隠れ者の小傘

作品集: 最新 投稿日時: 2009/11/21 23:14:07 更新日時: 2010/01/17 13:39:41 評価: 23/26 POINT: 163 Rate: 1.57
 京の都に、下駄の音。
 からころからころ、下駄の音。

 京の都に、鶫の声。
 からからけたけた、鶫の声。

 屋根の上にて、妖が嗤う。
 嘲るように、喜ぶように、楽しむように、嬉しそうに。けたけたけたけた、鶫の声。不気味で、どうしようもなく意味のわからない鳴き声が夜の京の都に響き渡る。暗い空の漆黒に包まれた夜の中、鶫など鳴く筈も無いのに。
 けたけた、けたけた。
 鶫の鳴き声。

 人間が聞けばとても不気味な、夜の囀り。
 夜の都に、響き渡る。

「……また、この声か」
「まったく気持ち悪いな……こんな鳴き声に構っていられないというのはわかってはいるが、こうまで鳴かれると不気味でしかない」

 大きな屋敷の一角。
 ゆらり揺らめく薪の炎の。その傍で二人の男が言葉を交わす。広い屋敷は、一日かかって敷地内を全て歩き回れるかどうかというほどの大きさ。その屋敷の中でも一際目立つ社の前に、彼らはその入り口を守護するように立っていた。
 そうしていると、屋敷の中の方からまた男が一人駆けてくる。

「警護のほうはどうだ?」
「……こっちは不気味な鳴き声が聞こえるぐらいで、怪しい輩の様子は特に無い。それよりも帝の様子の方がわれわれは心配だ」
「うむ……先程から医者もずっと付きっ切りではいるのだが」

 駆けつけてきた男は、言いながら社へと目を向ける。
 その奥には豪華絢爛な部屋。北の国より届けられた珍しい装飾品などが埋め尽くされて、部屋が特別なものであるのを現している。
 その部屋に敷かれた布団に、寝込む男性が一人。表情は酷く青白く憔悴しきっており、具合が悪い事をはっきりと現している。傍にはその容態を見守る医師のような男性と、男性の体から出ている汗をふき取る侍女の姿があった。

「容態は正直、良くは無いそうだ。医者も、何の病だかわからぬらしい」
「……役に立たん医者だな」
「そう言うな。それでも多少なりとも体調を整える為に色々して下さっているんだ。ともかく帝の容態が良くなるのを祈るしかあるまい」
「うむ……しかし、ただの病気にしては余りにも不可解だな」

 守護の男の一人が、ぽつりと呟く。

 帝――曰く現在で言う天皇――が、原因不明の病に襲われた。
 ある夜から謎の幻覚が見え始めたかと思えば、その夜から突然に高熱を出し、吐き気を催し、頭痛までも伴い、かれこれ数日間の間碌に起きる事もできずに寝込んでいる。
 もちろん京の都に暮らす民にはこの事は告げてはいない。あくまで屋敷の中だけの出来事として留めていた。

 余りにも不気味で、不可思議な事件であった。
 そうであるが故に守衛の一人も思わず下らぬとは思いながらも、一つ呟いた。

「妖の仕業かも知れんな」
「妖? 何を馬鹿な」
「余りそうそうは馬鹿にできんぞ。数年前も同じような事態に、あの源の所の武士が対応し、妖を追い払って病を治したという話もあるぐらいだ」
「随分と眉唾物だな……」

 守護の男の片方は、全く信用していないようだった。それも当然といえば当然だ。帝の病に妖がどう関係があるというのだ。それに元々、妖なんてものがいるだなんてことも考えていない。当然だ。殆どの者は、見た事も聞いた事も無い、妖なんていう未曾有の存在。名前を出されて、居るだろうなんて口頭でいわれたところではいそうですかなどと簡単に言えるわけも無い。

 風が鳴く。
 薪の炎が大きく揺らめき、しかし消えぬ。大きく強い光は揺らめくが、その姿を保ち続けた。

 鶫の声。
 けたけたと、不気味に鳴く。消え入りそうで、そして楽しそうな。不思議で不気味で、謎の声。

「勿論そうでないならばそれに越した事はあるまい。だが、我々は帝を守る役目がある。原因がどんな事であるかを突き詰める為には、例え僅かな可能性でも考えてみるのは悪くない事だろう」
「あくまで可能性の一つとして、だがな……第一、妖が居たとしてこういったように帝を病に伏せていた事がわかったところでどうすると言うんだ」
「それは、その時考える」
「その時って、お前」
「何の病かもわからぬ病人に、風邪薬を投与するわけにも行くまい? やる事はそれと変わらん」

 結局は大分七面倒な話である事に変わりは無い。医者に、直に帝の病を治せと無茶振りする程度には。大体、無意味に妖の存在を否定した所でそれ以外の対処方法があるわけでもなかった。

「……その、過去の妖退治とやらの事例は本当に信用できるものなんだろうな?」
「疑り深い気持ちはわかるさ。俺とて、余り心の底から信用してるわけじゃない。とはいえ、帝の危機は都の危機。源家もそれ位はわかっているだろうて」
「ふむ……まぁ、何事もやるまではわからぬ、か」
「治らなかったら別の方法を模索するまでだ」

 守衛の一人はそう言い放つ。そして駆けつけてきた男、帝の側近に対して告げた。

「誰か源のところに走らせて、武士を呼んできてくれ」
「武士を? 病魔の退治に役に立てるとは思えんが」
「病魔以外のものならどうにかできるかもしれん。憶測の域は出ていないが、な。何はともあれ、我々だけでは結局のところどうにもできんのだ。猫の手だろうが源氏の力だろうがあらゆる手段を使っても帝を守るのが我々の仕事だ」
「……うむ。解った。使いの者を今すぐ出させよう」

 側近の男はそう言うと御殿へと向かっていく。守衛の二人はそれを見送ると、先ほどと同じように屋敷の周りを見守るように仕事を再開した。
 びゅうびゅうとなる風の音が、妙に耳障り。今まで気にも留めなかった些細な事が、とても不気味に聞こえてくる。雲間に隠れ、隙間から光を放つ三日月すらもただただ怪しく光り。

 また、鶫が鳴く。
 夜の都、不気味に嗤う。
 けたけた、けたけた。

 不気味な夜が、更けていく。
 守衛二人は得も知れぬ不安に駆られながら、夜が明けるのをただ待っていた。



 〜 ◎ 〜



 けたけたけたけた、笑い声。
 帝の寝込む御殿の屋根に、彼女は意気揚々と座る。
 夜闇の中、漆黒の衣類と髪は目を凝らしても見えぬ程。だがしかし、不気味な翼がその華奢な背に広がる。
 虎の爪のような刃を持つは右肩に宿る紅き翼。蛇の牙のように鋭く尖るは左肩に宿る蒼き翼。
 狢を思わせるふてぶてしき笑い声で、鳴く声はまるで鶫。

 ありとあらゆる、世に存在する物の怪の類。
 そのどれからも想像は付かぬほど、不可思議不気味な獣の集合体。

「んーっ、全く面白い反応するねぇ」

 幼き少女の無邪気な顔に、その残虐性を秘めた瞳。
 御殿から使いの者が屋敷の外へと出て行く姿を、少女は屋根の上から悠々と眺めていた。自分の思い通りに動く人間の姿に、けたけたと笑い声を隠せない。
 胡坐をかいて、気分は上々。人間が慌てふためく様は、いつ見ても面白い。
 けらけら嗤い、それが更に人を驚かす。

 妖怪ぬえは、嗤う。
 けたけたけたけた、鶫の声で。

 不気味な一対の、左右非対称の翼。
 人が見れば、鳥のように羽ばたけるわけでもなさそうなその翼で、空を舞う。ばっさばっさと、器用に翼を動かす。
 それが翼であると、誰が思うだろう。雲のかかった月夜の空の下、ぬえが舞う。

 不思議な力を持つ妖怪・ぬえの話をしよう。

 世に人を化かす妖怪は数在れど、狸・狐が有名だろう。しかしその中でも地味ながら、狢という獣がいる。外見は狸に似てはいるが、別の獣である。
 その狢、ただの獣であるならばそこまで害はあるまい。ただ妖となったならば、その妖怪としての力は尋常ではないものとなる。曰く稲妻を起こし世を荒らすとまで云われるほどに。妖怪となった狢は数少ないが、確かに世に存在してきていたという。

 その様に人を化かし、稲妻を起こす力をぬえは持つ。
 決して狢と同じではないが、似た力。ただの狢ではなく、その翼は巨大な虎の爪を、鋭利な蛇の牙を髣髴とさせる。鳴き声も甲高く不気味な鶫の鳴き声。
 世に妖怪は数在れど、彼女のように数ある獣の身体が入り混じった妖怪は、他に居ない。あらゆる力がそれらの獣の一線を臥す。
 それが、妖怪ぬえ。

 夜空を舞う。不可思議な翼を、ばさばさ広げて。
 けたけた嗤う、夜空の下。
 妖怪ぬえは、人を驚かせて嗤うのが何よりも楽しい妖怪だから。今日もまた、人を怖がらせ、驚かせ、間抜けな面を見てはけたけたと嗤うのだ。楽しそうに、嬉しそうに、心の底から喜びを現して。
 夜半静かな京の都に、不可思議なる飛行物体。

「さぁーって、まぁ今日はこの辺にしようかね」

 満足しきった子供のような無邪気な笑顔を浮かべて、ぬえは空を舞う。
 ――ふと、空気が変わったのを感じ取った。湿り気のある空気。濡れた臭い。月に、深く雲がかかっていく。やがて光も見えなくなる。
 ぽつ、ぽつと。額を水が打ち付けた。

「雨か」

 楽しく夜間飛行としゃれ込む気分だったが、そうも行かないようだ。如何に妖とはいえ、いや妖であるからこそ自然現象には素直に従う。雨も雪も、稲妻も地震も、ありとあらゆる物はこの世界を司る自然なのだから。
 雨は力を増し、やがて土砂降りになった。

 流石にこれ以上空を飛ぶのも面倒だと、ぬえは都の中心地から少し離れた人気の少ない街角に降り立った。流石にこの時間、この雨では人も姿を現さぬ。悠々と歩きたいところでは在るが、一応は御姿を隠す妖怪としてのプライドはある。大きな黒い布を取り出すと、全身を包み込むようにして隠す。雨風をしのぐ意味でも、調度いい。

「長居は無用だね」

 長屋の屋根で雨を凌ぎながら、少しばかりの早歩き。今の姿なら見られてもそこまで問題ではないが、怪しまれるのも妖怪としては問題だ。人間に見つからない内に逃げられるならば、それが一番なのだから。
 ざぁざぁと地面を叩きつける雨。止んだところで明日も水溜りなど生活は大変だろうなぁと他人事を思い巡らせる。止まねばそれも大変ではあるし。人間は本当に面倒な生物だと、考えると笑いがまた込み上げる。

 下駄でぱちゃぱちゃと水溜りを鳴らして歩くのはこんなに楽しいのに。思わず自分からもう出来ている水たまりに飛び込んでみたり。
 このまま全身を隠す布も取り払いたいぐらいだが、流石にそれで正体がばれてはどうしようもない。それは無いとは思うのだが、大事なのはあらゆる可能性を潰そうと試みる行動だ。
 ぱちゃぱちゃ、楽しげな音を響かせながらぬえは街道を歩く。街角の大きな蔵の傍を抜ければ町の外に出られるだろう。そこまで急ぐこともなく、楽しげに音を立てながらそこを通り過ぎようとした。

 その蔵の下に、まるで死んだような瞳をした少女が居るなんて事、通るまで気づかなかったのだから。

「ほぁっ!?」

 思わず意味不明な声も出る。
 人に気づかれて無いからと楽しげに踊りながら歩いていた事を一瞬で後悔した。慌てて曲がり角の前の街道へと跳んで戻る。
 気づかれたか、と思ったが向こうから反応は無い。まさか姿形一つも見られていないのだろうか。ぬえは蔵にぴったりと身体をくっつけ、そこからそおっと蔵伝いに、先ほど少女が居た場所を覗き込んだ。

 まるで死体みたい。
 ぬえがまず抱いたのは、そんな考え。
 蔵に背を預け、瞳の焦点はどこにも合わぬ。何を見ているのかもわからないというよりは、何も見えていないのではないかと思える。ほっと胸を撫で下ろすぬえ。
 だがしかし、少女の御姿は酷い物だった。

 身を纏う服はボロボロに朽ち果て、穴と傷だらけ。そこから見える白い肌にも沢山の痣が見え隠れする。まるで虐待にでもあったかのような姿は自由奔放に生きるぬえですらも多少の同情を覚えるほどに。
 そして雨を凌ぐ為に差しているはずの傘もまた、長い年月がたったのだろうか。穴だらけの傘では雨も防げまい。機能は既に果たしていない。
 見れば見るほどに、酷い姿だった。そしてそれも含めてぬえは他のところが気にかかっていた。

 人間としてはおかしい、青く光る右の瞳。
 一回洗えば汚れも落ち綺麗になるであろう、空色の髪は土や泥にまみれ汚れきっていて。
 何より、ボロボロの傘についている一つ目玉と口が、異質さを物語っていた。

 恐らくあの子は、妖怪なのだろう。そう思うと更に安堵する。
 妖怪であるならば同業者。自分の姿を見られたところで特に気になることは無い。しかしどうしてあんなにボロボロになっているんだろう。
 そう一度思うと気になってしょうがない物。

「やぁ、可愛らしい女の子」
「!……」

 傘を差し、それで雨風を凌いでいるつもりはまさか在るまい。
 ぬえは真正面に立つと、少女に声をかける。驚かせてしまうだろうな、とは思ったがある意味では驚く顔を見るのは趣味なのだからその辺は問題は無い。
 そう、思っていた。
 少女がこちらを見た瞬間に、さっき気づかなかった事に気づく。

 見開かれる、少女の二つの瞳。
 右目は大海の如く澄んだ蒼い瞳。
 左目は流血の如く痛々し紅い瞳。

 表情は、一転した。
 完全に死んでいた少女の瞳は、更に死んだ。又、死んだ。もう少し具体性を持つならば、死ぬほど見開かれた。

「あ、あ」
「あ?」
「いやああああああああああああっ!? ああぁっ!?」
「んぶぅっ!?」

 また変な声がぬえの柔らかそうな唇から上がる。相変わらず外見乙女とは思えぬ変な声を出すのが上手だった。
 それよりも、目の前の少女だ。
 大きく目を見開いて、恐怖。狂ったように声を上げて、ぬえを見つめていた。その驚きの感情のままに涙を流しかねないほどには、驚かせてしまった。予想外すぎて、それは変な声も出る。
 それよりも、まずい。
 この声で、近くの住民が気づいてしまう恐れがある。まさか同業者相手にこんな事になるとは。焦る気持ちを抑えつつ、叫び声を上げ続ける少女へしゃがみ込んで、その両肩をつかむ。

「ま、ま、待って落ち着いて落ち着いて!」

 ぬえが落ち着いてなかった。
 しかし、少女はその言葉を理解したのかどうかわからないが肩に手が置かれると、少し泣きそうな表情は変わらないが、声は出さなくなった。
 ただ、ぬえから必死に逃げるように、その身体をより強く蔵に擦り付けるように逃げるように動く。見開かれた瞳、噛み締めた歯。恐怖の表情を今尚見せるのは、変わらない。
 それでも声を上げなくなってくれたのはぬえにとっては助かった。なんにしても、どうするべきか。先程の声で誰かが気づいたかもしれない。この少女の事は酷く気にかかるが、早めにこの場から逃げてしまおう。

「……悪いね、声かけておいて」
「え?」
「人間、来るかもしれないから。先に失礼するよ。お前も早く逃げること」

 すっと。
 ぬえは、少女の両肩から手を離す。それはとても些細で、小さな行為。ぬえにとっては逃げるという行動の為に必要な単なる一動作。
 だから、気づかない。
 少女の身に何が起こったなんて、わかる筈も無い。

 けれど、その動作が少女にとってどれぐらいやってはいけない動作だったか。勿論ぬえにはわからない。
 だから、起こる。

「あ、あ、あ、あ」
「あ、あ? ってそれって」
「いやあああああああああアアアァァァァ!?」
「その行動って言う前にそれかーっ!」

 当然、何が何だかわからないぬえにとってはどうしたらいい物かわからない。なぜ少女が叫びだしたのかがわからないんだから。
 仕方ない、とその手で口を塞ごうとした。だが、それをする前に。
 その塞ごうとした手を、力強く掴まれた。

「ッ!」

 図られたか。そんな考えが頭をよぎった。
 妖の中で自分の正体を隠し、油断して近づいてきた人間を喰らう者など決して珍しくは無い。
 もしそういった類であるならば容赦はせぬと、掴まれたその掌に力をこめようと。

 そうしてから、止める。
 ――少女に、一切の攻撃の意思が無い事に気づいたから。

「ひぃっ……ひぐっ……ひぐっ……」
「……お前」

 ぬえの手を、力強く握り締める。
 確かにその力は、一般の人間のそれと比べたら酷く強力。だが、ぬえもまた妖怪であるがゆえにその程度は大した怪我にも繋がらない。
 問題は、もう一つの行動だ。

 手を強く、必死で、離さないよう握り締めているというのに。
 その身体は、ぬえから離れようと必死なのだ。

 表情も未だ変わらず、恐怖に包まれたままぬえから瞳を逸らす。
 恐れと、孤独。
 抱く二つの感情が相反するその行為を生み出した。

 臆病者の唐傘妖怪。
 ぬえが、彼女のことを全部知るのは、まだまだ先のお話。



 〜 ◎ 〜 ◎ 〜



「ふぅっ、ふぅっ……つーかお前もちゃんと一人で歩かんかい!」
「ひぃっ!!」

 怯えて余計面倒なことになった。
 ぬえは思わず大きく溜息をつく。何で自分は人里から離れるだけなのにこんなに苦労をしなくてはいけないのか。

「これがわからない……」
「ふぇ……」
「……とりあえず付いてくるのか付いてこないのかぐらいは今の内にはっきりさせてほしいんだけど」

 呆れた様な諦めた様な。
 そんな視線が、傘の少女へ向けられる。視線を向けるだけで身体をびくっとさせるのはこっちも驚くからやめてほしかった。
 強く強く、握り締められたぬえの掌。両手で握ってくるもんだから、流石に少しばかり痛い。
 そこに傘の柄まで挟み込んでくるから尚の事。あぁ手が痛い。

「……手、離していい?」

 ふるふる。
 首を横に振る。

「じゃあ、ついてくるの?」

 ちょっと悩むような顔。

「……」

 どうしたものか。
 いやしかし、付いてくる事を最低限否定はしていないのだ。少なくとも手を離したくないというなら、それに従ってやろう。特に義理も無いのに。
 別にこの手を振り払ってやっても良かった。けれどそれを、ぬえはしない。

 気になってしまったから。
 流石に放置しては置けないじゃないか。無責任だ。
 妖怪の癖に、変に律儀。

 人里離れた森の中。
 てくてくてくてく、そんな風に歩ければ楽なのだが。
 残念なことに一人の少女の手を引いてるせいで足取りはそこまで軽くは無い。少女はむしろ引きずられる形なのでずりずりと地面を擦るように移動している。
 別にこんな森の奥に少女を連れ込んでいるからといってやらしいことをするつもりではない。ぬえにはそういう趣味は無い。

 森の奥に、廃屋があった。見るからに朽ち果てて、たてつけも非常に悪そう。
 後ろから引きずられるままに付いてきた少女はその廃屋を見て驚いた表情を浮かべる。
 ぬえは立て付けの悪い戸をがたがたと動かす。数回ほど引き戸を動かしてようやく、大きな音と共に家の中が姿を現した。

「はい、ただいまーっと」
「……」
「ほら、あがんなさい。別に怒らないから」
「……はい」

 ぬえは下駄を脱ぎ、家の中へと上がる。少女は履物などは特に無かったので、そのまま上がりこんだ。雨が降っていた中そのまま入り込むものだから、家の床もびしょびしょになる。
 外側から見た感じでは全く似つかわしくない内装。とはいえ派手なわけでもなく、普通に人が暮らすには十分なぐらいだというものだろうか。

「とりあえず身体拭かないとねぇ」
「……うん」
「ちょっとそういうわけでそこの棚から布を取り出したいのだけども」
「……」
「手を離して貰っていいかしら」

 ふるふる。
 首を横に振る。
 大きく溜息をつくぬえ。

「……んじゃ申し訳ないとは思いますが、少々移動に協力してください。というか、引っ張ったらちゃんと歩いてください」
「……うん」

 少女は頷く。ぬえは少女の手に掴まれながら、部屋の隅にある棚から布を取り出す。濡れた服から水が滴り落ち、家の中を汚す。後から面倒だが掃除をしようと思い立つ。
 案外片手で全部やるというのはそこそこ面倒だった。布を取り出すと、少女の頭に一枚被せる。

「片手ぐらい離した方がいいわよ。一々あなたの身体まで拭いてやるほど義理堅くは無いからね、私。それに正直、傘も痛いし」
「あ、うん……」

 云うと、片方の手を離して、傘もそちらの離した手に持ち替えた。
 しかしそれでもぬえの掌を握り締める力は非常に強かった。めんどくさいなぁ、とは思うが振り払う気にはなれない。空いた手で頭を掻くと、自分も自分用に布を一枚取り出した。濡れた髪をわしゃわしゃと拭く。

「足、拭いてよ」
「うん」
「……私のじゃなくて、自分の」

 布をもって自分の足に手を伸ばそうとした少女を制止する。慌てて自分の足を拭く。素足でここまでずるずると引きずられる様にやって来た為、足は泥でぐちゃぐちゃだ。勿論床もそれで当然汚れている。
 元々廃屋だから汚れなんてそんなに気にはしていないが、まぁ多少拭いてくれると楽でいいなとは思う。

(にしたって)

 少女を改めて、観察する。
 手に握っていた、唐傘。恐らくは、唐傘の妖怪なのだろう。傘についている目玉と口。僅かながら妖力を感じた。
 問題は、少女本体だ。
 全身につけられた小さな痣。ぼろぼろに破れた衣服。酷く地味な色の和装で、ところどころ解れもあった。けれど、どうも暴力的行為で付けられたような傷は無いらしい。全部、何かの事故というか、擦り傷のようなものが多い。
 とにかく弱いから人間に苛められているわけでもないだろう。こんな手を握り返してくるような力を持っているのに人間に苛められていても困る。あんな蔵の下でずっと塞ぎこんでいた理由も良くわからないし、これ以上は聞いてみないとわからないのかもしれない。

「ねぇ、あんた」
「……」
「何であんなところで座り込んでたの?」
「……」
「なんか、妖怪と喧嘩でもしてた?」
「……」
「……」

 無言。
 この圧力にぬえの全身がうずうずし始める。何も答えてくれない感覚、黙って俯いたままの少女、苛立ちだって少しずつ溜まっていく。何とか解消したいものだが、一応は連れ込んでしまったわけだし。半ば強制ではあったけれど。
 何も答えてくれない彼女にうずうずといらいらが募る。
 そうしているとふと、ぬえは思う。
 この子の名前はなんて言うんだろう、と。

 必死になって連れて来るだけ連れてきてしまったせいで、自分の名前も名乗ってないし、相手の名前も聞いていない。最低限それぐらい聞いておかないと色々やりづらいし、まぁ聞いておこうと思い立つ。

「名前、聞いてなかったね。私はぬえ」
「……」
「あなた、名前は?」
「……」
「……ぁあん」

 思わずよくわからない変な声が漏れ出てしまうぐらいには、いらついた。ただの傍若無人が相手だったら既に引き裂いているところだ。
 ともかく、答えてくれなかった。募る苛立ちを隠しきれなくなってきたぬえ。胡坐を掻いて、足先で貧乏ゆすりをしてしまう。片手で頭から血が出るぐらいの勢いで髪を掻き毟る。

「……わたし」
「んぁ?」

 そんな風に奇怪な行動をしていると突然に少女が言葉をようやく放つ。余りに唐突だった上に声も小さかったので危うく聞き逃すところだった。
 そのまま、少女は言葉を続けた。

「名前って、知らないの」
「……え?」
「……わたし、の、名前って。なんなのかな」

 寂しそうに、呟いた。
 ぬえは真剣な表情で、その言葉を聴く。恐らくは、妖怪になったばかりなんだろう。ならば名前など知らない。
 あるいは獣の妖怪であるならば、親から名前が付けられていたかもしれない。しかし、傘は物でしかない。物であった頃から名前が付いている妖怪は滅多に居ないし、そもそもただの物質が妖怪化する事例はかなり珍しいことだ。
 一息、ついて。

「悪かったね、変に急かしちゃって」
「……ううん」
「まぁ……何があったかは知らないし、別に聞かなくてもいいけど。今日はうちで泊まるといいわ」

 ぬえはそうして、少女に笑みを見せる。少女は一瞬戸惑うような顔を見せるが、言わんとしてることがわかると唐突に困ったような顔になり始める。

「え、え、え」
「んー、嫌かい」
「い、いや、いやじゃ、ない、の」

 顔を真っ赤にして、必死に言葉を紡ぐ。
 そういえば妖怪として生まれたてだからいまいち言葉もままならない感じだな、なんてぬえは感じる。多少強引ぐらいじゃないとなんとかならない様相。ぬえは微笑を浮かべると、少女の頭をぐしゃぐしゃと撫でてやった。
 何だか嬉しそうな表情を見せる少女。

「じゃあ、えーと……名前無いと呼びづらいな、お前」
「ご、ごめんなさい」
「別に謝る事でもないからいいけどさ。なんかいい名前付けてやらないとなぁ。呼びやすくて覚えやすい何か付けてやらんと」

 むぅ、と考える。
 しかしまぁ、当然簡単に名前なんか思い浮かぶわけでもない。頭をくしゃくしゃと掻き毟って、当然それでも出るわけもない提案。
 ぽかんとした表情で少女が見つめる中、変に悩み続けるのもなんか恥ずかしかったのだろうか、ぬえはすっとそのまま頭を数回ふるって立ち上がる。

