東方吾妻鏡

作品集: 最新 投稿日時: 2010/11/06 23:50:40 更新日時: 2010/11/06 23:50:40 評価: 14/16 POINT: 69
 

 少し前のことだ。花の異変が終わり、風の神が山上に越してくる前ぐらいのことだったか。

「鏡集めを手伝ってくれませんか」

 前置きなしでそんな風に切り出してきた。
 上白沢慧音。妹紅の親友だ。

 慧音は白沢である。
 白沢(はくたく)とは、中国に伝わる人語を解し万物に精通するとされる聖獣だ。
 人面牛体、顎鬚を蓄え、体中に無数の目、額に二本、胴体に四本の角を持つ。
 聡明で森羅万象に通じ、古来から病魔よけとして信じられてきた。白沢に遭遇するとその家は子々孫々まで繁栄するといわれている。
 医学などの祖とされる中国の伝説上の三皇五帝の一人である黄帝は、東方巡行した折に白沢に遭遇したとされる。白沢は黄帝に11520種の妖異鬼神について語り、黄帝はこれを部下に書き取らせた。これを『白沢図』という。
 妖異鬼神とは人に災いをもたらす病魔や天災の象徴であり、白沢図にはそれらへの対処法も記述されており、単なる図録ではなく今でいうところの防災マニュアルのようなものである。
 また、後世、白沢の絵は厄よけになると信仰され、日本でも江戸時代には道中のお守りとして身につけたり、病魔よけに枕元においたりした。

「以上、主な出展はウィキペディアだ」
「なんだそれ?」

 えへんと誇らしげに胸をはった慧音であった。
 以上に語った事は、白沢の一般的な定義である。
 ただこれは、外の世界にいる白沢について語ったもので、幻想郷に射る白沢である慧音には、もう少し違った性質がある。
 それは、歴史を承認するものとしての、歴史監督者としての役割だった。
 歴史は白沢に承認されて、初めて正式なものとなる。幻想郷中の歴史の知識を得て、歴史書を編纂する作業も、慧音の生業の一つなのだ。

「それで鏡集めっていったいなんのことなの?」
「うん、説明するから私に付いてきてくれる?」

 そう言うと慧音は妹紅を別棟に案内した。
 妹紅も何度か来たことがある建物だ。慧音の住居の別棟は年代物の陣で、中は道場のような間取りになっている。窓が締め切ってあるためか薄暗いが、古い材木が霊気を放っていて清々しい。
 部屋の中心の一角、四方を御幣の縄で囲まれていて、祈祷の準備が整っていた。そしてその御幣の結界の中心、道場の一番奥に、鈍い光を放つ一枚の金属鏡が安置されている。

「これを使う」
「この鏡?」

 銅鏡だった。随分古びた鏡で、古墳時代に使われていたような作りだ。
 慧音が先程言った鏡集めとは、これと同じ物を蒐集したい、ということだろうか。

「これは三種の神器の鏡だよ」

 それなら妹紅も知っている。 慧音がスペルカードとして使っている鏡だ。
 代々天皇家の権威の象徴として伝えられて来たと言う三神器の一つ、八咫の鏡である。
 八咫とは古代の長さの単位であるらしい。円周が八咫の大きさの鏡だから、八咫の鏡。

「そういえばこれって本物なんだっけ?」

 この鏡が本物なのか、それともレプリカなのかはわからない。
 もしこれが本物なら外の世界にあるものは贋物ということになってしまうのだが。
 しかし、実は八咫の鏡は800年ほど前の源平合戦の時に、壇ノ浦の合戦中に海に沈んで消失したという噂もあるのだ。
 もしそれが本当のことなら、幻想入りしていてもおかしくはない。

「いや、これは別の鏡だよ」
「あ、そうなの」

 あっさりと否定されて多少拍子抜けする妹紅だった。
 慧音は鏡の前に行くと、布を使って鏡の表面を拭き取った。その後角度を微調整する。念が入っている。丁寧な仕事だ。

「これは天皇家に伝わっているものではないけど、今はそれは問題じゃないね。重要なのは、古墳時代に中国の王朝から贈られたかなり古い物である、ということだね」

 どういうことだろうか、と問い返す。

「鏡に物の像が映って見えるのは光を反射するからだ。鏡は作られた時代から、現代までに浴びた光を蓄えている。鏡が記憶する光をたどれば、隠された歴史の真実を明らかにすることができるんだ」

 慧音がそう言うと、妹紅は納得した顔をした。

「なるほど、だから古い鏡であることが重要なのか」
「そういうこと」

 慧音はこれからこの鏡を使って過去の歴史の鏡像を映し出すというのだった。
 物より過去の記憶を引き出す術というのは、修験者が良く使う物である。
 たとえば恐山のイタコ等が有名だ。
 妹紅もそんな術はいくつか実際に見たことがあるから、さほど不思議には感じない。
 しかしそれにしても。もういちど周囲を見渡してみる。道場の中心を縄で方形を区切り、その縄に儀式用のお札を何枚も貼りつけてある。随分と大袈裟な準備だ。

「鏡という言葉にはもともと歴史と強い結びつきがあるんだよ。鏡物という歴史を記した古典のこと、知ってる?」
「たしか、四鏡だっけ」
「そう、大鏡、今鏡、水鏡、増鏡の四作を総称して、四鏡って言うね。大鏡は有名な、太政大臣・藤原道長の時代を描いた歴史物語だ。妹紅が生まれたのもその頃でしょ?」

 頷く妹紅。輝夜姫の伝承は平安時代前期のことを描いているので、正確に言うと妹紅は藤原道長より少し前の時代に生まれていることになる。

「大鏡とはその作中では、歴史を明らかに映し出す優れた鏡のことだと書かれている。鏡集めとは、鏡の力をもって、隠されたる歴史の真実を、たまゆらの光のもとにつまびらかにする、ってところかな」

 鏡の記憶を頼りに過去の歴史を投影して、隠された歴史の本当の姿を見る、どうやらそれが鏡集めということらしい。

「四鏡には数えられないけど、他にも鏡物はある。たとえばいま私が見に行こうとしている吾妻鏡がそれだ」
「吾妻鏡?」
「吾妻鏡は鎌倉時代に成立した日本の歴史書で、平安時代後期から鎌倉時代中期までを扱った作品なんだ」

 そう言う慧音の傍ら、床の上には古い書体で書かれた冊子が置いてあった。
 冊子自体も随分年代物だ。おそらくそれが吾妻鏡という書物なのだろう。

「ちょうど源氏の時代を描いていて、源平の争乱の時代の歴史資料にもなっている」
「歴史資料があるぐらいなら、わざわざ大がかりな術を使ってそれを見なくてもいいんじゃないの?」
「それは人間側の歴史だろ。私が管轄しているのは、幻想の歴史だ。いいかい、この鏡は幻想郷にある鏡だ」

 慧音は言いながら祭壇に供えた鏡を手に取った。

「この鏡は長い間、幻想郷に置かれていたんだ。いわば、正史に記されない幻想の歴史を映す鏡。つまりは幻想鏡ってとこかな」
「ふーん。そこまでして歴史が見たいとはねえ。ねえ、慧音みたいな子のこと外の世界でなんて言うか知ってる?」
「え、何て言うの?」
「歴女っていうんだよ」
「……それはただのマニアだろ! 私は白沢だから、仕事でやってるの!」

 確かに白沢の習性といえば歴史の蒐集である。
 管轄する歴史を承認し、正史として編纂したのち天帝に奏上する。
 天帝とはいったいなんなのか?

「神様みたいなもの?」
「天帝は人のような意思を持っている存在じゃないよ。これといった自我も持っていない、漠たる存在さ。私達聖獣は、信仰の対象として天帝に己の職分を奏上するんだ。あなたも知っているとおり、私は聖獣としては年若いものだから、力が弱くてこれまでこの術ができなかった」
「それで私に手伝ってほしいっていうのは」
「つまりだねえ、初めてで不安だから、できれば鏡集めに一緒に」

 そう言うと慧音は、いきなり黙りこくった。
 しばらく黙ってうつむいていたが、やがて視線だけ上に向けて言った。

「うん?」
「一緒に付いてきてくれたら、嬉しいんだけどなあって……」

 どうしようかな、と思案した顔を作る。と言っても、既に腹は決まっているのだが。
 だいたいこんな風に上目使いでもじもじと言われたら、嫌とは言いにくい。
 妹紅にとって慧音は終世の友と決めた相手だ。頼られたら助けてあげるのが当然だと思っている。
 それに歴史の真相を探る旅というのは、悪い響きではない。興味がないこともない。
 源平合戦の時代。今から800余年ほど前の時代。平安時代末期のことだ。
 妹紅にとっては知っている時代への旅、通り過ぎた時代への、追憶の旅となるのだろうか。
 うん、一緒に行こう。
 頷いて歯切れのよい了承の返事を返すと、慧音の顔はぱっと明るくなった。
 さて、承諾はしたものの、いくらか疑問があったので聞いてみることにした。
 先程から見に行く、見に行くとまるで本当に旅をするような言い方をしていたが、鏡が歴史を映す、それを見るとは具体的にはどういうことなのだろうか。
 
「これから私達は、吾妻鏡の時代の登場人物の一人となる。その人物の目線で、真実の歴史を追体験するんだよ。長い夢を見ると考えてもらえばいい」

 つまり、催眠術のようなものか。
 妹紅はそう理解する。慧音は鏡を元の通り祭壇に返すと、立ちあがった。

「ちょっと一休みしてから儀式を行おうか」
「なにか支度とか必要ないのか?」
「特に必要なものはないよ。身一つでいい」
 
 随分簡単なものだな、と妹紅は考える。
 慧音に促されて、道場を出ると、母屋でしばらくの間二人はお茶をすることにした。
 やがて小休止が終わり、二人が道場へ戻ってくる。
 妹紅は道場の中に立って、祭壇の前でなにやらごそごそと作業をしている慧音を眺めていたが、しばし後、慧音から儀式の準備がすんだので、指定の席に着座するよう言われる。
 胡坐をかいた妹紅の前で、慧音は鏡に直面して正坐し直すと、手元で印を組み、目をつぶって何言かぶつぶつと呟いた。
 おそらくはなんらかの真言。あまり聞いたことのない術式だ、と妹紅は思う。
 やがて鏡に封印されていた光が解き放たれた。こういった術では大抵大量の光が出るものと相場が決まっているから、妹紅はさほど驚かない。粘り気のある光だ。鏡を放れた光が、すぐに妹紅のところまで迫ってくる。
 やがて周囲一面が柔らかな光に包まれて、何も見えなくなった。







 深い森の中。山の上に、一軒の堂が建っている。
 少年が一人、その軒先に座って、書物を読みあさっている。
 彼が座っているその隣の床に、こつんと団栗が一つ、空から落ちてきて転がった。
 続けてもうひとつ。ころころころ。誰かが投げつけてきたのだ。
 少年は書物から顔をあげ、飛んできた方角を見上げる。

「遮那王」

 声がした。
 木の枝の上に娘が立っている。
 枝の上から延びた、細い素足には高下駄を履かれている。敏捷そうな体躯には紅葉の刺繍がされた着物を羽織っている。
 端正な顔立ちに黒く丸い眼。肩までしかない短めの髪、頭の上に山伏風の頭巾を被っている。
 静かな森には不釣り合いの、かなり派手で目立つ格好だ。

「遮那王、また読書ですか?」
「文、何処に立ってるんだ」

 堂から飛び出して、木の斜め下に駆けていく。木の上にいる娘を見上げる形になる。
 そこで少年はあることに気付いた。
 今いる位置から少し動いて真下に行けば、多分見えるのではないだろうか?
 男なら褌を付けているが、女は何を履いているのか、遮那王と呼ばれた少年は知らなかった。
 女子の下履きを覗きみることは、一般的な男子であれば、誰もが抱く切願である。
 遮那王にとってもそれはずっと知りたいと願っていたことだった。いや、むしろ体験したい、だろうか。
 遮那王は相手に気付かれないように音を立てずに生唾を飲むと、ゆっくりと歩き出した。
 焦ってはいけない。兵は拙速を尊ぶというが、この場合は巧遅の方が良い。相手にこちらの意思を気取られては、せっかくの好機が水泡に帰すからだ。気付かれないように、表情を保って、何気ないふりを装いつつ、擦り足でじりじりと近づいていく。

「なに黙って下に移動しようとしてるんですか?」

 寸刻。あっさり見抜かれる。
 文と呼ばれた少女は、もう着物の裾を押さえ、ぴったり足を閉じててしゃがみこんでしまっていた。

「なんのことだ? おれはただ、話が良く聞こえる場所まで移動しようとしただけだ」

 ふーん、と意地の悪そうな笑顔を返されて、体が固まる。誤魔化しが通用する相手ではないことは、初めから解っていたことだった。
 ひゅつ、と団栗の飛礫が一つ飛んできて遮那王の顔に当たる。少年はうぎゅっ、と鳥をしめたような呻きをもらした。
 文と呼ばれた少女は鳥のように枝の上から跳躍すると、まるで重力を感じていないかのように、軽やかに着地し、遮那王のところまでつかつかと歩いていく。

「まったくすけべですね。本当に勉強してたんですか? 色物語でも読んでおかしな妄想してたんじゃないですか?」
「違うね。まったく違うね。文はおれを侮り過ぎだね。これだよこれこれ」
「何ですか? これ」
「兵法書だよ。六韜三略」

 手に持っていた本以外にも、堂の床にばらまいた四角いかけらの数々を見せる。
 十冊以上は優にある。

「これ、書物なんですか? 全部?」
「こっちは史記。こっちは魏武注孫子」
「ふーん。法眼も溜めこんだもんですねえ」

 嘉応三年。平安の御代においては、紙はまだまだ貴重品だ。
 紙は貴族が和歌を書き記すときに使う物で、庶民は書き物などしないから縁が無い。庶民が使わない以上、大した量が流通しないから値も下がらない。これほど大量の書籍を、しかも紙製の本で持っている人物はまれだ。
 遮那王が読んでいたのは折本形式の書物だ。
 平安時代の書物は巻物であることが普通。冊子が作られはじめたのは、つい最近のことである。
 見慣れない形だったので、文も最初は書物だと気付かなかった。
 堂の中にはさらに多数の書籍が散乱していた。百冊はある。
 文は床に転がっていた冊子を一冊手に取って、たどたどしい手つきで触ると、頁をめくってみた。
 うまくめくれない。扱い方が良く解らない。
 六韜、史記、孫子。いずれも中国の古典だ。輸入された原本は大抵竹簡と呼ばれる竹の札を紐で横に繋いだものに書かれている。これらの冊子はこの堂の主である法眼が、自分で写本したものだった。

「項王の軍、垓下に壁す。兵少なく食尽く……これ、面白いんですか?」
「面白いね。手に腋にぎるね!」
「手に汗でしょ。腋をにぎってどうするんですか」
「え? 気持ちいいんじゃないかな……」
「目に団栗詰めこみますよ? ふーん……ま、私は、枕草子の方がいいですけどね」

 といいつつも、いったん字を読み、文を解し始めると、手が止まらない。

「ん? むむ? ほう、これは……」

 すこしいじっていると、頁のめくり方も解ってきた。
 確かにひと綴りになっている巻物を、どこまでもくるくる回していくよりは、冊子形式の方が読みやすい。

「読みたいなら、持ってくといいよ」
「ホント?! いいの?!」
「ああ、そっちはもう読んじゃったからな」
「っていうか、良く考えたら法眼の持ち物じゃないですか。なんで、自分の物みたいに言ってるんですか?」
「ハハハ……」
「やっぱりいいです。兵法書とか軍記物は殺伐としていて好きくないですし。私はもっとカワイイ物語の方が好きです」
「ア、そう……あ、じゃあ更級日記があるよ」
「あ、それいいですね。それ借りていきます」
「えーと、どれだったかな……」

 遮那王は堂の中に入り、ごそごそと本の山の中を探り始める。
 文も堂の高床の上に上がる。中は暗い。板敷きの上には棚だの本だの、紙くずが散乱していて、散らかり放題だ。

「遮那王はこんなに本ばっかり読んでどうするんですか?」

 文は遮那王の背中を見て、話しかけた。

「どうするって、勉強だろ。将来役立てようと思って読んでるんだよ」
「でも鞍馬寺にいる限りは、いつかお坊さんになるんじゃないんですか? だったらお経とか覚えたほうがいいのでは? ……えへへ」
「なんでいきなり笑う」
「うふふ、ごめんなさい。お坊さんになった遮那王を想像しちゃったらおかしくなっちゃって。遮那王もいつかは頭剃ってつんつるてんですね」
「おれは坊主になんかならん。武士になって源氏を再興するんだ」

 遮那王が源氏の棟梁、源義朝の九男であるということは聞いていた。
 源氏は武家の一派で、少し前までは東日本一帯を統治していた。
 平氏が源氏を打ち破った平治の乱は、今より十三年前。ちょうどその年に遮那王が生まれた。
 源義朝が敗戦し討ち取られた遮那王は鞍馬寺に預けられた。
 以降、今日までをこの鞍馬寺で過ごしてきた。

「声が大きいですよ。誰に聞かれるかわからないわ」

 世は平氏の時代である。
 遮那王は先の大乱の首謀者、源義朝の息子であり、平氏にとっては宿敵の一族だ。
 本来なら当然、義朝が討たれた時に連座して殺されているはずだった。
 乱の当時は稚児だったからという理由で死一等を減じられた今でも、要注意人物として平氏の郎党に監視されているのだ。

「やめといたほうがいいです。そんなこと言ってると危ないです」
「打ち明けたのはお前だけじゃ。そのために、法眼に剣術や兵法を学んでいるんだ。平氏なんかすぐに蹴散らしてやるさ」

 とたんに文の顔から微笑みが消えて真顔に変わった。

「な、なんだよ」

 たしなめるような。非難するような。そんなきつい視線に気圧されて、遮那王はたじろぐ。

「遮那王、剣術の勝負しましょう」
「え、えー、なんでいきなり?」

 そう不満を漏らした途端、頭上でぱこん、という音がした。

「げっ」

 いつの間にか持っていた手に握っていた枝きれで、文が遮那王の頭を殴った。

「ほら、隙が多いですよ。修行が足りないんじゃないですか?」
「いきなりなんだよ」

 続けざまに枝を振るう文。またぼかりと殴られた。

「って!」
「どうしたんですか? この程度の太刀が受けられないような体たらくで、平氏が倒せるんですか? 口だけの男って、みっともないですね」

 得意そうな顔で言い放ちながら、文は遮那王の立っている床にもう一本の枝きれを投げる。それを取って向かって来いというのだろう。
 とたんに反抗心が湧いてくる。なにをと思い、軽々とした手付きで棒を拾い上げて、目前の少女めがけて振り下ろす。
 入った、と思った。だが遮那王の剣は霞を斬ったかのようで、何の手ごたえも感じない。
 文の頭は遮那王が剣を振るった所からもう消えていて、足幅分ほど左に移動していた。
 唖然とする。
 文も法眼から剣術の指南を受けているのだ。文の方が一歳年長だということだが、剣の腕は断然上で、一年どころでは埋まりそうもない差がある。
 なんて身軽なんだ。文と手合わせしていると、毎回そう思う遮那王だった。剣術の腕以前に運動能力に差がありすぎるのかもしれない。
 むきになって何度も振るう。堂から出て、森を駆けて、目の前の少女の影に切っ先を合わせる。息が切れるまで振るっても、まったくかすりもしない。文はと言えば、よっ、とか、おっ、とかたまに掛け声を出すぐらいで、息も切らさず飄々と避け続けている。
 だんだんと重くなる体をひきずって、とにかく切っ先を当てようと躍起になっていると、足がもつれて履いていた下駄の先が木の根にひっかかった。
 視界が回転する。もんどりうって転げた。
 前にいた文も避けきれなかった。倒れこむ前に、あれっ、という疑問の声が聞こえた。意表を突いた動きだったので、対応できなかったらしい。そのまま巻き込んで、地面に倒れ込む。

「いててて……なにしてるんですか」
「ん?」

 顎の先が着地したのが文の背中の上だったので、さほど痛くなかった。
 その背中に見慣れないものが二対、ひょっこりと飛び出ているのが目に入った。

「なんだお前、背中に羽なんかつけて」
「わっ?!」

 黒い、猛禽類の翼だった。華奢な背中から、着物を破って二対生えている。
 飾りものだろうか。珍しい、見慣れないものだが、綺麗な羽根だ。
 まるで本当の鳥の羽根のようだ。気になる。ちょいちょいと引張ってみる。
 文の方は、慌てて身をひるがえそうとするが、遮那王の方が一手早かった。

「こら、触るな!」

 遮那王は羽根をつかむと、力を入れてぐいっと引張った。

「痛いってば!」
「痛いって……お前……もしかして、これ、背中から生えてるのか??」

 多少混乱しながら少女の背中から生えている翼を見つめる。
 まさか身軽なのはこのせいなのか。文字通り羽根のように軽いということなのだろうか。
 文は溜息をつく。
 正体がばれてしまった以上、仔細説明しなければならなくなった。

「鴉天狗?」
「うん」
「なるほど、鬼か」
「天狗は鬼じゃないよ。いっしょくたににしない」
「鬼のような娘だ」
「なんですって?」

 むっとなる。
 遮那王はと言えば、思案気な顔で

「顔は可愛いのに」
「な……!」

 文の頬が火にかけられた薬缶みたいに、朱に染まる。
 意表を突かれた。落とした後に持ち上げる。ギャップ効果というやつか。狙ってやっているのか?

「顔だけじゃない、見た目全部可愛い」
「あやん?!」

 思わず一歩後ずさりする。

「あーもうまったく。まったくもう。まったくまったく。浮ついたことを軽々と言うやつめ、ですね。すけべ。女たらし」
「思ったことを正直に言ってるだけだぞ?」

 遮那王には照れた様子がない。きょとんとした顔をしているだけだ。
 そんな様子を見て、文は困ったような顔を作る。
 天然か、こいつは。御曹司のボンボン育ちだからなのだろうか。照れとか恥いうものを知らない。

「お前、法眼の親戚だと聞いたが、法眼も天狗なのか?」

 鬼一法眼。鞍馬で遮那王に剣術を教えている男だ。武芸全般に秀でている。
 遮那王は、法眼の職は陰陽師だと聞かされていた。
 得体のしれない男だと思っていたが、まさか天狗だったとは。遮那王は驚く。

「うん。鞍馬天狗ってのは法眼のことですよ。天狗業界でも有名人です」
「へー、道理で人間離れして強いわけだ。ってことは、はたてもか?」
「はたての事とか話さないでくれます?」

 急に文の目がドス黒く変色した。遮那王はたじたじになる。
 はたてはのことは禁句だったのか?

「しかし天狗か。なるほどな」

 言うと遮那王はにやりと笑った。

「なるほどなるほど。ふーむ」
「なんです? にやけちゃって。きもちわるいですよ?」
「いやな、そんな有名な天狗に習ってるということは、俺様最強ってことなんじゃないか?」

 平氏とか余裕じゃね? 指先一つでのせるんじゃね? と勢いづく遮那王であった。

「遮那王みたいなチビに何ができるもんですか。力だって私より弱いじゃない」

 痛い所をつかれて、苦虫を噛む。

「今はちっちゃいけど、大人になったら延びるんだよ」
「どうかなあ〜?」
「なんだよ、見縊んなよ? 源氏なめんなよ?」
「ま、もし何か間違って、立派な大人になったら、その時はさらってやってもいいですよ」
「さらう?」
「ええ、天狗とか鬼とか。高級な妖怪は人間をさらう習性があるんですよ」
「さらってどうするんだその後? 飼い殺しか?」
「もちろん奴隷です。そうだねえ、一生お茶くみでもやってもらいましょうか?」
「鬼だ!」
「あとは肩揉みとか」
「揉、揉むのか……」
「なに生唾呑んでるんですか?」
「なぜおれが唾をのみこんだとわかる。音に出さないようにしたのに」
「天狗は気配でわかるんです」
「すごいな。天狗はすすんでるな。わくわくするな!」
「しなくていいです。……って、天狗ってわかってもあんまり驚かないんですね」
「そうか?」
「ええ、さばさばしてます。まあ、悪いことではないですが」
「見た目、人間と一緒だからかなあ?」
「そ、そうですか」
「ああ、可愛い可愛い。人間よりも可愛いよ」
「うなあ……また、そんなことを」
「でも文は、あんまり肩こらなそうだけどな」
「……は? 何で私が肩こらないと思うんですか?」
「でも将来は大きくなるかもしれないしな、天狗も普通に大人になるのか?」
「普通に成長しますけどぉ、人間よりは成長速度遅いですが。って大きくなるってどこが?」
「揉むと大きくなると菅原道真も言っていたしな。俺が頑張らないといけないか」
「揉むと大きくなると言う都市伝説は、太宰府天満宮に祀られているという、菅原道真発祥だったんですか! これは特ダネ……でもない。て、捏造しないでください? 学問の神様がそんな不埒なことを言うわけ無いでしょう? だいたい、何を期待してるんですか? どこを揉もうと思ってるんですか、お約束すぎるでしょう? 源氏というのは変態の集まりなんですか?」
「そんなことはないぞ。立派な武士の集団でござる」
「ござるじゃないですよ。助平なことばかり考えてると、そのうちおしおきしますよ」
「それは源氏の業界ではご褒美だな!」

 御恩と奉公の関係でござる、と言ったところで、ぼかりと徒拳で思いきり殴られて、目の前が真っ暗になった。






 叩きつけらたような衝撃を感じて、息を吐いた。
 暗転した世界が戻ってきた。
 雲の切れ間から光が注いで、目に当たって痛いくらいに眩しい。
 耳元にかつかつとまばらな、馬の蹄のような音が伝わってきた。

「ふわっ?!」

 生温かいものが顔を撫でた。粘り気のある液体が、鼻の先にまとわりついてだらだらと垂れる。
 馬の舌だった。馬に顔を舐められた。今自分を舐めた、その馬に人間が乗っているのが見える。
 やはり先程の音は、馬の蹄だったのだ。

「はははっ、どうした三郎兵衛。だらしがないぞ」
「……はん? 誰が三郎兵衛だ」
「三郎兵衛? 頭でもうったのか?」

 上半身を起こす。自分は草原の上に倒れていたようだ。
 馬が一頭、傍らにいる。そして目の前には騎乗した男。若い。少年と言った方が正しいか。
 粗末な羽織を着ている。いやに古くさく見える着物だ。
 もう一人、眼の中に見慣れた姿が入ってきた。
 慧音だ。自分の友達。彼女も馬に乗っている。

「慧音、変わった子がいるよ」
「それは妹紅が間違っているんだよ。失礼しました、九郎殿、三郎兵衛は落馬した衝撃で混乱してるみたいですね」
「そうか、ではこの辺りで少し休もうか」
「慧音、どういうこと?」

 下馬した慧音は、妹紅を助け起こしながら、耳元に口を当てて囁いた。
 どうやら傍にいる、九郎という名前の少年に聞こえないようにしているようだ。

「私の方がほんの少し前に気付いたんだ。まだ状況を全て把握できたわけではないんだけど、きっと鏡が役割を割り当てたんだね。ここは奥州平泉。今の妹紅は平泉を治める藤原氏に仕える武士、佐藤三郎兵衛継信だよ。私はその弟の佐藤四郎兵衛忠信」

 と、いうことになっていると慧音は答えた。
 役割? 鏡? あ、そうか。自分達は歴史を映すという鏡に吸い込まれて。
 欠損していた記憶の穴を整理して埋める。
 妹紅は自分の体を眺めまわしてみた。体つきは変わっていないのだが、着物が違っていた。装飾の少ない、粗雑な、萌葱色の着物。ずっと古い記憶にある。確かに、これは中古の日本の装束だ。そう、直垂(ひたたれ)という、下級武士が来ていた服だ。男物の。

「さとう……つぐのぶ……って男じゃないか!」
「向うには私達が男に見えるんだよ」
「奥州? 藤原氏? 九郎?」

 妹紅だって少しは歴史を知っている。何より彼女にとっては、自ら歩んできた道のりだ。一連のキーワードから、すぐに連想を膨らませて、答えに辿り着く。
 奥州の藤原氏、平安時代から鎌倉時代に、今の岩手県で、豊潤な金山の経済力を背景に独自の文化を築いていた一族だ。その藤原氏を頼って流れてきた、日本史上で十指に入るか入らないかぐらいには有名な人物。

「ってことは、もしかして、この子はひょっとして」
「そうだよ、幼名を牛若丸、または遮那王。源氏の棟梁の九男にして、鎌倉幕府の創始者、源頼朝の弟。源判官義経、九郎義経殿だ」

 有名人だ! 源平合戦の詳細は知らなくとも、義経の名前だけは知っているという人も多いだろう。
 その義経は、二人より少し離れた場所で下馬し、飄々とした態度で座りこみ、愛馬に草を食べさせていた。自分と同じような直垂姿だが、こっちは鮮やかな群青色で、少しばかり高級そうだ。
 妹紅はその傍まで走っていくと、正面に立って義経の顔をまじまじと覗き込んだ。

「な、なんだ、どうした?」

 一般に美男子として描かれる義経だが、正式な史書にはその記述はない。
 目の前に居るのは色白で、女顔の少年だった。そこそこ整った顔だから、贔屓目に見ればまあイケメンと言えなくもないか、と妹紅は思った。しかし痩せているし、チビだ。妹紅より背が低いくらいだ。

「なんかおまえ、失礼なこと考えていないか……」

 勘は鋭いようだ。眼光も鋭い。
 何か視線に他者を引きつけるものがあるな、これがやはり英雄としての魅力の片鱗なのだろうか。歴史を知る妹紅はそんな風に考えた。
 しかし、魅力的なのと同時に、苛烈なものが目に宿っている。彼に見つめられた敵は、不快さの上に居心地の悪さを感るだろう。
 じろじろと観察されて義経が戸惑っているのを尻目に、妹紅は今度は改めて周りを見渡した。
 何もない。遠くに青々とした山の峰が見える。開けた風景だ。
 少し向うに大きな川が流れていることがわかった。奥州の平泉、ということはあれは北上川だろうか。

「これが鏡の中の世界なの?」

 振り向いて、すぐ後ろまで馬を引いて近づいていた慧音に聞く。

「鏡に中の世界なんてあるわけないじゃないですか。ファンタジーやメルヘンじゃないんだし」
「そういうおきまりの台詞はいいから。期待してないから」
「あえて言うなら吾妻鏡の中の世界かな。術の前に言っていた通り、鏡が覚えていた記憶が作りだした世界だよ」
「ここまで現実感に溢れているとは……」
「大したもんでしょ?」


 ★★★

 始まりの数週間は、周囲の状況を把握するのが大変だった。
 佐藤兄弟の家は奥州藤原氏の血縁で、兄弟は御所の警護を任ぜられた家系であった。戦時にはそのまま藤原氏直属の親衛隊となることが決まっている。生家はまた別のところにあるが、彼ら兄弟は任務のために屋敷を平泉の城下町に与えられていた。
 奥州平泉はこのころ、京都に次ぐ日本第二の都市だった。
 その富の源泉は金山である。当時、奥州、特に北上川河畔にすさまじいばかりに金が産出したと言う。
 その富を背景にして、藤原氏の長年の善政も助けて、奥州平泉は空前の繁栄を誇った。
 平泉を攻撃した鎌倉幕府の遠征軍が記した記録では、この都市の繁栄について、寺院の数のおびただしさを数字をあげて驚嘆している。
 中尊寺の寺党40余、禅坊300余、毛通寺の寺党40余、禅坊500余。寺院の建物だけで1000棟近い。
 寺院以外にも藤原氏の御所などの政治的建物は壮麗で、広大で、京都にある御所と比べても遜色が無かった。
 その他、装飾は粗末であるにしても骨太い侍屋敷の棟々が軒を並べていた。

 屋敷について、戸惑ったのは人間関係の把握だった。
 幸いこの時代の生活については妹紅にも知識があるし、武士としての振る舞いについては慧音が詳しかったので、逐一教えてもらうことができた。
 佐藤兄弟の父親は平泉よりずっと南の飯坂温泉に領地を持っていて、現在兄弟は実家と離れた場所で暮らしている。
 こう言っては何だが二人を一番よく知っているであろう肉親が離れたところで暮らしているというのは、実際のところ好都合でもあった。奇異な目で見る人間が少なくなるし、騙しているという罪悪感もいくらか薄くなるからだ。

「三郎様も四郎様も、そろそろ食事ですよ」

 生活の世話をしてくれている、小間使いの下女が妹紅達を呼んでくれた。
 生活習慣の違いにはやはり戸惑った。
 簡素な着物。隙間だらけの家。なによりこの味の薄い食事。幻想郷は平安時代末期の奥州と比べると、とても豊かであったことを改めて思い知らされた。調味料の類、香辛料の類が少ないのは如何ともしがたい。醤油や味噌や塩はあるのだけど。
 だが、数日でそれらにも慣れてきた。
 出所して棟梁に挨拶し、土地を見回る仕事にも慣れてきた。領土と領民を持っていて農作業をしなくても食っていけるし、俸禄もあるから、生活の心配はいらない。しかし、忙しい。目が回るほどの忙しさだ。
 佐藤兄弟は実家である飯坂温泉以外にも、平泉に知行地を与えられていて、そこの領民の管理が仕事としてあった。領地といっても500石ほどの小領だが、それでも管理の仕事は忙しい。
 武士の仕事といえば、勧農、裁判、租税率決定、年貢徴収、それに自分達の軍事教練だ。
 これらを全てこなす、しかもほぼ二人でやらなければならなかったので、慣れないうちはてんやわんやだった。
 それらの業務も丁度落ち着き、慣れてきたころに、義経が良い場所があると言って二人を誘ってきた。

「あの子、私達ばっかり誘ってくるけど他に友達いないのかな?」
「そこは触れないようにしてあげなよ?! 義経は元服まで幽閉生活だったからね」

 そんなことを話しながら、馬で山道を進むうちに、鼻につく匂いが漂ってきたことに妹紅は気付いた。

「なんか臭うな。ところで私達、どこに向かっているんだっけ?」
「聞いてなかったの? ほら、あれだよ」

 慧音の指差す先からもくもくと煙が上がっていた。
 煙の場所までは、まだ大分離れているが、もう既に卵の腐ったような臭いが強く漂ってくる。

「あれってもしかして…・・温泉?!」

 平泉から馬で北上して、十数里。初代征夷大将軍の坂上田村麻呂が発見したと言われる温泉がある。
 温泉は沢に隣接しているとの話で、その沢まで降りていくと、河の半ばに、石で区切られた一角が見えてきた。
 立派な露天風呂だった。一行は風呂の傍の森に馬を繋ぐことにした。
 見ると義経は草叢に隠れもせず、いきなり服を脱ぎだしている。
 うえっ、と妹紅はびっくりする。男のストリップなんて誰得なのか。自分にとっては得なのか。まあいいオトコって喜べばいいのか。いや、そういう問題ではない。

「どうしたんだ、妹紅、早く準備しなよ」

 慧音が妹紅に声をかけた。彼女は彼女で河原の石に腰かけて、履物を脱いでいる所だ。

「ちょっとまてよ! 一緒に入るのか?」
「どうしたの妹紅? 今さら恥ずかしがる歳じゃないでしょ?」
「いや乙女として」
「だれ乙女?」
「私だよ」
「へえ、それは合法ロリって意味で言ってるのかしら?」
「オイ教育者、言動にきをつけろ」

 二人が言い争っている間に、義経は何も気兼ねしないで服を脱いで裸になってしまい、どっぷりと湯に浸かっている。
 向うからは妹紅や慧音は男にしか見えないのだから、この態度は当たり前なのかもしれないが。

「さてと」

 慧音も堂々と服を脱ぎ始めた。

「ちょっ……」

 草叢に隠れるとかしないのか、妹紅は唖然とする。

「うう」

 仕方なく妹紅も風呂の腋にあった岩の陰に隠れて服を脱ぐ。
 布を巻いて大事な部分は隠し、しぶしぶながら湯に体を付ける。
 義経はその横目でちらと見たが、何をやっているんだこいつは、と怪訝顔をするだけだった。裸になっても彼には正味男にしか見えていないようだ。妹紅は湯船に入ると、二人から離れた反対側に腰を下ろした。

「三郎兵衛、なんだか元気ないぞ。女にでも振られたか?」
「はわわわっ!?」

 湯に浸かって縮こまっていると、いきなり義経が隣に来て、妹紅の肩に手を乗せた。

「あれ、お前、なんだか柔らかいな。ちゃんと鍛えてるか?」
「さ、触るなよ!」
「え……」
「あ……」

 思わず、手を振り払ってしまった。義経は呆気にとられた顔をして固まった。
 まずかったかもしれない。彼は直属の上司ではないが、源氏の棟梁の御曹司だ。今の妹紅にとっては身分的には上の人間だ。粗雑な態度で接して良い相手ではない。

「三郎兵衛、何か最近、冷たくないか?」

 義経はただ落ち込んだだけだったようだ。

「そんなこと言ったって……」
「よくわかんないけど、悪かったよ」

 手を下ろすと、妹紅から離れていった。
 存外、素直なやつだなあ、と妹紅は感じた。
 継信は義経の一歳年長だが、主従関係だから、義経としては運動部の後輩に接しているのと似た感覚なのだろう。親しみをこめて近づいたつもりだったようだ。
 しかし、妹紅の内心は女なのだ。やはり露天風呂の中で、裸で男に抱きつかれるのには抵抗がある。
 どうして良いかわからず沈黙していると、そこへずいずいと身体をずらして慧音が近づいて来て妹紅に耳打ちした。

「ま、男同士でもこの時代は衆道とかあるしねー。妹紅も気が気じゃないよねー。特に文献によれば佐藤継信は主君に気に入られていたみたいだし。ほんとにウホッ! っていう関係だったとしても不思議じゃないよねー」
「ッ……この腐女子が! って慧音、あんたは何でそんな平気にしてられるんだよ」
「ええ? だって彼とはさ、歳が離れてるし。私にとっては生徒と一緒にお風呂に入ってるようなもんだよ?」
「それ十分問題あるだろ!? 教育的に!」

 生徒って相手はもう二十歳になろうかといういい男だぞ。向うからはこちらは男にしか見えないのかもしれないが。
 それでも何かの拍子に間違いが起こったらどうなるのだ。どうなるんだ? 男と男のように見えて実は中身は女。何と言うトラップ。いや、問題ないのか? いや、問題はあるだろう。どっちだろう。なにか、わけがわからない。
 妹紅が頭を悩ませているのを尻目に、慧音は普通にくつろいでいる。妹紅と義経の間に入ると、鼻歌まがいのハミングを付けながら、露天風呂の風情を満喫していた。
 外見に似合わず神経がずぶといのだろうか、と妹紅があきれていると、その時、ばさばさと、露天風呂の周囲の木がざわめいた。

「?」

 湯船につかっていた三人は、いっせいに身構えるが、同時に丸腰であることに気付く。三人とも、錆びたらいけないと思って、刀は衣服の傍に置いている。

『無防備なもんですね。野盗にでも襲われたらどうするつもりでしたか?』

 甲高い、女の笑い声が、梢の群れの中から聞こえてきた。

「誰だっ!?」

 妹紅が叫んだ。直後に、彼らの背後の木が揺れて、葉が何枚かひらひらと落ちてきた。
 三人とも振り向いて、その木の枝を見る。華奢な身体の少女が目に入った。
 肩まで届く程度の黒髪の、少女。妹紅と慧音には見覚えのある顔だ。
 咄嗟に妹紅は叫んだ。

「射命丸だ! 射命丸が出たぞ! また風呂の写真を撮って新聞に載せるつもりだな! そうはさせるか! 慧音、フォーメーションBをとって防ごう!」
「妹紅、落ち着いて。今は平安時代だよ」
「えっ?」

