つや二つが割れては親友が機嫌を損ねるだろう。
 連邦の白い悪魔というキーワードが一体何を指すのやらパチュリーには今一よくわからなかったが、ともあれザクの巨体に対抗できる相手だ。きっとデカいに違いあるまい。
 そこまで考えて、パチュリーは思い当たる代物に行き着いた。アレが弱点だ、と。
 パチュリーは小脇に抱えていたグリモワールを開いた。嵐にでも煽られるかのようにページは次々とめくれ上がり、ある魔法陣が描かれた頁で停止。小声且つ超高速で唱えられるパチュリーの詠唱に応じてグリモワールに描かれた魔法陣が、彼女の足元に展開。その直径を回転するごとに広めてゆく。
 魔法陣の端が倉庫すら飲み込み、校舎にまで届かんとしたその時、ついにパチュリーの詠唱が終了した。げほげほといったん咳を置いて、改めて唱える。

「召喚……」

 魔法陣の文様が光を帯び、天を貫いた。その異常に気づいた河童たちが空を見上げる。
 黒い、二等辺三角形の輸送機が複数、飛んでいた。
 それぞれに1、2、3、4、5、6、7、8、9、のマーキングが施され、底部に白い有機物のようなものをぶら下げている。
 有機物が人型をしていることに気づいた河童が数人。その中で、人型の脊髄部分に何か真っ赤なカプセルのようなものが打ち込まれたと気づいたのが一人。
 白い有機物が輸送機から投下された。自由落下を開始したそれらは数秒でグライダーのようなものを展開。即座に円陣を組んで、飛行を開始する。
 翼であった。人型のそれに翼が生えたその有機物は、天使のようにも見える。
 それらは校舎の周囲を走り回るザクを取り囲むように降下。着地。翼が折り畳まれ、ザクより、より人間らしいシルエットをした巨人の姿を顕にする。
 黒い素体に、白く薄い装甲板。特徴的なのは眼球が存在せず、異様に長い頭部と、裂けた口。その白さを度外視すれば頭部はどことなくウナギに似ていた。
 河童の誰かが早苗をちょんちょんと突ついた。

「あんた、あのウナギには萌えないの?」
「アレは汎用人型決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオンですよ。ロボではありません」

 早苗は不満気に呟くと吐き捨てるように重ねた。

「しかもアレ、ザクと同じ量産型でも劇場版でしか登場しないんですよ。そのうえ同じばったばったと薙ぎ倒されるにしてもそのロマンというものがわかってないんです」

 以後、ぶちぶちと早苗は量産型ロボットの素晴らしさと萌え所について延々と語り出した。それはどうでもいいかと、河童は人型ウナギに視線を移した。
 何か、ステキなスマイルを浮かべていた。嫌な予感がしたので、河童は視線をやっぱりそっちからも逸らして後片付けに専念することにした。とりあえず九対一だ。渾身の出来であったザクだが、戦闘能力までも再現しようとはしていない。どうということもなく止められるであろう。

 パチュリーの召喚した謎の白い悪魔たちは、見事にザクを機能停止にしてみせた。
 だが、あまり感謝はされなかった。詳細は省く。



 ――2日目



 翌朝、早苗はちょっぴりアンニュイな気持ちで登校した。
 昨日の行いはやや軽率に過ぎた。反省している。何せ、童祭当日にザクを日の目に当てられないようなスプラックにさせてしまった原因は、早苗にもある。万一のことを考えて頑丈に作られていたコクピットから救出されたにとりなどは包帯ぐるぐる巻きにされて『気持ち悪い……』などと呟いていた始末だった。
 結局、工学部はザクと一緒にパフォーマンス演出のために展示する予定だったボールを、急遽主役にする方向性でなんとか乗り切ろうと相談していた。
 ボールにはボールの良さがあるものの、やはりザクのロマンには到底及ばないものである。童祭最大の楽しみを自ら棒に振ってしまった悲しみを背負い、早苗はとぼとぼと校門をくぐろうとして、ふと頭を捻った。
 童祭当日現在、校門は紅白の鳥居というわけのわからないハリボテでもってやたらとごてごて装飾している。しかし、今日取り付けられるはずの、一般客の歓迎を現す看板が見当たらない。委員会が忘れでもしたのだろうか。
 注意しに行った方がいいのだろうかと思いつつ、校門を抜けてグラウンドに出る。そして早苗は目を点にした。

 雨に濡れた地面を乾いた土で覆い、そこにキャンプファイアーの土台を組み立てる生徒たちがいた。
 ガスを注入するのに一時間以上もかかるアドバルーン、非想天則がぺしゃんこのまま体育館から引っ張り出されていた。
 台風で崩れた物見櫓を修理する天狗たちが働いていた。

「……え?」

 早苗は携帯電話を取り出し時計を見た。

 08:03

 一般客を入場させる時間まであと57分しかない。それなのに、グラウンドはあらゆる資材を放り出したまま雑然とした雰囲気を出し、屋台に至っては一つもテントを張っていなかった。
 空を飛べない早苗は、地上と廊下と階段を疾走した。息を切らせながら自分の教室に飛び込み、まさか我がクラスもなんの用意もできていないのではないかと見に来て、そして、愕然とした。
 教室にいる生徒は、早苗を除いて二、三人しかいなかった。がらんどうである。

「よう早苗。そんなぽかーんと棒立ちしていると、アホみたいだぜ」

 謎の技術でもって窓の鍵を開き、教室に入った魔理沙がにこやかに挨拶してきた。早苗はそんな魔理沙に飛びつかんばかりの勢いでまくしたてた。

「そんなことよりも魔理沙さん! ヤバいじゃないですか!」
「おおっ、どうした。弁当でも腐っていたか?」
「今日童祭ですよ!? みんな、なんの用意もできてないのにのんびりしていちゃダメじゃないですか!」
「……おお。そりゃあ、悪かったな」

 魔理沙は早苗の剣幕に押されたのか、ちょっと距離を置いて携帯電話を開いた。そして、じっと画面を見つめていると、ぽちぽち操作を始める。やっぱり、何か呆れたような視線で画面を見つめていた。

「魔理沙さん、携帯なんかいじってないで……」
「早苗の携帯、日付狂ってないか?」
「はい?」

 そう言われて、早苗は自分の携帯を見た。

 11/2 08:06

「………………」

 童祭だから文化の日開催。わかりやすいのはいいが、祝日を潰されるのは少々納得行きがたいと多くの生徒が愚痴っていた。まぁ、準備日のせいで丸々一日授業が潰されるのだから仕方ないという話もあるのだが……。
 いや、それはともかく。

「なんだ、まともじゃないか。ってーと、ダメなのは早苗の頭だな」
「いや、でも」
「UTCが狂って、それを基準にしたJSTも個人の携帯も狂ったんなら、まあ仕方ないわな。24時間ズレたって、誰もが頭を捻りながらも納得するしかない。けど、私は昨日は普通に授業のある日だと記憶しているわけで」
「…………つまり」
「何を勘違いしたんだか知らんが、大方童祭当日が楽しみすぎて、昨夜夢でも見たんじゃないのか?」

 早苗は、ほっと一息ついた。良かった。ザクは無事だ。
 いや、昨日のことが全て夢ならそもそも工学部の出し物はザクとは限らない。そう思うとややアンニュイな気持ちがぶり返すが、そこは工学部だ。きっと早苗の巨大ロボット魂を揺さぶるような素敵な代物を、きっと出してくれるに違いない。うん、そう信じておこう。
 一人で勝手に百面相している早苗に飽きたのか、魔理沙は自分の荷物の整理に入っていた。早苗もふと我に返り、荷物を置く。
 さて、それでは今日は何をしようか。どこか手の足りない所でも手伝いに行くのが勤勉な生徒としてあるべき姿ではあるが……。

「ごめんください。魔理沙はいるかしら?」

 教室のドアが開かれ、瀟洒な振る舞いの生徒が顔を出した。
 彼女は、制服を着用していなかった。袖に「Red Magic」と刺繍された怪しげなメイド衣装を違和感無く着こなし、当たり前のように廊下のど真ん中で突っ立っていた。
 その十六夜咲夜の顔を見たとたん、魔理沙は箒を引っ掴んで窓へと飛び出した。

「あ、ちょっと魔理沙!」

 咲夜の呼ぶ声も無視し、魔理沙はロケットのように垂直上昇をして秋空のはるか彼方へと逃げ去っていた。
 ため息をつく。時間を操れる咲夜なら魔理沙を捕まえることも容易だったろうに、それをしなかったのは本気ではなかったからだろう。早苗はだから気楽に問いかけた。

「何か、困ったことでも?」
「ええ、ちょっと。……そうね、あなたでもいいかしら」
「はい?」
「時間を頂けるかしら?」
「構いませんが」
「ありがとう存じます。それでは、私の教室まで案内しますわ」

 壁中にべたべたと広告の貼られた廊下を歩く。その多種多様な広告は蛍光灯を避けて、天井にまで貼られている始末であった。
 そんなけばけばしい校舎内ではあるが、咲夜の案内した教室は広告の様々な色彩の中で異様に浮き立つ存在感を放っていた。
 紅かった。
 共産主義の如く紅かった。目に痛い。どうやって後始末するつもりなのか、教室の周囲を紅く塗装して洋館な雰囲気を出すべくなんかゴシックな彫刻を施したり、飾りつけが飛び出していたりした。
 なんなんだここは。早苗は目線で咲夜に問いかける。彼女は瀟洒な微笑みでその猜疑感をたっぷり練り込んだ視線を木の葉の如く受け流し、すすっ、とドアを開く。

「喫茶『ザ・スカーレット』にようこそ」

 内飾までほのかに紅みがかっていることに、早苗は頭が痛くなった。誰か、2Pカラーを用意しろ。目に優しい2Pカラーを。
 紅い色彩の中、純白のテーブルと椅子が目に眩しい。黒板すら紅板と化させた徹底振りにナズーリンを呼びたくなってきた。そんな真っ赤な色合いの中に小さな少女の青灰色の髪がコントラストとして映えていた。彼女は優雅にティーカップを傾けている。

「あら咲夜。客人を連れてくるのは明日からよ? それとも私が一服している間にいつのまにか明日になっていたのかしら?」
「いいえ。お嬢様のご相談相手を連れてきただけですよ」
「あらそう、気が利くわね。ホント、パチュリーがいたら良かったんだけどねぇ」

 とんとんと、レミリア・スカーレットは細く短い指でテーブルの上に載せられた紙を叩く。いまいち事情が飲み込めない早苗に、レミリアの向かい席の椅子を引き、咲夜が着席を勧めた。
 早苗が座ると、咲夜はティーポットからこれまた紅い飲料をカップに注ぐ。次いで種々様々なクッキーが置かれた。

「これが、ウチのメニュー品よ」
「はぁ」
「喫茶店だからお茶を出すのは当たり前よね。珈琲なんて邪道だわ」
「そうですね」
「お茶はね。全部同じチャノキから採られるのよ、知ってた? 緑茶も煎茶もほうじ茶もダージリンもジャワもウーロンも、ぜーんぶ同じ木なの。その中で、紅いお茶だけを私は出すことにした」
「吸血鬼ですからね」
「隠しメニューでトマトジュースもあるわよ」
「遠慮します」
「本当はワインも置きたかったし、お茶菓子がクッキーだけだなんてふざけているでしょ? でも童祭の出し物ではこれくらいが限度なんだって」
「そりゃそうですね」
「だから、せめてメニューくらいは趣向を凝らしてみたわ」

 レミリアが叩いていた紙が、早苗に渡された。
 早苗はそれを読んだ。理解不能だった。
 いや、C言語でもJavaScriptでもhtmlでもなく日本語で書かれていたので読解自体はできた。だがタイプライターで清書された古文が読めても理解できるのかといえばそういうわけでもないように(早苗は家庭の事情で古典は大の得意であったが)、ある種難解というか哲学的というか、なんとも言えない文字列が並んでいたのである。

「……なんですかこれは」
「メニューよ。正確にはメニュー名の候補」
「……秋の空と乙女心の輝く葡萄畑ってなんですか」
「オータムフラッシュは嫌いじゃないけれど、やっぱりファーストやセカンドに比べたら質が劣るからね。その好みや品評の差を秋の空に例えてみたのよ」
「つまり、今年、最近採れたダージリンティーってことですね?」
「見ればわかるでしょ?」

 早苗は奇跡をちょいとばかし使えるが、エスパーになった覚えはない。さとりを呼べ。
 メニュー候補が書かれた紙面に広がる文字が、うねうねと蠢いて見えた。まずい。これは人間には理解できない境地の代物だ。ネクロノミコンの一頁に違いない。これ以上見るとSAN値が限界値まで下がってしまう。
 すっ、と咲夜がもう一枚、紙片を差し出した。紅茶の原産地が書かれていた。どうやら、ネクロノミコンの紙片を人間が安全に読めるよう翻訳したものらしい。秋の空うんたらに対応する項目が「ダージリン(オータムフラッシュ)」と書かれている。これを無しにあんなものを寄越すとは、よほどこの悪魔たちは早苗を発狂させたいのか。

「色々素敵なネーミングを考えたんだけど、考えすぎちゃってね。クラスメイドたちに投票させて決めさせようと思ったんだけど、どいつもこいつもいあ! いあ! はすたあ! とかわけわかんなこと口走り始めてねぇ。適当な相談相手を探していたとこなのよ」
「……なるほど」

 保健室登校のパチュリーは外出し、咲夜も責任を押し付け、魔理沙が逃げ出すはずだ。美鈴はどうなったのかと聞けば「ワターシ、チューゴク人アルネー。ニホンゴ、サパーリワカリマセーン」とか言って太極拳の奇妙なポージングを取るばかり。レミリアの実妹に至ってはネクロノミコンに頼らずとも元から狂っている。
 早苗はアンデルセン神父を呼びたくなってきた。この教室は速やかにこの世から浄化され無くなるべきだ。神がこのような所業、絶対に許されるわけがない。

「さあ、忌憚ない意見を聞かせてちょうだい。凡俗なお前如きにこのザ・スカーレットのメニュー名を決めさせてあげる機会を与えてあげているのよ?」
「……言語道断です」
「え?」
「センスが悪いと言ったのです!」

 早苗はテーブルに足を叩きつけて宣言した。背景効果でセンスオブチェリーブロッサムが発動したような気がした。
 レミリアは目を丸くし、そして、悪魔らしいにやりとした笑みを浮かべた。畳に座り、テーブルを足蹴にするような島国の少数民族が何を言うかと言わんばかりのノーブルな目つきだ。数々の妖怪の中で吸血鬼が貴族と称されるのはその精神と振る舞いにこそ理由がある。

「ほう。では、お前にはこの至高のメニュー名に対抗するほどの究極のメニュー名が思いつけるとでも?」
「わかりました。お任せください」

 早苗は胸ポケットからシャーペンを取り出した。咲夜が渡したそのまんまメニュー名にしたらいいんじゃねーかと十人中十人が思う、紅茶の原産地名が書かれた紙片に、もくもくと書き連ねる。
 五分後、早苗は自信満々に咲夜に紙片を渡した。

「どう、咲夜? 小さな島国の山奥で現人神とやらと崇められる程度の存在のセンスは?」
「…………………………」
「……咲夜?」

 レミリアは紅茶の味など楽しんでいる暇があったら、とっととお気に入りの従者の様子がおかしいことに気づくべきであった。
 咲夜は白目を剥いて、泡を吹いていた。瀟洒な振る舞いから180度反転して宇宙の深淵まで遠隔投擲された姿の彼女は「あい! あい! はすたあ!」などと叫びながら紙片を投げ捨て、何処かへ行ってしまった。
 ぽかんとするレミリアはティーカップが傾き、皿に注がれていることに気づくまで大分時間を必要とした。しかし、そこは貴族のプライドでもって自分を取り戻すことに成功する。

「なんてこと……まさかあなたもこの私に匹敵するネーミングセンスの持ち主だったなんて」

 何せライスシャワーである。正にこの二人が顔を合わすこと自体、全世界ナイトメアだったと言っても良い。
 早苗とレミリアはお互い見つめあいながら、にやりと微笑んだ。強敵と書いて友と呼ぶ。そういう絆が芽生えた瞬間であった。

「良いでしょう! こうなったらどっちのセンスがより素晴らしいか勝負よ!」
「望むところです!」

 ……結局、二人の勝負は夜まで続いても終わることが無かった。
 そして、その勝負の行く末は同じ種類のメニューを、レミリアと早苗、両者が厳選した名前を用意してどちらの名前でより多く注文されたか集計することで決することにされた。
 だが、そのメニューを見て働くことのできるクラスメイドたちが誰一人していなかったため、最終的に咲夜が用意したメニュー名で営業されることが決定したという。



 ――3日目



 その日、東風谷早苗が登校するとやはり童祭は準備中であった。
 二度あることは三度あるという。三度目の正直ともいう。仏の顔を三度までという名台詞も世の中にはある。つまるところ全ての結果は本日登校した早苗が学園を見るまで決定されない箱猫理論のようなものであったが、結局のところ今日も童祭は開催しないらしい。
 早苗は組み立てている途中の櫓を見上げながら眉をひそめた。そして、はっきりとした足取りで校舎に向かう。
 だが、真っ先に向かうのは自分の教室ではない。目にお優しくない真紅な教室である。

「おはようございます。十六夜咲夜さんはいらっしゃいますか?」

 がらりと戸を開く。純白のテーブルには優雅な朝のティーセットが並べられ、早苗が目指すその人、十六夜咲夜は自らの主人のカップに紅茶を注いでいたところだった。
 かつかつかつかつかつかつ
 早苗の上履きが鳴らす足音は咲夜の目前で止まった。テーブルの上に早苗の手のひらが叩きつけられる。

「時間を進めてください!」
「まずは素数を数えて落ち着いてみたらいかがかしら? 素数はその数字以外では割り切れない孤独な数字……あなたに勇気を与えてくれる」
「勇気なんてあんパン一つで補給できます。愛だってアップします。でも、天国への階段はお金では買えないんです! プライスレスなんです! さぁ早く時間を進めてください!」

 咲夜は軽く肩をすくめた。早苗はおや、と半歩身を退く。
 時間は今日この日、11月2日を境にループし続けている。ならば時間操作のできるこのメイドが何かやらかしているに違いないと思ったのだが、それにしては悪びれが無さすぎる。ぶっちゃけて言えば、早苗が何を言っているのか本当に理解していないようだ。

「あなたが時間のループの犯人ではないのですか?」
「少なくとも、宇宙を一巡させた憶えはないですわ」
「いえ、一日だけですが」
「今日この日の11月2日が何度も続いたとしたら、それは錯覚でしょう。同じ時は何度も連続しないものです」
「平行して重なり合うことはあってもね」

 レミリアがティーカップを傾けた。早苗は首を傾ける。咲夜はレミリアの目配せにうなずき、手品のように空のトレイを人差し指に乗せて回転させた。
 トレイの回転が終わると、いつのまにかケーキ皿が載せられている。栗のミルフィーユを咲夜はレミリアに差し出した。

「いい? このミルフィーユの生地は何千層も重ねられてできたものなの。一枚一枚の生地は同じように見えて、差異があるわ。その層の中では、早苗はパチェが見に行った河童のイベントを一緒に見に行った可能性も混じっているかもしれない。そういう状態を、重ね合わせというの」
「……つまり、可能性の追体験ということですか? できるのですかそんなこと?」
「この夜の王であるレミリア・スカーレットにやってやれないことなど何一つとしてないわ」

 つまり、この異変の首謀者は自分だと認めているのか。しかしミルフィーユを美味しそうに頬張るレミリアにもそんな大それた意志は感じ取れない。
 早苗はふと思い出した。携帯電話の時間を見る。08:08。咲夜の顔を見た。

「魔理沙さんを捕まえなくて良いんですか?」
「え? ハロウィンはおとつい終えましたわ。魔女を捕まえる必要などないでしょう」
「そうではなくて、この喫茶店のメニューを決めなきゃいけないんじゃなかったんですか?」
「それはもう、決まったわよ」

 レミリアが見るも不機嫌そうに吐き捨てた。早苗は目を剥く。おかしい。『昨日』と矛盾している。

「どういうことですか?」
「だから、メニューは咲夜が決めてしまったの。私の素敵なメニューはわかりにくいって、クラスメイドたちがこぞって言うもんだから」
「見せていただけますか?」
「どうぞ」

 咲夜から受け取ったメニューは、はたして『昨夜』決定したメニューと相違ないものであった。早苗はますます頭を捻る。
 時間を操る咲夜は、時間は巻き返せないものだと言った。運命を操るレミリアは、可能性の追体験を言った。
 だが早苗が『昨日』起こした変化をこの11月2日は保存していた。なのに、全体で見た11月2日はループしているのだ。11月3日、文化の日、童祭開催日に到達せず。
 ならば、と早苗は仮定した。この学園全体の文化祭に関わる全てに対し、なんらかの変化を早苗が及ぼせばどうなるか? 全ての変化を保存した11月2日が終了した時、それでもまだ11月2日は頑固に自分は11月2日だと言い張り続けるのだろうか?

