笑顔の雨

作品集: 最新 投稿日時: 2009/11/21 21:21:03 更新日時: 2009/11/21 21:21:03 評価: 17/18 POINT: 97 Rate: 1.36
 きっと私には何か呪いのようなものがかかっているのだろう。だって、私が不幸な目に会うときにはいつも雨が降っているのだから。
 そして今もまた、雨が降っている。別にそんなにむきになって降らなくても、私の心にはいつも雨が降っているのに……。






    「笑顔の雨」






 ああ、曇り空か。
 私が地上に出て最初に思ったことはそんなどうでもいいことだった。随分と地上は久しいはずなのに、私の心は感動に打ち震えたり、懐かしさを感じることは無かった。長い間地下に居たし、あまりいい記憶が無かったからだろう、地上での記憶は殆ど残っていない。懐かしさを感じる切欠すらも無いのだ。ただ、そんな私でも物珍しさは感じる。青空は、少し私の目には眩しすぎるから要らないが。
 今回はペットが面倒ごとを引き起こしたから地上に来ている。話だとペットの一人が変なものを口にして妙な能力を得てしまったらしい。……いや、食べたと言うより食べさせられたらしいが。原因は最近幻想郷にやってきた神様とのことだった。
 ……せっかくこっちは地底で静かに暮らしていたというのに、迷惑なことをする。久しぶりに人間で遊べたのは良かったが。
 とりあえず曇り空に憂鬱になるのもほどほどに、山の神社を目指すことにしよう。途中の河童や天狗にはもう話を通してあるそうだ。そういえば、天狗や河童もこの前の人間と協力して地霊殿にやってきていた。
 ……天狗と人間が協力、ねぇ……時代が変わったのか、それともただの建前か、本人たちに会ってみないうちは分からないわね。会う気もないし、向こうも会いたくはないと思うけれど。

 ようやく見えてきた、変わらない、千年前と変わらない妖怪の山。あそこの山頂まで登るとなると気力が失せてくる、が、まぁ山登りをするものと考えて妥協しよう。
 普段地霊殿から動かないから結構疲れる……。元々私はあまり運動が得意なほうではない。戦闘の際にも専ら心理戦で攻めるタイプだ。……運動が面倒だったと言ってしまえばそれまでなのだけれど。

 平原を越え、川を渡り、滝に差し掛かったときだった。滝がはじけ、突然、中から一人の天狗が飛び出してきた。

「この妖怪の山に侵入するとは何者だ! ここから先は天狗の領域だぞ!!」

<ここが妖怪の山だと知らないのか?>

 白い髪の毛……白狼天狗か。天狗の中でも目が良い天狗だったと記憶している。
 どうやら天狗は私が話を通してあるサトリと分かっていないようだ。まぁ、千年ぶりなのだ、恐怖の妖怪サトリも忘れられて当然だろう。心を読まれる恐怖すら、もしかしたら忘れられているのかもしれない。一瞬話を通してあるという神様の話が嘘なのではと思ったが、天狗の心の中を覗き見たところそれらしきものを見つけたのでそうではないと思う。もし間違っていたらそれはそれで困るけれど。
 天狗は剣を私に向け威嚇している。その様は威嚇と言うよりもペットがじゃれついてきているように感じられ、少し笑いそうになってしまった。
 ……天狗もペットとしてはいいかもしれない。

「これは失礼しました。私は古明地さとり、山の神社に招待されたので出向いてきたのです。神様の話だと天狗に話は通してあるとのことでしたが、違いましたか?」
「古明地さとり……? あぁ、大天狗さまの言っていたサトリというヤツか。……分かった、通そう。……ところでサトリというとまさか……」

<前に先輩の話していた心を読む妖怪、じゃ……?>

 天狗の中でも若い天狗は知らない、か。まぁ仕方が無い、忘れらた世界の住人なのだから。地上に居ることを許されなかった数多くのおぞましき妖怪の中の一人なのだから。

「ええ、その通りですよ、犬走椛さん。私は心を読むことが出来るのです」

 ニヤリ。
 私がそう口にした瞬間、天狗は真っ青になり滝の中に再び帰ってしまった。心象から察するに、どうやら私が本当に“サトリ”だと分かって逃げたようだった。
 少し待ってみたが再度天狗が出てくる気配は無く、私の“目”の拾えない範囲に行ってしまったらしい。私は通っていいという意思表示だと判断し、山頂の守矢神社に向かうことにした。










 守矢神社に着くと、そこでは神々の争いが勃発していた。巨大な柱を振り回す、注連縄を装着した長身の女性と、鉄でできた輪っかを使ってそれに応戦する変な帽子を被った妹くらいの背の少女。多分神様だろう。
 ……ふむ、面白い弾幕がいっぱい、今度弾幕勝負をするときに使ってみよう。……と、そんなことはどうでもいい。ペットの話をするために来たのにこの状況は何なのだろうか。
 そう、私が手をこまねいていると、神社の中から一人の少女がやってきた。

「あっ、あなたが古明地さとりさんですか?」

<この方が妖怪サトリ……>

 少女は私を見るとすぐにそう言ってきた。流石に来客のことは分かる、か。

「ふむ、そういう貴方は東風谷早苗さんですね? この神社の風祝……巫女みたいなものでしょうか。神様達が晩御飯のおかずについて争い始めたから自分が代わりに……。……ええ、私が古明地さとりです」

 早苗さんは私の言葉にあれ、あれ、と慌てている。サトリという種族についてまだよく知らないようだ。

<な、なんで私の名前を? それに神奈子様と諏訪子様の喧嘩の理由まで……>

 まぁ、この前私の館を訪れた人間も同じような思考だったし、最近の人間達は地下に封印された忌まわしき妖怪のことなど知らないのだろう。

「私は心を読む妖怪なのですよ。私の第三の目の中ではいかなる生物の心も丸裸。もちろん、早苗さんの心の中も……」
「!」

 私の言葉を聞いて彼女の心が揺れるのが分かる。ああ知っている、知っている。人間はそうやって驚いた後、私に嫌悪感を示すのだ。私はもちろん、それを耳にする。
 ……早く話し合いを終わらせて帰りたい。

