EXTRA WORLD

作品集: 最新 投稿日時: 2009/11/21 22:13:01 更新日時: 2009/11/21 22:13:01 評価: 23/23 POINT: 138 Rate: 1.36
 闇の中に絶叫が響く。

「ぎゃああああああああああっ!!」
 叫び声で喉が痛い。
「ひぃょえええええぇぇえええっ!!」
 ごうごうと渦巻く風が私の叫びをさらい、大きく開けた私の口の中にも吹き込んでくる。
 我ながら無様な悲鳴だと思うけどそれどころではない。
 あ、こんにちは、稗田阿求でございます。
 実は今、わたくし落下しておりまして、風に巻かれてくるくると廻っております。
「もう! あんまり離れないでって言ったでしょ!」
「そんなこと! 言われてもおおおおおおおお!!」
 足が下になりスカートが盛大に捲くれ上がったけど、そんな事は気にしてられない。
 壁! 壁が近い!
 縋るように上を見ると、暗がりの中でも紅白の衣装が見えた。
 逆巻く風の中に翻る装束が見える。
 ばたばたと、袖といわずスカートと言わずリボンと云わず、黒髪をも逆立てるようにして私を追ってくる。
 また風向きが変わり、私の落下軌道も変わった。
「あ! そっち行ったら!」
「え! なんですか!?」
「後ろ後ろ!!」
 風に散らされる霊夢の声に後ろを振り返れば、そこには驚愕の表情を貼り付けた金色の髪の少女が――

 ごちん

 猛烈な衝撃。
 そして私の意識も闇の底へと落ちていった。
 暗転。





 話は数時間前に遡る。





 私は博麗神社を訪れていた。
 風や鳥の声しかない自然の静寂。
 掃除こそ行き届いているが境内にはひと気がなく、閑古鳥と妖怪の交代シフトは相変わらずの様子。
「で、何の用なのよ」
 私が持ってきたお茶と私が持ってきた煎餅を交互に口に運びながら霊夢が問う。
「いえ、よく生きていけるなあ、と」
「喧嘩なら買うわよ」
「や、失礼」
 煎餅を咥えたままに促す視線。
 貫禄があるといえなくもないが、花も恥らう乙女の所作とは言えない。
 これでも神秘の巫女だというのだから、私の縁起にしても情報の捏造をどうのこうのという奴等に面と向かって抗議できないわけで。
「はぁ……。まぁいいです。今日来たのは、護衛の仕事を依頼しに」
「いやよ面倒くさい」
ばりん、と即答された。
「魔理沙でいいじゃないの。きっと研究するフリにも飽きてる頃だろうから喜んで受けると思うわ」
 見事な推察。
 研究のフリとは随分な物言いだけど、たぶんあってる。
 煎餅ごと話の出足を砕かれた私は、しかし怯まず続ける。
「今回の取材場所は、霊夢さんの方が都合がいいんですよ」
「何処に行こうっていうのよ」
 頬杖をついたままの霊夢は私が譲らない気でいると気付いたらしく、視線で続きを促す。
 私はその縁側に丸まっている年寄り猫のような視線を受けてこう告げる。
「行き先は、地底です」

 幻想郷縁起。
 私が何代にも渡って書いている妖怪図鑑のようなもので、時間や取材対象の許す範囲で幻想郷に住んでいる妖怪、神、妖、なんでもかんでも書き綴ってある。
 九代目の阿求たる私の担当はこの前提出を終え、今は転生準備を始めるまでの暇な期間だ。
 ほんとは遊んでいてもいいし、実際、私の生い立ちを知っている人や妖は遊びに来てくれたりもする。
「ところがですね」
 守矢の神社が引っ越してきたあたりから、いろいろと新顔が増えた。
 厳密に言えば地底の交流が途絶えているだけで、もともと幻想郷の住人ではあったわけだけど、行き来する手段が無いとなれば書き記す事もなかろうと無視を決め込んでいたエリアでもある。
 今判っているだけも上と下に「遠いけど繋がっている地域」があるのが知れてしまっている。
 天人は例外を除けば交流を持ちたがらないからいいにしても、地底はうっかり迷い込む可能性と、湧いてくる妖怪がごくまれに存在するので放置しておくのも寝覚めが悪い。
「加えて云うならば」
 最新の問題は里の近所に出来た寺である。
 命蓮寺という飛行可能な船。
 そこに住まう聖白蓮を筆頭とした妖怪の一派。
 話題が命蓮寺の事になると霊夢の眉間に皺が寄った。やはり気にしているらしい。
「で、誰の差し金でここに来たの?」
「差し金だなんて人聞きが悪い。ちゃんと自分の意志と足で来ましたよ」
「あー、もう、早苗のところといいあの寺といい、最近商売敵が増えてきて鬱陶しいったらありゃしない」
 心底面倒くさそうな霊夢は残っていた煎餅をごりばりと奥歯で砕き、そのままぎぎぎと歯軋りまでしてみせた。
「……紫ね?」
「あら、お分かりで?」
「こんな事言って来るやつなんて、他に何人も居ないじゃない……紫ィ!!」
 ずがん、とふすまを開けるが、そこにはもぬけの殻となった布団があるだけ。
「あいつめ、人んちで寝てたくせに、一体いつの間に……」
 へぇ……。

 八雲と博麗と稗田は協調関係にある。
 今更思い出すのも面倒だけど、稗田と博麗は幻想郷の為にババを引いたようなもので、ご先祖様の残した役目を延々と引き継いでいかなければならない。
 ならないとか云うと単なる重荷に思われがちだけど、役得もそれなりにある。
 世界が変わっていく様子を連続して見られるだなんて、常人にはありえないことで、妖怪にだってなかなか許されない。
 なにせ発生が幻想郷より遅ければそれ以前は知らないわけで。
 まぁ、こんな事に喜びを見出すという時点で、普通の人とは少し違うんでしょうね。

「まあいいわ。紫から報酬が出るっていうなら、その仕事引き受けるわよ」
 稗田が博麗に依頼をするとなれば、それは幻想郷の事に繋がっているとみていい。
 転生ではなく引継ぎである博麗の巫女も、その程度には自覚があるらしい。
 紫さんから報酬が出るとは一言も言っていないが、霊夢のことだから適当に奪い取ってくるのだろう。
「お腹もいっぱいになった事だし、腹ごなしにちょうどいいわ」
 気付けば煎餅は一枚残さず消え去っていた。
 ひとりで全部食いやがった、二十枚はあったのに。





