百一年目の魔法少女祭

作品集: 最新 投稿日時: 2009/11/21 23:56:06 更新日時: 2009/11/21 23:56:06 評価: 17/17 POINT: 95 Rate: 1.33
 目を閉じても浮かんでくる光景がある。耳を塞いでも聞こえる旋律がある。幻想的という言葉で片付けるにはあまりにリアルなその光景は、周期的に、かつ緩やかに私を侵食していく。削れていく度に水面をさざめかせる私の欠片は、さながら原色のみで構成された絵画のように衝動的とも本能的ともとれる形で感情を揺さぶった。
 その波を出来る限り気にしない風に振舞っていくことも不可能ではない。でも、そうした賢しい生き方を覚えたくないから、知らないフリを続けていたいから、私は私自身に流され続けていくんだと思う。人によってはそれを自傷と呼ぶかもしれない。或いは殉教とも。
 針を繰る作業に自分の持ちうるリソースを適当に割り振る最中、思考に偏りすぎた意識が手元を狂わせる。一粒だけ溢れ出た珠のような赤い血が、不意に泣き出しそうな気持ちにさせた。それは間違いなく痛み以外の何物でもなかったけれど、千切れた事実に首を振って浮かび続ける陽気で鈍感な綿雲みたいに、肉体的な刺激は一グラムも感じさせない。
 なのに。どうして。私は消えない痛みを抱えたままで。
「明日は……晴れだといいな」
 こんなにも暗く淀んだ空の下で。










 百一年目の魔法少女祭










 昔はよかっただとかそんなつまらないことを言うつもりはないけれど、それでもまだマシだったかもしれないと最近は考えるようになった。客観的に鑑みれば今が私の人生のどん底とはきっと言えないしセーブポイントからやり直したいなんてことも思ったこともないし時間が戻ればいいのになんて願ってるわけでもない。ただ、あのときもう少し冴えたやり方はできなかったのかな、と後悔する程度だ。だけど後悔ってのは厄介なもので、内的な要因だけで処理しようとするにはなかなか難しい。どのくらい難しいっていうと雨粒を目薬代わりに直接眼球に点眼するくらい。というかそんなことしたくない。できないとしたくないって割と類義語じゃないだろうか。そんなこと言ってたらニートとかいう概念もなくなるわけだけど。たぶん。でも職がないくらい好きな人が死んだことに比べれば全然マシじゃないだろうか。魔理沙とか。魔理沙とか。魔理沙とか。
 早く人間になりたいとかそういうことじゃなくてむしろ人間から魔法使いになったんだけれども人間だった頃の記憶は既になくなりかけていて、だからこそ寿命だとか病気だとかいう人間特有のモノも忘れているわけで、要するに魔理沙の死は必然でありながら私にはどうしようもなく受け入れがたいものだった。図書館の魔女は「もう百年生きればまた似たようなのに出会える」と嘯いていたけれどこっそり物陰で涙を拭いていたのを知っていたし、そんなこと言ってる時点で固執してたのがバレバレだし、何より好きになった人を失ったまま百回もの冬を越えられるほど私は鈍感ではないし、季節は優しく、暖かくはない。
 そう。ごく自然に、雨に濡れた桜が散っていくように、アスファルトに軟着陸した雪が溶けていくように、当たり前のように魔理沙は死んだ。魔理沙は死んだけれど幻想郷は比較的そのままで、変わったことといえば森の住人が減ったことと霊夢の仕事が増えたくらいだった。その他は少し思考を巡らせないと挙げることができないくらいの規模の変化でしかない。つまり、その程度なのだ。人間が死ぬってのは。正直なところ人間の頑丈さにそれなりに期待ってヤツをしていたのだけど、百年も生きるかどうか怪しい生き物が支えきるにはそれなりの期待でも重過ぎるみたいだった。
 葬式とかは特になかった。なかったけれど知った顔がそこそこ集まって埋葬は行われた。誰も彼もが悲しそうなそうでないような、ただ納得だけはしてる表情で埋められていく魔理沙を、埋めていく魔理沙を見送り続けていた。その光景はまるで人形でも埋めてるみたいに、子供のままごとのように、性質の悪い冗談にしか見えない。本当に、性質の悪い冗談だった。魔理沙がゾンビになって蘇ってきた方がまだ幾らか笑えるだろう。
 とか言ってたら魔理沙の入った棺ががたがた震えだして急いで蓋を開けたら魔理沙が「よく寝た――」
 ――なんて、性質の悪い冗談。
「今でも冗談だと思ってる?」
「冗談だったらいいとは思ってる」
「あなたが代わりに死ねばよかったのに。冗談だけど」
「冗談だったらいいとは思ってる」
「そりゃそうでしょうね」
 幾度かの繰り返しを経て、私たちは安定を得ている。一足す一足す一から一を引いたら二になり、後から足されるかもしれない数を否定し続けて数式の完成を拒んだ。私たちは、完成しない。完成を見ないままでいい。
 その内に沈黙が針を繰る音だけに支配されるようになり、二人と一つの作りかけの人形だけがテーブルを挟んで現世から取り残される。
「その魔理沙の人形、まだできないの?
「さあね。まだかかりそうかも」
 思い出すのは、魔理沙の最後だった。雨に濡れた地面が霧を生み、その白い靄がかかったまま断片だけが見え隠れする記憶を、人形を縫う手を進める度に同時に掘り起こしていく。しかし、感情の再現まではできるわけではない。漠然とした「死なないで欲しい」や「好きだったのに」には温かい血は通っておらず、盤面の削れたレコードのように針が飛び、それは再生されるだけだ。無意味だと思う。
 だけど、そんな無意味なものでも、魔理沙が生きていた証には違いないのだ。
 だから、これはつまるところ、確認に過ぎない。擬似的な逃避であり、自分への慰めであり、執着を確かめているだけでしかない。
「縋っているのね。いや、縋っていたいのかも」
「誰に?」
 魔理沙は、もう居ない。死者には、縋れない。
「さあね」