<心を読める……な、なんてことでしょう、幻想郷にプライバシーが無いという話は本当だったんですね>

 ……まぁ、二度とここには来ないんだし関係ないか……。
 私はこちらに気付いているんだかいないんだか分からない神様をちらりと見て溜息を吐いた。

「いけませんよ」
「?」

 突然、早苗さんが私に話しかけてきた。一体何事だろうか。

「溜息を吐くと、幸せが逃げますよ?」

 思わずキョトンとする。
 幸せが……逃げる、か。

「ふふ…………」

 その言葉が余りにもおかしくて、私はつい吹き出してしまった。

「な、何かおかしいんですか?」
「いえ……。……心配は要りませんよ。幸せなんて元々無いですから」
「え?」
「生まれつきの嫌われ者は、不幸と幸福の天秤がおかしな傾き方をしているのですよ。……余計なことを言いましたね、では私は神様達の喧嘩が終わるまで待つことにしましょう」

<陰湿な方ですねぇ……嫌われ者って……。……確かに心を読むのは迷惑でしょうけど>

 近くの岩に腰掛、私は“声”を聞く。
 ……いかに巫女とて、人間は人間、か。嫌われ者を嫌う声はもう聞き飽きた。たまには新鮮な反応も聞きたいものだ。









 それから数十分して、ラグナロクは終結した。結果として勝負は着かなかったらしく、早苗さんが夕食のおかずを決めることとなった。その後、神様と話し合い。……まぁ理由の説明や謝罪もあったし、呼ばれただけのことはあっただろう。

「では、そういうことで私は帰らせてもらいますよ、ここに居るだけでも私は迷惑でしょうしね」

 気を悪くしたような表情の山の神の巫女にそう言うと、私は神社に背を向けて鳥居から飛び立った。
 いくらか神様と言えど、さとりの能力は苦手だったらしい。私と話している間もあまり表情が芳しくなかったし、心の中でも苦手なような声を聞いた。私としてはまぁ、そんなものかと思った程度だ。別段、嫌われることにも違和感は感じていないから。私にとっての常識はそうだからだ。
 嫌われ続ける存在。私が私である限り、第三の目で心を読み続ける限り、それは変わることは無い。妹もそれに嫌気がさしてああなったのだろうから。ずっと独りで居た者が寂しさを知らないように、私には嫌われないという状況が理解できないのだ。私を嫌わない生き物など、存在し得ないのだから。ペットに鬼、その他地底の面々、地上の妖怪、そして人間、もしかしたら妹もかもしれない。みんながみんな心のどこかで私を嫌っている。まるでその事実を理解させるためにあるかのように、第三の目は私に嫌でもその声を伝える。
 ほら、今も滝の陰から、木の陰から、天狗たちの私を見る声がする。あいつが地底に封印された、嫌われ者の妖怪サトリよ、と。流石は嫌われ者、どこに行っても嫌われる。いい加減聞き飽きてきた反応でもあるけれど。あぁ、滝を降りたら次は河童か。嫌うくらいなら私がいる間くらい私の目の届かない場所にいればいいのに。

 山の天気は変わり易い。
 久しぶりに山に登った自分はそんなことにも失念していたらしい。気付くと、空を覆う雲は今やドス黒い色に変わっていた。ただペットの一件について山の神様と話をしに来ただけだったのに、そんなに空は私が嫌いなのだろうか。
 …………。
 愚痴を垂れても仕方がないか。所詮私は嫌われ者だということだ。
 それよりも早く、雨が降る前にどこか屋内に入らなければ。雨の中じゃ、心を保てない。精神文化の象徴である妖怪において、特に精神面の影響の強い私や妹──とは言っても妹は今はどうだか分からないが──は精神の安定がとても重要だ。
 雨はそんな私の天敵である。雨の中に居ると私の心はコントロールを失ってしまう。これは私の精神病みたいなものだ。……精神攻撃を得意としている私の弱点が精神攻撃とは、よく考えられた皮肉だ。
 ……さっさと地霊殿に帰ろう。地上に居ても雨に当たるだけだし、私を嫌う声を聞くだけだ。今ならきっと雨が降る前に風穴に着けるだろう。

「…………降らないと、いいんですけどね」

 根っからの不幸気質といっても過言ではない私のことだ、きっと降られるだろう。あぁ、ネガティブに考えるのは止そう。よくペット達にもネガティブだと言われる。心の中で、だが。
 そうどうでもいいことを考えながらふと眼下を見る。妖怪の山は既に去り、今は麓付近を飛行している。確かこの辺りは……。頭に手を当て、記憶の底辺を探ってみる。かつて私も妖怪の山に居た妖怪。どこか見覚えがある景色だったかもしれない。

「あ……」

 そんなことをしている私に雨粒が当たったのは、そのときだった。
 精神が乱れる。少しずつ、少しずつ、雨粒が私の心を乱していく。

「あ、あ……」

 そしてぶつり、というノイズが走り、私は世界を認識できなくなった。









「珍しいわね、ここに来客だなんて」

 声が聞こえる。誰の声だろう。

「ふぅん……何年ぶりかしら、サトリなんて見るの。変なところで寝てるけど」

 体が動かない、これは夢、なのか?

「放置するのも気が引けるし、それになんでこんなところに居るのか知りたいわ」

 何を言っているのだろう。分からない。動けないし、声も出せない。

「ふふ……ようこそ、私の世界に。あなたの不幸がなくなるまで、あなたを預かってあげるわ」









「気付いたかしら?」

 私が目を開けると見知らぬ女性が顔を覗き込んでいた。誰だろう、やや心が混乱しているためか心が読めない。

「……貴方は?」
「私は鍵山雛。あなたの倒れていた樹海の、山の麓の樹海の住人よ。ちなみにここは私の家、あのままじゃあなたが死んでしまうかもしれなかったから運んだの」

