首切り蓬莱人形

作品集: 最新 投稿日時: 2009/11/21 23:34:07 更新日時: 2010/01/18 02:18:23 評価: 19/21 POINT: 138 Rate: 1.63
第一章





 宇佐見蓮子は空を眺めた。

 星を見れば時間がわかる。
 うしかい座のアルクツルスがきらりと光る。
 現在時刻は18時6分32秒。
 日没からは15分が経過し、待ち合わせの時間からは6分32秒――たった今6分33秒に更新された――経過したところだ。
 これはまた遅刻か、と、そこまで考えたところで蓮子は一つの違和感を覚えた。

 月を見れば場所がわかる。
 地平線近くに浮かぶそれは、燃えるような紅色に染まっている。
 現在位置は卯東京駅東口。もちろんこれは正常な視力さえ持っていれば、特異な能力を使わずともわかることである。
 蓮子がいるのは、まさしく待ち合わせ場所。
 論理的思考を働かせずとも、遅刻をしているのは相手の側だということがわかる。
 こんな珍しいこともあるものかと、待たされる状況への怒りよりも感嘆が優先されている。

 久し振りに吸った東京の垢抜けない空気。京都での生活に馴染んだ今では、東京へ行き京都に帰る、の図式が出来上がってしまっている。
見慣れた駅前の光景も、そう考えると違った趣がある。少しは自分の故郷を客観視できるようになったということなのか、あるいは錯覚なのか。
 そうでなくても東京は刻一刻と変化を遂げている。

 アスファルトではなく土に覆われたロータリー。雑草が繁茂する広場。一面の落ち着いた色彩が――最近のトレンドなのだろうか――原色を大胆に散りばめた彩度の高い服たちを浮かび上がらせる。
 目線を仰角にすると、費用不足のためか解体されることもなく、空箱と化した高層ビルディングには蔦が這っていた。
灰色のそれが点在する様はまるで墓石のようで、蓮子は、いつか見た蓮台野のそれが頭に浮かんだ。肌寒い秋の夜に体験した、ちょっとした冒険。そこで見たのは、分譲の整っていない、無縁仏が眠る塚の光景。

 そして――蓮子は視線を現代へと向ける。
 東京が墓場だとしたなら、あの名前の刻まれていない墓石の下に埋まるのは何だろう。死んだ文明が恨めしい気持ちを抱えて眠っていたりしたら面白いものだ。それならきっと私は喜々として墓荒らしに勤しむことだろう。
 そしてその隣には、ブロンドで紫に身を包んだ相棒が、ぶつくさ文句を言いながらもちゃっかり最後まで添い遂げるのだ。
 そう考えて愉快な気にもなるが、同時に虚しくもある。

「メリーさえいればなあ……」

 この退屈も紛らわせるのに、口には出さずに反芻するけれども、その思いは消化することはない。
 メリーは蓮子の相方で、二人だけで活動しているオカルトサークル『秘封倶楽部』のジ・アザーである。
 本名はマエリベリー・ハーンというのだが、発音しづらいとの理由でメリーという略称が採用され、今では蓮子以外でも使うほどに定着し浸透している。
 そのメリーはゼミの担任の教授からアルバイトを頼まれ、京都に残っている。

「そういえばメリーは今何をしているやら」

 気になって電話を入れようかと思ったが、バイト中ならそれも野暮かと却下。それについてはひとまず置いておくことにした。
 元々蓮子の彼岸参りで東京に帰るわけだから、蓮子だけでも事足りる。しかし、蓮子の父方の祖母がメリーの分の交通費(ヒロシゲの乗車賃)も出してくれるというので、二人で行く計画を立てていたのだった。
 去年の、ちょうど一年前に二人で実家に行ったときに、どういう訳か蓮子の祖母はメリーのことが気に入ったらしい。
 旧友に似ているとかで懐かしい気持ちになったとか。理由はそれだけではないかもしれないが、とにかく交通費を出してくれるのだけで御の字である。
 その好意に応えるどころか、「地上の鈍行を使って差額をガメよう」などと二人で画策してたものだから、祟ってしまったのかもしれない。

 メリーは急な仕事で京都に残り、蓮子は一人虚しく駅弁を突いて鈍行に揺られて東京へ。
 その弁当にしても、ヒロシゲの運賃との差額と同程度の駅弁を買ってみたのはいいものの、天然食材がふんだんに使われた駅弁は、むしろ合成食材のそれより質素で味付けも薄くて、食べながらに後悔した。
 身の丈に合わないことをするとロクなことが起こらない良い駄目な例だ。

 加えて、行き当たりばったりで東京まで来たら5分遅刻してしまった。
 乗り換えの度に、駅内の商業施設(主に総菜の試食コーナー)を回る誘惑にかられて、予定の時間をオーバーしてしまったという具合だ。
 幸いなことに18時に来る予定の迎えはそれ以上に遅刻をしているから、相手を待たせる結果にはならず、自分が待つことになったのだが。
 よく考えれば全然幸いではない。

 そろそろ迎えが来ても良い頃だろうと高を括りながら、ロータリーを眺める。
 人口の減少で自動車の数が減ったとはいえ、この時期ともなると里帰りで溢れた人を捌くためにぞろぞろと、どこからともなく車が集まってくる。
 混雑した道路にはだらだらと車が滞っている。その様子はブルジョア階級の血の巡りを見ているようで、脳梗塞が起こってしまうんじゃないかといらない心配をしてしまう。
 蓮子はそれを見て『梗塞道路』というネタを思いついたが、全力で反故にした。
 留学生のメリーには一発で伝わらないかもしれないし、ともすれば自分のギャグを自分で解説するというお寒い現実が待ちかまえているかもしれない。伝わったとして、反応が芳しくなかったら、それはそれでお寒い事態になってしまう。そもそもこのネタをどこで使うかが問題で、高速道路の渋滞の中で「これじゃ高速道路じゃなくて梗塞道路だね」って使うのが一番適当だろうけども、車が減った現代で渋滞がクリアされてないところなんてほとんどないだろうし、あったとして、そんなつまらないことのためだけに車を走らせる時間も気力もないし、それ以前に車自体がないという悲しい現実があるだけだ。
 退屈を誤魔化すためにも本を読みたいのだが、迎えの車がやって来るまではロータリーに目を光らせていなければならない。時期が時期だけに渋滞するのは仕方がないし、遅れていることに悪態を吐こうにも、

「私が言える立場じゃない、か」

 雑踏の中、誰にも聞かれずに消えていくような小さな呟き。
 ふいに、渋滞の中にライトを点滅させている車を見つけた。
 近付くに連れて車体の輪郭が、次いでその色が朧げに浮かんだ。
 蓮子はナンバーを確かめることなく、その車の方へと歩き出す。
 ライトの点滅が収まった、予想通り迎えからのサインだったようだ。
 二車線に詰まる車をすり抜け、銀塗りのベントレーのドアを開けた。









「遅くなってごめん!」
「あれ、ばあちゃん!?」

 助手席に乗り込んだ蓮子に陽気な声をかけたのは、蓮子の父方の祖母だった。親のどちらかが来るものだと思っていたので、意表を突かれた形となる。
 さすがに蓮子の祖母ともあって遅刻の仕方にも堂に入っている。
 孫は5分きっかり遅刻したが、祖母は20分きっかりの遅刻だ。
 これは蓮子がこの祖母の血の4分の1を引いていることの証明にほかならない。DNA鑑定なんかよりよっぽど頼りになる証明だ。
 蓮子は根拠もなく、そう思った。

「でも、どうしてばあちゃんが?」
「たまにゃあ、孫と水入らずってのもいいかと思ってねえ」
「そういえば、ばあちゃんと二人きりで話すのはかなり久し振りかも」

 確かに、気心の知れた友人とはいえ他人であるメリーがいたら、家族同士で踏み込んだ話がしづらい。
 考えてみたらこれはこれで、良い機会なのかもしれない。
 そう考えを転換しない限りは、鈍行で味わった薄味のぼったくり駅弁への恨みを忘れられそうになさそうだ。
 蓮子の祖母、宇佐見女史はかつて大学で教授職に就いていた。
 専門は美術で、理系――その極地である物理家の孫とはベクトルを違えている。
 伝統工芸、民族芸術、宗教美術の体系をまとめ、その功績は紫色の褒章として形に残されている。

「全然電話をかけちゃくれないしねえ、蓮子ちゃん」
「だって、ばあちゃん忙しいみたいだし」

 教授職を退いた後は学芸員として国内外を飛び回って展覧会の企画や、その補佐をしている。
 比率としては海外の仕事が多く、時差も考えないといけないので、気軽に電話をかけられない、というのは建前で単に面倒なだけである。
 その代わりに家にいるときは、数週間、数か月、時には数年の空白を埋めるように濃密に話を蓮子にしてくれている。
 芸術作品のバックヤードにまつわる民俗伝承や宗教説話、自然現象から超常現象に至るまで、恐らくは女史自信が得たインプットよりも遥かに細微で彩美なアウトプットで、蓮子を大いに楽しませるのだ。
 今日、物理家でありながらオカルトサークルとして、胡散臭い活動に明け暮れているのもこの祖母の影響が大きいと蓮子は自覚している
 
「あと『蓮子ちゃん』って呼び方は止めてよ。子供じゃないんだし」
「蓮子ちゃんだって婆のことを『ちゃん』付けで呼ぶじゃないかい」

 ごもっともである。

「一人前になったと婆が認めたら"ちゃん"を取ってあげてもいいね」
「私はもう大学生なのよ。選挙権だってあるし」
「じゃあ、来年からお年玉は――」
「どうか蓮子ちゃんと呼んでください。お願いします」
「従順でよろしい」

 お年玉一つで沈む蓮子の自尊心はさておき、車に乗ったはいいものの依然として車の流れは液体ヘリウムを注ぎたくなるほどにだるい。

「ねえ、蓮子ちゃん。こういうのって何て言うのか知っとるかい?」
「便宜上、知ってないことにしてあげる」
「今の状況はまさしく『梗塞道路』って塩梅だねえ」
「……」
「どうしたい、黙りこくっちゃって」
「……いや、私も宇佐見家の一員なんだなあって考えてただけ」
「いい心掛けさね。明日は爺の墓参りと来たもんだ」

 そういうつもりで言ったわけではないけれども、そう外れてもいないので自由解釈に任せることにした。

「ま、その内流れるね。さっき事故処理車が来てたから」

 どうやら事故で本当に詰まってたらしい。その言葉通りになるまでに10分はかかったが、それからはスムーズに進んだ。

「どうだい?このまま家に帰るか、それか――」
「いや、まだまだこうして話していたいかな」
「それじゃ、二人でドライブと行こうかい」

 こうして二人は、環状線の雑草にたっぷり二酸化炭素を供給しに行くのだった。









 紅く染まった月の光をサイドに浴びて、旧式の車は環状線をひた走る。
 マフラーからは黒味がかった、二酸化炭素という名の必要悪を吐き出されている。
 環境に非常に宜しくないこの車は、宇佐見女史がフォルムに一目惚れして買った、古い型の復刻版である。
 フォルムはそのままに、エンジンだけ最新型にする気遣いは製作側には無かったらしく、内部の機構まで再現されている。

「何もここまで忠実に再現しなくてもねえ。エンジンもモーター式とかハイブリッドにするなりしとけばいいのに」
「それじゃあ意味なんてないじゃあないかい。仮にも『リバイバル』なんだから、いくら環境に悪くたって昔のエンジンのままにしないと」
「そうは言ってもねえ、不具合が生じる可能性まで再現するのは、さすがにやりすぎでしょ。故障とかしたらどうするの。とっくにサポートは切れてるし、高く付くんじゃない?」
「さあ、故障したことはないから知らないねえ。ちなみに車検は別料金」
「それでガソリンは天然のを使ってるんでしょ。いいなあ大人は懐に余裕があって」

 この時代、天然の化石燃料の市場は非常に狭まっていて、その値段もカルテルの存在を疑うほどに高騰している。いくら枯渇が近いとはいえ、合成の燃料が主流となった今では天然の燃料の需要は下火である。むしろ、合成燃料よりも安い値が付いてもいい程なのだが、希少税だ何だとかで価格が跳ね上がっている。
 多くの人によって荒らされないよう、高い拝観料で人数を制限する寺社と同じ理屈が働いているのだろう。

「ま、でも確かに見た目が全く同じでも中身が違ったらそれは偽物よね」
「偽物、ねえ。そもそも本物と偽物の境界がどこに引くか、蓮子ちゃんはどう思う?」
「うーん、偽物の定義ならともかく、本物の定義については場合によりけりかな」
「例えば?」
「この車は、昔に出た型と全く同じに作ってあるけど、果してそれが『本物』と言えるのか――」

 辞書的な定義なら、本物とは「偽物でないこと」の一文に尽きる。
 しかし、大量生産される既製品のその一つ一つを「本物」と呼べるものなのか。
 いかに製造工程がしっかりしていて外見と中身に寸分に違わないものができたとしても、それらが作られた時空間には一つとして一致するものはなく、厳密には同じものとは言えないのではないか。
 一番初めにできた一つだけが本物で、それ以外のもの全てがそれを模した偽物なのだろうか、あるいは、

「――本物はどこにも存在しないか」
「随分と思い切りの良いこと言うねえ」
「あるとすれば、それをデザインしたり、実際に製造する人――この車に関して言うならベントレーの頭の中にあるのかもしれない。本物というのは形而上のものに過ぎないのかもね」
「ベントレーベントレースペースピープル」
「……ばあちゃん、聞いてる?」
「本物は幻想の中にこそある――皮肉屋の蓮子ちゃんらしい考えさね。でも、それだと、この世界には偽物しかないってことにならないかい」
「それは飽くまで大量生産物に限っての話よ。全部が同じ規格なら、その全てが本物か、あるいは全てが偽物って言うしかないでしょ。どちらが正しいかは個人の主観によりけりだけどね」
「論旨がずれてる。さっきは全てに差異があるからこそ、その内のどれか一つを本物と定めることに問題があるって、そういう話じゃなかったかい」
「そう言うばあちゃんはどう思う? 本物と偽物の境界はどこか。ばあちゃんの分野だったらはっきりしてるんじゃない?」
「確かに。真作と贋作は決定的に違う。たとえ贋作を作る側のほうが技量的に優れていたとしても、真作は真作であるということ自体に価値があるから、本物であることの優位性が確保されてるね。
 じゃあ、芸術品とは違って、一度に大量に作られるマスプロダクションの場合はどうなるのか」
「ふんふん」と蓮子は野暮な相槌を入れる。
「結論から言えば、設計図通りに作られたものは全部本物。作られた時間空間に相違はあっても最終的なアウトプットが同じ形なら、それらを区別することはできない、そこに境界はないかそれらは境界線上にあるってこったね」
「全部が本物、私とは逆ね……」

 蓮子がぼやくと、祖母は微笑を浮かべて「ゲーテ曰く」と前置きを入れる。

「――かの一は、永遠に一であろう。他に分かれても、永遠に唯一のもの。一の中に多を見いだせ。多を一のように感ぜよ。そうすれば、芸術の初めと終わりが得られる――」
「一と多の区別をつけないことが芸術ってこと?」
「だから、このベントレー一つを取っても本物だし、他にある同じ型だって本物さね」
「全部が全部偽物よりかは、全てが本物って方が気持ちがいいけど、やっぱりそれは違う気がする」
「そうかい。でも意見を違えるのは悪いことじゃあない。ただ縦に頷くだけだったら江戸時代の人形にだってできることだからね」
「言えてるわね」

 だけど、と祖母は念を押す。

「本物が本物だという保証は、いつだって、どこにだってあるわけじゃない。今、あそこに浮かんでいる月だって、勝手にこちらが本物だと思い込んでるだけで、もしかしたら偽物なのかもしれない」
「本物の月には、穴だらけの荒野じゃなくて、絢爛豪華な都市が広がっているのかもね」
「陽気な兎が薬を搗いて、傲慢な月人がのさばる、そんな世界があるのかもしれない。こちらからは見えないけれど、それは存在して、もしかしたら見る目のないたち人間を嘲っているのかもしれない」
「それはそれで嫌な世界ね……」
「ま、文学にしろ芸術にしろ、月はそういう想像を掻き立てるもんさ。月がテーマの展覧会なんて、何回やったか知れないね」
「ふうん」

 蓮子は改めて窓の外へ目を向ける。そして、月から今いる場所を知る。
 車は、着々と家までの距離を詰めている。蓮子は家に着くまで、祖母の話に耳を傾けることにした。









 ステレオから流れる清廉な異国音楽。
 最近は展覧会の会場にかかるBGMについてもプロデュースの領域を広げている、祖母は孫に得意気に言った。

「学者としてじゃなくて、個人の趣味としての範囲でやってることだがね」
「いいじゃない、趣味を仕事に活かせるなんて。私なんか――」

 趣味がオカルトサークルとしての活動である。それを仕事にするならば、オカルト雑誌の記者くらいのものだが、それでは物理家としての本分から大きく逸れている。
 だからといって、物理の分野でどういったことをしていくか、そのビジョンを明確に持っているわけではない。

「――いえ、何でもないわ」
「就職活動とかってのはしてるのかい」
「してないわ、院に、進むつもりだもの……」

 大学院への進学、しかしそれは能動的なものでなく受動的な態度から出たものだ。将来について考えるためのモラトリアムが欲しいという、後ろ向きに前向きな発想である。

「だから、まだまだ家族の厄介になるわ」
「厄介だなんて、これっぽっちも思わないね。まあ――」

 出世払いならありがたく貰うけどね、女史は快活に笑いながら言った。蓮子も釣られて笑い出す。

「その話は置いといて――さて、何を話したらいいものかね。そうそう、今日は随分紅くて綺麗な満月だねえ」
「厳密に言うと、満月になるのは明日よ。超厳密に言うと、その満月が見られるのは地球の裏側ね。月齢は少しずつだけど絶えず変わるものだから」
「満月と言うと、西行を思い出すねえ」
「ねがはくは花の下にて春死なんそのきさらぎのもち月の頃――自分で死期を選べるのはすごいと思うわ。でも、釈迦の入滅の日に死にたいとは言っているけど、実際は一日後ろにずれているのよね。これは西行が釈迦の入滅の日じゃなくて、月が満月になる日に死を合わせたからだと、私は思うの」
「西行は満月の日に死を合わせた、それが『しあわせ』ってわけかい」
「先に言われちゃった!」

 古典落語ならともかく、オチを読まれることほどやるせないことはない。
 目の錯覚だろうか、蓮子の着衣が黄色の着物に見える。

「でも婆はもう一つの方の歌が好きだがね」
「もう一つの方って、この歌って何かと対になってるの?」
「歌合っていう二つの歌の優劣を決める遊びがあってね。普通は左右二人の詠んだ歌を比べるんだけど、西行の御裳濯河歌合じゃあ、西行が詠んだ歌二つを左右に並べて判定するっていう、ちょいとおかしなやり方になってる」
「それなら知ってるわ。伊勢神宮に奉納されたのがそれでしょ? 確か判定したのは俊成じゃなかったっけ、千載集の」

 実際どんな歌が詠まれたかは知らないけど、蓮子は祖母の言葉を促した。

「そこまで知ってるなら話が早いね。その歌合のとき『ねがはくは』と一緒に並んだのがこの歌――」

 来む世には心のうちにあらはさむあかでやみぬる月の光を

「意味としては、『来世では心の中に映したい、飽くことのなく光り続ける月の光を』って塩梅かね」
「ん、なんかちょっと違うような気がする」

 蓮子の感じた僅かな違和感などは気にもしないで、女史は続ける。

「月の光を自分の中で独占したい気持ちを正直に詠んだ歌。いかにも人間らしくて親近感が湧くじゃあないかい」
「で、俊成はどっちの歌が優れてるって?」
「持ち、つまりは引き分け」
「まあ、西行の作同士を比べるわけだから仕方のないことだろうけどね」

 そうそう、と女史は思いついたように言う。

「撰集抄に西行が友達欲しさに、反魂術ってのを使って人間を造り出した話があってね」

 女史は西行が行った反魂の秘術のあらましを述べた。

 まず、野ざらしの人骨を集めて、それを人型に並べる。
 砒素を含んだ鉱石から作った薬を骨に塗り、イチゴとハコベの葉を揉み合わせて骨の上へ。そして、藤の若葉などで骨を束ねる。
 それを水で洗った後、頭にサイカチとムクゲの葉を灰にして付ける。
 土の上に畳を敷いて、骨を載せて、風が通らないようゴザを被せて一か月放置。
 一か月後に香を焚いて真言を唱えれば、完成である。

