幾日も降りつづく雨。ながあめ。

作品集: 最新 投稿日時: 2009/11/21 23:51:00 更新日時: 2010/01/18 16:54:24 評価: 22/22 POINT: 133 Rate: 1.37
 いつかのことである。
 常の陰気臭い顔で、古道具屋の店主は客の来ない店番をしながら黙り込んで本を読んでいた。
 すると、店から店主が暮らす家屋部分へと繋がる遣戸を開け放し、店の地面と少し段差のついた廊下のところに座りながら、何をするでもなくぼんやりしながら茶を飲んでいた、黒髪を垂らし紅白の衣をまとった少女の巫女がこう尋ねてきた。
「ねえ、りんのすけさん」
「ん?」
 視線を本から逸らさずに聞き返す店主に、少女も視線を向けようともせずに、一口茶を啜ってこう続ける。
「そういえば、りんのすけさんの名前って、どういう字で書くのかしら?」
 そう、言われて、店主は本に視線を向けたまま、少し考えてみる。
「今まで知らなかったのか?」
「知ってたような気もするわ、でも今は忘れてしまったの」
「教えなかっただろうか」
「覚えはあんまりないわねぇ……」
 ふむ、と、ようやく店主は本から視線を外し、何もない中空を目を細めて睨みながら、さてどうしたものかと考えてみる。
「……表の看板があるだろう」
「今教えてちょうだいよ」
 面倒くさそうにそういう少女に、渋い表情を作りながら、同じくらい渋い、すっかり温くなってしまった自分の茶を啜る。
「別に今書いて教えてあげてもいいんだがな」
 そう、言って。しかし、改めて自分の名前を紙に書いて見せるというのも、どうにも間抜けなようにも思えた。
「大体、想像出来ている部分とかはあるのかい」
「『の』、と、『すけ』、の、ところくらいは、なんとなくわかるわ。『りん』がどういう字を書くのか、そこが一番知りたいところ」
 少女の言葉に、溜息をつく。まだ他の部分ならよかったが、少女が知りたい部分は己の名前の中で一番複雑な部分であり、口で説明するのも苦労しそうな部分だった。
「……霊夢、君は確か字引は使えたよな? ああ、ならいい、だったら自分の手で調べてごらん」
 少女の名を呼んでその少し不満そうになる顔を見ながら、そう言い放つ。
「えー、めんどくさいなー」
「凡そ知識というものは、受動ではなく能動的に向き合わなければ身につかないものだよ。教えてしまったところで、また君はすぐに忘れてしまうに決まっている」
 自分自身でもっともらしい理屈をでっち上げられたことに満足しながら、店主は字引の置いてある棚を指さす。
「ヒントくらいは出してあげるさ、まずは長雨で引いてみなさい」
 ぶつくさと言いながらも棚から分厚いそれを取り出す少女に、笑いながら指示を出す。
「長雨……長雨……っと、それで」
「そこに一緒に載っている、同じ意味を表す単語があるだろう。それが僕の名前の中の、君が知りたかった一字だ」
 霊夢はふーんと、気抜けした様子で開いたページに目を移して、次に店主も何事かと思うくらいにびっくりした顔つきのまま固まってしまった。
「どうかしたかい?」
「そう……こんな字を書くんだったのね……」
 訝しげな顔を向ける店主に、霊夢は字引を棚に戻しながら搾り出すような声を発する。
「? ああ、口で説明するのも面倒くさい字だったろう」
「まあ、ちょっとこれはねぇ……」
 そう呟いて、疲れたように元の場所に座って溜息をつく霊夢に、店主は不思議がるばかりであった。




 後日のことである。
 店主が店の前に置いてある郵便受けを、気紛れに確認している時であった。
「おや、霊夢から手紙だ」
 天狗の新聞やら諸々と一緒に、裏面に『博麗 霊夢より』と筆できれいに綴られた便箋が入っていた。
「なんだろうなぁ」
 裏向きから取り出したそれを、次に表へ返して見てみる。
 そこには同じ字ででかでかと、『森近 淫之助様へ』と書いてあった。
「――ッッ!?」
 思わず店主は、口に何も含んではいなかったはずなのに、何かをブッと吹き出した。
 そして目を見開き、鳩が豆鉄砲を一気に浴びせかけられたような表情のまま考える。
 何だ、何だこれは。悪戯にしては性質が悪すぎるし、大体あの少女はこんなことをするような性格ではない。
「い、一体何が……」
 思わず口に出しながら、店主は震える手で封を開いて手紙を取り出す。
 文面はこうであった。

