博麗神社防衛せん

作品集: 最新 投稿日時: 2010/11/06 21:32:34 更新日時: 2010/11/06 21:32:34 評価: 21/25 POINT: 143
 
 あどけない笑顔が、よく似合う少女だった。

「私は博麗に戻らないといけない」

 淡い声色とは裏腹に、芯の通った力強い言葉。予想外と言えば予想外なのに、心のどこかでこの結末を予想していた自分がいる。
 今回こそは、と希望を抱いた時もあった。垂らされた蜘蛛の糸は一人分の重さにすら耐えられず、身体も心も絶望という地獄に落ちていく。夢も教訓もない物語。打ちひしがれているのは、それでも期待を胸にして藻掻いたからなのか。
 彼女の目に迷いはない。

「…………」

 何を言えよう。何が出来よう。
 砂を噛むような思いで吐き出した言葉は素っ気なく、感情を押し殺しているのがあからさまだった。
 夜空に満月。境内には魔法陣。
 満月へ向かって魔法陣から伸びる光が、博麗の巫女を包み込んでいた。

「そんな顔しないで。私は後悔なんてしていないわよ。だって博麗の巫女がいなければ妖怪を退治するような奴がいなくなるんですもの。私がいるおかげで里の平和が守られるなら、喜んで元に戻るわ」
「……っ!」

 言葉を呑み込んだ。
 それが喜ぶ人間の顔かと。後悔していない人間の言葉かと。
 言えるものなら言ってあげたい。強固に見えた彼女の決意にも、ほんの僅かな綻びがあったのだから。自らの身を縛る古い約さえ無ければ、あるいは放った言葉で結末が変わっていたかもしれない。
 だが何も言えない。だから結末は変わらない。

「またよろしくね」

 博麗の巫女が死ぬわけではないのだ。ただちょっと、元に戻るだけ。
 年相応の少女から、飄々として掴み所がなく何者にも縛られない、いつもの巫女に。
 溢れそうな涙を堪え、無機質な表情を装い、もう一人の少女は両手を掲げる。
 満月は黙し、巫女は博麗に戻った。





























『ならず者の妖怪を退治しても笑顔一つ見せない博麗霊夢(右)とあっさり退治される妖怪の群れ(左下)』
 風流されて飛んでいく文々。新聞の一面。自分と山積みになった妖怪達を収めた写真の下には、そんな文章が記されていた。何を期待していたのか知らないが、妖怪退治で笑顔を見せるはずもないだろうに。むしろ面倒くさいことをしてしまったと、呆れた表情なら嫌というほど見せられる。
 現に今だって、鏡があればきっと仏頂面を晒していることだろう。

「てめぇ!」
「やりやがったな!」

 三文芝居の悪役を思わせる、芸も雅もない連中の言葉にうんざりする。かといって趣向を凝らされた台詞を言われても、結局は面倒なので大した差はないのだが。
 襲いかかってくる連中の顔に霊夢は見覚えがあった。いや正確には思い出したのだ。文々。新聞に載せられた写真。襲いかかってきた相手は、そこで倒れたまま積み重なっている妖怪達だったのだから、むしろ全く見覚えが無かったと本人達へ言ってしまった霊夢の方がおかしい。
 情けない姿を晒されたことで、彼らは何処へ行っても馬鹿にされるようになったんだとか。悪いのは霊夢ではなく文だろうに、そう指摘しても聞く耳を持たないのだから困る。
 そもそも無節操に人を襲う方が悪いのではないか。一応は妖怪も食事にする人間は厳選しており、決して無秩序というわけではないのだ。個人的にはそれもどうかと思うのだが、無秩序にやれるよりかはまだ対処がしやすい。
 無鉄砲に突っ込んできては、御札の餌食になって返り討ち。スペルカードルールを理解しようとしない輩に容赦するつもりはなく、放たれた弾幕に難易度の三文字は無かった。絶対に避けられない弾だって、スペルカードルールで無いなら躊躇う必要がない。
 四方八方に飛び回る弾幕は、数十匹はいたであろう妖怪の群れを僅か一分で数匹まで減らしていた。

「お、お頭……」

 赤ら顔で長い鼻。典型的な天狗の姿をしていた奴が、どうやら群れの頭らしい。天狗は妖怪の山で暮らしているものだと思っていたのに、はぐれて群れを作っている奴もいるのか。
 魔法の森で暮らしている天狗を見たという噂も、あながち間違いではなかったようだ。

「くそっ、化け物め!」
「妖怪はあんた達でしょうが」

 喋りながらも手は動かす。針のような弾幕が天狗の両隣に立っていた妖怪を吹き飛ばした。
 気が付けば、残るのは天狗ただ一人。勿論、逃すつもりなんて無かった。こういう輩は徹底的にやらないと、後々面倒なことになるのだ。今のように。

「さて、どうやらあんたが最後みたいだけど」
「ぐぐぐ……」

 天狗という種族は厄介だけれど、それでも文ほどの強敵ではない。そもそも博麗の霊夢なのだ。例え相手が天魔だとしても怯まず挑み、善戦を繰り広げるだろう。一介のはぐれ天狗に相手役が務まるような存在ではなかった。
 葉団扇を握りしめたまま、しきりに背後を気にする天狗。逃げる気満々らしいけど、そうは問屋が卸さない。相手の気がこちらから逸れた瞬間に、躊躇いなく投げつけた三枚の御札。まるで生き物のように飛び、天狗の身体に張り付くはずのそれが、

「あら?」

 ただ紙切れのように地面へヒラヒラと舞い落ちる。
 好機と見たのか、その瞬間に天狗は逃げ出した。

「待ちなさい!」

 追いかけようとして地面を蹴り、そのまま前に着地する。跳ぶつもりなど無かった。ただ飛びたかっただけなのに。

「え?」

 霊夢は首を傾げ、天狗の逃げ去った方を怪訝な顔で見つめていた。










 冷たい聴診器の感触が遠のき、乱れた共衿を正した。秋も深まり肌寒い季節。夏には歓迎できた冷たさも、今となっては鬱陶しいばかりだ。むず痒い鼻をつまみ、くしゃみを堪えて鼻をすする。
 永琳は難しい顔で書類に筆を走らせていた。何を書いているのか、こちらの位置からでは把握できない。重病なのかもしれないと思えば、俄に不安がこみ上げてくる。
 背筋を伸ばし、膝に手を置き、まるで判決を待つ囚人のように永琳の顔を凝視した。傍らで様子を眺めているウドンゲにも緊張感が移ったらしく、彼女の表情も真剣そのものだ。

「それで、何か分かった?」

 我慢できず問いかける。
 しばしの無言の後、永琳は口を開き、ゆっくりと顔をあげた。

「結論から言うと、あなたは健康そのものよ。どこにも悪い箇所は見あたらないし、むしろ健康すぎて不気味なくらい」
「で、でも現に能力は!」
「少なくとも医学じゃ解決できないわ。あなたのそれは、おそらく呪いの類でしょうから」

 呪い、という単語に身が引き締まる。博麗として生きてきた十数年、決して呪いとも縁が無かったわけじゃないのに。まるで初めて聞いた言葉のように、不気味な感触が背中を撫でていった。

「私じゃ専門外ね。神か慧音か、あるいは……」
「紫?」
「あれに頼るのはどうかと思うけれど、一番確実なのが八雲紫に解決して貰うことよ」

 自分で解ければ話は早い。しかし破魔の力は失われている。解呪も同様だ。
 霊夢自身でどうすることも出来なければ、残る手段は限られている。神も一筋縄じゃいかないし、慧音の知識にも限界があるとしたら。やはり最後に残ったのは八雲紫以外に選択肢はない。
 何を考えているのか読めない妖怪だ。迂闊な借りは後々にまで響く可能性もある。
 しかし今より酷くなることなんて、それこそ命を落とす時ぐらいではなかろうか。能力を失った博麗霊夢など、里で暮らしている普通の少女と大差ない。今なら魔理沙どころか悪戯妖精達にすら遅れをとるだろう。
 一刻も早く解決しなくてはいけない。だからえり好みをしている場合ではないのだが。
 それでも八雲紫は。

「……出来れば避けたいところね」
「気持ちは理解できるけど、医者としては何とも言えないわ」

 苦渋の選択とはまさにこの事だろう。

「それに、悩んでる暇は無いみたい」
「えっ?」

 天井を指さす永琳。つられて顔を上げてみれば、木目を割るように現れた隙間からこちらを伺う無数の目。そして空間の亀裂からぶらさがり女のように紫が姿を現した。

「さすがに名医の目は誤魔化せなかったみたいね」
「普段の霊夢だったら気付いているでしょう。別に褒められたことでもないわ」

 心臓の鼓動を早めたのは、どうやら自分とウドンゲだけらしい。確かにいつもの自分なら姿を現した紫を平然と眺め、軽く呆れた表情をしているだろうに。失われた能力が、精神状態にも何か影響を及ぼしているとしか考えられない。押さえた胸から、力強い鼓動が伝わってくる。

「博麗の巫女の一大事を見逃すほど、あなたも馬鹿じゃないでしょうに。どうせ、最初からこっそり覗いていたんでしょう」
「覗き魔みたいに言うのは止めて貰えないかしら。私だって何時でも何処でも監視してるわけじゃないのよ」
「否定はしないのね」
「まぁ、一大事ですから」

 妖しげな視線が霊夢を捉える。ビクリと身体が震えた。

「やっぱり呪いなの?」

 霊夢が言うべき疑問を永琳が投げかける。当の本人は緊張で硬直しているのだから、誰かが言わなければいけなかったこと。台詞を奪われたからといって怒るような場面でもなかった。
 嘆息を吐く紫の目は、どこか霊夢を見下しているようにも思えた。

「博麗の名を冠する者の中で突発的に現れる呪いですわ。先々代にも症状が現れたと聞くけれど、ちょうどその時私は不在だったもので。生憎と解呪の方法は知らないのよ」

 本当に呪いだったことよりも、最後の台詞に目眩を覚えた。それでも踏みとどまり、訊かなければならない部分を曖昧にしなかった。

「その先々代はどうなったのよ。元に戻れたの? それとも戻れなかったの?」

 永琳も黙り、ウドンゲも黙り、誰もが紫の顔を見る。玲瓏な顔立ちは変わらず、ただ口を開くだけだった。

「戻れたわよ。方法は不明だけど」

 紫が知らない点に不安があるもの。だけど方法が有るという情報は心強い。少なくとも希望はあるのだ。

「私の方でも調べてみるから、何か分かったら連絡するわ。その間、あなたは大人しくしているように。今のあなたは何の能力も使えないのだから、自分で解決しようなんて思わないことね」
「で、でも結界の管理は……」
「心配無用よ。藍でも管理はこなせる。昔ならいざ知らず、今だったら博麗の巫女がいなくても管理なら完璧に出来るわ」

 残る仕事は異変解決や妖怪退治ぐらいのものだが、それも今となっては不可能に近い。本当にただの巫女となってしまったのだ。出来ることと言えば境内の掃除ぐらいだろう。
 紫が何処か自分を軽蔑しているように感じるのも、きっとそんな巫女に見切りをつけてのこと。彼女が親しげにしているのは強い博麗の巫女であって、ただの巫女ではないのだから。
 改めてその事を実感し、衝撃を受けている自分がいた。そんなこと、最初から分かっていたことなのに。妖怪に一目置かれる存在が、ただの人間であるはずないのだから。

「それじゃ私はこれで失礼するわ。いまはまだ大丈夫みたいだけど、そのうち私と会うのも嫌がるようになるでしょうからね」

 意味不明な言葉だけ残し、紫はスキマの中へと帰っていった。
 苦虫を噛みつぶしたような顔の永琳と、どこか心配そうなウドンゲと、今にも泣きそうな霊夢を残して。










 朝食のオレンジジュースを吹き出しそうになったのは、自家製栽培していたキノコが異常繁殖を始めた時ぐらいだ。あの時は後始末が大変で、あわや異変になりかけた。専ら解決専門の魔理沙にとって、自分が異変の主犯格というのはあまり面白いものではない。
 乾いた喉をオレンジジュースで潤し、改めて新聞に目を通した。文々。新聞に載せられた記事が真実であるなら間違いなく異変であろう。それも今までに経験したものよりも遙かに異常な。

『博麗霊夢、ただの人間に逆戻り!』

 元から人間じゃないかという指摘をする輩は、おそらく幻想郷の住人ではあるまい。あの霊夢が、あの博麗の霊夢が、普通の少女に成ったという。俄どころか熟考しても信じられない。またいつもの捏造記事かと思ってしまいたくなる。涙を堪えているような、霊夢の写真が無ければ。
 さしもの文とて写真を捏造することはできないはず。河童の技術が進化すれば未来の世界では分からないものの、少なくとも今は不可能な技術だ。早苗曰く、合成という手法もあるそうだけどよく見れば分かるし、所詮は調合のように元からある材料を利用するしかない。
 こんな表情を浮かべる霊夢。自分で言うのも悔しいが、魔理沙ならともかく霊夢なら絶対に見せたりしない。怒ったり笑ったりすることはあっても、泣いた姿など目撃したことがない。せいぜい欠伸で涙が出るぐらいもの。

「キノコ喰ってる場合じゃない!」

 帽子と箒を乱暴に掴み、慌てて飛びだした。あんな紙切れじゃ分からないことだらけだ。
 直接会って、本人に確かめてみないと。
 博麗神社には人気がなく、いつもであれば境内の掃除をしているはずの霊夢も姿を見せていない。家の方へ行ってみれば、玄関には鍵が掛かっていなかった。不用心だなあと呆れつつ、これ幸いだと侵入を果たす。手つきに慣れが見られたのは、きっと日頃の努力の賜物だろう。
 勝手知ったる何とやら。玄関よりも縁側から訪れた回数の多い家なれど、脳みそはしっかりと霊夢宅の間取りを覚えていてくれた。居間を横目に通り抜け、霊夢の寝室へと足を運ぶ。
 よもや不在かと疑った魔理沙だったが、こんもりと膨れた布団に胸を撫で下ろす。畳を這う黒い髪。枕元に置かれたリボンは、見慣れた霊夢の物だった。

「太陽もすっかり昇ってるのに、まだ寝てるのは吸血鬼ぐらいのもんだと思ってたが」

 どこか挑発的な物言いに、普段なら何らかの反応を示してくれる。しかし霊夢は何も語らず微動だにしない。冬眠中の熊のように布団から出ようともしなかった。

「なあ、霊夢。聞いてるのか?」

 まさか無視されると思っていなかった魔理沙。どうすればいいか分からず、逆にこちらが慌ててしまう。
 まだ寝ているのかと霊夢の正面に回ってみれば、今度こそ言葉もなく驚いた。
 霊夢が泣いていた。布団にくるまったまま、さめざめと。
 辛うじて隙間から顔を覗かせているものの、身体全体までは把握することが出来なかった。
 まさに青天の霹靂。絵に描いた瓢箪から駒から出てきたような、兎にも角にも有り得ない事態だ。霊夢と涙は決して相容れない間柄であり、これが和解するぐらいなら魔理沙が実家へ帰る方がよっぽど現実的というもの。
 いやいや、どうして自分が帰らなくてはならないのか。混乱する思考回路がとんでもない結論を導き出そうとしているのを止め、改めて現実世界に意識を戻す。有り得ないからといって目を逸らしてはいけない。しっかり真正面から受け止めなければ、どんな異変だって解決することは出来ないのだ。
 そう、異変である。

「……霊夢、だよな?」

 上下左右、ひっくり返しても霊夢は霊夢だ。例え枕を涙で濡らしていようと、目の前の少女は記憶の中の霊夢と寸分違わぬ顔立ちをしていた。これが別人だとしたらドッペルゲンガーという説を引っ張りだす必要がある。
 藪を突いて傷ついた蛇が出てしまった。混乱する魔理沙をよそに、蓑虫のように布団をかぶる霊夢。衝撃的な泣き顔が見えなくなっても、先程のショックから抜け出すのには時間が掛かった。
 数分は要したか。ようやく立ち直れた魔理沙が、改めて霊夢に話しかける。

「あー、色々と話したいことがあるんだが。まず、そこから出てきてくれないか」

 反応しない布団。もとい霊夢。
 フランドールにしろパチュリーにしろ、この手の引きこもりを強引に外へと連れ出した経験のある魔理沙だったが、さすがにこの状況で布団を引きはがすような真似はできない。ただの人間になっているとしても、相手は博麗霊夢なのだから。
 探るように話しかけるのが精一杯だ。

「霊夢?」
「やだ」

 やっとのことで返ってきた答えは素っ気ない拒絶だった。まるで子供のような。
 布団がさらに丸くなる。
 自分も子供の頃、くだらない理由でヘソを曲げたものだ。そういう時は決まって押し入れに篭もり、外から母親が呼びかけても応じようとしなかったことを思い出す。反抗期だったのだ。今もだけど。

「話すことなんてないわ。帰って」

 どこか鼻声で、突き放すような言葉をぶつけられる。
 だが此処で帰るようなら、霧雨魔理沙もただの人間になったと報じられるところだろう。いつもの霊夢だと思うから調子が狂うのだ。初めからこういう少女なのだと思えば、対応はそう難しいことではない。
 帽子を脱ぎ、布団に手をかけた。

「悪いが此処で帰る魔理沙さんじゃないんでな。強引な手段をとらせて貰うぜ」
「ちょっ、止めてよ!」

 止めてと言われて止める馬鹿はいない。
 布団めくりもパワーだぜとばかりに、力任せで剥ぎ取る。技術は霊夢の方が上だとしても、純粋な腕力なら魔理沙の方に武があった。地味な筋トレが実を結んだ瞬間だ。

「蓑虫と話す趣味は無いんだぜ」
「蓑虫じゃないもん……」

 泣いたと思えば今度は拗ねる。身を守る布団は無いというのに、それでも身体を丸くする霊夢。精神退行でも起こしたのかと、疑いたくなるぐらいの別人ぶりだった。

「じゃあ人間の巫女さんに質問だ。何があったのか、私に教えてくれ」

 文々。新聞では詳しい所まで書かれていなかった。意図したことなのか、それとも単に取材不足だったのか。それは分からないのだが。
 何にせよ情報が必要な事は確かだ。少なくとも嘘は書いてなかったものの、何が起こっているのか全く把握できていない。本来ならば異変解決へ真っ先に乗り出す霊夢がこれなのだから、魔理沙が動かずして誰が動くというものだ。まぁ、他にも動いてそうな奴は何人もいそうだけど。
 他人任せは性に合わない。だからこそ慌てて駆けつけのだが、当の霊夢は子供のように涙の跡が残る顔を背けている。ちらちらとこちらの様子は窺っているのだが、素直に話してくれる気配はない。そもそも起きあがろうともしないのだから、交渉は難航していると言っても良いだろう。
 アリスやパチュリーならまだしも、腹の底を探るような話し合いは苦手だ。説得も然り。
 自分に出来ることと言ったら、布団を剥ぎ取るぐらい。後はせいぜい、手を差し伸べる程度だ。

「ほれ」

 差し出した手に霊夢の視線を感じる。しばし空しさを感じながら、それでも手を差し出すこと数分。不承不承といった感じながら、ようやく霊夢が手をとった。引き起こすものの、今度は立ち上がろうとしない。
 面倒なことだ。溜息が漏れる。

「お前は人任せじゃないと立ち上がることも出来ないのか?」
「出来るわよ、別に」

 先程までの渋りようが嘘のように、すぐさま立ち上がって奥の部屋へと消えていく。後を追いかけようとも思ったが、おそらく着替えに行くのだろう。追いかけて機嫌を損ねられても困る。
 仮にまだ抵抗するようならば、その時はミニ八卦炉で訴えかけるしかない。説得もパワーなのだ。

「待たせたわね」

 文字通り、待つこと数十分。何度も声を掛け、その度にまだだと焦らされた。
 普段だったら身支度に一分もかけない癖に、今日は何をもたついていたのかと首を傾げる。身なりは変わったわけでもなく、いつもの巫女服そのままだ。何故か厚手のカーディガンを羽織っているのだが、今日はそこまで寒かっただろうか。
 視線が気になるのか、肩を隠すように身をひいた。

「何よ」
「……いや、何でもない」

 意味はあるのだろう、霊夢なりの。気になるけれど、今はそれよりも異変の方が重要だ。
 カーディガンの意味は後で根掘り葉掘り訊くとしよう。

「本当は何も話したくないけど、どうせ全部聞くまで帰るつもりはないんでしょう?」
「鋭いな。大正解だ」
「当たっても嬉しくないわよ」

 好奇心では魔女にも負けていない。そして執念なら橋姫にも勝る。
 戸惑うことはあっても、諦めるつもりなど無かった。
 霊夢もそれを分かっているからこそ、全てを話すつもりになったのだろう。妖怪退治をした所から、紫の話を聞いたところまで。包み隠さず全部を自分に話してくれた。

「なるほど、呪いねえ」

 魔法の世界に生きる身だ。呪いに関する話とて、耳にしたのは一度や二度ではない。もっとも自分が呪われたことは無いし、呪われた人間を間近で見たこともなかった。そういった意味では貴重な体験なのだが、ゆっくりと観察する気にはなれない。
 霊夢への呪いは、どうやら能力だけに留まっていないようだ。飄々とした態度や何事にも動じない精神力は昔の話。魔理沙と同じぐらいか下手をすれば年下の少女のように、拗ねて焦って不安そうな顔の女の子が目の前にいる。
 実にやりにくい。
 根本的な部分では変わっていないようだが、性格の大部分から霊夢らしさが抜けていた。これはこれで面白いのだけど、ずっとこのままというのは当人だけでなく周りも座りが悪いだろう。
 元より放っておくつもりなんか無かったし、紫だけに解決を任せておくのも不安だ。あれは幻想郷の命運が関わらないかぎり、本気を出そうとしないし。

「よし、決めた!」

 大声に驚き、目を丸くする霊夢。新鮮で良い。

「私も手伝ってやるぜ、お前の呪いを解くのに」
「え、でも、紫が……」
「別に邪魔するわけでもないし、私らは私らで動けば良いだろう。その方が早く解決するし、ひょっとしたら紫が見落としてることだって有るかもしれないじゃないか」

 しばし躊躇い、虚空を見つめ、やがて遠慮がちに頷いた。

「そう、かもしれないわね。分かったわ、私達も調べてみましょう。呪いを解く方法」

 涙の跡見える頬。何にせよ、前向きになってくれた事は嬉しい。
 帽子を拾い、箒を掴む。

「じゃあ、善は急げだ。とりあえず永琳の所に行ってみようぜ。まだ門外漢とはいえ、何か知ってるかもしれないし」

 縁側の戸を開き、飛び立とうとする魔理沙。不意に後ろへ引っ張られ、何事かと思えばスカートの裾を霊夢が引っ張っていた。
 何の嫌がらせかと思えば、

「私、飛べないんだけど……」

 後ろに人を乗せて飛んだのは、久々のことだった。










 空が夜空に変わる頃、魔理沙はようやく自宅へ戻った。最初から簡単に行くとは思っていなかったものの、まさかこうも難航するとは予想外だった。
 いつもの異変なら一日中飛び回れば解決策の尻尾ぐらい掴めるものを、全くと言っていいほどの収穫。釣りなら坊主、麻雀なら焼き鳥だ。得た物といえば疲労感と、後はせいぜい霊夢に関する情報ぐらい。
 それにしたって魔理沙の主観に基づいている。永琳は守秘義務を盾に口を紡いだし、他の連中も霊夢の変わりようを気味悪がって近づこうとしなかった。気持ちは分かるけど。

「あの霊夢がだからなあ……」

 箒で飛べばキャッなどと乙女チックな悲鳴をあげて、抱きつくように腰へ手を回す。ウドンゲやてゐを見れば、顔を引きつらせて魔理沙の背中に隠れる。里へ行っては珍しいお茶を見つけたからと小躍りしそうなほど喜ぶ。はてさて、いずれにしろ以前の霊夢なら到底有り得ない光景だった。
 体力に関しては全く衰えておらず、むしろ魔理沙の方が息切れしてしまう始末だ。どうやら呪いは精神的な領域だけを侵しているらしい。格闘勝負に持ち込めば、おそらく敗北するのは自分だろう。
 もっとも妙に臆病となった霊夢が、そんな勝負をするとは思わない。何せ妖精達の弾幕ごっこを目にして、

「危ないからもっと離れましょうよ」

 と言ってしまう有様なのだ。目に付いた妖怪やら妖精を片っ端から退治していた霊夢の台詞とは思えず、吹き出すどころか背筋が凍りそうになったのを今でもしっかりと覚えている。
 臆病で恐がりで泣きっぽく、お茶が大好きで基本的には面倒くさがり屋。前者はかつての霊夢とは無縁の感情だけど、後者は昔からの性格だ。何も全てが変わってしまったわけではなく、どちらかといえば新しい感情が芽生えたという表現が適切なのかもしれない。
 振り返ってみれば、あの天狗の新聞こそが一番真実を射抜いていたのか。

『博麗霊夢、ただの人間に逆戻り!』

 魔理沙がライバル視していた霊夢は誰よりも強く、決して何事にも影響されない最強の人間だった。喜怒哀楽が激しく、努力の積み重ねで強くなってきた魔理沙とは正反対に位置する巫女。二人が出会えば自然と対決が始まるのは避けられず、魔理沙がライバル視したのも当然の成り行きと言えよう。
 例えあちらが自分をライバルとして見ていなくても、いずれは認めさせてやろうと決めていた。思えば弾幕ごっこや異変解決にのめり込んだのも、霊夢に対抗したかった気持ちがあったからなのかもしれない。
 人間としては誰よりも霊夢を見ていた魔理沙。だからこそ言えるのだ。
 博麗霊夢は人間らしくない、と。
 お茶が大好きと言っても、今日のように飛び上がるほど喜んだ姿は見たことない。冷静な顔で湯飲みを空にして、美味しかったわと一言述べるぐらいで。間違っても茶筒を抱えたままクルクルと雛のように回ったりしない。

「普通の女の子に戻ったと言えば聞こえはいいけど、っと」

 帽子は帽子掛け、箒は箒立て。所定の家に帰してやれば、後は着替えをするぐらい。すっかりホコリっぽくなった服装のまま寝るほど、魔理沙は魔法使いらしくなかった。まぁ、研究で忙しい時は着の身着のまま寝たりするけれど。

「あー、そういや霊夢の奴が何か言ってたな」

 女の子なんだから身だしなみぐらいちゃんとしろとか、ファッションとか化粧とは縁遠い魔理沙には耳が痛い忠告だった。実家にいた時はそれで何度も母親ともめたのを覚えている。
 確かに綺麗になりたい願望はあるけれど、研究や採取よりも優先させたいとは思わない。そりゃあ香霖堂の店主と会うときは、最低限の身だしなみぐらいするけれど。それにしたってお洒落してまで会いたいとは思わなかった。

「感情が豊かなのは良いけど、口うるさいのは勘弁だなあ」

 それでも博麗神社に通うつもりなのだから、魔理沙の神経の太さが分かるというもの。
 異変を解決したいという気持ちもあるけど、何より霊夢をどうにかしたいという思いが強かった。
 調子が狂うのだ。ああいう霊夢を見ていると。
 他の連中だって、きっとそうに違いない。










 地上ではまだ早い初雪とて、薄暗い地下世界なら珍しくもない。
 天候とは無縁の地下に天気という概念が出来たのは嬉しいのだけど、いかんせん適当だから困る。春だろうが夏だろうが容赦なく雪は降るのだから、雪見酒と洒落込む気は何百年も前に失せたと勇儀は語る。今は出来るなら花見酒と行きたいところだ、などと夢のように言った。
 旧地獄街道の屋台。ここでの語らいも何回目になるのだろう。熱燗で喉を潤し、萃香はくだらない考えに身を委ねた。今はとにかくどんな事でもいい、現実を忘れてしまいたい。

「私も上に行ってみたいとは思うんだけどね、どうしても勘弁してくださいと天狗や河童が言うんだよ。強引に出てやってもいいんだが、楽しく酒が飲めないのは遠慮願いたいね」

 快活に笑いながらも、勇儀の言葉はどこか愚痴っぽい。大概の鬼やら妖怪は勘違いしているようだけど、この鬼は案外ネガティブなのだ。だからこそ表面は明るく振る舞っているのだろう。外も内もネガティブなままだと、どこぞの橋姫のようなことになる。
 長年の付き合いがある萃香には、それがよく分かっていた。だからこそ、こうして定期的に二人っきりの飲み会を開いているのだ。別名、星熊勇儀の愚痴を聞く会。会員は今のところ一人しかいない。

「喧嘩も好きだよ。好きだけど、時と場合によるんだよ。弱い物虐めなんて論外だし、大体天狗やら河童やらの類は私を怖がってるからね。まぁ、嫌われてはないと思うんだよ。うん、多分。……きっと?」

 酔いもいい加減になってきた。お猪口を弄ぶ萃香の隣で、勇儀の熱弁は相変わらず続く。馴染みの店主も分かった風で、おでんの具合を確かめながら右から左へ話を聞き流しているようだ。
 噂では橋姫や覚りから相談を受けるほど信用を集めているらしいのだが、はてさて。一体、どうやって答えているのか。興味が無いと言えば嘘になる。

「萃香ぁー!」
「うわっ」

 零れそうになったお猪口を握りしめ、抱きついてきた勇儀を睨み付ける。酒だってタダじゃないのだ。

「なに?」
「萃香は私のこと好きだよな?」

 初々しいカップルじゃあるまいし、好きだの嫌いだの軽々しく口にするつもりはない。そもそも恥ずかしいではないか。そんな言葉。
 のし掛かってくる勇儀をはね除け、空っぽになったとっくりを覗き込む。

「嫌いじゃないさ、その面倒くさい性格を除けば。あ、親父さん。もう一本追加ね」
「仕方ないじゃない、性格なんだから。そう簡単に変えられるわけないだろ」

 そう、性格は簡単に変わらない。人間にしろ鬼にしろ、積み重ねてきた経験は堅牢な城のように固いもの。水や雲じゃあるまいし、そんなにふらふらと変わるものではない。中には性格が変わることが性格だという特殊の輩もいるけれど、少なくとも霊夢は違ったはずだ。
 頭を振る。忘れようとしていたのに、どうして思い出してしまったのか。

「ふふん、博麗の巫女のことか」

 面倒くさい奴だ。人の話を聞いていないように思えて、変に勘が鋭いところなど特に。あるいは、だからこそ相談を受けているのかもしれない。
 顔を背け、街道を眺める。鬼が飲んでいる光景など珍しくもなく、こちらに注目している奴など何処にもいなかった。

「違うよ」
「酒呑童子が天の邪鬼になったか。嘘はよくないぞ、嘘は」
「嘘じゃないって」

 博麗の巫女ではない、霊夢のことを考えていたのだ。武将と織田信長ぐらい違う。

「はあん、そうかい。でもまぁ、博麗も随分と大変な事になってるようだね」
「そうらしいね」
「人ごとみたいに言って、まあ。急に飲み出そうと言ったのも、その異変があるからなんだろ? 居づらいか、あそこは」

 鬼は嘘を吐かない。だから鬼の会話に駆け引きも糞もなく、あるのは本心のぶつけ合いだ。
 熱めの燗を受け取り、お猪口に注ぐ。

「少なくとも私が認めた霊夢はいない。いるのは博麗という名前の女ぐらいだ。居着く理由もないし、むしろ不愉快だ」
「怒ってるなあ」
「当たり前だよ! なにあの霊夢は! 泣き虫で弱虫で消極的ですぐに嘘を吐く。物に翻弄されるし、妖怪を見ると怯える。あれじゃあまるで、私が一番嫌いな人間そのものだよ!」

 楽しげに笑う勇儀。人間を見放した彼女からすれば、そんなのとっくの昔に理解しているのだろう。むしろ変な期待をしていた自分の方が間違っていたのか。昔なら揺るがなかった決意が、霊夢の変わりようで俄に崩れ始めていた。

「まぁ、せめてもの救いは八雲紫が動いてることだ。あれが動いているんなら、そのうち解決はするだろうさ。紫も博麗の巫女が機能しなかったから困るだろうし」
「どうだろうね。あるいは使い物にならないから、新しい博麗の巫女を捜してるのかもよ?」

 可能性はあった。萃香は霊夢を気に入っていたし、紫も似たようなものだと思うのだが。いかんせんあちらは幻想郷という子供を抱えている。我が子が危機に晒されるくらいなら、容赦なく霊夢ぐらいは切り捨てるだろう。
 だとすれば、霊夢は一生このままなのか。ゾッとする話だが、萃香には出来ることがない。力任せならともかく、呪いの類はどうにも苦手だ。素直に紫へ任せ、全てが解決するよう祈る他なかった。

「そうなったら、そうなったらだよ」
「諦めの良いこったぁ。少なくともあんたは、他の連中と違って霊夢を好いてると思ってたんだがなあ」
「好いてるけど……他の連中がどうしたって?」

 勇儀が目を細める。いけないスイッチが入った合図だ。
 再び抱きつかれる。萃香で無ければ絞め殺されていた所だ。

「なんで霊夢には好きだって言うのに、私には言ってくれないのさ!」
「本人の前で言えるわけないだろ!」
「じゃあ私、勇儀辞める!」
「意味分からん!」

 等々、漫才じみたやり取りは割愛するとして。本題に戻ろう。

「さすがに博麗の一大事だ。天狗の口に戸を立てたところで、幻想郷中の人妖が知るところになっただろうさ。だとしたら、大妖怪とか言われる連中の考えも分かるだろ?」
「いや、よく分からないけど」

 呆れたように、勇儀は溜息を吐く。

「曰く、ただの人間に成りはてた博麗の巫女と付きあえば妖怪としての格が落ちる」

 思わず、鼻の付け根に皺が寄った。

「くだらない。くだらないけど理解は出来る自分が恨めしいなあ」
「化け物じみた奴となら肩を並べられる。挑みかかってくるのなら真正面から向き合える。だけどどちらでもない人間を、どうして大妖怪が気にする必要なんてあるのか。矜持に生きる存在は、これだから困る」

 とはいえ、勇儀も萃香もその矜持に生きる存在なわけで。霊夢を敬遠したがる大妖怪の気持ちは痛いほど理解できるのだ。
 人間をまだ見ていたいと地上に残っていた自分も、随分と奇異な目で見られるようになったし。鬼の何割かはまだ萃香と口を利こうともしない。それはそれで結構なのだが、人間に媚びへつらう鬼の出来損ないなどと陰口を叩かれたら、報復に出たって仕方がない。
 ただの妖怪ならともかく、大妖怪となれば慕う者だって多い。面子を気にする者であればあるほど、ただの人間とどう接していくのか。気を払う必要があるだろう。妖怪にとって人間とは天敵であり、餌でもあるのだから。

「山の神も手を出せないし、元から人間はあまり寄りつかない。随分と寂しくなっただろうね、あの神社も」

 言葉の裏で、お前ぐらい居てあげたらどうだと言っているような気がした。
 冗談ではない。矜持や面子以前に、萃香はあの霊夢を受け入れる気がしないのだ。
 同じ屋根の下に居たくないし、出来ることなら今日中にでも元へ戻って欲しいと願っている。前の霊夢だったら、人や妖怪が来ないぐらいで寂しいなどと泣き言を口にするはずもない。自分が行く必要性など何処にも無かったし、行きたくなかった。
 乱暴に煽った日本酒が、喉を焼くように通り抜けていく。










 霊夢から変わってからしばらく経った日のこと。調査という名の巡回を終え、神社へと戻ってきた魔理沙と霊夢。全くと言って進展がないどころか、むしろ後退したかのような印象さえ受ける。相変わらず、調査は難航していた。
 具体的に霊夢が泣くぐらい。

