血みどろダディ・ワラキア

作品集: 最新 投稿日時: 2009/11/21 16:05:48 更新日時: 2010/01/20 22:30:10 評価: 32/37 POINT: 271 Rate: 1.79
  

    

  

  


  
『人間はその狭い本性の中に愛と憎しみという二重の感情を必要とする。人間は昼と同じく、夜を必要としないだろうか』
 〜ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ


 Prologue 〜十字架と棺桶と冬の夜〜



 暗夜。
 雲が分厚かったのか、あるいは新月だったのか。
 とにかくひたすらに暗かった事だけは覚えている。

 空気は凍てついていたから、二人分の小さな手はすっかり血色を失っていて。
 はぁはぁと、一生懸命息を吹きかけても、冷気に白んだ吐息は夜の中に全部吸い込まれてしまった。
 温かな暖炉は、ここには無いんだ。

 ザクザクと、雪を踏みしめるたびそんな音がした。二人分の体重のせいで、靴はいつもより深く雪の中に沈んだ。
 遠くぼんやり戦火が揺れる。
 決して幸せなことばかりではなかったけど、しかし私の生涯の全てが詰まった屋敷が燃えているんだ。
 父は捕まったか、あるいは死んだか。母はどうだろう? 優しくしてくれた人だから、できれば生きていて欲しいけれど……。

 あまり考える余裕はなかった。
 正義と神の大義名分の元、私達の平穏を一夜にして無残にも打ち砕いた暴虐の徒達に怨嗟を向ける余裕すら、私にはなかったのだ。
 あるいは冷え切っていたのかもしれない。体とともに、感情が。
 ひたすらに肌が痛かった。冬が容赦なく私達姉妹を突き刺してくる。
 死ぬことなんて今まで考えた事がなかった。脆い人間と違って私達は桁外れに頑丈な体をもっていたから。
 でも――。

 心が凍えていた。
 破壊鎚に叩かれた木造りの門がミシミシと上げる軋みも、奴らのモーニングスターに腹を潰されて絶命した小間使いの呻き声も、鎖帷子がかちゃかちゃいう耳触りな音も、私の思い出を焼き尽くすあの真っ赤な炎も。今や全てが……白々しい。
 妹だけはと思って、泣きじゃくる彼女を背負って、裏口から命からがら逃げ出したのだけれど。疲れ果ててしまったのか、妹はもう私の背中で動く事をしてくれない。
 雪積もる山間の針葉樹。白と黒の世界。私に何も囁いてくれない無音の世界。

 悲観していたのかもしれない。ふと患ってしまった絶望。
 妹と二人だけで生きていくには私は幼すぎたし、頼れる身寄りもなかったから。
 それに……。

 雪であったならまだよかったのだ。
 しかし、この世界は、真っ暗な一夜は、どこまでも私達を嫌っているらしい。
 空より落ちてきた雫が頬に当たる。刺すような痛みが冷ややかな余韻を残して跳ねる。

 雨。
 みぞれ混じりの、この世で最も冷たい雨。
 ぽつりぽつりと、それは少しずつ勢力を強め、私達に激痛を与えるとともに、命を削っていく。

 苦痛の呻きを堪え、どうにか森を抜けた先には小川があった。
 雪を浮かべながら、時折小さくしぶきを上げ、それは冷徹に流れゆく。
 私はもはや完全に絶望していたのだろう。
 おかしくなっていたのかもしれない。なにせ流水を弱点とする種族が私達であるはずなのに、どういうわけか、吸い寄せられるようにその流れより目を離せなかったのだから。
 雨足は強くなってきている。このままじわじわと奴に殺されるくらいなら、いっそ……。

 妹を流水に横たえた。彼女の綺麗な蜂蜜色の髪が、黒い水に飲まれ、色を失った。


『……お姉さま』


 か細い、縋るような声が聞えた。
 唇を噛んだ。この選択が正しい筈がないのだ……でも、そうする以外どうにもできないと思った。

 ――妹よ、どうか不甲斐ない姉を許してくれ。私もすぐ後を追う。

 最期だからと思って、いつもお休みの前にしていたように、唇にキスをした。……しようとした。
 軽い痛みと鉄の味。どうやら妹は私を許してくれないらしい……。

 私を見つめているルビーみたいな瞳が酷く無機質にも映った。
 しかし、それも仕方ない事か……。
 自嘲し、私も体を小川に横たえる。冷たさはそれほど気にならなかった。
 既に十分冷えていたからかもしれない。ただすぅと力が抜ける感覚だけがあった。死の感覚というのは眠るそれに近いのだなと、そんな事を思った。
 足音が聞こえたのは、その少し後。


『見つけたぞ! 捕まえろ!』


 暗夜に慣れた目に、カンテラの鮮烈な照明――。





 ◆ ◆ ◆





『――スコットランド王国より特使が参られました!』


 ……遠くで、そんな声が響いた気がした。
 眩しさに思わずかざした手を、ぼんやり眺める。

 あのカンテラは一体どこへ? 冷たかったあの雨も、小川の流れも一体どこへ行ったのだろう? そして妹は……?

 冴えてくれない思考のまま、目玉をキョロキョロ動かしてみる。
 しかし周りにあったのは、ひたすらな暗がりだけ。いくらか揺れているような感覚もあった。
 耳を澄ませば、ざわざわという若干の喧騒。心持ちくぐもって聞えた。

 ……ああ、そうだ。くぐもって聞えるのが当然だった。
 私がいるのは、あのみぞれ降る夜ではなく箱の中なのだから。木製の、長方形で身動きとれない程に狭い箱。棺桶。
 そして、揺れているのは、その棺桶が何処かに輸送される真っ最中だからだ。


「なるほどね……」


 呟いて、かざしていた右腕を下ろす。敷かれていた薄い羽根布団に当たって、ポンと軽い音がした。
 瞬間、現実を一気に認識した。

 ……私は、夢を見ていたらしい。
 よくある事だった。

 不規則に揺れる棺桶の中、目の前にある蓋の裏側をぼんやり見つめていた。

 未だ心に深く突き刺さり続けるあの日を、私は今でも夢に見る。
 そして、それは決まって生々しさに満ちていたから、私はこうやって目覚めのたびに酷く戸惑う事になるのだ。
 まったく、もう、何年も昔の事であるのに……。

 いやしかし、あの日からの数年の私は、ほとんど死んでいるのと変わらなかったから、その実、昔という程の昔でもないのかもしれない。
 実感として、確かに私の時間は、冷たい川から力ずくで引き上げられ、妹と引き離され、体を拘束され、私の意志の如何にかかわらず聖職者どもの前に傅く事を強要された、あの冬の夜で止まっているのだった。

 あの後、聖職者どもに捕らえられた私は完璧に物として扱われた。
 死なないと分かっているから、彼らは私を暗く狭い棺桶の中に押し込める。
 抗魔の処置が施された特別製の棺桶。私はどうしようもないから、大人しく眠る。何日も、何週間も。
 月に一回くらいだろうか。棺桶の蓋が剥がされ、私があの狭苦しい世界以外を見る事ができたのは。もっとも、外に出ても暗いか明るいかの違いしかなかったけれど。

 体についた汚れを拭き取る事と、健康状態の確認が聖職者どもの目的らしい。
 事務的な彼らの手つきを、私は嫌悪するべき記憶として今もはっきり思い出す事ができる。
 それが終われば再び棺桶の中へ。封印は回を重ねるごとに強固なものとなっているようだった。


『――ドラキュラ公様は謁見に応じるとのことです。少々ここでお待ちくださいませ』


 カタンと軽い衝撃がして、棺桶の揺らぎがなくなった。
 どうやら床に置かれたらしい。
 棺桶を運ぶ人夫のそれだろうか、労働からの解放に安堵するような溜息が聞えた。

 まあ、御苦労な事だとは思う。
 輸送が始められたのは一か月は昔の事だった訳だし、つまり彼らはこの決して軽くない棺桶を、一月以上背負い続けてきた訳だ。

 しかし、一体ここは何処なのだろう?
 輸送時間を鑑みるに、相当遠くまで運ばれた事は間違いないのだろうけど、見当はつかなかった。
 頭の中に保存されている欧州地図と、書物で学んだ各地方に関する知識。しかし、このように外界と遮断された世界ではさほど役には立たない。

 まあ、なんにしろ、目的地には着いたようだ。
 いずれそれを知る機会もあるだろうと、そんな事を考えていると、甲高い声が棺桶の中まで伝わり反響した。


『ドラキュラ公様が謁見に臨まれます! 総員平伏!』


 途端、どことなくざわついていた空気が一気に静寂となる。
 その中、かつん、かつんと、悠然と響く足音があった。足音が一歩近づくたび、空気が冷たく、重苦しいものに変質していくようでもあった。
 ごくりと、唾を呑むような音は、きっと棺桶運びの人夫のそれだったのだと思う。
 足音が、止まる。


『スコットランドの地より遠方はるばる御苦労。歓迎するぞ』


 平常よりやや低い、地に響くような声だった。
 自信と威厳に満ちた声色。人を支配する事に慣れた人間の声だと思った。


『ドラキュラ公様。ご機嫌麗しゅう。ますますご健勝のご様子何よりでございます』


 慇懃に挨拶を返したのは、おそらく私を輸送した隊の、一番高い階級にある人間だ。さっき特使と呼ばれていたから、外交官なのかもしれない。


『さて、私にいくらか暇があれば、長旅を労うささやかな祝宴を開く事も吝かではなかったのだが、丁度政務が酷く忙しい時分でな。
 さっそくで悪いが、用件を聞こうか』

『お気づかいは無用です。隣国と国内の事情を鑑みれば、ドラキュラ公様には時間がいくらあっても足りぬ事、よく理解できますゆえ。
 あくまで手短に。わたくしの役目は我らがスコットランド王の意をドラキュラ公様にお伝えする事でありますから』


 しゃがれた、初老の声。しかし堂々とした態度が伝わってくるような声色。
 外交官の中でも、十分な経験を積み重ねた熟練なのだろうなぁとか思っていると、唐突にぐらりと棺桶が揺れる。


『スコットランド王の意であります。オスマン帝国の圧力は、ユーラシア大陸よりドーバー海峡を隔てた遠方にある我々にとっても懸念事項であり、かの国家の勢力拡大は、キリスト教的道義に対する重大な脅威であると。
 故に対オスマンの最前線たるドラキュラ公様には、大きな期待を寄せております。
 しかし、その一方で表だった支援は不可能なのです。御存じ、我々スコットランドの隣には、強大にして最も信用ならない国家、イングランドが居座り続けております。
 彼らのせいで、我々には、他国に裂く兵員を確保できないのです』

『そちらの事情は把握している。隣国との関係が儘ならないのは、どこも同じだな。故に君の主の判断は理解できる』

『理解いただき恐縮にございます。……しかし、スコットランド王は、こうも言われました。
 有事の際、援軍を送る盟約を結ぶ事はできませんが、その謝罪の意味を込めて、“兵器”を二つ贈ると。
 片方はドラキュラ公様に。もう片方は、弟君の美男公ラドゥ様に。
 これらの能力は、恐らく人智を超えたもの。強健な兵士百人以上に相当するでしょう』

『それがその棺桶か?』

『その通りであります』


 軽い衝撃を伴って、棺桶が再び床の上に置かれた。


『ソニー・ビーン(人喰い)一家の生き残りかね?』

『まさか、あの人の皮を被った下劣な血脈は、我らがスコットランド王の命により即日処刑されました。一人残らず』

『仕事が早いな。いい事だ』

『まあ、しかし、これもおぞましさという点ではあれらにも決して劣らぬでしょう。何といってもこれは、バチカンローマ教皇の直筆署名入り血統書のついた。“本物”ですから。
 スコットランド王は取り繕う事をしません。これらが強力な半面、自らの心肺を腐敗させる猛毒にもなり得る事を必ず伝えるよう申し付かっております。
 このまま死蔵するか、蓋を開けるかはドラキュラ公様の判断でありますが、もし封印を解き放つのであれば、賢明な運用を期待申し上げたく』

『ふむ、その口ぶり。自分達では扱い切れぬから、私達に押し付けたようにも聞えるが?』

『否定はしませぬ。何しろ棺桶の中の彼女らにとって我々は仇敵、我々には兵器として彼女らを使う事など、最初から不可能な事だったのです』

『彼女?』

『ええ、見た目だけなら、これらは少女と呼ぶべき存在です』

『ほう……少々興味が湧いた』


 足音が、近づいたようだった。
 ぺりぺりと、棺桶の表面から紙を剥がすような音が聞えた。


『ドラキュラ公様! いけませぬ。彼女は見た目こそ少女とは言え、その本質は危険極まりない異端。
 その強大な力を御すための、正当な手段を以って棺桶の封印は解かれるべきなのです!』

『所詮素手で剥がれる程度の封印ではないか……』

『そういう問題ではありませぬ。この符は、我が王国で最も霊能の術に長けた司祭が長年の研究の末に生み出した最適の書式と、考え得る最良の道具を使い――』

『君たちは恐れすぎだよ。いいか、この世に真に恐怖するべき対象などせいぜい五指で数えられる程度にすぎない。そしてこれがそれである証明はどこにもないだろう?』

『ああ……ドラキュラ公様。恐ろしい事になっても、知りませんぞ』


 外交官の嘆きをよそに、べりべりという音は聞こえ続けていた。
 わずかに開いた隙間から光が漏れ込み――そして。

 ぱかりと、あっけないほどに軽い音を立てて棺桶の蓋は外れた。
 久々に見る、暗がり以外が眩しくて、思わず目を細める。

 シャンデリアと灯されている蝋燭。高い天井。天窓より頭をのぞかせる青白い満月。
 光に慣れるのに要した数秒を経て、再び開かれた瞳に映った景色。

 じっと私を見つめる男がいた。表情に些かの驚きを浮かべて。


「君の、名前は?」


 彼が尋ねてくる。
 答えるのに、少しの逡巡はあったかもしれない。
 おそらく私はこの時沈黙を通す事ができた。名も知らぬ彼と、私が置かれている理不尽な身の上への反抗の意味を込めて。
 しかし、それをしなかったのは、私の矜持の部分がそれを望まなかったからだろう。
 どういう事情にしろ、この狭い棺桶の蓋を開けてくれたのは彼だ。その分の恩には報いる必要があると思う。


「……レミリア・スカーレット」

「レミリア・スカーレット……。レミリア……ふむ……」


 何度か私の名前を口の中で反復した彼の頬が、徐々にほころんでいくのが分かった。
 ある種、意中の物を手に入れた子供の表情にも似ていた。いや、顔つきは相当にいかつい彼であったけど、笑顔そのものは、どこか子供のそれを確かに彷彿とさせる。
 にやりと、自信に満ちて不敵な、ともすれば傲岸不遜な笑み。
 渋い顔をしている白髪の外交官に向かって、彼は言い放つ。


「スコットランド王に伝えてくれ。かのような素晴らしきものを贈っていただき至極恐悦。ドラキュラは大層喜んでいたとな」


 再び私に向き合った彼は、そっと私に手を伸ばした。
 古傷だらけの皮膚と筋肉質で無骨な腕。


「やぁ、歓迎するぞレミィ。私はドラキュラ公ヴラド3世。ここワラキアの公だ。父親と思ってくれていい」


 吸血鬼たる私に向かって、一介の人間に過ぎないはずのあいつが言い放った一言。
 長く伸ばした癖のある黒髪に尖った顎、掘りの深い顔の造り。野心溢れる眼光は異常に鋭かった。

 西暦1458年ワラキア冬の夜。

 それが、ツェペシュ(串刺し公)の名で歴史に名を残す事となる彼と私の出会いだった。



























 血みどろダディ・ワラキア 〜悪徳たる父と私と妹と、血の雨降る時代と〜



























『英雄とは終始一貫して自己を集中する人間である』
 〜シャルル・ボードレール


 第一幕 〜錆びた鉄の酸味がする国家の宮殿にて血脈を語るの事〜



 ワラキアの夕刻は冷える。
 一人で寝るには些か大きすぎるベッドの上。肌寒さで目覚めた私は、上体を起こし、寝起きの冴えない気分のままぐしぐしと目をこすっていた。
 故郷スコットランドの山地に建てられていたあの屋敷に比べると、この土地の気候は幾らか温暖なのだけど、何しろ季節は冬だ。気温が氷点下まで下がる事も珍しくはない。

 欠伸をひとつ。
 手を組み、うーん唸るような声を鼻の奥で響かせつつ背伸びをしてみた、こきこきと関節が音を立てる。
 ついでに首を回すと、途中で鳴ったぼきりと大きな音。
 不意打ち気味に感じたその痛みが思いのほか強くて、うっかり涙とか浮かべてしまう。でもおかげで寝ぼけていた頭が急速に覚醒していった。

 ふうと溜息を添えて腕を下ろす、そのままぽんと飛び降りた絨毯は厚みがあって大変柔らかい。
 窓に近づき。黒色のカーテンを開けてみる。

 ガラス越し。太陽はもう殆ど沈んでしまっているらしくて、西空の果てにだいだい色が僅かに残っているばかりだった。
 景色は若干ぼやけている。薄霧が出ているらしい。図らずも頬がほころんだ。

 霧は好きだった。夜霧なら尚よい。訳も無く気分を良くしてくれるから。
 ワラキアの地に来れてこられてより数週間。気付いた事。この土地には霧が多い。それはとても気に入ってるところだったりする。

 そっと窓枠に手をかけ、軽く押す。蝶番が軽く音をたてて、両開きとなる。
 部屋に流れ込んでくるひんやりとした空気と心地よい湿度。とても悪くない気持だった。

 しかし、そこでふと私は鼻に違和感を覚える。
 鉄の香り。吸血鬼である私にとっては、ある意味もっとも近しいその香り。腐臭が混じっていない事を鑑みるに、相当新鮮なそれだ。

 ――ワラキアという国家では、血液が不足する事はないのだという。

 首都トゥルゴヴィシュテの中心部に堂々と建立された、荘厳な宮廷二階の窓。
 見晴らしの良いこの一室からは、広々とした庭園を一望することができるのだが……。
 池は澄んだ水を湛え、色とりどりの可愛らしい花々が咲き誇るこの庭園はしかし、この国の支配者の人格を極めて端的に表現している。

 庭の中心に敷かれた石畳の通路。宮廷の大扉へ通じるそれに添って、並んで生える何かがある。
 遠目には樹木に見えるのかもしれないそれ。
 しかし、正体は、もっとおぞましく、それこそ多くの国民に対して身震いを強要するものだ。

 ――死体。
 ――串刺しの死体。

 肛門部から侵入し、内臓を貫き、喉を突き破って、血濡れた鋭い先端を見せつける細長い木製の串。
 ずらりと並ぶそれらが、訪れる全ての人々を出迎える事がワラキア宮廷の日常だ。
 数日……酷い時には数時間を待たずして死体は新たな物に変わっているから、登庁してくる官吏や貴族たちは、きっと毎回酷い冷や汗をかきながらこの庭園を通過するのだろう。

 ヴラド・ドラキュラ。
 ワラキアの主にして、私を勝手に娘と呼ぶ奇特な人間。
 養ってもらっている身の上、あまりはっきり言ってしまうのも少々憚れるのだが、非常に趣味の悪い人間だと思う。

 別に残虐なのが悪いわけではないけれど……。
 正直人間同士がいくら殺し合おうが自由にすればいいし、それがどんなに悲惨な、例えば古代中国殷朝の紂王やローマの暴虐帝コンモドゥスの所業をまったく再現したような方法を以ってしてでも、私の同情の対象ではない。

 所詮彼らは人間で、私は吸血鬼。
 生物として私達の方が遥かに高尚な存在だという、ある種高慢な思想を、しかし極めて自然に私は身につけていたように思う。
 殆ど家畜と牧場主の関係だとすら思っていた。
 父の思想がそうであったからだろう。私の生はまだ十と数年に過ぎないが、芯となる一つの思想を涵養するには十分な年月だったのだろう。
 そして、その思想は今も何ら変質していない。

 まあ、もっとも……その私が家畜と呼ぶ彼らに、侵略され、生殺与奪を握られ、外交の道具とされ、あまつさえ養われている私の現状を冷静に見つめれば、この思想は余りに滑稽にも思えるのだけれど……。

 まったく。何百年か昔、我々吸血鬼は完全な畏怖の対象だったというのに。
 もしかしたら、驕り過ぎたのかもしれないとも、いくらかの自嘲を込めて思った。
 人間。彼らはもはや昔の彼らではない。恐怖に対して、武器と知恵と科学を以って戦うという方法を知ってしまった彼らだ。
 気付かず、種族の優位性の上に胡坐をかきつづけた我々が没落したのも、ある意味道理に沿った事だったのかもしれない。

 はぁ……と、大きく溜息をついた。
 考え事をしていた数分で、いつの間にか通路沿いの串刺しが二つ程増えていて、血液の香りも濃くなっていた。

 ――ワラキアでは命の価値は高く、同時に極めて低いのだ。

 この国を恐怖で支配する、縮れた長髪のあの男がいつか言っていた台詞だ。
 彼が認定する“善良な国民”に対して彼は文化的な生活を支援する。その一方犯罪者などに対しては、それらが路傍の小石程の価値すら有していないが如く、実にあっさりと死刑にした。
 道路脇にたまたま落ちていた硬貨を一枚拾い、出来心で懐に収めてしまっただけで串刺し形が執行されるほどの厳格な刑罰主義。
 これほどまでに苛烈なのは、私が知る限り、他のどこの国家でも例がない。

 しかもヴラドという男は、どこか楽しんでいる節すらある。
 実際、処刑場で彼の姿を見る事がしばしばあった。その際の彼は決まって笑みを湛えていた。

 生まれつき稀有な残虐性を有する種族であるはずの吸血鬼、わたくしレミリア・スカーレットがはっきり悪趣味と言い、時に眉をひそめさえする彼の性格。
 正直、人間だとは思えなかった。

 嫌悪。そう呼んでよさそうな感情は否定できないらしい。
 ある種同族嫌悪に近いのかもしれない。完全に人間であるはず彼、しかし悪魔とかそっち側に近い種族に思えてしまうのだ。

 まあ、とはいえ……。

 私が彼に感謝する必要があるのは間違いないのだ。
 彼は私を娘と呼び、そしてまったくその通りに扱っている。

 スコットランドの地にて捕まった私が殺されなかったのは、子供だからという慈悲の心で助けられたというわけではない。兵器としての使い道があると判断されたから、それだけだ。
 基本的に、聖職者どもにとって私達は忌むべき種族であり、無条件に殲滅するべき対象である。
 そして私は兵器として海を渡り、山を超え、輸送され、外交の贈り物とされた。

 そんな存在である私に、ヴラドは宮廷の一室をあてがった。
 広く、格調高い丁度の誂られたこの部屋。紅い絨毯とカーテン付きの大きなベッド。
 壁際に誂られた、大きな本棚をざっと見遣る。

 ユークリッド幾何学の解説書。フィレンツェ公会議での神学論争の記録。パラケルススの三部作。ソクラテス、プラトン、アリストテレスと続くギリシャ哲学の系譜。
 ムスリムの学者イブン・アル・ハイサムの著した光学理論。ガリア戦争を主題とした戦略考察。孔子、老子、韓非子、東洋思想のラテン語訳。
 他にも、天文学、地理学、冶金学、建築学、気象学、医学、言語学、歴史学、法学など。本棚には様々な書物がびっちりと隙間なく収められていた。

 種類は雑多で良いから、子供だましでない実用書が沢山欲しいと私はヴラドに求めた。出会って、すぐ次の日の事だったと思う。
 その求めにヴラドは完全に応えてくれた。

 果たして彼がどうして私を娘と呼ぶのか、その理由は定かでない。
 酔狂なのか、私を飼いならす為の方便なのか、はたまた本心でそう呼んでいるのか。
 彼のにやにやした笑みから実際のところを伺い知るのは、とても難しいように思えたけれど。

 しかし、彼の本音がはっきり見えない事に若干の戸惑いを感じながらも、きっと私は何だかんだで、ワラキアの宮廷に住み続けるのだろうとも思う。
 単純な話、ここはとても居心地がよかったから……。

 吸血鬼の高潔な矜持は、しかし案外安っぽいものだったのかもなと、自嘲に幾らかの寂しさを感じつつ、私は窓を開けたままに、本棚の前まで移動した。
 適当な一冊を抜き出し、表紙をめくる。
 本を読むのは昔から好きだった。

 別に私は知識欲の権化という訳ではないのだけど……むしろ私の性格は学者とか文筆家とかいう人種に対して、一種の奇異の視線を向けるそれだ。
 しかし、読書をしている間は色々な事を忘れる事ができる。
 脳裏にちらつくスコットランドの思い出を振り切るように、私は貪るようにしてページを捲っていた。
 すっかり日が沈んで真っ暗となった窓より、静かに風と夜霧が流れ込んだ。光源は揺れる蝋燭のみ。血の香りと寒気は、また少し強くなったようだった。





 ◆ ◆ ◆





 ――コンコン。


「……入れ」


 手にしている書物を半分ほどまで読み進めたくらいだった。
 ノックの音に私はそう言って応える。

 ガチャリと扉が開けられる。長身の壮年がいた。
 顔つきは柔和。しかし目付きだけは鋭利だった。端正に刈り上げた短髪には少し白髪が混じっている。
 細身であるが、その肉体は私の身長程もある大剣を自在に振り回せるだけの膂力を秘めている事を私は知っていた。


「レミリア様。失礼いたします」

「誰と思えばゲオルゲか……」


 ゲオルゲはヴラドの側近だ。近衛隊の隊長をしている。
 ヴラド個人が最も信頼している配下の一人らしくて、何かと私に世話を焼いてくれる男でもある。
 ページをめくる手を止め、彼の方を見やる。


「ヴラド様より、レミリア様の準備がよろしいか見てくるよう言われまして」

「そういえば、今日はパーティーを開くとか言っていたな」

「ええ。既に各地より、招待された貴族の方々が集まっております」

「……正直あまり惹かれないな」

「ヴラド様は、レミリア様の参加を望んでられますが」

「苦手なんだよ。ああいう雰囲気は」


 ここワラキアの宮廷で開かれるパーティーは、慶事を祝ったり、親交を深めたりといった建前そのままではない。
 本質的には、各地の有力者達が腹の探り合いをする、権力闘争の場だ。
 私に言わせれば、非常にくだらない、かつ退屈に時間を無駄遣いさせる儀式。それならここで本を読んでいた方がいい。

 むすっとした私の表情に、ゲオルゲはしばらく困ったような顔をしていたけれど、何かを思い出したようなような顔をすると、懐をごそごそやりだした。


「フランスに外交官として行っている親類が送ってくれまして。本当はパーティーの後で渡そうとも思っていたのですが」

「まったく、機嫌とりか? いや、もちろん甘い物は大好きだし、ありがたいとは思うけど……」


 ゲオルゲが取りだしたのは、乳白色の飴玉がつまった小瓶だった。洒落たデザインに赤のリボンが巻き付けられている。
 手渡されたそれのコルクの蓋を開け、中の小さな塊をひとつ、指先でつまみ上げた。口の中に放り入れる。
 瞬間、優しい甘みと、上等なバターの芳醇な香りがふんわりと口の中に広がった。
 思わず頬がほころんだ。そんな私を見てだろう、ゲオルゲの表情からも少し困惑が薄らいだように見えた。

 思うに、私は随分と我が儘な性格をしているのだろう。
 そもそも今日パーティーがある事は、随分と前から知らされていたし、参加する旨をヴラドに伝えた記憶もある。
 しかし、それにもかかわらず、今こうやって私が駄々をこねているのは、気分が乗らないからという、極めて自分勝手な理由に起因している訳である。
 ゲオルゲからすれば酷く扱いが難儀だろうと思う。でも、こうやって、今も穏やかな中にちょっぴり困惑を浮かべ、私の我が儘と向かい合ってる彼というのは、本当に人間が出来ていると思った。


「お前のような善良な男が、あいつに忠義を尽くしているというのが、少し理解できないよ」

「ヴラド様は偉大なお方です。あの方でなくてはこのワラキアという公国に、未来を見出させる事はできないでしょう」

「まあ、人格はともかく、為政者としてあいつが優秀な事は知っているがな……」


 為政者としてのヴラドは非凡にして異端だ。
 ワラキア。確かに様々な利害と思惑が複雑に絡み合うこの公国を統治していくには、彼の苛烈さは不可欠だったのかもしれない。

 そもそも世の中は激動している。
 15世紀。鉄と戦火の時代。欧州は乱れに乱れていた。

 コンスタンティノープルが陥落し、1000年の栄華を誇ったビザンティン帝国が滅亡したのがほんの数年前の事。
 イングランドはフランスとの百年戦争がどうにか終結したばかりで、私の生まれ故郷であるスコットランドとは今なお微妙な関係が続いているのだと思う。

 隣国と化かし合うような外交を続け、時に剣を交えながら、西アジアより迫るイスラムの怪物国家、オスマン帝国の圧力に怯える事を何処の国もしていた時代。
 オスマン帝国の現スルタン、メフメト2世はイスラム史上最高の指導者の一人であり、既に多くの国家がその武威を前に、膝を屈していた。
 そして現在、対オスマン帝国の実質的な最前線に位置する国家のひとつが、他ならぬワラキア公国なのである。

 しかし、そんな最も危うい場所に存在しながら、数年前までのワラキアは国内が酷く混迷していた。
 僅か数か月という単位で統治者の首がすげ変わるという異常事態が、何年も続いていたと聞く。
 加えて周辺の東欧諸国。北東のモルドヴァ。北西のハンガリー。北にはトランシルヴァニアとポーランド。
 これらの国家との関係も非常に微妙なものだった。そもそも、国家としての体を殆どなしていないのだから、まともな外交など望むべくもなかった。

 そんな中、颯爽とワラキアの公位を奪回し、国家としての形を建て直したのだヴラドなのだという。
 何日か前に、ゲオルゲが喜々として語ってくれた。
 ゲオルゲが言うには、ヴラドの年はまだ三十路に届かない程度だというが、その人生は中々に数奇だ。

 そもそもヴラドは十年程昔までワラキアの公を務めていた竜公ヴラド2世の息子であり、ワラキア公の後継となるべき正当な血統だった。
 しかし、ヴラドが少年であった当時のワラキアは、殆どオスマン帝国の属国のようなものであり、様々な事情によって彼は弟と共にオスマン帝国に人質に出されてしまう。

 竜公が、ハンガリーとの戦争で戦死したのは、そんな折だった。
 その時のハンガリー軍司令官の名はフニャディ・ヤーノシュ。
 この男は傑物だ。
 トランシルヴァニア公にしてハンガリーの摂政。超がつく一流の政治家であり謀略家、そして軍人である。
 ハンガリーの屋台骨を殆ど一人で支えていたとさえ言われる才覚は、間違いなく当時の東欧において最高の一つであり、その武名は遠くスコットランドの地にも轟いていた。

 さて、公が不在となったワラキア。空白期間には各国の様々な謀略が交錯したと想像できるが、紆余曲折の末、ヴラドはオスマン帝国の傀儡として、ワラキア公に即位する事となる。
 しかし即位から僅か二か月。ワラキアは再びフニャディ・ヤーノシュの侵攻を受け、ヴラドはあえなく公位を追われてしまう。

 その後モルドヴァ公のボグダン2世を頼るが、そのボグダン2世も暗殺者の前に倒れ、ヴラドが選択できる道は、父の仇とも呼べるトランシルヴァニア公フニャディ・ヤーノシュの元へ亡命する事たったひとつだけだった。
 その選択がどれほどの苦渋だったかは想像に難くない。しかし、これは驚くべき事なのだが、どうやらフニャディ・ヤーノシュとヴラドは随分と馬が合ったらしい。
 怨恨を超え、最後は殆ど師弟のような信頼関係を結ぶまでに至ったという。
 フニャディ・ヤーノシュという一流の元、ヴラドは軍事、政治、謀略。支配者として必要な素養の多くを学んだ。

 そして1456年。
 フニャディ・ヤーノシュの名を世界に轟かせた、ベオグラード防衛戦の年である。
 この戦いにおいて、フニャディ・ヤーノシュはベオグラードを包囲する10万人のオスマン軍勢を僅か1万の戦力で撃退するというという快挙を成し遂げている。

 しかしその直後、フニャディ・ヤーノシュは現地で罹った黒死病が原因で死亡。
 だが、それがヴラドにとって、大きな転機となる。
 ハンガリーの支援を受けながら、ヴラドはワラキアに侵攻。当時の公の首を刎ね、ワラキア公として復位。そして今に至る。

 現在ヴラドが名乗っているドラキュラ公という通称には、悪魔の息子というニュアンスが伴っている。
 そもそもこの通称は父親の通称である竜公(Drakul)に、子供を意味する「a」を付けたものである。竜公の呼び名は、ヴラドの父がハンガリー国王より竜騎士団員に叙された事が由来だから基本的に名誉な通称らしい。
 しかし、この竜という言葉には、同時に悪魔という意味合いも含まれているため、本来意図されないところで、ドラキュラ公の通称は禍々しい雰囲気を内包しているのだった。

 実際、ワラキア公に復位したヴラドは悪魔と比べても全く遜色ないような逸話を数多く残している。

 彼がまず行ったのは、地方貴族達が大きな権力を握り、好き勝手やっていた当時の体制を、権力を中央に集権させる体制に作り替える事だった。
 政策として間違ってはいない。が、そのやり方が些か過激だった。

 彼はワラキア国内の有力な貴族たちを祝宴に招き、一堂に集めると、開口一番このように尋ねた。


「君たちは、今まで何度主を変えた?」


 ワラキアというのは、とにかく安定しない土地だったから、公の入れ替わりが異常なまでに多い。
 貴族達は答えた。


「両手の指で数えられない程度は」


 その回答に、ヴラドは低い声でこう言い放ったのだという。


「なるほど。よく分かった。諸悪の全ては君たちだ」


 自らの利益のみを追求し、その為になら簡単に公の首すらすげ替える地方貴族達こそが、ワラキアの害悪だとヴラドは断定したのだ。
 明朝。招かれた貴族の中で、もう一度朝日を拝む事ができた者は一人もいなかったという。

 串刺しにされた彼らは、街の中心部でさらし物にされた。
 その噂を聞いた多くの貴族は恐怖で震えあがったという。

 その後も彼は、凄まじいまでの反発を受けながらも、血風を身に纏いながら、武断政治を貫徹してゆく。
 公直属となる常設軍の創設。世界で最も苛烈な刑法の立案と施行。経済を牛耳っていたドイツ系商人の積極的排除。反乱を起こそうとした貴族には、容赦ない制裁が飛んだ。
 オスマン帝国に対しては、はっきりと対決姿勢を取り、ワラキアへの影響力を徹底的に削いだ。
 それらの政策の末、現在、ワラキアは一時の混迷の時代を終え、確かに一つの国家としての体をなしている。

 悪趣味なれど厳格で傑出した統治者。ドラキュラ公ヴラド3世。
 しかし、もしかしたら、生きている彼を見る事ができる時間は、そう長くないのかもとも、そんな事も思った。


「もしかしたら、それは明日や明後日なのかもしれないしね……」


 溶けて小さくなってしまった飴玉を、犬歯で噛む。小さく砕ける音がした。
 ごくりとそれを嚥下してから、すっと椅子より立ち上がり。読みかけの本を元あった場所に戻す。


「気が変わった。パーティーの準備をする、ゲオルゲ、手伝ってくれ」





 ◆ ◆ ◆





 身だしなみを整え、階段を下り、しばらく歩いた先の観音開きの扉を押し開ける。
 既に祝宴は佳境に入っているらしくて、会場の大広間では、酒杯片手に顔を赤らめた貴族が何人もいた。

 絨毯を踏みしめ、数歩前に進み出ると、幾つかの視線がこちらを向いた。
 興味深そうに頷いたり、横目でこちらを伺いながら隣の貴族とひそひそやったり、忌まわしげに視線を逸らしたり、反応は様々だ。


「分かりやすい奴らだな……。しかし初めて見る顔もかなりあると思うが、にもかかわらず、まるで皆が私を知っているような顔つきだ」


 大広間まで一緒に歩いてきたゲオルゲが、若干の茶目っ気を目元に浮かべながら囁く。


「噂になっていますから。ヴラド様が養子を取ったと」

「こういうのは、ひっそりと隠しておくべき情報だと思うのだがな、本来」

「ヴラド様は、レミリア様に堂々とワラキア公の娘を名乗ってほしいと常々言っておられますが」

「まったく本当に自分本位な男だと思うよ。初対面の赤の他人を、勝手に娘とか呼び出して、それを当然の事にしようとしている。
 ……ちなみに、ないとは思うが一応、まさかあの男、私が吸血鬼だと喧伝していたりはしていないだろうな?」

「公言しておられますが。私の娘は美しい銀の髪を持った吸血鬼だと」

「……正気かあいつ? 自身の名誉にも傷がつくだろうに」

「悪名ならもはや背負いきれぬ程だから、今更名誉の一つ二つどうでもいいとも言っておられました」

「まったく……どこまでも分からん男だな」


 私はもう一度会場を見遣った。好奇の視線が嫌でも目に入った。
 少し憂鬱な気分だったけれど、私が吸血鬼だという事実はどうやら周知となってしまっているらしく、もはやそれについてどうこうする事は出来ないのだろうと思った。
 諦めの溜息をひとつ吐き出し、止めていた足を動かし始める。
 避けたり、ひそひそ話をする貴族どもの態度は、より露骨になったようだった。

 そんな中、近づいてくる一人の貴族がいた。
 胡乱な瞳を向ける。


「なんだお前は? 私に何か用か?」


 あまりいい印象を持てそうにない男だった。
 顔立ちや服装からは、相当にいい育ちな事が窺い知れたけれど、どこか軽薄で嫌味さが滲んでいた。
 にやけた口元のせいかもしれない。
 その自信に満ちた瞳が、酷く不愉快なものとして映った。


「ふむ……吸血鬼と聞いていたから、もっと恐ろしげな姿をしていると思っていたが。
 ふふ、化け物にしては中々に可愛らしい格好をしているではないか。
 ドラキュラ公様が君に飽きたなら、私が飼ってやってもいいぞ……ふふふ」


 口元が、醜く歪むのを見た。
 第一声がそれであったから、私は第一印象がまったく的外れでなかった事を知ったのだ。
 思わず舌打ちをしていたかもしれない。


「ダン様。そのような発言が相応しい場所ではありません」

「ゲオルゲ君。君は黙っていればよろしい」


 ゲオルゲの諌め。しかしダンと呼ばれた貴族は高慢な口ぶりでそう返しただけだった。


「下衆が……」


 不快感に押し出されるようにして、呟きが漏れた。
 多分私の目つきは、ほとんど睨むようなそれになっているだろう。


「今何と言ったかね?」


 ダンの表情が一変する。どうやら、短気な性格らしい。
 まあ、私も人の事は言えないけれど。彼を罵る言葉なら、すらすらと口より出てきた。


「耳が悪いのか? それとも頭が悪いのか? ああ、なら解説してやろう。貴様の醜悪な顔つきが、声から滲みでる俗悪さが、卑小な貴様の本質が、酷く不愉快だと言ったのだ」

「……神の道理に背く卑しき種族よ。神の子孫たる我々人間に向かって、随分と己を弁えていない言葉ではないか?」


 睨みあう私とダン。
 一触即発といった雰囲気ではあったと思う。
 しかし、そんな私達に割って入って来たのは、低く、そして十分な威厳に満ちたあの男の声だったのだ。


「ダンよ? 私の娘が何か粗相でもしたかね?」


 ちぢれた長い黒髪。ぎらつく双眸。
 ワイングラスを片手に、ヴラドはそこにいた。


「……いえ、大した事ではありませぬ」


 ヴラドの姿を見たと途端、ダンはさっきまでの偉ぶった表情をやめ、すごすごと退散していった。
 急いでヴラドを呼んで来たのであろうゲオルゲの表情には安堵が浮かんでいる。


「苛立たしいかね? レミィ」
「……別に」


 ぽんぽんと、ヴラドは気安く頭をなでてくる。
 その間も私はずっと目付きを鋭く敵意に満ちたそれにしたままだった。


「……まあ、不愉快な男だというのは分かるがな。
 しかしだ。レミィ怒るな。我々支配者というのは、感情を他人を握らせる事をしてはならないのだ。
 笑え。嘲笑しろ。そして見下せ」


 お手本だと言って、彼はにやりとした笑みを私に見せつけてきた。


「そして憐れんでやるといい。彼の寿命は持ってあと三年。もしかしたらもっと短いかもだ。
 あれはワラキアにとっていらない貴族だからな。機会を見つけて、潰すぞ」


 ヴラドはしつこいまでに笑顔を見せつけている。
 私は少し呆れたのかもしれない。


「……お前は巨悪なのだな。さっきの男は頭が悪く低俗だが器が小さいだけだった。お前に比べれば幾分マシに思えてきた」

「褒めてもらって光栄だ」


 ふふふと嬉しそうに笑うヴラドに、何だか毒気が抜かれてしまったようだった。
 はぁと、疲れたような溜息を一つ洩らす。
 ヴラドは頭を撫でつづけていた。……少しくすぐったいのだけどなぁ。


「そういえばレミィ。今日参加してもらいたかったのには理由がある。今日は、ラドゥ……私の弟だが、彼がパーティーに参加しているのだ」


 唐突にそんな事を言いだしたヴラドに、私は怪訝な顔をする。


「それがどうしたというのだ? お前の親類の事など私はあまり興味ないぞ?」

「レミィがスコットランドよりやって来た時、棺は二つあったのだ。一つは私、もうひとつはラドゥが引き取る事になった。
 ラドゥが引き取った方の彼女とレミィの関係を知ったのは、しばらく経っての事だったが……」


 ぐっと立てた親指でヴラドは会場の一つのテーブルを指し示す。私はそちらの方に顔を向ける。


「あっ……」


 思わず声が漏れてしまう程度に驚いていた。
 華奢で小さな体、細い手足、可愛らしい色白な顔、ちらりと覗く犬歯。背中には、私の真っ黒なそれとは大違いな虹色の翼。


「姉妹水入らずで話をしてくるといい。ふふ、私達は邪魔をしないよう向こうに行っているよ」


 髪の毛の色は、美しい蜂蜜色。
 フランドール・スカーレット。私の妹。
 離れ離れになって、もはや会う事はできないと思っていた、最愛の妹。
 殆ど奇跡を見ている気分だった。
 
 何か考えるより先に、まず足が自然と動いた。

 ――謝らないと。

 胸の中、呟く。
 そう私は謝らなければならないのだ。
 あの冬の夜を。
 縋るような彼女の手を、残酷にも振り払ったあの冬を……。

 彼女は許してくれるだろうか?
 不安でいっぱいになりながら、考える。
 あと数歩の距離。
 ともかく、謝らなければ何も始まらないと、声をかけようとして……。

 しかしその決意はあっさり打ち砕かれた。

 私は見てしまったのだ。
 凍りつくような冷たい瞳を。突き刺さるような鋭利な視線を。
 汚らわしい物を見る目だった。

 一瞬私の姿を視界に捉えた後、フランは露骨に視線を逸らし、再びこちらを見る事をしない。
 そのまま彼女は後ろを向く。遠ざかっていく。
 大事な妹の背中が、徐々に小さくなってゆく。私と彼女を隔てる数歩の距離が、まるで万里のそれでもあるかのように、酷く遠く思えた。


