れいに・でい・さんしゃいん

作品集: 最新 投稿日時: 2009/11/21 23:55:14 更新日時: 2010/08/12 02:54:39 評価: 22/23 POINT: 128 Rate: 1.33




 やわらかい湯気が浮かぶみたいに、ふあっ、と目が覚めた。上半身をもたげるとつめたい空気が首筋をなでて、思わず掛け布団を抱きしめた。やがて朝のすずしさが肺から広がって、からだじゅうを新鮮にしてゆく。ぼうっとしたあたまの霞が晴れてきて、あ、と思った。もうすぐ秋が終わるんだ。
 名残を惜しみながら床を上げて、あくびが出そうなのをかみ殺して、枕元の楼観剣の鞘をつかんだ。ひやりとした、手になじんだ感触。障子を開けると、西行寺の庭の遙かむこう、ぴかぴかの冥界の明け空から、小春日和の日光が、ふあっ、と転がり落ちてきた。つい、さっきは我慢したあくびが出てしまった。とっさに口を押さえて、南無三、武士にあるまじ、と自分をたしなめるけれど、こんなにあたたかな空を見ては、浮ついた気持ちが次から次からわいてきて押さえられないのだった。
 こんな晴れた日は、いい日になりそう。



 手水場で顔を洗い、身支度するとお勝手に立った。お湯を沸かし、朝ご飯の準備をして、ご飯が炊きあがるまでに簡単にそうじをしておく。そうして、おみおつけができあがって、ご飯が炊きあがって、いよいよ私は幽々子さまの寝室に向かう。



 縁側にひざをついて、私は障子のむこうに「幽々子さま」と呼びかける。む、むう、と身じろぎする気配がして、しかしすぐに健やかな寝息すら聞こえそうな、沈黙。ふよ、と小さな幽霊があたまの上を通り過ぎて、しばし。
「失礼します」
 私は障子を開ける。幽々子さまが、ふとんの中で丸くなっている。小春日和の陽光が転がり込んで幽々子さまの眉を撫で、幽々子さまはむずがるように、む、むう、とうなって、ころりとあっちを向いた。
「幽々子さま、朝です」
 肩を揺すると、幽々子さまはますます小さく丸まった。しかし、そろそろ起きてもらわないと、と思い、しばらく私は肩を揺すりながら、「幽々子さま、幽々子さま」と何度も呼ばう。やがて、幽々子さまはいかにも重そうにまぶたを開けた。
「おはようございます」
 身を起こした幽々子さまは、なんだか、お召し物がいやに着崩れていた。ぽやっと私の方を見るともなしに見ていたと思うと、ふらりと視線を障子の向こう……空のほうにやった。
「幽々子さま?」
 幽々子さまの視線の先で、目をさまし始めた幽霊たちが、ふよふよと宙を漂いはじめる。きれいな空。私も釣られてそちらを見ると、ふいに、幽々子さまに抱きしめられた。
「……あの?」
 ふとんから出たばかりの、あたたかくて甘い香りの幽々子さまに私はちょっと戸惑って、そうして、幽々子さまに、妖夢、と呼びかけられて、「はい」なんて間抜けに返事するしかない。



「妖夢、今日は、雨が降るわ」



「ごちそうさま」
 幽々子さまはいつも通り朝ご飯を召し上がった。幽々子さまがお茶をすすっている間に、私も少し遅れて食べ終わった。お膳を片づけようとして、立ち上がりしなに、妖夢、と幽々子さまに呼び止められた。
「今日のお仕事は?」
「はい、お勝手の後片付けが終わったら、庭の仕事を」
「雨よ」
「……はあ」
 私はつい、チラと障子の方を見る。半紙を通して陽光がふんわりと落ちてきて、きっと向こうには変わらずぴかぴかの空がある。雨よ、ともう一度幽々子さまが言ったので、私は視線を戻した。
「だから、庭の仕事はしなくてもいいわ。おつかいも。……問題ないでしょう?」
「はあ」と私はちょっと考え考えしながら、「まあ……庭は急ぎませんけれど。食べ物の蓄えもありますし」
「ね?」
「……はい」
 そういうことになった。