 言って、女性はニコリと笑った。
 ええと、確か私は山の神様とペットとかについて話をして……それから…………よく覚えてない。

「私はどうしていたんですか?」

 仕方なく、彼女にヒントを求めることにする。

「さぁ? 私が貴方を見つけたときは、あなたは樹海の中でのん気にも倒れていたわ。それ以前のことは勿論知らない」
「そう、ですか」

 何事かのアクシデントがあって墜落した、と考えるのが妥当か。どうせ私のことだ、強風に煽られたとかその辺りだろう。深く考えても事実に変わりは無い。やめよう。

「助けていただきありがとうございます。これ以上ここにお邪魔するのも悪いので帰りたいのですが……」
「あら、その体で帰るつもりなの? 無茶ねぇ、きっと貴方はこの樹海すら抜けられないでしょうね。それにまだ雨は降り続いているの。貴方を拾ってもう一日になるけれど一向に止む気配は無いのよ。少なくとも雨が止むまではここにいるのが賢明ね」

 言われて驚く。私は一日も眠っていたのか。きっと地霊殿は大騒ぎだろう。空や燐には迷惑を掛けてしまっているわけね。そう考えるともっと帰るべきかもしれないけれど、雨が降っていると言うし、このままここを出てまた倒れては仕方ない。ペットたちには悪いけれど、ここは雛さんに甘えるべきだろう。

「では、できれば雨が上がるまで泊めて欲しいのですが……」
「ええ、良いわよ。私は別に困らないから泊まっていきなさいな」

 ニコリ、と彼女はまた笑った。私には勿体無いと思えるくらい綺麗な笑顔だった。

「ところで貴方、名前は何ていうの? ずっと“貴方”では少し不便だわ」
「あぁ、すみません。私は古明地──」

 ──と、言いかけて言葉に詰まる。
 私の「さとり」という名前。これは私の種族が嫌われ者の「サトリ」だとあまりにも主張しすぎている。私の名前を聞いた人の全員が全員、あぁ、あの嫌われ者か、と考えるほどに。
 私は心配になった。ここで私の名前を伝えて、彼女の態度が豹変しやしないかと。雨の中、私をここから追い出してしまいはしないか、と。普段は嫌われることなど恐れない私が嫌われることを恐れた瞬間だった。

「古明地、こいし、です」

 故に、私は嘘を吐いた。妹の名前を使うのは気が引けたが、それを許してしまうほどに私は恐れていたのだ。

「そう、こいし、ね。まぁゆっくりしていきなさい。呼んでくれればごはんも作るから」
「はい、どうもありがとうございます」

 少しの罪悪感に苛まれながら、私は感謝の言葉を述べ、

 ──ぐきゅる〜☆

 不本意にも空腹を雛さんに知らせた。

「あらあら……」

 自分で自分の顔が真っ赤になっているのが分かった。

「じゃあ今すぐ作りましょうか」
「……は、はい、お願いします」










 夕食を食べ終わって、ようやく心が読めるまでに落ち着けた。いや、実際に読む対象が今はいない為、ただの予想ではあるが。
 雛さんはどうやら今、この家にはいない──聞こえてくるはずの心の声が聞こえないからそうだと思う──らしく、私一人が家にいる状態である。病人を置いて出かけるのはいかがなものかと思うが、泊めてもらっている分そう文句も言えない。彼女にも私生活があるのだ、それを尊重するべきだろう。
 そして、ふと思う。
 妖怪の山の樹海の住人、と彼女は言った。多分樹海というのは山へ行く時に見た広大な樹海のことだろう。全く、本当に何も心の声のしなかったあの樹海の。……少し、おかしいと思う。私の心の目は、それなりの距離の心の声を聞き取ることが出来る。しかし、それすらも聞こえなかった。もし、彼女がそのとき樹海にいたのならそんなはずはない。彼女は一体何者なのだろうか。まさか、こいしのように無意識のうちに行動をしているとでも言うのだろうか。そうだとすると、私は彼女とのコミュニケーションすらも困難になってしまう。あまりにも心を読むのに慣れてしまっている所為か、それともサトリの性なのか、心を読めないという状況がとても怖いのだ。普段できているはずのことが出来ないというのは、予想以上に私を苦しめる。もう、私は他人とコミュニケーションをとるにも、心を読むという行動が必要不可欠になってしまっているのだ。現に、私は妹と接するのがペットたちよりも下手だ。なんと声をかけたらいいのかということにすらも困ってしまう。私にとって心を読めないというのは、他人が思っている以上にディスアドバンテージなのである。妹と接する時の私はいつも何か恐ろしい魔物に接するかのように怖がっている。他人に嫌われることよりも、何よりも怖がっている。本当は優しい妹だって知っているのに、本当は私と話がしたいだけだって知っているのに、ただ心が読めないという理由だけで私は妹との間に大きな溝を作っている。何て、情けないことだろうか。
 …………今はそんなことはいい。早く体を万全の状態にして、雨が止んだら帰るだけだ。雛さんともきっとこれきりで会わなくなるだろうし、私の正体を知れば、彼女も会いたいとは言わなくなるだろう。相手にとっては私がどうであろうと、ただ“心を読む妖怪”というだけで嫌う理由としては十分すぎるのだから。誰もが嫌がることを我が物顔でするような妖怪には。
 はぁ、と溜息をついて天井を見る。残してきたものたちは、私を心配してくれているだろうか。……愛想を尽かされていないければいいけれど、ね。

「溜息をつくと不幸が寄り付きやすくなるわよ。溜息を吐く時の心が、不幸の大好物なのよ。だからあまり溜息を吐くものでは無いわ、もし、これ以上不幸になりたくないんだったらね」
「っ!?」

 山の上の神社でも聞いたような台詞に私はビクリとする。急に、気配が出現した。何も無い空間に、物質が発生したかのように。

「え、え? い、今急に……!?」
「? 普通に入ってきたけど、気付いていなかったの?」

 普通に、入ってきた……? おかしい、普通に入ってきたはずならば、心の声が聞こえているはずなの……に……?

