州立ジェフリー・F・ベーカー記念刑務所第48号独居房

作品集: 最新 投稿日時: 2010/11/06 22:01:16 更新日時: 2010/12/12 21:36:22 評価: 27/29 POINT: 209
 






 ――かがみうつしのおはなしを、しましょう?






















 殺風景なコンクリート造り。一室と呼ぶのが憚れるほどの狭い一室。
 錆が浮いたパイプベットと、ガタが来て久しい一組の椅子と机。隅っこには変色した陶製便器。調度はたったそれだけである。

 窓は無い。

 部屋唯一の光源である裸電球がチカチカし始めて、机の上ペンを走らせていた48号は眉をひそめた。
 黄色く明滅を繰り返す天井の一点を恨めしげに見上げ、少々思案する。顎に伸ばした指に無精髭が触れてチクチクした。
 看守に相談しても色よい返事は貰えないだろうな。死んだ魚のような彼らの目を思い出し、48号はそう呟いた。

 何しろ死刑囚である。己は近くこの世界より抹消されるべき存在なのだ。
 看守らにとってはそんな存在の快適な住環境など、60W電球一つのコストにも劣るに違いない。

 48号は一つ溜め息を吐く。少し濁音の混じった、いがらっぽい溜め息だった。
 そして再び机の上に置かれた罫紙に目を落とす。
 ペン先のインクが早くも乾いていた。酷く空気が乾燥している。

 何しろ砂漠のど真ん中である。テキサス西部の厳しい気候が大地をカラカラにさせる。
 老朽化した空調のダクトを通って砂塵が舞い込んだ。図らずも吸い込み、48号はゴホゴホと咳き込む。
 衛生面に配慮された施設ではない。

 喉がおかしいのはここに移送されて来てからずっとだった。既に当たり前になっている。
 机に置かれたマグカップに48号は手を伸ばす。
 薬品臭が酷いが、喉の不快感をどうにかするには他に方法が無い。塩素のたっぷり入った温い水を一口含んだ。

 No48。陶製の表面に消えかかったマジックペンの文字はそう見える。
 相当な年季物であるらしく、マグカップのへりはどこもかしこも欠けてしまっていた。
 きっと、前の48号もその前の48号もこのコップで喉を潤したのだろう。

 48号はそんな事を思ったが、特に感慨は湧かなかった。
 前の住人の顔も性別も知らない。唯一分かるのが、碌な人間では無かったに違いないという事だけなのだ。
 ぼんやりとその文字を見つめる。そういえば48号と呼ばるようになって結構な時が経つなと、そんな事を思っていた。
 48号独居房の死刑囚だから48号。看守はこの部屋の住人をそのようにしか呼ばない。

 本名は果たして何であったか、それを時々忘れそうになる。
 48号は余り自分に興味が無かった。いや、自分を含めたあらゆる存在に興味が薄かった。
 死刑囚である。さっさとこの世からお暇したいと、そんな事も考えているのだが、特に外へ向けて表現する事はしない。
 無気力であった。結局それすらも面倒だったのだ。














 州立ジェフリー・F・ベーカー記念刑務所第48号独居房 〜最も悪趣味にして滑稽な七日間紀行。或いはとある狂人の呟き〜














 ――死者6名。重軽傷者19名。
 4年前、ヒューストン中心部のとある銀行を襲った凄惨な悲劇の最終報告である。
 凶器はポンプアクション式散弾銃と二丁の自動拳銃。
 行内より警察の手で回収された時には、最大まで装填されていた弾丸は全て撃ち尽くされていた。

 銀行を包囲する特殊部隊の前に、両手を上げて投降したその男。
 同僚や初対面の客に対して無差別に発砲しておきながら、驚くほどの冷静沈着さを以って、中継カメラを通した全米国市民の前に姿を現したその男。
 ダークグレイのスーツをきっちり着こなした銀縁眼鏡の銀行員。

 出身は誰でも知っている有名大学。数字と法律に明るく、英仏西語を自在に操る頭脳明晰なトリリンガル。
 地元のフットボールチームではクォーターバックを務めるスポーツマンであり、慈善活動にも積極的なジェントルマン。
 正に理想的と呼ぶべき米国市民であったこのインテリの、誰も予想だにしない凶行は国内に様々な議論を巻き起こす事になる。

 『長時間に渡る煩雑な仕事のストレスが……』『いやいや、幼少期の頃の経験が……』

 その動機については、心理学者や精神科医が様々な推測を行ったが、真実は結局闇の中であった。
 肝心の本人の口よりそれが語られる事がついに無かったからだ。
 弁論の内容は一貫している。

 曰く。よく分からないと。

 弁護側は精神鑑定を要求。しかし1年間の法廷論争の末、裁判長は男の責任能力を認め、極刑の判決を下す。
 男は静かに頷いた。






 ◆ ◆ ◆






 ちらつく照明の中、48号は罫紙にペンを走らせる。
 書くことは他愛も無い雑記である。さして意味も無い事を思いついたままセンテンスに変換した。
 結構な枚数を書いたが、纏めて出版するには余りに一貫性に欠ける文章の集まりであった。

 有名な殺人犯である。
 もし犯行に至った経緯でも詳細に書き綴ったなら、きっと大衆たちの興味を大いにそそる作品となるのであろうが、48号はそれをしなかった。
 被害者に申し訳ないとか、そんな理由ではない。
 単によく分からないから書かなかった。それだけである。

 罪の意識は希薄であった。
 判決が下って暫くは、被害者家族に対する謝罪の手紙であったり、神に対して許しを乞う文面を書いたりした48号だが、意義を見失うのにそう時間はかからなかった。
 己の文章の薄っぺらさに48号は気付いたからだ。

 “申し訳ない事をした”。“娘さんに詫びたい”。定型句なら幾らでも書けた。知識として知っている。
 しかし、本心とは遠く離れていた。実際の感情はやはり“よく分からない”であったのだ。
 まともな人間の抱く感情ではない。それは48号も自覚している。とは言え、良く分からないものはやはり良く分からないのだった。

 48号はまるで自分自身を鳥瞰で見ているような気分によくなる。
 思えば、己が神に対する畏怖を失ったのは果たしていつの事だったか?
 48号はインクで罫紙を黒くしながらそんな事を考えている。

 敬虔なカトリックであると思っていた。日曜の礼拝は欠かした事がないし、子供の頃には賛美歌の合唱団に所属していた。
 しかし今現在、神の名を呼ぶ己の声は余りに軽薄で不敬で、つまりすでに心の中より信仰が消え去ってしまっているのだ。
 ガリッという何かが削れる音。罫紙よりはみ出たペン先が朽ちかけた机に刺さったらしい。

 はっとして48号は考え事を中断する。そしてゾッとした。
 真っ黒な紙。AからZまでの不規則で何の意味も持たないアルファベットの羅列が罫線を塗りつぶしているのである。
 硬直する体に対して、不気味に脳味噌は冷静で、それが逆に確信を強くした。

 実はずっと前から分かっている事だった。ただ視覚的に少しショッキングだったので、自覚という形で恐怖が体を襲ったのだ。
 すなわち狂気。無気力な狂気。
 48号は思う。己はとっくの昔に発狂しているのだと。
 冷静に。知的に。深く深く。

 背中を丸め机に突っ伏した。がたがたと震えてみる。
 半分は本物の恐怖。狂人の己を受け入れる事を拒否する理性の軋みである。
 もう半分は演技。狂ってしまった己がいかにも可哀想であるように、より狂人として振舞おうとする部分である。

 せめぎ合う感情。眼球はカッと見開かれ、真っ黒な文字列を凝視している。意識まで黒く染まっていくようだった。
 アルファベットの一つ一つがその大きさを増し、夥しく増殖し、机にはみ出し、ついには部屋を暗闇にし、そして脳を侵食していく。
 額から一滴の汗がぽとりと落下し、紙上のインクを滲ませた。
 激しい動悸に、耐え切れず48号は文字列より目を逸らす。

 目の前にはぼんやりとコンクリートの壁。妙に暗く映った。どうやら電球が完全に死んでしまったらしい。
 汗で囚人服が肌に張り付く感触に不快感を覚えつつ48号はそう思った。しかしそれにしては、よく見えすぎる様にも思った。
 電球を失った今、この部屋の光源は廊下より僅かに届く非常灯の緑光だけの筈なのだ。
 それを考えると、とても明るい。色合いも緑と言うより青白いと言った方がしっくり来る。月明かりが照らしたなら、丁度このような塩梅になるのではないか。
 48号はそんな事を思い、不可解な現象に不気味さを感じ始めた。

 いよいよ狂気に飲まれてしまい、実際と異なった映像を己の水晶体は映しているのではと、そんな事も思った。
 動けない体。脳は自身を納得させる為の試行で忙しいので、下部組織に気を回す余裕が無いらしい。
 ぼんやり正面を見つめ続ける48号。
 一人きりの独房で聞こえる筈の無い声を聞いたのは、確かにこの時だった。

「――こんばんわ。そして初めまして」














 The first day 〜9/30 Moon〜
 薬殺【Hyperkalemia】














 パイプベッドの上。彼女はちょこんと座っていた。まるで最初からそこに居たような自然さで。

「あなたは、一体……?」

 48号が殆ど無意識に呟いた疑問に、彼女は可笑しそうにクスリと笑うと、その視線を48号に向けた。

 何とも華奢で可愛らしい少女である。
 ぱっと見た感じの顔つきは白色人種(コーカソイド)がベースである事は間違い無さそうだが、黒色人種(ネグロイド)の力強さや黄色人種(モンゴロイド)の柔らかさを彷彿させる要素が混じっている。
 世界中の民族の造形より魅力的な部分のみを抜き出し、美しく繊細に調和させた。そういった風貌であった。
 肩まで伸ばされた柔らかそうな金の髪。頭に乗った赤く大きなリボンは、ともすれば痛々しい印象を与えかねないはずなのだが、不思議と彼女の風貌と溶け込んでいる。
 そのどこか子供っぽい顔付きに、とても良く似合っているように思えるのだ。

「幻月。私の名前」
「ゲンゲツ?」
「Mock Moon。本物の月の隣に見える偽の月。そんな意味」

 流暢な英語で囁くと、少女はすっとベッドから立ち上がった。
 見つめてくる瞳は蜂蜜を流し込んだような黄金色である。
 ばさりと風切り音が聞こえた。はらりはらりと舞い散る物がある。
 軽やかに空気中で揺れるそれは、よくよく見れば白い羽であった。
 彼女の背負う純白の翼が大きく広げられたからだ。

 聖書の挿絵で48号は同じ翼を見た事があった。そう、天使のそれだ。
 だからこそ48号は確信した。今確かに目に映っている少女が、その実、現実には存在しえない事に。

「ああ……ついに私は狂気に飲まれてしまったのか」

 影のある呟きであった。嘆きである。

「ミス幻月と言いましたね。どうか私に近づかないで頂きたい」
「あれ? どうしてかな?」
「私は頭がおかしいのです。気が違っているのです」
「へー、でもおかしいって言う割りには、十分なインテリジェンスを備えているように見えるわ」
「だから私は精神鑑定で正常とされてしまったのです。
 しかし、自分の事は自分が一番分かります。私は狂っているのです。狂人なのです。
 私の手には未だ銃の冷たい感触がはっきり残っています。あの日から既に3年の時が経ったというのに。
 反動の衝撃も、飛び散る血液も、耳をつんざく悲鳴も、全て昨日の事のように思い出せるのです。
 しかし、私のこの顔を見てください。余りに無感情な、まるでロボットか何かのような血の通わぬこの顔を。
 私は私の犯した許しがたい罪を知識として知りながらも、あくまで他人事としか感じる事ができないのです。
 こんな私が正常な人間であるはずがありません。
 証拠にミス幻月。現に私はあなたと話をしている。存在などする筈の無いあなたと言葉を交わしている。
 よろしいですか。
 この刑務所は“無人の土地(エル・デスポプラド)”ことチワワ砂漠の奥深く。乾いた砂とメキシコ国境に挟まれた陸の孤島。
 そして私がいる暗く狭いここは48号独居房。重犯罪を犯した死刑囚を隔離する為の五十ある牢獄の一。
 幾層に重なる外郭、何十もの格子付き扉、百台を超える監視カメラ、そして四桁の警報装置に囲まれた絶対に脱獄不可能な監獄。
 すなわち、この独房の中に入り込めるのは、特殊な教育を受けた刑務官のみなのです。
 なのにあなたはここにいる。どうやら私は完膚無きまで狂ってしまったようです。
 幻覚剤(LSD)でも決めたかのように、この目は虚像をしっかり映し出し、あまつさえそれと会話までしているのですから。
 ああ、ミス幻月。あなたに少しでも慈悲の心があるというのなら、どうか私の前より消え去ってはくれないでしょうか。
 やはり、錯乱してしまった事を素直に認めるのは、流石の私でも抵抗があるのです」

 48号の嘆きは、或いは懇願であったのだろう。彼女は本来見えていてはいけない。存在してはいけない。
 しかし、幻月はそんな48号の願いに応える事なく、にやりと悪戯っ子のような笑みを浮かべたのだった。

「ひどいなぁ。せっかく遠くから来てあげたのに。
 でも駄目。だって私は慈悲なんて概念から最も離れていて、しかもあなたにとっても似つかわしい存在なんだもの」

 皓歯が覗く。犬歯は人並みより幾らか鋭い。
 仄暗い中で、そのエナメル質の白さは殆ど異様に映った。
 現実感のある光景だった。何故だか背筋がぞっとした。

「分かるかな? 私はこんな格好してるけど、実は悪魔(デーモン)なんだよ。
 だから、帰ってくれって、あなたのそのお願いは聞けないなぁ。だって私はあなたに興味を持っているの」

 そんなはずがないと言おうとした。本当に悪魔だと言うなら、その格好は神への冒涜ではないか。
 だが口は動かない。……瞳を見た。酷く恐ろしいものだと気づいた。
 彼女の蜂蜜色の瞳は、一見分かりやすい愛嬌を湛えているように見えるが、より本質的な部分で得体が知れない。
 あまりにも冥いのだ。48号は、月のない真夜中の底無し沼を覗いている気分だった。深く黒く、淀んでいて。飲み込まれてしまえばまず助からない。

 悪魔だなんて、突拍子もない告白に48号が妙な得心を抱いたのは、そういう理由だったのだろう。
 否定をし切れないのだ。
 
 或いは、それは恐れだ。
 もし彼女が自身の幻覚であったなら。己の不安定な精神状態が作りだした“鏡”であったなら。そんな想像をする。
 例えば、ボールに溜められた水面に映った揺らぐな己の顔を見た時、もしくは鉄のスプーンに反射したぼやけた己の顔を見た時。生気がない表情にあって、付属している眼球だけが、あの異質な冥さを伴ってこちらを見つめ返しているのではないだろうか?

 そんなものを見てしまえば、衝動的に舌を噛み切って死んでしまうかもしれない。不穏な映像が脳裏によぎった。
 それは、或いは、48号にとって久々に抱いた人間らしい感情だった。
 狂気とは随分長く同棲してきたつもりだったが、やはりそれでも飲み込まれて錯乱するのは恐ろしかったし、死ぬことはもっと怖かった。
 
 彼女が己の鏡である事も、本当に悪魔である事も48号にとって歓迎できるものではなかった。
 この異常な状況から早く抜け出したいと心の底より願っている。
 そのための方策を……とにかくなんでもいいから手がかりが欲しかった。
 培ってきたインテリジェンスが、辛うじて48号に問いを発するギリギリの思考能力を与えた。

「あなたは、私の魂が欲しいのですか?」

 48号は幻月に尋ねる。ゲーテだっただろうか。昔読んだ本によれば、悪魔とはそういう物だったはずだ。願い事を叶える代わりに魂を貰っていくのだと。

「ああ、悪魔の契約ってやつね。随分と昔に陳腐化した概念だわ」

 彼女はさもおかしそうに笑った。

「最近の流行りじゃないのよ、それ。頭の固い時代遅れの老人たちが好きがるだけじゃないかしら。
 そもそも私達悪魔にとって魂とか、それほど価値のあるものじゃなかったり。まあステータスにはなるかもだけど、正直面倒だし」
「なら、どうしてあなたはここに……私には、何もありませんよ? 金銭も家族も友人も利権も、あなたを喜ばせるようなものは何もない。この監獄の中で朽ち、死ぬだけの、詰まらない未来があるだけです」
「言ったじゃない。私はあなた自身に興味があるんだって」
「解せません……」
「ふむ、なら少し具体的に言おうかしら。あなたはさっき、所有しているものは何もないって言ったけど、実はひとつだけあなたは権利を所有してる。それは私にとって、とても興味そそられるもので。
 知ってるかも知れないけれど、州法の規定によってあなたは薬殺、電気椅子、銃殺、ガス室、絞首台の五つのどれかから自由に執行される刑を選ぶ事ができる。
 うん、何とも嫌味な話だね。『あなたはどんな死体になりたい?』が人生最後の選択だっていうんだから。
 でも考えてみて? 人間は生まれる方法を選べないの。
 そして死ぬ方法も多くの人は選べない。死という事象から目を背けて背けて、結果、余命幾許もない病魔とか、不慮の交通事故とか、気が違ったコカイン中毒患者にスラッグ弾を撃ちこまれたりとか、運命が好き勝手に選定した望まぬ死因が強制的に執行される。
 でも、あなたは選べる立場にいる。特別なのよ。それって素敵な事だし楽しまなきゃって思うの。
 ちなみに最近の私のマイブームは人間観察。あなたの最後の選択と、そこに至るまでの思考の変遷はきっとおもしろいし、ちょっかいかけると更におもしろくなるはず」

 幻月のくすくす笑いは不思議と頭に響く。脳内に浸透していくような感覚があった。
 48号は随分と冷や汗をかいている事に気付く。
 彼女の声は有体に言えばとても可愛らしい。無邪気な少女のイメージそのものだ。仕草にも少しばかりの稚気が混じっている。
 それが酷い違和感だった。こんなに理想的な少女なのに、知性が相応に思えない。

 そして生命をあまりに軽く見ているらしい態度。
 いや、ある意味では子供らしいのかもしれないが。幼いころ昆虫を興味本位で虐殺した経験なら、多くの合衆国市民が所有しているだろう。
 ああ、だがしかし、彼女が見た目通りの少女であるなどと、もはや48号は信じていない。
 すなわち彼女は、少女の皮を被った何かだ。それも昆虫を愉悦のため殺せる精神を未だ肯定し続ける、おぞましい何かだ。

「商鞅とかペリロスとか、ああいう時代みたく派手な刑罰はだんだん廃れて、この国で残っているのは“人道的”で近代的な刑ばかりだけど、でも死の本質って多分変わってないんだと思う。
 あなたは知ってるかな? 心臓が潰れちゃったその瞬間、脊髄に走る電圧の悦楽を。
 知ってるかな? 体の空気が全部無くなっちゃったその瞬間、大脳に溢れるドーパミンの恍惚を」

 彼女の倫理が常識的な範囲から随分遠い位置にある事は、それまでの会話で何となく分かっていたから、死には快楽が伴うなどと自信ありげに嘯いても、違和感が格段に強まるという事はなかった。
 と言うより、気にする余裕がなかった。より決定的な事実を今知ってしまったからだ。

「……商鞅? ……ペリロス?」
「ん? もしかして知らなかった?
 商鞅は古代中国秦国の政治家。厳格な法家思想によって国家を精強にしたけれど最後は方々の恨みを買って車裂きにされてる。
 ペロリスは古代ギリシャの芸術家。ファラリスの雄牛っていう処刑具を作成して、自らの体でその残虐性を証明しちゃった人」

 そうだ。知らなかったのだ。
 48号はそのような人物が歴史上存在していた事を初めて知った。
 己が持っていないはずの知識を彼女は持っている。これは、すなわち――。

「あら、随分と難しい顔しちゃって。もしかしてまだ疑っているのかしら? まあ、私が正真正銘の悪魔だって事は、信じてくれって言うしか無いんだけど」

 ――彼女が己の“鏡”である可能性を否定する根拠になる。
 非常に……非常に信じられない事だが、本当に彼女は、自称している通りの存在だというのだろうか? 
 48号は酷く混乱していた。
 
