雨の鼻唄

作品集: 最新 投稿日時: 2009/11/21 14:47:24 更新日時: 2009/11/21 14:47:24 評価: 19/21 POINT: 82 Rate: 1.07
 ――雨。昼正午前時間に降っている小雨。
 どうでもいいほどに少ししか降っているわけでもなければ、うんざりするほどのどしゃ降りでもない。
 心地良い雨音に心を少し踊らせて、ある女性が草原の端を歩いていた。楽しそうに笑みを浮かべて、これから何かが起こるのを期待するように。
 彼女の容姿はどんよりとした天気の中、曇るコトが無いほど美しい。宝石のような煌きを絶え間無く放っている。
 肩下まで伸びた輝くような金髪、知性溢れる顔立ち、女性としては完成された体型――その一つ一つが神様のいたずらかと疑うほどだった。
 ただ。それも彼女が妖怪ではなく人間であったならば、誰もが羨むような話になるだろう。もし妖怪だったとしても魅了される者は少なくないはずだ。
 ここは幻想郷。忠実なる弱肉強食の世界にして、夢現の世界。人間は妖怪を恐れ、妖怪は躊躇無くヒトを喰らう。
 いくら彼女が美しくても、その事実の前ではかき消されるのも、また幻想郷だけにある世の常、なのかもしれない。そんなくだらなくも素敵な日常を考えながら、麗しき女性は行く。
 何日も何日も、何人もの足に踏み均された土がむき出しの道は、降り注ぐ雨を適度に吸収して固さを解していく。
 その上を鼻唄混じりにビニール傘を片手に歩く――曲目は第九。幻想郷では知られるはずが無い曲を奏でるその姿は、楽しそうに道を行く外見はどこまでも人間であり、妖怪である事実を忘れてしまいそうになる。
 妖怪の名は、八雲紫。幻想郷きっての大妖怪であり、誰よりもこの世界を愛する者である。
 しかし、なぜこのような天気の日に紫は外にいるのか。こんな何も無いような一日に何かを感じ取ったのだろうか。
 いつもの紫の行動なら、朝起きてご飯を食べて寝るか、家で惰性を貪るか。はたまた一日中眠っているかの三択しかない。
 今日の出来事をとある神社の紅白巫女が知ればたちどころに異変を探し出すだろう。黒白の魔法使いに限っては天下の一大事と騒ぎ出す。
 現に、彼女が従える九尾の妖孤も外に出歩くと言い出した主に、目を大きく見開いて体調が優れないのでは、と慌てふためいていたものだから。
 紫自身も自覚しているかも知れないが、幻想郷中を探しても彼女以上の怠惰な妖怪やぐうたらな妖怪はどこにもいない。
 それを知ってか知らずか。いや……聡明な大妖怪、八雲紫なのだから――心の底では皆からの評価に爆笑しているだろうが、彼女はともかく鼻唄混じりにゆったりと歩いていた。
 ふと、足を止めて傘を象るビニール越しに空を眺める。気を重くさせるような灰色が、真っ青なはずの空を覆ってしまっている。
 そして天から堕ちてくる小さな水。それらがビニール傘を叩く音がやけに耳に残る。
「雨、ねぇ……」
 ぽつりと呟く言葉と――ぽつりと降る雨。それは季節を問わず降り注ぐ、天からの贈り物。
 春は生命の誕生を祝福するため、優しさを持って天から落ちる。活発に動き出す夏にはやり過ぎるコトを戒めるため、長く激しく降りしきる。
 そして、そんな季節が過ぎるコトと、お別れの冬が近づく秋には涙のような雨が降る。
 四季に色が――表情があるように、今降っているこれにも感情は確かに存在するのだ、と紫は感慨深く感じていた。
 彼女が外に出たのは愛する世界の一大事だからではない。今この瞬間にしか見せない、味わえない時間に浸りに来ただけなのだ。
「我ながらロマンチックなコトを言うんじゃない?」
 一人で呟いて、静かに微笑んで。紫は再び歩き出した。変わりそうに無い空の下、とてもとても楽しそうに。


 そそろそろ昼正午になると言う時刻。草原の端に出来上がった、雨に濡れた道の上を歩く。
 雨はやむコトはなく、相変わらず泣くように降り注ぐ小雨だった。
「あら?」
 そんな中である。何やら向こうから歩いてくる人影と紫は出くわし、足を止めて驚く。
