そして奇跡の雨は降る

作品集: 最新 投稿日時: 2009/11/21 17:30:14 更新日時: 2009/11/21 17:30:14 評価: 21/21 POINT: 122 Rate: 1.34
 燦々と陽光が降り注ぐ翌る日の午後。
 庭先には真っ白に洗い上げられた洗濯物が風に吹かれてハタハタと揺れている。
 耳を澄ませば小鳥たちの囀りが聞こえてくるような、一見穏やかな昼下がり。
 しかし、見た目は平穏であっても、ある問題がここ、幻想郷を悩ませていた。


 妖怪の山に座する守矢神社。
 その鳥居をくぐって、一人の少女がやって来た。
 しかし、少女の足は本殿ではなく、その裏の母屋へと向かう。
 買い物カゴを提げて、勝手口の戸を開けて中へと入っていく。

「ただいま戻りました〜」

 爽やかに透き通るような声色で、少女が帰宅を知らせると、しばらくして奥の方から二つの異なる足音が近づいてきた。

「おかえり、早苗。買い物は無事済んだかい?」
「はい、しかも今日は特売日で野菜がいつもより安く買えたんですよっ」
「そうかい。それは良かったね」

 早苗と呼ばれた少女は、嬉しそうに顔を綻ばせながら、外出先で起きたことを話す。
 それを聞きながら穏やかに微笑むのは、彼女の母親――ではなく、彼女が仕える神の一柱、八坂神奈子だ。
 今は注連縄も御柱も外し、身軽な格好をしている。

「ねぇねぇ、頼んでおいたお茶請けは?」
「ああ、もう。勝手にカゴを漁らないでください。お行儀が悪いですよ、諏訪子様」

 注意を促された、もう一柱の神、洩矢諏訪子は振り返るとバツが悪そうに誤魔化し笑いを浮かべる。

「えっへへ、いやぁ、我慢できなくって。じゃあ、私がお茶を淹れてあげるからさ、二人は居間で待っててよ」
「もう、おべっか焼いて誤魔化そうたってそうはいきませんよ。次からはちゃんと待っててくださいね。神様なんですから」
「あうう、ごめんなさい」

 シュンと項垂れる姿は、母親に怒られた子どもそのものだ。
 それを見ながら、神奈子は可笑しそうに笑っている。
 だが、その穏やかな時間もすぐに終わりを見せる。
 神奈子はひとまず微笑みを抑えると、早苗を促した。

「とりあえず、諏訪子の提案には乗ることにしよう。早苗、例の報告もここでするよりは落ち着いた場所の方が良いだろう」
「わかりました。それでは、諏訪子様。お願いしますね」
「あいわかった。とびきり美味しいお茶を淹れてあげるね」

 諏訪子を残し、居間へと向かう神奈子と早苗。
 今日は、買い物ともう一つの用があって、里へと出向いていたのだ。
 むしろ用件としてはそちらの方が大事である。
 いつも三人が食卓として使用している八畳間。その真ん中にある卓袱台の、それぞれがいつも座っている場所に二人は腰を落ちつける。

「それじゃあ、早速話を聞かせてもらおうか。今、幻想郷が置かれている状況に、里の人間達はどんな思いを抱いているか」
「そうですね。道行く人や、里の有力者に話を聞いてきたのですが、やはりあまり呑気に構えていられる場合ではないという認識が強くなってきているようです」
「そりゃあそうだろう。このまま状況の悪化が進めば死活問題だ」 

 神奈子の重い言葉に、早苗も表情を曇らせる。
 それとは裏腹に、居間から見える庭先には、日溜まりに猫がやってきて日向ぼっこをしているなど、とても穏やかだ。
 しかし、その穏やかさこそが、幻想郷の人間達を苦しめる原因なのである。

「お待たせ〜」

 そこへ諏訪子が三人分のお茶と茶請けを持って戻ってきた。
 神奈子と早苗、それぞれの前に愛用の湯飲みを置いて、最後に自分の場所に置いてそこへ座る。

「もう話は始めちゃってるかな」
「いえ、先程始めたばかりです。人里の人間達もどうにかしなければならないと」
「そうだね。うちは山の上にあるから井戸が枯れることもそうそうないだろうし、最悪河童達に頼めば何とかしてくれるだろうけど」

 淹れたばかりの湯飲み、その中の煎茶に目を落としながら、諏訪子は呟く。

「古来より、天と人の関係は深い。生活は天候のバランスがあって初めて成立するものだ。その天秤が左にも右にも、どちらに傾きすぎてもいけない。良い日和も続きすぎれば、井戸を涸らし田畑を乾かす。水と命は切り離せない」
「天気ってのは、天界が司っているものだけど、別に管理しているわけじゃないからね。人間達にとって都合の良いようにいかないのは、まぁ私達神としても心苦しいところではあるんだけどさ」

 そう、幻想郷はここずっと日照り続きなのだ。
 晴れ渡る空、吹き抜ける風、と言えば聞こえは良いが、実際全く雨が降らない状況は芳しくない。
 人間の生活は、まず水ありき。
 食事を作るのにも、衛生を保つのにも、作物を育てるのにも、水は必要だ。
 その生活の、命の源となる水源。それは山から下る川であり、そして雨である。

「龍神でもやって来ればあっという間に雨は降るだろう。だが、龍神が降らせる雨は一時的なものだ。そう長くは降らない」
「なるほど。つまりそこにチャンスがあるわけですね」
「そういうこと。雨が降らず、困った人間達が取る行動は一つだ。早苗、早速明日にでも里に出向いて、相談しておいで」

 神奈子の言葉に早苗は大きく頷く。
 守矢神社が妖怪の山にある以上、ここまで参拝にやってくる人間は居ない。
 となれば、里に置いた分社にどれだけ人々の信仰が集められるかが、新参の自分たちが早く力を付ける鍵となる。
 今回の日照りは、里の人間達にとっては不運だが、早苗達にとってはまたとない機会なのだ。


 そして、翌日。
 再度、人間の里に降りてきた早苗は提案を持ちかけるべく、それを話すのに最も適した人物の家を訪れていた。
 やや中心部からは外れた位置に、その家はある。
 けして大きくはないが、二世帯で住むなら十分なくらいの大きさの萱葺き屋根の日本家屋だ。
 周囲の雑草の処理や、農具等の整理が成されていることから、住人の生真面目な性格が窺える。
 その戸口に立ち、早苗は一呼吸置くと、改めてその戸を軽く叩いたる