「フラン……」


 伸ばした手は行き場を失っている。
 引きとめる事はおろか、何か一声かける事すらできなかった。
 だって、私ははっきり悟ってしまったのだから。


「私はもはや、お前にとって姉ではないのだな……」


 フランは私を許さないのだ。きっと何があろうとも。
 当然と言えば、当然か……。
 フランを、最愛の妹を、手にかけようとしたのは、他ならぬ私。
 彼女の信頼と、生きたいという願いを、身勝手にも踏みにじったのは、他ならぬ私。
 それなのに今更、姉のように振る舞うなど、あまりに恥知らずな話……。

 自嘲した。
 今、私の涙が流れたとしても、それはきっと酷く乾いていて不誠実なそれなのだろう。
 悲しむなど、私には思い上りが過ぎるのだから……。

 きっとフランは、今の再開など忌まわしい記憶として、すっかり忘れた事にしてしまっているのだろう。
 視線の先。フランは何事も無かったように笑顔を浮かべ、親しげに貴族と談笑をしていた。
 艶やかな黒髪と、端正な顔立ちを備えた細身の青年だった。どこか目元にどこかヴラドの面影があって、なるほど、彼が弟のラドゥなのだろう。

 情けなく歪んでいるに違いない表情を見られたくなくて、私は顔を俯けた。
 あるいは、あんなフランを見ていられなくなったのかもしれない。

 しばらくそんな風にしていると、ヴラドが戻って来た。私に声をかける。


「妹とは話ができたかね?」

「ああ、お前の弟も見たぞ……兄弟という割には随分と顔立ちが違うのだな。あいつは文句なしの美男子だが、お前の顔は子供が見たらきっと泣くぞ?」


 殆ど食いしばる様にして、皮肉を絞り出した。


「レミィのところは、妹の方も大層な器量よしで羨ましいかぎりだな。
 ところで、今日はもういいのかね? もし妹と離れていて寂しいというなら手配するが。なんなら宮廷に住まわせるようにしてもいい。
 ラドゥに頭を下げる事になるが、それくらいはするぞ」


 それができたなら、どれほどいいだろうと思った。
 しかし、それは、もはやどうやっても望めない、いや、望んではいけない事なのだ。
 今までで最もありがたいと思ったヴラドの好意を、しかし私は、退けなければならなかったのである……。
 心が捩じられ、千切れてしまう錯覚を見ながら、私は声が震えるのをこらえて、決別の言葉を吐き出した。


「……いや、いい。どうもあいつとは折り合いが悪くてな」

「そうか……」


 自嘲するような笑いを一つ零し、ヴラドは続けた。


「……私も弟とは酷く仲が悪い」


 もしかしたら、ヴラドも泣きたいのかもとか思った。
 馬鹿げた推論かもしれない。この男の冷酷さはよく知っていたから。
 でも、その時の彼の表情は、遠い昔を見るような、どこか後悔を滲ませているような、初めて見る表情だったから……。
 私は何も言えなくて、ただ押し黙っていた。





 結局その後は、それ以上その場に居続ける事が出来そうになくて、私は体調が悪いと言って大広間を抜け出した。
 窓が開いたままの冷え切った自室。ドレスを脱ぐ事もせず、ベッドに倒れ込む。

 喪失が決定的になってしまったから。
 フランと一緒に遊んだスコットランドの思い出と、あの冷たい瞳が、交互に、私の頭を周り廻っていた。
 それは嫌味なまでにはっきりとした映像として思い出せて……。

「フラン……フラン……!」

 何度も、何度もその名を呟いた。呟く度私の顔はぐちゃぐちゃに歪んでいった。

 血縁を切ったのはあいつの方で、それはとても正当な事で、私には異論を挟む権利などなくて。
 華奢なあいつの心に私が刻んでしまった傷が深すぎて、だから他人でなければならないのだ、私達は、もはや。


 布団の中に潜り込んで、体を丸めて泣いた。
 ぐすぐすと、みっともなく。
 泣く必要があった。決別をするために。姉である事を辞めるために。
 この涙はどれだけ泣けば枯れてくれるだろうか? 枯れればこの未練はすっかり乾いてひび割れてくれるだろうか?
 長い、長い夜。月のない暗夜の事だった。

 早朝。真っ赤に目を腫らした私はその理由を強引に言い繕ったのだと思う。
 ヴラドは少し釈然としない顔をしながらも、ふむと頷くと、ラドゥが自らの所轄する領地へ、フランと共に戻った事を私に告げた。

 私は短く「そうか」と返した。

 それ以来、私はあの冬の夜の夢を見ていない。



















 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

















『私は友情を綺麗ごとに終わらせず、できるだけ思いきって粗野に扱いたい。真の友情はガラスの紐や窓の霜模様のように脆く、儚いものではない、この世でもっとも堅牢なものである』
 〜ラルフ・ワルド・エマーソン


 第二幕 〜1459年春、北東の肥沃なる黒土にて。あるいは巨人。もしくは奇特なる友情〜



「レミィ、戦争をしようか?」


 晩餐の折、たった今思いついたように彼が言い放ったその台詞がそもそもの発端だった。

 メインディッシュの鹿肉のソテーをもぐもぐと咀嚼し、ごくりと飲み込んでから、考える事数秒。
 しかし、やっぱり質問の意図はよく分からなくて私は「は?」と聞き返したのだった。

 それから数日の後には、私の体型に合わせた小さな鎧が城下町の工房より届く事となった。
 吸血鬼の体。ちょっとした傷ならすぐ塞がるから鎧はいらないと言ったけれど、ヴラドがないよりあったほうがいいと言うから、仕方なく私は軽く動きやすい皮製のそれを頼んだ。


 そして今。私は彼の操る馬の上にちょこんと乗っかり、異国の大地を駈けている。
 ちらりと後ろを見れば、ヴラドに付き従う、鉄の防具に身を包んだ軍勢。ワラキアの常設軍に所属するおよそ五百名の兵士達。
 雪解けの季節。私達は戦場にいた。





 ◆ ◆ ◆





「モルドヴァに攻め入ろうと思うのだ」


 あの晩餐の日。怪訝そうな顔を隠そうともしない私にヴラドが告げた言葉だ。

 モルドヴァ。頭の中で世界地図を広げる。
 そう、ワラキアの北東に隣接する公国だ。


「その土地を分捕ってどうするつもりだ? 正直今のワラキアは自国の事だけで手一杯だろう? 戦で得られる物がよっぽどでないと、利はないように思うが」


 確か私はそんな質問をしたはず。


「モルドヴァは肥沃な土壌を持つ国だ。それにキリアがある。東西交易の要衝となる港街だ。まあしかし、今回はそれを貰いに行くわけじゃない。義を通す為に戦をする」

「義? お前ほどその美徳が似合わぬ男はいないと思っていたが」

「ふふ、私はこう見えて、約束は守る男だぞ」


 その時私が彼に呆れたような視線を向けていたのは間違いない事だ。
 しかし、別に人間のくだらない領土争いに興味があるわけではなかったのだけれど、変化の乏しい宮廷での暮らしに退屈していたのも確かで。
 それで、何だかんだやりとりがあった後に、結局私はその戦に付いていく事を了承してしまったわけだ。

 それからのヴラドの動きは速かった。
 三日を待たずして、侵攻の準備が完全に整ったというから、相変わらずの辣腕である。

 出陣は今日の朝早く。首都トゥルゴヴィシュテを発った五百人の兵士は整斉と行軍をしている。
 常備軍が組織されたのは僅か数年前の事だと聞いていたが、その割に練度はとても高いように見えた。
 貴族の反乱があれば真っ先に出動するのが彼らだから、実戦の経験は案外豊富という事なのだろう。

 一週間ほどで私達は目的地。モルドヴァの国境に到達する。夕刻だった。
 馬上。手綱を握るヴラドの手と手の間に挟まれるようにして鞍の上に座り、薄雲の間から洩れる橙色の日差しを遮るように日傘を差しながら、私は国境の向こうを見た。

 広がる森林の中に木製の、どうやら急造したらしい防壁がいくつか。数人の兵士が頭を覗かせていた。
 ちょっとした砦のような物も見える。ここを防衛している兵士は案外多いらしい。
 それを見て私は、予てから抱いていた疑問について彼に尋ねてみた。


「なぁヴラド……ずっと思っていたんだが。私達の兵士……少なすぎやしないか?
 確かにモルドヴァは小国だし、それほど多くの兵が集まる土地じゃないだろうが、それでもお前が連れてきた兵隊よりはずっと多くの戦力を動員できると思うぞ」


 これは一貴族の反乱とか、そういう規模の戦いではない。国家一つを落とそうというのだ。
 五百という戦力は明らかに少な過ぎると思えた。
 しかし、そんな私の心配をよそに、ヴラドは自信満々な口ぶりで答える。


「心配はいらないレミィ。この戦いはハンガリーとの共同作戦。わが師フニャディ・ヤーノシュが鍛えあげた精強なるハンガリー軍二千五百が、同時に進撃を開始しているのだ。
 国境を超えた先で落ちあう手はずになっている。合流すれば我々の数は三千。モルドヴァのような小国を落とすには十分な数だ。
 それにだ。戦争は数で決まると言うのは確かにある程度正しいが、それ以上に大切なのは指揮官の才能だ。私は戦争の勝ち方をよく知っているぞ。
 ゆったり眺めているといい。一カ月。それだけあれば十分だろう。若葉が萌ゆる季節が来る前に、モルドヴァ公の首を城門に飾ってみせよう」

「なるほどな……」


 流石に五百人だけで他国に攻め落とそうなんて暴挙をヴラドは企んでいなかったらしい。
 ハンガリーは存分に大きな国家だ。その軍勢が一緒に攻め入ると言うのなら、モルドヴァ陥落は一気に現実味を帯びたものとなる。
 しかし。


「差し当たってどうするつもりだ?」


 ハンガリー軍と合流するためには、まずこの国境を越えなければならないのだが、その為には、当然この国境を守るモルドヴァ軍をワラキアの戦力だけで撃破しないといけないのだ。
 ざっと見た感じ、守備隊の数は数百人程度。負ける事はないと思うが、彼らも必死だろうし、手痛い反撃を食らう事は十分あり得るように思えた。
 私の問いに、数秒思案するような顔をして、ヴラドは元の自信に満ちた顔つきに戻る。


「まったく問題はない。これより行うのは、尋常の戦争ではない。ヴラド・ドラキュラの戦争だ。
 その指揮は、国境を守る彼らにとって、想像を遥かに超える物となろう」


 傲岸なまでの自信が彼の表情に宿る。
 ヴラドはポンと軍馬の腹を蹴ると、くるりと後ろに振り向かせた。
 五百の兵士達の視線がヴラドに集まる。それに満足そうに頷いたヴラドの演説調な声が朗々と響きわたった。


「兵士諸君。待たせたな。
 モルドヴァとの開戦が、いよいよ目前へと迫っている。
 しかし何も気負う必要はない。いつもと同じように、心に秘めた闘志を、静かに研いでいてくれていればいい。
 そう、いつもと全く同じなのだ。いつも我々がそうしているように、我々はこれより霧となる。まったく見通しの聞かない、深い深い霧だ。
 彼らは姿掴めぬ我々に、惑い、怯え、判断がつかなくなるのだ。
 そして、我々は一瞬を以って毒蜂に豹変する。最も苛烈な一刺しによって、彼らの中枢は、深く、再生不可能なまでに抉られるのである」


 兵士たちは諾と頷いただけで、鬨の声を上げる事はしなかったが、燃え立つような熱気を私は感じていた。
 彼らは闘争を望んでいるのだ。
 士気の高さに満足したのだろう、ヴラドはひとつ大きく頷くと、再び国境の方へと向き直る。


「さて……間もなく日が沈む。世界が墨色に塗りつぶされてからが本番だな」





 ◆ ◆ ◆





 暗夜が訪れる。
 先の演説の通り、ヴラドの軍が動き始めたのは、それはそれは静かな足音を以ってだった。
 そっと近づく霧の気配に、モルドヴァの兵士達は果たして気付く事が出来ただろうか?
 包まれれば即命奪われる、恐ろしい濃霧の正体を看破する事ができただろうか?

 一際強く吹いた風に、森林が不穏にざわめいた。
 甲高い叫びが一つ上がった。断末魔だ。
 腹をばっさり裂かれたモルドヴァの若い兵士の体が、ぐたりと崩れ落ちる。
 それがワラキア軍豹変の合図となった。

 完全に虚を突かれたモルドヴァの国境守備隊は大混乱に陥った。
 錯綜する情報に、指揮系統も保てないまま、為す術もなく兵士達が斃れてゆく。
 白刃が月光に煌めき、守備隊の指揮官らしい将校の首が飛んだ。
 逃げ惑う兵士達の心臓に、容赦なく槍が突き立てられた。
 彼らが全滅するのに、夜明けを待つ必要はなかった。本当に、あっという間だったのだ。

 お手本のような夜襲だった。
 ワラキア軍の損害は極々軽微。
 ヴラドは、この程度当然だとばかりの笑みを浮かべていた。

 国境では今頃、積み重なる屍に森の獣や野鳥がたかっているんじゃないだろうか?
 今となっては確認する事はできないのだけど。
 日の出の頃には、私達の軍勢は既に、国境を遠く後ろにした、モルドヴァの国土深くまで達していたのだから。




 ◆ ◆ ◆




 国境越えからおよそ一日の行軍を挟んで、私達はモルドヴァの丘陵地帯に到着する。
 短い草木が隙間なく生えた緑色の大地が、視界一面に広がっていた。
 少しばかり日差しは強かったから、日傘の柄を心もち強く握って、私は馬上にいた。

 何かを見つけたように、ヴラドが丘の向こうに視線を向ける。私も同じ事をしてみる。
 最初はちらほらと、しかしじきに膨大な数へと。兵士。行軍をする兵士たちだ。
 皆、白を基調とした鎧を着ている。モルドヴァの兵士のそれよりも、遥かに上質そうに見えるそれだ。


「もしかして、あれがハンガリー軍か?」

「その通りだレミィ」


 にぃと、例の自信に満ちた笑みを私に向けた後、ヴラドは丘陵に向かって手を振った。
 ヴラドの視線が注がれている辺りと見てみれば、移動中の大量の兵隊たちに混じって、異彩を放つ一つの隊があった。
 フルプレートの鎧に身を包んだ騎兵隊。
 竜を模した旗印がはためいていた。

 隊長らしい男がこちらに気付いたらしい。
 手を振り返し、私達に向かって移動を始める。騎兵であるから到着までは早かった。


「ヴラド、お久しぶりですね」

「ああ、久しぶりだな。私が公についた時以来だから、四年ぶりになるか」


 ヴラドと彼が挨拶を交わす。
 純白の甲冑を身に纏い、白馬にまたがる彼。
 年の頃はヴラドの少し下といったところだろうか。
 丸い顔には愛嬌がある。育ちは良さそうだが、その腕は太く、掌の皮膚は胝で分厚くなっていた。
 相当に長い年月、剣を握り続けてきた人間の手だ。


「おや、ヴラド? そのお嬢さんは?」

「私の娘だよ」

「娘!? いつの間に?」

「いや、勘違いはしないでくれ……こいつが勝手に言ってるだけだ。そもそも私は……」

「ははは、紹介しよう! 彼はシュテファン。かつてのモルドヴァ公ボグダン2世の息子で、私の友だ」


 私が並べたてようとした文句の数々を遮るように、ヴラドが強引に白馬の彼の紹介をやりはじめる。
 彼の顔を見上げる様にしてぎろりと睨んでやると、なだめるつもりなのだろうか、わしゃわしゃと頭を撫でてきた。……だからくすぐったいんだって、それ。
 

「シュテファン3世。ヴラドとは共にハンガリーへ亡命し、フニャディ・ヤーノシュの元、共に己の研鑚に励んだ、最も親密な友人です」


 自己紹介を終えたシュテファンがにっこりと笑む。
 ヴラドの親友だというのが信じられないほどに善良な笑顔だった。


「今回の戦は、彼の手にモルドヴァを取り戻させるためのそれなのだ。
 二人命からがらになりながらハンガリーに亡命した時誓いあったのだよ。二人して公位を取り戻そうと、そしてそのため互いに協力は惜しまないとな」

「ヴラドには感謝しています。おかげで私は父の仇を討ち、モルドヴァの地を取り戻す事ができそうですから」

「……そう言えば、義がどうとか言っていたな」


 出陣三日前の晩餐やり取りを思い出す。
 約束を守るために兵を出したとするなら、あの言葉は本当だったわけだ。
 少々驚いたけれど、でもそういえばヴラドは私の前で嘘をついた事は今まで一度も無かったなとか、そんな事も思う。
 やる事なす事全てが過激で常軌を逸しているが、その実ヴラドはまっすぐで正直な人間だ。……まあ、それだけに性質が悪い部分が沢山あるのだけれど。


「ところで、レミィ。自己紹介はまだかね?」

「は?」


 にやにやと意地悪にヴラドが笑いかけてくる。シュテファンの方を見れば、何を期待しているのか、彼も目をきらきらさせていた。
 私が自ら自己紹介をする事を期待しているらしい。
 むぅと、思わず小さな唸り声が漏れる。
 正直気は進まないのだけれど、この雰囲気の中、逃げを打つのも何だか負けた気がして、だから私は、ぼそぼそと呟くように、口を開いた。


「レミリア・スカーレット……出身はスコットランドだが、訳あって今はワラキアのやっかいになっている」

「スコットランド。昔、研修で一度だけ訪れた事があります。グラスゴー大学とセントアンドリューズ大学にそれぞれ一月ほど滞在しましたが、とてもいい所でした」


 セントアンドリューズ大学はスコットランドで最初の大学であり、グラスゴー大学はそれに続く第二の大学だ。創立は十年前かそこらだったように思う。
 ……実は私は、セントアンドリューズとかグラスゴーみたいな都会を、あんまり詳しく知らなかったりするのだけど、まあそれは殊更口に出す事でもないだろう。

 シュテファンは例の善良な笑顔を湛えたまま、よろしくと挨拶を続けた。
 そもそもヴラドみたいなのに友人がいるというだけで驚嘆するべき事なのに、それがこうも善良そうだと、私は何となく困った気持ちになってしまう。
 黙っているのも何だか悪い気がして、仕方なく私もよろしくと返したのだった。


「ところでマーチャーシュはどこだね?」

「ああ、彼なら、さっき移動中のモルドヴァ小隊を遠くに発見したとかで、親衛隊を引き連れて襲撃しにいきましたよ」

「相変わらず気が早い男だよ。まあ、大胆さと決断の速さは彼の優秀なところでもあるがな」


 私の頭上で、唐突に私の知らない名前が飛び交い始める。
 あんまり絡まれるのも嫌いだが、会話の中、置いてけぼりにされるのも、それはそれでまた何となく愉快じゃない気分だった。
 そんな会話が数分続いて、とりあえず援軍に行こうかという事で話はまとまったらしい。
 一足先に向かうと言い残して、騎兵隊を率いて丘陵の向こうへ駈けるシュテファンの背中を見送りながら、私はどうも不機嫌な声そのままに口を開いた。


「とりあえず、か……随分適当なんだな」

「マーチャーシュというのはそれだけ優秀な男なのだよ。彼ほどの指揮官なら、今頃襲撃した部隊を殆ど壊滅せしめてるだろう」

「そうか……」

「レミィ。もしかして怒ってるのかね?」

「別に……それよりもいいのか? 援軍にいくんだろ?」


 この不機嫌は、多分会話に置いていかれた事だけが原因じゃないのだと思う。
 ヴラドという男は、少なくとも軍事においては極限までの緻密さを追及する男だ。
 その才覚は、認めざる得ない。

 寡兵で大軍を撃破する技術。大軍で寡兵を押し潰す技術。それは殆ど芸術の域にある。
 今の私にはどうやっても彼の用兵は真似できないだろう。
 尊敬……そう言ってしまうのは少々苛立たしくもあるけど、そういう感情が私の中で芽生え始めているのは間違いない。

 なのにあいつは、とりあえずとかいい加減な事を言いだすから……。
 実は私は勝手に期待して、勝手に失望して、それだけの事なのかもしれない。
 ……そう考えると、それはそれで腹立たしい事だけど。

 軍馬の腹を踵で乱暴に蹴り飛ばし、無理矢理に足を動かさせる。ヴラドは慌てて手綱を握り締めた。
 目的地は目の前の丘陵の先。とりあえず……、そう、とりあえずだ。そのマーチャーシュとやらの面を拝んであげようじゃないか。




 ◆ ◆ ◆




 その街道は、小高い丘陵を二つほど超えた所にあった。丘と森林に挟まれるようにして、南北に伸びる街道。
 物資を輸送だったのだろう。ホロつき馬車が道路の上に三台ほど放置されている。

 それを守る様にして陣形を取るモルドヴァの小隊と、彼らを包囲しているハンガリーの親衛隊たち。戦闘は既に始まっていた。
 私がそれを目にしたのは、その時だ。

 私がスコットランドにいた頃。ケアンゴーム山はしばしば家族で訪れた土地だ。
 そこには普段私達に構ってくれない父もいた。私にとって家族らしい記憶がある唯一の場所と言っていいと思う。

 冬になれば深く雪が積もるから、フランと一緒によく山頂からソリで滑り降りたものだ。
 森林の少ないスコットランドでは珍しく緑深い土地でもあった。何千もの巨大な針葉樹が天を向く。

 そんな一本を見ているようだった。
 いや、腕そのものが丸太のようだったから、胸囲はもっと太いのだろう。背丈はどう小さく見積もっても私の二倍はあった。
 右手で握る両刃剣が振り回される。大雑把に。しかし明らかに尋常でない破壊力を伴って。

 弾けたという表現が適切なのかもしれない。裂けた腹より臓物を吹き上げながら吹き飛ぶモルドヴァの兵士を見た。理不尽な腕力で振るわれた大剣の前に、牛皮の鎧程度では何の役にも立たなかった。
 左手の剣もまた振るわれる。兵士二人の頭がまとめて無くなった。切り落とされたというよりも、頭蓋を粉砕されたという感じだった。
 彼の大剣は、私の故郷スコットランドのハイランダーどもがよく使っていたクレイモアによく似ている。
 しかしあれは本来両手で扱う剣だ。
 それを片手に一本ずつ、玩具のように軽々振り回す彼というのは、人間というより、私と同じく妖の領分にいる存在のように思えた。

 巨人。
 圧倒的な武勇をして、最前線で屍の山を築きあげ続ける巨人。
 援軍として駈けつけた私達の目の前に姿を現したのはそれであったのだ。


「ほう、随分と久しぶりに見たが、流石の一騎当千ぶりだな」


 ヴラドが呟く。
 私は殆ど吸い寄せられるように巨人の姿を見ていた。
 迫力が桁違いだった。
 先ほどまでの不機嫌も忘れてしまいそうだった。


「なぁ、あれがマーチャーシュか?」


 そうだとしたなら、先ほどのヴラドの発言も頷ける。
 あれだけの存在に、心配をするなど、どれだけ考えてもいらぬお世話だ。
 援軍などなくても、小隊程度なら一人だけで全滅させる事ができるんじゃないかと思った。


「いや、彼はマーチャーシュの部下だ」

「あれが部下だというのか? ならマーチャーシュはどいつだ?」

「まあ、大体の指揮官というのは、一歩引いた所で戦場全体を俯瞰しているものだ」


 少々興奮していたのかもしれない。若干思考が短絡的になってしまう程度には。
 だが、確かにちょっと考えればヴラドの言うとおりだった。
 戦死のリスクを鑑みれば、指揮官自ら最前線で突撃をかけるなど愚の骨頂である。
 しかし興味はあった。
 あんな巨人を使いこなすのだ。どれだけの男か、それは当然気になるではないか?


「しかし実にいい用兵をする。また指揮が一段と鋭くなったと見えるな。齢18にしてあの敏腕だ。いずれは父親を超えるのかもな」


 ハンガリー兵の戦いを見て、ヴラドが感心したように言う。
 巨人の活躍が目立ち過ぎるせいで、あまり注目していなかったのだが、確かに言われてみればハンガリーの各兵士の動きは素晴らしく的確だった。
 洗練された集団戦法が、統率のとれていないモルドヴァの兵士を一人ずつ確実に減らしていく。
 そんなハンガリー兵の少し後方にあって指揮を執る若者がいた。
 彼がそのマーチャーシュなのだろう。

 肩まで伸ばしたさらりとした金髪。細い体つきに目付きもまた細く、唇は薄い。風貌に怜悧な印象を持った。


「ほう、結構な美男じゃないか」

「ああ、しかし、見ての通りただの優男ではない。氷河のように冷徹な判断力と、烈火の如き闘争心があの細い肉体には備わっているのだよ」


 巨人の振るう大剣がまた兵士二人の頭を砕いた。隊列を組んだハンガリー兵士達の隙間ない槍の突刺が三人の兵士の腹を貫いた。
 この瞬間、モルドヴァの小隊より、抗戦ができる戦力は全て失われた。全滅である。
 残された馬車のホロには、飛び散った血液が生々しく付着していた。

 マーチャーシュは巨人に何か言い残すと、乗っていた馬の頭をこちらに向け、移動してきた。
 巨人は兵士を整列させている。もしかしたら彼は親衛隊長の位置にいるのかもしれない。

 マーチャーシュと共に、途中から一緒に戦っていたらしいシュテファンも私達の元にやってくる。
 馬にしておよそ一頭身の距離。彼らと私達はついに邂逅を果たした。
 ここまで近づくと、マーチャーシュの顔の作りはさらに鋭角に見えて、冷徹そうな印象が更に強くなった。


「流石の用兵だった。フニャディ・ヤーノシュのそれを見ているようだったぞ」

「やめてくれ。私の軍略など、父のそれに比べればまだまだ足もとにも及ばん」


 指揮中ずっとそうしていた難しい顔を崩す事もせず、マーチャーシュはヴラドの褒め言葉に答えた。
 それとなく有能さと謙虚さが伝わってくる口ぶりは、戦闘の直後だというのに落ち着き払っている。
 年相応のそれには聞えなかった。胆がどっしりと座っているのだろう。
 多分、あの年で相当な修羅場を潜ってきているのだと思う。


「レミィに紹介しよう。彼は、ハンガリー王マーチャーシュ・コルヴィヌス。ハンガリーの未来を背負う男にして、この戦の仕掛人だ」

「見てのとおりまだ若いですが、才覚は折紙つきです。何と言っても彼はフニャディ・ヤーノシュの息子。そしてその血統を最も濃く継ぐ者」


 ほう、と私は思わず頷いた。
 なるほどハンガリー王か。それなら器の大きさを感じさせる雰囲気も納得できる。
 ハンガリーは大国だ。この東欧中欧地域においてはポーランドに次ぐ勢力を持つ。
 対オスマンとの戦いにおいて数々の重要な勝利を収め、バチカンローマ教皇の覚えもいい。

 ただそんなハンガリーも、数年前の摂政フニャディ・ヤーノシュの死によって随分と国内が混乱した時期があったと聞く。
 ワラキアがそうであるように、ハンガリーも地方貴族の力が強い国家だ。
 そんな中、才覚一つで国内をまとめ上げ、隙あらば国内に介入しようとしてくるポーランドや諸外国の狡猾な外交や策謀と渡り合い、玉座に座り続けているのがマーチャーシュなのだという。
 それなら、あのフニャディ・ヤーノシュの息子と言われても、納得できる。


「不才の身だがな。しかし父が骨格を作り上げたハンガリーという国家に無様な罅を入れぬよう、不才なりに努力はしているつもりだ。
 マーチャーシュ・コルヴィヌス。通称は正義王。紹介にあったとおり、ハンガリー王にしてフニャディ・ヤーノシュの子だ」


 眉と口元がもぞもぞと動き、マーチャーシュの顔つきがより難しいそれになる。
 難しい顔を無理に柔らかくしようとして、失敗してしまったような顔だった。
 どうやら笑顔は苦手らしい。
 今も、もぞもぞと眉を動かし、頑張って笑みを作ろうとしている。そんな様子が少し可愛いらしくて。
 中々面白い人間だと思った。

 だからかもしれない。自分から自己紹介するのに、それほど嫌な感じはしなかった。
 その後は、さっきシュテファンにやったのとあまり変わらないやりとりを経て、しばらくの談笑を挟んでから、マーチャーシュは次の作戦地へ向かうと言って、私達の元を去った。

 その際、移動する巨人と偶然目が合った。
 私は左目を閉じウインクしてみせる。
 そんな私に巨人はしばらく目をぱちくりしていたれど、こちらの意思は大体伝わったのか、最後に手を振り返す事をしてくれた。


「さて、私達も行くか」

「そうだな」


 気がつけば先ほどの不機嫌は完全に消し飛んでしまったようだ。
 軽く笑みさえ浮かべて、私はヴラドの言葉に同意してみせる。
 馬蹄が乾いた音を響かせ始めた。
 思えば、マーチャーシュも巨人も、実に興味深い出会いだった。機会があればまた会ってみたいものだ。




 ◆ ◆ ◆




 その後のモルドヴァ攻略戦の顛末である。
 急襲と夜襲、待ち伏せを得意とするヴラド。あの柔和な顔つきとは裏腹に、奸智に長けた用兵をするシュテファン
 大軍で圧倒する王者の戦いをしながら、時に少数の手勢を引き連れ、電撃戦を以って致命的な打撃を与えるマーチャーシュ。
 三者が三様に一流の指揮を振るった。

 次々と突破されるモルドヴァの防衛線。
 ハンガリー軍がどこどこで砦を落としたとか、シュテファンがどこどこの部隊を壊滅させたとか。
 矢継ぎ早に知らされる戦果が、もはや戦局が完全に私達に傾いている事を教えてくれた。殆ど一方的な殲滅戦である。

 港街キリアでの市街戦を難なく勝利で終えたヴラドは、マーチャーシュとシュテファンの合流を待って宮廷に踏み行った。
 かくして最初の宣言通り、キリアの城門には一か月を待たずして、モルドヴァ公の首がさらされる事となったのである。




 ◆ ◆ ◆




「新たなモルドヴァ公の誕生を祝って、乾杯!」


 そんな音頭で始まった宴。時刻ならもう深夜になるというのに、会場を包む熱気は一向に収まる気配を見せない。
 乾杯の頃には、感極まったように涙をぼろぼろ流していた新モルドヴァ公シュテファンも、今は例の善良な笑みを浮かべ、挨拶にやってくる貴族達とにこやかに言葉を交わしていた。

 マーチャーシュは、やはり難しそうな顔でいるけれど。でも、あれが彼なりの祝福している顔なんだろう。
 ぴくぴくと動く眉に、頑張っているのがひしひしと伝わって来た。

 先ほど、十杯目になるワインを飲み干したヴラドは、グラス片手にそれはそれは機嫌良さそうな表情をしている。
 無論顔は真っ赤だ。
 ちょっと飲み過ぎじゃないかと呆れ声で聞いてみたら、「今日は無礼講だからなハハハ」と、微妙に文脈の合ってない答えを返された。
 紛う事なき酔っぱらいである。
 普段あまり飲まないのに、一気にあれだけ飲めば当然そうなると思う。

 そして私。
 ……さっきヴラドにあんな事を言っておいて何なんだけど、どうやら飲み過ぎているのは私も一緒らしい。
 足をもつれさせたまま、テーブルに向かってすてんと転倒し、上に置かれていた料理皿数枚を盛大にかち割ってしまった時、酔っ払っている事をようやく自覚した。
 一斉にこちらへ向けられる視線に私はどうも気まずい気分になって、

「……ちょっと夜風に当たって来る」

 と言い残すと、ふらふら千鳥足のまま、逃げるように会場の外へ出たのだった。




 モルドヴァ宮廷の庭園は、深夜特有の静謐さが支配していた。
 見上げれば一面の星々と大きな月。
 この季節、日が沈めば気温はぐっと下がってしまうのだけど、少し肌寒いくらいのこの気温が、火照った体には心地よく思えた。

 さしたる目的地もなく、ぶらぶらと宮廷の敷地を歩き回ってみる。
 もしかしたら何か面白いものと遭遇するかもしれないし。
 静かに吹く夜風。少しずつ頭が冴えてゆくのが分かった。

 裏庭に到着したのは、歩き始めて二十分程度経った頃だと思う。存外敷地は広かった。
 丁度月明かりが建物に遮られてしまうので、周りと比べて一段暗くなっているこの場所。
 城壁、古井戸、今は使っていないらしい厩舎。
 目についたのはそんなところである。さして面白い物もなくて、すこしがっかりする。
 しかも少し湿っぽくて変な虫が出そうだったから、早々に別の場所へ移動しようとか考えて。


「怪しい奴。何者だ?」


 険呑に言い放たれたそんな言葉が耳に入ったのは、その時だった。
 振り返ると人影がある。それも途方もなく大きな。


「答えなせえ。でなければ、あっしはあんたをマーチャーシュ様の命狙う狼藉者と判断して、捕まえねばならなくなる」


 月光の影。殆ど真っ暗なこの空間にあって、それでも認識できる巨大さ。
 丸太のような腕。それよりも太い胸囲。

 私は多分この時、まだ随分と酔っ払っていたのだと思う。
 あるいは、私を娘と呼ぶ悪趣味なあの男に、少々影響されていた部分もあるのかもしれない。

 彼の問いに、敢えて私は押し黙ったままでいた。
 そうした方が面白い事になるのが分かっているからだ。口元はにやりと釣りあがっている。


「返事はなしと。已むをえませんな……失礼しやす」


 彼が一歩私に近づく。小山が動いたようだと思った。
 その太い腕が私に伸びた。
 私の釣り上がっていた口元は更に壮絶となった。

 彼の腕が伸びるのに対応するよう、私も同じように手を伸ばす。
 彼の大きな手に、私の小さな手を絡める。
 ついでに少し力を込めて、ぎゅっと握ってみた。きっと想像以上の握力を感じて、彼はびっくりしただろう。
 夜闇に塗りつぶされた表情が、しかし確かにぎょっとしたような変化を見せたのだ。

 私はまだ幼い吸血鬼だから、父がそうしていたように自在に空を飛んだり、魔力を飛ばしたりという事はできない。
 それができる様になるにはもう少しの時間が必要だと、自分では思っていた。

 しかし、腕力。それに関しては、今の時点でも並みの人間の数倍はあると自負している。
 単純な、力と力の比べ合いを、一度してみたかったのだ。

 私が込める力に対抗するよう、彼も私の手を握り返してくる。
 彼の肉体は、やはり見かけ倒しのそれではなかった。ぼっこりと隆起した上腕の筋肉。野牛のように太い首。
 魁偉な風貌に相応しい力強さを有している。
 ぎりぎりと、骨が軋んでいるような感覚がした。力一杯まで握り締めた私と彼の握力は、今や間違いなく万力のそれを凌駕している。
 ずるずると、足もとでそんな音が聞こえた。靴が地面と擦れる音だ。

 比べ合いは、握力を比べる段階の次……すなわち押し合いの段階に入っていた。
 上腕、胸筋、体幹、大腿。その他おおよそ全ての筋肉を動員し、ただ目の前の彼を押すというだけの行為に、全神経を傾ける。


「ぐ……ぐぐぐ……」


 彼の噛みしめたような呻きが聞える。必死さが伝わってくるような呻きだった。
 彼にも矜持があるのだろう。こんな何処の馬の骨とも分からぬ輩に、力比べで負けるなんて、どれほどの屈辱だろうか?
 圧力にじりじりと、私の体は後退していく。

 たらりと私の頬に汗が流れたのは、筋肉の負荷だけが原因ではないだろう。
 つまりは、彼の剛腕は想像以上のものだったと言う事だ。背筋がけたたましく悲鳴を挙げている。他の筋肉も軋みが大きくなっていた。長くは持たないだろう。
 私にとってこれはあくまでお遊びだった。全力の力比べができればそれだけで満足する。……そのつもりだったのだけど。
 どうやら、何だかんだで私は、吸血鬼という種族に誇りを持っているらしい。
 最も畏怖されるべき西洋随一の妖魔。それが容易く人間などに敗北してはならないのだ。


「うおぉぉぉぉ!」


 割かし恥も外聞もないような咆哮を上げ、私は力いっぱい大地を蹴った。
 彼も既に限界が近かったのだろう。こらえるだけの力は既になかったらしい。
 均衡は破れ、彼は勢いよく後方に吹き飛ぶ形となった。もちろん、押す事にだけ集中していた私も同様の結果となる。
 飛んだ距離は思いのほか大きくて、先ほどまで建物に遮られていた月光がまぶしく私達を照らしていた。

 彼は背中を地面にべったりくっつけて、私に押し倒されたような体勢になっている。
 この体勢は、見る人がいれば誤解されかねないなと、触れていた分厚い胸板から手を離し、私はすっと立ち上がる。
 そして彼の顔を見下ろし、一言声をかけてみた。


「ひさしぶりだな。巨人」


 巨体に禿げ上がった頭。いかつい顔。
 そう、彼はマーチャーシュの元、一騎当千の活躍をしていたあの巨人だ。
 思わぬ再開に、気分はわくわくしっぱなしだった。
 巨人はしばらく私の顔を、目をぱちくりさせながら眺めていたけれど、はっと思い出したような顔つきになると、一気に起き上がり、私に平伏した。


「こ……これは、ドラキュラ公様のお嬢様! 失礼しやした!」


 ……ちょっとこの反応は想定外だった。
 図体はでかい癖に、案外気は小さいのかも?
 いや、というより、奴隷気質というか、そういうのが染み付いている人間なのかもしれない。
 言葉遣いを聞いていると、きちんと教育を受けた人間のそれではない。案外この予想は当たっているのかもとか思った。
 びくびくと、怯えるような目付きで彼は私を上目づかいで伺っている。

 ……ああ、どうしよう。
 そんな表情見せられると……思わず虐めたくなっちゃうじゃない。


「……というかさ、最初見た時に気付きなさいよ。
 まあ、確かに暗いし、はっきり見えなかったというのは理解してあげるけどさ。
 でも、さっきお嬢様って私の事呼んだって事は、マーチャーシュあたりから、私の事をヴラドが娘と呼んでるって事知ってたんでしょ?
 なら、今日私がここにいるかもって事くらい、予想しないと。一応面識だってあるんだしさ。
 いきなり襲ってこられて、びっくりした。私が普通の人間だったなら、私は今頃挽き肉になってたわよ」

「面目ごぜえません……」


 相当理不尽な事を言ったつもりではあるけど……。
 巨人は今にも泣きそうな顔をして、沈み込んでいる。
 どうやら、やりすぎってしまったらしい。

 いや、しかしこれはとてもよくない。
 虐めた後にはきっちりとフォローしてあげないと、私の矜持にかかわる。


「ほら、そんな情けない顔するな。お前みたいにいかつい顔した奴は、豪快にガッハッハとでも笑っとけばいいんだよ」


 彼の衣服の襟首のあたりを掴んで、無理矢理起き上がらせる。
 気付けば、酔いは完全に覚めていた。好都合だと思った。これから飲み直すには。


「よし、飲みに行くぞ。ヴラドもシュテファンも今日はすっかり調子に乗って、奴らと来たら、ほっとけばいつまでも宴会を続けてそうだからな。
 私達が酒を飲み干して、終始符を打ってやる必要がある」

「いや、しかし、あっしには警備が……」

「私が認める。今日はめでたい日なんだから、さぼってしまえばいいのよ。
 それに例えお前の主の命狙う物騒な輩が来たとしても。私とお前、二人で闘えば敵なしだろ?」


 別に訳が理に適っているかとかはどうでもいいのである。


「は、はぁ……」


 要は、こいつが断りきれなければ、それでいいのだ。
 腕を掴み、巨人を宴会の会場へ引き摺るようにする。
 しばらくそうしていると、諦めたように彼は自分で歩き始めたので、私は満足してその腕を解放してやる。


「そういえば名前を聞いていなかった。私はレミリア・スカーレット。マーチャーシュから聞いたかもしれんが、スコットランドの吸血鬼だ。お前は?」

「へ……へぇ。キニジ・パールと言いやす。元は水車小屋の人夫でしたが、お忍び中のマーチャーシュ殿下に拾われやして。今は親衛隊の隊長をやらせてもらってます」

「ほう、大した出世じゃないか。興味がある。その経緯を後で聞かせろ」


 祝宴の会場に戻った私は、散々キニジ・パールに絡み酒をした。
 困惑したような顔を浮かべながらも、彼は何だかんだで楽しそうに話に付き合ってくれた。
 そんな私達をマーチャーシュが何か言いたげな瞳で見つめていたけど、彼は彼でヴラドとシュテファンに挟まれ盛大に絡まれていたから、別段気にする事はないのだろう。
 どうせ今日は無礼講だ。
 浴びる様にように酒を飲んで、浴びせる様に飲ませて。夜明けまで楽しみまくった。

 酔っ払ってベッドに戻る事もせず絨毯の上で眠ったモルドヴァ最後の夜。
 いくつかの出会いに確かな満足感を胸に残して、私にとって初めての戦争はその幕を下ろした。

















 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

















『人間はすべて善でもあり、悪でもある。極端はほとんどなく、すべて中途半端だ』
 〜アレキサンダー・ポープ


 第三幕 〜おぞましき炎。すなわち人間と悪魔の境界〜



 私がそれを知ったのは、慌てた様子で鎧を着込み大剣を背負うゲオルゲの姿を見てだったし、ヴラドが知ったのも、早朝宮廷に、汗だくになりながら走り込んできた伝令の報告を聞いてだったという。
 すなわち、急を要する事態の勃発だ。

 飛び交う命令の声が響き渡り、装備を抱えたまま廊下を走り抜ける将校とすれ違う。騒がしさが充満する宮廷の昼時は中々に新鮮なものとして私の目に映った。
 すなわちそれは、出陣準備が新鮮に感じられるようになるまでに、平穏な日々が長かった事を意味する。
 モルドヴァの戦い以来だから、平和は大体一年間続いた事になる。ワラキアの不安定な情勢を考えれば、よくもった方だろう。

 いずれこういう事態は起きるだろうと、ヴラドとその側近は常々考えていたらしい。
 つまりは、その時がようやく来たというだけであって、報告を受けてもヴラドは随分と落ち着き払って出陣の命令を下した。

 ある意味ではワラキアの風物詩。地方貴族の反乱である。


「しかしまあ、お前も敵が多い男だな」

「仕方あるまい。武断政治とは劇薬のような物。効果が覿面な分、跳ね返ってくる物も多い」


 決戦の地になるであろう、ワラキア北西部。軍勢ひきつれそこに向かうヴラドに、そんな事を言ってみた。
 今回のヴラドの敵。表向きはたった一人の貴族にすぎないが、後ろについている大きな勢力の存在を知っているものは、あまり多くない。

 ヴラドはワラキアを統治するにあたって障碍となる数々の勢力を排除したが、サス人と呼ばれるドイツ系の商人もその対象の一つであった。
 隣国トランシルヴァニアの各都市に本拠を置く彼らは、数年前まで、ワラキアの経済を牛耳る存在であった。
 ワラキア商人の立場が弱い事に付け込んだ、極めて不当な取引も数多く、それは殆ど経済的な侵略と言っても差支えない程であったという。
 ヴラドはそんな状況を打開するため、サス人の徹底的な弾圧を始める。
 国外退去の命令を無視し続けたサス人には、財産没収の上で串刺し刑という最も重い処分が容赦なく下された。
 かくして、サス人の持つワラキア国内の利権は、僅か一年と待たずに完全に破壊されたのである。

 当然、サス人にとって、これは面白い事ではない。
 ヴラドへの復讐を望む物はいくらでもいた。

 そして今回。反駁の狼煙を上げたのはトランシルヴァニアの経済都市ブラショフである。
 この都市のサス人達が、ヴラドに反感を持つワラキアの貴族に資金と兵隊を与え、復讐の代理をさせようとしているのだ。