<西行は特殊な訓練を受けています。絶対に真似をしないでください>

 とテロップを入れずとも真似する者はいないだろうし、西行はこのやり方で人形造りに失敗している。
 そこまで苦労してできたのが、顔色が悪く心を持たず声もか細い、おおよそ人と思えない失敗作。
 西行はそれを高野山に捨てている。

「捨てられた人形はどうなったのかしらね。今も高野山に住んでいたりしたら面白いけどね。今度メリーと一緒に高野山にその人形を捜しに行こうかしら」

 蓮子は茶化すように言う。
 そんなことを話している間に、車は宇佐見家のガレージに納まっていた。

「時間切れ、か」

 蓮子は消化不良のままに終わってしまった会話を惜しみながら、玄関のドアを開けた。
 ノブに右手を掛けたまま、後ろを振り返る。
 見上げた空には、星と、淡い紅色をした月が浮かんでいた。

「現在時刻は19時2分6秒、現在位置は我が家――」

 蓮子は、この時この場において一番相応しい言葉を放った。

「ただいま」





第二章





 ここは京都のとある大学、イニシャルで表すならばK大学である。
 現在京都にある大学の約7割がK大学であるが、その中の一つとして埋没しない程度には権威のある大学だ。
 マエリベリー・ハーン――通称メリーはこの大学に通う生徒。
 経済学部と並んでボーダー学部(理系と文系の境目の学部)と称される心理学部の所属で、相対性精神学を専攻している。
 メリーのいる心理学部は人文学部内の心理学科と医学部内の精神学科が統合されてできた学部である。

 その二つの学科が統合され一つの学部となろうとしたとき、学部の名前に「心理」と「精神」のどちらの名を冠するかで諍いが起こった。
 結局、当時文系分野において最も研究助成金を貰っていた教授の所属する「心理」の側に軍配が上がった。国がどれだけそちらに重きを置いていたことは、当時の白書を紐解けば、より詳細を知ることができる。
 それ以外にも理由はあるが、今も旧学科の教授の間は不和の空気で満ちている。もっとも片方が、一方的に僻みを露わにしているだけなのだが。

 学部棟もその性質を表すかのように、人文学部棟と医学部棟からも等距離の位置に新設された。新設とはいえ、それはメリーが生まれる前の話である。
 そして三つの棟の最大の特徴は、その三つを結んだ軌跡が正三角形を描いている点にある。
 この計算された幾何学の美しさは、ある種の呪術的な魔力を感じさせるようで、オカルトを信奉する者たちの想像を掻き立てている。

 メリーも、そういう神秘主義者の一人で、アングラなオカルトサークル――秘封倶楽部として細々と活動している。
 いつだったか相方の宇佐見蓮子と、その学部棟が描く正三角形についても考察したことがあった。
 三つの棟で結界を張っているというものや、UFOの発着場所となっている説、中心に何かが埋まっている、封じられているなどといった説が出たが、それらを確かめるまでには至っていない。
 さすがにキャンパス内にスコップを持ち込んで、おいそれと発掘作業ができるものでもない。変に目を付けられて何らかの処分を受ける訳にはいかない。

 飽くまで人目に付かないところでひっそり活動するのが秘封倶楽部のポリシーである。
 その方針のためか、秘封倶楽部はロクに活動しない怠惰なサークルだと見られている。
 秘封倶楽部自身はそれについて別段に不満を抱くこともなく、むしろ好都合だと捉えている。
 彼女たちは本来禁止されている結界暴きを行っている。目立たなければ、目立たない程いいのである。

 話を戻そう。
 統計心理学研究センター。
 それが、今メリーのいる研究室である。
 統計調査の情報とそれを心理学に利用しようという研究者が集まる研究所。 
 研究所の機械室で、メリーは一人粛々と仕事に勤しんでいた。
 来年度入学者から、入学宣誓書と共に送られた心理テスト――表向きは意識調査という名目の記述式アンケートとして配られた――の結果をデータ化する作業だ。
 作業には調査用紙に付いた炭素の量と凹凸の具合から筆圧の分布図をつくり筆順までも割り出すスキャナ、通称「筆跡スキャナ」が使われている。
 このスキャナを導入したのは、世界でもこの研究所が初である。
 メリーはパネルを見てデータ読み取りの進行度を確認する。
 パネルには95%の表示。もうそろそろ読み取りが終わる。
 しかし、この作業をあと何回も繰り返さなければならない。
 筆跡スキャナでは一度に20人分のデータを取り込めるが、全学部の入学者と編入学者を併せた膨大な数の前では、そのありがたみは薄れてしまう。

 ちなみに、この部屋には機密保持のため、電子端末を持ち込めないという規則がある。それはつまり音楽を聴いたり、携帯を見ながらの作業はすることができないということだ。
 そこで、メリーは資料室から紙媒体の読み物を見繕ってきた。
 本を読みながら作業ができ、しかも時給も相場の数倍である。
 考えようによってでは、阿漕な商売とも言えるアルバイトだ。
 立ち読みすらしたことないゴシップ週刊誌の、増刊号。
 見出しに誘われて、資料室から持ち出した一冊である。
 表紙には大きく『宇野教授特集』の文字が躍っていた。









 宇野教授は60年前に日本を席巻し、話題を攫っていった、希代の天才心理学者である。
 彼女はメリーの通うK大学に飛び級で合格し卒業した。つまりメリーの先輩にあたる。
 その後は当時の最年少教授としてK大学へと就任した。
 教授は心理学を専門としながらも、他分野の学問についても研究に余念が無く、その知識を心理学に応用し国内外から高い評価を得た。
 彼女の提案したプロジェクトには常に、多額の公的な研究助成金や民間企業の協賛金が寄せられた。
 教授の存在が心理学の優位性を押し上げ、<心理学部>という学部が確立されるに至ったことは前に述べた通りである。

 宇野教授が、新制心理学部の最初のプロジェクトとして進めたプロジェクトの一環としてこのスキャナが開発された。一環に過ぎないながらも莫大な費用が国から助成され、このスキャナの開発に当てられたのである。
 ならばプロジェクト全体でどれほど莫大な資金が投じられたのか、それを知る者は少数である。
 なぜならば、宇野教授は研究助成金と研究資料を根こそぎ持ち逃げして姿をくらましてしまったからだ。
 政府はその被害額どころか、助成金が盗まれた(正確に言えば、どこともしれない口座に金を移し替えられた)ことすら公にしなかった。
 しかし情報というものはどこかしらから漏れるもので、盗まれた金額までは露見しなかったが、盗まれたという事実は国民の知るところとなった。
 国を相手に行った大胆不敵な詐欺。
 当時の最大手新聞の社説には『宇野教授は現代の徐福だ』という見出しが昇った。帝から、不死の仙薬を見つけるよう多額の融資を受けながら、ついには戻ってこなかった徐福。確かに共通点は無いでもない。

 ただ、宇野教授が姿を消して、それで終わりではなかった。
 宇野教授がいなくなったのを契機に、各地で大学教員や院生、学部生が行方不明になる事件が相次いだ。
 何の兆候もなく、ある日突然いなくなる。
 自ら失踪したのか、誰かに拉致されたのか、人知れず死を選んだのか。
 様々な可能性が考えられたが、それらを一言に集約する語彙が、日本語にあった。

 <神隠し>

 それが一連の事件の総称となった。
 そして、用意周到に姿を消した、首謀者としての器に適っている宇野教授は<神隠しの主犯>と目されている。
 一度行方不明になりながらも、再び姿を見せた者がいたが、いずれも模倣犯による被害者か狂言であり、本当の<神隠し>に遭った者は一人として戻って来ていない。

 主催の資金持ち逃げという、最悪の形で幕を下ろされたプロジェクト。
 後に遺されたのはこの研究所だけである。

 メリーは溜息を吐きながら読んでいた雑誌を閉じた。

 この研究所の資料室には宇野教授コーナーが設けられているのだが、メリーはそこに立ち寄る度に、コーナーが設置された経緯が気になってしまう。皮肉によるものなのか、ただのブラックジョークなのか、どんな理由にせよ、あって困らないのは事実である。
 無人の資料室から借りてきた、この雑誌。
 メリーは教授の書いた論文について要約なり批評なりが載っていることを期待したのだが、雑誌には教授の論文の題名が年表上に並べられているだけだった。記事も教授の負の側面を誇張したもので、これもゴシップ雑誌の特性上、仕方のないことである。

 メリーは、スキャナの読み取りが完了したのを確認して、調査用紙を回収した。
 調査用紙をシュレッダーで処理して、作業は一段落となる。
 しかし、また、次の段落へと差しかからなくてはならない。
 スキャナにの用紙をセットして、読み取りの開始をさせる。

 スキャナの読み取りの作業が段々と遅くなっているような気がする。
 機械が熱を持って、その分処理が鈍っているのだろう。
 メリーは再び溜息を吐いて、天井を見上げた。
 LEDの間接照明の光は、乾いた眼球を刺激しない。今や照明はほぼ全てがLEDに取って代わられていて、電球という絶滅器具種は骨董店で見られる程度である。
 メリーはいつか見た白熱電球の暖かみのある光を思い出した。暖かいと感じたのは、電球が熱を有している故の錯覚しれないが、それでもLEDの光よりも、生き物との調和を感じられた。
 有機的な光、そんな言葉を思いついたが、それを言ったら相方の蓮子に笑われてしまうだろう。
 光に有機も無機もないでしょ、これだから文系は、と肩を竦める蓮子の姿がはっきりと浮かんできて、思わず吹き出してしまう。

「随分と楽しそうだね、メリー君」

 メリーは間髪入れずに後ろを振り向いた。入り口の靴入れに寄りかかる、小さな人影。

「大江教授! いつからそこに……」
「まったく、メリー君ときたら。『大江教授』ではなく気軽に『ユナたん』と呼んでくれと常々言っているじゃないか」
「そんな要求は聞いたことありませんし質問の答えになっていません」

 メリーは呆れた顔で、自分よりも背丈の低い教授を見下げた。

「なあに、さっき帰ったばかりだよ。うん、ご苦労だったね」

 この躁気味の少女こそ、メリーにこの仕事を頼んだ張本人、大江由菜教授である。









 メリーが学部の一年生だった頃、前期の最初の授業のことである。
 黒板に書かれた『大江由菜』の文字。自分自身の名前を指して教授は言った。

「間違っても、ここに、さんずいは付けないように。そしたら油菜になってしまうからね」

 それがメリーが聞いた大江教授の第一声だった。
 周りの受講生、そしてメリーもくすくす笑いながら、その名物教授を観察していた。
 大江教授は講義を受講する彼女たちよりも幼く小さい、少女だった。
 その姿に似付かわない、僕という一人称に、上から諭すような口調。
 常に室内でも帽子とサングラスを外さないという、ちぐはぐな風体。
 背伸びしても届かない黒板の上部。上部三分の一がまるまる空白の板書を見るに至っては、教室全体が微笑ましい雰囲気に包まれた。
 授業後に囲まれて集中砲火された野暮な質問にも、時間が許す限り(昼休みの時間なので余裕はたっぷりあったのだが)一つ一つ律儀に答える器量を見せた。

 メリーがその質疑応答からまとめた大江教授の略歴は以下の通りである。

 大江由菜は日本人とアメリカ人の親の間に生まれ、アメリカで産声を上げた。
 赤ん坊の頃から頭角を現し(本人が使った表現である)7歳でアメリカの某大学に飛び級で入学、9歳で卒業し研究員として大学に留まる。11歳でようやく教授の肩書を得た。
「奇数の年齢のときに、ターニングポイントが現れるんだ」
 教授の言葉通り、御年15歳となるその年に大江教授は京都で教鞭を振るうこととなった。
 日本国籍も有しているので日本で働くこと自体に問題はなかったが、アメリカの大学も有為な人材を簡単に手放すはずもなく、移籍の際には折衝が重ねられたそうだ。

 それ以来、メリーは大江教授に興味を抱き、教授室にも何度も足を運んだ。
 二年生になってからは大江教授の開講するゼミに所属し、益々顔を合わせる機会が増えたのだった。そんなこともあって、メリーは大江教授から信頼を置かれていた。

「メリー君が引き受けてくれて助かったよ。情報を扱う仕事はデリケートだからね。誰それ構わず頼めるものじゃない」
「そうですね。この時期だと、学務に頼むわけにもいきませんからね」

 学務は今、入学生を受け入れる準備に追われている。
 そういうことだよ、大江教授は言いながら、メリーが読んでいた雑誌を目聡く見つける。

「宇野教授か、懐かしい響きだね今となっては元教授だけど。博士か女史と呼んだ方が無難かな」
「宇野教授もかなり若い年齢で教授になってるんですよね」

 そういう類似点もあってか、大江教授は宇野教授の再来とも言われている。
 無論、皮肉混じりにその触れ込みが広がっているという側面もあるのだが。

「まあ、否定はしないよ。実際、その通りだから」
「大した自信ですね」
「信じるべきは自分、つまりは主観だよ。言ってしまえば客観なんて、他人の主観でしかない。どちらが優先されるべきかは言うに及ばない――おっと、別に説教に来たわけじゃないんだ」

 教授は雑誌を丸めたり、弄びながら言う。

「残りは僕がやっておくから、メリー君は切り上げて帰っていいよ。もう長いこと作業をしてるだろう」
「いえ、あと数回で全部終わりますし、それまでまだ頑張れます」
「そこまで言うなら無下にはできないね。なら、二人で作業をしようか。協力する程の仕事じゃないけど、話をしながらやれば体感時間を短縮できるだろうから」

 メリーは教授の提案に頷いた。
 スキャナの可動音が室内に重く響いていた。









 大江教授は肘掛けの無い椅子をスキャナへと寄せ、その上に頬杖をついた。
 莫大な資金が投じられて作られた精密機械、さすがにこの程度で壊れる程ヤワではないが、もっと畏怖の念を持って接してもいいはずである。
 無神経なのか、神経が縄の如く太いのか。
 メリーは苦笑いしながらその様子を見ていた。

「時に、メリー君は『荘子』を読んだことがあるかな?」

 小さな教授は足を組み直した。よく見ると、教授の爪先は床に届いていない。

「いえ、説話のいくつかなら知っていますが、テキスト自体を読んだことはないです。確か、胡蝶の夢の話を書いたのは荘子でしたよね」

 荘子――老子の哲学と合わせて老荘思想と呼ばれる哲学を発展させた中国の思想家である。
 荘子の著書と伝わる論説集、『荘子』は内篇、外篇、雑篇の三つの篇から構成されている。

「どうにも混同しやすいから、テキストの方を荘子、思想家の方を荘周に統一しようか。いかにも胡蝶となって飛び回った夢を見たのは荘周だよ。他に有名な説話というと、『渾沌』が肩を並べるんじゃないかな」
「知ってます。漢文のテキストには大体出てきますよね」
「どちらも荘子の内篇に収められている話だよ。外篇と雑篇にも見所は無くは無いけれど、荘周の思想に軽く触れる程度なら、内篇を読むだけでも充分かな」
「時間があるときに読んでみます」
「僕自身としては、内篇の中の斉物論篇からだけでも得るものが多いと思うのだけどね。これ以上語ると、逆にメリー君の感興を削いでしまうんじゃないかと心配なんだけど、どうだろう?」
「私は構いませんよ。漢文は前知識があるのとないのでは、理解度が大きく違いますから」
「それじゃあ、その言葉に甘えることにするかな」

 大江教授は喜々として語り始めた。

「斉物論篇で語られている内容は、僕たちみたいな相対性精神学を専門とする者にとって実に頭の痛いものなんだ。
 物事を相対的に判断するにあたって、対立概念は外せないものだろう。甲は大きく、乙は小さい。甲は善く、乙は悪い。甲は美しく、乙は醜い。甲は此方にあり、乙は彼方にある。例を挙げればキリがないね。
 でも斉物論篇を支える万物斉同の哲学では、そういった対立概念のあり方はすべて虚妄であり退けるべきものだと、そういう主張なんだ」
「まあ!」

 メリーは、日本人が使う頻度の極めて低い感嘆詞で相槌を入れる。

「さっきのような対立概念は一時的で相対的なものに過ぎないけれども、人はそれを絶対的なものであると思ってしまう。故に、要らない苦しみを抱えることになる。それならば、いっそ――」

 色付きのレンズ越しに、教授の視線を感じる。メリーはすぐに了解した。

「すべてが同じものと見ればいい、ということですね」
「その通りだよメリー君。たとえ二つの間に大きな違いがあったとして、それらが正反対に見えたとして、それらの間に境界はない。『道は通じて一つ』となるという思想だね」
「境界はない、ですか」

 メリーは<境界>という単語に目聡く反応した。

「『夫れ道は未だ始めより封あらず、言は未だ始めより常あらず』
 元々は外篇にあったとされる一説で、荘周自身の言葉ではないかもしれないけれど、ここにも万物斉同の考えが見出せる」
「<封あらず>の封とは、どういう意味ですか?」
「封っていうのはね、境界という意味なんだよ。
 つまり、そもそも最初から道に境界の分別は無く、言葉には定まった意味は無い、ということだね。だからこそ分別を言葉で表現しようとすると対立概念が生まれてしまう」
「それでは、物事を区別することに意味はないのですか?」
「区別するということは、区別しないところを残すことだと述べられている」
「区別することとしないこと、その間にすら境界がないということですか。面白いロジックですね」
「全ての物事の間に境界がない世界、主観と客観の区別すらないのだろうね。リアルとヴァーチャル、究極的には生と死の境界すらもない。この世は、顕界でも冥界である世界――ネクロファンタジアなんだよ。
 とまあ、そんな発想が道教に見られるような神仙思想や、不老不死の術を求める姿勢に繋がったのだろうと常々考えてるんだけどね。何分専門外の分野だから、話す機会に恵まれなかったわけだ。今日話せてよかったよ」

 教授は満足そうに頷き、頬杖を解いた。

「少々話が過ぎたかな、これ以上はメリー君自身の読解に委ねることにしよう。そろそろ、頃合いだろうからね」

 大江はスキャナをパネルで操作して、調査用紙を回収した。
 その様子を見ながらメリーは指を組み、後ろに伸びをする。
 首を回すと、乾いた破裂音が、パキパキと二度鳴らされた。

「これで全員分のデータ化が終了したわけですね」
「学生の分はね。まだ教員の分が残っているけど、そのデータ化を学部生にさせるというのは憚られるし、大した数じゃないから――少なくとも学生の数と比べればだけど――すぐに終わるよ。僕はこのまま残るけど、メリー君はここで切り上げてくれるかな」
「はい、今日はありがとうございました。これで失礼します」
「ご苦労だったね。それはそうと、メリー君は徒歩で大学まで来たのかな」
「ええ、そうですけど」
「もう日も沈んでしまっている。少女に夜道を歩かせるというのはどうにも気が進まない」

 そう言うあんたも少女だろ、とメリーは心の中でツッコミを入れた。心の中なので語調がきつい。

「ほら、この時季は頭が春な輩が出るからね」と心理学者として際どい一言を添えた。「タクシー代は出すよ。もちろん給料とは別でね」

 教授は財布からお札を一枚取り出した。
 メリーは、自分よりも小さな少女からチップをもらう姿を客観視して、少しやるせない気分になった。
 それでも歩いて帰る気力は残っていなかったので、メリーはありがたくそれを受け取った。

「お釣りは次に会ったときに返しますね」
「それなら次に会うときを楽しみにしておこうかな」

 メリーは頭を下げて部屋を後にした。









 メリーは研究所を出て、心理学部の駐車場へと向かった。駐車場には長期休みであっても、タクシーが数台常駐している。
 大学教授には長期休みがあってないようなものだという話を聞いたことがある。そんな教授への配慮のためだろう。少なくとも学部生でタクシーを使うような者はいまい。

 経費削減のためか、心許無く灯る照明がぽつぽつあるだけの構内。
 空を眺めると地平線近くに紅く染まった満月が煌煌と光っていた。
 夜空に浮かぶ鏡のおかげで、足元に覚束なさを感じずにいられた。
 ふいに右手の甲に閾値ぎりぎりの、幽かな刺激が走るのを感じた。