「……アリス。アリス、起きて」
 まどろみから意識を脱却させると、足元には作りかけの等身大の人形が放り出されていた。網膜には自宅ではなく、最近よく通うようになった紅魔館の図書館が映っている。
 対面には相変わらずパチュリーが居て、まるで「そうであろうとしている」かのように本を読み続けている。
「起きた?」
「……ええ、今、起きたわ」
 強迫観念でも持っているのだろうか、と勘繰りたくなったが、止めておく。それよりも今は頭痛の方が酷い。寝起きだからだろうか。こめかみを押さえながら口を開いた。
「頭が痛い」
「最近ずっとみたい。根を詰めすぎじゃないの?」
 ――意味はないのに。
 そうひっそりと付け加えたのは、パチュリーの心の声か、或いは自分だったかもしれない。
「そう……そうね。こんなところで寝ちゃうなんてね。どんなことをされるかわかったもんじゃないのに」
「どういう意味よ」
 言いながら、パチュリーはそっと薬と水差し、それとケトルに入った紅茶を指差す。無関心ではなく、無関心に見えるように意識的に振舞っている彼女には、最初のころならともかく今ではそれなりに信頼を置いている。魔理沙が死んでからは、特に。別に誰かと親しくなったから、傷が塞がれたり穴が埋まったりするわけじゃないけれど。
 薬を飲み干し、ケトルから紅茶を注いで口に含む。
「薬の後すぐに紅茶……ってのもね」
「どうせこれくらいじゃ死んだりできないわよ」
 自棄以外の何物でもなかったけれど、パチュリーは何も言わない。呆れているのか、それとも気遣って何も言わなかったのかは判然としないものの、とりあえずは沈黙が嬉しかった。
 気を取り直して、人形作りを再開する。進行状況は未だ半分以下といったところで、一日中こればかりに手をかけている割には時計の針と手元の針の進みが比例していかない。自分はこんなにもメンタルが弱かったのか、と少しだけアリス・マーガトロイドというイキモノに失望した。
 それに比べて、目の前の魔女は強迫観念でも持っているかのように、いつも通りの姿をいつも以上に保ち続けている。それを年の功といえばきっと怒り出すだろうけど、私に言わせればメンタル的な強さというのは積み重ねてきた年月に裏打ちされる。悲しい、悲しくないを通り越して平静で居られるのは経験則による希望的観測――とまではいかないがある程度の予測が立てられるからだ。こういうことがあった、だからこうすればいい。それを知っている人間は迷いがないし、強い。私はまだそこまで経験という強さを積み上げてはいない。
 そんなわけだから、こうして無関心を装うパチュリーにも心配されてしまうのだろう。全部言い訳だけど。