 姿形が見える距離になって解った。相手は男性で、中々に背が高い。紫ほどではないにしても眼鏡をかけた顔は知的な印象を受ける。
 ただ、甚平服と幻想郷では見るコトが無いような黒塗りの大きな棒切れが、どうも彼自身の評価をがくりと下げていた。
「片手に持っているのは売り物かしら? 店長さん」
「……驚いたよ。まさかこの日、この時間、この場所で貴女と出会うなんて」
「知ってたはずよ。こう見えても私が神出鬼没なのは」
 紫の言葉に呆れるようため息を吐き、男性――森近霖之介は脱力した。
「貴女がどうしようも無いくらい理解できない、底がまるで無い妖怪なのは知ってましたけどね」
「私は貴方が落し物のコトをどうしようも無いくらい大好きな、一風も二風も変わった半妖の雑貨屋店長なのは知ってたわ」
 紫の言葉にしまった、と霖之介はばれない程度に顔をしかめて後悔した。
 相手は自分より力も知恵も上の強者。何もかも見透かしているくせに何もしない、傲慢な立場にいる妖怪である。舌戦なんて彼女からすれば児戯にも等しいのに、負け戦を挑んだ気分だ。
 いまさらの後悔に何とも言えない気分になり、どうにか振り払う。霖之介自身、こんなところで時間を喰うほど余裕は無い。
 今の彼には優先すべきコト――とはいえ最早ただ単に新しい道具を使ってみたい欲求に駆られているだけなのだが、ともかく用事があった。
「でも……今日は商品探しって風貌じゃないわね。なぁに?その道具」
 八雲紫の言うとおり、霖之介の今日の服装はいつも来ているものではなく、どこにでもあるありふれた藍色の甚平服である。右手には番傘で、左手には彼女がずっと目を向けている大きな棒切れがある。
 前述したとおり、それは真っ黒に染まっており、身の丈をゆうに超えるほど長い。そして規則正しく輪が付いていて下の末端近くには糸を巻きつけた何かがあった。
 これもやはりと言うべきか、幻想郷には無いものの一つ――、
「あぁ、これは外の世界の釣竿のようだ。こちらで使う竹の竿と違って重さがあるが、それでも性能で言えばこちらが上だ」
 どこか嬉しそうに、霖之介は紫の目の前に出す。
「使い方は解るの?」
「見つけてかれこれ一ヶ月経つ。その間河童の協力の下、どうにか使い方が解ってね。今日試してみるのさ。ちょうどこの時期、この湿気のときに釣れる沼地がある」
「そこに向かってるってわけね。なるほど」
 どおりでどこか楽しげな表情をしている。紫は自分こそそうであるのに、そう思っていた。
 霖之介も、彼女がいったいどうしてこんな日に外に出てるのかが気にかかり、尋ねる。
「そちらこそ、どうしてこんな一日に外に出てるんだ? それもこの世界の傘では無いものをさして」
「これ? そうね、大して出歩くコトに意味は無いけれど、これをさすコトには意味があるわ。貴方には難しいのか、さほど興味の無いのかの二択でしょうけれど……こんな天気だからこそ、空が見える傘をさしたくなるのよ」
「……意味が深い言葉だ」
 ありがとう、とただ一言を残して。また紫はビニール越しに空を見上げる。つられて霖之介も番傘から覗き込むように見上げた。
 相変わらずの灰色。曇天の曇り空の機嫌はどうやら粘着質のようだ。晴れ間もなければ雲を残して雨が上がる気配も無い。
 しかし、どうしてか霖之介はそれが嫌とは思わなかった。紫の言葉を耳にしてから、それもまた良いのかもしれないと考えてしまった。
 雨が降って困るコトなんて、精々洗濯物がいいところだ。雨の日でしかできないコトも少なからずやあるのだから、嫌っていてはだめなのかもしれない。
 霖之介は自分の内側に生まれた新しい考えに、悪くは無い、と呟きを残す。


「そう言えば――」
 言い忘れていたかのように紫が言う。
 向かう先はお互い逆のはずだったがいつの間にか彼女は隣にいた。あまりにも自然過ぎて何も言えなかった霖之介が悪いのだが。
「貴方、この近くの沼地へ行くのよね?」
「まぁね。うん。そこがこの日一番の場所になってるはずなんだ」
 この日のために、使い方が分かった新商品のために探し当てた釣り場の一つが今日、ちょうど都合が良い日になったのだ。
