ばかがみる

作品集: 最新 投稿日時: 2010/11/06 23:01:28 更新日時: 2010/11/06 23:01:28 評価: 17/18 POINT: 74
 とある氷の妖精が見たものである。
 
 一際寒い朝の事であった。
 彼女の周りには霜が降りていた。はっきり白くなった草むらから、霧がのぼっていた。
 寝返りを打った彼女の下では、寝床に敷いている枯れ草の束がぺきぺきと悲鳴を上げ、
 凍って砕けながら、そのふかふかとする役目を終えようとしていた。
 
 湖の近く、粗野な秘密基地めいたねぐらで彼女は目を覚ました。
 目を擦って辺りを見回すと、一面真っ白なものだから、彼女は冬が来たものだと喜んだ。

 しかし、それにしてはどうもおかしい。
 雪かと思って白く凍った葉っぱを撫でると、きれいな緑が顕れた。確かに冷たいが雪ではない。
 地べたに生えた草は確かに端が枯れて乾いた色をしているが、
 まだまだ緑を保って元気なように思える。
 霧がすうっと晴れ、木々を彩っているのは黄の、赤の、暖かい色ばかり。
 ここに来てようやく彼女の頭は本格的に目覚めだした。
 昨日にも増して、今日は秋だった。

 なんだか騙された心地になって、彼女は地団駄を踏んだ。
 素足の裏で、凍った草がしゃりしゃりと音を立てた。
 ふと何かに気付いて、彼女は、霜の降りた草を手に取る。
 霜がにょきにょきと伸びあがり、冷たく美しく結晶した。
 それは冬である。いとも容易かった。

 はっとする。冬はこうしても来るのだ。

 彼女は、秋を追い払ってしまおうと閃いたのである。



 今年の紅葉は、どうやら黄を主にしているようだ。
 静かな湖面に映る色も、およそ黄色ばかりだった。
 だからこそ、紅く染まった彼岸の一角は、目ざましく秋だった。
 あそこの林に秋が居座っているようで、つまりまずはあそこが目標だった。
 勢い良く飛び出し、一直線。

 声をかけてくるものもあった気はしたが、一瞥もくれずにただ飛んだ。
 些かも勢いを落とさずに、林に飛び込む。
 
 しかし、狙った相手はそこにいなかった。
 木を見渡せば紅は疎で、先ほどまで彼岸から眺めていた印象とはどうも違う。
 黄色を押し除け、あれほど主張していた紅葉の林はどこにもなかった。
 理解せず、訝しげに、注意深く、秋を探す。

 すると、元の岸辺には紅が集っていた。
 あそこでも秋を謳歌しているのだ。
 飛び込んでくる自分に恐れをなしてあんな所へ逃げたのだ、そう彼女は思った。
 逃がすものかと、再び彼女は彼岸へ飛び出した。

 しかし、あれほど紅かったのに、着いてみればもういない。
 余裕綽々の風だった彼女も怒りだす。
 
 飛び出し、びゅんびゅんと往復する。
 見回し、怒り出し、また元の岸へ戻る。
 妙な遊びかと思って付いてくるものもあったが、
 寒い思いをした挙句、八つ当たりを受ける羽目になった。



 ずるずると、山間から雲が這い出してきて、鮮やかだった湖の色を失わせた。
 黒い雲は浮かぶのをやめて、雨足で辺りを踏みつけ始めた。

 冬にとって、雨よりも雪のほうが具合が良い。
 木の下で雨を避けるのは癪だとばかりに、ずかずかと林を離れ、野原の真ん中で空を睨む。
 彼女はゆっくりと目を瞑り、ざあざあと降る雨に掌を二つ向けて、さあ雪になれ雪になれと命令した。
 彼女は今にも戦う気でいた。そのとおり、頭上で雨は凍り、転がった。
 霰に打たれた草がぱたぱたと跳ね、珍客を緑の上で歓迎した。
 彼女の周りだけ雨音は切り取られ、奇妙な程の沈黙に包まれている。
 二つの小さな掌から、命令は空へ下され続けた。

 しばらくして黒い雲は一帯を踏み越え、薄い雲を透かして太陽が帰ってきた。

 さて雪は降ったかと目を開けて地面を探してみると、
 目を凝らすまでも無く、ざらざらと見つかったのは霰ばかりだった。
 雪ではないがそのひんやりする感覚に満足してか、
 それとも陽光を跳ね返してきらきらとするその美しさに見惚れてか、
 もっとよく見ようと一粒を指でつまみ、太陽を通して眇めてみる。

 しかし、よく見れば真ん丸ではなく、下のつぶれた饅頭のような形、
 はたして宝石の如く美しく透明かと思って見れば、曇って冴えない。

 ふくれっつらをしながら一つ投げ捨て、地面を見ればまだきらきらと光っている。
 これこそは綺麗だろうと思って拾い上げ、再びまじまじと見つめてみるが、
 やはり冴えないもので、それもぽいと投げ捨てる。