 話は地底に戻る。





「うう、い、たたた……」
 じんじんと猛烈に痛む頭を押さえながら身を起こす。
 身体があるところを見るに、どうやらまだ小野塚様の厄介にはならないで済んだらしい。
 ここは……縦穴の途中の岩棚か。
「……そう、ドラゴン前に寄り道しておかないと……」
「ちょっと大丈夫? まだ起きなくてもいいわよ?」
「あ、いえ、ちょっと記憶が混線していただけです」
「風が強いんだから気をつけなさいって言っておいたでしょう」
「そ、それをフォローするのが、護衛の役目でしょうに」
 紫さんが霊夢を推薦した理由は、もちろん幻想郷管理者の片棒を担ぐ一族だから働けという事があるけど、それ以外にもうひとつ。
 空を飛べない私がどうやって地下世界へ降りるのか。
「風が強いとは聞いていましたが、これほどとは」
 魔理沙さんに依頼しなかった理由はここにある。
 彼女の箒の後ろは何度かお世話になっているけれど、お世辞にも乗り心地がいいとは言えない。
 そんな乗り物で強風注意報の奈落道を降りたくないというのは、決して間違った判断ではないはず。
 飛べない私の為に紫さんが用意してくれたのは、以前霊夢が地底に降りる時に持たされたという宝珠。
 布で包んで腰の辺りに結んでいたのは良かったけれど、いざ浮かんでみるとお尻のあたりから吊り下げられているような、結構間抜けな姿になっていた。
 いや、格好はいい。
 道理を引っ込め、飛べない人間が宙に在るだけも十分に分不相応というものだ。
「だから、あんまり離れるなって云ったでしょうに」
「ひとに構わずどんぱち始めた人のいうセリフですか!」
 しかし、縦穴を降りて数分で妖精やら妖怪がちょっかいを出してきた上に、霊夢も構わず応戦し始めたのだ。
 珠は術者本人に依存する形で飛行できるとだけ聞かされていたので、まさか離れたら風に流されて気ままに落下を始めるとは思わなかった。
 防御と結界のエキスパートを頼ったのはこういう事態も想定していたのに……
 無事だったから良かったものの、何かあったらどうするつもりだ。
 あの古狸め、帰ったら絶対に文句言ってやるんだから。

「で、そろそろ謝罪の一言も欲しいんだけど」
 風に巻かれて壁面に激突しそうになった私を救ってくれたのは、地下との境に住んでいるという橋姫でした。
 怜悧な緑の瞳は不機嫌に細められ、私のことを睨んでいる。
 救ってくれたというか、壁より先にぶつかっただけというか。
 おでこが真っ赤に腫れている様子が薄暗い中でも判ってしまうあたり、かなり申し訳ない。
「いやもうなんとお礼とお詫びを申したらよいものか、そこにいる役立たずの護衛に後日お詫びの品を持たせますので今日のと
ころはご容赦いただきたく」
 へこへこと頭を下げると、水橋さんは不機嫌そうに鼻を鳴らして踵を返してしまった。
 その後ろ姿を見送れば、スカートから揺れる特徴的な飾り紐に目を奪われる。
 あ、話を聞きそびれた。
「取材対象だったのに見逃してしまいました」
「アンタって案外タフだと思うわ……」 
「このくらいでないと縁起なんて書けませんって」
「まぁいいけどね。ほら行くわよ」
 気合でどうにかなる事だってある。
 そうしなければ生きていけない時代だってあったんだ。
 水橋さんとぶつかったおでこが痛いけど、別に死ぬような事はない。
 よし、と気合を入れた所で 懐かしさを感じる重さを感じる空気に気付き顔を上げる。
 地下水道の先に明かりが見える。
「見えてきたわ、あれが旧都よ」





 旧都。
 地獄のスリム化の際に切り捨てられた区画で、主に地上を追われた妖怪などでコミュニティを形成している地域。
 来歴は四季様から何となくは聞いたことがあったが、実際にこの足で来るのはもちろん初めて。
「……本当に天井があるんですね」
 地下空洞には太陽も星も月もなく、遠くを見ても闇のは果てが見えない。
 思っていたよりも気温が高く、ジメジメしているという事もない。平たく言うと快適といってよかった。
 明かりは町角のあちこちに焚かれている篝火が主で、建物が似通っているせいもあって里の夜を連想させる。
 土が露出した往来の先には、人とは違う形の影が見えている。ちょっと見ただけでも相当な数がいるのが判った。
 うわぁ、覚えきれるかしら。
 私が観察しながら歩いていると、霊夢はずかずかと歩いていってしまった。
「ちょ、ちょっと」
 正真正銘の地獄を歩くにしてはあまりに無防備というか
「何も考えてないんですか、ですよね」
「失礼な事言わないでよ、あんたがいる時点でこそこそしてても見つかるのは時間の問題。だったら寄り道しないのが一番なのよ」
「だからって、こんな大通りを!」
「あんたの大声の方が目立ってるわよ」
 慌てて口を塞ぐと、霊夢は言う事はないとばかりに歩き出した。
「あ……、んもう!」

 実際の所、博麗の巫女は阿礼乙女以上に目立った。
 伝え聞く間欠泉騒動の際に大暴れした所を目撃した者が多く、歩いているとそこかしこから挨拶される。
「顔パスっていうんですかね」
「そお? まあいいじゃない、こういう役得もあるんだしさ」
 霊夢の手には何かの肉を焼いた串が数本。私も同じものを一本持っている。
 露天を開いていた豚頭の妖怪から貰ったものだけど
「これって、共食いだったりしないのかしら……」
「食べないの?美味しいわよ」
 通りは縁日のような様子で、そこいら中に屋台が連なり、笛やら太鼓、三味の調べも聞こえてくる。
 何かのお祭なんですかね? と首を傾げつつ串に噛み付く。
 あ、美味しい。でもこれ豚肉っぽい。
 上でも妖怪兎が兎鍋に反対してたっけなぁ。幻想郷は平和です。

「まだ歩くんですか? 多少遅くてもいいから飛んでいきません?」
「まぁ、確かにちょっと遠いけどね、ヘタに飛ぶと目立つのよ」
「これで目立ってないという……」
 今私達がいるのは橋の上。
 旧都は水路が多く、それにあわせて橋も多かった。
 里には水路がいくつかあるだけなので、人が十人くらい並んで歩けるようは橋は初めてお目にかかる。
 水路も整備が行き届いていて、地底の建築水準が伺えた。
 霊夢の話では目的地の地霊殿は旧都の奥地、あまり妖怪も立ち入らない地域に建っているらしい。
 出自が灼熱地獄で今尚怨霊も多く、用のない者は近付かないのだそうな。
 橋の上から指された方角を見ると、確かに町外れに妙な明かりの建物があった。