「ところで、その貴族ってだれだ?」

「ダン3世。レミィも見たことあるだろう。昔はワラキア宮廷のパーティーに顔を出していた」

「ああ、あの鼻もちならない男か」

「丁度いい機会だ。彼を潰せばワラキアはまた一歩平和に近付く」


 ダン3世。
 いつだったか私を随分と不愉快な気分にさせてくれた、あの軽薄な貴族である。
 潰されて当然な男だと思った。

 ……いや、これは反乱であるから、ダンの側からすれば潰されるどころか、ヴラドの首を刎ね、自分がワラキア公にとって代わるなんて未来を本気で信じているのだろうけど。
 しかし、心配は全くしていなかった。
 ダンという男の器はたかが知れている。
 東欧で最も苛烈な戦争指揮官、ヴラド・ドラキュラと、果たしてまともな戦いができるのかという事すら怪しかった。

 ヴラドの軍勢は一日程度で目的地に到着し、布陣を完了させる。
 周りを見れば一面の緑。
 湿り気のある空気に、隙間なく生える広葉樹。
 森林地帯。
 根っこがそこらじゅうで出っ張っていて、歩きにくい事この上ないこんな場所をヴラドが選んだのは敢えてなのだという。

 ヴラドは語る。
 兵を伏せ、敵軍を罠に嵌めたり。樹木の影で姿をくらましつつ、敵の背後に忍び寄り奇襲をかけたり。
 上手に使えば、この森林というやつは実に効率的に敵戦力を削ってくれるのだと。

 事実。その効力は次の日に証明された。実戦での圧倒的な戦果によって。




 ◆ ◆ ◆




 大剣を手入れするゲオルゲの姿が、妙に印象に残っていた。
 それは、私の事を過剰なまでに甘やかす温和な一面でしか、彼の事を知らなかったからかもしれない。
 思えばモルドヴァ攻略戦の時、ゲオルゲはヴラド不在の留守を預かって国内に留まっていたから、実際に戦場に赴く彼の姿を見たのは今日が初めてだった。
 鈍色の刃を拭き取った綿布には、真っ赤な血液がべたりと付着していた。
 ドイツで鋳造された、刃渡りが私の背丈ほどもあるその大剣は、今日一日だけで十人の頚骨を叩き斬り、さらに五人のはらわたを裂いたのだと言う。

 夜風に運ばれ、死臭はここまで漂ってきていた。
 何百人分もの遺骸が、あの森の中で今も散乱している。

 ワラキア軍大勝の一日。
 あるいは、ダンにとっては、最悪の一日となっただろう。
 顛末はこうだ。

 森の中の街道。意気揚々と行軍する彼らの前にヴラド指揮するワラキア軍勢が出現する。
 それだけなら、ダンがどれほど用兵に疎くとも、想定できる範囲だったのだろう。
 もはや勝利は見えたかのような、自信満々な笑みを浮かべて、突撃の号令をかけるダン。

 罠と気付けなかった時点で、もはや勝負の趨勢は決した。

 森林の中より突如と現れ、側面よりダンの軍勢に襲いかかったのは、ゲオルゲ指揮する別働隊だ。
 的確な伏兵戦術の前、ダンの軍勢は一瞬にして統率を失う。
 兵士達の混乱を収拾し、再び統率し直すのに、ダンには経験も才覚も度胸も何もかもが足りなかった。

 ツヴァイハンダーを振り回し、鬼神のような活躍を見せるゲオルゲと、ワラキア随一の精鋭であるその部下達。
 凄まじい勢いで側面を抉りゆく別働隊の攻勢に加え、ヴラドも進撃を始める。
 挟み撃ちとなったダンの軍勢は、碌な抗戦も出来ないまま、総崩れになっていった。

 ダンが逃走を始めたのは、相当に早い段階であった。
 おそらく恐怖に駆られてだろうが、結果として最善の方法ではあったと思う。
 例え戦場に留まっていたとしても、何もできず討ち死にするのを待つだけだったろうから。

 ヴラドが狡猾なのは、ダンが逃走するであろう経路にも、いくつかの部隊を伏せていた事だろう。
 これによって、ダンを守る親衛隊は大きな損害を受けた。
 ただし、どうやら最後の最後で、どうにかダンは幸運を味方にできたらしい。
 率いる手勢は最初の一割ほどまで減っていたが、どうにかトランシルヴァニア国境まで逃げ切る事ができたのである。
 ヴラドはそれ以上の追撃は命じなかった。

 そして現在。梟が鳴く時分。
 私達は幕舎の中で、軍議の最中である。


「本日の戦働きご苦労だった。諸君らの活躍によって、ダンの勢力はもはや壊滅的である。
 ブラショフの商人達も、この報を聞いて、恐怖で震えあがっているだろう」


 ヴラドの労いの言葉で始まった軍議は、辛くも逃走に成功したダンに対する次の一手についてへ議題が移る。
 参加者は総大将ヴラドに、ゲオルゲを始めとする常設軍の隊長達。
 それに加え出兵の要請に応じた、親ヴラドの立場を取る貴族数名、またはその名代である。
 思案顔の彼らを、私はゲオルゲの膝の上に乗っかって見ていた。

 ヴラドが口を開いたのは、意見がいくつが出揃った後の事である。


「諸君らの参戦には感謝している。おかげで随分と作戦が楽になった。しかし、既にダンは半死人。もはや諸君の手を煩わせる事もないだろう。
 ここからは常設軍だけで対処に当たる。諸君はそれぞれの領地に戻り、国土の防衛に当たっていただきたい」


 貴族達に対しての台詞だった。
 彼らが元の土地に戻れば、当然ヴラドの兵士の数は相当に減ってしまう。
 戦が集結していない今、わざわざそんな選択をするヴラドの考えが理解できなかったのだろう。
 貴族たちは一様に不思議そうな視線を向けていた。


「心配は無用。実はダンの最期についてなら、私の目にしっかり映っている。
 数日から数週間後、彼は悲劇的な戦死をするだろう。その場所、その死因。全て私には分かっている」

「まるで、未来が見えてるかのような口ぶりですな……」


 貴族の一人が呟くように言った。
 白髪の初老。貫禄を備えた貴族。今回参戦した貴族たちの中では、筆頭格に当たる。
 その呟きを聞いて、ヴラドはにやりと笑みを浮かべた。


「私は運命が見えるのだよ」


 そして言い放った一言。
 「は……?」と、私は思わず、そんなのを口から洩らしたはず。
 この男は何を言っているんだ? それが私の正直な気持ちだった。

 白髪の貴族も多分同じような気持ちだったのだと思う。
 顔つきを一層に怪訝なものにし、しばらくの思案を挟んで、ようやく口を開いた。


「随分と自信がおありな様子。ドラキュラ公様がそう言われるのなら間違いはないのでしょう。
 出兵の負担が少なくなることは、私達にとってはありがたい事ですし……。
 ……承諾いたしました。私達は明朝を以って撤収の準備にかかり、おのおのの領地へと帰還する事にいたしましょう」


 訝しげには思っているのだろう。今も。
 しかし、ヴラドの言葉はすなわち全てが命令としての性質を持つ。余計な事は考えず従うのが最も得策だと彼は判断したのだろう。
 だが、彼は「――しかし」と言葉を続けた。


「ヴラド様の失脚は、私どもの失脚。そのお体。ご自身だけのものではない事、ゆめゆめお忘れなきよう……」


 統治者の入れ替わりが、貴族の力関係にも密接にかかわってくるのはどこの国でも同じだろうけど、ワラキアでは特にその影響が大きいのだ。
 故に貴族の不安は当然のものなのだろう。


「もちろん。わかっているさ」


 ヴラドは、そんな貴族の心配に、自信に満ちた例の笑みを浮かべ答えてみせた。
 そのやりとりを以って、今夜の軍議は終了となった。




 ◆ ◆ ◆




 戦場に備え付けるものだから、幕舎の中というのは当然に簡素なつくりである。
 ただし、指揮官のそれは少しばかりマシらしく、寝床も床に敷かれた薄い布団一枚ではなく、仮設のベッドが備え付けられていた。
 人二人くらいは問題なく眠れそうな、戦場では贅沢品にあたるそのベッドの上で寝転がりつつ、私はテーブルに向かって何やら書き物をしているヴラドに尋ねてみた。


「しかし、“運命が見える”とはな、びっくりしたぞ? お前はいつの間に占術師に職業を変えたんだ?」


 私の質問に、ヴラドはふふふと楽しげな笑いを洩らすと、ペンを置き、こちらへ顔を向けた。


「運命が見える。なかなか傑作だっただろう? あの時の貴族たちのキョトンとした顔と来たら……く、くくく」

「おもしろがってたのは多分お前だけだぞ……」


 吹き出しそうになるのを、必死でこらえているヴラドに、私は呆れた視線をくれてやる。
 やっぱりこいつは変人だと、改めて認識した。


「まあ、あれだ。つまりは、あんな風に言っておけば、案外信じる人間もいるという事だ」

「要は詭弁か?」

「そういう見方も出来ない事はない」


 取り繕うように言葉を重ねるヴラド、ただ、この瞬間、ふざけていた彼の表情が少しだけ真剣になったようにも見えた。


「まあ、しかし、全部が完全に弄舌と言う訳でもない。
 マケドニアのアレクサンドロス大王。カルタゴのハンニバル・バルカ。モンゴルのチンギス・ハン。
 歴史に名を残す偉大な軍略家達は皆、少し先の未来を予測する技術を持っていた。
 所有する情報、経験則、あとは幾らかの勘。これらを以って来るべき未来を洞察する。
 機を見る技術とでも言うべきか。これを私は少し格好をつけて、おどろおどろしく運命が見えると言ったのだ」

「なるほどな。では聞く。お前が自慢する、その運命を見通す瞳に、この戦の帰結はどう映っている?」

「簡単な事だ」

 
 僅かな思案顔を見せる事もなく、ヴラドは言葉を続けた。
 自らが洞察した未来に、よっぽどの自信を持っているのだろう。


「夜襲だな。……夜闇に紛れ、生き残りの手勢にて私の本陣を叩く。
 先の大敗によって、ダンの威信は急落している。今頃プラショプ市内では、ダンの首を以って私に許しを乞う事を、真剣に議論しているはずだ。
 彼にはもう後がない。しかし先の大敗を挽回するには、彼の手勢はあまりに少なく、何より正攻法では勝てぬという事なら、嫌と言うほどに理解してしまっただろう。
 故に残された選択は、私の裏をかく一撃。それしかないのだ」

「なるほど……では、お前は彼の必死の反攻に、どうやって応えてやるつもりだ?」

「彼の墓穴を綺麗に彩ってやろう。ダンにとっては悲劇的な事になるな」

「……本当にお前は悪趣味だな」

「ふふふ……専制君主という職業は、まともな人間にはとても務まらないのだよ」

「まともじゃないと自覚してるあたり、また性質が悪い」


 はぁと、ひとつ溜息をついて、私はごろんと寝返りを打った。組木に布を乗せた、幕舎の簡素な天井が目に映る。


「さて、私もそろそろ眠るとするか」


 椅子から立ち上がったヴラドが、ランタンの火を消す。すっと、夜の闇が幕舎の中に広がった。
 そしてこいつは、私の寝ころぶベッドに、無遠慮に侵入してくる。


「狭い……」

「まあ、そう言うな娘よ。こうやって一緒のベッドで眠れる機会は殆どないのだ。父はとても喜んでいるぞ」


 そして、私の頭を、いつもそうするように気安く撫でてくる。


「おやすみ娘よ。明日もまた早いから、今晩はゆっくり眠るといい」

「はいはい……」


 私が結局それ以上何も言わなかったのは、もう色々と諦めていたからなのかもしれないし。
 それとも……もしかしたら頭を撫でてくるあいつの無骨な手が、案外気持ちよかったからなのかもしれない。




 ◆ ◆ ◆




 ここ数日のヴラドは、ワラキア北西部の小都市の郊外に位置する、とある屋敷で寝泊まりしている。
 所有者はもういない。元はさる貴族の住居だったというが……その貴族は一年ほど前、ヴラドの手により串刺し刑にされ、今は冷たい土の中である。
 そんな何かが化けて出そうな屋敷に、平然と寝泊まりできるあたり、ヴラド・ドラキュラという人間の一面を端的に表しているようにも思えた。

 屋敷を守る護衛の数は少ない。というかいない。
 普段屋敷の中にいるのは基本私とヴラドの二人だけで、食事を作ったり、洗濯をしたりといった必要な時だけに召使いを呼ぶようになっている。

 この屋敷に住み始めてすぐ、ヴラドはゲオルゲに命じてこんな噂をトランシルヴァニア国境に流させたという。
 曰く、

『ヴラドは猜疑心が極端に強くなる心の病を患って、屋敷の中にひきこもりっぱなしである。
 どれだけ人を信じられなくなっているかというと、直属の部下でさえも暗殺者だろうと言って退ける程であり、そのため今やヴラドは完璧に人望を失っている』

 という事らしい。無論罠である。
 
 ヴラドはダンがこの屋敷に夜襲を仕掛ける事を、誘っているのだ。
 もっとも、こんな怪しい噂をダンが本気で信じるとも思えないのだが……。
 しかし後がないのが彼だから、こんな根も葉もないような噂であっても、縋りたい気持ちになるかもしれない。

 暮らし始めて数日は何事も無く、平穏な日々が過ぎていった。
 元は貴族の屋敷というだけあって、居住性はなかなか快適だった。
 私とヴラドは、適当に会話したり、本を読んだりして時間をつぶした。

 状況に動きがあったのは、結局一週間程が経ってからだったろうか。

 二階の寝室。大小二つのベッドが並べて置かれた一室だ。外の景色を一望できる、大きな窓が備え付けられている。
 そろそろ夜も深まって来たので、私はそこで寝巻に着替えていたのだ。
 私は吸血鬼だから、本来は昼寝て夜起きる方が性質には合っているのだけど、実際問題、昼夜逆転したところでさほど弊害はなかったので、大体は人間のヴラドに合わせている。
 しばらくしてヴラドが部屋に入って来る、寝間着姿の私に、自分も着替えてくると言い残して自室に戻ったヴラドが、数分の間をおいて寝室に戻って来た時、しかしその姿は何故か甲冑だった。
 珍しく真剣な声で彼が言う。


「レミィ。今晩の消灯は少し延期だ」


 その台詞に私は、罠に獲物が誘いこまれた事実を知ったのだった。
 一階で、べきりと、木材がひしゃげる音がした。多分表玄関の扉が壊されたんだと思う。
 次いで聞えてきたのは、足音。それも一人二人のものではない、何十人という単位だ。
 金属の鎧を着こんでいるのだろう。そのうちのいくつかは硬い音質を持っていた。

 階段を駈け上がって来る足音。扉が片っ端から開けられる音。
 彼らが徐々に近づいてきているのが分かった。

 そして、ついに寝室のドアが開け放たれる。


「見つけたぞ、ヴラド……」


 ダンの顔は、この一週間で随分とやつれてしまったようだった。
 きっと、食料の確保もままならなかったのだと思うし、何より心労が酷かったはず。
 げっそりとこけた頬は、彼の人相をすっかり変えてしまっていて、殆ど別人のようにさえ見えた。
 血色が悪い顔全体にあって、目だけはぎらぎらと生気に満ちている。強靭な憎悪が彼に力を与えているのだろう。


「あんな屈辱は初めてだった……貴様にはどうやっても贖ってもらわねばならぬ」


 彼の声は、怨嗟だけで出来ている。
 これだけ純度の高い憎悪という物を見たのは初めてだったので、私は思わず感心してしまった。
 ヴラドの人に嫌われる才能は、殆ど神の域だなと、そんな事を思ったりもする。


「ほう、それは興味深い。贖うとな。しかしどうやって?」


 飄々としたヴラドの声色は、多分わざとだ。
 逆上させようと、ヴラドは敢えてそうしている。


「決まっている……」


 ダンは腰に佩いていた剣を抜く。金装飾入りの、高そうなサーベルだった。


「これで貴様の首を落とす事。それ以外に何がある?
 ……おっと、逃げられるとは思わない事だ。貴様に殆どを虐殺されたせいで、兵士の数はずっと少なくなってしまったが、しかし今、貴様一人を包囲するには十分な数だ。
 この屋敷に踏み込んだ数十の兵士は、皆が皆貴様の首を狙っているぞ?」

「ふむふむ。なるほど。おもしろい、はは、その発言は実におもしろいな」


 笑い声を挟みながら、うんうんと、大仰にヴラドは頷いて見せる。
 その人を食ったような態度に、ダンはますます激昂したらしい。サーベルを握る手はぷるぷる震え、今にも切りかかって来そうだ。


「あんまり虐めてやるな……かわいそうだろ」

「うむ、少々やり過ぎた気はしていた。しかしレミィ。実際かわいそうだとは、これっぽっちも思ってないだろう」

「まあ、な。一種の方便だ。放っておくとお前はいつまでも、あいつの事をからかってそうだからな」

「ああ、そうか。私達は逃げないといけないのだったな」

「そうだよ。早くしろ」


 目の前のダンなど眼中にないが如く緩い会話をやりだした私達に、ダンの怒りはとうとう最高潮らしい。
 サーベルの切っ先を私達に向け、大声で命令を下した。


「皆の者。ワラキアを蝕む巨悪、ヴラド・ドラキュラをひっ捕えるのだ! 乱暴でいい。手足の一本二本は気にするな。
 ただし、殺しはするな。それをするのは私だ。
 捕まえた後、たっぷりの激痛と苦しみを与えて、この私が奴を嬲り殺す!」


 ダンの台詞の終わりが合図となったらしい。剣で武装した兵士達が、部屋になだれ込んでくる。
 その数およそ十名。いずれもヴラドの事を殺意に満ちた瞳で睨んでいる。
 しかし、それでも、ヴラドの表情はいたって平静だった。
 私をひょいと抱きしめると、足取りも軽く窓枠に飛び乗り、そして、


「さらばだダン。来世はもう少しマシな人間に生まれてこれるといいな」


 捨て台詞を残し、ひらりと窓から飛び降りたのである。
 背負うマントがばさりとはためいた。
 地面まではほんの数秒の事で、足の裏でがっちりと地面を捉え着陸したヴラドは、何事も無かったように私を抱きしめたまま、屋敷を囲む森の中へ移動を始める。

 あっけに取られていたような表情で、窓から私達を見ていたダンであるけれど、しばらくして、ようやく追撃の命を下す事ができたらしい。
 たかが二階とはいえ、高さは結構なものだ。飛び降りるのは躊躇があったのだろう。
 故にダンは、飛び降りる事はせず、屋敷の中に引っ込んだ。
 多分、階段を降り、一階の玄関より私達を追いかけるという選択をしたのだろう。

 実際、数十秒後、ダンは数人の兵士とともに表玄関より姿を現した。
 が、その表情が一瞬で驚愕に変わるのを私は見た。

 その時の彼が見たのは、きっと、まったく想像だにしないものだっただろうから、そんな表情も仕方ない。
 何しろ、彼らが階段を下りているほんの数十秒。その間に彼らを囲む狡猾な罠は発動し、今やその全貌を明らかにしていたのだから。

 数百人のワラキア兵が、屋敷を包囲している。それも皆が皆弓に矢をつがえて。
 ヴラドが号令をかければ、一瞬で屋敷を針鼠みたいにできる、恐るべき包囲だ。
 彼らは今の今まで、屋敷の周りの森林に身を潜めていたのである。

 ぱっと見た瞬間に、射殺される自分の姿を幻視できたのかもしれない。
 ダンは指示を飛ばし、兵士達を屋敷の中に戻す。
 この場合、籠城が上策だったとも思えないけど、しかし状況が状況だ。
 屋敷を囲む数百の弓矢に射殺されるよりはと、建物の中での抗戦を選んだ彼の判断はやむを得ないところなんだろうと思う。

 ヴラドは、にやりと唇を歪めた。全てが計画通りにいった事に満足したのだと思う。
 私はそれを横目に見て、今頃屋敷の中で、必死に兵士たちを鼓舞しているに違いないダンを思った。
 彼にとっては正に悲劇だ。
 そう、これから起きるのは、凄惨にして悪趣味な、それこそ目を覆いたくいなるような、悲劇。

 ヴラドの指示で、館の大扉の前に兵士が集められた。
 しかし彼らは、突入する事をしない。手にしているのは建築に使うような長い木材と金槌と釘だ。
 コンコンと音を立てて、木材が扉に打ちつけられ始める。
 視線を少し横にずらせば、幾つかある一階の窓の前でも同じ事が行われていた。
 そう、ヴラドは、ダンとその手勢を館の中に閉じ込めてしまったのだ。

 そして、


「放て!」


 冷酷に命令が下された。館を囲む弓兵達がつがえていた火矢が、館へ向かって一斉に放たれる。
 木製の壁に火矢が刺さり、燃え移ってゆく炎達。
 空気は乾燥していたし、風も少しあったから、火勢が強烈なものになるまで、そう時間はかからなかった。

 館の中、彼らはどのような思いでいるのか。
 もはや推し量ることすら馬鹿らしく思える。

 二階の窓より脱出しようとする兵士が何人かいた。いずれも、なんとかして生き延びてやると、執念を張り付かせた必死の形相で。
 しかし彼らのうち一人でも生き残る事ができたものはいない。窓より姿を見せた瞬間、何十という矢が彼目掛けて放たれるのだ。
 針鼠のようになって、二階から転落する兵士を見た。
 耳に届いた、生々しい破砕音は首の骨が折れた音だったのだろう。彼は今、誰にも顧みられることなく、首をあり得ない方向に曲げてびくりびくりと体を痙攣させている。
 肉の焦げる匂いが漂いはじめていた。生命が生きたまま炎に嬲られる、酷い匂い。

 不快感に顔が歪んだ。
 別に人間同士がいくら殺し合おうが、残酷な形で死のうが私の知った事ではない。
 ダンは同情できる程立派な人間ではなかった事だし。
 それでも愉快には思えなかった。
 それは、こんな状況にあって、確かに笑っているこの男、ヴラドに宛てる不愉快だったのかもしれない。


「常々思うよ。お前、本当に人間なのか……?」

「もちろん。頭頂からつま先まで純然たる人間だ。この世でもっとも恐ろしくおぞましい生物だよ」


 その後、館は一晩中燃え続けた。
 翌朝。崩れ落ちた館の燃え滓の中からは、真っ黒に焼け焦げて身元も分からなくなった遺骸がいくつも見つかったという。

 ヴラドはダンとその手勢の焼死体を、丁寧にも串刺しにした上で、ブラショフ市に送りつけた。
 ブラショフ市長を始め、反乱に協力した貴族と商人の首数十をおまけに、二度とヴラドに逆らわない旨の誓約書が送られて来たのは、その僅か三日後の事だった。

















 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

















『真理が支配しているときに平和を乱す事がひとつの犯罪であると同様に、真理が破壊されようとしているときに平和にとどまることも、やはり、ひとつの犯罪ではないか?』
 〜ブレーズ・パスカル


 第四幕 〜分水嶺〜



「メフメト様はトレビゾンド帝国を屈服させるための戦に、丁度出征中でして……私が代理を務めさせていただきます」


 ゲディク・アフメト・パシャという男の顔には深い皺がいくつも刻まれていた。
 聞いた話によると、まだ老人という年ではないらしいが。
 つまりは今まで、よっぽどに密度の濃い人生を送ってきたという事なのだろう。

 彼はトルコ人の顔をしてなかった。
 少年期、オスマンに人質に出されていたヴラドも一時期受けていたというのだが、オスマン帝国にはデウシルメという教育制度がある。
 これは、キリスト圏内の支配国より壮健な少年を徴用し、ムスリムに改宗させた上で各種の教育と軍事訓練を行うものだ。
 デウシルメを受けた彼らは、オスマン帝国の政治、軍事の中軸となる。

 例えば、世界最強の歩兵部隊と名高い、オスマン帝国の最精鋭部隊イェニチェリの隊員として。
 例えば、宮廷で政務にあたる官僚として。
 ゲディク・アフメト・パシャも、そんな一人なのだろう。

 大宰相(サドラザム)。彼の地位はそれであった。
 オスマン帝国では皇帝(スルタン)に次ぐ権力を持つ。
 政治に軍事に絶大な発言力を持つ一方で、凄まじい重責を背負い続ける立場でもあるから、彼があんな顔になってしまったのも納得できた。

 ジウルジウ要塞。冬が迫る季節。吹き荒れる木枯らしに、城壁の色が必要以上に無機質に見える秋。
 名目上はワラキア領だが、実際はオスマン帝国の影響力が大きいのがこの地域。
 会見の場として選ばれたのがこの砦だったのは、妥当なようにも思えたけど、しかし同時に、何か裏がある様にも感じられた。
 それはヴラドも重々承知しているようだったから、必要以上に心配はしていないが。
 窓からはドナウの巨大な流れが遠く見えた。

 オスマン側の要請に応じ、私達は会見のテーブルに臨んでいる。
 会議室の椅子に座るのは、ワラキア公国代表のヴラド。向かい合ってオスマン帝国代表のゲディク・アフメト・パシャ。
 それに、双方の政務担当の官僚が何人か。
 私の席は少々場違いな気もしたけれど、ヴラドの膝の上だ。
 トルコ側の官僚が何か言いたそうに私の方を見つめていたけど、彼の上司であるゲディク・アフメト・パシャは、私などまるでここに存在していないが如く、無関心を通していたので、別段何か尋ねられたりとかはなかった。


「朝貢金を支払っていただく存じます。それでメフメト様は今回の一件、水に流すとおっしゃっております。
 金額も増やす事はしませぬ。メフメト様の寛大な慈悲の心、どうかご理解くだされ」


 ゲディク・アフメト・パシャは百戦錬磨の交渉家でもあるだと思う。そのしゃがれた声色は、低く十分な迫力を伴っていた。気の弱い者が聞けば、恐怖すら感じるだろう。
 今回の一件。ゲディク・アフメト・パシャが言うそれは、一か月ほど前、ワラキア宮廷で起きたとある事件だ。
 朝貢金の支払いを求めて、宮廷にやって来たオスマンの使者。
 しかし、オスマンの影響力を排除する政策を標榜しているのがヴラドである。当然その求めは拒否した。

 さて、その時のヴラドだが、その使者を非礼があった事を理由に、頭に釘を打ち付け処刑し、その上で死体をオスマン本国に送りつけた。
 オスマン帝国スルタン。メフメト2世はこれに激怒。
 しかし、オスマン帝国にはトレビゾンド帝国との決戦が控えていたため、直接軍を差し向ける事はなく、今回のような会見が設けられたわけだ。


「ふむ……朝貢金か」


 ヴラドが顎に手をあてながら呟く。
 朝貢金を支払えば、オスマンに侵略されるという脅威は確かになくなる。
 しかし、それは同時にワラキアに対するオスマンの影響力が、巨大になりすぎる事も意味する。
 勿論、それを、ヴラドという統治者は認めるはずない。


「回答なら一月前に返したはずだが?」

「ドラキュラ公様は、メフメト様の慈悲により、また一度の回答の機会を与えられたのです」

「ならば何度でも言おう。ワラキアは君たちの属国にはならない」

「属国という呼び方をするから駄目なのでしょう。これよりワラキアは、東欧の寂れた小国ではなく、偉大なるオスマン帝国の一員として、輝かしく生まれ変わるのです」

「余計な御世話は結構。ワラキアはワラキアとして、自らの足で立ち続ける」

「その足。刈り取られなくばよいですがな」

「ふむ、つまりは」

「決裂ですな」

「やむを得ない事だ」


 会見の時間そのものは随分と短いものだったと思う。
 太陽が西空に随分と傾いた頃に始まって、空が夕焼けを孕む前に終わった。
 オスマン帝国へ、はっきりとした対決姿勢を宣言した直後にあって、ヴラドの表情はそれでも平素の飄々としたそれだった。

 対ワラキアのオスマン守備隊の本拠地まで、歩いて一時間とかからない。そんな場所にあるのがジウルジウ要塞である。
 何かあっても困ると、ヴラドはトゥルゴヴィシュテより常設軍の一部を連れて来ていた。その数およそ一千人。
 その兵士全てがずらりと並び、オスマン本国へ帰還しようとするゲディク・アフメト・パシャを見送った。私もヴラドの隣、日傘をさして彼を見送る。
 彼は結局、一度たりとも私と目を合わそうとはしなかったけれど。


「さて、では私はイスタンブールへと帰還する事に致しましょう。今回の会見の報を受けて、メフメト様がどのような判断を下されるかは分かりませんが、ドラキュラ公様は精一杯覚悟しておくのがよろしいでしょう」

「忠告感謝する。貴方も道理を知らぬ悪漢と、流行り病にはせいぜい気をつける事だ。イスタンブールまでの道は遠い」

「御心配は無用です。ところでドラキュラ公様は、本日はここに宿泊されるので?」

「ああ、もう夜が来るからな。私だけならいいが、さしたる理由も無いのに兵士達にも夜間行軍を強いるのはよろしくない」

「ふむ、それが賢明でしょうな……。夜というのは時として恐ろしい現象を引き起こす魔物ですから」


 最後にヴラドと言葉を交わし合った、ゲディク・アフメト・パシャ。その口元が、微かに釣り上がったのは、多分気のせいではなかったのだろう。
 彼は護衛の兵士と従者を伴ってジウルジウ要塞を発った。

 ヴラドが行動を起こしたのは、ゲディク・アフメト・パシャの乗る軍馬が遠く地平線の彼方に消えてから。
 整列をする兵士に向き直り、静かに口を開く。


「さて、諸君……、剣の準備はよろしいかな?」


 時間にして十秒に満たない一言。
 しかし、それは、出会いから今まで、私が聞いた事ある彼の台詞の中で、最も真剣な、そして重い響きを伴っていた。

 ヴラドは分かっているのだ。
 怪物国家オスマン帝国に真正面から喧嘩を売った今日の意味を。
 これから始まるのは、今までのような、殆ど児戯の戦争ではない。
 もっと厳しく、苦しく、凄惨で、幾度となく生と死の狭間を擦り抜け続ける事になる、本物の戦争だ。
 そして、既に戦いの火蓋なら切って落とされている事も。

 沈みゆく巨大な太陽を背景にして、地平線が動いたように見えた。
 小さな羽虫がびっしり固まっている様子にも似ていた。

 大軍。西より群がり、ジウルジウ要塞へ向かって一直線に行軍する、大軍。
 赤地に三日月と星の旗印が、天に突き上げられる。
 オスマン帝国の国境守備隊。その数は……一目見るだけで分かる。
 ……万の単位だ。

 ゲディク・アフメト・パシャに嵌められたのではないか?
 そう思った。あの会見は、結果などどうでもよかったのだ。ヴラドをここに呼びだす事さえできれば、それでよかったのだ。
 しかし、今更気付いてもどうにもならない。
 僅か千名に過ぎないワラキア軍勢に、二万という圧倒的な物量を誇る敵が、刻一刻と迫っている現実。
 ごくりと、唾を飲む音が聞えた。それが私の喉がたてた音だと気づくまで数秒かかった。


「ヴラド……」


 か細い声だった。不安だったのかもしれない。
 ヴラドはしばらく何も言わなかった。代わりに彼も喉をごくりと鳴らしていた。

 あるいは噛みしめているのかもしれない。
 彼はワラキアの指揮官だ。その采配如何で国家の命運が決まる。
 双肩に圧し掛かった重圧。その重さは、きっと私の想像が及ぶ範囲ではないのであろう。

 落ち着きを取り戻すよう。ヴラドは一つ深呼吸をした。長く、大きな深呼吸。


「将が動揺していては、勝てる戦も勝てんからな……」


 そして、口元に手をあて、いつもの余裕に満ちた笑みを無理矢理に繕う。


「ああ、大丈夫だレミィ。……全て想定できている事、手は打ってある」


 ヴラドはマントを翻し、兵士達に向かい合う。


「さあ、兵士諸君。ゲディク・アフメト・パシャの卑劣な策略を見たか?
 ジウルジウに籠る我々一千に対し、迫りくるオスマンの軍勢はおよそ二万。
 彼らは我々が罠に嵌ったと思いこみ、嬲るつもりで進撃をしているのだろう。
 まったく、酷い勘違いだ。
 左様、罠にはめられたのは、その実彼らこそなのである。
 計略は。彼らの顔が驚嘆へと変わる暇すら許さず、正に瞬く間に壊滅させる、必殺の計略は我が手中にある。 
 楽勝のつもりで戦場に臨む、あの高慢な軍勢の鼻っぱしらを折ってやろうではないか。
 さあ、兵士諸君。籠城戦の用意だ。どっしりと腰を構え、オスマンの兵卒どもを高くから見下すようにして砦を防衛しながら、計が炸裂するその時を待つのだ」




 ◆ ◆ ◆




 夜。騒がしい夜。
 門を叩く鎚。飛びかう矢。篝火。怒号と断末魔。金属の擦れる音。銃声。馬蹄が地面を叩く音。軍馬の叫び。壁をよじ登ろうとする兵士と、顔面に矢を受け落下する兵士。夜風が纏うのは血の香り。
 夕刻に始まったジウルジウ要塞の籠城戦は、正に激戦の様相を見せていた。

 砦の周りで地に伏す、夥しい数の屍。オスマン側からすれば、これほどまでに激しい抵抗に遭うとは想像もしていなかったに違いない。
 先ほどまでに三回の突撃があった。その全てが多大な犠牲者を出しただけ。オスマン軍は何一つさえ成果を上げる事できていない。

 そして丁度今、四度目の突撃を凌ぎきった所だ。
 結果はさっきまで突撃と同じ。オスマン軍はまた無為に屍を増やした。
 
 ジウルジウ要塞を守るワラキア兵の側でも、犠牲者は少しずつ増えているが、それでも全体からすれば僅かと言えた。
 何より士気が高い。
 戦況はワラキア優勢な方向で進んでいる。
 しかし――
 

「そんなにいつまでも持たない事は、ヴラド。お前が一番分かっているだろう?」


 単純な兵力差があまりに大き過ぎるのだ。
 あれだけの戦力があれば、オスマン軍は朝も昼も無く、いつまでだって戦い続ける事ができる。
 しかし、私達はそうではない。どれだけ一人一人が奮戦しようとも、いずれ限界は必ずやってくる。
 このまま、じりじりと戦力を削られ続ければ、私達は来るべき全滅の時を座して待つしかないのだ……。
 砦の一室、水の入ったグラスをあおり、一時の休憩を取るヴラドの表情は、いつになく険しい。。


「ああ、そうだな……動くなら、今だろう」


 汗の張り付いた首筋。
 戦争をよく知るのが彼だ。
 それだけに、ワラキア軍の置かれている状況が、その実綱渡りをしているようなものだと気付いているのだろう。
 僅か一千名に過ぎないワラキア軍勢。一瞬でも隙を見せれば、大軍を前にあっという間に瓦解してしまう。

 しかし、そんな間抜けな事をヴラドはしない。そんな事態に陥る前に、最善の手を打ち戦況を支配し続ける。ヴラドはそれができる男だ。そう私は信じている。
 黒曜石のような黒い彼の瞳をじっと見つめる。彼は静かに頷いたように見えた……。


「信頼されているか……嬉しい事だな。分かったレミィ。作戦を開始しよう」


 グラスを置き、立ち上がったヴラド。その表情には少し力強さが戻っているようにも思えた。
 兵士達に命令を飛ばす。兵士達は作戦の準備の為、駆け足で階段を下りてゆく。

 彼の作戦の全貌を私は間近で聞く事が出来た。
 彼が言うには、それは成功すれば数倍の兵力差すらひっくり返せるものなのだと言う。
 ……ただ、一つ大きな穴がある様にも思えた。


「ああ、レミィの言う通りだ。この作戦の初動。それは不可欠なものであるが、同時に大変リスクが大きい……。
 しかし、それでも私は決行しなければならないのだ……」


 作戦の一つの胆。それはヴラド自身が囮になるという奇抜なものだ。
 しかし、砦の周りを囲む、夥しい数のオスマン兵卒の間を抜け、囮として敵を引き寄せる、その危険度。
 ヴラドは死ぬことを許されない。それはすなわちワラキアの敗北だからである。
 それを分かった上で、ヴラドは最も危険な囮と言う役割を全うしなければならないのだ。

 ヴラドは頑強な肉体を持つ戦士である。嗜んでいる剣術の冴えは鋭い。
 しかし、あくまで人間である。理不尽な武勇は備えていないのだ。

 モルドヴァの戦いを思い出す。キニジ・パール。
 あの巨人のような存在が、ワラキアの軍勢の中にいたなら……。

 しかし、この時、私は何か違和感を覚えた。
 もしかして私は何か忘れているのではないか? この問題を解決する、簡単で、なおかつとても身近な答えを。

 私はヴラドに向かい合い、静かに口を開く。


「なぁヴラド。一つの相談がある」


 この選択に、少しの逡巡もなかったと言えば、それは嘘になる。
 しかし、もはやそれ以外に方法はないのだから、手段を選んでいる場合ではないだろう。


「……思えば、私がスコットランドからワラキアへ譲渡されたのは、兵器としてだったな。今まですっかり忘れていたが。
 ああ、忘れてしまうほどに、私の環境は恵まれ過ぎていたのだ……。
 兵器である私をお前は、宮廷に住ませ、個室をあてがい、養う事をした上に、娘とすら呼んだ。報いる必要は感じている。
 武器をくれヴラド。私がお前の盾となる。吸血鬼の膂力を以って、近づく全ての敵兵を退けてみせよう」


 私の提案に、ヴラドは大層驚いた顔をしていた。
 驚きがよっぽどだったのか、しばらく回答は返ってこない。


「いや、しかし……」

「お前が死ねば、私は放浪の身となってしまうのだ。ここは素直に聞き入れるのが私の為でもある」


 そう、素直に折れればいいのだ。
 利用できるものは、すべて利用する。戦争って、そういうものだろう?


「すまんなレミィ……今は頼らせてもらう」


 数十秒の時間を挟んで、ヴラドが頭を下げた。




 ◆ ◆ ◆




 用意された軍馬200頭は、こういう事態を見越してトゥルゴヴィシュテから連れて来られていたものだ。
 騎上での戦いに長ける兵士が198名選抜される。残りの2頭は、ヴラドと、私のそれだ。


「必ず助けに戻る。それまで、どうにか堪えてくれ」

「お任せください。ドラキュラ公様より預かったこの砦、オスマンなどには決して渡しませぬ」

「武運を祈る」

「ドラキュラ公様こそ……御武運を」


 砦の指揮を任された将校と、ヴラドが別れの挨拶を交わすのを横目で見つつ、私は手にした金属のそれを握り締めた。
 無骨なスピア。砦の武器庫の中で見つけたこれは、私の身長を二倍したよりもずっと長い柄を持ち、しかもそれは全て鋼鉄製だ。
 恐らくは本来歩兵が使うもの。それも途轍もなく腕力に長けた豪傑が。
 手入れが行き届く環境にあったとは思えないが、その割に刃先は十分な鋭利さを保っていた。

 馬の乗り方なら、あれこれと移動の多いワラキアの生活、それなりに嗜む機会はあった。
 しかし、武器の扱い方に関しては、知識として知っているという程度のものだ。
 だから、これを選んだ。

 長く、十分な重さを有している。
 腕力に任せて振り回すだけでも、十分な効果が得られると思ったからだ。

 塔の上の物見が大声を張り上げる。オスマン軍勢の動きにむらが見えた事を知らせる合図だ。


「さて……いよいよ出陣か」

「ああ。……レミィ。死ぬなよ」

「死にはしないさ。吸血鬼を殺すには、途轍もない労力がいるんだぞ。それよりも自分の心配をしておけ人間」


 私達の目の前で、砦の大扉が軋み音をたてて開かれた。
 瞬間、勢いよく砦より飛び出る騎兵達。私達の命運を賭けた作戦が、今始まった。




 ◆ ◆ ◆




 包囲するオスマン兵士の数は二万。それを僅か二百の兵士で抜こうというのだ。
 とにかく勢いが肝要となる。それはワラキアの騎兵の全員が理解していた。
 故に、彼らは一切足を止める事をしない。例え敵兵の槍衾が目前に迫ろうとも。すぐ隣で戦友が刃に倒れようとも。
 足を止めるのは、矢が突き刺さり、槍に貫かれ、あるいは剣に裂かれ、とうとう命尽きてしまった、その時だけなのである。

 先鋒を務めていた兵士はつい先ほど戦死した。全身を槍傷で一杯にしながら、落馬して尚、抜き放った剣でオスマンの歩兵三人の首を刎ね飛ばし、そして息絶えた、凄まじき最期。
 二番目、三番目の兵士も同じようにして壮絶に果てた。

 血煙の中、多くの犠牲を払いながら、それでも私達は一直線に進む。
 敵兵の最も分厚い層をとうとう突破した時、騎兵隊の数は半数程まで減っていたのだろうか?

 しかし、隊の後尾側にあって、ヴラドはまだ健在である。
 とりあえず、第一の難関は抜けたと、少しだけ安堵した。

 しかし、これからが本番だ。
 ヴラドの首を狙い、追撃してくるオスマンの兵士達。彼らの刃よりヴラドの生命を守りつつ、私達は囮として彼らを誘引する目的を達成しなければならないのだ。

 頭にターバンを巻いたオスマンの軽騎兵数騎が、既に私達に肉薄している。

 彼らの乗る軍馬は、引き締まった強靭な筋肉を持つ上等なそれだ。
 ワラキアの軍馬より、遥かに速く駈ける事ができる。

 どうにか奴らの速力を削がなければ、ヴラドはあっという間に追いつかれてしまうだろう。
 周りを囲み護衛する兵士も、いつまで持つか分からない。
 ……私が必要になるのは、今、ここでらしい。


「ヴラド! 前を行け! 私が殿を務める!」


 私は手綱をひっぱり、やや強引に馬の駈ける速力を抑える。
 ヴラドの馬を先に行かせ、そしてスピアをぎゅっと握りしめた。
 土埃を立て、抜き放った曲刀を手に追撃してくるオスマン軽騎兵達は、すでに間近。

 ……さあ、私の生まれ持った武威は、どれくらい奴らに通用するだろうか?

