二度とこの火を、この雨で絶やさぬように

作品集: 最新 投稿日時: 2009/11/21 23:54:42 更新日時: 2009/11/21 23:54:42 評価: 18/18 POINT: 106 Rate: 1.38
  ―― 『現時点を以って、地獄区画《灼》、《憶》、《麝》、《畄》を永久に破棄する。』
                 (十王庁令 ヌの捌番 五拾三列 七九三二二二二一〇一九号)

 このたった一文の勅令によって、全地獄を揺るがした空前の大叛乱は終結した。

 本来地獄の平穏を保つはずの十王が真っ二つに割れて争い、八大地獄の獄卒、警邏部隊、果ては地獄の治安維持軍である十八万鬼禁軍までもが両派に分かれ、千地に乱れて戦ったというその大叛乱の規模、地獄の歴史に見た重大性に比べ、あまりにもあっけない終りであった。
 しかしその叛乱の、以後への影響は計り知れない。

 十王庁がまず直面した問題は、慢性的な人手不足であった。
 当時、死せる魂に裁きを下し地獄を支配していた十王のうち、叛乱の筆頭であった都市王に加え、秦広王、初江王、五道転輪王の三王が誅殺され、叛乱には直接加わっていなかったものの関与を疑われた宋帝王も幽閉、事実上の引退に追い込まれた。その為、十王のうち半分が一度に空席になるという地獄始まって以来の異常事態が発生。席を空けた五王はいずれも裁判長としては現役であった為に後任の選定も全くされておらず、ただでさえ叛乱の騒動で滞りがちであった地獄の裁判業務は完全にその機能をマヒさせていた。
 加えて様々な事後収拾……叛乱に加わっていた鬼神長や鬼の処断、被害にあった区画や設備の復旧、戦闘に巻き込まれた火焔猫や雑役鬼などの一般市民に対する救済と補償、などなど。細々とした雑務、雑支出は数知れず、現在の地獄の財政難はこの時に始まったと言われる。

 このような山積みの問題に対し、半分となってしまった十王庁十席は、通常業務への復帰と事後収拾の双方を急務と認むるも奈何せん人材不足だけはどうしようもなく、事後収拾をひとまず据え置き、残った五王で通常通りの裁判執行を目指す方針で一致した。これに伴い、叛乱軍の本拠地であり最も戦災の甚大だった区画4つが復興困難として永久破棄と封鎖が決定され、現地に駐屯していた部隊に対し全ての任務の中止、二日以内の撤収が命じられた。
 その4区画が地獄から永遠に切り離された、と言えば事実のみを端的に語っているが、その実、当該地域における救助活動・復興支援策などが全て打ち切りになった事を意味する。
 見捨てられた、とも言う。

 後に残されたのはあまたの怨霊。
 恨みのみを残し、何処へも行きようのなくなった哀れな魂。
 そして、戦闘に巻き込まれ運良く生き残る事が出来た、運の悪い者達だった。

『それ以上の活動、一切無用』
『4区画は施設、建物、生物、住民、区別なくして完全に破棄・封鎖すべし』

 家を焼かれ、家族を失い、自分自身も傷ついて、それでも生き延びた彼らを、十王庁とその軍は『叛乱地域に住んでいた』という理由だけで叛乱分子と決めつけ、無情にも背を向けた。
 放置された彼らは、いわゆる「見せしめ」であった。
 十王庁に逆らえばこうなるという、行きながら死んでいく墓標だった。
 誰にも助けられる事なく、ただ息絶えるまでの数日間をこの地獄で、まさしく本物の『生き地獄』で過ごすしかなかった。


 ――最後の部隊が撤収を始めた日、その地に雨が降った。


 ◆


 ザアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ......

 冷たい、身を切るような雨だった。
 その雨に四季映姫は身を晒していた。

 この時はまだ裁判長の職になく、ヤマザナドゥの称号もない。
 雨が流れる黒づくめの兵装は、当時の高位の鬼神長のもの。
 閻魔王派十八万鬼禁軍、第八〇一混合旅団、第三混成遊撃隊遊撃長、四季映姫。
 彼女はこの地に展開していた部隊の、最後の一つの長であった。

 彼女が立っているのは叛乱区画を一望に見下ろす丘の中腹。
 森も焼かれ丸裸の山すそ。
 足元は崖。雨滴に崩れ、石が転がり落ちる。

 十数歩ほど下がって後ろに控えるのは小野塚小町。
 同じくこちらも、この時はまだ死神ではないが、鎌は携えていた。
 愛用の鎌を肩に斜めにかつぎ、袴にサラシの簡易闘着。
 仮初の肉体に宿らされた怨霊。映姫に使役される事で怨みを払い罪を償う半自律型戦闘人骸の丙弐種、小野塚小町
 肌を多く晒しているのに、寒さを感じない無表情でただ映姫の背中を見詰めている。

 こめかみを流れる雨水を不快に感じながら、小町は思った。
 自分はいい。
 実際、紛い物のこの体、寒さを感じない造りなのだ。
 けれど四季さまは生身の体。体調は外界の気候ににたやすく左右され、病気もする。
 既に長時間、こうして雨に打たれるままでいる。
 これ以上、雨に晒されるままでいるのは体に毒だ。

 それが分かっていても、小町には映姫に声をかける事が出来なかった。
 既に何度か、幕舎に戻るように促している。
 その度に言葉なく首を振る形で断られていた。
 映姫はずっと、雨に打たれ破壊された町並みを見降ろしている。
 まるで何かに責められているように、ただずっと、黙って、立ち尽くしている。

 小町にできる事は、ただ彼女の背中を守る事。
 彼女の自責の時間が邪魔されないように。
 そして少しでも早く終わるように。
 禍々しい鎌を構え、誰も近づいてこないように威嚇して。
 ただずっと、映姫の背中を見詰めながら。