 ただ繰り返すも、どれもこれも思ったようなものではなく、
 日の暖かさにあてられて、みんな融けて地面へと消えてしまった。

 最後、彼女がきらきらとしたものを指でつまむと、それは草にのった露であった。
 それが指の上ににじむのを見て、宝探しが終わったことを彼女は知った。

 乾いたままの服の裾をいじりながら、まだ空の端にある雲を目で追っている。
 それがどうやら戻ってくる気配がないのを見て取ると、彼女はぶんぶんと手を振った。



 夕日はどうも、秋だ秋だと盛んに叫んでいるようだった。
 芒の輪郭は安っぽく輝いて、全くしおらしさを見せないし、
 赤とんぼの数は、飛び交うごとに倍倍に増えているようだ。
 今朝は確かに冬が来た気がしたのに、また秋は深まるばかりだった。
 
 彼女の中で無性に、負けず嫌いの虫が喚いた。
 空の赤い影に向けて氷の欠片を思い切り投げつけるが、
 すいすいと飛ぶ彼らのどれにも、どうやら当たらなかった。
 彼女が産み出した、不自然なまでに透明な氷の欠片は、
 陽の光を通して、一層強く光った気がした。



 それきり、明るさは無くなった。
 暗くなるばかりであった。
この娘ははたして馬鹿なんでしょうか。
ガス
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最新
投稿日時:
2010/11/06 23:01:28
更新日時:
2010/11/06 23:01:28
評価:
17/18
POINT:
74
1. 2 SAT ■2010/11/07 10:08:38
執筆お疲れ様でした。
個人的に思ったことを書きます。
ば"かがみ"る、ということで、お題の平仮名であることを利用した作品でした。
全体として描写は丁寧なのですが、それの帰結として何か残るものがあったか、と言うと、私には感じ取れませんでした。情景描写にはもう少し意味を持たせても良かったのでは。特にこれくらいの尺のお話であればこそ、ストーリィ性を排す代わりに何か目を引かせるようなトピックが欲しかった。

読ませて下さり、ありがとうございました。
2. 6 ハー ■2010/11/07 16:38:12
チルノは馬鹿可愛い。
3. 1 パレット ■2010/11/20 00:30:29
 ちょっと雰囲気重視過ぎる感じだったというか、掴みどころがなかったように思います……。
4. 6 NT○ ■2010/11/25 16:08:57
情景描写が素敵でした。
台詞は無いもののチルノの感情も分かりやすかった。妖精らしいチルノを読んだ感じ。
この手の掌編、好きです。
でももう少しだけ長く読みたかった。
5. フリーレス B ■2010/11/27 12:48:03
作品とお題の消化自体は良い
ここまで蛇足な後書きも珍しい。それは読者が独力で至るべき物であり作者が言ったらダメだ
そこを自分で理解できてないなら点数は入れることができない
6. 3 asp ■2010/11/29 11:12:57
 繊細な感性の持ち主だからこそ見えるものもある、そんな作品でしょうか。ちょっと雰囲気ものに終始しているのが残念かもしれません。これでなにか彼女にしか見いだせない発見とか、そういう読み手に訴えかけてくるものがあったらよかったと思います。
7. 9 みなも ■2010/11/30 15:35:13
すてきな、秋の一日の情景を見た気がします。

ありがとうございます。
8. 7 yunta ■2010/11/30 22:32:24
執筆お疲れ様でした!

傍から見れば、本当にバカな光景なのですが、それを延々と描写する事によって風情が出ますね。
SSというより、詩のような印象を受けました。
9. 2 とんじる ■2010/12/02 14:49:14
 何となく読みにくい。
 恐らくチルノの独特な感性を生かして、チルノ目線で描写しようとしているのだと思いますが、その面白さを汲み取る前に読みにくいと頭で判断してしまう。ちょっと気取った描写が情景のイメージをする邪魔をしている。
 こういうイメージが上手く出来る人はもう少し面白く読めるんでしょうけれど、私は残念ながら出来ませんでした。

 内容に「かがみ」がもう少し使われてたら面白かったかも。
10. 4 藤村・リー ■2010/12/09 23:02:57
 妖精らしいなあと頷くことしきり。
11. 5 deso ■2010/12/11 20:38:12
まさか、お題をこういう風に使うとは。
とても綺麗な秋の情景でした。
チルノが愛しくてたまりません。
12. 2 八重結界 ■2010/12/11 20:40:20
何と不思議なお話で。
13. 3 ニャーン ■2010/12/11 20:52:55
あとがきが印象的でした。チルノが子ども子どもしていない話は個人的に好みです。
さまざまな光景が色彩豊かに散りばめられた文章が綺麗だなと、感じました。
14. 3 gene ■2010/12/11 21:31:55
いわゆる東方での普通の妖精に負けず嫌いを足したようでした。
それを無知蒙昧と判断したら馬鹿と見えるし、無垢で純粋と判断したらまた別なものに見えるでしょう。
馬鹿にもニュアンスがあって、蔑んでいう馬鹿なのか、好ましい目で見られている馬鹿(強調すれば愛すべき馬鹿)なのかで変わってくると思います。
チルノ?はわりと好ましい目で見られてるほうではないでしょうか。
15. 5 如月日向 ■2010/12/11 21:48:55
ばかがみた世界。
純粋にありのままの気持ちで季節を感じられたあの頃に戻りたい。
16. 5 兵庫県民 ■2010/12/11 22:31:36
このチルノは、まず自らを省みるべきである(キリッ
17. 5 774 ■2010/12/11 23:28:54
馬鹿って、純粋とか正直とかその他諸々の裏返しですよね。
18. 6 Admiral ■2010/12/11 23:56:35
まるで童話か幻想の詩か。
不思議な世界を感じますね。
彼女らしい一幕でした。
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