雨とは輪廻転生の目に見える形

作品集: 最新 投稿日時: 2009/11/21 21:09:38 更新日時: 2010/01/17 01:18:19 評価: 18/18 POINT: 98 Rate: 1.29
0:いつかの記憶

いつの記憶だろうか。
ある日、突然の雨で彼女は私の庵に足止めされたことがある。
雨が止んだ後、彼女は綺麗な雨上がりの空を見て『やっと人里に戻れる』って笑っていた。
そんな彼女とは対照的に、彼女との別れを惜しんで俯いていた私に振り返るとこう言った。

「また会えるさ」






――雨とは輪廻転生の目に見える形――









1:別れの手前

薄暗い部屋の中、目を覚ますと夢の中では止んでいた雨の音が聞こえる。だるい体を起こし、手で目をこすると外を見る。
部屋にたった一つだけついている小さな丸窓から『これが現実だ』とでも言うかのように雨が降っていた。
もう何日も降っている雨だ。まるで終わることを知らないように。
だが止まない雨はないのだ。いつかこのいつまでも続いてたような雨の日も終わるときが来る。
そう彼女の命の様に……。
駄目だ、そんなことを考えちゃいけない。彼女はまだ生きてるじゃないか、まだまだ生きるんじゃないか。
そう思い白髪の少女はベッドに横たわる女性のやせ細った力の入っていない手を握る。その手は生きてるとは思えないくらい冷たく感じた。
手を握る少女の名前は藤原妹紅、そして握られている女性の名前は上白沢慧音。
既に慧音の先は長くなく、妹紅もそれは解っていたがその現実を受け止められずにいた。


現在 彼女達がいるのは永遠亭の一室。昔では考えられなかった蓬莱山輝夜の計らいで二人はここに身を置いていた。
慧音はベッドの上で延命処置が施されている。あえて言うなら生かされてると言った方がいいだろう。
それは妹紅の意思で、だ。
最初、輝夜は妹紅の行動に驚いた。昔の彼女ではとても考えられなかったからだ。
だから何故 先が短い慧音にこんなことをするのだと聞いた。そのとき妹紅は泣きながら輝夜に答えた。
妹紅も本当は人里で静かに眠らせてあげようと思っていた。だが、彼女が徐々に衰弱していく姿に耐えかねてここへ連れてきたのだ。
人里の者達は妹紅と同じ意見だったのだろうか、彼女の行動に反対するものはいなかったそうだ。今では二人の様子を見にくる者までいた。


妹紅にとってそれほど慧音は大きい存在だった。
蓬莱人である自分を人間だと言ってくれた、周りから化け物と蔑まれた自分を受け入れてくれた最初の人だった。
妹紅はそう輝夜に話したことがある。
その心情を察するに、妹紅が慧音に親友などへの親愛の情ではなく恋慕みたいなモノを向けているのでは、と輝夜は感じた。
だからだろう。妹紅は慧音がいなくなってしまうことを忘れていた。彼女といる幸せがずっと続くと思い続けていた。
だが、妹紅が現実を見なければならないときがもう目の前に来ているのだ。それでも彼女は目を逸らし続けようとした。
既に慧音が生きていることを伝えるのは規則正しく聞こえてくる呼吸器の音と電子音のみ。
妹紅はそれを聞きながら、ずっと彼女の手をにぎっている。
眠り続ける彼女がまた自分に向けて笑ってくれると信じながら。









2:すがりつくのは彼女か、それとも物語か

そんな妹紅の様子を部屋の外からふすまを少し開けて見ていた輝夜は溜息を吐く。もう何度目だろうかこの溜息も。
彼女達が来て早数週間、雨も降りだして早数日。自分も彼女もずっとこんな調子だ。はっきり言って気が滅入る。
ふすまを閉めると両腕を上げて伸びをする。一体どれぐらい彼女の様子を見ていたのだろう、ただ少しの間だけ見ていただけのはずなのにとても疲れてるように感じた。
既に昼過ぎ。だがどうせやることもない、部屋に戻ろうとしたとき。

「どうしました、姫」

後ろから誰かに呼ばれた。振り返るといたのは八意永琳。その手には薬液の入ったパック。
慧音を生かしてる要素の一つに栄養供給がある。栄養が無ければ人はやがて栄養失調で死んでしまうからだ。これからその栄養を供給させる、つまり点滴を行うのだろう。

「妹紅の様子を見ていたのよ」
「飽きないですね」
「これぐらいしかやることがないのよ。イナバ達は私の話に飽きて聞いてくれないし」
「そうですか」

輝夜の言ったことに関係ないとでも言いたげにあっさりと流すと、妹紅と慧音がいる部屋のふすまの前に立つ。
そのとき輝夜の顔を見ると、微笑んでみせて。

「見ていきます?」

そう言いながら、輝夜が先ほどまで中を見ていた部屋を指さす。

「……そうね。見ていくわ」

少し腕を組んで考えてからそう答えると、永琳の後に続いて薄暗い部屋の中へと入っていった。


「妹紅、点滴をしにきたわよ」
「…………」

永琳の声に妹紅は無反応だった。ただその手は慧音の手を握り続け、顔は俯いたままだった。
その様子が輝夜にはとても哀れに見えた。

「……ねぇ、久しぶりに会ったのに何か言うことはないの?」
「…………」

そんな様子の妹紅に堪らず輝夜は問いかける。しかし何の反応も無い。
その間、永琳は手馴れた手つきで慧音の腕にチューブで繋がれた針を刺し点滴を行っていた。

「……馬鹿らしい。いつまでそんなモノに縋りついてるのよ」
「…………」

何かきっと答えてくれると思っていたが結局 何にも反応が無い。だから今の彼女を怒らせるような言葉を投げつける。だが、それでも反応が無かった。昔の彼女なら食って掛かっただろうに、と思うと何だか空しくなった。
気が付けば永琳は作業を終え、先に部屋を出ていってしまった。こういうところの気配りはありがたいと思いつつも、何か助け舟でも出していって欲しいところだ。

