薪一束

作品集: 最新 投稿日時: 2009/11/21 23:43:20 更新日時: 2009/11/21 23:43:20 評価: 16/16 POINT: 72 Rate: 1.14

 しゃり、と玉砂利を踏む人がいる。
 境内に敷き詰められた真っ白な粒の海に、掃き清められた石畳が一本静かに横たわって
いる。石畳の静かなるは、表面が削れることもなく、平らで済ましているからで、平らで
済ましているのは、近頃新しくしたかあるいはよほど踏まれないためであろう。ここでは
後者である。妖怪であれば飛んでくるし、人間であっても大体は飛んでくるのだから、彼
が綺麗なままであることに疑問の余地はない。
 そんな彼の気持ちは知らずして、いま飛んできた人間は、右手に箒を提げて、勝手知っ
たる足取りで拝殿へ近づいていく。拝殿の、賽銭箱の横には、紅白の服をまとった少女が
座っている。その隣には湯気を立てる湯飲みと、丸のお煎餅がお盆の中で仲良くやってい
る。

「よっ。霊夢」

 霊夢と呼ばれた紅白の子は、どこを見ているのか、目の前の来訪者に愛想も作らず、だ
んまりである。箒の子は、黒の三角帽を取ってちょっと驚いたようであったが、何を思っ
たのか、にんまりとしてお煎餅の隣に腰を下ろした。
 時候は仲冬。寒風に吹かれて木々より落ちた葉もとうにどこか知らぬ所へ行ってしまっ
た。山も、森も、里も、冬木だけが緑色をつけて立っている。他は裸である。そんななか
であるから、箒の子は袖の長い、口の締まったシャツに黒い服と白いエプロンを重ねて、
膝まですっかり覆っている。膝より下は半分をブーツで隠している。もっとも、これは普
段からそうなのかもしれないが。他方、紅白の子、つまり霊夢は、肩口から二の腕までを
風にさらして、また、服の生地もとても厚そうには見えない、少なくともこの寒さを過ご
すには不向きな服を着ていた。箒の子は、霊夢の動かぬ横顔をしばし眺めていたが、それ
にも飽きて、右手をそろりとお盆に忍ばせる。

 刹那、よく乾いた音が境内に響き渡った。

「痛っ」
「あら、魔理沙じゃない」

 湯飲みのそばに控えていた霊夢の左手が、閃いたかと思うが早いか箒の子の右手を打ち
落としていた。箒の子は名を魔理沙という。魔理沙の黒星がひとつ増えた。

「生きてるみたいで何よりだぜ」

 右手のかすかに赤くなったのをさすりながら、魔理沙が訊ねる。この時期は痛かろう。

「生きてるわよ」

 霊夢はやや憮然として応えた。視線はまた中空にある。左手は元の位置に戻っている。
右手も元通りお盆の上にある。今度は叩かれなかった。ある人曰く、手癖が悪いと。ある
人曰く、大胆不敵であると。魔理沙はそんな娘であった。

「お茶が欲しいな。温かいのが」

 お煎餅をひとかけ飲み込んで、魔理沙が霊夢を見る。霊夢の手元にあるのはとうに冷め
てしまっているから、もしその気があれば、なんだかんだと言いながらも二人分のお茶を
入れてくれるだろう。そんな気持ちが眼から滲み出ている。それに気づかぬ霊夢ではない。
 しかし、返ってきた言葉は期待と異なるものであった。

「足りないのよ」

 澄んだ空気に、飾り気のない一言が良く染みわたる。無論これだけでは意を得ない。当
然のように次を促さなければならぬ。魔理沙は、お茶葉が、と言いかけて、続く霊夢の言
葉に遮られた。

「薪」

 はてな、薪が足りないとはどういうことか。お茶どころの話ではない。ご飯も作れなけ
れば、お風呂も焚けぬ。この季節に至っては一大事である。火をおこすには燃える物が必
要である。別に薪でなくとも、この神社には燃えやすい物がいくらでもある、そうしない
ということは、差し迫った事態でないか、あるいは、

「取りに行ってくれるでしょ?」

 目の前に方策があるに限る。魔理沙は、右手に残った食べかけのお煎餅を見て、今し方
飲み込んだのを恨めしく思った。先の白星ひとつは譲られたのである。霊夢は魔理沙の方
を見て笑っている。弾幕勝負で勝ったときのように。だが、この程度でひるむ魔理沙では
ない。

「何で私がそんなことを。自分で取りに行けばいいだろ。近いんだから」

 近いとは、この神社を取り囲む森のことだ。冬でも葉を付けているのを見るに、ここも
常緑樹だろう。ただし参道のわきだけは違って、枯れ木が立っている。あれは桜である。

「うちのは全部取っちゃったのよ」
「全部って、じゃあ裏の蔵に納めてあったのはどうしたんだ」

 途端、霊夢は真面目な面持ちになった。

「昨日の朝まではあったわ」
「ふむ」
「お昼過ぎに慧音が里の人を連れて取りに来るから、勘定してお蔵の外に出しておいたの
よ」
「それで」
「いつものように掃除をして、薪を数えて、お昼の仕度をして、時間になって慧音たちが
来たら」
「来たら?」
「数が足りなかったの。おかしいでしょ?」
「なるほど、奇怪なこともあるものだな」

 そこでちょっと会話が途切れる。魔理沙が空を見上げるのにつられて、霊夢もまた暗い
灰色に埋まった天を仰ぐ。冷たい風が吹き抜けるのを聞けば、気分も下り坂、今夜は雨で
あることはそこいらの妖怪でもわかりそうなものだ。ましてや人間には。