 私がメモ書きをしている様子を、霊夢が徳利を傾けながら見ている
 欄干の上に皿があり、それどころか徳利が加わっていた。
 それにしてもお金なんて払っていないのに、彼女の手に食べ物がどんどん増えていくのはどうしてなのだろう。
 大皿の上には見た事のない赤味の魚らしき切り身が。ぬぬ、美味しそうだ。
「折角書いてる所に悪いんだけど、ここに人間が来る事って殆ど無いんじゃないの?」
「性分なもので」
 直接取材をしないにしても、ここは妖怪が多すぎてつい癖で仕事をしてしまう。
 性分とはいったものの、半ば条件反射といってもいい。
 これでは霊夢が呆れるのも無理はないかと自嘲する。

「よーし、皿が片付いたわ。じゃあ行きましょうか」
 指を舐める仕草ははしたないが、不思議と下品に感じなかった。霊夢の素が出ているからだろうか。
 書き物がひと段落するまで待っていてくれたのかな。
 と、視界の端で壁が動いた。
「おー、いたいた! そこの紅白の嬢ちゃんよぅ!」
 遠雷のような声に揃って振り向けば、橋の袂、往来の真ん中に青鬼が立っていた。
 壁だと思ったのはこれらしい。
 アーチ状の橋の上から見ても、視線の高さがあまり変わらない見事な体躯、作務衣のようなざっくりとした服、ヒゲと髪はもじゃもじゃで、天を衝くような二本角とあわせて「これぞ鬼!」という風貌をしていた。
 さぞや金棒が似合う事だろう。
「歩いた方が目立たないって言ってませんでしたっけ」
「誰かしらそんな適当な事を言った奴」
 私の嫌味に肩を竦め、やる気の無さそうな霊夢はそれでも鬼に向き直った。
 出掛ける事を持ちかけた時と同じ顔だが、歩を進めるうちに口元が笑みの形に曲がっていくのが見えた。
 橋を降り、壁のような巨体の前に立つ。大きさだけなら霊夢の三倍はある。
「アンタ、あの星熊とやりあったんだってな」
 その一言でこの鬼が何をしに来たか知れ、あまりに予想通りの展開に私は小さく噴き出した。
 ああ、今なら彼女が何を考えているのか分かる気がする。
 きっとこう言う。
「まったく……「「何処へ行っても妖怪ってのは!」」
 素人の私でも判るくらいに雰囲気が変わり、対する鬼の顔に喜の色が浮かんだ。
 既に周囲は退避済み。
 通行人はそのままギャラリーとなり、観衆はやんやの喝采だ。

 次の瞬間、四斗樽ほどもある陰陽珠が鬼の顔面にめりこんだ。
「レディファーストよ」
「ぶはっ」
 不敵に笑う巫女。
 鼻血を噴きつつも、ぎわりと笑みを浮かべる鬼。
「悪いけど!今日の私、このあと用事があるのよね!」
 振り下ろされた鉄拳を巨大な宝珠が迎え撃つ、轟音が響き、珠と拳が逸れ、しかし二撃目の珠が鬼の股間に直撃した。
 青鬼の顔が青くなる。ギャラリーからも悲鳴。
「があっ!」
 吼える青鬼は、豪っと火炎弾を吐き出した。
 ひらりと躱した霊夢はとんぼを切り、宙を舞いながら大量のお札をばら撒いた。
 闇に舞う札は炎の照り返しで朱に輝き、花吹雪のような光景に感嘆の声が漏れる。
 とん、と靴が欄干を鳴らし、それを合図に札が襲い掛かった。
 圧倒的な札。
 一方的な針。
 危うい足場を舞い翔ければ、その所作ひとつが弾幕を呼ぶ。
 高さの優位を失った鬼は滅多打ちにされ、それでも火炎と拳で応戦している。
 行き交う攻撃の音。
 宝珠を頭突きで返した鬼は、紅白の蝶を掴まんと腕を突き出す。
「ぬあ!?」
 だが伸ばした手は空を切り、一瞬後、鬼の顔には霊夢の両足が突き刺さっていた。
 静止。
 青鬼は顔に霊夢を立たせたままにふらつき、二歩三歩と後退してからゆっくりと倒れた。
 巨木が倒れるような音が響き、そのあとから袖を翻した霊夢が降り立つ。
「ま、こんなものよね」
 髪を払い勝利宣言をすると、周囲からわぁっという歓声と拍手が巻き起こった。
 私も一連の流れがまるで舞踊のように思え、その見事さに思わず手を叩いていた。
 思えば、霊夢の戦う様子を間近で見るのは初めてかもしれない。
 慧音先生の性格そのものみたいな真っ直ぐな光術や、妹紅さんの妖術は見たことがあるけど、これはそこから一段別の戦いだった。
 これに勝とうと言うのだから、魔理沙さんは努力のし甲斐があるというものだ。
 今見た青鬼の記憶をメモに書き出していると、周囲の人垣が騒がしくなってきた。
 霊夢の鮮やかな蛮行に惚れ入った連中が興奮しているようだ。
 宴会でもたまに見る光景で、こうなると私のような非戦闘員は逃げた方がよくなる。が、この百鬼夜行のなかでどこへ逃げよう?
 いかな霊夢とて、まさかここにいる連中を全部ぶちのめすわけにも……
 私の危惧の視線の先、霊夢は悠然と近くの軒に向かうと、置かれていた瓶を一息に呷った。
 人垣のなかから「俺の酒!」という悲鳴のような声を無視し、霊夢は空の瓶を放り投げる。
「ひとりずつなど時間が掛かって仕方ない! まとめて掛かってきなさい!!」
 怒声と共に瓶が割れ、その音を合図に人垣が雪崩へと変化した。
 ああ、いつになったら地霊殿に辿り着けるのだろう?



