雨とともに墜落する言葉、そして記録者

作品集: 最新 投稿日時: 2009/11/19 04:10:34 更新日時: 2009/11/19 04:10:34 評価: 23/23 POINT: 115 Rate: 1.17
 雨とともに墜落する言葉、そして記録者
 




 雨と一緒に、言葉が落ちてきたのだ。

 う た を う た わ ぬ か な り や

 雨粒は次から次へと落ちてくるが、その文字はどこか不安定な軌道を描き、従容と、流れるように目の前をふらふらしている。いつ見ても不思議なものだと思いながら、そっと《を》の文字に触れてみる。それは溶けるように宙で消えてしまった。ほかの文字は雨粒と一緒に地面に叩き付けれられて、ばらばらに細かくなって泥の中に沈んでいった。

 古びたバス停の下で、彼女はわくわくしていた。ばちばちと雨水が跳ねる。容赦なく雨具に泥水がはねこんだ。師走の地底は、随分と冷え込んでいた。何より川辺は凍えそうなほどだった。雨は容赦なく街を包むように降り注いでいたし、眼路の限り広がる数多のもの――レンガ造りの家とか、井戸とか、粗末な道路とか、川辺を覆う広葉樹の痩せた枝とか――そんなものは全てが水浸しで死にかけていた。元々貧しくまっさらな街を、雨は一層荒涼としたものに変えてしまっていた。

 何より、手で掬えそうなほど濃い霧が川の周囲に満ち始めていた。視界の塩梅は、ぼうっと電信柱のてっぺんについている街灯だけが頼りだ。とても短い時間で、街灯は付いたり消えたりを繰り返していた。

 川の周りには誰もいなかった。間違いない。きっと彼女は誰もいないからこの川辺にやってきたのだ。自分の姿を見られたくなかったのだ。

 彼女は毎回、雨が降るたびにこうして川辺にやってきた。こうして雨と一緒になって落ちてくる言葉を拾っているのだ。拾うと言っても、触れるとすぐ、砕けてしまうから、消えてしまう前に大学ノートにメモをする。

 彼女は気付いていないが、それは別の世界の詩や小説から引用されたものであった。それは正確には言葉の形をしていなかった。一見すると記号の集まりのようだが、彼女には何となく《を》とか、《か》とか、そんなありふれた言葉として捉えることが出来た。

 彼女がそうして雨の日に出かけ、落ちてくる言葉を拾うのには訳があるのだ。

 それは今はもう亡くなってしまった彼女の母と父の言いつけだったのだ。

「さとり、空を見なさい。雨が降り空を見上げなさい。それは私たちの信仰なのだ」

 ある日、彼女の父は畑で土を耕しながら、そんなことを言ったのだった。彼女と妹は畑の隅っこで虫や草をいじって遊んでいた。妹はミミズに夢中になっていて耳に入っていなかったらしい。彼女はどういう意味かなと晴天の空を見た。すると突然天気は崩れ、びゅうと北風が吹いたかと思うと、拳大もある雹がどすんと畑の真ん中に降ってきたのだ。

「ぎゃあ。逃げろ、さとり、こいし」

 三人は家のほうに向かって走り出した。妹は酷く楽しそうに喚きながら、両手を広げて走っていた。下手を打てば死んでしまうのが、判らないのかもしれなかった。

 しかし、何でそういうことを言うのか、彼女には良くわからなかった。彼女が件の言いつけを行ったのは数年後、父と母が死んだ後だった。二人は空から落ちてきた沢山の本に潰されてしまったのだ。その本は一度に何百冊と降ってきて、二人は逃げる暇も無かったらしい。しかも一冊の重さが子供程もあったのだ。彼等の遺体は山積みになった本の中でぺしゃんこになって埋まっていた。本の内容はよく判らない言語で書かれているもので、誰も読めなかった。余りに滑稽なこのエピソードは案の定、周囲の笑いの種になっていた。三日三晩、この話は絶えることは無かった。そして、それを聞いて彼女も妹も笑いこけたものだった。嘲笑したのだ、父と母を。時間が経ち、改めて二人のことを考え直した。沢山の本に殺されるなんて、間抜けだけれども余りにかわいそうな話ではないか。そして彼等への贖罪をするように、彼女は両親が残した唯一の言いつけを守ることにした。雨が降るとこうして長靴をはき、河童を纏って、外に繰り出すようになった。
 