「咲夜さん、学園祭のパンフレットを持っていますか?」
「どうぞ」

 パンフレットを開き、乙女らしからぬ『げ』という叫び声にも似た悲鳴を早苗が上げたことを、どうか許していただきたい。
 童祭のパンフレットそのものは16ページの薄くて持ち運びやすい、安い印刷紙で刷り上げた貧乏仕様である。だが、その半分、実に8ページもの紙面を占領し米粒のような文字で書かれた般若心経が如き文面が、何を意味するのか。
 全て、今期の童祭で開催される予定の企画目録である。それこそ下は個人の辻占いやじゃんけんトライアスロンから、上は生徒会主導生徒全員参加イベントまで、盛り沢山であった。
 これら全てに、早苗が変化を及ぼして童祭を開催させるのか? やる前から気持ちが挫けてしまう。
 早苗は遠のいてしまいそうな意識を押し留め、目録の横と縦の企画数を読んだ。面積を割り出す式で1ページあたりに載せられている企画数を求め、さらに8ページを掛けて全ての企画数を計算する。
 3秒で終わる計算だった。だが、一日一つ片付けたとしてもこの作業が終わる日数は――

「……まぁ、青春全体の年数で言えば……ほんの一部ですよね」
「紅いウチで、あんまり青臭いこと言わないでもらえる?」
「そ、そうですね。それでは、私は用事があるので失礼させていただきます! それでは!」

 早苗は紅い教室から飛び出し、揺れそうな頭を抑えながら、咲夜に返し忘れたパンフレットを胸にかき抱いた。
 そして胸から赤いボールペンを取り出す。『2-S「ザ・スカーレット」喫茶』に線を入れた。



 早苗は手始めに、紅い教室の横の教室に入ることにした。
 焦っても仕方が無い。時間は無限である。そうは言っても、現状を認識できているのはどうやら自分だけらしいのだ。これでのんびり行動できるのは、博麗霊夢くらいであろう。早苗も実家で巫女をやっているが、霊夢ほどのんびりした巫女は未だかつて見たことが無い。
 2-Hの教室は隣の紅い喫茶店に比べて、随分と質素であった。というか、普段と何も変わらない。せいぜい、掃除の時間のように机と椅子を教室の後部へと追いやり、真ん中に細長い事務机とパイプ椅子を出して何やら受付を作っているだけのようである。
 その受付では、たった一人の女子生徒が机に頭を突っ伏していた。教室には彼女以外、誰一人として生徒はいない。いや、よく見れば突っ伏している生徒の横にはでっかいわらび餅みたいな幽霊が――
 いや、それも違うのだ。カラスアゲハのように大きなリボンの意匠が付いたカチューシャ。腰の大小二本差し。そして付き添う等身大の霊体。間違いない。学園の秩序を司る風紀委員が一人、魂魄妖夢である。
 だが、毎朝誰よりも早く校門の前に立ち、情け容赦なく遅刻者を斬り捨て御免する彼女の姿はここには無かった。ひたすら無力感に打ちひしがれる、早苗と年頃の変わらぬ少女が一人、ぶっ倒れているだけであった。
 わかりやすすぎるほどの問題であった。これを解決せねば、一歩も踏み出せない。

「妖夢……さん? ご機嫌いかが……ですか?」

 名前を呼ばれた妖夢はのそのそと顔を上げ、ひっそりと早苗の顔を見、こっそりと寂しそうに微笑んだ。

「あなたも私を笑いに来たのか……」
「何を地獄兄弟みたいなことを言っているんですか。悩み事があるならさっさと言ってください」
「な、な、なんでわかったの!?」
「見ればわかります。話していただけますか?」

 魂魄妖夢。腹芸が妖精並みに下手なお年頃である。

「それは……口にできません。腹を斬ってでも!」
「じゃ、腹を割って話し合いましょう」
「あ、そうですね。それはいいです。お茶を入れますね」

 何かがぷっつん切れたらしく、妖夢は一転朗らかな笑顔を浮かべてお茶を入れた。うん、あまり美味しくはない。
 妖夢は湯呑みを両の手で掴み、早苗に悩みを打ち明け始めた。

「ウチの出し物、知っていますか?」
「いえ、そういえば……」
「サバイバルスタンプラリーです」
「なんですかそれ」

 妖夢の下手な説明を纏め上げると、以下である。
 まず、参加者は一人一人に対して、一枚のスタンプ台紙と地図を企画側から渡される。これを紛失した場合、その時点で失格である。
 スタンプ欄は全部で六つ。柄は全て違う。校舎地図にはその六つのスタンプがある場所を、丸く囲って示していた。
 この丸で囲うというのがこの企画のミソであり、単純なオリエンテーリング企画と一線を画すルールでもある。つまり、丸で囲った範囲内にスタンプは動き回る。スタンプ係りを捕まえなければスタンプを押すことすらままならないのだ。
 スタンプを押す順番に制限が無いかわり、スタンプは一定の範囲内を常に移動する。だが、これだけならまだ全参加者の8割は真面目に参加したならばクリアできるであろう。これを1割以下にすべく働きかける企画側のターミネーター役がいる。
 そう、参加者はスタートと同時に鬼ごっこよろしく、常に企画者側の追っ手に追われる形になるのだ。彼女らにスタンプ台紙を使用不可能な形に始末されたが最後、失格である。台紙を守るためならば反撃OK、弾幕OKの学園全体を混乱に巻き込みかねない凶悪な企画だ。よく通ったものだ。
 ただ、クリアできる者が一人もいないとなっては面白みが無いので、実は追っ手側も本気ではないのがほとんどである。彼女らは脅しかけるだけで、積極的に攻撃はしない。本当に参加者をばっさばっさと薙ぎ倒すジェノサイダーは追っ手20人の内、たった2人――になるはずだった。

「……私は、その2人から外されました」
「妖夢さんが?」

 2-H出席番号10番魂魄妖夢。剣道部及び風紀委員会所属。半人半霊で能力らしい能力も持たない彼女であるが、鍛え抜かれた剣撃は常識や物理法則を一切合切斬り伏せ、鴉天狗の反射神経すら超越する速度で一刀両断する。そんな超武闘派の妖夢が実力不足なのだろうか。
 妖夢はそうであると、うなずいた。

「この企画は少し考えればわかりますが、参加者全員が協力すれば割と簡単にクリアできるようになっています」
「そうですね。追っ手側の戦力を分散させるように、各スタンプを取るチームを分ければそれだけで大分撃墜される人数が減りますね。そのうえでスタンプ係りを抑える人や探す人、その間周囲を警戒する人、迎撃する人などに分担すれば良いわけですから。オマケに、本当に参加者を追い詰める役はたった2人しかいないとなれば……」
「はい。ですから、その役目を負う者は実力的にはこの学園の生徒一人一人に対し、真っ向から挑めば打ち勝てるくらいの実力がないといけないんです」
「……ちなみに、決定済みの方は?」
「お嬢様です」

 西行寺幽々子である。なるほど、ゆったりのろのろした動きでありながら確実に参加者を仕留める幽々子に、猛スピードでばっさばっさと参加者を斬り倒す妖夢。この主従コンビが真の追っ手となるのであれば、かなり企画は緊迫感溢れるものとなるであろう。
 だが、妖夢は外された。なぜか。

「この企画に対し、リハーサルで協力してくれている他クラスの生徒さんがいるんですが」
「はぁ」
「古明地さんところの、こいしさんなんですよ」
「……アレを捕まえろと?」
「はい」

 古明地こいしを捕まえろ。それが妖夢に科された試験であった。
 こいしは戦闘能力的には決して低くは無いが高くも無い。だが、捕まえろとなれば話は別だ。おそらく、学園の中でもトップクラスに難しい。
 何せ、彼女は無意識を操る。たとえ後ろからナイフで心臓を刺されたとしても、こいしに刺されたのだと気づかずそのまま失血死する。彼女は無意識レベルで自分の存在を他人から拡散させることができるのだ。あんなもんをどうやって捕まえろというのか。

「ちなみにお嬢様は捕まえました。心頭滅却すればなんとかで」
「妖夢さんは無理なんですか?」
「はい。マジックインキで顔に落書きされてもトイレに行くまで私は気づきませんでした……」

 幽々子いわく、剣士であれば無意識を制御下に置いて敵を斬ることくらいできて当然なのだそうだ。早苗は剣士というものが本当に生物で構成されているのか怪しく思えてきた。
 妖夢は頭を抱えた。

「今日中に彼女を捕まえることができなければ、明日、私は脅し役に落とされてしまいます……ッ!」
「いいんじゃないんですか、脅し役。そっちは交代利きそうですし、楽ですよ」
「脅し役は、ぱっと見ただけで『あ、逃げんといかんべ』とわかるような衣装を押し付けられるんです! で、私用に用意された衣装はこれですよ!?」

 妖夢は律儀にその衣装を持ち歩いていたらしい。半霊が出してきたその衣装は、色は地味ながらもブラウスにベスト、蝶ネクタイにスカートなど決して悪くないものに思えた。ぶっちゃけ、今妖夢が着ている制服とそんなに差はない。
 だが、腰に添えられている妖夢の身長ほどもある長い二本の棒が気になる。

「この棒はですね。こうするのです」

 妖夢は白楼剣と楼観剣の柄尻に棒の先端を当てた。カチッ、とソケット状に柄尻は棒の中に収まり、固定される。薙刀状になった棒は半ばのところで組み合わさり、早苗の目にも親しいアレに変わった。
 高枝切りバサミである。
 題して、シザーみょん。脅し役に堕とされた妖夢はこの名と枝切りバサミを掲げ、参加者を追い回すだけの役回りとなる。

「嫌だ! 絶対に嫌だ! おとついのハロウィンでお嬢様と紫様に押し付けられたこの役回りをもう一回するのなんて絶対嫌だ!!」
「もう経験済みなんですか……」
「なんですかその嫁入り前にバカしやがってこの娘はみたいな目は!? 嫌だあああ! こんなのバレたらお祖父様に怒られるうううう!!」

 魂魄妖夢、泣き喚きたいお年頃である。自分の半霊に顔を埋めておんおん泣く妖夢の姿は憐憫の情よりサドっ気を早苗の中に芽生えさせたが、そこでようやく早苗は自分が何をしようとしていたのか思い出した。
 いかん、冷たい言葉で妖夢をなぶっている場合ではない。早苗にはこの学園を救う仕事があるのだ。

「わかりました。こいしさんを捕まえたら良いのですね?」
「うぐうぐ……何かあてでもあるんですか?」
「こういうのはどうでしょう」

 1:こいしのペットを捕まえる
 2:猫は三味線に、鴉はつくね団子にする
 3:こいしを捕まえる

 黒板にイラスト付きで説明すると、間合いが倍化した高枝切り白楼観鋏で突き殺されかけた。
 早苗は猫皮の剥ぎ方や鴉の潰し方などのイラストを黒板消しで拭い、まっさらになった黒板を手のひらで叩いた。

「さっきのはほんの冗談です。つまり、こいしさん本人を狙っても見つけられるはずがありません。周囲から狙うのです!」
「卑怯だなぁー……」
「まず、彼女の飼っているペットから考えましょう」早苗は黒板に黒猫のイラストを描いた「火炎猫燐。猫だけあってすばしこいうえに、悪知恵が働くのでとても捕まえにくいです。却下ですね。じゃ、次行きましょう」三本足のカラスのイラストを描く。というかサッカー日本代表のマークそのものである「霊烏路空。カラスの癖に頭が弱いので簡単に罠に嵌めて捕獲できますが、その後が大変です。核融合のパワーを彼女は持っているので、捕獲しても拘束する術が事実上存在しません。却下ですね。では次行きましょう」

 早苗は、目玉を描いた。その不気味な姿に怖いものが苦手な妖夢はそれだけで涙目である。

「古明地さとり。古明地こいしの姉です。心が読めるのが厄介ですが、戦闘能力は前述の二人の比ではありません。低いという意味で、です。妖夢さんほどの足の速さなら、攫うことくらい簡単でしょう」
「そんなぁー。刀は二本持ってもそれほど重くないですけど、女の子一人担ぎ上げるのなんてものすごく重いですよー」
「じゃ、軽くすればいかがでしょう。ふいに逃げられる心配もありませんよ」

 黒板に描いた目玉に繋がっている数本のコードを、全て早苗は黒板消しで半ばから消した。それの意味することを知った妖夢は黒板に刺さったままの高枝切り白楼観鋏を横薙ぎに振り回した。黒板と一緒に壁が真っ二つに裂かれ、隣の紅い光がわずかに差し込んできた。

「もぉー。どうせ妖怪の手足なんてまた生えてきますよ。こいしさんの所に一本ずつ送れば良い脅迫にもなりますし」
「あんたは人間だから妖怪を過大評価しすぎなんです! そもそも、こいしさんの所にって、彼女が見つからないから途方に暮れているんじゃないですか」
「もしかして、今日いっぱいこいしさんは、妖夢さんから逃げっぱなしですか?」
「はい。学園の中のどこかにいるということだけは確かなんですが……」

 それはこいしも大変だろう。とはいえ相手は妖怪。人間ならお腹が減ったり眠くなったりトイレに行きたくなったりするが、妖怪は一日くらいそれを我慢――
 早苗は首を振った。
 相手は無意識で動くフリーダムガールだ。食欲や睡眠欲などの生理的欲求を拒否する理由があるか? 否である。
 早苗は屋台系の出し物をパンフレットで洗いざらい調べることにした。

「妖夢さん、行きますよ」
「え、どこにですか?」
「まずは、河童の所に丈夫な金庫を大量に借り受けます。それから、片っ端から屋台系の所へ金庫を持って交渉です」
「それすごい体力仕事ですよ!?」
「もちろん妖夢さんが頑張ってくれることをブレイン役としては強く期待します」
「うわあぁーーーん! もうヤだあああぁーーっ!」

 泣き喚く妖夢を、早苗は引きずって歩き出した。
 名づけてハルトマンの妖怪少女包囲網作戦である。事は急がねばならなかった。



 こいしの存在がかすかに確認されたのは夕方になってからだった。
 早苗が取った作戦は単純極まりない。食料を既に運び込んでいる屋台へ行き、その食料を全て金庫に放り込んでしまうだけのことだ。
 お腹を空かせたこいしはやがてどこかで尻尾を出すだろう。その予測通り、情報提供を呼びかけていた早苗と妖夢の所に『弁当のおかずが一つ無くなった』だの『チョコレートが四つしか残ってなくて相方がキレそうになったと思ったら次の瞬間全部無くなって自分はキレたが、よくよく指摘されると口の中に残りのチョコレート四つ全部あった』などの報告が舞い込んできたのである。

「さあ、これで終わりにしましょう! 妖夢さん、最後の仕上げに入ります!」

 こいしが相当お腹を空かせていることを予感した早苗は、一軒の屋台に向かった。
 ミスティアが個人でやっているヤツメウナギの屋台である。早く仕込みに入りたくてうずうずしていたミスティアに、早苗はにっこりと笑って金庫の鍵を渡した。どうせなら香ばしい匂いが立ち昇る系統のモノが良かったのだ。
 仕上げとはなんのことはない。一件だけ、いかにも美味そうなウナギを焼いている屋台を営業に入らせて、こいしをおびき寄せる。それだけのことだ。

「まぁ、ここまでやったら後はもう野となれ山となってさざれ石の巌となって苔を生すまででですね」

 まめまめしくウナギを焼くミスティアの姿を眺めながら、早苗は秋姉妹の妹から貰った焼き芋を頬張った。視線を屋台の上に移す。
 屋台の屋根の上では二本差しを脇に置き、正座して敵を待つ妖夢の姿があった。
 刀の間合い近くまでこいしをおびき寄せる算段を早苗は用意したが、いざ取り押さえるのは妖夢の剣士の気質に他ならない。食べ物がいつの間にか無くなったその一瞬、こいしが隙を見せた瞬間を妖夢が見逃さずにいられるかどうかは彼女自身の問題だった。
 でなければ、なんの意味もないだろう。もしかすると幽々子はこうした誰かの手伝いも含めて、こんな無理難題を妖夢のために用意したのかもしれなかった。
 そう思いながら早苗は半分に割った焼き芋の片方を、最後の一口と口の中に放り込もうとして新聞紙だけになっていることに気づいた。あれ、ともう片方の手を見てみると、そっちにも焼き芋は無い。
 早苗は空の新聞紙だけを掴んでいた。

「そこだァッ!」

 妖夢が叫んだ。だが、その瞬間には既に事は終わっていた。本気を出した剣士の動きは自らが発した気合の声、音速すらも越える。
 ソニックブームで屋台ののれんが激しくはためき、妖夢の振り下ろした剣撃は地面にクレーター状の窪みを生んだ。その中心で、信じられないものが彼女を待っていた。

「ゆ……ゆこ……さま!?」
「よ……む……」

 桜色の髪をした、妖夢の敬愛する主人がクレーターの真ん中で倒れていた。妖夢は手にしていた長剣を取り落とし、しっかと幽々子の身体を抱き上げる。

「幽々子様、どうして!?」
「妖夢……立派になったわね……」

 幽々子は途切れ途切れに、妖夢へ向ける言葉を白くなった唇から紡ぎ上げた。

「私を倒す剣を撃てるほどになるなんて……あなたはもう、半人前……なんかじゃ、ないわね」
「いいえ! 幽々子様がいなければ! 私は、私はまだ!」
「そんなことを……言っては、ダメよ。あなたが……しっかり……しないと……誰、が……」
「嫌、そんな、幽々子様! ゆ――」

 早苗の蹴りが妖夢の後頭部に食い込み、そのまま幽々子の胸に食い込んだ。
 放心するミスティアや集まってきた客、妖夢を退けて早苗は幽々子の胸ぐらを引っ掴み、びんたで頬をはたき倒した。

「私のお芋を返してください!」
「……だってぇ……お腹がぁ……」

 幽々子、涙目。だが彼女の表情以上に、狼の遠吠えとすら錯覚するほどの盛大な腹の鳴る音が惨状の原因を訴えた。
 額に青筋を浮かべた早苗は幽々子の胸ぐらを掴んだまま、ゆっさゆっさと前後に振り回して訴える。

「私はあなたの従者を立派にしようと、丸一日潰してこれだけお膳立てしたんですよ!? それをあなた自身が潰してどうするんですか!」
「や、やめて、幽々子様の傷に、障りがっ」
「楼観剣で斬ったって亡霊には差し障りなんてありませんよ! しっかりしてください!」
「え? あ、ホントだ。そういえば、間合いが広い方の楼観剣で斬りつけたんだったわ」
「この亡霊はお腹が減ったショックで動けないだけのことです。仕方ありません。ミスティアさん、この亡霊に今焼いている分のウナギを……」
「あ、うん。……って、えぇっ!?」

 ミスティアの悲鳴の方が今の早苗には緊急を有した。幽々子を宙に放り出し、屋台に目を移す。
 今、この騒ぎが起きるまでたっぷりタレのついたウナギは香ばしい炭火焼きの煙を出しながら、焼けていたはずだった。しかし、今そこにあるのは赤々と火を点す炭火のみ。
 早苗の青筋が、ぴゅっ、と血を吹いた。

「今の騒ぎの内に、やられちゃったじゃないですかぁあああぁあぁっ!!」

 現人鬼と化した早苗を、誰が止められるだろう。誰もが空腹で涙目になった屋台に集う人妖の中で、それほどの気力を持つ者は誰一人としていなかった。
 本日の天候、早苗の蹴り時々罵声。所により禊が落ちるでしょう。



 そんな騒ぎを、遠巻きにヤツメウナギを頬張りながら見つめる少女がいた。
 彼女は両手にいっぱいの串を持ちながら、器用に拍手する。

「うんっ。これなら、後数日で私に辿り着けそうね!」

 食べ飽きたのか、彼女は串に刺さったウナギを全て空に放り投げた。
 だがウナギの蒲焼が砂で汚れることは無かった。空中で静止しているわけでもなく、まるでカラスに掻っ攫われたかのように消え失せていた。
 こいしのペットはここにはいない。
 目を細めたこいしは、怒り狂いながらもどこか楽しそうに笑う早苗を見つめ続けた。



 ――4日目



 朝、登校した早苗が2-Hに行くと妖夢は何事もなくジェノサイダーとしての二番頭を任されていた。
 早苗はその詳しい経緯を聞くのをやめておくことにした。時間がもったいない。

「さて、今日はどこに行こうかしら?」

『昨日』咲夜から受け取ったパンフレットは『今朝』早苗の鞄の片隅に仕舞われていた。『昨日』赤ペンで引いたマーキングもしっかり残ったままである。
 早苗は『2-H「恐怖・怪霊サバイバルスタンプラリー」』に線を引いた。
 もちろん、まだまだ先は長い。だが早苗は意識して確かな一歩を踏み出した実感を受け止めていた。

「でも、本当にこのパンフレットを埋めたらループが止まるのかは怪しいのよねぇ」

 くよくよ考えたところで詮無きことである。下手の考え休むに似たり。まずは行動だ。
 なので早苗は、今日は小等部に足を伸ばすことにしてみた。
 この学園は小学校から大学までのエスカレーター式である。小等部の面々の学園祭の参加は中等部より制限がきつく、大半のお子様生徒たちの企画はクラスぐるみのものだけにとどまり、もっぱら参加だけに留まるのが常だ。当然前日の準備日である今日も小等部は一日お休みのはずだった。
 小等部校舎の中庭にリヤカーが置かれていた。立てられた幟は白地に青い波模様が入り、大きく『氷』と赤文字で書かれている。当然、リヤカーに積まれているのはペンギンの形をした可愛らしい家庭用かき氷機だ。
 そのリヤカーに乗ったチルノが、目から冷凍ビームを出しかねない勢いで英単語カードのようなものを見つめていた。その集中力たるや凄まじく、チルノの周囲には一足早い霜柱が立ちうっすらとした冷気が漂っていた。見ているだけで寒くなるような光景である。

「……何しているんですか?」

 早苗はチルノに背後から寄り、寒さに凍えながら彼女がめくるカードを盗み見する。

 3×4=?