 ――黙りこくった主の背中は、いつもより小さく感じられた。




 ジャリッ

 二人の背後に、近付いてくる複数の気配があった。
 憶えのある気配に、小町は苦々しい気持ちで振り向く。

「よぉ。お人形ちゃん。元気してっか」

 気さくな挨拶に蔑むような視線を絡めてきたのは、映姫と同格の鬼神長である男だった。
 何かと小町(と映姫)を目の敵にしている嫌な奴。
 後ろのやつらも同じく鬼神長で、事ある毎に小町や映姫に絡んでくる連中だった。
(撤収前だというのに、お気楽な事だ)
 傘を斜めに差し、兵装の詰襟も外してすっかりラフな格好の彼らを見て、小町は心の中で毒づいた。
 自分の部隊の作業もあるだろうに、またぞろ嫌味でも言いに来たのだろうか。

 こんなのでも、小町よりも格上の相手になる。
 鎌を下げて敬意を払い、使いたくない敬語を使う。
「何か、ご用でしょうか」
「おめーにゃぁ用なんてねぇよ。そのでっかい乳を拝ませてもらえただけでもう言う事ねぇ、お腹一杯だ」
 かしこまって言った小町に、男はやはりおどけた調子で返す。
 ギャハハ、と周りのやつらが下卑た笑い声を上げた。
(…………四発ずつ)
 鬼神長にしてはあまりに隙だらけな彼らに、一呼吸の間に一人につきどれだけ蹴りを入れられるかを数え、小町は悪態を飲み込んだ。
「四季さまは今少し思索中ですので、ご用向きの方はあたいが伺い……」
「おめーには用ないっつってんだろ糞人形」
 男の態度が一変した。
 ノーアクションで腹に膝蹴りが入る。
「がふっ」
 奇麗に水月に入り、小町は息を吐きだして膝を折った。
 泥水の中についた手を、男の靴が容赦なく踏みにじる。

「……私の部下が、何か?」
 映姫の声がかかった。
「いやなに、ちょっとお前さんに用があって来てみれば、お付きの部下がずっと雨ん中で立ち過ぎてへばっちまったみたいだかんな。気ぃ使ってやってるトコさ。あんま部下を虐めてやんなよ? 四季映姫」
 よくもそんな事を言えたものだ。嘯く男に小町は歯軋りしたが、映姫はただ短く「それはどうも。お手数をかけました」と言っただけだった。

 ザク ザク
 映姫が近づいてくる。
 男が、小町の影に隠れるように踏んでいた足をどけて下がった。
 映姫は守るように小町の前にまで出る。

「それで、ご用というのは?」
 映姫は同格にも拘らず、彼らに敬語を使う。
 男は値踏みするように映姫を見ると、言葉を選びながら言った。
「そうそう。それなんだけどさ……お前きのう、参謀本部に辞表出して地蔵職転属を志願したってマジか?」
「……はい」

 ……え?
 小町は思わず顔を上げた。
 そんな事、聞いていない。

 うっわマジかよー。馬鹿みてー。
 そう言って笑い合う後ろに黙ってろと手を振って、男は続けた。

「本気で、栄光ある治安維持軍飛び出して、薄給で底辺職の地蔵に?」
「はい。既に受理されているはずです」
「何故?」
「………………個人的事情ですので、これ以上は」
「"今回の鎮圧で亡くなった魂を弔いたい"」
「っ! それは」
「本部の方にコネがあってな。ハッ。どうしようもねぇ転属願いだ」
 部外秘であるはずの辞表の内容を明かされて驚く映姫に、男は悪びれもせず続けた。

「今回の鎮圧作戦で、何度かお前が本部とやり合ったのはもう結構有名になってるぜ。市街地への直接攻撃への反対。民家へ逃げ込んだ敵の掃討への反対……四区画破棄決定についちゃあ、わざわざ泰山王サマんトコまで言って直談判したそうじゃねぇか」
「…………」
「無双の御霊従えて、十王庁にまつろわぬ者どもをバッタバッタと撫で切りにしてきた、情け無用最強無上の遊撃長さまとも思えねぇ発言だなぁオイ」
「…………何が言いたいんですか」
「お前こそ何がしたいんだ」
 僅かに怒気をはらんだ映姫に、男は逆に語気を強めた。
「十王庁の決定は絶対だ。叛乱地域のの掃討も、区画破棄も十王庁五席による合議の結果だ。どこに異論を差し挟む余地がある? 俺ら鬼神長は忠実に命じられた事を遂行すればいいんだ。それを何だ? 反対意見だけじゃ飽き足らず、十王の勅に逆らって『この地の魂(鎮圧で亡くなった魂)』を弔いたいだと? 軍内一の働きモンのマゾ野郎が妙な仏心起こしてんじゃねぇよ」
 ドン
 男が映姫の胸を軽く小突いた。
(!? この……っ)
 映姫が転属するという驚きも忘れて立ち上がりかけた小町を、しかし制して映姫は一歩前に出た。

「……では、あなたは今回の掃討に疑問がなかったと?」
「ああ、そうだ」
「……叛乱地域にたまたま住んでいたというだけで、一般市民まで殲滅対象とされた事が、当然であると?」
「ああ」
「……火焔猫の子供が、二人、おそらく姉妹が……家の奥に隠れていて……父親と、母親と思しき男女がその部屋の戸口を塞ぐように……死んでいました」
「…………」
「……子供の一人…………姉の方は震えながら……、それでも妹を守ろうと必死に抱きしめていました……その二人を切るのが、正しい行いであったとっ!?」
「ああそうさっ!!」
 思わず声を荒げた映姫に男は重ねるように怒鳴りつけた。
「任務は掃討。レベルは甲の天号、軍規上の最上級命令だ……それなのにどっかの誰かさんが情けなくも手が出せないようだったから、手伝ってやったんだよ」
「!! あなたはよくもそんな事を……っ」
「お前ぇはよく言ってたよな。『物事には白と黒がある。我々地獄に奉ずる者は多かれ少なかれ他者に害を与え、他者を害する事は黒である。だがそれは地獄が地獄たらんとするが故、既に他者を害してきた黒い死者をその罪に応じて罰する事は、黒が転じて白となる。罪ではない』ってな。その免罪符背負い込んで一体どれだけの幽鬼を屠ってきた? どれだけの怨霊を潰してきた? 今更そこに子供の一人二人加わった所でどうだってんだっ!?」
「……っ」
「……なんで答えねぇんだ。まさか殺すのが怖くなりましたってか。おぼこ野郎が」
「……」

