後から思い返せば、おかしいと思えたチャンスはいくらでも思い浮かぶんですけども

作品集: 最新 投稿日時: 2010/10/09 00:00:33 更新日時: 2010/10/09 00:00:33 評価: 29/30 POINT: 156
 最後の台詞を言い切る。三味線の調子は強烈に畳み掛ける。そしてさながら心臓発作のように、その熱演は唐突な終わりを迎え、全ての音が完全に果てた。
 くたびれた店内には、静寂だけが尾を曳く。



「へぇ」

 それを破ったのは、店主の感嘆だった。
 歪に突っ張った顔の皮は、それまで一筋縄ではいかない人生を歩んできた証左だが、今はその口許があっけにとられた風に垂れ下がっている。

「おめぇさん、そんな器用な事ができるタマだったとはなあ」
「何だそりゃ、まるであたいがガサツな女みたいじゃないかい」
「違えのか?」
「違わないね」

 三味線による、見事な語りを披露した女は一転、快活な声音で場の空気を笑い飛ばした。この女誉めそやしても良い事一つもねえさと、他の客からも哄笑と野次が店主めがけ注がれる。
 女は注ぎっぱなしになっていた焼酎を一気にあおった。まさに豪気。その気質に、燃えるような色の髪が、似つかわしくも艶やかな華を添えている。
 ここは中有の道に軒を連ねる食事処の一。赤い髪の女は三途の渡し、小野塚小町という死神であった。
 音楽に聡いという話はあまり聞かない彼女であるが、見た目にも上物の雰囲気を醸し出すその三味線は自前のもののようだった。酔いを感じさせない丁寧な手つきで、彼女はそれを箱の中に仕舞った。




「なあ親爺さ。ちょいと聞かせてほしいんだ」

 一人、また一人と客が家路に就く時間になって、小町は小声で店主にそう切り出した。

「聞かせるって、何をだ?」
「さっきの唄の感想」
「女々しいじゃねえか。あれだけ俺を笑い者にしといて」
「『感動した』とかそういうのは要らないんだけどさ、実はさっきのは練習なんだ。本番を閻魔さまの前でやろうと思ってて。フィードバックって奴? が、欲しくてね」
「そりゃ、ちょいと興味の沸く話だな。単なるご機嫌取りって訳でもないだろうし、何かあったのかい」
「あんたにとっちゃ、大したことじゃないよ。あたいの上司の四季さまが自分の鏡を割っちゃったんだ。珍しく不注意でね」
「閻魔の鏡ねえ。まあ愉快な話じゃあねえが、閻魔の鏡なんて閻魔みんな同じの持ってるだろ」
「規格品だからね。たぶん四季様にも、新しいモデルの奴がすぐに宛てがわれると思う」
「なら、いいじゃねえか」

 親爺、もう一杯だけ頼める? とグラスを差し出した。
 注がれた酒をゆっくりと半分飲むと、小町は話題を変えた。

「この三味線、借金の肩に人から取ったものなんだ」
「悪だねぇ」
「あたいは貸したまんま忘れてたような金なんだけどね。いよいよ首が回らなくなったって時に突然あたいの所に来て、こいつで払うって言い出したのさ。要らないって言ったんだけど聞かなくてね。じゃあ金返し終わったら買い戻しに来な、っていって預かったんだけど、その後一月ばかりでぽっくり」
「そりゃあれだ、金貸しどもに持っていかれねえようにあんたに預けたんだろう」
「そうなんだろうね。実際、今でもこうしてここにある」

 売り飛ばせやしないよなぁ、と小町は呟き、そりゃそうだろと親爺は合わせた。

「あいつが逝って暫く、寝ても覚めてもこればっかり触ってたの。最初はあいつの供養をしてるつもりだったけど、これがなかなか飽きなくてね」
「それが高じてさっきの名演かい」
「名、かどうかは知らないけど。実際、あのころは本職の三味線弾きも顔負けってくらい弾いてたなあ。で、暫くしてふと我に返ったわけ。べつに芸事で食ってく訳でもないし、あんまり熱を上げても仕方ないって。それからは元来た道を戻るみたいなもので、気がつけばまた何時ものあたいさ。でもね」
「でも、何だい」
「短い期間だったけど、あの時の空気みたいのを、指が覚えてる。こうして偶に弾くと思い出すんだ。一人亡くなったってのもあって、何かと忙しい時期でね。色んな事があったなぁって、思い出すとこう、胸が温まるのさ」

 小町は残り半分の酒を飲み干した。

「あたいが四季様に何かしてやりたいって思うのも、つまりはそういう理由」
「お、そこに戻るのか」
「そ。四季様もきっと、あの鏡を毎日掲げていた、その時にしかない思い出ってやつがあると思うんだ。それを想うと居ても立ってもいられなくてね」