「……ねぇ、いい加減に何か言い返したら」
「……慧音がさ」

輝夜の言葉をさえぎるように妹紅は口を開く。久しぶりに聞いたその声は寂しそうな悲しそうな、そして力の無い、そんな声だった。
それほど彼女の目の前の現実は辛いものなのだろう。幾ら目を逸らそうとも嫌にでも目に入れなければならないはずのその現実。どんなに拒絶しようとも受け入れなければならないはずのその現実。
今、彼女の心情を察するにはとても辛い、そう輝夜は感じた。

「慧音が話してくれたんだ。外の世界の絵本で『100万回生きたねこ』っていうお話があるんだって」
「……そう」

突然 話し出した妹紅に、輝夜は先ほどまでまったく反応が無かったことが嘘のように思え、しばらく面を食らった状態だったが、何とか相槌を打つ。

「その話の主人公の猫は100万回も生まれ変わっては死んでを繰り返したんだって。でもそんなこと、苦痛じゃなかった」
「……そう」

『まるで私達みたいだね』。彼女はそう言いたいのだろうか? そこで一旦 話を句切って見せる。
だがこちらの反応を見ずに彼女はまた話し続けた。

「そんな猫は生まれ変わって101万回目に一匹の白猫に恋をしたんだ」
「…………」

その言葉に輝夜はハッとする。早計かもしれないが自分が思っていたことが正しかったと。妹紅はやはり慧音に恋慕の情を向けていたのだ。
そして彼女が話してることは今の自分に当てはめて話してる。自分を100万回生き、そして恋をした猫に。

「その時、猫は初めて生きることの喜びを、愛することを知った。だから白猫とずっと一緒にいたいと思ったんだ」

まるで今のあなたみたいじゃない。そう輝夜は思ったが、口には出さない。いや、出せなかった。
彼女が哀れすぎて何を言っても自分も辛くなりそうだから。

「でも白猫はどんどん年老いて、ついには猫の隣で動かなくなっちゃうんだ。そこで猫は悲しみを知った。だから猫はずっと泣きつづけた。朝も昼も晩も、ずっと泣きつづけた。やがて泣きつづけた猫は動かなくなった。そして生き返ることは二度と無かった」

話終えた妹紅は顔を上げて慧音の顔を見ると、空いてる方の手で彼女の頬を愛おしそうに撫でてやる。

「……ねぇ輝夜」

先ほどよりも悲しそうな、寂しそうな声を出して彼女は聞く。

「私も慧音の隣で泣きつづければ死ぬことが出来のるかな?」

あぁやっぱり。輝夜はそう思った。さっきまで彼女は自分を猫に当てはめていた。だから自分もその猫のように愛する慧音の隣で泣きつづければ死ねると、そう思っているのだ。
だがそんなことはどんなに願っても彼女の体ではできない。彼女の体は不老不死なのだから。
だからその現実を伝えてやる。

「……所詮は物語の中のお話。私達の体はそんなことをしたって無意味なのよ。物語のようなことは起こらないわ」
「そう……か……」

輝夜の言葉に先ほどよりも悲しそうな力の無い声で妹紅は呟いた。その様子が更に哀れに感じさせる。

「それじゃあね。気が向いたら顔を見せなさい」
「……あぁ」

今の反応を見るからに輝夜の声は届いていないようだった。ただ何かが聞こえたから頷いただけ。
それが輝夜には悲しく思えた。
だが長居をするわけもなく、輝夜は部屋を出た。









3:死と輪廻について

「姫」

部屋を出ると永琳が待っていた。

「あぁ永琳。待っててくれたの?」
「いえ、姫にちょっと言っておくべきことがあります」
「? なに?」
「慧音は今晩……死にます」

真剣な顔と、低く静か言った彼女の言葉に輝夜の思考が固まった。

「……どうして解るの?」
「そうなるように点滴に細工をしておきました」

普通に答えてみせる永琳に、輝夜は少し戸惑う。何故、こんなことを、ひどいことをしたのかと。

「……ひどいわね、あなた」
「別に苦しみながらではありません。安楽死させるだけです」
「違うわ」

しかし永琳の言葉に輝夜は横に首を振る。てっきり慧音のことだと思った永琳は少し驚いた顔をしていた。

「慧音のことじゃないわ。妹紅のことよ」

そう、この場合 辛いのは逝ってしまう慧音よりも妹紅の方だ。先ほどまで彼女を見てたから解る。
輝夜の言葉を聞いた永琳は『あぁ』と呟いた。

「既に慧音の命は後数日。もう延命処置の意味がなくなったのです」
「だから、少しぐらい早く別れさせようと?」
「あの様子では妹紅は彼女が死ぬのをいつまでたっても受け入れられないでしょう、だから」
「だから無理やりにでも別れさせ、死を受け入れさせようと?」
「まぁ、そんなところです」

頷いてみせる永琳にひどいと思いながらもそれは仕方が無いと思ってしまう。あの様子ではこういう強行手段でないと彼女のためにならないと思えるからだ。
彼女が、慧音が死ぬ。それはもう逃れられないことなのだ。それならいっその事さっさと別れさせたほうが妹紅のためにいいのかもしれない。
でもやっぱりひどすぎる。決心もついてないのに別れが早まるなんて……。彼女達がかわいそうに思えてきた。

「それは早計じゃないかしら? むしろちゃんと別れる時間を作ってやった方がいいんじゃないの?」
「それだと更に彼女に固執すると私は思います。だから無理やりでも彼女達を引き離さなければ、妹紅に前を向けさせることなんて出来ません」
「そうかもしれないけれどねぇ」

永琳の言うとおり、その方がいいのかもしれない。でもやっぱり輝夜には納得できなかった。だが、もうそうするしかないのだとも悟った。
せめてもう少しばかり別れの時間を作ってやった方が良かったのではと思ったが、そんなことにもう意味が無いのだ。
これ以上先延ばしにしたって意味などない。永琳の考えに間違いは無かった。

「まぁ、今回はあなたの言うとおりそれでいいけど……あの子、きっと泣き続けるわよ?」
「100万回も?」
「……聞いてたのね」
「えぇ」

落ち着いて頷いてみせる永琳に意地悪だと思いつつも輝夜は態度を崩さずに聞く。

「永琳は妹紅の話をどう思う?」
「絵本の話ですか?」
「えぇ。本当に泣き続けて死ねるのかしら?」
「脱水症状で死ぬと思います。そして私達の場合は生き返ります」
「真面目な答えありがとう。でもそうじゃないのよ」