「き、聞こえない……!? あ、貴方、何者なのですか!?」
「…………? よく分からないけれど、どうかしたの?」
「い、いや、だってあなた心の──」

 と、言いかけて止める。彼女は“まだ”私を知らない。ここで下手なことを言うのは得策では無いだろう。

「……すみません、取り乱しました」

 心の声、なんて単語を口に出すのは、自分がさとりであると主張するようなものだ。言葉にも気をつけなければいけない。
 彼女は私が落ち着くのを見ると、ニコリ、と笑って「いいわよ、別に」と言った。あぁ、その笑顔を見るたびに私はどんどん怖くなっていく……。まだ数度しか見ていない彼女の笑顔に、気付けば私は惹かれていた。











 雨が、降っていた。
 誰も居ない、私だけの世界に、雨が降っていた。
 真っ黒な雲は一向に青空に席を譲る気配を見せず、私を嬲るように水滴を叩きつけている。人や、妖怪だけではなく、私はひょっとすると自然現象にすら嫌われているのかもしれない。
 私は動かない。動けない。ただ黙することしか出来ない。雨は私を束縛する。私から全ての自由を奪っていく。
 やがて、そんな雨の弾幕に私が慣れかけて来た頃、雨の奥から誰かが現れ、そして口元を歪め、私に言った。

「なんだ、やっぱり貴方が“姉”だったのね」










「…………っ!?」

 バッ! と起き上がると、そこは見知らぬ部屋だった。
 木造の部屋、いつもと違う布団。……そこまで考えて、私は昨日のことを思い出す。そういえば、樹海の家に泊まったんだっけか。はぁ、と息を吐いて驚いた心を落ち着かせる。今の夢は一体なんだったのだろう。特に、最後の誰かの台詞、私を姉と言ったけれど、それがどうしたというのだろうか。私も私だ、何故か姉と言われただけでひどくショックを受けた気がした。……なんだか調子がおかしい。妖怪の山に来てからというもの、何かが狂ってしまったかのようにおかしい。早く地霊殿に帰ったほうがいいかもしれない。
 ……帰る……。そうだ、雨、雨はどうなっただろう。もう流石に止んでいてもおかしくはない筈だ。確認するために布団から出、よいしょと立ち上がったところで、

「あら、起きたのね?」

 背後から彼女に声をかけられた。

「っ!? あ、ああ、雛さんですか。おはようございます」
「もうお昼だけどねぇ」

 昼まで、寝ていたのか。今日もずいぶんと長く寝たものだ。
 それにしても驚いた。普段、心の声を読んで他人の接近を感知している私は、妹に背後から近寄られた時も同様にひどく驚く。心を読むのに慣れている所為で気配を読むことはとても苦手なのだ。

「まぁ、今日も雨だからゆっくりしていなさい。全く、何時まで降っているつもりなのかしら……」
「え、あ、ま、まだ降っているのですか」

 てっきり止んでいるものと思ったらそういうわけではないらしかった。まったく、不幸なことだ。

「まぁそう気を落とすことも無いわ。すぐに止むと思うし」
「? そ、そうなんですか?」
「ええ、きっと、ね」

 ニコリ、と優しく笑う。私は急に恥ずかしくなって顔をうつむかせた。

「あら、どうしたの?」
「いえ、何でも……」

 あなたの笑顔に魅せられていたとは口が裂けてもいえない。
 本当、どうしたらあんな風に笑えるのだろうか。私は笑っても笑顔にはならないらしい。以前ペットに笑いかけたところ、顔を真っ赤にして心を読む暇も無いままに逃げられてしまった。そんなに私の笑顔は恐ろしかったのだろうか……。ちなみにそいつは地獄鴉だったため、その後心の中を読んでも私の笑顔に関することは完全に抜けていた。私の笑顔はそれ以来誰にも見せていない。見たくもないだろうし。

「あなた、疲れない?」
「え?」

 突然、雛さんが私に話を振ってきた。疲れ、とは?

「初めて会ったときから、あなたずっと暗い顔をしているんだもの。そういう顔は私はとても疲れるわ、笑った方がずっと気持ち良い……。それとも、笑えない理由があったりして……?」

 今まさに考えていたようなことを言われ、私はドキリとなる。彼女が私の心を読んだ筈は無く、ただの偶然だろう。

「……いえ、この表情が板に付いてしまっただけですよ。今では私の特徴の一部みたいなものですね。そんな私とは逆にあなたは笑顔がとても似合っていますね。まるでいつも笑っているみたい」

 スルッと口から言葉が出ていた。体調が悪く気が抜けていた所為か、それとも彼女に安心しきっていた所為か、いずれにしろ私は自然とそう言っていた。

「いつも笑っている、か。そうね、そう在りたいものだわ」
「え?」
「いえ、こっちの話よ。……あなたはもう少し笑うべきね。表情が薄いとそれだけで相手に恐怖を植え付けてしまうかもしれないもの」
「恐怖、を?」
「表情は心の代弁者でもある。表情から他人の心の動きを読み取ることだって可能だもの」

 表情から? 分からない。そんなことをしなくても私の目は心を伝える。目さえあればそんな行動の必要性は皆無になる。よく無表情だとか言われるけれど、それはサトリだからで説明がつく。妹だって、目を閉じる前は私と似たようなものだった。

「そして表情は魔術のように他人の心を操れる。あなたも私の笑顔を見たとき何か思わなかった?」

 ドキッとする。心が読めないはずなのになんでこの人はこうも私の心を見透かしているのだろう。まるで操られているみたい。

「……別に」

 少し無理矢理誤魔化す。彼女と話していると、動揺することが多い。昔、こいしが心の目を閉じる前は、よく心を読まれていたのでこういうことで動揺はしなかった。けど、もう妹が心を閉じてから何百年も経ってしまった。故に、私の中に自分以外は心を読むことが出来ないという常識が出来上がっていた。

「……まぁ、人それぞれだものね。けれど私はあなたに笑って欲しくて笑いかけた、そのことは覚えておいてね?」

 そうしてまた、彼女は笑った。


 







「昔、山にサトリという妖怪が居たらしいわ」

 雛さんは唐突にそう切り出した。
 サトリの名前を聞き、私はビクリとする。ただ聞いただけなのに。
 私は雛さんに「はぁ」と曖昧な返事をした。

「……サトリたちは心を読むことが出来た。彼らの持つ心の目を以ってして、他人の心を読んだ。だからかしら、彼らは嫌われていた。そして恐れられていた。精神への影響を恐れる妖怪にとって、とても危険な存在だったから」

