鏡嫌悪症

作品集: 最新 投稿日時: 2010/11/05 21:08:39 更新日時: 2010/11/05 21:08:39 評価: 18/19 POINT: 83
 姿見の向こう側に私がいる。
 紅い瞳で私を見返している。

 鏡は本当の姿を映すとは、よく言われていることだ。
 なら、向こう側にいる私は正気なのだろうか。それとも狂気にとらわれているのだろうか。
 ……いや、そもそも本当の姿というなら、それこそが正気であるべきだ。
 だから、少し言い方を変えよう。
 この向こう側にいるのは、力を制御することの出来る私なのか、それとも、無差別に力を振るう私なのか。

「ねえ、どうなの?」

 姿見の縁に触れながら聞いてみる。だけど、返事はない。私の口の動きを真似ただけで、それ以上動きはない。
 知ってる。絶対に何も答えてくれないことはよく知っている。

 仕方がない。
 鏡には口がないのだから。
 仕方がない。
 映すのは姿であって、本性ではないのだから。 

 けれど、だから、けれども、だからこそ、私は鏡が嫌い。
 ありのままの姿を映し出すなんて言われてる所がどうしようもなく嫌い。

 だから、壊してしまう。
 理性に則って、狂気にとらわれず、けれど、嫌いだというただの一感情で壊してしまおう。

 鏡の『目』を掴んで躊躇なく握り潰す。

 ひびが入る。鏡像の私に傷が付く。けど、顔をしかめることもなく、無感情に私を見返している。
 大きくなったひびは、一枚の鏡を数え切れないほどの欠片へと変える。
 そして、欠片が落ちていく。その中で、紅い瞳だけがいまだに見返している。けど、床に落ちてしまうと天井を映し出すだけのものとなってしまう。

 壊れた。本当の姿を映し出すとか言われる道具は、ばらばらになってしまった。
 安心感に包まれて、ほうと息を吐く。これで、もう大丈夫。

 とはいえ、このままにしておくというわけにはいかない。
 だから、早く片づけてしまおうと、後ろに置いていた箒とちりとりを取るため、振り返る。

「最近、館の鏡がよくなくなっているけど、貴女が犯人だったのね」
「あ……、お姉様……」

 振り返った先、そこにはお姉様がいた。

 当たり前だ。ここはお姉様の部屋なのだから、いつかは帰ってくるに決まっている。
 今までは、たまたま私がいる時に帰ってこなかった。けど、今日はたまたま私がいる時に帰ってきた。
 たった、それだけのこと。

 怒っているような様子はない。けど、代わりに困惑しているようだった。眉を微かに寄せている。
 私は、居心地が悪くなって縮こまっていることしか出来ない。悪いことはしてないはずなのに。

「どうして、こんなことをしたのかしら?」

 困惑を隠して、まっすぐにこちらを見つめてくる。捉えた相手を決し逃さない視線。
 逃げ出すための隙はどこにもない。そもそも、鏡の欠片をこのままにしておきたくもない。それでは、本末転倒というものだ。
 だから、私はお姉様の紅い瞳を見つめ返して答える。

「鏡が嫌いだから」
「嫌い? 館中の鏡を壊してしまうほどに?」

 お姉様の顔に疑問が浮かぶ。小さく首を傾げている。
 ふざけてる様子はなくて、本気で理由がわからないみたいだった。

 どうして?
 他でもないお姉様が関係しているからこそ、嫌いだというのに。

「だって、お姉様の姿が映らないから。お姉様の存在が否定されてるみたいで、それが嫌だから!」

 私が鏡を嫌う理由。
 それは、鏡の世界にお姉様がいないから。

 鏡の向こう側には、咲夜も、パチュリーも、こあも、美鈴も、メイド妖精たちもいる。私でさえもいる。
 けど、お姉様だけがいない。本当の姿を映すと言われているはずの鏡の中にお姉様だけがいない。

