女刑事・小兎姫シリーズ 『水月鏡花』

作品集: 最新 投稿日時: 2010/11/06 12:27:23 更新日時: 2010/12/15 20:55:51 評価: 21/22 POINT: 174
      前書き

 誰か……さる人物について話をする場合、私はまずその人物の来歴、ひいてはその氏を取り巻いていた歴史から話すことにしている。
 それというのも、私というものが歴史家の端くれであるというのも理由の一つであり、そして、そうすることで私は、私が関わりを持った膨大な数の――それでも上を見上げればまだまだ少ないであろう、人物達の一人一人を、自分でも鮮明に思い返そうという目的もあった。
 これから私が貴方達に語ろうと思う人物も、私自身の長大な歴史の中に、確固たる、そして奇人変人ばかりのそれの中にあって尚一層風変わった、そんな来歴と歴史を刻んだ人間であった。
 では、もう少し話を進めよう。そう、その人を取り巻いていた、歴史について。










      1 三人の神童

 かつて、人里に三人の神童があった。
 元は妖怪退治を生業とする者達が集まって作られたと言われているこの郷、幻想郷であるが、その子孫、末裔とも言える人里の住人の中に、極希にその方面の才知に長け、妖魔を調伏する力を持った人間が生まれることがあった。
 その同じ年に生まれた三人も、そのような血を色濃く受け継いだ、あるいは幻想の境に立つこの地にその存在を若干向こう側へ引っ張られた、そんな人間達の中の一人ずつに過ぎなかったのかもしれないが、その子供達はしかし、過去からこれまでに在ったそんな傑物達の中でも類を見たことがない、桁外れに強大な力をその身に有していた。
 しかも、三人共々、そのような力に長けた人間を代を重ねて幾人も生み出していた里の名家でもなく、また近親縁者にそんなものを有している人間がいるわけでもない、極々普通の、人里の一般家庭に、言い方は少し悪いが、突然変異のように生まれ落ちたのだ。
 その内の一人、本職の魔女に劣らぬ強大な魔力を人の身のまま宿した子供は、朝倉という家に。
 そして、花鳥風月、身を取り囲む自然の全てに愛された子供は、冴月という家に。
 最後に一人、三人の中では力よりも、頭脳、機知に長けた聡明な子供は、――という家に。
 この三人の内にそのような力の秘められているのがわかったのは、生まれて数年が経ってからであったが、それを知った時は人里の皆が、いずれこの子供達が成長し、周囲を恐ろしい人喰いの化け物共の住処に囲まれたこの里を背負って立つ英雄になるであろう未来を夢に見た。
 こうして人事のように書いている私であるが、その時は己も多分に漏れず、人里の守護者などと大層な肩書きを抱いて尽力させてもらっている自分の跡を継いで、この三人が並び立つ事を大いに期待し、また何を置いてもこの私が人々のためにそのようにしてやらねばならぬと密かに決意していたものである。
 そう、かつて人里には、そのような三人の、神に愛された子供達がいたのだ。
 そう、いた。このように書くことしか出来ぬ私の懊悩を、この先を読んで是非とも、この歴史の向こう側にいる貴方にも汲み取っていただきたいものである。




 結論から言おう。
 そんな三人の天才の中で、里の人間達や、私の期待した、思い描いた道へ進んでくれたのは、たった一人だけであった。
 私は、自分で言うのも何だが、その三人の教育のために誰よりも、その子達の両親よりも努力した。自分の開く寺子屋へ通わせたのは勿論のこと、力の使い方や伸ばし方などについて、私の知る限り、出来得る限りの教えを授け、その三人の才能を大事に大事に育てたつもりである。
 魔力など、己の門外の力については、それを正しく導いてくれそうな師を探し出してあてがった程であった。
 それにも関わらず、その三人は全く、その力以外は全く私の理想通りになってはくれなかった。
 しかし、こう書いていると、たとえば、そのような思想の押しつけ、周囲からの重圧が、その三人に重荷を背負わせ、息苦しさを感じさせ、そして反発を招いたのではないだろうかと思われるだろう。
 無論、私自身そう思わなかったことがないわけではない。
 それでも、そんなものはこの三人がこのようなことになってしまったことの原因の、僅か一割にも満たない部分しか占めていないであろうことを、同時に私は確信できるのだ。
 そうだ、この三人は、こいつらは物心ついた頃から、三人共々、呑気で、勝手気ままな、野放図に自由な気質であった。
 むしろあのような、締め付けるような教育があったればこそ、あの三人が曲がりなりにも寸での部分で己の力に振り回された破綻者にならずに済んでいるのではないかと、ふとそんな空恐ろしい想像に捕らわれたりもするのだ。




 話を少し戻そう。三人の進んだ道の話だ。
 まず一人、朝倉の家に生まれた子についてだが、この子は果たしてどのような事情があったのだろうか、それは本人ばかりにしか預かり知らぬところであるが、ある日、己の持つ莫大な、異常とも呼べる魔道の力に心底絶望し、己の内にそんなものの宿っていることすら我慢できなくなるほどの嫌悪感に囚われ、自らその力を半ば封印してしまったのだ。
 勿論、封印と言っても、そんなものをすっかりと己の内から消し去れるわけもなく(出来ていたとしたならば一も二もなくやっていたであろうが)、今後一切、毛の先程もその力を使用しないという制約を己に課すことで、現在一応の精神の小康を保っているようである。
 そうして、朝倉はどうしているのかと言えば、この、最早子供時代を過ぎ、少女を経たその女は、その魔力の代わりにこの郷の外界にある科学の力というものに心酔、傾倒し、家を飛び出し、里を飛び出し、光の射さぬ森の奥でひっそりと、それを密かに研究する日々を送っているらしいのだ。
 そしてもう一人、冴月の家に生まれた子。この少女は三人の中では最も自由な、ともすれば気狂いともとらえられかねぬような気風の持ち主であったのだが、遂に私の力でも、誰の影響下にあってもその性質を抑えきれず、ある日、昔から朝倉が別の師を訪ねて行う魔の修行に勝手について行って、何をどうしたものやらそこで身につけてきた二胡という楽器の演奏を生業にすると言いだし、そうしてその二胡片手に郷里を飛び出すと、そのままぶらぶらと放浪娘、そこかしこで流しの弾き語りのような生活をしているらしく、その行方は誰にも、ようとして知れぬらしい。
 そうして、最後に残った一人の娘。
 この一人だけが周囲の期待した道へと進み、一応里のために働いてはいるのだが、そこは流石に、散々に私の手を焼かせた三人の内の一人、一筋縄ではいかぬその気質を今も持ったまま、半ば気まぐれでやっているのではないかとこちらを不安にさせるような、そんな仕事ぶりなのである。
 さて、ではこの娘は果たしてどのような仕事をしているのだろうか。そもそも、この娘の力も人となりも、それどころか名前すらまだここに出てきていないではないかと、疑問に思うことであろう。
 しかし、そのことについてはまだまだこの先、追々語っていく余裕があることなので、敢えてここでは伏せさせていただいているのである。
 というのも、最初に書いてあるように、今語っているこれはある一人の人物についての話であり、そしてその歴史の一部分を切り取って語っているもので、何を隠そうその人物こそが、この三人の内の最後の娘のことであるのだから。
 さて、長々と前置きの来歴ばかり書き連ねてしまったが、最後にもう一つの訂正を置いて、この過去語りの一応の区切りとしておきたい。
 そう、この人里にはかつて、三人の”問題児”がいたのだ。




 あの子と刻んだ、あるいは刻まれた歴史を、私はどう扱ったものか、実は未だに量りかねている。
 何せそれは何とも荒唐無稽、とはいえそれが代名詞とも言えるこの郷の歴史の中にあって尚異彩を放っており、故に私は私の記し残している歴史書から敢えて外して、別個にこの随分毛色の違う話を書いている次第なのである。
 それがどういうものかと言うと、あの子と私の関わった幾つかの出来事、その殆どは、陰惨で、血生臭く、大っぴらに記して伝えるべきではない歴史の中の暗部とでも呼ぶべきものであり、またそれでいて、どうかするとまるで現実味のない、三文の芝居劇のようにも思える、不可思議な物語とでも呼ぶべきものなのだ。
 特に、今から語ろうと思うある話こそは、その特徴が顕著に現れた一つの例として、最も適切なものではないだろうか。
 だからこそ、私はこれを正しい歴史から敢えて外してここに綴り、そしてそれ故に、貴方もこの隠された歴史をわざわざ手に取ったものと思われる。
 なので、精々貴方には楽しんでいただきたい、若しくは、貴方が読み終わった後に、これと同じようなものを掴まされた時に感じる憤慨を、隠さずに発散してもらいたいのだ。
 どうせこれは、この向こういる好事家に送る、あの子の荒唐無稽の物語を、更に若干私が拙い脚色を加えた、所謂ところの、出来の悪い、三文推理小説なのであるから。
 そう言えば、まだこの話の主人公である、あの子の名前を紹介していなかった。
 この先を続けるにあたっては、やはりここで教えておいた方が手間のかからなくて済むので、そうしておくことにしよう。
 あの子の、そしてこの話における主役の名前は小兎。どうしてか、彼女は自分の姓を嫌っているような節があったから、敢えて下の名前だけを私は呼び、この中にもそう記してゆくし、貴方達にもそのように覚えて貰いたい。
 若しくは、小兎は度々、「私は本当はこんな仕事ではなく、お姫様にでもなって退屈に暮らしていたかったのですよ」と嘯いていたので、彼女の好んで自称していた、小兎姫という通り名で覚えていただいた方が、あるいは彼女も喜ぶかもしれない。
 だから、この歴史は、私の教え子の小兎、あるいは小兎姫と私の関わった、とある事件についての物語である。




 先にも述べた通り、これは何とも悲劇的であり、またどこか皮肉めいた喜劇のようであり、残酷でおぞましく、それでいながらどこか幽雅で美しい、隠された歴史である。
 それ故に私はこれをここに書き残す間中幾度となく決意を揺らがせ、筆を迷わせるであろうし、また今までのようにこれからも、ふとした拍子に鏡を見てこの記憶を呼び起こした時に、何とも沈んだ気分にさせられるであろう。
 こうして、記憶を起こす手助けとして、小兎から借り受けた当時の資料などに目を通していても、また鮮明にあの二人の顔が脳裏を掠め、あの屋敷の在りし日の姿が目の前に思い起こされる。
 そして、ああ、それを綴る前に私は、どうしてもあの二人の冥福をここに祈らざるを得ない。数奇な運命に翻弄された人物達の魂の安らかなるを、せめて祈らずにはおれないのだ。
 これに関しては、小兎も、あの娘もそれは同様だと思われる。
 きっとあの子もこの事件を思い返しては、椅子に深く腰掛けて一人、渋い顔で苦い苦い珈琲を飲んでいるのだろう。
 今も、あの時分も、あの子がずっとそうして来たように。










      2 女刑事、小兎

 さて、当時のあの子、小兎はと言えば、今も少しも変わっておらぬであろう、人里の一角にある、そこそこの広さを持った平屋の物件を借り受け、己の好みに改修した事務所で、日がな一日だらけた様子で、やる気のあるのかないのかわからぬような勤務を続けていた。
 その日私が、その事務所の少々建て付けの悪い、丁度顔のくる辺りの高さに真四角の磨り硝子をはめ込んだ扉を、ぎいぎいと鳴らしながら開いた時もそうであった。
 その中に入るとまず、四つほど木製の机を、だだっ広い部屋の真ん中にどっかと、二つ一組が対面になる形で隙間なく繋げるように設置し、まるで巨大な一つの机のようにしてあるのが目に入った。
 その机のことはよく覚えている、何せそれはあの子がこの事務所を開くに辺り、たとえばこの先仕事の同僚が出来た時に設備が整っていないでは困るだろうと、私自身が里の道具屋にわざわざ作らせ、置いてやった物なのだ。
 その四つの机には今、本来そこに座るはずであるあの子の仕事仲間の影や痕跡は一欠片も見当たらない。それはおろか、そこには、たとえば数え切れぬほどの本、そして何やら書き込んであったりする大量の紙片がばらばらに、そしてわけのわからぬ骨董珍品などが我が物顔で、その机上を全て占領し、薄く埃を被っている有様であった。
 しかも、その様相はそこだけではなく部屋全体に及び、壁に沿って設置された色々な棚の上やら中、それどころか床の上、果ては壁に掛けるようにして、本、紙、それに劣らぬ数の、くねったような壷や皿等の陶器、逆さになったバケツ、怪しげな能面、木彫りの熊の置物、髪が棚から床まで伸びている市松人形、精神鑑定用テストの模様がついたマスク、柄杓、茶色く枯れた花と花瓶、その他一々書き連ねていると頭痛がしてきそうな、奇妙でくだらない物達が所狭しと溢れかえっていた。
 私には、ぱっと思い出せる限りで、今目の前の混沌とした部屋の主を含めて三人の、一種病的な蒐集家の知り合いがいるが、これはその他の二人の家にも劣らぬ、いやむしろここの方が少しだけ勝っているやも知れぬ、そんな光景であった。
 私の立っている入り口の向こう正面にいくつかある窓から差し込む朝陽に、掃除の全く行き届いていないであろう部屋全体に舞い散る埃がきらきらと反射して、それはいっそ幻想的な雰囲気ですらあった。
 だが、残念ながらこの惨状を目の前にした私の精神には、そんな雅さを楽しむ余裕などまるで存在せず、むしろ沸々と沸き上がりそうな苛立ちを必死に抑えている状態であった。

「……小兎! 小兎!」

 私は己の声に乗る苦味を意識しながら、溜息と共にその名前を呼んだ。
 すると、視界の先、四つの机のさらに奥に、入り口を向くように置かれた五つ目の机の上で、もそっと、何かが動き、そして起き上がるのが見えた。

「ふぁ、ぁ……あぁーあ……っ、と……」

 机に俯せるようにして今まで眠っていたのであろうその女の間の抜けた大欠伸と共に、兎の瞳のように赤い髪が揺れる。

「ん……おや、慧音先生じゃあないですか。どうしたのですか、こんな朝から」

 そして、ようやくこちらに気づいたようにのんびりと、そんな言葉を送ってくるのに、私は二度目の溜息を吐いた。




 私は四つの机の内から一つ、向かって右側の奥、丁度小兎の座る机の斜め左になる机の椅子を引くと、顔をしかめてそこに息を吹きかけて埃を飛ばし、どっかと腰を下ろした。
 その間に小兎はもう一度の欠伸と共に体を伸ばし、それからのんびりとした動作で立ち上がって、ぐりぐりと体を解したりしながら、部屋の隅の方にある小じんまりとした給仕場へ近づいていった。
 これ見よがしに私が少々乱暴な動作で目の前の机に積み上がったガラクタ達を横にどかして、少しだけ作ったスペースに帽子を脱いで置いても、小兎はそれをまるで意に介さず、何処吹く風と言った様子で、薬缶に水を汲むと火にかけていた。動作に迷いのないことから見て、どうやら一応そこだけは何とか一定の清潔さを保っているらしかった。
 さて、その時、湯が沸くまで小兎はそこを動かぬつもりらしかったし、私もそんな小兎を眺めながら、何だか自分もその雰囲気に感染してしまったようにぼんやりと座っていた。なので、この間に、小兎の仕事について今、簡単に説明しておこう。
 その時から、数年前のことだ。小兎がようやく少女盛りも過ぎようという歳になって、さあ、私も、この娘自身も、この女の進路をどうしたものかと本格的に悩み始めた。
 既に朝倉も冴月も、自分勝手に己の道を決めて里を出奔しており、一人残った小兎は一応その力を適当に生かして、里の警護などに協力していた。
 そうして、何か悪さをしてこようという妖怪や妖精などを適当に追い返したりしながら日々を過ごしつつも、さりとて今のようにいつまでもぶらぶらとしているわけにもゆかぬという境に立たされた小兎は、しかし、さほど困り果てたという様子でもなく、まるで夕飯の献立でも決めかねているとでもいうような体で私のところへ相談に来た。
 どうしたものでしょうか、と自分の進路だろうにまるで他人事のように口に出すその娘に、私は呆れつつも、真面目にこの子に適した職というものを一緒に考えてやった。
 本人は別段里を出てまでやりたいこともなく、唯一趣味はといえば古今東西の珍品奇品を蒐集することであったから、いっそ骨董屋でも開きましょうかなどと冗談とも本気ともつかぬ調子で言ってくるのを、この娘がまともに客商売などして大成出来るわけがないと考えて押し止めつつ、私はこの目の前の当事者以上に真剣に悩んでやった。
 そしてふと、丁度その頃、里の有力者達との会合の場で議題に上っていた事柄を思い出した。
 この人里では、人が数多寄り集まって暮らす以上、程度の大小はあれ、犯罪が起こるのも、珍しくはあるが、さりとて全くないことではなかった。
 その場合、通常繋がっているべき母体の司法機関などというものとは断絶されたこの幻想の郷では、里に住む義侠心溢れる一部住人達が組織する自警団というものが、一応その機能の代理を担っていた。つまりは罪を犯せば自分達でこれを捕らえ、話し合ってその裁きを決定し、治安を維持していたのである。
 現在、ゆるやかに時を経て、里という共同体の市政を円滑に運営していく目的を持った組織なども起こり、それによりある程度の制度なども整えられ、自警団の活動もきちんとした、半公的なものとなっていたが、やはりまだ自警団に属するのは他に本業を持っている男共であったり、腕っ節に自信のある血の気の多い若者であったり、小兎のような妖怪退治の力を持ち、あるいはそれを生業としている者達であり、そうして協力という形で組織されているものだった。
 故に、他に仕事もあるのだからそればかりにかまけているわけにもいかず、といったような不安定な組織であり、たまに起こる犯罪事件に対しての機能を不安視される声もあった。そして、それならばいっそ近々、完全にそれを専業とする組織、所謂「警察」を立ち上げてみてはどうだろうかという意見が会合では飛び出していたのである。
 そのようにして、ふっと、私はそのことを思い出し、そしてまた同時に、この娘に関してのある出来事も思い出していた。
 それは、その時から数年前のこと、今と同じように自警団に適当に協力などしながら少女の時を過ごしていた小兎であったが、ある時何とも不可思議な、前代未聞の謎をはらんだ事件が起こった。
 その内容はここでは割愛させていただくが、もう少しで迷宮へ入りかけたその事件を、すっと横合いから入ってきて、あれよと言う間に解き明かしてしまったのが、何を隠そうこの小兎という娘であった。
 昔から、この娘はどちらかというと力よりは頭の回転の方が優れている性質であったが、それが見事活用されたのがこの出来事であった。
 そんなことを、今成長し、それなりに己の進路に悩むこの娘と向き合って思い出した私は、なるほどもしかするとこの子は適正があるかもしれぬと、かちっと何かの歯車がはまったように合点し、そして、ならばこれこれこういう話があるのだがどうだ、お前警官になってみる気はないか、私はお前に適任だと思うのだがと持ちかけたみた。
 すると本人も、珍しく興味深げにふむふむとその話に聞き入り、なるほど面白いかもしれませんね、少し考えてみます、と満更でもない様子で帰って行った。
 それから色々と多少の紆余曲折などありつつ、またとある出来事などを経て、遂に小兎は人里の警察官であり、唯一の刑事になることを決意し、そうしてそれは今現在まで続いて、ようやくこの雑然とした事務所まで戻ってくるのであった。
 あれから確かに人里の警察という組織は立ち上げられ、そして小兎がその一員として働くこととなった。しかし、何故だろう、今も私は考えれば首を捻らざるを得ないのだが、そこでこの組織と、何よりこの子は止まってしまったのだ。
 と、ここまで今これを書いている私が説明し、またその向こうの私も今書いている私と同じような渋い顔をしていたと思われる、そんな時に、薬缶が蒸気を噴く甲高い音が鳴った。湯が沸いたのだった。

「珈琲でいいですか?」

 そして、ようやく小兎が口を開いて尋ねてきた。

「私は日本茶党だ」
「ああ、すいません、この家には珈琲しかないのでした」
「だったら最初から聞かんでよかろう」

 渋さを声に乗せて私がそう言うと、小兎はふふふと笑いながら、用意していたカップ二つに湯を注いだ。

「それで、一体どうしたのですか? 先生が尋ねてくるなんて珍しい、寺子屋の方は?」
「寺子屋は今日は休みだ。それで暇だから、久しぶりにお前の様子を見に来たのだよ」

 それから自分の机に戻ってきた小兎が差し出すカップを受け取りながら、私は答えた。

「それはそれは、本当に暇ですねぇ……わざわざこんなとこに」
「まあな」

 答えながら私は渡された珈琲を一口飲んだ。途端に今度はその苦さに顔をしかめることになった。小兎の淹れる珈琲はいつもこうだったことを失念していた。砂糖もミルクも絶対に入れることのない娘だったのだ。
 そして、小兎はといえば、そんな私の顔を面白そうに横目で眺めてきながら、今まで垂らすに任せていたその腰まである赤い長髪を、好んで使っている黄色いリボンで簡素な一括りに結わえようとしていた。
 さらに、小兎のその時の服装はといえば真っ白な着物に赤い帯、それでいて履き物は洋靴という、何とも珍妙な格好であった。そのように、何とも、一般から大幅にズレた感性をした娘なのだ。

「しかし、久しぶりに来ても、まるで変わっとらんなぁ、お前も、この事務所も」
「それはどうも。休日を潰してまでお越しいただいて、まるで私の母親みたいですねぇ、先生は」
「時折、実際そうであったらと思うことがあるよ」

 そうしたら、今以上に踏み込んでこの娘の性質というのを矯正できたであろうに。

「あはは、よく言いますよ。私が子供の時から、良い人の一人も……」

 声を出して笑いながらそう言おうとするのを思いっきり睨みつけてやると、小兎は肩をすくめて口を噤んだ。
 それから、しばらく向こうも私も黙り込んでいたが、不意に小兎は目をぱちぱちとしばたかせると、どうしても我慢できなくなったようにまた欠伸を一つ打ち、目の前でそれを見せつけられた私が今度は呆れた視線を向けるのを、恥ずかしそうに頭をかいて誤魔化しながら、

「いやいや、すみません。昨夜遅くまで、最近右里の方で悪さをしていたこそ泥を追っかけて、大捕り物を演じていたものですから」

 と、自分のも当然そうであろう苦い珈琲を、けろりとした顔で一口飲んだ。

「それじゃ、もしかして昨夜からここに泊まっていたわけか」
「ええ、まあ。捕まえた泥棒は署の方に引き渡して、私はまあ、事件の報告書など自分で纏めるためにこっちに寄ったんです。家へ帰るのも面倒だったんで、まあ机でそのまま寝ちゃったんですが」

 うふふと小兎は笑ったが、私はこのあまりにだらしのない行動に呆れてものも言えなかった。
 ここでまた、先ほどぶつ切りになってしまった説明をもう少しだけ続けておこう。
 そう、先に、この人里の警察という組織は止まってしまったと言ったが、別にそう悪い意味ではない(いや、小兎に限っては違うやもしれぬが)、それは以下に記す理由であるのだ。
 取り敢えず、色々な紆余曲折を経て人里の警察というのは立ち上がり、小兎含む数十名の正義感溢れる(まあ実家を継げぬ次男、三男であるなど他の理由もあったりした)若者達が警官として働くこととなった。
 しかし、こうして名称肩書きが付き、公的な組織とはなったが、さして仕事が自警団の時以上になるような事態はそうそう起こらなかった。
 里全体の見回りをし、何か出動あるまで詰め所で待機していたりと、結局のところ常設自警団のような域を出ず、また里外における、人外への対処はまだ大元の自警団も一緒に残したまま、協力して事にあたるという形であったりした。
 こうして警察機能の発展は止まったと私は断じたわけだが、それはやはり言い過ぎだったかもしれない。結局それはゆるやかな進歩の道の途上であるかも知れぬし、必要に迫られればこの先、また形を変えてゆくだろう。
 さて、そうして失速する前に、実はこの組織はもう一歩の踏み出しを行っていた。それが、この小兎の現在の仕事についてである。
 人里では少なからず事件というものが起こる以上、警察は捜査をせねばならぬ。しかし、警官は見回り警護、その他の仕事もせねばならぬ。
 これではどうも仕事が多すぎていかぬ、というわけで、ではいっそ、事件捜査と、その場合の現場指揮だけを専門とする、警官と違う、刑事という役職を作ってはどうかという話になった。
 そして、それを立案し、かつ自ら引き受けたのが、何を隠そうこの小兎自身であったのだ。
 元々小兎はその方面の仕事に異様に長けていたし、普段はまあぼんやりとやる気のなさそうに勤務をしているのが、こと事件捜査となれば生き生きと陣頭指揮をとり、そして事件を手際よく解決させてしまうので、他の同僚達もこの案に賛成こそすれ、反対する理由はなかった。
 それは市政の会合でも承認され、それもよかろうと私も納得し、そうして小兎は人里警察の第一号刑事となった。
 そこまでは良かった。警察署が手狭になるだろうからと、自らの貯蓄と経費で、私もいくらか出資をしてやり、事件捜査課と大層な看板を掲げた、別個の事務所まで貸し家を借り受けて創設したりした。この子も遂に立派に独り立ちをしたものだと、密かに私は感動もしていた。
 しかし、そこまで精力的な姿勢を示して、全てを整えておいてから、一段落つくと小兎はそれからゆっくりと、まるで風船の空気が小さな穴の空いたどこかから漏れ出て萎んでいくかのようにまた元の気まぐれで、やる気のあるのかないのかわからぬ捉えどころのない娘へと戻ってしまったのである。
 それだけではない、事件捜査課はそれから、小兎以外の人員が誰一人増えることはなかったのだ。
 元々、治安はかなり良い里である。故に、捜査すべき事件というものは大して多くなく、そして何より小兎というこの娘は本当に、この方面に関しては有能過ぎた。
 捜査課に回ってきた殆どの事件を、どうしたものか自分一人でぶらりと捜査して、そうしてあれよと言う間に解決させてしまうのである。当面人員補充の必要なしと、周りも、それどころか本人までもが認めてしまい、結局小兎は文字通り、里で唯一人の刑事となってしまった。
 そうして、本人は事件の回ってくるまではぼんやりと、この結局一人で専横することとなった事務所で自慢の蒐集物を愛でているか、ぶらりと見回りがてら里中を散歩でもしているかなのである。
 これではまるでやくざな私立探偵である。本人も冗談めかして、たまに失せ物探しの依頼が直接来ますよなどと言っていたが、全く笑える話ではなかった。
 そう、私がこの子に関して今なお頭を悩ませているのは、これが原因なのだ。
 仕事が有能なのはいい、一応里のために働いてくれているのもいい、それならばどうしてこの子はもう後一歩、その無気力な性質を改めてはくれぬのだろうか。
 人には体裁というものがある。せめて事件のなくとも、正義を司る警察然とした振る舞いで、人々の、ひいては子供達の尊敬と憧れを集めて、後陣の育成に協力してはくれないものだろうか。
 寺子屋の生徒達に小兎のことを尋ねてみれば、ほとんどの答えが何だかよくわかんないけどいつもふらふら散歩してるお姉さんという認識であるという有り様なのだ。
 かつてこの娘は神童として将来を期待されていた、里の英雄となり、誰からも親しまれ、敬われる存在になれるかもしれなかった。
 その結末がこれであるのかと思うと、私は眉間に皺を寄せ、溜息を吐かずにはおれないのだった。
 と、ここまで説明、もとい、向こうの私も思い至った所で、きっと重い溜息を吐いたはずだった。実際、今書いている私も吐いた。

「ふふ、先生はいつも私の前では難しそうな顔をしてますね」
「誰のせいだと思っているんだ」

 私が睨んでも、昔からそうしているように小兎は笑って誤魔化すばかりであった。

「……なあ小兎、何度も言ってるが、お前の仕事に文句はない、立派なものだし、よくやっているよ。だから、せめてもう少しだけでも、真面目な態度をとるふりだけでも出来ないか」
「そうですねぇ……仕事があって、忙しい時ならそれもやぶさかではないんですが、何せこう暇な時にまで気を張ってるというのが、私には出来ないんですよ」

 それから何度となくこうして私が困った顔で願うのにも、いつもこのように、自分も困っているかのように苦笑して誤魔化すのだ。
 こんなやり取りも、もう何度繰り返してきたかわからなかった。三つ子の魂百まで、結局子供の頃から、そしてこの先もずっと、この子の自由な気質は変わらないのかも知れないと思うと、最早私も諦めの境地、大して本気で言っているわけではなかった。結局こんなものは、ただの年寄りの、いつまでも手の掛かる教え子への説教である。
 それが向こうもわかっているから、一応は困ったような顔をしてみせても、心の中はけろりとして、まるでこたえてはいないのだろう。

「それに、私のような仕事はですね、暇でぶらぶらとしているのを見せられるくらいが、里にとっても丁度いいのですよ」

 それから、ゆっくりと、美味そうに珈琲を飲みながら小兎はそう言った。

「まあ、確かにそうかもしれんがなぁ……」

 その言葉に、私も一応説教の終わりどころを見出して、小兎に倣うように自分も珈琲を飲んだ。また失念していた苦さに顔をしかめ、そして今一度、散らかり放題の部屋をぐるりと眺めた。

「……掃除だな……」

 そして、ぽつりとそう呟いた。
 それを聞いた視線の先の小兎がびくっと体を微かに震わせるのを見ると、私はにたりと、久方ぶりの笑顔を取り戻して、

「とにかくまあ、折角の休日を潰してまでここへ来てしまったんだ。そして、見咎めてしまった以上仕方ない、教え子のせめてもの体裁のために、事務所の掃除でもしてやることにするか」
「先生、それはもしや、私の手も使って……?」
「当たり前だろう、家主自身が動かないでどうする」
「ねえ、先生。先生は先程、私の母親にでもなりたいと仰っていたじゃないですか……」

 小兎は甘えるような声を出して、珍しく焦ったような顔で、私を上目遣いに見てきた。

「ああ、けれど小間使いになりたいわけではないからな。母親だからこそ、我が子を想って苦労をさせてやろうじゃないか」

 そんな小兎へ、私はやり返すようにそう、にやりと笑いかけると、立ち上がろうとした。
 けれど、結局その日はそのガラクタ山の事務所を掃除は出来ず、またしばらくその機会が巡ってくることもなかった。
 何故なら、私がそうして腰を上げた瞬間に、けたたましい音と勢いと共に建て付けの悪い扉が開かれて、焦りと緊張を含んだ男の大声が飛び込んできたからである。

「小兎さん! 先生! 大変です、左上里の方で」

 そして、それこそが、この暗澹とした事件へ私と小兎が関わることになる、まさに幕開けであったのだ。

「こ、殺しがありました!」










      3 斬首

 私達を呼びに来たのは、与七という、小兎とは一応同僚にあたる警官の青年であった。

「とにもかくにもこんな事件は一刻も早く小兎さんへ知らせねばいかん、朝方、先生がそこへ行くのも聞いておりましたからこれは丁度いいということで、一番足の確かな僕が呼びに来たわけです」

 足早に先を走りながら息も切らさずそう説明する言葉通りに、がっしりとした体躯の、屈強そうな若者であった。里の剣術家の元へ通って教えをこうて鍛えられているらしいので、なるほどそれも納得できる、実直で素朴な性格をした、好青年の鑑のようなのが、この与七であった。
 今朝方も通りで偶然行き交った際に挨拶を交わし、彼は非番なのでこれから剣術の稽古ですと言っていたので、私も己の行き先を教えて別れたのだが、まさかこんな形で早々に再会することになるとは夢にも思わなかった。

「なるほど、与七さん。それで、現場は? 左上里と言ってたけれど」

 与七の先導に、私と並んで走っていた小兎が、多少さっきまでのふにゃふにゃした雰囲気からいくらか張りを取り戻しながらそう尋ねるのを聞いて、私は顔をそちらへ向けた。
 しかしそうしてから、思わず私はまた顔をしかめざるを得なかった。
 何故なら小兎は、さっきまでの着物の上から、外へ出るにあたって上着代わりにまるで貴族の女房よろしく紫の小袿一枚を羽織って、たなびかせていたのだ。

「お前、もうちょっとその格好はどうにかならんのか」
「いえいえ、最近これが私の中で流行っていまして……お姫様っぽくてよろしくないですか」

 などと、走りながらも上品そうにしなを作ってみせた。この娘の感性が世間一般から大幅にずれているのは昔からのことであったが、せめて仕事の時の服装くらいは常識に沿ってもらいたかった。ついでに姫っぽさなど微塵もなかった。

「あはは、小兎さんそう言えば、昨夜呼びに行った時からその格好でしたね」
「まあ、おだてても何も出ないわよ、与七さんたら」
「誰もおだてとらんだろ」

 与七は答えずに苦笑するばかりであった。同僚ではあるが、一応捜査指揮などをする以上、小兎が彼の上司ということになるので下手に出る態度をしているらしいが、そうでなくとも他の同僚も含めて誰もがこの娘の感性に振り回され、頭の上がらぬであろうことが容易に予想でき、また苦労が偲ばれた。

「とまあ、無駄話をしている場合じゃないわよ、与七さん。現場の話ですよ」
「ああ、それですが、その……それが、何とも言いにくいのですけど、実は僕の稽古に行こうとしていた、師範の邸宅で起こったらしいのです」

 少し沈んだ声で告げられたそれに続けて、与七の言うには、先刻言葉通り稽古をつけてもらうために師の屋敷へ訪ねていった所、丁度そこの家人の一人が取り乱した様子で走り出てきたのにばったりと出くわしたらしい。そしてとにかく細かい状況はわからぬが誰か殺されているらしいというのをすっかり動転してしまい要領を得ぬその家人の説明から何とか聞き出して、話はわかった、とにかく自分が同僚達を呼んでくるから、現場を絶対に動かさぬようにと固く言い含めて、慌ててまず署へ走り、そこに詰めていた同僚達を向かわせると、返す足で私達を呼びに来たとのことだった。
 それを聞くと、静かな驚きに押し黙ったまま、私も小兎も顔を見合わせた。
 どうも、与七の剣術の師範の屋敷で起こったらしい殺人、それを聞いたその時点でそれが何とも尋常でない、奇怪な事件であるような予感が私にも、小兎にも、背筋を一瞬走った寒気と共に、薄々と感じられたようだった。




 ここでまず、簡単にこの私達の住まう人里の地理というのを説明しておこう。
 実のところ私もこの里の出来上がった頃というものに立ち会ったわけではないので、これは個人的な憶測と人からの又聞きの混じった、やや不明瞭なところもある説明なのだが、そこは容赦していただきたい。何せ母体である郷の起こりと同じくらい謎に満ちた市街であり、またそれでもその上に暮らさざるを得ない私達であるのだ。
 さて、その母体こと幻想の郷の上、人間の住まうる最大の領地がこの人里であるのだが、実態はその里という字の似つかわしくない、意外なほどに洗練された技術でもって作り上げられた、京を模した計画都市であるのだ。
 私自身は京を実際に訪れたことはないのだが、そこに縁の深い経歴を持つらしい友人の一人が、面白いなこの里は、まるで京の真似事だよ、ミニチュアみたいなものだ、と興味深そうに言っていたのだ。
 なるほど、通りは整然と、碁盤の目を組むように区画され、外周を、人の領地から一歩外を出れば我が物顔の妖々跋扈共を阻むように壁でもって囲み、里の入り口は唯一正南に位置する大門だけ。
 まさしく、書で読むところの京そっくりである。規模はそれよりも大分小さくはなってあるようだが。
 この里がいつ、どのようにして作られたのかは、里で一番長く生きている老人ですら知らぬという。私はこの何とも奇妙な京の模倣の裏に、人間以上の存在の介入の影を感じずにはいられないのだが、それはまた別の話であるのでここでは伏せておくことにしよう。
 さて、なのでこの里の地理というのは、非常に単純明快である。綺麗な正方形に近い、里の東西を、これまた京に倣って門から北へ真っ直ぐ走る大通りを境に西を右里、東を左里と呼び、さらにこれに北を上、南を下とする呼称を加えて、上下左右の組み合わせで里のどの辺にあたるのかを簡単に表すことが出来るようにしてあるのだ。
 ここに後は細かい通り一本一本の名前まで加えて、さらに詳細に位置を表すことも出来るのだが、取り敢えずはまあこの上下左右の概念だけを覚えておけばこの話においてはよいように思うので、ここで地理の説明は締めせていただくことにする。
 さて、事件の起こった剣術師範の屋敷というのは、この呼称でもって説明するところの、左上里、里の北東に位置するところにあった。
 その辺りに密集する邸宅の特徴としては、第一に名家と呼ばれるに誉れ高い、身分の高い者達の住まう家屋敷の多く建つ、所謂高級住宅街であるというのがあった。
 こんな閉ざされた世界においての身分というのも何とも滑稽な話ではあるが、とかく人というものはそこに寄り集まって存在する以上は、その位置の上下をつけなければ気の済まぬ、これはもう刻みこまれた本能とでも呼ぶべき困った性質を持っているので、それはもう歴史と照らして見ても判然とした仕方のないことであると私も諦めていた。
 里の外にも人間の住む場所は存在するのだが、そこにこことは別の農地などを所有しており、それを小作させることで得る地代の利で暮らしているようなのを、果たして名のある家と呼ぶべきかは疑問の残るところであったが。
 しかし、そんな中に存在するこの剣術師範の家、姓を立花と言うらしいのだが、この家は少なくともそのような名のある大家という肩書きに恥じぬ、なるほど私から見てもまさしく立派な、貴き身分の家であった。
 遡ればまだこの郷が結界に区切られる以前の時代のさる武士に端を発するらしいこの立花家は、先祖の所領の名残かどうかはわからぬが、代々土地持ちの富家であり、しかしそれに甘んじることなく、先祖に習い剣を以て民草に応えようというのが御家の理念であったらしく、見回せば人間の敵には困らぬこの幻想郷である、一子相伝、我流で練り上げた剣術でもって妖怪退治を一方で引き受けてきたらしい。
 そして現在、何代目かはわからぬが、その教えは変わらずに受け継がれてきたと見え、片時も休むことなく剣を振るって己を磨き、立花家当主は自警団の活動などに協力し、また個人的な妖怪の退治依頼なども請け負っていたという。
 またその立花流の剣術も、当代は一族の秘伝だけにしておくということもなく、屋敷の中に構える道場で、門下生を取り、稽古をつけて伝授したりもしていたようであった。
 そして、その門下生の一人が、何を隠そうこの与七青年であったのだ。

「と言ってもまあ、あまりに稽古の過酷なのもあって、現在の門下生というのは僕一人だけなんですけどもね」

 苦笑する与七から、道中追々と聞かされたのが、以上に書いた今回の凶行の舞台となった剣術師範こと立花家の由来であった。




 さて、それから我々はちょっとした長距離走を経て、ようやく息を少し切らしながらも件の立花邸へ到着することとなった。
 午前も半ばの左上里はまだひっそりと穏やかな気配であり、とてもこの一角のある屋敷で殺人の起こったらしい様子とは思えなかった。
 立花邸は、外から見た感じではごく普通の日本屋敷であるようだった。白塗りの頑強そうな高い塀に囲まれているのは、中に相当な敷地や庭を抱いているように見受けられ、木造の立派な門はなるほどさながら古風な武家屋敷の様相である。
 その門を目の前に見上げても、やはり私にはこの中で今そのような事態が起こってしまったらしいというのがどうしても信じられなかった。
 そうだ、まだもしかすると真実ではないのかもしれないではないか、与七もまだ現場を確認していない以上、家人の早とちりかも知れぬし、私達はとんだ無駄足を踏まされたことになるのかもしれない。その時私は、信じられないというよりは、そのように信じたかったのだろうと今では思う。

「おうい、誰か。そっちにいるか? 僕だ、与七だ」

 そして、与七が門横の小さな出入り口の扉を叩いた。すると扉はすぐに開かれ、顔面蒼白の、この屋敷の使用人らしき若い女が現れた。

「ああ、与七さん……」
「お蓉さん、皆はもう中に?」
「ええ、はい、お通ししてあります……それで……ああ……」

 お蓉と呼ばれた女は説明の途中で我慢できなくなったように悲嘆の溜息を吐き、力を失ったようにしゃがみ込もうとした。

「しっかりしてください、お蓉さん。お願いします、僕らもそこへ案内してください」
「ああ、すみません……まだ、どうしても……ああ、旦那様……」

 その体を与七が支えるのに、お蓉はもう一度溜息を吐いていくらか気を取り戻すと、

「すみません、もう大丈夫です。失礼いたしました……ついてきてください、皆様を案内いたします」

 そうしてまだ少しよろよろとした足取りで、与七の支えから離れて歩き出すのに、我々も微かな緊張と共に、その凶行の起こったらしい現場へと黙ってついていくこととなった。
 そして、ああ! あの恐ろしき凶状の間へと通された時の驚きと衝撃を、私はこれから先も忘れ去ることが出来ないだろう。それはこうして記憶を手繰れば、いまだ鮮明に脳裏に描き出され、またそれを思い出すことで、今も筆をとるこの手が震え出すほどなのである。
 お蓉の先導で、これまたいくらか蒼白の顔色で押し黙った小兎と与七の同僚である警官の二人が立ち尽くしている奥座敷へやって来て、その部屋の中を覗き込んだ途端、それまでに普通の人間より長く生きてきて、様々の事どもを見届けてきた私ですら、思わず胃の底から何かがこみ上げてくる感覚と共に口元を押さえてしまうような光景が飛び込んできた。
 隣の小兎も珍しく驚愕に目を見開き、ごくりと息を飲み込むと、声一つ発せられずいるようであった。
 与七はこの現場を確認せずに仲間を呼びに行って正解だっただろう。
 今呆然とこの若者が、膝からがくりと崩れ落ち、ぶるぶると震える唇で、先生、とただ一言掠れた声で呟くのを視界の端に捉えて、ちらと私はそのようなことを考えた。
 そのように思い思いに打ちのめされる私達の視線の先では、乾いてどす黒くなった血に染まった体が部屋の隅に尻から座り込むようにしており、そして、そこから切り放され、これまた赤黒く染まった畳の上で、恐らく立花家当主であろう男の首が、驚きと恐怖に固まったような表情で天井を睨みつけているのであった。










