猶、春さめはふるふる

作品集: 最新 投稿日時: 2009/11/20 02:52:01 更新日時: 2010/03/11 11:21:22 評価: 19/19 POINT: 124 Rate: 1.49
霧雨魔理沙。かつて人だった物へ送る。受け取れ。
                  
                  〜如月 春雨がしとしと降る日に〜


1.

 自分で言うのも何なのだが、大体の事はそつなくこなせる自信がある。
 だが、未だに物を語るという事だけには自信がない。
 例えば酒が入れば、それはもちろん口は軽くなる。
 しかし、私がここで言いたいのはそういう「物を語る」事でなく、もっと違う「物を語る」事だ。
 何か特別でもない事を、特別と言い張って語る。それは普段日常事欠かさない交流の一つである。
 しかし、何か特別な事を「語る」という時。何か気負わなければ無くなる。
 それ相応の荷物をよっこいしょと背負ってその荷物を抱え込まなければならない。
 その荷物を崩すことというのは、決して許されない。何故なら、崩してしまえばたちまちバランスを崩すからだ。
 人間の重心とは真ん中にあるだけではない。背中に物を背負えば前になるし、右に物を持てば左になる。
 試しにやってみるといい。それは一番の解決法なんじゃないかと思う。

 これから語る事は、特別な事だ。それを文章として書くのだからこれはもう尋常な事ではない。
 普段書き綴っているのは義務として後生に残す物で、私が今から書く物は書き終わったら忽ち捨ててしまうものだ。
 そのような文章に、一体何の意味があるのだろうか。備忘録にすらならないというのに。
 この自問自答は既に済ませてある。即ち「意味などない」と。
 
 私にとって、文章とは情報であった。
 文章とは無味乾燥であり、会話よりも低俗な物であった。
 私は長年(二十年以上)信じ続けていたのだが、それはどうやら違うようだ。
 文章とは自らへの刻印であり、他人に対しての歩み寄りである。
 私はそう信じているし、私はそうで無ければこの様な物を書いて燃やしたりはしない。

 私の旧友が居なくなるまでのプロセスを私の中でまとめて綴った物である。
 果たしてその物を語れているかどうかは、私には定かではない。
 しかし、私は思うのだ。
 この話を私が燃やしている間は、この文章は物語として役割を果たしているに違いない、と。



2.

 レミリア・スカーレットは吸血鬼だ。私と親交を持ち始めたのは、私が比較的まだ若い頃だった。
  
 紅魔異変とは次のような事件だった。
 レミリア・スカーレットは吸血鬼であり、日光を嫌った。その為に、自らの体から霧を発生させた。
 後の供述によれば「日光を御してみたかった」という、そんなくだらない理由だった。
 くだらない、という言葉に対して反論もあるかもしれないがそれはレミリア本人が認めていた。

 そんなくだらない異変が、初めて「スペルカード」を使用した異変になった。
 今までは撃滅してきた妖怪達だったけれど、私と「勝負」する事となった。
 いかなる実力差があろうとも、「勝負」の世界に降りなければならない、というのは非常に新鮮であった。

 それは妖怪も同じだったようで、実際レミリアは私の「実力」を見て大したものだと誉めた。それはもう、嬉しそうに誉めていた。
 その時はただ鬱陶しく思っただけだったが、レミリアは「勝負」をしたかったのかもしれない。
 手加減はしていない、とレミリアは楽しそうに笑った物だった。
 レミリア・スカーレットは幼子のように我が儘だ。

 結局は私の「実力」を認めてレミリア・スカーレットは霧を収めた。
 余談ではあるが、それと同時に安堵した存在も少なくないだろう。
 レミリアは幻想郷に来た時に悪徳を以てこれを征服しようとし見事に失敗したからだ。
 いざとなれば撃滅することも辞さないと、八雲紫は後に語っていたものだ。

 そのレミリア・スカーレットの話だ。彼女は異変の後、頻繁に私の所を訪れた。
 私は何をするでもなかったが、彼女の従者が家事を手伝ってくれるのは非常にありがたかった。
 レミリアはある時、私の首に手を這わせながら誘惑するかのように言葉を紡いだ。
 その時レミリアはいつもよりは豪華な紅いドレスを着ていた。
 それは色の揃ったルービックキューブのような、不気味な調和を成していた。

「あなた、私の眷属にならない」

 私は別になってもいいかなぁと思ったが、かといって命令されてなるのは気にくわないので

「嫌よ」

 と吐き捨てた。彼女の従者である十六夜咲夜には、その時は丁度皿洗いをさせていた時だっただろうか。

「私の眷属になれば、楽に生きることが出来るわよ。食料は勝手に持ってきてくれる奴がいるし」
「食は好まないわ」
「死にたくないだけなのね」
「当然よ。まだ生きたいわ」
「醜いわね」
「余計なお世話」

 レミリアの言う事は案外大人びている事が多々ある。本来はもっと含蓄のある言葉を放つことがレミリアには求められているはずなのだが。
 その後の異変解決に伴って胡散臭い奴らと死ぬほど付き合っているうちに、レミリアの幼さがとても心地よく感じられたのだが、その時は全く思わなかった。

「大体、私が生きてどうするのよ」
「でも、生きたいのでしょう?」

 生きたい、という言葉をレミリアは紅茶を壁にぶちまけるようにして放った。自らがいつも屋敷でやるように。
 私には壁にぶちまけられた紅茶が元に戻らないように、その言葉は放りっぱなしである事は分かった。

 
 レミリアは幼い為に、自らの行った行動に対しての処理が出来ない。
 いや、一度だけやった事はある。この幻想郷を征服しようとした時に、契約を結んだ。不本意なのかもしれないが、レミリアはひどく満足していた。
 何故だかは私には分からない。推測は出来るし、「これに違いない」と盲信する意見は数多く聞いた。
 大体そのような意見は酒が入るとポロッと出てくる物で、正直うんざりするものだった。しかし、私は何故だかそれを覚えている。
 だが、敢えてここでは記さないことにする。何故ならば、その事はこの物語とは全く関係ない事象であるという事と、もう一つ。
 したり顔でその事を語る奴らと悉く意見が一致しなかったからだ。


「お嬢様、霊夢が眷属になったらつまらないと思いますわ」

 ところで、壁にぶちまけられた紅茶を拭い取り汚れた前より綺麗にするのは従者の役目である。
 十六夜咲夜は従者の人間であったから、苦笑いをしていた。

「つまらない?」
「私が眷属になれば、面白くないと。お嬢様が自ら仰っていた言葉でございます」
「つまらない、ね。まぁ、そうかもしれないわ」

 しかし、レミリア・スカーレットは納得した顔を見せなかった。
 当然だろう。死ぬという概念が理解出来ない種族に、死の事は語れない。
 例えB型の血がいかにまろやかであるとか、太った男の血は存外に美味いとか。
 それを語れたとしてもレミリア・スカーレットが死を語って、さらにそれが成功することというのは不可能に近い。
 いや、不可能でなければ困るのだ。
 何故ならば、それは不可能な事だと私は妄信しているからだ。

3.

 冥界は存外に近い。幻想郷の民は皆死後の世界を知っている。
 そんな環境であるから、私は冥界を訪れることがままあった。
 一番の目的は、それは美しい桜。桜の美しさは冥界が一番だった。
 冥界には白玉楼という大きな屋敷があり、そこの桜は特に綺麗だった。
 何で綺麗か、と白玉楼の主に聞いてみたことがある。
 曰く「散り逝くから」。美しいのは何故か、ともう一度聞いてみると「野暮ね」と呆れた風を見せて主人はどこかに行ってしまった。


 白玉楼の主人の話だ。彼女はとてつもない変わり者で、転生をせずに永い間白玉楼に留まっている。
 その主人の名前は西行寺幽々子という。
 幽々子は季節が巡る度に桜を見る会を催していた。
 私などは宴会でのご馳走を頼りによく行ったものだ。他に参加者は大抵一人しかいなかった。
 幽々子の友人で、幻想郷一の変わり者。八雲紫。
 私がご馳走を食べている間に、幽々子と紫は桜を見つめてはふわっと笑っていた。
 当時の私はその意味が分からなくて(今もはっきりとは分からない)二人を不思議そうに眺めていた。
 不思議そうに眺めていたのは、幽々子の従者である妖夢も一緒で、二人思わず顔を見合わせた覚えがある。

 紫はそれに気づいて、私たちの元へ歩いてきた。

「あら、どうしたのかしら」

 私はだんまりを決め込もうと思っていたが、妖夢は純真であるからにして紫の問いに正直に答えた。

「不思議に思っていたのです。花のついてない桜を眺めていることに」

 その時の妖夢の横顔は実に白かった。ほんのりと頬に赤みがさしている様は幼子のようだった。
 そんな妖夢を見て、紫はにこやかに答えた。

「子供には、まだ早いかもね」
「子供扱いしないでくださいっ!」

 顔を真っ赤にさせて妖夢は否定するのだが。どこからどうみたって紫の方が一歩上手だった。
 それを見て、幽々子は「あらあら」と扇子で口元を隠すが目元は笑いを隠せていない。

「妖夢はまだまだ子供ね」

 ふわりと私の横に降り立った幽々子はそんな事を呟いた。

「そんな事思ってもいない癖に。よく言うわ」
「未熟ではあるけれどね」

 否定はしなかった。

「しかし、あんた達も変な趣味を持っているわね」
「博麗霊夢、あなたも実は子供なの?」
「否定はしないわ。未熟ではないと思ってるし」

 そうねぇ、と幽々子は口元に手を当てる。

「子供、という言葉は便利ね。時間で解決する事が未解決の時に使えばいいのだもの」
「そりゃ便利ね」
「覚えておくといいわ。ちなみに妖精は子供じゃなくて馬鹿ね」
「それは同感」

 幽々子はまた、葉桜を見つめた。

「桜ってね、死んでるのよ」
「此処ではね」
「違うわ。外の桜もここの桜も一緒。みんな、死んでいる」
「……」
「私たちはそれを哀れに思うのね。少なくとも私はそう。でも、この感覚って言葉にするとくすぐったいものね」

 幽々子は言葉通り、くすぐったそうに笑った。
 
「まぁ、紫が何を考えているのかは知らないけれど」
「あいつは誰にも分からないわよ」
「そうね」

 幽々子は首肯して、また先ほどの位置へ戻っていった。
 後に残されたのは、私とそれからからかわれて顔を真っ赤にしていた妖夢だった。

 それから私もたまに何の変哲もない木を見つめるようになった。
 何を思えばいいのか分からないが、思う所はある。
 
 

 冗談めかして言ったことがある。

「あなたみたいになってしまえば、生きているのか死んでいるのだかもよく分からないわね」と。

 西行寺幽々子は亡霊ではあるが、意識はあるし何だか生きているようにしか見えなかった。
 確かに肌は冷たいし、いつもふよふよ浮いているが、それ以外は人間にしか見えなかった。
 幽々子は私の言葉を聞いて「何馬鹿なことを言っているの」と微笑んだ。