 三十分後、私達は茶屋にいた。
 茶屋と言っても注文は酒の方が多くて居酒屋といった方が近い。
 店内は川に面した側が開けており、その上を紅や蒼の鬼火が漂っている風景はなかなか乙なものだ。
 料理の匂い、お酒の匂い、煙草の匂い。水の匂い。地の匂い。
 妙なうなり声を上げている蓄音機のような物。厨房から聞こえる怒号、何かを殴打する音。
 暗いながらも彩りがあって、私の観察欲をとても刺激する場所だ。
 客はそこそこ入っているけど、その姿は一様に煤けていた。
 霊夢に挑んで返り討ちにあった連中で、ここのお代はそいつらの奢りとなっている。
「おぅ!アンタ強えぇな!」
「そんなにちっこいのに大したぁもんだぜ!」
 がははは、とガラの悪い笑い声が聞こえる。
 黒コゲになった妖怪たちはそれでも楽しそうに笑い、霊夢のスペルについてあれこれ討論している。
 霊夢は、二十人はいたはずの妖怪をものの数分でのしてしまい、力で屈した彼らは一様に霊夢を認めているようだった。
 この光景は知っている。
 神社の宴会に良く似ているのだ。妖怪まみれの巫女。
「……慧音さんがぼやくわけだわ」
 実際霊夢は強かった。
 スペルの宣言ごとに数名が吹き飛び、水路へ落とされる者も続出した。
 まるで喜劇のように山と積まれた鬼達の上、傲然と仁王立ちする霊夢こそ地獄に生きる修羅の様相であった。
「で、あった、と」
「なに書いてんのよ」
「いたっ」
「修羅とかやめてよね。それ後でみんなが読むんでしょう」
「だ、だって、ムチャクチャ強かったじゃないですかっ、それにあんなエグい攻撃、初めて見ましたよ!」
「あのくらいなら魔理沙や早苗でもおんなじよ」
「おうおうなんだい、地上にゃ姐さんみたいなのがゴロゴロしてんのかい!」
「そいつぁ聞き捨てならねぇな!今度行ってみっか!?」
 やめて、冗談でもやめて。
 取材に出かけたのに妖怪を引き連れて戻ったりしたら、紫さんはともかく四季様にどんなお説教を貰う事になるやら。
 私はひとり冷や汗をかく。
「まぁ飲みなさいよ、結構歩いたんだから休憩しときなさいって」
「今日、何しに来たか忘れてないですよね?」
「自分で言うのもアレだけどね、ここで酔いつぶれる程度で神社の巫女が務まると思う?」
「さいですか……」
 出された酒は恐ろしく強い酒で、私はちびちびと舐めるように飲むしかないというのに。
 お酒は嫌いではないのだが、強すぎて身体がついてこないのだ。
 その分料理を堪能しよう。

 ザリガニの親分みたいなやつを丸焼きにした料理に舌鼓を打っていると、表からどすんどすんと重い音が近付いてきた。
 朱に輝く一本角が暖簾をくぐってきた。女性の鬼だ。
 大柄な体躯でありながらもしなやかさを感じさせる線。
 色香と獰猛さを同居させた独特の美。
「なんだいなんだいお前ら、そのザマぁ!」
「けどよ姉御!」
「うっさいわ!顎蹴られて気持ちよく気絶してんじゃないよ!見てたんだからな!」
 抗議をどやしつけ、私達の前に無理やり席を拓けるとどっかりと腰を下ろした。
「おう、また来たのかい! まあ飲め!」
 姉御と呼ばれた女鬼は酒瓶を突き出し、霊夢が自分の升を空けた後に差し出した。
「ちょっと雨宿りのはずだったんだけどね」
「はっはっは、ご苦労様だな!」
「えっ!雨!?」
 店の外を見れば、確かに川面に波紋が連なり鬼火の光で綺麗な紋様を描いていた。
「え、だって地下ですよねここって!?」
「何も珍しいことじゃない、冬なら雪だって降るぞ?なあ!」
 呵呵大笑。
 目元が紅いのは酔いが回っている証だろうが、上に居る鬼ならこの程度は常態だ。
「んで? このちっちゃいのは?」
「あんたと比べたら大抵の人間は小さいわよ」
「ほおぅ、人間とな」
 ずずいと顔が寄せられ、角が地味に危ない。
 思わず注視した角には星の模様の化粧が鮮やかに彩られている。
「勇儀さん」
「ん?」
「今は星ですか、桜の紋様だったのはいつでしたっけ」
「え、お? おおぉ? お前さん、随分懐かしい話をするじゃあないか」
 破願する勇儀さんに対し、
「ぇ――?」
「どしたい?」
 私は、今しがた自分の口をついて出た言葉が分かっていないという事態に陥った。
「知り合い?なの……い、いえ、転生は現地獄で……でも?」
「おいおいおい、一体どうしちまったってんだ?」
 記憶に、ある?
「あー、こいつね、稗田阿礼の生まれ変わりなのよ」
「ひえだ? 稗田、稗田、ひえだ……、おー、おー!おー! そうすると千年ぶりくらいか! そんな昔の話すっかり忘れてた!」
「あんでぇ、そっちの嬢ちゃんも姉御の知り合いかよ!」
 勇儀さんにばんばんと背中を叩かれ、周囲からはどんどん酒を注がれる。
 私は一気に宴の当事者になった事を自覚し、目を白黒させた。
 背中が痛いくらいに叩かれ、すっかり酔いの廻った頭でこのままだと死ぬのだわ、と他人事のように考えていた。
 幻想郷が結界で閉じる遥か前。
 まだ鬼が地上にも居たころ。
 ――確かにこんな光景を夢に願ったことがある。

「しかし、良く考えるとお前さんたちってのはアタシらとの付き合いが長いんだな」
「私じゃないわよ」
「私は百二十年周期です」
「細かい事ぁどうでもいいんだよ! ま、飲め、な!」
 単なる酒飲みになった勇儀さんは、それでも私の取材に応じてくれた。
 鬼の頁の追加になるだろうか。
「ねぇ、この雨ってやまないの?」
「んー? そうさなぁ、すぐに止む時もあるし一日くらい降っている時もあるぞ」
「ほんとに普通の天気と変わらないのね」
「最近は太陽も出来たしな」
「その太陽にも用事があるんだけどね」
「なんだ地霊殿に用か。てっきり遊びに来たのかと思ったぞ」
 勇儀さんの言葉に周囲から同意の笑い声が上がった。
「少なくともここでお茶する以上の用はあるわね」
「人間はなんとも忙しないねぇ」
 苦笑した勇儀さんはぞろりと和傘を出し
「持ってけ、帰りに止んでたらさとりの所に置いてくればいい」
「なんで?」
「その傘があれば小物が喧嘩ふっかけてくる事もなかろうよ」
 傘を差し出す勇儀さんは私にウィンクする。
「懐かしい話が出来た礼さ」