 初めて落ちてくる文字を見たのは、いつだったか。忘れてしまったが最初の落書き帳にはクレヨンこう書いてあるのだ。

 わ が は い は ね こ で あ る

 何だろう?訝りながらも、何故か夢中で落書き帳に赤のクレヨンで書いた。妹はピンクの河童を着け、ピンクの長靴を履いていた。妹は彼女の隣で指を咥えて突っ立っていた。

 いつしか落書き帳は大学ノートに変わり、クレヨンは万年筆に変わった。彼女も妹も成長した。

 空から落ちてくる言葉は、一体何なのだろうか。彼女はずっと考えていた。例えば、それは神の言葉ではないだろうか。聖書のように、迷える人間を導くための言葉ではないか。

 その考え方は少し間違っている。まず、彼女は人間ではないのだ。彼女は心を読むことが出来る魔なのだ。人間でも、人間じゃないものでも、魔法使いでも、動物でも分け隔てなく心を読むことが出来るのだ。

 そして落ちてくる言葉は、大勢の死者の魂から零れる言葉だったのだ。死者の魂は、体を捨てて天に昇っていく。魂は雲の上に集まって、一つになっていく。それはまるで大きな生き物のように、空の中に横たわっている。吾人は決してそれをうまく表現できない。あくまで形而上学的な表現に留まるにすぎない存在なのだ。

 その死者の魂の集まりは、何故か生前心に刻んだ言葉を、時折、声無き大きな声で叫ぶのだ。雨と一緒に、自分のお気に入りの言葉を世界へそっと落としていくのだ。

 そしてそれを受信することが出来るのは、彼女のような存在だった。心を読める存在が、死者の手紙を読むことが出来るのだ。彼女の種族にとって、雨は特別でかけがいのないものだった。まさに信仰に近いものがあった。

 


 彼女は、三十分ほど川辺で言葉を拾っていた。土砂降りもいつの間にか霧のような糠雨に変わっていた。言葉の墜落もいつの間にか止んでいた。さて帰ろうと、彼女は思った。

 その時彼女は彼女の妹を見つけた。傘も河童も、長靴もつけずに、彼女から見て川下にかかっている水道橋の上にいた。くるくると回ったり、跳んだりしながら複雑に入り組んでいるアーチの鉄筋に飛び移り、ぶらさがった。まるでサーカスのピエロのようだった。そこで妹の体は陽炎のように揺らめいた。そして消えてしまった。消失したかというと、あっというまに橋の袂へ移動していた。

 彼女の妹も、彼女と同じ種族なのだが、読心を行使することが出来ない。邪な生き物の欲望に心底絶望して、数年前、とうとう自分の持っている力を封印してしまった。とりもなおさず、自分の心を閉ざしたのだ。そして皮肉にも彼女は精神を痛めてしまった。ああして奇妙な行いをするのは、そうして無理やり心を閉ざしてしまったせいなのだ。

 ぬっと目の前に彼女の妹があわられた。雨でびしょ濡れだった。妹のくしゃくしゃのくせ毛から雫が落ちた。そしてにっと笑う。むかいあっている彼女の唇は、ひどく青褪めて震えている。その口にそっと妹は自分の唇を重ねた。何の脈絡もない、軽佻浮薄な行いであったが彼女は決してそんな行いを咎めるような真似はしないのだった。手から傘が落ちた。そしてただ黙って、少し恥ずかしそうに彼女は嗤うのだった。

「お姉ちゃん」

 彼女は急いで傘を拾った。

 こんにちは。傘をお使いなさい。寒いでしょう。風邪を引いてしまうから。最近は地底で随分風邪が流行っているから。早くこっちにいらっしゃい。ほら、こんなに手が冷えているわ。どこに行っていたの?あなたはいつも、どこに散歩へ行くの?私には何にも話してくれないじゃないの。ずっと帰ってこないときもあるじゃない。鬼とかに苛められない?お腹は空いてない?屋敷にご飯が沢山あるのよ。あなたの大好きなカレーライス作ったの。ねぇ、今日も空から言葉が落ちてきたの。あなたにいつか聞かせてあげたいわ。あなたに聞かせようと思ったら、いなくなっているんだもの。私たちの手の届かない所に、私たちが思いつかないような美しい言葉が記憶されているの。それは、私たちが生まれる前の、昔の時代の言葉なの。ねぇ、聞いている?こいし、今日はちゃんとおうちでご飯たべようね。カレーライス食べようね。