首を横に振る輝夜を見て、何のことだと頭の上にはてなを浮かべて首を傾げる永琳に輝夜は続けて話す。

「私達は魂をここに縛られてるわ。だから幾ら肉体が死んでもまた蘇る。でもそれは魂が死なないから、ここに留まり続けるからよ。死といっても色々あると思うの。肉体の死。心の死。存在の死。そして魂の死。大まかに挙げるだけでこれぐらいはあるわ」

輝夜の言葉に永琳は思案顔になる。何のことを言いたいのか解らなかったからだ。
だから輝夜は先ほどの言葉を彼女に解るように言い換えて言ってみせる。

「妹紅は彼女を、慧音を失った悲しみで死ぬことが出来るのかしら?」
「……そうですねぇ。姫の言葉から借りると、心の死というところでしょうか」

輝夜の問いに永琳はあぁなるほど、という顔するとすぐに普段通りの顔に戻り答えを返してみせる。

「別の言葉に置き換えるなら生きることの放棄とでもいいましょうか」
「それは本当に死なのかしら?」
「生きることを放棄したのだから死と同じようなモノですよ」
「そう……そうなのよね」

永琳の答えに(元はと言えば自分で言ったことだが)そこまで納得できないのだろうか、輝夜は半信半疑をそのまま顔と声に出す。
それを見て可愛らしいとでも思ったのか永琳は少し微笑んでみせる。

「ところで何かを忘れてません?」
「? なに?」
「輪廻ですよ」
「りんね? ……あぁ輪廻転生ね」

ついでに付け加えるように言う永琳の言葉に、中々 聞かない単語なので一瞬 何のことか解らなかった輝夜は言葉の意味を理解すると手を叩いた。

「全ての生物は生まれては死に、また生まれてを繰り返しています。それはもう何度も」
「それこそ永遠によね」
「えぇ。生物の魂は常に輪廻転生の中にある。それは生死があるからこそです」

永琳は腕を上げて輝夜に見せるように人差し指立て、手首から上を回して見せる。輪廻のことを表してるのだろう。
それを見た輝夜は先ほどの永琳の言葉から彼女の言いたいであろうことを考え、それを言う。

「じゃあ同じように生死がある心も輪廻を繰り返すと?」
「さぁ、どうでしょうね」
「どうでしょうね、ってあのねぇ」

だが答えを貰えずあっさりとかわされてしまった。
永琳は時折、輝夜にしっかりとした答えを明示しないところがある。つまりいつもの意地悪。
不満顔の輝夜の顔を見て永琳は『それと』と付け加えて言う。

「これから死ぬ彼女も例外ではありません。彼女の魂も輪廻転生の中にあるはずなのですから」
「……そうね。でもまた会えるわけじゃない。次は何に生まれ変わるのか誰にも解らないからね」
「えぇ」
「それは妹紅も解ってるかしら?」
「さぁ、どうでしょうね」

またこれだ。まぁ、それは妹紅に聞いた方がちゃんとした答えが返ってくるから聞いてこい、とでも言いたいのか。
そう輝夜は思うと一息ついて特に意味もなくまた体を伸ばす。

「それじゃあ難しい話はこれで終わりにしてお茶でも飲みましょう」
「そうね。長く話しちゃったから少し喉が乾いたわ」

そう言って二人は踵を返し、その場から離れるように立ち去る。
途中、輝夜は振り返ると先ほどまでいた所を見る。

「今夜は、誰かさんの泣き声で寝られそうにないわね」

迷惑そうに、何故だか少し悲しそうな声で、そう呟いた。









4:死別と深く長い眠り

その夜。慧音の変化に気付いた妹紅は永琳を呼んだ。
そう慧音の死がすぐそこまで来たのだ。心臓が動いてることを示す電子音が鳴る間隔が少し長くなっている。
慧音を診た永琳は妹紅にお別れの準備をした方がいいと伝えその場を後にした。
妹紅はどうすればいいか解らなかった。本当に彼女が死んでしまうなんて、そんなの考えられなかった。いや、考えたくなくて考えてなかった。
だからどうすればいいのか、何をすればいいのか解らなかった。
別れるなんて、もう二度と会えないなんて、考えたくない。でも彼女は逝ってしまう。やだ、そんなの嫌だ。
でもどうしようもない。これが現実なのだから。もう、現実を受け入れるしかないのだ。
無情にも電子音が鳴る感覚は長くなっていく。
やがて聞こえてきた長い電子音。それは妹紅の耳に彼女が逝ったことが、彼女の心臓が止まったことが伝えられる。


嘘だ、そんなの嘘だ。彼女が死ぬわけないでしょ?
でもこれが現実だ。もう受け入れるしかないんだよ。
まだ解らないじゃないか。もしかしたら笑いながら起き上がるかもしれないじゃないか。これからも私達はずっと一緒にいるんじゃないか。
もう、受け入れろよ。彼女はもう笑わないんだよ。もう終わったんだ。わたしたち。

もう愛する彼女は動かない。慧音は死んだ。ただそれだけなんだ。


その瞬間、彼女の何かが崩れ去る。
涙が溢れる。どうしようもないほど涙が溢れてくる。
体が重い。なのに自分の中に何かがぽっかりと空いてしまっている。でも重い。
泣いた、泣いた、泣きつづけた。まるで雨が降るように、涙を落として。
大切な人が死んだからか、空いた何かを埋めるためか、重い体を軽くするためか、それは誰にも解らない。
だが、朝も、昼も、晩も、ついには涙が出なくなっても、彼女は泣きつづけた。
やがて、彼女の中の雨は止む。


泣き疲れた彼女は深い眠りについた。









5:別れの言葉は

「……あれ?」

突然 現れた目の前の光景に妹紅は驚きの声を上げる。

「ここは……どこ?」

今 彼女がいるのは雨上がりのだろうか、露のついた綺麗な赤い花が咲く川の岸辺。先ほどまで彼女がいた暗い部屋と違ってとても明るいのだが、何か肌寒い、そう感じられた。
目の前の川は覗き込んでみると濁っていて底が見えないだけでなく、霧によって向かいの岸まで見えない。だがとても幅広いことは解った。