「私はしっかり死んでいるわよ」
「そうは見えないわ」
「生とはそういうものなのよ」

 曰く。生とは死に見える。死は生に見える。そういう事象が世の中には事欠かさないそうだ。
 
「まぁ、妖夢には分からないでしょうね」
「私には?」
「いつか……分かる日が来ると思うわ。あなたは人間だもの」
「幽々子は人間ではないのに生が分かるのね」

 私の言葉に幽々子は苦笑した。

「そりゃあ、殺したいと思う事がよく在ればね」
「殺したいって何を」
「例えば、貴方。紫。妖夢だって殺したいわ」

 でも、と幽々子は言葉を続けた。

「殺していないでしょう。それは自分なりに死を想っているからよ」
「嘘ね」
「ありゃバレた」
「でも少しは本音も混じっているでしょう」
「紫を殺したいのだけは本音。あいつがいなければ、と思うわ」

 あいつがいなければ……の次の言葉を幽々子は言わなかった事に気づいたが、私は何も言うことが出来なかった。

「紫はね、妖怪の癖に人間に最も近い。どちらとも最も近く、それ故遠い。奇妙な存在だわ」
「胡散臭いだけだと思うけど」
「胡散臭いのはただのポーズよ。本当はもっと素直で、もっと単純なのよ。それが八雲紫という存在よ」



 そういえば、白玉楼にある桜を咲かそうとしたのは妖夢だった事を付記しておこう。


 先ほどの葉桜の話をもう一度だけする。
 私に対して、妖夢の怒りっぷりったらこれはもう半端がないものだった。
 宴会の席に用意された日本酒を、妖夢は珍しく呑んでいた。これは珍しい事だ。
 私は驚いて妖夢に近づくと「靈夢さんも呑んでください」と杯を差し出された。
 私は呑む気だったから、妖夢の隣に座って杯を受け取った。

「何やら不機嫌ね」
「酒でも呑めば美しさが分かるのかと思いまして」
「多分分からないわよ」
「酷い、靈夢さんまでそういう事を言うんですか」

 妖夢は私の肩を軽くこづいた。私の体勢が揺らぐ程度の衝撃しかなく、私を倒すことは出来なかった。

「あれはね、歳を取らねば分からないものよ」
「そんな……」

 妖夢は軽く絶望した表情を見せた。自らに理解出来ないものが世の中にあるのを認めたくない、哀れな子供の顔だった。
 そんな物、誰だって割り切っているのに。

「ま、あんたも私よりは永く生きるんでしょ?」
「そう……ですね」
「なら、その内分かるわよ。違いない」
「あ、ありがとうございます」

 それで後はゆっくりと呑むことになったのだが、その話は二人の間で二度とはしなかった。
 

4.

 永遠亭は竹林の中にある、無意味に広い館だ。
 あまり訪れる事はないが、訪れる度に部屋の配置が変わっている。

「退屈なの」

 と屋敷の主は言う。

「変化がないとつまらないわ」
「それにしては大がかりにやるじゃない」
「ただ部屋の中身を全部取り替えるだけよ。一日で終わるわ」

 一日とは、蓬莱山輝夜にとってどれだけの長さなのだろうか。
 輝夜はこんな事も言っていた。

「時間はね。相対的に見た言葉なのよ」
「相対的?」
「人間の寿命と比べてね」
「ふーん」
「だから私にとって、時間というのは無いに等しい。今日は今日、明日は明日。その次、その次、その次――」

 気が遠くならないのか、と聞くと輝夜は人差し指を立てて微笑んだ。

「先はないから気が遠くならない。人間の寿命と比べて、と言った真の意味はそこなのよ」


 蓬莱山輝夜は、美貌の持ち主だ。
 しかし、その美貌は幻想郷においては珍しい物ではない。
 彼女はかつてこの国を揺るがすほどの巨大な影響力を持つ人物であった。
 五人の貴族と帝を振り向かせる、その美貌は未だに語りぐさとなっている。「竹取物語」という形で。
 その「竹取物語」を読んでいる輝夜と偶然会ったことがある。
 どうやら外から流れてきた「文庫本」という形式の製本がしてあるらしく、輝夜は片手でその小さな本を持ち、もう片の手で髪を梳いていた。

「面白いの?」
「面白いわよ。女が男を誑かす話、小悪魔的って言うのかしら」
「その話、本当なの?」
「一割ぐらいかしら。ただ断っただけなのよ、本当は。あんな物、月にしかないものがほとんどだもの。そんな無茶な要求するほど鬼ではないわ」

 あんな物、とは恐らく五つの難題の事なのだろうことは容易に分かった。

「一つだけ、この穢れきった地上に在った物もあるんだけれどね」
「蓬莱の玉の枝」
「そう。あれこそ月にあるべき品なのだけれどね」
「どうやって手に入れたのよ」
「色々、よ」

 輝夜はそう言ってため息をついた。

「案外地上も捨てた物ではない、そういう事よ」
「意味不明だわ」
「私にもよく分かってない。全部分かっているのは永琳だけ。それは昔も今も、多分これからも変わらないわ」

 受け売りなのよ、と輝夜は情けなく笑った。

「変わらないのは――」

 輝夜はそう言って、本に目をやった。何を話しても、口を開きそうにはなかった。

5.

 八雲紫とは一体如何なる存在なのだろうか。「人に最も近く、妖怪に最も近い」というのが私の考えたキャッチフレーズである。
 
 奴は、得体がしれない。妖怪とは得てして、その根拠というのは分かりやすく出来ている。
 妖怪とは人の畏れを具現化したような存在であるからにして、大抵人が慣れ親しんでいる物が根拠となる。
 例えば布であったり、雲であったり、闇であったり。
 その論理で言えば、八雲紫は「境界」から生まれたと考える事が出来る。
 では、境界とは一体何か。境界は境界であって、それ以外にあらず。
 昼と夜、部屋と部屋、外と内、いたるところに境界は存在するらしい。
 と、これは八雲紫の弁。しかし、それ以上に優秀な答えは存在しないような気がする。


「何で、あんたは幻想郷が好きなのよ」

 酒の席。酔った勢いで聞いたことがある。
 紫は意外そうな顔で私をじろじろと見た。

「あら、あなたもそんな事を言うようになったのね」
「別にいいんだけどさ、ただの妖怪風情が妖怪の存続を考えるなど。何が見えているのか、とても気になるところだわ」
「あなたも同じよ、霊夢。私もあなたが何を考えているのかを知りたい」

 酔った思考を掻き回してみたが、生憎良い言葉は思いつかなかった。
 その私の表情を見て、紫は得意気に微笑んだ。

「ほら、あなただって結局何を言えばいいのか分からないじゃないの」
「だからってあんたが何を言えばいいのか分かってないとは限らないわ」
「妄想よ」
「信頼してるのよ」

 ふーん、と八雲紫は私の顔をまじまじ見た。

「長く妖怪やっているけれど、信頼されたのは初めてですわ」
「あんたみたいな胡散臭いの、信頼なんてしたくないけれど」
「けれど?」
「信頼出来る。あんたは幻想郷を守ろうと、私が今まで見ただけでも必死だった。それで充分よ」
「あら、今日は妙に誉めるじゃないの。でもね……私はあなたに、それを話す気はないわ」
「どうして?」
「好きな理由がないからよ。好きなものは、好き。嫌いなものは、嫌い。自然の摂理よ」

 紫はつまらなさそうに目を閉じた。

「あなたも、多分そうなんだと思うわ」
「そう……なのかしら」

 振り返ってみれば。私はしっかりと思考をし、先を見据えて行動した事なんてあったものか。
 そう考えると……納得する他なかった。

「博麗霊夢、あなたは私の想像以上に立派な巫女となった。それはあなたの気質のおかげなの」

 「空を飛ぶ」能力を端的に言えば、人の常識からも、妖怪の常識からも飛び、ただそこに存在するものになるという能力だ。
 私の思考はどうやら、その能力に引っ張られているのは一応自覚していたが。

「それと同じ。私は私の『境界を操る』能力を持つ妖怪であるから、この行動なのよ。気質ありきよ、存在とは」
「ふーん」

 と私は聞き流そうと思ったが、少し引っかかる事があったので聞いてみることにした。
 
「でもそれじゃあ」
「ん?」
「ただの人間はどうなるのよ」
「人間、ねぇ……」

 紫は考える仕草をしたが、その実は明白だった。 
 何も考えていない。つまり、考える必要もなく答えは決まっている様子だった。

「どうでもいいわ。私、人間じゃないもの」
「非道いわね」
「当然よ。あんたも妖怪の事なんてどうでもいいでしょう」
「人間の事も、割とどうでも良いのだけれど」
「そうには見えないわ」

 私はその言葉を、無視した。無視して後ろに寝っ転がった。

「そりゃそうよ、だって私は人間だもの。やっぱり人を守らなければ、という心はどうしても拭えない」
「拭いたいの?」
「心底、何に対してもどうでもいいという心を貫くには……人を捨てなければならない。巫女であり、人に非ずって所ね」
「分かってたの?」
「当然じゃないの。私だって案外色々考えているのよ」
「色々……ねぇ。下手の考え休むに似たり、とは人間様が残した言葉だけれど」
「練習しなきゃ、下手のままだわ」

 私の隣に紫が並んで寝っ転がってくる気配を感じたので、素早く立ち上がった。
 自然、見下ろす形になる。

「あら、つれない」
「あんたは捨てなくてもよいから楽よね」
「いいや、そんなことないわ。私も今まで色々捨ててきたわ」
「そうには見えないけれど」
「必死なのよ」

 そう言って紫は、ニコリと笑った。こんな綺麗な笑顔を作ることができるのか、と私は少し驚いた。
 その時以来八雲紫の笑顔は見たことがない。あの胡散臭い笑顔を笑顔に含めれば、話は別だけれど。



6.