 そう書かれていた。チルノはカードを置き、慎重に指を一本ずつ立て始めた。両手の指では足りなくなるのは目に見えている。チルノは靴と靴下を脱ぎ捨て足の指を動員して計算を終えた。
 チルノはカードをめくった。裏面に書いていた答えが合っていたようで、ぴょんぴょん飛び跳ねて喜んでいる。そのたび冷気を強くするのは勘弁してもらいたいものだ。一段落ついてから、チルノは再びカードを手に取った。以下、最初から繰り返しである。
 だがそれが続いたのも3×6までだった。3×7になったとたん、チルノは泣きそうな顔で20本全ての指が立ちきった現状に気づき、頭を無茶苦茶にかき回し足をばたばたと振り回した。

「無理ーーーー! 九九なんて絶対覚えられない! 何個だったったけ? えーと、とにかく、100個くらいの数字なんて絶対覚えきれないよー!」

 81である。四捨五入すれば100だがやや物足りない。一の段なんて覚える必要は無いので実質覚える数は72と言っても良い。もしスパロボで命中率が72%だったら自軍では外れたことも考慮したうえで動き、敵軍ならば当たると考えて行動するべきだろう。その程度に微妙な数字ではある。

「明日はお祭りですよ? 何も学校が休みの今日まで勉強しなくても良いのでは」
「ふん、あたいを止めようったって無駄だよ。みんな、あたいが妖精だからって馬鹿にしやがって。出店の一つや二つくらい、なんてことないさ。あたいのかき氷を喰らって頬っぺたとろけ落ちちゃってから泡食っても遅いんだかんね」

 早苗の能力は天気を予報することはできるが、最高気温や最低気温はさすがに守備範囲外である。携帯のIモードを立ち上げ、ニュースサイトを参照。明日の予想最高気温は15度。人ごみで暑くなることを考慮に入れると冷たい飲み物くらいは欲しくなるだろうが。
 チルノが無い胸張って我が魂の相棒と言わんばかりに手を置くペンギンくんのお腹には、身体の芯から冷えそうなきらきらと輝く氷の塊がセットされていた。

「まだジュースでも冷やして売った方がいい気もしますが……」
「嫌だよ、重い」
「意外と真っ当な返事ですね。確かにかき氷屋も本来なら相当重いはずなんですが、店主があなたならその場で氷が作れるので問題は無い訳ですね」
「そうよ。どう、冴えてるでしょ?」
「はい、ご自分の能力をきちんと考えています」

 そもそも売れようが売れまいが早苗の知ったことではない。
 しかしそれはそれとして、早苗の直感は囁いていた。今日の手を貸すべき相手は、チルノだ。早苗としても屋台に色とりどりのシロップが並んだかき氷屋が参加してくれるのは見栄えもよろしいので嬉しい話だ。手を引く理由は無いだろう。
 早苗はそこまで考えて、ふとリヤカーの中に足りないものがあることに気づいた。

「シロップは?」
「しろっぷ?」
「信号機みたいな原色ばりばりのイチゴやメロンにレモンシロップですよ。他にも練乳あずきとか、酢醤油とか」
「無いよ」
「無いんですか」
「だってどこに売っているかわかんないんだもん」

 そりゃあこの季節のスーパーに並んでいるはずもなかろう。しかし、そこは知恵の働かせよう、アマチュアの甘え所である。

「ならば、濃縮還元ジュースで代用しましょう。カルピスの原液なんかでもOKです」
「わ、なんかそれ美味しそう」
「で、値段ですね。計算をややこしくしないために、メニューは揃えても一律同値段にした方が良いでしょう。ま、でも原料が原料ですしお釣りをじゃらじゃら用意するのも大変です。一杯100円にすればとりあえずなんとかなるでしょう」

 そうにこやかに早苗が言ったとたん、チルノの表情が凍りついた。
 しばらく待っている間に解凍された。硬直から解き放たれたチルノはおたおたと両手の指と両脚の指の数を数える。涙目で早苗を見上げた。

「あたいの指20本しかないよ!?」
「ええい、だから一律100円にしたんじゃないですか! それなら100円は1として考えたら問題ないんです! 下2桁の0は頭から切り離す!」
「え、1? あれ、でもそれならいちにーさんしーごーろくしちはちくーじゅー……10個頼まれた時は? あれ? 10円?」
「せ――」

 んえんです、と言いかけて早苗はぐっと堪えた。違う。なんでもかんでも答えを教えればいいというものではない。チルノに考えさせるのだ。彼女自身に考える力を身につけさせるのだ。
 早苗はポケットからペンとメモ帳を出し、チルノの前に筆算の式を書いてみせた。

「さぁ、100が10個集まりましたね? これを繰り上げて、置いておいた下2桁の0を合わせればいったいいくらになるかしら?」
「えー……だって今日、天気いいしさー。何も勉強なんか今からしなくったってもさー。なんか乗り気じゃないわよー」
「あのねチルノちゃん。あなたは立派です。みんなに負けじとお店を始めようとして、必要だとわかったから自分から算数を覚えようなんてなかなかできるもんじゃあありません。あなたには20本の指があるじゃないですか。あなたにはできる。できるんですよ。いいですかチルノちゃん。いちたす、いちたす、いちたす、いちたす、いちたす、いちたす、いちたす、いちたす、いちたす、いちは?」
「えーと……じゅう?」
「そうッ! やっぱりできるじゃあないですか! もう半分できたも同然ですよ!」
「そーかッ! 10ね! よーし……」

 早苗のゆっくり読む声に合わせて指を立てていたチルノは勢い良くメモ用紙に飛びついた。早苗はその間、リヤカーの中を物色する。
 ペンギンくんは可愛さにおいては問題ない。100点満点だ。そして客足が付くかどうかも怪しいので、ペンギンくんで間に合うかもしれないのも事実だ。だが童祭当日が思ったより暑く、かき氷が飛ぶように売れるとなればペンギンくんの処理能力では追いつかないだろう。骨董品集めが好きな森近先生から古い業務用かき氷機でも貸してもらえるよう、交渉するべきか。
 そんなことを考えていると、袖が引かれた。わくわく顔のチルノが早苗を見上げている。

「終わったよ! どう?」
「ン、できたんですか……どれどれ」

 0010

「何これ」
「えへへ、当たってる?」

 ペンギンくんの身体が粉々に粉砕した。早苗がチルノの頭に叩きつけたからである。



 結論として、チルノ一人に店を任せるのは作業量的にも計算的にも無理だとわかったので仲間を募集することにした。
 本来なら助っ人となる人材は早苗が探すのが無難なのだろう。だがチルノは妖精たちだけでやると言って聞かなかった。失敗の気配を濃厚に予感しつつも早苗はそれに頷き、人材探しはチルノに任せて買出しに向かったのだった。
 チルノのわがままを早苗は理解できなくもない。早苗も大人の手を借りずに自分たちだけの力で物後を成し遂げたいと思う時はある。早苗は自分をまだ子供だと思っているが、小等部に通うチルノからしてみれば大人のようなものなのだろう。多少の手助けは甘んじているが、店に立つと冗談でも零せばチルノは断固として早苗を追い出しにかかるはずだ。
 うず高く積んだ業務用紙コップに使い捨てスプーンを自転車の荷台に載せ、シロップの類を籠やビニール袋に入れて早苗は学園に戻ってきた。大量の荷物を抱えてひぃひぃ言いながらもチルノのリヤカーが置かれた小等部の中庭まで足を進める。

「それじゃ、私はかき氷機を回す役ね」
「私はお客さんにかき氷を渡して、お金を貰う役」
「あたいは氷を作る役」
「私は、お客さんが来るかどうかを見張る役ね」

 チルノの周りには三人の妖精が増えていた。森近先生から借りてきた、くたびれたグリーンの塗装が懐かしい業務用かき氷機の周りで自分たちの計画にわくわくしている様子である。
 早苗はリヤカーに買出してきた荷物を下ろした。

「ふぅ。ただいま帰りましたー。どうやら無事助っ人は確保できたようですね」
「ふふん。あたいの妖精望にかかれば亀の一声よ!」
「鶴じゃないの?」
「鶴より亀の方が万年だから偉いのよ」

 横からのツッコミにチルノは鼻息を鳴らして偉そうに答えた。亀の鳴き声ってどんなのだろうと早苗は夢想する。脳裏ではガメラがプラズマ火球を吐いて自己主張していた。

「サニーミルクに、ルナチャイルドに、スターサファイアよ。まぁ、あたいの子分みたいなもんね」
「ねぇサニー。いつ私たちチルノの子分になったのかしら」
「んー。このかき氷屋の店主って、チルノでしょ? じゃあ、まあ子分というか雇い主と店員ってことでいいんじゃないかしら」
「店員ね! それじゃ、可愛い店員さん専用のお洋服も用意しなくっちゃ」
「ウェイトレス衣装ね。でも今からデザインして作っても間に合わないから――」
「はいはい皆さん、それより重大な問題があります」

 早苗はぱんぱんと手を打ち、妖精四匹の注意を自分に集めさせた。コップの袋を空け、次々とカップを出して行く。

「三人のお客さんがやってきて、一人が苺シロップとぶどうシロップ、一人が酢醤油とみぞれとあずき、一人が練乳を頼みました。さて、合計でいくらになるでしょう?」
「「「600円」」」

 チルノを除き、三人の妖精は声を合わせて即答した。早苗はあれ? と思わず頭を捻った。
 問題に合わせて出していた紙コップの数を見て、指を立てて考える。うむ間違いない。

「な、妖精が算数できている!?」
「ねー、消費税とかかからないの?」
「馬鹿ねルナ。こういう出店では消費税とか取らないのよ。そのかわり場所代を取られるから、その分の補正金がまんま値段に響くのよ。一夜限りで場所代をまかわなきゃなんないから、出店の食べ物ってあんなに高いのよね」
「それでもし、場所代をちょろまかしたり無断でお店を出したりしたらね。背中に毘沙門天様の刺青を入れたりして銭湯なんかで遠巻きにされるお兄さんたちとお茶できるんですって」

 早苗はチルノに袖を引っ張られたことに気づいた。涙目である。そういえば、このかき氷屋は無許可無申請のような気もする。
 まあ森近先生から既に商売道具をレンタルしているのだ。後で早苗が話を通せばいいだろう。

「まぁ雑用は私がこなすとして……ともかくチルノさん以外にまともな計算能力があることがわかりました。後は実際に業務ができるかどうかですね」
「それじゃ、リハーサルしましょ! 早苗さんはお客さん役で」

 サニーがそう言って、四人の妖精はちまちまと動き出した。妖精は一つ所に意識を集中させると他のことが目に入らなくなるが、四人は上手いこと息を合わせていた。この調子だと早苗が口を出す心配はいらないだろう。
 かき氷機に氷をセットし、コップも並べ、シロップの用意もできた。メニューもしっかりと看板に書いて張り出している。そこまで確認して、早苗はよっこらしょと腰を上げた。

「いらっしゃいませー」
「何に致しましょうか」

 接客態度も中々に悪くない。早苗は看板を見てうなずく。

「それじゃ、みぞれあずきで」
「あいよー」

 がっしゅがっしゅとチルノはハンドルを回し始めた。早苗は100円玉をルナチャイルドに渡す。彼女はそれを空き缶の中に入れた。
 程なくして紙コップ山盛りのかき氷が出来上がり、透明な蜜とあずきが乗せられ完成した。
 全くなんの問題もなかった。これで味さえ良ければ文句なしの合格である。もっとも、トッピング類は全て市販品なので味に影響などは無いだろうが。
 そう思いながら早苗はスプーンを口に運び、眉をしかめた。

「……ん? このみぞれ、おかしいですよ。甘くない。というか、辛い? なんか変な風味が……」
「特製ですから」
「まぁ、これはこれで悪くないですが……でも、あれ? なんかこの風味と味、どこかで……」

 早苗はスプーンをさくさくとかき氷の山に突き刺しては口に運びつつ、記憶を手繰り寄せた。割と嗅ぎ慣れた匂いである。家の中で嗅いだ記憶が特に強い。それも日常的に……。
 馴染みが強い匂いであったのが問題だったのだ。それがかき氷にかけられたことで希薄になっていたせいで、感づくのが遅れた。早苗がみぞれと偽って出されたものの正体に気づいた時、既に顔を真っ赤にした酔っ払いがそこに立っていた。

「これわぁ……お酒ですねぇ?」
「そう! みぞれは裏メニューとして日本酒にするの! これで客足はばっちり掴めるわ!」
「さすがサニーの案ね。校則にとらわれないことを平気でやってのけちゃうんだもの」
「でも大丈夫かなぁ……」
「ルナは心配性ね。大丈夫だって。みんなどうせお祭り気分でお酒が入っていようといなかろうと――」
「いけまひぇん!!」

 早苗の一喝が妖精たちをびくりとさせた。八つの目玉が早苗に降り注ぐ。
 じっとりと潤いを含んだ瞳が細められ、思いっきり目つきを悪くしていた。顔は耳まで真っ赤になり、口から漏れ出る冷気が酒精と混じって一種異様な雰囲気を帯びていた。
 と、突然早苗はがつがつと酒をぶっかけられたかき氷を貪りだす。11月の気温で、である。ものの30秒とたたずに胃の中に氷を放り込んだ早苗は「いたまがあたいいたがまあたい」とぶつぶつ呟き、むっくりと身体を起こした。

「次」
「え?」
「次よこしなさい」
「え、うん、じゃ、チルノ削――」
「らぁれが氷割りで出せっちゅったんですかぁ!!」

 早苗の剣幕に圧され、妖精たちはリヤカーの隅に逃げ込んだ。スターサファイアが抱えていた一升瓶を早苗はふんだくり、紙コップに手酌でがぶがぶとやり始める。

「おしゃけだけらしといてぇ! あてがないってぇ、どういうりょーけんれすかぁ! たこやきとかぁ、おこのみやきとかぁ、やきとりとかぁ、いっぱいいいにおいだけさせといてぇ! 持ってこーい! はやく持ってこいーーーー!!」

 一升瓶をぶんぶん振り回し、叫びだしたかと思うと早苗はけらけら笑い始めた。チルノはぶるぶると震え、傍にいるはずの仲間と肩を寄せ合おうとして、何もないことに気づいた。
 サニーミルクとルナチャイルドとスターサファイアは、とっくの昔に逃げ出していた。チルノの顔がさっと青ざめる。慌てて飛び出そうとした瞬間、頭を掴まれた。

「いや、あたい、急用を思い出してね……」

 チルノの叫び声はルナチャイルドの無音領域を突破して、三妖精の耳にも聞こえた。スターサファイアが南無と合唱する。



 ――5日目



 頭がずきずきとまだ痛むような気がした。時間はループしている。気のせいだろう、たぶん。
 戻り復活式強制コンティニューのように死ぬたびループして戦場を駆け巡る小説では、ループ回数が増えるほど偏頭痛が増すという話があったが早苗はそこまで殺伐とした毎日は送っていなかった。
 ただ『昨日』はやや、やりすぎた。記憶が途中から途切れているが、どうやら早苗は酒乱と化して暴れまわったようなのである。かき氷屋の手伝いをしていてなぜ酔っ払ったのかはさっぱりわからないのだが……。

「全く、まだまだパンフレットは全然埋まってないというのに……」

 チルノのやろうとしていたかき氷屋はパンフレットに書かれていない店だ。埋め作業も何もない。不毛な一日を過ごしたものだ。今日こそ有意義な一日を過ごさなければ。
 有意義といえば、やはりまさかループが始まるとは思わなかった初日が一番有意義だったような気もする。あのザクはできることならば毎日だって拝みたい代物だ。

「そういえば、工学部以来部活動主催の企画を見てなかったわね。そっちに行ってみようかしら」

 早苗は自分の思いつきに、うんとうなずいた。パンフレットの部活主催の企画ページを開くと、目をつむりキャップを締めた赤ペンの先っぽで目録をなぞりだす。ぐるぐる台風でも描くようにペンを動かし、ここ、と思いついたところでペンを止め、目を開いた。

『手芸部「人形劇・オズの魔法使い」』

 カオスな企画が並ぶ中、恐ろしくまともなネーミングの企画を赤ペンは指していた。
 いや、冷静に考え直せば手芸部が人形劇とはややおかしい。それは人形くらい縫うだろうが、畑が違うのではなかろうか。大体、手芸部などこの学園にあっただろうか。部室はどこだろう?
 パンフレットには目録に合わせた地図も付いている。手芸部の頭に打たれた番号を地図に書かれた膨大な番号の中で探し当てた時は、早苗がパンフレットを覗きだしてから実に15分もの時間が経過していた。

「こんな校舎の端っこにあったんですねぇ……。どんな人たちがいるんでしょう」

 苦労して探しただけの報いがあるといい。そんな祈りを込めながら、早苗は手芸部部室までの道のりを歩む。

「……って」

 手芸部は確かに地図上と同じ位置にあった。だが早苗はその姿に眉をひそめる。

『手芸部 人形劇・オズの魔法使い
 公演・第一回 AM09:30〜PM10:45
 公演・第二回……』

 イラストも派手な背景も何もない。印刷紙こそ上等で、サイズこそポスター大ではあるが書いてあることは必要事項のみ。そんな看板が部室のドアに貼られているだけだ。
 童祭を迎えようとするハレの雰囲気に包まれた学園の中で、手芸部の部室だけが頑固にケの雰囲気を引っ張っていた。