「すみませ〜ん」

 五秒ほど間をおいても、反応がない。
 再度同じ事を試してみるが、やはり返答は無し。
 留守なのかと思い、戸に手を掛けてみると、カラカラと乾いた音を立てて普通に開いてしまった。
 失礼を承知で中を覗くと、外観とは裏腹に、そこら中に書物やら巻物やらが積まれ、住まいと言うより資料庫のような印象を受ける。
 それでも、足の踏み場がきちんと確保されており、その書物もきちんと背の方向や大きさが揃えられて置かれている。
 そんな大半のスペースが本に囲まれた家の、数少ない生活圏、その中心の囲炉裏には火が灯っているのを早苗は確認した。
 留守、というわけではないらしい。
 それならどこにいったのか、と戸口を閉めようとしたその時だった。

「うちになんの用かな」
「きゃっ」

 突然背後から声を掛けられ、早苗は思わず上擦った声を上げてしまう。
 ゆっくりと振り向くと、そこには藍色の洋装で手には山菜を摘んだ籠を持って立つ、端整な顔立ちの女性がいた。
 銀色の髪が風になびき、日の光を反射してキラキラと煌めく様はとても美しい。
 だが、早苗にはその美しさに見とれている余裕はなかった。

「あああ、あのすみませんっ。決してやましいことは何も無いんですっ」

 ここで誤解を招いてしまうと、相談も提案も始まる前に終わってしまう。
 何とか弁明しようとするが、驚きで上がってしまい巧く言葉が紡げない。

「それだと逆に、自分が怪しいと主張しているようなものだ。お茶でも淹れてあげるから、ほら、どうぞ」

 あたふたとする早苗に対し、女性の方は至って冷静で、別に早苗を怪しむこともせず、家の中へと誘う。
 早苗はそれにただ大人しく従うだけで精一杯だ。
 先程見えた囲炉裏の前に座らされ、そして目の前に茶が出されて、それでようやくいつもの調子に戻った程度である。

「それで? なんの用があって、うちを尋ねてきたのかな?」

 その正方形を挟んだ対面に、女性は正座で座ると、改めて早苗に尋ねてきた。
 彼女は幻想郷の中でも珍しい、人間の側に立つ、人に非ざる者。
 上白沢慧音。
 半分は人間だが、もう半分は妖獣としての血が流れている、半人半妖の存在だ。
 彼女は後天的に妖怪の力を得た為、人の側の色が濃く、その人を越えた力は人のために使っている。
 何か里で困ったことが在れば、彼女に相談をすれば良いというのが、大体の見解だ。
 早苗もその評判を聞いていたため、今回の件はまず彼女に相談しようと思い、此処にやってきたのである。
 理知的で落ち着きがあり、話しやすい相手ということがわかり、早苗としてはありがたい。
 山でよく会う、天狗などは妖怪目線で物を言うため――当然だが――、よく話が噛み合わずに困ることも多い。
 世間話程度なら、笑って誤魔化すこともできるのだが、重要な案件などを伝えるときまでそれでは困る。
 その点の不安が無いということも、早苗に落ち着きを取り戻させる要因となっていた。

「私は妖怪の山にある守矢神社から来ました、八坂神奈子様と洩矢諏訪子様にお仕えする風祝、東風谷早苗と申します」
「そうか、貴女があの神社の。噂はかねがね伝え聞いているよ」
「それなら話は早い。ここ最近、日照りが続いている事に関して、相談があって今日は参りました」

 早苗は早速本題を切り出す。
 相手が理解力のある相手なら、わざわざ回りくどい説明をする必要はない。

「このまま雨が降らないと、里の皆さんにとっては色々と支障が出てくるでしょう。現に、どうにかしなければという声も聞いています。そこで、我々守矢神社が、全面的に雨乞いをバックアップしようと思うのです」
「ふむ、雨乞いか……なるほど」
「いかがでしょう」

 やや上目遣いに、慧音の出方を窺う早苗。
 雨乞いとは、信仰集める上ではとてもポピュラーな儀式の一つである。
 雨が降らず困った人間は、神に祈る。祈りは信仰となって、神に届き信仰は神力に変わる。
 その神力を用いて、雨を呼ぶことによって、里には雨が降り、人は再び神に感謝する。感謝の信心はさらに大きな信仰となって神の力に変わるのだ。
 これが所謂雨乞いというシステムの一連の流れである。
 乾を操る程度の力をもった八坂神奈子。彼女を雨乞いの対象として認識を深めることができれば、人里での信仰は堅いものとなるだろう。
 勿論、この話を持ちかけている上白沢慧音は、こちら側にそういった意図があることを見抜いているはずだ。
 それでも、雨が降ればそれは大きなメリットになることも、彼女ならわかっていることだろう。
 その上でどのような決断を下すのか。
 早苗は慧音が導き出す答えを、固唾を呑んで待った。

「……そうだな。そろそろ動かないといけないとは、私も薄々思っていたところだ。うん、これは良い機会かもしれない」
「それじゃあ!」
「あぁ手伝ってくれるというなら、拒む必要はない。実力のある人手は多いに越したことは無いからね」
「え?」

 早苗は、慧音の言葉にふと違和感を覚えた。
 雨乞いの儀式に協力する言った自分に対し、慧音は人手が多いのは助かると答えた。
 微妙なズレが生じているのではないかと思い、念のために聞き直す。

「それは、雨乞いに関すること……ですよね?」
「そうだけど?」
「そ、そんなに大がかりなんですか?」
「いや何、必要なものを集めるのに時間が掛かってね。人数が居れば、それだけ早く終わるから」
「な、成る程」

 儀式とはその土地それぞれに伝えられてきたものがある。
 必要な物も、その儀式ごとに変わって当たり前だ。
 郷に入っては郷に従え、というやつである。

「よし、それじゃあすぐにでも報せを飛ばして、出立しようか」

 慧音は何人かのアテに伝書鳩を飛ばし、自身もその“必要な物”とやらを取りに行く準備を始めた。
 網、綱、籠。
 まるで生き物でも狩りに行くのではと思わせる道具の数々に、早苗は少しだけ不信感を煽られる。
 一体何が必要なのか。
 常識が通用しない幻想郷だ。鬼が出ても蛇が出ても不思議ではない。