 彼女の妹は、いなくなっていた。その晩、一人で夕餉を済ませ、二時間本を読み、深夜二時にベッドに入った。

 眠っていた彼女は何かの気配に気が付いて目を開いた。そこには馬乗りになった妹が覗き込むようにしてこちらを見ていたのだ。驚いて叫ぼうとする彼女の口を、妹が手で強引に押さえた。

「寝てるお姉ちゃんも可愛いな。もぅ、我慢できないよ」

 起き上がろうとする彼女を無理やりベッドに押さえつける。そしてパジャマのボタンに手をかけ始めた。全部外されるまで、妹の愛撫が嵐のように彼女を襲ったが、なすがままになっていた。妹が無我夢中で行為に及んでいる間、じっと耐えるように窓の外を見ていた。雨が降っている……。

「あぁ。気持ち良いし、あったかいなぁ……お姉ちゃんの体。お姉ちゃんがいないと生きていけないよ、私」

 
 
 
 Erbarme dich, ernarme dich.

 今日の言葉は何だろう。一体どんな意味だろうと考えた。空から落ちてくる言葉に、変化が起こっていた。徐々に異国の言葉が混じるようになっていたのだ。そして降ってくる言葉は、日を追うごとに増えている。事実、周りを埋め尽くすようにアルファべットが堕ちてくるのだ。
 
 取り敢えずノートにErbarme dichと記した。九十九冊目のノートは、既に落ちてきた言葉でびっちり埋め尽くされていた。明日から百冊目のノートに移るのだ。

 ただ本当は、そんな言葉は必要ではなかったのだ。ノートを何百冊使って言葉を書いてみたところで、何になるのだ。

 確かに、空から落ちてくる言葉は魅力的なのだ。しかし本当に彼女が求めていたのは、死んでしまった父と母の言葉だった。父と母がかけてくれる言葉なのだ。

 おとうさん、おかあさん。私には妹をどうしていいのか、全く判らないのです。妹の気持ちというものが、ちっとも理解できないのです。いつもふらふらとしていて、どこへ行っているのか判らないのです。妹は何も話してくれないのです。私が何か聞こうとすると、ニコニコ嗤って「心配ないよ」と私の手を取るのです。かと思えば、姉妹の間柄など忘れてしまったかのように、自由を奪って力ずくで乱暴することもあるのです。三日前のことです。おうちに植えていた馬鈴薯が踏み荒らされて、全て台無しになっていました。妹の靴の後がくっきりと残っていたのです。あの馬鈴薯は、昔、おとうさんとおかあさんと住んでいたおうちから持ってきた種芋から育ったものだったのです。それは妹も知っていたはずなのです。私はその後片付けをしていて、おとうさんとおかあさんのことを思い出しました。本当に、懐かしくて、何だがおかしい気分になりました。思い出といえば、不思議です。ちょっとした、一見つまらないような、日常にちなんだ思い出に限って、私は鮮明に覚えているのです。例えば、私たちがいつものように畑で遊んでると、あの粗末なおうちからおかあさんの弾くピアノの音色が響いてきます。確か、ブルグミュラーだったと思います。そうです。ブルグミュラーの練習曲です。妹はアラベスクが大好きでした。私も、目を閉じて聞き入っている妹を見るのが好きでした。その時はまだ妹はまともだったのです。時々おうちのほうを見ながら、鍬を動かすおとうさんを見るのが好きでした。昔はいいですね。きっと美化されて、本当は違うのかもしれませんが、いいですね。

 おとうさん、おかあさん。あなた達の頭に何故数多の本が降ってきたのか、今なら何となく判るのです。私たちは跡継ぎが出来、十分に子供が育ち、親が役目を終えると、死ぬように出来ているのではないでしょうか?いつでも私たちに死を与えるのは、空なのでしょう。美しい言葉を下さる天は、やはり言葉で我々を殺すのでしょう。私たちの種族は、そういう運命にあるのでしょう。空の中で横たわっている無数の魂の、憎しみがそうされるのでしょうか?彼等は私たちに心を洗いざらい覗かれます。彼らがどれだけの恥辱を感じているかを思えば、確かに死者に呪われて当然なのです。そして彼等は、私たちに死を与える前に、私たちを憐憫するように美しい言葉を投げるのです。私たちの生は呪われているのです。

