花鏡

作品集: 最新 投稿日時: 2010/11/06 23:57:06 更新日時: 2010/12/17 12:26:55 評価: 19/20 POINT: 109
さとりは、誰からも自分は嫌われていると信じていた。
そんなことはないのだと、私は彼女に教えたかった。




            『花鏡』
































私がさとりに初めて会ったのは、年賀の挨拶のときだった。
三百年近く昔の話だ。











上役から、古明地家の跡取りだと教えられた。挨拶するよう促されたので、「是非曲直庁の四季映姫です」と名乗り、姿勢を正して深々とお辞儀をした。
古明地の当主は、そんな私に軽くうなずいただけで、すぐに視線を少女のほうに向けた。少女は私に名乗った。
小さい、低い、極度に抑制された声だった。

「古明地さとりです。よろしくお願いします」

そのときの彼女の瞳が、どこまでも茫洋としてたのを私は覚えている。私を見ているのに、視線を当ててないような、暗い闇に見つめられているような不安感を掻き立てられる瞳。対照的にこちらをじっと見つめてくる胸元の目が不気味だった。
古明地の当主は娘に言った。

「彼女は若いながらに優秀で、是非曲直庁で将来を嘱望されているそうだ。この通り礼儀正しいし、大変勤勉だと聞く。お前の友にふさわしいだろう。よく学びなさい」

ああ、古明地ともなると、友すら与えられるものになるのか、そう私は思った。
さとりは気にした風もなく、短く返事をした。

「ありがとうございます。お父様」

古明地の当主はさとりの返事に頷くと、それだけで私達には興味を失ったらしく次の客からの挨拶を受け始めた。
私の上役が、気を利かせたのか、

「ここはまだ挨拶が続いて退屈だろうし、二人で外でも回ってくるといいだろう」

そう言ったので、二人で庭に出ることにした。












地霊殿という名を、誰もが恐れる時代があった。
地霊殿に代々住む古明地家は覚り妖怪の頂点として君臨していた。
覚りは昔、どの種族も寄せ付けないほどの力を持った。数では最も少ない妖怪でありながら、心を読む能力を存分に使い地底全体を支配した。
妖精、蟲、魔女、河童、天狗、悪魔、もちろん人間も、およそ幻想郷にいる意思を持つもので覚りの影響を受けない勢力はなかった。
心を読めるとは他者の秘密を知れるということだ。鬼のように各々独立した一匹狼的な妖怪はともかく、集団を構成する妖怪たちにとって覚りは絶対的な力を持つ。相手を読心で調べ上げ決して漏れてはならない秘密や弱点を知り敵対勢力にバラすと脅す。こうして覚りは他の種族を支配した。全盛期には天人すらその長い手でとらえたという。文字通り天国から地獄まで、覚りの根は強く深く張った。
世の中が乱れ、荒廃するほど覚りは力を増す。平和で人々が豊かなときは、覚りの力はいらない。世の住人が、互いを疑い、争い、誰かを貶めたいと思うときに、覚りの力は必要とされた。



さとりが生まれた時も、さとりの父である古明地家の当主は、陰然とその力を内外に行使していた。


ただただ覚り一族の繁栄のために古明地家は存在した。









庭は水やりが終わったばかりなのか、瑞々しく樹樹の濃い緑に溢れていた。芝生の上の飛び石ですら、水を含んで黒くなめらかに輝いていた。
贅を尽くした庭だった。草木一本生えない地底において、莫大な水と光と人手を使い完成されている庭だ。
その美しい庭には少しも視線をあてず、さとりは俯いたまま隣を歩いていた。
二人きりにされても、話は弾まなかった。
さとりは物静かで自分から話しかけてはこない少女だった。私もそれほど人付き合いが得意な方ではない。古典籍を含め種々の学問に通じているとのことだから、本の話題を振ってみたが、彼女は淡々と短い頷きを返すのみだった。
庭のほとりに小さな東屋があったので二人してそこに腰掛けた。私が次の話題を考えていると、どこで見ていたのか、古明地家の使用人たちが音もなくやってきて茶や菓子を用意した。さとりは驚いた風もなく静かにお茶を手にとった。茶器も一目で高価とわかる。これがこの子の日常なのか、と私は驚いた。
会話が続かなくて私が心中嘆息していると、さとりはすぐにそれと察したらしかった。さすがは覚りといえる。

「あの……申し訳ありません、退屈な思いをさせてしまいまして」
「いえ、そんなことは」

私はすぐに首をふり打ち消した。
さとりは高価な茶器を手で弄びながら言葉を探していた。

「こんな時に、どんな話をしたらいいのかわからないのです。初めてできた友達ですから」

私は聞きとがめた。

「初めて?」

さとりはこっくりとうなずく。

「でも、ずっと閉じ込められてきたわけではないのでしょう?」
「お父様に、お前と釣り合わない者との交際は認めないと言われてきました。周りには使用人しかいませんし。優しくしてくれた子もいましたが、屋敷を離れることになりました」

私は絶句した。
さとりは伏目がちにおずおずと話しかけてきた。

「ですからどういう風に話せばいいのかわからないのです。あなたに、嫌われたくはないのですが」

私もどう彼女に声をかけて良いのかわからなかった。
私は改めてさとりのことをよく見た。美しい少女だった。柔らかそうな紫色の髪も、人形のように整った顔立ちも。
憂いを含んで濡れたように輝く瞳も、彼女の上品な美しさを際立たせていた。
と、そこまで考えて、彼女頬がだんだんと主に染まっていくことに気づいた。

「四季様、そのように見られますと、恥ずかしいです」
「し、失礼しました」

考えて見れば覚りに対してあまりに不躾な視線だった。ごまかすように私は言った。

「あの、そんな仰々しく四季様などと呼ばないでください。映姫でいいですよ」
「でもそんな」
「私はまだ閻魔になったばかりですし、その前は路傍の地蔵でした。気にせず呼び捨ててください」

私はさとりの緊張を解くように微笑みかける。

「その代わり私もさとりと呼んでもいいですか」
「も、もちろんです」

さとりはすぐに頷いてくれた。さらに少し声を潜めて、こう続けた。

「四季さ……え、えいき」
「ありがとう、さとり」

恥ずかしそうにしながらも、言い切ってくれた彼女を、私はこの上なくかわいらしく思った
お互い人付き合いが苦手でも、これならきっと大丈夫だと思えた。私たちはきっと良い友人になれると。





また少し二人で雑談を楽しんだ。相変わらずなかなか会話は続かなかったけど、さとりががぎこちないながらも長い返事を返してくれるようになった。
話してみれば、さとりは年齢からは考えられないほど豊かな知識の持ち主だった。また非常に聡明なことも、会話の端々から感じ取れた。
さとりがふと訊いてきた

「その、映姫は私に心を読まれることを、全然気にしませんね」

さとりにそう指摘されるまで、自分でも気づかなかったことだった。

「さて、あなたに読まれても、不快な感じはしないのです。会話も楽なくらいですし」
「そ、そう言って下さったのは、映姫が初めてです。他の方は、覚りと会話するのを怖がりますから」

恐る恐るといったふうに、さとりは訊いてきた。

「映姫、これからも話し相手になって下さいますか?」

心を読めるだろうに、そんなことを一々確認するさとりが微笑ましかった。
勿論、と私は心の中で力強く返事した。



「あ、こんなところにいたー」

庭の穏やかな静けさを破って甘えるような声が東屋に届いた。
ややして振袖姿の少女が、子リスのように可愛らしく顔を出した。

「こいし、どうしたの急に」
「お父様が呼んでるの。私が迎えに来たんだ」

こいしという名前は知っている。さとりのただ一人の妹の名だ。
こいしはさとりとは対照的な、緑がかった銀髪と愛くるしい顔立ちとを持つ少女だった。屈託の無い笑顔は初対面の人間にも好意を抱かせる明るさがある。
私を見て、こいしがさとりに尋ねた。

「この方が四季様?」
「ええ。今お話をしていたんです」

こいしは晴れやかな笑顔で私に挨拶した。

「初めまして、古明地こいしです。かわいいお姉ちゃんのかわいい妹だよ」

「こ、こらこいし」

さとりがあわててこいしを注意する。
しかし私はこいしの自由奔放さが気に入り始めていた。実際注意するさとりも、本気で正そうとは少しも思ってないようだった。こいしが来ただけで東屋の空気は明るくなった。
古明地家はあまりに息苦しかった。その中で快活に育ったこいしの存在は、一種の奇跡のようだった

「はじめまして、四季映姫です」

私も挨拶を返した。

「ねえ、お姉ちゃんと何を話していたの」
「好きな本の話などです」
「へえ、すごいなあ。私は本は全然読まないから」
「面白い書籍はたくさんありますよ。今度何か持ってきましょうか」
「うん、お願い。とびきり簡単で読みやすいのを持ってきてね」