「それでどこに向かうんでしょうか」
「そうだな。この時期なら、山よりも森の方が手に入れやすいはずだ。里の入り口で、皆と集合したら魔法の森に向かうとしよう」

 魔法の森、ということはキノコだろうか。
 あそこには不思議な生態のキノコも多いと聞く。
 だが、早苗はまだまだ幻想郷というものを理解していなかった。


     ☆


 集まった者を見て、早苗はさらに絶句した。
 やって来たのは、どいつもこいつも屈強な猛者ばかりで、まるでこれから妖怪退治にでも行くのではないかという武装をしている。

「あの……皆さん。雨乞いの儀式に必要な物を取りに行くんですよね?」
「ああ、そうだ。油断していたらこちらがやられるからな」

 やられるとか油断とか、早苗の中の不安は増す一方だ。
 しかし、そんな男達の中に、一人だけ自分や慧音と同じ軽装の少女の姿を見つけ、内心ホッとした。
 その少女は長い白髪を背中を越すまで伸ばし、スカートではなく赤いもんぺを穿いている。
 どこか人を寄せ付けない、早苗が知っている言葉で言うなら、不良っぽい表情で、他の者達と関わらないようにして佇んでいる。

「あ、あのぉ」

 それでも武装したムキムキマッチョよりは、話しやすそうだと早苗は近づいたのだが、鋭い視線を向けられそこで足を止めてしまう。
 しかしここで怯んでしまったら、魔法の森までの道中、慧音以外に話し相手が居ないのでは悲しすぎる。
 何とか話ができるくらいには近づこうと、早苗は愛想の良い笑顔を浮かべてさらに近づき、話しかけた。

「えっと、お名前は?」
「…………」

 聞こえていないはずはないと思うのだが、少女からの返答はない。
 どう話したものかと早苗が引きつった笑みを浮かべていると、少女は徐口を開いた。。

「……先に名乗るのが礼儀じゃないの?」

 聞こえているならさっさと反応してくれたらいいのに、と不平を漏らしたくなるが、ここは我慢だ。
 早苗は人当たりの良い笑みを繕いながら、何とか会話を続かせようと下手に出る。

「あ、これは失礼しました。私は守矢神社の風祝、東風谷早苗と言います」
「藤原妹紅よ」
「妹紅さんですね。妹紅さんは、他の方みたいな装備は要らないんですか?」
「要らない。私はそこらの人間より強いし、いざとなっても死なないから」
「え、それはどういう……」
「ほら、慧音が呼んでるよ」

 妹紅は話をそこで切り上げると、慧音の元へと走っていってしまった。
 死なない、とはどういうことなのだろうか。

「さて! 本日、集まってもらったのは他でもない。連日続くこの日照りを終止符を打つために、皆の力を貸してもらいたい」
「「「おぉーっ!」」」
「その為にこれより魔法の森に向かうわけだが、死傷者が出ないように、くれぐれも気をつけてくれ」
「「「おおぉーっ!!」」」

 勇ましい掛け声はともかくとして。
 今、慧音はなんと言った?
 死傷者?
 いよいよ危険が危ない予感が最高潮に達する。
 そんな危ないことをしなくても、雨を呼ぶだけなら神奈子を始め、守矢神社に信仰を分けてくれるだけでよいのだ。
 そうだ、それを伝えれば、最初から誰も危険な目に遭うことを懸念しなくて済むじゃないか。

「ちょっと……」
「あぁ、そうだ。出立する前に、皆に伝えておくことがある。今回はこの東風谷早苗が同行する。幻想郷での生活はまだ日が浅いが、実力は皆よりも上だ。何かの時には頼ると良い」
「いや、だから」
「うん? 頼られるのはまずいのか?」
「そうじゃなくて……」

 話を聞いてくれる人だと判断したのは間違いだったのかもしれない。
 早苗は説得を諦め、集団から離れたところで溜息を吐いた。
 そこへ妹紅が近づいてきて、隣に立った。

「あなたが考えているほど危ないものじゃないわ。念には念を、というやつね」
「妹紅さん」

 さっきのやり取りで、なんだか取っつきにくそうな人だと思っていたから、向こうから話しかけてきてくれるとは意外である。
 妹紅は、武装し威勢良く声を上げる男達を見つめながら言う。

「まぁ、あんな武装しても、役には立たないと思うわ。実質、私と慧音くらいしか役には立たないだろうけど」
「わ、私だって役に立ちますよ!」

 役に立つリストに自分の名前が無いことに、思わず憤慨してしまう早苗。
 両拳を握りしめ頬を赤くする早苗に、妹紅は冷めた視線をやめない。

「実力なら、あそこの連中よりは上だろうけどね、幻想郷での生活は圧倒的に浅い。あんたはまだ幻想郷のやり方ってのを理解できていない」
「そんなことはっ」
「それならそんなにあたふたする必要はないでしょ。怖いと思うのは、理解していない証拠よ」
「そんな……ことは……」
「まぁ、余計なことをしなければ、足を引っ張らずに済むから。他の連中と一緒に大人しくしていることね」

 それだけ言っておこうと思ったの、と妹紅は告げると、それ以上は何も言わずに行ってしまった。
 慧音に相手にされなかった自分を励ましに来てくれたのかと、最初は淡い期待を抱いていたのだが、まさか釘を刺すためだけに話しかけてきたとは。
 しかもここまで真っ正面から言われたのでは、とりつく島もない。

「何なのよ、もぅ」


     ☆


 結局、魔法の森までの道中、早苗は慧音とすら言葉を交わさなかった。
 誰とも話したくなかったし、誰の言葉も耳に入ってこなかった。
 だから、魔法の森の入り口に着いたことも、慧音に肩を叩かれるまで気付けなかったくらいだ。

「おい、そんな調子で大丈夫か?」
「え? あ、も、もちろんです」

 しかし、ここで失敗したら折角のチャンスを棒に振ることになる。
 神奈子達と約束した手前、ただでは帰れない。
 少しでも、ここで役に立つことを証明し、次に繋げる準備をしなくては。