 一体何を信じ、何をよりどころにすればいい?
 状況は常識の範疇を逸脱しすぎてしまった、もはや48号が三十余年で積み重ねてきた知識や経験はまったくの無力だった。
 不安定な心理。腐れた木材でできた細い吊り橋の上に一人立っている気分だった。足場を保証してくれるものがどこにもない。

 「――!?」

 情けない声が出そうだった。というか声が出なかったのは声帯がひきつってしまったからだ。
 幻月の瞳が近い。覗きこむようにしている。48号の心臓は張り裂けんばかりの拍動を刻んでいる。
 触覚が敏感に反応して、左腕を唐突に掴まれたことを48号は理解する。体温はあまり高くないけれど、存外柔らかな手だったからほんの少しだけ安堵するが、乱れた心理を繕うにはその程度の安堵気安めにもならない。

「まあ、いいや。あなたが信じるか信じないかは、それほど重要でもなかったり。私のことを、心の闇が作りだした幻影だと思うなら、それでもいい。
 ただ、あなたは私が提供する体験に触れる事さえしてくれればいい」
「……拒否権は?」
 
 体験? 嫌な予感しかしない単語だった。
 48号は絞り出すような声で問うてみるが、やはりと言うか彼女の反応は48号の期待を綺麗に霧散させるもので。

「認めません。私、そこまで優しい悪魔さんじゃないの」

 彼女の皓歯が酷く凶暴に見えた。

「大丈夫。あなたはただ私に身を委ねるだけでいい。何の心配もないわ」

 景色が変わったのは一瞬の事だった。
 いや、その表現はいくらか語弊があるかもしれない。
 変わったのと言うより、曖昧になったという表現がしっくりきた。ちょうど夢の中の、移動もしていないのに部屋の内装が明らかに違うものになっていて、しかし違和感はない、あの感覚が近い。
 パイプベットが視界からなくなっていて、代わりにのっぺりとした虚空があった。それは奥行きが感じられないのに酷く広大にだった。怪物の巨大な胃袋の中にいる感覚を48号は覚えた。
 思わず幻月の腕を握り返した。
 
「ようこそ。私の世界へ」

 黒いのか白いのか、彩度があるのか、原色がちらつくのか、油膜のような七色が湧いたり散ったりするのか。
 確かに見えているはず光景のはずなのに、どういう訳かひたすら曖昧に見えた。
 瞳を閉じてしばらく経つと瞼の裏に映る映像がイメージとして近いのかもしれない。認識の手が1インチ届かない、そういう不明瞭さでこの世界はできている。

「夢幻世界。ここの事を私はそう呼んでる。
 果てが無いくらいだだっ広くて、ひたすら空っぽな私の世界。
 でも何にも無いから、何にだってなれる。
 そうでしょ? モナリザの上から幾ら油絵の具を塗ったくっても、それは結局ダヴィンチの所有物に過ぎないけど。
 白紙のキャンパスなら、一度筆を入れるだけで私だけのものだわ。
 さあ、想像力を働かせてみましょう。目に映るものだけが真実だというなら、夢幻は真実になれる可能性があるはずよ。
 私は恍惚を知っている。いかなる苦痛であってもイマジネーションが恍惚に変える事を知っている。
 私はそれをあなたに証明してあげたいの。
 ね? 最初は薬殺刑。今から最も悪趣味にして滑稽なツアーを開始するよ」

 彼女が一体何を言っているのかよく分からなかった。聞えてはいるが理解はおぼろげだった。
 とっくに脳の情報処理能力はパンクしている。強烈な吐き気を覚え。しかし嘔吐してしまう前に48号が見た閃光は――。






 ◆ ◆ ◆






 48号が気が付くと、そこは見慣れた独房のコンクリート造りでは無かった。
 病的なまでに白いタイル張りの天井が見える。無機質な光を放つ蛍光灯もまた病的に白く、その隣で空調のファンが静かに回っていた。隣室からだろうか? 時計が秒針を刻む音が聞える。
 背中の感触は柔らかい。上等では無いにしても真新しいスプリングベッドである。独房のそれとは大違いであった。
 ゆっくり体を起こした48号は狐につままれたような表情のまま周りを見渡す。

 コチコチという規則正しい秒針の刻み音。床はグリーンのタイル。あまり広い一室ではない。48号は手術室の造りではないかと思った。
 薬品臭。病院特有のそれが鼻を刺すからだ。
 しかし、手術室に付き物な、ぎらぎら光るメスの類や、素人目に見て何の用途があるのか分からない器具は置かれていない。
 代わりに、壁を覆うようにしてずらりと立ち並んだ薬品棚。その中には透明や茶褐色の瓶が所狭しと並べられている。

 一体ここは?

 まず疑問符が浮かんだ。
 独房で気を失って、医務室に搬送された?
 しかし、辺境の老朽化した刑務所が備えている医療施設には見えない。
 ヒューストンあたりの総合病院にヘリで運ばれたのだろうかとも思ったが、たかが死刑囚のためにそれだけの救急措置を、あそこの刑務官達が行うとは思えなかった。
 釈然としない面持ちのまま、48号は左腕を見る。彼女に掴まれていたそこだ。最後に強く握られたからもしかしたら痕が残ってるかもと思ったが、そんな事はなかった。

 ……どうやらおかしな夢を見ていたようだった。
 独房の中にいたはずが、悪魔だと名乗る少女の手に引かれ、不気味な空間を目の当たりにした。
 錯乱したとさえ思った夢の中での取り乱し振りだったが、今は遠い過去の事のように思えた。

 本当にあれは夢だったのだろう。証拠に、この病室は実に明瞭な陰影を保っている。現実だけが持ち得る光景だ。
 ここに己がいる理由は定かでないが、しかし、何らかの……それはおそらく思いもよらないようなものだろうが、矛盾のない経緯があるのだろう。 
 例えば、元の刑務所でなんらかの不都合があって、収監場所の変更があった。
 もしくは、そもそも己は服役などしておらず、実は交通事故か何かで頭を強く打って植物状態になっていた患者で、たった今奇跡的に目が覚めて、事件や刑務所の記憶は長い夢で――

「あら、気が付いたのね」

 背後。それは聞こえてはいけない声のはずだった。甘ったるいファニーボイス。心臓がびくんと跳ねる。
 48号がおそるおそる振り返った先。想像と寸分変わらぬ得体のしれない蜂蜜色の冥い瞳と、笑顔から覗く皓歯。
 
 これは夢ではなかったのか?
 悪夢から目覚めたと思ったら悪夢が後をつけてくる。まるで『エルム街の悪夢』だ。
 驚愕の表情が最初にあった。続いてふつふつと恐怖が湧きあがって来るはずだった。
 が、どういうわけか48号には、その恐怖が予見していたよりずっと矮小な事に気付く。
 情けなく悲鳴を上げる事もなかった。

「ああ、よかったよかった。ちゃんと利いてるみたい」

 予想外も再会してしまったMs.フレディは意味深な表情をしている。

「あんまりにも怖がってたから、ちょっとね。ザナックスみたいなものだと思って」

 48号には覚えがある名前だった。ベンゾジアゼピン系の抗不安薬(マイナートランキライザー)だったはずだ。
 銀行員だった時代の上司が確か処方されていた。行員一人一人の責任が大きい職場だったから、精神を病んでこういう物が必要になる同僚も少なからずいた。
 もっとも、己は薬のお世話になる段階を一足で飛び越え、取り返しの付かない狂気にどっぷりつかってしまったのだったなとか、そんな事をぼんやり思い出した。
 そういえば、感情や思考がどれも鈍い。恐怖が抑制されているのもそうだし、勝手に薬剤を投与されていたのだから怒りの気持ちがあってもいいのだろうが、それも沸いて出る事はなかった。
 なるほど、薬はよく利いているらしい。

 脳内に霞みがかかったような違和感はあるが、しかし、それだけだ。
 異常な状況に直面していながら、冷静でいる自分に気付いて48号は少し安堵をした。
 心に若干の余裕が生まれている。現実の存在ではない彼女の言葉にだって耳を傾ける事できる程度に。 

「病院の造りを再現してみたよ。ここからじゃ見えないけど病室や安置室もその他もバッチリ作ってあるの。
 蛇口を捻れば水が出るし、一階の診察室では風邪ひいた子供がお医者さんに聴診器を当てられているわ。
 建物は5階建てだけど、私が望めば天を突く高さにだってなるし、気紛れを起こせば、寝たきりの末期ガン患者をホラー映画さながら全部ゾンビにして院内を徘徊させる事だってできる。
 ここは私のイマジネーションが限界に達するまで、私の好きなようになる世界。
 ね? 想像力って凄いでしょ? 突き詰めればそんな事までできちゃうんだから」

 幻月は48号ににっこり笑いかけ、首を可愛らしく傾けて見せた。
 その格好は清潔なワンピース。頭には同じく純白の布地に赤十字のあしらわれたキャップ。所謂ナースのそれである。

「どうかな? 似合ってる? それっぽく決めてみたんだけど」

 紙ばさみに挟んだカルテ片手に幻月はクルリと体を一回転させる。ふんわりとスカートの裾が広がった。背中にはやはり純白の翼があった。
 まだ状況をよく理解できていない48号は曖昧に返事を返すことしかできない。
 そんな48号の間の抜けた顔に、おかしそうに幻月はクスリと笑い声を漏らす。

「いっぱい体験して欲しいの。死ぬってどういう事か。
 とは言えきっと最初は抵抗があると思う。だって怖いよね。あなたは死ぬって事を知らないんだから。
 でもきっとこの恍惚をあなたは気に入ってくれると思う。
 安心して。最初はライトな死に方から教えてあげるから。徐々に慣らしていきましょ」

 笑顔をそのままに幻月は48号の隣に腰掛け、体重を預ける。
 いつの間にかその手に握られていたのは、小ぶりな注射器だった。バーミリオンの薬剤が装填されていた。
 あんまりにも毒々しいかったものだから48号は思わず顔をしかめた。
 そんな48号に気付いたのか、これはそれっぽいだけの色水だけどねと、幻月は茶目っ気を込めてウインクした。

「薬殺刑。最先端の死刑。一般的な方法としては、麻酔薬の静脈注射で眠らせた後、筋弛緩剤で呼吸を止めて、最後は塩化カリウムで心臓を停止させる。
 つまり、苦しんで死なないよう配慮された処刑方なわけね」
 とはいえ、ここにはありとあらゆる毒がある。
 ボツリヌス毒素(ボツリヌストキシン)や破傷風毒素(テタノスパスミン)みたいな強力な細菌毒。
 トリカブト毒(アコニチン)やベラドンナ毒(アトロピン)みたいなアルカロイド。
 青酸カリや、フグ毒(テトロドトキシン)みたいな有名どころも用意したし、じわじわってのを試してみたいなら、タリウムやカドミウムもいいかもね」

 『どれがいい?』彼女が尋ねてくる。
 答えられない。答えられるはずがない。

 病院のベッドの上に連れてきて、抗不安薬を投与し、彼女は何をしようとしているのか。 
 いや、ここまでの言動から明らかではないか。
 48号は血の気が引くのを感じた。彼女は48号を毒殺しようとしている。
 そんなデリバリーピザを選ぶ感覚で死因を決めるだなんてこと。そもそも殺される事自体がノーサンキューだ。

 ベッドから飛び降り、逃げようと思った。しかし体が酷くだるくて動かない。頭の先からかかとまでが重金属にでもなってしまったようだ。抗不安薬が利きすぎているらしい。

「もしかして嫌?」
 
 48号は必死で何度も頷く事をする。ふむぅと幻月は少し考える仕草をし。

「まあ、少々強引だったのは認めるけど、とりあえず一回やってみようよ。ね? 思ってるより悪いものじゃないから」

 拒絶の言葉は出せなかった。どこからか伸びたゴム製の拘束具が、48号を一瞬で不自由にしてしまったからだ。
 そして、体のあちこちにいつのまにか巻きついていたビニール製の管。

「大丈夫。私も同じことやってあげるから」

 辛うじて動いた首。横のベッドを見れば幻月もまた同じように、拘束具と透明な管にぐるぐる巻きにされていた。

「じゃあ始めるよ」

 ぴこぴことアラート音が鳴って、よく分からない医療機械が起動する。
 左手の血管にひやりとした感覚がった。麻酔薬を流し込まれている。強烈な怖気が走ったが、それもすぐ消える。
 全身麻酔による眠りは、自然眠のそれとは違って、完全に不可抗力的な事を48号は知っていた。
 ちょうどコンピューターの電源を落とした時みたいな感じだ。

 電子制御された医療機械が小さな振動音をあげながら、プログラムされた手順に従い薬剤を投与し続ける。
 この部屋にはそれ以外に動くものがない。
 そろそろ筋弛緩剤の注入が終わるころだ、まもなく塩化カリウムが投与され、48号と幻月の心臓は停止するだろう。
 トラブルが起きていない事を示す、医療機械の緑ランプがぼんやりと輝いていた。






 ◆ ◆ ◆






「――はっ!?」

 電撃が体に走るような衝撃で48号は目覚めた。殺風景なコンクリートの壁。
 きょろきょろと落ち着かないまま周りを見渡すが、いつもと変わらぬパイプベッドと古びた机があるのみだ。
 薬品棚も、消毒液の匂いも、彼女のブロンドも、あの奇妙な体験の痕跡は見当たらなかった。

 夢中夢。そんな単語がよぎった。
 奇妙な少女と交わした会話も、病院での出来事も、どうやらあれらは、本当の本当に夢だったらしい。48号は理解をする。
 椅子に座ったままの居眠りだったらしい。眠りが浅かったから夢を見たのだろう。

 汗でびっちょりの体に囚人服が張り付いていた。いい気分ではなかったが、とりあえず今は、悪夢よりの帰還を果たした事に安堵した。
 そこで48号はペンを握っている事に気付く。

 眠っていたというのに、よく落さなかったものだ。そう思いながら48号は机の上を見た。数枚の罫紙。何かが書かれている。
 どうやら文章らしかったが、酔っぱらいが左手で殴り書いたような酷い文字でとても解読できそうになかった。
 記憶にないが、おおかた、居眠りしてしまう前にうとうと筆を走らせていたのがこうやって残っているのだろう。
 何となく苦笑しながらそれらの罫紙に目を通していく。すると幾つかの単語が読みとれる事に気付いた。嫌な予感がした。心なしか震える指で文字をなぞり、読み上げて行く。

「hospital(病院)……poison(毒薬)……」

 48号の顔はみるみる青ざめていった。そして決定的なあの単語が。

「……Mock Moon(幻月)」

 辞書を引けば、本物の月の隣に、もう一つの月のような光源が現れる自然現象とでも解説してくれるだろう。
 なんにしろ日常で使う単語ではないのだ。紛れもない悪夢の痕跡。彼女の頭に響くクスクス笑いがコンクリートの向こう側から聞えた気がした。
 心臓を冷たい手で掴まれたようだった。動悸がする。息が上がる。
 思わずマグカップの水を一気に飲み干した。














 The second day 〜10/30 Moon〜
 電気椅子【Old Sparky】














 ――とりあえず、科学的な説明はできるはずだ。

 思考能力を取り戻すのに要した30分を経て、48号はそう呟いた。

 おそらく、一種の夢遊病のようなものなのだと思う。48号にそんな病歴はなかったが、しかし、独房とは強いストレスと同棲する空間だ。
 それが精神に何らかの影響を与える事だってあるだろう。

 夢の中で彼女が口にした知識が初めて知るそれだったのは確かに不思議ではあるが、しかし『残虐な処刑の歴史』など大衆向けの低俗な雑誌が好きそうなネタではないか。
 おおかた、昔目にした記事が記憶の深層に刷り込まれていたのだろう。

 ふと、彼女の得体の知れない瞳を48号は思い出し、背筋がぞっとしたが。
 だが、夢の中では、何でもない事が酷く恐ろしく思えたりするものだ。

 ――大丈夫だ、あれはただの不可解な夢だ。おれの深層心理が少しだけエラーを起こしたがため見えた詰まらないノイズだ。おれは何も変わってなんていない。錯乱もしていないし、もちろん悪魔なんていない。大丈夫だ。

 自分に言い聞かすように呟く。
 いつの間にか電球が新品に替えられていた。鉄扉の前に囚人食が置かれている。食器のスプーンが鈍く光っていたけれど、顔を映す気にはなれなかった。

 ――大丈夫だ。おれは大丈夫だ。

 もう一度48号は呟いた。






 ◆ ◆ ◆





 
 元気のいいヒスパニック系のアルバイトが注文を確認する声。隣の机ではビジネスマンらしいスーツ姿の日系人がアイスコーヒー傍らに携帯端末を弄り、さらに隣ではハイスクール帰りらしい女子3名がポテトフライをつまみながら恋人の話をしている。窓の外のドライブスルーは2台待ち。
 トレイにチーズバーガーを山みたいに乗せて席を探す黒人の巨漢は、確かヒューストン大学フットボール部のディフェンシブラインだったはずだ。
 48号にとって見覚えのある光景。勤めていた銀行近くのファーストフードショップ。
 
 ――おれはつい先ほど眠りについた気がしたが?

 何だか酷く精神を疲弊する出来事があって、ベッドに倒れ込んだ気がする。
 ならばこれは夢なのだろうか?