「そうだ……慧音。慧音は?」

思い出したようにそう呟いて彼女は辺りをキョロキョロと見回して、先ほどまで自分が手を握っていた、生きていた相手を探す。
そしてそこから少し離れた所、大きな鎌を背負った赤い髪のツインテールの女性に連れられて舟に乗る慧音の姿を見つけた。

「慧音!」

見つけた瞬間、叫ぶと彼女の元へと勢いよく駆け出していく。
彼女はその声に気付いたのか妹紅の方へと振り向いたが、妹紅がそこに着く頃には舟は岸を離れ、向こう岸へと向かい始めたところだった。
それを追って、妹紅は川の中へと進む。

「慧音! 待ってよ! 慧音!!」
「       」
「なに?」

聞こえない。確かに彼女は口を動かしてる。だが聞こえない。声が小さいのか、それとも音になっていないのか解らないが、彼女は何かを伝えようとしていた。
舟は妹紅の声も空しく、どんどんと進む。もう手を伸ばしても届かない。そして深くなっていく川が更に距離を遠ざける。
それでも必死の形相で妹紅は彼女を追いかける。追いかけて彼女の言葉を何としてでも聞こうとする。

「聞こえないよ慧音!」
「        」
「解らないよ! 何て言いたいの!?」

解らない。彼女が何を言いたいのか解らない。だから聞こえないと叫ぶ。
その間も川は深くなっていき、舟と妹紅の距離は離れていく。

「慧音!」
「ま    る 」
「え?」
「また  るさ」

少しずつ、そして少しだけ聞こえる彼女の言葉と声。でも、まだ何を自分に伝えたいのかが解らない。
だからまた叫ぶ。

「何て言いたいのさ! 聞こえないよ! 聞こえるように言ってよ! 慧音!」

既に水面から頭しか出していない妹紅が最後にそう叫んだ瞬間。

「また会えるさ」

そう聞こえた。確かに慧音はそう言った。笑顔で。
ザブンッ

そして私の体は川底に沈んだ。









6:長いようで短い旅路の果ては

水の中、体がとても重く感じられる。そのせいなのか指一本も動かせなかった。呼吸はしてるのかどうか自分でも解らなかったが、苦しくはない。
音は何も聞こえてこない。匂いも感じられない。少し開いている目に写るのは水の青と僅かな白い光のみ。そして水の中だからかとても寒く感じる。
ただ、自分が流されていることだけは解った。薄暗い水の中、ただ流されている。それらだけがぼんやりとした頭で感じられたことだった。

(どうして、私はここにいるのだろう)

僅かに水の中に入ってきている日の光を見つめながら、流されながらそう思う。何故 自分はここにいるのか。だが考えても解らなかった。
そのとき、ふと思い浮かぶ先ほどの愛しい人の顔。

(慧音……また会えるのかな)

最後に聞こえた慧音の声。最後に彼女が自分に伝えたこと。また本当に会えるのか? ただ疑問だった。今の自分はこんな状態だ。これでまた会えるのだろうか? もしまた会えたとしたらどこで会うことになるのだろうか? 
解らなかった。でももしも会えるなら、

(また……会いたいな)

そう私は思った。


ふと突然、聞こえないはずなのにザブンッ、という音が聞こえた気がした。
そして水の流れを感じなくなった。変わりに今の自分は漂っていた。右に、左に、上に、下に、ただふらふらと行く当てもなくただ漂っているんだ。そう感じた。
だがその間、体がどんどんと深いところへと沈んでいくのが解った。日の光も届かなくなってきてるのか周りがどんどんと暗くなっていく。
水の色も青から藍へ、むしろ黒へと、闇へと近づいていく。そして闇へと近づくほど寒くなっていく。
ふと視界に何かが見えた。魚のような、鳥のような、よく解らないがこの水の中を移動しているモノが見えた。
よく見てると一つじゃない。群れを成しているような、個々に意思を持って動いてるような、でもたくさんいることは解った。
そしてそれらの形は一定していない。不規則に、形を色々と変えて動いていた。
それを取れるはずも無いのに取ろうと手を伸ばそうとしたが腕は動かない。それが哀れで、何をやってるんだ私は、と自嘲してみせた。
ふと、手を伸ばせば届く距離に先ほどのモノが一つ、形を変えながらこちらの様子を伺ってる様だった。

(ねぇ、慧音とはどこで会えるの?)

そう聞いてみた。聞いて意味があるのか解らなかったが、ただ聞いてみた。
しかし、声に出したつもりだったが口は動かず、声になっていない。これでは聞いたところで何の意味も無いじゃないか。
そう思ったがこのモノは私の言いたかったことが解ったのかくるくると回ってみせた。するととても遠く見える水面へと上昇していく。

(私を置いて行くの?)

追いかけようにも体が動かない。だがそれに気付かないのかあのモノはどんどん遠ざかっていく。

(待って)

そう思って動かない腕を伸ばそうとした途端、何か見えない力で体が急浮上していった。
少しずつ周りが明るくなっていく。気がつけばさっきのモノが隣にいる。そしてそれに並行して上昇していると、あっという間に水から出てしまった。


体はそのままふわふわと空へと上がっていく。
空を飛ぶのとは違う浮遊感を感じながら、それに少し戸惑いを感じながら、どんどんと空へと上がっていく。
気がつけば雲が目の前に見え、やがて白い雲の中に入ってしまった。雲の中を上がっていく間、視界は白一色で、並行していたモノも見えなかった。
雲の上に出たところで、見えない力で上がってきた体はその力から開放され、雲の上へと自分の体が落ちた。
しかし水の中で動かなかった体は外に出ても変わらず動かなかった。でも水の中と違って雲の上はとても暖かい。それはありがたかった。
雲はどこかへ移動していた。そのどこかが解らないが、きっとちゃんとした目的地があることは何となくだが理解できた。
そういえばさっきのモノはどこにいったのだろうと視線だけ動かして周りを見回してみる。すると先ほどと同じモノが、海の中でみたモノ達が雲の上にもたくさんいて、あっちにもこっちにも漂っていた。
残念ながらこれでは区別がつかない。完全にはぐれてしまったようだった。
恐らく雲の中を進んで行くうちに離れてしまったのだろう、少し寂しい気持ちになった。
あの中で唯一 底へ沈んでいく自分に近づき、自分の言いたいことを理解してくれたやつ。本当に短い間だったがあれには親しみを感じた。
まるで慧音みたいだな、と、そう思えるくらい。
そういえば慧音とはどこで会えるんだろう。あの物体は何か知っているようだったが、今では知ることができない。
こちらの言葉は理解してもあっちの言葉が解らないのだ。連れて行ってくれればいいのだが、それもできなくなった。