「……ごめんくださーい?」

 不安を押し殺せず、ドアをノックする早苗の声も勢いが無い。もう一度ノックしようかと思う程度に無反応な時間が過ぎた頃、ようやく返事が返ってきた。

「何? 誰?」

 以上である。早苗は唇に引きつった笑みが浮かぶのを自覚しつつ、できるだけフレンドリーに話しかけてみることにした。ドア越しに。

「え、ええと、2-Cの東風谷早苗です。け、見学に来ました」
「そう。開いてるわ。入れば」

 ドアを引く。

「……うわ」

 手芸部から感じる独特の近寄りがたさが暗さにあるのだと、早苗は遅まきながらに気づいた。そしてその暗さの原因も。
 元から取り付けられているはずの蛍光灯は全て切ったままだったのだ。さらに窓も一切光が入ってこないよう遮光カーテンをぴっちりとテープで貼って締め切り、密室空間を作り出していた。
 そんな手芸部を照らすのは天井から吊り下げられたランプである。蛍光灯ほどの光量が無いので幾つもぶら下げているのだが、それでもなお薄暗い。だがその薄暗さはどこか安心できる、ちょうど良い光加減とも言えるのだ。
 ランプの暖かみのある光に照らされた手芸部部室の面積は大半がパイプ椅子に占められていた。その奥、八畳一間ほどの空間が舞台となっており、さらに小さな高台こそが人形たちが舞い、飛び、演技をする空間なのだ。
 舞台のさらに奥、暗幕で仕切られた裏から目の下にうっすらと隈をこさえた金髪の少女が姿を現す。

「アリスさん、ですか」
「あら、早苗じゃない。今頃手芸部に入部でもしたいの? 残念だけれど、あなたの仕事なんてもう何一つとして残ってないわよ」
「ああ、そうなんですか」
「ええ。今朝、やっと全ての人形の衣装が完成したの。背景装置とかの小物類は、外注の甲斐あってすぐに仕上がったんだけどねぇ」
「それはお疲れ様です」
「ありがとう。うーん、それじゃ、衣装も揃ったしリハーサルやってみるけど、見て行く?」
「え、いいんですか?」
「観客がいないと、客観的な意見も聞けないでしょう」

 しかし、前日である。もし早苗が何か言ったとしてもこの土壇場で脚本などを変える余裕などあるのだろうか。
 そう思いながらも早苗は黙ってパイプ椅子に座った。まあ、案ずるよりなんとやらである。
 早苗が落ち着くのを確認してから、アリスは舞台の裏に隠れた。すると次第に舞台の照明を残して部屋の明かりは消えてゆく。やがて、どこからかヴァイオリンの音色が流れてきた。
 クラシック。確か、ボロディン。だったん人の踊り。
 舞台にとことこと足音が響きだす。カカシと、ブリキのロボットと、ライオンが何やら自分たちより大きな板を抱えて現れた。彼らはゆっくりその板を掲げる。

 The Wonderful Wizard of OZ

 板を下げて撤収した彼らに続き、どこからか囁くように語る優しげな女性の声が入ってきた。
 そこで早苗は遅まきながらに気づいた。
 そういえば、オズの魔法使いを読んだことがないような気がする。



 結論から言ってしまおう。

「素晴らしいです!」

 一時間の演技が終了し、幕が上がり照明に火が灯るや早苗は頬を紅潮させてたった一人の拍手を精一杯アリスに贈っていた。

「……ふふっ、ありがとう」

 舞台裏から出てきたアリスは額の汗を拭った。興奮冷めやらぬ早苗はそんなアリスの汗をハンカチで拭き、詰め寄ってしまう。

「他の、他の部員さんたちは? 本当に素晴らしい演技と仕事をしたと、伝えたいのですが」
「他の部員ねぇ。いるとしたら、あれらかしら」

 最後に、登場人物の人形全員が出てきて礼をし、幕を閉じた小舞台をアリスは指差す。
 早苗は5秒ほど固まった。そして、またまたーと笑いながら言う。

「大体、音響さんもいたじゃないですか。あれ生演奏ですよね?」
「あら、よく気づいたわね。聞き苦しかったかしら」
「ってぇことは、アリスさんが演奏担当ですか?」
「いえ、演奏担当はあの子らだけど」

 アリスが指差した先には、ヴァイオリンにチェロ、ホルンにトランペット、シンバルにドラム、ピアノにアコーディオンなど各々に楽器を抱えた演奏隊の人形楽団がいた。
 だんだん嫌な予感がしてくる。早苗は唾を飲み込んで、聞いてみた。

「まさか、手芸部の部員さんって、アリスさんだけですか?」
「最初からそう言っているけど」
「もしかして、小道具も大道具も演奏隊も脚本も監督も演技も声入れも全部アリスさんですか?」
「大道具の一部は外注ね。まぁ、それ以外は私だけど」
「人形で?」
「人形で」
「……何体同時に操っているんですか?」
「ちゃんと数えてないからわからないけど、たぶん80以上は扱っているんじゃないかしら。完全同時はせいぜい40だと思うけど」

 2-B出席番号一番アリス・マーガトロイド。化け物が同じクラスにいた。
 早苗はぐっとアリスの手を握る。

「国宝指定が受けられるかもしれません。日本国政府に申し入れてみませんか?」
「国の評価なんて興味ないわ。私は私の魔法を磨きたいだけよ」
「まあ確かに、わずらわしいだけかもしれませんね。でもアリスさん。なんでこんなに素晴らしい劇なのに、全然宣伝していないんですか?」

 廊下を歩いてもグラウンドを歩いてもトイレに行っても、今や童祭の広告が貼られていない場所などない。だがその無数の広告の中に手芸部の文字を見た覚えは無かった。オズの魔法使いの文字も。
 アリスは小舞台を片付けながら面倒臭そうに言う。

「興味ないわ。そっちの作業に手を付けられなかったとも言うけど」
「つまり、手があったらやりたいというわけですか?」
「手が足りたら、やってもいいという程度ね」
「手があったら、やってもいいんですね?」
「……あんた何考えてんの?」
「宣伝しましょう」

 ループの原因がわかった。
 手芸部の人形劇が学園に知れ渡っていなかったからである。これでは時も無念でループしようというものだ。学園の生徒全員は無理だろう。だが、せめて8割は見るべきだった。この教室だけでは狭苦しい。小野塚先生や咲夜の力を借りて空間拡張も考えた方が良いだろう。
 アリスは肩をすくめる。

「まぁ、あんたが勝手にやりたいなら好きにすればいいわ。私はまだ作業があるから、全部任せるわよ」
「お任せください! 嵐も予知できるこの東風谷早苗、大船に乗れば航海は安泰ですから!」
「タイタニックって何で沈没したっけかしらねぇ」

 アリスの言葉は既に早苗の耳に入っていなかった。風のように彼女は走り去っていたからである。



「そんな、印刷を受け付けていないってどういうことですか!?」
「どうもこうも、見たらわかるだろう」

 チラシの原稿を描き上げたので印刷室に持ってきたら、担当の上白沢先生は呆れたように室内を見渡した。
 なるほど、確かに全てのコピー機には先客の生徒たちがいる。だが、待っていれば――

「いや、今日はもう予約いっぱいだぞ。ほら、お前以外にもあんなに待っている連中がいる」

 どういうことかと慧音が指差す部屋の片隅、待合室となっているベンチを覗き込むと数人の生徒が原稿を抱えてぎゅうぎゅう詰めに座っていた。だが、ベンチの長さも限度があるだろう。ここからではその全貌は見えない……が……?

「……って、なんで部屋の面積より明らかに長いベンチがあるんですか!?」
「そこはほら、小野塚先生の得意技だよ。あそこで寝てるだろう」
「……失礼しましたっ」

 早苗は、ここで待っていても埒が開かないとわかった。他に学園内でコピー機がある場所は、新聞部である。
 だが、そこでもオーバーヒートを起こさんばかりにコピー機は絶賛稼動中なのであった。

「何せ年に一度の童祭ですからね。一年でもっとも紙の消費量が多い月ですよ。実に部費の何割がこの月の紙に使われていることやら。それに、うちの新聞部は派閥がたくさんあってただでさえ印刷機の使用権については揉めに揉めているのです。そういうわけで、申し訳ないのですが、無理ですね」

 木版印刷で原稿を刷りながら、射命丸文はにこやかに早苗の質問に答えてくれた。彼女もどうやら苦労しているらしい。

「いやぁ、好きでマイノリティの道を選んでますから。まぁ私が手がけた文々。新聞を見かけたら、どうか足蹴にせずにちょっとだけ目を通してでもゴミ箱に放り込んでくれたら幸いです」
「……ありがとうございました」

 早苗はコンビニに走った。
 が、やはりそこでも先客がいた。店員の眼鏡青年に先客のことをたずねると、やはり当たり前のように予約が入っていることを教えられた。

「ただいま帰りました!」

 ループが始まって以来初めて、早苗は早退を体験した。
 まだ時計は午前を過ぎていない。今起きてきたばかりらしい諏訪子は寝ぼけ眼をさすっていた。

「さなえぇーーーっ。ごはんわぁーーーー」
「冷蔵庫の中にタピオカゼリーがあります!」
「ええぇぇーっ。だってさあぁー。アレ、カエルのタマゴみたいでさぁー。共食いみたいじゃんー」

 間延びした諏訪子の抗議を無視し、早苗は自室に飛び込みPCを立ち上げた。プリンタを引っ張り出し、原稿をスキャンして印刷に入る。
 印刷中に紙が足りないことに気づく。家電量販店まで自転車を飛ばし、1000枚ほどさらに補給。が、さらに途中でインクが足りないことに気づき再び自転車を走らせる。
 そして、次に足りないのは小遣いだと気づいた。早苗は泣きそうになりながら昼食もろくろく食べず、学園に舞い戻ったのだった。



 本来の下校時間を知らせる放送が学園中に響き渡る。当然、明日の童祭を控えた生徒たちの大半はその放送をBGMに最後の仕上げ作業へと没入していくだけだった。
 早苗はそんな生徒たちに話しかけ、交渉を進めようとしては邪険に扱われて終わった。つい先ほど渡したばかりのチラシが廊下のゴミに混じっているのを見てため息をつく。
 そのため息にすら、ひゅーひゅーという妙な呼気が混じっていた。今日一日で声を出しすぎた。スポーツドリンクをガブ飲みしてなんとか潤いを保とうとしているのだが、効果があったのは数時間だけだった。そろそろ限界に近付いてきているらしい。
 早苗は廊下に直接座り込んだ。すっかり日が落ちた校舎を蛍光灯が白々しい明かりで照らし、壁一面に貼られ床に捨てられた極彩色のチラシ群を浮かび上がらせている。
 自分でデザインし、自分で紹介文を書き、自分でイラストも手がけ、自分で印刷し、自分で貼った手芸部のチラシは、見事にそんなゴミの山に埋もれていた。早苗自身が見渡しても、手芸部の広告がどこにあるのかさっぱりわからない。視力2.0が泣いていた。
 だから早苗は生徒自身による宣伝効果を期待して、チラシを手渡しすることにした。だが基本的に今日活動している生徒は皆、自分の仕事をこなしにきたはずなのだ。他人の企画の参加に構っている暇などない。早苗を無視するのは道理とも言えた。

「はぁ……どうしてみんな、無理にでも余裕を作らないのかしら……」
「うらめしやー!」

 窓の外から唐傘を振り回して誰かが何か叫んでいた。早苗はかつかつと窓に近寄り、開けると、唐傘を奪い取って持ち主の水色頭を御幣でぶん殴っておいた。妖怪退治である。巫女の仕事だ。
 腕が痛い。紙の束があれほど重いなどと思わなかった。長時間荷物を持ち続けると腕が麻痺してくることを早苗は知った。脚も痛い。思えば昼からほとんど休憩なしで立ち歩きを繰り返していたような気がする。
 そして、早苗はふと気がついた。ことに、気がついた。
 つまり、意識を失っていた。時間の感覚がわからない。周囲を見る。薄暗い。学習机の電灯だけを付けたような、心地よい明かり。秘密の匂いが漂う密室の灯火。
 手芸部の部室にいつの間にか早苗は移動していた。携帯を見て、その時刻に驚く。門限はとっくに過ぎていた。

「あら、起きた? 携帯が何度も鳴っていたわよ。それでも起きないなんて、中々図太い奴だと感心したわ」

 アリスが早苗を見下ろしていた。早苗は身を起こす。寝袋の中に早苗の身体は収まっていた。その上には毛布がかけられている。
 ふよふよと、アリスに続いて人形が早苗の前に現れた。自分の身体より大きなトレイを持ち、暖かな湯気立つティーカップを差し出す。早苗は礼を言って、お茶を口に含んだ。喉が焼けるように痛み、爽やかな空気が通る。
 ハーブティーである。

「この時間になると、あちこちでぶっ倒れている奴が多くなるからねぇ。時々人形を飛ばして、保健室とか仮眠室とかに放り込んでいるのよ」
「はぁ」
「どうする? 私はこのまま銭湯行って泊まりだけど」

 早苗は携帯の着信履歴を見た。メール履歴は見るまでも無かった。

「……帰ります」
「そ。じゃ、適当に飲んだら帰りなさい。家まで何体か護衛を貸してあげるわ」
「あ、の……」

 声が上手く出なかったのは、喉の調子が悪かったせいにしたかった。
 しかしアリスの入れたハーブティーはよく効いた。本当に、よく効いたのだ。
 カップを握り締めたまま、早苗は搾り出すように問いかけた。

「どうして、成果を聞かないんですか?」
「そんなのわかりきっているじゃない」

 感情を出さず当たり前のように言うアリスの表情自体が人形のように見えた。無意識に鞄の中に入れている御幣を手探りで掴んでしまう。
 アリスはそんな早苗に目線もくれず、針山から取った針に糸を通した。

「童祭前日に動いたところで、何も変わるわけがないじゃない」
「そんなことはありません」

 現に、早苗は今までいくつかの企画を変えてきた。それが良い結果かどうかはともかくとして、早苗が介入した証は残されているのである。
 だから、今日も――

「そうね。私が浅はかだったわ。そんなこと、明日にならないとわからないわよね」

 アリスはうなずいた。だが早苗はうつむく。

「どうしたの?」
「いえ……」
「ふぅん。……いや、ね。あんたのやってくれたことは感謝しているわ。たくさん観客が来てくれた方が嬉しいし、喜んでもらえたら幸いなのも間違いじゃないのよ。
 でも、私にとって部活動も童祭に出すこの人形劇も全部自分の研究の一環にすぎないわ」
「……アリスさん」
「んぁ?」
「どうしてオズの魔法使いなんですか?」

 ぶっちゃけ、マイナーだった。
 名前くらいは知っている。ドロシーくらいは知っている。なんとかブリキのロボットとカカシとライオンの面子も知っている人もいるだろう。だが、根本的に日本での知名度は低い物語だ。
 あえて、なぜ、アリスはそんな物語を題材に選んだのか。

「正直なところ、あれ、オズの魔法使いじゃないわよ」
「そうなんですか?」
「ブリキのロボットは情緒豊かな熱血漢じゃなくて、心の無い人形。カカシは冷静沈着な頭のキレる奴じゃなくて、文字通りの脳無し。ライオンは勇敢な馬鹿じゃなくて、臆病者。彼らは心、脳、勇気を求めて旅に出るわけよ」
「……根本的に物語を変えてませんかそれ?」
「変えてるわよ。だから違うって言ったの。だって、心を求めて旅するロボットなんて、私は操りたくなかったんだもの」
「それじゃ、そもそもオズの魔法使いを選ばなければ……」
「魔法使いが魔法使いに挑戦するのは当然のことじゃないの?」

 早苗は、しばらく黙っていた。ごくりと最後のハーブティーを飲み干す。

「私も、一応神様の一柱なんですが」
「そういやそうだったわね」
「いつか私も神様に挑戦できるようになるんでしょうか」
「さあね」

 ――6日目

『翌日』、登校した早苗はまっすぐ教室には向かわず校舎の片隅に押し込められた手芸部に向かった。
 ノックをする。まだ、遠慮はあった。

「何? 誰?」
「2-Cの東風谷早苗です」
「そう。開いてるわ。入れば」

 早苗は薄暗い手芸部の部室に足を踏み入れた。ほどなくしてアリスが出てくる。

「あら、早苗じゃない。今頃手芸部に入部でもしたいの? 残念だけれど、あなたの仕事なんてもう何一つとして残ってないわよ」
「……そう、です、よね……」
「今朝、やっと全ての人形の衣装が完成したのよ。背景装置とかの小物類は、外注の甲斐あってすぐに仕上がったんだけどねぇ。そうだ、衣装も揃ったしリハーサルやってみるけど、見て行く?」

 アリスの、その悪びれのない表情。
 早苗は首を振った。

「用事が、ありますので」
「あらそう。じゃ」
「はい」

 早苗は踵を返し、ドアを閉じた。
 廊下を歩く。極彩色のチラシたちが朝日の中、ぼんやりと浮かんでいた。
 その中で埋もれるようにして、見慣れたチラシが早苗の目についた。
『昨日』自分でデザインし、自分で紹介文を書き、自分でイラストも手がけ、自分で印刷し、自分で貼った手芸部のチラシ。
 早苗はそれを壁から剥ぎ取り、丸めて、窓から放り捨てた。

「こんな変化じゃだめなのよ」

 早苗は天井を向いた。そこにだってチラシは貼られていた。だが、その極彩色がやけに滲んで見えた。
 アリスは『昨日』の朝と、何一つ変わっていなかった。
 早苗はアリスの入れてくれたハーブティーの味を知っている。アリスの毛布の暖かさを知っていた。だが、アリスは早苗が知っていることを何一つとして知らないのだ。あの素晴らしい人形劇を見た観客であることも。
 袖で目元を拭う。セーラー服の袖の染みを気にせず、早苗は大股で歩き出した。

「終わらせましょう」

 現人神が廊下を歩む。彼女が歩く傍にそよぐ風は、チラシ一つ浮かせることはなかった。



 ――6日目



「時間旅行? できるよ」
「できるんですか」
「できるよ。未来への一方通行だけならコールドスリープという手がある」
「ただの浦島太郎じゃないですか」
「いい例えだねぇ。うちら河童もうっかり冬眠から目を覚ますと数十年経っていて新技術の凄さにプレステ3をファミコンって言っちゃうおじいちゃん状態になる奴がちらほらと」
「過去へ行くことはできないんですか?」
「タキオンとか色々あるけどね。今のところ、過去へ飛んでどうのこうのするっていう技術は無いね」
「仮に過去への時間旅行ができたとして、そこで起こした変化は無事保存されるのでしょうか」
「親を殺したらどうなるか、っていうパラドックスだね。そこらへんは思考実験の領域だよねぇ、正直なところ。実現していない技術でどうのこうの言ったってしゃーない」
「妖怪はそういうのがお好きでしょう」
「大好物だね。きゅうりも栄養価が低いけど大好きだね。太らないしね」
「マヨネーズは油の塊ですし、味噌は塩分たっぷりですよ。ほどほどに」
「わかってるよそんくらい。いや、そもそもね。過去への干渉を起こした時点でバタフライ理論で何が変わるかはわかったもんじゃない。一つの可能性を考えるとすれば、過去に干渉して枝分かれした分だけの可能世界が生まれるだけとも言う。で、可能世界が誕生するだけだから自分の世界にはなんの影響も起こりはしないという話だ。こうなった場合、事実上過去へのタイムトラベルは考古学の衰退しか意味しないね」
「その可能世界が重なり合った結果、過去への干渉が自分の世界に影響するという可能性はあるんでしょうか」
「ふむん? つまり、過去のクフ王のピラミッドに『にとり様さんじょー』とか落書きして現代に帰ってきても、本来なら特に異常はないけどそういう可能性を作ってしまった以上、観測次第で落書きが発見されるかもしれないという考え方かな?」
「まあそういうことなんですが、どちらかというと制限付きの強くてニューゲームみたいな。六つのオーブイベントをしていなくても、16才の誕生日に叩き起こされたその日にアリアハンからラーミアに乗れるみたいな」
「それはタイムトラベルというより、ゲームそのものじゃん」
「そんなものですか」
「寿命の長い妖怪だとそういう考えは薄れるけど、寿命が短くて行動範囲も狭い人間が考えがちなことだ。干渉できる可能性も主観も狭いから、現実もゲームみたいにルールでがんじがらめに縛られていてある一定のイベントをクリアしてエンディングを迎えれば、二週目に突入――つまり、0才からやり直しみたいな考え方だね。学校で例えれば卒業すると一年生からやり直しみたいな感じかなぁ」
「あ、それです。そんな感じです」
「何? 早苗はもしかしてこの2年生、クリア済み?」
「そういうわけじゃないんですが。仮に、そういうゲーム的なタイムトラベルが存在する場合、にとりさんはどう考えますか」
「どうも何も、最初っから言ってるじゃん」

