巫女舞

作品集: 最新 投稿日時: 2009/11/21 22:28:49 更新日時: 2009/11/21 22:28:49 評価: 13/14 POINT: 52 Rate: 1.10
朝は、池の上に紅と白の二色の巫女が踊っているのが見えた。
最も早起きな僕は、その無慈悲で過激な舞に長い間魅了されていたんだ。
やがて雨が降り始め、僕は我にかえった時、もう巫女の姿は無かった。

雨は止むことを知らなかった。
巫女はしっとりと全身を濡らしたまま、雨に溶け込む様に消えていく。
巫女に見とれているうちに雨は恐ろしい嵐になり、最も美しいボクは(下略)

                           ――二人の正直者の証言





 暁時に舞を舞うのが、その頃の私の日課だった。
 巫女舞といってよいものか。別段何を祈るでもなく、ただステップを踏み、袖をひるがえす。「蝶のように」、そんなことを考えていたような気がする。
 神社で舞うのではない。神社からさほど離れてはいない、楽園の外れの水辺が私の舞台だった。木の床の代わりにぬかるんだ土を踏みしめ、泥水を跳ね上げる。衣装は、一応紅白の巫女装束を着けていた。
 その日の夜明けは格別に暗かった。東雲の光は未だ差さない。
 闇に沈んだ景色の中に、水辺の傍らに建つ西洋館の輪郭がほの見える。この館には、八人の正直者が住んでいた。八人の内、女の子は一人だ。
 ふと、私は館の窓から外を眺める少女の姿を思い描いた。
 金色の髪をゆるやかに波うたせ、硝子でこしらえたみたいな青い目でこちらを見ている。ドレスは純白。たっぷりのレースとフリルに飾り立てられ、ふわふわと水鳥の羽が積もったよう。なぜか室内だというのにボンネットまでかぶせられている。
 館の中のたった一人の少女。滅多に表に出ることもなく、ただこうして、この西洋館の三階辺りの一角から、巫女が舞うのを見つめている。まるで窓辺に飾られた仏蘭西人形のように。
 この想像上の光景の全てが絵空事というわけではない。私自身が見たのではないが、かつては正直者の少女が窓から巫女舞を見つめる光景を目にすることができたはずだ。ただ、衣装については全くの空想である。いやに少女じみた、他愛もない空想だ。
 そんな空想に気を取られていたためか、私は、ある事実に気付けずにいた。
 私の舞を見つめている人物がいる。暗がりながら何とかその顔の見分けがついた。間違いない、正直者達の一人だ。
 雫が私の髪を打った。ぽつり、ぽつりと雨が降り始めた。私は駆け出し、館に逃げ込んだ。
 今、館の中に他に起き出している者はいないはず。そうは思いつつ、あたりをうかがいながら小走りに廊下を走り抜け、三階の片隅の一室に飛び込んだ。
 扉に鍵をかけると、急いで紅白の服を脱ぎ棄て、傍らのワードローブの一番奥に突っ込んだ。耳を扉に当て、部屋の外の物音に耳をすます。
 窓越しに外で雨の降る様子が見える。途切れ途切れだった降り初めの雨は、まだ小雨ながら、確かに降っていると実感できる程度になっていた。
 しばらく扉に耳をつけていると、他の部屋の扉が開く音がかすかに聞こえた。さっきの早起きな正直者が戻ってきたのだろう。こちらに向かってくる様子がないのを確かめて胸をなでおろすと、そのまま、扉に頭をもたせかけて座り込んだ。
 どのくらいそうしていただろうか。ささやくような雨の音がずっと聞こえていたように覚えている。
 しばらくは何も考えずただぼんやりとしていた。そのうち例の正直者のことが気にかかりだし、そればかり考えるようになった。
 あの早起きな正直者は、何を見たのだろう。私が舞うのを見ていたのは間違いない。私の顔を見ただろうか。私だって彼と分かったのだ、あるいは……。そんなことを考えていた私は、雨の音が徐々に大きくなっていたことにも気付かずにいた。
 ばたりと、大粒の雨が庇か何かに打ちつける音がした。我に返った私は思わず立ち上がり、音のした方へ歩み寄った。窓の向こうの雨はいつの間にか本降りになっていた。
 雨音が耳に障る。苛立ちのままに、下着姿なのも構わず窓を開いた。
 そこには、巫女がいた。
 この楽園に神社は一つしかない。そのたった一つの神社の巫女だ。雨にも構う様子はない。水辺に佇み、しっとりと全身を濡らしている。夜明けにここで舞を舞うのが、巫女の日課だった。私はそれを、かつては毎日のようにこの部屋の窓から見つめていたのだ。
 強まる雨足が、巫女の姿を煙(けぶ)らせる。それでも私は巫女に見入っていた。薄暗く、目に見える光景はぼんやりと霞んでいるにもかかわらず、なぜかその黒髪の房の先から滴り落ちる雫までが見えるような気がした。