「嘘、月も出ているのに……」

 天を仰ぐと、頬に冷たい感触が伝わった。
 雲の占める割合から見て、晴れと言っていい天気であったのだが、それでも雨は少女の身を濡らしていた。
 狐にでも抓まれたか。
 天気雨という言葉は日没後にも使っていいものなのか、メリーには判断がつかなかった。後で言語学の教授に聞いてみることにしよう。
 メリーは折り畳み傘を持っていたのだが、駐車場からそう遠く離れていないので傘を差さずに済ませることにした。
 雨足が早くならない内に帰ろうと、歩調を速めたその時、視界の端に小さな人影があるのが見えた。
 小さな頭身に、風に揺らめくスカート、影はどうやら少女のようだった。

 ――大江教授かしら?研究所に残ってるものだと思ってたけれど。

 メリーは歩いているその少女を追った。
 近付くにつれ、朧気だった輪郭が、次第にあるべき姿を主張する。
 シルエットに向かって声を掛けようとすると、影はスカートの裾を翻らせながら振り向いた。
 少女まであと数歩という距離で、メリーの足は止まった。

 彼女は仮面を付けていた。ピエロの仮面だった。

 能面と違って、のっぺりとした顔。
 目と口の位置に穴が穿たれている。
 両目の穴の上下を縦断する黒い線。
 口角は不気味な程に上がっている。
 口の周りは、紅く染められていた。

 その姿はまるで――

「ナンシー……」

 少女の声は、その身に振る雨よりも、細く冷たかった。

「意外に早かったのね……」
「非常に言いにくいのだけど――」

 少女の肩が幽かに震えた。思いがけない声だったのだろう。

「人違いだわ。私はナンシーじゃなくて、マエリベリーというの」
「まえ……り、べりー?」
「メリーでいいわ、みんなそう呼ぶの」

 メリーは会話を試みながらも、後悔し始めていた。
 もしかしたら、自分は関わってはいけないものと関わってしまったのではないか。

「こんなところで何をしているの?」
「ナンシーを待っているの」
「ナンシーって誰?お友達かしら」
「ナンシーは人形よ。あなたも人形?」

 メリーは溜息を吐いた。
 大江教授の言う通りこの時季には頭の春な輩が出るようだ。

「あだ名があだ名だから、よく言われるわ。でも私はれっきとした人間よ」
「そう……」
「でも、雨の中で傘も差さずにいたら風邪を引いてしまうわ。そうね――」

 メリーは鞄の中から折り畳み傘を取り出してそれを開いた。

「私はもう行くから、これ、使っていいわ」

 少女に傘を渡すと、メリーは逃げ出すように走り出した。
 月が、静かにその様子を見ていた。









「――ということがあったのよ」

 メリーは蓮子に言った。とは言うものの、二人のいる場所は約400キロメートル隔たっている。テレビ電話を通じての会話である。

「夜の大学にピエロの仮面を付けた少女、ね。気味が悪いわ」

 そう言いながらも、蓮子はその場にいなかったことが悔やまれた。
 二人ならば、一人の少女に恐れをなして逃げ出すということもなかっただろう。
 夜の大学で人形を待っているという、ピエロの少女。
 よく考えれば、否、よく考えなくても、尋常ではない状況だ。
 裏には何かあるのかもしれない、オカルトサークルとしての野次馬(あるいは出歯亀)根性をそそる出来事だ。
 聞きたいことは山ほどある。
 またその少女に会える保証はないが、探してみる価値はあるだろう。

「ホントは今すぐにでも行きたいところなんだけど。京都に帰ってから、今度は二人でその少女に会いに行きましょう」
「そうね、蓮子がいれば心強いわ」
「久々の活動だから、気合いを入れていかないとね」
「でも、いつ帰る予定なの?」
「明日が墓参りで――もう日付が変わってるから、今日が墓参りね。明日帰る予定よ」

 わかったわ、メリーは頷いて了解した。

「それはそうと、それとは別で珍しいことがあったのよ」
「何?」
「今から画像を送るわ」

 転送された画像は、夜空を写した写真だった。
 真ん中には、紅い月が浮かんでいる。
 そして、その前には――

「虹が掛かってたのよ。タクシーの運転手さんに言われて気付いたの」

 夜空に描かれた、白いアーチ。
 満月の夜で光の量が充分で、かつ雨で空気中に適度な水分があったから現れたのだろう、蓮子はそう解説した。

「国とか民族によっては吉兆みたいよ。メリーに、何かいいことでも起こるんじゃない?」
「そうだといいわね。そろそろ眠いし、もう寝ようかしら」
「私もそうするかな。じゃあ、おやすみ、メリー」
「おやすみなさい」

 メリーは電話を切り、部屋の電気を消した。
 蓮子はそのままで、しばし、紅い月と白い虹の織りなす二色の幻想を眺めていた。





第三章





 蓮子は久しぶりに目覚まし時計の音を聞いた。

「……どんだけ自堕落な生活してたのよ、私は」

 耳障りな時計を掴んで引き寄せて見ると、時刻は6時50分。
 7時の朝食の前に、顔を洗い目が冴えたところで髪を梳かす。
 食卓に着く頃には、すでに配膳が済んでいた。
 蓮子はテレビを点けて、どの局でも大差ないニュース番組にチャンネルを合わせた。左上の時刻の表示は<07:04>と出ている。

「お寺に行くのは何時だっけ?」

 蓮子は台所の母親に問いかけた。

「10時に行くから準備しておきなさい」
「ふーん……」
「今、どのくらい二度寝できるか計算したでしょ」
「げっ、何でわかるの?」
「9時半までよ。誤差はプラスマイナス5分」
「善処しまーす」

 蓮子は祖母の席が空席なのを見た。朝食はまだお預けのようだ。
 ニュースに焦点を合わせると、見憶えのある建物が映っていた。
 歴史を感じさせる仏教建築、テロップには<京都市・蓮台寺>とある。
 かつてメリーと二人で敢行した、細やかな冒険の記憶が思い出される。

「ねえ、蓮台寺で何かあったの?」
「今日は、どこもそのニュースよ。物騒ねえ……」
「だから、何か事件でも――」
「バラバラ死体ですって。やあねえ、こんな朝っぱらから」

 食欲が無くなるわ、母親はぼやきながら席に座ると、顎でテレビを指した。
 これ以上は自分で知れ、ということらしい。
 報道陣側もまだ多くの情報を手にしていないのか、テレビではしきりに同じことを繰り返し伝えていた。

 蓮台寺で女性のバラバラ死体が発見された。
 死体は頭部と両手両足が切断されていて、見つかったのは胴体だけだった。
 身元は不明で、現在警察がDNA鑑定中とのことである。

「蓮子の家からもそんなに遠くないんじゃない?あんたも気を付けなさいよ」
「言われなくても、わかってる……けど、一体全体どうして蓮台寺に死体を捨てたりしたのかしら……」

 その答えは、背後から返ってきた。

「西行の呪いだよ」

 祖母の言葉に孫は慌てて飛び付いた。

「ばあちゃん、それってどういう意味?」
「だから、西行の呪い、それ以外に言いようがないさね。誰が掛けたもんか、随分と悪趣味な――」
「お義母さん、今どき『呪い』だなんて、非科学的です。そんな女々しいものが許されるのは、せいぜい中学生までです」

 蓮子の母はオカルトに否定的だ。
 だから、蓮子はオカルトサークルとして活動していることを祖母にしか打ち明けていない。
 1年前、メリーと里帰りしたときも、メリーがオカルトサークルの相方であることを伏せていた。

「それじゃ、話はこれで終いにするかい」

 祖母は思い切りよくテレビを消した。
 黒い画面に、残像が残るのが見える。

 時刻表示は7時16分を差していた。









 宇佐見家の檀家寺、明蓮寺の墓地に蓮子の祖父にして宇佐見女史の亡夫は眠っていた。
 家から近いこともあり、蓮子が小学生の頃などは、よく境内に集まって遊んでいたものである。
 母親が墓を洗っている間、蓮子は祖母と住職に挨拶に行くことになった。

「いやあ、お久しゅう。宇佐見はん」

 明蓮寺の和尚がそそくさと歩み寄って来た。

「お久し振りです」

 宇佐見家の現家長が言うと、蓮子は隠れてクスリと笑った。
 普段とは違う、完全に余所行きの言葉遣いである。

「奥方にも宜しくお伝えください」

 蓮子が以前、祖母に聞いたところによると、先代住職の一人娘の元へこの和尚が婿入りしたという話だった。
 和尚がこの土地の人間でないことは、その関西弁に如実に現れている。
 しかし、東京の生活に馴染んだためか、イントネーションが妙なエセ関西弁のようになっていて、そのことに住職は大いに悩んでいた。
 この住職の悟りは遠そうだ、蓮子は常々思っている。

「そんな宜しゅう言われる立場やあらへんて。今はワイドショーにかぶりついとりますわ」
「やはり、今朝の事件のことで、ですか?」
「そうですわ。蓮台寺も大変や。どえらい仏さんを引き取ったさかい、今日の予定は反故にせなあかんからなあ。和尚も電話でぼやいとったわ」
「蓮台寺の和尚と知り合いなんですか?」

 蓮子は目の色を変えて口を挟んだ。

「何や、蓮子ちゃん。えらい興味津々やな。知り合いなんてもんやないで、高野山からの付き合いや。言葉の綾やのうて、同じ釜の飯を食った仲やで」
「そうなんですか」
「初めはマネキンか人形やと思ったそうや。まさか死体が捨てられてるなんて、想像するだけで身震いするわ。いくら仏さんを見慣れてるっちゅうても、バラバラ死体になると話は違うで。
 これ以上立ち話するのも何やな。ほな、卒塔婆を取って来ますわ」

 二人は一足先に墓に向かうことにした。
 彼岸ともあって、玉砂利の上には人がぎっしりと敷き詰められている。
その間を縫いながら、蓮子は辺りの墓石を眺める。
 夫婦別姓の制度が取り入れられてから、墓のあり方も多少の変化を見せた。
 かつて(今でも多数派であるが)一般的に墓石に刻まれる文字は<○○家之墓>であった。文字通り先祖代々が葬られることになるのだが、この慣習に夫婦別姓という要素を組み込むと少し厄介なことになる。
 自分とは違う姓の刻まれた墓石の下に眠れるか、という問題である。
 しかし、問題はあっさり解決した。
 墓石メーカーが個人単位、夫婦単位、家族単位で眠る墓地――墓石を彫像など、各々の好みの形にしたもの――の販売を本格的に展開し、それは世間に快く受け入れられた。
 注文は大幅に増え、出生率の低下と死亡率の低下で下火になっていた墓石メーカーは息を吹き戻したのだった。
 元々、墓に入る骨壷の数には限界があり、子孫を無限に受け入れるわけにもいかない。考えようによってはいい転機だったのかもしれない。
 
 蓮子の祖父が眠るのは、夫婦単位の墓である。別姓夫婦であった二人が眠ることを見越して、姓を刻んだ墓石の代わりに、彫像が墓のシンボルとして置かれている。
 宝塔型の彫像。屋根の下の珠には種字が刻まれている。
 墓石のデザインは宇佐見女史によるものだ。その横にちょこんと座る地蔵に到っては女史自らが彫刻したものである。
 蓮子はペシペシとその頭を叩いた。

「ふてぶてしい顔してるのね。禅を組んでるのも片足だけで、楽してない?」

 祖母が作ったことを知っての発言である。

「それは半跏趺坐言うんや。蓮台寺の本尊も同じ格好してはる」

 和尚は持って来た卒塔婆を蓮子に渡した。

「それにしてもいい仕事しなはるなあ。せやけど、宇佐見はんは芸術家とはいっても仏師やないから、普通の仏像とは趣が違いますわな」

 蓮子がふてぶてしい顔と感じたのは、そこに理由があるのかもしれない。和尚は一言挨拶をして去っていった。
 蓮子は線香の束にライターの火を近づる。束の中心になかなか火が回らない。蓮子の母が手をかざすて風除けを作ると、ようやく中まで火が伝わった。すでに外側の線香には白い灰が伸びている。
 線香を二つに取り分け、宝塔と地蔵の前に置く。

 そして、一同は手を合わせて、黙祷を捧げた。









「あー、久し振りにいいもの食べたわー」

 近所の食事処で、祖母と二人の外食。母親はというと、有給休暇を取っていたのが午前中だけだったので、墓参りが終わるとすぐに仕事場に出かけて行った。
 食事処から出ると計ったかのようなタイミングで電話が鳴った。
 メリーからの電話、蓮子はすかさず電話に出た。
 二人は互いに通話料が無料になる相手として登録している。テレビ電話も無料になる対象なのだが、通信量が多い分回線が重くなるので、ここでは普通の通話をすることにした。

「どうしたの、メリー?」
「蓮子、大変なのよ、蓮台寺の事件がとんでもないことになってるの――」
「知ってるわよ、さっきニュースを見たもの」

 蓮子は食事中、ケータイのテレビ放送で常に動向を確認していた。

「あの死体の身元が判明したんでしょ。それも、誰もが思いもよらなかった身元が……」

 きっと今もニュースを見れば、そのことが繰り返し、扇情的に報道されている。
 警察のDNA鑑定により、死体の身元が判明した。

 亀山桜、死体は60年前に行方不明になったK大学教授である。
 つまり――

「<神隠し>の被害者ってわけね。60年も音沙汰が無かったのに、どうして今更……」
「本当にそれだけなの?」

 何が、蓮子が問いかける前にメリーが言う。

「だって、亀山教授は蓮子の憧れの教授だったんでしょ。他に、思うところとかないの?それに、亀山教授みたいな科学者になりたいって前から言ってたじゃない」
「話が変わったのよ。バラバラ死体で発見されるような科学者には、なりたくない」
「ふざけてるの?」
「ごめん、笑えない冗談ね。でも、あなたが思うほどショックじゃないのよ。60年も行方が知れなくて、生きて戻ってくることはないだろうと思ってたし」
「そう……」
「だからといって!」

 蓮子は語気を荒げる。

「だからって、あんな死に方していいはずがない!それに――」

 蓮子はふと我に返り、自分の居場所を再認した。食事処の店先、通りがかる人の数人がこちらを見ていた。
 隣の祖母が見透かしたように微笑んだ。

「場所を移した方がいいんじゃないかい?」

 蓮子は照れ入りながら、また改めて電話をかけ直す旨をメリーに伝えた。家までそう遠くないので、家に帰ってからかけ直すことにする。
 徒歩でも五分以内で着ける距離、それでも蓮子の頭を冷やすには充分な距離だった。あるいは、充分なのは蓮子の頭の方だったのかもしれない。

「もしもし、メリー」
「ああ、早かったのね。それでね、大変だっていうのは、亀山教授のことだけじゃないのよ」
「他にも何かあるの?」
「前に一緒に飲み会をやったサークルなんだけどね。霊鷲会って覚えてる?」

 メリーが語ったオカルトサークルの名を蓮子は覚えていた。
 そのサークルのメンバーは蓮子たちと同じK大学生(院生含む)で、オカルトサークルとして活動する同大学生を集めた飲み会でしばしば会っていたのだ。

「で、そのサークルがどうかしたの?」
「主催の人が言ってたんだけど、メンバーの数人と電話が繋がらないんだって。メールも返事が来なくて、家まで訪ねたらしいんだけど、家にもいなかったみたい」
「いつから連絡がつかなくなったの?」
「四日前の夜、いえ、三日前の未明かしらね」
「それってやっぱり……」
「ええ……私もこれは<神隠し>なんじゃないかと思う」
「まだそうと決まったわけじゃないけど、それが真実だとしたら面白いことになるわね。60年振りに現れた神隠しの被害者、そして60年振りに再開した神隠し。
 オカルトサークルとして黙って見過ごすわけにはいかない――」

 その時、エンジンが唸る音がした。ガレージからだった。
 蓮子は電話を持ったまま、玄関を出て、ガレージを見た。
 蓮子の祖母は車の窓を開け運転席から蓮子に声をかける。

「行くんなら早く準備しなね、そんなに待ってられないよ」

 宇佐見女史は全てお見通しという目で孫を見ている。

「でも、母さんには明日帰るって――」
「そんなのアタシがうまく言っとくから平気さね」

 蓮子はこの上なく頼もしい祖母に言った。

「でもアイドリングストップはした方がいいよ」









 ここは京都と東京を繋ぐ新幹線、ヒロシゲの車内。
 蓮子は車両同士を結ぶ連結部分に立っていた。人通りのすくないその場所で、携帯電話で通話をしていた。マナー違反である。
 たまに通るワゴンを横目で確認しながら、電話の向こうのメリーと話す。

「あ、ちょっと待ってて」

 蓮子は電話を切らないままでポケットに突っ込む。

「お姉さん、ビール一本とチーかま二つください」

 ワゴンを押している添乗員は、笑顔で注文の品を差し出した。
 マナー違反に対する迷惑料、免罪符のようなつもりで買った。わけでなく、ただ単に自分が欲しかっただけである。

「そうそう、行方不明になったオカルトサークルのこと、まだ詳しく聞いてないわね」
「はいはい、今から話すわ。いい酒の肴になればいいけどね」

 しっかりとバレていた。
 メリーは呆れた声で、淡々と語り始めた。



 ここで、話は数刻前に遡る。



 メリーは自分の部屋で一人、前の日に教授との会話で昇った荘子を読み耽っていた。著作権切れの作品を扱う電子書籍サイトでダウンロードしたものである。
 第二篇の斉物論篇が読み終わり、一段落したところで、携帯電話が鳴った。
 登録はしてあるけれども、見慣れない名前。
 『他サークル』というグループ表示で、ようやくそれが誰であるか思い出した。
 以前に飲み会で一緒になったオカルトサークル<霊鷲会>の主催、音羽茜からの電話だった。

「もしもし、霊鷲会の主催の音羽です」
「マエリベリーです。久し振りですね。どうしました、ひょっとして飲み会のお誘いですか?」

 音羽茜は物理学関係の研究科に通う院生である。
 前に行われた飲み会では、蓮子と物理の話で意気投合して楽しそうに話す様子が印象的だったとメリーは記憶している。

「飲み会、できればまたしたいんですけどねえ。とりあえず今はそういう要件じゃあないんですよ……」
「どうかしたのですか」

 どうにも様子がおかしい相手を訝しんで、メリーは尋ねた。

「マエリベリーさん、ウチの衣笠って知ってます?」
「知ってるも何も、衣笠さんと私は同じ学部ですが」

 学年も同じであるが、専攻が違うため、必修科目の授業で顔を合わせる程度のものである。

「それで電話をしたのですが。最近、衣笠を見ていませんか?」
「春休みになってからは見てませんが、何かあったのですか?」
「電話がどうにも繋がらなくて、心配で家まで行ってみたのですが、家にもいないんです」
「それだけでは何とも言えないですね……最後に姿を見たのはいつですか、そのときに普段と違った様子とかは?」
「最後に見たのは、この前の土曜の夜に、大学でサークル活動したときです。そのときは別段変わった様子はありませんでした」
「大学で、ですか」
「マエリベリーさんもご存じかと思いますが、人文学部と心理学部、そして医学部の学部棟は正三角形を描くような配置となっています。私たちはその正三角形地帯が所謂<パワースポット>であると考えていたのです。それぞれの学部が、人間の精神や肉体の活動の象徴であることから生まれた発想なのですが――すみません、話が逸れました。
 私たちはその辺りでUFOが目撃されているという情報を掴んだのです」
「UFOが!?それは初耳です」

 やはりサークルの規模が違うと、情報網の規模も違うのだろうか。
 メリーはすっかり感心していた。しかし今はそんな場合ではない。

「パワースポット、正三角形の中心の位置に魔法陣を描いて、UFOを呼び出す儀式をすることにしました。そして、実行に移したのが土曜の夜です」
「ベントラーベントラースペースピープルって、あれですか」

 ええ、あれです、と音羽は答えた。

「そして儀式は、無事成功に終わりました」
「成功しちゃったんですか!?」

 やはり大規模サークルともなると、UFOも呼び出せるのか。
 メリーは感銘を受けていた。しかし今はそんな場合ではない。

「赤と青と緑のUFOが現れて、ふらふらと擦り寄ったかと思うと、三つのUFOが重なって眩しい光が起こりました。光が収まると、そこには虹色に光る大きなUFOが浮かんでいました。三つのUFOが合体して、一つのUFOになったのです!」
「それでUFOはどうなったんですか?」
「しばらく浮かんでいたかと思うと、逃げて行ってしまいました」
「空気を読んだのですかね」
「さあ、どうしてでしょう……また話が逸れてしまいましたね。
 そこで私たちは解散したのです。各自で飲みたい人が集まって、という形でバラバラになって帰りました。次の日、メンバーと昨日の超常現象について話そうと電話をかけたのですが、どうにも繋がらなくて……」
「衣笠さんと、ですか?」