      4 立花家当主殺害事件

 事件当時の立花家屋敷の住人達とは以下のような人々であった。
 まず、今回の凶行の被害者であり、同時に現立花家当主である立花英生氏。次に英生氏の一人娘であり、次期立花家当主である立花鏡花。実にこのような立派な家屋敷を構えておきながら、立花の姓を持つ人間は実質この二人だけであった。細君は鏡花が十になった頃にすでに病没していたらしい。
 当主の方は御歳四十を越え、しかし流石に剣術師範、いまだ体は若い頃から鍛え続けたままに頑強そのものであり、与七はそれまで師から数えるほどしか一本を取れたことがなかったという、老いても衰えを知らぬ腕前であった。
 その性格は厳格そのもので、他人にも、そして何よりも己に厳しく、立花家代々の教えを守り、ひたすらに剣を鍛え、自分の土地、ひいてはこの人里全体を妖共から守り抜かん、それこそが己の使命であると頑なに己に強いていた人物であったらしいというのが、与七から見た師の姿であった。話を聞いただけの私からもなるほど、小兎の対極にでもいるような高潔な人物であったということが窺えた。
 そして、その娘である鏡花はその時の年の頃は十八、まさしく少女盛りであった。厳格な父の性格と家の教えをそっくりそのまま見事に受け継いだ、これまた高潔な少女であるとのことだった。剣術の腕前の方も父譲り、どころかここ数年では最早先代を凌駕するほどの腕前であったらしい、才能に恵まれたまさしく剣の天才であるという。
 立花一族はその時はその二名だけであり、その他にはあと三人の使用人が一緒に住み込んで働いているのみであった。
 まず使用人の一人は、最年長のフミさんというお婆さんであった。当代の当主が子供の頃から立花家に仕えて、長年剣術一筋に生きる立花家内の家事から出納の管理に至るまで雑事一切を引き受け行っていたらしい、何とも大した老女であった。非常にはっきりとした真っ直ぐな性格で、立花家への忠節も厚く、まるで使用人というよりは家臣のようであったというが、それでいて案外親しみやすいところもあり、次期当主の鏡花から使用人、門下生の与七に至るまでフミ婆さんと呼ばれて親しまれていたらしい。
 次に二人目の使用人が、先程も我々を中へ招き入れてくれた、お蓉という若い女であった。これは十五の時から現在の十九になるまで立花家に奉公に出てきている娘で、実家は里の外のさる村にあるらしい。フミ婆さんも同郷であるらしいのだが、婆さん良人には先立たれ子供もなく、さてどうやら自分の先も大して長そうではないと思い至った時に、親しくしていたお蓉の家族から、自分の仕事の跡を継いでくれないものだろうかとこの娘に持ちかけ、それを引き受けて彼女はこの家へ働きに出てきたという経歴である。今はフミ婆さんの仕事を継ぎ、二人で分けてよくこの家を切り盛りしているという。性格はどちらかというと大人しく物静かな方で、気立てのよい、よく出来た娘さんであるとのことだった。
 さて、最後の一人だが、これはミヅキという名前であるらしい、顔中を包帯でぐるぐる巻きにしている、まるでさながら木乃伊のような不気味な様相をした若い下男であった。聞くところによると、半年程前のことであるが、立花家令嬢である鏡花がお蓉を共に家の所領の様子を何か細々とした用事を果たしに見に行った帰り、馬車の前にふらふらと、血塗れのこの男が、今と同じく顔を包帯で覆ったまま飛び出してきたらしい。かなり手酷い傷を負っており、途切れ途切れに何とか口を聞くことには、いきなり妖怪に襲われ這々の体で逃げてきたという。とにもかくにも己の使命に厚い鏡花嬢のことである、見つけてしまったからには放り出しておくわけにもいかず、家へ運んで医者を呼び手当を施して、この男、何とか一命を取り留めたらしかった。さて、そうして落ち着いたところで事情を聞いたところ、襲われた衝撃で記憶も混乱しており名前以外思い出せることは少なく、頼りにしていた者の覚えもない、顔の包帯の下は更に酷い傷でズタズタの醜面であるから取ることも見せることも出来ぬと、何とも怪しい雰囲気であったが、訝しむ家人達を押しのけ、行く当てのないのならば家で働くがよかろうと、鏡花嬢が一度助けた責任は最後まで全うせんとばかりに有無を言わさずに家へ置くことにしたのだった。幸い、この家は男手が不足していたし、この下男は寡黙で必要のないこと以外はあまり喋らぬ無骨な性質であったが、よく働き、性根に卑しいようなところもなかったので、すぐに使用人の間でも打ち解けることになった。今では家人の誰からも、その不気味な風体に反して、信頼は厚いらしい。
 さて、この屋敷の当時の構成は以上のようなものであり、そして別段何の波風もなくこの五人で暮らしていたところへ、突如このような事件が起こったのであった。




 今朝のことである、日も昇り切らぬ内にまず使用人の三人が朝の用意のために起き出し、次に程なくして鏡花嬢も起き出して、日課の早朝稽古のために家の離れにある道場へと向かった。
 ところが、己と共に片時もその早朝の修行を欠かしたことのない当主が、その朝は道場におらぬ、たまに自分の方が早い時もあったので、今朝もそうであろうと先に一人で出来ることを始めていた鏡花嬢であったが、果たして待てど暮らせど一向に父の姿は現れなかった。
 その内に門下生であるところの与七もそろそろやって来ようという時間になってもいまだ現れず、流石にこれは何か異様であると、道場を出て朝食の支度などしている使用人達に問い合わせても、誰も今朝から当主の姿を見てはおらぬらしく、同様に不思議がっていた。
 その事実を聞いて、いよいよもってこれはただ事ならんと、使用人達を引き連れ父の居室の前まで訪れ呼びかけても、まるで返事は返ってこなかった。
 そして皆の間に張り詰める緊張と胸騒ぎと共に、鏡花嬢は御免と断りを入れてから襖を開いた。
 するといきなり目の前に、あの光景であった。横に控えていたフミ婆さんは小さく悲鳴を上げて腰を抜かし、お蓉はとっさにミヅキが動いて視界に立ちふさがったがそれでも目に入ってしまったらしく、悲鳴も洩らせぬ程の驚きと恐怖にへたり込み、そうして庇った下男もさすがに直視は出来ずに目を背ける中、鏡花は流石に武家さながらの立花家次期当主である、声を上げることも視線を逸らすこともせず真っ直ぐと立ったままその光景を見つめていたが、それでも二、三秒は放心したように動けなかったらしい。
 しかしそれからすぐに鏡花嬢は気を取り戻すと、お蓉以外誰もここから動くなとまず叫び、次にその声にびくりと震えるお蓉へ、もうすぐ与七がここへ向かってきているだろうから、お前は外へ出てあいつにこれを知らせ、そうして彼奴の同僚達をここへ呼ぶようにしてもらえと、怯え竦むお蓉を叱咤し何とか立たせて外へ向かわせた。
 そうして、お蓉が丁度やって来た与七に事の次第をとにかく知らせ、そうして呼ばれた警官達が屋敷にやって来るまで、泣き崩れるフミ婆さんと、それを慰めるミヅキを横に、鏡花嬢は父の変わり果てた姿を睨みつけるかのように、煮えたぎる感情を抑えつけた表情で、そこに立ったまま一歩も動かなかったという。




 と、まあ、以上のようなところが、小兎と、ついでに私が、いくらか気を取り戻した与七と、いまだ顔色は優れぬが何とか気丈に現場検分に立ち会ったフミ婆さんから聞き出した情報であった。
 あれから、あの衝撃的な状況に固まってしまった私達の中で小兎はいち早く我を取り戻すと、早速控えていた警官達に指示を出し、狼狽える与七の横面を引っ叩いて何とか作業へ加わらせ、追加の人員も呼びに出し、普段がまるで嘘であるかのようにきびきびと現場を検分する準備を始めた。
 今にも倒れそうな様子のお蓉は奥へ下がらせミヅキと鏡花嬢をその介抱にあたらせ、比較的落ち着きを取り戻していたフミ婆さんに事情の説明を頼み、すぐに総出の勢いでやってきた物々しい警官達を屋敷の各所に配置し、そうして今まさに、小兎は生き生きと現場検分の真っ最中であった。

「な、なあ……小兎……」

 そうして私はと言えば、その一気に慌ただしくなった現場の真ん中で、捜査指揮官である小兎に指示を仰ぎにきたり、古めかしい大きな写真機で現場の状況を写していたりする警官達の邪魔にならぬよう、なるべく小さくなりながら、小兎の横について手持ち無沙汰に立ち尽くしている有り様であった。
 あれからこっち、小兎は私にだけは何の指示も出さずに黙って現場検分を始めたので、仕方なく私は、もしや何か他の仕事の指示があるやもしれぬと、黙ってこの娘の横についていたのだ。己で出来ることなど探せばよかろうに、その時の私は情けないことに、すっかりこの異様な状況に飲み込まれ、圧倒されてしまっていたらしい。

「私はどうすればいいんだ、ここにいても大丈夫なのか?」

 そう尋ねる私へ、何やら熱心に、被害者の亡骸の胴体の側にしゃがみ込み、向かって見ると左上から右下に傾いだような首の切り口をじいっと小兎は見つめたまま顔も向けずに、

「ふーむ……ねえ、先生、今日はお暇だったのですよね?」
「あ、ああ」
「ならば、事件を知ってしまった以上このまま黙って帰すわけにもいきませんし、先生もそれは出来ない性分でしょう。それなら今日一日だけ、私の助手をしていただけませんか? 人手があり過ぎて困るわけではないですし、先生ならば私も信用がおけますからね、気でも腕でも」

 そう言って小兎はその首跡をなおも見つめたまま立ち上がった。

「うむ、よし、そういうことなら引き受けるのはやぶさかでないが、助手というのは何をすればいいんだ?」
「そうですね、まあ私と一緒にこの検分と死体の検視、ついでに家人の事情聴取についてきてもらって、私の捜査に付き合って色々考えてもらえませんか」
「ははは、まるで偶々事件に居合わせた探偵のようだな」

 と、乾いた笑いと共に私は言ってみたが、後で考えるとまったく笑える冗談ではなかった。
 それに、今回の事件においては、私は全くそのような難事件を警察を差し置いてあっと解決せしめるような探偵の役目なども果たすことは出来なかったのである。この後に出てくる私の友人の一人は、そんな私を指してどっちかというと今回の慧音はさながらワトソンだったなと笑っていたが、どういう意味であるのかはよくわからない。

「うーん……」

 さて、それから小兎は、何やら考え込むような表情をしたまま、難しそうな声を出して唸りながらぐるぐると、今私達のいる部屋の隅で、小さく回るように歩き出した。
 それを見て、慣れているのか他の警官や部屋の隅に我々と同じように立っている与七は別段気にする様子もなかったが、与七の横に事情説明のために付き合って立っているフミ婆さんは驚いて、まるで異様なものを見るような視線を向けていた。
 もちろん付き合いの長い私も慣れているので驚かなかったし、説明させてもらうが、小兎は何か考え込んでいる時にはいつもおかしなことをやり出すのである。本人曰く、何かを考えるのと一緒に何か考えなくても出来るようなことをしていると、上手く頭が回るのだそうだ。
 そして、そんな奇行を横目に、私は改めてこの事件の起こった部屋を見回してみた。
 部屋は畳敷きの、ゆったりとした六畳間であった。当主の居室であったと見え、肘掛けや文机などが多少血を浴びて、しかし畳の上にひっくり返っているようなこともなく部屋の隅にあった。今は検分のために開け放されている押し入れには布団がしまってあり、敷かれた様子はなく、血のついたような形跡もないとなると、当主の寝る前に事は起こったのだろうか。……

「先生はどう思いますか?」

 そんな風に考えていると、いきなり小兎がまだぐるぐると回りながら突然そう聞いてきた。

「何がだ?」
「犯人ですよ、一体どのような人物がこのようなことをしたのでしょうね」

 いきなり、その場の誰もがまだ取り敢えず考えるのを先送りにしていたような、核心を突いてくる質問に私は少し焦った。

「そ、それは……その誰かはわからんが、仮に賊とする人物がだな、こう、この屋敷に忍び込んで……」
「当主を斬り伏せた?」
「現状で考えられるとしたら、そんなところじゃないか?」
「ふむ……だとしたら、何とも恐ろしい話ですね」

 そう言うと、突然小兎は回るのを止め、部屋を見渡した。

「見てください、この部屋にはまるで格闘の痕跡というものがありません。物も散らばっていませんし、畳も荒れていない。得物は恐らく刀や剣に相当する刃物の類だと思いますが、それによる刀傷というものがこの部屋には一つしかついていない。まあ、そもそもそんな格闘を演じていたならば、物音で家にいた皆さんが気づかれるはずですし」

 そして、視線を私達のいるところから丁度真向かいに座り込んでいる首のない身体へ向けて、

「つまり賊は、曲がりなりにも剣術の師範である氏を、大した抵抗もさせずに一刀の下で首を跳ね飛ばせる腕前を持つほどの人物と言うことになります。布団の敷かれた様子のないのを見ると、恐らく寝首をかいた訳でもなく堂々と忍び込んで……ね。背筋の寒くなる話じゃあないですか」

 小兎のその言葉に、恐らく部屋の中にいた全員が身を震わせたことだろう。なるほどその通りだとすると、何とも恐ろしいことであった。

「フミさん」
「は、はい、何でございましょう」

 それから小兎は突然この老女に呼びかけ、フミ婆さんは驚きと、多少の恐怖を混じらせた、かすかに震える声で応えた。

「御当主殿の、この、身体の方は、見つけた最初からここにあったのですね?」
「は、はい、与七さんに言いつけられていた通り私達はお部屋の一切には指一本触れていませんし、何よりそれをしようとしてもお嬢様がそれを許さなかったでしょう」
「なるほど」

 話を聞く限りでは、鏡花嬢は何とも肝の据わった娘であるらしい。普通ならば首を切り落とされていようが、生きているのを少しでも期待して走り寄らずにはいられないだろうに。
 というのを、私と同じように小兎が思ったのかどうかはわからないが、何やら頷きながらすたすたと身体の死体の方に近づいて、

「先生、先生」

 と、私を手招くので、部屋の全員の注目を集めるのを落ち着かなく感じながらも、私もそこへ近づいていった。

「一体何だ?」
「ほら、これ見てください、ここの刀傷」

 当主の身体は庭に面した障子と、そこと直角を為す壁に対して右半身をもたれ掛からせるように、部屋の中の方に身体の前面を向けて座り込んでいたが、その右半身のもたれる壁の丁度首の切り口の高さから少々上に、刃物の斬り込んだような跡があった。

「これがどうした?」
「ええ、これはつまり当主はここに追い込まれ、ここでこう、壁に向かって得物を振られて、首を落とされ、そして勢い余った得物はここに斬り込んで止まったと、そういう跡だと思うのですけど、どう思いますか?」
「なるほど、確かにそう言われてみるとそんな風な跡に見えるな」
「……感想はそれだけ?」
「……これ以上何を言って欲しいんだ」
「いえ、それならそれでいいのです」

 小兎はまた頷きながら、わけもわからず首を傾げる私を残して、部屋の真ん中の方へと歩き出した。
 そして、今部屋にいる誰もが嫌が応にも緊張と共にその女刑事の次の行動を見守る中、突如その何やら重苦しい雰囲気を打ち破るように、警官の一人が息を上げた様子で飛び込んできた。

「小兎さん、指示通り呼んで来ておいたのが、今到着されました!」
「あらそう、ご苦労。では、検分はここまでにしておこうかしら」

 その報告に、部屋の真ん中で小兎はくるりと振り向いて応えると、次にフミ婆さんと与七の方を向き、

「フミさんも、ありがとうございます、お辛いでしょうにここまで協力していただいて。与七さん、フミさん連れてお蓉さん達のいる部屋まで一緒に下がっていて頂戴。あなたも辛いだろうけど、一番親しいのだから皆さんを元気づけておいてあげてね」

 多少青ざめた顔の与七がそれでも力強く頷くのに、満足したように次は部屋にいる警官達を見回した。

「さて、それじゃあ皆は遺体を運び出して頂戴。なるべく丁寧にね、頼んだわよ。それじゃ、先生」

 そして最後に私を向くと、

「私達も行きましょうか。頼んでいた助っ人さん達が到着したようですから」

 こんな時だというのにくすりと、私にだけ見えるように笑ってそう言った。










      5 検視報告

「よう、慧音じゃないか」

 私が小兎と連れ立って屋敷の庭へ出ると、そこには意外な人物がいた。
 そのこちらに向かって呼びかけるように片手を軽く上げている、腰まで届くような長く白い髪をした若い女、彼女の名は藤原妹紅、何を隠そうこの前の方にも少しだけ話題に上った私の友人というのが彼女のことである。

「何してんだい、こんなとこで」
「こっちの台詞だ妹紅、あなたこそこんなところで何をしてるんだ」
「いやぁ、私は気持ちよく寝坊してたとこを、突然そこの、そいつの部下の警官に叩き起こされてさぁ」

 そう言うと妹紅は、ふわぁと大きく欠伸をしながら私の横にいる小兎を指差した。

「いえいえ、それはどうもすみませんでした妹紅さん。ご協力感謝します」
「まったく……あの小兎が私をこういう風に使うようになるんだから、歳は取りたくないもんだよなぁ」

 小兎はにこりと笑って頭を下げ、別段妹紅も怒っているわけでもないように、片手をいつも着ている真っ赤なもんぺのポケットに突っ込んだだらしのない格好のまま、頭をかいて笑った。
 実は私だけではなくこの二人というのも顔見知りなのだが、二人を見比べてみると丁度同じ年頃、ことによると小兎の方が若干年上のようにも見えるのだ。それでも小兎は妹紅をまるで随分目上の人に接するように敬い、妹紅もまるで久し振りに会った親戚の子供を相手にするような態度である。これは一体どういうわけなのだろうかと説明するには、まずは少しこの藤原妹紅という人物のことから説明せねばなるまい。
 さて、この藤原妹紅、簡単に説明すると、決して老いも死にもしない蓬莱人という、不思議な体質をした女である。彼女がそうなった経緯や過去についてはこの場では割愛させていただくが、生まれから数えるとゆうに千年を超す時を生きてきたらしい。そういうわけでこの女、その体質故に長い間一所に留まる生活が出来ぬために、千年の間あちらこちらを放浪していたのだが、その果てに、いつの間にかこの幻想の郷に流れ着いていた。最初はここもこれまでと同じようにすぐ去らねばなるまい思っていたらしいのだが、ところが一歩踏み込んでみれば人外魔境のこの郷、己以上の不可思議の固まりがごろごろと転がっているのを見て考えを改め、多少の紆余曲折を経て、そんな状況にはすっかり慣れてしまっている人間達の間にお邪魔しますよとばかりに腰を落ち着けて暮らすことに決めたのだった。
 それがもう何年前のことだったか、そんな風にこの妹紅がとにかくこの里との関わりを始めたのは、少なくとも小兎達の生まれる前のことだったように思う。私と妹紅の邂逅なども色々と面白い経緯があったりするが、それもまあここでは割愛しておこう。そんなわけで、この妹紅は人里から少し離れた竹林の中に庵を建て、そこで世捨て人のような、はたまた仙人のような暮らしをしていたのだが、たまには友人である私を訪ねて人里にやって来ることも少なくはなかった。そんな時は意外と子供好きなこの女、私のやっている寺子屋の生徒達と遊んでやってくれたりもするのだが、それが小兎と妹紅の知り合うことになった切っ掛けでもあった。それで、外見は老けずとも、小兎にとってはいつまでも妹紅というのは、幼い頃に自分達と遊んでくれたお姉さんであり、妹紅にとっても長年成長を見守ってきたかわいい妹分のような子供達であり、それは月日が経ち、二人の外見が近しくなっても変わることがなかった。とまあ、二人のやや奇妙なやり取りというのはこういう理由からであった。

「それで、妹紅、あなたは一体どういう理由で呼ばれたんだ?」
「ああ、そうだった、そうだった。正確には私が呼ばれたわけじゃなくて、私がさらに呼んでくるように呼ばれたんだよ」

 と、そんなことを言いながら思い出したように妹紅は横に退き、そしてその後ろに立っていた人物が姿を現して、いきなりその姿を見ることになった私は思わず、うっ、と息を詰まらせてしまった。

「あら、上白沢先生、お久しぶり」
「や、八意永琳……」

 にこりと笑う目の前の、輝くような銀髪を綺麗に編んで垂らしたその女、竹林の奥に住む名医の名前を私は狼狽を含んだ声で呟いた。




 一体この八意永琳という女医が、私はどうしても苦手である。得意であるという人物も見たことがない。妹紅もそれは同じ気持ちのようだし、彼女はむしろ嫌悪のような気持ちすらこの女に抱いていたようだが、一歩踏み込むと下手をすれば一生出てこられなくなるような迷いの竹林の奥に構えられたその女医住まう医院こと永遠亭までの道を正確に行くことが出来るのがこの妹紅くらいのものであるので、仕方なくこの本当に腕だけはいい、むしろ人間の域を超えた医学術を持っていると言った方が正しいだろうこの永琳医師への渡りをつける役目を引き受けていた。
 妹紅とも古い馴染みであるらしい、顔を合わせる人全てがはっと息を飲むほどの妖しい美貌を持ったこのミステリアスにも程がある永琳という女は、あまりにも得体と底の知れないところがあるので、ここへ頼るのはよっぽどのことがあった時くらいと、人里の誰もがそう暗黙の内に心に決めていたのだが、どうやら今回はそのよっぽどの事態であったらしい。

「それで、私はその仏さんの検視をすればいいのよね」
「ええ、お願いします八意さん。あちらの部屋に遺体は運び出してありますので、この時点、この場で出来る限り正確なところを診ていただきたいのです」

 と、妹紅に連れられて来た姿が現れた先程から、小兎と永琳は何やらそのような相談を交わしていた。
 その間、妹紅は手持ち無沙汰に突っ立ったまま眠そうに欠伸などし続けており、永琳の助手であろう薄紫の長い髪をした妖怪兎もその場にはいたのだが、この兎は何やら律儀に直立不動の姿勢を保ったまま、己の師の指示を何を考えているのかわからぬ感情の色が薄い表情で無言のまま待ち続けていた。
 そして相談しているもう一人の方の助手である私はと言えば、何のことはない、結局同じように、二人が何を話しているのかぼんやりと眺めながら立ち尽くしているしかなかった。

「その、それでですね……今回は……」
「へえ、どうして……」
「いや、実はそれこそがですね、今回の事件で一番重要なとこではないかと、私は思っているわけでして……だから……」
「ふうん、なるほど……」

 しかし、そんな風に顔を寄せ合って何やら密談の様相を呈している二人の会話の所々は私にはよく聞き取れず、結局私には何やら珍しくこのいつもは全てお見通しのような表情をしている女医が興味深そうに、面白そうに小兎の話に耳を傾けていることだけがやたら印象的に映っただけであった。

「とまあ、そういうわけでお願いできますか」
「ええ、了解よ。不肖ながら、この八意永琳、刑事殿の捜査に協力させていただきます」

 それから、そのように二人は相談を終え、永琳は最後の言葉を何故だか小兎だけではなく、私や妹紅の方へも視線を向けてしおらしそうにしながら言ってきた。
 妹紅はけっ、と呆れたような声を出していたが、私は何だか背筋に寒気が走った。やはりこの女は苦手だった。

「それじゃあ、優曇華」
「はい」

 そして、先程からまだ気をつけの姿勢で待機していた助手の名を呼ぶと、恐らく施術に使う諸々の器具が入っているのであろう鞄を両手に持ったその妖怪兎を引き連れ、歩き出そうとした。ところをいきなり振り返り、

「ああ、それと、検視の間は誰も部屋の内を覗かないようにさせておいてくれるかしら」
「あくまで、検視だけをお願いしますよ」
「わかっていますとも」

 この女ならもしや死者の蘇生でも行いそうな可能性もあるらんと、妖しい笑顔を残してまた歩き出す背中を見つめながら、私も小兎も妹紅もじっとりと嫌な汗を背中にかいていた。




 それから数時間程、小兎はまた現場を詳しく調べ直していたり、他には家全体を詳しく調べたりしながら歩き回っており、必然私もそれに付き合って、この立花邸をうんざりするほど歩き回ることとなった。
 それによって得られた情報はといえば、私にとってはこの屋敷が離れに剣術道場を持っていること、屋敷は何とも羨ましくなるほど立派な日本式の造りであること、そしてこれまた立派な庭園も持っていること、と、そんなわかり切ったようなことでしかなかったのだが、小兎にも果たしてそうであったのか、それとも何かもっと別のことを掴んでいたのかは定かではなかった。
 妹紅はどうせ私も暇だからなどと言ってこの捜査に付き合ってやると面白そうな顔をしていたが、この間何をしていたかといえば、縁側に座り込んで枯山水など眺めながらうつらうつらとしていただけであった。とんだ協力者もあったものである。
 警官の一人が、検視が終了したので小兎達を呼んで来てくれとの報告を持ってきたのは、私達が一通りの見回りを終えて縁側を歩いていると、そんな船を漕ぐ妹紅を見つけ、呆れたような顔をしていたそんな時であった。
 それを受けて、私と小兎、ついでに目を覚ました妹紅が、検視の行われていた部屋まで向かい、その襖を恐る恐る開くと、白い術衣を脱ごうとしている永琳とその助手優曇華、そしてその真ん中で裸にひん剥かれ、元の首の位置から少し離して頭を置かれて仰向けに横たわっている遺体という中々に衝撃的な光景が飛び込んできた。
 蘇生された死体がよたよたと歩いているような最悪の想像よりは大分にマシでまともな光景ではあったが、それでも一瞬驚きに心臓が跳ねた。隣の妹紅もまだ眠そうな目をしていたのが、一瞬で叩き起こされたような表情をしていた。
 唯一小兎だけがいつも通りの表情ですたすたと部屋の中に入っていったので、私も妹紅も気を取り直すとそれに倣って中へ入り、襖を閉めた。
 襖を閉め切ってしまうと、部屋の中は薄暗く、遺体を真ん中にして何とも胃の中がひっくり返りそうな心地のしてくる不気味な空間となった。こんな中で、この女医と助手は首の離れた仏と向かい合ってそれを調べていたのかと思うと、やはりこの者達はどこか一本外れているという思いを抱かずにはおれなかった。
 果たしてそんな考えが永琳に伝わったのかはわからないが、思った直後に彼女は術衣を脱いでくるくると丸めると助手へ手渡してから私達に向き直ったので、私はまたどきりと心臓の鳴るのを感じた。

「どうでしたか?」

 まず小兎がそう口火を切ったのに、永琳はふぅと息を一つ吐いて、

「そうね、一通り調べてみたけれど、やはりこの頸部の切断が直接の死因でしょうね。まさしく一目瞭然、他に外傷らしい外傷はどこにも見当たらなかったし、薬物の類が使われた形跡もないわ。面白味のない結果でごめんなさいね」

 と、申し訳なさそうな調子を作ってみせながらそう言ってきたのに、誰もがどう反応したものやら迷ったが、小兎はとりあえずそれを受け流して、

「それで、死亡時刻は……」
「ああ、そう、それね。それに関しては、遺体の発見から時間もそう経っていなかったから、おそらくこれ以上ないほど正確な結果が出せたわ」

 永琳は今度は誇らしげに自慢するかのような笑顔を作って、こう言った。

「死亡時刻は恐らく、昨夜十二時時十分から二十分……まあ、そんなところでしょうね」




「……それは、絶対に正確ですか?」

 水を打ったような沈黙が一時支配した場で、また口を開いて問いかけたのは小兎であった。
 それをちらりと眺めた時、この娘の顔がいつになく何やら強張っているのに私は気づいたが、どうしたのだろうかと考える前に、永琳の返答がそこへ挟まれた。

「ええ、胃も開いて確認したし、臓腑内に残った中身や直腸温度から見てもまず大きな間違いはないでしょうね」

 その言葉に、全員が驚きと共に素早く遺体の腹部へ視線を向けたが、そこには開いた跡どころか、縫い合わせた痕跡すらも存在していないように見えた。

「いやね、大丈夫。ちゃんと綺麗にしといてあげたから、縫い目すらわからないでしょう?」

 と、永琳は愉快そうに笑っていたが、誰もそれに釣られて笑えるはずもなく、ただその常軌を逸した医術にぞっとするばかりであった。

「ともあれ、この遺体からわかることはそれくらいだし、それは全て伝え終わったのだけれども」
「あ、ああ、いえ、はい。ご苦労様でした、あなたの御協力に感謝いたします」
「いいえ、どういたしまして。お役に立てて光栄ですわ、刑事さん。それにね」

 永琳は小兎をじっと見つめて、何やら底知れぬ微笑を浮かべながら、

「面白い、とても面白く興味深い仕事だったわ。この遺体も、あなたの指示もね、小兎さん……で、よろしいのよね、名前。機会があれば、またいつでも私のことは呼んでくださって結構よ」

 それから永琳は荷物をまとめて身を清めると、それではと小兎と握手を交わして、こちらもお辞儀を一つ残していった助手を引き連れ、竹林の奥へと帰って行った。
 私はそれをいくらかほっとしながら、妹紅は憮然と、そして小兎は何か考え込むような表情で心ここにあらずといった風に、思い思いに見送った。




「あいつの言う事、信じて大丈夫なのか?」
「まあ、大丈夫だと思いますよ。己の仕事に嘘をつくタイプではないでしょうし、そうする理由もないでしょうから」

 妹紅はまだ訝しげにあの女のことを思い返しながら尋ねていたが、小兎は考え込むような表情を続けたままそう答えを返した。

「それで、検分は終わった、検視も終わった、次は一体何をするんだ、刑事さん」
「そうですね、ではそろそろ家人の事情聴取と参りましょうか」

 と、私の言葉にふむと頷いて小兎はさっさと門から屋敷の方へ歩き出したので、私と妹紅はその後を慌てて追いかけた。

「しかし、事情聴取と言っても、死亡時刻を信じるなら、大分深夜だ。皆その時間には床についていたんじゃないか?」
「そうなのかどうか調べるのが事情聴取ですよ、それに昨夜は……」

 何か言い掛けたところで小兎はいきなり言葉と歩みを止めて、

「あら、与七さん。どうかしたの?」

 その言葉に私も前方を見ると、何やら与七が困ったような顔で、どこかへ行こうとしていたのをその言葉に呼び止められたように立っていた。

「ああ、小兎さん……その、実は鏡花が……」

 何やら言いにくそうに事情を説明しようとする与七に、私達三人は首を傾げた。










      6 立花鏡花

 それから、連れ立って四人となった私達は、離れの道場へ向かっていった。
 与七の説明するところによると、家人は与七を含めてある一つの部屋に固まって待機しておったのだが、突如それまで押し黙って座っていた鏡花嬢が我慢できなくなったように立ち上がると、道場へ行くと言い出した。
 これには、気分が優れぬからと横になっていたお蓉も、その看病をしていた与七やフミ婆さんやミヅキも驚いた。父親が死んで、この娘も少なからず打ちのめされていると思っていたのが、どうやらちょっと違うらしい。こんな時だと言うのに、道場へ行って稽古をすると言うのだ。
 そういうわけにもいかぬと、与七は引き止めようとしたのだが、一度決めたら引き下がらぬ性質である鏡花嬢、聞く耳持たぬとさっさと部屋から出て行ってしまったのを、慌てて追いかけようとしたところを私達に呼び止められたというわけであった。

「ちょっとその……余りにも厳格すぎるんです、あいつは……家を継ぐためにまるで男のように育てられたらしいですから」

 困り果てた声で、ここにいない相手に呆れたように与七はそう言っていた。そこに二人の付き合いの長さが感じられ、詳しくは知らぬがなるほど歳も近いだろうし、二人はもしかしたら幼なじみなのかもしれないなと、私は思った。与七は寺子屋に通っていた頃から、剣術の稽古にも出ていたからだ。その割には、同い年であろう鏡花嬢を教えた記憶が私にはないのが多少気になるところではあったが、寺子屋に通わぬ子供というのもいないわけではなし、ましてや名家ご令嬢である、それ相応の教育は家の方でつけていたのだろう。……
 そんなことを思っている間に、私達は道場の前まで来てその扉を開こうとしていた。中では小さく声など上げながら、何やら風切る音がしていた。本当に稽古をしているらしい。
 そして、与七がまず先頭に扉を開いた。中を覗き込むと、一人の少女が一心に木剣を振るっていた。

「鏡花、何してるんだ!」
「素振りだ、与七。見てわからんか」

 与七が大声を出すのに、平然と答えながら少女は素振りを止め、こちらに向き直った。
 美しい少女だった。やや内巻き気味の栗色の髪を肩まで垂らし、きりっと整った顔がなるほど話に聞く性格の高潔さのようなものを感じさせる、まさしく御武家の跡取りという雰囲気の少女であった。
 その視線や表情は今力強く、まるで今日父を失ったとは思えぬ、落ち着いた気迫に満ちていた。さながら、聞いた通りの武家のような一族の教え故か。……
 そう小兎も同じように思ったのかはわからぬが、次に面食らったように声を出せぬ与七の後をついで口を開いたのはこの娘であった。

「ふむ、あなたが鏡花さんですか」
「ええ」
「何故、稽古を?」
「……こうしていると、心が落ち着きます。私も今回のことには少なからず動揺していますから、それを静めるために」
「なるほど、剛毅なものですねぇ……まだお若いのに」
「父には、そう教えられましたから」

 そうした問答をしてから、思い出したように鏡花はこちらへ丁寧に頭を下げて会釈した。
 とりあえず我々も軽く会釈を返して、

「あなたが捜査指揮官ですか」
「どうやらそうなるみたいです」

 のらりくらりとした小兎のいつものような口振りには付き合わず、鏡花の視線はこの娘を真っ直ぐと、射抜くように見つめていた。

「では、この稽古は止めた方がよろしいと、そう呼びに来たのですか?」
「いえ、今から事情聴取に入るのですけど、別段悪いことをしているわけでもないのですし、呼ばれるまでは続けてもらっても結構ですよ」
「感謝します」
「いえいえ」

 それからもう一度深々と頭を下げて鏡花は素振りを再開し始め、それを見てから小兎もくるりと踵を返したので、我々も仕方なくそれに付き従ってそこを離れることになった。

「いいんですか、小兎さん」
「悪いところがあるかしら、与七さん。あの子はああするのが一番落ち着くと言っているのだし、ああして少しでも悲しみを紛らわせたいのもあるんじゃないかしら。何なら、あなたも付き合ってあげればいいんじゃない?」
「冗談でしょう?」
「冗談ですよ」

 ぎょっとしたような表情をする与七に、小兎は平然とそう言ってのけた。端から見てても与七に同情せざるを得なかった。

「しかし、なあんだ、どっかで聞いたことある名前だと思ったら、鏡花の家だったんだなぁ、ここは」

 それから出し抜けに妹紅がそんなことを口走ったので、驚いて私はその顔を見つめた。

「知ってるのか、妹紅」
「ん? ああ、だってあの子、近頃自警団によく出入りしてるから、たまに顔を合わせることが多いんだよ」

 ここでもう少し説明しておくのだが、この妹紅という女、実は不死身というだけでなく、腕の方も相当立つ。殆ど妖怪にひけをとらぬほどの強力で妖しげな術やら力やらを、その千年以上の放浪の間に身につけたというらしい。故に集落を離れて一人隠遁生活を送ることが出来るのだが、時にはその力を己のためだけでなく人のために使ってくれることもあった。
 この女は多少気難し屋で人間嫌いの気があるのだが、同時に心根はお人好しな性質で、頼み込まれると本当に嫌なこと以外はあまり断れずに請け負ってしまうという、そんな性格であり、何より物に釣られやすかった。酒や甘味の一つでもぶら下げてやれば、爛々と目が輝きだすのである。そんな調子であるから、嫌な顔はしつつも竹林の道案内はしてやるし、今では稀に人里の自警団にも力を貸してやっていることがあった。大方何かのお礼を約束されているからであろうが、別に妹紅自身はそれを自分から要求するような性質でもなく、また何か法外な物を要求するようなこともないので、結局上等な酒や菓子程度の物を貰って、それなら仕方ないという感じで腰を上げているのだろう。悪事を働いているわけでも無し、人と関わるのもあの人には良い傾向だと、私もそういうことは黙認していた。
 そういう理由から、最近の妹紅は時たま自警団に協力しており、そしてその最中に、同じく自警団へ力を貸している鏡花と顔見知りになる機会があったのだそうだ。

「いや、本当に腕の立つ娘でね。そして何より常にそれを磨き上げようとしている。いやはや立派なもんなんだけど、だから私、あの子によく手合わせを挑まれるんだよなぁ……それがまあ、勘弁して欲しかったりするんだけど」

 妹紅は思い出してうんざりするような表情になると、同時にふわぁと欠伸を一つ打った。

「まあ、そうか……そういうわけなら、私は事情聴取の間は警備の方についておくとするよ」
「あ、おい、妹紅」
「沙汰は後で聞かせてくれりゃいいからさ」

 全員が呆れた視線を向けるのにも構わず、妹紅はひらひらと片手を振って勝手にどこかへ歩いて行ってしまった。警備などと言っていたが、大方どこかで居眠りを決め込むつもりであろう。

「まったく、勝手な奴め……あれで事件についてはちゃんと知りたがっているんだから、まるで野次馬だぞ」
「うふふ、けれどまあ、もしかしたらこの先妹紅さんの手を借りることもあるかもしれませんからね、興味を持ってくれてるのならありがたいですよ……それに、眠いのだって、あふぅ……」

 言葉の途中で、伝染ったように小兎も欠伸を一つ打った。

「仕方のないところもありますよ、昨夜は自警団も協力して泥棒を追ってましたから。妹紅さんにも遅くまで付き合ってもらって、ふわぁ……」
「へえ、それじゃあ昨夜は本当に大立ち回りだったみたいだな」
「ええ、何せ随分と性質の悪い奴でしたから」

 そう話しながら歩いている間に、私達は屋敷へ上がり込み、またその一室を借り受けて、事情聴取用にあてた部屋の前までやって来ていた。

「ああ、そうだ」

 そして、丁度その中へ入ろうとする前に、小兎は思い出したように私に顔を近づけ、何やら耳打ちをしてきた。

「実は先生に一つ頼みたいことがあるのですけどね……」

 と、何やらごにょごにょと小兎はわけのわからない頼み事を私に囁いたのだが、全て終わった後で思い返すと、何とこの頼み事がとても重大な役割を果たしていたことを、しかしその時の私は知る由もなく、その内容の奇妙さを不思議に思うばかりであった。









      7 事情聴取

 さて、今度私の役目は文机と筆、紙を借りて、小兎と家人の聴取の間の会話を書記しておくという、ようやっとまともに助手らしく、また私にも向いているものであった。
 それ故に私は今でもその時の会話の内容をよく覚えているし、また今回のために借り受けた資料の中にも、確かに己の筆跡で記された記録がきちんと混ざってあった。
 なので、ここからはそこから一部を抜粋し書き直し、また書き加えて記すことで、当時の正確な記録というものをあなた方にお見せすることにしたいと思う。
 そのまま全て載せてしまってもよいのだが、死体発見時の事情などはすでに上に説明してある通りであるし、何よりもこの聴取で一番大事なところは、凶行の行われたであろう時間帯に、家人が何をしていたのかということであるのだ、と、少しだけここで明かしておくことにしよう。
 先程、そのような時間帯ならば全員床についていたのではないかと私は言っていたが、何という偶然か、驚くべきことにその時間、家にいた全員は起きて活動しており、そしてそれでいて全く犯行には気づかなかったというのだ。
 それは一体如何様な事情であるのだろうか、それを知ってもらうために、その時間帯の立花家の人々の行動についてのくだりだけを、この物語に見合った形で、私は以下に記していこうと思う。……




 最初に聴取へやって来たのはフミ婆さんであった。歳を食ってはいるがまだまだ身体は真っ直ぐ立っており、普段は活力に満ちているのであろうこの老女も、今は顔色優れず、いくらか沈んでいる様子であった。

「それでですね、ここからが大事なのですけれどね、フミさん。昨夜の十二時からまあ、一時くらいまでの間のことを、覚えているだけ聞かせてもらいたいのですけれど」

 小兎はきちんとした姿勢で座り、フミ婆さんと向き合ってそんな風に聴取をしていた。

「はあ、それは出来る限りは……けれども、何故その時間で?」
「いえね、こちらの調べた限りでは、当主さんが殺されたというのがどうもそのくらいの時間帯なのですよ」
「そんな……そんな、まさか……!? 本当なのですか!?」

 これを聞いてフミ婆さんは、何やら酷く狼狽した様子を見せた。

「ええ、もしや何か覚えが?」
「いえ……いえ、まったく覚えがないのです……そして、ないからこそ、恐ろしいのです……だって、昨夜のその時間帯は、この家にいる全員が起きていたのですよ」
「……」

 小兎は無言であったが、私は度肝を抜かれ、おかげで筆がやや乱れた。

「ふむ、ではそれはどういう事情で皆さん、そんな時間まで起きてらしたのか尋ねてもよろしいでしょうか」
「ええ……はい……昨夜のこと、ですが……ええ、その時九時頃から、お嬢様が自警団の夜回りへ加わりに出ていらっしゃいまして、それが何でも泥棒を捕らえるための夜回りだとかで、あの、警察の方も加わっていたのですよね?」
「……ええ、もちろん」

 これには小兎も多少驚いたような表情をしていた。私も、ここでその話が出てくるとは思わず、また筆が少し乱れそうになった。

「それで、お嬢様が帰ってくるまでは、旦那様も含めて全員が起きていたのです。お嬢様が夜回りの交代で帰ってきた、その時間が丁度十二時頃のことでございました」

 後で聞いたところによると、この自警団の方の夜回りは九時から十二時と、十二時から三時までと分担して行われ、泥棒が網に掛かったのは十二時以降のことであったらしい。ちなみにしきりに眠たそうにしていた妹紅は、十二時からの番であった。