「あんまり気にするなよ。今はほら、あいつらも戸惑ってるだけなんだって」

 紅魔館では門前払いを喰らい、永遠亭には辿り着くことすら出来なかった。妖怪の山では哨戒天狗に追い払われて、聖輦船は二人から逃げるようにして消えていった。有り体に言えば地下にしろ冥界にしろ何処にしろ、二人は話すら出来なかったのである。
 特に紅魔館などは美鈴ですら会うことを嫌がったのか、門の前に立っていたのはただの妖精メイドときた。
 落ち込むのも無理はないが、何も泣くことはないだろう。どれだけ弱々しくなっているのだ、この霊夢は。

「っぐ、だって……前はあんなに仲良くしてくれてたのに、今はさっ、会ってもくれないし……嫌われたのね、私」

 以前の霊夢が好かれていたかと言われたら、甚だ疑問ではあるのだが。少なくとも周りに妖怪や人間が集まっていたのは事実である。それが一度に離れていけば並大抵の人間は傷ついたり凹んだりするのだが、昔の霊夢なら無表情で境内の掃除でもしていただろう。ともすれば静かになって良かったとか言いそうなぐらいに。
 あくまで昔の霊夢なら、の話だ。今の霊夢にとって、この状況は泣くに値するほど辛いものに違いない。
 まぁ仮に妖怪が集まったところで、怯えて泣いてしまう可能性はあるのだが。

「だけど慧音達は会ってくれただろ」

 慧音の歴史書にも阿求の書庫にも、それらしい本は無かったが。紫の話が本当なら、昔にも似たような事があったはず。だったら記録の一つや二つぐらい残っていてもおかしくないのだけど、記録していないのか、はたまた紫が嘘を吐いているのか。
 新しい疑問が生まれたのだが、そちらは霊夢に言っていない。いつものように気付くだろうと思っていたし、仮に気付いていないなら好都合だ。この上さらに紫からも嫌われたと思いこめば、泣いて脱水症状を起こしかねない。
 黙っておく方が吉だ。

「でも里の人達はあんまり神社に来てくれないし……」

 鼻水をすすり、上目遣いでこちらを見つめる。まるで子犬のように、哀願と愛玩の入り交じった感情が剥き出しでぶつかってきた。
 そういえば、自分も似たような目で霖之助を見上げた覚えがある。あれはどんな時だっけと首を捻り、呆れたように口を開いた。

「ひょっとして霊夢、寂しいのか?」

 頬を染め、顔を背け、小さく霊夢は頷いた。
 なるほど。失念していた。
 これだけ大きな神社だ。普通の人間なら持てあますし、多少の寂寥感を感じても不思議ではない。魔理沙だって自分には不相応な一軒家を持っている。たまに寂しいと思うこともあるし、何も霊夢だけが特別なわけじゃない。
 妖怪も訪れず、人間も訪れず、後はせいぜい妖精達が姿を現すぐらいか。今の霊夢ならお茶を出して歓迎しそうな勢いだが。はてさて。

「駄目?」

 チラリとこちらを窺って、消え入りそうなほど小さな声で尋ねてくる。
 主語のない問いかけは苦手だ。空気を読む程度の能力も無いし、全然的はずれの答えを出してしまいそうで怖い。
 ただ、今回ばかりは別だ。霊夢が何を期待しているのか、何を望んでいるのか。
 この流れで把握できないほど、魔理沙の脳みそは怠けていなかった。
 しばらく魔理沙は黙り、小動物のように挙動不審な霊夢を眺める。魔法使いとしては論外な質問なのだが、友人としては応えてやりたいし。それに。

「分かった、別に構わないぜ。霊夢が戻るまで、一緒に此処で暮らしてやるよ」
「本当!?」
「こんな嘘を吐くほど落ちぶれちゃいないさ。まぁ、さすがに着替えやら何やらがいるんで。一度家に帰って来てからの話になるけどな」
「うん。じゃあ私待ってるから!」

 喜色満面の霊夢を神社に置いて、魔理沙は帰宅の路についた。着替えよりも魔導書よりも、何よりも必要な物がある。うっかり忘れてきてしまった大事なミニ八卦炉。これからの生活は、おそらくあれが一番重要になってくるのだろう。
 聞き込みの傍らで、魔理沙が耳にした噂。本当だとしたら、友人としても魔法使いとしても放っておくことはできない。

「妖怪に嫌われたぐらいなら良いんだが、恨み辛みも沢山あるだろうな。なにせ霊夢だし」

 自分が気を引き締めないと。霊夢はあんな風だし、妖怪達は当てにできない。
 守られるのは魔理沙一人なのだ。
 しっかりしなければ。










 人里離れた森の中ともなれば、住み着くのは変わり者の魔法使いぐらいで。密かな集会を行うのに、これほど適した環境もないだろう。
 鬱蒼と茂る木々の間をすり抜け、光も差さぬほどの林を歩く。聞き慣れない鳥達の鳴き声に耳を澄ませれば、目の前に広がるのはぽっかりと開いた空き地。そして所狭しと集まった妖怪達の群れである。
 種族も年齢も関係なく、一見しただけでは共通点を見いだせない。せいぜい人間では無い連中というぐらいで、さとりでも無ければ答えを見つけることは不可能だろう。当然、古明地姉妹はこの会合に呼ばれていない。
 いや、正しくは大妖怪と称される妖怪など一匹もいないのだが。誰も彼もが見た目こそ怖そうなものの、ちょっと力を付けた人間なら簡単に退治できそうなレベルの妖怪なのだ。中にはそれなりの実力者もいるのだけど、巫女や魔法使いにかかればボムも必要ない。
 肌寒い季節なれど、集まった妖怪達の熱気たるや季節感を忘れてしまいそうなほどだ。無秩序なざわめきが波のように響き、巫女やら博麗やらの単語が飛び交っている。

「おう、これで全員か」

 広場の中央に座る男が、気怠そうに辺りを見渡した。背中から生えた黒い翼は烏を連想をさせ、自己紹介せずとも種族が分かる。

「ええ、これで全員です」

 傍らにいた犬神の答えに、天狗は満足そうな頷きを返した。一匹一匹の力は弱くとも、これだけの数がいるのだ。人間の里ぐらいなら簡単に襲撃できそうだ。
 もっとも、博麗神社ともなれば話が変わる。あそこの巫女は人外という言葉が生易しいくらい常識外れの力を持っていた。どれだけ数を揃えたところで勝てる気は全くしない。
 この間までは、の話だが。

「注目」

 凛と研ぎ澄まされた犬神の言葉が、ざわついていた広場の空気を変える。妖怪達は挙って口を紡ぎ、真剣な眼差しが四方八方から天狗の身体を射抜く。並の神経ならここで怯むものの、天狗は上等とばかりに挑発的な笑みを浮かべた。

「野郎共、博麗の噂は耳にしてるか?」

 応、とあちらこちらから声があがる。そうだろう。あれだけの大異変、まだ知らないとしたら馬鹿か無知だ。

「もしも本当だったら、こいつは一大事だ。なにせ、俺たちにとっては目の上のたんこぶが突然消えちまったようなもんだからな。ものもらいじゃあるまいし、そんな都合の良い話が早々あるわけがない」

 手入れのされていない髪の毛。岩肌のような顔。傷だらけの長い鼻。戦った後のようにボロボロな袈裟と鈴掛。乱暴な見た目とは裏腹に天狗は意外にも慎重な男だった。
 与えられた情報を鵜呑みするほど馬鹿でもない。

「鎌鼬」

 犬神の言葉に反応したのは、木の上で寝転がっていた一匹の妖怪だ。鼬のような外見は隠密活動に向いており、専ら天狗達の情報収集に役立っていた。

「調べたよ、調べたさ。いやあ、これほど簡単な調査は何時以来の事だろうね。普段の巫女なら完全に気づかれる距離も、今日ばかりは全くの無警戒。調べたい放題だったよ」
「とすると、あの噂は?」
「真実だね。博麗の巫女は力を完全に失っている。それどころか人も変わったみたいに泣き虫で弱虫になったとくらあ」

 どこぞの烏天狗よりも信頼のおける鎌鼬の話だからこそ、妖怪達のざわめきも大きくなるというもの。止めようとした犬神を制し、しばらく天狗は騒ぐ妖怪達の顔を見つめていた。

「聞いての通りだ。巫女はただの人間になり、今となっては俺たちの脅威じゃねえ」
「つまり、これで人間も自由に襲えるってことか!」
「もう邪魔されることなんか無いんじゃの!」

 嬉々として立ち上がり、喜びの声をあげる妖怪達。諫めるでもなく怒鳴るでもなく、静かに天狗は言った。

「だが脅威は去っていない。俺たちを退治できるのは、何もあの巫女だけじゃねえ」

 この森で暮らす魔法使い然り、妖怪の山に現れた巫女然り。メイドや剣士だって異変ともなれば駆けつけてくるのだ。それに人間の里には守護者がいる。博麗の巫女がいないからといって手放しで人間を襲えるわけではないのだ。
 八雲紫によって一応の平穏を保っている幻想郷。しかし中には人間を好き勝手に狩りたがる連中も多く、ここに集まったのはそういう奴らなのだ。だからこそ長年巫女には辛酸を舐めさせられていたし、弱体化を最も歓迎したのも彼らなのである。

「依然として俺たちの立場は危ういままだ。だがまぁ、そっちの方は置いておくことにしよう。今は兎に角、博麗の巫女だ」
「博麗の巫女ったって、もうただの人間なんだろ?」

 誰かの声に天狗は笑う。そして枝に寝そべる鎌鼬を見上げた。

「八雲紫の話によれば、力を取り戻した奴が過去にいるらしいってさ」
「分かったか? 今は弱っていても、これからずっとそうだとは限らねえ。だからこそ博麗の巫女なんだ」

 執拗に強調した言葉の意味に、気付く者がちらほらと現れ始めた。そういった連中は決まって興奮したように拳を握りしめ、鬱陶しいぐらいに熱い視線を寄越している。これからの展開に胸を膨らませ、期待感を咀嚼しているのだろう。
 だが当然のように理解していない者もいる。ならば教えてやるしかない。今から自分たちが何をしようとしているのか、を。

「この機を逃すつもりはねえよ。野郎共、博麗神社を襲撃するぞ」

 一瞬の静寂が辺りを通り抜け、すぐさま歓喜の悲鳴があがった。此処にいるのは博麗の巫女から散々な仕打ちを受けたものばかり。恨み辛みもたっぷりあろう。かくいう天狗とて、退治された回数は片手で追いつかないほどだ。
 実力差は明白。加えて勘もよく、奇襲や毒殺も通用しない。自分たちの手で葬ることは一生ないだろうと諦めていた所へ、まさかのこの知らせだ。運命というのは自分たちを弄ぶ存在だと思っていたが、どうやらたまには風向きを変えてくれるらしい。
 ならば、この追い風を見過ごすことはできなかった。

「屈辱と雪辱を一緒くたにして、纏めてあの気にくわない巫女に叩きつけてやればいい。鬼も神も見限った。あの神社には巫女以外誰もいねえよ」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 意味もなく、価値もなく、ただ妖怪達は叫び続けた。まるで自分の勝利を疑っていないかのように。
 犬神も天狗も言葉を控え、後はただ興奮した場の勢いに任せるはずだった。

「いるよ」

 水を打つような鎌鼬の声は、雄叫びが轟く中で嘘のように広場を駆けめぐった。あれほどの興奮が煙のように消え去り、後に残ったのは気まずそうな妖怪達。そして怪訝そうな顔の天狗だ。

「いるって、誰がだ」
「だから神社に巫女以外の奴が」
「……大妖怪は自分たちの矜持優先で巫女を見放した。神も信仰を優先した。誰があの神社にいるって言うんだ。ああ、妖精か?」

 まるで他人事のように、鎌鼬は面白そうな笑みを浮かべる。

「いんや、黒い魔法使い」

 喜びが大きかっただけに、反動もまた大きい。巫女だけでなく魔法使いにも痛い目を見せられた者が多く、動揺の波が津波のように広がっていく。

「本当か?」
「うん、なんか見捨てられないんだろうね。今日から住み込むそうだよ、あの神社に」

 ただの人間でありながら、巫女と同じぐらい常識外れの魔法使い。特にあの巨大な光線には天狗や犬神も苦しめられた。これだけの数がいるとはいえ、あの光線を喰らったらタダでは済まないだろう。逃げ出す者も少なくは無いはずだ。
 現にかなりの妖怪は怯え、不安そうな目で天狗を見ている。

「ああ……」

 出来ることなら今日にも襲撃を駆けたかった。善は急げという言葉もあるし、いつ巫女が復活するとも限らない。
 あれだけの熱気、そして興奮。条件は全て整っていたのだが。
 頭を掻き、傍らに立っていた犬神の顔を見る。困り顔だ。
 仕方ない。溜息を吐き、天狗は告げた。

「しばらく様子見だ」

 異を唱える者は、誰もいなかったという。










 楽園というのは永遠に続くかないものだ。

「鬼は嘘を吐かない。しかし真実を語っているわけでもない。言わないことは嘘を吐いている事と同義ではありませんからね。知っていても黙っていることは有る。例えばそう、自分の気持ちとか。まぁ、私の前では何の意味もない事ですが」
「お姉ちゃんは性格歪んでるからねえ」
「真実を見過ごせない主義と言って頂戴。正直者代表を気取っている鬼の方々が気に入らないわけじゃないんですよ、本当。性格の変わった霊夢さんを疎ましく思ってる反面、それでも霊夢は霊夢だろうと言う思いもある。だけどあの霊夢さんなら、あるいは他の人間になびいてしまうかもしれない。そう、あなたは恐怖している。前の霊夢さんは誰にも心を動かすことがなかったけれど、あなたや紫さんにはちょっと頼っているような節があった。それが失われてしまうことが何よりも恐ろしい」
「でも鬼に刻まれた本能が無意識に霊夢を嫌ってる。表面上は好きになろうとしてるのに、無意識が嫌おうとしてるんだからやけ酒を煽る気持ちも分かるよ。うんうん」
「本当は今すぐにでも駆けつけて、霊夢さんの心配をしてあげたい。しかしそれでは鬼の面子が崩れてしまうし、何よりそんな弱々しい自分をあの霊夢に見せつけたくない」
「つまるところ、あなたも他の連中と変わらないんだよねえ。プライド優先」
「悪いとは言いませんが、少しぐらい素直になってみては? あ、ちなみに私は諸事情があって霊夢さんには近づけないので」
「そうそう。鬼だからって強くなくちゃいけない決まりがあるわけでもなし。あ、ちなみに私はお姉ちゃんが近づくなって言ってるからなんで」

 意識と無意識の両方を読まれ、加えてお節介どころじゃない説教もされて、まだ地下世界に篭もっているほど堪忍袋の緒は丈夫でもなかった。勇儀の差し金か、はたまた姉妹の気まぐれか。いずれにせよ萃香が地下にいる限り、あの二人組は見逃そうとしないだろう。
 もう地下には戻れない。かといって、博麗神社に行くのはもっと御免だ。
 古明地姉妹の指摘は正しく、無意識の方もきっとそうなのだろう。だとしたら尚更、萃香が神社へ足を運ぶことはない。矜持を剥き出しされて、それならばと開き直れるなら最初から霊夢の側にいた。図星を指されて平気な顔など出来ない。
 だから博麗神社は有り得ないのだが、はてさて何処に行ったものか。里の連中は鬼を怖がるし、ミスティアの屋台は夜しかやっていない。夕暮れにもまだ早いこの時刻。時間を潰すといったら、それこそ道ばたで昼寝をするぐらいだ。
 しかし今は静かな所に居たくなかった。余計な事を考えそうだし、多少は五月蠅い方が気も紛れる。

「五月蠅い、か……」

 五月ところか七月の蠅のように騒々しい奴の姿が頭へ浮かんだ。最近ご無沙汰だったし、久方ぶりに立ち寄るのも良いだろう。
 そして萃香は天界へとやってきたのだった。

「うぉっす」
「おっすおっす」

 奇怪な挨拶を交わし、遠慮無く桃をもぎ取る。木から。
 天界の酒も美酒なれど、まずは一番の売りから食べるのが礼儀というものであろう。個人的には天子の頭についた桃を食べてみたく思うのだが。残念ながら、その機会に恵まれたことはない。

「暇そうだね」

 平たい岩の上をゴロゴロ転がりながら漫画を読みふける天子。何故外で怠けているのか、その真意は鬼でも分からない。

「あんたほどじゃないわよ。大方、神社が居づらくて此処に来たんでしょ」
「まぁ、そうだけどさ」

 今日はよく図星を指される日だ。嘘を吐かない鬼だって、図星を指されたら傷つくというのに。
 一瞬だけこちらの様子を窺ったものの、すぐさま漫画に目を戻す。我ながら言うべき台詞ではないと思うのだが、仕事とかしてないんだろうか。この天人くずれは。
 桃を齧る。甘い汁が零れ落ちた。

「ん?」

 煙る雲海の中に、見覚えのあるシルエットが見えた。目を細め、視力を強化する。この程度の芸風なら哨戒天狗の力を借りるまでもない。望遠鏡とはいかないものの、双眼鏡程度には見えるような視力。永江衣玖の姿を見つけることぐらい造作もなかった。
 さして忙しそうな気配もなく、ついつい呼びつけてしまう。鬼の習性か元々の性格か。暇そうな奴を見ると呼び寄せてしまうのだ。
 面倒そうに顔を歪めたものの、こちらが鬼だと気付いてから表情を引き締める。なかなかにしっかりとした性格だが、鬼にはあまり好まれない態度だろう。むしろ天子ぐらい明け透けな方が、どちらかと言えば好感が持てる。あれを真似られても困るけれど。

「なんでしょうか、伊吹様」
「相変わらず堅苦しいねえ。いや、別に大した用事じゃないんだよ。あの天人は何であんなに怠けてるのかなあって思ったからさ」

 二人の視線が集まったところで改善するような肝でもない。暢気そうに欠伸をしてみせるあたり、神経を逆撫でするのが得意なのだろう。
 呆れを通り越して諦めの境地に至ったのか、衣玖の語気も大人しい。

「仕事が面倒くさいからでしょう。比那名居様や名居様もお怒りのようでしたが、半ば諦めているようでしたし。止める者が居なければ、ああなるのも無理はないかと」
「あんたは止めないの?」
「私は総領娘様の部下というわけでもないので」

 お役所仕事というよりも、単に面倒くさいだけだろう。どことなく似ている二人だ。
 嫌なことを我慢して仕事をするか、我慢せず怠けるのかという違いがあるだけで。

「時に伊吹様。あの噂に関してなのですが……」
「ああ、博麗の巫女ね。悪いけど、今はあんまりその話をして欲しくないなあ」
「そちらも重要ですが、もう一つの方です。まさかご存じないので?」

 驚かれても、知らない物は知らない。霊夢に気を取られている間、何かとんでもない事が同時進行していたのか。その割りには異変馬鹿の天子が動こうとしない。奇妙である。

「まぁ博麗の巫女に関係した話ではあるのですけど、はぐれ天狗をご存じですか?」
「それぐらいなら知ってるさ。妖怪の山に属さず、勝手気ままに暮らしてる天狗の事だろ」

 河童と天狗の殆どは、妖怪の山で暮らしている。かつては鬼もそこに居たのだが、今は一匹として存在していない。だから内情にも詳しく、はぐれ天狗という名前にも心当たりがあった。
 個人的には組織の中で生きる天狗達よりも、自由気ままに暮らしている連中の方が楽しげに見えるのだが。中には某射命丸のように組織の中でも好き勝手をやってる奴もいるわけで、迂闊に断定することは出来ない。
 閑話休題。

「魔法の森に千仁という天狗が住んでおり、その天狗が最近何やらきな臭い集会をしているとか」
「千仁ねえ、聞いた覚えの無い名だな」

 さほど名を知れた奴でないのなら、興味も途端に薄れるというもの。
 だが衣玖の言いたい事は察した。

「そいつらが霊夢に復讐をするつもりだと?」
「確証は有りませんけど、過去に何度か博麗の巫女にやられているようですし。そう考えてもおかしくないのでは?」

 自然な考えである。鬼にしたって人間にしたって妖怪にしたって、恨み辛みというものは簡単に晴らせない。溜まりに溜まった怨念は解放される機会を窺い、一度その機が訪れれば想像できない力を発揮するものだ。
 その恐ろしさは萃香も良く知っていたし、それでやりこめられた経験もある。
 加えて今の霊夢はただの人間。襲われたら一溜まりもないだろう。
 だけど、だ。

「竜宮の使いがどうしてそんな事を調べてるんだ?」
「いや、まぁ、その……関わるつもりは有りませんけど気にはなりましたから。信頼のおかえる情報源もあることですし、仕事の合間にちょっと」

 どこか気恥ずかしそうに語る衣玖。能力が失われても尚、博麗の巫女が幻想郷の中心であることに変わりはない。積極的に関わる者はいないけれど、誰もがあの巫女の事を気に掛けている。
 だからこそ萃香の出番は無いのだ。

「私が居なくても、きっと誰かがあの巫女を守る。変に手出しをする必要はないよ」
「そう、でしょうか?」
「そうさ」

 あの神社に自分の居場所は無い。
 霊夢の隣に立ちたくもないし、立たせても貰えないだろう。
 今の霊夢は妖怪を怖がる。誇りの象徴でもある二本の角は、きっと霊夢を怯えさせるはずだ。
 逃げ隠れてしまうぐらいなら、いっそ自分から立ち寄らない方がいい。
 まるであの姉妹の意見を覆い隠してしまうような理屈であるが。

「あっはははははははははははは!!」

 腹を抱えながら、目尻に涙を浮かべる天子。岩肌の上を遠慮無くゴロゴロと転がり、背中が汚れることも気にしていない。

「何がおかしいのさ」

 苛立ち混じりの言葉に、怯む様子もなく天子は口を開く。

「ん? いや、漫画がおかしかっただけ。本当に、馬鹿らしくて、傑作でさあ。もう一生これだけで笑えるわ。あはははははは!!」

 乱暴に頭を掻く。敏感に空気の変わり様を察した衣玖は、そそくさと挨拶も簡略にして去っていった。
 不愉快な笑い声を背景として聞き流しながら、萃香は天界の空を見上げる。
 さて、次は何処へ行ったものか。










 荷物の大半が魔法関連の代物だと知り、霊夢は呆れたように頭を振った。これでも必要最低限の物だけ持ってきたつもりなのに、トランク二つでは多すぎたのか。釜や魔導書も我慢したのに。

「魔理沙、着替えは?」
「私は別に巫女服でもいいぜ」
「身の回りの物とか、身だしなみを整える……」
「貸してくれ」

 とうとう霊夢は何も言わなくなった。変な奴だ。着替えとか化粧道具とか借りれば良いし、最悪無くても困らない。それよりも植物図鑑とか採取した材料を入れる籠の方がよっぽど大事だ。

「まぁ、いいわ。私も別に偉そうなことを言えた義理じゃないし。というか、なんであんな腋丸出しの格好で……」
「ああ、やっぱり恥ずかしくなったのか。あれ」
「当たり前でしょ!」

 以前はしっかりと見えていた腋も今は白衣の下。新しく縫ったようで、特徴的な巫女服はただの巫女服に退化したようだ。
 性格だけでなく趣味志向も変わるのか。それとも単に羞恥心が芽生えて恥ずかしくなったのか。個人的には後者だと睨んでいる。

「あ、でも考えようによっては良いかも。魔理沙に新しい服を着せることも出来るわけだし」
「おいおい、変な事言うなよ。私は嫌だぜ、着せ替え人形になるの」

 アリスにも似たような趣味があり、隙あらば着せ替えようと企んでいるのだ。その度に逃げ出して、ついでにめぼしい魔導書も何冊か借りている。自分を綺麗だと自覚していない魔理沙にとって、着せ替えなんてものは必要ないし弄られてるとしか思えない。
 含みのある笑いを零し、大丈夫大丈夫と返す霊夢。とても信用できなかった。

「やりすぎたら帰るからな」
「……分かってるわよ。やりすぎないよう気を付ける」
「いや、言い方が悪かったな。やるな」
「善処します」

 灰色答弁を覚えたようだ。実にやりにくい。
 妖怪の襲撃だけではなく、霊夢からも身を守らなければいけないとは。これからの生活に暗雲が立ちこめ始めた。
 ただ唯一の救いは、霊夢が楽しそうだという事ぐらいか。
 魔理沙は溜息を吐き、ふと背後を振り返った。
 見覚えのある顔と角が、境内の裏から見え隠れしている。










 何となく彷徨き、何となく階段を上がり、何となく本殿の裏に隠れてみる。気が付けば博麗神社にいたという自分用の言い訳を用意しつつ、境内の様子を窺う萃香。霊夢の姿はどこにも見あたらず、すわ誘拐でもされたのかと心配になった所で、霊夢ではなく魔理沙が姿を現した。
 やたらと大きなトランクを二つも抱えて、キョロキョロと辺りを見渡している。咄嗟に隠れたものの、どうして自分が隠れなくてはいけないのか。改めて疑問に思ったのだが、もう隠れてしまったものは仕方ない。ここで素直に出て行けるほど、萃香の矜持は真っ直ぐでもなかった。
 ばれないよう隠れつつ、何とか境内が見えないか試行錯誤を繰り返す。どうにも角が邪魔となり、つくづく鬼は隠し事が苦手なのだと実感した。どうしたものかと腕を組む萃香だったが、霊夢らしき人間の声で苦悩は吹き飛んだ。角が見えるのもお構いなしに、顔を出して境内を覗き込む。
 何やら話をしているようで、神経をとぎすませて二人の会話に耳を傾けた。

「随分と大きな荷物ね。まぁ、泊まりとなったらこれぐらいは必要か」
「これでも厳選したんだぜ。ザルとか瓶詰めの薬草は自重したし」
「……何それ」

 苦虫を噛みつぶしたような霊夢に対し、朗らかに笑う魔理沙。
 さて。
 本当に自分の心配は杞憂だったらしい。案の定、霊夢には頼れる仲間が付いていてくれた。鬼よりは力が劣るものの、並大抵の妖怪ならば相手にならないだろう。いよいよどうして自分が神社にいるのか、用意した言い訳でも誤魔化せなくなってきた。
 当然ながら、何となくではない。衣玖にはああ言ったものの、ついつい気にしてしまうのが博麗霊夢。大丈夫だとは思うのだが、これでうっかり殺されたら見殺しにしたようで気分が悪い。
 ちょっと様子を見てくるだけなら、別に話す必要もないし。行ってみるかと出かけたのが、ついさっき。
 心とは不思議なもので、安全なのだから安心すればいいのに、どういうわけか萃香の心には憤然とした怒りがこみ上げてきていたのだ。
 変わり果てた霊夢の姿を見たことならある。おろおろと子供のように右往左往して、誰も居ないことに気付いたら泣きべそをかくような奴になっていた。なんと情けない姿だと、憤懣やるかたない気持ちになったものだ。
 それがどうだ。泣いた烏がもう笑ってる。楽しそうに、心から。
 大変な目に遭っていたんじゃないのかと。まるで異変など無かったかのように、霊夢は魔理沙とお喋りをしている。気が付けば、痛いほど拳を握りしめていた。
 さとりがいたら言っただろう。それは悔しいからです、と。
 こいしがいたら言っただろう。心のどこかで霊夢に頼って欲しいと思ってたんじゃない、と。
 神経を逆撫でする姉妹だが、だからこそ彼女たちの言葉は正鵠を射ている。
 霊夢の側にはいたくない。だけど隣に立っているのは自分であって欲しかった。
 相反する願望を抱いてしまったのが間違いなのか。それとも神社へ来てしまったことか。どちらにせよ、もう此処には居たくはない。今だったら天子の笑い声だって、さほど不快には思わないだろう。仲良く肩を並べた霊夢と魔理沙の姿ほど、見ていて辛いものは無いのだから。
 そっと顔を潜ませたところで、タイミングよく声が掛かる。

「よお、何してんだ」

 見たくなかった顔が、すぐ側に立っていた。迂闊だ。こんなに近づかれるまで気付かなかったとは。勇儀が聞けば呆れて大笑いするだろう。
 躊躇いつつも、気になるのは魔理沙の背中。

「べ、別に。ちょっと散歩の途中で寄っただけだよ」

 嘘ではない。本当でも無いけれど。

「ふーん、そういや最近姿を見てなかったな。霊夢が寂しがってたぞ」
「知ってる。だから私は……」
「萃香!」
 突然の大声に驚いたのは魔理沙だけではない。萃香も身を強ばらせ、恐る恐る声の主を見上げた。

 口を押さえて立ちつくす、博麗霊夢がそこにいた。
 歓喜の表情を浮かべているものの、若干の恐怖が見て取れる。やはり頭の角か。

「全然来てくれなくなったから、どうしたのかって心配してたのよ。良かった、別に私のことが嫌いになったわけじゃないのね」

 好き嫌いを気にするとは、かつての霊夢からでは考えられない行動だ。いちいち昔と比較している自分が嫌になるし、そうさせてしまう霊夢にも腹が立つ。居るだけで不快指数は鰻登り。やはり神社へ来るべきではなかった。
 理屈の嫌いではない、本能の嫌いなのだ。洗脳でもされない限り、どうすることもできないだろう。
 それを知らぬは魔理沙と霊夢ばかりなり。魔理沙は小馬鹿にするような顔でニヤニヤとこちらを見つめ、霊夢は怯えと安堵が入り交じった表情でこちらを見下ろす。身体の姿勢が若干離れようとしているのを萃香は見逃さなかった。

「嫌いになったのは私じゃなくて、霊夢の方じゃない?」
「え、どういうこと?」
「嫌いというか、怖いんでしょ。私のこと?」

 図星を指された鬼が、巫女の図星を指そうとは。地下で酒を飲んでいた頃には想像だにしていなかった。
 泣きそうな表情の霊夢。ショックを受けながらも、力強い否定の言葉は出てこない。

「そ、そんなことない……わ」
「覚り妖怪でなくとも、そんな嘘は見え見えだよ。確かにまぁ、私も今の霊夢は嫌いだし。これでおあいこって事で良いじゃないか」

 涙腺の防波堤が決壊したらしく、恥も外聞もないままに霊夢は涙を零した。心の奥底で燻っていた良心が咎める。だけど真実をいつまでも隠し通すつもりはないし、嘘を吐くつもりはもっとない。
 ニヤケ顔を一転させて、どこか責めるような表情の魔理沙。ああ、願わくば自分がその位置に立ちたかったというのは我が儘というもの。

「そういう言い方はどうかと思うぜ」
「嘘は吐けないよ。鬼だもの」

 言葉を吐き出す度に、霊夢が傷ついていく。これ以上はお互いの為にも良くはない。こうなってしまった以上、もう萃香は神社に来ない方が良いだろう。紫か魔理沙が解決するまで、大人しく天界に引きこもることにしようか。
 苦い顔の魔理沙を背中に、歩き出そうとした瞬間。
 不意に背中の衿を掴まれた。何の悪戯かと振り返ってみれば、泣いたまま、怯えたまま、霊夢が震える指先で萃香の裾を掴んでいた。

「す、萃香は一緒にいてくれないの?」
「………………はぁ?」

 理解するのに時間が掛かり、理解してからは素っ頓狂な声が漏れだした。
 人間が鬼を頼るのは、まぁ分からなくもない。かつて共存していた頃には、何度か頼られた経験もあるし。力強い用心棒だと思えば、側にいて欲しいと願ってしまうのも分かる。だがそれはあくまで、かつて共存していた頃の話だ。
 恐怖と怒りで対立するように今となっては、むしろ外敵より鬼の方が脅威に思えるのだろう。誰もが側に居て欲しくないと願うようになり、霊夢のような台詞を吐く輩はめっきりどころかすっかり居なくなった。
 だからこそ驚いているのだ。こんな台詞を吐く人間が、まだ現代に居ようとは。
 それも誰よりも妖怪に怯えている霊夢が。

「いられるわけないじゃない! 今みたいに怯えてる奴の側に居るのは不愉快だし、霊夢だって気分が悪いだろう! 何を馬鹿な事を言ってるんだよ!」
「こ、怖いけど、萃香が居てくれないと寂しいし……」
「魔理沙がいるだろ!」
「萃香も居て欲しい……」

 欲張りで、我が儘で、矛盾して、ああ、つくづく今の霊夢は人間だ。
 溜め込んでいた怒りが、沸騰するマグマのように押し寄せてきた。

「巫山戯るな! 私はお前みたいな人間らしい人間の側にいるつもりなんかない! 私が好きだったのは昔の霊夢だ! お前じゃない! そこの所を勘違いするなよ、人間」

 冷たく言い放ち、振り返ることなく立ち去った。
 例え後ろから少女が泣くような声が聞こえたところで、決して萃香は歩みを止めない。
 来るんじゃなかったという後悔の念だけを抱きつつも。










 当然のように霊夢は大泣きをして、魔理沙の胸を借りることになる。慰め程度に頭を撫でているものの、かける言葉は見あたらない。悔しい話ではあるが、霊夢にとって紫と萃香は特別な存在なのだ。
 前者に関しては気まぐれで、姿を見る方が稀ではあるが。萃香はいつだってこの神社に住み着いていた。霊夢からしてみれば同居人のような感覚なのだろう。
 完璧に嫌われてしまったと落ち込む霊夢。普通なら此処で、きっと心にもない台詞だよ、とか言うのだろう。相手が鬼でなければ。
 萃香の気持ちも分からなくはない。人間を信じ、裏切られた種族なのだ。何故か地上に残っていた萃香とて、その時の記憶はしっかりとあるだろう。だからこそ萃香は人間臭い奴ほど好いていない。今の霊夢など、萃香からしてみれば許せないほどに嫌いなのだろう。
 胸が温かくなっていくのに、心の中が寂しくなってしまう。涙と鼻水で汚れてしまった服を、このまま着るわけにもいかないし。早速巫女服の出番だろうかと思っていた時のこと。
 ふと、こちらを手招きする奴の姿を見つけた。

「霊夢」
「ぐすっ……なに?」
「悪いけど、先に戻っててくれ。ちょっと用事が出来た」
「魔理沙も私を置いていくの?」

 不安定な精神状態の霊夢から離れるのは心苦しいけれど、相手の様子はただ事ではなかった。真剣な表情と、わざわざ手招きした意味。霊夢には聞かせられない話となれば、魔理沙には若干の心当たりがあった。
 ぐしゃぐしゃの顔を服の端で拭いてやり、軽く頭を叩く。

「すぐ戻るさ。それまで家で寝てるといい」
「…………うん、分かったわ」

 不満げな顔なれど、素直に応じてくれた。てっきりもうちょっと我が儘を言うのではないかと思っていたが、拍子抜けするほど従順だった。子供のように気まぐれな態度は、どうにも昔の自分を見ているようでむず痒い。
 鼻水をすすり、涙を堪え、何度もこちらを振り返りながら霊夢は階段の方へと歩いていった。

「おい、そっちは家じゃないぜ」
「え?」
「お前の家はあっちだろ」

 示したのは正反対の方角。このまま行ったら階段を降りて、別の場所に着いてしまう。方向音痴の呪いでも追加されたのか。
 申し訳なさそうな顔で、今度こそ霊夢は家へと戻っていった。
 入れ替わるように、衣玖が姿を現す。

「お楽しみの所すみません」
「いや、お楽しみじゃないから」

 タイミングが悪かったと言えば悪かったが。敢えて出てこなかったのは空気を読んだ結果なのかもしれない。

「何か私に用があるんだろ?」
「本来でしたら伊吹様にもお伝えしたいところですけど、あの様子ですから無理でしょう。他の方々は協力的でもありませんし、あなたなら霊夢さんの力になってくれますよね?」
「当然だ」

 此処まで来ておいて、今更協力しませんなどと戯言をほざくつもりはない。
 自信満々に言い放つ魔理沙を見て、衣玖はほっと胸を撫で下ろした。

「私は仕事もありますし、総領娘様の監視もしなくてはいけませんから。情報をお伝えすることぐらいしか出来ませんが」

 大方、面倒くさかったのだろう。衣玖の面倒くさがりな性格はよく知っている。それでも協力的な態度をとってくれているのなら有り難い限りだ。少なくとも非協力的な奴らよりかは遙かに信頼できる。