 針が進む度に記憶が縫い合わされていく。
 魔理沙と一緒にこの図書館から魔導書を盗み出した。
 魔理沙と一緒に変な茸を採取した。
 魔理沙と一緒に新しい魔法の研究をした。
 魔理沙と一緒に竹林での異変を解決した。
 そこにあったのは平穏以外の何か以外ではなく、私が理想とする生活とは真逆を地で行っていたわけだけど、私はそれを別に嫌っていたわけでもない。初めはそうではなかったかもしれない。ただ、今、思い出すのは、「ひょっとしたらそれはとてつもなく楽しい時間」だったんじゃないか、ってことだ。
 終焉なんて最初から来ないと思っていた。何があってもこの生活は変わらないままだと思っていた。最初は信じることをやめて、次に固執することをやめて、最後は諦めることすらやめた。打って返す波間の中で、漂い続けることを決めた。具体的な何かに期待していたわけじゃなかった。何かをしても変わらないのなら、何もしなければ何かが変わるだろう、と意味のない期待に身を委ねようと思った。
 それは結果的には正しかったのかもしれないし、間違っていたのかもしれなかったけれど、とにかく、私のそんな決断とは関係なしに、魔理沙は正しく死んでいった。
 表面上は何も変わらない日々を過ごした。それが私の下した判断だったから。
 そうして時間は棄却され、手元には感情だけが残る。
 哀愁ではなく、しかし後悔でもなく判断のつかない不定形のそれは、私に「何もしない」を選ばせ続けた。ひたすら。何日も、何ヶ月も。
 それを見かねたのか、パチュリーが提案したのが魔理沙の人形作りだ。「魔理沙が居なければ、作ってしまえばいい」、それは間違いなく魔女の物言いだったが、相手は魔女なのだ、おかしいところなど何もない。人間を唆すならともかく、実際にそれができる私に言うのだから、強ち慰めというわけでもないのだろう。
 それからは図書館に通う日々が始まった。
 わからないところがあれば、図書館の蔵書で調べ、ときにはパチュリーに相談し、私は人形作りを進める。どういうつもりか知らないけれど、今回のパチュリーは協力的だった。一度尋ねてみたところ、「どうせ百年もあるのだから、いい暇潰しになる」らしい。彼女がそういうからには、きっとそうなのだろう。
 人形作りの傍ら、日常生活も以前と同じに戻りつつあった。形式的な食事を採り、紅茶も嗜むようになった。
 ――ただ。
 「人間らしい」生活を取り戻す度に、何故だか魔理沙の最後も思い出せなくなっていった。

「アリス、聞いてる?」
 怪訝そうな声に顔を上げると、パチュリーが無表情で紅茶を指差していた。
 何、と視線で示すと眉を寄せて目の前の紅茶を飲み干し、新しく注いでくれる。本当に献身的だ。恐怖ですらある。
 言い過ぎか。
「そこまでしてくれなくてもいいのに」
「別に、冷めた紅茶を飲まされたって思われたくないだけよ」
「思わないわよ」
「そう」
 パチュリーは興味をなくしたのか、断片的な会話を打ち切ってページを捲る作業に戻る。
「ねえ」
 私も針を繰る手は止めずに、宙に散ってしまった会話ムード(←自分でもよくわからないがそういうもの)を拾い集めて、一つだけ訊ねることにした。
「魔理沙って結局どうやって――」
 ばたん、と。私の言葉は本を勢いよく閉じる音に掻き消された。
「どうやって死んだ、かしら。病死だったかもしれないし、事故だったかもしれない。老衰は少なくともないわ。まあ、結局私の知るところではないわね。その場に立ち合わせていなかったんだもの」
 わかるのは、あなただけなんじゃない――、と言外にその眼差しが告げていた。
「そう……」
「正直に言うわ」
 パチュリーは一旦前置きして、言った。
「私もショックじゃなかったといえば嘘になるし、悲しい気持ちもわかるけど、それってちょっと無責任なんじゃないかしら」
「無責任?」
 唐突に出てきた言葉が私の心を刺す。
「ええ。人が死ぬ、ってのは当たり前のことでしょう?」
 そりゃあ、そうだ。誰だって人は死ぬ。聖人だって結局は死んだし、何処まで偉くなっても、大統領になっても最後には人は死ぬ。そこに差異はない。例え生まれたばかりの赤ん坊だって死ぬときには死んでしまう。
「私たちには関係のない話かもしれないけれど」
 また一旦切って、
「人が死ぬ、ってことも言ってしまえばその人の一生の出来事の中の一つなんだから、その人を受け入れると決めたならそれも受け止める必要があるのよ」
 刺した。
「……私だって、」
「忘れたくて忘れたわけじゃない? それが無責任だって言ってるのがわからないの?」
 私は目を逸らした。少しでもパチュリーの言葉から逃げ出したくて、受け止めたくなくて、目を逸らした。
「最初は知らないのかと思ってた」
 思ってたから、優しくしてあげたのに。そんな声が聞こえてきそうで、耳を塞ぎたくなる。
 でも、パチュリーの言葉に諭されて、確かに無責任だと思うからこそ、塞ぐわけにはいかない。私に残された数少ない矜持の為にも。
「傍から見ててもあなたが魔理沙を気に入っているのは知っていたし、だから何も言わなかった。でも、そうやって優しさに甘えたままで居るのって、卑怯じゃないかしら」
 甘んじて、受け止めようとして失敗した。流すまいと思っていた涙が不意に溢れた。
 それを見てパチュリーが嘆息する。
「……まあ、ここまで一方的に言われる謂れもなかったかもしれないわね。ごめんなさい。戯言だと思って聞き流してくれていいから」
「……うん」
「ただ、最後に一つだけ言わせてもらうと」
 びく、と肩が跳ね上がる。
「わからない、ならわからないなりでもいいから自分の気持ちに整理をつけなさい。あなた以外のことなんてあなた以外にはわからないんだし。ちゃんと整理して、それから死んだ、って受け止めてあげてよ」
 言い終えて、紅茶で唇を湿らせながら、これで話は終わりだと態度で示してみせる。
「もう、今日は休んだ方がいいんじゃない」
「……そうするわ」
 立ち上がり、せめて泣き顔を見られないように顔を手で隠しながら、用意された寝室を後ろ手で閉める。
 自分のすすり泣く声だけが、やけに耳に響いて、残った。