 そこで音羽は大きな溜め息を吐く。

「彼女だけなら、特にどうということでもなかったでしょうね……」
「ということは、衣笠さん以外にも連絡が繋がらない人がいたと?」
「ええ。メンバー全員に連絡を入れてみたのですが、連絡が繋がらなかったのが――八人」
「八人も!?」

 いくら分母が大きいサークルだからといって、そんなことは頻繁には起こらない。明らかに、異常事態である。
 メリーは固唾を飲んで、音羽の言葉を待った。

「もちろん、メールも送りましたよ。それでも、メールすら返って来なくて……家にもいないんです……」
「何か事情があって返事が返せないのかも――」
「単に、私に人望がなく拒否されていた、というだけならいいんですけどね」

 音羽は力無く、乾いた笑い声を漏らす。
 空元気にもならない、苦し紛れの自嘲。

「でも、いなくなったら、家族が気付くんじゃありません?」
「その八人は皆、一人暮らしなので……」
「そうですか……警察には通報しましたか?」
「警察に通報するべきという側と様子を見ようという側が半々で、とりあえず自分たちだけで探しています」
「メンバーが多いとまとめるのも大変ですね。私たちなんて単純で、多数決ですぐ決着がつくんです。蓮子は1.5票持ってますから」
「ふふ……ああ、こんなときに笑うのは不謹慎でしょうか」
「いえ、こんなときだからこそ、心を明るくしていかないと」
「ありがとうございます。マエリベリーさんにお話して気が楽になりました」
「そう言ってもらえると嬉しいです。人を不安にさせるようなことしか言えないようでは、心理学を学んでいる意味はありませんから」

 音羽は見かけたら連絡をくださいと、八人分の写真の画像を添えたメールを送ってきた。
 そして音羽は電話を切る直前に、意味深なことを言った。

「もしかしたらですが――宇宙人に攫われてしまったのかも……」
「へ?」
「ああ、長々と電話してしまってすみません。何かあったら連絡をくださいね。私たちも進展があったら伝えますので」
「わかりました。それではさようなら」

 さようなら、そう言って音羽は通話を切った。










「近年稀に見る颯爽と遅刻する少女が参上!その名は宇佐見蓮子!」

 宇佐見蓮子は雰囲気をぶち壊した。いつものことである。

「さて、今回は一体どんな理由で遅刻したのかしら。3時には酉京都駅に着いていたはずでしょう?そもそも、待ち合わせを4時に設定したのは蓮子のほうじゃない」

 ここはK大学の正門前の、バスの発着所。
 蓮子は悪びれる様子もなくバスを降りて来た。
 時刻は16時12分、言うまでもなく遅刻である。

「メリー、逆転の発想よ。私はマイナス12分早く来たの」
「何の解決にもなってないじゃない!」
「いやあ、聞いてよ。私も今日こそは待ち合わせの時間より早く行こうと、駅を出てすぐにバスに乗ったのよ。誤算があったとすれば、そのバスが大学経由のバスだったことね。大学終点のバスだったら、こんなことにはならなかったわ」
「つまりは寝過ごしたってことね……」
「結果、遅刻をしてしまったわけだけど、早めに来ようとしたその姿勢は評価できるんじゃないかと思うの。結果より過程を重んじる、素敵なことだとは思わない?」
「どの口がそんなこと言うのよ?」
「そりゃあ、もちろん、上のk……」

 メリーは肘で、腹腔と胸腔の境界――俗に言う<横隔膜>を的確に射抜いた。横隔膜は呼吸の要、人体の急所である。
 境界を視ることができる特異(得意)能力を活かした攻撃だ。

「プロセスよりもプロミスを優先して頂戴」

 メリーはしたり顔で、うずくまっている蓮子を眺めた。

「ぐう……まさか、その能力を戦闘に応用するとは、不覚だわ……
 でも、私を倒したからって調子に乗らないことね。これから先、あなたの元には、私など足元にも及ばない強大な刺客が命を狙ってくるわ。果たして、いつまで生き残れるものかしらね……」
「いつから古典バトル漫画みたいな展開に!?」

 いくらなんでも、ふざけ過ぎである。
 新幹線で飲んだアルコールがまだ抜けていないようだ。

「それじゃ、本題に入りましょうか――」

 蓮子は先ほどとは打って変わって、真剣な顔付きになる。
 メリーはその切り替えの速さに虚を衝かれた。

「今回の調査の目的は、この大学内で起きている怪異の、真相解明よ」

 不自然に連絡が途絶えた、八人のオカルティスト。
 直前に行ったUFOを呼び出す儀式と関連はあるのか?
 そして――メリーが出会ったという、ピエロの仮面の少女。

「調べることが盛り沢山ね」
「たまにはオカルトサークルらしい活動もしないとね。もう、ロクに活動しない不良サークルだなんて言わせないわ」

 さて、と蓮子は一息入れる。

「それじゃあ、秘封倶楽部の活動を始めましょうか?」





第四章





「神隠しが人為的なものでない超常現象として起こるとき、その現場には結界の切れ目が現れる。結界の境目――つまり境界ということね。彼岸と此岸の境界、異世界の入り口に足を踏み入れるとき神隠しは起こる」
「その場合、人が消失してしまったわけじゃなく、異世界に移ってしまったというわけね」
「そう。そこで大きく力を発揮するのが――メリー。あなたの能力よ」

 メリーは頷いた。
 メリーが持つ、境界が視える能力。
 神隠しの真相を見抜く、大きな手がかりとなるだろう。

「いなくなった人が最後に姿を確認されたのは大学構内よね。だとしたら、構内で神隠しに遭った可能性が高い」
「じゃあ、大学内にある結界の切れ目を探せばいいのね。でも、そしたら、回るところが多くて大変じゃない?」
「そんなことはないわ。むしろすぐに終わるくらいよ」
「どういうこと?」

 納得が行かないメリーに、蓮子は無言で人差し指を突き立てる。

「何よ、私の顔にゴミでも付いてるの?」

 頑なに指を動かそうとしない蓮子。メリーは一歩分右にずれるが、蓮子の指はそのままの方向を指している。

「嫌な予感が……」

 メリーは恐る恐る後ろを振り向いた。
 悠然とそびえ立つ、大学の総合研究棟――通称<総研塔>が指の先にあった。

「あそこの屋上からなら、大学構内を一望できるわ!」

 メリーは息の続く限り唸った。

「い〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 や〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 だ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

 その間、約30秒。
 蓮子は既に数十メートル先にいた。

 二人が目指す<総研塔>は、大学院の全学部の研究室などが集中する棟で、OGの世界的に著名な建築家が設計したものである。
 1階から最上階までが吹き抜けで、屋上の中心部が開閉式のドームになっている。吹き抜けになっていて、使える床の面積が少ない分、階数を多く重ねる必要があり<塔>と呼ばれるような細長い風体となった次第である。
 屋上のドームが開いているときは、建物がちょうど飲物に差したストローのようになることから、海外では"タワーオブストロー"などと呼ばれているとかいないとか。

 屋上は利用可能なスペースとして開放されているが、直通のエレヴェーターは関係者専用のものが一本あるだけで、一般の利用者は最上階から続く階段を使わなければならない。
 その階段は屋外に設置されていて、

「メリー、下を見てはダメよ」
「へっ?ひゃあ……」
「あっははは、こうもあっさり引っかかるとはね。やっぱりメリーは騙されやすい性質なのね」
「何だってこんなスカスカの階段なのよぉ……」

 鉄骨の枠組みに、ステップの鉄板と、手すりの鉄棒が、申し訳程度に取り付けられているだけの粗末な階段である。厳密に言うと鉄ではなく合金でできているので、見た目ほど安上がりというわけではないのだが。

 屋外で高所ともあって、吹き上げる風は異様に強い。二人は階段に出てすぐに、帽子を鞄の中に押し込んであった。

「わ、わた、しはキョウショコウフショウなのよ……」
「えっ、教書公布しよう?メリーはいつから大統領になったの?」

 大統領は手すりに掴まりながらぶるぶると震えていた。随分と頼りない大統領である。

「ほらほら。だらだらしてると先に行っちゃうわよ」
「ダメよ、先に行かないでぇ……一緒に行きましょうよぅ……」

 涙ながらに懇願するメリーを、蓮子は携帯電話のカメラに収めていた。

「うん、いい画が撮れたわ。後でA3に拡大して現像しとくわ」
「A3ですって!?スターにするには少し物足りなくて、プリントとして配られると邪魔でしょうがない、あのA3!?よ、A3だけは耐えられない!」
「どんだけA3が嫌いなのよ!というか、突っ込むところそこなんだ!?」
「A3にされるくらいなら、いっそここから飛び降りるわ!」

 例え実行したとしても、飛び降り防止ネットに引っかかり警報装置を
作動させるだけである。
 蓮子はしぶしぶメリーの手を取り、「あーうー」唸る相方を半ば引き揚げるようにして階段を昇って行った。









 屋上に着くと、そこには360度のパノラマが広がっていた。周りには透明の強化ガラスでできた塀(しかも鼠返し)があり、間違っても飛び降りができず、正しくても飛び降りができないようになっている。
 足場が安定しているからか、メリーも落ち着きを取り戻していた。

「で、どう?どこかに結界のほつれは見えたかしら」
「見えないわね……」
「やっぱり、こんな時間から境界は現れない、か。じゃあ、暗くなってからもう一度ここに来ましょう」
「い〜〜〜〜〜や〜〜〜〜〜だ〜〜〜〜〜」
「駄々を捏ねないの。まあ、いいわ。これ以上は実際に現場に行って足で情報を稼ぐことにしましょう」
「ええ、そうしましょう」

 メリーが承諾するのを横目に、蓮子は伸びをして深呼吸をする。

「それにしてもいい眺めねえ……」

 蓮子はオペラ鑑賞になど一度も使ったことのないオペラグラスを取り出した。
 低倍率であらかたの場所を確認してから倍率を上げていく。

「霊鷲会がUFOを呼び出す儀式をしたってのはあそこね」

 魔法陣を石灰で描いたのだろうか、跡が微かに残っている。
 霊鷲会はそこで儀式を行い、見事成功したのだという。
 無論、主催の言葉を信じるなら、という前提だが。

「ねえ、私にも見せてよ」

 蓮子は空中でオペラグラスを持つ手を止め、メリーを引き寄せた。
 標準がそのままなので、難なく魔法陣の痕跡を見つけられた。
 今度は逆に、倍率を段々と低くして、視野を広げていく。

「ああ、あの三つの棟は本当に正三角形になってるのね……あら?」
「どうかしたの?」
「心理学部棟の屋上に人が集まってるのよ。あ、人文学部と医学部の方にも人がいるわ」
「霊鷲会のメンバーが捜索なり何なりしてるんじゃないかしら」
「それは違うと思うわ。だって、みんな白衣を着てるもの。院生か研究員だと思うわ」

 メリーはグラスの位置はそのままに、場所を蓮子に明け渡した。

「そうね、学部生はこの時期に普通来ないもの」

 普通ではない二人は、その例に漏れているわけである。

「何かを、運んでるみたいね。シートが被せてあって、外見はわからないけど、かなりでかいわね……ん?」

 蓮子は小さく唸り、しばし無言になる。
 そして――

「ああ、私気付いちゃったかも……」
「一体、何に気付いたのよ、蓮子?」
「言わない。言ったら面白くなくなるから言わない」
「何よ、その言い方は。いいわよ、それ貸して頂戴」

 メリーは再び、その光景にピントを合わせた。
 のろのろと大切そうに何かを運んでいる集団。
 中々展開しないそれに痺れを切らし、メリーは気の向くままに視野を移してゆく。

「蓮子、物理学部のとこにTV局の車が来てるわ」
「亀山教授の事件があったから、その取材でしょうね。そうか、そっちの事件もあったんだった。というか、むしろそっちの方が先にあったのよね」
「その事件と、今回の神隠しに関係はあるのかしら?」
「全く無いわけじゃないと思う。神隠しの犯人に、60年前の事件が念頭に無かったってことは、まず考えられない」
「犯人ですって?今調べてる神隠しは人為的なものだって言うの?」
「えっと、ただの言葉の綾よ。さっきの言葉は気にしなくていいわ」
「ま、いいわ。立ち話もなんだから、どこか、座って話しましょう」

 二人は落ち着けるところへ場所を移すことにした。
 近くに設置してあるベンチを見つけ、腰を下ろす。

「そういえば今、亀山教授の事件はどうなってるのかしら。犯人が捕まるなり、欠けてる部位が発見されてたりしてないかなあ」

 蓮子は携帯端末で情報収集を始めた。
 メリーはその画面を横から覗き込む。
 ネット上には早くも事件を扱った記事やサイトが乱立していた。
 二人はその中から、一つのサイトを選び出して、閲覧を始めた。










 二人は事件の情報をまとめたサイトの中でも、情報のソースを公的機関や民放放送に準拠したものを選んで閲覧をした。
 そのサイトによれば――

「残りの部位は未だ発見されず、犯人に迫るような手がかりは無し。だってさ、蓮子」
「死体の状態についても載ってるわね、どれどれ」

 死体は頭部と両手両足が切断されていて、各部位は発見されていない。
 切断されている箇所以外には、殆ど外傷や内傷も見られない。ただ――

「右腕に複数の注射痕が見られた、ね。教授は薬物でもやってたのかしら」

 憧れだった教授を薬物中毒扱いするようになった相棒の心理に呆れながら、メリーは言う。

「そうとは限らないでしょ。麻酔を打った痕とか、色々可能性はあるわ」
「だとしたら、麻酔が効いてる状態で、体を切断したってことかしらね」
「殺しはするけれど、痛みは感じさせない。一縷の情けをかけたのかも」
「逆かもしれないわ。犯人は極悪非道で、体を切断する様子を見せつける。麻酔が効いてれば痛みで失神することもないだろうし」
「酷いこと考えるものね」
「酷いのは私じゃなくて犯人よ」
「それに痛みは感じなくても、ショックで失神はするでしょ」
「その度に起こして、また切断」
「随分とサディスティックねえ」

 犯人は精神異常者なのよ、蓮子は補足する。

「そりゃあ、精神が正常な人は人体の切断なんてしないだろうけど。
 でも、残念ながら蓮子の予想は外れみたいね」

 画面をスクロールして昇ってきた記述に、『死因は失血死。頭部以外は死後に切断されたものと見られている』とあった。

「それってつまり、首を切断されて、それが原因で死んだってことでしょ」

 メリーの言葉に蓮子は頷く。

「首を切られて生きていられる人間はいない。首を切られて生きているとしたら、それはもう人間じゃあ、ない」
「でも、首を切って殺したとすると、どうして両手と両足を切断したのかが問題よね」
「確かに恨みがあって死体を傷付けたっていうんなら、筋が通らない。それならもっと死体の損壊が激しくなるはず。体を切断したいほど憎んでるなら、体を切断するだけで気が済むはずがない――変な言い回しだけどね。他に傷がないってのは、どうも腑に落ちない」
「そうね、死体を辱めることが目的で切断したとは考えにくいわ」
「犯人の心理はどうなってるんでしょうね。メリー、分析してみてよ」
「相変わらず蓮子は無茶なこと言うのね……」
「ほら、よく外国の犯罪ドラマであるじゃない。プロファイリングってやつ」
「それくらいは知ってるわよ。それじゃなしに、私なりの分析をしてみたんだけど、犯人は『首』に執着があるんじゃないかと思うの」
「だから首を切った?そうか、両手両足を切断したってことは!」
「つまりは『手首』と『足首』を切断したということ。犯人は亀山教授の『首』を切ることが目的だった。亀山教授が死ぬということはプロセスでしかなかったのよ」
「あくまで殺すことではなく、首を切ることが目的だったというわけね」
「犯人は、首を切るという行為そのものに価値を感じているのか、首を切って分けたパーツの方に価値を感じているか。そのどちらか、あるいは両方か、ね」
「所謂モノマニアってやつ?」
「その通り。蓮子だって、こういう分野に丸っきり素人ってわけでもないでしょう。たまに犯罪心理学の本とか読んでたりするじゃない。蓮子の考えはどうなの?」

 蓮子は「うーん」と唸り、メリーと目を合わせようとしない。

「私の、考えじゃ、ないんだけどさ。今朝ばあちゃんがね、気になることを言ってたのよ。朝のニュース見てたら蓮台寺が出てて、びっくりして、バラバラ死体って聞いてさらにびっくりして。それで『どうして蓮台寺に死体を捨てたんだろう』みたいなことを私が言ったの。そしたら、ばあちゃんが――」

『西行の呪いだよ』

「――って。昨日も西行について話をしてたけど、どうしてまた西行なんだろう」
「西行……呪い……」
「それ以上は言ってくれなかったわ」
「蓮台寺に――首を切られた死体――そして、西行――」

 メリーは魚の小骨が喉に突っかかったような、歯痒い、不快感を感じる。

(もう少し、もう少しでわかりそうなのに……何かが足りない……)

 同じように、蓮子も真実に届きそうで届かないところにいた。
 迷路の中長い過程を踏んで、ばったり出くわした行き止まり。しかしそれは出口に限りなく近く、壁一枚隔てただけのところにあるものだ。何か、壁を突き破る決定的なものさえあれば、出口に辿り着ける。そんな場所に。
 蓮子は他に情報はないかと画面をスクロールした。

「管理人の考察が載ってるわ。参考までに見ておこうかしら。えーと……」

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 今回の事件において、警察の動向について、不可解な点がいくつか見られる。
 確かな情報筋からの情報によると、蓮台寺に死体が捨てられていた旨が警察に通報されたのが午前四時半。どんなに遅く見積もっても、午前五時前には死体は収容され、鑑定用のDNAサンプルは採取されたはずである。
 現代の技術ならば、DNAサンプルをデータベースと照合し、その結果が判明するのには二時間とかからないはずである。つまり七時〜八時の段階で死体の身元が亀山教授であると判明していたと考えられる。しかし実際にその情報が公開されたのは十一時。
 その間に、情報を公開すべきかせざるべきかの議論が行われたのではないかと思われる。
 また、腕に残る注射痕についても、もっと早い段階で情報を出せるのではないかと疑問が残る。
 これらの流れから、警察はどうも出せる情報を吟味して細切れにそれを出しているのではないか、まだ表になっていない秘匿事項もあるのではないかと考えることもできる。
 60年前に失踪した人物が、今になって死体と形を変えて現れる。その事件の特異性故に、捜査に慎重になっているのかもしれない。一概に怠慢であると乏しめることはできないが、重要事項をひた隠しにして真相に至れないのでは元の木阿弥である。
 この事件の解決が、60年前の事件の捜査の進展に繋がる可能性は大いにある。そのためにも、より正確な情報公開が求められる。
 当サイトはこれからも事件に関連する情報を集め、随時更新していく所存である。

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「警察が情報を握ってたんじゃお手上げよね。まっ、私たちが解決するわけじゃないからいいんだけどさ。私たちには私たちの、調べることがあるしね」
「次は何を調べるの?」
「メリーが会った、ピエロについてよ。仮面を付けてる女の子なんて、それだけで充分怪しいわ」
「もしかして、ピエロが八人の失踪に関わってるってこと?」
「それを、今から調べるのよ」

 果してピエロと八人の<神隠し>に因果関係はあるのか。
 そして、消えた八人の安否はどうなっているのだろうか。

「真実はきっと秘封されているところにある。その真実を、私たちは見極めなければならない。だって私たちは――秘封倶楽部なのだから」

 蓮子は立ち上がり、地平線に沈んでいく夕陽を見た。

「さ、暗くなる前に、ここを降りるわよ」

 そうして二人は総研塔の屋上を後にすることにした。

「ああ……降りるのは一段と怖い……」

 メリーの、聞き取れないほどの呟きを残して。









 ここは心理学部の駐車場前。
 現在時刻は19時5分3秒。
 蓮子の能力により得た情報。
 頭上から広がる天球では星と月が瞬いている。
 時折風が吹き、その度にメリーは体を震わす。
 何か一枚、羽織る物を用意しておけばよかったなと後悔する。
 その様子を見て蓮子は自分のカーディガンをメリーにかけた。