「明日までになんか考えておくわ。期待しないでね」
「う、うん……その」
「何?」

 照れくさそうに、少女は俯く。
 その顔は真っ赤に染まっていて、非常に恥ずかしそうだ。

「あ、あり……」
「ありーべでるち」
「ち、ちがう」
「だろうね」

 茶化さずにちゃんと聞いてやることにした。

「あり、がとう……」
「……」
「……」

 沈黙。
 顔を真っ赤にして俯く少女。
 余りの沈黙に耐え切れなくなったか、思わず泣きそうなその顔で、視線を上げる。

 華奢な手が、少女の頭を包む。
 けたけたと、楽しそうな笑い声。

「何百年振りだろうかねぇ、そんな風に感謝されたのは」
「そう、なんだ」
「あぁ、こういう生き方やってると疎まれてばっかり。たまには気持ちがいいもんだね、こういうのも」

 けたけた嗤う、先程人間を脅かした時のように。
 釣られて、少女も笑った。今まで見せたことのない、楽しそうな表情。

「お」
「え」
「そんな顔、出来るんじゃないか。上出来」

 けたけた、また笑い始めた。髪の毛をくしゃくしゃと掻きまわすようにして、少女の頭を撫でる。撫でるたびに、嬉しそうな表情。それがなかなか楽しくて、笑いながら思わずずっと撫でてしまう。

「っと、そんな事してる場合じゃなかった」
「あっ」
「もっと撫でてほしけりゃ、私が撫でたくなるような事してみな。けけけ」

 そういうと、頭から手を離した。少し寂しげな表情を浮かべるが、だからといってずっと構っても居られない。ちょっと今日は変な事がありすぎたから、流石に長い年月を生きるぬえも少々疲れていた。
 妖怪とて、睡眠が必要なのは人間と変わらない。回数も時間もそこまで必要ではないが、寝るという行為自体ぬえが結構好きというのもある。
 さて、布団を敷こうと思ったところで、変な感覚を思い出す。

「ねぇ、あんた」
「……?」
「その、なんつーか、布団敷くときぐらいは手を離してほしいんだけどね」

 びくっ、と身体がわかりやすく震える少女。
 とたんに怯えた表情になって、ふるふると首を横に何度も振り始めた。本当に感情の表現が豊かな女の子だ。
 しかしここばかりは、なんと言うか。ぬえとて片手で布団が敷けるほど器用な妖怪ではない。やろうと思えば可能なのだが、そこまでめんどくさい事はしたくない。
 むぅ、とぬえは唸る。

「あの、すぐ繋ぎ直すからさ。ほんの少しの間、ね?」

 ふるふる。

「少しだけだから、手なんていつでも繋げるでしょ?」

 ふるふる。

「……」

 我慢の限界に達して、ぬえは笑顔を顔に、額に血管を浮かべたまま思いっきり手を振り払った。

「やああぁぁぁぁぁっ!!??」
「やっぱこうなるのか」
「ひぃっ、ぬえぇ、ぬええっ!!」

 顔を蒼白させて涙をぼろぼろと流しながら発狂しだした少女を冷静に観察しようとするぬえだったが、そうも行かないようだった。突然にぬえに向かって少女は飛び込んでくる。

「んなっ」
「ふぅぇええっ……」

 がばっと、ぬえの全身を力強く抱きしめる少女。ぬえの胸の中で、嗚咽を流す。
 ぬえの胸に沸き起こる罪悪感。どうすりゃいいんだと諦観。
 よほど何か事情があったのだろうけれども。今の状態で聞いては、それの記憶を掘り起こすだけだろう。

「あー、わかったわかった。でも抱きつくならせめて背中からにしてくれないかな」
「……ぬえの胸、柔らかい」
「ありがとうと返事をしておきたいところなのだけど、今はそういうので感謝する機会じゃないの」

 ぬえが呆れたように言うと、小傘はこくりと一つ頷く。
 そしてぬえの身体に身をぴたりとくっつけて、器用に背中側に回り込む。

「変なところ器用ね」
「……褒めてくれてる?」
「さぁ、ね」

 ぽりぽりと、頭を掻くぬえ。
 しょうがないな、と思いながら少女を背中に抱きつかせたまま立ち上がる。布団を敷いたらとっとと寝てしまおう。
 夜は更け、ゆっくりと時が過ぎていく。



 〜 ◎ 〜 ◎ 〜



 陽の光が湧き水のように窓から溢れ出る。
 その光の眩しさに、目が覚めた。

 いつものように、布団から起きる時は一回大きく伸びをするのが日課、なのだが。
 どうにも身体が重い。別にそんな身体を激しく動かす運動をした覚えはないんだが。異物の感覚を感じ取り、自分の脇腹にくっついた重みに視線を向ける。
 外を見れば、広がっているだろう青空。
 それによく似た色の髪をした、幼い顔の少女。すぅすぅと、柔らかな寝息を立てて眠っていた。

「……あー、そうだった」

 寝ぼけ眼を擦り、頭を掻く。
 昨日の出来事、夜間の状況を思い出すと再び欠伸も出るというものだ。

 昨日は結局この子を寄り添わせて寝る羽目になったわけだが、その後が大変だった。
 結構ぬえは寝相が悪い性格で、寝返りを打つたびに少女が身体から離れる。そのたびに少女が大声で発狂し始めるのでおちおち寝ても居られない状態だった。
 結局連続して睡眠を取れたのは一時間かそこらだろうか。合計すればそこそこ眠ったのは確かなのだが、それ以上の何ともいえない苛立ちが募るばかりだった。

 それにしたって、ぬえにとって何が一番腹が立つか。
 自分を散々起こしておきながら安らかな顔で眠るこの少女の事だ。少しぐらい責任取れといわんばかりに、両側の頬を掴んで思いっきり引っ張った。
 独特な柔らかな感触。ぐにーと引っ張ってみる。
 目は覚めないが、うっすらと涙はにじんで来ていた。

「案外頑丈だな、こいつ」
「うぅぁー」
「起きるまではしばらくこれでいこう」
「おひ、おひへふ」
「何だつまらない」

 引っ張っていると、瞳をうっすらと開けて文句を言ってきた。仕方ないので両手を離す。頬を痛そうにしながらも、そこに手を伸ばすことはしない。そこに伸ばすよりもぬえの腰の方が大事らしい。

「おはよう」
「おは、よう。ぬえ」

 こくりと、頷く。そしてぬえが立ち上がると、その身体にしがみついていた少女も一緒に立ち上がる。
 結局少女が身体から離れてくれなかったせいで寝巻きなどを着る暇もなく普段着のまま寝てしまっていた。別に普段着も寝巻きも殆ど変わらないのだが、寝る前の水浴びぐらいはしたい物だったと今更思う。

(この子も、そうだな)

 ちらりと横を見ると、少女の顔。
 綺麗な面持ちであるのは間違いないのだが、小さな痣や擦り傷、泥や土の汚れで余り見れた物ではない。一回ぐらい川にぶち込むぐらいの洗濯をしてやりたい。傷口が多少滲みるだろうが、そこは妖怪そのものの体力と忍耐力で何とかしてもらおうなどと無責任なことを考えてみたり。

「どうしたの、ぬえ」
「うぅん、なんでもないわ。それより少し離れない?」

 ふるふる。
 いつもどおり首を横に振る。言ってから昨日の事を思い出して警戒したのか、ぬえの胴体を抱きしめる力を少し強める。
 思わず腹の骨にひびが入ってしまうかと思わせる感触。思わず顔をしかめ、変な呻き声が喉から漏れる。

「つ、強い、強いから」
「あっ、ご、ごめんなさい」

 思わず少女は力を弱め、申し訳なさそうに俯いた。

(人間なら軽く折れてるなこの強さ)

 そこを堪えられるのが、妖怪の強さではあるのだが。痛い物は痛い。非常に申し訳なさそうに、そして怯えている少女の頭に優しく手をおいてやった。

「まぁ、このぬえ様ならこれぐらい平気よ。気にしない気にしない」
「……痛く、なかった?」
「ちょっとね。この程度なら可愛いもんよ」

 そういって、けらけらと笑顔を見せるとようやく少女も安心したような顔を見せる。ぬえもその顔を見て、安堵。やはりこうして他人の悲しんでいる顔よりも優しい笑顔の方が見ていて楽しいというものだ。
 人間であっても、驚く顔が一番面白いのであってこうした悲哀に満ち溢れた表情はそんなに見ていて楽しくない。

「あぁ、えーっと」
「……名前?」
「うん、まぁ昨日ちょいと考えててね」

 とりあえず手は繋いでていいから身体から離れて、と言って少女を引き剥がす。少しだけ不満そうな表情を見せたが、手を繋いでいてくれると言うことを聞いて安心して離れる。ここで手を離したい衝動にも駆られるが、流石に可哀相なのでやめておいた。
 悪戯好きの妖怪もたまには優しい。

「まだ、決まってはいないんだけどね、頭の中でも」
「仕方ないよ」

 向かい合って、えへへと笑う少女。
 これから一生を共に暮らすことになるかもしれないのが、名前。だからこそ、素敵な名前を付けてあげたいと言うのはぬえのちょっとした我侭で、誰しもが思うこと。
 頭をひねるぬえ。

 実を言うと一晩中勿論じっくり考えたのだけれど碌な名前が思いつかなかったと言うのが困り物だ。妖怪ぬえ、名付け親としての発想力はどうやら皆無らしい。女の子で唐傘妖怪だから傘子とかあまりにも酷すぎる。
 むぅ、と唸りながら少女を見るぬえ。
 見れば見るほど、確かに幼かった。生まれたての妖怪なんだなということを改めて理解する。とは言っても外見が幼い妖怪なんてこの世には沢山いるのだけれど。外見だけでなく、内面までもが未成熟な子だと言うのは良くわかる。

「ちっちゃいなぁ、お前」
「……褒めてる?」
「まぁ、いろんな意味で」

 反応が可愛かったので、弄ぶように頭をぐしゃぐしゃとかき乱してやった。予想以上に嬉しそうな顔をしていたので思わず続けてしまう。ぬえ自身ちょっと顔がにやついてるのに気づかなかったぐらいには。

「ちっちゃいなー」
「えへへ」
「……あ」

 ふと、閃く。
 何となく、いい名前。思わず撫でる手を止めてしまったので少女が少しぽかんと口を開けてぬえの事を見つめる。
 ぬえはその顔に満面の笑みを浮かべると、けらけらと小さく笑いながら小傘に視線を向けた。

「ぬえ?」
「小傘」
「ふぇ?」
「小さい傘だから、小傘。そうだな、お前ちっちゃいからな!」
「こ……がさ?」

 少女は、その言葉をおずおずと繰り返す。けらけら笑いながら、手を繋ぐのとは別の手で少女の顔を指差すぬえ。

「あぁ、小傘。小さい傘、って書いて小傘。まだまだ生まれたての小さい傘妖怪ちゃんに私がこの名前を差し上げてやろう」
「こがさ……私の、名前?」
「うん、小傘。悪くない名前だろ?」

 少女は、数度その名前を呟く。それで、それが自分の名前だと言うことを認識し始める。そうしているうちに、段々と戸惑い顔が少しずつ綻んで来た。
 それが自分の名前であるという事。自分に名前というものが付けられたという喜び。自分の目の前の少女のように、自分自身も名前で呼ばれることに対する喜びが、表情から溢れて来る。

「こがさ……小傘、か」
「そ、小傘。気に入ってくれた?」
「うん、小傘……好き、かも。この名前」
「けけけ、そりゃ嬉しいね」

 けらけらと笑うぬえ。それを見て、少女――小傘も、くすくす笑う。
 小傘は先程から嬉しそうに自分の名前を何度も呟いては、嬉しそうに笑う。ぬえもここまで喜ばれると名前を考えたかいがあったというものだ。

(殆ど閃きとは言えないな、こりゃ)

 そんな思惑を感じさせないように、いつものようにけらけら笑う。
 小さな小さな廃屋。いつもぬえはここで一人で寝ていたけれど、誰かと一緒にこうして家にいるというのは始めてだ。
 妖怪仲間が一人もいないわけじゃない。けれど、誰とも仲がいいわけでもない。
 その特異な様相と力を持つぬえは、普通の妖怪からしてみれば異質であり、不気味であり、不可思議なのだから。

 誰しも、恐れるのだ。
 自分にとって認識できない事を、見たことのない物を、正体の判らぬ物を、誰しもが恐れる。妖に対する人の反応のみならず、妖に対する妖ですらも、それは変わらない。
 妖の中でも、随一の化け物。ぬえとてそれを自覚はしているが。
 だから、こうして今小傘と笑顔で一緒にいることが、少しだけ心の奥底で暖かく感じられて。

「ぬえ」
「んぁっ、な、なに?」
「何かぼーっと、してるみたいだった」
「あ、あぁ。考え事。気にしないで」

 心配そうにぬえの瞳を覗き込んでくるから。
 少し、小傘に向けて苦笑い。
 本来は心優しい子なのかもしれない、なんてぬえは思った。

「さて、今日はどうするかな」
「……ぬえは、いつもここにいるの?」
「あぁいや、ここは滅多に使わないよ。私は普段外に居る事の方が好きだからね」
「……外」

 その言葉を言った瞬間、小傘の表情が僅かに曇る。そういえば昨日彼女があんなところにいた理由は何だったのだろうか。
 聞こうとして――やっぱり、やめる事にした。なんというか、まだ聞くべきことじゃない気がしたから。それに、そんなに知る必要もないこと。保護者ではなく、ただの偶然で、気まぐれで彼女を拾っただけだから。ぬえはそういう風に、自分に言い聞かせる。

「外は、嫌い?」
「……余り、好きじゃない」
「だったら一緒には外に出れないなぁ」

 意地悪そうな笑みを浮かべて小傘に向けて呟くと、小傘がはっとなり手をぎゅっと力強く握る。鳴きそうな表情をしながらとんでもない力で掌を握る小傘に一瞬驚く。

「だーっ、だから余り力強く握るのやめなさいっての」
「離れちゃ、やだ……」
「だったら一緒に外についてくる?」

 そういうと、ぐぅと唸り声を上げて俯いてしまう小傘。にひひと笑うぬえは、まるで苛めっ子のよう。勿論目的はただこうやって困ってる顔が見たいというだけなのだけれど。
 小傘は繋いでいない手を太股の近くでもぞもぞさせている。外に行くかどうか、本当に悩んでいるらしい。

「ぬえは、どうしても外に行きたいの?」
「そりゃあねぇ、たまにはここでずっと寝てるのもいいけど、ちゃんと妖怪らしく外にも出ないとね。身体鈍っちゃうわ」
「妖怪は、外に出るもの?」
「勿論。人間を脅かすために外に出てこその妖怪だわ」

 それを言うと、小傘は困ったような表情を更に呆けさせた。
 そういえばそもそも生まれたてなのか、などと思い出す。妖怪としての生き方なんてものは微塵も身についていないんだろう。
 まぁその辺は後にするとして。

「んで、結局どうするのさ」
「……ぬえ、手は離さないでね」
「私の言うこと聞くなら、ずっと握っててあげるわよ」
「なら……外、いく」
「よろしい」

 ぬえは満面の笑みを浮かべる。
 そして、昨日身体を拭いた大きな布を、小傘の頭から被せた。自分もまた同じように大きな黒い布を被る。
 小傘はなぜそれを被せられたのかは判っていないが、ぬえは何も言わずに、小傘の手を引いて家を飛び出す。ただその温もりだけが暖かくて。
 信じたくて、ついていった。
 ただ、彼女が好きになっていったから。



 〜 ◎ 〜 ◎ 〜



 京の都は、昼間もそこまで強く賑わっているわけではない。
 ただ、子供の騒ぎ声ぐらいは勿論ある。いつの時代も、子供は大人しく無く煩くあるべきだ。こういうところにくるとぬえはいつもそう思う。

「……それで、欲しいのはこの色のでいいのかい?」
「あぁ、うん。綺麗な色してるじゃない」

 都の中心部よりは少し離れたところにある商店街。ぬえはある店の主人と何かを話しているようで、小傘はぬえの手を握りながらその光景を眺めていた。
 店頭には色取り取りの布地が並び、人の模型に衣服を着せたものが飾られている。ここはどうやら衣服屋らしい。

 店の主人はぬえが妖怪だというのに、ごく平然の対応をしていた。姿形ことは人間と似ているが大体においてその特異な形をした翼などで妖怪だとばれるのではないか、と小傘はびくびくしながらぬえの後ろに隠れて覗いていたが、しかしそんな様子は全く無い。ぬえも堂々と店の主人と話し込んでいるじゃないか。

「にしたって、ただの布地で良いのかい? 折角だからこっちの服をそのまま買って良きゃあいいのに。着付けぐらいうちのもんに手伝わせるぜ?」
「あぁ、いいのいいの。ただこれと、そうね……これかな。これの布地、頂戴」
「変わってんなぁ……その服も、だけど。一体どっからきたんだい」

 疑いの言葉にびくりと身体を震わせるのは、後ろでぬえを見守っている小傘のほうだった。さっきから正体がばれるのではないかと気が気でない。
 ぬえはというと「この布を被ってれば絶対に大丈夫」なんていうのだが、怖いものは怖い。
 そして本当にぬえは自信満々に、いつもどおりに振舞うだけ。

「あぁ、実は都に来るのは初めてなの……それで、折角だから記念に都の何かを買っていきたくて」
「なるほどねぇ、後ろのは妹さんかい?」
「あぁ、恥ずかしがり屋でね。顔を出したがらないんだよ」

 楽しそうに笑うぬえ。もはや気が気でない小傘。
 だが、約束として手を繋いでいる間はどんなに辛くても叫ばないとぬえと約束をしてきた。頑張って、堪える。
 ちら、とぬえは小傘の姿を見る。少しびくびくと怖がって堪えているのをしているのを理解したのだろう。店の主人に向き直ると急かすように声の怒張を強めた。

「ま、世間話は良いからとりあえず。はい、これ代金」
「はいはい、急かすねぇ」
「ちょっと入用でね」

 主人が店の中へ売り物用の布地を取りに戻る。
 ぬえが振り返り、小傘の手を両手で握る。

「はは、大丈夫?」
「だめ、かも……」
「つったって、ちゃんと着いてくるっていったじゃないか。それに、手を繋ぐ約束はまだ続いてるし、しばらくは我慢してもらわなきゃね」

 けたけたと、先程主人の前ではしなかったいつものぬえの笑い声。
 そして小傘からしては、気になる点がいくつかあった。

「……ねぇ、ぬえ」
「何?」
「ぬえって、妖怪なんだよね」
「ここじゃ大声では言えないけどね」
「人間と普通に話して、平気なの?」

 あぁ、とぬえはけらけら笑い出した。
 出来るだけ大きな声で笑わないように、口元に手をおいて笑う。

「まぁ、小傘からみれば確かに普通に話してるように見えるかもね」
「ふぇ?」
「……種明かしをして上げたいところだけど、それは帰ってからにしようかね」

 ぬえが一つ目配せを小傘に送ると、店の主人が戻ってきた。
 両手に抱えるぐらいの大きさの和紙。何かを包み込んでいるように包装されている。先程ぬえが頼んだ布地の数々だ。

「はいよ、こいつだ」
「どうもありがとう。また都に立ち寄ったときは御贔屓にさせてもらうわ!」
「おう、是非頼むよ!」

 包装された和紙を手渡されたぬえが元気に言うと、小傘を引きずるように手を引いて店の前から立ち去った。賑わいはそこまで大きくないとはいえ、商店街であるがゆえに人通りはそこそこある。
 小傘はぬえの手を握り締めながら、びくびくと後ろを付いていく。そしてぬえはというと、人通りの多いこの街中で堂々と頭に布を被っている程度で、背中の翼はいつものように広げているのだ。普通、人間がこんなのを見たら大騒ぎだ。
 だというのに道行く人間は誰も彼もぬえに興味を持たない。いや、少々興味を持った感じで見てはいるものの騒ぎ立てるような人は誰一人いないのだ。
 ぬえもぬえで、さも当然の如く道を歩く。小傘にはそれが不思議でしょうがなかった。

「小傘、人の多いところは嫌い?」
「……余り、好きじゃ、無いかも」

 先程から道行く人が横を通るたびに身体を震わせて、手だけではなくぬえの腕にぎゅっと抱きついてくる。その姿を見て、ぬえはくすくすと面白そうに笑う。

「まー、別に人が多いところなんて慣れる必要は無いわな。私らがこんなところに出てくることなんて滅多にないわけだし」
「ぬえも、こういうところに来たのは久しぶり?」
「十年に一回もこんな所来たりしないよ。遠くから眺めるのは良くやるけどね。街中を歩いたのは本当に久し振りだ」

 そういいながら、割と楽しそうにぬえは笑った。
 実際に、余りこういうところにこないからたまに来ると楽しいものだ。楽しみはたまに訪れるから良い。

「ちょっとお洋服とか、お気に入りがあればこうやって買いに着たりね。それぐらいだわ」
「ふぅん……ところで、さっきの話だけど」
「急かさない急かさない。慌てん坊は碌な目にあわないよ」

 けらけら笑うぬえ。
 二人してごく平然と歩いて、街中から出て行く。そして人気の殆ど居なくなった所で空を飛ぶと、ぬえが暮らす廃屋へと飛んでいく。
 廃屋に付く頃には陽が少し傾くぐらいになってきただろうか。立て付けの悪い戸を無理やり開けるとぬえはいつものように下駄を脱いで部屋の中へ上がった。

「ただいまーっと」
「……」
「ほら、あんたも挨拶ぐらいしなさいって」
「へ?」

 小傘が頭に被った布を取っていると、ぬえがそんなことを言い出すから、きょとんとした表情で返す。ぬえは、片手を塞いでいた荷物を地面に置くと呆れたように小傘の頭をくしゃくしゃとかき回すように撫でる。

「ただいま、って挨拶。自分の家に帰ってきたらそういう挨拶しなきゃならないのよ?」
「え、え」
「駄目な子だなー。はい、練習」

 そう言うと、ぬえは扉の前で小傘の手を掴んだままぽんと手を叩く。
 ほら、とぬえが小傘を急かすように首で指し示す。

「はい、ただいま」
「た……ただいま」
「そうそう、そんな感じ。次からは忘れないようにね」

 褒めるように、ぬえがぽんぽんと頭を叩いてやる。
 そうすると、小傘は何だか照れたような表情を見せる。とても些細で小さな事。でも褒められたのが何だか嬉しくて。
 この家に受け入れられてもらえるのが、すごく嬉しかった。

 ぬえが先に入り、適当に座る。勿論ずっと手を繋いだままだから、小傘もすぐに座る事になる。

「んじゃ小傘、手離すよ」
「えっ……」
「……判ったからその、強く握り締めるのやめろホント。割と痛いんだから」

 両手をわざわざ取り出して、力強くぬえの掌を握る。段々慣れてきたのはあるが、しかし痛い物は痛いのだ。
 くい、と首を向けて合図。身体抱きしめるのは許してやるというちょっとした合図。しばらく手を握っていた小傘もようやくその合図の意図に気づいたらしく、手を握りながらぬえの後ろに回りこむと胴を軽く締め付けるように抱きしめた。
 ぬえとしてはこれもこれで面倒なのは確かなのだが、手が塞がっているよりは遥かにましだ。

 部屋の奥の方の棚ある、針と糸を取り出す。
 店から持ち帰ってきた空色と海色、そして雲色の様々な布地。すっと、指を布地の上に流すように通らせると布地があっという間に切れ、ちょうどよい大きさになっていく。

「おおー」

 後ろから聞こえる小傘の感嘆の声。
 自慢ではないが、ぬえは手先は器用だと自負している。悪戯の為に様々な知恵や知識を用いて道具を使ったりする為だ。人の道具を自在に扱うのにも慣れている。
 長さの計測などもすることなく、目分量でしゅっしゅと流れるような音を立ててそれぞれの布地を適当な大きさに切っていく。

「……何作ってるの?」
「出来てからのお楽しみ、だね」

 普段どおり、けたけた笑いながらぬえは作業を続ける。
 小傘はきらきらした瞳でその光景を覗きながら、ふと思い出す。

「そういえば、さ。さっき聞けなかったこと」
「あぁ、はいはい。なんだっけ」

 ぬえは作業の手を止めずに返答する。

「平然と、人間の前に顔出してたみたいだけど……」
「あぁ、あれねぇ。けけけ、まぁ色々種があってね」
「種?」
「おう、種さ。魔法には常に種ってのが付き物でね。それを以下に華々しく見せるかが面白い」

 けらけらと笑いながら、作業を続けるぬえ。
 不思議そうにその作業光景を見守りながら、いわれた言葉を考える小傘。いったいぬえはどういう事を言おうとしているんだろう。
 そんなことを考えていると、ふとぬえの作業の手が止まった。

「そうそうお前の持ってる傘、私どこにおいたっけか?」
「え?」
「いやふと気になって」

 そうぬえがいうと小傘としても気になる。
 手を繋ぐのには邪魔だから傘は家においていけ、とぬえに言われたので普段からずっと肌身離さずにいた傘をこの廃屋に置いていったのだ。小傘はきょろきょろと廃屋の中を見て回る。
 しかし、結構見当たりやすいところに置いたはずの傘が見当たらない。小傘の身体の大きさからすればかなり大きめの傘でわかりやすいはずなのだが。廃屋の中にはぬえとあとは背丈の小さい人間の少女ぐらいのものだろう。

 人間の少女。

「ひぃぃぃッ!?」
「ぐぎゅッ!?」

 思わず、ぬえを力強く抱きしめた。
 恐れおののく恐怖の視線を、その少女に向けながら。小傘は、ただ恐れる。

「ぬ、ぬぇええ、ぬぇッ!」
「ぐ      くび    が」

 ……恐れるだけならぬえにとってはよかったのだが。
 まさか首に力強く抱きつかれるのは予想外だった。妖怪の力で首を絞めるように抱きしめたら、いくら五体が丈夫な妖怪とは言ってもただではすまない。若干意識が飛びそうなぐらいには視線が宙を彷徨っている。
 いかん落ちるわけにはいかん。
 とりあえずこの状況を何とかせねばならんと思い立ち、まず第一にやるべきは命の確保だと確信する。
 作業している両手をどうにか無理やり後ろに向けて、小傘のわき腹へ伸ばす。