(でも、会いたいなぁ)

もう彼女とは会えないのだろうか。

(やっぱり会いたいよ)

声にならないから心の中でそう呟く。

(また会いたい)

そう思いながら雲に体を預け続けた。
もしかしたら雲に乗ってれば慧音に会えるんじゃないかという淡い期待を感じながら。


雲に乗って移動してどれぐらい経ったのだろうか。ふと気がつくと周りのモノ達がそわそわし始めた。
そしてモノ達がどういうわけか雲の中へと潜っているのが視界の隅に見えた。気のせいかそのたびに雲が湿っていくように感じる。
なんだろう、と思ったその瞬間。すぅっと体が雲をすり抜ける感覚に襲われる。否、本当にすり抜けていた。
見えない力で支えられていた、力の入らない体はどんどんと雲の中を進む。いや、頭から落ちていく。
先ほどと違って視界を埋め尽くす雲の中はねずみ色。その色が私の心を少し不安にさせる。
その不安の中、やがて私の体は薄暗い雲の下へと出てしまった。
そして雲を抜けたところで目に入ったのは自分と同じように落ちていくモノ達。

(この中にあいつもいるのかな?)

そう思っている間も、体は下へと落ちていく。

(落ちたらどうなるんだろうな、皆)

何故か自分のことよりもあれらの事が気になった。自分は不死だ。しかし彼らは? 考えても解らなかった。
だがその彼らに変化が起き始めた。視界の中にいるモノ達の姿が何か別のモノへと変わっていく。
その姿は……。

(何これ……人?)

人だ。モノ達の姿が人の形へと変わっていっている。
だが、それだけではなかった。

(人だけじゃない。犬に、猫に……植物?)

犬や猫といった動物だけでなく、花や木といった植物。ありとあらゆるものに一つ一つが形を、姿を変える。だが数が多すぎて、見える範囲でのモノ達の全ての変化は自分の頭では把握できなかった。
そのモノ達はまるでそうなるべきとでもいうように姿を変えていく。そして、まるで雨が降るように、自分と同じように落ちていく。

(この中に、あいつもいるのかな?)

それはさっきはぐれたあいつ。こんだけの数だ。きっとこの中にもいるだろう。だが既に姿が変わっているかもしれない。ただでさえ判別不可能なのに、更に解らなくなればもう二度と会えないだろう。
そんなことを考えながら、目についたのは視界の中でまだ姿を変えていない一体のモノ。

(まさか、あれかな?)

どういうわけだかそう思えた。理由はよく解らない。第六感というものだろうか、何故だか絶対にあれがさっきのあいつだと思えた。
どれぐらい距離が離れているかは解らないが、手を伸ばしても届かない距離であることは解った。
やがてそのモノもついにその姿を変え始める。中心となる部分から、頭ができ、手ができ、足ができ、五体を形成する。どうやら人へと姿を変えているようだ。
そして遠くに見える変わっていくその姿が、自分のよく知る姿へと変わっていく。

(あぁ)

その人の姿はまさしく

(会えた……また、会えた!)

彼女そのものだった。

(慧音!)

会えた、ただ嬉しかった。だから彼女に聞こえるように叫んだつもりだった。
だが声に出すはずだった叫びは心の中で響く。
彼女に近付こうにも体が動かない。すぐ近くに行って抱きしめてやりたいのにそれができない。
また彼女をこの目で見れたのに、また会えたのに、どうしてこんなときまでこの体は動かないのか。
落ちていく彼女は私に気付かず、目を瞑ったまま落ちていく。

(どうしてだよ……)

そこで何故か眠気が体を襲う。
どうしてこんなところで。やっと彼女に会えたのに、長そうで短かった今の今まで会いたかったのに。
体中の感覚が無くなっていく。瞼が重くなっていく。
何故、どうして、私は彼女と会えたのに、また離れ離れになってしまう。
最後に、最後の最後にどうしてこんな別れをしなければいけないんだ。
そんな思いばかりが頭の中で反復する。
やがて、そのまま私は眠りについた。









7:夢から目覚めて

長い長い夢を見ていた彼女が起きたのは薄暗い部屋のベッドの上だった。部屋に入ってくる光はとても弱々しい。しかし外の様子を見る限り既に昼は過ぎているようだった。
彼女が眠ってしまう前までの記憶では降っていた雨は既に止んでいたが、まだ日は見えずに曇っていた。それもまた降り出しそうな気配でだ。
体を起こすのがとてもだるいように妹紅は感じられた。それほど長く眠っていたということだろう。
寝起きの頭はうまく回らず、彼女はしばらく放心気味だったがやっとからからの口から声を出す。

「私は……何を?」

うまく思い出せない。寝る前まで何をしていたのか、寝てる間に見た夢が何なのか。暗い天井を見ながら何とか思い出そうとする。
そして回らない頭でやっと思い出したのは先ほどの夢とそして、眠ってしまう前の最後の記憶。

「そうだ慧音はもう……いないんだ」

夢の中の最後の場面。体が動かずに、遠くで自分と同じように落ちていく彼女を見ながら何も出来ずに気が付けばこの有様。
もしあそこで彼女を抱きしめることが出来ていたら、もし一緒にいたのなら、もしかしたら隣で彼女も寝ていたんじゃないか。そう思えた。
しかしそう思うととても空しかった。それに現実の彼女はもうこの世にはいない。
その事実が、その事実だけが真実だった。
だがそれよりも。

「何の夢だったんだろう。あれ」

とても不思議な夢、そう形容するしかない夢だ。
死んだはずの慧音に二度も会えた。そして声も聞けた。だが何故、そのような夢を見たのか妹紅には解らなかった。
妹紅は夢の中で彼女が言ってくれた言葉を思い出してみる。その言葉は彼女の声と共にしっかりと頭に残っていた。