「とりあえず、お耳を拝借」

 耳を噛めそうなほど衣玖の頭が近づいてきた。頬にキスをされるのではないかと、そう思うような距離だ。息が直接耳に当たって、どうにもくすぐったい。

「魔法の森に千仁というはぐれ天狗が住み着いています。その千仁が主導となって、霊夢さんの抹殺を企んでいるようです」
「本当か?」
「信頼できる筋からの情報です。間違いないかと」

 確証が事実に変わる。杞憂ではなかったか。
 やはり大方の妖怪からしてみれば、今回の異変はチャンスでしかないのだろう。泊まりに来た選択は大正解だったらしい。

「いつ頃にやって来るんだ?」
「それは何とも。今のところは静観を決め込むらしいです」
「ふうん、物騒な割りには随分と腰の重い連中だ」

 抹殺を企てるような血気盛んな奴らのこと。下手をすれば今日にでも襲ってくると思ったのに。それとも偽の情報を流して油断したところに攻めてくる作戦なのか。
 こういう腹のさぐり合いは苦手だ。どうせやってくるなら日時をしっかりと伝え、真正面から堂々と襲撃してくればいいのにと思ってしまう。勿論、来ないならそれに超したことはない。

「また何か分かったらお知らせします。私の手が空いていたらですけど」

 暗に、気が向いたらと言われた気がした。

「分かった。頼むぜ」
「はい、それではこれで」

 丁寧なお辞儀と共に去っていく衣玖。後に残された魔理沙は、胸にこびりついた鼻水と涙の跡を見て、空を見上げる。
 快晴也。雲一つない天気は、あと数時間ほど続くだろう。
 夕方にはまだ早い。晩ご飯までには帰ってこよう。

「私のホームグラウンドだ。物騒な連中の好き勝手にはさせないぜ」

 取り出したミニ八卦炉が、太陽の光を反射して輝く。










 魔法の森で暮らした年月よりも、実家で暮らした方が長いとはいえ森の住人であることに変わりはない。
 最初は独特の生態系に戸惑ったものの、今となっては茸採取に欠かせないフィールドだ。妖怪もあまり近づかないから警戒の必要もない。
 もしも妖怪達がたまり場にしているとしたら、不思議と茸が生えていない広場の辺りだろう。あの辺は木々も薄く、茸は全くと言っていいほど採れない。どうしてあそこだけ茸が生えないのか、調べてみようかと思っていた所だった。
 魔理沙の家を飛び越えてみれば、案の定広場に幾つもの人影が見える。妖怪の影だから妖影か。さすがに遠すぎて魔理沙の視力では人なのか妖なのかの区別も付かない。幻想郷には人間のような妖怪も多いし、もう少しだけ近づいてみよう。
 あまり近づきすぎると向こうからも見えてしまうので、その辺りの加減が難しい。徐々に高度を落とし、ゆっくりと広場へと接近を試みる。椛がいれば魔理沙の家からでも確認できたろうに。聖白蓮にでも教えを請うて、視力強化の魔法でも習ってみるか。
 ようやく並の人間でも確認が出来るほどの距離になり、ばれないよう細心の注意を払いながら魔理沙は集まった連中の顔を覗き込む。
 なるほど妖怪だ。ルーミアやら小傘ぐらいなら分かりづらいけれど、犬の頭をした人間などお目にかかったことがない。それにしてもかなりの数だ。さすがは博麗霊夢。これだけの妖怪から怨まれているなんて。それだけ活躍したということだろう。
 もっとも今の霊夢はそれを褒め言葉だと受け取らないだろうし、前の霊夢も素っ気なく返事をするだけの光景がありありと目に浮かぶ。
 これが一斉に神社へ押し寄せてきたら、さしもの霧雨魔理沙とて守りきれる自信はない。どういわけか慎重論を唱えている今がチャンスかもしれない。連中も霊夢を元に戻す方法があるとしれば強硬論に打って出るだろうし、怖じ気づいている今ならば一網打尽にする事ができる。
 まずは適度に距離を取り、高度を上げる。今度は気付かれてしまうかもしれないけれど、そうなったらそうなったらだ。取り出したミニ八卦炉に魔力を込めて、狙いを広場に定めた。

「いくぜ、マスター……っ!」

 手の甲に僅かな痛みを感じ、集中力が途切れる。魔力は霧散し、光り輝いていたミニ八卦炉が元の鉄臭い置物へと戻った。
 一文字に開いた切り傷は、まるで日本刀が掠ったかのように鋭利で。それでいて何時斬られたのか全く記憶にない。

「無理無理。あんたがそいつを放つより、僕の攻撃の方が速い」

 いつのまにか目の前に、鼬のような生き物が浮いていた。普通の鼬と違う点があるとすれば、言葉を喋ること。そして大きな鎌のような尻尾をしていること。

「鎌鼬ってやつか」
「ご明察。だけど魔法使いってのは不便だね。知識はあるけど対処法を見つけられない」

 普通は三匹が一体となって行動しているはずなのだが、はぐれ天狗が率いる連中だ。鎌鼬もはぐれているのだろう。それよりも問題は、これでマスタースパークが撃てなくなったということだ。
 あれは大量の魔力を放出するために、どうしても溜める動作が必要となる。相方がいて足止めしてくれるならともかく、単独で鎌鼬を相手に撃てるようなものではない。あからさまな隙を見逃してくれるほど、お人好しでは無いだろうし。

「生憎だが、この魔理沙さんにはまだまだ沢山の魔法があるからな。マスタースパークだけだと思ったら痛い目みるぜ、っと!」

 直線上の光線が鎌鼬のいた空間を貫く。さすがは風と間違えられるだけの妖怪。その素早さはどこぞの烏天狗にも匹敵している。
 どちらかと言えばパワータイプの魔理沙にとって、かなりの難敵となるだろう。

「あそこです!」

 加えて、いよいよ魔理沙の姿も下の妖怪共に捉えられてしまった。無数の豆粒みたいな塊が、砂糖に群がる蟻のように押し寄せてくる。ここにマスタースパークを撃ち込めたら楽になるのだが。

「無理無理」

 ミニ八卦炉に魔力を籠めた瞬間、鎌鼬が攻撃に転じてくるのだ。今はまだ手を切る程度だが、その気になれば手首を切り落とすことだって不可能ではないだろう。攻撃を耐えれば耐えるほど、不利になるのは魔理沙の方だ。
 このままでは大量の妖怪を相手しなければいけないし、ここは逃げの一手を打つべきだろう。さすがに全力で逃げ出せば、鎌鼬ぐらい振り切れる。

「悔しいが、ひとまず退散だ」

 箒を握りしめ、飛び去ろうとした瞬間。頭に大きな衝撃を受けた。
 意識を失いそうになるものの、薄れる意識で何とか箒とミニ八卦炉だけは手放さなかった。しかし高度はどんどん下がり、気が付いた時にはすぐ側に森の木々が。慌てて高度を上げようとしても、重力には逆らえず、せいぜいが墜落死しないよう勢いを弱めた程度だった。
 枝の折れる音、自らの悲鳴を聞きながら、魔理沙は地上へ盛大に尻餅をつく。軋む尾てい骨は幸いにも痛むだけで、骨折やらヒビまではいっていないだろう。スカート越しに撫でただけでは、中の様子まで分からないけど。
 今はそれどころではない。

「いたぞ!」

 林の奥から叫び声が聞こえる。まるで山狩りだ。問題は自分がその対象ということで、生き残らなければ彼らの晩餐になるのは火を見るよりも明らか。生憎と魔理沙はそこまで献身的でもないし、この世界にも絶望していない。まだまだやる事だって沢山あるのだから、ここで命を落とすつもりは全く無かった。
 箒を抱え、帽子を押さえ、一目散に走り出す。ふと水が流れるような感触が、こめかみの辺りを通り過ぎていった。触ってみれば赤い液体。何かを投げられ、それが頭に当たったのだろう。道理で尻だけでなく、頭も痛むと思った。
 傷口がどれだけ深いのか、この調子では調べる暇もない。せめて軽傷であることを祈りつつ、木々の間を駆け抜けていく。先程までの広場とは違い、ここは薄暗い森の中。足下の草が茂るには光量が足りず、走るのには絶好の地面だ。
 空はおそらく妖怪が占拠しているはず。上からだと地面までは木が邪魔して見えないし、このまま走って森を抜けた方が良いだろう。さすがに人里の近くで襲ってくるほど、連中も無鉄砲では……ないと信じたい。

「お待ちなさい」

 妖怪達の怒鳴り声に混じりながらも、しっかりと魔理沙の耳まで届く穏やかな声。耳元で囁いているような、そんな錯覚すら覚える。
 前の様子を気にしつつ、一瞬だけ振り返った。

「なんだ、犬頭か」
「犬頭ではなく犬神です。兎に角、止まりなさい」

 犬耳やら兎耳とは頻繁に会っているものの、頭がまるまる犬の妖怪とは出会うのも会話するのも初めてのこと。野獣のように荒れ狂う他の連中とは違い、こいつだけは水のように穏やかだ。
 若干の不気味さは感じたが、いずれにせよ敵の命令であることに変わりはない。魔理沙は走る速度をあげた。

「悪いな、止まると死ぬ病気に罹ってるんだ」
「異な事を」

 半ば棒読みな口調は、こちらの調子を狂わせる。あまり耳を傾けない方が良いだろう。直感で分かったが、こいつとは反りが合わない。
 更に速度をあげる魔理沙だったが、犬神は決して遅れることは無かった。距離を詰めることはない代わりに、離れることもない。逃げる者からすれば、これほどの恐怖もあるまい。
 なるほど。体力ではなく精神的に追いつめるつもりか。
 もしも魔理沙が森に不慣れな人間だったら、あるいは絶望で足を止めていたかもしれない。だが生憎とこの森に住み始めてから数年の魔法使い。確かに息は切れてきたけど、もうすぐ出口だという事ぐらい頭も身体も理解している。
 森を出てしまえば、広がるのは見通しの良い丘と道。空にいた連中も合流する可能性はあるけれど、里との距離とも近い。助けを乞うのは性に合わないのだが、慧音やら妹紅が駆けつけてくれるのを祈るしかなかった。こうなっては矜持よりも命が大事だ。

「魔法使い殿」

 突然呼ばれ、心臓の鼓動が早くなる。

「何だ?」
「お終いです」

 もうすぐ出口だ。確かに終わりである。
 何故わざわざ、そんな事を口にするのか。
 考えもせずに魔理沙は森を飛びだした。

「ご苦労だったな、犬神」

 立ちはだかるように、一人の大男が魔理沙の行く手を遮っている。

「追いつめるのは得意ですので」

 背後からは、犬神の足音が近づいてきた。
 魔理沙はようやく気が付いたのだ。自分がとっくの昔に挟まれていたことに。

「空を飛ぶ魔法使いならいざ知れず、たかが人間の走りに遅れるほど俺の羽は落ちぶれちゃいねえよ」

 お手玉でも弄ぶように、幾つかの石がカチャカチャと音を鳴らしている。あれが頭に当たったのだとしたら、軽傷とはいくまいて。早く治療しなくてはいけない。ここから逃げ出せたら、の条件付きだけど。
 絶望に打ちひしがれている暇などない。レミリアや文に比べれば、相手の力量は知れたもの。後ろの犬神にしたって、そこまでの強さは感じない。美鈴や聖のように肉弾戦を得意とするわけでもないから、そこまでの目利きが出来るわけじゃないけど。魔理沙だって経験を積んできた。ある程度なら見ただけで自分との格差を把握出来るようになったのだ。

「大人しくしてくれれば手間が掛からずに助かるって言いたいんだが、そういうわけにもいかないよな?」
「当たり前だ。私はそこまで諦めが良い方じゃないんでな。抵抗は最後までさせて貰うぜ!」

 背後の犬神に向かって、特製の魔法瓶を投げつける。もしもの時のために何個か携帯していて助かった。
 当たったかどうか確かめもせずに、魔理沙は千仁に向かって特攻をかける。まさか魔法使いが接近戦を挑むとは思っていなかったのだろう。厳めしい顔に動揺の色がありありと浮かんでいた。
 勿論、魔理沙だって自分の蹴りが天狗に通用するとは思っていない。身構える千仁をよそに、急ブレーキをかけて後方に飛ぶ。手から放たれた星形の弾を置き土産代わりにして。

「ちっ!」

 かろうじて防御はしたものの、無傷とはいかなかった。千仁の脇をすり抜け、すれ違いざまに魔法瓶を投げつける。勝負ならば試合放棄で魔理沙の負けだが、最初から戦う気など何処にもない。最終目標は逃げ切ることなのだから、この際勝ち負けなどどうでも良かった。
 忠告通りに走るのを止め、代わりに箒を握りしめる。
 しかし。

「こりゃあ随分と大歓迎じゃないか」

 空を覆い尽くす妖怪の群れ。渡り鳥かと思うほど、その数は膨大で尋常ではない。これだけの群れを慧音が見逃すとは思えず、もうすぐ彼女が駆けつけてくれるだろう。もっとも、それでどうにかなるとは思えないけれど。
 地上からの追撃も迫っている。予想外の数が集まっていたようだ。地上を走れば空から攻撃を受け、肝心の空も無数の妖怪で突破することは不可能。
 紫や幽香クラスでなければ単独で脱出する事は難しいだろう。今更になって、自分の思い上がりを自覚した。
 だが今は反省している余裕すらも惜しい。
 どうにかして、この妖怪の群れを突破しなければ。それも追って来られないほどのダメージを与えつつ。
 やはりマスタースパークを放つしかない。幸いにも辺りに鎌鼬の姿は見えないし、絶好のチャンスだ。
 ミニ八卦炉を構え、空に向かって突きつける。

「マスター……ったぁ!」

 またしても感じる頭部の痛み。頭痛が悪化したわけではなく、身体中を黒こげにした千仁からの投石なのだろう。

「撃たせねえよ、そいつは」

 マスタスパークの為の魔力を障壁に回す。防御系の魔法は苦手なのだけど、今はそんな我が儘を言っている場合ではなかった。尚も投げ続けられる石が、魔理沙の展開した障壁に跳ね返って地面に落ちる。
 無駄ではあるが、地味に効果はあった。これでは攻撃が出来ないのだ。

「おら、犬神。お前も真似ろ。魔法使いってのこうすると何も出来なくなるんだよ」
「くっ……」

 千仁の言葉は正しい。接近戦なら距離をとるよう魔法を使えばいい。遠距離の攻撃も防ぎつつ、隙を見て反撃すればいい。
 だが遠距離攻撃の数が増えれば、防御することしか出来ない。大多数に効果的な魔法を使役する者なれど、全方位からの攻撃からには防御の一手しか打てない。
 前から後ろから、継続的に投げられる石。今は障壁で防いでいるが、このままでは地上の連中も合流してしまう。そうなれば石どころの騒ぎではない。今は警戒して空にいるだけの妖怪も、きっと雨霰のように降下してくることだろう。
 砂糖に群がる蟻のように、たかれる自分の末路を想像した。
 冗談じゃない。

「むっ」

 鎌鼬には怯んだものの、あれは身体を刻まれるという恐怖があったから。たかが石ころ如きで足止めなんてされて溜まるか。顔に背中に、鈍い音を響かせながら石が当たっている。障壁を解いたのだ。当然だろう。
 そしてミニ八卦炉を空に掲げて、頭部の衝撃を我慢しつつ、思い切り叫んだ。

「マスタースパァァァァーク!!!」

 地上から放たれた一条の光が妖怪を包み込み、雲をも切り裂いて遙か遠くの空へと消えていった。
 大多数の妖怪が焼けこげ、地上へと落下していく。森の中にいた連中も、犬神も、千仁も。誰もが唖然とした顔で黒こげになった仲間を見ていた。
 その隙に魔理沙は箒へまたがり、思い切り地面を蹴りつける。
 ただ逃げるだけではない。これが弾幕ごっこなら、スペルカードを取り出していただろう。

 彗星「ブレイジングスター」

 地上と平行に飛び去った流れ星を、追える妖怪など何処にもいなかった。










 このまま真っ直ぐ博麗神社へ帰るほど、魔理沙は馬鹿でない。
 頭からは血を流し、身体中のあちこちに切り傷や擦り傷が見え隠れしている。服だってボロボロだ。こんな格好で帰ろうものなら、確実に霊夢は卒倒するだろう。寂しくて泣いているかもしれないが、今は我慢してもらうしかなかった。
 突然の来訪にも永琳は嫌の顔一つ見せず、淡々と傷の治療に当たってくれる。助手のウドンゲは何度もこちらの様子を窺い、気になっているのが丸わかりだ。

「しかし、あなたも無茶をするわね」
「新しい噂がもう流れたのか。天狗の仕業か?」
「魔法の森に大量の妖怪。そして傷だらけのあなた。どこにも報道されていないけど、この二つを結びつけたくなるのは人としての性だと思わないかしら?」
「その様子だと目的まで察してるんだろうな。さすがは里でも有名な天才だ。是非ともその調子で霊夢の手助けをしてくれると助かるんだが」

 永琳は肩をすくめ、魔理沙のカルテに向き直る。

「医者としての協力は惜しまないけど、個人的には難しいわね。妖怪としての格がどうとかという話には興味がないけれど、こちらにも色々と都合というものがあるわけ。勿論、軽はずみに口外なんて出来ないわ」

 あらゆる部分に先手を打たれた。全部喋り終えた所で、もう魔理沙に質問したい事なんて無い。
 傷薬の痛みを堪え、じわりと滲み出す血を眺める。これを名誉の勲章と誇られるほど脳天気だったら、あるいは氷精のように愉快な生涯を送られるのかもしれない。誰に言われるでもなく、魔理沙は痛感していた。
 自分一人の力では霊夢を守られないことを。
 一匹一匹は弱くとも、数が段違いすぎる。塵も積もれば何とやら。元々が大多数の撃破に向いている魔理沙の魔法でも、あの数を相手にすればマスタースパークを撃っている間に攻撃されて袋だたきだ。そもそも鎌鼬がいたらマスタースパークは撃てない。
 今日は運が良すぎた。石ころをぶつけられる程度で済んだのだから。

「なあ、永琳。だったらちょっと頼まれてくれないか」
「タダで治療させておきながら、このうえ頼み事? 厚顔無恥もそこまで行くと清々しいわね。嫌よ」
「……魔法の森で採取した貴重な茸」

 微かに眉が跳ね上がる。金でも食べ物でも動かない永琳。しかし貴重な植物には弱かった。

「三籠でどうだ」

 眉間を揉みほぐし、呆れたように溜息を吐き出す。

「私に出来る範囲の事よ」
「分かってるさ」
「あと霊夢に協力しろというのは無し」

 そちらには返事をしない。
 生憎と、霧雨魔理沙さんは諦めが悪いのだ。

「それで、頼み事って何かしら?」

 傍らに置いてあった白紙の上に、幾つかの名前を書き込んだ。
 霊夢の命が掛かっているのだ。多少の恥は泥と一緒にかぶる覚悟だってある。

「こいつらと話がしたい」

 手渡された紙を見て、露骨に顔をしかめる永琳。
 さしもの天才も、この面子が相手では形無しか。魔理沙の心配は一瞬で杞憂に終わった。

「不幸にも、出来る範囲の事だったようね」










 定期的に開かれる宴会の殆どは博麗神社であり、人が集まるには最も適した場所と言えよう。
 しかし今は霊夢がいるし、何より神社へ足を運びたがらない連中も多い。仕方なく紅魔館の一室を借りて、計画を進める他なかった。計画と言っても大層な事ではない。単に幻想郷の実力者達の力を借りて、霊夢を守ろうと言うだけの話。
 プライドがどうとか言っている奴らだって、霊夢の身に具体的な危機が迫っていると知れば動かざるを得ないだろう。

「連中の実力はさほどでもない。だが数が多すぎる。私一人じゃどうしようもないんだ」

 集まった面々に、先程の出来事を語る。レミリア・幽々子・輝夜・神奈子・さとり・聖・文・天子と、ともすれば月を再侵攻して乗っ取れそうな顔が並んでいた。本来なら紫も招いていたのだが、どうしても捕まらなかったらしい。神出鬼没を地でいく大妖怪だ。元からそれほど期待はしていなかった。

「千仁、ですか。いやはや懐かしい名前を聞きましたね」
「知り合いか?」

 障子にもたれかかり、我関せずとばかりに話を聞いていた文。思えば取材だスクープだと騒ぐはずの彼女が、今回の異変ではあまり姿を見せていない。文々。新聞も霊夢に関しては一回記事にしたぐらいで、次の日からは当たり障りのない霊夢とは全く関係の無いものへと移っていた。

「知り合いという程のものではありませんが、一応は関係者ですよ。天魔様を頂点とした組織に異を唱え、好き勝手出来る組織を作ろうとして飛びだしたはぐれ天狗。実力は中の下くらいでしたが、妙に信奉されているんですよね。あの天狗」
「集まってた奴らの中に他の天狗はいなかったぞ」
「そりゃあ、一応は反逆者みたいなものですから。協力するわけにもいかないでしょう。上の方々にしたところで、わざわざ天狗一匹の為に動くつもりは無し。少なくとも、妖怪の山の天狗が千仁とやらをどうこうするつもりは有りませんよ。良い意味でも、悪い意味でも」

 不干渉を貫くという事か。回収してくれれば手っ取り早いのだが、そう簡単に事は動いてくれないらしい。

「だったら尚更、私達の手で霊夢を守らなきゃいけないはずだ」

 力強く、魔理沙は言い切る。鬼からは見限られた。紫も解呪に掛かりきりで、少なくとも防衛の当てにはできない。手の空いてる者達で霊夢を守らなければ、多少の損害は与えたとはいえ、連中はいずれ襲撃に来るだろう。あの数が一気に押し寄せてくれば、ただの人間である霊夢など抵抗もできずにお陀仏だ。
 それを分かっているはずなのに、集まった面々の表情は渋かった。聖は妙にそわそわとしながらも他の連中の様子を窺っていたが、後は似たり寄ったりの反応だ。
 一番高そうな椅子に座っているレミリアが、呆れたような顔で口を開く。

「人を集めて何をするのかと思えば、そんな与太話を聞かされるだけなんて。随分と時間を浪費してしまったようね」
「何?」
「博麗の巫女の危機ならいざ知らず、普通の人間である霊夢の危機に動くつもりなんてないわ。私も、おそらく此処にいる連中も」

 歯を噛みしめる。そんな事は分かっていた。
 人間よりもプライドや面子を重んじる妖怪達のこと。生半可な事では動かないと知っていた。だがそれでも、霊夢の危機がそこにある。レミリアや他の連中だって、霊夢を憎いとは思っていなかったはずだ。むしろ親しげに酒を酌み交わしていた。
 ただ、その仲間を助けたいと願っているだけなのに。

「普通の霊夢だからこそ、助けなきゃいけないんだ!」
「いやいや、勘違いしたら駄目よ魔理沙。私だって鬼……ではあるけどさ。多少は霊夢を良く思っているのよ。死んでしまうよりかは生きている方が良いだろうし」

 だったら何故と口に出すまでもなく、レミリアが未来の質問に答えを返す。

「だけどそれは、あくまで霊夢が頼んだ場合。あなたがどれだけ力説したところで、いらぬお節介であるようにしか見えないわ」
「だけど命が掛かってるんだ!」
「ならば何故、本人が此処にいない」
「っ!」

 紅い瞳が魔理沙を射抜く。嘘や偽りを許さないと、言外の圧力を感じた。
 冷や汗が頬を流れる。

「それは私が霊夢に何も言っていないだけで、言えばきっと……」
「来ると?」

 これだけの大妖怪が顔を合わせる集会だ。言ったところで怖がって来ないだろう。あれほど親しげだった萃香ですら怖がる始末だ。あるいは部屋の前で気絶してしまうかもしれない。
 変わり果てた霊夢を野次馬しにきたレミリアから、必死で逃げ出したと聞くし。

「それに今の霊夢はあまり好きじゃないのよ。気に入った相手ならともかく、気に入らないうえに私から逃げようとする輩を手助けするなんて。それほど吸血鬼は酔狂でもないし暇でもないの。少なくとも私は拒否させて貰うわ」

 同じく、と手を挙げたのは幽々子と輝夜と神奈子とさとりの面々。

「紫が動いているのなら、後は元に戻るまで待つだけよ。もしも彼女が霊夢を守らないというなら、それは単に幻想郷の守護者として失格の烙印を押されただけ。巫女服を着ている一般人を守るつもりなど有りませんわ」
「そもそも、私は以前の霊夢にしろ今の霊夢にしろ守るつもりなんて全く無いわ。助ける義理が無いんですもの」
「今はまだ妖怪達の信仰で私らも存在できているからね。悪いが、自分の存在を賭けてまで助けようとは思わないんだよ」
「私は助けようとも思わないし、霊夢さんも私が側にいるのは嫌でしょう。なにせ地下世界ですら隔離されているような妖怪ですから」

 それぞれが拒絶の言葉を残し、部屋を去っていく。主のレミリアはそれを咎めようともせずにいた。暗に会議は既に終わり、後は解散するだけだと言っているようなものだ。

「私も残念ながら協力することは出来ません。本当なら思う存分に取材をしたいんですけど、上から圧力が掛かっていますんで。はぐれ天狗には不干渉。それが妖怪の山の決まり事なんですよ、いやはや」

 肩をすくめる文ではあったが、その顔には罪悪感など見られない。近々、妖怪の山で写真コンクールが開かれると聞いた。おそらくそっちに専念するつもりなのだろう。彼女もまた、霊夢を見限ったわけだ。
 せめて一人ぐらい協力してくれるかと思っていたのに、こうも門前払いされるとは。あの噂が強力だったのか、それとも霊夢の変わり様が妖怪には受け入れざるものだったのか。どちらでもあるように思えた。
 部屋を見渡せば、残っているのは当主のレミリア。まだこちらの様子を窺っている文。
 そしてどことなく挙動不審な聖に、岩のように沈黙を貫く天子の四人。

「なあ、聖」

 名前を呼ばれ、露骨に身体を震わせる。何かやましい事でも胸に秘めているのか、その反応はあまりにも不審だ。

「お前は協力してくれないのか?」
「わ、私はその……」

 あちらこちらに視線を向けて、重い重い溜息を吐いた。まるで、誰かから監視されているようかのようだ。

「ちょっと、耳を拝借してもよろしいでしょうか?」

 耳打ちは本日二回目だ。くすぐったい感触にももう慣れた。
 否定する理由などない。

「確かに私達は霊夢さんにお世話になっていますし、妖怪の方々のように面子を気にする必要もありません。ですけど、どうしても協力するわけにはいかないんですよ」
「何でだ?」

 小声のやり取り。それでも周りが気になるらしく、何度か辺りを窺ってから聖は告げた。

「八雲紫の命令です。元に戻るまで、博麗の巫女に関わるべからずと」
「なっ!?」

 驚きの声をあげて立ち上がった。勢いに負けた椅子が床に叩きつけられ、鈍い音が部屋中を木霊する。
 予想外にも程があった。紫だけはこちらの味方だと思っていたのに、どうして霊夢から人や妖怪を遠ざけようとするのか。これでは誰も霊夢に協力してれくないし、霊夢を守れなくなる。

「その様子だと、紫の話をしていたようね。言っておくが、事実だよ魔理沙。私の所にも狐が来た。馬鹿にするなと追い返してやったけど」
「あやややや、妖怪の山にも来ましたよ。まぁ、上層部が渋ってる最たる理由がそれなんでしょうけど」
「あの方に睨まれては命蓮寺自体が危うくなります。仏に仕える身としてはあるまじき発言かと思いますが、霊夢さんと命蓮寺なら私は後者を選びます。真に申し訳ない……」

 膝を屈する。妖怪に嫌われ、人間は協力できず、神様も手を貸さない。
 愕然とした。霊夢を守っているのは、魔理沙一人だけなのだから。
 確かに、あの霊夢は昔と全然違う。それで腹が立つこともあるし、苛立つことだって無いとは言わない。それでも霊夢は霊夢なのだ。見捨てて自分の生活に戻るなど、到底出来る話ではなかった。

「まぁ、アレの気持ちも理解できなくはないわよ。ただの人間となった霊夢は無防備に等しい。誰が命を狙っているのか分かったもんじゃないのだから、誰も会うなと命令する。ある意味では霊夢を守る為の命なんだけど、馬鹿には通用しなかったみたいね」

 レミリアの言葉をそのまま受け止めれば、少なくとも紫はまだ霊夢を見限っていない事になる。確かに一理はあった。紫ほどの大妖怪の言葉ならば、聖のように従う者も多かろう。
 そもそも誰とも会わないのなら、命の危険を心配することも無いだろうし。紫は紫で霊夢の身を案じているのかもしれない。もっとも全て推測に過ぎない。真相は紫の心の中だけだ。
 今は兎に角、どうにかして霊夢を守ることだけを考えよう。馬鹿を相手に、どこまでやれるのか知れたもんじゃないけれど。
 ふと、視界の隅に依然として微動だにしない天子の姿を捉えた。

「ちなみに、お前はどうするんだよ?」

 情報は提供してくれたものの、衣玖も直接協力するつもりは無さそうだった。天人にも紫の命が届いているならば、期待だけするだけ無駄といものだろう。問いかける言葉にも力がなく、半ば形式的な質問だ。
 天子はしばらく黙り込み、やにわに立ち上がって自らの胸を叩いた。

「こんな面白そうなこと、参加しないわけないでしょう!」

 レミリアも文も聖も、魔理沙だって、思わず言葉を失った。今までの話を聞いていたのかと、問いかけたくなるぐらい天子は楽しそうな表情で言い切った。

「確かに紫の命令は天界にも届いているし、お父様は関わるなって言ってたけど、あんな石頭の発言なんか無視すればいいのよ。面子とかもどうでも良いし。いいわ、魔理沙。協力してあげる!」

 頼もしい発言だ。発言なのだけど、どことなく不安を覚えたのは気のせいだろうか。
 力になってくれるのは嬉しい限りなのだが。

「襲いかかる無数の妖怪。そして背後には守るべき巫女。くーっ! 燃えてきたわ!」

 緋想の剣を取り出し、腕が鳴るとばかりに振り回す。物騒極まりない。
 さすがは蓬莱人よりも暇を嫌うと噂されるだけのことはある。霊夢を守りたいと思っているわけではないのだろうけど、今は一人でも多くの協力者が欲しかったところだ。断る理由などどこにも無い。

「あっ、もしもこれで霊夢を守りきったら博麗神社の半分は私の所有地ってことで良い?」

 どこにも無い、はずだ。










 案の定というか何というか、神社に戻ってみれば霊夢が泣いていた。最早慣れてしまったとはいえ、見過ごせない自分をバカバカしく思う。
 あれだけ損害を与えておいたのだから、早々に襲撃してくることは無いだろう。油断は禁物だけれど、今はまだ外に出ていても問題ないはずだ。幸いにも協力者が現れたわけだし、面白そうだからと一緒に住み込むことも決まった。もとい、決められた。
 少なくとも霊夢が寂しくて泣くことは、もう無いだろう。天人ならば恐がらないだろうし。

「魔理沙!」

 こちらの姿を見つけた霊夢が、一目散に駆け寄ってくる。兎は寂しくなると死んでしまうという俗説に倣い、霊夢は寂しくなると泣いてしまうのか。そんな馬鹿げた考えすら浮かんでしまうほどに、涙腺が脆くなったものだ。
 もっとも、どうやら今回の原因は別にあるらしい。本殿の賽銭箱に座り込む二つの影があった。罰当たりという言葉すら生ぬるい所行に及んでいたのは、チルノと大妖精の二人組。これで悪戯っ子のような笑顔を浮かべていたら、半ば腹いせのマスタースパークをかましていたものの。
 二人とも怪訝そうな顔で、泣きじゃくる霊夢を見つめていた。ああ、なるほど。まだ何も知らなかったのか。妖怪の間では常識と言っても過言ではない情報も、妖精の間ではまだまだ浸透していないらしい。

「ねえ、魔理沙。それ本当に霊夢?」
「信じられないのは分かるが、紛れもなく霊夢だ。今はちょっと呪いにかかって、こういう状態になってるだけだ」
「ふうん」

 大妖精の顔には同情の色が、チルノの表情には全く見られない。かといって嘲っているようでもないし、相変わらず心が読めない奴だと感心すら覚える。噂ではさとりが読心に挑戦したらしいのだが、頭痛が酷くなって止めたそうな。
 どこまでが真実か不明だけど、全部本当の事だろうと魔理沙は睨んでいる。

「ねえ、チルノちゃん。じゃあ別の所に行こうよ。なんだかあの霊夢さんに悪戯するのは気が咎めるし、呪いが解けたら怖いよ」
「んー? そうなんだけどさ」

 何かが納得いかないようだ。先程の説明の何処に、首を傾げる要素があったというのか。不思議な妖精だ。
 大妖精は退屈そうに、足を揺らし始めた。口では怖いと言っておきながら、賽銭箱の上から降りる気配はない。元の霊夢に戻ったら、真っ先に蹴飛ばされそうな行為だ。

「まぁ、しかし何だ。霊夢も妖精の悪戯ぐらいで泣くなよ。あいつらのやる事なんて、タカが知れてるんだからさ」
「むっ」

 口を尖らせ、露骨に怒りを表現する大妖精。彼女の矜持を傷つけてしまったようだ。嘘を言っているつもりはないのだが。

「だって、誰もいないのに賽銭箱が急に動き出したのよ。幽霊かと思って、それで怖くなって……」
「巫女が幽霊を怖がる……なよ」

 言葉の途中で妖夢の姿が思い浮かぶ。お化けを怖がる半霊がいるのだから、幽霊を怖がる巫女がいても不思議ではない。しかし一度出した言葉を引っ込めることが出来ず、ついつい最後まで言い切ってしまった。
 当然のように言外の考えまで霊夢に読まれ、拗ねたような顔で見上げられる。どういうわけか、そういう顔に魔理沙は弱かった。

「悪かった。だけど、これからはもっと耐性を付けた方がいいだろ。追い払うよりも、側にいてくれた方が霊夢としても嬉しいだろうし」

 しばし考え、こくりと頷く。恐怖よりも寂しさの方が恐ろしいらしい。
 だとしたら、天子を呼んだことはマイナスにはならないはずだ。多分。きっと。

「そういえば、もうすぐ天子が此処に来るぞ」
「天子が? 何で?」
「あれだ、霊夢の様子が気になるから泊まり込みで観察したいんだと」

 まさか命を狙われており、その護衛として暮らしたいと言うわけにもいかず。口から出任せの嘘が飛びだしてしまった。いつかは真実を告げなければならないとしても、そのタイミングはこの時では無いだろう。
 出来ることなら全てが終わってから報告したいものだけど、連中が素直に諦めてくれるとも思えず。襲撃してくれば霊夢に自ずとばれる。
 問題はタイミングなのだ。そう、タイミング。

「ふふん、待たせたわね。霊夢が退治した妖怪達に怨まれていると聞いて、その襲撃を防ぐために比那名居天子御一行が参上してあげたわよ! さあ、盛大に歓迎するといいわ!」

 階段を上ってきた天子からの素敵な告白に、魔理沙と霊夢の動きが止まった。
 油の切れた発条人形のように、軋む音がしそうな動作で霊夢の首が回り出す。勿論、顔が向いた先にあるのは自分の強ばった表情だ。

「魔理沙?」
「…………説明するから、泣くなよ」

 結果として泣いた。怖がった。逃げだそうとした。
 どこにも逃げ場は無いのに。

「此処に居るのが一番安全なんだよ!」
「や!」

 羽交い締めにして、駆け出そうとする霊夢を取り押さえる。冷静さを失った人間がこうも厄介だとは、体験したくもなかった。

「いやあ、どうも言っちゃいけない事を言ったみたいね。失敗、失敗」
「そう思うならお前も手伝え!」
「無理でしょ。だって両手が塞がってるんだから」

 よくよく見れば、天子は両手で何かを引きずっていた。片方には見覚えがある。あの特徴的な綺麗な羽衣は、衣玖の物に間違いあるまいて。目を凝らせば、羽衣の中に憮然とした表情の衣玖が巻かれているのも見える。
 これには霊夢も抵抗を止めた。一緒になって、衣玖と天子の顔を交互に見比べる。