「ひにゃっ!」

 絞まる力が弱まる。どうやらくすぐりにはそんなに強くないらしく助かった。
 多少弱まってくれれば、後はその隙間に腕をねじ込んでなんとか首が思いっきり絞まらないように耐えるのみ。
 最後に、空いた手で小傘の頭を割かし強く小突いてやった。

「あいでっ」
「痛いのはこっちだこのやろー」

 ぜぇぜぇと荒い息をつきながらぬえが小傘に文句を言う。小傘はというとびくびくしながら今度は腰の辺りに抱きつく。先程よりは弱い力だとしても結構痛かったが、まぁ腰なら全然良いだろうと許してやる。

「んで、どうしたの」
「あそこ、あそこ」

 小傘が涙目になりながらぬえにしがみつき、それを指差した。
 人間の少女だと、小傘が思っているそれ。
 ぬえはそれに視線を向けるが、特に何とも思わない。

「何さ」
「にん、げん。こども、の」
「あぁ」

 ぬえはその言葉を聴くと、何だか酷く面白そうに笑った。けらけらと、けらけらと。
 しかしその子供を恐れている小傘にとっては気が気でない。ぎゅっと、少し力を強めて更にぬえに抱きついた。
 意地悪そうなぬえの笑い声が、廃屋の中に響き渡る。

「……成程ね」
「ぬぇ、ぬえっ……」
「……何怖がってんのさ。ちゃんと良く見なさいって」
「ひッ……え……?」

 余りにも平然と、ぬえが言う。
 びくびくと、その小さな身体を震わせながら小傘は、ちらりと視線をその少女に向けた。

 少女と思っていた、それは。どこにも居なくて。
 小豆色の傘がそこに一つ、転がっていた。

「ふぇ?」
「けっけっけ」

 素っ頓狂な声が出て、それに対してぬえがけらけらと大笑いを始める。
 何が何だかわからなくて、ただ呆然と自分のその小豆色の傘を見守るしか出来ない。手を伸ばしてそれをとると、確かに自分の傘だった。
 ぬえはというと、結局のところ笑い続けるのみ。楽しそうに、可笑しそうに。止まらない笑い声、抱きつかれたまままるで取り付かれ狂ったように笑い続ける。けらけら、けたけたと。

「ぬ、ぬえ?」
「悪い悪い」

 それでも尚、ぬえの笑いは止まらない。涙を流してしまうぐらいまでには、ぬえは笑っていた。勿論その理由が小傘にはわかるはずも無く。ただ呆然と自分の傘とぬえを見つめるしか出来なかった。
 やがてぬえがようやく笑いから開放されると、小傘の頭に手を置いた。ぐしゃぐしゃと、いつものように髪の毛をかき回すように撫でる。

「や、ごめんね小傘。ちょっと、本当に面白くってさ」
「ぬ、ぬえ。大丈夫なの?」
「全然大丈夫だよ。心配要らないさ。それよりもお前が大丈夫だったのか気にかかるね」
「え……」

 そう言われて、先程の少女を思い出す。
 思い出して、身震い一つ。結局、何だったのだろう。

「……あの、人間の女の、子」
「お前には、そう見えたんだね」
「……へ?」
「そういう、能力なのさ。私の持ってる力。相手の認識を誤魔化す力」

 ぬえは布地を切って縫い付ける作業を再開させる。鼻歌交じりに開始させるのはいいのだが、小傘は全くそれを理解していないような表情だ。

「お前には、あの傘が『人間の少女』に見えた。それは、私があの傘に植え付けた種が『見る物にとって恐怖を思わせるのを見せる種』だった、って事だ。本来の正体の認識を不可能にした上で、私はそれを何かに思わせる事が出来る」
「……のう、りょく?」
「あぁ。あれは、私の力でお前に見せた幻みたいなもん」

 ぬえはけたけた笑いながら、それを告げる。
 小傘が見たのが、結局人間の少女であったのは、それに恐怖を抱いていたから。そういう風に見えるようになった。

「何があったのかは知らんが、私の力でお前は自分の傘が何か自分にとって恐ろしい物に見えた。それが、お前にとっては人間の女の子だったんだな」
「……じゃあ、ぬえが、ああいう風に見せたんだ」
「あー、判った判ったからそういう目で見るな」

 小傘の少し怒りを含んだ視線が、ぬえを睨み付けた。ぬえはぬえでけらけらとさっきの小傘の事を思い出しながら笑い続ける。

「ま、そういう事だ」
「じゃあ、人里の方でも?」
「そうだね。あの時は、私の正体を隠しながら、『人間の女の子』に見えるようにした。あいつらには翼の一本も見えてなかった筈さ。もし見えてたら大騒ぎだろうしね」

 けけけ、とぬえが嗤う。
 人間を驚かせたりする時は、本当に楽しそうに笑うんだなと小傘はふと思った。

「楽しそうだね、ぬえ」
「おお、楽しいさ。人間を誤魔化し騙し、驚かせてる時が私が生きてる中で一番楽しい」

 無邪気な子供。
 新しい悪戯を思いついて、実践するまでに子供はこんな表情をするのだろう。悪戯が親に怒られるまで、本当にいいものを思いついたものだと喜ぶだろう。
 いや、この子なら。
 怒られたって、悪戯すら止めないかもしれない。

「誇りなんだよ」
「え?」
「たった一つ、大きな誇りがあるんだ。生まれてから今まで、ずっと続いてる大きな誇り」

 そのときのぬえの笑顔。
 小傘の目にも、とても嬉しそうに映った。今まで人間を化かしてるときより、小傘の事を驚かせているときよりも。
 楽しさ以上にその笑顔の中に見える、喜び。同じ笑顔なのに、そこから感じる匂いのようなものは明らかに変わっていた。

「今まで、例え何があってもこの私の姿を人間に見られた事はないっていう、ね」
「……それが、誇り?」
「あぁ」

 ぬえはけらけらと、いつものように笑った。
 そのはずなのに感じるものが全然違うように、小傘は思ったのだ。それは本人も自覚していないものなのかもしれないけれど、小傘はそれを感じ取る。

「はは、ちっちゃいだろ。自分で言っててなんだけど」
「そんなこと、ないよ」
「そうかい。そう言ってくれるならこの誇りも無駄じゃあないもんなんだね」

 その誇りは、とても些細でとても大きい。
 ぬえにとってそれがどれほど大事な誇りなのか。その発言から、その表情から、小傘にも容易に感じ取れる。

「ここ数百年と生きてきて、指折り数える程度にしか私のことを知る妖怪はいない。当然、人間で私の姿を見た事のある奴なんて、誰一人居ないのさ。この私の、ぬえの姿を見た事がある人間は誰一人いないし、絶対に見せてなんかやらないんだ」

 その誇りは、ただの自己満足でしかない。
 ぬえとて、それは良く知っている。姿を見知られた事で何か害があるのかといわれれば、妖怪にとっては特に無い。数百年生きた妖怪の妖力であれば人間など物の数ではなく、やろうとすればその手を地に染める事も無く人を殺す事も出来る。

 だからこそ自己満足。
 やらなくてもいい、そんな些細な事。けれど、それをずっと守って生きてきた。
 自分だけのルールを、破る事無く生きてきた。

 故に、それが誇り。
 それが生きる道標。

「誰しに姿を見られる事も無く、人を化かし続ける。それが、私にとって本当に楽しいのよ」
「……すごいね」
「大したこっちゃ無いさ。ただ、こういう風に生きた方が楽しいだろ? 何にも無い生き方より、自分なりの楽しさを見つけた生き方さ」

 けらけらと、ぬえは笑う。
 それはきっと生きる為に必要ではなく。けれど、生きる事が楽しくなる。

「小傘もそういう生き方を考えるといいさ。少なくとも惰性で生きるより、きっと楽しいからね」
「……そういう風に生きなきゃいけないのかな、やっぱり」
「まー、私と同じやり方じゃないにしても人間を驚かすのは妖怪として大事だと思うよ」

 ぬえはその時に、小傘の抱きしめる力がふと強まるのを感じた。
 理由は、わからない。けれどもその身体が触れているからこそ、少しだけ判る気がした。小さな身体の心臓の鼓動が、とくんとくんと伝わってくる。

「一人になるのは、怖いか?」
「……うん」

 小傘の現在の症状。
 誰かに触れていないと、正気を保ってすら居られない。けれど、それは元々必須ではなかったもので、ぬえと触れ合った事で発症したようなものだ。
 けれどきっとぬえ以外と触れ合ったとしても同じような事にはなっただろう。それが義理堅くなく、心無きものであれば一体小傘は今頃どうなっていただろう。
 それでも、ぬえは告げた。

「お前が何が怖くて何でこうなってるか、だなんて正直私は聞く必要も無いと思ってる」
「……?」
「ただ、やっぱ鬱陶しいわけだよ。一人が好きな私にとって、ずっと手を繋いだり、ずっと抱きつかれたりとかな。たまにならいいけど、毎日続くと面倒でしかないんだ」

 表情こそ笑顔であるものの、ぬえはその冷酷な言葉を平然と告げる。妖怪として殆ど生まれたばかりの彼女にとって頼る者が出来たというのに、酷く鬱陶しがられているのだから。
 ぬえにとっても、心無い言葉。あんまり口にはしたくない。

 幼子が、親に否定されたかの如く。
 きゅっと、小傘はぬえの身体にしがみつく。力強さは、そこには無い。ただ、離したくない。そんな思いだけが、先に歩む。

「……ぬえは、私のことが、嫌い?」
「嫌いだったら一緒には居ないね。私は自分に正直な妖怪だから。抱きつかせるどころか、家に入れてだってやるもんですか」
「……」

 優しい言葉。
 きゅっと、抱きしめる力を強める。

「ただの友人として、ならこれからだってそこそこには付き合ってやるよ。んでも、こんな訳の判らないままにずるずると自分の自由が奪われるのは勘弁だ。その為にはこの謎の恐怖症、とっとと取り払ってやらないとねえ」

 この恐怖症を取り払うということ。
 ぬえと小傘がある意味では別れるという事。勿論小傘にとってもぬえにとっても間違いなくそれが良いことなのだ。
 それでも、この温もりを離すんじゃないかと考えると小傘は胸の奥から恐怖が湧き上がってくる。ぬえと離れるのが心から怖い。そういう風に、考えるようになってきた。

「……出来ることなら」
「ん?」
「ずっと、こうして居られたらな、って……思うの」
「……そいつは嬉しい言葉だけどね」

 力なく、けらけらと笑い声。
 申し訳なさと、儚さ。

「そこまで他人に優しい妖怪じゃないんだよ、私は。自分が好きな事をやって生きていきたいだけ」
「……」
「ったく、泣くな泣くな。嫌いになるぞ、もう」

 空いた手で小傘の頭をぐしゃぐしゃと。
 ぬえとて、小傘のことが嫌いではない。それは、本音だ。
 だけどこうしてずっと一緒に居てやるのは、友情だとかいう感情じゃない。何よりも近いものは同情。可哀想で、そんなこいつに興味を持ってしまった。
 少なくとも離れる努力をしてくれるまでは一緒にいてやろうって、自分に誓った。ただ、それだけの事だ。

「……今日はもう、寝てな。このままでいいからさ」
「ぬえは?」
「私はこれちょっと終わらせるまで寝たくないんでね」
「……じゃあ、私も起きてる」
「……勝手にしなさい、もう」

 ぬえは半分諦めたように、口からそう吐いた。
 でも少しだけ、嬉しくて。
 抱きつかれてるのは、勿論鬱陶しい。でも、それ以上に胸の中で湧き上がる暖かい想い。なんだかんだといいながら、きっと小傘の事が好きなんだろう。
 口ではどうこう言っても、それぐらいぬえだって解っている。解っているから、何とも言いづらいし、どうにも切ない。

 一人である事は、好きだ。
 一人で居る事は、大好きだ。
 一人の時は、何だって自由で居られるから。何をしていても自由で、気ままで、気楽だから。

 それでも、寂しさを感じないわけじゃなかった。
 時として、正体を知られていないことが。殆どの者に認識されていない事が。
 ――妖怪すらも、己を恐れるという現実が。
 それはそれで、楽しめた。けれどやっぱり、寂しさはあった。

「……ぬえって、暖かいよね」
「一々そういう事言わないの。真面目に作業してるんだから」
「うん、ごめんね」
「……謝るなっての」

 だから、こうして誰かの温もりを感じていられる事は――口には出さないけれど、凄く安心できた。
 認めたくは無いのだけど、きっと認めてしまっている。こうしている今が、とても暖かくて。
 出来る事なら、長く続いて欲しいなんてちょっと心の中で思ってる。
 でもこうして安心してる自分は嫌いだった。誰しにも正体を見せたことがないことが自慢だって言うのに、誰かとずっと一緒にいるなんて事実が嫌いだった。
 結局天邪鬼で、どうしようもない我侭。
 こんなに嬉しいのに、こんなに腹が立つなんて。

(……なーに考えてんだか)

 少し頭を振るって、作業に集中する。
 器用に布を縫い付けて、一つの形としてしっかり仕上げていく。先程までただの布であったものは少しずつ衣服としての形を成していく。
 後ろから小傘がその光景を見つめているが、少しだけ眠そうに瞳を擦っていた。寝てもらっても構わないのだが、起きててくれてるならそれでもいい。
 真夜中までに終わればいいのだが。ちら、と外を見ると既に陽は沈んでいた。

 もくもくと、作業を続ける。ちくちくと糸を縫い付け、丁寧に作業は進んでいく。
 うとうとと、頭をたれて膝あたりにぶつける小傘が何回か同じような事をして目を覚ますのがちょっとだけ面白くて、飽きずに作業を続けられた。
 時間の流れが良くわからなくなるぐらいに、作業は黙々と続けられる。大切な服だから、手は抜けない。

「んっ……」

 多少、眠気が襲ってきた。
 別に寝なくても平気なのだが、やはりそこそこ睡眠が好きなぬえにとってはこうして寝ないでの作業は苦手だった。
 でも、出来るなら今日完成させたい。そういう思いで進めていく。
 背中の温もりのために、少しずつ、完成に向けて。

 刻々と時間は過ぎていく。
 ゆっくりと、ゆっくりと。夜は更けていく。
 少しずつ形を成して、衣服が出来ていく。

「っ〜ぁあ! 出来た!」

 そんな風に、声を出す事が出来たのは少し空が白くなってきてからだった。
 ちょっと時間をかけすぎたなと思う。流石に、眠い。

 しかし、その衣服を目の前で広げて改心の出来だと自負する。
 自分の服を作ったときよりも出来がいいんじゃないかと、とにかく誰かに自慢したくなった。

 そしてその自慢を小傘にしようとして――やめる。

「やれやれ」

 小さくぬえの耳に届く寝息。安らかな寝顔。
 完成した服をばさりとそこに置くと、完全に寝てしまった小傘を背に抱えて布団へと連れて行った。
 布団の上に小傘をおく。少し、手を離してみる。
 深く眠りに付いているためか、いつものあの反応はない。けれどいつまた発狂するかもわからないからちゃんと自分も布団の中に潜り込んだ。
 たまには、自分から抱きしめてやった。普段抱きつかれてばっかりなのが、ちょっと癪だったから。
 白ずんでいく空の下の廃屋、二人の妖怪が眠る。



 〜 ◎ 〜 ◎ 〜



「ぬえ、ぬえ」
「んっ」

 ぺちぺちと、頬を叩かれる感触でぬえの瞳が開かれる。瞳を開けたその視線の先には、小傘の幼い顔が覗き込んでいた。
 むくりと、身体を上げる。伸びをして、欠伸一つ。

「おはよう、小傘」
「おはよう、ぬえ。随分良く寝てたね」
「昨日のあんたも似たようなもんだったでしょうに」
「あはは、そうだね」

 小傘は笑う。釣られてぬえも、笑った。
 外を見ると、太陽が少し西に傾いたぐらいだろうか。随分寝てしまったようだ。

「随分疲れてたみたい」
「そう思うならもう少し寝かせててくれても良かったんじゃないの?」
「ちょっと寂しかった」

 そんな小さな我侭。小傘が申し訳なさそうにその言葉を呟くと、ぬえは大笑いする。下らない理由だが、そんなに可愛い理由もまたあるまい。
 よっと、布団から這い出る。
 そうしてからふと感じる違和感。ぬえは開いた両手を、ふと見つめる。

「小傘」
「なに?」
「手、大丈夫なのか」

 小傘は、正座しながらその両手を膝の上においていた。
 今まで身体のどこかがぬえに触れていなければ発狂するほどだったというのに。

 けれど、よく見てみれば。
 小傘の方は、僅かに震えていた。小さく、本当に僅かで気づく事が難しかったけれども。浮かべている笑顔の表情も、僅かに引きつっているようだった。
 小傘はそんな状態で、言葉を告げる。

「ぬえが寝てる間に、ちょっと頑張ってみたの。どれだけぬえから離れられるかな、って。でも、あんまり長く触れてないと、やっぱり怖いみたい」

 そういうと、小傘はぬえに手を伸ばしてくる。
 ぬえはその手をぎゅっと握った。小傘は一つ大きく息をついて、安堵の表情を浮かべる。身体の震えもとまったようだ。ぬえは僅かに微笑んで、空いた手で小傘の頭を撫でた。

「……そっか。頑張ってるな」
「ぬえも、余り私が引っ付いてたら邪魔だもんね。だから、ぬえの為にも頑張りたいの」

 小傘は笑う。その手から伝わる安心感は、やっぱり他とは格別のものらしい。先程までとは表情の豊かさがまるで違うから。
 そんな小傘を見て、ぬえは嬉しいような寂しいような感情に不意に襲われる。
 親離れをする子を見守るというのはこういう感覚なんだろうか。
 それでも、彼女が頑張ってくれるのが嬉しいから。すべての本音を曝け出すことなんて勿論出来なくて。

「この調子なら、独り立ちできるのももうすぐかもね」
「あはは……まだまだ、かかりそう。ぬえの手、暖かいんだもん」

 ぎゅっと握られる感覚。
 それは、とても暖かくて嬉しい。どちらにとっても大事な温もり。それを感じて、ぬえの表情も綻ぶ。
 そうしているうちに、ふとぬえは思い出す。

「あぁ、そうだ」
「この洋服の話?」

 小傘がばっと取り出したのは、昨日ぬえが縫った服だった。
 多少驚かせてやろうと思ったのだが、それを目の前に差し出されてぬえは固まる。
 小傘はにこにこ笑いながら、ぬえに視線を向けた。

「凄いね、昨日までただの布だったのにこんな風になるなんて」
「あは、は、そう、だね」
「ぬえって、本当に器用だよね。羨ましいな」
「はは、は、はは……はぁ……」

 自慢しようとしたはずなのにどうしてこうなるのか。寝ずにずっと起きていればよかったと今更後悔して一つ溜息をつくぬえ。小傘には勿論その溜息の理由がわからずに不思議そうな瞳でぬえを見つめている。
 そしてその服を広げ、楽しそうな表情で小傘は笑う。

「ぬえも、こういう派手な色の服とか着るの?」
「いやそれは……あ」
「?」

 落ち込んでいたはずのぬえの表情が、その小傘の一言でぱっと一転した。
 唐突に下を向きながらけたけたと笑い出すぬえに、不思議そうな表情を隠しきれない小傘。
 ぬえはばっと立ち上がると、小傘からその服を奪い取って小傘に告げる。

「あっ」
「小傘。そういや私はふと思い出したことがあるんだ」
「思い出した、事?」
「おう」

 けたけたと、ぬえは笑う。
 小傘は良くわからないといった感じに疑問符を頭に浮かべていると、唐突にぬえは小傘の手を引いて走り出す。廃屋を出て、森の中を駆け抜ける。

「わ、わ」

 唐突なのでどうにかついていくのが精一杯。けたけた笑いながら走っていくぬえに、小傘は引っ張られるようにしてついて行った。
 そして森の中をかなり走っていったところで、視界が段々と開けていった。
 差し込む太陽の光と、反射する水の光。きらりと輝く水面が二人の視界に入ってきて。

「そーれいっ!」
「うわぁっ!」

 小傘は、それを綺麗だと思う前に宙に飛んだ。
 ふわりと身体が空に浮かんで、時間がゆっくりに思わせる感覚。不思議な空を舞う感覚で、ちょっとびっくりして。
 ばしゃあんっ、と大きな音を立てて水の中に叩きつけられ落ちた。
 そこまで深くなかったから、溺れたりはしなかったけど。始めて味わう水の中が少し苦しくって、必死に上を求めて。

「ぷはぁっ!」
「せぇいっ!」
「ほえっ?」

 苦しい水の中から出たと思った時に、空を向いてそこにあったのは。
 太陽を隠す影。太陽を背に、ぬえの空を飛ぶ姿。
 一緒に重みに巻き込まれて、また水の中。ばしゃあっ、と水の音を立てて引き上げられる。

「へへへ」
「え、えッ……へ?」
「あぁ、もしかして水の中は初めてだったかな? ちょっと悪い事したね」

 少し心配するように、ぬえは小傘の事を覗き込んだ。
 小傘は初めての水の中の感触に多少混乱していて、少し怖くなってぬえに抱きついた。

「ふぇっ」
「悪い悪い。ちょっとやり過ぎちゃったな」

 けらけらと笑うものの、やはり申し訳なく頭をぐしゃぐしゃと撫でてやるぬえ。
 少し抱きつくと落ち着いたらしく、小傘はぬえから少し身体を離して周りの様子を見る。なんだか腰から下にかかる水の感触が新鮮で、何ともいえない感覚。
 よく見るとぬえも全部服を脱ぎ捨てていたようで、全裸で小傘の目の前に突っ立っていた。

「綺麗な川だろ?」
「……かわ?」
「あぁ、川。山の方から水が流れて……まぁ説明はいいな。とにかく水が豊富にある場所」

 そういってぬえは笑う。
 初めての川という場所に、新鮮に思いながらも少しばかりの恐怖。けれど、勿論興味は尽きない。そんな事をしていると、ぬえが突然に小傘の頭をかき乱すように弄り始めた。

「いたっ、ぬ、ぬえ?」
「悪いけど、少し我慢してな。出来るならもう少し早めに身体を洗ってやりたかったところなんだけどな。色々と機会を逃しちゃってて」

 少し強引に、でも丁寧に。髪の隙間を洗う。

「しばらく水浴びも出来てなかったからね。お前の身体もちゃんと洗ってやらないと」
「普段は、身体を洗ったり、するの?」
「そりゃもう大体毎日ね。身体が綺麗であるってのは大事なんだぞ? 折角の綺麗な顔、こうして洗わないと見れたもんじゃないからな」

 大きな布を取り出すと、小傘の顔も服の下も丁寧に洗う。
 小傘は少しだけ、痛みに顔をしかめた。まだ、全身の傷が全部消えているわけではなかったから。柔肌に付けられた些細な擦り傷や切り傷から水がしみこんで、ちょっと痛い。

「痛いか?」
「少し」
「あんまり汚れを溜めたままだと傷にも良くないしな。少し痛くても洗うぐらいがちょうどいい」

 少し痛みは感じるけれど、丁寧にぬえは小傘の身体を洗う。
 ここ二日間ずっと身につけていたぼろぼろの布を雨と泥以外で初めて濡らした。汚かった布だからちょうどいいとぬえは思ったが、さすがに唐突に水にぶち込んだのは多少反省していた。
 そうやって一通り小傘の身体を洗い終える。最後に水を顔にぶっかけてやって、はっきりとその表情を見せる。

「はい、お疲れ様」
「ぬえ、身体綺麗」
「恥ずかしいから言うなそういう事は」

 こつんとぬえは小傘の頭を小突いてやった。
 川から出ると、河原に置いておいた布地で全身の水分を拭く。ぬえは小傘の身体もちゃんと全身を拭いてやった。ちゃんと二人分用意するあたり準備はいい。小傘に全身の水分を払うように言ってから自分の服を手に取る。
 ぬえはいつもの服装を身にまとうと、布を全身に纏っている小傘に近づいた。少し離れている時間が長かっただろうか、小傘が少し震えているのが見て取れた。
 小傘の手を、軽く握ってやる。落ち着いたようで、少し微笑を浮かべてぬえの方を見た。

「寒くないか?」
「うん、大丈夫」
「よしよし」

 そういって小傘の頭を撫でる。けたけたと、嬉しそうに楽しそうに、笑い始める。何かを隠すかのようなその表情だが小傘にはその意図はわからない。
 ぬえは先程運んできた服を、小傘の前に差し出した。

「ほれ」
「え?」
「着てみろ。きっと似合うはずだ」

 けたけた、笑う。
 見上げたときに移る空のようで、先程入った水のようで、空に浮かぶ雲のようで。そんな自然の綺麗さを見せた素敵な色の服。
 その服を前にして、少し戸惑う小傘。
 ぬえはそんな小傘の姿を見て、布を取り払うと思い切り上着を頭から被せてやった。

「うわっぷ!」
「着れないなら着せてやろうかぁ?」
「お、お願いします」
「……まさか本当にやる事になるとは」

 軽い冗談だったのにとぶつぶつ呟くぬえ。上着をちゃんと着せ終えると、スカートもちゃんと履かせてやった。
 そうして、新しい服に小傘は身を纏う。最後にぬえが、小傘の傘を渡してやる。
 新しい服が何だか新鮮で、でも何とも言えなくて。

「に、似合う?」
「似合うに決まってるさ。お前の為に作ったんだからな」

 ぬえがそう良い、笑う。
 小傘は、嬉しそうにその服を着て動き回る。スカートのすそを持ち上げたり、胸元を確認してみたり。今までのただのぼろ布とは違う純粋なお洒落が、小傘にとって素直に喜べる。
 ぬえと同じような、でも人里では見たことの無い服。

