かがみうつし

作品集: 最新 投稿日時: 2010/11/03 00:08:46 更新日時: 2010/11/03 00:08:46 評価: 16/16 POINT: 91
 つい、と曲げた首にかかる髪は美しかった。人里の女子もかくやとばかりに肌を滑らかに撫でつけ、風が吹けば女手から零れる絹糸のように舞い上がる。我が髪と言えどここまで美しければ惚れ惚れと見つめてしまうようだった。
 首の曲げた先、私の見つめる先には同じように美しい少女が居る。されど全く気にもならぬ、とでも言わんばかりにひどく面倒そうに、ひどく気だるそうに縁側に寝そべっている。その髪は覆水が盆から散らばるかというほどに。
 
 「ねえ、貴方は幸せなのかしら」

 自然と口から紡がれた言葉は私の言葉だったのだろうか。
 しゅるり、とリボンを解けばいっそうの黒髪が映える。赤地に黒が流れれば赤を引き立てよう。白地に走れば黒は輝こう。何より白は純潔を、神に仕えるべく持ち合わす。だから私の髪と服は本当に似合っていた。

 「そうね」

 返事はあった。
 それはそうだろう。あの魔法使いも今日は来ていないし、胡散臭い大妖もきっと昼寝かなにかしているのだろう。古道具屋まで行く気も起きなければ、その他行く必要がある場所などありはしないのだから。
 要は暇だから返したか、もしかしたら必要だから面倒でも返したのかもしれないけれど。とにかく他にすることがない。

 「私は不幸だわ。面倒臭いったらありゃしない。どうせなら異変だったほうがストレスを解消できる分幾らかマシ」

 くるくると、今しがた私が箒で掃いた境内に踊り出る。纏いを無くした髪が放射状に広がり、広げた腕と絡みあっていく。
 彼女は幸せと言ったけれど、その実幸せとは感じてはいまい。悲しみも嬉しさからも浮き立つ人間には満たされるべき本当の器が無い。自分のお茶碗が無いからいつもお客様用のお茶碗で満たして、日々を喜んで悲しんでいる。そしてしっくりしなままに生きていく。
 
 「あんたが何を考えてるのかは知らないけど、それほど嫌なもんじゃないわ」
 「あなたが何を考えてるのかは分かるけど、そんな良いものじゃないと思うわ」

 だるそうに串を振りながら、少女は一つあくびをしている。さっき食べ終わったお団子は時期の外れたお花見団子だが、私も食べたかった。せっかく美味しかったのに。一緒に飲み終わったお茶も団子にあわせて良いのを淹れたというのに。
 まったく秋だというのに、花見団子といいこんな寒い服装といい、我ながらよくわからない奴。
 
 「ねえ貴方、起きなさいよ」

 くるくる、ぴたり。
 止まった私の顔に髪がかかり、そのまま肌を滑り落ちてやがて纏まっていく。本当に妬ましいくらいの艶髪だった。私自身のことだけにそれを適当にまとめて括るだけというのは、少々腹の立つ話だ。
 私は他人の世話を焼くなんて面倒だけど、我慢する気も無いない辺りはこの私らしかった。

 「あによ……」
 「はいはい、座るだけで良いわ。ちょっと待ってなさい」

 薄く開けられた目はなんとも面倒くさそうだ。死んだ魚でももうちょっとマシだろうに。
 力なく投げ出された体を無理やり抱き起こして、縁側に座らせる。丁度良く風は吹いていないけれど、秋の風は私みたいに変わりやすい。さっさと必要な物は取ってこよう。勝手知ったる自分の家なのだから時間はかからない……と思ったけれど。
 
 「ねえ貴方、あのリボンは何処に仕舞ったかしら」
 「あー?……あれのこと? あんたがわかんないなら、私が思い出すわけないでしょ」

 無理やり起こされたせいか、どうもご機嫌斜めにも見えるが、きちんと返答する以上別に嫌じゃあないのだろう。心底面倒くさがるくせに嫌がらない所は、女の子らしさが出ていて普通っぽくて安心する。
 なんとか目的の物を見つけて彼女の元へ戻り、寝ころんでいたせいで膨らんだ髪に櫛を通していく。本当に、くしゃくしゃだった髪が櫛一つで真っ直ぐな流れを取り戻すのは……巫女だから神の加護でもあるのだろうか。巫女だけに、神の。髪に対して。

 「気持ち良い? 起きた後にもちゃんと手入れしなさいな。その方がもっと良くなるんだから」
 「あー……別に。手鏡と姿見だけじゃ面倒なのよね。霖之助さんが化粧台を譲ってくれないせいでねえ」