 濡れそぼった巫女の体を、雫が伝う。雨に浸されてなお、巫女は美しかった。しみた雨がもともと黒い巫女の髪の色をますます深く濃くしている。その黒髪と品のある整った顔立ちは、いかにも巫女の着る紅白の衣に似つかわしいものだった。
 何かに意識を集中しているのか、両の目は閉じている。髪も衣も雨の濡らすにゆだね、瞼を伏せて雨の中に立つ巫女の姿は、神さびて侵しがたい雰囲気をまとっていた。
 いつの間にか空が白み始めていた。雨降りでなかったなら、薔薇色をした曙の光彩が巫女を照らし出していたことだろう。
 その時、巫女がおもむろに片の腕を高く差し上げた。
 舞が始まる。巫女の手脚が、時に鋭く、時にゆるやかに、縦横に宙をめぐり、あるいは静止する。その境地は、無心。水晶を砕いたように飛沫を散らし、ただひたすらに律動をきざみ、空を切る。そこには邪心も、そして慈悲も無い。苛烈で無情な、虚無の巫女舞。こんな空ろの舞にこそ、神は宿るのだろう。私が見よう見真似に舞っていた舞など、及ぶべくもない。
 舞は次第に雨に溶け込んでゆく。やがて雨は豪雨になり、巫女の姿をすっかりかき消してしまった。私は巫女に見とれるのを諦め、窓を閉ざした。
 鏡に、自分の姿が映る。
 あの巫女とは正反対の、ブロンドの髪。自分ではそれなりに綺麗なつもりの、くっきりとした顔立ち。細いレース飾りをほどこした白いスリップは、遠目にならば夏向きのワンピースのようにも見えるだろうか。
 ワードローブから巫女装束を取り出し、体に当ててみた。自分で手作りした、拙い出来の紅白の衣装。自分につり合うかどうかなどお構いなしに身に着けていたその服は、やはり私にはちっとも似合っていない。鏡に映ったそんな私の姿は情けなくなるくらい滑稽で、あの黒髪の巫女とは比べ物にもならない。
 格好一つとってもそうなのだ。まして舞など、真似て真似られようわけがなかったのだ。
 いつの頃からだっただろうか。神社の巫女が館のそばで舞うのを見ていた私は、それを真似て、巫女舞の真似事をするようになっていた。皆より先にこっそりと起き出して、隠し持っていた手製の巫女装束に着替え、人目を避けて舞う。心の中ではあの神社の巫女のように舞う自分を思い描き、楽園の巫女を気取っていた。
 そうして誰にも知られぬように舞っていたのも、それを始めてからは神社の巫女の舞を見ることを避けていたのも、自分の滑稽さを半ば分かっていたからなのかもしれない。そんな様をあの正直者に見られたことが思い返され、改めて自分の姿を恥じた。
 開け放した自分のワードローブに目をやると、替えの下着と、少年のもののような擦り切れた作業着二、三ばかりが、がらんどうの片隅を埋めている。申し訳程度にレースを縫い付けたスリップが、たった一つ、私が少女であることを主張するものだった。これを夏服に見立てては、可憐なワンピースを着ているようなつもりになって悦に入っていた。
 時にはレースやフリルに飾られた華やかなドレスに身を包んだ自分を夢想することもあった。かつて暮らしていた街で見かけたそんなドレスは、どれもとても手が出せないほど高価で、私には窓越しに眺めることしかできなかった。何とかお金を手に入れようとして、随分な無茶をしたこともある。
 確か、何か後ろ暗いところがあったためだったと思う。その頃の私は、正直者達の間にひそむようにして暮らしていた。隠れるように、紛れ込むようにと、彼らと同じものを身につけ、同じように振る舞った。不自然な定まらない口調で、自分のことを「ボク」と呼んでさえいた。
 それでも、憧れはあった。仏蘭西人形のようなドレスにも、黒髪の巫女にも。けれどそれらはどれも私には手の届かないもので、無理に掴もうとすればたちまち私の手をすりぬけて、嘲笑うように私を惨めにさせるばかりだと思い知った。
 ――雨が止んだら、巫女装束を桜の木の下に埋(うず)めに行こう。
 私の幼稚な憧れも、一緒に埋めて棄ててしまおう。
 そう決心したけれど、雨は止むことを知らない。嵐と化した雨が、閉ざした窓に横殴りに叩きつけていた。
 ここまでお読み下さり、ありがとうございます。
 そして偏屈なネタでごめんなさい。決して狙ったわけではありません。「東方」で「雨」というキーワードから真っ先に思い浮かべたのが、『蓬莱人形』の「二色蓮花蝶」と「桜花之恋塚」のテキストでした。このテキストにまつわる私のちょっとした疑問点をそのまま作品にしてみたのが、この文章です。
 この作品最大の問題点は、実は「『蓬莱人形』は東方に含まれるのか否か」ということかもしれません。幻想郷が舞台で、なんだか霊夢っぽい巫女が出てきているので、多分含めてしまってかまわないのではないかと私は考えるのですが、如何でしょうか。
 余談ですが、旧上海アリス幻樂団サイトに置いてあった金髪の巫女さんはかわいいと思います。