こいしは明るく笑いながら言った。

「お姉ちゃんが跡取りの勉強を頑張ってる代わりに、私は遊んでばっかりいるんだ。お姉ちゃんのおかげで私は好きなようにできるの」

なるほど、と、私はこいしの性格にいくらか合点がいった。

「だけど、私ばっかり楽するのはずるいから、お姉ちゃんに新しい友達ができたのは嬉しいよ」

こいしはとてとてと歩み寄ってきた。

「ちょっと失礼」

そう言うと、奇妙な視線が私に当たった。第三の目で見られているのだ、と私は思った。

「…………うん、四季様なら、いいかな」

見終わったのか、こいしはそう言って笑った。
しかしすぐに真面目な表情になった。

「こんなこと、頼むのもおかしいけど」
「どうか、お姉ちゃんの友達になって。一緒にいてあげて」

その瞳の真剣な眼差しに、私は驚かされた。

「もちろんそのつもりです。ただ、私たちは今日会ったばかりなのですから。まだお互いを何も知りません」

こいしは笑って首を振った。

「そんなことない。友達になるのに時間なんて関係ないよ。相手のことがわからないからこそ一緒にいようとするんだよ」
「お姉ちゃんの友達でいて下さい。きっと本当の意味でお姉ちゃんの味方になれる人は、四季様しかいないだろうから」


この時私はこいしに言われた言葉の本当の意味を分かっていなかった。
だがこいしの真剣さに打たれて、私は固く約束した。

「ええ、誓います。必ずあなたのお姉さんの側にずっといます」

「お願いします」

こいしは安心したように笑顔になった。

その後、私たちは三人連れ立って屋敷へと戻った





地霊殿の広間に戻ると、古明地の当主は、私にさとりの家庭教師を依頼してきた。
是非曲直庁の仕事が休みの間だけ、地霊殿に来て教えるというものだ。
報酬も出るので特に不満はなかったが、ようやく私は自分が呼ばれた訳を知った。最初からこういう手はずになっていたのだろう。
私はさとりの師であり友であると同時に、古明地と是非曲直庁との連絡役となるのだ。
覚りの手が、地底の奥深くまで伸びているという良い例だった。疑問がないでもなかったが、さとりへの興味が優った。
私は引き受けることにした。











さとりと出会ってからの私の生活は、予想以上に幸せな日々だった。



それまでの私は、冥官としての仕事しかしてこなかった。
罪人を裁くことこそ自身の使命と考えていた。



私自身をよく表しているのが私の持つ浄玻璃の鏡だった。
浄玻璃の鏡は閻魔一人一人によって違う。私の鏡は人の背丈の三倍はあろうかという大きな鏡だった。審判を行う法廷の壁にかけられている。私より大きい鏡を持つ閻魔は、他にはいなかった。
鏡はそのまま私の心情と信条を表していた。

罪は、包み隠さず曝されなければならない。
悪は、余す所なく駆逐されなければならない。
法は、すべてを照らす光でなければならない。

私は、正義の味方、いや、番人のつもりだった。


私は常にその鏡で冥府の魂を裁いていた。罪の量と善行の量を正確に測定し、一切の容赦なく処断し続けた。
罪は罪、罰は罰。そこに躊躇などなく全てを公平に厳正に裁くことこそ正しいのだと信じていた。
魂の言い分を聞くなど時間の無駄としか思えなかった。裁きの苛烈さは時折上役にも注意されたが、私は自身の考えを曲げることはしなかった。




そんな私の考えが、地霊殿へ行ってさとりの家庭教師をするようになってから、少しずつ変わっていった。


私は仕事の休みに行く家庭教師を楽しみにしていた。
さとりは良い生徒だった。聡明な彼女は教えたことを綿が水を吸うように吸収していった。
また普段無口で不器用なさとりが、私にだけはだんだんと話しかけてくれるようになるのも嬉しかった。授業の合間にするとりとめのない会話こそ私の楽しみにしていたものだった。
いつしか私は家庭教師以外の日にも地霊殿に出向くようになった。留まる時間も次第に長くなった。さとりもそれを控えめながら歓迎してくれた。


やがて私はただの家庭教師の立場で飽きたらなくなった。私がさとりに教えていたのは古典籍の読み方や礼儀作法などだったが、そういったものばかりでさとりの人生を埋め尽くしたくなかった。
私はなるべくさとりを外に連れ出すようにした。古明地の当主に頼み、許可が降りたところだけという形だったが、なるべく多くの世界に触れさせるようにした。

野点と称して外でお茶を楽しんだ。

書籍を探すと言って古書店巡りをした。

地底の雪を見ながら琵琶を弾いて聞かせたりもした。

それまで地霊殿の閉じられた世界しか知らなかったさとりは始め戸惑いこそしたものの、次第に楽しむようになった。
さとりが地霊殿の外に出て、新たな表情を見せてくれるたびに、私は心の底から喜びを感じた。
さとりは動物が好きなこともわかった。猫や鳥などを愛した。
さすがにペットは許可されなかったが。私たちは地底を散歩しながら、幼獣たちとと戯れることもよくした

始まりが政治的な出会いだったとは思えないほど、私たちは急速に親しくなっていった。
ある年、さとりの誕生日に贈り物をした。家の祝賀会で山と高価なものを貰っているだろうに、さとりは大げさに喜んでくれた。
それ以来、互いの誕生日や記念日をふたりだけでも祝うようになっていった。
さとりは高価な贈り物には飽いていたし、私もまた奢侈品には興味がなかった。そのせいか互いの手作りのものや料理を贈ることが多かった。
ある時など、さとりが私のためにお弁当を作ってくれたことがあった。あまりに嬉しくて職場で開いて同僚に自慢したら食傷気味の目で見られた。何故なのか未だにわからない。
時にはこいしと三人で、一つの部屋で本を読んでいるということもあった。私にとっては幸福そのものだった。











いつしか私とさとりが出会って百年以上が過ぎた。








ある日、私は授業の合間のふとした拍子に、

「そう言えば最近こいしさんを見かけませんね」

と言った。
私には何気ない言葉のつもりだったが、さとりはビクリと体を震わせた。
顔がみるみる土気色に変わる。
尋常ではないさとりの反応に私は嫌な予感がした。

「こいしは、もういません」

さとりは腹の底から搾り出すように声を出した。

「いないって、どうして」

「そう思えと、お父様に言われたのです。あの子は今は離れでひとり暮らしています」

「どうして」

「第三の目を閉じてしまったからです。覚りにとって第三の目を閉じるとは、死んだも同じなのです」

さとりが耐えきれなくなったように机に突っ伏したので、私は慌てて使用人を呼んだ。




その日のうちに古明地の当主のところへ行った。問いただすと返ってきたのはさとりが話したのと同じ内容だった。

「どうして、どうしてそんな離れに閉じ込めるようなまねをするのです」

「前例がないわけではない」

当主はあくまで静かに話を進めた。
自分の娘のことを語るとは思えない、不気味な静けさで。

「覚りが自身の能力に耐えきれなくなることは、まま、ある。そうなった覚りは無意識でしか行動できないようになる。閉じ込めておくしかない」

「そんな……あなたの、あなたの娘なんですよ」

「それがどうした。心を読めなければただの役立たずだ」

ぞっとした。語られた内容ではなく語った声に。
まるで地獄の亡者の叫びのような、空ろで寒々しい声だった。
これが幻想郷中の覚りを束ねる当主なのだろうか。
私には怨霊のように見えた。
挫けそうになる自身の心を叱り飛ばし、勇気を奮って古明地の当主に対した。

「私は、もうここには来ません。百年以上の長い間、お世話になりました」

当主はわかっているというように頷いた。

「そうか、残念だ。ああ、続きは言わなくてもいい」

当主の第三の目が動いた。

「君の考えていることはわかっている。やめときなさい。無駄だ。さとりをここから連れ出すなど。それに君の輝かしい将来を潰すことになる」

当主の言葉に怒りで我を失いそうになった。
娘の将来を潰したものが、何を。

「あなたは、黒です。許しません。さとりもこんな家にいるべきでない」

当主に向けて言い放った。

「私は、私は必ずさとりとこいしを助けます」






以前、さとりが言っていた。
覚り妖怪は嫌われるためにいる。人の秘密を暴き立て、そのトラウマを利用することでしか、生きることができないと。
そんな生き方があるだろうか
そんな嫌われ方があるだろうか。
私は結局の所、さとりの闇を少しも理解していなかった。
覚りは、心を読めなければ死んでいるのと同じだと彼女は言った。
だが私は嫌われて生まれ憎まれて死ぬのが覚り妖怪だとは思えなかった。
なぜなら。
私はさとりが好きだった。








私は地霊殿を去るとすぐに準備に取り掛かった。
私はこれまでの古明地の悪事を告発するつもりだった。うまく行けば古明地家そのものが無くなり、さとりもこいしも、あの家に縛られることはなくなる、そう考えていた。
さらに、自分は是非曲直庁の閻魔であり、裁判で負けるはずがないと考えていた。


少し脱線するが、地底には正確な裁判所というものはない。
地底は鬼たちをリーダーにした自治組織のような集まりだったから、立法や司法というものがなかった。
問題が起こると、まず当事者間で解決を図り、決着がつかないと第三者に裁定してもらう。というのが多勢だった。
しかし中には私のように告発的に事件を起こすものがあり、そういった特殊な事件の決着を図るために、臨時の裁判所が置かれることがある。
臨時だから、建物は地底にあるものを借りて使う。裁くのも、一年任期の陪審員が行う。陪審員は一年毎に選挙で五人が選出された。特に陪審員になる決まりはないが、やはり歳をとって経験の深い識者が選ばれるようだった。