「余りこういう服って、見ないね」
「知り合いの妖怪がこういうの好きでね……ま、色々参考にしてるんだよ。都の人間の服装なんて参考にならないぐらい良くわからないし、実用性低いし。こういうの作った方が楽で良いよ」
「ふぅん」

 そう言いながらも、まだ自分の服を楽しむ小傘。
 多少大きめに作られているみたいで、スカートの丈は膝下まであるぐらい。袖も若干ぶかぶかになっていた。それを見てぬえが少しばかり愚痴を吐く。

「あー、目寸で図るんじゃなかったなやっぱ。大きさ合わないだろ」
「ううん、大丈夫。素敵だよ」
「そういって貰えたら嬉しいけどね。お前本当にちっちゃかったんだな」

 馬鹿にしてるつもりで言ったのだけど、小傘はそれにえへへと笑いを返す。その笑顔が眩しいからぬえも笑う。
 しばらく、河原で談笑した。新しい服を着て、小傘はその辺りを走り回る。ただ一度遠くに行き過ぎて発狂して帰ってきたので、ぬえも出来るだけ近くにいるように努力した。

 ぬえと一緒にこうしているのが小傘にとって嬉しくて。
 小傘が楽しそうにしてるのがぬえにとって嬉しかった。

 そうしていると、陽が段々と沈んでくる。西の空には紅い太陽が浮かび、二人の姿を煌々と照らしていた。
 小傘が段々夜が近づくのが怖くなってきたのだろうか、ぬえの手を両手でぎゅっと握り締める。

「もうこんな時間か……」
「おうち、帰る?」
「それも悪くないけどね。たまには人間脅かさないと身体が鈍ってさ」

 そう言って、一つ伸び。
 小傘が来てからというものの、彼女と一緒にいてやるのに必死で自分自身の遊びを全然行えていなかった。特に、今一番の楽しみとしている遊びをしばらく放置しているから、たまには顔を出さないと続きが出来ない気がしてきた。
 ふむ、と少し一人で考え込む。けれど、特にこの問題に対する解決方法を出すのに時間はかからなかった。閃いて、手をぽんと打つ。
 けたけたと、笑いをこらえる事も無く。後ろから小傘は、またいつもどおり不思議そうに見つめていた。

「どうしたの、ぬえ」
「なぁ、小傘」
「はい?」

 やたらとねっとりと、楽しそうに。面白そうな表情。
 それに返答するのは、何も知らない無邪気な小傘の幼顔。
 まるで悪戯を思いついた子供のように、ぬえは笑う。

 小傘の両手を握りしめて。
 心から楽しそうに、ぬえは言う。

「ちょっとこれから、妖怪らしい遊びをしにいかないか?」

 そして、悪戯に無邪気な少女を誘う。
 例えぬえが酷く悪い事を企んでいたとしても。こうして手を繋いでいてくれる彼女の頼みを断ることはきっとしない。
 小傘はその提案に、一つ笑顔で頷いた。



 〜 ◎ 〜



 都の中心の大きな屋敷に聳え立つ、帝の御殿。

 あれから数日が経ったものの、未だに帝の容態は治る洋装を一切見せる事は無かった。ただ医者に見せても解らない意味不明な謎の病気が体を蝕み、側近たちも何も手を出せずにいる状態。
 見張りに立つ守衛達も難しい表情を見せる。しかし自分達にどうこう出来るわけでもないので、ただ己の仕事を行うのみだった。
 側近の一人が守衛たちの方に駆けてくる。

「……二人とも、周囲の様子は?」
「あぁ、問題は無い。最近はあの気持ち悪い鶫の声も聞こえなくなったしな」
「……まだ気にしてたのか、お前」
「長々とこういうことをしてるとそういった些細なことも気になるってものだ」
「まぁ、構わんが……それで、そういえば件の武士はどうしたんだ?」

 守衛の一人が側近に聞く。
 以前に武士を呼び、妖を何とかしてもらうという話をしてから数日がたった。噂の源家の武士を呼ぶ為の使いの者もまだ戻ってきたという報告は無かった為、守衛も少しばかり苛立ちを見せたように言う。
 すると側近が、表情を和らげ二人に向けて言う。

「あぁ、実は今日、都に着いたと報告が着てな」
「ほう」
「……話によるともう少しで屋敷までやってくるとの話なのだが」

 そんな風に三人が集まって話をしていた。
 ……ふと、薪の炎が大きく揺れた。風が強いというわけでもないのに、部割と大きな音を立てて強く、また揺れる。
 空気が変わった気がした。
 満月の夜空が、黒雲に覆われていく。冷たい風が少しずつ吹き始めるようになって。

 ――けたけたと、夜空に響く鶫の声。

 余りにも唐突で、不気味だった。
 だから、三人とも思わずそれに意識を取られてしまう。夜空のどこから聞こえてくるかもわからない、不気味で不可思議な鳴き声。

「また、この声か」

 その声が異様に耳につく。普段なら気にもならないはずなのに、どうしてなのだろう。こんな風に、しばらく聞こえていなかったものが唐突に聞こえてくるからだろうか。けたけたと笑うその声が屋敷全体に響き渡る。

「……虎鶫の鳴き声ですか」
「ん?」

 からんからんと、下駄の音が聞こえてきた。
 御殿の遠く。黒い霧の中に一人歩く影。堀の深く、整った顔立ち。男性としてもそこそこ高い身長に、背中に背負うのは大きな弓。その大きな身体と同じぐらいの大きさの弓が酷く目立ち、そちらに目を向けてしまう。
 ゆっくりと歩を進めてくる彼には、まるで側近のように着いてくる男が一人。
 そんな二人組が、守衛と側近の下に歩いてくる。
 明らかに見た事が無く怪しい二人の姿に、守衛二人は腰の刀に手をかける。

「何者だ!」
「あ……申し訳ありません。屋敷の見張りの方に許可は得たのですが。使いの方も戻ってくる気配がありませんので、少々無礼かとは思ったのですが……」

 両手をこちらに向けて、武器を持たず。敵意は見せない。
 後ろにいる側近のような少しその男より年下に見える少年は守衛二人に向かって少しばかり訝しげな表情で見つめる。

「……頼政様、こいつら本当に大丈夫なんですか? 帝の御殿を守る奴らにしては妙に頭が悪そうなんですが」
「なっ、小僧貴様!」
「あぁ、いえ、申し訳ありません。まだ若い故に無作法な弟子でございまして」

 少年が舌を出して守衛を馬鹿にするような表情を見せると、身長の高い男は深々と頭を下げた。守衛としてもこの程度で一々怒っていてもいられないので刀から手を下げる。
 そして二人を見て、帝の側近が声を上げる。

「……もしや、貴方達は」
「あぁ、まだ名前の方を名乗っておりませんでしたね。無礼な真似、真に申し訳ない」

 そういうと、男は地面に膝を着いた。己の衣服が汚れるのも構わず、守衛と側近にしっかりと、懇切丁寧に頭を下げた。
 懐から取り出す、小さな刀。それを鞘から抜く事無く、両手で支えるように。
 敵意なく抜き出したその刀の鞘に描かれたるは、笹竜胆紋。

「源三位、源頼政。弟子の猪早太と共に、帝の命によって此方へと参りました」



 〜 ◎ 〜 ◎ 〜



 御殿の近くの屋根の上。ここからなら寝ている帝の姿がよくよく見えると、ぬえはけたけた笑いながら座り込んでいた。勿論隣には小傘も傘を差しながら座っているが、慣れない空気にぎゅっとぬえの腕にしがみついている。
 帝の屋敷の御殿には、数日前と同じように病に伏せる帝の姿。
 まだ楽しめそうだと、ぬえは笑う。

「……それで、ここで何をするの? ぬえ」
「あぁ、ただの観察だよ」
「かんさつ?」

 ぬえが言うような誰かを驚かせるわけでもない行動に、小傘は不思議そうに感じる表情を隠せない。けたけたと、ぬえは小傘の方を見て笑う。

「あぁ。あそこで寝てる人間、いるだろ?」
「いるね」

 ぬえと小傘の視線の先には、病に伏せる帝の姿。
 小傘にとっては始めて見る、珍しいタイプの人間だった。多くの人に囲まれて、なにやら大事にされているよう。やたらと部屋の中は豪華で、普段寝泊りしていたぬえの暮らす廃屋に比べると非常に無意味というか、無駄なものに満ち溢れているように感じた。

「あれは、人間の中でもなんか特別に偉い奴でな。他の人間達がとても大事にしてる珍しい奴なんだ」
「でもなんだか、苦しそうにしてるね」
「病気なんだよ。人間は妖怪と違って身体弱いからな。なんかあるとすぐに体調崩しやがる」

 呆れたような口調だったが、まるでそれが楽しいのだと言いたげにけらけら笑う。

「……それで、それを見てるだけ?」
「あー、まぁいつもの能力さ」

 肩をすくめて、言う。
 いつもの能力とは、ぬえの言う「正体を隠す」能力の事だろう。小傘はそれを思い出す。それとこれとがうまく繋がる線は良くわからないが。
 ぬえは得意げになって、遠くにいる帝を指差し言う。

「ただの風邪なんだけどな、あの病気」
「風邪……?」
「さっき言ったとおり、人間ってそんなに丈夫じゃないからな。少し環境が変わったりするぐらいで身体を壊すことは良くあることなんだが、そのよくある病気の一つなんだよあいつの病気」

 単純に身体が冷えたり、簡単に体調を崩す程度のものだ。
 しかし、周りの人間はそれをただの風邪とは思わずにやたらと心配しているのが小傘の目には映る。遠くから見ても、それだけは確実だった。
 そこまで考えて、小傘は結論に至る。

「……ぬえの力で、違う病気に思わせてる?」
「そこまでわかってきたら上等だ、褒めて遣わす。でもまぁ、何かの病気って思わせるよりもっと楽しい方法があるんだよ」
「面白い、方法?」

 小傘の回答に満足したぬえが頭を撫でながら、けらけら笑う。そして小傘の小さな質問に、ぬえが答える。

「単純に、あの病気を正体不明にするのさ」
「どんな病気かわからなくするってこと?」
「あぁ、そうしておけば治し方もわからない、病名もわからない、症状もわからない。過去の経験則に頼る人間にとって、それほど怖いもんはないんだよ」

 人は、知識に頼る生き物だ。いや、あらゆる生物は、今までに生きてきて学んだ知識を利用してこれからのことを考える。妖怪とて例外ではない。
 だからこそ今迄の経験則に当てはまることの無い、意味の解らないものに触れた瞬間、戸惑い、悩み、恐れる。
 その謎を見せ、恐れる姿を見るのがぬえにとっての楽しみなのだ。

「恐怖ってのは、謎から来るんだよ。意味が解らないものは、どうしたって怖い」
「ぬえも、そうなの?」
「結構長く生きてるけど、やっぱり始めて見る物相手にはちょっとは警戒するね。とは言ってもこの歳になると怖いもんも余り無くなって来るけどさ」

 そういって、けらけらと笑う。御殿のほうを見下ろす。
 男たち三人が、その笑い声に反応してきょろきょろと辺りを見回す。それだけでも、ただ面白い。得体の知れない物を恐れ戦く様を見る喜びが今そこにあった。

「ま、こうして人間が下らない病気にやたら躍起になってる姿は結構楽しいもんよ?」
「そういうものなのかな」
「普段直接驚かすのに対して地味だけど……ん?」

 そういう風にして二人で談笑していると、ぬえがある事に気づく。
 屋敷の中を歩く二人の人影。一人は背に弓を背負った男、その横に寄り添うように太刀を背負った男が一人。恐らくは師弟か主従かといった関係だろうか。
 男が背負う弓に、懐かしさのような感情と力強い臭いを感じ取る。少なくとも強力な武士ではあるだろうと感覚が心を呼ぶ。
 ようやくまともな遊びが出来るかと、けらけら笑う。

「あれ、誰かな」
「多分武士だろうけど。おかげでちょっと楽しく遊べそうだ」

 男達が何かを話していて、そして弓を背負った男が御殿の中に入っていった。
 空を覆う黒雲が、酷く不気味。絶好の脅かし日和だと、ぬえは心の底から思い始めていた。
 けれど、それと同時に感実一抹の不安が胸をよぎっていく。

(……あの男の弓、どっかで見たことあるな)

 長身の男が背負う弓。いったいどこで見た事があったか、思い出す事はできないが、何か嫌な記憶が脳裏にふと流れていく。具体的な何かは掴めないが、きっと嫌な記憶なのだろう。
 だが今の内にそれがわからないのだから、思い出すまで待つのが良いかもしれない。

「ぬえ、どうしたの?」
「いや、何でもないさ。しばらく楽しもうじゃないか」

 けらけら、ぬえが笑う。
 雲間に隠れた月が不気味に光る。夜はまだ始まったばかりだった。



 〜 ◎ 〜 ◎ 〜   〜 ◎ 〜 ◎ 〜



 御殿の中。
 両膝を床の上に着き、深く頭を下げる頼政。その隣では早太も同じように頭を下げる。布団の中で寝込む帝に対して迎えられた客人のように、強く、そして深く頭を下げていた。
 近くにいる側近が帝の代わりに頼政の前に座る。

「源頼政殿、良くぞ参られた。武士としての噂は聞き及んでいる」
「こうして私を頼ってくださるのは源氏一族として非常に光栄でございます。して、帝の容態は」
「見ての通り……とは言っても、今一解らぬか」

 頼政は、寝込む帝の表情を見る。
 苦しそうではあるが、よく見るような苦しさ。体調を崩して風邪を引いただけのようにも見えた。しかしわざわざ自分を呼び寄せたということはそれなりの理由があるのだろうと考える。側近に対して、首を横に振り答える。

「余り病に関しては学んでおりませぬ故……ただの流行病にしか見えませぬ」
「頼政殿もそう思われるか」
「と、申しますと」
「他の皆、医者も含めて皆流行病のように思えるというのだが、しかしその病の正体が今一掴めぬのだ。そのように思えながらも、多少別の症状に見える時もあるといってな。余り特定が出来ぬから、医者も薬を使えずに困っておったのだ」
「ふむ」

 一つ、頷く。
 何ともわからない話だった。恐らく病気であることは間違い無いのだろうけれども、それが特定できない。なればこそ、迂闊に何らかの薬を投与することは医者としては出来ぬ事なのだろう。
 しかし、医者が何らかの病気かわからないなどという事があるのだろうか。それが不思議だった。勿論いまだ人間には解明できない病もこの世にはあるだろうけれども。けれどもそんな物が簡単にこの世の中に存在するとは思いたくはなかった。
 きっと何らかの力が働いている。頼政はそういう風に考えた。

 すっ、と。瞳を閉じた。
 弓を取り出す。それを、床の上においた。
 この空気を肌ではなく、心で感じ取る。夜の冷え込みとはまた違う、不気味な気配。屋敷の中に入ったときから感じていたこの気配を、ひしひしと。焼け付くような痛みを感じさせる気配が胸中に思い起こさせられる。

 ――けたけた鳴く虎鶫の鳴き声が、耳障りで。
 嘲け笑っているような声が、気にかかる。
 だからこそ、ふと感じた。この異質な空気の正体に。

「妖の仕業、という気も致します」
「……頼政殿もそう仰るか。守衛の一人が同じような事を言っていたが」
「人を化かす妖怪、というものがこの世には多く存在いたします。化狐、化狸、何れも普段は直接害を齎す妖怪にはございません……いえ、もしかしたらこれも直接的に帝を痛めつけているのではないのかもしれません」
「どういう事ですかな?」
「上手くは言えませんし、確かな事ではありません。ですが、私の考えが当たっていれば帝は恐らく特別な病にかかっている物ではないと、思います」

 弓の弦に、手をかけた。
 男性にしてはか細い、華奢な指。すっと添えるように置くと、まるで琴を鳴らすように……弦を弾いた。
 びぃん、と大きな音。柔らかいような、激しいような一つの振動が空気を震わせていった。

 ――遠くの方でその音を聞く、二人の妖怪。
 ぬえと小傘。屋根の上でその音を聞き、思わず耳を塞ぐ。

「ひッ……」

 思わず、小傘はぬえの腕に抱きつく力を強める。
 それほどに不快な、気持ち悪い音だった。いや、人間ではない妖怪であるこの二人にはそう聞こえた。
 ぬえも思わず顔をしかめていた。気持ち悪い、聞きたくない音色。

「この音ッ……!」

 思い出す。数十年前も、同じようなことがあった。
 あれも、弓の弦を弾いた音だっただろうか。似たような、いや、あの時とまるで同じ音だった。苦労させられた、嫌な気分にさせられたのにどうして忘れてしまっていたのか。

「源氏の、弓ッ……ただの武士じゃない、退魔師かッ」

 妖怪の力に対抗する為に、人間は知恵をつけた。
 そして極一部に、人間ながらにして妖怪を退治しようとする者が現れた。ただの人間には余りにも困難ゆえに諦めたくなるような修行を十数年に渡ってこなし、まるで妖のような、人間をはるかに超える力を持った人間を、退魔師と呼ぶ。
 修行はもはや人間としての苦労を遥かに超え、人間でありながらそれは人間ではないと見る妖怪も多い。いや、殆どの妖怪はそれを人間としてみていないだろう。寧ろ自分達に近い者だとすら感じているものもいる。
 退魔師は、妖を退治するための実力のみならずその為の武器を持つ。それらは様々な形をしているが、妖を穿つ為の特異な武器である事は間違いない。
 頼政が握るのは、源氏に伝わる妖弓。かつてその弦の音で妖を追い払ったといわれる代物。

 ぬえもまた、退魔師と戦った事はある。無論自分の姿を完全に隠してだが。
 実力としては押し切れるものだったが、ただの人間と多少侮ったのが災いし多少の怪我をして帰ってくる羽目にはなった。
 思い出した。
 あの時も、あの弓を持っている奴が挑んできた事を。
 弓を弾くその音が、余りにも似すぎている、いや、同じだったから。

「っ、くくく、あっはっは!」

 大きく、笑う。
 それがきっと、奴らには不気味な鶫の鳴き声に聞こえることだろう。隣にいた小傘もその声にびっくりしているぐらいだったのだから。
 久しぶりに人間と戯れか。そう考えると、ただの悪戯よりも少しだけわくわくしてくる。

 ……それでも、横から伝わってくる小さな震え。
 ぎゅっと、ぬえにしがみつく小傘の姿があったから。

「……しっかり、掴まってなよ」
「……うん」

 しっかりと、小傘を小脇に抱えて。
 ――開いたもう片方の手から、三叉の槍を取り出した。
 自分の正体は、既に隠してある。人間たちからは既にぬえの事は、黒雲に紛れた黒い霧にしか見えないだろう。これで後は自由に戦える。

 頼政と側近、いやその御殿にいる全ての者は確かに声を聞いた。
 高らかに、楽しそうに不気味に不可思議に笑う虎鶫の鳴き声。弦を鳴らした瞬間から、明らかに暴れまわるようなそんな声を上げているのが誰しにも聞こえた。

「い、今のは」
「恐らくは、妖でしょう……さて、どうしましょうかね」
「頼政様、戦わぬのですか?」
「向こうの出方次第ですね。去ってくれるのでしたら、この場は持ち直したということでしょうし。追い払うだけで済めばそれに越した事はありません」

 弓を畳の上に置きながら、後ろにいる早太に告げる。
 しん、と静寂が夜の世界に舞い降りた。緊張の糸。まるで弓の弦のようにぴんと張り詰めたそれが部屋の中を包み込む。
 数秒か、数十秒か、数分か、数十分か。
 皆それ程に時間の流れを感じたことだろう。もはや素人にもはっきりとわかる違和感の空気。

 びぃん、ともう一度。
 弓の弦を弾き、音を鳴らした。

 刹那。
 耳を劈く虎鶫の鳴き声が、夜空に響き渡り。

「ッ!」

 咄嗟に、弓を手に取り後ろへ飛びのく頼政。
 一瞬後に弓が置かれていたその場に、爪痕が走る。ばりぃ、と藁を引き裂く音が大きく響き渡り、周りにいる者たちは思わず恐怖に声を上げる。
 けたけた笑い声を上げながら、視線の先には黒い霧。部屋の外に確かに、"それ"は存在していた。誰にしも姿を見せ、しかし誰しもが正体を掴めぬ"それ"が確かに部屋にいる全ての者に見えたのだ。

「よ、頼政様!」
「引くつもりは無いと、いう事でしょうね。早太、帝と側近の方々を遠くにお連れなさい」
「頼政様は如何なさるおつもりで?」
「最低限、引いてくれるまで戦うまでですよ。どこまでやれるかは判りませんがね」
「……畏まりました。そこの、帝を起こして別室へ行くぞ!」
「は、はっ!」

 慌てる側近に早太が一喝する。倒れ、調子悪そうに呻き寝込む帝であったが、然しこのままでは命をとられかねない。側近はどうにか早太、医者と共にその身体を支え起こし、部屋から連れ出した。傍に座っていた侍女も慌ててその後を追う。
 部屋に残されたのは豪華絢爛な装飾品と、傷つけられた畳。そして、源頼政一人。
 弓を手に取ると、それを構える。背に隠し持っていた矢筒から、一本矢を取り出した。

「故、源義家公から受け継いだ、源氏に伝わる妖退治の弓……どうにも、貴方はこの音がお嫌いのようだ。私は非常に好きなのですがね、この張り詰めた弦を弾く音」

 けたけたけたけた。
 目の前で虎鶫の声。間違いなく、この正体不明の妖が鳴いている物だ。
 この妖がいったいどのような悪事を働いて帝がああなっているのか。そこまではわからないが、然し調度良く現れたということはそれなりに何らかの理由があるのだろう。

 弓を構えた。
 その姿が、ぬえと小傘の瞳にもはっきりと映る。小傘はしっかりとぬえの腕にしがみ付く。空の飛び方をついさっき多少なりとも学んだので、ぬえにそこまで負担はない。
 然し、目の前にいる敵意を持つ人間の姿にはやはり怯えを隠せなかった。
 だがぬえはまだ完全な敵意を感じない。

(……逃げる隙は全然ある、けど実力が無いわけじゃない)

 恐らくは戦わずに済むならそれでいい、という考えなのだろうとぬえは推測した。
 頼政としてはそれが正しい考え。追い払えるのならばそれに越した事は無いと、考えている。
 だがぬえにとってはそんな甘え、許すはずもなく。

(遊ぶにしても、本気を出してもらわないとつまらないからねぇ)

 けらけらと、笑った。恐らくあの第一矢は当てる気も無い威嚇。肉体(相手にそれが見えていればだが)を掠められれば良しといったところだろう。
 ならばぬえにとってはそれが開戦の合図。奴が射った瞬間が彼女にとっての遊びの始まり。

「ぬえ……」
「大丈夫、心配するなって。しっかりしがみ付いてりゃいい。それとも、遠くで見てるかい?」

 ふるふると、何時ものように首を横に振る。その行動があれば大丈夫だと、ぬえは思う。彼女を肉体にしがみ付かせて戦うにしても相手が人間なら造作も無い事。
 声も、全て鶫の鳴き声に聞こえるようにしている。喋り声も何もかも、全て頼政達人間には虎鶫の鳴き声にしか聞こえていない。

 一瞬一瞬が、緊張する。
 頼政の掌に汗が滲んで行く。目の前の化け物が撤退する気配は、無い。

「仕方ありませんね……」

 矢を、強く引き絞る。
 弓が力強く撓って行き、力強く引かれていく。
 狙う先は黒い霧がかった妖の姿の脇。すり抜けるようにして、射るように狙い。

 引き絞られた矢が、まるで閃光の如く放たれる。
 同時に弓の弦の音も激しく鳴り響き、妖が声を上げる。

「ひッ……ふぇぇッ!」
「余りあいつを見るな、ただしがみ付いてろ!」

 そう言いながら、ぬえの表情は嗤っていた。己が指し示した開戦の合図を、奴が解き放った。成らばこの瞬間から、暴れ回ってやろうと。
 けたけた笑いながら、部屋へと突っ込む。右手に握る三叉の槍で、頼政を斬り付ける。
 然しそれを頼政は後ろに飛び退き避けた。再び畳に付けられる、虎の爪痕の様な傷。。

「下がる気は、無いという事ですね。畏まりました」

 気を引き締める。今の攻撃が完全に自分を狙っていた事を、全身で感じ取ったから。本気を出さない事には下手したら命すら奪われかねない。心の底から理解する。
 矢筒から取り出すのは、鏃が今まで以上に鋭く、怪しく光る矢。
 戦場では使う事が無い、妖用の破魔矢。源氏にはかつて数多の妖をこれで屠って来たという伝承がある。

「今が、使い時という物です」

 弓を握り締め、片膝をつき妖の様子を見る。
 こちらを見てけたけたと笑っているようであったが、完全に黒い霧となっている妖の姿は今一良くわからない。
 矢を弓に用意し、強く引き絞る。
 ぬえはその姿を見ると、その動きを押さえつけ無意味と化すために槍を振るった。大きく笑いながら振りかぶり、叩き付けるように頼政目掛け突き刺す。
 然しその一撃を、畳を転がる様にして避けた。勿論弓の構えを解く事も無く。
 攻撃後の大きな隙。それに狙いを完全に定めた一矢。稲妻を解き放つかのようなに一閃、解き放たれたる破魔矢。
 だがぬえもその矢の異質さに気づいたのだろう。槍を叩きつけ少し大きく出来た隙を補うように、更に強い力で槍を押し込む。身体に伝わっていく空方向への反動。それを兼ね合える事によってすばやくその場から離脱し、屋根に張り付くように部屋の中で飛ぶ。
 目標を失った破魔矢は部屋の壁に突き刺さる。バチバチと、稲光のようなものが鳴った。その音に小傘が驚き、ぬえの腕にしがみ付く力を強めた。思わずぬえも息を吐く。