「あなたの番ですよ?」

 後ろの老婆が迷惑そうな顔して48号を見上げていた。
 なるほど、どうやら並んでいる途中だったらしい。48号はカウンターでメニューを見る。
 銀行勤めの時代、よくテイクアウトしたフィッシュバーガーをセットで頼んだ。10ドル札とお釣りを交換する。
 コークとポテトが手際良く用意され、紙に包まれたフィッシュバーガーがトレイに乗せられる。待ち時間は20秒なかっただろう。

 未だ不機嫌そうな老婆の視線は無視して席を探す。都市部の店だからして相当に混んでいる。
 一人で座れる席はないかもしれない。きょろきょろ周りを見渡す。

「あ、こっちこっち」

 ひらひら手を振る少女が見えた。48号は思わずトレイを落としそうになった。心臓に悪い光景だった。

「そんなに驚かなくていいじゃない。失礼しちゃうなぁ」

 格好は近くのハイスクールの制服だったが、蜂蜜色の瞳にブロンド。背には見間違えようのない純白の翼。
 幻月。再び会う事はないと思っていた。いや会うはずないと信じたかった彼女がそこにいた。
 何しろ彼女は夢の中で己を一度殺害しているのだ。48号は疲弊していた理由を思い出した。

「あ、あのお客様? 何かお困りですか?」

 よっぽど怖い顔をしていたのだろうか? おずおずと店員が声をかけてくる。

「彼は私の連れ。怪しい男じゃないよ」

 ぱんぱんと隣の椅子を叩き、幻月はここに座れと示す。
 向けられている周りの客の視線が心地よくなかったので、仕方なく48号は幻月の机まで移動した。
 隣の椅子は流石に座る気になれなかったので、机を挟んだ正面だ。
 幻月のメニューはビーフパティを4枚挟んだ特大のハンバーガーに、ポテトもドリンクもXLサイズの、女の子が一人で食べるには、あまりらしくないものだった。

「ずいぶん食べるんですね」
「いくら食べても太らないのよ、私」
 
 軽口がすっと出てくれたあたり、案外精神に余裕はあるのかもしれないと48号は思った。
 あるいは、恐怖を上書きする程度に不機嫌なのかもとも思った。同時にある種の諦観を自覚した。
 
 彼女の翼は相当に目立つはずだが、店内の誰一人として気にしない。つまりここはそういう世界なのだ。
 どうやら、もはや恐怖は無価値らしい。
 銀行員時代の、ビジネスライクな喋り方を思い出した感じだった。

「ふむ、とりあえず安心した」
「一体何がです?」
「あなたが逃げちゃわなくてよかったってね。こうやって私とお話する機会を持ってくれた」
「結構緊張しているんですよ、今。心の中はガタガタ震えている。しかし、どうせ逃げても同じことでしょう。
 今の時点で、少しだけ理解できている事があって。すなわち、これが夢なのかそうでないのか定かではありませんが、あなたはこの世界に好きなように干渉できるし、好きな所に出没する事ができる。
 このハンバーガーショップだって、あなたの作り上げたものなのでしょう。
 ええ、逃げても無駄なのです。ならばこの不可解な現象の主犯たるあなたと接触し、解決の手段を模索するのが賢明なのでしょう」
「なるほど。あなたは本当に利口な人間だわ。逃避はもっとも簡単な方法。でも、直視する勇気がより生産的な答えを導いてくれる。あなたを選んでよかったわ。
 まあ、ほら、とりあえず包み紙解いてさ、食べながら話そうよ。結構自信作なんだ。銀行通りのバーガーショップの平日午後を完璧に再現できたはず」

 少しひっかかるところはあったが、そもそもが不可解な事ばかりだ。
 今は深く追求しない方がいいのかもしれない。それよりも手の届く範囲の情報が欲しかった。
 包み紙を開く。独房ではまず食べる機会のないフィッシュバーガーは懐かしい味がした。何となくオフィスの同僚達の顔が浮かんだ。当時は楽しく談笑したものだが、もし今会ったなら、殺意を込めた罵倒を貰うだろうと思った。
 
「どうかな?」
「……この店、魚は店長が揚げるんですが、彼はあんまり器用でないのか、よく衣にコゲを作っていました。そんなとこまでそっくりです」
「でしょ」

 幻月は嬉しそうに笑っていた。彼女みたいな存在でも褒められると嬉しいんだなとか、そんな事を48号は思った。

 あのバイトの子に最近彼氏ができたらしいとか、新商品が大コケで店長は頭を抱えているとか、フライドポテトにケチャップはつける派つけない派とか、違和感を感じるほどに和やかな会話がしばらくあった。
 48号は、まるで98年に――刑務所に入る前の時代に戻って来た錯覚さえ抱いている。 

 幻月が、事態の核心についての話題を切り出したのは、彼女が特大サイズのハンバーガーを胃袋に収めたあたりだった。
 
「さて、とりあえずなのだけど、私はあなたに謝罪をしたいと思う」
「謝罪?」
「うん、謝罪。昨日はちょっと強引に事を進めすぎた。もっとあなたの理解を得る努力をするべきだったと思う」
 
 毒物を注入する管が装着された己の姿を思い出し、48号は顔をしかめた。いい気分はしない。
 あの時彼女は何故殺害をしたのか。そして、それならどうして我々は再会できたのか? そこそもこの世界は一体何なのか?
 疑問はぐるぐると48号の脳内を巡っていた。

「ふむ。それらに関してはできるだけ真摯に答える事にするよ」

 紙コップに刺さったストローからオレンジジュースを一口含み、幻月は続けた。
 
「昨日言った事と重複する部分もあるんだけど、聞いてる余裕なんてなかっただろうし、一から答えるね。
 まず私があなたを殺したがってた理由。これに関しては一種の実験だと思って。死と言う事象に際して、あなたがどういう心情を呈し、どういう行動を取り、最終的に何が見える様になるか。それを観測したいの。怨恨とか、そういうのは一切ないから安心して」
「……いい趣味には思えませんね」
「まあね。人の生き死にで遊ぶなってのは、常識ではあるんだろうけど、それはあなた達の論理だしね。私は悪魔だよ。少なくともそれを自称している。それは倫理を軽視する事の、十分な根拠にならないかな?」

 随分身勝手な話だと、48号が本音で思ったのは確かだ。しかし口は挟なかった。彼女は分かってやっているのだ。抗議したところで心変わりしないだろうし、臍を曲げられると色々面倒なのは何となく理解していた。

「次の質問。つまり本当に殺害が為されたと言うなら、どうして私たちは生きてるんだと。これに関しては、あなたを納得させる説明は難しいかもしれない。
 ただ、敢えて解説をするなら、つまりあれは、死という事象を限りなく忠実にトレスした現象だったと考えて。
 本物の死とそれを明瞭に分ける手段はないと私は思っているけど、ただ、あの世界においてのみの例外措置として、死んでもそれが人生の終わりを意味しないという風にした。そういう設計なのよ。
 たぶん、理解できないだろうけど、そういうものなんだって納得して。つまりあなたは“私の世界”にいる限り何回でも死に放題」

 釈然としないながらも48号はとりあえず頷く事をした。コークは半分程まで減っていた。

「三つ目。この世界について。多分あなたはこの世界を夢だと思っているよね?」
「ええ、それがもっとも合理的な説明に思えますから」
「うん、それは間違っていない。この世界はとても夢に近い。でも私はこれを夢と呼ばず“私の世界”と呼ぶ。あるいは“あなたの世界”でもいいかもしれない。
 何故なら、これが夢だって言い切れる根拠がないから。
 『胡蝶の夢』って知ってる? 古代中国の荘周って思想家の説話なんだけど。
 大まかに解説するなら、彼は蝶になって空を飛ぶ夢を見たの。そして起きてから考えた。夢の中で自分が蝶になったのか、それとも今現実だと思っている世界が、実は蝶が荘周になって見ている夢なのか、どうやって見分ける事ができようか?って。
 夢と現実は解釈のしようによって酷く曖昧になる。どう捉えるかは、あなたに任せるわ」

 これも釈然としない答えだったが、幻月は煙に巻くと言う感じでもなかった。誤魔化しのない解説として、そういうものだと言っているのだ。
 とりあえず、自分はこれからも殺されるんだろうし、その度、不可解な世界にどっぷり浸からないといけないらしい事は理解できた。
 ただ、そうなると、48号にはもう一つ尋ねておきたい事があって。

「……ところで、一体どうして私なのでしょうか?」
「ん?」
「いや、あなたはどうして私を選んだのでしょうか? 観測をするというなら、別の人間でもよかったのでは?」
「ああ、そういう」
 
 死刑囚だから、人権を無視していいと彼女が考えたのかもしれないとも思った。しかし、よくよく考えれば彼女はそんな殊勝な性格はしていない。
 彼女にとって人間の命なんて、死刑囚だろうが偉大な政治家だろうがポップスターだろうが平等に軽い。
 フライドポテトの最後の一本を齧り、幻月は答えた。

「観測対象の選定にはいくつかの条件があった。死刑囚みたく、周辺からの接触が限られる環境にいる人間は、観測に余計な邪魔が入りにくそうだって理由で優先的にピックアップするようにはしてる。
 でも、もっと重要なファクターがいくつかある。
 一つはインテリジェンス。この世界では多くの不可解な事象が起きるけど、それを冷静に受け止め、理解しようとする知性が必要だった。
 その点あなたは十分合格点。銀行員時代のあなたは、ちょっとした時間があれば何かと思索して過ごすのが趣味の人だったらしいわね。
 二つ目は適度な狂気。おそらくまともな人間にこの世界は受容できない。錯乱しちゃうわ。
 知性と共存できるぎりぎりの狂気を保持している人間。これは探すのが結構骨だったわ。
 そして最後に、これが一番重要」

 人差し指でこめかみのあたりを指すポーズをし、幻月は言葉を続ける。

「イマジネーション。私が見たいのは想像力が怪物になる瞬間なのかもしれない。
 この世界が私の想像力によって構成されているってのは言ったと思うけど、実はこの世界は私だけが干渉できるわけじゃない。
 ここは“私の世界”であると同時に“あなたの世界”でもあるんだから。そして干渉に必要なのがイマジネーションの力。
 あなたには素質があると思った。想像力と言う絵具を自在に駆使し、広大な世界というキャンパスに絵画を描く素質が」

 『あー、そうそう。性格が良さそうだったからってのも追加しておいて』茶目っ気たっぷりな笑顔で幻月はつけ加えた。

「あなたには期待してるんだよね。今まで何回か同じ観測は行ってるんだけど、満足いく結果はまだ得られていない。でもあなたなら上手くいく気がする。
 だから、よかったら協力して欲しいの。あなたがする事は、私に付き合って、ついでに死んでみるだけ。たったそれだけで、こうやって刑務所じゃ絶対味わえない美味しいものも食べられるし、悪い話じゃないでしょ?」

 ついでに死んでみるって、随分軽く言うなぁと48号は思ったけれど、今更だから何か言うのは止めておいた。
 それよりも――これは驚くべきことなのだが――案外乗り気になっている自分に気付く。
 別に美味しい物に釣られた訳じゃないけれど、ただ、先ほどまで彼女に抱いていた恐怖が随分と薄れ、代わりに幾らかの好意すら沸いているようだった。
 彼女は得体のしれない怪物であるけれども、とりあえず理性的に話が出来る相手だと理解できたのが大きいのだろう。
 それに幻月は先ほど48号の事を性格がいいと冗談めかして言ったけれど、実際は人がいいとでも言ったほうが適当なのだろう。頼まれた事を断るのは苦手な性質だった。

「嫌だって言っても、どうせ勝手にやるんでしょう?」
「あら、よくわかってるじゃない」
 
 やれやれと48号は肩をすくめた。
 
「仕方ありませんな。ただし私の舌は毎食ファーストフードで納得するほど安くはありませんよ」
「OK。OK。その辺はがんばるよ」

 どうせ未来などないのだ。毎日を無為に過ごし、死刑を待つだけの、殆ど死体と変わらぬ体と頭だ。
 ならば、人体実験めいた何かに献体してみるのも、別に不都合はない。
 それに、よくよく見ると彼女は相当な美人だ。あんなに恐ろしいと思えた瞳の冥さも今はミステリアスな魅力に見えたりする。
 そんな彼女が人生の最後に付き添ってくれると考えれば、まあ悪い気はしないのだった。

「さて、あなたの同意も得られた事だし。これで安心して話を進める事ができるわね。
 実は私の方からもいくつか聞いておきたい事があったんだ。あ、気楽にしてていいよ、雑談の延長上みたいなものだから」

 空になっていたトレイがいつの間にか消えていた。
 四人用の小さなテーブルも、あんまり高そうな気がしない椅子も、騒がしい女学生も、商談の準備をしていたビジネスマンも。綺麗さっぱり消えていた。
 代わりにここには、幾らか上質のチーク材でできたテーブルと、クッション付きのアンティーク風な椅子があった。
 少し暗めの落ち着いた照明に、ジャズが静かに流れ。

「ハンバーガーも悪くないけど、食事の後は甘いものだよね。ここニューヨークの店なんだけど、結構おいしいケーキ食べさせてくれるんだよね。
 あ、私はガトーショコラとミルクティー。あなたも適当に頼むといいよ」

 小柄な女性店員が注文を取りにきていた。
 甘い物と言われてもぱっと思いつかなかったので、48号はブラックコーヒーだけを注文した。
 バーガーショップから喫茶店への変化が唐突だったから、動揺もあったのだと思う。
 ここは、こういう不可解な出来事が当たり前に起こる世界だ。改めて認識をする。

 そんな事をしているうちに、幻月は何やら分厚い書類を机の上に用意しているようだった。

「これは?」
「んー。業務上必要な資料?」

 ふむふむと、興味深そうに幻月はその書類に目を通している。

「なるほど。誕生日は63年の6月12日か。ベトナムのティック・クアン・ドック師が仏教徒を弾圧する政権への抗議のため焼身自殺したのがこの日だね」
「ちょ、ちょっとそれは……!?」

 思わず48号は書類を奪い取ろうと手を伸ばす。しかし幻月はひょいと書類を持ち上げ48号の手に宙を切らすと、何事もなかったように文字を目で追う作業を再開した。

「幼い頃のあなたはコミックが好きな少年だった。姉がひとりいるんだね。2歳上の。いいなぁ、私もお姉ちゃんが欲しかったかも。結構憧れだったり。
 12年の義務教育は優秀な成績で卒業。進学先のUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)経済学部でも模範的学生として表彰されている。
 所属していたフットボールチームではボウル・ゲームにレギュラーとして出場。当時の写真を見ると普通にハンサムだし、典型的なジョック(人気者)になってもおかしくなかったと思うけど、不思議と浮いた話はないのよね。当時の友人は所謂ナードが多かったみたいだし。
 学長褒賞を貰った卒業論文を引っ提げての最初の就職はロサンゼルスの大手証券会社。その後数回のヘッドハンティングを経て、地元ヒューストンの新興銀行の管理職を5年ほど続ける。そしてあの事件が起こった。
 ちなみに、事件の日まで前科および補導歴は一つも無し。そりゃ国民は驚くわよね。正に模範的な市民だったっていうのに」

 納得したように頷く幻月とは対照的に、48号は酷く落ち着かない。

「そ、それは一体何なのですか!?」
「何って……聞いてのとおり、あなたの個人情報だけど。もしかしてどこか間違ってるところがあったのかしら?」
「いや、そういう事じゃなくて、どうしてあなたがそれを持っているんですか!?」
「どうしてって、そりゃ、調べたからだけど」
「ああ、もう。いいから。それ以上読まないで。返してください!」
「別にいいじゃん減るもんじゃないし」
「減るんですよ。私の尊厳とかが」
「……まあ別にいいけど。もう全部覚えたし」

 とりあえず彼女の脳味噌は色々と反則なスペックを有しているらしかった。
 ぱさりと投げ寄こされたA4で50枚くらいありそうな資料を前に、48号は項垂れることしかできない。

「ほら、でも、あなたのバックボーンを把握しておくのは重要な事だし、どっちにしろいずれ知られる事になる情報ばかりなのだわ。
 むしろ、今回みたいな方法はとても穏便で、私にしては珍しいくらい。……最悪、脳味噌に直接尋ねるって手もあるわけだしね」

 すごくいい笑顔のまま物騒な事を言い放つ幻月に、多分これは諦めるしかないんだろうなぁと48号は溜息をつき、運ばれてきたブラックコーヒーに口をつけた。
 幻月は幸せそうな表情でガトーショコラを頬張っていた。

「さてと、じゃあいくつか質問させてもらおうかしら。これらは必要な事なのだけど、深く考える事はないから、軽い気持ちで答えて」

 フォークを片手に持ったまま幻月が言う。
 瞳の色は学術的興味に惹かれる研究者のそれというより、ゴシップ記事に触れる女学生のそれと言ったほうがずっとしっくりきた。

「あなたはイギリス系アメリカ人ではあるけれど、おばあさんはラテンアメリカンの血を引いている訳ね。あなたがスペイン語を不自由なく使えるのは、そういう理由もあるのかしら」
「祖母は確かにスペイン語の方が流暢な人でしたし、それで自然と覚えたというのもあるのでしょうが、どちらかというと土地柄だと思います。サキサス州はメキシコと隣接しているので、スペイン語は仕事でよく必要となるのです」
「なるほど」

 多分これ、彼女の言う“実験”にはまず関係ないのだろうなぁと、そんな予感を抱きながらも、48号は質問に答えていく。 
 同時に彼女が作ったのだと言う資料に目を通す。それにしてもよく調べてあるものだと思った。一流の探偵を雇っても、ここまで詳細な資料は作れないだろう。
 
「あなたはフランス語も自在に使えるんだね。でも大学じゃ外国語の講義は取っていないみたい。独学で習得したのかしら?」
「在学中、約1年のフランス留学があったと資料に書いてあったと思いますが、殆どそのときに留学先で習得しました。基礎の部分はケベック州出身の友人に手伝ってもらって、一か月ほどで」
「ふむふむ。ところで、これ留学ってなってるけれど滞在中の一年が資料じゃ空白なんだよね。一体何をしていたのかしら?」
「まあ、留学と言っても、殆ど遊びに行ったようなものでしたから。葡萄畑で手伝いをしたり、のんびり絵を描いたり。そんな一年でしたね」
「これって、もしかして傷心旅行だったのかしら?」
「な……何を……!?」
「ふーん。やっぱり図星だったね。あなたの来歴を見てて不思議だったのが、女性関係のエピソードの少なさ。
 十分な経済力があって、顔も性格も悪くない。過去に恋人が5人10人いてもおかしくないのに、そういう話は無くてずっと独身。
 どうしてだろって調査すると、留学の二か月前に、同じゼミの女の子に告白してこっぴどく振られてるみたいなのね。それをずっと引きずってるんだなぁって。
 とは言え一回の失恋でそこまで落ち込むかしらってちょっと疑問だったから遡ってみたの。そしたらジュニアハイスクール時代にそれっぽい事件を見つけたわ。
 学級の演劇で「青ひげ」をやったんだってね。ぺロー版に若干のアレンジを加えた脚本で。
 あなたの役は、最後に場面で登場し、青ひげに殺されそうになってる主人公を助ける騎士だった。
 そして、その主人公役の少女こそ、当時のあなたが密かに、しかし激しく恋情を焚きつけていた相手。しかし、あなたとその少女が付き合ったとか、そういう記録はない。これは一体どうしてなのかしら?」
「結構気にしてる事なんですがそれ……。本当に遠慮しない人ですねあなた」
「悪魔さんだからね」
「……まあ、いいでしょう。今更ですから。青ひげで最後に登場する騎士は、実は二人いるのです。どちらも主人公の兄という設定です。
 一人は竜騎兵、もう一人は近衛騎兵。私は前者の方でした。
 決意はしていたんです。演劇が終わったら彼女に告白しようと。心臓が燃え盛るような、生まれて初めての情熱をこの時私は感じていたのだと思います。
 しかし、その情熱は脆くも砕け散ります。私は見てしまったのです。大道具がまだ残る、放課後の舞台裏で人目を忍んでキスを交わす彼女と近衛騎兵役の友人を」
「なるほど。それがトラウマになっちゃった訳だ。合点がいったわ」

 期待していた通りの答えが返ってきたからだろう、幻月はとても満足そうな表情でいる。
 こういう恥ずかしい告白をまだまだ強いられるなら、それは殆ど拷問だなとか48号は思っていたが。

「あ、そろそろ時間だ……。もっと聞きたい事あったんだけど、今日はお別れしないと」

 柱時計を見て幻月が言う。もっともその時計が指し示している時刻はでたらめなそれに違いないのだが。
 ともかく、どうやらようやく解放されるらしい。48号は大きく溜息をついた。安堵の溜息だ。
 ただ、そんな48号の顔を見る幻月は、性質の悪い悪戯っ子の表情をしていて。

「ところで、このまま普通に帰れるとは思ってないよね?」
「……はて、それは一体どういう」
「つまりこういう事」

 照明がちらついたと思えば、喫茶店のテーブルもブラックコーヒーも、ジャズミュージックも一瞬で消え失せ。48号の視界にあるのは、酷く不穏な気配のする、粗末な一室だった。
 そして、椅子からはクッションがなくなり、固く粗悪な木材の感触があった。48号の手足はこの椅子に縛りつけられている。

「これは……」
「電気椅子。実物見たのは初めてかしら」

 隣を見れば、同型の椅子に幻月も縛りつけられている。かぶっているヘルメットは電極なのだと、新聞か何かで見た覚えがある。

「とりあえず私は死ぬことを一杯あなたに体験させなきゃないらないんだよね。
 ちなみに今から行うのは、“Electrocution”電気椅子による死刑。人道的な処刑方法を模索していく上で開発されたけれど、結果的にそれほど人道的でもなかった処刑方法の一つ。まだまだ現役だけどね。
 この装置は、ヘルメットと足首のそれぞれの電極を通して、2000ボルトの交流を発生させる能力を持つ。
 生命を奪うのは電流の作用によるもの。これは内臓に致命的な損傷を与える。ただ、即死できるケースは稀で、1分以上電気を流しても死ななかったって報告もしばしばあるわね。
 死体は例外なく重篤な電気火傷を負い、髪や皮膚は焼け、顔は醜く紫色に膨らむ。
 ちなみに、この処刑方の開発には“発明王”トーマス・エジソンが深くかかわっているよ。
 ニコラ・ステラとエジソンの間で起きた交流・直流戦争は有名だと思うけど、直流を推すエジソンは、交流が如何に危険かを主張するため、電気で生物を殺すこの装置を開発させたの。
 犬やら象やら、沢山の動物が見世物的に感電死させられたって言うわね。
 さて、そんな、曰くつきなエピソードつきの素晴らしい処刑方法を、体験してみましょうか」
「いや、まだ心の準備が……」
「心配はいらないわ。出力最大でやってあげるから。たぶん、すぐ死ねると思う、おそらく」