 だから私好みにしなさいよ、と言って気持ちよさそうに目を閉じて、私に身を任せる。化粧台があっても面倒くさいからやらないくせに。そういう性格なことは私じゃなくても知っている。
 すいすいと櫛を通す。上から下へ、つむじから髪先へ、頭皮を優しく櫛で刺激しながらたまに力を入れるのが、私が好きなやり方だ。案の定ふやけたようなまなじりと阿呆みたいに開いた口が、それを証明している。まったく、本当にいい髪だ。あとは軽くちょいちょいと弄くってやれば、少女も羨む美髪となる。

 「あーそこそこ、ついでに肩こったからー」
 「肩ならお掃除してた私の方がこってるわよ。それより終わったわよ? こんなもんでどうかしら」

 ほら、と櫛と一緒に持ってきた手鏡を渡せば一仕事の終わり。一応しっかり確認してるみたいだけど、私が満足した出来なのだから満足できないはずも無い。肩越しに鏡に映る顔は少し口元を上げて、まなじりを下げて。今にもはにかみそうな顔は私でも鼓動を強く打つような愛らしさを見せる。

 「ん……何よ」
 「なんとなく、ね」

 ぽすんと上から覆いかぶさると、さすがに怪訝な声をかけられる。しかし私は振り払われるでもなく、ゆっくりと私の手は肩から首へ、首からうなじを、鎖骨を撫でおろして指が体の中央へ這い下りていく。
 本当に、本当になめらかな肌を指先が滑っていく。まったく羨ましいが、これも私なのだからもう少しだけ、我慢しなければならない。指先は滑る滑る。ゆっくりと指の腹で、豊かとは言えぬふくらみの間を縫って。
 

 心の蔵を目指していく。

 「あんたさあ」

 心は抑えきれないモノで、彼女が何を言うかはおおよそ分かっていても手は止まらない。心は留まらない。

 「本職に手を出すあたり、幻想郷に相応しい馬鹿ね」

 手は止まらない。
 心臓へ伸ばした程度の手は、空に浮かぶモノは掴めない。いかなる妖怪も博麗の巫女には手を出せぬ。それは私自身が重々知っているけれど、ワタシは為さねばならない。人は生きるために生きるが、妖怪は妖怪たるために動かねばならないのだから。

 「一ヶ月くらいだっけ? 楽できて助かったわ」

 為さねばならぬ。成らねばならぬ。私が私でいられるように。
 面倒くさそうに手の甲に押し付けられた札は、弾幕を使わない妖怪退治のために久しぶりに作ってもらったヤツだろう。今まで一言も言葉を交わしていないのに今日がワタシの動く日だと勘で知ったのだろう。私のことながら無茶苦茶な人間だ。
 
 「今度があったらお賽銭でも入れてきなさいよ」

 だるそうに投げかけられた言葉はどこか親しみが感じられた。もちろん私のことだから、そんなつもりは一切無いのだろうけど。
 体の真ん中から力が抜けていく。そんな感覚に苛まれながら、ワタシは自分の存在意義を為せなかった悲しみと苛立ちと怒りと……それとは別の、ワタシを否定するワタシ個人を見せたいという思いも抱いていた。

 「今晩のおでん、後で火を通しといて頂戴」
 「前言撤回。めんどいからすぐに戻ってきなさい」

 恐ろしく可愛らしい鬼や大妖怪、魔法使いに充ちているこの世界も、もしかしたら妖怪にとって面白い場所なのかも知れない。







 「なんだ、あいつ退治しちゃったのか?」

 神社の居間には四つの人の形。ぐつぐつと煮える鍋を囲むように、コタツの一辺に一人が胡坐を掻いて座っている。箸で色が変わるほど染みた大根をつつく魔法使いは露骨につまらなそうな表情で言い放つ。
 
 「境内は毎日掃除する、山の神様にもへりくだる、親友に茶と菓子を出す、料理もうまいし巫女の鑑だったのになあ」
 「うっさいわね。巫女は自分の神様にそれなりに仕えてればいいのよ」
 「そうそう。あいつは毎日酒を飲ましてくれたのに霊夢は今日もケチくさいしさ。まだ退治しなくてよかったのに」
 「まったくそうね。『あら紫、いらっしゃい』だなんて本当に素直で可愛い霊夢だったのに……よよよ」
 「っさいっての!」

 ぬがぁ! という咆哮が見えそうなくらい不機嫌な巫女は、しかし目線も手の動きも牛すじに卵、餅巾着と数の少ない具を取ることに腐心している。それを見てやんやとからかうのは、やはり三人全員であった。酒のつまみによく染みたおでんを、肴に最近の霊夢のことを。