 彼女の言葉が私の心に突き刺さる。彼女は決して気付いていないだろう、そのサトリが自分の目の前に居るということに。

「彼らは鬼が山から去るとき、地底へと落とされた。そしてサトリは地上から消え、彼らはもう、ある意味伝説の中の存在になった」

 そういえばそうだった気がする。地上に居たのは、かれこれもう千年以上も昔のことなのだ、記憶にもほとんど無い。人間たちも、妖怪たちも、その多くがサトリの存在を忘れていたし。ただ、地底世界に来た時のことは覚えている。気付いたら地霊殿に居て、気付いたら灼熱地獄の管理を任されていた。地上での居場所を離れた時点で、少なくとも古明地さとりにはもう全てがどうでもよくなっていたのだ。

「かわいそうだと、思わない?」
「え?」
「ただ彼らは生きていただけなのに、当然のように当然のことをしていただけなのに、それなのに、地底に落とされてしまった。……実際に会っていないから何とも言えないけれど、私はきっと心を読まれても彼らを受け入れると思うわ。……口先だけ、と言われたらそれまでなのだけれど」

 ……知っている。そんなことを言って、実際には心の中で私を嫌っていった者たちを。彼女もそんな者たちと同じなのだろうか、今、私がサトリであると宣言したら、私を嫌うのだろうか……。

「けれど、心が読めてしまう、というのもまたかわいそうだわ」
「……?」

 心を読めてしまうこと、が……?

「……だって彼らはいつも心を読む、故に大切なものを見逃してしまっているんだもの」
「大切な、もの……?」
「……知りたい?」
「…………」

 頷く。
 私が見逃しているもの……心を読む上で……? そんなものがある、のか?
 サトリの目で見れないものも、確かにある。心の奥底、記憶や深層は見ることが出来ない。記憶は催眠術を使うことによって表象に持って来さえすれば可能だが。……けど、そういうものじゃない気がする。

「そうねぇ……じゃあ秘密♪」
「え?」
「ふふ……あなたがサトリでなければ分かるはずよ、こいし」

 サトリでなかったら理解できる……。ならば、私には決して理解できないじゃないか。

「考えなさい。答えはとても単純子供にだって分かるのだから」










 起きる。
 こうして私が雛さんの家に来て多分三日目を迎えたわけだが、一向に雨は止む気配を見せない。いい加減帰らないと拙いからそろそろ止んで欲しいのだけれど……。

「……案外、止んでいたりして」

 今は雨音と思しき音は聞こえていない。雛さんは居ないみたいだし、少し外を見てみよう。
 のそり、と起き上がり、玄関まで歩いていく。そして戸に手を掛け、開けた。

「…………」

 雨は降っていなかった。曇り空ではあるけど雨は降っていない。
 なぁんだ、止んでいるんじゃないか。じゃあ帰らないと。ペットにも心配をかけてしまう。
 私はやや心配な曇り空を見つめながらそう考え、家の外に出てみた。
 外は、この家を除いて他には何も無かった。広大な樹海が視界いっぱいに広がっているだけだった。この樹海を抜けるのには少々手が焼けるだろう。けど、それは飛べない人間だったらの話だ。飛べる妖怪は上へ抜ければいい。
 そう思って私が飛ぼうとしたところ、何か違和感のようなものを感じた。
 そう、まるで……これは……。

 ──なんだ、

 私の中に“声”が響く。つい最近聞いたばかりの声だった。心の中で聞くのは初めてだけれど。
 焦り、私は辺りを見回す彼女の姿は見当たらない。他に何も、なに、も……。

「ぁ……」

 雨だ。雨が降ってきた。止んだはずなのに、また降ってきた。降ってこなくてもいいのに。
 心が、乱れる。

 ──やっぱり、

 雨粒が私を攻撃する。死ね、消え去れと叫びながら特攻を仕掛けてくる。
 やめて、やめて、私は悪くない。何も悪く無い。なのになんで、なんで……。
 周囲に気配が生まれる。カタカタ、カタカタ、と音を立てながら何者かが出現する。
 私は吐きそうなくらい混乱している心をどうにか抑えながらそいつを見る。

「に、にん、ぎょう……?」

 あれは、流し雛と言っただろうか。川に流して、不幸を吸い取ってもらう人形。それがなぜ、ここに……、

「っ!」

 驚愕する。
 十、百、千……無数の流し雛が気付けば私を囲んでいた。おかしい、心の声すらしない人形が浮いていることすらおかしいのに、この量も、おかしい。何だ、なんなんだここは。わからない、何も分からない。

「やっぱり、」

 彼女の声が響く。
 もう周りには流し雛しか見えない。彼女の姿も、勿論……。
 突如、流し雛の群れが裂ける。そしてまるで一つの道を作るかのように一方向に開いた。
 私はそこを見る。そして、見つけた。

「貴方が“姉”だったのね? 古明地さとり」

 そこで、私の意識は切れた。










「どうも、“はじめまして”。“私が”鍵山雛。この樹海の主にして、流し雛軍団の長を勤めさせていただいているわ」

 起きた私に彼女が言った最初の言葉はそれだった。
 流し雛たちが私の周りを囲んだのは覚えている。そして、流し雛の「道」から彼女が現れたのも。……なるほど、彼女がその長、ということか。

「そして不幸を集めて回る厄神でもある。なんなら、あなたの災厄も引き受けましょうか?」

 クスリ、と笑う。その笑みはいままでの晴れの日のような笑顔とは違ってとても妖艶な笑みだったが、それもまた、彼女には不思議と似合っている気がした。

「余計な仕事が入らなければさっさと来れたんだけど、すまないわね」

<全く、雨の日に厄を渡しに来いだなんて……>

 心が……読める?
 前に彼女と話したときは読めなかったはずなのに……。
 …………。

「……あなた、“前の”雛さんとは別人ですね? 一体何者ですか」

 私は恐る恐る聞いた。けど別人なことは確かである。何だろう、実体を感じるというか……。

「……流石ねぇ。流石サトリの国のさとり姫。普通の人には分からないことも分かる。なら、今の私とさっきまでの私、どう違うのか分かるかしら?」

<サトリならば、分かるはずよ。人の心の奥底を覗いたことがあるあなただったらね>

 いつからだろう、私がサトリだとバレていたのは。……バレているのならば、バレるのを恐れることも無い。せいぜい嫌われるのを待つだけだ。それしか、私には出来ない。
 私の目は確かに心を読むことが出来る。けどそれは思考──つまり今現在考えていることだけだったりする。催眠術を用いれば記憶や奥底も覗けるけれど、時間がかかる上に体力を使う。あまり日常生活ではやらない。