 また来いよーという声に見送られ、私達は店を後にした。
 雨はまだ降っているものの傘は大振りで、二人が入っても肩が濡れる事はなかった。
「この旧地獄が封じられたのがいつかは知りませんが、たしかに地上で見た妖怪もいるようです」
「さっきみたいな?」
 頷く
「地上には今よりももっと妖怪が居た時代がありましたし」
 知らないんですか?と視線で問う。
「先代の事なんか知らないわよ」
「そういう所を怠るからダメなんですよ」
「うっさいわね。あんただってすぐに思い出せなかったじゃない」
「そうなんですよねぇ」
 とはいえ、唐突に思い出せた事の方が驚きだ。 
 普通の人間がいう記憶が薄れるのとは少し違うが、数代前の記憶などはなかなか出てこないことがある。
 御阿礼の力とて万能ではない。転生で薄れてしまう方が多いといってもいいのだ。
 霊夢の横顔を見る。
 博麗とて、過去に縁のあった妖がここにいてもおかしくない。いや、居るはずだ。
 人と妖怪の生存境界に立っていたのは、間違いなく博麗の巫女なのだから。
 その流れを受け継ぐ霊夢と酒を酌み交わす彼ら。
「上が変わったように、ここも変わっているのかも知れないですね」
「なによ唐突に」
「いえ、なんでも」
 行く手に洋風の建物が見えてきた。あれが地霊殿だろう。





 紅魔館のように門番がいるでもなく、そのまま玄関をくぐることが出来た。
 屋敷の中は別世界だった。
 床のステンドグラスが妖しく光り、そこかしこに怨霊が漂っている。
 人の姿は無いが動物の影が数多く見える。
 聞いていたよりもずっと賑やかで、外の文献にあった動物園という施設の事を思い出す。
 雑多な鳴き布声の中に声なき声が渦巻いているのが分かる。
 霊夢の姿を見て遊びたがっている犬……? 鳥がけたたましく鳴いている。
 うちだって猫を飼ってるし、観察することには慣れている。
 そう思って見回していると、どこかで見かけた紅黒の毛の猫が現れた。
 みゃあ。と一声。
「あ、ちょうど良く言葉の通じるのが出てきたわね」
「霊夢じゃん。降りてくるなんて珍しいね」
 猫ではない声に振り向けば、黒髪黒翼の少女がひとり、こちらを見下ろし立っていた。
「出たわね鳥頭。阿求、こいつがヤタガラスを飲み込んだバチ当りよ」
 言われてみれば黒い翼は鴉の形質か、それにしても背ぇ高いなオイ。
 胸にある紅い瞳と目が合う高さですよ。
「ん?私に用事?」
「あんた達にも用があるけど、とりあえずさとりの所へ案内してちょうだい」
「はいはーい、乗ってく?」
「やめとくわ」
「なんだい残念だねぇ、そのまま運んじゃおうかと思ってたのに」
 紅黒の猫は姿を消し、変わりに紅髪の人型が立っていた。
 おや、この一輪車には見覚えが。
「あ。あなたは里に来た事がありますね? 確か火車」
「確かにアタイは火車だけど、気楽にお燐と呼んでおくれよ」
 人懐っこい笑みを浮かべたお燐だが、何かに気付いたように私の匂いを嗅いでくる。
「……あれ、あれれ? なんかお姉さん面白い魂してない? リサイクルマークがついてるよ?」
「そんなの分かるの?」
「見えるわけじゃないけどね。なんとなーく匂いでわかるのさ。地獄で転がされた者特有のね」
「リサイクルって……確かに転生はしますけど」
「転生! もしかしてお姉さんって稗田の人かい? これは珍しいものを見つけちゃったよ!」
 はしゃぐ火車を見ているうちに思い出した、名は火炎猫燐。
 死体漁りの現行犯で慧音先生にとっちめられたバチあたりだ。
「ね、ね、魂は使い回すけど身体は作り直すんでしょ? だったらその身体、用が済んだらあたいにおくれよ!」
「だ、ダメに決まってるじゃないですか」
「えー、いいじゃんいいじゃん、魂だけ使いまわして身体はポイなんでしょう?だったらさぁ」
 そう言われて、はいそうですかと差し出すわけは無い。
 転生するまでは地獄の仕事で使いはするが、役目が済んだら四季様にお返しするのだ。
 次に目が覚めたら新しい身体になっていて、前回の事など気にもとめなかった。
「私の一存でどうにか出来ることじゃないですし、もし下手なことをしたら閻魔様が飛んできますよ」
「うえぇ、あの石頭は苦手だなぁ……」
 私の言葉にお燐が心底嫌そうに舌を出した。
 ああ、四季様、威名は地獄の果てまで轟いているようです。

 案内された部屋はこれまでとは違って明かりが満ちていた。
 白亜のホールには燭台の灯火がならび、 磨きこまれた床に映り込んでいる。
 洋装の調度は外国の貴族の住まいのよう。
 有体に言えば
「おや、紅魔館とやらは似ているのですか」
 部屋の奥、背もたれの高い椅子に一人の少女が座っていた。
「お久しぶりですね博麗霊夢、そしてそちらのお嬢さんははじめまして。地霊殿の主、古明地さとりです」
 ゆらり、と立ち上がった少女は眠そうな目で一礼する。
「初めまして。稗田阿求と申します」
「あら、これは珍しいお客様だわ。……すごい、貴女は歴史の橋げたのような宿命を負っているのね」
 橋げたか、言ってくれる。
「悪い意味ではありませんよ。貴女がいてくれたから今の地底があると言ってもいいのですし」

 古明地さとり。
 他者の心を読みトラウマを掻き鳴らす、精神性に特化した強大な妖怪。
 忌み嫌われた地底の妖怪たちの中にあって、なお孤独であるという最悪の嫌われ者。それに、
「……その風評はだいたい合っていますが、その、思ったより小さいという評価はいただけません」
「あ、いえ、これは失礼しました」
「そうですね、私と貴方は同じくらいの背丈でしょうか。なるほど背丈についてはむしろ同志と」
「さとり様はちっちゃっくないですよ、お空がデカいからそう見えるだけで」
「お燐、こいしより寸胴というのは余計です」
「うひゃ」
「まあ立ち話もなんですからお掛けくださいな。それと霊夢、そんなに喉が渇いたとか考えなくてもお茶くらい出しますよ」
 対戦経験のある霊夢は黙したままで、考えを読ませることで説明を省いているようだった。
 どこまでずぼらなんだこの巫女。
 私の思考を読んだらしく、古明地さんが
「ああ、私のことはさとりで結構ですよ」
 くすくす笑いのままで訂正してきた。