 手芸部部室から早苗はまっすぐ工学部の部室であるカマボコ倉庫に来ていた。
 アプローチを変えて、この現状を他者に相談することにしたのだ。
 さしあたって、こういうSFちっくなトラブルには工学部だと早苗は決めつけていた。オイルの匂いが染みついた緑のつなぎを着て何やら作業をしながら、にとりは早苗の話を聞いてくれた。
 工学部の工房では無数のボールがごろごろと転がっている。早苗の魂を魅惑するザクは、残念ながら横たわっていない。もしかしたら地下にでも隠しているのかもしれない。『今日』テスト試験するかどうかはわからないのだし。
 溶接用のバーナーが火を噴き、ドリルが唸り、サンダーが火花を散らし、エンジンの爆音が響き渡る河童の工房はうるさい。にとりはそんな中で会話するのに慣れきっており、よく通る大きな声で早苗の質問に答えようとしたが、突然横から現れた叫び声には敵わなかった。

「大変よ!」

 にとりはひっくり返った。早苗も目を丸くして驚く。今まで、誰もいないように感じていた空間には血相を変えたこいしが立っていた。彼女は意味もなくぶんぶんと両腕を上下に振り回しながら一方的に説明を始めだした。

「U−1が暴走しちゃったの!」
「なんですかそれ」
「ウルティメトわたあめくん1号だ。でも、あれが暴走するなんてありえないよ。あれはクリーンで安全な核融合エンジンで稼動するんだ。たとえ暴走が起きてもメルトダウンってことは……」
「でも、現に……って、もう来てる!」

 こいしは振り返り、工房の天井近くに設えられた小さな窓を見上げた。そこには先ほどまで見事な秋晴れの青空が映し出されていたはずなのに、なぜか曇っている。
 早苗の奇跡の勘も、現状がおかしいことを訴えた。今日は一日晴れ続きのはずだ。空が曇るなんてありえない。では、あれは何か。
 外へと駆け出したこいしを早苗は追った。何か果てしなく嫌な予感がする。

「……わぁ、季節外れの入道雲だぁー」

 早苗と一緒に外に出てきたにとりは、空を見上げて乾いた笑みを浮かべた。
 正に、入道雲だった。雲山先生が校舎の窓からもくもく身体を伸ばしているのだと言われたら早苗は信じただろう。だが、残念ながら雲山先生は誇り高き入道。万有引力の法則になど従う義理はない。
 入道雲の一部は自由落下してグラウンドにべっちゃり這いつくばっていた。他には、今正に校舎の中から噴き出して風に煽られるもの。もくもくとところてんのように窓から押し出されるもの。学園は今正に内部から白い雲に覆い尽くされんとしていた。

「なんですかあれ!? あれがわたあめですか!?」
「うん。うちのクラスの2-Tは出店でわたあめ出すことにしたんだ。で、どんなに大勢のお客さんがやってきてもさばけるようにって思って、1tのザラメを一気に投入してもオーバーヒートしない、特製のを作ってみた。幸い、うちのクラスにはちょうどいい動力がいたし」
「2-Tで動力というと……」
「そう! 出席番号29番霊烏路空! U-1の核融合エンジンを稼動させる心臓部だ!」

 早苗は頭を抱えた。にとりは「どーして暴走したかなぁー。おっかしーなぁー」とプラスドライバーを咥えて頭を捻っているが、考えなくてもわかるだろう。空が動力イコール暴走は直通できる理由である。あの頭の弱いカラスが自分の生み出すパゥワーで大量のわたあめが製造される様を見て、調子に乗らないはずがない。

「お姉さんお姉さん何々ちょっとこの騒ぎすごい嫌な予感しかしないんだけど!」

 グラウンドのあちこちで行われている土木作業をご自慢の猫車を押し押し手伝っていたお燐が、轍に火の粉が残る勢いですっ飛んできた。校舎をわたあめ袋に変えさせた犯人を、親友の彼女は直感的に察したらしい。苦労猫だ。
 早苗はお燐の猫車に乗せられていた土嚢を押し退け、乗り込んだ。御幣で校舎を指差す。

「目指すは2-Tです! 動力を叩けばこの騒ぎも収まります!」
「イエスマム! お姉さん、しっかり掴まっててよー!」

 お燐が走り出した途端、早苗の目に映る背景は油絵となった。べったりと絵の具を塗りつけただけのように風景は流れ、目前にわたあめで埋め尽くされた校舎の入り口が迫る。
 その真っ白な壁にひるむことなくお燐は猫車を校舎の中に突っ込ませ、廊下のカーブを切った。車輪が火花を散らし燐火を燃やす。猫車の周囲に燃え盛る炎はたちまちのうちにわたあめに引火。甘ったるい匂いを発しながらお燐の通る道を自ずから開きだした。
 階段の手すりに猫車の車輪が乗せられ、お燐は階段を猛スピードで登り出す。次から次へと上から押し込まれてくるわたあめを燃やしきれず、早苗は猫車の上でひっくり返りそうになった。顔を覆うわたあめを口の中に押し込み、手のひらで切り開き、前方に押し進ませる。
 2-Tの教室が近づくにつれ、ザラメの匂いがきつくなる。さらに気温は高くなっておりできたばかりのわたあめはべとべとに溶けかけていた。

「おくう! いい加減にしなさい!」

 猫車を片手で鉈のように振り回し、迸る燐火で教室に満ち満ちたわたあめを焼ききったお燐はぴしゃりとした声で空を叱りつける。
 2-Tの教室には人一人が入れるカプセルのようなものが置いてあり、それを囲うように鉄板が壁のように敷かれていた。どうやらこれがわたあめ製造機らしく、空の高笑いと共に高速回転するわたあめが次から次へと早苗の顔や髪をべたべたに甘くした。

「お燐さん! これ、ザラメどこですか!? どこにセットする仕掛けなんです!?」
「原材料から叩けばいいってことだね、どりゃあっ!」

 お燐は大リーグボール1号の投擲フォームのように、猫車の片隅に転がっていたしゃれこうべをカプセルの上部に取り付けられたパイプに向かってぶん投げた。パイプは途中でひん曲がり、ぶつっ、ぶつっ、と嫌な音を立てる。
 身の危険を感じた早苗はお燐の猫車を盾にして伏せた。早苗の予感通りひん曲がった箇所からパイプは破れ、大量のザラメがわたあめ機の回転部分に直接放り込まれた。
 カラメルソースを作る時に生じる、あの焦げ甘い匂いがたちまちのうちに広がってきた。目が痛くなりそうなほどの煙が次いで現れ、ついにザラメは発火した。
 わたあめの供給が完全に止まる。めらめらと燃え盛るザラメの海に横たわるカプセルは無反応だ。猫車を引きずったお燐は火炎をものともせずカプセルまでのっそりと歩み寄り、長渕キックをぶちかました。

「おくう! 出てきなこらぁ! 他人様に迷惑かけて! 今日という今日は! さとり様にこってり絞ってもらうよ!」
「あれぇ? 機械、壊れちゃった? 河童の機械は耐久性に問題あるなぁ」

 カプセルから這い出てきた空の脳天にお燐の靴底が突き刺さった。だが空は大して気にした様子もなく立ち上がり、早苗に気づくとやっほーと手を振る。

「機械壊れちゃったけど、わたあめ作るのって楽しいわね!」
「この惨状のどこが楽しいのさ!? ほら、教室燃えちゃうからさっさとこの火ぃ消す!」
「えー、何お燐かっかしてんの? わかった、わかったってばぁ」

 お燐にせっつかれた空は右手の制御棒を燃え盛るザラメの山に向けた。圧縮された核融合エネルギーが噴射し、ザラメの山を消し飛ばすと一緒に教室の床に穴を開ける。その穴にざらざらと炭化したザラメが落ちて行った。
 一件落着である。落着であるが、お燐の言う通り凄まじい被害だ。校舎に圧縮されて詰まったわたあめの掃除、グラウンドに零れ落ちたわたあめの始末、2-Tとその下の教室の修復、やることはたくさんある。今日一日で本当に終わらせられるか怪しい限りだ。
 ただ、それとは別に早苗には少々気になることがあった。

「空さん、ちょっとよろしいですか」
「ん、何かしら?」
「どうしてあなたはわたあめ機をフルパワーで稼動させたんです?」
「楽しかったから!」

 お燐の猫車が砕けた。空の空っぽ頭に叩き込まれたからである。
 早苗は眉根に皺を寄せ額を指で突いた。空が学園全体に被害をもたらすような騒ぎを起こしたのは、このループ始まって以来、初めてのことだ。ならばそこにはなんらかの原因があるはずである。例えば、今までのループでは空のストッパーがいたとか、屋外でわたあめ機を動かしたため騒ぎが拡大する前に片付けられたとか……。
 早苗はふとそこで思い当たる。

「なんで、教室にこんな機械置いているんですか?」
「だって昨日台風だったじゃない。雨に濡れたら機械は壊れちゃうよ?」
「まぁ、それは道理ですが。でも、明日には屋外で使うものでしょう。教室で試運転してどうするんですか。しかもこんなにザラメを投入して」
「だって先生がいいって言ったんだもん」
「先生が? 誰です?」
「忘れた」

 早苗は空の襟を掴み、唇を突き出せばキスできそうなほどの距離まで顔をくっつけたまま叫んだ。

「思い出しなさい! 特徴とかだけでも!」
「特徴とか言われてもー。女の人だったかなぁ」
「この学園は教師も生徒も大半が女の子です!」
「あー、えっと、そう、先生だったよ!」
「それはもう聞きました!」
「そんなこと言われてもさー。それより、教室がなんか大変じゃない。これを掃除しないと明日出し物出せなくなっちゃうわ」
「あなたがこんなことにしたんでしょう!?」
「え、そうだったっけ?」
「だからこうして問い詰めて……ああもう!」

 早苗が空に質問している間に、お燐は教室を掃除し始めていた。空の相手をするだけ無駄だということを、親友の彼女はよくわかっているらしい。
 確かに今話していることすらすぐ忘れるジェイル・ハウス・ロックでも喰らったかのような鳥頭が相手では、質問がループしてしまうことも致し方ない。

「え?」

 早苗は目を見開き、空の襟を離した。
 三つのキーワードが頭の中に点滅していた。
 鳥頭。無限ループって怖くね? 女の先生。
 言い換えよう。ループを意識できるかどうかは、記憶に由来する。記憶が無ければループに気づくことすらできない。歴史は繰り返すとも言う。それは人間の寿命が短く、世代交代を経ることで記憶がリセットされるからだ。
 早苗は神妙な顔つきで空に質問した。

「不完全燃焼ではありませんか?」
「え? うん、私の中の核反応がもっと暴れろと言っているわ!」
「じゃ、ちょっと外出ましょうか」
「弾幕ごっこの相手でもしてくれるの?」
「いえいえ、違うのです。あ、私は空を飛べないので担いでくれますか」
「お安い御用よ」

 早苗のお尻を肩に載せ、空は翼を広げて教室の窓から飛び出した。ぐんぐん高度を上げ、校舎から距離を取らせる。
 眼下のグラウンドには色とりどりのテントを広げた屋台が並び、資材が転がり、わたあめが横たわっていた。だが早苗が気にする一点は、校舎の隅である。
 そこを御幣で指示し、早苗はにっこりと笑って空に命令した。

「薙ぎ払え」
「よっしゃあ!」

 制御棒から放たれた極大熱線が早苗が指示した先、職員室を直撃した。
 中で詰めていた教師たちが吹っ飛ばされて早苗の視界に入る。そのうちの一人、もっとも早苗にとっては親しみのある先生を指差し、空にさらに一撃を下すよう命令する。
 キャンプファイアーの資材にまで吹き飛ばされた彼女の下に、早苗は空を降下させた。着地した早苗は御幣の先端を、2-C担任の教師に突きつける。

「あなたを犯人です。上白沢慧音先生」



 ――11月3日



 民続音楽的でアップテンポなリズム。元は水を掘り当てた時の喜びを現す音楽だったのに、なぜこうも日本では火と相性の良い曲目となっているのか。
 軽音部のプリズムリバー三姉妹が演奏するマイムマイムが火の粉と共に童祭の最後を飾っていた。
 学園の少女たちはハレの日の最後を惜しむかのように、キャンプファイアーの傍で舞う。
 早苗はそんな童祭の終わりを校舎の屋上から見下ろしていた。

「早苗、それ作り話でしょ?」
「ええそうですよ」

 諏訪子はつまらなさそうに屋上を囲うフェンスに腰掛けてたこ焼きを頬張っている。
 頭上でぶらぶらする足に気をつけながら、早苗もフェンスにもたれかかった。諏訪子の呆れ声が降ってくる。

「大体、先生を悪役にするって感心しないわよ」
「しょうがないじゃないですか。私もまさか、慧音先生だけじゃなくて先生全員がぐるになっているとは思いませんでしたよ」

 だが、よくよく考えれば慧音の能力が主軸になっているとはいえ、彼女一人の仕事では無理があったのは事実だ。
 早苗を除く学園の生徒全員の「11月2日」の歴史を食べて『無かったことにする』。これで本来の11月3日になろうが4日なろうが5日になろうが永遠に11月2日は続くというわけだ。
 あとは11月2日で進められた作業を11月2日開始時の歴史に沿い、戻すだけ。だけ、とはいえこれはさすがに慧音一人の仕事量を越えている。それでも早苗も、まさか教師全員が噛んでいるとは思わなかったが。

「先生たちも学園祭に参加したかったのかねぇ」
「まぁ、そうかもしれませんね」
「でもなんで早苗の歴史だけ食べなかったのかな」
「私がこの学園でも特に力を持っていない生徒だったから、だそうですよ」
「そりゃふざけた話だ。現人神に」

 だが終わった話である。早苗はさして気にしてもいなかった。
 諏訪子はそれで、と四つの目線を早苗に送ってくる。

「早苗は童祭、楽しめたの?」





 ジリ、とけたたましい騒音の片鱗を目覚まし時計が見せた瞬間には、既に早苗の手はスイッチを切っていた。
 AM:05:30
 目覚まし時計のデジタル盤を早苗は恨めしく見つめる。なぜこいつはせっせか数字を回し続けるのか。もう少しゆっくり回ってくれてもバチは当たらないのではないか。時折、家中の時計という時計を破壊し尽くせば夜は明けないのでは、という妄想が過ぎることがある。さぞかしのんびりと眠れるであろう。
 下らない思考をしているうちに下一桁の数字が回り、起床から1分経過を告げる。ベッドから這い出てきた早苗は白い息を吐きながら朝の身支度を始めた。
 長野の11月は既に冬の気配が濃厚である。文化祭をやるのなら、もう少し手前の時期にズラすだろう。
 だろうと憶測なのは、早苗が通う進学校に文化祭なんて気の利いたものは無いからだ。学園祭も修学旅行も林間学校も体育祭も球技大会も無い。中学生の頃には当然あったのだが、もう二年前のことだ。よく憶えていない。
 それでなくても早苗は二年前の夏以前の記憶、ようするに生まれてから中学三年生の夏に至るまでの記憶がところどころ飛び飛びなのだ。もちろん、三年生の秋は受験勉強の真っ最中だったので文化祭に参加する余裕は無かった。
 妙な夢を見た。頭が覚醒するにつれて細部はぼやけて行くが、少なくとも早苗が通ったこともない学校だった。見たこともない少女たちと知り合いになっていた。中には当たり前のように羽根など動物耳だの尻尾だのを生やした生徒まで混じっていた。コスプレ喫茶のノリだろうか。
 心のどこかでもっと楽しい学園ライフみたいなものを、求めているのだろうか。馬鹿を言ってはいけない。同じ教室で机を並べてシャーペン握っている奴はみんなライバルだ。自分に発破をかけるためだけにいる木偶の坊と思っても良い。木偶の坊と遊んでいる間は楽しいだろうが、自分も木偶の坊になってしまえばパーだ。カカシに脳みそは無い。
 制服に袖を通し、朝食を済ませた早苗は駅に向かった。
 ホームで電車を待ちながら参考書を読む。アナウンスが入り、電車が来たのを知った早苗は参考書を鞄に戻した。その時、電車がホームに入るまでの一瞬に、向かいのホームで違う電車を待つ少女たちが見えた。早苗とは違う制服に身を包んでいるものの、中学生時代は同級生だった相手である。
 彼女たちは何がおかしいのか、くすくすと微笑んであれやこれやと話し込んでいる様子だった。その姿は流れてきた電車に隠される。早苗は電車の中に入り込み、参考書を開き直した。
 ふと違和感を覚える。それが何なのか、電車の中ではわからなかった。授業中もわからなかった。
 そんなこともすっかり忘れた頃、予備校が始まるまでの待ち時間を本屋でムーを立ち読みして潰していた時、早苗は違和感の正体に気づいた。
 ムーから目を離し、駅前の本屋を眺め見る。怪しげでインチキそのものばかり書いているムーの周りにはNewtonの赤い装丁や、ナショナルジオグラフィックの黄色い装丁が目についた。少しそこから目を移せば季節の野鳥特集だの冬釣りだのを特集で紹介するアウトドア雑誌などが置かれている。
 色だ。今朝見た夢は、やたらに色彩豊かだったのだ。今でも目に閉じればでこでこと垂れ幕や看板やチラシやハリボテやアドバルーンやらで過剰装飾された校舎が蘇る。それでいて、背景は突き抜けるような真っ青な秋晴れの空。視界の大半を占める色の洪水と単色のコントラストが早苗の脳髄には染み付いていた。
 ムーを閉じた。本屋から出ると、既に周囲は真っ暗だった。人工灯の嘘臭い白い明かりが早苗の通う予備校の看板を照らしていた。
 恐ろしく単調な色合いの世界だった。猫や犬は人間よりずっと色彩を感じる能力に劣っているという。だが今の早苗にはそれが信じがたかった。現代人はもしかしすると、色彩感覚が猫や犬並みに衰えているのではないかと。
 清涼系のタブレット菓子を五粒ほどいっぺんに手のひらに出して、早苗は一気に噛み砕いて予備校へと向かった。
 真っ白な蛍光灯に照らされる教室。視界の端に引っかかる窓には、夜の混沌とした黒。ぴかぴかと蛍光灯を反射するホワイトボードに書かれる、黒のマーカーの文字。概ね黒で統一された人間の頭。いっそのこと画像加工ソフトにでも放り込んでセピア調加工でもした方が、味わいが出てきそうなほどにモノクロな風景の中で早苗はシャーペンを握っていた。色白な肌に包まれた自分の手がノートに書く文字もまた、モノクロだった。
 予備校から家まではバスで帰っていた。そのバス停までの帰り道を歩いていると、ぽつぽつと雨粒が落ちてきた。早苗は鞄の中から折り畳み傘を出して開く。今日、帰りの時間帯に雨が降ることは家を出る前からわかっていた。
 そういえば、高校に進学してからこの特技――天気予報を見なくても正確に天気予測できることを誰かに教えたことがあっただろうか。小学生から中学生までの地元の学校に通っている間は、やや有名な家系だったので早苗の能力は子供から大人にまで当たり前のように認識されていた。近所のおばちゃんが物干し台から「さなちゃん、今日午後から買い物出かけるけど雨大丈夫かい?」と聞かれる程度には。
 古代から伝えられてきた血と力の技術が現代にもひっそりと生き残っている様を描いたアニメ映画、魔女の宅急便にはテーマソングが二つある。両方とも松任谷由実が歌っている。早苗の記憶にこびりついているのはエンディングテーマの方だった。
 ほんの小さい頃、まだ小学校にも通っていない頃、早苗は自由に雨風を制御できた気がする。空だって飛べた。自分には神様がついていると、本気で信じ込んでいた。
 バス停に着いた早苗は傘を閉じた。冬の雨は冷たい。現代の長野では御神渡りが見れない年も珍しくは無くなっていた。
 家に帰り着くとすぐ熱い風呂に入り、早苗は布団の中に潜り込んだ。