「これは、降るな」
「ええ、降るわ」

 霊夢が、すっかり冷めてしまったお茶を啜る。

「それにしても、ずいぶんたくさん渡したんだな、薪」
「そうね。人の数も少し増えて、今年は厳しいから、多めにっていう話だったの」
「その、足りなかった分はどうしたんだ?」
「渡したわ。私のところから」
「おいおい、それじゃ困るだろ」

 ことりと湯飲みを置いた音で、二人の視線が合う。合わせたのが霊夢で、合わせられた
のが魔理沙である。

「困るわね。ところで、薪のお取り扱いはないのかしら、魔法使いのお店やさん?」

 合わせられた方はハッとする。ハッとした時にはもう遅い。やれやれ、と帽子を取って
腰を上げた。霊夢曰く、魔理沙は御しやすい。

「報酬は、出来高払いでいいか?」
「よろしくね」

 諦めたような苦笑いで、魔理沙は再び箒の子になる。磨かれた樫の柄にまたがって石畳
を蹴ると、後ろに見える霊夢がだんだんと小さくなっていく。お互いに手を振り、一人は
お盆を下げて家の中へ。もう一人は前に向き直って、こう呟いた。

「一勝三敗の気分だぜ」



今宵降り出した雨はやがて雪となり、幻想郷を白く彩るだろう。
冬は人間にとって一層厳しい季節である。
雪を踏めば、しゃり、と音がする。


三作目にございます。お読みいただきありがとうございました。
田之上
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投稿日時:
2009/11/21 23:43:20
更新日時:
2009/11/21 23:43:20
評価:
16/16
POINT:
72
Rate:
1.14
1. 5 神鋼 ■2009/12/21 22:00:06
寧ろ全敗の勢いでございます。
2. 5 じょに ■2009/12/22 22:43:59
良かったです。

高い文章力で、単純に読んでて面白いといった作品でした。
3. 6 バーボン ■2010/01/01 12:29:22
ここから話が広がっていくのかなー、と言うところで終わってしまっているのが少々残念です。
もっとも、この話はこれで良いのかもしれませんが。雰囲気を楽しむ物だとして見てみれば、このSSの二人のやり取りは良い雰囲気を醸し出していると思います。なんとなく三月精とかでありそうだなーなんて。
4. 3 藤木寸流 ■2010/01/04 03:10:02
 ああ、うん。雨が微妙ですね。
 軽妙ではあるけれど、ううむ。もっと欲しいかな。続きとか。
5. 2 パレット ■2010/01/10 05:27:42
 二人の距離になんだかほのぼのしてしまう。良かったです。
6. 6 白錨 ■2010/01/10 11:51:58
霊夢と魔理紗の優しさが表現されていた作品だと思います。
文章も切れがよく、読みやすかったです。
7. 3 椒良徳 ■2010/01/11 19:51:06
記念すべき(?)三作目お疲れ様です。
お疲れ様なのですが、要は薪が足りないというだけの作品ですので全然面白くありません。
見せ場に欠けています。
とはいえ、文章は読みやすくて良いのでこの点数を入れさせて頂きます。
始めのうちはなかなか評価されないかも知れませんがめげずに頑張ってください。
8. 5 詩所 ■2010/01/13 22:27:16
 薪を使った囲炉裏とか暖炉って、なんとなくいいですよね。
9. 4 deso ■2010/01/13 23:50:56
ほのぼのとした日常の一幕ですね。
でも、お題がうまく絡んでないような。
10. 1 ホイセケヌ ■2010/01/14 18:35:01
、「、コホ、ヌ、筅ハ、、。「ヨルカャ、ホメサネユ、ヌミ、ネ。、テ、ソ、隍ヲ、ハヤ庁」
マモ、、、ク、网ハ、、、ヌ、ケ、ア、ノ。「、ス、メヤノマ、ヌ、筅ス、メヤマツ、ヌ、筅ハ、、壥、ャ、ケ、、ホ、ャイミト、ヌ、ケ。」餃セ痔ホハシ、゙、熙タ、ア、ユi、、タ壥キヨ。」
シモ、ィ、ニ。「モ熙ホ壥ナ荀マ、「、、ノ。「モ熙マスオ、鬢ハ、、、キ。「ヤ悌}、ヒ、篷マ、鬢ハ、、。「、ネ、、、ヲ、ホ、マ、ノ、ヲ、ハ、、タ、、ヲ。」
11. 3 八重結界 ■2010/01/15 16:52:09
軽妙な掛け合い、堪能させて貰いました。
12. 6 2号 ■2010/01/15 19:04:38
構えずに安心して読めました。
季節感がうまく表現されているせいか、情景が脳裏に浮かびましたねー。
13. 6 やぶH ■2010/01/15 21:29:40
こほん、三作目というのは聞かなかったことにします。
最後の雨→雪では、ちょっとお題分が少ないかなぁ、と。
しかし、軽妙で良い雰囲気が描けている作品だと思います。文章もどこか古風というか親しみがもてる文体です。
こういった作品は創想話とかだと見逃しがちなので、コンペで読めるのはありがたいですね。
14. 7 零四季 ■2010/01/15 22:23:22
普通にありえたかもしれない日常。むしろあったんじゃないかと思うくらいに“ぽい”なぁと思いました。
こんな二人の関係は気持ちが良いですね。楽しかっただけにもう少し長くても良かったかなと思ってしまうのですが。
15. 4 時計屋 ■2010/01/15 23:22:47
 なんだか不思議な感じのするSSでした。
 日常の一コマみたいな、こういうのもいいですねえ。
16. 6 如月日向 ■2010/01/15 23:40:23
 文章が独特でよかったです。主人公二人というよりは、幻想郷の二人の住人のような雰囲気が出ていましたっ。

〜この作品の好きなところ〜
 どこかひとつというより、全体の雰囲気がいいですねっ
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