「鬼神長ともあろう者が、とんだ弱虫野郎だったって訳だ。ハッ。それでいて今度の戦いでも一等の戦功と来ている…………帳簿課のやつが言ってたぜぇ、お前は『星の桁ひとつ』抜きん出てるってな。こんな人形使った小細工かましといて、それだけ手柄を立てられりゃあ、バカだろうがなんだろうがそれはまぁご立派なコトですコトよ」
 小細工。
 そう男は小町に目を向けながら言った。
 その視線には侮蔑と、そして憎しみが込められている。
「小町の事をそんな風に言わないで下さいっ」
「恨み辛みが消えない怨霊に仮初の肉体を与え、御霊として使役し罪を償わせる……お前さんの発案を初めて聞いた時は変な手間かけるんだなって呆れたもんだが、半分くらい感心してたんだぜ? まあよく考えついたもんだ。地獄にゴキブリよりも多くいる、払っちまいたいが力が強くて手を出せない邪魔者の怨霊の有効利用なんてな」
「利用だなんて」
「ところがどっこい、今回の叛乱側の主力戦力がその御霊人形部隊ときた!」
 男は映姫の言葉を遮って叫んだ。
 そして一転、声を落とす。
 映姫の肩に手を置き、顔を近づけてその顔を睨んだ。
「……一体どれだけの同僚が『コイツラ』に食われて死んだか、知ってるか?」
 俺の弟も死んだ。
 映姫にだけ聞こえる声で男はそう言った。
 見ると、男の後ろの者達も映姫を、そして小町をものすごい視線で睨んでいた。
 息が止まった。

「……まぁその事を今更どうこう言うつもりはねぇ。所詮はそういう星の道だったって事だ」
 意外にもあっさり、男は映姫の肩を離した。
「今日来たのは転属志願したっつー、去り行くバカの顔を拝みに来たんだよ。それだけだ」
 そして小町を見て、
「……そこの乳女もお前が地蔵になっちまったらお払い箱だなぁ。可哀そうに。ま、心配するな。廃棄処分にはさせねぇよ。俺が可愛がってやっからな」
 小町は身震いした。
 それを見てクク、とおかしそうに笑って男は踵を返した。
 じゃあな。
 地蔵になったら二度と顔見せんじゃねぇ。
 鬼禁軍の恥さらしが。
 他の男達もめいめいに台詞を吐き捨てて去っていく。

「ああそうそう。こんな話知ってっか?」
 男が去り際に少しだけ歩みを止めて言った。
「増え続ける裁判の効率化と首になった五王の穴埋めの意味も込めて、近々、地蔵職の中から希望する者を裁判職へ多数格上げする制度ができるってぇ噂がある。今や地獄に敵なしの閻魔王さまの発案らしいから、ほぼ確実な話だろう…………お前、十王にでも成り上がるつもりかよ?」
「…………」
 何も言わない映姫に、男は今度こそ何も言わずに去って行った。




 男たちの気配が完全に遠くになって、小町はようやく映姫に話しかけた。
「……四季さま」
「先ほどの話は、全て本当です。小町」
 やっぱり。
 それはつまり、映姫が小町の元を離れるという事。
 小町が、小町のままでいられないという事……。
「今まで話せなくてごめんなさい。ずっと……自分の中だけで考えていたから……。あなたの今後についても何とかいいように取り計らってもらうから……」
「あたいも四季さまと一緒に行けませんか!」
 最後まで言われてしまう前に小町は叫んだ。
 今まで映姫の前では出した事ないくらい大声で。
「地蔵は無理でも……脱衣婆でも三途の河の船頭でもいいですっ。なにか……なにか四季さまと一緒にいられる所に」
「……小町」
 映姫は困ったように、けれど嬉しそうにほほ笑んだ。
「勉強、しなくちゃいけないかもしれませんよ?」
「う。それは……がんばります」
「ありがとう。……じゃあ、今は、ちょっとだけこうさせてください」
「え?」
 言って、映姫はそっと小町の胸に顔を埋めた。
 いきなりの事で慌てた小町だったが、ふと映姫の肩が震えている事に気付いた。
(四季さま……泣いてる?)

「……先ほど、彼に言われた私の迷いは、まさにその通りなのです」
 下を向き、途切れ途切れになりながら、映姫は言った。
「罪を購わせるために誰かを切るのは正しい事だと思っていました。だけど、だけど今度の事で、それが正しいのか分からなくなりました。私は……私は自分でも気づかぬ間に、数え切れない大きな罪を背負ってしまったのではないでしょうか。もし」
「あたいは!」
 小町は叫んだ。
 そのまま喋らせていたら、映姫が壊れてしまいそうで。
「あたいは……頭が良くないから、難しい事はよくわからないですけど……」
「……四季さまは、前から言ってましたよね? 『生きる事は、それすなわち罪を背負う事なんだ』って」
「…………」
 映姫の声真似をしながら小町は言った。
「だから、どんな事をしても罪なら、それが罪に繋がるのは仕方のない事だと思うんです。でもそれをそれとして放置しちゃ駄目で、それを罪だとちゃんと分かって、それを償おうとする四季さまは、正しいんだと思います」
「…………」
 小町はハっと我に返った。
「あああ、すみません。偉そうなこと言っちゃって」
 慌てるが、胸元に映姫がいるために逃げる事も出来ない。立ったままジタバタする。
「…………フフ」
 けれど、そこに映姫の笑いが漏れた。
「そうですね。小町の言う通りです……。罪を購うその道で、立ち止まってしまっては意味がありません」
「四季さま……」
「フフフ。いつもは私がお説教してたのに、逆になっちゃいましたね」
 そう言って顔を上げた映姫は、怒りながらも笑顔を絶やさない、いつもの映姫だった。

「ほ、ホラ、じゃあ元気になったんでしたら幕舎に帰りましょうよ! 風邪引いちゃいますよ!」
「そうですね……あら」
 映姫の笑顔を見ていつも通り元気に腕をブンブン振る小町を見て少し元気を取り戻しながら歩き出そうとした映姫は、しかし半歩で不意に立ち止まった。
「あれは……?」
 視線の先。
 廃墟の街に灯りが見えた。


 ◆


 ザアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ......