 幻想郷は、彼岸も近い。流石に三途の川を越えてしまえば死んでしまうが、その手前までならばいくらでも来る事が出来る。
 最もあまり良くは思われないのだが。

 彼岸の向こう、是非曲直庁よりたまに閻魔が訪れる。
 そういう所も幻想郷のユニークな所である。
 そしてもっとユニークなのが、私の神社に時たま訪れる事だ。そんな時は私の手持ちの中でも極上のお茶でもてなすのが常だった。

 大抵、神社に訪れた閻魔、四季映姫・ヤマザナドゥはため息をついた。

「皆、私を避けるのです。全く、人の為を思って言っているというのに」
「そりゃ、誰も望んで説教されたがったりはしないわ」
「人間は有り難がって聞くのですが……」

 その情景が眼に浮かぶようだ。人里で、群衆に囲まれる様。そして、妖怪と目が合うとたちまち逃げられてしまって呆れる様。

「人間は死ぬわ。だから話を聞く」
「あなたは全く聞いていませんでしたよね、博麗霊夢」
「私は巫女だからいいの」
「人間とは違うと?」
「私みたいのを人間だと言うの?」
「れっきとした、人間ですよあなたは」

 四季映姫はそう言って、茶を啜った。ほのかに笑顔を見せるが、それはすぐに引き締まった表情になった。

「それだからあなたは良くないのです。自分の事を、人間でない何かと思っていませんか?」
「何か、って何よ」
「例えば……幻想郷の仕組みとしての歯車に過ぎない、とかそういったことです」
「歯車……まあ大体合ってるわね」
「前に言ったでしょう。あなたは罪を作り過ぎた。確かに巫女としては立派かもしれません。しかし、あなたは人間なのだからきちんと善行を積まなければいけません」

 はぁ、と私も閻魔ばりのため息をついた。

「私にまで説教?」
「性分ですから」
「損するわよ」
「損ならとっくにしてますよ、ただの地蔵であればどれだけ良かったことか」

 四季映姫はそっと湯飲みを自らの横に置いた。カタン、と音がする。

「まぁ、説教は止めにしましょう」
「あら、助かるわ。あとどれだけ聞かなければいけないのかと思っていた所だったから」
「あなたはやはり人間だ。それを忘れてはいけません。これ以上善行を積む事がないというのなら、せめてそのぐらいはしてください」
「……分かった」

 私が殊勝に頷いたふりをすると、四季映姫は安心した顔で顔を伏せた。

「博麗霊夢。あなたがこれから先、自らの生き方を後悔するとは思えません。思えませんが……私はあなたに善行を積んで欲しい。あなたはこうも魅力的なのだから」
「魅力的?」
「スペルカードのことです。私もあれには驚いた。まさかあんな事で良かったなんて、夢にも思わなかった」
「ああ……」

 映姫はどうやら本気で誉めていたようなのだが、私には思うところは特に無かった。

「人と妖怪は、互いに歩める。人は成長を以て、妖怪は年月を以て」
「そんな難しく考えなくてもいいじゃない。楽しければいいのよ」
「普通はそんな暢気に考えられないのですが……」
「じゃあ、みんな暢気になりましょうよ。それが一番よ」

 四季映姫は私の言葉を聞いて、立ち上がった。

「博麗霊夢、やはりあなたは人間ではないのかもしれない」
「ふーん? 興味深いわ」
「人間が妖怪になったのならば、その様に考えるかもしれません」
「そんな奴、いくらでもいるじゃない」
「そういう類の奴は、大抵人を捨てれません。だから、人の考えが混じる。しかしあなたの考えは全く妖怪のものです」
「よく分からない」

 ふむ、と四季映姫は目を瞑る。

「妖怪は、妖怪の事を考えて行動する。妖怪の賢者、八雲紫は妖怪を考えてこの幻想郷を創りました。それは貴方も存じているはず」
「常識ね」
「あなたは、人間の事を考えて行動する。あなたはこの幻想郷にルールを与え、人と妖怪を互角の立場にまで押し上げた。この共通点が分かりますか?」
「いいや」
「……妖怪は人間を襲い、喰らう事しか頭になく、それを種族全体の問題として捕らえることは出来ない。それは罪でも何でもなく、当然の理なのです」

 しかし、と四季映姫はなおも続ける。

「八雲紫は、人間の発想でこの幻想郷を創りました。妖怪を守り、妖怪を永遠とする。寿命がないに等しい妖怪にはそんな発想あり得ないのに」
「そうかしら」
「そうなのです。あなたもそれと同じ。自分を喰う相手に対して、暢気に構えるなぞ人の理からは外れています」
「そんなに変?」
「変です。異常と言い換えてもいい」
「でも貴方は私の罪を問うのでしょう?」
「八雲紫は人間のごとく死ぬ事は無かった、しかし貴方は妖怪のごとく死なない事はあり得ませんから」

 その理を外さない限り、あなたは人間です。その時映姫が言い残した言葉が、妙に耳につく。


7.

 東風谷早苗は、最近ここに住むようになった現人神だ。
 現人神というのはかなり特殊な存在で、その実平凡な人間であるのに神の力を一身に受ける事で神に等しい存在となった者である。
 普通はそのような事出来ないのだが、彼女の信仰している神が日本有数の神であった。当然、異常なまでの力を有している。
 信仰が弱まり、この幻想郷に来たとは言うが、彼女らほどの知名度を以てすれば外界で信仰不足で消滅することは無かっただろう。
 ここに来るというのは、何故なのか。それは外界を見捨てたという事か。
 もしくは、力が保てなくなった神のプライド故なのか。
 それは分からない。だが、神奈子たちの正体を知ったとき私は密やかに驚愕した事を付け加えておこう。

 東風谷早苗の話だ。
 彼女は外界からこちらに来た存在であるからして、外界の事を良く知っている。
 
 ところで、外界の存在はたまに迷い込むと大抵死ぬ。だが、死ななければうちの神社にたどり着き、彼らの世界に帰ることが出来る。
 博麗大結界に穴のような物を作りだし、そこを通す。
 ちなみに早苗とその神様たちは自分たちの力で無理矢理入り込んできたようだった。
 最も、それに気づかない私も間抜けなのだが。結界の管理は紫に任せているから仕方ないじゃない。
 私に言ってくれない紫が悪いのよ。

 閑話休題。

 東風谷早苗は外界に通じていた。
 だから、最初の頃はこの妖怪という存在に慣れていない様子だった。
 最も少し経つとすぐに慣れてしまったが。
 その、最初の頃の話をする。


 早苗は不安げに私にこう言った。

「あの、霊夢さん。妖怪って、本当に人を喰うんですか?」
「喰うわよ。どんな妖怪だって、喰うわ」
「それにしては、この幻想郷は暢気だと思いますが」
「そう?」

 そうです、と早苗は大げさに頷く。

「そんじょそこらを歩いてる輩が自分を喰ってくると想像すると……うう、寒気がする」
「あなたは妖怪退治出来るじゃない」
「出来るわけないじゃないですか。人間に近い姿を取っているんですよ?」
「でも妖怪だから、ね」
「ああ……もう、本当に霊夢さんは今まで会った人の中で一番分からない」
「あなたの神を含めると?」
「二柱がダントツです」

 はぁ、と早苗は呆れたようにため息をつく。

「そんな奴らと遊ぶ、だなんて。霊夢さん、あなたはイカれてる」
「イカれてる」

 意味が分からず復唱する。

「……狂ってるってことです。正気の沙汰ではありませんよ」
「よく言われるわ。『妖怪みたい』っていう言葉とほぼ等しいでしょ?」
「何だ、分かってるんじゃないですか」
「性格だから仕方ないのよ、こればっかりは」

 はぁ、とさっきの早苗の真似をしてため息をついてみる。どうやら早苗は気づかなかったようだった。

「それに比べて魔理沙さんは潔いですよ。妖怪を畏れて敢えて、という節がありますから」
「ん?」

 その言葉の意味が分からなくて、私は首を傾げた。
 
「魔理沙さんはね、ああ見えて結構意地を張ってるじゃないですか」
「そうね」
「霊夢さんから見たら分からないかもしれないんですけれど、何というか怯えた目をしているような」
「そうかしら」
「勘ですけれど。根拠はありません。でも、霊夢さんと違うのは分かります。自分が次の瞬間に死ぬかもしれないと恐れている節がある」
「あの魔理沙が?」
「ええ。あなたに比べて、魔理沙さんには人間らしさがある」

 人間らしさ……ひどく曖昧な言葉だった。便利と卑下してしまいそうなほどに。

「魔理沙さんは、霊夢さんより弱いです」
「そうね……そうかもしれない」
「私だって弱い。対してあなたは人間の中でもかなりの強さを誇る。あの八坂様と洩矢様が言うのだから間違いありません」
「ふむ」
「霊夢さんは羨ましい。ああ、本当に羨ましい」

 私もあなたのようになりたい、確か早苗はそう続けたと思う。

「あなたのように、何処にもいなければさぞかし楽しく生きていけるだろうに」
「あなただって楽しそうよ」
「そんな事無いですよ」

 早苗の表情にスッと影が射す。

「外界に慣れ親しんだ身としては、不便で不便で堪らない。それに此処の妖怪たちだって未だに慣れない」
「そんなの普通よ。外界人なんて、現実逃避して夢だと思い込む奴が多数よ」
「あーもう、そういう意味じゃないんですよ……」

 早苗は髪の先をくるくると自らの手に絡ませる。

「そうじゃなくて……あー、もう、良いです。霊夢さんは多分分からないだろうでしょうし」
「諦めちゃダメよ。諦めたら何も始まらないわ」
「霊夢さんは諦めるほど惨めじゃない癖に」

 早苗の尖った言葉は、しかし私には刺さらなかった。まさにその通りだったからだ。

「そうねぇ」

 私が言葉を濁すと早苗は私を軽く小突いた。

「本当にそうなんでしょうねぇ」


 余談ではあるが、今では早苗は私よりも妖怪退治に精を出しそれはそれで楽しそうである事を付け加えておく。
 時間が解決する事もあるものだ。
 ……あれは性格なのかしらねぇ。

8.

 聖白蓮は、大魔法使いだ。
 魔女ではないらしい。あくまでも大魔法使いだそうだ。
 そこの些細な議論はどうでもよろしい。

 白蓮は、昔々に死を恐れて生き残ろうと術を使った。
 秘術。元々僧侶であるし、現在も坊さんのようなことをしているのにも関わらず白蓮は住職を名乗らないのは、その辺りの事情が絡んでいる。


 これは、つい三日前の話だ。雨の中、わざわざ白蓮が訪ねてきた。
 魔理沙の噂を聞いて、確かめたかったらしい。


「死がね、怖かったんですよ」

 私が魔理沙の話を一通りした後、白蓮は悲しそうに俯いた。

「私の弟、聖命蓮。あの子はとてつもない法力を持つ、聖人だった。でも、あの子は死んだ」
「それで怖くなった?」
「そう。その通りです。博麗霊夢、あなたはそうやって私が得たものをいとも簡単に所持している」
「スペルカードのこと?」
「そうです。あなたと、我が弟の命蓮は思えば良く似たところがある」
「それは、私が人間離れしていると」

 白蓮は即答をためらったが、遠慮がちに頷いた。

「有体に言ってしまえば」

 そして自然、次に来る話題は分かっていた。
 私の思っていた以上に単刀直入ではあったが。

「魔理沙を許してあげてください」
「別に怒ってはいないわよ」
「でも、本当は怒っているのでは」
「余計なお世話よ。それこそ」

 魔理沙を許す。少し重い言葉だが、大して意味を持っているようには思えないのもまた事実だった。

「……博麗霊夢。あなたは何を考えているのですか」
「何をって」
「命蓮は決して私に考えを明かさなかった。それでも私は姉として愛されていたことだけは分かったので手打ちにしていたのですが」

 あなたは、考えを明かさないのか。そう言いたいのか、この聖白蓮という妖怪は。そんな私の考えも無視して、なお白蓮は言う。

「私は、妖怪です。永遠の生を名乗ってはいますが、所詮は妖怪です」
「知ってるわ」
「だからこそ、私はあなたに聞きたい。あなたは何を考えているのですか」

 何を……と言われても。私は何をすることも出来ない。
 何故なら何も考えてないからだ。その旨を白蓮に伝えると、白蓮はひどく驚いた顔を見せた。

「馬鹿な。そんなはずが」
「いや、そうよ。命蓮という奴は知らないけれど、私は少なくとも何も考えていない。やりたいようにやるだけよ」

 白蓮は唖然とした顔をしていた。思い当たりがあるのかもしれない。
 何を考えているのか、分からない。親族なのに、姉なのに、近いはずなのに遠い存在。
 実は、ただ人間離れしている、という事実だけが浮いているだけではないか。