 眠ることが何よりの救いに思えてきたのはいつからか。
 一日中ずっと眠っていたい。意識が泥のように溶けて夢も見ないくらい、ぐっすりと寝込みたい。こたつの中にうずくまり、誰にも邪魔されることなく前後不覚に陥りたい。
 自分の選択が誤っているのではないかと疑い始めたことと、睡眠欲への執着が芽生えたのはほぼ同時だった。元々早苗の成績は悪く無かった。今からでも遅くない。受験勉強に励めばもっと上の学校も十分射程範囲内だ。そう中学三年生の担任に言われたのが、夏休みに入る直前頃だったか。
 それまで早苗は家業を継ぐ気でいた。古く由緒正しい家伝の秘術を全て習得した早苗は、地域振興に基づいた家業の建て直しを将来設計としていた。だが、中学最後の夏休みを過ごしているうちにふと憑き物が落ちたかのように、早苗はその将来設計に疑問を覚えた。
 家を守り、古くからの信仰を守る生活。それは早苗個人の生き方を古代から連綿と続く流れに溶け込ませ、歯車の一部と成すことを了承する生き方だった。それは果たして21世紀の少子化高齢化社会が訴えられる日本で理想的な生き方だろうか。
 当初は、将来の選択肢を増やすためだけの手段に過ぎないと考えていた。だが進学校に入学したとたん、周囲に取り残されないよう、負けないようにひたすら机に向かう日々が始まった。なまじ、詰め込めば成果がちゃんと出てしまう能力の高さとそれを過信するプライドが早苗に退くタイミングを見失わせた。
 一体、自分は毎日睡眠時間を削って何をしたいのか。羨むようにホームの向こう側に立つかつての同級生を見て、何を考えているのか。そういう思考がふと数式を解いた一瞬にちらつくのだ。
 眠りたい。夢も見ず何も考えないで済むような深い眠りに落ちたい。



 夢の中でも早苗は学校に通っていた。だが、その学校は徒歩で行ける距離にあり、大半の生徒は航空登校であり、何より通っている生徒は人間以外が多かった。
 今日はお祭りだった。鳥居を模したハリボテが校門に建てられ『童祭にようこそ』と万人分け隔てなく歓迎していた。学園の中は異様な熱気に包まれ、訪れた人々は皆一様に笑っていた。心の底から楽しそうに。
 足元に不安定さを覚える。地下で眠る大ナマズに突き刺さった要石が外れかかったのだろうか。早苗は今日の唯一の荷物であるビニール傘を杖替わりにして童祭で沸く人ごみの中に入り込んだ。

「あ、早苗ーーーっ! 見つけたわよ、どこ行くの?」

 しばらく、人ごみに揉まれて朦朧とさまよっていると屋台で陰陽玉型ベビーカステラを買い込んでいた霊夢が手を振って、一足飛びで早苗の傍に瞬間移動してきた。腕を握られる。

「どうしたの? 顔色悪いけど」
「そうですか?」
「人ごみに当てられたんじゃない? ちょっと休んだらどう? 風当たりのいい屋上まで連れてってあげるわ」
「すみません」

 霊夢に引っ張り上げられ、早苗は屋上のベンチに腰掛けて休むことにした。ハンカチを額に乗せて空を見上げる。青空の下には妖精のかき氷屋が飛行営業しており、その横ではドラム缶くらいの巨大なわたあめをビニール袋に満載にしたわたあめ屋が声を張り上げている。
 無数の音楽に人々の声が混じった雑音の中、一際耳につく異様なエンジン音が聞こえた。フェンスの向こうに視線をやると、モスグリーンの鉄巨人がモノアイを動かしてゆっくりと歩き出している。
 ザクの肩にイモ判を口に咥えた猫又の橙が飛び乗った。彼女はさらに跳躍して移動しようとしたが、ふと口に何も咥えていないことに気づく。彼女が持っていたはずのイモ判は、着地の隙を狙って空中から急降下して掠め取った魔理沙の手にあった。彼女はにやにや笑いながら首からかけた台紙にイモ判を押したが、途端台紙は魔理沙の手の中で真っ二つに割れた。ぎょっとする魔理沙のはるか先には二本差しを抜き放った妖夢が次の獲物めがけて飛びかかっている。

「早苗、どうかしたの?」
「え? な、なんですか霊夢さん」
「そりゃこっちの台詞よ。なんであんた泣きそうな顔してんのよ」

 両手にジュース缶を持ったまま、霊夢はきょとんとして早苗の顔を見つめていた。早苗は意識して笑ってみる。

「いえ、今日は素敵な日ですから」
「そうねぇ。台風一過でスカッと晴れて爽やかな秋晴れになったしねぇ。お祭り日和だわ」
「はい」

 霊夢から渡された缶のプルトップを開け、早苗はこくりと清涼飲料水を一口喉に流し込んだ。

「一息ついたら、どこ行く?」
「……手芸部の人形劇が、素敵なんですよ」
「そうなの? まぁ劇っていうくらいだから休むのにはちょうどいいかもね。何時から始まるの?」
「そうですね、あと……」
「その待ち時間の間に、ちょっとこっちに手を貸してくれないかな?」

 携帯電話を見ようとした早苗の頭上から明るくかしましい声が投げかけられた。派手な赤い衣装に身を包むのは、軽音部のキーボード担当、リリカ・プリズムリバーだ。彼女はマイクを早苗に押し付け、言い寄ってくる。

「うちのボーカル担当がさ! 風邪で倒れこんじゃったのよ〜。代役お願いできない?」
「え? は? ボーカルって、マイク持って踊る奴ですか?」
「そう、ついでに歌ってくれれば完璧よ〜」
「そんなもん、DTMにでも任せればいいじゃないですか」
「人間の歌声がいいのよ〜」

 リリカに服の袖を引かれ、早苗は無理矢理立ち上がらせられた。
 騒霊に大した腕力などない。だがリリカの姿をハリボテにした強引な力に早苗は目の前が真っ暗になるほどの不快感を覚えた。
 それは腕から始まり一瞬にして心臓まで汚染する嫌悪となった。
 早苗は左腕に握っていたビニール傘を振り、リリカの手をはたき落とした。

「ふざけるな……」

 リリカの目が当惑に怯える。隣の霊夢が止めに入ろうとするのを、早苗はリリカから自由になった手で振り払った。

「ふざけるなぁ! こんな都合のいい世界、あるわけないじゃないですか!」

 言葉の始めは怒りに任せて出たはずだった。だが、最後の方には頭を抱え、目を瞑り、悲鳴のように早苗は叫んでいた。これ以上、一秒でも長くこんな世界は見ていられなかった。

「お祭りが始まりそうで、始まりそうで、わくわくして、ずっとずっと楽しくて! そんな毎日が延々続くなんて馬鹿なこと、あるわけないんですよ! ましてや毎日がお祭りなんて、馬鹿そのものじゃないですか! ふざけるな! 女子高生舐めるな! 私がそんなに現実見えないお子様だって言いたいの!?」

 誰に向かってキレているのか、早苗自身さっぱりわからなかった。手のつけられなくなった早苗を見て、夢の登場人物たちは皆一様に困惑していた。それを見て、ほれ見たことか頭の中の一部分が囁いた。個人主義者ばかりの幻想郷の住人は、突然かんしゃくを起こすような馬鹿を相手になどしないはずだ。誰もが早苗に構ってくれる、こんな世界は紛い物だ。

「いえいえ、よく気づいてくれたわ!」

 不穏な雰囲気に包まれる屋上に、場違いな歓声が響き渡った。たった一人の寂しい拍手まで付いている。
 古明地こいしがフェンスに腰掛けて、ぱちぱち打っていた手を止めた。にこにこ微笑む彼女はフェンスから飛び降りて早苗の傍にてけてけと駆け寄ってくる。

「私もね、同じような毎日でいい加減覗き飽きていたわ。あなたはよく気づいたわね」
「――あなた、なんですか?」
「私はこいし。地霊殿に住んでいる古明地さとりの妹よ。心は読めないけどね」

 早苗は身構えた。こいしは他の人物たちと一線を画す不気味さを孕んだ笑顔を張りつけていた。
 彼女はうなずく。

「私は無意識を操る。夢の中は無意識の世界。私にとって、他人の夢の世界に紛れ込むのは朝ごはん前よ。でも、昨夜はびっくりしたわ。夢の中で理屈をつけて、異物の私をつまはじきにしようとするんですもの。これも薬の効果なのかしら」
「薬ですって?」
「うん。あなたはね、人里で評判の薬師に無料だから試しにって渡された、夢で精神治療を施すっていううさんくさい薬を飲んで寝たの。それが昨日の夢」
「今日の夢は、なら違うと」
「ううん。今日もその薬の残りを飲んで見ている夢。けど、昨日の今日だからか知らないけど、昨夜の時点で起きていた齟齬が完全に表面化しちゃったのね」
「確かに何か食い違いというか、不快感を覚える夢になりつつありますけど」
「それは『あなた』個人の感想。昨夜の時点でもかなり分離していたみたいだけど、まだマシだったのにね。やっぱり薬に頼っちゃいけないわ。うん。お姉ちゃんに頼めば、もっと苦しくて苦々しくて素敵で甘美な悪夢を見せてくれたのに」
「つまり、どういうことなんです?」
「『あなた』は幻想郷の外の早苗。この夢を見ているのは幻想郷の早苗。『あなた』はそもそも、幻想郷の早苗が見ている夢に引きずり込まれただけに過ぎないの」

 無意識のさらに奥底、深層心理の部分において個人の精神は他の精神と結びついているという話がある。夢に見る虫の知らせなどはここに端を発するのではないか、といううさんくさいお話だ。
 そんな無意識にダイビングしている夢の中だからか、早苗は覚醒状態では思い出せなかった記憶が蘇っていた。中学三年生の夏。2007年の半ばを境に飛び飛びになった幼少の記憶。それらは全て、神奈子や諏訪子にまつわる今はこの世から失われた幻想の記憶だった。
 その記憶と風雨を起こし空を飛ぶ術を保持した早苗は幻想郷に行ってしまった。早苗は幻想の生き物になってしまった。後には神様が付いていない、常識にとらわれたもう一人の早苗が長野県の片隅に残された。
 2年前の夏を境に、二人に引き裂かれた早苗はそれまでの記憶を共有する完全な別人として生きていくはずだった。昨夜の夜までは。

「あの薬師も無意識についてはまだまだ研究不足ね。あなたたち二人の希望は、既に食い違ってしまっている。だから精神医療を施すはずだった作り物の夢は、お互いの希望を果たせず暗礁に乗り上げてしまったわ。幻想郷に海は無いけどね」
「この学園は『私』と『あちらさん』、どちらの希望なんですか?」
「どっちもよ。だから、昨夜の時点ではなんとか上手く擦り合わせられていたのよ。幻想郷の早苗はこーこーせーになったらもっと自由で楽しい文化祭ができたのになぁ、という心残りがあったみたい。あなたもあなたで似たような後悔があった。その希望と幻想郷の常識を呑み込んだ早苗の主観、あなたの常識を照らし合わせてできたのがこの学園。でも、一度覚醒したあなたにはもうこのまやかしは通用しなくなったのね」

 昨夜の時点であなたは不満たらたらになっていたけど、とこいしは追加コメントした。
 早苗はビニール傘の先端を床に叩きつけた。感情が読めないこいしの瞳を見据える。

「わかりました。ご助言、ありがとうございます。それでは最後の質問をしたいのですが、よろしいですか?」
「どうぞどうぞ」
「この子供っぽい夢を終わらせて、明日からぐっすりと眠れる夜を迎えるにはどうすれば良いですか?」
「幻想の早苗の気を済ませることね。でなきゃ、胡蝶夢丸を買い込まれて毎日見ることになっちゃうかも」

 早苗はばさりとビニール傘を開いた。晴天だった。吸い込まれそうな、それ自体が引力を持っているかのような青い天蓋を突き破らんばかりに傘を振りかざし、叫んだ。

「今日の天気予報をお伝えします! 猛烈な超大型台風108号は大陸方向へお散歩中でしたが気が変わってUターン、幻想郷に直撃するでしょう! 屋台を営業中の生徒皆様はテントと一緒に飛ばされないよう地面に穴掘ってでも避難し、転がり吹かれる資材に頭を打たれないようご注意ください! また、土砂崩れ、雷に伴う二次災害にもお気をつけ、決して河川などには近づかないようにしてください!」

 一体どこから染み出してきたのか、青空に墨でも流し込んだかのような暗雲がとぐろを巻いてごろごろと腹に響く音を唸らせた。瞬く間にビー玉ほどもありそうな大粒の雨が風呂桶をひっくり返したかのように降り注ぎ、早苗の頬や制服を叩いてずぶ濡れにしてゆく。
 何かに掴まっていなければ立つことすらできないほどの強風が吹き荒れ、身体の軽い妖精などが屋台や資材、看板などのがらくたと一緒に空を舞っていた。空を覆い尽くす真っ黒な雲の中では稲光がきらめき、その巨体を解き放つべき相手を睨めるように探し回っている。
 近くの川の許容量を越えた雨水がグラウンドにまで溢れ出していた。棒立ちするザクの踝にまで水位は上がってきていた。
 この世の終わりのような風景を早苗は屋上から見下ろした。オリーブの木すら一本残らずへし折る勢いで豪雨が1年でも100年でも降り続ければいい。そう願った瞬間だった。
 空が割れた。
 一滴の水滴を落とされたかのように暗雲が波紋を広げるかのように消し飛ばされ、陽光を燦々と降り注がせる太陽と青空が露出した。直射日光を浴びたグラウンドを沈めていた大量の水は軟体生物みたいに凄まじい速度で退き、植物のようににょきにょきと屋台やハリボテが地面から生えてくる。
 ばさりっ、と巫女装束の袖が翻った。水滴を払った彼女は御幣を片手に早苗と同じ屋上の視点で地上を見下ろす。
 空に落とされた水滴は彼女だった。天の彼方から真っ逆さまに落下した彼女は早苗が呼んだ台風を御幣の一撃で吹き飛ばし、童祭の再生を一瞬のうちに完了させてしまった。
 二柱の加護を意味する蛇と蛙の髪飾り。現実ではありえない奇妙な巫女装束。幻想の生き物と化した現人神の東風谷早苗は胸を張って、現実に取り残された早苗を見つめた。

「風雨を制御するくらい、奇跡でもなんでもありませんよ」

 早苗はビニール傘を閉じ、現人神の視線を真正面から返した。傘の先端から服の袖から髪の端からとめどなくぽたぽたと水滴が流れ落ちていた。
 あくまでも自信に満ち溢れ、乾いた服を着て胸を張り続ける彼女に比べて自分がみすぼらしく思えた。
 わかっていた。この夢を根本から破壊するような出来事を起こせばきっと幻想郷側の早苗が現れるだろうから、あのような『天気予報』をしたのだ。
 だがいざその現人神を目の前にした早苗は泣き喚きたい感情に突き動かされ、無茶苦茶に喚いた。

「薬なんかに頼ってないで、自分で自分の悩みくらい解決しなさいよ!」
「それは心外です。ただで置いてくださったのですから、使わなければもったいないじゃないですか」
「あんたをこてんぱんにのめして、朝までぐっすり眠ってやる!」
「夢を見ることの楽しさを忘れた哀れな人ですね! 素敵な夢に抱かれて心安らかに眠らせてあげましょう!」

 現人神の御幣が五芒星を切った。星は一つ一つの点から五つに分裂し、解け、弾幕となって早苗の身に襲い掛かってくる。
 早苗は傘を開いて弾幕を弾いた。そのまま床を蹴って突進し、次の五芒星を切ろうとしてた現人神に体当たりをぶちかます。
 現人神は目を剥いた。早苗に馬乗りされる形になった彼女は頬をぶん殴られてから、待った待ったと御幣を手に制止をかける。

「ちょっと、肉弾戦なんてルール違反じゃないですか!?」
「知ったことじゃありませんよ!」

 怒鳴りつけながら立ち上がり、蹴りを入れる。現人神はマウントポジションから解放された隙に慌てた調子で空を飛び、蹴りから逃げた。
 空振った蹴り足を振り抜き早苗は傘の先端を床に突き立てた。残った片足も床を蹴りつけ、傘を棒高飛びのように扱って宙に跳んだ早苗は現人神にドロップキックを叩き込んだ。
 御幣を盾代わりにして現人神は飛び蹴りをガードした、ものの早苗の体重で生み出された慣性の力までは受け止めきれず踏ん張る地面も無いので後方に押し出される。
 現人神の背中がフェンスにぶち当たり、止まった。太い針金で編まれた金網は大きくたわみ、ぎしぎしと嫌な音を立てる。次の瞬間、ばきっと甲高い音を響かせてフェンスを支える柱が折れた。現人神と早苗は揉み合うようにして校舎の屋上から落下する。

「諏訪子様!」

 現人神の傍から諏訪子の分霊が現れ、急降下。早苗たちより一足早く着地し、帽子を残して潜地する。
 二人の早苗はグラウンドにまっすぐ叩きつけられた。だが諏訪子の神力でトランポリンのように軟化していた地面は二人を無傷で受け止める。そして着地に対する事前の予測ができていた現人神の方は跳ね上がった力を利用して飛行体勢に移行。今度こそ早苗の反撃が届かない内に安全な高度まで上昇することに成功する。

「奇跡『白昼の客星』!」

 スペルカードが頭上に放り投げられ、高々とした宣言の声が学園中に響いた。天高く舞い上がったスペルカードは真昼の秋空でもなお輝く超新星となり、無数の光弾を早苗めがけて射出した。
 トランポリン状の地面から着地体勢を整えることに難儀していた早苗はもろに弾幕を全身で浴びた。一発一発は小石をぶつけられた程度の衝撃であるが、一瞬にして数十発分を叩き込まれたのなら話も変わる。視界が真っ白に染め上がり、早苗は仰向けに倒れこんだ。

「いかがですか? 良い夢は御覧になれそうですか」
「……痛た……っ。あなたこそ、こんな子供っぽい夢が本当に楽しいと思っているんですか? 私を黙らせてまで見る価値のある代物だと思っているんですか?」

 雨に濡れた制服で地面を転がりまわったのだ。早苗は今や泥まみれの砂利まみれでひどい有様だった。乾と坤の神を味方につけ奇跡を行使する現人神の早苗は皺一つない清廉な巫女衣装を風に翻させて、地に這う早苗の問いに首を傾げた。

「あなたは楽しくないと?」
「楽しいとか楽しくないとかそんな問題じゃないんですよ! つらいんですよ、現実ではこんなに誰も楽しそうに笑って毎日を過ごしていない、自分のやりたいことを本気で追いかけられている人もいない、馬鹿になりきることすらできない、何よ、こんな世界、本当にあるの? あるんだったらどうして私がそっちに行けなかったんですか!」
「いや、こっちも苦労は色々あります。天狗の飲み会に付き合わされるのは本当につらいんですよ? おそらくは『未成年の私がこんな苦労するのはせいぜいあと数年先だったのになぁ』という思いが、こういう夢の形として実現したんだと考えられますし」
「私はあなたの苦労なんて聞いてないんです! 即刻、今すぐ、速やかに、私を夢のない眠りに戻してほしいの!」
「夢は夢として楽しめばいいじゃないですか。現実と比較するからつらいんです。ぱーっ、と夢の中でストレス発散してすっきり朝の目覚めを迎えればいいのです」

 早苗の身体は泥まみれだったが、胸中にはそれ以上に熱くてどす黒いマグマのような感情が渦巻いていた。ともすれば暴発しそうな感情の発作を言葉に変えることもできずに身を屈める。
 天上の現人神に早苗の気持ちなどわかるまい。2年前は同じ人間だった。しかしその2年で人の早苗と神の早苗は全くの別人に変わってしまった。