「それで、お嬢様が帰っていらしてから、旦那様は御自分のお部屋に下がられまして……そして、お嬢様もすぐに自室へ行かれました」
「それが大体十二時?」
「はい」
「それで、その時のあなたは?」
「ああ、はい、私はお二人が自室に下がられてから、お蓉とミヅキさんと一緒に、眠る時間を逸してしまったので目が冴えてしまって……それで、三人とも眠くなるまで使用人部屋でお茶を飲んでいたのです。それが……三人が部屋に集まったのが十二時五分頃でした」
「それは正確な時刻ですか?」
「ええ、部屋には大きな掛け時計がありましたので、覚えております」
「それで、どのくらいまで三人でずっとお茶を飲んでいたのですか?」
「それが、ここら辺がちょっと複雑なのですけれど……」
「複雑?」
「ええ、一時頃まで一緒にそうしていたのですけれど、その間ちょっと出入りが色々とあったのです……」
「ふうん……詳しく、思い出せる限りそこら辺を聞かせてもらってよろしいですか?」
「はい、まずお茶を飲み始めてから五分くらい経ってからでしょうか、お蓉が、あの子がちょっと門の戸締まりを見てくるついでに、台所でお茶菓子でも探してくると、その時お茶請けがなかったものですから、そう言って出て行ったのです」
「それが、十二時十分ですか?」
「はい、出て行った時にちらと私は時計を確認したので、覚えております」
「なるほど、そういう情報を覚えていてもらえるのは助かります。それで、部屋にはあなたとミヅキさんだけで……」
「はい、二人だけでした。けれど、それから五分もしない内に、今度はミヅキさんがどうも心配だから自分も様子をみてこようかなどと言って立ち上がって、出て行こうとしたんです。そしたら丁度そこをお嬢様に呼び止められたみたいで……」
「みたい?」
「はい、廊下に出たところで、奥の方にいらっしゃったお嬢様が何かを呼びかけてきたらしいのです。私は、この歳ですから、耳が少し遠くなっておりまして、お嬢様が呼びかけている声はよく聞こえなかったのですけど、ミヅキさんがお嬢様に返事を返す声は向こうへ届くようにと少し大きめだったので、それでお二人が会話しているらしいことがわかりました」
「ふむふむ、なるほど」

 小兎は、それを聞いて何やらしきりに頷いていた。

「それで、ミヅキさんも出て行ったのですか?」
「ええ、ちょっとお嬢様に呼ばれたので行ってきますと、そして私、一人でお茶を飲んでおりましたの」
「なるほど、なるほど。ミヅキさんが出て行ったのが十五分頃と?」
「ええ、今度は時計を見ていないので、正確ではないのですけれど、お蓉が出て行ってから五分そこらだったと思います」
「ふむ、ではそれから?」
「はい、それからは、一人でお茶飲んでおりましたら、大体二十五分頃にお蓉が戻ってきまして」
「お蓉さんが戻ってこられた……と、その時間も?」
「はい、時計で確認しております」
「正確、と。それ以降は?」
「ええ、それから五分くらいして、今度はミヅキさんも戻ってきました。お嬢様を連れて」
「お嬢様を、連れて?」

 小兎はそれを聞くと、何やら鋭い視線をフミさんに向けていた。

「それは確かで? お嬢様も、一緒に?」
「はい……自分も眠れぬから少し付き合わせてくれと……私達のような使用人とも、懇意にしてくださるのです、お嬢様は」
「へえ……それは、素晴らしいお方ですね」
「ええ、本当に……」
「時間も大体、お蓉さんが戻ってきてから五分くらいというのも正確ですか?」
「ええ、恐らく……お嬢様が来てから少しした時にちらと時計を見てみたら、三十分を過ぎた辺りでしたから」
「なるほど……なるほど、なるほど……」

 それを聞き終えて小兎はしばらく考え込んでいる顔で、己のこめかみの辺りをとんとんと指で叩いていた。

「……なるほど、ありがとうございます。このお話も、大いに参考にさせていただきます」
「はあ、お役に立てたならよろしいのですが……」

 それから小兎が突然そう言ってきたのに、やや面食らったような顔をフミ婆さんはしていた。

「ああ、そうだ、あと最後に一つ聞いておきたいのですが」
「はい、なんでございましょう」

 それから、聴取ももう終わりという雰囲気になったところで、小兎は思い出したように最後の質問をした。

「御当主さん、何か人の恨みを買うようなことがあったとかは、ご記憶にありませんか? 何らかの怨恨という線も考えられますので」
「そ、それは……」

 それを聞いた瞬間、フミ婆さんは何かこれまでとは違うような、そう見える狼狽の色を見せたが、

「そんなこと覚えはございません! いえ、覚えがなくともそのようなこと、あるはずございません! 旦那様は、この里のために今までどれほどの尽力を……」
「ああ、すみません、すみません。もしもの話ですよ、覚えがないのならそれでいいのです、本当にすみません」
「っ、とにかく、そのような恨みを買うような筋合いは、旦那様にはございません!」

 いきなり火が付いたように声を荒げだしたフミ婆さんに、今度はこっちが面食らい、慌てて何とか宥め賺して聴取を終えさせてもらうこととなった。なるほど、確かに忠義者と言われることだけはあるらしい。と、疲れたような息を吐きながら、私も小兎もひしひし実感していた。




 次に部屋へ入ってきたのは、お蓉であった。今回のことが余程衝撃的であったのか、今まで横になっていたのが、まだ些か蒼白な顔色で微かに震えているのを、少しでも捜査の役に立てるならばと無理をしてこの前に出て来ているのが何とも痛ましい限りであった。普段なら、肩の辺りで揃えられた少々くせっ毛の黒髪の似合う、可愛らしい娘であるだろうに。……

「それで、十二時頃のことなのですがね」
「はい……」

 これを尋ねる前に、すでにこのことを重要視する経緯はお蓉にも説明してあるので、ここでも出来得る限りは端折らせていただくことにする。

「フミさんの話では、三人でお茶を飲んでいたと」
「はい、それは間違いないです……時間も、私も時計をその時見ていたので確かだと思います……」
「それで、途中で席を外したことも?」
「ええ……時間は、正確には覚えていませんが……そんなに時間が経ってからではないので、やはり十分頃だと思います……」
「ふむ……」

 小兎はそこで少し一息をついてから、

「続けても、大丈夫ですか? 体調が優れぬようでしたら後日に回すことも出来ますので」
「いえ……大丈夫、です……これが、何かのお役に立つのでしたら……」
「ええ、それはもちろん……ありがとうございます。では、続けるとしましょう。それで、席を外してからの行動を教えてもらってもいいですか?」
「はい……部屋を出てから、その夜の庭などを眺めながら、ゆっくりと私は門の方まで行って、その閉まっているのを確認しておりました……」
「その時、何か物音などは聞いたりしませんでしたか? 人の声とか」
「いいえ……特には……正門は、母屋とは少し離れておりましたし……」
「なるほど……」

 小兎はここでまた何か考え込むような表情をしていたが、今度はすぐさま質問に戻った。

「門の戸締まりを確認してからは?」
「それからは……戻る途中でお台所に寄って、色々とお茶菓子などを探しておりました……」

 そう言うと、お蓉は恥ずかしそうに頬を染めて俯いた。小兎は苦笑しつつ、

「ふふ、いえいえ、わかりました。それで、それ以外には何かありませんか? その時気づいたこととか」
「っ、それは……あの……」

 その時、お蓉は何やら言い淀む姿勢を一瞬見せたが、しかし意を決したように、いくらか声を潜めて、

「実は、戻る途中に、お庭の方でお嬢様とミヅキさんが一緒にいるのをお見かけしたのです……」
「……!」

 その言葉に、何故だかその時小兎は酷く驚いた様子で、声すら出せなかったようだった。

「あの……どうか……?」
「……ああ、いえ……失礼しました、少しぼーっとしてしまいまして」

 不安そうなお蓉に、何せ昨日あまり眠っていないものですからと、誤魔化すように小兎は少しだけ笑顔を作ってみせた。

「それで、お二人を庭で目撃された、と……」
「はい……」
「お二人はその時、何をしてらしたんですか?」
「それ、は……」

 その質問に、お蓉はまた何かを隠そうとするかのように言い淀んだ。

「それは、どうしても言わなければいけませんか……?」

 それから、おずおずと、探るようにそう問い返してきた。どうも、何か言いたくないことがあるらしい。

「犯行時間帯の潔白の証明になりますからねぇ……」

 そこで、小兎はこういう風に少し意地の悪い仄めかしを用いた。多少狡いなとは思ったが、私もその時はお蓉の隠し立てていることが何なのかは非常に気になっているところではあった。

「わかり、ました……あの、これは出来るだけ口外はしないでいただきたいのですけども……」
「約束しましょう」

 それから、お蓉は辺りをはばかるように少し見回してから、ほとんど呟くほどの声に落として、

「その、ですね……お二人は、逢い引きしていらっしゃったのでございます……」

 これには流石に私も小兎も度肝を抜かれた。筆もがくっと乱れた。

「そ、それは男女の……?」
「はい……」

 思わず私と小兎は無言で顔を見合わせた。よもや、あの包帯巻きの下男と、鏡花嬢が。……

「ええと……さ、差し支えなければ、あなたから見たお二人の様子というのも聞かせてもらいたいのですが……」
「それは……その……」

 俄に何やらおかしな雰囲気になってきた部屋の中で、小兎は気まずそうに、お蓉は真っ赤に頬を染めて俯き気味に、そして私も筆が緊張に震えだそうとするのを抑えつけるのに必死であった。

「お庭の、木の陰になっている辺りで、隠れるように……ですね……」
「はい」
「その、お嬢様が、愛おしそうに、ミヅキさんの頬に御自分の手を触れさせてですね……二人は見つめ合っていまして……」
「そ、それで……」
「わ、私が見ることが出来たのは、そこまでです……!」
「……は、はあ?」

 思わず小兎は間抜けな声を出していた。同時に私もそれに被せるように同じような声を出していた。
 どうやらこの娘、それ以上己が主人のそのような場面を見続けることが出来ずに、そこまで見てから逃げるように部屋へ戻ってしまったらしい。

「それじゃ、あまりはっきりとは目撃されたわけではないということですか?」
「は、はい……でも……」
「でも?」
「ミヅキさんの方は木の陰に半分ほど隠れていたのでよく見えなかったのですけど、お嬢様の顔だけははっきりと見えました……本当に、嬉しそうな、愛おしそうな表情で……」

 少しうっとりとした表情で語るお蓉を見て、なるほどこの娘は主への忠義だけでなく、一人の少女としてこの二人の仲を案じていたのだと、私も、恐らく小兎も理解できた。

「お嬢様とミヅキさんの仲は、前から知っていらしたのですか?」
「ええ、まあ、それとなくは……フミさんも、それは薄々知っておられると思います……」
「ふうむ……」

 ようやく落ち着いた雰囲気の戻ってきた部屋で、今までの情報を頭の中で整理しているかのように小兎は少し考え込み、しばらくしてから、

「……はい、大体のことはわかりました。部屋へ戻ったのもフミさんの言う時間で」
「ええ、間違いはないと思います……」
「なるほど。では、最後にもう一つ聞きたいのですけど、あなたから見て、ここの御当主様は、誰かから怨みをかうようなことがあったと思いますか? それか、もっと具体的に、誰それから怨みをかっていたとか」
「いえ、それは……私はここへ来て四年ほどですが、そのようなご様子は……」
「そうですか。それならいいのです。ご苦労様です、ありがとうございました、体調の優れぬところを無理にさせていただいて」
「いえ、少しでもその、お役に立てたのでしたら……」

 お蓉は丁寧に頭を下げて、静かに席を外したが、なるほど器量よしと言われるのも頷ける、実におしとやかな娘ぶりであった。




 次の番は下男のミヅキであった。身なりは意外ときちっと清潔に整えられており、首から下だけを見ればなるほど折り目正しく身につけているズボンやシャツの洋服が似合うすらっとした体型の男であるように見受けられるが、何せこの包帯を巻き付けた顔というのがそういう印象をまったくひっくり返してしまうような不気味な役割を果たしていた。そういったわけで顔からは歳が判別できないのだが、体つきや声からすると結構若い男であると推測できた。口と頭だけは包帯から露出しており、一見すると仮面をかぶっているようにも見えなくもない。……

「そういうわけでして、十二時頃のことなのですが……」
「……はい……」

 答える声は低く、ぼそぼそとした喋り方で、どうも聞き取りにくかった。

「三人でお茶を飲んでいたのは間違いなく?」
「……ええ、僕は……その時の時刻は見ていませんが……」
「はいはい、まあ時刻は他の証言もありますからよろしいですけど……それで、お蓉さんが」
「はい……出て行かれました、戸締まりを確認するとかで……お茶を飲み始めてからそんなに時間は……経っていなかったと思います……」
「お蓉さんが出て行ったのも間違いはない、と……それから、あなたが?」
「ああ……はい、夜は物騒ですし……お蓉さんの様子を見に行こうかと思って……出ようとしたんです……」
「なるほど、頼もしい。そして、そこをお嬢様に呼び止められたと聞いているのですが……」
「ええ……その通りです……部屋から出た廊下の奥を、丁度お嬢様がこちらに……来ようとしていまして……それで、僕の姿を見てから、立ち止まりまして……」
「そこから声をかけてきた?」
「はい……少し用事があるから……来て欲しい……と」
「なるほど……」

 そこで小兎はまた少し考えるように黙り込んだが、それが決して何か考えるためばかりではないことを私も感じていた。おそらくこの先を問い質す心の準備をしているのだろう、それは無論私にも必要なものであった。……

「ええ、あの……それで、ですね……お嬢様に呼ばれた、その用事についてなのですが……」
「はい……」

 奥歯に物が挟まったかのように言葉を切りつつ、小兎はごほんごほんと咳などしてみせながら、

「その、こちらではですね……あなたとお嬢様が、その……逢い引きをしていらした、と……そういう目撃情報がですね、入っているのですが……」
「それは……」
「ええ、あの……差し支えなければ、真実かどうかも含めて……正確なところをお聞きしたいのですが……」

 ちらと視線を向けた限りでは、それを聞いたミヅキは少しばかり驚いているような雰囲気を出していたが、表情は無論よくわからなかった。どちらかというと、聞いている小兎の方が動揺しているようにすら見えた。

「お嬢様と……僕が、その……そういう関係である、というのは……本当です……お嬢様が何故、僕のような者を慕ってくださるのかは……わかりませんが……」
「な、なるほど……」
「けれど、お嬢様のお気持ちは……よくわかりませんが……それでも、僕自身も……許されることかどうかはわかりませんが……お嬢様を、お慕い申しております……」

 少し俯き気味になって、そう絞り出されたミヅキの言葉に、私も小兎もごくりと唾を飲み込んでから、わざとらしく咳などして雰囲気を戻し、

「ええ、その、正直な告白ありがとうございます……それで、その時の用事というのも、その……」
「あ……はい、その……二人で……庭の、繁みと木の側で……」
「ああ、はい、いえ、その辺で十分結構でございますから!」

 慌てて小兎は青年の口を止め、私も冷や汗を流しつつ手に持った筆を見つめた。あのまま行けば何を書かなければいけないことになっていたやら。……

「ふう……な、なるほど、事情はわかりました……それで、それからは」
「ああ……はい、その時は、その……余り長い間席を外すのも、どうかと思いましたので……それならと、お嬢様を連れて……部屋に戻りました……」
「ふむ、連れ立って部屋に戻った……それはこちらでも聞いております、時間はわかりますか?」
「はい……どれくらいの時間が経っていたのか……気になりましたから……戻った時に、時計を確認してます……確か……三十分になるか、ならないかでした……」
「なるほど、出た時間も十五分で?」
「はい、合ってると……思います……お蓉さんが出て行かれて、それほどは経っていませんでしたから……」
「ふむふむ、ええ、はい、わかりました……」

 小兎はまたも今までの情報を整理するように考え込む顔をしてから、しばらくして口を開き、

「なるほど、ありがとうございました。その、話しにくいことまで協力していただき、感謝いたします」
「いえ……こちらこそ……」
「それと、最後にもう一つだけ、お聞きしておきたいのですが……」
「はい……なんでしょう……?」
「御当主様のことです、今回のようなことが起こるような、何か怨みを買っていらしたなどの様子は、あなたから見てありませんでしたか?」

 それを聞いた一瞬、さっと何か揺らめく黒い影のような雰囲気がこの青年から立ち上ったように見えたが、しかしそれはまた一瞬で形を潜め、これまで通りの寡黙な下男に立ち戻っていた。

「いえ……特に覚えは……ここへ来て、僕は日が浅いですから……」

 そうぼそぼそと口にして、頭を下げてからミヅキは出て行ったが、果たしてあの一瞬感じた雰囲気は、表情が見えたわけでもなし、私の気のせいであったのだろうか。……




 さて、この事情聴取もいよいよ大詰め、最後に呼ばれたのは立花鏡花嬢であった。稽古の直後であろうに、疲れたような様子は微塵も見せずに、涼しい顔でこの少女は部屋に入ってきて、堂々たる態度で腰を下ろした。まさしく堂に入った貴族の立ち振る舞いであった。

「さて、それで、十二時頃のことですが……」
「ええ」

 答える声もはきはきとよく通る、気品と自信に満ちたものであった。この少女にもこれまで通りの説明は行っており、その自分の起きていた時間に父が襲われていたという事実を知らされたときは少なからず驚いた様子は見せたが、それでも大きな動揺の色を見せなかったのは、流石この家の教えが行き届いているとでも思うべきだったのだろうか。……

「昨夜の自警団の夜回りに参加されていたそうですね?」
「ええ、九時から十二時までの方でしたが。小兎さん?」
「はい?」
「よかった、それでよろしいのですよね、名前。与七なんかがそう呼ぶのを聞いてはいたのですけど、正式に尋ねてはおりませんでしたから」
「はい、まあそのキュートな響きが私の名前ではありますけども……何か?」
「ええ、昨夜はあなたにはお会いにならなかったと思いまして」
「ああ、私も十二時頃から同僚に駆り出されましてね……入れ違いだったわけですね、うふふ」
「そうだったのですか。いえ、すみません、少し気になっただけですので。続けてください」
「それでは、それで十二時頃に帰ってきたと」
「ええ」
「それを待って、全員が起きていらした」
「そのようですね。使用人達はともかく、父まで起きていたのには驚きましたが」
「それから、お父上がすぐに自室にお下がりになった」
「ええ、私が帰宅の挨拶をしたら、満足したようにすぐに」
「ふむ、それであなたも自室へ?」
「ええ、父が向かうのを見てから」
「なるほど……」

 小兎はここで一旦言葉を切って、何やら考え出した。三度目の、あの話題を切り出すための溜めであろうと私は思った。

「それで、十二時十五分頃なのですが」
「はい」
「丁度、出て行こうとしたミヅキさんを呼び止めたと」
「……ええ」

 話題があの事に近づいてきたからか、その時の鏡花嬢の返答に少しの間が発生していた。

「……それで、何のために呼び出したのですか?」
「それは……」

 何やら鋭い視線を向ける小兎の言葉に、流石に話があの事に及んだからか鏡花嬢は少し言い淀んだ。

「こちらが調べた限りでは、ミヅキさんと逢い引きされていたという情報が入っているのですが……」
「……!」

 小兎の言葉に、鏡花嬢は大きく目を見開いてこれまでで一番の驚きの表情を見せていたが、やがてまた元の落ち着いた表情に戻り、あまつさえ微笑さえ浮かべて、

「知られているなら仕方ありませんね……ええ、そうです。まさか目撃されていたとは……お蓉ですか? いえ、あの子を攻めるつもりはありませんよ」
「ええ、庭の木陰であなた達二人を見かけたとかで」
「はい、ええ、確かにその通り、それは私とミヅキですよ」
「なるほど、では、お二人の関係も真実……と」
「ええ、私はあれを愛しく思っております。女としてね」

 あまりに堂々とした直球の物言いだったので、私も小兎もこっちの方が多少気恥ずかしさのようなものを感じてしまった。

「ま、まあ、お二人がそうなった経緯なんかはまた違う機会にでも聞かせてもらうとして……そうして庭で二人で睦みあってから」
「ええ、それからは流石に、ミヅキも余り席を外しては怪しまれると言うので、私もフミ達の茶会へ混ぜてもらいに行きました、連れ立って」
「それが十二時三十分との話ですが」
「ええ、確かです。私も時計は確認しましたから」
「ふうむ……なるほど、っと」

 ここでまた情報整理の間を小兎は作り、しばらくこめかみの辺りをとんとんと指で叩いていた。

「はい、大体のことはわかりました。ご協力、大いに感謝いたします」
「このようなことでよろしかったのなら、お役に立てて光栄ですが」
「ええ、それはもう十分。そうだ、後一つ聞いておきたいのですけど」
「何でしょう?」
「ええ、お父上が何か怨みなどを人にもたれていたかどうか、お心当たりのないものかとね。怨恨の可能性もありますから」

 それを聞いた瞬間の鏡花嬢はといえば、思わずぞっとするほどの無表情であった。そこには全く、何の感情の色というのも浮かんでいなかった。

「いえ……けれど、父は剣術家ですからね。私も知らぬ若い頃には、何か果たし合いなどを行っていたかも知れませんし、その時のことで、誰かと因縁を作っていたこともあるかもしれないですね」
「ほう、では、お父上を襲ったのは、誰か別の剣術家であるかもしれないと?」
「ええ、まずそうとしか考えられないでしょう。でなければ、あの父が、只で首を跳ねられるなどということ、あるはずがございませんでしょうから」

 その無表情のまま、淡々と鏡花嬢はそう答えた。あるいはそれは感情がないわけではなく、煮えたぎるそれを必死で抑えつけていた故の顔だったのかもしれない。……

「そうですか。なるほど、そのお考えも大いに捜査の参考になることでしょう。ねえ、先生?」

 と、そこでいきなり小兎が私に話を振ってきたので、私は少し慌てて、

「あ、ああ、そうだな。それにしても、立花鏡花さん、でしたか。お父上を亡くされたばかりだというのに、こんな場まで堂々と出向いていただき、いやはや立派なものだ」
「はい、ありがとうございます……あの、あなたは?」
「これは、自己紹介が遅れてすみません。私は上白沢慧音という者です」

 不思議そうにこちらを向く鏡花へ、私は頭を下げてそう言った。

「まあ、では、あなたが人里の守護者の……」
「いえいえ、そんな大それた名前を受けるほどでは……ただの寺子屋教師兼しがない歴史屋ですよ」
「いえ、そんな……お噂はかねがねお聞き申しております。一度ご挨拶に出向かなくてはとは思っていたのですが、何分機会がなく……」
「いやいや、そんな。こちらこそ、あなたの評判は聞き及んでいましたし、一度お会いしたいとも思っていたのですが……いやぁ、何分この里も狭いようで広いものですからね」

 そうして何やら慇懃にこちらへ頭を下げてくる鏡花に、私はこの高潔で誇り高い少女がそんなことをするとは想定していなかっただけに酷く慌てることとなった。どうやら私の名前は自分で思っていた以上に有名で力を持ったものであったらしい。誇らしいやら恥ずかしいやら、とにかく面白そうな顔をしてこちらを見ている小兎にもこの名の効力が及べばよいのに。

「そんな、私の名などは先生に比べればまだまだ……」
「いえ、最近では自警団にも協力されているとか……素晴らしいことです、あなたのような立派な後陣が育ってきているからこそ、私も安心できるというものです。この里の自衛の力がそれだけ高まってきているということですからね」
「そんな、私などには過分なお言葉でございます」
「いやいや、そんなことはありませんよ」

 いかん、背中がむず痒くてたまらなくなってきた。かつてこれほどまで、私に敬意を払ってくれた人物がいただろうか、小兎の奴に爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいような気持ちだったが、いつまでもこんなやり取りをつづけているわけにもいかないので、もう一人の方にも話を回してやることにした。

「本当に、あなたのような立派に、人里の力となろうとしてくれる人物がおられるのは良いことだ。それに引き換え、この小兎というのは、昔はこれまで人里で類を見ぬ程の神童、その実力並び立つもの無し、いずれは私をも超える跡継ぎとなるだろうと騒がれていたのですが……」
「何と……本当ですか」
「いやいや、先生ったら、何ですかいきなり……恥ずかしいですよぅ」

 信じられないといったような表情を鏡花は頬を赤らめて笑顔で身体を何やらくねらせている小兎へ向けて、やっぱりまた信じられないといったように目を見開いていた。私も出来るならば信じたくはなかった。

「ですが、今はなんとまあ……何の間違いがあったのやら、こんな、見た通りの有様でして……」
「ああ、先生、そんな……久し振りに褒めてくれたと思いましたのに……」
「……」

 次に溜息を吐いてそう続けた私に、小兎は一転落胆の表情を見せたが、鏡花は何やらしばらく考え込んでから、

「小兎さん」
「はい?」

 意を決したような表情で、姿勢を正して小兎へと向き直った。

「かつて神童と呼ばれたその実力、本当に錆びてはおられないのでしょうか」
「さあ、どうでしょうかね……最近運動不足ですから」
「ならば、小兎さん、それを確かめるためにも、私と一度手合わせをしていただけないでしょうか? 慧音先生がそこまで言うその実力、私に見せてはもらえませんか」
「ええ!? いやぁ、そんな……」

 助けを求めるようにちらと小兎は私を見てきたが、その意図とは逆に私は頷き、

「いいじゃないか、小兎。相手をしてやれば。久々にお前が本気を出しているところを、私も拝ませてもらいたいものだ」
「そんな、先生まで……はぁ、わかりました。では、この後少し聴取内容の整理をしてから、道場でお相手をいたしましょう。少しだけですよ?」
「ありがとうございます。では、私は準備をして待っておりますので」
「ええ、私も暇ではないですから、すぐにやって、すぐに終わらせますよ? 一本勝負です」
「はい、望むところです」

 それから、深々と頭を下げると、気迫に満ちた表情と雰囲気で鏡花嬢は部屋から出て行った。何とも、噂通りの武家気質、常に己の腕を磨き上げることを考えているらしい、父を失ったばかりだというのに。……
 あるいはそれこそが、殺された父上も娘に最も望んでいる姿勢かもしれないが。










      8 手合わせ

「さて、と……」

 鏡花が出て行ってから、小兎はふぅと長い溜息を吐いた。そうは見えなかったが、これでいくらか気を張っていた疲労があったらしい。

「先生、どうもありがとうございます。ご苦労様でした」
「まあこんな首尾で良かったのなら、甲斐があったと言うものだがな」
「ええ、それはもう十分。それで、あともう一仕事お願いしたいのですが?」
「何だ?」
「十二時から、十二時三十分までの家人の行動を、証言から抜き出してわかりやすく書き出して貰えませんかね。ついでに死亡時刻も添えて」

 この奇妙な仕事を、私は不思議に思いつつも忠実に行った記録がこの資料にちゃんと残って挟まっていたので、諸兄の情報の整理の助けにもなるように、以下に正確に書き写しておくことにする。


  十二時:鏡花、夜回りより帰宅。
  十二時五分:当主、鏡花、自室に下がる。使用人三人は一所に集まって茶を飲み始める。
  十二時十分:使用人の内、お蓉、戸締まり確認と茶請けを持ってくるために正門へ。
  十二時十五分:ミヅキ、お蓉の様子を見に行こうとしたところを鏡花に呼ばれ出て行く。部屋にはフミ一人が残る。
  十二時二十分?:お蓉、庭で鏡花とミヅキの逢い引きを目撃する。
  十二時二十五分:お蓉、部屋へ戻ってくる。
  十二時三十分:ミヅキ、鏡花を連れて部屋へ戻ってくる。

  立花英生氏死亡時刻:十二時十分から二十分


「ふうむ……むぅー……むうぅ……」

 私が書き出してやったこの表を睨んだまま、部屋の中をぐるぐると歩き回りながら小兎は考え込み、難しそうに小さな唸り声を上げていた。

「むむむ……先生、これを見てどう思いますか?」

 そして、突如立ち止まると、この子のいつもの行動をぼんやり眺めていた私の目の前に突きつけるようにその表を見せてきた。

「まあ、まず家人に今回の凶行は無理そうだというとこだな」
「そうなんですよ、何とも綺麗な現場不在証明です。綺麗すぎるくらいですよ」

 当てが外れたか、と、それを持ったまま腕を組んでまた何やら考え出す小兎に、その言葉の意味を考えみて、私は呆れた声を上げた。

「それじゃあ、もしや、お前はあの四人の誰かがやったと疑っていたのか?」
「起こり得る可能性は全て疑うのがこの仕事なんですよ、悲しいことですけどね」
「しかし、今回ばかりはその疑いが早くも晴れたわけじゃないか」
「そうなのですよ……そうなのですけどね……」

 そして、また小兎はぐるぐると部屋を歩き回り始めた。

「現状、この家を調べたところわかったこともあります」
「聞いて欲しいのか?」
「出来れば、さらにそれを材料に一緒に考えていただけると嬉しいですね」
「構わんぞ、話してみろ」
「まず現場の位置です。この屋敷の最奥にありました。正門とは丁度反対方向、使用人部屋や台所からも遠い位置です。多少の物音では、気づかれないかもしれません」
「なるほど、だから誰も気づかなかったと?」
「ええ、現場の様子から見ても、恐ろしく静かな犯行だったようですし。そして、犯人は腕の立つ剣術家の首を、抵抗を許さず、一瞬で斬り飛ばす腕の持ち主です」
「その時点でフミ婆さんやお蓉の線は消えるな」
「ええ、限りなく薄くなります。二人ともに少し空白の時間はありますが、その時間でこの二人が首を切り落として何食わぬ顔で戻ってくるというのは酷く現実味のない話です。正門と台所に行ったお蓉さんは、寄り道をしていないのなら犯行にもかなり気づきにくかったでしょう、耳の遠いフミさんも同様です」
「動機もないだろうしな」
「現段階では動機は後回しにしておきましょう。さて、残る二人、鏡花さんとミヅキさんは一応それを行い得る腕は保有していると思われます。鏡花さんは父を超える剣の達人だったそうですし、ミヅキさんは果たしてそのような実力があるかは不明ですが、何と言っても健康的な成人男子ですからね、いくらかやりようはあるかもしれません」
「しかし、その二人は……」
「そうなんです、恐らく犯行時間帯と思われる時刻にはっきりとした目撃情報がある。しかも二人は一緒にいて、そしてそこを第三者に目撃されているのです。空白の時間もあるにはありますが、その時間で犯行を行うには余りにも慌ただしすぎる。怪しまれない体を装うには、これもいくらか現実的でないと言えるでしょう」

 まるで弁論でもするかのように、部屋をぐるぐると回りながら、声高に小兎はそう喋り続けていた。そして私は、いくらかその様子に呑まれたように、多少恐れるような、訝しむような視線を向けていた。一体この娘は、この事に対して何をそんなに考え込んでいるのだろう。……

「つまり、つまり……これらを総合すると、この家の四人の内、誰にも」
「犯行は不可能だ」
「もしくは酷く可能性が薄いというわけです」

 そう言うと、ぴたりと小兎は歩みを止めて、私へ真っ直ぐと視線を向けてきた。

「そうなんです、あの四人への嫌疑は酷く希薄になる。これをどう思いますか、先生?」
「私はお前と違って、こういうことの専門家ではないのだが……」
「幼き日の私に教養を授けてくだすったのは、何を隠そう慧音先生じゃあありませんか」
「よく言うよ」

 微笑む小兎に、私も今少し真剣になって考え込んでみたが、特にこの事実に対して何かの意見が浮かんでくることはなかった。しいて言うなら、

「やはり、どうしたってその四人には不可能だ。必然、外部犯の可能性の方がよっぽど高くて、かつ現実的だろうな」
「……そうですか……そう、なんですよねぇ……」

 疲れたような溜息を吐くと小兎は座り込み、元々座っていた私と視線の高さを合わせて、首を少し傾げてみせた。

「まあ、そうですね。そういう可能性もありますし、別にこの四人に固執することもありませんよねぇ」
「というよりは、固執しなくても当然だと思うがな。お前は後回しにしたが、何より動機を考慮すれば、今よりもずっと可能性は薄くなるだろうさ」
「そう、ですよね……」

 私のその言葉に、小兎はまだ何か考え込もうとしていたが、突然思い出したように、

「ああ、そうでした。鏡花さんと手合わせの約束があったのですよね、こんな時だというのに」
「そう言えばそうだったな」
「この後も仕事はありますし、さっさと終わらせることにしましょうか……いや、もしかすると……」

 立ち上がって、面倒くさそうな顔をしていた小兎だが、途中で何故かいきなりまた何やら考える表情になった。

「どうかしたか?」
「いえ……いえ、別に。そうだ、先生、どうせですから立会人の役を頼んでよろしいですか?」
「ああ、いいぞ。見物はするつもりだったし」

 にこりと笑顔を向ける小兎に、私もいくらかこの後の勝負がどうなるのだろうかという期待を抱いて、承諾の返事を返した。




 私達二人が道場へ出向いた時、鏡花嬢はすでに道場の真ん中に正座して、目を閉じ、準備を整えていた。傍らには二本の木剣が置いてあった。

「おまたせしましたかね」
「いえ、早速始めましょう」
「ええ」

 立ち上がって木剣の一本を差し出すのを小兎は受け取り、そして二人は三歩ほどの距離を置いて向かい合った。
 自然、私はゆっくりと二人の真ん中辺り、身体の交差する線から外に外れて立ち、試合を取り仕切る準備をすることになった。

「では、双方よろしいか?」
「はい」
「構いませんよ」

 正眼に構える鏡花嬢とは対照的に、小兎はやる気のあるのかないのかわからぬように、だらりと片手で持った剣を下げて構えもしていなかった。
 それを余裕と取ったか、あるいは挑発と取ったか、相手の姿を見つめる鏡花嬢の目に火の如き闘争の感情が燃え上がっているのが見えた。

「では」

 私は精々小兎が死なぬ程度に頑張ってくれることを祈りながら、開始の声を上げた。

「始め!」

 その合図と共に、裂帛の気合いを吐きながら鏡花嬢が素早く切り込んでいった。
 早い。
 私はこれまでの己の戦闘経験などから見積もって、それを上位に来る速度だと判断したが、対する小兎もやや驚いたような表情をしつつも、鏡花の打ち下ろしをいつの間にか構えた木剣で受け止めていた。
 そこからはやや一方的な展開であった。
 鏡花の繰り出す、素早く、また鋭い業火のような苛烈な連撃を、防戦一方ながらも、小兎はいつものようにのらりくらりと、道場の端から端へ後ずさりで行ったり来たりしながら、受け、流し、際どいところで避け続けていた。
 そう、小兎という娘はいつもこうなのである。流石にかつて神童と呼ばれたことだけはあり、全てのことに対して天才肌な面をこの子は持っていた。今この剣術でも、全くの無経験か、もしくは数えるほどしか行ったことはないだろうに、こうして達人である鏡花の攻撃を捌けてしまう程なのだ。それ故だろうか、この娘が何かに対して本気になったところというのを、私はいまだに見たことがなかった。寺子屋に通っていた子供の頃から、万事こうしてのらりくらりと、やる気のあるのかないのかわからぬ調子で事に臨む癖が、小兎には染み付いてしまっているのだった。
 二人の攻防を眺めながらぼんやりそんなことを思っていると、思うように攻撃を通すことの出来ぬ不満が溜まったのか、ただ捌き続けるだけの小兎の様子に焦れたのか、鏡花の目に本気の、まるで殺意のような気迫が灯るのが見えた。
 鏡花嬢の名誉のためにも言っておくが、別に小兎のこの戦法は決して相手をなめ、余裕を持ってかかっているわけではない、ただ余りにも向こうの攻撃が鋭いので、流石に小兎も攻撃を防ぐことにしか集中出来ない、というよりそれしか出来ないのだ。珍しく必死そうな小兎の顔からも、それは判断出来た。恐らく攻めに気を回せば、一瞬で狩られてしまうだろう。剣術の天才と、わけのわからぬ天才の間には、やはり積み重ねた経験と年月の分だけの差が歴然と横たわっていた。
 そうして、小兎がまた幾度目か最早わからぬ鏡花の攻撃を際どい所で受け止め、ふわりと後ろへ距離を取った瞬間であった。その一瞬の間に、敵意の、相手を何としても打倒せんとする意志を目に宿した鏡花は、今までの構えからさっと、右片手で木剣を逆手に持つ形に変えると、一瞬見失いかけるほどの速度と勢いで小兎へ踏み込んだ。
 それが恐らく、鏡花の全力、本気の一撃だったのだろう。私でも捉えきれぬ早さで、右斜め下から左斜め上へと、逆手の剣が斬り上げの軌跡を描いた。
 しかし、流石に小兎もこの攻撃には奥底の防衛本能が働いたのか、己の本気の片鱗を見せて、何とかその攻撃を木剣で防いでいたが、しかし、流石にそこまでが限界だったか、防いだ得物は一撃の威力に耐えきれず、その手から道場の天井へと弾き飛ばされていた。

「勝負あり!」

 そして、その瞬間、私は高らかに終了の宣言を上げて、二人の動きを止めた。
 鏡花は斬り上げの姿勢のまま、びくっと一度身を震わせてから止まり、小兎は木剣を跳ね飛ばされた時の、まるで万歳をするような格好で固まっていたが、やがて、長い溜息を吐きながらへたり込むように尻を床についた。

「……いやぁ、どうも完全に私の才能は錆び付いていたみたいですねぇ」
「どうやらそのようだな」

 あははとそのまま恥ずかしさを誤魔化すような笑い声を上げる小兎に、私は溜息を吐きながら近づいて、立ち上がるのに力を貸そうと手を伸ばしてやった。

「っと……すみません、鏡花さんも、折角の手合わせだというのに、こんな中途半端な実力しか出せませんで」

 そして私に引っ張り上げられながら立ち上がって、申し訳なさそうにそういう小兎へ、しかし鏡花嬢は何やら考えるような表情で、

「いえ……いえ、そんなことはありませんよ、非常に、面白い試合でした。出来ればまたいずれ、本調子のあなたと戦ってみたいものです」
「いやはや、そんな……私としては今程度ので精一杯ですよ、もう御勘弁願いたいですね」

 握手の手を差し出す鏡花に、苦笑しながら小兎もそれを握って二人は互いの健闘を称え合っていた。その、まだ試合前に抱いていた興味を失わない、むしろ試合前よりも深くなっていそうな表情は、もしかしたら剣を交えたことで、鏡花もこの子のわけのわからぬ才能に感じ入るところを見つけたのかもしれなかった。……

「小兎さん! 先生! ああ、やっと見つかった、こんなところで何してるんですか!」
「あら、どこかで見たような調子だわね、与七さん」

 そして丁度その時、突如道場に焦りを含んだ与七の声が飛び込んできた。小兎の言う通り、道場の扉の前に私達を呼びに走ってきて息を上げている与七の姿があるのは、まるで今朝方を思い出させる光景であった。

「冗談言ってる場合じゃないですよ! 大変なことがわかったんです! とにかくすぐに来てください!」
「ええ、ええ、そんなに叫ばずとも今行きますよ。それでは、鏡花さん」
「では、私も」
「ええ、ありがとうございました。こんな時だというのに私の我が侭に付き合っていただきまして」

 深々と頭を下げる鏡花嬢に、私達は背を向けて歩き出したのだが、その瞬間、ちらと横を向いた私の目に、何やら胸を締め付けられるほどに沈痛な面持ちをした小兎の顔が映った。驚いて私は声をかけようとしたが、しかし、それを振り切るように小兎は先へ立って歩を早めたので、私はその表情の理由を何も尋ねることが出来なかった。










      9 怪しき男

 私達二人が、与七と共に屋敷のある一室に集まった時、そこにはすでに数人の警官と、何故だか妹紅まで集まって、重苦しい雰囲気を作り出していた。

「あらあら、遅れて申し訳ない。何か面白い知らせがあったみたいね」
「ええ、面白いなんてものではありませんよ、小兎さん」

 部屋に入りながらおどけたようにそう言う小兎へ、警官の一人は至極真面目な顔のままそう答えた。

「そう、それなら是非聞かせてもらいたいわ」
「勿論聞いてもらわなくては困ります、署に残ってた奴らから大変な情報が回ってきたんです」
「署の方から? もしかして……」
「ええ、昨晩の泥棒の奴が、えらいことを自供しやがりました」

 どうやら警官達は全てこの事件に出張ってきていたわけではなく、一部は署の方に残って昨夜捕まえた泥棒とかいう奴ばらの取り調べを行っていたらしい。そして、泥棒の奴は警官の対面に引っ張り出されると、いきなりこんなことを言い出したというのだ。

「俺は、単独犯じゃねえんです。ある男に命じられてやってたんですよ」

 いきなり降ってわいた共犯者の影に、驚いた警官達はその泥棒を絞り上げて、知っている限りのことを洗いざらい吐き出させた。それによると、そいつは元々たまに狡い盗みをやって口に糊していた典型的な破落戸だったのだが、ある時変な男が自分にある仕事を持ちかけてきた。その男はどうやら、この里の警察の夜回りの抜け道を知っているらしく、自分が盗みに入る家を指示するから、お前はそこに忍び込んで盗れるだけ盗ってこい、なに安心しろ、そこに警官は回ってこないのだから絶対にバレはしない、と泥棒の男にそう話してその仕事、つまりは空き巣に乗せたのだという。半信半疑で泥棒は男の指示に従い、指定された家に忍び込んだのだが、まったく男の言う通り、入る時も出る時も警官の影一つ周囲に見えなかったらしい。三回やって三回共にそうだったので、泥棒はすっかりこの男を信じ込んで、男の言うことなら何でもほいほいと従うつもりにまでなっていたとまで、泥棒は自供したという。

「夜警の抜け道ですって……? うーん、道理で……」
「思い当たるのか?」

 その説明を聞いて納得したような声を上げる小兎に、私は驚いて問いかけた。

「ええ、随分性質の悪い泥棒だったと言いましたよね。まさしくその通りで、まるで私達の見回りからすり抜けるように毎回犯行が行われていたんですよ。まさか本当に抜け道を見抜いていただなんてねぇ……」
「感心している場合じゃないだろう。それで、泥棒の自供はどうなったんだ?」
「ええ、それがですね……」

 警官はまた話を再開し始めた。そうして、すっかりこの謎の男に心酔した泥棒は、四回目を行う話にも一も二もなく飛びついたらしい。それが昨夜の盗みで、しかしこの時はいつもと違って指定された場所の周りにはうじゃうじゃと警官や自警団が取り巻いており、泥棒はあえなく御用となったというわけであった。