「……あなたは、死が怖くないのですか」
「何の話?」
「すみません。でも、私は一つここで答えを出しておきたいのです。死を畏れないのですか?」

 本来は御仏の道を進む白蓮からは出ない質問。しかし彼女の境遇を知っているが為に答えなければならないと思った。

「死は……怖い」
「怖い? ならばどうして、あなたは人間から離れているのです?」
「あ、やっぱりそう見える?」
「はい。人間とも、妖怪とも距離を置く。それだけで既に人間から離れています。人間を憎む人間、妖怪を憎む妖怪は数多存在するけれども」

 味方、敵とかそういう話ではない。喰われるか、喰うかの話なのだ。

「命蓮もそう。明らかに人から離れた力を身につけた。その力を人間に使っているのに、それでも何故だか人から離れていた」
「……」

 何か言いたげな目で白蓮は私を視る。似ているでしょう、と言わんばかりに。まぁ、確かに似てないこともない。

「私はそんな弟を見ていて、私は不安になったのです。あの弟ですら死ぬのか、と」
「そりゃ死ぬに決まってるじゃない。人間としての枠を真に超える為には法術を使う事は出来ないのだから」
「自らの寿命を延ばせるのに、何故延ばさないのか、結局私はそれを聞くことが出来なかった。未だにその答えは分からない」

 永遠にその問いの答えは出ないだろう、というのを白蓮は分かっているだろうが、それでも私に縋るように言う。

「何故、人は死ぬのか。霊夢はそれが分かりますか」
「分かる訳ないじゃない」
「私にも分かりません。でも、一つ私には言えることがあります」
「何?」
「人は成長する。だがいつまでも成長する訳にはいかない。人間とはそこまで強い生物ではありませんから」
「だから死ぬの?」
「……」

 私の問いに白蓮は押し黙ったが、ぴったり三秒経って口を開いた。。

「私には……それは分かりません。所詮は妖となった身ですから」
「ふむ。でも私にも分からないわ」
「誰が分かるんでしょうね。人は何故死ぬか」
「魔理沙に聞いてみれば?」
「ああ、それもいいかもしれません」

 白蓮の顔は整っていて造り物のように美しかったが、それを可哀想に思ったのはその日が初めてだった。
 多分、二度とないだろう。


9.

 霧雨魔理沙は、私の友人だった。

 
 魔理沙は魔法使いを自称していたが、その実ただの人間だった。
 私は例えば生まれついて「空を飛ぶ」事が出来る。十六夜咲夜は時を止める。
 だが霧雨魔理沙はただ一人、人間だった。
 その事を誰も指摘しようとは思わなかったし、実際している奴は見なかった。
 恐らくそれは、霧雨魔理沙がそれを認識しているという暗黙の共通認識があったからだろう。

 レミリア・スカーレットはこう言った事がある。

「可哀想ね」

 と。私はそれを否定する事もなく、湯飲みを傾けて出涸らしの茶を啜った。私は肯定したくなかった。
 

 霧雨魔理沙は、私から見ても藻掻いている。そういう少女だった。
 確かあれは、魔理沙が家から勘当された時の事だろうか。私は魔理沙に尋ねた。

「何があったの?」
 と。しかし魔理沙は口をぎゅっと結んで答えなかった。
 原因と結果、それは魔理沙の両親から聞いている。あいつは幻想郷の里人として御法度である、魔術に手を出した。
 魔術を扱う以上、そのような人材を里に置いておくわけにはいかない。
 どこか別の場所に住まわせるのならば、体面が整うから出て行け。
 魔理沙は「じゃあな、人間ども」と言い残して家を出て行ったそうだ。
 

 実は幻想郷の里人の中でも魔術に手を染める奴なんぞ数多いるらしい。
 神社の記録を漁れば、そのような人間と交流を持った先代や先々代の記述を見つけることは酷く容易だ。
 そいつらは皆「妖怪退治」を生業としていると書かれていた。
 魔理沙も別の場所として、慧音の家あたりを選ぶ選択肢だってあったはずだ。
 先代の記録によれば、慧音の家は寺子屋を営めるほどにはそこそこ広く、常に身よりの無い者が泊まっていた。
 特に妖怪退治に関しては、慧音は優秀な教師であったらしい。古今東西の術からその者にあった術を授ける事が出来た。
 記述が曖昧であるから、恐らく藤原妹紅あたりが絡んでいるのだろうがそれはどうでもいい。
 
 しかし魔理沙は私の神社に逃げ込み、香霖堂に移り、香霖堂の援助を受け、元々あった古小屋を改造して魔法の森に住むことになった。
 魔理沙が妖怪退治を生業にする事はなかった。
  
 
 出会いの話をする。
 私の神社は知っての通り、幻想郷の端にある。
 魔理沙が此処に来れるようになったのは13を過ぎた頃だった。それまでは里でたまに顔を見かける程度の面識でしかなかった。

「やあ、巫女様」

 だったろうか。最初の言葉はそれだった。
 私は空を飛んでいる金髪の少女(その時は箒に乗っていなかった)を見て、即座に符を投げた。
 魔理沙は回避する事なく顔面に符を受け、「ふぎゃあ」という間抜けな声と共に落下した。
 妖怪は滅せ、というのが当時の私の考えであったから、妖怪らしき者を見かけると同時に体がまず反応していたのだった。
 
 魔理沙は派手な音と共に裏の森に落下し、私はとどめを刺すべく魔理沙が落ちたと思われる方向に向かった。
 魔理沙は、頭から藪に突っ込んでいた。それで初めて「こんな間抜けな奴なら妖怪ではあるまい」と悟ることになった。
 妖怪ならば、迷わず逃げるはずだ。
 だから私は妖怪ではない、と断定した。


 断っておくと、今の幻想郷であれば私を見て一目散に逃げる奴なんて存在しない。
 むしろ私に向かってくる。それは望ましい事であるし、私もそこそこそれを望んでいる。
 要は、楽しければいい。昔はただ楽しむ為の方法が無かっただけだ。「スペルカード」とはいかに偉大か、時たま自分で思い知る。
 周囲の妖怪は、この「スペルカード」が如何に偉大であるか、如何に画期的であるかを語るのだがそれの良さに気づいたのは本当に最近のことだ。


 話を戻そう。
 魔理沙を介抱して、くたびれ果てた頃にようやく魔理沙はむくりと起き上がった。
 呆けた顔で部屋を見回していたので「気を失ってたのよ。起きたなら帰りなさい」と話してやると、魔理沙は「つれないな」と寝ぼけ眼を擦った。

「ここは……神社の中だよな」
「そうよ」
「で、私は気を失っていたと」
「まさか人間だとは思わなかったわ」
「ははは、すまない。何かに当たったようでな」
「あれは私の符よ、人間ならばせめて足で歩きなさい」
「こりゃ手厳しい」

 魔理沙は照れくさそうに頭を掻いた。

「しかし、なぁ。こんな辺鄙なところに来る人間なんて、言っちゃ悪いけど狂気の沙汰だ。実際、巫女様も飛べるだろ?」
「まぁね」
「独学でな、学んだんだ。空の飛び方。褒めてくれよ」
「よくやるわ。妖怪退治でもするの?」
「そういう訳じゃないがな」
「じゃあ何で」
「趣味、だ」

 趣味。じゃあ私の仕事は趣味なのか、と悪態をつきたくなったが堪えて奴の話を聞くことにした。

「博麗は、悲しき血筋とな。爺さんが言ってたんだ、それでずっと気になってた」
「悲しい?」
「まるで妖怪のようだ。人里から離れ、一人で人を守ろうとしているのだからってね」
「それの何処が妖怪なのよ」
「私にもよく分からん。ま、そのぐらい狂ってるってことなんじゃないか」
「仕方ないじゃない。此処にしか神社がないのだから」

 先代の記録に、親しい友人であったり家族であったり、そういった者の存在は記されていなかった。 
 しかし、それは仕方ないと割り切っていたのだが。

「私は小さい頃からその話に何でだか共感してな、どうやって此処に来ようか考えてた」
「それで気づいたら飛べるようになっていたと」
「まあ、そういう事にしておいてくれ」

 魔理沙は豪快にはははと笑った。

「これから毎日、来ていいか?」
「別にいいけど……でも何をしに?」

 魔理沙はやれやれ、と首を振ってこう答えた。

「お前の友達になるためだ。何、私も友達がいないからイーブン。これから仲良くやっていこうぜ」
「哀れんでるの?」
「違うね。面白そうな方に進んでいるだけだ。今の私は白馬の王子。姫がいたらキスして助けなきゃあいけない」
「余計なお世話よ」
「お世話はしないから安心しろ」

 魔理沙は「よっ」と声を上げて立ち上がった。

「じゃあな、巫女様。……巫女様じゃあ呼びにくい。えっと……霊夢様?」
「霊夢でいいわ。あなたはどう呼べばいいのよ」
「霧雨魔理沙。だか魔理沙と呼んでくれ」

 霧雨魔理沙。私の脳内にその名前は刻まれた。



10.

 「スペルカードルール」とは、遊びの決まりの事だ。
 近接戦闘は認めない、殺傷は禁止。各自スペルカードと呼ぶ符を任意枚用意するなど――いまさらルールの説明をしても仕方あるまい。

 「スペルカードルール」とは、架け橋だ。
 妖怪はかつて人を食らったし、人はそれを防ぐために妖怪を退治した。
 そこにはただ生きるか死ぬかの戦いしかなく、殺伐としていた。
 人は妖怪を恐れた。食われないからと言って、ルールは「人を喰ってはいけない」と緩いものであったから脅かされることは幾度ともあった。
 恐怖による統制、それが幻想郷ではなされていた。
 

 しかし、幻想郷では奇妙な事に人の外のもの達との交流があった。
 例えば、河童。河童とは奇妙な生き物で、人とそう大して変わることはない奴らだ。
 人里には河童の科学が適度に行き渡っている。直接の交流は無い物の、それでもやっぱり河童の影響を受けているのは間違いない。
 妖怪を信用してないわけではない。自らの力を超えた力という物を畏れるのだ。
 河童はその点信用出来る。何故なら、力が無いのは明白な事実であるからだ。

 それで、私は考えた。
 もし、力が無い者が立ち向かう事が出来るルールがあれば。しかし、それは本格的な退治ではなく。
 もっと別な、いわば遊びだ。
 妖怪と人間が遊ぶ、何という楽しい事だろう。
 妖怪は人間を喰らい、人間は妖怪を畏れるはずなのに。それが、遊ぶ。
 
 これが面白くない訳がない。
 それを巫女に就任する時に話すと、目の前の厳めしい顔をした妖怪どもはざわめいた。

「そんな馬鹿な」
「わざわざ遊ぶ人間など」
「だが……」

 妖怪は人間を統制する気などさらさらなかったのだ。妖怪は、人間を喰らうだけで良かった。
 あくまでも人間とは対等に、しかし喰いたかった。
 それは、どう考えたって我が儘でしかない。普通、自分を殺す者に対してそんな慈悲を抱く人間なぞ、存在しない。
 しかし、私はそれに何故だか同意する事が出来た。
 