 チャンスを逃すほど――訪れた機会を黙って通らせるほど霖之介は甘くはない。
 もっともこれまでにもほかの場所が絶好の機会になるときはあったが、なるべく店に近い場所でしたかったために近場の沼地に向かうコトにしている。
 そのコトに関して黒白の魔法使いはめんどくさいやつだなぁ、とは言っているが、なんだかんだでそのめんどくさい人間から留守番を任されてていたり。
「じゃあ暇だからついていくわ」
 もうついて来ている癖に何を言うのだろう、とは口から出せないツッコミだった。
「釣りも暇になる。それでも?」
「じゃあ目一杯今を楽しくしましょう。そうねぇ……」
 先んじて歩く霖之介の隣に回りこみ、紫は考える仕草をとる。
 と言うか今を目一杯楽しんでも後が絶対楽しくなくなる、とは言い切れない雑貨屋店長が一人。
 仕方がないので彼女の話に乗って暇つぶしをしてあげるほか無かった。むしろそれしか手が無かった。
 ツッコミが出来ないツッコミ役の苦悩である。
「じゃあ、話題その一。雨が降ると欝になるのか?」
「――欝、か。今も十分欝な気分だと思うが」
 それでも自分にはあまり馴染みが無い言葉だ、と霖之介は思った。
 晴れでも曇りでも雹でも霰でも雪でも、雨の日であっても毎日等しく彼の知人でもある黒白の魔法使いは騒々しく店に現れる。楽しそうに笑って、ずぶ濡れの服を気にせずに。
 そんな彼女が来るたびに夏ならば代えの服を、冬ならば暖かい風呂を与えては濡れた服を乾かす羽目になっていた。
 紅白の巫女に限ってはいつの間にかせんべいと秘蔵のお茶を飲んでいるし、河童の少女は貴重な外の世界にある機械類を持ち出す始末。
 挙句の果てにワーハクタクの教師が社会見学なんて口上で子供を大量に引き連れてきたときには、霖之介の表情は引きつった笑みになっているコトだろう。
 閑静な日なんて、夢のまた夢。騒動こそが日常で、毎度の騒々しさがこの世の道理と言わんばかりに、彼の周りは慌しい。
 まさかそんな毎日に出くわしているというのに、雨の日は欝で欝でしょうがない、なんて言えるわけが無い。
「僕は違う。とりあえず毎日等しく均一に騒々しいから、欝にはならないし、なれないよ」
「そう? 私は場合によるわ。雨なのに何も意欲が沸かないときと、意欲が沸くときとでは感情の浮き沈みがまるで違うから」
「…………」
 惰性の塊が何を言う、とは死んでもあの世にまで持っていきたいツッコミだった。
「でも、そうね……貴方の様に毎日何か起きている幻想郷にいる時点で、そんなものとは縁が無いのかもしれないわ」
「そうか、うん。それもきっとそうだろう」
 霖之介の返しを聞いた後、齢幾つになるのかは絶賛隙間送り中の大妖怪が元気に言った。
「話題にしては短命だったし、その二!」
「……年齢を考えているのか?」
 ウィンクをして可愛らしげに言うのは良かったが、霖之介のツッコミを抑えきるコトはできなかった。
「ていっ」
「ぐおっ!?」
 ヒールの付いたかかとによる脛蹴りだった。大ダメージ。
「つ、っつあぁぁぁー……」
「猛省しなさい。話題を続けるわよ」
「続けるのか……」
「はたして、雨とは何なのか!」
 自分が痛がっているのを笑顔で無視し続ける大妖怪へなんとなしに敬意を払いながら、霖之介はようやく起き上がり、思う。これはまた大きく出たものだ、と。
 彼女の思惑が潜んでいるのでは、と霖之介は勘ぐるがどうせそれも徒労に終わると直感し、おとなしく自身の考えを広げてみる。
 雨、とはそもそも大地や川、湖に海と水がある場所から生まれるものである。熱にさらされ蒸発し、雲を形成して水となって落ちる。
 それはさながら輪廻転生――メビウスの輪と言ったところだろうか。途方も無い繰り返しは幻想郷において常に規則ただしく行われているコトだった。
 もし雨が降らなかったら川も湖も海も干上がり、この世界は壊れてしまうだろう。乾いた川があっては河童が困るだろうな、とかくだらない考えが霖之介の頭をよぎる。