「先日は、名前の件で手数をかけました。
 まさかこんな字を書くとは、私も夢にも思っていませんでした。
 しかし、それでもちゃんと人の名前です。私はそれを、おかしいと思ったりはしません。
 誰かが貴方のために考えてくれた、きっと素敵な名前のはずですから。
 今回このお手紙を出すことになったのには、少し理由があります。
 少し勝手ではあるけれど、あれから神社に戻って、この話をお茶請け代わりに神社を訪ねて来た人達に語ったりしていたのです。
 特に紫がこれを聞いて、何がツボにはまったのか大笑いに笑い転げて、終いには床をのた打ち回って、呼吸困難になるほど笑っていました。
 この手紙は、その紫の提案で出したものです。
 私は何を書けばいいのかわからないし、出す理由もまったくないと言ったのですが、紫が言うには男の人は……」

 そこまで読んで、店主は苦い、苦い顔で眉間を押さえて呻いた。
「あの、クソ婆……!」
 思わず口汚い罵りも出てこようとも言うものだった。霊夢に全く非はなかった。あるとすれば、ちゃんと教えなかった自分と、今もどこかで笑い転げているであろうあの妖怪にである。特に妖怪。
 一度深呼吸して、また手紙へ戻る。それから後は終わりまで、毒にも薬にもならないような話ばかりが綴られていた。
 しかし、終わり際、最後の最後にまた、男の頭を殴り付けるような一文が添えられていた。

「追伸 紫が言うには、『店の看板の字が間違っているから、サービスで直しておいてあげる』とのことです。あいつもたまにはいいことをするものですね」

 弾かれたように店主は走って店から少し離れ、遠目に店の全景、特に入口の上に掲げられた看板を見上げて、どうしようもない憤怒の叫び声をあげた。
 看板にはこう書かれていた。


『荒淫堂』
風俗店か!



偶然とはまったく恐ろしいですね
こんな酷い内容のものですが、賑やかし程度に機能して、くすりとでもしていただければ幸いです



追記
皆様こんな作品に温かいコメントを寄せてくださり誠にありがとうございます
あまりの一発ネタ具合に戦々恐々としながら結果を待っておりましたが、当初の目的としての役割は果たせて
このような身に余る好評価までいただけましたことを今何よりも嬉しく思っております
では、以下拙いながらも米返しを


 ななしさん
 噴いていただきありがとうございます、しかし口では流石に投稿できない危険性がありました…


 静かな部屋さん
 ありがとうございます、一発打ち上げられたならこの作品は成功だったと思えます


 神鋼さん
 それこそが何よりこの作品への称賛でございます、ありがとうございます


 藤木寸流さん
 期待を裏切れた! そう思っていただけたなら嬉しい限りです、ありがとうございます


 名前が無い程度の能力さん
 酷い作品…いい褒め言葉です、ありがとうございます 霊夢の手紙の丁寧さはこの作品唯一の萌えポイントだったりします


 バーボンさん
 ニヤリとしていただけただけでも幸せなものです、ありがとうございます 基本的に慇懃に口の悪い霖之助というのが自分の思っている感じだったりします、次は自然と思われるように頑張りたい


 パレットさん
 ありがとうございます えー、それとコメ返しの場にて私事で恐縮なのですが、パレットさんには感謝の言葉しか出てきません、あんなに真剣に向き合っていただき本当にありがとうございました