「えっと、それで何を探せば良いんでしょうか」
「えっ!? 貴女、何も知らずに手伝うと言っていたの?」

 次に繋げるどころか、初っ端から障害にぶち当たってしまった。
 しかし、慧音はそんな早苗に苦笑を浮かべるだけで、妹紅のようなことを言ったりはしなかった。

「しょうがないな、説明は一度きりだからよく聞いて。私達が捕まえるのは妖精だ」
「妖精、ですか?」
「ああ。しかし、妖精なら何でも良いわけではない。捕まえるべきは“雨の妖精”だ」

 妖精は自然と一体でありながら、その存在は別個のものとして世界に散らばっている。
 自然現象は謂わば、そんな妖精達の活動によるものだ。
 勿論、神力等の別の力によって無理矢理引き起こすことも不可能ではないが、自然に起きる自然現象――と言うのも変な言い方だが――は、妖精と密接に関わり合って発生する。

「雨が降らないのは、雨の妖精の活動が少ないからだ。だから、それを捕まえて、一箇所に大量に集めて活動させることで雨を降らせる、とまぁそういうわけ。ほら、昔から言うだろう。『子供騒げば雨が降る』と」
「それは俗説じゃないですか!」
「あぁ、そうだ。それ自体は俗説だ」

 思わずつっこんだ早苗に、慧音はとても真摯な口調でそれを肯定する。

「でもね、幻想郷は俗説の塊だ。外の世界では眉唾な話も、ここでは現実になることも多々あるんだよ」
「なるほど……」

 幻想郷のやり方。
 妹紅の言っていた言葉が頭の中でリフレインする。
 確かに、幻想郷のやり方は自分には理解できていなかったが、その程度のことであそこまで言われる筋合いも無かったはずだ。
 慧音の隣を歩きながら、早苗は或る可能性を口にする。

「……私、嫌われてるのかなぁ」
「誰のことだ?」
「妹紅さんですよ。初対面なのに、いきなりきついこと言われちゃって」
「まぁ、彼女の場合は色々事情があるだけだ。それに、人間関係はこれからどうとでもできる。今考えるべきは、日照りの解消! そのための妖精探しだ」
「う、それはそうですが……」
「雨の妖精の特徴は至ってそのまま。雨でもないのに傘を差していたり、雨合羽を着ている妖精が居たらそれが当たりだ。傷つける必要はない、むしろ下手に攻撃を加えたら消してしまうかもしれないから、その辺の注意はしっかりと頼む。それじゃあ、日が暮れないうちに!」

 慧音はポンと早苗の背中を叩くと、そのまま森の中へと入っていってしまった。
 他の男達も、それに続いて森の中に入っていく。
 妹紅もそれに続く姿が見えた。

「もぅ、だから、何なのよ……」

 一人残された早苗は、ここでこうしていても仕方がないと、慌ててその後を追い森の中へと入る。
 森の中では、基本的に慧音、妹紅は単独で、里の男達は二人組を作って行動しているらしい。
 さて、そうなると問題は自分はどうするかだ。
 妹紅の物差しで言えば、あの男達と同じように誰かと一緒に行動した方が良いのだろう。
 しかし、それでは自分が役に立てないと認めたことになる。

「わ、私だって異変解決の経験者なんだからっ」

 自分を鼓舞して、早苗は単身で雨の妖精捕獲に向かうことにする。
 ここで成果を上げれば、妹紅だって自身の言ったことが間違っていたと認識を改めるはずだる
 
 しかし安易にその選択を選んでしまったことを、早苗はすぐに後悔する羽目となった。
 早苗はこれまで妖精を退治したことはあっても、捕獲したことは一度もない。
 しかも妖精の種類など気にしたこともないし、雨の妖精と言われても、その特徴を教えてもらっても今ひとつピンと来ないのだ。

「こうなったら、しょうがないわ。手当たりに次第に妖精を探して、当たりを見つけるしかない」

 下手な鉄砲も数打ちゃ当たる。
 気配を研ぎ澄ませば、そこら中から視線を感じる。
 多分、普段は人が寄りつかない森に、大勢の人間がやって来たことを察知した妖精達が早速集まってきたのだろう。
 もしかしたらこの中にも、当たりが居るかも知れない。
 そうだ、何も難しく考える必要なんてない。まずは行動あるのみ、話はそれからだ。

(でも、どうやって妖精を捕まえたらいいのかしら。ここはまず他の人の様子を見て、勉強させてもらった方が良いかもしれないわね)

 自分に集まっている視線が離れていっていないか、それを確認しつつ早苗は他の者達を探す。
 するとすぐに二人組で行動しているはずの、里の人間を見つけた。
 はず、と言うのも、そこにいるのは一人だけで、もう一人の姿が見当たらないのだ。
 残された一人は、呑気にも切り株の上に座って昼食を広げている。
 探索をもう一人に任せて、自分は休憩を取るとかそういうことなのだろうか。
 などと考えていると、早苗がいる場所とは別の所から、一匹の妖精が男に近づく姿を発見する。
 慧音から聞いた特徴の傘や合羽が見られないことから、あれはハズレの妖精らしい。
 その手には太め木の枝が握られ、男の背後に近づいていく。

「まさか、あれで頭を殴るつもり?」

 妖精は人間にちょっかいを出したがる。
 しかも悪意は欠片も持たず、ただ面白そうだからという、それだけの行動原理で。
 無邪気な分、手加減も知らないし、妖精には死の概念が無いため、命に関わるような真似事も平気で行う。
 慧音がくれぐれも注意しろ、と言ったのは相手がそういう輩だからなのだろう。

「助けなきゃ……っ」

 みすみす目の前で怪我を負わせるわけにはいかないと、早苗は飛び出ようとする。
 しかしそれよりも早く、男の背後の草陰が突然捲り上がり、そこからもう一人の男が現れ、今まさに棍棒代わりの木の枝を振り下ろさんとしていた妖精に網を被せて捉えたではないか。
 その間、一秒弱の出来事である。
 男達は一人を囮に、もう一人が隙を突いて捕らえるという役割を分担して捕獲する作戦を執っていたのだ。

 それにしても見事な手際に、早苗は自身の思い上がりっぷりを再認識させられていた。
 自分にはない、妖精捕獲の知識と経験。
 確かにあの人間達と戦えば、現人神である自分の方が優位であることは間違いない。
 だが彼等に力で勝っていても、それでは意味がないのだ。