「人手は多い方がいいでしょう。だから永江にも手伝って貰おうかと思って。まぁ断って抵抗したから、こういう目に遭って貰ったわけだけど」
「総領娘様の馬鹿……」

 力無く吐いた言葉の、何と弱々しいことか。
 天子の服装もどことなくボロボロだ。かなり激しく抵抗したのだろう。
 しかし衣玖よりも気になるものが、天子の左手から引きずられている。
 最初は鎖の束だと思った。ちょうど子供一人ぐらいの大きさで、全身が鎖で出来ている。いや、鎖で巻かれているのか。羽衣と違って隙間がなく、中に誰かいたとしても顔すら見えない。

「それは何だ?」
「ん? これ?」

 一同の視線が鎖に集まり、飄々とした態度で天子は答えた。

「萃香」

 やけにボロボロだった理由も、鎖で雁字搦めにされている理由も、その一言で全て納得できる。逃げようとしていた霊夢もこれには顔色を変えて、慌てて鎖の束に駆け寄った。

「萃香!」
「むー」

 何やら奇妙な唸り声が、束の中から漏れだしてくる。これぐらいしないと、鬼を捕獲することは出来なかったのだろう。

「よく捕まえられたな」
「本調子じゃなかったみたいだから。さすがに本気の鬼とやり合ったら勝つ自信は無いわよ。私でも」
「萃香! 萃香!」
「むー」

 霊夢がいくら揺すったところで、鎖の束がゴロゴロと地面の上を転がるだけだ。悲鳴なのか怒声なのか。唸り声も段々と強くなっている気がした。
 確かに鬼が協力してくれれば有り難いのだが、既にあれだけ拒絶した萃香のこと。解放した瞬間に逃げ出しそうなものだが、かといって鎖で縛ったままというのも霊夢が許さないだろう。
 早めに萃香を解放した方が良い。襲撃の事を黙っていたばかりに、あれほど霊夢を動揺させることになったのだ。面倒を後々に回せばどうなるのか、この身をもって体験したばかりなのだから。

「とりあえず萃香を出してやれよ。そのままじゃ話も出来ないし、逃げたら逃げたで仕方ない。ただ暴れた時は手伝えよ」
「分かってるって。ほらっ!」

 手綱を扱うように思い切り引っ張り、巻かれていた拘束がいとも容易く外れていく。
 問題はそれが衣玖の方だったということ。
 勢いよく解放した結果、転がりながら賽銭箱に向かって直進していった。
 ストライク。妖精をなぎ倒し、賽銭箱も木っ端微塵だ。
 元に戻った時、誰が真っ先に報復されるのか。これで決定してしまった。

「ああ間違えた。こっちだったわっと!」

 唸りをあげて鎖が解け、中から目を回した萃香が飛びだしてくる。手首にスナップを利かせたらしく、今度はさほど転がっていかなかった。何故、衣玖の時にそれをしなかったのか。日頃の憂さを晴らしたとしか思えない。

「ちょっと萃香! ねえ、大丈夫?」
「うおー」

 漫画だったら目の中で渦巻きが暴れ狂っているのだろう。焦点の定まらない瞳は、霊夢の顔を捉えても上手く処理できていないようだ。頭を押さえながら、右に左へ揺られている。

「仕方ないわね。萃香、そこでしばらく休んでいきなさいよ」
「お、おう? 悪いね、そうさせて貰うよ」

 どうやら回転の力は脳みそにも及んでいるようだ。諸悪の根元たる天子の言葉を素直に了承してしまったのだから。
 立ち上がって目を瞑り、しばらく頭を押さえていた。

「大丈夫、萃香?」
「心配ないさ、鬼は頑丈だからね。霊夢だって分かってるだろう。……霊夢?」

 ようやく起動した目と脳みそが、真っ先に捉えたのは霊夢の姿。驚き飛び退き、本殿を見上げて天子を睨み付けた。

「お前、どうして私をこんな所に!」
「いや、暇そうにしてたから。だったら手伝ってくれたっていいじゃない」
「私はな、もう二度と此処には来ないと誓ったんだ! それなのに!」

 大声に驚いて、身を強ばらせながら霊夢も萃香との距離を離す。
 対して鬼の怒号を浴びてなお、飄々としている天子の態度には尊敬の念すら抱けそうだ。

「霊夢は霊夢でしょ。今の霊夢にしろ、元の霊夢にしろ。命が無ければどちらの霊夢も存在することができない。まぁ私はどっちでも良いんだけど、あなたは既に選んでるんじゃないかしら?」
「私は、今の霊夢を認めることが出来ない」
「じゃあ昔の霊夢を守る為に動けば良いでしょう。覆水は盆に返らない。赤子だって知っている故事を、まさか鬼が知らないとでも?」
「………………」

 萃香は黙し、悔しげに天子の顔を睨み付ける。詭弁と暴力で死神を追い払う天人に、嘘を吐けない鬼が敵うはずもなかった。加えて性格がねじ曲がっている天子のこと。屁理屈をこねれば右に並ぶ者はいないと言われている。

「それにさっき言ったじゃない。そこでしばらく休んでいきさないよって。あなた、了承したわよね?」
「うぐっ!」
「あれあれ? 鬼が嘘吐いちゃうの? 嘘つきとか卑怯者が嫌いだって公言してるくせに、自分がその大嫌いな連中と同じになっちゃうの? そうだとしたら見損なっちゃうなあ、ねえ萃香」

 楽しげに、愉しげに、萃香の周りを回る天子。挑発も此処まで来ると芸術だ。
 むしろ手を出さない萃香が凄い。瓦礫から這い上がった衣玖などは、青筋を立てて羽衣を構えているというのに。鬼は堪忍袋の緒も丈夫なのだろうか。
 真っ赤に染まっていた顔が、やがて元の綺麗な肌色に変わる。天子も飽きたようで、いつのまにか正面の位置に戻っていた。

「人間がどんな生き物か知っていながら、あんたは地上に残ったんじゃないの?」
「そうさ。人間は醜い。すぐ嘘を吐くし、平気な顔で卑怯な事をする。それは遙か昔から分かっていた事だよ」
「だったら今更動揺する必要もないでしょう。霊夢はただ、あなたが大嫌いな人間に戻っただけなんだから」
「ああ、そうだ。まったく、これだから人間は嫌なんだよ。嘘つきで卑怯なくせに、脆くて弱くて臆病だ。誰かが守ってやらなきゃ、明日を待たずにすぐ死んでしまう」

 苦笑を浮かべ、霊夢に向き直る。

「今の霊夢が嫌いであることに変わりはない。だけどまぁ、しばらく一緒に居てやるぐらいなら別にいいよ。それに元に戻って貰う為には、あんたが無事でなければいけないわけだし」

 冷静に聞けば失礼な発言でも、それが萃香の口から出たとしたら嬉しい意味を持つ。
 少なくとも踏み出した一歩は、確かに前進しているのだから。まだ若干の恐怖を持ちながらも、それでも霊夢は笑顔で萃香の手をとった。

「ありがとう!」

 照れくさそうに、萃香はそっぽを向く。
 強力な味方を得ることが出来たのも、全て天子のおかげだ。一瞬でも後悔していた自分に渇を入れたくなる。

「助かったぜ、天子」
「天界でうじうじされても鬱陶しいだけだしね。厄介払いが出来たと思えば、むしろ私が霊夢にお礼を言いたいくらいだわ。言わないけど」

 本心なのか、照れ隠しなのか。天子なら前者の可能性もあるから怖い。

「素晴らしいお話でした、総領娘様。では、次に私の悩みも晴らしてくださいますか」
「あら衣玖じゃない。修行が足りないわね、それぐらいで怒るだなんて」

 無言のドリル。無言の回避。
 まるでいつも同じやり取りをしているように、そこから激しい弾幕ごっこが開始される。慌てて逃げようとする霊夢を、萃香が取り押さえて強引に見学させようとしていた。あれはあれで仲が良いのかもしれない。

「やれやれ」

 自分も弾幕ごっこに参戦してやろうかと思い始めた瞬間、スカートの裾を引っ張られる。
 振り返ってみれば、瓦礫まみれのチルノが立っていた。大妖精はまだ気絶しているらしく、本殿の前で大の字に寝転がっている。

「魔理沙」
「どうした?」
「分かった」

 チルノの表情は至って真剣だ。普段だったら誰よりも真っ先に弾幕ごっこの中へ飛び込んでいくものを、今は何故か魔理沙の顔を見上げるだけ。不気味な気配を感じたものの、それはきっと気のせいだと片づける。
 何を不安がる必要がある。萃香とのわだかまりは一応の解決を見せたし、襲撃に関しても魔理沙一人でやるよりかは安全なはずだ。後は紫が呪いを解く方法さえ見つけてくれればいいだけで。
 まるでそんな魔理沙の心を読んでいるかのように、チルノは口を開いて言った。

「霊夢のあれって呪いが掛かってるんじゃなくて、呪いが解けてるんじゃないの?」

 激しい弾幕の音が響く中、その疑問を耳にしたのは魔理沙だけだった。
 霊夢も衣玖も天子も萃香も、誰も気付かぬまま。
 魔理沙一人が息を呑んでいた。










 博麗神社は無駄に広い。守矢も似たような大きさなのだから、神社というのは元々が無駄に広く造られているのだろうか。一軒家とはいえ魔理沙の家と比べれば、蟻と象ぐらいの比率がある。しかもそこに住んでいるのは霊夢一人なのだ。寂しいと言い出さない方が変わり者の烙印を押されるだろう。
 魔理沙だって泣き出すまでには至らなくても、好んで住もうとは思わない。狭っ苦しい部屋の中で釜をかき回している方が性に合っている。
 だからなのか、博麗神社の調理は主に魔理沙が担当することになった。唯一、霊夢だけは手伝ってくれている。一人暮らしの経験も長いのだから、やはり料理の腕は自然と磨かれていくのだろう。
 萃香は「飲むのなら任せろ」と胸を張り、天子は「箸より重い物とか持ったことない」と巫山戯た発言でお茶を濁した。期待していた衣玖にしたって、作れるものは目玉焼きぐらい。人数分のおむすびを出すだけで自慢げな顔が出来る神経は賞賛に値するのだが。料理のできない大学生みたいな献立で日々を過ごすつもりなどない。
 こうして仕方なくというか消去法でというか、魔理沙が調理場に立つこととなった。

「腹減ったぞー!」
「何か食べさせろー!」
「あ、ご飯は大盛りでお願いします」

 五月蠅い萃香と天子のコンビに加えて、注文は口うるさい衣玖。もしも彼女たち専属の調理人がいるのなら、ストレスで禿げるか逃げ出している。もっとも博麗神社における専属は魔理沙なのだから、いずれは自分もどちらを選ぶのか決めなくはならないだろう。
 どうしても我慢できなくなったら、弾幕ごっこで憂さを晴らすつもりだが。傍らの霊夢は大丈夫だろうかと横を見てみれば、何喰わぬ顔でスープをかき混ぜていた。恐怖や寂しさには弱いくせに、こういったストレスには強いらしい。

「気にならないのか?」

 試しに尋ねてみれば、笑顔で答えられた。

「騒がしいのは嫌いじゃないわ」

 騒がしいというか騒々しい。例えるならば街の喧噪ではなく夏の蝉だ。ただ、困ったことに普通の蝉と違って近づいても逃げない。箒で追い払うぐらいしか対処法がなかった。
 いっそ塩加減を間違えて激辛のビーフシチューでも作ってやろうかと画策したところで、それを食べるのは自分も一緒。因果応報が未来に見えながら挑戦するなど、馬鹿のやることだ。
 自分は違う。
 例え茶碗が楽器に成りはて、行儀が悪いから止めるだろうと思われていた衣玖も参加したとしても、魔理沙は怒りを料理へぶつけようとしなかった。
 そう、本人達にぶつければ良いだけの話なのだか。
 付け合わせのサラダは中断するとしよう。ボールを置いて、代わりに箒とミニ八卦炉を手に取る。

「悪い、霊夢。ちょっと行ってくる」
「帰ってきたらちゃんと手を洗いなさいよ」

 母親のようだなと、不意にそう思った。










 食事の担当は決まり、寝床には困らないほどの部屋数がある。だとすれば最も揉めに揉めたのが入浴時間だ。魔理沙などは別に最後でも良かったから、さほど問題にはなっていない。
 ただ天子は必ず一番風呂じゃないと嫌だと言い張り、衣玖は総領娘様の後に入ると何故か湯が減ってるから嫌だと言い、萃香は霊夢と一緒に入ると豪語し、霊夢が泣いて嫌がった。こちらは恐怖ではなく羞恥心なのだろうけど。

「じゃあさ、いっそ全員で入れば良いじゃん」
「温泉宿じゃないのよ、うちの風呂は」

 さも良いアイデアが思いついたとばかりに天子が主張したところで、現実の広さは変わらない。紅魔館のメイドがいれば解決したかもしれないけれど、ここは博麗神社。そんな便利な能力を持っている奴などいなかった。

「なら温泉に行こうよ」

 萃香の言葉に霊夢だけが顔をしかめる。他の連中は、その手があったかと手を打った。
 神社の近くに突如として沸き上がった間欠泉。今や新しいレジャースポットにも成りつつある温泉なら、この人数で入っても充分にお釣りが来る。噂では地霊殿が出資者となり、かなりの豪華な露天風呂になっているそうだ。
 ここ最近は籠もり気味で温泉もご無沙汰だったが、たまには入るのも一興だろう。

「で、でも、あそこお金を取るようになったし……」
「それなら心配ないわ。私が奢ってあげるから」

 変に気前の良い天子。霊夢の抵抗はあえなく玉砕した。まったくもって空気を読めていない発言だと、呆れ顔で衣玖が呟いている。もっとも肝心の衣玖とて止めるつもりは全く無いのだろう。
 一緒に暮らすようになって気付いたが、この妖怪は面倒くさがり屋のうえに案外自分本位だ。自分にとって有利だったり便利だったりするならば空気を読まず、抵抗もしない。
 今となっては抵抗勢力も霊夢だけ。どれだけ羞恥心が頑張ったところで、数の暴力には屈するしかないのだ。
 鬼に拘束された霊夢を先頭に、一向は噂の露天風呂へと足を運ぶ。銭の香りに敏感な行商人達が露天を広げ、さながら中有の道を思い出させる有様になっていた。食べ物の屋台もあれば、昔懐かしい射的や型抜きもある。かと思えば茶碗やら指輪やら様々なものを売る店もあり、なかなかに魔理沙好みの雑多さを見せていた。
 正直、露天風呂よりもこちらの方に興味がある。霊夢も瞳の色を変えて、綺麗な髪飾りやら宝石に見入っていた。萃香は酒が無いからと先に行き、天子や衣玖も今は温泉を優先したいのだろう。二人だけで立ち止まっているわけにもいかず、仕方なく一向の後を追う。さり気なく逃げようとしていた霊夢を引っ張りながら。
 道中の繁盛を見た時から、肝心の温泉も規模が大きくなっているのだろうと予想していた。かつて入った時は猿や狸も紛れ込んできそうなほどの有様で、どちらかと言えば秘湯という表現が似合う。あれはあれで味なものだが、ちゃんとした建物があるのも嬉しい。
 身だしなみに無頓着な魔理沙だって、往来で服を脱ぐのには抵抗があったのだ。

「うわぁ……」

 誰の言葉は知らないが、誰もが同じ感想を抱いただろう。幻想郷の中にあっても、これだけ大規模の建物は滅多に見られない。里にある銭湯を一回り大きくしたような外観だが、あの特徴的な煙突は付いていなかった。代わりにあちらこちらから湯気が煙っている。
 もっとも中は大して変わらず、きっちり男湯と女湯に別れていた。

「おや、いらっしゃい」

 番台の上には見慣れた顔が腰を降ろしている。地下で死体を運んでいるはずの火焔猫が、どうして温泉の番台などしているのか。疑問に思ったところで、どうせ答えは決まっているのだ。
 単に人手が足らず、さとりから此処で働くよう命じられたのだろう。地霊殿の方は新しく働きだしたペットも増えてきたし、お燐にはもっと別の何かをして貰いたい。こいしに連れられて遊びに行った時、さとりはそんな事を口にしていた。
 それが番台だとは、さすがに予想していなかったけど。

「げっ、霊夢!」

 鬼を見ても天人を見ても怯まなかった燐が、霊夢の時だけ露骨に身体を仰け反らせる。そのまま落ちてしまうのではないかという驚き様に、霊夢の顔色が途端に曇った。

「ああ、いや別にお姉さんの事が嫌いになったわけじゃないんだよ。うん、膝枕はとても気持ちよかったし、出来ることならまたして貰いたいもの。だけどさ、さとり様が関わるなって言うんだよ。博麗の巫女に」
「ほお、この店は客を選ぶんだ」

 ただの納得も鬼が言えば恫喝に変わる。これには燐もたじろぎ、仕方ないねえと見逃してくれた。元から拒否するつもりは無かったのかもしれない。関わるなと言われていただけで、別に追い出せと命令されているわけではなかった。
 再び落ち込む霊夢をよそに、天子は上機嫌で脱衣場へ突入していく。衣玖もそれに続き、羞恥心が蘇って嫌がり始めた霊夢を引っ張りながら萃香も脱衣場へと向かった。

「魔理沙、魔理沙」
「うん?」

 いつのまにか番台から降りてきた燐が、見慣れない券を手渡してくる。薄緑色の四角形の中には『コーヒー牛乳 100円』という印字が色濃く浮かびあがっていた。

「そいつは私からのお詫びだよ。霊夢にあげとくれ」
「直接渡せばいいだろう」
「すまないね、さとり様の命令は絶対だからさ……」

 寂しそうに微笑み、燐は番台へと戻っていった。彼女なりの励ましだと思って、これはちゃんと霊夢に渡しておこう。天子や萃香に見つからないよう、という条件付きで。あの二人に見つかったら、色々と厄介な事になりそうだ。
 券を仕舞い込み、魔理沙も脱衣場へと足を踏み入れた。

「一番乗りぃぃぃぃぃ!!」

 既に何人もの客が入っていた。何が一番乗りなのか、天子の思考回路はチルノ並に理解しがたい。開け放たれた戸の向こうでは、全裸のまま身体も洗わずに湯船へとダイブする天子の姿があった。
 萃香も既に全裸だが、桶の中にどの酒を入れるのかで頭を悩ませている。最終的には全部という欲張りな選択肢を選び、桶を抱えて戸を潜っていった。
 浴場がカオスになる前に、自分も早く服を脱がなくては。帽子を脱ぎ捨て、エプロンの紐を解こうとしたところで霊夢の視線に気が付いた。袴は外しているものの、白衣を大事そうに抱き留めて動こうとしない。よくよく見れば視線の先にあったのは魔理沙ではなく、背後で着替える衣玖の姿だった。

「おお」

 なるほど、霊夢が固まるのも無理はない。これと比べられるのなら、確かに温泉とは何と残酷な競技場なのだろう。魚のひれのように縦横無尽に張り巡らされた羽衣を脱ぎ捨て、スカートを外せばどうだ。まるで雷撃に撃たれたかのように衝撃的な肌色のラインが、惜しげもなく眼球の中に飛び込んでくる。
 ふわふわとした衣装に騙された愚か者は、彼女が秘めていた胸の膨らみに言語中枢をやられてしまう事だろう。魔理沙も自分の胸を見下ろし、成長という二文字がいかに不公平なのかを悟った。
 身長の高さも相まって、全体的に見れば不思議とスレンダーに思えるから不思議だ。張り出した艶の良いお尻も、それを支える引き締まった脚も、どれもこれもが自分の子供っぽい身体を強調しているようで。霊夢に倣って恨めしい視線を送ってしまう。

「ん、どうしましたか?」
「イヤ、ベツニ」
「そ、そうですか」

 片言の口調に恐怖でも覚えたのか。自分の負の感情が少しでも伝わったのなら、妬んだ甲斐があるというもの。今なら橋姫の気持ちだって酒を酌み交わすぐらい理解できる。

「それではお先に」

 身体を隠す気配もなく、むしろ見せつけるかのように衣玖も浴場へと入っていった。あれだけ傲慢な身体をしていれば、隠す気もおきないのだろう。どこの世界に名画や名著を隠す馬鹿がいるというのだ。それは芸術が汚されるのを恐れている者か、あるいは独占したい連中ぐらいのもの。
 もしも魔理沙があんな身体をしていれば、腰をくねくねしながら堂々と歩いていたはずだ。ああ、妬ましい。

『なんだ橋姫じゃないか。お一人様四百円だよ』
『次期橋姫候補になれそうなぐらいの逸材の気配を感じたのよ! どきなさい、私はそこを通る必要がある!』
『お金を払わない奴は通せないさ!』

 後ろの方から何やら不穏な会話が聞こえてきた。入浴前に汚れるつもりもないし、放っておくことにしよう。

「ほら霊夢、嵐は過ぎ去ったぞ。そろそろ入らないと風邪ひくぜ」

 昔の霊夢は馬鹿なのかと思うぐらい風邪をひかなかった。おそらく結界が何かで病原菌を跳ねとばしていたのだろう。今や力を失った霊夢。半裸のままで立ちつくしていたら確実に風邪をひく。

「あんまこっち見ないでよ」
「はいはい」

 衣玖も美人ではあったが、霊夢も霊夢で自分よりも遙かに魅力的だ。美のベクトルは違うけど、間違いなく綺麗な方に入るだろう。
 そう言ったところで顔の赤さが増すだけだろうし、とっとと先に行くしかない。桶を小脇に抱え、借りてきたタオルと石鹸を入れる。準備は万端だ。シャンプーやらリンスやらは忘れてきたけど、万能石鹸があれば何とかなる。
 熱気を身体に浴びながら、浴場に足を踏み入れた。タイルの感触が足の裏に伝わり、長い髪の毛がじわっと重たくなる。反響する音が耳に入れば、ああ浴場にいるだなあと改めて実感することができた。

「っとと、零しちゃったか。まぁ、いいや」
「ちょっとあっちで自由型してくるわ」
「ほお、露天風呂は混浴と。これは男性の方々に私のフィーバーを見せる好機ですね」

 騒がしい三人のせいで台無しだけど。他の客もさぞや迷惑だろうと思いきや、広い浴場の中に見えるのは自分を含めた四人の姿だけ。鬼やら天人に加えて、火中の博麗の巫女がやってきたのだ。並の神経をした人間ならば、とっくの昔に外へ出ている頃合いだろう。
 まるで貸し切りだ。気分は良いけど、他の三人が増長して困る。
 今はまだ燐に見つかっていないから大丈夫だけど、もしも発覚したら出入禁止になってもおかしくはない。

「おまえらな……」

 注意しようとしたところで、カラカラと戸の開く音がした。閉めた覚えはないのにと振り返ってみれば、何故かガラス戸が閉まっている。モザイク張りの向こうには、恥ずかしそうに身体を震わせる白の肌色の姿があった。
 往生際の悪いことで。呆れつつ、閉まったばかりの戸を開く。

「霊夢。そろそろ諦めろ。此処へ来た時点で、お前はもう入浴する運命だったんだ」
「そうだそうだ!」

 酔っぱらいの相槌はさておくとして、このまま放っておけば一生を脱衣場で過ごしそうな霊夢のこと。多少の強引さは多めに見て貰いたい。腕を掴み、引っ張って、そのまま二人は脱衣場の敷居を跨いだ。
 もっとも霊夢は身体にタオルを巻いたまま。これでは身体を洗えても、湯船に浸かることはできない。

「そのまま湯船に入ったら駄目だぞ!」
「そうよ、ルールはちゃんと守りなさい」

 湯船に次々と酒を零す鬼に、いかんなく水泳の技術を発揮する天人。盗っ人猛々しいという言葉がこうも似合う二人組はおるまいて。例え、その言葉が正しかったとしても。
 仕方なく、赤面しながらも霊夢はタオルを外す。きれい好きな一面が、羞恥心に勝った瞬間だ。

「なんだ、別に大して隠すような身体でもないじゃん」
「そうそう。永江ぐらい我が儘ボディだったら処刑ものだけど」

 貧乳を並べた二人の発言は、不思議と魔理沙や霊夢の心にも浸透してきた。そうだ、人間の魅力は身体のラインだけで決まるものじゃない。小さくたってメリハリが無くたって、人は前を向いて歩けるのだ。
 まさか浴場で勇気づけられるとは。これだから人生は分からない。
 もっとも二人の行いを看過することはできず、すぐさま湯船から引き上げたのは言うまでもない。
 ちなみに露天風呂には全裸の女性が出没したらしい。普通は水着着用で入るらしいのだが、魔理沙に捕まった女性はフィーバーなどと意味不明な供述をしており、動機は博麗神社でゆっくりと聞くことになったとか。










「ほら、とっとと歩け」
「故郷の龍神が泣いてるぞ」
「空気を読んでやりました。反省もしてませんし、後悔もしてません」

 手を萃香の鎖で縛られ、頭から羽衣を被せられた衣玖。妙な演技をしている天子と萃香に連れられて、雑多な通りを抜けていく。すれ違おうとする人は必ず奇妙な三人組に目を遣って、露骨なまでに道を譲っていた。
 おかげで霊夢に注目が集まることは無い。まさかそこまで考えての行動だとは思えず、単にノリと勢いでやっているだけなのだろう。

「ねえ、魔理沙。ちょっとだけ露天を見ていかない?」
「そうだな……」

 これだけの人混みなら妖怪共も手を出せないだろうし、燐のように霊夢をあからさまに避けている人もいない。財布の重さも程よい感じだ。

「いいぜ、付きあってやるよ」
「何それ。本当は魔理沙だって見たかったくせに」
「馬鹿な。どこにそんな証拠が」
「温泉に行く前。楽しそうに屋台とか露店とか見てたじゃない」
「ばれたか。だがそこに気付くということは、お前も同じ穴の狢ってわけだ」

 二人して顔を見合わせて、笑顔を交わした。
 どうせ前の三人は、そのままの勢いで神社まで帰るだろう。ちょっとぐらい寄り道したって罰は当たらない。

「魔理沙は何処か行きたい所とかあるの?」
「喉は潤ってるし、小腹に美味いもんでも詰めておきたいところだな」
「じゃあ萃香達の分も屋台で勝っときましょ」

 霊夢がコーヒー牛乳を飲む傍らで、自分だけそれを眺めているなんて出来るはずもなかった。自腹で購入し、風呂上がりの一杯と洒落込んだ。ちなみに天子や萃香も案の定うらやましがり、何故かボロボロの燐からコーヒー牛乳を受け取っていた。
 いっそ晩飯にしてやろうと、たこ焼きを買い、いか焼きを買い、焼きそばを買って、林檎飴も逃さない。ある程度の量を抱えてみれば、本当に食べきれるのかと思うぐらいになった。もっともこちらには鬼がいるのだ。屋台一軒を丸々買い取ったところで、食い尽くしてしまうだろう。

「食べ物はこのぐらいにして、ちょっと露天の方を覗かない?」
「最初からそれが目的だったんだろ」
「ばれたか。だがそこに気付くということは」
「いやいや、お前の場合は露骨すぎるから。興味がない奴だって気になるほど物欲しそうな顔で見てたぞ」

 頬を膨らませる霊夢。嘘じゃないのだから仕方ない。
 だが魔理沙とて露天に興味はあった。こういう所で掘り出しもののマジックアイテムを手に入れることが出来るし、珍しい品々も結構な確立で並んでいる。そのぶん偽物も多いのだが、そこは鑑定眼を磨く機会ということで納得していた。

「ほらほら、あそこ。ちょっと気になってたのよねえ」

 てっきりお茶の露天商かと思ったのに、広がっている品物は色とりどりの綺麗な民芸品。動物を象った物もあれば、どこぞの部族に伝っていそうな仮面まで様々だ。霊夢がこういう物に興味を持つとは思わなかった。

「あっちのも面白そうじゃない?」

 子供のようにはしゃぎ、神社とは反対方向に走り出す。

「おーい、そのまま行くと来た道を戻ることになるぞ」
「えっ、こっちが神社じゃないの?」
「そっちは温泉だ」

 薄々は勘づいていたのだが、どうやら霊夢は方向音痴になってしまったようだ。見知らぬ土地ならいざ知らず、この辺りは霊夢にとって庭のような場所のはず。そこの方角が分からないと言うなら、それはもう紛れもなく方向音痴だ。
 訝しげな顔で戻ってくる霊夢。本人に自覚が無いんだからタチが悪い。
 そういう呪いも追加でかけられているのか、はたまた……。

「おっ」

 先程の民芸品の中に、ちょうど良い物を見つけた。これだったら霊夢が少し離れても、すぐに気付くことが出来るだろう。
 リボンの付いた鈴を拾い上げ、人当たりの良さそうな男に話しかける。基本的に値段設定が自由な露天商のこと。最初から正規の値段を伝えてくるような真似はしない。常に三割ほど高値で値段を設定しており、馬鹿な客は言い値で購入してしまうのだ。実家の商店で何度もそういうやり取りは見てきたし、身に付くほど覚えさせられた。
 まだまだ魔理沙と同じぐらい若い露天商のこと。経験を積んだベテランならいざ知らず、魔理沙の敵にはなれなかったようだ。半額以下にまけさせられて、悔しそうな顔で地面を叩いている。

「どうしたの、彼?」
「さあな。それよりも、ほら」

 チリンと、鈴の音が気持ちよく鳴る。

「霊夢にやるよ。髪の毛にでも巻き付けておいたらいい。ちょうどリボンになってるしな」

 ご丁寧に鈴に巻き付いているリボンも赤色だ。さほど目立たないから、恥ずかしくもないだろう。
 手渡された鈴を見つめて、目を丸くする霊夢。趣味志向も変わっているようだし、こういう小物は気に入らなかったのだろうか。俄に不安が胸へこみ上げてくる。熊じゃないんだからと膨れられたら、素直に謝るとしよう。
 しかし予想していた答えを裏切り、霊夢は無言で抱きついてきた。周りの人間が驚いた顔でこちらを見つめ、露天商からの視線も熱い。天下の往来でいきなり女性同士が抱きついているのだ。注目しない方がどうかしている。
 途端に気恥ずかしくなる魔理沙。こういう時こそ霊夢が拒絶するべきなのに、当の本人が実行犯というから恐ろしい。

「ありがとう魔理沙!」
「よ、喜んで貰えたなら何よりだぜ。だがとりあえず、離れよう」

 視線の痛さが絶好調だ。このままだと肌が焼かれる。
 自分のしている行動に気付き、慌てて霊夢が距離をとった。これで終わりと察したらしく、何事も無かったかのように通行人達は再び歩みを動かした。露天商も呼び込みを始め、先程までの行為がまるで無かったかのように錯覚してしまう。
 もしも霊夢の頬が赤く染まっていなかったら、きっと夢だと思っていた。研究が佳境を迎えれば、立ったまま熟睡することも頻繁にあったし。歩きながら夢を見るぐらい造作もない。

「とにかく、ありがとう。帰ったらさっそく付けるわ」

 ただ今は現実として、霊夢の笑顔を噛みしめることにしよう。
 鈴の音が耳に心地よく、この身体の温かさはきっと温泉だけの力ではないのだろう。
 そう思った。










 境内に響くのは、虫達の鳴き声ばかり。騒がしい鬼の声も、姦しい天人の我が儘も、そして霊夢の鈴の音も。今ばかりは寝静まっているのだろう。
 ついこの間まで賽銭箱のあった位置に魔理沙は腰を降ろし、密かにくすねていた酒の味に舌鼓を打っていた。鬼に見つかれば喧嘩になりそうなほど、舌と喉を満たしてくれる名酒だ。こればかりは霊夢にも内緒にしておかなければならない。
 奇妙な同居生活も、今日で五日目を迎えた。あれから妖怪達は気配すら見せず、相変わらず魔理沙が調理を担当して、夜は夜で温泉を満喫している。これが本当に命を狙われている奴のすることかと、疑問に思ったのは一日だけではない。
 ただ確実なのは、連中が諦めていないこと。衣玖の話によれば、あのマスタースパークが思わぬほどダメージを与えているだけで、またすぐに立て直してくるだろうと言っていた。さすがに馬鹿では無かったらしく、魔法の森からは撤退してしまったらしいのだが。何処にいるのか、そこまでは衣玖も教えてくれなかった。また無茶をされては困るからと言っていたけれど、どこまで信用して良いのやら。
 だが今は信じるしかない。魔理沙にはそれよりも、考えたい事があるのだから。

「月を肴に一杯ですか。風流なことです」
「ちょうど良かった、付き合えよ。話し相手が欲しかったんだ」
「それはそれは。名酒で喉を潤せば、あるいは隣に座る気が起きるかもしれません」
「悪いな、杯がない」
「用意してあります」

 周到な奴だ。初めから様子を窺っていたとしか思えない。
 苦笑しながら酒瓶を傾け、衣玖の杯に透明な酒を注ぎ込む。

「いただきます」

 一息に飲み干して、幸せそうに溜息を吐いた。そこまで表情を崩して貰えたのなら、作った連中も救われるというもの。もっともこれでファンが増えたなら、魔理沙が手に入れる確立も減るわけで。
 飲ませるんじゃなかったと、後々になって後悔しなければ良いのだが。

「最初は面倒くさいと思っていた生活も、過ごしてみればやっぱり面倒臭かったですね」
「そこは空気を読んで楽しかったとか言うべきじゃないか?」
「楽しくないとは言ってませんよ。少なくとも、私は」

 試すような視線の意味のするところは、魔理沙の心の裡にある。杯を傾け、喉を潤してから夜空の月を見上げた。
 あと少しで満月を迎えそうだ。

「ここの賽銭箱が壊された日にチルノが言ってたんだよ。霊夢は呪いをかけられたんじゃなく、呪いが解けたんじゃないかって」

 あの日の言葉が、魔理沙の心の奥深くで眠っている。どれだけ喧しく騒いだところで、どれだけ酒の力を借りたところで、チルノの言葉を忘れる事なんて出来なかった。まるで大事な記憶のように、ふとした瞬間に思い浮かぶ。
 そして弥が上にも考えるのだ。博麗霊夢という一人の巫女について。
 もしもチルノの言葉が正しいとすれば、それは悲しい結論を導き出す。

「なるほど、妖精の言葉にしては一理ありますね。弱くなる呪いをかけられたのではなく、元から弱かったところに強くなるよう呪いをかけられた。この場合は呪いという言葉が正しいのかどうか分かりませんけど」
「そう考えた方がしっくり来るんだよなあ」

 結界を管理する能力も、何事にも囚われない性格も、方向感覚も、全て呪いによるものだとすれば。それが失われることで霊夢がただの人間になったのも頷ける。

「仮に妖精の説が真実ならば、少なくとも呪いをかけた人物に心当たりはありますね」
「奇遇だな、私もだ」

 幻想郷に精通し、尚かつ博麗の巫女に関わりの深い人物。
 考えるまでもなく、思い当たる節が二つある。

「八雲紫と」
「博麗の先祖」

 結界の管理に妖怪退治。幻想郷を愛する紫にとって、何よりも欲したのが自分の手伝いをしてくれる存在だ。もしも式神の手にあまるような異変が起これば、自分の代わりに解決してくれる機能が必要不可欠になるだろう。
 それに博麗の先祖が協力したとしたら。強大な力を得て、賄賂や脅しに屈さないよう強靱な精神力も手に入れる。それは遺伝子のように子孫へ受け継がれ、やがて幻想郷を守る鑑となった。
 筋は通る。違和感も無い。
 どうして博麗がそこまで力を欲したのか、その辺りは想像の域を出ないけれど。少なくとも先祖が無関係なはずがない。過去に同じ事例があったと聞くし、霊夢だけに起こった異変ではないのだから。