 そう言われて思い出す。自分達は現在、平安時代末期の歴史を追体験している最中だった。
 であれば、現代の幻想郷にいるはずの射命丸文がいるはずが無い。落ち着いて再度観察する。
 目の前にいるのは確かに幻想郷の天狗・射命丸文と同じ顔の少女だったが、少し違う。妹紅の知っている彼女とは服装が違っている。白い簡素な生地の水干に、おなじみの頭巾という古風ないでたちである。さらに、妹紅らの知っている射命丸と比べると、幾分か幼い。

「お前……文か?!」

 妹紅達二人の隣にいた義経が口を開いた。
 驚きと、懐かしさをこめた声で、目の前の少女を呼んだ。

「久しぶりですね。遮那王」

 文は笑みで返した。

「お前も奥州に来ていたのか!」
「この近くに妖怪の郷があるんです。そこに引っ越したんですよ」
「そうか、はたても元気か?」
「海産物の話はどうでもいい」

 瞬時に、文の視線が絶対零度の輝きを宿す。

「おお、こわ。はたての話になると人を殺しそうな目になるのは変わってないな!」

 湯の中で立つと義経は両手を広げた。

「こっち降りてこいよ」
「降りてこいって……・ちょっと、遮那王、前隠してくださいよ」
「おっと! 悪い悪い」

 もう、と文は顔を赤くして手に持っていた扇で顔を隠す。
 今では妹紅と慧音の二人は、少し離れたところから文と義経の様子を眺めている。

「遮那王ってのは確か義経の幼名だよね」
「うん。文と義経は知り合いだったのかな?」
「ああ、なんか仲良さそうだね……」
「ふむう、オトコか……」
「にゃるほど……」

 にやりと妹紅は笑った。

「くっくっくっ、これは良いことを知りましたな、先生。あいつ風に言うと特ダネだ」

 元の時代に戻ったら、からかってやろう。妹紅はそう考えたらしい。

「でも、この射命丸と私達が知ってる射命丸は少し違うかもしれないよ? この時代のことは覚えてないかも」
「はん? どういうこと?」
「あれは射命丸であって射名丸じゃないんだよ」

 慧音はいくらか説明した。妖怪と言うのは自然の化粧であり、人間の伝承風説が生み出した存在であるという側面を持っている。伝承風説は人々の口間を伝わって行く間に、伝聞ミスや誇張などが混ざり、多少変質してしまう。また、時間の経過によっても変化し、当初伝えられていた話と別物になってしまうことがよくある。
 妖怪の元になっている伝承自体が移り変ってしまうと、妖怪もその影響を受けてしまうのだという。
 妖怪の役割、精神、姿形、人間とのかかわり方、そういった妖怪を表現する情報は、日々刻々変化していくのだ、と慧音は言った。

「一種の妖怪は、年代によっては全く新しい妖怪として伝わって、記憶自体も受け継がれないことがある。生まれ変わったのと同じような状態になるんだ」
「えっ、そうだったんだ」
「妖怪っていうのはそういうものなんだ。正確に鴉天狗が何年で移り変わるのかは知らないけどね」
「ふーん。そうなんだ。今の幻想郷の妖怪は、過去の記憶を引き継いでないかもしれないってことか……妖怪も大変なんだね。しかし、あいつ妖怪の郷から来たって言ってたよね? ってことは、この時代にも幻想郷はあるってことかな?」
「そうだね。幻想郷はかなり古い時代、神話の時代からあったらしいからね。周りから閉鎖されるのは、もっとずっと後の時代のことだけど」
「へえー、それは知らなかったなあ」
「二人で何を話しているんだ?」
「ワッ!?」

 急に後ろから話しかけられてびっくりする。
 義経と文の会話は終わったようだ。既に文の姿が元いた場所になく、空を視ると今まさに飛び立っていく鴉天狗の姿があった。
 義経の顔を見ると、ひっぱたかれたような見事な紅葉があった。セクハラでもして叩かれたのかもしれない。
 射命丸は温泉を後にして、飛び立っていった。三人ともしばしその後ろ姿を見送った。

「そういえばときどきお前達が行ってる言葉なんだ? たしか……モコウとか、ケイネとか」

 振り向いて義経が言った。

「それは……なんでもない!」
「そうか? なんだかお互いの事呼び合ってるように聞こえたが」
「それは……」

 弱った、なんと誤魔化そうかと思案していた時、

「そうです、そうです。仇名なんですよ。ほら、三国志だったら劉備の玄徳みたいなものです」
「ああ、字(あざな)のことか」
「そうそう。私が慧音で、こっちが妹紅」
「へえ、じゃあさ、おれもその名前で呼んでいいか?」
「あ、それは別にいいですよ。その方が混乱しないし」
「だけど三郎兵衛」
「はい?」
「お前の名字、佐藤だろ。佐藤妹紅だと語呂悪くないか?」
「……」
「ところで九郎殿、先程の女子とはどういうご関係で?」

 慧音がにやつきながら聞いた。

「……どういうって単なる幼馴染だよ」
「なるほど。お安くない関係ですな」
「おっ、忠信言うじゃないか? 慧音だっけ?」

 慧音の肩に手を回す義経。
 おおっ、とちょっとびっくりした様子の慧音。
 というかリアクションはそれだけなのか。

「……? 慧音も柔らかいな? ぶよぶよしてるぞ」
「あっはっはっは。GOUHOU、GOUHOU」
「なに景気良く笑ってんだよ。身体触られてるぞ」


 ★★★

 妹紅は愛馬にまたがりながら、先に厩舎を出た慧音を呼んだ。

「今日はハゲにお休みもらったけど、何処行くの?」
「ちょっと妹紅……ハゲって、今の私達の棟梁の、藤原秀衡様のことを言ってるの?」

 身体を後ろの妹紅に傾けながら、慧音が答える。
 藤原秀衡は奥州平泉を治める藤原氏の長だ。朝廷より奥州の鎮守を任命された、東北武士団十七万騎を統率する巨大勢力の棟梁でもあるだけでなく、冷静沈着にして豪胆、歴史小説などでも英邁な君主として描かれることが多いのだが。

「だってハゲじゃん」
「あれは出家してるんでしょ。剃ってるんだよ。ただの僧侶じゃない。主君をハゲハゲって大声で言って、誰かに聞かれるとまずいでしょ」
「いいよ別にハゲで。私のこと、きもい視線で見てくるんだよ」
「それはだから、衆道でしょ。ブフッ」
「何笑ってんだよ、勘弁してよ! まったく、勝手に藤原名乗ってるような芋侍が調子に乗るなっての」
「うわあ、差別きたあ……きっついセリフ。貴族って怖いなあ……。って妹紅って、そんないい家の出だったの?」
「あったりまえだよ! 私の家は摂関まで出した超名門だったんだから。……まあ私は庶子だったから社交界には出れなかったけど……」
「ふーん。貴族もいろいろあるんだねー」
「で、話を戻すけど、今日は何処へ行くの?」
「きまってる。まずは平泉まで出て、一休みしてお茶をすすったら、妖怪の山へ行くんだ」
「なるほど。射命丸文の顔を見に行くんだな」


「あ、本当にあった」

 平泉の茶屋で一服した後、妹紅達は幻想郷を目指して北上した。
 馬で数百里駆けて、まだ未開の険しい山川渓谷をいくつも越えていくと、一本の筋のように空に白煙を上げる巨大な山が見えてきた。
 山の入り口には天狗達が張り巡らせた結界らしき網があったが、妹紅と慧音はそれを気付かれないようにくぐると、入り組んだ山道を進んでいった。しばらくすると、怒涛が大地を揺らす音が聞こえはじめ、視界が開けて、一本の巨大な滝が目の前に現れた。
 滝壺の腋にある巨岩の上に、見覚えのある顔が立っていた。こんどは隠れていないで、意外そうな顔でこちらを見つめている。

「あなたたちは藤原のお侍さんよね? 不思議。どうしてこの郷に入ってこれるたのかしら……見回り天狗の人達、さぼってたのかしら」

 文は顎に手をやり、上半身だけ考える人のポーズをとって思案した。

「私達、普通じゃないんだ」
「どうもそうみたいですね。ただのお侍さんじゃないんだ。そういえば、そっちの人からはかすかに妖気を感じます。あなたも何だか雰囲気が普通じゃない」

 外見は普通の侍にしか見えないはずだが、やはり妖怪には内面の違いがわかるのだろうか。

「それで、御用のおもむきは?」
「やっぱり私達のことは覚えていないんだね」
「そりゃそうだよ」
「? 何のこと言ってるんですか?」
「いやあ、ほら、義経とどんな関係なのかなって、ちょっと気になって」
「どんな関係っていうか、まあ、その……ただの幼馴染みですよ」
「ただの、ね」
「なんです? あなたたち、遮那王と親しいらしいですけど、妖怪が人間に肩入れするのはよくないんですよ。私の育て親が言ってました」
「肩入れって言うか、私達はなあ」
「どっちかっていうと学術調査かな」
「おや、何か事情がありそうですね。お話をお聞かせいただいてもいいですか?」

 紙を取り出すとメモを取ろうとする。この頃から好事家的なジャーナリスト気質があったようだ。
 文の本質は変わらないのかもしれない。
 文は二人に平安時代末期の幻想郷を案内してくれた。幻想郷もこのころから変わらないようだ。どこか時代の空気から隔離された呑気さを持っている。
 といってもまだ住む人の数は少なく、人里もできていない。妖怪の山とその周辺の集落は既にあり、見覚えのある地形もいくらかあった。

「さて、そろそろ行くか」
「えっ、幻想郷の歴史を視るんじゃないの?」
「そんなの、この時代は大して動きがないからつまらないよ」

 だけどこちらに来る時、幻想の歴史を観察したいとか言ってなかっただろうか。

「この時代は、まだ幻想郷に入っていない妖怪もたくさんいるじゃないか。この時代はまだ幻想が人間のすぐ近くにいた。そうでしょ?」

 確かにそうだった。
 まだ鬼も天狗も、河童も山童も、皆、野に田に溢れていた時代だ。
 耳を澄ませば鳥や虫の音に混じって、彼らのざわめきが聞こえてくる。
 冷気や妖気が辺りを覆っているのがわかる。幻想郷を出ても、その空気は強いままなのだ。
 慧音は外の世界の歴史を観察したいというのだろうか。確かに藤原氏の武士という佐藤家の立場は、歴史の展開を視ていくには都合が良いだろう。といことは、このまま義経に付いていくつもりなのか。
 その期間はいつまでなのか。
 
「ところでこの時代、妹紅は何してたの?」
「ときどきは妖怪退治の仕事をやってたけど。だいたいは越前国の山中でずっと隠棲してたよ」
「越前……隠棲?」

 越前国は今の福井県。人魚伝説のある土地だ。
 さてこの地には昔から不老不死の伝説がひとつある。もしかして、と慧音の心がときめく。

「八百比丘尼とか言われてた」
「超有名人じゃないか! 握手してください!」
「なんだい改まって」

 きゃー、本物、と大した喜びよう。

「歴女の感覚ってわっかんないなあ。あ、そういえば、ちょっと気付いたんだけど」
「ん?」
「こっちの時代の私と会うのってまずいのかな? なんていうんだっけ。タイムパラパラ?」
「ひょっとして、タイムパラドックスのこと? よくそんな言葉知ってるね。ド田舎で暮らしてるのに」
「慧音だって一緒でしょ、幻想郷在住だよ?! なんの自虐なの? タイムパラドックスについては、紅魔館で借りた小説に書いてあったんだよ」
「あそこ、何でも置いてあるなあ……なんて節操の無い図書館だ」
「それでさ、時間旅行して歴史的に矛盾が起きるとまずいんでしょ?」
「ううん、問題ないよ。これは別に、いわゆるタイムスリップをしているわけじゃないからね。単に鏡に残った過去の残留思念を、鏡像として見ているだけなんだ。言ってみれば大がかりな仮想現実ってところだよ」
「じゃあ、もしこの時代の自分に会ったとしても、ただのそっくりさんに見えるだけなんだ」
「この時代の妹紅には、たぶん他の人間と同じように、佐藤継信の姿で見えるだけだと思うよ」
「なんだ。ちょっとだけ残念だね」
「昔の自分をからかって楽しいのかなあ。……楽しそうだね!」
「でしょ。この時代、慧音はまだ生まれてないんだっけ?」
「そうだねえ。生まれていたとしても、たぶん私は覚えてないからね。それにきっと日本にはいないよ」
「そっかあ。それもちょっと残念だね」

 
 ★★★
 

「じゃあ、まずはコレを付けてください」
「なに、このぼろキレ?」
「いいから付けなさい」
「えっ、なんだよ強引だな」

「ちゃんと紐で縛りましたか? 途中で脱げると困りますからね」
「ああ、大丈夫だよ」
「じゃあ、次は、この縄で身体を縛ってください」
「ええっ? 文の身体を縛るのか?!」
「よく解らないこと言わないでください! 私の身体とあなたの身体を括りつけるんですよ」
「あ、そうか。え、背中からいくのか?」
「あ、しまった。そうですね。背中からだと、羽根が動かせませんね。じゃあ、前に来てください」
「こ、こうか」
「じゃあ、胴のところで縛って、あとは肩にも二周ほど回しましょうか」
「う……いて!? ちょっときつすぎないか?」
「途中で落ちてもいいんだったらゆるくしますよ? 私の力じゃ腕の力だけであなたを抱えられないですからね」
「(うわ……胸が背中に当たってる。無いと思ってたけど、ちょっとは成長してるんだ)」
「何か妙なこと考えてないですか」
「な、なにも」
「念のため、飛ぶ前に遺言言っときます?」
「じょ、じょうだんだろ!」
「安全には気を使いますよ。それじゃ、行きますね」
「え、もう? 心の準備がまだ!」

 足下に空気の塊が跳ねるのを感じた。
 次の瞬間、風の抵抗を感じる。突き抜けた感触がした。
 視界が捉える光景が、一瞬で変わった。
 気付いた時には、空の中にいた。


「うわ、すげ、すげえ! すげえ!」
「すごいしかないんですか? 語彙が貧困ですよ」
「綺麗だ! あと、すごい! 感動した! 驚いた! 文様ありがとう! 天狗最高!」
「うふふ、そうでしょうそうでしょう。もっと讃えなさい」
「だけどこれさ、地上から見られたら大騒ぎになるな……」
「そのために隠れ蓑を着ているんですよ」
「隠れ蓑? 天狗の隠れ蓑か! このぼろい蓑が!」
「そうです。人の多い所で移動するときは、いつもこの蓑を着ているんですよ」

 遮那王は空から下方の地形を観察した。
 青々とした森、広い草原。その中に、ぽつぽつと人の住む集落と思われる場所がある。

「あれが鞍馬寺か……空から見ると、こんな風になってたんだな。大分、想像してたのと違うな」
「このまま京の都の上空に行ってみます?」
「ああ、行ってくれ」

 高速で飛ばし、ほんの四半刻ほどで、文達は京の上空に辿り着いた。
 京の街並みが、ミニチュアのように見える。
 四方を大路で区切られた、方形の区画がいくつも視界を通り過ぎていく。
 どの建物も立派で、鞍馬の山では見かけないようなものばかりだ。

「さすがに京は大都市だな」
「さてと、次はどうしましょうか」
「ううんどうしようかな。しかし、文はすごい速さだな」
「でしょう。私はまだまだですけど、その気になれば日帰りで九州まで行けますよ」
「ほんとか?! とんでもない速さだな。速すぎて、凄さが想像もつかないよ。あ、だったらさ、、福原に行ってくれないか?」
「福原ですか? 平氏の都ですね。何をするつもりなんですか? また悪いこと考えてるんじゃないですか?」
「敵情視察ってやつさ。誰も福原の都を空から眺めた奴なんていないぜ」

 福原の都は平清盛が築いた都で、平氏一族の重要な軍事拠点だった。

「これが福原の都か、ふむふむ。あれが陣屋で、湊はこっちか。お、あの地形は」
「うう」
「どうした文? 腹でも痛くなったのか?」
「ちがいます。重くて腕が痺れてきました。縄も身体に食い込んで痛いです。落としていいですか?」
「な、ばか。落としていいわけあるか。わかった、今日はこれくらいにして帰ろう!」
「今日は奉仕しすぎました。超過料金にしますよ」
「なに! ちょっとがめつくないか。お友達価格にしてくれよ」
「だめです。天狗業界も不況なんです。遮那王はお小遣いたくさん貰ってるじゃないですか」
「ちぇっ、わかったよ。また今度頼むよ」
「京の市で何か買ってくださいね。約束ですよ。女の子の喜ぶものじゃないと、承知しませんからね」
「ちゃっかりしてるなあ」

 地面に降りてきて、遮那王を下ろすと、二人を縛っていた紐を解く。
 文は疲れたらしく、どっさりとおしりを地面におろすと、ぐにゃぐにゃになって地面にへたりこんだ。

「やっぱり二人分の重さは疲れます……」
「お疲れ様。しかし文、本当に妖怪だったんだな」
「いまさらですねえ」
「天狗はいいなあ。俺も自由に空を飛びたいよ。そしたら文と二人で鞍馬寺を出ていけるのにな」
「大きくなったら出ていけますよ」
「そうだといいけどなあ」
「そんなに外に行ってみたいんですか?」
「外の世界を旅してみたいんだ」

 子供のように、遮那王は夢を語った。まあ実際に子供なのだが

「広い世界を見てみたいんだ。日本は島国だろ。それでもこんなに広い森や草原があるんだ。大陸はもっと広いと聞くぞ。見てみたいなあ」

 乳歯の欠けた笑顔でけらけら笑いながら、遮那王は無邪気なことを言う。
 それを見ていると、文も和やかな気分になる。
 二人で、鞍馬寺を出て、世界中を旅する。それもいいと思えてきた。
 正直に言うと、かなりいい。
 文は遮那王といると、心地よい気分になれる自分を感じていた。



 ★★★


 治承4年(1180年)8月。
 西国で始まった大干ばつによる飢饉は大きな被害を出し、それを端として平氏の専横に不満の声が上がる。
 周囲の声望に答えて、遂に源氏の棟梁が立ちあがった。
 前大戦の首謀者・源義朝の遺児で、伊豆で幽閉生活を送っていた男。後の征夷大将軍、源頼朝。
 挙兵したのは彼だけではなかった。信濃では源氏の一族である、木曾義仲が挙兵し、またたく間に平氏方の地頭を倒していき、北陸地方を制圧した。
 これに対して、平氏の棟梁・平清盛は鎮圧の兵を挙げた。
 奥州で武士として生活していた妹紅達の元へもそれらの情報は舞いこんできた。
 慧音は俄に手に汗握るものを感じる。いよいよこの時代がやってきたのだ。
 戦乱の時代の到来だ。
 もちろん、待ち望んでいたわけではないが、遂に歴史の転換期が訪れたのだ。ひとしおの感慨があった。
 義経たちも、兄である頼朝の軍に合流するために、奥州を後にすることになった。
 義経に同行するのは、藤原氏の武士、二十騎ばかり

 藤原秀衡は義経を強く引き止めたが、義経は密かに館を抜け出すことに決めた。
 秀衡は義経が出ていくことを惜しみながらも留める事をあきらめ、佐藤継信・忠信兄弟を義経に付けて奥州から送り出した。
 佐藤兄弟、つまり、妹紅と慧音である。
 旅立つ前にお世話になった屋敷の面々に挨拶をする。主人である藤原家の筋への挨拶も済ませた。
 もう三年もこちらの世界で過ごしたのか、そう思うと挨拶の間にも感慨深いものがあった。
 佐藤兄弟の評判は元々結構良かったようで、奥州の人間は二人に大変良くしてくれた。
 そう思うと、他人の人生を借りている、という事実にあらめて複雑な感情を覚えるのであるが。

「ううう、馬に乗っての遠出か」

 馬上、大鎧に身を包み、背中に矢を担いだ妹紅はぼやいた。

「そういえば最近全然練習してなかったよね」

 慧音が答える。
 少し先行きが心配だ、と思った矢先に、妹紅が鞍の上からずり落ちた。

「あてっ!」
「あっはっは! 継信は本当に乗馬が下手だな」

 義経はそれを見て景気良く笑っている。釣られて、近習の者たちも笑う。
 妹紅はばつの悪い顔をする。
 一方の慧音は、何故か馬術は玄人はだしで、落馬してへこんでいる妹紅を尻目に、まるで馬が体の一部であるかのように駆けていた。

「すごいなあ、まさに牛馬一体だ」
「人馬だ!? ゴラァ!」
「あれ? そうだっけ?」
「それにしても、妹紅は何でそんなに落馬するの?」
「だって、しょうがないじゃん。初めてなんだから」
「えっ!? 妹紅、馬に乗ったことないの? だって平安時代生まれなんでしょ?」
「いや、あるけどさ、苦手なんだ」
「もんぺはいてるのに?」
「もんぺ関係ないだろ! サスペンダーだっ!」
「だってその格好であとニット帽被ったら完全に乗馬ルックじゃない」

 確かにそうである。英国乗馬ルックである。
 と言っても、やはり形だけで中身が無くては何にもならない。数里も進まないうちに、妹紅はまた落馬して、最初は笑っていた義経も、だんだんあきれ顔になってきた。

「妹紅、へたれすぎ?! 一日に何回落馬してんの?? これじゃ行軍進まないよ……」
「面目ない……」

 しまいには義経は声を荒げて、妹紅をどやしだした。

「それにしてもおかしいな、お前、下手ではあったけど、普段はちゃんと乗れてただろ?」

 こんなに落馬するのはおかしいな、と義経は首をかしげた。

「ということはもしかしたら大鎧を付けた時の姿勢がうまく取れないのか? ちょっと、乗ってみろ」

 言われて、義経の前で、再び馬に乗る妹紅。

「こうかな?」
「うーん。姿勢が悪いな。自分で鎧を支えるんじゃなくて、馬に重さを預けるようにしてみろ。あと、馬は四本足の動物だから、左右に重心がある。それを意識して。それから前傾姿勢はやめたほうがいいな」

 万事、義経の指示の通りにしてみる。

「お……乗れてる」
「おお、できたじゃないか。呑みこみは早いんだな」

 驚くべきことに、義経が二、三指導しただけで、妹紅はほとんど落馬しなくなった。
 彼は意外と教えるのが上手なのかもしれない。
 一方、当初は華麗な馬術を披露していた慧音にも、問題がないというわけではなかった
 乗馬以外の部分で、彼女には意外な弱点があったのだ。

「大鎧、重すぎ……」

 馬上で息を荒くしながら、慧音は馬の背にもたれかかった。
 騎乗する上級武士が身につける大鎧は、戦国時代の軽量な甲冑とは異なり、フル装備だと30キロを超える。
 ワーハクタクという半獣人である慧音だが、さすがに鎧は女性には重かったようだ。

「前々から思ってたけど、慧音妖怪のくせに体力低いんじゃない?」
「もこたんがおかしいんだよ! この蓬莱人! ひとりでも蓬莱人!」
「ど、どういう意味なの」
「このか弱い私にもっと優しくてくれてもいいだろう!」
「なんだあ、甘えん坊さんかあ? はいはい」 

 妹紅は馬を慧音によせるとおしりを撫でてやった。慧音はくすぐったそうにしている。
 周りを進む供の武士達は、その様子を興味深げに見守った。

「それにしてもこの鎧は重すぎる、もう兄弟に運んでもらおう!」
「最初から乗せたらこいつもへばっちゃうよ。て兄弟って、認めてんじゃないか」

 物資運搬用に、二頭の牛を連れてきていた。彼らに荷車を引いてもらっているが、最初から全部荷物をまかせるわけにはいかない。
 鎌倉への道のりは遠い。数日はかかる、結構な大旅行だ。牛たちも休ませないといけない。
 それに、大鎧を着た騎乗にも慣れておかないといけないから、練習もかねているのだ。

「牛は偉大な動物だよ。印度では聖獣なんだよ」
「カレーの具にしたら美味しそうだね」
「兄弟になにをするつもりだ」
「慧音のロースはどこなの? このへん?」
「ひゃん、やめて……そういうことは二人きりの時に……ね?」
「はっはっは、二人は本当に仲がいいな。ちょっと気持ち悪いぐらいだぞ」

 そう言うと、義経はしばらく馬を進めてからまた振り向いて、

「さっきは控え目に言ったけど、実は大分キモイと思ってるぞ」
「……わざわざ言い直さなくていいよ」
「だけどそんなキモイ仲も許される、兄弟というのはいいもんだな」
「なんで綺麗にまとめようとしているの?」
「おれの兄はどんな人なんだろうなあ……」

 そんな風に遠くを見る。二人は義経と頼朝の仲がどうなるのかについて記憶を巡らせて、何とも言えなくなる。
 この人物は、あの源義経なのだ。平氏を倒して、英雄となって、そして……


 ∈Υ∋


 因幡の浜に、一人の女性が打ち上げられた。
 偶然通りかかった身分の高い一団が、その女性を見つけた。

「生き倒れか? 水を飲ませてやれ」

 下男らしき男が、竹の水筒を持ってきて女の口に付けた。
 上半身を起こして、女に水を飲ませてやる。
 薄汚れていて最初は解らなかったが、随分と若い女だ。
 背は高めだが、少女と言える年齢だ。

「不思議な女子だな。妙に色が薄い」

 肌の白さと、髪の色も相まって、全身白づくめ、という印象を受けた。

「因幡の浜だから、兎かもしれんぞ」
「耳はついてへんで。白っつーか銀っつーか。不思議な色やな」
「うむ。瞳の色も不思議だ、美しいことには違いないが。そなた、船で難破したのか?」

 一団の中で、もっとも身分が高いと思われる男が、女の顔を覗いて言った。
 力強さの中に、優しさを感じさせる声だ。

「…………!」 

 女は何事かを呟いた。だが、言葉が通じない。おそらくは女の生まれた国の言葉なのだろうが、この場にその言葉を解する者はいなかった。

「大陸の者かもしれないな。普通の宋言葉ではないようだが。この装束、奴隷として連れられてきた者かもしれん」

 長旅をする船には、そう言う用途で乗せられる女性がいるという話を聞いたことがある。
 日本海には海賊が多く出没するし、女はどこか遠い異国で略奪にあって連れてこられたのかもしれない。
 女の倒れていた浜には木屑が散乱していた。おそらく、彼女の乗っていた船は難破したのだろう。

「それは不憫なことやな」

 供の、屈強な男が口を開いた。心のこもった声、そんな風に女は感じた。期待していただけなのかもしれないが、安心した女は、一瞬意識が薄れて、倒れ込みそうになる。

「女、我々の屋敷に来るか? 身寄りも知り合いもいないのだろう?」

 言っている言葉の意味が、なんとなく理解できた。
 首を縦に振った。それは、女の国でも了承の意味がある仕草だった。

「手当をして、落ち付いたらお前の言葉が分かる者を探そう。心配するな」

 おそらくは貴い身分の者達なのだろう。物腰が穏やかで、落ち着きがあり、気品が感じられる。
 行き倒れている見ず知らずの女を救えるほどのゆとりもある。
 女は即席の担架に包まれると、下男たちに運ばれることになった。




 ★★★

 奥州から駿河の黄瀬川へ行く義経一行。
 唯の湿地帯にすぎない関東平野を抜けて、妹紅にとってはなじみの深い山が見えだす。
 富士の山。妹紅が奈良時代に岩傘と共に登った山と言われている。
 この山で妹紅は岩傘という朝廷の官吏を殺し、彼から不死の神酒を略奪して、彼女は不老不死になった。
 彼女は今では、その物語を自分から語ることはない。

 平維盛という男がいる。平氏の源氏追討軍の将帥になった男だ。
 平清盛の長男、平重盛の息子だから、平維盛は清盛の嫡孫ということになる。
 この平維盛、光源氏の再来と言われる美男子だったのだが、残念ながら、将帥としての能力は皆無だった。
 維盛率いる追討軍は、鎌倉攻撃のために駿河国富士川まで進軍した。頼朝の治める関東は川向こうだ。
 しかし、ここまで来る間に問題があった。
 当時、近畿地方では大規模な干ばつによる飢餓が巻き起こっていたために、維盛の軍は十分な兵糧を確保できなかった。
 そのため、東海地方で現地調達する見込みで進軍していたのだが、結局旱魃は東海地方にも広がっており、当てにしていた調達ができず、軍が餓えることになったのだ。結果、逃亡兵が相次いで、駿府に到達した時には、既に軍隊としての体を成していなかった。

 富士川の合戦は頼朝の初の軍事的勝利だ。この戦いで、平氏軍はほとんど戦いもせず、源氏軍に壊滅させられた。
 夜半、河岸まで偵察に来ていた源氏が、偶然水鳥の群れに接触し、驚いた水鳥の飛び立ったのを、平氏方が勝手に奇襲と勘違いて逃げ出したという伝説だが、実際は水鳥の飛び立つのを契機に、撤退したというのが真相のようだ。
 しかし、源氏にとってはともかくもの戦勝だ。祝勝気分に沸き立つ関東武士団は、意気揚々と本拠地へ凱旋する。
 勝利に沸き立ちながら関東へ帰還する源氏は、合戦のあった富士川より30キロメートル東進した黄瀬川で一度、休憩のために陣を貼った。そこに、ちょうど、奥州からやってきた義経一向は合流した。

 馬廻り、今で言う近衛兵の案内によって、義経とその郎党である妹紅たちは、鎧武者達の居並ぶ陣中へ入っていく。

「義経殿」

 頼朝の弟、源九郎義経が馳せ参じたという噂は、またたくまに源氏陣中を駆け廻った。
 兵士達は皆、義経の到来を歓迎し、かれの元に集まってきた。皆口々に自分の名前を名乗り、義経の前に挨拶に来る。
 ほとんど初めて会う人間に対して、この人気は異常だった。義経には、兵士の共感を呼ぶ天性の魅力があるのだろう。
 当の頼朝はおもしろくなかった。
 軍馬の産地である奥州から来たのに、馬は数頭、軍資金無し、連れてきたのは貧相な供の者二十名程度で、戦力としては期待できない。
 拍子抜けもいいところじゃないか。
 おまけに戦場には後れてきたくせに、さも自分が戦って勝利を収めたかのようにふるまっている。
 実際に富士川の戦いで平氏を追い払ったのは、おれじゃないか。なぜ、こいつが讃えられる。
 こいつは遅れてやってきて、さも戦いに参加したかのようにこの場の主役であるかのようにふるまっている。
 頼朝は内心ではかなり不機嫌になった。しかし、周りの武士への体面上、それを顔に表すことはできない。

「よく来てくれた、義経。百万の味方を得た想いだぞ」
「兄上、ようやくお目にかかれて嬉しゅうございます」

 頼朝は内心の苛立ちを抑えながら、「涙の対面」芝居を打つことで武士たちの心を掴むことにした。
 義経の肩に手をのせて、陣を練り歩き、彼を主だった武将に紹介した。

「なんか……」
「気のせいかな。頼朝の視線が気になった」

 妹紅も洞察したようだ。奥州の呑気な生活で半分麻痺していたとはいえ、人生経験はこの場に居合わせる武士たちよりはるかに長い。

「やはりそうか。このころから既に頼朝は決めていたんだな」

 慧音の洞察はさらに鋭かった。

「何を?」
「いずれは義経を排除しなきゃいけないってことだよ」
「なんだって? だって、兄弟だろ。まだ仲が悪くなる時代じゃないはずだ」
「神社で義経を見た時、御家人達は彼の華麗さに目を奪われた。頼朝はそれを快く思わないだろう」

 使えるうちは重宝されるだろう。だが、利用価値がなくなれば。

「消されるってことか」

 背筋に寒い者を感じた。いずれ、義経が頼朝に追われる身になることは、妹紅も把握していた。
 しかし、まさか最初から、会った当初から頼朝が義経を危険視しているなどとは夢にも思わなかったのだ。


 ★★★


 平氏は源義仲の攻撃によって京から追われた。
 後を継いだ義仲は京の治安回復に失敗した。
 うとましく思った法皇は、義仲の討伐を頼朝に依頼する。
 寿永2年(1183年)、義仲追討令が後白河法皇より発せられる。

 頼朝は後白河法皇の院司を受け、鎌倉の御所において秘書官の大江広元と共に、義仲追討軍の編成について討議していた。
 広元は義経を総大将に推薦した。

「義経は戦いの経験がない。初陣で義仲はちと相手が強すぎるのではないか?」

 まだ義経の才覚は未知数である。

「仮に失敗したとしても、さほど問題ないでしょう」

 あなたの弟達は、あなたの競争相手でもあるのだから。広元は暗にそう示唆したのだ。
 結局、頼朝は広元の言を採用し、上洛軍の大将として義経を選ぶことにした。
 
 大江広元は次に、兄の中原親能を呼び、会見した。

「兄上、折り入ってお願いしたいことがあります。義経殿と一緒に京へ行っていただけませんか?」
「九郎殿と? 九郎殿が遠征軍の司令官に決まったのか?」

 広元は兄に耳打ちして、何言か話した。
 話が終わって、耳を離すと、中原は驚愕した。

「つまり、お前は義経殿の落ち度を探せと言うのか?」
「義経殿が凡庸なら問題はありません。もし際立って有能だった場合は」

 なるほど、後々鎌倉政権を脅かす存在になるかもしれないと。そのときのために手を討っておけと言うのだ。
 頼朝は実の弟に頼りつつも、危険視しているのか。


 頼朝から義仲追討の命令を受けて、義経は素直に喜んだ。
 ようやく、自分の手で戦ができるのだ。
 早速軍団の編成を行う義経のもとに、鎌倉の御家人達がぞくぞくと集まってきて挨拶をする。

「あの梶原景時と言う男、なんだかやりにくいな」
「古風な武士ですからね」

 慧音は相槌をうつ。
 軍監に任命された梶原景時は伊豆で敗走した頼朝を見逃したということで、鎌倉政権を救った功で発言権が大きかった。
 革新的で若い義経とは意見が合わないだろう。
 引き続き武者達の謁見が続いた。
 一人、立派な若武者が入ってきた。
 妹紅と慧音はほかのものよりも一層驚いている。
 入ってきた武士は、妙齢の女性にしか見えなかったからだ。
 それだけではない。見知っている姿だったのだ。

「那須の住人、那須与一資隆にございます」

 腰まで延びた、編んだ銀髪。胸にはたわわに実った双子山。白皙の怜悧な美貌。
 女性は唖然としている妹紅と慧音の方を見ると、微笑んで、手を振ってきた。

「お初ー」

 にこにこと笑う姿。

「じゃないよ!」
「なにやってんだよ! じゃなくて何でいるんだよ!」

 幻想郷、永遠亭に住んでいる薬師、八意永琳だった。
 那須与一とはどういうことか。
 確かに弓術が得意だとは聞いていたが。

「あなたたちが開いていた鏡から入ってみたのよ」
「不法侵入じゃないの?」
「違うわよ! 上白沢さんの家にお醤油を借りに来たら、怪しい妖気がダダ漏れになっているじゃない? なにかと思ってのぞいてみたら、あなたたち二人が床に倒れていて、鏡から妖気が出ていたのよ。貴方達、鏡を閉めないでこっちへ来たでしょ? 私が入った後、ちゃんと閉めておいてあげたわよ」
「あ……」
「そうなのか、慧音?」
「忘れてた」
「忘れるなよ、そんな大切なこと」
「まあ、おちゃめ機能ってことで」
「誰も慧音に求めてないよ、そういうの」
「ドジっ子属性って幻想郷には少ないと思うんだけどなあ」
「だからって開拓しなくていいよ……それにほら、あれいたじゃん。ボノボとか」
「チルノでしょ。ボノボって、猿でしょ。文字数しか合ってないじゃない」
「ね、これから合戦なんでしょ? いいわねー、一度男装ってやってみたかったのよね。宝塚みたいじゃない? さー、はりきって平氏をぬっ殺すわよ!」
「何か物騒なこと言ってるよ、この人……」

 どうやら、永琳も役を割り当てられたらしい。
 こちらは妹紅と違ってノリノリだ。

「何でこの人、こんなにやる気に満ち溢れてるの?」
「ところであなたたち、御大将のあの義経って子と随分仲がいいみたいだけど」
「ああ?」
「これは過去の歴史なんでしょ? だったら情を映し過ぎない方がいいわよ」

 意味は解っている。義経の運命はきまっている。
 あまり情を映し過ぎると、後が辛くなると言うのだ。

 武士達の準備が整い、ようやく遠征軍の出立の刻限になった。
 なんとなく、遠足のような気分で、妹紅や慧音は意気揚々だった。

「さあ出陣だ!」

 と勢い込んでみたものの……


 ★★★



 早朝。妹紅は自分に与えられた陣屋で、弓の手入れをしていた。庭先は、一面の雪に覆われている。
 これから郎党と連れだって、追い物に出かける予定だ。こんな寒いのに、わざわざ狩りになんて出なくてもよいのに、と思うのだが、誘われた以上嫌とは行いえない。武士といってもサラリーマンみたいなものだ。付き合いは大切である。無下に断って、怪しまれたり、主君である義経の立場を悪くしてもいけない。
 そんな風に自分の境遇を見つめて、溜息をついてるところへ、佐藤忠信に扮している慧音が訪ねてきた。

「すっかり御家人生活が板に付いてきたじゃないか」
「笑い事じゃないよ」

 旧暦10月に鎌倉を進発した義経軍は、東海道を進み近畿へ達した。
 美濃、現在の岐阜に到着したのが11月1日、その後琵琶湖南岸に出て帯陣し、京に陣取る義仲を伺った。
 しかし義仲は京を出ず、戦いのないまま11月18日まで留まったが、上方の食糧事情の悪さから兵糧調達ができなかったので、兵の半数を帰国させることになった。
 最初は雑兵も合わせると2万人程度の兵を率いていたが、現在では戦力は弱体化していた。
 募兵のために義経は一路南下し、主力の弓騎兵を500騎程伴って、伊勢に到達した。
 ここで未だ静観を決め込んでいる伊勢国人衆を調略する予定である。
 説得は難航し、交渉を始めてから既に二週間以上が経過していた。

 伊勢は左程雪が積もらないが、平安時代の冬は大変寒かった。
 防寒器具がほとんどないし、建物は薄っぺらな板か御簾で仕切られているだけだ。
 隙間風が強い、と言うより隙間しかないと言った方が適切だ。
 妹紅は自分が生まれた頃を思い出していた。こんなに寒かったか、と思う。
 火鉢にかじりついて着物を何枚も羽織っても、全然震えがおさまらない。
 知らない間に幻想郷の便利な暮らしに慣れきっていたのだ。幻想郷は温かい暖房器具が一杯あった。

「妹紅は寒がりだなあ。奥州の方が寒かったでしょ?」

 慧音はと言えば、長袖の羽織一枚という、結構な薄着だった。見ているこっちが寒くなる。
 
「あれは最悪だったよ。もう二度と行きたくない。ハゲもきもちわるいし」
「あの人ね、私達が女だって気付いてるみたいだったよ」
「えっ?!」
「妹紅に擦りよったのも、それが原因だったんじゃないかな」

 それは気付かなかった。
 してみるとあのハゲは、意外と勘の鋭い方だったのか。 

「それにしても私達はいつまで伊勢に居るんだろうな。早く京にいかなきゃいけないんじゃなかったかな」




 彼女達の御大将である義経は、頼朝が付けた秘書官である中原親能と共に伊勢に移動していた。
 本来はすぐに入京して義仲を追い払いたいのだが、何分兵力が足りないのだ。
 この時代の兵達はすぐに離散集合を繰り返す。

「こちらの手勢はせいぜい五百騎程度だからな。兵力不足なんだろう。今、伊勢の国人衆を説得しているところなんだ」
「こうしている間にも源義仲は京で地盤を固めているんじゃないの?」
「そうでもないみたいだよ。内憂外患と言ったところだね。朝日将軍の勢力は広いが、実は地盤は脆い」

 義仲は平氏の追討に失敗し、手勢を失った。元々義仲の本拠地は人口の少ない信濃・越後であり、一度落ち込むと回復力が少ないのだ。それに治安目的のために大半を越後・信濃方面へ送っていた。
 また、近畿地方の旱魃も深刻化し、餓死者対策もろくにすすんでいなかった。

 このころ日本各地には荘園の財力を元に独立勢力化した武士が多数いた。
 だいたいが源氏か平氏の遠縁である。
 美濃や尾張、伊勢にはそれぞれ美濃源氏、尾張源氏、伊勢源氏と呼ばれる氏族がいた。
 義仲の入京に際して、平氏が追い払われたので、これらの豪族は自分の土地に戻ってきている。
 元々同じ源氏であるから、協力してくれないかと期待している。

「中原殿、ちょっとお話が」
「なんでしょうか、義経殿」
「う、梶原景時殿もいるのか」
(まいったな、このおっさん苦手なんだよな。頭が固いから)

 梶原景時は伊豆で頼朝の窮地を救ったことのある人間で、軍内での発言権が強かった。

「実は、西国に逃げて行った平氏方武将の領土から臨時に兵を徴収したいのだが」
「なんですって? ダメですダメです!」

 梶原景時が横から割り込んで大声で否定した。

「それらの領土は正式な領主が決まるまでは、空白地扱いですから。勝手に兵を徴収したりしたら、頼朝殿からお叱りを受けますぞ」
「しかし兵が不足しているんだ。このままでは京に攻め入ることができない。特に、武士以外の小者が足りないんだ。身の回りの世話をしてくれる下女にさえ事欠く始末なんだぞ」

 小者、と呼ばれるのは一般兵や後方支援要員のことで、農民や大工や漁師など、武士以外の階級から臨時徴収されるものだ。こういった人々は戦場、行軍、駐屯と、軍隊のあらゆる行動の中で、武士の補助をする大切な役目を担っていた。戦闘以外にも、物資の運搬、橋梁建設、施設の設置や敵施設の破壊などその仕事は多岐にわたる。
 ふつう源氏軍2万騎と言った場合、主力となる武士の割合はおおよそ全兵数のうちの2割、すなわち4000人ほどであることが通常で、残りの1万6千人は全て一般兵、小者ということになる。

「関東から連れてきた兵がいるでしょう」
「兵糧不足のためにほとんど国へ返しただろ? また関東から呼び寄せる費用もないし、この辺りで現地調達しなければ」
「それは規則違反です」
「うぐ……しかし、だな」
「とにかく、勝手に土地の者に命令するのはダメです。全て頼朝殿の決定を待ってください」

 言いたいだけ言うと、梶原景時は練兵があると言って奥殿へ引っ込んでいった。

「……」
「どうします?」
「美濃や伊勢の空白地は、どうせ周囲の源氏方の武将に与えられるんだ。元々は彼らの土地だからな」

 美濃や伊勢、尾張など、源氏が平氏を追い払って獲得した土地には、平氏に追われて逃亡しているかつての源氏方地頭が大勢隠れていた。それらの者は皆、氏が源である源氏の血縁のものだった。

「それらの武将に領土を一時的に返して、代わりに兵の供給を約束してもらおう。我々じゃこちらの土地の勝手がわからん」
「ええっ? 勝手にそんなことを約束して大丈夫なのですか? もし頼朝殿が美濃源氏や伊勢源氏に領地を渡さなかったら、義経殿は空手形を切ったことになりますよ?」
「まずはそんなことは起こらないから大丈夫だよ」
「うーむ、まあ確かに兵がいないと話になりませんからね。しかし、本当に義仲に対してそんな大勢の兵が必要なのですか? 彼は京の統治に失敗したから、離散者が相次いで戦力が激減していると聞きましたよ」
「そういう情報もあるけど、別の噂もある。情報が錯綜していて、今のところ京周辺の詳しい情報はわからない。念のために、兵は多い方がいいだろう?」
「……」

 それでも中原は渋い顔を変えない。

「頼む、協力してくれ。このままここに留まっていても、やっぱり兄上は怒るんじゃないか?」
「お怒りになるでしょうね。職務怠慢だと言われるでしょう」

 更迭や処罰もありえますね、とそこまで中原は言わなかったが、口調から十分に匂わせる言い方だった。

「じゃあ、やっぱり何が何でも早く兵を集めないと。鎌倉の決定なんて待っていたら、いつ兵を集められるかわからないぞ」
「ふむう、確かに止むを得ない部分もあるでしょうね」
「よし、それじゃあ早速、周辺の源氏を説得しに行こう」
「梶原殿には相談しないのですか?」
「あのおっさんはダメだ。規則規則と口うるさいばかりで、実質的な行動は何もしないじゃないか」
「彼は彼で勇猛な武将なのですが……」
「中原殿が手続きを手伝ってくれれば十分だ。頼んだぞ」
「……わかりました」

 遠ざかっていく義経の後ろ姿を注視しながら、中原は険しい顔を作った。
 中原は先だって弟の広元から依頼された内容を思い出す。彼は義経の弱味を握ると言う密命を帯びているのだ。思ったよりも早く、その機会がやってきた。
 しかし危ういことをする人だ。他の武将達に相談せずに、独断で事を決めてしまうとは。このような越権行為を続けていたら、彼の命運が尽きるのもそう遠い未来の話ではないだろう。
 中原は自分が陥れようとしている相手である義経に多少同情した。彼にはこのような政治的な選択について相談できる相手がいないのだろうか?