 男達は捕らえた妖精がハズレであることを確認すると、がっかりしながらもその妖精をすぐに放す。
 今回は何も退治をするために捕まえに来たわけではない。
 協力を仰ぐための捕獲だ。雨の妖精以外は、捕まえても意味がないため、すぐに逃がしてやればいい。
 どれだけ頭の弱い妖精でも、人間に捕らえられてすぐは、人間に近づこうとは考えない。
 そのため、逃がしたところで、また同じ妖精が捕まるという事態は無いから、いくらでも捕まえ、逃がして良いのだ。
 他の人間達も、方法はそれぞれ違っても同じように当たりを引くまで捕らえては逃がすを繰り返しているのだろう。
 捕らえ方一つ考えても、悩む自分よりは遙かに役に立っている。

 それなら慧音や妹紅はどうなのだろう。
 言うまでもなく、もうすでに何十匹と捕らえ、当たりを捕まえているかもしれない。
 そう考えると余計にやるせなさが込み上げてくる。
 折角、異変解決を皮切りに、これからどんどん躍進していこうと奮起したばかりなのに……。
 空は日照り続きでも、早苗の心はどんよりとした雨雲に覆われていた。

「って、ダメダメっ、今は落ち込んでる場合じゃなくて、私も一匹でも良いから捕まえないと!」

 なんとか気持ちを切り替え、自分にできることをしようと考える。
 周囲を取り囲む視線は、先程の男達のやり取りがあったためか減ってはいるものの、未だ付け狙っているものを感じられる。
 少し開けた場所まで移動すると、どこから相手が現れても良いように、早苗はその空間の中心に立つ。
 そして、感じる気配の中でも特にこちらに熱い視線で凝視してくる気配に狙いを定めた。
 こちらはあくまでも気付いていないと相手に思い込ませ、その油断を突いて、一気に捕獲する。
 先程、男達が二人がかりでやっていたことを一人で行うのだ。彼等よりも力のある自分ならできる。早苗はそう自分に言い聞かせ、目を閉じた。
 網や綱といった道具は無いが、代わりになるものなら有る。
 後は、タイミングさえ見計らえば……。

「そこっ! スカイサーペントっ!」

 早苗は視線の微妙な変化を察知し、そこに向かって札を投げた。
 札はその姿を蛇に変えて、早苗を狙っていた気配に向かっていく。
 しかし相手も捕まってなるものかと、即座に反応して逃げようとする。だが早苗の反応の方が早かった。
 その上、スカイサーペントには追尾機能も備わっている。一度食らいついたら逃さない蛇の性質そのままに、捕らえた獲物は逃がさない。

「にぎゃっ!」

 茂みの中から手応えのある声が聞こえ、同時にその茂みから一本の傘が転がってきた。
 これはひょっとしたらひょっとして、いきなり当たりを引いたのではないか。
 これまでの汚名を一気に返上できるかもしれないと、早苗は胸に期待を膨らませて茂みに近づく。
 そして、草を掻き分けてその姿を確認した――のだが。

「な、なんでわちきがこんな目に……」

 そこにいたのは妖精ではなく、妖精よりももっと大きな背丈の少女だった。
 片方の眼が赤く、長い前髪はもう片方の目を隠している。
 オッドアイの少女は自分を縛っている蛇をなんとか外そうと、格闘しているが、その瞳が早苗の姿を捕らえるやいなや……

「あ……えっと、う〜ら〜め〜……しっ!?」
「うるさいですよ」
「いきなり殴るなんて、非道いじゃない!」
「なんであなたがこんな所で、私に捕まるんですかっ」

 早苗はこの少女に見覚えがあった。
 初めて早苗が解決した、というか解決に臨んだUFOの異変。
 その解決道中に手を出してきた唐傘お化け――名は確か多々良小傘と言ったか――、それが彼女だった。

「なんでって……人間を驚かすのが私等妖怪のやることなのに」
「だからって、私を驚かせる必要はないでしょう。傘を見たから、当たりだと思って喜んだのに……」

 溜息を吐く早苗を見て、小傘は不思議そうに首を傾げる。

「当たり? 何のこと?」
「私は今、あなたの相手をしているほど暇ではないんです。雨の妖精を捕まえないと、里の日照りが解消されないんですよ」
「そういえば、最近雨が降ってないねぇ」
「そう、だから、雨乞いのためにも雨の妖精が必要なの。お呼びじゃないから、紛らわしいあなたは帰ってもらって構わないかしら」

 傘を差した姿でうろうろされたら、他の者達も見間違う可能性がある。
 小傘は気軽な気持ちで驚かそうとしているかもしれないが、一日も早く雨が降らないと困る里の人間達にとっては、今は一刻の猶予も惜しいのだ。

「むー……そう蔑ろにされると私としては立場がないんだけど」
「無くて結構。それとも、何? 手伝ってくれるとでも言うの?」

 人手は多いに越したことはない。
 もしかしたら、小傘を仲間だと勘違いして、雨の妖精が寄ってくるかもしれない。

「いや、それは無いと思う」
「そうよね。言ってみただけです」
「でも、あいつ等の好きそうな物なら知ってるよ」
「それは本当ですかっ」
 
 目の色を変えて食いつく早苗に、小傘は後ずさりしながら答える。
 
「あ、あちきは傘の付喪神だからね。雨に関しては達人なのよ」

 落胆した直後にも関わらず、早苗は藁にもすがるような眼差しで小傘の両肩を掴む。
 雨の妖精が好きな物が分かれば、こちらに近づいてくるのを待たずとも、それを餌に誘き寄せることができる。
 こちらから当てずっぽうに近づくのではなく、向こうから近づいてきてもらえるなら、それはかなり効率が上がる話だ。

「それなら教えてください。雨の妖精の好物をっ」
「わ、わかったからっ、とりあえず放して」

 気が急くあまり、強く掴みすぎていた手を放し、早苗は改めて小傘に、妖精の好物を聞く。

「一つは温かい空気ね。雨は川とか湖から蒸発した空気が重くなって水に戻ったものが降るもんでしょ」
「なるほど。それじゃあたき火でもして、その上の空気を温めたらやって来るというわけですね」
「そういうこと。で、もう一つ、あいつ等の好きな物があるの」
「それは?」
「それは……」