 溶けていく河童を頭の外に放り出し、彼は考える。恐らくは自分よりも永い永い時間を生きてきたであろう彼女、八雲紫は果たして何回ほどこのうんざりするような当然の景色を見ていたのだろうか。
 霖之介も半分妖怪であるがゆえにそこらの人間よりは当たり前のように長く生きてきた。それは普通の妖怪と比べても遜色は無いほどに。
 だが、きっと紫と比べたら見劣りする、と言う言葉では済まされない。もしかすると霖之介の人生程度、生まれたばかりの赤子と変わらないのかもしれない。
 森近霖之介と言う半妖の年月が積み上げた経験と後ろに広がる歴史の厚みなんて、八雲紫とは比べるコトができないと言うわけだ。
「あぁ、違うな。話が脱線している」
 そう言って、霖之介は頭を振って今までのコトを振り払う。
 無駄なコト考える、と言うのはきっと疲れているのだろう。考えすぎである。
 ところでそんな彼が導き出した答えとは、なんだろう。哲学者よろしくの回答を導き出せたのだろうか。
 しかし疲れ切った思考回路では何も浮かばず、結局は雨なんてものは自然からの贈り物。彼の答えはこの一言に尽きるのだった。
「答えは出たみたいね」
「もちろん。聞くかい?」
「聞きたくないわ。どうせ雨は空から降ってくるだけ、とか言うんですもの」
 クスリ、と笑って手元に隙間を作ってみせる紫。
 なるほど、と霖之介は感づいてまたため息を吐く。どうやら彼女は心の内面を隙間越しに見ていたようだ。境界を操る――心にあるイメージを現実側に引きずり込んで直視する芸当は、お手の物だろう。
「でも、そうね。ずっとずっと繰り返されてきた出来事に変わりが無いのは良いコトなのよ?」
「そうかな。僕はつまらない出来事の繰り返しとしか見れないな」
「ふふ……今はそれで良いの。幻想郷の住民はそうあるべきなんだから。当たり前を当たり前のように受け入れて、なおかつそれを侵さない。それが貴方たちの当然よ」
 当然を当然のようにし続ける、必然をそのままにし続ける――人間にとってそれを行うコトがどれほど難しいのか。
 紫は知っている。様々な誘惑に負けやすい人間が善にも悪にも転ぶコトも。
 だから、彼女は見守り続けるコトを選んでいるのだろう。人間側でもなく、妖怪側でもない。今でもずっと、八雲紫は中立の立場に立ち続ける。


 歩き始めてもうずいぶんと経つ。時間の流れは霖之介が考えている以上に早いようで。
 第二の話題が終わるころには、もう正午を過ぎていた。雲の向こうに見える太陽の光が時刻を知らせる。
 お昼ごはんを食べていないコトに霖之介は気づくが、どうせ魚を釣るのだからそれを焼いて食べよう、なんて楽観的に考えていたときだった。
「貴方に最後の話題を提供するわ」
 唐突に紫が口を開く。それはどうも話す口実のようにも聞こえる口調だった。
「三つ目、で最後か。うん、解った」
 暇を持て余したくないのは霖之介も同じらしい。心の隅では彼女が出す話題を待っていたのだ。
「ずばり――こんな一日に何を求め、何を得たいか」
 さらさらと降る雨、晴天を覆い隠す曇天の空――何か出来そうで何も出来ない、そんな一日。
 何を求めるのか――何かがあると期待して、それを求めようとするのか。
 何を得たいのか――何かを手に出来ると確信して、それを得ようとするのか。
 難しい話題だ、と霖之介は目を伏せて思う。だって今の今まで一日に対して求めるものなんて無かったのだから。
 彼は日々を雑貨屋の店長と過ごし、紅白巫女や黒白の魔法使い、たまに来る珍客を相手にしては騒々しい毎日を送るだけだった。
 霖之介をよく知る魔法使いはいつも騒動を持ち運ぶ。店を荒らすわ台所をかき乱すのは当然だった。それを止めようとはしていたが最近では諦めも付いてしまった。
 紅白の巫女に限っては魔法使いと手を組んで店に居座る始末。河童は前述したとおりだし、たまに来る鴉天狗はよからぬ噂を植えつけようと企んでいる。
 霖之介が動かなくても何かは必ず向こうからやってくる。いつもいつも受身の自分で、自ら勝ち取ろうだなんてしてこなかった。
 だからこそ、彼にとっては難しい話題――難題なのだろう。それは常になんとなく過ごしているすべての生物にも言える。