私はその地底裁判所に古明地家の罪を告発することにした。


少し調べただけで、古明地の行った悪の所業は次から次へと出てきた。
例えば、地底で起きた犯罪をもみ消したり、賄賂で莫大な財をなしたりしていた。数え上げればキリがない。
それがまた私を義憤に駆らせたが、証拠がなかなか集まらなかった。
私が古明地を告発するというだけで、大抵のものは尻込みした。離れていくどころか進んで邪魔してくるものさえいた。
証言してくれるものなど、皆無に等しい。
どうしても証拠が集められ無かった私はついに観念し、あるつてを頼ることにした。
当時の地底も古明地家の勢力一色というわけではなかった。その反古明地の筆頭とも言える、星熊勇儀に協力を申し込んだのだ。
しかし、そこでもまた私は門前払いを受けた。

「あんたには協力できないよ」

星熊勇儀は酒を飲みながらけんもほろろな態度で言った。
金髪と朱角が印象的な鬼だった。

「何故ですか! 古明地の悪事はあんなにも明白です」
「それは知ってるさ。だからこうして今も戦っているんだ。でもねえ、あんたのは戦いじゃあないんだよ」

勇儀はグビリと酒を飲んだ。

「頭冷やして出直してきな。今のあんたじゃあ絶対に勝てないよ」

「何を根拠に」

私は悔しかった。

「必ず勝ってみせます。私には助けなきゃいけない友達ががいるんです」

「そんなに言うなら止めないけどね。私の持ってるいくつかの資料も貸してやろう。でもね」

「あんたは正しすぎるんだ。それじゃあ、古明地には、さとりには勝てないんだよ」

私は怒りのあまり資料を貸してもらった礼も言わず、勇儀の庵から飛び出してしまった。


古明地の当主は不気味なほど沈黙を保っていた。
私はそれを――愚かにも――ようやく罪を認める気になったのだろうと考えていた。
実際は、彼は何もする必要がなかったのだ。


私は出来る限りの証拠を集め、ギリギリで勝てるという線まで持っていった。
勝ち目はあると確信していた。


しかし私は負けた。

完敗だった。


たった一日。
たった一日で勝負はあっさりと決してしまった。
その日を境に私に味方するものはいなかった。






裁判に敗北した晩。私は浴びるように酒を飲んだ。初めての経験だった。
ほかにどうすればいいのかわからなかった。


私は裁判に負けたと言ったが、あれは裁判などというものではなかった。私の提出した資料はことごとく証拠として認められなかったからだ。
証拠がなければ、勝負に成るはずがない。陪審員たちが買収されていたのだ。
考えて見れば当然のことだった。私は古明地の力を見くびりすぎていた。
裁判の中で、私は馬鹿のように座っていることしかできなかった。古明地側の弁護人が淡々と私の論理の問題点を指摘する声が法廷に響いていた
古明地家を相手取っての裁判ということもあって傍聴席はいっぱいだった。天狗たちも来ていた(この頃はまだ新聞ではなかったが)。
頭の上で交わされる彼らのひそひそ話が嫌でも聞こえてきた。

『ほら、やっぱり』
『古明地家に勝てるわけがないのだ。馬鹿な真似を』
『可哀想に、もう地底では生きていけないだろう』
『死んだほうがいっそ楽だろうな』

違う、と私は心中でその言葉を打ち消していた。
私は負けない。私が負けるとは正義が負けることだ。法律が死ぬことだ。
今回は負けてもきっと次がある。次は勝ってみせる。その後に及んで盲目的にも信じていた。
しかし、古明地側が最後の証人喚問をしたとき、私は自分の信じていたものがすべて吹き飛ぶのを感じた。
それは古明地にとっては数いる証人のひとりだったのかも知れない。
しかし私にとっては最後の審判を告げるものにも等しかった。




古明地さとりが、証人台に立っていた。


私が救おうとしたはずの相手が。
私が友人だと思ったはずの相手が。

私を糾弾するために、法廷に立っていた。

私はその時さとりが何を証言していたのか覚えていない。
私には何も聞こえなかった。さとりの声も、後ろでざわめいていた傍聴人の声も。世界が静寂に包まれたようだった。
ただただ目の前の光景が信じられず、頭の中で奇妙に風景が空回りしていた。
あとになって思う。
この時の私は喪失感に打ちのめされていたのだ。



一日で口頭弁論は終り判決は三日後となった。結果の決まった判決だ。
私は裁判のあと、自宅に戻る気にもなれず是非曲直庁に行った。
同僚たちの態度は冷ややかだった。誰も味方はいないのだと改めて思い知らされた。ただ、抱えた酒瓶を咎められないのだけはありがたかった。
是非曲直庁に着くとまっすぐに自分の担当する法廷へと向かった。一日の審理は既に終ったあとらしく、誰もいない法廷は空虚で寒々しかった。
浄玻璃の鏡の下に座り込み、私は次々と酒瓶を空けた。
たぶん、自分の信じる正義にすがりつきたかったのだと思う。
自分の信じる、白く輝く巨大な鏡。この鏡に照らされれば、悪はたちどころに判明し罪は即座に裁かれると思ってきた。
この日、私の立っていると思っていた正義は薄氷のように脆く壊れ去った。
私は鏡の下で、空虚さを酒で埋めるように酒瓶を干していった。




どれほど時間が経ったのか。
私は暗闇で目を覚ました。
酒のせいでまどろんでいたようだった。明かりは既に消されてい、冥官達は皆帰った後だった。
起きたとて何もする気も起きず、ごろりと床に再び転がった。
と。
その時初めて、他に誰かいるのに気づいた。闇のなかで真っ直ぐ私を見つめる視線があった。
闇に同化するように、かすかに輝く紫の瞳。

「さと……り?」

古明地さとりが、私の側に座っていた。
私は混乱した。何故さとりがここに。古明地家から出てきたのか。古明地の当主が許したのか。
さらに先ほどまで自身の敗北に打ちのめされていた私は、さとりの姿を見ることで裏切られたという思いも心の奥から生まれてきていた。
何故私に不利な証言をしたのか。
どうしてここに来れたのか。
私を嫌いになったのか。
そんな怒りや疑問や猜疑が私の心の中で混じり合い出口を求めて荒れ回った。
私はどう声をかけたらいいのかわからなかった。言葉を探しているうちに、ふと口をついて出たのは自分でも意外な一言だった。

「会いたかった」

それは言葉にしてみるとすんなりと自分の心に染み込んできた。
そう、私はさとりに会いたかった。
裁判に負けたとき、なによりさとりともう会えないのではないかと怖かった。
私は知らず涙を流していた。

「会いたかった。どうして、ここに?」

さとりは私の泣き顔に驚いたようだった。やがて静かに話した。

「黙って映姫を探しに来ました。お父様は気づいていたと思うけど、何もいいませんでした」

彼女が私を探しに来てくれた。その事実だけで心が慰められるのを感じた。
彼女を責める気持ちなど、欠片も残っていなかった。

「そう、ありがとうさとり」
「お礼なんて言わないで!」

さとりは突然叫び声を上げた。

「私は、私はこんな辛い思いをさせるつもりなんか無かった。ごめんなさい。ごめんなさい」

さとりの両目から輝く雫が溢れるのがわかった。彼女は泣きながら謝罪を繰り返した。
私ははっと胸をつかれる思いだった。さとりは覚り。心を読む。私の心に間近で触れて、さとりの心もボロボロに傷ついたはずだった。

「そんな、泣かないでください。私はもう裏切られたなんて思っていません。貴方は泣かないでください」
「ちが、違うんです」

さとりは子供のように首を振った。

「私は、私はもう少しであなたを」

言葉の先は嗚咽で聞き取れなかった。その時、不思議なことが起こった。
浄玻璃の鏡が突然輝きだした。周囲が明るくなり、私は思わず目を細めながら鏡に映し出される映像を見た。

そこにはさとりが映っていた。どうやらさとりの罪の意識を汲み取り浄玻璃の鏡が反応したらしかった。
さとりの罪の意識とはなんなのか、私は悪いとは思いながらも、映像に釘付けになった。


さとりは古明地家の当主に懇願していた。当主は聞く耳を持たなかった。
さとりが泣いて見逃すよう頼んでいるのは私の命だった。古明地の当主は、既に私を襲わせるため地底のゴロツキを雇っていた
遅まきながらゾッとした。
そう、古明地は私を裁判で負かすのと同じくらい簡単に、殺すこともできたはずだった。殺したほうがはるかに特だった。
邪魔者はいなくなるし、歯向かうものへの見せしめにも成る。
さとりは、それを必死に止めているのだった。声の限り頼んでいた。
やがてさとりの父親が、一つの交換条件を出す。私を殺さない代わりに、裁判では証言台に立つようにと。
まったく、さすがは古明地の当主、人の心を知り尽くしていると言うほかない。
私の心は、確かに完璧に殺された。
さとりにとっても身を切るような選択だったに違いない。
しかし、さとりは涙と共にその条件を飲んだ。私の命は助かった。




浄玻璃の鏡は、そこで輝くのをやめた。
後にはさとりのすすり泣きだけが残った。

「ごめんなさい。許さないで。私は、私のわがままで、もう少しであなたの命を……」

さとりは、悪くなかった。
悪いのは、何もかも認識の甘すぎた私の心だった。
私は正義という名に縋っていただけだった。それは正しすぎるが故の暴力だった。
結果的に大事な親友を苦しめることになった。
私は自分が許せなかった。