 白錨さん
 ありがとうございます、次こそはがっつり長編を投稿できるよう精進いたします ちょっと幼い霊夢…いいよね…


 リコーダーさん
 ありがとうございます、霊夢は悪くないのです、ただ間違ってしまっただけなのです…


 椒良徳さん
 ありがとうございます、長編で疲れた体を狙う狡猾な作戦が機能してくれたようで良かった、なんちゃって とりあえず次は長編書きますと宣言して自分を追いこんでおきます


 nnsさん
 ありがとうございます、紫さんは面白いことが大好きなだけなのです…少しスケベ、それもいい


 詩所さん
 ありがとうございます、タイトルはそのまんま淫雨、霖雨の解説文だったりします、手抜き


 desoさん
 ありがとうございます、かわいい霊夢、これは自分の中の霊夢像でもっとも重要なとこだったりするので、そこをピンポイントで褒めていただけるなんてすごく嬉しいです


 文字化けさん
 コメントしてくれたという事実だけで嬉しいものがあったりするよね… ありがとうございます


 774さん
 ありがとうございます、あんまり駄目すぎる漢字を当てると投稿出来ない恐れが…なんて オチのパワーを上げられるよう精進いたします


 やぶHさん
 こんな作品でそんなに笑っていただけたなら、これほど嬉しいこともございません ありがとうございます


 八重結界さん
 ありがとうございます、結界さんの「その数式は〜」を参考にさせていただいたところもありますので、本家様にそう言っていただけるとは感動です


 2号さん
 ありがとうございます、自分もこの言葉を発見したのはまさしく偶然だったのです 偶然とは本当に恐ろしい…


 零四季さん
 ありがとうございます、うちの紫さんは自重というネジを外しておるのです


 木村圭さん
 ありがとうございます、確かにまったくリンとは読まない…ここがこの作品の甘えた部分だったりします 甘えを断ち切れるよう精進いたします


 時計屋さん
 ありがとうございます、うちの霊夢ちゃんは純粋なだけなんです!、とか言ってみたり、まあそんなとこです


 如月日向さん
 ありがとうございます、文章が綺麗…身に余るお言葉です 内容が酷いと思っていただけたなら成功なのです、とても嬉しい






最後にもう一度、コメントしてくれた皆様本当にありがとうございました
あと、この作品唯一かもしれない致命的誤字も恥ずかしながら修正させていただきました
誰一人そこに突っ込んでくれなかった皆さんの有情さに、感謝しきりでございます
では
ロの字
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2009/11/21 23:51:00
更新日時:
2010/01/18 16:54:24
評価:
22/22
POINT:
133
Rate:
1.37
1. 3 ななし ■2009/11/23 20:43:44
うっかり噴いた。
荒より口の方がいいとおm(ry
2. 6 静かな部屋 ■2009/11/24 16:02:51
雨の存在感が……あるな。
素敵な一発ネタでした
3. 4 神鋼 ■2009/12/26 01:25:41
最悪だーー!でも笑った……チクショウ。
4. 5 藤木寸流 ■2010/01/04 03:20:39
 横着するとろくなことがないという好例ですね!
 どこか期待を裏切られる面白さだったなあ。タイトルはシリアスっぽくて、わりと平凡な話の展開だっただけに。
5. 8 名前が無い程度の能力 ■2010/01/05 02:12:41
コレは酷い(褒め言葉)。主に紫のサービス精神が。
霊夢の手紙の口調が丁寧なのは礼儀正しいだけなのか、
それとも心に微妙な距離が生まれたからなのか、真相は闇の中――
6. 4 バーボン ■2010/01/05 20:24:51
荒の字が口や肛じゃなくて良かったね霖之助……と思ってしまった自分はどうなんでしょう。荒でも充分ダメだとは思いますが。
肝心のネタの方ですが、自分の使ってる電子辞書で引いてみたら出ませんでした……。型落ちした電子辞書はダメですねぇ。