 愛は地球を救うっていうけれどその愛ってのは具体的に誰の愛なんだろうか。地球人類全員の愛? さすがにそれはないだろう。他人のことなんて構ってる暇も余裕もないくらいに日々に精一杯じゃないと生きていけない人たちも地球には居るんだし、そんな人たちに「さあ、地球に愛を」って言ったところで物笑いの種にしかならない。だとすると地球上で愛を提供できる人類ってのは半分も居なくて、まあいいとこ一割二割ってところか。でもその一割二割の人たちにしたって愛って概念がなんなのか正確に答えられるかはわからないしそもそも私にだってわからない。御伽噺なんかで語られてる愛は極々身近な人たちにしか分配されないようだし、だったら愛は地球を救うって言葉自体が不可能というかどっちかといえば不可思議になってくる。愛ってなんだろう。愛。愛。愛。

 妙な哲学を繰り広げた夢を見た。首元が汗で濡れていて、それが枕も湿らせていて気持ちが悪い。
 ベッドから身体を起こして作りかけの人形を手に取り、図書館へ向かう。
「……おはよう」
「おはよう。もっと寝ていてもよかったのに」
 淡々とした言い方は言葉の通りに気持ちが沿っていて、それが心地いい。
「紅茶を淹れるけど、砂糖は?」
「ありがとう、少しでいいわ」
 席に着くと同時に紅茶を差し出される。こういうのは本来メイドや小悪魔の仕事なのだとは思うが、何故か私の分に限ってはパチュリーが直接淹れてくれる。この件に関してはパチュリーの我侭でもあるのだし、他人を立ち入らせて私に余計な気を遣わせたくはないのだろう。その心遣いは純粋にありがたい。
「昨日はそうでもないと思っていたけど、思ったより進んでるみたいね、人形の方は」
「……そう、ね。半分も進んでないと思ってたんだけど――八割方くらいかしら」
 等身大の人形を作っているのだ、それなりに時間はかかる。ところが――朝起きてみれば、もうぱっと見には魔理沙に見えなくもない人形が出来ている。出来ている、というのもおかしいか。どっちにしろおかしいんだけど。
「パチュリー、あなたが触ったの?」
「まさか。あなたが寝ながら作ってた可能性の方がまだ高いんじゃない?」
「そんな可能性考えたくもないわよ」
 だとすると――誰が作ったんだろう。勘違いか? それとも――可能性を挙げるだけなら幾らでもできるけど、結局そこから絞り込むのは難しそうなので思考は切り捨てる。
 何にせよ、完成に近づいたということは喜ばしいからだ。
 そんな私の胸中を読み取ってか、パチュリーはいつもより声のトーンを上げて言った。
「ねえ。今日は気分転換に外に出てみない? ずっと篭りきりだったでしょう」
 珍しい、と私は思った。私にしてもパチュリーにしても室内でひたすら作業に取り組んでいてもそれを苦にするタイプじゃなかったし、それがわかっていないとも思えない。
 だとすると何か考えがある、ということになる。
「篭りきりなのはいつものことだから平気だけど……そうね、偶にはいいかもね。見たところ快晴だし。予定の方は?」
「……秘密よ」
「何よ、教えてくれたっていいじゃない」
 訊ねると、唇の端を歪めながら嘯いた。
「こういうのは秘密にしておくから面白いんじゃない」
 とにかく嬉しそうに(表面上はわかりづらいが)言うものだから、大人しく乗せられることにして、私たちは出かける準備をすることにした。