 それが、嫌だった。
 お姉様の存在が誰かに否定されている。
 そのことがどんなことよりも赦せなかった。

「吸血鬼が鏡に映らないのは当然のことでしょう? まあ、貴女は魔法使いの血が濃いから例外的に鏡に映るけれど」

 お姉様の言うとおりだ。確かに、吸血鬼は鏡に映らないと言われている。
 そして、私たちは吸血鬼と魔法使いの混血だ。お父様が吸血鬼で、お母様が魔法使い。そのおかげで、私は鏡に映ることが出来ている。

 でも、それがなんだって言うんだろうか。
 私にとっては、何の慰みにもならない。

「そんなのっ、関係ない! 吸血鬼が鏡に映っても映らなくてもどっちでもいい! 私はっ、他の誰でもない、お姉様の存在が否定されてるのが嫌なのっ!」

 ずっと、ずっとずっと私のことを肯定しくれたお姉様。そんなお姉様が否定されるのは赦すことが出来ない。
 別に嫌うのはいい、拒絶もしたっていい。どんな形であれ、お姉様が存在していると言っているのなら、そこにどんな感情が込もっていようとも、私は否定しない。
 でも、お姉様の存在を否定するというのなら、私もそれを否定する。それを簡単に実現させてしまうだけの力も持っている。

 私は、自分の力が嫌い。怖いとさえも思っている。
 それでも、お姉様の為になるっていうんなら惜しげもなく使うことが出来る。使うことが出来た。

 でも、もしかしたらこれは単なる私の独り善がりなのかもしれない。
 だって、お姉様は喜んでくれていない。むしろ、困ったような表情を向けている。

 じゃあ、何で私は鏡を壊すことに拘っているんだろうか。
 少し考えてみれば答えは簡単に返ってきた。

 ただ、気に入らない。お姉様の存在を否定していることが。
 ただ、嫌い。一方的にお姉様の存在を否定するその態度が。
 だから、壊す。容赦なく無慈悲に跡形もなくなるくらいに。

 ああ、私の本性はやっぱり壊してしまうことなんだ。

 鏡によって気付かされてしまった。
 やっぱり本当の姿だけでなく、本性まで暴いてしまうものだったんだ。


 だから、やっぱり嫌い。
 なくなってしまえばいい。
 消えてしまえばいい。
 壊れてしまえばいい。


 私は鏡を否定し、拒絶し、廃絶したいと思い――

 不意に、ぱきん、という音が私の意図と関係なく響いた。

「あ……」

 まずい、と思った。
 けど、そう思っただけで具体的な行動には移れない。

 次々と小さくなっていく欠片の中で、私は立ち竦む。
 ただ私の力が勝手に周りにあるものを壊していくのを見ていることしか出来ない。

 冷静さを保っていないと、私の力は簡単に暴走してしまう。
 特に、強い否定の感情。これを持ってしまったら、すぐに抑えることが出来なくなる。止める間もなく暴走を始めてしまう。

 私は暴走している力を止めようとする。けど、止まってくれない。そのことに焦ってしまって、余計に悪化させてしまう。
 パチュリーに、力を暴走させてしまっても、冷静さを取り戻せば大丈夫と言われていた。だけど、実際に暴走を始めてしまえば冷静になるだけどの余裕なんて残らない。
 私はそんなに強くはないのだ。

 焦れば焦るほどに、壊す範囲が広がっていく。そのことが更に私を焦らせる。
 ぐるぐると悪循環。

 止まらない。
 右手をぎゅっと握りしめるけど、止まらない。
 それも当然だ。『目』を潰すという行為は、単に力に制限をかけるための動作なのだ。暴走してしまえば、私に引き寄せられた『目』は端から壊れていってしまう。
 だから、右手を握りしめることに意味なんてありはしない。それでも、握らずにはいられない。
 この手を開いて、もう一度握りしめてしまったときに、大切なものを壊してしまいそうな気がするから。

「もう、しょうがない子ね」

 お姉様が近づいてくる。
 浮かべているのは苦笑だった。
 これ以上近づいたら何が起こるかわかってるはずなのに、どうしてそんな表情を浮かべていられるの?

