さかしき魔女にみるこころ

作品集: 最新 投稿日時: 2009/11/21 22:36:35 更新日時: 2009/11/21 22:36:35 評価: 16/17 POINT: 87 Rate: 1.32




 今はもう、遠い昔の話だ。

 箒に乗ったときに帽子を押さえるその仕草、書架の陰からひょっこりと顔を出して私を呼ぶその声、机で本を読みながらうとうととしてしいるその横顔。
 洗い晒して少しくたびれたその白いエプロン、水仕事で荒れてしまった指に息を吐きかけて暖めているその姿、いつの間にか目尻に寄っていた小皺。
 初めて会った時のこと。
 魔法について交わした議論のその内容。
 最期の言葉。
 もう、何も、覚えていない。
 もう、何も、残っていない。

 今はもう、遠い遠い、昔の話だ。
 とっくのとうに失われてしまって、遠く手の届かない場所に行ってしまって。
 思い出すことも触れることもできない、無くしてしまった過去の話だ。







"さかしき魔女にみるこころ"








 ざぁざぁと、雨が降っている。
 大粒の雨が図書館の天井や窓に打ち付けられていた。紅魔館で働くメイド達の騒ぎ声が正門の方から聞こえてくる。もっと遠くからは、雷の音。時々、稲光。
 パチュリーは手にしていた魔導書をパタン、と閉じた。手で遮光幕を僅かにズラしながら、物憂げな表情で窓の外を眺める。
 ――久しぶりの、嵐。
 そうか、今はもうそんな季節か、とパチュリーは思う。
 ここのところ数年――いや、数十年か。まさか数百年という事は、幾ら何でもないだろうが――紅魔館と大図書館からは一歩も出ていなかったので、季節感などというものはパチュリーからはとうの昔に失われてしまっている。
 そうか。もう、夏なのか。
 幻想郷では夏に強い嵐――颶風が時折やってくる。前の年の冬が長く寒さが厳しい程、次の夏は暑く、やってくる嵐もまた強い――などとメイド達などは噂しているが、別に統計的な根拠があるわけではないようだ。茶飲み話、井戸端会議、そういった話の種なのだろう。
 また、稲光。気のせいか打ち付ける雨風もいっそう強くなったようだった。嵐が近づいているのだろう。
 パチュリーは窓の外から図書館の中へと視線を移した。
 窓の外の様相とはうってかわって、図書館の中は静謐だ。鬱蒼と立ち並ぶ本棚の群れ。極々僅か、所々に薄くぼんやりと光る魔法の光源。
 ぱっと見た限りでは、大きな雨漏りなどはしていないようだ。けれど、建物自体はもうだいぶ古い紅魔館のこと。どこともしれぬ場所から雨風が吹き込んでいることも珍しくはない。そうした雨によって大事な書物が濡れてしまったことも、一度や二度ではないのだ。
 今は嵐が来始めた頃でメイド達も慌ただしく走り回っているから、図書館の方まで来て貰うのは難しいだろう。一通りの作業が終わって落ち着いたら、何人か来て貰って、雨漏りのチェックと弱いところ――窓の辺りだとか、屋根の傷んでいるところだとか――の補強をやって貰おうか。
 それならば、今の内から声をかけておいた方が良いだろう。
 以前は小悪魔が司書のようなことをやっていてくれたので、そういった雑事のような事は彼女に任せておけば万事良いようにやっていてくれたのだが、しばらく前にメイド長が代替わりしてからというもの、小悪魔は紅魔館の方に出ずっぱりとなっている。今の紅魔館は慢性的な人手不足なのだ。元々小悪魔が司書をやっていてくれたのも、彼女とパチュリーの我が儘に過ぎない。以前はその魔がままを見過ごしてくれるだけの余裕があった。今はもう無い。それだけのことだ。
 パチュリーはふぅ、と一息吐いて立ち上がった。
 今すぐというのは無理だろうが、とりあえず言伝だけでもしておこう。手が空き次第、何人か来て貰うように今の内から頼んでおこう。そんなことを考えながら、そのまま紅魔館の方へ向けて歩き出す。
 雨の音が、また、強くなった。