私は浄玻璃の鏡をたたき割った。

鏡一面に亀裂が走る。破片が数枚床にこぼれた。
さとりは泣くのをやめて、びっくりしたようにこちらを見ていた。
私は自分が追いかけてきた正義の象徴としての鏡を割ったつもりだった。
そう、それはまさに鏡の虚像のように見えても触れられないものだった。
して私は鏡の中に見えるものばかり見て、本当に見るべきものを見ていなかった。
鏡を割ったことで逆にすっきりした気持ちになっていた。破片の一枚を拾った。手のひらに乗る程度の大きさ。今度はこれで鏡を作るのもいいかも知れないと思っていた。

「さとり、心配しないで。私は、もう負けません。やっと自分に向き合えた気がします」

「映姫、まさかまだ戦うんですか」

「私はあなたと共にいたい。今のままではそれがかないません」

「そんな、やめて。お願いです。こんどこそ死んでしまう」

「いいえ、私は死にません、殺されません」

私は出来る限りの強い意志を込めてさとりを見た。

「酷なことを言っているのはわかっています。しかしどうか、どうかもう一度だけ私を信じてください」


さとりはなおも不安そうだったが、やがてコクリと頷いてくれた。

「わかりました」

そして、涙でぐしゃぐしゃの顔で笑った。

「映姫は、頑固ですものね」





三日後、私は裁判の結果を聞くために――わかりきっている結果を聞くために――地底裁判所へ出向いた。
私が法廷内に入ると、静かなどよめきが起こった。
席に腰掛けると廷内がざわざわと騒がしくなる。特に気にせず頬杖をついて考えことをした。
周囲が驚くのも無理はない。私は今回の裁判で初めて、なんの資料も持たずに裁判所に来たのだ。今日が判決だからというわけではない。むしろ判決が出るとすぐに控訴するかを聞かれるから、控訴の根拠になる資料を予め用意しなければならなかった。
正確には何も持ってきていないわけではなかった。私はそっとポケットの中にある手鏡に触れた。その日までの間私が作っていた新たな浄玻璃の鏡だった。
小声でヒソヒソとかわされる廷内の話を聞くともなしに聞いていると、皆私の真意を測りかねているようだった。私が、いよいよ負けを認め判決を素直に受け入れる気なのだ。という者もいれば、いやあの真面目で頑固な性格の四季映姫が負けを認めるはずがない、何か考えがあってのことだ、そういう者もいた。
どちらも違っていた。
ふと向かい側を見ると、古明地の当主までもが顔に驚きの表情をつくっていた。今までさんざん出しぬかれてきたのに、こんなことで相手の予想を覆したのかと思うと、私はおかしかった。
傍聴席には勇儀もいた。彼女もまた目を丸くしていたが大丈夫だというふうに私は笑いかけた。
やがて定時になり入ってきた陪審員たちも、こちらを見て一様に不可解そうな顔をした。
陪審長は席に着いて木槌を一つたたき、礼を済ませるとすぐに判決の言い渡しに入った。

「主文。原告の訴えは証拠不十分によって、棄却します」

傍聴席にいた天狗の一人が外に飛び出していくのが見えた。
鈍器で殴られたような衝撃が私の体の中を突き抜けた。予想していたこととは言え改めて自信の敗北を突きつけられると喉奥に苦いものが込み上げてきた。
私は思わず眼を閉じて、内心の動揺を表に出さないようにした。
その後も陪審長による理由の言い渡しが続いていた。長々と続くそれに込められた非難にじっと耐えた。

「判決の理由は以上ですが、最後に」

そう言って陪審長は私を見た。

「原告は控訴しますか? するならば新たな証拠資料の提出をお願いします」

おそらくこの時、裁判所内にいる殆どが、私を控訴の宣言すると予想していたに違いない。

「いいえ、判決に不服はありません」

どっと廷内がざわめいた。
「静粛に、静粛に」陪審長がなんども木槌を鳴らした。
傍聴席に残っていた天狗たちが全員外に飛び出していった。

「では、原告による不服の申立がないためこれで審理を終了と――」

「ただし」

陪審長の言葉を遮るように私は声を上げた。立ち上がり笏をまっすぐ古明地の当主に向けて。

そう、私のすべきことは決まっていた。
なぜ最初からこうしなかったのだろう。


「別の事由によって新たに起訴します」

私はむしろ堂々と、高らかに宣言した。



「古明地さとりに対する親権の停止を要求します」


















「……まさか、あんな手で来るとは思わなかった」

判決の出た日の夜、私は勇儀を自宅に招いて飲みながら今後について話し合っていた。

「親権の停止か。要は古明地の野郎がさとりの父親として相応しくないって認めさせればいいんだろう? いい問題を出した。これなら古明地の犯罪を認めさせるより、よっぽどやりやすい……」

勇儀は日本酒を美味しそうに飲みながら言った。

「ええ、なによりこの争点の肝は明確な証拠があることです」
「こいしちゃんのことだな」

私は頷いた。古明地こいしがあの家でどのように育ったかを表沙汰にできれば、古明地家の育児環境に問題があると認めさせられる。

「それに、親権の停止が認められれば私が保護者になれます。さとりを今度こそ完全に守ることができる」

覚り妖怪はあの家なくしては生きていけない。さとりは昔そう言った。だが、守るものがなくなったら代わりに私が守ればいい。

「しかし、あんたも思い切ったもんだ。いや、開き直ったっていうのかな。自分のやりたいことに素直になったな」
「そうですかね」

だとしたら、私を変えてくれたのはさとりだろうと思った。

「だが、大変なのはこれからだぞ」

勇儀は急に真剣味を帯びて言った。

「古明地が大事な唯一の跡取りを簡単に手放すはずがない。今度はもっと手段を選ばなくなる、どうするつもりだい」
「そうですね」

勇儀の言う通りだ。
超えるべき山が巨大なのは変わりない。
しかし、私は始めの裁判よりはるかに余裕を持って今後の作戦を考えることができた。心にゆとりができた、とでも言うのだろうか
酒を口に含みながら考え考え話す。

「まずは……仲間が欲しいですね。こちらの切り札も多くしたい。それから陪審員対策もしないと」

酒を継ぎ足しながら、続きを口にする。

「まあ、そんなことより、私にはさとりとどう仲直りすればいいかが気がかりです……」

ふと視線をあげると勇儀が笑いをこらえていた。

「どうしました」
「『そんなこと』。いや、これからあの古明地と裁判でやり合おうっていうのに、そんなこと」

勇儀はこらえきれなくなったように大笑した。

「はははっ、すごいな。うん、なんというか、器が大きくなったよ。まるで前とは別人だ」
「そうでしょうか」

勇儀にそう指摘されても、やはり自分が変わったとは思えなかった。
前も今も変わらない。できることをできる限りやるだけだ。

「ところで、さっき仲間を集めるって言ってたけど、当てはあるのかい?」
「当てはありませんが当たりはつけてあります」

私は勇儀にささやいた。

「八雲紫を仲間にしようと思います」













八雲紫とは意外に早く接触することができた。



八雲紫との会談の当日。

私は勇儀と萃香に最後の確認をしていた。

「どうかお願いします。この交渉の成否は、あなた方にかかっています」
「大丈夫大丈夫」
「任せときなって」

どうしても緊張を隠せない私とは逆に、二人の鬼は気安く応じてくれた。
心強かった。
萃香には紫との仲介役を引き受けてもらった。
無論、勇儀と違って最初は私への協力を渋っていたのだが、とある話をしたことでこちらの味方になってくれた。
いや、正確には味方候補というだけだ。今日の交渉次第で私が紫と萃香という二つの強力な味方を得られるかが決まる。
私は深呼吸をした。


私が交渉の場として選んだのは、地底の外れも外れにある、小さな廃屋だ。ほとんど傾きかけたボロ屋だが、そういう場所のほうが都合が良かったのだ
今日の交渉が古明地側に漏れてはまずい。万が一にも場所を知られないよう仲介役にも萃香を使ったのだった。
それでも不安は残った。古明地の当主に覚られてはいないか、本当に八雲紫は来てくれるのか……。
突然空間にニュルりと裂け目が走った。上下逆さまのまま道士服を着た妖怪がスキ間からはい出てきた。

「はあい、遅れてごめんなさい。それとも早すぎたかしら」

背筋にチリチリとした緊張感を憶えた。金髪の妖怪は、溢れる妖気を隠すことなく私の前に立った。

「初めまして、八雲紫と申しますわ」
「お待ちしていました。四季映姫です」
「萃香からお手紙を頂いたときは驚きましたわ」

そう言って紫はちらと勇儀と萃香に視線を投げた。

「彼女たちも今日は同席するのかしら?」
「はい、私が頼んだのです」
「手紙には一人で来て欲しいと書いてありましたけど、式神は連れてきましたわ。……よろしいかしら?」
「構いません」

式神の姿は見えなかった。きっと潜みながら主人を守っているのだろう。
挨拶を済ませると、私は改めて席を勧めた。
私の対面に八雲紫、右脇に星熊勇儀と伊吹萃香がそれぞれ座るという形になった。

「それでは、早速始めましょうか」










飲み物もないのはさみしいから、といって八雲紫はスキマからなんと酒を取り出した。
この場で飲酒はいかがなものかとも思ったが、確かに場所と内容にばかり気を取られお茶の一杯も用意しなかったのは私なので文句は言わなかった。
少量の酒で酔うようなものはその場にいなかったのもある。
紫の用意したのは初めて見る赤い葡萄酒で口に含むと得も言えぬ香りがした。
まず私が話を切り出した。