「ありゃ、ただじゃ済まないな……」
「ぬえっ」
「心配するなっての。これでも妖怪の中じゃ名の知れたぬえ様だ。簡単にはやられんよ」

 けらけら笑う。余裕を、見せ付けるかのように。訝しさを思いたたせるかのように。
 からん、と屋根に下駄を打ち付けるように。蹴る。その勢いで、一気に頼政の懐へと飛び込む。腸をぶち抜こうとする槍の勢い。矢を放った直後ゆえに、武器は無い。なればこそ、そこが一番の好機。
 振りかざし、貫く三叉の槍。

 がきぃん、と。
 鈍い、いや感じる物にとっては鋭い、音がした。
 一陣の槍を受け止めるは、源氏の懐刀。無論それも、ただの懐刀ではなく。妖を打ち倒し、その臓物を抉り出さんとする妖しく光る刀。
 黒い霧の中に、頼政は一つの手応え。これは武器か、或いは肉体か。硬く鋭い爪のような感触をその懐刀を通して感じ取る。

(虎か、獅子か、或いは――)

 いや、とその考えを捨てる。今は正体を気にしている場合ではない。
 大切なのは、事実。この化け物の攻撃が、この鋭い何かであるという事実。最低限、防ぐ事が出来るとわかったのは頼政にとって収穫だった。
 そして当然、防がれた事はぬえにとって嫌な現実。懐刀とはいえ、この槍の一撃を防ぐほどであったのだから。懐刀からもまた、同じように感じられる妖力。勢いよく、懐刀めがけて槍をぶつけ、その反動で再び離れる。
 大きな力が頼政にも働いて、一瞬よろめいた。

「……強い」
「強いさ。私はぬえ様なんだからね……つったって、私の声なんか聞こえないか」
「その笑い声、すぐに黙らせて上げますよ」

 一方通行の会話。人の声が理解できる妖と、妖の声を認識できない人。
 通じ合わないながらも、解る事は一つ。

 殺らなければ殺られるという事実。
 目の前にいる奴は面白いという事。
 互いにそういった感情を交錯させ、動く。

 ぬえは、小傘を小脇に抱えたままにその場で立ち止まった。
 妖しく何かを呟く。例え聞こえたとしても、人には理解できぬ言葉で。頼政にはただ不気味に笑っているだけにしか聞こえなかったが、その呟きが何を意味するものか。
 槍を、空中を切るように振り下ろす。ぶぉん、と風を大きく斬り裂いた音がした。

 その瞬間、頼政の服が切り裂かれる。触れてもいなかった黒い霧から唐突に放たれたその謎の一撃が頼政の服を、そして僅かに肌にまで届き紅い線を作る。
 痛みは、余り無かった。だが、危険だ。距離をとっていても、このように攻撃されるのは危険だった。再び風を斬る音。慌てて回避をするが、どこに来るかも解らないものをどう避けるか、迷い、それ故に腕に僅かに傷を付けられた。
 正体不明、不可思議不可視の攻撃。解らぬ故に、単純に避ける事も侭成らぬ。ただ強いだけではない、純粋な恐ろしさがそこにあった。
 けたけたけた、目の前の霧から虎鶫の鳴き声。

 その後は、頼政が完全に防戦一方であった。
 無理も無い。実体も良くわからず、攻撃の仕方もわからず、一体何がどうなっているのかが解らない。今まで頼政も様々な妖を相手にしてきたが、このような相手は初めてだった。
 ぬえの放つ攻撃の何れをも、頼政には理解することが出来ない。理解できるような代物でないことは、確実だ。

 しかし、頼政とてただやられている訳ではなかった。その肉体に攻撃を受けながら、攻撃の隙を、相手の隙を常々伺う。あらゆる行動を試し、その際に隙を見抜く。
 そして、ようやく解る。帝の部屋が爪痕のような傷でぼろぼろになって来た頃、ある程度の予測をつけていた。
 びん、と弓の弦を弾く。鳴る音が、ぬえと小傘の耳を貫くように劈いた。

「――っぁ!」
「小傘!」

 その気味の悪い音に、小傘は恐怖を覚え。ぬえに頼らざるを得なくなる。その腕を強く握り締める事で、ぬえは思わず一瞬動きを止められてしまう。その重みを離すわけには、いかないから。
 今のぬえは完全に自分の実力を出し切れてはいない。小傘というお荷物がある以上、ぬえの動きにはかなりの制限がかかる。それでも圧倒的に頼政より強いのは確かだが、生まれる隙の違いは明白だった。
 特に、その音が鳴った時に。

(……一瞬の隙を、どう突くか、ですね)

 弓の音で一瞬妖の動きを止められるという事を、頼政は理解する。
 かといって鳴らしすぎるのも無意味。そちらに気をとられていては、自分が相手の攻撃を避ける隙がなくなってしまう。変に攻撃がぶれても困り者だ。
 弓を鳴らさないで、先程と同じように防戦一方。黒い霧から如何なる攻撃が飛んでくるかをある程度予測をつけて、少なくとも直撃を避ける。
 幸いな事に、直接踏み込んで攻撃してくる以外では致命傷にはなりえない攻撃ばかりだった。もしかしたら本当は殺す気なんか無いのかもしれないと頼政は思い始める。

 それはぬえとてある意味同じ気持ち。
 ただ、武士がいたから戯れ。
 ただ、退魔師がいたから少し本気を見せた。それだけの事。命を奪う気なんて殆ど無く、奪えたら残念な事故でしたね、で済ますつもり。
 妖と遊ぶんだから命の覚悟ぐらいは出来てるだろうけど、とぬえは心の中でぼやく。

 しかし、少々遊びにも飽きてきた。
 何より荷物がいる状況では、遊ぶにしたって少し制限がありすぎる。今日はこの辺にしてやるかという最後の挨拶をぶちかましてやろうと考えた。

「小傘ぁ、しっかり掴まってなさいよ。振り落とされても知らないからね」
「う、うん」

 きゅっと、小傘は腕にしがみ付く力を強める。
 ぬえは少し体制を丸く、身体を小さくかがめた。頼政からはその動作はただ停止しているだけにしか見えなかったが、何かをしようとする気配が確かにそこから溢れている。
 槍を右手に構えたまま、すぅと息を吐く。
 ぬえがその意識を集中し、高めて行く度に。部屋の中が――いや屋敷全体を覆うように――暗闇に包まれていく。何も見えず、何も認識できず、何一つわからない世界。構築されていく。全てが隠され、闇の中へと消えていく。

 全ては、認識不可の漆黒の闇へ消える。

 そんな中において、頼政とて恐怖心を感じないわけではない。
 もはや目の前に迫ってくるかどうかすらも解らない物を、恐れないわけが無い。
 だが、だからと言って――ここではもはや、引けない。
 恐怖を噛み殺す。唇を力強く噛んで、歯の震えを無理矢理止めた。
 弓を鳴らす準備。その手を弦に添えて、弾く用意を整える。

 屋敷の中もその闇に怯える喧騒に包まれていた。薪の炎もまるで意味を成さず、存在すらなかった事にされているかのよう。
 だが確実に、頼政はその位置を捉えていた。気配が、明らかに異質な其処を。
 ぬえもまた、自分の位置がばれているのは承知の上。ただばれていたとしても負けない自身が確実なものとして存在していた。
 刻一刻と、時が流れていく。
 否応無しに、頼政の緊張が高まっていく。
 それに対してぬえの、なんと余裕な表情か。それすら見えぬ頼政にとって、これもまた恐怖であろう。

 これは断じて対等な勝負などではない。
 言うなれば獅子と兎。食う者と、食われる者。はっきりとその関係が分かれていた。
 ただ獅子は満腹であるが為――食す気すらないというだけの事だ。

 けたけた。ぬえの笑い声。楽しそうに、面白そうに、嗤う。
 目の前にいる頼政を嘲嗤う。哀れな兎を、唯嗤う。
 その不気味な嗤い声が更に、頼政の胸中に恐怖と嫌気を呼び起こして。

「さぁ、狩られな」

 突っ込む。
 闇の中、黒い霧に包まれた魔獣が高速で解き放たれた。
 認識不可能なその物体が襲い掛かる恐怖。襲われる事にすら気付けない恐怖とは一体どれ程の物か。ぬえは、頼政目掛けてその槍を構えたまま高速で突っ込んだ。
 もし見えていたとしても、肉眼で捉え切れぬほど。其れほどまでに速く、疾い。
 そして見えぬのだから、避けられるわけも無い。

「……!」

 頼政は、その突っ込む一瞬前に感じ取った。
 襲い掛かってくる気配。ぬえの攻撃の気配を、未然に感じ取る。
 だからこそ、間に合った。

 びぃん、と。
 今まで以上に大きく弓の弦を鳴らした。鳴り響く弦の音。部屋全体を、屋敷全体の妖の力を全て祓い尽くすかのごとく。
 人が聞けば、それは恐らく琴の如く良い音色なのだろう。
 だが、妖にとってその音色は。死神の呼び声を思わせるかのように、恐ろしく、辛い物で。

「――ぃっ!!」
「くっ!?」

 小傘が、その恐怖に堪えきれず。ぬえを一瞬、力強く握り締めた。
 速さが消える。あれほどにまで速かった一撃だったはずなのに、それは一瞬、動きを止めて。余りの不快さに、ぬえも屋敷を覆う闇を取り払ってしまい。
 頼政の目の前には、闇に隠れた妖の姿。

 そしてぬえは、気付いた。
 頼政が弦を鳴らしたその手に握り締める物。
 妖祓いの、懐刀。
 鞘から解き放たれ、妖しく光る其れの刃をぬえは見てしまった。

 自分なら、どうする?
 敵の動きを止め、敵を見事に目の前へと追いやり、調度良い武器を手にしている。
 決まっている。
 その武器は、相手の懐へ突き刺す為にあるのだ。

 幸いか、不幸か。
 頼政には、懐の場所などわからぬ。故にその黒い霧に向かってその懐刀の刃を、どこでもいいから突き刺すしかなかった。それで一撃の攻撃となれるのであれば、十分だった。
 だから、無闇に振るった。闇に向けて、刃を一撃、突き刺すように。

(しまった――)

 思ったときには、もう遅い。
 既に刃は、自分の懐の目の前に迫ってきていたのだ。
 避ける術も、方法も最早無い。

 ただ、当たるのを待つのみか。いや、当たった所でそこまで被害があるわけではない。ただかなりの妖力の篭められた懐刀だ。一旦これで傷つけられた日には、十日は完治しまい。
 それでも死ぬわけではない。ならば、遊びを甘く見た自分の負けなのだろう。ぬえはあっさりと心の中で敗北を認める。遊びは自分の負け。突き刺されたらとっとと逃げてしまおう。

 ――けれど、その時ぬえは気づかなかった。
 ぬえの事を守ろうとする、彼女の姿に。
 余りにも諦めていたから。必死になる少女の姿に。気づけなかった。

 ぬえが幾ら待っても、痛みは無く。
 謎の疑問が、頭の中を突き抜けていった。

「……え?」

 少女が一人。
 ぬえの懐を、しっかりと守るように。
 大事な人を、傷つけさせたりしないように。守って。

 どくどくと、流れ出る血。
 血が流れ出るところは、何処か。

 小傘の、左目に深々と突き刺さった懐刀の刃。
 どくどく、どくどくと。紅い血がただ流れ出ていた。



 〜 ◎ 〜



 頼政がその手に感じたのは、確実な手ごたえ。
 形あるが姿見えぬものに対して、その刃を突き立てたということを完全に理解できていた。
 その証拠に、見ろ。目の前の妖の、まるで死に悶えるかのようなこの叫び声を。源氏に伝わる妖殺しの懐刀。
 今までこの弓と矢で妖を落としてきたという伝承が源氏には伝わっている。だがその実、全ての妖に止めを刺してきたのはこの懐刀だ。一撃の下に妖を殺すと伝えられるこの懐刀の威力は、折紙付きの物だ。

 黒い霧から、隠し切れぬほどに溢れる血。
 怯え、慌てているよう。この一撃で消し去る事が出来なかったというのは、寧ろ驚くべきことなのだろう。名のある妖怪か、力あったが今まで隠してきた妖怪か。
 目の前で黒い霧がゆらゆらと揺らめく。靄がかったそこから聞こえてくるのは、断末魔のような虎鶫の鳴き声。
 慌てて逃げるように、空へと浮かんだ。しかし、その動きは今一侭ならない様に頼政には見えた。出来る限り遠くへ逃げようと、空へ浮かび部屋から飛び立つ。

「ここまで来たら、ただでは逃がしませんよ」

 頼政が、矢筒から破魔矢を取り出す。きりきりと、その矢を引き絞った。
 叩き落そうとしているならまだしも、ただ逃げようとしているだけならばその動きは予測しやすい。こちらからとしてはこれほど狙い目な状態は無い。懐刀が突き刺さるということは肉質は決して硬い方ではないのだから、破魔矢なら易々と貫けるだろう。
 空に浮かんだまま、空中に静止する妖の霧。ゆっくりと旋回しているようではあったが、まだ逃げる様子ではない。此の侭直に逃げていれば良かったものを。

 放たれる、一閃。
 黒い霧を通り抜けるように、稲妻が放たれたかのようだった。
 弓を長く使っていると、当たったか当たらないかの手応えが遠くにあるのに理解できる。矢は、確実に命中したと頼政は確信する。

「……!」

 空に浮かぶ、妖。
 そこから、一人の人影が落下するのを見た。暗い夜空ゆえに、頼るものはもはや月明かりと屋敷の薪の炎しかないのだけれども。それで僅かに、見えた。
 人の姿が、黒い霧から落ちていくその姿を。

 あれが、妖の正体だとでも言うのだろうか。
 しかし今だ空に黒い霧は留まり続ける。そう思っていると、黒い霧は大事なものを落としてしまったと言うように下へと慌てて降りていくような姿が見えた。
 頼政は、直にそこから立ち走り出す。御殿から少し離れた、しかしあそこはまだ屋敷の敷地内だろう。あの人影が何なのか解らないが、もし妖が何らかの理由で人質にとっていた人間だとするならそれは救い出さねばあるまい。
 屋敷内を、守衛達に見守られながら駆ける。彼らは先程の戦いは見ていたのだろうか。何にしても、今は優先させるべき事項がある。

「……っ、さっ!」

 声が、聞こえてきていた。澄んだ、暗い夜空を通り抜けるような声。なにやら必死に何かに呼びかけているようであった。屋敷の中でも一際人気の無い、蔵と蔵の間。
 声が聞こえてくるその方向へ向けて、走り出し。

 それと、目が合った。
 黒い、絹のように美しい髪。宝石のように紅く光る瞳。全身に漆黒の衣を纏う。美術品と見まごうかのような美しく整った愛らしい顔立ち。少女がそこに、倒れこむ人影を見守るように座っていた。
 ただ、それだけであれば美しい少女と思うだけだっただろう。

 ――背に広がる、禍々しい翼。
 まるで、牙のような。
 まるで、刃のような。
 まるで、爪のような。
 血のような色と、海のような色。対照的に両翼が、広げられて。

「あ……」

 見開かれた瞳。驚きを隠せないような、彼女は。
 慌てたかのように、一瞬。全身に、黒い雲を纏って。その、目の前の人影を抱えたまま。

 空に、飛び立ち、消える。

 頼政が、空を見上げる。
 そこにあったのは、満月。あれほどまでに不気味に空を覆いつくしていた黒雲は全て消え、いつの間にやら煌々とこの世界を薄っすらとした光で照らしていた。
 先程の声と、飛び立つ姿を見たというのだろうか。早太と、守衛の男たちが駆けつけてくる。

「頼政様、ご無事ですか!」
「……ええ」
「妖は、退治できたのか」
「……傷は、与えたつもりです。ですが、命までは奪うに至らなかった」

 まるで、己の力不足をかみ締めるように見えたかもしれない。
 けれどその実、頼政は思う。あの美しい姿の妖怪の事を。
 あれが、黒い霧を持つ妖の正体だったというのだろうか。俄かには、信じがたいが。

(……どうしたものか)

 心の中で、一言そう呟いて。
 踵を返し御殿の方へと赴くのだった。



 〜 ◎ 〜 × 〜



 見られた。
 姿を、見られた。
 先ほどまで戦っていた人間に、この姿を、見られた。

 胸の奥底から襲い掛かってくる、何とも言えず恐れる感覚。今まで保ってきた大事な一つの誇りを一瞬にして、ぼろぼろに砕かれた。この、無傷の肉体と無残に砕かれた心。
 抱きかかえる小傘。自分の代わりに、血を流した。そのたった二つしかない瞳の片方を、真っ赤な血に染められた。

「小傘っ」
「痛い……ぬえっ、痛いよぅ」

 先程から、そういってじっと左目から流れる血を抑える小傘。それでも、だくだくと流れ出る流血は一切とまらない。
 今はこうして小傘を抱きかかえて心配していられるが。
 それ以上に、己の誇りが砕かれたという事が、心の底から響き渡ってくる。

 廃屋まで、一直線。
 今までも出したことの無いような速さで、廃屋へと向かっていった。満月の美しい夜だというのに風情も何もあったものか。
 廃屋の戸を一気に開け、畳み込むように入る。
 怪我を治すような薬などは無い。とりあえず、瞳の止血をしてやらないと。そんな気持ちでいつもの棚を漁る。
 白い包帯。こんなのでも無いよりはましか。
 小傘の頭から、左目を覆い隠すように、ぐるぐると包帯を巻きつけていく。瞳周辺は特に念入りに。痛みをこらえながら小傘はぬえの身体に少しでも触れるようにしていた。
 そして瞳ともう一つ、足。逃げる途中に、矢によって射抜かれてしまった足。稲妻に焼かれたような爛れた痛みが見え隠れするその足にも、同じように包帯を巻きつける。
 そうして、止血が終わる。髪と、瞳を押さえつけるようにして何度も、眼帯のように包帯を巻いた。

「……少し、片目見えないけど我慢してね」
「……うん」
「……」

 ふぅ、と一息吐く。
 小傘の事は、もう大丈夫。妖怪は丈夫な生き物だ。あれほどの妖刀で瞳を貫かれても、まだ生きている。
 いや、もしかしたらあれが自分の懐に直撃していたらと思うと、不味かったかもしれない。小傘の瞳だったからこそ、こうしてただ目を傷つけられただけですんだと、考える方がいいのだろうか。
 けれど、胸中に押し寄せるもの。
 あの時、殺されていた方が幾許か精神は楽だったと。

「……ぬえ?」

 片方の瞳を痛々しく隠された小傘に、そんな風に声をかけられる。
 憔悴した瞳。だらしなく、たれ下げた翼。
 まるで何も考えていないといったような、呆けた表情。

「ぬえっ」
「え、あぁ……どう、した?」
「私の台詞だよ……どうしちゃったの、ぬえ」

 心配するようにして、ぬえの瞳を覗き込んでくる小傘。本来心配されるのは自分だというのに。力ない笑みを浮かべ、心配させないようにとぬえは笑った。けれどもその笑顔に、いつもの力強さと、ぬえらしさが無く。

「誇り、だったんだけどな」
「え?」
「……姿、見られちゃった」

 あ、と。小傘も驚いたような声を一つ出す。
 今まで、誰一人として人間にその姿を見られていなかったという誇り。それが、ほんの些細な事で打ち砕かれてしまった。
 あの時、油断をした。いや、心配した。矢が小傘の足に命中して、思わず彼女が自分を離してしまった。しっかりと、自分が抱きかかえていなければいけなかったのに。彼女が落ちた事に、慌てすぎて。普段なら身を隠していたところを、それを解除してまで彼女を拾おうとした。
 そして、奴が最後まで追ってきた。全ての要素が嫌なぐらいに絡み合って、結局見つかった。

 間抜けだと、自分で思う。
 本当に、どうしようもないぐらい下らない失敗だった。思えば、幾らでも失態を直すことなどできただろうに。それすらも出来なかった自分が、情けなくて仕方が無い。
 小傘が、恐れるような表情で言う。

「私の、せい」
「違うさ。ただの、私の失敗だ。お前のせいなんかじゃない」

 知っている。そんな事、自分で良くわかっている。
 小傘の事だって、最後まで守れたはずだった。自分も小傘も傷つけられず、怪我をせずに帰ってこれる方法なんて幾らでもあった。
 出来た筈なのに、遊んだ。遊びに、余りにも調子に乗りすぎた。
 結局は全て己の失態。拭い切ろうとしても、拭いきれる物ではない。

「やれやれ」

 己の程度の低さに、溜息を吐くぬえ。
 砕けた誇りは、人から見れば酷くちっぽけであるかもしれない。けれど、ぬえにとっては生きる糧その物だった。
 簡単に崩壊したその誇りを、何度も、何度も思い返す。
 あの時、ああしていれば。なんて、何回も。未練たらしく。

「……ぬえ」
「……悪い、今は、話す気にならないや」

 小傘からしたら、今までに無いぐらいの声の響き。酷く落ち込み、弱気になっているぬえを見るのが初めてだった。ぬえとて、同じ感情を持つ妖怪の一人だから。こういう事になるのだって、勿論あるんだろう。
 でも小傘は。そんなぬえを、見たくなかった。
 ふてぶてしく笑って。楽しそうに、一緒にいて。抱きついて安心できて。
 兄弟というものは、全くわからないけれど。姉のように、頼りにできるぬえの事が、大好きだから。

「ぬえらしく、ないよ……」
「……かも、知れない」

 反論も無い。
 小傘にはまだ、心の中でくすぶるもの。自分のせいでぬえが見つかったかもしれないという思い。それがあるから、強くはいえない。
 だけど、今いるぬえは、違う。
 自分の好きなぬえじゃない。弱気になって、小さな誇りが破壊されただけで、落ち込んでいる妖怪。
 ぬえの手を、ぎゅっと握る。冷たくて、弱々しい。
 普段の力強さも、暖かさも。そこからは、感じられなくて。

「……やっぱり、変だよ」
「……わかってる、わかってるよ。私が一番良く、わかってるんだ」
「そんな、だったら」
「お前に解るもんかっ!」

 ばしっと。
 小傘の手を、叩きつけるようにして振り払った。冷たい痛みが、掌に走る。はぁ、はぁと、荒く息を吐くぬえ。
 その表情は怒っているようで。でも、それ以上に見えるのは、恐れて、怖がって、自分自身から逃げ出そうとしている心。

「それだけが、誇りだったんだ。力なんて、能力なんて、どうだっていい」
「……」
「……仲間なんて、居なかったんだ。この力とか、この外見とか。いろんな獣の身体を持ってるからって、色んな奴に、奇異の目で見られた」

 自分の身体を、抱きしめる。
 誰しにも知られていないということ。誰しにも、忌み嫌われるということ。
 それは、ぬえが余りにも特別すぎたから。妖の中でも随一の、特異な妖怪だったから。

「一人でも、大丈夫だって。それを、誇りにしようとしたんだ。誰も居なくてもいいって。傍に誰も居なくても、構わないって。だったら、誰にも見つからないで生きてやるって、思ったんだ」

 誰しもが嫌うというなら。
 誰にも好かれなくていい。
 だから、誰にも気づかれない方がいい。誰もが自分を知らない方がいい。
 誰にも、自分を見せたくない。

「そうやって、人間を驚かせて生きてきた。ずっと、誰にも見つかってやるもんかって思いながら。それしか、自慢できる物なんて、無かったんだ……」
「ぬえ」
「解って、貰えるわけなんか無い。生まれたてのお前なんかに……嫌われ者の、気持ちなんて……解って、たまるもんか」
「うん、解らない」

 その言葉に、ぬえが思わず小傘を見る。
 小傘は真剣な表情で、ぬえの目を見つめた。その片方の蒼い瞳で、ぬえの彫刻のように綺麗な顔を見つめる。

「……馬鹿、だね」
「なっ」
「もう少し、かっこいい理由でもあるんじゃないかなって思ってたけど、そうじゃないんだね」
「……軽蔑、したでしょ?」
「ううん、その逆、かな」

 小傘は、優しく微笑む。
 ぬえの手を、ぎゅっと握り締めた。暖かさは感じない。
 でも、違う。大事なのは、伝えること。

「ねえ、ぬえ」
「……何さ」
「私の話、聞いてくれるかな」

 手から、小傘の温度がぬえに伝わっていく。
 暖かさは、受け取るだけじゃない。暖かさは、与えるもので。
 互いが、暖かくなるための物。

「昔、昔のお話です――ある、雨が降る日のことでした。女の子が、ふと遠くに出かける用事があって、お父さんとお母さんと一緒に、雨の中を出かけました」
「……それがどうあんたの話に繋がるのよ」
「話は最後まで、静かに。女の子は、その日の為にある傘を買ってもらっていました。とてもお気に入りで、その傘を使う日を楽しみにしていました。雨の降る中、ようやくその傘を使う事が出来た女の子は、とっても、とっても喜んでいました」

 物語を告げるように、淡々と。
 ぬえもまた、それを静かに聴く。

「東から西へ、とても長い距離の遠出。出かけた先でおそらく一月ほど過ぎるぐらい、女の子はそこで過ごしました。そしてそちらの生活が楽しかった為に、更に言うのならば、帰るときには余りにも空が隅々まで晴れ渡っていたために」
「……?」
「少女は、そのお気に入りの傘をその場に忘れたまま――家に帰ったのです」

 それは、ただの当たり前の物語。
 純粋な、忘れ物をしたというだけの、少女の物語。

「……傘は、そこに忘れられたまま、ずっとそのままでした。少女以外ではその傘を好きになる人もおらず、使ってくれる人もおらず。ずっと、ずっと、ずっと、ずぅーっと。何年も、何十年も、帰らない少女の事をそこで待ち続けていたのです」
「小傘」
「やがて、大きな台風がやってきました。その大きな台風は、誰もが目を向けない傘を攫って行きました。雨に濡れ、風にやられ、途中には樹にぶつかり、時折獣の爪にもやられ、更に空を行き、道行く少年にも踏みつけられ、やがてその身をぼろぼろに変えていき――」