     ☆


「ほ、本当にこんな物で誘き寄せることができるのかしら……」

 早苗は一度森の外に出て、その近くにあった香霖堂で手に入れた、その好物とやらに怪訝な顔を浮かべていた。
 温かい空気、というのは筋も通っていて分かりやすかったが、二つ目の“コレ”ばかりは信憑性を疑ってしまう。

「まぁ物は試しよね」

 再度、森の中に足を踏み入れた早苗は、先程小傘を捕まえた広場に戻り、その中心に手に入れてきたものを置いた。
 そして自身は木陰に身を隠し、様子を窺う。
 これで何の反応もなければ、骨折り損のくたびれ儲けだ。
 本当は一つ目の好物である、温かい空気を餌にしたかったのだが、周囲が木々で覆われている森のど真ん中でたき火など危ないにも程がある。
 それで、やむなく二つ目の方法を取ることにしたのだが、果たして成果は出るだろうか。
 と、懸念していた矢先のことである。

「わぁ〜!」

 喜色に満ちた声がして、早苗はハッと顔を上げる。
 すると例の妖精の好物の所に、一匹の妖精がやって来ていた。
 雨合羽を着用したその姿は、まさに雨の妖精と呼ぶに相応しい風体をしている。
 妖精は最初こそ、何故こんな所にと不思議がっていたが、やがてその警戒心も解けたのか、それを手に取り、そして……

「いっただっきまぁ〜す!」

 パクッ

「うえええええっ、なにこれえええっ」
「今だわ。スカイサーペントっ」

 早苗は妖精に向かって蛇の化身を向かわせ、その身体の自由を奪う。
 四肢を縛られ、地べたに寝ころぶ形となった妖精に、最早逃げる術はない。

「つ、捕まえましたーっ!」

 喜びのあまり、思わず大きな声を出してしまう早苗。
 すると妖精はそんな早苗を睨み付けながら言った。

「ちょっと! 何すんのよ。こんなもの食べさせて騙すなんて非道いわよっ」

 妖精の口廻りには、白くてふわふわしたものがこびりついている。
 別段、特殊な物でもない。布団などに使われている綿だ。
 それに割り箸をくっつけた物を、早苗は放置していた。
 つまり妖精は、布団の綿に割り箸をくっつけた物を、綿飴と勘違いして食べたのである。

「いや、本当に騙されてくれるとは……」

 小傘が言っていた、もう一つの好物。それが綿飴だったのだ。
 雨は雲より降り、また雲に還る。
 そのため、雨の妖精も雲のような綿飴が好きなのだという。そして飴は雨に掛かり、つまり綿飴には雨の妖精が好む要素が詰まっている、と。どうやらそういう理屈らしいのだが。
 しかし綿飴など、そう簡単に用意できる菓子でもないし、放置していたらすぐに熔けてしまう。
 それならと小傘が提案したのが、妖精の頭の悪さ、察しの悪さを逆手に取った偽物作戦だった。
 しかし、これは騙される方が悪い。

「放せ、放せ、は〜な〜せ〜っ!」
「そうはいきません。あなたには雨乞いを手伝ってもらう重要な役目があるんですから」
「誰が協力するもんかっ」
「あら、そうですか。協力してくれたら、本物の綿飴をご馳走してあげても良いんですが……」

 その瞬間、それまで敵意を剥き出しにしていた妖精の表情がパッと晴れる。

「本当っ!?」
「え、えぇ。人里に戻れば本物もあるはずですから」
「やったぁ! それだったら良いよ」

 その変わりように早苗の方がたじろぐ始末。
 だが、これで妖精の協力も得た。まったくの役立たずとして、手ぶらで戻らずに済む。
 ホッと胸を撫で下ろす早苗。
 その頭上の空は、少しだけ赤みを帯び始めていた。


     ☆


 夕刻が訪れたことで、今日の妖精狩りはこれでひとまず終わることとなった。
 結局、早苗が捕らえた雨の妖精は一匹だけ。
 しかし、慧音が三匹、妹紅が五匹、そして里の人間達は結局全員合わせて一匹と、全部で十匹にも満たない数しか捕らえられていなかった。

「まぁ、十匹も居れば上々だ。貴女もよくやってくれた」

 二人に比べれば一匹と少ないが、慧音は労いの言葉を掛けてくれる。
 確かに、一人で一匹というのは、里の人間達にはできていないことだ。
 早苗はチラリと妹紅の方にも視線を向けてみる。
 妹紅は半数を一人で捕獲したにも拘わらず、別段変わらない様子で佇んでいるだけだ。

「よし、帰ったらすぐにでも雨乞いを始めよう。善は急げだ」

 妹紅が捕らえた妖精達は皆、服に焦げた痕を造り、どこか怯えた様子で男達に背負われる。
 早苗が捕らえた一匹は、綿飴がもらえるものと、とてもご機嫌な様子で自分から付き従って歩き出した。

「妹紅さん、凄いですね。どうやってあんなに捕まえたんでしょうか」

 最後尾を歩く慧音に近づき、早苗は小声で尋ねる。
 あれだけの大口を叩いていたとはいえ、五匹は凄い。
 すると慧音は別に不思議でも何でもないと、その種を明かしてくれた。

「彼女には炎を操る力がある。それで大気を温めて、雨の妖精を帯び寄せているんだ」
「なるほど、能力の炎なら制御して火事を起こす心配もないんですね」
「そういうことだ、それより私は貴女がどうやって捕らえたのかが気になる。一体どうやったというんだ?」
「あー、えっと……偶然ですよ、偶然。あはは」

 偶然と言えばその通りだ。
 偶然間違えて捕らえたのが、傘の妖怪で、偶然彼女が雨の妖精の性質を良く知っていた。
 だから捕まえられた、それだけの話だ。
 自分の力、と言うにはあまりにも助力を得すぎている。

「そんなに謙遜する必要はない。おかげで里に恵みの雨が降らせられるんだ」
「そう、ですね……」

 しかし早苗は素直に喜べない。
 結局、妹紅が言っていたとおり、自分は幻想郷のやり方を理解していなかった。
 上げた成果も、妹紅や慧音には及ばない。
 足手まといにならずに済んだ。それだけのことだ。