内容としては短い単発のギャグなので笑えるかどうか以外に評価のしようが無いのですが、自分は笑うには至りませんでした。ニヤリとはしましたが……。
ただ、この霖之助が「クソ婆」とかイラついてても言っちゃうのが違和感だったので、そこだけは点に反映させてます。
7. 2 パレット ■2010/01/10 05:31:32
 あああなるほど、淫雨って言葉が……。
 いやあ、クスリとさせてもらいました。
8. 6 白錨 ■2010/01/10 12:14:38
これはすごい(笑)
言葉遊びって楽しいですよね。ロリ霊夢恐るべし。
盛大に吹かせていただきました。このセンスがあれば長編でもおもしろいものが書けると思います。
9. 8 リコーダー ■2010/01/11 16:10:57
それでも霊夢が悪いし。
本文の霖之助への描写通りに吹いてしまった。なにこの敗北感。
10. 5 椒良徳 ■2010/01/11 20:06:45
これは一本取られた。霖之助に黙祷。
ちょうど良い息抜きになりました。有難うございました。
できれば、今度は貴方のがっつり書いた作品も読んでみたいですね。
11. 10 nns ■2010/01/12 11:44:56
紫婆さんはスケベだなぁ
12. 9 詩所 ■2010/01/13 22:30:36
 タイトルと中身が違いすぎるw
 ところで、この店ではどんなサービスを(ry
13. 7 deso ■2010/01/13 23:40:45
何年かぶりに漢和辞典を開きました。
雨冠に淫で、ながあめの意味なんですねー。ほうほう。
あと、霊夢可愛いです。
14. 7 ホイセケヌ ■2010/01/14 19:11:40
痩、ネメサセw、ヒ。「ラヤキヨ、粱陥モエヌ抱、メ、、、ニ、゚、ニ。「、゙、オ、ォ。ュ。ュ、ネヒシ、テ、ソ、鬘「ーク、ホカィ、ヌ、「、。」、ス、キ、ニ。「ラ矣、ホ・ェ・チ、ネ、「、ネ、ャ、ュ、ホ・ト・テ・ウ・゚、ホニニ牡チヲ、ヒヒシ、、コエオ、ュ、゙、キ、ソ。」、ッ、ス、ヲ。「テ豌ラ、、」
。。
、ト、、、ヌ、ヒムヤ、ヲ、ネ痩、ャ、荀ソ、鬢ネヒリヨア、ヌソノ摂、、。」、筅ヲ、チ、遉テ、ネメノ、ィ、陬。。。、ネ、ッ、ヒ、讀ォ、熙、」。
15. 6 774 ■2010/01/15 00:44:19
霊夢は天然の如くとぼけてはいるけど決してそーゆー無知キャラでは無かったと思うのですが、まぁそーゆー細かいことは抜きにすると、結構ハマってて面白かったです。
しかしオチをもうちょっと捻ってほしかったなぁ、と思いました。具体的には、「こう」はもっと駄目な漢字が当てれたんじゃないかと思うわけですよ。
16. 8 やぶH ■2010/01/15 01:45:33
ええ。笑いに笑い転げて、終いにはベッドをのた打ち回って、呼吸困難になるほど笑いましたとも。
下品なのが嫌いな人には向いていないかもしれませんが、私にはツボでした。なぜだろう。
17. 6 八重結界 ■2010/01/15 17:26:22
 辞書をひいて、なるほどと唸りました。淫之助の今後が心配です。
18. 5 2号 ■2010/01/15 19:09:06
くすりどころか大笑いしました。
淫に長雨の意味があるのも初めて知りました。
19. 6 零四季 ■2010/01/15 22:49:45
これは酷いw
偶然とはなんと恐ろしいものか……w  確かに霊夢は悪くないですが。無邪気は時に武器になりますからね。
紫さんやめてあげて下さい
20. 6 木村圭 ■2010/01/15 23:21:01
適当に眺めたら最初に目に留まったのがその文字だったんだろうか。つかリンと読まないんじゃ……?
21. 6 時計屋 ■2010/01/15 23:27:03
 何故そっちだと思ったw
 これが魔理沙なら純粋な嫌がらせだと思うところだが、霊夢だからなあ。
 なにか含むところでもあったのだろうか。
 なにはともあれ、よい一発ネタでした。
22. 6 如月日向 ■2010/01/15 23:46:24
 なるほど長雨は確かにそうとも書きますね。素直な霊夢もいいですねっ。

〜この作品の好きなところ〜
 地の文章が綺麗なのに内容が良い意味でひどいですっ。
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