 だってここは妖怪の理想郷なのだ。人間様が何を考えようと、喰われるものは喰われる。
 そんなの変えようがないんだから、折角だから楽しく遊べばいいじゃない。


 魔理沙が勘当されて少し経ったころ、魔理沙が得意げにこんなことを言ってきた。

「私、妖怪退治出来るようになったぜ」

 いつものように縁側で茶を啜っていた私も流石に眉を潜めた。そんなに簡単に妖怪退治されては、こっちの仕事が無くなるからだ。

「本当に、出来るのかしら」
「本当だぜ。ほら、これ」

 そうやって魔理沙が差し出してきたのは小さな八角形の炉。

「香霖に頼んで作ってもらったんだ。煮物から放火まで。火力は自由自在だ」
「ほう」
「あと、他にも色々なアイテムを作ってみた。自作だが、威力はそれなりだ」

 魔理沙がずらりと並べたのは、小瓶。これで飛び道具の代わりにするらしい。

「どうだ。今度、妖怪退治してみようと思うんだけど」
「……」

 私は何を言うことも出来なかった。補足しておくと、決して魔理沙を侮ったわけでもないし恐れただけでもない。
 そんなものを並べられても、果たして妖怪に有効かどうかは分からなかったのだ。

「あれ、どうした霊夢。不満か?」
「分からないのよ」

 仕方ないので、正直に話すことにした。

「私は妖怪に有効とされている先祖代々の術を応用したり色々したりして使ってるからある程度威力やら何やらが想像出来るんだけれど。他の分野、特にあんたの魔法って奴は門外。分からないわ」
「そうか……」

 魔理沙は残念そうな顔をするが、すぐにぱっと明るい顔に変わった。

「そうだ。模擬戦みたいの、出来ないか」
「模擬戦」
「そう、模擬戦だ」
「模擬戦ねぇ……」

 模擬戦、というのは実はしたことがない。ぶっつけでいつもやっているのだが、案外どうにかなるものなのだ。

「被弾したら終わりで近接戦はなし。弾幕ごっこ、ってところだな」
「弾幕ごっこ」
「そうそう」
「……面白そうねぇ」

 お、と魔理沙は嬉しそうに笑う。

「乗り気か」
「心配なのよ。いざ戦いとなったら、あんたを救う者は誰もいないから」
「あれ、助けてくれないのか?」
「見殺しよ。当然じゃない」
「まぁ当然かもな。下手に助けりゃ共倒れ、それは避けられないに決まってるからな」
「分かってるならいいのよ」

 私はぐいっと背中を伸ばして、軽く息を吐いた。霧雨魔理沙、如何ほどか。



 結論から言って、霧雨魔理沙は弱かった。
 私の動きについてくることはかろうじて出来ていたが、攻め手は全部私が押さえ込める程度に弱いものだし、受けの一手は存在しない。
 どうやら攻めでペースをとる戦い方を目指しているようなのだが、それが実現できているとは到底思えない。
 そして何より。

「何よ、あのキラキラした弾」

 あんな弾、避け易いに決まってる。私は主に陰陽玉と針、札と体術を使用するがどれもあんな無駄に光を放ったりはしない。
 妖怪退治とは得てして夜に行われるものなのだ。そこに光を照らしてみろ、どう考えたって自分の有利には働かない。
 
「いいじゃないか、あれが私の魔法だ」
「あんなの、相手に不利になるに決まってるじゃない」
「でも綺麗だろ?」

 は?、と声を出したかどうかはよく覚えていないが、ひどく動揺した。有体に言ってしまえば唖然とした。

「綺麗?」
「ああ、綺麗だ。あれが私の魔法で、あれが私なりの戦いなんだ」
「甘いわねあんた。死ぬかもしれないのに、生存のリスクを捨てる?」
「はっは、霊夢。お前でもそういうこと考えるんだな」
「考えるわよ。この命、無駄に散らしたくはないもの」 
「無駄、ねぇ……」

 魔理沙は無駄に白い歯をちらりと見せて、満面の笑みを見せた。

「でも、それでもだ。綺麗な方が、楽しいだろう」
「楽しい?」
「まぁ、お前曰く甘い発想なのかもしれないけどな」

 そう言って魔理沙はハハハと笑った。

 
 戦いの矛先が、今までは倒すか倒されるかに向かっていた。
 しかし、そこを美しさに代えて、それで戦ってみたら。
 美しさというのは、人外でも理解出来るものだということは知っていた。
 人里で行われる花火大会は、妖精も妖怪も楽しみにしているのだから。どんな奴だって、理解出来るのは美しさ。
 ほぼ唯一と言って良い、人と人外を結ぶ糸だった。

 当然、相手を傷つけることは許されない。美しくないから。
 相手を叩き潰してはいけない。それは、美しくない。
 世界が開けた、と思った。
 人と妖は争う。しかしそれはただの遊びで、虚構美しい弾幕ごっこ。
 そうやって遊んでいる間は、喰われるとか喰うとか考えないで楽しいひとときが過ごせる。

 言ってしまえば、目を逸らすこと。自分を棚にあげること。それは人間が要求されていた事だった。
 人間は生への渇望と死への恐怖によってそれを拒んでいた。
 しかし、目を逸らす事なんて簡単なのだ。遊べば良い。
 幼子は、楽しそうに遊ぶじゃないか。ならば、私たちは幼子に戻れば良い。
 幼子は何故楽しそうか、それは即ち自らの全てから目を逸らして遊んでいるからだ。
 
 簡単に遊べる、と言い出すのは難しい。
 しかし、やってみれば簡単だ。楽しくやればいいのだから。
 そうに決まってる。


 私がちょっと高級な紙を取り出したのは魔理沙と弾幕ごっこをやった夜の事だった。
 これは多分、もう二度と語らない一生の内緒話だ。

11.

 霧雨魔理沙は、窃盗が好きだ。
 窃盗と言うにはほど遠い、強盗だ。あれは、強盗以外の何者でもない。
 最も幻想郷ではそんな事をやる奴なんて数少ないし、すぐに顔が割れる。
 しかし、自然と魔理沙を責める声は少ない。
 それは、妖怪どもは窃盗をうだうだ言うほど野暮ではないし、魔理沙は人と会うことを嫌っていたから人里に盗みに出ることはそう無かったことが起因している。

 よく本を盗まれているのは、紅魔館のパチュリーだ。昔っから本を盗まれ、ついこの前まで盗まれ続けていたがそれでも取り返そうとはしなかった。
 私はよく言ったものだ。「本当に返してほしいなら、返してもらえばいいじゃない」と。
 魔理沙は、有体に言ってしまえば弱い。
 スペルカードを使用した戦いでは経験も生き、幻想郷の中でも強いのだが。マスタースパークの威力は確かに目を見張るものがあるが、逆に言うとあれだけだ。
 
 幻想郷には様々な強さを持つ奴がいる。例えば、強大な神の力を一身に受けて戦う者。種族独自の身体能力を極める事で敵を圧倒する者。永い年月の末に自らの魂を喰らう術を覚えた者。
 だが、その中でも一番多いのが「永い年月と妖力を以って戦う者」だ。
 魔理沙は良く笑いながらこう言った。「妖怪風情の年月と、人間の成長。それだったら人間の成長の方がよっぽど上だ」
 魔理沙はその台詞を言うとき、大抵酒が入っていて、妖怪に喧嘩をふっかける。
 妖怪の方も「人間ごときがぁ!」と笑顔で答え、そのまま飲み比べの形になるのだが。

 
 確かパチュリーはこんな答えを私に示したと思う。

「結構、好きなのよ。あんな奴でも」
「何だそれ」
「あんな人間らしい人間、久しぶりに見たわ」
「私も人間よ」
「そういう意味じゃなくて……成長し、年月を重ねた私たちをいとも容易く追い抜いてゆく、人間よ。あなたは成長してないじゃない」
「失礼ね」
「あら、事実だと思うけど。ま、あなたほど強ければそれ以上強くなる必要はないわね」

 懐かしいのだ、とパチュリーは続けた。

「あの子を見ているとね。一年が長く感じるのよ」
「長く?」
「本来時を薄めて生きている私たちにとって、あんな人間は貴重な存在なのよ」

 だって、とパチュリーは続けた。

「普通は喰べちゃうもの。私たちにとって人間とは糧でしかないの」
「あんたも喰うの?」
「当然、喰ったことはある。まぁ、あまり好きではないし最近は喰う必要性がないから喰ってないわ」
「必要性?」
「魔力供給の問題よ。最近は割とローコストで術が組めるようになってきたから」
「ふーん、あんた本読んでるだけじゃないのね」
「本を読んで術を組んでるのよ」
「本を読む術を組んでるのではなく?」
「冗談」

 魔理沙は窃盗が好きだ。魔理沙は常に本を抱えていて、それは大抵パチュリーの物だ。
 他の所へ窃盗する事はあまりない。
 
 
 たまに窃盗をしくじって、魔理沙が傷だらけになってやってくることがある。
 弾幕ごっこで負けただけだから、ただのかすり傷しか負ってないのだが、服はビリビリに裂けてしまっている。
 繕い治さなければならない。それは私の仕事ではなく、霖之助さんの仕事だから私は霖之助さんに同情する他なかった。
 こんな馬鹿な事で服を破れさせて貰っては、困るに違いない。

「いやー、負けた負けた。あんな本気で来なくても勝てると思うんだけどなぁ」
「どうしたのよ」
「妖怪の山に行ってきたんだ。そしたら凄い数の天狗に追われてなぁ」
「そりゃあんたが悪い」
「ま、最後には事を収めようと出てきた早苗との勝負になってな」
「あんた、負けたの?」
「いんや」
 
 魔理沙はニカっと笑って、懐からを取り出した。

「結局こんな物を貰って手打ちとなった。神奈子が勝手にまとめてた秘術の使い方の本だってよ。小さい頃に早苗が使っていたらしい」

 魔理沙がぱらぱらと中をめくるのでそれを覗けば、妙に達筆な文字と棒人間がひたすらに書かれていた。

「何かの役には立つかもな」
「何かって」
「早苗の技を真似る時とかに。既にちょっと参考にして、出来るようになったものもあるぞ」



 他人の技を真似るのを、魔理沙は好んでいた。

「人間様は、真似事をするんだ。強い奴のな」

 魔理沙が胸を張ってそういうのを、私はいつも呆れたように見つめていたのだが、少し好ましくもあった。
 傍から見て、真似というのは格好悪い。
 それを臆面も無く自分の力と言い張る。それはそれで、強いと言えるんじゃないかなぁとも思う。
 最もやはり他人の真似事をする魔理沙というのは強い訳ではなく、それは本人も分かってやっているようだった。

12.