 土砂降りの雨の中に二人の人影があった。
 一人は古明地さとり。さとりの少女。
 もう一人は星熊勇儀。長身の鬼。
 勇儀がさす番傘の下に二人はいた。

 バチバチバチと雨が傘を叩く。
 真っ赤な逆さ杯の上を、雨水が流れ筋を作ってに滴り落ちる。
 地面に落ちて行き場をなくした雨水は溢れかえり、勇儀の草鞋はすっかり泥水に浸かってしまっていた。
 じんわりと足元から寒さが上ってくる。
 だがそんな事は一顧だにせず、勇儀は目の前の惨状をただ睨んでいた。

「酷いね……こりゃ」
 ポツリと勇儀がこぼした。
「ざっと見た感じ、いくさの後まだ三日も立ってない……」

 二人の目の前に広がるのは、廃墟、廃墟、廃墟。
 壊され、焼かれ、打ち砕かれたかつての繁華街。
 壁を焦がす炎も怪我人の呻きも血流も、全て雨に流されて消えていく。
 死に行く街、地獄区画《畄》。他の3区画と共に廃棄された地獄。

「やれやれ、あの冥界の姫さんに騙されたか。……地獄の一部が廃棄されるからそこに住み着くといい、なんて上手い話、そうそうあるわけないとは思ったが」
 勇儀はため息をついた。

 鬼の一族を率いる彼女は、擦れ違いばかりの人との戦いに疲れ、どこかひっそりと平和に暮らせる地を求めてずっと旅してきた。
 旅の途中で、同じように人前から姿を消そうとする幾つかの氏族や、さとりのような忌み嫌われた妖怪達と出会い共に旅をするようになって、今や彼らは数万にまで膨れ上がった。
 そうなると、そうそう狭い土地では落ち着けない。
 いい加減困っていた折、途中立ち寄った西行寺の家で、この地獄の事を聞いたのだ。
 できれば、温かい食事と家があるような場所を紹介してもらいたかったなぁ、と思うのは贅沢だろうか。
 勇儀は後ろで野営の準備を始めている仲間を見ながらそう思った。
 誰もみな、疲れている。

『ピッタリだと、思いますよ』

 そう言って笑ったあのお嬢様の笑顔がどうにもクセ者だとは思っていたが、まさか戦場跡を紹介されようとは。
 ある意味でピッタリではあるが。
 家を建て、橋を造るは鬼の得意とする所。
 壊されてはいるが、通りや区画が整備されているこの街なら、鬼にかかればひと月ともせずに復興できるだろう。

「…………そういう意味では、ないと思いますよ」
「ん?」
 それまでずっと黙っていたさとりが口を開いた。

 彼女はさとり。心を読む妖怪。
 そのため、勇儀の率いる一団の中でも少し周りから疎外されている存在だった。
 心の中を読まれるというのは、妖怪であってもあまり気持ちのいいものではない。
 そんな事を気にしない勇儀は、周りからぽつんと離れている彼女にむしろ積極的に関わるようにした。
 そうして付き合ってみると彼女はとても聡明で、様々な知見に優れている事が分かったので、勇儀は彼女を知恵袋としてますます傍に置いた。
 彼女の方も、傍にいても苦しまない相手である勇儀の近くにいる方が楽なようだった。
 今も、少し見回りに行ってくると出てきた勇儀にくっついて、一団の輪を抜けて来ていた。

「じゃあ、どういう意味だってんだ?」
「……幾百の魂の嘆きが、聞こえます」
 よく意味の分からない呟きを残して、さとりは一歩、傘の円から踏み出した。
 途端に大粒の雨が彼女を打ちすえる。

「おいおい、この雨はヤバイぞ。地中の毒が染み出てる……」
 そう言って傘を差しだそうとして勇儀は言葉を途切れさせた。
「……お前、泣いてるのか」
「…………ああ、すみません。勇儀には聞こえませんね」
 そう言って振り返った彼女の頬に伝っていた流れは、雨か、涙か。

「仰る通り、おそらくこの街を戦火が襲ったのは数日中でしょう。まだ生き残りがいます」
「助けられるのか」
 間髪入れず勇儀は聞いた。
「ええ、おそらく……ですがこの雨は僅かに残った命の炎を消してしまいます。とても弱い火も、多いのです」
「……動く元気がある奴で、力持ちと怪我を治せるのと気配を読むのが得意な奴を何人か呼んでこよう。さとりは全体の指示を出してくれ」
「はい」
 勇儀は傘を捨てて走り出した。




「こっち二人来てくれ! 埋まってるっ」
「こっちは子供だーっ。温かいもの用意しといてやってくれー!」
「南の方が人少ないぞー。天幕張り終わって手が空いた奴は来てくれー」
 雨の中、救出作業が進む。
 勇儀はさとりの指示を全体に伝えながら、自らも動いて傷ついた者たちを助けだしていた。

「おーし、よく頑張ったなー。偉いぞ偉いぞー」
 薙ぎ倒しになった柱の隙間に挟まっていたのは黒い翼の生えた少女だった。
「うし、もう大丈夫だからなー。泣くなよー。イヤほんと泣かないでくれよー。お姉さんはいい人だぞー」
「…………ふ、ふ、ふぎゃぁぁぁぁぁぁぁんんんっっ」
 助け出されて緊張の糸が切れたのか、少女は雨に負けんばかりに泣き始めた。
「あー泣かしちゃった」「勇儀さま泣かした―」「勇儀さま顔がなー」
 柱をどかすのを手伝っていた周りの仲間が囃し立てる。
 ふざけてはいるが、また一つ助け出せた命に、皆ほっとした表情だった。