「…………なかなか難しい思考をお持ちのようで。生憎私の力は他人の思考を読む力であって奥底を探る力ではないのですよ。出来ないことはありませんが。……出来れば教えてくれませんか? 何故、少し前のあなたは心が読めなかった……いや、心が“無かった”のかを」

 彼女の心が読めなかったのではない。だって心の声を出さないことなど、妹を抜いてありえないのだから。ならば何故声が聞けないのか。簡単、そんなもの、何処にも無いからだ。

「……──流符「流刑人形」」
「!」

 彼女は突然、胸元から一枚のカード──スペルカードを取り出して宣言をした。咄嗟に私もカードを取り出す、が、

「「こうして私は“監視”する」」

 彼女は二人になっていた。
 全く同じ姿、全く同じ格好をした二人の少女が私の目の前にいる。ただ、唯一相違点を挙げるとすれば、片方は心が存在していないということだろうか。

「「私は厄神。この樹海にいて、この樹海の厄を監視し、集め続ける。樹海が余りに広大なため、私は私の部下に私の仕事をさせているのよ。小さな小さな流し雛も然り、この「流刑人形」も然り。「流刑人形」には私が自ら乗り移り、遠隔的に動かしている。樹海で何か流し雛に対処できないようなことがあった際にすぐに向かえるようにね。あなたがここに着てから数日間、私は山の上に用事があったから「流刑人形」にあなたの世話をさせていた。あなたと私はさっきの雨の中で始めて出会った。それまであなたは「流刑人形」の存在し得ない心を必死で読んでいたのよ」」
「なっ……!」

<あら、真っ赤になって可愛い>

「はぅっ!? へ、変なことを考えないでください」

 要はこの前の人間が持っていた玉とかと同じ理屈か。
 本体では無いから心も読めない。

「あ、でも実際は私本人があなたと接していたのと変わり無いようなものだから記憶はちゃんとあるわよ。さとりの寝顔とか、さとりの寝顔とか、さとりの寝顔とか」
「それは忘れていいですよ! ああ思い出さないでください!」

<私の心のアルバムに、また一ページ……>

「刻まないでください!」

 余計なことをしようとする雛さんを止めつつ、次の話を振る。

「もう一つ、教えていただきたいことが」
「何かしら?」

 ニコリと、笑う。それを見て私は、やはり鍵山雛だ、と感じた。思わず笑みがこぼれる。

「あなたの笑顔、不思議ですね。私は今までそんなに温かい笑顔に出会ったことが無い。いえ、出会ったことがあるのかもしれないけれど、とうに忘れてしまったんだと思う。思わず、こちらまで温かくなってしまいます」

 言うと雛さんはキョトン、として、

「ふふ……ようやく雨が止みそうね」

<晴れる、か>

 クスリと笑った。

「?」
「いえ、ようやくあなたが笑ってくれた、ってね」

<綺麗な、笑顔だったわ>

「あ…………」

 気付くと雛さんが私の頭を撫でていた。

「そ、それで教えて欲しいのですが」

 私は気恥ずかしくなり、話の方向を変えようとする。

「なぁに?」

 しかし、雛さんは撫でるのをやめなかった。……仕方ないのでそのまま話す。

「何処を見てもあなたの心には私を嫌う要素を見つけられない。それは何故ですか? 私が出会った人は、必ずどこかに私を嫌う節があった。それなのにあなたは──「あのね」──?」

 雛さんが私の言葉を遮り、話し始める。

「人も妖怪も、神様も、心を持っている限りは嫌いという感情を持たざるを得ない。かならずどこかで持ってしまう。それはあなたに対してだけじゃなくて、全ての人に対してね。あなたは、自分のサトリという種族が嫌われる原因だと考えた。ええ、それもそうかもしれない。けれど、本当にそれだけかしら? あなたも心を持つものなら、他人を嫌ったりする感情くらい持つはず。それなのよ。あなたは自分だけが嫌われ者だ、って思ってしまうから自分に対する他の者の嫌う感情が強いものとして受け取ってしまう。……実際は、あなたは存外好かれているのかもしれないわ。ただ、あなたはそれに気付けなかっただけ。嫌われる感情だけを見てしまっていた、だけ。…………私は、他人を嫌いになるには余りにも不幸を見すぎたから。だから、心から誰かを嫌うことなんて出来ない。それがきっと、あなたには綺麗に見えたのかもしれないわ」

 ……ようやく分かった。彼女の言っていた私にはわからないこと。ずっと見逃していたこと。私が心を読む上で見失っていたこと。あぁ、確かに分からない。心を読むことでしか生きることが出来ない私や、妹には分からないだろう。なぜなら自分の能力しか信じるものが無いのだから。“嫌う理由”まで目を向けるほどの余裕は、少なくとも私には無かった。
 そう、か、そうか。私は見過ごしていたのかもしれない。不注意だったのかもしれない。嫌悪の感情だけに目が行って、その裏にある感情に気付けなかったのかもしれない。

「あなたは少し自らを卑下にしすぎる。もうすこし、自分を愛されるものと考えても罪は無いはずよ?」

<あなたは、実は自分の知らないところで、とても愛されているのかもしれないわよ?>

 言って、雛さんは私を抱き締めた。とても、温かかった。










「では、お暇させていただきます」

 雨が止み、私が雛さんの下を去る時が来た。
 ドス黒く空を覆っていた雲も今は無く、気持ちの良い青空が広がっていた。

「晴れてよかったわ。ずっと雨が降っていたから、ずっと止まないんじゃないかって、実は少し心配だったのよ」

<洗濯物も乾かないしねぇ>

 彼女がほっとしたふうに言う。確かに、随分と長く降っていたものだ。

「……いろいろと、ありがとうございます。寝る場所の提供から看病までどう感謝したらいいのやら」
「いいのよ、私はそういう性格なんだから。私が好きでやったことと受け取って頂戴」

