ココロノカガミ

作品集: 最新 投稿日時: 2010/11/06 23:55:45 更新日時: 2010/11/06 23:55:45 評価: 11/11 POINT: 38
 心を食う妖怪は、肉を食う妖怪よりも恐ろしい。
 当然至極であろう。恐怖を与える事そのものが心食いの存在理由であるのだから。もし肉を食われる方が怖いという者があれば、実際に肉を食ってやればいい。繰り返すが、心食いは最も恐ろしい妖怪である。
 この種の妖怪が勢力を増す時というのは、決まっている。
 人の心に、不安と疑心が蔓延るときである。



「ちょろいもんだね、人間なんてさ」

 廃村を見下ろす高台では、数匹の妖怪が焚き火を囲んでいた。
 普段は群れない妖怪だが、人の天下に綻びを見つければ、陰気は虫のように群がる。人々を駆逐した妖たちは我が世の春を謳歌していた。

「気分はどう?」

 ヤマメという土蜘蛛は、隣にいた妖怪に声を掛けた。
 ぼうとした暗い火のせいで、表情は分からない。

「元気ないじゃない?」
「うん……」
「胃もたれでもしちゃった? あんまり上手く行きすぎたからねえ」

 ころころと笑い声を上げる。それでも食い付いてこない相手に愛想を尽かしたのか、それきり声を掛けることもなかった。


 ◇


「隣村について調べている、という事だったな。見てきたのか」
「ああ、あんな綺麗な廃村は見たことがない。面妖なもんだった」

 寂れた農村であった。
 若い一組の男女が立ち話をするのは、長者屋敷の戸口の前だった。

「本当に、綺麗なもんだった。何人かは仏さんも見掛けたけど、生活が出来ないって程じゃない。食糧の蓄えを持ち出した形跡すらある。あの程度で村が滅ぶなんて話はついぞ聞いたことがないよ」
「左様、この村も不安に包まれつつある」
「原因が分からないとあっちゃ、そりゃあ不安だろう。同じことが自分の村に起こらないという保証は、全くない」
「いちいち話が分かるな」

 男は大仰な言葉遣いをするが、その外見はいかにも若く、綺麗に剃られた髭に褪せたところのない着物は、他者に軽んじられまいという劣等感の裏返しのような趣向が見て取れた。その実、彼は若すぎる身で、録に世間に触れることもないまま、父親の急逝で名主の跡取りを任された、一人の箱入息子だった。

「私の名は妹紅。私も旅の身として、少し興味が出ちゃってね」

 一方で女の方は、名主よりさらに幾つか下、殆ど娘といって差し支えない歳の頃であった。背中くらいまでの、傷んだ所のない黒髪をしていたが、その旅装束はほとんど男が身につけるものであった。

 百姓にしろ、士や町人にしろ、女は大事に育てて一五で嫁にやり、という常識の中で人々は生きていたが、そんな当たり前の常識を著しく外れたなりを彼女はしていた。実は、今年既に四民は平等を言い渡されていて、そういった意味で規範はまさに変わり始めた所なのだが、民衆、特にこのような山間にある者は政変どころかこの国が港を開いた事すら知らない者が殆どであろう。現に、名主もこの者の身分を穢多か非人か山窩の類かと、胸の裡で当たりを付けている所であった。

「妖の仕業……といったら、どうする」
「無いとは言いきれないね。学のある長者さんがそんな事を言いだすなんて、何かあったかい」
「何もない」

 不自然な程にぴしゃりと言い放つ名主に対し、妹紅は口笛を吹くかのような仕草で応えた。

「さて。で、宿の方は用意してくれるのかい?」
「私個人としては貴公の行為を支持したいが、自分のなりは考えた方はいい。迎え入れたという噂が立っては私の方が、痛くもない腹を探られかねん」
「そこを押して、なんだよ。あんたとちょっと込み入った話がしてみたくてね」
「何だ、やはり肚に一物ある手合いか」
 名主は身を引き、懐に手を入れ、護身用の短刀を握る仕草をする。