「こいしさん」
「なぁに?」

 屋上からおっかなびっくり飛び降りてきたこいしに早苗は問いかける。こいしは早苗が屋上に捨てたビニール傘を物珍しそうに眺めていた。

「御覧の有様です。私たちはもう別の人間ですよ。それでも同じ夢の舞台に立つことができている以上、私たちはまだどこかで繋がっているということなんですよね」
「全ての生き物は無意識の上では地続きの世界に立っているものなの。物理的に接触できる世界と変わりはない」
「……予備校や学校の狭い教室と、幻想郷の空が繋がっているなんて、到底信じられませんよ」
「空で繋がっているなんて、素敵じゃない。深い地殻で断たれているよりかはね」

 天地を繋ぐものは雨だ。東風谷の家系は天候を読み、時には操り、土地に豊かな恵みと安定をもたらした。それは神と人とが共存できた失われた時代の風景である。
 早苗は今や神も仏もいない廃棄ガスの匂いと監視し合うような人間同士の視線に満ちた現代社会に生きる学生だ。雨風は最早人と神を繋ぐ手段ではなく、ただ重力に耐え切れなくなった低気圧にしか過ぎない。
 こいしがビニール傘を差し出した。早苗はそれを受け取り、構える。

「決着をつけましょう。勝ち負けが決まれば、それだけでもう私たちは違う存在だと証明することになります」
「よろしいでしょう。私ももう外の世界への未練を断ち切る時です」
「神の私を倒して人として私は生きてゆく!」
「人の私を倒して神として私は生きてゆく!」

 現人神はスペルカードを天上に放り投げる。その動作から繋げて、天に突き出した御幣を地上に振り下ろした。
 諏訪子の分霊が地面に潜り込む。ぐらぐらと大地は揺れた。なんとか早苗はバランスを保って立とうとする。

「幻想郷空中神戦!」

 スペルカード宣言がされるや否や地面からミサイルでも発射されたかのような衝撃が突き抜けた。
 地盤そのものが砲弾のように天に向かって発射されていた。その巨岩の如き地盤すらも下から突き抜けてきた真っ赤な液体によってばらばらに砕かれる。
 早苗は何が起きたのか理解した。
 噴火である。諏訪子の大地を創りだす力でグラウンドを活火山に変化させて、噴火を起こさせたのだ。地核に眠るマグマを噴出させるこの自然現象は地球が起こす奇跡の中でも最も荒々しく、エネルギーに満ち溢れたものである。その力は噴き上げさせた小石の一部を大気圏外まで飛ばし、スペースデブリの仲間入りにさせてしまうこともあるほどなのだ。
 大気が質量を伴った天井となり、早苗の頭を押し潰す。強烈なGに耐え抜き、ついに上昇は止まった。
 質量の軽い小石やマグマの飛沫が早苗を追い越してさらなる上空を目指す。同じ質量を持つもう一人の早苗、現人神の早苗も同じ地点で上昇を止めていた。
 二人の視線が地上から遥か彼方、天と地の合間で交錯する。
 身体を傾け、現人神に向かって自由落下した。現人神も飛行能力を使わず、万有引力の法則に任せるまま弾幕を解き放つ。
 早苗は現人神の真下に潜り込むと傘を開き、仰向けになって空気抵抗を増やした。発射された弾幕はそれでガードできたが、柄を握る両腕が抜けそうなほどの空気抵抗が早苗の肩を襲う。
 傘を閉じた。空気抵抗が弱まるが、体勢の関係上落下速度は現人神が上回る。そして先ほどの弾幕ガードで既に大幅なブレーキはかかっていた。
 二人の距離は縮まり、高度は今再び交わる。早苗は傘を突き出し、現人神は御幣で弾いた。
 交差。
 早苗は身体を半回転させ、現人神に向き直った。彼女もまた先ほどまでの早苗と同じように体勢を仰向けに変え、自由落下速度を合わせる。御幣が星を描く。弾幕が展開される。
 早苗は体勢を変化させ、落下軌道を変えたり緩急を付けることで飛行するように弾幕を避けた。だが突如地上から予測していなかった弾丸が飛んできた。
 回避行動が間に合わない。
 半身を撃たれ、早苗はくるくると回転しながら吹き飛ばされる。
 噴火で砕けた岩盤の破片だった。坤を創りだす諏訪子の力を味方に付けた現人神には岩盤は擦ろうが直撃しようがすり抜けてしまうものだった。早苗は唇を噛む。
 現人神は両腕を広げ、逃げ場所を制限するかのようにレーザーを放った。
 落下軌道を誘導されている。地上からの微妙な風圧を感じ、早苗は勘任せに身体を捻った。
 千年の時を生きた屋久杉のように太く、衛星軌道エレベーターのように長い岩柱が地上から突き出してきて、早苗の傍を擦った。
 早苗は唇を吊り上げる。
 現人神の焦りの表情が見て取れた。
 早苗は傍に突き出した柱を蹴りつけ、現人神の視界から高速で抜け出した。死角に回った早苗は傘を振り上げ、現人神との距離を詰める。
 風圧や風切り音で早苗の接近に気づいた現人神は御幣で傘を受け止めようとしたが、落下の勢いが付いた一撃は御幣をへし折り、現人神の胴体をしたたかに打ちつけた。鈍い音を立てて折れたのは傘の骨だけだっただろうか。
 擬似的な無重力落下状態にある現状、攻撃の反動で二人の距離は急速に離れる。現人神はそのタイムラグを逃さず体勢を整え、弾幕を撃ち放つ。
 迎撃の構えに入った現人神の意志に応えるべく、早苗は弾幕に真正面から飛び込んだ。弾幕から身を守る傘はもう折れ曲がって開けない。捨てる。
 足に、腹に、顔に次々弾が突き刺さった。しかし守りを捨てた吶喊は確実に二人の距離を縮めた。
 早苗の振り下ろした拳が現人神の胸を撃ち抜いた。
 力尽きたかのように現人神は自由落下に身を委ね、早苗の眼下へ消えて行こうとしていた。噴煙の向こう、彼女を迎える大地が見える。
 田畑があり、川の傍に屋根の低い家屋が並ぶ集落があった。近くには寺が見え、森が広がり、湖が煌めき、紅い屋敷が佇んでいた。富士山より高そうな巨大な山がそびえ立っていた。その頂上近くに見慣れた形の鳥居と湖があり、厳かに立ち並ぶ柱の群れに懐かしい影を見た気がした。
 茅の輪のように特大の注連縄を背負った赤い衣装の神と、目玉付きの帽子を被った青い衣装の神。彼女らは早苗に手を振り、早苗もそれに応え、力尽きた。
 早苗もまた、地上めがけて真っ逆様に落ちて行く。見慣れた湖。その傍を走る道路。ビル。学校。我が家。
 激突と同時に早苗の意識は黒く塗り潰された。





 今冬最初の雪が早朝の守矢神社にしんしんと積もり始めていた。
 えてして爬虫類も両生類も寒さには弱い生き物である。しかし腐っても神様なので諏訪子はそんな寒さにもめげず、ニーソックスとスカートの合間にチラ見する絶対領域を惜しげもなく朝の冷気に晒しながら湖の水面を歩いていた。
 湖面に突き刺さった無数の柱から下りてきた神奈子も諏訪子の傍に並ぶ。

「やっぱり早苗はうっかりしているわねぇ。神様はいくらでも分霊できるってことすっかり忘れているよ、あの調子じゃ」
「しかし、幻想郷でいくら信仰を得たところで、もう外の世界には私たちの力は大して還元できない。早苗が人間の力だけで生きてゆくことを決断したのなら、それもまた良いことよ」
「で、分霊されたこっちの早苗はどうなのかな?」

 諏訪子は両手の拳を若干開いて望遠鏡のように穴を作り、守矢神社の方角を見つめた。両手の穴の端には坤の力でもって作られたレンズが貼られており、それは正しく望遠鏡として機能する遠見の術である。
 寒そうに布団にくるまって、早苗は幸せそうに唇の端から涎を零して眠っていた。河童のメンテナンスに頼れるのをいいことに、早苗は未だにネジ巻き式の目覚まし時計のお世話から離れられずにいる。あと半刻もしないうちに文明の利器に叩き起こされ、境内の掃除を始めることだろう。
 と、諏訪子は思っていたのだが何やら早苗の眼球がまぶたの裏でごにょごにょと動いている。しばらくすると目を擦り、ぶるぶると震えながらも布団から起き上がってきた。

「おぉ、早起きは三文の得ね。見て神奈子。早苗がもう起きたわよ」
「そうね。あちらの早苗はまだ眠っているわ。眼球も動いていないみたいだし、夢は見ていないようね」
「頼りにされなくて結構って言った割りに、まだ気にしてんの?」
「諏訪子こそ、帽子の目ン玉、東の方角向いているわよ」
「まぁいいじゃん。さ、帰りましょ。早苗が朝餉の用意を始めるわ」
「そうね」

 二柱の神の姿は湖面からかき消えた。
 生き物の気配が薄い湖面に雪が降り、溶けてゆく。あともう少しで妖怪の山は雪と氷に閉ざされるだろう。だが長く辛い寒い冬も温泉の恵みによって妖怪たちは楽しみの一つとして迎え入れようとしていた。四季の変化を喜び、移り行く景色の彩りが生き残るこの大地の名は幻想郷。
 三柱の神々は大らかにこの地に順応していた。





 今日も早苗は目覚まし時計に叩き起こされた。
 まずい。昨夜は気分が悪かったのですぐに眠ってしまった。なので課題はいつもより早く起きてこなすつもりだったのだが、目覚まし時計の時間を再セットするのを忘れていた。
 くよくよ悩んでいても仕方あるまい。電車の中でも学校についてからでも大急ぎでやれば片付けられるかもしれない。とりあえず、朝食を抜いてでもいつもより一本早い電車に乗ろう。それから駅のコンビニでカロリーメイトでも買えば良いだろう。
 気持ちを切り替えた早苗は急いで支度を整え、家を出た。玄関の三和土で靴の爪先を叩きながら早苗はふとビニール傘を見て、引っかかるものを覚える。
 ドアを開けて空を見上げた。微妙な曇天模様だ。空の端にはいくらか青空も見られるが雲の流れる方向がわからない。――今日の天気の行く末が予想できない。
 早苗は眉をひそめつつも折り畳み傘を鞄の中に入れた。どうせ、いつか消えるかもしれないと思っていた特技だ。これからは天気予報を人並みに注意して見なければいけないのかと思うとやや面倒だが。
 バスに乗り駅に着いたのでコンビニに向かう。カロリーメイトとコーヒーを見つけた早苗はレジ前に並びながら、店内に流れるラジオに耳を傾けた。
 政治がどうの、経済がどうの、あいかわらず暗いニュースばかりである。気が滅入るばかりだ。レジを待つサラリーマンやOLたちの顔も能面のように張り付いた無表情だ。そうしなければいけないほどの感情を押し殺しているか、既に情動を感じる心の機能さえ擦り切れてしまったかのいずれかなのだろう。早苗もいつかはあのような大人になるのだろうか。
 ――携帯電話が鳴った。すぐさま取ってみたが、おかしい。液晶は待ち受け画面を映すばかりだ。一瞬の1コールなのかと思って着信履歴を見てみたが、やはり何もない。首を傾げながらも携帯電話を戻そうとして、今さらながらに気づく。
 携帯に付けたストラップの中に見慣れないものが混じっていた。蛇と蛙がデフォルメされたようなマスコットキャラクターの代物である。こんなものを入手した覚えも無ければ付けた覚えもない。一瞬不気味さを覚えて捨てようかと考えたが、何か惜しいような気もした。
 なぜなら、この正体不明のストラップを見ているとどこか懐かしさを覚えて心が安らかになるような気がしたからだ。
 ふと、早苗の脳裏に閃きが浮かんだ。
 駅に集う社会人、学生、皆一様に生気を感じられないほどくたびれているのは、たぶん、みんな心に余裕が無いからだ。今まで早苗はそれを薄々感じ取ってはいても、仕方ないと諦めていた。
 違う。早苗の家系は、幼少の頃に詰め込んだ古代から連綿と受け継がれる秘術の数々は全て、究極的には人間の心を安らかにさせるための信仰というツールなのだ。今の社会にはきっと、精神の拠り所となるわかりやすい柱がないのだ。
 閉鎖的な村社会ばかりだったから実現できた信仰の形を現代社会で再現すれば、怪しい新興宗教にしかならない。もっと根本的な、教育や法律から見直した方法が必要なのでは無かろうか。
 まだ、今の社会の常識では笑われるだけだ。だが、いつか。例えば天皇が京都に移り、遷都が起きる。そういうことが起きたりしたら、人々は一時的にでもこの国の歴史や信仰の意味を見直すことができる機会を得られるのではないだろうか。その時、神道に詳しい誰かがリーダーシップを発揮できれば、この国は結界や信仰の意味と力を取り戻すことができるのかもしれない。
 遠い未来、確定もしていない明日の話だ。だが、このまま何も目標を見定めずに勉強ばかりし続ける毎日よりはるかにマシだった。実現するには馬鹿馬鹿しいくらいの夢の方が、逆にやり甲斐を感じられた。
 早苗はコンビニから出た。その手には奇妙なマスコットキャラクターがぶら下がった携帯電話をしっかりと握っている。
 まるで、お守りのように。それが彼女の心の拠り所であるかのように。
ブレザー着た女の子がギターとかベースとか演奏しながら踊っているみたいなイラストが嫌いです。本物は別に良いです。旅館のバイトしていた時に合宿に来たブラスバンドの女子高生たちは気になりませんでした。
「おらーこれが青春だーすげーだろー」
みたいな製作者の主張が背景の裏から滲み出てきているような気がしてギアッチョのディスクを脳天に挿したみたいに暴れたくなるのです。

もちろん、全てはそういう青春を送れなかった劣等感の生み出す僻みです。

よっぽど若死にしない限り全ての人に青春は訪れます。
その内の一体何人が、満足できる青春を送れるのでしょうか。年を取った時、黄金の時代だったと振り返れるのでしょうか。

ここまでこんぺ終了までの作者コメ。
ここからコメントレスになります。



>1. 3点 バーボン ■2009/11/22 02:52:05
こんぺに投稿するたび「お前のんわけわかんねーんだよ」と言われるのも恒例になってきました。
だめじゃん。成長してないじゃん。ああ仏の顔も三度まで。

>2. 5点 冬。 ■2009/11/22 18:49:08
正にエピローグを書いてから書いたプロローグ。繋がりとしてあんまりに急転しすぎですねはい。

>3. 9点 shinsokku ■2009/11/23 15:36:47
作品の大半を占めるループパートが一番退屈とわかりきって書いたのだから弁解の余地もありません。
しかし、本当に長いですねループパート。よくぞ読みきってくださいました。ありがとうございます。

>4. 8点 名前が無い程度の能力 ■2009/11/23 22:36:46
秘封倶楽部も学園ものっちゃ学園ものだけど……あれ?というのはもちろん狙ってやりました。
ただ、秘封世界は平行世界理論派の人にはわかってもらいにくいのですよね。

>5. 8点 神鋼 ■2009/11/27 20:39:42
押井守監督は母がファンです。スカイ・クロラを劇場で見逃してマジ悔しがっていました。
あいかわらず毎回お題要素が薄いですね。本当に申し訳ないです。

>6. 8点 佐藤厚志 ■2009/12/11 02:28:25
シオドア・スタージョンって誰だとマジツッコミした私をどうぞ殴ってください。
>みたいな感じなのかな?いいのかな?
こいしちゃんの精神学理論はテキトーだったので、たぶんいいんじゃないかなと。

>7. 9点 しあ ■2009/12/17 04:09:08
ところどころの雰囲気違いすぎてなんかコラージュ感が出てますよね。ツギハギブギウギというか。
休言止めは気をつけているつもりなんですが……。ちょっと多様しすぎちゃったかな。

>8. 7点 藤木寸流 ■2010/01/05 00:08:02
ウィキペディアに噛り付いてザクのこと調べまくりました。あとDCのガンダムゲー傑作「コロニーの落ちた地で…」のプレイ動画見まくったり。
ループ発覚はちょっと早すぎましたね。なんかもっといいシナリオ展開は無かったものか。

>9. 8点 名前が無い程度の能力 ■2010/01/05 03:20:15
「けいおん!」と見せかけて実は半分違います。半分は当たっています。ハルヒの学園祭バンドパートは言うまでもなく。思えばこの症状の最初の原因はまなびストレートの学園祭パートだった気がします。まなび自体は嫌いじゃないんですが。
プロット段階でなんか思い出すな、と思ったら「冒険でしょでしょ?」でした。自分でもあまりにもシンクロしていてびっくりしました。正に奇跡。

>10. 10点 ルル ■2010/01/05 16:27:32
ラストは信仰は儚き人間のために……ではなく、アンノウンXをBGMに書いてました。熱い曲でなんとも好きです。
なお、この作品は勇気を分け与えるとかそういう機能は特に付属していません。
もし勇気が湧いたのなら、それは元からあなたが持っていたものでしょう。
揺り起こすことができたのなら、幸いです。

>11. 2点 白錨 ■2010/01/10 00:19:35
いきなりの学園ものでドン引き、長い、わかりにくいの三重苦な本作です。
確信犯だったので、なおさらタチが悪いです。申し訳ありませんでした。

>12. 9点 zar ■2010/01/10 00:42:59
団塊世代出身の著者が戦前戦後あたりの写真について懐古主義をのたまうという本で、著者が普通免許を取ったばかりの頃のエピソードで下手な運転で車かっ飛ばしていて楽しかったなーあれこそ青春だよ的なコメントを読んで憤怒した経験があります。そう、あなたたちがそういうふうに無邪気に未来の技術を追いかけた結果が、今の日本で今の若者だ。何偉そうに懐古してんだ、と。
そういう他人の青春についていちいちとやかくパルパルする緑の炎が本作の原動力でしたが「アンチ青春」という言葉に納得。
でも、私の青春も人から見ればうらやましいものなのでしょう。旅館で働いた夏の日々は思い返せば青春でした。

>13. 8点 パレット ■2010/01/10 04:40:31
「お題が薄いかな?でも天気予報あるし、結構話の核心だし、別にいいかな」
そんなことを考えて投稿したらドンピシャな感想にさとり様が現れたかと。こいしちゃんうっかり出すもんじゃねーな。
学園もので青春ものはオリジナルでも書いたことがありますが、あまり無理するもんじゃねーなとこれ書いて思いました。私には緑の眼が落ち着くのです。

>14. 8点 椒良徳 ■2010/01/11 17:01:43
今年、年男です。でも神主より年下です。……年下なんですよ!?
青春イコールノスタルジーで、ちょっと古臭いネタをかき集めすぎたかもしれません。萃香やりすぎ。

>15. 9点 ホイケヌ ■2010/01/13 13:41:08
wせdrtgyふじこlp;@:
気持ちだけでも、しっかり受け取らせていただきます。9点ありがとう。

>16. 8点 零四季 ■2010/01/13 21:17:43
SS以外の分野では学園東方は普通にたくさんあるんですよね。それを納得させる形にしてみました。
なお、企画段階で書く気がなくふたばでぶつぶつ言っていた時はマジハルヒだなと思っていました。

>17. 9点 詩所 ■2010/01/13 21:42:57
東方キャラと学園祭ネタって意外と相性がいいことに、私も書いて気づきました。あとボツにしたネタは香霖先生のいい仕事してますねぇな骨董バザー荒らし事件とか、閻魔理事長の鬼のありあり喫茶裁判とか。
ちなみに、スパロボは未プレイだったりします。でもFFTで似た経験は多いですし、サモンナイト4でもTEC極振りルシアンのブロックはここぞという時に未発動で、TECちゃんと補正したはずのグランの射撃は当タラナイ。ドラクエでも……(以下略

>18. 10点 静かな部屋 ■2010/01/13 23:33:25
つ「沙羅は和子の名を呼ぶ」
私も未だに緑色の目をしてベース弾いているブレザーのお姉ちゃんを睨んでいます。あの人たちにはあの人たちなりに悩みがあるって、わかってあげられたらいいのにね、俺。

>19. 10点 deso ■2010/01/14 01:45:16
ゆゆ様の下りは「こけたかな?」と危うんだシーンです。ウケが取れて良かった。

>20. 6点 やぶH ■2010/01/14 22:54:38
ニコ動なんかで人気そうな学園東方動画(想像)を文章にしたら……がコンセプトでしたが、作者が読んでも胸焼けします。無理するもんじゃない。