<私以外には、誰もする人はいないしね>

「……ありがとうございます」

 私は雛さんに頭を下げた。感謝してもしきれない。そういう気持ちを込めて。

「では、そろそろ」

 地霊殿では、もしかしたらペットが待っていてくれるかもしれない。今までほとんど私の目の前に姿を見せなかったペットたちが待っているとは限らないけれど、地霊殿の主として長く空けるのはあまりいいことではない。名残惜しいが早く帰る必要がある。

「これからも、笑顔を忘れないでね? あなたの笑顔は、とても綺麗な笑顔だから」

 言って、彼女は笑った。

「はい……ありがとうございます」

 私も、笑った。










「ただいま帰りました」

 私は静かな館の中に声をかける。返答は無い。それもそうだ、動物の姿のペットは話が出来ないし、人間の姿のペットも、あまり私の前には姿を見せない。人間の姿になると、心を読まれるのを嫌う感情を覚えるのだろうか。
 ……今度会ったら、他の感情も見てみたいものね。彼女に言われた今なら分かる。きっと、ペットたちが持っている感情は、嫌悪感だけじゃないと思うから。
 地霊殿には多くの部屋がある。旧灼熱地獄の管理小屋にしてはたいそう大きな屋敷で、内装もかなりのものだが、その実、屋敷自体に住んでいるのは二人だけである。しかもそのうち一人は滅多に帰ってこない。実質、この館に住んでいるのは私一人なのだ。そのため多くの部屋は使われておらず、機能しているのは私の自室と書斎くらいだ。私の部屋と自室はつながっているから、ほとんど一室だけれど。
 流石にいろいろ疲れた、しばらく寝たい。
 そう思い、自らの書斎のドアノブに手をかけて、気付く。
 心の、声……?

 ──ガチャ……

「誰ですか? 私の居ない間に私の部屋に入っ「さ、さとり様──!!」!?」

 部屋に入った瞬間に私に抱きついてくる二つの影。空と燐……?

「し、心配してたんですからねー!?」
「うにゅー! そうですよー! どこに行ってたんですかー!」

 涙目で私に言葉をぶつける二人。心の中でも外でも、変わらないことを考えている。

「え、えぇすみません。何日も空けてしまって…………」

 驚いた、ずっと私を避けていたこの二人が、こんなにも私のことを心配してくれていたなんて……。てっきり、私のことなど忘れて灼熱地獄の管理をしているものと思っていた。

「そうですよー! いっつも居るさとりさまが居ないから、こう、寂しかったじゃないですかー!!」
「私も私もー! 心にポッカリと穴が開いたみたいで……」

 私が居ないと寂しい……? 私が居ないと寂しい……。……なるほど、私は彼女の言うとおり、少し自分を卑下にしすぎていたみたいだ。確かに私はもう少し自分が愛されていると思っても罪は無いかもしれない。

 ふふ、と笑い、二人を抱き締めて私はこう言った。

「ありがとう」










「あらあら、まだ居たのね? ……ええ、はじめまして、って言うべきかしら。……なんでサトリを知っていたか? ……舐めないで欲しいわね、私はあなたたちよりは多くの時を過ごしているのよ、これでも。え、違う? なんで彼女が古明地さとりだって分かったのか? ……ふふ、答えは簡単。私はサトリと会ったことは無いけれど、サトリを遠目で見たことはある。そして古明地さとりと古明地こいしの姉妹のことも、話に聞いて知っていた。これでも私にも一応友人が居るのよ、そのツテで知ったの。……彼女──さとりのこと? ……私は彼女に対して出来る限りのことはしたわ。それが、あなたの望んだことかどうかまでは知ったことでは無いけれど。無論、私にはあなたのことは見えていた。無視もしていなかったでしょう? ちゃんと彼女にも暗示したのに、彼女は気付いていなかったみたいだけど。……ハッピーエンドだったでしょう? 彼女のトラウマであった雨も、新しい心の見方と笑顔を知ったことで止んだ。彼女のトラウマと私の厄で降っていた雨は、ようやく止んだ。あとは彼女次第だけれども、きっと彼女なら出来るでしょうね。……それであなたはどうするの? 彼女にだって出来たことだもの、あなたに出来ないわけが無い。あなたはただ逃げているだけ、逃げて、強くなった気でいるだけ。けど、逃げて逃げて逃げても、不幸はそんなのまるで関係が無いかのようにすり寄ってくる。少なくとも、あなたには逃げることは出来ないでしょうね。教えてあげましょうか? 不幸を、あなたの逃げているものをどうにかする方法を……。簡単な話、受け入れてしまえばいい。だってあなたは“当然”から逃げているだけなんだもの。あなたが逃げているものは、あなたには不幸と感じられるかもしれないいえれど、私や──彼女から見ればただの当然。最初から逃げることなんて出来ないのよ。だって、彼女は受け入れ、そして耐え続けた。あなたはどうかしら? 心を閉じることで逃げ切った気でいるうちは本当の強さなんて分からない。いくら無意識になっても、私には考えないことで開き直っているようにしか見えないわ。……ねぇ? ──古明地こいし」
この度は私の作品を読んでいただきありがとうございます。

今回のお題は「雨」ということで少し悩んだのですが、結果としてこの様な作品に落ち着きました。いかがだったでしょうか?
元々私は雛とさとりの話を考えていましたが、しかしそれは上手くまとまりませんでした。今回はせっかくのこんぺということで、私だってできるんだという気持ちの下、書いてみた次第です。

この作品、こんぺの「雨」というお題の他に、私が独自で埋め込んだお題があります。それは「笑顔」です。私が古明地さとりというキャラクターに初めて出会ったとき、彼女の優しい笑顔を見てみたい、と思ったのです。そしてそれは東方風神録で鍵山雛と出会ったときと同じ感覚でした。
古明地さとりの不幸である「雨」は彼女が「笑顔」になった時にようやく止む。
ぜひ、雛にさとりを笑わせて欲しい。そう思って、書きました。