「あらら、ずいぶんと深く悩んでいるようね」
 隣で笑いながら傘をくるくると回す、天気とは不釣合いなまでに美しい女性は言う。
「貴方が考えているコトなんて有象無象の一部にもならないくらいに小さい悩みよ」
「とは言うがね……こうもすっぱり答えが出ないと」
「馬鹿ねぇ。誰が答えなんかあるって言ったのかしら? 私はただ話題を提供しただけよ。それを馬鹿正直に悩んで悩んで苦しんでるのは貴方だけなんだから」
 呆れたヒト、と笑う顔には嘲りの色が見られない。心の底から本当に今の状況を楽しんでいるかのよう。
「私は――何も求めてはいないし、得ようともしていないわ」
「それは意外だな。きっといつも暇を持て余している隙間妖怪様のコトだから、何かの異変でも裏から操っているのではと思っていたけれど」
「店長さんはどうやら痛い目を見ないと解らないようね」
「滅相もございませんよ……」
 冗談が通じない、と言うコトは意外にも真面目な話をしているらしい。流石にそこは霖之介、すぐさま閉口したのはそれを察しての行動だった。
「一秒、一分、一時間、一日、一ヶ月、一年、毎日――すべてがすべて、当然のようにさも必然と言わんばかりに問答無用に過ぎるものから、何かを求めるなんて真似はどんなに力を有していようと出来る芸当ではないわ」
「じゃあ、とどのつまりは自分で得るものを作り、求めろってコトかな?」
「大正解。中々頭が良いのね、店長さん?」
 でも、それは紫にだって霖之介にだって解りきっているほど難しいコトなのだ。
 欲しいというものを作り、得るコトができる約束なんてどこにもない。もしかしたら手に入らないかもしれないのだ。
 今までの人生で霖之介は何度かそんな場面に出会ったコトがある。彼はその都度すぐに諦めて考えないようにしている。紫だってそうしているかもしれない。
「手に入らないかもしれない。それは今必要じゃないのかもしれない」
 淡々と語る紫の口調には、いつの間にか重みが含まれていた。先ほどまでの軽い感情なんて――もうどこにもない。
「人間だってそう。妖怪だって欲しいものがあったら手に入れたいって願う。願って願って、そして形になる。形になるのは晴れの日なのか雪の日なのか、それともこんな雨の日なのかは誰にも解らない。けれど……」
「けれど――何?」
「貴方はきっと、毎日手に入れてそうね」
「そんなコトは……」
 茶化すように言った言葉に、霖之介は何も言い返せず、またため息を吐いた。どこか堅実な彼が、いつ現れるか解らない幽霊潜水艦を相手にするには、どうやら年月が足らなかったみたいだ。
 いや、もしかすれば紫が言った最後の言葉があまりにも正鵠を射抜いていたのかもしれない。だから何も言えなかった。言える立場ではなかったのだろう。
 よいしょ、と声を出して左手に持つ釣竿を持ち直す。傘に入りきらないほど大きなそれは雨に濡れてはいるものの、黒色独自の光沢が見え隠れしている。
 そこで、気づく。番傘が跳ね返す音をしなくなっているコト――つまりは雨が止んでいると言う事実に。
 いまだに雲が多く、曇天の空ではあるがちらちらと見える青色が晴れかかっていると知らせている。


 あぁ、と何度目になるのかと思わせるため息。これでは着く頃には湿度も水温も変わってしまい、釣れる状況ではなくなってしまう。
 せっかく新商品もとい新しい遊び道具を試す絶好の機会を、まさかゆっくりと歩きながら雑談しているだけで逃す羽目になるとは、流石の香霖堂店長は予想していなかったようだ。
 どうしようか、何もするコトがなくなってしまう。そう考えているときに彼の耳に入ってきたのは雨の音ではなく――鼻唄。
 荘厳さと何か温まるものを感じさせるそれに聞き入りながら、霖之介は傘を回す。付いていた水滴が四方に飛び散っていくのを目で楽しんで、彼は歩く。
「その傘、妖怪みたいね」
 相変わらずいつもの軽い口調で、霖之介の隣にいる紫は言った。
 傘に妖怪、となると一番有名なのは唐傘お化けなのだが、あいにくと彼の傘は忘れ物ではない。
 一つ目に大きなベロが出るのは、霖之介が使わなくなった頃になるだろう。