「寒い!やっぱ私が着るから返して」
「その程度の志だったら初めから貸したりしないでよ!」
「冗談だって。メリーは本当にすぐ信じちゃうんだから」
「まったくもう……」

 二人は建物の角から半身を出すようにして、前日メリーとピエロが出会った場所へと目を向けていた。
 蓮子はオペラグラスを右手に持ち、左手にはアンパンが握られている。

「やっぱり張り込みといったら、アンパンね」
「いつの時代の刑事ドラマを見てるのよ……」

 蓮子は総合研究棟の一階にあるコンビニでアンパンを二つ購入していた。そのときは栄養補給のためと言っていたが、実際は現状に見られるような雰囲気作りのためである。
 メリーも蓮子と同様にアンパンを頬張っていた。

「口の中が渇くわね。飲み物も買っておいた方が良かったんじゃない?」
「そうか、何か足りないと思ったら牛乳だったんだわ!くぅ、牛乳瓶を買い忘れるなんて……宇佐見蓮子、一生の不覚!」
「それだけで一生の不覚って、これからの人生にどれだけ自信があるのよ!?」

 メリーは半分ほど食べたそれをパッケージに入れ、ポケットの中にしまった。

「それにしても、ピエロが現れるかどうかすら疑わしいのに、あそこだけ見張っていてもいいものなの?」
「メリーの言う通りね。ピエロは現れるにしても他の場所で出るかもしれない。だからといって、一度現れた場所は有力な候補だし……」

 蓮子はしばし悩んだ様子を見せたかと思うと、急に「よし!」と心を決めた。

「私はちょっと見回りに行って来るから、メリーはここで一人で張り込んでて」
「ええっ!そんな……一人じゃ不安よ……」
「私だって一人じゃ不安よ。でも先に言い出したのはメリーじゃない」

 でも、とメリーは言うが、その後が出て来ない。

「何かあったら電話を――それよか最初から電話を繋いでおいたほうがいいわね。どうせ通話料は無料だし、バッテリーにも余裕がある」

 二人はまず通常の通話状態にした。何か動きがあったらテレビ電話に切り替えて、状況を目に見える形で伝える。そういうことで互いに合意した。

「それじゃ、メリー。9時にもう一度ここで合流しましょう」

 メリーはその約束が守られないことを確信した。









 メリーは携帯電話の時刻表示を見る。現在時刻は20時10分。
 電話の向こうの相方は表示を見ずとも、より正確な時刻を知っているのだろう。

「何か動きはあった、メリー?」
「あったらとっくに伝えてるわよ。蓮子は今どこにいるの?」
「えっと……」

 少しの間。月を見ているのだとメリーは直感した。

「人文学部のB棟の前。こちらも特に報告することはなし」

 やはり根拠も無しに、昨日現れた者が今日も現れると考えるのは早計だったのか。せめて、他に目撃者がいないか情報収集をすべきだったのではないか。
 半ば、あきらめかけた、そのとき――

「あ……」
「どうしたの?」

 メリーは自分の目を疑うことはないが、念のため蓮子から預かったオペラグラスを覗き込んだ。
 電灯の明かりの下に立つ白いドレスを着た小さな人影。
 彼女は仮面を付けていた。ピエロの仮面だった。

 能面と違って、のっぺりとした顔。
 目と口の位置に穴が穿たれている。
 両目の穴の上下を縦断する黒い線。
 口角は不気味な程に上がっている。
 口の周りは、紅く染められていた。

 メリーはテレビ電話に切り替え、カメラをピエロへと向ける。
 最大限までズームして、蓮子はやっとピエロの顔を認識する。

「やっぱり、同じ場所に現れたじゃない。今からすぐにそっちに行くわ」

 そんな二人の様子を知ってか知らずか、ピエロは身を翻し、どこかへと歩き出した。

「何突っ立ってるの、メリー!早く追うのよ!」
「追うっていったって、どうすればいいのよ?」
「こっそり尾行するか、そうじゃなければ、話しかけて会話を試みるとか」
「会話、ねえ」

 昨日メリーはピエロの少女と僅かながらに会話を交わした。
 ピエロは難のある性格のようだが、決して攻撃的ではなかった。
 会話から彼女が何者なのかを探るのも、まるっきり不可能ではない。

 それに、まだピエロと神隠しに関係があると決まったわけではない。
 仮に荒事になったとして、幼い少女相手に負けることはないだろう。
 自分が背負うリスクは、ほとんどないと言っていい。
 メリーは覚悟を決めて、ピエロの元へと歩き出した。

「今から、ピエロと話してみるわ。蓮子は少し静かにしててね」

 携帯電話を右手に納まるように握る。電話を通話中にしたまま、メリーはピエロとの距離を詰めていく。
 ピエロは近寄って来るブロンドの少女に気付いたようだが、逃げる様子はなく、むしろその歩みを止めた。メリーはすぐにピエロに追いつく。
 そして――

「あなたは何者なの?」

 ストレートな質問を投げかける。しかし、考えてみれば、聞くべきことはその一点のみだ。こんなところで趣味や好きな食べ物を聞いても意味を成さない。
 ピエロは無言で後ろを向き、歩き出した。
 どう見ても逃げているようには見えない。
 ついてこい、あるいは、ついてくるなら勝手にしろということだろうか。
 メリーはピエロの誘うままに歩を進める。
 ピエロに歩調を合わせつつ、距離を一定に保つため、歩幅を縮めて歩く。
 果してピエロはどこへ行くのか、今いる場所すら曖昧だというのに、目的地に着いたとしてその場所を伝えられるのか。メリーは心配になり、ピエロに気取られないように静かにケータイの画面を見る。
 スクリーン上で、蓮子はしきりに掲げているノートを揺らしていた。
 そのノートには――

『月をうつして!』

 ――という文字が走り書きされていた。

(あっ、そうか……)

 蓮子は月を見れば、今いる場所がわかる。メリーは頼りがいのある相棒に関するが、蓮子はというと「やっと気付いたか」と呆れたような目でメリーを見る。
 カメラのレンズを月に向けつつ、画面を覗く。
 蓮子は、ノートに『すぐ行く』と書き込んだ。

(よし、これで蓮子に場所が伝わった……)

 何かしら気配を感じ取ったのか、ピエロが足を止めて振り返り、

「うふふ……無駄よぅ……」

 無言で連絡を取り合う二人を嘲笑うようにピエロは言う。
 昨日聞いたのと同じ、冷たく、か細い声。しかし、メリーはそこに違和感を感じ取った。

(何だろう、この違和感……確かに同じ人の声のはずなのに……)

 それよりもまずピエロの言った『無駄』という言葉が気になる。

「無駄無駄無駄……」

 そして、メリーは、早くもその意味を知ることになる。
 月へとカメラを向けたままの携帯電話を、何となしに見やる。
 蓮子の顔が映る画面はモザイクがかかっているように乱れていて、黄緑やピンクの大小の四角がぽつぽつと浮かぶ。

 通信に、ノイズが出ている。受信レベルの低下も、アンテナの本数が如実に物語っている。
 そして、ついに――

 通信は、完全に、途絶えた。
 通話用とは別元のはずのGPSの電波すら届かなくなる。

「……!」

 メリーは慌てて後ろを振り向く。蓮子が来ている様子は、ない。

「どうする?お友達のところへ帰るか、このまま私と一緒に行くか……」

 今来た道を引き返せば、電波の通じるところへ戻れるだろう。
 メリーは、そこで、メンバーと連絡の繋がらないという霊鷲会の主催の言葉を思い出す。

 ――電話をかけたのですが、どうにも繋がらなくて……
 ――メールすら返って来なくて……

(まさか……)
     ・・・・・・
 それは、こういうことなのか。
 だとしたら、今、自分は真相に限りなく近付いている。ここで、退くわけにはいかない。

(大丈夫、蓮子はきっと来てくれる……蓮子なら、きっと見つけてくれる……)

 メリーは自分を鼓舞するように拳を握り固める。
 手の中にあるものが、歪に、歪んだ。





第五章




 宇佐見蓮子は、メリーとの通信が途絶えた地点にいた。
 確かにここに近付くごとに、受信の感度は下がっていた。
 電話の電波と根本的に違う、GPSの電波も届いていない。

「妨害電波でも出てるのかしら……どちらにしろ、厄介なことには変わりないか」

 通信が切れてから、すでに五分が経過していた。
 近くに、誰かがいる様子はない。とっくに二人は去ってしまっている。

 完全に油断をしていた。
 京都内において、電波が届かなくなる事態になるのは予想外だった。
 蓮子は、メンバーが消えたと言う音羽の言葉を信用していなかった。
 60年前の事件でさえ、一人、一人と間を置いて、消えていったのだ。
 一晩に、それも八人が消えてしまうというのは、どう考えてもおかしい。
 UFOの目撃談にしても荒唐無稽が過ぎる話で、とても信じられないものだ。
 どうせ、行方不明だというのは自作自演だろうと、高を括った結果がこれである。

 蓮子は途方に暮れながら月を見上げる。
 自分の場所を知ったところで、メリーの場所がわからなければ意味がない。
 蓮子は恨めしげに、月を睨みつける。一片の不完全を残す、十六夜の月を。

「ん……?十六夜ってことは……」

 前日は満月、つまり十五夜ということになる。
 蓮子はそこで考えを巡らせる。
 先刻までは、足で消費していた血中の酸素を、今度は脳へと集中させる。

「満月――西行――蓮台寺――首なし死体――」

 蓮子は思いつく限りの言葉を呟く。

「西行の呪い……そうか!ばあちゃんが言ってたのは、それのことだったんだ!」

 頭に浮かぶ要素が、然るべきところへと嵌っていくのを蓮子は感じた。

「西行の呪い――それは反魂術、死んだはずの者が蘇る秘術――
 反魂術は、西行の死から千年もの時を超えて完成したんだわ!
 それも、西行ですら思いもよらなかった方法で、それは……」

 あまりにも現実と乖離している真実に、蓮子は至る。

「亀山教授はまだ生きてる、首を切られて尚、教授は生きている」

 ――首を切られて生きていられる人間はいない。首を切られて生きているとしたら、それはもう人間じゃあ、ない――

「だから、教授はもう……人間じゃあ、なくなってしまった……」

 蓮子は、自分の言った言葉を噛み締めていた。
 生と死の概念を超えたところに、亀山教授はいる。
 そして、蓮子はそこからもう一つの真実へと到達した。

「メリーを連れ去ったピエロは、まさか――」

 その時、木影からした物音に、蓮子は不意を突かれる。
 月明かりをバックに滑空する、小さな漆黒の影が一つ。

「……なんだ、カラスか」

 しかし、どうしてこんな時間にカラスが飛んでくるのだろうか。
 カラスは地面に降り立ち、落ちているものをついばむ動作をする。

「何か、落ちてるの?」

 カラスが人語を弁えていない限り、返事は返ってくるはずもない。
 蓮子は何事かを閃いて、導かれるように、カラスの元へと走っていった。
 カラスは驚いたのか、そそくさと飛んで行った。そして蓮子は足元を見下ろす。

「メリーも味なことするじゃない……」

 足元には、メリーの残した、確かな道標があった。

「今すぐ行く、今すぐ行くから。だから――どうか、ピエロの言葉に惑わされないで……」









 大学の隅、普段であれば気にもならない雑木林。普段でなくとも気にも留めない、大学内であればどこにでもあるようなそれの中に、入口はあった。
 木の下から地中へ続く穴。
 足を踏み入れると、初めは斜めに傾いた土にバランスを崩しそうになるが、すぐに硬い土台の感触が足の裏に伝わった。
 階段が数段続いた後、平らな廊下に変わる。
 廊下では電灯がぽつぽつあり、先には両開きの扉が見えた。

「それでは、ようこそ」

 ピエロは扉を開け、メリーを招き入れた。
 扉の向こうには、入口からは考えられないほど、綺麗な空間が広がっていた。
 瀟洒な調度が、部屋の上品さを支えている。
 
 いくつかある片開きの扉、ピエロはその一つを選んで開けた。
 長方形のテーブルを挟んで置かれている、一対のソファ。応接室のようである。
 ピエロは二、三人掛け用のソファに座り、対面にある一人掛けのソファに、メリーを座らせた。
 位置で言えばメリーが上座である。

「あなた、最初に私が何者かを聞いたわね――」

 教えてあげるわ、その言葉をメリーは黙って聞いていた。

「私はね、吸血鬼なの」
「……!」

 メリーは、その言葉の意味を理解しかねていた。
 吸血鬼。その名の通り、人間の生き血を飲む、妖怪。
 それが今、メリーと相対している者の正体だという。
 メリーは混乱を悟られないよう、平静を装い質問をする。

「あなたの名前は何と言うの?」
「名前はまだ決めてないの」

 メリーは何が何だかわからなくなってしまう。
 今、目の前にいるピエロの仮面を付けた彼女。
 彼女の言葉の一つとして、メリーはその意味を解することができていない。

「でも、私が人間だった頃の名ならあるわ――」

 ならば、彼女はもう人間ではなくなってしまっているのか。
 人の心理を解明するための術ならば、日々学んでいることである。
 人間ではない彼女は、その範疇から外れているということなのだろうか。 

 ピエロはその言葉を、当たり前のように言った。

「私の名は――亀山桜、だった。その名で、ここの教授もしていたわ」

 メリーの心が一瞬にして凍て付いた。

「何を言ってるの……そんなこと、ありえない!
 だって、だって、亀山桜は――亀山教授は死んだのよ!
 首を切られて殺されて、それで生きているはずないじゃない!」

 吸血鬼はノスフェラトゥ――生ける死者、または死者の霊とされている。
 ならば、亀山教授もまた、一度死んで蘇ったのだろうか。
 ありえない、メリーは心の中で断言した。

 朝からの報道で、亀山教授の死体については様々な情報があるが、死体が消えただの、一人歩きしているだのといった情報はない。
 やはり、目の前にいるピエロと亀山教授の死体は別物なのだ。
 だとしたら、このピエロは亀山教授の名を騙っているか、自分が亀山教授だと思い込んでいるかのどちらかだろう。

(でも、もし……)

 その言葉通り、本当に亀山教授だとしたら、どんなことが考えられる?
 蓮台寺で発見された、頭部と両手両足が切断された死体。
 DNA鑑定によって亀山教授と断定され――

(まさか……)

 メリーは発想を展開させながら、ピエロに尋ねる。

「ピエロ……さんと呼ばせてもらいます。ピエロさんは人間だった頃から、血を飲みたいという願望を持っていましたね?」
「ええ、その通りよ」
「人間だったときに、実際に血を飲んだことはありましたか?」
「ええ。さすがに人から血をもらうのは簡単じゃないから、自分の血をよく飲んでたけどね」
「そうですか……」

 ピエロの返答で、メリーは了解した。

「あなたは、ヴァンパイアフィリアだったのですね」

 ヴァンパイアフィリア――吸血病とも呼ばれるそれは、血液を好み、飲みたいと考えるという症状を示す病である。
 精神、心の病の一つとして学んだものの一つである。
 血を飲みたいという願望が、そのまま吸血鬼になりたいという願望に繋がったのだろうか。
 しかし、それよりもまず考えるべき問題がある。

「自分の血が一番だけれども、一度に抜く血液の量には限界がある。他人から血を抜けば、その分多く飲めるけれども、他人の血は感染症などの危険もある。
 だから、あなたは『自分の血を持つ他人』を必要としたのではないですか?」
「ええ、その通りよ」

 ピエロは、亀山教授だった彼女は、自分の事情を隠すことも否定することもない。
 むしろ、もっと自分の元へと踏み込んで欲しいと思っているのではないか。

「そして、あなたは自分自身のクローンを造り出した。違いますか?」
「合っているわ。私は自分でも他人でもある、境界上の人形を造った」
「でも、わからないのです。あなたが何故、そのクローンを殺して蓮台寺に捨てたのか。それに、あなたが自分のことを吸血鬼だと言い張る理由も……」

 ヴァンパイアフィリアの症状が、自分が吸血鬼であると錯覚させてしまったのか。
 それならば、まだ考えられないこともない。
 初めて他人の血を飲む行為をしたことをきっかけに、自分はもう人間ではなくなり吸血鬼になってしまった、という思考に至った可能性が浮かぶ。

 しかし、亀山教授は人間であったときに、すでに他人の血を飲んでいたという。
 吸血行為がきっかけであるならば、それはおかしい。
 それに聡明な教授であれば、自分の病気がヴァンパイアフィリアであることも自覚していただろう。
 教授はヴァンパイアフィリアとヴァンパイアの境界をどうやって超えたというのか。

「私はね、不老不死の体を手に入れたの」
「な、言ってる……意味が……」

 わからない。
 混乱しているメリーにピエロは言う。

「不老不死の体をもって、私は完全な吸血鬼となった」
「不老不死……」
「あなたも、興味はない?不老不死の体を得る方法に――」


 ピエロの言葉を遮るように、大きな音を立て、扉が勢いよく開いた。
 宇佐見蓮子が扉を足で思い切りよく開けたのだった。

「まったく!さっきから聞いてれば、仮面に吸血鬼に不老不死って、どんな奇妙な冒険なのよ」
「蓮子!」
「メリー。遅くなって、ごめん。でもね――」

 蓮子は自信を湛えた表情を作る。

「主役は、遅れて登場するものよ」









「あなたは誰、どうしてここに……」

 ピエロはこの闖入者の登場に動揺を見せた。

「私の名は宇佐見蓮子。鍵がかかって無かったから普通に中に入れたわ」
「違うわ。どうしてここの入り口まで辿り着けたの?電波が繋がらない状況で、この場所を伝えられるはずは――」
「スタンド使いはひかれ合うんですよ、教授。というのは冗談で、実際はメリーの残した道標を辿ってきただけよ」
「道標……」

 メリーが蓮子に場所を伝えるために講じた策、それは――

「メリーはパンをちぎって、その欠片を落としていた。私はそれを目印にここまで来れたって寸法よ。ヘンゼルとグレーテルよろしくパンをちぎってるから、お菓子の家でスイーツ(笑)な展開を期待してたんだけどね」

 蓮子は茶化すように言ったが、メリーのとっさの機転に感心し、感謝もしていた。
 メリーが通信が途切れてすぐにそれをしてくれたからこそ、初めの一つを見つけることができたのだ。通信が途切れた場所と離れたところからパンを落とし始めていたら、ここまで来られなかったかもしれない

「蓮子なら来てくれると思ってたわ、それに遅刻をするのも予想済みよ」

 メリーはようやく自分らしさを取り戻した。蓮子と一緒ならば、目の前にいるのが吸血鬼だろうと、どうということはない。

「あなたたち、何者なの……」

 初め、メリーがピエロにした質問である。しかし、今は立場が逆になっている。

「ただの、しがないオカルトサークルですよ」

 メリーが言うと、蓮子が補足した。

「ロクに活動しないから不良サークルって言われてるけどね」
「その不良サークルが私に何の用?」
「不良サークルというのは表の顔。私たちの裏の顔は、張り巡らされた結界を暴くサークルよ。だから、あなたが囚われた結界を暴きに来たの」
「私が結界に囚われている?おかしな話ね。私はむしろ境界を超えたところにいるの。生と死の境界すら存在しない、ネクロファンタジアに――」
「まあ、いいわ。教授、あなたが言う不老不死の体は、メリーも言っていた教授自身のクローンとも関係がありますね?」
「わかってるじゃない。それで、あなたの考えを聞かせてもらえる?」

 平静を取り戻したのか、ピエロは余裕のある態度で言った。

「あなたには少なからず協力者がいたと思われますが、今はそこには触れないでおきましょう」

 蓮子はそう前置きを入れた。

「あなたは自分のクローンを改造して、合成の肉体を造り出した。違いますか?」
「ちょ、蓮子まで何を言い出すのよ!そんなふざけた話が――」
「ええ、あなたの言うことは正しいわ」

 そんな、メリーは絶句する。

「具体的な方法としては二通り考えたんですけどね。サイボーグのように外見はそのままに中を改造する方法と、もう一つは――遺伝子操作」
「使ったのは後者よ。私の遺伝子のDNAを書き換えて、少女の時点で成長が止まり、老化することのないクローン体を造った」
「そ、そんなことが可能なの!?」

