唐傘雨音頭

作品集: 最新 投稿日時: 2009/11/21 23:47:59 更新日時: 2009/11/21 23:47:59 評価: 22/25 POINT: 168 Rate: 1.68
 
 傘の会合をご存じだろうか。
 知らぬと答えた人は、それを恥じる必要なんてない。むしろ、知っていると答えた嘘つきこそが自らの虚栄心を恥じるべきだろう。傘の会合とは限られた四人だけの集会であり、それ以外の人間が知っているはずもないのだから。
 人間の里から少し離れた街道を、更に離れた山の麓。元は蒔を保管しておく為の小屋だったらしい建物は、いかなる事情なのか放っておかれ、古くささだけを見せつけている。それに目をつけて改装し、集会を開く場所にまで発展させた妖怪こそが多々良小傘である。
 特徴的な茄子色の唐傘を閉じて、若草色のスカートに乗せた。冷たい板の感触が、さらけ出した足の裏にひんやりと伝わってくる。秋だからこその醍醐味であり、雪がちらつく季節になれば小傘とて靴下ぐらいは履くのだ。

「それじゃあ、今日の会合を始めましょうか」

 威風堂々と、小傘は言った。
 小屋にいるのは、名前も素性も知らない四人。傘の会合とは秘匿性が高く、当然そこに集った者も自分の正体をみだりに明かしたりはしない。それぞれが思い思いの仮面をつけて、素顔を覆い隠している。
 小傘がつけているのは黒縁の眼鏡。これで変装だと言い切るには、漫画のキャラクターにありがちな鈍感力を周りの人間が持ち合わせている必要があった。生憎とそこまで現実は都合良くできておらず、小傘の正体などとうの昔に知れ渡っているのだ。
 もっとも、それは小傘に限った話ではない。仮面などとは所詮建前で、殆どの妖怪が互いの素性を知っていた。
 自前の白い椅子に座り、ふわふわとした日傘を壁にたてかけるのはレミリア・スカーレット。
 入り口付近に座り、ドライバーのように傘をくるくると回すのは風見幽香。
 そして最奥に陣取り、紅茶を楽しんでいるのが八雲紫であった。
 当初は傘好きを集めただけの集会だったのに、思わぬ大妖怪共が集合してしまった。その事に当時は驚いたものだけど、今となっては過去の話だ。結局は同じ傘好きの集まり。種族としての格差に怯えるつもりも今はない。

「そういえば、このあいだ教えて貰った店。センス悪かったわよ、かなり」
「ああ、あそこは店主が引退しちゃったからね。息子は腕がいいんだけど、センスの悪さが唯一の欠点なの」

 幽香に睨まれても、もう怯えることはない。軽く舌を出して、ごめんなさい、と謝れば済む程度の仲になれた。時折、冷たい笑顔と共に頭を握られることはあるけれど。
 さして責めるつもりなど、端から無かったらしい。それ以上、幽香が追求してくることはなかった。安堵の溜息を漏らした小傘は、黙って窓の外を見つめる。曇天で覆われた外は、今にも雨が降りそうだ。
 同じく外を見ていたレミリアが、腹立たしげに舌打ちをしてみせた。

「雨が降りそうね。まったく、忌々しいものだわ」
「あら、傘好きならば雨はむしろ大歓迎すべきものじゃないかしら? 私なんて、雨が降れば新しい傘がさせるから大喜びするわよ」
「そりゃあ、あなたはいざとなったらスキマを使って自宅に帰れるものね。だけど私にとって雨は天敵。帰ろうと思えば帰られるけど、気分が滅入るのに変わりはないわ。それに、どちらかと言えば私は日傘派よ」

 基本的に矜持の高い連中が集うこの会合。ぶつかり合うことは日常茶飯事で、どうして解散しないのか不思議なくらいだ。やはり傘の力というのは偉大なのだろう。こんな纏まりの無い連中をつなぎ止めておくのだから。
 鶴と亀がいがみ合ってる模様の扇子を閉じ、紫は馬鹿を見るような目つきでレミリアを見下した。

「日傘なんて、将棋で言うところの挟み将棋。囲碁で言うなら五目並べよ。確かにそれも一興であるかもしれないけれど、遊戯としての本質からは逸れているわ」
「これだから原理主義者は嫌いなのよ。傘の本分は雨に打たれること? そんなの誰が決めたのよ。傘だって雨に濡れるのは嫌に決まっている。だからこそ、本来は太陽を遮るのに使うべきなのよ」
「傘が雨に濡れるのを嫌がってる? ただの持論を傘の意見みたいに言わないで貰いたいわね。傘の使命とは即ち、雨から人を守ることにあるのよ。雨の日にさされることを、むしろ傘は望んでいるのはないかしら? 幽香はどう思う?」

 急に話をふられた幽香は、さして興味もなさげに欠伸を噛み殺して言った。

「どっちでもいいわ。私にとって傘はファッションですもの。雨の日だろうと、晴れの日だろうと。可愛ければさすだけ。それ以上でも、それ以下でもない」
「傘は日用品なのよ。確かに、その美しさは私もレミリアも認めるところでしょう。だけど、それをただのファッションの道具みたいに扱うのは気に入らないわね」
「紫の言う通りよ。傘とは使われてこそ輝く道具。部屋に飾って楽しむ為のものではないわ」
「誰もささないとは言っていない。ただ、あなた達みたいに雨が良いとか晴れが良いとか低次元な考えを持っていないだけのこと」
「て、低次元ですって!」

 いつものように、幽香の挑発がレミリアを激高させていく。紫も声を荒げないだけで、扇を握る手はぷるぷると怒りで震えていた。いつもなら、ここで小傘の仲裁が入るのだけれど。
 小傘は外を見つめたまま、一言も声を発さなかった。

「……小傘?」

 本来なら入るはずの仲裁がなく、レミリアはついつい尋ねてしまう。浮かぬ顔をしている妖怪に向かって。
 自分の名前を呼ばれてようやく、小傘は意識を小屋の中へと向けた。

「えっ、あのっ、何だっけ?」

 間の抜けた返事。いつのまにか立っていたレミリアは苦笑しながら、ゆっくりと白亜の椅子に腰を下ろした。紫とレミリアが争い、幽香が油を加えて、それを小傘が鎮火する。普段とは少し違うけれど、結果としてはいつも通りの展開であった。
 最近では、これが無いと物足りないぐらいだと語るスキマ妖怪もいるぐらいだ。止める小傘からしてみれば、出来ればもっと仲良くして貰いたいものだけど。

「そうだ!」

 仲良くという単語で思い出した。今日は自前の傘だけでなく、他の物も持参していたのだ。小屋の外へ置いておいた段ボール箱を引きずって、中へと運び込んでくる。
 立方体というより直方体と言うべき箱を開き、用意しておいた物を取り出した。それは、小傘とお揃いの紫色の傘。箱の中には、その傘が四本ほど入っていた。
 小傘はそれを、レミリア、紫、幽香に一本ずつ手渡していく。

「前から思っていたの。せっかくの会合なんだから、なにかこう共通の物があればいいって」
「それが、これ?」

 苦々しい顔で幽香が、手に持った紫色の傘を指さす。傘にはそれぞれの名前が書き込まれており、小傘の物には当然のごとく自分の名前が達筆で描かれていた。
 傘作りにおいては、歴史上でも右に並ぶ者がいないと称される葛籠屋又吉に頼み込んで作ってもらった一品。ちなみに名前のデザインは、里で最も綺麗な字を書くと言われている稗田阿求にお願いをした。

「そう。証明書みたいで、なんだか素敵でしょ?」

 紫は微笑ましい顔で小傘を見つめ、レミリアは呆れた顔で傘を見つめ、幽香は小傘を睨み付けながら傘を握りしめた。どうやらあまり歓迎はしてくれていないようだが、誰も捨てたり壊したりはしようとしない。
 当然だ。葛籠屋又吉の腕は此処にいる全員が認めており、風見幽香ですら又吉に頼むのは勇気がいると言い切ったほどだ。その渾身の作を捨てたり壊したりするなんて、真の傘好きなら到底出来る所行ではない。
 共存とかお揃いという言葉を一番嫌っていそうな幽香は、解散の時間となるまで忌々しげに小傘を睨み付けていた。それでも傘を粗末にしないのだから、なんとも愛くるしい愛好家である。
 小傘も笑顔で対抗して、オッドアイを輝かせていた。










 紫はいつのまにか消え、幽香は何も言わずに去っていった。小屋へ残ったのは、小傘とレミリアの二人だけ。
 外は生憎の空模様が続き、いまにも降り始めそうな雰囲気を漂わせていた。もしも降れば今日はここでお泊まりか、それとも根性を振り絞って館まで帰るか。いずれにせよ、あまり選びたくない選択肢だ。
 目蓋を閉じ、空が辿る運命を目視した。天気予報いらずの能力は、天人が操作でもしない限り、今日はずっと曇りのままだと教えてくれる。
 だったら、そそくさと退散する必要もあるまい。レミリアには気になっている事があったのだ。
 皆がいなくなろうとしている事にも気付かず、再び窓の外を眺める小傘。虚ろな瞳は、やはり空を見ていなかった。窓辺に頬杖について、溜息を漏らす。もう少し気品があれば、それを深窓の令嬢と称しただろう。

「雨、降らないわね」

 なにげなく、小傘の隣へ椅子をずらした。年期だけは入った床板が、ギリギリと歯ぎしりのような音をたてる。耳障りな悲鳴が小屋の中で反響しても、小傘が反応することはなかった。薄黒い雲の底が、小傘のオッドアイも同じ色に染めようとしている。
 紫か幽々子であれば、扇子を閉じて注目を集めるんだろうけど。自分にはそういったアイテムが全く無かった。せいぜいが傘と、後はもう紅茶ぐらいなもの。ここでグングニルをぶっ放すわけにもいかないし、手慰みできる物でも持ち歩こうかしら。空気を揉みしだき、駄目もとでもう一度話しかける。

「そんなに雨が気になるのかしら?」

 ぱちくりと目を瞬かせ、蒼赤の宝眼がこちらを向いた。せめて声が届くようにと、なるべく顔を近づけていたレミリア。水を生糸にしたような髪の毛が、一本一本見えるぐらいの距離に小傘の顔がある。恋人同士なら、これはもうキスの距離だ。
 小傘は驚きを隠さず、仰け反って古くさい丸椅子から転げ落ちた。本当はレミリアも同じぐらい驚いていたのだが、そこはカリスマを尊ぶ吸血鬼。そうそう醜態を他人に見せつけるわけにもいかないと、残った理性が押しとどめたのだ。驚愕で詰まった言葉を飲み込み、新しい言葉を肺の底から捻り出す。

「いくらなんでもオーバーよ。あなた、人を驚かせる妖怪なんでしょ。それがこんなに驚いていては世話がないわね」
「そ、それは……」

 床に尻餅をついたまま、気まずそうに顔を逸らす。その反応で、何となく彼女の心の中が見えてきた。
 椅子から降りて、しゃがみ込む。フリル付きのスカートが、床板の上に広がった。さして手入れがされているわけでもない埃まみれの板の上。帰ったら咲夜に怒られるかしらと、関係ない思考が一瞬だけ頭をよぎった。

「人を驚かす方法でお困り?」

 俯いていた顔が、嘘のような早さで上を向く。図星を突いたのだと、過剰な反応が教えてくれていた。

「私の運命を読んだの?」
「運命はそこまで都合の良いものじゃないわ。過去の運命など所詮は思い出レベルだし、未来の運命にしたって告げてしまえば変わってしまう。ガラス細工の工芸品より、運命なんてのは脆いものなのよ」

 話が逸れた事に気づき、間を整える為の咳をした。

「とにかく、運命であなたの悩みなんかは分からない。でもね、そんな反応されたら誰だって分かるに決まってるでしょ。妖精だって……まぁ、妖精は分からないかもしれないけどね」

 小傘のついた溜息は、先程までの重々しいものとは違った。何か諦めがついたような、不安を押し出す為の儀式にも見える。

「ばれちゃったなら仕方ない。そうよ、私は悩んでるの。どうやったら、人を驚かすことが出来るのかって」
「何とも単純な悩みだわね。曲がり角に待機して、大声を出しながら突進して行けば老若男女問わず、驚いてくれるわよ」
「違うって。私が求めてるのは、そういうんじゃないんだよね。何というか、風情が無い」
「ああ」

 要するに、蛇口に口をつけて水を飲むか、凝った装飾が施された食器で飲むのかの違いである。どちらも同じ水なれど、与える印象は天と地ほど違った。

「本を読み漁って調べたりもしたんだけど、なんかピンと来るものが無かったのよね。だから、どうしようかなって思っていたの」
「時折、動かなくなった原因はそれね。てっきり油かゼンマイでも切れたのかと思ってたわよ」
「その方が良かったよ。油は差せばいいし、ゼンマイは巻けばいい」
「あら、知らなかったのかしら? 油って案外高いのよ」

 矮小な悩みだと笑いとばす。こんなものは悩みの分類にも入らない。ちょっとした事で、すぐさま解決する類の話だ。

「どうしても人を驚かしたいのなら、良い相談相手を知ってるわ」
「本当!?」

 余程切羽詰まっていたのだろう。先程よりも近い距離に顔が迫ってきた。息が肌に当たり、心臓の鼓動も伝わってきそうな錯覚を覚える。
 なるべく平静を装いながら、レミリアは淡々と答えた。

「里の人間よ」

 小傘はあからさまな落胆を隠せないようだったけれど、間違ったことなど言っていない。落ち込む彼女の身体を離し、薄紅色の唇を開いた。

「どうやったら人間が驚くのかを知りたいのならば、その人間に訊くのが一番手っ取り早い。泥棒の手口は泥棒に聞けと昔から言うでしょ?」
「初めて聞いたわ」
「そりゃ、私が作った言葉だもの。でも、なかなか良い言葉だとは思わない? 案外、真実を突いていると思うし」

 いやらしいまでの自画自賛に、思わず小傘も呆れた表情へと変わる。

「例えば、あなたがされて驚くことがあるとする。それをあなたから聞き出して実行すれば、対抗策を練ったところで間違いなく驚くわよね?」

 出会い頭にいきなり炒った豆をぶつけられたら、さしものレミリアだって驚くに決まっている。例えあらかじめ襲撃を伝えられたとしても、結局は驚いてしまうだろう。その襲撃の日時まで、律儀に報告してくれるわけはないのだから。

「まぁ、確かに……」
「ほら、ご覧なさい。要はそれを人間で実践するだけの話よ」

 微かに胸打たれるものがあったらしく、小傘の反論はぱたりと止んだ。ここぞとばかりに、レミリアは畳みかける。

「かつて、あなたが姿を見せただけで驚かれた時代があったんでしょう? その時は、相手を引き留めて顔を見せるだけでも人間は腰を抜かした。そう、驚かす手段さえ分かってしまえば理解していても人間は驚くのよ!」
「な、なるほど!」

 合点いったと、打ち合わさった小傘の手が鼓のような音を鳴らした。失望で彩られた瞳も、今では期待と希望で塗り尽くされている。小屋の中がもう少し暗ければ、きっと曇天で覆われた外の代わりに室内で星を瞬かせたことだろう。
 いきなり、手をとられて上下に振られた。何のつもりか真意をはかりかねたが、どうやら感謝の気持を表しているらしい。

「ありがとう! 早速試してみるわね!」

 そう言うや否や、疾風のように小屋から出て行った。粗末な作りの戸が、乱暴な扱いには耐えかねると抗議の意味を込めて真っ二つに割れる。美鈴に頼んで、修繕して貰うことにしよう。 
 だが、それは後の話。今は、すべきことがレミリアにはあった。
 せっかく、転がりこんできた面白そうな話をみすみす逃す手はない。これから小傘が何をするのか。どんな結末を見せるのか。
 退屈を紛らわせる余興としては、これ以上の見せ物などない。
 お気に入りの日傘と貰った傘を手に取り、レミリアは小傘の後を追った。彼女とは、違った期待で胸を膨らませながら。










 雨が降らぬと知っている吸血鬼ならば、傘もささずに通りを歩く。だけど普通の人間からしてみれば、昼間でも黒い空は不気味に映るものである。雨にうたれることを望むのは修験者ぐらいで、誰も彼も足早に大通りを過ぎていく。
 コウモリのような羽をつけた少女に、靴も履かない裸足の少女。二人が揃って歩いていても、人々は奇異の視線を送るだけで呼び止めたりする者は一人としていなかった。
 ならば、こちらから声を掛けようではないか。

「ねえ、どうやったら驚いてくれる?」

 呼び止められた男は、当然のごとく無視して去っていった。諦めず、小傘はまた新しい人物へと挑戦していく。

「ねえ、どうやったら……」

 今度は最後まで声を掛けることすら出来ない。こちらに構う暇もないのだから、いくら話しかけても無駄に終わるのは目に見えていた。勿論、運命なんかを見るまでもなく。
 一方の小傘は落胆し、今にも泣きそうな顔で茄子のような傘を握りしめている。迷子の子供がいたら、きっとあんな顔をするのだろう。このまま放っておけば泣いて逃げそうな勢いだったので、レミリアはそっと背中を押してやった。

「まだ、始めたばかりよ」
「そ、そうね!」

 見ようによっては励ましたように思えるが、単にここで止められたら面白くなかっただけのこと。真実はいつだって、知らない方が幸せであるのだ。

「それにしても……妙ね」

 レミリアは通りを行き交う人々の表情に注目した。これから雨が降るかもしれないというのに、大概の人間が小傘のような希望で溢れたような表情をしている。まさか、里で修験道がブームになっているわけでもあるまい。
 だとすれば、一体何故? 
 ひょっとすると、軒下に置かれたバケツも関係しているのだろうか。大通りでバケツを置いていない家は一軒も無かった。雨漏り対策として家の中へ置くのなら話は通るが、あれでは雨水が溜まるだけである。雨水など、溜めてどうなるものでもない。
 腕を組んで、色とりどりのバケツが並ぶ軒下を眺める。そんなレミリアの疑問に答えたのは、意外にも小傘が問いかけている人間達だった。

「どうやったら驚くか? そうさな、雨が降るか川が蘇るかでもしたら尻子玉が飛びだすほど驚くかね」
「あの川に水が流れたら、嬉しくて驚くだろうさ」
「水だよ、水。水をくれるなら、命をかけても驚いてやるさ!」

 雨は降らず、川は枯れ果てている。つまるところ、人間の里は深刻なまでの水不足だったのだ。
 なんのことはない。あのバケツは本当に水を溜める為に置かれていたのだ。
 これで人々の表情や奇怪な行動にも合点がいく。

「ねえ、聞いた? 川が蘇れば驚いてくれるって!」

 小傘は実に運が良い。これで雨が降るのならば、川が蘇ったところで驚く人間は少ないだろう。そも、雨が降れば川などは勝手に蘇ってくれるもの。わざわざ自分たちが手を貸す必要などどこにもない。
 だが、レミリアは運命を見ていた。今日、里には雨が降らない。例えどれだけ降りそうだろうと、誰かが何かをしない限りは絶対に降らない運命にあるのだ。

「とりあえず、その川へ行ってみましょう!」

 ひょっとすれば、彼女の願いは叶うかもしれない。
 ただ、川に水を流すだけで人々は喜んでくれるのだから。










 見上げるだけで首が疲れる。人よりも小さい二人だからというわけではなく、おそらく誰もがそうなのだろう。
 枯れた川を辿っていけば、自然と川の源泉へと導かれる。そこまで行けば、何故枯れたのか検討もつくはずだ。冬支度に忙しい川辺を歩き、源泉とも言うべき所を探す。川には本当に水が流れておらず、このままではただの抉れた地面にしか見えない。長らくその状態が続いた為か、川底は乾燥してヒビ割れていた。
 どうやら、川は妖怪の山に繋がっているらしい。とすると、水も妖怪の山から流れてきているのだろう。その考えは半分正しく、もう半分は大いに間違っていた。

「……これは」
「なるほど、これじゃあ川が枯れるのも当たり前ね」

 山と川を遮るように、立ちはだかるのは巨大な岩。推定でも計るのが馬鹿らしくなるほど巨大な岩が、川を下敷きにして山の前に陣取っていた。
 誰が見ても明らかである。これこそが、川の枯れた原因なのだと。
 呆れて言葉もない二人に対して、背後から声をかける者がいた。

「厳密に言うと、原因はこれだけではない。長らく雨が降っていないのでな、川に水が流れ込んでこないんだよ。まぁ、それでもあの大岩が無ければ多少は山から流れてくれる可能性もあるんだがね」

 振り返ると、見覚えのある顔が難しい表情で腕を組んでいた。里ではよく見かける顔だけれど、あまり外出しないレミリアにとっては懐かしい顔である。確か、輝夜が異変を起こした時以来だろうか。
 どんな名前だったかしらと記憶を手繰りよせている間に、小傘が正解の名前を口に出す。

「慧音先生!」

 ああ、そうだ。上白沢慧音だ。
 里の守護者にして、人間とハクタクのハーフ。里で子供達に勉強を教えているらしく、先生という愛称が実によく似合っていた。

「私は別にお前の教師ではないのだがな……。まぁ、いいさ。ところで、お前達はこんな所で何をしているんだ?」
「そういうあなたこそ、此処で何をしているのよ? 寺子屋は此処じゃないわよ」
「なあに、少しばかり山の様子を見に来ただけだ。乾燥した山に大雨が降れば、土砂崩れの起きる危険性もあるからな」

 長らく続いた日照り。慧音もまた、雨を待ち望んでいた一人なのだろう。土砂崩れを心配している顔の中にも、雨が降るのだという微かな喜びが混じっている。落胆させるのは酷だけど、来ない待ち人を思わせ続けるのも冷酷な話である。

「悪いけど、雨なんて降らないわよ」
「なんだと? どうしてお前に……そうか、分かるのか」

 信じられずに反論しようとしたものの、慧音は悔しげに口を閉ざした。レミリアの能力を知っていれば、その反応も頷ける。
 唇を噛みしめ、慧音は大岩を睨み付けた。

「これで多少は水不足も解消されると思ったんだが」

 子を殺された親のように、怒りと悲しみで満ちあふれた表情の慧音。まるで自分がそんな顔をさせているかのようで、少しだけ同情の念が沸き上がってくる。せめての慰めに、いつ雨が降るのかぐらい教えても良いだろう。
 レミリアは大岩を見上げ、ここら一体の運命を読み取った。
 バケツをひっくり返したという表現すら生ぬるい豪雨が山へと降り注ぎ、あっという間に土砂崩れを引き起こす。一瞬だけ川に水が流れたものの、すぐさま大量の土砂が川を埋め尽くした。
 未来の光景に思わず、顔をしかめる。

「雨は降るわよ。あと、一ヶ月半もしたら」

 雨を渇望する者にとって、その期間はあまりにも長い。落胆した表情を隠そうともせず、慧音は肩を落として呟いた。

「一ヶ月半も、か」
「ただ、雨が降りすぎてここらは土砂崩れの被害に遭うでしょうけどね。川の運命は、言わなくても分かるでしょ?」
「そうか……」

 短期的な目線で見るなら、一時の大雨は有り難い。だが、長期的な目で見れば川が埋もれるのはあまりにも被害が大きすぎた。少なくとも、あと一ヶ月半でこの川は使い物にならなくなるのだろう。
 あるいは、どこか別の場所から水が流れ、新しい川が生まれるのかもしれない。そこまで先の未来は見ていなかったし、大規模の土砂崩れが起こるのだ。それぐらいの変動はあっても不思議ではない。もっとも、いずれにせよそれは先々の話。明日の水を望む者達からしてみれば、絵に描いた餅と大差は無いのだ。
 小傘も話を聞いていたはず。この情報は、彼女にとっても衝撃を与えたことだろう。
 ふと隣を見てみれば、何故か小傘は両の拳を握りしめていた。まるで気合いを入れているかのようだが。

「俄然、燃えてきたわ!」

 落ち込む慧音と難しい顔のレミリアをよそに、小傘はひとり、決意のみなぎった瞳に轟々と燃える炎を宿していた。さして熱血漢でもない彼女にしては、随分と情熱的な炎である。

「何に燃えているのよ? 大岩は破壊するのも手間なぐらいに大きい。仮に破壊したところで、どうせ川は土砂崩れで埋もれてしまう。私らが手を加える余地なんて無いわ」
「ふふふ」

 至極当然の事を説明するレミリアに対し、不敵な笑みを浮かべる小傘。左右で色の違う瞳が妖しく吊り上がると、妙な雰囲気を醸し出す。

「だからこそじゃない!」
「はぁ?」
「それだけ難しく、絶望的な状況だからこそやってのける! そうすれば、人間だけじゃなく妖怪や妖精や神様だって驚いてくれるはずよ!」

 力強く言い放ち、手に持っていた傘の柄が悲鳴をあげる。

「何としても、土砂崩れが始まる前に対策を練らないといけないね。まずは大岩を破壊して、川を守る方法を考えなくちゃ!」

 彼女の辞書に、後退という文字は類義語すら存在していない。
 実に欠陥品で、真に愉快。久しく感じていなかった、胸の高ぶりを覚えてしまう。レミリアの能力を知るものは、その強大さをよく知っていた。だから彼女が運命だと告げてしまえば、諦めるか信じないかの二つに一つ。
 それなのに、小傘は真正面から挑みかかるという。運命などは脆いもの。それを知っているレミリアならば選ぶかもしれない道だけど、たかが妖怪の娘が選ぶとは思わなかった。愚直で向こう見ずで面白い。
 こうでなくては、退屈も紛れないというものだ。レミリアは堪えきれず、多少の黒さが混じった笑みを零す。

「ふふふ、いいわね。最高よ、小傘。私も協力させて頂戴。あなたの運命は、なかなかに面白そうなものだから」
「じゃあ、とりあえずはレミリアのお城で作戦会議ね!」
「城じゃなくて館だけどね。まぁ、いいわ」

 背を向ける二人に、慧音が声をかける。

「この川を蘇らせ、あまつさえ守ろうと言うのか?」
「どうやら、彼女はそのつもりらしいわ」

 しばし黙りこくった後、真剣な表情で口を開いた。

「もしも私に出来ることがあるとすれば、遠慮無く言ってくれ。この川に水が流れるのなら、ある程度の融通も利かそう」
「その言葉、ありがたく頂戴しておくわ。何かあったら、あなたを頼らせてもらうから」
「うむ、頼んだ」

 川の源は妖怪の山だが、川自体は人間の里を通過しているのだ。いずれ、慧音を頼る日も来るだろう。それを思えば、ここで彼女の協力を取り付けたことは僥倖と言えるのかもしれない。それに関しての運命を、レミリアは読もうとも思わなかった。
 運命とは変わるものだけれど、あまり先が見えすぎるというのも退屈すぎる。程ほどで良いのだ、こういうものは。
 いつのまにか先へ行ってしまった小傘を追いかけようと、レミリアが足に力を籠めた時のことだった。
 不意に、頭の中で不思議な光景が浮かんだ。だがそれは煙のように掻き消え、どんな光景だったのかまったく覚えていなかった。
 ただ一つだけ言えるのは、あまり良くないものだったという事だけ。
 口の中に残った苦い味は、館に帰るまで消えることは無かった。







 ☆ ★ ☆







 赤い館、紅魔館。
 廊下に敷き詰められた絨毯から、天井の装飾に到るまで全てが赤で統一されている。だからといって下品さはなく、所々から貴族の屋敷を思わせるような風格が漂っていた。
 紅魔館へ訪れるのは初めての小傘。見た目の荘厳さだけでなく、内装も凄いのだと聞いていたが、まさかここまでの物とは思ってもいなかった。ただ歩くだけで感嘆の溜息が漏れるなんて、一生に一度あるかないかだ。
 馬鹿みたいに口を開けて、むやみやたらに高そうな壺を眺める。廊下の隅にぽつりを置かれただけのくせに、妙な威圧感を放っていた。触れば割れるのが陶器だけれど、この壺には誰も近づかないだろう。そんな確信を抱きつつ、レミリアの背中を追いかける。

「うちには一人、こういうのに詳しい奴がいるのよ。知識だけじゃなく、知恵も持ち合わせた魔女がね。彼女に話してみたら、何か画期的な策を預けてくれるかもしれないわ」

 振り向きせず、レミリアはそう言った。そこではたと、自分が何のために紅魔館へ訪れたのか思い出す。館の放つ独特の雰囲気に呑まれ、すっかり忘れ去っていた。
 頬を叩き、気を引き締める。なにせ、相手は巨大化した鬼よりも更に大きな岩なのだ。並大抵の手段ならば、通用せずに膝をつく。
 廊下を抜け、湿っぽい階段を降り、古くさい扉の前に立った。レミリアはノックも無しに開け放ち、淑女らしからぬ大声を張り上げる。

「パチェー! いないのー?」

 呆気にとられるほど広い空間に、レミリアの声が木霊した。木霊しただけだった。返事はない。

「まったく、相変わらず出不精なんだから」

 腰に手を当て、頬を膨らませる。子供のような怒り方だが、外見のせいかとても似合っていた。風格はレミリアの方が上だけれど、身長は小傘の方が高い。よく出来た妹のようだと、心の中では密かに思っていた。

「あれ、レミリア様? どうなされたんですか?」

 レミリアと同じような羽をつけた女性が、幾冊もの本を抱えながら飛んでくる。彼女が魔女なのだろうか。

「ああ、小悪魔。ちょうど良かったわ、パチェ見なかった?」
「え? パチュリー様でしたら、ほら後ろに」
「は?」

 二人は振り向き、そして同時に驚きの声をあげる。丸いテーブルに本を積み重ね、無言で読み漁る魔女らしき女性がそこにはいたのだ。

「……いつからそこにいたのよ、パチェ」
「最初から、ずっと」

 喧噪に入れば消えそうな、か細く小さな声だった。しかし沈黙をルールとする図書館にあっては、その声もよく響く。
 調子が狂ったと頭を掻き、レミリアは呆れた顔でパチュリーの向かい側の席に座った。自分はどうしようかと悩んでいたら、小悪魔がレミリアの隣に椅子を置いてくれる。名前のわりに、案外いい人のようだ。
 好意に甘え、素直に腰を降ろした。

「だったら返事ぐらいしてくれたら良いじゃない。おかげでいらぬ恥をかいたわ」
「読書中の邪魔をされたくなかっただけよ。無視したら帰るかと思ったんだけど」
「お生憎様。あなたに用があってきたのよ。ああ、こっちのは多々良小傘。ちょっとした知り合いの妖怪よ」
「は、はじめまして! うらめしやー」

 挨拶代わりの脅かしだったが、冷たい目で見られただけだった。やらなければ良かったと、今更ながらに後悔している。

「それで、その二人が私に何の用事かしら? 残念ながら、私は忙しいのよ」
「妖怪の山の麓に川が流れてるの。その川を大岩が塞いじゃってね。破壊できないものかしら?」

 じっとりと湿っぽい瞳が、レミリアの方を向く。

「あなたが壊せばいい。妹様を連れていけばいい。鬼に協力を頼めばいい。八雲紫に助けて貰えばいい。選り取り見取りの大セール。どれでも好きなものを持っていくといいわ」
「最後の二つは論外として、問題はまだあるの。その山は一ヶ月半後に土砂崩れを起こすんだけど、それから川を守りたいのよ」
「そこまでする義理はないわ」
「居候でしょ。手伝うくらい良いじゃない」
「破壊ならともかく、土砂崩れを防ぐなんて専門外だわ」
「あら、パチュリー・ノーレッジともあろう魔女に専門外なんて言葉があるの? 知らなかったわ、あなたの知識がその程度のものだったなんて」
「……安い挑発は品位を落とすわよ、レミィ」
「でも、少しぐらい心は動いたんじゃないかしら?」

 無言でレミリアを睨み付け、やがて諦めたように溜息を漏らした。読んでいた本を閉じ、小悪魔に紅茶を運んでくるよう命じる。

「まぁ、いいわ。喘息の具合もいいみたいだし、あなたの馬鹿騒ぎに付きあってあげる」
「ありがとう、それでこそ私の親友よ」
「あなたの親友ってのは、随分と便利な存在なのね」

 激しい応酬はあったものの、話はうまく纏まったらしい。普段からこんなやり取りをしているのか、その流れに淀みはなかった。口を挟む余地などまったくなく、小傘は黙っていることしかできない。もっとも、それで順調に終わるのなら全然構いはしない。
 要は目的が果たせればいいのだ。人々の驚く顔が見られるのなら、それに超したことなどない。

「だけど、私一人じゃ難しいのは事実よ。せめて、幾人かアドバイザーを呼び寄せないと」
「名前を言ってくれるなら、すぐさま此処に集めるわ。それで、誰?」

 軽い口調だが、レミリアの目は真剣そのもの。パチュリーは呼吸を整え、三人の名前を告げた。

「アリス・マーガトロイド、河城にとり、それと射命丸文よ」

 河童のにとりはともかくとして、後の二人は意外な面子である。面食らった顔をしているのは、なにも小傘だけではない。レミリアもまた、目を丸くして友人の顔を眺めていた。
 パチュリーは説明を続ける。

「大まかな対策はにとりでも詰められるけれど、細かな部分においてはアリスの方に軍配が上がる。天狗の方は、まぁ単なる聞き込みね。あそこは一応妖怪の山だし、不確定要素が紛れて混んでいるとも限らない」
「妖怪と巫女と神様と天人がいる山ですものね。確かに、それは一理あるわ」

 紅茶を運んできた小悪魔に、三名を此処に呼ぶよう命じるレミリア。てっきりパチュリーの部下だと思っていたが、そうではないのだろうか。あるいは、当主が特別なだけなのかもしれない。
 レミリアとパチュリーは紅茶に口をつけ、倣うように小傘も真似をした。紅茶など飲むのは生まれて初めてのことで、どうやって飲むのかさえ見よう見まねで確かめなければいけないほどだ。
 どうやら普通に飲むものらしく、そのままティーカップに口をつける。

「あちち」

 孕んだ熱を冷ますため、可愛らしい舌を外気に晒した。
 猫舌なのだ、小傘は。










 紅魔館から最も近いのはアリスの家で、きっと真っ先にやってくるのは人形使いなんだろうな、と小傘は勝手に予想していた。しかし現実とはいつだって予想を裏切るものである。
 図書館の扉を誰よりも早く開いたのは、妖怪の山で度々見かける烏天狗の姿であった。

「どうもどうも、この度はお招きいただいて恐悦至極に存じます」
「妙な畏まり方をしなくてもいいわよ。ちょっとした私用で呼んだのだから」
「あ、そうですか。それじゃあ、とりあえず紅茶を一杯」

 笑顔で頷き、小悪魔は姿を消した。司書というよりは、ウェイトレスと呼んだ方が似合う。
 手帳を開きながらペンを取り出し、用意されていた椅子に腰を降ろした。

「それで、今日は私にどういったネタをご提供していただけるのですか?」
「『紅魔館当主の華麗なる暇つぶし! 驚愕した烏天狗の漏らした言葉とは!?』そんな感じの記事を書いたらどう?」

 乾いた笑いを浮かべつつ、ペンで頭を掻く射命丸文。

「いやぁ、残念ながらウチじゃあ没ですね。インパクトが弱すぎる。せめて紅魔館の当主が謎のウィルスに冒されるぐらいじゃないと」
「あら、残念。これでも健康優良児で通っているのよ」
「健康な吸血鬼もどうかと思いますがね」

 まったくである。頷く小傘を横目で睨み付けながら、レミリアは文の顔を真正面から見つめた。

「妖怪の山の麓に、大きな岩があるわよね?」

 顎をペンで突きながら、天井を見上げる。そこに答えが書いてあるわけもなく、思い出そうとしているのだろう。しばしそうしていた文は、やがてゆっくりと顔を戻した。

「確かにありますね。山の裏側に、大きな岩が。でも、それが何か?」

 勿体ぶるように紅茶を飲み、笑顔を携えて口を開いた。

「あの大岩を破壊しようと思うのよ」

 小傘とパチュリーは既に知っている。レミリアは発言した張本人だ。
 呆気にとられた顔をするのは、文だけしかいない。危うくペンを取り落としそうになり、慌てて体勢を立て直す。それほどまでに動揺させるとは、自分の提案がいかに突拍子もないものなのか分かるというものだ。密かに小傘は胸を張った。

「あやややや、あの大岩をですか? いや、それはまた実に大胆で……難しい」
「破壊すること自体は、さして難しくもないわよ。問題は……」

 その次。土砂崩れに話を移そうとしたところで、文がそれを遮った。

「いえ、この時点で充分に難題です。なにせ、大岩には如何なる能力の使用もできないんですから」

 初めて耳にした話に、今度は三人が驚いた。
 能力を使えないとは、一体どういう意味なのか。

「ご存じの通り、あの山は他の山と異なります。我々天狗もいれば、神様もいる。そして天人も。そういった特殊な連中の力が微弱ながら漏れだし、少なくかならずあの山に影響を与えているのです」
「で、でもだからといって能力が通用しないというのは!」
「なにも山全体がそうだと言っているわけじゃありません。あの大岩には通用しないと言っているんです」

 信じられないとばかりに噛みつくレミリアとは違い、パチュリーはすぐさま理解をしたらしい。話の展開を眺めているだけの小傘とは大違いだ。

「つまり、そういった特殊な力の流れ着いた先があの大岩だと?」
「あれだけの力がごちゃ混ぜになってしまったんですから、能力が効かないぐらいでは驚きもしませんでしたがね。少なくとも、我々はそう思っています。それと、問題がもう二つ」

 立てられた二本の指に、思わずレミリア達の顔が苦々しいものへと変わる。これだけでも充分に難題だというのに、まだ二つも残っているのかと。
 しかし、聞かなければ話は進まない。不承不承ながら、誰もが口をつぐんだ。

「まず所有権の問題。我々からすれば邪魔でも何でもない大岩ですが、あれも一応は妖怪の山の一部。それを勝手に破壊されては天狗の面子にも関わります。だから最低でも天狗の許可は取って貰わないと、下手をすれば紅魔館と妖怪の山が敵対関係に陥りますよ」

 紅魔館と妖怪の山。どちらか勝つのかは知らないが、多大なる被害を被ることだけは間違いない。小傘とて、タダでは済まないだろう。この計画に関わっているのだから。
 強行して反感を買うわけにもいかない。ちゃんと天狗の許可をとる必要があるだろう。

「そして破壊した破片の問題。当然のことながら、我々は破壊するならば破片を引き取って貰うよう命じるでしょう。ですが、山から離れたところは地下の管轄なんですよ。あの付近には地下への入り口がありますからね。だから破片を置くには、どうしても地霊殿の許可がいる」
「もっと遠くに運べば良いだけの話じゃない?」

 レミリアの提案に文は首を振った。

「地霊殿の管轄区域は思っているよりも広いんですよ。だから管轄外に運ぼうとすれば、結構な距離になってしまう。だけど破片には能力を使うことができない。手作業で運ぶのだとすれば、かなりの作業になってしまいますよ?」

 生憎とレミリア達には制限時間があった。どうやって運ぶのかもまだ決まっていないが、少なくともそんなに遠くへ運ぶことなどできない。
 どうやら妖怪の山のみならず、地霊殿の許可もとらなければ計画は前へ進めないようだ。

「妖怪の山はあなたの説得で何とかならないの?」
「私はしがないブン屋ですから。そういった政治には関わらないようにしているんです。だから許可を貰うには、最低でも天魔様に話を通さないと」
「最低も何も、そいつがトップじゃない」