「また、会える……か」

夢の中で彼女が自分にたった一言だけ言ってくれた、たった一言だけ聞けた言葉だ。
その言葉の通り、夢の最後ではまた会えた。
だが所詮、夢の中の出来事だ。

「もう……会えないよな」

力なく彼女はそう呟く。
夢の中の出来事は夢で見たこと。自分が眠っているあいだに見た空想なのだ。
だが、妹紅は諦められなかった。

(そんなの……まだ分からないじゃないか)

夢の中で、その言葉の通りに会えたのだ。
もしかしたら、こっちでもまた会えるかもしれない。

「夢の中のようにもう一度……また会うんだ」

妹紅は決意する。また夢の中のように彼女に、慧音にもう一度会うのだと。
とりあえずまずは誰かに、輝夜か永琳に会おう。何か知ってるのかもしれない。
そう考えた彼女は、ベッドから体を降ろすとよたよたと歩きながら部屋を出た。

「どうも寝てたのは一日とかそんなものじゃなさそうだな……でも、慧音に会わなくちゃ」

そう言って夢の中と違って動く体で輝夜と永琳を探し始めた。










8:現実での再開


永琳と輝夜は共に自室にいなかった。うさぎ達も外へ出ているのか姿を見ない。そのせいで妹紅は片っ端から部屋を回ることになってしまった。
しかし、その間 体が慣れてきたのか、起きたときよりも動くようになってきた。
いくつか部屋を回ったところで、彼女が次に目指した場所は客室だ。客を招きいれるということだけあって、玄関から近いところにある。
もしかしたら客が来てて永琳と輝夜は話してるかもしれないし、客がいなければうさぎが数羽(人?)いるかもしれない。妹紅はそう考え、とりあえず客室へと向かった。


やっと辿り着いた客室の前で永琳と輝夜と、それともう一人、誰かの声が聞こえてきた。丁度 客が来ていたようだった。
よく聞こえないが、どうやら輝夜達と知り合いらしい。何やら楽しそうに談笑していることは解った。
妹紅はふすまに手をかけると一回深呼吸し、そして意を決っしてふすまを開けた。
客室の中にいたのは輝夜と永琳とまだ少女と言える客人が一人。輝夜達と少女が机を挟んで向かい合って話していた。
妹紅がふすまを開けたときの輝夜と永琳はとても驚いていた。それはずっと寝ていた彼女が起きて、ここまでやってきたからだ。
だが妹紅の目にその二人の姿は入っていない。
何故なら二人を訪れた客人の少女の姿から目を離せなかったからだ。
その姿は先ほどまで夢に見ていた女性の姿にとてもよく似ていたからだ。外見はその姿と比べて少々幼い。
だが紛れも無く夢で見た彼女、慧音に似ていた。だから妹紅は目を離せなかった。
もしかしたらこの少女が本当に慧音なのかもしれないから。

「あら、おそよう妹紅。よく眠れたかしら?」

固まっていた場を何とか元に戻そうと輝夜が口を開いた。だが妹紅はそれに反応を示さない。ただずっと少女のことを見つめていた。
自分が見つめられていることに戸惑っていた少女に輝夜は止まったままの妹紅の紹介をする。

「ケイネ。彼女がこの間話した藤原妹紅よ」
「あ、この方が妹紅さんですか?」

まだ幼さが残る慧音似の少女は口を開く。声も夢の中の慧音と比べて幼くなっているようだった。
そして彼女には輝夜たちから既に妹紅の存在を知らされていたらしい。

「はじめまして。人里で守護者をしているカミシラサワ ケイネです」

少女は妹紅の方へと向き直ってあいさつをすると軽くお辞儀をする。名前は彼女とまったく同じだった。礼儀正しい仕草も昔見た彼女とまったく同じだと妹紅は感じた。
やっぱり彼女が慧音なのか。姿は変わっても、自分のことを忘れてても、絶対に彼女が慧音なんだ。そう妹紅は思った。
そう思った途端、妹紅はケイネに近付くとそのまま倒れるように抱きついた。それにケイネは驚きながらも妹紅を受け止める。

「うぅ、あぁ、うっぐ、うぅ……」
「え、あ、えっと妹紅さん?」
「会え、た。あぁ、また、会えた……会えた、よぉ……うぅ」
「え? 会えた?」

声が、体が震えていた。妹紅は泣いていた。
夢の中で会えた彼女と現実での再会。『また会えるさ』という言葉の通りにまたこうして会えた。だから、彼女はただ嬉しくて泣いていた。
だがそんなことを知らないケイネはそれに戸惑い、ただ泣いている彼女を抱きしめるしかなかった。

「ごめんなさいねケイネ。その子、結構昔に大切な人を亡くしててね。それもとてもあなたに似ていたのよ。名前も同じだったし」
「そう……ですか」

妹紅の様子に戸惑うケイネに輝夜が妹紅についての説明をしてやる。それを知ったケイネは泣きながら自分を抱きしめる妹紅の頭を優しく撫でてやった。

「ねぇケイネ」
「はい何でしょう」
「しばらく妹紅を頼めるかしら?」
「……えぇ。わかりました」
「ありがとね。さ、行きましょ。永琳」
「はい」

輝夜の頼みにケイネは頷く。それを見た輝夜と永琳はケイネと彼女に抱きつく妹紅を残し客室を静かに出た。










9:永いときも変わらぬ想いと永いときを繰り返してきた雨


二人しかいない廊下を歩いているとふと輝夜が口を開いた。

「ねぇ永琳」
「何でしょう?」
「どうして妹紅は起きてきたのかしら? それに、『また会えた』って言ってたし」

突然 長い眠りから覚めた少女のことだった。
あの日、慧音が死んだ日に大声で泣き続けたあと、妹紅は深い眠りについていた。
色々なことを試したのだが妹紅は起きなかった。
慧音がいなくなったことで自分が生きていることの意味が無くなったと感じた妹紅は眠ることで生きるということを放棄した。だから眠り続けていた。
これが永琳の言った精神の死なのだと、そう思い輝夜は彼女を静かに寝かしてやることにした。
そして幾星霜の後、彼女が突如 起きてきて慧音にそっくりな少女と出会い、そして彼女に対して『また会えた』と言って泣いていた。