 抗議しようとする48号を完全に無視して、幻月は装置を起動させる。
 48号が最初に感じたのは、体を巨大なハンマーで殴られたような衝撃と、目玉に火花が散る感覚だった。
 その後はひたすらに熱かった。中身が焼けているのが分かるのだ。脳が損傷したのだろう、思考能力は一瞬で殆どが喪失してしまったけれど、嗅覚はかろうじて残っていたようで、自身の肉が焦げる不愉快極まりない匂いを嗅ぐはめとなった。
 結局装置はこのあと3分ほど動き続けるらしい。48号は既に絶命しているが、すでに動く能力のない彼の筋肉を電流が無理矢理に痙攣させていた。














 The third day 〜11/30 Moon〜
 銃殺【Head Shot】














「死という現象について。何度も何度もそれを観察してきた経験から言うと、実はそれほど面白いものじゃなかったり。
 いつの間にか意識が掻き消えて、それでおしまい。何の華やかさもないわ。
 でも私は思うの。本来一生に一回の大イベントなんだから、そんな勿体ない事実を易々と受容するべきじゃないわ。
 楽しまないと。死という実際を想像力が上回った時、それは生涯で一番の恍惚となれるはず。それはもはや面白くも華やかでもない死じゃないわ。
 でも、その為には訓練が必要」

 今回は眠った覚えはないんだけどなと、独房の椅子に座る48号はそんな事を考えながら、ちょこんとベッドに座る幻月を見た。
 テーブルの上の罫紙には、バーガーショップから電気椅子に至るまでの昨日の記録が残されている。
 どうやらこれは、48号の意識が“私の世界”に飛んでいる間、体が勝手に書いておいてくれるらしい。初日と比べてずっと読みやすい字で書いてある、ちょっと慣れたんだなとか48号は思った。

「訓練……ですか?」

 怪訝な表情は、どうやっても誤魔化せそうになかったが、とりあえず尋ねてみる。

「そう訓練。さて、どこへ行こうかしら? 舞台はどこが適切かしら? アイルトン・セナが死んだ94年? エル・チチョナルが噴火した82年? ローゼンバーグ夫妻が処刑された50年? ヒンデンブルク号が爆発炎上した37年? 
 なるほど。悪くないわ。でも今日のツアーはもっと素敵な行き先を決めてあるの」

 彼女が何を言っているのかまったく理解できないけど、いつだってそうだから諦める。
 どうせ、最終的にはまた殺されるんだろうし、抗議をしたところで“素敵な行き先”とやらに連れて行かれる未来が覆らない事は分かっている。……まあしかし。

「できれば穏便な……例えば世界各地の名勝を巡る旅とか、いかがでしょうか。そのあと睡眠薬で眠るような緩やかな死をですね」

 言うだけはタダだ。突然拘束され高圧電流を体に流された前回みたいなのは正直遠慮したかった。

「死ぬことは拒絶しないんだ」
「まあ……今まで二回死んでますから。多少慣れたんでしょう」
「あら、結構結構。素晴らしい事だわ」

 幻月のやたら嬉しそうな笑顔に不安しか感じない。
 『ああ、やっぱり“素敵な行き先”って碌な場所じゃないんですね……』その呟きは多分聞えていただろうけど。幻月は何でもないような顔をして、48号の肩をぽんと叩いた。

 予想した通り。その瞬間に世界は変質をした。
 
 最初の印象は、「暑い」と「緑」の二つの単語だった。
 得体のしれない鳴き声が遠くから聞える。見たこと無い、やたらと毒々しい色した昆虫が樹木を昇っていた。

 見通しが極端に悪い。樹木やら草花やらがびっしりと密集しているからだ。恐らく時刻は昼なのだろうが、日光が遮られてとても暗い。
 何もしていなくてもじっとり汗が噴き出てくる。ここは気温が高い上に湿度も酷いらしい。

 幻月の格好は、いつの間にか迷彩服になっている。緑のベレー帽。
 胸ポケットの所には「U.S.Army」と刺繍されていた。「幻月先任軍曹と呼ぶといいよ」えっへんと、何故か自慢げに階級章を見せつけてくる。

 汗を吸った囚人服が張り付く気持ち悪い感触が突然なくなって、48号は自分も同じ恰好になっている事に気付く。階級は伍長だったが。
 ご丁寧にも、ズックのリュックサックやら小銃やら、装備一式も一緒だった。

 何となく察しはついたが、一応幻月に尋ねてみる。

「ここは一体ど……」

 言葉が最後まで続かなかったのは地鳴りがしたからだ。本能的に縮こまって頭を防御する。
 低く恐ろしい音が断続的に響いていた。

「炸裂音だね。B−52に搭載された自由落下爆弾。距離は結構あるはずなんだけど、案外聞えてくるものだねぇ」

 48号とは対照的に平然と構えていた幻月は、次いで聞えてきた唸るような音に青空を見上げる。一機の航空機が飛行していた。

「A−1みたいね。第一線で活躍した世界最後のレシプロ機。航空機の主力が完全にジェットに移り変わったこの時代において、それでも優秀な性能を買われて各種任務に従事している」

 まあ、なんとなく想像はついてるんだろうけど。そう言って幻月は言葉を続ける。

「ここはベトナムだよ。西暦は1968年。ソンミ村の大虐殺がこの年だね。アメリカが泥沼のベトナム戦争にどっぷりつかってる真っ最中の時期。そしてここは激戦地の一つである、とあるジャングルの中心」

 ベトナム戦争。米国人にとっては特別な意味を持つ言葉だ。それは世界最強の国家アメリカが唯一敗北した戦争。
 ただ、その戦地に立っていると聞かされても、48号には今一つ特別な感情は沸いてこないのだった。

「まあ、当時あなたはまだ子供だったしね。10年ほど生まれるのが早ければ、ジョン・レノンあたりに感化されて『No War』のプラカード持ってワシントン.D.Cを練り歩いたのかもしれないけれど」
「どうでしょうね。私はそういう社会的主張のための活動にはあまり積極的でなかったですから」
「なるほど。あなたらしいと言えばそうなんでしょうけどね」

 「ところで――」そこで言葉を切った幻月はポケットから金属の塊を取り出し、48号に手渡す。よくよく見れば弾倉だった。

「タウンゼント伍長。君はどうしてここに召集されたか理解をしているかね?」

 やたら芝居がかった口調。どうも目が付き合えと言っているようだったので、48号はとりあえず調子を合わせる事にする。

「先任軍曹殿。さっぱりであります」
「うむうむ、そうだろうな。まあいい君の蛆虫大のくそったれな脳味噌でも理解できるよう、優しく掻い摘んで説明するなら、つまり君は生き残る権利を有しているのだよ、この戦場で。
 今まで私は極めて理不尽に君に死を与えたが、今回は他ならぬ君の努力によって君は死を回避できるかもしれない。
 具体的に言うなら、このジャングルは南ベトナム解放民族戦線(ベトコン)の兵士と彼らが仕掛けた恐るべきトラップで一杯だ。
 それらを掻い潜り、脱出を果たしたまえ。健闘を祈る」

 それだけの事を言い終わると、幻月は背中を向け、どこかへ去ろうとしたので、48号は慌てて呼びとめる。

「いや、全く意味がわかりませんよ。私は従軍の経験もないただの元銀行員ですよ。なのに、こんなの無茶ですよ」
「装備はあげたじゃない。当時のアメリカ軍が使っていたのと同じ優秀な装備よ?」
「そういう事じゃなくて!」
「しかたないなぁ……じゃあ一つヒントをあげる」

 幻月は振り返る。静かに唇が開かれる。

「イマジネーションだわ。想像する事があなたにとって劇的な救いになる。あとはそれにあなたが気付けるかどうか」

 想像力の賛美は幻月がしばしば口に出す事だった。
 ただ、それがこのベトナムウォー真っただ中のジャングルででどういう役に立つのかさっぱり分からなかったので、48号は幻月に食ってかかろうとしたのだけれど、すでに彼女は風か何かのように姿を消してしまっていた。
 ぽつんと立ちすくむ。遠くの闇で獣の咆哮が聞えた気がした。 






 ◆ ◆ ◆






 身の置かれている状況が余りにも理不尽なのは確かだったが、とりあえず行動を起こさないとどうにもならない事はすぐに悟る事できた。 
 一人でこんなジャングルの中にいるのだ。心細いなんてものじゃなかった。
 それに、すぐ近くで戦死した米軍兵士の遺体を見つけたのだ。腐臭が漂い始めている彼は二十歳になったばかりくらいの若者に見えた。
 胸の前で十字を切り、足を進める。彼の遺体をどうにかしてあげられる余裕は残念ながらないようだった。

 移動速度は遅々としたものだった。
 30代になっても若者に交じってフットボールをしていたわけだし、体力には自信があるつもりだったが、独房暮らしでかなり衰えてしまったらしく、歩くだけでも酷い疲労を覚えた。
 いや、しかしこれは体力云々だけの疲労ではないのだろう。

 ベトナムの高温多湿な気候。全部で10数kgの重量がある装備品。人が歩く事を一切考慮されていない密林のデコボコな地形。そして何処に罠が仕掛けられていて、いつ敵の奇襲を受けてもおかしくないという恐怖。
 銃口をこちらに向ける敵軍兵士が見えた。枯れ木を錯覚しただけだった。そんな一瞬が何度もあった。
 ここは人間の極限だ。
 米国本土から送りこまれた数万人の兵士達は、どんな気持ちでこのジャングルの中戦ったのだろう? 
 48号に分かるのは、それはとんでもなく壮絶なものであったに違いないという事だけだ。

 1時間ほど歩き続けたのだろうか? 
 景色は代わり映えしない。同じところをぐるぐる彷徨っているだけな気がしてくる。
 足の裏に鋭い痛みを感じたのは、ちょうどその時だった。
 慣れない軍靴のせいで、水ぶくれができているのかもしれない。そう思って48号はその場に座り込んだ。
 ジャングルは衛生的な環境ではない。小さな傷であっても、化膿してしまえば命取りになる。
 確か中に消毒液が入っていたはずだとリュックサックを下ろす。

 が、何かの拍子でリュックサックをとんと押してしまったらしい。目の前の傾斜をころころと転がり落ちて見えなくなってしまった。
 しまったなと思いながら48号は立ち上がり、足が痛いのを我慢しながら慎重に傾斜を下っていく。

 リュックサックは、10mほど離れた樹木の影ですぐ見つかった。48号は駈け寄る。
 やれやれと呟きながら回収しようとして、しかしそこで顔色が変わった。

 縫い止められていた。ちょうどマチ針で額の中に固定される蝶の標本みたく。
 リュックサックを貫通した、長さ1フィートほどの金属製の棘が幹に突き刺さっていた。それも一本ではない。錆びてはいるが、先端の鋭さは背筋を寒くさせるに十分すぎるものだった。
 棘は木製の台座に、剣山のような形で接合され。その台座はワイヤーに吊られてぷらんぷらんと揺れていた。ワイヤーは樹木の高い所に伸びている。

「こ、これは……?」

 48号は思わず後ずさる。視界の外にあった僅か数分間で、このリュックサックに何が起こったというのだろうか?

(ベトコンのブービートラップだね。ワイヤーに足を引っ掛けると樹上からその棘だらけの板がちょうどブランコみたいな軌道を描きながら降ってきて兵士を串刺しにするの)

 彼女の囁くような声がした。後ろを振り返るが誰もいない。
 幻聴だろうか? 48号はそう思ったが。

(ああ、私だよ私。視覚情報はアウトプットしてないから見えないだろうけど。さすがに眺めてると不安ばっかりだから、声だけはあなたのサポートをしてあげる)

 どうやら本物らしい。見知った彼女と音声だけでも繋がっていると知れたのは、極度に心細いこの状況ではありがたかった。

(ちなみに、右に3歩移動した所の地面を調べてごらん。うん、そこそこ。慎重にね)

 幻月が言う場所の地面から、積み重なった落ち葉を取りのぞいてみる。違和感があった。土の感触がしなかった。
 木の板らしいものが地面に埋まっている。おそるおそる48号はそれに触れた。手応えの軽さに戦慄した。

(落とし穴の一種ね。その板の中心には金属の軸が仕込まれていて、踏むと回転して兵士を穴の中に落としこむの。回転ドアを縦にしたような構造って言えば、想像はしやすいかしら)

 穴は想像以上に深かった。だいたい2mくらいだろうか。一般的なアメリカの成人男性がすっぽり頭まで収まる深さがあるのは確かだった。
 水がたまって底はぬかるんでいた。先をとがらせた竹が何本も上を向いている。野獣の獰猛な牙に見えた。
 彼に捕食された兵士は、立ち上がる事が不可能なまでの深い傷を足に負い、脱出できそうでできない穴の深さに苦しめられ、じわじわと肉体と精神を蝕まれ、死に至るのだろう。

 さっきの棘だらけの板も、この落とし穴も、もし知らずに近づいていれば、確実に命を落としただろう。
 これはそういう装置だ。そうだ。ただ殺すためだけに作られたのだ。
 仕掛けた人間が抱く、強烈な憎悪が透けて見えた気がして、48号は落とし穴から目を逸らした。

 震える手でリュックサックから棘を抜き回収するが、背負う気になれなかった。
 このジャングルには殺意が満ちている。絶対に生きて帰さないと怪物が囁くのを聞いたのだ。その怪物は堆積した怨嗟でできていた。
  
 どこをどういうルートで歩こうが、宿命的に死が待ち構えている気がした。
 酷く喉が渇く。水筒はどこだ?

「無理です……これ以上」

 精神が酷く張り詰めている。恐慌が近い。立ち竦む。獣の咆哮は心なしか近づいている。

(まあ、どうしても動きたくないっていうなら、それでもいいんだけど)

 48号とは対照的に幻月の声は平然としたものだ。
 他人事だと思って……48号は内心で毒づいてみるが、そういう思考は長く続かなかった。

(今すぐ動かないと……死ぬよ?)
「え?」

 飛び退く事ができたのは殆ど本能によるものだった。
 銃声はいやに遅れて聞えた。銃弾が直撃したらしい木の葉が弾けるのを見た。
 
(あのトラップには鳴子がくっつけられててね。それが鳴ると近くのベトコン兵士が罠にかかった米兵を殲滅するため、駆けつけるって寸法なのだわ)

 30mほどの距離を挟んで、地面からひょっこり顔を出した小柄なアジア人がこちらに銃を向けているのが見えた。
 ベトコンの兵士はあのように、地中に縦横無尽に張り巡らされたトンネルを利用して戦ったのだと、何かで読んだ記憶がある。
 敵は彼一人でないらしい。樹木に身を隠して少なくとも二人いる。

 遮蔽物となり得るものが近くにあったのは幸運だった。
 苔むした巨大な火成岩。48号はその影に滑り込む。
 恐慌している暇はなかった。このままでは間違いなく殺されるのだ。
 
 ――戦うしかないらしい。

 携行していた自動小銃を握り締める。
 本物のM16による射撃は経験がないが、民間モデルのAR-15にフルオート機能が付いているだけだと知り合いのガンショップ店員が言っていた。
 それならば撃ったことがある。どうにかなるだろうと、48号は安全装置を解除し引き金に指をかけた。

 乾いた炸裂音が鳴り響き、いくつかの銃弾がジャングルの闇に吸いこまれるように消える。
 岩一つを挟んだ向こうには、極めて刹那的な死がはっきりあった。彼らは殺すまで帰る気はないらしい。
 
 48号は小銃を構え、岩から顔を少しだけ覗かせる。
 すぐ正面に敵はいた。日焼けした線の細い中年のアジア人だ。
 手にしている銃以外は、普通の農民と変わりない。

 きっと、普段は気のいいお父さんで通っているのだろう。
 妻と何人かの子供と一緒に、幸せな日常を送り……。

 ……だが、ならばどうしてあなたはそんな瞳をしているのだ。
 殺意と憎しみを煮詰めて煮詰めて煮詰めて、鍋の底に残ったどす黒い結晶のような。

 喪ったのか? 
 喪わされたのか?
 なるほど。同情に値する。しかし、それでも駄目なものは駄目なのだ。
 
 理解をして、しかしそれでも48号は照星に彼を捉えた。撃たれる前に撃たねばならなかった。
 照準は大雑把で問題ない。頭や心臓に拘らなければ人は的としてそれなりに大きい。とりあえず当てれば殺せなくても撃退はできるだろう。

 そう言えば、散弾銃の銃口を同僚に向けたかつての自分は、どんな気持ちで引き金を引いたのだったか? 
 48号はふとそんな事を考えたりする。

 たぶん、あの時にまともな感情はなかった気がする。機械のように撃って機械のように殺した。
 それを思えば、今は随分人間らしい思考をしているものだ。

 「済まない」一言呟いて引き金を落した。

 カチリ…………。

 一瞬の沈黙。
 銃で撃たれた人間がどのような傷を負うか、48号は知っている。とても酷い状態になる。実物を見た事がある。
 だが、手で頭をかばうようにしている彼は、とてもぴんぴんしているように見えた。
 外したわけで無い事は一瞬遅れで理解できた。それ以前の問題だ。
 
 48号の顔面目掛けて飛来する複数の銃弾。他のベトコン兵士達による射撃を、岩に隠れて辛うじて凌いた48号は小銃の弾倉をガチャガチャと乱暴に揺する。
 そう、弾が出なかったのだ。
 
(あー、それ初期型のM16だからねぇ。ベトナムの気候に対応しきれてなくて、割とトラブルが多かったみたいよ)

 幻月は極めて軽い調子で言ってくれたが、大問題である。生死に直結するトラブルである。

(まあでも、ハリウッド映画の主人公は、こういうピンチでも余裕で生き残るよね)
「生憎、私はアーノルド・シュワルツェネッガーじゃないんですが……」
(ちなみに彼らが使っている銃はソ連製のAK-47。ジャングルだろうが砂漠だろうが、どんな環境でも問題なく弾が出る驚異の信頼性と、整備性の高さ、リーズナブルなお値段が愛される自動小銃のロングセラーだわ。使用される7,62mm弾は、現在NATO諸国で主流となっている5.56mm弾よりもマン・ストッピングパワーは大きいの)
「……興味深い蘊蓄をありがとう」

 とりあえず、撃たれたら死ぬ事は理解できた。

 ……思えば、この世界では死んでも続きがあるんだった。ならばここで撃ち殺されても、あまり気にする事もないかもしれない。
 だが、それは48号にとって、とても避けたい事でもあった。
 存外、殺される相手というのは重要らしい。

 彼らの瞳は怖い。
 同じ殺されるなら、邪悪ではあるけれど、饒舌でいつだって楽しげな彼女の手によってがいい。

 だが、一体どうすればいい?
 今から小銃を整備する? そんな知識は無いし、悠長な事をしている時間もない。
 両手をあげて降参する? なるほど、いい的だな。蜂の巣になった自分の死体を想い浮かべて、48号は表情を極端に酸っぱくした。

 ――打つ手なしか。

 ぽとりと小銃を取り落とす。大きく溜息をついた。
 このままいつまでも岩の後ろに隠れ続けることはできないだろう。回り込まれれば終わりだ。
 ……と言うよりも、すでにチェックメイトらしい。 
 ジャングルの戦いを得意とする彼らだ。気付かれないように側面を取るなどお手の物だった。
 
 藪の中から、ちょこんと銃口が覗いている。
 マズルファイアを幻視する。トリガーが引き絞られる軋み音が聞えた気がした。

 思い出したのは子供の時好きだったコミックだ。
 筋骨隆々なあのスーパーヒーロー達は、こういうケースにどう対処していたのだったか?