 気が付けば紅魔館のメイドの質も下がったものだ、などと考える。
 窓枠には僅かだが埃が溜まっている。深紅の絨毯には、染み抜きを失敗したのか微かに汚れの跡が残っているし、端の方では毛足が僅かにほつれている箇所もある。換気がうまくいっていないのか、空気が僅かに黴くさい。
 どれもこれも些細な事ばかりだ。――だが、これらの些細なことが疎かになっている事こそが、今の紅魔館のメイド達の質を物語っているとも言える。
 もとよりパチュリーは紅魔館の主でも何でもなく、主人であるレミリア・スカーレットの友人――食客として紅魔館に滞在しているだけの身に過ぎない。食客と言えば聞こえは良いが、要は単なる居候だ。以前は多くの知識を持つ魔女として館の主人に助言を与えたり、その魔力で力を貸したりすることもあったのだが、レミリアが館奥深くに引きこもり、住人達にもその姿を殆ど見せなくなってからは、そのような機会も殆ど無くなった。
 今ではパチュリーに話しかけに来たり、頼み事をしてくるのは昔からの馴染みである小悪魔と門番だけ、それとてそれぞれ自分の仕事が忙しいこともあり、そう頻繁にあるわけでもない。
 だから、紅魔館のメイド達の質に口を出す権利も、その理由もパチュリーには無いはずだった。
 けれど、館の様子を見ると溜め息が漏れてしまう。
 もちろん、仕方の無い面もあるのはパチュリーにもよく分かっている。メイド達の数は一時期よりもだいぶ減って、今では最も多かった時期の半分ほどになっているし、館の主が滅多に姿を見せず、また注意することもない。その上、館を訪ねてくる客すら殆ど居ないというのではメイド達のモチベーションが上がるはずもない。
 誉められることもなく、自らの仕事ぶりを見られることもなく――そんな状況下で、最高の仕事が出来るはずもない。
 分かっている。理解っているのだ。
 あの頃がもう帰ってこないと言うことは。
 形だけあの頃と同じようにしてみても、あの時間が戻ってくるわけではない。そんなことは十全に理解していて、それでも文句を付ける。昔は良かった、と。今はそうでない、と。今の私は、そんな物になってしまっている。
 これは、そう、八つ当たりだ。
 パチュリーは自嘲した。哀しみを含んだ、苦い笑みだった。