「忘れないようにしててね。ある夜、化けて出るかもしれないわ」
「……貴女が言うと冗談では無くなってしまうんだよ」
 だがしかし。番傘をお化けのよう、と言う紫の言葉にうなずきそうになる。傘の妖怪の知識は彼も知っている範疇だからだ。
 さて、と思考を切り替えて霖之介は呟いて何時ごろに店を後にしたか回想する。確かいつも昼を食べる――大体十一時前に出たのだから今はもう昼一時ごろになるだろう。
 彼はそう考えをつけるとお昼を取っていないコトにもう一度気づく。それに焼き魚を考えてはいたが雨が降った後、火が点く枝なんて一本も無い。しっかりしている印象とは裏腹に、抜けているところもあるようだ。
 ともかく、二人きりの話の中、互いに冗談を半分ばかり真に受けて、霖之介は歩く。八雲紫も暇だから、とついていく。
 話しこんでいると以外にも周りの状況というのは見えないらしい。いつの間にやら雨が上がり、後は晴れを待つのみとなった今。聞こえるのは雨音ではなく鼻唄――曲目はアヴェ・マリア。
 これももちろん幻想郷には知られるものではない曲である。外の世界の、異文化が生み出した宗教だからかもしれない。
 良い音色だと霖之介は言う。彼は音楽についての教養はまるで無いが、良いものを見抜くモノを確かに持っていた。それは外の物を売る雑貨屋をやっているからかもしれない。
 耳に残る静かな、それでいて荘厳な唄。歌詞こそ聞こえはしないが目に浮かぶような音律が二人を包む。それはなんとも言い難い、不思議な感覚だった。
「良い、曲だな。耳に残る」
「そうねぇ――私も最近知ったかしら。暇で暇で何か無いかなーって隙間を泳いでいたらね」
 隙間って泳ぐものなのか? と言いたい思いで一杯だったが、先ほどの手痛い攻撃を思い出すと死んでも口を開けなかった。
「でも。こんな文化を持つコトができる外の人間って言うのは、存外悪くないかもね」
 人間は弱い。人間は短くしか生きれない。だからこそ必死になって頑張って、今を横臥するのだろう。妖怪にはない仕事や娯楽といった文化は、それを彩る色彩、はたまたスパイスといったところか。
 ゆえに余裕や暇が無い。だから周りに目がやれない。傷つくヒトや地球の自然が上げる悲鳴を気にかけてやれない。
 悲しい生き物だ、と紫は思う。もったいない生き物だ、霖之介とは感じた。
 もし気遣ってあげていれば失わずに済んだものが多くあったというのに、取りこぼすものはもっと少なかっただろうに。
「ねぇ、店長さん」
「どうしました? まさかの話題四つ目とか言うんじゃないでしょうね」
「言わないわよ。ネタ切れもいいところよ。私が話したいコトは、そう……」
 一旦間を置いて、空を見上げて、言う。
「雨って哀愁溢れて、いろいろあるわよねぇ」
「……僕の場合は貴女に考えさせられましたけどね」
 まったく、貴女にはほとほと呆れたと言うか、疲れました。
 そう言って、やっぱりため息を吐いた後、釣竿を握りなおして先ほどよりも強く足を踏む。雨が上がったからか、それとも地面がそんなに吸わなかったのか、足跡は残らない。
「でも悪くは無かったです。暇つぶしにはなりましたし、何より考えを改めるきっかけにもなりました」
「そう、よかった。こんな雨の日に出てきたのも悪くなかったのね」
 傘をくるくると回して鼻唄を奏でる紫。相変わらず曲目はアヴェ・マリアだが、それを聞く霖之介もすでに聞き慣れたのか、心地よさを覚えている。
 しかし、演奏者たる八雲紫はこの曲の意味を知っているのだろうか? きっと解っているからこそ、雨上がりの今に歌うのだろう。
 二人は歩く。大してぬかるんでもいない剥き出しの土の道を。どこか軽い調子の音楽とともに、ゆっくり、ゆっくり。
初めて投稿企画なるものに参加しました。どきどきです。
書きなぐったかのような文章に、繋がっているのか定かではない内容ですが、楽しんでいただけると幸いです。
たくさんの感想を下さると、感謝の極みにございます。
すっとこどっこい