「ここって……魔理沙の家?」
「そうよ」
 今は誰も、いや、これからも誰一人として住むことはないだろう魔理沙の家に辿り着いた。手入れのされていない庭は一目見てわかるほどに荒れていたし、家の中も恐らくそうだろうと伺える。
人気の感じられないそこは、とてもじゃないが気分転換ができるところではない。
「なんで……ここに?」
「もうそろそろ、思い出してるんじゃないの?」
 え、と口を開く前に、先んじて問い詰められる。
「魔理沙がどうして死んだか。どうして死ななきゃならなかったのか――いえ、どうして殺されなくちゃいけなかったのか、をよ」
 魔理沙が――殺された? いや、それよりも何故それを私に? 私が第一発見者だとでも言うのだろうか。確かに朧気に、魔理沙の死に顔を確認した覚えはあるけれど。
「殺された? それは初耳ね」
 出かける前の嬉しそうな雰囲気を振り払うように、路傍の石みたいな無表情でパチュリーは言う。
「誰にも言ってないからに決まってるでしょう。それでなくてもあなたは自宅と図書館の往復しかしてないんだから」
 それもそうだ。今にして思えばここ最近、パチュリー以外の他人と交流した記憶はない。それにしても、殺された――なんて、穏やかな話じゃない。別に罪に問われる、とかそういうことじゃないけれど、誰も、何のメリットもない筈なのに。
 考えている間に、パチュリーが戸口を開けて手招きしている。中に入れってことだろう。
 
 昼でも明るいとは言えない森にある魔理沙の家は、灯りがなければ下手な人間の家よりも夜よりも暗い。
 軋む床板を踏みしめて、パチュリーに先導されるまま中を見る。照らすもののない室内で、憮然として指を指す。
「そこで、魔理沙が倒れてたらしいわ。あなたも。何があったのか、覚えてるのはあなただけだと思うけどね」
 指差された先には魔理沙が倒れてるわけじゃなかったし、他の何かがあるわけでもなかった。だけど、そう言われればそうだったかもしれない――とは、思う。
 魔理沙が死んだ場所。パチュリーは酷く複雑そうな顔をして、そこを見ていた。
「パチュリー」
 私の呼びかけに答えてつい、と顔を向ける。
 こんなにも人間に感情移入できる彼女に、優しい魔女に、少しでも報いてあげたかった。その一心で口を開く。
「私じゃ支えにならないかもしれないけど、これからも頻繁に図書館には通うし――」

「いいわ、殺されたくないもの」

 言っている意味が、よくわからなかった。
「え?」
 誰が、何を。口にすることもできずに生まれて消えていく疑問たちが、泡のように頭の中で弾け、酸素を略奪していく。真っ白になった意識を、身体の震えが繋ぎ止めてくれた。
「ごめんなさい、言ってる意味が――」
「そのままの意味よ。魔理沙を、殺した癖に」
 状況の把握ができないまま突きつけられた唐突な事実に、私は呆然とすることしかできない。
「本当にまだ思い出せないの? あなた、忘れたフリでもしてるんじゃないでしょうね。ああ、もういいわ、じゃあ――」
 一回、殺されてみる? そう呟いたパチュリーの右手から放たれた閃光に、私は意識を刈り取られた。