 供養というものが、生きている者が明日を生きるためのものだとしたら、気に入りの道具を供養して何が悪いのか。
 なるほど、良い話じゃねえかと親爺は胡麻塩の髭を擦った。

「ま、そういう訳だから聞きたいんだ。実は一つ、譲れない大切な事があってね。今の曲、『何に聞こえた?』」
「何、ってのは何だい」
「ジャンル、って言うのかな」
「そういう事か。安心していいぜ。我流だし、今風のアレンジもかなり入ってるが、ちゃんとお前さんのやりたかったものに聞こえてた」
「分かるの? あたいが何をやりたかったか」
「ああ。手慰みで三味線を触ってたって、普通唄まではやらねえだろ。似せるつもりでわざわざ練習したんだ。違うか?」
「お見通しか。まあ、聞こえるなら十分、かな」

 あとは自然にやった方が、下手な事するより上手く行くだろうしね。そう言って小町は桐箱を担ぎ上げ、翌日に備えて家路に就いた。





* * *





 結果から言えば、演奏は大成功だった。
 いつも鏡と一緒にいた部屋という事で閉廷後の法廷をこっそりと借りて、小さな演奏会
は行われた。わずか数分ではあるが、ドラマチックな語りはさながら、此所で日々営まれる審理を彷彿とさせるものであった。

「ありがとう、小町」

 まず、その言葉が出た。

「やだなぁ、あんまりセンチにならないで下さいよ。ぱあっと騒いでやるのが、行く者にとっては良い供養なんです」
「さすが死神の言葉には重みがありますね」
「ほとんど職業病です」

 その後二人は傍聴席に腰掛け、これまたこっそりと持ち込んだ飲み物で乾杯をした。

「小町」
「何ですか、四季様」
「これほどの事をしてもらって、申し訳ないと思います」
「いやぁ」
「けれど、ですね。少しだけ、引っ掛かっている事があるのです」
「というと?」

 気づけば、映姫の声音は少しだけ低いものになっていた。

「聞かせてください。あなたはなぜ鏡の供養に三味線を……浄瑠璃を演じたのですか?」
「そりゃあ、鏡に負けないようにですよ」
「小町。私は今、疑念が確信に変わるのを感じています。答えてください。貴女は、閻魔の鏡をどういうものだと思っていますか?」
「どうって、詳しい事は分からないですけど、いい音がするんでしょ? ほら、山の天狗や河童なんかは『回らない蓄音機』をよく持ってますし、似たようなものかな、と。……四季様?」

 映姫の手はこめかみを押さえていた。

「小町、貴女は少し確認を怠りすぎる」

 なぜかいつものフレーズが来た。おかしい。どうしてこうなった。
 小町は最初から、今日の演奏までの顛末を思い返してみた。何も、間違いなど犯しているはずは……






「いいことを教えてあげましょう。閻魔の鏡は『浄玻璃<じょうはり>の鏡』です。『浄瑠璃の鏡』ではありませんよ」

「え、ウッソー」
今回のお題は「かがみ」ですね。コンペ作品中に上記の誤字を幾つ見つけられるか、今からとても楽しみです。
では、第九回東方SSこんぺ、はっじまっるよー!!!
リコーダー
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2010/10/09 00:00:33
更新日時:
2010/10/09 00:00:33
評価:
29/30
POINT:
156
1. 7 過剰 ■2010/11/07 00:10:13
そうきたかwww
2. 4 毒弾と変権 ■2010/11/07 00:44:49
SSの後半部分が、前半の心地よい程度に騒がしい雰囲気を台無しにしてしまったように感じた
動作や人物の表現の仕方は好きだったけど、自分が(勝手に)期待したものと違ったのは残念
しかし小町には三味線が似合うと思わされたのでこの点数で
3. 8 タカハウス ■2010/11/07 02:59:52
あちゃーなんというミス!
しかし小町の思いに感激しました。そんな小町に拍手を。
4. 4 名無し ■2010/11/07 04:33:26
作者特定余裕でした
5. 7 たおふこ ■2010/11/07 06:46:55
牽制SSwww
物語としてはあっさりすぎるけど、そこらへんも考慮してこの点数を。
6. 6 ノラ猫 ■2010/11/07 09:41:49
短いながらしっかりとまとまっていて面白かった。
ただもうちょっとアクセントが欲しかったところです。
7. 8 百円玉 ■2010/11/07 14:46:30
すげー。爆弾落としていきやがったw
大多数の人がこんぺの読み始めに訪れるであろうこの最速最下の作品。
それをこういう風に扱うなんて只者ではない感が。