 ぎゅっと。
 互いが、互いの手を握った。小傘は、ぬえの呆けたような、驚いたような表情を見つめながら、とても優しく、嬉しそうに微笑んで。

「その傘に心が宿り、尚、少女への思いを捨てきれなかった時――見かねた一人の妖怪に、その傘は拾われましたとさ」

 えへへ、と小傘が全ての話を終える。
 ぬえは、まるで何かとんでもない物を見つけたかのような、驚いた顔。

「嫌われ者の気持ちはわからないけど、温もりは知ってる。ぬえから、沢山貰ったから」
「私の、温もりなんて」
「嬉しかった。でも、怖かった。いつ捨てられるんじゃないかと思うと、またあの誰にも見向きもされない生活に戻るんじゃないかと思うと、気が気で居られなかった」

 それが、発狂。
 初めて出会った時に、ぬえの事を恐れながらも、その温もりが欲しかった。誰かに捨てられるというのが、もう嫌だった。その温もりから離れるたびに、もう二度と触れられないのかもしれないという事が怖くて、掴んだ。必死に、離さないように、離れないように。

「……他の皆が嫌ってても。私は、ぬえが好き」
「……私、なんて」
「ぬえが拾ってくれたから。今の私は、ここに居られる。他の誰が、貴女を嫌いでも。私は貴女が、好きだから」

 そういって、小傘は微笑んだ。
 そんな事を言われたのなんて、初めてだった。今まで、自分の姿を見たことのある妖怪の中でも、そんな事を言ってくれた奴は居なくて。
 「凄い」だとか「強い」だとか適当な言葉で誤魔化す妖怪ばかりだったから。
 こんな風に、好意を素直に伝えてくれる奴が初めてで。

「だから、その。うまく、言えないけど」
「……」
「また、一緒に人間驚かせに、行こう?」

 些細な提案。
 そんな事を言われたのは、初めてだった。
 初めてで、どう答えたらいいのかわからない。でもたった一つだ解るもの。胸の奥に生まれる、暖かい気持ち。
 ぬえは、力無く、薄っすらと。でも、嬉しそうに笑う。

「……まさか、後輩に言われるとはね」
「ご、ごめんね」
「なーに言ってんだ。謝るのはこっちの方だ……ごめんな、つまらない事愚痴って」

 そういいながら、ぬえは小傘の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
 そうしてくれるのが、小傘にとって嬉しかった。

「えへへ、やっぱりこれ気持ちいい」
「出来る後輩に心ばかりのお礼だ。明日からまたしっかり、人間驚かしにいこうかね」
「うんっ」

 けらけら笑うぬえに、満面の笑みを返す小傘。
 誇りは、確かに砕かれた。こう振舞ってはいるものの、やはりぽっかり穴があいたような寂しさがある。
 ならば、埋めてしまおう。別の喜びで。別の楽しみで。別の誇りで。埋め尽くしてしまおう。
 元々、それは生まれた時に宿った物ではなく、生きていく内で見つけてきた誇りだった。ならばいずれまた、生まれるだろう。自分の誇りになれる、他の何かが。それを見つけてしまえばいい。

 今のぬえは、昔と違う。
 傍に、自分の事を慕ってくれる少女が。自分の傍にいてくれる人が、居るのだから。
 きっと見つかる。きっと、見つけてみせる。そう、心に決めた。

「とはいえ」
「?」
「……一応姿見られてるわけだし、あんま人里に顔出す気にはならんなぁ。あの退魔師が周りに変な噂を垂れ流してないとも限らないし」

 誇りとは関係無しに、普通のこと。
 あの妖怪騒ぎで派手に立ち回ってしまったわけだし、都の方で変な噂ができてやしないだろうか。それだけは純粋に心配事ではあった。
 そうすると、小傘が少し迷うような表情をして言葉を放つ。

「あ、あのさ」
「ん?」
「ぬえが、その、姿見られちゃったじゃない。だから、何とかできないかなってずっと考えてたんだ」
「何とかって、今更どうしようもないじゃないか。別にもういいさ、吹っ切れたよ」

 そういって苦笑しながら、小傘に笑いかける。
 しかし小傘はというと、その話をまだ続けた。

「……悪戯、考えたの」
「悪戯?」
「うん。ぬえの正体を隠せるかもしれない、悪戯」

 小傘が、ぬえに告げる。
 ぬえも勿論、それに興味を持つ。

 提案。それを、一つ一つ小傘は喋って行った。自分の思いつく限りの、悪戯。
 ぬえも真剣に聞いた。提案の一つを、悪戯の最終目標のための手順を一つ聞くたびに、頷いて。
 小傘が全ての悪戯の手順を話し終えて、一息をついた。心配そうな表情で、真剣なぬえの表情を見つめる。

「ど、どうかな……駄目、かな」
「……なぁ、小傘」
「は、はい」

 酷く真剣なぬえの表情に、小傘は思わず身体を震わせる。
 ぬえに、両肩をつかまれた。もしかしたら怒られるかもしれないと、身体をちぢこませ、顔を伏せる。
 けれども、怒るなんて事はしない。
 にやりと、ぬえは唇を歪めた。そうして、いつものようにけたけたと笑う。
 今までの事なんてどうでも良くなるぐらい、楽しそうにぬえは笑い。小傘に向けて、期待と喜びの視線を向けて、言葉を告げた。

「お前、悪戯の天才になれる」



 〜 ◎ 〜



 件の戦いが御殿で起きてから、一週間が過ぎた。
 二人の壮大な戦いのせいでぼろぼろになった御殿。しばらく帝は別室に移されて養生することになった。
 頼政はというと、妖怪を逃がしてしまったためにしばらく屋敷に留まり、再び妖が現れた時には迎え撃つという事になった。

「……それにしても、此度は態々すまなかった。源氏の者にまで来て貰う事になるとは」
「いえ、そのような事は。私としても、妖怪を取り逃がしてしまった事を深く後悔しております」

 そして、帝が運ばれた部屋。そこに、頼政も正座をして座っていた。
 目の前には布団の中で、上半身を起こし頼政を見る帝。まだ体調はあまり良くないようで、ごほごほと何度か堰をする。

「おかげで、何とか体調は戻ってきたよ。結局はただの風邪であった、という事だ。前に頼政殿はただの良くある流行病だという話をしていたらしいが、見事に当たったようだ」
「……あくまで、ただの勘ですから。それに、最終的に病名を言うのは医者の仕事です。私は、ただ予想しただけの事」

 深々と、頼政は頭を下げた。
 事実、帝は少し思い風邪を引いていただけであった。なぜ医者がそれをわからなかったのかは、頼政が妖のせいであると説明はしておいた。

「とにかく、妖とやら。取り逃がしてしまったのであれば、早急に退治して欲しい。私はもう問題は無いが、もしかしたら逃げた妖怪が都の人々に危害を加えるやもしれぬからな」
「……そう、ですね。発見次第、退治したいとは思いますが。如何せんまだ情報が無い為どこに出没するかもわかりません。しばらくは、屋敷の警護に当たりたいと思います」
「うむ、頼んだぞ」

 そういうと頼政は立ち上がり、帝の部屋を後にする。
 部屋の外には、早太が頼政が戻るのを待っていた。

「頼政様」
「早太。しばらくはこの屋敷で世話になりそうです。都で長居の準備を整えましょう」
「畏まりました」

 そういって、屋敷の出口まで二人で歩いていく。
 頼政の浮かない表情。早太は、頼政を心配し声をかける。

「頼政様、大丈夫ですか? ここ最近、余り顔色が優れないようですが」
「気にしないでください。良くある事です」
「……妖の事ですか。まだ、気にかかってらっしゃるのですね」
「……ええ」

 頼政は、頷く。
 あの妖の正体が、美しい少女だったということ。思わず、攻撃の手を止めてしまった自分が憎い。
 この話は、早太以外にはしていない。妖怪が美しい少女だなんて、まるで御伽噺。信じてもらえるとも思えないその話はやはりするべきではない。そんな話をしてしまえば、まるで妖に取り付かれてしまうとも思われかねない。

「しかし、やはり見間違いでは? 妖の正体が少女などと」
「……暗がりでしたからね。その可能性もあります。ですが、異様にあの姿が焼きついて離れない」
「妖が化けている、という可能性も否定できないではありませんか」
「そう、ですね。いや、そう考えた方が自然でしょう」

 屋敷の入り口で、守衛に挨拶をし敷地外へと出る。
 都はいつも通り、多少の喧騒に包まれて平和そうにしている。

「妖が化けた姿か、少女が操られた姿か、或いは本来の妖の姿か。いずれにしても、まともな妖ではありませんな」
「ですね。次は確りと仕留めなければ」

 気持ちを、持ち直す。
 ……口には出さないが。見とれてしまっていたのだろうかと、頼政は思う。
 生きてきた中でありとあらゆる女性を見てきたけれども、ただただ、純粋に美しかった。それを自覚しているからこそ、余り身が入らないのかもしれない。

(御伽噺の世界の住人、か……何を考えているんですかね、私は)

 本当に素敵な少女だったと思う。だが、妖であることに間違いは無いのだ。
 早太が述べた、二番目の説。もし、妖に操られているという可能性があるなら。

(……いけないな。本当に、何を考えているのか)

 考えれば考えるほど、虜になっていく。
 やめよう、これ以上考えるのはもはや駄目だ。完全に執りつかれたようになって、妖怪ではなくあの少女の事ばかり考えるようになってしまう。
 頭を数回振るい、それを早太に心配されながら頼政は道を歩く。

 そうして町を歩いていると、ふと人が沢山寄り集まる姿。その先には細い路地があるようだった。
 ざわざわと、喧騒がその周囲に漂っている。

「何があったのでしょうか」
「聞いてきましょうか?」
「別に直接行っても構いませんよ。行きましょう、早太」

 そういって、頼政と早太は喧騒の中を見に行く。人の波を抜けて、その騒動の中心にたどり着いた。細い路地の中心部、我先にと人がいる中をかいくぐる。
 一人の男性がそこに倒れ、連れと思われる女性があたふたとしている。周りにいる人は全員野次馬のようだ。
 早太が二人に対して声をかける。

「なぁ、あんたらどうしたんだ?」
「い、いや……道端を歩いていたら、突然……腹を……」

 よく見れば、男性の腹には傷。
 三本の紅い線はまるで虎の爪にでも引き裂かれたかのよう。幸いなことに腸まで届いているわけでもなく、肉の深くまでをやられたわけではない。しかし、血が随分と出ていたために女性はどうやら混乱しているようだった。
 頼政が懐から包帯を取り出し、器用に止血を施す。

「……よし」
「す、すまねぇな侍さん」
「御礼には及びません、ですが一体何が?」
「……この路地を通っていたら、いきなり変な鳴き声が聞こえてきやがったんだ」
「変な、鳴き声?」

 ふと、脳裏をよぎるのは虎鶫の鳴き声。
 男はそこから更に続けて言う。

「あぁ、鶫みてぇな……気持ち悪い、鳥の声だ。けたけた言って、まるで笑われてるみたいでよ」
「……それで?」
「そうしてたらいきなり風が起こってよ。飛ばされちまうかと思ったら、いきなり腹にこんな傷が出来ちまった」
「あ、あんた、大丈夫なのかい」
「お侍さんのおかげで血の方はもう大丈夫だ……ありがとうな」
「いえ、こちらも。貴重な情報をありがとうございます」

 一礼をし、立ち上がる。
 早太が駆け寄り、頼政に声をかける。

「頼政様。まさか」
「……例の妖のようですね。出向かずとも現れてくれるのはありがたい」
「しかしこのままだと、都の連中が危険に晒されるって事ですよね」
「……ええ」

 行動を起こしてくれたのは嬉しいが、消息が掴める訳ではない。此の侭では純粋に都の住人が犠牲になるだけで妖の思い通りになってしまう。
 そうさせる前に、行動を起こさねばならない。しかし、今は行動の起こしようが無い。
 どうしたものかと、考える。

「……あの、お侍様」
「え?」

 ふと、下から聞こえてくる声。
 もう少し具体的に言うのならば、下の方。目線を下げた先に、声の主が居た。
 黄土色の布を纏い、うっすらと顔が覗く。しかし、余り顔は見せたくないのか、俯いている状態で瞳は見えない。鼻と唇が僅かに見える程度だろうか
 声の高さや小さい身体、物腰などから恐らくは幼い少女だろうと頼政は考える。

「私、見たんです」
「……何をだい、嬢ちゃん。あまり適当な事は」
「早太、構いません……何を、見たのですか?」

 頼政が地面に膝を付き、少女と視点の高さを合わせる。しかし少女は恥ずかしいのか、やはり俯いて表情までは見えない。

「……えっと、その。その男の人が言っていた、鶫の鳴き声、のあとです」
「はい」
「都の外の、森の方に。何か、変な物が走っていったんです。虎みたいな、足をしていて」
「虎みたいな足?」

 思わず聞き返してしまう。一体どういう意味なのだろうか。全身が見えなかったというのは間違いなさそうだが、足だけが解りやすく見えたということなのだろうか。
 そうしていると後ろから少しだけ背の高い少女が駆けて来る。少女と同じように、布を頭から被って全身を覆い隠している。瞳がうっすらを見えたが、良くわからなかった。

「ほら、何してるの! お侍様に迷惑でしょう!」
「ご、ごめんなさいお姉ちゃん」
「いえ、良いんですよ。情報、ありがとうございます」
「妹が出過ぎた真似を……ほら、いくよ!」

 頼政が一礼するよりも速く、姉と思われる少女は妹を連れて行く。
 早太がまるで呆れたような瞳で姉妹を見送った。

「やれやれ、子供にしちゃ忙しないな。しかし。随分と曖昧な情報でしたね」
「そう言わないで上げましょう。何より、報告をしてくれたという事がありがたいですよ」

 虎の足。随分と曖昧だが、しかし情報の一つ。
 あの時の攻撃は恐らくその虎の爪によるものだったのかもしれない。場所の方まである程度予測してくれたとするなら、その辺りの警護を始めようかと考える。

「……何にしても、まだ情報が足りませんね」
「ですね。しばらくは相手の出方を伺うのもありかもしれません」

 そう二人で話しながら、街を歩く。
 あの妖の少女と、教えられる妖の情報を色々と交錯させていく。纏めながら、街での用事を終えて二人で屋敷へと戻っていった。

 その後しばらく、街に妖が何度も現れたという情報を耳にする。手足が虎であった、とか。頭は猿(ましら)のようであったとか。身体は体毛に覆われ、狢か狸のようであったとか。尻尾には蛇が生えていただとか。
 毎回襲われる直前には虎鶫の鳴き声が聞こえ、傷は必ず虎の爪。けたけたと笑いながら風を起こし、その疵痕をつけては消えていくとの話。
 何れも命を奪われたことは無く、どれも怪我程度で済んでいる。怪我の大小はあるものの、基本的に死人は今のところ出ていない。

「ふむ……」
「他にも色々情報が氾濫しているみたいですね……大丈夫ですか頼政様。顔が青いですよ」
「考えすぎて寝てませんでした」
「全く、熱中しすぎですね。水でも取ってきましょうか?」
「そうですね、お願いします」

 早太に言いつけると、すぐさま井戸の方に向かっていった。
 頼政はここ一週間ほど、寄せられた情報を集める仕事しかしていない。実際そうするぐらいしか手段はないし、守衛のようなただの人間たちでは妖に立ち向かったところで勝てるわけが無い。最低限、戦うための情報を様々に集めて何とかするしかない。

 そして噂には尾鰭がつくものだ。人はどうしても面白い話を好む。そうしていると、どれほど真面目な調査をしていようとも情報は氾濫し、混乱しやすい。
 自在に稲妻を発生させるだの、蛇の口から毒を吐くだの、虎の爪を飛ばして切り裂くだの、起こす風が虎の爪と同じだの。もはや日本語として通用していないような噂も飛び交い、頼政の方も非常に混乱していた。

「全く」

 整理しなおす。どこに現れるかの情報まで、確りと。
 そうして最終的に、ある程度の形まで纏まりかけてきた。

 月が出る夜、特に妖が出やすいこと。
 丑寅の方角に黒雲が現れるという前兆があること。
 そして何より、頼政も聞いている虎鶫の鳴き声。
 これら三つが揃った時が、もっとも兆候として良い。

 後は、己の生きてきた過程で得た妖退治の知識。
 月の出る夜、特に満月の夜は妖が活発になる。この妖とて、自分が知る妖の種類と同一であるならば間違いなく満月の夜は狙い目と来るだろう。

「水、持ってまいりました」
「ご苦労様です。置いておいてください」

 早太が水の入った湯飲みを頼政の近くに置いた。
 考えはある程度纏まった。頼政は水を一気に喉に流し込む。普段の自分ならしないだろうなと、少しばかり苦笑した。
 日程を確認する。次の十五夜は、一週間後だろうか。

「早太」
「はっ」
「……妖退治、日付を決めました。準備をしていてください」
「畏まりました。何時頃の予定で?」
「……喋る前に、少し寝かせてください。頭が疲れました」
「ですか。まぁお疲れでしょうに、ゆっくり休んでて下さい」
「そうします」

 ばたり、とその場に倒れる頼政。
 頭の中に描かれるのは、今だ見ぬあの妖怪の本来の姿。そして、その妖怪が変化した、或いは本体と思われる美しい少女の姿。
 考えれば考えるほど、ぐちゃぐちゃになる。
 だから今だけは、何も考えずに。意識をまどろみの中へと飛ばしていった。



 〜 ◎ 〜



 屋敷の丑寅の方角、清涼殿。
 胡坐をかき、精神を集中させる。弓を目の前に置き、両手を置く。源頼政はその精神を強く強く集中させ、その場に座っていた。
 その横に立つは、猪早太。頼政を守護するように、身長と同じ程の大きさの太刀を背に構える。

 今宵は、月夜。
 空に満月。煌々と、屋敷を照らす。美しい満月だと、思う。

「……綺麗ですね」
「ええ、妖退治には勿体無い」

 満月が妖の力を高めるといったのは、退魔師としては先代である義家であったか。直接その言葉を聴いたわけではないが文献などで聞き及んではいる。
 見れば見るほど美しい。だが、あれがいかにして妖に力を渡すのか。
 人の目には、解らない。妖になれば、恐らくわかるのだろうか。

(人を捨てる気など、微塵もありませんが)

 そう心の中で言うものの、退魔師が人としては異質であることなど理解している。それでも、心は人のつもりだ。生きている限り、その誇りは捨てぬ。
 びゅう、と風が吹いた。近くに明かりとしておいて貰っている薪の炎が大きく揺らぐ。消えぬとはいえ、一瞬驚いてはしまうものだ。
 すぅ、と息を整える。

 空気が、揺れた気がした。
 あれほどまでに美しかった月夜が、消えていく。闇が降りてくる。世界の全てを包み込み覆い隠し、認識を隠すほどの不気味な闇。
 薪の炎が、消えた。部割と強烈な風に見舞われたらしい。
 明るいとは言えなかった世界だったが、一瞬で何も見えない闇に包まれた。
 しかしそれでも、焦る事はない。冷静に、ただ冷静に、瞳を閉じて気配を感じる。

 けたけたけたけた。
 あの鳴き声が、聞こえてきた。
 嘲るかのような笑い声にも、聞こえなくは無い。

 頼政は、瞳を開き空を見上げた。
 薄っすらと雲がかった満月。それを背にするように飛行する者。
 幻想的で、不可思議で、不気味で、だが、美しい。

「あれは――」

 あの時の少女の姿が、見えた気がした。
 夜空の下で、笑う。けたけた、けたけたと。そんな笑い声が、耳に届いた。不気味な一対の翼を夜空の元、ばさりと広げ。
 その少女に向かって、思わず手を伸ばしてしまいかねない。

 そして夢は覚める。
 まるで、溶けてしまうかのように、少女の姿が変わっていく。

 その頭は、猿。
 その体は、狢。
 その足は、虎。
 その尾は、蛇。
 その声は、鶫。

 言うなれば、まさに化け物という言葉が相応しい。
 その身体のありとあらゆる部位は、完全にそれぞれの獣として分けられていた。けたけたけたと、笑うように泣き声を上げる。
 空から地面に、四速の虎の足で降り立つ。大きさは獅子の倍ほどといったところか。猿の顔が余りにも人を小馬鹿にしているようで、そのけたけたとした笑い声が嘲るようにしか聞こえないほどであった。

「それが、貴方の真の姿ですか」
「頼政様!」
「全く、その体で私を化かしたのは狢の部分ですかね、成程、ある程度合点がいく」

 そう言いながら、矢筒から取り出す破魔矢。
 今度は狙いを外すつもりは無い。図体は以前よりも大きいのだ。ならば、外す道理も在るまい。
 けたけた笑うその化け物に、矢の照準を当てる。

「早太。私の矢で怯ませます。その隙を突いて斬るよう、心がけてください」
「はっ」

 早太も、背の鞘から刀を抜き放つ。妙に妖しく光る妖刀が、姿を現した。
 早太もまた頼政の弟子として、一通り退魔師としての心構えは在る。実力は決して遠く及ばないが、都の数少ない退魔師として実力はそこそこにある。
 妖が、頼政を睨み付けた。

「あの時の傷は、癒えましたか?」

 皮肉のように、笑って言う。
 妖はその言葉に怒ったのか、大きく鳴き声を荒げる。そして虎の四足で力強く地面を蹴り飛ばし、頼政へと突進した。
 頼政としては、真正面から向かってくるのであればそれほど楽なものは無い。
 全身を貫くように、破魔矢を妖の頭に照準を合わせる。力強く、より力強く引き絞り、目の前に妖の頭が来るまで我慢。
 焦り、頼政しか見えぬ妖が、頼政から刀を振りかざし届くほどの距離に入ったとき。引き絞ったその破魔矢を一気に解き放つ。

 雷光が空を駆けたかのようだった。一瞬稲光が見えたかと思うと、それは一気に妖の頭から尾までを貫いていく。全身から得体の知れない色の血が噴出し、悶える妖。
 その隙を突くように、早太が太刀を振るう。その胴体についた首を切り落とすかのように、一撃振り下ろす。ずぶりと、妖の肉体をえぐる感覚。だがその胴体から切り離すまでには行かない。早太が刃を下げると、妖は一旦後ろへと飛び退いた。そして、威嚇するようにけたけたと大きく笑う。

「くっ」
「一撃で決着が着くとは思っていません。早太、一旦下がりなさい」
「は、はいっ」

 あくまで冷静に、頼政が言う。既に二本目の矢を構え、再び放った。
 しかし距離が離れていたからか、妖は空を舞いその矢の一撃を交わす。空で舞いながら、大きく鳴き声。
 その瞬間に、稲光が発せられる。
 刹那、世界は昼間のように明るく照らし出されて。直に闇の世界へと戻る。
 ただの光ではない。屋敷内の樹に、稲妻が一つ、二つ。落ちていく。どごおん、と耳を劈くような破壊音。屋敷全体にまで、轟いただろうか。
 流石の行動に、頼政も驚きを隠せない。

「稲妻を操るという話まで真実とは……流石に、眉唾物だと思っていたのですがね」

 驚きは隠せないが、しかしあくまで自分自身の戦いは忘れない。
 あんなものが直撃しては間違いなく、即死だろう。屋敷の樹が焦げた臭いまで純粋に伝わってきた。
 頼政が傍にいる早太を見ると、余りの行動に恐れ、声が出ないようだった。僅かな震えが、そこから伝わってくる。

「早太っ!」
「っ、は、はい!」
「怖いと思ったなら、帰っても構いません。正直なところ規格外ですからね、この妖」

 そういって真剣な様相を崩す事無く、頼政は笑った。
 退治できるかどうかといわれれば、自信は余りない。不意の一撃で、殺されかねない。油断をしてしまえば、その瞬間負けなのだろう。
 だが、引くわけには行かない。自分にも、源氏一族の退魔師として妖と戦う義務がある。帝の命は、神の言葉のようなものだ。

「こ、怖いなどと」
「己を偽る物では在りませんよ。正直、ただ恐れ立ち向かい、何も出来ず死ぬのは無駄死にです。恐れるのであれば、時として逃げるのも勇気です」
「……頼政様を守るのが、俺の役目です。確かに、怖い。でも、俺は貴方をただ殺したくは無い。死ぬなら、貴方の傍で死ぬって、貴方に弟子入りしたときに決めたんですから」

 その決意を胸に、刀を握り締める。
 強がりではなく、心からの本音。猪早太は、本気で退魔師である源頼政を尊敬し、敬愛しているからこそ。

「……良い弟子を持ちました」
「俺なんぞ、まだまだ雛です。教えてもらわなきゃならないことが、沢山ある」
「ならば、お互い生きて帰りましょうか」
「ええ」

 頼政は、弓を構え。
 早太は、太刀を構えた。
 空に浮かび、不気味に笑う妖。先程の攻撃がよほど聞いたのだろうか、警戒して降りて来ない。

「……特別なのを、用意してやりますか」
「……あれ、使うんですか」
「ええ。しぶとい妖です。念には念を入れましょう」

 そういって、矢筒から取り出すのは破魔矢。
 しかし先程妖に打ち放した破魔矢とは違い、なにやら特殊な装飾が施されている破魔矢。普段は余りの妖力の為に儀式用にしか使われない代物だ。
 あらゆる妖を一撃の下に葬り去ったといわれる矢で、殆ど造られる事は無い。だが今回は、この妖退治の為に一本特別に用意してもらった。
 実践で使用するのは、初めてだ。

「外せませんからね。少しばかり、気合を入れますか」

 ふぅ、と頼政は一つ息を吐く。すっと瞳を閉じた。
 どうせこの暗い闇の中、瞳を開いていても閉じていても変わりは無い。寧ろ、妖の気配だけを察知できるからこちらの方が楽だと考えている。
 肌で、空気を感じ取り、意識を集中させていく。敵は何処か。聞こえるのは、己の心音。
 意識を、ただ呼吸のみに集中させる。耳で聞くべきは、あの虎鶫の鳴き声。
 けたけたと笑うあの声を、狙い、射抜く為に。