 今度は夢は見れなかった。てっきり殺されると思っていたけれど、どうもその気はなかったようで、今の私は拘束されるに留められている。
 なんとか首くらいは動くようで、辺りを見回してみるけど、わかったのはどうやらここが石造りの室内であることくらいだった。
「いい夢見れた?」
 私が意識を取り戻したことに気付いたのか、何の脈絡もなく扉を開けて現れた。作りかけの魔理沙の人形と一緒に。
「とびっきりの夢を」
「そう、よかった」
 とてもよかっただとは思ってもいないような表情でパチュリーは言った。
「……で、何が目的なの?」
「目的? 目的なんてないわ。……暇潰しよ、ただの。で、思い出したの?」
 何が、とは聞かない辺りが心得ている。
「ええ、殺し方までちゃんとね」
 別に何かが欲しかったわけじゃない。そうしている最中も何の感慨も抱かなかったし、今も魔理沙に対して何かを思うとかをしているわけじゃなかった。
 ただ、殺して、殺して、殺してみたかっただけ。
 私が、魔理沙を殺した。
「私としては健全じゃないかなあ、なんて思うのよ。執着もなく、打算もなく、ただ純粋な殺意だけがそこにはあった。普段、人間たちが殺したり殺されたりしてるよりはよっぽど生産的じゃないかしら?」
 魔理沙が鬱陶しかったわけじゃない。かと言って、魔理沙の全てが欲しかった、だなんて戯言を理由にするつもりもない。
「殺したいから、殺す、ね――。それは人間の価値観で言うと間違いそのものでしかないけれど、決して正解とはいえないけれど、妖怪の価値観を持ち出してくるのであればそれは一概に間違いともいえないわ」
 でも、と切り返す。
「私はあなたがそういう妖怪ではないことを知っている。ましてやあなたと魔理沙がそういうことに無縁な関係だというのも、知っている。だから、私にはあなたがそこまでの行動に踏み切る理由が見当たらない」
 それは買い被りというヤツだ、と頭を振る。
 私だって完全に自分の感情を整理できるわけじゃない。意味もなく――何かを壊したくなるときが、ある。
「理由なんて言葉が常に行動に後付されるほど私は上等なイキモノじゃないわよ。でも、敢えて言うならば――」
 あなた、自分が言ってたこと、覚えてる?
 そう、続けた。
 頭の回転の速いパチュリーはすぐに気付いたようで、寂しそうな、呆れた表情を浮かべながら零す。その声色には幾らか羨望が混じっている風にも聞こえた。
「そんなことしなくても……あなたなら魔理沙の全てを手に入れられたかもしれないのに」
 全て、だとか完璧だとかいう言葉は生きる、という要素が絡んでくる限り手に入れることはできない。生きている、という状態自体が幾つもの可能性を生み出し続け、或いは現存する可能性の全てを否定し続ける。私にとって魔理沙が生きている状態というのは上下に変動する株価のようなもので、「ある程度上がりきった」と判断し得る状況で切り捨てなければならない。
「かわいそう……だ、なんていわないでよね」
「……言わないわ。だって、あまりにもあなたの立つ瀬がないもの」
 強がりで言った言葉は、すぐに自嘲に変わる。
「一つだけ聞かせて魔理沙は死ぬとき、何か言ってた?」
「いや、何も」
「そう。じゃあ、何も言わなかったってことは、何も言う必要もなかったのかしらね」
 自嘲は形を崩して、そのまま凍りついた。何を――言おうとしているのだろう。
「何が……言いたいの?」
 疑問はそのまま言葉になって溢れた。
「別に。魔理沙が本当にあなたを好きだったのなら、『どうして』だの『裏切られた』だの言ってもよかったんじゃないかしら」
 それはたぶん、聞いてはいけない種類の言葉だったのだと、思う。
 振動が鼓膜を震わし信号が脳に伝わったとき、ぐにゃりと景色が歪んだ気がした。
 まだ早かった? もう少し? だけど、あれ以上になっていたとも私には思えない。あれ以上の未来が待っていたとも、私には思えなかった。
 だから、それは聞かなければよかった種類の言葉。
「あなたは、負けたのよ」
 最初は、想像だった。想像は指摘に裏打ちされ、現実となる。そして、現実は針となって私の身体を苛んだ。
「やめてよ」
 私は崩れるように膝をついた。古くなった床板が軋む。
「単純な話。幸せになれるゲームがあって、一度参加した人間は二度と参加することはできない。あなたはそれで、大事なものと引き換えにほんのちょっとの安心と幸せとを手に入れた。それだけ……それだけの話なのよ」
「あぁ……」
 身体は拘束されていたけれど、最早完全に抵抗する意思を失くしていた。自由を奪うのに本当に必要なのは鉄じゃない、言葉だ。
「それにしても、よくそんな度胸があったわよね。ある意味尊敬するわ」
「あはは、はは」
 乾いた笑いだけを返す。
「あはははははは」
「…………」
「あは、は……」
 暫くそうしていると、観察にも飽きたのか、パチュリーが顔を寄せて問いかけてきた。
「――やり直したい?」
 やり直したい? やり直したいって、どういう意味だろう。新しい魔法か何かだろうか。とりあえず私には効果はないようだけど。
「やり直したいなら、やり直させてあげる。魔理沙を生き返らせろってのは、無理だけど。魔理沙を殺したことを忘れて、日々を過ごす。そんなのも悪くないかもしれないわよ」
「…………」
 パチュリーの言葉通りに想像を巡らせる。魔理沙が居ない。魔理沙が居ない。魔理沙が居ない。
 だけど、今よりはよっぽど幸せなのかもしれない。
 だって、そうだろう。
 好きな人を自分で殺すことくらい、辛いことはないのだから。
「あっはははははは、は」
 殺してみないと気付かないなんて、救いようがない。
 一頻り笑ってみたあと、喉の奥から搾り出すようにして言った。
「……お願い、私の記憶を消して」
「わかった」
 あくまでも淡々とした言葉で、パチュリーは受諾した。
 あまり大掛かりな準備は必要ないのか、パチュリーは「その場で始めるわよ」との旨を私に伝える。私にとってはその方が喜ばしい。
 こんな記憶を持って生きていくことなんて――できやしない。
 私の視界を布で塞ぎ、前置きしてから呪文を唱え始めるパチュリー。
「もう、引き返せないわよ」
 言われてから、私はある一つの可能性に気付く。耳元で囁かれる呪文がやけに思考を妨げるけど、その天啓ともいえる閃きは掻き消されることもない。
 どうして最初から気付かなかったんだろう。いや、気付くはずもないか。何より彼女には、理由がない。
 魔理沙が死んでからの記憶が、徐々に消えていくのを確かに感じる。身体から現実感が消えうせ、宙に浮いているような錯覚に陥る。
 そんな中で、私は口を開いた。
「二つだけ聞いていい? 魔理沙は、好きだった?」
「……ええ。嫌いではなかったわ」
 呪文を中断して短く答える。私は、それじゃあ仕方がないか、と諦めることにした。
 自業自得だ。
「二つ目の質問は?」
 促される。言っても言わなくても忘れてしまうのだから、この際言っても意味のない気がしたけれど、一応は口に出してみることにする。
 息を吸って、吐いて、吸って、押し出した。