「そんなんじゃないってばさ。それとも、阿片でもお望みだった?」

 阿片、という言葉に若い名主の眉がぴくりと動く。

「阿片の仕入れなんてやらないよ。やった日には、この村一つ取れちゃうね」

 たっぷりとした黒髪を揺すって、笑った。
 名主は構えを解き、少しだけ辺りを窺ってから、手招きをした。

「成程、私の方も、少し話がしてみたくなった」


 ◇


 焚き火の集いを早々に抜け出して、小傘は廃村を歩いた。

 その実、多々良小傘の心中は複雑だった。
 小傘が付喪神となったのは割合最近の事である。

 己が只の傘でなく、四肢を動かし物思いが出来る何物かであるのだと、ある時ふと気付いて、次に感じたのは掻きむしりたくなるような満たされなさであった。
 方々を流れ歩いて人の心を食らい、その間に混濁していた頭の中はやがて澄んできた。自分が只の傘だった頃の事を思い出せるようになってきて。

 それで満たされる事は決してなかった。

 何故捨てた。何故私は作られた。 それでも私は人の役に立つために作られたものなのか。
 堂々巡りから抜け出せず、結局小傘は他の心食い達に同調して弱い心に群がった。
 貪れば貪っただけ吐き気を催す腐肉でも、他に知らないから貪り続けるしかなかった。

 それでも漫然と、明日の糧だけあれば生きていけるという甘い認識は。
 妖怪たちが次に襲う村を知って、打ち砕かれる事となった。



 空き家の戸をこじ開けてみると、中は死に絶えたような夜陰に満ちていた。
 持ち出される事もなかった家財道具が、冷たい月明かりのみを照り返す。

 小傘は誰に憤ればいいのか分からなかった。
 道具たちを棄てて逃げた人間達か、快楽のみに身を任せて里を襲った妖怪達か。自分自身か。

「妖怪か。……成敗!」

 そこで、がら空きの背中に衝撃。

「う……あっ」

 肺から空気を絞り出されながら、しかも不意に喉を動かしたせいで痰がこびり付いた声が出た。
 なす術なく、小傘は土間に突っ伏した。
 仰向けにされ、体重を掛けられて身動きを封じられる。
 襲撃者の姿が、小傘の眼に映る。

「ニギミタマとアラミタマが半々……九十九神と妖怪のどっち付かず、か」

 組み伏せられた小傘の眼を見て、その女は品定めをした。
 人間、だろうか。しかし妖怪である小傘に力で勝るとは尋常な事ではないし、人間に夜目が効く明るさでもない。

「よし、特別に見逃してやろう。村潰しの主犯ではなさそうだから」

 そして女は真っ白い髪を背丈ほども伸ばした外見をしていて、小傘などより余程妖怪じみていた。

「妹紅というもんだ。宜しく」
「も、こう」
「お前の名前は?」
「小傘」

 小傘、小傘と。妹紅は数回口の中で呟いた。

「よろしく、小傘。手荒な真似は自業自得だと思って勘弁してくれよ。私は元、妖怪いびりの専門家なんだ」
「元?」
「ああ、いいかげん飽きた。今でも報酬が貰えるなら退治はするがね」

 おまけに妖怪によくいる喋り方だ、と小傘には感じられた。
 他人と会わせる事に興味はないから一匹狼で日々を過ごすが、それゆえ喋る機会に飢えており、自分の事を喋り始めるとそれなりに饒舌なのだ。

「ついぞ妖怪への興味なんて失せてしまったんだけど、近頃連中が妙に騒ぐものだから。久々に突っついてみたくなってね、お前、何か知らない?」

 返答の代わりに、小傘はふるふると首を振った。

「当事者には却って分からないものなのかね。ま、心当たりには事欠かない。政変に異人たちの跋扈、価値観のぶれと人々の不安。妖怪の世が来るには申し分ない世相だ」
「じゃあ」