「待て、おかしいじゃないかそれは。男は見回りの抜け道を知っていたんだろう? 何でその時は失敗したんだ? いや、そうじゃないな……何で……何で、その日の犯行に合わせて、お前達はそんなに見回りを総動員出来たんだ?」
「それはですね、垂れ込みの投書があったのですよ。そうだったのよね、与七さん」

 思わず口をついて出た私の疑問に、小兎はそう答えて与七の方を向いた。

「ええ、署の前にそれが置いてあったのを僕が見つけたんです」

 その投書には、自分は偶然ある男がどこそこへ盗みに入るという計画を話しているのを聞いてしまった、この情報をいち早く警察の方へお知らせしなくてはと思ったが何分事が事故に身の安全を考えると恐ろしく、とても出向いて報告することが出来そうにないのでこのような形を取らせていただきたく、というような旨が記してあったらしい。

「まあ、これを全て鵜呑みにしたわけじゃないのですが、その夜から自警団の方達も夜回りには加わってくださるとの話もありましたので、情報のあった場所を重点的に回ってはいたんです。そしたら見事に網にかかりまして……」
「……待て、少し情報を整理してみよう」

 与七の話を聞いて、私は何やら嫌な胸騒ぎと共に、一気に飛び込んできて目の前でこんがらがっている情報を一つ一つ解いて並べてみることにした。

「まず、泥棒にはどうしたものやら警察の見回りの抜け道をしっている共犯者がいた。その共犯者のもたらす情報はかなり正確で、泥棒は安全に犯行を行え、警察もそれを捕らえることが出来なかった。故に警察はこの泥棒の逮捕に本腰を上げることにし、自警団もそれに協力することになった。それが昨夜のことだったわけだな。しかし、そんな正確な警察の情報を掴んでいるはずの男は、何故かそんなに警備の厳しくなった昨夜にわざわざ盗みを行わせた。さらに、それを垂れ込む投書まであった。そして見事に泥棒は捕らえられることとなった……」

 そこまで己の口で声に出してみてから、私は背中を汗が一筋伝って落ちるのを感じた。

「泥棒を捕まえたのと、投書に書かれていた場所は一致してたのか?」
「……大体は」
「その場所は……」
「み、右里です」

 私の問いかけに、与七が震える声で答えた。

「ここは……ここは左上里だ。昨夜のここら辺の見回りはどうなっていたんだ……」
「見回りは必然、情報のあった右里の方に集中していましたよ」

 ほとんど掠れた呟きのような私の声に、小兎が割合落ち着き払った声でそう答えた。
 そこで、一旦全員が黙り込んでしまった。入ってきた時よりも更に重苦しい雰囲気が、場を包み込んでいた。話し方を忘れてしまったように私も声を出すことが出来ない中、ただ一人、隣にいる小兎だけが、いつも通りののほほんとした態度で何かを考え込んでいた。

「……こりゃあ、もしかしたら私達、一杯食わされたのかもしれないな」

 しばらくそんな沈黙が続いてから、ぽつりと妹紅がそう呟くように口を開いた。

「それは、誰にだ……?」
「誰に、だって? こんだけお膳立てされたら、餓鬼でもわかるだろうよ。昨日の夜にここら辺の見回りの手が薄くなってくれると助かる奴で、つまりはそいつが、泥棒の片棒担いだ共犯者殿と、さらには親切な投書の主でもあるんだろうさ」

 何とか絞り出した私の言葉に、妹紅は芝居がかった口振りで、皮肉めいた笑みを浮かべながら、恐らくこの場の誰もが今脳裏に浮かべているだろうその言葉を言い放った。

「そんな奴、一人しかいないだろう。昨夜ここに忍び込んで、ここの当主さんの首を斬り飛ばしていった下手人様だよ」




 誰もが今や、このような、警察の目を見事に欺く綿密な計画を立ててここの当主を殺害せしめた謎の男の存在を疑いようもなかった。

「その男の、人相風体は?」
「顔は常に隠して見せていなかったそうです、まあ当たり前でしょうな。体つきも至って普通で、これといった特徴もなかったとかで……」

 警官の返答に、私は溜息を吐いた。いかにそれほど人口の多くない人里とはいえ、そのような条件に当てはまる男はごまんといた。
 また黙り込んで思い思いに何かを考える一同、その目の前には煙のように、第三者の泥棒を巧みに操り、難なくこの家に忍び込んでそして出て行った、顔のない男の幻が立ち上っていたに違いない。……

「これで……どうやら完全に外部犯の可能性で決まりのようだな」
「へ?」

 しばらくして、私がそう言葉をかけると、同じく黙り込んで真剣に何か考えていた小兎は不意を突かれたように間抜けな声を上げた。

「おい、しっかりしてくれ。お前が捜査指揮官なんだろう?」
「あっ……ああ、いえ、そうですねぇ。やはり現状、その線が一番可能性が高そう、ですねぇ……」

 そう返事を返しつつも、いまだ考えるような仕草を小兎は続けていたが、やがて諦めたように溜息を吐いた。

「そうですね。じゃあ、当面はその方針で捜査を進めていくことにしましょう。皆さん、ご苦労様。そろそろ、引き上げの準備を進めていて頂戴」
「了解です」

 力強く返事を返して警官達が部屋の外へ出て行ったとき、開いた障子から差し込んできた赤の濃くなった陽の色を見て、朝から今までですでにそこまで時間が経っていたことに、私は少し驚いた。
 何と大変な休日となってしまったことだろうか、しかしそれもどうやら終わりに近づいてはいるらしかった。

「あれ……皆さん、これだけですか……?」

 その時ふらっと、何やら盆を持った下男のミヅキがにゅっと開いた障子の外から現れたので、私はもう一度驚かされることになった。

「ミヅキ、どうしたんだ?」
「ああ、与七……いや、警官の皆さんにお茶でも配ろうかと思ってね……お蓉さんはまだ寝込んでいるし……僕とフミ婆さんで手分けして……」

 すると、その姿を見た与七が何やら気さくそうに話しかけ、ミヅキの方も普段よりいくらかくだけた話しぶりでそれに答え、恐らく笑顔を見せていた。

「あらあら、それはありがたいですね。気を使わせてしまってすみません、遠慮なくいただきます。なんせ色々と、久し振りに運動なんかもやってたものですから喉がからからで……」

 そしてその申し出に、小兎はにこにこと笑顔を見せながら飛びつくと、盆に乗った湯呑みの一つを自分で取ってぐいっと呷った。

「はぁ……いやぁ、おいしい」
「小兎……お前、もう少し遠慮とか……」
「あ……皆さんも、どうぞ……」

 そんな小兎の行動に若干面食らっていたようだが、気を取り直してミヅキは私達にも盆を差し出してきた。

「ああ、すまない。私もありがたくいただこう」

 私も受け取って、久々に口にする潤いに安らいだような心地を得た。妹紅も、どうも、とだけ言ってややぶっきらぼうに受け取り、与七も受け取ってから、何やらミヅキと二、三言言葉を交わしていたようだった。

「それでは……僕は他の皆さんにも配ってきますので……」

 それから丁寧に頭を下げると、ミヅキは出て行った。最初はその風体から不気味としか思えなかったが、なかなかどうして、こうして見ると純朴そうな好青年であった。これならばあの鏡花嬢との仲も頷けるかもしれない。……

「与七さん、あなた随分とミヅキさんと親しいみたいね」

 そんなことをしみじみと思っていると、急に小兎が与七の方をくるりと向いて話しかけた。

「ええ、ここの道場には結構通い詰めていますし。なりはああですが、話して付き合ってみると中々いい奴なんですよ」
「よくお喋りもしてるわけね」
「ええ、師範を除けば、唯一同じ歳ぐらいの男同士ですから。そう言えば、あいつ、自分が記憶のはっきりしないのは、もしかしたら外界から来たのかもしれないなんて言ってて……」
「へえ……」

 しかしそれ以上喋り続ける与七の話には興味なさそうに、小兎は夕日を眺めながらまた考え込むような顔で茶を一口啜っていた。

「あ、そうだ慧音。それよりさ、事情聴取の結果、私にも聞かせてよ。どんなことがわかったんだ?」
「あ、そうですね、先生。出来れば僕にも教えてもらっていいですか?」
「お前達なあ……」

 そして急に私の方を向いて、目を輝かせてそう頼み込んできた妹紅と与七に、私は回復したと思っていた疲労感がまた戻ってきたような気がして、思わず溜息を吐いていた。










      10 小兎の憂鬱

 そこからはこれ以上この家での捜査に大した進展はなく、日が落ちきる前には警官達は引き上げの準備を終え、ほとんどがこの残忍な事件へ何やら思いを巡らせているような疲れた顔をして署への帰途につき、私や妹紅と小兎もそれに合わせてここを後にすることとなった。
 最後に私達は今は丁寧に一室に安置されている当主殿の遺体に手を合わせ、家人への挨拶を済ませた。すでに葬儀屋には連絡しており、通夜は今夜から行われるらしかった。凶行のあった部屋も数日の内に、血で汚れた物は取り替えられ、元の通りに綺麗に戻すつもりであるとのことだった。

「父を殺した賊は、やはり外部の者ですか」
「そのようなことになりそうです」
「それが何奴かは、まだ……」
「ええ、まあ、それも追々調べていくつもりです」
「賊を炙り出すのに、自警団も加わるのでしょうか」
「それは、恐らく。いつになく、凶悪な事件ですからね。日中も夜も、見回りは増やすことになるでしょうから」
「その折りには、是非私もお力添えをさせていただきます」
「それは頼もしいですね。しかし、賊が父上の仇とはいえ、あまり思い詰めぬ方がよろしいでしょう」
「いえ……確かに、それも多分にはありますが、何よりもそのような賊をのさばらせておくこと自体、里の人々に不安を与えることになるでしょうから」
「……もっともですね」

 去り際に鏡花と小兎はそのような会話をしていた。二人の表情は、燃えるような夕陽を背に影となっており、私からはよく見えなかった。
 そして私達は立花家の屋敷を出た。署に向かう途中で、門まで行くのは面倒だから壁をよじ登って抜けて竹林へ帰るらしい妹紅とは別れ、警官達とも小兎は方針は明日話し合うので本日は解散として離れ、そして何とはなしに私もそれについていくことにし、我々はようやくまた二人であの埃っぽい、ガラクタだらけの事務所へと戻ってくることとなった。
 窓の外はもう赤よりは青の方が多い色合いで、ここを慌ただしく出て行った時から考えると、いやはや大変な一日であったと、思いながらよろよろと私は今朝腰掛けていた椅子へ腰を下ろして深く息を吐いた。小兎はといえば、慣れた様子で自分の机にあったランプを灯して部屋の明かりとし、上着代わりの小袿を脱ぎ捨てるように椅子に引っかけると、また給仕場の方へ向かって湯を沸かし始めた。

「珈琲でいいですか?」
「珈琲しかないんだろう」
「まあ、そうですけれど」

 朝と同じようなことを言いながらくすくすと笑う小兎の表情が、しかしその時はなんとなく、陰鬱そうな翳りを帯びている気がして、私は静かに驚いた。そうだ、確か少し前も、あの屋敷にいた時もこんな顔をしていたのを見た気がした。

「……どうかしたのか?」

 私はそれに釣られたようにどこか不安な気持ちになりながら、小兎に声をかけていた。

「何がですか?」
「その顔だ。お前、もしかして……」

 何故かその時、咄嗟に私の胸にこんな言葉と考えが浮かんできていた。

「今日のことで、お前にしかわからない何かを掴んでいるんじゃないか?」
「……」

 小兎は何も答えなかった。しゅんしゅんと湯の沸く音だけが部屋に響き続け、しばらくしてから、

「別に……お教え出来るようなことは何も、掴んではいませんよ」

 こちらに背を向けると、そう返事を返して、小兎は朝とは違うカップに湯を注ぎ入れた。
 その答えは、教えられない何かは掴んでいるということだったのだと、全て終わってこれを綴っている今となっては理解することが出来る。まさしく、この時小兎はある重大な確証の一つは掴んでいたようだった。

「……今回の事件だがな」

 しかしその時は、その背中にそれ以上何も追求することが出来ず、私は話題を逸らすためにも、他にずっと気になっていた疑問をぶつけてみることにした。

「何でしょう?」
「ああ、実はな、一つ気になっている点があるんだ」

 こちらへやって来て、不思議そうな顔で小兎がカップを渡してくるのを、私は受け取りながら、

「今回のことが、妖怪の仕業という線はないのか? そうでなくとも、何か犯行を欺くために不可思議な妖術の類が使われたような可能性とかも、あるのじゃないだろうか」

 そう、私がずっと抱いていた疑問はそのことだった。何はなくとも、妖怪、化け物、超常現象、超自然現象、果ては神の起こす奇跡までこの目でしかと確認でき、常識ではあり得ないことからは切って離せぬ、むしろその反転した非常識こそが正常とされるような場所がこの幻想郷なのだ。その原理すら千年の時を費やしても解明できぬような不可思議な能力や技術に溢れ、本気になれば物理法則など自分勝手にねじ曲げて、完全犯罪など朝飯前でこなせるような輩達や方法も、そこら中にごろごろと転がっているのだ。かく言う私ですら、そんな幻想を自在に操る術を持った身の上であり、誰よりもその力の、馬鹿らしくなるほど果てのない可能性は熟知していた。だからこそ、もし今回の事件にそのような存在が関わっていたり、もしくは技術が用いられているのだとしたら、一気にこれは、何とも、くだらないものとなる。言葉は悪いが、そうなるのだ。この向こうにいる諸兄も、当然このことは疑問に思うであろうし、また真実がこの危惧通りなのだとしたら、私と同じように感じることであろう。

「どうなんだ? お前が、何か掴んだことというのも……」

 私は手渡されたカップの中の、真っ黒でどろどろとした液体を眺めながら、一種の諦めのような気持ちと共にそう問いかけた。

「……」

 しかし、小兎はそれに対してすぐに返事はせずに、無言で自分の珈琲を一口、ずずっと啜った。そして、ほぅと息を吐くと、椅子の背へ埋まるようにしてもたれながら、

「一つだけね、この事件に関しては、明確に引かれた一本の規則があるんですよ」

 眠たそうに目を細めて、小兎は語り出した。

「いえ、それはこの事件だけではなく、この郷、この大地全てにはっきりと横たわる、一種の境界です。先生も覚えがあるはずでしょう。ここではね、そのような妖しの、幻想の力が用いられた何らかの犯罪行為には、絶対的な法が働き、その執行者が動くようになっているんですよ。妖怪が人を襲えば、それに対しては絶対にその法の執行者、博麗の巫女が動きます。同様に、人が妖術魔術の類を用いて人を殺めたり、その境界を踏み越えたならば、その場合も絶対に巫女が動くんです。一説には巫女とはまた別の執行機関も存在するなんて話しもありますが、まあそんなことはどうでもいいですね。つまりまあ、規則というのはそれなんですよ。人と妖の境界を越えたなら、そこにはこの郷の管理者の定めし法が適用され、必ず、一つの例外もなく必ず何らかの裁きを受けます。そうして、事件は我ら人間の手から離れ、暗黙の内に、あるいは見せ物のように処理されるわけですよ」

 そこに何の感情も込めずに淡々と、小兎は語り続けた。

「だから、この事件には絶対に、超常的な能力や現象は一切用いられていません。そして、妖怪が犯人ということもないでしょう。まあこの規則がなくとも、恐らく妖怪は捜査の線から外れるでしょうけどね。妖怪はこんな無意味な殺しはしませんよ。言葉が悪いと思いますか? けど事実です。生き物が生き物を殺すことに、食うためと嬲り者にするため以外の意味などありませんよ。それ以外の殺しなど、妖怪は絶対に能動的に行いません。あるいはそれを行った時点で、それはもう妖怪ではなくなってしまう。そうなったら例の如く、管理者によって裁かれるだけです。と、少し話が逸れましたね。まあ結局のとこ、今はまだこの事件は私達の手から離れてはいない。私には経験的にそれがわかります。しょうもない経験ですけどね。ですから、いまだ我々の手の内にある以上、この事件は人間が人間に可能な範囲で人間に対して行ったものというわけです、絶対にね」

 そこまで語り終えると、小兎は珈琲をまた一口啜った。
 そして、私はといえば、その小兎のさっきまでの言葉に、まるで頭をぶん殴られたような衝撃を覚えていた。そうだ、確かにこの子の言う通り、私はその境界を知っており、そして自分もその上をたゆたって生きてきたはずだ。しかし、この子のような視点でその境界の敷く法を捉えたことは一度もなかった。このような見方があろうことなど、考えもしなかった。それほどまでにこの規則というのは、まるで自然法則の一部のように当たり前のものとして、この郷の大地に生きるもの全てに受け入れられていたのだ。果たして、この子は何故、どのようにしてそのことを、こんな風に捉える視点を身につけたのだろう、あるいはそう見えざるを得なくなってしまったのだろう。……

「馬鹿らしいと思いませんか」

 そして、唐突に小兎は、皮肉めいた笑いと共にそう言い放った。

「こうして人間の手にこの事件があるということは、これはその執行者達に、我々が出るまでもないと、そう判を押されて人間に預けられたということなんですよ。きっと、今もこの裏には今回の始まりから結末までを全て見通した上で、さてどうなることかとほくそ笑んでいる、最悪の性格破綻者が存在するんです。そうして、ちっぽけな私達が右往左往しているのを、面白そうに眺めているんです。神様気取りでね。ああ、実際ここには神様がいますから、まあそいつもある種の神様なんでしょう。だから馬鹿らしい。茶番ですよ、私達の警察ごっこなんてね。先生も思ったでしょう? くだらないんですよ、突き詰めてしまうとね。そして、それこそがこの郷の本質であって、何よりも素晴らしいところなのです。何もかも、ここでは真面目腐って考える必要なんてないんです、だってこの郷は全てを喜劇に作り替えてしまう、そう言う場所ですからね」

 そして、不意にその顔から笑みを消して、

「だったら、だったら私の仕事というのは何なのでしょうね。たまに、酷く不毛なことをしている気分になります。私が必死で調べて解決しようとする小さな悲劇なんか、大きな喜劇の流れの一つに過ぎないのですものね。けれどまあ、だからこそ、私が……私だけがこの仕事をするしかないんです。こんな虚しいものに、他の誰かを付き合わせるなんてそれこそ悲劇であり、喜劇ですよ」

 そうこぼすと、ずり落ちるのではないかと思うほど椅子に深く座り込んで、そして深い、深い溜息を吐いた。
 私は、それに何も答えられなかった。答えることが出来なかった。
 この子の中にある、何かとてつもなく深く底の見えない、穴のようなものを覗き込んでしまったような気がして、それに呑まれてしまい、私はどうすることも出来なかった。どうすればいいのか、わからなかった。

「ふぅー……すみません、どうも変な愚痴をお聞かせしてしまったようで」
「小兎……」

 それから小兎はまたいつも通りの調子に立ち戻ると、いまだ狼狽えたままの私に向けて、

「今日は疲れることが多すぎた。先生にもそうでしたでしょうし、もう帰った方がよろしいと思います」

 にこりと笑顔を向けて、そう言ってきた。

「小兎……」

 その顔に、その私の教え子に、取り敢えず私は、今この子に伝えられる精一杯のことだけでも、己の内からかき集めて、伝えてやろうと思った。そうせずに、何がこの子の教師であろうか。

「……小兎、私もこの事件は、最後まで付き合ってやる。助手の仕事は今日で終わりでもな。最後の結末まで、私もお前と一緒に見届けるよ」
「先生……」

 私の言葉に、小兎は少し驚いたような表情をして、

「まあ、そうしたいというのなら止めませんけどね。解決できるかどうかも今のところまだわかりませんし。まあ、また何か進展があったら教えてあげますよ」

 何だ、人が折角心配してやったのに偉そうに! と私はそう事務所の中に叫んで、乱暴に扉を閉めて出て行くこととなった。










      11 素人探偵、藤原妹紅

 それからの二日間は、私はあの日の翌日から寺子屋の授業があったために、事件の捜査に関わることは出来なかった。しかし、私もその動向は大いに気になっていたために、間を置かず捜査の進展を与七やら他に知り合いの警官などから人づてに聞くことはしていた。
 それによると、小兎は大まかに、立花家当主を斬り伏せ、また裏から糸を引いて例の破落戸に盗みを働かせていた賊の一応存在するものとし、目下そいつの捜索をすることを今後の警官達の捜査の指針としたらしい。
 すぐさまに、昼夜を問わず警官達の見回りは増員、強化され、これこれこういう怪しい男を見なかったか、などの聞き込みと共に、賊の炙り出しを行うこととなった。
 もちろん自警団もそれには協力し、同じく昼夜に人員を分けて、警官達と合同で事に当たっており、その中にはやはり、父を失ったばかりだのに喪に服すのもそこそこに、鏡花嬢が剣を引っ提げ、親の仇、ひいてはこの人里を脅かす賊を討たんと、瞳にあの静かな激情を灯して加わっているそうであった。何とも、見上げたものであった。
 しかし、そういう人里の自衛人員の総動員にも関わらず、この二日間、あまりはかばかしい成果は得られてはいないようであった。
 さらに今回の件の捜査責任者であるはずの小兎は、指針と指示を打ち出すだけ打ち出すと、あとは信頼できる同僚の一人に指揮を任せ、自分は何やら勝手に、ふらふらと歩き回っては里の至る所で聞き込みなのか世間話なのかわからぬような会話を住人達と交わしたりなどして、どうやら別の何かを捜査しているらしかった。
 とはいえ、小兎のそんな行動には同僚の警官一同最早慣れたもので、これまで常に成果はあげてきた小兎のすることであるし、一見合理性のなさそうなことでも、いつも最終的にそこから重要なことは掴んできたりしていたらしく、その行動を全幅の信頼をもって、見守っておくことにしたらしい。要は、まあ勝手にやってくれとのことであった。諦めの境地であった。
 さて、そしてこの賊の捜索と平行して、警察は件の泥棒こと破落戸の締め上げも同時に行っていたらしいのだが、そちらの方ではどうやら進展があったらしい。と言ってもそれは何かが前に進んだというわけではなく、むしろ一周回って元の位置に戻ってきてしまったようなものであったというのだ。
 その内容はといえば、とにかく警官達がまだまだ絞れる余地のあるらんと油を取るが如くこの破落戸を徹底的に取り調べていると、奴さん遂に根が折れたのか、観念したようにあることを喋り出した。それは賊こと、窃盗共犯者の謎の男に直接関する情報ではなかったが、さりとて無視の出来ないものであった。破落戸の話すことには、何と、実はその男と密会していたアジトがあるらしいというのだ。そこからまた散々に撫で上げて、ようやく吐かせた場所、右里の寂れた、まさしくそんな破落戸共の溜まり場となっている一角の建物のある部屋へ急いで向かったところ、信じがたい物が見つかった。何とこれまでの最初の一件から最後にいたるまでに盗まれた物品達がそっくりそのまま、一つも欠けることなくそこに隠してあったのだ。
 曰く、こういう品物を盗んでくるのはいいがお前さんこいつを売りさばく伝手なんかありゃしないだろう、よしんばあったところで、これまでのセコい盗みとは訳が違う、すぐに足がついちまうだろうさ、だからこれは俺がちゃんと安全なとこを頼って金に換えておいてやるから、そうしてから二人で山分けすることにしようや、と謎の男はそうこの破落戸を説き伏せて、盗んだ物を全部そこに保管していたらしい。そして、結局それが金に換わる前に破落戸は捕まり、男は姿をくらませ、破落戸はいまだそれらがそこにあることを知っており、それでもなお諦めきれずに口を閉ざしていたのが遂に折れて、こうして盗まれた品々は無事に持ち主の元へ帰り、最終的にほぼ被害なしという形でこの連続窃盗事件は幕を閉じることとなったのだった。
 無論、その後そのアジト一帯もくまなく調べ、そこら辺にたむろする破落戸共も調べ上げたが、謎の男に関する有力な情報は得られなかったらしい。
 結局そうしてこの二日をかけて進んだことと言えば、一応まだ共犯者は残ってはいるがかねてよりの窃盗事件が解決を迎えたことと、例の賊がこれまでに増して、奇妙で不可思議な、正体不明の人物となったことくらいであった。

「ふーん、なるほどねぇ……」

 隣に座る妹紅は、以上のような私の話を聞き終えると、天ぷら蕎麦の汁を啜りながら目を細めて感心したように頷いていた。
 その時、その事件発覚から二日目の夜、私は突然訪ねてきた妹紅と連れ立って、里にある屋台の蕎麦屋へ行き、そこでそのような情報を交換し合い、話し込んでいたのであった。

「まあ、妹紅、あなたの話も総合すると、大体この二日間の動きというのはそんな感じになる」
「つまり、捜査は難航してるってわけだ」

 汁を綺麗に飲み干すと、空になった器をだんと置きながら、妹紅ははっきりそう言った。

「親父、もう一杯。かけで頼むよ、熱いとこね」

 それから、もうもうと目の前に立ちこめる湯気の向こうの店主にそう呼びかけたのを見て、私は呆れた。
 実は目の前のこの女、意外と大食いなのであった。今夜はこれから自警団の夜回りに付き合ってやらねばならんとかで、それでその前の腹ごしらえに私を誘ってきたらしい。しかし、結構な長話をしていたとは言え、私がまだ自分の鴨南蛮を半分しか食べていないのに、もう自分の一杯目をたいらげ二杯目を頼むとは、相も変わらず大層な胃袋であった。

「……なあ、慧音」
「何だ?」

 そして、二杯目を待っている間、急に妹紅は神妙な顔になると、くるりと私の方を向いてこう言った。

「実はこうしてこれまでの情報を全て総合して確認してみた上で、ある推論を私は思いついたんだが、聞いてみてもらっていいか?」
「いきなり小兎みたいなことを言い出すんだな、別に構わないぞ。むしろ何か解決に近づけそうならば、是非聞かせてもらいたいものだ」
「それなら話すけどね、慧音、私はな……」

 そこで妹紅は辺りをはばかるように、声の大きさを少し落として、

「与七の奴が、どうも何か、怪しいと思うんだよ」

 それを聞いた瞬間、私は行儀悪くも啜っていた途中の蕎麦を思わず器の中へ吹き戻してしまった。

「はっ、あっ!? も、妹紅、お前は、何を」
「うわあ、もう汚いなぁ慧音。まあ、一旦落ちつきなよ」

 驚いて顔を向ける私に、妹紅はもんぺのポケットから綺麗に折り畳まれたハンケチを取り出して手渡してきた。普段はぶっきらぼうだが、こういう何気ない行動の端々に育ちの良さのようなものが感じられる女だった。
 まあ、そんなことは今はどうでもいい。私は素直にその小さく花柄の刺繍の入ったハンケチを受け取ると、自分の顔に飛び散った蕎麦の汁やらを拭き取りながら、

「何を言ってるんだ妹紅、お前はまさか、与七が犯人だとでも疑っているのか……」
「別にはっきりそうだと断定するわけじゃないさ、ただまあ、限りなく近いんじゃないかとは思うけどな」
「そんな、何を根拠に」
「まあまあ、落ち着きなって。落ち着いて聞きなよ、慧音先生。物事には順序ってもんがある、今から私がする説明にしたってそうだ。まあ、そういう冷静になる時間を与えるためにも、まずは少しだけ私の過去から話していこう」

 噛みつかんばかりの勢いの私をどうどうと押し止めてから、妹紅はゆっくりと話し始めた。

「そう、あれは私がまた故国にもそろそろ居づらくなってきたんで、三度目か四度目の世界一周放浪に出た最中だった。大陸から砂漠を抜けて、さる回教徒の国をぶらぶらとしている時に、ひょんなことから私はシーゲルソンだか言う英国人だか諾威人だかと一緒に旅をすることになったんだ。慧音、知ってるか? 回教徒の国」
「書で読んだことはあるさ、奴ばらの聖典も昔に目を通してみたことだってある」
「そうかい、でもまあ今回回教の事は全く関係ない、その話はまあ別の機会だな。そんで、そう、シーゲルソンだ。奴はまるで鷹のような鋭い雰囲気を持った、神経質で、自分の知性を鼻にかけているようなとこのある、まあ生意気な男だったよ。しかし、誇りにしているだけあって、そいつの頭の良さは目を見張るものがあった。そして、そいつは今起きているような、こういう不可思議な事件を解決する腕に長けた、その道の専門家だった。奴さんの旅に同行して、私がガイドをしてやる報酬代わりに、私はそいつの気のいい一番の親友との冒険譚やら、故国で解決した難事件の話やらの数々を聞かせてもらった。中々面白い話ばかりだったよ。それどころか、実際にそいつが旅先で起こったちょっとした事件なんかを鮮やかな手並みで解決するのも間近に見たもんだった。そうだな、奴は少し小兎と雰囲気が似てたかもしれないな。あいつとはそれから地中海の沿岸を旅して仏蘭西についた時にそこで別れたが、実際その手際を話に聞き直接横で見たことで学んだことはかなり多かったと思うよ。おっと、どうも」

 そこまで何とまあ饒舌に喋り終えてから、妹紅は店主が差し出してきたかけ蕎麦を両手で受け取っていた。
 私はそれを何とはなしに見守ってから、首を傾げ、

「つまり、今の昔話で何が言いたいんだ?」
「落ち着いたし、面白かっただろ? まあ、それだけじゃなくて、つまり私の言いたいことは、私はそうしてその道の大家にかつて教えを受けたことがあるってことだ。だから、実はこうしたことを推理することに関しては、ちょっと自信があるんだぜ? そうした前提で、私の推論を聞いて欲しいってことなんだよ」

 その時の私の表情はと言えば、呆れ果ての極地に到達したような渋面であったと思う。けれどまあ、そうした妹紅の言葉が冗談にせよ本気にせよ、さっきよりは大分に落ち着いて話を聞けるような気分になっていたことは確かであった。

「はぁ……まあ、その藤原妹紅探検記は置いといてだ、わかったよ、本題を聞こうじゃないか」
「ああ、そうしてくれると嬉しいな。それで、シーゲルソンの奴は推理をする際の心構えとして、こんな風なことを言っていた。曰く、『不可能を消去して、最後に残ったものが如何に奇妙なことであっても、それが真実となる』らしい。そうした教えの上で、私は今回の事件から不可能を消去して、可能なことを考えてみたんだ」

 そこで妹紅は蕎麦を啜って話を切った。私もそれを倣って自分のそれを啜ったが、長話のせいで少し冷めてきていた。

「まず、家人の事情聴取のことだ。これは私も聞いたとこ、なるほどこいつはあの四人に犯行は不可能だと思った。だから、これは不可能なこととして消去する。そして、そうすることで捜査線上には外部の人間が浮かんでくるわけだな。現在判明している情報から、そいつは警察内部の動きに通じている奴ということになるよな。何せ奴らの見回りの網をかいくぐれる情報を知っている上で、それを元に破落戸に盗みをさせてたんだからな。そうすることが出来る人物と考えたところで、それを可能にするにはそいつが何らかの方法で警察の情報を盗み知った、もしくは警察内部の誰かがそいつと内通している、更に進めば、その内通者自身と男が同一人物であるという線もある。ここまでは、慧音もわかるだろう?」

 私は何も答えなかった。しかし、それに構わず、妹紅はさらに話を進めていった。

「しかし、現在の捜査方針は内部にそういう奴がいるかもしれないことは、どうも考慮されていないようだ。小兎がそうさせたらしいが、そりゃあ、まあ誰も身内を疑いたくはないわな。けどまあ、ここは残酷にもそういう視点からこの犯人を見ていってみようじゃないか。さて、そんな警察内部で、だ、一番今回の事件の被害者と関係の深い人物とは誰だろうと考えると、そこには一人の人間が浮かび上がってくるな。そう、与七の奴だ。しかも、あいつはご丁寧なことに、今回の窃盗事件の垂れ込み投書を受け取った本人でもある。こうしてみると、自ずと線が繋がってくると思わないか? つまり、警察の見回り情報を知っている、それは警官自身ということで条件は満たされ、今回の被害者との縁もある、そして事件当日の見回りの動きを操るために、自分で作った投書をさも第三者のものであるよう見せかけた一人の男が……」
「馬鹿なことを言うな!」

 思わず、私は叫んでいた。

「論理が飛躍しすぎだ、そんなもの、何の根拠もないじゃないか」
「だが、怪しくはあるだろ。瓜畑で屈んで靴を直すようなことをする奴は、疑われたってそりゃそいつが悪いという言葉だってあるじゃないか」
「しかし、だとしたって、内通者かもしれないという条件は全員同じだろう。事件とは無関係だと思って、情報を流していた可能性だって……」
「それも当然あるかもしれないな。しかし、その中でも、与七は疑える要素が誰よりも揃ってるってことだよ。それをして、何か怪しいと私は言ったんだ」
「……けれど、けれど」

 緊張感を一欠片も感じさせずに蕎麦を啜る妹紅の横で、対照的に私は嫌な胸騒ぎを消せずに、それでもそのような事実を認めたくなくて、手の震えを握って抑えようとしながら食い下がった。

「そこで、内通者で止まっているかもしれないだろう……よもや、与七が師を殺しにいったなどと……大体、その時の夜回りに、与七は出ていたじゃないか」
「さあ、それなんだがな、実はあの夜は全員が血眼で泥棒を追っていたもんだから、誰がどこでどう見回っているかなんかにあんまり関心を払ってられなかったんだよ。実際参加してた私だってそうだった。とにかく怪しそうな場所をぐるぐると、目を光らせて回っていただけだったからな。だから、誰かがこっそりとどこかへ離れたって、誰も気にしなかった可能性が高いんだ。別のとこへ見回りに行くだのもっとらしい理由をつければね。そうして、人気の薄い左上里へひとっ走り向かい、犯行を行ってから、何食わぬ顔で見回りに戻る。これだって、奴さんの健脚なら可能だろうさ。あいつは曲がりなりにも剣術の修行を長年してきた男だ、人の首一つ跳ね飛ばすに実力は足りているだろうし、弟子がいきなり刀引っ提げて己を襲いにきたとあっては、流石の師範さんも驚きの余り抵抗が出来なかったのかもしれないぜ。それに、何よりな」

 妹紅はさらに声を潜め、

「私がこの二日ほど、警官含めた見回りの仲間にそれとなく聞いてみたとこ、どうも犯行の起こった時間帯に与七の姿を見ていないって奴や、それどころかどこかへ向かっている途中のような様子を見たって奴が多いんだよ」

 それを聞いた瞬間、最早私は何か反論しようという気力を失ってしまっていた。妹紅の語る残酷な推論に打ちのめされ、すっかり意気を消沈してしまったのだ。

「妹紅……何でだ、何でそんな風に人を疑えるんだ? 与七は寺子屋の生徒だった、昔から純朴で真面目な奴で、お前だって何回か遊んでやったこともあるから知っているだろう? 何だって、あいつがそんなことが出来るんだ、出来ると思うんだ」

 その代わりに私は、抑えようのない悲しみのような気持ちと共に、そんな言葉を絞り出していた。

「そりゃあ、私だってあいつの人柄のいいのは知ってるよ。けれど同時に、人間なんざ、そいつの本当に本当の奥底なんてものは、そいつ以外には誰も理解できないもんさ」
「まるで知っているような口振りだな」
「知ってるさ、人間だからな」

 睨みつける私へ返してきたその時の妹紅の顔は、まるで何かを悔いているような、己自身を嘲る笑みに歪んでいた。

「人間だからこそ自分達の心の醜さを、穢れを誰よりも知ってるんだよ。だから疑うし、理解も出来る。それは、何よりも人間の素晴らしい部分だ。慧音がそれを頭では理解出来ていても、心が反発してしまうのは、それはきっと体の中に半分流れた妖の血の、妖怪の純粋さのせいだろうな。そこが、妖怪達の素晴らしい部分だね。あいつらの心は実は、人間よりもずっとずっと純粋なのさ」
「……だったら、妹紅。あなたの心の底も、まだ私にも見せていないのか? それは、お前にしか理解出来ない部分なのか? そこには……」

 妹紅の人間としての醜さが眠っているのだろうか、そう問いかけようとしたところで、妹紅が今度はふわりと笑んで、

「さあ、そこのところがどうなのだか、実は私にもわからないのさ。慧音、貴女が確かめてみてはくれないかしら?」

 はぐらかすようなその言葉と、まるで未だ少女であるかのような微笑みに、私は当惑して、黙り込むことしか出来なかった。こういう時の妹紅には、確かに千年の時を移ろってきた存在としての、私を超える風格や神秘性のようなものが備わっていた。たまにそういう面を見せる辺り、この妹紅という人間も八意永琳のように、中々にミステリアスな存在であった。

「けどまあ、散々厳しいことは言ってみたけれど、別に私だって与七を犯人だと決めつけてるわけじゃあないし、決めつけたいわけじゃないんだ。ただまあ、あいつには何か、そういう疑われそうな要素が揃っているってことが言いたかったんだ。放っておいたら、その内誰だってその事に気づくようになってしまう。あいつが真実犯人だろうが、そうでなかろうが、な」

 それから妹紅は溜息を吐くと、反省したように少し声を優しくしながらそう言ってきた。

「……それは、そう、だな。そうかもしれない」
「だろう? だからさ、慧音」

 力なく頷く私を、真っ直ぐに見つめて、

「そうなる前に、与七と話をしてやればいいと思うんだよ。貴女がね。あいつの元教師なんだから、そういうことには慧音が一番適任だと思うんだ。事実がこの通りでないにせよ、あいつは何かしらこの事件に対して何か知っていることがあるかもしれないし、悩んでいることがあるかもしれない。それを一つ、見極めてやってはくれないか」
「妹紅……」

 私は今度はさっきとは正反対に心に溢れてくる温かみと共に、その顔を見つめ返した。何というお人好し、所謂不良ぶっては見ても、根はどこまでも善人なのがやはりこの妹紅という女の本質なのであった。
 今回のこともきっと、このような推論が繋がることに気づいてしまったから、与七の事が心配になって私にそれを真っ直ぐにぶつけてきたのだろう。

「ああ、わかった。任せておけ、あいつが犯人などということがあるものか。私があいつに直接問い質してでも、それを見極めてみるよ」
「ああ、そうしてやってくれ。それに、小兎の奴が今回別路線で勝手に動いてるのもきっと、そのことがわかっているから……」
「あら、私がどうかしましたか?」
「うわぁ!? 出た!」

 そして、妹紅がその名を口にした瞬間、そんな声とともに私の横から暖簾を潜ってにゅっと小兎が首を突き出してきたので、それを見た妹紅がまず驚いて叫んだのに、私も驚いて振り向くとその顔と目が合いさらに心臓が飛び出そうな驚きを重ねるという羽目となった。

「まあ酷い、何ですかお二人とも、人をまるで化け物かなんかみたいに」
「と、時折本当にそうなんじゃないかと思うことがあるぞ……」
「嫌ですね、先生ったら。先生自身、私が珠のような女児として生まれた瞬間に立ち会ったものだと昔から仰ってたじゃありませんか」

 うふふと笑いながら、小兎は身体も暖簾を潜らせて、私の横へどすんと座った。

「実は取り替え子だったのじゃないかと今では疑っているよ……それで、どうしたんだ?」
「どうしたも何も、捜査の帰りで何も食べていませんでしたので、この屋台が見えた時丁度良いと思って入ってきただけですよ、偶然です。お二人の背中は入ろうとした時に見えてましたけれど。ああ、そうだった、遅ればせながら今晩は、お二人とも。デートですか? それにしては色気のない場所ですけれど。ああ、大将、私は饂飩にお揚げと卵を一つ落としてくださいな」

 そこまで一気にべらべらと喋ってから注文までを済ますと、小兎は無口な店主が黙って差し出した茶をくいっと上品そうに飲んでいた。

「それで、私がどうかしたんですか? さっきのお話の続き、どうぞ再開いたしては」
「はぁ……いや、それもそうだな、妹紅、何を言おうとしてたんだ?」
「……いや、何でもない、気のせいだったかもしれん。私の言いたいことは、大方もうさっきで言い尽くしたよ、慧音。それじゃあ、そろそろ私は夜回りへ出てくるから、」

 妹紅は首を振ってからそう言うと、残っていた蕎麦を一気に食べ尽くし、勘定を台の上に置いて、

「じゃ、親父、ご馳走さん。慧音達も、そんじゃあね。また何かわかったら、知らせてくれ」

 そんな言葉を残し、妹紅はさっさと暖簾を潜って出て行ってしまった。

「あらら、行っちゃった……何話してたんですか、お二人で?」
「いや……いや、何でもないさ」

 私は小兎のその言葉にさっきの会話を思い出しながら、しかしこれは今しばらく私の胸にしまっておこうと思い直した。その代わり、誤魔化すように今度はこっちが問いかけた。

「それより、お前こそどうなんだ。捜査の帰りだとか言ってたが、一体何を調べているんだ? 聞くところによると、一人だけ何か別の路線で動いているとかいう話だが……」
「ええ、まあ色々と、考えるところがありましてね。おっと、すみません」

 店主の差し出してきた器を小兎は両手で丁寧に受け取ると、手を合わせてから食べ始めた。

「何か、賊の存在意外に気にかかるところがあるのか」
「ふぅ、ふぅ……はい、なので、色々と独自に聞き込みをしてるわけですね。今日はちょっと里外の方にも足を伸ばしたりしていました。まあ、里を一歩出ると、久々に妖怪やら何やらに弾幕ごっこを仕掛けられたりして大変でしたよ。弾幕の美しさを見るのは何より好きなのですけど、自分がするのは中々骨が折れるので好かないのですがねぇ」

 ずるずると饂飩を啜りながらそう答える小兎を、私は呆れた目で見つめた。

「里外まで? 一体、何を調べてるんだお前は……」
「まあ、それも色々と」
「はぁ……それじゃあ、それで何かわかったのか?」
「ええ、それも色々、面白いことがわかりましたよ。たとえば、故立花英夫氏はあれで中々情熱的で、若い頃は亡くなられた細君以外の女性とも何やら関係を持っていたらしいとか。それでも、やはりあの人は鏡花嬢以上に厳格で高潔であったとか。あの鏡花さん以上に己の使命に忠実だとか、一体どんなのだったのでしょうね。それと、魔法の森にも行って、里にもたまに来てる妖怪人形師の方にも会ったりしてきましたよ。いや、あの方は妖怪だというのに中々話の分かる人ですね、頼まれれば、興味が向いたらどんな人形でも作ってくれるとか。最近作ったのは、分解してコンパクトに持ち運べるマネキンだとかで……」
「待て、待て!」