 話についていけないメリーを無視して二人は言葉を交わす。

「現代なら、肉体の病気に限れば、発症のリスクを極限まで抑えることができる。つまり、寿命で死ぬことがなくなれば、永遠に生きていける。それが、あなたの言う不老不死ですね。でも、不老不死のクローンを造るだけでは意味がない。クローンはあなたと同じではあるけれど、別の体を持つ別個の存在ですから、そこにあなたの主観は存在しない。そこで、あなたはクローンが持つ『永遠の主観』を乗っ取ろうとした。
 だから、あなたは――」

 ピエロは無言で蓮子の言葉を聞いている。

「自分の脳をクローンの体へと移植した。そして――不老不死の体を手に入れた」
「馬鹿げてる!どうして、そんな……」
「元の体には脳は残っていないわけだから、それを隠すには首を切断する必要があった。手首と足首を切断したのは、カモフラージュかしら。別に死体は存在を表にしないことも可能だった。でも、あえて発見されるようにしたのには、意味があった。
 吸血鬼は生ける死者だったり死者の霊とされている。だからこそ教授は不老不死の体を得ると同時に『死者』にもなる必要があった。首のない肉体が発見されれば、まず間違いなく教授は死んだことにされる。首を切断されて生きているなんて、誰も思いやしないのだから。
 魂が脳に宿っていると考えれば、その魂を取りかえるということは、つまり反魂術ということね」

 西行が完成することが叶わなかった秘術。
 それは千年の時を超え、形を変えて現れたのだろうか。









「そして、人を捕まえて話をして、その不老不死になる方法に興味を抱かせようとしたのでしょう」
「その通りよ。それこそ永遠を生きるのだもの。ずっと一人でいたら退屈してしまうわ。だから、私と同じように永遠を生きる者がいてほしかった。もし、話を聞いた当人がその気なら同じ方法を施してもらおうと思っていた」

 それが神隠しの真実なのだろうか、メリーは二人の会話を聞く役へと回っている。

「ただ問題があるとすれば、その不老不死になりたいという希望者がいたところで、その願いは叶えてあげられないということね」

 蓮子の言葉にピエロは飛び付いた。

「それは、どういう……」
「まったく、自分で自分が情けないわ。こんなことが本当にあると思ってたなんてね」

 思ってた、と蓮子ははっきりと過去形で言った。
 今は違うのだということを強調したいのだろう。

「でもそれはここに来る前の話よ。ここで、二人が話すのを聞いて、ようやく気付いたのよ。教授、あなたは騙されているってね」
「私が、騙されている?」
「ここにはテレビもネットも繋がって無いんじゃないですか?」
「そうよ、位置が知られないよう妨害電波を出しているから、どっちの電波も受信できなくなってる。暇潰しといったら新聞とか本を読むことくらいよ」
「じゃあ、死体についての情報は詳しく知らないわけですね」
「ええ、別に興味もないけど」

 そうですか、と蓮子は相槌を打つ。

「でも、あなた自身もその方法に疑問を持ってるんじゃありませんか?いえ、きっと持っているでしょうね。その証拠に、あなたは未だ仮面を取れていない」
「これは!これは、外すなと言われてるから……」
「それは、クローンだから、教授と同じ顔をしているから、顔を見られると都合が悪いということかしらね。でも、私たちはあなたの正体を知っている。別に隠す必要なんてないじゃないですか?」
「だって、外すなと……」
「教授、物理家だったあなたが信じるには、その方法は無理があったのではないですか?DNAについて専門外だとしても、都合よく老化しないようにできるなんておかしいとは思いませんか?脳移植にしても、脳と体を繋ぐ神経の一本一本を繋ぐだなんて、どう考えても不可能です」
「だって、だって、ナンシーは……」
「だから、あなたはそのナンシーってのに騙されてるんですよ。もし、あなたが本当に不老不死になったというのなら、その顔を見せてもらえませんか」

 そのとき、メリーがピエロを羽交締めにした。

「あなた、何を!?」
「蓮子、今の内よ。早く仮面を……」
「言われなくても!」

 蓮子はピエロの目の前に仁王立ちになる。

「さあて、仮面の下はどうなってるか。開けてみないとわからない、シュレーディンガーの猫――」

 蓮子は、


 徐に、



 仮面へ、




 手を、





 かけた。






 そして――







「やっぱやーめた」
「え?」

 メリーは気が抜けて、仕方なしに羽交締めを解いた。
 ピエロは力無く、床に膝を付いた。

「いきなりどうしたのよ?」 
「別に結果を知ってるのに、殊更暴くこともないかなって」
「これ以上は、可哀想だっていうこと?」
「さあ、どうだか。でも、まだ聞いてないこともあるしね」

 蓮子は、ピエロを見下ろす。

「ナンシーっていうのは一体誰?何者なの?」

 ピエロはその質問を聞いて、くっくっと喉を鳴らした。

「ナンシーは人形よ」

 メリーはその答えに聞き覚えがあった。
 昨日もピエロは、同じことを言っていた。
 蓮子は、収穫なしというような表情になる。

「さ、帰るわよ、メリー」
「ええ!それじゃ、この場はどうするの!?」
「知らない、どうにでもなればいい。私はもう関知したくないわ」

 蓮子はそそくさと歩き出して扉へと向かう。メリーは慌ててそれについていく。
 蓮子は扉のところで振り返ると、ピエロに言った。

「あなたはもう人間ではないし、ましてや、吸血鬼なんかでもない。あなたは、ただの――人間失格よ」

 不気味に笑う道化師の面、その下の顔はどのような表情をしているのか。
 窺い知ることは、できない。

「もう二度と私たちの前に姿を見せないで頂戴」

 蓮子はそれだけ言い残し、秘封倶楽部の二人は吸血鬼の根城を去って行ったのだった。










「それにしても、警察が秘匿していた情報って何だったんでしょうね」

 メリーはグラスの底に表面張力でへばりついていた最後の数滴を、名残惜しげに飲みほした。
 ここは、大学に程近い居酒屋。学生が多く利用する居酒屋で、テスト明けや学期終わりには学生が大挙して押し寄せて騒ぐという定番の店である。
 長期休みにはその客足も衰えるらしく、秘封倶楽部は二人で四人席を占領できた。
 今いる一階のフロアは数え切れず足を運んだことがあるが、二階の宴会席は数度しか昇ったことがない。人数の多いサークルならば飲み会で頻繁に使うらしいのだが、メンバーが二人だけの秘封倶楽部には縁の薄いものである。

「ああ、それね。別に今更隠すようなことじゃないかな……」

 蓮子は握り拳を下唇に押し当て、思案顔になる。

「実は今日――じゃなくて昨日の朝、お彼岸の墓参りに行って来たんだけどね」
「知ってるわ。私だって仕事が入ってなければ、一緒に行くつもりだったもの」
「寺の住職がね、蓮台寺の住職と親交があるらしくて、事件のことについて電話で話したらしいのよ」
「えっと『明蓮寺』だっけ?『蓮』繋がりで何かあるのかしら」
「そんなところね。それで蓮台寺の住職が、『最初は人形かマネキンだと思った』みたいなことを言ってたらしいのよ」
「人形……」

 メリーはピエロが言った言葉を思い出していた。
 それを知ってか知らずか、蓮子は続ける。

「言わずもがなだけど、亀山教授が失踪したのは60年前。当時、教授は20歳。宇野教授が現れる前は最年少教授だったし、今でも物理分野に限っては最年少の記録は破られていない」
「ええ、知ってるわ。蓮子に前、散々聞かされたもの」
「だとしたら、おかしな話よね。そしたら教授は御年80歳、早生まれを想定してもプラスマイナス1歳。果たして、そんな教授の死体を見て『人形』や『マネキン』なんて感想が出てくるものかしら?」

 あ、とメリーは溜息を漏らす。

「今日あるマネキンは大抵若い女性を象ったもので、80のお婆ちゃんのマネキンなんてほとんど見ないでしょ。つまり、死体は本来の年齢よりずっと若く見られたってことね。理由は、わかるでしょ?」
「死体は、教授が生まれたずっと後に造られたクローンのものだったから……」
「そう。具体的にどれほど若く見えたかはクローンを造った時期によるけどね」

 メリーは朝からの報道を思い出す。思い返してみれば、死体は老婆のものだの若い女性のものだのといった情報はまるでなかった。

「いくら同じ遺伝子を持っていたって、全く同じ成長をするとは限らない。食生活が違えば顎や歯の形は変わる。指の指紋や足型も、環境によって変わるもの。
 だから、首から上と、両手両足を切断してしまえば、身元の判明はDNA鑑定でするしかない。たとえ時間の経過が明らかにおかしな死体でも、それが亀山教授だと断定せざるを得なくなる」
「確かに。60年振りに現れた死体が相応に年老いてなかったら、話が変な方向に進んじゃうわね。急に現実味がなくなってしまうもの。『時を超えた死体』なんて、オカルト雑誌の大見出しにはぴったりの話題だし」
「警察としても『自称犯人』を駆逐するのに、一般に知られていない情報も持ってないといけないし、非公開にするには丁度良かったのかもね」

 どれだけ情報を非公開にしようと、それはどこかしらから漏れてしまうものである。
 それに、蓮子は補足する。

「警察だって、死体がクローンだと気付いてたと思うわ。クローンが造られる時点で倫理に反しているのに、それを殺すだなんて、社会に与える影響は大きいでしょ?」
「そうね……そういえば、私の国に――」

 こんな話がある。



 その国では生まれてくる赤ん坊全員のDNAデータを、データベースに保管していた。
 データ管理には莫大な費用がかかったが、得るものはそれ以上に大きかった。
 犯罪を未然に防ぐこと、事件を確実に解決することにそのデータベースは力を振るった。
 髪の毛一本、唾一滴から犯人を容易に割り出すことができる。
 そのため事件を起こそうという考え自体がなくなってしまうのだ。
 この制度に感心したとある国の国王が、同じ制度の導入のためにその国の国王にアドバイスをもらいに行った。

「あなたの国の制度は素晴らしい。私の国でも導入を検討していますよ」
「お褒めに与り光栄です」
「しかし、実際に導入してみて何か問題等はありませんでしたか?それは私たちが大いに気にするところです」
「概ね、良好ですよ。ただ一つ、問題があるとすれば……」
「ほう、それをお聞かせ願いませんか?」

 その国の国王は言った。

「私の国では、年の離れた双子が生まれるんですよ」



「『双子』ってことは、同じDNAを持つクローンってことでしょ?パンチの効いたブラックジョークね」
「話はそれで終わりじゃないの。それを聞いて黙ってしまった相手に、その国王は止めの一言――」



 実は私は、一卵性の五つ子らしいんですよ。



「後からじわりと来るわね……」
「話を戻すけど、その情報を知ってたなら、吸血鬼云々の前に死体がクローンだって気付いたはずじゃない?」
「ああ、それね。蓮台寺の住職の話からも、死体がクローンだというのが明らかっていうのは、ついさっき気付いたの」
「どういうこと?」
「酒飲んだら頭が回るようになって、そういえばそんなこともあったなあって思い出したのよ」
「酒を飲まなきゃ頭が回らないの?」
「テストにはテキスト持ち込み可より、アルコール持ち込み可にしてほしいものね。そしたら私は単位を落とさなくて済むのに!」

 信用を落とすだろうが。

「最初は私も、教授が本当に蘇ったんだと思ってた。符合があまりに合致していて、興奮していたのね。正常な判断ができなくなってたのね」
「符号に、合致?」
「ばあちゃんが言ってた『西行の呪い』ってやつよ」
「蓮子も言ってたけど、それってつまり、反魂術のことじゃないの?」
「ええ、教授に『術』をかけた者は西行のことを念頭に置いていた。メリーも聞いたことあるんじゃないかしら――ねがはくは花の下にて春死なんそのきさらぎのもち月の頃」
「西行は釈迦の涅槃の日、2月15日に桜の下で死にたいって詠ったのよね」
「涅槃の世界ってのは彼岸のこと。つまり彼岸と涅槃は同じなのよ。考えてみて、私が東京に着いた日、メリーがバイトしてた日は満月だった」
「まさか……」
「そうよ。その日は旧暦の『2月15日』だったのよ。だからきっと、クローンはその日に殺されたのでしょうね。西行の歌になぞらえて」

 しかし、メリーはそこで疑問を挟む。

「だとしたら、今年の彼岸は旧暦の『2月16日』に行われることになるじゃない。それはおかしいわ」
「いい、メリー?春分の日はね、天体の動きによって、その日が前後するのよ。別に旧暦の『2月15日』に合わせて決まるわけじゃない。常識よ」
「ニホンノジョウシキワカリマセーン」
「こんなときだけカタコトにならないの。だから、犯人は西行に執着があるんじゃないかって思った。そこで反魂術が頭に浮かんだ」
「犯人は反魂術を実現させようとした?」
「そう思ってたんだけどね。メリーと教授の会話を聞いて気付いたの」

 メリーは店員に新しいピッチャーを要求した。

「死体には注射の痕があった。よく考えたら、痕が残るような太い注射針なんて、大量の血を採決したり注入したりするときくらいしか使わない。注射針があんまり細いと赤血球が破壊されてしまうから」
「つまり死体は、血を大量に採られてたクローンの方だったってことね」
「それなら、首切りの理由にも説明がつくからね。遺伝子操作だの脳移植だの、さすがにそこまでの領域には現代の技術は達していない」
「でも、地球外の技術なら可能なんじゃない?」

 蓮子はメリーの言葉を聞いて黙ってしまった。
 メリーは何か悪いことでも言ったのかと不安になる。
 店員が愛想笑いを添えて、新しいピッチャーを持って来た。
 それを置いて去って行く店員を見送ると、蓮子はやっと口を開く。

「私も、それを考えた。だからこそ――」
「仮面を取らなかったってこと?」
「ええ。だって自信満々に否定しといて、それが本当に存在してたら格好悪いじゃない」
「可能性は限りなく低いと思うけど」
「それにね。たとえ、そんな技術がどこかに存在したとして、そこでは認められていたとして、私はそれを認めたくない。そんな不老不死なんて邪道よ」
「不老不死に邪道や王道があるのかしら?」

 さあね、と蓮子は白を切る。
 そこでメリーは思い出したように言った。

「そうそう、地球外の技術で思い出したけど、消えた八人はどうなったのかしら?もしかして吸血鬼の甘言に誘われちゃったのかしら?」
「さあて、どうだか。八人の首が無事ならいいんだけどね」

 他人事だと思って、メリーは呆れてグラスを仰ぐ。
 そのとき、蓮子の携帯に着信が入った。

「教授から――とはいっても亀山教授じゃなくて、ゼミの担任ね。ゼミのメ―リスみたい」
「こんな時間にメ―リスが回るのね。どんな用件なの?」

 蓮子はメールの内容を読み上げる。

「物理学部教授会で亀山教授の葬儀を開くことになりました。葬儀は3月28日に京都市○○区にある●●典礼ホールにて午後7時から始まります。手伝える人は当日午後1時には来て下さい――だってさ」
「葬儀は教授会がやるのね」
「まあ、亀山教授は肉親いないからね。さ、今日のところはこの話はここでお終いにしましょう」

 二人は席を立ち、勘定を済ませる。
 店を出て、メリーは大きく伸びをした。
 つい数時間までは冒険の最中にいたというのに、それが遠い記憶のように思い出された。
 それほどまでに、今夜は永い夜だった。

「あと二時間くらいで夜が明けるわよ」

 蓮子はメリーを急かす。

「さあ、明るくなる前に帰りましょう」






第六章





 3月28日、ここは京都市内のとある葬儀場。
 現在ここでは、午後7時から開かれる、先日死体で発見された大学教授、亀山桜の葬儀の設営が行われていた。
 世界的に著名な教授の葬儀には、多くの参列者が見込まれるため、椅子を用意するだけでも一苦労だった。

「おい、宇佐見。ボケっとしてないでさっさと運べ!」

 うるさいなパイプ椅子で殴ってやろうか、とも考えたが相手が教授であるので実行したりはしない。考えるだけでも失礼ではあるのだが。

「いやあ、教授。どっかのレディースみたいな口調になってますよ」
「今度、白衣を特攻服に改造してみるかな……」
「『風威慈苦珠』とか刺繍を入れたらどうです?」
「検討の余地があるな……」

 あるのかよ、と心の中で突っ込みながら蓮子は椅子を運ぶ。
 結局、設営が終わったのは、受付開始から一時間前の、午後4時だった。
 あと一時間どうやって時間を潰そうかと考えていると、見知った顔が話しかけてきた。

「お久しぶりですね、蓮子さん」

 オカルトサークル<霊鷲会>の主催、音羽茜である。

「こんにちわ、茜さん。茜さんも設営の準備ですか?」
「はい、研究室のメンバーで手伝いに来ました」
「確か、光学分野の研究をしてる研究室でしたよね。こんなときに言うのも何ですが、行方不明になったメンバーの消息はどうなりましたか?」
「ああ、報告が遅れてしまいましたね。実はマエリベリーさんに連絡した翌日、八人が戻ってきたのです。栄養失調気味で憔悴していたので今は入院していますが」
「へえ、それで八人はどうしていなくなっていたんですかね」
「それが……連絡が通じなかった、その数日間の記憶がないと言うのです」
「神隠しから戻ってきたものは、その間のことを覚えていない、よくあることですね」

 そうです、音羽は頷く。

「ですから、今回のことは改めて調査を重ねて真相を――」
「嘘ですね」

 音羽が怪訝な顔をする。

「今、何と言いました?」
「あなたの話は嘘だと、虚構だと、嘘八百だと、事実無根だと言いました」

 そこまでは言っていない。

「私の知っている宇佐見さんは、そのような失礼なことを言う人ではないと記憶していましたが?」
「じゃあ、その宇佐見さんのことは忘れて下さい。あれは精巧に造られた私のクローンです」
「……?」

 蓮子は音羽の表情を凝視する。

「ま、詳しいことは、場所を移して話しませんか?」

 蓮子と音羽は会場を出て、待合室へと足を運んだ。









 メリーは一人、亀山教授の葬儀に来ていた。相方の蓮子はというと設営のために先に会場に行っていた。
 受付へと行くと、大学や学会の関係者、一般の参列者、学生と三つに受付が分かれていた。三つは例外なくどこも混んでいる。
 教授と同じK大学の学生であるメリーは無条件で(物理学部でないにもかかわらず)会場に入れた。
 学生と一般の席はごっちゃで、来た人から座るといった雰囲気が出来上がっていた。
 どこに座ろうかと辺りを見回していると、壁に寄りかかり、鯨幕の黒と同化している少女を見つけた。
 黒い帽子、黒いサングラス、黒いドレスの真っ黒の少女。

「大江教授、来てたんですね」
「ああ、メリー君か。参ったよ、関係者の受付を顔パスで通ろうとしたら摘み出されそうになった。幸い、物理学部の小倉教授と言ったかな、彼女が僕が教授であるとしっかり説明してくれたから入れたのだけど」

 メリーは黒衣に身を包んだ、大江教授を見やる。
 白衣の姿を見慣れている教授の喪服というのは新鮮だった。
 大人らしい黒の喪服に身を包んでなお、少女のあどけなさが残る風体。

「まあ、教授を一目で教授だとわかる人は珍しいですよね」
「亀山教授だって僕くらいのときには教授だったはずだよ」
「受け付けは学生か院生がやってる感じでしたから。専門が違う教授の顔なんて、知ってる方が不自然です」
「そうだね。あちらさんは、物の理を学んで、僕たちは心の理を学んでいる。言わば対極の存在だ、見てる世界が違う」
「世界単位で違うわけではないと思いますが」

 立ち話は何だからと、大江は一般の方の席に座った。

「こっちでいいのですか?」
「向こうは席が祭壇に近いのはいいんだけど、葬儀が始まったら会話ができなくなるからね」

 親族の代わりに、学会の教授たちが前列へと並ぶ葬式。
 亀山教授は遠縁の親戚ならばいたそうだが、60年もの間に関係は途絶えてしまったらしい。
 親族無しで密葬にするわけにもいかないので、参列者は葬儀場のキャパシティが許す限り受け入れるようになっている。そんなわけで一般の席には人が集中して終始ざわついている。