 私なんかを尋問する必要はない。さっさと逃がして欲しい。そんなニュアンスの事をいいかけた小傘の機先を制して、妹紅は一言だけ付け足した。

「いや、どうも臭いんだよなぁ。悪意を感じるのよ。漠然とした不安や敵意じゃなくて、明確に目的を持って発せられる悪意が」

 小傘の身体に自由が戻った。
 妹紅はするりと戸口に向け身を翻していた。

「じゃあね。あんま悪さするんじゃないぞ」

 戸口から差し込む月光、銀に輝く髪を、小傘は虚ろな眼で見上げた。


 ◇


「こーがーさー!」
 今日こそは物思いに耽ろう、と決意していたところに背後からの、太陽のように底抜けな声である。昨日といい、小傘の背後には良い運がないらしい。
「ヤマメぇ、びっくりさせないで」
「驚く方が悪い。そんな事よりほら、行くよ」
「行くって、どこへ!?」
「人間をからかいに決まってるじゃん」
「からかいに……って、今、昼間」
「構やしないって。ほら、!」

 ずるずると情けなく、小傘はヤマメに引っ張られていく。
 小傘は心底、太陽を恨めしんだ。
 妖怪の不便な点として、暗くて静かな夜は同業者ばかりで落ち着けず、オフタイムである昼間は日差しが陽気すぎるというのがある。常々不満に思っていたのに、その昼間まで連れ回されては泣きっ面に蜂である。

 訪れたのは次に妖怪たちの餌食になるであろう村だった。敵情視察、そしてあわよくばはぐれ人間を一匹くらい見つけてちょっかいを掛けてやろう、といった所か。
 農村なんて、昼間見ても面白いものは何もない。
 皆畑仕事出ているせいか人気は無いに等しく、二人はこそこそするでもなく、ちょっとした植え込みの影に居場所を決めた。

「小傘、さ。どうしたの?」
「どうって?」
 何を聞かれているかは大体分かったが、小傘ははぐらかした。
「当ててみようか。好きな人が出来た」
「……楽しい?」
「ごめんよー、そうやって突き放すのやめて」

 ヤマメは顔の前で手を合わせた。
 個人主義の妖怪とはいえ、ヤマメのように人当たりが良く皆から好かれるような妖怪も数多く存在している。自分には手の届かないものだ、と小傘は思った。

「で、心配事は何なの?」
「一昨日、妙な人間に会った事。銀の髪で、凄く強くて、妖怪を退治するんだって。今回は上手くいかないかもしれない」
「ふうん、それは心配ね」
「でしょ」
「でも、それは一昨日の話よね。小傘はその前から、ずっと思い詰めた顔をしてたよ」
「うっ」

 どうも自分は隠し事が余り上手くないらしいと、小傘は気づいた。

「本当は、何?」
「私の最初の持ち主が、この村にいるかも知れないの」

 言ってしまった。
 妖怪にとって、人間に肩入れするほど情けない事はない。

 聞いたヤマメは
「ふぅん」
 と、感情を排した相槌を打った。
 小傘が黙ると、ヤマメは言った。

「で、どうなの、持ち主だった人は、いい人なの?」

 そう言って貰えるとは、思っていなかった。
 応える事はなかったが、ヤマメは頷いた。

「なるほどね。小傘がどういう思いをしてたのかは、分かった」
「じゃあ……」
「どう諦めをつけるか、が問題だね」

 冷徹な一言。小傘は背筋が冷たくなるのを感じた。
 これでも、頭ごなしに馬鹿にしない分だけ、ヤマメには理解があるのだ。
 そう言い聞かせても、小傘の動悸は収まらなかった。