 視線を後ろに向けつつ、私は手にしたスピアを強引に振り回した。
 遠心力で体勢が崩れそうになるけど、そこは腕力でどうにかこらえる。

 スピアという武器の価値は、刃先の鋭さよりも柄の長さである。相手より先んじて攻撃をできる長さ。それが何より重要なのだ。
 そして、敵兵を退けるのに、必ずしも刃を当てる必要はない。
 殆ど鉄の棒。このスピアほどの重さがあれば、柄をぶつけるだけでも相当な破壊力となる。
 事実、オスマン軽騎兵の彼は、脇腹に直撃した槍の柄に、苦しげな呻きを上げて落馬した。
 
 私にとっては、実戦での初めての戦果となった。
 扱い慣れぬスピアを以ってでも、どうにか上手くいってくれた事に少し安堵する。
 しかし、安心ばかりもしていられない。

 ヴラドを追撃するオスマン兵は、まだまだ無数に、それこそ数え切れぬほど存在するのだから。

 重い破砕音がした。先ほど落馬した彼の頭蓋が馬蹄に砕かれたのだ。
 後続の騎兵達は、落馬した仲間の事すら目に入らぬ程に、一心不乱に追撃をしてくる。

 気を抜けば最期。あの落馬した軽騎兵のようになるのは私だ。
 もしかしたら私は何かを叫んでいたかもしれない。
 騎兵が近づくたびに力一杯スピアを振り回した。数人の兵士を馬から叩き落とした。

 軽騎兵の中には、練達の腕を持っている者もいて、その彼は私が振り回すスピアを上手に回避すると、手にしたジャベリンをこの短距離で投擲してくる。
 私の体が小さかったのがこの時は幸いした。髪の毛を掠める様にして、刃先が頭上を通過してゆく。
 私はスピアを握り直し、再び突き出した。
 逆手持ちの、無理がある体勢での突き刺し。腕力のみに頼ったそれだが、奇策としては上々だったらしい。

 驚愕の表情を浮かべながら、彼は己の心臓に突き刺さった刃先を見ている。
 案外人間に体ってやわらかいんだなと、柄を通して伝わってきた、刃先が肉に滑り込む感触に思った。
 少し力を込めスピアを抜き去ると、露わになった傷から大量の血液が吹きだした。
 彼が馬から滑り落ちたのはその数秒後。絶命したのだろう。

 そうして、迫りくるオスマン兵の攻撃を最後尾で凌ぐ事をしながら、私は無我夢中で走り続けた。
 永遠にも感じられて、しかし火花が散って消えるまでの僅かな時間であるようにも感じられる、この防衛戦。
 果たして、砦の門から飛びだしたあの時より、私達はどれだけの距離を走り抜いたのだろうか?
 いつのまにか追撃の舞台は林道に移っている。両隣りを、鬱蒼とした森林に挟まれた街道だ。

 この頃になると、私にはあまり余裕がなくなってきていた。
 対処しなければならない相手の数が随分と増えているのだ。
 十数の兵士を馬上より叩き落とした。同じくらいの数の兵士の胸に、刃を突き立てた。
 それでも、追いかけてくる兵士の数は、一向に減らない。撃退しても撃退しても、まったく減らないのである。

 今やオスマンの追撃隊は、街道をびっしりと埋め尽くす程で、果てが見えない行列を形作っている。
 その密度は、私に覚悟をさせるに十分なものだったのだ。
 とても厳しいと思った。
 吸血鬼の私が、そんなに簡単に死ぬはずないと今まで思っていたけど、もしもと言う事もあり得るのかもしれない……。

 本日数十個目のかすり傷を肩に受け、そんな事を思い始めてた……その時。


「レミィ! 兵士諸君! よくぞ耐えきってくれた! 今こそ我が策は成る時!」


 ヴラドが大声を張り上げる。そして空気を裂くような、鋭い指笛の音色!

 瞬間、森林は豹変をした。
 オスマンの長大な縦隊が、一瞬にして森林に飲み込まれたようにも見えた。
 両側面より挟みこまれ、多くのオスマン兵は恐らく何も理解できぬままにその命を散らしただろう。
 生き残った者も、状況を飲みこめず、右往左往している。
 そして、そんな彼らに容赦なく襲いかかる刃。

 これがヴラドの必殺の策。森林地帯に敵兵を誘い込み、得意の伏兵で一気に殲滅する。
 伏兵部隊を指揮していたゲオルゲの手には、豪奢な兜をかぶったトルコ人の生首が握られていた。
 おそらくは、この戦いにおけるオスマンの総司令官だ。

 ワラキア軍は、一瞬にして戦局をひっくり返した。
 ヴラド追撃に裂かれていたオスマンの兵員はほぼ全てが戦死。
 勢いに乗じて、ジウルジウ要塞を包囲するオスマン軍に攻勢をかけたワラキア軍は、あっさりとオスマンの副司令官も討ち取る。
 これによって組織的な抗戦が困難となったオスマンの兵士達は次々と白旗を上げ、ワラキアの捕虜となった。
 その数は実に一万人にも上ったと言う。彼らはヴラドの指示により、全て首都トゥルゴヴィシュテに連行された。

 かくして、ヴラドは、絶望的とさえ見られていた兵力差を跳ね返し、見事にワラキアの勝利で戦を締めくくったのである。




 ◆ ◆ ◆




「どうやら、ゲディク・アフメト・パシャは、先のジウルジウ要塞にて、ヴラド様が騙し討ちを用い、二万の守備兵全てを嬲り殺しにしたと国民に喧伝した模様です。
 現在オスマン国内では、同朋の仇を討つべしと、ワラキアに対する憤怒と憎悪の声が湧きあがっております」

「ふむ……やはり激突となるか。ああ、大丈夫だ……こうなる事は折り込み済み。問題はない」


 ゲオルゲからの報告を受けたヴラドが、執務室に引き籠り始めてかれこれ半日になる。
 食事にも出てこないものだから、一体何があったのかと部屋を訪ねてみれば、ヴラドはベッドの上に座り込み、なにやらぼんやりとしていた。
 その手にはサイコロが二つ。指先で弄んでいる。


「なんだ? スゴロクでもするつもりか?」

「……いや、少し考え事をな」


 普段は割と喋りたがりな彼だけど、今日はそういう訳でないようだ。
 短く呟いただけで、それ以上は何も言わなかった。
 表情は目に見えて暗かった。

 らしくない顔だなと思いながら、私はヴラドの隣に腰かける。
 彼は今もサイコロを手の中で転がしていた。


「勝利の直後だってのに、冴えない顔だな。あれだけの兵力差があって、それでもお前は勝利したのだ。もっと喜んでいいんじゃないのか」

「……ああ、そうだな」


 しばらくの沈黙。
 窓の外では、秋空が嫌味なまでの青さを見せつけている。開けっぱなしの窓からは、少し冷たい風が吹き込んで来ていた。
 たっぷり数分の間をあけて、ヴラドはようやく口を開く。


「レミィには感謝している。君があの時に殿になってくれなかったら、あの作戦はどうなっていたか分からん。
 君には才能があるのかもな。戦局の動きを読む才能が。それは天性のものだ。大事にするといい」

「お前がそういうのなら、そうなのだろう。素直に褒め言葉として受け取っておく」


 そして、再びの沈黙。
 まあ、何となく分かってはいるのだけど。こいつがこんな珍しい顔をしている理由なら。


「一つ聞かせろ。先日の戦いの事だ」


 確かめるつもりで、私はヴラドに尋ねてみる。


「らしくないと思った。罠と知って敢えて嵌ったとあの時お前は言ったが……。
 私の知るヴラド・ドラキュラという男はあのような事はしない。
 あの男は、負けるかもしれない戦をしないのだ。確実に勝てる状況を作り出し、その上で喜々として兵を振るう。
 罠とわかっていたのなら、そしてそれが綱渡りを伴うものであったなら、そもそもお前は会談の場などに臨まなかったのではないか?
 それなのにお前はジウルジウ要塞へと赴いた。勝利の確信を胸に抱く事をしないままに。何故だ? それが酷く疑問でならない」


 サイコロをいじる手を一端止め、ヴラドは私の方に向き直った。
 逡巡を湛えた瞳。
 酷く似つかわしくない表情のままに、ヴラドはぽつりぽつりと語り始める。


「オスマンは強大であり、ワラキアは弱小。この構図はもはやどうしようもない事……。
 何もしなければ、こんなちっぽけな国、オスマンのあの巨大な口にあっという間に呑まれてしまう。
 しかし、それでもワラキアが独立を保ち続けるには……戦い、彼らに敗北を与える他ないのだ。
 途轍もない賭けになるが……それでもだ……」


 ……ヴラドがいう通り、本当に途方もない賭けとなる。オスマン帝国。その威力は、今までヴラドが打ち倒してきた相手の比ではない。

 オスマン帝国スルタン。メフメト2世。
 深い教養と見識を持つ智者であり、イスラム世界随一と誰もが認める天才的な軍略家。領土拡大に積極的な侵略の申し子。
 傑物揃いのオスマン帝国歴代スルタンの中でも、その業績は頭一つ飛びぬけている。
 コンスタンティノープルを陥落せしめ、一千年続いた大国家ビザンティン帝国の栄華に引導を渡したのがこの男なのだ。
 オスマンの支配圏を格段に広げたその才覚を称え、彼は征服王(ファーティフ)と渾名されている。


「ジウルジウ要塞での戦いだが……。極めて単純な数字を示そう。五千と二万。
 前者はワラキアがあの時すぐに動かせたであろう限界の兵士数。後者はドナウ川周辺に展開するオスマンの守備隊の数。
 この数字はオスマンとワラキアの国力の差を、端的に示している。
 そして、並みの指揮官なら、戦う前から勝利を絶望視する兵力差だ。しかし……」


 ヴラドの険しいままの表情に、眉間の皺が、また一つ増えたようだった。


「あの戦いは私にとって試金石だった……。
 私は師であるフニャディ・ヤーノシュを超える事ができるのか。
 私の才覚は、あのイスラム世界最強の血統、メフメト2世の刃よりも鋭くある事ができるのか。
 これより始まるオスマンとの全面戦争で、私は十万を優に超えるであろう軍勢相手に、その一割にも満たない戦力で戦わなければならないのだ。
 我が師フニャディ・ヤーノシュはベオグラードにて、兵力差十倍のオスマン軍勢を打ち破ったが……それよりも遥かに厳しい戦争となる。
 オスマン軍はメフメト2世が自ら指揮をとるだろう。投入される部隊は精鋭であり、運用される兵器は世界最高品質のそれだ。
 常勝軍。本気の力で征服してくるオスマン相手に私は戦わなければならないのだ。
 それに比べれば、四倍の兵力差など……容易くひっくり返せねばならない。
 それすらできないのであればワラキアが自らの足で立ち続ける事など、できるはずがない。
 あの戦いで敗北したなら、私の才覚は所詮その程度だったという事……おとなしくオスマンに傅くつもりだった。
 仮に私が戦死していたとしても、次のワラキア公はその選択をしただろう。
 しかし私は勝利した。メフメト2世とゲディク・アフメト・パシャの思惑に完全に乗りかかった上で、最後に彼らの一歩先を行った。
 だが……」


 サイコロを握る彼の手に、ぎゅっと力が入ったように見えた。


「それでも私は、その実不安でならないのだよ。果たしてこのまま突き進むべきなのか。今なら引き返す余地はある。
 ……ルビコンを前にした、ユリウス・カエサルはどんな気持ちだったのだろうと、そんな事を思っていた」

「ああ、それでサイコロなのか」


 カエサルは古代ローマ共和国史上屈指の辣腕であり、国家の体勢が共和政から帝政に移る事を決定的にした人物である。
 歴史に名を残す英傑であり、逸話も多い。
 ガリア戦争後、グナエウス・ポンペイウスとの対立が激化したため、元老院との直接対決を決意した彼。
 ローマの北に位置するルビコン川。軍勢を引き連れたカエサルは、それを前にして一度足を止める。
 渡ってしまえば、もはや引き返す事は能わない。当時、ルビコンを渡るという事は、それだけ重い意味を持っていた。
 しかし、それでもカエサルは渡河を決断する。かの、有名な台詞と共に――。

 私はヴラドの手をそっと握り締めた。
 しっかりと、目と目を合わす。

 まったく、今日のこいつは、何処までもらしくない。
 そもそもだ、自分の才覚を何処までも信じて生きてきたのがお前なのに、それをしなくなれば、お前は何を拠り所にして立てばいい?
 お前から才覚とそれへの自信を取ったら、悪趣味とちぢれた髪しか残らないんだぞ?

 それに私に言わせれば、お前の才覚はユリウス・カエサルにだって決して劣りはしない。

 そのお前がオスマンとの正面対決を決断したのだ。
 間違ってなんて、いるはずないだろう?

 断言する。お前の決断は正しい。自信を持っていい。



「思うに……カエサルなら、座り込んで、賽を弄んでいる暇があれば、きっとポンペイウスのいる方に向かって投げつけているさ」

 
 力が緩んだ彼の手より、ぽとりぽとりと、サイコロが転がり落ちる。ベッドの上に落下したそれを、一つ私は拾い上げた。
 すっとベッドより立ち上がり、開け放たれている窓を見る。サイコロをぎゅっと握り――


「“賽は投げられた!”ってな!」


 そして、窓の外に向かって思いっきり投げ放った。
 放物線を描き、遠くなるサイコロ。
 それがすっかり見えなくなるのを見届け、私は再びヴラドに向きなおる。

 できるだけ、明るい顔をしようと思った。
 にっこりと、満面の笑みを。あるいは、もっとも私の見た目に相応な、邪気のない笑みを。彼に宛てる。


「なっ? この程度の事なんだ、詰まる事カエサルのやった決断は。簡単な事だろ? この程度お前に出来ないはずない」


 私の行動に、ヴラドはしばらくキョトンとした顔をしていた。
 いや、しかしこの時ヴラドは確か久しぶりの笑みを私に見せたのだ。


「ふふっ……いや、そうだな。ああ、まったくその通りだ。レミィ……君のような娘を持てて光栄に思う」


 ベッドの上に一つ残ったサイコロを手に取り、ヴラドもすっと立ち上がる。
 そして、


「“賽は投げられた!(アーレア・ヤクタ・エストゥ!)”」


 短く叫ぶと、私がそうしてように、サイコロを窓の外に向かって思いっきり投擲した。
 よく晴れた青空。吸い込まれるようにそれは小さくなって、見えなくなった。


「どうだ? 決まっていたか?」

「いや、こうやって見ると割かし滑稽だった。でも……悪くはなかったと思う。……ああ、とても、悪くなかった」


 ヴラドの瞳は、以前の力強さを取り戻していた。
 例の、自信満々な笑みもだ。

 そう、それでいい。
 お前にはそれが一番似あっている。

 なんだか嬉しくなって、私は殆ど押し倒すようにして彼をベッドの上に座らせた。
 そして膝の上に乗っかる。
 何も言わなくても、彼は頭をなでてくる。少しくすぐったくて、でも今はそれがとても心地よく思えた。


「ヴラド、ついでだから……もう一つ聞かせてくれ」


 顔を上に向け、ヴラドと視線を合わせながら、私はあの日の事を思い出していた。
 出会いの日。棺桶が開かれた、あの月が青白い夜。


「……どうしてお前はあの時私を娘と呼んだ?」


 ずっと不思議であった事ではある。
 そもそも種が違う。吸血鬼なんて、人間にとっては忌むべきだけの対象ではなかったか?
 なのにこの三年間、私が種を理由に弾劾される事など、殆どなかった。
 ヴラドがそれをさせなかったからだ。奇異や軽蔑の視線は、全てヴラドが引き受けた。彼の背中は今どれだけの物を背負っているのだろう? 想像もできない。
 それだけの事をしてまで、どうして彼は私を娘と呼んだ?
 少しの思案顔を挟んでヴラドがぽつりぽつりと言葉を紡ぎ始める。


「寂しかったのかもな……ああ、レミィなら分かってくれると思った。ヴラド・ドラキュラという人間の暗黒を」

「私でなくともゲオルゲがいる。マーチャーシュやシュテファンもそうだろう?
 お前の頭がまともじゃない事ならあいつらも知ってるが、それでもあいつらはヴラドの事を信頼しているぞ」

「彼らは尊敬すべき偉大な理解者であり、友だ。
 しかし、私の暗黒を存分に理解した上で、それでもなお私を普通の人間として扱ってくれるのは……レミィしかいないのだよ」

「常々、私は人間とは思えないって言ってると思うけど」

「レミィのその言葉こそが、私を人間である事を肯定してくれる。……そう、君の言葉だから。
 最初君を見た時、私は運命すら感じた。神に感謝してさえいいと思った。
 端的に言おう。君と私はとてもよく似ていて、しかしレミィの方がずっと強い心を持っているから……だから私は弱さを見せる事だってできる。
 唯一無二の理解者。もっとも愛おしい君。レミリア・スカーレット。
 君をあの時娘と呼んだ事に後悔はない。それは私にとって人生最大の幸運な選択だった。
 私はこれからも君の事を娘と呼び続けるだろう。例え君が私を父と呼んでくれなくとも」

「なるほどな……」


 彼が私を娘と呼ぶ声は、その実大変に誠実なものを孕んでいる事を、私は知った。
 そりゃ、そうか……。
 でなければ、三年もそう呼び続ける事なんて、出来はしないのだろう。

 ああ……。ならレミリア・スカーレットよ?
 私は彼の誠実さに、如何にして応えるべきなのだ?


「……ちょっとした、昔話をしようか」


 口を開くのと同時に、軽く目をつぶる。
 小高い山々に、冷涼な気候。素朴な村人たちと石造りの屋敷。暖かな暖炉。家族で雪遊びした事。父、母、そしてフラン。
 スコットランドの記憶が脳裏に蘇る。


「スコットランドの辺境。そこで私の父は領主のような事をしていた。
 もちろんスコットランド王の命を受けてとかそんなんじゃないがな。それに領主といっても、支配するのは小さな村一つだ。
 都市部との交流も無く、全てを自給自足で賄っている村。
 曽祖父が、血液を安定して手に入れる為に人間を飼い始めたのが始まりらしいが。
 まあともかく、父は領主様と村民に呼ばれ、慕われていた。
 ……ただ、この父だが、家族には酷い男でな。
 忙しい男であった事は確かだ。私は詳しい事は知らないのだけど、何でも吸血鬼達の会合と言うものが欧州にはあるらしい。
 日ごとに勢力を増す人間相手に、吸血鬼はどうやって威信を保ち続けるかということを、真剣に議論する会だったと聞く。
 父はそこの幹部会員で、毎日大量の書類を作成し、満月の夜になればロンドンで開かれる会議に参加するため屋敷を飛び立って行った。
 私は、父が母と会話しているのを殆ど見た事がない。
 私も父と会話をした記憶が殆どない。フランもそうだろう。
 あまりに家族に無関心なのが、あの男だった。
 ああ、だが勘違いはするな? そんな酷い事ばっかりでもなかったからな。
 母は優しかったし、フランともよく遊んだ。
 父との思い出は殆どないが、それを除けば、私は十分に満ち足りた生活を送っていたのだ」


 寝る前に、よく本の読み聞かせをしてくれた母。私をお嬢様と呼ぶ気のいい小間使い。フランと一緒にこっそり屋敷を抜け出した満月の夜。
 美しい思い出の数々。
 しかし、それはもはや粉々に砕け知ってしまった思い出だ。
 あの、冷たい雨の降る、冬の夜。


「侵略は突然に。何百人いただろうな? 戦争をする規模だった。バチカンから派遣された魔女狩り士も何人もいた。父も抵抗したが……多勢に無勢だ。
 燃える屋敷から、フランを背負って逃げ出した。しかし、それ以上の事は、私にはできないとも思った。
 吸血鬼なんて、大仰な種族名を持ちながら、存外私達は脆いものだった。二人だけで生きていくには、何より私達は幼すぎて……。
 冷たい雨が降っていた、確か。
 ……ああ、そうだ。絶望したんだ私は。……完膚なく。
 いっそ楽になってしまえばと思った。妹だって、それを望んでいると、自分勝手に決め付けて。
 でも、私達は結果として助かってしまった。だからこそ、フランは私を恨み続けている。
 見ただろ? いつだったかのパーティーの時だ。“折り合いが悪い”と言って俯く私を。
 納得はしている。私はフランの姉として、相応しくなかった、それだけの事だったのだから。私と彼女は、もはや他人だが、それもまた仕方ない事だ。
 問題は、その後。
 あの瞬間、私はとうとうひとりぼっちになってしまった。
 しかし、私はまだ生きている。それも寂しさだけを胸に収めてでなくてだ。
 お前がいたからだ。私のことを自分勝手にも娘と呼び、しつこく頭をなでてくるお前。ヴラド・ドラキュラ。
 お前と出会った初日からして私はお前の事を悪趣味な人間だと思った。三日目にしてそれは確信に変わった。今に至ればそれはもはや殆ど常識だ。
 嫌悪。ああ……とても人間と思えぬ、あんまりにも悪趣味なお前の心根にそういう感情があるのは間違いないし、この感情を殊更翻したい思わない。
 しかし、それでもだ……」


 認めるという事は、その実とても難しく、大きな決断を伴う。
 しかし、彼と私は、もうそれをするに十分であると、確信を持ってそう思うのだ。


「今から言うのは、私にとって、とても恥ずかしい宣言だ。一度しか言わないから。よく聞いてくれ」


 咳払いを一つして、鼓動を落ちつける。
 大きく息を吸い込む。できる限り、一息で言ってしまいたかったから。
 さあ、ヴラド・ドラキュラよ。これが貴方に宛てる、レミリア・スカーレットの結論だ。


「まったく貴様は、ちっぽけな人間だというのに。しかもこの上なく下劣な感性を持ったそれだと言うのに。
 なのに……なのにどうして貴様は今の今まで、私を失望させてくれなかったのだ? 一度たりとも、私に軽蔑させる事をしなかった。そして、どうして私は貴様を認めなければならなかった!?
 ああ! 私はお前の事を確かに嫌悪しているというのに! ああ、しかし偉大な貴様! 
 最も憎むべき醜悪な貴様よ。しかし狂おしいまでに尊敬する愛すべき貴様よ!
 貴様と同じ時を共有した数年で、私は思い知った。思い知らされた。
 すなわち、才覚は血縁を、種を超え、そしてついには血統となり得る!
 だからこそ私は貴様に、初めての宣言をしよう。唾棄すべき貴様の邪悪極まりない才覚に、しかし最も深い尊敬と憧憬を込めて、宣言をしよう。
 貴方が呼ぶ、娘という声に応えるのは、今なのだ。
 私は……最も高潔にして気高き吸血鬼、レミリア・スカーレットは、これより貴方の最愛の娘であり、貴方の正当な血統を引き継ぐ者だ。
 憚る事なく私は貴方を父と呼ぼう。喜んで私は貴方から娘と呼ばれよう。
 父よ。貴方が選び取った道は、最たる苦難であり、茨そのものである。
 迫りくるオスマンの兵士が所有する刃は十万を優に超え、その刃は湾曲していて鋭く、貴方の首を叩き落とすに十分な殺傷力を持っている。
 しかし……貴方は殺させない。守ってみせる、絶対に。
 たとえそれが、幾万人幾十万人分の怨嗟の呻きと引き換えであっても。
 貴方の為に、私は持ち得る全ての暴虐を以って、ドナウの流れを真っ赤に染め上げよう。
 明確な憎悪と殺意をして貴方を亡き者にせんとする正義の彼らを、一切の慈悲無く、貴方の為に血の雨と変えよう」


 多分、私の今までの生涯で最も力を使ったこの宣言に、ヴラドは目を大きく開き、何やら状況をよく分かってないような顔をしていた。
 夢を見ているんじゃないかって、そんな事を思っている顔にも見えた。

 ああ、まったく父よ。
 今さらだぞ? その反応は?


「今まで散々娘と呼んできたのはお前の方だろうが……何呆けたような顔をしている。
 それよりもだ、そんな顔をしている暇があれば抱きしめてくれ。ぎゅっと。
 親子の抱擁だ。そう言えばお前に頭をなでられる事はしょっちゅうだったが、抱きしめられた事はなかったしな。
 ……ああ、そうだ。それでいい。どうしてだろうな、何だかとても懐かしい感じがするよ……」


 私の導きに従い、ヴラドは頭をなでる手を中断し、その無骨な腕で私をそっと抱きしめる。私は体重を彼に預ける。
 とても、心地がいい感じだった。


「レミィ……私は本当に幸せ者だと思うよ」

「私も、今感じてるこの気持ちは多分幸せだぞ。ずっとこうしていたいと思ってしまうほど。
 ……どうせ、今から仕事しても中途半端になってしまうだろ? 今日は仕事とか全部さぼっちゃおう。それでずっとこうしてよう」

「ふふふ。そうだな。今日は記念すべき日なのだ。少し休んでも罰は当たるまい」


 そうやって私達は、日が沈むまで、ずっとそうしていたのだった。
 そして、この日より、私はもう一人のベッドで眠る事はなくなった。

















 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

















『私は一頭の羊に率いられたライオンの群れを恐れない。しかし一頭のライオンに率いられた羊の群れを恐れる』
 〜アレクサンドロス3世


 第五幕 〜激動の時代に血の雨は降りしきる〜



 トレビゾンド帝国が、メフメト2世率いるオスマン帝国の攻勢の前にとうとう滅亡したという知らせは、相当な衝撃を伴ってワラキア国内に伝えられた。
 最近は凋落が著しかったものの、一時は東黒海の雄と呼ぶに相応しい時代もあった国家。
 なによりトレビゾンド帝国は250年もの長期に渡り、国家として存続し続けていたのだ。
 それが滅亡させられたと聞けば、それは随分な衝撃だろう。

 それに、何よりも重要なのは、トレビゾンド帝国を落とした次。メフメト2世が選ぶ征服地は、間違いなくここワラキアである事だ。
 オスマン帝国との、全面戦争の火蓋が切られるその時は、刻一刻と迫っていた。

 ワラキアを取り巻く状況は、決してよいとは言えない。


「シュテファンからの伝令が来たのだが、モルドヴァとしては援軍は出せないとの事だ。
 まあ、仕方あるまい。海路より進軍してくるオスマン軍に備えるため、キリア防衛に相当の兵員を裂かねばならないはずだからな」


 届けられたばかりの書状に目を通しながら、ヴラドが言う。
 モルドヴァだけではない。幾つかのキリスト圏国家に応援の要請は出しているが、ワラキアにまで兵士を派遣できるほど余裕がある国家はそうないだろうし、何より、ここでワラキアに味方し、メフメト2世に反オスマン国家の印象を植え付ける事はとりあえず避けたいと考える君主は多い。
 最も頼りにできそうなのは隣の大国ハンガリーだが、しかし外交筋より聞えてくる情報によると、ここでもあまり交渉の結果は芳しくないらしい。
 ハンガリーはハンガリーで、細い絹糸の上で綱渡りをするようなぎりぎりの外交を、オスマン帝国に対して何年も続けて来ているのだ。
 あの両国の関係も、非常に危うい。
 故にマーチャーシュとしても、援軍の要請に易々と頷く訳にはいかないのだろう。

 最悪ワラキアは、自らの国土が所有する戦力のみで戦わなければならない。そしてそれは、日ごとに現実味を増してきている。
 しかし、そんな状況にあっても、ヴラドの顔より例の自信に満ちた笑みが消える事はなかった。

 確信しているのだ。自らの才覚を。
 それは、オスマン帝国の大軍と、十分に渡り合い、ついには数の優位をひっくり返しさえするものであると。
 その表情に、数か月前の自室でうじうじとしていた彼の面影はない。

 ヴラドの命令が矢継ぎ早に発せられない日は、ここ最近のワラキア宮廷では一日たりともない。
 来るべきオスマンとの決戦準備は着々と進んでいた。

 兵員を裂く事はしなくとも、資金の援助を承諾した国家はいくつかあった。加えて、かつてヴラドが大いに恐怖を与えたブラショフ市の全面協力の元、多くの物資をワラキアは買い集めている。
 城下の鍛冶屋からは、昼も夜も金属を叩く音が消える事はない。
 ワラキア国内では鋳造が難しい銃に関しては、積極的に国外から購入した。
 主に農民からなる、非常設の部隊も組織された。急ぎの練兵により、どうにか決戦までには兵士として使い物にできそうだとゲオルゲは言っている。

 夜。寝る前の時間にヴラドはワラキアの地図と向き合う。
 オスマンはどのように侵攻してくるか、そしてそれに対してワラキアはどう戦うか。
 数々の想定が、目まぐるしい速度で彼の頭の中を行き交っているに違いない。

 私も、ただぼんやりと宮廷内で惰眠を貪っていたわけではない。
 馬術と槍術を本格的に学び始めた。
 数か月の鍛錬では勿論達人の域などには全然遠いが、しかしどうにか見れる程度までは技術を修める事はできたんじゃないかと思っている。

 怒涛のように時は過ぎ去っていった。
 そして、雪解けの季節がワラキアに訪れる……。




 ◆ ◆ ◆




 オスマン帝国ついに動くの報を受け、ヴラドは軍勢をドナウ川沿岸に展開させた。
 ドナウ中流部に位置する、大きく古い石の橋架は、オスマンが進軍してくる際に通ると予想されているそれであり、本陣はそのすぐ近くに設けられた。ワラキアの主力部隊が集まるのもここである。

 ヴラドは作戦の一環として、その橋架以外のドナウに架かる橋全てを落とした。
 オスマンの戦力の全てを、この橋に集める為だ。
 それにヴラドが言うには、これは一種の誘いでもあるらしい。


「メフメト2世は必ず乗って来るだろう。彼は智略に秀でた素晴らしい指揮官であるが、その実好むのは大軍を以って蹂躙する、王者の戦争だ。
 彼は必ずここを突破しようとする。大いなる数の力によってな。そして、そこにワラキアが抗える手段がある」


 次々と本陣にもたらされる情報によると、ヴラドの思惑通り、オスマンの大軍はこの橋に向かって進軍しているという。
 幾つかの部隊は既にすぐ近くまで来ているようだが、メフメト2世率いる主力部隊が到着するのは数日後の予想だというから、激突はその後だろう。
 しかし、幕舎の周辺は今もぴりぴりとした緊張が支配している。

 出兵の要請に応じた貴族達の顔はずっと難しい。
 これからの戦争の厳しさなら、十分過ぎるくらい予想できてるから。

 あれこれと理由を付けて、出兵に応じない貴族も沢山いた。


「ラドゥ様よりの回答であります! “此度の戦、国家安寧への道へ明らかに逆するものであり、大義を欠く。故に参戦はできない”との事であります!」


 走り込んできた伝令の言葉に、しかしヴラドは表情を変えること無く一つ頷いた。
 それが少しばかりらしくないようにも思った。


「大義を欠く、か。随分な言われようだな」

「仕方あるまい。ラドゥは親オスマン派だからな。無理強いはしないさ」

「お前の口から、そんな言葉が出るとは意外だった」

「甘い事は自覚している。しかし……ラドゥは弟。今や唯一の肉親だからな。
 こればかりは大目に見てくれ。彼は私の事を酷く嫌っているが。それでも私は……」

「分かった、これ以上は何も聞かないさ。ああ、お前の気持ちは分かる。私にだって、痛いほどにな……」


 脳裏をよぎったのはフランの幼いあの顔だった。その表情は眩しい程の笑顔で、だから私は思わず顔を俯けてしまう。
 しばらくの沈黙。
 ……いや、しかし私達はこんな事をしている場合だっただろうか?
 当面の問題と私達は向き合わねばならないのだ。こんな顔をしている暇はないぞ。


「少ししんみりしてしまった。戦の準備に戻ろうか」

「ああ、そうだな……」


 伝令に労いの言葉をかけた後、ヴラドは机の上から一枚の細長い布を拾い上げると、それを頭に巻いた。


「ん? ターバンかそれ?」

「ああ」


 よくよく見れば、彼が着る鎧もイスラム様式のそれだ。


「斥候に行こうと思う」

「総大将自らとは、随分大胆な事だ……」

「こう見えて斥候は得意なのだよ。それに私は一時期オスマン帝国で暮らしていた時期もあるから、オスマン兵士に変装するくらいお手の物だ。ところでレミィも付いてくるかね?」

「お前の命に何かあっても困るからな。護衛としては、私が丁度いいのだろう。幸い天候は曇天だ。
 ……ああ、でも頭巾くらいは被っていくか、私の髪はそれなりに目立つしな」

「一応日傘は持って行こう」

「使う機会がないといいがな」


 軍馬は本陣のすぐ隣に繋いである。





 ◆ ◆ ◆




 ドナウに架かる橋を渡り、私達は馬を走らせる。

 しばらく行った所で、一足先に到着したオスマン軍の物らしい幕舎の集まりを見つけた。
 近辺は甲冑を身に付けた兵士達が行き交っている。
 雰囲気は酷くピリピリしたものだった。彼らも私達と同じように、来るべき決戦に神経をとがらせているのだ。

 さらにもう少し馬を進めると、今度はまた違った一群を見つける。
 いや、一群といっても、その数は桁外れであったが。雰囲気は先ほどのオスマン兵達のそれと比べて、幾らか緩い感じだった。
 彼らの服装を見て、私はヴラドと言葉を交わす。


「変わった格好をしている。ひとりひとりで装備もバラバラだしな。ふむ、あそこらの一団は傭兵か」

「そうだろうな。流石はオスマン帝国。随分な数を雇ったものだ」


 一昔前まで、戦争と言えば騎士が中心となって行うものだった。
 しかし、この乱世。いくらでも高まる戦力への需要に比例するように、傭兵の価値は著しく上昇していた。
 オスマンの主戦力はイェニチェリを始めとする常設軍であるが、金さえ払えば戦力になる傭兵の手軽さはメフメト2世にとっても魅力的に映るのだろう。

 馬を走らせながら、傭兵達のだいたいの数や装備を偵察していく。
 腰に曲刀を佩いていたり、頭にターバンを巻いていたりする髭長のイスラム圏の傭兵。
 セルビア系。ギリシャ系。モンゴル系。勝ち馬に乗りに来たらしいイタリア系の騎士崩れ。
 彼らが携行するのは大剣であったり、パイクであったり、ハルバードであったり、ウォーハンマーであったり、クロスボウであったり。時折銃もあった。

 驚くような物を見る事もある。
 巨大な獣だった。見るからに分厚そうな灰色の肌。異常に長く奇妙な形をした鼻と、巨大な耳。その体躯に見合った太く短い脚には、鎖で編まれた防具が取り付けられていた。
 戦象。
 インドの方ではこの巨大な獣を軍用に調教する事があるのだという。
 今まで書物の中でしかその存在は知らなかったが、なるほど、こんな物が足音轟かせて突っ込んできたら、あまりの迫力に、大抵の兵士は慄いて逃げてしまうだろう。

 さらにしばらく行くと、また変わった一団と遭遇した。
 初めて見る形の鎧兜。東洋のそれだろう。東アジア系の顔立ちと、手にしている方天戟や柳葉刀。
 シルクロードの遥か彼方。おそらくは明国の傭兵達だ。

 それだけでも十分珍しい一団であるが、さらに目を引いたのはその傭兵隊長だ。


「ほう……もしかして、女か?」

「そのようだな」


 ヴラドは一端馬を止め、隣部隊のイスラム傭兵と談笑をしているその傭兵隊長を注視した。

 赤髪という出で立ちは、どう見ても漢民族のそれではないけれど、そんな彼女が明国の傭兵を率いているのには、何か深い事情があるんだろうと勝手に想像する。
 比較的長身の女だ。腰まで伸ばした長髪が、つやつやと健康的な輝きを振りまいていた。
 聴覚に精神を集中させると、彼女が喋っているのはどうやらペルシャ語らしい。
 彼女達が故郷より遠く西アジアの地にて雇われる事ができたのは、多分ペルシャ語を嗜む彼女のおかげなのだろうとも思う。
 もしかしたら彼女はその辺りの血を引いているのかもしれない。
 そんな事を考えていると、ヴラドが声をかけてくる。


「そろそろ行くか、あまり立ち止まっていては、怪しまれる」

「そうだな」


 私達は再び手綱を握り、馬を走らせる。
 その後も多くの傭兵を見た。
 オスマンの傭兵はとにかく多様で、数も私達の国のそれとは大違いだった。


「概算と、他の場所より進軍してくるであろう傭兵の見積もりを足せば……少なくとも1万は下らないだろうな」

「それに比べて私たちワラキアは何人雇えた?」

「スイス人傭兵が三百。あとはドイツやスカンジナビア半島出身の傭兵が若干。これでも頑張ったほうだ」

「まったく、桁が違い過ぎて、思わず笑っちゃいそう」


 財力もそうであるし、そもそも国土の広さが比べ物にならないのだ。そりゃ色々な所から傭兵だって集まるだろう。
 そして、これらの大量の傭兵は、そかしそれでもオスマンの軍勢を構成するほんの一部に過ぎないのだ。主力の国軍は傭兵の数倍、もしかしたら十数倍の規模だ。

 オスマン帝国。アナトリアの怪物国家。
 今から激突しようとする相手の巨大さを改めて知って、少し不安になる。


「ヴラド……すこし心配になってきた……本当に私達は勝てるのか……」


 ヴラドはしばらく無言だった。
 斥候の目的は果たしたと判断したのだろう。軍馬の進路を反転させ、来た道を戻る。
 その途中。


「……綱渡りになる。それは間違いない」


 数分の沈黙を挟んで、ヴラドは静かに、しかし確信を伴った声で言葉を紡ぎ始める。


「全てが上手くいく必要がある。僅かな綻びがあれば、それだけで我々は為す術もなく彼らの質量に押し潰されてしまうだろう。しかし……」


 逡巡する事もなく、力強く、彼は続ける。


「彼らは知らないのだ。ヴラド・ドラキュラの戦争を。
 勝つべくして勝ってきた彼らは。正当な手段を以って覇道を打ち立て続けてきた彼らは。……凄惨さを知らない。
 確かな狂気を孕む人間が指揮を執る軍隊を知らない。自らの命の価値が、その実水仙の花びらに浮いたあの朝露にさえ劣る事を知らない。
 飢える事を知らない。渇く事を知らない。同朋の血で赤く染まった川を知らない。残虐に履行される理不尽極まりない殺害を知らない。
 1462年雪解け。彼らはワラキアの地で戦慄する事を初めて知る。
 松明が照らさぬ先の闇の深さを。霧の中の行軍ではちょっとした小石にすら足を躓かせる事を。意外な程に遠く響く重苦しい梟の泣き声を。頭上にちらつく断首刀の鈍い輝きを。カタカタ震える歯と眠れぬ夜を。
 恐怖。そう恐怖だ。すばやく浸食し、深層を黒く染め上げる、純然にして圧倒的な恐怖。
 それが我々が持ち得る、唯一の武器。銀の銃弾。
 心を破壊するのだ。彼らの首筋より送りこまれた猛毒が、彼らの中枢を真っ黒に腐らせてしまった時、我々は獅子を刺し殺す毒蜂となれるだろう」
 
「負ける気は……ないのだな?」

「当然だ。レミィが言ってくれただろう? 私が私の事を信じられる間、それは何よりの強い論拠となる。
 ワラキアはオスマンの大軍を、必ずや退ける。これは間違いのない事だ」

「……少し安心した」


 間違いなく現実は途轍もなく厳しいのだ。
 私達は、数で十倍を上回る敵と相対しなければならない。しかもそれは最新の兵器を手にした歴戦の兵士たちだ。
 だが、ヴラドが負けないと言っている。
 それだけで、私には信じるに十分な根拠だと思えた。

 数日後、ワラキアは戦場となる。
 ……そこで私は、果たしてどれだけの事ができるだろうか?