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2009/11/21 14:47:24
更新日時:
2009/11/21 14:47:24
評価:
19/21
POINT:
82
Rate:
1.07
1. 5 バーボン ■2009/11/25 19:31:53
長めの文章の割には場面が大きく動く事なく、それが若干退屈に感じてしまいました。
地の文とかは上手いと思える場面もあったのですが、最後の霖之助のセリフだけが敬語だったり、詰めが甘いと感じる部分も少々。
紫と霖之助、二人のやり取り自体は割と楽しめました。
2. 4 神鋼 ■2009/12/06 03:52:30
中途半端に見せてるような設定があるのが残念でした。
3. 10 nns ■2009/12/10 00:30:28
雨の中、並んで歩く二人が目に浮かぶ
4. 5 静かな部屋 ■2010/01/03 15:31:36
言葉の誤用が許容できない頻度で現れています。
それと、初めの一文がまず意味不明。というより、何かと何かが混ざってしまっているのでは?
もう少し推敲をしてください。

あとは……。「コト」とか「ツッコミ」などの単語は、この話・この文体の中で浮いているような気がしました。
それと、全体的に何がしたいのかわからない、中途半端な作品だと。
以上です。
5. 4 藤木寸流 ■2010/01/04 01:33:36
 地の文の容量が大きい印象。行動よりも、心理描写よりも、振られた話題に対する霖之助の思考が大半を占めていました。それはそれで読み応えがあるのですけど、ストーリー自体はほとんど進行していないので行き詰まった感覚がありました。渋滞にはまった感じ。
 あと、最後はどう落とそうか悩んだ結果、なんだかよくわからないタイミングで無理やり締めくくったような印象が。
6. 2 パレット ■2010/01/10 05:00:37
 ほんわかした雰囲気は良いのですが、ところどころ違和感が。
 まず「霖之介」ではなく「霖之助」というのが一つと……あと、これは個人的なものなので聞き逃してしまってくださいなのですが、紫の「店長」と言う呼び方にも違和感が……。
7. 2 白錨 ■2010/01/10 09:10:37
紫の胡散臭さは出ていたと思います。
けれど、筆者がおっしゃいますよう書き殴った文章のような感じはしました。
8. 4 椒良徳 ■2010/01/11 18:01:03
私の読み込みが足らないのか、この作品がどのような方向性を目指しているのか判りません。
哲学的な内容かと言うとあまりそのような作品とは思えませんし、
雰囲気を楽しむ作品というには貴方の文章力が足りていません。
いや、紫と霖之助の掛け合いを書いたのだというには二人の会話の応酬があまり面白くありません。
率直に言って、どこが面白いか判りませんし貴方が何を書こうとしたのかも判りません。
かといって読んでいて苦痛なほど酷い作品かというとそういうこともなく、
人並みの文章なのでこの点数を入れさせて頂きます。

初参加ということですので、今後の貴方の努力と上達に期待しております。
9. 4 ホイセケヌ ■2010/01/13 16:22:10
、キ、テ、ネ、熙ネモ熙ヒー、゙、、ソハタス遉ホヨミ、マセイ、ォ、ヌツ荀チラナ、、、ニ、ェ、遙「、讀テ、ッ、熙ネホカ、、、、ャ尺、ャ、。」、ス、、ハSS、タ、ネヒシ、、、゙、ケ。」

、ソ、タモ、ュ、ャ殪、オ゚^、ョ、ニホカ、ャ殪、、壥、ャ、キ、゙、ケ。」カネヒ、ホムヤ、テ、ニ、、、、ウ、ネ、マス筅。「、ア、、ノ、ス、、携クミ、ウヨ、テ、ニ⊇、ィ、、ソ、皃ヒセ゚フ蠏ト、ハ・ィ・ヤ・スゥ`・ノ、ャモ、キ、、。」、ス、ヲ、キ、ハ、、、ネ、ソ、タヒシマ、ハ、ル、、タ、ア、ネ、、、ヲSS、ヒ、ハ、テ、ニ、キ、゙、ヲ、キ。「メ箏リ杉、ハムヤ、、キス、、ケ、、ミラマ、ネチリヨョヨ、ャ。「、ソ、タミ。y、キ、、ヤ彫、ケ、、ソ、皃ヒウ、ニ、ュ、ソ、隍ヲ、ハ・ュ・罕鬢ヒメ侃ィ、ニ、キ、゙、、。「ヨェラRネヒ、ハ翻キス・ュ・罕鬢ハ、鬢タ、、ヌ、簔シ、ォ、テ、ソ、隍ヲ、ヒヒシ、、、ニ、キ、゙、ヲ。」