「しかし呪いをといた目的が分かりませんね。総領娘様じゃあるまいし、まさか面白半分という事も無いでしょう」
「元々は博麗の力を頼りにしてたんだ。そろそろ動きがあるはずだぜ。まさか紫も博麗の力を失ったままで良いとは思ってないだろうし」

 酒を煽り、酒瓶を傾ける。しかしどれだけ傾けたところで、一滴の酒も落ちてこなかった。まだまだ残っていると思っていたのだが、まさか衣玖が全て飲んだのか。いや衣玖も驚いている。
 だとしたら。

「私が黒幕であるのは決定事項なのかしら? 悲しいことよね、せっかく霊夢の為に東奔西走してたっていうのに」

 鬼が使いそうな大きな杯に、なみなみと満たされた透明な酒。取り返す気にもなれず、呆れたように名前を呼んだ。

「姿を見せないと思ったら、まさかいきなりのご登場か。紫」
「良い話ととても良い話の二つがあるんだけど。どちらから聞きたい?」
「どうでもいい話」
「あら雑談がお好み? いいわよ、あれは私がまだ若かった頃のこと……」

 大妖怪の長話など一生を掛けても終わるはずがない。慌てて止めに入り、何とか事なきを得た。生憎と人間の寿命は短いのだ。

「それで、いい話ってのは何なんだ?」
「大正解」

 魔理沙と衣玖の顔を見比べて、妖艶な微笑みを携える。思わず背筋が凍りそうなほど、不気味で艶めかしい微笑みだ。
 思わず顔をしかめた。

「確かにあれは呪いをかけられたのではなく、元々から備わっていた博麗の力が抜けた落ちただけ。そしてそれを宿したのは博麗の先祖。望んだのは私。ちなみに理由は言うまでもないわね。彼女たちも私も幻想郷という集落を愛していたのだもの」

 饒舌に、聞きもしない事まで話す。
 理性が警鐘を鳴らしていた。こういう時の紫は大抵、ロクでもない事を言い出すのだ。
 例えば元に戻る為には七つの宝玉が必要だとか、あるいは五つ難題を遙かに超えた九つの無理難題を叶えてみせろだとか。
 元に戻る手段は無いとか。

「大結界はそんなに昔からあったのですか?」
「昔のものは結界と呼ぶのも恥ずかしいほど粗末な代物だったわ。無いも同然と言っていいでしょう。そもそも幻想郷自体が曖昧なものだったしね。だからこそ外の世界からこちらに移したのですわ。結界の管理が必要になったのもそれから。まぁ、今は藍も成長してくれたから博麗の手助けがなくても困りませんけど」
「博麗に期待することがあるとすれば、妖怪退治の方というわけですね」
「ご明察」

 小馬鹿にするように拍手の音が響いては消える。

「ただ一つだけ間違っている事があるわよ。今回の異変。主犯は私じゃないわ。だって霊夢がただの人間になったら、一番困るのは私ですもの」
「確かに、それはそうですが……」
「だから一刻も早く元に戻さなければいけない。心配する必要はないわよ、魔理沙。その為に必要な儀式、ちゃんと調べてきたから」
「……遊んでたわけじゃないんだな」
「失礼しちゃうわね」

 巫山戯たように頬を膨らませる。霊夢とやっている事は同じなのに、こうも印象が違うのはどういうわけか。
 何にせよ、元に戻るなら良い話に違いない。これで妖怪の襲撃に怯える必要もないし、こんな同居生活を続けることも無いわけだ。楽しかっただけに心残りはあるけれど、いつまでも住み込むわけにもいかないし。いい加減、研究したかったテーマも思い浮かんできたことだ。
 紫の言葉には飛び上がって喜んでも良いはずなのに。どうにも気分が乗らなかった。

「儀式は満月の晩に行うわ。霊夢にもちゃんと伝えておいて頂戴。ああ、詳細は当日になったら教えるから。そのつもりで、よろしく」

 杯を抱えたまま、紫はスキマの向こうへと消えていった。途端に虫の音が鳴り始める。いや、単に自分が気付いていなかっただけか。虫は変わらず、涼しげに声を出していたに違いない。
 それほどまでに余裕を失うとは。自分もまだまだ未熟だと痛感する。

「どうやら、この生活も終わりを迎えたようですね」
「そうらしいな」
「私はとても嬉しいのですが、はてさて。他の方々はどうなんでしょうね」

 喉を潤す酒もなく、出てくる言葉は何も無かった。










 博麗神社にほど近い、剥き出しの岩で囲まれた草原の広場。なまじ神社に近いだけあって、ここには妖怪も滅多には訪れない。人間とてこんな何もない辺鄙な場所に用などあるはずもなく、従って集会を行うには絶好の場所だった。
 山のようにそびえ立つ岩が防風林の役割を果たし、視界を遮ってくれている。さすがに全ての妖怪が集まるわけにはいかないので、それぞれのグループの代表者に集まって貰った。しかしそれでもかなりの数になっている。自分たちがどれほどの規模の集団か、千仁は改めて実感した。

「状況は極めて悪いです。先頃の魔法使い襲撃事件で負傷した者達はまだ回復しておらず、怖じ気づいて逃げ出す者も増えています。加えて神社には鬼と天人が住み込み、常に巫女を護衛しているようです」

 犬神の報告は一堂の顔を渋くする。
 誰もが願った博麗の抹殺。最初はぶらさげられた人参のように思えたそれも、段々と手の届かない高さまで吊り上げられている。いっそ諦めてしまうのも手ではあるが、ここまで大規模な集まりを開いておきながら何もせずに解散というのは避けたい。巫女を倒す好機でもあるわけだし、これを逃せば一生自分たちは巫女に怯えながら暮らさなくてはいけないのだ。

「鎌鼬とは別の偵察班も神社の近くに忍び込ませたのですが、全員が返り討ちに遭いました」
「誰の仕業だ?」
「分かりません。偵察班の話によれば背後から忍び寄られ、気が付いたら意識を失っていたと」

 鬼達だけではないのか、巫女に協力しているのは。だとすれば尚更、計画の実行が難しくなる。あれほどあった熱気も、今では幻のように消え去っていた。
 もっと早く動いていれば、と無駄な後悔の念を抱いてしまう。

「私からの報告は以上です。鎌鼬」
「はいはい。といっても僕からの報告は一つしかないよ」

 勿体ぶるように、鎌鼬は一堂の顔を見渡した。この妖怪だけは面白半分で手伝っている節があるのだが、偵察としては天狗にも負けないぐらい優秀である。手放せば大幅な戦力低下を招くし、多少の不愉快な言動は見逃すつもりだった。

「博麗の巫女を戻す儀式が存在した。そしてそれは、満月の晩に行われる」

 一気に騒がしくなった草原の上。当然だ。満月の晩と言えば、三日後の話なのだから。
 吊されていた人参の高さが、遙か遠く空の向こうまで上がっていく。今の内に掴まないと、もう二度と手にすることはできないだろう。動揺の色を隠せない妖怪達の顔を見渡して、千仁は覚悟を決めた。
 自分も心の何処かでは楽観視していた。そうそう呪いは解けない。まだまだ時間はあるはずだと。それにこれだけの妖怪が集まっていれば、大妖怪にも負けたりはしないだろうと。驕っていたのではないかと訊かれれば、その通りだと答えるしかない。
 時間は無いのだ。そして自分達もそこまで強くない。
 だとしたら、だとしても。

「三日後の朝だ」

 水を打ったように静まりかえる一堂。不安そうな顔が、揃ってこちらを向いている。
 引き返すわけにはいかない。千仁は決意の元に、言葉を続けた。

「三日後の朝に博麗神社へ襲撃をかけて、博麗の巫女を抹殺する」

 さすがに夜まで待つわけにもいかないし、かといって早すぎると怪我人の回復が追いつかない。一番良いのは三日後の朝。それを逃せば、千仁達の計画は破綻すると言ってもいい。
 熱気もなく、静寂のまま、一堂はお互いの顔を見合わせた。

「野郎共、覚悟を決めろ。これが俺たちに与えられた最後の好機だ。博麗の巫女に恨みをぶつけ、あの巫女をこの幻想郷から排除する最後の好機だ! 散々虐げられてきたんだろ? 悔しいぐらい邪魔をされてきたんだろ? だったらその怒りは巫女にぶつけろ! あの巫女を殺せ!」

 千仁の怒気が伝わったのか、俄に草原へ熱気が戻り始めていた。

「そうだ! あの巫女さえいなかったら、もっと俺たちは自由にやれていたはずだ!」
「邪魔者の巫女を殺せ!」
「殺せ! 殺せ! 殺せ!」

 こういう時の為に、何人かの妖怪にあらかじめ場の熱気を盛り上げるよう指示を出している。人間も妖怪も基本的には似ている。周りが熱気を孕めば、自然と自分も昂揚していくのだから。
 効果はてきめんだ。通夜のようにしょげかえっていた妖怪達が、拳を振り上げて、口々に巫女の抹殺を望んでいる。例え一人一人の力が弱かったとしても、熱気の籠もった奴が集まったならばそれだけで脅威となる。時として精神は肉体を凌駕するのだ。妖怪ともなれば尚更に。

「お見事です、千仁様」

 隣にいた犬神が、小声で功績を称える。しかし千仁としては褒められるような事をやった覚えはない。

「戦うのは苦手だったが、こういうのは昔から得意だったからな」
「千仁様の言葉には不思議な力がありますから」
「おかげで上の連中とは反りが合わず、めでたくはぐれ天狗になったわけだ。まぁ、それも今となっては気楽なもんだ。感謝しないといけないな、天魔や大天狗達には」

 巫山戯たように笑い、熱気で溢れる妖怪達を眺める。
 これならば、必ず。
 巫女の命を奪う事が出来るはずだ。
 もう誰にも邪魔はさせない。










 読んでいた本を閉じ、そのまま屋根の上に寝転がった。本殿の上でこんなことをしていると、いつもなら霊夢が口うるさく怒るのだが。ここ最近は何か考え事をしている時の方が多く、うっかりミスや方向音痴にも磨きがかかっていた。
 瓦の感触が背中に痛い。和風建築は屋根で寝るように設計されていないのか。大人しく起きあがり、あぐらをかいて空を見上げた。気ままに流れていく雲が、どういうわけだが羨ましい。
 紫からの言葉を伝えたのが昨日のこと。明後日はいよいよ儀式が行われる。
 萃香の機嫌は日増しに上昇して、一方の天子もテンションを上げていた。

「儀式が始まってしまえば、妖怪共も見逃すことはできない。死にものぐるいで襲ってくるんでしょうね。うんうん、実に燃える展開だわ」

 瞳に炎を灯し、愉しげに口を歪めている姿を見ると、ああ本当に霊夢とかどうでも良かったんだなあと実感できる。むしろ衣玖の方が霊夢の事を思ってくれていた。あの面倒くさがり屋が家事を手伝うと言いだしたのだから。
 霊夢の負担を少しでも減らそうという心遣いなのだろう。これで役に立ってくれたら嬉しい限りだけど現実はそこまで甘くない。厨房に入った衣玖がしたことと言えば、せいぜい皿を並べた事ぐらいだった。
 もっとも肝心の料理もどこか気が抜けており、萃香と天子には酷く不評だったという。
 悩んでいるのは、何も霊夢の専売特許ではないのだ。魔理沙もまた、頭を悩ませている。
 儀式が行われると言うことは、即ち今の霊夢が元の霊夢に戻ってしまうということ。正確には今の霊夢が元の霊夢なのだが、過ごした時間の長さは以前の霊夢の方が遙かに長い。呼び方に関しては、もう仕方のない事だと諦めている。
 考えないようにしていたのか。それとも本当に気付いていなかったのか。自分の心とはいえ、いやだからこそ分からなかった。今の霊夢と元の霊夢、いつのまにか選択肢が現れていたことに。

「常識的に考えれば、元に戻って貰わないと困るわけだけど……」

 個人的にはどうなのか。博麗の巫女がいなければ妖怪達も調子に乗るだろう。巫女は幻想郷を管理する者の一人であり、いわば鑑のようなものなのだから。霊夢を見ているとそうは見えないけれど、周りの人妖は間違いなく思っている。
 元に戻って貰わなければならないのだが、それはあくまで博麗の巫女としての選択基準。霊夢を個人として見るならば、果たしてどちらであって欲しいのか。鬼の萃香からしてみれば、あれだけ仲良さそうに見えても今の霊夢は到底好きになる事が出来ないはず。
 温泉に浸かっていた時、密かに衣玖が言っていた。

『伊吹様のは反動でしょう。少なからず好いてはいたのに、それを押し殺して心の底から嫌いになろうとしていた。蓋をしていたのです。だけどその蓋が外れてしまったから、溜め込んでいた思いが一気に溢れてきたと。まぁ、そのうちしたら元に戻りますよ』

 結果として元に戻る前に、霊夢の方が戻ることとなったわけで。萃香としては願ったり叶ったりだろう。
 天子や衣玖はどう思っているのか。前者に関しては訊くだけ無駄だろう。間違いなく天子はこう言う。どっちでも良いと。衣玖には訊いてみたかったものの、自分が迷っていると知られたくはない。
 誰も願っているのだから。霊夢が元に戻ることを。
 選択肢など魔理沙が見た幻想だ。答えは一つしか存在していない。
 通り過ぎる雲の気ままさが、今はただただ羨ましかった。

「魔理沙!」

 反射的に辺りを見渡すものの、虫の一匹も姿を見せない。そして自分が屋根の上に座っているのだと思い出し、ひょっこりと地上を見下ろした。どこに仕舞ってあったのか。腋の出ていない巫女服を着た霊夢が、不安そうな面持ちでこちらを見ている。
 また叱られるのかと思ったのだが、どうもそういうわけではなさそうだ。屋根から飛び降りて、華麗に着地を決める。この程度の高さなら、箒が無くても充分に飛べた。

「どうした?」
「ちょっと相談があるんだけど」

 いつかは来るんじゃないかと予想していた。天子やら萃香は相談に向かず、残るは魔理沙と衣玖ぐらいのもの。もしも衣玖の方に行っていたらかなりショックを受けただろうに。自分を頼ってくれた嬉しさを噛みしめつつも、周りの様子を窺う。
 幸いにも人っ子一人いない。人間は麓の温泉に流れていくし、妖怪達は紫の命とあらぬ噂で霊夢から離れようとしていた。魔理沙達以外に、誰かがいるはずもないのだ。

「いいぜ、話を聞こう」

 ちょっと格好つけたような台詞に、霊夢が小さな笑顔を見せる。

「頼もしいことね」
「恋の悩みから明日の献立まで、霧雨魔理沙さんなら何でも解決してやるよ」
「私の心とかは?」
「ああ、そりゃあ難題だ」

 茶化すような台詞を口にしながら、内心ではまったく驚いていない自分がいる。紫の伝言を聞いてから、霊夢の様子がおかしくなった。何に悩んでいるのか、確証は持てなかったけれど推測だけはする時間も充分にあったわけだし。
 心の準備をしておいて良かった。萃香ならいざ知らず、少なくとも自分なら冷静に話を聞いてあげられるはずだ。問題は当の魔理沙ですら結論を出せないだけで。まぁ、それはそれで致命的なのだが。

「もうすぐ、というより明後日には儀式が始まるんでしょう? それが終わったら、当然だけど私は元の霊夢に戻るのよね?」
「ああ、そうだな。儀式をすれば呪いは解ける」

 真剣な眼差しが魔理沙を射抜いた。

「呪いがかかる、の間違いでしょ」

 予想外の発言だった。何を考えているのか分かっていたつもりでいたのに、まさか霊夢自身が博麗の呪いに気付いているとは。想像していなかった展開に、思わず言葉が詰まった。
 何を言って良いのか。そもそも何か言って良いのか。
 焦る魔理沙の表情が、言葉よりも説得力があったようで。

「やっぱりね。別に隠す必要なんか無かったのに」
「……気付いてたのか」
「自分の性格なのよ。早い段階で気付いてたわ。今だから言えるけど、昔の私は常に頭の中に煙が充満していた感じなの。何か激しい感情の揺れがあったところで、その煙がすぐに曖昧にしてしまう。おかげさまで今は爽快スッキリよ。その分、泣き虫になっちゃったけど」

 だったら尚更、彼女の悩みは深くなる。

「弱い自分は私も嫌い。だけど世界を世界のままに見られる自分は大好きなの。どうしたら良いと思う、魔理沙。私は戻るべきなのか、それともこのままでいるべきなのか」

 素の霊夢と、博麗の霊夢。
 二者択一の選択肢はしかし、事実上の一択なのだ。誰もが博麗を望み、誰もが博麗であって欲しいと願う。魔理沙だって隣で笑っている霊夢よりも、肩を並べて戦える強い霊夢の方が。
 良い、はずだった。

「さあな。変わったのは霊夢だけじゃないからな、昔の私なら戻った方が嬉しいぜなんて言ったんだろうけど、今の私は答えられない。どっちも霊夢にも居て欲しいってのが、一番素直で欲張りな答えだ」

 言うまでもなく、どちらともなんて強欲な選択は存在していない。霊夢はこの世に一人きり。だからこそ絶対にどちらか選ばなくてはいけないのだ。

「自分の事だから自分で決めろって?」
「乱暴な言い方をすればそうだ。霊夢の未来なんだ。霊夢が望むようにすればいい。周りとか関係なしにな」

 無責任な発言ではあるけれど、事実に代わりはない。

「ただどちらを選んだところで、私は責めたりしないよ。まぁ、責める資格もないけどな。霊夢に選ばせて、重荷から逃げようとしている私には」
「そんな事ないわよ。魔理沙の言ってる事は正しいわ。ああ本当に、こんな時でも弱気な自分が情けない」

 浮かべた笑いはほろ苦く、吐いた溜息もどことなく湿っぽかった。そのまま蹲ってしまいそうなほど、霊夢の表情は優れない。
 自分が同じ立場だったら、一体どうしているだろう。例えば魔法が使えなくなったとしたら。やっぱり魔法使いの自分でありたいと儀式を受けるのか、それとも魔法を使えない自分の方が良いからと儀式を断るのか。考えた所で結論など出るはずもなかった。霊夢は能力だけでなく、性格も変わっているのだから。今の自分がどれだけ考えたところで、決めるのは変わった後の自分だ。

「記憶は一応受け継がれるんだろ?」
「誰か別の人間に乗っ取られているわけじゃないんだから、仮に戻っても魔理沙達と過ごした時間はしっかりと覚えているわ。楽しいという感情もある。だけど、それ以上の実感は湧いてこないんでしょうね」

 なまじ記憶が受け継がれるだけに簡単に解決できない。これがもしも精神寄生体による乗っ取りだとしたら、全力を賭してでも元の霊夢に戻そうとしただろう。どちらも霊夢であるだけに、彼女の悩みは計り知れないほど大きい。
 大した手助けもできず、励ますこともままならない魔理沙。落ち込んだ顔の霊夢を見送ることぐらしか、出来ない自分に腹を立てる。せめて霊夢の安全ぐらいは確保しておかないと、一生自分を許す事など出来そうにない。
 霊夢は絶対に守ってみせる。
 絶対に誰にも邪魔はさせない。










 翌朝。いよいよ儀式が明日と迫ったところで、突如として霊夢が姿を消した。
 昼食を終えた頃、いつもなら境内で掃き掃除をしているはずなのに今日限って姿が見えない。不安に思って神社の中を捜したところで、当然のように見つからなかった。まさか逃げ出してしまったのか。
 こんな状況の中で、それがどれだけ危ない行為なのか。知らぬ霊夢でもあるまいし。
 しかし追いつめられた人間のこと。何をしでかすか分かったものではない。

「どうしたのさ、魔理沙。血相を変えて」
「霊夢がどこにもいないんだよ!」

 萃香は顔色一つ変えず、平然とした口調で告げる。

「霊夢なら天子や衣玖と一緒に出かけたよ。なんか行くところがあるんだって」

 思わず、崩れ落ちそうになった。何という早とちり。冷静さを一番欠いていたのは、どうやら自分のようだった。
 そうなると途端に照れくさくなる。帽子で顔を隠し、明後日の方角を向いた。

「しかし天子達が付いているとはいえ、随分と思い切った行動をとるな。妖怪達の様子はどうなんだ?」
「衣玖の話によれば、多分明日の朝に来るだろうって。ふふん、命知らずな連中だ。鬼が居て尚も挑もうと言うんだから、無鉄砲極まりない」

 連中も追いつめられているんだろう。必死さという意味ならば、向こうとて負けてはいないはずだ。こちらも気を引き締めてかからないと、あっという間にやられてしまう。明日は正念場になりそうだ。霊夢も、自分も。

「霊夢が元に戻ろうとしてるんだ。それを止めるような奴らは、片っ端から投げ飛ばしてやるさ」
「……その当人は望んでないかもしれないぜ」
「どういうこと?」

 訝しげな顔の萃香に、どう説明したものか。口止めはされていないものの、あまり大っぴらに言うようなことじゃない。ただ、萃香にだけは伝えておいた方が良いのではないか。もしも土壇場で知るような事があれば、そこで色々と揉めるだろうし。
 霊夢には後から説明すればいい。隠し事をして苦労するのは、もう御免だ。
 戻るべきかどうか、霊夢から相談されたことを打ち明ける。当然のように、萃香は地団駄を踏みそうなほど怒りを露わにした。

「なんだそれ。私は霊夢が戻るかもしれないから、こうして協力してやってるんだ! それなのに戻りたくないって言うんなら助ける義理はどこにもない!」
「戻らないとは言ってない。ただ、悩んでるだけだ」
「むう。でも、私としてはやっぱり戻って欲しいよ。今の霊夢は、あんまり好きじゃない」
「まぁ、お前ならそう言うだろうと思ってたよ」

 種族としても個人としても、萃香があの霊夢を好むことは無いだろう。

「魔理沙は? 戻って欲しいの? それとも今のままがいいの?」
「私はどうだろうな。まだ自分の気持ちに整理がついてないし。どっちの霊夢も嫌いじゃないんだよなあ」
「ふーん」

 自分から訊いておきながら、興味がなさそうな生返事を投げられる。
 早々に決められるようなものでもないし、決めてどうなるものでもない。あるいは最後まで悩んでいるかもしれなかった。
 一端踏ん切りがついてしまえば、そこは霧雨魔理沙。例え障害がどれだけ高い山だって、諦めることなく強引に突破してしまう。今までもそうやって暮らしてきたし、きっとこれからもそうだろう。
 目的さえ定まれば、魔理沙は止まることを知らない。

「いいさ、選択するのは霊夢だ。強引に選ばせようとするほど、鬼という種族はみみっちくないからね。きっと戻ってくれると信じてるけど」

 何と答えたものか。それすら決めることが出来なかった。
 つくづく、自分らしくない。










 夜も更けた。
 夜空に浮かぶ月は、いよいよ満月に近づいている。肉眼では満月だと言われても、違和感が無いほどだ。改めて時間が無いことを知り、魔理沙は自分の鼓動が早くなっていることに気がつく。
 博麗神社の境内。天子と衣玖は賽銭箱の跡地から。萃香は本殿の屋根から。そして魔理沙は霊夢の隣で、それぞれが大妖怪の言葉を待っていた。
 月光が照らす薄紫の洋服が、妖しげな魅力を醸し出している。スキマから身体を覗かせている時間の方が長い紫。改めて身体全体を見るのは、随分と久しぶりのような気がした。普段は携帯しているレースの日傘も、今日は持っていないようだし。
 表情も胡散臭い笑顔ではなく、ただ真っ直ぐに霊夢を真正面から見つめている。心なしか境内の気温も下がり、重力も重くなった。ともすればすぐに喉が渇き、ひっきりなしに喉が鳴っていた。
 鳥や虫も空気を読んだのか、はたまた重圧に耐えきれず住処を変えたのか。神社に訪れたのは紫のみならず、静寂も引き連れてきたようだ。そしてまた、それを打ち破るのも来訪者の紫。

「強制をするつもりは無いわ。あくまで儀式は任意。あなたがどうしても嫌だと言うなら、私は儀式を強行するつもりなどない。新しい博麗の巫女を捜すのだって面倒だし、ただ此処で幻想郷の鑑たる博麗の歴史に幕が下りるだけの話」

 厳かな声で、厳かな顔で、紫は淡々と言葉を紡ぐ。
 軽薄さは無く、隣にいる霊夢も息を呑むのが分かった。

「あくまで儀式を行うのは明日だけれど、その前にあなたの意志が聞きたかったの。戻りたいのか、戻りたくないのか?」

 紫の事だ。どうせ霊夢が悩んでいるのは知っていたのだろう。
 だからこそ、こうして問うているのだ。
 霊夢はどう思っているのかと。
 即答はしなかった。怯えたような顔で紫を見つめ、僅かに後ずさる。手は両手の前で祈るように組まれ、肩は山のように強ばっていた。顔色も悪い。深刻な悩みは霊夢から睡眠時間も奪っていったらしい。
 目を瞑り、再び沈黙が神社に舞い降りた。読書の際には有り難いほどの静かな時間が、今はただ身を切るように痛い。凄い数の焦燥感が、身体中を駆けめぐっているようだ。
 自分の事でもないのに、思わず何か言ってしまいそうな。
 そんな沈黙を打ち破り、霊夢が少女のようなあどけない笑顔で言った。

「私は博麗に戻らないといけない」

 微かに顔を強ばらせた紫に比べ、魔理沙の衝撃は遙かに大きい。心の何処かでは、今の霊夢はきっと戻らないだろうと思っていた。だから悠長な事を言えたのだとしたら、やはり自分は戻って欲しくなかったのか。
 霊夢が選ぶことによって、ようやく自分の気持ちに気づけた。皮肉なことに。
 萃香はさぞや喜んでいるのだろうと思いきや、何やら腑に落ちない顔をしている。

「懐かしい言葉ね」
「え?」

 意味不明な紫の発言に、霊夢が首を傾げた。

「何でもないわ。じゃあ明日の夜に儀式を行うから、それまでせいぜい頑張りなさい。私は準備があるから、あなた達の手伝いはできないわよ」

 注意が霊夢から自分たちに移る。そうだ、ショックを受けている場合ではない。
 霊夢が戻りたいと願うのならば、それを叶えるのが自分たちの仕事。任務だ。
 何があっても守り抜かないと。

「霊夢には指一本触れさせないぜ」
「せいぜい大暴れしてやりましょうか」
「程ほどになさってくださいね、総領娘様」
「……霊夢が戻ると言うんなら、私らは全力でそれを助けるだ。だから紫。あんたもしくじるなよ」
「当然ですわ」

 口々に決意を語り、明日の成功を祈っている。
 気の抜けない一日だ。誰が一人がミスをすれば、それは全体に帰ってくる。ひいては霊夢の命を脅かすことになるのだ。
 気を付けなければならない。

「頑張ってね、みんな」

 応援の言葉を贈る霊夢。
 曇りのない笑顔のはずなのに、魔理沙にはどこか寂しく見えた。











 十数年生きてきて、何度も拝んだはずの朝日。屹立する山の輪郭線から顔を覗かせた太陽が、今日はいつもと違って見える。浴びる光も身も引き締まるというか、まるで冬の空気のように魔理沙の身体を強ばらせた。
 天気は相変わらず秋晴れ。今日と明日は雨雲の気配すらなく、一日中が気持ちの良い快晴で包まれるそうだ。こちらとしては好都合である。雨ともなれば視界が悪く、守る側としては不利なのだ。
 博麗神社もいつもと違った緊張感で包みこまれていた。雀達も避けるように空を飛び、烏も遠くから神社の方を見つめている。
 戦場に出向く前の兵士というのは、きっとこういう世界を見ていたのだろう。これから何が起こるのか、分からない不安もあるし、心の何処かでは昂揚している自分だっていた。弾幕ごっこではない。初めて実践する、命のやり取り。百戦錬磨の萃香やら、恐怖感が麻痺しているような天子とは違うのだ。気を抜けば足が震え、今すぐにでも逃げ出したくなる衝動に襲われる。
 自分を引き留めているのは、ただ霊夢を守りたいという気持ちだけ。手水舎を顔を洗い、ついでに手も清める。博麗にどんな神様が住み着いているのか知らないけれど、今日だけは神頼みだってしたくもなる。賽銭箱さえあれば、きっとお金を入れただろうに。霊夢にとっては残念なことだ。
 顔を拭いてみれば、いつのまにか境内には天子の姿があった。雄々しく直立し、両手が突き立てるのは緋想の剣。真剣な眼差しは遙か虚空を見つめ、急にニヤケさせしなければ一枚の絵画と言われても通用しただろう。

「良いわね良いわね、この空気! 肌を刺すような刺々しい緊張感。そして遙か遠くから伝わってくる熱気。退屈な日常に暮らしていたら、こんな素敵な体験は出来なかったわ。ありがとう異変、だけどさようなら異変」

 剣を抜き、天に掲げる。

「百里を行く者は九十を半ばとす。最後の十里こそ最大の難関。そう容易く抜かせはしない。達成したくば見事私を越えてみせよ!」
「気合いが入るな」

 言葉にもあった通り、まだまだ妖怪達の姿はない。しかし魔理沙も感じていた。山の向こう、あるいは森の向こうから、蠢く何かが近づいている。あちらとしても夜まで待つ義理はないのだ。襲撃するなら間違いなく朝。もうすぐの話。
 背筋に冷たい氷柱を差し込まれたように身体が伸び、糸で操られているかのように奇妙な動きがしたくなる。天子はこの気持ちを楽しいと感じ、魔理沙は困惑を覚えていた。自分にも天子と似た一面があるなんて、言葉には出せないけれどかなりショックだ。
 だが、これはこれで利用すればいい。弾幕ごっこと違い、これは真剣勝負なのだ。ボムは無制限にあっても、残機は一つだけ。コンテニューもないし、再プレイもない。一発本番のぶっつけ勝負。これを楽しまない手はないし、楽しまなければ動けない。
 魔力は満タン。体調も万全だ。
 例え何千匹の妖怪が襲って来ようと、この境内には足の一本も踏み入れさせないと誓う。

「おはようございます」

 昨日と変わらない挨拶を交わす衣玖だけは、この空気をもはね除けているようだ。読めるからといって流されるとは限らないのか。

「お前は相変わらずだなあ」
「ええ、これが私の平静なのです。迂闊に変えると調子が狂う」
「なるほど。ジンクスみたいなもんか」
「そのようなところです」

 衣玖も衣玖なりに緊張はしているのだろう。なにせ先程から周囲に緊張感を放ち続けている奴がいるのだから。
 鳥居の上にあぐらをかいて、山の頂を眺めている。それだけなのに、彼女の身体は言葉を失いそうなほどの迫力が醸し出されていた。霊夢などは口を押さえ、今にも倒れそうだ。だが耐えているのだから、一応は成長したのか。

「惜しいですわね。もしかしたら鬼の本気が見られたかもしれないのに」
「代わりにお前はやることがあるだろう。頼むぜ。土壇場になって失敗したとか言われても」
「心配は無用よ。霊夢がやると決めたのなら、私は責任を持って最後まで完遂する。それが八雲紫の役目であり、博麗達の思いなのよ」

 こちらを見ようともせず、魔法陣を書き続ける紫。これが完成したところで、どうせ月が昇らないと意味は無いのだ。
 長くなる。これだったら敵陣に突っ込んでいく方がよっぽど良かった。粘るというのは、どうにも苦手だ。

「じゃあ最後に確認するけれど。私が神社の右側。衣玖が左側で、萃香と魔理沙が正面を守るってことで良いのよね? あ、紫はそこでゴロゴロしてると良いわ。一生」

 さりげない毒にも反応せず、黙々と紫は手を進める。
 萃香は反応せず、霊夢も力無く頷くばかり。

「正面に魔理沙さんと伊吹様を配置したのは何故でしょう? 真正面から乗り込んでくるとは思えないのですが」
「向こうにはこれといった大妖怪がいない。数で押そうって連中が、変な分散をしてくるはずもないでしょう。背後も開いていれば奇襲という可能性もあったけど、幸いにも後ろには結界があるし。それにもしも本体が左右のどちらかから来たとしたら、魔理沙が遊撃で移動すればいいだけの話よ」
「へえ、馬鹿だと思っていたのに随分と考えてるんだな」
「誰が馬鹿か、誰が」

 不満げな顔の天子はさておき、反論の言葉は誰からも出てこなかった。萃香としてはおそらく、どこから来ても返り討ちにするだけなのだろう。細かい策など、鬼の腕力の前では何の意味も持たない。
 だがそれは、あくまで鬼が標的だった場合の話。これは防衛戦。魔理沙達の役割は敵の全滅ではなく、霊夢の防衛なのだ。出来るのなら全滅させれば話は早いのだが、いかんせん敵の数は桁違いに多い。
 いくら鬼とはいえ、あらだけの数を一片に相手取るのは不可能だ。敵が全て萃香に襲いかかってくれたなら、あるいは全滅をさせられただろうに。間違いなく敵は萃香を避けて、神社に侵入しようとする。流れる水を掴むように、それはきっと大変な作業だ。
 だから魔理沙が後ろから、取りこぼした連中を退治するのだ。いざとなったらマスタースパークで萃香ごと撃っても良いと言われている。あの鬼のことだ。悔しい話だけれど、マスタースパークの一発や二発でどうこうなるとは思えない。
 鍵は魔理沙が握っている。この布陣を説明した時、天子はそう言った。

「さて、それじゃあ招かれざる客の相手でもしようか」
「それが終わったら宴会ね!」
「温泉でも良いですよ」

 口々に好き勝手な事を語っていると、鳥居の上から萃香が降りてきた。

「酒はとびっきり極上の物を用意してくれよ」
「あ、私は久しぶりに洋酒が飲みたいわねえ」

 飲兵衛共の発言は相変わらずだ。
 それに続くように、顔の青い霊夢が口を開く。

「最高級のお茶が飲みたいわ」

 ぎこちない笑顔は緊張のせいか。昨日から何かが引っかかるのだけど、それが何かは気づけない。じっくり考えたいところだけど、今は戦闘に集中するとしよう。
 一堂の視線が、階段の向こうに移る。
 まだまだ遠い森の中。だがようやく、連中の先頭が姿を現したようだ。
 開始の鐘はもうすぐ鳴らされる。










 大した段数もない階段が、今は難攻不落の城壁に見える。ゆっくりと下ってきた鬼と魔法使いが、そんな印象を植え付けているのか。先遣隊の報告によれば、左右は竜宮の使いと天人が固めているらしい。
 いっそ左か右に集中して攻めようかとも思ったが、一局集中はあちらも望むところ。鬼やら天人が一箇所に集えば、もう突破する望みなんて完全に潰えてしまう。時間差を付けるのは有効だとしても、三方向から必ず攻めなくてはならない。
 戦力分散は痛いけれど、これも仕方のないことだ。犬神は竜宮の使いに回し、天人には少数精鋭の部隊をぶつけてある。どちらも突破できるのかは微妙であるが、不可能ではないはずだ。
 ただ気になるのは向こうの手駒がこれで全部なのかということ。偵察班を襲った犯人は、いまだ分かっていない。鬼や天人がそんな隠密じみた事をするとは思えないし、魔法使いもそういう性格には見えない。だとすると竜宮の使いぐらいしか残らないのだが、あるいはまだ秘密兵器が霊夢の側にいるのかもしれない。
 境内の様子を探れれば良いのだが、唯一できそうな鎌鼬は魔法使いに張り付いていないといけない。あの大魔法は何に付けても厄介だ。もしも鎌鼬で境内で秘密兵器に出会い、敗れたとしたら一気に千仁達の勝率は下がる。
 魔法使いを押さえ、鬼を封じ、何とかして巫女を抹殺する。言葉にすれば簡単な事なのに、こうも動悸が激しくなるとは。周りの妖怪には悟れたくなかった。首領じみたことをしているのだ。ここで頭が動揺していると分かれば、一気に志気が下がるだろうし。
 己を奮い立たせなければならない。
 密かに頬を張り、改めて鬼と魔法使いを睨み付ける。
 夜まで待つつもりはない。ここで早々にケリを付けよう。