 お姉様の足に一切の躊躇はない。ゆっくりとだけれど、確実にこちらに近づいてきている。

「やだ、来ないで」

 一歩後ずさる。ほとんど無意識だった。
 しゃり、という砂を踏んだときのような音が聞こえてくる。鏡の欠片はほとんど粉となってしまったようだ。

「嫌よ。この状況で足を止める愚か者がどこにいるって言うのよ」

 私の言葉は跳ね除けられてしまう。足止めの一言にもなってくれなかった。
 お姉様がもう一歩進む。また、私たちの距離は同じになる。

 どの程度力の範囲が広がっているのかわからないけど、すぐにでも入ってくるはずだ。
 だから、私は後ずさった。一歩、二歩、三歩、と下がろうとした。その後どうするかなんていうのは考えてない。ただ、お姉様と距離を取らないと、ということしか考えられなかった。

 もう一歩後ずさる。お姉様も同じようにして距離を詰めてくる。
 二歩目。けど、そこで踵が壁にぶつかってしまう。これ以上下がれなくなってしまう。

 対して、お姉様は止まらない。確実に私との距離を詰めてくる。

「……あ」

 そして、お姉様の右腕が、両翼が爆ぜた。
 音もなく、お姉様の一部が失われた。

 細く鮮やかな紅い塊が真っ直ぐに床の上に落ちて赤い液体を辺りに無作為に飛び散らせそれがまるで真っ赤な大きな花が開く瞬間のように見え視線を少し逸らしそれから深い闇のような黒がひらひらと舞っているのを見てようやく何が起きたのかを正確に理解してやってしまったという思いにとらわれとにかくここから早く離れようとするけど身体は言うことを全然聞いてくれずまるで楔を打たれてしまったかのようにただその場に棒立ちをするだけでならばいっそのこと自分自身を壊して壊し尽くしてこれ以上お姉様を傷付けないようにしようと決めて固く閉じていた右手を広げて自分の『目』を引き寄せて強く強く握りしめてやろうと思い――

「このくらいで冷静さを欠いてしまうなら、ずっと私が傍にいてあげた方がいいのかしらね」

 耳元で冗談めかすようなそんな声が聞こえてきた。
 気が付けば私は壁に押しつけられるようにして、お姉様に片手で抱きしめられていた。
 あの一瞬の間に私との距離を零にしたようだ。

 そのまま、お姉様に身体を半回転させられて立ち位置が入れ替わる。壁だけが私の視線の先にある。
 私のためにそうしてくれたんだ、ということは、すぐにわかった。けど、濃密な血の臭いが、私のやってしまったことを伝えてくる。

「ほら、落ち着きなさいな。私はちゃんと、ここにいるでしょう?」

 片方しかない腕で私の背中を優しく叩いてくれる。焦りばかりを生み出していた心が安堵を生み出し始める。
 じわり、じわりとそれが広がって、焦りをどこかに追いやっていく。
 それで、私は冷静さを取り戻す。暴走していた力が落ち着く。

「う、ん……」

 抱きしめられたままぎこちなく頷く。確かにお姉様の暖かさはしっかりと存在している。私に触れて、私を包んでくれている。
 鏡に存在を否定されたくらいでは消えない。それは、わかってる。

「鏡の向こう側に私はいないかもしれないけど、それこそ関係ない事よ。私は貴女をこうして抱きしめてあげられる。それでは、駄目かしら?」
「……それは、嫌。絶対に誰にも、お姉様の存在を否定してほしくない」

 お姉様がなんと言おうとも、それだけは絶対に譲れない。独り善がりだと言われようとも、変えることは出来ない。
 誰かがお姉様のことを否定しているだなんて耐えられない。
 お姉様の存在を肯定することだけはして欲しい。それ以上は望まないから。
 そうじゃないなら、私はその存在を否定する。

「そう言ってくれるのは、嬉しいけれど、そんなのでしょっちゅう力を暴走させられたらたまらないわ」
「だったら、この館から鏡を全部無くしてよ」

 自分でも無茶苦茶なことを言ってるのはわかってる。けど、嫌なものは嫌なのだ。
 たとえ、どんな理由があろうとも、お姉様の存在を否定するものがあることは赦せない。

「それは無理な相談ね。身嗜みを整えるのにはどうしても必要な物だから」
「……じゃあ、せめてお姉様の部屋にだけは置かないで」

 本当はこんな妥協も嫌。けど、無茶苦茶なわがままが通らないことも理解している。
 だから、今はこの妥協案を通してもらって、今後徐々に鏡を減らしていってもらおう、と考える。