 道場のぞうきん掛けは十分もせずに終わった。幼い頃、師匠から剣の道を教わっていた頃から、鍛錬の前にこれを欠かしたことはない。
「妖夢、こっち、終わったわ」
「……ありがとうございます」
 どうにもやりにくかった。朝ご飯の片付けが終わって、道場で修行をする、と言うと、幽々子さまは、ついてくるとおっしゃった。あまつさえ、修行の前のぞうきん掛けを手伝うとおっしゃる。固辞したけれど、聞き入れられなかった。道場の壁の高いところに格子窓があって、四角い陽光が床にまっすぐ落ちてきていた。
「冷やっこい、冷やっこい」
 幽々子さまはぞうきんを桶に入れてじゃぶじゃぶやった。幽々子さまは道場の四分の一ほどをふいて下さった。
「あ、あとは私が」
「ありがと」
 ぞうきんを片付けて、私は木刀を握った。道場の中心に向かって一礼し、ゆるりと歩を進め、構えた。幽々子さまが見ていた。……いたたまれない。
「うん?」
「あの……」
「練習?」
「……はい、その……始めます」
 幽々子さまは道場の日の当たる一角に陣取って、ちょこなんと座った。そうして、なんだか愉快そうにこちらを見た。私は極力気にしないようにして、素振りをした。なんだか、ぎくしゃくしていたように思う。
「妖夢」
「……っ、はい?」
「私も素振り、やっちゃだめ?」
「……ええと」
 私は幽々子さまの剣術指南役を仰せつかっているのだ。でも、半人前の剣で幽々子さまにお教えするなんて、おこがましくて、はばかられて、その仕事は、私の剣の道に通じるまで、と猶予を頂いている。
「うふふ、そんなに難しい顔しちゃ嫌よ。冗談、冗談」
 幽々子さまは小袖を口元にやってころころ笑った。
「……すみません」
「続けて」
 私は素振りを再開した。その間、幽々子さまはずっと私を見ていらした。私の練習など見て楽しいのだろうか、と思わなくもなかったけれど、ずっと幽々子さまが微笑まれているのが視界の端にうつって……なんだか、だんだんこっちも楽しくなってきた。私は驚くほど集中していた。安心すらしていた。鼻の頭を汗の滴が伝い、腕に気持ちのいい疲れが刺激して、きっといつもの倍くらいの時間をかけて素振りを終えた。型の練習は、さながら舞踏のよう……と自画自賛したくなった。あっという間に、時間が過ぎた。
「お疲れ様」
「はい」
 渡された手ぬぐいから、陽だまりのにおいがした。



 お昼を食べ終わった。
「さて」
「あら、どこへいくの妖夢」
「午後は、邸を掃除しようかと」
「……もう。いいのよ、そんなの、あとで」
「え、……でも」
「どうせ雨が降るわ。汚れちゃったら掃除の甲斐がないでしょう」
「はあ」
「そんなことより、おやつ、おやつ」
「……あのう」
 そういうことになった。



 南に上った太陽がぽかぽかと縁側をあたためた。雲ひとつない、ぴかぴかの空だ。
「雨、降りませんね」
 つい、ぽつりと言った。
「今に降るわ」
 幽々子様もぽつりとお答えになった。松の木の針のような葉もこの太陽に鋭さを失ったのだろうか、幽霊たちがその枝にとまってはぽかぽかと日向ぼっこを楽しんでいるようだった。
「おかわり、ちょうだい?」
「はい」
 私は急須にお湯を汲みなおした。そうして、幽々子様の湯飲みには新たにお茶が注がれた。幽々子様はそれに少しずつ口をつけると、時雨餅を楊枝に刺してはついばむように召し上がった。
「おいし。妖夢も食べなさい?」
「あ、はい、頂いてます」
 時雨餅は舌に乗せるとほろほろと崩れ、ふんわり甘かった。縁側に二人並んで座っている。座布団も敷かずにじかに座った縁側は、でも、陽光をいっぱいに吸ってむくむく膨らんだ木材が、やわらかく足をあたためた。私は頭の芯がとろけるように思った。
「猫とか飼いたいわねぇ」
「はい?」
「紫のとこのほら、藍ちゃんみたいに」
「はあ……藍さんは狐ですけど」
「その式の子がいるじゃない、橙ちゃん」
「ですね。そういえば、神社にも猫がいました」
「ああ、ふかふかってしたいわ。ふかふかって」
「ふかふかですか」
「ふかふか」
「ふかふか」
 真剣にあたまがとろけていた。
「ふかふかっ」
「あっ」
 やにわに、幽々子様に抱きしめられた。幽々子様の着物も陽光をいっぱいに吸っていて、ぽかぽかしていた。幽々子様は私の頭をなでた。顔があつくなった。
「あのう」
「ふかふかー」
「……猫じゃないですけど」
「うふふ」
「……ふかふか」
「やーん」
 わたあめみたいな雲がひとつだけ、どこかしらから漂ってきていた。



「夢を見たわ」
 湯に浸かりながら、幽々子様がおっしゃった。
「えっ?」
「ねえ、妖夢」
 湯船の中の幽々子様が、お酒も召していないのに、どこか酔っていらっしゃるように見えた。
「時雨餅、おいしかったわねぇ」
「はあ」
「今日、ぬくかったわねぇ」
 ふふふ、と、まるで、童女のようだった。
「たまには、雨の日もいいわ」
 格子窓のむこう、晴れ渡った夜空に、月がぽっかり浮かんでいる。