 ★★★


「しかし暇だなあ」
「しかしまあ、これだけ暇だと私の仕事もはかどるから大歓迎だね」

 慧音はこちらの世界に来て以来、書き物をずっとしたためていた。
 生活、風俗、仄聞したことなどを、とりとめなく分野ことに綴っていく。
 奥州に居た時は一郎の手伝いでできなかったし、鎌倉にいた時は新しく与えられた領地の仕事でできなかった。伊勢に来て初めて落ち着いた時間がとれたのだった。

「それ、描いても持って帰れるの?」
「いや、持って帰れないと思うけど、書いて整理して覚えているんだ」
「へえ。どうなの順調?」
「風俗や生活に関してはさほど想像してたのと差が無いね。あとは歴史的出来事の推移が自分の目で見れたらばっちりだね」

「佐藤妹紅、佐藤慧音、いるかい?」
「う……何そのきもち悪い猫撫で声」
「おまえ……俺、君の大将なんだけど……。もうちょっと敬意をだな」
「また厄介事を頼もうとしてるんだろ」
「俺、妹紅に厄介事なんて頼んだことあったかな? そんなことないよ。楽しい仕事だぞ。そうだ慧音、お前物書きが得意そうな顔してるよな」
「はい?」
「これお願いできないか?」
「これは……周辺国の石高帳ですね。兵員を増加するつもりなんですか?」
「察しがいいな! やっぱり慧音はできる子だな! じゃあお願いしていいか?」
「いいですよ、どうせ暇でしたし」
「なんか……不機嫌そうだな。妹紅の方は俺に一緒に付いてきてくれるか?」
「いいけど、何するの?」
「周辺国の国人衆や源氏方の武将を説得するんだ」

 妹紅は義経と共に周辺国を回って豪族達の協力を取りつけに奔走した。

「ねえ、義経」
「なんだ」
「領土と恩賞の約束をしてたけど大丈夫なの? 鎌倉の役人さんたちに了解はとってあるの?」
「ああ、大丈夫大丈夫。なんとかなるさ」
「そう、ならいいんだけど」

 少し不安だった。

「妹紅、集めてきてくれた小者の練兵をお願いできるか?」
「えっ、まあやってみるよ」
「頼むぞ。出発は三日後だからそれまでにな」
「三日? そんな短期間で何とかしろって言うの? もっと期間を取れなかったの?」
「そんなに長い間、兵を養うことはできないよ。今だっていっぱいいっぱいなんだから」
「意外に貧乏だったんだね、うちの軍……」
「ああ……実際ここまでこれたのはかなりの偉業だ。平氏が進むだけで軍を十分の一に減らした道だからな」
「うええ」
「まあ確かにもっと長い間訓練して、小者をうまく使えれば、戦力は倍増するんだがな……」

 義経は何か考えているような顔だ。

「戦闘経験のある者は手を上げて……一人もいないのか。じゃあ、まず刀の構え方からいこうか」

 妹紅は募兵してきた小者達を屋敷の前の広場に集めた。

「ああ、妹紅。そんな練習させてたら、時間がいくらあっても足りないよ。

 そこへ慧音がやってきて口を挟んだ。

「だいたいこの人らの戦場での仕事はもっと別のことだから」
「別のことって何?」
「たとえば障害物を取り除くのが主な仕事だね。垣盾とか逆茂木を取っ払ったり」
「そのカイダテとかサカモギっていうのはなに?」
「垣盾っていうのは、木の盾を地面に置いて、横一線にずらっと並べた防壁のことだよ。逆茂木っていうのは、先端をとがらせた杭を逆さに立ててはりめぐらした垣根のこと。どっちもこの時代の一般的な防衛設備だよ。って妹紅知らないの? 戦場に行ったら普通どこでも必ず置いてあるよ」
「知らないよ、そんなマニアックな知識。私は公家だから戦場なんて見たことないもの。っていうか、そんなしょぼい設備、わたしがフジヤマヴォルケイノでいっぱつ吹き飛ばしてしまえば……」
「ダメよ、そんなの。と言っても、どうせ使えないでしょ」
「そうなんだよね、せっかくよく燃えそうなのに。ところで慧音は何しに来たの?」
「人別帳に兵の記録を取りに来たんだよ」
「そっか、そっちの方が先か」


 ★★★


「ええと、あなたの名前は?」
「二郎です」
「あなたは?」
「二郎です」
「……どこの二郎なの」
「伊勢の二郎です」
「伊勢のどこ」
「伊勢の鈴鹿です」
「さっきのあなたは?」
「私も伊勢の鈴鹿の二郎です」
「二人とも同じ名前なの?」
「実は同じ村の出身です」
「どうやって区別しているの??」
「こいつの家にはでかい柿の木があるので、柿の木の下って呼んでますね」
「じゃあ、あなたはこれか木下二郎って名乗ってね」
「はあ、わかりました」
「100人中、二郎が65人、三郎が23人、四郎に五平に……六割以上二郎なの? 二郎率高すぎ。区別付くかなあ……」
「後継ぎ対策で長男を残して次男と三男ばかり出してきたんだね」
「うーん、三日じゃできることに限りがあるな」
「たぶんこの人たちの出番はあんまりないよ。そんなに大規模な戦いにはならないから」
「え、何でわかるの? 歴史書に書いてあるの?」
「うん」
「じゃあ、とりあえず号令と点呼ができるように、番号でも割り振っておこうか」

 妹紅は番号を書いた布巾を全員に配った。

「あのう、佐藤妹紅様」
「なに?」
「これは何と読むのですか?」
「……みんな字を読めないのかあ」

 そういえばこの時代の識字率は低いんだった。


「しかし出陣は年明けになるだろうね。冬を越さない事には」
「そうだね。しかし冷えるなあ」





  ★★★
 宇治川の合戦
   ★


 寿永3年(1184年)1月春、義経率いる鎌倉の遠征軍は2万5千の兵で京都に迫った。
 対する義仲軍は、平氏との戦いに敗れたことが祟り、冬のうちに戦力が弱体化していた。

「御大将、宇治川が見えやしたぜ」

 僧形の男が義経に話しかけた。有名な義経の四天王の一人、武蔵坊弁慶である。

「ああ、ここを渡れば京だな。しかし初陣が同じ源氏とは皮肉なものだな」
「仕方ありませんよ。義仲殿は京の統治に失敗しましたから。かなり無責任な失言も多かったようです」
「政治と言うのは難しいのだな。勝てば正義ではないのか」
「しかし、宇治川の流れと言うのは随分急なんですな」
「敵は対岸に防衛線を築いてるな。まあ寡兵だが、多少の犠牲は出そうだな……」

 河の様子を眺め見て、義経は多少ぼやいた。春になり、既に雪解けしているが、河の水はまだ冷たい。
 ここを渡河するのは骨が折れるだろうな、と思った。

「予想通り、義仲の兵は少なかったですな」

 軍の後方から、中原が義経の傍へやってきてぼそりと言った。

「う……まあ、戦力を逐次投入するよりはましさ」
「では私はこれで」
「中原殿は戦いに参加しないのか?」
「私は秘書官ですから、後方に引っ込んでます。戦後処理になったら読んでください」
「そうか……(楽な仕事だな。もしかして嫌味だけ言いにきたのか?)」
「それに、広元への報告書も作らないといけないので」
「……最後、何か言ったか?」
「いえ別に。それではご武運を……」

 雪も解け、宇治川の水は増水して、白波がおびただしく立って流れ下っている。
 義仲は京周辺での募兵に失敗していたため、宇治川を守るのは小部隊だった。
 義経軍が圧倒的に有利だが、一本しかない宇治川の橋は既に橋板が外されていて、川底には杭を乱雑に打ち込み、これに太い縄を張り巡らせているため、渡河は困難だ。

「妹紅」
「どうしたの、慧音」
「はい、弓矢」

 慧音は馬首を合わせると、慧音に弓を渡した。
 妹紅も自分の弓を持っているが、これはかなり立派な弓だ。
 どうも大将の義経からもらってきたようだ。

「あ、ありがと。でも、なんでくれるの? 慧音が使えばいいじゃない」
「鈍いねえ、ぱっと先駆け行ってきてね、ってことだよ」
「先駆け!?」

 先駆けとは一騎で味方の先陣を切ることである。

「ちょっとまってよ、馬に乗ってるのがやっとなんだぞ、先駆けなんてできるわけないじゃない」
「ここで佐藤継信が活躍したって史書に書いてあるんだよ。敵の矢に気を付けるんだよ。頑張ってもらわないとタイムパラドックスが起きる」
「パラドックスないって前に言ってただろ??」
「そんなこと言ったかなあ?」
「どっちなんだよ? だいたい、気を付けるったってどうやればいいんだ」
「幻想郷でいつもやってる通り、チョン避けすればいいじゃない」
「速さが全然違うよ、今は札も炎もちょっとしか使えないし」
「炎とか札なんて使ったら、怪しまれちゃうでしょ。妹紅、弓が当たっても死なないんだから大丈夫だよ」
「きつい仕事だなあ……これ、時給いくら?」
「さあ。米俵1俵くらいは恩賞でもらえるんじゃないかな」
「よしいくぞ!」
「1俵でいいのか……」
「とはいったものの人を殺すのはちょっとな……私にとってはまったく無関係の人間だし」
 
 先駆けとなると一騎で敵の前衛に切り込むわけで、必然敵と接触する機会が増える。そうなれば相手を死傷させる可能性も高くなる。

「怪我させておっぱらう程度にしとけば?」
「難しそうだなあ」

 色々ぼやいた後、とろとろと走り出した妹紅の馬。
 川岸からざぶんと馬ごと河に入る。小さめの馬は激流に今にも流されそうなおぼつかない足取りだ。

「ていうかこんな川は渡れないし! 流れ急すぎるし!」
「大丈夫、大丈夫、いけるいける!」
「何を根拠に!」
「やればできる絶対出来る気持ちの問題だー」
「なら、あんたがやりなさいよ!」
「妹紅、レミリア派じゃないだろ? 確か小町派じゃなかったっけ? 河大好き派」
「いつからそうなったよ、ていうか女の私がなになに派とかねえよ!」
「妹紅、忍者なんだからすいとんの術とか使えるでしょ?」
「それ、阿求が書いたデマだから!」
「えっ、そうなの? じゃあ、水蜘蛛の術を使ったら?」

 それは馬に乗ってやる術じゃない。ちなみに水蜘蛛の術はやってみると解るが、木の板を足の裏に付けて水上を歩くなど、バランスと浮力の面から考えて、どうしても不可能である。というか、忍者じゃないと言っている。

「私、火属性だから水には弱いんだよ!」
「もっと熱くなれよ」
「うわ!」

 予想していたことだが、敵は妹紅に矢を集中してきた。
 義仲軍が押さえている対岸から、弓矢攻撃にさらされる。
 そうこういいつつも妹紅は河の中ほどまで到達した。徒歩の雑兵たちも妹紅に後れて何名か付いてきている。

「あれ? あっちでも川渡ってる」

 右を向くと二騎、橋とは反対側を渡河しようとしている騎馬武者がいた。
 橋の近くにいる妹紅に矢が集中してるので、二人には矢が届いていないようだ。
 宇治川の合戦で二人の若武者が先陣を争ったと言われている。頼朝から愛馬を与えられたと言う、佐々木高綱と梶原景季の二人だ。梶原景季は義経に付けられた軍監、梶原景時の息子、佐々木高綱は歌舞伎の演目で有名な人物で、子孫には日露戦争時に陸軍大将を務めた乃木希典がいる。
 馬の首を見ると、二人が渡河している地点の方が、妹紅が渡っている地点より浅いようだ。
 妹紅側の部隊は敵の矢が激しすぎるので、結局引き返さざるを得なくなった。
 敵が妹紅側にかかりきりになっている間に、佐々木高綱と梶原景季の二騎は悠々と対岸まで渡りきった。

「これが有名な宇治川の先陣争いかー。うんうん。いいものみたなあ」
「ちょっと慧音、これどういうこと? 私の先駆けはいったいなんだったの?!」
「あ、ごくろうさま。妹紅が敵をひきつけてたおかげであの二人、無事に渡れたみたいだよ」
「私は囮かよ! 先に言えよ、そういうことは!」
「まあまあ、ほら、いよいよ本隊が突撃を始めるみたいだよ」

 総大将の義経から全軍突撃の下知が放たれた。
 先に突撃した部隊が川岸を撹乱し、その隙に歩兵が川に張られた縄を斬り払っている。
 妹紅達も義経の近衛の武者と共に河を渡りきり、川岸の敵陣に突撃する。
 及び腰の敵は散を乱して逃走を始めた。
 そのため直接の斬り合いにはならず、すぐに追物戦に移行した。
 妹紅達は弾幕ごっこでちくちくいたぶるのは慣れている。弓矢で戦うのも、基本的には弾幕と余り変わりが無い。
 当時の弓の有効射程距離は14メートルほどで、接近戦になって刀を打ちあうと、また違ってくるのだろうが、逃げる敵を弓矢をぱらぱら打ってるだけだと、おそろしく命中率が低い。
 義仲軍の指揮官、根井行親は逃げ腰の部隊をなんとか収拾して、最後の抵抗を試みていた。
 敵も騎馬武者の一団を形成して馳弓戦を仕掛けてきた。

「うわっ、こっちきた!」
「味方の馬に速さを合わせろ! 弓手側に敵を入れるぞ」

 騎馬武者は弓手側、つまり自分の右方に敵を引き入れる。左側だと弓で攻撃しにくいからだ。
 このためお互いに馬を駆けて戦う馳弓戦では、いかにして敵を自分の右方に引き入れるかが勝敗の鍵をにぎる。

「仕損じた敵は放置しろ、このまま進むぞ!」
「義経殿、急ぎすぎです。兵が付いてきていません。味方の合流を待ちましょう」
「いいや、このまま進む」

 再三の景時の進言を入れず、一度交差して弓を打ちあうと、義経はそのまま京市内乱入を命じた。

「どうしてこんなに急いでるんだ?」
「義仲に北に逃げられることを警戒しているんじゃないかな」

 京郊外の農村に義経の隊が差しかかったときだった。横合いから、無数の矢が飛び出してきた。
 農家の中に伏兵が隠れていて、そこから弩で狙われたのだ。
 弩は今で言うクロスボウの原始的なもので、平安時代末期では歩兵が主に拠点防衛用に使用していた。
 一端矢をいると、また矢をつがるまにでに時間がかかるため、弓矢に比べると、速射性に劣るのが欠点だが、力の弱い者でもある程度威力を出せるし、命中力も高かった。
 部隊を守るために、咄嗟のことだったので、妹紅は本気を出してしまった。
 懐から札を取り出すと、霊力の盾を作り出す。
 ぱきいん、という激しい衝突音と、きりきりという擦過音を伴って、矢の集団は拡散して様々な方向へ跳ね返される。数本は矢を放った敵兵の元へも返っていった。
 ありえない光景を、武者達は茫然自失で眺めた。
 伏兵達は戦意を喪失して退散したようだ。
 皆無言で馬を走らせているが、ときどき妹紅の方をうかがっている。
 今、こいつ何をした?
 そういう疑問が顔にありありと浮かんでいるのが解った。
 やがて義経が妹紅に馬を寄せると、耳打ちした。

「継信、お前、今、矢を、素手で弾かなかったか?」
「アー、アー……コホン。今のは奥州筆頭流秘儀、烈・張射(れっつ・ぱーりぃ)にござる」
「!?……」
「奥州筆頭流にござる」
「なんだそれは?」
「奥州に伝わる割と有名な剣術です」
「……。そうか……すごいんだな、その、奥州筆頭流というのは」

 ごり押しで納得させる。
 義経は釈然としない顔をしながらも、妹紅から離れて先頭に戻って慧音の隣に行く。

「なんとか誤魔化せたようだ」
「あれで?! ちょっと、もう気をつけてよね」
「悪い悪い」

「……」
「どうしたんだ?」
「さっき、弾き返した矢で敵は死んだかな、と思って」

 戦場に長く所属する限り、手を汚さずにはいられない。
 妹紅も先の馳弓戦で弓を射掛けた。その際、数人を傷つけたはずだ。
 矢の一本だけでは致命傷に至ることは少ないが、矢傷がもとで破傷風をお越し、後に死ぬかもしれない。

「いや、まあ。こういうことで悩まなくてもいいあの里は、つくづく素晴らしい場所だったんだな、って改めて思ったよ」
「何度も言うが、これは過去の鏡像であって、本当の歴史ではないんだ。私達が干渉して例え過去を変えられたとしても、それが現実の歴史を変えることはない」

 それで納得できる問題でもないと思ったが、慧音はあえて事務的に言って妹紅の気を紛らわせようと思った。

 京都洛中まで進むと、義仲の本隊と思われる数騎の武者が接近してきた。
 確認すると、それは義仲側の武将の部隊で、本隊ではないことがわかった。
 彼らはここで囮になって義仲本隊を逃がすつもりのようだ。

「ここは我々で食い止めます。御大将はこのまま京の中心部へ向かってください」

 那須与一こと永琳が、武士団から一歩先んじて敵の足止めを名乗り出た。

「そうか、頼むぞ」

 義経は了承すると、足止めに残る部隊とこのまま敵本隊を追撃する部隊に兵を分けた。

「佐藤二郎殿、三郎殿、お付き合いいただけるか」
「あ、え? はい!」

 妹紅と慧音は永琳に呼ばれて、足止めする部隊に属することになった。
 20名ほどが残り、接近中の敵部隊と対峙することになった。

「ねえ、永琳。私達だけ残って大丈夫なの?」
「そろそろ私も暴れたいと思ってたのよ」

 臨時の部隊長となった永琳は馬首をひるがえすと、馬の首を敵の部隊の中心に向けた。
 敵は100人ほどの騎乗した武士と、徒歩の歩兵が150人ほど。

「敵はこちらが少数であることを見て、打って出るみたいね。私が先行するから、皆は少し見ていて、はっ」

 あっ、周りの武士達は声をあげた。静止する間も無かった。永琳は兜すら被らずに駆けて行き、すぐに敵の馬群の中に入った。
 敵の隊は永琳を包囲しようとしたが、捕まえ切れずにすぐに永琳は敵の後方から抜け出た。敵の陣形を抜ける際に、何人か斬って行ったようだ。永琳はそのまま引き返してきて、再度敵軍に突入すると、また敵軍を縦に切り裂いて、今度は敵前方から抜け出て、妹紅達のいる自軍の方へ戻ってこようとしている。
 一騎にさんざん挑発されて、怒った数人の敵武士が、馬を駆けて永琳を追い出した。そのまま追走する形になった敵の騎馬隊に、馬首は前に向けたまま、逃げながら馬上から振り返りざまに弓矢を放った。
 後方射、パルティアン・ショットと呼ばれる技術だ。
 永琳を追走していた武者達は、うめき声と共に落馬していく。見る間に永琳を追走している武士の数が減っていく。
 かろうじて追いついた武士が、その勢いのままに永琳に飛びかかろうとした。組み打ちに持ち込もうという腹だ。
 しかし、空中で光が煌めいたかと思うと、その武士の身体が胴から真っ二つに別れた。
 いつ太刀を抜いたのかもわからない早技だった。
 臓物が空中に舞うが、永琳の体には返り血一つつかない。上半身と下半身に別れて、虫の息で地面に転がったその最後の一人に、下馬してゆっくりと近づくと無造作に太刀を一閃させる。がきん、というのは太刀と地面が衝突した音だ。
 ころんと転がった首の髪をわしづかみにすると、悠々と乗馬して走りだし、自軍の馬並みに戻ってきた。
 妹紅を含め、迎撃のために永琳と共に残った武者たちは全員、その様子をぽかんと口をあけたまま眺めているだけだ。

「なんなんだよ、あんた・…」
「え? なにが?」
「どうしてそう気負いなく戦えるんだよ」
「だってこれ仮想現実なんでしょ?」

 まあ、それはそうなんだけど。それにしても容赦というものがない。妹紅の悩みなんて毛ほども感じていないようだ。これが意識の違いというやつか。永琳は過去に輝夜を迎えに来た月の使者を皆殺しにした疑いのある人物だ。目的のためには手段を選ばない性格なのかもしれない。
 敵軍は那須永琳の余りの無双ぶりに、戦意をなくしたようだ。徒歩の兵には、何名か後ろへ向かって駆けて行った者もいる。さすがに足止めを目的としているためか、武士達は残ったが、壮絶な光景を見せられて士気は激減している。
 
「さてと」

 永琳は兜を改めて被り直し、ゆっくりと紐を結ぶ。
 周りの武士達は固唾を呑んで、永琳の一挙手一投足を見ている。
 作業を終えると永琳は、弓を右手に持って高らかに掲げ、自分の部隊に向かって号令した。

「蹂躙せよ、突撃!」

 その一声で、硬直から戻った周囲の武士達は喚声をあげ、雪崩を打って一斉に敵部隊に突撃を始めた。
 永琳の先駆けによって士気を失った敵の足止め部隊は、牽制の弓矢だけで壊乱し、撤退を始めた。

 永琳達が足止め部隊と衝突していた頃、雪崩を打って京洛へ突入した義経軍は、義仲の本隊と遭遇し激戦となっていた。義仲は奮戦するが遂に敗れ、後白河法皇を連れて西国へ脱出すべく院御所へ向かうが、同時に京へ侵入していた義経の兄・範頼の軍に追い払われた。
 範頼と義経は後白河法皇の確保に成功する。
 後白河法皇を連れ出すことを断念した義仲は義仲四天王の一人、今井兼平と合流すべく京東方の瀬田へと向かった。 その後、義仲は北陸への脱出をはかるが、これへ範頼の大軍が襲いかかる。義仲軍は奮戦するが次々に討たれ、数騎にまで討ち減らされたところで、遂に義仲が顔面に矢を受けて討ち取られた。今井兼平も義仲を追って自害し、義仲の京支配は終焉した。



  ★★★
 奇襲一ノ谷
    ★

「京か……懐かしいな」
「そうか、妹紅はここで生まれたんだよね」

 平安京は最盛期からは大分衰えたとはいえ、依然として総人口15万人の大都市だが、過去五年間の飢饉と、源義仲の掠奪による被害で荒廃していた。それでもその三分の一の規模にすぎない奥州の平泉よりは広大で、碁盤の目状に整備された大路、それに刻まれた方形の区画に寝殿造りの壮麗な邸宅が軒をつらねている光景は、壮観であった。 
 義仲の狼藉によって焼き払われていたというものの、まだ平安の名残を十分に残している。

 源氏が同志討ちしている間に、平氏は西国で勢力を回復し、福原(今の神戸)まで戻ってきていた。
 義経は兄の範頼とともに平氏追討を命ぜられて、作戦を練っていた。妹紅達も義経のお伴として範頼の来訪を出迎えた。

「おお九郎、息災か?」
「ねえ、この人誰だっけ」

 妹紅は慧音に耳打ちして尋ねる。

「え? 源範頼様だろ」
「だれだっけ」
「義経の兄さんだよ」
「へえ、頼朝以外にもいたんだ」
「この人もけっこう優秀で勇猛な武将なんだけどね。軍記物での記述が薄いから過小評価されてるけど」
「兄上、お元気そうでなによりです。そちらの軍はどうですか」
「うむう、やはり兵糧が不足しているな。近畿地方の食糧事情は予想以上にひどいな」

 入京してばかりの源氏は、義仲と動揺に近畿地方の統治に苦心していた。
 義経には政治的な能力や伝手がないので、これらの仕事は主に秘書官の中原が行っていた。

「で、相談というのは何だ、九郎」
「今から説明します」

 義経は範頼に近づいて、二人でいくらか告げた。
 どうやら機密事項のようだ。妹紅達にもはっきりとは聞こえなかった。

「なるほどな。良い作戦だ。成功すれば、勝つ確率はかなり高くなるな。しかし……」

 範頼は目を見張っている。義経の発言に驚いているようだ。

「わかった、俺の軍にまかせろ。できるだけお前の軍を支援できるよう、早速動こう」

 範頼は義経の作戦を二つ返事で了承した。

「ありがとうございます、兄上」

 数日後、義経から軍議に参加するよう使者が来た。今回は範頼との密談ではなく、諸将を集めての正式な軍議だ。
 軍議の場所に指定された朝堂院へ入ると、既に義経幕僚の主だった者達が集っていた。

「平氏は福原まで戻ってきて7万の軍勢を集めている」
「あれ? 平氏の軍団って7万人もいるの? こっちは義経軍・範頼軍あわせても5万。平氏は防備を固めているし、私達、けっこう不利じゃない?」
「そうなんだ。この時の平氏は決して弱くない。まだ平氏は地盤である西日本を確保しているし、この当時の倭国は西日本の方が人口が多く国力もある。おまけに瀬戸内海の制海権は平氏が支配しているから海上からの攻撃も期待できないんだよね」
「うーん、義経はどうするつもりなんだろう」

 軍議に際して義経はどこから手に入れたのか、福原周辺の詳細な地図を持参していた。

「山陽道の守りは堅固だ。平氏は生田川を天然の堤にして、対岸には土塁をはりめぐらし、逆茂木や掻楯をずらりと並べて防備を固めている。主力の騎兵で平地から侵入するのは簡単じゃない」

 机の上に地図を広げると、諸将に向かって若い声で説明を始める。

「ぐずぐずしていると平氏はさらに勢力を増す。既に兄上の軍が山陽道の防備を固めているが、我が軍は別行動をとり、丹波路を全速力で迂回し、敵の背後を襲撃する。つまり、足を利用した迂回挟撃だ」

 義経が発言したことの意味がわかってくると、俄にざわめきが起きた。
 平氏は福原の西側、一の谷から東側の生田川まで、延々20キロメートルにわたって帯陣し、その陣容は東西に延び切っている。山陽道の京都側、生田川線に張り巡らされた陣に対しては、義経の兄・源範頼が三万の軍勢で対峙し、粘り強い正面攻撃を繰り返していた。
 範頼軍が正面を足止めしている間に、側面、ないし後方から同時に攻撃することができれば、敵の無防備な面を突くとともに、生命線である中国地方方面への連絡線を断つことができる。包囲された平氏は士気が激減し、後は海上に逃走するしかなくなるだろう。以上が義経の戦略だった。

「奇襲作戦、ですか」

 皆が呻いた。関東武士達が今まで経験したことの無い戦法だ。

「ですが、当地の地勢が良く解らないのが問題ですな」

 鎌倉武士の一人、土肥実平が発言した。
 土肥実平は頼朝が挙兵した頃からの側近だ。名前の響きからすると太っていそうな印象だが、外見は堅牢な骨太の武士で、眉間に深い皺があり、気難しそうなおっさんといった印象である。

「大丈夫、地形については問題ない。既に、後白河法皇から当地の地形を良く知る人物を紹介してもらっている。これで奇襲を行える」

 続けて義経は奇襲のポイントを幕僚にむけて説明した。

「奇襲地点は福原の西方、一ノ谷の北側に広がる丘、鴨越(ひよどりごえ)だ。敵の総大将、平宗盛の本陣はこの丘を背後にして布陣されているから、一気に丘を駆け下りて敵の意表を突く。その後、別動隊と三面から包囲」

 地図を指差しながら、義経は説明した。皆はだらしなく広がった平氏方の陣の後方を、三本の矢が高速で包み込んでいく様を思い描いた。さらに正面から攻めている兄範頼の布陣を合わせれば、完璧な包囲網が完成する。

「うまくいけば敵を包囲殲滅できる。どう思われますか、実平殿」

 震えに似たものを感じながら、実平は義経を見返した。
 この若者は一体どこでこんな軍略を覚えたのだ。実平が今まで聞いたことのない、精緻な軍略だった。
 同時に型破りでもある。正面からの堂々とした戦いを好み、名誉としきたりを重んじる昔ながらの関東武者は嫌がるかもしれない。

「……成功すれば無防備な敵の背面を突くことができ、勝算は大きくなるでしょう……が、もうひとつ、問題があります」
「三草山に設置されている平氏の砦だな」
「ええ、福原の陣の背後に回る街道を進むには、この砦を通り抜けなくてはいけませんが……攻略にとまどると奇襲を察知されてしまい、防備を固められてしまう危険性があります」

 義経が提案した作戦、迂回挟撃は派手な戦法だ。成功すれば、敵を完膚なきまでに殲滅できる。
 しかし、迂回中は別働隊は完全に遊兵になってしまうし、途中で発見されると隊は孤立し、敵に各個撃破のチャンスを与えてしまうことになる。

「そこで継信、忠信。二人の出番だ。平氏の陣中に、源氏は厭戦気分であると偽の情報を流してくれ」
「なるほど。平氏を油断させるんだね」
「あとは後白河法皇に頼んで、和平の使者を出してもらう」
「和平? だって、これから平氏を奇襲するんじゃなかったの?」
「和平の使者を送るから、使者が到着するまでの間に武装解除するように平氏に依頼するんだ。ただし、使者はできるだけゆっくりと向かわせる。そうだな、到着予定時刻は3カ月後ぐらいでいいんじゃないかな。まあ使者が到達する頃には、遅れて出発した我々の軍は一ノ谷を攻撃してしまっているかもしれないが。入れ違いでな」
「それは不幸ですな。命令が錯綜してしまって、和平の使者と行き違いになってしまったのかもしれませんな」

 最初から締結するつもりのない和平交渉をするということだった。

「き、きたない」
「おいおい、汚いってことはないだろ。敵を欺くのは戦の常套手段だ。外交も戦争のうちだぞ」
「それを素直に信じて警戒を甘くしてくれれば、発見されずに敵の後ろに回ることができますね」

 慧音が一言添えた。

「まあ宗盛の軍はそれで問題ないだろう……後は東を守る平氏一の名将、平知盛だが、こいつはそんな簡単には油断しないだろうな。丹波路を進む途中、知盛の軍の哨戒網に触れる。なんとかここで発見されずに行きたいが……何か巧い手があればいいんだが」
「濃霧の中を進めば問題ないのではないですか」

 会議に参加していた御家人の一人が提案した。濃霧の出る時間を見計らって、出陣してはどうかと言うのだ。

「この辺りで霧が出るという話は聞いたことがないが……」

 そこでまた土肥実平が、今度は思い出したように口を挟んだ。

「それがですね。最近急に濃霧が多発するようになったんです。なんでも、大江山に住み着いた鬼が出しているという噂で。真昼でも前が見えないぐらいです」
「そういえば実平殿は大江山の守備を行っていたんだったな」
「大江山の鬼? どっかで聞いたことあるな」
「あ、なんか展開が読めてきたぞ」

 妹紅と慧音は顔をお互いに見合わせる。

「大江山の鬼と言えば、かの源頼光殿が討ち取ったという酒呑童子のことか?」
「それは百年以上前のことだぞ。別の鬼が住み着いたのだろうか」

 会議堂に集った御家人達がざわざわと騒ぎ出した。
 大江山の鬼といえば、幻想郷の人間ならあの人物を連想する。
 ここは自分が出るべきだろうな、妹紅はそう考える。
 御大将、ご提案があります。万座の前に出てそう申し出た。

「その鬼に会って鵯越まで、街道を霧で包んでいただくようお願いしてはどうでしょうか?」
「何を言ってるんだ」「わけがわからん」

 いきなり荒唐無稽なことを言われたので、皆戸惑っているようだ。
 しかし、京で妹紅の力を垣間見た者たちは、黙っている。

「いや、鬼がいても不思議じゃないだろう。実際、酒呑童子の伝承があるんだし」

 幼少の頃、文と親しくしていた義経である。妖怪の存在はもちろん知っていたし、信じていた。
 しかし周囲の武士は神仏は信じていても、妖怪まではどうだろう、と思っている者が大勢いるようだ。

「継信、自信があるようだが、何か当てがあるのか?」
「私はこれでも神官の家柄なんです。必ずや鬼神の加護を約束してもらってきます」
「まあ出陣前に神社に参拝するのは習慣ですしな。鬼と言っても、退治された荒魂は守り神に転じるのが日の本の習わしですし、酒呑童子の洞に戦勝を祈願するのも御利益があるかもしれませんな」
「ふむ……鬼の力か」

 土肥実平が話を上手にまとめてくれた。



 ∈Y∋福原・生田口・平知盛陣営

 義経の策略に沿って、後白河法皇から平氏へ講和の書状が送られた。
 西を平氏、東国を源氏が治め、日本を分割統治しようという条件だった。
 平氏側総大将の平宗盛はこの提案を了承し、使者の到着を待つことになった。
 和平の話を聞き付けた平家の将軍、平教経は従兄の平知盛の元を訪問した。
 平清盛の次男、平宗盛は凡庸な人物であると言われているが、その弟の平知盛は清盛の子息の中で最も優秀な人物で、戦略にも明るかった。

「宗盛はんは和平するつもりらしいな」
「分割統治などと、何を寝とぼけたことを! 頼朝の方針は決まっている。奴は我々平家を根絶やしにするつもりだぞ。兄上は一体何を考えているんだ」
「何も考えていないんやろ。ということはこの和平案は謀略ってことかいな?」
「和平の使者を送ると油断させておいて、その間に平氏を急襲するという腹かもしれんな」
「まさか!? 法皇の名前を使ってそんなことをするなんて反則やろ。豪族達の信用を失うで」
「豪族達の信用など、勝ってしまえばどうとでもなる。……源氏軍の大将、義経は詭計を用いるとのことだ。兄上は法皇からの使者と言うことで信じ切っているが、油断は禁物だぞ」

 知盛は教経に地図を見せて作戦を説明した。

「もし敵が奇襲を狙っているなら、こちらの後方を突こうとするだろう。教経、一ノ谷の兄上の陣と、この生田の連絡線の防備はまかせたぞ。山側からの攻撃に気をつけろ。私の陣と兄上の陣を遮断された場合、こちらがかなり不利になってしまう」
「まかしといてや。しかし従兄上、福原の北は険しい山地や。義経はほんまにこんなところから来るんかいな?」
「万が一のためだ。透波も放って周囲の事情を探っておく」
  
 透波とは忍者のことである。戦場では主に諜報活動を行う。
 知盛は源氏との戦いに備えて、大分前から透波の集団を組織していた。


 ★★★

 妹紅と慧音は騎馬でこの山に到達した。
 予想以上に霧が濃い。
 山道を進むたびに霧が濃くなっていく。

「この霧は妖霧だな。妖気が感じられる」
「建物らしいものがあるな」

 山頂に寺院のような建物があった。
 二人は黙って建物の中に入っていく。

「誰もいないね」

 そこで二人の目の前に周りの霧が集まって、形を作った。霧はちいさな少女の姿になった。
 普通の人間ならここで動くのだろうが、幻想郷育ちの二人はまったく動じない。

「なんだ、驚かないのか……。つまらないなー。しかしここまでやって来るなんて、勇気のある人間だね」
「やっぱり萃香だったな」
「何処から見ても伊吹萃香だ」
「なんだおまえたち? 私の名前をどうして知ってるの?」
「よー、萃香、手伝ってよ」