「今日お呼びしたのは他でもない、紫さんにお願いしたいことが二つあります」
「ちょっと待ってくださる」

私の話を手で制し、紫は怪し気に笑った。

「その前に一つ。あなたもよく知ってる古明地の当主に、この前偶然会いましてね
嫌な予感がした。

「実は、今日こうして話すことをつい口を滑らしてしまって」
「なに!」

勇儀が色をなした。

「ああ、場所は教えていませんわ、手紙には一人で来て欲しいとありましたし、その約束は守りました。でも、誰にも秘密で来いとは書かれてませんでしたからね」

予想外の事態に眩暈がした。
紫は悪びれず怪しい笑みを浮かべている。

「はっきり言わせてもらいますけど、あなたと協力する気はさらさらありませんわ。だって私、あなたが嫌いですもの。いえ、閻魔の全員がというべきかしら」

紫はそう、堂々とした態度で言ってのけた。
私は紫の言動につい飲まれ、どう返すべきか迷っているうちに勇儀が噛み付いていった。

「ばかな、じゃあなんでここに来たんだ」
「もちろん、私の方にお願いしたいことがあったからです」

紫は私の方へにじり寄ってきた。

「四季さん、あなたは私との同盟を秘密裏に結びたかったんでしょうけど、もうそれは頓挫しましたわ。こと此処に至ってはあなたの取れる選択はひとつだけ……古明地と仲直りしていただけないかしら。向こうの当主も、それを望んでいるそうよ」
「まさか」
「本当のことですわ。私はそれを頼まれたんですもの。四季さんが何を思って古明地と対立しているのかは知らないけど、もうこんな馬鹿馬鹿しいことはやめたほうがいいんじゃないかしら。だってあなたになんの特もないじゃない。いいえ、今は損ばかりしている。
当主は今度の裁判を取下げてくれるなら今まで通りの生活に戻してあげると約束なさいましたわ。勝ち目のない勝負を挑むより、貴方には願ってもない条件でなくて」

紫はどんどん私に近づいてき、最後には吐息も感じられるほどの距離にいた。飲み込まれる、私はそう思った。

「どうかしら、まあ、迷うまでもないと思いますけど」

さすがは八雲紫と言えた。
会談を始めてから会話を交わす間もなく、完璧に場を支配していた。

いや、

「四季映姫さん、覚えておいたほうがいいですわ。交渉というのわね、始まったときには結果が決まっているのが一番いいものなのです

紫の言うとおり、始まる前に決まっていたということなのだろう。
紫の鮮やかな手際に舌を巻きつつ、しかし、とも思った。


しかし。


準備ならば私もしてきたのだ。

「少し勘違いがあるみたいですね、紫さん」

私はあえて冷静に言葉を紡いだ。

「勘違い?」
「ええ、私はもとよりあなたに協力願おうとは考えていません」

紫が息を飲んだのがわかった。関係ないが、つくづく美しい顔立ちをしていると思った。

「実は、今日の交渉はこうです」

私は言うと、その場を離れ勇儀と萃香に合図し、席を入れ替えた。
勇儀と萃香が紫に対峙し、私がそれを見守るという形になったのだ。

「私の一つめのお願いは、紫さん、ここの御両方と……鬼たちと同盟を結んでくれませんか?」

紫は、呆気に取られていた。
やはり関係ないが、どんな表情でも八雲紫は可愛らしかった。

「萃香達と……? え、どういうコトか説明していただける?」
「もちろんです。紫さん、あなたはこの幻想郷をより巨大な結界で外の世界と切り離すことを計画していますね。そう、おそらくここ数十年以内に」

紫ははっきりと動揺を見せた。

「どうしてそれを。……いえ、そう言えば前に是非曲直庁に打診したことがありましたわね」

八雲紫が幻想郷を守るために計画している大結界の構想は、ごくごく一部の上層部にも知られつつあった。妖怪の賢者たちの間でも、何度か話し合われたらしい。

「ですが貴方の大結界計画には重要な問題がある。守旧派の妖怪達が納得しない。違いますか?」

紫はしばしの沈黙のあとゆっくりと頷いた。

「ええその通り。ずいぶん詳しく調べたようですわね」

革新派と保守派は何かと対立しやすいものだが、幻想郷全体に関わる大結界ともなればそれも当然のことだった。

紫がその説得に少しずつ動いていることも私は知っていた。そして保守派の中でも特に頑迷なのが、古明地を頂点にする覚り一族だったのだ。

覚り側からすれば当然と言える。覚りが今の強大な力を身につけたのは戦争や権力闘争、世の争いの種によってである。大結界が完成すれば、間違いなく幻想郷は今よりさらに平和になる。覚りは棲み家を失うも同然だった。
幻想郷の保守派は覚りの発言力を笠に着て大反対をしている。逆に言えば覚りを何とかすれば保守派は一気に崩れる。
どうやら紫は覚りを説得できないか奮闘していたらしい。だから私のことも手紙が来てから即座に古明地に売ったのだ。彼女としては覚りと対立するのはなんとしても避けたかったのだろう。
私の交渉の目的はそんな八雲紫を反古明地に説得することだった。

「なるほどね」

紫は明晰な頭脳で私の考えを読み取ったらしかった。

「確かに、鬼が完全に私の味方になってくれれば大結界計画は一気に進みますわ」

妖怪の山と地底のほとんどが、一度に仲間になるようなものですものね。そう紫は付け足す。

「私にとっては願ってもない話。もちろんこの同盟は受けます」
紫は姿勢を正した。
私は勇儀と萃香を見る。

「こっちも異論はないよ」
「嘘を付いたのが少し気に食わんが、まあ、いいとしよう」

二人の言葉を受け、私は全員を見ていった

「では、三者の合意はなったということでいいですか」

全員が頷く。

勇儀は地底から古明地の勢力をのぞくため
萃香は鬼の立場を守るため
紫は大結界を完成させるため

それぞれの目的のため三人は互いを守ることを約束した。
これを私が立会人として証明する。閻魔の証明だからそれは鉄の保証になる。

私は安堵のため息を付いた。

「ちょっと待って。まだあなたの味方にはなれませんわよ四季映姫」
紫は凛としてこちらを見据えた。

「あくまでこれは私と鬼の約束。反古明地になることは約束しましたが、貴方の裁判に積極的に介入する理由にはなりませんわ」
「あんた、この期に及んでまだそんなこと言うのかい」
「良いのです、勇儀」
「でも」
「良いのですよ」

しかめ面の勇儀を私はなだめて、紫に向き直った。

「紫さんのいうことももっともです。紫さんが私に協力する理由はありません。ところで」

私はわざと空惚けるような顔をして言った。

「紫さんはたしか西行寺幽々子嬢と友誼を結んでいますね」

紫がいぶかしむように眉を寄せた。

「ええ、それが?」
「実は近頃幽々子嬢が是非曲直庁で問題になってまして。彼女の冥界での管理能力に疑問があると」

紫の形相が一変した。

「その話なら、私も小耳に挟んでいます」

紫は取り繕うように扇で口元を隠した。
だが、声には怒りが滲んでいた。

「たしかに、幽々子は亡霊故に熱心に仕事をする方ではないわ。でも、それが今どう関係があるというの」

予想以上の反応に私は成功を確信した。

「幽々子のことは私だって心配して考えている最中なの。あなたが口を挟まないでくださる」
「もし私に協力してくださったら、私が幽々子殿の立場を保証できるよう協力しましょう」

紫は虚をつかれたようだった。

「そんなことどうしてあなたが出来るのですか?」
「ええ、まだ私の皮算用ですが……そうですね、仮に幽霊移民計画とでもしましょうか」

私は自分の考えをその場の三人に述べた。特に紫は、疑い深そうにしながらも熱心に聞いてくれた。

「……と、言うわけです。どう思われます?」

紫は目を閉じ沈思黙考していた。身じろぎ一つしなかった
随分と長い時間が過ぎた気がした。

「……確かに」

やがて紫は口を開いた。

「それならば、実現できそうですわね」

ため息を一つついて、

「はあ、負けましたわ。降参降参。まさか私が交渉術で負けると思いませんでしたわ」

そう両手を上げて苦笑した。

「ありがとうございます。八雲紫」
「お礼を言うのはこちらの方ですわ。幽々子のためにありがとう」
「あなたの友情を利用するようで申し訳なく思います」
「いいえ。むしろ成功すればあなたは恩人だわ」


私は紫と握手した。ようやく紫と本当の仲間になれた気がした。

「ところで映姫さん、この後時間あるかしら」
「ええ、大丈夫ですが」
「では早速次の作戦会議と行きましょう。よろしい?」
「もちろん。助かります」

紫は隙間から一本の吟醸を取り出した。

「じゃあ、せっかくだし乾杯でもしましょうか」
「お、いいねえ」

鬼二人がすぐに乗り気になった。紫が四つの杯を取り出して、それぞれに注いだ。

「では」

紫が杯を宙に浮かし、音頭をとった。

「それぞれの勝利を祈って」

「「「「乾杯!」」」」

コツンと小さな音が円座の中心に響いた。







それからは目の回るような忙しさだった。
幸い、と言っていいのか悪いのか、私は上司から半年間の休職を命じられていた。事実上の免職のようなものだった。休職は、代わりが見つかるまでの予備要員という意味合いでしかない。
しかし私は、むしろ時間ができたと前向きに考えることにした。