 角を曲がったところで、異変に気づいた。
 破壊の跡。倒れ伏すメイド達。
 館の床は絨毯ごと抉れ、壁には大穴が空きそこから風雨が吹き込んでいる。傷ついたメイド達は辺りに倒れており――時々僅かに身じろぎし、呻き声をあげるので死んではいないようだ。
 そんな惨状の中、一人の少女が窓の外を見つめながら立ちつくしていた。肩には僅かに届かない金の髪、白い帽子に紅い服、背から伸びる身長とは不釣り合いなほどに大きな羽。パチュリーの方を向くその瞳の虹彩は虹色、その瞳孔は縦長の猫の瞳。
「……フランドール?」
 少女――フランドール・スカーレットはその呟きに答えない。
 パチュリーの方を僅かに見つめていたが、すぐに興味を無くしたという体で視線を窓の外に戻す。
 窓の外は先ほどからずっと変わらない、雨の降り込める単調な景色だ。普段ならば、その窓からは紅魔館の中庭から正門、その先に広がる広大な森を抜けた先の湖まで――吸血鬼の視力ならさらにその先までもが――一望できるだろうに、今の状況では降りしきる雨に遮られ正門の様子も分からないだろう。それでも、その景色をどれだけの間眺めていたのか、そしてこれからどれだけ眺め続けようと言うのか。彫像のように、ただ窓の外を眺め続けている。
「……どうしたの、フラン」
 微か、緊張感を滲ませながらパチュリーは尋ねる。
 普段、フランドールは紅魔館の地下深くの部屋から出てくることはない。以前――数十年前まではその扉にも幾重もの鍵がかけられていたが、レミリアが自室に引き籠もり姿を見せなくなった頃からはその鍵も取り払われていた。けれど、フランドールがその部屋から出てこようとすることは殆ど無かった。
 ただ、極々まれにフランドールが外へ出ようとして暴れることがあり――そうした時、今回のようなことになる。レミリアが姿を見せなくなってからは、初めてのことだった。
 以前はレミリアがフランドールを抑えていた。フランドールも姉の言うことだけはそれなりに良く聞いていたのだ。ただ、今はレミリアが居ない。部屋から出てこようとする意志が無い。
 そのフランドールは、何も答えずにただ窓の外を見つめ続けている。
 パチュリーは己の問いかけに返事を期待していなかった。ただ、いつかはこんな日も来るかもしれないな、とは考えていた。フランドールがその気になれば、彼女を止められる物はまず居ない。紅魔館ではレミリアとパチュリーぐらいのものだ。そしてレミリアもパチュリーも、今となっては彼女を止める気を無くしていた。理由を、もう、持っていなかった。
 ――行きたいのならば、行けばいい。
 そう、考えていた。
 だから、返事が返ってきた時には、驚いた。
「……おもいだしたの」
「……何を?」
 戸惑いながらも、問いを繋ぐ。
 そして、返ってきた言葉に、息を止めた。

「まりさのこと」





 妖怪には、死んだ者を悼む習慣がない。死者の命日を覚えておくこともしない。それが人間ならなおさらだ。
 結局のところ、多くの妖怪にとって人間などただの食料でしかない。ニンゲンが自分たちの飼っていた牛や豚、あるいは鶏を殺して食べた日を覚えておかないように。
 同じ言葉を話していても。同じ時間を生きていても。
 人間と妖怪とは、全く違う生き物なのだ。その寿命。その強さ。その生き方。同じセカイで暮らしているのだから、時々生き方が重なることもあるのだけれど、それでもやはり、人と妖は違う生き物なのだ。人間と妖怪の間には厳然とした、決して埋められない溝、生物としての違いがあってそれは消えることはないのだ。

 そう。だから。
 パチュリーも、当然のように忘れ去っていた。忘れ去ろうとしていた。
「まりさのこと」
 フランドールの言葉。
 思い出す。いや、思い出すのではない、それはずっと前から自分の心の中にずっと有り続けていた物だ。ただ、パチュリー自身が忘れようとして、胸の、心のずっと奥の方に押し込めてしまっていただけのことだ。
 けれど、それを意識して思い出そうと、記憶の泉から掬い取ろうとする度に、それは手のひらからぽろぽろとこぼれ落ちてしまう。
 まりさ。
 魔理沙。
 霧雨魔理沙。
 霧は雫、雨は海。掬っても掬っても、攫っても攫っても、掌の上には何も残らない。
 その言葉、その姿、その声、その生き方。
 その横顔も、声の調子も。その喋り方も、歩く姿も。
 何も、何も――
 何一つ、はっきりとは思い出せない。
 覚えていることは、ある。思い出せる事も、ある。けれどもそれはとても小さくて、どうしようもなく些細なことで、哀しいほどに何気ないことばかりで。
 それが逆に、私の中にはもう魔理沙のことは殆ど残っていないのだと、パチュリーに理解させて。
 どうしようもなく、胸を軋ませる。

「まりさ、どうしたの」
「まりさは、どこへいったの」

 そんなフランドールの問いかけ。
 いや、問いかけではないのだろう。フランドールはパチュリーのことを見ていない。
 視線は窓の外を向いている。紅魔館の、正門。
 魔理沙がいつもやってくる――やってきていた、場所。