「それも駄目。私が身嗜みを整えられない人みたい思われるじゃない」

 けど、お姉様は受け入れてくれなかった。
 人の目は気にするのに、どうして存在が否定されるということは気にしないんだろうか。

「……ねえ、お姉様は平気なの? 自分の存在が否定されたりしても」

 鏡に自分の姿だけが映っていなくても、どうとも思っていないようなお姉様のその態度が理解出来なかった。
 だから、聞いてみた。

「貴女に否定されない限りは、誰に否定されようとも平気よ」
「ほんとに?」

 私なんかに肯定される。そんなことだけで本当にいいんだろうか。

「……まあ、咲夜やパチェや美鈴、それに小悪魔に否定されればへこむと思うけど、貴女が私を肯定してくれてる限りは何度でも立ち直れるわ」

 背中を優しく叩くのをやめて、代わりに抱きしめられた。話している間に再生させたらしく両腕で包み込まれる。
 私は、身動き一つ取らずにされるがままになる。

 けど、口は勝手に動いていた。

「……それだけで、いいの?」
「それだけ、だなんてとんでもないわね。私は貴女に肯定さえされていれば、世界でさえも作れる。けど、貴女に否定されたら、その世界はいとも容易く崩れさってしまう。そう、貴女がいて初めて私の世界は存在するのよ」

 両腕にぎゅっと力が込められる。まるで、縋り付くかのように。

 おかしい。どうしてお姉様が私に縋り付いているんだろうか。
 私は、お姉様に肯定されることで、自分の居場所を、自分のいてもいい世界を作り出していた。
 そのことに縋り付いていた。
 お姉様の世界はなんて強いんだろう、と思っていた。

 そのはずなのに、私は今こうしてお姉様に縋り付かれているかのようになっている。

「それが、『それだけ』で済むはずがないでしょう?」

 声はいつも通り少し尊大な感じだった。だけど、縋り付かれている、という感覚は拭いきれなくて、かすかな違和感がある。
 だからか、何故だか泣きそうな顔をしている、とそんなことを思ってしまう。

「だから、貴女は私を肯定してちょうだい。その瞳に私を映して、ここにいる、と証明してちょうだい。そうしてくれるだけで、私は満足よ?」

 お姉様が私を抱きしめるのをやめて、両手で私の顔を押さえる。身体全体を包んでいた暖かさが頬へと移る。

 視線の先、想像とは違ってお姉様は、凛とした表情で私を見ていた。弱さの欠片も見られない。

 私は、瞳を逸らすことなくじっとお姉様を見る。鏡が否定した分、私が肯定してみせる。弱いんだ、っていうならそれもまとめて肯定して支えてあげる。
 紅い瞳、小さな鼻、犬歯が小さく覗く口、整った顔、昼間の月のような青をまぶした銀髪。
 真っ直ぐとこちらへと視線を向けるだけの強い意志、けど、先ほどまでは確かにあったと思われる微かな弱さ。
 見える部分、見えない部分、余す所なく私の瞳に映し出す。
 私の瞳にお姉様の全てを映し出すことでその存在を証明する。

「うん。お姉様はいるよ。ちゃんと、ここにいる」

 言葉にして、確かにそこに存在するのだと伝える。
 世界にお姉様の存在の証明を溶け込ませる。

「なら今後、鏡を壊すのを止めてくれるかしら?」
「それは、嫌」

 やっぱりお姉様の瞳を真っ直ぐに見返したままそう言う。
 それとこれとは別だ。何があろうと、何を言われようと、お姉様の存在を否定するものは赦せない。

「強情ね」
「お姉様に似てるから」

 どんな時でも、何か自分で決めたものを貫こうとするのはお互い様。そして、それは大抵自分自身ではなく他の誰かを想ってのこと。
 私はお姉様に比べて、わがままが多いと思うけど。