「行くぞ、野郎共! 鬼や魔法使いには構うな! 俺たちの目的は巫女の抹殺! 例え仲間がやられようとも、怯まずに神社へ突っ込め! あの憎き博麗の巫女は、必ずそこにいるはずだ!」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 半ば無謀にも思える突撃が、今ここに始まった。










 遠く、階段の下から妖怪達の雄叫びが聞こえてくる。魔法陣の中央で座っていた霊夢が、ビクリと身体を震わせた。
 顔は青色を通り越し、兎のように白くなっている。よく見れば小刻みに身体も震えていた。博麗の拘束が解かれ、ただの人間になったのだ。魔理沙のように力があればともかく、無力な人間では恐怖を覚えるしかあるまい。
 既に魔法陣は完成していた。後は空に月が昇るのを待つだけ。大凡の感覚で言えば、あと十時間ぐらいか。長寿の妖怪からしてみれば一瞬にも似た時間なのに、不思議と長く感じられる。あくまで順調に進めば、の話だが。
 戦場は臨機応変。何が起こるのか賢者にすら予想できない。
 だからこそ面白いと笑う者もいるし、恐怖して涙を流す者だっていた。博麗霊夢がそのどちらなのか、問いかけるのも一興か。
 しかし紫の質問は遮られる形となった。他ならぬ、霊夢自身によって。

「前の博麗の時は、こんな風に妖怪から襲われたりしたの?」

 突然の問いかけに思考が止まり、すぐさま記憶の書庫から該当の思い出を検索する。なにぶん歩んできた人生も長い。人間ほどすぐに思い出すことは出来なかった。

「…………先々代の時は平穏そのものだったわ。悩む時間も充分にあったし。先代は随分と大変だったけどね。まぁ、それでもここまで大規模な事にはならなかった」

 それだけ今代の博麗が妖怪に怨まれているということだろう。あるいは積み重ねてきた博麗への恨みが、今代で爆発したと言うべきか。襲ってくる妖怪の中には、霊夢個人に恨みのない者達だっているだろう。

「先々代も悩んでいたの?」

 霊夢の興味は別の場所に移っていた。

「それはもう鬱陶しいぐらいに。その様子だと、あなたもかなり悩んでいるみたいね」
「私がこうして此処にいるということは、先々代も儀式を行ったのね」
「あなたと同じ台詞を言っていたわ。私は博麗に戻らないといけない。懐かしい言葉だこと」

 思えば、霊夢を除いて一番親しかったのは先々代の博麗だった。今の魔理沙に当たる立場のことを、かつての紫がしていたのだから。どれだけ苦労して、どれだけ紫も悩んだのか。今の魔理沙を見ていると思い出す。
 まぁ、それも過去の話だ。

「あなたの判断は間違っていない。博麗は幻想郷の鑑。無くてはならないもの。元に戻る選択肢を選んだのは、懸命な判断と言えるでしょう」
「そう、よね」

 階段の向こうからは魔理沙がスペルカードを叫ぶ声やら、鬼の雄叫びやらが入り交じって聞こえてくる。弾幕ごっこじゃないのだから、律儀に名前を叫ぶ必要はないのだけど。こっちの方が調子は出るんだと、悪戯っ子のような顔で言っていた。
 さて、果たして彼女たちは何時までも保つのか。博麗の選択はなるべく尊重したい。変な横やりで儀式が邪魔されるのは御免だが、かといって紫が参戦するわけにもいかない。霊夢を一人にする事なんて出来ないし、大切な儀式の前。迂闊に力を使いたくもなかった。
 もっともどうしようもない危機となれば、惜しげもなく能力を使うけれど。その機会が無いことを願うばかりだ。

「そういえば、昨日は何処かへ出かけてたみたいだけど。何処に行ったのかしら?」

 相変わらず恐怖で震えながら、それでも気丈に霊夢は答えた。

「妖怪や神様の所よ」










 空と地上からの同時侵攻。数さえ多ければ、これほど有効な戦法もあるまい。
 空は魔理沙が、地上は萃香が担当することになった。この日の為にとっておきの魔道具も用意してあるし、生半可な数では相手にならないことを教えてやる。早速見えてきた先遣隊に向かって、まずは歓迎の一撃を放とうとした時のこと。
 空に向かって付きだしたミニ八卦炉が、僅かにその軌道をずらした。何かがぶつかったのだ。それが何かは、もはや確認するまでもない。

「前は油断して失敗したけど、今日は絶対に撃たせない」
「鎌鼬か。お前も大概しつこいな」
「負けるのは嫌いだからね。少なくとも君は顔に石をぶつけられたぐらいじゃ怯まないようだし、次に撃とうとしたら容赦なく手首を真っ二つに切るよ」

 態度こそ飄々としているものの、口調は真剣そのものだ。嘘偽りはあるまい。切ると言ったら本当に切るだろう。
 勿論、魔理沙だって手首は惜しい。爪や髪の毛じゃあるまいし、そう簡単に切り離されてたまるものか。

「饒舌だな。そんな事を言っている暇があるなら、とっとと切ってみたらどうだ?」

 挑発的な態度は、あっさりと受け流される。血気盛んな他の連中と違い、この鎌鼬は冷静そのもの。実にやりにくい相手だった。その隙に神社へ飛んでいく集団へ拡散状のレーザーを放ち、纏めて撃墜していく。

「なるほど、身体中に防御用の結界を張っているのか。だけど一応、それなりの攻撃は出来ると」
「さあて、どうかな」
「ただ、あの大魔法は撃てないみたいだね」

 洞察力にも優れているとは。とっておきの秘策がもう見破れた。
 基本的に防御と攻撃を同時に行うことはできない。だが全力さえ出さなければ、防御しながらでも攻撃魔法は充分に使えるのだ。ただ今の魔理沙は防御を主体としており、当然ながら魔力を大量に消費するマスタースパークは撃つことが出来ない。
 どうしても撃ちたいのなら防御用の魔力を回すしかなく、そんな事をすれば。

「だったら僕のすることは変わらない。君を監視し続けて、撃とうとした瞬間に身体を切り刻む」

 相変わらず、空からの侵攻は留まることを知らない。適度に魔法は放っているのだが、いかんせん数が数だ。ただの弾ではなく怯むこともなく、進軍速度に衰えはなかった。
 マスタースパークさえ撃てるのなら。あれは威力だけでなく、与える恐怖も段違いなのだ。今は猪突猛進で進んでいる連中も、マスタースパークの威力を改めて目撃したらならば、確実に怯えて動きが止まるだろう。それに数も減らせるし、魔理沙にとっては何よりの切り札だった。
 それが封じられている。まだまだ戦いは始まったばかりだけど、既に勝負は決しているように思えた。そう、本当にマスタースパークが撃てないのなら。
 自信満々の鎌鼬を馬鹿にするように、魔理沙はミニ八卦炉を空に掲げる。

「そうはさせない」

 鎌鼬が身を小さくして、こちらの様子を凝視する。今にも飛びかかってきそうな気配は、何よりも魔理沙の心臓に悪かった。長年連れ添った手足なのだ。思い入れもあるし、何より痛いのは嫌だ。
 だから手早く終わらせよう。身体を覆う結界が保っていてくれるうちに。

「マスタースパーク!!」

 同時に飛びだした鎌鼬はしかし、敢えなく結界の前に敗れ去る。そして天を穿つように放たれた光の奔流は、空を覆い尽くそうとしていた妖怪の群れを消し飛ばす。手加減や容赦をしないのは、妖怪だけの専売特許ではないのだ。
 生憎と細かい調整をしている暇もない。並の妖怪ならば、黒こげになる事もなく塵となって消し飛ぶだろう。
 一筋の閃光が唸りをあげて、やがてゆっくりと消えていった。

「馬鹿な……マスタースパークを撃ったのに、どうして結界維持されたままなんだ!」

 驚く鎌鼬へ、丁寧に解説してあげるつもりはない。
 だが種明かしは簡単だ。単に特殊な水晶へ魔力の貯蓄をしていただけの話。ここ数日の間に溜め込んだ魔力は、結界の維持へ回せば一日ぐらい保ってくれるだろう。例え魔力が枯渇したとていも、腰にぶらさげている水晶の飾りがある限り、魔理沙の結界が破られることはない。
 だからマスタースパークも思う存分に撃てるのだ。
 躊躇いもなく、二発目を空に放つ。照準は鎌鼬の攻撃で微妙にずれたものの、基本的に大口径の大魔法。多少のずれは問題にもならなかった。
 先遣隊の殆どはマスタースパークの炎に焼かれ、跡形もなく消え去っている。

「そっちが本気を出すんなら、悪いがこっちも本気だぜ」
「くそっ! どうなってるんだよ!」

 焦る鎌鼬をよそに、内心では魔理沙も若干の焦燥感を覚えていた。
 確かにマスタースパークは効果的だ。現に空の妖怪達は怯み、進軍するのを止めている。だがこのまま夜を迎えてくれるはずもない。いずれは勇気を奮い立たせ、再び神社を目指すだろう。
 魔力はしっかりと補充している。しかし、いつまでも保つのやら。
 マスタースパークは想像を絶するほどの魔力を消費する。あまり連発するものではなく、したとていも一日中使えるような代物でもない。どこかで必ず魔力は枯渇するだろう。それが何時なのか。
 願わくば、空に太陽が昇っていない時でありますように。
 祈りながら、二発目の閃光が空を覆い尽くした。










 大規模戦闘ともなれば、自分の能力に使い道はない。霧になっても意味はないし、巨大化すれば通り抜け放題だ。若かりし頃はそう思い、かなり苦戦した戦もあった。あれから何百年もの月日が経てば、未熟な鬼も一人前となれる。
 自ら能力がどこまで出来るのか、そして何か出来ないのか。まだまだ把握しきれていない事はあるけれど、少なくとも今自分がすべき事ぐらいなら考えずとも分かった。密と疎を操る能力。宴会に人を集めた要領で、妖怪達を集めることができるのならば。
 萃香を倒さない限り、博麗神社に足を踏み入れることは不可能。もっとも数には限りが有って、空の方は魔理沙に任せているが。地上に関しては全ての妖怪を自分の元に集めることが出来るのだ。
 純粋な力比べとなれば、もう鬼に敵う者なんていない。果敢に挑んできた妖怪達を返り討ちにして、尚も能力で引き寄せる。さながらブラックホールのように吸い込み、飲み込んだ後は容赦をしない。そんな化け物が立ちはだかっているのだから、さすがに妖怪達の間にも躊躇う空気が蔓延し始める。勿論、そんな連中も纏めて引き寄せて完膚なきまでに叩きのめしていた。
 自分が此処にいる事すなわち、それが連中の敗因である。なまじ普段から本気を出さないだけに、鬼という種族を舐めている輩もいるだろうし。ここらで威厳を復活させておくのも悪くはない。
 それこそ二度と刃向かってこないよう、全滅させる腹づもりで。
 大地を思い切り殴り、巨大な火の玉を呼び寄せた。一人ずつ殴るのは効率が悪い。一応は大規模な戦闘も想定した技だってあるのだ。鬼も人間との戦いで進歩する生き物。安穏と酒を飲み干すだけの怠け者ではなかった。

「怯むな! しっかり踏ん張っていれば、そうそう引き寄せられることもない!」

 強引に引き寄せられ混乱する者、逃げ惑う者。せっかく萃香に偏っていた戦場の空気が、男の発言で一気に平行へと戻ってた。これには萃香も感心する。なるほど、こいつが衣玖の言っていた千仁か。
 鬼ともなれば見ただけである程度は相手の力も分かるというもの。しかし千仁はさほど強くもなく、かといって特殊な能力を持っているわけでもなさそうだ。それなのに厚い信頼を勝ち得、ただの一言で士気を上下する事が出来るとは。
 稀にこういう輩が戦場にはいる。並はずれた力さえ持っていたならば、それはきっと英雄と呼ばれるような人物だ。かつて萃香はそういった連中と何度も殺し合いをしてきたし、英雄に深手を負わされた苦い経験だってある。
 彼らは例え力を持っていなくても、戦場にいるだけで効果があるのだ。なまじ相手が強ければ強いほど、その効果は倍増してしまう。

「冷静に対処すれば、鬼など恐るるに足らない! 見ろ!」

 千仁の厳つい指先が向いた方向には、仁王の如く立ちはだかる自分がいる。何をするのかと、思わず身構えた。

「痛っ!」

 右腕に感じた微かな痛み。跳ねた油が掛かったように、腕の辺りに小さな火傷の跡が残っている。この感触、この痛み。何度も味わってきただけに、間違えようがなかった。
 自然と沸き上がってきた怒りの感情が、千仁が握りしめている物へと注がれる。

「我らは鬼の頑丈さを知っている! しかし同時に鬼の弱点も知っているのだ! この炒った豆さえあれば、鬼など赤子にも劣る弱々しい存在でしかない!」

 吸血鬼は胸に杭を刺されると灰になって死ぬという。そこまではいかなくとも、充分に炒った豆というのは脅威であった。銀の銃弾だって跳ね返す固い肌が、いとも容易く焦がされている。先程のは少量だったから良いものを、もしも大量の豆を浴びせられたら。
 さすがの萃香とてタダでは済まないだろう。いつもなら疎の能力を使って遠ざけるものを、今は密の能力を使っている。密と疎を同時に操ることはできず、片方を使ったら片方は使えない。
 自分の身を守る為に豆を遠ざけるか、それとも霊夢の為に妖怪達を引き寄せ続けるのか。
 躊躇う必要は何処にも無かった。聞けば、魔理沙は石を投げながらでもマスタースパークを放ったという。おかげで襲撃の計画は大幅に遅れ、こうしてギリギリで踏ん張ることが出来た。
 人間は脆い。当たり所が悪ければ、簡単に死んでしまうだろう。
 魔理沙に出来たことを、どうして鬼たる自分が出来ないというのか。遠ざける必要はない。耐えればいいのだ。

「ならば好きにするがいい! 大江山の酒呑童子、伊吹萃香! お前達の浅はかな知恵など打ち砕き、その身へ千万無量の鉄槌を下す!」
「負け犬の遠吠えには耳を貸すな! 鬼とて死ねば屍だ! 恐れる必要はどこにもない!」

 妖怪達の顔から恐怖の色が消えた。素手で戦っていた連中が、有効な武器を手にしたのだ。無理もない。
 歯を噛みしめて、大地を踏みしめる。
 昨日から微かな疑念はあった。あの霊夢の言葉を聞いてから。
 しかし、それは今考えるべきことではない。
 この危機を乗り越えなければ、どちらの霊夢も二度と帰ってこないのだから。
 伊吹萃香。人間を愛し、人間を嫌い、最後まで見捨てることが出来なかった鬼の異端児。
 ここが彼女の正念場なのだ。

「何人たりとも、霊夢の前には立たせない!」

 気合いと共に吐き出された言葉が合図になったのか、一斉に炒った豆が投げつけられる。四方八方から手心も手加減もなく、剥き出しになった萃香の身体中に叩きつけられた。
 まるで沸騰した油の中へ放り込まれたように、焼きゴテを身体中に押し付けられたように。肉の焦げる音が聞こえ、嫌な臭いが鼻につく。神経でも焼き切れたのか、手の感触が一瞬だけ失われた。
 意識も遠のき、気絶する寸前だったのを強引に引き戻す。敵は容赦してくれない。こちらが正気に戻るよりも早く、第二発目、第三発目と間髪入れずに大量の炒った豆をぶつけられた。
 大雨が全て油になって、傘も持たずに立っている心境だ。早く安全な軒下へ逃げ込みたいのに、最早身体も動かない。いや、動いてはいけないのだ。
 皮肉な話だ。誰よりも攻撃的な鬼が防御することしか出来ず、時間を稼ぐことに一生懸命だなんて。いっそマスタースパークを連発している魔理沙の方が鬼らしい。勇儀が見れば、呆れるか軽蔑するか。いずれにせよ褒めはしないだろう。
 情けないねと言われても、今の自分には返す言葉が無かった。
 だが何と言われても構わない。これが自分に出来る最大限の抵抗なのだから。
 萃香が意識を手放すのと、相手の豆が切れること。どちらが先に訪れるのか、これはもう我慢比べなのだ。

「大嫌いな人間を、これだけ長い間、見つめてきたんだ、今更我慢比べってたって……」

 血が出るほど拳を握り、まさに鬼の形相で妖怪達を睨み付ける。
 強烈な殺気は妖怪達の手を止めて、萃香の言葉が水のように場へ染み渡っていった。

「負ける気はしないね!」

 背後にマスタースパークの音を聞きながら、萃香は焼けこげた身体で立ちはだかる。
 満月が上るには、まだまだ早い。










 少し高い位置にある博麗神社からならば、全体の戦況がよく分かる。霊夢は魔法陣から出られず、見るとすれば紫以外にいない。
 魔理沙も萃香も健闘しているし、天子や衣玖も頑張っていた。広範囲の雷撃は妖怪達の足を止め、石柱は壁として妖怪達の進軍を阻んでいる。それでもやはり、分が悪いのはこちら側だ。
 萃香は足止めに徹し、魔理沙の魔法もいつまで放てるか分からない。衣玖や天子も全ての妖怪を倒しているわけではなく、何匹かは攻撃をかいくぐって森の中へと逃げ込んでいる。あと少ししたら山を登り、この境内へ到着するだろう。
 そうなれば自分の出番だ。出来れば力を使いたくないけれど、さすがにそうも言っていられない。いっそ神社全てを結界で覆えたら楽なのだけど、そうすれば儀式をする為の力が保てないのだ。結局は連中の思惑通り、儀式が出来ずに霊夢は元へ戻れない。また次の満月まで待つしかなかった。
 藍を呼び寄せるべきか。しかし彼女は大結界の管理に追われている。これだけの大規模な戦闘。ともすれば結界が揺らぎ、あちらの世界に迷い込んでしまう妖怪達がいるともしれない。一匹や二匹ならいざ知らず、ここには大多数の妖怪が集っているのだ。これだけの数が向こうの世界に訪れたなら、最早幻想郷と外の世界との区別は付かなくなるだろう。
 いわゆる幻想郷の終焉である。さすがに看過するわけにもいかず、藍には何があっても結界の管理を怠らないよう厳命していた。呼び寄せることはできない。
 こうなると、果たして自分の行動が正しかったのか疑問に思えてしまう。どの妖怪が霊夢の命を狙っているのか。表面こそ笑って接しているものの、内心では殺したいほど憎んでいるのかもしれない。さとりでもない自分には、その区別が付かなかった。
 だから全ての人妖に、博麗へ近づくことなかれと命令を出しておいたのに。実際はこの有様だ。下級妖怪の中には八雲紫の存在すら知らず、命令など何とも思っていない連中ばかり。結果からしてみれば下級妖怪達には通用せず、むしろ大物達の動きを封じてしまう結果となった。
 吸血鬼やら親友やらさとり妖怪は元から動く気配は無かったものの、命蓮寺や天狗に対しては余計なお節介だったか。あるいは彼女たちも協力して、この危機を救えたかもしれないのに。
 いや、今からでも遅くはない。早急に式神を遣わして、協力を要請すべきではないか。天狗はそう簡単に説得されないだろうけど、命蓮寺の連中なら見逃すことは出来ないだろうし。
 自分の面子はボロボロになるけれど、自業自得と諦めよう。
 この結果を招いたのは、他ならぬ自分なのだから。
 手頃に式神をおろせる動物は居ないものか。辺りを見渡し、そして言葉を失った。
 決してこの場にいないはずの彼女が、遙か遠くの戦場でこちらを見つめていたのだから。










 魚のように動き回る雷撃が、次々と妖怪達を感電させていく。弾幕ごっこと違い、出力は最大だ。触れれば一溜まりもあるまい。
 想像していたよりも数は少なく、おそらく本体は魔理沙と萃香の方に行ったのだろう。だがそれでも手に余るほど多いのは事実。現に何匹かは衣玖の手を逃れて神社へ向かってしまったし、何より彼女自身の体力にも限界が訪れようとしていた。
 まだまだ太陽が天頂に至らないというのに、体力作りを怠けていた報いが此処で現れてしまったのか。これが終わったら地道に基礎トレーニングを積むのも良いかもしれない。もっとも、二度とこんな異変には関わるつもりがないけれど。
 元々は情報を伝えるだけに止めておこうと思った。天子が引きずってこなければ、今頃は天界から様子を眺めているだけだったろう。ちょっと前の自分だったら、間違いなく霊夢を見殺しにしていた。元々人付き合いは苦手だし、誰かの為に一生懸命になるというのも柄じゃない。
 それなのに、こうして命を賭してまで霊夢のことを守っている。大妖怪達は口々に言った。あの霊夢は人間臭すぎる。自分たちが愛していた博麗霊夢ではないと。かつての衣玖も似たような事を思っていただけに、彼女たちを責められないだろう。
 だが代わりに提案したい。試しに霊夢と暮らしてみなさいと。
 あの生活が終わって嬉しいと、魔理沙には告げている。ただ本当に嬉しいと思っているなら、こんなにも必死で霊夢を守ろうとはしていない。普段の自分だったら適当に手を抜いて、儀式が失敗するなら仕方ないと思っていただろう。空気を読むのにも限度がある。周りが本気でやっているからといって、自分までも影響される必要はないのだ。

「変わったのは霊夢さんだけではないと」

 自分の意識も変えさせたのだとしたら、あの霊夢には博麗が持っていない別の魅力が秘められていることになる。そこに気付いたのが自分たちだけというのが、何とも惜しくて悔しいところ。
 もっと時間があれば、他にも協力した妖怪が増えただろうに。
 羽衣のドリルが妖怪達を吹き飛ばし、雷撃の珠が行く手を阻む。無尽蔵というわけでもあるまい。そのうちに夜を待たずして戦力は途切れるはず。そこまで保てばいいのだが、どうにも妖しくなってきた。
 汗を拭う暇もなく、呼吸も気が付けば途切れ途切れになっている。胸は張り裂けそうなほど苦しくて、ともすれば座り込んで休憩をとりたいところだ。
 相手がそれを許してくれるなら、の話ではあるけど。

「くっ!」

 木の棒を避け、襲ってきた妖怪に羽衣の一撃を食らわせる。不幸中の幸いだったのは、妖怪達の中に鬼やら天狗のような戦闘に特化した連中がいないことだ。さすがに天狗の群れと事を構えればタダでは済まず、鬼の群れなら瞬殺されている。
 普段は暗闇で人間を脅かし、油断している所を食べようとする小物の妖怪ばかり。特筆した能力もなく、一対一ならば勝負にもならないだろう。だから人間のように武器をとり、闇雲に襲ってくるのだ。
 冷静になれば簡単に対処できるはず。数が少なければ、今頃は汗を拭いながら熱いのお茶の一杯でもやっていることだろう。
 地上だけに目をやれば、その隙に空の妖怪達が神社に向かう。両方を警戒しながら、尚かつ神社には近づけさせないよう戦い続ける。弾幕ごっこよりも遙かに難しく、あまりにも難しい注文。
 戦い初めてから一時間以上が経った頃、ついに振り下ろされた棍棒が衣玖の肩を強かに打った。油断しているつもりは無かったのに、もう体力が尽きようとしているのか。
 調子に乗って尚も振り下ろされた棍棒は何とか回避し、雷撃を叩き込んでおいた。しかし相手の士気が上がった空気を如実に感じ取ってしまう。
 骨に罅でも入ったのか、肩が腫れ上がり痛みもひく様子を見せない。不幸にもと言うべきか、幸いにも言うべきか。敵は神社に向かうのを止め、衣玖を倒すことに専念し始めたらしい。抜き去っていった連中の何匹かも戻り、武器を手にして衣玖へと襲いかかってきた。
 ここで自分が倒れれば、この数の妖怪が一気に神社へとなだれ込む。紫がいるとはいえ、儀式の事を思えばそうそう派手には動けまい。天子や鬼を頼ることもできず、だとしたら自分が踏ん張るしかないのだ。

「柄じゃないんですけどね、本当にっ!」

 天高く突きつけられた指を中心として、円形に放たれる必死の雷撃。何匹はそれで葬ったものの、後から後から無傷の妖怪が押し寄せてくる。
 無理に雷撃を放ったせいか、不意に意識が薄れてしまった。戦場においては致命傷とも言える、一瞬の油断。相手は当然のように見逃さず、振り上げられた棍棒を避ける術はどこにもない。
 目を閉じて、せめてもの抵抗に羽衣を集めようとした瞬間のことだ。

「人符『現世斬』」

 突風が吹いたのかと、最初は思っていた。頬を撫でる風は強く、大地を巻き上げるような唸る音を衣玖は耳にした。
 恐る恐る目を開いてみれば、半魂を側にして佇む一人の剣客の姿があった。剥き出しになった刀は鋭く、太陽の光を反射している。先程まで衣玖を襲おうとしていた妖怪の何匹かは、見事にバッサリと腰のあたりを斬られていた。
 気が付けば空気が変わっている。そこにいた誰もが、突如として現れた剣客に注意を奪われていたのだ。

「魂魄、妖夢さん?」

 絞り出すように吐き出された問いかけに、剣客たる少女がゆっくりと頷く。
 警戒は決して解くことがなく、その姿はまるで鞘のない刀。この少女が半人前だと弄られていたなんて、到底信じることが出来ないだろう。むしろ恐ろしいのは、これだけの腕前を持ってしても半人前だと言われる魂魄の刀にあるのか。
 今はどうでもいい。それよりも、どうして此処に彼女がいるのか。
 西行寺幽々子は博麗霊夢を見限った。手助けに来るはずなんてないのに。

「まさか私の援護に来てくれたんですか?」
「いえ、相変わらず幽々子様は博麗に関わるべからずの一点張りでして。私としても主の意向を無視するわけにもいきません」
「だったら何故?」

 周囲に鋭い視線を張り巡らせ、淡々と彼女は語った。

「稽古をしようと思っていたのですが、幽々子様があまりにも空腹だと騒ぐので集中できず、仕方なく此処で素振りをすることにしたのです」
「す、素振り!?」
「ええ素振り。ただ私のは真剣での素振りですから、迂闊に前へ立とうものなら容赦なく斬り捨てます」

 それは衣玖ではなく、妖怪達へ向けた言葉なのだろう。
 これには妖怪達もたじろぎ、後ずさる者も中にはいた。
 だが全てが臆するわけでもない。何匹かは妖夢の忠告を無視して、神社の方へと駆け出していく。咄嗟に追おうとしたのだが、足が言うことを聞かなかった。

「妖夢さん!」
「大丈夫です。あちらには私が主のいますから。いいと言ったのに、どうしても私の稽古を見学したいそうです」

 神社へと続く森の中から、姿を現した和服の女性。そして無数の蝶の群れ。
 強引に突破しようとした妖怪は、蝶に触れてあっさりと命を落とした。

「気を付けた方がいいわよ。ここには物騒な毒を持った蝶がいるみたいだから。森は避けた方がいいでしょうね」

 地上だけではなく、空にも羽ばたく蝶の群れ。これにはさすがの妖怪達も動揺を隠せず、一目散に後退を始めた。おそらく千仁の所に戻るのだろう。彼がいなければ烏合の衆。予期せぬ事態に出会ったのなら、本陣に戻るしか道はない。
 だがこれで魔理沙や萃香の負担が大きくなった。また戻ってくる可能性もあるし、迂闊に自分は動くことができない。せめて二人が援軍に行ってくれれば助かるのだけど、

「誰もいなくなったようですし、これで思う存分に素振りができます」
「頑張りなさい。終わったらお茶とお饅頭も用意してあるわよ」

 動く気配を欠片も見せず、あくまで素振りと見学の為に来たのだと主張している。空気を読んでツッコミはしないけれど、おかげで助かったのは事実なのだ。
 反応しようがすまいが関係ない。

「ありがとうございます」
「別にお礼なんて言う必要はないよの。不甲斐ない親友の代わりをしただけですもの」

 そう言いながら幽々子の見上げる先には、博麗の神社があった。










 自分は何時から笑っていたのだろう。池も無ければ鏡も無い。確かめる術はなく、そもそも戦いが始まってからの記憶が曖昧だ。今はただ貪欲に、この狂乱を貪ることしか頭にはなかった。
 何故、蓬莱人は参加しないのだろう。あれほど退屈を嫌っていそうな人種もいないというのに、こんなにも心の底から楽しめるような異変に加わらないだなんて。天子には到底理解できない考えだ。
 自らが起こしてまで参加したかった異変。欲しかった楽器はガラスの向こうにだけ存在しており、決して自分の手では届かない場所に置いてあった。どうして自分は参加できないのだろう。どうして参加しないのだろう。
 悩んだ日々が、今は遙か遠い昔のことのように思える。

「あはははははっ!」

 勘違いされる事も多いのだが、決してバトルジャンキーというわけではない。戦い自体はさほど好きでもないし、殺戮に対しては欠片ほどの興味もなかった。天子が望んでいるのは異変に参加すること。その独特な空気に触れあって、中心に位置しながら解決に挑む事をずっと夢見ていたのだ。
 長年の願いが叶い、それを喜ばない人間なんていない。自然と零れだした笑いを、止める術もなく、止めるつもりもさらさら無かった。
 地面に突き立てた剣に反応し、大地から石柱が次々と生み出される。要石も大盤振る舞い。タケノコ状の岩が四方に飛び散り、妖怪達を跳ねとばしながら突き進んでいた。防御を無視した戦いは、当然のように天子の身体を傷つける。殴られた回数も十や二十では済まない。
 それでも笑い続けている天子の姿は、さぞや不気味に映ったのだろう。妖怪達は一様に怪訝そうな表情を浮かべ、中には戦意喪失して背中を見せる者までいた。勿体ない。こんなにも楽しい催しから、どうして逃げる必要があるのか。

「理解できませんね」

 発した言葉は天子のものでなく、先程からこちらを注視している犬頭のものだ。攻撃には加わらず、ただずっと観察を続けるのみ。一体何をしてくれるのだろうと期待に胸を膨らませていたのだが。

「笑っていることもそうですが、どうして天人が巫女に与しているのですか? あの巫女を守ったところで、あなたなには何の利益もない」

 そんなくだらない事を考えていたとは。失望どころか怒りすら覚える。
 萃香にも魔理沙にも、衣玖にだって理由はあるだろう。それはおそらく博麗の巫女に対するもので、誰も彼もが彼女を中心として戦いの中に身を投じていた。それは敵方も同じこと。
 天子だけだろう。心の底から巫女の事などどうでもいいと思っているのは。
 彼女にとって大切なのは、どれだけこの異変を楽しめるのか。それが実行できるのならば、霊夢だろうが魔理沙だろうが儀式を受けるのは誰だって良かった。

「愚問ね。愚問すぎて答える気も失せるわよ!」

 線状の弾幕が広範囲に放たれ、妖怪の身体を穿って消えた。
 霊夢はどうでも良いと思っている。しかし守らないとは言っていない。彼女は大切なお姫様なのだ。騎士が見捨てて逃げるなど言語同断。何が何でも守り抜き、勝利の凱歌をあげるのだ。
 ただ戦うだけではつまらない。守る者が無ければ、人は絶対に本気を出せないのだ。

「余計な事を考えていたら何も楽しめなくなるわよ!」

 地面を蹴り上げ、緋想の剣に力をこめる。

「くらいなさい! 全人類の緋想天!」

 莫大な赤き力の奔流が、波のように地上へと降り注いでいく。弾幕ごっこに慣れ親しんだ連中ならともかく、普通の妖怪では避けることすらままならない。犬頭はかろうじて避けたようだけど、他の妖怪は軒並みやられていた。
 まだまだ戦いは始まったばかりだというのに、早くも犬頭の顔には焦燥の色が浮かんでいる。しかし実際は天子にも焦りが存在していた。地上の妖怪共は良いとして、厄介なのは空の連中だ。
 今は怯えて突っ込んでこないものの、一斉に来られたら対処のしようがない。楽しむことに夢中になって、何匹か逃しているし。これ以上の失敗はみすみす神社を危険に晒すようなものだ。
 マスタースパークの要領で、全人類の緋想天を空に向かって撃てないものか。試行錯誤している時間はないけれど、試してみる価値はある。
 駄目なら駄目で、その時はまた新しい方法を試してみればいい。
 体力まだまだ充分に余り、やる気に至っては尽きる気配すら無かった。
 地上に舞い降り、緋想の剣を空に向ける。危険を察知した妖怪達が逃げ出すものの、もう手遅れだ。こちらの準備は整っている。

「全人類の緋想天!」

 叫びはしたものの、案の定なにも起こらなかった。所詮は借り物。まだ謎な部分も多く、使いこなせていなかった。
 だが空の連中をこれで調子づかせてしまったらしく、こちらには目をくれずに神社へ向かう者達が出始めた。脅威が脅威でないのなら、当然の反応と言えよう。さすがに迂闊な行動を取りすぎたか。ここに衣玖がいたのなら、説教をかまされたのは間違いない。
 もう少し下がって、森の中から迎え撃つか。地上戦は逆に不利となるけれど、仕方のないことだ。後退しようとした天子だったが、荒れ狂う風の奔流がそれを押しとどめた。
 こちらに向かって吹いているのではない。空の妖怪達に向かって、嵐のような風が巻き起こっていた。

「まったく、これだから風流を解せない方々は嫌いなんですよ。あややややや、これはこれは天子さん。偶然ですね」

 非常にわざとらしい口調で、カメラをこちらに向けた文。
 此処にいる事は何となく予想していたし、さして驚くようなものでもない。天狗の社会でどれだけの圧力が掛かっているのか知らないが、あの射命丸文がこれだけの大異変を見過ごすわけがないし。必ずどこかで様子を見ているのだろうと思っていた。
 しかし、まさか妖怪達を攻撃するとは。これには天子も驚きを隠せない。
 だが何よりも驚いていたのは犬頭の方だった。

「馬鹿な! 天狗ははぐれ天狗に不干渉が原則のはず! あなたのそれは明確な規則違反ですよ!」

 七面倒くさい天狗の組織。上層部の命令は親の言葉よりも重く、下級天狗達は神様の言葉として受け止めなくてはならない。それを覆せる存在がいたとしたら、せいぜいが鬼ぐらいのものである。随分と難儀な社会に生きているものだと、感心しつつも呆れたことを思い出す。
 文だってその縛りからは抜け出せいないはずなのに。妖怪の山を捨ててまで、霊夢を守りに来たとは思えない。
 犬頭に言葉に不思議そうな表情を返し、素っ気ない口調で文は告げる。

「写真コンクールってご存じですか? 妖怪の山で主催されて、天狗をメインとした大会なんです」
「それがどうしたと言うんですか!」
「私はそのコンクールに参加しようと思いましてね。しかしあれは風景写真という厳しい条件付きなんですよ。それだったらば、この美しい博麗神社の周りをカメラに収めようかと思いまして。こうして姿を現したと」
「ならば、どうして私達の邪魔をするのですか! 写真が撮りたいと言うのなら、そこら辺で勝手に撮ればいい」

 怒り狂う犬頭を挑発するように、嫌らしい笑みを浮かべながら淡々と答える。神経を逆撫でするタイプの典型だ。自分も偉そうな事は言えないけれど、それでも文よりはマシだと思っている。

「言ったじゃないですか、風景写真じゃないと駄目なんだって。あなた達が悪いんですよ。ファインダーの中へ勝手に入ってくるから。だから失礼ながら少しどいて貰いました」
「なっ!?」

 あまりに馬鹿げた言い訳に、犬頭の怒りも頂点に達したらしい。それは周りの妖怪も同様で、血走った瞳が一斉に文を睨み付けた。なるほど、こういう手もあるのか。挑発して相手を怒らせ、わざと自分を狙うようにする。
 これで神社へと向かうような奴はいなくなり、存分に戦い続けることが出来るのだ。さすがは烏天狗。ずる賢さにかけては幻想郷でもトップクラスと言われるだけのことはある。

「詭弁はもう結構です。あなたも巫女を守るというのなら、私達の敵。それさえ分かれば充分だ!」
「巫女を守るつもりはないし、詭弁でも無いと思うんですがねえ」
「いや、詭弁でしょう」