 天魔という妖怪に会った事は無いけれど、それが天狗の親玉だという事は知っている。小傘など、三度生まれ変わっても会えるかどうか分からないほどの大妖怪だ。それから許可をとるなんて、考えただけで背筋が震える。

「だけどまぁ、無視するわけにもいかないんでしょうね。まったく、もう」

 おもむろに立ち上がるレミリアを文が手で制した。不機嫌そうな顔を隠さず、睨み付けるように文を見上げる。

「何?」
「残念ですけど、レミリアはさんは交渉に来ない方が良いと思いますよ。そういうの、苦手でしょ?」
「む……」

 不満はあるようだけど、反論はない。自分でも自覚しているのだろう。黙ってそのまま腰を降ろした。
 それを見て、ちらりと文の視線がこちらを向く。

「交渉に関してはご安心を。私と小傘さんで解決してみせますから」
「えっ、あの、ちょっと!」

 勝手に輪の中へ加えられ、出せるのは戸惑いの声だけだ。レミリアだけでなく、自分だって交渉に向いているとは思えない。

「ふむ、だったら私は館でパチュリーの手助けでもしてるわよ」
「レミリア!?」

 気分を入れ替えたらしく、挑発的な微笑みで小傘を見上げてきた。どこか子供っぽさが残るわりに、大人びた妖艶さが見て取れるのはさすが吸血鬼と言ったところか。その表情だけで反する言葉を失った。

「元はあなたが始めようと言い出したこと。ここは、あなたが行くべきではなくて? それとも、こんな問題で潰えるような決意だったのかしら?」
「そ、そんなわけないじゃない!」
「だったら問題ないわよね。頑張って、天狗と覚りを説得してきてちょうだい」

 投げ槍な発言にも聞こえるが、考えてみればレミリアの言っていることは正論だ。発端は小傘なのだから、責任を持って交渉に当たるべきであろう。例え、相手がどれほど強大な相手だったとしても。
 そこで怖じ気づくようならば、この計画自体を止めなければならない。

「それほど気張る必要もないと思いますよ。私も付いていきますから、ある程度の便宜は図ってあげられます。ただ、その為にはもっと詳しい情報が必要になってきますね。交渉は情報が命ですから」

 それもそうね、とレミリアは詳細を文に伝え始めた。丁寧にそれをメモしていくあたり、言動とは裏腹の几帳面さを感じ取れる。これならば、天狗達との交渉でも心強い味方となってくれることだろう。
 問題は地霊殿である。あそこの当主は相手の心を読む妖怪で、どういう対策をとったらいいのかすら分からない。いや、そもそもどんな対策をとったところで心を読まれたら意味がない。
 それこそ、余程交渉能力に長けた妖怪でもない限り。
 そこで小傘は思い出した。自分には一人、頼れる交渉役がいることを。

「あの、ちょっと出かけてくるから。妖怪の山で待ち合わせね」
「あ、はい、分かりました」

 メモする手を休めず、文は頷いた。










 聖輦船に訪れるまでもなく、目当ての妖怪と会うことができた。これは好機とばかりに詰め寄り、何とか了承を得ようと努力する。

「お願い!」
「……君は、開口一番に何を言っているんだ?」

 些か焦りすぎた感もある。呆れ顔のナズーリンを見て、ゆっくりと最初から説明をすることにした。

「ふむ、なるほど。それで私に覚りと交渉してくれと?」
「うん」
「断る」

 即決だった。悩む間も躊躇う間もなく、即断だった。

「と言いたいところだけど、君の計画に興味を惹かれたのは事実だ。吸血鬼だけでなく魔女や天狗も集まって大騒ぎとは、実に楽しそうじゃないか。是非とも、私やご主人様も参加させて貰いたい」

 ナズーリンは顔を合わせたら話をする程度の仲で、小傘はさほどナズーリンについて詳しいわけでもない。ただ口は達者で、気が付いたら立場を逆転させていることもしばしばある。
 そんな彼女が交渉役になれば、相手が覚りだろうと必ず成功させてくれるはず。小傘はそう思っていたので、彼女の参入はむしろ願ったり叶ったりだった。
 ちなみにナズーリンの愚痴を聞くことも多く、その内容の九割はご主人様に対するものだ。おかげで今やナズーリン本人よりも、ご主人様たる寅丸星の方に詳しくなってしまっている。

「お祭り好きだからね、あの方も」

 ただ、心から嫌っているわけもないのだろう。そうでなければ、嬉しそうにご主人様の事を語るはずもない。愚痴の後はいつだって、だけど、という言葉付きで主の良い所を語っているのだから。
 これで地霊殿に関しては問題ないだろう。後は天狗の山に向かうだけ。
 しかし、文がいるとはいえ相手は天狗。どんな策を弄してくるか分かったものではない。こちらも何か、一つぐらい武器を用意しておくべきだ。
 頼み事ばかりするのは気がひけるけど、いま頼れる相手はナズーリンしかいなかった。

「あの、出来ればもう一つだけお願いがあるんだけど……」











 硬質を叩く音が、廊下の向こう側へと飛んでいく。ステンドグラスを通して差し込んだ光は、廊下の紫色を他の色へと変色させていた。それが何色なのか、色彩に精通していないナズーリンには表現することができない。
 ただ、とても不気味である。暗闇でする怪談よりも、こういった得体の知れない雰囲気でやる肝試しの方が恐ろしい。その辺りを理解していれば、あの妖怪ももっと人を驚かすことが出来るのだろうな。ふと、そんな関係のない考えが頭をよぎった。
 すれ違う猫やら犬やらの小動物は、物珍しげにナズーリンの顔を見上げる。地霊殿へ訪れるのはこれが初めての事であり、まったく緊張していないと言えば嘘になる。なにせ、相手は交渉事の世界では名だたる古明地さとりなのだ。
 いくら虚勢を張ったところで、相手には全て筒抜けである。そんなチートじみた妖怪を相手にするのだから、緊張の一つや二つぐらいしないと精神が壊れそうだ。
 頬を伝う汗は、中庭から漂う熱気のせいか。はたまた緊張の為か。そのどちらにも思えた。尻尾で引っかけていたバスケットをたぐり寄せ、中にいたネズミがハンカチを手渡してくれる。丁寧に汗を拭いたところで、どうせまたすぐ流れるのだろうけど、こういうのは気分転換にちょうどいい。
 呑まれたままでは、相手の思うつぼだ。

「こんなところをご主人様に見られたら、笑われてしまうよ」

 気を引き締め、エントランスホールへと足を運ぶ。おそらく、さとりはそこにいるのだろう。
 予想は正しく、スモッグのような服装をした女性がホールの中央に立っていた。うっすらと開いた半眼の眼が、絡みつくようにナズーリンの方を向く。
 そして彼女は、顔をしかめた。

「初めまして、私は古明地さとり。といっても、既にご存じのようですが」
「私はナズーリン。といっても、君も既にご存じなんだろうね」

 彼女の視線がこちらを捉える度に、身体の内側まで覗かれているような不快感を覚える。無論、そんな感情も全て読み取っているのだろう。考えてみれば嫌な能力だ。相手が自分をどう思っているかなんて、推測で止めておかないと気が狂う。
 さとりは自嘲し、首を傾げた。

「ご心配なさらずとも、私の精神は正常です。まぁ、それを証明する術は無いのですけどね」
「論理とはそういうものだ、仕方がないよ。だが、他人に正常だと判断して貰えるなら問題はないと思わないかい?」
「その他人が正常であるならば、という前提条件が必要ですね」
「では私が保証しよう。君は正常だ」
「私も保証しましょう。あなたは正常です」

 異常でないことを確かめあったところで、結論は何も変わらない。そもそも、ナズーリンはさとりを正常だとは思っていなかった。言葉の節々に、こちらの先手を打とうとする節を感じている。
 彼女がまだ交渉事に未熟なゆえ、その試みは失敗しているのだが。これで百戦錬磨となったら、おそらく幻想郷で言い負かせるのは一部の人妖だけになるだろう。

「それで、今日はどういったご用件で?」

 ナズーリンの恐怖も、目的も分かっているくせに。さとりは敢えて、そんな質問をぶつけてきた。なんとも意地の悪いことをする。ここにいたのが星だったならば、真っ直ぐに思った事を言うのだろう。

「なに、ちょっとした観光旅行だよ。一輪や船長達が閉じこめられていた世界というのは、果たしてどんなものなんだろうかと思ってね。いや、なかなか過ごしやすそうな世界じゃないか」
「心にもない言葉とはいえ、お褒めに預かり光栄です。それで、ご用件は?」

 こちらの目的が分かっているだけに、彼女は決して揺らがない。この場はナズーリンの口から言わせることが最上と判断したのか、頑なに目的を言えと強要してくる。
 しかし、この辺りが未熟たるゆえんだろう。どれだけ頑な姿勢をとっても、一点押しでは意味がない。それはただ時間を浪費させるだけであり、ナズーリンにとって時間は消費されればされるほど有り難い。
 それに、彼女の籠もった殻を壊すことはさほど難しいことではなかった。

「そういえば君の妹さん、古明地こいしさんだね。先程ここへ来る途中、鬼に喧嘩を売っていたよ」
「は? いえ、そんな……やっぱり嘘ですか」

 とかく、ここは纏まりつつあった場の流れを乱すことを最優先におこう。ナズーリンは小馬鹿にするような笑みを浮かべ、いかにも、と横柄に頷いた。

「だが動揺したということは、心のどこかにその可能性があったということだね。なんとも物騒な妹さんを飼っているじゃないか」
「訂正してください。私は妹を飼ってなどいない」
「ああ、失礼した。つい饒舌になってしまい、心にもない台詞を言ってしまったよ。それは、君ならよく分かってくれるだろ? 心を読めばいいんだから」

 歯ぎしりの音が鳴り、さとりの表情が忌々しげなものへと変わる。いくら本心ではないと分かっていても、挑発的な言葉とは避けようがないものなのだ。だからこそ、古来から使われている。
 古典的な手段だったけれど、どうやらさとりには効果覿面だったようだ。厳しくなった視線を突き刺すように向け、苛立たしげな言葉で問いかける。

「時間稼ぎは結構です。訂正しましょう。あなたは正常だけど、とても性格がねじ曲がっている」

 自分のことながら、それは酷く的を射ている表現だと頷いた。

「大体、あなたはもう少しだけ地霊殿に来る時間を遅らせれば交渉自体をする必要がなかった。それなのに、わざわざ少し早めにやってきた。それはつまり、私と交渉の真似事がしたいからなんでしょう」
「いかにも、という返事すら不必要なのかな? 便利だね、その能力」
「ぐっ……とにかく、早く目的を言ってください! あなたが言わないと面倒なことになるって、分かってやってるんですよね?」

 そろそろ制限時間も迫ってきている頃だろう。虐めるのも大概にしないと、星から怒られてしまう。

「勝負なんて、ここへ来る前から決していた。あの人に話を通した時点で!」

 本当はもっと舌戦を繰り広げたかったのだけれど、相手にその意志はないようだ。これでは勝負にはならない。いや、彼女の言葉を借りれば勝負は既に終わっているのだから当然と言えば当然だ。
 仕方なく口を開いたところで、無情にもタイムアップの鐘が鳴らされた。些か乱暴な足音が、地霊殿の廊下から響いてきたのだ。
 力無くさとりは項垂れ、もうどうすることも出来ないのだと理解する。やがて、足音の主が姿を現した。

「よお、ナズーリンじゃないか。交渉は上手く纏まったのかい?」

 この後の台詞によって、さとりの運命は決まってしまう。ここで是と答えさせる為に、さとりは焦っていたのだ。だから早く目的を言えと何度も繰り返していた。
 素直に言うべきか、嘘をつくべきか。性格がねじ曲がっていると言われたナズーリンの選択肢など、初めから決まっているようなものだった。

「いいや、まったく。話もしていないよ」
「おお、そうか。なら、私の方から話してやるよ。ちょうといい酒も手に入ったことだし、飲みながら話そうか」
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!」

 逃げそうとしたさとりの襟首を、星熊勇儀が掴みあげる。猫のように吊されたさとりは、そのまま連れていかれようとしていた。
 最後の最後にこちらを睨み付け、

「覚えていなさい、寅丸星が大好きなナズーリン」
「そんな台詞、口に出したら最も本心からかけ離れていると馬鹿にされるよ」
「そうでしょうか? あなたの言葉は嘘と虚栄だらけですけど、この台詞だけは心からの真実のように思えますがって……勇儀さん! お願いですからもう離してください!」
「離すさ、離す。宴会場についたらな」
「私、お酒は苦手なんですってばぁ!」

 腑に落ちない台詞を残しながら、さとりと勇儀は消えていった。あの様子だと、間違いなく要求は呑んでくれるだろう。破壊した破片は地下へと運ばれ、灼熱地獄跡あたりで燃やせばいい。
 これで少なくとも難題の一つはクリアしたわけだが。

「私が、ご主人様をね……」

 確かめるように呟いた言葉は、これまで口にしたどんな言葉よりも嘘っぽく聞こえた。
 あまり気にしすぎない方がいい。気持ちを入れ替えるように、そういえば、と声にする。

「あれは小傘君の所にちゃんと届いているんだろうか?」

 相手は老獪な天狗ども。悪いが小傘だけでは、交渉の真似事にすらなっていないだろう。一応は交渉の真似事らしきものを教えてはいたが、果たしてどこまで通用するか。後で結果だけでも聞きにいくかと決めながら、顎までつたった汗を拭い取る。
 さとりの言葉には耐えることができても、この暑さだけはどうにも我慢することができなかった。










 ナズーリンへの頼み事を終え、妖怪の山に行ってみれば射命丸文の姿があった。さすがは最速を自称する天狗だ。さほど近くはない山と紅魔館をこんな短時間で飛んでくるとは。感嘆の声が出てしまうのも無理はない。
 どれだけ老獪だろうと、褒められるのは嬉しいもの。文は頬を染め、照れくさそうにはにかんだ。

「それじゃあ行きましょうか。ちょうど、皆さんお待ちかねのようですよ」
「皆さんってのは……」
「大天狗様達に、天魔様ですね」

 そうそうたる面子だ。これから立ち向かうのだと思えば、自然と足が逆方向を向いてしまう。そんな弱気の自分を前へ進めるのは、あの時に誓った決意。そして人を驚かしたいという情熱の二つだろう。
 この二つが無ければ、今頃は尻尾を巻いて逃げ出している。背中に重みがあると、人も妖怪も腹をくくれるのだ。よしっ、と気合いを入れて文の後を追った。

「ところで、先程まで何処へ?」
「うーん、ちょっと知り合いのところへ。地霊殿の方は彼女に任せてあるから、きっと大丈夫ね」
「はぁ、それまた随分と信頼されているのですね」

 ナズーリンはあまり本心を見せるタイプではない。だが、少なくとも利益のない嘘をつくような妖怪でもなかった。一旦は引き受けると言った以上、失敗でもしないかぎり彼女は上手くやってくれることだろう。
 問題はこちら。百戦錬磨の天狗達を相手に、自分はどこまでやれるだろう。
 確かに文は協力してくれると言っているけれど、結局は自分がやらなければならないことなのだ。全てを文に任せて、後ろから傍観しているわけにもいくまい。
 山道の上を飛び、滝を越えて、大きなお屋敷へとたどり着く。ここが天狗の集会所なのだと文が教えてくれた。なんだか物々しくて、入る前から威圧されているような印象を受けた。

「文様、お帰りなさいませ」
「ええ、ただいま」

 入り口で待っていた狼のような妖怪が、文を見るなり頭を下げた。ただのブン屋という割に、案外高い地位にいるのかもしれない。この文という天狗は。
 それとも、この妖怪の地位が低すぎるだけなのかな。役職というものに縁がない小傘にとって、その二人の関係を察すること自体が難題であった。

「椛、全員揃ってる?」
「ええ、一人の欠席者もなく全員お揃いです」

 息を呑む。そして怖じ気づかないように、もう一度自分に気合いを入れた。
 成功を待ってくれている人たちもいる。おめおめと泣きながら帰るわけにはいかないのだ。
 畳んだ傘を握りしめる。いつもの傘は紅魔館に置いてきたので、いま持っているのは傘の会合オリジナルの名前が書かれたもの。これを持っていると、まるで紫や幽香の力も流れ込んでくるような気がしていた。例え、それが錯覚だとしても今はとても心強い。

「準備はよろしいですか?」

 どこか微笑を浮かべていた文の顔から、完全に笑顔の色が消えた。空気も、途端に温度を下げる。
 乾いた唇を舐めとり、小傘は首を縦に振った。

「では、行きましょう」

 中の廊下は一本道だった。長くもなく短くもなく。その廊下を進んだ先にあるのは、一枚のフスマ。文はフスマに手をかけて、勢いよく開け放った。
 広がっていた光景は、頭の中で思い描いたものと大差はない。左右には気難しそうな天狗達が並び、その最奥の床の間に一際大きな体躯をした天狗があぐらをかいてこちらを眺めている。
 光景は想像通り。だが、放つ威圧感はこれまで感じた事がないほどに大きい。
 意識とは裏腹に、足はいつのまにか三歩ほど後退していた。それを見ていた大天狗達から、失笑の声が漏れる。
 いけない。自分は交渉役として此処に来ているのだ。舐められたら、足下を見られる。
 すぐに気持ちを立て直し、緊張感だけが支配する部屋へと足を踏み出す。一歩進む事に、巨大な岩が身体中を押しているかのような感覚を覚えた。文は何食わぬ顔で先行し、部屋の中央に敷かれた座布団に腰を降ろす。隣にはもう一枚置かれており、そこへ座れということなのだろう。
 あそこまで、歩くだけで疲労困憊しそうだ。
 確かめるような足取りで、小傘は何とか座布団の元へと辿り着く。半ば崩れ落ちるように、その上へ腰を降ろした。

「我は天魔。この山の全てを取り仕切っている」

 岩が擦り合わさったような、されども不快ではない威厳だけを凝縮したような声。耳へと届くだけで、思わず頭を下げたくなる。

「話は部下から全て聞いた。お前がするであろう要求も含めた全てを」

 文が一足先に話しておいてくれたのだろうか。だとすれば有り難い。正直なところ、天魔を相手にして喋るのは歩くこと以上に気力を消費しそうな気がしたのだ。
 ただ、どこまで話したのかによって有利不利も決まってしまう。まさか、本当に全てを話したわけではあるまい。そんなことをすれば、小傘の敗北など目に見えている。

「単刀直入に言おう。我々はお前達に協力するつもりはない」

 楽観的な気持ちはなかった。元から難しい話だと思っていた。
 しかし実際に断れると、酷くショックを受けている自分がいるのもまた事実。

「まず大岩を破壊することで、我々が得をするわけではない。所有地の一部を破壊されるわけだから、それなりの利益が無ければ我々は動かぬ。あるいは大岩があることで不利益が生まれるのなら対抗策も考えるが、それもない。ならば、我々の答えは一つだけだ」
「で、でも!」

 必死の思いで出した声は、天魔があげた手によって阻まれる。ただ手を前へ出しただけなのに、小傘の口は糊付けされたように動かなくなった。

「我は皆の纏め役。お前達に協力できぬという意見を纏めただけにすぎぬ。交渉役なら別におるので、そやつと交渉するがいい。交渉役を是と言わせたら、我々とて協力は惜しまぬ」

 突然の申し出に、心の中では安堵する小傘。天魔や大天狗達との交渉など、一言交わすごとに精神力が削れていく。誰が交渉役か知らないが、少なくとも天魔達とやるよりかは遙かにマシだ。
 わかりました、と小傘は頷いた。天魔は目を閉じ、代わりに隣の文が立ち上がる。
 何事かと思って見ていれば、おもむろに小傘の前へと躍り出た。紳士ぶった立ち振る舞いで、自らの胸に手を当てる。

「どうも、初めまして。妖怪の山の交渉役を勤めることになりました、射命丸文と申します

 ナズーリンは言っていた。交渉の肝は情報だと。
 それさえ握っていれば、事はスムーズに運ぶ。
 文はこちらの情報を全て握っており、小傘は文のことを殆ど知らない。
 ただでさえ不慣れな舌戦のうえ、情報戦でも惨敗を喫した。
 最早、ただの一つさえ言葉は出てこない。

「さぁ、小傘さん。思う存分、交渉しましょうか」

 有利を悟った文の顔には、見下すような笑顔が張り付いていた。










 にとりの口から告げられた事実は、レミリアにとってあまりに苛烈なものだった。いや、真に苛烈なのは小傘の方か。レミリアはただ、彼女を待つことしか出来ないのだから。

「本当に、本当に文が天狗の交渉役なの!」
「嘘ついても仕方ないじゃん。河童はそういうの苦手だからさ、全部天狗に任せてるわけで。そしたら何か、いつのまにか文がそういう役を引き受けてたんだよねえ。てっきり、外から見ている方が面白いので、とか言って断ると思ってたのに」

 山からやってきたにとりや、ようやく到着したアリスはまだ何も知らない。だから平静でいられるのだ。全て知っているレミリアやパチュリーと違って。
 慌てて図書館を飛びだそうとするレミリアを、パチュリーの言葉が引き留めた。

「今から行っても間に合わないし、行ってどうなるものかしら? あなた、交渉役は苦手だと自覚しているから館に留まったんでしょう?」
「くっ……それもそうね」

 せめて自分に弁舌の才があれば、颯爽と光臨して天狗の鼻を明かしてやるというのに。いや、仮に才能があってもそれは難しい話かもしれない。なにせ、相手はこちら側の手札を全て知っているのだから。一方的な展開になるのは、聡明でなくとも分かるというもの。
 せめて文がいるから何とかなるだろうとタカをくくっていたのに、その文が敵として立ちふさがるだなんて。漫画ならば燃える展開だろうけど、実際に起これば不快極まりない。

「それよりも、どうするの?」

 にとりとアリスは相変わらず、頭の上に疑問符を浮かべていた。パチュリーの言葉の意味を理解したレミリアは、苦々しい顔で腰を降ろす。
 小傘の交渉はほぼ間違いなく、失敗に終わるだろう。だとすれば、大岩を破壊する計画や川を守る提案の意味が無くなる。この計画はどれか一つでも問題が解決できない時点で、ゲームオーバーになってしまう高難易度の挑戦なのだ。
 元から成功する確率は低かったのに、ここへきて限りなく零に近づいた。諦めるのも手の内だけれど、まだまだ挽回の可能性はある。

「交渉事は何とかするわ。それよりも、こちらはこちらで計画を進めるとしましょう。ほら、人形使いと河童も席につきなさい。説明してあげるから、小悪魔が」
「あ、はい」

 律儀な小悪魔の説明をBGMに、妖怪の山がそびえる方角へ顔を向けた。今頃、彼女はきっと震えていることだろう。だけど、自分は何をすることもできない。
 例え運命を操っても、ある程度固まってしまった未来を動かすことはできないのだ。それこそ簡単に修正され、いかにレミリアの能力が使えないものか教えてくれる。強固な運命を切り開くには、並々ならぬ事前準備が必要になるのだ。だからこそ、こうして皆が頭を悩ませている。
 何かしてやりたいところだが、信じて待つのも友としての勤め。能力ならいざ知らず、レミリアの勘はそう告げていた。
 あの子は、きっと何かやらかす。
 それがどちらの方向に向いているのかはさておき、ただでは帰ってこないだろう。小傘の驚かすことにかける情熱は、レミリアの矜持に対する執念にも匹敵するのだから。

「頑張りなさいよ、多々良小傘」

 声は届かずとも、その思いは届くものと信じて。レミリアは目を閉じた。










「そう、結局はあなたの自己満足に過ぎないのです。里は水不足で困っているかもしれない。だけど、あと一ヶ月半もしたら大雨が降るのでしょう? 川はそれで潰れるかもしれないですが、また新しい川が生まれるはず。そうなれば里の人間も大助かりで、わざわざ大岩を破壊する必要なんてない」

 まくしたてる文の言葉に、反論などあろうはずもない。こちらの手は全て見透かされ、何か言おうとしたら先手を打たれるのだ。ただでさえ老獪な天狗相手に勝ち目などなかったのに、最早光明は糸の先ほども見えなくなっていた。
 俯きながら、ただただ文の言葉に打ちひしがれる。黙りこくる小傘などお構いなしに、文は淡々と一方的な通告を続けた。

「要はあなたの我が儘なんでしょう? 人を驚かしてやりたいという。残念ですが、私達はあなた個人の我が儘に付きあうつもりなんて毛頭ありませんから。どうぞ、お引き取りください」
「か、帰るわけにはいかないの」

 玄関を指されても、素直に従うわけにはいかない。膝の上に広がったスカートに、皺の海が生まれていく。

「確かに私の我が儘よ。だけどそれを承知の上で、私はお願いしているの。あの大岩を壊させてって!」
「……つまり、あなたの我が儘に付きあえと?」
「そういうことよ」

 ざわつく大天狗達。無理もない。自分だって、こんな理屈が通るとは思っていない。
 文は口元を隠しながら、両の肩を震わせていた。泣いているわけでもあるまいし、かといって笑っているのだとしてもツボがどこかにあったのか。大天狗達の前ということもあり、しばらくして文は先程までの表情を取り戻した。

「まさか、正面から我が儘に付きあえと言われるだなんて思いもしませんでした。てっきり、それでも人間の里の為になるんだ、とか言ってくるものと思ってましたからね」

 どれだけ言い繕っても、人間の為にはなるまいて。せいぜいが、大岩を壊すことによって早めに水を与えられるというぐらいだ。古い川にせよ新しい川にせよ、水が流れるなら里の人間達は文句を言わないだろう。
 ましてや、これが天狗達の利益に繋がるとも思えない。だから小傘は素直に言ったのだ。
 自分の我が儘の為に大岩を破壊させてくれと。

「素直なのは良いことです。これが鬼でしたら、あなたを気に入って言い分を呑んだのでしょう。しかし、ここは生憎と天狗が支配する妖怪の山。素直で純情な輩なんてのは、あっさり潰されてしまう残酷な社会なのですよ」

 表情こそ笑顔を見せているが、口にした内容は冷酷そのものを具現化したようだった。少なくとも拒絶の意志しか見えてこない。

「私も不意打つような真似はしたくなかった。ですが、こうでもしないと妖怪の山を守ることができないのです。おわかり頂けますか? 頂けるのでしたら、是非とも我々の事情を酌んでお引き取り願いませんかね?」

 文は帰れの一点張りだ。交渉は既に終わっており、どうやって追い返そうかという段階に入ったのだから当然の言葉と言えばそうなのだが。
 小傘はふと、かつてナズーリンが言っていた言葉を思い出す。
『もしも相手が自分以上に弁が立つ場合。どうやっても勝つことができないのなら、場を乱すか、あるいは完膚無きまでに負ければいい。反論の余地もないほど負けてしまえば、相手は私を追い返すことしか出来ないのだからね。だって、どうやっても勝負はついてしまっているんだから、少なくともそれ以上負けることはない』
 文は有利だった。有利すぎて、勝ちすぎたのだ。
 もしも互いが同じ条件で、まともな交渉をしていたら小傘は素直に帰ったかもしれない。順序立てて論理をぶつけていけば、どれほど強い信念を持っている相手だって少しずつ屈服してしまう。
 それをいきなり私の勝ちだから帰れと言われても、納得できるはずもなかった。
 大敗北しているからこそ、文はもう打つ手がない。せいぜいが強硬手段に訴えて、力ずくで小傘を引きずりだすぐらいだ。
 しかし、交渉事に自信のある文がそんな真似をするはずもない。小傘は見抜いていた。文はナズーリンと似たようなタイプで、言葉を最大の武器としていることに。
 スペルカードルールが発動される場ならともかく、こういった交渉の場では力を用いることはしないはずだ。だとすれば、光明はまだ残っていた。
 小傘の勝利条件とは文を言い負かすことではない。天狗達から許可を貰うことなのだ。
 ナズーリンはこうも言っていた。
『虎の威を狩る狐? 上等じゃないか、それこそが最高の交渉術なんだよ。いいかい、誰もが勘違いしているけれど、最高の交渉ってのは向かい合った時点で勝負が決まっているもののことを言うんだよ』
 文は勝った。大勝した。だから次は小傘が勝つ番なのだ。
 後は黙って、到着を待てばいい。

「私達も暇ではありませんから。いくら黙ったところで、気を変えるつもりなんてありませんよ?」

 最後通告のように、文が冷静な声で告げる。

「なら変えて貰おうか。そいつの我が儘だけでなく、私達の我が儘の為に」

 文の頭に置かれた手。その主を誰もが見上げ、同じように絶句した。
 見ただけで忘れない大きな茅の輪を背負い、威風堂々の文字をそのまま形にしたような立ち振る舞い。妖怪の山へはあまり訪れない小傘でも、その名前はよく耳にしていた。
 八坂神奈子。守矢神社の神様であり、妖怪の山で最も信仰されている。
 その隣には洩矢諏訪子が、そして反対側には東風谷早苗の姿も見えた。まさしく守矢一家総揃いと言ったところか。あまりにも意外な神様達の登場に、その場にいた誰もが言葉を失って唖然としている。
 唯一平気そうにしているのは、当の守矢一家ぐらいのものだ。

「ほら、八坂様。みんな驚いてるじゃないですか」
「神奈子は猪突猛進だからね。こうと決めたらすぐ動かないと気が済まないんだよ」
「はん、こういうのは第一印象ってのが大事なんだよ。こうドドーンとインパクトを与えないことには、神様としての威厳にも関わる」

 ボンボンと太鼓のように頭を叩き、茫然自失の文へ顔を近づけた。

「しっかりしなよ。あんたは天狗共の交渉役なんだろ?」

 はっと目を開き、文は慌てて距離をとった。神奈子は楽しそうに、動揺している文を見ている。本当に神様なのか、その態度を見ているとそうは思えない。

「あなた方の我が儘というのは?」
「うむ、やっぱりそこを聞いてくるか。なに、実に簡単な事だよ。そこの小傘という妖怪に協力することで、里の川が蘇るんだろ? 要は、その時に私達の名前を大々的に広めてくれればいいだけさ。そうすることで、信仰心は鰻登り!」
「せこいよね、神奈子は」
「五月蠅いね! 人がせっかく決めてるんだから、あんたは黙ってな!」
「はいはい」

 怒りの表情を緩め、穏やかな母を思わせる柔和な顔へと変える。そんなに急な変化を見せられても、こちらとしては戸惑うばかりだ。

「だからあんた達には利益がなくても、私達には利益がある。小傘に協力するのは至極当然のことで、逆に言えば彼女の計画が成功しないと困るのよ。だからさ、あんたらも協力してやってくれないかね?」
「それは……無理ですね。いくらあなた方の頼みとはいえ、何の利益も無しに……」

 言質は取ったと、神奈子は笑った。

「じゃあ、利益があればいいんだね? ほら、諏訪子!」
「まったく、神使いの荒い奴だよ」

 文句を言いながら、玄関まで引っ込んでいく諏訪子。おもむろに開いた戸の先には、屋敷の中へ入れきらないほどの酒樽が山のように積まれていた。それを見た大天狗達の口から、一斉に驚きと感嘆の声が漏れ出してくる。
 あれはどこの酒ではないか。いやいや、あれこそが幻の何たら。銘柄を聞いてもさっぱりの小傘からすれば、どうしてそこまで感動できるのか不思議だった。
 小傘が頼んだのは天狗が欲しがりそうなお酒だったというのに。それも予想では一瓶か二瓶だろうと思っていたのだが、どうやらナズーリンは想像以上の働きを見せてくれたらしい。
 これだから、彼女は怖いのだ。そして、とても頼りがいがある。
 酒だけでなく、神様もこちらの援軍として送ってくれたのだから。

「これでどうだい? あんたらにも利益が生まれただろ?」
「ふむ……」

 唸りながら、周りを見渡す文。大天狗達は歓喜と賞賛の輪を広げ、冷静なのは文と天魔ぐらいのものだった。ここで断りを入れようものなら、何故だと二人が非難されかねない。
 両手を挙げ、降参のポーズで答えを示す。神奈子は得意気に胸を張り、早苗は苦笑して、諏訪子は頭を掻きながら神奈子の尻を蹴った。

「あんまり調子に乗らない方がいいよ。その信仰云々っていうアイデアだって、教えてくれたのはあのネズミじゃないか」
「いいのよ、結果として信仰がうちに向くのなら。それよりも、蹴ったわね? 神のお尻を」
「私だって神様だ」
「おお、じゃあやるかい? 諏訪大戦、ここでやっちゃうかい?」
「望むとこだよ!」

 睨み合う二人の頭に、早苗のチョップが冴え渡る。

「望まないでください、お二柱とも」

 頭をさすりながら、二柱ともしょげたように頷いた。随分と愉快な援軍だけど、彼女らが切り札になってくれたのは間違いない。お礼を言おうとした小傘の横に、呆れ顔の文が並んだ。

「いやはや、まさかこんな展開になろうとは。私はただ、お酒を何瓶が貰えればいいだけだったんですけどね」
「ひょっとして……私の切り札に気付いてた?」

 是とも否とも答えず、ただ微笑みを返す。
 もしも気付いていたのだとしたら、あの油断や慢心も演技だったというのだろうか。だとしたら、何とも恐ろしい話である。

「まぁ、こうなった以上は約束を守りますよ。許可も当然差し上げます」

 これで目的は達成された。

「天狗ってのは、これでいて案外義理堅い種族ですから。許可をあげるだけでは気が済まない。我ら、妖怪の山一同。小傘さんの計画に協力もさせて貰いますよ」
「おお、私らも当然協力するよ!」

 ただ許可を貰いに来たはずなのに。どうやらとんでもなく心強い助っ人を手に入れてしまったようだ。
 協力してくれる彼女らと共に、ここまでお膳立てしてくれたナズーリンにも感謝の念を送っておく。
 届くかどうか、分からないけれど。










 真っ先に気付いたのは神奈子だった。いや、正確には神奈子しか気付かなかったのだが。
 山から下りた小傘御一行。その足を止めて、神奈子は空を見上げる。

「あん?」

 素っ頓狂な声をあげ、それを聞いた全員が立ち止まった。振り返り、神奈子のように空へと顔を向ける。しかし、そこには晴れ渡った青空が広がるばかり。つい先刻までの薄暗い雲は、どこかへ行ってしまったようだ。どうやらレミリアの予想は大当たりしたらしい。

「あの、八坂様。どうかしました?」
「んー、いや気のせいなら良いんだけどさ。早苗、何かこの天気おかしくない?」
「天気ですか?」

 空へ意識を向けた早苗は、しばし不思議そうな顔をして、やがて神奈子と同じような奇妙なものを見るような顔に変わった。

「言われてみれば、どことなく変な気もします」
「神奈子の気のせいじゃないの?」
「あんたの管轄は地だから、気付かないんだろうさ。私は天を司ってるからね」

 どこか勝ち誇ったような表情に、諏訪子はむっと頬を膨らませる。

「天気がどうというのは分かりませんけど、確かに風は少しおかしいですね。まるで、誰かが手を加えたような吹き方をしています」

 風のスペシャリストたる天狗も似たようなことを言っている。だとすれば、おそらく神奈子の言葉は正しいのだろう。

「誰かは知らないけど、明らかに天気を操作した奴がいる。それもおそらくは、ずっと晴れるように弄ったんだろうね。いやあ、しばらく麓まで下りてこないから気付かなかったよ。神社からじゃ分からないからね」
 空を見上げたまま、悔しげに神奈子は呟いた。
「じゃあ、その操作を止めさせることはできないの?」
「いや、できるさ。出来るけれど、迂闊に手を加えたらまずいことになる。レミリアの話によればあと一ヶ月半で土砂崩れが起きるみたいだけど、それが早まることになるだろうね」

 どういう手段でやっているのかは知らないが、誰かが雨を堰き止めているらしい。いわば天の蛇口に詰め物をしているようなもの。降るはずだった雨はどんどん溜まり、迂闊に詰め物を外せば一気に地上へと降り注いでくる。
 ただでさえ乾燥している山へ、そんなものが降ったなら。確実に大規模な土砂崩れと洪水が起きることだろう。

「ひょっとして、あの天人の仕業でしょうか?」

 文の言葉に、神奈子は腕を組んだまま頭を捻る。

「いやあ、あれの仕業にしちゃ杜撰すぎる代物だよ。どっちかと言えば、さしてこういった技に精通していない素人が、見よう見まねでやったって感じだね」
「じゃあ、どうしてそれを神様が見破れなかったのさ」
「うっ……」

 痛いところをつかれ、神奈子は言葉に詰まった。ここぞとばかりに、諏訪子が攻め立てる。

「天を司るとか言いながら、さして注意も払ってなかったんだろ。どうせ」
「し、仕方ないじゃないか! 神様だって忙しいんだよ!」
「へぇ、落ち葉集めて焼き芋するのが忙しいんだ? 神様の仕事なんだ?」
「あんただってやってただろうが!」

 すぐに口論へと発展する二柱に呆れた溜息を向けながら、また早苗が仲裁に走る。仲が良いのか悪いのか、俄の小傘には些か判断しづらい。喧嘩するほど仲が良いという単語は、あの二柱には当てはまらないような気がしたのだ。

「あれ?」

 興味深そうにカメラを回す文と、それを手伝う椛は全く気付いていない。神様達は言わずもがなだ。
 山の麓の大岩のそばに、人間らしき人影が見えた。
 妖怪の山の近くに人が現れることは滅多になく、大概の人間はここを避けるようにしている。だから訪れる人なんて、巫女や魔法使いぐらいしかいないというのに。
 その人間はどう見ても、普通の村人にしか見えなかった。
 妙な奴もいたものね。
 奇妙な人間のことなんて、争っている神様を見ているうちに忘れてしまった。










 元来はアリスも川を守るための設備に回すつもりだったが、何はともあれはまず大岩の破壊だということでパチュリーの補佐役に徹することとなった。にとりは少し離れたところで、一人うんうんと唸っている。
 大岩の方が一段落したら、やはりアリスはあちらに回した方がいいだろう。頭の中で人事を動かし、最良の結果を導き出そうと必死だ。ここまで真剣に考えたことなど、紅魔館の人事ですらないというのに。
 レミリアは己の真剣さに笑い、いまだ帰らぬ小傘に若干の不安を覚えた。遅くなるという事は交渉が少なくとも成立しており、レミリアが心配するほど悪い事態には陥っていないのかも。脳みその楽観的な部分がそう予測して、すぐさま有り得るわけがないだろうと理性によって否定される。
 望みは薄い。だが、ここで彼女の結論を待っているほど暇はないのだ。
 期間は一ヶ月半。どんな対策をするにしろ、早いに超したことはないのだから。

「とりあえず確認しておくけど、フランドールの能力なんてのは通用しないのよね?」
「それが使えるなら話は早いわ。私達だって、こんなに悩む必要はない」

 パチュリーの口から告げられるのは、現実以外の何物でもない。それが冷酷に聞こえるのならば、何よりも冷たいのは現実そのものということになる。アリスはペンの尻を齧り、顔をしかめた。鉛筆の苦さが、そういう顔をさせているのなら話は簡単だったのだけれど。

「じゃあ鬼に頼むってのはどうかしら? 彼女たちなら能力を使うことなく、ただ純粋な腕力であの大岩を破壊することができる」
「破壊は容易よ。でも、破片はどうするの? まさか、細かくなるまで丁寧に砕いて貰えとでも?」
「その破片も鬼に運んで貰えばいいじゃないの」