「魔理沙は……」

 死んだの。
 死ぬの。人間だから。妖怪じゃないから。寿命があるの。100年も、生きられないの。
 そう答えようとして、けれど言葉が出なかった。
 魔理沙がいつ死んだのかも、その日が何日だったのかも、その日自分が何をしていたのかも、覚えていないから。
 フランドールは窓の外を見つめ続けている。
 答えを待っている様子はない。ただ、窓の向こうに視線を向け続けている。何を見ているのか、何を待っているのかも、パチュリーには分からない。
 フランドールに背を向け、そっと、パチュリーは歩き出した。
 雨は降り続いている。





 裏門から、外に出た。
 雨と風が思ったよりも強い。すぐに小声で呪文を唱え、風の結界を発動。体の回りに空気の層を作り風雨を避ける。この魔法を使うのも久しぶりなので(そもそも外に出ること自体が久しぶりだ。最後に外に出たのは一体何十年前のことだったろう?)微妙に調整が上手くいってない。軽く手を振り、結界の範囲を微調整。ひとしきり細かな調整を繰り返した後、パチュリーは空へと浮かび上がり、魔法の森の方を目指した。
 意外にも、体は道を覚えていた。
 それはつまり、自分の体が、数え切れないほどこの道程を行き来していた、ということなのだろう。
 昔のことだ。もう覚えてはいない。けれど、体は自然と動く。
 森を抜け、湖を越え、神社をかすめるように飛び――魔法の森へ。
 稲光。一瞬遅れて、轟音。どぉん、と音を立てて雷が近くに落ちた。嵐が強くなっている。パチュリーは速度を上げた。





 目的の家はすぐに見つかった。
 いや、それはもう家と言っていい物か。
 もう住む人間が居なくなり、遺棄され、誰も訪れなくなった、かつて家だった場所。有り体に言って、そこは廃屋だった。
 屋根は崩れ、壁は壊れ――家の中心にあるひときわ大きな柱も腐れて今にも折れてしまいそうだ。かつて二階だったであろう場所は、一部の壁ともう硝子の嵌っていない窓枠がその名残を主張するだけ。
 パチュリーはしばらくの間、黙ってその廃墟を見つめていたが、意を決したように足を踏み入れた。
 魔法の明かりを2つ3つ灯し、辺りを見回す。中も酷い有様だった。
 床板はもはや土と一体化し種々の草花と暗がりの茸の自己主張の場となっている。壁際の本棚――だったと思われる物は、崩れその原形を僅かにとどめているだけ。元はビーカーやコップだったのであろう硝子の欠片が至る所にまき散らされていた。視界の端を小さな動物が走り抜け、僅かに驚く。ネズミだろうか? 何とか声は上げなかった。
 一歩一歩進み、部屋の隅、まだ壁と天井が残っている一体の一番奥に残っていた唯一の本棚にたどり着く。
 もっとも、本棚の中身は殆ど全てが床に投げ出されていたが。
 本棚の中に鎮座していたのは魔導書ばかりだった。
 "力のある"魔導書はそれ自体が一個の結界のような物だ。腐りもせず、虫も寄せ付けず、こんな劣悪な環境に置かれていてもその形を保っている。ぱらぱらと捲ってみるが、どれも何処かで見たような内容の物ばかり。魔理沙が集めた物なのだろう。もしかするとそこらの床の上にも、もう何冊か埋まっているかもしれない。
 人間の集めた物にしては質は高いと言えるだろうが――いや、ヴワルと比べる事自体が間違っているのだろう。
 床に落ちていた物を一冊拾い上げてみるが、もう殆ど腐ってしまっていたのか、開く前にボロボロと崩れてしまった。比較的状態の良い物を選んでもう一冊手にとって見たが、こちらもかなり状態が悪く、半分以上腐っている。残りの部分も虫食いだらけで読めた物ではない。
 けれど、僅か。
 ほんの僅か、文字が残っていた。
 手書きの文字。かつては研究用の書き付けだったのか、それとも日記のような物だったのか。そもそも読める部分からしてほんの僅か、単語を拾うことすら難しい。けれど、懐かしい、見慣れた文字。
 思い出す。僅かなこと。大昔にあったこと。自分が経験したこと。
 箒に乗ったときに帽子を押さえるその仕草、書架の陰からひょっこりと顔を出して私を呼ぶその声、机で本を読みながらうとうととしてしいるその横顔。
 洗い晒して少しくたびれたその白いエプロン、水仕事で荒れてしまった指に息を吐きかけて暖めているその姿、いつの間にか目尻に寄っていた小皺。
 どれもこれも些細なことばかりだ。
 とても大切で、愛おしくて、とても何気ない――魔理沙との、思い出だ。
 残っていた。
 残っていたのだ。
 自分の中にも、魔理沙は残っていたのだ。
 パチュリーは手の中のそれを愛おしそうに抱きしめ、しゃがみこんだ。
 魔理沙が――霧雨魔理沙という魔法使いが遺した物は、これだけだ。
 これだけだ。これだけなのだ。
 思い出も、約束も、幻想も、追憶も、他の何も。パチュリーの手の中にあるこれ以外は、何も残っていない。
 手の中のそれは小さくて、壊れやすくて――とても、大切で。
 この、もう何もかもが過去となってしまったこの世界で、唯一残された、悲しいほどに小さな、思い出なのだ。