「そういう余計な所は似なくてもいいわよ」

 お姉様が呆れたような表情を浮かべる。そして、溜め息混じりに心底面倒くさそうな表情を浮かべる。
 お姉様自身、自分の考えを変えるのが難しいことを知ってるから、同じくらいに難しくなる、と思ってるのかもしれない。

「どうしてもやめるつもりはないというのかしら?」

 少し険しい表情を浮かべてそう聞いてきた。
 同時に、私の顔をはさむ両手に少し力が込められたのもわかる。今は決して逃げられないんだろうという事を理解する。

「うん」

 だから、一切逃げようとはしないで答える。挑むようにお姉様を見つめる。

「私は、なにものにもお姉様の存在を否定させたくない」
「その為には、どんなものでも壊してしまう?」
「うん、そのつもり」

 一切間を置くことなくその言葉を肯定する。私に迷いはないということを形にする。

「……はあ」

 お姉様が溜め息を吐く。何か呆れてるみたいな感じだった。
 何を言われるんだろうか、と少し身構えてしまう。

「フラン、貴女が私の存在を否定される事を嫌がっているのはよくわかったわ。けど、貴女自身まで他の存在を否定してしまうのは、愚かな行為としか言いようがないわ」
「うん、わがままな事をしてるっていうのはわかってる」

 他を否定するという、どうしようもないくらいにわがままな行為。
 正しいとは思っていない。けど、意味はあると思って、こうするしかない。

「そう。そこまでわかってるなら、無意味なことをしてるっていうのもわかってるんじゃないかしら?」

 無意味という言葉に、小さく動揺した。
 いや、大丈夫。何を言われてもきっと大丈夫。

「この世の中に鏡なんていくらでも存在するわ。夜の窓ガラス、綺麗に澄んだ穏やかな湖でさえも鏡の役割を果たせるのよ? それも全部壊すつもりなのかしら? それとも、この館にある鏡だけを壊せればそれで満足?」
「それ、は……」

 駄目だった。大丈夫じゃなかった。
 大きく動揺してしまった私は、お姉様から顔を逸らそうとする。けど、顔は動かない。だから、瞳だけがお姉様から逃げる。

 当然、館にあるものを壊すだけでは、私は満足できない。けど、だからといって、この世のありとあらゆる鏡の役割を果たすものを壊すなんていうのは到底無理な話だった。
 だから、こうして館の中の鏡を壊しているのは自己満足にも満たない本当に無意味なこと。とにかく目に映る鏡だけを壊していた私は、そんなことにも気付けなかった。
 いや、気付かされてしまった。どうせ、館の中の鏡を壊しつくしてしまったときに気付いてしまっていたんだろうから。

「……私には、こうすることしか思い浮かばなかった」

 そう。こうすることで、いずれはお姉様の存在を否定するものがなくなるんだと信じてた。信じ込ませていた。
 そうしないと、きっと何も出来ないままでいただろうから。 

「先の事は考えてなかった、っていう事かしら?」
「……う、ん」

 図星だから、ただ頷くことしかできない。

「じゃあ、先がどうなるか考えた今、貴女はどうするつもりかしら?」
「……わかんない」

 どうすればいいんだろう。
 どうするべきなんだろう。

 ……いや、本当は分かってる。誰かがお姉様の存在を否定してることなんて気にせず、お姉様の存在を肯定することだけに尽力すればいい。
 でも、誰かに存在を否定されていることが私には耐えられない。胸に痛みを伴った苦しみさえ感じることがある。

 だから、わからない。
 この感情をどう処理すればいいのかわからない。

「わかんない、よ」

 声を絞り出す。
 少しずつ、私の中にある感情を声の中に込めていく。

「……どうすればいいのかは、わかるよ? でも、お姉様の存在が否定されてるのは嫌っ。この気持ちを抑えるなんて、出来ないよっ!」

 気が付けば、涙が溢れ出てきていた。
 さっきまではとにかく壊せばいいと思っていたから、この感情を発散することが出来ていた。けど、そう思うことが出来なくなった今、私は泣くことしか出来ない。心の中で行き場をなくした感情が、涙として溢れてくる。
 こんな惨めで情けないことしか、今の私には出来なかった。