 腕力に自信のあるレミリアとて、あの大岩を抱えて運ぶことなど出来ない。たとえ、多少は砕いたところで不可能なものは不可能だ。
 だが鬼ならば話は違う。腕力だけに特化した彼女らなら、あの大岩ごと運ぶことだって夢物語にさせはしない。
 俄に見えてきた光明を、パチュリーは容赦なく叩きつぶした。手元に広げていた紙切れを、アリスとレミリアの前に見せつける。

「破片を運ぶ予定の地下への入り口。その付近の立体図よ」
「……なるほど、破壊は可能でも運搬は不可能と」
「極端に入り口付近の地盤が脆くなっている。迂闊に負担をかけようものなら、すぐさま地下への入り口が大きくなるでしょうね。さすがに、これを許すような連中でもないでしょう。地下の妖怪も、地霊殿も」
「萃香が巨大化させて運ぶことも無理そうね。でも、だったら崩れない程度に破壊して貰うのはどうかしら?」
「そんな調整を、鬼が受け入れてくれるとでも?」

 手加減やら力加減といった加減の付く行動を、鬼が得意としているなんて話は聞いたことがない。第一、仮に上手かったとしても計画通りの大きさに叩き割るなんて芸当は不可能に近い。
 結局は中途半端な大きさにしてしまうのが関の山だ。

「だったらいっそ、爆破したらどうだ? それならば鬼でも運べるし、ある程度の大きさの破片は普通の妖怪共に運ばしたらいいだろ」
「爆破か。やっぱりそれしか手段はないようね」

 魔理沙の言葉に、パチュリーは渋々といった感じで頷き、アリスの方に顔を向けた。仕方ないと、アリスも頷く。

「なるべく鬼が運べる大きさに割り、余った破片は普通の妖怪達に任せればいい。レミリア、それぐらいの人員は集められるんでしょう?」
「そうね。とりあえずは美鈴と咲夜の二班に分けて、暇そうな妖怪共を美鈴に。妖精メイド達は咲夜に任せて運搬をさせるつもりよ。後はそう、萃香にも一班任せておこうかしら」

 ここにはいない妖怪を勝手に頼ってはいるが、天狗やさとりと比べれば交渉しやすい相手である。嘘が嫌いな鬼なんてのは、誠意とお酒を見せたなら、快く引き受けてくれるものだ。

「それじゃあ大岩のどこに爆薬を設置し、いかに効率よく爆破するかが今後の課題になりそうね。アリス、魔理沙。とりあえずは大岩のデータを収集して、そこからとりあえずの試算値を出すわよ」
「ええ」
「わかったぜ」

 気持ちの良い返事を聞き、しばし時が止まる。誰もが天井を見上げ、そしていつのまにか当然の顔をして席についている魔法使いへと視線を向けた。

「なんであんたがここにいるのよ、魔理沙」

 代表して、全員が思っていたことをアリスが告げる。

「いや、いつものように忍び込んだら面白そうな話をしてたからな。ちょっと混ぜってもらっただけだ」

 相変わらず、うちの門番はザルがお好きらしい。時計を見るまでもなく、きっとシエスタの時間なのだろう。後で少しばかり灸を据えるよう、咲夜に命じておこう。そう決めた。

「……まぁ、今は泥棒猫の手も借りたいぐらいだから不問にしておきましょう。アリス、妖精メイドを幾人か連れて測量に向かってちょうだい。場合によっては河童の手も借りるといいわ。魔理沙は……まぁ見学でもしてるといいわ」
「酷い話だな。これでも測量には自信があるんだぜ」
「そんな自信、丸めてゴミ箱に捨てときなさいよ。あんたが測量してる姿なんて、はっきり言って思い浮かばないんだけど?」

 アリスの辛辣な言葉に、苦笑いの魔理沙。

「おいおい、私が嘘をついたことがあったか?」
「それ自体がダウト」
 何だかんだとやりあいつつも、仲良く二人は図書館を出て行った。魔理沙も一応は分別を弁えており、邪魔なんかしないと信じたい。
「レミィ」
「ん?」

 さて、自分はどうしようか。考えていたところで、自らの愛称を親友が呼ぶ。
 こちらを見る彼女の目には、珍しいことに小さな炎が宿っているように思えた。

「絶対に、成功させるわよ」

 何が彼女を奮い立たせたのだろう。魔女は難題をクリアしなければいけないという不文律でもあるのだろうか。それとも、人間の里を救うことに使命でも感じているのだろうか。
 おそらくはそのどちらでもなく、単に面白いからなのだろう。
 複雑なロジックを解き明かした時の快楽は、それを味わった者しか知り得ることができない。その蜜を知っている魔女は、また口にしたいと願っている。だから燃えているのだろう。
 この複雑怪奇な難題の果てにある、禁断の果実よりも甘い蜜を舐めるために。
 吸血鬼は笑う。

「当然よ」

 彼女もまた、その蜜の味を知る者だったのだから。











 神奈子と諏訪子の諍いをなだめ、ようやく紅魔館へと戻ってきた。図書館ではパチュリーとレミリアの二人が顔をつきあわせ、奥の方ではにとりが椅子の上に立ちながらテーブルを眺めている。
 あまりにも妙な格好だったが、レミリアもパチュリーも咎めようともしない。最初は注意をしていたが、気が付くと変な格好でうんうんと唸っているそうだ。小傘も人を驚かす方法を考えていたら、いつのまにか布団にくるまってゴロゴロと転がっていた経験がある。どんな妖怪も悩めば奇怪な行動を取るのだろう。変な親近感が沸いた。

「どうやら、その様子だと全て上手くいったみたいね」

 小傘の背後には山の神々と天狗の姿が。これらが一堂に会している事こそが、交渉の成功を意味しているのだ。
 どこか安堵した笑顔で肩を下ろしたレミリアは、途端に凄みのある笑顔に表情を切り替え、目にも止まらぬ速さで文の背後に回り込んだ。長い爪が肩にくいこんでいる。

「情報好きのあなたに面白い事を教えてあげる。私はね、騙されるのが何よりも嫌いなのよ」
「あ、あやややや……それは知りませんでした」

 冷や汗を浮かべながら、それでも微動だにしない辺りはさすがの一言に尽きる。レミリアも今となってはさして怒っているわけでもなかったのか、すぐさま文を釈放した。椛が駆け寄り、レミリアに敵愾心の籠もった視線をぶつけるも、それを文が制する。

「騙したのは事実ですから、この痛みも罰と思えば何てことないですよ」
「良い台詞だわ。あなたが言ったのでなければ、ね」
「それで良いんです。これからの計画は、何が起こるか分からない。だから私は敢えて憎まれ役を買ってでることで、あなた達に忠告を……」

 何やら良さげな台詞で誤魔化そうという文の企みを、ばっさりと小傘が断ち切る。

「単に交渉材料のお酒が飲みたかっただけでしょ」

 心配そうにしていた椛の表情が、一転して曇った。労るように肩へ当てられていた手も、ゆっくりと離れていく。

「文様?」
「……昔から言うじゃない。敵を騙すには、まず味方から」
「文様!」

 椛の可愛らしい怒鳴り声も、飄々とした文には通用しない。はいはい、と適当な返事であしらってパチュリーの方へと足を向けた。特に取材を禁止しているわけでもないし、これから記事にする為のインタビューでも始めるのだろうか。

「まぁ、パチェの方は心配しなくてもいいわよ。順調に進んでいるみたいだし」
「なら良かった。あっ、地下の方はナズーリンに任せてあるんだけど、ここへ来なかった?」
「ナズーリン?」

 そういえばレミリアは彼女の事を知らなかった。容姿を説明しようとしたが、地下の事など何も聞いていないと答えられた。どうやら、まだナズーリンは到着していないらしい。
 そろそろ来てもおかしくはない時間帯なのだけど。

「ところで、にとりの方は大丈夫なの?」

 いよいよ机に足をかけ、奇妙な雄叫をあげ始めた。奇行もここまでくると、何かの儀式に見えるから恐ろしい。
 レミリアは肩をすくめた。

「本人に訊いてみたら?」

 それもそうである。いまだ奇声をあげ続けるにとりに若干の怯えを感じつつ、手持ち無沙汰になった神様達と共にテーブルへと近づいた。白いテーブルの上に広げられたのは、これまた白い紙の束。端に置かれた鉛筆やら消しゴムが、使われた形跡もないまま寂しそうに佇んでいる。
 何の為に使うのか、テーブルに取り付けられた奇妙な物差しも動かした跡すら見られない。腕のような先にエル型の定規が設置されており、妙な格好良さを演出していた。しかし使われないのなら、ただの美術品と大差ない。

「おーい、にとりやい」

 顔馴染みなのか。神奈子が気さくな声を投げかける。
 にとりの雄叫びはいよいよ感極まったものに変わり、そろそろ超音波でも発しそうな勢いだ。やれやれと頬を掻いた神奈子が、にとりの首根っこを掴みあげた。

「ひゅい! 私は一体何を!?」
「正気に戻ったかい?」

 地上へと引きずり下ろされ、ようやくにとりの瞳に正常な輝きが灯る。しかしテーブルに置かれた白紙の群れが、再びにとりを狂気の世界へと誘おうと企んでいた。それを見た彼女は露骨に顔を背け、現実を拒絶するように耳を塞いだ。
 白紙怖い白紙怖いと小声で呟く様子は、〆切に追われた作家のようにも見える。

「ひょっとして、あれかい? 土砂崩れの方の……あれかい?」
「よく分からないなら、素直に黙っておいて方がいいよ。無知をさらけ出すだけだから」
「へえ、それじゃあ諏訪子は分かるってのか?」
「分かるよ。神奈子が天を司っているように、私は地を司ってるんだから」

 自信たっぷりの諏訪子の言葉が、にとりの身体を跳ね起こす。そして押し倒す勢いで、諏訪子に詰め寄った。

「是非とも、お知恵を拝借させてください!」

 かなり切羽詰まっていたのだろう。鬼気迫ったにとりの形相に、諏訪子は頷くしか無かったのである。呆れ顔の神奈子が肩をすくめる様子など、きっと目にも入っていなかった。
 出来れば小傘も助言ぐらいしたいところだが、果たして口を出す余地などあるのだろうか。疑問はあるものの、とりあえずにとりの話を聞いてみることにした。

「土砂崩れを防ぐことは、はっきり言って不可能です。だから川の方に何らかの対策を施すことにしたんですけど、これがもう無理難題で。一時は巨大な壁でも立ててやろうかと思ったんですが、さすがに山の横へ壁なんか立てたら天狗が黙ってないでしょうし」
「ダムみたいなものかな。それは確かに、時間的にも難しいだろうね」
「だから私は考えたんです。どうせ壁を立てるなら川を覆うように立ててはどうだろうかと」
「へえ、つまりは屋根みたいにするってこと?」

 にとりは頷いたが、すぐさま苦虫を噛みつぶしたように表情を変える。

「ですけど、生半可な屋根じゃあ土砂崩れから守ることはできませんし、地表の部分だけを守っても地下の地面が動いて川自体が埋もれてしまう可能性もある。だけど川全体をパイプのように覆えば……」
「地面から水が染み出さなくなる。あの大岩を破壊すれば山からの水が流れ込むようになるんだろうけど、土砂崩れでその流れが変わったらまずいね。ただのパイプになってしまう」
「それに今のままだと、確実に土砂崩れでパイプごと流されてしまいますからね。何とか固定しないといけないんですが、その手段も思いつかず。うにゅー!」

 また発作が再発したのか。どこぞの鴉みたいな悲鳴をあげて、にとりは頭を抱えた。
 問題が発覚したことで、最早誰も彼女を慰めることなんて出来ない。にとりが落ち着くことがあるとすれば、それはもう問題が解決した時に他ならないのだ。
 諏訪子は必死な顔で頭を悩ませているけれど、その答えを見つけ出すには到っていない。神奈子は考えているのかどうか分からない顔で、退屈そうに辺りを見回していた。早苗も困った顔で黙りこくっている。
 ただ小傘だけが、不思議そうな顔で皆を見ていた。
 どうして、誰も言わないのかと。正解はすぐ目の前に落ちているのに。

「ねえねえ、要するに川を守れれば良いんでしょう?」
「ん、まぁそうだね」

 至極気軽な口調で、小傘は言った。

「だったらさ、川に結界を張っちゃえば良いんじゃないの?」

 結界だったら、土砂崩れが起きても防ぐことが出来る。なにせ、この幻想郷を外の世界と遮断しているのも結界なのだから。それぐらいの芸当は出来るだろうと小傘は思ったのだ。
 自信満々のアイデアだったが、諏訪子の顔色は冴えない。

「悪いけど、その案は使えないよ。ごく限られた範囲を覆うなら有りだけど、土砂崩れの規模は広いからね。最低でも一キロメートルぐらいは屋根を張らないとまずい」
「でも幻想郷と外の世界を……」
「それだと、結局はコンクリートでパイプを作るのと大差ないさ。水が染み出してこない」
「結界は解けば無くなるわよ?」
「それは、そうだけど……厳密に言うなら博麗大結界は物理的な物を防げるわけじゃないからね。張ったところで効果は期待できない」

 思いついた時は最高のアイデアだと思ったのに、なかなか上手くいかないようだ。変な希望を持ってしまっただけに、失われた時の絶望も大きい。涙こそ流れなかったものの、悲しみは頭にのし掛かり、自然と項垂れるような姿勢にさせる。
 それを見かねて、諏訪子もフォローを入れた。

「だけどまぁ、面白いアイデアではあったよ。確かに結界だったら張るのも解くのも自由自在だし、固定化させればパイプを繋ぎ止める役に立つかもしれない。それに屋根の補強にも……」

 諏訪子の動きが止まった。口を開いたまま、視線だけが泳いでいる。
 どうしたんだろう。近づいた小傘は、いきなり出された大声に度肝を抜かれた。

「これだよっ!」

 その声は神奈子やにとりにも届き、どうしたのかと皆が集まってくる。諏訪子は興奮冷めやらぬ様子で鉛筆を握り、テーブルの白紙に黒い線を走らせた。

「まず山と里に社を造る。その社の結界と屋根を繋げば、固定させる為の重しにはなるよ。ある程度は大地の力も吸い上げるようなものにしておくから、それを屋根の方に流せば少なくとも土砂崩れぐらいじゃ壊れやしなくなる。強度の方もこれで問題ない」
「固定化と強度の問題はそれで良いとしても、肝心の屋根はどうするの? やっぱりパイプ?」

 にとりの質問に、諏訪子は答える。

「いや、それだと色々と問題がある。だから上半分はコンクリートの屋根にして、下半分は結界で覆えば良いんだよ。土砂崩れの間は結界を張り、一段落ついてから解除すれば染み出した水が川に流れ込む」
「そんな長い結界、張ることなんて出来るのかい?」
「愚問だね、神奈子。ここには結界に精通した巫女が一人、いるじゃないか。彼女の力を借りれば、少なくともこれぐらいの結界は張れると思うよ。さすがに丸々全部を結界にするわけにはいかないけど、下半分だけなら可能なはず!」

 目を輝かせる諏訪子とは違い、にとりは至って冷静だ。何か小声で呟きながら、問題がないかと探っている。

「ああ、ひょっとして大地から吸い上げた力も結界を張る力に変えるつもり?」
「ある程度はね。でもこれなら、かなり融通のきいた物が作れるはずだよ」

 諏訪子と神奈子は納得していた。早苗も頷いている。
 小傘は自分の案が採用されたような気がして、ただただ喜ぶばかりだった。
 後はにとりだけ。彼女が了承の合図を出したなら、これで計画は動き出す。
 熟考に熟考に重ね、黙り続けたにとりの口が、ようやく開かれた。

「両端だけを固定するのは不安定だから、もう一つだけ中央に社を置いた方がいい。コンクリートの強度に関しては私が何とかするから、結界の方は霊夢に任せて、設計もそれを頭に入れて作った方がいいかもね。まずは、霊夢を呼んでこよう」
「ええっと、つまり?」

 にとりは笑って、親指を立てた。

「それでいこう、ってことだよ!」

 感極まって、小傘が諏訪子に抱きついたのは言うまでもない。当然、諏訪子も抱き返してくるぐらい喜んでいた。
 こうして、ようやくにとりの方も計画が進み始めたわけである。










 博麗霊夢に関しては、基本的にこの一言で全ての交渉が終わる。

「これは異変なのよ」

 煎餅を齧っていた霊夢は頬杖をつきながら、力説するレミリアの顔を見ていた。激しい温度差に一時は怯みこそしたものの、ここで怖じ気づいては当主の名が廃る。小傘の方は交渉を成功させたのに、まさか自分だけが失敗するわけにもいかないのだ。
 付き添いで来たのは、文と椛、そして暇そうにしていた神奈子の三人。文は助けるつもりなど皆無だし、神奈子や椛もそれは同じことだ。ここは自分だけで解決しなくてはならない。
 それゆえに力の籠もった説得となり、机を何度も叩いたことだって熱が入っている証拠である。もっとも当の霊夢は温度が変わらず、むしろ隅っこにいた萃香の方が聞き入ってくれているようだ。
 縁側の猫やら鴉やらは日向ぼっこに夢中で、レミリアが話している事すら気付いていないだろう。
 後は、萃香以上に興味を持っている者が霊夢の隣にいたけれど、これを頼りにするのは危険すぎる。敢えて使うのだとしたら、後ろに立っている竜宮の使いに声をかけるだろう。目を爛々と輝かせる天人など、何をしでかすか分からない。

「だから霊夢、あなたの力を貸してちょうだい」
「おお、面白そうだね。それはあれだろ、勇儀が協力してる奴だろ? いいよ、私は手伝ってあげるから」

 これで萃香の協力は得られた。霊夢のついでに交渉しようと思っていただけに、この了承はとても有り難い。

「ふふふ、仕方ありませんね。どうしてもと言うのなら、私も協力してあげましょう」

 礼儀正しいのは結構だけれど、誰も天人に助けなど求めていない。天子に対する視力と聴力は無効化し、ただひたすらに霊夢だけを見つめる。

「どうなのよ、霊夢」

 煎餅を全て食べ終え、面倒臭そうな仕草で二枚目の煎餅に手を伸ばす。嫌がっているのかどうか、この巫女に関しては心中を察することが難しい。答えを待つ身のレミリアにとって、この沈黙は酷く居心地の悪いものであった。

「あの、聞いてる? 私は協力してあげても良いっていってるのよ。おーい、もしもし?」
「空気ぐらい読みましょうよ、総領娘様」

 縁側でお燐達と戯れ始めた衣玖の台詞も空しく、天子はこれみよがしに両手を振ったりしてアピールを続けた。無論、そんなものは視界にも収めない。

「それは別に、私じゃなく紫でも良いわよね?」
「紫のところなら既に行っているわ。そして、眠いから嫌だという馬鹿げた答えを頂いたわよ」

 あの時は、家の中でグングニルを放ってやろうかと思ったぐらいだ。

「だからもう、あなたじゃないと駄目なのよ。これも異変みたいなもんでしょ。だから協力して頂戴よ、霊夢」

 レミリアにしては珍しいぐらいの懇願だ。一度は負けた相手だからこそ、威厳やカリスマは見せつけておきたいものの、もう頼れる相手は霊夢しかいないのだ。ここで彼女を取り逃がすことは、計画の失敗を意味している。
 多少は甘えるような形になっても、それで霊夢が来てくれるのなら安いものだ。だが決して当主や吸血鬼としての矜持を捨てたわけじゃない。土下座したら行っても良いわよと言われて、下げるような頭は持ち合わせていなかった。

「まぁ、別にいいわよ。結界を張るぐらいなら、それほど苦にもならないでしょうし」

 あっさりと言い放った言葉に、どれだけレミリアが救われたか。当の霊夢は知るはずもあるまいて。

「じゃあ、詳しいことは紅魔館にいるにとりと諏訪子に聞いて頂戴。何をすべきかは、全て彼女たちが教えてくれるから」
「わかったわ。じゃあ、とっとと行きましょうか」
「おう、行こう」

 萃香を引き連れて、レミリアと霊夢は家を出て行った。その後を追うように、文と椛も姿を消す。残されたのは猫と鴉、そして神様と天人と竜宮の使い。

「え……あの、私は?」

 どこか寂しげに、天子は自分を指さした。だから言わんこっちゃないと、呆れる衣玖を横目に見ながら。誰も自分を頼ってくれないだと知って、がっくりと項垂れる。
 そんな天子が持ちやすかったのか、神奈子の手が強引に引き起こした。半ば首を絞められる形での起こし方に、思わず噛みつく。

「な、何するのよっ!」
「暇なんだろ。だったら、私がこき使ってあげるよ」
「だ、だからって何も首を絞めることは!」
「良いじゃないか、天人なんだから。どうせ、そんな簡単に死にはしないんだろ?」

 反論の言葉は、全て大らかな理論に包まれて消沈していく。やがて言い争うこと自体が無駄だと悟り、天子は偉そうに胸を張って神様に言い切った。

「ふふん、だったら頼み方というものがあるんじゃないかしら? お願いしますって言うなら、私も考えてあげてもいいわよ?」
「はいはい、オネガイシマス。それじゃあ行くよ、時間が無いんだ」
「ちょっ! そんな頼み方があるの!」
「妖怪の山の麓で、妙な風に天気を操作した形跡があるんだ。私らはそれを調査して、何とか雨が降るのを遅くするのが役目だよ」
「話を聞け!」

 騒ぐ天子と引きずる神奈子。喧噪はやがて玄関の方へ消え、居間にようやく静寂が訪れた。
 気持ちよさそうに眠る猫を膝の上からおろし、鴉を起こさないように立ち上がる。
 この空気、この流れ。

「私も紅魔館に行きましょうか」

 永江衣玖。空気が読める女だった。










「話は全てナズーリンから聞きました。是非とも、私達も協力させてください!」

 熱気が鬱陶しいぐらいに伝わってきて、さすがの小傘もたじろぐしか無かった。これで全てが善意だというのだから、妖怪からも慕われるわけである。
 ナズーリンと共に訪れた聖白蓮は、小傘の手をとって曇りのないガラス玉を思わせる瞳を真正面からぶつけてきた。無邪気な妖精だって、ここまで純粋ではない。ある意味では、かなり恐ろしい人物であろう。

「常頃から妖怪だけでなく、人間の方達のお役にも立てないかと思っていました。あなたの計画を聞きましたが、実に素晴らしい。人だけでなく、妖怪の山の方々もきっと喜んでくれることでしょう!」

 土砂崩れを防ぐわけでもないし、大岩が破壊されたからといって天狗や河童に利益などない。ただ天狗は取材対象が出来たからと喜んでいるし、河童は物を作るのが大好きだからとはしゃいでいるのも事実だ。
 ちなみに土砂崩れで被害を被るのはあくまで妖怪の山の裏側であり、天狗達の住処には何の影響もなかった。さすがに影響があるのなら、四の五の言わずに協力していただろう。

「労働力に加えて、資金の面でも援助をいたしましょう。幸いにも、ナズーリンが地下鉱脈を掘り当ててくれましたからね。お金に関してはさほど困っていないのです」
「う、うちだって八坂様の木像を作って売っているからお金には困ってませんよ!」
「早苗、早苗。妙な対抗心とか燃やさなくていいから」

 商売敵に負けていられぬと、ここぞとばかりにアピールする早苗。頬を鉛筆で黒く染めた諏訪子が、呆れた顔で引っ張っていった。確か早苗は諏訪子の補佐をしているはず。それを放り投げてまで、参加したい話だったのだろうか。小傘にはよく分からない。
 聖の申し出は有り難い限りだけれど、果たしてレミリアを無視して勝手に決めていいものか。少しだけ悩んだ小傘だったが、お金はあるに超したことがないのだ。ここで断っても、誰も得をしないだろう。

「わかったわ。それじゃあ私達と一緒に頑張りましょう」
「ええ! では早速私と一輪達は船に戻って準備をしましょう。ナズーリンはどうしますか?」

 いきなり話を振られたナズーリンは、ダウジング棒を磨いている最中だった。その様子からして、船に戻るつもりはないのだろう。返事を聞かず、聖は頷く。

「では行きましょうか」
「おお!」
「はい!」

 聖に続いて一輪と村紗も図書館を出て行き、星だけはその場に留まった。てっきりナズーリンに何か用事があるのかと思いきや、彼女は真っ直ぐにこちらへ向かってくる。ピンと綺麗に伸びた背筋は、身長の違いを強調していた。
 見下ろされていても、何故か不快には思わない。むしろそれが当然のことだと思ってしまう何かを、星は雰囲気として放っていたのだ。
 ナズーリンの愚痴から想像した寅丸星像とは、全くかけ離れた妖怪のように思える。

「小傘さん。ナズーリンをよろしくお願いしますね」
「は、はい!」

 思わず萎縮して、返事する声もどもってしまう。星は可愛らしいものでも見るように、くすりと笑って聖達の後を追った。勇ましいその背中には、語らずとも頼りたくなるオーラが醸し出されていた。

「ご主人様、宝塔を忘れているよ」

 すぐさま、そのオーラは消えた。勇ましいことは勇ましいのだが、愛らしさも兼ね備えているらしい。ナズーリンが愚痴りたくなる気持ちも、少しながら分かるというもの。
 照れくさそうに微笑み、星が図書館を出て行く。それと入れ替わるようにして、レミリア達が霊夢を引き連れて戻ってきた。

「おかえり。あれ、神様は?」
「ああ、何だか見たい所があるからって天人を引きずりながら山の方へ行ったわ。大方、あの天気について何か思うことがあるんでしょう。それよりも、そっちはどうなったかしら?」
「大岩も川も大体の対策は出来たから、後は準備をするだけだね。まぁ、その準備が大変なんだろうけど」

 面倒臭そうな顔をした霊夢は、頭を掻きながらにとりと諏訪子のテーブルへと腰を下ろす。萃香は天狗達を捕まえて、いきなり酒盛りの真っ最中だった。小悪魔は資料を抱えながら忙しなく動き回り、ナズーリンは興味深そうに図書館の蔵書を眺めている。
 まだまだ、本格的に動くのはこれからのことだろう。
 しかし確実に、物語が動き始めた気配をその場にいた誰もが感じ始めていた。

「絶対に成功させようね」
「当然よ」

 力強い笑みを交わし、二人はそれぞれの持ち場へと足を運ぶ。
 発端人も、何かと忙しいのだ。







 ☆  ★  ☆







 紅魔館の大図書館にあるのは、膨大な数の蔵書と、優秀な司書と、それを管理する一人の魔女。そしてどこまでも続く圧倒的な静寂である。紅魔館に図書館が出来てから幾百年、その静けさが破られたことはない。
 魔女も司書も、それが当たり前の事だと思っていたし、きっとこれからも変わらないだろうと考えていた。しかし当主と一匹の妖怪が、そんなものは所詮妄想に過ぎないと証明してくれたのだ。
 嬉しいかと聞かれれば首を捻り、悲しいかと問われれば口を閉ざす。絶対に割れないだろうと思っていた宝石が、実はただのガラス細工で、あっさりと割れてしまったような印象と言えば分かりやすいだろうか。騙された衝撃がありはしても、壊れたガラス細工に思い入れなど全くない。
 むしろ、キラキラと光を反射する破片こそが美しいのではないだろうか。そう思えるほどに、飛び散ったガラスの欠片は目映い光を乱反射していた。

「だーかーらー! なるたけ中央部に社を置いた方が良いんだってば!」
「妖怪の山と接している場所は、どっちかと言えば中央より少し里側じゃん。そこに直接作った方が良いって」
「別に社で土砂を受け止めるわけじゃない。これはあくまで、この屋根を固定化する為の楔なんだから中央にあった方がいいんだよ!」

 相変わらず飄々とした霊夢を挟み、にとりと諏訪子が侃々諤々と言い争いを繰り広げる。早苗は困ったように二人を見渡し、霊夢に助けを求めて無駄だと悟った。肩を落として、とりあえず論争に決着がつくのを待っているようだった。
 その手前では、パチュリー達が顔を付きあわせて大きな画用紙と睨めっこをしている。紙には大岩そっくりの絵が描かれ、あちこちに謎の数字が書き込まれていた。それが何を意味するのか、小傘にはまったく分からない。

「問題は場所よりも火薬の量ね。起爆装置に関してはアリスに全部任せるわ。どれぐらいで作れそう?」
「別にそれほど大層なものじゃないから、一日あれば出来るわよ。火薬の設置は魔理沙がしてくれるんでしょう?」
「おう、任せとけ。だけど、火薬の調合はどうするんだ? やっぱりパチュリーがやるのか?」
「一応は作ってみるけど、そちら方面の調合はあまり得意じゃないのよね。まぁ、やるだけやってみるけれど」

 順調なのか行き詰まっているのか、門外漢には判断しづらい。ばたばたと忙しくなく走り回っている小悪魔は、果たして理解しているのだろうか。

「やぁ、ただいま」
「あっ、おかえり」

 地下との本格的な交渉に向かっていたナズーリンが帰ってきた。その手には何故か、一升瓶が二本ほど握られている。小傘の視線に気付いたナズーリンは、苦笑しながら一升瓶を持ち上げた。

「鬼が持って行けと言うんでね、仕方なく貰ってきたよ。後で飲みたい奴が飲めばいい」

 受け取ったものの、全て鬼と神の胃袋に収まりそうな気もした。とかくこの二人は、何かと理由をつけて飲みたがるのだ。

「あちら側の方は、さほど問題がないようだったよ。破片の運搬に関しても、星熊勇儀が先導することになった。灼熱地獄跡の方は古明地さとりがやってくれるそうだよ」
「地上は咲夜さんに美鈴さんに、あと萃香さんがやってくれるから、それぞれの班の詳細な割り当てとかも考えないといけないね」
「鬼の班には聖輦船の面子が協力した方がいいだろう。なにかと力持ちの奴も多いからね。ここの妹様はメイドの班がいいかな」

 だとすれば美鈴の班に誰を割り当てるかだが、小傘には心当たりがあった。この付近で人を驚かそうと彷徨っているうちに、知り合えた連中がいるのだ。小傘は彼女らに声をかけるつもりだった。

「じゃあ、そちらは小傘に一任しよう。ああ、こういった人事や事務も選任の人がいてくれたら楽になるんだろうけどね」

 珍しく愚痴るナズーリンの気持ちも、分からなくはない。今は何とか小傘やナズーリン、そしてレミリアの力で上手く回っているように見えるけれど、これから何かと人数が増える。そうなってもまだ、今のように歯車が回ってくれるとは限らないのだ。
 事務の方は小悪魔が主に担当しているようだけど、そろそろ資金の管理についても誰かがやらなくてはならないころ。パチュリーの手伝いと兼任している小悪魔には、その役を任せるわけにはいかない。
 閻魔様あたりが来てくれれば楽なのだが、常に多忙な彼女がここに来てくれることなど奇跡以外の何物でもなかった。いくら現人神がいるからといって、そんな都合のいい話は期待するだけ無駄だ。

「まぁ、誰か適任者を片手間で捜しておくよ」
「お願いね」

 そう言って別れようとしたところに、早苗が声をかけてきた。

「あの、ナズーリンさん。にとりさんと諏訪子様が、竹を調達してくれないかと言われてまして」
「竹? 一体、何に使うんだい?」

 願い事を吊すわけでもあるまいし、川を守るのに竹が必要なのだろうか。早苗も首を傾げながら、いまいち理解していない事を教えてくれる。

「なんでも、欠片を運ぶ時にいるかもしれないそうです」
「ふむ……必要だというなら調達してくるよ。永遠亭という所に行けば、それなりの竹は貰えそうだからね。ああ、後でレミリアにメイドと妖精達を永遠亭まで寄越すよう行っておいてくれ。竹を運ぶ人材が必要になるはずだ」
「わかったわ」

 ナズーリンからの注文に頷き、こんな頭脳労働は性に合わないと喚く天人達を尻目に、小傘はレミリアの所へと向かった。










 かねてより永遠亭の噂は耳へと入ってきていた。勿論、迷いの竹林についても様々な情報が手元に飛び込んできている。何の対策もなしに入れば迷うことも知っていたが、それは普通の人間だから適応されること。
 ナズーリンにとってみれば、どれだけ大層な名前がついていようと竹林は竹林だ。ダウジング棒さえあれば、兎と鬼ごっこしても負ける気はしない。
 まるで最初から道を知っているような足取りで、ひっそりと佇む永遠亭へと辿り着けた。噂通りの兎の多さには少しばかり面食らったものの、別に害があるわけではない。さして気にすることもなく、門をくぐって庭へと入る。

「あれ、お客さん?」

 庭掃除していた兎耳の少女が、ナズーリンを見て驚いた顔をしている。迷いの竹林を越えて訪れる者は少ないと聞く。びっくりするのも無理からぬ話だ。

「ああ、すまないけれど蓬莱山輝夜を呼んできてくれるだろうか?」
「姫様のお客様ですか? 分かりました、すぐに呼んできます」

 多少の質問は覚悟の上だったが、案外すんなりと面通しすることができた。あの兎は疑うことを知らないのだろうか。それとも、ここの主が大らかなだけか。
 いずれにせよ、変な手間を取らなくて済むのは有り難い限りである。

「お会いするそうなので、どうぞ中へお入りください」

 先導する兎に付き従い、鈴仙・優曇華院・イナバという長ったらしい名前を思い出した。確か永遠亭で医者の助手をしているらしいのだが、おそらく彼女がそうなのだろう。一度聞いたら忘れそうにないほど、長く複雑な名前である。

「こちらです」

 通された部屋に入り、思わず眉をひそめた。輝夜の素性もある程度は知っており、レミリアに匹敵するほどの気品を兼ね備えているのだと言われていたが、実際はどうだろう。どこぞの巫女並に面倒臭そうな顔をしながら、寝そべって本を読んでいる。
 これが来客を出迎える態度かと憤慨しかけたが、案外貴族というのはこんなものなのかもしれない。連中にとってすれば、下々の者など見下す為に存在しているのだと思っている節があった。
 輝夜がそこまで貴族意識を持っているかどうかはさておき、不遜な態度をとってもおかしくは無いのだ。彼女は貴族で、ナズーリンは妖怪なのだから。

「はじめまして、蓬莱山輝夜。レミリア・スカーレットの使いとしてやってきた、ナズーリンと申します。以後、お見知りおきを」
「んー」

 気のない返事に、こちらのやる気も殺がれそうだ。優秀な者なら誘おうと思っていただけに、この態度は密かな期待を打ち砕いた。
 とっとと用件を済ませて帰るとしよう。ナズーリンのやる気も、いつのまにか半減していた。

「実は輝夜様に折り入ってお願いがありまして、外の竹林の竹を少々頂きたいのです」
「あー、別に好きなだけ持っていってもいいわよ。好きにしてー」
「そ、そうですか。では御言葉に甘えて、後ほどメイド達を寄越しますので……」

 まったくもって、拍子抜けである。これなら自分が来る必要も無かった。妖精が来たところで、輝夜は同じような態度をとって適当な許可を与えていただろう。せめて、これが八意永琳ならば。
 月の頭脳とまで評される彼女が相手だとしたら、さしものナズーリンとて竹の一本も持って帰れないやもしれない。それほどまでの頭脳の持ち主が何故、このような姫に仕えているのか。世の中にはまだまだ不思議な事が残っている。
 用は済んだとばかりに帰ろうとしたナズーリンは、そこではたと気が付いた。そうだ、何も輝夜に拘る必要は無いのだ。
 将を射んと欲すれば先ず馬を射よ。ならば馬を射んと欲するならば射るべきはどこか。
 ナズーリンは踵を返した。それと同時に、タイミングよく馬の従者が部屋に入ってくる。

「姫様、そろそろ姿勢を正されてはどうでしょう?」
「んー、いいじゃない別に。この姿勢が楽なんだから」
「そういう問題じゃありません」

 偶然にしては、あまりにもタイミングが良すぎる。ナズーリンを危険だと判断して、外で様子を窺っていたとしか思えない。だとしたら、その優秀さは是非とも手に入れたいところだ。
 逃げるように机の下へ転がった主を、何とか引っ張り出そうと苦戦している永琳。一見すると呆れた光景だが、さりげなく居たたまれない空気を醸し出している。疎外感にも似た感覚が肌を刺激し、さしたる用も無ければ今頃は帰っていただろう。

「随分と暇そうですね、お姫様」

 だが、ここで退いてたまるものか。永琳があからさまな敵意の籠もった視線を向けてきても構いはしない。かぐや姫だっていつまでも、竹林の屋敷で暮らしているわけにもいかないのだから。
 止まった蓬莱人の時間を舌先三寸で動かしてみせようか。

「実は姫様に面白い話を持ってきたのです。お忙しいだろうと勝手に思いお伝えしませんでしたが……」

 ここで無意味な間を置いた。相手に考えさせる暇も与えず言葉をぶつける方法は、強引に頷かせる時だけの戦法だ。こういった相手には、向こうから食い付いてくるのをひたすら待つ方が成功率は高い。
 案の定、輝夜は読んでいた本を閉じて、こちらに注意を向けてきた。ますます、永琳の機嫌が悪くなる。どうやら彼女は輝夜をあまり此処から出したくないらしい。
 それとも、単にナズーリン達の計画を警戒しているだけなのか。いずれにせよ、参加させてしまえばこちらのものである。忠臣たる八意永琳のこと、必ず輝夜に付き添って一緒に参加してくれるだろう。

「どんな話?」
「実はですね」

 それからナズーリンは小傘達の計画を語った。しかしただ語るだけでは、輝夜の興味をひくことはできない。時には多少の誇張を加え、時には勿体ぶり、輝夜の反応を一々見ながら説明を終えた。
 終わる頃には、返事をきくまでもないほどに好奇心で満ちあふれた輝夜の顔があった。永琳も邪魔しようと試みたのだが、その度に黙っていなさいと言われて、思うように妨害ができなかった。キラキラと子供のように目を輝かせる主を横目に、頭を抱えている。

「面白そうじゃない。永琳、私達も参加しましょう」
「駄目です。仕事だって忙しいんですし……」
「嘘。最近暇だって愚痴ってたじゃない」
「……それはまぁ、そうですが」

 波はこちらにあるようだ。後は流れに任せてたゆたえば、自然と獲物は近づいてくれる。
 だが、それを許さないからこそ喉から手が出るほど欲しい人材なわけで。

「ですが姫様。彼女の言った事が本当である保証などどこにもないのですよ? 聞けば狡猾なネズミの妖怪。姫様を誑かす為に誇張を交えた可能性だってあります」
「それを見抜けない私だとでも?」
「見抜けるのですか、本当に?」

 沈黙の後、それもそうね、と輝夜は厳しい目を向けてきた。永琳が輝夜に付き従うのと同じぐらい、輝夜もまた永琳を信頼しているのだろう。人馬一体とはこの事か。どうやら、馬も射ないと意味がないらしい。

「悪いけど、その話は無かったことにして貰えるかしら? あなたの話が本当だという保証はないし、仮に本当だったとしてもあまり面倒なのは遠慮したいわ」

 敵愾心を持たれてしまったのなら、もう取り繕う必要もない。言葉を崩して、改めて輝夜達に向き直った。

「実に残念だけれど、無理強いをするつもりはないよ。断るというのなら、私は素直に諦めよう」

 酒や物では彼女たちを釣れまい。かといって輝夜を挑発しても永琳がなだめ、永琳の方は挑発にのるはずもなかった。
 元より、突発的に思いついたアイデア。そうそう簡単に上手くいくはずもない。
 普通ならば。