 般若湯じゃあるまいし、そんな言い訳が通用すると思う方がどうかしている。もっとも文を追求している余裕なんてない。

「責任を持ってあなたも対処しなさいよ。天狗なんだから、自分の身は自分で守れるでしょ?」
「戦場カメラマンになるつもりはないんですが、仕方ありませんね。これもコンクールの為です」

 そう言いながらカメラを仕舞い込み、代わりに葉団扇を取り出した。信用の置けない奴だけど、今だけはとても頼もしい。

「地上は私がやるわ。だからあなたは邪魔な空の妖怪をお願い」
「了解しました。出来ることならとっとと片づけて、取材の方に移りたいですからねえ!」

 それは天子も同じこと。
 どうしても気になる奴が一人、この戦場にいるのだから。
 もしもまだ鬼が迷っているのなら、頭突きの一つでもかましてやろう。
 痛がる萃香の顔を想像していたら、自然とまた笑いが零れてきた。










 月を待ち望む魔理沙の前に現れたのは、太陽よりも神々しい一羽の烏。
 最初はマスタースパークの残滓かと思った光の渦は、他ならぬ彼女が発したものだった。それがどれだけの威力を持っているのか。弾幕ごっこで片鱗を感じ取っていた魔理沙には、痛いほどよく分かっている。

「さとり様が此処ならぶっ放しても良いって言ったんで、喜んで飛んできましたーぁっ!」

 小さな太陽は妖怪達を飲み込んで、そのまま地面を揺るがすほどの大爆発を引き起こした。ともすれば神社も吹き飛んでしまうのではないかと心配してしまう。

「お空、連発しては駄目ですよ。それでは幻想郷が壊れてしまう」
「はい、さとり様!」
「本当に分かってるのかねえ……」

 心配そうなお燐に、無表情のさとりもいる。よくよく目を凝らせば、こいしの姿も確認できた。

「あっ、魔理沙だ。やっほー」
「……相変わらずお前は暢気でそうで良いな」
「随分とご挨拶だね。敵の内情を探っていたのが誰か、知らないわけじゃないでしょ?」

 なるほど。道理で詳しい情報を手にいられるわけだ。こいしならば、これほどスパイに適任な奴もいまい。
 空のおかげで空の敵は少しだけ減り、魔理沙も随分と楽になった。鎌鼬も今は姿を消し、多少は話をするぐらいの余裕も生まれている。

「知らなかったぜ」
「もう衣玖ったら。ちゃんと魔理沙には伝えておいてって言ったのに! いいよ、スパイごっこはこれでお終い。今度は合戦ごっこでもしようっと」

 気まぐれに言い放ち、妖怪の群れへと突っ込んでいく。肩で息をしているような状態だ。誰であれ援軍は素直に嬉しい。

「しかしお前は来てくれないと思っていたぜ、ですか。私も八雲紫には逆らうつもりはないのですが、そろそろ彼女も後悔している頃だろうと思いまして。仕方なく助けに来たわけです。まぁ、私としては前の霊夢よりも今の霊夢の方が分かりやすくて好きなのですけど。戻るというのなら仕方ありません」
「……それが霊夢の選んだ答えだからな」

 冷めた笑いで、魔理沙の言葉を受け流した。

「あなたも同じ事を思っていると、私なら確信を持って言えるのですけどね。ねえ、魔理沙さん」
「嫌な奴だぜ。だけどお前は言っただろ。仕方ないって。それが霊夢が選んだの答えなら……」

 さとりは神社を見上げ、遮るように口を開いた。

「選ばされているとしたら?」

 言葉を呑む。まるで図星を突かれたように、内心は動揺していた。

「誰にだ?」
「さあ、それは何とも」
「何だそれ」

 拍子抜けも良いところだ。此処まで思わせぶりな台詞を言っておきながら、肝心の答えは何も教えてくれないなんて。最後ぐらいは自分で考えろという事なのだろうか。
 随分とスパルタな教師がいたものだ。

「それに、今はそんな事で悩んでいる状況ではありません。あの子の力は絶大ですが、何発も撃てるほど手加減が出来るような攻撃でもない。結局はあなたのマスタースパーク頼みなのですよ。あっ、私は特に戦闘するつもりもないので。ここで応援しています」

 言葉通り、さとりはそそくさと魔理沙から離れていった。本当に何をしにきたのか。まさか、先程の言葉だけを伝えに来たわけでもあるまいし。不思議な奴だ。

「いえ、少し気になる事があったので来ただけです。ですがさっきの言葉を伝えたかったのも事実ですよ。迷える子羊を放っておけるほど、私は白状ではありませんから」

 実に嘘くさい台詞だった。大方、霊夢がどうなってしまうのか。興味本位で来たのだろう。
 さとりは何の反応も見せない。どうやら図星だったようだ。

「来ますよ、魔理沙さん」
「分かってる!」

 だが彼女は言葉は正しい。考える作業は後に回そう。今はただ、霊夢を守ることにだけ集中すればいい。戦力は増えたとはいえ、相変わらず魔理沙の作業は楽になっていなかった。
 こいしがあちこちで悪戯じみた嫌がらせをしたり、燐が猫車で突進しているものの、決定的な戦力差は埋められていない。空の攻撃ですら、せいぜい一部を怯ませた程度だ。本当にどれだけの戦力を用意したのか。千仁という天狗には敬意すら覚える。

「敵に感心している場合ですか。今度は隊列を変えて、時間差で突破を試みるようですよ」

 相変わらず五月蠅いけれど、伝えてくれる情報は有益で助かっている。
 だが助言ではどうにもならない。マスタースパークの間隔も段々と広がっていき、ミニ八卦炉を握る手からも力が失われていく。
 気力だけではどうする事も出来ないレベルが、段々と近づいているようだ。思わず膝を屈しそうになる身体を奮い立たせ、何発目か数えるのも億劫になったほどのマスタースパークを空に放とうとする。
 目の錯覚かと疑いたくなる光景がそこにあった。
 見まごうことなき聖輦船が、妖怪の間を縫うように姿を現す。まさか聖はあちら側についたのかと思い、いよいよ絶望という文字が首をもたげ始めた頃。
 甲板の上で一人の女性が両手を広げ、遙か地平線まで聞こえそうなほどの大声で叫んだ。

「私の名前はキャプテン聖! 義によって霧雨魔理沙さんの助太刀に参りました!」

 いつもの聖の服装に対し、顔に巻かれた包帯が馬鹿馬鹿しい。よく見れば他の面子もグルグルと顔を覆い隠している。だが意気揚々としているのは聖ばかりで、他の連中には覇気が全く無かった。
 雲山ですら顔を隠しているのだ。余程ばれたくないのだろうけど、それにしてはあまりにもお粗末だった。

「キャプテン村紗、このまま魔理沙さんの所まで突入! キャプテン一輪とキャプテンと雲山は妖怪達の迎撃を! キャプテン星とキャプテンナズーリンは砲撃をお願いします!」

 力無く答える仲間達を、キャプテン聖が叱責する。

「例えどんな格好をしていようと、心の中まで変えることはできない。確かに私達は見ず知らずのキャプテン仲間という設定になっていますけど、心の中は命蓮寺の人間として確かに繋がっているはずです!」

 命蓮寺としっかり言ったわけだが、それは良いのだろうか。

「しっかりしなさい、キャプテン達!」

 だが効果はあったらしく、星達の動きは見違えるように良くなった。何を思ってあれで正体を隠せると信じているのか知らないが、何はともあれ戦力が増えた。これで多少は自分の負担も減ったのだから萃香の援軍に行くべきか。
 それよりも森の中へと入っていった連中を追った方が良いのかもしれない。素直に階段を上らないあたり罠を警戒しているのだとしたら、まだ境内には行っていないはずだ。全速力で追いかければ、あるいは間に合うかもしれない。
 神社の方に駆け出そうとした魔理沙を、さとりの言葉が止める。

「あちらは大丈夫でしょう。おそらく森に入った連中は境内まで辿り着けない」
「根拠があるのか?」
「こいしが言っていましたから。並の妖怪なら、あの森は突破することが出来ないと」

 ここで嘘を吐くような理由もない。あちらに関してはこいしの言葉を信じるとしよう。いざとなったら紫もいるわけだし、大事にはならないはずだ。
 しばらく休んだおかげで魔力も回復してきたし、命蓮寺の連中に負けないよう自分も頑張るとしよう。

「マスタースパーク!」










 天人の攻撃をかいくぐり、何とか森へは逃げ込めた。鬼や魔法使いを相手しなくて済むのだから、随分と楽な侵攻になるだろうと思っていたのに。こうも天人が強いだなんて、予想外にも程がある。
 あるいは犬神も今頃はやられているかもしれない。千仁の右腕とも誉れ高い彼がいなくなれば、間違いなく他の妖怪達は逃げ出すだろう。情けない話だ。信念を持って戦っている自分とは雲泥の差がある。
 そもそも幻想郷という世界からして、彼はあまり好きでなかった。迷い込んだのはいいものの、ここはどうにも堅苦しい。確固たる規律があるわけではないのだが、暗黙の了解が多すぎる。
 妖怪の山へ行けば天狗がのさばり、地下は鬼達の楽園だ。恐ろしい吸血鬼もいれば、神様だって余るほどいる。そして何よりも邪魔なのは博麗の巫女。あれさえいなければ、もっと気軽に人間を襲うことができるのに。
 すっかり人間の味も忘れてしまった。かくなる上は弱り切った巫女を捉え、その屍肉を貪り喰ってやろうと仲間達と熱く語り合ったのが昨日のこと。それぞれ別の場所から攻めることになったが、おそらくどの場所も難航しているのだろう。いまだ巫女が健在なこと、それが何よりの証拠だった。
 ならば自分が巫女の首をとる。その強固な信念が天人の攻撃をかいくぐり、此処まで多辿り着けた何よりの理由だろう。
 千仁の話によれば境内にはまだ未知の敵がいる可能性があるという。だが、それも恐るるに足らない。今の自分は高揚感に満ちており、何人にも負ける気がしないのだ。長き年月を生きていて、こんな思いになったのは初めてのこと。
 なるほど、大妖怪がのさばるわけだ。毎日がこんな気分なのだとしたら、誰だって偉そうな態度をとってしまう。
 いや、あるいは自分もそこに仲間入りを果たせるのかもしれない。なにせ巫女の肉だ。食べたら想像を絶する力が手に入る可能性がある。そうなったら自分も大妖怪と呼ばれ、命令される側からする側へと進化を遂げるのだろう。
 好き勝手に暴れ、自由に人間を喰らえる生活。想像はいつのまにか自らの足を止め、気が付けば視線は地上と平行に並んでいた。いつのまにか倒れているのだと気づき、慌てて起きようとしたのだが。
 飛んできたナイフが腕に突き刺さり、立ち上がることすらままならない。

「ボーッと立ってたから木かと思ったんですけど、そういうわけでもなさそうですね」
「大方、くだらない妄想でもしていたんでしょう。たまにあなたも同じ顔をしているわよ」
「ええっ、気付いてたんなら言ってくださいよ!」
「嫌よ。それを見て笑うのが、私とお嬢様の何よりの楽しみなんですもの」
「うわっ、性格悪っ!」

 鈍く痛むのは首の辺り。蹴られでもしたのか。痛みは一向に治まる気配がない。

「しかし、何もこっそり守る必要は無いんじゃないですか? 何だか皆さんも堂々と助太刀に来ているようですし」
「駄目よ。お嬢様の命令はあくまで、こっそりと内密に。あれだけ啖呵を切っておきながら実際は協力しているなんて知れたら、吸血鬼としての面子にも関わるもの。お嬢様は誰よりもプライドを大切にされている方ですから、絶対に誰にも見つからないように」
「分かりました。それじゃあ私はあっちの様子を見てきますから、こっちは咲夜さんに任せましたよ」
「頼んだわよ、美鈴」

 美鈴と咲夜。薄れゆく意識の中で、そういえば紅魔館にそんな名前の連中がいたなと思い出した。










 幽々子達に文。そして聖にさとりの姿もある。
 思わず零れた笑みはきっと、嘲笑ではなく純粋な微笑み。自分の言葉になど大した意味は無かったのだ。さすがは自由奔放に生きる幻想の民。たかが大妖怪ごときの言葉で縛られるほど、彼女たちは規律正しくない。

「霊夢さーん! 私もいますよ!」

 頭上では、見覚えのある巫女服が手を振っていた。傍らには神達の姿もある。

「例え信仰を失ったとしても、霊夢さんを見捨てまで守矢を繁栄させようとは思いませんから! 神奈子様、諏訪子様! それでいいですね?」
「商売敵が弱体化してくれたら私としては嬉しいんだけど。まぁ、全力で叩きつぶす方が性に合ってるよ」
「それにむしろ助けた方が信仰を獲得できるかもしれないよ。ほら、こんな状況だし」
「もう、お二人とも相変わらず打算的なんですから!」

 何だかんだと口実を作りながらも、誰もが霊夢の為に集まってきている。
 これも博麗霊夢を取り戻す為なのか。はたまた霊夢個人の魅力なのか。
 剥き出しの霊夢と接して来なかった紫には、その判断が出来なかった。
 魔法陣の中央に座り込みながら、必死の思いで涙を堪えている霊夢。ちょっと前の彼女だったら、今頃は大号泣していただろうに。成長するのも人間らしさ故か。博麗の力があれば決して拝めない光景だろう。

「しかし……」

 これだけの力が集ってなお、儀式が無事に行えるのか疑問はあった。何しろ満月までの時間が長すぎる。持久戦に持ち込んで徳をするのはあちらなのだ。
 いずれは完璧に思えた布陣にも大きな穴が出来て、一気に瓦解する危険性もある。
 早く月が昇ってくれれば。儀式を行う準備は万全なのに。
 歯がゆい思いで、魔法陣を睨み付ける。

「あっ」

 不意に、霊夢が間の抜けた声をあげた。表情は暗く、まるで落ち込んでいるかのようだ。
 いや違う。霊夢の顔が暗くなったのではない。空全体から光が奪われたのだ。
 振り返り、空を仰ぎ、そして紫は絶句した。
 あれほど燦々と輝いてた太陽が、今はどこにも見あたらない。そして代わりに夜空で浮かぶのは、煌々と光る満月の姿。
 偽物ではない。あれほど神秘的な光を放てるのは、紛れもない本物の月だ。
 紅魔館のメイドの仕業かと思ったものの、もっと専門家がいるではないか。月に関しては誰にも負けない、時間を操れる専門家が。永遠亭に。

「霊夢。じっとしていなさい」

 準備は整った。
 後はただ、粛々と儀式を執り行うのみ。
 ものの一分もあれば、すぐさま霊夢は元に戻るだろう。準備には時間をかけたものの、本番はあっという間なのだ。
 何事も無ければ、すぐに儀式は終わるだろう。
 そう、何事も無ければ。










「良かったのかしら、永琳?」
「何がかしら、輝夜」

 最初は怪訝そうな顔で団子を並べていたウドンゲやてゐ達も、今は小躍りしそうな勢いで月を見上げて飛び跳ねている。前回の満月は雨雲で見ることができなかった。その鬱憤が溜まっているのだろう。
 真っ白い団子を頬張り、咀嚼してからお茶を飲む。

「今頃は八雲紫が怒ってるかもしれないわよ。勝手に何をする、って」
「どうかしら。案外、喜んでいるかもしれないわよ。それに別に私達は八雲紫の為に月を出したんじゃない。我が儘な姫が早く満月を見たいと言うから、一足お先に夜を呼び寄せただけの話」
「呼んだのは私だけどね」
「自分の我が儘なのだから自業自得よ」

 辛辣な言葉も、何処まで輝夜の心に届いたのやら。
 自由気ままなのは魅力的だけど、我が儘が過ぎるのは困りものだ。出来れば改めて欲しいのだけど、それが良い方に働く時もあった。
 もっとも今回の満月は、たぶんに霊夢の為なんだろうけど。
 はてさて、果たして役に立っているのかどうか。輝夜は信じて疑わないようだったが、永琳はむしろ逆の可能性もあると見ていた。

「怒っているのは案外、紫じゃないかもしれないわよ」

 もしも彼女が悩んでいるのだとしたら、この満月は一気に余裕を奪ったことになる。
 いわゆる荒療治だ。悠長に悩む暇を与えず、いきなり選択を迫る。そういう時にこそ、人間の本音というのは見え隠れするものだ。
 この満月が善き方向に転がってくれたら助かるのだけど。
 こればっかりは天才でもどうすることができない。
 人間の心の中は、病原菌よりも遙かに複雑で怪奇なのだから。

「お団子、美味しいわね」
「てゐ達の特製ですから」

 夜空の月は団子よりも丸く、何も言わずに地上を照らしていた。










 枯渇しそうなほど魔力を使い、意識はとうに朦朧していた。
 だからきっと溶けそうな脳みそがみせた幻だと思っていたのに。さとりも聖も、敵である妖怪達ですら夜空に浮かぶ満月を唖然とした面持ちで見上げていた。誰の仕業か知らないが、これで随分と助かる。
 さすがに何時間もマスタースパークを撃てるほど魔理沙の魔力は膨大でもないし、休憩を挟む暇など無かったのだから。すっかり動揺してしまった妖怪達は、武器を捨てて右往左往するばかり。まだまだ先だと思っていた制限時間が突然やってきたのだ。動揺するなという方が無理である。

「っはぁ……」

 久しぶりの深呼吸。夜の冷たい空気が、魔理沙の肺を満たした。

「これは、何とも。さすがの私も予想していませんでした」
「運命の心は読めなかったか」
「それは赤い吸血鬼の領分ですから。しかし、随分と派手な事をしますね」

 妖怪達の動揺は治まる気配を見せない。なまじ数が多いだけに、パニックに陥ってしまえば沈静化する事は不可能と言っても過言ではなかった。しばらくはこちらに侵攻してくることも無いだろう。
 鎌鼬の姿も依然として見あたらない。逃げてしまったのか。あるいは千仁の所に戻っているのか。

「ご心配なく。アレでしたら既にこいしが」

 さとりの指さす方向には、鎌鼬を腕の中で弄ぶこいしが。

「離せぇ!」
「嫌。あなたなんか面白いだもん」

 どれだけ速く動こうと、無意識を操る妖怪には敵わない。必死な形相で逃れようとしている彼に、今だけは同情の念を送りたい。こいしの相手は疲れるだろう。どこぞの吸血鬼並に。
 しかしこれで本格的に情勢は霊夢の側に傾いた。一番の邪魔だった鎌鼬も捉えられ、大多数の妖怪は呆然と夜空を見上げている。これだけ士気の下がった状態で、神様やら八咫烏やら命蓮寺を相手取ればどうなるか。馬鹿な妖精にだって理解できる。
 既に逃げ出す者の姿もちらほら見えて、瓦解するのも時間の問題だった。

「しかし助かったぜ。正直、援軍が来なかったら今頃はどうなっていたことか」

 魔理沙と萃香の二人では限界がある。あるいは紫をも突破して、霊夢が命を落としていたとすれば。魔理沙は一生自分を許せなかっただろう。いやその前に自分が命を奪われていた可能性もあるのだが。

「あの会議の時はもう見捨てられたんだと思ってたからな。一体、どういう風の吹き回しだ?」
「さあ、まだ会っていない人の心中までは察することが出来ません。ただ少なくとも私と天狗は最初から霊夢さんを助ける気でいましたよ。他の妖怪がいる手前、一応は断る振りをしていましたが」
「なんだそれ」
「天狗は妖怪の山という組織に所属する以上、建前というものが必要でしょう。表だって協力するとは言えないはずです。そして私も、協力するとなれば私達姉妹が地上に上がってくることとなる。それを歓迎しない連中も中にはいますから、まぁ一応は協力しないと言ったまでのことです」

 妖怪にも色々と都合があるということか。自分もその都合に振り回されて、完膚無きまでに落ち込んでいた。今後はもう少し、相手の都合も察するようにしよう。この戦いが終わって、まだ覚えていたらの話ではあるが。
 スカートの土埃を払い、第三の目の位置を調整する。鳥避けのような不気味な眼球がこちらを見ていた。

「魔理沙さんだけではなく、霊夢さんも落ち込んでいましたよ。私達に見捨てられたからって」
「ん? お前、いつ霊夢に会ったんだ?」

 永遠亭を除くなら、霊夢が行った事のある場所はせいぜいが温泉ぐらいのもの。地霊殿が出資していると聞いたし、まさかそこで出会ったのか。

「昨日、霊夢さんは神社を空けたそうじゃないですか」

 そういえば、天子と衣玖を引き連れて何処かへ出かけていた。儀式だ何だと大忙しだったので、何処へ行ったのか訊くのをすっかり忘れていたのだ。
 地霊殿に行っていたのか。しかし何故?

「私はてっきり、質問されるものだと思っていました。彼女が悩んでいるのは心を読まなくても大体察していましたから。戻るべきか否か、そう問われたら戻らない方が良いと答えていたでしょうね」
「違うとしたら、じゃあ霊夢は何しに行ったんだ?」

 さとりの双眸が魔理沙を捉える。

「別れと感謝の言葉を伝えに、です」
「え?」

 何を言っているのか、理解が追いつかない。
 だが構わず、さとりは話を進める。

「『博麗霊夢は変わらずにいるかもしれない。だけど私個人の感情は封じられてしまう。だからお別れの言葉を言いに来たの。それと感謝も。温泉は気持ち良かったし、博麗だった時にあなたとやった宴会も楽しかったわよ。すぐに心中を言い当てるのはどうかと思ったけど。だからありがとう。そしてさようなら』」

 淡々と紡がれる言葉が、魔理沙の心を穿った。
 潔くも小憎らしい霊夢独特の発言なのに、どうしてこうも不安な気持ちになるのか。

「彼女は笑顔でそう言いました。私は驚きましたよ。その言葉よりも、彼女が浮かべた笑顔の質に。だってまるで元の霊夢さんそっくりだったんですもの」

 儀式も何も終わっていない。だから元に戻る事は有り得ないのだ。
 それでもさとりがそう見えたと言うのなら、霊夢は、

「無理をしていたと?」
「私も勘違いをしていました。心の何処かでは彼女が成長していると思っていたのかもしれない。少なくとも表面上は私を怖がらなくなりましたし、あまり泣かなくなった」

 ここ最近は霊夢の涙を見ていないし、妖怪に怯える様子も無かった。
 だから魔理沙も勘違いしていたのか。

「あれは成長ではなく、ただの虚勢です。あなたの目が及ばない所で泣くようになっただけで。それも進歩だと言えばそうかもしれません。しかし少なくとも根本的な部分は変わっていなかった。霊夢さんは決断なんてしていないのですよ」
「ただ博麗の歴史に押しつぶされただけ、か」
「あるいは私達に、です」

 さとりの冷淡な視線が、何を物語っているのか。もう尋ねるまでもない。
 博麗が先祖代々に渡って受け継いできた特殊な力。妖怪にも神様にも何人にも屈することがなく、誰に対しても怯まない。重力にすら影響されない自由な性格を、自分の代で消滅させていいものか。
 幻想郷の鑑とも歌われる博麗の巫女。自らの決断でその歴史に幕を下ろすことなんて、あの臆病な霊夢に出来るはずもない。
 そしておそらくは、博麗の歴史よりも重く霊夢の身体にのし掛かっていたものがある。
 最早一刻の猶予もならない。踵を返し、神社へと続く階段を駆け上がった。

「頑張ってください」

 さとりの言葉を背に受けて、魔理沙は一心不乱に境内へと走り出す。
 あれだけ多くの人妖が、霊夢の儀式が成功することを願って命を賭けているのだ。誰が言えよう、やっぱり戻るのは止めにしたいと。ここまで大事になっておきながら、霊夢がそんな発言を出来るものか。
 相談を受けた時に、霊夢は答えて欲しかったのだろう。戻らない方が良いかもしれないと。
 魔理沙がそう言えば、あるいは儀式を中断してくれるかもしれない。そんな淡い期待を抱きながらの質問だったとすれば、何と姑息で弱い巫女か。萃香が嫌うのも無理はない。そんなこと、自分で言い出せば良いだけの話なのだから。
 だけど、そんな事は最初は分かっていた。文々。新聞にも載っていたじゃないか。
 博麗霊夢が人間に戻ったと。
 あの烏天狗には予知能力でもあるのだろうか。人間はずる賢い。そして極端に弱い。出来れば重責を避けたいと思うし、人生に関わる決断なんてしたくないと思っている。基本的には怠惰で臆病なのだ。自分も含め。
 だから何も言い出せず、周りの空気に流されて決断をしてしまった。いやそれは決断とも言えない。ただ流され続けているだけだ。
 魔理沙はまだ答えを聞いていない。
 博麗ではない霊夢が、どう思っているのか。
 それを聞くまで、儀式を成功させるわけにはいかなかった。










 何度意識を失った事か。それでも必死の思いで妖怪達を集めようとしていた。
 自分が抜かれれば霊夢に危険が及ぶ。それを避けたい一心で、薄れそうな意識を何度もこちらに呼び戻したのだ。どれだけ同じ事を繰り返したのか、もう覚えていない。とうの昔に痛覚も麻痺して、痛さも熱さも感じなくなっていた。
 辛うじて視覚だけは正常のまま。うっすらと開いた目蓋の向こうでは、あたふたと動揺する妖怪達の姿が見えてくる。どうしたことか。どれだけ攻撃しても倒れない萃香を恐怖に思ったのか、それとも遂に豆が尽きたのか。いずれにせよ好機が到来した。
 この機を逃してはいけない。すぐさま攻撃に移らなければいけないというのに、両手も両足も全く言うことを聞いてくれなかった。立っているがやっとのことで、歩くことすらままならない。
 これだけ傷ついたのは遙か昔に数える程度。名前も忘れた英雄にやられた時は、確か半年ほど寝込むこととなった。重病人に何度も酒を勧め、本気で治ると信じていた勇儀の姿が思い浮かぶ。
 あの時と同じ傷ならば、到底動くことなど出来ない。だが無理を通せば道理が引っ込む。今は不可能だと言われても、やらなくてはならない時なのだ。

「ぐっ……ぐぐぐ……」

 懸命に腕へ力を籠めたところで、肩の高さまで上がらない。せいぜい震える程度のもので、ともすれば涙が出てきそうだ。
 鬼だ何だと恐れられ、天狗や河童を従えていたかつての自分が滑稽に思えてくる。ただの人間を守ることすらできず、後悔を胸に抱えて生きたいのかと。例えここで四肢が引きちぎれようとも、鬼が約束を違えてはならない。
 霊夢を守ると言ったのだ。

「うぉお……おおおお!」

 人間とは違う鬼の治癒力を持ってしても、拳を握るのが精一杯。せめて明日まで待ってくれれば、もう少し回復するのだが。時間はそれを許してくれない。
 確かにまだまだ儀式までには時間があるとはいえ、

「え?」

 萃香はようやく、妖怪達が何を見て慌てていたのか気が付いた。
 太陽が昇っていたはずの空に、待ち望んだ待望の満月が浮かんでいる。

「せ、千仁様!」
「有り得ねえ……どういうことだ!? 幻か何かか!」

 頭が混乱してしまえば、所詮は烏合の衆。代わりに統率をとれる者がいるはずもなく、萃香を取り囲んでいた輪も徐々に歪な物へと変わっていった。
 気が付かぬうちに夜を迎えていたのか。いや違うだろう。
 おそらく誰かが夜までの時間を縮め、無理矢理にでも満月を浮かべさせたのだ。さしずめ永遠亭の蓬莱人か。よく見れば周りにも、見知った顔が何人もいる。
 何だ、自分だけじゃなかったのか。ただの人間を守ろうという酔狂な奴は。
 途端に気が抜けて、身体が倒れようとする。

「っと、危ないわね」
「て、天子!?」

 別の場所を守っているはずの彼女が、どうしてこんな所にいるのか。支えられたことへのお礼よりも先に、そんな疑念が湧いてくる。

「あっちには別の奴を派遣しておいたわ。といっても元からいた奴らは殆ど倒したし、後は逃げてこっちの天狗と合流したみたい。それよりも、あんた何でこんなにボロボロになってるのよ!」
「ははは、どうにも炒った豆には弱くてねえ」

 地面に落ちていた豆を拾い上げ、おもむろに緋想の剣を地面に突き立てた。ちょっと離れた方から、千仁らしき男の悲鳴が聞こえてくる。

「素直に攻撃してれば良かったのに。律儀というか馬鹿正直というか」
「守るって約束したから仕方ないさ。鬼は妖精よりも馬鹿なんだ」
「違いない。ほら、さっさと横になって。どうせ周りの連中はもう手を出せないだろうし、天界に伝わる火傷に効くとっておきの塗り薬があるのよ」

 横になってと言われても、もう抵抗する力はどこにも残っていなかった。言われるがままに倒され、身体中に奇妙な臭いのする薬を塗りたくられる。天子の言葉通り、周りの連中はあたふたするばかりで、逃げ出す者の数も増えていた。

「別に放っておけば治るんだけどね。鬼だからさ」
「あんたにはまだ、やらなくちゃいけない事が残ってるでしょ」

 口を紡いだ。いつもそうなのだ。
 さとりでもなく、勇儀でもなく、核心を突くのはいつも天子だった。この天人はどこまで見えているのか、時折不思議に思うことがある。自分も達観した部類に入ると思っていたのだが、どうにも最近は自信を無くしていた。
 それもこれも地上で人間を観察していたからか。気付かぬうちに毒されていたのかもしれない。

「一足早く夜がきた。儀式はもうすぐ始まるでしょうね」

 紫は躊躇わない。順調にいけば、もう始まっていてもおかしくはなかった。
 今更自分が何をするのか。
 霊夢は戻ってくれると言ったのに邪魔をしてどうする。

「確かにあんたは霊夢が戻ることを望んでいる。それは別に私がどうこう言うもんじゃないし、大体こういう説教臭いことは嫌いなのよ! 衣玖か紫にでもやらせておけばいい!」

 薬を塗る手つきも乱暴になってきた。しかし効果は覿面だ。あれほど痛みを訴えてきた傷が、段々と大人しくなってきているのだから。

「兎に角、あんたも鬼なんだから、もっと素直に生きなさいよ!」
「生きてるさ。だからこそ私は霊夢が戻ることを望んでる!」

 萃香の叫びは心の叫び。鬼は決して嘘を吐かない。
 それは天子も分かっているだろうに。だが敢えて声を荒げたのは、萃香自身も気付いているからだった。心の何処かで、引っかかりを覚えているのだ。
 それは萃香の事なのか、霊夢の事なのか。
 まだ分かっていない。

「これでよしっと。ほら立って」

 身体中に塗り込まれた薬が、じわじわと浸透していくのが分かる。滋養強壮の効果でもあるのか、いつのまにか立ち上がるだけの体力も回復していた。言われるがままに腰をあげ、身体中についていた土埃を払われる。
 そしていきなり両肩を掴まれたかと思えば、

「鬼が嘘を見過ごすのか!」

 天子の頭突きが萃香の額へ見事に当たった。
 まだ完全に傷が治りきっていない身体だ。点灯する星の瞬きの中で、激痛が身体中に走った。それは天子も同じこと。額を押さえて、蹲っている。
 傷だらけとはいえ、頑丈さでは鬼に軍配があがる。無茶をした結果だ。
 だが怒る気持ちはない。おかげで色々と目が覚めたのだから。

「鬼も馬鹿だけど、天子も相当馬鹿だね」
「馬鹿じゃなかったら、こんな異変を楽しめやしないわよ」
「確かに」

 痛む身体を引きずって、強引に神社へと歩を進める。
 今度は天子も引き留めなかった。
 萃香の心に偽りはない。だけど自分は鬼なのだ。いくら欲しているものがあるとはいえ、偽りの上に立ったものを素直に受け入れることはできない。
 欲しいものは真正面から堂々とかっさらう。それが鬼なのだ。

「さあて、嘘つきはな巫女は何処にいるのかねえ」

 鈴の音が聞こえるとしたら、それはきっと神社の境内。
 石段の先に、萃香の目指す場所はある。










 博麗神社の階段が、こんなにも長いと思ったことは一度としてない。未来永劫続くのではないかと、そんな馬鹿げた考えも過ぎってしまう。今にも倒れそうなほど魔力を使い切ろうとしていたのだ。体力も残っているわけがなく、それが階段を長く感じさせているのだろう。
 石の跳ね返す感触に負けて、今にも倒れ込みそうだ。しかし歯を食いしばり、全身の気力を総動員して駆け上がる。一刻の猶予もない。夜空の満月は儀式の合図。紫がそれを始めているのなら、立ち止まる事すら許されなかった。
 倒れるなら後にしよう。全てが終わってから存分に。
 だから今は後先も考えず、筋肉を振り絞って階段を上る。
 呼吸も乱れ、胸も苦しくなる。酸素を寄こせと暴れ出す肺を強引に鎮め、泣き言を言い出した足に鞭を入れた。
 その甲斐もあって、ようやく境内に辿り着いた時、儀式はまだ始まってもいなかった。

「魔理沙!」

 驚きの声をあげたのは霊夢のみ。紫は背中を向けたまま、こちらを見ようともしていない。何のつもりか知らないが、まだ始まっていないのなら都合が良かった。自分の言葉はまだ届く。手遅れではなかったのだ。
 膝を屈しそうになる身体へ最後の気力を注入し、おぼつかない足取りで霊夢へ近づく。思わず駆け寄りそうになった霊夢を、紫の手が遮った。

「そこから出ては駄目よ。儀式が始まらない」
「いや、悪いけど儀式は待って貰えるか。まだ霊夢の答えを聞いていない」

 呆れたように、紫は答える。

「霊夢は言ったじゃない。博麗に戻るって」
「博麗に戻らなきゃいけない、の間違いだろ」

 似ているようで決定的に違う。前者は自らの意志。しかし後者はただの義務。
 戻らなくてはいけないからと言って、必ずしも戻る必要は無いのだ。霊夢は何も言っていない。ただ自分の身体にのし掛かった重圧の説明をしただけだ。
 紫は何も言わず、黙って身をひいた。
 時間は出来た。後は当の本人から答えを聞くだけだ。

「駄目よ、魔理沙。博麗が居なくなったら結界の管理は誰が……」
「お前が前に言ってたじゃないか。それは紫達が居れば問題無いって」
「妖怪退治だって……」
「私がいる。咲夜もいるし、早苗だっている。昔ならいざ知らず、今は博麗の巫女が居なくたって幻想郷は平気なんだよ」

 だからこそ、以前の博麗は戻ることを選んだのかもしれない。紫がまだ未熟だった頃。どうしても博麗の力を借りなければいけない時代に産まれていたなら、ここで魔理沙も言葉に詰まった。
 だけど過去と現代は全く違う。今の霊夢を助ける者達は、これだけ幻想郷にいるのだ。博麗という鑑が無くたって、幻想郷はやっていける。

「そんな事、霊夢だって分かってるはずだろう?」
「………………」

 今となっては言い訳にもならない。本当は霊夢も否定して欲しかったはずだ。自分がいなくとも大丈夫なのだと。
 だが問題はこれだけではなかった。

「此処で霊夢が儀式を断れば、博麗の力は完全に耐える。私も子孫に受け継ぐ方法は伝授したけれど、技そのものは博麗の先祖が独自に編み出したもの。途絶えれば復活させることはまず出来ない」

 紫の言葉に霊夢も頷く。

「私がその力を絶やしたら、先祖の博麗に申し訳が立たないわ」

 本当にそう思っているのなら、どうして魔理沙の顔を見ようとしないのか。言葉にも力がなく、惰性で流れているようにしか思えなかった。
 自然と語気が荒くなり、顔つきも険しくなる。

「だからどうした、そんなもの! 先祖が勝手に押し付けたようなものを、どうして受け継ぐ必要なんかあるんだ! 嫌だと思ったら跳ね返してやればいい! 顔も名前も知らないような死んだ人間に遠慮する必要があるもんか!」
「ふっ、さすがは家出した娘の言うことは違うわね」
「うるさい!」