「全く、そんなに感情的になってると、また力を暴走させちゃうわよ」

 頬に当てられていた両手が離れて、私の腰へと回される。また、お姉様に抱きしめられた。
 今度は優しく、柔らかく、包み込むように。縋り付いてくるような弱さは微塵も感じない。
 私も気が付けば、お姉様の背中に腕を回して抱き付いていた。目の前にある温もりに、暖かさに、その存在に縋り付いていた。
 そうすることしか、出来なかった。

「でも、ありがとう。フランのその気持ちは、本当に嬉しいわ」
「……でも私、何にも出来てないっ」
「別に、何かをする必要なんてないわよ。……まあ、今の貴女にはこんなことを言っても納得できないんでしょうけど」

 うん、そうだ。お姉様が存在を否定されていることを受け入れているのだとしても、私は納得なんて出来ない。
 どうすればいいのか分からない。それでも、私は何かをしないといけないと思っている。

「うーん、どう言えば、少しくらいは納得してくれるのかしらねぇ……」

 お姉様が私の頭を撫でながらそう言う。うんうん唸りながらも、その手は止まらない。
 いや、考えごとをしているからこそ、止まらないのかもしれない。

「貴女はもっと外のことを知るべきね。そうすれば、多少気に入らない事があっても気にならなくなるはずだわ」
「多少じゃない。すっごく気に入らないこと」

 たとえお姉様でもそんな間違いは赦さない。抱き付く腕をゆるめて睨むくらいのつもりで言う。抱きしめられたままだから、実際に睨むことは出来ない。

「はいはい。どっちでもいいわよ」
「よくないっ!」

 本当はお姉様から離れてもっと勢いよく言いたかったのに、お姉様に思った以上に強く抱きしめられていて出来なかった。
 何とか抜け出してみようとするけど、力だと敵なわないからどうしようもない。代わりにばたばたと羽を揺らしてみるけど、意味さえもない。

「そんなに簡単に怒ったりしないの」

 子供を宥めるように頭を撫でられてしまう。それが少しだけ気に入らないから、無駄に抗ってみる。当然だけど、びくともしない。

「今は何を言っても無駄みたいだけど、もう一度これだけは言っておくわ」

 お姉様が私の頭を撫でるのをやめる。私も抵抗するのはやめてお姉様がこれから言うことに耳を傾ける。
 なんだかんだで、お姉様の言葉は聞き漏らしたくない。

「私は、貴女に存在を認めてられていればそれで満足だわ。他の誰かの証明では決して満足できない」

 今日聞いた中で一番穏やかな声だった。聞いていて心地のいい声だった。
 だから、もっと聞いていたいと思った。目を閉じて、余計な感覚を塞ごうとした。
 けど、

「……これ以上は何を言えばいいのかわからないから、今日はこれでおしまい」

 そう言いながら、お姉様は私を離す。

「あ……」

 物足りないという思いが、最初に浮かび上がってくる。
 けど、その後に浮かんできたのは不安。ずっと傍にいたからか、少し離れただけで消えてしまうんじゃないだろうかという不安を抱いてしまう。

「大丈夫よ。私はそう易々とは消えたりしないわ。どうしても不安だ、って言うなら落ち着くまで一緒に居てあげるけれど」
「ううん、大丈夫」

 お姉様の存在は私が証明してる。
 だから、大丈夫。絶対に消えたりしない。

「……それよりも、お姉様はやっぱり部屋に鏡を置くの?」

 それよりも、今までの会話では何も解決していないことが気がかりだ。
 ただ、私が無意味な事をしていたんだと気付かされただけ。だから、もう一度確認をとって、それから一つくらいは何らかの収穫を得ようと思った。

「ええ。あー、でも、予備が無くなったから、当分は置かないと思うわ」
「じゃあ、新しいのを置いた時はいの一番に壊しにいく」

 右手を握りしめる真似をしながらそう宣言する。
 お姉様の部屋に鏡を置かせない、っていうことだけでも達成させたい。そのための脅しのようなものだ。
 でも、実際に置かれたなら、壊すつもりもちゃんとある。