「早太」
「……はい」
「打ち落とします。落としたら奴の首、刈り取ってやって下さい。情けとして、痛みも残らぬよう、一太刀でばっさりと」
「……畏まりました」

 淡々と告げる頼政。
 その言葉は、確実な言葉。言い回しが曖昧でなく、完全に狙い打つつもりなのだろうと早太は理解する。
 瞳を閉じたまま、意識を強く集中させて。妖も何かを理解しているのか、鳴き声も鳴らさない。

 ――頼政は、弓の弦を強く一つ、弾く。
 びぃん、と強く空気を震わせて。美しい音色が夜空に響き渡った。
 そして妖はその瞬間、大きく鳴く。耳を劈かれたように激しく、声を鳴らして。

「そこ、ですね」

 ぐい、と強く矢を引き絞った。撓る弓、張り詰める弦。
 その華奢な指のどこに力が篭められていると言うのだろうか。それも解らぬほど。
 引き絞られ、そこにはただ勢いが込められて。

 矢は、閃光を超えて、白光と成り。空を駆け、妖を穿つ。

 妖の額を打ち貫くかのように矢は突き刺さり、そこからまるで稲妻にも近い激しい音が鳴り響いた。
 妖が、大きく鳴いた。
 そして落下する、妖。屋敷の地面に叩きつけられ、悶える。

「早太!」
「はい!」

 太刀を構えたまま、早太が駆ける。
 そして身悶え、地面の上で苦しむ妖の頭目掛けて、鋭い一太刀を浴びせる。その首と胴体を完全に切り離し、壊す覚悟。
 ――確実な手応えが、そこにあった。肉を強く斬り裂き、骨を打ち砕き、その肉体をすり抜けていく。
 不気味な色の血が、そこから吹き出て。
 ぼとりと猿の首が地面に落ちた。

 鳴き声が、止んだ。
 空の雲が晴れ始めた。
 最後までぴくぴくと動いていたその体も、やがて動きを止める。

 最後まで、笑っているかのような鳴き声は満月の夜空に掻き消えていった。

「……早太。ご苦労様です」

 そう、頼政は早太と妖の死体に近づき微笑んだ。
 早田はまだ余り実感が無いようで、振り下ろした太刀と死んだ妖を交互に見て呆けたような表情をしている。
 やれやれ、といった表情で頼政は早太を弓で軽く小突く。ようやくハッとなって、頼政の方に振り向いた。

「ほら、なんて顔してるんですか」
「あ、あの……俺」
「ご苦労様です。見事な一太刀でしたよ」

 そういってやると、ようやく早太が表情に笑顔を浮かべた。
 感動か喜びかに満ち溢れたような表情で頼政を見る。

「やったん、ですよね!」
「ええ。さすが自慢の弟子です。見事でしたよ」
「いえ、頼政様のおかげです手伝いが無ければ、今頃どうなっていたか」
「打ち落とすぐらいしか出来ませんからね、あの距離では」

 そういって、頼政は妖の死体に視線を向けた。
 猿の首が落とされて、だらしなく口を開き地面に置かれている。もはや復活する事はあり得まい。死体の片付けはどうするか、などと適当に考える。
 しかしそんな事を考えていると、ふと死体の姿が変わっていった。

「……?」
「なっ」

 その、人よりも大きかったぐらいの大きさの妖はどんどんとその姿を小さくし。
 やがて、普通に人が見るような獣としての大きさに戻っていった。
 猿の頭も大きくなく。狢の体には不相応なぐらいの虎の手足。

「これは……」
「……成程。やはり狢というわけだ」

 くっくっくと、頼政は笑う。
 化け狐、化け狸のように。狢も妖となると、人を化かす力を得るという。恐らくはあのでかい姿も人を化かす為の知恵だったのだろう。逆にそれが災いしたという印象が強いが、何にせよすでに息は無い。
 すっと、地面に座り込む。そして、既に息を引き取っているその死体をそっと撫でた。

「こうしてみると、妖も獣と大差ありませんね」
「……ですね。必死になっていた俺たちが馬鹿みたいですよ」
「まぁいいでしょう。少なくとも都を脅かしていた妖は退治できたんですから」

 すっと立ち上がる。

「帝に報告し、我々も帰るとしましょうか」
「そうですね。じゃあ俺、先に帰るための馬車の用意頼んでおきます」
「ええ、お願いします」

 そうすると、刀をしまって早太は走り出した。
 走り去る早太を見送って、ふぅと頼政は一息つく。

 死体と化した、妖。いや、何と言えばいいのだろうこれは。正体不明の獣ゆえに、妖でいいのかもしれない。
 この不思議な夜に現れた、鳥のような謎の鳴き声を放つ妖。報告の際になにやら名前でも必要になるのかもしれない。まぁ、今は構わないが。
 ……何にしても、疲れる夜で。
 そして、色々と打ち砕かれた夜。

「こういう、直に消えてしまう儚い物を、恋って言うんでしょうかね」

 やれやれ、と肩を竦める頼政。
 散った儚い恋に多少の未練を感じながら、一つ欠伸をして。ゆっくり御殿に足を進めるのだった。



 〜 ◎ 〜 × 〜



「……行った?」
「行った、行った行った!」

 がさりと、屋敷の中にある垣根の茂みの中。二人の少女が薄っすらと顔を出す。
 目を凝らした視線の先には、御殿へと戻ろうとする頼政の姿。その姿を見送って、ぬえが出来るだけ声を押し殺すように笑い、小傘もまた、笑いを必死で堪えていた。
 完全に頼政が視界からいなくなり、回りから人間の気配が消える。そうしてからようやく、二人は顔を見合わせて笑った。

「いよっし、大成功っ!」
「だいせいこうっ!」

 互いに、手を高く掲げてぱちんと叩き合わせる。
 そうしてから、二人で大きく笑った。楽しそうに、嬉しそうに。その喜びを、二人で分かち合い、共有した。

「けけけ、こうまで上手く行くとはね! すばらしいぞ小傘!」
「うん、すばらしいぞ、私!」

 そうして二人で、抱き合うほどに喜ぶ。背の小さい小傘が抱かれるような感じにはなっているが、互いにその両手を背に回し抱きかかえ合う。

 小傘が提案した、悪戯。
 それは、「ぬえ」という架空の妖怪を作り出す事。実際のぬえは小傘の目の前にいるこの少女であるのだが、それとは別の禍々しい、本物の妖怪のような物を見せてやろうというものだった。

 まず、都でぬえが己の姿を隠して暴れ回る。危険な妖怪がいるという事実を都にいる人間に植え付けるためだ。
 そして被害者が出てきた時に、小傘が人間の少女の振りをして嘘の情報を流す。
 身体は狢のようであると。手足は虎のようであると。
 脳天は猿のようであると。尻尾は蛇のようであると。
 好き勝手な出鱈目を触れ回り、騒いで回る。いずれ、人の心の中に植えつけられるように。その最中にもぬえには何度か人を襲ってもらう。その時にちゃんと、いつもの笑い声で意識を植え付けるようにしておいた。
 ちゃんと、解りやすく。退治するときを解りやすく。月夜には特に人を多く襲った。だがあまり人を殺めるのは好きではないので怪我をさせる程度に。

 そして、ある程度情報を操作したら次は実際に妖怪の元となる物を用意する。
 猿や蛇は楽、狢ぐらいまではまだ良かったのだが。虎を探すのに非常に苦労した。一旦探し当てさえすれば腕を引き千切るぐらいは容易い物だったが。
 念の為に、ちゃんと素材を用意して、五体を上手く繋ぎ合わせて一体死体を作っておいた。出来るだけ腐らないように、少し呪術もかけておいて。

 あとは、遠くから頼政の動向を見守るのみ。
 元々隠れながら様子を見る事にぬえが慣れていたのだから、これ自体は全く苦労するようなものではなかった。頼政の様子を逐一確認して、自分たちを退治に来てくれるのを勝手に指定するのを待つ。
 相手が少々身長に立ち回る奴だったから、少し時間はかかったが。

 そして最後に。ぬえの力で、作っておいた全身の肉体を挿げ替えた謎の獣を空に浮かせて。『都を襲う恐ろしい力を持った妖怪』という認識を持たせる。今まで彼らに植え付けられてきた先入観が、見事なまでに合致して。彼らには架空の妖怪の姿が、酷く鮮明に見えていたようだ。
 突進などの動作は、軽い脅かし用。どうせ迎撃されるということはわかっていたから、元々攻撃する気は無かった。稲妻も適当に何度か落としたが、勿論当てる気は更々無い。
 架空の妖怪、「ぬえ」は退治されなければならない妖怪だから。
 人間に、退治させた。そして、死体を転がし。本当にそれがいたのだと誤認させる。

 これで、人間による「妖怪ぬえ」退治は終わり。
 本物のぬえは、ただの見間違いであったと、誤認させる。
 これが、小傘の考えた最大の悪戯の全貌だった。

 二人して、ずっと笑い合う。
 悪戯の成功に、笑いが止まらなかった。楽しくって、嬉しくって。自分たちの力で、人間を化かすことが出来たのが楽しくって。自分たちの思うままに人間が動かされていくのが楽しかった。

「最高、最高だったよ。ここ数百年で、一番楽しかった」
「はじめて、人間驚かせちゃったけど、楽しい。すっごい、楽しいよ」

 興奮冷めやらぬ、二人の会話。
 悪戯の成功を喜び合い。互いに賞賛と自慢と感動を。

「はは、あっははははは!」
「ふふっ、ふふふっ!」

 笑い声。天高く、突き抜けるように。
 月光が祝福しているかのようにも、見えた。きらきらと輝く美しさに、二人は見惚れる。

「……ま、どうこう言ったところで」
「え?」
「私の姿が一回人目に晒されたって事実は、変わらないんだけどな」
「あ……うん」
「こらこら落ち込むな」

 けたけたと、それを言いながら楽しそうに笑うぬえ。申し訳なさそうにする小傘に対して、励ますように声をかける。

「別にもう、気にしてなんかいないよ。こればっかはどうしたってどうにもならないしね」
「……ごめんね」
「何で謝るんだよ……私はな、それ以上に嬉しいんだよ」

 ぬえは僅かに微笑んで、小傘の頭をぐしゃぐしゃと撫でてやった。

「私の正体がばれて、それを隠そうとして、この悪戯を思いついてくれたんだよな」
「……うん」
「それが、嬉しかったんだ。私の為に、そんな事をしてくれたって事が、凄く嬉しくて」

 純粋な、喜び。
 今まで一人で生きてきたぬえ。誰を頼るわけでもなく。誰かに頼られるわけでもなく。一人で生きることを、ちっぽけな誇りとして生きてきた。それでも、寂しくないわけは勿論無い。きっと認めたくなかっただけで、ずっとずっと、寂しかった。
 そんな自分にとって、頼ってくれた奴がいる事が。自分の為に、動いてくれた奴がいる事が。
 心の底から、暖かく嬉しかった。

 ぎゅっと。小傘の体を抱きしめる。
 小さな身体だったけれど、これがなんと心地の良い事だろうか。

「ありがとう、小傘」
「う、うん」

 小傘は顔を真っ赤にして、ぬえの胸の中で黙り込む。
 そうしてしばらく、小傘を抱きしめたまま。この温もりを、放したくない。そんな気持ちが、ぬえの胸の中に溢れてくる。
 ずっと小傘が、ぬえの事を頼りにしているつもりだったのかもしれないけれど。
 きっとその実、ぬえが一番小傘の事を頼っていたのだろう。その暖かさを知らなかった彼女にとって、たった一つ手にすることの出来た確かな温もりだから。
 そっと、ぬえは小傘から身体を離すと優しく微笑んで、呟いた。

「……帰ろっか」
「うん」
「今日は祝いだな。数日前に酒したためて置いたから、帰ったら二人で月見酒と行こうか」
「うんっ、お酒飲んだ事ないから楽しみ」
「お、そうなのか。じゃ、沢山飲ませてやるよ、酔いつぶれるぐらいにな!」

 そういって、いつものぬえのけらけら笑い声。
 聞くたびに、小傘は安堵の表情を浮かべる。
 互いが互いを支えあって。互いが互いを暖めあって。
 暖かな温もりを与え合いながら、生きている。

 手を繋ぎ、帰路に着く。
 雨も降らぬ中、傘を差して。相合傘のまま、廃屋へとゆっくり歩いて帰っていく。



 〜 ◎ 〜 ◎ 〜



 窓から覗く月夜が、とても綺麗だった。
 くいっと日本酒を軽くあおり、廃屋の中から外を見る。とても綺麗な夜空に、見惚れてしまっていた。
 ちら、と横を見る。酒に酔い潰れ、眠ってしまった小傘の姿。
 少々飲ませすぎたか、と思うが酒の味と雰囲気、魔力を知るには丁度良いだろう。そんな風に思いながら、けたけたと笑う。

 眠り酔い潰れてしまった小傘。
 ……言わなければならない事を思い出し、心の奥底から溜息を一つ吐く。
 楽しかった。この数週間は、とても。心の底から、誰かの温かみを感じ、互いに喜び合うことが出来た。
 小傘も、もう手を離していても発狂するような事は無くなった。余り触れてやらないとやっぱり寂しそうな顔をしてくるから、少しは優しくしてあげるけれど。

「……なぁ、居るんだろ」
「あら、解ってましたの?」
「余り私を甘く見ないで欲しいな……特に、お前が私の事を知らないわけないんだから」
「あらあら、良く解ってるじゃない」

 そう言うと、空間が裂ける。比喩でもなんでもない、それが現実。
 裂けた空間の中から、金色の髪の女性。ふわりと、絹糸のような髪を揺らして、美しい顔立ちの女性がぬえに視線を向けて、微笑んでいた。

「久し振りだな、八雲」
「そうですわね。二百と五十二年振りぐらいにお会い致しましたわ」
「そんな下らない事を覚えていてくれるのはお前ぐらいのもんだよ」

 けたけたと笑う。
 その笑い声に反応するように、八雲と呼ばれた女性も微笑みを返した。

「……その笑い声も、久しく聞きました」
「だな」
「……地上での暮らしはどう?【封獣】」
「その名前で呼ぶな。嫌いなんだよ、それ」

 ぎろりと、ぬえは八雲と呼ばれた女性を睨み付ける。
 あらあらと、八雲はまるで妙齢の女性のように微笑み笑う。

 【封獣】ぬえ。
 それが、ぬえの本当の名前。
 ぬえがただの妖怪としてでなく、特別な妖怪であることの証としての名前。
 地底に封じられた獣に付けられた、恐るべき名前。

 封獣ぬえは、特別な妖怪だ。古くから生きる妖怪の中に、その名前を知らない妖怪は居ない。人を化かし、騙し、その圧倒的な力を持って世を蹂躙する。
 他の誰もが出来ぬ事を平然とやってのけ、その肉体は余りにも特異。稲妻を呼び起こし、空を自在に舞い、誰かを驚かせることを至上の喜びとする。

 人間のように成長する脳。それは猿のよう。
 敵を鋭く引き裂く強い爪。それは虎のよう。
 毒を与える不可思議な尾。それは蛇のよう。
 人を化かす力を持つ胴体。それは狢のよう。
 人を恐れさせる謎の鳴声。それは鶫のよう。

 この世に幾百と生まれ出でる妖怪が居ようと、彼女のような様々な獣の肉体をもった妖怪は、彼女一人しか居ない。
 だからこそ、忌み嫌われ。妖怪の中でも化け物だと、言われる。
 地底に封じられ、出てくるべきではないとまで、罵られた事もあった。
 それほどにまで恐れられ、怖がられ、慄かれる妖。封獣ぬえ。

「ごめんなさいね。なんて呼べばいいかしら?」
「……いつも通り、『鵺』でいい」
「そうね、じゃあ鵺。何で私がここに来たかは、解るわよね」

 こくりと、ぬえは一つ頷いた。
 あぁ、わかっているからこうして呼んだんじゃないか。一々こいつから話しかけられるのが面倒だったから。

「約束、違えちゃったもんな」
「えぇ。二百年以上も続いたのだからもう大丈夫かとは思ったのだけど。油断したわね、その子のせいかしら?」
「いんにゃ、単純に私のせいだよ。何百年生きても元来の間抜けさが消えてなかっただけさ」
「ふふ、貴方も普通の妖怪らしくて安心したわ……とは言っても、罰を与えないわけには行かないんだけどね」

 そういって、少しだけ申し訳なさそうに八雲は微笑んだ。
 八雲と交わした、ぬえの約束。
 封獣ぬえは、その正体が人間に認知されない間に限り地上で暮らす事を許す、と。

「また地下生活に逆戻りか。太陽も月も無い生活って、今から始めたら気が狂っちゃいそうだわ」
「そうは言ったってしょうがないでしょ。そんな契約をしてまで地上に出たいって言ったのは貴女だし、私も地下に居る妖怪達の手前約束を遂行しないわけには行かないのよ」
「……そりゃあね。解ってるよ。解ってて愚痴ってるだけだ」
「一番めんどくさいわよそういうの」
「ご尤もで」

 けらけら笑いながら、頷いた。
 それをみて、八雲が非常に優しい笑みをぬえに向ける。

「変わったわね」
「何が」
「二百年前の貴女だったら、もう少し反抗してたわ。たとえ契約を果たしていたとしても絶対に地下になんか戻りたくない、ってね」
「そりゃあんな牢獄好んで行きたかないわよ。楽しんであんな所で暮らす奴らの気が知れないわ」
「でも今は納得してるじゃない」
「約束だ。それは守らないと、いけないだろ」
「……やっぱり、変わったわ」
「そーかぁ? けっけっけ」

 楽しそうに、笑う。
 心の底から、楽しそうであった。戻らされてしまう可能性があるというのに、一体どうしてこの満面の笑みが飛び出してくるというのだろうか。ただ酔っ払っているだけにしては、余りにも余裕が見えすぎている。

「その子の、おかげかしらね」
「かもな」
「それは認めるのね」

 二人して、酔い潰れ眠る小傘に視線を向けた。
 幼い妖怪。生まれたての妖怪。人間に小さな心的外傷を抱えた妖怪。傍にいるだけで、ぬえは安心できていたから。

「……その子と離れるのは、怖くない?」
「何だよ、今日はやたらと親身になってくれるんだな。変な物でも食べたの?」
「失礼ね。私だってあなたに対して同情してる部分もあるんだから親切にしたっていいじゃない」
「いいけど、気持ち悪いな……ま、怖く無いっつったら嘘になる。でもこいつを一緒に連れて行くわけには行かない」

 人間を驚かす事を。その楽しみを覚えた彼女を。
 人の居ない世界に連れて行くわけには行かない。妖のみが暮らす、牢獄に連れて行っては妖怪として成長できなくなってしまうと思ったから。

「それで、何百年間地下へ幽閉されるんだい、私は」
「……そうね、どれぐらいにしようかしら」
「考えてないのかよ」
「どうせ年月を設定したところで、自由にあの世界から抜け出せる奴がいるとは思えないしね……あぁでも、貴女ならできるか……そうね」

 んー、とちょっと考え込む仕草。
 そうしてから、八雲は真剣な表情をぬえに向けた。

「封獣、鵺」
「……はいよ」
「契約を違えた貴女には、地底世界百年幽閉を命じる。それ以上先の判断は、自由に任せるわ」
「……なんだ、案外甘いのな」
「ここまで生きた妖怪だもの。百年だろうが千年だろうが、あんまり変わらないじゃないの」
「ははは、全くだ」

 酒飲むか、とぬえは八雲に日本酒の入った杯を勧める。八雲は断る事無くそれを素直に手に取り、二人で乾杯を一つ行った。くいと、日本酒を喉に流し込む。冷たく、鋭く、熱い感覚が腹の奥底に流れていった。

「……百年か」
「案外、長いと思うわよ」
「そう、だね」
「別れの挨拶ぐらい、しておきたいでしょ? 後で河の方においでなさい、そこから地下へ連れて行ってあげるから」
「悪いな、世話かけるよ」
「……じゃ、また後でね」
「あぁ」

 そう言うと、八雲は空間ごと消え去った。
 傍に眠る小傘を横目に、くい、と日本酒をもう一度呷る。

「さて、小傘。起きてるんだろ?」
「……」
「さっきから気づいてるよ。気にするなって」

 言うと、意識してこちらを振り向かないように寝返りを打つ小傘。あえて言葉は、何も放たない。
 そんな無言の小傘に対して、ぬえは淡々と告げた。

「ま、そういうわけだ……悪いな、唐突で」
「……どうしても、行かなきゃ行けないの?」
「約束しちまったからなぁ。流石に、嘘吐きには成り下がりたくないさ」

 けらけらと、笑う。それはきっとから元気のようなものなんだろう。
 小傘が、その笑いから感じ取るもの。無理やり明るく振舞おうとして、少し元気がないように感じた。

「なぁ、小傘」
「……何?」
「次、いつ帰ってこれるか全然解らない。あいつとは百年って言ったけど、何があるかわからないからな」
「一緒に、ついていく事はできないの?」
「……あっち、人間いないからな。お前が人間を驚かすのが楽しくなってきたのに、その楽しみを奪うなんてとてもじゃないけど出来ない」
「それでも、私はいいよ。ぬえがいるなら」
「……嬉しいな、その言葉。でも、やっぱ駄目だ」

 ぬえはあくまで、拒む。
 地底が、如何に酷いところか知っているから。忌み嫌われ、恐れられ、迫害された妖怪たちが暮らす魔窟。その中でも封獣ぬえと言えば、妖怪にすら恐れられる生粋の妖怪。ぬえが牢獄というのも全く間違った表現ではない。
 そんなのと生まれたての妖怪なんかが一緒に居たら、ただでは済むまい。ぬえは、そんなことになるのが嫌だったから。

「お前は、普通でいい。人間を驚かせて、ずっと楽しめるように、なって欲しい」
「……」
「私の、変な我侭だけどさ。私だって出来る事なら、地底になんか行きたくないさ。お前とずっとここで、人間を驚かせて生きていきたい……だから、私の代わりに地上でずっと人間を驚かせていて欲しいんだ」

 小傘に対する、願い。
 普通の妖怪として、生きて欲しいという気持ち。自分がもう人間をしばらく脅かせない分、頼みたい気持ち。それが、重なり合う。
 けれどそこには、小傘の想いが無い。

「相変わらず、ぬえは勝手だね」
「……あぁ、そうだよ。私はいつだって、自分勝手さ」
「知ってるよ。ぬえは優しいもの。だからそうやって、私の事ばかり心配する」
「……」
「ありがとう、ぬえ。嬉しいよ」

 そういって、小傘は上半身を起こす。少し酔っ払っているから上手く立てないが、その瞳にぬえを映すことは出来る。ぬえは小傘から視線を外し、背を向けている。その肩が、僅かに震えているように思えた。
 小傘は、その後姿を見て優しく微笑みを浮かべた。

「でも、ぬえが我侭をそうやって私に押し付けたんだもん」
「……何が、言いたいのかな?」
「ぬえも、私の我侭受け入れてくれるよね」

 そういって、後ろからぬえに抱きつく小傘。
 ぬえの暖かさが、伝わってくる。ぬえにもまた、小傘の暖かさが、伝わる。
 どくん、どくんと。心音が、重なって聞こえてきた気がした。

「……いつか、きっと迎えに来て」
「……」
「あの時みたいに、忘れないで。どんなに遅くなってくれたって構わない。いつか、きっと迎えに来て欲しいの」
「……」
「百年だって、千年だって、一万年だって、待ってる。ぬえが迎えに来るのを、ずっとずっと待ってるから、だから」

 そこまで告げて、ぬえが小傘の方を振り向いた。
 小傘の小さな体を、ぬえがぎゅっと抱きしめて、包み込む。ぬえの頬から流れる涙が、小傘の首筋を伝っていって。

「……絶対に、来るよ。迎えに。約束だ」
「うん、約束」
「だから、絶対に、待ってろ」
「うん、待ってる」

 ぬえは、小傘の体を抱きしめたまま涙を流す。
 泣かないって決めていたはずなのに。弱いところはもうこれ以上見せたくないって、心の中で決めていたはずなのに。
 今まで溜め込んできて、我慢してた涙を、沢山沢山流して。その小傘の小さな体を、ぎゅっと抱きしめて。その暖かさを、忘れないようにするために。



















 そうして、時が流れていって。





 千年なんて、あっという間に過ぎていった。

















 夜の人里近くの森の中。
 肝試しにやってきた少年達。慌てて、逃げ出していた。

「うわぁっ、逃げろ!」
「た、食べられちゃうよぉ!」

「うぅーらぁーめぇーしーやぁー!」

 大声で、そう叫ぶ。
 少年たちは心の底から恐れ、ある者は瞳孔を開いて、ある者は涙を流し、ある者は失禁しながら逃げ出す。
 その姿を見送って、けらけらと笑い声を上げる少女。
 空色の髪と、洋服。膝より少し上に位置するスカート。無理やり小さい服を着ているかのような感じになっている。
 幼さが残るその顔立ちに、満面の笑みを浮かべて。小豆色の傘を差した少女は、けらけらと笑う。
 からんころんと下駄を鳴らし、満足した表情を浮かべると森の中へと戻っていく。

「んー、楽しかった!」

 そう、自分に言い聞かせるように叫ぶ。
 多々良小傘はいつものようにこの周囲を縄張りとして、周囲に現れる人間たちが着ては驚かしてこの場から立ち去らせている。
 人間が驚く顔を見るのは、小傘にとって最高の楽しみだ。
 そして今日もまた驚かす事に成功し、けらけら笑いながら道なき道を歩く。

 随分と、この周囲も様変わりしたなと小傘は思う。
 人は妖怪を恐れるだけでなく、立ち向かう術を覚えてきた。そして妖怪もまた、ただ人間を食らうだけではなく人間と遊ぶやり方を覚え始めてきて。
 純粋な力関係では圧倒的に妖怪は立ち回れるが、ただ楽しくないから。
 楽しく生きる方法を、色々と学んできた。
 千年前なんて人間に見つかるだけでも大騒ぎだったのに。その頃に比べたら驚かすのも簡単になって非常に嬉しい限りだ。たまには大きな悪戯でもしたいが、そうすると結構巫女とやらが煩いらしい。その巫女にも会ってみたいな、などとは思うが。