 どれくらいの間、そうしていただろうか。
 気が付けばいつの間にか風の結界の魔法も解け、屋根壁の隙間から吹き付ける雨にパチュリーの体は濡らされてしまっていた。これど、パチュリーはそんなことは意にも介さない。
 崩れかけた手の中の本を壊さないように抱きしめ立ち上がる。
 ここにはもう、何も残っていない。これからまた、長い時をかけて雨風がこの廃屋を風化させていくだろう。そしていつしか、ここはただの森の中の広場になり、最後には木が生え森に戻るのだろう。
 人の生きていた証は、そうやって一つ一つ消えていく。そういうものだ。
 そして、それで良い、とパチュリーは思う。
 もう、この場所に来ることは、二度と無いだろう。
 ぼそりと一言だけ呟いて、踵を返す。そのまま一度も振り返らず、廃屋を立ち去った。




 紅魔館に戻ってきたパチュリーはずぶ濡れだった。ただでさえ体の弱いパチュリーが、雨に打たれたそのままの格好でいたら瞬く間に風邪を引いてしまうだろう。けれど、そんな事などパチュリーは気にしてもいなかった。
 あれからどの程度の時間が経っていたのだろう。けれど、フランドールはそこにいた。
 パチュリーが出て行く前と同じ格好で、窓の外の景色を無表情に見つめている。
 今はもう周りには倒れ伏すメイド達の姿はない。とうに回収されたのだろう。
「――フランドール」
 声をかける。視線は窓の外に固定されたまま、動かない。パチュリーの声など聞こえていないかのように。
「――フラン」
 一歩一歩、近づきながら再び声をかける。
 服の裾から、ポタポタと雫が墜ちる。
 パチュリーは、決して濡らさないように両の手で胸にかき抱いていたそれを、フランドールに差し出した。
「魔理沙よ」
 フランドールはパチュリーの方を見た。
 パチュリーが差し出している、崩れかけた古い古い本を見た。
 それがなんだか分からないようで、けれど何か感じる物があるようで。フランドールは、パチュリーの元へとやってきた。
 戸惑いながら、手を伸ばす。
 その手が、本に触れる直前で止まる。

 悪魔の妹は、ありとあらゆるものを破壊する程度の能力を持っている。

 自分がこれに触れて良いのか。壊れてはいけない物を壊してしまうのではないのか。
 そんな迷いに、揺れている。
 だから、パチュリーは言った。
「大丈夫。さわっても、大丈夫よ。フラン」
「……本当に?」
「本当に」
 フランドールはありとあらゆるものを壊してしまう。それは世界の理で、覆しようのないことだ。けれど、パチュリーはそれをフランドールに差し出した。
 根拠があったわけではない。
 ただ――予感があっただけだ。
 パチュリーは知っていたから。
 フランドールは何度も何度も魔理沙と触れあって。
 最後まで、魔理沙のことを壊しはしなかったから。