 私たちは随分人目を避けて生きてきました。誰の恨みも買いたくないからです。それでも、私たちに科せられた罰は解けないのです。何故なら生き物が住んでいない土地なんてありはしないのです。

 でもそれはどんな生き物も一緒です。神様を信じる人間だって、原罪や業というものを背負っているじゃないですか。私たちの原罪を、私は否定しません。いつか、死者に殺されるまで生きるのです。でも、妹は否定しました。心を読むという性質を一切、否定して気が違ってしまったのです。そういう意味では彼女は本当は弱くて、どうしようもなくて、我侭なのです。自分の業から逃げ出したのです。でも可愛いたった一人の妹なのです。妹の原罪は取り除かれ、代わりに私に罰が下っているのです。だから妹に犯され、生活が荒れていくのです。空にいる多くの魂が、そうさせているのだろうと思います。妹の罪を、私が背負っていると思えば、おかしいですが、何だか救われている気がします。

 ただ、妹に犯されるたび、私の大事なものを壊されるたび、やはり私は苦しくてしようが無いのです。だって私は聖人ではないのです。妹はどうして私の気持ちを判ってくれないでしょうか。どうしてですか。私が何かしましたか。憎く感じることもあります。でも妹は大事なのです。私は妹が大好きなのです。妹の考えを尊重したいのです。どうか、おとうさん、おかあさん、天から私を見ているのなら、言葉を下さい。妹を治してあげるための、助言を下さい。妹を傷つけないで掬ってあげる方法を教えてください。私に声を掛けてください。私の名前を読んでください。ブルグミュラーを引いてください。カレーライスの作り方を教えてください。妹は私のカレーライスでは気に入ってくれないのです。どうか、私を憐れんでください。


 今日も雨が降っていた。

 彼女は相変わらず、川岸で言葉を集めていた。多くの言葉の中に、父と母の言葉が混じっていないか、確かめているのだ。

 その時、また妹がやってきた。いつもみたいに焦点の定まらない目をしていたが、何かたくらんでいるような色も浮かべている。
 
「お姉ちゃん」

 どうしたの?

「これあげる」

 妹は雨にぬれてしまって、ぐずぐずになった大きなダンボール箱を差し出した。彼女はその蓋を開けた。中には犬の死体が入っていた。彼女は思わずそれを放り出した。まるで引き裂くような笑い声を上げて、妹はその場からいなくなってしまった。彼女は両手を耳を押さえ、その場に蹲った。雨に打たれて霞む、バス停、粗末な道路、電信柱、水道橋、土の生臭い香り、目に見えない病人の微かな吐息、そしてある筈の無い潮の匂いがたつ。立ち上がって、彼女は犬の死骸を川に投げ捨てた。そして独り言を呟きながら家に引き返した。死骸は奔流の中で浮いたり、沈んだりを繰り返した。そして最後には見えなくなってしまった。何でです。おとうさん、おかあさん。こんな仕打ちを受けている娘に、かける言葉は無いのですか。神の様になったあなた達はのんきに暮らしているのでしょうが、私を見てください。私は姉失格なのです。妹にいいようにされている情けない姉なのです。

 



 立て続けに降っていた雨が止み、久しぶりの快晴となった。頭上の蒼穹はは渺茫と広がっている。冷涼とした新鮮な空気が流れている。きっとこれは、一週間後に雪が降る兆候なのだ。この地底は、きっと一週間後には白く染まるのだ。

 おとうさん、おかあさん。当分雨は降らないようです。何故か、雪は言葉を届けてくれないので、私は寒い思いをしないですむようです。そろそろ外套と手袋と、帽子が必要になりそうです。今日、召使の猫が可愛いコートを買ってきてくれました。その猫がこんなことを言いました。待っていて何も反応が無いなら、自分から何か行動をするのです、と。おとうさん、おかあさん。私、手紙を書くのです。だんまりを決め込んでいるあなた達に、手紙を書くのですよ。今、こうして部屋で書き物をしているのですが、問題があるのです。どうやって届けようかと思案しているのです。
 彼女の部屋に、彼女の妹が入ってきた。

「何しているの?」

 手紙を書いているのよ。

「誰に手紙を書いているの?」

 おとうさんとおかあさんに宛てたのよ。

「ふーん」

 
 彼女の妹は、彼女の肩に顎を乗せて、手紙を覗き込んだ。ついでに彼女の耳たぶを何度か甘がみした。

「私が届けてあげようか?」

 え?どうやって、届けるの?