「あなた方には医療班として活躍して貰おうと思ったのだが、仕方ないね」
「……医療班?」

 永琳の表情が変わる。八意永琳という人物を客観的に見るならば、活用すべきはその頭脳。確かに医者としての腕も確かだが、この計画においては頭の方を優先して使わせると思っていたに違いない。
 勿論、ナズーリンとてそのつもりだった。だが交渉は困難を極めているいま、必要なのは彼女たちをこちらに引きずりこむことだ。そこから先は、また新しい交渉によって道を切り開いていけばいい。

「なにぶん危険な作業も行うからね。どうしても医療班は必要だったんだ。あなた方ならその腕も確かだし、適任だと思ったんだけどね。いやはや、本当に残念だよ」

 肩をすくめ、潔く立ち去ろうと踵を返す。先程は自発的に止まったナズーリンを引き留めたのは、八意永琳の声だった。

「待ちなさい。それならば話は別よ」
「永琳?」

 先程の話がなければ、ここで手詰まりだったろう。なにげなく漏らした言葉もまた、貴重な情報源と成りうるのだ。
 暇になった医者にとって、仕事は望むべきものだろう。それを与えてやると言うのなら、わざわざ拒絶して来ない客を待つ馬鹿はいない。
 頭脳仕事ならば、永琳の食指もさして動きはしなかっただろう。それはあくまで助言するだけの仕事であるし、調達した材料が減るわけではないのだ。薬の材料を消費しようと思うのなら、この計画には乗っておいた方が得をする。
 永琳の頭の中で激しく天秤が揺れ動いているように思えた。ナズーリンと輝夜の間を視線が行き来し、何度も何度もうめいている。

「姫様どうなんだい? 危ない仕事かもしれないが、基本的には紅魔館での仕事が主だし、そもそもあなたは不死なんだろう? 危険は恐れるものなのかい?」
「まぁ、言われてみたらそれもそうね」

 初志貫徹。狙い打ちをするのなら、やはり永琳よりも輝夜の方が効果的だ。
 揺れ動いている永琳は、それどころじゃないだろうし。

「姫様には事務の仕事をして貰おうかと思っているんだ。あなたの経験は政治手腕でこそ発揮されるべきだと私は思うんだよ。だけどその力は、永遠亭でごろごろしているだけでは花開かない。どうだい、私達と共に才能を開花させてみる気は?」

 些か妖しいセミナーのように思えてきたが、こういうのは多少胡散臭い方が良いのだ。妙に清廉潔白だと、逆に怪しまれてしまう。一度は誇張してしまった身だ。これ以上は変な脚色を入れない方が良いだろう。
 嘘はついていないが純心ではないナズーリンの言葉に、輝夜の心は揺れ動かない。そもそも、元より決まっていたものを永琳が待ったと止めたのだ。その永琳が何も言わないのなら、輝夜の心がどちらに動くのか誰にだって分かる。

「良いわ、協力してあげましょう。それでいいわね、永琳?」
「………………わかりました」

 長い沈黙の末に、永琳も不承不承といった感じで頷いた。背に腹は替えられない。例え天才だろうと、この格言に購うことは出来なかったようだ。

「そうと決まれば、早速薬品や資材を紅魔館に運びましょう。どうせ、そういったものは置いてないんでしょう?」

 急に生き生きとした顔で、輝夜が取り仕切り始める。単にやる気が無かっただけで、本当は彼女も優秀な方に入るのだろう。
 これなら事務仕事の方でも、きっと活躍してくれるはずだ。

「おそらくは無いと思う。まぁ、とりあえずは紅魔館で詳しい話をしようじゃないか」
「ええ。行くわよ、永琳」
「はい。ああ、ウドンゲ。擦り傷やら切り傷に効果的な薬品を準備しておいてちょうだい。数はあるだけ持っていくわ」
「は、はい!」

 外で聞き耳を立てていた弟子に、永琳は命令を与えた。ナズーリンなどまったく気付いていなかったというのに。
 真正面から挑んでいれば、どうなっていたか結果は分からない。今更ながらに冷や汗が額に流れ、鼻の先から零れていった。










「うーん、やっぱりおかしいよな。この天気」
「おかしいのは総領娘様の顔色だと思いますが」
「おお、危ない危ない」

 慌てて手を離してくれたおかげで、ようやく新鮮な空気を吸うことが出来る。これほどまでに空気を美味しく感じたことなんて、天子の人生の中では初めてのことだった。がっつくように深呼吸を繰り返し、酸欠でもないのに顔を真っ赤にして神奈子を怒鳴りつける。

「死ぬとこだったじゃないの!」
「ははは、天人が簡単に死ぬものか」
「死ぬ時は死ぬのよ!」

 別に天人だからといって完璧な不死ではない。死ぬときは簡単に死ぬ。そこら辺を分かっていないのか、単に大雑把なだけなのか。

「まったく……少しは人の気持ちを考えなさいな」
「総領娘様が言えた台詞じゃありませんよね」

 冷め切った衣玖の言葉は、右の耳から入って左の耳へと抜けていった。都合の悪いことは聞こえない。聞こえたとしても忘れておく。それが長生きの秘訣であり、ストレスを溜め込まない方法でもある。
 だが神奈子にはそれも通用せず、無視していると強引に引っ張られるのだ。文字通り、物理的に。

「そもそも、私はそれほど天気に詳しいわけじゃないんだけどね」
「なんだ、剣以下か」
「いや、緋想の剣にしたって厳密に言えば天気を操作する剣じゃないわよ。まず相手の気質を霧に変え……」
「細かいことはいいんだよ。それより、天気だ」

 無視するのは良いけれど、されるのは酷く腹が立つ。

「まったく……少しは人の話を聞きなさいよ!」
「総領娘様が、いつも言われている台詞ですね」

 衣玖の言葉は届かない。神奈子に倣い、天子も空を見上げた。
 なるほど、確かに違和感がある。それが具体的にどういうものかと聞かれれば困るが、少なくとも普通の空でないことは確かだ。誰かが手を加えたとしか思えない。
 勿論、天子ではなかった。緋想の剣は振るわれることなく、自宅の部屋に置きっぱなしなのだから。つい先日、リモコンと一緒に無くなって目下捜索中だ。

「どうやら、誰かが雨を降らせまいとしているらしいね。網の目みたいに力が張り巡らせ、ご丁寧に雨だけを防ごうとしてる。まったく、どこの馬鹿がこんなことしたんだか……」

 杜撰なのは天子の目から見ても明らかだった。自分がやるとすれば、もう少し上手くやっただろう。
 ただ結局は誰にも気付かれない事がつまんなくて、ばれるように隙を作ったのは間違いない。どんな芸術品であれ、誰の目にも触れられないのなら意味はないのだ。

「あん?」

 突然、神奈子が妙な声をあげた。

「どうしたのよ」
「いや、何でこんな所に人間がいるのかなって」

 視線の先を追ってみれば、確かに人間が大岩の方を向いている。ここは妖怪の山とも近いので、滅多に人は訪れないはずなのに。

「そういえば、小傘が前にここで人を見たって言ってたな」

 一度なら偶然でも、二度ならば疑念が生まれる。ひょっとすると、あの人間は何か目的があって此処に来ているのではないか。
 話でも聞こうかと思ったら、その人間はこちらに気付いて早足で駆けていった。やはり何かやましいことでもあるのだろう。そうでなければ、自分たちをみて逃げるはずがない。

「追いかけないの?」
「神様が人間を追い回したら駄目だろ。まぁ、ここに用があるのならまた来るだろうさ」

 大らかというか、いい加減というか。さすがの衣玖も呆れ顔で、神奈子と天子の両者を見ていた。
 何故、自分も含まれているのか。とても理不尽な思いを抱きながら、去っていく人間の背中を目で追った。










 秋の風も、すっかり冷たく様変わりしてくる。冬の到来を告げているのか、それとも今年は異常に寒いのか。里の人間達は後者だと口々に言っているけれど、毎年同じような台詞を口にしているのは気のせいだろうか。
 もっとも、それは咲夜から伝え聞いた噂話。実際は違うのかもしれないけれど、わざわざ咲夜が主に嘘をつくはずもなかった。だとすればやはり、里の人間達は今年の秋も寒い寒いと不平を零しているのだろう。
 吸血鬼とは強靱な種族である。多少の暑さや寒さでやられはしない。人間などという脆弱の生き物とは根本の作りが違うのだ。レミリアとて、その気になれば氷精の全力を裸で受け止めることができる。そんな真似、はしたなくてする気にもなれないが事実は事実だ。
 紅魔館。紅葉とは無縁のこの庭でも、落ち葉の海は広がっている。役目を終えた彼らを踏みつけながら、レミリアは首元のマフラーを正した。耐えられるからといって、我慢できるわけではない。寒いものは寒いのだ。
 そりゃあコタツにだって飛び込むさ。吸血鬼だもの。

「どう? 実験は上手くいきそう?」

 わざわざ寒い庭へ出てきたのは、なにも散歩がしたかったわけではない。庭の一部で、パチュリー達が爆破の実験をするからだ。
 当初は館から離れた所でやれという抗議の声も上がったが、そこまで歩くのは面倒臭いというパチュリーの一喝で庭が使われることになったのである。元々、紅魔館はフランドールの破壊にも理論上は耐えられる仕様になっており、多少の爆破ではビクともしないはず。パチュリーはそう語っていたが、レミリアの心にはまだ若干の不安もあった。

「上手くいくかどうかを実験で試すのよ。魔理沙、そこじゃなくてもっと右。ちゃんと図の通りに付けないと上手くいかないわよ」
「わかってるっての!」

 鬼が運んできた岩は、あの大岩と比べれば小振りに思えるが、魔理沙と比較すればなかなかの大物である。人間が十人いたところで、持ち上げることすら不可能だろう。
 実験の様子を探りに、庭には館から幾人もの妖怪やら神様やら妖精が姿を現していた。本来は門で番人をしているはずの妖怪の姿も見えたので、ちょっと声をかけに近づいてみる。

「なにしてるのよ、美鈴。こんなところ咲夜に見られたら、タダじゃ済まないわよ」
「いやあ、やっぱり気になっちゃいましてね。それに今の紅魔館へ侵入するような輩はいませんよ。泥棒だって、ほらあそこで火薬を設置していますし」

 もっともである。
 ナズーリンが引き込んだ輝夜達の加入により、紅魔館の戦力はいよいよもって混沌を極めてきた。仮に戦争を起こすのなら、もう何処にも負ける気はしない。
 設置している火薬にしたって、調合したのは永琳なのだ。当人はぶつくさ文句を言っていたけれど、そこはナズーリンが上手く交渉してくれた。力に、知に、口に。向かうところ敵なしの面子である。

「そっちはどう?」
「起爆装置異常なし。いつでもいけるわよ」

 アリスの前に置かれた箱が、その起爆装置なのだろう。物々しい名前の割りに、その構造は案外シンプルだ。中身を見たわけではないので、あくまで外見だけの話ではあるが。もっと厳めしい姿をしているものかと思っていた。
 喧噪が続く中で、魔理沙がようやく作業を終える。小走りでこちらに戻り、額の汗を拭った。

「お疲れ様。それじゃあ早速だけど実験を開始するわ」

 パチュリーの言葉に、騒がしかった庭に静寂が訪れる。誰しもが息を飲み、これから爆破されるであろう岩に視線を向けた。

「ん?」

 岩の上に何かが置かれている。黙っていようかと思ったが、これで失敗されたら元も子もない。

「ねえ、パチェ。岩の上に何かあるわよ」
「ああ、あれは妹様が置いたのよ。どれぐらいの威力なのか調べる為にって」
「へえ、フランが?」

 当のフランドールは咲夜を引き連れて地下へと遊びに行っていた。最近は引きこもることに鬱憤を覚えるようになったらしく、レミリアの許可も得ずに外へ出るようになってしまった。それが良いことなのか悪いことなのか。まだ判断はついていない。
 閑話休題。
 何を置いたのだろう。目を細め、眉間に皺が寄った。
 武骨な岩の上に置かれたもの。それは可愛らしいクマのぬいぐるみであった。あんな可愛いものを実験材料にするだなんて、フランドールの精神は相変わらず分からない。
 それにしても、見覚えのあるぬいぐるみである。よくよく目を凝らしたレミリアは、唐突に大声を張り上げた。

「フランシーヌ!」

 聞き慣れぬ外人の名前に、その場にいた全員が首を傾げる。やにわに駆け出そうとするレミリアを、美鈴が慌てて羽交い締めにした。

「何してるのよ、レミィ」
「フランシーヌ! あれは私がいつも寝るときに抱きしめてるフランシーヌよ!」
「……妹様も趣味が悪いわね」

 閉じこめた姉への復讐か、はたまた単に面白そうだからやっただけなのか。レミリアの動揺は尋常でなく、美鈴の方にも限界が訪れようとしていた。

「パチェ! いますぐ実験は中止よ!」
「そういうわけにもいかないわ。ここまで来て中止だなんて、誰も納得できないわよ。残念だけどレミィ。フランシーヌは諦めてちょうだい」
「くっ……美鈴!」
「お嬢様。悲しいですが人生に別れは付きものですよ」

 ここに咲夜がいたならば、問答無用で時間を止めて助けに行ってくれるのに。そこまで考慮していたというのか、フランドールは。
 どちらが悪魔なのか分からない。

「フランシーヌ! フランシーヌ!」

 悲痛なレミリアの叫び声に戸惑うアリスへ、パチュリーが無情な頷きを返した。やれ、と言外に語っている。
 ここでの中止は有り得ない。アリスもそれは痛いほど分かっていた。
 しかし、あそこにあるのはぬいぐるみなのだ。いわば人形。自らの手で人形を爆破するなど、アリスの人形使いとしての矜持が許さなかった。

「ねぇ、やっぱり一旦は実験を中止して……」
「えいっ」

 横から掠めるように手を伸ばし、持っていたスイッチが押される。途端に反応した火薬の群れが、大音量を響かせながら見事なまでに爆ぜた。軽い爆風が皆を襲い、砕け散った破片が辺りに落ちてくる。
 耳鳴りの後に聞こえてきたのは、涙を流しながら叫ぶレミリアの悲鳴だった。

「フランシーヌゥゥゥゥ!」

 濛々と暗雲が立ちこめる現場に駆け寄るも、フランシーヌの残骸すら見あたらない。実験は成功したようだ。破片の方もパチュリーの予想していた規定値を超えていなかった。
 それにしても、だ。呆然とするアリスの横で、興味深そうに爆心地を眺める一人の少女。
 無意識を操る彼女にとって、横からスイッチを押すなど赤子の手を捻るより簡単な所行だったのだろう。

「どういうつもりよ! どうしてフランシーヌをこんな目に!」

 涙を拭いながら問いつめるレミリア。こいしは不思議そうな顔で答えた。

「うーん、なんかフランちゃんが紅魔館に行ってスイッチ押してこいって」
「フランドォォォォル!」

 仁王の形相で飛びだしたレミリアと、楽しげなフランドールが地下で殺し合いじみた弾幕勝負を始めたのは言うまでもない。










 地下との連携はナズーリンが担当し、天狗達との連絡は主に小傘の担当であった。いよいよ大岩を爆破する日付が決定し、それを伝えに行った帰りのこと。
 大岩の周りでまた人影を発見した。今度こそ正体を見破ってやると意気込んで近づいてみれば、それはどこかで見た覚えのある人物だった。

「お、あなたが首謀者の妖怪ね?」

 銀色の髪の毛が尻尾のように揺れ動き、鬼灯のように赤い瞳がこちらを捉えた。両手はもんぺの裾に突っ込まれ、どこか乱暴なように見えるけれど口調はそれほど荒々しくなかった。

「えっと、あなたは?」
「私は藤原妹紅。ここの警備を担当することになった者よ」
「警備?」

 そんな話は聞いていない。不思議がる小傘に、妹紅は告げた。

「最近、ここら辺で人間の姿が目撃されてるでしょ。だけど危ないから、誰かが見張ることになったのよ。それで私が名乗りをあげて、こうして見張ってるわけ。今日も何人か彷徨いていたから、追い返しておいたわ」
「レミリアがそうするように言ったの?」
「いいえ……ああ、命令した本人が来たわよ」

 振り返り、そして納得した。こちらに歩いてくるのは、里の守護者を仰せつかる上白沢慧音その半妖だ。

「おお、小傘じゃないか。今日も忙しそうだな」
「慧音先生がここを警備するように言ったの?」
「ああ、そうだ」

 確かに、小傘達もよく見かける人間の対処方法を考えなければならないと思っていた。だから妹紅が警備をしてくれると言うなら、それに超したことはない。小傘は満面の笑みを浮かべて、感謝の言葉を述べながら頭をさげた。
 照れくさそうに二人は見つめ合い、頭をあげてくれとお願いする。

「里の為になることなのだから、協力するのは当然だろう? 妹紅も、一応は里でお世話になっている身だからな」
「一応って……まぁ、そうだけど。だから、そんなに感謝することはないのよ。私達だって、やりたいようにやってるだけだから」
「それでも、ありがとう。あっ、でも紅魔館側でも把握しておきたいから一度は話に来てね。美味しい紅茶ならいっぱいあるから」

 頬を掻き、慧音は口を開いた。

「ああ、そうさせて貰うよ。私と稗田は里の問題事を担当……というより、元から担当しているようなものだからな。今度、稗田と妹紅を連れてお邪魔させて貰う」
「うん、待ってるわ!」

 最初は二人でやるはずだった計画が、次々と人や妖の輪を広げていく。
 紅魔館から伸びた糸は、地霊殿、妖怪の山、守矢神社、博麗神社、そして人間の里へも繋がった。きっと、これからまだまだ伸びていくことだろう。
 それが面白くて、小傘の笑顔が崩れることはなかった。










 にとり達の設計はまだ未完成なれど、パチュリー達の爆破計画はいよいよ大詰めへと近づいてきた。
 実験が無事に終わり、多少のいざこざはあったものの、それはプリンを奢るという賠償で事なきを得た。最早障害は何もなく、後はただ大岩を爆破するだけである。
 さすがに規模が大きくなり、一時間や二時間で終わるような作業ではない。その日、魔理沙達は早朝から準備をして大岩へと資材を運ばせた。出不精のパチュリーもさすがに籠もっているわけにもいかず、小悪魔と共に妖怪の山へと足を向けたのだった。

「それにしても、こうして外へ出るのは何年ぶりかしら」
「さぁ? 少なくとも私の記憶じゃあ、数十年は出てないと思うわよ」

 外の世界では引きこもりが問題になっているそうだが、紅魔館ほどの強者はいないだろう。フランドールは単に閉じこめているようなものだが、パチュリーは自発的に閉じこもっているのだ。それも、下手をすれば何十年の単位で。
 日光や雨が苦手なレミリアでさえ、日傘やらをさして外へ出ているというのに。しかしこうして出てきたのだ。今後は是非とも外出する機会を増やして貰いたいものだと思ったが、外ではしゃぐパチュリーというのが想像できなかった。やはり図書館で本を読んでいる姿が似合う。

「避難勧告は出しておいたし、慧音の方でも今日は近づかないよう厳命しあるそうよ。永遠亭の兎達も使って、なるべく付近を警護させているけど。やっぱり私も見回らないといけないでしょうね」
「じゃあ破片が飛ぶかもしれないから気をつけてね。ああ、立入許可のある人たちを羅列したリストを作ったそうだから、輝夜さんから貰っておいて」
「あいつからね……うん、分かったわ」

 警備の打ち合わせをしていた妹紅が、至極嫌そうな顔をして持ち場に戻っていく。小傘は小傘で忙しそうに、また新しい役目を果たす為に走り出した。彼女もまた、多忙なのだ。

「あなたは仕事をしなくてもいいのかしら、レミィ?」
「私はここで待機していて、何かトラブルがあった時に動くようになっているの。だから、あまり私を動かさないでね。お願い」
「言われなくても、一発で成功させてみせるわよ」

 四方に張り巡らされたロープの向こうには、地下から上がってきた鬼や山から下りてきた天狗や河童が物珍しそうにこちらを眺めていた。ちなみに神奈子達は関係者だからと半ば強引に、ロープの内側へ入ってきている。
 にとり達も作業の手を一端休み、パチュリー達の手伝いに来ていた。アリスと話しているにとりの向こうでは、魔理沙と諏訪子が協力して火薬の設置に汗を流している。見かねた神奈子も加わり、作業は一気にはかどっていた。

「はい、これどうぞ」

 それを眺めていたレミリアに、早苗が紙コップを手渡す。紙越しに温かさが伝わり、早朝の肌寒さを打ち消してくれるようだった。中に入っているのが甘酒ではなく紅茶であれば尚更良かったのだが、贅沢を言っている余裕などない。
 有り難く頂き、冷え切っていた身体を温める。マフラーだけでは厳しいと、思っていた頃だったのだ。

「お腹に溜まる物も容易しておいた方がいいわよ。連中、きっと終わった頃にはお腹を空かせているだろうから」
「ええ、そう言うだろうと思ってお汁粉も用意してありますよ。私に出来ることと言えば、こんな事ぐらいですから」

 生憎と早苗はそれほど結界に詳しいわけではない。だから霊夢の手伝いをすることもできず、かといって神様達に付いていけるほどの力があるわけでもない。
 そんな彼女が見つけた手助けこそ、こういった内助の功だった。端から見れば地味な作業かもしれないが、こういった裏方がいてこそ作業というのは成り立つというもの。早苗の選択をレミリアは歓迎していた。

「すぐに破片を運ぶことになるだろうから、そいつらの分も用意しておいた方がいいわね。咲夜……は駄目だから適任者を後で回すわ」
「わかりました。それじゃあ、私は別の方達にも配ってきますので」

 早苗を見送り、脳内で適任の人物をリストアップしておく。こういった事に精通している奴らと言えば、真っ先に思いつくのは屋台経験のあるミスティア・ローレライ。それに秋姉妹も該当する。
 豊穣祭のメインと言えば、穣子と静葉による巨大芋煮であり、大きな鍋をかき回している姿を天狗の新聞で読んだことがあったのだ。

「小悪魔、ミスティアと秋姉妹に早苗の手伝いをして貰うようお願いしておいて」
「はい、わかりました!」

 側に控えていた小悪魔が、飛脚のように飛んでいった。いや、飛脚は飛ばないから使い魔と呼ぶべきなのだろうか。元から使い魔のような小悪魔にその表現は似合わない気もしたが、そんな事はどうでもいい。

「破片はどれぐらい飛び散るの?」
「……ミョウガの食べ過ぎかしら?」
「宿代を忘れるほど馬鹿じゃないわよ。単なる確認。昨日聞いたことが、今日も正しいとは限らないでしょ」

 図面と睨めっこをしているパチュリーの身体は、微妙に震えていた。緊張しているのか、それとも寒さのせいか。
 紫色の唇を開き、うんざりしたような口調で告げる。

「爆破の衝撃をなるべく中へ向けるよう配慮したから、そんなに飛び散ることはない。まぁ、多少は飛ぶかもしれないけど見物人は妖怪ばかりでしょ。充分に対処できる範疇だわ」

 それに、いざという時の為に咲夜も配置してある。萃香や勇儀だって黙ってはいないだろうし、霊夢にも手助けをお願いしてあった。さすがに妖怪は守ってくれないだろうけど、そちらは白蓮の管轄である。

「衝撃で土砂崩れが起きる可能性は?」
「大岩に能力が通用しなくても、そこから生まれる音には魔法も能力も通用する。だからそちらの対策も万全よ」

 何かあっても、対処に関しては完璧の布陣を整えていた。だけど緊張しているのは、心のどこかにまだ不安が残っているからだろう。
 本当に、自分たちは正しい道順を辿ってきたのか。どこかで何か見落としているのではないか。
 そういった心は、仮に完璧な道を歩いてきても生まれてしまう。人も妖怪も同じく、未熟な部分というのはあるのだ。それを無くすことなんて、聖人君主にだって不可能なこと。
 多少の緊張は仕方ない。そうやって自分を落ち着けていた。

「それにしても、本当に奇妙な空ね」

 忌々しげに顔をあげるパチュリーだが、空には何も浮かんでいない。澄み切った青空がこちらを眺めており、おかげで傘を手放せない状態だ。

「そうかしら? 私には普通の空に見えるけど」
「外見じゃないわ。力の流れが妙なのよ」
「ああ、なるほど」

 天気に関しての報告は読んでいる。神奈子達がそれに苦心している事も知っていた。だが実際に訪れても、レミリアには本当かどうか判断できない。ただパチュリーには感じ取れたようだ。
 そういえば、昔からこういった力の流れには敏感な節があったし。爆破の件が片づいたら、パチュリーには神奈子達の補佐をして貰うのが良いのかもしれない。

「誰が何の目的でやったのかしら?」

 ふとした呟きに、レミリアも考える。
 起こったことへの対処法ばかり考え、どうして起こったのかは蔑ろにしてきた。だが誰かがやった以上は、そこに必ず何かしらの理由があるのだ。これが天人だったなら、構って欲しいからという理由になるのだろうけど。
 天人は作業を終えて戻ってきた神奈子に抱きしめられ、カイロ代わりにされていた。冷たい身体を押しつけられ、ぎゃーぎゃーと悲鳴をあげている。側に控えていた竜宮の使いの顔にも、若干の同情が見て取れた。

「つまり、晴れることで得をする奴がいたんでしょうね。それがどういう得なのかは分からないけれど、解明しておいた方がいいわよ」

 パチュリーからの忠告を胸に止めておく。確かに、この件に関してはもっと詳しい調査が必要だろう。
 だが、今は爆破の方が重要だ。

「火薬の設置、終わったようね」
「ええ」

 大岩に取り付けられた小さな粘土のようなものが、きっと火薬なのだろう。パチュリー曰く、それだけでなく振動で大岩の中にも衝撃を与える装置が取り付けられているそうなのだが、そこまで行くともう専門外だ。
 とにかく大岩を破壊する装置が取り付けられた。それぐらいの認識があればいい。
 戻ってきた魔理沙達が、早苗のいれた甘酒で身体を芯まで温めている。岩の近くにいた連中も、それを見てすぐさま距離を置き始めた。

「こっちの準備は万全よ。後は合図をくれたら、すぐに爆破してあげるわよ」

 アリスの言葉に、パチュリーは頷く。そしてレミリアの顔を見た。
 爆破のカウントダウンはアリスの担当だったけれど、爆破の合図はレミリアが出すことになっていた。本当は小傘にやって貰おうと思っていたのだが、そういうのはレミリアがやった方が良いのだと押し切られてしまったのだ。
 さして揉めるような事でもなく、レミリアは大人しく合図を出す役目を請け負った。

「三十……二十九……二十八……」

 寒空の下、凛と澄ましたアリスの声が響いていく。
 作業に追われていた小傘も、ようやくレミリアの所までやってきた。荒い呼吸を整えながら、彼女もまた緊張した面持ちでレミリアの顔を見つめる。
 手でも握ってあげようかと思ったが、柄じゃないので止めた。

「十五……十四……十三……十二……」

 ナズーリンも、さとりも、文も、神奈子も、諏訪子も、霊夢も、萃香も、輝夜も、慧音も、パチュリーも。全員が全員、同じものを凝視している。何とも不思議な光景に、ちょっとだけ笑いが零れた。
 余裕ね。パチュリーが小声でそう呟く。

「五……四……三……二……一……」

 返事をせず、レミリアは高らかに声をあげた。
 里の人間を驚かせる。その為に始まった計画の、貴重な貴重な前進を告げる合図の声を。

「爆破!」

 鼓膜を揺さぶる音がした。いや、揺さぶられたのは鼓膜だけじゃない。身体の内側まで破壊するような爆音が通り過ぎていった。
 妖怪の山以外の木々は台風のように揺れ、小石が突風で吹き飛ばされていく。
 耳を押さえていなかったレミリアはその音を真正面から受け止めてしまい、しばらくの間は何も聞こえなくなってしまった。衝撃で脳まで揺さぶられたのか、微妙に身体がふらふらと落ち着かない。
 見物していた妖怪の中には腰を抜かしたものもおり、どれだけの音が鳴り響いたのか物語っている。

「そうだ、大岩は!」

 誰かが叫んだ。そして一斉に、視線がまた大岩へと向けられる。
 いや、正確に表現するべきだろう。
 大岩があった場所へと向けられた。

「レミリア!」

 小傘が歓喜の声をあげる。
 かつて大岩があった場所には、ばらばらになった破片だけが落ちていたのだ。
 爆破は成功した。

「いぃぃぃぃぃよぉっし!」

 魔理沙の雄叫びが起爆剤となり、あちらこちらから喜びと驚きの混じった声が聞こえ始める。普段は冷静なアリスも興奮しているせいか、魔理沙と感激の声をあげながら抱き合っていた。あれはきっと、後で後悔するだろう。
 ふと、隣にいたパチュリーに顔を向ける。アリス以上に冷静沈着な魔女は眉一つ動かしていなかったけど、その右手は確かに握りしめられていた。見る人が見れば、それをガッツポーズと表現したのだろう。
 それに気付くだけの余裕があれば茶化して遊んだのに。
 小傘と喜びを分かちあっていたレミリアが、気付くはずもなかった。










 大岩が破壊されたからといって、すぐさま川に水が流れ込むわけではない。破片が邪魔をしているし、そもそも雨が降らないのならいくら川があっても流れるはずがなかった。
 だが迂闊に雨を降らせれば、すぐさま土砂が川を埋める。にとり達の対策が終わってから初めて、皆は雨を渇望することができるのだ。

「それじゃあ作業を開始するわよ。美鈴班は妖精共を引き連れて、西側の破片を回収。咲夜達は東側をお願い。萃香は大きな破片を主に回収して、地下の勇儀へ運ぶこと」
「了解です」
「お任せください、お嬢様」
「あいよ!」

 地下の方はナズーリンが指揮をとっている。竹を利用したコンベアのようなものも作られ、送り込まれた破片をすぐさま灼熱地獄跡へと流し込んでくれるのだ。
 小傘の友人だという氷精を引き連れ、美鈴が東側へ。フランドールや妖精メイドを引き連れ、咲夜達は東側へと回っていった。その後ろを見覚えのある庭師がついていく。
 はて、何故あれがここに? 傾げた首に、空気よりも冷たい腕がからみついてきた。

「お邪魔してるわよー」
「何してるよ、こんなところで」

 亡霊の登場にも驚かなくなってきた。スキマ妖怪ならいざ知らず、西行寺幽々子の方はいつか首を突っ込んでくると思っていたのだ。なにせ彼女は大人しそうに見えて、案外こういったお祭り事のような騒ぎを好んでいるのだから。

「妖夢をお手伝いに来させたのよ。それで、私もついでにね。そうねー、私は宴会担当でもしようかしら」

 生憎とそういった担当はない。

「でも、あった方がいいんじゃないの? 宴会好きの人も多そうだし、管理する責任者を置いたら何かと便利だと思うけど?」

 一理あるのが腹立たしい。宴会と言えば鬼や天狗だが、あれに任せると私物化して好き放題やりそうだ。幽々子も好き勝手にやりそうなイメージがあるけれど、これはこれで意外と仕事はやってくれる。担当の任を与えたなら、おそらくは最後まで全うしてくれるだろう。
 問題は、その仕事の範疇で好き勝手やるところだが。それはまぁ、目を瞑るしかない。

「そういえば、あなたの親友はどうしたのよ」
「紫のこと? 一応誘ってみたんだけど、気がのらないみたいね。でも、式達なら後で来るかもしれないって言ってたわ」

 今回の騒動はあくまで、単に川を蘇らせるだけのこと。紫の興味をひくものではなく、首をつっこむ程ではないと判断したのだろう。今頃は布団にくるまれながら、ぬくぬくと惰眠を貪っているはずだ。
 だが式が協力してくれるだけでも、有り難いと思うことにしよう。元から紫は不確定すぎる要素。期待しないに超したことはないのだから。

「騒霊達も連れてきたから、これからの宴会は楽しいものになるわよ」

 暢気そうな幽々子の言葉が、秋の空を駆け抜けていった。










 地下世界に一足早い雪が降る。どういう原理で降っているのか、誰も分かるものはおらず、究明しようという学術の輩も存在しない。雪を肴に一献傾ける連中の方が、遙かに多いのだ。
 小さな破片はキスメ率いる釣瓶落とし軍団により、少しずつ地下へと運ばれている。腕に覚えのある者などは抱えたまま地下へと飛んで、鬼や妖怪達に直接手渡していた。
 だが大きめの破片だけは、どう考えても抱えて飛べるような代物ではない。鬼の腕力なら持ち上げられるものの、さすがにこれを抱えたまま飛ぶのは危険すぎて誰もやろうと言う者はいなかった。
 代わりに持ち上がった案は抱えて飛ぶよりも危険なもので、これを了承したのは萃香の勇儀の二人しかいない。逆に言えば、二人しか出来るものはいなかったのだ。
 地上の萃香が破片を放り、地下の勇儀が受け止める。書けば単純な受け渡しに思えるけれど、投げているのは十キロでは済まない岩の欠片。もしも萃香の手元が狂ったり、勇儀が受け止めに失敗すれば大惨事が待っている。
 それを覚悟で了承したのだから、最早鬼の胆力を疑うような奴らはどこにもいなかった。

「いくよー!」
「おう!」

 常人には不可能な運搬が繰り広げられている横では、パルスィ達が灼熱地獄跡に破片を運んでいた。雪がちらつく気温にあっても、パルスィの顔からは大量の汗が流れ落ちている。

「こんなに皆が協力してるなんて、なんて妬ましい。ああ、妬ましい」
「よくもまぁ、妬みながら仕事できるね……」

 ヤマメが呆れるのも無理はない。往復の間ずっと、パルスィは妬ましいと繰り返しているのだから。ある意味では賞賛に値するが、そう言いつつも協力しているのだから素直じゃないと言うか何というか。

「うぉぉぉぉ! あたいの時代が到来だぁー!」

 半ば絶叫するように雄叫びをあげながら、一輪車を駆けらせる火焔猫燐。死体のみならず運ぶ事にも興味を示すお年頃の彼女にとって、この仕事はまさに天職とも呼ぶべき依頼だったのだろう。魚を与えられた猫のように瞳を輝かせながら、流れる汗を拭こうともせずに運び続けている。
 それに釣られたのか、相方の空のテンションも灼熱地獄の温度のように上昇していた。第三の足を振り上げながら、主に向かって許可を求める。

「さとり様! 大きいのは全部壊しちゃってもいいですよね! 核、撃ってもいいですよね!」
「……手加減できるのなら良いですけど、あなたできないでしょ。そもそも、この破片にはあなたの能力も通用しませんから、ただ地下が壊れるだけです」
「じゃあ仕方ないです!」

 第三の足が勢いよく振り下ろされ、子供の頭ぐらいあった大きさの破片が真っ二つに砕かれる。あれはああいう使い方をするものだったのか、さとりは眉をひそめた。

「ねえ、お姉ちゃん」
「何ですか?」
「私もお手伝いしたんだけど」

 勇儀は力仕事全般を請け負い、伝達や事務などに関してはさとりが請け負っていた。こいしがどちらを手伝いたいのかは知らないが、それは不可能な話である。
 なにせ、彼女の手は手錠で繋がれているのだから。

「何をしたのかは知りませんが、紅魔館の当主からあなたを拘束しておくように言われました。しばらくはそうしていなさい。もうちょっとしたら外してあげますから」
「えー、横暴だー!」
「横暴で結構。大人しくしてくれるのなら、私はそれで構いません」
「ぶー」

 風船のように頬を膨らませ、不満を訴えるこいし。しかし何と言われようと、手錠を外す気にはなれなかった。付けてから結構な日にちが経つけれど、文句は言うものの泣き言は言わなかったし。
 おそらく、見ていないところでは外しているのだろう。どうやっているのかは、もう当人のみぞ知るところだが。
 ふらふらとどこかへ出かけるこいしに代わり、パルスィやお燐達が破片を抱えて地霊殿の中へと入ってくる。

「一致団結している皆が妬ましいわ……」
「だから、あんたも協力してるじゃない」
「あたい最速! 運送最高!」
「燃えろ燃えろぉー! 塵も残さず燃えてしまえー!」

 いつもよりも騒がしい地霊殿。眉間に皺が寄るものの、さして不快なわけではない。
 自分の気持ちも見透かせるのなら、この感覚を言葉で表せるのに。何とも不便な種族ではないか、覚りという生き物は。

「さて、私も頑張りますか」

 腕をまくり、地上から届いたばかりの書類達へと挑みかかる。最近よく顔を合わせるナズーリンは、部屋を飛びだして関係各所との連携に東奔西走していた。彼女も彼女で、なかなかに多忙だった。
 負けてはいられない。筆をとり、騒がしいペット達の声を背景にしながら、さとりの仕事が始まった。










 設計の都合上、社を建てる順番は既に決められていた。
 まず里側から。そして山側に建て、川への防護策が施されてから最後に中央部分へ建てる。にとり曰く、この順序でなければ面倒なことになるらしい。霊夢としても、一度に沢山の社を建てることには反対だった。
 ただ社を建てれば言い訳ではない。そこには神を勧請しなければならない。神のいない神社など、ただの建物である。

「だったら博麗神社にはどんな神様がいるんですか?」

 素朴な早苗の疑問に、霊夢は答えなかった。何か深い理由があるのか、それとも巫女ですら知らないのか。どちらにせよ訊いても無駄なことは確かで、早苗はそれ以上口を開かなかった。

「まぁ、とにかく里側から建てるのなら早くやっちゃいましょう。社が無いことには、その屋根ってのの工事も始まらないんでしょう?」
「別に社がなくても工事は出来るんだけど、あった方が良いことは確かだね」

 にとりと霊夢の合意に、諏訪子も頷いた。こうして里側の社の建築が始まったのだ。
 人間の手によるものならば、それなりに時間も掛かっただろう。だが、今回はなにぶん時間がない。岩の爆破に半月の時が経ち、残すところはあと一月あまり。人間に任せていては、土砂崩れに間に合うはずもなかった。
 河童の建築技術に、何かと壊れやすい紅魔館の補修を担当している妖精メイド達。そこに洩矢諏訪子やら博麗霊夢が加わるのだから、作業が順調に捗らないはずもなかった。あっという間に社は完成して、勧請の日取りを迎える。
 前日、紅魔館では霊夢達が何度目になるか分からない会議を行っていた。破片の運搬作業に回った魔理沙とは違い、アリスとパチュリーはにとり達の方へと手伝いに来てくれたらしい。会議にも顔を見せ、遠慮無く意見を言ってくる。

「それで、結局どこの神様を降ろすつもりなの?」

 アリスの質問に、にとりは口を閉ざした。こちらは霊夢の管轄だ。

「ミシャグジでいいじゃん」
「良いわけないでしょうが」

 ツッコミを入れるアリスとは違い、霊夢は難しい顔で頭を掻いた。諏訪子の言葉を否定することはなく、霊夢と諏訪子以外の人物は顔色を変えた。

「まさか、本当にミシャグジを勧請するの!」
「産土神でも良かったんだけど、せっかくこうしてミシャグジの親玉もいることだしね。その方が楽だし、効果的なのは間違いないわ。少なくとも神話に載っている神様よりは、今回に限って頼りになるはずよ」
「ミシャグジなめんなよー」