 フランドールは意を決した様子でその本に触れ――壊れなかった。
 そのまま、危なっかしい手つきで受け取り(それもそうだろう、何しろ彼女が触れた物で壊れない物などこの世界には殆ど無いのだから。彼女が『物を持つ』事なんて滅多に有りはしないのだ)ページを開く。
 フランドールは魔理沙の字を読んだことがあるのだろうか。
 パチュリーは知らなかった。
 けれど――
「まりさだ」
「まりさの字だ」
 分かったのだ。フランドールには、その文字が、それが魔理沙の物だと。魔理沙が最後に遺したものだと、理解ったのだ。
 そのまま本をかき抱き顔を伏せる。その体は何かを堪えるように、何かを耐えるように震えている。
 パチュリーはそんなフランの体を抱きしめた。

 ――そのまま、どれだけの時間が流れたのだろうか。
 フランドールが、僅かに身じろぎした。
 戸惑うように、声をかけても良い物かと、迷うように。
 そして、そっと一言、言葉を発する。





 ――ねぇ、パチェ





 ――ないてるの?
人間の涙の成分は、水分98%、ナトリウムやカリウムが1.5%、たんぱく質が0.5%――といったところだそうです。
魔女と吸血鬼の涙は、一体何で出来ているのでしょうか?
RY(TYPE-春)
http://onionsoup.web.fc2.com/index.html
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2009/11/21 22:36:35
更新日時:
2009/11/21 22:36:35
評価:
16/17
POINT:
87
Rate:
1.32
1. 6 北信 ■2009/11/22 15:02:06
夏の雨の陰鬱な描写と、大切なものを失った人々の悲嘆が
うまくマッチしていると思います。
2. 5 神鋼 ■2009/12/15 19:23:48
これは……寂しいなあ。
3. 7 バーボン ■2009/12/18 22:01:35
何度読んでもこの手の話にはしんみりさせられてしまいます。
テーマも話の展開も斬新ではないと思いますが、読みやすい文章の書き方と雰囲気作りが非常に上手いと感じました。テンプレではなく王道と言えるレベルだと思います。
惜しむらくは、やはりそれでも展開に目新しさが見えなかった事。「来るか来るか、やっぱり来た」と言う具合に先が見えてしまったので、雰囲気に酔いつつもどこかで醒めてる自分がいました。

あと、後書きが非常に素敵です。
吸血鬼は血の涙を流して、魔女は智の涙を流す……なんてフレーズが思い浮かびました。別に上手くも何ともないけれども。
4. 5 藤木寸流 ■2010/01/04 02:31:58
 人の死を見るたび、魔女や吸血鬼はそれほど弱い生き物なのかな、と思うことがあります。彼女たちが精神によるところの大きい生き物だとすれば、心を揺さぶられることが致命的となるのも解る気が致しますが。
 彼女たちにはその感傷を超越していてほしい、と願うことは、いずれ消えてしまう人の性なのでしょうか。
5. 2 パレット ■2010/01/10 05:19:13
 透き通った、優しいお話。
 ……なんだけど、ちょっと、テンプレから抜け出せてない印象が強かったかもです。人間側の死を扱うお話のテンプレ。
6. 3 白錨 ■2010/01/10 10:55:33
魔理紗は居なくなると、悲しみにふける人物がいっぱいいるだろうな……。
フランの心情。パチェの心情の章を作って、加えれば、厚みが出る作品だと思いました。
7. 6 椒良徳 ■2010/01/11 19:06:38
切ないなあ。
家族との思い出も友人との思い出も時の流れの中で摩耗していくものですが、
魔理沙の確かな記憶がボロボロの日記一冊しか無いというのに世の無常さを感じます。
人間との死別を書いた作品は良く見ますが、
それすらも歴史となってしまってからの作品というのは、少なくとも私は初めて読みました。
佳作と言うには物足りないですがその目新しさを買ってこの点数を入れさせて頂きます。
8. 5 詩所 ■2010/01/13 22:16:27
 妖怪は失った悲しみを感じるまでにも時間が掛かるのかもしれませんね。