「その時までに考えを改めていて欲しいんだけどねぇ。今度は本気で叱らないといけないから」
「え……」

 叱るという言葉に私は、ついお姉様の顔に注目を向けてしまう。握ったはずの右手からも力が抜ける。

「それはそうよ。勝手に人の物を壊しておいて、お咎めなしなんていうわけにはいかないでしょう? 今回は特別よ、特別。貴女が何でこんなことするのか分からなかったから、事情を聞いておきたかっただけ」
「そ、それでもっ、やめないから! お姉様の部屋にだけは絶対に鏡を置かせない!」

 強がってそう言う。無理矢理もう一度右手を握り締める。
 館中の鏡を壊す、というだけの気勢はもう残ってない。けど、お姉様の部屋の鏡を壊すのだけは諦めるつもりはない。
 私の行為が無駄なら、お姉様のしていることだって無駄だ。単なる意地の張り合いみたいだけど、気にしてはいられない。
 どうせ、何かすることでも定めてないと私は落ち着けないだろうから。

 ……でも、本当は叱られる事を考えると怖くて怖くて仕方がない。

「そ。まあ、よくよく考えておきなさい」

 私の心中を知ってか知らずか、そう言ってお姉様は私の横を通り過ぎてしまう。その背中を追いかけるようにして振り返ると、箒とちりとりと拾い上げようとしていた。

「あっ、私が片付けるからお姉様は何もしなくてもいいよ」

 慌てて、箒とちりとりを奪い取ろうとした。叱られてしまうかもしれない、というのは今は考えないことにした。
 けど、伸ばした手は身をひねってかわされてしまう。

「だーめ、怪我しちゃうかもしれないじゃない」
「私だってお姉様に怪我してほしくない」

 もう一度奪い取ってみようとするけど、やっぱり駄目だった。軽々と避けられてしまう。
 こんな所で身体能力の差が露呈しなくてもいいのに。

「それに、私が壊したんだから、お姉様が片付ける必要なんてない」

 諦めずにもう一度手を伸ばしてみるけど、お姉様にさえ触れる事が出来ない。
 狙ってそうしてるのか後少し、という所でかわされる。私は結構必死なのに、お姉様は余裕そうだ。
 そのことが悔しい。

「必要なんてなくても、私がやりたいんだからそれでいいのよ」
「じゃあ、私もやりたいからやらせて」

 お姉様が私の手をかわして、私が追いかける。
 そうやって、何故だか追いかけっこが始まってしまった。部屋の真ん中の方には血が広がっているというわりと凄惨な光景の中で。

 ガラスの欠片は時折私だかお姉様だかの陰に覆われたりしてきらきらと輝いてた。

 ここまでバラバラにすればそこに映ってるんだか映っていないんだかわからなくなってしまうようだ。
 だったら、今度からは徹底的に壊してしまおう。
 躊躇無く壊せる自信は失ってしまってるけど。

 ああでも、今日は鏡のおかげで少しだけお姉様の弱さを垣間見ることが出来た。そういう所では感謝すべきかもしれない。


 鏡は本当の姿を映すらしい。
  お姉様の姿は映さないくせに。
 本性でさえも映してしまうようだ。
  少しだけだけど、お姉様の弱さを見せるきっかけとはなってくれた。