まずは陪審員対策。私は勇儀に頼んで選挙対策をしてもらった。
先述の通り、陪審員は地底で立候補したものを選出する形で成る。次の裁判までは時間があり、陪審員も刷新するため、私はその選出の段階で自陣のものを送り込むことにした。
覚りと関係の少なく意志の強いものを勇儀に捜してもらい選挙で勝って陪審員に据える。
鬼が音頭を取れば地底の選挙ではほぼ無敵と言っていい。勇儀と萃香二人の推薦なら尚更だった。

私は古明地と対するのにあくまで正々堂々と正攻法を貫くつもりでいた。

紫と鬼が手を結んだことは世間には伏せられていた。私が紫と接触したが、交渉に失敗した。覚り達にはそう思われていた。
そう思わせておいたほうがいいと、紫と話し合い決めていた。
私は住んでいた自宅を引きはらい、幻想郷でもなるべく辺鄙な場所を選んで掘立小屋に住んだ。敵側に情報を漏らさないためだった。その意味でも紫を仲間にしたことは大きかった。紫はその能力で心を読まれるのを防ぐことができた。
紫は新たに西行寺幽々子も仲間に引き入れてくれた。冥界の拡張と合わせた幽霊移民計画は、幽々子嬢も諸手を上げて賛成してくれたらしい。その恩に報いたいと私の手伝いを申し出てくれた。
幽霊移民計画は一朝一夕にできるものではない。長い年月がかかると私は考えていた。それでも冥界の亡霊が私に期待してくれたことは素直に嬉しかった。
そして、幽々子が味方してくれたことで何よりも有り難かったのは、魂魄妖忌という凄腕の剣客を私の護衛としてつけてくれたことだ。剣を取っては俊捷第一との噂は私も聞いていた。西行寺家の庭師兼剣の指南役だったが、裁判が終わるまでの間遣わしてくれたのだった。剣の腕もさることながら、物静かで温和な妖忌の人柄は護衛として申し分なかった。
この時点で私の暗殺の可能性は、ほぼ無くなったと言っていい。
さすがの覚りも、西行寺家の剣の指南役が常に目を光らせていると成ればうかつに手は出せない。
私はこのことをさとりに知らせることにした。勿論、さとりに伝えればそのまま父親にも伝わるとわかっていた。魂魄妖忌が護衛についていると知れば、さとりは安心し、古明地側はいたずらに暴力的な手段に及ばなくなることを期待していた。
私は既に、裁判のゆくえはさとりの行動にかかっていると考えていた。仲間を増やし陪審員をこちら側にしたことで形成はほぼ五分となっている。あとは、親権問題を追求するのに必要な証言が絶対に必要だった。それは、実の子である古明地さとりとこいしにしかできないことだった。
しかし古明地の当主が、やすやすとさとりを証言台に立たせるわけがない。私はさとりをどう地霊殿から出すかを考えなければならなかった。








冬になり年が変わって陪審員の選挙が行われた。


首尾は上々で、五人中四人を自派で固めることができた。
陪審員が選出されてすぐに私は証人召喚の申立をした。無論受理された。陪審団から古明地さとり及びこいしの召喚執行命令を受け取ることができた。
勇儀や萃香は、そんな面倒なことせずさらっちまえと言っていたが、私は正当な手続きを踏むことにこだわっていた。
準備が整った頃、私にさとりから手紙が届いた。
こちら側の承認になってくれるよう打診した返事だった。
さとりは証言台に立つと約束してくれた。私は安堵した。正直なところ娘に自身の父親を告発させるというのは気が進まなかった。家族には他人が決して立ち入れない部分があるからだ。
しかし放っておけば、間違いなくさとりはこいしと同じようになってしまう。覚りが第三の目を閉じるのは、他人に嫌われたくないからだ。覚りという妖怪は他者から来る負の感情最も受けやすいのである。それは毒のように覚りの中に降り積もり腐らせてしまう。精神の要素が重要な妖怪にとって、他者の負の感情を浴び続けるというのは寿命を縮めることになるのだ。覚り妖怪の多くが短命なのは、そのためもあったのかも知れない。
私はそこから助けたかった。さとりのためではなく、私がさとりを失いたくなかった。
手紙の末尾には、こう書かれていた。

「あなたは、自分が傷つくことも、裏切られることも恐れず手を伸ばしてくれた」

「私に、こんな私に手を伸ばしてくれた」

「だから、私が今度はあなたを助けます」

私は、さとりに心から感謝した。




さとりの承諾を得られたことで、私は、いや、私たちはいよいよさとりとこいしを証人として迎えるため作戦を開始した。
これが最大の山場であり、試練だった。
私が心配したとおり、古明地の当主はさとりとこいしを地底の何処かへと隠してしまった。
しかもどこから見つけたのか無意識の能力者を使い、誰にも見つけられないようにしていた。
通常の捜索では完全にお手上げだった。第三の目を閉じた覚りの無意識を破ることは、紫にも不可能だった。

時間は刻々と過ぎていった。

私は焦った。





結局、さとりとこいしを見つけられないまま。裁判の当日になった。
証人がいないことで形成は分からなくなった。再び原告と被告として古明地の当主と対峙したとき、彼は微かな笑みさえ浮かべていた。
あの感情を全く表に出さない男が笑みを浮かべていた。それは私たちが瀬戸際まで当主を追い詰めた証拠であり、すんでのところで逃げられたという事実でもあった。
私は痛む頭をこらえ、手元の資料でできる限りの論を構築しようとした。
やがて、陪審団が入ってきた。彼らが全員入れば、裁判にはもう誰も入れなくなる。
しかし、最後の一人が入って後ろ手に扉を閉めようとしたとき、奇跡が起きた。

突然空間にスキマが開き、紫が息を切らして顔を出した。

「連れてきたわよ!」

さとりとこいしがスキマから這いでてきた。私は思わず躍り上がった。

「やりましたね紫!」

対面席には、呆然とする当主の姿があった。

「馬鹿な、ありえん。どうやって……」
「最後は虱潰しでした」

私はやや誇って当主に言った。

「私の能力は白黒はっきり付けること。たとえ無意識で隠れても、そこに『いる』か『いない』かはわかるのです。それで地底中の地図をくまなく能力で探したのです」

当主は私の説明に愕然とした

「馬鹿な、いったいどれほどの時間が……」
「何度も空振りに終わりました。一ヶ月は休みなく能力を発動していましたよ。死ぬかと思いました」

私は陪審団に目を向けた。

「すみませんが新たに証人の許可をお願いします。始めましょう」













裁判は、私たちの勝利に終わった。










当主はすぐさま控訴した。受けて立つためさらに私たちは調査と資料の準備に追われた。
だが、山と用意した資料も、紫や勇儀とした準備も、役に立つことはなかった。
古明地の当主が死んだ。あまりにあっけない最後だった。


当主は病死だった。死の間際体はボロボロで、人間よりももろかったという。

古明地の当主は数百年もずっと覚りへの憎悪を一身に浴び続けていたのだ。読心の能力を少しも緩めること無く。精神を基本とする妖怪にはそれはとてつもなく重い負荷だったに違いない。


葬儀には地底中の覚り妖怪が参列した。その姿を見て私は、彼のやり方はともかくも、確かに覚り達を守り続けた生き方に、思いを馳せずにはいられなかった。

葬式がすむとすぐに遺産の問題になった。唯一の正式な跡取りだったさとりは、もはや親子の縁を切っている。地霊殿に押しかけてきた親類たちで、喧々諤々の争いになるかと思われた。
しかしことは意外に簡単に解決した。当主がさとりにすべての財産を譲ると遺書を残していたからだ。
この遺書を認めるかどうかでまた一悶着あったが、結局私が間に入って遺言を強制執行することで決着をつけた。
当主が何を考えてあんな遺言書を残したのかはわからない。ただ冷静になって分析すれば、今のさとりは鬼、八雲紫、そして私と是非曲直庁に囲まれ強固に守られている。そのさとりを覚りのまとめ役である古明地に留まらせれば、当主が生前使ったような手段でなくとも、覚り一族を守れるのは確かだった。実際そうなった。
もしかしたら当主は裁判が始まった時からここまで見越していたのかも知れない。自分残り少ない寿命を思って、勝てばよし、負けてもよしの準備をしていたのではないか。
真実はわからない。
ただ、さとりがそれからも変わらず地霊殿に住めることになったのは確かだった。






「んっと」

茶器を運ぶさとりの足がふらついている。危なっかしい手元を見て私は思わず手伝いそうになる。
しかしそれをぐっと我慢し、椅子からじっとさとりを見守った。
当主が亡くなってから数ヵ月後。
ようやく身辺の落ち着いたさとりが私をお茶に招いてくれた。
さとりの足元を黒猫が通りすぎる。

「きゃあ!」
「危ない」

バランスを崩したさとりに駆け寄ってすぐに抱きしめた。茶器も、なんとか無事だった。

「あ、ありがとうございます。もう大丈夫です」

恥ずかしさからか、顔を赤くして身を縮こまらせるさとりに私は嘆息した。
茶器を置いて、さとりに尋ねる。

「やはり、慣れるまでは一人くらい従者を雇ってはどうですか」

さとりは地霊殿を譲り受けてから、たくさんいた使用人たちに全員暇を出した。地霊殿の管理を何もかも、自分で行うことに決めたのだという。
地霊殿には今や、さとりと妹のこいしと僅かなペットしかいない。
腕の中でさとりはそっと微笑む。