 私の友人と呼べるのは、実は二人しかいなかった。
 何故なら他の知り合いは友ではあるけれど人ではないからだ。

 その内の一人、十六夜咲夜。彼女はギリギリ人間であったが、その実人間離れしていた。
 割と私に似ている、と言って良いと思う。
 私と違うのは単純に興味の向き所だ。
 私は人間全体、幻想郷まで興味がいったが十六夜咲夜は自らの小さな主と小さな館にしか興味は無かった。
 
 紫曰く咲夜の能力は「神に匹敵する奇跡の力」らしい。
 例えば咲夜の能力に付随する空間を操るというのは即ち境界を犯す事で、八雲紫の得意分野。
 紫のような便利なかつ強力な空間弄りは出来ないけれど、あの小さな館を広くする事ぐらいは出来る。
 何故その能力を持っているのかは私には分からない(紫は知っているらしい)。何故レミリアに仕えているのかも分からない。
 

 そんな訳で、人間らしい知り合いとは思い出してみれば魔理沙しかいなかったような気がする。
 魔理沙も、その点は少し気にしていたようだった。


「別に、魔理沙が悪いわけじゃないですわ」

 とは昨日の咲夜の台詞。

「魔理沙は、何でだか分からないけれどこっち側に来た。でも、本当は」

 そこで咲夜は言葉を区切った。

「あっち側に居たほうが、彼女としては幸せだったかもしれない」
「あんたもそんなお節介なこと考えるのねぇ」
「そりゃ、あんな事されちゃあね」

 咲夜はつまらなさそうにお茶を啜った。

「あんな事……ねぇ。あんたでもそう思うんだ」

 私の言葉に、咲夜は両手を上にあげてひらひらとさせる。所謂、降参のポーズ。

「本当はどうでも良かったんだけど、妹様が気になるって」
「妹様ぁ?」
「『壊れにくくなったら、弾幕ごっこじゃない遊びも出来るかも!』だって」


 魔理沙という人間は、何故こちら側に来たのか。
 幻想郷の人間には、確かにこちら側に手を突っ込まなければ切り抜けられない状況が多々存在する。
 だが、魔理沙は違う。魔理沙は最初わざわざ私の元に訪れた。
 
「人間様の好奇心」

 と言う。しかし、それではあまりに好奇心とは罪作りだ。
 
 思うに、霧雨魔理沙は負けたくなかったのだろう。
 まず自分。次に他人。しかし、彼女は結果として自分に勝つすら出来なかった。
 自分の努力による成長というのを薄め、他人に勝つという可能性を無くした。
 私はその選択を単純に「愚かだなぁ」と思う。


 霧雨魔理沙は英雄で刹那的で、おとぎ話のヒーローだった。
 誰もが霧雨魔理沙にあこがれるだろう。
 妖怪と遊び、妖怪を畏れ、それでも人間として妖怪と生きたヒーロー。
 あまり誉められたヒーローではないはずだが、誰の目にも魅力的だ。
 それは恐らく、魔理沙が人間であるからだ。
 例えば、はるか昔の天才がその能力をもって色々したという話を読む。
 それはその能力に頼ったもので、あまり共感は出来ない、伝説の類だ。
 魔理沙は元々能力が無い所から積み重ねていった。
 妖怪と渡りあう、愉快な生き方をする人間、物語の主人公。それが、霧雨魔理沙。
 少なくとも、半年前まではそうだった。


13.

 在ったことというのは書かなくても良いかなぁと思っていたのだが。
 物語をまとめるには、在ったことと向き合わなければならない。
 だから、在ったことをまとめて最後とし、これを焼こうかと思う。


 去年の秋。話を切り出してきたのは、魔理沙だった。
 魔理沙は妙に深刻な顔をしていて、何だと思ったら果たして重い話だった。
 私ですら重いと感じるのだから、何がどうなっているのかよく分からない。

「私な、魔法使いになろうと思うんだ」
「もう魔法使いじゃない」
「種族として、だ。要するに妖怪に近づくということ」

 ふーん、と聞き流す他無かった。現実味が無さ過ぎる。

「あんた、今までの生はどうするのよ。積み重ねてきたじゃないの」
「捨てる」
「捨てるって、出来るのかしらね」
「やるよ。意地でもやり遂げてやる」

 両の拳がぎゅっと握られているのを見て、これは本気だと直感した。それと同時に、こいつを今どうしようとどうにもならないという事も薄々理解出来た。

「あんた、もう三十年も生きているのよ。それを捨てるの?」
「……霊夢。お前、これからずっと先に生が嫌でも続くとして、たった三十年を捨てた事を後悔すると思うのか?」

 蓬莱山輝夜の話を思い出す。生とは相対的だ。

「いんや。思わないわ。最も私は人間だからイマイチその感覚は分からないのだけど」
「それで十分だよ、霊夢」

 その時魔理沙の心境とは、一体どうだったのだろうか。
 傍から見ていつものように馬鹿で平凡で普通の会話をしているようにしか見えない。
 魔理沙の顔色も変わることはない。ただ、拳だけが物を語っている。

「それでさ」
「それで?」
「ちょっと手伝って欲しいことがあるんだが受けてくれるか?」
「中身によるわ」

 そりゃそうか、と魔理沙は頭を掻く。

「いやさ、そんなに大した用事じゃないんだ。ちょっと力仕事を」
「だから、何よ」

 魔理沙は少々気まずそうに顔を背けた。

「いや、その」
「そのじゃ分からないわよ。さっきの話より重要な事ならともかく、そんな訳ないでしょ」

 それもそうか、と魔理沙は顔を私の方に向けた。

「本をな、返したいんだ。力仕事だろう?」
「本?」

 思わず漏れる声、それも仕方在るまい。もっと面倒な事を頼まれると思っていたのだから。

「ああ、私は死ぬまで返さないと言ってるのは知ってるだろう?」
「もしかして、死ぬことは無くなったから返すってこと?」
「また新しい名目を見つけたら盗むけどな」
「じゃあ返す意味ないんじゃないの」

 私の言葉に、魔理沙は「お、」と反応する。

「まぁ、確かにそうかもな!」
「でも返すんでしょ?」
「お見通しか、適わんなお前には」

 いわゆるけじめという奴だろう。一回返して、まだ盗む。
 考えようによっちゃ、一時返却と言えなくもない。
 ま、誰も貸し出してはいないけれど。

「で、量は?」
「かなりある。私個人で返せそうなのは返しておいたんだがな、例えばアリスの所とか、お前の所とか」
「いつの間に」
「さっき」

 魔理沙が指さす方向を見れば、湯飲みがぽつんと置いてあった。

「あんなの盗まれたっけ?」
「覚えてないか?ほら、あの時」
「あの時っていつよ」
「ほら、あの時だよ……紫が、あれ紫が何かした事までは覚えてるんだけど」
「そんなの覚えてたって、紫が何かするのっていつもの事じゃないの」
「それもそうか」

 魔理沙は気まずそうに笑ったが、それは単純に思い出せなかった事に対する自嘲だろう。

「まあ、とにかく返せる物は一通りこつこつ返してたんだがな」
「何が返せなさそうなのよ」
「本だよ、本」
「本……ああ、やっぱり」

 本とは紅魔館の本だろう。あれは、魔理沙がちょくちょく盗んでいたからまぁ確かにとてつもない量になっているかもしれない。

「でも、転移魔法とか使えないのあなた」

 少女の頃と違って、魔理沙も私も大分長い時間を生きてきたと思う。
 私はお茶を啜るぐらいしかやっていなかったが、魔理沙は色々と積み上げてきたはずだ。
 それこそ高難易度の捨食と捨虫の魔法を扱えるほどに。

「いや、使えるんだけどな?」
「使えるんだけど、何?」
「危険なんだ。魔導書の一冊二冊ぐらいなら安全に転移出来るが、あれだけの量にもなると連鎖的に悪い事が起きることもあり得る」
「悪い事って?」
「ブラックホール化とか。当然、術者の私は吸い込まれて出てこれない」

 だから確実に手で運んだ方がいいんだ、と魔理沙は言った。

「それだと時間がかかりすぎるのは分かるだろ?」
「自業自得じゃない」
「そこを何とか、だぜ」

 拝んだ両手に下がった頭、幾度ともなく見た魔理沙が願いを乞う時のポーズだ。
 こうされた時は、何と言い返すかは決まっている。

「……仕方ないわね、報酬は?」
「私の家の食料。全部とは言わんが、それなりの量はやるよ。冬越しに必要だろ?」

 冬越しの食料なら悪く無い。何故なら、毎年溜め損なう事が多いからだ。
 冬になってから集めるのでは、そりゃ遅いと言われても文句は言えない。
 だからこの申し出は渡りに船だ。彼岸の渡りは御免だが、こういう渡りは丁度良い。



 こうして私は本を運ぶ作業を手伝わされることになった。

「霊夢さんも大変ですね」
 
 とはパチュリーの使い魔である小悪魔の言葉。私はただ肩をすくめるしかなかった。

「仕方ないわよ。腐れ縁なんだから」
「腐れ縁?」
「腐れ縁というよりは……数少ない友人、といったところかしら」

 小悪魔は私にお茶を差し出した。お疲れ様、ということなのだろうか。
 お茶を睨んでいる私に気づいたのか、使い魔は決まり悪そうに笑った。

「一応客人ですから。休めって事じゃないです」
「どんどん本を持って来い、ってことかしら」
「有体に言ってしまえば」

 そう言って使い魔はため息をついた。

「私だって、大変なんです。こうもいきなり返されると、整理が」
「本の整理?」
「そうです。こんなに大量に返されても困ります」
「返されて、困るの?」
「そうじゃありません。借りたら返せ、って事です。とっくに期限は切れてますよ? 普通の図書館なら貸し出し禁止です、貸し出し禁止」
「でも、貸し出してないじゃない?」
「そうですね」

 小悪魔は納得いかなさそうに頬を膨らませたが、生憎相手にするほど暇ではない。
 
「ところで」

 小悪魔は途切れた会話を繋げるかのように言葉を放った。

「何で、本を返そうと?」
「何で……ねぇ」

 ズキン、と何かが突き刺さる擬音が聞こえたような気がした。本当は何も突き刺さっていないはずなのだ。
 だから私は、無理矢理笑った。

「さあ? 気まぐれじゃないの?」

 小悪魔は私の顔を見てむすっとした顔をしたが、すぐに笑顔に戻った。詮索したくない、という事なのだろう。

「そうですか。まあ、魔理沙さんにあなたからも言っておいてくださいね」
「何て?」 
「『本なら貸すからもう盗っていくな』。パチュリー様からの言伝です」
「伝えておくわ……って魔理沙は?」
「言う暇も無く、帰ってしまいました。すぐ返しに来るそうですけど」
「じゃあその時に言えばいいじゃない」
「聞いてくれますかね……」
「大丈夫よ。今のアイツなら、聞いてくれるわ。違いない」

 根拠は無いけれど。でも、人間を辞めるんだったら盗む理由なんてないのだろうから聞き入れる。
 そうに違いないと確信した。



 三日ほどで全ての本を返し終わった。
 返し終わった折には何故だか紅魔館でパーティが開かれて、魔理沙と私も招待された。
 本を返すと飯になるのか、これはしたりと魔理沙は無邪気にワインを煽っていたが私はとてもそんな気分にはなれなかった。 