「しらなーい」

 書きかけの手紙をひょいと取り去ると、ぱっと日本の忍者のように消えてしまった。あぁ、またか。彼女はあきらめて、安楽椅子に深く座りなおした。そして眠りについた。湖の奥へ落ちていくプランクトン。水底に積もり積もった死の残骸。

 そしてまた一週間がたった。

 彼女が目を覚ます。寝ぼけ眼のままカーテンを開けると、庭の一面が粉砂糖を降りかけたように白く染まっていた。やはり雪が降ったのだ。暖炉に薪をくべなくてはならない、と思った。息が白くなるくらい底冷えしている。

 パジャマ姿のままカーディガンを羽織り、居間に向かった。朝の静けさが居間に広がっていた。彼女はテーブルの上に置かれた一つの便箋を見つけた。手に取って封を切った。そして彼女は文字を目で追い始めた。
 
 サトリヘ。ガンバッテクダサイ。ドウカイキテクダサイ。オトウサンモオカアサンモソラカラミテイマス。ワタシタチハセオッタツミノセイデコトバヲオトセマセン。ワレワレノシュゾクハケガレテイルノデ、コトバヲオトセナイノデス。ソレニワタチタチノコトバハ、チジョウノドウホウニ、アタエルホドノカチガナイノデス。

 コノテガミハコイシニモタセタモノデス。オネエチャンガツラソウニシテイタラ、ワタスヨウニイッテオイタノデス。サトリハリッパナオネエチャンデスカラ、キット、コイシノメンドウヲミテアゲルコトガデキルトシンジテイマス。キョウダイナカヨクヤッテイケルト、オトウサンハシンジテイルヨ。

 サイゴニサトリ、ゴメンネ。サトリガクルシンルナラ、ソレハオトウサントオカアサンノセイダ。フタリガアイシアッタセイダ。デモワタシタチノアヤマチハ、サトリトコイシ、カケガイノナイフタツノタカラモノヲウンダ。ワスレナイデ、イツデモワタシタチハミテイルヨ。ニゲチャイケナイ、ガンバッテ。アイスルムスメヘ、オトウサンヨリ。

 彼女は三回、確かめるように丁寧に手紙を読んだ。そして酷く顔をしかめ、悔しそうに一粒の涙を落とした。慌てて袖で目をぬぐい、彼女は仕事にかかった。古い新聞紙の上に、暖炉に薪を組んだ。そしてマッチに火をつけると暖炉の中に放り込んだ。火は徐々に勢いを増した。彼女は例の手紙を便箋にいれ、それを暖炉の中に入れた。あっという間に便箋は燃え尽きてしまった。そして台所に行き、家に住む動物たちのために朝食を作り始めた。

 この年の冬、地底の旧都では大変な上海風邪が蔓延し、多くの住民が死んでしまった。それは恐ろしい勢いで広がっていった。彼女の心の中に、彼らの苦しみ、阿鼻叫喚が濁流のように流れ込んでいった。その時彼女は家々を叩くような強い横殴りの吹雪を眺めながら、紅茶を飲んでいた。住民たちは生死のあわいをさ迷い、風邪に殺された。そんな中、彼女の妹は家に戻ってくることはなかった。旧都全体が死の雰囲気に満ち満ちていたし、そんな場所にいたく無いと考えていたのだろう。きっと。春になって、風邪の猛威が沈静化するまで帰ってこなかった。彼女の妹が帰ってくる前日、雪を溶かすほどの雨が降った。彼女の姉は、いつものように川岸へ出かけて行き、そして落ちてくる数多の言葉に打たれていた。そして万年筆を百一冊目のノートに走らせた。自分を救ってくれる言葉を求めて、彼女はその習慣を止めようとしなかったのだ。暖かい雨と言葉に包まれ、彼女は笑っていた。父と母の言葉が得られないと判っていても、何故か自分の行いを止めようとも思わなかった。どうせ家にいても、妹に無理矢理性交を求められるか、自分の静かな生活を荒らされるのを待つか、パンを焼いたりするか、そんなことしかすることがないのだ。ぼうっと、気が付くと長い時間が過ぎている。そんな日常しか待っていないのだ。