「おやすみなさいませ」
「おやすみ」
 障子を閉めた。私は灯かりを持って縁側を歩いた。幽々子様の寝室を離れて、ふと見上げると、月がぽっかりと明るかった。結局雨は降っていない。歩きながら、幽々子さまの言葉の意味を考えた。単なる気まぐれのように思えるし、何か、私に遠まわしに伝えようとしているようにも思えた。いつものことだけれど……どうにも、つかめない。
「あはは」
 つい、おかしくなった。南無三、笑い事か、と自分を叱咤するけれど、おかしくなったものはしかたない。私は素直に笑うことにした。幽々子さまにはかなわない。それは自分の半人前の証拠であるし、恥じなければならないのだけれど、妙にうれしいのが困った。
 ふと、面白いことが頭をよぎった。ほんとうに、雨は降らなかったのだろうか? だって、幽々子様のことばひとつで、私のふるまいは、雨が降ったときのようになってしまったのだ。ことばで、雨は降らせられるのだ。
 私は寝室に戻って、ずっと携えていた楼観剣を枕元の台におさめた。そうして、灯かりのろうそくを吹き消した。



 くらやみのなかで、月はいっとうぽっかりと澄み渡っていた。私は、わけもなくふふふ、と笑って、障子を閉めた。布団に入って、しだいにぬくくなってゆくからだが、へんにこそばゆかった。

 明日も、雨かもしれない。

 そう思うと、あたまはゆるゆるととろけていって、私はまどろみにからだをゆだねた。そうして、わたしはきっと、桜の夢をみた。



 あしたてんきになあれ。
つくし
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投稿日時:
2009/11/21 23:55:14
更新日時:
2010/08/12 02:54:39
評価:
22/23
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Rate:
1.33
1. -2 A ■2009/11/22 00:10:57
なにもない
2. 7 静かな部屋 ■2009/11/23 10:50:48
詩のような作品ですね。きっと白玉楼では週に一度くらいこんなことがあるんだろうなあ。
3. 8   ■2009/11/24 01:48:29
幽々子様のやさしい悪戯心が心に染みました。
長さも自分が読むにはジャストの長さでストレス感じなく読み切れました。
それにしてもああ、妖夢になりたい。
4. 6 神鋼 ■2009/12/28 00:14:36
ああなんて逆転の発想、これは思いつかなかった。
5. 4 藤木寸流 ■2010/01/04 17:19:17
 相変わらず幽々子さまは何を言ってるのかよくわからないな!
 でもほのぼのとしていてよかったです。
 目に見えぬものを想像することこそ風流、という儚月抄の一文を思い出したりもしました。
6. 5 いすけ ■2010/01/05 20:14:27
いい雨の日でした。
7. 10 バーボン ■2010/01/08 19:37:11
ああ、これもアリか……!と、してやられた感が。
この発想は無かったです。しかもそれを活かせるキャラ選択……ここで冥界組を出してくる作者さんのセンスに脱帽。
ゆるい雰囲気、ゆるい文章、ゆるいやり取り。非の打ち所が無くほのぼのしてしまったので、文句無しに満点です。やられた。
8. 4 パレット ■2010/01/10 05:35:03
 儚月抄で「想像の月」を楽しんでいたゆゆさまだからこそ、非常にそれっぽさが伴いますね。
 お題の使い方が上手いと思いました。
9. 4 白錨 ■2010/01/10 12:28:57
白玉楼の一日。という印象を受けました。ヘイワダナー。
10. 3 椒良徳 ■2010/01/11 20:21:02
ごめんなさい。非常に変わった作品だなとは思いましたが、面白くありませんでした。
結局、この作品は何が言いたかったのですかね?
小学生が書いた風の文章を書こうとして漢字の使用を控えていらっしゃるようですが、個人的には読みづらくて苦労しました。
何かに挑戦しようというその意気込みは良いと思いますが、成果が出ていないと思います。
そんな訳でこの点数をつけさせて頂きます。
11. 10 nns ■2010/01/12 17:59:38
こういう一日も、良いね
12. 5 詩所 ■2010/01/13 22:33:43
 雨降ると脳がふにゃふにゃするみたいです。
13. 7 deso ■2010/01/13 23:33:30
良いのう、良いのう、ゆゆみょん。
実際に雨を降らすことなくお題にする、という手法は目から鱗。
上手いなあ、と素直に思いました。
14. 10 ホイセケヌ ■2010/01/14 20:31:42
モ熙ャスオ、鬢ハ、、。」、ス、、ハSS、ハ、ホ、ヒ。「、ハ、、ネノマハヨ、ッ。クモ遙ケ、ホ、ェ}、タモテ、キ、ニ、、、、ウ、ネ、ォ。」モト。ゥ、オ、゙、ホ、ェイ霪ソ、ヌ。「、荀オ、キ、ッ、ニ壥、゙、ー、、ハミミモ、ヌ。「エ_、ォ、ヒ齧、タ、゙、熙ホヨミ、ヒモ熙マスオ、、ホ、ヌ、ケ、ヘ。」