 威嚇するように両手をあげる諏訪子を見ていると、信憑性がマッハで逃げ出していく。代わりに不安がものすごい速度でこちらに近づいてくるのだ。

「そもそもミシャグジってのが何なのかよく分からないんだけど、それは本当に土砂崩れを防いでくれるような神様なの?」
「正しくは、土砂崩れを防いでくれる神様もいるかもしれない、ってところね。正直、私にもミシャグジって神様がどういうものなのかよく分からないわ。ただ、今回はその不安定さが役に立つのよ」
「どういうこと?」

 土着神の頂点をさしおいて、霊夢は滔々と説明を始める。

「ただ土が流れてくるのなら、土にまつわる神で対処できるでしょう。でも、土砂崩れはそこに木や水が加わる。はっきり言って神の側から見ても、土砂崩れってのは起こしやすいけど防ぎにくいものなのよ。ねえ、そうなんでしょう?」
「ああ、確かにそうだね。起こせる神は数え切れないほどいても、防げる神なんてのは片手で数えるほどだよ」
「その数える中に、ミシャグジって神様はいるのよ」

 霊夢達の説明を自分なりの言葉で解釈する。そしてアリスは口を開いた。

「つまり、土属性の魔法なら防げるけれど土砂崩れは土と木と水の複合魔法。だからこちらも土と木と水を防げる障壁を張らないといけない」
「そういうこと。ミシャグジってのは馬鹿みたいな数の神性を持っているから、土砂崩れにも対応できるだけの幅があるの。まぁ、言ってみれば鵺みたいなもんね」
「鵺と一緒にしないでよ。神様なんだからさ」
「正体不明ってところは同じでしょうが」

 巫女にあるまじき発言である。それとも、自分のところの神様で無ければ蔑ろにして良いのだろうか。
 機嫌を損ねた諏訪子はそっぽを向いて、それで会議はお開きとなった。元々、勧請に関しては諏訪子と霊夢が担当しているようなもの。二人の間で意思疎通がとれているなら、会議など開く必要もなかった。
 ただ単に経過を報告する為のようなものであり、アリス達は黙って聞くしかなかったのだ。それでも思ったことは口にするし、問題点があれば容赦なく指摘する。
 だから目に見えた矛盾があるはずもなく、勧請だってスムーズに終わると誰もが思っていた時のこと。
 土砂崩れと平行して進行していた問題点が、ようやく皆の前に姿を現し始めていた。
 里側に建てられた大事なお社。
 それが破壊されたのだ。










 慧音は己を恥じた。偉そうな台詞を吐いたくせに、この体たらく。小傘に合わせる顔がない。
 あの社がどれほど重要なものか、当然の如く慧音は把握していた。だからこそ、自分のしでかした失態が取り返しの付かないほど大きなものであることも承知している。

「警備は私の担当だったからね。責任なら私が一番重いよ。今後は社を重点的に守るようにするから、慧音は犯人捜しをお願いね」

 妹紅はそう言って慰めてくれた。自分も傷ついているはずのに、優しい言葉を投げかけるだけの余裕を見せてくれたのだ。悲しみに暮れている場合ではない。妹紅は自分の仕事で失態を取り返そうとしている。だったら、慧音もまた自分の出来ることで償おうではないか。
 社の再建は進んでいるし、警備も万全と言えよう。だが、まだ犯人が破壊を企んでいる可能性は充分にある。根元を絶たねば、この事件は解決しないだろう。
 小傘達の方でも犯人捜しをするつもりだったが、人員は相変わらず不足気味。捜査に回せるだけの余裕などあるはずもなく、全ては慧音と阿求に託されたと言ってもいい。

「今回の事は私の責任でもあります。それに、こんな酷い真似をした犯人を許しておくなどできない。絶対に見つけて、ちゃんと罰を与えてやりましょう」

 静かに言う阿求だったが、その瞳は怒りの炎で燃えていた。彼女は里側の人間。小傘達の計画で水不足が解消できるのならと、大いに期待していたことも火種となっているのだろう。慧音は頷き、犯人捜しに乗り出すこととなった。
 紅魔館に足を運び、早速対策を練ることにする。本来なら慧音か阿求の家で行うべきなのだろうけど、二人の家はさして防犯設備に優れているわけではない。それに比べて今の紅魔館は、余程の命知らずでなければ突っ込んでこないだろうと言われるほどの強固な要塞と化していた。図書館に到っては盗聴対策も完璧で、並の妖怪では聞き耳を立ても意味がない。

「慧音さんには酷な話かもしれませんが、私は里の人間が妖しいと睨んでいます」

 阿求の一言目に、慧音はさしてショックを覚えなかった。口にこそ出さないものの、慧音もまた同じことを思っていたのだから。

「社が増えることで神域が広がり、それに怯える妖怪が破壊した可能性も考えてみましたけど、そもそもそれほど強い社なんてこの幻想郷にはありませんし、あの破壊は……」
「ああ。間違いなく武器で破壊されていた」

 幻想郷の中で武器を所持し、それを振るう種族は多くない。それだけ絞れる候補を更に絞るのだとすれば、目をつける場所は一つしかなかった。

「そして問題なのは、社のあった場所が人間の里の中だと言うことだ」

 小難しい論理などなくても、この一つだけで人間の仕業だと分かる。

「そうでしょうね。妖怪が侵入したのなら、慧音さんが気付かないはずがない」
「まぁ、大妖怪ほどの力があれば私では気付けないのだが。大妖怪ならば武器を使って破壊する必要などない。腕一本あれば、あんな社など簡単に吹き飛ぶだろう。なにせ、まだ神を勧請していないのだからな」
「人間の中で、神を勧請することで不利益を被る者がいたと?」
「あるいは、社が建つことに不満を覚える者がいたか。いずれにせよ、人間の里を調べることが真相解明に繋がるのは間違いない」

 捜査の方針が決まり、小悪魔に報告書を提出してから里へと向かう。大所帯となってくるほど、書類の重要性が高くなるのだ。皆が好き勝手に動けば動くほど、全体としての動きは鈍く、そして作業が止まり始めるのだ。
 それを防ぐ為には、高い視点から指示をする指導者が必要となる。その指導者が参考にする情報こそ、慧音達の提出したような書類なのだ。
 そういった意味では、小悪魔や輝夜の重要性はかなり高い。責任感でも芽生えたのか、この頃は月の姫も勤労に意欲を燃やしているようだった。こういう姫様も新鮮で良いわねと、永琳が呟いたのを覚えている。

「ふむ、何度見ても悲惨だな」

 社が破壊された現場から撤去された残骸の置き場。何か手がかりがないかと来てみたのだが、空しさしか残っていなかった。やはり武器か何かで壊したような形跡は見られるのだけど、それ以上のことは何も分からない。

「破壊しているのを目撃した人はいなかったのか?」
「そちらの情報も集めようとしたんですが、どうやら早朝の事だったらしく誰も見ていないそうです」

 それだけではあるまい。おそらく、犯人はこの辺りの地理に明るい人物。加えて、人のいない時刻まで把握している。
 付近に住んでいるのは、まず間違いないだろう。
 慧音と阿求は社の付近を調べ、何か見落としはないかと人々に聞いて回った。なにせ里の守護者たる慧音と、幻想郷縁起でお馴染みの稗田阿求の二人組だ。これに質問されて、答えないような輩はいなかった。
 順調に情報は集まるものの、有力な手がかりとは一向にぶつからない。

「せめて壊した目的ぐらい分かれば話は早いんですが……」
「社を壊した目的か」

 それは図書館でも考えていたが、人間の心理など簡単に分かるものでもない。いっそ覚りを地上に連れてこようかとも検討したものの、さとりがそれを了解するとは思えなかった。それに人間側も警戒心を抱くだろう。
 聞き込みを終えた二人は、馴染みの茶屋で腰を休めることにした。黙って座るだけで好みの団子が出てくるあたり、開拓精神が無ければ他の茶屋に行く気など起きない。

「次はどこに行きます?」
「そうだな……あの土地を欲しがっていた奴でも探してみるか。陳腐な発想かもしれんが、邪魔だから破壊したという可能性だってある」

 いまいちピンとこないのか、阿求の顔色は優れない。言っている当人だって、これはどうだろうと思っているのだ。無理もない。
 このまま無為に調査を続けても、結果は得られそうになかった。これではまた、第二の犯行が行われてしまうかもしれない。起きてからでは遅いのだ。起こる前に止めなくては。

「ねえ、お団子食べていきましょうよ! 疲れてきたところだし、ちょうど良いでしょ!」

 決意を新たなにしたところで、それを打ち壊すような軽い声が聞こえてきた。人々の視線を集めながらこちらへ来るのは、神奈子と天人と永江衣玖。最近よく見る三人組だった。

「仕方ないねえ。おっ、慧音に阿求じゃないか」
「どうも」

 頭を下げる阿求。神様という立場からして、二人は彼女や諏訪子達に頭が上がらなかった。

「八坂様もここの団子を?」
「いやあ、私はそのつもりなんて無かったんだけどね。この天人がどうしても食べたいって駄々をこねるから、仕方なく寄ってみたんだよ。だけどあんたらが居るってことは、味に期待できそうだ」

 ちなみに天人は子供のように足をブラブラさせて、お団子はまだかと茶屋の主人をせっついていた。はしたないですよという衣玖の言葉も、全く聞こえていないらしい。

「ここが目的でないとすれば、里にどういった御用ですか? 確か、八坂様達は天気の事で調査をしていると伺いましたが」

 不自然な天気の操作と、その原因の解明。それが神奈子達に与えられた任務である。
 女中の運んできたお茶を啜り、満足そうに微笑んだ後で神奈子は言った。

「いやなにね、私は考えたんだよ。もしもあれが人間の仕業だとすれば、確実にどこかで天気を操る術を調べたはずだって。だから里の本屋を巡って、そういった関係書物を買った奴がいないかと歩き回ってたんだよ」

 神奈子の話を聞いて、ふと思ったことがある。
 慧音達が追っているのは人間。そしてまた、神奈子達が探しているのも人間なのだ。
 これは果たして、単なる偶然なのだろうか。
 その疑問を神奈子にぶつけてみた。

「あー、確かに偶然とは思えない。だけど、だとしたらどういう事なんだろうね。晴れる術を使いながら、片方では社を破壊する。要するに、小傘達の計画を邪魔に思ってるってことなのか?」
「とすると、つまり川に水が流れ欲しくない輩がいると?」

 晴れる術で雨を封じ、川を干上がらせる。
 そして社を破壊して、川を蘇らせようという計画を邪魔する。
 この二つを比較してみれば、目的は明らかなように思えた。

「しかし、そんな人がいるとは思えません。水は里の住人達が心の底から望んでいるもの。それを邪魔するなんて、むしろ自分たちを苦しめているようなものです」

 阿求の言葉に、神奈子も慧音も黙りこくる。
 水を望む人間達が、川の蘇生を邪魔するはずがない。何か根本的な部分で推理を間違えてしまったのか、それとも自分たちにまだ何か見落としがあるのか。
 悩む三人をよそに、天子が場違いな怒鳴り声をあげる。

「馬鹿にしないでちょうだい! いくら私が天人だからって、騙せると思わないことね!」

 くってかかる天子に、女中はどうしたらいいか茶屋の主人の方を見る。だが相手をしたくないのは主人も同じこと。戸惑う視線は神奈子達に向けられた。

「まったく、あんたは問題を起こさないと気が済まないのかね。それで、どうしたんだい?」

 怒る天子の代わりに、冷静な衣玖が神奈子の質問に答えた。

「お勘定を済ませようと思ったら、なかなかに暴利な値段を告げられたので。天人だから馬鹿にしたんだろうと総領娘様が怒ったのです」
「アホか、お前は」
「痛っ!」

 半ば呆れぎみのあたり、衣玖も薄々は気付いていたのだろう。冷静になれば天子だって気付けるはずなのに、どうも彼女はたまに周りが見えなくなる癖があるらしい。

「何するのよ!」
「あのな、今は里全体で深刻な水不足なんだよ。だから値段が高くなるのは当たり前でしょうが」

 至極当然だと言い放つ神奈子を、アホはお前だと天子がにらみ返す。

「何言ってるのよ。深刻な水不足だったら、茶屋なんて開けるわけがないでしょ。お茶なんてのは娯楽なんだから、本当に水不足ならもっと回すべきところが他にある。だけどこうして開店してるんだから、どこかから水を調達してるってこと」

 否定しようと口を開いた神奈子は、何も言うことができなかった。慧音達もまた、同じように口を閉ざす。
 天子の理屈は完璧だった。確かに、言われてみたら茶屋が開いているのはおかしい。
 井戸水などの調達手段はある。だが、大抵の茶屋はそんなものを持っていなかった。茶葉は専門の業者から買い、水もまた専門の……。

「そうか!」

 慧音と神奈子と阿求。三人は同時に、同じ台詞を叫んだ。
 茶屋の主人と女中が驚き、天子は訝しげに眉をひそめた。衣玖だけは我関せずとお茶を啜り、納得したように頷いている。

「ご主人! この水は何処で買われたんだ!」

 詰め寄る慧音の迫力に押され、主人は素直に名前を告げた。

「へ、へえ……鴉屋から買い取りました」
「馬鹿げたほどの高値でか?」
「そうです。ふざけるなと怒りはしたんですけど、いらないなら売らないと言われては買うしかなくて……」

 主人の言葉で確信を抱いた。
 雨を止める術。社の破壊。大岩の付近をうろついていた人間。そして水の価格の高騰。
 これらを結んで繋げた時、導き出せる答えは一つしかない。
 水不足の里で、得をする連中。
 水を売って生計を立てている奴ら、水売りに違いなかった。










 行水の水も無駄にはしない、が彼らの信念らしい。その欲深さが、今回の事件を生んだのだろう。
 善は急げと鴉屋の戸を叩いた慧音達。彼女らを邪険できるはずもなく、鴉屋の主は快く見えるような態度で招き入れた。だがその心中は、察するまでもなく分かる。歓迎など、しているはずもない。
 醜い心は顔にも表れ、でっぷりと太った頬が時折ひくついていた。聞けば、この鴉屋。以前からあまり良くない噂が流れていたと聞く。ガラの悪い連中を雇い、同業者を潰していったという悪評すら立つぐらいだ。
 そして問題は、それが噂ではなく限りなく事実に近いというところ。
 慧音や阿求には分からなかったが、部屋の近くにかなりの人数が待機しているのだと神奈子が教えてくれた。まさか神や守護者に危害を加えるとは思えないのだが、追いつめられた獣は何をしでかすか分からない。
 なるべく離れないようにと言われ、慧音と阿求は神奈子の側にくっついていた。天子は何やら面白そうな気配を感じたらしく、何故か楽しそうな顔で後ろを追ってくる。衣玖の呆れ顔は相変わらずだ。

「いやはや、噂に名高い八坂の神様に訪問して頂けるなど、うちの店にも泊がつくというものですよ」
「ははは、お宅の噂もかねがね聞いているよ」

 序盤から軽い皮肉をぶつける神奈子。主の顔が醜く歪むが、お構いなしに本題を切り出した。

「水不足にかこつけて、随分と儲けているらしいね?」
「それは仕方がないことです。我々も遠く離れた所から苦労して水を運んでいるわけですから、値が吊り上がるのは当然のことでしょう」

 苦労して運んできた水の値が高いことに関しては、この場にいる誰もが異を唱えるつもりなんてない。問題は水不足になった途端、馬鹿みたいに値を吊り上げたということだ。

「苦しんでいる人たちに対して、そりゃあ少しばかり厳しすぎるとは思わないかい?」
「そう言われましても、私どもも商売ですから。少しでも儲けを増やそうとするのは当然のことではないでしょうか? それとも、八坂様はこうおっしゃるのですか? 我々に値を下げろと?」

 神奈子は黙りこくった。ここでそうだと答えれば、神奈子に対する信仰は大暴落するだろう。
 神が商売に口を出し、その値段にケチをつけたのだから。例えそれが水不足に喘ぐ人間達の為だったとしても、将来的に見れば人々の反感を買うだろう。

「いや、そんな事を言うつもりはない」

 商売という方向から攻めても、商人に勝てるはずがない。彼らはその道のプロなのだ。逃げ道は幾らでも用意しているだろう。
 だから、神奈子達が攻めるべき箇所は一つだけ。

「商売に関しては思うようにやればいいだろう。坊主だって医者だって、結局は他人の苦しみで成り立つ商売だからな。だが、その為に他人を苦しませるってのはどうなんだろうね?」

 主の顔から脂っこい笑みが消えた。なるほど、さすがあくどい手段で儲けているだけのことはある。見た目は小物っぽかったが、その胆力は人並み以上のようだ。

「苦しませると言われましても、私どもには何のことだか分かりかねますな」
「そうかい、じゃあ単刀直入に言おう。雨を降らせない術を使い、おまけに社を破壊したのはあんただね?」

 凄みを利かせて睨み付けても、主は怯みもしない。それどころか、逆に笑ってみせたのだ。

「はっはっはっ、これは面白いことをおっしゃる。私どもがそんな大層な真似をされたと言うのですか?」
「そういうことになるね」
「なるほど、確かに私どもには動機がある。水が不足すれば、私どもとしては大助かりですからなあ。しかし、だからといってそんな卑劣な真似をするとお思いで?」

 お思いだから、こうして参上したのだ。口には出さないものの、皆がそう考えていた。
 主は呆れたように溜息を漏らし、冷めた目つきで神奈子を見下ろす。

「これはこれは、八坂様らしからぬ軽率な行動でしたな」
「……どういうことだい?」
「簡単なことですよ。神というのは、証拠もなく人間を疑うのですかな?」

 顔をしかめる神奈子。勢いつけせて来たものの、確かに証拠らしい証拠はまったくない。
 状況だけは主を犯人だと断定しているのだが、それだけで決めつけることはできなかった。せめて何か有力な証拠がなければ、主の言い分の方が正しいのだ。

「それに、そもそも私どもは感謝こそされどすれ、疑われるような謂われはないのですよ。おい、例の奴をここへ」
「はっ」

 控えていた小姓が奥に下がり、見窄らしい格好をした男を連れてきた。縄でがんじがらめにされた男は、虚ろな瞳で立つのもやっとという状態だ。

「そいつは?」

 尋ねる神奈子に、してやったりという顔で答える。

「慧音様達が社を壊した犯人を探していると聞かれましたので、こうして引っ捕らえたのですよ」
「なっ!」

 言葉を失う神奈子達に対し、男は枯れ果てた声で言い放つ。

「……私が……社を……壊しま……した……」

 誰がどう考えても、主が適当な生け贄を立て無理矢理に言わせているのだろう。だが、神奈子達に反論する術はない。形式上とはいえ、犯人が自白しているのだ。それ相応の根拠がなければ、否定することはできない。
 悔しげに神奈子が睨み付けても、主は涼しげな顔で男を下がらすよう命じた。最初の頃のあからさまな動揺が、演技ではないかと思うほどだ。

「せっかく犯人を捕まえたというのに、私どもをお疑いになるとは。まったく、残念な限りですよ。きっとその雨を降らせない術というのも、あなた方の勘違いだと私は思いますがね」

 もう何を言っても、主を打ち崩すことはできない。そう悟った神奈子達は、悔しさに歯がみしながらも帰るしかなかった。
 見送る主のニヤニヤとした顔を、神奈子達は忘れることができないだろう。
 ただ天子だけは平然とした態度で、状況を冷静に分析していた。

「突っ込むにはまだまだ早すぎたわね。あくどい狐は逃げるのが上手だから、せめて山の周りを火で囲むぐらいはしないと駄目よ」

 天子の言葉に反論する者は誰もおらず、黙りこくったまま一堂は紅魔館へと帰っていった。










 小傘は駆け出していた。
 悔しそうな顔で帰ってきた神奈子達から話を聞き、矢も盾もたまらずに走り出したのだ。向かう先は勿論、諸悪の根元である鴉屋のお屋敷。
 そこに行ったからといって、小傘には何か証拠があるわけではない。ナズーリンのように弁舌が長けているわけでもない。ただ、どうしても話したくなったのだ。せっかく上手くいきかけていた計画を、どうして邪魔するのかと。
 落胆する皆をよそに、小傘はこっそりと紅魔館を後にした。そして、鴉屋へと辿り着いたのだ。
 当然のごとく、ただの妖怪である小傘と会ってくれるはずもない。だから小傘は門を飛び越え、直接主と話をすることにした。
 謙虚の二文字が存在しない、ただ押しつけがましいほど豪華な作りの建物。その庭もまた、無意味なほどの装飾で彩られていた。あちらこちらに置かれた彫像と木々はまったく合っておらず、主の美的感覚が皆無なのを教えてくれる。
 西洋の彫像と松の木では、いくらなんでも和洋折衷が過ぎるだろう。高値で買った物をただ置いている。そんな印象があった。
 庭へと降り立った小傘。ちょうど目の前の廊下を屋敷の主が歩いており、醜いほどに肥えた顔をこちらに向けた。
 いきなり現れた小傘を見て驚きはしたものの、すぐさま激しい嫌悪感が向けられる。

「貴様、妖怪だな。私の屋敷に何の用だ」
「あの、どうしてもお話したいことがあって……」

 天狗達との交渉に比べれば、これしきの事は恐怖のうちにも入らない。毅然とした態度で小傘は主に向かい、切々と自らの思いを述べた。

「もう私達の邪魔をしないでください!」

 人の力など大したことはない。妖怪は得てして、そうやって人間を侮る。だが小傘は、そこまで人間が弱々しい生き物だと思っていなかった。彼らの適応力はあらゆる種族に勝り、おかげで何か特別なことをしないと驚いてくれないようになったのだ。
 そして欲望に対する執念もまた、小傘からしてみれば恐ろしいの一言に尽きる。確かに自分も人を驚かす為に此処までの事をしているものの、人間とて負けてはいない。自らの利益を守る為に神の社を破壊するなんて、小傘からしてみれば到底信じられるものではなかった。

「邪魔だと?」

 主の目が吊り上がる。しばし小傘を品定めするように眺め、合点いったという風に両手を合わせた。

「そうか、お前か! 多々良小傘とかいう馬鹿げた妖怪は!」
「え、確かに私が多々良小傘だけど」

 嫌悪感が俄に強まり、不快だった視線に殺意の感情が籠もり始める。勢いこんで飛びだした小傘は、ここでようやく己の無謀さに気がついた。何の証拠もなく乗り込んで、返り討ちにあった神奈子達を責められない。
 主にとって小傘の計画は邪魔以外の何物でもなく、それの発案者である小傘などは親の仇がごとく憎んでいても当然なのだ。せめて小傘が大妖怪か名の知れた大物であれば危険性など皆無なのだが、人を驚かせる力では張ったりにも使えない。
 だけど此処で逃げ出せば、この人たちはまた自分の邪魔をするだろう。逃げ出すことなんて出来ない。

「貴様が余計なことをしてくれたおかげで、どれだけ儂らが苦労したか! よくもまぁ、儂らの前におめおめと出てこれたものだ!」
「私はどうしても……」
「五月蠅い!」

 一喝され、言葉も封じ込められる。主の怒鳴り声を聞きつけ、屋敷の中からいかにも悪そうな男共が姿を現した。その手には刀やら木刀などが握りしめられ、言葉を交わすまでもなく敵意を持っていることが分かる。
 下卑た笑いを向けながら、男達は庭へと下りてきた。

「どうしたんですかい、旦那。こんな子供なんか連れ込んで」
「そいつが例の多々良小傘とかいう愚かな妖怪だ。気でも狂ったのか、儂を説得にしにきたようだ」
「ははっ、そいつは確かに頭がおかしいなぁ」

 小傘の尊厳を踏みにじるような笑いが、四方八方から聞こえてくる。耳を塞ぎたくなる衝動を堪え、真正面から主を睨み付けた。ここで怯んでは、あちら側の思うつぼだ。

「お願いだから、もう邪魔なんかしないで!」
「邪魔なのはお前達の方だよ、馬鹿馬鹿しい。やってしまえ」

 主の言葉を皮切りに、男達が怒濤の勢いで小傘へと襲いかかる。こんな状況でもまだ、説得ができると思うほど馬鹿ではない。地面を蹴り、空へ逃げようとした。
 いかに人間の執念が恐ろしかろうと、いまだに空へは辿り着いていない。ここだけはまだ、妖怪の楽園なのだ。
 そのまま逃げようとした小傘はしかし、背中に激しい痛みを覚えた。

「あぐっ!」

 意識が混濁し、飛ぶこともままならない。そのまま墜落し、庭へと再び戻ってきた。
 小傘は忘れていたのだ。人間の執念だけでなく、その適応力も恐ろしいものなのだと。
 男達の投げた石が、小傘の背中に当たった。例え手が届かなくても、人間は空の妖怪を落とすことができるのだ。考えてみれば当たり前のことが分からなかったなんて、きっと自分は焦っていたのだろう。

「おいおい、どこへ逃げようって言うんだよ。まだ骨の一本も折れてねえのによ」
「ははは、妖怪に骨なんざあるのかよ」
「そいつもそうだな。なあに、じゃあ確かめてみればいい」

 男の足が小傘の腕を踏みつけ、大根でも引っこ抜くかというような仕草さで、曲げてはいけない方向に曲げられる。鈍い破壊音と共に、脳が激痛を小傘に与えた。悲鳴もあげることができず、男の足の下で悶え苦しむ。
 涙腺は涙を垂れ流し、鼻や口からも液体が止めどなく溢れた。それを見て男達は愉快そうに笑い、鞠のように小傘を蹴り飛ばす。趣味の悪い庭を転がされ、泥だらけになった小傘は意識を失った。










 小傘の姿が消えた。それは多忙な現状にあって、さほど珍しいことではない。
 だが館のどこにも姿がなく、誰も行き先を知らないのは異常と呼んでいい。彼女は律儀な妖怪で、もしもどこかへ行くならば必ず行き先を誰かに告げていたからだ。
 嫌な予感がする。口には出さなかったが、誰もがそう思っていた時のことだ。
 紅魔館に地霊殿の主達が訪れる。傷と泥にまみれた小傘を背負いながら。

「小傘!」

 駆け寄ったレミリアに反応することもなく、小傘は何も言わない。まさかと最悪の可能性を考えてしまうが、微かなうなり声でそれも霧散する。どうやら単に気絶しているだけのようだ。
 背負っていたお燐が、小傘を咲夜に渡した。本当に身体中がボロボロで、服も見るからに薄汚い。右腕は不自然な形にねじ曲がり、素人目にも折れているのだと分かった。
 命の危険性に関してはないようで、とりあえず安堵の溜息が漏れる。代わりに沸き上がってくるのは、小傘をこんな目に遭わせた敵と自分に対する激しい怒り。半ば八つ当たりを覚悟のうえで、さとりを怒鳴るように問いつめる。

「何があったのよ!」

 レミリアの心中を知っているさとりは、理不尽な怒りを向けられてもやり返すような真似はしない。ただ静かな目を向けて、冷静な判断をして貰いたいと暗黙の言葉を投げかけた。

「お嬢様……」

 咲夜や美鈴も自制を促す。ここまで落ち着けと言われたら、逆らっているのが馬鹿らしくなる。荒い呼吸のリズムを戻し、平常心を胸に携えた。

「いえ、馬鹿な質問だったわね。冷静に考えてみれば、彼女が何処に行って、誰がこんな目に遭わせたのか。訊かずとも分かるもの」

 否定することなく、さとりは頷く。

「ただ一つだけ教えて貰える? どうやって小傘を助けたの? あなた達も同伴していたのかしら」
「いいえ、この子を助けたのはこいしです。あなたのぬいぐるみを爆破した事に対して、罪の意識を感じていたのでしょう。ずっと彼女の後をつけ、もしもの事がないよう気をつけていたようです。ただ、ここまで助ける事ができずに申し訳ないと言っていました」

 ぬいぐるみの件に関しては、もうさほどレミリアは怒っていなかった。フランドールからは賠償の品を貰っているし、こいしにも罰を与えた。

「ありがとう、と妹に言っておいて。私が不甲斐ないばかりに、危うく小傘が命を落とすところだった。そう考えれば、ぬいぐるみの一つなんて安いもの。今度、お礼をしにあなたの館まで足を運ばせて貰うわ」
「そう言って貰えると、あの子も喜ぶと思います。では、私はこれで。あなたの怒りは、私には少し刺激が強すぎる」
「ええ、それじゃあ引き続き作業の方をお願い」

 さとりとお燐が去ってから、レミリアは優雅な仕草で皆を振り返る。
 言葉はいらない。さぁ、どうする?

「ああ、情けない話だね。私がもう少し配慮をしていれば、こうなる前に決着をつけられた。それに、こんな状況にあっても私は動くわけにはいかない。悪いね、私は神様なんだよ」
「八坂様……」

 神にとって信仰心とは命に匹敵する。いくら小傘が傷つけられたからといって、屋敷に乗り込めば神の風評に傷がついた。命を賭して戦えというほど、レミリアも残酷ではない。それに悔しげな神奈子の顔を見ていれば、彼女の内心など痛いほど分かった。

「ただし、何もしないのは腹の虫が収まらない。それに責任のある者が館でのうのうと報告を待っていることもできない。だから、早苗。悪いが、今日だけは神様を止めるよ」

 衝撃的な発言に、早苗は目を見開いた。だけど、今の神奈子を止めることはできない。それに止めてはいけない。早苗だって、怒りを覚えていたのだ。小傘を傷つけた、彼らに対して。
 無言を了解とした早苗に、神奈子は力強い視線をレミリアに返した。隣にいた天子も賛同する。

「私も行くわよ。元々、恨まれるのは慣れているし、その方が私にとっても都合が良い」

 さすがの衣玖もこれを止めるような真似はしなかった。黙って明後日の方を向いている。
 側に控えていた咲夜と美鈴には問いかける必要もない。

「どこまでも、お嬢様のお供をさせて頂きます」
「今回の事件は、さすがの私も腹に据えかねていますからね。ちょっと、手加減が難しそうです」

 神に、天人に、吸血鬼。それらが従者達を引き連れて進軍するのだから、太刀打ちできるはずもない。
 彼らは知らないのだ。自分たちの運命が既に、決められているということを。

「それじゃあ行くわよ。運命を操る吸血鬼。それを怒らせたこと、一生悔いると良いわ」










 来訪者は戸を叩く。狼藉者は戸を壊す。
 至極単純な論理の上で、レミリア達が選んだのは後者の方だった。
 無駄に装飾を凝らした門が目に痛い。それとは対照的に、無駄のない綺麗な美鈴の蹴りが戸を吹き飛ばす。乱暴なノックの仕方に、何事かと中からガラの悪い連中が群れをなして現れた。
 その奥には屋敷の主らしき人物がおり、驚いた顔でこちらを見ている。主の矛先が真っ先に向かったのは、見知った顔である神奈子だった。

「や、八坂様! これはどういうおつもりですか!」
「どういうもこういうも、見ての通りだと思うがね」
「あなた、自分が何をしているのかお分かりですか!」

 唾をまき散らしながら怒鳴りつける主。客観的に見たら、正しいのは主の方だろう。神様とはいえ、無断で他人の家を破壊していいわけではない。ただ、神にはそれが許される時あった。悪逆な振る舞いを繰り返す人間に対して、神のみが振るえる天なる鉄槌。

「天罰を与えにきたんだ、お前にな」

 昔ならいざ知らず、今は神が身近なものになっている。姿が見えぬ神からの雷なら恐怖に震えるものを、見知った神の鉄槌となれば非難を受ける畏れすらあった。だからみだりに振るうことは止めようと思っていたのだが、神奈子の本能がそれを拒絶する。

「確かに、無断で屋敷に入ったことは謝ろう。私も、小傘も。だが、だからといって彼女を傷つけて良いわけじゃないだろ?」
「そ、それは……」

 やましさを自覚しているからこそ、主は神奈子の言葉に反論できない。唇を噛みしめ、忌々しげにこちらを睨み付けた。

「神奈子、そんな問答は意味がないわよ。豚に何を語っても話が通じるわけはない」
「き、貴様!」

 顔を真っ赤に染め、怒りで口を震わせる。レミリアはさして気にした風もなく、小物でも見るかのような視線で主を見下した。

「だからこちらも獣になりましょう。野蛮な話し合いで必要なのは一の理屈でもなく、万の言葉でもない。二つの拳を振るうだけよ」
「同感だ」

 指を鳴らすと同時に、主の屋敷へ四本の御柱が降り注ぐ。それを合図に、レミリア達も屋敷の中へと乗り込んだ。
 血気盛んな男共は力量の差も分からず、粗末な武器を片手に襲いかかってくる。例え見た目がうら若き乙女だったとしても、そこにいるのは人外と呼ばれる連中だったのだ。持ち出すのなら、最低でも核兵器は必要だろう。
 咲夜のナイフが手の甲や脚を貫き、そこへ美鈴の蹴りが炸裂する。さすがに殺しはしないものの、五体満足で帰すつもりなどないだろう。蹴られた男共の身体は奇妙な形に曲がっていた。
 見事な連携でなぎ倒す二人には敵わないと、天子の方へ人が集まりだす。あっという間に周りを囲まれてしまった。

「素敵な状況だけど、囲んでるのがこんな奴らじゃね。ちょっと興ざめだわ」

 挑発的な言葉を受け、一斉に男達が飛びかかる。愚かしいにも程があった。
 呆れた溜息をつき、密かに持ち出してきた緋想の剣を地面に突き立てる。盛り上がって岩となった地面が、囲んでいた男達を吹き飛ばした。人間が大地に足をつけている限り、負ける気はしない。
 咲夜達にも敵わず、天子にもやられ。残った男達は逃げだそうと企むのだが、それを許すような神奈子ではなかった。

「おいおい、逃げるところなんて何処にもないだろ」

 男達の顔を果物か何かを掴むように持ち上げ、思い切り地面に叩きつける。ただ一度の攻撃で、側にいた連中は皆が戦意喪失したようだ。慌てて神奈子からも離れようとするのだが、戻って待つのは他の人外。
 そしてようやく、男達は悟ったのだ。逃げ場が既に無くなっていることに。

「ば、馬鹿な……」

 阿鼻叫喚の惨劇を前にして、呟ける言葉などその程度。とっくの昔に腰は抜け、惨めな格好で主は屋敷へと這いずりながら戻ろうとしていた。最早勝てる見込みなど皆無。商人の勘ではなく、人間としての本能がそう告げていた。
 せめて屋敷にさえ戻れば、隠し通路が用意されている。そこから逃げだし、再起を図ろう。
 相手は神やら妖怪だけど、機を待てば必ず復讐するチャンスは訪れるはずだ。
 廊下まで戻り、ようやく部屋の戸に手をかけたところで背中を思い切り踏まれた。

「どうやら獣ではなく、虫が紛れ込んでいたようね」
「ひっ、ひぃっ!」

 命乞いの言葉すら出ない。小娘のような外見とは裏腹に、醸し出される殺気と圧力は今までの人生で感じたことがないほど強大だった。そして自分の愚かさに気が付く。こんな奴らを相手に、再起など不可能なのだ。
 大人しく逃げ、二度と出会わない方が良いだろう。
 もっともそれは、ここから生きて帰れたらの話だが。

「ここでの殺戮は悪評を立てる。それは間違いなく、あの子の計画に支障をきたすでしょうね。だから感謝なさい。あなたが馬鹿にしたあの子のおかげで、あなたの命は助かるのだから」

 助かる、という言葉に希望の光が見えた。だが、レミリアの微笑みがそれを打ち消す。
 矮小な生き物を見下すような瞳は、いかに自分が小さい存在なのかを思い知らせてくれる。

「だけど、許されるとは思ってないでしょうね?」

 基督の教えなど滑稽だと馬鹿にしていた。しかし、どうしてだろうか。
 十字架の姿をした彼女を見て、ふとそんな宗教があったなと思い出してしまった。

「不夜城レッド」

 罪深い主の館に、四本の御柱と聖なる十字架が突きたった。










 目を覚ます。ふかふかのベッドが心地よくて、疲れていた身体は二度寝という魔力から逃れることはできなかった。唸りながら寝返りをうち、あと五分と定番の台詞が口から漏れる。

「いいから起きなさいっての!」
「あいたっ!」

 額に鈍い痛いがあった。目を開いて初めて、レミリアのデコピンを喰らったのだと分かる。

「な、なにするのっ!」
「あなたがいきなり二度寝しようとするからでしょ。まったく、心配させるだけさせといて……」

 呆れたような、しかしどこか安心したような顔でレミリアは溜息をついた。はて、どうして彼女がこんな所で自分の寝起きを観察していたのか。
 しばし思考の海へと潜り、深海から過去の記憶をサルベージしてくる。

「わ、私、何でここに……」

 確か主の屋敷へ乗り込んで、不意を突かれてやられてしまったところまでは覚えていた。だが、そこから先は気絶していた為に何の記憶もありはしない。一体、どうやって紅魔館まで戻ってこれたのか。

「こいしに感謝しときなさいよ。あの子があなたを助けたんだから」

 こいしという名前を反芻し、ようやく古明地さとりの妹なのだと思い出した。どうして彼女が助けてくれたのか尋ねようとしたところで、右腕の痛みがそれを遮る。呻きながら押さえ、ベッドの上で丸くなった。
 見ればギプスようなものがはめ込まれており、間違いなく折れているんだと教えてくれる

「全治一ヶ月だそうよ。まぁ、計画が終わる頃には治っているんじゃないかって永琳が言ってたわ。本当、無茶をしたものね」
「だって、居ても立ってもいられなかったから……。そうだ、あの人たちは!」

 ニヤリと、悪戯っ子のような笑顔がレミリアの顔に浮かぶ。

「仲間をこんな目に遭わせて、私達がタダで済ますと思う?」

 思わない。だから首を左右に振った。

「安心なさい。連中は、もう二度と私達には関わらないでしょう。水売りにしたって、適切な範囲で商売をしていくそうよ」

 あれほど悪そうだった彼らを、どうやって説得したのか。きっとそれは、ナズーリンのような交渉とは違うのだろう。大体、想像はつくが。

「だから安心して、もう休みなさい」
「起こしたのはレミリアなんだけど?」
「……言うことは言ったからもういいのよ。さぁ、早く寝る!」

 子供に命じるような口調で、無理矢理にベッドへと戻された。照れくさかったのか、そそくさとレミリアは部屋を出ようとしている。

「あ、そうだ。レミリア」
「何よ?」

 振り返った彼女に、満面の笑顔で小傘は言った。

「ありがとう」

 スカーレットの名に負けないぐらい、レミリアの顔は真っ赤になった。










「へぇ、連中がね。そりゃあ、やられた方も溜まったもんじゃないだろう」

 小町の言葉に、諏訪子と妖夢が頷く。四六時中作業をしているわけにもいかず、ある程度の時間を働いたら休憩が貰えるようになっていた。咲夜班の一員として労働に汗水を流していた小町と妖夢は紅魔館まで戻り、同じく休憩中だった諏訪子から事の次第を聞いたのだった。
 作業現場にも休憩所はあるけれど、基本的に紅魔館の方が待遇は良い。ちょっとした休憩ならあちらを利用するが、それなりに纏まった時間を貰えるのならば皆が紅魔館まで戻ってきていた。
 早苗特製のお茶を飲みながら、糖分がたっぷり詰まった饅頭に手を伸ばす。

「神奈子もかなり暴れたようだよ。まぁ、正直あれを怒らせたんだから当然の報いだとは思うがね。里の連中は勘違いしてるようだけど、あいつ、怒ると怖いから」
「そういえば、諏訪子さんの国はあの人に攻められたと聞きましたが?」
「うんまぁ、そうなんだけど。あんたもなかなか嫌な質問をするね」
「すみません」