 バス停の下で万年筆を動かしながら、こっそりこちらを見ている妹の気配を感じた。水煙に煙る川辺には、まだ彼女の姿は見えないが。
 

















 
 人の子よ、わたしがあなたに語るすべての言葉をあなたの心におさめ、あなたの耳に聞きなさい(旧約聖書、エゼキエル書より)。


















 おわり。
読んでくださってありがとうございます。
佐藤厚志
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2009/11/19 04:10:34
更新日時:
2009/11/19 04:10:34
評価:
23/23
POINT:
115
Rate:
1.17
1. 5 バーボン ■2009/11/22 10:34:27
評価が凄く難しいです……。
言葉を拾うさとりと言う発想は素敵だと思うし、文全体の雰囲気も凄く好みなのですが、しかし自分の持つ幻想郷のイメージとは大きく違っていて……(最初はさとりでなく秘封のどちらかかと思ってました)。
この独自の世界観こそが見せ所なのかもしれません。
2. 2 冬。 ■2009/11/22 19:26:32
さとりが人間で、外の世界に居た話なのかな?と思ったのですが、違ったみたいですね。
世界観がよく掴めなかったです。
3. 6 shinsokku ■2009/11/23 16:58:20
この文章、とんでもなくえろいですね。
しかしんんん残酷。
4. 3 神鋼 ■2009/11/29 17:04:13
さとりの父をうっかりベアード様で思い浮かべた時点で私の負け犬が決定しました。
5. 4 藤木寸流 ■2010/01/04 00:58:41
 微妙に何が言いたいのかわからないというか、こいしフリーダム。
 えろくはないけど、読んでいてさとりに同情してしまいそうなほどこいしが自由。暴走してます。結局、最後までこいしを止められなかったのがさとりの情けなさというか、らしくないところとも言えそうな。
 さとりが両親に当てた手紙の返事は、こいしが書いたのだろうかと想像。だとしたら救いがあるのかもしれないけれど、それが本当に救いになるのかどうかは微妙かも。
6. 2 白錨 ■2010/01/10 00:27:20
カタカナの部分が良いのに、全てカタカナは惜しいと思いました。
文面はカタカナでも、さとりとかに読ませるとそこも伝わってよくなるのでは? と思いました。
7. 4 パレット ■2010/01/10 04:42:45
 すごくいいさとり。雰囲気も出てる。
 バス停とか電信柱が普通に旧都にあるみたいな、そんな世界観が自分の中に無かったもので、なんだか好きです。
8. 10 名無しで失礼 ■2010/01/10 23:25:56
全体に漂う閉塞感、そしてそれを猶うずめるような淡々とした描写。
読後こんなに唸ったのは初めてです。今でさえ胸が苦しい。
すばらしいお話をありがとうございました。
9. 5 椒良徳 ■2010/01/11 17:07:21
これはすごい作品ですね。
文章は読みづらいですが、この独特の世界観に良く判らないままに打ちのめされてしまいました。
こういった作品が書けるというは一つの才能でしょう。私には理解が不可能ですが。
ただ、一般受けする作品では無いですし、これに高得点を入れる度胸を私は持たないので、
この点数をつけさせて頂きます。
10. 9 リコーダー ■2010/01/12 23:15:55
わぁい村上春樹だぁ。
さとり本人がハードボイルド的な格好よさを見せていたら+1点だった。
11. 6 ホイセケヌ ■2010/01/13 14:32:41
ハタス醺Q、マエコテ、ュ、ヌ、ケ。」カタフリ、ヌ・キ・蟀`・、ヌニ謦i、ヌ。」
ウ、タ、キ、ホメサミミ、筍「・讖`・筵「、ャ、「、ユ、、ニ、、、ニヒリ筏。」