「私だけなら、小傘に義理を立てて襲撃を止める事もできる。でも、この村を餌食にしようとしてる妖怪が私だけじゃない事は、解ってるよね」

 言葉を、返せなかった。

「この村は、やがて滅ぶ。いい、小傘、あなたは理解しなくちゃならない。私たち妖怪は、人間の心の映しに過ぎないんだって事を。じゃないと一人前の妖怪になれないよ」

 そんな事を言われても、復讐心と憧憬が綯い交ぜになった未熟な感情しかない小傘にとって、それを理解するのは遠い話のようにしか感じられなかった。



 言葉を継げずにいると、不意にヤマメが
「おっ」
 と声を出した。

 目は植え込みから通りの方を見ている。
 その先には、男と女の姿があった。

「あれ、小傘が言ってた退治屋じゃないの?」

 そちらに関しては、見紛いようも無かった。
 背丈ほども伸びる銀の髪。

「戻ったか」
「遅くなった、ごめん。で、今日は倉を見せてくれるんだったね」

 小傘の目は、もう一人の若者に向いていた。


 ◇


「ほう……大したもんだ」

 蔵の中にあった光景は、この国の何処にもない光景であった。
 浮世絵などとは違う、自然な空気を捉えた絵画。
 火縄銃には見慣れない馬の彫刻がされており、人の肌をぴったり覆う甲冑は、この国の物とは異なる理論で拵えられていた。
 名主は、丸みを帯びた硝子の行灯に火を入れた。

「蝙蝠傘みっけ。開いてみていい?」
「ああ、好きにしろ」

 ばさりと音を立てて開くと、妹紅はそれを肩に乗せた。

「見たことはあるけど、持ったのは初めてだ。金(かね)で出来てると、少し冷たいね」

 その蔵は屋敷の中でも奥まった所にあり、家人でも滅多に立ち入らない所だった。
 ここだけ西洋といった風情。土壁の内側にこんな別世界があるなど、誰も予想しないであろう。

「この僻地では文明開化の波なんてどこ吹く風、なんて思ったら、この有様と」
「父の代から少しずつ、方々の筋で買い足していた」
「親に影響されて、って奴か」
 ついでに蘭学も教え込まれたんだね、と妹紅は書棚の本をぱらぱらと捲りながら言った。

 夕食の後にした、込み入った話とは実のところ、この国の外の事に関する話であった。
 名主は幼い頃より勉学を習わされてきたとの事だったが、こと彼を魅了したのは遠く海の外に関する話のようだった。
 旅がてらに異人の姿も幾度となく目にしたという妹紅の談に目を輝かせ、日本の学者も殆ど知っていないような海外の出来事について、互いに意見を述べあったのだった。

「まあ、西洋かぶれもいいけどさぁ」
「不満でもあるのか?」
「ああ悪い悪い。でも、今日見せてくれるのは違うもののはずだったじゃないか」
「ああ、そうだったな」

 言って、名主は近くの棚に無造作に置いてあった、蓋付きの桶を開けた。
 中には塩が一杯に詰められ、その間から異物が覗いていた。
 妹紅が指で、少し塩を掻き分けてみる。

 干からびて、変色していたが、どうも生き物の一部のようであった。

 五本の指が見えた。手のようだが、人のものと違っている所として、先端に捻れたような禍々しい爪が付いている。

「妖怪の手だ。間違いなく、先日私が切り落とした」
「うーん……生き物には違いないね」

 昨日、妖の仕業という言葉を即座に否定した彼の秘め事は、これであった。

「村に無用な混乱を招きたくない、って事だったんだね」
「左様。皆にも秘密にしてある」
「本当に、漏れてない?」
「いや……いかんせん塩漬けも一人では出来なかったしな。噂としては、既に広まっているようだ」
「なるほど、ね」

 妹紅は黒い髪を揺らし、名主の方に向き直った。

「頃合いだね。実は私の方でも、見て貰いたいものがあるんだ」


 ◇


 草木も眠る丑三つ時。
 ヤマメは村の通りを一足で駆け抜けた。
 続けて細い道を一本ずつ、するりと抜けては次の道に入る。
 とても人間業ではなく、もしも人が見ていたら物の怪と騷ぎ立てる所であるが、実際物の怪なのだから当然の事である。
 やがてこの集落に、ヤマメの通っていない地面はなくなった。
 あっという間の仕事を終えたので、ヤマメは木の上に腰掛けた。

「この村にも、じき病が流行る」
「首尾がいいようで何よりね」
「夜雀。あなたは失敗したそうじゃない?」

 ヤマメの隣には、これまた毒々しい身なりをした妖怪が翼を広げ滞空していた。
 鉤爪を持った手も特徴の一つであったが、何故かそれは片方にしかなく、左手の手首から先は綺麗に無くなっており、黒ずんだ断面を晒していた。