 楽しそうにそう語ってくる小兎のいつものような一向に要点の見えぬ話を聞いて、私はしかしそれを嫌な予感と共に慌てて途中で押し止めた。

「その中に、何か犯人の居所なんかに繋がる捜査に有力な情報はあるのか?」
「それは……」

 その言葉に、小兎は少し考える顔をしてから、

「まあ、今のところないかもしれないですね」
「……それなら、何のための捜査と情報なんだ、それは」
「一見関係ないように見えるかもしれませんけど、これでも一応目指している場所は一定ですよ。けれどまあ、今もまだこれだと教えられるようなことはない、と、そんな感じです」
「何だそれは……」

 私はしれっとそう言い放たれた小兎の言葉に、大きく溜息を吐いた。
 これでこの子は今まで実績を積み重ねてきただとか、仲間には信頼されているだとかだが、私はどうもこの娘がそんなやり手に見えるようになる境地にはいつまで経っても至れそうにないらしい。今でもまだ、この子はまるで寺子屋に通っていた頃から変わらぬ悪童のようにしか、私には見えなかった。

「しかし、それじゃあ……」

 そして、私はまた一気に沈み込みそうな気分になりながら、

「賊の捜索の方も、大した成果は上げられてないと言うし」

 さっきの妹紅の推論を思い出して、重苦しい息と共に呟いた。

「この事件の犯人は一体誰なんだろうな……? そして、一体今どこに……」
「……ねえ、先生」

 そんな私の言葉に、小兎は汁を啜っていた器を静かに台の上に置くと、

「私は実はね、この事件に関しては、『それをどのように行ったのか?』だとか、『それを誰が行ったのか?』だとかは、それほど重要だと考えていないのですよ。それよりも、こんな狭く、閉じられた世界の中で『何故そんなことが行われなければならなかったのか?』、これこそが今回の事件で、一番考えなくてはいけない、大事なことだと思っているのです」

 何かを思うような、あの翳りを帯びた顔で呟くようにそう言った。

「小兎……」

 そして、そういう時の小兎は、まるで私の知らない別の人間のように、私には見えてしまうのだった。いや、むしろそれこそが、余人の、この子を信頼している同僚達の目に映る、真実の小兎の姿なのかもしれなかった。

「けれども、まあ、それを考えるにはまず犯人が誰かを突き止めなくてはいけないのですけどね。それは目下全力を以て考え中ってとこですが。おや、先生、その蕎麦もう食べないのでしたら、頑張っている教え子に具だけでもわけてくれませんか」

 私がそんなことを思っていると、そんなことを言ってまた小兎は急にいつもの調子に戻り、返事を聞く前に私の器へ箸を突っ込んで残っていた鴨を攫っていった。

「うわ、冷め切ってるじゃないですかこれ。勿体ないなぁ」

 そして、まだ温かい自分の汁につけて少しでもそれを温めようとしている姿を見て、やはりさっきの一瞬の表情は気のせいだったのかもしらんと、私は大きく溜息を吐いた。










      12 与七の隠し事

 翌日、私は寺子屋の授業が終わった午後の教室で与七と座して向かい合っていた。
 生徒の一人を使いにやって呼びに行かせたところ、丁度見回りが終わって休憩の時間だったらしく、そのまま真っ直ぐに与七はここへとやって来ていたのだった。

「捜査の方は、昨日の夜も今日の今までも、めぼしい成果はあげられていませんね……早く、とっつかまえてはやりたいのですけど」
「ああ、そうだな」

 そうこぼす与七の顔は真剣そのもので、今更ながらこの事件の犯人はこいつの師の仇であるのだなという事実を再認識した。確かに、与七にとってはいつまでものさばらせておいて、己の気の済む相手ではないだろう。
 やはりそういうことを改めて考慮におくと、妹紅の言うようにこの青年が何か怪しまれるようなところがあるとは、どうしても思えなかった。

「それで、先生、僕をお呼びになった用事はなんなのでしょうか……いやはや、どうもこうしてここで先生と向かい合っていると、ここに通っていた頃に先生に叱られたことを思い出してしまって居心地があまりよろしくないもので……」
「ああ、小兎達程ではないが、お前も昔は散々手を焼かせてくれたものだったな」

 苦笑しながら頭をかいてそう言う与七に、私も懐かしむように笑いながら、この青年がまだ少年で寺子屋へ通っていた頃のことを少しだけ思い返した。
 そうしてみると、やはり昔から腕白ではあったが、その誠実さは今でも少しも変わっていないと、そういう思いに至り、そしてそれを思うと、今から問いかけようとすることに対して、どうしても躊躇のような気持ちが生じた。
 けれど、だからこそ見極めたいとも思った。こんな誠実な青年が、果たしてそのようなことをするのかどうか、いやそんなわけがない、そうでないことを確認するためにも、私は決意と共に切り出した。

「与七、お前を今日呼んだ用事だがな」
「はい……」

 しかし、やはり直接問いかけることはどうしても躊躇われたので、私は何とか遠回しな質問を組み立ててから、それをぶつけることにした。

「その……今回の事件に対してだな、お前が何か悩んでいるのではないのかと思ってだな……このことは、お前には関わりの浅いことではないからな。だから、何か私に相談してみたいことでもあるなら、聞いてやろうと、そう思ったんだ」
「先生……」
「だからな、与七……お前、この事件に対して私に相談したいことや、どうしても話しておきたいこととかは、ないか? どれだけ力になれるかはわからんが、それでも精一杯のことはしてやるつもりだ」
「……」

 私の言葉に対して、与七は無言で押し黙った。その表情は何かを考え込んでいるようで、私はすぐには返事を促さずに、与七が自分から何か言い出すに任せることにし、黙って茶を一口飲んだ。

「……先生」

 しばらくしてから、与七は静かに口を開いた。

「ああ、何だ」
「……鏡花、なんですけどね」
「……あ、ああ」

 次に与七はそう続けてきて、予想外の名前が出てきたことに若干私は内心で戸惑った。

「あいつは、実は連れ子らしいんです」
「は?」

 そして、更にそこから斜め上に飛び出してきた言葉に、思わず私は間抜けな声を出してしまった。

「そ、そうなのか?」
「ええ、昔、あいつ自身が話してくれたんです。先生……鏡花の父と奥さんの間には子供が出来なくて、あいつは赤ん坊の頃に、跡継ぎの養子として引き取られてきたんだって……その、鏡花自身はそのことを、別に気にしてはいなかったみたいなんですけど。話してくれたのも、今よりずっと子供の頃のことですし」

 そう語る与七の顔は真剣そのものであり、ともすれば何か思い悩んでいるようにも見えた。

「そうか……」

 それを見て、私も気を取り直し、その言葉から与七の伝えたいことを読み取ろうとして構え直した。

「ええ……けど、あいつはそれだけじゃなくて……その、あいつが言ったわけじゃない、これは自分が勝手に考えていることなんですが、実はあいつは……!」

 そして、それから与七は身を乗り出さんばかりの勢いで何かを口走ろうとして、

「……いえ、やっぱり、何でもないです……」

 しかし、寸でのところで思いとどまったように口を閉じて、それを飲み込んでしまった。

「与七……」
「いえ、すみません、本当に何でもないんです……すみません、変なことをお話してしまって、今のは忘れてください」
「いや、だがな……」
「お願いします、先生……今は、何も聞かないでください」

 そう懇願するように言って与七は頭を下げてきたので、私はそれ以上を追求することができなかった。

「……すみません、折角先生は僕を心配してくれたのに」
「いや、それは構わないが……」
「……そろそろ署に戻らなくてはいけないので、今日はこれで失礼します。すみません、先生、ありがとうございました」
「そう、か……」

 それから与七は静かにそう言うと有無を言わさぬ雰囲気で立ち上がって歩き出したので、私も仕方なく、それを引き止められずに玄関まで見送るしかなかった。

「まあ、また相談にはいつでも乗ってやるから、いつでも来なさい」
「はい、ありがとうございます……また、話せる心の準備が出来たら、その時にお邪魔させていただきます」

 そう頭を深く下げて与七は出て行ったが、それを聞いて私は心の中で、その時までこの事件は待っていてくれるのだろうかと、昨夜の妹紅の言葉を思い出しながらちらと不安に思った。
 そしてその不安は少しばかり変わった形で的中することになり、結局その話を、事件が終わるまでに私がこの青年から聞けることはなかったのだ。




 与七は犯人ではない、そうだと信じてはいるが、しかしあいつは何かを隠している。……
 それだけが、今回与七と向かい合って話したことで、私が得られた結論であった。
 犯人でないと信じるには至ったにせよ、それはやはり私一人の都合のいい思い込みに過ぎないのかもしれない、結局与七の態度からは、また一つ新たに怪しまれるような要素が増えただけなのかもしれなかった。
 一体、あの青年は私に何を話そうとしたのだろう、しかし何を思い止まり、そして隠すことにしたのだろう。
 そもそも、この事件事態、あまりにも謎が多すぎる。私がこんなにも、与七のことで頭を悩ませねばならぬのも、そうだ、元はと言えばこの事件のせいではないか。
 破落戸を雇い上げ、空き巣をさせる。そうすることで警察の注意を逸らし、屋敷に侵入して当主を斬り殺す。盗んだものはそっくりそのまま残っており、そして賊は警察の動きを予め掴んでいた。それは警察内部に内通者がいることを疑わせ、そして罪なき一人の青年にまで何らかの疑いを向けさせるような事態にまでなっている。どこまでも、小さく、不可解な謎が幾重にも狡猾に積み重ねられ、そうしてそれがこの陰惨な事件の中心を複雑に覆い隠してしまっているように思えた。
 何と忌まわしい事件か、忌まわしい性質を持った凶行だろうか。そう考え続けると、胃の底からむかむかと嫌悪の感情が湧き出してくるのは、誰にでも当然のことだろうか、それとも妹紅の言う通り、私の中に半分流れた、生き物としてどこまでも純粋だという、妖獣の血のせいであろうか。私のもう半分は、こんなものを許容出来るというのだろうか。……
 そう悶々と考え続けながら私は、与七を見送った後に自分も寺子屋を出ると、当て所もなくうろうろと里の中を歩き回っていた。
 小兎の癖が伝染ったように、そうして体を動かしながらでないと、私はこんな思考を続けるのに耐えられないような気がしていたのだった。
 どれくらいそうしていたのだろうか、ふと気づくと私は、いつの間にか件の立花邸を少し遠巻きに眺めるような場所で、縫いつけられたように立ち止まっていた。
 そうして、無言でしばらく私は、その屋敷の外観を眺め続けていた。その、忌まわしき災難に襲われた、屋敷の姿を。……

「おや、先生? 奇遇ですね、どうしました?」

 そんな時であった、不意に横から声をかけられ、また私が軽い驚きと共に振り向くと、そこには小兎が私と同じくらい不思議そうな表情で立ってこちらを見つめていた。

「あ……いや、何でもない。何でもないさ、ちょっと散歩の途中に、立ち寄ってみただけだ」

 私は一瞬この娘にどう説明したものか迷ったが、結局誤魔化すようにそう言った。

「それより、お前こそどうしたんだ?」
「刑事が現場を見に来るのが不自然ですか?」
「いや、そういうわけではないが……」

 追求を避けるように問い返した私に、小兎は不思議そうな顔を続けたままそう返してきたが、やがて悪戯っぽい笑顔に変わると、

「いやいや、すみません。別に、言うのに困ることがあるわけではないんです。ただ、捜査の途中だったんですが、どうも一つ、大きな壁にぶつかってしまいましてね……それで、何か新しい情報か、もしくは観点でも掴めぬものかと、ふらふらと開始地点のここまで戻ってきてしまったわけです。まあ、行き詰まりってことですね」

 そう言う小兎の笑いには、珍しく若干苦笑のようなものが混じっていた。

「そうなのか……お前も色々大変なんだな」
「ええ、大変じゃない人間の方が少ないと思いますし、私も常に立派にその一人だとは思っているのですけれど……おや? あれは……」

 すぐにまたそんな軽口を言い出したのに閉口して私がこの子を見ていると、小兎はいきなり空を見上げ、怪訝そうな顔をした。

「どうした? 何か……」

 つられて私も見上げる頃には、それはもうはっきりとした姿で目に映るようになっていた。それは急速にこちらへと降下してくる、真っ黒い羽を持った、少女の形をした妖怪であった。

「うわ!?」

 そして叩きつけるような突風と共に、辺りの木々や家をがたがたとその風の勢いで揺らし、煙幕のような砂塵を巻き上げてそれが私達の目の前へと着地した。

「どうもどうも……おや、上白沢先生じゃあありませんか、その横は警察さん? いや、どうも、いつもお世話になっております、清く正しい」

 もうもうと立ちこめていたその土煙が晴れると共に、咳をする私達の前に、鴉の翼を背に持ち、その羽根色と同じ艶を放つ髪をした、高下駄烏帽子の一目でそれとわかる天狗が立って、こちらへ手を振ってきていた。

「射命丸文でございます、どうもこんにちわ」










      13 報道天狗、射命丸

「やあ、これはどうも天狗さん、刑事の小兎でございます」
「あやや、これはご丁寧にどうも刑事さん? ……どこかでお会いしてません、私達?」
「さあ? 曖昧な記憶なら、関係もまた大したことはない、曖昧なものだということじゃないでしょうか、気にする必要はありませんよ」
「そう、ですかねぇ……」
「おい、自己紹介の途中で悪いがな」

 いつもの挨拶と共に現れた射命丸と、小兎はにこやかに握手など交わしていたが、不本意ながらもこの天狗と多少の顔見知りである私はそれに割って入るようにして言葉を作った。

「射命丸、お前は一体何をしに来た?」
「おやおや、悪さをしない限りは里に妖怪が入っても構わぬはずでしたが……」
「……なら、少し言葉を変えよう、何をしにここへ、この場所へ来たんだ?」

 私の言葉に、無言で射命丸は張り付いたような笑顔を更に濃くした。
 天狗というのは人里より離れた深山の中に独自の社会を作って生活している妖怪であるが、そんな社会の中にはともすれば人騒がせな、困った文化というのもあって、その一つがこの射命丸のような鴉天狗の行う、新聞作りであった。勝手気ままにそこら中を飛び回り、面白そうな事があったならばこれまた勝手気ままに記事にして、そうして勝手気ままに作った新聞を勝手気ままにばら撒くのが、天狗の新聞というものであった。そう、それは随分とはた迷惑な、この郷で最も厄介な報道機関というのが、この新聞作りを生業とする天狗達なのだ。
 その新聞というのは人間達にも購読の門戸は開かれており、頼めば新聞が刷り上がった時に上空から家の中へ直に投函してくれたりもする、私も試しに二、三天狗達から貰っているのだが、どれもこれも新聞という体など本気では為していない、ふざけた読み物である。その中の一つが、この射命丸の作るものであり、その縁で私はこの天狗を知ることとなり、またある時は記事の対象として追い回されたりもしたことがあった。
 そう、故に私はこの時、警戒と共に射命丸へここへ来た理由を尋ねたのだ。普段は、よっぽど珍しく、郷全体に関わることでもない限り、人間を下に見ている天狗達が里内の小事などを記事にしにくることはほとんどない、里外の方が刺激と事件が毎日溢れかえっているからだ。それだというのに、今この鴉天狗は記事撮影用のいつもの天狗カメラをぶら下げ、遊びにきたようには見えぬ様子で目の前に立っていた。

「別に……なんて、言い逃れが通じそうにはないですね。けど、まあ、普段は人間達の退屈な営みなんて、記事にする価値もないと断じているところなんですが……」

 濃く、妖しい笑顔のまま、射命丸は私達を真っ直ぐ見つめたまま口を開いた。

「少々、何やら面白そうなことがこの辺であったらしいという噂を聞きつけましてね」
「っ、そんなことは!」
「まあまあ、先生、そんな大声出さずに。射命丸さん、別に今回は何もお眼鏡に適うような面白そうな事など起こってはいませんよ。単に、人間同士のつまらないいざこざです」

 おどけたような射命丸に、噛みつかんばかりの勢いの私を押し止めて、小兎はいたって冷静にそう答えた。

「いえいえ、つまる、つまらない、そんなことは私の決めることですから、お気遣いなく。何よりね、どうも今回の何かあったらしい出来事、私の記者としての鼻が、臭って仕方ないのですよね。同僚は全員そんなことはないと興味すら向けていませんでしたが、私はちょっと変わり者でしてね。何より、私の予想通りだったとしたら、このスクープは私の独占となる。それは何ともおいしい、夢のあることだとは思いませんか?」

 それに対して射命丸は演説でもするかのようにそう告げると、けらけらと想像の愉悦に身を浸らせて笑い出した。それは見目は美しい天狗女の何とも、純粋な、ぞっとする、いい気持ちのしない笑顔であった。
 こいつとは絶対に感性が合わんと、私は背筋を走る薄気味悪さと共にそう思った。これが妖怪なのだ、どこまでも妖怪の感性なのだ。それを理解出来ないのは、私の人の部分の反発なのであろうか。

「いえいえ、けれどね、射命丸さん、取材するにしたって、今はまだ大して進展も……」

 そして、そんな射命丸へ困ったような溜息を吐いて小兎が言葉を作ろうとした時であった。

「先生! 小兎さん!」

 そんな私達の名を呼ぶ声がしたと思うと、通りの先からこちらへ歩いてくる鏡花嬢の姿が現れた。

「どうしたのですか、私の屋敷の前で二人して」
「あ、ああ、いや私達は」
「デートなのです、先生と私」
「小兎! いや、気にしないでくれ、私も小兎も偶々通りかかっただけなんだ」
「そう、なのですか……?」

 横から挟まれた小兎の冗談を真に受けたのかはわからぬが鏡花は訝しげな瞳を私達へ向けてきたので、私は慌ててそれを逸らすためにこっちから問い返した。

「そ、それより、あなたこそ、今屋敷へお帰りなのかな? 鏡花さん」
「私ですか? ええ、自警団の見回りが交代になりましたので、家へ」

 そう言った鏡花は腰に愛用であろう細身の剣を下げており、なるほど確かに見回りに行っていたらしいことが窺えた。父の仇を自ら追う、倶に天を戴かずとでもいうのだろうか、やはり何とも古風な、武家のような考え方なのかもしれないとちらと思った。

「それより、そちらの方は? どう見ても……妖怪、か」

 それから鏡花は私達の奥にいた射命丸の姿に気づき、一瞬で目の中にあの激情を薄暗く灯すと、腰の物にさっと手をかけた。
 そこで私もはっと、この射命丸と鏡花を引き合わせる危険性に思い当たった。片や真面目を絵に描いたような厳格な性格である、片や小兎以上の不真面目を信条としているような、人を二重の意味で食ったような妖である。この人間の少女の性質を見抜くと、天狗は面白がってその神経を逆撫でするような言動を取るだろう。いくら妖怪と人間は天敵であるとはいえ、流石に里の中での揉め事は御法度である。とはいえ、鏡花がいくら強くとも人間に斬られるような天狗ではないと思うが、とにかく仲裁は一旦事が始まれば非常に面倒くさいものとなることは間違いなさそうであった。

「あ、いや、待ちなさい鏡花さん、こいつは……」

 そこで私は慌てて鏡花の前に立ちふさがり、ついでに射命丸の方へも顔を向けて、その動きを牽制しようとした。
 しかし、私はそこで意外なものを見た。私が予想していたのは、いつものようなにやけた顔で鏡花を見ている射命丸だったのだが、実際はまるで正反対に、何やら驚いているような、怪訝そうな顔をこの天狗は、少女へと向けていたのである。

「射命丸?」
「あ……っと、わー、やだやだ、何ですかそこのお嬢さんたら、いきなりお腰の物に手をかけたりして。おお怖い怖い、助けてください、上白沢先生」

 あまりの様子のおかしさに、私が怪しみながらその名を呼ぶと、はっと気づいたように射命丸は予想通りの言動を取り始め、私の背中へ隠れるようにくっついてきた。

「ええい、やめんか射命丸。すまない、鏡花さん、こいつはちょっと、不本意ながら私の知り合いの天狗でして」
「天狗……」

 私の言葉に、鏡花は改めて驚いたような視線を射命丸へ向けていた。今はこんなふざけた態度を取ってはいるが、普段なら人間などまともに向き合えぬ程の大妖であるのだ。

「決して悪さなどは私がさせぬよう目を光らせておくので、ここで揉め事を起こすのも里のためにはならないし、引いてはもらえないだろうか」
「……確かに、そうですね。天狗ならば、私の分は悪そうですし」

 私の言葉に、鏡花は意外とあっさりその手を引いた。あるいはいまだ私の後ろに隠れる射命丸のふざけた態度に、毒気を抜かれたのかもしれなかった。

「おや、随分と賢明なお嬢さんだこと。いいのですか? こんな情けない天狗一匹、すぱっと斬り捨てて手柄にしてしまえばよろしいのに」
「……いずれ、私の剣が天狗まで届いた時には、真っ先に斬ってやろう。名は……」
「射命丸です。楽しみにしていますよ、ついでにこの縁を大事に新聞でも契約しませんか」
「生憎、間に合っている。それでは、先生、小兎さん、失礼します」

 最後に私の背中から出て来た射命丸をぎらりとその激情の瞳で睨みつけると、鏡花はくるりと振り向いて自分の屋敷へと歩き出した。
 その背中を見送りながら、私はほっとしたような気持ちでちらと横に立つ射命丸を見ると、この天狗はまたさっきのような、何か考え込む表情で目を細めて鏡花の姿を睨んでいた。

「……おかしいわね、あの娘さん……確か……」

 そして何やらぶつぶつと呟いているのに、流石に私もこの異常とも言えるような天狗の様子が気になって、何事かと問いかけようとした。

「ねえ、射命丸さん」
「っと、あら、何でしょう刑事さん?」

 その時、今まで珍しく静かに黙り込んでいた小兎が、私より先んじて射命丸へ声をかけていた。

「あなた、もしかして鏡花さん……あの娘さんについて、何か気になるところでもあるのではないですか?」
「それは……」
「もしそれがあるなら、ちょっと私だけに教えてはもらえませんかね」
「……おや、おやおや、これってもしかして、重要な情報だったりします?」

 小兎の含みを持った問いかけに、何か気づいたように射命丸はみるみる笑顔を濃くしていった。楽しそうに、嬉しそうに。

「ええ、場合によっては。それがもし私が望む類のものであるならね」
「何とまあ、これはどうも私、本当にツいてるかもしれませんね」
「おい、小兎……私だけに、とは」
「ああ、すみません先生……今の段階ではまだ、ちょっと先生のお耳には入れたくない話かもしれませんので。何か思い悩んでおられたようですし、これ以上悩みの種を増やさせるのも忍びないですから」

 さっきの言葉が引っかかる私に、小兎は困ったような笑顔を向けてそう言ってきた。

「まあ、お前に何か考えがあるのなら、無理に聞こうとは思わないが」
「すみません、今はそうしてもらえると助かります。それじゃあ、射命丸さん」
「ああっと、ちょっと待ってください」

 少し離れた場所へ手招く小兎へ、射命丸は気取ったような態度でそれを断って、

「何で私がそれを、素直に教えなければいけないのでしょう? 人間なんかに、優しく健気に協力してあげなければいけない? 何で私が」
「……そうくるとは、思っていましたが」
「ええ、これでも一応誇り高き天狗族ですから、警察といえども人間に只で協力してあげなければいけない理由も義務も、ちょっと私には理解しかねるのです。ごめんなさいね」

 態度だけは申し訳なさそうに手を合わせてみせる射命丸に、小兎は息を吐くと、とんとんと己のこめかみを指で静かに叩きながら、言った。

「交渉の余地はありますか?」
「見返り次第ね。それと、取引する時はお互い素直な言葉遣いでいきましょう」
「それは、何かのポリシーかしら?」
「いいえぇ、腹を割って話しましょうってことよ。下手に出るのも出られるのも、この段階では意味のないことだもの」

 小兎はもう一度息を吐いて、今度こそ射命丸と少し離れた場所まで行くと、何事か声を潜めて喋り始めた。
 私は小兎が聞かないでくれと頼んできた以上、それに首を突っ込むつもりは毛頭なく、ただぼんやりとそんな二人の姿を遠巻きに眺めていたが、それでもぼそぼそとその会話の断片程度は耳に入ってきていた。

「ええ……それで……」
「ああ、そうね……それが、私はね……」
「なるほど……やはり……」
「あら……すでに……」
「ええ……ある程度は……」

 聞こえる限りではそのような、それだけではどういう話なのかまるでわからない会話をしばらく続けて、それから話し終えると二人はまたこちらへと戻ってきた。

「いやいや、今日はいい取引が出来て嬉しかったですよ、小兎さん。いずれまた、今度はあなたのことを取材してみたいものです」
「いえいえ、私なんて記事にするような面白味などまるでありませんよ。また先生か妹紅さんでも追いかけ回した方がいいでしょう」

 表面上はにこやかにそう言葉を交わしながら、二人は握手をしていた。

「だ、そうですが? 上白沢先生」
「そうだな、今度歴史コラムでも寄稿してやろうか」
「あははは」

 結構真面目に言ってみた私の提案に、射命丸はひとしきり笑ってから、

「遠慮しておきます、では」

 真面目な顔でそう言うと、また突風と砂埃を残して空へと飛び上がっていった。

「あーっと、そうだった!」

 と、思ったら、また咳をする私達の元へ思い出したようにまた突風と共に舞い戻って来て、

「これ、お近づきの印に、無料で差し上げます。本日の新聞ですよ。では」

 私達二人に懐から取り出して手渡すと、また突風と共に去っていった。この離着陸だけでも、鴉天狗というのは人間にとって有害極まりないと、服や身体にかかった砂をはらいながら、しみじみと私は思った。




「何だったんだ、あいつは……結局取材もせずに去っていったし。まあそれは良かったんだが」
「取材はもう、する必要もないでしょうしね」

 私の呟きのような言葉に、応えて小兎はそう言った。

「どういうことだ?」
「取引したんです、射命丸さんの情報を貰う代わりに、この事件が終わったら、その顛末の全てを射命丸さんだけに話して、それを記事にさせるって」
「なっ……だ、大丈夫なのか? そんな約束をして……」

 しれっとそう言った小兎に、私は目を丸くしながら、不安と共に問いかけた。

「ええ、それは全然大丈夫だと思います。どうせ結局こんな事件、あの誇り高き天狗様のお眼鏡に適うようなものではないですから。そこだけは、本当にね」

 事実、それは結局小兎の言った通りの結果となった。事件が全て終わった後日に、意気揚々と射命丸は小兎を訪ねて来て、その事件の一部始終を聞き始めたのだが、途中から終盤までは生き生きと目を輝かせて聞いていたのが、どうしたことかその結末を聞き終えると、急速に興味を失ったような、なんともつまらなさそうな、ともすれば嫌悪感さえ抱いているような表情で、肩をがっくりと落としてとぼとぼと帰っていったのだ。その後で記事にすることにはしたようだが、それは何とも小さくやる気のないものとして紙面の隅を飾っており、そして結局この事件関する唯一の報道記録はそれだけであった。今も資料としては、その新聞は唯一のものとして手元に残っていたりする。まことに妖怪の感性というものは、私には多少理解しかねた。まあもう多少は理解出来なくもない気性も同居していたのだが。

「それで、結局その情報はその交換条件に見合うだけのものだったのか?」
「ええ、それはまあ……」

 それから私のそんな問いかけに、小兎は少し何かを言い淀んで、また、とても有力な情報が得られたようには思えぬ沈んだ表情をしていた。

「……それより、新聞なんていいものを貰ってしまいましたね。買う手間が省けました」
「ああ、これな……どうせ、毎度の如く大したことは書いてないぞ」

 それから小兎が話を変えるようにそう言ってきたのに、私はいつも読んでいる天狗の新聞の内容を思い出しながら渋い顔で貰ったそれを開いてみた。そこには、

『怪奇! 鈴蘭畑に人形のバラバラ死体!? メディスン・メランコリー氏大激怒!』
『紅魔館ブランド葡萄酒今年も解禁! 「ここ数年で最高の出来と言われた去年を大きく上回る百年に一度の当たり年」と紅魔館当主レミリア氏も太鼓判!』

 などの、とても一面を飾っているとは信じられないようなくだらない記事がでかでかと掲載されていた。まあ、新聞でない読み物としてなら面白くないこともない。

「いえいえ、そんなこともありませんよ……中々どうして、興味深いことばかり書いてあるじゃないですか」
「そうか……それはよかったな」

 しかし、小兎はこの新聞を読んで何やら満足したようにしきりに頷いていたが、この娘の感性がズレているのはいつものことであるので、私は気にしないことにした。

「ふむふむ、なるほど……それじゃあ、私はそろそろ行きますね」
「うん? 行き詰まりはもういいのか?」
「ええ、来て良かったです。これですっきり、壁は崩壊しましたよ」

 新聞を折り畳んで懐にしまうと、小兎はくるりと私に背を向けてそう言った。

「それならいいんだが……これからどこへ行くんだ?」

 そう言って、私は空を見上げた。茜色に染まるそれは、もう鴉の鳴き出すような頃合いを示していた。

「ええ、これからだからいいのですよ。夜は化け物共の時間ですから。まあ、差し当たり紅魔館へでも行って、酒でも買ってきます」

 歩き出しながら小兎はそう言葉を残して、私の前から去っていった。

「……何をする気だ、まったく」

 そして結局、その言葉の、行動の意味は、その時の私には理解することが出来ず、呑気なものだなと溜息を吐くことしか出来なかった。










      14 妹紅の帰還と急進展

 それからのまた二日間は、賊の捜索の方も全く捗らず、段々と進展を伝えてくれる警官や自警団達も焦れてきているような様子が見受けられた。
 無論その間は私も一向に先の見えぬ事件の行方に、自分も寺子屋が終わった後に夜回りに加わったりしながらもじりじりとしている一人であり、またそれ以上に与七の事やら何やらでほとんど満足に眠れぬような思い悩む日々を過ごしていた。
 結局あの青年はあれから二日の間、私の下を訪れることはなかった。いつまでも待つとは言ったものの、こうもただただ待つことしか出来ないとなると、私自身がいつまで耐えられるだろうかと不安になったりもした。
 もう一つの不安の種はと言えば、小兎の行動も依然不可解で、一体この子は何をしとるんだと大いに私を悩ませてくれた。あの夕方に別れて、夜が明けてから小兎は里に戻ってくると、あとは何もせず、何かを待っているように事務所でじっとしているという日々をこの娘はその二日間どうやら過ごしていたらしかった。
 そして最後にもう一人、私の周りでは不可解な行動を取っている知り合いがいた。藤原妹紅である。小兎と私が屋敷の前で別れた日の夜から、不意に、妹紅はその日の夜回りにも現れずに、どこかへ行方をくらましてしまっていた。元々根無し草のような気性の女であるが、一度請け負ったことを無責任に放り出すような性質でもない、果たしてどこに行ったにせよ、それは何かの必要にかられて行っているはずだとは思ったが、やはりこの時期に一体どこへ、何をしに行っているのだろうというのは、これまた私を悩ませた。
 しかし、そんな風にして懊悩の二日間を過ごしていた私であったが、その丁度二日目の夕方から、その悩みの一つは解消されることとなり、そして、その一つから連鎖反応的に、まるである数式の一つの未知数がはまると同時に詰まることなく最後まで計算出来てしまうように、全てのこの事件に関する私の苦悩はその夜の内に消えてしまうこととなったのである。
 そして、そう、その始まりはその日の夕方のことであった。
 私が夕飯の支度をしていると、誰か玄関の戸を叩く音が聞こえたのだ。
 はて、こんな時間に一体誰だろうかと私は前掛けで手を拭きつつそれに応じた。

「はいはい、ちょっと待ちなさい。どなただろうか、こんな時間に……」

 そうして私が引き戸を開けると、その姿を見た瞬間思わず驚きに声を失ってしまうような人物が、そこに突っ立っていた。

「よう、慧音。久し振りだし、いきなり訪ねてきて悪いんだけどさ、ちょっと飯食わせてくれないかな」

 そうして挨拶のように軽く笑いながらこちらに片手を上げている、それこそ、いつもの真っ白い髪を垂らした、藤原妹紅その人であった。




「いやぁ、美味い美味い。生き返るような心地だよ」

 それからとにもかくにも座敷まで上がり込んだ妹紅は、近所からお裾分けに貰い今夜の主菜にしようと思っていた川魚の塩焼きと味噌汁、漬け物、白米とほぼ私が今から食べようと準備していた夕飯そのままを出してやると、手を合わせてから猛然とかき込み始めた。
 そうして、人の飯を奪っておいてこんなに幸せそうな笑顔を見せるのだから、私は呆れ果てる以外に他なかった。

「はあ……なあ、妹紅」

 そして、溜息を吐きながら、私は妹紅の対面に座って口を開いた。

「人心地がついたのなら、そろそろ話を聞かせてもらってもいいか」

 言いながら、私は今の妹紅の格好を改めてじっくりと眺めてみた。
 いつものシャツに赤いもんぺの姿ではあるが、その全身は長旅をしてきたように土と泥に汚れており、それどころか白いシャツの所々には赤黒い染みや破れたような跡もあり、それはまるで死地よりの生還と言ったような有様であった。

「……風呂に入れさせてから上がらせるべきだったな」
「おお、いいね。ちゃんと着替えも持ってきてるから」

 妹紅は傍らに置いた風呂敷を掲げてみせた。

「違う、そういうことじゃないんだよ妹紅。私が言いたくて、聞きたいのは、あなたはこの二日ほど、一体どこで何をしていたのかということなんだ。自警団の仕事も放り出して、誰にも、私にも行き先を告げずにだ」
「ふむ、そいつは……」

 真っ直ぐと見つめて問い詰める私に、妹紅は考えるような顔で味噌汁を啜りながら、

「まずは小兎と話をしてからだな。ちょっと、あいつをここへ呼びつけてやってくれないか。あいつの判断なしには、私は今回のことを説明出来そうにないんだよ」

 そう言って妹紅は、椀を置くと何やら神妙そうな顔を向けてきた。




 それから私はまだ納得はしかねつつもとりあえず近所の子供を使いにやって、どうせまだ事務所でだらだらしてるであろう小兎を呼びに行かせた。
 そして、その間頑として口は割らぬつもりらしい妹紅を放っておいて私は風呂を沸かし、それが一段落して戻ってきたら妹紅が三杯目の飯へ手をつけようとしていた辺りで、珍しく慌てた様子で息を切らしながら、どたどたと慌ただしく小兎が上がり込んできた。

「も、妹紅さん!」

 襖を開けてそう叫ぶと、白米をかき込んでいる妹紅を真剣な眼差しで見つめて、

「ど……どうでしたか……?」

 その問いかけに、妹紅は口の中の物を飲み込むと、茶を飲んで溜息を一つ吐き、静かに口を開いた。

「大体、お前の話してくれた予想の通りだったよ」
「……そう、ですか」

 それを聞いて、小兎は少し掠れた声で小さくそう呟くと、よろよろと部屋の中に入ってきて、そして放心したようにゆっくりと腰を下ろした。

「お、おい、一体何がどういう話なんだ? お前達は……」

 本当に珍しく何やら落ち込んでいるらしい小兎の様子に、私は慌てて何事か尋ねようとして、そこではたとある考えに行き着いた。

「お前達二人で、この二日間何をしてたんだ?」

 そうなのだ、この二人の不可解な行動は、それぞれが別々の思惑や理由ではなく、恐らく何かで繋がっていたのだ。
 そう思い至って問いかける私に、小兎は気づいたようにぼんやりとした表情を向けてきた。

「ああ、そうですね、先生……」

 それから溜息を吐くと、座り直して、

「申し訳ないんですけど、私にもご飯いただけないでしょうか。夕飯食べてないものでして」

 とりあえず私は無言で、教え子に久々の頭突きをかました。




「まったく! あいつら二人とも私のことを召使いと勘違いしてるんじゃないか!?」

 まだ治まらない憤りにそんな独り言を叫んでみても、結局こうして新しく魚を焼いて味噌汁を温め直してなど飯の支度をしながらでは、虚しくなるだけであった。
 お裾分けに貰った魚は三匹、妹紅に一匹喰わせて、今私と小兎の分を焼いているとそっくりなくなってしまうことが、尚更私を何だか悲しくさせた。まあ、一人で三つも食べる気はなかったが。

「はあ……」

 そして、溜息を吐いて思い直した。何も、私自身小兎が本気で食事を貰うためだけにそう頼んだのでないことはわかっている、いや、あいつのことだから七割方は本気かもしれないが、それでもあいつはきっと人払いがしたかったのだろう。何か私に聞かせたくない話を、妹紅とするためにそう頼んできたのだろう。その話が何なのかはわからない、興味がないこともないし、何故私にそう隠そうとするのかと疑問や憤りを覚えぬわけでもない。けれど、それ以上に私は結局あの娘の、教え子の判断と、その聞かせたくないという想いだけは無条件に信じてやることにしていた。それが、あの子を教えた師としての務めだと思っていた。与七の件にしたってそうだ、教え子を信じずして何が教師だろうか。しかし、それにしても小兎への信頼が時々はぐらつきそうになるのは、それはもう本人がしっかりしてどうにかして欲しかったりする。……

「ほら、出来上がったぞ」

 そんなことを考えながら、ようやく私が二人分の膳を持って戻ってくると、丁度小兎と妹紅は何かを話し終えたらしい、どこか重苦しい沈黙のような雰囲気をまとって向き合っていた。

「ああ、これはどうもどうも、ありがとうございます。いやー、先生の手料理なんて久し振りですね」
「昔は本っ当によくたかりに来てたな、お前も」

 それから何か考え込んでいた顔をやめて、いつもの調子でそう言う小兎に、卓に膳を並べながら苦い思い出と共に私は応えた。妹紅もそうだが、どうも私の家は昔から食うに困った知人が一飯を求めて押し掛けてくる事が度々、いや今でもあるのだ。ここは炊き出し場ではないというのに。……

「慧音、風呂焚けた?」
「ああ、焚けた焚けた。勝手に入れ」
「そんじゃ、遠慮なく」

 妹紅も黙り込んでいたのをやめてそう言うと、のそりと立ち上がり、着替えを下げて欠伸をしながら出て行った。まるで、身体だけ大きな子供を相手にしている気分である。まあ、実子を持った経験はないが。

「まあ、それじゃあ妹紅さんが戻ってくるまでに、私はご飯をいただいておくことにしましょう。いただきます」

 そうして私が膳を並べ終えると、小兎は手を合わせてから、先ほどまでの妹紅に劣らぬ勢いで食べ始めた。

「家主を差し置いてよく食うもんだな、お前も妹紅も……」
「ええ、腹が減っては戦も出来ぬとよく言いますし」
「する予定でもあるのか?」
「ええ、少し」

 私の皮肉にそんな意味深な言葉を返して、小兎は漬け物をぱりぱりと噛んでいた。
 そして私は自分も食べ始めながら、そんな小兎の姿を何とはなしに眺めて、ふっと、ようやくあることに気づいて眉を顰めた。

「こ、小兎、お前何だ、その格好……」

 今までいつもの紫の小袖を羽織っていたので気づかなかったが、今日はその下に着ているものが更に珍妙極まりなかった。大抵いつも白い和服を好んで着ているのだが、その時の小兎は珍しく警察が設立された時に一緒に支給された淡い藍色のベストとタイトスカートの制服を着ていたのだ。

「ああ、これですか? いや、久々に引っ張り出して着てたところに呼び出しがかかったものですから、慌てて上着代わりにこれも羽織ってきてしまいまして」

 うふふと小兎は笑っていたが、その洋服の上に純和服の組み合わせは到底笑いを誘えそうなものではなかった。しかも何かこの娘にはこれでどことなく似合っているようにも見えるのがなんとなく恐ろしい。

「ま、まあ何だ、とりあえずその上着はやめろ。私が何なりと貸してやるから」
「ええー、でもこれは我が家に伝わる神聖なる衣装ですし……」
「……よく言うな、お前の実家は」
「いやー! す、すみません、やっぱり実家の話はやめてください」

 懇願するように必死で小兎が手を合わせてきたので、私は溜息を吐いた。

「まったく、何だってそんなにそれが着たいんだ」
「だって、私、お姫様でいたいのですよ。小兎姫さんでみんなには通っていたいのですもの、譲れない一線なんです」

 小兎はまた冗談とも本気ともつかぬ調子でそんなことを言ってきた。

「誰もお前のことを姫だなんて呼んでるところは見たことがないが……まあいい、それじゃあ尚更、何だって今日はその下に制服なんて着ることにしたんだ?」
「ああ、これですか……これはね」

 私の言葉に、小兎はまたあの翳りを、憂いを帯びたような表情になって、

「私の中にね、一欠片だけある、この仕事に対する誇りと責任の現れなんですよ。本気で仕事をしようと思う時は、いつも着ることにしてるんです」

 そう言うと、溜息を吐いて、手に持っていた味噌汁を一気に飲み干した。




 それからしばらくして、妹紅がいつもの服とまったく同じ着替えを着て、その腰まである長い髪をばさばさと手で揉むように乾かしながら戻ってきた。
 何でも手から温風の出る妖術を使って乾かしているらしいが、嘘か本当かは未だにわからない。何十年付き合っても謎の多い女である。

「さて、と。それじゃあ、そろそろ行きますか」

 妹紅が戻ってきて座ると、入れ違いのように小兎が立ち上がって、腰をとんとんと叩きながらそう言った。

「行くって、どこにだ? もう外も暗いぞ」
「どこにって、今回の事件の犯人を捕まえに行くんです。真相も大体わかりましたし、今夜中の方がいいでしょう」

 さらっと放たれたその言葉に、私は驚きを通り越してむしろ無感情にそれを受け取った。

「は……? わ、わかったって、犯人がか?」
「そう言ったつもりですけども」
「賊の居場所が割れたってことか?」
「いいえ、賊など最初からいやしませんよ。散々骨を折って貰って本当に申し訳ないですけれども、全くの無駄骨でした」