……と、長々と書き連ねましたがいろいろとギリギリな状態で書いたこの作品。楽しんでいただけたら幸いです。

……さて、受験勉強がんばるぞぉ!
メガネとパーマ
http://gandp.web.fc2.com/
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2009/11/21 21:21:03
更新日時:
2009/11/21 21:21:03
評価:
17/18
POINT:
97
Rate:
1.36
1. フリーレス A ■2009/11/22 03:18:19
楽しめましたよ〜
できればもっとよく練ってあるこの作品が読みたかったです
2. 7 バーボン ■2009/12/13 22:41:59
さとりと雛って中々見ない組み合わせだと思うのですが、この話は面白い絡ませ方だと思いました。
雛の台詞が若干説明口調っぽく感じたのと、さとりが雨に対して気を失うくらいのトラウマを持っている事が不思議だった(地霊殿EDとかだったらごめんなさい、クリアしてないのがあります)のが残念な点。
文章は全体的に丁寧だと思います。「──ぐきゅる〜☆」だけは違和感を覚えましたが、許容範囲。

コンペの結果発表はちょうどセンター試験の頃ですね、受験頑張ってください!
3. 4 神鋼 ■2009/12/14 21:21:25
ところどころ疑問も残りましたがいいお話でした。
4. 8 静かな部屋 ■2009/12/15 20:52:20
雛さん!


雛さん!
なんかそんな感じでした
5. 4 藤木寸流 ■2010/01/04 02:19:08
 このさとりは、嫌われ者だから気にしないよって言ってるわりに無茶苦茶気にしてるじゃん、という感じ。自虐が酷くて読むのが辛いところも。雛の立ち位置は好きではあるんですけど、何だか超然としすぎている気も。こいしの存在を気取ったりだとか。
6. 2 パレット ■2010/01/10 05:15:49
 さとりが自分を嫌われ者だと認識している面については書けてたし、(雛の厄と)さとりのトラウマで雨が降っていたってのは面白いネタと思います。
 ただ、雛が親切すぎるというか、雛がどういうキャラなのかよくわからなかったところがあったかも。
7. 7 白錨 ■2010/01/10 10:42:52
雛が二面ボスらしからぬ、カリスマを持っている! というのが第一印象でした。
さとりも雛もダークサイドな印象を持つ二人なので、波長が合うのかもしれませんね。
最後のこいしに向けた言葉は効果的だったと思います。
8. 7 椒良徳 ■2010/01/11 18:58:09
>……さて、受験勉強がんばるぞぉ!
もう11月だ! SSなんて書いてる場合じゃねえぞ!

それはさておき、これは実に良い作品ですね。
なんというかその、雛がすごくお姉さんって感じがしてもうたまらないのです。本当にいい女だ。
さとりもそりゃ魅了されるのが判ります。
こういう作品が書けるというのはうらやましいですね。
傑作というには力不足ですが、文章は読みやすく、
さとりや雛の新たな魅力を見つけることができたのでこの点数をつけさせて頂きます。
あなたの他の作品も読んでみたいですね。

最後に一言。受験頑張ってください。
最近実力主義だのなんだのと言っていますが、糞ったれたことに学歴は実力ですので。
9. 7 詩所 ■2010/01/13 22:12:30
 人の心が見えないから不安になっることはありますけど、人の心が見えても不安は拭えないのですね。
 ほんの少しだけさとりさんの顔が綻んだ良い話でした。
10. 6 ホイセケヌ ■2010/01/13 22:55:50
r、ホ椄キ、、ミヲ、ネ。「、オ、ネ、熙ホソノ摂、、ミヲ。」ヒス、マ、ノ、チ、鬢篌テ、ュ、ヌ、ケ、シ。」

、ス、、ネラ矣、ホフィヤ~、マメンヘム、タ、ネヒシ、テ、ソ。」
11. 4 deso ■2010/01/14 00:26:48
序盤でしつこく嫌われ者を自覚して、サトリであることを受け入れているようにも見えたさとりが、雛の前で嘘をついてまで素性を隠そうとしていたことにどうにも違和感をおぼえます。
もっとも、そうしないと話が進まないのだから、そこは言うだけ野暮なのですが。
あと、三点リーダの箇所が多すぎるかと。
この長さで150箇所というのはちょっと。
12. 8 2号 ■2010/01/15 10:08:45
さとりの厄を落とすというのは、なかなか新鮮でよかったです。
ペットがいい味出してるのもあって読後感もさわやか。
良い話をありがとうございました。
受験もがんばってください。
13. 3 八重結界 ■2010/01/15 15:58:11
 題材の扱い方は良かったのですが、いかんせん読みにくかったのでこの点数を。
14. 7 零四季 ■2010/01/15 19:40:38
話も、伏線としても上手く纏まっていたのではと。ただ、終わり方をああやって捲し立てる形にしたのはちょっと違和感が残りました。種明かしとしては良いのだけれど、その分物語としての綺麗さを損なっているような気がしたので。
笑顔の光る彼女たちになれれば(それはちょっと怖いかも
15. 6 やぶH ■2010/01/15 20:51:20
受験勉強……コンペが終わる頃にはすでに佳境ですね; お体には気をつけて。
お話の方は、ちょっと物語の全体像、そして雨のトラウマがわかりにくいかな、と思いました。
でも、さとりんの笑顔については、大賛成でございます。GJ雛。
16. 5 時計屋 ■2010/01/15 22:44:53
 さとりと雛という珍しい組み合わせですが、双方の持ち味が生かされていて良かったと思います。
 雛が諭し方も、説得力のある内容でした。ただ一気に長文で説明するのではなく、そこにさとりの反応も適度に挟んだりしてみると、より読み手の心を動かしたのではないでしょうか?
 後、雨をトラウマスイッチにもってくる案は良いのですが、ちょっと入り方が唐突かな、と思いました。もう少し前振りを印象的なものにするか、徐々に想起していく描写にしては如何でしょう?
 もっとも私も今回のこんぺでやらかしているのであまり偉そうな事は言えないのですが……。
17. 7 如月日向 ■2010/01/15 23:03:46
 止まない雨は、さとりが自身の心を無意識に想起したものだったのですね。
 雛も神様なんですね。言葉の重みが違いますっ。

〜この作品の好きなところ〜
 雛にからかわれるさとりが可愛らしかったですっ。
18. 5 木村圭 ■2010/01/15 23:11:26
やだこのさとりさん可愛い。
作中では触れられてないけど、雛も昔は似たようなことで悩んでたのかもしれないなぁとか何とか。
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