 ぽつりぽつりと篝火が灯り始めていた。夜が迫る時分。私達はワラキアの本陣に帰還した。




 ◆ ◆ ◆




 翌朝。防戦の為の準備は最終段階へと入っていた。
 防御の為に築かれた木製の障壁。銃兵が弾を装填している間、身を隠せるようになっている。
 火薬の用意も十分だ。

 視線を少し移せば、数人の兵士が金属製の重そうな筒を抱えている。
 臼砲だ。
 周りを見れば、同じ形式の砲が、いくつか既に備え付けられていた。


「ありったけの銃と大砲を、ここに集中させた。我々が小型の臼砲しか持っていなかったのは、ある意味好都合だったな。
 多少の苦労はあったが、こうしてドナウ河畔まで輸送し、備え付ける事ができた」

「しかし、臼砲か。本来は城攻めに使うものだろう? どの程度の活躍ができるか、正直未知数だな」

「ああ、過大な期待は抱いていない」


 火薬の力で、重量ある石を撃ち出す鋳鉄の大砲は、この時代の先端兵器と言っていいものである。
 例えば、これより私達が戦うオスマン帝国が所有するウルバンの巨砲。
 砲身は実に9ヤードにもおよび、重量1000ポンドの弾丸を1マイル先まで飛ばす性能を持っていた。正に歴史を変える破壊力を持つ兵器である。
 攻略不可能とまで言われた重厚な城壁を前に、それでもメフメト2世がコンスタンティノープルを攻略する事ができたのは、この大砲の活躍によってだという。

 銃と共に、これからの戦争の形を大きく変えていく。大砲とはそれだけの可能性を有した兵器だが、しかし実際運用していくには多くの欠点があった。
 すなわち、命中精度と連射速度、そして余りに重量があるがための機動力の低さである。
 そのため、基本的には、城壁などの巨大な目標の破壊が主な使い道となる。
 対人戦となるこの防衛戦では、過度な期待は寄せられないだろうとも思えた。


「敵を十分に引き付けての近距離からの十字砲火……幸いオスマン兵は狭いこの橋の上を渡って来る。一定の損害は与える事できるだろう」

「そうだな。大砲で撃たれた人間の肉体は、酷い有様になる。突撃を躊躇わせる効果も多少は期待していいかもしれない」


 ワラキアが保有する臼砲二十門は全て小型のそれだ。撃ちだす砲弾の大きさは林檎を二回りほど大きくした程で、重さもせいぜい赤子4人分くらいしかない。
 しかし破壊力で劣る半面、装填にかかる時間は若干短くて済む。この事は対人戦ではいくらか有利に働いてくれるように思えた。


「ともかく我々はありとあらゆる手を使って抗わないといけないのだ」

「ああ、まったくだな。少なくとも、ないよりはあったほうがいい。せっかく苦労して運んできたんだ。活躍を期待しよう」


 準備状況の確認を終え。
 本陣に向かって私とヴラドは馬を走らせる。
 知っている人影を見たのは、丁度その途中だった。

 身長は私の二倍超。丸太のような腕。二つの大剣。


「パール!? パールじゃないか!」


 キニジ・パール。モルドヴァの地で出会ったあの巨人。
 思わず再会に私は、彼目掛けて一直線に馬を走らせる。


「おお、お嬢様。お久しぶりにごぜぇやす。元気にしてやしたか?」

「勿論だ。お前は相変わらず健康そうだな。また一回り、筋肉が大きくなったんじゃないか?」


 キニジ・パールがそのいかつい顔を向けた。にっこりと、柔和な笑みを浮かべている。
 彼も、再会を喜んでくれているらしい。


「パール。久しいな。君がここにいるという事は、此度の決戦に対する、マーチャーシュの結論が出たという事だな」

「はい。殿下より、言付を預かってきておりやす」


 私の後に続くようにして、彼の元へヴラドが駈けよる。
 キニジ・パールの表情は少し真剣になったように見えた。部隊長としての顔だ。
 彼の後ろには、数十人の兵士がいる。皆、数多の死線を潜りぬけてきた事が一目で分かる、練達の兵士達だ。

 キニジ・パールは二つの大剣を地面に突き刺し、ヴラドに傅く。
 配下の兵士達も同じようにする。


「ハンガリーにとってもオスマン帝国、そしてワラキアとの関係があまりに複雑なのはドラキュラ公様も承知しておられるはず。故に今正規軍を動かす事はできないと。
 しかしあっしら親衛隊はマーチャーシュ殿下の子飼い。いわば所有物。殿下はハンガリー王としての肩書を脱いだ一友人として、ドラキュラ公様の勝利を何よりも願っておられます。
 ……あっしらは数こそ五十に満たぬ寡兵。しかし戦が起こるたび最も過酷な作戦に投入され、生き抜き、そして武功を挙げ続けてきた、ハンガリー最強の少数精鋭。一万のオスマン兵卒に勝る戦働きを、約束しましょう」


 ありがたいと思った。
 キニジ・パール。この巨人の武威は、私達に大きな勇気を与えてくれるだろう。
 そして、彼の隣で、武勇を比べる事ができる事を。


「感謝する。マーチャーシュとしても胃の痛い決断だっただろうな。
 だが、パール。君がいれば、オスマンの軍勢など恐れるに足らない。活躍、期待している」

「お任せくだせぇ」


 立ちあがったキニジ・パールが大剣を抜き、背中に収める。
 その大きな背中はどこまでも頼もしく見えた。




 ◆ ◆ ◆




 メフメト2世の到着は明日という報告が本陣に届けられたのは、その夜の事。
 いよいよ、決戦の時は間近。

 急ぎ兵士達が橋まで集められた。
 ゲオルゲもキニジ・パールも流石に落ち着かない顔をしている。

 しかしヴラドだけは悠然な表情のままでいる。
 威風堂々という表現さえ似つかわしく見えた。

 ヴラドは何だかんだで弱いところもある人間だが、それでも今晩はあの表情を崩す訳にはいかないのだ。
 何しろ彼はワラキアの総指揮官。壇上で不安げな顔など、兵士達に見せる事許されない。


「兵士諸君! いよいよオスマンとの決戦は明日に迫っている。
 侵略者の数は実に15万。大地を埋めつくす程の質量だ。しかし、諸君! 何も恐れる事はない。
 確かに我らはその数僅か一万の寡兵。されど最も頑強にして鋼の武威を持つ寡兵。頭上で吹き荒れる暴虐の嵐の風音を知る寡兵!
 猫を齧り殺す鼠。大海を呑み下す蛙。
 さあ、一万人のもっとも偉大な剣にして盾達! 英雄よ! 刃先の鋭利さを見せつけるのだ! 守りの硬き事を見せつけるのだ!
 異教徒どもに恐怖を教えてやろう! 我々の領地に土足で踏み行った報いを与えてやろう! そして、この世には奴らの想像も及ばぬ事実がある事を!
 ベリサリウスのペルシア撃退戦。大スキピオのザマ決戦。フニャディ・ヤーノシュのベオグラード防衛戦。
 この一戦は、それらよりも遥かに価値のある一戦となる。
 さあ、英雄達よ、存分に世界史に名を残すのだ!」


 高らかに響き渡ったヴラドの演説に、集まったワラキアの兵士は拳を突き上げ鬨の声を上げた。
 初春の冷たい夜を吹き飛ばすような熱気。篝火が彼らの叫びに呼応するように、激しく燃えていた。
 彼らだって、この戦いが極めて厳しい事なら知っている。
 しかし、それでも彼らはオスマンの支配よりも、ワラキアの独立を選んだ。
 天を突き破るような戦意に、ワラキアは大丈夫だって。この時私は、確かにそう確信したんだ。




 ◆ ◆ ◆




 早朝。長く続く曇天の下、その男はついに姿を現した。
 奴隷数十人が担ぐ、巨大な輿の上。

 端正に整った面長。鼻は高く、瞳は鋭い。知性と威厳を感じさせる顔つき。
 じっと輿の上で座っているだけで、取り囲む全ての人々に畏怖を強要する生まれつきの王者。
 オスマン帝国第七代目スルタン。メフメト2世。
 ついに降臨である。

 スルタンの到着によって、オスマンの兵士が整列を始める。橋架。そのすぐ手前で。
 吶喊をかける準備をしているのだ。
 彼らの目つきはぎらぎらとしていて、士気の高さが伺えた。

 そして、天に響きわたるラッパの音色。
 オスマン軍楽隊が勇壮に吹奏を開始する。
 それが始点。橋の上、我先にとオスマンの兵士達がなだれ込みゆく。一息に防衛線を突破するつもりなのだ。轟く足音。

 1462年春。大いなるドナウの激流を挟み、ワラキアの命運を賭けた闘争は、今、幕を切って落とされたのである。

 ワラキア軍は既に守りの体勢を固めている。橋の上には白兵戦を得意とする精鋭の兵士達。
 私の数歩後ろで指揮を執るヴラドも、腰に佩いていた曲刀を抜いたようだ。
 指揮官にしては前線に出過ぎだとは思うが、おかげで兵士達の士気は高い。
 最前線に立つ私とキニジ・パールも各々の得物を構えた。


「さて、いよいよだな。パール頼むぞ。お前なら背中を任せるに安心だ」

「お嬢様と共に戦える事嬉しく思います。一緒にオスマンの兵卒どもを蹴散らしてやりましょう」

「死ぬなよパール。私と力比べできるような人間、お前しかいないんだから」

「無論でさぁ。あっしは生き延びて、再びマーチャーシュ殿下の盾に戻らんといけないですから」


 軽く笑い合い、私はオスマンの兵士達に視線を戻す。
 彼らは今や橋の中ほどまで迫っている。
 激突はいよいよ。
 ヴラドの号令が高らかに響いた。


「砲、銃、複合弓、クロスボウを扱うすべての兵士よ。出会い頭だ。奴らをびっくりさせてやろう。
 さあ弾の準備はいいか!? 矢はつがえたか!? 一斉射撃を行う。まずはあの先頭の集団を、射撃にて全滅させてやるのだ!」


 兵士達の照準は既に定まっているだろう。
 刀をヴラドは高く掲げた。そして。


「初撃! 奴らの悉くを単なる肉塊に変えてやるのだ。全軍放て!」


 勢いよく振り下ろす。
 同時に兵士達が一斉に射撃を開始する。

 爆発音が重なる轟音と共に、オスマンの先頭集団に注がれた、明らかに過剰な質量を伴った鉄の雨。
 最初の一撃においてヴラドは、必要以上の殺傷力をオスマン兵に浴びせる事を敢えて選択した。

 肉と骨が砕ける音がした。飛び散る体の一部。激しく損傷した肉体。
 あれでは、もはや身元も分からないだろう。
 肉体を大きく裂かれ、残った遺骸は壁のようでもあった。積み重なるようにして、彼らは絶命していた。

 その凄惨さに後続の兵士は一瞬足を止める。
 橋架。このように狭く行動を制限される場所において、各種の射撃兵器は、大変な殺傷力を有する事に気付いたのだろう。

 しかし、それでも彼らが動く事ができたのは、彼らが経験を積んだ兵士である証である。
 止まっていれば、次の射撃でやられる。進むなら、弾丸を装填している今しかない。

 殆ど死に物狂いの表情だった。
 私達は、十分な決意を以って戦う事をしなければならない。重大な覚悟を以って彼らより命奪う事をしなければならない。
 でなければ、彼らの死力にあえなく命削られてしまうだろう。

 白刃をきらめかせた彼らが目前に迫り。
 そして火花が散るような交錯!

 ワラキアの精鋭の鋭い槍の突き刺し。オスマン兵士必死の斬撃。キニジ・パールの唸りを上げる大剣。
 この一瞬で十数の断末魔が上がった。

 私は手にしたスピアを力任せにぶん回す。
 広範囲を凪ぐ鋼の柄に、巻き込んだ兵士の数は三人。
 柄は酷く重量があるのだ。一人目の兵士の胸を覆う金属鎧は、べっこりと凹んでいた。胸郭はすっかり潰れてしまっただろうから、彼は殆ど即死だ。

 残りの二人は、さっきの兵士が盾になったおかげで、命にかかわる程の損害を、スピアの一撃で喰らう事はなかっただろう。
 白目をむいていたのは見えたから、一人目の兵士との衝突によって、軽い脳震盪くらいは起こしたのかもしれないが。
 しかし、ここは狭い橋架の上だ。真下にはドナウ川。雪解けによって、その流れは酷く激しいものになっている。
 水は冷たいし、落ちればまず助からない。
 ……そして、それが私の狙いだ。

 力いっぱい振り抜いたスピアに、彼ら三人は、殆ど常識はずれな距離を吹き飛ばされる。まっさかさまに落下してゆく。
 数秒の後、ばしゃんという激しい水音が、立て続けに三つ聞えた。

 彼らの脱落を見届けた私はスピアを握り直し、今度は真っ直ぐに突き出す。
 迫っていた兵士の胸に、吸い込まれていくように埋まる刃先。
 余り深くは突き刺さない。刃は心臓を掠める位置。ならば彼は既に死体だ。

 もう一度、槍を振り回す。それはぐったりしている彼を放り投げる為の行動だ。
 結構な巨漢であった彼。それが殆ど水平に投げ飛ばされたのだ。
 図らずも彼を受けとめる形となってしまった兵士数人が、折り重なって倒れる。
 そこに向けて私は跳躍する。刃先は、真下を向いている。

 ズブリと、突き刺さりゆく柄には若干の抵抗があった。
 数人分の肉と骨の抵抗だ。
 重苦しい呻き。彼らの口から血液流れ出ているのが見えた。

 私は立ち上がると、突き下ろしに串刺しとなった彼らを、一人ずつ、見せつける様にしてスピアから抜いてゆく。
 一人抜くたびに、鮮血が派手に飛び散り、私を濡らした。
 ぺろりと、手の甲にべったりついた血液を舐めてみる。
 濃厚な鉄の香り。思わず唇が釣り上がる様だった。


「さあて……次に串刺しになりたいのは誰かしら? 
 理解させてあげる。恐怖させてあげる。
 いい? 貴様達の生命は実に軽く脆く、あまりにも容易に奪われる。
 私は貴様達を皆殺しする事に、一切の戸惑いを感じない。むしろ、喜びすら感じてそれをする事ができる。
 憎いか? 
 なら殺してみるといい。できると言うなら。その為に貴様達がどれほどの犠牲を払うか、私にはちょっと想像もできんがな」


 にやりと、できる限り凶悪に笑ってみせる。
 オスマンの兵士達は目に見えて慄いていた。
 そうだ、それでいい。存分に恐怖してくれ。何と言っても、お前たちの目の前にいるのは正真正銘の悪魔なのだから。

 ちらりと横に視線を流すと、キニジ・パールもまた血まみれの大剣二つを握り締め。オスマン兵を睨みつけている。
 あのいかつい顔に睨まれれば、並みの兵士ならきっと震えあがってしまうだろう。

 すっかり恐怖して近づけないでいる、オスマンの兵士達。
 じりじりと後退し、顔を見合わせ、逡巡している。

 そんな彼らに、ヴラドは冷酷にも攻撃の手を緩めない。
 銃声が鳴り響いた。ばたばたと音を立て、頭を撃ち抜かれた兵士が斃れてゆく。

 あっという間に、橋架の上はオスマン兵の死体で一杯になってしまった。
 順調な滑り出し。私とキニジ・パールは互いの活躍を称え合うように、軽く笑いあった。




 ◆ ◆ ◆




 それからの橋架の上ではまなじりを裂く激闘が何日も繰り広げられていた。
 ワラキアの損害は決して少なくないが、それ以上にオスマンの損害はずっと多い。

 キニジ・パールの腕力があれば、騎兵を馬ごと真っ二つに叩き斬る事が出来た。
 ゲオルゲの達人の剣術は、並みの兵士が一度剣を振るう時間で、三人分の喉を裂く事ができる。
 そして私の闘争は、人間の範疇のそれでない。
 自分で言うのもなんだけど、オスマンに多大な恐怖を与える事には成功したと思う。

 総じて、現在の戦況はワラキアに分があるといえた。
 しかし、メフメト2世も、そろそろ負けっぱなしが気に食わなくなっている頃だ。
 そろそろ、何かをしけてくるのは、間違いない事だろう……。
 ヴラドの表情に安堵はまだ浮かばない。

 開戦から一週間が経ったくらいだったろうか。その日は、早朝から薄く霧が出ていた。
 好きな感じの天候だが、この涼やかな空気にのんびりと身をさらしている時間は無いようだった。

 既に橋の上には、随分な数の傭兵の遺骸が積み上がっていた。
 まだ夜が暗いうちから続いていた突撃を凌ぎ切り、ようやくの休憩を取っていた私達。

 薄霧の中、巨大な影が不気味に浮かびだしたのは、そんな時だった。
 その数およそ十。
 灰色の肌に鎖帷子の鎧を纏い、ずんぐりした巨体に長い鼻。

 斥候の時見たインド傭兵。戦象隊だ。
 オスマンは、自らの軍勢でも有数の突破力を持つ部隊をここで投入してきたのである。

 頭上に乗る象使いが、象の肉体に鞭を打った。それが合図。
 象の背中に設置された櫓の中には三人程の傭兵がいて、彼らも手にした弓矢を構えた。
 急ぎ防御の体勢を取った私達に向け、彼らの突撃が始まる。

 戦象は、その派手な見た目とは裏腹に実は多くの欠点を抱えた兵科でもある。
 巨体を活かした突撃の破壊力は脅威だが、その対処法も確立されていた。
 極めて単純な方法である。

 古代ローマ共和国の名将スキピオ・アフリカヌス曰く、「突撃を回避すればよい」
 前進以外の動きが極端に苦手なのが、この戦象というやつなのである。
 無人の場所に突撃させ、動きが止まった所で、弱点である足目掛けて集中攻撃をかける。
 事実スキピオはザマの戦いにて、この手法を以って、カルタゴのハンニバル指揮する戦象隊を壊滅させている。

 だが、しかし――。


「橋の上での、象の運用だと……」


 ヴラドのこめかみに、確かに冷や汗が浮いたのを私は見た。
 ……そう、狭い橋の上であることが問題なのだ。
 ここには、戦象の突撃を回避できるだけの面積がない。
 そして彼らの突撃を真正面から防ぎきるのは極めて難しく、しかし、防ぎきれなかった時。それは戦象隊の後に続く数千のオスマン兵の渡河成功を意味する。


「ヴラド……どうする?」


 聞えた舌打ちから、ヴラドの焦燥を伺う事が出来た。
 しかし、彼は歴戦の指揮官である。決断までは速かった。


「火砲!」


 ヴラドの号令によって、岸壁の大砲が照準を定め始める。
 同時にあらん限りの銃弾と矢が、戦象達に撃ち放たれはじめる。

 おそらく、我々ワラキア軍の持つ兵器で、単純な破壊力を以って戦象を屠る事が出来るのは、臼砲より発射される砲弾だけだろう。
 本来それは城壁に損害を与える為のものだ。当りさえすれば、いくら巨大とは言え、所詮血と肉と骨の集合体に過ぎない象はひとたまりもない。
 しかし、命中精度には大いに難がある。


「当たってくれ……」


 ちらりと横目で見た先で、キニジ・パールが呟いていた。殆ど祈るような口ぶりだった。
 視線を正面に戻す。徐々に距離が迫っていく戦象達をじっと見る。
 ごくりと、唾を飲む。
 焦燥をはっきり自覚している。口にこそ出さないものの、私が考えているのはキニジ・パールと全く同じ事だ。

 背中の方で立て続けに響いた轟音によって、大砲が火を噴いた事が分かった。
 視線の先、砲弾の軌道をじっと私は見つめていた。

 祈りが通じたのかどうかは分からない。ただ幸運が味方についてくれたのは確からしかった。
 弾ける皮膚。破砕音。甲高い悲鳴。崩れる巨体。落下する櫓。
 戦象のおよそ半数が、砲弾の直撃を受け、戦闘不能な損傷を負った。

 そして残り半数。
 ワラキア軍の放つ矢と銃弾の雨あられの中、最も先に戦死するのは戦象そのものではなく、頭上で彼を操る象使いだ。
 申し訳程度に鎧兜は身につけていたようだが、銃弾やクロスボウから放たれた矢は、その程度の薄い金属板、容易に貫通する。
 先頭を走っていた戦象が足をもつれさせた。制御を失ったのだ。頭の上、象使いは手綱を握ったまま、心臓に風穴を開け絶命していた。
 制御を失った象は、状況を理解できず、闇雲に走り回る事を始める。
 しかし狭い橋の上だ。櫓の上の傭兵を巻き添えにして、戦象は次々と足を滑らせ、ドナウの激流へと転落していった。

 どうにか凌ぎ切れそうだと、そんな希望を持ったのかもしれない。
 ヴラドもキニジ・パールも、私も、表情に少し楽観的な物が混じり始めていた。
 しかし、そんな顔を、再び険しくさせ、更に悲痛さすら抱かせるようにしたのは、一つの大きな咆哮であったのだ。

 ――フォオォーーン!

 天を衝くような、大地を轟かすような、そんな咆哮だった。
 乱暴に振り回される長い鼻。あの先端に人がぶつかったなら、きっと骨は容易に砕けるだろう。
 白く鋭く尖った、長く凶悪な牙。太い前足が、どすんどすんと橋を踏みならす。

 戦象隊最後尾。恐らくはこの傭兵隊の長が乗る象。
 小山のような、他の象よりも二回りは大きい、桁外れの巨象。
 既に櫓の中の射手や象使いは針鼠のようになって死んでいた。巨象の肉体にも夥しい矢が突き刺さり、銃痕と思われる小さな穴も沢山開いている。
 しかし、それでも彼の生命は全く衰えていない。
 肉厚すぎる皮膚と筋肉が鎧となった。鏃や鉛玉では、表層に僅かな傷をつける事しかできなかったのだ。

 そして、巨体の彼は。圧倒的な質量を持つ彼は、乗り手を無くし完全に暴走をしている。
 問題は、その暴走の先が、完璧に私達に向かっている事だった。

 一体。そう、たった一体だ。
 しかし、この一体に、その質量に橋を突破されるという事、それがワラキア軍にとって致命的な綻びになる事を誰もが理解していた。
 迫りくる巨象。しかし、誰も有効な手を打つことができない。ヴラドでさえもだ。軍中の雰囲気が絶望に傾き始めていた。


「時間稼ぎくらいはできるかもしれやせん……」


 静かに、キニジ・パールがそう言った。
 少し声は震えていたかもしれない。しかし、重大な決意を噛みしめるよう、きゅっと唇を締めると、両手の大剣を地面に置いた。


「お嬢様、後はお願いします……」
「後はって……パール! 一体何をするつもりだ!?」


 キニジ・パールは答えず、振り返る事もせず、真っ直ぐに戦象を見据えていた。
 そして――


「うおぉぉぉぉ!」


 咆哮とともにキニジ・パールは走り始める。
 詰まる戦象との距離。
 衝突音。巨大な肉と肉がぶつかり合った音だ。

 皆が皆、驚嘆していた。
 ヴラドでさえも、驚きを隠さない。

 橋の上に引かれた真っ黒い二本の線は、キニジ・パールの靴の裏が摩擦で焼けついたもの。
 10ヤードほど押されて、しかし今の彼は、その丸太のような腕で巨象の顔面を抱きしめ、確かに不動でいる。
 そう、信じられない事に、キニジ・パールは、戦象の突撃を、体一つを以って受け止めて見せたのだ!
 しかし……。


「ぐ……ぐうぅ!」


 噛みしめた歯の隙間から漏れる呻き声は苦しげだ。
 そもそも、あの質量の突撃を受け止めただけでも奇跡的なのである。

 キニジ・パールの顔面はもはや真っ赤であり、筋肉には太い血管がはっきりと浮かびあがっていた。
 彼がいくら剛腕であろうとも、象とは持って生まれた質量が段違いなのだ。押し合いで勝つ事などできない。
 今の彼は殆ど肉体の限界を超えた、ぎりぎりの一線にて、どうにか持ちこたえているのである。
 長い時間持たないのは、誰の目にも明らかだった。

 臼砲の装填にはまだ幾許かの時間がかかる。
 そして、銃や弓では戦象を射殺すに破壊力が足りない。


「……レミィ。我々は絶体絶命の状況にある」


 ヴラドが私の傍で呟く。縋るような声だった。


「無茶な願いだとは分かっているが、もはや我々はレミィの可能性に頼る他ないらしい。
 人知を超えた、理不尽に状況をひっくり返す、そういう何か。今必要なそれを持っているのは……レミィ、君しかいない」

「本当に、随分な無茶を言う……」


 傷をつけるだけでは駄目なのだ。
 手負いの野獣ほど恐ろしいものはないから。

 私の力が及ばなかった場合、あるいはしくじった場合、その瞬間ワラキアの敗北は、ほぼ決してしまう。
 即死。そう、即死でなければならない。
 肩に圧し掛かる物をこの時私は感じた。
 信頼とは……これだけに重い物なのだな。


「私はレミィを信じている……それはパールも、ゲオルゲも、兵士達も、皆そうだ。
 我々の全権を、レミィに委任する……頼む、レミィ。もはや、君しか……」


 幼い吸血鬼。
 まだ空も飛べず、腕力が強いだけの吸血鬼。
 しかし、そんな私を彼らは一様に信頼しようとしているのだ。

 私は軽く目をつぶり、種が持つ意味を、一人、静かに見つめ直していた。

 ……ああ、そうだ。
 私は暴虐の体現でなくてはならない。理不尽な暴虐だ。圧倒的な暴虐だ。

 これは、私の年齢とか経験とかそういう問題ではない。
 すなわち矜持の問題だ。
 レミリア・スカーレットという吸血鬼が、いかにして吸血鬼たれるかと、そういう問題なのだ。

 かつて、存外安いとさえ思っていた種に対する誇り。
 しかし、胸に手を当てれば、それはまだ十分な輝きを以って確かに存在していた。

 ありがたく思った。
 すっかり捨て去ってしまうには、重すぎた誇りの質量に。

 そして、産んでくれた母よ、実の父よ。今は貴方がたに何よりの感謝を宛てたい!
 このずっしりと重く、燦然と輝く唯一無二の誇りを、私に生まれ持たせてくれた事を!

 握り締めたスピアが紅く光を放ってゆくのが分かった。
 紅。
 吸血鬼に最も相応しい色。矜持の色。
 ……今なら、できると思った。あの怪物を打ち倒す事だって、簡単に。


「ヴラド。パール。ゲオルゲ。ワラキアの兵士諸君! 
 見ていてくれ。ここに私は己の矜持の限りを賭す!」


 体全体で、スピアを振りかぶる。視線は真っ直ぐ戦象の瞳。睨みつける。
 踏みしめる足。握り締める手。
 全ての骨格、筋肉、神経、それらの悉くを今、最高の精度と爆発力を以って躍らせる!

 さあ! 運命よ切り開かれろ! 誇りとは――


「パール! 躱せぇ!」


 ――寄せられた信頼に、完璧に応えてみせる才覚の事を言うのだ!


 咆哮と共に私は力一杯にスピアを投擲した。瞬間、空気が弾けるような轟音がした。
 牙より手を離し、身を翻したキニジ・パールの体を掠めるようにして、スピアは巨象の顔面に到達する。刃先が触れる、刺さる、埋まりゆく。
 鎧のような皮膚、剛健な筋肉、頑丈な骨格。
 紅い槍は、その悉くを貫通するに十分な突破力を伴っていた。

 おそらく瞬きをする程度の時間だったと思う。
 規格外の速度で放たれたスピアは、巨象は鼻の付け根から、臀部にかけて、背骨を抉る形で貫通した。

 それでも尚勢い失わないスピアは、後続の兵士を次々と貫き、肉を抉り、頭を砕き、更には対岸の兵士までも巻き込んで、最後は地平の先の森の中に消えゆく。
 橋の上に残っていたのは、夥しい死体だけ。

 ともかくの危機は脱したと、安心した途端、ふと眩暈を覚えた私はそのまま為す術もなく意識を失ってしまったのだった……。




 ◆ ◆ ◆




 私が目を覚ましたのは、本陣の幕舎に設けられたベッドの上でだ。
 すでに夜になっていたのだろう。ランタンが仄白い灯りをまいている。
 少しぼんやりが残る頭のままで、周りを見渡す。
 心配そうな顔をしているヴラドと目が合った。


「よかった、目を覚ましてくれたのだな。心配したぞ……急に倒れるものだから」

「そうか。確か、あの時私は気を失って……」


 おそらく、あの紅い槍の全力投擲は、私の幼い体に相当の負荷をかけたという事らしい。
 今回は、すぐに助けられたみたいだからよかったけれど、あれが乱戦の真っただ中とかだったらと思うとぞっとする。
 コツは掴んだから、あの紅い槍をもう一度放つ事はいつでも出来ると思う。ただし加減をしなければ、今回のようにまた意識を失ってしまうだろうから気をつけないと。


「レミィの献身によって、あの後の攻撃をどうにか凌ぐ事ができた。感謝している」

「なに。私にとってもいい経験となった。自分を見つめ直す機会になったし、一皮剥ける事もできた。ところでヴラド、指揮はいいのか?」

「今は一時的にゲオルゲに任せている。つい先ほどまで軍議を行っていた。この戦は、今とても重要な局面を迎えている。選択が必要な時だ」

「重要な、局面?」

「ああ、それは……」


 ――お嬢様ぁ!

 ヴラドの声が大声に掻き消される。
 何事かと首を向けた先。幕舎の出入り口を、大声を放ちながらくぐって来たその男。
 キニジ・パールだ。


「お嬢様が目を覚まされたと聞いて。……ほんとよかった。もしあのまま目を覚まさなかったら、あっしは、あっしは……」


 そのいかつい顔を、ぐちゃぐちゃにして今にも泣きそうな表情をしている。
 いや、ちょっと疲労で倒れたようなものだから、その実ぜんぜん大した事じゃなくて。
 少し眠った今では全然ぴんぴんしていて、だから……そんなに大げさに心配されると、正直困る……。


「パール。ほら私はまったくもって元気だからさ。だからそんな顔しない」


 私が優しくそう声をかけてやると、彼の表情は少しだけ柔らかくなったようだった。
 しかし、ここで私はふとした違和感を覚える。
 キニジ・パールの左肩。そこには生々しい槍傷が残っていたのだ。


「パール? その傷は?」

「ちょっとヘマやっちまいやして。しかし大したことありやせん。かすり傷ですさぁ」


 確かに、それほど深い傷ではない。しかし、彼を負傷させた者が敵にいる。それだけでも驚くべき事だったのだ。


「先ほどの重要な局面だが……つまりはパールの傷。それが意味するものだ」


 ヴラドが、先の話題を再開させる。
 その内容がとても真剣なものなのは分かっているから、私は静かに耳を傾けていた。


「イェニチェリ。レミィが巨象を打ち倒した後の事だが、メフメト2世はオスマン最強の精鋭歩兵部隊をついに投入してきたのだ。
 いよいよオスマンは本気となった。
 その攻撃はどうにか凌いだが……こちらの損害も相当なもの。このままだと明日、明後日くらいには、突破されてしまうかもしれんな」


 ヴラドの表情には苦々しげな物が確かに混じっていた。


「しかし……いずれこうなる事は分かっていた。真正面からの白兵戦では彼らの戦力を削り切れぬ事。
 可能な限りの損害を与える事はできた、ならば、この場での目的は達せられたと言える。
 先ほどの軍議で決定した事。対オスマンの闘争は、今夜を以って第二段階に移行するぞ」

「第二段階……つまり」

「うむ、橋の放棄。砲の破壊。兵士の戦略的撤退、そして……」

「その後に続く、ゲリラ戦と焦土作戦か」

「その通りだレミィ。これからが我々の戦争の真骨頂となる。これは、弱者が強者を屈服させる為の戦争だ」

「まったく、国土にどれだけの損害が出る事やら。それに、戦いもより厳しいものになりそう」

「ああ、だが、そこに我々が勝利できる可能性が確かに存在している。レミィ……また、戦ってくれるか?」

「当然。私はこの戦争で、絶対にお前を殺させないと言った。例え世界の全てがお前に敵対しようとも、それでも私はお前の盾と槍であり続けるさ」

「出来過ぎた娘を持てて本当に幸運だと思うよ。
 ……さて、そろそろ足音が聞こえてくる頃だろう。世界で最も恐ろしい歩兵の足音だ。
 彼らが川を渡り切ってしまう前に、迅速に作戦を開始しようじゃないか」




 ◆ ◆ ◆




深夜にあって、ワラキアの軍勢は急激に騒がしくなった。
急ぎ撤退の準備をしているのだ。

そんな私達の動きにオスマン軍は気付いているのか、あるいは気付いていてなお、彼らには関係のない事なのか。
橋の上、イェニチェリ数十名を先頭に、オスマン軍が渡河を開始する。

しかし、私達はもはや迎え撃つ事をしない。
代わりにヴラドは、指笛を吹き鳴らした。遠く鋭く響く音色だ。

瞬間、工作部隊が橋架の柱にあらかじめ仕掛けておいた火薬が一斉に炸裂した。
支えを失った構造物は、もはやその姿を保っていられない。
音を立てながら崩壊していく橋架。瓦礫と共に、突破を試みたイェニチェリ始め百数十名のオスマン兵士が水面に落下していく。
そして全てはドナウの激流に飲まれて行った。




 ◆ ◆ ◆




「建物を破壊しろ、全部だ。オスマンの兵士達に安息の場所を与えるな。
 作物も全て刈り取れ。輸送しきれぬ物は全て燃やせ。井戸には糞尿を投げ込め。彼らに餓死か病死か自死か狂死かの選択をさせるのだ」


 ヴラドの命令が矢継ぎ早に飛ぶ。
 ここはワラキア中部に位置する、名もなき村だ。
 荷車に積まれた数々の物品と、燃える建物。穀物が何も残っていない畑。
 村人は、その殆どが既に山間部に避難している。
 焦土作戦。ヴラドの選び取った戦術だ。

 この時代、軍隊の食料や水といった物は、殆どが現地調達である。
 その為、オスマン兵士が欲しがる物資の全てを村より排除してしまうこの作戦は十分な効果が期待できた。
 まあ……戦争後の復興を考えると、頭は痛くなるが。
 しかし、まずはオスマンの影響力を徹底的にワラキアから排除する事を、ヴラドは優先したのだ。
 ……今は仕方ないと割り切るしかないのだろう。

 明日になれば、この村にもオスマンの軍勢が達する。
 しかし、彼らは何も得る事が出来ずに、飢えと渇きに苦しむ事となるだろう。
 メフメト2世は優秀な指揮官であるから、勿論輜重にだって気は配っているが、だが、それでも全ての兵士に対して補給は行きわたらないのだ。

 理由は二つ。
 一つ目は軍勢が多すぎるがため、補給線が随分と伸びてしまった事。
 そして二つ目。これがより重大な理由だ。


「ヴラド様。ただいま戻りました」

「ゲオルゲか。御苦労。首尾はどうだ?」

「上々です」


 少数の手勢を率い、ヴラドの前に姿を現したゲオルゲ。背負う大剣は血液が付着したままだ。
 格好は泥にまみれている。金属の鎧の輝きを擬装するため、自ら塗りたくったのだ。
 彼らは今しがた、オスマンの輜重隊を一つ潰してきた所である。

 ゲリラ戦。
 ヴラドが、ひいてはワラキア軍が得意とする戦術。

 地の利を最大限に生かし、輜重隊や、疲れが見えている部隊など弱点目掛けて少数の兵士を以って急襲。目的を果たしたなら速やかに撤収。
 焦土作戦と合わせる事により、大きな成果を上げる事ができる。

 ドナウ川下流に築いた橋頭堡よりオスマン軍が渡河を成功させ、戦場がワラキア国内に移ってから二週間程が経つが、その僅かな時間で随分な数のオスマン兵が戦死した。
 一万人は優に超えるだろうと言うのが、ヴラドの予想である。
 実際、最低でもそれくらいだろうなとは思う。

 昨日だってスイス傭兵隊が、オスマンの銃兵隊二百名を急襲して壊滅させたという報告が入ったし、その前にはキニジ・パールの部隊がイェニチェリ十数名を含む部隊と互角以上の戦いを繰り広げ、最終的に三百の兵士を戦死せしめたという報せを聞いた。
 ヴラドも積極的に襲撃をかけている。私も盛大に槍を振るった。
 この二週間で私が屠り去った兵士は間違いなく五十を超えるし、部隊としての戦果はその十倍超に至る。

 もちろん、ワラキアの部隊は、全てが全て精鋭という訳でないから、返り討ちにあって壊滅してしまったという部隊も沢山あるが、それでも全体としてみれば、随分な善戦を繰り広げていると言える。

 本隊から分断されてしまったオスマンの部隊は、白旗を上げる事も多かった。
 そうして捕虜となった兵士は全て首都トゥルゴヴィシュテに移送された。


 補給の不足による飢えと、いつ襲撃されるか分からない不安。次々と倒れゆく戦友。
 オスマン軍の士気は、目に見えて低下していた。

 だが……しかし。


「決め手に欠けるな……」


 疲れが見え始めているとはいえ、今なおオスマンの軍勢は圧倒的な数を誇っている。
 ゲリラ戦が大きな効果を上げているとはいえ、致命的な損害を与える事はできていない。
 このままでは、ワラキアはいずれオスマンの大軍に呑まれてしまうだろう。
 何らかの手を打つ必要があるのは、間違いなかった。


「ああ、レミィの言う通りだ。夕刻に軍議を開く……そこで、彼らを撃退するための方策を決定したいと思う」


 燃える家屋の熱と、焦げ臭い匂いはここまで伝わってきていた。
 ワラキアは身をすり減らして戦い続けている。
 ……もはや、どうやっても勝たなければならないと思った。




 ◆ ◆ ◆




 太陽が西に傾く頃。ヴラドの言の通り、軍議は開かれた。
 会場はとある村の教会内部。焦土作戦はあらゆる建物を破壊するのが原則だが、教会だけは壊す事出来なかったのだという。
 ワラキアの農民には、信仰に敬虔な者が多い。
 犠牲が甚大となるオスマンとの戦いにおいて、それでも多くの農民が支持を続けているのは、この戦いが対イスラムの聖戦であるという意識を彼らが持っているからなのだろう。

 ステンドグラスより差し込む夕日の下、椅子に座る貴族と部隊長達。
 幾らかの部隊は、諸事情により参加できずにいるが、大体の主力は揃っているようだったので、軍議には問題ないだろう。
 ヴラドが現状の説明を始める。


「我々ワラキアの軍勢はとてもよく健闘している。我々の犠牲者とオスマンの犠牲者、その数は、今や十倍以上に開いているだろう。
 これは諸君らの献身的にして積極的な軍事行動がもたらした、一種の奇跡とさえ言える結果である。
 しかし、オスマンに致命的な打撃を与えるには、これでもまだまだ足りないのだ……」

「ドラキュラ公様? 何か策は?」


 貴族の一人が挙手をし、ヴラドに質問をする。
 ヴラドは淀みなく答えた。


「夜襲。その一択となるだろう。
 この余りに圧倒的な兵力差を挽回するためには、彼らの予期せぬ一撃によって、その頭脳を。“ファーティフ”メフメト2世を戦死せしめる必要があるのだ。
 困難な作戦となる。メフメト2世は優秀な戦術家であり、夜襲の方法も熟知している。そして何より、彼は我々ワラキア軍に残された切り札が、夜襲である事を看破しているだろうからな」


 あの時から、ヴラドはずっと考え続けていたはずだ。
 オスマンの喉笛を一気に食い破ってしまう方法を。
 この、敵の総指揮官を直接狙うという作戦は、勿論大変に難易度の高いそれである。
 しかし、それでもヴラドが軍議の場で発言したという事は、成功の可能性は十分にありえるという事だ。


「“機”が成否を分かつ。必要なのは絶妙の一瞬だ。誤れば、私達は逆に返り討ちに合って大損害を被る事になる……」


 だが、この時になって、ヴラドは表情に逡巡を浮かべた。
 そして、今日は席を一つあてがわれている、私の方を見る。


「レミィ。君はどう思う? 君のそのガーネット色の瞳に、機は、運命は、どのように見えている?」

「私に振られるとは思わなかった」

「レミィには才覚がある。その才覚はどのような判断を為すか……意見を聞いてみたい」


 正直、ヴラドが分からないものが、私に分かるとも思えなかった。
 軍略において、彼はまだまだ私のずっと上にいる。
 しかし、彼が私の可能性を信頼してくれているというなら……私は出来る限り誠実に応えなくてはならないのだろう。


「弛緩していなければならない……」


 可能な限りの速度で頭を回転させる。出来る限り最善の状況を思い描く。


「恐怖、狼狽。しかしそれに起因する警戒。彼らの肉は今酷く硬質化している。それは不自然な硬質だ。放っておけば、いずれ彼ら自身を瓦解させるだろう。
 しかし、私たちには……時間がない。彼らの自壊を待つ時間はないのだ。押し切られる前に、致命的な、中枢を突き刺す一撃を加えねばならない。
 だから、彼らの肉が弛緩する瞬間が必要なのだ。
 兵卒たちの弛緩。死と隣り合わせの毎日に精神が限界を迎えつつある彼らの弛緩。
 彼らの脳裏にわずかにちらついた希望だといい。そして、私達の襲撃がそれを散り散りに破り捨てるものだと尚いい……」


 ドタドタドタと、酷く慌てたような足音が聞えてきたのはその時だった。
 全速力で駆け込んできた伝令は、血相を変えたまま、早口でヴラドに報告を行う。


「一大事です。先ほどスイス傭兵隊が、オスマン帝国軍の電撃的な襲撃を受け、包囲殲滅されたとの事です!」


 その報せに、空気は少しざわついたようだった。

 いくつもの戦場を渡り歩いてきた歴戦部隊であるスイス傭兵隊は、戦闘経験乏しい者も少なくないワラキア軍において、最も頼りになる部隊の一つだった。
 ヴラドの近衛隊、そしてキニジ・パール率いるハンガリーの親衛隊に次ぐ精鋭だったと言っていい。
 それを失ったのだ。ワラキアにとって大きな損害なのは間違いなかった。
 しかし。


「そうか……ご苦労だった」


 落ち着いた様子でヴラドは報告を受け、伝令を帰した。
 私に目を合わせる。


「こういう事を言うのは、金銭の契約にしか過ぎなかった筈の我々が為、命を賭して最後まで戦ってくれた彼らに対して、酷く礼を失する事なら分かっているが、……丁度いい時分だったな」

「ああ、……これで、決まった」


 スイス傭兵隊の壊滅は残念な事だった。彼らの魂の平穏を祈りたい。
 しかし、彼ら300名の犠牲と引き換えに、私達は乾坤一擲の一撃を放つ機を得る事ができたのだ。
 腹に力を込め、できる限りの力強さを以って、私は宣言をする。


「6月17日深夜三日月! 彼らの首筋に毒針を突き立てるのは、今晩をおいて他にない! 草木と夜鳥が寝静まるもっとも深い夜、我々はメフメト2世に対し、夜襲を決行する!」


 教会に集う皆の瞳に、ぎらぎらとした輝きが宿ったのを私は確かに見た。
 彼らはずっとこの時を待っていたのだ。
 空気は静かに高揚してゆく。
 この時、私は運命が我々に靡くのを確かに見たのだ。




 ◆ ◆ ◆




 夜襲の実行が決断された直後、ヴラドは例の変装をして、オスマン軍勢の奥深くまで斥候を敢行した。
 斥候が得意だといつか言っていた彼の言葉に嘘はなかったようで、二時間の後、まったくの無傷で帰って来た彼は、メフメト2世の泊まる幕舎の位置を正確に掴んできていていた。

 夜襲の実行部隊は、ヴラドの近衛隊とキニジ・パールの部隊。
 この二つの少数精鋭が選抜された。

 梟が鳴くころ。私達は静かに、しかし迅速に森林地帯を踏破してゆく。
 途中、オスマンの哨戒部隊幾つかと遭遇したが、彼らは全て、殆ど音も無く夜の闇に葬られた。

 そして私達はついに目的地に到着する。
 高台の木々の隙間から覗き見た、メフメト2世が寝泊まりするスルタン幕舎は、周りのそれと比べていっとう豪奢なそれだ。
 焚かれる篝火も警護の兵士も、とても多いが、しかし衛兵の中には大欠伸をしている者さえいる。
 油断は明らかだった。

 本日の勝利の情報が、彼らに錯覚をさせているのだ。明日も明後日も同じように、大きな戦果の情報がもたらされると。
 それに、きっと彼らは、まさかここを襲撃されるとは、予想もしていないのだ。
 メフメト2世は、その可能性について常々警戒するよう命令していると思うが、一度気が緩んでしまえば、中々元に戻すのは難しい。

 勝機は十分過ぎるほどだと思った。
 ヴラドも、うむと確信したように頷く。

 それはそれは静かに急襲は開始された。
 足音を忍ばせた兵士が、衛兵の喉を裂く。
 同時に篝火が倒される。

 敵襲の絶叫が響き渡るまでには、若干の間があった。
 その間に、私達は既に動く事を始めている。

 メフメト2世の幕舎に向かい、一直線に。
 吹き荒れる突風のようでもあったと思う。

 行く手を遮る兵士の悉くを私達は難なく蹴散らしてゆく。

 キニジ・パールの双剣が、ゲオルゲのツヴァイヘンダーが、ヴラドの曲刀が、私のスピアが。
 乾坤一擲の今を、確かにこじ開けてゆく。

 続々とオスマンの兵士は集まり、徐々に乱戦の様相を呈してきたが、それでも私達の勢いは削がれる事なかった。
 オスマンの兵士達は未だ混乱しているのだ。
 なら、私達の暴威を凌ぐにはあまりに力不足だった。

 遠く、面長の男が見えた。この距離であっても、気品と知性と威厳が周りと段違いなあの男。メフメト2世。
 手には鋭く湾曲するシャムシール。
 彼は覚悟しているのだろう。最悪、皇帝たる彼が自ら刀を振るう事も。
 ヴラドの夜襲は、メフメト2世の一歩先を行く事に成功していた。

 スルタン幕舎まで、あと200歩!
 夜襲が最良の形で成功するまでの距離である。

 しかし、ここで私達は思わぬ障壁と遭遇する。
 乾いた音が鳴り響いた。
 近衛隊の一人が、唐突にばたりと倒れた。頭には小さな穴が開き、脳漿が漏れ出している。

 銃撃。しかし、三日月の暗い夜にもかかわらず、これだけの精度で狙撃を成功させる兵士など……世界に一種類しかいない。
 続けざまの銃声よって、更に数人の近衛隊が倒れる。

 イェニチェリ。世界最強の歩兵。そして世界で最も銃器に精通した歩兵。
 スルタン幕舎を守る彼らは、次弾を装填している暇はないと判断したのだろう。
 腰の刀を抜き放ち、突撃をかけてくる。
 彼らはスルタンの盾となれるなら死すら厭わないのだ。

 加えて私は、奇妙な武器を見た。
 先端に三日月状の刃が二つ付いたポールウェポン。中華の武器。方天戟。
 いつか見た、明国の傭兵だ。
 彼らは精強であった。戦争での戦い方をよく知っていた。
 彼らが前線に加わった途端、オスマンの防御は一気に固さを増した。 

 オスマンの殆どの兵士が為す術もなく屠られゆく中、イェニチェリとこの傭兵隊だけは、凄まじき抗戦を繰り広げている。
 その凄まじさに、私達の勢いは少し削がれてしまっている。
 メフメト2世の首を刈り取るという、最終目的は徐々に遠のいていた。

 ……だがしかし、こんな時にこそ、私の出番ではないのか?

 この前は意識を失うような失態を犯してしまったが、今回はそんなヘマはしない。
 これを投げてしまえば、私はまたヴラドに言って、鍛冶屋に特別の注文をしないといけなくなるわけだけど、それは今は気にするところじゃないだろう。
 ぎゅっと、スピアを握り締める。一直線にメフメト2世を見据える。
 
 征服王(ファーティフ)。築き上げた自負。積み上げた自信。
 しかし。

 ――その心を砕く!