 お茶会は紅茶とケーキという至極ベーシックなものになった。
 先ほど居酒屋で飲み食いしたので軽いほうが有難い。
 その辺も読んだ上のメニューなのだろうか?
「なるほど、幻想郷縁起の増頁と」
「ええ、地底との交流が再開する可能性があるので」
「お燐、お空、それとこいしも。後でお話がありますからね」
「ふぇ?」
「!?」
 いつの間に現れたのか、まるで枯れ木のような存在感のなさ。
 さとりさんの隣に誰かが座っていた。
「紹介しますわ、わたしの妹のこいしです」
 しかし霊夢は留めた様子もなく、同席している猫と鴉も平然としている。
「そっちのお姉さんは初めましてかな? 里の人だよね?」
 私のことが知られている?
「こいし、貴方また地上に行ったのね」
「あははっ」
 こいし……恋いし、小石……故意思? さとりが種族名をそのまま名に持つことと何か関係が……
「面白い発想ですが、こいしはこいしですよ」
 ねぇ? と微笑みかける様は普通の少女と変わりない。
 ただ、その相手がいつの間にか椅子に座っていて、その事を全く知覚出来ない点を除けば、だが。
 どこぞのメイドとも違う不気味さにうなじの毛が逆立つ。

「この前の間欠泉で余計なものまで掘り返しちゃったじゃない? 最近上が賑やかなのよ」
「あら鵺ですか? 懐かしいですね」
 雰囲気が適当な話題へと流れてきた。そろそろ仕事をしなくては。
「お断りします」
「……ですよねー」
「忌み嫌われて追いやられたという意識は既にない、太陽の下を大手を振って歩くつもりもなく。人間が地上とはルールの違うここへ迷い込む事がないのなら、それは残酷な偶然の結末であり、つまり縁起には意味がない」
「……」
「と、言いたいのですけどね」
 さとりさんはゆっくりとお茶をすする。
「うちの子たちが最近地上にお邪魔しているので、当たり障りの無い程度でよろしければお受けしますよ。地底はまだまだ恐ろしいところと知ってもらうもの大事ですし」
「そ、それは有難うございます」
「なるほど妖は知られる事で恐怖を呼ぶ。恐れられる事で腹を満たせることもある。そういう意味ではこの本は……そう、使える」
 縁起の効果は知る事で安心を得る反面、知らないでいい事を知ってしまう罠がある。
 無邪気な子供が親のしつけに出てくるお化けに怯えるような物だ。
 知らなければサンタクロースだって存在しないのと同じこと。
「確かにここで貴女のトラウマを片っ端から掘り返して泣かせるのは容易い事。恐ろしい地底の妖怪は最低の友好度と記させるのも悪くは、ない」
 私の中に蓄積している膨大な記憶が軋んでいる。
 求聞持の能力が、記憶をまさぐるような覚の能力を感じ取っているのかもしれない
 身体の中に手を入れられる感触。
 見えない記憶の臓器を撫でられる感触。
 頭の中を様々な感情でかき混ぜられている。
 こうやって恐怖やトラウマを掻き出してくるのか。
 背筋に汗が浮いてくる。
「私の能力を知覚出来るだけでも大したものなのに、悲鳴一つあげないその心胆。ただ無為に喰らってしまうにはあまりに、惜しい」
「……」
「地上では人喰いは自粛しているようですが、ここは地底の国。まつろわぬ妖怪たちのなかでも更に爪弾かれた者達の世界。人が一人消えようと、だあれも気になんてしやしない」
 くすくすと。
 さとりもこいしもお燐もお空も。くすくすと笑っている。
 隣に霊夢が居るはずなのに、なぜかその姿を知覚できない。
 明かりが不自然に揺れ、目の奥が暗くなってくる。
 このまま喰われて、痕跡も残さずに消されてしまうのか。
「とは言うものの、上との約束を反故にするのは本意ではありません」
 さとりさんが肩をすくめると、重圧が失せた。
 部屋の明かりまでが元の光度を取り戻したように思える。
「稗田……、ああ、そう、貴女はあの稗田なのですね……。先ほど読んだ時に気付かなかった。お久しぶりです、といった方が良かったのかしら」
 まただ、勇儀さんの時と同じ、知っているのに思い出せない記憶。
「それは貴方の歴史。連綿と重ねられた記憶は多すぎる本のようなもの、すぐに想い出せなくても仕方ありませんよ」
 三つの眼を細める。
「そして読ませて頂きました、貴女のこれまでを。戦う力こそ違えど、我ら妖に抗い続けてきたその生き様は勇者と呼ぶに相応しい。……感服しましたわ」
 そういってさとりさんは深々と頭を下げた。 
 その姿に霊夢だけでなく、同席していたこいしさんやお燐までが目を丸くしている。
 この魂に刻まれた縁起に関わる記憶。しかしその起源を辿れば、その念にさとりさんが首を振る。
「そのことは問題ではない。稗田阿求。貴方のトラウマだらけの心はまるでカットされたダイヤモンドのよう。あまりに貴く、そして美しい」
「――」
「ああそれにしても懐かしい。地上で人間の恐怖を喰らっていた頃だなんて」
 遠い目をするさとりさん。
「今更地上に未練はありませんよ。上にはアレがいますし」
「アレ?」
「貴方達をここに送り込んだ奴ですよ」
 その言葉をきいて、私達は顔を見合わせる。
 さとりさんの口調には紫さんを知っている匂いがあった。
 地底を閉じる件が事実なら、その時に居合わせた妖怪の賢者とは間違いなく紫さんだろう。
 非常識を鋳型に流しこんだのが紫さんで、年齢が四桁どころではない事は私も知っている。
 なるほど面識があってもおかしくない。
 知人を悪く言われるのはいい気分がしないが、あの人については仕方ないか。
 あれだけ優しく面倒見がいいのに、それを伝えるのを苦手にしている妖怪は他にいない。
 私の記憶に賭けてもいい。
 あの捻じ曲がりっぷりは、前に本で見た変な形の壷と同レベルだ。裏表がないくせに中身を外に出す事ができないという点で。
「く、ふふ。貴方達、あいつの事をそんな風に思っているの?
「「あ」」
 読まれた、という思考すら読まれているはず。
 さとりさんの目が楽しそうに細められる。
「鬱陶しくて迷惑だけど、居ないと寂」「わあああああああ!」
 霊夢が飛び掛った。
「そ、そそそれ以上口にしたらアンタの目玉を針山にするわよっ、というか瞼をまつり縫いにしてやる!」
「おおこわいこわい」
 容易く組み伏せられたさとりさんは、胸の瞳に針を突きつけられながらも、それでも楽しそうに笑っている。
 その笑みを見ると、この人ホントに性格悪いんだなと思う。
 あ、目が合った。
「阿求さんも、八雲の事を」
「そうですね、恩はありますよ。転生とこれまでの九代の面倒を見てもらっているわけですし」
「……なんだか熟年カップルのような記憶というか」
「失礼な。私が紫さんと個人的に会える機会は縁起を書き終えた後くらいなんですよ?」
「誕生日プレゼントどころか転生のお祝いですね」
「毎回お別れの挨拶というのが淋しいところですけどね」
「新鮮でいいじゃないですか。覚えていない、という事も時には悪くないですよ」
「確かに」
「あら、そんな事まで?」
「私、こう見えても年齢は累積で三百近いんですよ?」
「耳年増な子供なんですね」
「ちょっと、なんでこんな所まで来て惚気話聞かなくちゃいけないのよ!」
 霊夢がむくれている。もしかして
「妬いているのですよ」
「な!?」
 ああやっぱり、という私の思考を読んで、さとりさんも笑っている。
 つくづく友好度最悪だ、と苦笑。
「だって、人に好かれる覚だなんて、それこそ本当に気味が悪いじゃないですか」
 違いない。