 鼻歌を歌いながら楽しそうに帰っていくと、ぽつ、ぽつと空から水音。
 雨が降ってきた。とは言っても傘を差しているから濡れる事は無いし、自分自身が傘の妖怪であるからそんなに気にするようなものではない。
 いつものように、出来た水たまりに足を踏み入れて、ぱちゃぱちゃと鳴らしながら楽しそうに歩いていく。自分から踏み入れるなんて、人間からしたら馬鹿な行為だと思われるかもしれないがこれが非常に楽しいのだ。

 そうして、森の奥深くの中。
 一軒の廃屋が、そこに聳え立っていた。外見を見ると余りにもぼろぼろで、中には誰も住んでいるとは思えないぐらいに。ところどころ補修がしてあり、最近もまた新しく戸の周辺が直された後がある。
 立て付けの悪い戸を、がらっと開ける小傘。

「ただいまー」

 いつもの挨拶を、廃屋の中に向かって叫ぶ。
 勿論、返事は無い。いつもの事だから、別に気にはしない。廃屋の中は思いのほか綺麗で、まだまだ人が暮らせそうなぐらいの状態だった。
 ふぅ、と小傘は溜息を一つつき、廃屋から出る。
 廃屋の戸の前に、傘を差して立った。

 この千年間の間、一日たりともこの待ち惚けを欠かさなかった事は無い。
 約束したのだから。必ず、迎えに来てくれると。
 些細な約束だけど。彼女は守ってくれるって、信じているから。

 ざぁざぁと、雨が降り続ける。
 しばらく止みそうに無い雨が、少しずつ億劫な気分。

「やれやれ、待たせすぎだぞ」

 そんな独り言を、呟いた。
 誰に届くわけでもないそんな声が、森の奥底へと霧散して、消えていく。ふぅ、と微笑を浮かべたまま、溜息一つ。
 諦めているわけなど、無い。
 彼女は迎えに来てくれるのだから。

 ずっと、ずっと待つ。
 この儀式は千年の間、常に半日近くも続けられている。飽きもせずに良く待つ物だと、自分を褒めたくなる小傘。
 ざぁざぁと雨の音が、耳障りに鳴ってきた。

 ……これは、儀式のような物だ。
 そんな事には、薄っすらと感づいていた。
 一度捨てられたことのある小傘だからこそわかる。

 千年もの間放置してきて。それを突然に拾いに来るなんて、あると思えるだろうか。
 小傘も、それと同じだけ生きてきた。色んな事を学んできた。彼女から学べなかった事も、長く生き、他の妖怪とかかわることで学んできた。
 だから、もうこれ以上待つ必要なんて無いじゃないかってのは、解っていた。
 ただ、小さな約束を果たす為に今まで続けてきたのだ。習慣づいてしまって、唐突にやめようなんて気にならなかった。

 雨がざぁざぁと、降り続ける。
 どんどん陽は沈み、雨の中、更に夜までが降って来た。これ以上はいても無駄だろう。何より、この天気では何も見えない。

「……今日も、戻ってこない、か」

 解りきっていた事だったけど。寂しげな表情を浮かべ、傘を閉じようとした。
 もう戻ってこないんだろうなと。心の中でそんな事をずっと思いながら待ち続ける事を止めない自分が余りにも滑稽で。
 立て付けの悪い戸を、何度か開こうとする。だが、上手く開かなかった。
 自虐するように、一つ笑って。



「一発蹴った方が、開きやすいって大分前教えたろうに」
「あぁ、それもそうだった、かな…………!?」



 けたけたけたと、笑い声。
 ざぁざぁと雨の降りしきる中、異常なまでに良くその鳴き声が聞こえた。虎鶫のように鳴くその声には、小傘にも覚えがあった。
 水溜りを意図的に踏むように、ぱちゃぱちゃと音を立てて。そのたびに、けたけた笑い声。

「あーあぁ、修復随分と下手だな。私が居ない間に随分と立て付けも悪くしちゃって。元々全然良くも無かったけどさ」
「……」

 にやにやと、その顔には満面の笑み。
 何かを企むような、あくどく、けれども厭らしくは無い。喜びと楽しみを沢山秘めた、その笑み。幼い少女のような笑みには、裏が隠されているようで、全然見えない。
 不気味な一対の翼は、蒼と紅に綺麗に分けられている。まるで虎の爪のような鋭い紅い翼と、蛇の牙のような硬い蒼い翼。

「よーう、元気にしてたか」
「ぬ……え……」

 綺麗で真っ黒な髪を、雨でびしゃびしゃに濡らし。
 封獣ぬえは、そこに堂々と立っていた。
 小傘がその名前を呟くと、また楽しそうに、けたけた笑う。

「おいおいどうしたよ、んなびっくりした顔しやがって」
「だって、ぬえ……だって……」
「約束、だっただろ」

 いつの間にか、小傘はぬえを見下ろす立場になっていた。
 気づけば自分はこんなに大きくなっていたのだろうかなんて、小傘はふと思わされる。

「じゃあなにか、お前は私との約束を反故にしようとでもしてたのか?」
「……」
「……あぁ、もう、解ったから泣くな」

 よしよしと、頭をくしゃくしゃにするようにして撫でられる。
 身長差のせいで随分と小傘の頭を撫でにくそうだけれども。ぬえは楽しそうに、非常に嬉しそうに小傘の頭を何度も何度も、撫でた。
 小傘は涙をぼろぼろと流しながら、ぬえに呼びかける。

「……濡れちゃうよ、ぬえ」
「あー、そうだな」
「なんで、傘持ってこなかったの」
「……何言ってんだお前は」

 ぬえが呆れたように、小傘の頬をぺちんと叩く。
 小傘が閉じようとしていた傘を、すっと上に向けて、ばっと開かせる。小傘だけでなく、傘はぬえに当たる雨も全部防いだ。ぬえは頭をぶるるっと振るい、水を弾いていく。
 若干濡れたままの体で、ぬえは満面の笑みを小傘に向けて、言葉を告げた。

「傘はここにあるじゃないか。一々当たらしいの持ってくる必要なんて、無いだろ?」
「……覚えてて、くれたんだ」
「ばーか、一秒一分一時一日、お前のことを忘れた事なんて無いっつの。このぬえ様を甘く見るなよ? これでも私はな」

 べーと、舌を出して小馬鹿にするような表情。
 その表情にすら、あの時の想いを思い出して。申し訳無さが溢れてきて。

 ぬえが次の言葉を告げる前に、小傘は傘をその場に放り捨てて、ぬえの身体をぎゅっと抱きしめていた。

「おいばか、風邪引くぞこれだと」
「……ごめんね、ぬえ……ごめんね」
「何謝ってるんだよ。あほらしい」

 そう言いながら、ぬえは呆れたように小傘を抱きしめ返した。
 思い出す、温もり。再び触れ合う身体。思い出す、心臓の鼓動。



「おかえり、ぬえ」
「ただいま、小傘」



 千年越しの約束。
 初めて出会った夜の時のように。こうして今再び、雨の夜の中抱き合う。

 少しして、その身体を離す。小傘は傘を拾うと、二人を雨から守るように傘を差した。
 全く代わっていないぬえに、心から安堵する小傘。けたけたと笑うぬえ。

「変わってないね、ぬえ」
「お前は大分変わったな。でかくなったし、強くなったみたいだし、何より明るくなった」
「あはは、ありがとう」
「今度、また大きさの合う服作ってあげないとな」

 こうして話す事になるなんて思っても居なくて。
 心から、小傘の胸に溢れてくる、暖かな絆。

「それでよ、小傘」
「何?」
「帰ってきて早々で悪いんだが」

 そう言いながら、面白そうな笑みでけたけたと笑うぬえ。
 ぬえがこんな笑いをしている時は、大抵何の話をするかは決まっている。千年たっても、それぐらい簡単にわかる。

「丁度いい悪戯の提案があるんだ」
「やっぱり。次は、どんな大きい事するの?」
「おー、久し振りに、すっげぇでかい悪戯だ。びっくりさせてやろうぜ」
「うんっ」

 そういって、手を繋ぐ。
 またこうして、同じ傘の下。悪戯好きの妖怪達が、手を組んで動く。



 千年越しの約束の下に築かれた、絆の証。

 今宵も又、傘の下に鵺は嗤う。
ぬえこが推奨派

かなり急いでます うぎゃあん。楽しんでいただけたのならば、幸い

 ***

どうもこんにちは、稜乃と申します。
皆様の沢山の御愛護大変感謝いたしております。
正直な所の感は否めませんが、自分で書いてて楽しい作品でしたし
こうして好きな作品を書いて評価されるというのは非常に励みになります。まだまだ発展途上ではありますが。

……点数を絶対評価するつもりはないけどギリギリTOP10外ってのは若干凹むなぁ。や、これだけ評価されるとは思ってなかった事を考えれば寧ろ喜ぶべきことなんでしょうけれども。
何にせよ、読んで頂いた方々に感謝。本当にありがとうございます。

ぬえこがいいよね。
あ、誤字は……ぼちぼち修正します。というか後から見て直したいところばっかり……
稜乃
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作品情報
作品集:
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投稿日時:
2009/11/21 23:14:07
更新日時:
2010/01/17 13:39:41
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23/26
POINT:
163
Rate:
1.57
1. 9 幻想郷住民A ■2009/12/06 22:27:36
ぬえこがに目覚めてしまいましたよ、どうしてくれ(ry
素直に楽しめました。ぬえの能力は解釈によって色々できるなあと改めて思います。小傘かわいいよ、ぬえもかわいいよ。
2. 10 はば ■2009/12/08 20:02:30
これはすばらしい
艦長やサナエさんに押されぎみの組み合わせだがありかもね
3. 6 神鋼 ■2009/12/11 00:44:49
すいすい読めて尚且つ面白い作品でした。それだけに変換ミス等のつまらない手落ちが多いのが残念です。
4. 5 佐藤厚志 ■2009/12/11 02:52:59
5つの長編を読んで。

隠れ者の小傘、唐傘雨音頭、雨流夢、あの夜のシューティング・スター、首切り蓬莱人形を読んで。どれも100キロバイト以上の大作という訳で、読むほうは楽しめるし読むだけなので気楽ですが、書くほうは大変な努力があったと思います。まずはご苦労様でした、という紋きりな挨拶でこの書評(?)を始めたいと思います。

この5つは登場する舞台も人物も、恐らく時間もそれぞれ違う。無論SSを面白くするための舞台装置やギミック、文体など、五作品それぞれ違ったご趣向が凝らしてある。ただこの書評ではあえてそういったものには触れず(多分他の人がやってくれるでしょう)、もっとSSの基本的な部分を考えてみたいと思いました。ここからはSSというか、あえて小説と呼ばせていただきますが。

@小説の描写とは何であろうか?事実をつらつらと書き綴ることだろうか?
事実について。例えば科学的な知識であったり、どこかで読んだ哲学本の内容であったり、史実のことであったり、もしかしたら著者が作り上げたファンタジックな設定、SF的な世界、人物の口調とか人柄。そんなものを事実というのだろうか。うん、仮に事実としておきたい。
小説における描写とはただ事実を綴ることではない、と思う。自分の知っていることを書くだけではないのだ、と思う。
今コンペの某歴史長編でも似たようなことを書いたのですが。知識それ自体が興味をそそるものだとしても、小説にそれをただ書いても、それは描写ではない。単なる知識の丸写しに過ぎないのだ。例えそれが作者の手がけたフィクションの世界であってもだ。物語を大きく見せるために、事実が思いつきの付け加えで書かれている印象。エンターテイメントでも純文学でも、何かの論文であっても、知識を使うだけでなく、そこから自分の結論を出さねばならないと思う。極端な例だが押井守の衒学的著述や、小栗虫太郎の怪奇探偵小説に横溢する知の氾濫は、物語を一つの方向(結論)に導くために働く重要なアイテムとして生きている。知という事実が生きている、とでもいうのでしょうか。

A物語の展開
 どれもイイハナシである。涙を誘うような展開あり、友情あり、または死と再生、別れ。お馴染みのキャラクタはイイ人が殆どだし。イイ言い方をすれば清廉な後味、きっぱり言うとアザトイ。今回の諸作品は恐らく著者諸兄が順位を狙いに来たため、結果的にどれも万人向けの物語に仕上がったのではないか、と思われる。しかしそのためか、軽い。ちなみにイイハナシ、イイ人が悪いと言うのではない。

今回の長編作は全体的に軽い、というか凄く平坦な印象を受けています。前回の『黒き海に紅く』、前々回の『華燭の春 燐火にて』クラス、超重量級爆弾作品をそう沢山求めるのは酷な話かもしれないが……。とにかく、そういう意味では少し残念だったかな、と思ったりして。まだ一回ずつしか読んでいないので読み解かれるべき部分を抜かしているかもしれません。そういう意味では申し訳ない。本当は深く何度も読むべきなのでしょうが。読むスピードが遅いのです。あと、目上からの書き方で申し訳ないと改めて思います。

しかしそれぞれがすごい熱気を有していて、伝わってくる、というのでしょうか。成程、創作の醍醐味なるものを感じながら読ませていただきました。最後にこのような力作を世に送り出してくだすった著者様方に、拍手!ありがとうございました。
5. 7 バーボン ■2009/12/26 15:17:21
読むのに結構時間かかりましたけど、最後まで読んで良かったなぁとは思います。
ぬえの能力の使い方とか、序盤のぬえから離れない小傘の可愛らしさとか、そう言った所が特に良かったです。
全体を通してみると、若干中だるみしてるかなーと思った時もありましたが、まぁこれは個人の好みの範疇だったと思います。
惜しむらくは、誤字。慌ててたんだろうなーと言うのはわかりますが、最後の最後、良いシーンなのに誤字があったりすると拍子抜けしちゃって勿体無いです。
6. 6 藤木寸流 ■2010/01/04 02:46:26
 いいお話でした。
 視点変更が多くて混乱する。シーンごとに視点が移動するならまだしも、同じシーンにおいて視点がぬえになったり頼政になったりするのはちょっと。読めないほどではないけど、読みにくい。
 あとは誤字が無茶苦茶多かったところが難。急いでたのだろうとは思うのですけども。
 小傘の目ってちゃんと治ったのかな……とちょっと気になりました。人間の目線からするとどえらい傷に思えるんですけど。退魔師の懐刀で刺されたんだから余計にまずいんじゃないのかと思ったり。
 あとは、各キャラの立ち位置がしっかりしててよかったです。脇役含め、ちょい役の紫もちゃんと役割に外れない範囲で怪しくゆかゆかしてましたし。
 時代考証ちゃんとしてるのかよくわかりませんが、それにしても話し方が現代っぽすぎるかなーとか。単語とか。読みやすくはあるんですが。
7. 5 パレット ■2010/01/10 05:23:35
 ぬえと小傘の過去話を正面から描いていて、じっくり楽しませていただきました。小傘の存在がぬえにとっても救いであったというのが、素直でいい感じ。
 ただ、後書きに「かなり急いでる」と書いてるからというわけでもないのですが、悪戯成功後の二人の別れのあたりから、なんかちょっととってつけた感というか、もうちょっと丁寧にできなかったのかなという感が正直ありました。「というかこれなら普通に百年後に帰ってくればよくね……?」とか身も蓋も無いことを思ってしまう程度には。個人的には、終わりよければすべてよし、の逆を行ってしまった感じかも。
8. 9 白錨 ■2010/01/10 11:13:34
高水準な長編だったと思います。
小傘がどうして人を脅かすようになったか。その背景が巧みに描写されていた作品でした。けたけたの鶫の声でテンポを取っているのも好印象でした。
また源頼政が出てきた時点で不安要素――、起承転結の転を作ったのはかなり良かったと思います。しかも鵺退治の逸話を壊さずに、ぬえと小傘の繋ぎ合わせた技量もすばらしく、またぬえが何故、地獄送りにされたかも描かれていて疑問が残らない作品でした。

端的に言うなら、隙の無い作品でした。素晴らしかったです。
9. 6 文鎮 ■2010/01/10 21:15:49
先輩後輩的な関係もなかなか乙なものですね。姉御ぬえと可愛らしい小傘、たまりませぬ。
小傘が怪我をした後のぬえの心境に違和感がありましたが、全体としては面白い二人の出会いが見られて良かったです。
ただ、平安時代という物語の舞台にもう少しだけ気を使って欲しかったところ。
10. 10 名前が無い程度の能力 ■2010/01/10 21:54:25
素晴らしい。
少女二人の妖怪側パートと、帝と頼政達の人間側パート、そのどちらも過不足なく描かれています。
少女たちの出会い・触れあい・別れ・再開・成長を描く微笑ましくも感動的な妖怪側の話と、
正体不明の妖怪に惑わされながらも立ち向かい、ついには打ち破るという武勇伝的な人間側の話。
この2つの軸をどちらを貶めることもなく、登場人物の全員が各々納得できる結果に終わったという読後の爽快感が素晴らしい。
しかもオリジナルの人物である頼政達の存在が鼻に付かず、しかし存在感が薄いというわけでもない。
11. 6 リコーダー ■2010/01/11 15:59:54
展開がはっきりしていて面白かった……んですけど、時代考証の甘さが気になってしまった。
当時の人が、「病名」などという言葉を使って、「医者が何らかの病気かわからないなどという事があるのだろうか」という域にまで達していたのか。「情報」という単語も近代の匂いがして違和感。孫子でも引っ張ってくるなら分かりますけれど。また当時の人に、子供に傘を買ってあげるような文化があったのか。
別に何から何まで現実準拠で書かなければいけないという訳ではないのですが、単純に雰囲気作りに失敗しているなあと思った次第です。
8点か4点かで迷って6点
12. 9 椒良徳 ■2010/01/11 19:39:24
>やろうとすればその手を地に染める事も無く人を殺す事も出来る。
「血に染める」でしょう。百姓みたいに地に染めるのも有りですが。
>未だに帝の容態は治る洋装を一切見せる事は無かった。
様子でしょう。様相かもしれない。
>成らばこの瞬間から、暴れ回ってやろうと。
この意味の「ならば」は漢字では書かないでしょう。私が知らないだけかもしれませんが。
急いでいらっしゃるようですが、急ぎすぎです。落ち着きましょう。

それはさておき。
ぬえちゃんキタ━━━(゚∀゚)━( ゚∀)━(  ゚)━(  )━(゚  )━(∀゚ )━(゚∀゚)━━━!!!!
こがさちゃんキタ━━━━(。A。)━(゜∀゜)━(。A。)━(゜∀゜)━(。A。)━━━━!!!!
これは素晴らしい作品ですね。実生活がすさんでるからこういう友情ストーリーには弱いなぁ。
読んでいて、じーんと温かさが胸にこみ上げてきますね。
ぬえこが実に良いじゃないですか。これからもドシドシ流行らせて下さい。
心の底から応援しております。
そして、このような作品を書いた貴方に、最大限の賛辞を送らせて頂きます。
13. 9 詩所 ■2010/01/13 22:21:41
 源頼政と鵺、平家物語でしたっけ? うろ覚え。
 ぬえの最後のスペルも頼政でしたよね? まあそれは置いておいて。

 とにかく小傘見ていて、鼻血が出そうになりました。
 話にもきっちりとした骨組みがあり、書いていて楽しそうな作者さんが思い浮かびます。
 ぬえの誇りを受け継いだ小傘、しっかり育ったに違いないです。
 温かく、ニヤニヤなお話、ご馳走様でした。

 誤字報告
>当たらしいの
 新しいの
14. 6 deso ■2010/01/14 00:04:15
正直、いろいろ惜しいと思います。
まず、時代物としてはあまりにもその空気が薄いなあ、と。
ぬえと小傘だけで話を進めているうちはともかく、頼政が出るあたりになると細かいところが気になって話にのめりこめませんでした。
また、視点が途中で変わるのも個人的には気になります。
客観的な三人称に徹するか、ぬえ視点に絞るか、そうでなければぬえと頼政にするか。
一読者としての我が儘を言えば、頼政についての描写をもっと増やして欲しかったです。
(歴史や古典に疎いので、ぽっと出てこられてもキャラが掴めないのです)
あと、誤字が多いように思いました(部割、は多分「ぶわり」ですよね)。
でも、ぬえと小傘の交流など、良いところもたくさんありました。
それだけに、どうしても歯痒く思います。
15. 4 ホイセケヌ ■2010/01/14 17:01:09
、フ、ィ、ウ、ャ、タ、テ、ニ、、、、、ク、网ハ、、」。
、フ、ィ、ャ、、、、ミヤク、キ、ニ、、キ。「、ハ、、ソ、テ、ニミ。ゅ、ャソノ摂、、。」、エ、チ、ス、ヲ、オ、゙、ヌ、ケ。」

、ソ、タ。「メ雰网ャトソ、゙、ー、、キ、ッ我、、熙ケ、ョ、ハ壥、ャ、キ、ソ。」、フ、ィ、ネミ。ゅ。「、「、、、、マ、フ、ィ、ネmユ、ヌユツ、ク、ニ、コ、ヒユケ饑、オ、、ニ、、、、ホ、ヌ。「サツメ、オ、サ、鬢、ニ、キ、゙、テ、ソ。」

、「、ネ。「シア、、、ヌ、、、ソ、ス、ヲ、ハ、ホ、ヌハヒキス、ハ、、イソキヨ、筅「、、ォ、筅キ、、ハ、、、ア、ノ。「、荀テ、ム、ユ`ラヨ、ャカ爨、、ホ、ャ、ネ、ニ、笞ン、ヒ、ハ、テ、ソ。」
16. 8 774 ■2010/01/15 00:38:36
これは良いexボスコンビ。
小傘のキャラが良すぎて違和感があるような気がしますがこれはこれで。
ただ、姿見られたら地底送り、という話がどうも唐突に感じました。そこまで「誇り」を強調してただけに。私だけかもしれませんが。
あと、誤字が目立ったのが残念。「身長に立ち回る」とか「一々当たらしいの」とか…
17. 7 やぶH ■2010/01/15 01:05:02
ほのぼのする文章が上手い。
もしかすると自然に書いていらっしゃるのかもしれませんが、狙ってやるとわざとらしくなってしまう気がするのです。
この作品はそんな印象を受けませんでした。
しかし誤字や時代に合わぬ名詞など所々隙があるのが残念です。さらに欲を言えば、平安の空気がもう少し欲しかったかな、と。
18. 6 八重結界 ■2010/01/15 16:34:27
捨てられた物が拾われる。ただ当たり前のことだって、とても難しいもので。
二人が再開できたことに心からお祝いの言葉を述べたいものです。
19. 8 2号 ■2010/01/15 18:54:47
弓張月を絡めた見事なお話でした。
小傘かわいかったですー
20. 6 Tv ■2010/01/15 20:47:59
なんだこの可愛い姉妹。いや、母娘でしょうか?
最も頼政達にしてみればはた迷惑極まりないのでしょうが。

あと
>この世に幾百と生まれ出でる妖怪が居ようと、彼女のような様々な獣の肉体をもった妖怪は、彼女一人しか居ない。
パッと思いつくもので龍、蛟、牛鬼、玄武、以津真天、白澤。妖怪とは言いにくいものもいますが、狭義に限っても結構いますね。
21. 8 零四季 ■2010/01/15 22:01:21
最初に感じた口調の違和感が気付いたら消えてました。
こいつらもう夫婦になっちゃえばいいと思います。歴史と上手くからめたというのかな、なんとも甘くて、良い話でした。
22. 3 時計屋 ■2010/01/15 23:06:32
 正直、読みづらい文章でした。
 誤字、脱字、主語述語の配置や句読点の位置など、急いでいたという話ですが、もう少し推敲してほしかったです。
 また同一場面で視点が変わってしまうところも読みづらさに拍車を掛けました。誰が何をやっているのか分かりづらくなるのもありますが、人物に感情移入が出来ず、いったい誰の心情で読み進めればいいのか分かりません。
 ぬえの一人称にしたほうがすっきりまとまったのではないでしょうか?

 お話は強引な設定や展開がどうしても気にかかりました。お題の印象も今一つ薄かったです。
 苦言ばかりになってしまい申しわけありませんが、あくまで私個人の感想ですので、ご参考にでもしていただければ幸いです。
23. フリーレス 木村圭 ■2010/01/15 23:16:44
誤字が多い。世界に没頭している最中に冷や水を浴びせられるようで、どうにも気になります。
それはさておき、ぬえ可愛いよ小傘。
欲を言えば今の小傘が一つ目だったりすると短刀を目に受けたことの強力な理由付けになるのですが。
これだと順序が逆ですが、妖怪殺しの短刀で貫かれたのに何事も無く完治しました、はさすがに違和感が強い。
24. 10 焼麩 ■2010/01/15 23:35:43
もうだめ。小傘に全残機持ってかれた。
なんなのちょっと、これ、もう……
今からでも悶絶が再発しそうなので多くは語れません。てかもうした。
ぬえが姉御みたいでいい、実にいいものです。
この作品の成功を担うところ大きい。主人公だから当たり前か……
この人を喰ったようでかつ自分に厳しいスタンス最高です。
クールな源頼政というのもありですね。史実だと真っ先に平家打倒に加わった人ですが。
プロフェッショナル同士の対決は緊張感あります。

なんか自然と人物ばかり評しましたが、作品の魅力がキャラに凝縮しているということで。
25. フリーレス 木村圭 ■2010/01/17 00:29:29
点数を入れ忘れとか初めてだ死にたいorz
心ばかりの9点をお受け取りください、本当に申し訳ありませんでした。
26. フリーレス リペヤー ■2010/12/17 00:04:13
面白かった。お姉さんしてるぬえが良かったです。
随分遅れての感想になってしまいましたが、このようなSSを読ませていただき、ありがとうございました
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