 しょんぼりと項垂れる妖夢は、まるで子犬のようで愛くるしい。なるほど、西行寺の亡霊が重宝したがる理由も分かった。別にいいけどさ、と軽くフォローを入れながら諏訪子も饅頭を口の中へ放る。
 疲れた時の甘い物は格別だ。それが頭脳労働とくれば、糖分は最早無くてはならないものである。

「でも、これで商人達との問題は解決だね。後は、あれをとっとと完成させるだけか。破片の方は順調に進んでるんでしょ?」
「ああ、もうすぐ終わるだろうね。その後はすぐさま工事に入るそうだよ。そっちは素人ばっかりだから、はてさてどこまで頑張れるかね」

 他人事のように語る小町も、れっきとした咲夜の班の一員だ。そもそも、どうしてサボり癖のある死神がこんな労働に参加しているのだろう。聞いた覚えもなく、諏訪子は彼女に尋ねた。

「いやぁ、あたいは別に仕事が辛いからサボってるわけじゃないんだよ。何十年も同じ作業をしてたら飽きてきてねえ、どうにもやる気が起きなくなったら寝転がって気力を回復してるだけなんだ。だから今回の作業は目新しくて、なかなかに飽きないんだよ」
「働いてる奴らに聞かせたら、間違いなくぶん殴られるぞ」
「ははは、そいつはおっかないな」

 豪快に笑いとばす小町はひょっとして、大物なのかもしれない。それとも単に脳天気なだけなのか。
 妖夢も呆れた様子で彼女を見つめていた。生真面目な妖夢からすれば、小町の言葉は理解しがたいものなのだろう。
 ただ永い年月を生きる諏訪子からしてみれば、その言葉はさほど受け入れがたいものではなかった。だからといって全面に指示できるはずもなく、やはりこの死神はだらしないのだと判断している。

「じゃあ本業の方はいいのかい?」
「ああ、大丈夫大丈夫。外の世界で延命の薬でも発明されたのか、最近は殆ど死人がやってこないからね。暇で暇でしょうがなかったんだ」
「なるほど。だから私の所にまったく死人が来なかったのですね」
「まぁ、四季様には悪いことしたかもしれないけ……ど?」

 お約束の展開に、小町の顔がまさかと引きつる。こんな安易な話など、あたいは認めないよ。そう顔に書いてある。
 だが現実とは非情なもの。どれだけ有り得ない話だろうと、どれだけ使い古された展開だろうと、起こるときは容赦なく起こるのだ。
 振り返った小町の前に立っていたのは、上司たる四季映姫ヤマザナドゥの怒りを堪える表情だった。

「いくらなんでも少なすぎると、懸念して調べてみたら死神がいないのですから。死人が来ないのも当たり前ですね」

 頬を引きつらせ、悔悟の棒を震わせる。人間、本当に怒っている時は笑顔を浮かべるのだと身をもって証明しているようだ。むしろ、小町の顔色の方がめまぐるしく変わっているぐらいである。

「あなたとは、少し話をする必要があるようですね。みっちりと」
「で、でも四季様。四季様にも仕事というものが……」
「どの口でその単語を言うのですか。仕事なら、同僚に任せてあります。あなたがサボらなくても元から少なかったですし、良い機会ですから有給を消費することにしました。ああ、あなたの有給は使い切っていたみたいですから欠勤扱いですので」

 今月の給料が楽しみである。主に残念な方向で。
 ぐったりと項垂れる小町をよそに、映姫は諏訪子に告げた。

「ですから、私もあなた方に協力したいと思います。様子は遠距離から窺っていましたが、事務仕事の滞りが激しいようですし。そちらでしたら私の力も存分に発揮できそうです。サボる部下がいませんしね」
「きゃん!」

 悔悟の棒が額を打った。可愛らしい悲鳴をあげて、涙目になる小町。

「閻魔様が協力してくれるんなら、輝夜達も助かるだろうね。早速、レミリア達にも報告しておくよ」
「お願いします。さぁ小町、行きますよ。あなたは普段から休憩しているのですから、次の労働時間まで私の手伝いをしなさい」
「そ、そんな!」

 悲痛な叫びをあげつつも、素直に映姫の後ろをついていく小町。普段からもっと働いていれば、違った未来もあっただろうに。
 諏訪子と妖夢は頭を振って、小町の命運を祈るのだった。










 各班の奮闘は凄まじく、鬼達の活躍も忘れてはいけない。人間ならば一ヶ月以上は掛かる作業を、一週間も経たずに終わらせてしまうのだから。
 破片は跡形もなく消え去り、ようやく次の工程へと進む事が出来るのだ。
 しかし、ここですぐさまやれと命じるのも酷な話。時間は押し迫る状況にあっても、気の抜き所は必要になってくるのだ。それが逆に作業効率を良くすることだってある。

「ようやく、私の出番が来たみたいね」

 張り切る幽々子を筆頭に、紅魔館での宴会が催されることとなった。さすがに連日連夜の大宴会とはいかないものの、振る舞われる料理もお酒も並の宴会では味わえないものばかりだ。
 調理室では藍に早苗がミスティアと共に働き、妖精メイド達が咲夜を先頭にしてホールへ料理を運び込んでいく。秋姉妹は食材の調達に当たり、次から次へと消費される料理が尽きないように気をつけていた。

「よーし、姉さん。今日は大事な日だから、絶対に演奏を成功させようね!」
「駄目よ、駄目。きっと失敗して、これからの作業に暗雲を立ちこめるに決まってるわ…ああ、鬱だ。死にたい」
「メルラン姉さんは騒ぎすぎ。ルナサ姉さんは落ち込みすぎ。二人ともそんなんじゃ、最後まで保たないよ」

 ホールでは相変わらずの三姉妹が待機して、皆を盛り上げる為の演奏の準備をしていた。一見すると駄目そうに見えるけれど、これが彼女なりの日常なのだ。さして心配する必要もなく、幽々子はお酒の分布に意識を向けた。
 今日は妖怪の山のみならず、地下からもお客様を迎えている。お酒を切らすことだけは、何があっても避けなければならない。
 天界、妖怪の山、人間の里、地下世界。果ては非協力的な紫に頼み込み、外の世界のお酒まで揃えている。種類に関しては最高のものを集められたと自負しているが、なにせ鬼やら天狗が参加している宴会なのだ。
 酒は多いに越したことがない。

「鬼のところが予想通り凄い勢いで減ってるわ。常に注意して、絶対にお酒を切らさないようにしてね。ああ、それとワイン関連は全てレミリア達の所に回すように。ワイン好きは全員があそこに集まってるから、他の所には回さなくていいわ」

 メイド達に指示を飛ばし、厨房の様子も覗きに行く。ここは咲夜に全てを任せているものの、責任者としては様子を窺っておかないと何かとまずいのだ。

「はい、こっちは出来たわ! すぐに運んで!」

 調理場にミスティアの激が飛ぶ。普段はどうということのない妖怪だけれど、料理が関わると彼女は一人前の料理人に変わるのだ。さすがは屋台を経営しているだけあって、その拘りも半端ではなかった。
 所詮は家庭料理しか作ったことのない早苗と藍に宴会料理のいろはを叩き込み、ものの半月でここまで使える人材に育てあげたのだから。白玉楼に迎えて、妖夢へ料理修行でもして貰おうかしら。
 そう思えるほどに、ミスティアの腕は優れていた。

「あっ、亡霊。何しに来たのよ、料理の催促ならメイドにして頂戴。こっちはそれどころじゃないぐらいに忙しいんだから!」
「ごめんなさいね。でも、後少ししたらあなた達も暇になるわよ。そろそろ腹も膨れて、お酒だけを飲み始める頃合いだから」

 そうなれば、早苗達も宴会に参加することができるだろう。せっかくの催し。出来ればミスティア達にも楽しんで貰いたかった。

「だからって、料理人が厨房を空けるわけにはいないのよ。まぁ、早苗達はもう少ししたらそっちにやるけど。私は念のためにここへ残ってるわ」

 ミスティアなりのプライドがあるのだろう。ここで無理に彼女を連れて行くことは、決して楽しいものではない。大人しく引き下がり、後で美味しいお酒を持ってこよう。
 そう決めた。

「はーい、新しい食材が届いたよ!」
「生ものは早めに調理してね!」

 大量の食材を抱えた秋姉妹が到着し、俄に調理場も活気づく。これ以上は本当に邪魔になるだけだと思い、幽々子はそそくさとホールへと戻ることにした。
 決められた時刻通り、ホールではプリズムリバー三姉妹による演奏が行われていた。舞台の上からの演奏に聞きしれる者もいれば、関係ないねとお酒を飲みあう者もいる。各々が好き勝手に楽しみ、笑いあっているこの空間が溜まらなく幽々子は好きだった。
 ただ惜しむらくは、忙しすぎて自分が参加できていないところか。こんな事なら宴会担当なんて、言い出さなければ良かった。
 そう思う反面で、全てが終わった後での大宴会。そちらも成功させてやるんだという決意が、自らの胸の内で燃えていることにも気付いていた。










 ワインの味を楽しむのも良いが、少しだけ気になることもあった。ワイン好きの輪を抜けて、もう一人の立役者の姿を探す。腕に巻かれたギプスが痛々しく、小傘の姿はあっさりと見つかった。
 テラスで月を眺めている彼女の手元には、海苔だけ巻かれたおむすびが握られていた。月見とは風流だなと思っていたのに、やはり花より団子が信条らしい。

「こんなところにいたのね」
「あ、レミリア」

 夜のテラスで出会う二人。これが男女ならば、もしかしたら恋に落ちていたかもしれない。しかし生憎と二人は同性で、禁断の愛が芽生える予定もまったくなかった。

「また無茶をしてるんじゃないかと思ったけど、どうやら大人しくしてくれてるようね」
「宴会で無茶って言っても、鬼じゃないんだから。私に出来ることと言えば、せいぜいが驚かすぐらいかな」

 それが一番難しいのではないかと、思いはしたが口には出さない。

「それにしても、随分と大事になったわね。あなたはただ、人を驚かしたいだけだったのに」

 振り返れば、多くの人妖が一緒になって笑いあっている。まだまだ計画は成功したわけでもなく、ようやく半分を超えたばかりだ。油断するには早いけれど、それを指摘するような空気が読めない者は天人ぐらいのものだった。
 そして案の定、天人はあちこちから喧嘩を売られて喜んで買っていたが。

「本当の事を言うとね、私、もう人を驚かすことがどうでもよくなってきたの」
「小傘?」

 突然の発言に、レミリアは驚いた顔で彼女を見つめた。少し前の言葉を撤回する必要があるだろう。彼女はいとも簡単に、レミリアを驚かすことができたのだから。
 おむすびを頬張り、何度も咀嚼してから飲み込んだ。美味しそうに顔を綻ばせ、笑顔のままで空を見上げる。

「私はね、こうやって皆で一つのことを目指している今が楽しいみたい。例え、腕を折られるような目に遭っても」
「奇遇ね、私もちょっと楽しくなってきたところよ」

 嘘であった。とっくの昔から、レミリアはこの計画を楽しんでいたのだ。
 下手をすれば、小傘よりもずっと前から。小傘が計画を持ち出した時点で、存分に楽しんでやろうと決めていたのだ。

「だからって、人を驚かすのを諦めたわけじゃないよ。この計画を成功させたら、きっと沢山の人が驚いてくれる。その表情を見られるかもしれないってのも、確かに楽しみではあるし」

 生憎とレミリアは人間の感情に拘ってはいなかった。それは小傘にしか分からない喜びなんだろうけど、それを見て喜ぶ小傘の表情は見てみたい。そう思った。

「成功、するといいね」

 心の底から嬉しそうに小傘は言う。だが右腕のギプスが見えるにつれ、このまま無事に終わらないのではないかという疑念も生まれる。
 ちょっとだけ、ほんの少しだけ未来の運命を覗いておこうか。
 そうしてレミリアは黙りこくり、小傘の運命を目蓋の裏に写しだした。

「……レミリア?」

 目蓋の裏に見えたのは、ただ黒いだけの光景。それが永遠と続き、小傘に名前を呼ばれてようやく、レミリアは気が付いたのだ。小傘の運命が見えなかったということに。
 それが何を意味するのか。レミリアは知っていた。
 冷や汗を垂らしながら、小傘の顔を見つめる。

「ん?」

 未来が無い者の運命を読み取ることはできない。
 すなわちそれは、近い未来に死ぬ者のことである。
 小傘は死ぬのだ。このまま、運命を変えることが無ければ。
 確実に。







 ☆ ★ ☆







 冬の花畑ほど寂しいものはないと、人々は思っているのだろう。それがどれだけ滑稽な考えか、幽香は知っていても教えるつもりがなかった。そんな義理はないし、愚かにも教えてしまえば無知な輩が花畑を踏み荒らすかもしれないのだ。
 幽香は人間に太刀打ちできるけれど、花達は文句を言うこともできずに踏まれるだけ。例え踏みにじった人間を殺したところで、消え散った花が蘇ることはない。
 だから幽香は黙っていた。この美しい冬の花達が、誰にも汚されることのないように。

「そうしていると、まるで純情華麗な乙女のようね」

 楽しい時間は終わりを告げた。無粋な乱入者の言葉によって。
 手元にあった傘を掴み、不快そうな視線を隠しもせずにぶつけてやった。だが相手は怯むこともなく、退屈そうに欠伸を噛み殺す。こんな芸当ができるのは、幻想郷広しと言えども数えるぐらいしかいなかった。

「何の用よ、八雲紫」
「あら、刺々しいわね。同じ会合の仲間じゃない」
「それは外では持ち出さない約束よ」
「ふふふ、あなたも律儀な妖怪ね」

 相手の方を見ることもなく、小石を指弾のように飛ばした。当然のように当たった音はせず、不愉快な笑いが今もなお続いている。全力で挑めば笑顔の一つぐらいは引っ込みそうなものだけど、花畑で争うつもりなど毛頭なかった。
 それを見越して相手も挑発しているのだろう。尚のこと腹立たしい。

「暇人の相手をしている余裕なんか無いのだけど。帰ってくれるかしら」
「あら、私には暇を持てあましてるように見えたけど?」
「花を眺めるのに忙しいのよ。胡散臭い妖怪との会話なんて、している時間はないの。分かったなら消えなさい。目障りよ」

 同じ会合に出席しているからといって、心底から仲が良いわけではなかった。小傘とレミリアはよく一緒にいるようだが、少なくとも幽香と紫が仲良く並んでいる姿は見かけたことがない。むしろ見かけたら、幻想郷の破綻が近づいているのかと勘ぐりたくなる。
 自分だってあれが傘の会合でなければ、出席するはずもなかった。花と傘が大好きで、思いあまって参加しているだけの話。他の傘好きと話すこともできるし、互いの意見をぶつけあうこともしばしば。
 馴れ合うのは嫌いな幽香でも、傘の会合を欠席したことはなかった。だからこそ紫はそれが意外で、こうして偶にからかったりする。

「大体、暇なのはあなたでしょ。聞いたわよ、あなたの式は小傘の計画に参加してるんですってね。主がこんなところでブラブラしてていいのかしら?」

 小傘が何か始めたことを、幽香はすぐさま知ることができた。なにせ小傘の方から密かに、協力してくれないかと打診があったのだ。勿論、花の世話が忙しいからと断った。
 水不足に陥っているのが花畑なら惜しみなく協力したのだが、いかんせん彼女らが救おうとしているのは人間の里。さして人間に義理があるわけもなく、積極的に協力する理由は見あたらなかった。

「私が参加しないから、式を参加させているのよ。まぁ、別に異変というものでもないし。私が出しゃばることもないでしょう」
「単に面倒臭いだけのくせして、もっともらしい理由を考えたものね」

 紫は無言になり、図星だと沈黙で語ってくれた。

「ふふふ、あなたも物臭な妖怪ね」

 先程の仕返しだとばかりに、至極愉しそうな声で告げる。
 そして二人とも黙りこくり、ただ威圧感だけをぶつけあった。
 寒空の下の花畑。今日の気温は、何故か一段と低かった。










 計画もいよいよ大詰めを迎え、各自の負担もかなり厳しいものとなっていた。中でもにとりの働きぶりは閻魔ですら心配するほどで、製図・設計に携わっておきながら工事の現場主任も彼女の役目だったのだ。
 檄を飛ばすにとりの顔色は悪く、誰の目からも無理をしているのは明らかだった。これ以上の過労は彼女を倒すだけであり、逆に作業効率を悪くしてしまう。そういう懸念が持ち上がり始めたところで、その想像は最悪の形で現実を迎えた。
 にとりが倒れたのだ。原因は勿論、過労である。

「悪いけど、医者としてはこれ以上作業を続けさせるわけにはいかないわね。最低でも、一週間は休ませないと駄目」

 名医たる永琳がそう言うのなら、誰も異を唱えることはできなかった。そもそもにとりが倒れたのは、自分たちが無理をさせ過ぎたからなのだ。
 幸いにも設計などの作業は終わっており、後は工事だけとなっている。これならばにとりで無くとも作業を進めることができるだろうと、レミリアが代理として主任を務めることとなった。
 その一方で、神奈子達の作業にも暗雲が立ちこめ始めたのである。

「ああ、やっぱり最悪だね」

 工事に明け暮れる連中を横目に、天子達を引き連れて現地の天気を調べに来た。傾向は爆破の後から如実に表れ始めていたのだが、確信を持つには至れなかった。
 だがそれも、今日までの話。ここまであからさまに見せつけられては、神奈子や天子じゃなくとも気が付く者達が現れるだろう。

「予想してたんなら誰かに言えばよかったじゃない。何で黙ってたのよ」
「気付いてたんなら、そりゃあ私だって言ったさ。予想したのは大岩を爆破した後のこと。つまりは後の祭りってわけだ」
「あの、どういうことです?」

 一人事情が分からない衣玖の質問に、神奈子も天子も表情を曇らせる。何か予期せぬ事が起こったのだろうという空気は読めるものの、それが具体的にどういうものなのかまでは分からなかった。

「……そうだね、隠しても仕方がない。そろそろ皆にも伝える時期だ」

 神奈子は空を見上げたまま、苦々しい表情で呟いた。

「大雨の降る時期が早まっている」

 衣玖だけでなく、近くにいた小傘も慌てて飛んできた。

「詳しく話を聞かせて!」

 焦る気持ちも理解できるが、こうも顔を近づけられては話しにくくてしょうがない。ひとまず落ち着くようになだめ、距離を置いてから神奈子は説明を始めた。

「具体的にどうやって影響を与えたのか、それはこれから調べることだ。だからこれから話すのは、あくまで私の推察だと思って欲しい。ただ事の発端が大岩の爆破であることは、私も天人も認めていることだけどね」

 そうでなければ、他に原因が思い当たらない。
 小傘は神妙な顔で聞き入っている。心苦しさを感じたものの、いずれは分かる真実だ。話しておいた方が良い。

「天人曰く、大岩の溜まっていた気質が大気に流れ出し、大雨を早めているらしいんだよ。まぁ、私は単に大地の力が蒸発して天の術を解除しているもんだと理解しているが。どちらが正しいのかに関しては、これから調査を進めるところだ。ただ、大雨の時期が早まっていることだけは間違いない」

 顔を真っ青にする小傘を見て、休憩中の奴らも集まり始めていた。これでは作業を邪魔するだけだと思い、神奈子は夜にまた改めて話そうと皆に告げる。
 納得した奴らが散っていったところで、残ったのは小傘ただ一人。彼女には話を続けたおいた方が良いのかも知れないと思いはしたが、他に話すことなど何もなかった。なにせ、まだ対策を考えている途中なのだから。

「気質ってのが正しいとしたら、あんたの方で何とかできないのかい?」
「理論上はできるわよ。ただし、あの大岩と同じだけの力が必要になるわね。具体的に言うならば、大体霊夢三百人分かしら」
「また奇妙な単位を持ち出して……」

 呆れ顔の衣玖に対し、神奈子の顔色は優れない。要するにあの霊夢が三百人集まって、初めて大雨を防ぐことができるのだ。自分たちごときでは、どうにも太刀打ちできそうにない。
 術の解明も順調に進み、ようやく時期を遅らせることが出来ると思った矢先でのことだ。プラスマイナスゼロどころか、むしろマイナスに食い込んでしまっている。

「だけど、やろうと思えば大雨を止めることぐらい簡単にできるんでしょう?」
「分かってて言うのは性格が悪い証拠だよ。そんな強引な技を使ってごらん。この辺りには一生雨が降らなくなる」

 それでは本末転倒だ。大雨を降らせ、尚かつ川を守る。それがこの計画の目的だというのに。

「止めることはできず、かといって雨を途絶えさせるわけにもいかない。せめて最後の最後まで、きっちり作業できるよう雨を遅らせるしかないね」
「無茶もいいところよ。今だけでも、かなり無理して遅らせたってのに。これ以上頑張れなんて、私達の方まで倒れちゃいそうよ」
「安心しろ、あんたは天人だ」
「天人だって倒れる時は倒れる。まぁ、いいけどね。あがけるところまであがいてみましょうか」

 彼女にも幾ばくかの変化はあったのだろう。最初は嫌だと駄々をこねていた天子が、今ではすっかり頼もしい相方のように思えてきた。
 本来の相方も現場で頑張っている。巫女だって、皆の為に今日も食事を用意していた。
 自分だけが諦めるなんて、守矢の名が廃るというもの。

「おっと、蔑ろにして悪かったね。安心おしよ。必ず、あんた達の作業が終わるまでは雨を食い止めてみせるから」

 だからあんたもしっかりしなと、小傘の背中を思い切り叩いた。軽く飛び跳ねるように押し出されながら、小傘は慌てて着地をする。そして背中を押さえて、涙目でこちらへ訴えかけてくるのだ。
 涙こそ浮かべているものの、その目からは諦めの色を感じることはできない。ショックは受けても、絶望はしていないか。
 むしろ諦めていたのは自分の方だと分かり、恥ずかしいやら呆れるやらで神奈子は顔を背けてしまう。

「さぁ、そうと決まったら無駄話はここまでだ。ああ、レミリアへの報告は小傘の方でしといてくれ。私らはちょいと、忙しくなってきたからね」
「分かったわ」

 天子と衣玖を引き連れて、神奈子達は機嫌を損ねた空へと向き直る。
 駄々っ子の相手は慣れている。とっとと機嫌を直してもらい、私らに協力して貰うとしましょうか。
 呟いた声は天に掻き消え、晴れ渡る空が神奈子達を見下ろしていた。










 レミリアは思うのだ。ひょっとしたら、運命は小傘の計画を好いていないのではないかと。

「わざわざ報告ありがとう。閻魔達にも伝えておくけど情報に制限を加えておくべきかしら。一気に広めたら、士気にも影響しかねない」
「そんな臆病な人ばかりじゃないと思うけどね」

 勇敢というか、娯楽の為なら多少の危険も厭わぬ連中だ。これしきの情報では、手を休める理由にもならない。小傘もそれは同じことで、諦めるという選択肢は彼女の中にないらしい。
 少し前のレミリアだったら、決意に溢れた小傘を頼もしい気持ちで見ることができたのだろう。
 だが、今は。

「あるいは、の話だけど。この計画を中止するつもりはないのよね?」
「レミリア?」

 唐突に口から出た弱気な発言に、らしくないわよと小傘が心配そうな声をかける。自分でも分かっているのだ。そんな消極的な発言、レミリア・スカーレットの台詞ではないと。
 だけど運命が告げている。小傘はもうすぐ死ぬのだと。
 かつてレミリアは言っていた。運命なんてものは脆いもの。壊そうと思えば簡単に壊れる。
 今回の予知だって避けることは難しくない。小傘が計画を始めた途端、彼女の運命が見えなくなった。だとすれば、計画が中止になれば彼女は助かる。
 運命は脆い。しかし真正面から挑もうとすれば、これほど強大な敵もいないのだ。

「馬鹿げた事を言っているのは理解してるつもりよ。でも、仮に土砂崩れが起きたとすれば。そして、そこにまだ作業をしている連中がいたとすれば。さしもの妖怪だって命を奪われるかもしれないでしょう」
「だから諦めるの? 八坂様達が頑張ってるのに?」

 驚きと共に、信じられないという顔をしている。同じ事を小傘が言ったとすれば、レミリアなら殴っていただろう。これほど皆を巻き込んでおきながら、信じることもできなくなったのかと。

「どうしたの、レミリア。私が知ってるあなたは、そんな逃げ腰のことなんて言わないよ」

 臆さず、怯まず、矜持を持って。吸血鬼として相応しい立ち振る舞いを披露し、震える者達を嘲笑う。レミリアはそうやって生きてきた。弱気な発言など、自分には縁遠い弱者の戯れ言だと小馬鹿にしてきたのだ。
 嘲笑ってきた弱音が、自らの口から出ていくなんて。昔の自分が知ったならば、時間軸を無視してでも殺しに来ただろう。

「理由が無ければ、私だってこんな事は言わないわ」
「じゃあ理由を教えてよ。あなたが弱気になってしまった理由を」

 言うべきか、言わないべきか。悩む必要など無い。隠しておく意味など全く無いのだから。

「あなたの運命が見えなくなったの。つまり、近い未来にあなたは運命とは切り離されてしまう。死んでしまうのよ」

 深刻そうな声色で告げるレミリアに対し、小傘は首を傾げている。驚きもせず、恐がりもせず。不思議そうにレミリアを見ていた。
 予想外の反応を受け、逆にこちらが驚いてしまう。

「それが、どうしたの?」
「どうしたのって……あなたは死んでしまうのよ!」

 見えない壁でもあるかのように、悲痛な叫びは小傘の前で霧散した。

「運命なんて脆いものだって、簡単に壊せるのだって言ったのはレミリアじゃない。今更、どうして駄目だなんて諦めるの?」
「諦めたわけじゃないわ。計画を中止にすれば、少なくともあなたの運命は変わる」
「違うわよ、レミリア。それは変わっているんじゃない。運命から逃げてるの」
「逃げる……? この、私が運命から?」

 地面が軟体になったのかと思うほど、足下がおぼつかなくなった。脳がミキサーでかき回されているように、頭がぐらぐらと定まらない。何か見えないハンマーで、思い切り後頭部を殴られたみたいだ。
 運命を操る吸血鬼が、その実は運命から逃げ続けていただなんて。あれだけ偉そうに壊すだの言っておいて、その方法は目を背けて膝を屈しながら避けていただけだと言われたのだ。
 これを否定せずして、吸血鬼としての矜持は保たれない。怒りで開かれた口はわなわなと震え、噛みしめた歯はギリギリと音を立てていた。
 だが、それだけ。
 反論も、弁論も、詭弁も。何一つとして、レミリアの口から飛びだすことはなかった。
 それは即ち、小傘の言葉が正しいのだと証明しているのだ。

「逃げるんじゃなくて、戦わないと! あなたはレミリア・スカーレットなんでしょ!」

 はっと、視界が広がった。
 立ちこめていた暗雲が晴れ渡り、しかし目の前に映し出されたのは空を覆う黒い雲。激しい突風が辺りに吹き荒れ、空からは容赦のない大雨が地面を抉るように降り注いでいる。
 各所から飛び交う怒号。彼女達の言葉の断片を拾いとり、まだ作業が終わっていないのだと知った。
 そして山から聞こえてくる、激しい地響きの音。結局作業は間に合わず、防護策のとれていない社へ大量の土砂と水が襲いかかる。
 その時、飛びだしていった人影があった。
 多々良小傘はそのまま土砂崩れに挑みかかり、あっさりと呑まれて姿を消した。
 そして意識が戻ってくる。空はまだ晴れ渡り、大雨など欠片も見えない。傘を握りしめる手がべっとりと濡れ、気が付けば顔中から血の気が引いていた。

「…ミリ……ッ!」

 仕事を忘れていた五感も、徐々に役割を思い出していく。
 真っ先に戻った視角に続き、ようやく聴覚も正常となった。

「レミリア!」
「聞こえてるわよ。だから、そんなに大声を出さないで」

 しかめっ面でもう一度叫ぼうとしていた小傘を遮る。

「いきなり棒立ちになるから、どうしたのかって心配したんだよ」

 どうやら、自分はいきなり気を失っていたようだ。それも立ったまま。
 どうしてそんな事が起こったのか。先程の光景を思い出せば、それは疑問でも何でもなかった。
 あれは、小傘が辿るであろう運命。本来は見えるはずのない最後の瞬間を、どういうわけだか見ることが出来たのだ。

「わかったわ。あなたは半月後、土砂崩れに呑まれて命を落とす」
「……未来を見てたんだね」

 レミリアは頷いた。今でもはっきりと思い描くことができる。雨の感触、風の音。そして土砂に呑まれる小傘の最後を。
 他人の終わりが見られない理由を、レミリアははっきりと悟った。こんなものをしょっちゅう見せられては、こちらの精神がやられてしまう。あれは一種の制御装置みたいなもので、能力者の精神を守る為の役割だったのだ。
 それが何らかの理由で外れ、見るべきではないものが見えた。
 初めて他人の運命を見たときのような衝撃が、レミリアの体内を駆けめぐる。

「これほど鮮明に見えた運命があったかしら。本当、他人の運命なんて覗くもんじゃないわね。まったく」

 あの時の自分も、今日と同じ結論を出したのだった。それでも懲りずに覗き続けていたのだから、いずれは終わりを見るのにも慣れる日が来るのだろうか。能力を使わずとも、そんな日は訪れないだろうと確信していた。
 あんなものに慣れてたまるか。
 震える身体を抑え、ありったけの虚勢を張って笑顔を見せる。

「だけど、これでようやく敵の姿が見えてきたわよ。私達が真に倒すべきものは水売りでも無ければ、土砂崩れでもない」

 五百年以上を生きてきて、初めて見えた本当の敵。

「運命よ」

 戦う決意を固めた途端、身体の震えは治まっていた。










 地下から協力にきた鬼達とも連携をとりながら、工事は着々と進んでいく。もっとも、それは河童が指揮をとっていた頃と比べれば、着々などという言葉を使っていいものではない。
 作業効率は圧倒的に悪く、工程も日を追うごとに厳しくなっていた。

「どう思いますか、星」
「はっきり言って、レミリアよりも優れた指導者は幾らでもいるでしょう。聖、あなたもその一人です。ですけど、彼女以上に全体像を把握している者はにとりの他には小傘と諏訪子という神だけなのですよ」
「だったら、その諏訪子という神様に任せればいいのでは? 神様なのだから、統率力には優れているはずでしょう?」

 白蓮の言葉はもっともだ。にとりと同じぐらい、諏訪子は設計にも製図にも携わっていた。
 それは即ち、にとりと同じだけ働いていたということである。

「厳密には身体を持たない神ですが、彼女たちほど物理世界に馴染んでいると肉体も疲労するのです。一時はにとりの代理を務めていたのですが、敢えなく彼女も倒れました」

 指導力のある二人が倒れたのだから、その代わりを務められるのはレミリアしかいない。いくらなんでも小傘には、その任は重すぎるのだ。

「理解はできますけど、制限時間は待ってはくれないのでしょうね」
「おそらくは」

 二人して空を見上げる。今はまだ晴れている天も、いずれ自分たちに牙を剥くのだ。
 だからその牙から川を守る為に、作業を続けているのだが。

「ご主人様、聖。ちょうどよかった」
「おや、ナズーリン。どうしたんですか、こんな所で」

 最近、すっかり姿を見せないナズーリン。噂では地霊殿やら紅魔館で激務に追われ、閻魔の下でハードワークをこなしているのだという。そこで余程上手くやっているのだろう。彼女を死神として働かせるつもりはないですかと、誘いの手紙が来たほどだ。
 勿論、断ったが。

「なに、レミリアから二人に言伝があるそうだ。聖輦船に関して、少しだけ頼み事があるらしい」

 そう言われては、聞かないわけにもいかない。ナズーリンがわざわざ伝えに来てくれたことだし、少なくとも無駄ではないのだろう。
 二人は作業の手を休め、ナズーリンの話に耳を傾けた。










「チルノちゃん、一人で持つなんて無理だよ」
「大丈夫よ、あたいは最強なんだから! うぉぉぉぉぉぉ!」
「めーりん。チルノが命の炎を燃やしてるんだけど」
「ああもう、氷の妖精なのに何でそんなに暑苦しいの」

 鉄の資材は鬼が担当し、美鈴達はコンクリートのような比較的持てるものを運んでいた。本当はコンクリートを作る所から始めるべきなのだが、いかんせん面子が面子。そんな作業を満足に出来るはずもなかった。
 仕方なく地下の妖怪達がコンクリートを作り、それを美鈴の班が運んでいる。最初は本当に作業が出来るのかと心配もしたが、チルノが暴走して大妖精が止め、ルーミアが報告してくれるおかげで何とかやっていけていた。
 冬の到来を告げるレティは、そんなチルノ達の遅れを取り戻すように一生懸命働いている。
 リグルや橙も協力してくれているので、思ったほど作業に遅れは出ていなかった。さすがに彼女たちだけでは戦力に不安があるので、そこらを彷徨いていた妖精や天狗にも力を貸して貰うよう頼んでおいて正解だったようだ。
 地中深くまで打ち込まれた杭の上に、鬼達が鉄の型枠を嵌めていく。まるでアーチを描くような型枠に、コンクリートを流し込むのは美鈴達の役割だ。ちなみに反対側は咲夜の担当で、あちらもきっと苦労しているのだろう。

「ははは、所詮妖精なんてのはその程度の存在だったようね。あたいの運送力に勝てる者はなし!」

 地下の妖怪達は大概がコンクリートの製造に力を入れているのだが、何故かお燐だけは目を離すといつのまにかコンクリートを運んでいた。余程、一輪車との愛称がいいらしい。
 さして邪魔になるわけでもなく、むしろ助かっているぐらいなので誰も文句は言わなかった。ただチルノだけが対抗心を燃やしている。

「くそぉ……あたいにもっと力があれば!」
「今の力でも充分だよ。だからね、働こう」

 大妖精に諭され、チルノもようやく普通に働く気となったようだ。大人しく運んでいるのかと思えば、いつのまにかお燐と競争をしている。もうツッコミを入れる気にもならなかった。作業ははかどっているのだし、あの二人は放っておくことにしよう。
 叫びあう妖精と火車はさておき、美鈴には気になることがあった。気を使う能力の美鈴だからこそ、気が付いたのかもしれない。
 大岩の破壊以来、空では行き場を無くした気が渦を巻いていた。最初は微々たるものだったその流れは、次第に大きくなっていき、今となっては空を覆わんばかり広さで雲のない空をぐるぐると回っている。
 だからどうしたのだと、訊かれたら答えられない。神奈子達から既に大雨が早まることは伝えられていたし、おそらくこの渦巻きが到来を早めたであろう事も予測している。
 でも、それだけだ。水売りの屋敷へ乗り込んだ時とは事情が違う。蹴り飛ばすべき相手もおらず、諸悪の根元には手が届かない。神奈子達が対策を練っているそうだが、果たしてどこまで出来るのか。
 それに、気になることがある。空だけでなく、美鈴はどうにも川の方にも奇妙な気の流れを感じていた。正確には、川の付近の大地にだが。
 だけど、それにしたって諏訪子達が気付かないはずもない。美鈴だけが気付いて、諏訪子が見落としているなどという事が、あるはずもないのだ。
 不安はあるが、それを口にしてはいけなかった。美鈴は班長なのだ。これで不安がる連中ではないものの、あまり弱音を吐かない方がいい。
 そんな暇があるのなら、一刻でも早く作業が終わるように汗を流した方が生産的である。
 考え事を止めた美鈴は、チルノやお燐にも負けないほど働くのであった。

「おお、門番。ちょうど良かった」

 気合いを入れたところで、いきなり呼びかけられる。なんとも間の悪いタイミングに、少しだけ気が抜けた。

「なんですか、神奈子さん」

 珍しいことに、今日は天人達とは一緒じゃないようだ。いつも現場で見かける時は、必ずと言っていいほど一緒だったのに。

「少しだけ、あんたに訊きたい事があってね。気の流れが乱れてるのは、言わずとも分かっていただろ?」
「ええ、まぁ」

 曖昧にお茶を濁す。偉そうに知っていたと言うほどではないのだから。
 神奈子は頷き、気まずそうに頬を掻いた。

「あんたが忙しいのは知ってるよ。だけど、ちょいとばかり頼み事があるんだ」
「頼み事、ですか?」
「ああ。天に関しては私の専門。地に関しては諏訪子が専門なんだけど、その両方の気の流れを把握できるのはあんたしかいなくてね。なに、単純な話だよ。その天と地を繋ぐ気の流れを見つけて欲しいんだ」

 しばし考え込み、神奈子の目的を悟った。破片の破壊以後、ある箇所から空へ向かって大量の気が流れていた。今となっては微弱な気質を流し込む程度だが、一時期の勢いから察するにあれが天で暴れているのだろう。
 ならばと、神奈子はそれを逆手にとる。気質が流れ込んだ道を利用して、天の気質を操作しようというのだ。だから聞いているのだろう。その入り口を。

「作業を休むほどの事じゃないですよ。あそこの大岩を破壊した跡。あれが天へと続く道です」
「そうか、やっぱりそうかい。すまなかったね。純粋に天だけならば私の範疇なんだけど、天と地を繋ぐってのは私や諏訪子も自信が持てなくてね。確認させただけみたいになってしまったよ」
「別に構いません。それよりも、そんな面倒臭い方法じゃないと操作できないんですか?」

 確か神奈子は天を司る神様だったはず。神の世界には詳しくないけれど、そんなものは指先一つでちょちょいのちょいだと思っていた。

「あくまで乾を創造する程度の能力だからね。生み出すことはできても、鎮めることはできないんだよ。どうしてもやろうと思うなら、人間と同じような手順を踏まないとならない。神様ってのも、案外不便な存在なのさ」

 最後にもう一度だけ謝って、神奈子は破片があった所へと足を向ける。
 てっきり万能だと思っていた神様にも、思わぬ欠点があったようだ。だとすれば、果たして彼女の目論見は成功するのだろうか。

「あの、一つだけいいですか?」

 もしも神が人間のように万能でないとすれば、うっかり見落としてしまう可能性だってある。前から感じていた違和感を、報告するなら今しかなかった。

「なんだい?」
「些細な事かもしれませんが、どうにも、この川の周りで奇妙な気の流れを感じるんです。いや気の流れというか、気の乱れと言った方が適切かもしれませんけど」

 振り返った神奈子の顔に、訝しげな感情が浮かび上がる。

「気の乱れ? それは天と同じようなものなのかい?」
「うーん、そういうものじゃない気がします。空のは本当に乱れているけど、こっちのは規則正しい気の乱れというか……すいません。上手く表現できないんです」

 曖昧な説明に困り顔の神奈子。正しく説明できない自分を恥ずかしく思い、顔が少しだけ熱くなった。

「私にもよく分からないけど、そいつはちゃんと伝えておこう。重要な情報になるかもしれないからね。ありがとう」
「いいえ。私も上手く言えなくて、すいませんでした」

 全ては伝えきれなかったけれど、これで言いたいことは全て言えた。後は、もう働いて示すしかない。
 若干の不安を抱えつつも、美鈴は仕事に戻った。それだけが、今の自分にできるただ一つの貢献なのだから。