、ソ、タ。「ニ謦i、ハ、ホ、マ共、ハ、、、ア、、ノ。「、筅テ、ネ翻キス、ネ、、、ヲハタス醺Q、メ籏R、キ、ニ、ロ、キ、ッ、筅「、テ、ソ。」タ、ィ、ミ。「ヒタ、、タ、鮟熙マアヒーカ、ヒヒヘ、鬢、、、ク、网ハ、ォ、テ、ソ、テ、ア」ソ。。、ネ、ォヒシ、テ、ニ、キ、゙、テ、ソ。」
12. 3 詩所 ■2010/01/13 21:44:38
 これは絶対……なんでしょう。共感覚の一種でしょうかね?
 話はえっと、良く分からなかったです。すいません。
13. 5 零四季 ■2010/01/13 22:02:24
解釈が難しいのかな、私にはいまいち理解が出来ませんでした。
狂った話というのは好きなので、面白かったのは確かなのですが。
14. 7 静かな部屋 ■2010/01/13 22:05:19
現実感のなさがいい。
特に、改行なしパート。
さとりの焦り・混乱・畏れ・後悔(?)そんなようなものが良く表現出来ていると思いました。
15. 3 葉月ヴァンホーテン ■2010/01/13 23:10:57
舞台が地底なのか、外の世界なのか、よくわかりませんでした。
16. 7 deso ■2010/01/14 01:43:00
雨とともに言葉が降ってくるというイメージがとても綺麗。
ぎしぎしと軋むような文章が実に良く似合ってると思います。
17. 5 やぶH ■2010/01/14 23:07:18
雰囲気は十分に伝わってくる文章で、それは楽しめたんですが、物語が読み手の私から非常に遠いです。バス停に置いてきぼりにされた感じです。
その雰囲気は嫌いじゃないんですが、全体の面白さとしてはこの点数しか差し上げられません。残りの半分、心を揺さぶるものが欲しかったかなーと。
18. 5 2号 ■2010/01/15 08:10:08
あやうい感じがよくでてました。
死者の言葉を雨と共に降らせる必然性がわからず、ちょっと無理にテーマにあわせた印象を持ちました。
また、お話になんらかの落ちが欲しかったです。
19. 6 八重結界 ■2010/01/15 12:59:44
 生まれながらにして救われないというのは、見ている側としても辛いものがあります。妹が幸せそうなのが、さとりの辛さを増幅させてもいるんでしょうね。
 だけど、その辛さが上手い具合に面白さへ変えられていました。
20. 8 時計屋 ■2010/01/15 21:30:32
 この世には理不尽で不可解なことがたくさんあって、僕らは救われるためにそれらの説明を求めます。
 それは宗教であったり、哲学であったり、文学であったり、色々なものがあります。
 でもそれらをいくら必死に学んでも、差し迫っている問題が消え失せるわけではありません。
 それでも、いつか救われると信じ続けることが、すでに救いになっている人たちもいます。ならそれでいいのではないか。
 という感じのお話だと思いました。浅はかな解釈だったら申し訳ない。

 独特の雰囲気でありながら、いつのまにか惹きこまれてしまうようなSSでした。
 特に、文字が降ってくる、というお題消化の着想は素晴らしいと思います。
 気になったところといえば、いくつか見られた誤字・脱字くらいでしょうか。
 ともあれ、私好みのSSでした。ありがとうございました。
21. 2 如月日向 ■2010/01/15 22:37:24
 怖い雰囲気は伝わってきたのですが、背景がよくわからなかったです。
 長いほうがいいというわけではないですが、もっと作りこんだほうが良いように感じました。

〜この作品の好きなところ〜
 雨と一緒に言葉が落ちてくる、という発想がいいですっ。

〜誤字かな、違ったらごめんなさい〜
 彼女は両手を耳を押さえ
22. 2 木村圭 ■2010/01/15 22:53:37
あの手紙はこいしの手によるものなんだろうなぁ、多分。
欲を言えば明るい未来への道筋を見せて欲しかった。
延々とバッドルートな気配しか見えないのでは読んでいて辛いです。
23. 6 ■2010/01/15 23:25:30
読めるものには滅法強いが読めない相手には、という感じだろうか
こわい無意識こわい。でもむしろこういう方がイメージに近い。
面白かったです
名前 メール
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