「私は父とは違うんです。そのことを示さなければ」
「…………」
「『無理をしている』ですか? ふふ、そう思われても、私はこのやり方を変えるつもりはありませんよ」

さとりの気持ちもわかる。彼女は歩み寄ろうとしているのだ。忌み嫌われた覚りへの信頼を少しでも取り戻すために。
彼女はただ遺産を受け継いだわけではない。先代の残した負の遺産も、まとめて背負うつもりなのだ。

「そんなに心配しないでください。わかっています。覚りへの信頼を回復するには、気の遠くなるような年月がかかるでしょう。もしかしたら私の生涯では達成できないかも知れません」

それでも、とさとりは続ける。

「私はやりたいんです。私には夢があるんです。ありとあらゆる妖怪が集まるような宴会に、私と妹が参加できるようになりたい。満開の桜の下で、妖怪たちに囲まれて、わたしと、こいしが、笑ってお酒を飲みたい。いつか、いつかきっと」

なんて途方も無い夢だろう。
そんな、そんな楽園のような世界を、確かにさとりは描いていた。

「私はその夢を叶えるために、今をがんばるんです。……奇跡を起こしてくれた人がいたから」
さとりは、じっと私を見上げた。
「私に、こんな私に手を伸ばしてくれた人がいたから」

さとりは私に笑いかけた。
今まで見たこともないような綺麗な笑みだった

「だから、私はがんばるんです。生きてもいいんだよってあなたが言ってくれたから」
「……さとり」

私はさとりの言葉に打たれた。
私のやったことは間違っていなかったと心から思うことができた。
私も伝えなければならないことがあった。

「今日、是非曲直庁へ行ってきました。私は幻想郷に永久赴任となりました。紫の大結界計画が発動したら、私もそのまま着くそうです」

私は出世コースを外された。
当然と思っていた、むしろ職を取られなかった分助かったといえよう

「そんな」
「さとり、どうか気にしないでください。私は嬉しいんですよ。これでずっとあなたと一緒にいることができるんですから」

いつかこいしとした約束を私は思い出す。
どんなことがあっても、さとりのそばにいる――
遅くなったが、ようやく果たせそうだった。

「さとり、これからもずっと私はあなたを見守っていることを忘れないでください」
「あなたを好いている閻魔がいることを忘れないでください」

さとりは私の言葉に笑いながら涙をこぼした。

「あなたは、私にとって万華鏡のようでした。私を優しく包みこんで、世界の様々な色を映してくれた。灰色だった私の世界に光を与えてくれた。四季の花を映す姫、名前そのものでした」
「ありがとう、四季映姫」


さとりが私に抱きついてきた。ポケットの中にある浄玻璃の鏡が、キン、と澄んだ音を出した。




(終わり)
数あるコンペ作からこの作品を選び、しかもここまで読んでいただき本当にありがとうございました。

(追記)
読んでくださった方本当にありがとうございました。こんなにたくさんの方に読んでいただくことができて幸せです。
それだけにコメント欄で数々ご指摘されている通り未完成な粗い作品を出してしまったこと本当に申し訳ありません。
校正も終わっていないのは致命的で大変読みにくかったと思います。すみません。

遅くなりましたがコメント返信です

>1. 瓢箪鯰さん
ありがとうございます。最初のコメントでこう温かい感想をいただけたのは嬉しかったです。

>2. さん
さとえい流行ればいいと思います。それはさておき。
読んでくださりありがとうございました。ご指摘の通りかなりシーンを削っていて後半の盛り上がりにかけてしまいました。
本当に各シーンをゆっくり描写できればよかったと思います。
>3.ななしの文字読みさん
本当に誤字が多くて申し訳ありません。筋が良かったという感想はとても嬉しかったです。ありがとうございます。
>4.パレットさん
 >こいし酸
本当にすみません。誤字は。誤字は……。次回以降はより校正をしっかりします。
天界が端折り過ぎというのも全くその通りで、自分でももったいないと思っていました。
読んでいただき本当にありがとうございます。

>5.tunaさん
すみません。本当に誤字ばかりで……。読んでいただきありがとうございます。
>6. さく酸さん
誤字脱字、ほんとうにすみません。最後まで読んでいただき感想までいただけて感謝です
映姫の裁判の話を、一度書いてみたいと思っていました。映姫様が人間味溢れているのは自分のイメージです。
原作の映姫様はかなり人情味溢れているように思うのです。

>7.spさん
話をいいと言って下さりありがとうございました。ほんとうに嬉しかったです。
本当に長編として書き直したいくらいです。自分でも展開が急だったと思います。
読んでいただきありがとうございます。
>8.yuntaさん
ありがとうございます。最後まで読んでいただき嬉しいです。
誤字が物語に入るのを邪魔してしまったのは本当に申し訳ありません。
次はこのようなことないようにします。

>9.とんじるさん
長文感想ありがとうございました。こんなにコメントをいただけて幸せです。
それだけに本当にご指摘いただいたところは自分でもまずいとわかっているところばかりで……本当にすみません。
展開が急すぎたと自分でも思います。もっとゆっくり描写すればよかったです
覚りの内面描写ももっと盛り込めたと思います。たしかに今回は映姫サイドばかりが重視されてしまいました。

誤字の指摘に関しては、本当にすみません。またいつか新作を読んでいただければ幸いです。

>10.ケンロクさん
>テーマが薄い
テーマを上手く消化しきれ無かったのは自分でも公開しているところです。物語のテーマと、お題としてのテーマをよりわかりやすくうまく融合させたかったと思います
>紫が小物
確かに小物っぽく見えてかも知れません。ちょっと都合よく動かしすぎてしまいました。
紫はあまり強くしすぎると映姫が説得できなくなる気がしていたのですが、もっと交渉の難しい相手でも良かったと思います。滅多に引かない譲らない、謎めいた雰囲気が彼女の持ち味なので……。拙い作品ですみません。
お読みいただきありがとうございました。

>11.リコーダー
>盛り上がりそうな展開をスルー
ほんとうにご指摘の通りです。大事な場面をいくつもそぎ落としてしまいました。
長編は初めてだったので、いくつもの失敗をしてしまいました。今回を教訓にまた再挑戦したいです。
最後まで読んでいただき本当にありがとうございました。

>12.ざる。さん
>家事で陪審
確かに、すこし違和感があるかも知れません。オリジナル設定でごり押ししてしまいましたが。より説得力のある説明を入れればよかったです。
最後までお読みいただきありがとうございました。


>13.木村圭
あああすみません、見落としていました。
これを書く前になんども設定を確かめたのですが……
自分も必然性のない限りは原作を順守する方が好きなので、このご私的は本当にこたえました。
すみません。
ただただ作者のミスです……。

>14. ニャーンさん
お読みいただきありがとうございます。
映姫は瞳を閉じたあとのこいしも助けたかったんだと思います。瞳を閉じたら覚り妖怪として生きてはいけないルールを壊したかったんだと。
伝わらないか書き方ですみません。

>15.八重結界さん
読んでいただきありがとうございます。そして誤字が多く展開が急ぎ足なこと本当にすみません。
いつも素晴らしい作品を作っている八重結界さんにはお恥ずかしいです。

>16.desoさん
感想ありがとうございました。誤字の多さは本当に申し訳ありません。・
当主の不気味さを出せなかったのは本当に力不足です。修行します。
読んでいただきありがとうございました。

>17. 8点 名前が無い程度の能力さん
感想ありがとうございます! アメリカ映画、というのは意識していませんでした。
少しでも楽しんでいただけたようで本当に嬉しいです。ありがとうございます。


>18.geneさん
読後感がいいと言ってくださって嬉しかったです。感想ありがとうございました。
今回の覚り一族にはユダヤ人をイメージしたところがありました。差別され絶滅しかけ、力を失ったために逆に妖怪社会の闇に根を張った……と、あとから出してもしょうもない設定がありました。
本編でそこら辺も描写できればよかったです。すみません。
お読みいただきありがとうございました。

>19.もなかさん
感想ありがとうございます! 楽しんでいただけて幸せです
紫の負け方があっさりなことに関しては他の方からもご指摘がありました。すみません、ただただ描写不足、力不足です。
紫はもっと格好良く書きたかったです。
>20.兵庫県民さん
>物語展開があっけない
本当にすみません。より膨らませられたと思います。また次の作品を書くときに活かしたいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。


皆様本当にありがとうございました。
コンペという場で出すのも恥ずかしい作品でしたが、こんなにたくさんの方にコメントしていただいて嬉しかったです。
それだけに誤字脱字、に関しては本当に申し訳ありません。今後内容に致します。
一方で、筋は良かったと言ってくださった方が多かったのは大変嬉しく思いました。
もともと自身に長編がかけるのかがずっと不安で、それで急ぎ足ででも完成させて出品したいと気が逸ってしまいました。
今から思うと読んでくださった方に申し訳ないですが、{適当だけどいいや!」というような気持ちで出したわけではないことは確かです。
言い訳にもならないですが……。