 誤字報告
>魔がままを
 ”我が儘”かと
9. 5 ホイセケヌ ■2010/01/13 23:21:59
壥、タ、、ッホアッ、キ、ッ。「ヘヒ周オト、ハ・爻`・ノニッ、ヲシtトァ^、ャ、ヲ、゙、ッテ隍ォ、、ニ、、、、ハ。「、ネヒシ、テ、ソ。」

、タ、ア、ノ。「、ハ、、タ、ォハタス醺Q、ャヒス、ホシ。、ヒコマ、、ハ、、、ネ、、、ヲ、ォ、ハ、、ネ、、、ヲ、ォ。」、ス、筅ス、筅ヒ、キ、ニ、ハ、、ヌ・・゚・・「、マメ、ュ、ウ、筅テ、ニ、、、、ホ」ソ。。、筅キ。クDメケ、ャ、、、ハ、、、ォ、鬘ケ、ネ、、、ヲタモノ、タ、ネ、キ、ニ、筍「、ス、、タ、ア、ヌセtアタ、、ケ、、隍ヲ、ハシtトァ^、ヌ、マ、ハ、、、ネヒシ、ヲ、ホ、タ、ャ。」ネヒ馮、ハ、ノ、ソ、タ、ホハウチマ、ネ、、、ヲク、ヒ。「、ス、ホセォノ、ネォ、ヲ、ケ、・ュ・罕鬢マセモ、ハ、、、キ。」コホ、タ、ォ、ハ、「。「、ウ、ヲ。「トァタノウ、ヒネ、゙z、狢モノ、ャ、筅テ、ネモ、キ、ォ、テ、ソ。」
10. 6 deso ■2010/01/14 00:14:31
とても情感豊かな文章で良かったです。
身体にじわりと染み入るようです。
11. 6 八重結界 ■2010/01/15 16:12:51
 全てが終わってしまった後の話というのは、かくも寂しい印象を人に持たせることができるのですね。綺麗にうまく纏まった話でしたが、個人的には纏めすぎたかなという気も。
12. 6 2号 ■2010/01/15 18:49:21
短いながらも、侘びさびを感じる情緒深いお話でした。
13. 7 零四季 ■2010/01/15 20:28:11
この寂しさが良い。何とも言えない感情が湧いてきますね。
個人的要望をするなら、もっと寂しくして欲しかったかもしれないです。
ちなみに魔女の涙は知識、吸血鬼の涙は愛と平和で出来ています。嘘です。
14. 7 やぶH ■2010/01/15 21:13:26
血も涙もない、とは言いますが、血を尊重する吸血鬼は、きっと長い生の中で特別な時にだけ、涙を流すのだと信じたいです。
魔女の涙も、決して枯れてはいけないと思います。いい作品でした。
15. 5 時計屋 ■2010/01/15 22:49:35
 文章が切々として心に染み渡るようでした。
 お話の雰囲気にも合っており、SSとしての完成度は高いと思います。
 ただ、展開自体はちょっとありがちなようにも思えました。
 後はお題の印象が薄かったところが残念でした。
16. 6 如月日向 ■2010/01/15 23:10:03
 今の幻想郷が最盛期で、あとは衰退していくのかと思うともの悲しいですね。

〜この作品の好きなところ〜
 寂しくなった紅魔館の雰囲気が出ていました。

〜誤字かな、違ったらごめんなさい〜
うとうととしてしいるその横顔
魔がまま
17. フリーレス ugsrlhkxul ■2012/03/20 20:11:59
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