「ここなら葬儀が始まっても話していられる」
「もうそろそろ、始まる時間ですね」

 現在、午後7時の二分前。
 そして、時刻は午後7時となる。
 亀山教授の葬儀がしめやかに始まった。

「大江教授、こんなときに聞くのも何ですが……」
「何だい?何でも気兼ねなく聞いてくれていいよ」

 メリーは少しの躊躇いを見せた後、大江教授に言った。

「あなたは亀山教授を殺しましたね?」
「それはどういう、意味かな?」

 大江は値踏みするような目でメリーを見る。

「それでは、質問を変えます――」

 メリーは今度は躊躇わずに言った。

「あなたが、ナンシーですね?」

 大江由菜は答える。

「その通りだよ、僕がナンシーだ」









「これは今となってはどうとでも言えることで、後付けと呼ばれようと一向に構いませんが、これだけは言わせて下さい――最初からおかしかったんですよ」
「最初とはいつの地点から見て最初ですか?」
「あなたがメリーに電話をかけたときのことです。自分で言うのも何ですが、同じ分野で話が合うこともあって、茜さんと私の方が進攻の度合いが高かったはずです。なのに、あなたは私ではなくメリーに電話をかけた。おかしな話です。それにウチのサークルの決定権はほとんど私にあるようなものですからね。協力を頼みたいなら、私に相談した方が早い。
 それでもあなたはメリーに電話をかけた。その理由は絶対的なものでなく、相対的なものでしょうね。私よりメリーのほうが騙しやすい、そう、睨んだんでしょう。
 そしてあなたは、UFOを呼び出す儀式をしたこと、その後八人と連絡が取れないことをメリーに話した。そのときには、信じるか信じないかは特に関係が無かった。どちらにしろ、大学で調査をしてくれればそれでよかった。違いますか?」
「その通りです。白を切っても無駄なようですね。続けて下さい」
「それじゃ、お言葉に甘えて。あなたたちは、秘封倶楽部に八人の<神隠し>の調査をさせ、私たちを神隠しの証人にしたてあげようとした。普通のサークルではそうはいきませんが、オカルトサークルにとって神隠しに遭った者がいるというのは勲章みたいなものですからね。やんちゃ坊主のバンソウコウと同じです。
 UFOを目撃し、神隠しに遭うことでオカルトサークルの格を高めようとしたのですね。
 しかし、神隠しというのは、ただ姿を消すだけでは成立しない。それだけではただの失踪、調査するのは警察か探偵の領域ですからね。だからこそ八人の失踪に<UFOの目撃談>を付加した。UFOといういかにもオカルトな要素を組み込むことで、行方不明の八人はたちまちに神隠しの被害者となるのです。
 そのためにも、私たちを大学に呼び出すことは必要不可欠だった。なぜなら、あなたたちは大学で私たちに――」

 蓮子は音羽の表情を窺う。観念したのか、否定をするような姿勢は見られない。

「私たちに、UFOを見せるつもりでいたのだから――」
「そうです。ですが、あなたたちは来なかった。大学には来ていたというのに……」
「人文学部棟、心理学部棟、医学部棟の三つが描く正三角形。その中心にある魔法陣の跡地には、足を運ばなかった」
「なぜですか、どうしてあなたたちは……」
「それよか大事なことがあったもんで。それはいいとして、もし、私たちがそこに来たらUFOを見せるつもりでいた。あなたがサークルのメンバーに見せたのと同じUFOを――」

 そこで蓮子はメリーから聞いた、音羽のUFO目撃談を孫引きした。

 赤と青と緑のUFOが現れて、ふらふらと擦り寄ったかと思うと、三つのUFOが重なって眩しい光が起こりました。光が収まると、そこには虹色に光る大きなUFOが浮かんでいました。三つのUFOが合体して、一つのUFOになったのです!

「おそらく、霊鷲会のどのメンバーに聞いても同じような答えが返ってくるのでしょうね」
「ええ。実際に見たままの光景を言ったまでですから」
「そう、これは実際にあった光景だった。張の本人にもったいぶっても意味ないですから言いますが、UFOは――立体映像だった。立体プロジェクターとでも言いましょうか、UFOはそれが映し出した偽物だった」
「どうしてわかったのですか?」
「なんとなくですよ。ま、あえて挙げるとすれば色ですかね。赤と青と緑は光の三原色で、重ねると白い光になる。UFOの動きもその性質を象徴するようなものでした。そしてその性質が利用されている製品がある。大学生には馴染みの深いプロジェクターという製品がね」
「まさしく、それが私の研究内容です。立体プロジェクターも私が所属している研究室で製作したものです」
「立体という性質上、一か所からの照射だけでは像は不完全となる。表裏奥行きを再現するためには最低三か所からの照射が必要。そして、大きな像を作るには平面を移すプロジェクターでもそうであるように、距離を取らなければいけない。
 私が思うに、立体プロジェクターは三つ。人文学部棟、心理学部棟、医学部棟の屋上に置かれていたのではないですか?」
「な、どうしてそこまで……わかるのですか?」
「純然なる論理の帰結ですよ」

 屋上からオペラグラスで、それらしき機械を見たからとは言えなかった。

「それに、プロジェクターが複数なら、それぞれが同じところを照射するように調節する必要がある。その動作が、赤と青と緑の三つのUFO擦り寄る光景となって表れた。それぞれのプロジェクターで空中に同じ大きさの赤、青、緑のUFOを映す。それらが重なり、白くなれば照射している地点がピントの合っているところになりますからね。そしてピントが合ったら次は虹色に光るUFOの映像を流した。
 これが、霊鷲会が目撃したUFOの真実です」
「では、消えた八人についてはどう考えますか?」
「私は、あなたが消えた八人に対してどう思っているかが聞きたいですね。それに、あなたが騙したあなたのサークルのメンバーに対してどう思っているかも」

 蓮子の言葉に、初めは黙っていた音羽もぽつぽつと話し始めた。

「先ほども言いましたが、立体プロジェクターは私が所属している研究室で作ったもので、最近完成しました。そこで最初の試写で何を映すかが話し合われたのですが、私はUFOの立体映像を見てみたいと提案しました。折角、空中に大きな立体映像を映す装置を作ったのですから遊び心のある映像がいいと思ったのです。私の提案は受け入れられたようで、すんなりそれに決まりました」
「茜さんはそれを、立体映像だということは伏せてメンバーに見せたのですね」
「はい。研究室には彼らはモニターだと説明しました。皆が歓喜する様子を見て、教授も嬉しそうでした」
「そして、その後、八人は姿を消した……」
「神隠しの事件を提案したのは八人の側です。ですが、私は止めることもなく喜々として協力した節がありますから、やはり責任は私にあるのでしょう」
「やはり、自作自演だったわけですね」
「そう……ですね……」

 蓮子は音羽の様子が気になったが、深く立ち入らないことにした。

「一つだけ、いいですか?蓮子さん」
「ええ、どうぞ」
「私から見ると、あなたはただ幻想を否定しているだけのようにしか見えないのですが?」
「私はただ、本物の幻想が見たいだけです。だからこそ、偽物の幻想が気に食わない。駆逐しないと、気が済まないんですよ」
「そうですか……」

 二人して黙っていると、蓮子のゼミの教授がその沈黙を破った。

「おーい、宇佐見。まだ、アレ見てないだろ?見た方がいいぜ」

 アレって何だと思案していると、

「ああ、アレですね。蓮子さんも見に行ったらどうです?」

 音羽はそれが何が了解しているようだった。

「とにかく見りゃわかるって」

 教授は蓮子を連れ立って去って行った。
 音羽はその後姿をずっと見つめていた。









「やはり大江教授が、ナンシーでしたか」
「どうしてわかったのかな?」
「あなたが、それを隠すつもりがなかったからです。教授のミドルネームがナンシーだということは、ウィキ●ディアにしっかり載っていました」
「ソースはウィ●ペディア……」

 レポートだったら減点対象である。

「それで、聞きたいことがあるんです。教授から仕事を頼まれた日、ピエロの仮面を付けた少女と会ったんです。彼女は――亀山教授のクローンだったのですね?」
「……どうしてわかったのかな?」
「雨が……降っていたからです」
「雨?そんな天気ではなかったはずだよ」
「教授はその頃研究所の中にいたから、気付かなかったのでしょう。天気雨が降っていたんです。だから、彼女は亀山教授そのものではありえない。吸血鬼は流れる水にを渡れない、つまり雨に濡れながら歩けるわけがないんです」
「確かに、亀山教授にかけた催眠術は雨に当たると解ける様にしてあった」
「他にも亀山教授がかけられた催眠術を解く方法はあったのでしょう?」
「鏡を見れば解ける。ニンニクを食べれば解ける。日光を浴びれば解ける。ほかにも色々と。僕の場合、術の解けるリスクが大きいほど、効き目も大きくなるからね」

 メリーはそれを聞いて納得した。
 それが、吸血鬼を夢見た彼女の真相。
 夢を見させられていたと言うべきだろうか。
 メリーは話を亀山教授のクローンの方へと戻した。

「彼女は、西行の歌が好きだったのではないですか?」
「……!」

 メリーは今までを通して、始めて大江の動揺する姿を見た。ただそれは一瞬だけのことであった。

「ああ、それじゃあやっぱり――」





「西行の呪いに囚われたのは彼女の方だったのね……」





「西行の呪いか、確かに西行の呪いだね。彼女は西行の歌の魅力に取り憑かれていた。だから西行と同じ日に死ぬことを望んだ」
「死ぬことを望んだ?望んだのですか、彼女が?」
「彼女は亀山教授と一緒に住んでいた」
「あの穴の中でですか?」
「そうだよ。彼女はある日自分がどういう存在なのか、悟ってしまった。亀山教授と同じ遺伝子を持つ彼女もまた、天才だったんだよ」
「それで死を?」
「彼女にしかわからない苦痛だよ。それで彼女は死を望んだ、それが教授に対しての復讐にもなると考えた。僕はそれに協力しただけだよ。
 だけど、教授に彼女が死んだことをそのまま伝えるわけにもいかないからね。一つの死体が出たことに別の意味合いを与えた」
「それが、脳移植ですね」
「ああ、脳を移し替えて体を新しいものにしたから、古い体は捨てたということにしたんだよ」
「そして彼女の死体を蓮台寺に捨てた。それもまた、西行の願い通りだった」
「露と消えば蓮台野にを送りおけ願う心を名にあらわさむ――私が死んだら蓮台野に葬ってください。まさしく彼女が望んだことだよ。でも、ある意味で、それはこの上ない皮肉だった」
「どうしてですか?」

 大江はこともなげにそれに答えた。

「蓮台寺の本尊の名はね『延命地蔵』というんだよ」

 メリーは大江のペースに巻き込まれないよう努める。

「話を戻しましょう。でも、それは、あなた一人でできることではない。協力者がいますね」
「否定しないよ」
「その人たちは自分がしたことを覚えていますか?」
「いいや、全然。本当は解けない催眠術はかけちゃいけないんだけど、絶対に思い出せないようにしてある」
「そうですか、ならいいです」
「奈良もいいけど鎌倉もいいよ」

 おどける教授を、メリーは真剣に見つめる。

「どうして、彼女たちはピエロの仮面を付けていたのですか?ピエロである必要性はあったのですか?」
「僕が、ピエロを愛しているからという理由では不十分かな?」

 十分です、メリーは言う。

「教授は彼女たちに、自分が『人形』だと言わせていましたね」
「そのまんまの意味だよ。僕は人形なのさ」
「人間、ではないのですね」
「そう、僕はとっくの昔に人間を止めている。僕は未だ死を知らぬ人形。永遠を生きる――蓬莱人形だ」

 蓬莱――不老不死の地とされる仙境。
 亀がその地を支えるという、東海中にある霊山。

「蓬莱――亀の、上の山……」
「彼女たちは同じ遺伝子を持ちながら、永遠というものに対する姿勢はまるで正反対だった」

 不老不死、此岸で生き続けることに永遠を見出した彼女。
 命を絶ち、彼岸の世界に至ることに永遠を見出した彼女。

「一体、どちらが正しいのだろうね?どちらも正しい?どちらも正しくない?メリー君、君にその境界は見えているのかな?」
「悪くんぞ然る所以を識らん、悪くんぞ然らざる所以を識らん――ですよ」
「これは一本取られたね」

 大江教授喉を鳴らして笑った。
 さすがに葬式で笑うのは不謹慎ともあって冷たい視線が二人に降り注いだ。
 大江は気にしない様子だったが、メリーはそれきり黙ってしまった。

 そして、長かった葬儀も終わった。

「さて、これで帰るとするかな。そうそう、来年度からは上海の大学で教えることになってるから、顔を合わせるのはこれが最後になるかもね」
「そうですか……」
「何か聞きそびれたことはないかな?」
「いくつもありますが、一番気になることを――」



「U.N.オーエンは彼女なのか?」



 大江は一瞬黙った後、

「そうだよ、U.N.オーエンは彼女だ」

 そう言い残して去ろうとした。

「待って下さい、一つ、質問ではなくお願いがあるんです!」

 大江は足を止め、振り返ってメリーを見た。

「何だい?僕に出来ることなら、力になるよ」
「帽子と、サングラスを外して下さい」
「そうだね、君に敬意を表して脱帽することにしよう。ただし、二度と見せることはない。それでいいかな?」
「ええ……」
 大江は右手をサングラスのツルに掛け、左手で帽子を掴んだ。
 そして、徐にそれらを外し始めた。
 メリーはその様子を息を止めて眺めていた。
 固唾を飲む音が聞こえたのか、教授はにやりと少女を見やる。

「さて、メリー君――」

 サングラスは外され、帽子は下げた左手にしっかりと握られている。

「――君ノ眼ニハ、一体、ドウ映ッテイル?」

 メリーは上からゆっくりと視線を下ろす。
 蒼い目をした少女と、目が合った。
 メリーは目をそらさず言う。

「穢れた、十字が見えます……」

 少女は瞳孔を見開き、それを隠すように瞼が下ろされた。
 大江はそのまま後ろを向く。ブロンドの髪が柔らかくなびいた。

「それではさようなら。メリー君」
「ええ、さようなら――宇野教授」

 U.N.オーエンは彼女だった。









 メリーは電源を切っていた携帯電話の電源を入れ直した。律儀なものである。
 メールの着信を確認すると、蓮子からメールが一件来ていた。

「『式が終わったら関係者控室に来て』か。何かあるのかしら。葬式まんじゅうでも、もらえるといいのだけど」

 鯨幕の迷路を辿り、メリーは関係者控室へ着いた。

「ああ、メリー、こっちよ」

 メリーはネクタイが黒なだけで、ほとんど普段と変わらない友人を見つける。
 近くに蓮子の先生らしき人がいたので、会釈をした。
 小倉教授というらしい。どこかで聞いた苗字だった。

「へえ、これが宇佐見の友達か。これはいい金髪美女、私にY染色体があったら絶対*してるな」
「神様は実にいい判断をなさいましたね!!」
「冗談だって、それくらいは弁えてる」
「同姓だからってセクハラにならないと思ったら大間違いです。期末のアンケートで訴えてやりますよ」
「ダメ!教授会の評価に響くからそれだけは絶対に止めろ!」
「『授業はわかりやすいが、ギャグは極めてわかりにくい』」
「ああ、ギャグがすべってるなんて、絶対知られたくない!」

 あのー、メリーはおずおずと声をかける。

「二人は私を、漫才を見せるために呼び出したのですか?」

 すると小倉教授は急に真面目な顔になり頭をぼりぼりと掻き始めた。

「ああ、すまんね。それはあくまで第二優先事項だった。本チャンはこっちだ」

 小倉教授は控室奥にある、黒い布を被った物体を指差した。

「宇佐見があんたにアレを見せたいって。学生の席じゃあ、見れなかったろ。焼香も上げられないからな」
「ま、見れば、わかるわ」
「管理は私の管轄だから、別に問題にはならんだろ」

 そう言って小倉教授は黒い布を剥ぎ取った。やはり、それは棺桶だった。

「いやあ、まだ教授の死体が警察から返って来ないからどうしようかと思ってたが、助かったな」

 教授は聞かれてもいないのに説明を始めた。

「教授会宛てにどでかい包みが来たんだ。開けるのにビビって、まずそれにくっついてた手紙を読むことにした」

 この度はご愁傷様です。
 葬式に遺体がないというのは寂しいですから、変わりにと思い亀山教授を象った人形を造らせていただきました。
 人形の使い道、管理、処分の方法はそちらに委ねます。
 着払いにて送り返していただいても結構です。

「世の中にゃ酔狂なもんがいるんだなと吃驚。そして包みを開けても一度吃驚仰天。包みの中にはコレが入ってた」

 教授は棺桶についている小窓を開けた。
 そこを覗いて、メリーは、はっと息を飲んだ。
 そこには若く、美しいままの亀山教授の顔があった。

「な、すごいもんだろ。こりゃ教授が最年少教授になったくらいの頃をモデルにしてるな。教授が、一番輝いてた時期だ」

 蓮子はただ黙ってメリーの顔を見つめていた。
 メリーは唇を固く噛みしめ、そして、

「やはり職人はいい仕事をしますね」

 などといった。

「まさに職人芸だな。そうそう宛名に『U.N.オーエン』ってあったけど、それが職人の名前なのかな」
「『U.N.オーエン』は推理小説に出てくる登場人物です。『Unknown』のもじりで、正体不明の人物ってわけです」

 蓮子が言うと教授は、

「正体不明――日本で言う『名無しの権兵衛』みたいなもんか」
「でしょうね」

 ずっとその人形を注視しているメリーに、蓮子は声をかける。

「メリー?」
「大丈夫よ。それにしても、どうしようかしら、蓮子はいつ頃帰る?片付けがあるなら、私も手伝っていこうかしら」
「片付けは片付けで、他の研究室がやるから、今日はもう上がっていいぞ」
「お言葉に甘えて。さ、メリー、行きましょう」
「ええ」
「言っとくが、私は、残って片付けするんだからな」

 細やかな罪悪感に心を痛めつつ、二人は式場を後にした。

「良い人、だったわね……」
「小倉教授のこと?あれで結構人望があるのよ。弁えなきゃいけないところでは、しっかりしてるしね。そうそう、小倉教授に聞いてみたの」
「聞いたって何を?」
「亀山教授って最年少教授だったでしょ。それくらい若くて優秀な頭脳に、高額な保険がかけられてないはずがないと思ったの。それで教授は何かしら保険をかけていたんじゃないかって」
「それで小倉教授の答えは?」
「思った通り、亀山教授は教授になったのを機に保険に入っていた。保険の受取人は教授が育った孤児院を運営する、とある財団。教授の遺産も全てその財団に寄付されることになってた」
「もういいじゃない、その話は。知れば知るほど、わからないことが出てきてキリがないわ」
「それもそうね。いつまでも、このことばかりに囚われてちゃいけないわ」
「で、蓮子はどう思った?あの人形のこと」

 蓮子はしばらく唸ってから、言葉を紡ぎ出した。

「私には、あんな表情はできない……あんな穏やかな笑顔は、私には作れない」
「やっぱり蓮子もそう思う?」

 二人は目を合わせて確認する。
 言葉には出さないが、二人は気付いていた。
 あの人形は、亀山教授のクローンから作られたものだと。
 だから、あの顔は未だ見つかっていない、死体の頭部であるのだと。

「あれが、彼女が手に入れた永遠だったのね……」

 メリーの目からは自然と涙が溢れていた。
 人間を止め、人形として、その形を残した彼女。
 穏やかな笑顔を浮かべて眠る彼女はこの上無く清廉で。
 楽しそうに笑う彼女はきっと、楽園へと辿り着けたのだろう。
 永遠に眠り続ける彼女は、永遠に楽園の夢を見続けることができる。

「羨ましいと思う?」
「全然」

 メリーの答えが意外だったらしく、蓮子は次の言葉が出てこなかった。

「楽園に至る方法も、永遠を得る方法も、きっと別にあるはずよ。私たちは、何も、彼女と同じ方法に頼る必要はない」
「そうね、メリーの言う通りだわ。私たちには、私たちなりの、やり方がある!」

 蓮子は普段の勢いのよさを取り戻す。

「そこに境界があるというのなら、私たちは、その境界を越えてみせる!」
「本当に超えられるものかしらね」

 メリーは蓮子の覚悟を確かめるように言う。

「超えられるわ。メリー、あなたと一緒ならね――」

 蓮子はメリーの手を掴み、その手を引いて走り出した。
 メリーは履き慣れない皮靴で、必死に蓮子についていく。
 秘められた封を越えるため、秘封倶楽部は夜の帳を駆ける。