「そうですねぇ。きっと夢の中で慧音に会ったのだと私は思います」
「あ、やっぱり?」

どうやら輝夜が考えていたことは永琳と同じようなことだったらしい。後ろにいる永琳に振り返ってみせると自分の考えを主張し始めた。

「私ね、妹紅が夢の中でずっと慧音のことを探してるんじゃないかって考えてたのよ」
「それで?」
「夢の中でまた会えた。だから現実の世界でもまた会えるんじゃないかって。それで起きたと思うのよ」
「そうですか。ところで姫様」
「なに?」
「さきほどケイネが妹紅に抱きつかれたとき、何か気付きましたか?」

永琳は輝夜の主張に特に意見せず、さらっと流してみせると、思い出したように先ほどの様子について彼女に聞いた。
その問いに輝夜は先ほどの情景を思い出す。だがその情景に何か気にするようなことは無かった。

「いや、普通にうろたえてたようにしか見えなかったわ」
「そうですか」
「で、そんなことを聞くってことは何かあるってことよね?」

輝夜が永琳の顔を覗き込むようにして見る。すると彼女は頷いて答えた。

「突然、名前しか知らなかった人に抱きつかれたと言うのに抱きしめ返してたんですよ」
「抱きしめ返した?」
「えぇ」

先ほどの二人の様子を思い浮かべながら永琳は微笑んでみせる。

「彼女、妹紅が来たらそれに合わせるようにケイネは抱きしめたんです。再開を喜ぶように」
「それは……どういうことなの?」

永琳の言葉に輝夜は首を傾げる。彼女の言いたいことが理解できなかったからだ。だから永琳は輝夜に説明するように話す。

「記憶には無いけれど、きっと彼女も妹紅に会いたかったのだと思うのです」
「……そう……なの?」

輝夜の疑問の声に永琳は頷く。

「二人は共に会いたいと願った。共に想い続けた。その想いは長い長い時をえても変わらなかった。だから、こうしてまた会えた」
「なるほど、ね」

永琳の言ったことに輝夜は関心した顔をしながら手を叩いた。

「きっと、どんなに時が経っても、どんなに離れても、記憶が無くなっても、姿が変わっても、大切な人を想う気持ちはいつまでも変わらない。私はそう考えます」
「……変わらぬ想い、か」

呟くようにパッと出たその言葉。それが何だか妙にしっくりくるなぁ、と輝夜は思った。
外を見ると雨が降っていた。いつから降っていたかは解らなかったが、それを見て輝夜はふと思ったことを口に出す。

「ねぇ永琳。雨って輪廻みたいよね」
「……そうですね」
「そういえばあの日は、妹紅と慧音が別れた日は雨が降っていたわよね」
「そうでしたね」
「二人とも雨みたいに戻ってきた」
「確かにそう言えるかもしれません」
「じゃあ、あの日の雨もここに戻って来たいと願ってたのかしら?」

輝夜に問いに永琳は少し考えた後、口を開いた。

「それは……私にも解りません」
「そうよね。まぁ、もしこれだけは言えるって言葉があるのなら」

輝夜は雨とその雨が降ってくる雲を見て少し微笑んでみせると。

「また会えたわね」

たった一言、そう言った。
それが雨にたいしてなのか、先ほどの妹紅へのたいしてなのか、もしかしたら両方なのか、永琳には解らなかった。
だが輝夜を見て思えたことが一つ。彼女が再会できた二人のことを喜んでいるようだった。


雨はあの日のように降り続ける。




<了>
あとがき

雨は全体のサイクルで見ると、雨が降って、流れて、流れ着いて、蒸発して、集まって、漂って、また降る。
それを何年も何千年も何万年も永遠と続けてる。まるで輪廻転生みたいでしょう?
輪廻によって皆またこの地に戻ってくる。それは雨も同じなんですよ。
だから雨は輪廻の目に見える形だと僕は思ったんです。

色々と足らない所が多かったでしょうが、最後までお読み頂きありがとうございました。
それではまた会う日を楽しみに……

1/17追記
うぃ、発表まで胃が痛かったすてごまスクラップ、略してすてスクです。
今回、東方SSこんぺに参加させて頂いて貴重な経験をさせて貰いました。
特に頂いたコメントからこれから自分がどうやって作品を書いていくべきかが解りました。
注意書きはこれからは気をつけます。それとベタな展開とか、説明的すぎるところとか、話を掘り下げることとか……どれもこれも致命的な改善点じゃないの(泣)。
でも改善すべきところがある、というのはいいことなのでこれから頑張っていきます。
もしかしたらそそわに出現し始めたりするかもしれませんのでそのときはよろしくお願いします。
最後に、読んでくださった皆様に幾千の感謝を。ではまた会う日を楽しみに……。

本文更新点
・ネタバレすぎる注意書きを削除。
・しょっぱな【雨とは輪廻『転生』の〜】が抜けていたので修正。脱字はずかちー!
・自分でもおかしいんじゃないかと思った三人称気味なところを修正。まだあったりして……。
・おまけ程度の加筆修正を少々。
すてごまスクラップ
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2009/11/21 21:09:38
更新日時:
2010/01/17 01:18:19
評価:
18/18
POINT:
98
Rate:
1.29
1. 6 百円玉 ■2009/11/23 11:46:03
はい、こちらのタイトルを見て僕は少なからず泣きそうになりました。
『雨というテーマから拡げて輪廻転生』という考え方が同じだったからです。
同じ考えや感じ方の人が居るという事は安心もありますが、ことこんぺにおいては許容出来る事ではないなと、想います。
なのでテーマからここまで拡げた事へは、僕は評価出来ません。点数のプラスにはなり得ません。あしからずご了承ください。