コンペに参加された皆様、お疲れ様でした。
本当にありがとうございました。
ちゃいな
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2010/11/06 23:57:06
更新日時:
2010/12/17 12:26:55
評価:
19/20
POINT:
109
1. 5 瓢箪鯰 ■2010/11/11 02:40:35
末永くお幸せに
2. 8   ■2010/11/12 22:43:05
さとえいきとは珍しい
こういった二人の関係の解釈も素敵ですね この発想をまとめ上げた腕前はお見事
ただ所々の設定やシーンが省略気味で(テンポを考えた結果削られたのでしょうか)そこでどうしても現実に引き戻されてしまい、気になりました
3. 5 ななしの文字読み ■2010/11/16 23:03:06
筋がすごく良かっただけに誤字が多いのがなんとも。
4. 3 パレット ■2010/11/20 00:47:28
 お見合いかっwwwwwwwと冒頭の時点でなんとなく予想していたがすごいラブラブっぷり。ごちそうさまです。ちょっといろいろ端折りすぎな感があったり、突っ込みどころもありそうな感じがしましたが……。
 さておき、こいし酸という誤字にどうしても吹いてしまったので報告させて頂きたい。それ以外にもちょこちょこ誤字があったような気がするので、もう一度作者さんのほうでもゆっくり見返してみるといいかも。
5. 6 tuna ■2010/11/25 13:56:08
あああ。ラストの大事なところに誤字?
他の誤字なら読み飛ばしたんですが。

>あなたを空いている閻魔が→あなたを好いている閻魔が

さとりと四季映姫の関係は良いですね。幼馴染のような間柄。
文章も読みやすかったです。
6. 5 さく酸 ■2010/11/25 20:55:57
閻魔が裁判でさとりを救うという、閻魔らしいと言えば閻魔らしいお話でした。
人間味あふれる映姫というのも悪くはないですが、それって閻魔としてどうなんでしょう?
あと、校正はしっかりしましょう。誤字が絶妙なせいで笑う話ではないのに笑えてしまいます。
7. 3 asp ■2010/11/29 11:53:59
 古明地当主や裁判など、原作をかなり改編しつつも魅力的な設定がいいですね。四季と古明地姉妹もなかなか魅力的。しかし、いわゆる"前フリ"に当たる部分がコンパクトなのはいいのですが、ハイライトと思われる裁判周りの展開まで同一テンションなのはいかがなものかと。なんだかプロットに薄く肉付けしたような味気なさで、いまいち盛り上がることが出来ませんでした。誤字脱字もちょっと多すぎるような。お話自体はすごく好きなので、できれば長編としてボリュームアップして欲しかったです。
8. 8 yunta ■2010/11/30 22:52:38
執筆お疲れ様でした!

四季映姫とさとりの組み合わせ、そしてこういう展開というのは新鮮に感じました。
もう少し詰められるところはあると思うのですが、ストーリーがとても面白かったです。
それだけに、少し誤字が目立って話に入り込むのを邪魔してしまいました。
9. 7 とんじる ■2010/12/02 15:21:27
 次から次へと映姫に積み重なる難題、それを熱意と知略によって乗り越えていく……はらはらさせるストーリー展開に、思わず引き込まれました。

 しかし、全体的に駆け足で、話の展開が早すぎる気がした。どこが説明不足というわけでもないんですが……。
 終盤は、特に、何となく急ぎ足な感じがした。

 そして一番気になってしまうのは、映姫の気持ちばかりが重視され、反面さとりの気持ちが疎かにされているように感じること。
 中盤の映姫が浄玻璃の鏡をたたき割るシーン、そして最後の裁判のシーンあたりになって、「よかった、さとりも映姫と同じ気持ちでいるらしいぞ」というのが態度から解るけれども、それ以前にさとり自身の言葉で「父親と縁を切りたい」と言明する描写が一つもない。
 確かに外部の視点からすればさとりの父親は極悪非道で、悪の限りを尽くしているように見える。だけどただ一つだけ、一番近くにいるさとりが父のことをどう思っているのか、それが描写されていないため、どこか感情移入しきれなかった、というのが本音。

 しかしその点を覗けば、オリジナリティ溢れる設定と展開が新鮮だったし、その斬新と思える設定もどこか私たちの知る東方に繋がるところがあり、面白かった。
 
 また、時間が足りなかったのか、誤字が多かったのが残念。
 仕方ないかな、と思う反面、これは無視できないと思うものも。投稿時間を見れば如何に突貫工事だったかは解るんですが……。
 酵素 → こいし酸 のコンボで噴いてしまったのは事実。

 最後の「万華鏡」がちょっと唐突だったかなあ。
 面白い鏡の使い方ではあるけれども。
10. 4 ケンロク ■2010/12/07 13:15:34
テーマが薄いのが印象でした。
あと個人的にはゆかりんが胡散臭いだけで小物っぽい感じに見えたのが気になりましたけど、まぁこれは同人モノの意識の違いだから仕方ないよね。
11. 5 リコーダー ■2010/12/09 01:46:21
本気で書いたら単行本上下巻では収まらないような裁判サスペンスを、ものすごく要領よく纏めたらこうなった。
これだけはっきりとエッセンスを抽出できるものかと、その点では驚きも感じました。
ただ、物語というのは骨格だけで出来ている訳ではない。
命を狙われながら機転の連続で証拠を集める四季様かっこいい! こいしは素直な子で、だからこそ悲運を辿る、泣ける! そして最後にまさかの登場! 父ちゃんも、冷たいと見せかけてやっぱり最後は娘思い!
……こんな風に、いかにも盛り上がりそうな展開をいくつもスルーしているのが、かなり勿体なく感じます。
12. 4 木村圭 ■2010/12/11 20:41:01
さとりの親族がメイン張ってるのは珍しい。新鮮で面白かったです。
さとりの以外が地霊殿の主をやってしまうとキャラ設定と明確に矛盾してしまうせいで扱い方が難しいからでしょうけれども。
が、今回の件に関してはさとりパパが失脚した後で地霊殿を建てれば矛盾せずに済んだと思うのです。
設定をあえて無視して突っ走った物語を楽しめるのも二次創作の面白さの一つですが、必然性が無い限りは遵守して欲しいと個人的には思います。
13. 6 ニャーン ■2010/12/11 20:41:32
読後感の良い。気持ちの良い話でした。
しかし読んでいる間は映姫に感情移入していて気にならなかったのですが、後で考えると当主が少し可哀想です。
瞳を閉ざしたさとりが一族に珍しくないという設定から、
こいしが瞳を閉ざした理由も、当主の教育とは無関係だったのかも知れないと考えてしまいます。
14. 6 八重結界 ■2010/12/11 20:53:05
皆が一丸になって一つの難敵に挑む。こういう状況は大好物です。
ただ後半が急ぎ足だったことと、誤字の多さが目立ちました。特に最後のシーンでの誤字の多さは致命的かと。
15. 5 deso ■2010/12/11 21:19:09
んー、いろいろ惜しいという感じです。
話は構成も考えてうまく作ってあると思うのですが、文章、特に主人公である映姫の感情の描写が妙に淡白に感じました。
悪役であるさとりパパにしても、いまいち深みというか怖さというか、そういうのが感じられず、そのせいか自分はうまく話に乗れませんでした。
誤字が目立つのも気になります。時間的に厳しかったのかもしれませんが。
16. 8 名前が無い程度の能力 ■2010/12/11 22:25:40
洋画みたいな小説、というのが読後最初に浮かんだ印象でした。さとりと映姫のキャラクター、二人のやり取りや物語の背景、悪役との闘いなどが日本らしくなく、いい意味で外国の良質な映画を見ているような印象です。
裁判に負けた失意の映姫だったが、さとりが映姫を助けるために自らを犠牲にしていたことを知り再び闘志を燃やし勝つための算段をねっていく。これなんか良くある王道パターンな気がしますが、いかにもアメリカ映画という感じでした。
悪役にも魅力があったのが良かった、さとりの父は非情でこいしやさとりへの行いも非道ですが、信念を持ってそれを貫き、精神的にも実力的にも強大な敵で彼がいたからこそ映姫との闘いがより魅力的になっていました。
後は、見せ場が非常に多かった気がします、どんどん次のシーンに進んでいきだいたい何かしらの見せ場があるため、「続きが気になって読むのがやめられない」というより興奮させられながら読まされているようでした。
17. 8 gene ■2010/12/11 22:59:38
順当にシナリオが進んでいった感がありました。くさい描写(照れくさい)もありましたが、純朴に突き進んでいて好印象。これは好みの作品でした。
惜しむらくは裁判シーンがことごとく描かれなかったことでしょうか。
あとはしょうもないことですが、覚りの力が広まるとなったら、強い妖怪たちのやることはまず覚りという種を滅ぼすのではないかと思いました。覚りに取り入ってアドバンテージを得るよりはいっそ握りつぶしてしまうんじゃないかと。そんなことを考えてさとりんを心配しながら読ませていただきました。
18. 7 もなか ■2010/12/11 23:26:23
古明地の一族の解釈は面白いと思いました。
地底世界の管理者としての古明地一族は有りですね。
裁判を使った物語も良かったと思います。
さとりに対して真摯な映姫もよく書けてると思います。

個人的な好みですけど、紫の負け方は少しあっさりかなとも思いました。
自分の弱みはあまり表に出したくないような、プライドの高さみたいなのを持ってるかなと思います。(本当に個人的なキャラ像ですけど)
19. 6 兵庫県民 ■2010/12/11 23:35:24
殆ど出番がないとはいえ、妖忌を出してくるとは。
良いアイディアに思いましたが、物語展開が最後の方が呆気なかったのが、ちょっと残念だったかなぁ、という気が。
20. フリーレス 774 ■2017/01/06 15:47:39
誤字が多いのが残念
後、違和感があるなぁ
悪事を暴き始めたのが当主と喧嘩した後ってことはそれまでは暴露する気が無かったってことだし
当主の意見にも一理あるし(事実無意識の存在は危うい)
正義の味方()にしか見えなかった
後、紫の扱いが、、
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