 地霊殿を辞す。
 雨は止んでおらず、勇儀さんの傘は引き続き借りる事になってしまった。
「雨、止まないですね」
「そういう日もあるんでしょ」
「雨が降ると寒いんですね……」
 地底は日が射さないからだろうか、地熱はあるようだが空気は冷たい。
「地霊殿があるならもう少し暖かいかと思いました」
 灼熱地獄に暖を求めるというのは最悪の発想だが、冷え切るまえに暖が欲しかった。
「この前来たときね、雪が降ってたのよ」
「雪、ですか」
 勇儀さんも言っていたっけか。
 縦穴までの道は静かで、小雨が傘を叩く音がやけに耳に残る。
 不意に霊夢が口を開いた。
「本音を言うとね」
「?」
「私、阿求の事が少し苦手だったのよ」
「……それは、どうも」
「過去を引きずって、やれ使命だ縁起だ。もう少し楽に生きればいいのに、気楽にそれも言えない寿命」
 前を見たまま、
「これだけ平和な幻想郷なのに、なんでこんなに深刻なんだろーって、思ってた」
 傘を持った手もそのままに、
「さっき先代の史書とか読んでないって言ったでしょ。アレは嘘。本当は過去の戦いもいろいろ知ってる、ううん、知ってるつもりだった」
「……」
「でも、今日の阿求を見ていたら、過去は確かに今に繋がっていて、しかもそれらは生きているんだなって」
 人間の寿命からすれば幻想郷の歴史は長く、そして見えない部分が多すぎる。
 妖怪たちは過去を振り返らず、人間は今を生きるだけで精一杯の時代が長すぎた。
 代を重ねる博麗とて、個人のもつ歴史は普通の人と大差ない。
「幻想郷は私が知っている以上に広いし、そこにはいろんな奴が暮らしている」
 月にも行ったしね、と苦笑する。
 足を止め、霊夢がこちらを見ている。
「実のところ、私も霊夢が苦手でした」
 妖怪の矢面に立って人を護る姿、異変を知る事は出来てもその活躍を見ることが出来ない。
 誰よりも強く、そして自由である事を求められる孤高の存在――
「そう思っていました。ぶっちゃけ近寄り難がったです」
 黙する霊夢に言葉を続ける。
「だから、今日の霊夢を見て、嗚呼こうやって妖怪と付き合ってるんだなぁって、彼らと正面から向き合う姿を見て納得したんです」
「何を?」
「今の幻想郷がこんなにも穏やかなのは、妖怪が腑抜けたんじゃなくて、今の巫女が全部を飲み干すだけの度量があるって事をです」
「買い被りよ」
「霊夢こそ」
 私達は狭い傘の中で笑いあう。
 そうだ、私達は自分の役目だけを見ていて、他の仲間達を見ていなかったのだ。
 同じ幻想郷に生きる者、幻想郷の歴史を支える者同志、互いを支えていかなくてはならない。
 遅かれ早かれ地底との交流は再開されるだろう。
 これからの郷の為に何が出来るのか、何をしなくてはならないのか。
 多くの者が漫然と暮らす事を許されているが、私達には役目がある。
 背負ってきた歴史と、血脈。
 その役目があるからこそ、特等席でこの世界を見ることが出来るのだろう。
「紫さんがこの件を持ちかけてきた理由が何となく判りました」
「そうね、なんだかそんな気がするわ」
 最初は来世への宿題を減らす為程度にしか思っていなかったが、今日の小旅行は思った以上の実りがあった。
「あんたが次に生まれてくるとき、幻想郷はきっともっと豊かになっているわ」
 その視線を受け止め、強く頷く。
 博麗と稗田。
 実働と記憶。
 どちらも運命に選ばれた存在で。
 どちらも他に代わりの無い存在で。
 幻想郷という宝船の舵取りを任されているパートナーなのだ。
「だから、次の博麗もこき使ってやってね」
「ええ、もちろんですとも」

 気付けば雨が止んでいた。
 大風穴へと通じる大橋の前で水橋さんに傘を預ける。
 二度と来るなというパルスィさんにまた来ますと挨拶すると、舌打ちをして引っ込んでしまった。
 あれはあれで照れているのだろうか。
 霊夢も半分くらい笑っている。
「じゃあ、帰りましょうか」
「ええ。地上へ」
 霊夢が差し出した手を取り、宝珠の浮力に身を委ねる。
 手を携え、ゆっくりと帰る。
 風に巻かれてはぐれないように、ゆっくりと昇る。