 申し訳なさそうに溜息を吐いてそう言う小兎に、ようやく私も認識に感情が追いついてきて、声を大きくして叫んだ。

「じゃ、じゃあ一体誰が犯人だと言うんだ!? そいつは一体今どこにいるんだ!? まさか……」

 脳裏で最悪の事態を想像しながら口走ろうとした私の言葉を、小兎が人差し指をぴんと一本立てた手を突き出して遮った。

「それを、今から捕まえにいくんです。すでに、同僚達にも連絡してあります」

 そして、小兎はくるりと妹紅の方を向き、

「それで、妹紅さんにももう少しだけ協力をお願いしたいのですけど。もしもの時のために、腕っ節が必要なので」
「……いいさ、付き合うよ。私も大分に知りすぎた、もう引き返すつもりもないさ」

 小兎の要請にそう応じると、妹紅も頭をぐしゃぐしゃとかきながら立ち上がった。

「よ、よし、ならば私も……」
「……先生、その……色々と協力してもらったり、悩ませておきながら、非常に申し訳ないとは思うのですけどね」

 それを見て、急いで立ち上がりかける私に、小兎はまた溜息を吐いて、困ったような顔を向けてきた。

「今回の事件の真相は、先生は知られない方がいいと思うのです。この事実は誰よりも、先生にとって残酷であるかもしれませんから」
「……慧音、私も今回のことはそう思うよ。世の中、知らない、知られない方がいいこともある。慧音のような人柄にとってはさ」
「小兎……妹紅……」

 心配そうな目を向ける二人に、私は立ち上がりかけで膝をついた体を、

「馬鹿にしてくれるなよ。小兎、私がお前の何倍の時を生きてきたと思っているんだ、妹紅、あなたには及ばないかもしれないが、私だって残酷な真実や歴史というものは、うんざりするほど眺めてきてここにいるんだ」

 一気に立ち上がらせると、真っ直ぐと二人を見つめた。

「それに小兎、あの時に言っただろう。この事件の結末まで、私はお前と一緒に見届ける。たとえそれが、どんなに残酷なものであろうとな。私は自分の言葉を曲げるつもりはないぞ」

 そうして、次に小兎だけへ視線を向けてそう言うと、この子は一瞬驚いたような顔をし、次にそれを苦笑へと変えて、

「わかりました、先生。それならば、最後までついてきてください、お願いします」
「ああ、任せておけ」
「まったく、後悔しても知りませんからね……いや、先生、こうなってしまった以上、後悔だけは本当に、しないであげてください」

 それからくるりと部屋の出口へ背を向けた小兎がそう言うのに、私はどういう意味かと尋ねようとしたが、結局その言葉を出すことは出来なかった。

「それでは、行きますか、立花邸へ。途中で与七さんも拾ってやりましょう、あの人にも今回の真実を知る権利はあるでしょうから」

 続けてそう放たれた小兎の言葉に、私は心臓が止まりそうなほどの衝撃を受けていたからだ。










      15 小兎の規則

 それから私達は物々しい雰囲気の警官隊と途中で合流し、それを引き連れて立花邸へと赴いた。
 夜空に上る月は弓張りであった、時刻は八時といったところだっただろう。
 到着すると、小兎は警官隊を一人を除いて全員屋敷の外へと配置させた。

「連れて行かなくていいのか?」
「皆をここまで連れて来たのは用心のためですよ、最悪の事態への、ね。なるべくそうはならないようにしたいところですが……事が万事平穏に運んでくれるなら、犯人を捕らえるのは妹紅さんだけでも十分過ぎますから」

 私の疑問に、小兎はそう答えた。
 それから小兎がとんとんと、静かに門横の出入り用の戸を叩くと、すぐに応じて中から開かれた。
 現れたのはお蓉であった。小兎からすでに話は通じているのか、不安そうな顔をしながらも、初めて会った時よりは大分に健康そうな姿で私達を招き入れてくれた。

「ああ、そうだ、お蓉さん。用心のために、正門は開け放しておいてくれませんか。お一人で開けるのが大変なのでしたら、腕っ節要員を腐るほど連れてきてありますから、手伝わせて」
「は、はあ……」

 小兎は自分が一番最初に中に入り込むと、お蓉にそう言ってから、振り向いた。

「それでは、参りましょうか。先生、妹紅さん」

 そして、名を呼ばれた私達二人の奥で、張り詰めたような雰囲気で固い表情をしているもう一人へも呼びかけた。

「与七さん。ああ、もちろん、お蓉さんもね」




 屋敷の中へあがると、お蓉の先導で私達は迷うことなく、まるで事件当日のあの朝の時のように、真っ直ぐとあの凶行の間へと通された。
 襖を開くと、あの凶状の光景の代わりに、今度は行灯に照らされた室内に、三人の人間が立っているのが目に飛び込んできた。
 立花家令嬢の鏡花。包帯で顔を覆った下男のミヅキ。忠義の老使用人、フミ。
 そして襖を閉めて中に入り込んだ、若い女奉公人のお蓉、立花流門弟であり警官の与七。そして、刑事の小兎、竹林の隠遁者妹紅、寺子屋教師の私を含めて、今この少し薄暗い室内には八人の人間が揃っているだけとなった。厳密に言えば、私は人間が半分だけであるが。
 しかし、こうして私達が入ってくる前に家人達が全てこの部屋に待機していたのを見ると、やはり事前に小兎が何らかの通達を行っていたことは間違いなさそうであった。それがよもや事件の真相を暴くためとは、全員知っているのだろうか。緊張と共に私はちらと考えた。

「皆さん、すでにお願いした通りにお集まりいただいていて何よりでございます。ご協力に……」
「挨拶はもうよろしいでしょう、それより、いい加減何故このような指示をしたのかをお聞かせ願いたい」

 部屋が閉め切られてからまず小兎がそう口を開いたのに、途中で被せるようにして、凛とした声で鏡花が尋ねた。そこには、若干この不可解な集まりに対しての苛立ちのようなものが混じっているように感じられた。

「そうですか、そうですね、夜もそろそろ遅くなる。私もなるべくなら早く事は済ませたいですしね、こんなことは特に」
「前置きもよろしいだろう、一体こうして我々をここへ集めて、何をする気なのですか。あなたの話を聞いたお蓉によると、事件解決のためとのことだが、こうすることで何か解決に近づいているとでも」
「ええ、言葉通りですよ。解決するために来たんです。そして、そのための当事者だけを一同に集めての人払い、これはお約束というものでしょう。まあ、私は探偵ではないので、こういうのよりは実利的な方法の方が好みなんですが、今回のような場合は仕方がありません。それに、なるべくならばこれからここで暴かれる真実は、ここにいる方達の胸の中だけに閉まっておいて欲しいのです。これは、ここにいる人物以外の誰かに進んで聞かせたいような話じゃない、私はそう思っているし」

 小兎は自然と喋りながら、全員の注目の集まる部屋の中央まで進み出て、そして各々適当な位置に立っている部屋の全員の顔を見回して言った。

「当然、私以外の、そう、今回の事件の犯人その人もそう思っていることと私は信じております。この中にいる、ね」




 その言葉に、その場の全員が、当然その台詞は予測していて然るべきだった私や妹紅ですら、突きつけられたその事実に、息を呑んで静まり返った。しばらく外で夜風の吹く音だけが、妙に耳に残った。

「……すみません、小兎さん。あなたの先ほどの言葉、まるでこの中に父を殺した賊がいるかのように聞こえたのだが、相違は」
「ありません。そういう意味に聞こえるように、私は言ったつもりですが」

 さっきより少しばかり震えていた鏡花の声に、いたって冷静に、はっきりと小兎はそう答えた。

「っ、は……はっはっは、馬鹿らしい、私達の中に、父を殺した者がいる? 誰が、一体誰が何のためにそんなことをする必要が、理由がある者がこの中にいるとでも」

 その場の小兎を除いた全員の気持ちを代弁するかのように、鏡花は無理にでも乾いた笑いと言葉を作った。

「ええ、それらの理由なども、ある程度ここで今から説明していきたいと思うのですが……その前に私から、皆さんにあるお願いと、二、三の規則を敷かせていただきたい」

 演説でもするかのように、この場の全員より一つ上の立場から小兎は言葉を作っていった。

「まず真実を”ある程度”と私は言いましたが、言葉通り、私は今回の真実の全てをここに解き明かすことは、出来得るならばやりたくないのです。私は無論、推測ですが、ここ数日の捜査でこの事件に関する全貌はほぼ掴んでいます。その断片を己の中にしまい込んでいる人も、まあこの中に少なからずいることでしょう。そして、私の他にもう一人、全ての事実を己の中に隠している、犯人もいることでしょう。私はそれらの人物達の良心とでも呼ぶべき物に、今回は期待をしたいのです。今回の事件とその背景は何とも陰惨で、どす黒く、残酷さに満ちたものです。それが紐解かれることで、恐らく心に多大な傷を得る人も存在するでしょう。そんなことを私は進んでしたくはない、しかしこれが私の生業である以上、それを行わなければならない義務が私にはある、だが犯人だって誰かにそんな傷を負わせたくないと願っていると私は信じたい。だから、つまりこれは私の醜い悪足掻きなのです、それに皆さんお付き合いいただきたい」
「つまり、どういうことだ?」

 訝しげな瞳を向け、鏡花が尋ねた。

「……私は、今回の推論に対して、ある程度の証拠も掴んではおります。しかし、それも出来るなら明るみにしたくはありません。なので、今から私が話す今回の事件の推理に対して、もうこれ以上は逃れることは出来ない、敗北は確定的だと思った時点で、自ら犯人であると名乗り出ていただきたいのです。そうしていただけたならば、私はもうその時点で話した以上の事実を明かさずに、この事件をそこで終わらせるつもりです。事実は私と、その方の胸の中だけで、まあ墓まで持って行くことにします。約束します」

 小兎はまた全員の顔を見回すと、はっきりそう告げた。

「……つまり、私は真実も知っているし証拠も掴んでいるが、それは全部見せたくない。だから、その一部を見せて、犯人は言い逃れ出来ないと思ったら名乗り出ろ、と……そういうことか?」
「まあ、そういうことになりますね」
「はは、それは何とも……大した自信と規則だ。そんなもので、本当に犯人を追いつめることが出来るとお思いなのか」
「どうでしょうね……けれどもまあ、一種の賭けですね。それに、譲歩でもあります」
「面白い。面白いじゃないですか、刑事殿。いいでしょう、私は付き合ってあげますよ。家人達も同様だ」

 鏡花は余りにも突飛なその提案を、真剣だとは思えなかったのだろうか、幾分かいつもの毅然とした態度と余裕を取り戻して小兎とそんなやり取りを交わすと、使用人三人の顔を見回した。それに応えるように、不安そうな、不思議そうな顔をしつつも三人は頷きを一つ返した。

「与七も、どうなんだ。もしお前が犯人ならば、ここで名乗り出ておいたらどうだ?」
「き、鏡花!」
「冗談だよ」
「くっ……わかりました、小兎さん。僕にも異論はありません」

 鏡花にそうからかわれて一瞬青い顔をしつつも、与七も同意してそう答えた。

「ええ、皆さんありがとうございます。先生と妹紅さんは無条件で同意側として」
「おい……」
「これで、ようやく私も少しは安心してスタートラインに立てるというものです……さて」

 私と妹紅の呆れた視線を無視して、小兎はもう一度場を引き締めるように全員を見回して、言った。

「それでは、解いていくとしましょうか。立花英夫氏殺人事件の、その謎を」










      16 裏の裏

「まあ、もう少しだけ前置きの続きをさせていただきますが、この事件に関しては二つだけ、確固として動かすことの出来ない事実、まあ条件とも言えるようなものがあります。最初にそれだけは、絶対に頭に入れておいてもらいたい」

 小兎は手を突き出すと、指を一本立てた。

「まず、一つ。この事件には、何ら超常、超自然的な能力、怪異、妖怪の力の類は用いられていない、これがまずはっきりとした前提です。例えば、まあ、私の知り合いに一人いますが、時間を止めて悠々と侵入し、殺害し、そして出て行ってから時間を動かす。そのような普通の人間には到底不可能な、反則とも呼べるような技術などは一切用いられていません。この事件は普通の人間の能力で出来る範囲のことしか行われていません。まあ首を一刀で跳ね飛ばすことを普通に加えるかどうかは、判断の別れるところかもしれませんけどね」

 そう言って、次に二本目の指を立てた。

「そして、二つ目。犯行時刻……まあ死亡時刻ですね。これだけは誤魔化しようもなく、十二時十分から二十分、それは確定されています。絶対的だと思ってください。私はそれをはっきりとさせるために、一つ禁じ手とも言える手まで打ちました。人を超えた医術に力を借りたわけですがね。まあ、これは迅速な解決と、話をわかりやすくさせるためでもあるので、大目に見てもらいたいところです」
「その前提は了解しました。ですが、それは御自分の首を絞めることとなるのでは?」

 小兎が言い終わると、また鏡花がすぐさま口を開いた。

「時間が確かなのならば、私と使用人達には四人ともその時間に犯行が行えないという証明がある。人外の、不可能を可能にする能力も用いられていないというのなら、それは更に明らかだ。その前提がある時点で、この場から四人が省かれることとなる、残るのは……」

 自然、全員の視線がその人物に集まった。

「こ、小兎さん……」

 もはや真っ青な顔となり、与七はその視線を浴びながら、震える声で助けを求めるように呼びかけた。

「情けない声出さないでよ、与七さん。自信があるなら、どんと構えてなさい。けれどもまあ、あなたの今のそれは言っておくけども自業自得だからね。私からの仕置きだと思っておきなさい」

 小兎はそんなよくわからない言葉を与七へかけると、気を取り直してまた説明を再開し始めた。

「まあ、皆さんそう結論を急ぐのはよろしくありませんよ。私が今言ったのは、その二つだけがこの事件においては明白で動かしようのないことであると、それだけです」
「いや、だから……」
「その二つだけだと、そう言いました。だから、鏡花さん、ミヅキさん、お蓉さん、フミさん、裏を返せばあなた達四人の証言は、いくらでも覆しうる、不安定なものだということです」

 そう言われて、今度はこっちが青くなるその四人を、私を含む他の四人が見回した。

「これでまあ、状況が戻りましたかね。つまり、現に犯行が行われている以上はそこに不可能というものはありません。しかし、証言を信じるならば不可能な人物達がいる。ならば、おかしいものはその証言ということになります」
「不可能ならばその時点で不可能だと断ぜられるべきなのでは?」
「証言が動かしようのないものなら、私もそうしたかったのですが……しかし、いくらかの捜査と検討の結果、どうもそれは、やはりどこかに穴があるのではないかと思わせられるものだったのですね」

 小兎はそう言うと、溜息を吐いて、己を睨みつけてくる鏡花の視線と向き合った。

「まあ、これ以上引き延ばすのもなんですね。推理の説明を円滑に行っていくためにも、まずは結論から言っておきましょう」

 一気に張り詰める部屋の真ん中で、小兎は視線を逸らさずに言い放った。

「今回の事件の犯人は……立花鏡花さん、あなたです」




 数秒、私は息も出来なかった、いや、することを忘れていたのかもしれない。それは小兎を除く、他の全員も同様だったかもしれない。
 部屋の一切は、またしばらく止まることとなった。夜風の音だけが、また響いていた。

「説明を……」

 それから、ゆっくりと鏡花本人だけが口を開いた。意外に落ち着いた声だった。

「説明を求めても、よろしいか」
「ええ、もちろん」

 小兎は一人だけいつも通りの調子で応じた。

「何故、犯人が私になる」
「あなたが剣の達人だからです、鏡花さん。人間の首一つ、一息で跳ね飛ばせる人物はこの里にはそうそうおりませんからね」

 それに、と、小兎は続けて、こめかみをとんとんと叩きながら、考え込むポーズを見せるようにして目を細めた。

「部屋には全く争った痕跡がなかった。これはつまり、争う間もなく、抵抗すら許さずに斬り殺す実力だと判断できますね、そんな人物はさらに限られる、どころか、あり得ません。仮にも剣一筋に生きてきた御仁です、そりゃあ抵抗するでしょう、得物が手元になくとも、必死で足掻くはずですよ。訳の分からぬ賊が、己を殺しにきたとあってはね。仮に、暗殺……気配を断って気づかれずに首を斬ったとしましょう。それこそ益々、あり得ない。そんな殺人を犯すような実力者がいるなら、これはもう一刻も早く捕まえねば誰も夜も眠れなくなる」
「だから、そのような賊が……」
「いないのですよ、いやしません。いるとしたら、人の外ですよ、そんなもの。私達の手には負えません。まあ、仮に、万が一いたとした時のために、それを探させる捜査はこの数日、ずっと続けさせてみましたし、それは皆さん御存知でしょう。けれど、そんな恐ろしい人間は存在しなかった。なので、私は最初から、別の、もっと現実的な可能性の方を考えることにしていたのです。つまり、その人が殺しに来たら、驚きか、困惑か、はたまた恐怖かで、抵抗すら出来なくなる……そんな人物がいるのではないかと、ね」

 小兎はそう言って目を開くと、また鏡花を真っ直ぐと見た。

「遺体の表情は驚きとも恐怖ともつかぬ表情に歪んでいました。暗殺で首を一息に跳ねられたなら、そんな顔はしません。立花家当主である氏は誇り高き、厳格な人物でした。それは皆さん、誰も否定しないことでしょう。そんな人が、そんな形相のまま死んでいくことがあり得るでしょうか。よしんば敵に襲われたとしたって、きっと怒りを蓄えたまま、無念の相でいたことでしょうね。だから、そんな顔のまま死んでいかねばならなかった、それはやはり、そのような顔をさせる人物が己を殺しに来て、そして抵抗も忘れるほどの困惑と恐怖の中で死んでいったのだと、そう考えるのが自然です。氏にそのような衝撃を与えられる、そして、人間の首を速やかに一太刀で跳ね飛ばす実力を有している。この二つの条件を誰よりも持ち合わせているのは、鏡花さん、この中ではあなただけですよ。まさか実の娘が剣を下げて襲いにきたとあっては、それは流石の氏も満足な抵抗が出来なかったのは想像に難くありませんからね」

 小兎がそう言い終えると、対する鏡花はしばし無言で動かなかった。

「……なるほど」

 そして、ほぅと息を吐くと口を開き、

「何とも、もっともらしい推測だ。見事なものですね、流石に、糾弾されているはずの私も聞き入ってしまった。けれど、やはりそれはどこまでも推測だ。それだけでしかない。確かに、私が行ったという可能性は高くなるかもしれない。しかし、今の説には、私がやったという明確な証拠はどこにも存在しなかった。よもや、それだけで、罪を認めろとは申さないでしょうな」

 感心しているような、落ち着き払った態度でそう言った。

「ええ、それはもちろん。今この段階ではなるほど、あなたが犯人であるという説に説得力を持たせたに過ぎません。証拠もそうです、実はあなたが殺したという明確な証拠を私は遂に発見することは出来ませんでした。しかし、だからこそ私は自供という手に賭けてもいるのです。これからあなたを、出来るところまで、言い逃れの出来なくなる疑いにまで、言い方は少し悪いですが、追いつめていきます。そして、もう逃れ得ぬ、そう思ったなら、どうか素直に罪を認めてください」

 小兎はまるで今から言う通りのことを行うとは思えぬ、懇願するような態度でもう一度念を押すようにそう言った。

「構いませんよ。それで、追い詰められると思っているのでしたら。いずれにせよ、私はそんなことを行ってはいませんがね、行う理由もない」
「……ありがとうございます、お願いしますよ。では、話を進めて行きましょう」

 まるで動じぬ態度のままそう言う鏡花から、小兎は視線を外すと話を再開した。

「さて、御指摘にもあった通り、これだけで鏡花さんを犯人だと決めつけるのは流石に横暴です。何せまだまだ、そこに辿り着くにはいくつもの壁と疑問が残っている。そうですね、例えば鏡花さんがこの事件の犯人だとすると、同時期に起こった窃盗事件との関連性とか」

 そう、まず一つ気にかかるのはそれであった。

「それだよ、小兎。お前の説を仮に信じるとするなら、結局あの事件は今回の件に何の関係もない、まったくの偶然だったというのか?」

 今度は妹紅がそう口を挟んだ。

「いいえ、結論から言うなら関係は大いにあります。偶然にしたって、出来過ぎてるでしょう。周到に計画され、事前から事を起こしておくことで不自然さを消し、ただ事件のあった夜にこの辺の見回りを手薄にさせるため、そのためにあの窃盗事件は計画されていた。それはまさしく事実です」
「それなら、尚更、何故そんなことをする必要がある? 家の中にいたんだ、見回りなんて手薄だろうが関係ないだろう、だったらそんなことしなけりゃならんのはやっぱり外部の……」

 そこまで言ったところで、はっと妹紅は気づいたように言葉を止めた。

「……気づかれましたか? 裏の、さらに裏をかく。この計画は、本当に周到だった、本当にね」
「どういうことだ、小兎? 裏の裏をかくとは……」
「言葉通りだよ、慧音。なんてこった……」

 代わって小兎への疑問を作った私に、答えたのは妹紅だった。

「私らは、その一報が入った時、これは外部の犯人が現場の注意を別の場所に引きつけておくための、私達の裏をかくための策だと判断したよな。でも違う、小兎の言うように内部の犯人がいてそれを行ったとしたら、そうして外部犯の可能性を高めさせて、内部への注意を逸らすことが出来る。裏の、まさにその裏をかけるって意味を持ってくるんだ」

 妹紅のその言葉に、小兎はうんうんと頷いていた。

「まさに、妹紅さんの言う通りです。窃盗共犯者である謎の男兼賊、その行いにより我々はまんまとそんな人物が存在すると錯覚させられてしまった。いえ、厳密には、その人物は外部の人間であり、そして事件の後どこかへ雲隠れしたと錯覚してしまったわけです」
「それじゃあ、この五日間僕達が行っていた捜査は……」

 愕然と、与七が呟くのに、小兎は申し訳なさそうに頭をかいて、

「いや、まったくの無駄骨だったのよ、申し訳ない。でも、私も内部犯だと確信したのはつい最近のことだし、一応まだ外部犯の可能性は限りなく低いけどあったから……あらゆる可能性を疑わざるを得ないのが、私達の商売の悲しいところよね、与七さん」

 そう言われて、与七は気の抜けたような溜息を吐いていた。今度も私は同情、どころか私も妹紅も賊捜索に参加していた以上、まさしく同じ気持ちであった。

「いいや、そうとも限らんぞ与七。小兎さんはどうやら内部犯だと決めつけているようだが、そうでないとしたならやはりそんなことをした賊、外部犯は存在することになる。なるほど、見方を変えれば面白い説だが、それだって何の証明にもならない」

 ただ一人、鏡花だけはその説を受け入れずにそう言った。確かに、それを信じるならば、己か、もしくは使用人三人の内に犯人がいるということになってしまう。そんなものは到底認められるはずもないだろう。

「ええ、まさしくそこがこの計画の周到なとこなのです。外部犯、内部犯、そのどちらの観点に立って見ても、そこには矛盾が存在しない。よく考え込まれた手です、だから無駄足踏まされても無理はないんですよ、先生、妹紅さん、与七さん」

 私達を見回して小兎はそう言ってきたが、三人の冷たい視線が変わることはなかった。

「ええと……それではまあ、気を取り直して、窃盗事件の関連性についてはこの辺で一旦止めておきましょう。そう、その事件は、裏を返せば内部犯の存在の可能性をさらに高めるように見ることも出来る、ここまではよろしいですね。しかし、そうしたところで、まだ一番高い壁が残っています。そう、言うまでもなく、犯行時間帯における現場不在証明です。先生」

 小兎はそう言うと、まず私に視線を向けて問うてきた。

「犯行時間帯は何時ですか?」
「十二時十分から二十分だろう」

 次に小兎は、使用人のミヅキを見た。

「ミヅキさん、十二時十五分に?」
「は、はい……お嬢様に……呼ばれました……」

 次に、お蓉を向いた。

「お蓉さん、大体二十分頃に?」
「え、あ、はい、庭でお嬢様とミヅキさんをお見かけしました」

 最後に、鏡花を真っ直ぐ見た。

「鏡花さん、その今までの証言は」
「ああ、間違いはない」

 小兎はそれを聞き終えると、一つ溜息を吐いた。

「そう、この証言全てが犯行時間帯における鏡花さんの身の潔白を、これ以上ないほどに証明しています。五分の空白はありますが、その時間でこの犯行をどうこうできるとは私にも思えません。つまり、証言を信じるならば、鏡花さんが犯人という可能性は限りなく低くなる」
「明白だな」

 まるで勝ち誇るように、鏡花は言った。

「ええ、明白です。だからこのことは大いに私を混乱させ、悩ませてくれました。そこで考え抜いた末に私の出した結論は、このお蓉さんとミヅキさんの証言のどちらか、あるいは両方が嘘なのではないかと言うものでした」
「そっ、そんな、私は……」

 小兎のその言葉に、反射的にお蓉が否定の言葉を作ろうとしたのを、鏡花が押し止めた。

「小兎さん、私のみならず、家人にもあらぬ嫌疑をかけようというのなら……」
「まあ、待ってください。別にそのようなつもりは毛頭ありません。ただ説明には順序というものがあるのです、早とちりはしないでください」

 そう言ってすごんでみせる鏡花を、小兎はまあまあと宥めて、

「しかし、そう考えてみようにも、この二人のどちらにもそうする理由などはない。また、片方だけを嘘とするならば、もう片方にも必ず何か矛盾が生じてくる。本当に完璧な証言です。では、どちらも嘘なのか? それも考えにくい話でした。理由がない……しかし、犯人は……夜も眠れぬほど悩みそうな問題でしたが、まあ抜け道はあります。理由が一見してないならば、もっと突っ込んで理由を探してみればいい。洗えばおそらく何かはわかる、何もなければ疑いが晴れてそれでよし。まあ、捜査の基本みたいなものです。そうした捜査を、私は賊の捜索とは別の線として一人で行っていたわけですね。そうしてみた結果……」

 言葉を一旦区切って、小兎はお蓉へ視線を向けた。

「お蓉さんは、まさしく完璧なるシロでした。何の理由も因縁ない、まさしく普通の美しい娘さんです。まあ、あなたは最初からあまり疑ってなどいませんでしたけどね、本当ですよ?」

 小兎の言葉に、緊張の面持ちをしていたお蓉はほっと息を吐いた。

「では、もう一人、ミヅキさんの方はどうだったのか……」

 次にそう言うと、小兎はまた一旦言葉を区切って、何やら思い悩むような、考え込むような顔をしていたが、やがて溜息を吐いて、

「これも、もう結論から言ってしまいましょう。ミヅキさん、あなたは、クロだった。つまり」

 ミヅキと鏡花の顔を交互に見つめて、言い放った。

「ミヅキさん、あなたはこの事件の共犯者だ。鏡花さん、ミヅキさん、この凶行は、あなた達二人が共謀して行ったのです」










      17 包帯の下の共犯者

 二度目の衝撃が、その場の面々を襲った。
 私や妹紅、与七は驚愕の表情で声すら発せず、況やお蓉さんもフミ婆さんも同様であった。
 ただ、それを言い放った小兎と、それを冷たい無表情で受け止めた鏡花、そして包帯で顔のわからぬミヅキだけが、ただ平然としてそこに在るように見えた。

「なるほど……これも、理由の説明は当然求めてもよいのですよね」
「ええ、もちろん」

 黙して何も語らぬミヅキの代わりに鏡花が言葉を作り、そして小兎はいまだ平然とそれに応じた。

「けれど、まあ、説明のために、話をまた窃盗事件を計画して散々私達を翻弄してくれた謎の男へと戻しましょう。奴さんについては、何よりも見逃せない事実があります。そう、そいつはどういうわけだか、警察の見回りのルートの情報を知っていた。これは恐るべきことです、何せそれを知っているということは、警察の情報がどこかから漏れているか、あるいはそれを意図的に流した内通者がいるのか、もしくはそれは警察関係者と同一人物か、その三つを疑わなければならなかった。しかし、互いに疑心暗鬼では捜査の足並みはバラバラになり、組織が崩壊してしまいかねない。これも、この策によって発生する恐るべき効果でした。本当に、周到だ。狡猾だと言ってもいい。なので私はそんなことにならないために、それを疑う意識をなるべく逸らさせて、かつ早期に事件を解決する必要にかられました。まあ、色々と不具合が発生する前にこうしてここまで来られたので、それはもう、そこで良しとしておきましょう。私も揉め事なんてごめんですからね、手打ちです。話が逸れていると思いますか?」

 要点を得ぬ説明に全員が首を傾げそうなところに、小兎は最後にそう言ってから、与七の方を向いた。

「いいえ、逸れてなどいませんよ。あなたに言ってるのよ、与七さん」
「は、はい?」
「……いい加減、薄々は気づいていたはずでしょう? 情報が漏れていたのはね、あなたの口からなのよ、与七さん」

 その言葉に一切の動きを、表情までも驚愕で止める与七に、小兎は溜息と共に言った。

「与七さん、あなた利用されてたのよ」

 他の全員の視線が、一斉に与七と小兎へ集まった。

「……実行犯である破落戸を、あれからも散々可愛がってやって吐かせたところ、見回りの情報は確かに正しかったけど、それは酷くお粗末な、とても内部情報を知り尽くしているとは思えぬ代物でした。かわいそうに、あの破落戸も、最後の方は泣いてましたけどね。しかしそのおかげで、少なくとも内通者と同一人物の線を薄くすることはできました。もしそうだとしたら、流石にもっと正確できっちりとした情報を送るはずですからね。計画者の狡猾さを考えると、わざとそうした可能性もなきにしもあらずというとこですが、計画前に破落戸が捕まっては狂いが生じてしまう。それは避けたいところでしょうし、それでもあの程度の情報しか教えられなかったのは、その程度しか知らなかったからなのだと考えました。とすると、残るは何らかの方法で内部情報を、それも結構お粗末な程度のものをどうにかして掴んでいたということになる。ここに私は、さらに内部犯という条件を足して考えてみることにした。すると、ぴったり、いるじゃないですか。内部と親しい、警察関係者が……」

 そこで、顔面蒼白の与七を小兎はじろりと意地悪そうに睨みつけた。

「と、すると、与七さんはクロ、もしくは何らかの共犯であるのか。それもまあ、人柄を考えるとあり得ない、可能性は非常に少ないことでした。なんせ素直で純朴なことだけが取り柄みたいな人ですものね。でも、素直で人が好いのも、度を過ぎると考え物よ、あなた。まあ、それを考慮に入れた結果、与七さんは計画者との日常会話、世間話などの中でうっかりというか、それとは知らず無意識にというか、そうして見回りの情報を喋りやがったのだと、そう推測することが出来ました。はぁ……それでは、そんなお人好しの過ぎる与七さんを利用して、そういう情報を引き出したのは誰か。それを考えると、まず鏡花さんが浮かび上がりますよね。二人は同門の弟子であり、軽口を言い合う程度には親しいのですから。しかし、鏡花さんの性格を思うと、それは考えにくかった。彼女の性格は、どこまでも父親譲りの厳格さ、高潔で常に正々堂々としており、卑しいことなど考えようも、いえ考えられるはずもないでしょう。すると、そもそもこの窃盗事件の計画すら、彼女が考案したとは考えにくい。そこから、私にはこれはもしや共犯者が存在するのではないだろうかという考えも浮かんできました。では、そうした計画を考案し、与七さんから情報を引き出した共犯者とは。条件をどんどん付加していけば、その人物像はある程度浮き彫りになってきます。内部の人間で、与七さんと親しくて、見回りの話などを気軽にしても不自然はない……それは、私は立派な女の子なので正確にはわかりかねるのですが、男の子同士でもそういう秘密の、男同士の会話というものをするのではないか。お茶を運んできてくれた、あの時、何とも親しげに話していたわね、与七さんと……」

 そして、全員が一斉にその人物の方を向いた。

「ミヅキさん、あなたがね」

 そう言うと小兎は、また喋り始めるために大きく深呼吸を一つした。

「恐らく、細かいところはわかりませんが、まあどうにかして時間をかけて少しずつ、与七さんとの会話から見回りの情報を言葉巧みに引き出していったのでしょう。ここまで言われたら、与七さん、あなただって覚えの少しくらいはあるでしょう。さて、こうした条件が新たに加わったことで、俄然ミヅキさんという人物は何らかの疑惑を帯びてくる。窃盗事件の計画をしたのは、間違いなくミヅキさん、あなただ。いずれあの哀れな破落戸に面通しでもさせてみれば、まあ埃の一つは出てくるでしょう。こうすると、あの証言も俄に怪しくなってくる。ミヅキさん、鏡花さん、あなた達二人は口裏を合わせて、犯行時間帯に見えない空白を作り出したのですよ」

 場は、もう幾度目かわからぬ沈黙へ落ち込んでいた。一旦言葉を区切った小兎が、二人を見つめて、

「どうですか、ここら辺で、罪を認める気はありませんか?」

 夜風の音だけが、鳴っていた。

「……馬鹿らしい」

 しばらく経ってから、鏡花がそう口を開いた。

「あなたのそれは、今でも全く推測に過ぎないではないか。なるほど、確かに最もらしい、そう言われると与七だって何か、あることないこと思い出すかもしれませんね、破落戸だってミヅキに指示されたと言われればそうだったかもしれないと思い込むかもしれない。言葉巧みなのはあなたの方だ、そうして人をそうなのではないかと思い込ませて、騙そうとしているのだ。しかし、それだけで今こうしてここで罪を認めろなどと言われて、そうだと認められるわけなどないでしょう。証拠はない、何より私にもミヅキにも、何故父を殺さなければならない理由があるというのだ。動機のない殺人など、私もミヅキも犯すはずなどない」
「そう、ですよね……動機なのです。そもそも、何かそうしなければならない明瞭たる理由がなければ、こんな事件、起こるはずがないのですから……」

 いまだ毅然と放たれた言葉に、何故だか小兎は少し落ち込んでいるような雰囲気になってそう呟いた。

「ミヅキさんは、どうですか? 今の段階で認めてはくれませんか……? 当事者が否定しても、共犯者が証言するならば立証は出来る。それに賭けての、このやり方なのですが……」
「……ええ、僕もまだ、認めるわけにはいきません」

 相変わらず懇願するような調子で問う小兎に、表情を見せぬ顔でミヅキは静かに答えた。

「そうですか……」

 小兎は落胆したように溜息を吐くと、また話を再開するために顔を上げて全員を見回した。

「……それでは、推理を続けましょう。確かに、鏡花さんの言われた通りです。この事件にはまだ、動機という大きな壁がある。それなくして、このようなことが起こるはずがない、起こっていいはずがない……なので、私はそれを調べました、調べなくてはならなかった、それが私の仕事だからです。そのせいで、私は今から皆さんに残酷な真実をお話し、心を傷つけることになるかもしれない。けれど、それを選んだ方の意志を、私は変えることが出来なかった。……誰も、恨まないでくださいね」

 その沈んだ声だけが、部屋に響いていく。

「今から、さらに私が暴きましょう。この忌まわしい事件の裏側、その背景を」










      18 過去は語る

「さて、では動機を調べるに辺り、一番可能性の高いことは一体何か。実行犯である鏡花さんには、父親を殺そうとする理由などが通常ではあるはずがありません。鏡花さんはお父上を尊敬しておられた、その意志を受け継ぎ、そっくりの厳格さと高潔さも受け継ぎ、御家の使命を継いだまさしく完璧な立花家の跡継ぎです。そんな娘が、父を殺すなどあり得るはずがない……あるとしたら、そこには殺さざるを得ない程の強烈なものが存在するはずだ、そしてそんなものならば、完璧に隠し続けておけるはずはない、必ずどこかに尻尾はある。そして、共犯である以上、理由の所持は鏡花さんだけに限ることはない、もう一人、ミヅキさんの方にその理由があって、それが鏡花さんの共感を強烈に呼び起こすものであるならば、あるいは父親をも殺そうとする動機となりうるかもしれない。そこで、ミヅキさんの経歴を私は思い返してみました。半年前に突然、この男性は使用人として潜り込んできている。これは流石に普通じゃない、少し怪しすぎます。なので、この事件はその時から計画されていた、あるいはそういう計画をする意志を持って、ミヅキさんはこの家へ入り込んだのではないかと考えました。ならば、これはミヅキさんから立花英夫氏への、並々ならぬ怨恨ではないのだろうかという線が浮かんできました。そこで、私はその線を調べるため、立花英夫氏の過去を洗い直すために、里内、里外問わず、氏の過去を知っている人達へ聞き込んでみたのです。なんせ、家人の皆さんは恨まれる筋合いなどないと断言していましたからね、必然対象は外部になりました」

 そこで、小兎は何故か今度はフミ婆さんの方を向いた。

「……人の口に戸は立てられぬものです。たとえ、どのような立派な人物だろうが、過去というものはあります。そしてどれだけ隠そうとしてもそれはミミズのように這い出てきて、必ずその行いの報いを降りかからせるのです。今回の事件とは、まさしくそれでした。調べる内に、私はある立花英夫氏の拭えぬ過去を知っていくこととなりました。氏は厳格だった、高潔にして潔白だった。しかし、そんな氏にも若かりし日というものはあり、その時にある一つの過ちを、その人は犯していた。聞き込みをしていると、ある噂のようなものに複数回、私は行き当たることとなりました。その内容とは、立花家の当主さんは若い頃、今の細君とは違う、ある女性と関係を持っていたらしいということでした。まさしく、醜聞です。はっきりとした証言はあまり得られませんでしたが、見知らぬ女性と歩いていたところ、逢瀬を重ねるために里の外へ、隠れるようにして出て行っていたことなどがわかりました。そして、それはどうやら細君と御結婚なされてからもしばらくはあったらしいこと、そしてある日ぱったりと止んだことなども、ね。そこで関係が切れたということでしょうか、いずれにせよ立花英夫氏にはそのような噂が立っており、恐らく私はそれは、その不義は真実であったのだと、そう考えているのですが……」

 それから、小兎はフミ婆さんを真っ直ぐに見つめたまま、言った。

「フミさん、あなたはそのことを知っていましたね。知っていて、隠したのですよね」

 その言葉に、無言で、真っ青な顔をフミ婆さんは小兎へ向けた。そうか、あの時の狼狽と激昂は、そういうことだったのだ。

「……忠節も結構ですがね、氏のことを想うなら、あなたは話すべきだったのです。まあ、今更隠し立てしていたことをどうこう言うつもりはありません。ただ、この噂は真実であるのか、それだけはお聞かせ願いたい」
「……恐ろしかったの、です」

 震える声で、フミ婆さんは口を開いた。

「確かに、旦那様には昔そのような噂が立っておりました。はっきりとしたことは私にもわかりませんが……亡くなられた奥方様は、旦那様の許嫁でございました。幼少からそれは決められており、旦那様はしかし、それに反発するように、違う女性と恋に落ちられて……若気の至りによるものだと、私は思っていたのです。一応関係を隠してはおられるようでしたが、やはりどうしたって、隠しきれるものではございませぬものね……しかし、それをはっきり確かめようとしたことは、私にはございません。でも、やはりそれは事実であったのだと、思います……結局、奥方様と結ばれて、それで私は関係は切れたものと……噂なども、なりを潜め、最早忘れられたものだと、思い込んでおりました……」
「だが、そんなことはあるはずがなかった」
「ええ……そうだったの、ですね……私も、此度のことが怨恨かもしれないと言われた時、真っ先にこのことが記憶に甦りました……! そして、恐ろしくなった、まさか、その時の因縁が、今更……!」

 そこでフミ婆さんは言葉を切り、俯いて黙り込んでしまった。

「……事態はフミさんの予想の通りだった、と私は思っています。更なる捜査の結果、私は……今回に繋がる、その、残酷な真実を知ることになりました……英夫氏と関係を持っていたその女性はどうやら、身ごもって、いたらしいのです」

 それを聞いた途端、私は天地がひっくり返ったような心地がした。ぐらり、と、意識が反転しそうになる。ちらと視界に入った、横に立つ妹紅は、耐えるようにぎゅっと目をつぶっていた。

「そして、立花英夫氏の不義の結果が、あなただ」

 それを口にする小兎も、若干顔色が優れていないように見えた。
 私は、無理にでもその子と同じ方向に顔を向けた。

「あなたは立花英夫氏の、実子なんですね、ミヅキさん」

 そこだけ包帯のない口が、笑っているような気がした。




 ひぃ、と、掠れた悲鳴のような声がフミ婆さんの口から漏れた。
 それを無視して、小兎は止まらず喋り続けようと、口を開き、

「あなたが何故ここへ復讐のためにやって来たのか、その理由を私は知っていますが、言いません、言いたくなど、ありません。とにかく、あなたはそういう背景を持ってこの家へ潜り込んだ。今は、あなたの母のためとしておきましょう。それこそが、今回のあなたが凶行を行った動機なのです」

 言葉の先にいるミヅキは何も言わなかった。ただ、その隣に立つ鏡花だけは、驚いているわけではなく、何やら一瞬だけ不可解そうな顔をしていた。

「そして、ミヅキさん、あなたはさっきのような事実を包み隠さず鏡花さんに話したんだ。何故、あなたが自分で犯行を行わなかったのか、それこそがこの事件に横たわる強烈な復讐心を示している。あなたは自分の手ではなく、氏の娘である鏡花さんによって殺させることが、何よりも復讐のために残酷で効果のある殺害方法だと考えた。そして、そのために鏡花さんをこの計画に引きずり込む必要があった。厳格さと高潔さは、今更言うまでもない鏡花さんの性格だ、あなたは氏の行いの非道さを殊更に強調して語り、その性質を父をも捨ておけぬ悪漢と見なすように煽り立てた。あるいは、そこにはあなた達の男女の、恋愛関係というのも作用していたのかもしれない。私は恋をしたことはないのでわかりませんが……とにかく、そうした複合的な要因の全てが絡み合い、鏡花さん、あなたは父の殺害を決意し、そして行ったのです。違いますか? こうしてみると、動機としての面も満たせると思うのですが」

 鏡花は無言であった。
 風の音がする。

「ねえ、刑事さん。犯行時間帯の説明がまだ完璧には済んでいないように思うのですが……」

 その代わりに、ミヅキがそう口を開いたので、全員がびくりと身を震わせた。その声の調子には、これまでのような暗さや、陰鬱さなどは最早欠片も存在していなかった。

「お聞かせ願えませんかね、僕とお嬢様がどのようにして犯行を行ったのか」
「……それを、説明したら」
「ええ、説明如何によっては認めてもよろしいかもしれません。いずれにせよ、まだ抜け道がある。フミさんやお蓉さんの証言がある以上、矛盾が生じるでしょう?」