「霊夢、呑めよ。もったいない」
「もったいないってアンタ」
「持ち帰るわけにはいかないだろう?」

 魔理沙は無理矢理私に自分の呑んでいたグラスを押しつけた。

「ほら、呑め」

 有無を言わさぬ口調に、私は屈するしか無くて、結局一気にワインを煽った。紅魔館の酒は相変わらず、重い香りだ。
 思わず蒸せてしまいそうなほどにぎゅっと詰まった香りが口の中、目一杯に広がる。

「前に咲夜が言ってたよ。ワインと血液は同じ所に貯蔵してるんだって」
「ふーん」

 魔理沙がこれ以上会話を続けないようだったので、私から話しかけることにした。

「あんた、冬はどうするのよ」
「ああ、その事か」

 待ってました、とばかりに魔理沙はグラスを置いた。

「食料はお前にあげることになってたからな。飯は食わない」
「何のつもりなのよ」
「白蓮が言ってたんだよ。最後の最後は自分の意志が大事だと」
「要するに絶食するのね」

 捨食の魔法は、その名の通り食を捨てる。即ち、自らの体内で妖力の循環を創り上げる。
 それが叶えば人が必要とする「食」という物は必要無くなる。
 最も妖力の補給、有り体に言ってしまえば人を喰う、という事はその内絶対必要になるはずなのだが。

「まあ冬の間に私、死ぬかも分からない」
「見に行けばいいのかしら?」
「いや、死んだらそれはそれでいいよ。どうせアリスが見に来るだろうし」

 あいつの本だけは返してないんだ、と魔理沙は笑った。

「あいつ、最近うるさいんだよ。パチュリーに本を返すなら、私にも返せだって」
「返せばいいじゃない」
「だから私言ってやったんだ。私が死んだら取っていけ。死ななかったらその時返す、って」
「死ななくても絶対返さなそうよね」
「うーん、どうしようかな」

 どうやらアリスには本を返さないらしい。私が咎めるような目で魔理沙を見れば、魔理沙はしらっと目を逸らす。

「ま、別に私の勝手だろ?」
「そうなんだけどね。あまり感心はしないわね」

 そこで、また会話が途切れた。色々考えたが、会話を無理矢理続ける理由は無かったので最後の一つ、話題を振ることにした。

「ところで」

 魔理沙が身構えるのが分かったので、私は内心愉快な気分になった。だってこれから別に重要な話をするのではないのだもの。

「食料の件だけど」

 魔理沙は前のめりによろけた。力が抜けた、といった所だろう。

「食料? 食料がどうした?」
「くれるんでしょ?」
「あ、ああその事か」

 あからさまに狼狽える魔理沙の様はそれはもう面白いものだった。
 もう会わない、とかいうことを考えていたのだろう。確かに良い契機ではある。

「めんどっちいからお前取りに来いよ」
「嫌」
「うーん、即答か」

 魔理沙はうーんと唸って、一つの答えをひねり出した。

「香霖の所に置いとけばいいだろ」
「それも面倒」
「えー、じゃあどうすればいいのさ」
「持ってきなさいよ」
「私は運送屋じゃないぜ」

 うーん、と二人悩む。

「あんた、転移魔法使えるんじゃないの」
「安定しない。送れて小包一個だぜ」
「紫に頼むのは?」
「何か癪に障らないか。というか素直にお前取りにくればいいんじゃないのか?」
「それは嫌」
「『嫌』ってなぁ……」


「どうすっかね」
「どうしましょうか」

 魔理沙と私は、自然と同じタイミングでグラスをとって酒に口をつけた。
 次の言葉を、それぞれお互いに譲るかのように。
 私は何となくそうなるだろうなぁ、と思っていたが魔理沙は軽く驚いた様子だった。

「ありゃ」

 そう言って魔理沙はグラスを置いた。

「駄目駄目、分かったよ。降参だ」
「どうするの?」
「アリスに頼む」
「その手があったか」

 アリスの人形は、実は力仕事にも向いている。弾幕はブレイン、とはよく言ったものだ。
 一体一体の力より、それを組み合わせた相乗効果を期待するアリスらしい。
 魔力を共鳴させるなどの増幅処置を取れば、少ない時間で一冬分の食料ぐらいは運べるはず。

「ま、本返さなきゃだけどな」
「泣いて喜んで運んでくれると思うわ」
「そうかなぁ……」

 当然わたしもそうじゃないと思っているので、魔理沙の頭をぺちんと叩いた。

「痛いなぁ、何するんだぜ」

 別に痛くもないくせに。責める目で魔理沙を睨むと、魔理沙は軽く目を逸らした。

「ま、そういう事だ。……眠いなぁ」

 唐突に、魔理沙は目を擦る。眠いという合図なのだろう。

「私、紅魔館に泊まってくよ」
「いいんじゃない? 私は帰るけど」
「そっか……」

 その言葉を呟いて、魔理沙はグラスの酒を呑み干した。

「かーっ、しかし良い酒だったぜ」
「いつも通りよ」

 魔理沙が呑み干したのを見て、私もぐいっとグラスを傾ける。中身はほとんど入っていないけれど。
 私がグラスを置いた時、魔理沙は既に紅魔館の建物の方へと体を向けていた。私に背を向ける格好となる。

「……じゃあな」
「ん」

 魔理沙のその言葉を聞いて、私は軽く安心した。
 もしそれ以外の言葉が飛んできたら、私はどう答えればいいか分からなかったからだ。


 その送られてきた食料というがほとんど干しキノコであった事に私は軽く後悔した事を付け加えておく。
 その宴会から、私と魔理沙は会わなかった。冬に入ったからだ。


14.

 春――桜が咲く時期の前。長い雨が降った。
 冬の雨ほど冷たくない、雪を融かす雨だった。
 私は何とか冬を乗り切って、食料を買い込んだ後だったから適当に過ごしていた。
 部屋の掃除も飽きるほどしたし、資料の整理も飽きるほどした。
 あとやることといったら、飽きない事。睡眠。
 春眠暁を覚えず、とはよく言ったものだ。昼に起きて、適当に家事と日課を済ませてまた寝る。
 そういう日々が続いた。雨だから、誰も訪れてこないのだ。この雨が何処かに行けば、すぐに宴会が開かれるんだろうなぁと薄々思っていた。
 ああ、あとは色々と回想をしていた。今までに聞いたもの、見たもの、その他諸々が頭の中でぐちゃぐちゃに混ざっているのがよく分かった。


 傘も差さずにずぶ濡れの魔理沙が訪ねてきた。頬がこけている。

「あら、魔理沙」

 ちょうど私は賽銭箱の修理をしていて、魔理沙とは数歩も距離が離れていないのに私は濡れず、魔理沙はずぶ濡れだった。
 ちょっとこっちの方まで歩いてくれば魔理沙は濡れないで済む。なのに、魔理沙はこっちに来なかった。

「あんた、酷い顔してるわ。濡れてるし」

 私が微笑みながら言うと、魔理沙は何かをぼそっと呟いてうつむいた。
 何を呟いたかは知らない。雨の音に掻き消されてしまった。

「……毎日キノコってのも中々楽しいものだったわよ」

 そうやって魔理沙が馬鹿話するきっかけを作ってやろうと、言葉を搾り出す。
 それでも魔理沙はうつむいたままだった。
 私はどうすればいいのか迷ったが、魔理沙の方に近寄ることにした。濡れるが、知るものか。
 この状況で傘を取ってくるほど、私は間抜けではない。
 スタスタスタと早歩きしてひょいっとかがむ。

「ちょっとあんた――」

 そうやって、魔理沙の顔を覗き込むが「見るな」と言わんばかりに魔理沙は私に背を向ける。
 それ以上言葉を重ねるのも何なので、私は黙って魔理沙を見守ることにした。
 残酷なのかもしれないが、それが一番なのだろう。
 雨は冷たくはなかったが、私の体を濡らしていく。魔理沙の体も濡れている。
 しかし、私にとって魔理沙は近いとは感じなかった。雨だ。
 雨は、私たちを隔てる壁だ。

「ごめんな……ごめん、霊夢。会うとは思ってなかったからさ」

 ようやく、魔理沙は喋った。どうやら来るだけ来て帰る予定だったらしい。

「本当に、お前が羨ましい。けど、それは多分私のせいだろ?」

 私は何も言うことが出来なかった。

「最初は好奇心だった。それで、こんな結末になるとは、私は思っていなかった」
「私もよ……」

 魔理沙の声はくぐもっていた。恐らく泣いているのだろう。
 だが、顔は隠れているし雨は降っているしで確信は持てなかった。
 魔理沙自身も、分からないのかもしれない。

「なあ霊夢。お前、怒ってるか?」

 魔理沙は、うつむいて後ろを向いた顔を私に向けた。
 目は赤く、顔はもうびしょびしょだった。涙と鼻水と、雨。
 
「怒ってないよな? うん、間違いない」
「何に怒ればいいのよ」
「何か……私に」

 魔理沙は顔をくしゃっと歪めた。
 笑ったつもりなのかどうかは知らない。

「なぁ、霊夢。もう、私お前には会わないよ」
「そう」
「申し訳ないからさ。人間として、生を全うするだろうお前に」

 人間として、という言葉は私にずきりと刺さった。
 私はそもそも「人間」だったのか?

「恥じる必要はないわよ。あなたと私は『違った』のよ。だから、申し訳なくはないわ」

 むしろ申し訳ないのは私のほう――とは、流石に言わないし言えなかった。

「私は、お前に会ってよかったと思ってるよ。本当に、本当だ」
「本当?」
「ああ、本当だ。だから、私は道を違えたんだよ」

 本当だから、信じてくれよと魔理沙は無理やり笑った。醜く、顔に皺が寄っただけだった。
 私はその笑顔が見てられなくて、魔理沙に背を向けて歩いた。
 魔理沙との距離は離れ、私は賽銭箱の真横に着く。もう、雨は当たらなかった。



 私は声を張り上げる。

「さよなら! 魔理沙!」

 こうやって距離がある相手でも、声を出せば届く。それは例え雨が降っていても変わらない。

「じゃあな! 霊夢!」

 魔理沙も、答える。雨にずぶ濡れになって、魔理沙は答えた。



 これで在った事の話は終わりだ。

15.