BGM. 博麗神社町内会音頭(ぇ)
mizu
http://usagiyatukitosakura.web.fc2.com/
作品情報
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最新
投稿日時:
2009/11/21 22:28:49
更新日時:
2009/11/21 22:28:49
評価:
13/14
POINT:
52
Rate:
1.10
1. 1 神鋼 ■2009/12/15 19:14:15
何だか文章自体が読みにくくてうまく頭に入ってきません。
2. 6 バーボン ■2009/12/18 21:42:16
よくもまぁ、蓬莱人形の短いテキストからこんな話が思いつくなぁ……と感心する事しきりです。
と言うか、後書き読むまで蓬莱人形の事なんて全く思い浮かびませんでした。ダメだなぁ俺。
話としては、
>――雨が止んだら、巫女装束を桜の木の下に埋(うず)めに行こう。
この一文に凄くときめきました。恋塚って、ああこういうのもアリか。みたいな。
区切れのない文章が若干読み辛いのが気に掛かりますが、演出の一環として捉えさせて頂きました。後書きの最後のBGMは蛇足だと思います、せっかくの雰囲気が台無しです……。
3. 3 藤木寸流 ■2010/01/05 01:16:59
 なんかちょこちょこバランス悪いような……発想は面白いんですが。
 一人称をボクとした理由がちょっと弱く、ミスリードを狙うにしては細部の詰めが甘いような。初めに舞っていたのが博麗の誰かではなかったと気付いても、あんまり驚きはなかったです。
 女の子の設定は、細かくて好きなのですが。
4. 4 パレット ■2010/01/10 05:18:43
 蓬莱人形モチーフとは珍しい……作者さんの意図に反して普通にオリキャラとして見ても、なんとなく味がある。
 個人的には蓬莱人形は、旧作とそれ以降の関係のように、繋がっているような気がするけどところどころ位相がずれてもいる、程度に思っています。むしろ曲ごとにずれているような気すらする。
 うん、ちょっと自分でも考えてみようかなと思えました。面白いネタをありがとうございました、と勝手にお礼など。
5. 2 白錨 ■2010/01/10 10:53:56
内容は悪く無いのですが、これじゃストーリーを淡々と伝えている。という感じがしました。
これを基盤にして起承転結を付ければ更に良くなると思います。
6. 4 椒良徳 ■2010/01/11 19:04:41
正直村とはまた珍しい題材ですね。
あの奇妙なストーリーに対する解釈を読むというのは新鮮でした。
とはいえ、目新しいだけで中身が伴ってないのでこの点数です。
7. 4 詩所 ■2010/01/13 22:15:51
 雨に濡れて服が透けているかどうかが最大の問題(ry
8. 3 ホイセケヌ ■2010/01/13 23:13:03
、ー、ヲ。「ハヨヤェ、ヒナタウネヒミホ、ャ殪、、。ュ。ュ。」

、ハ、ホ、ヌ、隍ッス筅熙゙、サ、、ャ。「ウヨ、テ、ニ、ハ、、ネヒ、ホムヤネ~、ヌムヤ、、サ、ニ、筅鬢ヲ、ネ。「ヌ鮴ー、蓁ョ壥、マ、ネ、ニ、篝_畝ヌサテマオト、ハ、ホ、タ、ア、、ノ。「ヤ彫ネ、キ、ニ、「、゙、ホカ、ャ殪、、、ネクミ、ク、゙、キ、ソ。」、筅キ、ォ、キ、ニ。「ナタウネヒミホ、ホ・ケ・ネゥ`・ゥ`ヨェ、テ、ニ、、ミ。「モ。マ、ャ我、、、ホ、ヌ、キ、遉ヲ、ォ。」
9. 6 deso ■2010/01/14 00:15:20
音楽CDが元ネタという発想は無かった!
とても綺麗で切ないお話でした。
巫女に憧れる彼女の想いが沁みるようです。
個人的に、もっと続きを見たい気もしますが、彼女の中ではこれでお終いの話なのかも、と思うとこれでいいのかという気になります。
10. 3 八重結界 ■2010/01/15 16:02:00
 情景描写がとても綺麗でした。
11. 4 2号 ■2010/01/15 18:48:47
西方のテキストは寡聞にして知らないのですが、細やかな心情が感じられました。
12. 6 零四季 ■2010/01/15 20:19:35
分かっていればもう少し楽しめたんだろなぁ、と。ただ、短過ぎて消化不良だというのもあります。
雨の中踊る人は綺麗だと思います
13. フリーレス やぶH ■2010/01/15 21:11:41
実は『蓬莱人形』、持ってないのです;
二色蓮花蝶は(まぁ博麗神社町内会音頭もw)聴いたことがあるのですが、それらのショートストーリーが題材なのですね。
読んでみてこのSSだけでは善し悪しが判断できず、やはり元ネタを知っていなければ正当な評価は下せないんじゃないかと思いました。
今回はフリーレスということで、ご勘弁願います(ぺこり)
14. 6 時計屋 ■2010/01/15 22:48:58
 確かに風変わりですが、こういうのもいいですね。
 舞の描写がとても綺麗で、短いSSでしたが鮮烈な印象が残りました。
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