 地上へ、私達が愛する幻想の郷へ。
Next Phantasm……
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2009/11/21 22:13:01
更新日時:
2009/11/21 22:13:01
評価:
23/23
POINT:
138
Rate:
1.36
1. -2 A ■2009/11/22 02:55:35
うーん
2. 10 文鎮 ■2009/11/29 18:16:48
役目を担うのは、やはり血の通った人間なんですよね。
妖怪たちもみんな妖しくて良かったです。
雨降る地底でお酒を飲んでみたいなぁ。
3. 5 静かな部屋 ■2009/12/14 14:01:00
・雨の使い方が悪い
・さとりは霊夢と名前で呼ぶほど仲良くないはず
阿求は記憶を引き継ぎませんよと。あと、「霊夢さん」です
4. 8 神鋼 ■2009/12/15 19:05:42
文章の切れ味が良く、読んでいてスカっとするような話でした。いや気持ち良い。
5. 7 バーボン ■2009/12/17 17:53:51
阿求の設定について、面白く話を膨らましていると感じました。さとりを絡める展開も不自然には感じず、最後も上手い事纏めたなぁと言う印象。
ただ、所々句読点が無い所があったのと(もしかしたら演出だったのかもしれませんが、意図を読み取れませんでした)、お題である「雨」の印象がいまいち薄い感じがしたのが残念でした。
お題の「雨」はひょっとしたら直接的ではなく、何かが雨の比喩に使われているなどだったのかもしれませんが、残念ながら自分にはわかりませんでした。もしそう言った意図があるのなら、是非教えて頂きたいです。
6. 7 Tv ■2010/01/03 01:50:26
幻想郷での役割持ち人間コンビin地底。
この二人が一緒に他の場所に行くというのはあまりないですね。しかし動かし方も自然で非常に楽しめました。
大したことでもありませんが、まとめに入るのがちょっと急でしょうか?地霊殿前まではゆっくりとしていただけにそこに少しだけ違和感がありましたが、あまり気になるものではありません。
欲を言えば、もう少しこの二人の珍道中を読みたいと思いました。
7. 5 リコーダー ■2010/01/03 14:58:07
そつがなく読みやすい文章だったかな、と思います。
そんな中で、読むのに引っかかったのは地の分で霊夢に言及する部分、および霊夢と阿求の会話です。何だか二人の距離感がよく分からないと感じました。口先では霊夢を平気で貶しているのに、地の文では畏敬の念を持っていたりと。最後のが答えなのかと思いますが、それにしても読むテンポを阻害されるのは単純にマイナスです。
あと、雨はただ降っているだけ以上のものではないように見えます。
8. 5 藤木寸流 ■2010/01/04 17:51:21
 ゆかれいむはさておき。
 良い話なんですけど、皮肉分が少なくてちょっと違和感が。一方で、さとりが阿求に対してダークネスなこと言っていたわりに、すぐ阿求に「感服しましたわ」とか言っていて切り替え早いなと思ったりも。こいしがほぼ空気。
 稗田と博麗の絆に関しては、ううむ、と唸りました。
 こうなると八雲だけ省かれてるのが気にはなりますが、そのへんはゆかれいむ分とかでフォローしていたのでしょうか。
9. 7 いすけ ■2010/01/05 19:48:00
霊夢も魅力的でしたが、なんといっても、いい阿求でした。
10. 4 パレット ■2010/01/10 05:17:47
 地底を媒介にして描かれる、博麗と稗田の繋がり。
 所々に挟まれる、先代の稗田と地下の妖怪の記憶も、いい味出してました。良かったです。
 あとゆかれいむいいね。
11. 3 白錨 ■2010/01/10 10:50:19
阿九も大変なんだな。という感じがした作品です。
12. 7 椒良徳 ■2010/01/11 19:02:02
良い作品ですね。
文章は流れるようで読みやすく、霊夢と阿求を始めキャラクターたちの掛け合いも面白い。
とはいえ、傑作というには若干力及ばない感を受けるのでこの点数にいたします。
13. 6 詩所 ■2010/01/13 22:14:46
 自分には記憶が無いのに相手に知られているっていうのは、どういう気持ちになるんでしょう。
 何となく気味悪い気もしますが、阿求はもう慣れたんでしょうね。
 気になったこととしては、降る雨から意味を見出すことができなかったことでした。
14. 5 ホイセケヌ ■2010/01/13 23:04:41
カ。月、ヌ、キ、テ、ォ、熙ネ、キ、ソテ靤エ、ャコテ、ュ。」

、ソ、タ。「モ熙ャ、ェ、カ、ハ、熙ケ、ョ、壥、ャ、ケ、。」
15. 7 deso ■2010/01/14 00:21:19
阿求と霊夢の相合い傘!
お題の絡みが薄く思いましたが、面白かったのでそれはそれで。
16. 9 774 ■2010/01/15 00:32:00
おもしろかったです。
個人的にはさとりのキャラがすげぇ「覚妖怪」らしくて良い感じでした。さとりと霊夢のやりとりが良いですね。
それぞれキャラが立っていて、この世界をもうちょっと読んでいたいと感じる良いお話でした。
ただ、なんか物足りない感じがして、もうちょっと盛り上がりがどこかにあっても良かったのかな、と思いました。
17. 5 やぶH ■2010/01/15 00:32:36
ほのぼのとしていて楽しいお話でした。ですが、ちょっとお題分が薄すぎる気ががが。
18. 5 八重結界 ■2010/01/15 16:00:40
 地下世界観光案内を読んでいるようでした。初見の阿求が訪れたのだから、そう思えるのも無理はありません。
 ただその案内が要所要所をしっかりと捉えていたので、さして詰まることもなく最後まですらすらと読めました。
19. 6 2号 ■2010/01/15 18:46:53
阿求がかわいかったですー。
20. 9 零四季 ■2010/01/15 19:58:22
いいなぁ、これ実に良いです。稗田と博麗の、何というか綺麗な何かが……。
雨をもっと上手く扱えてれば、諸手を挙げて満点を差しだしていたと思います。阿求可愛いよ阿求。
いいなぁ……。
21. 6 時計屋 ■2010/01/15 22:47:06
 ああ、やっぱり阿求さんは可愛いなあ。
 さとりの意地の悪さも面白い。私なんてどうせ嫌われ者だし……という感じのが多いですが、こういうキャラの方が似合っている気がします。
 その他のキャラも生き生きと躍動しており、実に東方らしい、と感じ入りました。
 文章も妙味があって面白い。良質なSSでございました。
22. 7 如月日向 ■2010/01/15 23:06:55
 こうして見ると、霊夢と阿求は似たような境遇なのですね。転生話も重すぎず、所々に笑みが零れる話があり、あっという間に読んでしまいました。


〜この作品の好きなところ〜
「アンタって案外タフだと思うわ……」 

 好奇心に突き動かされている感じがよかったですっ。
23. 7 木村圭 ■2010/01/15 23:12:52
雨が空気すぎる件。
それはともかくとして、さっくり読める良い短編でありました。軽すぎず重くない実に心地よい文章が素敵。
九代目で未だ三百にも満たない、というのはよくよく考えると……。
名前 メール
評価 パスワード
<< 作品集に戻る
作品の編集 コメントの削除
番号 パスワード