 投擲の勢いは鋭く、紅い閃光は夜闇を切り裂いてゆく。
 投げ放った感触は寸分の狂いも無かった。事実、スピアは真っ直ぐにメフメト2世目掛けて直進している。
 これを回避する事は……人間には不可能だ。

 私達の目的が、達成される瞬間は刻一刻と迫っていた、それはほぼ間違いない未来。
 それこそ奇跡でも起こらない限り覆らない未来。

 しかし、この時私は、運命がもっとも希少なる選択を選び取ってしまう一瞬を、確かに見てしまったのだ。
 
 高く跳躍したそれは、人の形をしていた。
 長い手足に、髪はもっと長く、鮮やかに紅かった。
 
 蹴撃。彼女の足の先端が、スピアを捉えた。
 さすがに叩き落とす事は出来なかったようだが、しかし軌道は変わった。なら、それで彼女にとっては十分。
 護衛の兵士が何人か貫かれる事となったが、結局メフメト2世は傷を負う事すらなかった。
 私の投擲は、失敗したのだ。

 
「な……!? い、いったいあれは!?」


 必殺の破壊力を持つ私の紅いスピア。それを蹴り飛ばすなんて荒業を成功させてしまった彼女を見て、キニジ・パールが驚きの声を上げる。
 私も、驚いていた。ああいう存在とこんな場所で遭遇するとは、ちょっと考えてなかったからだ。

 だが、思えば私もワラキア軍の一員として戦っているのだ。
 オスマン帝国に、似たような存在がいたとしても、不思議ではない。

 紅髪の彼女。明国の傭兵を率いる、異彩の隊長。
 しかし、彼女は間違いなく、正真正銘に私と性質を同じとするもの。
 すなわち……妖の範疇の住人だ。



「パール! あれは私が引き受ける! お前たちはあれを一切顧みる事なく、ひたすらメフメト2世の首を目指せ!」


 一騎当千。人の範囲に収まらぬ武威。
 それを彼女は持っている。
 彼女がこの乱戦に加われば、ワラキアの被害はきっと甚大になってしまう。それは、阻止しなければならなかった。





 敵兵の壁を、強引に抜け、私は彼女に接近する。
 どうやら彼女も私の事を狙っているようだ。一対一を望んでいるようにも見える。

 乱戦から距離を置いた、人気のない広場。
 そこで彼女は、手招きをして待っていた。


「こんばんわ、そして初めまして。血の匂いが濃い、とてもいい夜ね。お嬢ちゃん。
 噂では聞いてたけど、こうやって見ると本当に可愛らしくて、まるでお人形さんみたい。
 恐ろしい吸血鬼だなんて、ちょっと前までは信じられなかったかも」


 流暢な英語。
 笑みは柔和だが、酷く掴みどころがない。


「あら? 顔つきからあの辺の出身だと思ったのだけど。もしかして生粋のワラキア生まれだったりした?
 うーん、弱ったなぁ。ルーマニア語は勉強してないのよね。私もまだまだ経験が足りないなぁ」


 ぽりぽりと、苦笑しながら彼女は頭をかいている。
 多分、相当に長い時を生きているのだろう。
 一つ一つの身振り手振りから余裕が満ち溢れている。

 私は今まで、それほど多くの人外を見てきた訳じゃないから、この評価は誤りを含む可能性もあるけれど……。
 でも、言いきってしまってもいいように思えた。彼女は相当に強大な力を有した妖だ。
 でなければ、あれだけの余裕を身につける遥か昔に淘汰されている。
 しかし、なら、そんな彼女はどうして……?


「……解せんな。妖の身の上でありながら、どうして人の流儀を真似て傭兵などをする?」


 久々の母国語で呟いてみる。
 彼女は少し驚いたような顔を見せた。割と感情が表情に出やすい性質なのかもしれない。


「普通に英語話せたんだ。よかった、お姉さんどうやって貴方と喋ろうかって、ちょっと悩んじゃったわよ。
 ああ、傭兵やってる理由だっけ? そうねぇ。ワラキアにすっかり飼われちゃってる貴方に解せんとか言われたくはないけど……まあいいや。
 要するに、慕われちゃうと、中々見放せなくてって事。
 でも農業だけじゃ中々食っていけなくて、だから傭兵になった。
 結構優秀なのよ。私の部隊。沢山武功も立ててるし、勲章もいっぱい貰ってる。
 まあ勿論、十分な蓄えが出来たら故郷に帰させるつもりだけどね。
 今回は雇い主がオスマン帝国みたいなでっかい国だからちょっと期待してたり。
 メフメト様は皇帝らしく懐の大きいお方だし、報酬をちびったりとかはきっと無いと思ってる」


 舌が回る速度は速い。
 喋り好きらしい。放っておけぱ、いつまでもぺらぺらと喋ってそうだった。
 が、生憎私には、彼女のおしゃべりに付き合ってやる程酔狂でもないのだった。。


「……いつまで喋ってる? いい加減耳障りだ。さっさと始めようじゃないか。
 私はさっさとお前を潰して、戦列に戻らないといけないんだ」

「あらあらごめんなさい。でも、お嬢ちゃんにそれが出来るのかしらねぇ。私こう見えても強いわよ? 相当に」

「所詮野良妖怪だろう? 私は吸血鬼。世界でいっとう高級な生物。お前とは生まれ持った物が違うのだよ。お前程度、蛆虫を潰すような手軽さで屠ってやる」

「あんまり大きな事は言わない方がいいと思う。お姉さんからの忠告よ。負けた時の惨めさが酷くなるからね。
 貴方それほど闘いの経験ないでしょ? 動き見れば分かるよ。
 まあ、吸血鬼。その種が持つ素養なら知ってるし、侮るつもりはないけどね。十分な敬意と興味を以って、貴方と闘争したいとは思ってる」


 いけ好かない女だと思った。
 子供扱いされているのがはっきり分かる。
 私を一切、怖がることなく、余裕を見せびらかす事までしている。
 腰に佩いていた柳葉刀に、彼女は手を触れる事すらしていないのだから。


「武器はいいのか?」

「ああ、これは人間用。戦場であんまり不審に思われない為のね。実際のとこ、武器は無い方が私にとってはやりやすい」


 女はにやりと笑うと、拳を握りしめ、腰を低く落とした。
 格闘技の構え。
 なるほど。聞いた話によると、東アジアでは、身一つで闘う技術が著しく発達しているのだという。
 達人ともなれば拳だけを以って野獣を屠る事すらできるのだとか。


「素手と素手か、いいだろう。槍などなくともお前には十分だ。丁度いい手加減になる」


 私も拳を握り締める。
 格闘技の経験は、槍術の合間に少し齧った程度。
 しかし、吸血鬼としての、腕力、瞬発力、反射神経。それらの優れた性能は経験の不足を補ってくれるはずだ。

 どちらからともなく、私達はじりじりと距離を詰めはじめる。
 彼女の顔はまだ笑みを湛えていたが、私と彼女の間の空気は酷くぴりぴりとしている。

 最初に動いたのは、彼女。
 ……知ることができたのは、星で満杯な夜空が視界に入ってだった。
 痛みを認識したのは少し遅れて、背中から地面に倒れてしまった後だった。
 つらりと、鼻から血液が垂れていた。

 一体何が起きたのか、しばらくまったく理解できなかった。
 たっぷり数秒の後、私はようやくそれに思い当たる。

 なるほど……どうやら私は、顔面に一発貰ってしまったようだ。
 まったく防御すらできずに。
 起き上がり、垂れた血液を手の甲で拭う。

 ……認めよう、私は驕っていた。
 彼女は強い。あの余裕に満ちた表情ですら、まだ謙虚に思える。
 例え傲岸に驕り高ぶる、鼻もちならない性格を彼女がしていたとしても、そんな態度が許されるだけの実力を彼女は有している。

 尊敬に値する強敵。彼女は紛れもなくそれだ。
 全力で、最大限の注意深さを以って、私は相対しなければならない。
 でなければ、勝利など夢のまた夢。


「感謝する、名も知らぬ妖怪よ。私はお陰でまた一つ学ぶことができたようだ。
 もう、私はお前を侮っていない。強敵よ。貴様の拳は鋭く疾い。どれだけの鍛錬を積めば、それだけの拳を放てるのだろうな? 私には想像もできん。
 だが、その拳に打ち勝つ事が、吸血鬼という我が種に課せられた、一種の義務なのだろう。
 お前が闘うのは、私の肉体とその性能だけでない。もっとも恐るべきは私の頑迷な矜持だ。これからの闘争は、異質なものとなるだろう」

「目付きが変わったね……お嬢ちゃん。
 私は正直恐ろしく感じている。私は貴方を恐怖させるためにあの一撃を放った。
 想像を超える一撃。貴方にとって未知の一撃。恐怖で矜持を砕き、屈服させるために。
 なのに貴方は今、どうしてそこまで冷静でいられるのか。私が見ているのは、大器の片鱗なのかもしれない」

「レミリア・スカーレット。強敵よ、私の名前だ、覚えていて欲しい」

「……私の名前は紅美鈴。奇しくも、姓の意味は同じか。必ず覚えておく。例え貴方が私の前で死す事になっても。貴方の名前にはそれだけの価値がある」


 一歩。また一歩。再び私達は距離を詰め始める。
 彼女が大地を蹴った。間合いを一瞬で詰める、凄まじく疾い拳。
 しかし、今の私には見えていた。
 ひらりと、身をかわし、脇腹を殴りつける。

 軽く拳はめり込んだが、しかし、内臓までは達する事無かったのは、彼女が素早く距離を取ったからだ。
 そのまま美鈴は、長い足を生かし、強烈な回し蹴りを放ってくる。
 受けとめるには、相当の力を要した。衝撃も相当な物で、腕の骨が軋んだ音が聞えた。
 だが、その程度で彼女の足を捉える事できたなら、対価として安過ぎるだろう。

 彼女の関節に無理な負荷を与える。このまま右足をへし折ろうと思った。
 うう、と彼女の苦しげな呻き声が聞えた。

 しかし、彼女はやはりこの程度で終わる女ではなかったらしい。
 がつんと、強烈な衝撃を私は感じた。
 自由が残るもう片方の足を以って、美鈴は私の後頭部を蹴り上げたのだ。緩んだ握力。するりと抜ける彼女の右足。

 意識が飛びそうになるのを堪え、私は無理矢理に拳を振り回す。
 彼女も、回避できる程の余裕はなかったのだろう。べきりと、骨を砕いた音がした。腋の下あたり。拳は肋骨にめり込んでいる。

 痛みに顔を歪める美鈴の顔が見えた。そのままの崩れ落ちてゆく。
 しかし彼女は、この無理のある体勢で、それでも、食らいつくように、あるいは執念を見せつける様に、掌底を放ってみせる。
 だが、残念ながら、私に少しでも損害を与える事できないだろう。

 拳で闘う際に、最も重要となるのは相手との距離だ。
 そして彼女と私との距離は殆ど肉薄する程。せいぜい拳二つ分しかない。
 有効な打撃を放つには、余りに近過ぎるのだ。

 十分な速度を伴う事なく、彼女の手のひらが、私の脇腹に触れた。
 それは、余りに軽く、ともすれば優しさすら感じる接触。そのはずだった……。

 彼女の手が虹色に輝いていた事に気付いたのは、今さらだった。
 痛みよりも先に衝撃があった。
 一体何が起きたのか、理解する事も能わず、気がつけば私は木の葉の如く宙を舞っていたのだった。
 墨を塗ったくったような黒い空に頼りなく光る三日月。散りばめられた星々。
 吹き飛んでいる間に見た、その光景は、やけにゆっくりと感じられた。

 そして二度目の衝撃。殆ど叩きつけられるようにして、私の体は固い土壌の上に叩きつけられる。
 鈍く、強烈な痛み。体が麻痺していたらしい、受け身をとる事も儘ならなかった。

 鉄の匂い。べっとりと肌に張り付く感触。自分の血液の香りなら自分が一番よく分かっていた。
 お腹のあたりが爆ぜたようになっている。

 どくりどくりと血液は流れ出す。破壊された筋繊維。白い骨が覗いていた。この分だと、内臓も二つ三つやられているに違いない。
 ぴくぴくと、手足の筋肉が私の意志とは無関係に震えていた。痙攣しているのだ。損害は思ったより深刻らしい。
 憎々しげに、三日月を睨みつけた。
 今晩が満月であったなら、この程度の傷、すぐに塞がるのに……。


「……一体今のは?」

「寸勁……って言ってもわからないだろうなぁ。東洋の神秘って覚えとけば大体正解よ」


 脇腹を押さえ、ぜいぜいと息を切らしながら、美鈴が近づいてくる。
 一歩一歩確実に。私はまだ、動けない。


「ごめん、ほんとはもっと、ちゃんとした技で殺してあげたかったんだけど、今の私にはそれだけの余裕、無いみたい」


 そっと彼女は、足を大きく上げた。
 そのまま、私の頭蓋を踏み割るつもりなのだろう。
 ああ、お前の選択は正しいさ。殺し方に綺麗も汚いもない。この状況じゃ、それが最善だ。

 ただ、紅美鈴よ。お前は一つ見誤っている事がある。


「さようなら、レミリア・スカーレット。今夜の出会いは忘れない」


 なあ? 紅美鈴? 
 ……私は未だ勝負を投げてはいないのだぞ?

 迫る彼女の靴底。私は口を大きく開き、受け止めるようにして力いっぱい齧りつく!
 頑強な顎の噛みつきは、万力の締め付けを遥かに超える圧力を持つ。鋭い牙は容易に靴を貫いた。

 痛みに顔を歪める美鈴。
 私はそのまま、頭を振り回すようにして、彼女の体を放り投げた。

 穴が開いていた腹は、まだ全部が塞がっている訳じゃないけど、中身が少し漏れ出すくらいなら、もはや瑣末な事。
 それよりも、私の体の麻痺は、随分と弱くなっている。
 体が動くなら、それは動かなければならない。

 私は背筋のばねで勢いよく飛び起きると、そのまま美鈴に向かって突進していった。
 彼女は、表情を驚愕に染めたまま、それでも迎撃をするように拳を突き出す。
 虹色に輝く、例の一撃だ。
 その破壊力なら、身にしみて理解しているが、だが私は止まる事なんて、出来ないのだ。

 虹色の拳を、私は額で受けとめる。
 ぐわんぐわんと、衝撃で視界が歪んだ。頭の中が酷く揺れている。
 しかし、私の頭蓋は砕けてはいない!


「うおぉぉぉぉ!」


 咆哮を上げ、大地を更に蹴り上げる、彼女の拳が勢いに弾かれる。
 潜り込んだ懐。
 彼女の肉体をギュッと抱きしめる。そのまま高々と跳躍する。

 ――いいか、私の才覚よ? 絶好の機会だ。
 ――何にも代えがたい、強敵との闘争を私はしているのだぞ? お前は今花開かないで、いつ開くと言うのだ!?
 ――さあ、憚る事なく目覚めてしまえ私の暴虐!

 森林を殆ど見下せる程の高度まで跳躍した私の体が、鮮やかな紅に輝き始める。それはまばゆく放射される。
 次の刹那、三日月の暗い夜空に、真っ赤で巨大な十字架がかかった。
 悪魔の十字架。しかし、冒涜など、この私が恐れるはずない。

 更に出力を増すこの紅は熱くも冷たくも無く、しかし純然な破壊力に満ちている。
 それが容赦なく絶え間なく、美鈴の肉体には叩きこまれているのだ。
 力なく、彼女の手が垂れさがったのが分かった。


 たっぷり十数秒の輝き振りまいた私が、大地に降り立った時、美鈴はもはや自力で立つ事も儘ならないようだった。
 いや、しかし、これはむしろ驚くべきことだ。何しろ彼女はあれだけの破壊力を間近に受けて、それでも生きている。

 ぐったりとしている彼女の体を、大地に横たえた。
 微かな生気しか宿っていない彼女の瞳が、私を見つめている。


「はは……負けちゃった……みたいね。……お嬢ちゃんすごいや。私とは格が違う。
 うん……でも、楽しかった。いい闘争だったわ。満足。お嬢ちゃんに殺されるなら、それはとても……悪くない」


 弱々しい声と、笑い。
 でも、この状況に至って、この女の表情はどうしてこれほどまでに爽やかなのだろうか。


「……私はこう見えて……結構名誉とか大事にする妖怪なのよ。
 だから今まで、詰まらない奴には絶対殺されてやるもんかって……血に塗れた生涯を送って来たけど……でも今なら終わりに出来る。
 レミリア・スカーレット。尊敬に値する吸血鬼。貴方が私の最期なら……それは最高の結末だわ……」


 にっこり笑いかけてくる彼女。
 その裏表のない笑顔に、しかし私は彼女が生涯で背負ってきた物の重さを幻視してしまって……。

 殺すだけなら、簡単にできる。心臓を潰してもいい。頭をもいでもいい。首を絞めてもいい。
 それをしてやるのは、ある意味彼女に対する一番の優しさだ。彼女は去り際を今と定めたのだから。
 彼女は私に感謝すらして、命奪われるだろう。そして、私に命奪われた事を至上の名誉と信仰したまま、この世に別れを告げるのだ。

 ……だが、紅美鈴。お前はまたもや勘違いをしているぞ。
 それと、ひとつ教えてやる。私は結構なばかりあまのじゃくなんだよ。


「なぁ、何を勘違いしている? 私はお前に止めをさすつもりなんて、これっぽっちもないぞ」


 静かに私が告げた言葉に、美鈴は心底驚いたような顔をしていた。


「強敵よ。お前の事を尊敬している。力強い拳と、輝くような笑みを持つ女。
 もしお前が仮に自らの過去に思う所あるのだとしても、それは間違いなく思い過ごしだ。
 お前の生涯は、間違いなく誇っていい。慕われたからなんて、そんな理由で人間数十人の面倒を見てやる程に甘く、しかしひたすらに誠実だ。
 その生き様は私には眩しい程。私はお前の事を、ある意味師のようだとさえ思っているのだ。
 死ぬのは余りに勿体無いぞ。だから、紅美鈴よ……生きろ」

「情け……でも無いのよね。ああもう、ほんとに、どうして貴方は器の大きい所、そうやって見せつけてくるのかしら。
 ああもう、ああもう、私ったら格好悪いなあ。ついさっきあんな事言ったばっかりなのに、貴方のせいで、死ねなくなっちゃったじゃない」


 少しだけ、彼女の声に涙が混じったような、そんな気もした。
 遠く、指笛の鋭い音色が聞えた。どうやら撤退の時間らしい。


「合図か……。強敵よ、私は撤退しなければならないが、くれぐれも変な気は起こさないでくれよ。
 でないと、止めをささなかった私が間抜けになってしまう」

「勿論……貴方に救われたこの命、簡単に投げ捨てる事なんて、しませんよ」

「それを聞いて安心した。では、さらばだ強敵よ」


 ぐしぐしと目をこすりながら、それでも淀みなく答えた美鈴に私は満足して、彼女に背中を向ける。
 東の空は軽く色付いてきているようだった。


「レミリア・スカーレット。この義には、いつか必ず報います……」


 立ち去る私の後ろで、美鈴が小さくそんな事を呟いていたのが、風に乗って聞えた。




 ◆ ◆ ◆




 結局、あの夜襲ではメフメト2世の命奪う事は出来なかったという。
 イェニチェリの必死の抗戦が、あと一息という所でワラキア軍を押し返したのだ。
 しかし、ヴラドの表情は決して暗いものではない。

 夜襲でのオスマン側の戦死者は優に千名を超えたというが、あの夜の本当の戦果は屠った兵士の数よりもずっと価値あるものだ。
 スルタンが奇襲を受け、絶体絶命まで追い詰められた。この事実を多くをオスマン兵は知ってしまったのである。
 もはや、ワラキアのどこにも安全な場所はないと、彼らは思い知っただろう。

 そして数日後、ヴラドは対オスマンの戦争を、最終段階に移行させる。
 これは、悪魔の戦争だと彼は言った。

 ジウルジウ要塞での戦いの後、どうしてワラキアはわざわざ捕虜を取ったのか。
 そして戦場がワラキア国内に移ってからも、捕虜を取り続けたのか。
 ……その理由は、対オスマンの最後の切り札とするため。


「カズィクル・ベイ――オスマンの兵卒どもは、お前の事をそう呼んで恐れていると聞く」

「カズィクル・ベイ……ふむ、ルーマニア語ではツェペシュと訳せるか。串刺し公。なるほど、渾名としては、中々悪くない。今度から、通称はこれを使うか」


 串刺し公の渾名に、ヴラドは確かに笑っていた。背中に、重すぎる悪名を背負ったままで。
 首都トゥルゴヴィシュテにてオスマン軍は、ドラキュラ公ヴラド3世の悪名と狂気を世界に知らしめた、悪魔の戦術を目の当たりにする。

 無人となった都市に、所狭しと並び立てられる、串、串、串。
 捕虜となったオスマン兵士が、一人残らず串刺しに処され、野ざらしにされていたのだ。
 漂う腐臭。鴉が群れを成していた。

 ただでさえ士気が低下していたオスマンの軍勢に、この余りに衝撃的な光景は致命的な打撃を与えた。
 メフメト2世は、ワラキア宮廷の庭を埋め尽くす凄惨な同朋の死体に、力なく呟いたという。


『なあ、ゲディク……私が戦争をしているのは、本当に人間相手なのか?』


 その夜。
 殆ど恐慌の状態にあるオスマンの各部隊に、もはやこれ以上の戦闘は不可能と、メフメト2世は全軍の退却を決断したという。




 ◆ ◆ ◆




 正に奇跡的な勝利だったと言っていい。
 十倍以上の質量で押し寄せるオスマン帝国の征服を、ワラキアは、その矮躯を以って見事に撃退してみせたのだ。

 ワラキアの兵士は本当によく戦い、よく耐え抜いた。
 ゲリラ戦をしていた頃は、枯れ木を枕にし、僅かな野苺を一日の食料とし、渇けば泥水を啜るような、極限の戦いもざらだったのだから。

 終戦の日、久々に私と再会をしたゲオルゲの大剣は限界まで使いこまれていた。
 刃毀れと錆の酷い刃を撫でながら、


「新調しないといけないですね、これは。
 まあ、もう剣を振るう必要がなくなるのが、一番ではあるんですが、そうもいかないでしょうしね」


 そう言って、苦笑していた。

 他国の戦争だと言うのに、ワラキアの為に獅子奮迅の戦いを繰り広げてくれたキニジ・パールの部隊は、戦いの終結を見届けた翌日にハンガリーへと帰還した。
 労いの宴会も辞退してだ。マーチャーシュの盾である事を何よりも優先するのがキニジ・パールという男だから、まあ彼らしい選択だとは思ったが。
 再会の約束なら結んである。どうせ隣国だ。いずれまた会う機会はあるだろう。

 そして、ヴラド。
 今回のオスマン撃退戦で、東欧一凶悪な戦争指揮官という評判が、ツェペシュの通称と共に広く知れ渡ったらしい。
 オスマン帝国の大軍を退けたその怪腕に対する称賛。抗戦の手段の苛烈さに対する畏れ。
 欧州各国の反応は、ヴラドの名声と悪名の両方を不動とするものとなった。

 その彼は今、大変に忙しい。
 戦勝の喜びに浸る暇も無く、彼は荒廃した国土の復興という大変な事業に取り組まなければならなかったのだから。
 勝利のためにワラキアが支払った犠牲はとても大きい。
 全てが元通りになるには、きっと長い時間を必要とするだろう。

 だが、政務に励むヴラドの表情は溌剌としている。
 今までいくつもの難題をどうにかしてきた彼だ。今回だってその辣腕を存分に振るって、どうにかしてくれるに違いない。

 私の生活も平穏そのものだ。
 宮廷のふかふかなベッドで目覚めると、時々違和感があったりする。あの激闘の最中身を預けた、幕舎のベッドはとても固かったから。
 そう思うと凄く贅沢よね、と誰に言うでもなく呟いて、迷う事なく二度寝をしてみたり。しばらくする暇が無かった読書を再開してみたり。たまには冷やかし半分に、スピアを握って練兵所を訪ねてみたり。
 平和な時間を存分に謳歌している。

 ワラキアは最大の危機を乗り越えたのだ。だからこの平穏は、いつまでだって続くと思っていた。心の底から信じる事さえしてた。
 後になって思えば、やっぱり私は幼かったのだと思う。

 いつだって、平穏が崩れ去るのは突然で。
 庭より聞えてきた、慌ただしい馬蹄の音の意味を私が知ったのは、その僅か数分後の事だった。

















 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

















『生きたいと思わねばならない。そして死ぬ事を知らねばならない』
 〜ナポレオン・ボナパルト


 第六幕 〜ドラキュラ城を紅く染め、西日は白々しくも落ちゆくだろう〜



 例えば、今、ヴラド・ツェペシュの武名を前に、堂々と反乱を起こせる貴族など、まずいないだろう。
 あのメフメト2世ですら勝てなかったのだ。
 多くの貴族は、もはやヴラドの事を人間だと思っていない。悪魔か何かの親戚だと思っている。
 仮に歯向かったところで、地方貴族程度の戦力では一瞬で蹂躙されて終わりだと、誰もがそう考えていた……たった一人の例外を除いては。

 ヴラドが人間である事を最もよく知る彼。
 ヴラドに最も近く、それ故に深い憎しみを持つ彼。
 ヴラドと思想を異にする彼。
 そして、私とも多少の因縁がある彼。

 ……美男公ラドゥ3世。ヴラドの実の弟だ。

 ワラキア南東、ブクレシュティの街にて反乱の兵を起こした彼は、周辺地域の貴族を次々と仲間に引き入れて入った。
 貴族たちは、ヴラドのこれからの復興政策で、中央集権の方針が更に強まる事に嫌悪感を示していたのである。
 そんな彼らにラドゥはこう提案をしたのだ。


『私がワラキア公になれば、ワラキアはオスマンの緩い支配下に入る事となる。しかしそれは貴方がたの資産を害するものではない。
 貴方がたの領土、人民、財産は全てが保障される。このまま、あの串刺し狂に従って財産を削られるよりは、ずっとよい選択だと思うが、どうだろうか?』


 結局貴族たちが何よりも恐れていたのは、自らの利権が奪われる事だったのだ。
 そして、それを守る為なら、オスマンの影響力すら許容するというのである。

 あの戦争は、未だ終わってなどいなかったのだ。
 ラドゥが反乱を起こした背景に、オスマン帝国の謀略があるのは明らかだった。
 メフメト2世は、親オスマンの最有力ワラキア貴族、ラドゥを私達に対する切り札としたのである。

 厳しい戦いになりそうだと思った。
 ワラキア公直属の常設軍は、オスマンとの戦いで大きく消耗していたし、農民を徴用するにも、彼らは焦土作戦で荒れ果てた故郷の復興のため、それどころではない。
 ラドゥが率いる軍勢は、オスマンの助力も入って相当な数だと予想できる。
 対して、ヴラドは本当に僅かな戦力で戦わなければならない。

 いや、しかし、それでもヴラドの軍略なら十分勝つは可能なはずだった。
 ただし……彼がいつもように指揮を振るっていたならだが。
 思えば今回の反乱鎮圧戦、最初からのヴラドの様子はおかしかったのだ……。




 ◆ ◆ ◆




 ヴラドが反乱軍との戦いの拠点としたアルジェシュ城。しかし、今、この古城はラドゥ率いる軍勢にすっかり包囲されてしまっていた。
 籠るのはヴラドと私と近衛隊だ。

 いくら消耗しているとはいえ、常設軍から動かせる部隊はいくつもあったはず。
 しかしヴラドはそれをしなかった。動員したのは近衛隊だけ。

 加えて、ヴラドは積極的な攻勢に打って出なかった。
 アルジェシュ城に籠り、たまに散発的な攻撃を仕掛けるだけ。

 ……正直、私はイライラしていた。こんなの、ヴラド・ツェペシュの戦争じゃない。

 城を取り囲むラドゥの軍勢を窓から見下ろし、私はヴラドに詰め寄る。


「ヴラド。あそこに軍勢の綻びが見える。今、私を先頭に急襲をかければ必ずラドゥを討ち取れる。
 私に見えているんだ。ならヴラド、お前に見えていないはずがないだろう? なのにお前は、どうして動かない?」


 難しい顔のまま、ヴラドはしばらく無言でいた。
 ここ最近のヴラドは、ずっとこんな、らしくない顔をしている。


「レミィ……すまん」


 転がり出たのは謝罪の言葉。
 それで私は悟った。ヴラドは、もうこの戦を続ける気はないのだ。
 兵士たちの方に向き直り、ヴラドは口を開く。


「近衛隊の諸君。済まないが、私の武威は、どうやらここまでのようだ……。
 残念ながら、ワラキアはラドゥのものとなる。
 これより私は撤退し、ハンガリーのマーチャーシュを頼る事にする。
 諸君らは、私の近衛隊を辞す権利を持っている。投降すれば、ラドゥも悪いようには扱わないだろう」


 今まで、ヴラドの口から敗北の宣言が飛び出した事など一度も無かった。
 それだけに、誰も驚いていた。殆ど、茫然としている者もいた。


「……ヴラド、やはり弟だからなのか?」


 重苦しい沈黙の城内。私は尋ねる。


「……ああ」


 ヴラドは答える。
 その声は、自信に満ちたあの彼のものではない。
 弟がかかわっているというだけで、この男はここまで女々しくなれるのだ。

 ……本当に、難儀な事だと思った。
 しかし、それだけに、放ってはおけないとも思った。


「……甘過ぎるよ。今のお前は。
 いいか? 本音ではお前の選択を私は積極的に肯定したくない。
 だが、それでも私は付き合うさ。今みたいなお前を見るのは悲しいが、死なれるのはもっと悲しいからな。
 私が先鋒を務める。まずは包囲を突破しなければな」


 近衛隊のどれだけが付いてきてくれるかは分からない。
 だが、娘の私だけは、それでもお前の盾であり続けようじゃないか。




 ◆ ◆ ◆




 夜を待って、私達の脱出作戦は開始された。

 結局近衛隊は隊長のゲオルゲを始め、誰一人として抜ける事はなかった。
 ヴラド個人を最もよく知る部隊である、ヴラドが弟に抱く感情にも理解があったのだろう。
 それに、ヴラドが再起を図る際には、自分たちがその為の力になるという自負もあったに違いない。

 私達は、北に向かって走りぬける事を始める。
 脇目も振らず。一直線に。

 劣勢に立たされていたとは言え、近衛隊はワラキア最強の部隊だ。
 ほとんど、矢が貫くような勢いで、私達は取り囲む兵士を蹴散らしていった。
 私の左右を固めてくれる兵士も、素晴らしい武勇を見せてくれている。

 後方を見れば、ヴラド達も順調に付いてきてくれているようだった。
 この分だと、包囲を抜けるのは問題なく成功してくれるだろうと、そう思った。

 ……しかし、遭遇というのは、いつだって思いもよらぬものなのだ。
 そして、それはだいたいにおいて、私を邪魔してくれる。

 最初に見えたのは、炎だと思った。
 夜によく映える、真っ赤でまばゆい炎。

 剣だと気付いたのはその数瞬後だ。
 ほとんど無意識にスピアを構え、防御の体勢を固めていた。それが幸いした。

 炎の剣は、割れた大地から噴出するマグマの如く、圧倒的な熱量と、破壊力を伴っていた。
 軍馬が腹から真っ二つに切り上げられる。切り裂かれた肉は一瞬で焼け焦げ炭化する。
 槍はぼっきりと折れてしまったけれど、それがどうにか斬撃を防いでくれたお陰で、私は傷を負う事はなかった。

 ただし、凄い勢いで吹き飛ばされる形になったが。
 浮遊感の中、私は彼女の姿を見てしまった。
 蜂蜜色の髪。七色の翼。夜にあって紅くぎらぎら輝く瞳。
 フランドール・スカーレット。

 そういえば、彼女はラドゥの元へ身を寄せていた。

 久々の再会。しかし、私には感傷に浸る暇も与えられないらしい。
 にやりと、彼女の口元がぞっとするような笑みを浮かべたのが見えた。
 彼女は、恐ろしい事を考えている。

 背中に冷たい物を感じながら、私と地面の距離はだんだんと短くなる。
 受け身を取ろうとして、しかし、衝撃を感じるよりも早く、私の体は何者かに受けとめられた。


「レミィ、大丈夫か!?」


 ヴラドの無骨な腕が、私の衣服の首根っこの所を掴んでいた。
 どうやら運が良かったらしい。私はそのままヴラドの馬に乗っかる。
 ヴラドはどうやら、フランの姿を視認したようだ。その表情が何か思う所あるそれに変わろうとして……阻止するように私は叫んだ。


「ああ、私は大丈夫だ! それよりもヴラド! 走れ! 全力で走り抜けろ!
 もしお前が私とフランの関係とかで何かを考えているなら、それは一切やめろ。そんなことをしている余裕はないぞ!
 私とあいつは、もはや他人であるばかりではなく、敵だ。
 あいつは私達を皆殺しにする気で追って来る。すでに尻尾に喰いつかれている。頭を喰われる前に、引き離すんだ!」


 炎の剣を高く掲げ、私たちに襲いかかろうとする彼女の姿が見えた。
 私の記憶にあるフランは、あのような物騒な武器を扱えはしなかった。私と同じく、腕力が強いだけの幼い吸血鬼だったはず。

 ……つまり彼女も、成長をしてるのだ。
 それも、おそらくは私の想像をはるかに超える速度で。

 いや、そもそも、彼女はあんな笑いが出来る子じゃなかった……。
 邪気がなくて、純粋で、天真爛漫という言葉がとても似合う……そんな子だったのに。

 何が彼女をそういう風に成長させたのかは分からない。
 生まれつきたものがそうだったのか。
 ラドゥの為にそうなる事を選択したのか。
 あるいは、私への恨みか……。

 もはや、他人であると割り切ったつもりなのに……あれこれ考えると、枯らしたはずの涙がまた流れ出そうだった。
 もはや考えても詮無き事と、頭を横に振り、彼女への思いを霧散させる。
 ただの一兵士を見る目で、彼女を見た。 

 彼女の速力は、人間のそれの数倍だが、それでも全力疾走する軍馬よりは少しばかり劣るらしい。
 お陰で私達は数時間の逃走の末、どうにか彼女の追撃より逃れる事ができた。

 ハンガリーの国境に到達したのは、アルジェシュ城を脱出して二日目の夜。
 フランの歪んだ笑みと、燃え盛る剣。
 余りに鮮烈な再会の映像が網膜に焼けついたまま、私たちはワラキアの地よりの脱出を果たした。
 どうにもやりきれぬものを、私の胸に残して……。




 ◆ ◆ ◆




 ハンガリーの宮廷までは、更に三日の移動を要した。
 深夜。ようやく目的地に到着した私達を、マーチャーシュは出迎える。

 が、しかし。その雰囲気は、友人を歓迎するそれとは、程遠いものだった。
 私達をずらりと取り囲む甲冑姿の兵士達。
 腰の剣は、いつでも抜き放てるようになっている。


「随分と……物々しい雰囲気だな、マーチャーシュ?」


 マーチャーシュの眉間はぴくぴくと動いている。
 ただでさえ難しい顔が、今日は特別難しい。


「ワラキアで何があったかは聞いている。そして、ヴラド。貴方が最終的にハンガリーを頼るだろう事も予想していた。
 しかし、どうやら私は、貴方の力にはなれそうにない……。
 そう、端的に述べるなら……つまり、ヴラド。貴方は徹底的に敗北したのだ」


 マーチャーシュは懐より一枚の書状を取り出し、ヴラドに見せる。
 ちらりと見えた冒頭。

『ワラキア公ヴラド3世のオスマン帝国に対する内通疑惑について……』


「これと同じ物が、欧州諸国の王宮、そしてバチカンの枢機卿団へと送られたのだという。ヴラド、貴方はかつてサス人の商人達を弾圧しただろう? 
 その是非については私は何も言わない。きっと貴方と同じ立場なら、私も近い事をしただろうから。
 しかし、貴方は一つ見くびっていた事がある。すなわち彼らの執念深さだ。
 静かに、しかしもっとも深い憎悪をはらみながら、復讐の機会を伺っていた彼らは、貴方を完全に消し去るために、オスマンと手を組んだ。その手段がこの告発状だ。
 ……ヴラド、今や貴方は対オスマンの盾として主の神領を守り抜いた英雄ではない。神を裏切った、重罪人だ」

「馬鹿げている……」


 低く押し殺したような声が、自然と漏れた。いや、実際押し殺しているのだ。ぐらぐらと、沸き立ち熱量を増していくはらわた。
 目の前にいるのがマーチャーシュで無ければ、今頃私は形振り構わず感情を爆発させているだろう。


「その書状は荒唐無稽だ。ヴラドがあのオスマンとの決戦で、どれだけの血を払ったのか、マーチャーシュ、お前ならよく知っているだろう?」

「分かっているさ……もちろん。
 しかし、人の世の不可思議。ヴラドの勝利の恩恵を受けながらも、その勝利におけるヴラドの名誉を否定したい勢力は確かに存在するのだ。
 バチカン枢機卿団。何人かの枢機卿が、この書状を効力あるものとして扱った。彼らはそもそもヴラドの治世を嫌っていた勢力だ。ヴラドに対して異教徒以上の敵愾心を持っていたとも聞く。
 問題はその枢機卿達が相当な有力者であった事だ。
 ……これは大変に残念な事ではあるが、人の世においては、事実よりも、それを事実と認定する人間の意志が真実と見なされてしまうのだ」


 マーチャーシュも内心は苦々しく思っているのだろう。
 真面目な彼だ。きっと随分苦悩だってしたに違いない。
 しかし、それでも……。
 マーチャーシュという男が本気を出せば、ヴラドを救う事くらいできるはずなのに、どうしてそれをしてくれないのか?
 感情が昂り過ぎて、何だか涙が出てきそうだった。


「貴方は私の決断を恨むかもしれないな。しかし、貴方の背負う罪状は大変に重く、本来死刑を以ってでしか償われないという性質のもの。
 ワラキア奪回の軍を出す事も、貴方の亡命を受け入れる事も、ハンガリーはする事ができない。
 何しろ、ハンガリーはカトリックの国家だから。バチカンに目をつけられる事だけは、どうしても避けないといけないのだ……。
 私にできる事は、どうにかして貴方の命を守る事……それだけだ。そして、その方法は一つしかない」


 若干の沈黙。
 すでに腹の内は決まっているのだろうが、それでもマーチャーシュは酷く逡巡しているように見えた。
 ぽつり、ぽつりと、紡がれたその宣言は、酷く力強さのないものだった。


「串刺し公ヴラド3世……貴方を神への背信の容疑で、逮捕する……。幽閉場所は既に決まっている。速やかに移送されてくれ……」

「マーチャーシュ!」


 いよいよ自分を抑える事が出来なくなった私は感情のままに叫んだ。
 飛びかかろうとさえした。脅してでもいいから、さっきの発言を取り消させようと思った。
 しかし、そんな私を制止したのは、他ならぬヴラドの右手だったのだ。
 

「友よ、気遣い感謝する」

「ほとぼりが冷めるまで我慢してくれ……。バチカンの老人達にはいずれ寿命がくる。
 そうなれば、いずれ貴方を解放できる日も来るだろう。……待遇は、できる限りの事をする」


 兵士達が、私達を先導するように歩き始める。
 ヴラドがそれに従ったから、私も激昂をどうにか抑え込み、仕方なくついて行く。

 じんわりと汗がにじむような、初夏の夜だった。
 ヴラド・ツェペシュ。絶対負ける事なんて無いと思ってた彼が、私の目の前で初めて敗北した夜。
 誰も何もしゃべらず、乾いた足音しか聞えない夜道を、満月だけが、じっと見ていた。

















 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




















『もし私が再びこの人生を繰り返さねばならないとしたら、私の過ごしてきた生活を再び過ごしたい。過去を悔まず、未来を恐れもしないから』
 〜ミシェル・ド・モンテーニュ


 第七幕 〜木陰 苔むす城壁 凪の晴天〜



 長い年月は人をすっかり変えるものだと言うけれど、十年という歳月がそれに十分なものであるのか、判断する事は私にはまだできていない。
 ただ、この十年。私たちを取り巻く状況が随分と変わったのは確かな事で。

 遠く、蝉の鳴き声が聞えていた。
 砦の敷地内に植えられた大きなブナの木の枝を青々とした葉っぱが彩っている。
 その木陰に座り込み、日傘をさしながら私は青い空を仰ぎ見た。
 遠く積乱雲。小鳥のつがいが、囀りを残して飛び去ってゆく。
 空気は熱気を持ってるが、どこか優しかった。

 ハンガリー王国ヴィシェグラード砦。夏の平凡な一日。

 大扉の前に立つ門番が、陽気に負けたように一つ大きな欠伸をした。
 ワラキアにいたころと比べれば、想像もできないような平和な時間。

 大扉が開かれる。中から見慣れた黒髪が姿を現した。
 燦々と照る太陽を仰ぐと、彼も大きく欠伸をする。もしかしたら寝坊したのかもしれない。
 そんなヴラドの姿は、十年前には絶対見る事ができなかったものだ。

 ラドゥの反乱によって国を追われ、マーチャーシュによって逮捕されたあの日から始まった長い長い幽閉生活。
 しかしこの十年は、皮肉にもヴラドの生涯で、最も平穏な時間となったのだった。


「おはようレミィ。早いな」

「お前が遅いんだよ。もうちょっとで昼食の時間だぞ。別段仕事が忙しいって訳でもないだろうし。最近たるみ過ぎじゃないか?」

「ははは、レミィは手厳しいな。しかしまったくその通りだから、何も反論できん」


 愉快そうに笑いながら、ヴラドも私の隣、ブナの根っこに腰を下ろした。
 夏の静寂。色あせた城壁にまばらに生える苔。まるで時間が止まっているかのような、そんな穏やか過ぎる夏の日。
 ブナの幹に背中をべったりつけ、体重を預けながら、私はふと呟いた。


「平和だな……あれからもう十年も経つのか」

「そうか、もうそんなになるか。なるほどそれは皺だって増えるわけだ」

「今の顔も私は嫌いじゃないがな。こう、成熟した感じがする」

「レミィはまったく変わらないな」

「まあ、そういう種族だしな」


 ぽつりぽつりと、言葉を交わす。
 ヴラドはもう四十になるからして、年相応の皺を顔に刻んでいる。
 笑うと、皺が深くなる。それは、鋭過ぎる感もある彼の顔つきをいくらか柔和にしてくれるから、私は好きだった。

 変わったのはヴラドの皺だけではない。
 この十年、本当に色々な事が変わった。


「まあしかし、悪くはない十年だったと思う。マリアは優しいしな。ミフネヤも懐いてくれている」

「マリアは本当に出来た女だよ。ミフネヤは少し頼りないところがあるが、しかし可愛らしい息子だ」


 幽閉が始まって、二年が経ったくらいの時分。
 ヴラドは婚姻の儀を執り行っている。花嫁の名前はマリア。マーチャーシュの妹だ。

 兄と違って感情表現が上手で、思った事はハキハキと喋る器量よし。
 ただ、結婚をした当時のマリアは初潮をついこの前迎えたばかりの少女だった。年齢差は実に15歳を超える。
 それだけに私は結構心配したのだけど、でもこのマリアというのは本当に出来た少女だったから、今ではヴラドを尻に敷く事さえしている。
 ヴラドの今の趣味は、縫物とかいう、そのいかつい顔にあんまりにも似あわないそれだけど、教えたのはマリアだった。

 夫婦仲は円満だ。念願の長男もつつがなく生まれた。
 ミフネヤと名付けられた彼は、私の事をお姉さまと慕ってくれている。

 逮捕が宣言されたあの日には想像もできなかった事だけど、本当に満ち足りた十年であったと思う。
 それは、幽閉を殆ど名目だけにして、客人を対する扱いを続けてくれたマーチャーシュのおかげでもある。
 そう思うと、あの十年前の夜は悪い事をしたなとも思う。

 彼は今も勿論、ハンガリー王として、圧倒的な国民の支持の元、玉座に座り続ける事をしている。
 もっとも、十年経っても、笑顔は上手くならなかったみたいだけど。

 妹の前、がんばって笑おうとして、でも失敗してもっと難しくなってしまう、いつもの彼の顔を思い出し、少し笑ってみる。
 ぼんやりと空を見ていた。
 私はぽつりと、ヴラドに呟いてみる。


「一応は幽閉の身の上、こういう事を言うのは少しおかしい気もするのだけど……。
 こんな時が、ずっと続けばいいと……そんな事を思っている」


 ヴラドは軽く笑顔を見せ、そして穏やかにこう言った。


「ああ……そうだな。私もそれを、願っているよ」




 ◆ ◆ ◆




 今でも時折、ヴラドはハンガリーの一武将として戦に赴く事がある。
 才覚は衰えていない。深い霧と毒蜂の最も苛烈な一刺し。毎度の如く、いとも容易く勝利を掴み取る。
 兵数で勝る軍勢相手に、一方的な殺戮戦をした事もあった。赤子の手を捻るようなものだと彼は言っていた。
 串刺し公ヴラド3世の武名は未だ朽ちる事を知らない。

 しかし――。

 屍の積み上がる荒野を一緒に歩いた事がある。彼の大きな肩の上に乗って、日傘をさして、一歩一歩、ゆっくりとと。
 踏み荒らされてしまった草木の代わりに夥しい矢が地面から生えていた。
 ここいらの土壌は赤土だっただろうか? 流れた血が多すぎて、もはや元からそんな色をしていたのかどうかすら判別はつかなかった。

 ハンガリー軍の大勝利の直後。総指揮官マーチャーシュ率いる軍勢は今頃追撃戦の真っただ中なはず。
 だが、ヴラドはそれをしなかった。兵力なら十分すぎるほどに余裕があるのに。昔の彼なら考えられなかった事だ。
 二人。無人となってしまった荒野を歩く。

 ぽつりぽつりと何か言葉を交わした気がする。何を話したのかはよく覚えていない。きっと取り留めもない事だっただろうから。

 はっきり覚えているのはその時覗き込んだ彼の顔だ。
 憂えているとか、悼んでいるとか、悲しんでいるとか、そんなはっきりと感情を張り付けた顔ではなかった。
 半分ほど姿を隠した夕日に照らされた、その掘りの深い顔は、ただ穏やかに微笑んでいた。
 笑おうとして笑おうとしたんじゃなくて、もっと自然な……。
 彼にこんな顔が出来たんだって、正直驚いた。酷く自信に満ちた、傲岸不遜なそれが私の知る彼の笑顔だったから。

 ――無言。

 夜との境界が徐々に曖昧になっていく夕焼け空に一番星。まばらな虫の音。そよ風。
 それから私は何か話かける事をしただろうか? 多分、できなかっただろうと思う。
 だって、彼の静かな笑みに、どこか諦観したものを私は確かに見てしまったのだから。
 そうだ。ヴラド・ツェペシュ。最も悪魔に近い彼。
 しかしそれでも彼は、人間なのだから……。




 ◆ ◆ ◆




「そういえば、今頃、君の妹は、どうしているのだろうな……」


 あのブナの根っこで。今日も私たちは座り込んでぽつぽつ言葉を交わして。
 しかし、その話題をヴラドが出したのは、この十年間で初めての事だったから。
 私は少しおかしな気持ちになってしまったのかもしれない。


「もう妹じゃないと、いつか言ったと思うがな。
 ワラキアの公はまだラドゥのままなんだろ。なら、あいつは宮廷でよろしくやってるだろうさ」


 ラドゥは統治者として有能な人間だったみたいで、この十年間、ワラキアは大した騒乱もなく時を送れている。
 オスマンの後ろ盾もあることだし、しばらく彼の地位は安泰だろう。

 そのラドゥにフランは随分と懐いているようであったし、ならば、まあ、幸せに暮らしているんじゃないだろうか?
 ……というかヴラド。どうしてお前は唐突にこんな話を始めた?