「むー、ちょっと油断しただけだもん。あと私の事はミスティアって呼ぶように」
「なにそれ」
「今ヨコ文字が流行の兆しなのよ。ザンギリ頭を叩いてみれば〜」
「あーはいはい黙れ」

 ついにこの村でも、妖たちが騷ぎ出す──

 ◇


 妹紅が中座し、どこからか取ってきたのは、一本の和傘だった。
 その色は、お世事にも綺麗とは言えない、くすんだ紫色をしていた。

「一昨日の晩、隣村の空家で見つけたものだ。知っての通り和傘は普通赤い訳だが、この傘の作成を頼んだ人物は青、いや紺色かな。そんな傘を作りたくて、顔料を混ぜてくれと職人に頼んだんだ」

 妹紅は傘を広げた。

「じっくりと時間を掛ければ油紙に塗る薬もちゃんとしたのが作れたかもしれない。ところが一点ものとあって、田舎の職人はただいつもの薬に顔料を混ぜただけ。当然、こんななすびみたいな色になる訳だな。では、なぜ紺色の傘を作ろうとしたか」

 一方で、洋傘も広げて、二つ並べて地面に置いた。
 まず妹紅は洋傘の方を指差す。

「つまり、これが作りたかったんだ。あんたは知らないかもしれないが、『形だけでも西洋を真似たい』とか考えておかしな物を作る輩は意外に多くてね。ぴんときた」

 そして、和傘の方を指差した。

「それ、元はあんたのだろ?」

 名主は応えなかった。
 応えず、それを見下ろした。

「憎たらしいからどこかへやっちまおうと考えたけど、この狭い土地柄の上に大した魅力もない品と来たもんだ。あんまり遠くまでは行かなかったらしい」

 実は分かってたんだ、と妹紅は言った。

「あんたはこっそり集めてたつもりかもしれないが、元から稀有な品々が一箇所に向かって集まって行くんだ。商人たちの間では嫌でも噂になるさ。で、西洋かぶれの奴を探そうと思った。あんたかと当たりを付けて海外の話──阿片戦争の話をこっそり振ってみたら、一発ときた」
「だが、西洋かぶれ……もとい国外に目を向けていたからといって……」


「隣村を滅ぼして、この村も滅ぼそうとしてるのも、あんただ」


 その瞬間、言葉が消えた。


「おっと、カマ掛けただけなんだけど、ボロを出すのが早いね。ま、村一つ丸々工作できる奴なんて数が知れてるし、十中八九クロだとは思ってたけどさ」

 妹紅の笑みは不敵になる。

「伝染病が起こったのは、たまたま。しかもそれほど強いものじゃない。それを妖怪の仕業って事にして、不安を煽る。いや、そもそも煽る必要すらない。攘夷だ新政府だって世の中だ。知ってる者は少なくても、その流れは確実に波及する。あんたが好例だろ」

 そのとき、名主は幻覚を見た。
 妹紅の髪が、まるで人ならざる者であるかのように、白銀にたなびく様を。

「その妖怪の手も、作り物だな。材料の死骸なんざ、隣の村に転がってる。」

 言って、妹紅は桶を蹴り倒した。
 塩と、切り取られた手が、土間に転がる。

「言ってしまえば、あんたは家出息子さ。書物を通じて見た事もない世界に触れて、でもこの村という檻から出る事が出来なくて、不満が溜まってた。なら村全部を家出させてしまえ。海外の文献によれば、産業革命によって農村なんか完全に取り残された世界が来た。そして、日本にももうすぐやってくる。流れに取り残されたくない。向上心と先見性は大変結構。私は帰るよ」