 時間は待ってくれない。神奈子と天子の考えでは、あと五日ほどで土砂崩れが起きるだろうと確信していた。

「工期は?」
「やっぱり遅れてる。レミリアは頑張ってるみたいだけど、こればっかりは仕方ないからね」

 小傘の報告に、神奈子達は頭を抱えた。過去を嘆くことが無意味だと知っていても、せめてもう少し早く完成してくれたなら、土砂崩れまで保ってくれただろうに。だからといってにとり達を責めるわけでもなく、こうなる事を予測できなかった自分を恥じるばかりだ。
 紅魔館に用意された部屋の一室。会議の席には神奈子の他に、小傘、映姫、天子、そしてナズーリンの姿があった。
 本来ならもっと参加すべき妖怪がいるのだけれど、さすがに五日前とあっては集まれという方に無理がある。

「大雨の方は?」
「対策は練ってるよ。いま、パチュリーとアリスが術に対抗する為の魔法を作ってるところさ。あとはそれを私が天に叩き込み、雨を抑える。さすがにもう、雨を降らせないことは難しくなってきたからね。せめて、雨の量を小出しにすることぐらいしか出来ないさ」
「ううん、そうなると作業が厳しいわね。コンクリートってのは雨に弱いらしいから、雨が降るまでに何とか決着をつけないと……」

 難しい顔で呟く小傘。明るかった彼女の顔が曇っていることから、どれだけ今の状況が厳しいのか分かる。

「そのことに関してなんだが、紅魔館の主から提案があってね。聖輦船を現場の上空に飛ばすことになったよ」
「聖輦船を?」
「ああ。気休め程度にしかならないだろうけど、上空に船があれば雨をしのぐ事が出来るだろ。船長もそれを聞いて、少しでも雨を防げるようにと船を改造している最中さ」

 根本的な解決にはならないものの、作業の効率は上がってくれるだろう。現場で忙しいと思っていたが、ちゃんと全体を見渡すだけの余裕があったか。レミリアの君主たる能力を、些か過小評価しすぎていたらしい。

「報告を受け、雲居一輪と雲山もそちらに回しておきました。それと河童の何人かも」

 今や事務だけでなく、人事に関しても手腕を振るっている四季映姫。レミリアと小傘が倒れないでいられるのも、ひとえに彼女が協力してくれているからだろう。輝夜達も口には出さなかったようだが、映姫の参加で安堵の溜息を漏らしていた。

「作業に関しては急いで完成させるとしか言いようがないね。私らの方は、とりあえずアリスとパチュリー待ちだ。入り口は門番が見つけてくれたし。当日は私と天子が空の方は何とかするよ」
「まぁ、私にかかれば容易い任務だけどね。要は最後の社が出来るまで保たせればいいんでしょう」
「正確には、社に神を勧請するまでだ。神がいなければ、所詮はただの建物だよ」
「でもさ、だったら最初から建てておけばいいじゃない。何で一番最後にそんな面倒臭い事をするのよ」

 天子の質問に、答えられる者はいない。この件に関してはにとりも諏訪子も意見は同じだったのだけれど、それを説明する前に倒れてしまった。おかげで誰も知らないまま、作業を進める羽目になったのだ。
 だが、あの二人が言い切るほどの事だ。何か大事な理由があるのだろう。

「先に社を建てて、問題が起きてしまう方が恐ろしい。ここは彼女たちの言葉に従い、最後に建てるべきでしょう」

 映姫の言葉に神奈子は頷く。

「せめて、にとり達が喋られるぐらい回復してくれてたら良いんだけど……そっちはどうなんだい?」

 小傘は悲しげに顔を歪め、首を振った。かなりの無茶が祟ったらしく、にとりは口を開くことすらままならないほど衰弱していた。一方の諏訪子は存在を保っているのがやっとらしく、死んだように眠り続けている。
 ただ神奈子曰く、信仰心が尽きない限りは消滅することなんてないそうだ。後はせいぜい、神様同志で殺し合うぐらいだが、そんな予定は存在していない。

「いつまでも、有ると思うな親と金。いなくなって初めて気付く、河童と相方の有りがたさ、かね」
「あー、どうもありがとうございます」

 掠れた老人のような声が、会議の場を通り抜けていく。入り口を開けたのは永琳だったけれど、中へと入ってくるのは見まごうことなき河城にとりの姿であった。すっかり細くなってしまって腕で、車椅子を動かしている。

「神様にそう言って貰えると、実にありがたいですね。いや、本当に」
「にとり、あんた大丈夫なのかい!」

 当人に代わり、背後の永琳が答える。

「いますぐ仕事に戻るのは無理よ。でも、明後日ぐらいには回復しているでしょうね」
「そういうわけです。どうも、ご迷惑をおかけして申し訳ないです」

 頭をさげるにとりに対し、誰しもが戸惑った。この席で、彼女を責める者など一人もいない。

「頭をあげとくれ。誰もあんたが悪いなんて思っちゃいない。むしろ、あんたをそんな目に遭わせてしまった私を責めたいぐらいだよ」
「そう言って貰えると、心が楽になりますよ。ああ、それで社のお話でしたっけ?」

 ちょうど良い機会だ。当人が現れたのだから、話して貰った方が良い。
 枯れ木が擦れ合うような声で、にとりは言の葉を発した。

「あれは建てないわけじゃないです。建てられないんです」

 建てられないと言われても、資材なら充分にある。巫女の方も準備万端で、いつでも勧請できる用意もあった。それに川にかけられた屋根にしたって、中央部は完成している。今は端を製作しているに過ぎず、建てられない理由にはなりえないはずだ。
 周りの顔を見渡しても、納得している者は一人もいなかった。いや、唯一永琳だけが涼しい顔で話を聞いている。理解しているのか、それとも興味がないだけか。天才の考えはまったく分からない。

「どういうことか、説明して貰えるかい」
「はい。だけど、説明するほどのことじゃないですよ。要するに、私達は社を建てるべき位置が分かっていないだけなんですから」
「はぁ?」

 さっぱり意味が分からない。神奈子は何度も、図書館で喧々囂々とやりあう二人の姿を見ていた。あれだけ討論していながら、その実は何も決めていなかったとは考えにくい。にとりは申し訳なさそうな顔で、説明を続けた。

「最初は私達も社から建てれば良いと思ってたんです。事実、里側と山側のは一番に建てましたし。そして次に中央の社を建てようと思ったんですけど、諏訪子さんが迂闊な場所に建てることができなくなったと」
「諏訪子が?」
「ええ。何でも、最初に両端の社から建てたのがまずかったそうです。まるで磁石のように両方の社が力の波を発し、大地の流れを乱しているんだとか」

 ふと、美鈴の言葉が頭に浮かぶ。そういえば彼女は、大地の方にも気の乱れがあると言っていた。しかしそれは天のようなものでなく、規則正しい乱れなのだと。
 何のことかさっぱり分からなかったけれど、にとりの言葉でようやく理解した。

「要するに、空のとは違った意味で大地にも乱れが生じていたってことだろ。門番が報告してくれたよ、その件に関しても」
「ああ、さすがは美鈴だね。やっぱり気付いてたか。うん、そうなんですよ。変に整った気の乱れが出来てしまった為に、そこへ楔を打ち込むことができなくなった。迂闊な場所へ建ててしまえば、結界そのものが機能せずに土砂崩れに呑み込まれてしまうかもしれないそうです」

 ここまでの努力が全て水泡に帰す。そんな仕打ちに耐えられるはずもない。

「ただ、幸いにも川の屋根が全て完成すれば建てる場所が分かるんだとか」
「社の力を屋根の方にも回すからね。それで力が分散されて、乱れが気にならなくなるんだろうよ。なるほど、確かに中央の社は最後に建てないと駄目そうだ」
「そういった力の流れも考慮して建てないと駄目なんで、正直私には専門外ですよ」

 美鈴はまだ把握しきていなかったようだし、神奈子とて大地に関しては専門外だ。やはり、ここは諏訪子が回復しないことには始まらないらしい。

「多分、あと少しで諏訪子も復帰してくれると思う。だから、それまでは何とか私達だけで踏ん張らないとね」
「大丈夫よ、私だって頑張るんだから」
「おお、こういう時はあんたも頼もしく見えてくるから不思議だよ」

 根拠のない天子の自信に、今だけは救われるような思いだ。最初は強引に引っ張っていたが、今となっては良い買い物をしたと昔の自分を褒めてやりたい。大分、彼女に救われたところもあるし。

「それじゃあ、今日のところは解散ね。また、何か問題があったら遠慮なく言って。全員で、それに取りかかるから」

 小傘の言葉を皮切りに、皆はそれぞれの持ち場に戻った。
 期限まであと五日。時間は待ったを許してくれないのだから。










 あと三日と迫ったところで、ようやくにとりが現場へ復帰してくれた。レミリアはようやく重い荷を降ろし、にとりへと手渡す。作業効率は嘘のように早くなり、改めて自分の指導能力に疑問を感じる瞬間だった。
 だが、傷ついている暇はない。急ピッチの工事は進み、期限前日の夕方にようやく川の屋根が完成したのだ。加えて諏訪子も回復し、いよいよ最後の社の建築へと着手することになる。
 そちらの方はにとり達に任せ、余った連中は土砂崩れに対抗する為の土嚢を積み上げることとなった。無論、こんなものが役に立つとは思っていない。だが、やらないよりはマシである。
 空はいよいよ薄暗く染まり、夜も訪れようかというところで、遂に奴らが顔を覗かせ始めた。

「あっ!」

 誰の声とも知れない。だが、皆が同じ声をあげてもおかしくはなかった。
 空から落ちてきた一粒の水滴。それこそが、タイムリミットを伝えるカウントダウンの証なのだから。

「いよいよ始まったか。私達の責任は重大だね、こりゃあ」
「なによ、今更怖じ気づいたの?」
「まさか。ただ、ちょっと背中が重すぎて前屈みになりそうなだけだよ」

 特製の色素を混ぜ合わせた絵の具は、雨に打たれても消えることがない。神奈子の周りの地面には、半径が五メートルはあろうかという魔法陣が描かれていた。アリスとパチュリーが寝る間も惜しんで考えてくれた術を発動させる為のものである。これがあるおかげで、神奈子も思う存分に空を弄ることができるのだ。
 もっとも、それは穴だらけの屋根のようなもの。修復することしかできず、少しでも遅れれば一気に雨が家の中へと降ってくる。失敗は許されない。
 魔法陣の開発だけでなく、地面へ描いてくれた魔法使いと魔女は、背中を合わせたままテントの下でぐっすりと眠りこけていた。彼女たちの為にも、何としても土砂崩れの時間を遅らせるのだ。

「何をそんなに気張ってるんだか。忘れないでよね、あなたの後ろには私がいるのよ。失敗なんて、するわけないじゃない」
「ええ、私も微力ながらお手伝いさせて頂きます」

 天子と衣玖の言葉に、張りつめていた緊張の糸が少しだけ緩む。

「ああ、それもそうだね。だったらあんた達、しっかりと手伝ってくれよ」
「当然!」
「分かりました」

 三人は魔法陣の中に入り、神奈子は目を瞑った。
 天子と衣玖はあくまでサポート。疲れた神奈子に体力を送ったり、天を弄る為の力を与えるのが役割だ。細かい作業は全て、神奈子が担当している。

「さて……諏訪子から馬鹿にされないよう、せいぜい頑張るとしますか」

 降り始めた雨足は、少しずつだが勢いを弱めていった。










 空の薄暗きことは、気分までも滅入らせる。
 燭台の炎が、ゆらゆらと狭い室内を照らしていた。小さな小屋の中には、幽香の紫の二人だけ。小傘とレミリアが忙しい中でも、律儀に傘の会合は開かれる。
 ただ、そこに会話らしき会話などない。集まったところで何をするわけでもなく、身体に習慣づいてしまったから来ただけのこと。朝起きて歯を磨くように、さして特別な意識を持っているわけではなかった。
 もしも此処に小傘とレミリアがいたならば、この薄暗き天候に片方ははしゃぎ、片方は溜息をつくのだろう。そこでまた紫とレミリアが論争を繰り広げ、幽香が呆れたように外を見るのだ。
 いつもの光景、いつもの時間。それが、こんな形で途切れてしまうとは思わなかった。
 次回ともなれば、小傘やレミリアも参加することだろう。今回だけが特別だと分かっているのに、心のどこかで寂しがっている自分がいる。
 小傘から貰った傘を回し、さして帰ろうかしらと心の中で呟いた。紫は退屈そうに欠伸を噛み殺し、虚空に浮かんだスキマの中を覗き込んでいる。推測だが、おそらくは小傘の作業を眺めているのだろう。

「気になるなら参加してくればいいじゃない」

 どうでも良さそうな口調で言い放ち、視線も合わさず傘をくるくると回す。さすがは名人とも呼ばれる葛籠屋又吉の作。握り心地ですら、そこらの量産品とは比べものにならないほど優れていた。

「もう作業は佳境ですもの。私が手伝うことなんて、まったく有りはしないのよ」
「そう」

 どちらとも興味がなく、会話はそれで終了した。紫はスキマを見続け、幽香は傘の手触りを楽しむ。長い長い沈黙が支配し、このままお開きになるかと思われた時だ。
 屋敷の外に、誰かがやってきた。足音はない。だとすれば空から来たことになるが、ここを知っている者は限られている。あるいは見ず知らずの妖怪が、珍しい小屋を見つけて入ろうとしているのか。その場合、大妖怪二人によって追い払われることになる。
 紫と幽香の視線が、修繕した後が新しい扉へと集中した。戸が開かれ、レミリアが小屋の中へと入ってくる。

「やっぱり、ちゃんと集まっていたようね」

 彼女のドレスは、端が少しだけ濡れていた。ここら辺は降っていないものの、あちらは降り始めているのだろう。吸血鬼にとって流れる水は天敵だというのに、よくやるものだと感心する。

「二人に話があるの。とてもとても、大事な話」
「面倒事なら御免よ。そこの妖怪ならいざ知らず、私は人間に協力する義理もないんだから」

 反論しようと紫は口を開くのだが、スキマで様子を見ていた手前、あまり強くは言えないのだろう。酸欠の魚を思わせるような動きをして、何も言わずに口元を扇で隠した。

「人間に協力するんじゃない。私達の……いえ、小傘の為に協力してちょうだい」

 レミリアの口調は力強い。だが、どうしても違和感があった。
 紫曰く、彼女達の計画は佳境を迎えているという。どうして、今になって幽香達の力を求めるのか。必要ならば最初から強く勧誘すればいいだけの話。勿論、どちらにせよ断ることに変わりはないが。

「誰の為であろうと、私は動かない。せっかく雨が降りそうなんだもの。花の手入れもしなくてはいけないしね」
「私も、雨の中で作業をする気にはなれないわね。そもそも、何で私達が必要なのよ。結界なら霊夢が上手くやってるし、協力するような事なんて無いと思うのだけど?」

 外の風が室内まで入り、蝋燭の炎を吹きそうと企む。幽香は窓を閉め、風の侵入を拒んだ。誰の仕業かは推測するまでもないが、この小屋は見た目とは裏腹に意外としっかりしている。風の入る隙間すらなく、そのくせ酸欠になることは無いという無敵っぷりだった。
 紫が参加してから、こういう現象が起こり始めたらしい。何とも不思議な話である。

「………………」

 静けさが戻ってきた小屋の中。レミリアは俯き、何も話そうとしない。
 言いにくいことなのか、はたまた何も考えていなかったのか。彼女はそこまで無知でもなければ愚かでもない。おそらくは前者なのだろうが、だとすれば何を話してくれるのか。
 幽香はただ、レミリアの言葉を待った。

「私の能力は知っているわよね?」
「当然でしょ」

 運命を操る程度の能力。これだけ聞けば最強の力にも思えるが、実態はそこまで便利なものでもない。いくら運命を操れる者がいても、それを打ち壊すだけの化け物が相手ならば何の意味も無いのだ。
 この小屋の中にだって、その化け物に類する妖怪が二人もいる。レミリアが本気で挑みかかってきても、軽くあしらわれるのが関の山だ。

「私は能力を使い、小傘の運命を見た。彼女は明日、土砂崩れに巻き込まれて死ぬ運命にあるのよ」

 回っていた傘が、ピタリと止まる。退屈そうに緩んでいた紫の目も、刀のように鋭く細いものへと変わった。

「運命に対抗するよう色々と策は打っているものの、どれも運命に打ち勝てるほどではない。聖輦船で雨を防いでも、土嚢を積み上げても、雨の量を減らしても、まだ私の中から胸騒ぎが消えないのよ」

 能力が能力なだけに、レミリアの不安や胸騒ぎは巫女の勘と同類である。予知夢に到っては、それはもう未来なのだと言い切っても良いほどだ。
 紫や幽香が対象ならば、何を馬鹿なと打ち壊してやってもいい。だが、小傘の運命となれば。彼女の小さな身体では対抗するのも難しいだろう。
 ならば、死ぬのか。彼女は明日、死んでしまうのか。

「だから頼むわ。あなた達の力を貸してちょうだい」

 矜持の高いレミリアが、自分達に頼んでいる。仮に自分がレミリアの立場にあったなら、絶対に頼み事なんてしないだろう。人に貸しを作るくらいなら、舌を噛みきって花の養分にでもなった方がマシだ。
 紫とて、それは同じことだろう。だから、レミリアがどれだけ切羽詰まっているのかが分かる。

「私は別に協力しても良いわよ」

 先程から羨ましげにスキマを覗いていた紫のことだ。その答えは最初から予想していた。

「ただ、今回ばかりはスキマで片づけるわけにもいかないわ。大岩ほどでないにしろ、一応は妖怪の山から流れ出すもの。スキマの中に流し込めば、何が起こるのか分かったもんじゃない。まぁ、結界なら対抗できるかもしれないから霊夢達の判断は正しいと思うけれど」

 顔を綻ばせるレミリア。かつての威厳ある彼女は姿を消し、ただの少女がそこにいるようだ。自分も、こんな笑顔を浮かべられる日がくるのだろうか。
 想像しただけで鳥肌が立つ。あんな自分、絶対に御免だ。

「ただ、私だけじゃ厳しいのは間違いないわよ。せめて、あと一人。同じぐらい強い妖怪が協力してくれるなら、いざという時に何とかなるのだけど」

 紫の視線が、レミリアの視線が、幽香の身体に突き刺さる。懇願するような想いが込められた視線に、思わず顔が不快に歪んだ。

「私は嫌よ。生憎と、そういう気分じゃないんですもの」

 口ではそう言うが、実際の所はただの意固地に過ぎない。どれほどの大妖怪だって、機嫌を損ねればただの我が儘娘。最初から協力しないという立場を貫いてきただけに、今更変えることなんて出来ないのだ。
 レミリアは口を尖らせ、幽香を叱責する。それがますます、自分の心を動かさないのだと知らずに。

「あなた、あの子を助けたいと想わないの? そんな気分だけで決めて良いことではないでしょ!」
「五月蠅いわね。大体、いつも気分で動いていたのはあなたの方じゃない。それを今更、できもしないことを他人に求めるなんて都合が良すぎるわよ」
「私の事は関係ない。あなたに訊いてるの。小傘を助けてくれるの? それとも助けてくれないの?」

 いやらしい訊き方だ。見捨てるなんて選択肢、それが知り合いであるならば選びたがる奴なんていない。幽香はしばしの熟考の果てに、一つの結論を導き出した。

「あの子を助ける義理なんて、どこにあるのかしら?」

 レミリアは何も言わなかった。ただ黙って俯きながら、小屋の外へと出て行った。
 怒鳴ってくれれば、自分の気も幾分かは晴れただろうに。沈黙が一番辛いのだと、身をもって教えてくれた。

「馬鹿ね」

 幽香の胸の内を、紫は把握しているのだろう。それが腹立たしく、彼女に殺意の籠もった視線を向ける。まるで不器用な自分に対する怒りを、紫にぶつけるかのように。

「気になるなら参加すればいいじゃない」

 いつぞやの花畑の仕返しか。先程と全く同じ言葉を返された。
 理性がなければ、今頃は殴りかかっている頃だろう。傘を握る手に力が入り、柄の部分が悲鳴をあげる。慌てて力を緩め、名人の作は死を免れた。

「そういう問題じゃ……ないわよ」
「じゃあどういう問題?」

 何か障害があるわけではない。ただ幽香が素直に頷けば、全ては丸く収まるだけの話。意固地さえ張らなければ、こんなものは問題ですらないのだ。それが分かっていても、どうしようもないから意固地と言われるのだ。

「あの子の命が掛かっているのよ。もう一度、冷静になってよく考えてみるといいわ。自分にとって、どれだけ多々良小傘という妖怪が大切なのか。そして……」

 ゆっくりと、紫が傘を指さした。幽香の持っている、小傘から貰った傘を。

「その傘は誰に貰ったのか。答えを決めたのなら、進むべき道は自ずと分かるでしょう」

 こういう賢者ぶった態度をとる奴が、幽香は何よりも嫌いだった。剣呑な態度で追い払い、ふと、紫も小傘から貰った傘を持っているのだと気がつく。そういえば、これは傘の会合のトレードマークにするんだと言っていた。
 だから名前が書かれており、あの時は苦虫を噛みつぶしたような顔で呆れかえったものである。

「あの子がどれだけ大切か、ですって」

 誰もいなくなった小屋の中。ここならば呟きが漏れることはない。
 貰った傘を握りしめ、幽香は奥歯を噛みしめた。
 いないだけで寂しく思ってしまう相手を、大切でないと言う馬鹿がいるものか。
 大切に決まっている。だから本当は駆けつけたいのに、くだらない矜持が邪魔をする。
 レミリアは運命にも、己の矜持にも打ち勝った。今の彼女ならば何物にも囚われることなく、自由に好きなことが出来るだろう。でも、自分は違う。大妖怪だと畏れられながら、その実は籠に囚われた小鳥のように儚いもの。
 矜持という檻が、風見幽香を籠の中の鳥にしていたのだ。
 せめて鍵さえあれば。籠を開けて飛び立つことができるのに。
 レミリアの籠を開いた鍵という名の切っ掛けは、一体何だったのだろう。ふと、そんな考えが頭をよぎった。
 そして、紫の言葉を思い出す。

「あの子から、貰った傘……」

 今となっては、すっかり手放せなくなった物。かつて使っていた傘は、家の奥で眠っている。それを寂しく思ったことはあるけれど、せっかくのもらい物だ。いくら恥ずかしかろうと、これだけは手放す気になれない。
 名前入りの傘をさすなんて、大妖怪としての矜持が許さないはずなのに。
 薄汚い椅子に腰を降ろす。風もないのに蝋燭の炎は掻き消え、小屋の中に暗闇が訪れた。
 幽香の心中と同じように。










 夜も更けた妖怪の山に、切羽詰まった怒号が飛び交う。

「篝火の蒔を絶やさないで! ただし社の付近は河童が持ってきた照明を使うこと! 燃え移ったら事ですもの!」

 つい先刻、長きに渡る屋根の工事が終了を迎えた。全長が一キロメートルは優にあろうかという半円形の屋根は、今や遅しと土砂崩れの到来を待ちわびている。完成の余韻に浸るまでもなく、にとり達はすぐさま社を建てるべき位置を探った。
 諏訪子の回復はぎりぎり間に合い、朦朧とする意識の中でもしっかりと候補地をはじき出す。示されたポイントは中央部よりもやや人間の里寄りで、当初決めていた場所よりもかなりずれていた。
 あのまま無理をして中央部へ建てていたら、今頃は大変な事になっていただろう。神奈子達が冷静な判断をしてくれたこと、それに今更ながら感謝の念を送っておく。
 すぐさまにとりは河童達を引き連れ、社の建築に当たった。夜通しで作業は行われ、明日の明け方には勧請できるようにすると河童達は言い切る。

「神奈子達の試算でも、明け方に土砂崩れが起きると言っていたわ。霊夢、かなり危ない橋を渡らせることになるけど……」
「この橋、渡るべからずってこと? 大丈夫よ、飛べばいいんだから」

 霊夢に関しては、心配は杞憂で終わるかもしれない。なにせ紫達と同じぐらいの力を持っているのだから、いざとなっても平気な顔をして対処しているだろう。さすがに、それは言い過ぎかもしれないが。
 少なくとも、小傘よりかは安心できる。

「ナズーリン」

 作業現場を俯瞰するような位置で、作業の手助けをするレミリア。傍らにいたのは霊夢だけでなく、ナズーリンもまた控えていた。

「小傘のこと、お願いね」
「ああ、分かっているよ」

 レミリアは知っていた。小傘という妖怪は、たとえ自分が死ぬだと分かっていても、いざという時に突っ込んでしまう妖怪なのだと。だから誰かが側にいて、彼女を止めなくてはならない。
 最後の最後まで、レミリアは此処を動くことはできなかった。責任者ともあろうものが、作業員達を放り投げて逃げ出すわけにもいかない。だから小傘を見張ることができず、仕方なくナズーリンにその任務を受け渡した。

「私としても相談相手がいなくなると色々困るからね。責任を持って、彼女を見張らせてもらうよ」
「悪いわね。あなたも、聖輦船の連中の手助けをしたかったんでしょうけど」

 空を見上げ、ナズーリンは笑った。神奈子達のおかげで弱まった雨足は、聖輦船の船体によって完全に防がれている。さすがに一キロメートル全てを覆い隠すことはできないものの、社付近では全く雨が降っていなかった。

「私がいなくても、ご主人様達は完璧にやっているよ。心配ないさ」

 断言するナズーリンの顔は、どこか誇らしげに見えた。部下からこれほど慕われているとは、寅丸星という上司に嫉妬を覚えたくなる。
 咲夜や美鈴は、これほど自分を慕ってくれているのか。訊くのも恥ずかしいし、答えによっては立ち直れなくなりそうだ。
 地上では咲夜と美鈴が主導となって、土嚢を積み重ねていっている。自分の我が儘でこうまで働いてくれているのだから、きっと慕ってくれているのだろう。そういうことにして、レミリアは微かに笑った。
 小傘がもうすぐ死ぬかもしれない。全ての努力が無駄に終わるかもしれない。
 だけど。

「この一体感、嫌いじゃないわね」











 自分の運命など、本来は全く分からないもの。だから何も知らない小傘だったら、間違いなく土砂崩れに挑んでいただろう。もしも、作業が間に合わなければの話だが。
 冷静に考えれば、そんな事に何の意味もない。
 小傘一人で立ち向かったところで、土砂崩れを食い止められるわけでないのだ。
 作業現場から少し離れた丘の上。救急用のテントや、仮眠用の小屋が軒を連ねている。現場では雨を食い止めているものの、肌寒さはどうする事もできなかった。寒さに打ち震えた妖怪達は、ここまで戻ってきて早苗達の温かい料理で心も身体も休め、また現場へと出て行くのだ。
 レミリアの提案で、小傘はこちらの手伝いに回された。当然、その真意は分かっている。小傘を現場から遠ざけたいのだ。
 本当は紅魔館で働かせたかったのだろうけど、さすがにそれは小傘が嫌がった。この計画の最後がどんな形であれ、自分の目で見届けたい。発端から付きあってきたレミリアには、その気持ちが痛いほど分かった。だから、妥協して此処で働くこととなったのだ。
 巨大な鍋をかき回し、味噌汁が温まるのを待つ。腕の骨はすっかり元通りに完治し、今では大きなしゃもじでかき回せるぐらいにまでなっていた。

「あーうー」
「まったくもう、無理するから倒れるのよ。大体、神様に効く薬なんて特別な材料と長い時間をかけないと作れないのよ」

 呆れ半分、怒り半分の永琳のお小言に、諏訪子は申し訳なさそうな顔で布団をかぶった。

「仕方ないじゃん。私じゃなかったら、社を建てる位置がわからないんだから」
「まぁ、それはそうだけどね。雛、彼女の面倒はあなたに任せるわ」
「ええ、了解したわ」

 数日前から医療班に加わった鍵山雛。薬だけでは治療できない厄の回収に当たり、作業現場での事故は目に見えて減ったという。

「よくもまぁ、ここまで疲労を溜め込んだものね。神様だって、身体を酷使すれば姿が保てなくなるのよ」
「知ってるよ。知ってるけど、それでもやらなくちゃいけなかった」

 皆も口々では戒めるものの、諏訪子の功績を認めていないわけではなかった。彼女がいなければ、今回の計画は全く成立していないだろう。
 だからといって無茶をしていいわけでもなく、ついつい咎めるような言葉が口から出てしまう。同じ神なのだから、その思いは永琳よりも強いはず。諏訪子を見つめる雛の目には、複雑な感情が渦巻いていた。

「小傘さん、お味噌汁の方は準備出来ましたか?」
「あ、うん、もうすぐ出来るよ!」

 早苗からの催促に、慌てて意識を味噌汁に戻す。濛々と湯気が立ちこめ、そろそろ完成へと近づいてきた。

「悪いんだけど、一杯ほど貰えるかしら?」
「いいですよ……はい、どうぞ」

 巨大なしゃもじに代わり、普通のお玉で味噌汁をすくう。側においてあったお椀を手に取り、温かい味噌汁をそそぎこんだ。

「悪いわね、本当」

 そう言って、永琳はお椀に口をつける。思えば、彼女はずっと働きづめだった。下手をすれば、それこそにとりや諏訪子以上の時間を労働に費やしているのかもしれない。蓬莱人だから過労死することはなくても、疲れて倒れることはあるはずなのに。
 心配そうな視線を向けられ、永琳は苦笑を返す。

「これぐらい、どうってことないわよ。もっと苦しい経験だって、山のようにしてきたんだから」
「そうそう。だからもっと酷使してあげてもいいのよ」
「姫様!」

 横からひょいと現れて、永琳の肩に顎を置く輝夜。鼻がひくひくと動き、手の中にある味噌汁へ興味深そうな視線を向ける。

「どうしたんですか、こんな所に。書類仕事なら、まだ沢山あったはずです」
「んー、そうなんだけど閻魔が残りは全てやってあげるって言うのよ。最後の瞬間を、その目で見てきたらどうですかって。なかなか粋なことをしてくれるわね、あの閻魔も」

 内心では、輝夜もこちらの様子が気になっていたのか。そうでなければ、映姫の申し出を受けるはずもない。
 永琳はこめかみを揉みほぐし、持っていた味噌汁を飲み干した。

「まぁ、それもいいでしょう。姫様にしては珍しく、かなり働いていられたようですから」
「どこかの誰かさんが外に出してくれるのなら、これぐらいは余裕でこなすんだけどね」
「おや、閻魔が来るまで四苦八苦だった方はどこの誰でしょう?」

 湯気で温かいはずのテントの下が、徐々に寒さを増していく。

「ほら、あなた達。そんな所に突っ立ってたら駄目じゃない。小傘の邪魔でしょ」

 牽制しあう二人の間に割って入ったのは、警備に大忙しの藤原妹紅だった。これから土砂崩れが起こるにあたり、絶対に人が入ってこないよう四方八方を警備している。その責任者が妹紅であり、その顔には疲労の色が濃く出ている。

「八意殿。あちらで患者が待っていたぞ」
「あら、それはまずいわね。それじゃあ、姫。ちょっと手伝って貰いましょうか」
「えー、私も味噌汁を飲みたいんだけど……」
「きりの良いところで好きなだけ飲ませてあげます。ほら、行きますよ」
「はいはい」

 従者が主を引き連れて、医療用のテントへと戻っていく。

「慧音先生もこっちに来たんですか?」
「ああ、私も輝夜と同じでな。最後をこの目で見に来たんだ。だが、ただ待っているだけじゃ座りが悪いんで妹紅の手伝いをしているがね」

 道理で、慧音の顔も疲れていると思った。小傘は二人にも味噌汁を振るまい、冷え切った身体を温めて貰う。
 そして早苗に味噌汁が完成したことを告げ、今度は一人一人に振る舞うのだった。
 こちらの仕事もやり甲斐があり、回してくれたレミリアに感謝したい気持ちもある。だけどやっぱり、心のどこかでは土砂崩れのことが気になっていた。
 運命は自分の死を告げている。それでもきっと、最後の最後まで自分には何か出来ることがあるはずだ。
 そう思う小傘のポケットの中には、沢山のスペルカードが仕舞い込まれていた。










 明け方のこと。平素なら日の入りで仄かに明るい幻想郷も、雲で覆われていては朝なのか夜なのかすら判別がつかない。
 山の方は更に暗く、上空の聖輦船では雨に打たれながら船員達が作業に追われている。少し離れた小屋の中から、紫はその様子をスキマで見ていた。小傘にはああ言ったものの、今のところ自分が出来ることなど殆どない。
 天気の境界を弄って、雨を止ませることならば可能だ。ただ、あの一帯は人間の手によって強引に天気を操作されている。そこに神が更に手を加え、その上で紫までもが弄ろうとしたら、後々にどんな後遺症が残るのか分かったものではない。雨を止ませるわけにもいかず、さりとて土嚢を積む手伝いをするのも嫌だ。
 土砂崩れが起きないよう境界を弄ったところで、せいぜいが前兆を抑える程度のこと。起きるか起きないのか曖昧であれば、まだ能力で弄ることもできたろうに。運命で起きると断言されてしまえば、そこに下手な境界など生じない。だからこそ、レミリア達も土砂崩れを防ぐのではなく、土砂崩れから川を守る為に努力しているのだ。
 小屋の中には、燃え尽きた蝋燭が置いてあった。しかし、幽香の姿はない。
 自分以上に意地っ張りで、レミリア以上に矜持への拘りを見せる彼女。葛藤の末に選んだ答えは、なるほど確かに彼女らしい。
 大妖怪ともなれば、精神体の塊のようなもの。だからこそ人一倍に、心を守ろうとする本能が強いのだ。揃いも揃って矜持が高いのは、そういう理由があるからなのだろう。少なくとも、自分はそこまで高くないと思っている。
 ただ周りからすれば、紫も幽香も大差ないように見えるらしい。失礼な話だ。
 紫は臨機応変に動き、時には矜持すら捨てることだってあるのというのに。もっとも、それはあくまで目的がある場合の話。意味もなく矜持を捨てるだなんて、さすがにそんな馬鹿げた真似をする気にはなれなかった。

「幽香にとってこれは、馬鹿げた真似だったようね」

 紫のことも、レミリアのことも、さほど好いてはいないように思えた。ただ、小傘にだけは心を開きかけていたと思っていたのだが。どうやら、自分の目をいつのまにか衰えていたらしい。
 時間の流れだけは、どれだけ強くなっても逆らうことができないのか。空しさを覚え、手の中の傘を握りしめた。
 小傘から貰ったプレゼント。象徴になって欲しいと、それぞれの名前が書き込まれている。なんとも、可愛らしい発想ではないか。
 目を瞑り、柄の感触を楽しむ。名人の作だから重宝しているわけではない。贈った物の気持ちが籠もっているからこそ、こうして大事に扱っているのだ。
 そして、傘を開く音がする。

「鍵は最初から、私の手の中にあったわ」

 目を開ける。小屋の戸は開け放たれ、向こう側には自分と同じ傘がこちらを向いていた。ただ違うことがあるとすれば、傘に書かれた名前だけ。
 風見幽香の文字の向こう、耳慣れた大妖怪の声が聞こえてきた。

「風見幽香は貸しを作らない。この傘のお礼、まだしてなかったわよね」

 意地っ張りな彼女には、切っ掛けという名の鍵が必要だった。どうやら、それをようやく見つけたらしい。
 本当に、不器用で見栄っ張りな妖怪だこと。
 ばれないように微笑んで、彼女の顔を見ないように外へ出た。山から流れてくる空気が、昨日までのものとは明らかに違う。
 スキマを使って見るまでもない。もうすぐ土砂崩れが起こるのだ。

「準備は万端かしら、風見幽香?」
「誰にものを言ってるのかしら、八雲紫?」

 見せつけるように開いた傘を、山に向かって指し示す。

「この傘以外に、準備するものがあるのかしら?」

 運命を見る能力なんて無い。だけどはっきり、運命が壊れる音を聞いた。










 時は迫る。作業は進む。
 聖輦船でもカバーしきれなくなった雨が、現場の大地を叩きつけた。小傘から貰った傘をさしながら、レミリアは最後の最後まで激を飛ばしている。
 吸血鬼にとって流れる水は厳禁。正直、今にも倒れたくなるほど頭が痛くて身体は重い。だけど、ここで膝を屈することはできない。例え役立たずだったとしても、せめて最後の瞬間ぐらいはこの目で見ておきたいのだ。

「こっちはもう限界よ!」

 雨を抑えていた天子から、悲鳴のような怒声が聞こえる。昨日の夜から頑張ってくれていたが、さすがにもう気力も体力も終わりが近づいているらしい。
 朦朧とするレミリアに出来ることと言えば、撤退の指示を出すことだけだ。見極めなくてはならない。例え失敗に終わったとしても、多くの命を散らせるわけにはいかない。これ以上は不可能だというところで、計画が中止になっても作業員達を避難させる義務があった。
 土嚢を積んでいた連中は、既に医療班のテントまで待避して貰っている。ここに残っているのは、にとりと諏訪子率いる社の建築組。そして神奈子達に、レミリアと霊夢。
 咲夜や美鈴も一緒に居たいと願っていたが、既にあの二人も限界だ。今頃はテントに用意された布団の中で、ゆっくりと体力を回復させていることだろう。

「社が出来しだい、すぐさま勧請に向かうわ。さすがに時間短縮はできないけど、ギリギリまで粘ってみせる」
「駄目よ。あなたは人間なんだから、危ないと思ったら容赦なく撤退させるわ」

 呆れたように肩をすくめ、霊夢の指がレミリアの額をつま弾いた。赤くなった額を押さえ、雨ではない水滴が目尻から零れる。

「な、なにすんのよっ!」
「往生際が悪いわよ、レミリア」
「それはあんたでしょ!」

 玉串を肩に抱えて、霊夢は言った。

「最後までやらせなさいよ。楽しんでるのは、何もあんただけじゃないのよ」

 てっきり、霊夢は嫌々やっているものだと思っていた。誘った時も、図書館に居た時も、いつだって霊夢は退屈そうに欠伸を噛み殺していたのだ。
 それが今では、子供のように目を輝かせている。あるいは魔理沙と見間違えたのかと思うぐらい、博麗霊夢が少女のように見えた。

「最初は何となくやってただったけど、今となっては成功させたいって思うようになったのよ。早苗の話で学園祭っていうお祭りの話を聞いて、何でそんなに夢中になれるのかって不思議に思ってたけど」

 子供のような笑顔が、霊夢の顔にはあった。

「今なら、その気持ちも分かる気がするわ」

 ならばもう、何も言うまいて。

「任せたわよ、霊夢」
「ええ、任せなさいって」

 ただ、どうしても危なくなれば嫌だと言っても救出に向かうだろう。博麗霊夢はこんな所で命を落として良い人間ではない。

「作業完了! 霊夢!」
「分かった! いま行くわ!」

 にとり達の合図と共に、霊夢は社へと飛んでいく。儀式と言っても、それほど時間が掛かるわけではない。十分もあれば、何とか勧請は終わるのだと霊夢は言っていた。
 撤収する河童や諏訪子達を尻目に、レミリアの視線は神奈子達の方へと向かう。

「神奈子!」
「黙ってな! 集中力が途切れる!」

 天子の叫びが、段々と切羽詰まったものに変わっている。神奈子は気丈な返事を返すのだが、明らかにその顔は限界を超えていた。衣玖は朝方にとうとう倒れ、医療班のテントに運ばれている。
 そう考えたら、あの天人が一番優秀なのかもしれない。まだまだ叫ぶ余裕があるのだから。