 これ以外に語るべき必要性はないと判断し、ここで筆を置く。

 三十を過ぎた身は、私にとって重過ぎる。
 だから、私も過去を捨てようか。そう思うのだが、どうやら捨てれそうにない。

 ……薪が湿気てないといいけれど。
エピローグ 


 長い雨が何処かに行った。森の木々は生気と水蒸気をもんもんと産み出し、蒸せるほどだった。
 
「お?」

 そんな朝。久しぶりの散歩をしようとして、魔理沙は奇妙な小瓶に気がついた。
 家の前に転がっていたのだ。まるで私に拾って欲しいかのように。

「何だ、これ」

 中には粉のような物が入っている。綺麗な白だが、目が細かすぎる。恐らく灰なんだろうな、と魔理沙は瓶を開けようとする。
 しかし、中の灰が飛んでいってしまうかもしれない、ただの灰ならそれでも良いけれど……。
 結局魔理沙は家に持ち帰ってから開けることにした。
 その小瓶は魔理沙がかつて使っていた物で、今は必要としない物だった。
 全て香霖堂に売り払ったはずなんだけどなぁ、と魔理沙は頭をかく。

「えっと……手紙がついてんな」

 小瓶の横に張り付いていた手紙をはがし、その中身を開く。
 奇妙な文章が書かれていた。


『あとはよろしく』


 その筆跡から、魔理沙は誰が書いた物かを瞬時に把握した。
 霊夢。博麗霊夢。かつて人の友人で在った者。

「あとはって言われてもなぁ……」

 魔理沙は思わず苦笑いをする。

「何をすればいいのか分からないぜ」

 だが任された以上、対処をしなくてはいけない。霧雨魔理沙の真面目な一面である。

 魔理沙は頭を捻る。
 持って帰ればいいのか? それとも捨てるのか?
 どうも、良くない。魔理沙はそう思った。霊夢の事をもっと考えてやれば良かった。
 そうすれば、あいつの事なんか瞬時に分かってしまえたのに。
 だが、一方で「他の奴はともかく、霊夢だけは分からない」という心もあった。
 
 うーん、うーん。考えている内に、魔理沙は何だかどうでも良くなってきた。
 この辺りが魔理沙の悪所である。飽きっぽい。

「もう……考えなくていいんじゃないか?」

 ついに、魔理沙は一つの結論を生み出した。霊夢がやりたいようにやったのなら、任された私もやりたいようにやる。
 だとすれば、魔理沙のやる事は一つだった。さっきからずっと思っていた事。

「……返しに行くか。これ。多分、そういうことだろ」

 落とし物は落とし主に、と魔理沙は呟きながら愛用の箒を取りに自らの家へと戻っていった。


 博麗霊夢が驚愕し、呆れたのは言うまでもない。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 雨とは、私たちの世界に無慈悲に降り注ぐ。そして私たちを阻む。
 博麗霊夢と霧雨魔理沙と、雨のような何かを描いたものであってほしい。そう思う。 


 上田秋成「春雨物語」序文より。  

 はるさめけふ幾日、しづかにておもしろ。
 れいの筆研とう出たれど、思ひめぐらすに、いふべき事もなし。
 物がたりざまのまねびはうひ事也。
 されどおのが世の山がつめきたるには、何をかかたり出ん。
 むかし此の頃の事どもも、人に欺かれしを、我又いつはりとしらで人をあざむく。
 よしやよし、寓ごとかたりつづけて、ふみとおしいただかする人もあればとて、物いひつづくれば、猶、春さめはふるふる。 

<(^o^)>
非共有物理対
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2009/11/20 02:52:01
更新日時:
2010/03/11 11:21:22
評価:
19/19
POINT:
124
Rate:
1.49
1. 6 バーボン ■2009/11/22 12:14:55
落ち着いた文章が、霊夢と魔理沙の関係を上手く描写していたと思います。
2. 9 Lu ■2009/11/24 14:28:35
この物語には救いがないですよね

霊夢は魔理沙のあまりに人間らしい部分に惹かれていたように思うのですが
それを捨てると言った魔理沙にすらあまりに素っ気ない
霊夢の言動は、正直違和感がありました
我関せずが霊夢の性格だと言えばそれまでだけど…

この作品における霊夢はもう全てを達観しているような
無感情さが良いところでもあり、残念なところでもありました
結局のところ霊夢が何をどう考えているのか
もう少し思想の類ではない、素直な心境が内包されていてもよかったと思います
3. 4 shinsokku ■2009/11/25 16:14:13
うむむ。
何が起こっていたのか…この分量は何を伝えていたのか。
読み落としか読解力不足か、腑に落ちることなく話が終わってしまった感です。
申し訳ない。
4. 7 神鋼 ■2009/11/29 23:08:07
ラストでのじんわりとしたしっとり感とエピローグでのサックリ加減が気持ち良いです。
全体が一目離しながら軟らかく締め付けてあるかのようでした。
5. 7 藤木寸流 ■2010/01/04 01:07:44
 なんとなく、魔理沙のことがわかったような気がしました。
 霊夢の方は、ちょっと超然としすぎている印象もありましたが。最後には、魔理沙との対比でしっくりきました。
 結局のところ、魔理沙はどこまでも少女であるから魔理沙なのだなあ、と思ったりもしました。少女で、魔法使いで、あと乙女。
6. 4 白錨 ■2010/01/10 00:40:42
話、単体ではなかなか良いのですが。幻想郷中のキャラの描写を「何故したか」が生かしきれてなく、だれていたかな? と思いました。
7. 6 パレット ■2010/01/10 04:45:56
 靈夢って何かの伏線なのかと思っていたけど単なる誤字の予感がしてきた。
 まずなにより、霊夢の語りがすごく魅力的。落ち着いて物語っているようでしかしぽたぽたと差し込まれる感情情報、そのさじ加減が絶妙だと思います。そんな霊夢を通して語られる死の話、人間の話、魔理沙の話も……いや、全体的にキャラがすごく魅力的でした。
 ここまで語ってきた末の「どうやら捨てれそうにない」の締まり具合に溜息をつかされて、エピローグの魔理沙はそれまでの流れからすると少しばかり軽く見えなくもないけれど、「じゃあな! 霊夢!」と言っていて、そして魔理沙なんだから、こんなもんかなとも思います。
 ようするに素晴らしかったです。
8. 8 静かな部屋 ■2010/01/11 11:00:05
霊夢が創ったのか?違うか。創ってないや、書いただけだ。

細かい指摘になりますが、この文章なら、
少なくとも初めて出てくる人物の名前はフルネームにするのが相応しいと思いました。パチュリーとか。
あとは、幻想郷の全ての人物を話題にするなら、もう少し工夫しないと皆も飽きます。

やろうとしたことはなんとなく伝わってきましたが、描写をもう少し細かくすべきとも思います。
9. 6 椒良徳 ■2010/01/11 17:15:51
三十路霊夢か…… きっと太ももとかむっちりしてるんだろうな。ムフフ。

それはさておき、これは評価が難しい作品ですね。
文章は上手で読みやすく、この独特の雰囲気も素晴らしいものなのですが、
かといって、傑作かというとそうではない。(もちろん、断じて駄作ではない。)
悩みに悩みましたが、この点数をつけさせて頂きます。
10. 4 ホイセケヌ ■2010/01/13 14:55:27
ネォフ蠏ト、ヒユhテイサラ网ヌ、チ、ー、マ、ー、ハホユZ、ネネヒオト、ヒ、マクミ、ク、゙、キ、ソ。」
カタラヤ、ホタユ豆ャユケ饑、オ、、、ホ、マ、、、、、ア、、ノ。「、ス、、ヒ拳、キ、ニス筅熙荀ケ、、ユhテ、ャ殪、、、ソ、癸「、ス、ホ・ュ・罕鬢ャスYセヨコホ、ムヤ、、、ソ、、、ホ、荀鬢チ、、ラ、、ォ、、ラ、。」。ク、ス、ホタヌ、マ、ェ、ォ、キ、、。ケ、ネヒシ、ヲ、ウ、ネ、マ、「、熙゙、キ、ソ、ャ。「スYセヨ、ス、ホキエユ豆ャオトヘ筅、ハ、ホ、ォ、ノ、ヲ、ォ、オ、ィキヨ、ォ、鬢コ。「ヨテ、、、ニ、ア、ワ、熙ハウ、鬢テ、ニ、キ、゙、テ、ソ。」、、、荀゙、「。「翻キス、鬢キ、、、ネムヤ、ィ、ミ翻キス、鬢キ、、、ホ、ヌ、キ、遉ヲ、ア、ノ。」

、ウ、、タ、ア・ュ・罕鬢ャ、ソ、ッ、オ、ウ、ニ、、、、ホ、ヒ。「・ュ・罕鬢エ、ネ、ホフィヤ~、ャ、ケ、ル、ニ。「ラニキ、ホ・ニゥ`・゙、ヒムリ、ヲ、隍ヲ、ヒユケ饑、オ、、ニ、、、ニ。「ツメj、オ、クミ、ク、オ、サ、ハ、、、ホ、マメ缶ツ、タ、ネヒシ、、、゙、ケ。」

、「、ネネヒオト、ヒ・鬣ケ・ネ、ホモ熙ホ・キゥ`・、マrチメ、ヌ。「コテ、ュ。」
11. 6 詩所 ■2010/01/13 21:47:23
 人が人で無くなる話ですか。
 雨は何かを阻むのは確かかもしれませんが、人は傘でそれを防ぎます。
 二人の関係もそんな感じに変わらなければ良いのですが。

 >「霧雨魔理沙。だか魔理沙と呼んでくれ」
 多分、”ら”が抜けています。
12. 10 零四季 ■2010/01/13 22:20:15
終わり方が非常に綺麗でした。
物語の主軸である霊夢の感情も違和感なく描けていて、全体的に暗いながらも良い余韻が得られて良かったと思います。
雨とは寂しいものなのでしょう。独りにさせるから。
13. 8 deso ■2010/01/14 01:39:45
語り口がとても霊夢らしいと感じました。
互いに交わるようでいて根っこが違う。
そんな霊夢と魔理沙の描き方がとても良かったです。
14. 7 やぶH ■2010/01/14 23:25:36
しみじみとした良い物語でした。最後は魔理沙らしいというか(笑)。
長い生と短い命、二つの葛藤は東方という世界観に本当に合いますねぇ。
読み終わってそんなことを思いました。
15. 6 2号 ■2010/01/15 08:38:53
感想が難しいお話ですね。
読後、霊夢や咲夜、妖夢はどんなこと考えたのかな。とか色々想像しました。
序盤で何かの事件があったとにおわせ、淡々と日常を記しながらでも緊張感を高める文章はさすがだと思います。
引き込まれました。
16. 5 八重結界 ■2010/01/15 13:28:43
 淡泊な霊夢が綴る物語だからこそ、淡々とした語り口を自然と受け入れることができました。
 霊夢も魔理沙も同じ人間なれど、見ていたものはきっと違ったんでしょうね。
17. 6 焼麩 ■2010/01/15 21:37:22
透明かつ煙った雰囲気を醸し出しているように感じました。
日本酒ってこんな味がするものなのですかね。飲めないから知らないけど。
18. 8 時計屋 ■2010/01/15 21:46:04
 人間らしくないゆえに人間として生きることを選択した霊夢と、あまりにも人間であったがゆえに人間として生きることを捨てた魔理沙。
 対照的な二人が、様々な人間、妖怪との対話を通じて語られている。その言葉の端々には妙味があり、その人物から語られる故の重みがありました。
 そうして二人の生きかたをまるで導灯のように照らして、読み手に見せる手法が実に秀逸でした。
 霊夢の回想という形での切り口も秀逸です。
 「自らへの刻印であり、他人に対しての歩み寄り」という出だしの文章が特に素晴らしかった。
 その文章力、構成力には脱帽するしかありません。良いSSをありがとうございました。
19. 7 ■2010/01/15 23:30:04
え、なにこれ。博麗霊夢クロニクルというか、超要約博麗霊夢というか

三十という数字が具体的で辛い。あと霊夢は思ったよりも人間だったと
面白かったです
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