 妹紅は萃香の頭にぽんと手を置いた。えっ、と意表をつかれて多少うろたえる萃香。

「けちけちしないでね。減るもんじゃないし。ぱっとやっちゃってくれますかね?」
「なんだおまえら?! いきなりなれなれしいぞ?!」

 妹紅と慧音は萃香に依頼の内容をかいつまんで説明した。割と古文口調で。
 源氏の八男・源九郎義経何某、勅命を得て平氏を討たんとするところぞなんぞや。
 汝、酒呑童子所縁の者、上古の仇縁を忘れて我らに助力うんたらかんたら。

「源氏の息子の奇襲作戦に協力しろだって?! 冗談じゃない!」

 なぜなんだと事情を聴いてみる。
 大江山は酒呑童子が支配していたが、源頼光とその部下が攻め込んできて、酒呑童子を倒したために、鬼は一度駆逐されてしまった。
 萃香は皆がそれを忘れかけたころに大江山に戻ってきたという。

「酒呑が討たれて以来、私達鬼の勢力は落ちっぱなしだ。仲間もどっかいっちゃって散り散りだ。源氏なんてにっくき敵なんだ。なんの義理があってそんなやつらに協力しなきゃいけないの?」
「確かにそのとおりだなあ」
「協力を頼むのは無理か、引き返そう」

 二人ともあっさりとあきらめると、くるりときびすを返して歩きだした。

「ちょっと待った!」
「え、なに?」
「まずはその源氏の大将自ら頼みに来るのが筋ってもんじゃないかい?」
「この幼女、何言ってんだ?」
「脈ありってことなんじゃないの?」
「ツンデレか、めんどくさいね」
「なんだかんだ言って人恋しいんでしょ。こんなさびれた山奥には誰もやってこないだろうしね」
「霧を出していたのも、ひょっとして騒ぎを起こして皆にかまってほしかったのかもしれないね」
「可哀そうな子なんだね」
「おまえら、好き勝手言いやがって……いいからさっさとその義経ってやつを連れてこいよ!」

 結局会いたいのか。

「おれが自分でお願いに来いって? 別にかまわないが」

 早速義経を連れてくる。おっさんの土肥実平も、土地の代官として一言鬼にもの申したいと言って付いてくることになった。7、8人ほどの集団で再度、妹紅達は大江山頂上を訪れた。

「ああ、あんたは頼光にそっくりだね」
「源頼光と酒呑童子は敵同士だったのではないのですか?」
「いや、まあ敵同士というか、戦うには戦ったよ」
「それで?」
「決着がつかなかったので、お開きにして皆で飲み比べになった」
「は、ありがちな展開だね」
「ありがちいうな、ま、源氏の大将よ。まずは一献ついでくれ」
「は、どうぞ」
「たまには男の杓もいいもんだねえ」
「単に男好きなだけでは?」
「うるさい! おまえら、会った時からそうだけど、茶々入れすぎ!」
「なんだ、文も萃香もこういうのが好みなのか? 妖怪の好みはよくわからないねえ」
「妹紅はどんなのが好みなの?」
「私はもっとがっしりした男が好きかな。草食系じゃなくて」
「へえ、ムキムキマッスルの脳筋男が好きなんだね」
「ひっかかる言い方だね!」

 山頂に付いた者達は萃香を囲んで宴会をはじめることになった。

「鬼と聞いていましたが、こんな小さな女の子とは」

 妹紅の隣に座った土肥実平が、酒で顔を赤くしながら言った。

「佐藤妹紅殿、あの子に霧を出すのをやめるよう言ってくれませんか? 私が代官になってから霧が出て生活がしづらくなったと、土地のものが苦情を言ってくるので参っているのです」
「ええと、霧を出すのは彼女の趣味みたいなもので」
「趣味で天災を起こされてはなおさら困ります」
「ごもっともなんですが、もうちょっと待ってもらえませんか? きっと遊び足りないだけですよ。今回の戦いで霧を出しまくれば、きっと飽きるでしょう」
「そんな当てがいなことでは困りますな。戦が終わったら確実に霧を止めてもらわないと」
「なんですか。だったら、実平殿が自分で言えばいいじゃないですか」
「私は……あんな小さな子、どうやって叱ったらいいかわかりません」
「は?…・…実平さん、娘さんとかいないんですか?」
「おりますよ、5人ほど」
「だったら叱り方ぐらいわかるでしょ?」
「実は、子育ては妻にまかせきりで。私は戦場暮らしや代官としての仕事が忙しいもので、その。あまり、子供と接したことがなく」
「わー、ダメおやじだ……」

 酒宴を開いて気をよくしたのか、萃香は気前よく霧を出す約束をしてくれた。
 それから1週間後。
 寿永3年(1184年)2月5日。
 出陣予定の日になっても霧は出なかった。
 義経軍1万5千は京の郊外東の野原に集結した。
 出発の時刻になり、雲霞のごとく翻る平氏の白旗を前にして、義経は言い放った。

「案ずるな。霧は必ず起こる。霧が我々の進軍を隠し、我々の戦力を何倍にも増やしてくれる。勝利を!」

 大音声で鬨の声が上がり、兵士たちは皆刀を抜いて天に掲げた。
 だが諸将は元々鬼から霧を出してもらうことを確約してもらったなどという話自体、半信半疑だったので、元々さほど不安には思っていなかった。むしろ必ず霧が起こると言っている彼のことを首をかしげて見ている者もいる。

「義経、やけに自信満々だね。何か確信でもあるの?」

 自分の愛馬に乗り込むべく歩きだした義経を捕まえて、妹紅は聞いた。
 萃香から約束してもらったとはいえ、少々不安だった。彼女は人の良い性格で、約束を違えることはないと思うが。

「ああ、ないよ、全く」
「え?! さっきは霧は必ず起こるって」
「はったりだよ。大将が動揺したら皆も動揺するだろ」
「へえ、若いのに大したもんだねえ」
「なんだよ、妹紅だってひとつ上なだけだろ?」
「あはは、そういえばそうだったね」

 かなり能天気な男なので、尚更心配になった
 が、出発時刻直前になって山から霧が噴出してきて、またたく間に周囲一面が深い霧で覆われた。
 丹波一帯が霧で包まれ、義経の進行路は全て隠された。

「信じられません。本当に霧が出るとは。義経殿は神仏すらも味方に付けたか」

 幕僚たちは畏怖の目で義経を見つめていた。
 慧音は興味深げに彼らの様子を眺めていた。
 これから彼は伝説を作ろうとしている。自分はその場に立ち会っている。
 歴史を知る者としては、すくなからず感動もあるが、湧いてくる高揚を抑えようとした。
 あくまで慧音は観察者だ。冷静に客観的に歴史を見続けなくてはならないのだ。


 ∈Y∋
 

 生田の森に籠っていた平氏陣営は、朝から大騒ぎだった。
 早朝より山際から噴出した霧は、瀬戸内海まで吹き込み、全ての事物を覆い隠してしまった。

「何だこの霧は?!」

 生田防衛軍の総司令官である知盛は、大急ぎで甲冑を着こみ、陣内の臨検に回った。
 普段は冷静な軍略家である彼も、顔に出るほどに慌てている。
 大江山より噴出した霧は、瀬戸内海一帯まで包んでしまっている。先は見えないが、山地の付近はおそらくもっと霧が濃いと思われる。

「すごい霧やで。半歩先も見えんくらいや」
「教経か」

 翻る平氏の赤旗の下に、ひときわ大きな影を見つける。
 声からして、彼の従弟である平教経だ。彼には生田より後方の頓田山防衛をまかせていたが、騒ぎを聞きつけて急ぎこの陣に駆け付けたらしい。

「クッ……これでは淡路道を敵が進んでいても発見できん」
「つーことはあれか」
「間違いない。義経はこの霧にまぎれて奇襲するつもりだろう」


 ★★★


 当初義経は輜重隊や補助員などの補給部隊を引き連れて通常の旅程で丹波路を進んでいたが、霧のために行軍速度が遅れると考えると、幕僚達にある提案をした。

「補給部隊を切り離そう」
「な、それでは敵中で餓えることになります!」

 補給や輸送の困難な当時の合戦では、補給部隊を切り離すことは考えられないことだった。
 部下達の反対を押し切って、義経は補給部隊を置いて、戦闘要員だけで強行軍を続けることに決めた。

 古代の戦場は、現代の私達が考えている以上に、戦況が把握しづらい。測量の技術も発達していないから、詳細な地図もない。現代の人間が戦術シミュレーションゲームをやるときのように、上空から俯瞰した視点で戦場全体を把握するようなことはできないのだ。
 だから、指揮官は想像しなくてはならない。
 古代の中国の兵法家・孫子は戦場で指揮官が把握しておかなければいけない地形の知識として、遠近、険しさ、広さ、高低を上げている。高低差があったり狭かったりする道は、当然軍隊が進みにくく、時間がかかる。逆に、そのような通りにくい道を通る可能性は低いと、誰もが考える。
 測量技術が未熟で、地形を伝聞でのみしか伺い知ることができなかった時代では、なおのこと、指揮官の地形を想像する力が重要になってくる。
 想像力というのは特殊な技術で、いくら歳を重ねても、身に付かない人間には身に付かない。
 古代の軍事指導者は皆、戦場の克明な姿を知るために、四苦八苦した。
 もし、空高くから戦場の全てを見通すことができたなら。俯瞰した地形を把握できていたなら。行軍はスムーズになり、攻撃するべきポイントも、防御するべきポイントもすぐにわかるのに。
 それらは古代史の戦場の指揮官が夢見たことの一つであった。

 義経は自ら軍の戦闘に立って、兵士たちを誘導した。
 根深い霧が出ているのに、まるでこの土地に長く住んでいたかのようだった。

「予想以上に霧が深いな」
「萃香のやつ、頑張りすぎじゃないか?」

 妹紅と慧音は自分の馬のおぼつかない足下に不安がっていた。
 いくら義経の誘導が正確とはいえ、余りにも霧が深すぎる。
 それに、徐々に霧が濃くなっているようだ。出発した当初は100メートルほど先までは見えたが、今では10メートル先程までしか見えない。

「しかし弱ったな、これでは道自体そのうち見えなくなってしまう…・…あれはなんだ?」

 先頭を行く義経の目に、奇異なものが飛び込んできた。
 道の先々に、無数の松明が誘導灯のように灯っている。松明は道沿いにずっと続いているようで、不思議なことに、深い霧に包まれているというのにはるか遠くの地平の彼方に灯っているものまで見通せた。
 まるで百鬼夜行だ。どこで覚えたのか忘れたが、義経は心の中でそんな風に考えた。
 平安京の一条戻り橋は鬼門に通じていて、毎年特定の日になると、地獄の幽鬼が霊界から溢れだしてきて、一条通りを練り歩くと言う。これが百鬼夜行で、見た者は死ぬとかいう噂もあるので、戦場で遭遇するのはあまり縁起がよろしくない。
 しかし、その松明が指し示している先は、かつて義経が覚書をした京から福原までの路程と酷似していた。

「これはすごい、義経殿、一体いつの間にこんな準備を」
「エッ、実平殿がされたのかと思ったのですが」
「えっ? 義経殿が準備したのではないのですか?」
「いや、私はこんなことは……ウワッ?! なんかふんだ?」
「大丈夫ですか?」

 先頭を進んでいた義経が突如大声を出してよろめき、あわや落馬しそうになったので、隣を進んでいた実平は心配して近付いた。

「私は大丈夫ですが、馬がなにかやらかいものをふんづけましたね」
「やわらかいもの? 馬糞か牛の糞の類じゃないですかね、おや、これは……」

 実平は義経の馬の足近くに落ちていたものを発見して、硬直した。
 いきなり兜を脱ぎだすと、眉間を抑え出した。その後目をごしごしとこする。

「実平殿、どうしたんですか?」
「おかしいな、昨日はよく寝たはずなんですが」

 言いながら、実平は手に何か蠢く小さなものを持って、義経に見せた。

「いまどきの馬糞はこんな形ですか?」
「これは、萃香殿にそっくりだ!」
「…・…!! ・…!!」
 みると、実平につままれた小さな萃香は、甲高い音をキイキイ鳴らして拳を振り上げている。
 どうやら何かを抗議しているようだ。おそらく義経の馬が踏んづけたものは、この小さな萃香のようだ。

「しゃべる、うごく!」
「なかなかめんこい馬糞ですなあ」
「どう見ても、馬糞じゃないでしょう、どこ見てるんですか?」
「なにやってるの?」

 列の中盤にいた妹紅達武者が駆け付けてきた。
 先頭の二人が騒いで止まっているので、後続の行軍も停止している。

「あ、萃香じゃない。なにしてるの? こんなところで」
「・・・・・・・・・・・!!」
「えっ?!」
「これはちっちゃくて聞き取れないんじゃないかな」

 慧音が言った。
 妹紅達が顔を見合わせて萃香がここにいる理由を不思議がっていると、すぐ隣を松明の火だけが通り過ぎていくのがみえた。

「お……」

 松明の下をよくみていると、小さな萃香がいた。手の平サイズの小さな萃香が、松明を運搬しているのだ。
 進行方向を見てみる。妹紅達も眼前の道を指し示している松明の列を見つけた。

「もしかして、この松明の群れは、全部萃香なのか?」

 ちいさな萃香が大量に松明を持っているようだ。

「あっちが目標の三草山ってことか?」

 妹紅の言を聞いて、再度義経も自分の道を見直す。

「我々を導いてくれているのか……」

 理由はわからなかったが、一度酒席を共にした程度の自分にここまでしてくれたことに感謝した。



 ★★★

 六甲山系を貫いて、京と一ノ谷を繋ぐ丹波路のちょうど中間の位置に、平氏軍が設置した砦がある。
 それが三草山砦だった。
 この砦は丹波路における平氏軍の唯一の前哨基地で、当初から奇襲の危険を察知していた名将・平知盛はともかく、平氏軍全体としてはこの方面からの攻撃を余り警戒していなかったことが伺える。
 三草山は天然の要害で、周囲を険阻な山と深い谷に囲まれた軍事的要衝の地であった。もともと平氏の荘園の地であったため、平氏側も周辺地理を熟知していたはずである。
 しかし現在は、周囲の谷全てに深い霧が満ちていて、交通や連絡は遮断され、陸の孤島に等しい状態になっている。
 義経軍は朝霧にまみれて、やすやすと三草山砦の麓まで侵入し、斥候を放つとともに、全軍で山を包囲した。

 妹紅は臀部に妙な感触を感じると、振り向いた。

「おい、こら何してる!」

 部下として付いてきた武士の一人が、妹紅の尻にちょうど顔をうずめていた。

「すいません、なぜか居心地がよかったものでつい」
「つい、じゃないよ、離れろ!」

 斥候の部隊長を買って出た妹紅は、砦の入り口、垣盾の並べられたすぐ近くの林まで接近し、木の根元に伏せて内部の様子をうかがっていた。背後に付いてきている小者達は、大和の国から募集した漁師たちで、義仲追討の頃から妹紅の部下として働いている者達だ。妹紅は彼らにずっと訓練を行っていた。最近ではかなり命令を聞いてくれるのだが、どうもなつき過ぎて気安い部分もある。
 三草山陣営では、包囲されたことにすら気付いておらず、兵士たちは刀を置き、鎧を脱いで休息していた。
 ひどいていたらくだ。

「ザル守備! 一般人でも入れるよ」

 物見から戻ると妹紅は三草山の状態を義経に報告した。

「よし、厭戦気分の流言を真に受けているようだな。者共かかれ、一気に攻略するぞ。ただし駆け声はあげるなよ」
「よーし、妹紅歩兵隊、砦の防御設備を取り除いちゃって!」

 妹紅は先程斥候に使っていた自分の部隊を使って、またたく間に垣盾や逆茂木などの防御設備を撤去し、主力の武士騎馬隊の進入路を開けた。

「おお、妹紅は部下をまるで手足のように動かすんだな」

 あまりにあざやかな手並みだったので、義経も驚嘆するほどであった。

「えへへ、訓練の成果だよ。おい君等、御大将直々に褒めてくださったぞ!」
「感激です!」「最後まで付いてきます!」「大将の為なら死ねます!」「佐藤妹紅様のお尻がもっと見たい!」
「最後に発言したやつ、ちょっと個人的に話し合おうか」


 下知が横一列に伝えられて、義経軍は無言のまま三草山の陣地を攻撃した。歩兵があっさり柵に取りつくと、遮蔽物を破壊し、主力の騎馬が乗り込んで無防備の敵を切り刻んでいく。寝込みを襲われた平氏軍はなすすべなく、十人単位で斬り取られていった。

「一人も逃がすなよ。南の本陣に伝令を出されると面倒だ」
「あら? すごい勢いで逃走する隊があるぞ」

 先頭で陣内の哨戒をして、騎馬隊の支援をしていた妹紅が搦め手の門から逃走していく一軍を見つけた。

「あれはこの陣地の大将、平資盛じゃないか!」

 義経が気付いて止めようとしたが、遅かった。
 平氏の前線指揮官の平資盛は一戦も交えることなく、さっさと退散を決め込んでしまった。
 これには前線で指揮していた呆気にとられる義経軍。搦め手を塞いでいた源氏側包囲軍は、いきなり敵部隊が出てきたことと、霧のため見通しが悪かったために混乱し、資盛をあっさり通してしまった。

「逃げられちゃった……」
「仕方ない、土肥実平殿、半数の兵を率いて資盛を追っていただきたい。我々はこのまま一ノ谷に向かいます」
「半数も割いて大丈夫なのですか?」
「とにかく資盛を宗盛の本陣と合流させないようにしてください」
「この霧ですからな。敵もまともには進めないでしょう。しかしあなたは……」
「? 何か?」
「いえ、なんでもありません。それでは、後ほどお会いしましょう」
「ええ、共に勝利を」

 実平は義経の軍事能力に感嘆していた。異能の人間だ、そう感じた。
 この奇襲攻撃自体、実平の侍人生の中で、体験したことのない戦術だったが、実際の統率力もかなりのものだ。
 多少、他人に対して説明不足なところがあるのが難点と言えば難点か。


 ★★★


 一ノ谷と呼ばれる地名は現在、存在しない。造成と河川浸食により、源平合戦が行われた平安末期と現代では、現地の地形自体が変化している。平家が要塞化したという一ノ谷が、兵庫県のどこにあったかは、近節でも幾つかの学説が提唱されていて、意見が分かれている。
 物語として源平合戦を描いた『延慶本平家物語』には、次のように記されている。
 『難波一ノ谷とは屈強な城になり、城郭を構えて、先陣は生田の森、湊川、福原の都に陣を取り、後陣は室、高砂、明石まで続き、ここに十万余の武装兵が集められた。海上には数千艘の舟を浮かべて、近隣の浦や島々に充満させた。一ノ谷の地形は、口は狭くて奥は広くなっている。南は海、北は山、川岸は高くなっていて、まるで屏風を立てたようである。馬も人も通ることができない様。誠に格別な城である』と記されている。

 土肥実平に半数の軍を預けた義経は、三草山で食糧を奪った後、5千の兵とともに2日かけて一ノ谷前方の鵯越と呼ばれる丘まで到達した。
 鵯越からは一ノ谷に集った平氏陣営が一望できた。まもなく昼になろうと言うのに、篝火があかあかと灯っていて、遠目にも陣容の壮大さが確認できた。
 この時、三草山から逃げ出した平資盛の軍を追うために土肥実平にまかせた半数の兵は、三草山で取り逃がした平資盛を中国地方方面へ追っ払うことに成功したものの、霧の中で迷い、西で平氏の部隊長・平忠度率いる千名ほどの軍勢に遭遇して、偶発戦闘となり、一ノ谷へ約束した定刻に到着できずにいた。
 義経は実平の軍が一ノ谷の後方の城戸を突いた後に、自分達は正面の城戸、夢屋口と呼ばれる門を攻撃するつもりだったが、実平の軍の到着が遅れているために、挟撃作戦ができなくなって立ち往生してた。
 どうするつもりなのだろう。妹紅は一ノ谷の合戦のおおまかな粗筋しか知らなかったので、多少緊張して年若い義経の姿を眺めていた。
 一方慧音の方は、手に汗握って興奮していた。まもなく歴史的瞬間、今日のその時が訪れるのだ。
 実平の軍は何がしかの問題に遭遇したのだ。
 昼が近く、霧も晴れてきた。
 このままこの丘にとどまっていては、いずれ敵に発見されて、奇襲攻撃自体不可能になってしまう。
 義経の脳裏には一つの目算があった。彼自身にも自信は無いが、。
 しかし、戦場でもっとも大事なのは時間。
 やむを得ず、義経は苦渋の決断を取った。

 まず、義経は当初の予定通り、陽動作戦として鎌倉武士の中から多田行綱を陽動部隊の司令官に任命し、下知を飛ばした。

「安田義定殿、一の谷の正門、夢屋口攻撃を指揮してくれ」

 その後、武士団の中で有力者だった安田義定を別動隊指揮官として任命した。

「御大将はどうなされる?」

 安田義定は拝命した後、義経に問いかけた。

「実平殿の軍勢の到着を待つことはできん。おれは特別騎馬の上手い者、70騎を率いて敵の背後を攻める」

 義経が発言したあと、しばらく沈黙があった。
 義定が意味を理解するのに時間がかかったのだ。

「……たった70騎の別動隊で奇襲されると? 御大将自ら?! 危険ですぞ、私が別動隊を率いた方がよろしいのではないですか?」
「大丈夫だ、問題ない」
「あっ、義経殿」
「頼んだぞ、義定殿!」
 
 義経は一方的に叫んで馬に飛び乗り、既に選出していた騎馬隊70名の中に入った。
 その騎馬隊の中にいた妹紅と慧音は、振り向いて後方で呆気にとられている安田義定の顔を見た。

「安田義定殿、首をかしげてるね」
「奇襲部隊は敵の背後を突くからほとんど抵抗を受けないだろうけど。こういう詳しい説明を一切しないことが後々、義経への不信感につながるらしいんだが」

 迂回進撃を続ける搦手軍の義経は鵯越でさらに軍を二分することにした。
 迂回挟撃につぐ迂回挟撃、二段構えの迂回だ。

「ねえ、義経。私達の小者は切り離しちゃっていいの?」
「どうせこれから先は戦力にならないよ。騎馬の者だけで行く」

 鵯越から一ノ谷のすぐ背後にある丘までは浅い山道が続くが、義経はここを武士だけで駆けた。
 普通の武士は随伴に歩兵を伴っているが、この義経の行軍は違っていた。
 日本で初めての、純粋に騎乗兵だけで構成された騎馬隊の誕生だ。


 平家の総大将、平宗盛は逆落としのあった当日、一ノ谷城の南にある港・大輪田泊に居た。
 一ノ谷城と平氏最前線、平知盛のいる生田川の陣の中間には、頓田山がある。
 知盛から義経の来襲を警戒するように命じられた平教経は、兵士をこの山に移動させて陣を敷いていた。
 だが、宗盛の部下から山の手の陣形を変える許可をもらえずに、準備が不十分なままであった。

「もう来たんかいな。こっちの準備はまだ完全には整っていないっていうのに。しゃあないな。者共、義経の攻撃を迎え撃つで!」

 山手軍と頓田山の軍が鹿末峠の陽動に反応している間に、義経以下精鋭70騎は一ノ谷直前の崖上まで来て停止した。
 30メートルほどの急勾配の崖だった。直下には、平氏側の仮設の幕舎が幾つか見え、武装していない兵士が休憩しているところが見えた。源氏の来襲の情報自体伝わっていないようだ。

「断崖絶壁の上だ、平氏は山側を全く警戒していないだろう。みろ、甲冑すら外しているぞ」
「しかし、こんなところを馬で降りることは不可能です!」

 鎌倉幕府の公式記録である吾妻鏡には、逆落としの記録は無い。
 一ノ谷で源氏が勝ったとだけ単に書かれているだけで、その勝因については触れられていない。
 義経の逆落としは幻想にすぎないという学説がある。
 もともと地形が狭小で起伏の多い日本では、騎兵による機動戦術自体が発達しなかった。
 モンゴル高原や中央アジア遊牧民の騎兵が、一撃離脱戦法を行うために軽装を常としていたのに比べて、源平武士は重装備で、防御力に重点を置いていた。平安時代末期に存在した馬は、現代の人間が馬と言われて連想するようなサラブレッドよりもかなり小さく、今で言うポニーぐらいの大きさだった。完全装備の武士は鎧も合わせると90キロほどの重さがあり、それほどの重量を背に乗せていては、人間が走るのと同じくらいの速度しか出ないというのである。
 しかし、鎌倉時代の馬はポニーと同じ大きさであっても、能力はポニーと同じではない。日本に古来から居た馬はサラブレッドなどの速さを重視して交配された一種の奇形種とは異なり、筋力が強く、逆路に強かったと言われているのだ。
 義経の奇襲は騎兵の特性を十分に活かした物だった。
 この時代の馬は小柄だが、武士は全員騎乗している。
 騎兵の真髄はその打撃力よりも機動力にある。
 騎兵機動戦術を駆使した大規模迂回挟撃。倭国で初めて行われる戦術だ。
 そして義経は、一ノ谷の前方に来て、奇襲を成功させるためにさらなる決断を下した。

「全員、甲冑を捨てろ」

 確認の意味で皆が義経の方を見つめた。
 何と言ったのか。

「大鎧を捨てて、身軽になるんだ。そうすればこの坂を降りられる」

 実際のところ、崖があることは、義経にとっては想定外だった。だが何としても奇襲を成功させなければならないのだ。
 しかし、精巧な細工を凝らし、漆を塗って表面を滑らかにした大鎧は、武士にとって誇りでもあり、己の精神の象徴でもある。
 騎乗し、騎射戦用の大鎧を着て、弓矢をもって戦う。それこそが、武士という戦闘者階級の証なのだ。
 再三にわたって義経は鎧を脱ぐように武士たちに強行した。
 義経を後押しするために妹紅達がまず鎧を脱いで、数分間説得した後、ようやく全ての者が鎧を脱いだ。
 確かに身軽になれば、幾分か馬への負担は減るだろうが、それでもこの崖を降り切れるかどうか。
 馬術はそもそも個人差がある。それも武士達の不安を助長するものだった。


「佐藤妹紅、色々すまないな、あとで埋め合わせはするよ」
「え? おい、ちょっと!」

 義経はいきなり、手に持った鏃の先で妹紅の馬の尻を突いた。
 ひいいんという馬のいななきと、ぎゃああああ、という大音声と共に、妹紅は馬と一緒に崖を一直線で駆け下りていく。

「みろ。あの継信でも大丈夫なんだから皆行けるぞ!」
「覚えてろおおおお!」

 皆妹紅の無様な降り方に笑い、緊張がほぐれたのか、さらに突撃した義経のあとに続いて怒涛のように降下をはじめる。

 一ノ谷城塞と呼ばれていた地区は広大であったが、山側には防御のための陣が貼られておらず、山の手の陣はもっぱら休養のための宿舎が建てられていた。逆落としで城内に侵入した義経以下70騎の精鋭は、まずこの宿舎に火を点けた。
 予想していなかった方向から攻撃を受けた山手の陣は鈍い反応を見せた。
 源氏の大軍が回り込んだか、それとも後方で反乱が発生したか。
 鎧をつけていない義経の手勢を、味方と誤認したのだ。


 大規模な戦になったら妹紅や慧音は眺めていることが多くなる。
 今回のような拠点攻略戦は主に工兵の仕事が多いからだ。
 実際の戦闘では敵の10分の1ほども死者が出てしまえば、軍隊は既に壊滅であると言われている。一般に死者の数の3倍は負傷者がでていると言われる。10分の1の死者が出ている場合、4割の人間が戦闘不能状態に陥っているわけで、さらにその4割を世話する人間をつけたら、軍団の8割方は行動不能になってしまい、実戦闘に参加できないからだ。

「くそが、こっちは囮かいな。頓田山に引き返すぞ!」
 
 平教経は頓田山を開けてしまったことを後悔し、すぐに引き返すが遅かった。

 たかだか70騎の騎馬による奇襲で数万の兵が混乱に陥ったのには理由があった。
 一ノ谷は堅固な要塞だったから、内部から攻撃を受けたということは、反乱がおきたと考えられた。
 唐突に出現した源氏の白旗。
 その白旗の前を必死に逃げている味方の武者を、突然現れた源氏の武者と勘違いをして、次々に増えてゆく敗走の武者の数を、源氏の大軍が押し寄せて来たと見てしまった。
 このとんでもない勘違いのために、大壊乱が起こった。
 勝手に兵が逃げ散っていく。

 ひとたび突破口が開かれれば、あとにはもう何も残らない。

 事実確認の進まないまま平氏の大軍は潰走をはじめた。
 恐慌状態に陥ってしまうと、収拾がつかない。様々な流言が飛び交い、戦意を喪失した雑兵達が雪崩を打って逃走を始める。
 武器を振るうこともなく、背中を向けて逃げ出すものが後を絶たない。
 義経の言うとおり、人事の仲だと平氏方の小者も何もしていない。司令官の武士が逃げるので、随伴する歩兵も一緒に逃げている。恐怖が伝染して、ありもしない影に怯えているのだ。
 源氏の武者達がすることといえば、ただ馬を駆けて、刀を高らかに掲げて喚声を上げ、逃げる平氏武者の背中を追うことだけだった。


 ★★★

 義経は迂回していた土肥実平の軍と合流を果たし、義経の手勢は3000以上になった

「このまま南にある宗盛の陣を包囲するぞ」
「安田義定の軍は?」
「まだ夢屋口は開いていないようだな。敵の守将がかなり強くててこずっている」

 平教経は臍を噛んでいた。陽動と奇襲によって逃亡兵が流入し、有事に備えていた頓田山の陣も崩れてしまった。
 味方を敵と誤認して敗走していた騎馬を、教経が馬上から一太刀で両断した。
 その死体が降りかかってきて、妹紅の進路をふさいだ。

「妹紅!」

「逃げる奴は殺すで」

 立ちはだかったのは随分と体格の良い男だった。

「こいつが敵の守将?」
「そういうおまえらは、その旗印、義経の寄騎か? わいは平教経や。田舎武者が、お上りさん気分もここまでやで」

 互いにぐるぐると回り、並走しながらにらみあう両者。
 妹紅は慧音に馬並みを寄せて訪ねた。

「なんでこいつ関西弁なんだ?」
「上方育ちだからじゃない?」
「おまえかてちょっとなまってるぞ! さては生まれはこっちか」
「違うわ!源義経家臣、藤原佐藤妹紅継信だ!」
「……どれが名前や?」

 平氏の武者と対峙しながら、妹紅は視線を巡らせた。本隊とはぐれてしまった。
 義経はどこへ行ったのか? 彼の傍についていなければならない。

「よそ見しとる場合か?」

 矢を番えて弓を引き絞る。
 教経の剛矢が空を走り、妹紅の頬を切り裂いた。
 那須与一に扮した永琳ほどではないが、尋常でない速度だ。

「くそっ」

 悪態を突いて、妹紅も弓を振り絞る。彼我の差は6から7メートルほどだ。この距離なら当てられると思ったが、敵は馬足に緩急を付けて容易に矢の的をはずしてきた。

「へたっぴやな」
「うるさい!」

 技術なら圧倒的に妹紅の方が上なのだが、慣れない馬上が妨げとなる。
 一気に接近すると、太刀を振るってきた。

「うわっ?!」

 弓射、打物ともに膂力で押し切ってくる。

「くそっ!」
「おわっ!?」

「なんや面白い剣術やな、坂東武者はこんな技使いよるんかいな」

 戦闘中によくしゃべるやつだ。妹紅の方もさすがに勘を取り戻しつつある。
 妖怪退治をしていたころには刀だって何度も使ったのだ。

「妹紅」
「慧音」

 慧音が馬ごと体当たりする。それは華麗な馬術で受け止められるが、慧音の突撃の裏から、その背中を踏み台にして、飛び出てきた妹紅が袈裟がけに太刀を振るう。

「うおっ?!」

 かろうじて受け止める教経。今のを受け止めるとは誤算だ、と妹紅が考えている隙だった。
 刀が落ちるが、そのまま宙に浮いた妹紅の胴に手を回してを抱えこむと、体重をあずけて地面に引きずり落とした。
 もつれあって胴の間に手が入り込み、思い切りまさぐられる妹紅。すぐに馬乗りになると小太刀を引き抜いて、妹紅の首にめがけて振りおろそうとする。
 身体をずらし、小太刀はむきだしの地面に突き刺さった。
 身体をずらすと、指に手を駆けて骨を折ろうとする。すぐに引っ込めた右手をつかみ、そこで腕ひしぎに持ち込むが、野生の勘で危険を察知した教経は力づくで逃れた。

「けったいな技つかいよる奴やな、なんや今のは? 骨を折ろうとしたんか? 恐ろしいやっちゃな」
「どうしたの、妹紅」
「こいつ、胸揉んだ」
「なんだ、そんなことか。揉まれるのなんて、ハジメテじゃないだろう?」
「うっさい!」
「なんや、女子みたいにやっこいやつやな。そっちの趣味に目覚めてしまいそうやで」
「よくも。これまで不殺をつらぬいてきた私だが、あいつだけは殺してもいいような気がしてきた」

 また落ちていた刀を取ると、徒歩で斬りかかる。
 数合うちあう。腕が痺れる。とんでもない膂力だ。

「ハッ、やるやないけ」
「こいつ……」

 慧音が後ろから弓を射掛けたが、難なくかわされた。

「おい、邪魔すんなよ! 反則やろそれ!」

 慧音も驚嘆している。
 弱体化しているとはいえ、白沢と蓬莱人の連携攻撃を何回も防ぐとは。
 一瞬、妖怪の類かと疑ったが、妖気は感じなかった。

「くっそ、さすがにただの人間に何度も攻撃を受け止められると、蓬莱人としてのプライドが傷つくなあ」
「ああ、人間なのに大したもんだな」
 
 唾を吐き捨てると、死体が握っていた長薙刀を取り、喚声あげて斬りかかってきた。
 平氏最強部将、平教経。こいつは。

「呂布奉先か!」

 連続攻撃に耐えていた教経だったが、急に踵を返すと、妹紅達とは逆方向に走り出した。

「だめや、もう耐えられん。わいも逃げるで!」
「あっ?!」
「勝負はおあずけや!」
「え、お、おい! この時代の武士があっさり敵前逃亡するのか?!」
「廻り見てみい、もう誰もおらんで」

 確かにそうだった。決闘に夢中になっている余り、二人とも周囲のことを忘れていた。
 既に戦場は移動してしまっていた。
 見てる人間がいなければ、卑怯よばわりもされないということか。

「っていうか私達が見てるだろ!」

 あっというまに戦場からいなくなった。

「緊張感の無い奴め」
「しかし、人間にしてはとんでもなく強い奴だったね」
「慧音、あいつ相手に妖術使えたんじゃないの?」
「あまりに見事な腕だったから、わすれていたよ」

 平教経の敗走により、かろうじて支えられていた夢屋口の陣形は崩壊した。
 城戸が破られては完全に源氏の制圧下におかれる。


 ∈Υ∋
 
 2月7日に入ってから、当初示し合わせていた通り、もう一方の戦線である山陽道の生田口には義経の兄、範頼の軍が攻撃を仕掛けていたが、生田口の防衛司令官である平知盛は巧みな戦術で源氏側を翻弄し、膠着状態になっていた。
 その平氏陣営に急を告げる早馬が後方から駆けこんできた。

「知盛様、背後から源氏の襲撃です!」
「なにっ!? 教経め、失敗したか」

 慌てて後方を見る知盛。
 西の空には黒煙が上がり、地平線が赤々と染まっている。

「本陣は既に落ちているのか」
 
 周囲の幕僚達が騒ぎ出した。苦々しくそれを見つめる知盛。
 知盛も必死で戦線を維持しようとしたが、一ノ谷の敗残兵がなだれ込んでくるともうどうしようもなくなった。
 かろうじて戦線を支えていた知盛の軍が瓦解すると、もはや平氏に対抗する力は残っていなかった。

 逃げる平氏達は大輪田の停伯所へと殺到した。
 総大将の宗盛は指揮を放棄して早々に海上に出ており、兵士たちの士気はもう既にない。
 船に乗りきれなくて、溺死者が続出した。

 ★★★

 妖怪の山連峰のひときわ高い山。
 文が超スピードで山に備え付けられた堂の扉を破って中に入ってきた。
 中には山伏姿をした一人の天狗がいた。義経の師匠でもある大天狗の鬼一法眼だ。
 
「法眼! 遮那王が平氏に勝ったんだって!」

 文は耳目の早い仲間の天狗達から聞かされた人間界の情報を法眼にまくしたてた。
 自分のことのように喜んでいる。

「法眼が教えた兵法のおかげだね」
「九郎め、危ういことを」
「危うい?」
「ああ、今の武士共は兵法よりも作法を重視する。それに、あれは自分の考えを前もって皆に相談したりしないから、なおさら勘違いされやすいだろう」

 法眼の予測は正しかった。
 京に凱旋した義経達を、京の民衆はそめほやした。義経は圧倒的な勝利を収めた天才として一躍有名になったのだ。世間は皆、一ノ谷の勝利は義経の軍略によってもたらされたのだと噂した。
 しかし、鎌倉側から恩賞の沙汰は世評とは異なっていた。

「な、なんで戦功第一が範頼殿の軍なの? 今回の戦いで勝てたのは、どう考えても別働隊の大活躍のおかげでしょ?!」
「鎌倉はそうは考えていないんだよ。討ち取った名のある大将の数はあちらの方が多いからね。我々は誰も討ち取っていないから、恩賞なしだ」

 恩賞を得るには鎌倉に根回しをする必要がある。
 佐藤兄弟は武力一辺倒のバカで、政治的に気のきいた根回しなど一つもしていない。義経の家臣自体そういう人が多かったと言われてる。

 義経と口論した梶原景時は軍監として義仲追討依頼、いくつか報告を鎌倉に送っていた。
 鎌倉の頼朝はその書状を読んでいた。

「景時は少しおかしいのではないか?」

 手紙には荒唐無稽な内容が書かれていた。
 義経は独断専行がすぎる、鎌倉政権の権威をないがしろにしている。武士らしくない、そこまでは普通である。その後に、女子の鬼と結託して冥府魔道の力を借り、仏法神道をおろそかにしていると書き綴ってあった
 
「多少、世迷い言のような部分もありますが、九郎殿の独断は事実のようですな」

 頼朝の隣に控えていた大江広元が答えた。

「義経を軍から外した方がよいだろうか」
「まだ九郎殿を更迭するほど大きな罪ではないと思います」
「ふむ。富士川の時から見ていたが、弟はおだてられると調子に乗る性格のようだ。戦勝を上げて増長しなければよいが」

 広元は頼朝の真意を読んだ。義経に戦功を立てさせて、増長させるのは鎌倉の謀略の一つである。
 もし増長して横暴を働くようになれば、その時はそれを口実として義経を処罰できる。


 京の自分の屋敷で、妹紅はいきり立っていた。
 頼朝は朝廷に奏上して範頼を三河守に任官させた。
 だが義経には官位授与の音沙汰は無かった。単に頼朝の代官として近畿地方の武士達を軍事力として掌握するように指示があったが、官位や領土の授与ではない。範頼が与えられた三河守の官位は国主の地位であり、無官の義経は身分でかなりの差を付けられたことになる。