 ああ、そうだ。銃弾を素手でキャッチするんだった。
 音速の二倍以上の速度で飛来する、固い金属の銃弾を。そんな馬鹿げた事……。

 ……48号は笑い飛ばす事ができなかった。むしろ表情は真剣になった。
 それは、言わば突飛なひらめきだ。
 現実味の無いひらめき。しかしこの状況においてはベストに近いと確信すらできるひらめき。

 失念していた事がある。とても重要な事だ。すなわちこのベトナムのジャングルは、幻月が想像力で建設した、いわばフェイクである事。

 干渉が出来るのは彼女だけだと思っていた。しかし彼女はかつてこんな事も言っていた。

『ここは“私の世界”であると同時に“あなたの世界”でもあるんだから』

 彼女だけのものでないと、彼女自身が認めているのだ。
 ならば、もしかしたら介入の余地があるのでは?
 ただの人間に過ぎない己にも、干渉は可能なのではないのか!?

 ゆらりと、48号は立ち上がった。銃口を睨みつける。

 ――出来るとか出来ないじゃないのだ。やるしか無いのだ

 マズルファイアが吹き上がった。
 瞳を見開く。驚くべき事に48号の目は突き進む1発の銃弾を完璧に捕捉していた。

 ――もっと遅く、もっともっと遅くだ。速力よ0となれ!

 抱くイメージは、皮膚すら傷つけられないまでに破壊力を失った銃弾だ。
 手の平を突きだす。脳味噌を振り絞りイマジネーションを出力する。そして――。

(……!?)

 手の平に些細な衝撃。
 幻月が驚いているらしいのが何となく耳の奥に伝わってきた。
 それ以上に48号自身が驚いていた。握り締められていた手を開く。ぱらりと弾丸が零れ落ちた。 

 驚嘆すべき事だ。挑戦は成功してしまった。

 想像力の具現。48号は世界へ干渉する権利手にしたのである。
 信じられない気分だった。はははと、思わず笑いが出た。

 ベトコン兵士達は何か叫ぶと、小銃のモードをフルオートに切り替え一斉に射撃をしかけてくる。
 だが、銃弾は悉く48号に到達する前に勢いを失い、ぽとりぽとりと地面に落下していった。
 
 48号は銃弾を一つ拾い上げる。右手にマスケット銃のイメージを重ね合わせた。
 黒色火薬の炸裂音。実際そんな音はしなかったはずだが、48号にははっきり聞えた。
 右手から撃ち出された銃弾は、十分な推力を保ったまま直進し、48号の狙い通りに、ベトコン兵士の一人が抱えていた小銃の先端を吹き飛ばした。

 これでいよいよ顔色を蒼白にしたベトコン兵士達は、それぞれ顔を見合わせると、瞬間背中を向け、脇目もふらず逃げて行った。

 ――どうやら危機は脱したようだ。

 急に安心したから力が抜けた。尻もちをつく。

 ぱちぱちぱちと、拍手が聞えた。

「タウンゼント伍長。よくやった。君なら出来ると思っていたよ。君みたいな部下を持てて私も鼻が高い」
「先任軍曹殿。お褒め頂き光栄であります」

 軍服姿の幻月だ。数時間ぶりの再会だったが、実際もっと長く離れていた気がした。
 景色はあの鬱蒼としたジャングルではなくなっていた。
 どうやらベトナムのどこかの村らしい。暑くてじめじめしているのは変わらないが、青空が綺麗に見えるのは安心できた。

「ね? 言ったでしょ。想像する事が何よりの力になるって」
「冷や汗ものでしたよ。たまたま上手く言ったからよかったものの」
「たまたまじゃないわ。だってあなたには素質があるんだもの。だってこの私がすっごい手間をかけて選定した人間があなたなんだよ」

 とりあえず、褒めてくれているらしい。悪い気はしなかった。

「まったく、酷く疲れました。熱いシャワーが浴びたい気分です」

 褒めてくれてるついでにお願いを一つ聞いてくれないだろうかと、ちょっと期待してそんな台詞を言ってみた48号だったが、幻月が返したのは、悪戯っ子な例の笑みだった。
 嫌な予感がした。立ち上がって逃げようとしたけれど、すでに遅かった。
 次の瞬間の48号と幻月は、手足を縛られ跪く姿勢にさせられていた。場所はトンネルの中らしい。背後で数人のベトナム人が何やら相談していた。

「生き残れておめでとう。この気持ちに嘘偽りはないわ。これが如何に偉大で困難を伴う出来事か私はよく知っているから、まるで自分の事のようにうれしい。
 でも、思うんだよね。やっぱ生きたまま終わるって何だか締まらないなぁって」
「いや、それは締まらなくていいところでしょう!?」
「とりあえずさ、後ろの彼ら何か言ってるでしょ。ベトナム語は分からないだろうから通訳してあげると、「とりあえず銃殺するか」って相談してるのね」

 せっかく生き残ったのに、結局殺されるなんてまっぴらだ。
 そうだ、さっき銃弾を無効化したみたく、イマジネーションでこのロープを引き千切れば――。

 だが、48号がいくら強く想像しても、ロープはきつく体を締め付けるだけなのだった。
 
「実はって言うか、世界に干渉できるこの力には大小があって、それはイマジネーションと等価でもあるんだけど、あなたのそれはまだ私ほど強くないみたいね。
 私の干渉力に掻き消されて、だから、あなたの干渉は残念ながら無効になっちゃうの」
「……そうですか」
 
 いよいよ諦めるしかないらしい。溜息をつくしかなかった。

「そんなにがっかりしないの。銃殺についての楽しい楽しい解説を聞かせてあげるから。
 この処刑方の起源は比較的新しくて、まあ当然と言えば当然なんだけど銃が発明された後の事だね。
 軍隊が銃を標準の武装とするようになってからは、軍人に対する最もポピュラーな極刑として広く普きゅ――」

 多分、それを本気で愉快な解説だと思ってるのはあなただけとか、後ろの彼は蘊蓄が終わるのを待ってくれるほど気が長くないみたいですよとか。
 そんな事を48号は言おうとしたけれど、その前にベトコン兵士の7,62mm弾が頭に風穴を開けたのだった。ほぼ即死だったから、幻月の解説を最後まで聞く事もできなかった。














 The fourth day 〜12/30 Moon〜
 ガス室【HCN】














「順調に行き過ぎているかもしれない……」

 ぼそりと幻月は呟いた。
 とある地方大学構内の、研究室での事だ。
 今日の彼女はプリントTシャツとミニスカートの上に白衣。ついでに赤縁の伊達眼鏡といういでたちだ。
 若干15歳で博士号を取得した天才物理学者という設定の格好らしい。
 研究者っぽい格好って言えば一言で済むんじゃないだろうかと48号は内心思っているけれど、「分かってないなぁ」とか嘯きつつ蘊蓄を並べたてる彼女が容易に想像できたので口に出すのは止めておいた。
 代わりに先ほどの呟きに対して少し述べてみる。

「順調なら、それは歓迎するべきなのではないですか」
「うん、もちろん駄目だとは言ってない。ただちょっと驚いててね」

 研究用のパーソナルコンピューターに打ちこまれたデータを眺めながら幻月が言う。
 それは、48号がどの程度の干渉力を有しているかを測る実験の結果だ。

 彼女の予測を随分上回る結果だったらしい。
 例えばこの大学は、彼女が最初に作り上げた時には、この一室しか無かったし、電気も水道も通ってなかった。窓の外には虚空があった。
 しかし、今はコンピューターの画面が明るく輝き、コーヒーメーカーの中では“とっておきのマンデリン”が抽出されている途中だ。窓の外には整然と自動車が並べられた駐車場と透き通るような青空があった。
 イメージを出力するコツを48号は完全に習得したように見える。
 ついでに言うと、独房で48号が罫紙に書き残すあの文章も、通常時と何ら変わりない文字で書けるようになった。

「次は何をイメージしてみせましょうか?」

 それなりに長時間実験をしているはずだったが、48号に疲れはなかった。
 新しい玩具を買ってもらった子供みたいだった。開花していく自分が誇らしくて堪らないのだ。

「そうねぇ……。いや少し休憩しようか」

 いつだって強引に事を進めていく彼女だし、今回の実験だって『今回の死因は過労死にしよう』そんな事を笑顔で言ってくれると思っていた。
 少しらしくないと思った。声には僅かに影がある気がした。
 若干の違和感を胸に抱きながらも、48号は休憩の提案に従う。
 用意したコーヒーカップ二つに、淹れたてのホットコーヒーを注ぎ、プラスチック製のデスクに置く。

「苦い……」

 カップに口をつけた幻月は顔を少ししかめる。

「砂糖を用意しましょうか?」
「うん、お願い」

 手渡されたグラニュー糖の瓶にスプーンを突っ込み、コーヒーカップと往復させる事を彼女は5回ほど繰り返した。

「マンデリンは他の豆と混ぜないと今一つね」
「この眠気の覚める感じが、私は結構好きなのですが」
「……そうなんだ」

 カチコチと、壁掛けのアナログ時計が秒針を刻む。
 短針は5のあたりを指している。果たして今は朝方なのか夕刻なのか、そんな事を48号が考えていると、いつの間にか窓からはオレンジの光が差し込んでいる。
 落日。綺麗な夕焼けだった。48号は思わず見とれた。

 そんな48号の横顔を幻月はじっと見つめていた。

「そう言えば、直接聞いてみたかった事があったんだった」

 幻月が口を開く。いつになく静かな口調だった。

「あなたが銀行で起こしたあの事件について。質問を許可してくれるかしら?」

 48号が少し驚いたのは、彼女があの事件について具体的に触れてくるのは殆ど初めての事だったからだ。
 48号の人生の中で非常に大きな比重を持つ事件だが、今まで彼女は特別首を突っ込んで来る事はなかったし、言及する事があっても事件の根幹にかかわらない部分を軽く撫でる程度だった。
 しかし、その話題を敢えて今切り出すというのは、これは彼女にとってとてもシリアスな問題らしい。
 そこまで理解をして、48号は短く「ええ」と頷いた。


「ありがとう。あなたの寛大さに感謝するわ。一つだけ、どうしても知りたい事があったのよ。
 ……事件のあらましについては調べたから知ってる。
 凶器となった散弾銃と二つの拳銃は、事件の半年程前にヒューストン市内のガンショップで購入している。
 これらは郊外の射撃場での実弾射撃に合計三回使用されている。これを根拠に、事件は半年の準備期間と殺人の為の訓練を経て計画的に行われたって弁論が裁判では為されたけれど、最終的にそれは否定され、計画性のない突発的な犯行であったと結論づけられている。
 そもそもあなたはその三丁以外にも家に多数の銃器を所持し、20代の頃から趣味として射撃を嗜む人だった。
 事件前日は、2時間程の残業があった他は取りたてて変わった事のない1日だった。残業中は笑顔で冗談を飛ばし、帰宅する際も特に悩みがある表情には見えなかったと同僚は証言している。
 他の同僚や上司も同じような事を言っているわね。管理職に就任してからの5年間で、あなたは特別に大きなトラブルの渦中となる事もなく、人間関係も良好さを保ち、仕事でも目覚ましい結果を残している。
 プライベートもポジティブな評判が圧倒的で問題があるように見えなかったと、地元のフットボールチームの監督が証言しているわね。
 事件当日、いつも通り午前6時に起床したあなたは、習慣だったジョギングの後、シャワーを浴び、オートミールで軽い朝食を済ませ、自家用車で銀行に出勤している。トランクに、例の銃器を収めて。
 その日は火曜日で、来行する客の数は普段より若干少ないという程度だった。出勤後は特に不審な様子もなくいつも通りに業務をこなしていた。
 午前11時。ここであなたは思い出したように裏口から駐車場に出て、銃器を所持したまま、今度は正面玄関から行内に戻った。
 そこから無差別な発砲が始まる。生存者は「動いた人間が撃たれた。銀行員も客も関係ないみたいだった」と証言している。
 代えのマガジンは用意していなかったから、およそ10分程度で弾は撃ち尽くされた。もっとも、当時銀行内にいた人々は、そう思っていなかったみたいだけど。
 その頃、緊急で出動した10台近くのパトカーに銀行は取り囲まれていた。さらに3分後には市警の特殊部隊が現場に到着。
 いくつかのマスコミのカメラが回り、立て篭もり事件として大々的に放送されていた。
 事件発生から46分。長期戦となる事を当局が覚悟したあたり。唐突に銃を床に放り捨てたあなたは、両手をあげて警察に投降している。あまりにも平然とした表情は、今しがた重大犯罪を犯したばかりの人間には見えなかったと当時の警察署長は振り返っている」

 資料を見る事もなく、幻月はすらすらと経緯を語っていた。
 48号にとっては、今でも鮮明に思い出せる記憶だった。

 ただ、この明瞭な犯罪行動にあって、たった一つ、自分自身でも余りに不可解な部分があって、多分幻月が疑問に思ってるのもそこなんだろうと思った。

「……さて、これらの情報はすべて裁判で有効とされたもので、裏付ける証拠も沢山ある。信頼に足るもので、あなたも裁判中これらに反論を行っていない。
 ただ、分からなのよね。私はこれでも色んな人間を見てきたし、こういうのを見つけるのは得意なんだけど、不思議とどこにもないのよ。
 ねえ? 一体何故だったのかしら? 理由は何だったの? “どうして”の部分が全く見えない」
「懐かしい質問です、裁判の頃は毎日のように尋ねられましたから」
「その時あなたは、終始『わからない』と答えている」
「ええ、実際わからなかったのです」
「それは、今でも変わらないのかしら?」
「はい、今でも『わからない』以上の理由が私には見えないのです。どうにかそれらしい動機を言い繕ってみようとも思いましたが、それもできないのです」

 多分、期待に添えた答えじゃなっただろうなと48号は思った。
 たとえば上司が嫌いだったとか、同僚の女性行員に振られたとか、部下に昼食のサンドイッチをつまみ食いされたとか、本当に些細でいいから、殺意と結び付く何かがあればよかったのだ。
 裁判官や陪審員も困惑しただろうが、その実、『分からない』と証言する48号自身が一番困っていた。

「……なるほど、そういう解釈でいいのかもね?」

 それは48号に宛てたというよりは、ほぼ完全な独り事に聞えた。
 ただ、先の回答で、どうやら幻月は何かの納得を得たようだった。

「恵まれた環境に生まれ育ったあなたが、あんな凶行を起こした理由。それに適切な答えを提示する事は、悪魔の私でも難しい。
 たぶんあなた自身もそれを知ることはないのだと思う」

 でも――。仄かな笑みを幻月は浮かべていた。それは、まるで慈しんでいるような、今まで見せたこと無い表情だった。

「私は一つの解釈を示す事はできる。つまり、言うなれば……あなたはきっと特別だったんだろうね。
 類稀なる文明の中にぽとりと生まれ落ちた、白い肌した異端の人類(グール)。あなたは人間よりも私達に近いのかもしれない。
 なら、あの事件も、ある意味で必然だったのかも? そんなあなたと出会えたのは、とても運がよかった」

 合点がいった訳ではない。多分幻月もそれで全てを解説してしまえるとは思っていないはずだ。
 ただそれは、無理に整合性のある理由を探さなくてもいいんだって、暗に言ってくれている気がした。

「あなたはいつから怪物だったのかしら? 生まれた時から? 事件前の一夜にして? それともまだ産声を上げていない?
 どうなんだろうね? でも少し先の未来のあなたは、否定のしようなく怪物なんだと思う。それもとっても大きな。
 いつだか言ったでしょ。私は想像力が怪物になる瞬間を見たいんだって」
「怪物ですか。それはなんだか、とてもおっかない話ですね」

 苦笑してみるが、そう悪い気分ではなかった。
 幻月はさっきと同じ笑顔を浮かべながら、コーヒーカップを傾けた。

「……わたしの方からも、ひとつ尋ねていいですか?」
「何かしら?」

 それは48号が幻月に興味を持った瞬間に生まれた疑問だった。
 不可解の塊みたいな彼女だけれど、しかし、この疑問はそんな彼女の誤魔化しがない部分に直結している予感を何となく抱いていた。

「あなたが“観測”をする理由って、一体何なのですか?」

 今まで何回か同じような事をしていると、彼女はいつか言っていた。
 もしかしたら単なる遊びなのかもしれないが、しかし、この奇妙な観測の先に、彼女が何を求めているのかは、とても興味があった。

「ふむぅ、そうねぇ」

 彼女はしばらく考えるような顔をしていた。伊達眼鏡はいつの間にか消えていた。

「一つは単なる好奇心。趣味の人間観察の一環。特殊な、常人には到底理解できないような状況に放り込まれて、人間が呈す心理を見たかった」

 ――でも、多分それだけじゃないんだろうね。

 幻月は、ゆっくりと、自らを顧みるようにして言葉を紡いでいく。

「……私はときどき疑うの。自分自身の存在を。私はいつ消えてもおかしくないんだって、そんな事を思う瞬間がある。何の前触れも無く、世界から私が否定されるの。
 そもそも、私は生まれつき存在がとっても不安定。名前の通り、私は限りなく幻(vision)に近い。殆どそれそのものだと言ってもいいくらい。
 夢と現の境界さえ不明瞭な、何処にでもいて何処にもいないこの悪魔は、しかしその実、あんまりにも不安定な自我をよりどころにしている」

 にゃぁと、そんな鳴き声が前触れもなく聞こえた。
 窓際に目を向けると一匹の黒猫。それはぴょんと跳ねると、幻月の膝に飛び乗り、丸くなった。
 「迷い猫かしらね」そう言いながら幻月が喉をなでると黒猫は気持ちよさそうに目を細めた。
 幻月は言葉を続ける。

「……全てをシュレーディンガーの猫で説明してしまえると思うほど、思考停止はしていないつもり。
 でも、例えば、あなたと私が話している時、あなたは私の存在を認識している。
 だけど、私があなたから離れた後。如何なる知覚を以ってしても私を認識できない距離がある時。
 あなたの主観は、私が存在するか、しないかを観測する事ができない。不明瞭で根拠のない予想だけがある。
 その瞬間あなたにとって私の存在は保証されなくなる。私に脆弱性が生じる。“私は存在しない”を否定できない」 
「考え過ぎなように思えますが。私は少なくとも“存在した”を証言できますし、“今も存在する”からまた会えるだろうと、信じる事だってできます。心配のしすぎでは?」
「そうなのかもね。でも、私はこの手の、曖昧な概念が罷り通る世界で生きてきたわけだから、なかなか無視しちゃうのは難しいのね」

 理解したと言うのは烏滸がましいのだろう。そんな単純な話ではないのだ。
 彼女の瞳は何故あれだけ冥いのか。一体何を見て、どういう生き方をすればああなるのか。
 48号には、それが凄まじく凄絶なものであったのだろう事しか分からない。
 しかし、理解はできないが、彼女を形作る一端を見る事はできた気がした。

 幻月は椅子から立ち上がると、ごろごろと喉を鳴らしていた黒猫を床に下ろした。
 彼女が「お行きなさい」と囁くと、黒猫はにゃーんと一声鳴いて、窓枠へと跳躍し、そして闇の中に溶けて行った。
 いつの間にか外は夜になっていた。月も星もない不自然な暗夜だった。ただひたすらな漆黒は漠然とした不安を48号に与えた。
 48号の方を向き直って幻月が言う。

「私は記憶をしてほしいのかもしれない。あなたの中の私が大きくなる事を願いたいの。それは私の存在を、ちょっぴりだけ保証してくれるような気がするから」
「忘れませんよ。何があっても。自慢なんですが私の記憶力はちょっとしたものなんですよ。私はあなたを記憶し続けます。だからあなたは消えはしません」
「そっかぁ。なら安心だね」

 幻月は笑ってくれたけれど、いつもの屈託ない笑顔に見えなかったのはどうしてだろうか?
 どこかさびしそうにも見えた。……まるで涙を堪えているかのような。純白の翼も酷く元気がない。

「……喋りすぎたかも。今日はここまでにしようか」

 コンピューターが音も無くシャットダウンされ、画面から光が消えた。
 壁掛け時計はもう時を刻んでいない。静寂の中、ちかちかし始める蛍光灯。
 嫌な予感がした。彼女が何かを告げようとしている。とても致命的な。だめだ、それは言わないでく――

「……さっきは言えなかった事なんだけど、あなたが本当に怪物になってしまった時。もしかしたら、私はあなたの隣にいないのかもしれない。
 私の予想を超えてあなたは大きくなりすぎた。取り返しのつかない未来の予感が、少しだけあったりする」

 『きっと、そんなことは無い!』否定しようとした言葉を、嵌められていた猿轡が遮った。

 研究室の真新しい壁がボロボロのコンクリートに変わる。
 狭い一室だった。比喩では無く、本当の意味で座るスペースしかない。当然机なども無い。そんなものが必要ない部屋だから。

「……ガス室はある意味で非常に高級な処刑方だわ。専用の施設と多くの手間を必要とする。執行者は厳格に定められた手順を遵守する義務があり、それを怠ると極めてフェータルな事故に直結する。
 いや、その辺はどうでもいいか。あとは私の雑感に過ぎない訳だし。
 今回は青酸ガスを室内に充満させる手法を選んだ。人体に極めて有害なこの化学物質はあなたの意識を速やかに昏倒させるでしょうね」

 喜々として処刑方の由来やらなんやらを語る饒舌な彼女はそこにはいなかった。
 押し黙ったままの彼女は、ただひたすら儚い存在に思えた。

 警告ランプが赤く点灯した。ガスが間もなく注入されるという合図だ。

 何となく、このまま死ねばもう彼女に会えない気がした。
 48号は干渉を試みる。しかし拘束具は頑丈に固定されていて、干渉は弾かれる。

 いよいよ部屋の隅からガスが噴き出した。視界が霞む。彼女の姿がおぼろげになる。
 最後に見えたのは口元だった。彼女の唇が動く。

「ごめんね」

 また明日、とは言わなかった。














 The fifth day 〜New Gibbous〜
 絞首【Strange Fruit】













 独房のベッドの上。48号はごろりと仰向けに寝転がり、ぼんやりと天井を眺めていた。
 だいたい半日くらいの時間をこうやって過ごしている。コンクリートの罅を数える作業は、今日何回目だったか?