 それからしばらくして、空に一番星が昇る頃になって、ようやく一行は里へと戻ってきた。
 妹紅が捕らえた妖精、早苗が捕らえた妖精は良いが、他の三匹が事ある事に逃げようとするものだから、余計に時間が掛かってしまったのだ。
 それでも戻ってきたなら、こちらのものだ。
 さっさと雨を降らせてくれれば、妖精達も自由になれる。

「折角だ。幻想郷流の雨乞いを見ていくと良い」

 慧音にそう言われ、早苗は使命を終えた後も、里に残って雨乞いが行われるという広場に一人で立っていた。
 周囲には、雨を待ち望む里の住人達でごった返している。
 そこへ、そこは儀礼としての様式に拘るのか、きちんと整えられた服装に身を包んだ妖精達が慧音に連れられてやって来た。

「それではこれより、雨乞いの儀を執り行う。さぁ、お前達、存分に雨を降らせてくれ」

 九匹の雨の妖精達は、手を繋いで輪を作ると、聞いたことのない旋律で歌を歌い始めた。
 まったく初めて聞く歌なのに、どこか懐かしさを覚える。
 皆が、その歌声に聞き惚れている中、早苗は妹紅の姿がないことに気がついた。
 どこに行ったのか、そう思って周囲を見渡す。
 だが、やはりどこにも彼女の姿はない。
 その時、何の前触れもなく、妖精達の歌が止まった。
 人々はざわつき、一体どうしたのかと不審がる。
 早苗も、妹紅を探す足を止め、妖精達へと視線を動かした。

「どうしたんだ?」

 慧音が輪に近づき、尋ねる。
 すると、早苗が捕らえたあの一匹が、代表してその理由を告げた。

「雨がないの」
「雨が、ない?」
「そう、私達は雨がないと、雨を降らせることはできないの」
「そうか……そういうことか……成る程、どうりで雨が降らないわけだ」

 慧音は妖精の言葉を聞いただけで納得するが、人々は納得できるはずがない。
 早苗は里の住人達が騒ぎ立てる前になんとかしようと、慌てて慧音の元へ走り寄る。

「ど、どうしたんですか。これで雨が降るはずじゃ」
「見落としていたよ。雨が降らないそもそもの理由、それが問題だったんだ」

 妖精と自然現象は密接な関係を持つ。
 故に、雨の妖精が居れば雨が降る。
 しかし、雨の妖精と、雨という自然は存在としては別のものなのだ。

「雨の妖精には、雨を降らせる力がある。だが、その力が作用するそもそもの雨が無ければ雨は降らない」

 雨を降らせることはできても、雨を呼ぶことはできないのだ。

「そんな……」

 せっかく自分だけではない、皆で頑張って妖精を集め、こうして儀式を行うところまでこぎ着けて、今更全部無駄でしたで終わらせられるのか。

(……そんな事で、いいわけない)

 期待していた分、それが裏切られた時の反動は凄まじい。
 里の人間達は今にも妖精達を襲いかねない。妖精達がわざと雨を降らせないのだと、そう思い込んでしまっているのだ。
 慧音もそれを宥めるのに精一杯だ。
 これを収束させるには、雨を呼ぶより他に方法はない。
 だが、風雨の神たる神奈子はここには居ない。

「どうしたら……」
「そんなの決まってるでしょ。あなたがやるのよ」

 ハッとして振り返ると、姿が見えずにいた妹紅が、いつの間にやって来たのかそこにいた。
 妹紅はその鋭い視線で早苗を見据えたまま、更に言葉を続ける。

「ここからは幻想郷のやり方も何も関係ない。あなた達、神がやるべき事じゃない」
「で、でも私は……」
「私はあの時、妖精狩りに対してあなたに釘を刺しただけ。あなたの実力が、役立たずだとは一言も言ってないわ」
「妹紅……さん」
「ほら、私は慧音の手伝いをしなくちゃならないんだから。きっちりやりなさいよ」

 そう言って、妹紅は人々の騒ぎを静めに駆けていった。
 残された早苗は考える。
 ここに雨を呼ぶ、乾の力は自分には無いが、自分には誰にも負けない神奈子への信仰心がある。
 多くの人間の信仰を集め、その力で雨を降らせるのが雨乞いなら、それだけの信仰をここから神奈子に送れば良い。
 一人で、百人分の信仰を。
 できるかどうかはわからない。
 だが、今できるのは自分だけだ。

(神奈子様! どうか、この地に雨をお呼び下さい――!)

 地に膝を着き、早苗は祈る。
 他の喧騒を遠く彼方に置き去りにし、ただただ自分の祈りだけに集中する。

(雨を! どうか恵みの雨をお呼び下さい! 神奈子様っ!!)

 早苗は神社で自分の帰りを待っているであろう、神奈子の姿を思い描きながら、より祈りを強めていく。
 届く。
 きっと届く。
 誰よりも、強く信仰する自分の声は、きっと神奈子の元へ届く――――!

「あ……」

 その時、妖精の一匹が呟いた。
 他の妖精達も、それを機に空を見上げる。

「雨だ」
「雨だね」
「うん、雨が来た!」

 口々に騒ぎ始める妖精達。
 そしてその騒ぎは、いつしか歌に変わり、その歌に合わせるようにして、空から小さな水滴が降ってきた。
 鼻先を濡らす、その冷たい感触に、早苗は祈りを止めて天を仰ぐ。

「あ、雨だ……雨だぞーっ」

 喜びの言葉を口にし、人々の喧騒は一気に歓喜に変わる。
 里に、数週間ぶりの恵みが降り注いだ。
 その様子を、ただ呆然としゃがみ込んだまま見つめる早苗。
 ふと、その肩がポンと叩かれた。
 反射的に首を動かすと、そこにし慧音が微笑みを湛えていた。

「慧音さん」
「本当に、よくやってくれた。この雨は貴女が呼んだものだと妹紅が教えてくれた。里を代表して感謝する」
「そんな……私はただ祈っただけです、この雨はきっと神奈子様が呼んだもので……」
「しかし、貴女が祈らなければ神に願いは届かなかった。だから、私は感謝する相手を間違えていると思ったりはしないよ」
「慧音……さん」
「その神奈子様とやらにもよろしく伝えて欲しい」
「わかりました。必ず」
「それと。妹紅のことだけど、彼女がお節介を焼くなんて滅多にあることじゃない。きっと貴女を試したんだ。これから幻想郷で暮らしていく特殊な力を持った人間、それが自分と重なったんだろう。そして貴女はそれに見事応えた。次に会ったときは、もう少しにこやかに話してくれると思うよ」
「は、はいっ!」