「――さっきの質問、何回目?」

 答えはなく、見えないパチュリーが笑う気配がして私の意識は暗転した。










 目を閉じても浮かんでくる光景がある。耳を塞いでも聞こえる旋律がある。幻想的という言葉で片付けるにはあまりにリアルなその光景は、周期的に、かつ緩やかに私を侵食していく。削れていく度に水面をさざめかせる私の欠片は、さながら原色のみで構成された絵画のように衝動的とも本能的ともとれる形で感情を揺さぶった。
 その波を出来る限り気にしない風に振舞っていくことも不可能ではない。でも、そうした賢しい生き方を覚えたくないから、知らないフリを続けていたいから、私は私自身に流され続けていくんだと思う。人によってはそれを自傷と呼ぶかもしれない。或いは殉教とも。
 だけど、そうすることこそが正しいのだと、私――パチュリー・ノーレッジは思っている。
 アリスが百何十回目の記憶を失ってから、もう一時間が経つ。未だに意識が戻る気配はなく、冷たい石床に横たわったままだ。
「今回はまだマシだったわね」
 速いケースだと魔理沙の家に訪れた時点で気がつくのだが。私は毎回同じことを繰り返しているし、他にイレギュラーも思い当たらない。
 面白いものだ、と思う。環境はできる限り似せているのに、ほんの少しの違いでこうも個性が違ってくるとは。
「本当に……いい暇潰しだわ」
 ちょっとした復讐のつもりで始めたゲームだったが、この分なら新しい魔理沙が完成するまでは十分に暇は潰せそうだった。まるで空から落ちてきて、やがて循環する雨のように、私を楽しませることだろう。
 寝たままのアリスを放っておいて、図書館の奥の、鍵のかかった小部屋に足を運ぶ。
 そこには緑の液体とそれを覆うガラスで守られた、魔理沙の頭があった。バラバラに千切れた手足があった。胴体があった。
 愛おしさからガラスに手を這わせて、呟く。
「早く生き返って、私たちを迎えに着てね」
 それまでは、アリスと共に百一年目を待たなければならない。
 私はくつくつと溢れ出る喜びを噛み締めながら、いつかまた出会うだろう、魔理沙の残骸に別れを告げて扉を閉めた。
shia
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2009/11/21 23:56:06
更新日時:
2009/11/21 23:56:06
評価:
17/17
POINT:
95
Rate:
1.33
1. 8 歩人 ■2009/11/23 04:35:14
うお…これはお互い病んでますね。ゾクゾクします。

締めが良かった。面白かった。
2. 5 静かな部屋 ■2009/11/23 10:50:14
改行無しの文章は読みづらいからやめろとか読む気が失せたとかそういうコメント、感想を随所で目にしますが、私はそれも含めて活字の活用法でありそれをいくつ使おうとそこには作者の「表現の自由」というものが適用されると考えています。この作品でもその表現技法はアリスやパチュリーのいわば「はっきりしたカタチを持たない思考の羅列」を表すのに有効であったと思いますしかし、いくらか無理して書いているようにも感じました。見てくれのお話はここまでにするとして内容についても書いてみますが、まず、『雨』の存在を生かせていないように見えます。冒頭の犯行現場のシーンが辛うじて雨を連想させる描写になっているほかは、舞台が図書室というのも多大にあるとは思いますが、少なすぎると思います。それともうひとつ、最後のどんでん返しは、そこまでの文章内でそれを暗示するような描写を盛り込んでおくべきだったと勝手に思っております。
3. 4 神鋼 ■2009/12/30 23:07:27
オチは予想してましたが最後まで予想しきれませんでした。パチュリーさん怖い。
4. 4 藤木寸流 ■2010/01/04 17:06:31
 最後がいまいちピンと来なかったんですけど、魔理沙を殺したのはアリスで、パチュリーの部屋にあったのは魔理沙の死体ってことでよかったのかな。一瞬、パチュリーが殺したのかとも思いましたが。
 どうも、私が想定しているアリス像と掛け離れていまして、二次というより、地の文において作者の語りが強すぎるきらいがありました。なのでアリスの一人称なのにアリスに見えづらい。まして、ちょっと壊れているアリスだから普通のアリスとは違っているわけで、余計にアリスっぽくなくなってしまったかも。
 パチュリーはそうでもなかったんですけど。
5. 4 パレット ■2010/01/10 05:39:14
 うあー、良い。こってりした心理描写と、救いなく続くストーリーがすごく好きです。
6. 4 白錨 ■2010/01/10 12:37:21
魔理紗って霊夢とは違う意味での幻想郷のキーパーソンだな。と感じました。
7. 5 バーボン ■2010/01/11 07:08:26
ダークな話ですねぇ、パチュリーもアリスも揃って病んでると言うか狂ってると言うか。終盤、魔理沙の家でのシーンの雰囲気なんかは緊張感があって良かったと思います。
ただ、アリスが魔理沙を殺害するに至る動機が不明瞭で納得出来ない部分が。敢えて不明瞭にする事で演出したかった何かがあったのかもしれませんが、自分にはそれがわかりませんでした。
8. 3 椒良徳 ■2010/01/11 20:28:49
私の好みに全く合わない読みづらい文章ですね。文章がくどくて何が言いたいのか判りません。
まあ、あくまで一読者の好みの問題なのですが。
これも好みの問題なのですが、何と言うか描写が薄っぺらいですね。
読んでいてもアリスの心の動きがまったく感じられず、感情移入できませんでした。