 小兎は小さく呻くと、話し始めた。

「あなたは恐らく、フミさんの耳の遠いのを利用して、一人芝居で廊下の奥に鏡花さんがいるように見せかけたのです。鏡花さんの姿がはっきりとフミさんに見えたわけではない、声だってそうだった、鏡花さんの姿を見て声も聞こえたと言っていたのはミヅキさんあなただけです。そして、お蓉さんの方にも、あなたがまた一人芝居でそこに二人でいるように、見せかけたのです……そうすれば犯行時間帯に、鏡花さんは全くの自由となる。父親を殺すのですから心の動揺だってあるでしょう、返り血のついた服などの着替えもある、移動時間から考えても最低でも十分以上は必要な犯行ですが、これでその時間は作れるはずです」
「……ちょっと待て」

 小兎の説明に、無言だった鏡花が噛みつくように口を開いた。

「お蓉にそう見せかけた方法の説明が出来ていないぞ、それは一体どういう方法なんだ?」

 あるいはそれは、純粋な疑問だったのかもしれない。

「……言えますが、言いたくありません」

 小兎は、顔を逸らしてそう言った。

「は……はは、何だ、それは……まるで、子供の言い訳だな。そんなもので罪を認めろというのか」
「ええ、認めてください。これは、あなたのためを……」
「ふざけるな! 今まで、散々に、私を、父を、侮辱して! 何だそれは!」

 再度願うような態度を取った小兎に、鏡花が爆発した。

「やはり、あなたは今まで出鱈目な推測を並べていたに過ぎないのだな! 私が父を殺したなどという証拠は存在しない! 不在証明を突き崩す方法も説明できない! そんなもので追い詰められると、思っているのか! いずれにせよ、ミヅキにだって父の子だという、明確な証拠など……」
「もう、いいですよ……お嬢様」

 その鏡花の叫び声を、ミヅキが緩やかに制止していた。それを見た瞬間の、小兎は何故か、泣きそうな表情をしていた。どうして、あの子はあんな顔をしているのだろう。

「……人形には、気づいているのですか」
「ええ……髪と服を、あなたが残しているかもしれないことも、あるいはそれが最後の動かぬ物証になるかと」
「それでは、もう言い逃れも出来ませんね」

 ミヅキと小兎はそんな、端からは何がなんだかわからぬような言葉を交わしていた。

「ねえ、刑事さん……小兎さん、あなたはどうして鏡花が犯人だとわかってしまったのですか? それを言ってしまったのですか? それさえなければ、あるいは……」
「出来ません。わかってしまった以上、私が着ているこの服の誇りにかけて、それだけは出来ないのです……」

 ミヅキの言葉に、小兎は己の胸に手を当てて、何かに訴えるようにそう言った。

「ならばもう、この証拠を出さずして、話が終わるはずがないでしょう」

 溜息と共にミヅキがそう言ったのに、固まったように動きを止めていた鏡花が、震える声でゆっくりと問いかけた。

「何を……一体さっきから、何を……言ってるんだ……ミヅキ……?」

 幼子が、問いかけているようであった。

「鏡花、いずれにせよ……この刑事さんはどうやら全てがわかっているようだ、もう認めるしかない」

 息が止まったような気がした。風が吹いている、心臓が鳴っている。

「なにを……いって……」
「ミヅキさん……」
「刑事さん、あなたが」

 すがりつくように腕の服を掴んだ鏡花から顔を背けて、ミヅキが小兎へ言った。

「あなたが、命じてください。それが、あなたの仕事の責任なのでしょう」

 小兎が、あの顔をしている。翳りを帯びた、憂いを帯びた。……

「……その顔の包帯を、外してください……ミヅキさん」

 少しだけ震える声で、そう命じた。
 それを受けて、ミヅキが包帯に手をかけた。

「……鏡花さん、どうしてあなたは気づかなかったんですか……あなたの冷静な観察力があれば……普通なら気づいたでしょう……」

 しゅるしゅると包帯が解かれていく。
 小兎が、すすり泣くような声で何かを言っている。

「ミヅキさんのような子供がいるなら、わざわざあなたのような連れ子など貰ってくる必要はないでしょう……」

 ああ、与七が確か、そのようなことを言っていた。……
 包帯がぱさりと落ちる音がした、そして、

 ああ、かがみだ。

 鏡が現れた。

 そこに、鏡が、いきなり出現した。

 そう、その場の誰もが、特に鏡花自身が、そう思っただろう。
 そこにあったのは、鏡に映したような、もう一つの鏡花の顔だった。

「あなた達は、双子だったんですよ……」

 鏡写しの顔が、笑った。










      19 鏡写しの双生児

「鏡花さん……あなたは、今回お蓉さんの証言を作り出した方法を知らなかった、知らされていなかったんでしょう……事情聴取の時の態度でそれは、わかりました……だから、私は知らないのなら、知らないままの方がいいと思っていたのです」

 しばらくの間、全てが停止していた空間の中で、小兎がまずそう口を開いた。

「ミヅキさんはこの、あなた達の鏡写しにそっくりな顔を利用して、鏡花さんのふりをした一人芝居を演じていたのです。お蓉さんの証言では、目撃したのは大分に離れた場所からだった。鏡花さんの顔はよく見えたが、ミヅキさんの顔は陰になっていてよく見えなかったと言っていました。ミヅキさんの顔には包帯が常に巻かれていました、それは顔の他の些末な印象など吹き飛ばすほどに強烈なものです。だから、それを利用してミヅキさんは等身大のマネキンの顔に包帯を巻き、服を着せ、遠目にはミヅキさん自身に見えるようにみせかけた。そして自分は鏡花さんの髪と同じように見えるカツラを被り、鏡花さんの服を身につけた。そして、お蓉さんの通りかかる時を見計らい、一人芝居を目撃させるようにした。何と言っても、主人である人のそのような情事の光景です、お蓉さんの性格ならばそこまで注視することもできないでしょう。そうして目撃してから去っていったのを見計らって、芝居を止めて着替えたのです。着ていた鏡花さんの服は、返り血を浴びた服の着替えにでも使用すればいい。目撃された時の服とも同じになりますからね。証拠は、もはやその顔が明瞭なものだとは思いますが、家の中を探せばまだカツラと血に染まった服がどこかで見つかると思います」
「いや、見事なものだ」

 小兎がそこまで喋り終えると、ミヅキがぱちぱちと拍手を打ちながらそう言った。

「見事な推理ですよ、刑事さん。完璧だ、まさかここまで……まるで実際に見てきたかのように看破されるとは思わなかった」

 これまでとまったく違う、はっきりとよく通る声で、鏡花の顔をした男が話していた。

「……それは、どうも」
「ええ、けれどもね、刑事さん……まだ一つ抜けているはずだ、どうせなら全問正解を目指してみてはいかがですかね」
「その必要はありません、もうここで、この事件は終わらせます」

 小兎は睨みつけるような視線をミヅキへ送った。

「いいや、必要はあります。何故あなたは、僕と鏡花が兄妹であることを隠しておきたかったのですか? 僕がこの家へ復讐に来た理由の全ては? あなたなら掴んでいるはずだ、それが全て明かされぬ限りは、僕は自分の罪を認めるつもりはありませんよ」
「認めるつもりも何も、ありません。妹紅さ……」
「鏡花、君だってそれは知りたいだろう? そうだ、一つ教えておこう、僕達は見ての通りの双子だが、生まれたのは僕の方が最初だったらしい。だから、僕は君の兄ということだ、妹よ」

 小兎の言葉を遮って、ミヅキは呆然とした表情で固まっていた鏡花へそう声をかけた。

「っ、え……あ……私、は……私は……」

 それに反応してびくっと一度震えてから、鏡花は必死で言葉を作ろうとしていた。

「私は……なん、で……ミヅキ……兄、さん……なんで、ここへ、きたんだ……? 話してくれたのは、嘘……だったの……?」
「いいや、それは刑事さんに聞いてごらん。何なら与七、君でもいいぞ」
「ミヅキさん!」

 小兎は叫んだが、ミヅキは構わずに続けた。

「与七、君のずっと懸念していたこと、それは真実だよ。その一言が出てきたならば、僕は全ての理由を語ってやろう」
「ミヅキ……そんな……ああ、そんな……」
「やめなさい! もうそれ以上は……」
「何なら、そこの白い髪の女の人。あなたでもいい、知っているんでしょう?」

 視線を向けられた妹紅は反射的に、まるで逃げるかのように目を閉じて顔を逸らした。与七は雷に打たれたように、ぶつぶつと何かを呟きながら立ち尽くしていた。小兎が、珍しく怒った顔をして、何かを叫んでいた。

「そうだ、そこの、先生。あなたはどうやら知らないようだ。でも、この中では唯一僕達と同じなんだから、何か感じたりはしませんか?」

 同じ? 何を言っているのだろう、この男は。
 小兎が私に何かを言っている。でも、違う、私は考えなくてはいけない、言葉の意味を。

 そうだ、言葉はまるで反対だ。私と同じ者など、この中にはいないのだ。

 何故なら私だけが……

「半人だ……」
「先生!」

 その小兎の叫びで、私ははっと己を取り戻した。私は今、何を言った?
 何を口走ってしまった?

「惜しい。でも、ある意味正解ですね」

 楽しそうにそう言ったミヅキの言葉に反応して、鏡花の顔から表情が消えた。

「どう、いう……」

 鏡花の顔は、すがるように小兎を見つめていた。

「さあ、刑事さん。それはあなたが言うんです、さっきと同じ、それがあなたの責任だ。あなたは、追い詰めなくてはならない、自分の引いた規則に従うならね。僕達に罪を認めさせるには、さあ!」

 ミヅキの最早叫ぶようなその声に、呻き、小兎は泣きそうな顔をして、俯いた。

「……妖怪なんです」

 そして、絞り出すような声で、言った。

「立花英夫氏が関係を持っていた女性で、ミヅキさん、鏡花さん、あなた達の母親である人は、妖怪だったのです……」

 ああ、同じとはそういうことか。
 私は、驚く気力も失ったのか、無感動にその事実を受け取った。

「そうさ、僕達の母親は、化け物だったんだ、鏡花」

 妹を見つめて、慈しむように兄がそう言った。










      20 水月鏡花

「流石、全て正解ですよ、刑事さん。だから、答え合わせだ。あなたの仕事ぶりに敬意を表して、今ここで全てを話してあげます」

 ふぅ、と、ミヅキは息を吐くと、先ほどまでのようなおどけた態度をやめて、語り始めた。

「僕は、ある時まで自分の生い立ちなどは、鏡花と一緒だ、全く知りませんでした。物心ついた時から、僕は母と二人きりで、妖怪達の縄張りである山の端の方で、ひっそりと、あばら屋のような家で暮らしていた。母は、妖怪だった。しかし、僕が気づいた時には、その体はぼろぼろだった。妖怪は、体の病気には罹らない。その代わりに、心の病気が命を奪う。心が弱れば、引きずられるように、体も弱っていく。母もそれでした、あの男に捨てられた時に、きっと心をずたずたにされて、もう治せなくなってしまったのです」

 ミヅキは、決して父とは言わなかった。

「母がそのようでしたから、僕は一人で動けるようになると生きるために必死で食べ物やなんやを集めなければいけなかった。僕は、自分を妖怪だと思っていた。しかし、一度母が見せてくれたような、また偶に見る他の妖怪が振るうような力は、思うように出すことは出来なかった。獣を狩るにも、それなりに苦労しましたよ。それに母は、決して山から出ては行けない、家から出る時ですら、他の者にあまり姿を見せてはいけないと口酸っぱく言っていました。不思議でしたが、渋々従っていましたけどね。また、母は決して人間を襲ってはいけない、他の妖怪達のような真似もしてはいけないと言ってきた。今にして思えば、僕のことを人間として育てたかったのでしょう。結果として、僕は人なのか妖怪なのか、非常に中途半端で曖昧なまま育つことになった。そして、僕がそうして育つほどに、母はどんどんと弱っていった。家から出られなくなり、布団から出られなくなり、遂には起き上がることすら出来なくなるほどに、体と心が傷つき、朽ちてしまった。そうして、生死の境目に立った時ようやく、母は僕の出生の全てを話してくれたのです。僕が人間との間に生まれた子供だということ、僕には双子の妹がいること、その妹はその人間の家に貰われていったこと、その人間の名前。それを伝え終わると、母はあの男の名前を最後に呟いて、死にました。母は最後まで、あの男を愛していたんでしょう。自分を捨てて、子の片割れを奪っていった男を……愚かな、愚かな女だった」

 ミヅキは、震える声で、吐き捨てるようにそう言った。

「母の埋葬を済ませると、さて、僕は果たしてどうしたものかわからなくなりました。自分の生まれの秘密を知りはしたものの、生まれた時からそんなものを気にしたことはなく、今いきなりそう言われたところで、その時は何の感情も湧いてきませんでした。まるで、他人事のように、その時は感じられていたのでしょうね。しかし、僕に双子の妹がいるという事実にだけは、俄然興味が湧いた。今母を失い、一人になった僕にもどうやらまだ家族というものがいるらしい。一目、姿を拝んでみたいと思った。そうすることで、別に何かをどうしようなんてことも、その時は考えていなかった。ただ、知りたかった、自分の兄妹について。母に縛り付けられていた今までと違って、その時の僕はどこに行くにも、何をするにも自由でした。だから、妹を見に行こう、山を出て、人間の里まで行ってみようと思ったのです。人里の話は、少しくらいは聞いたことがありました。しかし、僕は今まで妖怪と思い込んで妖怪じみた暮らしをし、事実半分は妖怪の人間だった。なので、僕は自分の顔を隠し、なるべく目立たないようにして里に入り込みました。初めて見る人間達の暮らしは、今までの自分の惨めな生活と比べて、色々と衝撃的でしたよ。特に、人に尋ねてようやく辿り着いた、妹の住んでいるらしい屋敷を見た時は、何で己の方が貰われなかったのかと少し羨ましげに考えてしまったものです。しかし、それでも別にそんなことがそれ以上僕の心を動かすこともありませんでした。母を捨てた男、生き別れた妹のどうやら裕福であったらしい境遇、残された今までの母と自分の惨めさ、そんなものを誰かを殺したいほどの恨みに思うようなことはなかった。その時まではね。しかし、屋敷を見つけたはいいが、こんな立派な家に正面切って訪ねていって妹に会えるかどうかは、その時は世間を知ったばかりの僕にでも怪しく思えました。なので、塀を越えてこっそりと忍び込むことにしたのです。それくらいは、軽く行える身体能力くらいはありましたからね。そうして入り込むと、どうやら離れの建物から人の声がする。その時はそれが道場だとは知りませんでしたが、とにかく見つからないように気をつけて、そこを覗き込んでみることにしました。そして、覗いた先では見知らぬ男と……髪の長い自分がいた、一瞬本気でそう思いました」

 そして、ちらと、表情を失くして立ち尽くしている妹の顔を見た。

「いつも水面や鏡に映る自分の顔が、まさしくそこにありました。今まで生きてきた中で最大の衝撃だったと思います、まさかここまで生き写しだとは知りませんでしたからね。妹と男は、どうやら木剣を持って稽古をしているようでした。そこで僕は、また衝撃を受けました。初めて見る妹は、強かった。尋常でない程に強かった。恐らく自分と、体の作りだってそう変わらないでしょう、だからこそ、その異常さがよくわかった。そうかこの体とは、この力とはそのように使うのか、そんな風にも使えるのか、人と妖怪の混ざった力は……見ているだけで、手に取るようにわかるようでした。相手の男も相当に腕は立つようでしたが、それでも妹とは比べようもなかった。そう、妹は強かった、恐ろしいまでに強かった。それは、明らかに、異常だった。普通じゃなかった。そう思い至った時、僕の中にある、おぞましい考えが思い浮かびました。ああ、それに、僕は、気づいてしまったのです」

 ミヅキの声が、震えていた。煮えたぎるような感情に、震えていた。
 その言葉の意味するところを、私も薄々感づき、そして震えた。震えが、止まらなかった。

「その時、妹と稽古をしていた男が母を捨てたあの男だったのには、後で気づきました。それから、僕は気づかれないようにそろりと、そこを離れました。妹にはまだ会うわけにはいかなかった。僕の頭を掠めた、あの恐ろしい考えが真実かどうかを確認するまではね。念入りに顔を隠してきたのは、本当に運のいいことでした。屋敷を出ると、僕は里中を駆けずり回ってあの屋敷に関する、あの家に関する、あの男に関する情報を聞き回り、調べ上げました。そして、それが明瞭に示しているそのおぞましい事実に気づいてしまった。それを確信するに至ってしまった。そして、その瞬間に僕は、燃え上がるような復讐の心に取り付かれた。体中を焼け付くような憎しみに包まれ、どうにもならなくなった。必ずや、あの男を、あの忌まわしき人間を殺してやらなくては魂の安らぎを得られなくなったのです」
「……そこまでで、やめなさい」

 小兎がまだ呟くようにそう言ったが、そこには制止の力はもう残っていなかった。その場の雰囲気全てが、ミヅキに支配されたように、その男の独白を止めさせなかった。

「いえ、やめるわけにはいかない。知りたいか、鏡花」
「……はな、して……くれた……のは……?」
「あれは、一部だよ。全てじゃない。お前を傷つけたくはなかった、でも、お前ももう知らずにはいられないだろう」

 呆然と、さっきまでの毅然とした態度も、気丈さも、抜け落ちたかのような様子で問い返す鏡花に、ミヅキは悲しそうな瞳を向けて、

「あの男はね、お前が欲しかったのだ、この家の使命と己の跡継ぎのために、お前の力が、母の妖怪としての力だけが、欲しかったのだよ。お前の人間離れした、妖怪にまで並ぶ程の剣技を見た時に、僕ははっとそれに気づいた。半分が人のまま、半分が人を超えた幻想の存在を、あの男は世継ぎにしようと画策した。そのためだけに奴は母に近づき、そのためだけに母を孕ませ、そしてそのためだけに僕らは産み落とされ、そのためだけに母と僕は捨てられ、そのためだけにお前は今まで育てられたのだ、立花鏡花」

 おぞましい。

 胃がひっくり返るような心地がし、中身が全て溢れ出てきそうになった。

 なんと、なんという事実だろう。

 これが人間の所業か。

 いや、これこそが人間の所業か。

 自分の半身が総毛立つ。体の内側で血が暴れ狂う。

 それでも、私はそれに従うことは、出来なかった。
 自分のもう半身が、私をまだそこに立たせようとしていた。

「……そうして、僕は今回のことを計画し始めました。全ては一年以上前のことだった。僕は半年、この郷の、世間のことを学びながら、機会を伺った。人里の様子を探りながら、周到に計画を練り続けた。奴には最も屈辱的な、残酷で、己の行いと同等のおぞましい死を与えてやらねばならなかった。そうして、僕は、あの男がこのような醜悪な振る舞いをしてまでも欲しがった、そして手にした力によって、実の娘によって殺されることこそ、何よりも相応しいと考えついた。そのためには、たとえ実の妹といえども利用することに抵抗はなかった、いや、この事実を話せば、必ずや妹も僕と同じ感情を抱くに違いないと確信していた。そして、そのために僕はこの家に潜り込むことにしました。後のことは皆さん御存知でしょう。顔を隠したまま、僕はまんまとこの家の使用人となることに成功しました。そして、僕はどうやらすっかり信頼されたらしい頃合いを見計らって、鏡花に近づきました。……しかし、兄だと名乗り出ることはやめました。妹の性格を知ると、それよりも、恋仲にでもなった方がより計画に利用しやすいと思った。そうして、僕は鏡花との仲を深めていきました。自分と同じ顔に愛を囁くのは、中々奇妙な体験でしたよ。そして、ある時僕は、刑事さんの言う通り、細部は隠して、自分はあの男の実子であること、あの男が母にした仕打ち、自分は復讐に来たことを打ち明けました。実子であるということは、あの男が母と縁を切る際に一つだけ残していった家紋の入った羽織を見せれば、信じてもらえました。そして、鏡花に父親の殺害を決意させた。平行して、破落戸に盗みをさせる計画なんかも、話の通りです、僕が単独で行っていました。陽動のためだったのですけども、いや、本当に、ここまで見事に全て看破されるとはね……」

 ミヅキは力なく笑って、そこで話すのをようやく止めた。
 再び、部屋には音が無くなった。いや、違う、微かに聞こえている。
 ひゅうひゅうという風の音だ。いや、それも違う、それは最初から風の音などではなかった。
 それは、喉から漏れる、小さな悲鳴のような、自分の吐息だった。
 そして、それは目を見開いたまま、真っ白な顔で立ち尽くすしかない鏡花の喉からも漏れていた。
 横に立つ、吐き気を必死で抑えているような妹紅と与七からも、少し離れた所にいる泣きそうな顔をしたお蓉やフミ婆さんからも聞こえていた。

「……全部話して……それで、満足ですか。満足しましたか……?」

 小兎だけが、声を出した。震えている声だった。

「ええ、もう何も、この事件に言い残すことはありません」

 ミヅキが落ち着き払った態度で応じた。

「……それなら、妹紅さん、お願い、します」
「……ああ」

 小兎の指示に、妹紅が並んで立つミヅキと鏡花の方へ一歩を踏み出した。
 その瞬間であった、その動きを見るや弾かれたように鏡花が動くと、床の間に飾ってあった刀をひっ掴んで抜き放ち、妹紅と小兎へ向けたままミヅキを背に庇うようにして立ちはだかった。

「……鏡花さん、あなたは一時的に錯乱しているだけです……刀を、下ろしてください」

 有無を言わさぬ調子の小兎の言葉に、鏡花は従わずに首を振った。その顔には、もう、厳格な家の跡継ぎとしての気迫など微塵もなかった。
 ただの、泣きそうな顔をした少女だった。

「……惹かれたのは……兄妹、だから……だったんだ……」

 震えるその声には、場違いなほどの嬉しさのような響きが混ざっていた。

「愛しいと……思ったのは……血の繋がった、家族だったから……なんだ……」

 構える刀の切っ先は震えて、とても抵抗など出来そうになかった。
 それでも、小兎も妹紅も一歩も動けなかった。

「……いいんだ、鏡花……もう、いい」

 しかし、後ろに庇われたミヅキ自身が動いて、刀を掴む鏡花の手に自分の手を重ねた。

「そんな、兄さ……!」

 鏡花の叫びが響いた刹那、兄が妹の手から刀をもぎ取り、そしてその体を振り向かせて、

 その胸に、刀を突き立てていた。

「兄……さん……」
「もう、お前は休んでいいんだ……いずれ、僕も行く」

 その体を抱きしめるようにして、兄が妹に囁く。
 鏡花の口の端から血が一筋零れ、その目がゆっくりと閉じられた。

「妹紅さん!!」

 小兎の怒鳴るような声が響き、妹紅が叫びながら手を伸ばしてそこへ突進しようとしてゆく。
 しかし、その手が届く直前で炎の壁が間に立ち上った。

「くっ!?」

 反射的に、妹紅が手を引いた。
 その間に、見る見る内にその炎は部屋中を走り回り、視界を燈色に染めていく。

「こんな手を……!」

 小兎が忌々しげにその炎を目で追いながら呟いた。
 燃え盛る疾走は部屋を越え、廊下から屋敷の中へ向かっていく。
 いや違う、それは屋敷の内部、至る所から走ってきて、合流し始めているのだ。

「ち、く、しょう! 灰からまた甦る蓬莱人なめんじゃねえぞ!」

 一度手を引いた妹紅が、再度そう叫びながら炎の向こうに手を伸ばそうとして、

 また、止まった。

 止まったのは妹紅の手だけではなかった。
 炎の壁の向こうに視線を向けた全員の動きも、意識も、何もかもが一瞬止まっていた。

 炎の向こうの男は、喰っていた。

 妹の、女の、少女の胸に己の歯を突き立て、その肉を貪るように喰っていた。

 すとんと、フミ婆さんとお蓉が腰を抜かして座り込むのが視界の端に映った。

「っ、あ、ぁ……!」

 それでも、なお妹紅は、呻きながら手を伸ばそうとする。

「駄目だ、妹紅……もう、無理だ」

 それを押し止めるように、私の口から声が自然と出てきていた。

「あれは、もう、私達の手の外だ……」

 あそこにいるのは、妖怪だった。
 そうか、これか。そう思うと、妙に冷静になった自分の頭がそれを理解していた。
 これが、小兎の、あの子の言っていた感覚で、境界なのか。

「それより、妹紅! 火の回りが早い、不死身のお前が盾になってフミさんやお蓉さんを逃がすんだ! 与七、お前まで腰抜かすつもりじゃないだろうな!」

 それから、私がそう指示を飛ばすと、妹紅は舌打ちをして、フミさん達の方へ走り寄った。それを見て、慌てて与七も動き出した。

「くっそ! ワイン一本じゃ割に合わねえ仕事だぞ! 与七、私がフミさん担いで先頭立つから、お前はお蓉さん担いでついてこい! 男見せろよ!」
「は、はい!」

 妹紅が言葉通りにさっとフミ婆さんを担ぎ上げ、与七も立てぬお蓉を抱き上げると、急いで部屋を出ていこうとして、

「慧音は!?」
「先に行け! 私は、こいつを連れて行く!」

 叫んで、私は、呆然と立ち尽くしている小兎の方を向いた。
 妹紅達が走って出て行く。
 炎の向こうでは、胸から顔を離して妖怪が叫び声を上げていた。産声のようであった。

「小兎!」
「やめ……」

 小兎が口を開く。

「やめなさい!!」

 向こうに、叫ぶ。

「人として犯した罪は、人として償うのよ!!」

 私は小兎の袖を掴み、引っ張るようにして連れて行こうとする。

「立花水月!!」

 炎の向こうの顔が笑っている気がした。




 小兎の上着を引き剥がして自分達の上に被せながら、私は小兎の手を引いて燃え盛る廊下を走った。
 そうしながら、私は何故だか昔のことを思い返していた。
 手を引くこの子が、まだ寺子屋に通っている子供だった時のことだ。
 ああ、そうだその時と、同じなのだ。なんでだったか理由は忘れてしまったけど、しくしくと泣いている小さな小兎の手を引いて、私はこの子を家まで送り届けたことがあった。
 同じなのだ。手を引く、あの時より大きくなった小兎は、それでも今は泣いていた。
 私は、教師だ、この子の先生だ。小兎を連れて行かなければ。
 あの時のように、家に帰してやらないと。手を繋いで、一緒に。
 体を抱き寄せて、最後の炎の壁を抜けたら、真っ黒な夜空が広がっていた。










      21 終わりの問答

 全てが終わったのは、夜が明けてからだった。
 燃え盛る立花邸から私と小兎が脱出すると、すでにこれはいかんと警官隊による消火活動が始められていた。
 無論すぐさま私も、小兎や妹紅、与七も加わり、懸命に火消しに当たった。
 その内に自警団も河童謹製の放水機械を持って駆けつけてきて、そうして何もかも燃やし尽くそうとする炎がようやく収まる頃には、最早空が白み始めていた。
 広い庭を持っていたことが幸いしたか、近隣住宅への飛び火はなかった。
 しかし、屋敷は、離れの道場までも含めて、全焼と言ってよい有様だった。
 捜索した焼け跡からは、一人分の焼けた骨だけが見つかった。
 しかし、そこで呆然とするわけにもいかず、我々は更なる事後処理に追われ、ようやく一旦落ち着けるところまで全てが終わって、帰宅可能になったのがもう朝日が昇りきった時刻のことだった。
 心神喪失状態のフミ婆さんとお蓉はとりあえず与七の家に預けることにして、とはいえ大して変わらぬほど疲れ切ってふらふらの私と小兎と妹紅は連れ立って帰途についた。
 自宅に帰る気力はなかった。小兎も妹紅もそれは同様であった。
 一言も口を聞かずによろよろと私達は、そこから一番近かった小兎の事務所へ向かうと、立て付けの悪い扉を開けて上がり込み、あの朝の時の小兎のように埃っぽい机の上に構わずに突っ伏して、寝た。
 ひたすらに眠りたかった。眠って、少しの間だけでも、何もかも忘れてしまいたかった。
 小兎はいつもの場所、私もあの時の机に、妹紅はその向かいに座り、三人ともただひたすらに寝ていた。




 目を覚ますと、頭痛がしそうなほど差し込んでいた陽の光は、血のような赤色に染まっていた。
 無理な姿勢で寝ていたせいか、体を起こすとばきばきと鈍い痛みが走った。私が起きると、つられて他の二人も仕方なさそうに起きてきた。
 しばらく、誰も喋らなかった。

「……帰る」

 しかし、その内妹紅がぼそりとそう口を開き、

「帰って、寝直す」

 欠伸をしながら立ち上がってそう言うと、じゃあな、とだけ残して出て行った。
 そうして、また最初のように、この事務所で、私と小兎だけが向かい合うことになった。
 小兎は少しだけ兎のように赤くなった瞳で、何も喋らずにただぼんやりと座っていた。その顔は何かを考えているのかもしれないし、何も考えていないのかもしれなかった。
 仕方がないので、一度溜息を吐くと、今度は私が立ち上がった。
 立って、給仕場まで行くと、薬缶に水を張り、火にかけた。
 何も、喋らなかった。しゅんしゅんと、湯の沸ける音だけがしていた。
 頃合いを見て戸棚を探ると、カップと珈琲だけがあった。

「砂糖とミルクは?」
「そんなもの、ありませんよ」

 問いかけると、ちゃんといつもの声が返ってきて、少しだけ安心した。

「それじゃあ、本当にここには珈琲しかないじゃないか」
「そう言ったじゃないですか」

 溜息を吐いて珈琲だけを準備すると、湯を注いだ。

「……全部、聞かせてもらってもいいか」

 注ぎながら、問いかけた。

「……終わりましたよ、全部。今更、話すことなんてありません」
「いいや、終わってないさ。私は、お前と最後まで見届けると言った。お前の胸の中に残っているものまで余さず見知って、それでようやく終わりが来る。私の中ではな」

 カップを持つと、小兎の方へ歩み寄っていく。

「……何もかも、知りたいですか。欲張りですね、先生は」
「歴史家だからな」

 一つ手渡すと、自分の席へ戻って座った。
 どちらともなく、まず無言で一口珈琲を啜った。相変わらずの苦さだった。

「……さて、どこから聞きたいですか」
「最初からだ、まず、お前はいつの時点で鏡花が犯人だと気づいたんだ?」

 小兎はカップを置くと、ほぅ、と息を一つ吐いた。

「あの時語った理由もありますけれど、一番大きな理由は、首の傷です」
「首の傷?」
「ええ、あの傷はこう、右上から左下に傾ぐ感じになっていたでしょう。通常そういう風に首が飛ばされたとしたら、それは体の右から斬られたことになるはずです。普通は、刀自体の重さも利用するために斜め下に振り下ろしますから」

 小兎は自分の首の右側をとんとんと手刀で叩いた。

「しかし、あの死体は体の右側を壁に預けて死んでいた。更に、刀傷ももたれる壁側についていた。とすると、犯人は左下から右上に斬り上げるようにして首を飛ばしたことになる。首を一刀で斬り飛ばす手練れなんですから、普通はそんなおかしな斬り方はしないでしょう。とすると、納得のいく理由は一つです。その斬り方が最も力の入る、相応しい型で斬ったのだと、ね、そう考えました。そんな斬り方で力を入れられるのは、刀を逆手に持って斬り上げた時くらいしかありません。逆手だと、斬り上げるなら体を回す全部の勢いを刀に乗せることが出来ますから。そんな特殊な斬り方をする人物が犯人だとするならば、大分特定は出来そうだと思っていました。そこにまあ諸々の理由を加えて、あの時点で鏡花さんは疑わしいなとは思っていたんですけどね」

 そこでまた、一口珈琲を飲んで、

「それが確信に変わったのは、あの鏡花さんとの手合わせの時です。あの人は、最後に本気を見せた時に、同じように逆手で斬り上げるようにして斬りつけてきました。まあ、その瞬間に、その一撃の見事さなんかも考慮に入れて、この人なんじゃないかと思ったわけです」
「……待て、もしかしてあの時、その手合わせの前に私に、『鏡花さんの前で私のこと褒めてくれませんか?』って頼んできたのは……」
「ええ、この手合わせをするためですよ。実際に会った印象やら妹紅さんの話やらから、焚き付ければ必ず乗ってくると思っていました。それにはどこの誰ともわからない私より、実績のある英雄である先生の口からの方がより効果的だと思ったので。まあ、案の定だったんで、ありがたいことでしたけど」

 驚きと感心の混ざった吐息を、私は静かに吐き出した。まさかあの時から、そんなことを考えて動いていたとは。

「それに、その手合わせの時にもう一つ薄々わかったこともありました。鏡花さんの剣技は、その力は、あまりにも人間離れしていた。普通じゃないと、そう感じました。半妖じゃないだろうかとは、その時から疑いだしたことです。きっと、同じく手を合わせたことのある妹紅さんや、一緒に稽古をしていた与七さんも、ある程度勘づいていたでしょうね」
「ああ……じゃあ、もしかしてあの時、与七が言おうとしたことは……」

 鏡花は実は、人間じゃないのではないだろうか。言おうとして、それでも思い止まってしまった、与七の顔が浮かんだ。長年、己の内だけで悩んでいたのだろうか。話してくれれば、よかったのに。

「あの時? 何かあったのですか……」
「いや、ちょっとな……そうだ、それで大分私は悩まされていたんだぞ。小兎、お前は……」

 私は少し言い淀み、しかしやはり言ってしまう、聞いてしまうことにした。

「お前は、与七が犯人だとは疑わなかったのか?」
「……何で、私が与七さんを疑わなきゃいけないんですか。そりゃ、内通者の件では散々疑いましたけど、犯人とまでは……」
「いや、実はな……」

 そして私は、あの時屋台で聞いた妹紅の推理を全部話してみた。

「そういうわけで、与七がその夜何か怪しい行動をとっていたらしいんだ……って、何だお前その顔」

 それを聞き終えると、小兎は何やら呆れ果てたような、困惑気味の表情をしていた。

「ええ、いや……あの、ですね、先生……私、言ってませんでした?」
「何をだ?」
「与七さん、犯行のあった時間帯にね、私と一緒にいたんですよ。多分、そのどこかへ向かっていたって、私を呼びに来てたんですよ。私、あの時遅刻したんで。だから、私は与七さんは潔白もいいとこだと確信してたのですが……」

 しばらく、開いた口が塞がらなかった。

「けれどまあ、その推理も犯行時間帯がわからなかったら、大分に有力なものになってたかもしれません。そういう可能性を弾いていくためにも、きっちりとした死亡時刻を知る必要はあったんです、あの医者に手を借りてでもね」

 小兎の言葉によって、私の脳裏にあの妖しい笑顔が浮かんできたので、急いで首を振って散らした。

「しかし、その死亡時刻もしばらくは足枷でした。そうして犯人を確信はしても、事情聴取の証言を合わせるとどうしても矛盾が生じることになります、なのでその時は大分に悩んでいました。そこに、さらにあの窃盗事件の情報まで入ってきた。しかし、内部犯の観点から考えていた私は、それはもしや外部犯に意識を向けさせる陽動なのではと思いました。してみれば、鏡花さんの性格などから考えて、これは別の人間が計画したもので、共犯者がいるのではないか……飛躍した考えでしたが、調べてみる価値はありそうでした」

 小兎は一旦言葉を区切るように、また珈琲を一口飲んだ。

「そして、私は御存知の通り一人だけ別動として、内部犯の線を捜査し始めました。あの時話した理由のように、あんな殺し方をするくらいだから、それはいっそ恐ろしいまでの怨恨なのではと当たりをつけた。なので、里内里外問わず立花英夫氏の過去を調べ回っていたわけです。しかし、それでわかったのは、過去の不義の外側だけでした。関係のあった女性がいたらしい、と、そこまでです。醜聞は風化しかかっていた。同時に、あの一人芝居のトリックについても考え出していました。まあ、最初は鏡花さんそっくりの人形でも使用していたのでは、なんて突飛もいいとこな思いつきでしたけどね。それで、人形師の家も一応訪ねてみることにしたんです。しかし、最近顔を隠した怪しい風体の男に人形作りを依頼されたが、作ったのはただのマネキンだと言う。どうやらその男は窃盗を指示した男と同一人物でかつ今回の計画の共犯者であるらしいことはわかりましたが、けれどそのマネキンでどうするのかというのはまた壁として立ちはだかりました。いや……薄々、嫌な予感はしていたのですけどね。共犯者にしたって、もうその時点で誰を疑うべきかなんていうのは明白だった。破落戸の持っていた情報の質と、与七さんとの仲などもその辺りで条件に追いついてきた。後の壁は、もうその一人芝居の秘密、一つだけでした。そして、それこそが全ての背景にも繋がっていたのです」

 珈琲のせいではない、苦そうな顔をしながら小兎は語り続けた。

「まあ、そんなもやもやした気分を抱えたまま歩いていたら、あの時先生に偶然出会ったのです。そして、あの天狗……射命丸さんもやって来た。しかし、今思えばあの方の情報が全てを繋ぐ鍵でした。私があの時、射命丸さんから聞いた情報はね、先生、『あの娘と同じ顔をした子供を山の端の方で見たことがある』というものだったんですよ。それを聞いた瞬間に、吐き気がするほど最悪な想像が、最高の爽快感をもって私の頭の中で全ての情報を繋げました。ついでに、あの貰った新聞も大いに役に立った。あれから、私は紅魔館に行くと言いましたっけ。ええ、本当に行ってたんですよ、評判の葡萄酒を買うためです。銀髪のあの、時間を止めるメイドさん、私でようやく買ってくれた人は四人目だと喜んでいました。苦労してますね、あの人。まあ、それを買うと私は妹紅さんの家に行って、それを報酬代わりに、射命丸さんの情報にあった妖怪の山の端で聞き込みを行ってもらうことにしたんです。妖怪相手にそんなことが出来るのは、不死身のあの人くらいですからね。葡萄酒好きだったのか、二つ返事で引き受けてくれました。それから、更に私はもう一度森の人形師の家を訪ね、連れ立って新聞に載っていた鈴蘭畑に行ってみることにしました。いや、あの人形師さんは、天狗とかと違って本当に話のわかる人でよかった。まあ、人じゃあありませんが。そして、鈴蘭畑に行って、そこを縄張りにしている毒人形から話を聞くための仲介に立ってもらったんです。ついでに、人形のバラバラ死体だかの確認もしてもらった。やはりというか、自分が依頼を受けて作ったものだと言ってました。次に毒人形の話を聞くと、昨夜くらいに誰かがこっそりとそれを捨てに来たというのです。それが人形だと気づくと、頭にきたので毒をけしかけたんだと、自分が人形の妖怪ですから許せなかったんでしょうね。すると、そのマネキンだけを置いて逃げていった。とまあ、そんな話でした。そこら辺で、もう一人芝居のことは確信がつきました。きっと、その時にカツラや返り血を浴びた服なんかも捨てて、それだけじゃなく燃やそうとしていたんだと思います。鈴蘭畑は毒があって危ない、誰も近づかないから好都合だった。しかし、本当に危なかったわけです、たとえ半妖でもね」

 それを全部済ませたのは夜の内のことでした、と言って、また珈琲を飲んだ。

「それから後は、妹紅さんの報告を待つだけでした。もうそれ以上調べるべきこともなかったし、そうする気力もなかった。いっそ全てを否定するように、賊でも見つかってくれないものかと願っていました。しかし、妹紅さんは戻ってきた、待ち望んでいた報告を持ってね、だから私も働かなきゃならなくなりました。妹紅さんの調べてきたことは、ほぼ予想通りのものでした。昔、人間と恋仲であった変わった妖怪がいたこと、その妖怪が身ごもっていたらしいこと、お産を手伝ってやったなんていう妖怪までいたそうですよ。子供は男と女の双子だった。その内に人間がやって来て、女の子の方だけを連れて行った。鏡花さんの写真を見せると、そんな顔をしたのが母親と住んでたと……妖怪にとっては、昨日程度の昔のことだったんでしょうね。そんな風にはっきり覚えているのが多かった。ありがたくはあるんですが、残酷ですよ、今回の場合は。全ての情報を手に入れた私には、わかりたくないことまで手に取るように想像が出来ました……おぞましいほどにね。以上、私の今回の行動の全てなんて、そんなものです。満足しましたか」

 そこまで語ると、溜息を吐いて小兎は黙り込んだ。
 私も、今の話について色々と考えながら黙っていた。
 しばらくしてから、小兎に倣って珈琲を一口飲み、

「立花英夫氏は、本当に、ミヅキが語った通りの思惑を持った人物だったんだろうか」

 私がぽつりと呟くと、小兎はちらりとこっちを見て、それから天井へ視線を逸らした。

「さあ、実際のところなんて、本人にしかわかりません。私も、ミヅキさんも、氏の人となりと実際の行動から推測したに過ぎないんです。妖怪を孕ませ、子の片割れを奪っていったという、行動だけを抜き出すとそうですが、その女性と氏の間にどんなやり取りがあったのか、納得はあったのかなかったのか、そんなものはもうわかりません」
「それが、疑問なんだ。氏は厳格にして、高潔、正々堂々の人物だったんだろう? 何で、そんな……正反対の所業が出来たんだろう」
「それに関しては、厳格で曲がったことを絶対に認めない感性というのは、裏を返せばその行動が己の中の規範に見合っているのなら、どんなことでも躊躇なくやり遂げるということでもある、と私は思ったんです。そして、その規範は一般の中ではなく、己の中、代々受け継いできた御家の使命の中にあったんだと思います。ひたすらに剣を、腕を磨き、それでもって平民に報いる。敵には、この郷は事欠かなかった。それはその使命にとって幸運であり、不運でもあった。使命を果たし続ける必要はなくならない。けれど、いくら自分が剣術を極めようが、人間には限界というものがあります。しかし、敵の強さには果てがない。追いつけるはずなどない、氏は己の実力の到達点に行き着いてそれに気づいてしまったんじゃないでしょうか。その時に考えた、自分はここで止まったが自分の子供にはさらに、先を目指して立花家の理念を完璧に近づけてもらわねばならない。しかし、人間の身のままではそれは適わない……ならば、人でありながら、人でない身ならば……氏の許容出来るギリギリの線は、そこまでズレてしまった。そうして、今回に繋がる因縁が生まれることになったと、私はそう考えています。まあ、全部推測ですがね」
「与えられた条件から外れないように組み立てるなら、推測だって限りなく正解に近くはなるはずだ。もう実際をわかることができないのなら、落としどころは自分達が見つけるしかないじゃないか」