妹紅の夢の中の表現、一人称か三人称か混乱する部分がありました。
川底に沈んだはずなのに後の表現で「海の中で」とあり、それも食い違うな、と。
夢ゆえの曖昧さなのかもしれませんが、もしそうならそれと分かる表現が必要だと想いました。
句切りの良い小題に分けていてドラマ性に富む構成でした。
2. 5 バーボン ■2009/12/13 22:21:31
雨と輪廻転生を絡めるアイデアは良かったと思います。
ただ、アイデアに対して話の作りや結末が安直すぎる気がします。最後に慧音と同じ名前の少女が出てくる件も、「余りにもそのまんま過ぎやしないか」と思ってしまいました。
文章はたまに目を引く描写なんかもあったりしましたが、所々一人称と三人称が混ざっていたような? でもこれは自分の勘違いかもしれません。あと、最初の注意書きは要らないと思います。それで読む気を失くす人もいたのでは?
全体的に、もう少し話を膨らませて欲しかったと言うのが感想です。
3. 4 神鋼 ■2009/12/14 20:41:06
やはり転生モノはその後をイメージすると和やかに怖くなってきます。
4. 10 詩祈乃 ■2009/12/17 01:08:04
久しぶりに素晴らしいものを読ませていただきました。
最後の一言が全てを物語っているような気がします。

雨を輪廻に例えた貴女に敬意を表し、この点数を送らせて頂きます。
5. 9 静かな部屋 ■2009/12/21 14:00:44
妹紅の心も、慧音と一緒に死んだのだなあ。とか。
死んで、戻ってくる描写が非常に綺麗でした。
6. 4 藤木寸流 ■2010/01/04 02:16:33
 輝夜と永琳がだいぶ空気。というのもわりと珍しい気が。
 輪廻転生を雨になぞらえて描写しているところは、詩的で素敵でした。
 あとは個人的な考えではあるんですけど、転生後の慧音にさえ引きずられる妹紅の性格に違和感が。それだと、慧音の死を乗り越えたことにはなっていない気がするので。また会えるわ、という言葉が嬉しいのは確かだと思うのですが。
7. 2 パレット ■2010/01/10 05:15:03
 雨を輪廻転生に見立てるところまでは個人的にはそれほど意外性を感じなかったのですが、そこに蓬莱人を持ってきて実際に追体験させるあたりに独自性が現れていたと思います。
 少し真正直すぎるといえばそうなのですが、いい話でした。
8. 5 白錨 ■2010/01/10 10:40:21
雨と輪廻転生をかけるという着眼点は良かったと思います。
妹紅もなんだかんだで永遠亭に助けられてるんだな。と思いました。
9. 5 椒良徳 ■2010/01/11 18:56:34
>「えぇ。本当に泣き続けて死ねるのかしら?」
>「脱水症状で死ぬと思います。そして私達の場合は生き返ります」
……マジ半端ねえなあ永琳。

個人的な意見なので無視してくださって結構ですが、前書きでネタバレは好きではありません。
妹紅と慧音の死別話だと書かれると身構えてしまいます。
とはいえ、雨を輪廻になぞらえるという手法は面白いですね。
体だけでなく心も死を迎えやがては生き返るというアイデアも面白かったです。
とはいえ、非凡な作品かというとそうでもないのでこの点数にします。
10. 5 詩所 ■2010/01/13 22:12:06
 永遠亭の場合、百年寝たきりだったとしても光景があんまり変わらないんですよね。
 それはそれで恐ろしい気がします。
 ところでこのケイネさんは誰の種k(ry
11. 7 ホイセケヌ ■2010/01/13 22:51:45
・キ・・「・ケ、ハヤ彫ハ、ホ、ヒ。「ヤ彫ホカヒ。ゥ、ォ、鬘「ヒタ、リ、ホヌーマ、ュ、ハラヒン、ャクミ、ク、鬢、ソ。」チヲ所、、ヤ彫タ、ネヒシ、ヲ。」
ツ荀チラナ、、、ニ、キ、テ、ォ、熙キ、ソ抱、ュソレ。」、ヌ、簍ス、ネ、キ、ニ、マ・ニゥ`・゙、ャ・ニゥ`・゙、ハ、タ、ア、ヒ。「、筅テ、ネナノハヨ、ハムンウ、ャ、「、テ、ニ、簔シ、ォ、テ、ソ、ォ、ハ。「、ネ、篋ミ、ク、゙、キ、ソ。」
12. 5 deso ■2010/01/14 00:27:55
わかりやすくはあるのですが、少し説明しすぎな気もします。
特に終盤の輝夜と永琳の会話で、そう思いました。
もっと読者の想像に任せていいんじゃないかと思います。
ただ、魂が雨のように降って生まれ変わるというイメージはとても綺麗でした。
13. 7 2号 ■2010/01/15 10:08:04
ひとつのアイデアを、とても丁寧に作品にしてるなと感じました。
14. 2 八重結界 ■2010/01/15 15:57:12
 雨と輪廻の対比は見事の一言ですが、注意書きで大凡の展開が分かってしまったことだけは残念です。
15. 7 零四季 ■2010/01/15 19:36:51
死別モノ、という割には(この言い方はおかしいけれど)非情に綺麗で、一つ一つの場面が短いゆえ、展開の速さを感じましたが、その短い中に壮大な輪廻を感じました。
くるくる廻る生の狭間に、彼女たちは生きているのだろうな、と。
16. 5 やぶH ■2010/01/15 20:47:32
うーん、いい話なんですが、惜しい感じが残ります。
途中までは良かったのですが、ケイネとの再会という物語の帰結が、個人的にはちょっと微妙かな、と。
申し訳ないです……。
17. 3 時計屋 ■2010/01/15 22:44:11
 二次創作で自己設定自己解釈なんて言ったら切りが無いので、別に前置きしなくて良いと思いますよ。
 問題はそれをいかに原作の雰囲気を壊さずに溶け込ませるか、自然にみせるか、という点ではないでしょうか?
 その点に関しては、このSSは他のSSに比べて特に違和感があるとかそういうことは無かったので自信をもってください。

 さて。
 死別や転生といった非常に重いテーマを扱っているのですが、文章がその重みを支えきれていないように感じました。
 輪廻転生を題材にするのであればもう少し物語を深く掘り下げても良いのではないでしょうか。作者様には申し訳ないのですが正直、ありがちな話だなあ、と感じてしまいました。
18. 7 如月日向 ■2010/01/15 23:02:18
"――雨とは輪廻の目に見える形――"

 冒頭が印象的で、普段は死別物は読まないのですが、すんなりと話に入っていけました。

〜この作品の好きなところ〜
 妹紅が見た輪廻の描写が良かったですっ。
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