「これでは御主君が可愛そうだ! 我々郎党も浮かばれないじゃないの!」

 妹紅の口調は他の義経に直接使える郎党たちと一緒だった。
 慧音はその様子を多少あきれながらみつめた。

「妹紅、のめりこみすぎだよ。私達が何のために来たのか忘れたの?」
「あ……」

 言われて我に替える妹紅。危うく、自分が幻想郷からやってきた藤原妹紅であるということを忘れがちになっていた。

「すっかり御家人になりきってるのはいいけど、前も言った通り、感情移入しすぎないほうがいいわよ」

 猫をなでながら永琳は言った。彼女も妹紅達佐藤兄弟の屋敷を訪れていた。
 どちらにしろ、義経は最終的には頼朝に滅ぼされるのだ。鎌倉政権の反逆者となって。
 それは妹紅も知っていることだった。
 何をしにこの時代に来たのかと言われると、妹紅は基本的に慧音のお供に来ただけで、目的があるのは慧音の方だ。
 慧音は白沢として歴史を収拾するという仕事がある。
 いくらか今後の歴史について前知識のある慧音は、妹紅に比べればかなり冷めていると言った方がいいだろう。
 義経が歴史的勝利をおさめる瞬間に立ち会った時は、かなり興奮していたが、それはあくまで歴史の観察者としての、知的好奇心から発するものだ。偉業に供に参加したという共有感は薄れていた。慧音が受けている現在の栄誉は、佐藤三郎兵衛忠信という、歴史上の人物が受けるべきものなのだ。慧音が受けていた術の説明ではそう言っていた。
 しかし、当初は歴史の観測者として客観に徹しようと考えていた慧音も、今では少し意識が変わってきている。
 じぶんが施した、鏡から過去の歴史を読み取るという術。これは過去の鏡像を追体験するだけで、決して過去の歴史に具体的に介入するわけではない。そう思っていた。
 だが、もしかしたら。
 本当に自分達の干渉で、歴史を変えることができるのではないか?
 もちろん、仮にそれができたとしても、それが果たして、本当にやるべきことなのか。

「でも……」
「本当に助けたいというなら」

 慧音が真剣な面持ちで言葉を発した。

「なにか方法があるの?」

 妹紅はにじりよって話に喰いついた。

「逆櫓論争というのがある。屋島の戦いの前に、義経と梶原景時が船に付ける櫓の向きで争った。この時に、義経と景時は激しい論争になり、景時が強い怨みを抱いた。それが二人の仲を決定的に裂いた事件だと言われている」

 そしてその後、梶原景時はより率先して鎌倉政府に義経の讒言を送るようになった。

「わかった、その事件さえなければいいんだね。そうすれば、義経の運命を変えることができるんだね」
「梶原だけじゃだめだけど、まずは彼からだろうね。彼の讒言が、鎌倉に言いように取られて義経追討の理由の一つになったと言われている」

 ★★★

 一ノ谷で大敗した平氏は船で海へ逃れ、現在の香川県高松市にある、四国の屋島に立てこもった。
 ここに内裏を置いて本拠とし、副司令官である平知盛は中国地方の長門国彦島(山口県下関市)に配備し、ここにも拠点を置いた。
 平氏はこの二つの拠点に有力な水軍を擁して、瀬戸内海の制海権を握り、諸国からの貢納を押さえて力を蓄えていた。
 一方の鎌倉方は水軍を保有していなかったため、どうしても彦島・四国攻めに踏み切れず、休戦が続いた。
 後白河法皇は三種の神器の返還と源平の和平を打診させる使者を平宗盛へ送るが、宗盛はこれを拒否した。
 前回、和平の使者を使ってだまし討ちされたこともあって、警戒していたのだ。
 だが平氏側も前回の一ノ谷で一門の歴戦の将を多数失っており、人的被害が著しく、決して有利とは言い難かった。

 義経は源氏側にない軍船を確保するために、瀬戸内海に点在している水軍と呼ばれる、漁や通商、海賊業を取り仕切っている豪族達を味方につけるために、調略に奔走した。
 2月、義経は摂津国の水軍渡辺党と熊野別当湛増の熊野水軍そして河野通信の伊予水軍を味方につけて、摂津国渡邊津(現在の大阪府大阪市)に兵を集め、そこで諸侯を集めて軍議を開いた。

 『平家物語』よれば、渡邊津を出航するにあたり義経は当時戦奉行を任じられていた梶原景時と軍議を持ち、景時は船の進退を自由にするために逆櫓を付けようと提案した。
 しかし、義経は「そのようなものを付ければ兵は退きたがり、不利になる」と反対する。
 景時は「進むのみを知って、退くことを知らぬは猪武者である」と言い放ち、義経は「初めから逃げ支度をして勝てるものか、わたしは猪武者で結構である」と言い返した。これが逆櫓論争と言われる事件だ。

 義経には屋島を攻撃する案があったが、自信がなかった。
 一ノ谷の時は、前もって地形を知っていた。だが、今回はまったく前知識の無い状態で攻略しなければならない。
 平氏の水軍は強兵で、その練度は源氏とは比べものにならない。各地の水軍は協力を約束してくれたが、彼らは基本的に利に釣られてこちらについただけだ。それほど率先して戦ってくれるとは思えない。
 屋島は水上から攻めた場合、難攻不落の要塞だ。兵法では敵の強い部分は避け、弱い部分を攻めるべきだと教えている。正面、つまり港側から攻めるのは愚の骨頂だ。
 裏門側、つまり陸上から攻めてはどうだろうか? 陸から攻めれば屋島も単なる一つの城に過ぎない。
 平氏に気付かれないうちに四国のどこかの浜から上陸して、強行軍で一気に屋島に肉薄する。
 神速で動けば、警戒していなかった方向から包囲を受けて、平氏軍は対応できないだろう。一ノ谷の合戦の再来だ。
 これなら勝機はありそうだ。
 義経はまずこの案を、ぼそぼそと妹紅に相談した。妹紅は良い案だと是をほめたため、義経は自信を持ち、軍議で発表することにした。

「海から攻めると、被害が増すばかりだ。淡路島を迂回して、陸から騎馬で攻め込みたいのだが、どうか」

 一ノ谷で迂回挟撃と騎馬による機動で勝利を収めた義経は、その戦法に自信を持っていた。今度も、同じことをすれば敵を倒せる。確信に近いものがあった。

「平氏は水上の戦いが得意です。我々源氏の水軍もかなりのものですが、多少差がある。しかしご安心めされい、各々方。この差を埋めるために、私は名案を思いつきましたぞ」

 梶原景時がそう発言した時、義経は話の流れがわからず、眉を顰めた。
 俺の提案はどうなったのだ、つっこみたいのは山々だったが、一応彼の役職である戦奉行は、義経の副官的な地位に当たる。
 その地位を立てて、景時の話を聞くことにした。

「というと?」
「船に逆櫓を取りつけるのです。通常、櫓は船尾だけに付けていますが、これを船首にも取りつける。これによって、進退が自由になります。そもそも馬術では前進後退を自由自在に行えてこそ名人と言われる……」

 義経は景時が逆櫓の提案をしている途中から、非常に不機嫌そうな表情に変わっていった。
 こいつは人の話を聞いていたのか。
 淡路の東海には現状、平氏の哨戒網は存在しない。
 海上で敵と出くわす確率など、皆無に近い。船の操作方法など、対してこだわる必要はない。全速力で前進できればそれでよいのだ。だのに、なぜこいつはこんなことを言い出すのか?
 景時は無知識の一般人として一般人らしく考えただけであった。
 海戦では平氏に一日の長がある。だから海戦に不慣れな源氏がすることなど、平氏は見通しているはずだ。自分達源氏が平氏に海戦で勝つためには、技法ではなく、物量に頼るべきだ。
 間断なく兵力を入れ替えて、敵の消耗を誘うような戦いになるだろう、そう予想したのだ。
 そのためには、兵の入れ替えが易くなる逆櫓の発想は名案に思えた。
 敵と出会う可能性は皆無である、そう義経が確信していることなど、景時には思いもよらぬことだった。
 そして景時がそのように考えていることも、義経にはわからなかった。
 だから義経は、自分の常識で考えて断定した。こいつは戦う前から逃げることを考えている、三国一の臆病者か、もしくは長年戦場にいるくせに兵法の本質を理解することができない阿呆か、そのどちらかである。
 どちらにせよ、こんな愚鈍な人間は、耳を傾けるべき価値のある意見など持っているはずがない。
 この景時と言う男は、義仲追討の時にも自分の邪魔をした。それだけではなく、最近は軍監の立場を利用し、自分の兄である鎌倉の頼朝にあることないことを吹聴して自分の立場を貶めていると聞く。
 その上、論点のずれた、役に立たない世迷い言で自分の軍議を邪魔されてはもう忍耐の限界だ。
 景時が義経にではなく、主に軍議の場に集った諸将に向けて発言していたのにも腹が立った。
 義経は幼少の時から平氏を打倒することだけを考えて、兵法を学んできた。彼にとって軍事とは、人生そのものだったのだ。
 だから、景時の態度は自分の人生に対する侮辱でさえあるように感じられた。

 妹紅は二人の様子を観察していた。義経は景時を白痴と決め込んで、話をする価値などないと思っている。次の瞬間にも、怒りを露わにして景時の批難に乗り出すだろう。
 鋭敏な天才は、しばしば自分に賛同しない凡人をうとましがって、説得を怠るものである。
 だから、妹紅がするべきなのは、義経という天才と、景時という凡人の溝を埋めることである。
 天才の思想を、景時にわかりやすく解説する。実在の佐藤継信ができなかったこである。
 多分に蓬莱人らしくない仕事である。しかし、やらなければ未来を変えることはできないのだ。

「戦う前から逃げることを考えるなど……」
「あいやまたれい!」

 義経が言葉を続けようとしたところに、妹紅が大声で叫んだ。

「どうした妹紅??」
「櫓を前面につけるとはすばらしい発想です。かの名軍師・諸葛孔明にも勝る神算鬼謀といわざるを得ない。不詳佐藤継信、感嘆を禁じ得ません」

 もこたん、棒読みすぎ! と慧音が眉をはね上げた。
 周りの武士たちは諸葛孔明とは何だ? と怪訝な顔をしている。

「そ、そうですかな?」

 だが景時には通じているようだ。どうも梶原景時と言う人物、おだてに弱いらしい。
 もちろん妹紅が自分で考えたわけではなく、慧音の入れ知恵である。慧音と妹紅は軍議に先だって、義経をフォローするための算段を練っていたのだ。

「ただちょっと時間がかかるのがネックですね。今回の作戦は速さ重視なので。実際の所、海戦自体無いと思っているのですよ」
「なんと?!」

 景時が本気で驚いた。どうも義経の話は聞いていなかったか、聞いても理解できなかったらしい。

「どういうことですか、義経殿?」

 他の武士達が興味を持って聞き返した。どうやら義経の話し方は簡潔すぎたので、本旨を理解できなかった者が大半だったようだ。

「それはつまり……」
「御主君、私から説明しましょう」

 今度は慧音が口をはさんだ。

「ご存知の通り、海戦では平氏に一日の長があります。ところで源氏は陸戦が得意です。我々は敢えて敵の強い部分と当たることをせず、屋島における弱体な敵戦力をせめるのです。その方が諸将の方々も手柄もたてやすいかと」

 慧音は攻略対象である屋島と瀬戸内海の簡略的な図を紙に描いて諸将に説明した。
 上陸地点はここ、予定日は何日、船での旅程は何日、陸上を何時間。
 諸将は理路整然とした慧音の説明に聞き入っていた。

「そして我々は陸から屋島の城を後ろから包囲します。その際に、梶原殿には先陣をお願いしたいと思っております」
「なんと!」

 景時は先陣の名誉を重んじる人間だった。慧音は先の一ノ谷の合戦での景時の武勇を持ちだして、先陣は景時殿以外ありえない、ぜひ景時殿にお願いしたいとしきりに彼を持ち上げた。
 これも彼の性格を読んでのことである。景時はおだてられて上機嫌になったようだ。その後は軍議の進行に口を挟むこともなく、諸将に作戦の全容は伝えられ、決行の日までの準備を言い渡して解散した。
 軍議堂を出る途中、義経は佐藤兄弟を捕まえて、堂の裏まで連れて行った。

「おい、お前ら、何であんな奴に気を使うんだ!」
「まあまあ、別にわざわざ敵を作ることもないじゃないですか。梶原景時殿はどうせ言っても聞かない方です。適当に持ち上げて、こちらに害になりさえしなければいいんですよ」
「しかし……だな」
「義経が怒るのも分かるよ。彼と話してたら、いらつくんだろ?」
「ああ、ぶち殺したくなるな。低能な上に有害ときては、遇する術を知らん」

 そこまで怒っていたのか。

「ま、まあ、だから彼との交渉は私達で引き受けるよ。義経は作戦立案だけに集中しなよ」

 妹紅がそう言うと、義経はしばらく思案した後、やがて

「ふむ……それもいいかもしれんな。過去の名将軍にも優秀な軍師が付いていたと言うし……何も俺一人で全部やる必要もないか」
 
 義経が軍議堂を去ってから、慧音と妹紅は顔を見合わせた。

「今回はうまくいったね」
「うん。意外と素直に聞いてくれたね」

 長い付き合いである妹紅や慧音の言うことだったら素直に聞いてくれる。
 その辺は親しみやすい奴なのだが。嫌いな人間に対してははっきりと嫌悪を示してしまう。正直すぎる正確なのだ。政治家としてはそれはマイナスにしか働かない。多少、先行きが不安になる妹紅だった。

「それにしても、次は屋島の戦いか。この戦いでも、義経は大勝するんだよね」
「うん。今、範頼様の別動軍が苦戦しているのは知っているだろう?」

 義経の兄、範頼の軍はもう一つの平氏の拠点である、平知盛の立て籠もる長門・彦島を攻めるために中国地方を進軍していたが、長く伸びた戦線を平氏軍に脅かされて、兵糧の調達に窮乏していた。おまけに平知盛の巧妙なゲリラ攻撃に苦しめられ、士気が落ちて厭戦気分が広まり、全軍崩壊の危機に陥っていたのだ。

「そのため、戦況を瓦解するために、頼朝は義経に屋島攻撃を命令したんだ。屋島を攻略できれば、源氏は瀬戸内海の制海権を手にして、海上輸送が可能になる。崩壊寸前の範頼軍に食糧を送ることも可能になる」
「ふうん。戦場に来るまでは意識していなかったけど、兵站って大事なんだね」
「うん。戦場での戦いも大変だけど、戦場に付くまでが大変なんだ。何万もの軍隊の食糧を常に確保しつづけるのは並み大抵の苦労じゃない。私達も、一ノ谷で危うく飢え死にの危機だったでしょ?」
「ああ、ひもじい思いはしたくないねえ」
「屋島でも、もし船を破壊されて、四国に孤立してしまったら、餓えることになるよ」

 ちょっといやらしい笑みで慧音は言った。

「ちなみに佐藤継信は平家物語ではこの屋島の戦いで討ち取られたことになってるんだけどねー」
「へー、佐藤継信さんがね、可哀そうに、ご愁傷様、って、それ私じゃん!」
「まあ、せいぜい背中に気をつけるこったな!」
「それじゃあんたが背中から打つみたいだろ?! き、きさま一体何を企んでいる……」
「ククク、これは我が野望の一端にすぎん……」
「なにものなの、あなたは。実は主人公の親友がラスボスってオチだったの?」
「それだと妹紅が主人公てことになっちゃうけど……・?」
「なにか問題でも?」
「いえ、別に」


 瀬戸内海を眺める慧音の所にやってくる永琳。
 出立前。慧音は海を見ていた。
 瀬戸内の海とは、こんなにも荒れ狂うものだったかと思う。
 史書通りならば、義経はわずか150騎を伴ってこの海を渡り、敵の虚を突いて四国の浜に上陸する。
 しかし、真実その通りに事が進むとは限らない。
 一ノ谷の合戦だけでも既に実際史書に書かれていたこととは随分別のことが起こっている。
 それも当然なのかもしれない。
 吾妻鏡は鎌倉幕府側から書かれた正式な記録であるが、具体的な戦闘の経過についての描写は乏しい。
 大規模な合戦の結果だけが書いてあって、その過程についての詳しい資料はないのだ。
 軍議の終わり際に雑談として妹紅が話した内容、不安が無いわけではなかった。
 この記憶の中の世界において、妹紅の不死性はどれほど減退しているのだろうか。
 術はほぼ同年代の妹紅と同じレベルに退行しているということだった。

「凄い嵐ね。内海と言うのはこんなに荒れるものだったかしら」

 永琳だった。慧音と永琳の間には特別な友誼があるわけではないが、二人きりになることは割と多い。永琳も幻想郷では郷にある薬屋に出てくることがあるし、何度か顔を合わせる。妹紅と輝夜という困った人物の守り役同士として共通点もあるから。

「お姫様のお守りがないから退屈しているんじゃないですか?」
「最近は自立を促しているのよ。それにもともとお守りだけじゃないのよ。相互依存関係でもあるの。あなたたちと同じように」
「随分長い間一緒にいると聞きますからね」
「あなたたち、本気で歴史に干渉することにしたのね」
「何か言いたげですね」
「いいえ、別に。あなたたちがそう決めたのなら、私は何も言うことはないわ」

「あなたたちって不思議な関係ね。妹紅って、あなたと一緒のときはあんな態度をとるなんて」
「印象、違いますか?」
「そうねえ、私達に…・…主に姫様に喰ってかかるときは、彼女、もっと隙が無いわね」
「今は隙だらけだってことですか」

 すこし笑いの発作が起こる。

「隙を見せられるほど信頼してるってことなのよね」
「彼女は本当は私よりもずっと頭もよくて、場慣れしているんです。私を立てていてくれるんですよ」
「あなたといるときは、主に妹紅がツッコミ役なのね」
「あなたと輝夜だったらどっちがボケでどっちがツッコミなんですか?」
「だいたい輝夜がボケかしら。天然って感じがするじゃない?」

 まあそうか。永琳もかなり危険なことをやっていそうな印象があるが。

「屋島と言えば、あなたの役にもけっこうな大仕事が待っているんじゃないですか?」
「大したことないわよ。私、弓得意だし」
「ちょっと浜までてて見ない?」

 この嵐の中を? 
 二人は浜まで降りて行った。横殴りの雨が、もう着物を全て濡らしている。
 永琳は波打ち際まで行くと、海を背にして静止し、慧音の方に向き直った。

「見せたいものがあるの。あなたの不安を解消してあげようと思って」

 そう言うと、永琳は腰に下げていた太刀を抜いた。
 咄嗟に身構える慧音。もちろん、永琳に慧音を襲う理由などないから、心配する必要はないのだが、こんな場所で刀など抜いてどうするつもりなのだろう?

「青江恒次の作と言われているわよ」
「天下五剣の一つの?」
「そう。でも、那須ノ庄にそんな刀があるはずないから、フカシっぽいけどね。……もし私が身動きできない状態になったら、代わりに結果を姫様に伝えてくれるかしら?」
「えっ?」

 永琳はくるりと持ち手を逆さにすると、刀の切っ先を自分の胸に向けた。
 そして、はらりと羽織を脱ぎ棄てると、上半身をあらわにした。形の良い乳房が飛び出てくる。

「あっ?!」

 静止する間はほとんどない、すんなりした動作だった。
 音はさほどしなかった。綺麗に永琳の胸の中心を貫いた太刀は、血を滴り落としている。切っ先に流れた先から嵐にさらわれて落ちた。
 しばしの時の後、ゆらりと刀を胸から貫きはなつと、

「いたいよー」

 涙声で永琳はうめいた。どばどばと大量の血が永琳の胸の谷間を流れ落ちていく。

「当たり前でしょ、何バカなことやってるんですか!」
「で、でも、これで証明になったでしょう? 蓬莱人の不死性は失われていないわ」
「なんてことをするんです。もし、違ってたらどうするつもりだったんですか」
「私、なんでも自分で実際に試してみないと気が済まない性分なのよね」

 もしかして、死なないかどうかじゃなくて、死ねるかどうかを試したのではないか?
 慧音はそう思いついたが、怖くて聞けなかった。

「ねえ、これは術が見せている仮想現実だという話だけど、本当に歴史は変わらないのかしらね?」
「………」

 永琳の傷は既に塞がりかけていた。これまで観察していてわかったが、蓬莱人の再生能力と言うのは致命傷に近い損傷を受けた時ほど強く過激に働くようだ。



 ★★★


 2月18日午前2時、暴風雨のために景時は出航を見合わせようとするが、義経は僅か5艘150騎で出航する。
 空は荒れ狂っている。

「すごい嵐だね」

 同日午前6時に義経の船団は暴風雨をつき通常3日の航路を1日と4時間ほどで阿波国勝浦に到着した。
 瀬戸内海の高波、荒波を越える。淡路島の東には、鳴門の大渦があり、これでさんざんに揉まれた。

 勝浦に上陸した義経は在地の武士の家にいきなり乗りこんで、臣従を迫った。
 意表を突かれた在郷の近藤親家は、義経の味方につくことを承諾し、彼と共に屋島に直行する。
 屋島の平氏は隣国の伊予で起きた反乱を鎮めるために出払っていて、手薄であるとの情報を手に入れた経は、好機と判断した。
 義経は徹夜で讃岐国へ進撃して翌2月19日に屋島の対岸に至った。

 現在は陸続きになっているが、この頃の屋島は独立した島になっていた。
 干潮時には騎馬で島へ渡れることを知った義経は強襲を決意する。
 海上からの攻撃のみを予想していた平氏軍は狼狽し、天皇の内裏を捨てて、海上へ逃げ出した。
 屋島を占拠した義経軍は歓喜に包まれていた。
 またしても自分達の大将が驚愕の勝利を収めたのだ。
 すでに義経を神格化して信奉する兵士すらいた。

 さて、この屋島において源平合戦における一大イベントが行われる。
 海上へ撤退した平氏と源氏は、お互いに手詰まりとなり、三日の間にらみ合いが続いた。
 三日目の朝、一艘の船が浜へ近付いてくるのを哨戒の兵士が発見した。舳先に派雅な姿をした女官が乗っており、にっこりと兵士に笑いかけた。女官の隣には、2メートル程の棒が立てられており、その先には一枚の扇がくくりつけられている。
 この扇を浜から射抜くことができるか、という意味だった。
 ここで呼ばれた武士が那須ノ庄の住人、那須十郎。十郎は辞退し、弟の与一を推薦する。
 こうして選らばれた与一が扇射抜きに挑戦する。
 世に名高い那須与一の扇射抜きである。

 馬を進ませる。海の稜線は上下を繰り返し、扇の乗せられた船は小さな揺れを繰り返している。
 浜から見れば小さな揺れだが、距離がある。実際の場所では体感で解るほどの揺れだろう。

 源氏側は浜辺に陣幕を張って待機状態だ。
 いざ馬に乗ろうとしている永琳のところへ妹紅と慧音が駆け付けた。

「永琳、大丈夫なの? 弓がうまいとは聞いてるけど、随分距離があるよ」
「あれぐらい楽勝よ」
「とか何とか言って、本当のところどうなの?」
「内心はどきどきしてます。言わせないでよ」
「あ、やっぱりそうなんだ」
「的までの距離、50メートルはあるわ。この距離だと、まっすぐ射てもまともに届かないから、斜め上に射ないといけないの。ということはちゃんと射角を計算しないと、あさっての場所に落ちるわ。それにこの鏑矢。先端が特殊な形をしているから、妙な空気抵抗がかかるの。たぶん、これ、普通の人がやったら失敗するわよ」
「よくわからないけど難しそうだ」
「応援してます」
「まるで他人事みたいに」
「他人事ですし」
「あんたら……! まあ、そこでゆっくり見てなさいよ。失敗したらこの時代の武士らしく、腹を切って責任取るだけのことだから」
「あなた、腹切っても死なないじゃない」

 もしかしてマゾなのか? とちょっと慧音は引いた。

 
 扇は矢に弾かれて一定の高さまで跳ね上がると、ひらひらと舞いながら落下し、海面に着水した。
 与一がやった、源氏陣営から喚声が巻き起こった。
 平家側も同様だった。両陣営ともに、一人の武人の偉大な技術を讃えて誉めそやした。






「つかさー……なんで射ちゃうわけ、与一さん」
「つい……」

 ついじゃないですよ、後先考えて行動してくださいよ、義経はそう与一に説教していた。
 永琳が扇射抜きに成功してから数刻後、浜辺には源氏方の負傷者が転がっていた。砂浜には大量の矢が突き刺さっている。
 矢を体に付きさしたまま、うめき声をあげる多数の武士達。半分壊された垣盾の山。惨憺たる光景だ。
 見事扇を射抜いた弓の腕を褒めて踊りだした平氏の武士を、永琳はなぜか矢を連射して攻撃し、兜や鎧を射抜いて挑発したのだ。
 命までは取らなかったものの、永琳の挑発行為に怒った平氏は、再度上陸を試みようとして、浜辺でまた源氏と平氏が一戦することになってしまった。
 戦況不利とみた平氏はさっさと切り上げて退散してしまったが、突発的な乱戦によって、源氏方にも多数の負傷者が出た。

「だって、あの踊りなんかすごいむかついたんですもの」
「きれやすいところだけは今時の若者風なんだね。他はおばさんくさいのに」
「脳髄をひきずりだして天文密葬してあげようか?」
「なんか痛そうだからいいです」

 義経は妹紅達を連れて、しばらく屋島の浜を見回った。
 ふと、浜に一本の矢が打ち上げられているのに気付く。

「あれ、これ源氏方の矢だな」

 さきほど主戦場になったところとは随分離れたところに流れ着いていた。
 源氏は海側から上陸しようとした兵士を迎撃していたから、矢は大半海の方に落ちたはずだ。
 ということは海から流れ付いてきたのだろうか。

「あ、これ私が扇を射た矢ですよ」
「ほんとか? なんでわかるんだ?」
「これです。鏃に印を付けておいたんです」

 永琳は矢の先端、鏃の部分に刻んだ文字を示して言った。

「へえ、永夜か。なんか意味深だな。なあ、この矢、もらっていいか?」
「え、別にいいですけど、なぜ?」
「あの扇を射抜いた矢だろ? ご利益高そうじゃないか。お守りにしようと思ってな」
「そういうことなら是非もらってください、御大将」


 その翌日、屋島で再上陸に失敗した平氏は、今度は別の浜からまた上陸を試み、これに成功する。
 しかし、源氏は遅れてきた梶原景時の本隊が合流しており、数的にも源氏が有利となっていた。
 陸上で決戦を行うことを決意した義経はあっさりと平氏方を包囲することに成功し、捕えた平氏軍を浜から切り離し、退路を絶った。
 大規模な掃討戦が始まり、源氏方の諸将は手柄を立てるために、大将首の確保にやっきになった。
 そんな中、当初の予定通り、妹紅は梶原景時に手柄を立てさせるために、敵の大将を景時の指揮する軍の方向へ追い込んでいた。
「妹紅、あれが伊予の平氏方指揮官、桜庭良遠だ」
「よし、みんな続け!」

 浜側の隊を担当していた妹紅は、自分の部隊を使って浜においた船を奪還しようと試みた桜庭良遠を追い払うと、景時が先陣を務める大軍の方へ誘導した。

「ふう、これであとは景時が敵将の首を取ってくれればおっけーねだな・・・」
「なんか、義経がその将を追ってちゃったよ」
「な、なに考えてんだ! 景時に手柄を立てさせるつもりだったのに、義経が討っちゃたら意味ないじゃん!」
「義経はこれまで大将首をひとつも取ってないって、景時に言われたことを気にしているんだろう」
「やめさせないと、ちょっと行ってくる」

 馬を走らせて追い払った敵将に再度追いすがると、妹紅は武士数百騎を従えてその将を追う義経の前に出た。

「お、妹紅。加勢に来てくれたのか?」

 義経と敵将の間に割り込むと、弓矢は放り投げて、太刀を抜き放つ。
 敵将・桜庭良遠は自分の正面に現れた梶原景時の部隊が多数であることを認めると、後方の妹紅に向かって数騎の武者や歩兵を差し向けた。
 妹紅は抜き放った太刀に鳳翼天翔の炎をまとわせた。大分威力が減衰しているとはいえ、赤々とした炎が剣を芯として柱を挙げた。
 いきなりのことにぎょっとなり、硬直している平氏の武者隊、数メートルは離れたその一団にめがけて、妹紅は刀を振るった。
 薙ぎ払いの炎は衝撃を伴って、平氏武者を吹き飛ばした。
 妹紅はそのまま部下を一瞬で葬られて唖然としている桜庭良遠の傍まで跳躍すると、

「あんたに怨みは無いけど、許してくれ。これも戦場のならいだ」
「ひっ」
 
 怯えている桜庭を馬から引きずり下ろすと、その背中を蹴飛ばした。
 丁度、そこへ追いついてきた景時がやってきて、桜庭の身体は景時の足下に投げ出された。
 むっ、と身構えた景時は、すらりと腰の物を抜き放つと、桜庭の襟を掴み、そのまま腰刀を彼の喉元深くに突き刺した。
 絶命した敵将を地面に落しながら、立ちあがった景時は、近寄ってきた妹紅を懐疑的な眼差しで見つめた。

「佐藤殿、今、刀から炎出しませんでしたかな……」

 景時の周りに集って来た彼の郎党達も、皆若干引き気味で妹紅の顔をちらちら見ていた。
 しまった、またやってしまった。妹紅は冷や汗をかきながら、なんとか誤魔化す方便を考えた。

「えー、えー、あれは奥州藤原流秘剣・邪王炎殺剣にござる。みなぎる闘志がまるで本当の炎に見えるという、秘剣中の秘剣ですぞ」
「え、どうみても本物の炎に見えましたが。というか倒れてる平氏は火傷してますよ」
「あれは小生の裂帛の気合というやつです。本当に炎なんて出せるわけないでしょう。こいつらは気合が足りないからまるで本当に火傷したかのように錯覚してしまったのです。心が錯覚すると、身体もそれに従うのです」
「な、なんと。佐藤殿の気合は業火の灼熱すらも垣間見せると言うのか……」
「そのような剣法があったとは……奥州藤原氏、おそるべし……」

 なんとか誤魔化せたと、妹紅は胸をなでおろす。
 これで納得してしまうのだから、関東武士というのは本当に単純なやつらだ。
 さて、さっさと本来の仕事を済ませなければならない。妹紅は景時の横に行くと、不思議がる彼の右手を掴み、高く宙に掲げた。

「平氏の将は源氏の勇将、梶原景時殿が討ち取られたぞ!」
「なっ?!」

 大声で妹紅が上げた内容に、戸惑う景時。

「佐藤殿、よろしいのか? この者は貴殿が倒されたのではないか」
「我が主君、義経殿のご意向にござる」
「なんと……」
「その代わりと言ってはなんですが、鎌倉へのご報告の件、何卒よしなに、さ、勝ち名乗りを」
「う、うむ。解り申した」

 景時は妹紅に促されるまま、鬨の声を上げた。それに続いて、周囲の源氏は皆、勝利の雄たけびをあげる。えいえいおう。
 景時は妹紅に恩を与えられて、機嫌を良くしていた。

「いやあ、敵将に迫った時の佐藤殿の気迫ときたら、まさに毘沙門天の如くでしたぞ」

 その日に行われた戦勝の宴でも、自分の自慢の中に時折妹紅の武勇を褒めた。
 酒宴が終わった後、義経は妹紅を呼び出し、妹紅に掴みかかったった。

「継信、いったいどういうつもりだ! なぜあんな奴に手柄を譲り渡した!?」
「最初に御大将は景時殿に先陣をお申し付けになったはずです。私は彼が立てるはずだった手柄を、彼に返しただけです」
「お前、まさかあいつに何かもらったのか?」
「違いますよ!? いくら義経でもそれはないよ!」
「……すまん。お前を疑うなんてどうかしてるよな」
「い、いや。わかってくれればいいんだ」
「しかし、俺にはやはりわからん……なぜお前があそこまで奴を立てるのか……」
「今は景時殿と敵対していてはまずいんだ。彼の心証を悪くするわけにはいかない」

 妹紅は義経のプライドを刺激しないように、なんとか義経をなだめようとした。
 戦奉行は各武士の行状や手柄を仔細もらさず記録して、鎌倉に報告する役目だ。
 今の軍隊で言えば、人事考査と憲兵の権限を両方与えられているに等しい。彼の機嫌を損ねれば、あらぬ罪を捏造されて鎌倉に報告され、義経でさえ立場が危うくなるのだ。

「なぜだ。おれは源氏の棟梁の弟だぞ? なぜあんな奴に気を使わなければならない?」
「景時は頼朝殿のお気に入りなんだ。頼朝殿が挙兵したての時、あわや討ち取られる寸前だった所を、景時が助けたことは知っているだろう?」
「知っている。やつはその功を傘に着て、いつも威張り散らしているのだ。だから俺はあいつが嫌いなんだ。兄上もいい加減あいつを野放しにするのはやめればいいのに」
「とにかく今は景時の権力が強すぎる。下手に敵対しない方がいいよ。もしあいつをどうにかしたいというのなら、時を待ったほうがいい」
「……なるほど。わかったぞ。いずれ梶原も失脚するかもしれない。その時にあいつをぎゃふんと言わせてやればいいってわけだな」
「そうそう、そういうこと」
「こちらからあいつが失脚するように仕向けるというのもよいかもしれないな。ふうむ。妹紅は頭がいいんだな」
「え」
「俺はそんな柔軟な考えはなかったよ。敵は全員戦場で倒せばいいと思っていた。兵法と言うのは、何も実際に刀を交えることだけではないのだな」
「……」

 半ば義経が勝手に納得したに近いが、とにかく彼は怒りを鎮めてくれた。

 屋島を占領し、四国を源氏の勢力圏に治めた義経達は、拠点である京へ帰って、そこでも祝賀を開いた。
 兵の整理の仕事で梶原景時に対面した妹紅と慧音は、彼と密談を持った。

「これはなに?」

 出立前に、慧音が持っていくよう指示した包みを見て、妹紅は尋ねた。

「山吹色のお菓子。奥州産」
「ちょっと待ってよ!? 賄賂を使うつもりなの?!」
「この時代では普通のことだよ。特に悪いとも思われていない」

 文化の違いというやつなのだろう。時代が違えば常識も違う。しかし、かろうじてたぶん清廉潔白な幻想郷から来た妹紅にはかなり抵抗があった。

「でも、うむうん、しかし……」
「じゃあ本当のお菓子を持ってく? 同じことだけど」
「……」

 どうにもやりにくい。景時の屋敷に入り、彼との面談が始まる。交渉すべきなのは、義経の手柄を認めてもらうことと、余計な讒言を頼朝にしないことだ。

「戦況つつがなく」
「これはこれは。屋島ではお互いに頑張りましたな」
「今回出向いた件はおわかりでしょう。鎌倉へのご報告の程、なにとぞよろしくお願いできますか」

 慧音はそう言うと、言葉にそえて自宅で用意した包みをすす、と景時の方へ差し出した。
 よくやるよ、どこで覚えたんだか、と妹紅は隣で見ていてあきれ顔だった。

「わかっておりますとも。といっても、まあ、私は正確な内容を伝えるだけですな」

 そう言うと、景時は扇を広げて自分の顔を仰いだ。

「義経殿の軍略はたいしたものですな。屋島をこれほど早く攻略できたのは、総大将の英才に拠るものとしか思えない」

 景時のそのセリフを聞いて、妹紅は溜息をついた。
 この男は、鎌倉武士の中ではさほど腹黒い方ではないのかもしれない。
 ただ権益と名誉に執着する、一般的な俗物根性の持ち主なだけだ。武士は己の武芸を誇りとして持ち、戦場で活躍することを何よりも名誉とする高潔な戦士である。だが、それ以外の部分、日常生活においては、人並みに欲がある。権勢欲、財産欲、名誉欲。
 景時の屋敷から帰る途中も、妹紅は溜息をついた。
 自分達の住んでいた幻想郷は、意外に気持ちの良い人間が多すぎたのかもしれない。にくったらしい輝夜でさえ、腹黒い部分は余りなかった。もともと利権なんてものは、幻想郷には存在しなかったからだ。幻想郷の人間はその日を暮らしていければそれでよく、日々の生活を楽しんで、多くは求めなかった。
 現実の世界はぎらぎらした人間ばかりだ。常に他者を追い越し、他者より豊かになろうと競争する。
 自分のようなひきこもりには、こういう世界は生々しすぎるのかもしれない。

(これからもずっとこんな人間と付きあっていかなきゃいけないのだろうか?)