また、実はアリスが魔理沙を殺していたという種明かしはありだったと思います。
ただ、あまりに唐突な終わり方に悪い意味で驚きました。
おそらくは、(私から見て意味不明な)アリスの思考の中に伏線が散ばせてあり、
貴方の中ではそれがちゃんと繋がっているのかもしれませんが、一読者にすぎぬ私にはさっぱり判りませんでした。
もっと結末に至るまでの道筋をきちんと書いて頂ければなと思います。

色々と書きましたが、残念ながら私からして面白い所が全く無かったということでこの点数で。
9. 7 詩所 ■2010/01/13 22:38:15
 無限ループ怖いです。
 何度も痛みを知るくらいなら、覚えているほうがいいよなぁと思います。
10. 7 deso ■2010/01/13 23:27:33
畳みかけるような一人称が凄い。
ぞくりとする迫力でした。
お題があまり絡んでないところがちょっと残念。
11. 8 ホイセケヌ ■2010/01/14 21:05:09
トァナョ、タ。「、ウ、ウ、ヒトァナョ、ャ、ェ、」。

モイル|、ヌタ荀ソ、、・ソ・テ・チ、ヌ。「ョ壥、ャチシ、ッウ、ニ、、、、ネヒシ、テ、ソ。」・「・・ケ、ホトレテ貪靤エ、ャ、ネ、ニ、篩詐圖ヌ。「。クコホムヤ、テ、ニ、、タ。ケ、ネヒシ、テ、ニ、キ、゙、、、ス、ヲ、ヒ、ハ、、ホ、ヒ、ス、、ャミトオリ、隍ッ、ニ。「、゙、ソラニキ、ホョ壥ラ、熙ヒ、マメサメロ、筝メロ、籐I、テ、ニ、、、。」
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12. 7 やぶH ■2010/01/15 02:32:08
なかなかぞっとする狂気の話。
魔法使い三人の構図って、本当にそういうSSが似合ってしまうから怖い。
展開や演出等、かなり楽しめました。
惜しいのは、アリスの一人称が、アリスじゃなくて、アリスっぽい現代人の一人称を読んでいる気がしてしまう点。
例えば、幻想郷にアスファルトってあるんでしょうか。このSSに限っていうなら、余計な比喩だと思います。
13. 5 八重結界 ■2010/01/15 18:30:47
 繰り返される追求というのも、考えてみれば恐ろしい話です。
 魔女だからこそ、こんなループを続けることができるんでしょうね。
14. 7 2号 ■2010/01/15 19:17:31
完成度がすごく高かったです。
オチには途中で気づきましたが、推測のさせ方、雰囲気ある描写、とてもよかったです。
15. 5 零四季 ■2010/01/15 23:17:20
狂気的。狂気的な上に何も生まないのが残念な気がしました。
一貫性はあって良いのだけれど、もう少しまともな感情が足りないかな、と。
16. 6 木村圭 ■2010/01/15 23:24:59
地の文が良い感じに病んでるなぁと思ったらオチはいくらか斜め上。凄く好みです。
しかしこれ、魔理沙が生き返ったら(?)どうなるんだろう……見たいような見たくないような。
17. 6 時計屋 ■2010/01/15 23:34:15
 文章がいいですねえ。文学っぽくて。
 シニカルな語りがどこかしらアリスっぽくてよいと思います。
 ただ最後のループオチはちょっと意外性が足りなかった。
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