 紫の茶々に息を荒げながらも、視線は真っ直ぐと霊夢に向けている。
 博麗の積み重ねてきた歴史の重みは、魔理沙なんかには到底理解できないものだろう。昔の飄々とした霊夢ならいざ知らず、今の霊夢には押しつぶされそうなほどの重みになっているのだとしても。自分の意志を言わない理由にはならないのだ。

「博麗も関係なく、幻想郷も関係なく、霊夢がどう思っているのか。私はそれを聞きに来たんだ」

 もしも心の底から戻ることを望んでいたのなら、いらぬお節介だったと頭を下げよう。
 だが果たして、戻りたがっている人間がこんなにも本心を覆い隠そうとするものだろうか。言えばいいのだ、ただ一言。私は博麗に戻りたいと。
 そうすれば魔理沙だって大人しく引き下がる。確かに今の霊夢に魅力を感じている。しかしそれは、無理をしてまで居て欲しいようなものではない。
 ここまできて無責任な考えかもしれないが、やっぱり最後は霊夢に決めて欲しいのだ。

「確かに、ここまで大事にしたのは謝るぜ。これだけの大騒動の中で、もしも戻りたくないのだとしたら私だって言い出せなかっただろうよ。悪いとは思っている。だがそれでも、お前は見ただろう。これだけの人間が霊夢の為に集まってくれた」

 空には聖輦船が浮かび、その向こうには満月が輝く。地には突風が吹き、太陽が落ち、岩が荒れ狂っている。これだけの出来事を招いた原因が、ただの一人にあるなんて。俄には信じがたい話だろう。
 それでも事実だ。

「でもそれは、みんな元の霊夢に戻って欲しいと思ったから」
「少なくともさとりは違うみたいだぜ。それに他の連中も、元とか今とか関係なく、霊夢を守りに此処へ来たんだろうさ」

 潜ってきた神社の鳥居の影に、見覚えのある衣装が少しだけ顔を覗かせている。中華風の服装と、洋風のメイド服。その組み合わせには覚えがあった。
 さとり言っていた残りの一人は、きっとあの吸血鬼の事だろう。

「儀式を止めたって、怒る奴らが数人いるぐらいだ。そいつらも宴会を開けば忘れてくれる。それが私達の知ってる幻想郷だろ?」

 呆れるぐらいに単純で、呆れるぐらいに馬鹿馬鹿しい。
 だからこそ愛おしく、魔理沙はこの空間が気に入っていた。

「わ、私は……」

 霊夢の瞳から涙がこぼれる。久しく見ていなかったように思えるのは、逆にどれだけ霊夢が泣いていたかを示している。

「で、でも、私が、戻るって、言ったら……」

 途切れ途切れの言葉を紡ぎ、涙を拭きながら魔理沙の顔を見上げる。
 此処にいるのは自分がライバルだと認めた博麗霊夢ではない。誰よりも弱く、誰よりも泣き虫で、誰よりも優しいただの女の子。そして誰よりも魔理沙が守りたかった少女でもあるのだ。
 それはきっと自分だけじゃない。

「す、萃香!」

 霊夢の言葉に振り返った瞬間、萃香が死体のように境内へ倒れ込んだ。その身体はボロボロという表現も生ぬるく、奇妙な粘液で覆われている。

「霊夢」

 幸いにも意識はあったらしく、今にも消え入りそうなほど弱々しい声で名前と呟いた。
 紫が止めなかったら、霊夢は今頃駆け寄っていただろう。

「一つだけ、言いたい事を忘れてたよ」

 顔を上げ、苦笑しながら萃香は言った。

「鬼の前で嘘を吐くな、馬鹿野郎」

 それだけ告げると、まるで眠るように萃香は意識を失った。ただ一言を告げる為に、そんな身体で階段を駆け上がってくるとは。
 鬼の身体が凄いのか、それとも萃香の根性が凄いのか。
 きっと後者なのだろう。自分も似たような事をしたのだから、よく分かる。
 涙なのか鼻水なのか、霊夢の顔はもう見られたものではなかった。それでも必死に堪えようとしているのは分かる。
 萃香の言葉は胸に届いたはずだ。

「霊夢、何があっても私はお前を守ってやるぜ。だから周りの事なんか気にするな」

 そしてきっと自分の言葉も、届いたのだと信じたい。

「そろそろいいかしら?」

 静観を決め込んだ紫が、再び霊夢の前へと歩を進める。

「異例の事だけど、もう一度だけ問いかけるわ。今度は嘘や偽りなく、心の底からあなたの願う答えを言いなさい」

 厳かな声に、霊夢も頷いた。

「あなたは博麗に戻るつもりがあるのかしら?」

 鈴の音が聞こえた。
 首を左右に振らなければ、決して聞こえるはずのない音色が。

「ごめん、紫。私、博麗に戻りたくない!」

 勇ましい霊夢の言葉を聞き、寂しそうに紫は俯いた。

「そう、分かったわ。それがあなたの本心なのね」

 腕を振るうと、まるで煙のように魔法陣が掻き消えた。霊夢はすぐさま立ち上がり、自分の所に駆け出してくる。胸に飛び込んできたかと思えば、すぐに腕を掴んで走り出した。目指す先にあるのは、倒れ伏した萃香の姿。
 涙と鼻水で汚れてしまった胸の辺りに視線を落とし、思わず苦笑が零れる。あるいは博麗のままでいた方が、人生はもっと楽だったのかもしれない。何者にも縛られないのなら、決して悲しむことは無かっただろうし。
 それ故に楽しみも人一倍もあるのだから、霊夢の選択肢が正しかったのかどうかは魔理沙に判断が出来るはずもなかった。それは彼岸で決めればいいことだ。今は兎に角、異変が終わった感慨に浸ろう。

「悪い、霊夢」
「え?」
「私ももう限界だ」

 糸が切れるように、魔理沙は意識を手放した。
 霊夢の驚きの声を聞きながら、ゆっくりと意識の海に沈んでいく。
 見ることはできないけれど、その顔はきっと笑顔のはずだ。










 儀式も中止に終わり、頭領を失った妖怪達は蜘蛛の子を散らすように解散していった。当の千仁は石柱に挟まれている所を発見され、妖怪の山へ引き戻された。二度と馬鹿げた真似をしないよう、徹底的に教育し直すんだと文は語る。
 犬神は姿をくらまし、鎌鼬は地霊殿で飼われることとなった。こいしが酷く気に入ってしまったらしく、手放そうとしないのだ。あそこはあそこでまた一騒動ありそうなものだが、紫には関係の無い話である。
 博麗神社では早々に宴会が開かれ、傍観していた連中も参加しているようだ。もっとも大抵の奴らは部下を派遣したり遠回しに援護したりと、何らかの形で関わっていた。当人達は決して認めようとしないだろうけど、霊夢の為に動いたのは紛れもない事実。
 参加する資格は充分にある。紫だってそうだ。
 ただ今日はそういう気分でも無かった。早々に宴の誘いを断り、我が家へと戻る。
 橙は宴会へ参加しているようだが、藍は主の帰宅を素直に待っていたようだ、

「お帰りなさいませ、紫様」

 改めて全てが終わったのだという実感が、藍の言葉で沸き上がってくる。自然と目から熱いものが流れ、霊夢が魔理沙へそうしたように、紫も藍に抱きついた。最初は戸惑っていた藍ではあったが、すぐに優しく抱き返す。
 子供のように泣いたのは、それこそ何千年振りのことだろう。主としての威厳が失われてしまうかもしれないと知りつつも、それでも紫は泣くことを止めない。抱きしめる力はますます強くなって、流れる涙の量も増える。
 悲願だった。

「ようやく、ようやく博麗が選んでくれた! ただの人間に戻ることを!」

 魔理沙達には説明していない。先々代だけではなく、実際はあらゆる代の博麗が同じような状況に置かれていたことを。そして全ての博麗が、元へ戻る選択肢を選んでいたのだ。紫は何度も引き留めようとしたけれど、その度に挫折してきた。
 確かに最初は博麗の力が必要だった。それは紫も認めていること。心苦しいことを自覚しながら、力を受け継いで貰わなければいけなかったのだ。それでも中には博麗の力を嫌がるような者がいるかもしれない。逆を言えば、そんな事を考えられるほど平和な世の中になったということだ。
 だから博麗の先祖は一つだけ能力に細工をしていた。紫も知らぬところで、能力が発揮できなくなる期間を設けたのだ。そして再び力を取り戻す儀式だけを紫に伝え、その博麗は命を落とした。紫は忠告をせずに、博麗の巫女自身に選ばせて欲しいという遺言を残して。
 後は敢えて語る必要もあるまい。どれだけ世が乱れようと、どれだけ平和な時が流れようと。決して博麗の巫女はぶれなかった。

『博麗がいなければ、この幻想郷は守れない』
『先祖が受け継いできた力を私の代で絶やすことはできない』

 彼女たちは口々に、受け継ぐことを選択したのだ。そうさせたのは自分。だからせめて、一刻も早く博麗の巫女が自由になれるよう紫も努力を重ねた。結界の勉強もしたし、博麗の巫女だけじゃなく他にも妖怪を退治する者が現れるよう、異変が起こりやすい世界作りに努めた。
 その甲斐あって、この幻想郷では頻繁に妖怪達が暴れ出す。それを止める者も自然と増えてきたし、もう博麗の巫女がいなくても幻想郷が脅かされることは無いのだ。
 先々代の時、紫は何も言えなかった。もっと伝えたい言葉はあったのに、どうしても言うことができなかったのだ。

「何年も、何十年も後悔してきた! 先代でも駄目だった! だからせめて霊夢だけは、何とかしようと頑張ったのよ!」

 霊夢は恵まれていた。魔理沙という親友がおり、萃香という仲間がいる。
 そして多くの妖怪に好かれ、興味を持たれているのだから。
 あるいは、あれこそが新しい博麗の巫女なのかもしれない。
 何事にも影響されず、あらゆるものに束縛されない巫女から喜怒哀楽が激しく、誰よりも人間らしい巫女へと変化した。受け入れられない連中も多かろう。良くも悪くもただの人間なのだ。妖怪と人間は古来より相容れず、鬼のように地下へ引きこもる奴らも少なくはない。
 だが、それでも良い。全てに愛される者などいないのだから。

「私の罪は一生消えない。博麗を利用したんだと、一生悔いながら生きるでしょう。だけどそれでも私は嬉しいのよ! 長年無理だと諦め続けていたことが、ようやく現実となって私の前に姿を現した!」

 魔理沙や萃香には感謝してもしきれない。天人や竜宮の使いにも頭を下げていいくらいだ。勿論、援軍に来てくれた全ての者達にも。
 せめてもの感謝の印として、秘蔵のお酒を神社に送っておいた。とりあえずはそれで、感謝の証だということにして貰いたい。直接会うことは出来ないのだから。
 だって、こんなにもみっともない顔、見せられるわけがない。

「良かった、本当に良かった!」
「頑張りましたね、紫様」

 さとりよりも、あるいは魔理沙よりも、霊夢が人間らしく生きることを望んだ大妖怪。
 頭を撫でられた紫は、ますます子供のように泣きじゃくった。
 明日からは元の自分になれる。いや、ならなくてはならない。
 新しい霊夢を受け入れる者と受け入れない者。その境界に別れた者達をしっかりと把握し、先の襲撃に加わった妖怪達のリストを作らなければならない。やる事は山積みで、整理したい気持ちも一杯だ。
 だけど今だけは、誰もいないこの場所でなら、自分は泣いても許されるはずだ。
 全ての涙が枯れ果てるまで、数千年分の涙を紫は流し尽くした。
 藍は優しく抱きしめながら、どこか楽しそうに呟いた。

「あなたも霊夢と根本的な部分は似ていますよ。意地っ張りで見栄っ張りで対面を気にするくせに、誰よりも臆病で、そして……」

 にっこりと母親のように、藍は笑った。

「誰よりも泣き虫です」

 否定することもできず、仕方なく紫は涙で返した。
 泣き虫で悪かったわね、と。
 言葉にしない想いを込めて。










 目を覚まして、真っ先に飛び込んできたのは霊夢の顔だった。慌てて飛び退いて、自分が膝枕をされていたのだと知る。同じく膝の上に頭を乗せていた萃香は、まだぐっすりと夢の世界を漂っているらしい。
 満身創痍の身体で急に動いたせいか。肩と腕のあたりに激痛が走った。思わず押さえこめば、霊夢が心配そうな声色で尋ねてくる。

「大丈夫? いきなり急な運動をしたりするから、まだ身体が休まってないのよ」
「そうらしいな。まったく、魔法使いに肉体労働をさせるなんて馬鹿げた話だぜ」

 実際は魔力の枯渇が激しく、その影響が身体にも表れているだけだと思うが。せめてものプライドなのか。魔力が切れそうだったなんて、例え相手がアリスやパチュリーじゃなくとも絶対に言えない。

「ああそういえば、アリスとパチュリーがこれを置いていったわよ。ほら」

 手渡されたのは、魔力の回復によく効く薬草。どうやら見抜かれていたようだ。途端に顔が赤くなり、薬草を受け取る手つきも乱暴になってしまう。この借りはいずれきっちりと返すことにしよう。弾幕という形をとって。
 それにしても周りが随分と騒がしい。異変も解決したというのに、どうしたことか。
 辺りを見渡して、ようやく魔理沙は気が付いた。とっくの昔に宴会は始まっていたようだ。
 こうしてはいられない。立ち上がろうとした魔理沙のスカートを、身を乗り出した霊夢が引っ張る。このまま立てば大惨事だ。出来れば離して欲しいのだけど。

「駄目よ、動いちゃ。お酒ならもうすぐ届くから」
「出来れば自分で好きな酒を探したいんだがな」
「体力が戻るまでは駄目。ここで無理したら後々にまで響くわよ」

 人参をぶら下げて我慢しろというのも酷な話。後で隙を見てから酒を物色することにしよう。
 霊夢には内緒でそう決めた。

「こんばんは、後で霊夢さんから逃れてお酒を物色しようとしている魔理沙さん。そして実は起きているのに霊夢さんの膝枕が気持ちよくて寝たふりをしている萃香さん」

 意地悪く微笑んださとりの第三の目が、霊夢の顔と心を容赦なくえぐり出す。

「魔理沙さんの言葉で密かに胸をときめかせ、ひょっとしたら自分は魔理沙の事が好きなんじゃないかと新しい悩みを抱えた霊夢さん。それは思春期の男女がよく抱える典型的な勘違いです。はしかみたいなものですから、あまり気にしない方がいいですよ」

 医者のように淡々とした言葉とは裏腹に、さとりの顔は酷く満足げな笑顔が張り付いていた。

「ぎゃー!」
「ぎゃー!」
「ぎゃー!」

 全く同じ悲鳴をあげて魔理沙はさとりの口を塞ぎ、萃香は飛び起きて、霊夢は顔の前で×の字を作った。端から見ていた妹のこいしが、呆れたように姉の襟首を掴む。

「ほら、虐めるのも大概にしないと。そんなだから地下の妖怪は不気味だって言われて、出入り禁止の所が増えるんだよ」
「あなただって気分がのれば加勢してるじゃない」
「それはそれ、これはこれ。兎に角霊夢、おめでとう!」

 突然の祝福を贈られ、困惑したように霊夢は頷く。

「あ、ありがとう」
「うん。それじゃあお姉ちゃんが邪魔しちゃったみたいだから、私達はもういくね」
「さようなら、勘違いじゃないかもしれないでしょと思っている霊夢さん。密かに嫉妬している萃香さん。そしてああああああ……」

 最後の台詞を言い終えるよりも早く、さとりが引きずられて退場していった。
 改めて顔を見合わせる三人。この件に関しては、あまり深く追求しないでおこう。色々と地雷を掘り起こす危険性もあったし、せっかくの宴会なのだ。楽しまなくては損というもの。

「おお、目を覚ましたのね」
「こちら、霊夢さんから頼まれていたお酒になります」

 酒樽を背負った天子と、杯を抱えた衣玖がやってくる。ちょっと量が多すぎるのではないかと思ったところで、近くに鬼がいるのを忘れていた。一匹いれば樽が空くと言われているような種族だ。むしろ一つで足りるのかと疑問に思ってしまう。
 案の定、地上に置かれた酒樽を萃香は目を輝かせながら熱い視線を送っていた。杯などまどろっこしいとばかりに、酒樽へ直接口をつける。普通なら文句の出そうな所だけど、なにせ鬼なのだ。これを一気飲みしたところで、あがるのは驚愕ではなく感心の声。
 自分はもう少し大人しめに行こう。人間なのだから。

「さすがは鬼というだけのことはあるわね。いいわ、飲み比べといきましょうか!」
「望むところだよ。ほえ面かかしてやるから、覚悟するといい!」
「おっ、面白そうな気配がするじゃないか。喧嘩に参加できなかったんだ。その飲み比べで憂さを晴らさせて貰うよ!」

 勇儀まで加われば、ますますこの辺りの酒臭さも上昇していくことだろう。
 それよりも早く酒を確保しなければ。手近なものは飲み尽くされてしまう。
 慌てて未開封の酒はないかと探してみれば、衣玖が胸の中に隠して持っていた。

「こんな事もあろうかと思いまして、とっておきの良さそうなお酒を持ってきました。私達はこちらを楽しみましょう」

 ちゃっかりしていると言うか、しっかりしていると言うか。
 何にせよ有り難い。歩くことすらままならない現状だ。あまり動きたくなかったのは事実であり、霊夢の言葉の正しさを証明していた。
 小さな杯を手渡され、霊夢の手酌で酒が注がれる。透明な色合いは、何とも喉を鳴らすではないか。名酒というだけのことはある。匂いだけでもう我慢できない。
 では早速頂こうかとしたところで、割り込んできたのは烏天狗。

「これはこれは、霊夢さんに魔理沙さんに衣玖さんじゃありませんか。丁度良かった。この異変の中心でもあるお三方に話を伺いたいんですけど」

 せっかくの酒が邪魔されたせいか、口から飛びだしたのは素っ気ない言葉だった。

「あっちの三人を取材したらどうだ」
「いやいや、私もまだ命は惜しいですから。それよりもお三方へインタビューを」
「宴会が終わったら存分にしてやるよ」

 ニヤリと笑ったのを、魔理沙は見逃さなかった。これを文は狙っていたのか。酒を飲もうというタイミングで割り込み、後でという言質をとる。誰だって早く飲みたいのだから、しつこくされると言ってしまうだろう。文の罠にはまっているとも知らずに。
 やられた。さすがは烏天狗だ。抜け目がない。
 約束を破れば地の果てまで追っかけてきそうだし、後で応じるとしよう。文には色々と世話になったのだから。インタビューぐらい快く受ければいい。

「では私もお酒を愉しむ……前にちょっと一言だけ」

 杯まで取り出した文が、何を見て気を変えたのか。視線の先にあるものを見て、思わず魔理沙は納得してしまった。これを見てカメラを取り出さない奴がいたとしたら新聞記者失格である。
 明日の一面にどの写真が載るのか。明確に頭の中へ思い浮かぶ。

「霊夢さん。今回の異変を終えて、いまどんなお気持ちですか?」

 あどけない笑みを浮かべて、霊夢は答えた。

「最高に嬉しいわ!」

 鈴の音は、もう鳴っていない。
 
 
 
 
 
 
全てに愛される者はいない。
だが全てに嫌われる者もいない。
八重結界
http://makiqx.blog53.fc2.com/
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2010/11/06 21:32:34
更新日時:
2010/11/06 21:32:34
評価:
21/25
POINT:
143
1. 10 名前が無い程度の能力 ■2010/11/07 20:20:19
天子がかっこよすぎるんだが?
これからの霊夢がどうなっていくのか
とても気になるお話でした
2. 9 1896 ■2010/11/09 19:51:47
うまく言葉にできませんが
もってけ10点!
3. フリーレス 1896 ■2010/11/09 19:53:48
一点足りないのは意地です。
すいません嘘つきました10だと思っていたら9でしたすみません
4. 2 名無し ■2010/11/11 15:13:33
話の構成や描写が上手いので、一読した時はいい話と思いましたが読み返してみるといくつか引っかかる所が。
三月精とか見てると、霊夢ってもともと感情豊かに思えるし、香霖堂では朱鷺子の本を気まぐれに強奪したり
割とむちゃくちゃなところもあって、そんな生き様を押し通せるのはやはり絶対的な力と立場があったから。
力も立場も失った彼女が、はたして真っ当にやっていけるのかという疑問が浮かびます。
あれほどまでに「別人」となってしまった霊夢を、幻想郷の皆が変わらず慕う、というのもちょっと
うそ臭い展開に思えましたし(正直、衣玖の言う一緒に暮らせばわかる魅力ってのがわかりませんでした)
またそもそもの、霊夢の力も特性も全部継承されてきたもので、霊夢独自のものじゃないって設定が受け入れ難かったです。
確かにそういう側面もあるだろうけれど、霊夢は元々いろんな意味で強くて自由な娘だと信じたいので。
5. 5 ふぁむ ■2010/11/13 16:11:23
>此処で霊夢が儀式を断れば、博麗の力は完全に耐える

これは耐えるではなく耐えるかと。

よく作りこまれた作品、おつかれさまです。私のこのみのしゅるいではないのですが。
6. 10 過剰 ■2010/11/15 17:33:30
言葉には言い表せないほどの感動を頂きました。
霊夢を取り巻く人々の温かさったら……特に今回の天子みたいなキャラが大好きです。無鉄砲で、自分主義な所とか。
あと所々笑ってしまうところもありました。妖夢、もっとましな言い訳なかったのかwww
自分はあのいつでも毅然として飄々とした態度で、完全無欠の力で妖怪退治をする霊夢が好きなので一刻も早く元の霊夢に戻るべきとも思っていましたが、温泉シーンなどの日常シーンを見ていると心も変わりますね。こんな霊夢もありだと思えます。いや、こんな子を亡くしてはいけないとさえ思えて、最後に霊夢が儀式を受けないと言った時、本気でほっとしました。
素晴らしい作品をありがとうございました。

無粋かもしれませんが、誤字脱字が多かったように思います。それだけ。
7. 5 パレット ■2010/11/20 00:23:51
 釈然としない……いや、うーん、このお話はこれでいいのか……。
 ……えと、得てしてこういうタイプのお話というのは、「前」の霊夢と「今」の霊夢との間に「人格差」が生じることで面倒になるものだと思います。「前」の霊夢も呪いの産物であろうが間違いなく霊夢であり、かといって「今」の霊夢こそが本来の霊夢である。どちらも霊夢であることは間違いない──つまるところ、「どちらの霊夢を殺すのか」という問題に収束するパターンですね。だがこの話は、「今」の霊夢が本来の霊夢である……ここまではいいけど、「前」の霊夢はどうかというと、これが結局、本来の霊夢に何か変なフィルターがくっついたもの……つまりどちらも本来の霊夢であるという話になってたような気がしますが……これだと、これだとさすがに……このお話の焦点となる「問題」の難易度がいくらなんでも下がり過ぎって言うかもはや「問題」じゃなくね……? とすら思えてしまうわけで。途中までは「どちらを殺すか」の話だと思ってたんで、200kb超えという容量もあいまって、なんかすげーかっこいい解答導き出してくれるのかなと思ってたんですが……正直それに関して言えば、期待はずれな感が否めないかもです。まあ私が勝手に期待したんだけど! でもこれだと、何の障害もない下り坂をスーッと滑り降りてったかのような感じで、なんだか物足りない……霊夢さんはかわいかったけどね! ね!
 ……とまあここまで書いたのはほとんど私が勝手に読み違えて勝手に撃沈しただけなので無視してもらってかまわないのですが……それにしても、もうちょっと「問題」とその「解決」をきっちりかっちり明確化して、それを前面に押し出してがっつり盛り上げてほしかったなあとか思ったりします。「なぜ霊夢は元に戻らなくてはならないのか」という理由──すなわち「問題」の提示と、それに対する解決──このお話だと、「今の幻想郷の情勢と、霊夢の仲間の存在」とでもなるのでしょうか。なんかそこらへんうにょうにょうにょーんとノリで流されてた感じなんで、なんかよくわからんけどいつのまにか大団円だぜひゃっほーいみたいなノリ任せになってしまった感が強かった。そこらへんいくらでも書きようがあったと思いますし、もうちょっと工夫してほしかった。霊夢さんはかわいかった。
8. -1 ナナシノゴンベエ ■2010/11/21 20:55:44
正直この話が終わった後の幻想郷が心配でなりません。
ただの人間に戻った霊夢を今後どうやって守っていくの?
人間側に付く強大な力が消えて人間側の平和は本当に守れるの?そのうち妖怪たちに蹂躙されるのでは?
今回の件だって独自に動いた妖怪はあくまでも博麗霊夢個人を守るために動いただけであり
妖怪が暴れても自然と止める者が出てくると書いてありましたがとてもそうとは思えませんでした。
博麗の巫女という重要な存在が無くなるのだから、その後どうしていくのかをきちんと説明してほしかったです。
9. 6 さく酸 ■2010/11/25 21:06:56
長編執筆お疲れ様でした。
タイトルどおりのシンプルな作品なのかと思ったら、意外と深く考えられていてよかったです。
個人的には、呪いの解けた霊夢の性格をもっと壊して、博麗の霊夢と巫女の霊夢をはっきり分けてみたらよかったと思います。地の文で泣き虫泣き虫連呼されていても、霊夢の会話が普通すぎて、なんか中途半端でした。
あと、最後のほうで紫が、霊夢が博麗に戻らなくてよかったと泣く場面がありますが、なぜ紫は霊夢とその先祖たちを博麗に戻したくなかったのか、その理由が書かれていません。
あの紫が泣くほどの理由がわからないせいで、感動を与えるはずのその場面で、いまいち感動に乗り切れませんでした。
10. 10 もみあげ ■2010/11/26 12:04:19
読み応えがあり、おもしろかった。
11. 5 asp ■2010/11/29 11:02:03
 少人数防衛戦とか超燃えますね! 一度は離れた仲間が戻ってきたりとか、自己を押し殺してたヒロインと傷ついた主人公が繋がる瞬間とか、王道かつ好みすぎて読んでいてすごい楽しかったです。
 ただ設定とか展開は首を傾げる部分が目立ちました。練り混みが甘いところや説得力の薄い説明とかが多くて、こういうの気になっちゃう人には受け入れられないかなと。キャラのチョイスはおもしろいのですが、ストーリーに合わせて作られて動かされている感が多いのもびみょん(こういう作品の宿命かもしれませんが)。誤字誤用や不自然な文章もちらほら、まあこの分量だと難しいのかもしれませんが。あとテーマも薄いような。
 でもそういったマイナス面を一瞬忘れるほどに防衛戦のパートは燃えたのでこの点数をどうぞです。ボリュームもあって読みごたえのある作品でした。
12. 6 yunta ■2010/11/30 22:23:43
執筆お疲れ様でした!

うーん、なんだろう。
王道のバトル物で、しかも長編というのは、私も大好きなジャンルです。相手の妖怪も良いキャラしてるな、と思いました。
しかし、個人的な世界観の相違なのか、物語に入り込むことが出来ませんでした。
文章の中で人称が変わって違和感を感じる箇所があったりしたので、それが原因かもしれません。
後はキャラクターたちの行動に対する、説得力が足りなかったように思いました。
特に霊夢が博麗の力を拒否する点に関して説得力がなく、オチにも影響するので、結果としてストーリー全体を通して疑問符がついたままになってしまいました。
二次創作のキャラ感覚や「鏡」というテーマとの一致などを除いても、私としては少し納得がいかないまま物語が終わってしまった感じです。

仲間が集結していく様子や、妖夢と幽々子が駆けつけた時の掛け合いなどが面白かったです。
少年漫画のような熱い王道ですね。
13. 9 とんじる ■2010/12/02 14:40:09
 長さを気にせず最後まで読んでしまった。
 すらすらと読める文章、飽きさせないストーリー展開、さらに魅力的な冒頭の謎……どれもが私の心を掴んで離しませぬ。

 そして、クライマックスの防衛線。王道的でご都合主義的ですが、そこに至るまでの描写や葛藤があった所為で否応なしに燃えました。最初の援軍の妖夢が出てきたところで涙が出そうになったもん。
 ただ、その防衛戦の展開に無理がなかったかと言えば、そうでもない、かなあ。最初に魔理沙が呼びかけるシーンで皆が一様に断るという場面は「ちょっと筋書き通りにキャラを当てはめすぎじゃない?」と思ったし、最後になって手のひらを返したように皆協力する、というのも同じく予定調和っぽい感じがぬぐえなかった。いや、何だかんだで燃えたんですが。

 メインのキャラの動かし方もよかった。
 萃香はまだしも、天子や衣玖にスポットライトが当たった時は意外な展開にびびったりもした。それなのに、なかなかどうしていいキャラたちじゃないか。ここまで天子がカッコよく見えるなんて……!

 不満があるとすれば、お題「かがみ」の使い方。
 博麗の巫女を鑑とする表現は、肯定はするけど、さりとて絶妙な表現にも感じない。当たり障りがない感じ。
 それ以外のひねりを加えたお題の使用法が見たかった。
14. 10 なまえ ■2010/12/06 02:44:04
博麗の呪い、とこう書くと俄かに安っぽくなってしまいますが、
何事にも心動かされない霊夢の姿はなるほど呪われている、と評すべきものかもしれません。
呪いの解けた霊夢のこれからを想像するだけでもいろいろと楽しめそうです。
15. 3 NT○ ■2010/12/09 18:56:50
勢いはあるのですが、長い為に途中やや食傷気味になりました。
そして、なんとなくもやっとする読後感。
16. 9 PNS ■2010/12/09 22:00:49
いやー、こういう言い方していいのかどうか分かりませんが、物凄く波長が合います、文章もストーリーも。
さらに正直に続けるなら、幻想郷観とキャラクターが、自分のものとは違うかなーと。いやいや私のことはどうでもよろしいw
十分に堪能しました。非常に面白かったです。10点を付けられない不満があるとすれば、全体の危機感と完成度でしょうか。
千仁ではどうしても、敵役として役不足だったような気がします。あまりオリキャラが強すぎるのも問題なので、これは本当に難しい話なのですが……。
しかし全体的に堪能したことは間違いありません。ありがとうございました。
17. 9 deso ■2010/12/11 20:31:31
おー、これは面白かった!
さすがに、この長さのせいか、誤字脱字もちらほら目立ちますが、面白さに変わりはない。
なにより、霊夢が可愛い。これは新鮮で良いですね。
18. 9 木村圭 ■2010/12/11 20:31:52
ここまで数を集めてしまえば博麗の力があっても霊夢一人どうにかするくらい容易いんじゃないか……?
それはともかくとして、この手の待望の援軍、的なシチュはたまらんですね。経緯も含めて。現世斬ぶっぱしながら妖夢が登場した時にどれだけ私がニヤけたことか。
霊夢の選択は……難しいところですが妥当と言えば妥当なのかもしれません。
呪いがかかっている際の感覚が分からないから他者がどうこう言うことは出来ないです。はい。
19. 10 ニャーン ■2010/12/11 20:55:33
素晴らしき王道。
序盤では冷たかったキャラ達も、やはり終盤では味方になってくれる。
単純だけどこういうのが嬉しい。
しかし一番凄いと思ったのは、日常回帰の作品に終わらなかったことです。
馴染みの深い、いつもの博麗霊夢を否定するような形になっていて
普通の霊夢のキャラがあまり目立っていなくて、言動にも正直苛立ったのですが
作中にも同じように感じてくれるキャラクターたちがいて、意見を代弁してくれたので
心に折り合いをつける事は出来ました。
いえ。理屈を並べたてる以上に、紫の真意がわかった場面で不覚にも目頭が熱くなってしまい、
涙をこぼしかけたため、10点をつけざるを得ないのです。衣玖さんが変人なところも好きです。
20. 6 gene ■2010/12/11 21:19:50
100kb越えのものにはお題の使い方にも着目して読んでるのですが、これは取って付けた感がすごく感じられました。(かがみの使われ方が私の感じたとおりならですが……)
そこだけ削っても何ら問題ないのでは。もうちょっとシナリオに埋め込んで欲しかったです。
博麗の力を呪いと捉えたのは稀有だと思いました。
ただ個人的なところで、幻想郷観の違いを一番意識させられた作品なので評価に困りました。独自の価値観です。すみません。幻想郷は八雲紫を頂点とするヒエラルキがあるのではなく、グループがそれぞれ独立国家共同体として存在するというイメージだったので、最終的には手を貸したとはいえ、八雲紫の命令に形だけとはいえ従ったという点が自分にはマイナスでした。特に白蓮が……。
霊夢の性格にしたって、結局のところ天子の「霊夢は霊夢でしょ」が私には全てだったので、魔理沙たちとシンクロもできずに話が進んでいってしまいました。
真剣勝負についても、どうしても真剣でなくお約束感が漂っているように見えました。本気でマスタースパークを牽制するのなら魔理沙に対しては殺しにかかるべきだった。それでなくてもわざわざ忠告せずとも手首を落とすか、八卦炉自体を破壊するとか、痛めつけて動けなくさせるとか、拘束して閉じ込めるとか……。撃たせずして五体満足で生かす、というようなルールがあるように思えました。
シナリオの構成については非常に安定感があると思えました。プロットがあり、起承転結の骨組みを整え、その上を丁寧になぞっていったという印象です。
うーん、すみません。これは話が合わなかった。
21. 6 兵庫県民 ■2010/12/11 22:18:37
冒頭はifか、それとも先々代の事例か。
俺としては、冒頭に戻る結末の方が好みかなぁと。
22. 5 もろへいや ■2010/12/11 23:59:18
面白かったです。
取り急ぎ点数だけ。
23. フリーレス 名無し ■2010/12/16 10:52:37
お題の使われ方があまり感じ取れませんでしたが、王道を貫く読んでいて飽きが来ない作品でした。霊夢さん可愛い。
24. フリーレス ■2011/08/03 12:36:50
最高に面白かったです!
私と作中の霊夢観が完全に一致していたので無茶苦茶感情移入してしまいました!
本来の霊夢が幻想郷(の住人達)に受け入れられない展開には焼きもきさせられましたし、
終盤、各勢力の人妖が駆けつけてくる所では、ああ本当は皆この霊夢も受け入れていたんだ、と涙が止まりませんでした;;
そして何より霊夢が可愛い!
客観的に評価を述べると、「元の霊夢」がどれだけ曖昧な存在であるのかの描写がもう少しあれば普通の少女のような「今の霊夢」との違いが際立ってもっと良かったかもしれません。
特に最初に読んだときは、冒頭のやり取りが霊夢によってなされたものだと思い込んでいたので、霊夢が最終的に「博麗」であることをやめる決断を下せたことがちょっと意外でした。
もう一波乱あると思っていたので・・・。
読み返して気付いたんですがあれは紫様と先々代(?)とのやり取りだったんですね。
ただ私個人としては、先述したように私と作中の霊夢観が完全一致してたので、「昔の私は常に頭の中に煙が充満していた感じなの。何か激しい感情の揺れがあったところで、その煙がすぐに曖昧にしてしまう。おかげさまで今は爽快スッキリよ。その分、泣き虫になっちゃったけど」という霊夢の言葉で「今の霊夢」の気持ちは痛いほど理解できていたので、素直にハッピーエンドで良かったと思っています!
ただ博麗の巫女としての霊夢も好きなので、代々伝わる呪いでによる「巫女」ではなく(魔理沙のように)自らの努力でまた異変解決に乗り出して欲しいな〜、とも思いましたw
25. フリーレス 774 ■2017/01/07 13:29:14
薄いな

読み応えはあるし文才もある、あなたの他の作品も面白く感じるが
なんか微妙
霊夢ってもっとダメな性格してるし、人格が変わる理由もわかりにくい、少なくとも妖怪を恐れる説明がなかった
それに博麗の巫女を無くしたのは相当影響があるはず、まあいいか、所詮二次創作物だし
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