「姉妹が、こうやって離れ離れに、しかもすれ違ったままでいるというのは、私には正しい事に思えないのだよ……」


 私の顔は酷く不機嫌になっているんだと思う。
 しかし、止めろと強く言い出せなかったのは、彼の口調があんまりにも真剣すぎて。
 つまり、これは彼にとって必ず話しておかなければならない事なんだと悟ってしまったからだ。


「しかし、お前も見ただろう。アルジェシュ城での、あいつの狂気的な笑みを。
 血縁上は、血を分けた姉妹だ。私が一番分かってる。
 あいつは生まれた時からおかしかったんだよ。狂気の申し子だ。
 そんなおかしいあいつは私を憎悪していて、ならば、もうどうやっても私たちが姉妹に戻る事なんて、できやしないだろう」


 ぶっきらぼうに、吐き出すようにして私は言葉を紡ぐ。
 本当は、生まれついてのあいつは本当に優しい少女だった。それをおかしくしたのは私だ。
 なのに、どうして私は今更あいつの姉を騙れる?


「そんな事はないさ。妹の話をする時、レミィの顔にはいつも強い感情が張り付いている。それは喜びと、後悔だ。
 諦め切れないのだな。そう、今だって狂おしいほどに愛しているのだろう……今思えば、あの時無理やりにでも彼女を呼び寄せておくべきだった。
 しかし、もはや過去を悔いても詮無き事。今のための言葉を、父は娘に贈ろう。
 娘よ、君は恐れず、勇気を持って、歩み寄る事をするべきだ。声をかける事をするべきだ」

「随分と……簡単に言ってくれる」


 それが出来たなら、どれほどよかったのだろう?
 あんまりにも難題すぎるから、私はこうやって諦めているのというのに。
 顔は自然と俯いていた。



「何がいいか色々考えたんだが……」


 そんな私の目の前で、ヴラドが、懐をごそごそやり始める。


「……あまり複雑な物は作れないから帽子にした」


 手渡されたのは布製の帽子二つ。
 所々歪な、彼手縫いのそれだ。


「少々不格好になってしまったが、しかしいつの日か、仲直りした君たちがそれを被ってくれたなら、それは最高に嬉しい事だ」


 にっこりと、刻まれた皺を深くして、彼は笑いかけてくる。
 ただただひたすらな、信頼と希望だけを表情に張り付かせて。

 そして彼は立ちあがり、門より近づいてきていた人影に向きなおる。


「……談笑の途中、すまないな」


 きゅっと眉間に皺を寄せたいつもの顔で、彼はそこにいた。
 ハンガリー王。マーチャーシュだ。


「君がわざわざブダペストの宮廷からここまで足を運んだという事は、相当に重要な案件なんだろう。話を聞こうか」

「ああ。この前も話した例の件だ。
 あの後、シュテファンとも色々相談したんだが……先日、結論が出た。
 国内よりオスマンの影響力を排除し、そして今後のオスマンの干渉を防ぎきる。それが出来るだけの才覚を持つのは、やはり貴方しかいない。
 公位復権を、ハンガリーとモルドヴァが全面的に支援する。
 貴方を釈放する事には、案の定バチカンから抗議文が届いたが、もはや貴方を嫌う勢力はバチカンで少数派。
 それに、ハンガリーは十年前とは比べ物にならない発言力を今は持っている。あそこの老人達の文句など私が全て封殺してみせる。
 だから、ヴラド、貴方は再びワラキアに戻り……そして公の座についてくれ」


 私にとっては、初めて聞く話だった。
 どうやらヴラドとマーチャーシュの間で、内々に話し合われていた事らしい。


「ヴラド……お前は、本当に戻るのか? あのワラキアの戦場に……」


 本来は喜ぶべき事なのだ。名誉を足蹴にされ、国を追われ、幽閉されたヴラド。
 その彼に、復活の機会が与えられた。
 彼の才覚なら、公位を取り戻し、名誉を挽回する事だって容易いだろう。
 そう、これは喜ぶべき事。
 なのに……それなのに、どうして私の声は、これだけ震えているのだ?

 ああ! 平穏は毒だ。
 私はまたもや信じてしまっていたのだ。
 こんな平穏な日々が、いつまでも続くんだって。今度こそは壊れやしないんだって。

 思わずヴラドの方へ伸ばした手。
 懇願してはならないって、頭では分かっているのに、それなのに私は願ってしまうのだ。行かないでくれと。
 もしかしたら、涙がこぼれていたかもしれない。
 ヴラドは、そんな私を見て、優しく微笑みかける。


「しばしの別れになるな。大丈夫だレミィ。父は大丈夫だから、信じてくれていい」


 ああ、父よ。
 私と貴方がどれだけの時を一緒に過ごしたと思っているのだ。
 貴方が初めて私についた嘘。下手くそな嘘。見破れないはずが、ないだろう?

 もはや涙流す事躊躇わなくなった私に、ヴラドは、少し困ったような顔をしていた。
 そっと彼は私に近づき、ぎゅっと抱きしめる事をする。
 静かに優しく、耳元でヴラドが囁いた。


「これは、父からの最後のお願いだ。レミィ。
 次に妹と会う機会があれば抱きしめてやってくれ。ぎゅっと力強く。
 君達はまだやり直せる。私達と違ってな」


 そして、涙でびちゃびちゃな頬に軽く接吻をしてくる。
 私は彼の体を抱き返した。強く強く。もしかしたら背骨が軋むほどの強さだったかもしれないけど、ヴラドは表情を変える事なく、私を抱きしめ続けてくれていた。


「私はラドゥを……血を分けた弟を殺すためにワラキアへ戻るのだ……」


 ヴラドの決意は、もう固いのだ。
 彼は彼にとって最も重大なけじめをつけようとしているのだろう。
 私の腕力がどれほど強くとも、その心を引き戻す事なんて、できやしなくて。

 だから私はせめて思いっきり泣き喚くのだ。
 胸に顔を埋めて、声を立てて、結局私は日が暮れるまでそうやっていたのだった。
 その間、ヴラドはずっと私を抱きしめ、頭を撫で続けていた。




 ◆ ◆ ◆




 ヴラドはワラキアに家族を連れていく事をしなかった。マリアも、弟たちも、そして私も。
 あの抱き合って泣いた日以来、私は彼を止める事は一度もしなかった。出来なかったというべきだろう……。
 ヴラドは、絶対賭けに勝てない賽だと知りながら、それでも尚、力一杯に投擲する事をしたのだから。

 ヴィシェグラード砦の大門。ゲオルゲが近衛隊を整列させていた。
 甲冑に身を包んだヴラドと私達は別れの抱擁を交わす。
 マリアも弟も、泣いていた。彼女らも、察しならついてしまっているのだ。

 太陽の酷く眩しい日だった。
 遠くに見える向日葵畑が満開の大輪を見せつける様にしている。
 雲も風もなく、最も夏らしい夏日。
 私は日傘を差してヴラドを見送った。


「さらばだレミィ。我が最愛の娘よ」


 その大きな背中に、私はもう、彼の声を聞くことはない事をはっきりと悟ってしまった。
 父は……死地に向かったのだ。

 ブクレシュティの街にて、父が裏切りにあって殺されたという報せが届いたのは、その僅か一年後だった。

















 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




















『運命は己の道を見出す』
 〜プブリウス・ウェルギリウス・マロ


 最終幕 〜血潮か、それと全く同等なあの冷たい雨!〜



 ヴィシェグラード砦二階。かつてヴラドが執務室として使っていた一室。
 夜は深いが、私はカンテラに火を灯す事もなく、彼の報告を聞いている。
 彼は、ヴラドが死すその瞬間を、間近で見る事が出来た数少ない人間だ。
 ワラキアが誇る歴戦の勇士にして、近衛隊の隊長。
 私は、彼に質問をした。



「……目玉は、あったか?」

「目玉、ですか?」

「目玉は抉られなかったのか? 皮膚は剥ぎ取られなかったのか? 鼻と耳と唇が削がれなかったのか? 手足の指は切り取られなかったのか? 腹は開かれなかったのか? 内臓はぶちまけられなかったのか? 遺骸は滅多刺しにされなかったのか? 彼の首は腐った汚泥の中に打ち捨てられなかったのか?」

「勇敢な戦死でした。遺体は……首は晒し物となったでしょうが、それ以上は、おそらく……」

「そうか……彼の背負う憎悪を考えれば、それくらいはされてもおかしくないと思っていたが……少し安心した」


 彼の死の報せは、あの背中を見送った夏の日から、分かり切っていた事だ。
 だから、私は泣きはしない。
 そんな事をしている暇があるなら、私にはもっとするべき事がある。

 ゲオルゲより、裏切りに加担した貴族の名前を一人ずつ聞きだしてゆく。
 どうやら結構な数に上るようだ。

 そして、その黒幕は……。


「現場のすぐ近くにて、私の部下が不審な炎を目撃しています。
 それは一見松明のようでありながら、明らかに異質な燃焼をしていたという事です。
 そして、それを所持していたのは、どうやら子供程度の身長しかなかったとも」

「なるほどな」


 まあ、当然そうだろうとも思う。
 彼の差し金でなければ、ヴラドの命を奪うなんて事、絶対に出来やしなかっただろうから。


「ゲオルゲ。今動かせる兵力は?」

「ヴラド様近衛の生き残りおよそ二十」

「そのうち彼に殉ずるだけの覚悟がある者は?」

「皆、元よりそのつもりです。あとはレミリア様の号令一つで、我らは修羅となるでしょう。
 仇の首を目がけて、狂戦士の如く闘い、例え死すことがあろうと、胸に抱くのは最期の瞬間までヴラド様の手駒であれた誇りなのです」

「すまんな……。しかし嬉しくも思う。我が父は間違いなく悪徳であったからな。それだけの人間が今なお慕ってくれている。感謝するぞ」

「勿体無いお言葉です」


 片膝をつき、ゲオルゲは頭を垂れている。
 私は椅子より立ち上がる。出発の時が近づいていた。
 机の上には、数枚の羊皮紙。マリアとミフネヤに宛てる書き置きだ。感謝と、謝罪の言葉が綴られている。

 ヴラドの悲報を聞いたマリアは、ショックのあまり気を失ってしまった。
 私まで突然いなくなってしまえば、どれだけ悲しんでしまうだろう。
 それは、とても済まないことだと思う。

 しかし私にとって、ヴラド・ツェペシュという男は、余りに特別が過ぎたのだ……。
 面と向かって、マリア達に別れを告げる勇気はなかったから、私はこうやって書き置きを残し、卑怯ではあるけれど、深夜のうちにひっそりと姿を消そうと思う。

 私はゲオルゲを引き連れ、砦の庭に出た。
 木陰でヴラドとよく話したあのブナの木は、今日もたっぷりの葉っぱをゆさゆさと揺らしている。
 一年前と、まったく変わっていない光景であったから、それだけに嬉しく、それ以上に寂しく……。

 庭では近衛隊の隊員が整列をして、私を待っていた。
 そんな中、異彩を放つ一人の紅髪。


「久しぶりだな、紅美鈴」

「お久しぶりです、レミリア・スカーレット。名前、覚えていてくれたんですね……」

「当然だろ。強敵。忘れるはずあるまい。
 ゲオルゲ達が裏切り者の包囲を抜ける際、随分と助けられたと聞いている。感謝するぞ」


 腰には竜の模様が入った柳葉刀を差し、明国の装束を身にまとい、その笑みは柔和にして誠実。
 かつては、敵として巡り合ったあの人外の傭兵。紅美鈴。実に十年の年月を挟んでの再会だった。
 裏切り者の襲撃を受けた近衛隊を助力し、国境まで導く事をしてくれたのは彼女だという。


「そういえば傭兵団は?」

「解散しました。あの時、メフメト様の命を救った恩賞が十分すぎるものだったので。
 もはや戦う理由はなくなったのです。多くの団員は故郷に帰りました」

「そうか。それはよかった。しかし、では、お前は?」

「……義に報いると。そう誓いましたから」


 一歩前に進み出た美鈴が、私の前に傅く。


「“以徳服人者、中心ス而誠服也”……徳を以って人を服従させ得る王者には、誰もが心よりの喜びを以って服従するもの。
 レミリア・スカーレット。大器を持つ吸血鬼。私は、貴方に服従したい。
 必ずお役に立って見せます。どうか私に、義に報いる機会を与えて戴きたい!」


 深々と下げられた頭。
 尊敬する彼女が、私を認めているのだ。
 それは、とても光栄な事。しかも彼女は、あそこまでの決意に満ちた台詞を私に宛ててくれた。応えるのは、もはや義務だろう。


「承諾した。紅美鈴よ。私の下で、その武威を存分に振るってくれ。頼りにしている」

「ありがとうございます!」


 美鈴はもう一度、深々と頭を下げる。
 頼もしい新たな部下一人を加え、私達は砦の大門をくぐる。
 そこには、よく知った男の姿があった。


「パール……わざわざ来てくれたのか」

「お嬢様の出立と聞きやして……」


 キニジ・パール。マーチャーシュの親衛隊長であり、ハンガリー最強の戦士として未だ戦場の最前線に立ち続ける巨人。
 私にとっては、ワラキアにて、多くの死線を一緒に潜った戦友。


「本音では、あっしもお嬢様に付き従いたい気持ちなんでやすが……命令無くマーチャーシュ様の傍を離れる訳にもいかなく……」

「会いに来てくれただけで十分だ。きっと今生の別れになるからな……最後に会えて、本当に良かった」


 キニジ・パールは、すこし瞳に涙を浮かべているようでもあった。
 似合わないなぁと思いつつも、彼が別れを惜しんでくれてる事はやっぱり嬉しくて……。
 私も少しだけ、涙線が緩んでしまっているのかもしれない。頬を伝う熱い物を感じた。


「一緒に行けない代わりに……。
 これはオスマンとの決戦が全て終わった後見つけた物なのですが。
 あの橋からずっとまっすぐ行ったところにある大木に、これが刺さっていやして。……お返しします」


 ワラキアとオスマンが壮絶な白兵戦を繰り広げたあの石橋。
 キニジ・パールが私に差し出したのは、あそこで私が巨象を穿つ為に投擲したスピアだ。


「こんな物をわざわざ回収していてくれていたのか」

「お嬢様が、あっしの命を救ってくれた証ですから……。
 ワラキアまでの道のりは遠いですが、どうかお気をつけて。お嬢様、御武運を……」

「ありがとうな。パール。お前も達者でな」


 受け取ったスピアの柄をぎゅっと握ると、酷く懐かしい感触がした。
 軽く目をつぶると、今でも脳裏に鮮やかによみがえる光景がある。
 
 ワラキア。酸化した鉄の香りが漂う国。私達は、これからあの戦場に、再び舞い戻るのだ。

 くるりと、近衛隊に向き直る。
 そう言えば、ヴラドはこうやって、事あるごとに演説をしていた。
 その光景を思い出しながら、私は彼を真似するように口を開く。


「さあ、諸君。終わらせに行こう。あの戦争を。
 十年前の激闘の地、ワラキアへ。
 あの戦争で、私達は実に多くの犠牲を払い、相対する者にそれ以上の犠牲を強い、国土に血の雨は降り続いた。
 諸君なら今でも鮮烈に思い出せるだろう。烈火と怒涛と鉄と血煙と火薬の、あの時代を。
 誰も彼もが必死で、しかし一等鮮明な感情を表情に張り付かせていた。
 ……私は思うのだ。
 あの戦争は、その実ヴラド・ツェペシュその物であったのではないかと。
 凄惨で、血みどろで、死臭の漂う。しかし、彼の才覚が編み上げた、最も美しく、芸術的な戦争。
 だからこそ、彼を余りに敬愛し過ぎた私達は、未だ終わる事が出来ていないのだ。
 もはや私達に国家はなく、軍勢を名乗るのも烏滸がましい寡兵。
 だが、それでも私達には、あの戦争に帰還する権利がある。否、私達だからこそ権利がある。
 何しろ、私達は十年前、ヴラド・ツェペシュの戦争そのものであったのだから。
 さあ、諸君。十年越しの終止符だ。ヴラドの死と、その精算を以って、ついにあの戦争は終わる。
 終わらせに行こう。復讐がため、十分な鮮血を吸い込んだ我々の刃のみが、この長い長い夢の幕を下ろす事できる」
 

 薄く霧が出てきたようだった。
 ヴラドも霧は好きだった。夜霧ならもっといいとも言っていた。
 それは私達の姿を覆い隠し、敵対する彼らの判断をつかなくさせてくれるから。
 霧を纏い、我々は静かに進軍を始める。
 
 キニジ・パールは、ずっと手を振って私達を見送ってくれた。
 決別の夜。
 不気味なまでの静寂さは、私達に相応しいとも思った。
 運命が背中を押してくれているんだとも思った。ワラキアの地にて、私達は間違いなく、この戦争を終わらせる事ができるだろう。
 
 そして、私は……。
 ヴラドが最後に残してくれた、難題かつ重すぎるあの願い。
 私は果たして、どこまで応える事ができるだろうか?




 ◆ ◆ ◆




 ワラキア南東ブクレシュティ。ラドゥの屋敷にて。
 深夜にもかかわらず、窓からは煌々とした灯りが漏れ出しているのは、彼に協力的な貴族たちの宴が開かれているからなのだという。
 彼らはすなわち、復讐されるべき裏切り者だ。

 分厚い雲が月と星を隠していた。
 生ぬるく吹き続ける風は、すぐに血の香りを纏う事となるだろう。

 館の門真正面、我々は一斉に刃を抜き放つ。


「さて、貴族十人数人と、それを守る兵士が二百人少し。それが我々の敵だ。
 いよいよ終着点だな。あるいはこれが今生の別れとなる者もいるかもしれないが、もはやそれを恐れる我々ではない。
 奪う事も、奪われる事も、その意味なら我々はよく分かっているのだから。
 全てを斬り殺し、夜を血の色で染めるのだ。それを以ってヴラドに宛てる我々の弔いと成そう。そして今こそ終止符を。
 さあ、諸君。血刀がよく似あう、ワラキアらしい、いい夜にしようじゃないか」


 明らかに不審な集団である私達に門番は気付いたようだったが、何かをする暇も無くその首は飛んでいた。
 彼が最後に見たものは、ツヴァイヘンダーの鈍い輝きだっただろう。

 ゲオルゲに続くように、我々の軍勢は、他に三人程いた門番も同様に斬り殺し、勢いのまま庭園になだれ込む。

 屋敷の玄関までの距離はおよそ三百歩。
 私達は、通る道筋を真っ赤な血染めにしながら進みゆく。

 三歩進むたびに、兵士が一人死んだ。
 それが、敵か味方かというのは、もはや大きな意味を成さないのかもしれない。

 十年前が取り戻っているようだと思った。
 多くが犠牲になり、さらに多くを殺した。
 長い長い時を経て、私は今、確かに戦場へと帰還を果たしたのだ。

 玄関の到着した頃には、近衛の兵士の数は半分程まで減っていた。
 ラドゥの屋敷を守る兵士も、半分が死んだ。

 だから、後は残り半分。
 これより突入する館の中では、更に凄惨な戦いが繰り広げられる事となるだろう。

 されど。

 生き残りの我々の軍勢を、私はぐるりと見回す。
 誰一人として、恐れてはいない。
 戦いも、死も。
 皆、表情には微笑みすら浮かべているのだ。

 そして、いよいよ。この戦争に幕を下ろすための秒読みが始まる。
 そこで私は、庭園にて、近づいてくる小さな人影を見た。


「……ゲオルゲ。美鈴。兵士諸君。この続きは、任せていいか?」


 彼らも、その人影を見る。
 ゲオルゲと近衛隊は、それだけで私のこの台詞の意味を理解したようだった。
 彼らにとっては、忘れがたい記憶だ。
 人影の右手には、燃える剣が握られている。


「レミリア様は……お一人で彼女に挑まれるおつもりなのですか?」

「私はそれをしなければならないのだ。今この場所で、私は私のけじめをつけるために。
 さあ、行ってくれ諸君。武運を祈る」

「レミリア様……心中お察し申し上げます。その意志、承諾したしました。……どうかレミリア様も御武運を」


 ゲオルゲと美鈴を先頭にして、兵士達は館の中に突入していった。
 多くの叫びが聞えた。
 私は、徐々に近づいてくる彼女を、じっと見つめていた。




 ◆ ◆ ◆




「ラドゥはここにはいないよ。彼はとっても聡明だからね」


 死体でいっぱいの通路を、一歩ずつ、ゆっくりと、彼女は歩んで来た。
 その右手には、猛々しく燃え盛る炎の剣。蜂蜜色の髪。翼は虹色。
 フランドール・スカーレット。最も私と近い生物でありながら、最も強い怨恨を私に抱く彼女。


「おひさしぶり。……ていうか、まだ生きてたんだ。
 あの時、ちゃんと斬り殺しておくんだったなぁ。惜しかったよ、ほんと」


 彼女の子供らしい笑みは、その実悪意の固まりだ。

 ああ、フラン……。
 かつてのお前は、そのような顔ができる少女でなかったと言うのに。

 彼女の歪んだ笑みは、私が彼女に犯した罪の重さの証だ。
 後悔は未だ消えることなく、あの思い出は私の胸の奥で澱となり、暗い感情をいつだってもたらしてくれる。
 だが――。


「ねぇ、あなたは“また”殺すつもりなの? 私を? 
 ねぇ、あなたは、そのために、ここまでやって来たの?」


 彼女の瞳に、あの冷たい雨が降る、冬の夜がちらついたように見えた。
 彼女を歪ませた、深い深い悲愴が見えたような気がした。

 だが――! それでも私は!


『――次に妹と会う機会があれば抱きしめてやってくれ。ぎゅっと力強く。君達はまだやり直せる。私達と違ってな』


 ブナの木の下で交わしたあの台詞が、力強く私の中を響き渡った。
 父よ感謝する。
 貴方があの時、この台詞を残してくれたから、私は勇気と誇りを持って戦う事ができそうだ。


「なら、やれるもんならやってみなよ。でも、あなたにそれが出来るかな?
 もう私は非力なあの時の私とは違う。私は、物質の脆さと、その壊れやすさを知って強くなった。ねえ、貴方も私に壊されてみる?」

「……まさか。私は、そんな事のため戦いはしない。
 そう、私は取り戻すために戦うの。あの冬の夜を、冷たい雨降るあの夜を……もう一度やり直すのだ。
 フランドール・スカーレット。私と同じ血統を持つ、今や世界でたったひとりの君よ。妹よ。
 君に謝るため、私は……戦う」


 彼女をもう一度妹と呼ぶために……。私は、持ち得る全ての力を注ぎ込み戦い切る事をしてみせる。
 そうだ……まだ遅くはないはずなのだ。今からだって私は歩み寄る事できるはずだ。
 父よ、見守っていてくれ。
 そうすれば娘は、どこまでだって戦える。


「……とても、不愉快な気分。ねえ? 私に姉はいないよ? 変な事言われると困る」 
  
「簡単に許してもらえるとは思っていない……しかし、私に一度だけ機会を与えてほしい」

「それは、酷く虫のいい話だわ。あの時の私が、どんな気持ちでいたのかも、知らないくせに……。
 ああ、もういいや。おしゃべりは、ここまで。あなたのその細い首、叩き落としちゃえばそれで全部が終わる」

「少し前の私なら、それで終わらせる事にも満足したのかもしれないな。
 だが、今は駄目だ。私は信じてしまっているのだから……今からでも取り戻す事は出来るんだって。
 背中を押してくれた男がいた。勇気を持てと言ってくれた男がいた。彼との約束の為にも、私はただ諦めて終わる事は、もはやできないのだよ」


 舌打ちの音が聞えた。
 フランは、その燃え盛る剣の切っ先を私に向けている。

 私はスピアを握り締めた、柄と刃先が紅く輝いてゆく。
 一切の出し惜しみ無し。本気の闘争だ。

 動き出したのは、ほぼ同時。
 交錯。
 振り下ろされた彼女の剣は、異常な程に重かった。
 振り回す速度が、あまりに速過ぎるのだ。空気が切り裂かれる、叫びに近いような音がした。

 どうにかスピアの柄でそれを受け止める事はできたが、衝撃まではどうする事もできず、私は軽々と吹き飛ばされてしまう。
 屋敷のレンガ壁と衝突しそうになって、しかし私は無理くりに体を捻って、足の裏でそれを捉える事に成功する。そのまま、衝突の勢いを跳ね返すようにして跳躍する。

 着地したのは、殆ど庭の中ほどだった。
 しかし、息つく暇もなく、彼女の追撃が始まる。
 疾風の如き、鋭く速い突き刺し。左腕に鈍い痛み。
 傷跡は真っ黒に焼けついていた。恐ろしい熱量だった。表皮を掠めた程度だったというのに、これだけ傷ははっきりと残っている。
 いや、しかし、この程度で済んでよかったとも言えるだろう。回避に成功出来たのは、本当に僥倖だった。

 この時僅かに見えた、彼女の隙。そこを突くようにして私はスピアを振り回す。
 だが、それが彼女を捉える事はなかった。
 彼女の左手が、スピアの柄を握っていた。勿論手加減した訳じゃない、全力の一撃。しかし彼女はそれを易々と受け止めてしまったのだ。

 突き殺すように、フランの剣が再び私の体に伸びる。
 私はどうにか、後ろに飛びのいてそれを躱す。一瞬スピアを握る彼女の手の力が緩んだのは幸いだった。


「ちょこまかと……鬱陶しい……」


 彼女の表情は、目に見えて不機嫌になっていた。
 間違いない事として、私と彼女では歴然たる実力の差がある。フランは強い。
 だが、それにもかかわらず、未だ私の首を刎ねられていない事に、酷く苛立っているのだろう。


「まあ……いいや。ねえ、つい一年ほど前の事なんだけど、私、ちょっと面白い事ができるようになってね」


 しかし、彼女は何かを思いついたように、にやりと笑みを浮かべた。酷く、残酷なそれだった。
 右手の手の平を、彼女はそっと前に出す。そして。


「きゅっとして――」


 彼女の右手が、静かに握られ……


「――どかーん」


 小さな破裂音が間近で聞えた。濃厚な鉄の香り。
 頬を拭った私の右手には、べっとりと、眼孔から垂れ落ちた血液が付着していた。
 視界の半分は黒く塗りつぶされている。
 彼女手を握り締めたあの瞬間、左の眼球は弾け、粉々に破壊されてしまったのだ。


「私はこうやって、右手を握り締めるだけで、何でも破壊できるの。
 自分で言うのもあれだけど、これほど強力な能力、そうないよ。……ほら、もう一回。どかーん」


 激しく血飛沫を飛び散らせ、今度は左のふくらはぎが爆ぜた。
 痛みに顔が歪んだ。
 ごっそりと肉は削り取られ、骨が覗いていた。

 まったく、どこまでも末恐ろしい子だ。彼女の才能というのは、本当に破格であったらしい。間違いない本物の天才だ。
 彼女に比べれば、残念ながら私の才覚はあれほどの輝きを放ってはいない。

 実力の差は如何ともしがたいが……しかし、それでも、私は立ち向かう事を戸惑いはしない……。
 まともに立つ事すらできず、片膝をついた無様な姿で、私は、出来る限り不敵に笑ってみせたのだ。


「ねえ、分かってる? あなたは絶体絶命なんだよ? あなたの力は私に圧倒的に劣る。あなたはこのまま嬲り殺しにされるしかない。
 なのに……どうしてあなたは、今も笑っているの?」


 フランが、怪訝そうな顔をした。戸惑っているようでもあった
 まあ、そうだろうと思う。片目を潰され、足を破壊され、なのに私は笑っているんだから、まともじゃなくなったと思うのかもしれない。

 しかし、妹よ。お前は知らないのだ。
 どうにもならないような劣勢にあって、それでも戦況を完璧にひっくり返してみせる奇跡がこの世には確かに存在する事を。
 そして、それを呼び寄せる方法なら、私は十分に知っている。何しろ一番近くで見てきたのだから。

 ようやく半分程が再生してくれたふくらはぎ。立ちあがると少しふらつくが、その程度なら気にする程ではない。
 スピアを握った右手を、高く掲げる。


「さあ父よ。私に力を貸せ! 貴方の偉大さの証明の為! 右手に宿るのが貴方への尊敬であるなら、私の槍は悉くを穿ち抜く事すらできるだろう。それがあの理不尽極まりない我が妹であったとしてもだ!」


 己の才覚を信じる事は、何よりの根拠となる。
 そうしてヴラドは、多くの逆境に打ち勝ってきたのだから。

 私は私の才覚を、ただひたすらに、傲岸なまでに信頼する事にする。
 さあ、才覚よ? お前はその信頼にどれだけ応えてくれる? がっかりはさせてくれるな?

 スピアの紅が更に鮮烈に、眩しく、変化を遂げてゆく。
 今まで感じた事のない程の重量を、今のスピアは有していた。
 それは、私の体で扱うには、些か負荷が大き過ぎる気もしたが……いいさ。右手一本程度、くれてやる。

 にやりと、壮絶に笑ってみた。
 この投擲に、私はこれまでの生涯の全てを賭す。
 だから、運命よ、今だけは、どうか私の為だけに靡いてくれ!


「さあ、見ていてくれ父よ。そして喜んでくれ! 娘が、貴方とは違う道を行くところを!」


 体全体の筋肉を総動員し、私はスピアを放り投げる。
 途中、妹が何度か手を握り締め、私の肉体を破壊したが、瑣末な事だった。
 スピアを握る右腕は、殆ど燃えているようだった。スピアに宿った力に対して肉体の耐久力が足りていないわけだが、それも私の投擲を妨げる障害にはなりえない。

 かくして紅きスピアは、空気を破裂させる爆音を伴い、私の手より撃ち放たれる。
 フランは炎の剣を振り上げ、弾き飛ばそうとしたようだが……そんな生易しい勢いではないのだ。

 炎の剣が高く宙を舞った。弾かれてしまったのだ。
 フランは大きく目を見開き、ペタンと、座り込んでしまっている。彼女の頬を掠めるようにして通過したスピアは、彼女の隣の大地に突き刺さっていた。

 私の右腕の筋肉は焦げ付いている。
 おそらく損傷は骨にまで及んでいるだろうし、神経もずいぶんな数が焼け切れてしまったらしく、触覚は殆ど麻痺していた。

 常識的に考えれば、動くはずはないのだろう。
 しかし、その程度、私が妹を抱きしめられぬ理由としては不足が過ぎる。

 一歩一歩彼女に歩み寄る。
 真っ黒な右腕を。無理矢理に動かす。生き残っていた神経がけたたましく上げる悲鳴。激痛。だがそれがどうした。
 彼女の傍、私はそっとしゃがみこむ。そして――


「ようやく……私は抱きしめる事ができた。フラン、愛おしい妹よ……」


 その華奢な体を抱きしめる。ぎゅっと、力強く。


「やめてよ……私はもう、あなたを信じられなくなってるというのに。
 もうあんなに怖い目に遭うのは沢山なの。わかる? あなたに捨てられた私が、どれだけ絶望したのか。
 あの時、私が死んだとしたなら、それはきっと流水に殺されてじゃない。突然にして最も致命的な孤独に、心が壊されてだったのだわ。
 ああ、どうしてなのよ……。私はあれだけあなたを恨んでたのに……殺す事だって躊躇うつもり、無かったのに。
 なのに、こうやって抱きしめられる今、どうして私は揺らいじゃってるの? 
 懐かしいとさえ思ってる。ああ、もう! 私はあなたのこと、大嫌いだっていうのに……」


 震えるような声で、フランはそう言う。


「ああ、なんという事かしら。まるで、あの日を見ているよう……。
 雨……冷たい雨。そう、あの日も唐突に、私達を排斥するように降ってきたんだった」


 頬に感じた、冷たい感触。それは徐々に勢いを増してゆく。
 分厚い雲。奴が垂れ流しにする、残酷な雨が、大地をぬかるませ始めていたのだ……。


「ねえ、あなたは逃げていい。私とか、見捨ててさ。これ以上雨脚が強くなると、動く事も出来なくなっちゃう。そしたら、あなた死んじゃうよ?
 あの日と同じ事を、あなたはすればいい。私を見殺せばいい。むしろそれをして欲しい。
 私は生涯の半分以上を、あなたを恨む事で生きてきたのに、それがこんなにもあっさり動揺させられるなんて事、あってはならないのだわ。
 お願い、私を見捨てて……そしたら、私はあなたへの怨恨を胸に抱いたまま、満足して死ぬ事できる」


 本当に、あの冬と同じような、冷たい雨だったのだ。
 じりじりと私達の命を奪う雨。私達を引き裂いた雨。
 しかし、あの時の過ちを、私が真に後悔していると言うなら……。


「そんな事を言うな。死なせるものか……絶対に……」

「もう……馬鹿。死にたいの? はやくどっか行ってよ……」


 ……私は、あの過去と戦う事を、選択しなければならない。

 これは、まったく全てがあの冬の日なのだ。
 あの時私が何もできなかったのは、信じる事が出来なかったから……だが今なら、私はそれをやってみせる。必ず。
 それが出来れば、奇跡の一つ二つ、きっと呼び寄せる事だってできるのだ。

 フランの隣で、地面に刺さったままになってるスピアを引き抜いた。
 私の右手よ。あと一回くらい、どうにかしてくれるな?
 フランドール・スカーレット。お前が愛すべき妹で良かった。
 何しろ腕一本程度の犠牲、まったく惜しくはないのだから!


「今度は、助けてみせる。もう、あの悪夢を繰り返す事は、絶対に嫌なんだ」


 ざあざあという音が聞えるまでに雨脚は強くなっていた。
 体が痺れ始めるが、気力で体を動かす。真っ黒い、空を見上げた。

 あの雲までは、果たして何フィートあるのか?
 それはきっと、想像も絶する高度だ。しかし、それでも私はってみせねばならない……。

 百年分の才覚を前借していい。
 今、この一瞬に奇跡を起こす為なら、それくらいの才覚が必要だろうから。

 大丈夫だ、私は必ずできる。そう強く心の中で呟き……そして私は、スピアを天に向けて投げ放った。

 数秒の後、天上にて紅い紅い煌めきが爆ぜ。拡散し、そして雨雲にぽっかり開いた巨大な穴。
 星空に、真っ赤な満月が、眩しく浮かんでいた。
 案の定、右腕は消し飛んでしまったが、織り込み済みの代償だ。まったく惜しくは思わなかった。
 フランに向かい、私は微笑みかける。


「これが、私にできる全てだろう……フラン。これだけは知っておいて欲しい。
 私は、今まで一度たりともお前を嫌いになった事などなかった。お前を殺害しようとした、あの時でさえだ。
 フラン。私はお前の事が大好きなんだ。好きで好きでたまらない。
 だからこそ、許して欲しいと切望してしまうのだ。もう一度姉妹でありたいと渇望してしまうのだ。たとえそれが、この上なく一人よがりであったとしてもな。
 今こそ、謝罪をさせてくれ……。済まなかった。裏切った事に、絶望させた事に、歪ませてしまった事に……本当に済まなかった」


 再び、私はフランの前にしゃがみこみ、深く深く頭を下げた。
 そして懐に手を入れ、帽子を二つ取り出す。ヴラドが縫ってくれた、例のあれだ。
 片方を自分の頭の上に乗せ。もう一つを、フランの手に握らせる。


「もし、許してくれるというなら……その帽子を被ってみてほしい……」


 フランは、少しの時間考えるような顔をしていた。
 そして、ぽつりぽつりと、言葉を紡ぎ始める。


「そう簡単に許す事なんてできないよ……。
 一度外れてしまった歯車は、元通りにするのに凄い苦労がいるんだよ」

「なら私は、元通りになるまで何度だって嵌め直す事をやり続る。たとえそれが未練たらしくとも……」

「ほんと……馬鹿だね……」


 一つ溜息をつくと、フランは空を見上げた。
 血のように紅い満月。その輝きが彼女の顔を照らしていた。


「綺麗な満月。ねぇ、覚えてる? 私達がまだスコットランドにいた頃の話。
 こっそり屋敷を抜け出してさ、二人よく遊びに行ったね。森とか山とか、時には人間の街まで。
 そんな事が出来るのはお父様が仕事で遠出する満月の夜だけだったから、次の満月がずっと待ち遠しくて……。
 楽しかったなぁ……、ほんとに楽しかった……。
 ねえ、私達は、いつかあの時代に戻る事ができるのかな?」

「必ず……戻してみせるさ」

「だといいけどね……」


 フランは、もう一つ溜息をついて、すっと立ち上がった。


「ちょっと疲れちゃったみたい……背中借してよ。おんぶして」


 ちょっと予想外なその台詞を、私がちゃんと理解できるよりも早く、フランは私の背中に乗っかっていた。
 彼女がずれ落ちてしまわないよう、左手しかなかったけれど、立ちあがった私はそれで脚を支えてやる。


「あったかいんだね……背中。思えばあの冬の夜もそうだった。
 背中があたたか過ぎたから、突き放された時の冬と雨の冷たさが致命的になっちゃったのかも。
 ああ、でも、ほんとあったかいよ……“お姉さま”」

「フラン……今何て……?」

「勘違いはしないの。私はまだお姉さまの事許した訳じゃないんだから。おそろいの帽子を被ってあげるにはまだ足りないわ。
 とりあえず姉妹でいる事は認めてあげただけ。ようやく一個目の歯車が戻ったってだけなの。
 抜け落ち、散らばってしまった歯車の数はまだまだ沢山。
 お姉さまは、がんばって拾い集めるといいと思うな。私も努力はするからさ……」


 私は何かを聞き返そうとしたのだけど、返って来たのは彼女の安らかな寝息だったので、それ以上の声はかける事はしなかった。


「終わったの、ですか……?」


 やや遠慮がちに声をかけてきた声に、私は後ろを向く。
 そこには、体のあちこちを返り血に染めた美鈴とゲオルゲがいた。
 その後ろの近衛兵の生き残りは四人だけ。しかし、四人とも満足いったような顔をしていた。


「ああ、終わったさ。最善の終わり方だったと、自分では思っている。
 お前たちも、首尾よく終わらせたようだな」

「そうですね。黒幕のラドゥの姿がなかったのが、心残りではありますが……」

「おそらくだが、彼は私達のすぐ傍にいる。そして、私達の目の前に、きっと出て来てくれると思う。それが、彼のけじめだろうから」


 事実、私達はすぐに馬蹄の音を聞く事となった。
 軍馬に跨り彼は庭園に姿を現す。ヴラドの実の弟。美男公ラドゥ3世。


「随分と、酷い有様だ……皆殺しにしたのだな」

「そうだな」

「そして、最後は私か。必要ならばこの命、くれてやっていい」

「殺す事なら易い。しかし、お前はフランを、今この時まで養う事をしてくれた。その義理がある。
 それに何より、ヴラドは最後までお前を殺しはしなかったからな。
 甘いとは思うが、敬愛する父の意志だ。ならば私はそれを尊重しよう」

「そうか、私はまたもや兄に命を救われてしまった訳だな……」


 その時、ラドゥのその瞳が微かに翳ったように見えたのは、間違いない事だったのだろう。
 確かな後悔が、彼の顔に張り付いていた。


「兄が私相手に、本気の采配を振るわなかった事を私は知っている。
 しかし、それに付け込む事を一切躊躇わないほどに、私は兄が嫌いだった。憎悪すらしていた。
 兄の死こそがワラキアの未来の為であり、私の正義を貫く道だとずっと思ってきた。
 それは、兄が亡き者となった今でも、まったく正しい思想だったと思っているし、裏で手を引く事をした私の選択もまたまったく正しかったと思っている。
 なのに、どうしてだろうな? 我が望みは成就したというのに。もはやワラキアの地にあの悪魔のような人間はいないというのに。
 心はどういう訳か晴れ渡ってくれない。祝宴の酒も酷く味気なかった。
 何か、胸にぽっかりと大きな穴が空いた気分だ。
 ……家族とは重いものだな。あれほど憎んでいたはずの兄だというのに、今思い出すのは、幼少の頃、私と兄がまだ仲良く遊ぶ事ができた、あの時代なのだよ」


 ラドゥは、感情を堪えているような表情をしていた。
 その顔つきのまま、私達を見渡し、言葉を続ける。


「君たちは、これからどうするつもりだ……? 身を寄せる当てがないなら、私が養う事くらいはできる……いや、させてくれ」


 せめてもの、罪滅ぼしのつもりなのかもしれない。
 だが、ラドゥ、私が言うのもなんだが、お前はそんな顔をするべきではない。
 人の上に立つ人間は、常に笑っているものだと、ヴラドは言っていた。
 これからお前は、マーチャーシュやシュテファン相手に戦争をしないといけないのだ。
 ヴラドを殺した事を誇れるくらいの神経でないと、あいつらとはとても渡り合えんぞ?