 そろそろ来てくれていいんじゃないかとか、そんな事を思う。
 饒舌なあの彼女はまだいない。独房には孤独と沈黙だけがある。

『私はいつ消えてもおかしくないんだって、そんな事を思う時がある』

 昨日の彼女の言葉を思い出していた。
 その時は信じていなかった。冗談だと思っていた。いや……そう思おうとした。

 うすうす気づいていたのかもしれない。
 何でも出来ると豪語する彼女の存在は、その実非常に儚く失われやすいものだった事を。

 ――まさか、本当に消えてしまったとでもいうのか?

 その恐るべき推測を、口に出す。
 だが彼女は言っていたじゃないか。目に見えないところにあるものは、存在が保証されないのだと……。
 今、彼女が存在している事を証明してくれるものは何一つなかった。

 本当に、彼女は消えて……。

 不安だけが積み重なっていく。二度と彼女に会えないなんて未来が、随分な現実味を伴っていた。
 不穏な感情は一気に押し寄せ、胸の中を圧迫する。

 どうやら、彼女の存在は自分の中で、いつのまにか大きくなりすぎていたらしい。
 認識をして48号は思わず奥歯を噛みしめた。

 ――ずるいじゃないか。あなたは自分勝手におれを引っ張り回し、心をひっちゃかめっちゃかにし、一方的に消えてしまうなんて……。

 涙腺が緩むなんて感覚は何年ぶりだっただろうか?
 泣き喚けばあなたは心配して出てきてくれるだろうか? それとも男の癖にって笑うだろうか? 
 再びまみえる事できた嬉しさで、おれはさらに涙流すだろうか?

 まさか。
 そんな事、あるはずがない。乾燥した独房。孤独が巣食うベッド。
 そんな都合がいい事、あるはずがない。いくら流そうとも涙は粗末なシーツに吸いこまれるだけだ……。

「にゃぁお」

 沈黙の中、それはある種の鋭さを伴って響いた。
 鳴き声の先。猫がいた。ベッドの横。昨日見た黒猫だ。
 おそらく現実のものではない。よくよく見れば尻尾が二股に分かれているし、そもそも独房に入り込めるはずがない。
 だがそんな事48号にとっては余りに些細な事だった。
 48号はベッドより下り、黒猫の前にしゃがむ。

 「にゃぁ?」黒猫はきょとんとした風に48号の顔を見上げた。

 そっと頭をなでる。黒猫は逃げる事をしなかった。彼女に繋がるピースを見つけた気分だった。
 48号はゆっくりと、彼女の言葉を振り返る事をする。

『私は記憶をしてほしいのかもしれない』

 そうだ。消えてしまったかもなんて、一番想像してはいけない事ではないか。
 彼女は言っていたではないか。“不安定”なのだと。
 存在を信じなければ! 彼女に脆弱性を作ってはならない。この記憶が十分な輝きを保っているかぎり、彼女は必ずどこかにいるはずだ!

 探さなければ。しかし一体何処を?
 ああ、そんなの一つしかない。

 奥行きがないにも関わらず無限大に広がるあの虚空。認識が指一本届かない不明瞭な空間。
 “夢幻世界”すなわち彼女が言う“私の世界”。
 想像すると、少し背筋は寒くなる。あの世界はたかが人間の己には手に余る。
 だが。

 48号はぎゅっと拳を握りしめた。
 それでも、男にはやらねばならない時があるのだ。

 ――おれは、英雄になれるだろうか?

 猫は少し首をきょろきょろさせてから、にゃあと鳴く事をしてくれた。
 48号は頷いた。力強く。決意を胸に抱いて。

 椅子に座る。罫紙を前にペンを握る。

 どうすればいいか、やり方なら知っている。武器なら彼女から貰った。
 そうだ。想像力で戦うんだ、もう一度。

 目を瞑る。イマジネーションの扉を開く。強く強く想像する。
 彼女はどんな背格好だった? どんな輪郭だった? どんな声だった? どんな瞳をしていた? どんな風に笑った? 

 ――思い出せ!

 思い出して、イメージをするのだ。彼女を消してたまるものか。。

 ――もっとだ、もっと強く、激烈に、熱狂的に! 人間の限界を示せ!

 瞬間。瞼の裏の茫洋とした闇が、明瞭な変質を始めた。
 浮遊感。試みの成功を48号は悟る。
目を開く。

 のっぺりとした巨大な虚空。幻月が夢幻世界とかつて呼んだ空間に48号はいた。
 しかし、以前見たそれとまったく同じはでなかった。金属同士を擦り合わせたような、耳障りなノイズが絶えず響く。
 
 不安定になっているのだと思った。主の状態そのままに。
 遠くで見えた閃光が契機だった。この世界を構成していたらしい、雑多で莫大なイメージの濁流を48号は見る。

 地鳴り。無秩序に地面からせり上がる鉄筋コンクリートのビル達。
 上を見ればカートゥーンにでも出てきそうなデフォルメされた月とクレヨンで7色に塗りたくられた星々。
 自由の女神とエンパイアステーツビルと世界貿易センタービルが横並びになり、それらよりも巨大な鷲が影を落とす。彼の翼は星条旗でできている。
 何百両何千両と連結された果ての見えない輸送列車の通過を遮断機の前で待つ小人の隊列と、霊柩車と、腹にフリーメイソンの刻印がある野牛数頭と。
 テレビデームに出てくる筋肉の塊みたいなモンスター達が、墜落したUFOを取り囲み灰褐色した火星人をリンチしている。流れ星の代わりに歴代のアポロが空から降り注ぐ。
 交通事故の現場で首がもげたポルノスターの遺体を前に、タキシードを着こなした牛ガエルと無脳症の胎児がバックギャモンをしている。
 イスラム様式のモスクの屋根の上では白黒テレビからそのまま出てきたような、モノクロのケネディ元大統領が何か演説をしていた。
 流れている音楽はロックなのかエレクトロニカなのかポップスなのかジャズなのかヒップホップなのか判然としない。
 とりあえず長さ10mくらいありそうなチェーンソーがスクールバスを切断する火花が眩しい。
 ハリケーンで吹き飛ばされるティディベアの群れ。豚の脳味噌と内臓で車内を満載にした救急車が高速道路を逆走し、ばらまれた人の顔したトマトを潰していく。
 中世の甲冑を身に纏った騎士とテンガロンハットを被ったガンマンが一騎打ちをする頭上を悠然と航行するシーウルフ級SSNが発射したトマホークミサイルが、屠殺場を吹き飛ばし、それをレッドカーペットの上一列に並ぶ奇形児達が指をさして笑う。
 突如として破裂した水道管からは群青色のマグマが噴出し、いくつかの焼死体をどろどろにとかし、いずれそれはチョコレートの自動車に姿を変え、更にそれは前触れもなくスクラップとなった。
 真っ黒い強酸の雨が降る中、チアガールたちはワルツを踊る。放射線の突風が吹く中、ヤギの群れが同朋の死体を啄む。それらが巨大な合わせ鏡の中無限に増殖する。
 ピーターパンのウェンディみたいな妖精たちが、色とりどりのリボンをそこらじゅうに飾り付け、白色のリボンを贈られた首つり死体の行列が嬉しそうにはにかんでいた。
 砂嵐のテレビには、シオニストの陰謀論者が放言するプロパガンダと、頭にピストルの銃口をあてたニュースキャスターのケタケタ笑いが数瞬ずつ映った。

 質量に圧倒されそうになる。
 だが、呑まれて堪るかと48号はそれらのイメージをぎろりと睨みつける。

 ――違う。お前たちじゃない――
 ――おれが。おれが欲しいイメージは――

 極彩色のペンキで塗られた眼鏡飛び降り自殺したエンジニアがビルの屋上に残した靴アタッシュケースに詰められた偽100ドル紙幣鳥の目玉がぎっしり詰められた缶詰破裂した点滴の管スペースシャトルチャレンジャー号の残骸轢死体にかけられたブルーシート入国管理局前で列を作る難民石油パイプライン内部の錆点滅を続ける赤信号機ロボトミー手術に使われたアイスピック腐敗したミートパイ白人専用のトイレ秘境のピンク色した毒虫の羽音破損した義足溶接中のチタン合金末期がん患者と尊厳死の現場坂道の車いす駐車禁止の標識中の化学物質が漏れるドラム缶海底2000フィートで眠る難破船医療廃棄物のマークの入ったビニール袋髪の毛を挟んだまま回る続ける歯車無人の地下鉄本物と銘打たれたスナッフムービー焼却場の中に放り込まれた前衛芸術水揚げされた巨大魚叩き壊されたハードディスク規格が合わないマンホール脱出マジックに失敗して溺死した奇術師煙草のやにですっかり変色した百科事典脳に住まう寄生虫旧世代の携帯電話撮影中に主演女優が事故死したコメディ映画使用期限の切れた常備薬止め具がぐらつく回転ノコギリ共食いするハムスター

 嵐のように傍らを過ぎ去ってゆく莫大なイメージに48号は目を凝らす。それは多分、一瞬しか見えないだろうから。

 自然と右手が伸びていた。途中錆びた鉈と飲酒運転のダンプカーのイメージがそれそれ一回ずつ48号の右手を破壊したが、瞬きをする間もなく損傷はなかった事になっていた。
 混沌の中にあって殆ど場違いな、一際眩しいきらめきがある。あるいは、それは青春の光だ。
 吸い込まれるような自然さでそれは48号の手に収まった。刃の鋭さは頼もしく、柄は手の平にとても馴染んだ。

 ジュニアハイスクール時代の、今でもはっきり思いだせる遺物。
 青ひげの演劇をした時の事だ。親がハリウッドで働いている同級生がいた。彼が持ってきた実際の映画撮影に使われたのだという小道具は、ジュニアハイスクールの演劇に使うには役不足なほどの精巧さだった。
 アーサー王の聖剣(エクスカリバー)を模した、この竹とメッキで作られたロングソードも。
 24年前のあの日。竜騎兵たる48号は確かにこの剣を以って、“邪悪の象徴”青ひげを打ち倒したのだ。

 ――そして、今もまた――

 価値のない有象無象たちが排斥の声を48号に向け、絡み合い、一つに収束していく。
 巨大な……計測不能なまでにただひたすら巨大なモンスターがそこにはいた。
 咆哮は衝撃破でビルの一つ二つを崩壊させてしまえそうだ。だが48号は動じない。

 お前が青ひげか? 

 睨みつける。
 剣を構える。
 
 あの巨大な腕に捕まえられたなら、矮小な人間の肉体など一瞬ですりつぶされてしまうだろう。
 物理的な事を考えるなら、モンスターの巨大さに比して48号も聖剣も小さすぎる。
 そもそも剣は作り物だし刃はない。武器として振り回したところで、根元からぼっきり折れておしまいだ。致命傷を与えられるはずがない。

 なるほど。たしかにそれは正しい。非常に常識的で論理的な推察だ。

 だが、ここはそういう世界ではないのだ。
 想像をした者が勝ちの世界なのだ。
 故に聖剣は、モンスターを一刀両断し得る。なぜなら48号の聖剣は、イメージ上においてモンスターを遥かに凌ぐ巨大な刃を有しているのだから。

 雄叫びをあげ、48号はモンスターの脇を超音速で駈け抜ける。すれ違いざまに斬撃を見舞う。まばゆい光の筋は剣先の軌跡だ。

 勝利を約束されし英雄の一撃。
 壮絶なイマジネーションでコーティングされた剣は、今やアーサー王が手にしたエクスカリバーの本物なんかよりも遥かに鋭利な切れ味を誇り。切っ先は神ですら突き殺せるだろう。

 綺麗に二等分された怪物は、どろどろした断面とつんざくような咆哮を最後に残し、溶ける様に消滅していった。

 ……そして。

 あるいは、切り裂いたのは48号自身の過去であったのかもしれない。
 15歳の苦い思い出だ。
 引き摺り続けた失恋の記憶。夕日の差し込む体育館の舞台裏。

 だが、もはやあの日が怖くない気がした。 
 主人公役のあの少女にも、近衛騎兵役の友人にも、うまくやれよって、オトナな言葉をかけてやれる気がした。



 ――つまり、おれは、君らよりずっと素敵なひとを見つけたんだ。



 虚空に切れ目が入り。世界が光で満ちた。
 色とりどりの花々が咲き乱れ、蝶々が舞う小高い丘の上。

 華奢な背中を見つけたのだ。ブロンドも、赤いリボンも一緒に。
 上品なドレスは、童話青ひげの中で主人公が纏っていたものと同じ型なんだろうけど、ずっと素敵に見えた。
 48号は中世の騎士のように、うやうやしく膝を付いた。

「お迎えに、あがりました」
 
 何となく彼女が笑ったような気がした。
 呆れ半分、喜色半分の、そんな笑顔。

「ほんと、あなたは変わった人だなぁ。わざわざこんな所まで追いかけて来たの? 
 あれだけ大量のイメージと触れるなんて、一歩間違えば錯乱しちゃったかもしれないんだよ」

 春風が吹いた。ふわりと髪が舞う。
 振り返った彼女の瞳は、何ら変わらぬ蜂蜜色。皓歯が覗いていた。

「でも、ちょっと嬉しいかな。女の子は何歳になっても白馬の王子様に憧れてるものだしね」

 王子様っていうには、格好がワイルドすぎるけどね――48号の囚人服を見て幻月はおかしそうに笑った。

 ああ、そうだ、この笑顔だ。ひたすら無邪気なこの笑顔だ。感動的だと思った。
 再会できたこの奇跡を、48号は強く噛みしめた。
 薄桃色のドレスを身に纏った彼女は綺麗だった。眩しくて、何となく直視するのが気恥ずかしくて、48号は視線を下に向ける。

「あれ以上、干渉を続けるべきでないと思った。それはあなたにとってとても危険な事になると思った」

 そんな48号に幻月は一歩分歩み寄ったと思うと、膝をついて、同じ目線の高さで抱擁をしていた。
 体温を感じる。耳元で彼女が囁く。

「でも、あなたにもうそんな心配はいらないのかもね。だって私は見たのだもの。身の丈6フィートの小さな英雄が、何千倍何万倍もの質量をもつ巨大な怪物を打ち倒すところを。
 いや、本当の怪物はあなたの方だったのだわ。
 私は言ったよね、『少し先の未来のあなたは、否定のしようなく怪物なんだと思う』って。
 あなたがあなた自身に呑まれてしまうのを危惧していた。でもあなたは私の想像以上に素敵な怪物として孵った。もはやあなたを脅かすものは、何もないわ」

 48号が殆ど泣きそうな気持ちになっているのは、もちろん先ほどの戦いを思いだして恐怖しているのではい。
 再会の喜びが。そして再会がもたらした、大きな意味を持つ一つの確信が、48号の心の中で喇叭を吹き鳴らしているのだ。
 喜びを噛みしめたまま、ひとつ尋ねる事をする。

「今回、私はどうやって死ぬのでしょうか?」

 幻月は不思議そうな顔をした。

「あら? 乗り気じゃない。もしかして、あなたはもう死ぬのが怖くないのかしら?」
「怖くないと言えば嘘になるでしょう。しかし私にはある確信があって、その確信が私の足を竦ませないのです」



 ――私が死んだあとも、あなたは私の隣にいてくれるのでしょう?