「うっさいわい、子供の相手は上手くないんだよ。さとりー、そっちはー?」
「一人、生きていました」
 民家の中からさとりが出てくる。
 小さな体で抱きかかえているのは黒猫の耳と尾を持つ少女だった。
 体には白い布が巻かれている。
「もう一人、この子の妹のようでしたが、そちらは既に……ずっと、妹の亡骸を抱いていたようです……」
「惨い話だね……その布は?」
「妹さんの体を貫いた刃は途中までしかこの子の体に届かなかったようです。浅くですが傷を負っていましたので、応急処置だけしました」
 スカートの裾を割いて手当てしたらしい。
 勇儀は頷いた。

「よし、向こうの天幕に救護のがいるからそちらに連れてこう」
「傷の方はもう血も止まっていますので大した事はありません……それよりも体力の消耗が激しい」
 抱いている少女の髪をなでながらさとりが言う。
「この雨に、気温も下がってるからな……子供は特に危ない。大きな火が焚ければいいんだがそれもこの雨じゃな。天幕は限界あるし」
「屋内は?」
「使えそうなとこを探させてるがダメだ。どこも小さくてな……。おーい、ソッチはどうだったー?」
 探索に行っていった班が戻ってきたのを見て勇儀は声をかけた。
「駄目でーす!」「向こうの区画におっきい施設が固まった所があるんですが、そこは優先的に破壊されちまってるみたいで……」
「そうか……ごくろうさん。次は向こう手伝ってやってくれ」
「はい」「ハイッ」

 首を振って見せる勇儀に、さとりは励ますように声をかけた。
「……うまく見つからないようですね」
「ああ。生き残り探しに人数裂いてるせいもあるがな。クソっ」
「あなたが焦ってはだめですよ、勇儀」
「分かってるけどな……せめてこの子たちを温かい場所で寝かせてやりたい」
 勇儀に抱かれた翼の子は、泣き疲れたのか眠ってしまっていた。
 さとりも抱いている少女に目を落とした。尻尾がダランと垂れ、背中と耳が微かに震えている。
「せめて大きい屋根がある場所があればいいんだが」

「それなら、いい場所があります」
「!」
「……誰だ?」
(気配が近づいてくるのに気付けなかった……)
 後ろから突然かかった声に、勇儀は警戒しながら振り向いた。

 そこにいたのは黒づくめの兵装の少女と、剣呑な鎌を持った背の高い少女。
 ともに傘をさしていないままだ。
 それは勇儀達も同じだったが。

 黒づくめの少女が言葉少なに、けれどはっきりと聞こえる声で言った。
「この街を壊し、この街を去る者です。名は必要ないでしょう」
「へぇ……そいつはそいつは」
 勇儀は会話を長引かせるためにわざと曖昧に言葉を切った。
 見た所、目の前の二人に殺気はない。だが隙もない。
 ここには勇儀以外には直接的な戦闘能力に欠けるさとりと、怪我した子供が二人。
 周りに散った仲間達はまだこの二人に気づいていない。
 最悪、勇儀だけで戦闘力未知数の奴を二人も相手にしなければいけない。

「勇儀。大丈夫です」
 じんわりと闘気を立ち上らせる勇儀の袖を、さとりが引いた。
「さとり?」
「このお二人に害意はありません。それよりそちらの方、『今お考えになった事』は本当ですか?」
「……私の思考が分かるのですね。話が早くて助かります」
 心を読まれた事に対する不快感を微塵も見せず、彼女は二人をいざなった。
「こちらに、あなた方が必要としている場所があります。」




 勇儀達が連れてこられたのは、先ほどの報告で使えないと聞かされた区画の片隅だった。
 半壊状態の建物に入る。
 建物の内部は目立った浸水こそないものの、冷気がひんやり壁と床に染みついていた。
 どこか遠くで、ピシャンピシャンと音。

「地上の施設はほとんど破壊されましたが、地下の基幹部分にまでは手が回っていません。戦いが起こった時にこの施設に責任者が地下部分を封印した事が功を奏したようです」
 少女は説明しながら案内する。
 彼女に先導される形で、勇儀とさとりは子供を抱きかかえながら付いて行った。

「この一帯の区画は旧名《灼》。かつて灼熱地獄と呼ばれた施設群があった場所で、この建物はその炉心管理施設になります……こちらです」
 行き止まり。
 正面には青い大きな扉。ピタリと閉じられている。
 錠はされていないが、その大きさからして勇儀の力でも開けるのは難しいだろう。
「何もないが?」
「小町、お願いします」「はい」
 小町と呼ばれた少女が、気合一閃、拳を叩きこんだ。
 ドォォォン。重々しい音を立てて扉が倒れ、音に驚いて黒羽の子が勇儀の腕の中で目を覚ました。
「すごいね」「どうも」
 ちょっとウキウキしてしまった勇儀に小町が短く答えた。
「すこし下に降ります」
 扉の向こうには階段があった。

「どうぞ」
「こいつは……」
 階段を下りて通された空間に鎮座していたものを見て、勇儀は思わず息を飲んだ。
「八卦炉じゃないかっ!」
「よくご存じで」
 数個の装置と、巨大な、勇儀達が入ってきた扉よりも一回りも二回りも大きい窯口。
「昔、仙人に喧嘩を売った時に見た事がある……確か真火を灯した永久炉だったか?」
「それは仙界の大上老君の洞にあるものですね。こちらはある別の仙人が作り地獄に寄贈された模造品です。模造品ですが機能は本物に劣りません」
 そう言って映姫は懐から正六角形の盤を一枚、取り出した。
「こちらは六十四卦盤。八卦炉の基本制御装置で起動鍵にもなっています。押収品の中にありましたので失敬してきました」
 説明しながら、装置の一部にそれを嵌める。

 ブゥン
 重く、深い音を立てて炉は息を吹き返した。
 途端に、空気の温度が二三度上がったように感じた。
「……こいつはすごいな」
「真火の封印を解放、炉を再起動させました。後は適宜、ボイラーの開放と燃料の補充で温度調節を行ってください。施設内の空気は一定にまで上がりますし、水を暖める装置もありますのでお風呂も沸かせますよ」
「そりゃ至れり尽くせりだな。感謝する」
 勇儀は高くにある頭を下げた。