「レミリア! すまないが、これ以上は聖輦船が保たない! 一端、離れさせて貰う!」

 上空から聞こえるナズーリンの報告は、状況がより一層厳しくなることを告げている。これで神奈子が力尽きれば、一気に大雨が山を襲う。
 地下への入り口にも蓋がされ、妖怪達は結末を見守る為に地上へと上がってきていた。

「ぐっ……!」

 神奈子の顔色が苦痛に歪む。苛立たしげに頭を掻いた天子も、もう止めようとはしない。
 諦めて神奈子を後ろから支え、しっかりなさいと激を飛ばした。
 せめてもう少し、あともう少しあれば。
 その願いを打ち砕いたのは、予定よりも早かった地響きの音。
 山の上から聞こえてくる、全てを打ち壊す土砂の音。

「そんな!? だってまだ雨は!」

 見落としていた点があるとすれば、山は乾燥していたということ。だから普通の山よりも、土砂崩れが起きる臨界点が低かったのだ。
 全てを薙ぎ払う土砂の本流が、一気に麓まで押し寄せようとしていた。さすがの神奈子もこれには動揺し、雨の量も更に増す。

「ああもう! 撤退するわよ!」

 呆然とする神奈子を背負い、天子は空へと飛び立った。あちらは大丈夫。
 問題は霊夢の方だ。

「霊夢!」

 大雨がレミリアの声を打ち消す。社の前で儀式をしている霊夢にだって、地響きの音は聞こえているはずなのに。
 歯がみしながら、社に向かって飛びだそうとした時のこと。
 上空を何かが飛んでいき、土砂崩れの方へと向かっているのを見た。
 見慣れた衣装に身を包む彼女は、

「小傘!」

 土砂崩れに負け、死ぬ運命を背負った一匹の妖怪だった。










 恐れていていた音だった。
 妖怪の山は高く、その姿はまだ見えない。だが、その音が何を意味しているのか。テントにいた全員が理解していた。

「小傘!」

 気が付けば、多々良小傘は飛びだしていた。スペルカードを握りしめて、土砂崩れに挑むように。
 ナズーリンの制止を振り切り、レミリアの頭上を飛び超した。
 霊夢はまだ勧請を諦めていない。だったら、自分もまだ諦めてはいけないのだ。
 握りしめたスペルカードで対抗できるのか。分からないけど、やってみなければ答えは出ない。
 運命は自分の死を告げていた。だけど、それでも戦わなくてはならない瞬間というのは確かにあるのだ。
 今がそれ。自分が死ぬのだと言われていても、小傘は引き下がるつもりもなかった。
 土砂崩れの迫力は、これまで感じたあらゆる恐怖にも勝っている。天狗達に囲まれた時も、ならず者の男に腕の骨を折られた時も。これほど怯えることはなかった。
 出来ることなら、今すぐにでも逃げ出したい。理性も本能も、身体も後ろへと引っ張っている。
 だけど小傘の中の何かが、その二つを引き留めていた。
 もしもレミリアが心の中を覗けるのだとすれば、こう呼んでいただろう。
 プライドと。

「まったく、こうなるんじゃないかと思っていたわよ」
「レミリア!」

 小傘の隣に並ぶのは、雨に打たれて今にも倒れそうな顔色の吸血鬼。余裕綽々だと笑っているものの、彼女の身体のどこからも余裕は伝わってこなかった。

「霊夢も小傘も、どうして言うことを聞いてくれないのかしらね。もう、いいわ。こうなったら、私も土砂崩れを止めてやるわよ!」

 呆れは怒りに変わり、麓へと進撃してくる土砂崩れを睨み付けた。

「そうよ! 大体、運命にも屈さないと誓っておきながら土砂崩れからは逃げるだなんて私の矜持が許さないわ! 吸血鬼をなめんじゃないわよ! 小傘!」
「うん! からかさお化けもなめるなよ!」
「スペルカードで押し戻してやるわ!」

 二人はスペルカードを取り出し、土砂に向かって突きつけた。

「置き傘特急ナイトカーニバル!」
「スカーレットデビル!」

 大地に突きささった巨大な十字架と、銃弾のように飛んでいく弾幕。しかし小傘の力では止めるに及ばず、レミリアは雨のせいで弱っている。
 到底、土砂の勢いを落とすことはできなかった。
 運命とはかくも強く、二人だけでは太刀打ちできない。
 我が物顔で押し迫る土砂崩れに、思わず小傘は目を背けた。

「駄目よ、小傘。最後の最後までちゃんと見届けないと。せっかく、素敵なお姉さんが手助けにきてくれたんだから」
「戯言はそのぐらいにしておきなさい。それよりも、小傘。これで傘を貰った件に関して貸し借り無しよ」

 土砂崩れを阻むように、大地に巨大な結界が張られる。
 そして大きなレーザーが、土砂の流れを押し戻していた。
 レミリアの隣に並ぶ紫。小傘の隣に並ぶ幽香。
 それぞれ小傘から貰った傘を手にして、荒れ狂う土砂崩れと睨み合っている。

「幽香! それに紫も!」

 驚いたレミリアの声を意に介さず、幽香は無言でレーザーを放ち続ける。代わりに紫が口を開いた。

「会合の仲間が頑張ってるんですもの。私達だけが何もしないなんて、そんなの不義理じゃない。ねえ」
「私は単に貸しを作るのが嫌だっただけよ。ほら、驚いてないであなた達も手伝いなさい」
「え、ええ」

 戸惑ったままのレミリアが、驚きを隠せぬまま再びスペルカードを発動させた。
 幽香の隣に並んでいた小傘は、顔を見せない彼女に笑顔を向けていた。

「ありがとう、幽香」
「……お礼なら、紫に言うべきでしょ。私は別にあなたを助けたかったわけじゃないんだから」

 例えそれが本心だったとしても、小傘はお礼を言っただろう。
 だって、心の底から嬉しかったのだから。
 紫、レミリア、小傘、幽香。
 それぞれの文字が書かれた傘が、土砂崩れに向かって突き出されている。四人が一つになって立ち向かうように。
 小傘の傘は、土砂崩れにも負けていなかった。

「終わったわよ!」

 土砂の音に混じり、霊夢の声が聞こえてきた。さすがに四人が集まっても、土砂を根本から防ぐことは出来ない。

「仕方ないわね、撤退するわよ」

 悔しげにレミリアは呟き、四人も霊夢と共にナズーリンが待つテントへと戻っていった。土砂は容赦なく麓に流れ、コンクリートで守られた屋根の上を通り過ぎていく。
 強まった雨は、土砂の勢いを更に強めていた。諏訪子達が想像していたよりも、土砂の量は遙かに多かったのだ。

「まずい……かもね」

 諏訪子が、そう呟いた。
 固唾を呑んで見守る一堂に、重く沈痛な空気が漂う。出来る限りのことはしたつもりだ。だけど、それでもどうしようがない事というのは確かに存在している。
 もしも、今回の計画がそれだとしたら。
 もしも、どうにもならない事だったとしたら。
 誰も口を開かない暗い雰囲気の中で、ただ一人だけそれを笑いとばす者がいた。
 誰よりも真っ先に運命へ膝をつき、屈したはずの吸血鬼。
 レミリア・スカーレットが笑っていた。

「どいつもこいつも情けないわね。自分の腕を信じることも出来ないのだから」

 敢えて挑発するような口調で、レミリアはそのまま言葉を続ける。

「あなた達は実力以上の力を発揮してくれた。それはこの私が保証するわ。だったら、当然結果だって付いてくるに決まってるじゃない」

 自信満々に言い放つ彼女に、異論を唱える者はいない。

「妖怪、人間、魔法使い。果ては神様から妖精までいるのよ。これだけの面子が揃っていながら、運命みたいなガラス細工に負けるわけがない。違う?」
「まぁ、確かにそうかもね。ああ、いかんいかん。神様も疲労したらネガティブになってしまうみたいだな」
「最も優れた交渉とは、事前に全てを終わらせておくもの。私達は全てを完璧に終わらせていた。ならば、後はただ良い結果が出るのを待つだけだね」
「私と諏訪子の設計は完璧だよ! 土砂崩れなんかに負けるわけはない!」
「大岩だって簡単に破壊できたんですもの。土砂崩れぐらい、どうってことないわよね」
「天人が関わった計画に、失敗の二文字があるわけないわよ」

 黙っていた面々が、今度は一斉に喋りだした。しかし先程までとは違い、その言葉には溢れんばかりの自信があった。

「あら、霊夢は平気な顔してるわね。不安じゃなかったの?」
「上手くいくと思っていたし、勧請だってちゃんと終わるって分かってたわ」
「どうして?」

 紫の疑問に、全てを保証できる究極の一言が発せられる。

「巫女の勘よ」

 それぞれに自信があり、巫女のお墨付きも貰えた。
 レミリアの目蓋の裏には、ちゃんと水が流れて喜ぶ妖怪達の姿がある。
 それは願望か、それとも自分の運命なのか。
 どちらにせよ、同じ事だ。
 計画は成功しているのだから。







 ☆ ★ ☆







 トンネルのようなコンクリートと地面が合わさった構造物。その中から水が流れてきた時の喝采を、小傘は一生忘れることができないだろう。
 三日も経てば泥臭かった水も澄み、川の底まで見えるようになっている。もう少ししたら結界を解除し、後は自然界に全てを委ねることとなろう。
 紅魔館では連日連夜の大宴会が催され、鬼が酔いつぶれるほどの酒と料理が振る舞われていた。厨房はかつてない忙しさに追われ、幽々子も妖夢が感心するほどの働きぶりを見せていたという。
 しかし各々の顔に不満の色はなく、心から満足しているような顔で労働に汗を流していた。

「誰ぞ、この伊吹萃香と飲み比べをする強者はいないかー!」
「守矢の軍神、八坂神奈子。鬼が相手だろうと容赦しないよ!」

 ホールだけでは収まらず、庭にも人や妖があふれ出している。館内は料理を食べる者達で埋まり、庭では酒を飲みたがる連中が集まっていた。萃香と神奈子の飲み比べが始まり、庭が一気に活気づく。

「神奈子ー! 負けたら容赦しないわよ!」
「鬼の意地を見せてやれ! 萃香!」

 天子と勇儀の応援が、二人の飲酒量を更に加速させた。常人なら致死に到りそうな量なれど、片方は神様。片方は鬼だ。むしろ、これからが本番といったところだろう。
 既にかなりのお酒が回ってしまった衣玖も、止めずに二人を煽っている。

「長き時を過ごしてきましたが、あの時ほど感動した瞬間はありません! そうでしょう、星?」
「ああ、そうですね。そうですけど、聖。もう少しお酒は控えようか」

 庭の片隅では、一升瓶を抱えた聖が大号泣しながら星にしがみついている。一輪や村紗も、心配そうにそれを見ていた。

「人間がやるのなら、それは当たり前のことでしょう。自らの里を守ることに繋がるのですから。しかし、あれだけ妖怪が人間の為に動いたことなんて、かつてあったでしょうか? 私は、そんな光景が見られただけで満足です。むー、星、聞いてますか?」
「正直、私も驚いていますよ。人間の為かどうかは疑わしいところだけど、結果として助けてあげたのは事実ですから」
「ですよね、えへへ」

 少女のようにはにかむ聖。星は思わず顔を赤らめ、一輪と村紗のテンションも上がっていた。

「船長! 何故カメラを持ってこなかった!」
「知っていれば! 知っていれば持ってきたよ!」

 一方では、酒の匂いが溢れた庭で討論を行う者達もいる。にとりの発言に、諏訪子は真っ向からくってかかった。

「結果としては上手くいったよ。だけどね、やっぱり私の予想通り一キロは長すぎた。もうちょっと短くすることだって出来たはずだよ!」
「それは結果論だよ。あれはあくまで保険みたいなもので、もしもの時の為に確保しておいた推定の距離なんだから」
「あれ、河童は自分の試算に自信が無かったんだ?」
「あったよ! あったけど、例外ってのは何事にもあるじゃないさ!」
「だからって100メートルもの保険は長すぎだよ! 半分で良かったじゃないか!」

 酒も入っているせいか、二人の語気も次第に荒くなっていく。間違いなく後で、弾幕ごっこに発展するだろう。その時は酒の良い肴になり、また庭が活気づいていくのだ。










 盛り上がりという意味では、ホールの方も負けてはいない。酒だけで満足できるのは一部の者達だけ。多くは料理で腹を満たしてから、庭へと行って酒を飲むのだ。それにワインなどの西洋酒はホールに用意されており、そちらを好む者達は留まって静かに酒の味を楽しんでいた。

「魔理沙は庭の方へ行くと思ってたけど?」
「ああ、さっきまでそうだったんだけどな。さすがにちょっと疲れたぜ」

 アリスの言葉に苦笑しながら、ついで隣のパチュリーへ視線を移す。病弱なのに無理をしたせいか、それとも酒が回ったのか。可愛らしい寝息を立てながら、魔理沙にもたれかかっていた。

「それ、いい加減何とかしたら?」
「お前できるのか?」
「……それもそうね」

 魔理沙の苦笑か伝染したらしく、アリスもおなじ表情を浮かべてグラスに入ったお酒を飲み干す。

「お燐! 負けてるよ負けてるよ!」
「お空! 喋る暇があったら食べるんだよ!」
「チ、チルノちゃん……無理は禁物だよ」
「駄目よ、大ちゃん。妖精にはね、退けない戦いってもんがあるのよ!」
「そー、むぐむぐ、なの、はむはむ、かー」
「食べながら喋るの止めなよ、ルーミア」
「妬ましい妬ましい……あれだけ食べられる妖精共が妬ましいわ」
「あんたも充分食べてるじゃん」

 何が切っ掛けで勃発したのか、チルノ率いる妖精+妖怪連合と、お燐率いる地下の妖怪連合が激しい大食い合戦を始めている。大妖精やリグル、ヤマメといった面々は冷静にそれを観察しているだけなのだが、そのほかの面子は対抗意識を燃やしながら次々と料理を胃袋へと運んでいる。

「せっかくの料理なんだから、味を楽しまないと損でしょうに。ねぇ?」
「だね」

 レティとキスメはゆったりと味を確かめるように味わい、どこにあった料理が美味しかったなどと意見交換に勤しんでいる。
 食事も酒にも手を付けず、場の雰囲気を楽しんでいるのは永遠亭の御一行。といっても、てゐは庭へ繰り出し、ウドンゲは美鈴や咲夜と共に給仕の手伝いをしているから実質は永琳と輝夜の二人だけなのだが。
 食べるものも食べたし、飲むものも飲んだ。ただ空気だけは味わいたりないと、まったり時を過ごしている。

「こんな時間も、たまには悪くないわね」
「ええ、まったくです」

 壁側に置かれた椅子に座り、ホールの光景を眺め続ける。

「ああ、こんな所にいたのですか。探しましたよ、蓬莱山輝夜」
「あら、閻魔様。私に何か用ですか?」

 小町を引き連れて現れた映姫は、真剣な表情で輝夜に言った。

「あなたの働きぶりは、間近でとくと見させて貰いました。さすがは長い時を生きてきただけのことはある。そこでものは相談なのですが、私の補佐をしてはくれませんか?」

 予想だにしなかった勧誘に驚きつつも、返事はすぐだった。

「ありがたい申し出ですけど、お断りさせて貰います。私は今の時間をもっと大切にしたいので」
「そうですか。小悪魔にも打診してみたんですが、断れてしまいましたし。当分は、私一人で頑張るしかありませんね……」
「あの、四季様? 補佐ならあたいがいますけど?」

 じっとりとした視線を向け、呆れたように言い放つ。

「頻繁にサボる補佐などいりません」

 一刀両断に言い切って、映姫はお辞儀をして輪の中へと戻っていった。慌てて小町も後を追う。

「もったいないことをしたわね、輝夜。どうせ暇人なんだから、受ければ良かったのに」
「何だったら私が推薦してあげましょうか。私よりも相応しくて、過労させても死なない猪がいますわよって」

 いきなりの皮肉にも、咄嗟に返し文句が出てくるあたりは身体に染みついた習慣のようなものか。無言で火花を散らしながら、睨み合う二人。飽きないものだと永琳は溜息をつき、追いついてきた慧音も似たような反応を返した。

「なるほど、それでさとりさんは依頼を引き受けざるを得なかったわけですね」

 もう一人、料理も酒もそっちのけの妖怪がいた。言わずもがな、射命丸文である。
 彼女にとって料理やお酒なんてものは二の次でしかない。それよりも今は、この一大騒動の顛末を纏める方が大事なのである。料理に涎を垂らしている椛を引き連れ、関係各所のインタビューに大忙しだった。

「あの時のお姉ちゃんは見物だったね。大騒ぎしながら勇儀に抱えられちゃって」
「えー、さとり格好悪い」

 妹とその友人の発言で、さとりのこめかみに血管が浮いた。温厚だと言われる彼女でも、この二人からの言葉にはしばしば腹を立てている。
 根本的に合わせてはいけない二人だった。出会ったしまった事により、何か良くない化学反応が起きてしまう。それで被害を被るのは、いつだって周りの人間である。

「それじゃあ質問を続けさせて貰います。格好悪いさとりさん」
「答えてあげようよ、格好悪いお姉ちゃん」
「頑張れ、格好悪いさとり」

 堪忍袋の緒は、とうの昔に切れていた。後はただ、怒りをぶつけるだけ。
 顔を真っ赤にしながら、さとりは三人を追いかけ回す。
 すぐ横をフランドールが駆け抜けていき、紫は寂しげに呟いた。

「ああ、こんなに楽しいんだったら最初から参加しておけば良かったわ」
「変な意地を張るから、そういう後悔をするのよ」

 楽しげな人妖を眺めていた紫と霊夢が、そんな会話をしていた。
 宴はまだまだ、始まったばかりだというのに。










 誰もいないテラスの上で、静かに月が輝いている。連日のように降り続いた雨は、一緒に雲も洗い流してくれたのだろう。叢雲がかかった月も風流で良いのだが、やはり何物にも縛られず輝く月が一番美しい。
 基本的には下戸の幽香。酒の席はあまり好きではなく、グラスに入っているのもウーロン茶であった。なのに酩酊しているような気分にさせるのは、夜空の月か。それとも、この館の雰囲気か。
 どちらにせよ、幽香がそれを認めることはあるまい。

「おや、こんな所に人がいるとは思わなかったよ」

 せっかくの静寂が打ち破られる。誰かと思い睨み付ければ、見覚えのある妖怪がこちらに歩いてくるところだった。

「せっかくだからお礼でも言おうかと思ったけど、どうやら言わない方が良さそうだ。ねえ、風見幽香」

 ナズーリンという妖怪は、許可もとらずに幽香の隣へ立った。居るだけで畏れられる幽香。無断で隣に立つ者なんて、格下では小傘ぐらいのものだ。

「小傘の所に行ったらどうよ。私のことなんか放っておいて」

 そういえば小傘の姿が見えない。だからどうしたという事ではないが、主役の姿がないというのは異常である。それに、レミリアの姿もなかった。
 ナズーリンはおかしそうに笑い、山の方を指さす。

「川の水が綺麗になったんだ。あの二人が行くところなんて、おおよその見当はつくんじゃないかな?」

 試すような物言いは、まるでどこぞの大妖怪を思わせた。初対面だが、いや初対面だからこそ幽香は気が付く。
 この妖怪は好きになれない。
 剥き出しの敵意を隠しもせず、そのままナズーリンにぶつけた。別に此処からいなくなれと催促しているわけではない。単に幽香は本心を隠すつもりがなく、感情をそのまま出しているだけなのだ。

「刺々しい雰囲気だね。さすがは薔薇の妖怪だ」
「別に薔薇の妖怪というわけじゃないわよ。まぁ、棘があるのは否定しないけど」
「それは私が嫌いだから?」
「ええ」

 躊躇うことなく、口にする。ナズーリンはさして傷ついた風もなく、どこか人をくったような顔で肩をすくめた。

「残念だよ。私はあなた事を好いているのに」
「初対面なのに?」
「小傘を好きな人を、嫌えるわけがないだろう?」

 ああ、と。幽香は呟いた。
 さとりよりも狡猾で、紫よりも遠慮がない。
 今ならば確信を持って言える。

「訂正するわ」
「ほお」

 興味深そうな顔のナズーリンに、とびっきりの笑顔で言ってやった。

「嫌いじゃないわ。大嫌いよ」











 泥まみれの水が、綺麗になって里へ流れる。
 念願の飲み水を手に入れた里の人間達は、それはもう大騒ぎで地震が起こるのではないかというぐらい喜び、願望が現実になったことへの驚きを隠せないでいた。
 それを遠くから眺めていた小傘とレミリア。
 二人は笑顔を交わしあい、ハイタッチでこの計画を終わらせる。

「お疲れさま」
「ええ、お疲れ様」

 誰よりも人を脅かせたかった妖怪は、誰よりも人を喜ばせて満足していた。
 だって他ならぬ、当人が一番楽しかったのだから。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 頑張る少女達の顔には、やっぱり笑顔が似合います。
八重結界
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作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2009/11/21 23:47:59
更新日時:
2009/11/21 23:47:59
評価:
22/25
POINT:
168
Rate:
1.68
1. 9 幽玄時 ■2009/11/22 16:06:27
こういう○○オールスターズみたいな話は個人的には好きです。
常に傘持ち歩いてたら、傘の会合は入れますか?
2. 7 歩人 ■2009/11/24 06:43:10
これは大作ですね。読み応えありで、分量にも関わらず一気に読み
きってしまいました。面白かったです。

ただ、二点だけどうしようもなく違和感があります。

紅魔館その他大勢力が集まった一大事業に対して、人里の商人程度
が妨害するなんて狂ったような馬鹿げた事をしでかすとは到底思え
ない点と、小傘が何時どうやって死ぬのか分かってるならその時間
帯は問答無用で閉じ込めておけば済む話なのでは? って点ですね。

あと、作業内容に反して大げさすぎないかって点もちょっと。直径
数百メートルくらいの大岩だったのでしょうか? それなら分から
ないでもないですが、でもそうなるとその岩は何処から来たのとか
疑問がちょろっと。

内容自体が良く出来ているだけに違和感があるとどうしようもなく
気になってしまうのが非常に惜しかった。
3. 7 読み専 ■2009/11/24 16:08:28
面白かった
4. 10 ■2009/11/27 20:41:13
初めましてこんにちは 今回初めてコメントさせていただきます翔というものです。
この東方SSコンペは第5回の頃から楽しく、または感動させてもらっていますが、
この作品には二回泣かされました もちろんいい意味でです。
あぁ、こんなにも素晴らしい文才のある作者様が妬ましぃ・・・
それにしてもこの作品のおぜうさまはカリスマが溢れ出っぱなしのだだ漏れでしたね。
そして小傘ちゃんとおぜうさまの傘から始まり、最終的には幻想郷の全住人が1つの事を成し遂げる物語
ずっとドキドキハラハラで惹き込まれっぱなしでした。 おぜうさまかっこいいよおぜうさま

合間合間に出てくるチルノちゃんの行動1つ1つが容易に想像できるあたりさすが俺のy・・・ゲフン 作者様の文才の賜物ですね
最後にこんな素晴らしい作品に出会えた事と、その作者様にありがとうの意を込めて評価は10点にします
長文・乱文失礼しました。
5. 5 佐藤厚志 ■2009/12/11 02:51:49
5つの長編を読んで。

隠れ者の小傘、唐傘雨音頭、雨流夢、あの夜のシューティング・スター、首切り蓬莱人形を読んで。どれも100キロバイト以上の大作という訳で、読むほうは楽しめるし読むだけなので気楽ですが、書くほうは大変な努力があったと思います。まずはご苦労様でした、という紋きりな挨拶でこの書評(?)を始めたいと思います。

この5つは登場する舞台も人物も、恐らく時間もそれぞれ違う。無論SSを面白くするための舞台装置やギミック、文体など、五作品それぞれ違ったご趣向が凝らしてある。ただこの書評ではあえてそういったものには触れず(多分他の人がやってくれるでしょう)、もっとSSの基本的な部分を考えてみたいと思いました。ここからはSSというか、あえて小説と呼ばせていただきますが。

@小説の描写とは何であろうか?事実をつらつらと書き綴ることだろうか?
事実について。例えば科学的な知識であったり、どこかで読んだ哲学本の内容であったり、史実のことであったり、もしかしたら著者が作り上げたファンタジックな設定、SF的な世界、人物の口調とか人柄。そんなものを事実というのだろうか。うん、仮に事実としておきたい。
小説における描写とはただ事実を綴ることではない、と思う。自分の知っていることを書くだけではないのだ、と思う。
今コンペの某歴史長編でも似たようなことを書いたのですが。知識それ自体が興味をそそるものだとしても、小説にそれをただ書いても、それは描写ではない。単なる知識の丸写しに過ぎないのだ。例えそれが作者の手がけたフィクションの世界であってもだ。物語を大きく見せるために、事実が思いつきの付け加えで書かれている印象。エンターテイメントでも純文学でも、何かの論文であっても、知識を使うだけでなく、そこから自分の結論を出さねばならないと思う。極端な例だが押井守の衒学的著述や、小栗虫太郎の怪奇探偵小説に横溢する知の氾濫は、物語を一つの方向(結論)に導くために働く重要なアイテムとして生きている。知という事実が生きている、とでもいうのでしょうか。

A物語の展開
 どれもイイハナシである。涙を誘うような展開あり、友情あり、または死と再生、別れ。お馴染みのキャラクタはイイ人が殆どだし。イイ言い方をすれば清廉な後味、きっぱり言うとアザトイ。今回の諸作品は恐らく著者諸兄が順位を狙いに来たため、結果的にどれも万人向けの物語に仕上がったのではないか、と思われる。しかしそのためか、軽い。ちなみにイイハナシ、イイ人が悪いと言うのではない。

今回の長編作は全体的に軽い、というか凄く平坦な印象を受けています。前回の『黒き海に紅く』、前々回の『華燭の春 燐火にて』クラス、超重量級爆弾作品そう沢山求めるのは酷な話かもしれないが……。とにかく、そういう意味では少し残念だったかな、と思ったりして。まだ一回ずつしか読んでいないので読み解かれるべき部分を抜かしているかもしれません。そういう意味では申し訳ない。本当は深く何度も読むべきなのでしょうが。読むスピードが遅いのです。あと、目上からの書き方で申し訳ないと改めて思います。

しかしそれぞれがすごい熱気を有していて、伝わってくる、というのでしょうか。成程、創作の醍醐味なるものを感じながら読ませていただきました。最後にこのような力作を世に送り出してくだすった著者様方に、拍手!ありがとうございました。
6. 2 神鋼 ■2009/12/16 19:53:50
全体の流れで見ればよく纏まっている良い作品でしたが、所々で小さな違和感が有り、それが積もり積もって何だか納得がいきませんでした。
それと序盤でのナズーリンの交渉のやり方があまりにも下衆過ぎるように思えました。
7. 7 藤木寸流 ■2010/01/04 03:14:40
 大 団 円。
 細かい過程まで余すところなく丁寧に書くとこうなるという例。長い。ひとつひとつ丁寧だからあまり気にならず、読みやすいし面白いのだけど、伏線は早めに回収されるので正直読み飛ばしても問題はなかったかなという構成。
 紫と幽香が、小傘とレミリアに助太刀するシーンは、結構前の段階からずっと脳裏をよぎっていて、いろいろと積み重ねてやっとそのシーンに至るとなった時にはちょっと涙が出てきました。
 あとナズーリンが大物でした。最後の幽香の台詞も好き。
 ただまあ無理に総出演させなくてもよかったかなとは思いました。書きたかったことを全て書いたのなら文句のない出来。短くまとめる手腕とはまた別で。読み終わったときには、長い物語であるがゆえの寂しさ、物悲しさがすこし。
8. 10 バーボン ■2010/01/04 05:19:23
長かったです。確かに長かったんですけど、読んで感動したわけですから、決して冗長ではなかったのだと思います。よってこの点です。感動した他に理由はありません。
余り接点の無さそうな四人に傘の会合と言う共通点を作り、しかもそれがクライマックスで活きてくる。素敵です。全体を通しての雰囲気も、それこそ作中の早苗さんが言うように文化祭チックな不思議な連帯感があり。
戦闘ではないシリアス、合間合間に挟まれる小気味良いやり取り。東方ではなく、幻想郷の劇場版だなーと思いました。
9. 10 リペヤー ■2010/01/04 22:42:00
これぞ幻想郷オールスターズ!
素晴らしかったです!
10. 10 nns ■2010/01/10 05:22:29
小傘ちゃんとその他皆さん、お疲れ様でした
11. 7 パレット ■2010/01/10 05:28:46
 あああとてもいい、なんだろうこの、お祭りの雰囲気。
 というかすごい。こんなにも多数のキャラを描写しつつ、小傘とレミリアの主軸もぶれず。幽香や紫を通して、祭りに参加していなかった側の描写も忘れない。視点がコロコロ移り変わって正直ちょっと判りにくい箇所も多かったですが、それにしてもすごいバランス感覚だと思います。
 ただ、個人的には……祭りの雰囲気が強かった分、水売りを「勧善懲悪!」って感じにボコしたのが、なんとなーく安易に感じたというか、もにょったかもしれません。
 あと、これは投稿時間から微妙に邪推してしまうのですが、エピローグの最後の最後、小傘とレミリアのところが……いやこれでも悪くないとは思うんですが、もうちょっと丁寧に終わらせてもらっても良かったかなーとは思います。
12. 10 白錨 ■2010/01/10 12:02:53
個人的に今回のコンペの最高傑作だと思いました。
嫌味の無い文章も読みやすく。序盤は傘の集いみたいな軽い感じのノリで入る事で読者を逃がさず、その上きちんと伏線まで張っておくそのセンス。そして主人公の小傘に何回も難題をぶつけさせる事で読者に計画を応援するように誘導する構成。起承転結では終らず、起承転転結のようにも感じた最後まで読者を食らい付かせる話の流れ。悪役はきちんと制裁する事で読者の気分を爽快させる場面。
そして、何よりもあれだけの大勢のキャラを使いこなし、しかも全員が機能(言葉が悪いですが)させる技量は感服以外の言葉がありません。
全てにおいてレベルが高かった作品でした。
13. 9 名前の無い程度の能力 ■2010/01/10 22:36:54
面白かったです。
これだけ多くの少女たちを出して、その全員を活躍させる手腕もすごい。
14. 9 椒良徳 ■2010/01/11 19:57:30
>スモッグのような服装をした女性がホールの中央に立っていた。
スモッグ(煙霧)を着たら駄目でしょう。スモックです。いやまあスモッグも青く見えるときがありますがね。

>神様同志で殺し合うぐらいだが、そんな予定は存在していない。
日本の神々も我らソビエト人民の同志なのですね。共にシベリアの大地で同志ナズーリンの魅力について語り合いましょう。

それはさておき、土木工学は専門では無いのですが一点。
長雨で地盤が緩むという話は良く聞きますしうちの地元も苦しめられているのですが、
乾いた地肌が雨に弱いというのを聞いたことが無いので、どうにも違和感がぬぐえませんでした。
豪雨が降って山崩れが起こるというだけでも良かったのではないかと。まあ個人的な意見ですが。

閑話休題
長編執筆お疲れ様です。楽しく読ませて頂きました。
皆で協力して、さまざまな困難を乗り越えながら危機に立ち向かうというストーリーは王道ですし、
キャラ同士の駆け引きも面白く、文章も読みやすくて非常に良い作品であったと思います。
ただ、個人的な意見ですが、オールスター登場というのは欲張りすぎな気がしました。
というか、主役なはずの小傘よりナズーリンが目立っているように感じられるのはどういう訳でしょうか。
まあ、愛ですね。愛。問題無いか。
話がそれましたが、間違いなく力作ということで、この点数を入れさせて頂きます。
また今後も、素晴らしい作品を是非とも世に送り出して下さい。ネットの片隅で期待しております。
15. 6 詩所 ■2010/01/13 22:28:47
 読み始めてすぐに心を掴む何かが埋まっていると思います。
 激流のように押し寄せる試練、その度に大きくなっていく輪の広がり。その中心に確かに小傘がいるのだと思います。
 ドキドキしながら、まるで子供に帰った気分で読み進めていました。

 しかし、気になる点も在りました。
 「この物語の展開ならこうなるべきだ」というくどいとでも表現すればいいのでしょうか。ここまで人妖が揃っているのだから大事にはならないだろう、抜け道はいくらでもあるだろうと思う自分とは裏腹に、書かれていることが悲観的で価値観の相違があったのも事実です。良い言い方ではないですが、設定の押し付けのような部分も見えてしまっていたかと思います。例えば能力が効かず気質を溜め込んでいた大岩とか。
 事件モノは難しいです。なんたって幻想郷にはつわもの揃いですから、全員を納得させる理由を作らなければなりません。その難題に期間が限定されているこの場で真っ向から挑戦し、形として残せたことは素晴らしい事なのだと思います。
 偉そうに事を言って申し訳ありません。一読者の戯言と受け取ってもらえれば幸いです。
 最後に200kbオーバーの大作、ご苦労様でした。
16. 8 deso ■2010/01/13 23:47:08
面白かったです。
これだけ登場人物が多いのに、見せ場をきちんと作ってあって、キャラも東方らしい。
ただ、それぞれが魅力的に描かれる分、印象がばらけてしまったように感じます。
また、文中でも誰の台詞なのか、誰の行動なのかがぱっと見で分かりづらいところがあって(未だにわからないところもあります)、ちょっと残念でした。
しかし、話としては徹底したエンタテイメントで、大変楽しめました。
力作どうもありがとうございました。
17. 7 ホイセケヌ ■2010/01/14 18:54:23
溂、、、ハ、「。」
、「、、隍「、、隍ネ、、、ヲ、゙、ヒ・ケ・アゥ`・、ャナ、鬢、ヌ、、、ュ。「ノw、饑、ア、ニ、゚、、ミ。「翻キス、ホヨメェ・ュ・罕鬢ャ、ス、、、フ、、゚。」、キ、ォ、籃l、筅ャユ諢、ス、ホ、筅ホ、ヒハツシ、ス笵Q、サ、、ネメ笞ン゙z、爍」溂、、、シ溂、、、シ。」

、タ、ア、ノキエテ譯「、ノ、ウ、ォミア、ヒ共ィ、ソ、ネ、ウ、、ホ、「、翻キス・ュ・罕鬢ャ、ウ、ヲ、、、ヲ、ウ、ネ、ヒアリヒタ、ヒ、ハ、、ホ、マ、荀マ、゚`コヘクミ、メ勁ィ、カ、、オテ、ハ、、。」・・゚・・「、タ、テ、ニ、ロ、ワ殪フシ、ヌミ。ゅ、ネヨルチシ、ッ、ハ、・、・皓`・ク、ャ殪、、、キ。「、讀ヲ、ォ、熙、ヒ、筅筅テ、ネユhオテチヲ、ホ、「、イホ鷹タモノ、ャモ、キ、ォ、テ、ソ。」

、ソ、タ。「、ス、、ハ、ウ、ネ、ノ、ヲ、ヌ、簔シ、ッ、ハ、、ッ、鬢、・ィ・ヘ・・ョ・テ・キ・螟ヌネチヲ、「、ヤ彫ヌ、「、、ウ、ネ、マ馮゚`、、、ハ、、、ネヒシ、、、゙、ケ。」
18. 5 やぶH ■2010/01/15 01:31:12
これだけのキャラクターを生かすというのは、とてつもなく難しい試みだと思うのです。それだけで評価が高まります。
しかし、小傘が真っ直ぐすぎてキャラクターとしては軽くなってしまっているのが難点です。
もう少し複雑な思惑を掘り下げた、キャラ同士の深い葛藤というのが見たかった気もします。
あとは……ちょっと言いにくいのですが、事件自体がそれほど大事に感じられなかったのです。
頭では大変だと納得できても感情に訴えかける要素が不足していた、のかもしれません。
こうしたSSで大事なのは、読者を傍観者の状態からいかに当事者の心境まで引っ張っていくか……単に私が薄情なだけなのかもしれないですけど;
19. 8 2号 ■2010/01/15 19:05:51
キャラが多すぎて中盤ちょっと小傘が置いてきぼりになってるなーとも思ったのですが、最後の大団円を見るとやっぱりオールスターはいいなあと。
それぞれ見せ場があってよかったです。
20. 9 零四季 ■2010/01/15 22:29:31
すべてが協力し合うというのは幻想郷っぽくは思えないけれど、実はこういう世界もあって良いと思うのでした。
しかし傘の会合とは……。楽しかっただけにこれをもう少し上手く使えたらな、と思ってしまいました。
いや、でも小傘は良く頑張った。
21. 9 木村圭 ■2010/01/15 23:19:09
登場人物が増えるとこういうスケールの大きな話も映えますね。大容量なのに退屈しない見事な物語でした。
MVPはナズー。ちと万能すぎる気もするけどまあいいや。
蛇足でしかないけど傘の会合第1回を見てみたいなあ。小傘失神したんじゃなかろうか。
22. 4 時計屋 ■2010/01/15 23:23:57
 まずは200kb超の大作お疲れ様でした。
 文章は誤字・脱字も少なく、丁寧で読みやすいもので、作者様がこのSSを書き上げるのにどれだけの時間と労力を注ぎ込んだかが窺えます。
 その点は素直に好感が持てました。
 ただ半面、展開の強引さや登場人物の多さなど、どこか物語を引き伸ばしたような印象も受けました。
 特に東方のメインキャラをほとんど全て出したという点。それ自体は凄いと思うのですが、そのことが面白さにつながっているかというと、正直物語を冗長にした挙句、小傘やレミリアといった主要キャラが埋没してしまったように見受けられました。
 また何故他の妖怪たちがそこまで協力するのかという、そこの部分が安易に見えてしまい、結びつきが弱くなったようにも感じられます。
 小傘の「人を驚かせたい」という願望が共感を呼ぶのが難しいものであっただけになおさらです。
 これは好みの問題かも知れませんが、登場人物は最初に出てきた四人だけで、あとは文章で「他の妖怪や人間達」程度にまとめたほうが、全体がすっきりとまとまったのではないでしょうか。
23. フリーレス ゆっくりする程度の能力 ■2010/02/04 23:19:36
一人部屋は便利だな、遠慮せずに泣くことができる
感涙
24. フリーレス wakame09 ■2010/02/19 02:32:17
この物語を小説として評価するのであればいくらか強引さが気になるのかもしれない。しかし二次創作作品として評価するならば、この作品は類稀なる傑作だと断言できる。原作に登場するキャラクターのほとんどが出演し、それぞれが物語のなかで個性をもって動いている。東方という多数の人気キャラが存在する作品の二次創作作品で、それを実現してみせた手腕には敬服するしかない。原作では接点をもたないキャラクターたちが、いかにも彼女たちらしい触れ合いをしている姿が実に楽しかった。そんな姿を読者に示すために練りこまれたプロットにも感服する。減点方式で採点するひとには低く評価され、加点方式で評価するひとには高く評価される、そんな作品だと思う。
25. フリーレス 賢者になる程度の能力 ■2010/03/19 06:25:47
ここまで長い作品で、殆ど軸がぶれず書ききる。感服です。

ただ岩の事、商人の流れに何か少し説明やらが欲しかった気がしました。

それでも、出てくるキャラクター一人一人が生き生きとしていて、読んでいてとても楽しかったです。

点数入れられない様なのでフリーレスで失礼
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