10. 5 詩所 ■2010/01/13 21:57:09
 最後に何故か人間の文化な話に突拍子もなく飛んだのが気になりましたが、この二名の掛け合いはなんとも味があるなぁと感じました。
11. 3 deso ■2010/01/14 01:19:20
んー、ちょっと自分には合わなかったです。すみません。
言葉の使い方や、含蓄ありそうでピンと来ない台詞など、どうにもうまく乗れませんでした。
12. 6 零四季 ■2010/01/14 21:46:34
途中で口調が変わったのは……仕様……?
雰囲気は興味深くて良かったのですが、どうも霖之助さんの思考が強引に感じたりする部分もありました。でもそれが彼っぽいのかもしれないですね
13. 6 文鎮 ■2010/01/15 07:46:58
水も滴る良い女もなかなかですが、傘をさす美人もまた良い。
ビニール傘をさし、上を向いて水の壮大な旅を感じるというは風情がありますね。
14. 3 2号 ■2010/01/15 09:23:14
雨の中ぶらぶら歩くのもいいですねー。
文章は、言い回しが読みにくい部分がちょっとあったかな。
15. 5 八重結界 ■2010/01/15 14:19:35
 雨の日に、傘をさしながらする会話というのは乙なもので。普段よりも会話が弾んでしまうのですけど、この二人はどんな天気だろうとこんな感じなのでしょう。
16. 5 やぶH ■2010/01/15 20:21:34
おお、実に胡散臭いゆかりん(褒めてます)。
お話の方も雨靄がかかっているような不思議な魅力がありました。
好きな人にはたまらない作風かもしれませんが、個人的にはもう少し段差のあるSSが好きなので、この点数ですみません……。
17. 2 時計屋 ■2010/01/15 22:18:07
 誤字・脱字、悪文が多いです。
 中には思わず脱力してしまうようなものもあります。
 まずは推敲を重ねてみてください。
 また、普段使わないような言葉はまず辞書を引いてみる癖をつけたほうがいいです。
 SSの雰囲気は悪くなかっただけに残念でした。
18. 4 如月日向 ■2010/01/15 22:51:49
 いい雰囲気は出ていたと思いますが、全体的に単調に感じます。
 話の話題も紫にしてはありきたりな気も。

〜この作品の好きなところ〜
 紫が鼻唄を歌っている場面は絵になりますね。
19. 3 ■2010/01/15 23:48:04
こういう話は香霖の持ち味だろうか、双方「らしい」話
20. フリーレス すっとこどっこい ■2010/01/17 00:15:03
皆様感想ありがとうございます。
かなり切羽詰った環境(パソコンが壊れる、携帯で文字打ちなど)でやっていましたが、それは単なる言い訳でして。
今回のこの結果は自分の技量と努力、作品の愛情が足らなかった形がそのまま現れたと思います。
お目汚しになったかもしれません。すみませんでした。

次回までには、皆様に言われた事を注意しつつ、もっと腕を磨いて戻ってきたいです
21. フリーレス ???????? ■2013/09/19 03:35:30
I know this if off topic but I'm looking into starting my own weblog and was wondering what all is required to get setup? I'm assuming having a blog like yours would cost a pretty penny? I'm not very internet smart so I'm not 100% sure. Any recommendations or advice would be greatly appreciated. Appreciate it
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