 そうして、早苗は慧音に向かって初めて、心の底からの笑顔を見せる。
 雨に濡れながらも、その笑顔は太陽のように輝いていた。
 そんな二人の背後では、雨の妖精達が楽しそうに歌い、恵みと奇跡の雨を里に降らせていた。


おしまい
四コマ儚月抄の香霖堂話より、雨の妖精を元ネタに考えてみました。
雨合羽と言えば、やっぱり黄色ですよね。
そこに黄色の傘と黄色の長靴、そして其れを着けたのが幼女だと尚良し。

何はともあれ、ここまでお読みいただきありがとうございました。
雨虎
http://amamizutamari.web.fc2.com/
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2009/11/21 17:30:14
更新日時:
2009/11/21 17:30:14
評価:
21/21
POINT:
122
Rate:
1.34
1. 9 文鎮 ■2009/11/30 00:11:19
雨乞いの儀式にはやはり神に仕える巫女さんが必要ですよね。風祝と呼ばないと早苗さんに怒られてしまいそうですが。
不器用な妹紅も良い感じです。
2. 7 バーボン ■2009/12/02 20:28:00
程良く纏まっていると思います。特にキャラに違和感を感じる事も無く、すらすら読めました。
ただ、いかんせんインパクトが弱かったように感じます。綺麗な、心地良い話ではありましたが。
めでたしめでたしで、これはこれで良いのかもしれませんが、個人的にはもう一捻り欲しかったです。
3. 5 神鋼 ■2009/12/07 20:31:33
アホだアホだと思いながらも何だか妙に納得してしまいました。文章の力ってスゴイ。
4. 10 nns ■2009/12/12 20:47:51
妖精可愛いよ
5. 6 静かな部屋 ■2009/12/30 23:51:56
ちょっと軽い
6. 5 藤木寸流 ■2010/01/04 01:42:34
 YO! SAY!
 良作でした。ちょっと雨乞いからラストにかけては駆け足だったかなと思いましたが。特に早苗のお祈りとか。最後、神奈子や諏訪子あたりのエピソードがあればまたちょっと読後感が違ったかも。
 しかし小傘ちゃんは人が好いなぁ。
7. 6 いすけ ■2010/01/05 19:15:16
面白かったです。
8. 3 パレット ■2010/01/10 05:05:15
 基本的に突っ込みどころ無くまとまっているなあと思えたのですが、何かこう……盛り上がりに欠けるというか、平坦すぎるお話のような……。
 終わり方が尻切れトンボというか、いきなりぷつっと切れてしまった印象があるので、そのへんかも。
9. 5 白錨 ■2010/01/10 09:18:06
早苗もまだまだ甘い。新参者なんだな、というのが前半の印象。
そして現人神としてのかっこよさが垣間見れたのが後半の印象でした。
10. 5 椒良徳 ■2010/01/11 18:29:12
黄色い雨合羽を着た幼女は良いね。実に良いね。

それはさておき、雨の妖精を集めて雨を降らそうぜ! というアイデアは面白かったです。
文章も読みやすくて良いですね。
ただ、残念ながら最後のシーンが盛り上がりに欠けるので、何というか尻切れトンボな感じを受けます。
折角皆で雨の妖精を拉致してきたのに最後は早苗の神頼みというのが唐突に感じるのです。
伏線らしきものも見当たりませんですしね。時間が足りなかったのでしょうか?
アイデアは面白かったのだけど結末が残念な作品だったということで、この点数を入れさせて頂きます。

最後に一言。綿を喰わされた妖精カワイソス。
11. 7 ホイセケヌ ■2010/01/13 21:43:57
セ_畝ハヤ彫タ、ハ、「。「、ネヒシ、、、゙、キ、ソ。」
・ュ・罕鬢篷、ュノ、ュ、キ、ニ、、、ニ。「メ侃ニ、、、ニ牢、キ、、。」
12. 5 詩所 ■2010/01/13 22:03:01
 あえて言わせてもらおう、神奈子働けと。
13. 8 deso ■2010/01/14 01:12:37
うわあ、可愛い!
こういう雨乞いは予想外でした。
短くまとまってて面白かったです。
14. 7 零四季 ■2010/01/14 22:18:56
その発想はなかった。雨の妖精。
ただ、何か物足りないような気がしました。展開が速いから、かもしれないです。
でも纏まっていて良かったと思います。
15. 8 やぶH ■2010/01/15 00:09:50
あああああいい話だ。毒が無いSSというのは退屈になりがちですが、この作品は場面が動いていてそれぞれのエピソードを必要以上に押しつけていないため、とてもすっきりまとまっています。
これはかなりのバランス感覚の持ち主と見ました。幻想郷してますしねw
16. 6 2号 ■2010/01/15 09:35:52
雨の妖精がかわいかったです。
綿飴みんなで食べれるといいですね。
17. 3 八重結界 ■2010/01/15 15:15:00
 妖精集めが無駄に見えてしまったことは、少しばかり残念でした。
 最初から早苗一人がいれば終わっていそうですし。
18. 6 774 ■2010/01/15 21:54:56
コラあとがきw

早苗さんは健気にお使いをがんばるのが似合うのは何でだろう。ゲーム中だとただの空気読めない現代人なのに…
19. 3 時計屋 ■2010/01/15 22:27:17
 幻想郷らしいほのぼのとしたSSでした。
 ただ、それだけで終わってしまった印象も受けます。
 雨の妖精を使うというアイデアから、もう一歩踏み出したものが欲しかった。
20. 6 如月日向 ■2010/01/15 22:53:47
 頑張る早苗を応援してあげたくなりましたっ。
 ちょっと気になったのが、星蓮船後なのに早苗が幻想郷の新入りのように描かれていたことですね。確かに他の人に比べて日は浅いですが、里には馴染んでいそうな気がしたので。
 最後があっさりだったのももったいなく感じます。

〜この作品の好きなところ〜
 雨の妖精が可愛らしかったですっ。
21. 2 ■2010/01/15 23:54:53
ああ、雨の妖精はモトネタありなのか。
でも違和感なかった。
ありそうな話。
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