「しかし、勝手に封印を解いちまってよかったのかい……失礼かもしれないが、それほど高位の人にも見えないが」
「……この施設も含め、ここら一体の4区画は地獄から『破棄』と『封鎖』が決定されています。同様にこの土地と、そこに根付く生物・無生物を含む全ての所有権領有権も『破棄』されました」
 ですからここを誰が使おうが、地獄は、十王庁は一切関知しません。
 ここに人達を救える者は、地獄にはいないのです。
 勇儀は映姫の心の声を聞いた気がした。
「私を含む地獄十王庁の者はあと数刻以内に全て立ち去ります。炉の再起動や六十四卦盤の紛失もしばらくは気付かれないでしょうし、気付かれたとしても忙中の十王庁にとっては些事として片づけられるでしょう。後日、回収を試みるかもしれませんがここは既に十王庁の土地ではない。わざわざ『封鎖』された立ち入り禁止区域にまで入っては来ないはずです」
「来たとしても、怖ぁい鬼さんに追い返されるかもな」
「……そうなるといいですね」
 クスリ
 勇儀の冗談に、初めて映姫がほほ笑んだ。

「ボイラーの開放はいいとして、燃料ってのはなんなんだい?」
「それは……あ」
 そこで映姫の口が急に重くなった。
 勇儀とさとりが抱きかかえている子供に交互に目を走らせる。
「?」
(子供の前じゃ言えないのか?)
 不思議に思う勇儀の背中を、さとりがつついた。
「勇儀」
「ん?」
 振り向くと、いつの間にか目を覚ましたのか、黒猫の少女と目があった。赤い眼だった。
 さとりが抱いていた少女を下していた。
 そしてその少女がヨロヨロと足を引きずりながら前に出る。

 少女はそっと両手を掲げた。そこに青い光が集まり膨れ上がる。
 そしてその光が消えた時、少女の腕の中には彼女と同じ容姿の、けれど少しだけ幼い女の子がいた。
 女の子の両目は閉じられている。

「その子は……」
「彼女の妹です」
 疑問を口にしかけた勇儀の袖をさとりがくいっと引いた。
「静かに。黙って見ていてください」
 そう告げたさとりの横顔は、何か強いものがあった。

 黒猫の少女はゆっくりと窯口の前にまで進み出た。
 すると窯口が、ガコン、と音を立てて開いた。
 地獄の業火が口を開く。

 ゴォウゴォウ

 吼える紅蓮の炎の群れにも少女は臆さず、ただじっと前を見つめていた。
 そして、そっと、抱きしめる妹の亡骸を炉の中へ放り投げた。

 ボッ
 ガコン

 亡骸は一瞬で炎に食い荒らされ飲み込まれ、火の粉を散らして窯口が閉じた。
 ブォン
 調子がいい、とでも言うように炉が唸る。
 黒猫の少女は、最後まで視線を逸らさなかった。

「……この炉は、死体を燃料とします。その子は死体を集める能力を持った『火焔猫』の一族」
 映姫の淡々とした低い声が室内にこだまする。
「同じようにそちらの翼の子は地獄鴉の一族。八卦炉直上の上昇気流で空を舞い、地に溢れる余剰熱で卵を孵す、八卦炉と共に生きる者達です。この炉の管理の仕方は一通り伝え聞いているでしょう。……ここらの生き残りは彼女たちだけではないでしょうし、助け出された者たちは、あなた方がこの地で生きる助けになるはずです……」
「言われないでも助けるさ」
 放っておけばいつまでも言葉を止められなさそうな映姫を、勇儀が遮った。
「私ら地上の鬼には血も涙もある。情けもね」
「……お願いします」

「それにしても、死体を燃料たあねぇ」
 昔に見たヤツは天の川の牛の糞を燃料にしてたが。
 抱えていた少女を下すと、ぼやきながら勇儀が炉に近づいた。
「じゃ、私も入れるか」
 腰に巻いてあった袋からあるものを取り出した。
「それは……?」
「弟達のされこうべ」
 数珠繋ぎになった髑髏を愛おしそうに見つめながら勇儀は頭をかいた。
「旅の途中で別れなくてはならなくなって、だけど見知らぬ土地じゃあ墓を建てる事も出来ない。だからこうして小さくして連れて来たんだ。どこか、土のあるひとところに落ち着いたら弔ってやろうと思ってたんだけどねぇ」
 そういう風にともがらを連れてきた仲間は、私以外にも一杯いるハズさ、と勇儀は付け加えた。
「生ける仲間を暖めるためなら、みんな喜んで燃え上がってくれるだろうさ」
 冗談めかして勇儀は言う。
 さとりは口をつぐんだ。

「それにこの炉の燃え立つ気流なら、ついでに天国へだって行けちゃいそうだ」
「いけるよ!」
 翼を持った少女が叫んだ。
「しゃくねつじごくの風にのってとんでけば、てんかいまでだってひとっとびってお父がゆってたもんっ」
「そいつはいい」
 拳を握って叫ぶ少女に、勇儀はカラカラと笑った。
「ほんじゃぁいっちょ派手に火葬大会といこうかいっ! 一番槍は逃したが、二番目は譲らない勇儀さんだよっと」
 ぽんっと投げられた数珠頭を、窯口はゴゥンと飲み込んだ。


 ◆


 勇儀の誘導で、助け出された者達が次々と灼熱地獄跡に運び込まれ始めた。
 あわせて八卦炉の地上部分と周辺施設の応急修理が急ピッチで進められる。
 雨漏りが止まったらそっちの壁頼むわー。
 お湯出たぞー。消毒用と炊き出し用と分けろよー。
 おいそこのカンナどけろ。寝床作るんだ。
 熱気を取り戻した灼熱地獄の周辺から、映姫と小町はそっと抜け出した。