 彼女は少しはにかんで、「そうだね」と答えた。
 うららかな昼下がりだった。風も太陽も穏やかで、まるでこの世界には一切の悪意が存在しないと世界が囁いているが如きだった。
 祝福されているんだと48号は思った。
 





 ◆ ◆ ◆






 花々咲き乱れる小高い丘の風景に、一本のポプラの木がある。
 そこで、幸せな顔した二つの首吊り死体はゆったりと揺れ続けていた。一つの枝の下で。ぷらぷら。ぷらぷらと。














 The sixth day 〜14/30 Moon〜
 ありとあらゆる死刑【Workings of human】













 初めてのデートだ。
 ……いや、デートはちょっと言い過ぎだったかもしれないが、似たようなものだろうと、些か緊張した面持ちで48号は幻月との待ち合わせに望んでいた。
 服装もいつもの囚人服ではない。少し懐かしい感じがするスーツ姿だった。鏡を見ながらネクタイの歪みを直す。
 ファッションには生憎疎くて、どういう格好が相応しいのか分からなかった。とりあえずスーツ姿に関しては昔同僚に趣味がいいと褒められたこともあったし、悪くはないのかなと思った。
 
 幻月は今日も48号に処刑を紹介する予定になっている。それも一種類だけでない。
 ありとあらゆる時代のありとあらゆる場所のありとあらゆる方法をランダムにピックアップして、今日一日、時間が許す限り試してみようというのだ。
 
 ついでに――48号にとってはむしろこっちが楽しみなのだが――行き着いた場所それぞれで観光もしていこうという手筈になっている。

「ごめんごめん。待たせちゃったね」

 可愛らしいワンピースに小さなハンドバッグを手にして彼女はやってきた。見た目相応の、普通の女の子の私服という感じだった。

「いや、全然問題ないですよ。私も今来たところなので」

 心臓が少しどきどきしているが、顔に出さないよう48号は表情を繕う。幻月は不思議そうな顔をしていた。

「ふむ……? まぁいっか。それじゃ、いこっか」
「ええ」

 手は、幻月の方から伸ばしてきた。48号は一瞬躊躇してしまうが、彼女が促すように頷いたから、ぎゅっと握り返す。
 あたたかな手だった。華奢な手だった。絶対に失ってなるものかと思った。

 手をつないだまま、二人でイマジネーションの扉を開く――

 18世紀のフランス。ロココ様式の華々しい宮殿の中、派手な衣装を纏い王侯貴族の食事風景に居座ってみた。ついでにギロチンを試してみた。
 古代ローマ帝国。トラヤヌス治世の栄華を存分に満喫したあと、闘技場でグラディエーターやらライオンやらと取っ組み合いをしてみた。
 まだ将軍が統治していた時代の日本。歌舞伎と人形浄瑠璃を鑑賞して大いに感動したあと、好奇心のまま侍にちょっかいを出してみた。正規の手順を踏んで切腹をしてみた。
 オスマン帝国スルタン、メフメト2世の留守中。ハーレムに侵入してあれこれと観察していると、戦地に飛ばされて、トルコ兵ともども串刺し刑にされた。
 第二次世界大戦直前の霧かかるロンドン。ブルーカラーと混じって騒ぎながらビールをしこたま飲んだあと、酔っ払ったまま謎の犯罪組織に拉致されて麻袋に詰められて、ビッグベンのてっぺんから投げ落されてみた。
 
 何度も笑い、何度も喜び、何度も死に、悪くないだなんて何度も嘯き。
 あんまりにも楽しくて、一日はあっという間に過ぎ去ってしまった。
 
 明日また会おうと約束を交わし別れた後、独房のベッドに倒れ込み、泥みたいに眠ってしまった48号は、それはそれは幸せそうな寝顔をしていた。

 ――そして、あの日がついに訪れる。














 The seventh day 〜Full Moon〜
 狂死【Schizophrenia】














「さて、いよいよ明日、ここの所長があなたの死刑執行のための書類にサインをするわ。
 そうしたら看守がやってきて、どの処刑方法がいいかあなたに尋ねるでしょう。
 ついでに、最後に何か望みは無いかって聞いてくれるんじゃないかな?」
 
 死刑囚であるから、いずれ死刑が執行されるのは、考えるまでもない事だった。
 そういえばそうだったと、何となく忘れていた事を今更ながら48号は思いだす。
 とは言え、さして動揺はなかった。

「経験済みの処刑方ばかりですね」

 48号にとって、死は終わりではないのだ。続きがある現象だ。
 それに、何より、隣には彼女がいるのだ。死ぬときも、死んだあとも。ならば、死は恐怖の対象からずっと遠い。
 
 処刑方が定められた5つしかないというのは、幻月も少し詰まらなかったらしくて、こんな事を言う。

「だね。でも私は銃殺、薬殺、絞首台、電気椅子、ガス室の五つから選べとは言わない。あなたの想像力が及ぶ範囲で自由な選択をさせてあげるよ。
 一切の苦しみを忘れ、眠る様に逝く安楽死もいいでしょうし、筆舌に尽くしがたい苦痛に塗れた極端な最期を追求してみるのもいいと思う。
 そして最後の望みも、私は何か一つだけだなんてケチな事は言わないよ。
 最後に食べたい料理は何? 最後に飲みたいお酒は? 最後に吸いたい葉巻は? 最後に見たい映画は? そして最後に抱きたい女の子は?
 全部望み通り叶えてあげる。遠慮する事ないから、言ってみて」

 なるほど、彼女が執行官か。それは素敵だ。48号は思わず笑みをこぼしてしまう。

「そうですね。ならば折角ですから思いっきり俗に流れてみましょう。下品で嫌味な贅沢を堪能してみましょう。
 私がパリに留学していた頃……もう十数年も昔になりますが、恋人と行ってみたかった有名な三ツ星レストランがありまして。尤も失恋したばかりの傷心の身、実際訪れる事はなかったのですが。
 そこでクリスマスだけに振舞われた特別なディナー。料理長が代替わりした為、今では幻のメニューとなってしまったそれを所望したいと思います。
 そして、食卓にはロマネコンティを。
 私はワインに特別詳しい訳ではありませんし、もちろん実際のロマネコンティなど飲んだ事もありません。
 しかし、様々な言葉で賞賛されるそれを一度味わってみたいのです。
 最後に、私はタバコをのみませんし、映画に今改めて見返したいタイトルは何かと言うと、ぱっと思いつきません。しかしその代わりと言っては何なんですが……」

 なんとなく言いたい事を悟ったのかもしれない。
 悪戯っ子の表情を浮かべた。

「何かな?」
「宜しければ……私の最後の晩餐。それに付き合っていただけないでしょうか。
 あなたが本当の悪魔なのか、それとも私の妄想の産物なのか、その実、その判断を決定的にする事は、まだ私にはできていません。
 しかし、そんな事はもはやどうでもいいのです。あなたは私が最も魅力的に思う女性です。可愛らしく、知的で、饒舌なあなた。
 烏滸がましいとは思います。しかし、特別なディナーをあなたと語らう事で過ごせたならそれはとても幸せに違いないのです」
「あれ? 私でいいのかな? くすくす……いや、嬉しいけどねもちろん。
 私を選んでくれてありがと。全部そのとおりにしてあげる。あなたのお誘いお受けするわ。
 素敵な悪魔な私と、素敵な怪物のあなた。お似合いじゃない。
 でも、男の子なんだから、ちゃんと最後まで言って欲しかったな。こういう事は女の子から言うものじゃないのよ。
 知ってるよね。クリスマスのシャンゼリゼ通りは綺麗なイルミネーションで眩しく飾られるの。
 それを一望できる最上階のスイートルームを用意したわ。あなたが素敵な夜と思えるように、できる限りの事はしてあげる」

 恋人って、多分こういう関係の事を言うんだろうなとか48号は思った。
 酷く優しい気持ちで胸の中は一杯だった。

「そうだ、もう一つだけお願いを聞いていただいてよろしいでしょうか?」
「何かしら?」

 ふと頭をよぎったこの思いつきは、とても素晴らしいものに思えた。
 実現できれば、それはそれは幸せな事なのだろう。ほんの少し緊張しながら、48号は口を開く。

「あなたのことを、“あなた”以外で……つまり、名前で呼んでよろしいでしょうか?」

 一瞬きょとんとした表情を浮かべた幻月だったけれど、すぐに例のにやにやした笑みに表情を戻し。

「遅い。いつになったら幻月って呼んでくれるのかしらって、私はずっと待っていたのよ」

 見つめ合う瞳と瞳。彼女の蜂蜜色の瞳は今だって冥い。
 その理由は、今なら分かるのだ。極めて単純な理由だ。つまり彼女もまた、偉大なる怪物だったのだ。
 己の瞳もまた、この冥さを湛えているのだろうか? もしそうなら何て素敵なのだろうと思った。
 背伸びをした幻月が唇を近づけ。48号もそれに応え。

 ――そしてふたりは、はじめてのキスをした。






 ◆ ◆ ◆






『昨日未明、チチワ砂漠の州立ジェフリー・F・ベーカー記念刑務所独房内にて、収監中の死刑囚がうつ伏せで倒れているのを巡回中の刑務官が発見した。
 刑務官は救命措置を施したが、すでに死亡していたという。
 死亡したのはベンジャミン=タウンゼント死刑囚(39)。
 司法解剖の結果、死因は急性心不全と見られているが、死刑囚が獄中にて書き溜めていたというメモ書きが全て喪失しているなど、不審な点も多い事から、当局は様々な可能性を視野に入れ、捜査を進めていくとしている。
 死刑囚は98年6月にヒューストン・ナショナル・バンクで銃を乱射し、男女6人を殺害、16人に重軽症を負わせた容疑で死刑の判決を受けていた』

 〜2002年7月3日付のダラス・トリビューン紙朝刊より〜














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(猫の鳴き声が遠くから聞えた気がした)

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 Extra day 〜Mock Moon〜
 虚死【Mirror Image】















《夢月という名の悪魔のとある平日》



「3日目の時点で顕著な兆候は観測できた。発狂の要件を満たしたと判断できるのは5日目。
 積極的な誘導を行っていたとは言え、この速度は予想を遥かに超えた。結論として『とても興味深い』と評価するに十分だと思う」

 声が聞えていた。それなりに真剣だけど、妙に楽しげで、好奇心が滲み出てる、子供みたいな声。
 普通の人が聞けば、ほほえましいとか、そんな感想を抱くのだろうけど。しかし私が感じたのがある種のおぞましさだったのは、要するに姉さん――幻月という悪魔を私は知りすぎているからだろう。
 姉さんの価値観は、どう贔屓目に見ても称賛でき得るものではないから。
 双子だっていうのに、私達は随分と違う。顔は全く同じと言ってもいいくらいそっくりなのだけど。姉さんだけにあって私にない純白の翼が、その違いを端的に表現してくれているようにも思えた。

「彼を選んだのは本当に正解だったわね。現象そのものだけでなく、残された文章からも様々な示唆を汲みとる事ができる。これは彼の知性によるものなんだろうね」

 姉さんは悪趣味だ。
 手に握られているのは、例の彼の遺稿となった罫紙の束である。
 彼が姉さんと関わった7日間について、丁寧なアルファベットで綴られていた。“愛している”そんなセンテンスを文章の端っこに見つけて、私は軽く眉をひそめた。

 姉さんが何やら怪しい事をしているのに気付いたのはごく最近の事だ。
 実際それを始めたのは随分と前らしいのだけど、何も言わずふらっとどこかへ姿をくらましたり、奇行が多かったりな姉さんだから、特に疑問の目がいかなかったのだろう。

 何をしているのか尋ねてみると、別に姉さんは隠してる気もなかったみたいで、喜々として説明をしてくれた。
 曰く、想像力という怪物についての考察らしい。

「まず大前提。私と出会った当初の彼は、自分の事を狂っていると思っていた。そう信じていた。
 でも、結論から言うと、そんな事なかった。そもそも彼は狂ってなんてなかった。
 ただ、狂気に対する強い憧れがあった。それが彼にあの凶行を実行させた主因だと私は思っているし、そしてその事は彼の素質を証明する上での傍証になると思う」

 姉さんが何を言っているのか、私はきちんと理解しながら聞いているわけではない。
 姉さんは割と一方的に喋り続けるひとだから、私があんまり良く分かってなさそうな顔をしていてもそのまま話を続けてしまうし。
 とりあえず、姉さんの理論によると、狂気と想像力は極めて強い関係があるのだという。

「狂気……うん、これは中々に定義が難しいかも知れない。XとYに代入すれば正しい値が出るあれよりずっと曖昧な現象だから。
 ただ、この言葉はそれ自体が相当に強い一種の魔力を持っている。他人から『あいつは気が狂ってる』だって認定されちゃえば、社会的には狂人で差し支えないんだと思う。
 でも、それは狂気の品質を適切に汲み取っているのかしら?」

 姉さんは空を見上げた。煌々と丸い月が照っていた。
 本物の月ではない。ここは姉さんの胸三寸で何にでもなる世界だ。
 そして、その月の隣でぼんやり鈍く輝くもう一つの月。幻月。本来はとても珍しい自然現象だ。

「……月が狂気の象徴である理由。それは満ち欠けするからに他ならないわ。
 欠損。それこそが狂気の正体だと多くの人が思っている。
 幾らかの精神的なそれが、普通の人間を異端にするとね。
 でも、果たしてそれだけを以って狂気としちゃっていいのかしら?
 果たして、心が欠けるだけで漠然とした不安が怪物の姿まで成長するのかしら?
 私は違うと思う。だって、月が最も狂気的なのは満月。一切の欠損が無いその時なのだから。
 そう、狂気は減算じゃない。その実極めて知的な加算だと思う。
 幻月。そう考えると私の名前は狂気そのものね。満月に更なる月を加算する。器一杯の狂気に狂気を注ぎ足す。
 過剰になるの。一体何が?
 具体的な単語で指し示す事が可能だと私は考えている。
 すなわち想像力。
 イマジネーションが器に収まりきらず椀より溢れてしまった状態。常軌を逸した想像力が一線を超えてしまった瞬間。
 それを発狂と呼べばいいと思う。
 彼にとってのそれは5日目、エクスカリバーを握った瞬間。あの光景を見て、彼はもう戻れないところまで来てしまったんだなって思った。
 誰だって“私の世界”を持ってる。程度と影響力の大小はあるにしてもね。もちろん彼もそうだった。
 というか、彼が見ていたのはすべて完全に“彼の世界”だった。あれを“私の世界”だと騙ったのは、そっちの方が上手く事が進むと判断したから。
 まだ殆ど未開だった“彼の世界”に私は手を入れ、彼が干渉をしやすい構造と、彼の狂気を加速させる環境を作り上げた。
 この試みは成功したでいいと思う。その後彼が“彼の世界”を掌握してしまうまでの速度は、驚くべきものだったわ。
 いつだか彼を怪物だと言ったけど、これはお世辞でも揶揄したわけでもなんでもなくて、本音よ」

 饒舌なのは、いつもの姉さんと同じだ。
 趣味が悪い事をしてる時の、ニヤニヤした笑顔もいつもの姉さんだ。
 でも、どうしてだろうか?
 この時私は、何とも説明はし難いのだけど、姉さんに妙な違和感を覚えていたのだった。

「……ときどき私は考えるの。ねえ、夢月。この世界がメタ構造じゃないだなんて、一体が誰が保証してくれるというのかしら?
 今回の実験結果には、驚嘆すべき現象の観測記録が含まれている。
 それを見た時私は言葉を失ったよ。不完全な仮説にかちりと音をたてて嵌るピースをひとつ見つけたの。
 そもそもとして、彼にとっての私はもしかしたら最後まで“鏡”だったのかもしれない。私にとっての彼も同じくそう。
 彼は結局最後まで私を純正の悪魔だと信じ切ってはいなかった。私のことを心の闇が作り上げた都合のいい幻影である可能性を残したままに死んだ。
 私は自分自身では私の事をれっきとした悪魔だと断言する事ができる。でも、それは彼が観測した私と本当に同じ私なんだろうか?」
「……姉さんが何言ってるか分からない。だって姉さんは姉さんじゃない」
「うん。そうだね。九割九分九厘のケースでそれは正しい。でも、それじゃ説明が付かないのが4日目、“ガス室の日”以降。
 これは誓ってもいいんだけど、ガス室で一度彼の前から姿を消した私は、あれから視覚情報を彼の前で一切アウトプットしていない。それどころか彼が見ていた世界に、髪の毛揺らす微風を吹かす程度の干渉すらしていない。
 なのに、あの日から死の瞬間までに彼が残した文章はA4罫紙200枚に及ぶ。
 ねえ、この文字列に存在しているMock Moon(幻月)って一体だれなんだろう? 彼と仲睦まじく恋人ごっこをしているMock Moonって一体だれ?」
「考え過ぎよ姉さん。その200枚は、完璧な意味で彼の妄想の産物に過ぎないわ」
「夢月、今あなたはとてもいい事を言った。そう言わば妄想の産物なのよ。だからこそ私は驚いた」

 ……違和感の正体が分かった。姉さんは何かに怯えている。
 いや、もちろん姉さんは怯えが恐怖に直結するような殊勝な性格はしていないからして、その感情すら姉さんには好奇の対象であるのだけれど、あまりに珍しい事だった。
 姉よ。世界でも指折りの暴力を所有する理不尽の悪魔よ。あなたは何がそんなに恐ろしいのだ?

「恐ろしいって言うと、少しニュアンスが違うんだけど……もっとこう、どっちかっていうとポジティブな……うーんまあ言葉で説明できるものないし、恐ろしいでいいや。とりあえず一番意味としては近いし。
 ひとつ質問するよ? このMock Moonと私。本物の幻月はどっち?」
「そんなの、考えるまでもないわ」

 姉さんも今言ったじゃないか。Mock Moonは彼の妄想が生み出した架空の姉さんだって。
 でも、姉さんは人差し指を左右降って私の回答を否定する。

「答えはどっちも本物?」
「え?」
「私は彼女の事を私じゃないって断言できるよ。でも彼の主観を基準にして、私の主観も省けば、彼女と私の違いって何なんだろう? 明瞭に切り分ける手段は無い。ならばどっちも幻月であり得る」
「……でも、こういう事言っちゃうとあれだけど、本物の姉さんはMock Moonみたく素直じゃないと思う。もっと狡猾で性質が悪いわ」
「言うねぇ。否定はしないけどさ。でも彼にとっては、それが幻月だったんだよ。饒舌でちょっと子供っぽくて、でも知的で、そして自分を理解してくれる理想の恋人」

 姉さんが主張していることは、まあ分からないでもないのだけど……。
 でも、それって要するに“言ったもの勝ち”の理論なんじゃないかしら?
 どうも釈然としない私に姉さんが続ける。

「それに、何よりも決定的だったのは……」

 人差し指を唇の前に当て、「言いふらしちゃ駄目だよ、見つかると間違いがあるかもしれない」そんな事を言う、冗談なんだろうけど、目が笑っていない。

「……目が合っちゃったからね、はっきり。彼の世界の、“鏡の方の私(Mock Moon)”と。にこりと笑いかけてきたから、私も笑い返した」

 背筋に冷たいものが走るのが分かった。つまり今まで姉さんが言ってたのは、形而上学的な意味での二人じゃなく、物理的な意味で二人いたって事?

「そういう解釈でも、概ね間違ってないはず」

 あり得ないとか、思わず呟いちゃった私を姉さんは少しおかしそうに笑うと、指先で空を指した。
 いつも間にか満月は欠け、細く鋭利な三日月に変質をしていた。

「例えば、私がこうやって見上げる三日月と、夢月が見上げる三日月はまったく同じではないはず。仰角の違いで歪みが発生するから。
 もちろん、この距離だと無視して差し支えない程度のほんの小さな差異だけど、程度よりも同じでないって部分がここでは重要になる。
“同じものでも観測する視点が複数個あれば、実際に観測対象は複数個それぞれ独立に存在し得る”感覚的には分かっていた。今回の件で確信に変わった。
 端的に言えば、観測者の数だけ私たちは存在する。それらは全て等しく完璧に明瞭に私達だけど、すべて同一でない」
「でも、それが本当なら、世の中は今頃ドッペルゲンガーもどきで溢れかえってるんじゃないかしら」
「案外溢れかえってるのかもよ? 私達が知らないだけで。まあ、でも、そういう噂も聞かないし。たぶんそれは一つの理由で説明ができるんだと思う。
 つまり、私に見えている三日月が夢月の見ている三日月と同じにならない理由。要するに、観測者は通常互いに干渉をしない。見た目上は誰にとっても対象は一つに見える。……例外を除いて」

 クスクスと笑いながら、中々見る機会がないほどの上機嫌さで姉さんは言葉を続ける。

「例えばこういう経験はないかしら。好きなあの子が、その実、自分の手に収まる程度の存在だといい。最初から自分の事を好きだと思ってくれていればいい。そんな想像をする。
 意識しない部分で、観測者は観測対象に対して都合のいい像を投影する。
 普通ならそれでどうこうって事はないんだけど、今回が普通で済まなかったのは、要するに彼が例外だったから。
 彼には素質があった。偉大なる誇大妄想の素質。
 彼の所有する“彼の世界”は彼の発狂を境に非常に強靭なものとなった。私の干渉がもはや不要なまでに。
 そして、その世界で彼が最初に作ったオリジナルこそ、Mock Moonだったんだね。
 それは彼にとって都合のいい私。
 私と彼女は別物だって私は言える、でも彼女は紛れもなく幻月だった。それだけのリアリティがあった。 
 彼のイマジネーションがあと少し大きければ、あるいはもう少し長生きしたなら、彼は他人の世界を侵蝕したり、干渉したりすらできるようになったかもしれない。
 そんな芸当ができるのは、世界でも私だけだと思ってたんだけどね。
 さて、しかしその彼は7日目の夜、シャンゼリゼ通りのレストランで食事をした後、ホテル最上階にて、Mock Moonのお腹の上で死んじゃったわけだけど。
 その後Mock Moonはどうなったのかしら?
 そもそも彼が死んだのはとても不思議な事よね。“彼の世界”の中において死とは続きがある事象のはずだった。なのに続きはなかった。あっさり終わってしまった。
 これは、推察だけど、例えばMock Moonが“彼の世界”へ干渉するだけの力を所有していたとすれば?
 “都合のいい恋人”という定められた設定を改変できてしまえるだけの存在だったと仮定すれば?
 もしそうなら、彼を遥かに凌ぐ怪物だわ。世界が消滅したくらいで、彼女は易々と消えてくれるのかしら?」
「やめてよ姉さん。気味悪い……」

 否定してほしかった。そんな事あってはならないと思った。
 本能の中の、極めて原始的な部分がざわついている。気付いてはならないと、警告の声が聞えた気がする。

 そういえば、ドッペルゲンガーは見てしまうと命を奪われてしまうのだっけ?
 魂を入れ替えられるとも。
 単なる都市伝説だと思っていたし、仮に真実だとしても、私だって悪魔のはしくれ、遭遇してしまった“私”を鼻で笑い飛ばす事だってできるだろうと思っていた。

 ああ、でも嫌な気分だ。気持ち悪い。その“私”は誰の世界を食い破って生まれたのだ?
  