 「おっ、霊夢さんよ。そいつはお前が人里で困ってる人を助けたお礼に頂いた牛と鶏の卵じゃあないか。いや感心感心だな」

 むぐ、と喉を詰まらせる巫女の眉は不機嫌そうに八の字を描いている。その様さえも、他の三人にはこの上なく面白い見世物でしかない。それを知っているがゆえに巫女の機嫌は下降の一途を辿る。
 やれ最近の霊夢は人里で評判がいい、香霖堂でツケを少し払っただのと、各々があちこちで聞いてきた、まるでらしからぬ霊夢の話を肴に四人の酒盛りは進んでいく。もっともそのうちの一人は、暴飲であったかもしれない。自分の与り知らない所で善行が行われるなど……いっそ悪行なら妖怪に押し付けて退治できたというのに、おとなしく境内を掃除して来客を代わりに相手していただけでは無かったことにもう少し早く気付くべきだったという思いを抱えたままに。苛立ちと面倒くささを、牛すじについた肉の旨みと酒の美味さで飲み下していくことが彼女に今残された唯一の楽しみであった。

 
 楽しい夜は朝靄に包まれるのも早いと言う。ならば四人のうち三人が面白可笑しく談笑する小さな酒盛りも、三対一で夜も更けるというものか。あるいは巫女自身、早くこの面倒な話題が終われと願っていたのだから四対零であったのかもしれない。
 月は今や頂点をとうに過ぎ、もうしばらくもすれば寒さに体を布団に押し込みたくなる時間になるだろう。けれども夜通し酒で盛り浸けた体には、身を切る寒さでもってその切れ目から熱を逃がしたほうが都合が良い。障子まですっぱり開いた居間には、月を惜しみつつ酒盛りの終わり酒と注がれた猪口を傾ける四人の姿が見える。
 ビュウ、と風が吹き抜ける。各々無言のままに、杯に月を映す者もあればただ水面に唇を当てるだけの者もいる。終の酒に髪先を浸していた魔法使いは、赤く潤んだ瞳を杯を境内に向けて捧げる者に目を向ける。酔いにまどろむ頭がそれに目ざとく気付いたのは、偶然であったのか、もう一人の主役へ向けたモノだったのか。

 「後ろの癖」
 「ん?」

 ぽつりと魔法使いが呟いた。それに呼応して妖怪と鬼は一様に目をむけ、嗚呼と感嘆のような、どうでもよさそうな声を上げる。しかしそれでも気になるところはあるらしく、続きの言葉を紡ぐ。

 「いつもクニャっとかヒョコっとかてなってるとこ、綺麗になってるねえ」
 「散々言っても直そうとしなかったのに、どういう風の吹き回しかしら。台風くらいかしらね」

 少女らしいねえ、と妖怪たちはくつくつ笑う。巫女が手を当ててみれば、確かにいつもの感じが手から伝わってこない。一体何故かと、そういうことだろうか。そういえば今日は夜まで誰も来なかったから、知っているはずも無いのだろう。
 思えばなかなか面白い体験だったと巫女は今日あった体験を脳裏に呼び起こす。ああいう妖怪もいるからこそ幻想郷は、生きていくのが面白い。これを不幸と感じていたあたり、あの妖怪はまだまだ未熟者だったのだ。

 「これはね」

 杯を持たない手で髪を撫でる。さっぱり意識などしたことの無い髪だ。綺麗とかそんなものは巫女にとってどうでもいいことだが、自分がそう言ったのだから綺麗なのかもしれない。そう思うとほんの少しだけ、嬉しいと思えるのかもしれなかった。

 「私の鏡の自信作よ」

 そう言って少女は境内に向けた杯を片手に片手を添えたふたつの手で傾け、満足したようにはにかんだ。
 
後ろ髪を整えるのって難しい。鏡だとなんかアレだし。でも他人にやってもらっても100パー満足って難しい。あら他人が駄目なら自分でやればいいじゃない。よし、俺をもう一人頼む。
レイレイが俺のカップルゲンガー
えろーら
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2010/11/03 00:08:46
更新日時:
2010/11/03 00:08:46
評価:
16/16
POINT:
91
1. 6 過剰 ■2010/11/09 17:15:19
特定キャラを増やす!その発想はなかった。
霊夢が増えた理由をもっと明確描いて、そこから始まる色々な物語が読みたかったですね。
2. 5 asp ■2010/11/29 10:50:31
 綺麗な作品だと思いました、文章もストーリーも。レイレイの雰囲気も気だるい喪失感があっていいです。うまいなあ。もう一工夫欲しかったような気もしますが、ちょっと欲張りでしょうか。10kbという長さもコンパクトさを感じさせていいです。
 たしかに後ろ髪って整えるの大変ですよね……
3. 7 yunta ■2010/11/30 22:00:15
執筆お疲れ様でした!