 人気がない所まで来ると映姫は後ろを振り返った。
「何か、ご用ですか?」
 二人の後をそっと付いてきていたのは、さとりだった。

「……西の方に、心の乱れが見られます。確か、あなた方の軍勢の一部はまだこの地に残っていたのですよね」
 さとりの言葉に、映姫は表面上は乱れずに答えた。
「はい。おそらく、私の不在をどこかの者が大げさに騒ぎ立てているのでしょう。私が戻れば問題ありません」
「あなたの不在もそうですが、おそらく私達の炊煙や、灼熱地獄に明かりが再び灯ったのを誰かが気付いたのでしょう。単純にあなたが戻っただけでは解決しないかもしれません」
「……私が行って、押しとどめましょう」
「力ずくで、ですか?」
 揶揄するように言うさとりに、映姫は黙った。

「あなたも、後ろのその子もそれなりの力があるようですが、軍勢を押し戻すだけの圧倒的な武力があるとは思えません。それにあなたにはもう、力を奮う事に対して迷いがある」
「……心を読まれている、という事を忘れていました」
「不快に思われたのならごめんなさい。ですが上部が定めたの撤退期限まで持てばいい、などと考えている犬死志願に、私達の安全は任せられません」
「ですが……」
「私がやりましょう」
 一際声を高くして、言う。
「私なら、戦う以外のやり方でこの場を治められます」
 この力、あまり好きではないのですけれどね。
 自嘲するようにさとりは笑う。
「でしたら……」
「勘違いしないでください? 私は力を使うのや戦うのは嫌いですが、頼られるのは好きなんですよ。そしてこの力が役に立つのなら喜んで力を使いましょう」
 勇儀ったらいつも守ってくれるばかりなんだから。
 クスクスと、まるでなんでもない事のように言うさとりに、それでも映姫は喰い下がろうとした。
「ですがたった一人では」
「いざとなったら妹も出てくるでしょう。そうなればもう勝負は決まったも同じです」
「妹さん?」
「ええ。どこにいるのか分かりませんが、とびっきり頼りになる妹です」
 今度は照れくさそうにほほ笑む。
 同時にそこには絶対の自信があった。
 映姫はもう何も言えなかった。

「ですので、あなたはただ祈っていてください」
「祈る?」
 まだ煮え切らない映姫に、さとりが静かに告げた。
「そう。この場所が、再び炎を吹き上げた灼熱の地獄が、永遠にその火を絶やさぬように」
「二度とこの雨で、絶やさぬように?」
「ええ。二度とこの雨で、絶やさぬように」
「……わかりました」




「冷たいですよね。この雨」
 クスクスと笑いながら、水たまりの中でくるりと回る。
「最後に一つだけ、物申します。涙が冷たくなるまで泣けば心が救われるならそれもいいでしょう。雨の冷たさで少しでも罪悪感が消えるのならそれもいいでしょう。ですがあなたにできる善行は、それではないのですか?」
 それでは永くごきげんよう。
 そう言ってさとりは飛び立った。




 残された映姫はしばらく黙りこんだままだったが、不意にポツリと呟いた。
「……小町」
「……はい」
「……妖怪に、善行を説かれるとは思ってもいませんでした」
「はい」
「あなたに言われた事といい、まだまだ私も修行不足のようです。…………こんな私ですが、これからも付いて来てくれますか?」
「はい!」




 二度と涙は流すまい。
 映姫は心に誓った。

 そして今はただ祈ろう。
 ―― 二度とこの火を、この雨で絶やさぬように、と。
自己矛盾が発生していないか心配な設定盛り沢山な話でしたが
もしお楽しみいただけたのでしたら嬉しいです。


しかし最初はお燐がさとり様に拾われるだけの話だったはずが……どうしてこうなった
どろゆみ
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2009/11/21 23:54:42
更新日時:
2009/11/21 23:54:42
評価:
18/18
POINT:
106
Rate:
1.38
1. 8 静かな部屋 ■2009/11/23 10:50:54
いまいち誰を主眼に据えた話か分かりにくい。
ストーリーはかなり好き
2. 6 神鋼 ■2009/12/29 01:29:28
かなり楽しませていただきました。ですがやはり設定が重厚すぎるために、本来なら十分なほどの文章量にも関わらず物足りなさを感じました。
3. 5 藤木寸流 ■2010/01/04 03:35:12
 柄の悪い男連中は、胸糞悪い設定だから胸糞悪い感想持っても間違ってはいないんでしょうけど、やっぱり胸糞悪いです。
 最後、もうちょっとエピソードが長かったらなと。余韻が足りない。冒頭は魅せられました。扱うには少し重すぎるネタだなあとは思いながら。
4. 5 バーボン ■2010/01/08 19:30:57
多分これは映姫の内面描写がメインのSSですよね?戦争が終わって、残された者に対しての贖罪の念みたいな物を軍の人間が感じる、と。そういう風に捉えたのですが、違っていたらごめんなさい。
が、消化不良気味です。最後も若干綺麗にまとめようとし過ぎた感があるような。イマイチ映姫の最後の決意に感情移入出来ませんでした。

完全に余談で聞き流して貰って結構なんですけど、このオリジナル色の強い舞台設定は結構自分のツボだったりしました。
ここから旧都の復興、映姫と小町の行く末、十王庁の影の部分なんかを幻想郷的大河ドラマとして描いていったら、さぞかし超大作が出来るだろうな……なんて妄想したり。
5. 3 パレット ■2010/01/10 05:34:37
 程よく敷き詰められたオリ設定と、そこから生じるお話がすごく魅力的でした。
 ただ、最後らへん途中でぶつ切れてしまった印象が強くて、そこが残念でした。炉に死体を投げ込んでそこからもう一展開ありそうかなと思いきやあれー? って感じ。もうちょっと締まった形の終わり方があったんじゃないかなと勝手に思ったり。
6. 6 白錨 ■2010/01/10 12:28:03
鬼神長のうざさが効果的だったと思います。
後、映姫&小町の過去を振り返れて、なかなか好印象でした。
7. 4 椒良徳 ■2010/01/11 20:18:24
率直に申し上げて、つまらない。