 二月の寒空に向かって深いため息をまた一つつき、彼女は京の大路を歩いて行った。
 少し離れて、その背中を慧音は見つめた。落ち込んでいるように見えて、心配だったが、少し不思議でもあった。
 蓬莱人などという時代を超越した存在である彼女でも、現世の不浄理には心を痛めるのだろうか?
 人の世を長年見続けてきた彼女だから、社会の綺麗な部分も、汚い部分も、両方とも何度も見てきて慣れていると思っていたが、そういったことは、たとえ何年見続けていても慣れるものではないのかもしれない。





 ★★★
 決戦壇ノ浦
  ★



 家国興亡 自ずから時有り
 呉人 何を苦しんで西施を怨む
 西施若し 呉国を傾くるを解せば
 越国亡来 又 是れ誰ぞ

 国家の興亡の時は、必ずやってくるものだ。
 呉国の国民は西施のことを怨む必要はない。
 西施がもし意図的に呉を滅ぼしたというのなら、
 越国を滅ぼしたのは、今度は誰の意思だと言うのか。


 越国の王、句践は呉への復讐のために、呉王・夫差に美女を与え、堕落させる策略を考えた。
 越国中探した結果、選び抜かれたのは西施という薪売りの娘だった。
 句践は西施を夫差好みの女に教育すると、敵国である呉の国へ供物として献上した。
 首尾よく夫差に見初められた西施は、夫差の寵愛を受ける。
 無意識のうちに男を堕落させるよう仕込まれていた西施の魅力にのめり込み、夫差は国政を顧みなくなった。そのため呉国は荒廃し、隙をついた越国が攻め込んできて、遂には滅ぼされてしまった。


 颯爽と歴史に登場した一人の英雄・源義経。彼の軍略により平氏はまたたく間に衰亡し、今は滅亡の際に立たされている。
 平氏総大将の平宗盛は安徳天皇を奉じて海上へ逃れた後、弟の知盛が守る、関門海峡の先端にある彦島に拠った。
 一方、範頼軍は兵糧と兵船の調達に成功して九州に渡ると、同地の平氏方と一戦してこれを破り、平氏軍の背後の遮断に成功する。源氏に退路を断たれ、九州の拠点である太宰府との連絡ができなくなった平氏軍は、彦島に孤立してしまった。
 平氏は九州の豪族を呼び集めると、軍船を集め、源氏に対して最後の抵抗を試みる決断を下した。
 早晩、源氏も彦島に拠った平氏に攻撃を仕掛けてくることは確実だ。
 今度は総攻撃になる。平氏は一ノ谷と同様に、義経、範頼の二人を相手に取る。
 ここで敗れればもう平氏に再興の望みはない。平氏が決戦の地に選んだ関門海峡の当時の名前は、壇ノ浦という。

「いよいよ壇ノ浦か」

 驕れるものも久しからず、歴史に記された平氏の落日、終焉の時が、着実に迫っている。
 ここまで歴史は、多少の寄り道はしたものの、結局は粗筋通りに進行している。
 壇ノ浦は関門海峡の入り口にある海岸線を指す。ここからすこし西に行くと、宮本武蔵と佐々木小次郎が対決した巌流島がある。
 決戦に際して、義経はとにかく多数の軍船を集めることに終始した。
 近衛の妹紅達も、周辺勢力の調略に駆り出されて、瀬戸内海各地を金子を抱えて奔走した。
 莫大な裏金と、有形無形双方の、土地の割譲を約束した手形が行きかう。
 結果として、義経は摂津国の渡辺水軍、伊予国の河野水軍、紀伊国の熊野水軍などを味方につけて840艘の水軍を編成することに成功した。
 これに対して、平氏軍は肥前国の松浦党100余艘、筑前国の豪族・山鹿秀遠の300余艘、平氏一門100余艘、計500艘の編成であった。
 義経が船集めに奔走した結果、数の側では源氏側が大分有利となった。

「ここでも仕事は大変だぞ」

 緊張した面持ちで慧音が言った。

『平家物語』によれば、合戦前の軍議で軍監の梶原景時は合戦の先陣になることを望むが、義経は自らが先陣に立つとはねつけた。景時は「大将が先陣なぞ聞いた事がない。将の器ではない」と義経を愚弄して斬りあい寸前の対立となり、これが後の景時の頼朝への讒言に繋がり、義経没落の原因を作ったとされているんだ。

「御主君の性格なら必ず先陣を取ると言いだす」
「そして景時の性格ならやはり先陣を取りたいと言いだすだろうな」

 その発言を掣肘し、屋島の時と同じように梶原景時を立てなければならない。
 はっきりいって面倒な仕事だ。




 ∈Υ∋


 平氏は既に全軍を海上に展開し終えていた。
 夜半、海上に浮かんだ唐船の中で平知盛は平教経と作戦の打ち合わせをしていた。


「従兄上、平氏の方が数が少ないで」
「ああ。義経め、よくもこれだけの数の船を集めたものだ。しかし、まだ我々にも策がある」

 知盛は用意した仕掛けを教経に説明した。
 知盛の作戦は俯瞰してみれば単純なものだった。
 海上戦はまず弓矢が届く距離まで接近し、遠矢の応酬が続く。その後、徐々に距離を詰めていく。船は両舷に盾を設置しているの、弓矢だけで決着がつくことは少なく、接舷した後の白兵戦、つまり斬り合いによる近接戦闘によって勝敗が着く。
 関門海峡は狭く、百艘規模の船団が展開するとほとんど封鎖されてしまう。
 まず前もって集十艘規模の伏兵を関門海峡の入り口付近に伏せておく。
 互いの船が近づき、弓矢による撃ち合いが膠着してきたら、中央の船団は潰走を装って交代する。
 義経の軍船がこれを好機と見て突出したところを、左右の浦々に伏せてあった船団で左右から包囲する。
 後、後退していた中央も前進し、三方から源氏を包囲する。
 戦力差を戦術で補うための工夫だった。

「なるほど、義経を罠の中へ誘いこむんやな」

 教経は頷く。
 いい作戦だ、うまく決まれば勝利は堅いだろう。
 源氏は連戦連勝で驕りが出てくる頃だ。後退を偽装だとは思わず、陽動に釣られる可能性は高い。

「源氏の船は逆櫓を付けとるっちゅう話やで。包囲運動に気付いたら、逃げられるんやないか?」
「漕ぎ手を射て操船できないようにしろ」
「なんやて? 漕ぎ手を狙うのは戦の作法違反やで」
「作法になどこだわっていたら、我らは滅ぶ。だが、ここでもし義経を倒すことができれば、源氏軍は瓦解する」

 これが最後の勝機なのだ、と念を押す知盛。

「それもそうやな。義経にひと泡吹かせられるんやったら、この際何でもやったるで……ん?」

 急に船の天井を見上げる教経。
 知盛もそれに気付いて天井を見るが、特におかしいことはない。

「どうした、教経」
「いや、誰かいたような気がして」
「何だと? 本当か?」

 木戸を開けて、唐船の屋根を覗く教経。わずかな風が吹いていて、甲板に取りつけた平氏の赤旗が揺れていた。

「気のせいか――ん?」

 薄暗かったが、甲板の上に小さな粒が落ちていることに気付いた。拾ってみる。
 団栗の実だった。海上の船に?
 辺りを見回す。浜は離れている。ここまで風で飛んできたというのか?
 誰かの服に付着していたものが取れて甲板に落ちたのだろうか。
 彼は言い知れない不安を感じた。
 その後、経教は兵を呼んで、不審者がいないかどうか捜索するよう命じたが、見つからなかった。

 ★★★

「ねえ、義経」
「どうした妹紅」
「梶原殿が先陣をやりたいと言ってるようなんだけど」
「……いいんじゃないかな」
「え、いいのかい?!」

 義経はにやりと微笑んだ。

「先陣なんてどうでもいいさ。今回はな、そんな小さな手柄なんてどうでもよくなるぐらいの戦術を思いついたんだ」
「え、どんなの?」
「聞きたいか?」
「聞きたいよ」
「じゃあ妹紅にだけ特別教えてやるよ」
「これは……?」


 関門海峡の潮の流れの変化が壇ノ浦の戦いの勝敗を決したと信じられている。
 しかし、潮流に関しては、合戦について簡潔にしか記していない『吾妻鏡』にはもちろん触れられていない。
 現代において潮流をコンピュータ解析した結果、広い満珠島・干珠島辺りの海域では潮流は1ノット以下であり合戦に影響を与えるものではないと言われている。


 翌朝、長門の浜を出立する源氏陣営では疑問が沸騰していた。

「あの仕掛けはどういうことなんですか」

 末端の兵士たちは指示通りにしているだけだ。
 義経はあえて船に施した仕掛けの意味を説明しなかった。
 実戦になればわかるというだけだった。説明を何もしない姿勢は当然、諸将の間に不信感が募った。
 しかし兵力を揃えたのは義経の調略によるものだったし、一番の急先鋒である景時は先陣を与えられて機嫌を良くしていたために、作戦自体にはさほど口を出せるものはおらず、そのまま出陣した。

「きました、源氏の兵船です!」

 甲高い声で物見の兵が叫んだ。

「あれは……」
 
 源氏の兵船は見慣れない装備を船上に施していた。
 マスト代わりの柱と、折り畳んだ帆だった。

「漕ぎ手のいる小早船に帆だと? いったい……」

 外航船ならともかく、内海を行く当時の軍船に普通帆は取りつけない。
 それに今日の関門海峡はほぼ無風状態だ。帆の意味があるとは思えない。
 帆自体も、急ごしらえで作ったせいか粗雑だ。長時間の使用に耐えられるとは思えない。風が吹いたとしても、操船自体、困難なのではないか。
 源氏、平氏共に何かわからないまま、釈然としたまま、戦いは始まった。
 まず定法通り、接近して弓矢での射ち合いが始まる。

「佐藤妹紅様、敵の矢が激しすぎます」
「心配するな。頭を低くして盾に隠れてれば、遠矢なんて滅多に当たるもんじゃない」
「しかしこれは随分な弾幕だな…」

 垣盾を船の周りに並べて防御に使う。
 妹紅は部下の小者を守るために、目立たないように刀に霊力をこめて振ってくる矢雨をはじく。
 接して船に乗り込んでくる平氏の武者を蹴り飛ばして海にたたきおとす。
 一回海に落ちてしまえば、鎧が重くてもう這い上がってこれない。

「やっぱり鎧が重いな。浮遊術もうまく使えないし」

 もちろん、普通の人間なら鎧があった方がよいだろう。
 妹紅は浮遊術を、ばれないように少しだけ使用していた。
 船の板面から数ミリほど浮くだけだが、これでも船に直接足を乗せているよりは酔わなくて済む。

 その時、妹紅の視線に小者が着ている胴丸が目に入った。

「ねえ、ちょっといいかな?」

 矢を避けて縮こまっているその小者に声をかけた。

「さすがにてごわいな」

 戦線の全面において、平氏陣営の頑強な抵抗が続いていた。
 ほぼ互角で、船の数の多い源氏が次第に押し始めている。


 ∈Υ∋


「頃合いだな」

 平氏方の総指揮を取る知盛は、全軍に指示を出した。
 その合図とともに、平氏の中央が引き出した。水軍の運用に長けた平氏らしく、巧妙な運動。
 源氏からはようやく敵の中央を崩せた、そういう期待に見えた。
 この好機を逸するなと、源氏の船団はこぞって前へ出てる。中央に追いすがる。
 本軍で控えている妹紅と慧音は、総大将の義経とは別の場所でその様子を見ていた。

「妙だ。この動き」
「味方が押し始めているんじゃないの?」
「敗走しているにしては、隊列が揃いすぎている。陽動じゃないか」
「大変だ、義経に知らせないと!」

 関門海峡の流れはゆるやかで、潮の流れが戦況に影響を与える事はないと言う。
 確かに潮の流れは大幅には変わらなかった。
 しかし、予想だにしないことが、戦場に起こった。
 風が止んだのだ。先程まではためいていた源氏の白旗、平氏の赤旗、数千枚はあろうかという旗が、一斉にしなだれた。一瞬の無風状態、皆が沈黙する。
 兵達は戦闘を忘れて、一度空を見上げた。その直後、旗が揺れた。
 源氏の白旗も、平氏の赤旗も、大いにはためいた。

「風の流れが変わった……」

 妹紅は空を見上げながら、茫然とつぶやいた。

「いまだ、帆を張れ!」

 旗艦にいた義経が高らかに叫んだ。
 東から吹いた風を受けて、帆がはためく。一気に加速した船で、たちまちのうちに逃げる平氏の喉元にくらいついた源氏の船団。陣形を崩されて、慌てふためく平氏勢に、矢を射掛ける兵士たち。
 戦況が一変した。


 長門の国の丘から、戦場を見つめる視線が二つあった。

「風を変えたか。文め、愚かなことを」

 大天狗であり、義経と文の育ての親ともいえる鬼一法眼だった。
 関門海峡一帯の風を変化させたのは、天狗に伝わる秘術、猿田彦の先導だ。
 術を使うには天狗の一族に伝わる団扇の力がいる。文はこの団扇を幻想郷の妖怪の山から持ち出していた。法眼は文を止めるために追ってきたが、間に合わなかった。
 文は義経を助けたかったのだろう。

 そこから対岸、九州側の丘に射命丸文は立っていた。
 瞳は無表情で、感情をうかがい知ることはできない。
 しばらく戦場を眺めると、自分の役目が終わったことを確認したのか、身体を包む風に乗って、天空高く飛び去って行った。


「この流れに乗じて敵の中央を突破するぞ!」

 源氏の前線指揮官たちはしきりに突撃を叫んだ。
 急ごしらえの帆を取り払った船団は、敵中央の船に接舷して、白兵戦に移っている。
 中央突破を受けた平氏の本隊は、指揮系統が分断され、混乱を収拾できずに壊乱状態に陥っていた。
 さらに、知盛が包囲運動させていた左右の伏兵は、加速した源氏船の速さに対応できず、源氏の遥か後方で遊兵になってしまった。
 もはや大勢は決した。
 愕然とする知盛。動揺を顔に出さずに落胆する。
 なぜ風が吹いた?
 義経は風向きが変わることを知っていたのか?
 前もって知っていたのでなければ、帆などという仕掛けは有り得ない。
 しかし、風があのタイミングで吹くということがなぜわかったのだ。
 東向きの風は、数分しか吹かなかった。
 絶妙なタイミングだった。源氏は突風の吹く直前に、全軍示し合わせて帆を上げたのだ。
 義経は天候ですら味方に付けたというのか。
 なぜ自分達には、味方しなかったのか。
 考えても何故なのか、知盛にはわからなかった。
 ただ、内心で狼狽するばかりだった。やがて、取り返しのつかないことをしたという自責の念が襲ってくる。
 万事休したか。万骨枯果てて一将の功成し得ずか。言いようのない震えが体の内から沸き起こる。それが、態度に表れないように知盛は必至で押さえていた。
 その時、傍らに近づいてきた偉丈夫に気付く。

「教経、お前は落ちのびろ」
「あほなこというなや、従兄上。今さら逃げても行くとこなんかないわ」
「なんだと?」
「武家が誇りを失ったら生きとる価値なんぞない。家を守れんかったんなら、せめて、名は守らんとな。平氏最後の意地、義経と源氏に見せたるで」

 死兵となって最後まで戦い、玉砕する。教経はそう決めているのだ。

「教経……すまんな」
「なんで謝る。好きでやっとるだけや」

 微笑み、教経の軽く肩を叩くと唐船の奥へ入って行った。

 教経はその後ろ姿をちらりと一瞥する。
 従兄上、泣いてないといいけどな。
 きっと知盛は自分の責任だと思っているだろう。一ノ谷や屋島と違って、今回の壇ノ浦は知盛が全て作戦を考えた。自分の采配ミスで一族の命運が決まったと思っているだろう。だが、それは違うと思う。
 実質の所、知盛より戦略眼に優れた人物も、戦術指揮能力の高い人物も、平氏にはいなかったのだ。
 源氏も平氏も、お互い死力を尽くした結果なのだ。どちらかが、必ず敗者になる。
 それでも、もし源氏に義経がいなければ、もし知盛にもっと自由な裁量権が与えられていれば。そう思いをはせずにはいられない。
 義経はどうやって、風向きが変わることを知ったのか。
 相手が知り得たことを、なぜ自分は知ることができなかったのか?
 それは結局、自分の努力が足りなかったということではないのか?
 とすればやはり、一族を滅亡に追い込んだのは自分なのだ。
 そんな風に考えるに違いない。
 平氏は源義朝を討って一度日本を制覇しておきながら、頼朝や義経など、義朝の遺児を活かしておいたがために、情勢を覆されてしまった。頼朝はそのことを実体験を通して学んでいる。
 平氏の直系の子息を生かしておくことはしないだろう。清盛直系の男子はまず間違いなく根絶やしにされる。桓武平氏本流の断絶は決定した。

 教経の意思は決まっていた。
 源氏を殺す。一人でも多く、殺す。
 絢爛豪華、栄耀栄華を誇った平氏の滅亡に、見合うだけの血が必要だ。
 名のある大将でを一人でも多く殺す。雑魚も殺す。
 決死の特攻を決めた小早舟の突端に、飛びぬけて巨漢の偉丈夫の姿があった。

「島津義弘殿、藤原景清殿、援護をお願いいたす」

 承知、と腋に控えていた武者達が弓を番えながら答える。
 教経自身は白柄大薙刀を肩にかけ、不敵な笑みを口元に宿す。その笑みは自嘲か、もしくはこれから彼の切っ先に掛かり倒れることになる敵への嘲りか。
 平氏最強武将、平能登守教経、一世一代の晴れ舞台。
 巨体の背後で、平氏の赤旗が血の色に翻る。

「聞けやおまえら、ここが最後の見せ場や! 一人千殺、源氏を全員道連れにしたれ! 」

 大音声で叫んで接舷と共に跳躍、源氏の小舟に乗り移ると、一薙ぎで船上にいた雑兵どもを木端のごとく吹き飛ばした。
 辛うじて船上に残った者たちも、手足と戦闘能力を失って悶えている。教経はそれを無視して先へ進み、随伴している雑兵達が太刀で突き刺してとどめを指す。
 見る間に船上に死体の山が築かれていく。漕ぎ手も戦闘要員も失った無人の船が量産され、海上を漂う。勝ち戦で死を恐れる源氏勢は、死を覚悟した猛将の突進を少しも押しとどめることができない。
 まるで暴風が砂を吹き散らすが如く、無人の野を進むが如く、猛将は突進する。
 いよいよ前衛が切り崩されて、義経の本陣が露わになった。
 そして教経の目が、中央の大船に、源氏総大将・源義経の姿を捉えた。

「義経ェ! 貴様のせいで平氏は終いや。この上は、お前の首だけでも取ったるわ」

 怒号がとどろく。飛び込んだ教経の斬り込みに、護衛の雑兵が弾き飛ばされる。
 そのまま振り下された教経の剛剣をかわして、義経は飛び退る。華麗な跳躍。あっ、周りにいた雑兵の一人が叫んだ。
 歴史を知る者は、その光景に目を奪われる。これが世に名高い、八艘飛び。
 そのまま天に舞い上がってしまうのではないかと皆が錯覚した。次の瞬間、義経は隣の船の甲板に立っていた。
 体の重い教経は追いついてこれないだろう。
 いや、教経の巨体が宙を舞った。着地。船が半分水没して水飛沫が飛ぶ。

「できんと思うたか?」

 狼狽して顔を蒼白にする義経。
 小舟の船尾。周りにはもう飛び移れる船はない。供の雑兵も教経を畏怖して、脚がすくんでいる。
 薙刀を義経の首筋目掛けて一直線に振りおろした。
 刎ね飛ばしたこと確認しようと目を運ぶが、その時、予想外の衝撃を受けて、薙刀の切っ先が止まる。
 義経の隣にいた足軽が間に入り、太刀を割り込ませたのだ。

「またお前かァ!」

 足軽は大鎧を脱ぎ、歩兵用の甲冑に着替えた妹紅だった。
 振りおろした薙刀と、妹紅の刀が交錯する。

「もうあきらめろ。私が引導を渡してやる」
「ぬかせ、藤原佐藤ォ!」

 怒声と同時に猛牛の突進が妹紅を襲う。力まかせの我流。以前味わったのと同じ、単純だが、強い一撃だ。気迫を感じるのは、自分が気圧されているからだろうか。
 しかしながらもう既に妹紅は昔の勘を取り戻している。
 闘技とは基本的にお見合いである。単純な仕合であれば、妹紅の方が圧倒的に場数を踏んでいるのだ。
 船上、踏ん張りの効かない不安定な足場で、教経は唯一有利な膂力を活かしきれない。
 他方、妹紅の方は、鎧も軽装で、馬上の不利もない。最善の状態。自然体だ。
 妹紅と刀を合わせた一合目から、教経は違和感を感じた。
 妙にのろい剣だ、鎧が重いはずはないが。
 妹紅が身につけているのは、腹巻と呼ばれる一般兵用の軽快な甲冑だ。
 教経の大鎧とくらべると10キロ以上も軽い。
 違和感が確信に変わった時には既に遅かった。
 数合の後、剣先がゆらめいた。

 人体の内部を見ることのできる者が居れば、その本質に気付いただろう。精妙な一撃だった。骨どころか筋にも傷をつけず、ただ筋繊維だけを切って、敵を無力化させる一撃。
 だらんと力を無くして教経の太い腕が垂れ下がる。
 妹紅は教経を一撃で仕留めることができたはずだった。
 明白な事実だった。
 手加減をされた。
 筋を斬らず、肉だけを斬られた。
 殺すには惜しいと思った。人の身で、一代でこれほどの腕に到達するには、どれほど鍛錬を積んだのか。

「なんや全然かなわんやないけ……」

 上には上がいる。
 以前一ノ谷で手合わせした時は、本調子ではなかったということか。
 打ち物を取っては天下無双を自負していた教経には、これはショックだった。

 既に同時代の技を極めてそこから先は自分で進んでいかなくてはならなかった者と、1300年の歳月分の鍛錬で鍛えた技の勘を、徐々に思いだしてきた者。二者の間には、時代というとてつもない壁があった。

「あきらめろ、もう降伏しろ」
「なんやて? あるかい、そんなもん。舐めるのもいい加減にせいや!」

 二の句が告げなかった。
 命を無駄にするな、一族の命運を背負った武士にとって、そんな説得の言葉のどれほど薄っぺらいことか。
 教経は血まみれの身体で妹紅に手を差し出した。握手をもとめられたのだろうか。なぜか、妹紅は誘われるまま、その手をつかんだ。
 教経が、にやりと笑みを作った。

「義経の首は取れんかったが、代わりに右腕をもらってくことにするわ」
「妹紅!」

 慧音が叫ぶとほぼ同時に、教経は妹紅の体ををがっしりと抱きかかえると、そのまま体重を駆けて、彼女を道連れに、水中にたたき込んだ。
 水の中で、妹紅は死なないとはいえ、苦しい。死なないから、息苦しいのが延々と続く。
 首を抑えられて身動きができない。咄嗟に、水中で着こんだ胴丸を火炎で爆発させた。
 その衝撃で、彼は致命傷を受けたようだ。

「なんやと……女か……綺麗やないけ……」

 妹紅が浮き上がってきた。

「妹紅、大丈夫か? 教経は?」
「溺れて死んだ」
「そうか」
「敵ながら、立派な男だったね」
「そうだね」

 最後まで己の節を曲げなかった。
 それは教経だけではない。

「平氏の抵抗が根強い。掃討戦になるだろうな」

 態勢を立て直した義経が戻ってきた言った。
 知盛は安徳天皇と女官たちが乗った船を逃すと、最後まで味方の撤退を援護した後に、
 弓射にて敵兵何名か討ちっ取った。
 反撃の一斉射撃を受けて、十数本の矢を突きさしたまま、血まみれで甲板の上に座り込んだ。
 既に味方は死に絶え、いまわの際の言上を聞く者はいなかった。
 慧音だけは聞いていた。

「申し訳ありません、父上。無能無才の身ゆえ、力足りずせっかくお預かりした家を滅ぼしてしまいました」

 家を守ることのみに粉骨砕身してきた男の末路。

 そのとき見たものを慧音は一生忘れないだろう。


 遠ざかり、霧の奥に消えていく船の奥から、雪のように白い女が出てきた。
 銀髪、赤い大きな目。初雪のごとき柔肌。枝のように細い体。
 その場に居合わせたものは目の前の光景に思考力を奪われた。
 足下まで長い銀髪を振り乱して知盛の遺骸の前にひざまづくと、柔らかい手つきでその死に顔に触れようとする。
 瑠璃のように赤い目から、宝石の粒が流れる。
 立ちあがって、こちらをまっすぐに見た。
 慧音は見つけた。その小さな頭から、ほぼ、左右対称に、二本の象牙の如き角がのびているのを。
 総毛立つのを感じる。両手から力が抜け、思わず弓矢を落としそうになる。
 源氏の兵は皆が固唾をのんで棒立ちになって、無言のままその光景を見つめていた。
 慧音は胸を締め付けられたような想いに耐えていた。
 向うにも、いたのか。
 最後の将を乗せた船はゆっくりと遠ざかって行った。
 やがて、薄靄の中に消えた。
 相手の境遇を共感せずにはいられなかった。既に運命の決まっているものの傍に寄り添うというのはどんな気持ちだったのだろう。 
 
 とおい、おぼろげな記憶の中にある。
 誰かに優しくしてもらった記憶。
 自分は一人で、頼る人もなく、見ず知らずの人だった。彼には妻がいたから、自分の慕情は、報われることの無いものだった。ただ、傍に仕えているだけで幸せだった。
 どこかで彼を永遠に失ってしまったことは覚えていた。
 その彼の名前が思い出せなかった。
 知らず知らずのうちに涙をながしていた。
 何が恋しいのか具体的に思いだせない自分が嫌いだった。


 ★★★

 吾妻歌 吾妻恋しき ますかがみ 鞍馬に浮かぶ 稚児のよしなし

 東方へ帰参する途中、陣中から吾妻歌が聞こえてきた。
 故郷を懐かしんで兵士が歌っているのだ。
 その懐かしい調べを聞いていると、昔妻にしたいと願っていたあなたのことを思い出す。
 あなたへ渡そうと思っていた真十鏡を懐から出して眺める。
 さおさらにあなたを恋しく思う気持ちが募る。
 馬に揺られながら、あなたと共に過ごした鞍馬の地を通り過ぎる。
 子供の頃の他愛の無い出来事が浮かんできて、どうしようもなく切ない気持になる。
 あなたに会いたいが、会う手立てがない。
 もし会えたとしても、昔と比べて随分変わってしまった私を見て、あなたはどう思うだろうか。



 元暦2年(1185年)、平氏は滅亡した。
 凱旋した源氏の武者たちを、京の市民は歓喜の声で歓迎した。
 特に、義経の人気は絶大で、後白河法皇などは自ら義経の宿舎に赴き、彼を御所へ招待したほどだった。
 義経の幕下に集った郎党たちも、遠からず、恩賞を賜るだろうと思っていた。
 だが、鎌倉の反応は冷徹だった。
 源頼朝は鎌倉の許諾を得ずに朝廷から任官を受けた関東の武士らに対し、任官を罵る旨の書状を送りつけてきたのだ。
 義経の郎党や、彼に突き従った関東武士達は京へ留まるように告げられ、さらに東国への帰還を禁じられた。
 頼朝の許可無く官位を受けることは、鎌倉政権の地位を揺るがす重大な罪だったのだ。
 まだ官位を与えることが出来る地位に無い頼朝の、武家社会の頂点としての存在を根本から揺るがすものだからだ。

 ――何よりも義経が官位を受けたことが鎌倉政権の秩序を乱した。

「だから、官位任官は是が否にでも阻止しなければいけないんだが……」

 慧音が強く言った。
 官位とは朝廷の役職のことである。頼朝は官位は自分が認定するようにしたかった。
 と言っても実際のところ、1184年の8月17日に、義経は後白河法皇の命により左衛門少尉検非違使に任ぜられてしまっている。
 左衛門少尉検非違使は衛門府と呼ばれる朝廷の警備を担当する部署の長官職で、少尉は正七位上の位でありさほど高いくらいではない。
 その時は頼朝は何も言ってこなかった。実のところ、義経は官位を受けた時に、頼朝に伺いの手紙を送っていた。
 だがその手紙は返事が返ってこなかった。特に拒否されたわけではないと思い、義経は単独で官位の任事を受けた。
 おそらく、鎌倉側では意図的に手紙を差し止めていたのではないかと思われる。
 目的は、後々義経をおとしいれるためだ。
 梶原景時からの讒言は既に止んでいるはずだから、義経を陥れるための口実は少なくなっているはずだ。
 それなのに、鎌倉は着実に義経を包囲するように動いている。
 慧音にとっては、こうなることは予想のひとつに入っていた。
 義経追討は単なる怨恨に根差すものではない。れっきとした鎌倉の政策なのだ。
 罪が無ければ、罪を捏造してでも義経を貶めなければならない。なぜか。
 頼朝にとっては、部下である義経の活躍を喜んでいる余裕のあるうちは、義経を野放しにしておける。ところが、余りに活躍しすぎて、名声が高まると、今度は不安になってくる。あくまで、義経の主は頼朝でなくてはならない。官位などの恩賞は主から受けるものだ。法皇から勝手に官位を受けるというのは、独立して政権を起こそうと画策していると疑われる十分な理由なのだ。
 天に二日はいらない。天下が治まった後、軍事的に名声のある義経の存在が、邪魔になってくる。義経の名前の元に、鎌倉と一戦交えてみようと思う者が集いかねない。
 司馬遼太郎は、自作『義経』の中でこう書いている。

「鎌倉幕府の統治に苦慮する頼朝にとって、義経は毒物以外のなにものでもない』

 義経は鎌倉幕府が建設しようとしている武家社会を、御恩と奉公の美しい秩序を破壊するテロリストである。
 鎌倉は、現政権としてテロリストを鎮圧する責務を負うのだ。

 義経は、先の頼朝の命令を重視せず、壇ノ浦で捕らえた平宗盛・清宗父子を護送して、5月7日京を立ち、鎌倉に凱旋しようとした。しかし義経に不信を抱く頼朝は鎌倉入りを許さず、宗盛父子のみを鎌倉に入れた。
 義経は弁明のために供の者数名だけを連れて、鎌倉郊外の腰越まで行くが、そこで鎌倉へ入ることを拒絶されて、立ち往生してしまった。
 しかたなく、義経は頼朝と面会できるように書状を書き、一緒に連れてきていた部下の武蔵坊弁慶に届けてくるよう命じた。

「弁慶、どこへ行くの?」

 腰越の浜にある満副寺から出ていこうとする僧服姿を見つけて、妹紅は声をかけた。

「おっ、妹紅殿。今から義経殿の命で頼朝様に書状を届けに行くのです」
「頼朝と面会……? 弁慶が? その格好で?」
「いけませんか? これ私の正装なんですが……」
「それで、頼朝様のアポはとってあるの?」
「はあ? いえ、ただ小者に頼朝様の屋敷に行って私が行くよう伝えてあるはずですが」
「これだから田舎者は……」

 妹紅は額を抑えて天を仰いだ。

「えっ」
「あのねえ、頼朝様みたいな貴人が、君みたいな薄汚いおっさんにおいそれと会うはずがないでしょ!」
「薄汚い……? おっさん……?」

 そう言われて、弁慶は少なからずむっとした。
 同時にかなりへこんだようだ。

「ああいう身分の高い人に会うには、それなりに釣り合う身分と、有力者の紹介が必要なんだよ。弁慶みたいな無位無官の人間が言っても、門前払いされるだけだよ」

 妹紅も遥か昔は貴族の姫として暮らしていた身であるから、貴人のしきたりについては知っていた。

「ではどうすればよろしいのか」
「そうだねえ、まずは頼朝様に近い、もう少し下の身分の人間に会うのがいいんじゃないかな。書状もその人に託したらどうだろうか」

 結局弁慶は妹紅の話を聞くうちに、自分に自信がなくなり、妹紅に一緒についてきてほしいと懇願するようになった。
 話し合った結果、鎌倉の奉行所の長官であり、頼朝の秘書官である大江広元にまず会おうということになった。
 しかし、広元クラスの人間でも、やはり妹紅や弁慶の身分では上の者である。
 なにがしか、頼朝に近しくてそこそこ地位のある人物に紹介状を書いてもらう必要がある。
 そこで妹紅は、頼朝の挙兵依頼の幕僚であり、頼朝の個人的な友人でもある、梶原景時と土肥実平の二人にお願いすることにした。

「土肥実平殿は御大将の実力をみとめてくださっていたと思いますが、梶原殿はどうでしょうか?」

 弁慶は不安になったらしく、妹紅に尋ねた。

「大丈夫だと思うよ。彼も昔ほど義経殿に反感を持っていないから」

 妹紅達は鎌倉の武家屋敷街に入ると、まずは土肥実平の屋敷を訪れた。

「一ノ谷で戦ったのはまだ1年前のことなのですな。もう随分時が流れた気がします」

 土肥実平は以前一ノ谷で戦った時のことを覚えていて、屋敷を訪れた妹紅達を手厚く遇してくれた。

「頼朝殿は、義経殿に対して懐疑的になっているようですね。彼の功績があまりに大きすぎることが不安なのかもしれません。何とか二人の仲を取り持つことができればよいのですが。大江広元殿は能吏であると聞きます。義経殿の人柄を包み隠さず話せば、必ず理解してくれると思いますよ」

 土肥も現状を正確に分析していて、大江広元への紹介を喜んで引き受けてくれた。
 次に訪れた梶原景時の屋敷でも、妹紅は歓待されたが、

「そこの汚い坊主は佐藤殿の下働きかなにかですか?」

 弁慶はかなり怪しまれたが、妹紅が取り成してなんとか屋敷に入れてもらえた。

「拙僧、汚いでござろうか……」

 梶原景時に侮辱されて、弁慶はかなり傷ついてしまったようだった。大きな身体が見る影もなく、しょげかえってしまっている。

「弁慶は立派な勇者だよ。君は別に、こんなところで役に立たなくても、戦場で十分働いたじゃないか。お役所仕事は私達にまかせておいて、君は常に義経の傍にいて、彼を守ってあげな」

 妹紅の言葉で弁慶は少し自信を取り戻した。
 じっさい、弁慶に政治的な補佐を求める方が間違っている。彼は元々農民上がりで、武家のしきたりなど知らないのだ。
 彼に使者などという役目を命じた義経の方に責任があると言える。こういう時に、まともな人選ができないのが、義経の弱味なのだろう。
 
「義経殿のためには書きたくないが、佐藤殿のためなら紹介状を書きましょう」

 梶原景時はそう言って一応了承してくれた。
 二人の有力武士の紹介状を持って、妹紅と弁慶は鎌倉の公文所を訪れた。
 公文所は鎌倉の行政一般を取り仕切る場所で、今で言う市役所または都庁に該当した。
 大江広元はここの別当職を務めている。別当というのは長官の意味であり、広元は東京都知事あたりのポジションに該当する人物ということになる。
 紹介状のおかげで、大江広元との会見に成功し、畳敷きの会見室に案内された二人。
 広元はまず、武士である佐藤継信、すなわち妹紅とだけの会見を求めてきた。
 弁慶を別室に待たせて、妹紅は広元と単独会見に臨んだ。

 ★★★

 広元は下働きのものから弁慶と妹紅の来訪を聞いて、眉を顰めた。 
 親義経派の土肥実平はともかく、梶原景時の紹介状付きとはどういうわけか?
 義経が使者を陳情に使わすことは予想していた。十分予想で来ていたことだから、広元も前もって対策を練っていた。
 簡単なことだ。なにがしか理由をつけて、たとえば無礼を働いたとか言って、会わなければよいだけだ。それで頼朝と義経の仲は完全に冷え切り、義経の孤立は完全なものとなる。あとは武力を持って義経を成敗し、鎌倉政権の統治は完璧なものとなる。
 武功一辺倒の義経の郎党など、簡単にあしらえると思っていた。だが、今目の前に現れた佐藤継信という人物はいったい。
 慮外な。なんと表せばよいのか。こんな人間が存在するのか?

「貴殿が、貴殿のような方が義経殿の配下と?」

 広元は我が目を疑っていた。まことに慮外なことである。
 この人物は本当に人間なのだろうか?

「……梶原景時はせんだって義経殿は冥府魔道と結託したなどと戯言めいた報告文書を送ってきましたが、あながち嘘でもなかったようですな。しかし、神仏天魔のごときものが人の世に関わるというのは聊か」
「……!」
「差し出がましきことのように思えますな」

 妹紅は一瞬で事の成り行きと、言動の裏に潜んでいた陰謀を理解した。
 梶原景時が讒言を鎌倉に送らなくなっても、鎌倉側の義経潰しが止まなかったのは、そういう理由だったのだ。
 そして、この男は。
 なぜだか分からないが、この男は気付いたのだ。
 目の前にいるのが、平安末期の奥州藤原氏に仕えていた武士、佐藤継信ではなく、1300年以上の時を生きた人智を超えた存在であることを。
 たまにいるのだ。このような男が。人間の身でありながら、冷徹な目で全てを見通すことのできるものが。
 政治と言う極現実の世界に生きながらも、極幻想の世界を認識して、なおかつ恐れないものが。
 そうか、この男だったのか。
 大江広元。自分は表舞台に顔を出さず、確固たる信念で、武家社会を確立しようとしている。
 そのためには、彼はどうあっても義経を殺そうとするだろう。

「なるほど、義経殿には神仏の加護がおありでしたか。では、一ノ谷や壇ノ浦での戦勝はもしかすると、あなたが」
「それは違います。義経殿は、自らの軍略で勝利をおさめられたのです」
「ふむ、まあそれはいいでしょう。私がお聞きしたいのは別のことです」

 そういうと、広元は畳に置いていた麦湯を一杯啜った。

「義経殿は鎌倉と一戦交えるおつもりですかな?」
「とんでもない! 義経殿には叛意はありません! 義経殿は常に頼朝様に忠実でした」

 しきりに義経の叛意を確認しようとする広元。まるで、義経に戦争を起こしてほしいかのようであった。
 それもそのはず、広元の本意は、義経に自ら反逆させて、しかるべき後に彼を掣肘し、鎌倉政権の反対者を根こそぎ刈り取ることだったのだから。
 妹紅は何とか義経と頼朝の和解の道を見つけようとした。

「では義経殿が許されるには、どうすればよいのでしょうか?」
「この上は官位を朝廷に返上し、領土を鎌倉に返して、その後出家して、元の通り鞍馬寺に戻るしかないのではありませんかな」
「バカな!」

 そんな条件を義経が呑むはずがない。
 義経は幼少から、平氏を倒して父の敵を討ち、武家の棟梁の息子として名を成すことだけを考えてきた。
 それが今、謂れのない罪で武家社会から追放されようとしている。官位・領土は自分の正当な権利だと思っているだろうし、鞍馬寺に戻って僧になるなどと、義経のプライドが許すはずが無い。

「天魔殿は大宰府の鎮守には誰を置くべきとお考えか?」
「へっ、大宰府?」

 唐突に広元が話を変えてきたので、妹紅は狐につままれたようになった。
 どうも論議の進め方では、広元に天性の分があるようだ。

「さよう。大宰府は国家の窓口であり、外交交易の窓口。重要な拠点です」

 広元はこの拠点に、頼朝の信任厚い天野遠景を置くつもりだと言った。

「天野遠景殿は頼朝様の挙兵当初からの幕僚で、軍事手腕だけでなく、行政手腕もあります。各地の豪族とも親交を持ち、公正な視点で民を統制していける人物です」

 そして、義経殿の幕下には、はたしてこのような人物がいましたかな、と言った。
 
「いったい何のことを言っているのですか」
「義経殿には、日の本を治める器量が、果たしてあるのでしょうか、そう言っているのです」

 広元の意を察して、妹紅は少なからずショックを受けた。
 それは幻想が現実へ積極的に介入することの非を鳴らされているようでもあった。
 謀略に生きる冷徹な官僚で、統治のためならば最低限の犠牲は許容されるのだと考えている、マキャベリズムの塊である広元だが、その主張は一貫している。
 蓬莱人の妹紅にとっては若輩にすぎない広元だった、政治理論ついて明確な答えの出せない妹紅よりは、正しいと言わざるを得ない。
 少なくとも、頼朝や広元は指導者として、行政官として多数の幸福を代表している。
 それは封建社会という、身分制の、閉じた支配の元でのことではあるが、この時代では当たり前のことで、この国が経験していかなければいけない過程の一つなのだ。彼には歴史的必然を問う正当性がある。日本は貴族社会より脱し、武家社会へと移行する。それが今後の流れである。
 一方、妹紅はどうか。
 彼女は情が移った義経を助けたいと考えているだけだ。
 仮に頼朝を倒し、天下を取ったところで、義経には為政者としての才覚がない。彼には軍事的な才能しかない。
 なにより、政権構想がない。日本全土を統治することなど、おそらくできないだろう。
 彼は戦いしかできない男だ。戦いのことだけを考えて生きてきたのだ。
 言ってみれば彼は使い捨ての矢である。目標を射ぬいたら、それで役割を終える。
 乱世では英雄であっても、治世では能臣となれない男だ。鎌倉政権に、彼の居場所はない。

 しかし、まだ手はあるのではないか? 何も、義経が全てを行う必要はない。彼の周りにいる、政治に優れた者が統治を代行すればよいではないか。そう考えた時に、彼の傍にいる者達を思い浮かべた。
 弁慶や他の義経直下の郎党達は、武勇は優れていても、一群の将になれる器はない。
 政治の面では、源行家や平時忠、後白河法皇などが義経の名声に擦りよってきている。
 だめだ、と思った。どれも強者に寄り添って自分の権益を確保したいだけの男で、鎌倉政権の官吏ほど能力はない。
 自分の娘を義経に娶らせようとしている平時忠などは、清盛が生きていたころには「平氏でなければ人間ではない」などと言っていた人物ではないか。
 義経の周りにいる人物が宛にならないのであれば、自分達が。自分と慧音が政務を代行すれば、各地の諸侯に今からでも領土の分配を約束しその手配を……。
 そこまで介入してしまったら、いったい誰の政権だ? それは一体誰が紡いだ歴史なのか? 自分達のような闖入者が、歴史をそこまで改変する権利があるのか?
 人は自らの意思で歩むからこそ、人生は貴く光を放つ。
 自ら悩み歩いてきた道のりにこそ、価値があると言うのなら、蓬莱人や白沢などというこの時代の人間の智を越えたものが介入した歴史に一体どれほどの意味があるのか。歴史という人類全体の人生は……誰かの手で強引に歪めてしまってよいものなのか?
 そもそも歴史は変わらないと慧音は言った。これは既に過ぎてしまった歴史の鏡像にしか過ぎないのだと。
 光の経路をゆがめて、像を変えることはできるが、写された元の形はそもそも変わらないのだ。もし、これが過去の映像にしかすぎなくて、それを変えると言うことは、ただ映像のフィルムに落書きをしてフィルムを汚しているだけに過ぎない。
 とすれば今自分達がやっていることは唯の自己満足である。


 ★★★

 道とは民をして上と意を同じくする者也

 道とは民衆と国家元首の意思を一つにするための方策のことである。




「お受けしましょう」

 広元に書状を渡すと、彼は簡潔に一言だけ添えた。

「義経殿が検非違使任官の是非を鎌倉に尋ねた時」

 妹紅は去り際に広元に尋ねた。

「義経殿が送った書状の返事がきませんでした。あの書状は公文所に届いたのではありませんか?」
「……存じませんな。そのような書状が届いたと言う話は聞いておりませんが」

 間違いない。広元が書状を握りつぶして、義経に独断専行の罪を着せたのだ。いや、あるいは頼朝も結託しているのかもしれない。
妹紅が渡した書状も、頼朝にそのままの形で、好意的に受け取られるとは考えにくい。



 腰越の寺に帰宅した時、時刻は既に暮れ方になっていた。

「妹紅、帰ったのか」

 夕日を背にした妹紅の姿を見て、義経はただならぬものを感じた。先に帰った弁慶から、ことの次第は聞いていた。
 この男にしては、鋭敏に事情を悟った。
 多分、うまくいかなかったのだ。自分と頼朝の和解は、成しえないものになってしまったのだろう。