 私は、そんな鏡が少し嫌い。


Fin
ここまでお読みいただきありがとうございました。
紅雨 霽月
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2010/11/05 21:08:39
更新日時:
2010/11/05 21:08:39
評価:
18/19
POINT:
83
1. 7 過剰 ■2010/11/10 19:13:59
お嬢様、台詞がクサいです
だがそれがいい
フランかわいいなぁ
2. 2 パレット ■2010/11/20 00:02:59
 ちょっといい話すぎ……まっすぐすぎて物足りなかった感。
3. 5 さく酸 ■2010/11/25 20:43:05
フランが鏡に映る設定はちょっと珍しいですね。
きれいな文体で読み口は悪くないのですが、話のメリハリがなく、平坦な印象を受けました。
起承転結を意識して、盛り上がる部分を印象づける書き方をするといいかもしれません。
4. 3 もみあげ ■2010/11/26 12:19:05
にやけてしまった。
5. 3 asp ■2010/11/29 10:52:01
 フランが特別に鏡に映る、という設定が面白いですね。しかしどうもその設定の披露と姉妹愛だけで終わっていて、物語としての起伏に欠けるように感じます。この魅力的な設定とキャラクターを生かして、もう少し続けることはできなかったのでしょうか。心情描写の偏った多さも気になります。
6. 6 yunta ■2010/11/30 22:03:40
執筆お疲れ様でした!

鏡に映らない事を存在の否定と捉えるのは面白いですねぇ。
ただ個人的に姉妹愛への下地がなかったので、途中から置いて行かれてしまった感が否めませんでした。
しかし二次キャラ観を共有している人にとっては、素晴らしいSSだとも思います。
7. 4 とんじる ■2010/12/02 14:25:01
 いい話なんですが……いかんせんテンポが悪いなあ。
 20kb以上がまるまるワンシーンで、全編にわたって描写が丁寧で濃厚。もう少し緩急をつけて欲しかった。
 正直、途中少しだれてしまった。

 それと「ずっと、ずっとずっと私のことを肯定しくれたお姉様。」のフレーズについて。
 原作設定だけ見るとむしろ、レミリアはフランのことを否定してそうな……だって495年も幽閉してるんだもの。そこら辺をうまく説明した上で、フランのことを肯定するという理論をSS内で説明してほしかった。
8. 8 Admiral ■2010/12/07 12:11:24
いいですね〜。
小品ながら2人の思いがしっかりと伝わってきます。
個人的には、レミリアがちゃんとお姉さんしてるのが嬉しいですね。
流血沙汰なのにほのぼの感を感じさせる良いお話でした。
9. 3 藤村・リー ■2010/12/09 22:28:33
 最初から最後まで押し問答し続けていただけなので、後半はちょっと飽きてしまった感。
 とりあえずフランドールがレミリア大好きなのはわかった。
10. 6 リコーダー ■2010/12/10 01:57:36
二人、べたべたしすぎていない所がよいです。
11. 7 deso ■2010/12/11 20:11:49
良いなあ、姉妹愛。
フランの屈折した感情がうまく出てると思います。
12. 3 八重結界 ■2010/12/11 20:20:20
物騒だけど可愛らしいフランドール。こういう姉妹は見てて心が和みます。
13. 3 木村圭 ■2010/12/11 20:25:11
甘ったれだなぁどっちも。らしくないぜ。
にしても……どうせ映らないんだから鏡なんて置かなきゃいいのに。まあ置く理由が出来てしまったようだけど。
14. 3 gene ■2010/12/11 20:39:40
何か、もうちょっとイベントが欲しいなと思いました。
15. 1 ニャーン ■2010/12/11 21:01:37
フランの怒りに共感できませんでした。
鏡に映らないから姉が鏡に否定されているようだ、という理屈はわかるのですが、
それだけを理由に大暴れするフランが不思議でした。
16. 6 兵庫県民 ■2010/12/11 21:32:57
「鏡が嫌い」という設定に頼った感があるな、と受け取れてしまったのが勿体無いかなと思いました。
決して悪くは無いので、こんなところで。
17. 5 如月日向 ■2010/12/11 21:42:28
鏡に写らないということは存在を否定されているということ。幻想郷にいる時点で、外の世界で否定されたということなのに、その幻想郷でも存在が認められないのはフランにとっては許せないことだったのでしょうか。
18. 8 TUNA ■2010/12/11 23:36:34
妹様の繊細な心情が丁寧に描かれていて、ただただ良かったです。
レミリアのカリスマっぷりも良いですね。
19. フリーレス 10点 奇声を発する(ry ■2010/12/13 17:59:24
カリスマお嬢様!
大変素晴らしい姉妹愛でした、後こんな形で申し訳ありませんorz
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