彼岸組ということで、それらしい人情のお話し。
小町の譲れない想いが映姫の心にも届く。
勘違いがご愛嬌で、それをいつも通りにいなす映姫もまたご愛嬌。
でもその中に遊び心も取り入れるのはすごいと想います。
8. 4 fish ■2010/11/08 00:31:14
さらりと。
何だか作者さんのイメージ先行な小町がどんどん動いちゃってるなぁという感じもしましたが、ちょっと笑いました。
9. 7 ハー ■2010/11/09 15:03:10
にやっとしてしまった。間違えてたのね小町はw
10. 7 1896 ■2010/11/10 19:28:28
うっそー!?
11. 3 雑魚へぼ無能 ■2010/11/11 11:46:06
オチはよくある間違いだし早い段階でわかった
ただわかりやすいからこそ小町が指摘されるのを期待してにやにやしながら読めた
ただ最後の小町のセリフがなんだかういてる
とっても違和感
そんな感じ
12. フリーレス 名前が無い程度の能力 ■2010/11/12 01:36:14
まったく洒脱な御仁だ。でもこんな悪ふざけは大好きだぜ!
13. 2 パレット ■2010/11/19 23:50:53
 ウッソー
14. 5 さく酸 ■2010/11/25 20:26:56
開幕お疲れ様です。浄瑠璃と浄玻璃は私も間違えていた記憶が。
食事処で語っていた小町のかっこよさとオチのボケっぷりがいい感じの作品でした。
15. 2 B ■2010/11/27 12:42:42
一番手の任、ご苦労である!
景気付けの5点、といきたいところだが実際の東方キャラは文字より音声で触れる機会のほうが多いからその間違いをするのはおかしい!
2点だ!
16. 4 asp ■2010/11/29 10:43:53
勘違いしてる小町かわいい。いわゆる前フリにあたる小町と店主の会話がなかなか良かっただけに、「一発ネタ」で落ちたことが少しがっかりだったり。こういう勘違いって恥ずかしいよなあと想起。
17. 7 日比谷 ■2010/11/29 18:53:23
ええい、くだらん落ちだ
18. 8 みなも ■2010/11/30 17:15:55
おちもすてきですが、それまでの三味線の人情話
もほろりとしてすきでした。

すてきなまとまりのある話ありがとうございます。
19. 8 yunta ■2010/11/30 21:55:12
執筆お疲れ様でした!

真面目な小町と思いきや……綺麗なオチですなぁ
開幕に相応しい粋なSSでした。
20. 6 とんじる ■2010/12/02 14:09:01
 なんて下らない一発ネタww
 でも噴いてしまったので私の負けですね。ええ、浄瑠璃と浄玻璃は昔、間違えて覚えてました。
 ネタ以外の所でも、さらりとした何でもない描写が上手かった。だからこそオチとのギャップに笑ってしまった訳なんですが。

 さすがに他の方の作品でも浄瑠璃の誤字はなかったみたいですね。よかったような残念なような。
21. 7 PNS ■2010/12/09 20:37:54
開幕宣言乙です!
浄瑠璃じゃなくて浄玻璃……って私もあんまり意識してませんでした(汗
22. 4 藤村・リー ■2010/12/09 22:14:49
 まあうん何だかピンと来ない話ではあった。
 落ちに向かうための溜めが弱かったかなあというか、肝心の落ちも弱かったというか。小町の語りは面白かった。如何にも小町が語りそうな話だなあと思いながら読んでいました。
23. 3 八重結界 ■2010/12/10 08:02:24
落語を聞いているような、そんな印象を受けました。
24. 7 deso ■2010/12/11 19:59:57
なんか良い話だと思ったのにw
でも、確かにあれはよく間違われる。
25. 4 gene ■2010/12/11 20:07:06
キャラ名を誤字した自分にはかなり耳が痛いです……。
26. 5 兵庫県民 ■2010/12/11 21:04:10
イヤイヤw 間違えないからww
27. 1 ニャーン ■2010/12/11 21:12:05
浄玻璃の鏡が出てくる作品自体が、この作品の他では2つしか無かったのは意外でした。
それも割れたり、まだ手に入れてなかったり、してますし……滑ってると思います。
28. 5 如月日向 ■2010/12/11 21:36:23
そのときにしかない想い出。
私たちにとっては、まさにコンペがそれなのかもしれませんね。
小町の気の利かせ方もステキです。
ただちょっと残念に思ったのがオチです。
このオチも悪くはないのですが、最後までいいお話で終わって欲しかったと思います。
29. 8 T ■2010/12/11 22:29:40
開始の作品にふさわしいですね。明るいしきちんと落ちている!
カガミのお題もクリアしているし……何より面白かったです。最後の「ウッソー」で思わずにやりとしてしまいました。
30. 5 名前が無い程度の能力 ■2010/12/11 23:35:00
このくだらなさ、このクオリティはもしや……!!
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