時間が十分に無かったためなのか、元々このように書くおつもりだったのかは判りませんが、
話が尻切れトンボになっているように感じました。
まず、地獄で戦乱が有ったという非常に重たい背景がありました。
次に、その戦乱で大活躍をした映姫が、最底辺の地蔵への降格を願い出たという伏線がありました。
さらに、廃墟と化した地獄に今の幻想郷でいう地底の妖怪たちが現れ、
救出した火焔猫や地獄鴉たちとともに廃棄された旧地獄を再建し、生きていこうとするシーンがありました。
そして、西方に十王の軍勢が残っているという波乱を予感させるシーンがありました。
ここまで書いておきながら、話がいよいよ動き出すという所で終わってしまっています。
これではあまりにももったいないでしょう。

私は、貴方の考えた設定が知りたいのではなく、貴方がお書きになった作品が読みたいのです。
コンペは時間が限られているので仕方ない面もあるかとは思いますが、もっと丁寧に作品を練ってはいかがでしょうか。
他でもない、貴方の作品なのですから。
8. 6 詩所 ■2010/01/13 22:33:11
 さとり達と映姫達ってなんとなく仲悪そうに感じていましたが、こう読んで見ると斬新に感じます。
9. 3 deso ■2010/01/13 23:34:55
ところどころ面白そうな独自設定があるのですが、全体としてみると物足りなく思います。
戦争の傷跡はもっと生々しく、映姫と小町の葛藤はもっとドロドロに、勇儀とさとりの背景はもっと骨太であると個人的には良かったかなあと。
せっかく面白そうなネタなのに、駆け足すぎる気がします。
10. 3 ホイセケヌ ■2010/01/14 20:24:41
・ェ・・ク・ハ・ヤOカィハ「、熙タ、ッ、オ、。「、ハ、ホ、マ、、、、、ネ、キ、ニ、筍「、キ、遉テ、ム、ハ、ォ、鯆└、、ソ、ウ、ネ、ハ、、ケフモミテヤ~。「ヤOカィ、ミ、ォ、熙ヌネ。、テ、ト、ュ、ヒ、ッ、、、ウ、ネ、ウ、ホノマ、ハ、ォ、テ、ソ、ヌ、ケ。」、ス、ホノマ。「ヤOカィ、ャヤOカィ、タ、ォ、鬢ォ。「・ュ・罕鬢筵ュ・罕鬢鬢キ、オ、ャウ、ニ、、、ハ、、、ウ、ネ、ャカ爨ォ、テ、ソ、キ。「コホ、タ、ォ、ハ、「。「、ネムヤ、テ、ソクミ、ク。」

、ヌ、筍「テ靤エ、マオトエ_、ヌ。「ヤ彫篝_畝ヒ、゙、ネ、゙、テ、ニ、、、、キ。「ヤOカィ、ャ、ウ、、タ、アハ「、熙タ、ッ、オ、、ハ、ホ、ヒニニセ`、キ、ハ、、」ィヒス、ャメ侃ソマ゙、熙ヌ、マ」ゥ、ホ、マ、ケ、エ、、、ネヒシ、テ、ソ。」
11. 7 リコーダー ■2010/01/14 21:06:03
熱くて死ぬぜ。
本来殺伐としたのは受け付けないんですが、これはギリギリセーフ。
12. 7 やぶH ■2010/01/15 02:00:51
私の頭の中にある東方とは全く違う世界観なんですが、丁寧かつ注意深く書いていらっしゃるために、確かな説得力がありました。
個人的には、もう少し一人一人のキャラクターを掘り下げたドラマが見たかったかな、と思います。
ちょっと文量は増えちゃうかと思いますが……。
13. 7 すっとこどっこい ■2010/01/15 10:26:42
読みましたので感想を書かせてもらいます。


もしかしたらいろいろ調べた上での設定でしょうか。
だとしたら何というのか、凄いです。
あと、設定に関してですが、読み進めていくにつれ違和感が無くなりました。
矛盾だなんてとんでもない。


文章に口を出させていただくならば、最後の「……」の連続使用ですか。
あと擬音語? ですか。状況を解りやすくするのに最適ですが、見ていて幼稚に感じました。


最後に良かったと感じた点。
哲学的な一面を見れました。
正義と言うのが実のところ殺戮的で、血も涙もないとしたら、それは果たして正義なのか。
善行というのはどこまでが善行で、悪行というのはどこからが悪行なのか。
と、いろいろ考えさせられました。
それに合うような話の流れ、終わり方は深みがあり、一重に作者様の物語構成の技術力に感嘆としました。
やられた、と思いました。


最後に、勇儀姐さんをあそこまで可愛く書いていただき、個人的にありがとうございます。素晴らしい作品でした。
14. 8 八重結界 ■2010/01/15 17:57:12
 緻密な背景設定に関心を越えて感動すら覚えてしまいました。
 欲を言えば、まだまだこの背景で綴られる物語を読んでみたいものですが。それは野暮というものなのしれません。
15. 8 2号 ■2010/01/15 19:12:23
地霊殿と映姫たちとをうまくつなげたなーという印象です。
火を絶やさぬように、という台詞もぐっときました。
映姫の同僚・部隊と映姫との対立や小町の設定は、最後まで掘り下げないなら軽くで流しても良かったかもですね。
16. 8 零四季 ■2010/01/15 23:06:01
なるほど、こっちから見るやり方も面白い。様々な角度から見れると世界が広くなる気がします。
地獄についても、旧地獄についても、独自の解釈が面白かったです。
いろんなこと考えてるなぁ、と。兎角、すっと流れるような薄暗い話をありがとうございました。
17. 5 木村圭 ■2010/01/15 23:23:05
本人はただただ発した言葉なんだろうけど、おくうの言葉がジンとくるなあ。
そしてそれを聞いて笑える勇儀は本当に強いんだと思う。私だったら絶対泣くわ……。
18. 7 時計屋 ■2010/01/15 23:31:14
 こう、見捨てられた街を復興していくとかいいですねえ。胸が熱くなります。
 映姫は裁く側らしい超然とした態度で書かれるのが常ですが、こういう映姫もいいですねえ。
 独特の世界観でしたが、質の高い良いSSだと思いました。
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