ドッペルゲンガーを見ても平気な霊夢さん流石っす。
幻想郷に馴染んでいたっぽいのに残念だなぁ。
4. 9 とんじる ■2010/12/02 14:20:57
 透明感があって、どこかのんびりとしていて素敵な作品でした。

 ワタシっていうのは、やっぱりドッペルゲンガー的な妖怪なんでしょうね。
 でも、結局霊夢に化けた理由って何なんでしょう。
 その理由が作品中に明示されてなくて、いくらでも想像の余地があるというのは、もちろんこの作品の魅力であるのは間違いない、けど、想像のヒントと言うか、伏線みたいなものがもう少し欲しかった気がする。
 その所為か、作品全体が掴みどころがなくて、もやもやした作品に感じてしまう。
 人として暮らしてみたかったのなら、敢えて霊夢を選ぶ必要がない(むしろ人間離れしている霊夢に化けるのは明らかに人選ミス)、霊夢のその美しい容姿に憧れたのなら霊夢の仕事まで肩代わりする必要がない、あるいは冒頭の「貴方は幸せなのかしら?」という台詞のように、霊夢の人となり、霊夢の掴めない思考だとかを知りたかったというのなら霊夢が普段しないような、人里に下りていって人助けだのをする必要がない……。私には、なかなかしっくりくる答えが見つかりません。あるいは霊夢の願望を映し出す妖怪だった? うーん。

 それにしても、二人の霊夢のやりとりが面白くて素敵。

「かがみ」の使い方も絶妙。
 ワタシというのは、霊夢の姿をそっくり真似る『鏡』であり、巫女の『鑑』であり。さらに、霊夢の目の届かない後ろの癖を直してあげたワタシは、その果たした「役割」を切り取って見てもやはり『鏡』だったんでしょうね。
5. 7 藤村・リー ■2010/12/09 22:26:39
 上手いこと纏められた感。文章も滑らか。
 一見、状況が解り辛そうな構造なのに、読み進めていくうちにするすると頭に入っていった。
 霊夢が霊夢らしく、霊夢の真似をしていた妖怪もまた、霊夢らしい。
 どちらがより霊夢らしいかを語るのは無粋かもしれない。
 巫女らしいのは後者。
6. 7 deso ■2010/12/11 20:08:30
それを退治するなんてもったいない!
鏡の方が善人で女の子らしいというのは、当人にとっては痛い話なんだろうなあ。
7. 6 gene ■2010/12/11 20:16:28
正体を知ったあとでも、前半部の描写は解りづらいものがありました。
境内に躍り出たのが本職巫女だと思ってたら次のシーンで寝てたんでこんがらがりました。
それがどちらの行動でどちらの台詞なのか、ある程度は地の文でわかりやすく明示して欲しいかなと……。
それらしきのはありますが、ちょっと読み取りづらかったです。
物語に漂う雰囲気はいいなと思いました。
8. 3 八重結界 ■2010/12/11 20:18:16
レイレイ……新しい!
9. 3 木村圭 ■2010/12/11 20:23:54
ああ、これは霊夢っぽい霊夢。
レイレイだとなし崩しとか何となく、で簡単に一線を越えそうだから困る。いや困らない。
10. 3 ニャーン ■2010/12/11 21:04:25
読みやすかった。
もう一人の自分、となると、どうにもバトル展開が浮かんでしまうのですが、
穏やかな日常光景として仕立て上げられているのも好ましいです。どこか温かい作品。
11. 5 兵庫県民 ■2010/12/11 21:22:35
ドッペルモノなのに怖さ無しとは、面白い。
…いや、そう立ち振る舞ってただけで実際に会ったら怖い話だよなぁ(
12. 5 如月日向 ■2010/12/11 21:39:15
面倒なことを全部やってくれるもう一人の自分がいたらいいですね〜。
と思ったけどそれはそれで怖い気もします。
13. 8 774 ■2010/12/11 22:24:17
最初なんかの比喩かと思ったらなるほどドッペルゲンガーだったんですね。
日常風景化してる辺り素敵な世界。こういう雰囲気は好きです。
でも後書きで台無しだー
14. 8 文鎮 ■2010/12/11 23:05:39
なるほど。ドッペルゲンガーでしたか。
変な言い方ですが、利用するだけ利用してしっかり退治するのは実に霊夢らしいと感じます。
“私の鏡の自信作よ”との台詞が光る、美しい話でした。
15. 3 NT○ ■2010/12/11 23:27:58
おお、霊夢が二人!
これはありですが、ですがもっと読みたかった……!
16. 6 もろへいや ■2010/12/11 23:57:34
面白かったです。
取り急ぎ点数だけ。
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