 私は、皆の顔をぐるりと伺う。皆は一様に頷き、私の決定に従うと言ってくれた。


「好意は感謝するが、断らせてもらう」

「……では、これからの君たちは、どうするつもりだ?」

「そうだな……旅に、出ようと思う。地中海沿岸、スカンジナビア、アフリカ大陸、あるいはシルクロードの最果てまで。
 どこかに、私達が安住できる場所はあると思う。それを探しにいくのだ」

「戦と魔女狩りの嵐吹き荒れない土地など無い……苦難の旅だぞ?」

「ああ、分かってる」


 ワラキアやハンガリーでは、ヴラドのおかげであまり感じる事無かったのだが、吸血鬼は本来忌み嫌われる種族だ。
 これからは、激しい迫害に遭う事もあると思う。
 旅は多くの苦労を伴うだろうし、得られる幸せよりも、苦痛の方が多いという事もあり得るかもしれない。
 しかし――


「私一人ではないからな。妹も、美鈴も、ゲオルゲも、近衛の皆もいる。
 それに、私はもはや、かつての脆く弱い私ではない。ヴラドと過ごした十数年間で私は多くを学び、多くの経験を積んだ。
 きっと、大丈夫だ。私達は上手くやっていける」

「そうか……ならば私はせめて、その旅が少しでも上手くいくよう、祈る事をしよう」

「ああ、それで十分だ。ラドゥ。お前もせいぜい長生きできるよう、心の隅っこの方で、ちょびっとだけ祈っておいてやるさ」


 闇空に浮かぶ満月は、相変わらず大きく丸く紅い。
 いい月だと思った。

 色々な事が終わり、それ以上に沢山の事が始まった、今日という日。
 1473年ワラキアの月夜。

 そう言えば、最初この国で見た満月は蒼かったけど、今の月の方が好きな感じだった。
 血のように真っ赤な、なんとなくヴラドを連想させる月だ。

 私は、それを見上げて、軽く微笑んだ。
 そして、そっと一言呟く。


「さらばだ父よ。また会う日まで」


 真っ赤な月光が血で染まった視界をさらに赤くしてしていた。ワラキア最後の夜として、これ以上相応しい光景はないとも思った。

















 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇























『私がとても愛している徳がたったひとつある。その名は「我が儘」という』
 〜ヘルマン・ヘッセ


 Epilogue 〜冠省〜



 ルーマニア王国首都ブクレシュティ郊外。スナゴウ修道院はそこにある。
 人間の世の中が平穏だった時代ってあんまりないけど、19世紀が20世紀に移り変わってからのここ十数年というのは特に騒がしくて、近々世界規模の戦争が始まるという噂も信憑性が随分高くなってる。
 ただ、そんな世の中であっても、この修道院は、まるでここだけ時の流れに取り残されてしまったように、四百年前の風景をほぼそのまま残していた。

 深い森林に取り囲まれたこの修道院は、生活する修道士も数人しかおらず、その信者が寝静まる深夜ともなれば、完璧な静寂の世界となる。
 いい場所に埋葬されたものだと思う。この修道院の下にて、ヴラドは永い眠りについている。


「久しいな父よ、様子を見に来たぞ」


 満月の夜。久々の再会を祝うための上等のワイン一本を持ち、私はこの修道院を訪れた。
 正面の扉を開けた先の聖堂。中心の椅子に腰かける。
 ステンドグラスより漏れる月明かりの中、私はワインのコルク栓を抜いた。
 用意していたグラスは二つ。それぞれに注ぎ、私は一つを手に取ると、それのへりをもう一つのグラスに軽く当てる。チンと、澄んだ高音。


「乾杯」


 軽く呟き、ごくりとグラスを空にする。上等なだけあって、その香りは芳醇だ。
 ヴラドは、それ程酒に強くはなかったが、飲む事自体は好きだった。多分、気に入ってくれてると思う。
 ぽつりぽつりと、今は亡き彼に話しかける。


「もう400年になるのね。お前と別れを告げたあの日から。早いものだな。
 思えば色々あったなぁ。安住の地を求めて旅に出たはいいけど、やっぱり苦労ばっかで。
 時にはお金を稼ぐために傭兵やったり用心棒やったりね。そういや、ゲオルゲは結局戦死じゃあなかったのよね。大往生だった。
 老人になるまで戦場に立ち続け、そして生き抜いたんだから大したものだ。
 ただ、葬儀の一週間後に、隣国に脱出しなきゃならないような事態になったのは予想外だったけど。
 ほんと、迫害ばっかりだった。どこの国でも」


 二杯目のワインをちびちびやりながら、私はあれこれと、思いついたまま喋っていく。


「でも、そんな私達もようやく安住の地を見つける事ができそう。
 ユーラシアの東の果ての島国なんだけど。そこは私みたいなのが一杯いてさ。結構話分かる奴も多い感じ。
 ……今まで何回もそう言って、失敗してきたじゃないかって?
 大丈夫。次は上手くやるよ。私もだいぶ器用に生きれるようになった事だしね。
 そうそう、そういやこの前友人ができた。魔女ってやつ。根っからの変人だが、面白い奴だ。
 住まう館は準備したから、しばらくは美鈴と妹とそいつと、四人で生活する事になるのかな。
 凄く大きい、豪奢な屋敷だ。住み心地もなかなか悪くないぞ。いいだろ?」


 なっ? と笑いかけてみるけど、当然返事はない。


「まあ、もはや貴方の魂がここにない事は知っているのだけどね」


 軽く苦笑するようにしながら、私は三杯目を注ぐ。

 貴方がきちんと“川”を渡れたのか。それは、ずっと心配している事であるけど。
 しかし私は知ってる。
 余りに多くの人々から憎悪された貴方であったけど、貴方の事を本気で好いていた人も案外いた事を。

 まあ、地獄送りになったのは間違いないだろうけどね。あれだけ沢山の命を奪ったんだし。
 だから、それは当然と報いとして、甘受しなさい。

 そして、全てを精算した後、またこっちに戻ってくればいい。
 英傑よ。そろそろ次の輪廻は決まったかしら?
 できれば、近い場所がいいわね。


「ああ、そうそう。あの帽子だけど、この前で20代目くらいになったよ。うん、今はフランも被ってくれている。
 彼女との関係? まあ悪くはないと思う。ただ、完全にしこりが取り除かれるには、まだ結構な時間が必要かもね。
 大丈夫。概ねは順調だから。あとは時が解決してくれるって段階までこぎつけた。どうにかなるよ。
 そういや、フランの事で思い出したのだけど……思うに、父よ。
 随分と歳を重ね。貴方の数倍の年齢となった今だからこそ言えるのだが、私は貴方も決して手遅れではなかったと思うのだ。
 ラドゥとのすれ違い、どうにかできる手段は必ずあったはず……」


 貴方がそれに気付けなかったのは、少し口惜しい部分ではあるけれど……まあ、今それを言っても詮無い事か。
 仲直りは、“次”にとっておくといい。その時は私も手伝うからさ。

 その後も、ぐだぐだと、喋りたいままに喋り続け、気がつけば、もう少しで修道士が起きてくる時間だ。
 私は半分ほど中身の残ったワイン瓶とグラスを祭壇の上にそっと置いた。
 そして、右手に軽く力を込める。
 想像のスピアを具現化する技術を私は旅の途中で身につけていた。それの刃先を真下にし、祭壇に力いっぱい突き立てる。
 串刺し公に贈るプレゼントなんだから、これが一番それっぽいんじゃないかって思った。

 いや、実際贈られて嬉しいものでもないだろうけど、でも、これを見つけた修道士の顔はとても愉快な事になるだろうから。
 な? そういうの好きだろヴラド?
 性格が悪趣味で、顔つきが酷く偉そうで、しかし今でも尊敬し続ける偉大なる父。
 彼の傲岸な例の笑い声が聞えた気がして、私も同じように笑ってみる。


「父よ。再会の日を心待ちにしている!」


 そして、そんな台詞を残して、私は修道院より出た。
 空には満月。あの時、ワラキアで見たような真っ赤な、とても美しいそれだった。
 
 
 
 
 
 
 
 

  
 読了ありがとうございました。そして、おつかれさまでした。
 いや、ほんとに……250kbありますから、この物語……。ほんとうにおつかれさまでした。

 この物語の着想は、紅魔郷のおまけテキストにある、
 『ツェペシュの末裔と名乗っていますが、本当にブラド=ツェペシュの血を引いているかは、誰も分かりません。というか引いてないです』
 という記述からです。
 ヴラド・ツェペシュといえば、多くの血なまぐさい逸話を持ち、吸血鬼ドラキュラのモデルになった人物として有名ですが、しかし、それでも彼は正真正銘の人間です。
 なのに、吸血鬼であるレミ様が血縁がないにもかかわらず、末裔を名乗っている。
 これって考えようによっちゃ凄い事なんじゃないかと、あれこれ妄想を膨らませたら、こういう物語ができあがりました。
 レミ様はとてもかわいいです。そしてカリスマです。レミ様超偉大です。

 そして、断っておかなければならない事が。当然の事ではあるのですが、このお話はフィクションです。
 ベースとしての史実は存在するものの、時代考証は非常にいい加減であり、また実際の歴史と大きく食い違う部分が多々あります。
 つまり、61式戦車が戦国時代にタイムスリップするあれとか、WWU当時の日本軍が50センチ砲を搭載した潜水艦を持っていたりするあれとか、関羽の部下に周倉がいるあれとか、その発展の蜀の武将が悉くチートなあれとかと同じ系統です。
 フィクションと割り切って読んでいただければ幸いにございます……。

 では、最後に。
 東方という素晴らしき世界とキャラクターを有するゲームを作り上げ、私達に夢を与え続けくれている偉大なる神主。
 この物語に多大な影響を与えた、映画300の監督ザック・スナイダー。
 グーグル先生、ヴィキぺディア先生、およびネット上にて各種の優秀な資料を無償で公開してくれている多くのHPの管理人様。
 そして、この非常に長い物語を、それでも読む事をしてくれた読者様。
 誰もが欠けても、この物語の完成はあり得ませんでした。
 心よりの感謝を。ありがとうございました!
ねじ巻き式ウーパールーパー
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2009/11/21 16:05:48
更新日時:
2010/01/20 22:30:10
評価:
32/37
POINT:
271
Rate:
1.79
1. 9 読み専 ■2009/11/22 20:44:30
雨ってお題が少し弱く感じたけどそんな事はどうでもよかった
2. 10 リペヤー ■2009/11/22 22:38:18
ウィキペディアを参考にしながら最後まで読ませていただきました。これほどの長編の執筆、本当にお疲れ様です。
レミリアは500歳、ブラドの没年は(ウィキペディアによれば)1477年など食い違う点などは、それほど気になりませんでした。
ただ、正直「雨」というお題を生かし切れてなかったな……。歴史ものを書く上でお題を組み込むのは相当に大変なことであることは十分に理解できることではありますが、やはりコンペですので。

しかし、話の展開は素晴らしく、最後まで飽きることなく読んでいけました。
前述した「お題を生かし切れていない」ということと少し矛盾しますが、最後の雨雲を吹き払うレミリアのスピア投擲シーンは最高でした。
また、ブラドを筆頭に歴史上の実在の人物たち、彼らに血肉を通わせた貴方の執筆手腕には脱帽いたします。
特に「お父さん」してるブラドのシーンは個人的にイイ!


あと発見した誤字や脱字らしきものを。表現の一つであったなら申し訳ない。

>スコットランドの地にて捕まった私が殺されたなかったのは、子供だからという慈悲の心で助けられたというわけではない。
殺され「た」なかった。

>キリア防衛に相当の兵員を裂かねばさならいはずだからな
裂かねばならない。

>まったく、桁が違い過ぎて、思わず笑っちゃいうそう
笑っちゃい「う」そう。

>壇上で不安げな顔など、兵士達に見せる事許されない
見せること「は」許されない。

>無人の場所に突撃させ、動きが止まった止まった所で、弱点である足目掛けて集中攻撃をかける
「止まった」が二重になってます。

>しかし、そんあ私を制止したのは、他ならぬヴラドの右手だったのだ。
そん「あ」私を

>三歩進むたびに、兵士が一人の死んだ。
「の」はいらない。

>変な言われると困る
単語が抜けているか、「変に」の間違いかと。


最後に、この大作と出会えたことに、最大限の感謝を。
3. 8 ぺそ ■2009/11/26 01:12:41
ヴラド候やほかのキャラクター達がしっかりと立っていて、とても読みごたえのある良い作品だと思いました。
ただ、雨と言われると少し疑問に思ってしまいました。
とても良い作品だと思っただけに、そこだけがしこりとして残ってしまい残念です
4. 10 名無し ■2009/11/28 01:22:27
東方二次創作という枠に当てはめていい作品なのかは分かりませんけれども、自分にとってはとても読み応えがある素晴らしい作品であり、新しいレミリア像を見出すことが出来ました。
5. 7 佐藤厚志 ■2009/11/28 05:14:55
《物語世界は重厚だが……物足りない!》

こんぺ作品が開放されて、いの一番に読みました。
成程、歴史のifを旨く利用した幻想文学。或いはフランク・ミュラー作のグラフィック・ノヴェルやその映像化作品で描かれる戦の残虐と迫力、死の美徳といったものを意識して書かれた小説なのでしょう。そしてそれらは十分、読み手にも伝わっていると思います。ただ、

@まず気になったのはこの時代の歴史や背景を語る言葉、描写です。ルーマニアという国の、それも歴史のことなんて全く知らない俺には大変勉強になりました。しかし小説の中で使う必要あるのだろうか、と思いました。映画にしろ、小説にしろ、そういった背景はむしろ、さらっと流す感じで描かれることが多いのです。

A全体的にどこかライトな印象を受けました。ライトなのは良い。しかし重厚な歴史をバックグラウンドに沿えた時、主要人物、とりわけ史実の人物や戦争が軽く見えるのは勿体無い。そして深みとは歴史を淡々と追っていくからと言って醸成されるのではない、と思う。そしてその軽さのせいで物語に物足りなさを感じたのです!

Bタイトルが良くない。偉そうで申し訳ないですが、これは余り良くない。

以上つらつらと偉そうに並び立てたのですが、中々の良作であったと思います。だから7点。面白かったです。ごっつぉうさんでした。
6. 9 バーボン ■2009/12/01 12:46:25
アクの強い独自設定と歴史とのクロス。最初は読み切れるかどうか不安でした。
しかし読み終えてみれば、面白いと感じてしまったのが事実。
改行がくどいとか雨の要素が薄いとか、気になる点も色々とあったのですが、しかしこれだけの長さの文を読み終えて「ああ、読んで良かった」と思ったのが第一なので、満点とはいかずともこの点を付けさせて頂きました。
7. 10 神鋼 ■2009/12/04 02:42:06
ヴラドもレミリアも他のキャラ達も魅力的に書かれていて、笑いたい時に笑い、泣きたい時に泣ける良い作品でした。
それぞれのシーンに様々な感情がしっかりと書き込まれていて、これほどの長さにも関わらず読み飽きるということがありませんでした。
8. 8 名前が無い程度の能力 ■2009/12/06 13:31:32
これだけの長編お疲れ様でした。大変面白かったです。
無粋な指摘になるのですが、いくつかの単語と表現の繰り返しが気になりました。
とくに「〜のそれ」は未だ訳語調ですし乱用は避けるべきかな、と。
なにはともあれおぜうさま格好いいよ
9. 7 紙箱 ■2009/12/07 00:00:11
初カキコ!
なるほど、こういう解釈か!と思わずうなってしまいました。ヴラドが格好良すぎるw
運命を操る能力、そのルーツを見た気がします
妹や父を想うお嬢様がすごく可愛く格好良く、楽しみながら読ませていただきました
ただ「雨」が若干薄いかなぁと感じたのでこの点数にさせていただきました

アーレア・ヤクタ・エストゥ!
10. 10 nns ■2009/12/10 03:28:58
心に残る映画を見終えて、余韻に浸っている時のような気分になりました
11. 9 nn ■2009/12/10 15:55:48
長さにもかかわらず一気に読むことができました。
12. 10 ノノノ ■2009/12/10 20:25:19
コメディかと思って開いたらガチだった件について。しかも大作だよ!携帯からじゃ読みづらいよ!でも全部よんじゃったよ!コメディものしかよむつもりなかったのに!

大変おもしろうございました。
13. 10 shinsokku ■2009/12/16 21:43:09
よくぞ成し遂げられました。お見事。
14. 10 文鎮 ■2009/12/29 02:51:02
こんな感じに歴史上の人物とキャラクターを絡めた話、私は好きなんですよ。
ヴラドの人柄は実に納得できるものだったですし、「美鈴ー!」「メフメト二世ー!」「やっぱり出てきたスイス傭兵ー!」と叫ぶわ、もう出てくる人物がみんなかっこよかったです。
そして、レミリアお嬢様に父娘、姉妹の絆。250bkなんてまったく気にならず、素晴らしい歴史エンターテイメントを楽しむことができました。
最後に『血みどろダディ・ワラキア』 何とも良いタイトルじゃないですか。
15. 8 藤木寸流 ■2010/01/04 01:38:29
 ちくしょうこれ好きだ。
 ヴラド、レミリアの演説、各キャラの台詞、啖呵の切り方が本当に上手い。明らかに格好付けすぎなんだけどそれが臭すぎない。話にうまく嵌まってる。
 誤字が多いのは難点。特にウラドだったりヴラドだったりするのは辛い。
 行間が明らかに空きすぎなんですけど異様にさくさく読めて、視点も一貫しているから混乱することもなかったです。美鈴かっこいい。
 スピア・ザ・グングニル!
16. 10 静かな部屋 ■2010/01/09 12:58:55
もーさいこー。
つかこれだけ書いてセリフのブレや致命的なミスが一つも無いとか。
紅魔館組が大好きになりました。
17. 7 パレット ■2010/01/10 05:03:44
 まずは、今回コンペ最長作品お疲れ様です。面白かった。
 レミリアの過去話を作者さんなりにガチで考えて書いてきてるという感じで、すごく楽しませてもらいました。レミリアがまだ幼く、戦場でもそこまでメチャメチャなチート性能発揮できないあたりがもどかしいけどそれがいい。ヴラドはもちろん、パールとか他のオリ(?)キャラも魅力的で、とても好きになれました。
 ただ、長さゆえに仕方ないのですが、わりと誤字脱字等々多めだったのと……最終幕のフランとの勝負が、それまでの溜めからすると少々あっさりめかなーとは思いました。
18. 10 椒良徳 ■2010/01/11 18:11:39
レミリアパパキタ━━(゚(゚∀(゚∀゚(☆∀☆)゚∀゚)∀゚)゚)━━━!!!
これほどの大作お疲れ様です。
史実が上手に再構成(目を瞑るとも言う)されており、
ヴラド三世を始めとするキャラクターたちが魅力的で面白く読ませて頂きました。
いやはや、実に素晴らしい作品です。
点数というちんけなもので評価するのも心苦しいですが、最大限の称賛を述べさせて頂きます。
貴方の他の作品も是非とも読んでみたいですね。
19. 5 ホイセケヌ ■2010/01/13 21:34:47
テ豌ラ、ォ、テ、ソ。」
ハタス醋キ、マ、ネ、テ、ニ、ハ、ォ、テ、ソヒス、ヒ、ネ、テ、ニソF、ポh、ス、ヲ、ハヤ彫タ、テ、ソ、ア、ノ。「ヨェラR・シ・、ヌ、笘S、キ、ッユi、皃ソ。」

、ア、、ノ。「、ウ、翻キスSS、ネ、、、ヲ、隍遙「・・鬣ノ・・ノ・鬣ュ・螂鬢ホモ「ミロラT、ホ壥、ャ、キ、ニ、ハ、鬢ハ、、。」、筅チ、、・・゚・・「、筅ォ、テ、ウ、隍ッ抱、ォ、、ニ、、、、キ。「
・ー・・ー・ヒ・、茹ゥ`・・。・ニ・、・、ハ、ノ、ホムンウ、ャ、「、、ォ、鯤ォ、ッ翻キス騅4、ハ、、、ネ、マヒシ、、ハ、、、ア、ノ。」
、ヌ、筍「ヒス、ャネチヲ、クミ、ク、ソ、ホ、マ、ノ、チ、鬢ォ、ネ、、、ヲ、ネ・・鬣ノ、ソ、チ、ホネコミロク仲、ケ、ヨミハタ、ホホム、ホハタス醺Q、タ、テ、ソ、ホ、ヌ。「、荀マ、齧|キスSS、ネ、キ、ニ、゚、、ネ、ハ、、タ、ォ、ハ、「。」

テ豌ラ、、ヤ彫ヌ、「、テ、ソ、ウ、ネ、マ馮゚`、、、ハ、、、、タ、ア、ノ。」
20. 8 詩所 ■2010/01/13 22:01:21
 これは評価に困りました。
 世界観は個人的に大好きな部類、中世の話なんてあまり読んだ事ありませんでしたから。しかしコンペとして評価するとなると……。
 好きな人しか付いてこられない、完全に読者を選ぶ作品になっているかと思います。そんな作品が投下された以上は、ある程度の覚悟は必要かもしれません。
 気になったのはフランの扱い。この顛末を見るに、私の脳ではどうしても495年の幽閉には繋がらないんです。その点の考慮が無かったのが、違和感として残りました。
 あと雨、話の核にお題が入っていなかったことは、コンペとして考えるとやはりマイナスだと思います。
 とはいえ、容量を感じることなくぐいぐいと読んでしまったのも事実で、世界観に引き込む力強さも感じました。東方SSとして異端ですが、個人的嗜好も兼ねてこの得点とさせていただきます。
21. 10 deso ■2010/01/14 01:15:45
これは東方の皮を被ったオリジナルです(褒め言葉)。
いやあ、面白かった!
登場人物は皆魅力的だし、戦闘は拳を握りしめるくらいわくわくするし、お嬢様は可愛いし!
大変な力作、どうもありがとうございました。
誤字:絶対絶命→絶体絶命
22. 7 白錨 ■2010/01/14 16:31:27
良い意味でも、悪い意味でも、東方っぽく。東方っぽくない小説だなぁと思いました。
レミリアとか美鈴とかのキャラがカリスマにあふれている姿はとてもかっこよかったのですが、反面、彼女らしさを感じさせる部分(最も、このストーリーでいつも通りの彼女達の個性を出すのは難しい事だとは思いますが)が少なく、少し寂しい気持ちにもなりました。
また、こんなに壮大なストーリーを作れるのは想像力に満ちていて、凄いと感じられましたが、壮大がゆえにキャラが立っているキャラと立っていないキャラの差が生まれているかな。と感じました。レミリアはもちろん立っていました。かっこよかったです。

それと、これも後半の盛り上がりが良い故に生まれる事なのだと思いますが、ブラドとレミリアの出会う背景が少し薄いかな、と感じました。

結構な事を書いてますが、良作である事には変わりありません。おもしろかったです。ちょっとグロかったけど(汗)
23. 10 零四季 ■2010/01/14 22:06:45
読みやすく、引き寄せられる文章で、感動しました。
これだけすごいのだから、もうちょっと雨を深くしてくれても良かったかなと。それくらいしか言えない程に素晴らしい作品だったと思います。
ここまで作り上げる発想力に脱帽。レミィの素晴らしき明日に乾杯。
24. 10 2号 ■2010/01/15 09:25:04
コンペ最大容量にふさわしい素晴らしい作品でした。
やはり、運命を弄ぶレミリアより、へたれたレミリアより、自分で運命を切り開くカリスマレミリアはステキです。
父さんもあれだけ有名なのですから、そのうち幻想入りするかもしれませんね。
ちょっと雨というテーマが弱いかなと思いましたが、フランとの対決シーンで帳消しです。
25. 9 すっとこどっこい ■2010/01/15 10:53:47
読みましたので感想を書かせてもらいます。


何といえば良いのか。
とても、長いです。
そしてそれを感じさせないくらい、引き込まれる内容でした。
細かい歴史の話なんて自分にはよく解らないので気にはなりませんでしたが、文章のおかげか時代背景が解りやすく感じました。

おそらく、ダントツで心情描写を書くのが一番巧いのではないでしょうか。
不安や焦り、喜びが目に浮かぶようで、登場人物たちに色を与えており、味を引き出していました。

最も秀逸なのは最後辺り、ワラキアが死を迎える辺りでしょうか。
死に行く者の感情、決死の戦い、命惜しまぬ戦死の生き様、串刺し公の墓前でのワンシーン。
あれがあってこそこの物語は語れるでしょう。
……ただハッピーエンド大好きな自分は、この終わりが苦手ですが。


何十回も読み返してしまう、素晴らしい作品でした。
26. 9 やぶH ■2010/01/15 11:14:02
ああ、『300』! 確かに戦闘シーンの象とかそんな感じ!w
200kb超えな上にオリキャラものということで心配でしたが、終盤は熱い展開で胸が躍りました。
あとは、明国の傭兵とかにもニヤリw
大作、お疲れ様です。最後まで飽きずに楽しませていただきました。
27. 6 八重結界 ■2010/01/15 14:43:47
 壮絶なまでに掘り下げられたレミリアの過去と、そして修復など不可能に見えた姉妹の仲。それらが事細かに描かれていることについては、素晴らしいの一言です。
 ただ、いかんせん歴史の部分に重点を置きすぎた為か前半部が酷く冗長で退屈に感じられました。原作と乖離した設定にも、若干の違和感を感じましたし。
 もっとも、最後の方まで読んでしまえばそんな事は気にもならなくなっていたんですが。引き込むまでの時間が掛かりすぎているのが惜しかったです。
 しかしながら、全体を見ればとても完成された物語でありました。吸血鬼でありながらも、どこか人間臭いお嬢様ではありましたが、それもまた魅力の一つなのかもしれません。
28. 8 Tv ■2010/01/15 20:07:33
おっしゃるとおり長い! しかし読むと短いと思わせるだけの力はあるお話です。
おまけテキストは自分も気になっていた部分でしたが、そこからこれだけの話が広がるとは思っていませんでした。
実際いいとこ祖父と孫ぐらいしか生まれが離れていませんしね。全編通して非常にわくわくさせていただきました。
気になったのは美鈴の存在でしょうか。
東方キャラ分を増やす必要もあったのだとは思いますが、なまじ周りの話、キャラがしっかりしているがために非常に浮いたというか場違いな感を覚えました。
29. 7 時計屋 ■2010/01/15 22:23:12
 まずはこの大作SSを書き上げた作者様の気力と筆力に、賞賛を贈りたいと思います。
 さすがに誤字・脱字は目に付きましたし、推敲が全体的に行き渡っていない印象は受けたのですが、ヴラド・ツェペシュの半生を題材にしたこの壮大なSSは、最後まで読ませる力に満ちていました。
 私は世界史の知識が乏しいのですが、だからこそ、それを題材にした小説を読むのは好きです。展開に対して新鮮な驚きを感じられますから。たとえ時代考証などが間違っていても存分に楽しめます。ただそれゆえにでてくる不満もあります。例えば、情景描写や時代背景の 説明が少ないように思えたこと。前提とする知識がありませんから、それは小説の記述を元に想像で補うしかありません。このSSを読むかぎりでは、その背景にある事情や世界観がいまいち把握できなかった。何故ヴラドがオスマン帝国とあそこまで頑強に戦わなければならなかったのか、何故カトリックからも後世まで悪名がとどろくほど、忌み嫌われてしまったのか。ですからラドゥとの対立の深刻さや最後の幽閉の悲劇性が今一つ伝わってきませんでした。(勿論前提とする知識を持っていない私が不甲斐ないと言われればそれまでなのですが)
では、一方東方SSとしてはどうだったかといいますと、正直前半はレミリアを視点に持ってくることに意味があるのか、疑問に思っていました。前半、レミリアはヴラドの側にいる語り部となっており、それが一番の理解者となるまでには説得力が不足しているように感じました。勿論終盤はレミリアとヴラドが非常に近いものであったことが鮮明になっていますし、フランとの対決もあってそんな疑問は消し飛びましたが、前半部分にレミリアをもう少し話しに絡ませてほしかった。そうするとレミリアのヴラドに対する愛情がより深く見え、最後もさらに盛り上がったのではないかと愚考します。
 ですがそういうのは抜きにしても、東方的なバトルは読んでいて爽快なものがありました。グングニルを投げたり、不夜城レッドをかましたりと、純粋に少年誌的な面白さもあって、それがこのSSに浮くことなく、うまく溶け込んでいたのは見事だと思います。姉妹の対立をヴラドの兄弟の対立と対比させたのも、実にうまいまとめ方でした。
ただ、お題がちょっと薄く感じたのが残念でしたが。それでも間違いなく力作であり、かつ、良作であったと思います。
30. 10 焼麩 ■2010/01/15 22:45:57
ああ、これは何かと思ったら……
演劇だ、素晴らしい演劇だ!
私の採点基準がオーバーフローを起こしている。こんな大長編読んだら……
「こんな長い口上ねーよ」とか「台詞がクサい」とか「弟空気」とか思ったりもしたけど、さほど問題ないかもしれない。
250kbでも足りない、もっと見せてほしかった。
特にラストシューティング、雲を突き貫く場面。

登場人物の絶大な自信に乗っかって大いにのめり込んでいました。熱さが凄くて。
皆かっこいいですね。これがカリスマというものか。

でも最後に一つだけ。
>>住まう館は準備したから、しばらくは美鈴と三人で生活する事になるのかな。
四人……ですよね……?
31. 8 木村圭 ■2010/01/15 23:03:25
オスマンを退けたところで終わっていた方が綺麗だったんじゃないか。
時間を忘れて読みふけった後で、まずそんなことが頭に浮かびました。
無論それでは何の価値もないわけですが、フランドールはともかくラドゥの描写が少なすぎて最も重要な部分がどこか他人事のようでした。
ヴラドその他のチートじみた強さが強い爽快感を与えてくれる素晴らしい作品だけに心残り。
32. 2 ■2010/01/15 23:51:56
レミリアが貴族たるに相応しい生い立ち、という話で見ればプラス
しかし長い
テーマに則しているかと言えば、ヴラドのパートはごっそり要らなくなるような気がしてならない
またヴラドが都合よく書かれすぎ→軍略家という割に伏兵一辺倒だし、苦境に立たされているはずなのに危機感がまるでない。
戦場の描写が粗い上に、あとがきになってから適当に書きましたとか言われるともはや腹も立たなくなる
減点要素が多くてプラスが相殺されてしまったか
33. フリーレス 誤字脱字 ■2010/01/17 22:47:25
 その才覚は、認めざる得ない。

 戦が集結していない今、わざわざそんな選択をするヴラドの考えが理解できなかったのだろう。
34. フリーレス ねじ巻き式ウーパールーパー ■2010/01/20 23:25:14
みなさま、評価いただきありがとうございました。
今回は正直駄目だとおもっていたので、こうやって結果が出てとてもうれしいです。
コメント返しするのです。


>読み専様
評価ありがとうございます。
お題の弱さはごめんなさいです……。

>リペヤー様
この物語の50%はウィキペディア先生の博識っぷりからできています。
年代の矛盾は、「フィクションですから!」の免罪符の下、敢えて無視して書いた経緯があります。
強引に解釈すれば、幻想入りした時に時間軸がずれたとか……そういう……駄目かしらやっぱ……?
尚、ヴラドの没年については、物語の都合から少しずらしてあります……。

雲を吹き飛ばすシーンは、個人的にもお気に入りのシチュなのですが、それだけに書き込みが足りなくて心残りな部分でもあります。

そして、誤字脱字の多さw ご指摘ありがとうございます。修正しました。
後半は特に、推敲の時間が殆どなかったので、とても、多いです……。

>ぺそ様
主役二人のキャラを立てる事にはとりあえず成功したんじゃないかと、そこはほっと胸をなでおろしているところです。
お題は……はい、おっしゃる通りです。

>名無し様
私の中ではレミ様は、幻想郷の面々の中では割りと凡才なお方なのです。経験を積んで強くなった。だから、この物語でもこういうキャラクターなのです。
読み応えがあると言っていただけて、嬉しいのです。

>佐藤厚志様
ヴラド公のオスマンに対する抗戦の苛烈さはどうにか表現したかった事です。
ただ、ご指摘の通り、戦場が孕むはずの生々しく重い感情が十分に描写できたかと言うと、そんな事もなくて。未熟だと痛感するばかりです。

史実をどの程度物語に取り入れるのかは、相当に悩んだ部分であります。
ただ、この物語のバックボーンがワラキアという国家にあるならば、それを説明する事は必要だと考え、今回のような形を取りました。くどかったというなら、申し訳な

いのですが……。

>バーボン様
ありがとうございますw
改行は、本当はもうちょっと詰まってたはずなのですが、投稿したときに全ての行と行の間に、空行がひとつはいってしまったみたいです……。

>神鋼様
感情の起伏の描写は、多分私の持つ数少ない武器でありますので……うまく書けていたならうれしい事です。
この長い話をを読んでいただきありがとうございました。

>名前が無い程度の能力様
レミ様はまじかっこいいお方なのです。
英文直訳調は実は大好きな文体で……だから「それ」も多用してしまうのです……。

>紙箱様
お嬢様のバックボーンをひたすらに捏造し続けるのがこの物語でした。
運命を操る能力について、その正体がいかなるものなのかは未だ語られていませんが、あんまりチートじみたものでないほうが素敵だと思います。

>nns様
映画的というのは、長編を書くときは割と意識している事です。
感じ取ってくださったのなら、とてもうれしいことです。

>nn様
ありがとうございます。私の得意はどうやら長編であるらしいので……。

>ノノノ様
携帯でこれを……!? おつかれさまでした。
コメディはたまに書くけど、あんまり得意じゃなかったり。

>shinsokku様
ありがとうございます。
shinsokkuさんに褒められるとか、すごくうれしいのです。尊敬してるです!

>文鎮様
エンターテイメントとして楽しんでいただけたのなら幸いですw
メフメト2世があんまり活躍しなかったのは、心残りなところです……いや、あんまり活躍されると、構成がまたややこしくなるのですが……。
でも、あの人まじでイケメンなんですよ。かっこいいメフメト2世書きたかった。

>藤木寸流様
台詞は中二力エンジンをフル稼働させて頑張ったのですw
こういう言い回し、好きなのです。大仰なくらいでいい。
誤字は本当に多くて……感想期間中、読み返してあーうー言ってました。

美鈴は謙虚で善良で、でもやる時はやる女なのです。かっこいいのです。

>静かな部屋様
とりあえず、全般的な構成で大きなミスはなかったのかなとw 部分部分だと一杯ありますが。
レミ様を好きになってくれたら嬉しいのです。

>zar様
ヴラド三世は、肖像画もダンディな感じなのです。
歴史の帰結は動かせない、それは間違いない事なのですが(もっともこの物語中では相当な改変が行われていますが)、しかし人の心動かすのが結果よりも生き様だとい

うなら、史実におけるウラド3世のそれは存分にかっこいいのです。だからこそこの話を書くことができたのだとおもってます。

>パレット様
少年誌的なレミ様の性能が軸としてこの物語にはあります。レミ様がチートに至る過程。きっと最初からレミ様がチートであったなら、この話はあんまりおもしろい物に

ならなかったと思うんですよね。
最後のフラン戦は見ての通り超速足です。時間がなかった……。

>椒良徳様
沢山の目をつぶる事をしてもらって、この結果がある。寛大な読者の皆様には感謝でいっぱいです。
沢山褒めてもらって、なんだか照れくさいのです。ありがとうございました。

>ホイセケヌ様
評価していただいて、ありがとうございました。
でも、ごめんなさい。文字化けしちゃってよく分からないのです……。

>詩所様
読者を選ぶだろうというのは、多分そうなのだと思います。ただ、私はこの書き方しかできないので……。
フランちゃんの解釈はとてもむつかしいところです。もしかするとあの姉妹の関係は、合理的な何かで説明しきれるものではないのかもしれません。
ただ、ひとつの解釈として、今回のような形をとらせていただきました。

>deso様
でそさんに褒めてもらって、とてもうれしいです!
東方薄くね?っていうのは、見ての通りなのですが、しかしそれでも楽しんでいただけたなら幸いです。
レミ様はかわいいのです。凄く凄く。

>白錨様
250書いていて、何なのですが、実はこれでも全然書きこみは足らないのです。
余裕があればもう少しキャラクターの違った表情を見せる事もできたのかもしれないのですが……とはいえ、完成できた事には満足しています。
キャラ立ちの不足しているキャラクターがいる事はまったくそのとおりです。これに関しては構成の欠陥としか言いようがありません。

>零四季様
読みやすいって言っていただけて、とてもうれしいのです。
よく文章はくどいと言われるので。
ありがとうございました。

>2号様
レミ様は、ヘタレるときはヘタレるけど、やる時はきっちり決めてくれる女なのです。かっこいい。
ヴラド公が幻想入りしたら、何だか人里ですっごく平和に仕事して暮らしてそうです。

>すっとこどっこい様
心理描写に自信があるわけではありません。むしろそれなら私よりも遥かに繊細に、あるいは壮絶に描くことのできる作家さんは沢山います。
しかし、感情の盛り上がり、テンションの一瞬の爆発。これに関しては少しだけ自信があるのです。

死に対する感情を徹底的に美化したのが、この物語であったのかもしれません。
文中にもありますが、ヴラド公の死によって、すべては完結を迎えるのです。
私は「男が本当にかっこよくなれるのは、死にゆく時の背中だけだ」という説の支持者なのでw

>やぶH様
橋の上の決戦はまんま300ですw
300はとてもいい映画です。細かいストーリーとかどうでもよくて、面白いと思わせれば勝ちだって事を教えてくれますから。
楽しんでいただけたなら、幸いです。

>八重結界様
おっしゃる通り、前半部は歴史背景の説明に終始していて、読み物としては今一つ面白いものではなかったのだろうと認識しております。
この辺りをもう少し上手く書けたならとは思うのですが、腕が足りなかったようで……。
お嬢様は生まれついての天才というわけじゃないと思うのです。でもだからこそそれが魅力になるとも思います。

>Tv様
読んでいただきありがとうございました。
美鈴についてなのですが、この話の軸がレミ様の少年誌的成長なので、「尊敬に足る強敵との対決」というシチュは必要だと考え登場してもらいました。
当初案では文ちゃんや、ぬえたんに出張ってもらう事も考えたのですが(レミ様に不信などのネガティブな感情を植えつけるギミックとしての登場なら、そうしたでしょ

う。しかし物語の方向性がそれを必要としませんでした)、やはりここは美鈴だろうと。
浮いていたといたというなら、それは私の書き方に説得力がなかったという事なのでしょう。精進します……。

>時計屋様
この物語の骨格が史実である事は間違いない事なのですが、その骨格の形成する手段として、史実の再構成、単純化を行いました。
当時の東欧事情はとても複雑で、そのためややこしくなりそうな要素は排除したというのがあります。
例えば、オスマンとの対決をヴラドが決意した背景には、愛国的、あるいは宗教的な理由があったと十分推測できますが、それらのテーマはとても難しいものを内包して

います。そのため物語中では軽く触れるに留めました。
また、ヴラドの悪名については、実はマーチャーシュのプロパガンダが最大の要因だと言われています。
ただ、やはりそれも前面に出すと物語に綻びができると判断して、今回のような形をとったというのがあります。
背景がよく分からなかったというなら、それは私の裁量の失敗、あるいは単純に描写力の不足でしょう。ごめんなさいです……。

構成について、まだまだ未熟なところが沢山あると感じています。
例えば、ラドゥについて掘り下げて描く事ができれば、それがレミ様と妹様の関係のコントラストを深いものにしたでしょうし、前半部もそうです。
一人称で歴史を書くのは、今回の一つの目標であったのですが、前半部は殆ど三人称の書き方で、一人称ならではという書き方が出来なかったのは未熟ゆえです。
それが出来れば、レミ様とヴラド公のまだ距離があり時代も違和感少なく書けたかとも思うのですが……。

>焼麩様
大仰な台詞は好きなのです。「普通こんな喋り方しねぇよwwww」ってくらいで丁度いい。
まだ読みたかったと言ってくれるのは、やっぱりとてもうれしい事なのです。
かっこいいと思っていただけたなら、それは幸いな事。

3人は……ぎゃあ、ミスったぁ。これは酷い。……修正しておきます。

>木村圭様
ありがとうございます。
ヴラドはチートが過ぎるくらいに描きました。この話の英雄ですから、それくらいはしていいだろうと。
オスマンを退けた時点で終わっていればハッピーエンドですが、しかしやはりヴラドの死は必要な要素だったと考えています。
ラドゥの薄さは、最も大きな構成の失敗でしょう。精進します……。

>鼠様
レミ様が成長するにあたって、ヴラドという男の存在があったというのが、すごく大まかな、この物語のあらすじなのです。
だから。ヴラド公のキャラを立てるのは必要だと考え、今回のような構成としました。

都合がよいと言えばそうなのでしょう。ヴラドの用いた戦術は全て少数が大軍を打ち破るためのそれで、相応にリスクも高い物。
なのに、一度も失敗していない訳ですから。
ワラキアの優位を表現するには、“奇襲が綺麗に決まった”という事だけを書くのが私の技量では限界だったのでしょう。
会戦の駆け引きを描くだけの技量があればよかったのですが、不足していると自覚しているため、それは最初から案にありませんでした。

>誤字脱字様
史実におけるマーチャーシュは、とんでもなく優秀な人物なのです。多分ヴラド以上のチートです。
ハンガリーでは今でも偉大な君主として慕われているといいます。もっと活躍させたかった……。
この時点ではレミ様はマーチャーシュの事を何も知らない設定なので、こういう反応だったのだとおもいます。
35. フリーレス 小心者 ■2010/03/05 15:35:11
期間過ぎてて点数が入れられないけど感想書いても別にいいよね?
これ読んでレミリアが自分の中でのお気に入りキャラにランクインしました。
ブラドの残酷さと父性のあるレミリアへの接し方がなんとも印象的でした。
ちなみに入れるとすれば10点です。
36. フリーレス ■2011/10/23 11:38:50
最初から最後まで一気に読み進めて手が止まりませんでした(笑)
こんなに集中して飽きずに読めたのは構成も演出もキャラも素晴らしかったからだと思います、文句のつけようがないですw
おぜう様とヴラドの微笑ましい会話がとても好きです。
最後のデレたフランちゃん可愛すぎ(´Д`;)ハアハア
勿論10点です!
37. フリーレス 名前が無い程度の能力 ■2013/09/02 23:33:46
素晴らしい。これほどまでに素晴らしい物語を読めてよかった。巡り会えたこと、そして作者様に感謝。
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