 そう言って、私は話を続けていこうとした。この子の胸の内を、全て吐き出させてやりたかった。それは自分の、納得のためでもあるのだから。

「何で、鏡花だけを連れて行ったんだろうな……ミヅキを残していったのは、母親に対する譲歩だったんだろうか」
「さあ……まあ、ミヅキさんがいたから、その妖怪の母親も少しは幸せだったのだと、思いたくはありますが。けれど鏡花さんだけを連れて行ったのは、この郷ではそういう幻想の力は女性にほど高くなるというのを考慮した打算があったのではなんて考えることも、出来たりしますし。ただ、まあ、鏡花さんの存在はまさしく、氏のおぞましい思想を象徴するものだったのだと、今となっては思います。あの人の性格は、まるで型にはめたような、父親の、ひいては立花家の当主の理想そのままだったんでしょう。厳格にして高潔、清廉にして潔白、非道を許さず、悪を許さず、人の敵を許さなかった。そんな風に歪められて、彼女は育っていった。道を外れた行いをしたならば、父親ですら己の手で討ち取って、平然と、当たり前のことをしたのだというような態度を取っていられるほどにね。普通なら、あり得ない。父親がその日に死んでいたというのに、あの心の強さは。図らずも、彼女をそう作った父親を殺すことで、その当主としての完璧さは完成したんじゃないでしょうか。まったく皮肉ですよ」
「だけど、その型も、心の殻も、きっとあの時全て崩れたんだ……いや、きっと、ミヅキと出会った時から、二人でいた時は、それはなくなっていたんじゃないだろうか……あんなに、か弱そうな、普通の少女だったんだな……」

 必死で兄を庇った時のその姿が浮かんで、私は少しだけ泣きたいような気分になった。
 小兎も同じことを考えていたのだろうか。私達はまたしばらく黙り込んだ。

「……あの時の、お前とミヅキが交わしていた会話はなんだったんだ?」

 ふと、そんな疑問がまた私の口をついて出た。

「……何か、話してましたか」
「ああ、何で鏡花が犯人だと気づいてしまったんだ、とか、あの時そんなことを話していたじゃないか」

 思い返すと、不思議だった。あの会話の中には、何かがある気がした。

「あれは、ですね……今回、私が絶対にしなくてはいけないことで、それでも出来るならばしたくはなかった……そんなことについての会話です。一人芝居のトリック、あれはね、犯行時間帯の空白を作り出すためだけじゃあなくて、犯人像から鏡花さんを外させるためでもあったのです。普通は、鏡花さんの顔だけははっきりと目撃されているんです、鏡花さんがその芝居を行ったのだと考えるでしょう。調べる側がヘボだったなら、鏡花さんが殺害の実行者であることはわからないように、あの犯行は全て計画されていたんです。むしろ、殺害から計画の全てをミヅキさんだけがやったと、内部犯の観点から調べられたらそう見せかけられるようになっていました。一人芝居のトリックにしたって鏡花さんが利用されて、ミヅキさんの犯行時間を作り出すために協力したのだと、事件の背景がわからなければ良くてもそこまでしか考えつきません。けれど、私は鏡花さんが殺害を実行したのだと気づいた、気づいてしまった。そして、事件の全てを知って、それを暴き立ててしまった」

 小兎は、話しながら椅子に深くもたれかかっていく。

「きっと、そこにはミヅキさんから鏡花さんへの愛があったんです。氏に報いを受けさせるには、ミヅキさんにとっては鏡花さんに殺させるしかなかった。そこまで彼の心は歪んでいた。でも、それでもこんな計画を巡らせてまで、鏡花さんが犯人だと知れることは回避したかった。矛盾しています、でもその矛盾の中に、彼の妹への愛があったのだと、そう考えたいじゃないですか。そんな愛も、今回のことを引き起こした歪んだ憎しみも、きっと全部、彼の中の半分の人間の感情だった。今回の事件も、彼の人間としての血がそうさせたのだと思います。妖怪なんかじゃなかった、ミヅキさんも鏡花さんも人間だったんです。英夫氏も人間だった。全て人間の心が生んだことだったんです」
「だから、私にそれを、知って欲しくなかった?」

 小兎は、不安そうな顔で頷いた。

「……先生の半分は、妖怪の側です。だから、受け入れられないのではと思った。人間の行いに、絶望して欲しくなかったのです」
「小兎……」

 私はそんな顔をする教え子に、少し無理をして笑顔を作ってみせた。

「大丈夫だよ、私の半分は拒絶しても、半分はきっと、受け入れられるんだ。人と妖怪の心の境界の上に立って、私はお前が生まれる前から色々なものを見てきた。今回のようなことだってな。人にも、妖怪にも、絶望しかけたことだっていくらでもある。でも、今でも私はどちらも好きだよ。人間のそんな、複雑怪奇で、だからこそ素晴らしい心を、私の半分は理解して、愛おしいと思っている。半分は、それに反発してもな。きっと、そんな矛盾を私も抱えて、これからも生きていくさ」
「……先生は、強いですね」
「ああ、お前の先生だからな」

 私の言葉に、小兎も少しだけ笑った。
 しかし、その笑顔はすぐに、自嘲のそれに変わって、

「……結局、今回私がしたことはなんだったんでしょうね」

 ぽつりと、言った。

「ミヅキさんは元々、鏡花さんに全てを話す気はなかった。何も話さずに、あの計画を利用して、ばれたなら自分だけが捕まるつもりだったんだと思います。鏡花さんも共犯とはいえ、犯行時間を偽装した程度なら罪は軽い。自分が騙して利用してやったのだとでも自白するつもりだったんでしょうか。そうしたら、鏡花さんは何も知らず、何らかの形で共犯の罪は償うことになるでしょうが、きっとこれまで通り生きていけたのかも知れません。今回の事件の一番幸せな結末は、もしかしたらそこだったんじゃないかと、思ってしまう。私はただ、ヘボな刑事のヘボな推理に従って、ミヅキさんだけを捕まえてやればよかった。調べたことは全て闇に葬って、ね。そうしたら、フミさんもお蓉さんも、与七さんも、先生や妹紅さんも傷つかなかった……」

 深い溜息を吐いて、

「でも、それだけは出来なかった……どうしても、出来なかったんです……」

 絞り出すような声で、そう言った。

「……お前がたとえそうせずとも、いずれ似たような破局は、あの家に訪れていたんじゃないかと、私は思うよ。きっと、あの家はもうどうしようもなく何かが歪んでいたんだ。鏡花のあの作られた当主としての性格は異常だったと言っていたじゃないか。あれは、殺人を犯したという事実を抱えたまま、誰かを代わりに捕まえさせてのうのうとしていられるような性質じゃない。いつか内側の本当の鏡花と乖離を起こして、崩壊していたんじゃないかと私は思う。いつか、自分が半妖であると、気づく時だって来ただろう。その時もやはり、あの鏡花はその事実には耐えられなかったんじゃないだろうか」
「……ええ、きっとそれをミヅキさんもわかっていたから……このようなことが全て露見した後で、妹がこれまでのように生きていけるわけがないと思っていたから、だからあの時自分の手で、殺してしまったのかもしれませんね。けれど、今や、たとえどんなことだって、もう推測にしか過ぎませんよ。私の今回の手腕は最悪に近かった、悪足掻きは通じずに、結局全て白日の下にさらけ出して、本当に二人を、どうしようもないところまで追い詰めただけだった。それだけが事実ですよ」

 小兎はうんざりしたようにそう言うと、目を閉じて黙り込んだ。
 私も黙って、もう一口珈琲を飲んだ。それはもうすっかり温くなっていて、相変わらず苦かった。

「……なあ、小兎……たとえどんなに残酷な歴史だろうが、出来得る限りの真実に近い形として、それは遍く後世に伝えられていくべきなんだ。そうすることで、人は歴史から、先人の行いから学び、その先へと進んでいこうとする。それは命の長い妖怪には出来ないことで、だからこそ私は人間とその歴史を素晴らしいと思っているんだ。今回の全ても、お前が調べ上げた真実も、きっとそんな役割を果たす出来事の一つになる」

 私は教え子を真っ直ぐに見つめて、言ってやる。

「小兎……お前は、正しいことをしたんだ。その歴史は、私が伝え続けるよ」

 小兎は何も答えなかった。
 私も、それ以上何も言えることはなかった。
 しばらくしてから、

「……今回の真実は、記録するにしても、公にはしないでください。きっと、隠されるべきなんです……何より」

 小兎は溜息を吐くと、いつもののらりくらりとした調子を取り戻して、

「恥ずかしいじゃないですか、私がかっこ悪くて」

 くすりと笑んで、そう言った。

「……そうかもな、きっと私も、酷くかっこ悪い」

 その言葉に、私も苦笑を返してそう言った。

 そこで、ようやく終わった。そう感じた。

 あの朝からの長い事件は、ようやく私と小兎の間で終わったのだ。

「さて、と」

 それから、小兎は椅子から立ち上がると、体を伸ばして、

「そろそろ、先生は帰った方がいいでしょう。私も、もう出ます」

 窓の外はすっかり暗くなっていた。
 私は自分も立ち上がりながら、

「そうだな……お前は、これからどうするんだ?」

 何となく、そう尋ねかけていた。

「そうですね、飲みに行こうとでも思ってるんです。久しぶりに、理香子でも誘って」
「理香子と?」
「ええ、たまにはあの子、研究ばっかしてるから連れ出してやらないと。そんで、たくさん仕事の愚痴を聞かせてやるんですよ」

 楽しそうにそう言う小兎を見て、ふっと私も、久しぶりに酒を呑みたい気分になった。

「よし、そういうことなら私も付き合ってやろうじゃないか」
「えっ、先生も?」
「いいじゃないか、たまには元教え子達と酒を酌み交わすのも」
「うーん、まあ、いいですけどねぇ……」

 仕方なさそうに笑う小兎と連れ立って、私は立て付けの悪い扉を開けて外へ出た。
 久しぶりに会うもう一人の教え子は、元気にしているのだろうか。
 途中で、妹紅も誘ってやるのもいいかもしれない。

 そんなことを思いながら、私は小兎と歩き出した。










      後書き

 以上が、今回の顛末の全てである。
 書くべきこと、記すべきことは全て書き尽くしたように思う。
 如何だっただろうか、この中で語られた私の言葉通り、この歴史を見つけられた貴方にとって、何か感じ入るところがあったならば、きっとこの事件に関わった全ての人は少しでも報われるはずだと、私は思いたい。
 そして、その後の人々の様子を少しだけここに書き残して、私はこの文章の結びにしたいと思う。
 与七は、あれからなんとお蓉と結婚した。元々、二人はあの事件以前からお互いに意識はしていたらしい。
 結婚した後に、与七は警察を辞め、縁者のなかったフミ婆さんも引き取って、お蓉の郷里へと引っ越していった。
 今はそこで道場を開いて、立花流の今や唯一の継承者として、その剣術を弟子に伝え続けているらしい。たとえどんな人だったにせよ、やはり与七には師であり、その剣技には罪はないのだろう。
 立花鏡花の遺骨は、我々がその後簡単な葬儀を済ませ、立花家の墓へと納められた。彼女の家だ。半生の全てだったのだ。そこで眠ることを、鏡花も望んでいると、私は思っていたい。
 立花水月の行方は、その後も知れない。彼は妖怪になった、そして人の手から離れていった。巫女か、それとも別の誰かに討たれたか、どこかで野垂れ死んでいるのか、まだ生きているのか。知る由はない。
 妹紅も私も、相変わらず長い寿命にかまけた、いつも通りの変わらぬ日々を過ごしている。妹紅は永遠だ、私も似たようなものだ。きっと、私達二人の中ではこれは歴史にならずに、記憶としていつか薄れてゆくのだろう。
 最後に、小兎、あの子も結局いつも通りであろう。
 今この筆を置いて、私が今回のために借りてきた資料をあの事務所に返しに行くと、きっとこれまでと同じように、暇そうに、退屈そうにだらだらと、自慢の蒐集物でも愛でているのだろう。
 そして、いつもと変わらぬあの苦い珈琲を出して、もてなしてくれるのだ。
 だから、私はそれを、今ではその味にも慣れて、存外楽しみにしていたりする――
永遠の輪の中 昇ってゆく


ここまでお読みいただき本当にありがとうございました





ここから追加のあとがき(読み飛ばし推奨)

えー、今回は何とも、身に余りすぎる高評価をいただけた上に念願であった入賞まで果たしてしまい、採点してくださった皆様には本当にどれほど感謝をしてもしきれません
そんな感謝の気持ちを表すため、コメ返し及び今回の作品についての制作秘話とか裏話とかこれから長々としてみたいと思っております(本当はただみっともなく作品解説したいだけとか内緒)
かなり色々なネタバレとみっともなさを含むので、これから読まれる方は全て、コメントされた方はお返事の部分まで読み飛ばし推奨でございます



今回の作品を書こうと思った切っ掛けとコンセプトとか
まず冒頭で書かれている三人の神童という設定なのですが、これだけは実は大分前から考えられていた物でした
元々、夢時空キャラが好きで、その中でも特に朝倉と小兎姫というキャラが好きだったので、現在の作品の時系列に如何にして無理なく組み込ませられるかみたいなことを以前からぼけーっと考えたりしていました
そこで、人里という設定、さらに幻のキャラの冴月さんも加えて、魔理沙や霊夢が活躍し始める一世代前に今の彼女達のように活躍していた人間の英雄達、と、そんな感じのキャラにしてみたら面白いんじゃないかなぁと、そうして生まれたこじつけオリ設定でした
なので、魔理沙や霊夢が少女として飛び回っている現在、三人ともいい歳です、二十代ギリギリ前半くらいの
魔理沙達を見ながら、私にもあんな頃があったわねぇとしみじみ思っていたりする感じです
と、まあ、そんな設定だけは考えておいて、機会があれば彼女達について書きたいなぁと典型的設定厨の日々を過ごしていたところ、思いがけず今回のコンペというチャンスが舞い込んできたのでした
小兎姫を主役にミステリ、探偵小説を書きたいなぁという思いは設定を考えていた時から抱いていたのですが、その時はまだ実力不足で諦めていたのですが、もうそろそろ許されるのではないか、書ける最低限の実力は身についたのではないだろうか
いつまで設定晒したいけど、これでいつか書くつもりだし…みたいな悶々とする日々を過ごすつもりだお前は、今書かないでいつ書くんだ!書け!よし、書こう!と、そう決意して今回書くことを決めたのでした
もう一つ、選択肢には朝倉理香子のお話もあったのですが、発表されたテーマからネタの作りやすかった小兎姫シリーズになりました
理香子のお話はまたいずれ、書く機会があればということに…



さて、そんな風にして小兎姫を主役に書くことに決めたのですが、そしてここからコンセプトのお話になります
今回の作品のコンセプトは、「東方で横溝正史とかそんな俺得でしかないこと……やろうぜ!」というものでした
まずこの作品の下敷きにははっきりと、横溝正史先生の金田一耕助シリーズが存在します
今回の作品を書くにあたって、「悪魔が来りて笛を吹く」、「本陣殺人事件」、「姑獲鳥の夏」の三つをかなり参考にさせていただきました
まず「悪魔が来りて笛を吹く」ですが、これはもう今回のお話の本筋やら何やら色んな部分全ての参考先となっております、ネタバレしそうなのでどこがどうなどの詳細は避けますが…
まだ読まれたことがない人は是非とも読んでみてください、読まれたことがある方は色々と納得されると思います
次いで「本陣殺人事件」、この作品は金田一シリーズ第一作ということや、探偵小説としての構成やら長さやらを色々と参考にさせていただきました
今回の作品の長さや場面構成の色々な部分はこの作品とかなり似通っております、この作品も非常に面白いので読まれたことがない方にはおすすめです
さてそして何故かいきなり作家さんが変わって京極夏彦氏の「姑獲鳥の夏」になりますが、この作品からは文体とか話の最後の辺りなどをかなり影響されております
元々文体も横溝正史風に近づけようと最初の方は苦心していたのですが、慧音の一人称で全編通すという勝手な制約や、横溝氏の一人称作品が意外と少ない(『夜歩く』とかも実は文体においての参考になってますが)こともあり、もう途中の方は完全にダラダラといつもの自分の文体になってしまっていました
そんな時に、「そう言えば、姑獲鳥の夏も全部一人称のミステリだったな……」と思い出して気分転換も込めて久々に引っ張り出して全部読んでみたらドハマリして見事に作品の中に影響が出てきてしまいました
ちょうど真相解決シーンの辺りから最後までは完全に劣化京極夏彦みたいな雰囲気になってしまっています、でも、だって面白かったんだもん姑獲鳥の夏…
元々、小兎の性格や雰囲気には金田一耕助っぽさがかなり混ざっているのですが、さらにそこに途中から中禅寺まで加わったりして、コメントでも見事にそれを言い当てられたりして、本当にもうお恥ずかしい限りでございます
と、まあ以上三つの作品が今回の作品の下敷きとなっております
自分一人で何もかも考えた……というわけではなく、色々な作品から手法やら何やらをかき集めて今回の作品は作られているわけでした
それもこれも自分の未熟さ丸出しなせいでしたが、今回の作品、それでも楽しんでいただけたのなら幸いです
もし機会があれば上記の作品を読んでみてください、本当にどれも面白いですし、今回の作品の寄せ集めっぷりもわかりますので……
全部読まれたことがあるという方は、「まんまじゃねーか!」と笑ってください



タイトルなんですが、実はこれはALI PROJECTのとある曲まんまだったりします
あとがきにも歌詞の一部が引用してあったりします、ある意味今回の作品のテーマ曲だったりします(気づかれた方はいるんだろうか…)
元々、どんなタイトルでも「女刑事・小兎姫シリーズ」とつけてそれでホイホイにするつもりだったので(ホイホイされた方がいるかも謎ですが…)、本タイトルの方は「水月鏡花」となんとなく地味目な感じとなりました
まあキャラの名前とかもここから取られておりますので、これ以外のタイトルにするつもりもなかったのですが…


今回も自分の傾向の多分に漏れず非常にオリキャラの多い作品となってしまいました
東方分薄くてすみませんと本当に平謝りするしかない感じです
でも、ちょっとオリキャラなんかにも解説入れてみたりとかしちゃっても…いいよね…許してください
まず立花鏡花ですが、姓の立花、実は雷切る人とか西国無双の人とかは全く関係ありません
何でこんな姓になったのかというと、単純に僕がけいおん!!の立花姫子が好きだからというどうしようもなさすぎる理由に由来します
なので、鏡花のビジュアル自体も実は立花姫子まんまなんです(性格は全然違いますが)
皆様の幻想を打ち砕いてしまったらすみません……でも実はこれすごく話してみたかった裏話でした
ミヅキですが、このキャラの性格なんかは実は元になった前述の探偵小説のあの作品の中の某キャラと結構似ていたりまんまだったりします
それと「水月」と書いて「ミヅキ」と呼ばせる荒業すぎる名前は、某エロゲーのヒロインから……ゲフンゲフン
お蓉さんの外見もその時丁度見ていたざくろの薄蛍が可愛かったからそのまんま……ゲフンゲフン
そんな色々と酷い裏話のあるオリキャラ達でしたとさ



探偵側の三人とか原作キャラとかも
前述の通り小兎姫はかなりの金田一耕助成分と若干の中禅寺分、そして半端なぼくのかんがえた小兎姫成分なんかを含んで今回書かれたキャラでした
原作のようなぶっ飛び成分をもっと入れてみたかったのですが、あんまり破綻した性格よりは人間っぽい感情の方が出てきてしまった感じで設定だけ流用したオリキャラみたいなことになってしまったのは反省です
慧音先生は今回語り手と助手役ということで、知識の半獣としてはかなりかわいそうな感じになってしまいました
その分熱血教師っぽさとか、小兎の先生として教え子を慰める展開なんかを入れて、バランスが……うーん、取れたのか取れなかったのか……
でも、書いてる内に自分でも慧音先生と小兎生徒の関係はかなり好きになっていった感じだったりします、ことけーね流行れ
妹紅……便利でしたね、非常に便利で使いやすいキャラでした
実は作中のもこたん探検記ですが、元ネタあります、気づかれた方がいるかどうかはわかりませんが…
詳しくは「空き家の事件」を読んでみてください、もしくは妹紅が一緒に旅した相手の名前を調べるといいかもしれません
こういう歴史のifが色々考えられるのが、妹紅の魅力的なところだと思います
八意先生は自分の某作の雰囲気まんまのままゲスト出演でした
射命丸は……本 当 に す み ま せ ん で し た
射命丸スキーの人達からは僕は殺されても仕方がありません、何であんな間違え方をしたまま覚えていたんだろう…
げんなりしてしまわれた方には本当に申し訳ありませんでした


さて、以上までが長々と作品ぶち壊しと評判の自己満足ばかりの追加あとがきでした
こんなものをここまで読んでくださった方は本当にありがとうございます
以下からはコメントへのお返事となっております
今回コメントしてくださった方に感謝の気持ちが少しでも届けられたらいいなぁと思っております
では



>ハーさん
ありがとうございます!
もっと読み続けたい、だなんて…本当に作者冥利に尽きるお言葉です
犯人の方はもうちょっと分かりにくく出来るように、次があったら頑張ります


>文才がない程度の能力さん
ありがとうございます!
冴月さんもいつかひょっこり神主の胸の中に戻ってくるってあたい信じてる…


>過剰さん
ありがとうございます!
犯人のわかりやすさや意外性をあんまり持たせられなかったのが、今回の作品の甘いところだと思っておりますので
次回があるとしたなら精進したいところでございます


> さん
ありがとうございます!
師範代…ぎゃー! 御指摘ありがとうございます…全然知らなかったです…
もこたん旅行記やらはもしかしたらまたいずれ…かもしれないです
重いストーリー…目指したところだったので、割とそれも褒め言葉でございます


>パレットさん
ありがとうございます!
わーい! パレットさんから8点も貰えてしまった! ふふふ、やはりツンデレだったんですね…
「小兎の憂鬱」の辺りは東方でこういう作品をやるにあたり、絶対に入れなくてはならないシーンだなと思っていたので
そこを感じ取っていただけたなら何よりも報われることです
続編は…あるかどうか今のところはわかりませんが、ネタが思い浮かんだらやってみたいとは思っております


>さく酸さん
ありがとうございます!
推理小説としては市販と比べるとこれでもとても短い方という恐るべき事実…!
とはいえ、まあ長編推理小説という括りではですが
図らずも今回こんぺ最長でしたが、最後まで読んでいただきありがとうございました


>名無しさん
ありがとうございます!
うう、やっぱり犯人は相当わかりやすかったのですね…
けれど、思い悩む姿が描けていたと言っていただけるのは本当に嬉しいです、ありがとうございました


>aspさん
ありがとうございます!
ミステリとしての完成度…うう、胸が痛い
ベタベタの古典の寄せ集めみたいな今作ですからね…
朝倉と冴月も実は設定晒したかっただけみたいなとこは否定できないです…
次に書くとしたら、そういう未熟な点を補強出来るように頑張ります


>fishさん
ありがとうございます!
東方分…苦心して何とか頑張って入れてみましたが、うーん、足らなかったようですみません…
そこら辺も次回の課題に頑張ります


>yuntaさん
ありがとうございます!
分かり易い…うむむ…これは本当に甘えでしたねぇ…精進せねば
麟さんはきっと今でも旅をしながら本編への出演を虎視眈々と狙っているのだと思います
いつか麟さん主役の話も…それこそ本当に大胆な二次創作どころのレベルではなくなってしまいますが


>とんじるさん
ありがとうございます!
前編辺りの設定説明オンパレードな構成は確かにとても不親切だなぁと自分でも感じていたりします…なんせ事件に本格的にたどり着くまでに30kbくらいかかってますからねこれ…
そこら辺ももう少し手直すべきであったと反省しております…
次回はもっと精進いたします!


>本喰い虫さん
ありがとうございます!
こんなに長い感想を…おお、感動しすぎてどう返事を返してよろしいやら
トリックのチープさは本当にもう…うむむ、次回があれば頑張ります
刑事ものというにはあまりにも中途半端な、探偵小説に半身突っ込んだ似非刑事ものですが、ここまでお褒めいただけると本当にもう、感謝感激でございます
射命丸の件は本当にすみませんでした、他の色々残念な部分の指摘も参考にして精進いたします
次回作はまだ未定ですが…朝倉さんのはネタだけはあったりしますので、出来ればいずれお届け出来るように頑張ります


>PNSさん
ありがとうございます!
おお、PNSさんにここまでの評価をいただけるなんて…感激です
御指摘の部分も次回にはもっと満足していただけるように頑張ってみます
あと、もしうprpさんだったなら、射命丸の誤字は…うわああああ


>NT○さん
ありがとうございます!
慧音先生一人称、彼女の雰囲気が出せるようにひたすら頑張ってみました
今度はもっと、じれったさなんかも解消できるよう頑張ります


>ざる。さん
ありがとうございます!
うおお、ざるさんがエスパー過ぎて本当にビビりました
耕助はともかく古本屋の影響まで見事に言い当てられるとは…
今度はダレた雰囲気や、うーんと思われるところがなくなるように精進したいです…


>リペヤーさん
ありがとうございます!
妖怪と人間の対比はこの作品の裏テーマだったりしますので、そこを面白いと言っていただけると本当に嬉しいです
小兎姫、並びに夢時空のキャラ達は旧作では一番好きなので、これからもこうして布教していきたいと思っています


>desoさん
ありがとうございます!
小兎のキャラクターは色々影響を受けた人物や、ぼくのかんがえた〜みたいなオリ設定が多々入っておりますが
それでもよかったと言っていただけると本当に報われます


>八重結界さん
ありがとうございます!
動機と世界観は折角東方でやるのだから、ここに東方を入れないでどうすると頭を捻って考えたので
そう言っていただけると本当に嬉しいです


>木村圭さん
ありがとうございます!
くどさなどはこの作品に限らず自分の明確な悪いクセなので、矯正できるように頑張りたいところです…
小兎姫の設定は本当に半分オリキャラになってしまうまで妄想していたのですが、上手いと言っていただけるとは…嬉しいです


>geneさん
ありがとうございます!
ネタのストックを奪ってしまい申し訳ありません…でも、geneさんのそういうネタも楽しみにしております
おお、予想外と言っていただけると本当にトリックを考えていた身としては嬉しいです、ありがとうございます


>ニャーンさん
ありがとうございます!
市販の推理小説だなんて…なんて嬉しい褒め言葉を…
小兎が格好良かった…うう、感激です、ありがとうございます
慧音先生の葛藤なんかの辺りは次回があればの課題として受け取って頑張ってみます


>如月日向さん
ありがとうございます!
おおう、またエスパーが…
まさしくこの作品は東方で横溝正史が一番のコンセプトでございました
見事に言い当てられると、それも嬉しかったりします、ありがとうございます
回りくどさなども、これから解消していけるように精進いたします


>兵庫県民さん
ありがとうございます!
相棒…僕も大好きです、小兎にはもしかしたら少し右京さん分も入っているかもしれません
刑事ものとしては本当にふにゃふにゃな感じですが、褒めていただけてすごく嬉しいです、ありがとうございます
次回作は…頑張ってみます





さて、ここまで長々とあとがきにお付き合いいただき本当にありがとうございました
実はこの作品を書く前に僕は一回長編で失敗しており、もしや自分には長いものは向いていないのではないのだろうかと落ち込んでいた時期がありました
それでももう一度だけ頑張ろうと書き上げた今作が、こんな素晴らしい評価をいただけたことが、どれほど折れかけていた僕の心を感動させてくれたかわかりません
今回この作品を書き上げ、このような評価をいただけたことを、これから先僕は何度も励みにしていくことでしょう
本当に、読んでくださった皆様、本当にありがとうございました
本当に本当にありがとうございました
またいつかこの作品を超えられる作品を皆様にお届け出来るように
今回のことを活力にしながら、頑張っていく所存でございます
この作品に関わってくださった全ての人達へ、もう一度、本当にありがとうございました!
では
ロディー
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2010/11/06 12:27:23
更新日時:
2010/12/15 20:55:51
評価:
21/22
POINT:
174
1. 8 ハー ■2010/11/08 11:02:29
面白かった。そこそこ長い割に読んでいて苦痛にならない。むしろもっと読み続けたいと思うぐらい。
犯人が分かりやすかったが、意外なことも多々あったし、ホント飽きることなく楽しめた作品でした。
2. 8 文才がない程度の能力 ■2010/11/10 07:22:39
うまく旧作の設定などをうまく使ったよい作品だと思いました。
さづきりんは神主も捉えられない放浪癖なんですね、わかりません
3. 9 過剰 ■2010/11/11 17:45:29
本当にシリーズ化を希望したいレベルですね、女刑事・小兎姫シリーズ
いやぁ、旧作キャラ主役の長編と言うあたりで読まずには居られなかったのですが、魅せられました。
実にドラマチックなストーリーで、読みごたえも十分でした

ですが、犯人の目星が早いうちについてしまったのが残念です。推理自体がメインじゃなかったのかもしれませんが
4. 9   ■2010/11/18 23:47:34
もう誰かが言ってるかもしれませんね。師範代は師範を代行できる人の事を指すので云々。
とても面白く読めました。もこたんの旅行記も読みたいお。
長い話のはずなのに、腰を据えて読むからか短く感じられる不思議。
難点は、あまりの重さにこうやってコメントを書くのにも一苦労する事でしょうか。
後半のミヅキと小兎の会話の流れに少しモヤモヤしたものを感じたのでマイナス一点。
でも、全体の面白さは少しも変わりませんでした。
5. 8 パレット ■2010/11/20 00:04:56
 けなすところが思い浮かばねえ……(ぉ
 伏線的部分がわりとわかりやすかったりトリックそのものは単純だったりで、なんとなく真相の欠片みたいなものはいくらかイメージできちゃってたのですが、それも全体的な完成度の高さゆえ。小兎姫に始まり、妹紅や慧音の魅力的なキャラ造形もお見事。特に好きだったのは「10 小兎の憂鬱」の部分です。幻想郷で起こる「こういう事件」を語る上で、これがあるとないとでは大違いだったと思います。
 まあ全体的にちょっとまとまりが良すぎたかなという一種の物足りなさもあったりしなくもないかもですが……それがほとんど気にならないほどに面白かった。続編希望です(ぉ
6. 8 さく酸 ■2010/11/25 21:09:14
長編執筆お疲れ様でした。
東方で推理物とまた珍しいジャンルでしたが、それを見事にやってのけたといえる作品でした。
話もしっかりしているし、ちゃんと東方の設定を混ぜ合わせあったため、東方の作品として楽しむことができました。
まあ、話の量が多いのは推理小説なので仕方ないことではあると思いますが、最初に見てめまいを覚えたのも事実。
でも、それを差し引いたとしてもすばらしかったので個人的にはよしです。ありがとうございました。
7. 8 名無し ■2010/11/26 13:32:15
推理物としては早い段階で犯人が読めてしまうのがいささか難ではあったが、
小兎をはじめとする登場人物の懊悩が描き出されていて読みごたえがあった。
8. 5 asp ■2010/11/29 10:55:36
 おお、東方でミステリしてる!ミステリ好きの私としては非常に楽しませていただきました。素人探偵や関係者を集めての解決、犯人の鮮烈な最後などお約束も素晴らしい。ただ、コンペの作品としては高評価はしにくいです。東方でミステリしてみたという以上のもの(ミステリとしての完成度含め)は感じられませんでしたし、テーマや作品単体としてのインパクトにも欠けるように思います。せっかく冒頭で名前を出した冴月と朝倉もまるで本筋に関係してこないのも気になります。どうせ東方でやるなら、個人的には新本格も真っ青の悪趣味かつベタベタな事件の方が面白かったかなと。ですが大容量かつ逃げずに東方でミステリを通していた事は本当に素晴らしいです。楽しませていただきました、ありがとうございました。
9. フリーレス fish ■2010/11/29 17:33:12
最後までばーっと読んでみたものの、自分は遂に作品に入り込めませんでした。
これは、東方なのでしょうか?
10. 10 yunta ■2010/11/30 22:11:29
執筆お疲れ様でした!

いやぁ、すごい力作ですね。設定の少ない旧作キャラだからこそ、大胆な二次創作も可能というべきか。
ミステリに関しては分かりやすくて易しい部類に入ると思うのですけど、伏線やヒントなどの骨子がちゃんと組まれていて一つのSSとして完成しているな、と思いました。
若干、台詞が説明的になっている箇所もあったのですが、そんな事を感じさせない面白さを持っていると感じます。
それにしても麟さんは今頃何処で一体何を……。素晴らしい作品をありがとうございました。
11. 7 とんじる ■2010/12/02 14:29:48
 まさか、東方で王道的なミステリが読めるなんて。
 しっかりと丁寧な筆致で、最後まできっちりミステリやってる感じが良かった。

 ただ、序盤〜中盤は少し退屈。
 慧音の前書き、さらに慧音の言う『その人』の追い立ち、事件が始まった! と思ったら逐一挿入される里に関する設定……となかなかに長くて、だれる。
 一つ一つの文章を取って見ても、丁寧なのはいいけれど長めでつらつらと書かれていることが多く、途中つらく感じてしまうことも。
 とにかく、冒頭は「なかなか先に進まないなあ」という印象を強く受けた。
 もう少しインパクトのある出だしで一気に引き込んでくれたり、事件の概要説明あたりまでサクサク進んでくれたりしてたら良かった。
 まあ、語り手が慧音という点を考えると、それはそれで彼女らしいのかもしれないけれど。

 鏡を使った効果的なトリック、一人一人魅力的に書かれたキャラクター、人間・妖怪観は巧く描かれているのは凄い。
 特にキャラクターは、作品のテーマに沿った形で、光と闇の両面を持ちつつ綺麗に物語に立ち現われていると思う。
12. 10 本喰い虫 ■2010/12/09 16:52:09
オリキャラが乱舞するssはその時点で評価を半分程減点するのが常なんですが、オリキャラがわいのわいの出たにも関わらずすんなり読めたこのssは凄いと感じました。加えて主人公が旧作キャラの小兎姫、ジャンルが刑事物とか……幻想郷の中では作りにくい話でしょうにw

作品のボリューム・動機付け・作者様のキャラ設定(オリキャラ・既存キャラ)ともに好きです。ボリュームも事件を推理させるにあたり最低限必要な部分は出してますしね。これ以上削ろうと思ったら事件に、何より犯人や関わったキャラクターへの感情移入が出来なくなるだろうし丁度良い塩梅だったと思います。犯行のアリバイトリックに関しては探偵物と考えると少々チープな気はしますが、このssは刑事物で見てます故にいい出来だったんじゃないでしょうか。
そして作中で小兎姫が話した「この里における明確に引かれた一本の規則」、また衝撃の動機付けによって、「この刑事物って東方でやる意味なk……あったね、うん」と納得させてくれた所もあり個人的には大満足なssになりました。正直東方でやる意味なくても面白ければそれでいいと思ってますし、刑事物と思った時点でここまでは期待してなかったんですが予想が裏切られて凄く嬉しかったりw

強いて違和感があったといえば、慧音先生ももう少しは頭が回ってくれそうなものだけどなあと思ったり。知識の半獣にしては無知な場面が目立っていたように思いますが、これはワトスン役のしょうがない所だと思って読んではいましたw
それと誤字、特にキャラクターの名前の誤字は致命的なのでここはどうにかした方がいいと思います。私は誤字を気にしない方ですが、何回も出てくる「射名丸」は酷くてその部分だけ作品に集中出来なかったです……
もうひとつ注文をつけると改行ですかね……セリフがやたら長いと読みにくいと思いますので。一息にいったという演出ならそのままでいいと思いますが、相当長くて目についたのが4,5つ程ありました。

ともあれこのようなssを読ませて頂きどうもありがとうございますと作者様にお伝えしたいです。いやしかし勿体ない。小兎姫に衝撃を与えたこの事件も、小兎刑事が関わった事件、もしくはこれから関わるであろう事件の1エピソードに過ぎないんですよね……何が言いたいかってシリーズ2作目はいつ出るんですk(ry
シリーズとして始められる下地も出来ているんだし、序盤でわざわざ3人の神童についても紹介しちゃってるんだからもうそそわで続き書いちゃった方がいいんじゃないですかね。これだけキャラを作りこんでるなら小兎と他の二人の話ももっと読んでみたくなるんですよw

感想やら希望をグダグダ脱線しながら書いてたら随分長くなった……というかコンペの「鏡」との関連性を踏まえて評価をつけてないのは自分でも分かるんですけど、そのぐらい超ストライクな作品でした。
13. 10 PNS ■2010/12/09 21:40:58
いやー、おしまいにとっておいた甲斐がありました。
最初は大丈夫かと思いましたが、後半をしっかりと東方世界観に繋げている点に好感が持てます。
欲を言えば、暗い部分を後半だけでなく、前半部分にももっと。あるいは焦点を真相側にずらして、その影のようなものを味わってみたかった気もします(分かりにくくてすみません;)。慧音先生の一人称なので、その辺は難しいところもあるかもしれませんが……。
けど非常に面白かったから問題なし。よい作品をありがとうございました。
(うprpさんでしょうか。外れてましたらごめんなさいw)
14. 6 NT○ ■2010/12/10 00:14:22
推理小説の大作ですね。
慧音先生の語りでややじれったく感じるところもあるけれど、語りが彼女だからそれはそれで味があるかも。
15. 10 リペヤー ■2010/12/11 20:01:21
推理小説の犯人は勘で当てる、という某推理漫画家のファンなので、そんな感じで推理してました。
もちろん見事にひっかかりましたよ。与七さんのとことか。

さて、自分がこのお話を読んでいて何よりも驚いたのは、犯行トリックでも、小兎姫というキャラクターについてしっかりと二次創作したことでもなく、
「超常現象なんでもありの東方SSで推理物は無理があるのでは……」という疑問に対して、しっかりとした答えを用意していたことです。

そうなんですよね、妖怪にとっては人が人を殺す事件なんて単なる酒の肴。
きっとこの事件も、右手に酒でも持ちながら芝居でも楽しむようにほくそ笑みながら観察しているのがいるのでしょう。
いい趣味ですよね本当。

あと、このSSで初めて小兎姫というキャラクターの存在を知りました。にわかすぎる自分を笑ってください。

2時間かけてじっくり読ませていただきました。とても面白かったです。10点をば!
16. 9 deso ■2010/12/11 20:16:46
これはまた見事な推理小説でした。
面白かったです。
私は旧作に疎いですが、この話における小兎のキャラクターがとても良い。
助手役の慧音との絡みも上手くて、序盤から引き込まれました。
話としてはびっくりするくらいオーソドックスな本格推理。東方でこういうジャンルは難しいと思うのですが、違和感なく仕上げた手腕はお見事としか言いようがない。
堪能しました。
ごちそうさまです。
17. 6 八重結界 ■2010/12/11 20:23:44
素晴らしいミステリでした。読み終わって思わず溜息が漏れるぐらいに。
この手の話はついついあら探しをしてしまうのですが、際だって違和感を覚えるような粗もなく。
世界観と動機が見事にマッチしていました。
18. 8 木村圭 ■2010/12/11 20:27:14
全体的に少しくどい、あるいは勿体振った印象を受けます。
ミステリというジャンルはこういう見せ方をするんだ、と言われればそういうもんかと納得も出来ますが、もう少しすっきりさせることも出来たんじゃないかなぁと。
それにしても面白いキャラを持ってきたものです。
名前と設定を利用した半オリキャラのような感じでもありますが、設定、性格付け等がきっちりされているため全く気になりませんでした。いやはや上手い。
19. 10 gene ■2010/12/11 20:48:51
事情聴取の途中、恨みについて聞いてる辺りで、よもや混じっているのではあるまいな、と何となく頭をよぎり、戦々恐々としていたのですが、見事にやられました。
これは関係ないですが、自分のストックネタに混じり物があったのでちょっと連想してたぐらいです。でも被っていたので数日間鬱でした。
総合的に8点ぐらいにするつもりでしたが、そのギミックに10点を。
内容については淡々とした前半から、中盤以降に追い上げを見せたという印象です。推理自体は特にせずに読んでいたのですが、伏線の回収っぷりが楽しめました。
ミステリものとしては説明的な文章がシナリオとうまく合致してたと思います。
ミヅキの正体は完全に予想外。鏡はどこ?と思ってたのが覆されました。
20. 8 ニャーン ■2010/12/11 20:59:56
面白い。さらに読みやすい。長さを全く感じませんでした。
市販の推理小説を読んでいるのかと錯覚したぐらいです。
先駆者の少ないキャラクターで、ほとんどオリキャラのように感じたのですが
小兎のキャラが立っていて、なにより格好良かったです。
小兎の立ち位置、幻想郷に対する考え方など
ただの探偵役に終わらないところも良かったです。
オリキャラも作品世界に馴染んでいて
トリックも、犯行動機も推理の仕方も、全て、得心がいくものでした。
ただ一つだけ、慧音が人間の浅ましさに嫌悪を示す理由を
半妖であることを根拠に納得していることにご都合主義感。
21. 7 如月日向 ■2010/12/11 23:10:18
まさに横溝正史のミステリーといった感じでしたね。
でもちょっと回りくどくも感じました。
22. 10 兵庫県民 ■2010/12/11 23:45:49
最後に取っておいて正解だったぜ…いやぁ、面白かった!
何故かと言うと、この男は推理モノが好きなのです。コナン昔見てたな…。最近は相棒を毎週見てます(ぉ
それも日本の刑事モノときたものだ! 内容も幻想郷の人間の郷で、実際に警察役だった子兎姫を起用し、完璧なまでに初めから最後まで刑事モノを書ききったときたものだ。
巧妙なトリック。交わされる推理と反論。最後までワクワクしながら読めましたよ。
文句無しの満点献上です。あまりに素晴らしすぎて、次回作希望ですよ!(ぉ
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