>21. 7点 2号 ■2010/01/15 07:03:49
霊夢の亜空穴は学園ものでも健在だよーっていうだけのシーンでしたからね、あれ……。
っつーか亜空穴の発生速度で未来永劫斬を暗転返しで回避できるわけもなく、明らかに未来予測してますねこの巫女。

>22. 8点 八重結界 ■2010/01/15 12:10:41
この作品を脳裏に浮かべるたび円環少女(スニーカー文庫・長谷敏司著)の浅利ケイツのセリフ「お前に一体何がわかる!何がわかる?」がちらつきます。形は違いますが、可能世界の自分に対する嘆きを象徴するセリフだからでしょうか。

>23. 8点 Tv ■2010/01/15 18:55:00
どんぴしゃです。文に「おっくれてるー」を言わせようか迷いましたがそんなシーンが思い浮かばなかったのが実情。
幻想郷色に染まった早苗さんはこっちの世界のせかせかした生き方をつまらないと蹴っている風なところが公式の時点でありますからねぇ(星EXのぬえ戦勝利のセリフとか)。私自身もつまらないとは思いますが、それ言っちゃおしまいと心のツッコミを出すのが我ら現代人の悲しいところ。

>24. 6点 時計屋 ■2010/01/15 21:25:59
>私見ですが個々のエピソードの物語に対する役割をもっと明確にすると、全体がまとまったのではないでしょうか。
手を抜いたところをずばり指摘されました。三日目と五日目以外はかなり無意味なエピソードですからね……。
なんとかそこを改良しても1位は取れなかったでしょうが……うーん。

>25. 6点 如月日向 ■2010/01/15 22:33:26
>東方学園物っていいですねっ
……そうかな、と作者が言っちゃダメですよね。
でも、そうかな、という思うのです。書いている時は楽しかったし、楽しめるように書いたつもりではあるんですが……。

>26. 7点 木村圭 ■2010/01/15 22:51:54
「そりゃ早苗さんは元はこっちの人間だからそっち方面のネタ多くてもいいけどさー」……と思わせること自体が伏線だと、わかっていただいて嬉しいです。
ネタのレパートリーは、自分の持てる範囲のものを使いまくったので全部の読者のうち一人でも全部のネタがわかる、と期待はしてなかったのですが、読者の気持ちまでは考えてませんでした。申し訳ない。

>27. 7点 焼麩 ■2010/01/15 23:20:00
私はネオブルースプリング。
全ての青春ものをアンチしry
こっちの世界の早苗さんはレム睡眠(浅い睡眠)時間が長いと身体の疲れが取れにくいから非効率的な休息だと信奉しているようです。故に夢は見たくない。
それをつまらないと蹴るのが幻想郷の早苗さん。少ない睡眠時間で効率的に身体の疲れを取るとかなんのために寝るんだよ派。

>28. 1点 鼠 ■2010/01/15 23:23:11
この話の欠点を余すところ無く突かれました。返す言葉も無い。
でもそれでも最後まで読みきってくれたことに感謝します。
みづき
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2009/11/18 00:28:41
更新日時:
2010/01/20 22:48:07
評価:
27/29
POINT:
195
Rate:
1.57
1. 3 バーボン ■2009/11/22 02:52:05
ええと、話自体上手く把握出来てる自信がありません。「幻想郷に行った早苗」と「現実に留まった早苗」が夢を見る薬で再接続された、って事で良いんでしょうか? 冒頭の秘封倶楽部の意味は?
理解が追い付かないので、内容自体に関しては何も言えません。

ネタの使い方がメタっぽかったりパロディが多かったりするのが気になります。ハルヒのOPの引用とか。
現実で生きている方の早苗だからそういうのも知っているんだろう……と好意的な解釈をさせる程には笑えなかった、と言うのが本音です。
童祭の雰囲気は、「何も考えなければ」楽しげな雰囲気が伝わってきて良かったと思います。
2. 5 冬。 ■2009/11/22 18:49:08
メリーと蓮子の話は何処に行ったのー、と思ってたらラストで納得しました。
3. 9 shinsokku ■2009/11/23 15:36:47
繰り返しパートが冗長に感じます。
分量が長過ぎる上解決が余りにあっさりとしていて開放感を得られず、
またその中で用いられる喩えや用語が具体的すぎて引いてしまう箇所が少なからずあり、
内容自体にも興味を持てなかった為、私にはあまり楽しめませんでした。
申し訳ない。

しかし、繰り返し終了後の展開と、そこからのまとめ方は途轍もなく好みです。
素晴らしくLOVEです。このパワーはイエスですよ!
4. 8 名前が無い程度の能力 ■2009/11/23 22:36:46
冒頭が何を意味してるのかわからず読み進めてびっくりしました。
非常におもしろかったです。
5. 8 神鋼 ■2009/11/27 20:39:42
前半はビューティフルデイズのパロディだと思って読んでいましたが後半の力強い展開にやられました。
特にラストから冒頭への間を想像すると嬉しくなってきます。ただ、惜しむべくは雨を感じないことです。
6. 8 佐藤厚志 ■2009/12/11 02:28:25
 ムムムム……!

 正直に言おう。多分この小説を余り理解できていない。冒頭から一転、世界が反転。ジャンプやマガジンで連載されている学園モノコミックみたいな展開は、やがてある種の不安を覗かせたり、登場人物の不幸な行く末を予感させたりしながら進む。難解さや哲学的世界の描写、意識の分裂、そして自我の確立(?)を得て、一つの結論に収斂していく。

 みたいな感じなのかな?いいのかな?

 非常に構成が独特であります。当コンペもう一つの傑作『幻想郷カットインズ:アンブレラ』と比較して、少しだけ似ているところがある。それは、現実と虚構のオーヴァーラップが生み出す物語のある種の破天荒さであり、また言いようの無い不安や、寄る辺を失い孤独を抱えたキャラクターが一つの結論、答えを見つけ出すまでの旅のような構成であること。カットインズは幻想流離譚で、こっちはうぅん、なんだろ。思いつかない。強いて言うなら、筒井康隆のジュナイブルSF?あるいはシオドア・スタージョンのニューウェーブ系SFか?
 
 カットインズもハレの日も、キャラクタは不安を持っているけれども、一方でそれをふっとばす力強さ、たくましさがあって、読んでいて気持ちがいい。
 
 雨という限定的なアイテムをうまく料理しているのは恐らく恐らくハレの日でありましょう。しかし、いやぁSSっていいですね、と挨拶してこの書評を終えたいと思います。長々と失礼しました。ありがとうございます。
7. 9 しあ ■2009/12/17 04:09:08
率直にいうと面白かったです。節々の表現とか明らかにおかしい方向に状況が推移しているのに淡々と描写するところとか凄く好みです。
ただもうちょっと方向性というか雰囲気を統一した方がよかったのでは。別にネタとかが嫌いなわけじゃないですが全体的に見ると表現が直接的過ぎてそこだけ浮いてるかも。

あと井坂幸太郎じゃないですがもう少しだけ体言止めを減らした方が。これは本当にでっかいお世話っぽいですが。
8. 7 藤木寸流 ■2010/01/05 00:08:02
 きみザクUにどんだけ描写割いてんだよ。
 現実に生きている私個人としては、現実世界の早苗に同情して、現人神の早苗が大した悩みもなく勝手なこと言ってるように見えたりも。あるいは、あえてそういうふうに見せようとしているのかなあとも思いました。
 分霊については上手いと感じました。
 あとループのパートが冗長……かも。ループだからある程度は長くしないと効果はないと思うのですが。にしては長く感じました。ループだということが早い段階でわかっていたのでなおさら。
 かつ、物語が残り20kbで一気に収束したので、ちょっと忙しなく感じました。

 「後には神様が付いていない、常識にとらわれたもう一人の早苗が長野県の片隅に残された」
 という一文が、最後まで心に刺さった離れませんでした。
 この物語を最後まで読み切って、それから冒頭のシーンをもう一度読み返して、その常識にとらわれた早苗さんが秘封倶楽部の時代に背筋を伸ばして生きていたことを知って、心の底から「よかった」と思いました。
9. 8 名前が無い程度の能力 ■2010/01/05 03:20:15
あとがきの主張云々とはやはりアレでしょうか、アレなのでしょうか。
それはともかく読んでいて、アニメの主題歌を本文中でアニメ名・曲名まで
ハッキリと書くのは東方の世界観を壊しかないため、どうかと思いました。
…が、しかし最後まで読んでから読み返すと、その印象は覆りました。
蓮子たちによる王道的な雰囲気から、早苗たちによる非王道的な展開へ移る境目として
この突飛な試みは相応しいのではないか、そして歌詞の一文が作中の早苗を的確に表していると感じました。
エピローグがプロローグにカッチリと繋がった瞬間の衝撃は格別です。
随所に時にさりげなく、時にあからさまに盛り込まれたパロディにも好感を受けます。
10. 10 ルル ■2010/01/05 16:27:32
凄い、凄すぎる。正しく大作、そして傑作だと思います!
小ネタのセンスもさることながら後半部は圧巻の一言。スピード感が半端ない!
そして最後の一文を読み終えた瞬間、不思議と勇気が沸いてきた。心の底から打ち震えた。

作者様そして早苗さん、本当に有り難う。
俺、もう少しだけ頑張ってみるよ。
11. 2 白錨 ■2010/01/10 00:19:35
東方のキャラを使って学園物をやるのは良いのですが。ちょっと設定に無理があったかもしれません。どうして彼女らが学校に? と思いました。
メリーが結界が〜。の部分だけでは弱いと私は思います。辛口で申し訳ないです。
12. 8 パレット ■2010/01/10 04:40:31
 やばい何これ超大好き。
 学園ものかつ青春がテーマって時点で個人的に大好きで、ワクワクしながら読み進めてたのですが、期待以上の出来。すごく面白かった。学園者としてそれぞれのキャラが活き活きと描かれてたし、ところどころの小ネタも個人的には好き。
 テーマが少し薄いかなとも思いましたが、早苗が早苗を呼び寄せた『天気予報』、あれがこっちの早苗の最後の天気予報にして風雨の制御、奇跡の発現であると考えると、なるほどこの場面で十分にテーマを示しているように思えました。
 時間不足で一読しただけなのもあってか、十一月三日の早苗と諏訪子の会話(「早苗、それ作り話でしょ?」のあたり)が少しわからなかったのですが、これに関しては感想期間終了後に自分の方でちゃんと考えたり他の人に訊いたりさせていただきます……。
13. 8 椒良徳 ■2010/01/11 17:01:43
これは力作ですね。
良い作品についてくどくどと語るのは無粋なので、コメントは控えめで。
貴方の他の作品も、是非とも読んでみたいですね。

しかし、これだけは言いたい。数々ちりばめられたネタがその、なんというか、古いといいますか、
昭和50年代生まれのおっさん臭がプンプン漂っているといいますか……
14. 9 ホイセケヌ ■2010/01/13 13:41:08
、ハ、、ネ、、、ヲハ「、熙タ、ッ、オ、、ホトレネン。」
ミヲ、、、「、齶讀「、遙「・ミ・ネ・、「、熙ホ。「、ウ、、セ餃セ痔ネ、、、ヲクミ、ク、ヌ、ケ、ヘ。」ユヨアヘセヨミ、タ、、、ォ、ハ。「、ネミトナ荀キ、ソ、ホ、ヌ、ケ、ャ。「巳ュ、オ、サ、ハ、、トレネン、ヌ、ー、、、ー、、メ、ュ゙z、゙、、ニ、キ、゙、、、゙、キ、ソ。」テ豌ラ、、ラニキ、ヌ、キ、ソ。」
ヤ酖遉オ、、ヒ、ト、、、ニ、筍「ヒスラヤノヒネヒハツ、ネ、マヒシ、ィ、ハ、、、ッ、鬢、、ホ゜。ゥ、ハ、鬢フ・キ・・ム・キゥ`、クミ、ク、カ、、オテ、゙、サ、、ヌ、キ、ソ。」
、ソ、タ。「イミト、ハ、ホ、マ。「モ熙ャソケオト、ヒハケ、、、ニ、、、ハ、、オ罐ィノル、ハ、ッ、ネ、簍ス、マ、ス、ヲクミ、ク、ソ」ゥ。」、筅テ、ネ・ケ・ネゥ`・ゥ`、ヒスj、皃ソ、遙「・ニゥ`・゙、ヒスj、皃ソ、熙キ、ニモ、キ、ォ、テ、ソ、ネ、、、ヲ、ホ、ャユヨア、ハ、ネ、ウ、。」
15. 8 零四季 ■2010/01/13 21:17:43
ギャグ部分との境界線がどうも微妙に感じたのですが、それを気にさせないくらいに面白かったと思います。まさか学園東方(仮)が見られるとは思いませんでしたw
早苗さんはどこまでも行ってくれるんだろうなぁと思ったり思ったり。良い作品でした。
16. 9 詩所 ■2010/01/13 21:42:57
 話が現代から幻想郷に飛んだことすら忘れさせる、引き込む力のある文章でした。
 テンポの良い文に、さくさくと進む会話、動きあるシナリオ。
 学園祭という企画は、合わさる筈もないであろう幻想郷と出会うことでこんなにも面白いものになるとは。繰り返される日常がずっと続いて欲しいと思いながら読み進めている自分がいました。
 まあこれも、作者さんの腕ありきに間違いないですが。
 夢オチとしては、ものすごく盛大な夢オチだったので、最後には安心しました。現幻二人のパラレルな早苗さんに幸あれ。
 気になった所と言うと雨が話の中央に無いこと。極端に言ってしまえば、雨なくても話が成り立ってしまうかと。話の確信に雨が絡んでいると思ったので、実に惜しいです。

 72%の考察には笑いました。敵では当たり、味方は当たらない罠。
 あるあるw
17. 10 静かな部屋 ■2010/01/13 23:33:25
何故か涙が出た。
まだ出てる。

自分が選ばなかった選択肢を選んだ自分が目の前に現れたとき、僕は何を思うのか。きっと後悔するんだろうな。
生きている以上、色々なものを諦め、捨てていかなければならないわけですが、如何に捨てずに居られるか。
上手く生きて、出来る限り諦めなかった人が、充実した「青春」が送れる。

作中の早苗のように、諦めたものをまた取り戻せれば良いのですが……。
取り戻せることはないのかな?いくら追いかけたところで、過去には戻れない。
きっと、僕はいつまでも後悔し続ける。
18. 10 deso ■2010/01/14 01:45:16
幽々子様のくだりで吹いちゃった私の負け。
面白い!
どう収拾を付けるのか気になりながら読んでたのですが、ラストから冒頭への繋がりで心が震えました。
19. 6 やぶH ■2010/01/14 22:54:38
いやあ、エネルギーがあります。設定もよく練られていて面白い。
ただサブストーリーのアクが、私には強すぎました。後半に入るまで、どうにも読んでいて疲れてしまったのが、ちょっと残念。
後は雨というお題をもう少し生かしてほしかったかなーと。
20. 7 2号 ■2010/01/15 07:03:49
文化祭の楽しい話、終盤の対決とも面白かったです。
蓮子とメリーのパートも、最後まで読んでからもう一度読み直すと感慨深いですね。

最初、ループする毎日の謎をとくには初日の霊夢の瞬間移動が鍵を握る!と思ったけど、あんまりそんなことはなかったぜ
21. 8 八重結界 ■2010/01/15 12:10:41
 神になりたかった少女と人に成らざるをえなかった少女というか。
 夢に引き込まれた側の早苗にとっては迷惑このうえなかったのかもしれませんけど、どうして長野側の早苗が引き込まれてしまったのかを思えば、あるいはという想像も無きにしも非ずです。
 現実は望む望まざるに関係なく与えられるものですが、夢は欲する物の所にいくようですから。でもまぁ、無意識の押し付けというのもあるかもしれませんね。
 コンクリートで生きる早苗にとって、それはやっぱり望まざるものなんでしょう。朝露のように後味の良いお話でした。
22. 8 Tv ■2010/01/15 18:55:00
学園部分は雰囲気的にイリヤの夏、UFOの空に影響を受けているのかな?
学園祭のパートもそれを破った後も非常に楽しめました。
現人神の早苗さんに反感を覚えるのは……年取ったってことなんだろうなぁ。
23. 6 時計屋 ■2010/01/15 21:25:59
 うーむ、お見事です。なるほど、ここでオチが冒頭につながるのかと。
 長い物語でしたが、それに相応しいさっぱりとした読後感があって、よくぞ書ききったものだと感服します。
 東方で学園ものという、SSで書くには壮大すぎる設定でしたが、さほど違和感もなく読むことが出来ました。
 随所にあるパロディネタも鼻に突くことはなく、うまい具合に溶け込ませていたと思います。
 ただ、物語の中核である学園でのエピソードが少し冗長に思えました。読んでいて一気に物語に引きずり込まれるというのではなく、別々のSSを次々と読まされているような、途切れ途切れな印象でした。私見ですが個々のエピソードの物語に対する役割をもっと明確にすると、全体がまとまったのではないでしょうか。
 他に気になった箇所は、お題分の薄さ、そして脱字や文法ミス、悪文が散見されたところでしょうか。
 そんなわけで点数はちょっと辛めなのですが、良いものを読ませていただいたという気持ちは変わりありません。ありがとうございました。
24. 6 如月日向 ■2010/01/15 22:33:26
 学園、ループ、パラレルワールドと様々な要素を詰め込みながらも、きちんと形にするのは難しいですね。ところどころ元ネタありきとはわかるものの、作品の雰囲気と合ってないような文章が気になったのが残念です。

〜この作品の好きなところ〜
 東方学園物っていいですねっ。
25. 7 木村圭 ■2010/01/15 22:51:54
こちら側のネタを多用してたのはギャグのためだけではなかったのか……!
話の作り方が上手い。読み終えた後で背筋がぶるりとなりました。
が、ネタの中に知らないものがいくつかあって、その度に蚊帳の外から眺めざるを得なかったのが本当に惜しい。
こればかりはどんなに上手く書いてもどうにもならないよなあ。
26. 7 焼麩 ■2010/01/15 23:20:00
そんな……創作で青春分を補給しているのに……
まあたまに絶望的な気分になりますが。青春とはいったい……うごご!

中盤までと後半がまるで別の作品ですね。語り手が(実質)違うから当たり前か。
青春のバーゲンセールも好きですし、その幻想をぶち殺すのにも喝采を挙げました。
夢の押し付けには大反対。その点ではこの早苗女史とは似通った部分もあります。
が、夢をみないのはあんまりじゃ。
27. 1 ■2010/01/15 23:23:11
夢特有の荒唐無稽さが出ているような気がするのだが、やれガンダムだエヴァだの出されると読み進める気が萎える
悪夢に抵抗するのは面白いけど、繰り返す夢が長すぎて、対決に至るまでに落ちきったテンションが帰ってこないまま終わってしまった感じ
28. フリーレス なかな ■2010/03/19 00:19:43
点数もないけど、面白かったです
よくやった現代側!この国にも信仰がよみがえってほしいですね
29. フリーレス ■2010/12/16 20:37:40
第九回の作者様の作品から来ました。

惜しい、本っ当に惜しい。
最後の最後、あるいは執筆時間が足りなくなってしまったのか、という印象を受けました。
あの諦めを乗り越えた先にある憎悪の力強さを、今一歩それを知らない人に伝え切れなかったのではないか、と思います。
世界に対する単なる諦めに囚われた人間、東風谷早苗が、いかにしてそれを世界に対する敵意と憎悪に昇華するか。
そしてその敵意と憎悪で、いかにして世界に瑕をつけ変容させるか。
その転換点が曖昧なまま、唐突にそれを身に着けてしまったというように感じてしまいました。
それを明確にするためには、もう少しだけ現人神東風谷早苗との対話を意義あるものとして描く必要があったのではないか、などとは
無責任な野次ではありますが、まだもう一歩、上手く魅せることが出来たはずです。

この時のこんぺでは得点を入れていませんが、もし当時読んでいたら恐らく9点を入れていたであろうと追記しておきます。
ダメ出しのようなことばかり書きましたが、こういうお話は大好きです。
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