「怖がらせるつもりはなかったんだけどね。まあでも、今回は本当に希少なケースだろうし、夢月は気にしなくてもいいと思うよ」
「……姉さんは、このまま実験を続けるつもりなのかしら?」
「そのつもり。今回はとても興味深い現象を確認できたしね。このまま実験を続け、サンプル数を増やしていけば、より正解に近い理論が得られると確信もできた。これで、100年くらいは暇をつぶせそうね」
「もし……もしの話よ。出会ってしまったら姉さんはどうするの? Mock Moonは本物になりたがっているかもしれない。姉さんが邪魔かもしれない」
「その時はその時だよ。それに、さっきも言ったけど、どっちが本物とかじゃないの。どっちも本物なの」

 姉さんの事が理解できなくなる瞬間は、独自の論理を並べたてている時よりも、こういう会話の中でが圧倒的に多い。
 私は姉さんみたく、その時はその時だなんて生き方をできないだろうから。

 姉さんは、その自我が概念に強く依存するにもかかわらず、鮮烈な存在感をいつだって持っている。強大が過ぎる異端の悪魔だ。
 誰かが力ずくで姉さんを消そうとしても、そんなの絶対できやしないって、言い切る事すらしてもいい。
 
 でも、例えば、姉さんが自分で消えたいと考えたなら?
 それは、おそらく、非常に簡単にできてしまうのだ。自分を否定する事が消滅に直結する。姉さんはそういう風にできている。 
 そして、好奇心のために、姉さんはそれをやってしまえるひとだ。

 姉さんが何かに思い当たったような顔をした。嫌な予感しかしなかった。
 私は怖いのだ。これ以上怖い事を言わないでほしいのだ。だからやめて。それを切り出さないで……。

「……ところで、これは純粋な知的好奇心を発端としての発見なんだけど。
 実は私は、すごく強烈なイマジネーションと干渉力を持ってそうな悪魔を、自分以外で一人だけ知っていたりする」

 姉さんの声には一切の悪意がなかった。本当に思いつきの台詞といった感じだった。
 なのに、言葉が銀のナイフとなって心臓に突き刺さる錯覚を見た。
 自分自身の心の深淵を、致命的な部分を垣間見てしまった気がした。
 見慣れているはずの夢幻世界が、恐ろしくのっぺりしたものに見えた。三次元の感覚が喪失する。

「ねえ? 姉さんは本当に姉さんなの?」

 気が付けば、そんな事を口走っていた。
 私は頑強な南京錠で施錠される心の鎖を確かに目視していた。鍵は手に握られていた。この先にはかつて私が閉じ込めた、重大な何かがある気がした。
 おそろしい記憶なのかも。それを直視すれば私は壊れてしまうかもしれない。でも震えるこの手が、鍵穴に近づくのを、止めることができない。

 姉さんはあっけに取られているようだった。
 私がこんな反応をするだなんて、まったく予想外だったらしい。

 ああ、駄目だ。そんなこと想像しちゃいけないのに。
 でも、本当はどうだったのかしら? そもそも私に姉妹なんていたの……? 
 そう言えば私には小さい頃の記憶がないの。
 両親の顔も覚えていない。一緒に遊んだ事も思いだせない。本当に私はあなたと一緒に生まれ育ったの?
 姉さん、もしかしてあなたは、私が作り出した……

 次の瞬間。私はがっちりと姉さんに抱擁されている事に気付く。

「ごめんごめん。ちょっと脅かし過ぎたよ。大丈夫だからさ。お姉ちゃんは、本物のお姉ちゃんだから。作り物なんかじゃないよ。
 同じ血を引く本物の双子。ちっちゃい頃は一緒にあちこちで生物虐めたり、一緒に楽器弾いたり、一緒にお洒落したりして、夢月は覚えてなくても私はしっかり覚えてるからさ」

 鍵穴に鍵が到達してしまう前に、引きとめられた。頭をわしゃわしゃとなでられた。姉さんの右手だ。ちょっと体温は低いけど、私にはとっても優しい姉さんの手だ。
 震えが収まっていく。私もぎゅっと抱き返す事をする。

「信頼しても、いいのよね?」
「もちろん」

 にっこり笑いながら姉さんは言ってくれたから。少し涙ぐんじゃったりして。
 いや、でも本当にうれしかったんだ。姉さんがこんなに私を心配してくれて。

 姉さんがいくら本物だって言っても、それを証明する手立てがない事を私は知っている。
 でも、そんなの些細な事。
 私が信じないと、何にもならないじゃないか。
 姉さんはいつか言ってた。記憶する事が、存在を信じる事こそが、存在を保証しつづけるのだと。
 ならば、私はあなたを盲目なまでに信じたいと思うのだ。なにしろあなたは私にとって全てなのだから。

 姉さんの胸に顔をうずめて私はちょっとだけ泣いた。この時私が抱いていた感情に明確な名称をつけるのは難しいのだと思う。とても、とても複雑な感情だったから。
 ただ、とにかく泣きたい気分だったのだ。
 私が泣いている間、姉さんはずっとやさしく抱きしめてくれていた。






 ◆ ◆ ◆






《幻月という名の悪魔のとある祝日》



「――なるほど。怪物だって寂しかったわけだ。……たぶん、そういう好意的解釈でいんだよね? 夢月」

 どうやら疲れてしまったらしい。
 ベッドに寝かせた彼女はすやすやと安心しきった寝息をたてていた。寝顔に向かって私は呟いてみる。聞こえてもらっちゃ困るから、小さな声で。
 生まれたばかりの妹は、私の世界に干渉できちゃうくらいの凄まじい怪物だってのに、案外脆いところがあるみたいだった。

 思うに彼の死はMock Moonが意図的に引き起こしたというよりは、事故のようなものだったんだろう。
 ひとりぼっちが嫌で、一度目が合っただけの私のとこまで押しかけちゃうような寂しがり屋だ。
 
 名前を変え、“世界”経由で私の記憶を誤魔化してまで私のところへやって来た理由はよく分からない。
 自らの記憶を改変し、心に錠をかけてまで妹を演じようとした理由はもっと分からない。
 そういや、いつだか姉が欲しかっただなんて、彼に言った気もする。それが影響しているのかもしれないとか思ったけれど、本人に聞く訳にもいかないし、たぶんその辺は一生知る事はないのだろう。

 とりあえず、実験結果の整理とか詳細な分析は、また今度でいい事にしよう。
 それよりも、彼女が起きたら、あったかいマンデリンを淹れてあげようと思った。
 あの酷く苦いコーヒーの事を彼女は、眠気が醒める感じがして好きって言うに違いないから。

 そよ風が吹いた。運ばれてきたにおいは、ちょっぴりだけ懐かしい独房のそれだった。

 











 
 この物語はフィクションです。実在の人物・団体等には一切関係がありません。
 また、この物語は何らかの政治的主張を含むものでない事を追記します。
 これは言わばキャラ萌えSSなのです。夢幻姉妹がかわいすぎてついついやった。
ねじ巻き式ウーパールーパー
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2010/11/06 22:01:16
更新日時:
2010/12/12 21:36:22
評価:
27/29
POINT:
209
1. 10 名無し ■2010/11/08 00:55:19
長編お疲れ様でした。王道だった前回の作品といい今回の狂気に満ちたアウトローな作品といい、貴方の底が知れない……
 
 読み進めていく間に自分も48号のように異常な世界に慣れ、狂気に陥っていくような感覚を覚え感想を書いている今も浮ついた気持ちで、興奮を抑え切れません。今キーボードを入力している自分は想像の産物で、実際の自分は読み終わったまま唖然としているのではないのかと疑いたくなってしまいます。狂気が想像を生み出すのか、想像の果てに狂気が産まれてくるのかどちらなのでしょうか。
2. 7 SAT ■2010/11/08 20:01:34
執筆お疲れ様でした。
色々感想を書こうと思いましたが、どうにもいいのが思いつかず、的外れな解釈を垂れるのもあれなので。幻月と仲良くやれたタウンゼントさんの想像力が羨ましいな、と。

読ませて下さり、ありがとうございました。
3. 7 1896 ■2010/11/09 18:04:32
さっぱりしていて、不思議で、それでいて残酷。夢幻姉妹はすごいですね
4. 10 幻想 ■2010/11/15 01:46:27
やっちゃいましたね。
この素晴らしいキャラを作り出せるのは私の中ではあなただけです。
夢月をひっぱるから、これは生まれ変わりかなーと思ってたら合っててヒャッホウってなりました。

合わせ鏡のようなものがあるように鏡題材だと狂気がマッチしててとてもいいものでした!
読み終わった後の爽快感もいいものでした。
5. 10 佐倉P子 ■2010/11/15 15:17:39
邪悪な女の子は好きですか?と訊かれた気がしました。

大好きです。
6. 8 ハー ■2010/11/16 21:17:43
幻月がMock Moonで彼が夢月で…?
私の読解力が足りない。
すごく面白かったです。
7. 7 パレット ■2010/11/20 00:29:21
 きみ幻月とちゅっちゅしたかっただけじゃね……?
 いやまあ読み終えたいま私にはそうとしか思えなくて、というかですね、うらやましいです。私も霊夢さんとちゅっちゅしたい。ほんと、こういう話を書ける人に憧れます。私にはおそらくできない。というのも、オリキャラを中心とした緻密な背景。その描写。こんなんできねーです。完っ全に引き込まれて、しかもするする飲み込める。すごい。こういう話で、読むのにまったく引っかかりを感じなかったというのがすごい。するする飲み込めすぎて逆にちょっと分量的に物足りなくすら感じたりもしたのですが、でもこれ以上伸ばしても仕方ないかなーという気もして。うん、素晴らしかったです。
8. 2 B ■2010/11/21 14:25:36
つまらん!タウンゼンがノってきたあたりは楽しい、でもそんだけ。
人間の最後に悦楽の夢を見せる悪魔というのを幻月ならどうするか、といったかんじの調理はまあ良し
長さのわりにとくに何も無かった。起伏に乏しくいつ面白くなるのか待っているだけで終わった。
9. 10 T/N ■2010/11/25 16:19:21
文句無しです。
全作品中群を抜いた完成度の高さ。お題も登場人物のキャラクターも設定も本当に凄かった。読んでいて震えました。
もっともっとあなたの作品を読みたいなぁ!
10. 5 asp ■2010/11/29 11:11:34
 幻月ねーさんによるマトッリックス的死刑ツアー、いいですね。なんでそんなの知ってるんだという知識量と読みやすい文体、クサい台詞に展開ストーリーと楽しませていただきました。でもちょっと個人的には印象は薄い感じです。圧倒的カタルシスとか、そういった読者に語りかけてくるようなものが若干足りないかも。死刑ツアーの種類の少なさと(十分長いような気もしますが)短さ、主人公が死んだ後の幻月と夢月のラストシーンが少し長いのが原因かもと思ったり。時折言い回しや文章がくどく、鼻に付く一歩手前なのも気になります。
 しかしまあなんというか……主人公になって幻月に死刑にされたいのはたぶん作者様自身ですよねw
11. 10 みなも ■2010/11/30 16:58:19
衝撃的なお話で、最後までぐいぐいひきこまれてしまいました。

なんと言いましょうか、世界から隔絶された虚無感を基調として、主人公の殺人の無意味さ不条理さが際だちます。その不条理さが、幻月、夢月姉妹のドッペルゲンガーなのか本人なのかという話の中につづいていく。

ここまで人間の心の虚無とか世界と隔絶させていく感覚を描くのは見事としか言えません。
12. 9 yunta ■2010/11/30 22:31:02
あまり東方という感じではないですね。しかし、そんな事は些末に感じるくらい面白かったです。
48号のキャラも良い感じに狂気を感じさせますし、幻月も可愛らしく残酷に表現されていたと思います。
SAN値が削られていく様子で物語に引きこまれていきましたね。

執筆お疲れ様でした!
13. 6 とんじる ■2010/12/02 14:46:04
 包み隠さず第一印象を言えば、強い嫌悪感を覚えた。
 何度も「死」をまざまざと体験させられるというわざと奇を衒ったようなストーリー設定と、「悪魔の残酷さ」を際立たせるためだけ(に序盤は見える)の死という題材の扱い方と、死そのものの生々しさに。
 それと、事あるごとに雑学を披露するキャラクターたちにも少しうんざり。知識をひけらかしているようにも見えたし、何より話の大筋からすれば必要ない類の知識であるように見えたし。

 しかし、最後の考察は興味深くて面白かったです。
 狂気、想像力、そして夢月の正体。特に夢月は「そう来たか」といった感じ。
 かがみというお題も、「鏡像」や「偽物」という形で巧く絡んで来ていたと思った。

 そしてコスプレ幻月が可愛すぎて困る。
14. 7 ケンロク ■2010/12/07 13:59:44
あえて口語で言わせてもらうと、スゲェ面白かった。です。
世界観の構築が圧倒的で、気が付けばあっさりと引き込まれていました。想像の事象が溢れるシーンなんかは大好きです。そのセンスがたまんねぇ。
でも非常に、とても個人的な話で恐縮ですが……僕は東方SSは、幻想郷を舞台にしたお話の方が好きです。幻想小説、は大いに好物ですが、ここではちょっと幻想郷小説、を読みたかったかな。それを加味して、ちょっと減算しちゃってます。
15. 10 いすけ ■2010/12/07 22:38:44
この作品凄く好きです。
幻月様がなんとも魅力的に描かれていて好感が持てました
16. 3 リペヤー ■2010/12/09 23:51:31
すみません。最後まで読んだのですが、よくわかりませんでした……
その、死刑解説SSとしか思えなくて。
ただひたすら死に続けるだけというホラー? うーん……

あと主人公の男性が何でそんな大犯罪をしようと思ったのかが分からなかったのもちょっと。
いや、理由なんて最初からないのが理由なのかもしれないのですが。

総合してこの得点で。長編の執筆お疲れさまでした。
17. 9 PNS ■2010/12/10 00:16:24
深い感想を書く時間がないのが恐縮ですが、非常に興味深いSSだったことを述べさせていただきます。
18. 7 本喰い虫 ■2010/12/10 02:28:14
なんというオチだろうか。新聞記事がこのss最後の行であったなら変則ラブストーリーとして評価することになったんだろうな……その場合は4点程度の予定だったんですけど。
減点部分は、48号と幻月が結ばれる話だとなんで鏡なのか分からない・48号の立ち位置もこういってしまうと酷ですが、悪く見ればギャルゲーの主人公にも見え、オリキャラ男×東方キャラssかと思ってしまいそうにもなること。
いいなと思ったのは「あなたはどんな方法で死にたい?」から始まる恋という発想自体は面白いと思ったし、描写も秀逸+文章もスラスラ頭に入るし恐らく好みの書き方であること。じゃあ5点でもいいかn(ry

うん、そんな訳はなかったですね。良いssをありがとうございました「幻月という名の悪魔のとある祝日」まで読んで更に予想を超えました。もちろんいい意味でw
面白かったしこの発想は正直無かったですね。後書きにキャラ萌えssとあるが確かにそうだった……でも幻月萌えではなく夢幻姉妹萌えssだとは誰が想像出来ただろうか。原作の夢幻姉妹に今まで特に何かを思ったことはありませんが、作者様の少々特殊な姉妹設定は好きです。旧作キャラは情報がより少ないので作者様のキャラの想像力が作品の良し悪しを左右する重要な要素となる……想像力が高じると怪物になると幻月はいうけれど、つまりここには怪物が3匹いたのかもしれないですね。
48号の最期の7日間が、オチもといラストの怪物達の穏やかな平日を引き立てるが為の壮絶な前フリにもなるのだと思うと、作者様がいかに夢幻姉妹が好きなのかがよく分かりますw
19. 9 木村圭 ■2010/12/11 20:32:51
どう落とすんだろうと思ってたが斜め上でした。まさかここまでがっちり侵食してきてるなんて……。
そんなにおなかのうえがらくえんだったのかくそっくそっ
化学系の話といい死刑の薀蓄といい読みごたえのある物語で楽しかったです。
20. 7 deso ■2010/12/11 20:35:45
面白かったのですが、自分が旧作に疎いので、東方SSを読んでる感じではなかったです。
幻月の行動も、キャラを知らないせいか、理解できるようなできないような。
21. 10 八重結界 ■2010/12/11 20:38:50
幻月のコスプレ劇場で不覚にも興奮を覚える。これが物語の本筋かと思うぐらい素敵な幻月さんでした。
個人的に一言で纏めるのなら「お前がそう思うんならそうなんだろ。お前の中ではな」という言葉に尽きるかと。
あと幻月さんが魅力的すぎました。私も幻月さんのお腹の上で死にたいと願うぐらいには。
ただどちらかと言えば前半の幻月さんが好みです。
22. 9 ニャーン ■2010/12/11 20:53:48
面白い。そして読みやすい。長さを意識しないまま、満足感が得られました。
「幻月」の名前が出てきたときに検索をかけたのが私だけでないことを祈ります。
あまり馴染みのないキャラクターだったのですが、作中の彼女はすごく魅力的でした。
これから「幻月」というキャラクターを想起するとき、この作品の彼女がまっさきに出そうです。
主人公も格好良くて、好感が持てました。
話の区切りがはっきりと分けられていたことが、読みやすいと感じた理由だったと思います。
たくさんの死を体験する、という部分に、酸鼻極まる描写が続くのではと、少しドキリとしたのですが、
思いのほか描写が淡白だったので、これは助かりました。
23. 6 gene ■2010/12/11 21:28:40
二日目までは凄い良かったのですが、ベトナム戦争あたりで路線が変わった気がしたのが何か残念でした。
死についてもあっさりとしていて物足りなさが……。
一日二日目の雰囲気で後半まで読んでみたかったです。
24. 8 兵庫県民 ■2010/12/11 22:28:28
これは凄い!
なんという世界史もの。その圧倒的知識に脱帽ものです;
そしてそういった知識をフルに活用したこの内容よ。
おまけに幻月を起用するという発想。参りました。
どうやったらそんな凄い文章書けるんですか(←
25. 6 名前が無い程度の能力 ■2010/12/11 22:57:27
主人公の過去や、幻月が現れ色々な死の体験をしていくことになるストーリーには引き込まれました。
ガス室で死んで幻月に別れを告げられるまでは非常に楽しめたんですが、それ以降の展開が結局主人公のイマジネーションだったというのは何だか納得がいかないし、意味不明とまではいかないが話についていくのに苦労してしまった。
また、日をおいて読んだら違う印象を受けたり、最後の部分も楽しんで読めるのかもしれませんが今回はこの点数にさせてもらいます。
26. 10 文鎮 ■2010/12/11 23:03:58
ラストで頭の中が全て吹き飛んで夢幻色になりました。お見事です。
読み進めているとウィッカーマンという映画を思い出しました。異なる価値観の世界に放り込まれたような、そんな感じでした。
小説でも何でも、発信者が発信したものがそのまま受信されることはなく、受信者の中でちょっと異なるものが完成する……うーん難しいです。
とにかく、幻月という存在と彼女の魅力を伝えるのに最高の舞台だったのではないでしょうか。
27. 7 名前が無い程度の能力 ■2010/12/11 23:32:25
大変面白かったです
28. フリーレス ななし ■2011/03/21 06:19:57
やべえ、これはやべえ………
あなたの描く夢幻姉妹は本当に素敵です
29. フリーレス むげんげぐるい ■2013/04/23 08:39:35
挫折と恋を知りました。欺かれたいと願える想像の怪物はまだ訪れてくれないようです。むげんげちゅっちゅごちそうさまでした。
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