 妹紅は踵を返し、戸をくぐった。

「でも……その為に人の命を何とも思わない人非人は……妖怪に喰われて消えちゃいな」


 ◇


 小傘は息を切らせて、その蔵の戸をくぐった。

 気にくわない傘があった。踏んで潰した。

 そして、隣には男がいた。

 男は酷く驚いたようで、何やら叫び声を上げ、やがて泡を吹いて動かなくなった。

 小傘は何か、失ってはいけないものが失われたかのような寂しさを覚えた。

 そして、ふと近くにあった鏡を見て──

「あ」

 自分の顔を触り、髪を掴み、自分が何であるかを確かめようとした。
 その日から。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 小傘は、自分が何であるのか分からなくなった。
百と数十年後、稗田邸――
「さて小傘さん、インタビューをお願いしますね。ちなみに拒否権はありません」
「わ、わちきにも人権が……」
「あなたは人間ではありませんし、よしんば人間でも悪事を働いた者に尋問を拒否する権利はありません。あとキャラ作るの禁止」
「この人、どっかの風祝に似てる」
「黙りなさい。さて小傘さん、あなたに聞きたいのはですね……昨今の妖怪のあり方というのを、あなたがどのように感じているかという事です」
「おっしゃる意味が、わちきには分からぬ」
「だからキャラ作るの禁止ですってば。聞きたい事はですね、今の妖怪は本気で人を襲うでもない、ただの何だか分からない生物に成り果ててしまった。その事についてです」
「うーん、別にいいんじゃないかなあ」
「適当ですねえ。自分が何者か分からなかったら、不安でしょう」
「そうでもないんだよねえ。ねえ、合わせ鏡って知ってる?」
「知ってるも何も、鏡を合わせれば合わせ鏡でしょう」
「そ。妖怪っていうのは、人の恐怖が生み出したもの。人の心の鏡みたいなものだよね。で、それが人の心の恐怖を食べる。これって合わせ鏡みたいなものじゃない?」
「はあ」
「合わせ鏡。私である根拠は私自身。自分の尻尾を食べる蛇。つまり、永久機関」
「よく、分かりませんねえ」
「自己満足って事でいいんじゃないかな。だってさ」

「この郷自体、そういうものなんじゃなかったっけ」
リコーダー
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2010/11/06 23:55:45
更新日時:
2010/11/06 23:55:45
評価:
11/11
POINT:
38
1. 3 パレット ■2010/11/20 00:45:03
 なんかちょっとよくわからないけど、でも雰囲気出てた感じ。
2. 1 tuna ■2010/11/25 15:15:08
ん?
よく分からないまま終わってしまった。
3. 3 asp ■2010/11/29 11:49:44
 うむむ……設定や発想はいいと思うのですが、どうも色々と足りないです。もう少し長さが欲しかったような。淡々としているというか唐突な展開が目立つので、終盤の山場でもカタルシスが足りない印象です。
4. 7 yunta ■2010/11/30 22:48:45
執筆お疲れ様でした!

妖怪になりきれない子傘の苦悩、それと妹紅の話が関係ないように見えて、最後に繋がるのは面白いですね。
ただ、途中まで話に入り込めていたのが、最後にぶん投げられたような印象で残念。
5. 3 ケンロク ■2010/12/07 13:26:19
結局妖怪の手は作り物だったようだけど、ミスティアの片腕が無いのはなんでだぜ?
6. 2 ニャーン ■2010/12/11 20:43:36
小傘はどうなったのでしょうか。読解力に乏しいせいか、話全体がちょっと説明不足だと感じました。
7. 2 八重結界 ■2010/12/11 20:51:01
話全体が薄かったように思えます。
8. 3 deso ■2010/12/11 21:13:54
妹紅と名主の男が思わせぶりな会話をしてますが、実際どういう事件が起こってたのかが見えてきません。
男を犯人役にするなら、せめてもう少し背景を書いてほしいなあと思います。
9. 4 gene ■2010/12/11 22:44:32
最後の話の核心に近付くシーンはもっと緻密な描写で読んでみたかったです。
お題についてもあとがきの説明でなく、本文に意味が伝わるように埋め込んで欲しかった。
小傘は自分の恐怖を食らった、ということでしょうか。その発想はかなり良いと思うのですが……。
10. 5 文鎮 ■2010/12/11 22:59:52
非常に面白い舞台ができていたので、この長さは少しもったいないかなぁ、と思いました。
もっと小傘の悩みや妹紅の活躍を見てみたかったです。
11. 5 兵庫県民 ■2010/12/11 23:24:16
小傘可哀想…
後書き部分のインタビューに救われた感じがします。後味悪くなくなったので。
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