「行こう、その先へ。私たちなら、きっと超えられる!二人だったら――」

 蓮子の言葉にメリーは応える。

「秘封倶楽部なら、きっとね!」






 エピローグ

 ある満月の夜のことである。
 その夜は、月が出ているというのに、雨が降っていた。
 その少女は傘を差しながら月を眺めていた。

 夜空に浮かぶ紅い月。
 その赤い光をバックに振る雨もまた、紅く染まっている。
 赤く、朱く、紅く、それはまるで血の雨のように。
 少女は歌を一つ詠んだ。好きな歌だった。

 ――来む世には心のうちにあらはさむ紅で闇塗る月の光を

 少女は尚も月を眺めている。
 そして、奇妙な光景を見た。
 月の前に、白いアーチがかかったのだ。
 息を飲むような、幻想的な光景がそこにあった。
 否、彼女の目には本当に幻想だと映ったのかもしれない。

「ああ……きっと、あれが……」

 楽園の入り口なんだ。
 彼女は喜色満面の笑みを浮かべた。
 しかし、その笑顔を見ることは誰にも叶わない。
 なぜなら――彼女は仮面を付けていた。ピエロの仮面だった。

 能面と違って、のっぺりとした顔。
 目と口の位置に穴が穿たれている。
 両目の穴の上下を縦断する黒い線。
 口角は不気味な程に上がっている。
 口の周りは、紅く染められていた。

 その姿はまるで――





 口元を血で染めた、吸血鬼のようだった。

(了)
 楽園のピエロに捧ぐ。

 最後まで読んでいただき本当にありがとうございました。
 それ以上の言葉はまた後日。

〜〜〜〜〜

追記 コメント欄にて感想へのお返事をさせていただきました。
誤字の修正や本当の後書きの追加はまた後日行います。
智高
http://pixiv.cc/palmlap/
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2009/11/21 23:34:07
更新日時:
2010/01/18 02:18:23
評価:
19/21
POINT:
138
Rate:
1.63
1. 8 静かな部屋 ■2009/11/28 16:34:15
ストーリーはよかった。
ただ、冒頭の部分など、削れるところもあったと思います
2. 5 佐藤厚志 ■2009/12/11 02:50:54
5つの長編を読んで。

隠れ者の小傘、唐傘雨音頭、雨流夢、あの夜のシューティング・スター、首切り蓬莱人形を読んで。どれも100キロバイト以上の大作という訳で、読むほうは楽しめるし読むだけなので気楽ですが、書くほうは大変な努力があったと思います。まずはご苦労様でした、という紋きりな挨拶でこの書評(?)を始めたいと思います。

この5つは登場する舞台も人物も、恐らく時間もそれぞれ違う。無論SSを面白くするための舞台装置やギミック、文体など、五作品それぞれ違ったご趣向が凝らしてある。ただこの書評ではあえてそういったものには触れず(多分他の人がやってくれるでしょう)、もっとSSの基本的な部分を考えてみたいと思いました。ここからはSSというか、あえて小説と呼ばせていただきますが。

@小説の描写とは何であろうか?事実をつらつらと書き綴ることだろうか?
事実について。例えば科学的な知識であったり、どこかで読んだ哲学本の内容であったり、史実のことであったり、もしかしたら著者が作り上げたファンタジックな設定、SF的な世界、人物の口調とか人柄。そんなものを事実というのだろうか。うん、仮に事実としておきたい。
小説における描写とはただ事実を綴ることではない、と思う。自分の知っていることを書くだけではないのだ、と思う。
今コンペの某歴史長編でも似たようなことを書いたのですが。知識それ自体が興味をそそるものだとしても、小説にそれをただ書いても、それは描写ではない。単なる知識の丸写しに過ぎないのだ。例えそれが作者の手がけたフィクションの世界であってもだ。物語を大きく見せるために、事実が思いつきの付け加えで書かれている印象。エンターテイメントでも純文学でも、何かの論文であっても、知識を使うだけでなく、そこから自分の結論を出さねばならないと思う。極端な例だが押井守の衒学的著述や、小栗虫太郎の怪奇探偵小説に横溢する知の氾濫は、物語を一つの方向(結論)に導くために働く重要なアイテムとして生きている。知という事実が生きている、とでもいうのでしょうか。

A物語の展開
 どれもイイハナシである。涙を誘うような展開あり、友情あり、または死と再生、別れ。お馴染みのキャラクタはイイ人が殆どだし。イイ言い方をすれば清廉な後味、きっぱり言うとアザトイ。今回の諸作品は恐らく著者諸兄が順位を狙いに来たため、結果的にどれも万人向けの物語に仕上がったのではないか、と思われる。しかしそのためか、軽い。ちなみにイイハナシ、イイ人が悪いと言うのではない。

今回の長編作は全体的に軽い、というか凄く平坦な印象を受けています。前回の『黒き海に紅く』、前々回の『華燭の春 燐火にて』クラス、超重量級爆弾作品そう沢山求めるのは酷な話かもしれないが……。とにかく、そういう意味では少し残念だったかな、と思ったりして。まだ一回ずつしか読んでいないので読み解かれるべき部分を抜かしているかもしれません。そういう意味では申し訳ない。本当は深く何度も読むべきなのでしょうが。読むスピードが遅いのです。あと、目上からの書き方で申し訳ないと改めて思います。

しかしそれぞれがすごい熱気を有していて、伝わってくる、というのでしょうか。成程、創作の醍醐味なるものを感じながら読ませていただきました。最後にこのような力作を世に送り出してくだすった著者様方に、拍手!ありがとうございました。
3. 9 神鋼 ■2009/12/14 20:37:27
とても重厚な話なのに最後は二人の凄く良い顔がイメージされました。
伏線などもしっかり回収されているのに読み手が想像する部分も多く、楽しいひとときを過ごさせていただきました。
4. 9 いすけ ■2009/12/25 05:12:18
非常に引き込まれて読ませていただきました。
1点マイナスは相対評価の結果です。
5. フリーレス 名前が無い程度の能力 ■2009/12/31 17:28:37
とにかくおもしろかったです
6. 8 バーボン ■2010/01/01 11:46:11
「ようやく」なのか「もう」なのか、読み終えるのに時間がかかった事は確かです。
ですが、ミステリーをやるのならやはりこれくらいの長さは必要なのかなぁ、と。秘封倶楽部ですから普通のミステリーとはちょっと違いますが、現実的な非現実っぽさの塩梅が秘封っぽくて良かったです。
7. 5 藤木寸流 ■2010/01/04 03:05:41
 会話が予定調和っぽい。説明的というか、淀みがなさすぎる。
 あと前振り長いです。飽きます。読みにくいわけではなかったのですけど、長いぶん読むのには時間かかりますし。説明的でしたしね。
 あと雨あんま関係ないです。
 いろいろと伏線は貼られているような気もするのですけど、何だかこう、釈然としないものが。語られていない部分が多い、てのは含みがあるというふうに捉えた方がいいんでしょうか。ご想像にお任せします的な。
 推理ものよりはSF、それかミステリーの方が強いかしら。
8. 8 文鎮 ■2010/01/07 20:08:58
クローン、しかも人間の。
秘封倶楽部の二人がいるちょっと未来のミステリーにはぴったりの題材ですね。
大勢のキャラクターが出てきましたが、特に違和感はなかったと思います。道化師には恐怖さえ感じました。
ただ、私にとって少し難解なストーリーでした。
9. 5 パレット ■2010/01/10 05:26:12
 うおお、引き込まれました。
 オリキャラがすごく魅力的で、かつ蓮子とメリーの生活描写……世界観描写も適度になされていたりして、何よりもまず、この秘封倶楽部世界が好きになれました。ただ読んでるだけで楽しかった。ストーリーとしてはシリアスな中、どこかしら飄々とした雰囲気がすごく良かったです。
 正直なところ、亀山教授や大江教授の背景についてやや投げっぱな印象もないではない(私が読めてないだけかもしれません)ですが、これはこれで味が出ているようにも思えて、私の場合はあまり気になりませんでした。むしろすべてをきっちり説明しきるよりも好きかもしれないバランスの取り方かも。
 途中で一気に誤字が増えた場所があったので、もう少しきっちり読み返しがなされていればより良かったかなとも。
10. 6 白錨 ■2010/01/10 11:24:06
文章が現代小説っぽくて読みやすかったです。
序盤にネタとかインパクトがあれば、読者を逃がさなくなるかな。と思いました。
11. 6 椒良徳 ■2010/01/11 19:46:14
ええっと、これは蓬莱人形に出てくる”僕”とピエロが主題となっているのですかね。珍しい作品ですね。
ピエロと来て正直村に考えが及ばなかった私は原作のやりこみが足らないな。

それはさておき、元ネタ同様に明かされない謎が残っていまいち消化不良な感じを受けます。
また、秘封倶楽部が主役だけに仕方ないとも言えますが、
オリキャラ満載の割にはそれらのキャラの掘り下げた描写が足りないように感じました。
そのせいで、亀山教授の西行へのこだわりもいまいちこちらに伝わってこなかったですし、
宇野(大江)教授や亀山教授への感情移入が十分できないせいで、結末でも心揺さぶられませんでした。
(ただし、小倉教授だけはナイスキャラでした)
これだけの長文、しかも文章は読みやくて良い文章ですし、蓮子やメリーが語る蘊蓄や推理もなかなか面白いのですが、個人的には貴方の実力を生かせていないように感じました。

率直に言うと、良く書けた作品だ。だが、面白くない。
これだけの力作に平凡な評価というのも正直申し訳なく思いますが、この点数でご了承願います。
12. 10 詩所 ■2010/01/13 22:23:57
 まるで、一冊の文庫を読んでいるようでした。
 言葉の使い方(遊び方)が上手く、序盤から物語の世界観に引き込ませる技量を感じます。現代であることもあいまっているのかもしれませんが。
 あと、事件物の話としての雰囲気作り。情報を随所に小出ししつつ、先が気になるように構成するプロット、一ヶ月という期間でこれだけできるのですから実に素晴らしいものだと思います。
 秘封ということで話が現代に偏りがちなところを吸血鬼、反魂法、未確認飛行物体と東方分を随時に補うことで、現代という時代でも東方らしさを意識させて話をまとめる。簡単なことではないと思います。そしてその伏線をあえて東方で消化しなかったあたりも個人的には面白く感じました。
 完成度の高い事件モノなのでもうちょっとゆったりとした展開で読みたかったかなと思いましたが、限られた期間であるコンペで要求するのは読者の贅沢なのかもしれません。
 分かりやすく練りこまれた文、この作品を読むことでコンペを読む楽しさを再発見した気がします。
13. 8 deso ■2010/01/13 23:56:15
なんと秘封ミステリ!
面白かったです。良い具合の秘封でした。
ところどころの東方ネタもニヤリとさせられますが、二人の漫才が個人的にはツボでした。
14. 7 ホイセケヌ ■2010/01/14 17:27:21
ク゚ヒソヨイタヨ「、ホ・皈ゥ`、ャソノ摂、ッ、ニヒタ、ヒ、ソ、、。」

ヤOカィ。「キセ、ホ処、キス。「、ノ、、簔シ、ッセ圖鬢、ニ、、、ニ。「ニユヘィ、ヒ・゚・ケ・ニ・熙ユi、、ヌ、、、、ト、筅熙ヌユi、、ヌ、、、゙、キ、ソ。」、ウ、ホヤOカィ、ヌ。「、ウ、ホカネヒ、ヌ、筅テ、ネユi、、ヌ、、、ソ、、、ハ、「。「、ネユiチヒ瓶、ヒクミ、ク、ソ、ッ、鬢、。」

、ソ、タ。「モ熙、筅テ、ネキe楼オト、ヒラヨミ、ヒネ。、ネ、、ニモ、キ、ッ、マ、「、テ、ソ。」、ハ、、ネ、、、ヲ、ォ。「、ウ、ホラニキメ侃ソ矣、ヒ。「、ェ}、ャモ熙タ、テ、ソ、ウ、ネ、、荀テ、ネヒシ、、ウ、ケ。「、ス、、ハ、ッ、鬢、モ熙ャ、ェ、カ、ハ、熙タ、テ、ソ、ネヒシ、ヲ。」
15. 5 やぶH ■2010/01/15 01:09:22
なんというか、物語に入るこむ隙がありませんでした……。
仕掛けとしては面白いと思うのですが、それをどう見せるかということの方が重要だと思うのです。
16. 8 八重結界 ■2010/01/15 16:49:57
複数の謎が徐々に解き明かされていくのは、何度体験しても鳥肌が立つほど感動してしまうもの。
ただ、その複雑さゆえか幾つか引っかかる部分もありましたが。何にせよ秘封倶楽部の謎解き、最後まで楽しませて貰いました。
何故か読み終わった後で、森博嗣を思い出した不思議。
17. 7 2号 ■2010/01/15 19:02:17
メリーと西行のくだりが紫と幽々子を連想させて心憎かったです。
18. 9 零四季 ■2010/01/15 22:09:10
ミステリ風味。美味しいですごちそうさまでした。
ミステリらしく伏線もしっかり回収していたし、言葉遊びもなかなか、面白い。
時折文章のテンポが悪いなぁと思ったというのはありましたが、とても楽しめました。ミステリは好物
19. 8 時計屋 ■2010/01/15 23:11:32
 記憶も含めて完璧に同じ構造を持つクローンが生成可能だとしたら、そのクローンもやはり「私」になるのだろうか。
 という思考実験をしてみると、魂なんてものを持ち出さない限り、どちらも本物は自分だと主張することになるでしょう。
 じゃあここでいう本物ってどういう定義なの? という問いに対する様々な答えが、登場人物の会話に散りばめられている。ここが実に好みでした。
 似たようなことを私もたまに考えてみるんですけど答えが定まらないんですよねえ……。
 このSSに出てくるピエロは脳や遺伝子に代表される情報さえ持っていれば、それは「私」だと思っているようですが、どうなんでしょうね。
 否定する材料は山ほどありますし、嫌悪する理由はそれ以上にありますね。私も蓮子やメリーと似たような感想でした。

 さて。
 学識に溢れた描写や展開が見事でした。
 特に前半部分の幻想的なオカルティズムに満ちた秘封倶楽部の世界観が素晴らしい。
 よくぞ東方SSでここまで表現できるものだと感心しました。
 ただ重厚に伏線を張り巡らせた前半部分に比べて、後半の謎解き部分がやや急ぎ足だったかという印象です。
 読み終わった後、あれはあれでこれはこう、と確かにつながりはするのですが、最後に一気に謎が解けた、というカタルシスにやや欠けていた気がします。
 そんなわけで後で、うまいなあ、とは思ったのですが、感動するには至りませんでした。私が鈍いだけだったらすいません。
 後は散見された誤字や薄すぎたお題分、ちょっと雰囲気を壊してしまった残念なギャグ(面白いものもたくさんあったのですが)など、粗が少し目立ったように思います。
 しかし文章・構成の完成度の高さは本当に素晴らしいと思いました。上質の小説を読ませていただいた気分です。ありがとうございました。
20. 7 木村圭 ■2010/01/15 23:18:16
用意されたパーツがかちりとはまっていくこの感覚がミステリーの醍醐味だと信じて疑わないわたくし。
散りばめられたギャグも良いスパイスでした。少量の酒は万の薬も駆逐するのです、まる。
ただお題が決定的なキーではないのが少し残念。雨が降っていたことを殊更印象付けるような書き方をしていないのは意図的なものだと思いますが……。
21. フリーレス 智高 ■2010/01/18 02:13:36
>静かな部屋様
確かにストーリーは大幅に削るか増やすかしたかったのですが、そこまで時間が取れませんでした。
執筆計画をしっかり立てられることも実力の一つなんだなあと痛感しています。

>佐藤厚志様
長文のご意見ありがとうございます。身に染みます。
軽いというご指摘は心が痛みますが、やはりその通りだなと思います。期限があるという条件の中でどれだけ詰め込めるか、こんぺの醍醐味を改めて教えていただいたような気がします。

>神鋼様
お楽しみいただいたようで何よりです。読み手が想像する部分は結構意識したので、それに気付いてもらえると書き手として、とてもうれしいです。

>いすけ様
コメントありがとうございます。書いてて面白い作品が必ずしも読んで面白いというわけではないので、好意的な意見をいただけるとほっとします。

>5. フリーレス 名前が無い程度の能力様
とにかくありがとうございます

>バーボン様
秘封っぽいと言っていただいて光栄です。
長く思われたようでしたが、個人的にはあと十万字は欲しいと思いました。

>藤木寸流様
雨要素が薄いという指摘はもっともです。お題をもっと活かせるような作品が書けるよう精進します。
それと、釈然としない印象を持たれたのは、執筆計画の都合で端折った部分のせいかと。時間制限の中で書く難しさを克服できるようになりたいです。

>文鎮様
秘封倶楽部のいる未来でミステリやったらどうなるかと思ったらこんなものになりました。
ストーリーが難解なのは、元ネタの旧蓬莱人形自体が難解だからだと自己分析しています。

>zar様
難しく感じたのはきっと元ネタの(ry
蓮子に格好いいセリフを言わせたいがための作品だったので、伝わって何よりです。

>パレット様
オリキャラについての意見をありがとうございます。
秘封の二人だけで物語を回すのは実質不可能なのでオリキャラを加えたわけですが、オリキャラについてはどこまで掘り下げていいものか迷いますね。
誤字については、最後急ピッチで仕上げたため確認できませんでした。次は余裕を持って書きたいです。

>白錨様
序盤にインパクトがないのは図星ですね。
構成を、秘封倶楽部が大学を探索する場面から始め、その後に活動のバックグラウンドを提示していくという形にしてもよかったんじゃないかと、こんぺが終わってから思いました。

>椒良徳様
「明かされない謎が残っていまいち消化不良な感じ」とありますが、その通りです。
オリキャラに感情移入できないというのももっともで、やはりどちらも記述が足りないせいかなと。
次は物語に深みがある作品を書きたいです。

>詩所様
最大限の評価とお褒めの言葉をいただき恐縮です。
限られた範囲の中で詰め込めるだけ詰め込んだので、それを汲み取っていただけると作者冥利に尽きます。
ご指摘の通り、東方の原作や音楽CDのネタを散りばめて、わかる人にはわかるようにしたのですが、肝心な旧蓬莱人形へのオマージュが伝わらなかったのが心残りではあります。

>deso様
秘封とミステリの相性はどうなんだろうかと心配していたのですが、面白いと感じていただいたようで何より。
ギャグも楽しんでいただけたようで、嬉しいです。

>15.7点の方
もしコメントを再投稿なさるようでしたら、その時個別にお返事します。

>やぶH様
確かに物語の見せ方に工夫が足りないというのは、悩ましいところです。
何人称で語るか、ストーリーを時系列に沿って進めていくか否か等、読者が引き込まれるような構成を考えていくのも重要だと改めて思いました。

>八重結界様
謎解きの面白さを感じていただけると、書き手側として報われます。
森博嗣先生には大きな影響を受けています。というか、大江教授とメリーはもろに犀川先生と萌絵を意識した節があるので、見破られたような心持ちです。慧眼恐れ入ります。

>2号様
秘封倶楽部の物語なわけですが、東方的な要素を入れていこうとした結果、西行やら吸血鬼が出てきました。
読者が東方のことを知っているという前提での作品作りは、楽なようで工夫が必要だと今回思いました。

>零四季様
ミステリの雰囲気を楽しんでいただいたようで、同じくミステリ好きの自分としては嬉しいです。
ちなみに言葉遊びは講談社ノベルス仕込みのものです。

>時計屋様
自分と全く同じクローンは偽物か本物か、という問いは答えがいずれであっても問題が生じる厄介なものです。
しかし、本物は自分一人だけだと他の「本物」の存在を否定し拒絶するのは、人間の身勝手なのだろうかと考えてしまったり。自分こそが本物だと譲らずに殺し合う双子なんて見るに堪えませんから。
それを抜きにしても、やっぱり人間のクローンは駄目ですね。だからこそ創作の中で想像を働かせたくなるわけですが。
あと、後半が急ぎ足なのは、執筆のペース配分が(ry
長文の感想をありがとうございました。

>木村圭様
ミステリとギャグの組み立て方は似てるものがあると考えているので、ついつい併用してしまうのですが、良い方に受け止めてもらって一安心です。
後から雨の要素を押し込んだので、どうしても後付けのような必然性のないお題の使い方になってしまい反省しています。



この作品を読んでくださった皆様、そしてこうした発表の場を
設けてくださった主催者様、本当にありがとうございました。
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