「ああ、そうか」

 義経の目には、妹紅がもう、かつての奥州武士、佐藤継信の姿には見えなくなっていた。
 白い、雪のように白い長い髪が、夕日で照らされて茜の光の筋を作っている。
 そういうことか。この人はずっと、自分を守っていてくれたのだ。ふいに、義経は悟った。

 妹紅は畳に伏している義経の前まで歩いていくと、しゃがんで、彼の目線まで顔を下ろした。
 そして語った。
 自分の力が至らず、お前を救うことができなくなった。もはや、お前と兄の和解は成しえないだろう。
 向うはお前の死を要求している。私はそんなこと、認めるつもりはない。
 もし、お前が心から望むのなら、お前のために戦おう。屍山血河を討ち開き、共に進もう。
 妹紅は血に染まった目で、そんなことを言うのだった。

 義経はしばらく、呆けたような顔で妹紅を視ていた。元々彼は童顔だが、この時はまるで稚児のような表情をしていた。
 やがて、妹紅の話が終わってからしばらくして、義経はまるで屈託の無い笑みを浮かべた。

「最初からそんな予感がしていました。あなたは文と空気が似ていた。あなたも人間を超えたものだったのですね」

 そう言って、自嘲気味に微笑んだ。

「都合のよい時に霧が出る。吹くべきでない時に風が吹く。あれらは全てあなたたちの加護だったのですね。私は、私は女に守られてばかりだ」
「それは違う!」
 
 妹紅は必至で説いた。
 結局、我々は余計なことをしだけなのだ。
 あなたを救おうとしたが、救えなかった。
 あなたは立派な英雄だ。自分達が横槍を入れなくとも、独力で偉業を成し遂げたはずだ。
 義経の軍略は確かなものだった。無力だったのは、自分達だ。義経の運命を予め分かっていて、それを変えようと画策して、結局できなかった。努力が足りなかったのか、情報が足りなかったのか、力が足りなかったのか。その全てか。元々歴史の流れを大きく変えることなど、個人の力ではできないことだったのかもしれない。

 結局義経は鎌倉へ入る事を許されず京へ帰ることを命じられた。
 この時、義経は頼朝を深く恨み、「関東において怨みをがある輩は、義経に付くべき」と言い放ったと言う。
 これを聞いた頼朝は怒り狂い、義経の所領をことごとく没収した。

 頼朝との和解が敵わなかった義経は、そのことを気に病んで病になり、京に帰るなり寝込んでしまった。

「義経、元気ないね」
「相当ショックだったんだろう。彼は兄のことが好きだったみたいだから」

 妹紅と慧音は義経の憔悴ぶりを見て、心を痛めていた。
 何とか彼を元気づけてあげたい。それに彼女たちにとっても、義経に元気になってもらわないと、今後の計画の立てようがない。
 頼朝と敵対するにしても、どこかへ逃走するにしても、義経あっての話だ。
 考え込みながら、二人が義経の屋敷を出るとき、館の門の前に、一人の薄汚れた山伏姿の子供がいるのが目に入った。

「どうしたの? 何か用?」

 妹紅が子供目線で話しかけると、その子供は、びくっ、と肩を震わせた。
 恐る恐る、顔をこちらに向けたその子を見る。とても汚い子供だ。長い間、風呂に入っていなかったらしく、体中泥だらけだった。

「お前……文じゃないか!」
「さ、佐藤さん……」
「何してるんだ、こんなところで……なんだそのカッコ。うわ、くさっ!」
「う、うう……」
「ちょ、ちょっと…」

 いきなり文は泣きだしてしまった。
 文は奥州の幻想郷で会った時以来、余り成長していないようだ。
 妹紅達は文を自宅に連れて帰ると、風呂を沸かして身体を洗ってあげた。

「なんであんな所に立ってたんだ?」

 事情を聞いてみた。壇ノ浦で義経を助けるために天狗の団扇を盗みだした文は、天狗社会から追われる身となり、幻想郷に帰れず、天狗のいる山にも近づけず、人間の街を放浪していたのだ。そのうち、食うに困って遮那王、つまりかつての義経を頼って京へ辿り着いたが、義経の屋敷を訪問したが、義経はちょうど鎌倉へ行っており留守で、しょうがなく、食糧難の京の貧民街で物乞い同然の生活を送っていたと言う。

「リアルホームレスか。苦労したんだなあ」

 一緒に風呂に入り、文の背中を流してあげながら、妹紅は彼女を労った。

「お前、そこまで義経のことを」

 そう言うと、また文は泣き出してしまった。

「遮那王に会いたい……ねえ、佐藤さんたち遮那王の家来なんでしょ、会わせてくれませんか」
「もちろんだよ。義経も文に会いたがってるに決まってる」
「ほんと?」
「当たり前でしょ」

 文は喜んで、妹紅の無い胸に顔をうずめた。
 幻想郷にいた時の文は、スキャンダルばかり求めてくる厄介な分野だったが、こっちの文はまだ子供で、可愛いものだ。

「でも、ただ会うだけだと芸がないな」
「よし、再会を演出しよう!」

 慧音が素裸で、湯船の戸をがらりと開けて入ってきた。 

「なにやんの?」
「妹紅、白拍子の心得があるんだろ。彼女に舞を教えてやれ」
「は、白拍子? 確かに放浪してた時に、白拍子の一座に紛れ込んでいたことがあるけど……でもなんで?」
「京にもどってきて以来、不自然だと思っていたんだよ。静御前っているだろ」
「ああ、義経の奥さんの」
「今になっても静御前が登場する気配がないわ。そして今、ちょうど都合よく文が現れた。これはフラグだとおもいませんか? 妹紅さん」
「なんだよフラグって」
「びんびんに立ってるね。つまり、文=静御前だったんだよ!」
「なんだってーーーー、それは本当か……なんか、今私に誰か乗り移ったような?」
「そういうわけで、文を一流の白拍子としてプロデュースしたい〜」

 風呂からあがると、早速白拍子の服を調達してきた慧音。
 白い直垂に立烏帽子、朱色の袴が目に鮮やかだ。
 おあつらえ向きに文ぴったりのサイズだ。 

「これは随分綺麗だなあ」
「みこもえ〜」
「じゃあ、早速練習しようか。まずは足運びからね。扇の持ち方はこう」
「う、うん」

 文に白拍子の舞いを覚えさせる妹紅だった。

「じゃあ、リハーサルやってみようか」
「はい! 先生!」

 ゆったりした動きで、板の間を動く文。
 即興で今様を詠み、それを自分で歌いながら舞を見せる。

「なんか、すっごく退屈なんですけど……」

 見ていた慧音があくびをしながら眠そうに言った。

「白拍子の芸を覚えさせろっていったのはあんただろ!? 平安時代の舞いなんてこんなもんだよ」
「こんなキレの悪いダンスじゃ観客は沸かせられないよ。もっとエンターテイメント性を取り入れよう」
「慧音、本当に歴史好きなの? 伝統芸能って、形が大切なんじゃないの?」


 ★★★ 

 妹紅と慧音がお見舞いに来たと聞いて、義経は病床から置き上がってきた。
 客間に入ると、火鉢がいくつも炊かれていて、部屋の隅に妹紅と慧音の姿があった。
 二人は雅楽用の直垂に身を包んで、それぞれ楽器を抱えていた。
 妹紅は太鼓、慧音は笛。その後ろには数名の楽団がいた。

「なにやってんだ、おまえら」
「御大将の平癒を願掛けするために、白拍子の舞いを献上しようと思い、用意しました」
「いきなりだな!」
「さ、上座にお座り下さい」
 
 勢いに押されて、ものい頭を押して義経は座に座る。
 妹紅がぽん、と鼓を叩く。

「京いちばんの白拍子、静の舞いにござる」

 慧音が前口上みたいなことを言った。
 間の障子ががらりと開けはなたれて、紅白の白拍子の衣装に身を包んだ少女が入ってきた。
 障子の奥には庭の光景が広がり、一面新雪に包まれた銀白色の世界に、雪がひらひらと舞い降りてきているのが見えた。
 見ると、その降っている雪は、どこからか差してきている光に照らされて、七色に輝いていた。
 あまりに幻想的な光景だったために、義経はしばし言葉を忘れて見入っていた。
 しばらくして、目の前に立って舞いだした少女の顔に、見覚えがあることに気付く。
 少女の舞いは、たどたどしく、ぎこちなかった。後ろの楽団も、調子っぱずれで、明らかに最近練習を始めたばかりだと分かった。
 それでも少女の仕草ひとつひとつを見ているうちに、封じていた懐かしい記憶が、洪水のように湧き出してきて、義経は目頭が熱くなるのを感じた。
 四半刻ほどで、舞と曲は終わった。素人芸にしてはなかなか、という程度だったが、元々義経には舞いの良し悪しなどわからないし、そんなものはどうでもいい。

「……おまえらな、病人をこんなあけっぴろげた真冬の部屋に呼び出すとかどういうつもりなの?」
「あ……」

 妹紅が一本取られた、という顔をした。そういえば、忘れていた。
 しかし、義経は決して起こってはいない。顔を見れば、喜んでいることは明白だ。
 義経は立ちあがると、部屋の真ん中でうつむいてもじもじしている白拍子の少女の前にいき、その手を取った。
 
「部屋は寒いけど、お前の手は温かいな。文、ひさしぶり。奥州にいた頃からぜんぜん変わってないな」
「遮那王は老けましたね」
「おい! 傷つくだろォ?!」
「冗談ですよ。立派になりましたね」
「静ってのはなんだ? 偽名か?」
「ええと、源氏名?」
「なんだそれは?」
「わかんない」
「おい、そこの二人、文にヘンな事教えるなよ!」

 楽団の席に座っていた妹紅と慧音は知らぬ存ぜぬで通した。

「文、もう一度、踊ってくれないか?」
「うん」

 義経に見つめられた文は、気恥ずかしそうに白い頬を染めて、微笑んでいた。
 まったく恋する乙女という感じだった。
 それを見て妹紅は

「けっ、さかりやがってメス猫が。見ているこっちが恥ずかしくなるわ。リア充爆発しろー」
「なに、人の後ろに来てキャプションみたいに呟いてんだよ!」
「妹紅の心の声を代弁しました」
「私そんなひどいこと考えてないって!」

 いい加減寒くなったので、障子を閉め、若い二人を残して妹紅達は楽団の人と一緒に退散することにした。
 締め切られた部屋で、若い男女が二人、昔の思い出を語り合うことになった。

「本当に文は変わらないな。妖怪がうらやましいよ」
「遮那王だって変わってませんよ」
「もう稚児のころとはちがう。敵も大勢殺したし、妻も娶った」

 特に最後の言葉は重かった。頼朝の命令により義経が娶った郷御前との仲は良好だと仄聞していた。

「だが、好きなのはお前だけだ」

 くすり、と微笑をもらす文。

「まったくもう、すぐ浮ついたこと言うんだから。女たらしは変わってませんね。スケコマシです」
「お前が傍にいなかったから、他の女の元にいかなきゃならなかった」
「どこかで聞いたような臭い口説き文句ですね」

 こんなのに騙される女はいるのか、と思いちょっとあきれる。
 義経は言われて、すごくばつの悪そうな顔をした。

「もうちょっと素直にしてた方がいいですよ。あんまり計算高いのはあなたには似合いません」
「そうかな」
「素直に会えてうれしいって言えばいいんですよ」

 言われて、義経は姿勢を正して、文の正面に向き直った。

「また会えて嬉しいです」
「よろしい」
「壇ノ浦で助けてくれたの、お前だろ?」
「………」

 無言、というのは肯定の意味だろう。

「何だ、おれって妖怪に助けてもらってばかりだな」
「そんなことありません、遮那王は立派ですよ」
「お前達のおかげで平氏は倒せたけど、なぜかな。急に全部うまくいかなくなってしまった。今度は」

 しばらく義経は宙を眺めていた。

「今度は兄上が敵になる」

 泣きそうな声だった。
 義経は兄の頼朝が好きだった。これまで懸命に働いてきたのは、自分の軍事的才能を試してみたいという心もあったが、頼朝の役に立ちたいという気持ちもあった。
 離れて暮らしていたせいか、尚更に義経の頼朝への家族愛は深かった。
 文は何も言えなかった。壇ノ浦で風を操って義経を勝たせた時も、単に彼が勝てば彼の評価が高くなるだろうと考えていて、こんな展開は予想していなかった。
 義経に成功してほしかった。だけど、成功しすぎたことを咎められるとは思っていなかったのだ。

「おれは兄上と仲良くしたいだけなのに、うまくいかん。なぜかわからん」
「うん、人の世は複雑なんだね……」
「複雑怪奇だ。妖のほうがよっぽどわかりやすい」

 文はまるで子供をあやすように義経の頭を撫でた。
 彼女にとっては、共に幼いころを過ごした幼馴染の少年に過ぎない。
 
 文は義経の屋敷で一緒に暮らすことになった。
 春が近くなり暖かくなってきたころ、義経と文の二人は馬に乗って京の郊外までやってきた。
 月が出ていた。京の野辺は何もない。馬は二人を乗せてゆっくりと歩を進める。
 もう少し北へ行けば、二人が生まれ育った鞍馬山がある。
 虫の音にまぎれて、互いの息遣いが聞こえる。
 月明かりに照らされて、彼女の姿が見える。
 妖怪と言うけれど、外見も触った心地も、温もりも、まったく人と変わらない。
 どこに違いがあるのだろう。いや、昔から違いなんて意識していなかった。
 ただの幼馴染の少年と少女のままだった。
 どうしてあの時間がずっと続かなかったのか、続けようとしなかったのか、今さらに不思議に思う。
 過去の自分を罵りたい。本当に大切なものに気付かなかった、自分の愚かさを。
 できるなら、あの子供の頃に戻りたいと思った。背中にもたれかかる、文の体温を感じるほど、その想いが強くなった。
 逢引きしている二人の様子を、夜陰にまぎれて監視する二つの視線が合った。

「いい雰囲気だねえ、私も若い頃を思い出すよ」
「慧音、私達、出歯亀だよ」
「妹紅もこういうところで若いエキスを補給しておきたいでしょ?」
「エキスって……吸い取るつもりか。この妖怪め」
「みろ、あれ」

 ふと眼を離したすきに、馬が足を止め、馬の上で二人が正面をむきあっている状態になっていた。

「ちょっと、馬の上ってやばくないですか? 先生!」

 妹紅は興奮し、語気が荒くなっている。
 慧音の胸倉をつかむと、がくがくと揺すった。

「お、おちつきたまえ、妹紅君。大丈夫だ、まだ放送コードには触れていない。仮に触れたとしても私は一向に構わない」

 しかし、何か言葉を交わしたあと、二人はそっぽを向いてしまった。
 この後の激しい展開を期待していた二人は落胆する。

「あ、あれ? やめちゃうの?」
「なんだ……ん」

 月明りの下、馬上で見つめ合った二つの影、そこへもうひとつ、騎馬の影が近づいてくる。
 かっぽかっぽ、とまぬけな音をならして武者が一人、馬で隣に来て並んだ。
 きっと凛とした表情を、馬上にいる二人の男女に向ける。

「よ、与一……か?」
「くうきよめ」
「は?」
「空気読みなさいよ、っていってんの」
「……あの、いったい」
「さっきからずっと見てたけど、……いつまで待たせんのよ。いつまでちんたらおままごとみたいなことやってんのって言ってんの。じれったい、まどろっこしい」
「すみません、言ってることがわかりません」
「さっさと次のステップに進みなさいっていってんの。はりうっど的にはここはがつんと濡れ場でしょう! ずっこんばっこんあはーんでしょうが! ここまできて一緒に馬に乗るだけとか ハア? なにそれ? 乗るものが違うでしょってば。 どんだけKYなの? どれだけ視聴者の期待を裏切れば気がすむの? そんなんで、数字取れると思ってんの? せっかく私のもてあましたパトスを解消しようと思っていたのに、この気持ち、どこにぶつければいいの? おかしいでしょう、あなたたち!」
「おかしいのはあんただよ!」

 妹紅と慧音が走り寄ってきて、盛大に永琳の後頭部をどついた。
 そのまま永琳を羽交い締めにして拘束すると、馬から引きずり下ろし、若い二人から遠ざける。

「ちょっと、何すんのよ! これぐらいでレッドカードとか、審判どこに目をつけてんの?」
「はいはい、退場退場」
「むかつくわー、性欲をもてあますわー。肝心の部分見れないなんて。完全無料って書いてある癖に、結局メアド登録しないと見れない動画サイトかっつーの」

 何言ってんんだこの人は。
 
「サムネにつられました、はい」
「黙ってろ!」

 ぐきり、と妹紅が永琳の首をひねると、きゅう、鳥の首を絞めたような音がして、永琳の目から光が消えた。
 戦場暮らしが続いたせいか、永琳の精神もおかしくなっているようだ。

「それではお邪魔しました。後はごゆっくり」

 義経と文にそう告げると、妹紅と慧音は永琳を抱えてそそくさと野原を後にした。

「……」

 後に残された二人は、気まずくなってずっと月を眺めていた。


 ★★★


「文、受け取ってほしいものがあるんだ」
「何ですか、遮那王」
「これなんだけど」
「え……あの、これなんですか?」
「鏃だよ」
「やじり……って、あの矢の先っぽについてるやつ?」
「そうそう。これは那須与一が屋島で扇を射抜いた時の矢なんだ。すげえ神技だったから、御利益があると思って、ずっと持ってたんだよ。ほら、暇な時磨いてたから、ぴかぴかで、まるで鏡みたいだろ?」
「はあ……」
「俺だと思って受け取ってくれ」
「え、えと、あの」
「何だ?」
「えっと、いらないです」
「は?! いらない?? な、なんで!」
「えーっと、なんていうか、その、ダサいです。血なまぐさそうだし……鏃って……女の子への贈り物としてどうなの……ありえなくないですか? だいたい、鏡みたいって言うなら、本当の鏡を買ってくださいよ」
「……」
「? ……えと、遮那王?」
「…………」
「どうしました? 私、言いすぎちゃ」
「いや、いいんだ」
「遮那王?」
「確かにダサいよな、ハハハ。こんなダサいもの後生大事に持ってて、俺ってやつは……クッ、お笑い草だ。こんなていたらくだから、兄上にも愛想尽かされたんだよな」
「そんなことは」
「女心も分からない……京とかに出て貴公子気取ってるけど、ほんとは田舎育ちの芋侍だもんな…俺のようなゴミクズは鞍馬寺で坊主にケツでも掘られてばよかったんだ……」
「もう、わかりましたよ。ほしいです、それ。ください!」
「いいよいいよ、無理にもらってくれなくても。こんな鉄クズ、何の役にも立ちゃしねえ。はは、使い道の無くなった矢か。まるで俺みたいだな」
「もう、なんですか。ホントにほしいんです、……うっそー、与一さんの矢ですかー? ワー、すごいなー、かっこいいなー、あこがれちゃうなー、御利益ありそうだなー。みんなに自慢できそう」
「そ、そうか。そこまでいうなら……ホラ、こに糸を通せるようにしたんだ。首飾りにみたいにして飾れるだろ? つけてやるよ」
「ビクッ」
「いま、逃げようとしなかった?」
「い、いえ、そんなことは」
「やっぱりホントは嫌なんだ……」
「そんなことないですってば! ああ、もう。めんどくさい人ですね! 貸しなさい!」

 文は義経の手から鏃のペンダントをひったくると、その場で首に通した。
 義経はそれを見届けると、大喜びで、軽い足取りで丘を降りて行った。
 まったく、もう三十になろうかというのに、子供っぽい男だ
 ちょっとあきれながらも、それでも文は嬉しかった。
 二人で合っていた境内の中を、文はしばらく歩いていた。
 鞍馬寺。文と遮那王が幼少を過ごした思い出の地である。
 この場所に来るのは多少怖かった。文は、天狗の団扇を盗んだ罪で、天狗界から追われる身だ。
 だが、鞍馬寺には既に天狗達の姿はなかった。
 文が鞍馬を発ったころは、まだ数人の天狗が残っていたから、後発の移住で全員幻想郷に移ったようだ。

「文」

 木の陰から、自分の名前を呼ばれて、文は寒いものを感じた。
 知っている声だった。姿は見えないが、気配は感じる。

「法眼、京に来ていたのですか」

 鬼一法眼、文と遮那王の育ての親であり、遮那王の兵法の師匠であった鴉天狗だ。

「文、なぜ幻想郷を出た」
「……私は遮那王と一緒にいたい」
「辛くなるだけだと言ったろうに。妖と人間はしょせん、交われん。遮那王には死の運命が付きまとっている」
「え……」
「妖怪の賢者が予測した未来だ。既に遮那王は鎌倉の頼朝と敵対している。遮那王は政治がうまくない。あいつに味方する武士はいないだろう」
「だったら、私が助けてあげます!」
「力は強くなってもまだねんねだな。物事の道理がわかっていない。妖怪の力を使って、遮那王に加担するなど、大天狗が許さんぞ」
「……」
「考えを改めろ。今ならまだ間に合う。このままだと、私がお前を止めなければいけなくなる」

 そして気配は消えた。
 文は両手を強く握りしめた。法眼の警告は本当だろう。天狗の世界は縦社会で、上の命令は絶対だ。
 それでも義経には自分の力が必要なのだ。命の危険が迫っているのなら、尚更。


 京にもどった義経の元を、しきりに訪問している男がいた。
 源行家。彼はかつて源義仲と共に戦った男で、源氏の棟梁であった義経の父、源義朝の弟である。
 頼朝や義経にとっては叔父にあたる人物だ。
 彼は生来、扇動者として才能に長けていたが、軍略面での才能には乏しかった。
 なにしろ将帥としての才能が皆無とまで言われた、平維盛にすら破れているのだから、相当戦下手だったのだろう。
 そんな彼にも、誰にも負けない才能がある。権謀術数の才能だ。彼は自分の地位と権力を守るために、軍事上の保護者を必要としていた。
 そこで、義経に目を付けた。
 行家は再三にわたって義経に訴えていた。
 すぐさま諸侯に檄を飛ばすべきである。軍神・義経の名のもとに集う部将も数多いよう。
 以前の平氏のように、西国の独立勢力を束ね、鎌倉側の義経信奉者を抱き込めば、軍事的には頼朝を凌ぐではないか。
 なにより天皇の支持もある。
 だが、動こうとしない。まるで泥をこねるような想いだった。今の義経はまるで抜けがらだ、と行家は感じていた。
 それでも一縷の望みを託して、行家は義経の家を訪れた。

「行家殿」
「決意は固められたか?」
「やはり、おれは兄者と争いたくない」

 この期に及んでまだそんな甘いことを言っている。
 先日、京の義経の邸宅を、鎌倉方の武士が襲撃するという事件があった。妹紅と慧音の活躍によって、撃退には成功したが、首謀者を取り逃してしまった。詳細は分からなかったが、頼朝の命令を受けていたことは明白だ。

「”狡兎死して走狗烹らる” という言葉を知りませんか」
「知ってます。漢の韓信ですね」
「さよう。頼朝公はあなたの人気に嫉妬し、あなたの才能を恐怖している。もはや兄弟の情愛などありませんよ」
「いや、兄上はきっと私のことを気にかけてくれているはずだ」

 これは不幸な行き違いにすぎないのだ。兄上の周りにいる奸臣たちが、自分と兄の仲を裂いている。
 そんな風に、行家のような男には世迷い言にしか聞こえない妄想を、義経は語った。
 頼朝が義経を反逆者として処罰しようとしていることは、既に明らかだ。どうしてそれがわからないのか。
 兄弟であっても、戦場では殺し合う。骨肉の争いという言葉を知らないのか。権力や富の前では、兄弟の愛情など紙クズに等しい。どうしてそれがわからないのか。兵法を学んで、歴史を知っているというのなら、弟を殺した兄がどれだけいたか、知っているだろうに。
 まったくもって不可思議な男だ。戦場では相手の心理が読めるのに、平時では陰謀家の内心がまったく読めないというのか。
 謀略に生きる行家からすれば、まったく不可思議な生き物としか言えない。
 将棋指しと言うのは将棋のことしか考えないものなのか。元来、軍事的に優れた人間というのは、政治的な素質が駆けている者だ。
 人間を駒として割り切って見れる人間には、人間関係の機微が分からない。合理性では割り切れない部分が見えない。
 それにしても優柔不断な男だ。漢の韓信も最後まで反逆を迷い、結果好機を逸してしまったと言うが。 
 してみると、俺は韓信に売られた楚の将軍、鍾離眛か。
 売られるのは御免だな、第一、格好が悪い。逃げるとするか。
 結局最後まで義経が首を縦に振らなかったので、行家は説得を断念し、その日のうちに京の屋敷を引き払うと、西国方面へ逃走しそのまま姿をくらましてしまった。
 行家が行方不明になったことを聞いた義経は、

「行家、出奔したのか……節操の無い男だな」

 と他人事のようにつぶやいただけだった。義経の元に集った僅かな武将達はこの噂をきいて、「義経殿は腑抜けになった」と落胆した。



 ★★★

 京の義経の屋敷に文が来てから、2カ月が過ぎた。
 夜、月明りの下、文は京郊外の竹林の前まで出てきていた。
 時折、ひとりで考え事をする時に、彼女は寝所を抜け出してこの場所に来ることがあった。
 ここは竹取物語に出てくる竹取の翁が住んでいたと言われる林で、ということは輝夜姫の発祥の地でもあった。
 法眼が文に忠告に来たのは、1か月ほど前で、その間、義経は形だけは頼朝に反逆するために、兵を集めていたが、実質は何もしていなかったにひとしい。彼は最後まで、「兄とは戦いたくない」と子供のような駄々をこねていた。
 文も心配していた。が、最終的には義経の傍にいるだけだと考えていた。
 ふと、風がざわめいて、竹の葉が揺れた。
 暗い竹柱の奥に、一人の鎧武者がこちらに近づいてくるのが見えた。

「静様」
「あら、どうしてわざわざそっちの名前で呼んだんですか?」

 やってきたのは佐藤家の三男、佐藤忠信だった。つまり慧音と言うことになるのだが。
 それにしても、林の入り口からではなく、林の中から来ると言うのはどういうことだろう。

「文?」

 後ろから、声をかけられて、文は振り向く。
 さきほどと全く同じ声だった。後ろを見ると、やはりよく知っている、佐藤忠信の姿が見えた。こちらは鎧を着ていない。
 前後に一人ずつ佐藤忠信が見える。

「あれ? 慧音さんがふたり?!」
「貴様、妖怪だな!」

 慧音は前方の林の中にいる鎧武者をにらみつけると、刀の柄に手を当てた。
 その時、背後で風の音がして、林の地面に散っていた枯れ葉や木屑が舞いあがった。

「文、やばいよあんた!」
「はたて?! どうしてここに?」
「大天狗たちがかんかんだよ。あんたのこと追放しようって言ってる!」
「え……」
「鴉天狗? いったいどういうことだ?」

 慧音が刀に手をかけながら状況を把握しようとしていると、前方の林にいた佐藤忠信に化けた何かが、林の外まで歩いてきた。

「あらあら、はたてさん。姿見せちゃうんですか? そでれはもう仕方がありませんね……」

 背後にいた忠信の姿が怪しい光をともなって歪み、変わっていく。
 その様子を注視している文と慧音の前で、鎧武者の姿は崩れ去り、一匹の狐の姿が残った。
 ただの狐ではない。尻尾が九つ。
 九尾の狐。妖怪だ。

「なんで正体をばらしちゃうの?」

 狐の背後から女の声がした。
 突如、夜の闇がぱかりと割れて、その割れ目から、にゅるりと一人の妖艶な女が出てきた。
 陰陽師のような、白拍子のような、不思議な風体をしている。少女とも、成人女性ともいえない女だ。
 最初、女は七色に光っていて、色が良くわからなかったが、おちついてくると、金色の髪を持った少女であることがわかった。

「わざわざおでましになるとは。私達が使いに来た意味ってなんだったんでしょう?」
「気にしない気にしない。最近仕事が無くて暇だったでしょう?」
「そこの天狗はどうか知らないですけど、私は暇じゃないですよ」

 抗議は無視して、慧音の方に視線を向ける女。
 
「あなたは……」
「紫様、化けてみてわかったんですけど、この方何か変ですよ」

 狐が慧音の方を見て言った。
 慧音ははっとなる。紫! この少女は、八雲紫か。この時代の。随分と姿形が変わっていたせいか、気付くのが遅れた。物事の隙間を操り、空間の隙間から出てくるというスキマ妖怪、八雲紫。また大変に長生きでかつ英邁な頭脳の持ち主であるため、妖怪の賢者とも呼ばれている。
 では、この正面の狐は、紫の式の八雲藍か。

「これはね、史究明求聞持の法というの。あなたは本当の姿じゃないんでしょ?」
「グモンジって確か稗田家とかがやってる記憶を後世に引き継ぐための術じゃなかったでしたっけ?」
「それは虚空蔵求聞持の法でしょ。求聞持の法はいくつかあるのよ。史究明求聞持の法は、聖獣ハクタクが過去の歴史を調査するために、時渡りを行うための秘術よ」

 紫と呼ばれた女性が慧音を見て言った。
 慧音は強張る。実際慧音は術の施行法については教わっていたものの、術の名前までは知らなかったのだ。
 本人すら知らなかった、術の名前を知っているとは。八雲紫は、やはり尋常ではない。

「さて、射命丸文」

 ぱちんと扇を閉じ、紫は微笑を伴った冷たい視線を文に向けた。
 鋭く凝視され、文がびくっと体を震わせる。
 文は目の前の金髪の少女の正体に気付いているようだ。

「あなたは自分が何をしたかわかっているの? 色に狂って自分の愛しい男を勝たせるために、自然の摂理を曲げて正しい歴史を捻じ曲げるなんて、恥を知りなさい! あなたのわがままで何万の人間が犠牲になったと思っているの?!」

 激しい叱咤。怒声が森に響いて、おさまるまでしばらくかかった。

「と、いう意見もあるわね」
「ということは、それはさほど重要ではないと?」

 狐が見上げて相槌をうつ。

「まあね。そもそも正しい歴史なんてもの、誰が決めるのかしら? 実際のところ、人間の中のどの勢力が覇権を握るかとか、その過程で誰が死んで誰が生きるか、ということは、自然全体にとっては大した出来事じゃないわね」
「なるほど。人間風情が無駄に何百万人死のうが、大勢にはさほど影響しないということですね」
「そんなことないわよ、人命第一。人の命は地球より重いわよー」
「あなたが言うと、ものすごく白々しく聞こえます。で、つまり何がいけないんでしょ」
「実際、この子が加担しようが加担しまいが、源氏が勝って平氏が破れるという結果は変わらなかったわ。ただ過程が変わっただけ。問題は歴史を変えることじゃなくて、この子が妖力を使って人間に加担すること自体にあるのよ」
「うーん。もうちょっとわかりやすく」
「人間の歴史は、あくまで人間だけの歴史であるべきだということよ。悩んだり苦しんだり、犠牲を出したりするのも、人間自身の選択の末路でなくては意味がない、ということ」

 淡々と、冷徹に八雲紫は言い捨てた。そんな口調だったから、尚更慧音にはそれが事実のように聞こえた。

「神なり妖怪なり、人の力を超えた者が干渉して特定の人間を優遇したりしたら、人は努力の大切さを忘れてしまう。全部神頼みにしてしまって、成功を得たのはあくまで自分の行動の結果だったということを忘れてしまう。それではいけない、というのがほとんどの神々の一致した意見なの。ちなみに私の意見もそう変わらないわ」

 それは、まさしく自分と妹紅が義経に対してやってきたことではないのか?

「天は自らを助くるものを助く、それ以上のことをしてはならない、ってことよ。あなたにとっても耳が痛いんじゃないかしら」

 また慧音の方を見る。
 慧音には懸念があった。自分達が義経に加担した結果、何が変わったのだろう。
 変わったとすれば、自分達と関わった者の心情、記憶だろう。自分達は、自分達が関わったものの人生を不当に歪めてしまったのではないか?

「で、どうされるのでしょうか?」

 狐が顔を上げて聞いた。

「そうね、つまりこの子にこれ以上、妖怪の力を使って九郎義経に加担してもらうわけにはいかないということね。だから、この子の妖怪としての力をここで封じることにします」
「できます? この子、かなり強い力を持ってますよ」
「あなた、長年式をやってるくせに、主のことをまだよくわかっていないのね。この子程度、まだ子供だから何とでもなるわよ」

 両手を肩幅に広げると、紫は文に半歩近付いた。
 おそらく、何らかの術を行使する前準備なのだろう。
 文は身構えて、後ずさりした。目に見えてわかるほど怯えている。

「やめてください! 義経には私の力が必要なんです」
「あなたはまだそんなことを言ってるの? 大体あなたが使っているのは、あなた一人の力じゃないのよ。鴉天狗と言う種族が、長年貯めた信仰の力を使っているのよ。それについても苦情が山ほど出ているんだから。そこのあなた、止めないわよね?」
「慧音さん、助けてください!」

 いつの間にか、文は竹林を背にしており、前後を紫と藍に挟まれて逃げられない状態になっていた。
 慧音はただ突っ立っていた。自分が何を成すべきなのか、分からなかった。
 慧音の脳裏には、一つの光景が浮かんできた。
 壇ノ浦の戦いの最後に見た、あの光景。平氏の船に乗っていた、一人の女性妖怪の姿。
 妖怪は、風説伝承の化生。その存在、記憶は時と共に、時代の意識の波とともに移り変わっていく。
 慧音には昔の記憶がなかった。生まれた時の記憶。日本に来た時の記憶。幻想郷に入るまでの記憶。
 あの、あの白沢は、もしかして、過去の自分だったのではないか? もしそうだとしたら、自分は自分の歴史を、歪めて、喰らってしまったのか?
 紫の手から、大気を揺らす波のような揺らぎがほとばしる。
 その波のせいか、文は頭を押さえてその場にへたりこみ、うめき声を漏らした。
 きいん、という甲高い高周波が竹林を一瞬揺らし、文の身体が激しく蠕動した。
 それで処置は終わったようだ。文の身体はどさりと力なく竹林の地面に横たわり、彼女はそのまま気絶した。
 紫の手には、ゆらめく、青白い光の人魂が握られていた。慧音に前にみたことがある。あれは妖怪の力のかたまりだ。
 紫は口大きく開くと、その塊を呑みこんでしまった。
 げふっ、とゲップをもらしたあと、紫は慧音のほうを見た。

「ねえ、ハクタク、さっきは私、妖怪が歴史に干渉するのはいけないと言ったけど、あなたたちの場合は別にそうは思っていないのよ」
「――え?」

 予想外のことを言われて、慧音はまた困惑した。

「なぜですか? なぜ我々が干渉することは悪ではないと?」
「うーん、だって史究明聞持の法といのは白沢が過去の歴史を追体験して、天帝にその結果を奏上する、という性質のものでしょう?」

 そこまで術の性質を知っていたのか。あらためて慧音は紫の造詣の深さに驚嘆する。

「天帝というのは万物の化生でしょ? いってみれば全知全能の存在。そんな天帝が、なぜわざわざたくさんの白沢を使って過去の歴史なんてものを蒐集させているのかしら?」

 言われてみればそうだ。歴史など、自然そのものである天帝にとっては、既に経験したものではないのか?