齧、タ、゙、熙゚、ソ、、、ヒナッ、ォ、ッ、ニ椄キ、、ョ壥、ャエコテ、ュ、ヌ、ケ。」ム廻、ネメサセw、ヒ。「ヒス、筅ネ、、ア、ソ、、。」
15. 5 やぶH ■2010/01/15 02:03:52
ふよふよしたこの空気は、まさに白玉楼組ならでは。
欲を言うなら、オチの妖夢の発見が、もっと印象に残るようなストーリーがみたかったかなぁ、と。
おっ、と思わせる軽い読み物ということであれば、申し分ない作品でした。
16. 5 八重結界 ■2010/01/15 17:57:50
 なにこの主従。可愛すぎる。
17. 5 2号 ■2010/01/15 19:13:01
これはテーマに対する斬新なアプローチ。
ちょっと私には思いつきません。
妖夢も幸せそうでよかったです。
18. 8 焼麩 ■2010/01/15 22:31:59
やば……あたまが……とろけ……
   かゆ  うま

幸せは、あたたかくてやわらかくてあまいものなのです。たぶん。
19. 8 零四季 ■2010/01/15 23:07:54
降らなかった

思わず「うわぁ」と声を漏らしてしまいました。気持ちが良い話でした。
20. 4 木村圭 ■2010/01/15 23:23:32
何か幽々子が消えそうな気がしてならなかった私は根性がひん曲がっているらしい。
平和すぎる描写が丁寧でグッド。たまにはこんな休日も。
21. 7 近藤@紫 ■2010/01/15 23:31:29
(><) ゆゆ様可愛いですっ
22. 5 時計屋 ■2010/01/15 23:31:43
 実にまったりと、ほんわかとする短編でした。
 時雨餅ってなんだか分からないので検索してみたんですが、これは大阪の名物なんでしょうか?
 うーん、食べてみたいなあ。
23. フリーレス つくし ■2010/01/24 14:58:10
読了感謝であります。さしあたり、レス返し仕ります。

>A様
 何もない日が大切な日、みたいなことってよく言われますよね。

>静かな部屋様
 萩原朔太郎とか好きです。あとフランソワ・ヴィヨンとか。コクトーとか宮沢賢治とかはデンパすぎてイミフでした。

> 様
 ぼくは幽々子様になって妖夢で遊びたいです

>神鋼様
 コンペでお題をヒネクレ解釈することがもはや生きがいの一つになってます。

>藤木寸流様
 げっしょーのゆゆ様が想像以上にデンパ飛ばしまくってて俺歓喜。

>いすけ様
 外に出たくない日にうってつけ。

>バーボン様
 ゆゆみょんがらぶらぶしてたら割としあわせです。

>パレット様
 「俺たちの日常の九割は脳内で起こっている」という名言をとある小説で読みました。ステキ。

>白錨様
 「妖夢ナデナデにうってつけの日」というサブタイトル案があるような気がしましたが実はなかったりします。

>椒良徳様
 別に言いたいこととか無いです。楽しければいいです。ひらがなはなんかこう、寝転びながら「のーん」と読んでほしかったので。

>nns様
 だらーっと一日中寝ているだけでお金がもらえる仕事を真剣に探しています。

>詩所様
 書いてるときに「かゆ   うま  」ってなってました。

>deso様
 ゆゆみょんおいしいです 幽々子様はずっとデンパ吐いててくれればいいとおもいます。

>ホイ・ケヌ様
 も、文字化け……。なんか、ありがとうございます。

>やぶH様
 さくっと読んで無聊を慰め、内容忘れたけどなんかよかった気がする、くらいに思ってもらえたら本望です。

>八重結界様
 縁側のシーンをコミカライズしてくれる人を真剣に探しています。

>2号様
 パワプロでもナックルとかスローカーブとか変な変化球好きです。妖夢かわかわ

>焼麩様
 書きながら脳内で知能指数が200下がる音を聞きました。

>零四季様
 そして思わぬところに降るものですね。

>木村圭様
 さりげなく儚いところあるとおもうのです。

>近藤@紫様
 ><

>時計屋様
 時雨は大阪南部・泉州銘菓でありまして、優しい口当たりがおいしいのです。そういう小説を書きたかったのでした。
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