「そこで私は考えたの。あなたたちが存在するだけで、既に歴史は変わってしまうのは明白。だとしたら、あなたたちがもし、天帝から何かを期待されているとすれば、歴史を維持することではなく、むしろ、歴史の可能性を模索することではないかと」
「――!」
「あなたたちは本来はもっと強い力を持っていたはず。でも今は、妖力もある程度まで抑えられている。人間であっても、かろうじて対抗できるぐらいまでには。ということは、その程度の力が加担されたところで、歴史の本流からそれていくことはないということじゃないかしら」
「つまり、私達が何をしようとも歴史は変わらないと言うことですか?」
「大勢は変わらないと思うわよ。でも、あなたたちのような幻想が関わることで、幻想が現実に摩り替るということに意味があるのかも」

 興味深い、とともに慧音にとっては空恐ろしくなる仮説だった。
 何か途方もなく大きなものに自分が縛られていることは、うすうす感づいていたが。

「弱体化した力と知識で、歴史をかえられるものなら変えてみろ、これは天帝からの挑戦だ、ってところなのかしら。うーんまだよく解らないわね。私にとっても真実は分からないのよ。歴史って、何なのかしらねえ――」

 言いたいことだけ言うと、紫はまた隙間の中に入って行った。藍もいつの間にかいなくなっている。

「……」

 慧音は晴れない気持ちを抱えつつ、文を抱きかかえると、竹林を後にした。


 ★★★


 義経はいちおうは頼朝と戦うために近畿地方の豪族達を招集していた。
 が、義経が煮え切らない態度を取っているのと、以前土地を与えるという約束を反故にされていたため、義経を信用できず、結局兵はほとんど集まらなかった。 
 頼朝が軍を率いて義経追討に向かったという知らせが来ると、反乱軍は自然に瓦解してしまった。
 頼朝に対抗できる兵力を揃えられなかった義経は、九州への逃亡を図り、船に乗り込むが、瀬戸内海で暴風雨にあって難破してしまう。
 嵐によって腹心達とも散り散りになった義経は、静御前こと文と、数人の供の者を伴って、奈良の吉野山に身を隠した。

 雪深い吉野山を、義経と妹紅は二人で歩いていた。 
 慧音や弁慶達、他の郎党とは途中ではぐれてしまった。文も慧音と共に居る。
 追手は既に、吉野山の麓まで来ている。義経一行は、追跡を逃れて、北の京方面へ逃走しようとしていた。
 途中、吹雪いてきて、進路が分からなくなった。
 妹紅はこの程度の雪ならば、元々死ぬことはないし、平気だが、義経の体力が心配だ。
 山の中腹に、小屋を見つける。猟師が山狩りの時に使っているもののようだ。
 妹紅は義経を小屋へ招き入れると、土間で休ませた。
 ありがたいことに、薪木が残っている。
 妹紅が親指をパチンと鳴らすと、薪木の付近を熱気が包み、白い煙が上がり、しばらくして火がついた。
 
「これで暖を取ろう」
「便利な術だな」

 少し前に、妹紅は自分と慧音の正体を義経に伝えていた。
 ただし、術で時を越えてきたとか言ったことは伏せて、義経が理解できる範囲だけにとどめた。
 今では義経は、妹紅や慧音が女性であることも知っているし、実際に女性の姿で見えている。
 
「信じがたい話だ」

 話した当時は、義経は困惑するばかりだった。無理もないだろう。余りにも荒唐無稽すぎる話だからだ。
 だが、義経はまだ幻想的な話を受け入れる素養に恵まれていたと言えるだろう。
 なにしろ射命丸文という幻想と、幼少の頃を共に過ごしたのだから。
 妹紅は、鎌倉にうずまく陰謀、頼朝と広元が結託して、最初から義経を陥れようとしていたことも伝えた。

「じゃあその広元という男を除けば、俺は兄上と和解できるのか?」

 そうはならないと思った。もう遅いことだが、彼を殺そうとしているのは、別のものだ。
 いわば彼は、社会全体から殺されようとしているのだ。

「こんなことになるんなら、兵法なんて覚えなければよかった。奥州を出るべきじゃなかった。せめて、遠征軍の指揮さえ引き受けなければ」
 
 嘆き悲しむ義経を慰めてあげたかった。
 妹紅は、義経の命だけは自分達が守ってやると約束した――

 吹雪は激しく続いている。
 月並みだが、白い雪が全部覆い隠してくれないかと期待してしまう。
 ずいぶん服が濡れてしまった。不死の妹紅も実は風邪をひく。
 別に死ぬわけじゃないが、熱が出ると行動力が下がってしまう。
 服を脱いで、火にかけて乾かそう。そう思って、羽織を脱ぎ始める。

「お、おい妹紅」

 義経が顔を赤くしている。

「あ、わるいわるい。そういやもう女に見えるんだよね」
「頼むよ。どきっとしたじゃないか」
「意外にウブだなあ。もういいおっさんなのに」
「うるさいなあ。貴女は、何かこう、特別なんですよ」
「は?」
「俺の中で、憧れって言うかなんていうか――」
「お、お前、私が男の時からそんな気持ちを抱いていたんじゃないだろうなっ?!」
「ち、ちがう、ちがうって!」
「離れろ! お前はやはりきけんだな、信用できない」
「なんでそうなるんだよ!」

 数時間待ったが、吹雪は止みそうになかった。
 二人とも、裸になり、少し離れた場所に寝転がると藁を体に来るんで、横になる。
 義経は疲労で、いつの間にか眠ってしまっていた。
 目が覚めると、妹紅が出口の戸の腋にしゃがんで、戸の隙間から外を伺っているのが分かった。

「妹紅?」
「しっ、誰か来た」

 既に吹雪は止んでいて、戸をこんこんと叩く音が聞こえた。

「義経殿? 妹紅?」

 懐かしい声に気付き、妹紅は戸をあける。
 慧音が立っていた。周りには、弁慶以下の義経の郎党達もいた。

「慧音、無事だったんだね」

 奥にいた義経も、乾いた服を着ると、戸の所まで歩いてきた。

「義経殿、落ち着いて聞いてください」
「何かあったのか? 追手は」
「文が、追手に捕まりました」

 義経の顔がこわばる。
 以前、紫に妖力を奪われてしまった文は、妖怪としての力が使えず、見た目相応の少女の力しかなくなっていたのだ。
 義経は刀を取ると、小屋の外に出て走り出そうとした。

「義経様!?」

 郎党の者たちが、それを静止しようとする。
 その時、うなりをあげて飛んできた矢が、小屋の板壁に突き刺さった。

「追手だ!」

 郎党の一人が叫んだ。

「義経、逃げろ。ここは私達で食い止める」
「しかし!」

 文を助けなければ、と駄々をこねる義経を、弁慶が抱えて走り出した。
 妹紅と慧音は二人、足止めのために小屋のあった場所に残った。

 それからの義経の消息については、妹紅達は伝聞でしか知らない――
 妹紅と慧音は義経と別れたあと、追手の一団を適度にあしらって、京都に潜伏した。
 その後、風の便りに、義経が逃亡の果てに、藤原秀衡を頼って奥州へ赴いたという話を聞きつけた妹紅達は、義経に再会するために、奥州へ向かった。
 特に捕縛されることもなく、悠々と北陸道を歩き、5カ月ほどかけて、奥州へ帰りつく。
 奥州平泉。彼女たちにとって、思い出深い地だ。幻想郷に近く、彼女達は、義経の青春時代を、ここで一緒に過ごしたのだ。

「帰って来たのだね」

 奥州の雄、藤原秀衡は随分老いていた。
 病を患っているのかもしれない。
 妹紅達が義経と共に平泉を出てから、既に5年が経っている。思えば、長い旅だったと思う。

「うまくいかなかったかね」

 穏やかな、老いた口調で、翁はつぶやいた。
 優しい、抱擁力のある口調だった。
 それを聞いて、忘れていた疲れがどっと沸いてきた。
 はい、はい、と何度か頷いた。

「おつかれさま。おかえりなさい。ゆっくり休みなされ」

 なぜだか無償に泣きたくなった。
 我が家に帰ってきたという気持ちがした。


 ★★★

「ふむ、義経は奥州へ逃れたか」

 鎌倉で、義経追討の顛末を聞いていた頼朝は、報告を聞き終わると、顎を撫でて、しばらく何事か思案した。

「九郎は情にもろかったようだな。でなければ、今頃おれの首が胴から離れていただろう」

 頼朝は隣にいた大江広元にそう漏らした。
 広元は特に何も答えず、無言で目をつぶった。


 それからの事は、後日談ということになる。
 射命丸文は吉野で義経一向と別れた後、鎌倉方の追手に捕まり、義経の妻として鎌倉に護送された。
 静御前が白拍子であることは、報告されていたので、頼朝は鎌倉武士の氏神神社である鶴岡八幡宮社前で白拍子の舞を踊ることを命じられた。

「吉野山 峰の白雪 ふみわけて 入りにし人の 跡ぞ恋しき」

 これはその時静御前が舞と共に詠んだと言われる和歌だ。
 義経を慕う意味だった。頼朝はそれを聞いても、終始無言のままで、無表情のままだった。
 静御前は鎌倉に居館を与えられ、事実上そこに幽閉された。
 彼女が鎌倉に連れてこられたのは1187年の3月で、それから1189年4月の末まで、奥州に立てこもる義経への人質として、頼朝の秘書官の一人、安達清常の屋敷に軟禁されていた。
 4月の29日に、丸一日消息が知れなくなると言う事態が起こった。 
 義経の妻を逃がしたということで、安達清常は蒼白になったが、次の日になると静御前は幽閉所に戻っていた。
 安堵した安達清常であったが、前日、一体どこに行っていたのか厳しく問い詰めたものの、結局、静御前は何も語らなかったという。
 その噂を聞きつけて、5月に入ってから頼朝の妻、北条政子が静の居館を訪れた。
 北条政子は静御前に報告を一つした。

「4月30日に藤原氏が義経殿を討ったと」

 それを聞き、義経の死を悟ると、静は泣き伏したと言う。
 北条政子はじっと、その静の様子を観察した。芝居のようには見えないが。
 元々、ただの一日で何もできるはずもないが。しかし、とすれば此の娘は、6月29日、義経が死ぬ前日、いったいどこで何をしていたのか?

 1189年の10月、義経の命日である4か月前に、奥州の雄・藤原秀衡が病没した。
 死に際して、秀衡は、頼朝が奥州へやってくればいずれ藤原氏はことごとく滅ぼされるだろうから、義経を大将軍にして徹底抗戦しろ、と遺言していた。
 後を継いだ息子の藤原泰衡は、当初は秀衡の遺言どおり徹底抗戦の構えをみせたが、やがて頼朝の威を恐れて、父の遺言を破り、義経主従を襲撃しようと企てた。

 奥州平泉にある、衣川の館。
 燃え盛る居館を背景に、一人の男が地面に倒れている。
 腹ばいになって、目だけは蒼い空を眺めている。
 類稀なる軍略によって日本全土を震撼させた、当代きっての英雄と言われた男。
 源九郎義経。
 傍らには、幾人かの死体があった。彼に忠義を尽くし、倒れていたた郎党達だ。

――全て無くしてしまった。
 
 嘆きの感情も、それほど強くは出てこなかった。
 身体に受けた矢傷や刀傷が、血を奪い、徐々に彼の思考力を奪っていく。
 人は死を前に、走馬灯というものを見るのだと聞いたことがある。いつ、それがやってくるのか。彼は待ち構えていた。
 だけど、いつまでたっても、過去の楽しい思い出は浮かんでこない。待ちくたびれて、いい加減頬を突きさす火の粉の熱さにうんざりしていると、空から黒くて柔らかいものが、ひらひらと落ちてきた。
 もういちどだけ、力を入れて、それが何なのか、確認しようと目を見開く。
 黒い、羽根だった。夜の闇のように、深く、濡れた漆黒に輝く鴉の黒い羽根――

 懐かしい、一番好きな顔が、目の前で微笑んでいるのが分かった。

「遮那王」
「文……か?」

 やっとやってきた。走馬灯と言うやつが――


「文! こんなところで何してんの、さっさと行くよ!!」
「はたて!? どうやってここに?」

 鎌倉、安達清常の屋敷に監禁されていた文の元に、同じ鴉天狗の姫海棠はたてがやってきた。
 宿居から外の門をみると、見張りの兵が倒れているのが見えた。

「のした!」
「のしたって……」
「もたもたしてる場合じゃないよ。遮那王が危ないんだ、助けに行くよ! あんたも女なら、最後の花道をちゃんと飾りなさい!」
「でも、私、妖力を封じられてて、空を飛べない……」
「何言ってんの、あたしが抱えてあげるわよ!」

 言うなり、はたては文の身体を抱えて、空に舞い上がった。

「どう? あんたほどじゃないけど、私もかなり早くなったんだからね。このままひとっ飛び、奥州まで行くよ!」

 文は振り落とされないように、はたてを前から抱きかかえる形でしがみついた。
 本来だったらこの形なら振り落とされるだけだが、どうもはたての力が繋げた手を通じて文の身体に伝わってきているようだ。
 忘れていた、空を飛ぶ感覚が蘇ってきている。

「でも、平泉に行ってもどうすればいいのか……私が妖怪の力を使って義経を助けようとしても」

 大天狗達はすぐに阻止しにくるだろう。もっとも、今の文は妖怪の力を行使することなどできないが。

「大丈夫。不思議な力を持ったやつらで、義経を助けても文句言われない人達がいるじゃない。あの人たちが、作戦を考えてくれたよ」
「え、え? 誰?」
「ほら、あのヘンなやつらだよ! 男か女かわからない……」

 天狗の超スピードで、鎌倉から平泉まで、約500キロメートルをわずか半日で飛ばしたはたて。
 さすがに平泉に到達した時にはへとへとになっていて、着地した地面に顔面から激突すると、そのまま動かなくなった。
 着地点は、平泉の郊外。文が着地のショックから覚めて、辺りを見回すと、燃え盛る一軒の館があった。


――走馬灯が始まったと思ったが、光景は変わらないで、大好きだった少女の顔が映っているだけだった。
 おかしいな、と男は思う。もっと、他に思い出があったはずだが。それともそんなに俺は、彼女のことだけを考えて生きてきたのか?
 炎に照らされた少女の赤い顔は、随分きれいだった。
 目元には、水気がある。泣いているのか? 何に対してだろう。

「遮那王、生きたい?」

 少女が優しい声で、尋ねてきた。
 生きていたいか?
 何と答えればいいのだろう。
 これ以上生きていて、なんになるというのか? 第二の故郷と言える場所も自分を受け入れてくれはしなかった。
 それでも男は言った。
 生きたい、生きていたい。生きて、もっと広い世界を見たかった――



 ★★★


 藤原泰衡は父の死後、父の遺言を違えて、義経を討って頼朝にその首を届けるべく、彼の居館である奥州平泉・衣川館を強襲した。
 数百人の兵が館を取り囲むと、館からは義経の郎党と思われる数人の武者が出てきたが、遠巻きに矢で射てこれを全て射殺した。
 その間、館に火が放たれ、派手に炎上しだしたために、兵達は多少たじろいだが、改めて突撃して義経の首を討とうとした時に、炎の中から
僧兵の姿をして、薙刀を右手にもった人影が現れた。
 これが世に名高い義経の従者、武蔵坊弁慶か、と皆が思ったが、伝え聞くよりも上背が無い。
 なんにしろ、一騎当千の武者である。刀を合わせては犠牲が増すばかりだ。
 指揮者が手を振り上げ、一斉射撃を命じた。弓射歩兵たちが一斉に弓を番え、容赦なく、たった一人の僧兵に向かって矢を放った。
 うなりを上げて矢が突き刺さり、身にまとっていた衣が破られ、肉に突き刺さる音が聞こえる。
 数百の矢を身に受けて、針鼠のようになった姿。
 敵の死亡を確認するために、数名の歩兵がその僧兵だったものに近づいていく。
 その次の瞬間。
 僧衣の下から白い風が吹き、紅蓮の視線に兵士たちは身を焼かれた。
 穴だらけの衣が払われ、刺さっていた数百本の矢も一斉に飛び散る

 女? 
 白く、長い髪が館を焦がす紅蓮の炎にゆらめく。
 僧衣の下からでてきたのは、全身真っ白の、雪のような女だった。
 武者達が刀を抜き、自分を奮い立たせるために獣の咆哮を上げると、その女に向かって斬りかかろうとする。
 白い顔の中心にある、瑠璃色に輝く血のような赤い目が、残酷な光を発して、館を包囲した兵士達を射竦めた。
 突如、その女が何かを叫んだ。
 あまりの大音声に、地が砕けたかと思う。
 激情を、魂の全てを乗せたかのような、悲痛な叫びだった。

 彼女はなんのために叫んだのだろう。抗っても逃れられない運命のためにだろうか。
 己の無力、不甲斐なさにだろうか。
 諸行無常? 盛者必衰? 陳腐な言葉。だけど、使い古されていると言うことは、それだけ犠牲になったものが多いと言うこと。
 噴火する溶岩のように、激情に身をまかせて、渾身の拳を向かってきた武者の鎧にたたき込む。
 華奢なはずの肉体から、爆発的な力の奔流が噴出して、鎧を砕き骨を破り肉を抉る。
 武者の体は枯木のように砕け散って何メートルも後方に吹っ飛ぶ。雑兵達の一団にぶち当たり、巻き添えの不幸な犠牲者を多数作った。
 なんと歯ごたえの無い奴らか。
 平家の武者の方が、何倍も手ごわかった。こいつらは、命令されて嫌々戦っているだけだ。己の意地のために戦う者との間には、明確な違いがある。大将をやられた雑兵達は、悲鳴を上げ始め、得物を投げ捨てるとそのまま振り向いて遁走してしまった。
 白い女は、逃げる敵を見送ると、しばらく炎の中に立っていた。
 が、やがて焼け落ちる館を背に、悠然と歩くと、森の中に消えていった。


 藤原泰衡は困惑していた。
 義経の屋敷を襲ったのはいいが、どうやら失敗したようだ。だが、ほうぼうの体で帰ってきた兵士達を尋問してみても、当地の事情がつかめない。
 皆何かに怯えていて、うわ言のように朱雀、鳳凰、火が襲ってくる、などや、白い女、鬼のような女、などとわけのわからぬことを繰り返すばかりで要領を得ない。
 衣川の館は焼け落ちてしまったが、果たして義経は死んだのか、それとも生きているのか?
 結局数日たっても、義経や彼の郎党数名の消息は知れなかった。

「やむを得んな。死者のうちより、義経に似た首を探し出せ。鎌倉にはそれを送る」

 泰衡はそう命令し、死んだ自国の兵士の遺体の中から義経に似た男を探し出し、その首を取ると酒に付けて櫃に収め、鎌倉に送ることにした。


 ★★★
 
 今はなくなっているが、鎌倉時代に現在の青森県西方に、天然の良港があって、外港として栄えていた。
 十三湊という。ここは昔から高麗との交易がある土地だった。盛んになるのは鎌倉時代後期からであるが、幕府ができるより以前から港湾都市の基礎ができていた。
 その港より沖に数里ほど出た所の海面に、永琳は浮き出でると、海面に向かって声をかけた。
 すると突如、海面が盛り上がり、中から天女のような羽衣を着た女性が出てきた。

「これは珍しい。何世ぶりでしょうか? まさか八意様にお会いできようとは。月へ行ったとお聞きしていましたが、いつお戻りになられたのですか?」
「宇武賀比売命神ね。お願いがあるの。この人たちを無事に海の向こうまで送り届けてくれないかしら?」

 事情を聴き届けると、女性はにっこりとほほ笑んだ。

「昔馴染みのお願いですから、無碍にすることもできませんね。私に残る力はわずかですけど、ささやかながら旅人たちの安全を祈りましょう」

 数日後、十三の浜から一艘の船が出ることになった。ひさびさの外航船。
 その船に一組の夫婦が乗りこんでいる。夫婦の男子も一人いる。僧兵風の大男がいる。何名かの、農民や商人にしては顔に気品が感じられる者達。彼らは夫婦の従者だった者達だ。
 彼らの船は、無事に大陸に渡りきる。日本海の荒波に負けることもないだろう。この船にはわだつみの神の祝福が約束されているからだ。

「結局こんなことしかできなかったのか」

 浜の高い丘から、二つの影が、船が出ていく様子を眺めている。
 幻想からやってきた二人の少女は、歴史を変えられなかったかもしれない。
 幻想には歴史に干渉する力がないからだ。だが、歴史が幻想になることはできるのではないか?
 さてここに、打ち捨てられた、伝説がひとつあった。
 余りにロマンチシズムに傾斜しすぎていて、学問としては荒唐無稽で、歴史としてはすでに考証が終わっている伝説だ。
 義経=チンギスハーン伝説と言う。
 12世紀に、ユーラシア大陸の8割を支配した帝国があった。その帝国の基礎を作ったのは、極東の日本と言う小さな島国から渡ってきた、一人の英雄ではないのか、という伝説だった。
 一種の貴種流離譚で、今では科学的な妥当性も検証されて、幻想になっている。なぜなら、同一人物と言われている二人の人間は、それぞれ別個の来歴を持っていて、かなり詳しいところまでその生涯が分析されて明らかになっているからだ。
 だが、それが現実でない方が、彼女達には都合が良い。
 それが幻想に近いほど、彼女達は希望を託すことができるからだ。
 


 鎌倉へ送られてきた義経の首の首実験が行われることになった。
 首実検の為に指名されたのは、侍所別当の和田義盛と、義経の顔を良く身知っている梶原景時だった。
 櫃を開けて、中にあった首を出した時、 一目して景時は事情を察した。
 判官殿、逃れたか、いずこへ落ちのびたのか。
 蝦夷か、それとも唐土か。

「景時殿、私は義経殿の顔をあまりよく覚えていません。本人に相違ないと思うが、貴殿はどう思われるか?」

 景時が思案していると、和田義盛が尋ねてきた。
 景時には忸怩たる思いがあった。
 当初は自分も義経を嫌い、彼の悪口を鎌倉に送っていた。それが義経追討の後押しをしたかもしれない。
 彼の行方を詮索しても、詮なきことだと思った。自分にはもう関係のないことだ。
 内乱はもう終わったのだ。もはや事を治めるべき時だろう。彼の再起など有り得ない。彼にはこの日本に、身の置き場など、もうどこにもないのだから。

「これは義経の首に相違ありません」

 静かに景時はそう言った。

「景時殿が言われるのなら、そうなのでしょうな」


 その日、頼朝は、弓場にいて、弓術の訓練をしていた。
 弓を引き絞りながら、頼朝は首実験の報告に来た景時をちらりと見た。

「件の首改め、義経のものに相違なかったか?」
「ございません」

 しばらく、頼朝は景時の顔を見て、観察していた。

「……そうか、ところで。奥州の十三湊からは、南宋行きの船も多く出ているそうだな。ふむ。義経の郎党で討ち果たせなかったものは、何名か国外へ逃亡したかもしれんな」

 きりきりと、弦が強く引き絞られる。

「だが、外国のことなど、おれの預かり知らぬことよ」

 弦を離し、一矢、放った。
 矢はひょうと飛んで、見事、三十間程向うの的の真ん中に命中した。

「的を射抜いた矢はどこへ飛んでいくか……」

 誰ともなく、頼朝は尋ねた。
 答えは誰からもなかった。隣にいた梶原景時も、他の従者の者たちも、誰も答えなかった。
 求めてもいないことだろうからだ。




 ★★★

 タイチウトの族長は、草原の中に建てられたゲルの群れを見て、驚いた。
 この集落は随分前に無人になったはずだった。以前大きな戦が合った時に、若者達は皆兵士として駆り出され、そして帰ってこなかった。集落全体が老いて、老人達が置き去りにされ、一種姥捨て山のようになっていた。
 誰か流れ者が居付いて、集落を立て直したか。族長は、そのように予想した。
 集落の最も大きなゲルの前に、一人の壮年の男子が立っているのを見つけた。
 痩せていて、背が低く、見たことの無い顔つきだ。草原の者には見えない。どこか異国の生まれだろう。
 戦士としてはあまり強そうに見えないが、眼光が鋭い。

「名は何と言う」
「…ジルゴアダイ」
「本当の名前ではあるまい。まあいい。モンゴルとの戦がある。この集落からも手勢を出せ。そうすれば過去の事は問わん」

 止むを得ず、そのうち捨てられた集落は、男と、長男を一人、戦に出すことにした。
 軍役を断れば、おそらく集落ごと皆殺しにされてしまう。

 タイチウト族とモンゴル族の決戦は、モンゴル側の勝利に終わった。
 打ち捨てられていた集落から従軍していた男は捕えられ、両手を後ろ手に縛られ、引き出された。
 モンゴル族を率いる偉大なる王の前に。
 諸族を滅ぼし、高原を統一しようとしている王は、その地位に見合うだけの尊大さと覇気で男を迎えた。

「俺の馬を射殺したな」
「はい」
「腕をほめてるんだ。妙ななまりがあるな。草原の人間ではないのか? どこから来た?」

 遠い、東の国から来た、とだけ答えた。

「東倭というやつか。おまえは崖の上から俺を狙い、馬を射殺した。あと親指分ほどずれていたら、馬の頭ではなくて、俺の胸を貫いていたな。東倭では皆、あんな凄い矢を射るのか?」

 しきりに王は男に質問したがった。だいたいわかった。勧誘されてるのだ。
 今は部将ではなく、ただの一兵卒に過ぎない自分を、この王は勧誘している。

「私を殺さないのですか?」
「タイチウト族のジルゴアダイも、東倭の流れ者も、もういない。ここにいるのは一本の矢だけだ。お前は、おれの矢だろう?」

 光を感じた。確かに感じた。眠っていた、死んでいた感情が湧き上がってくるのを感じた。
 邂逅だ。今度はもっと強く、偉大な主だった。
 同時に、自分の中にある愚かさにも気付く。また、自分は、戦いの中に身を置こうとしている。

「仰せに従います」

 短く答えて主従の契約を結んだ。
 それから二十年余。
 男は西にいた。生まれ故郷より、はるかに西だ。
 自分を案内してくれた鬼も、何年か前に生まれ故郷に帰った。
 今は妻にも先立たれ、息子達も成人してそれぞれ自立して集落の長となっている。
 男は偉大なる王の忠臣として、西にいた。何万もの部下を持つ、軍団の長である。もう彼の身近にいるもので、故郷の島国の名前で彼を呼ぶ者はいない。
 その名前を覚えている者はいない。彼を知る者は、彼のことを草原の共通語で、一本の矢とだけ、呼ぶ。
 矢は自覚した。馬で草原を駆けながら。
 自分の一生は戦いだった。自分には戦いしかないのだとつくづく理解した。
 だが、ふいに彼の脳裏に、悲しみが去来する時がある。涙の衝動が襲ってくる時がある。馬に乗って、風に追われながら、草原を一人で彷徨っているときにそれは多くある。
 自分の求めたものは、手に入れたかったものは、本当にそんなものだったのだろうか?
 男の前を、二匹の鷹がお互いを追いながら空を横切っていた。男を追い抜いて行った。
 やつらは、おそらくつがいなのだろう。追いかけているのが多分雄だ。
 雄の鷹が雌の鷹を追いかけるようにして後を着いていく。
 まるで俺みたいだ。俺もかつてはあのようにして、遊んでいた。
 男は自分の幼年時代をおもいだす。無邪気で、無垢で、未来を勝ち取るために精一杯だった頃。
 幼馴染の少女の優しい眼差し。美化されたそれ。
 暗い幽閉生活だった、幼少期を、この上ないほど楽しい時間にしてくれた、大人になってからも、落ち込んでいるときに励ましてくれた。
 大好きだった少女の面影だ。
 男の青春は終わり、今はもう過ぎ去った時代を懐かしむ世代になった。
 それでも今自分が駆けているのは、幼少の頃を過ごした鞍馬の森なのだと、風を感じながら男は考えた。
 今は馬の背に温かみを感じることは無いが、彼はそれを一生忘れずに走っていくだろう。
 大陸を流れる悠久の風はどこまでも吹いて、自分の故郷の島国まで続いて、きっと自分の心と、あの大切な人達を繋いでいるのだ。

 男は東から西へ馬で駆けて行った。不世出の偉大な王の忠臣として各地で戦った。
 ユーラシア大陸を東西につらぬいて進軍し、シルクロードを三年で粉砕し、蹄下に数百の諸族を服属せしめ、ロシア諸公が集めた十万の大軍を撃破し、ヨーロッパに東方の脅威を植え付け、空前絶後の大帝国の礎を築いた。
 伝説を作った。そして老いた。そして、東の故郷に帰らぬまま、病を患い、遠征先で死んだ。
 打ち立てた伝説に反比例して、彼の往時を知るための情報は少ない。
 彼の本当の名前も、生まれた年も、生まれた場所も、史書には残されなかった。
 彼が生前に受けたもので、際立つものは唯一つ、一本の矢という称号のみだ。
 それだけで、一等の戦士であることを証明する名である。
 彼の戦いの人生を記すにはその名のみで十分だったのだ。
 男が真に求めたものを知る者は、もう、誰もいない。



 本当に、そうだろうか?




 妹紅と慧音、それに永琳の三人が幻想郷に戻ってきた。
 長い、長い歳月だった。彼女達は、一人の人間の人生の物語を見てきたのだ。
 と言っても、実際に現実世界で経過したのは、ごくわずかの時間だった。
 夢が覚めてみると、途端にあの長い時間のことが、現実感が薄れ始めている。
 とても長い時間を、一人の少年が男として戦士として生きていく時間を、一緒に過ごしてきたはずだった。
 戦争の歴史を体験してきたはずだった。

「本当に夢のようね」

 永琳が微笑みながら呟いた。
 二人とも頷いた。
 術を行使してから、郷の時間は一刻ほどしか経過していなかった。

「さてと、そろそろ帰ってご飯作らないと。お姫様がお腹すかして待ってるからね」

 そう言うと、永琳は立ってから一度背を伸ばし、出口の方へ歩いていく。

「あ、そうそう、また遊びに行く時は教えて。今度は姫様もつれてくるから」

 出口の前で立ち止まると、柱の陰から顔を出してそう言った。
 鴉の泣き声が聞こえるころに、永琳は屋敷の方へ帰って行った。




 翌日、二人は妖怪の山を訪問することにした。

 妖怪の山の、切り立った連峰の、谷間の岩の上で、鴉天狗が風に身を浸しながら、一人で立っている。
 遠くを見ている。地平線の彼方。それは歴史の彼方なのだろうか?
 彼女と、彼女の同種族が、歩んできた道程だった。
 妹紅は黙ってその背後に歩み寄る。風でなびく髪を押さえる。
 天狗の手の平に、きらりと光るものがあることに気づく。
 鈍色の金属色の光。紐の先に付けられた、鏡のように光る一本の鏃。
 鴉天狗は先程から、手の平でそれをさすっていた。時折、遠くの地平線から、視線をその鏃へと運ぶ。

『あ、これ? 遮那王からもらったんですけど。何考えてるんですかね。女の子にこんなもの贈るなんて。まったく変なとこ不器用な子なんだから』

 雪の吉野の山で隠れ住んでいるときに、少女から聞いた言葉を咄嗟に思いだした。

「お前それ」
「ああ、これ。私が生まれた時から持っていたらしいんですけど。手の平に握っていたらしいんですよ」

 くるくると、鏃に付けられた紐を回して、指に絡め取る文。
 鏃の表面には文字が刻まれていた。「永夜」、と。

「なぜでしょうか。これ、いじってると落ち着くんですよね。あと、時々不思議な気分になるんです。何か、とても大切なことを忘れている気がして。それで気になるから、慧音さんに調べてもらってたんですけど」
「すまない、結局わからなかったよ……鎌倉時代前期のものってことは、分かったんだが。本当に、役に立てなくてすまない」
「そうですか……きにしないでください。そのうち、思い出すかもしれませんしね」


 文と別れ、妖怪の山を後にした妹紅達。
 帰りしな、慧音は一つの和歌を詠んだ。

 見るとても 嬉しくもなし 増鏡 恋しき人の 影を止めねば

「静御前が詠んだ和歌だそうだ。あの鏡を見て、ぴんと来たんだ。義経が別れに際して、静御前に鏡を渡す場面がある」
「それで鏡集めの最初の時代を吾妻鏡の時代にしたのか」

 一定の周期で、妖怪は生まれ変わると言う。人々の間で伝えられる、妖怪の伝承が日々刻々形を変えているからだ。
 生まれ変わったのちは半分別人のようなもので、記憶は明確には受け継がれることがないから、代を重ねた鴉天狗はもう平安の時代の記憶を持っていない。
 それでも物質には残らない何かが残っているのではないだろうか。妖怪の山にたたずむ文の姿は、女達にそれを信じさせるに十分な風情があった。

「結局、私達がやったことってなんだったんだろうね」
「うーん。私達は歴史を変えたわけじゃないからね。あくまでその時代の登場人物として動いただけってことだけど……」

 本当に何も変わらなかったかというと、全然そんな気はしなかった。
 何より、彼女達の中には記憶が残っている。その時代、自分達が生まれた時代を懸命に生き抜いた人間達の歴史が。

「過ぎてしまったことだと思うと、感慨深いものがあるな」
「人間五十年、下天のうちをくらぶれば」
「平敦盛か。私はこの歌を思い出したよ。露と落ち、露と消えるわが身かな」
「鞍馬のことも夢のまた夢」
「おっ、うまいね」

 人の命ははかない。永遠を生きる妖怪や蓬莱人にとってはそれはほんの一瞬のことにすぎないが、だからこそ。
 月並みだが。
 だからこそ人間は、今を精いっぱい生きようとする。
 朝露の落ちる、その一瞬にこそ、人間の生の充足はある。

 さて。
 これからのことである。
 慧音は白沢であるから、基本的に歴史を調査するという仕事を続けなくてはならない。
 はっきりいうなら、心細かった。また妹紅についてきてもらったら、どんなに道のりが明るくなるか。どんなに心強いか。
 でも余りに言いづらかった。また来てくれなんて言えるだろうか? 義経や、その他の深くかかわった者たち。結局は最後に別れなければならなかった者たち。命を失った者もいたし、過去の歴史とはいえ、慧音達みずから命を奪った者たちもいた。
 この術は、あまりにも生々しすぎる。じっさい意味もわからなくなってきた。
 天帝が、各地の白沢達に期待しているのは、いったい何なのだろう? 歴史とは一体何なのだろう?
 吾妻鏡の時代で、紫は一つの答えを提示した。天帝は歴史を知る白沢達を過去に派遣して、歴史の可能性を模索しているのだと。
 それが答えのような気もするし、違うような気もする。
 こんな曖昧な気持ちのままで、妹紅を誘うのは、余りに申し訳ないのではないか。
 慧音は自分の屋敷まで来て立ち止まる。妹紅がそれに気付いて、しばらく二人は立ったまま見つめ合った。
 かあ、と鴉が一声鳴いた後、妹紅が突然意地悪そうな笑みを作った。

「さて、次はどの時代に行こうか」
「妹紅……」

 妹紅は顔を実に無邪気な笑顔に替えて

「歴史に正解はない。ひょっとしたら、人間が生きること自体に、正解はないのかもしれない。だけど、私にとっていっこだけ正解があるのさ。それは慧音と一緒にいると、なかなかに居心地がいいってことだよ」
「妹紅」

 こやつめハハハ、うまいこと言いおって。ご褒美に頭突きしてあげる。
 それ全然ご褒美じゃないだろう!
 そう言いあって、二人は二人の家の中に入って行った。
 色々書きたいことはあったのですが、時間が無くなってしまいました。
 御礼だけを申し上げておきます。お読みいただいた方、本当にありがとうございました。
゚ - ゚ノっ無かったことに
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2010/11/06 23:50:40
更新日時:
2010/11/06 23:50:40
評価:
14/16
POINT:
69
1. 8 1896 ■2010/11/08 22:44:52
久々に感慨深いものが読めました。うまく文字にできないので点数で


・・・コメントすらうまくかけないほど文才がないだけですが?
2. 6 パレット ■2010/11/20 00:41:45
 なんかほのぼのしいもことけーねが読んでて楽しかったです。
 全体的にちょっとなだらか過ぎる感はあったかもしれない……予想を裏切る展開がない、と言ってしまうとまたちょっと違うのですが、うん、まあそんな感じ。ただ、作者さんが歴史好きなんだろうなというのは伝わってきた……なだらかさと丁寧な説明があいまって、歴史よくわからない私でもそれほど抵抗なく飲み込んでいけました。
 長さ的に仕方ありませんが、誤字脱字等々の細かいあれこれが多かったので、一度くらいはちゃんと読み返してもらえると良かったなーと思います。長編お疲れ様でした。
3. 5 tuna ■2010/11/25 15:25:09
題材に対して会話が拙い感じがしました。
義経に稽古をつけた鞍馬山の天狗。アイディアが良ですね。
このボリュームを書き切っている事にも脱帽いたします。
4. 5 asp ■2010/11/29 11:44:06
 なんという大作……執筆お疲れさまです。歴史クロ[email protected]源平戦争+東方キャラの介入に加えて歴史改変やチンギスハン伝説まで絡めちゃうその手腕に脱帽です。こういうのが読みたかったんだああ、と興奮しました。まさにクロスの醍醐味ですね。
 なのですが、ちょっと作品に漂うコミカルな雰囲気がちょっとやりすぎな気がします。とはいえ、かなり笑ったのですが。しかしここまで多いと逆にシリアスシーンの緊張感が欠けちゃうと思ったり。時折(継続ではなく)けねもこ分や義経と文のロマンスが押し出される部分も少し気になるかも。そういう意味で、全体的にやや起伏に欠ける気がします。個人的に歴史SSには『黒き海に紅く』みたいな程良い堅さを求めちゃうのですが……。もっとも逆にこの読みやすさだからこそ、最後まで楽しめたというのも少なからずあったりします。
 時代考証的なことは詳しくないのですが、全体的にかなり調べてあるなあと驚きました。当時の歴史に明るくない読み手でも十二分に楽しめるレベルだと思います。ちょっとキャラが脚色されすぎているきらいもありますが、それは物語を面白くする上で必要なものでしょう。
 270kbという大作でしたが、一気に読まされました。非常に面白かったです、ありがとうございます。
5. フリーレス fish ■2010/11/29 17:45:04
ん〜・・・
ストーリがどうかという以前に、全体的に軽さが前面に出てしまってる印象でした。
歴史ネタって難しいんですよねぇ。
6. 6 yunta ■2010/11/30 22:44:48
執筆お疲れ様でした!

オリキャラが東方キャラと関わる話は好きです。
特に歴史の中に登場するのって良いですね。コンセプトも壮大で、かなりの長編で意欲作だな、と感じます。
ただ、メタ的な台詞とかキャラの会話とか、世界観がちぐはぐな感じがして、私的には物語へ入り込みにくい部分が多かったです。
7. 3 とんじる ■2010/12/02 15:14:07
 うーん、読みにくくて、物語に入っていけない。

 同じ場面で、二つ以上の視点が混同されていて一貫性がなく読みにくい。
 三人称だからある程度は許されるのかもしれないが……ただただ混乱させられた。

 そして、ノリが軽すぎるのも気になる。
 歴史物だからシリアスじゃないといけないというわけではないが、この軽いノリが全体の雰囲気に溶け込まずに浮いている感じ。
 メタネタを多用している所為で、言動が軽々しくて世界観を台無しにしているように感じる。
 ぱんつ覗こうとする遮那王、合法ロリだのウホッだのが自然に飛び出す会話……なかなかノリについていけない上に、一貫性がなくやや壊れ気味なキャラ造形に感じてしまい、感情移入もしにくかった。

 しかし、クライマックスは否応なく盛り上がった。義経のその後も、面白い可能性の提示だと思った。

 ただ、説得力に欠ける種々の要素が、そのクライマックスに水を差している気がする。
 例えば、キャラクターの必然性。
 妹紅と慧音は、彼女たちなればこその活躍は殆どなく、結局悲劇の主人公である義経に感情移入した物語の読者の延長上に居るだけにすぎず、文も……おそらくこれは義経が天狗に兵法をならったという逸話からの選出だと思うが、二人が知り合うに至った経緯がなく唐突に感じた。そして永琳に至っては、どう言う経緯と役割で出てきたキャラなんだろうと感じてしまう。

 そして、一番説得力にかけると感じたのが、歴史を変えることを妹紅たちが決心したシーン。
 もう少し葛藤が欲しかった。そんな簡単に決められても。
 ずっと一緒に居て義経に情が移った、という以上の理由、それを描写する場面が欲しかった。
 ここの決断がどうにも軽々しく見えてしまい、疑問を持ってしまった所為で、展開に感情移入しきれないのがもったいなかった。
8. 3 ケンロク ■2010/12/07 13:34:30
これ……いや、みなまで言っちゃあれなんですが……東方じゃなくてよくね?
9. 9 PNS ■2010/12/09 22:06:11
長編お疲れ様でございます。
東方学習シリーズ『歴史を学ぼう! 平安末期編』という印象を抱きました。
現代的な表現が多いですが、このSSに関しては、歴史物の必要な重みというものを、バーチャル的な軽さで回避しているのが凄いなー、と。
(GOUHOU、GOUHOUとか握手してください!とか烈・張射(れっつ・ぱーりぃ)とかに一々吹きますww)
気になったのは、妹紅達が義経の歴史を変えたがる動機というのは何なのか。私の読解力不足かもしれませんが、もっとそこを丁寧に追求あるいは描写すると、土台が息づくんじゃないかと。
書ききれていない部分も散見できたので、もう一押し完成度が欲しかったところ。
しかし、十分に楽しめた内容でした。充実したコンペの時間をありがとうございます!
10. 4 木村圭 ■2010/12/11 20:38:34
代弁の対象は妹紅ではなく読者である。と言うと傲慢か。私の、心情の代弁です慧音よく言ってくれた。
さて、意図しているのは分かりますし面白い試みだとも思うのですが……やはり軽すぎる文章に馴染めませんでした。
現代の俗っぽい喋り方をされるとどうしても空気読めよ、と思ってしまいます。
徹頭徹尾ギャグものにするならともかく、シリアスの中に混ぜると色が強すぎて違和感ばかりが。
11. -1 ニャーン ■2010/12/11 20:45:40
軽いノリが受け付けられませんでした。保元の乱、平治の乱は凄惨な事件だったはずです。
主にシュミュレーションという設定が、戦や当時の人間の葛藤が茶化されているようで反感を覚えます。
次々に場面が切り替わるので、予備知識がないことには、人間関係を把握しづらいのでないかと存じます
歴史上の有名人物とはいえオリキャラ扱いなのですから、人物の説明にもっと力を入れて欲しかったです。
12. 2 八重結界 ■2010/12/11 20:49:11
歴史の授業を聞いているような気がしました。
13. 6 deso ■2010/12/11 21:04:21
うーむ、面白い。
面白いのだけどもったいない。大変、もったいない。
あまりにも駆け足すぎました。
場面の転換が早すぎたり描写が無かったりで絵がわからなかったり、誰の台詞なのかわからなかったり。
歴史的な背景の説明はわりと多いのに、実際の場面の描写はあっさりしてるなど、ムラも目立ちます。
どうにも、いろいろなことを詰め込みすぎなように思います。
それぞれの場面をもっと丁寧に書き込めば、もっともっと面白くなるし読みやすくなるはずなんですが、とはいえそうするとサイズが今以上にとんでもないことになるでしょうし。
もっと焦点を絞った方が良かったのではないかと。
14. 7 gene ■2010/12/11 22:39:47
wikipediaでけっこううなだれたんですが、エンターテインメント作品だと認識してからは楽しんで読むようにしました。
自由に書いてるなぁという印象です。
今こんぺについては自分が誤字をやらかしてたので、指摘もせず採点に影響を与えるつもりもなかったのですが、最初の「腋」で辞書がつられたのか、その後に出てくるであろう「脇」がことごとく「腋」になってて笑ってしまった。
15. 6 兵庫県民 ■2010/12/11 23:13:43
読み終わってみて、「何かメタなネタが多かったな」としか思わなかったなぁ。
総じて全体の構成が、あまりに長すぎた。
題材として日本史―それも、誰もが知ってるであろう人物の歴史―を選んだのは決して間違いではなかったのですが、今作はただ無駄に長いだけだった。
逃げ延びた義経が中国大陸へ渡り、ジンギスカンになったというのは面白くて、幻想的ではあったのですがねぇ。
16. フリーレス ■2017/01/24 04:40:20
慧音の性格が何か好きです
>「鞍馬の事も夢のまた夢」
>「おっうまいね」
体験したことがあっさり集約されてる会話なのに乾いた感じと寂しさを感じるこの会話ほんとすき
草原で郷愁に駆られる義経とか要所で叙情的なのも好みでした
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